イラの魔獣Beauté et bête magique (EMM@苗床星人)
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Prologue

 それは、小さい頃父に見せてもらった古代の玩具によく似ていた。

 細かい穴の空いた球体が二つ、天秤のように支柱に支えられた長細い横向きの機械の両端に備え付けられている。

 そう、それは確か外面投射天球儀(スフェスティレート)だ。

 もちろん、王家から特別な調査許可証を頂かなければ足を踏み入れられない古代遺跡の最奥……大地から夥しい因鉄を汲み上げて稼働するこれはそんなものではない筈だ。

 

「ベルモッド、周囲ネットワークを視覚情報(レンズ)につないで」

 

『かしこまりました』

 

 手にかけた機構式儀式杖『ベルモッド』が返事をすると、私の眼球表面を覆い近眼を正す役割を持った補正液膜(レンズ)が私の意思のままに視界の一部倍率を上げ、球体表面に記された古代文字の解読を試みる。

 魔術基盤(コード)かとも思ったが、これはそんな役割のみを記したものではないようだ。

 父の資料から記憶した単語と照らし合わせ、ゆっくりと口を開いて内容を読み上げる。

 

「願わくば……怒りが、を、忘れる時が来ることを願う。どうか、それが裏切りへの……大いなる赦しであるように……」

 

 たどたどしく読み上げたその瞬間だった。

 

「やば……っ!?」

 

 言葉を認識したかのように唐突に、大地が纏う因鉄の色が変わった。

 しくじった、何らかの鍵言だった?

 考える前に、私は腰のホルスターからベルモッドを抜いた。

 

「ベルモッド!」

 

『仰せのままに』

 

 間に合え間に合えと祈りながら、ベルモッドの記憶領域から基盤構成を摘出しそれを身体へと投影する。

 

「《肉体補強(レンフォスメント)》《外装脚展開(ジャンベスエクステリア)》」

 

 詠唱と共に、ベルモッドのフィンが廻り空気中に含まれる因鉄の粒子を吸い込み始める。

 因鉄は質量と実体を失って皮膚をすり抜け身体へと流れ込み、投影した魔術基盤から意味を受け取って私の体を強化せんと働き出す。

 私は強化した足腰を駆使して一息に巨大な外面投射天球儀の支柱へと飛び乗った。

 

「くっ……!?」

 

 支柱に降り立った瞬間から体が異常に重い。

 大地の因鉄が高濃度で圧縮されている影響でこの限定空間でだけ重力が強まってるんだ。

 

「だったら……!!」

 

『お嬢様!?』

 

 ベルモッドの石突を思い切り支柱へと叩き込む。

 重力の後押しを受けて、非力な私の力でも十分ベルモッドは支柱の機構へとめり込んだ。

 ベルモッドが無茶な接続に文句でも言いたげだが、後にして欲しい。

 とかく私はベルモッドを通して、この機構に組み込まれた術式をダウンロードして速読し大まかな役割を把握する。

 やっぱり罠、この部屋を巻き込む規模の重力結界。

 手を出す人間や墓荒らしごと原型も残さず潰すつもりとは趣味が良い気が合いそう。

 逆算、抵抗付与、内部に生体反応……

 

「生体反応ぉ!?」

 

 馬鹿な、3000年単位で王家に封印されている遺跡の機構だぞ!?

 十中八九魔物やバケモノの類、だけど助かるには封印機構ごと一旦完全解放するしかない……

 

「……ふふ、はっはっは」

 

『お、お嬢様?』

 

 ああいけない、いきなり笑い出すもんだからベルモッドが私の正気を測定しだした。

 でもこんなの笑わずいられるか?

 この私に、世紀の発見と、命を、比べさせているんだぞ?

 

「決まってるでしょうが!」

 

 迷わず私は……

 

 支柱へとながれる全魔術基盤及びそこに流れ込む膨大な因鉄をカットし……その機能を完全に破壊した。

 

 すると大地の因鉄は元通りの色へと戻り、支柱の重力と魔術の駆動音は瞬く間に完全な静寂へと還った。

 

「……助かった?」

 

『お嬢様、先のは助かることを優先してない流れだったかと思いますが?』

 

 ベルモッドの指摘も尤もだけど、折角死ぬなら見るもの見てからでないと納得が行かない。

 だいたい封印された魔物は?バケモノは?せっかく封印を解いたのに一向に姿を見せようとしない……圧の変化で3000年遅れて死んだなんてことはないよね?

 生唾を飲んだ私は、ベルモッドに指示を出す。

 

「ベルモッド、物理機構の蓋を解放して」

 

『………………かしこまりました』

 

 機構式儀式杖にも好奇心があるとはじめて知った。

 ベルモッドから因鉄によるスパークが走ると、私の前に位置する球体が横一線に割け、蒸気式の音を蒸かしながらゆっくりと開いていった。

 

「………………っ」

 

 まず、球体の中は先まで尋常な生命の存在を許さない程の絶望的な重力に晒されていたとは思えないほど

 快適そうなクッションで満たされていた。

 その中から覗き見れるのは、私でも羨ましくなるほどの白い肌。

 しかし二の腕と股から先は朱色の体毛に覆われ、クッションの隙間を縫うように延び散らかしている同色の髪の毛が生えた頭からは猪のような耳と、雄牛のような角が生えていた。

 

 獣と人を混ぜた、獣人(ライカン)のような異形だけど

 『その女性(ヒト)』は、私なんかとは比べるべくもない美しい顔立ちと身体をそのままに投げ出して寝息をたてていた。

 

 

「んっ……ぁ……」

 

 

 快適な眠りを妨げられたようにその人はぴくりと顔をしかめると、ゆっくりとその美しい肢体を起こし……口を開いた。

 

「ぁー……れ?ガイコクジン?」

 

 喋った!

 ガイコクジン……異国の人間と問いかけるということは、ガーディアンか何か?

 いや、何にしてもここは冷静に挨拶をしないと、どんな見た目をしていても喰われかねない……だから

 

「……わ、私はヴィルヌーヴ王国の宮廷筆頭魔術師、クローシェ・ド・トゥルースワイズ!秘されし知識の探求者!

さぞや高位の知の殿堂の守護者とお見受けするが……」

 

「ごめん頭いたいからもうちょっと寝かせてくれぇ……」

 

 高位の知の殿堂の守護者がそう言うと、苦労して開けた蓋が閉じられた。

 ベルモッドからスパークを流し、もう一度蓋を開けて問いかける。

 

「私は……!」

 

「……コスプレなら他所でやって。おれ幼女趣味ないから。」

 

 面倒くさそうに、寝ぼけた守護者()はそう言った。

 ベルモッドを抜くと──かなり深く突き刺さっていたのを怒りのままに引っこ抜いた── 私はそいつに近づいて、一直線に振り下ろした。

 

「私はこれでも25だぁぁ!!」

 

「ぎゃん!?」

 

 角にクリーンヒットしたのか、守護者()は悲鳴をあげた。




「女になってる。」

「うふふふ、成る程、成る程、そういうこともあり得るのね?面白いわあなた・・・。」

「ファンタジック」

「あっはっは処刑ね。処刑と来たか何でぇ!?」

「動くな魔獣!!スザンヌ様、お怪我はありませんか!?」

「うふふははは、気にしちゃダメよ?」

「誤解を解こう、麗しき朱あけき髪の御仁よ。さぁ、手をとって」

「ううおおおおああああああああ!!!!」「ぽぅ!?」

次回『目覚め・逃亡(前編)』


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1/目覚め・逃亡(前編)

 

「女になってる。」

 

 呆然と俺は、自分の胸にぶら下がっている二つの脂肪の塊を掴みながら呟いた。

 ガンガンとした痛みが響く頭。

 冷たい石造りの部屋に、鉄格子の檻。

 現代日本にはない施設、たぶん。

 いや、探せばあるか。イメクラとか?

 しかし俺は自他ともに認める健全な男子高校生だ、間違っても前科を負ってまでそんなところに行くほど落ちぶれちゃあいない筈だ。

 まぁ欲求不満なのは認めるけど、それくらいならその辺の女の子をお茶に誘うわ。

 それともまさか、行っちゃったのか?

 知らない世界に脚を踏み入れて、記憶が跳んだり性転換しちゃうくらいの凄いことしちゃったのか?

 だとすれば記憶をうっかり落っことしたその時の俺を殴りたい。

 記憶と言えば、名前が出てこない。

 落ち着け俺は生まれてこのかた18年、東京生まれの大阪育ち。両親とも健在でごく一般的な高校に通いガールフレンド作りに燃える花の男子高校生。

 

 

 で、今は角の生えた巨乳のストリッパー女。

 

 

「……どうしてこうなったあぁっ!!?

だせーだせー!俺は無実だこれは何かの間違いだぁおっ!?」

 

 現実に引き戻された俺は鉄格子を掴んで思い切り揺らす。

 予想通りの金属が擦れる不快な音が石の個室に思い切り反響する。

 この身体の耳は予想異常に良いらしく、ましになってきた頭痛が余計にひどくなった。

 (つの)を押さえて蹲る。

 

「ごぁぁあっ……ううっ、何でこんなことに」

 

 嘆いていると、今度は性能の良い耳が見えない位置にある階段を降りる足音を拾う。

 カツコツと軽く、そして上品にテンポを刻む足音。

 あかん、こんな状態──いや多分ぶちこまれた時点で色々見られてるだろうけど──監守や何かに見られたら、エロい目で見られてしまう!?

 えっちなお姉さんならまだしも男にエロい目で見られるなんて死んでもごめん被る!!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「まま待って来るなギブミーサムシング服ー!?」

 

「ふ、ふ、報告通り流暢に喋るわね、安心したわ」

 

 ……壁に隔たれた死角から、純白のドレスが姿を表す。

 降りてきたのは胸元の開いたドレスから白い肌を晒し上品なれど妖艶な魅力を放出する金髪の美女だった。

 今の自分の胸を無修正で見てしまったから目が肥えたかなと正直危惧していたが、この美女のそれは安心に足るデカさ。

 右頬に深い傷が一筋ついているが、それもまたミステリアスな魅力となっている。

 その陰りを見せる物憂げな瞳は真っ直ぐと俺を見つめていて、不思議な笑みを浮かべていた。

 とにかく何度でも言う、彼女は美女(えっちなおねーさん)だった。

 

「こんな私めの身体なら幾らでも見てください。ありのままを!」

 

 結論として、隠すと言う選択肢が消失した。

 立ちあがりポージングする俺を見て、その美女ははたと固まると……手で口許を覆ってそれまた上品に笑った。

 

「うふふふ、成る程、成る程、そういうこともあり得るのね?面白いわあなた(・・・)。」

 

 ──変貌したとはいえ──俺の裸体をしげしげ眺めて愉快そうにコロコロと笑う目の前の美女。

 あかん、何かに目覚めそう。

 それ以前になんだ、流石に恥ずかしくなった。

 

「えっと、ちょっくら質問していいですか?」

 

「どうぞ?」

 

 ええー自然体やん、状況もそうだがこの美女も何かおかしいぞ?

 

「此処は何処?」

 

「ヴィルヌーヴ王国王都最厳重封印牢です」

 

 聞いたことない地名だ。

 

「俺は何で此処に?」

 

「古代遺跡の奥で封印されていた魔物ということで、妥当な処置でしょうね」

 

「ファンタジック」

 

 確かにこの角じゃなんかモンスターっぽいなぁ。

 ていうか封印って、俺の身体がこれだから何でも驚きゃしないけど……

 

「あの、日本やアメリカって国に聞き覚えは?」

 

「…………古代の大国かなにかですか?」

 

「はいはいはいそう言う映画ありました……夢だこれあっはっは」

 

「そう夢、そう思っていれば楽でしょうね、処刑は明日なので」

 

「あっはっは処刑ね。処刑と来たか何でぇ!?」

 

 また現実逃避に浸っていたらとんでもないワードが聞こえ急ぎ現実へ帰還する。

 

「だって古代人でさえもて余したであろう厳重に封印された魔物ですもの、寝ぼけてるうちに駆除するのが当たり前でしょう?」

 

 当たり前の事を聞かれたように、目の前の美女は首をかしげた。

 解らない、これは現実?それとも夢?それともイメクラの高度なシチュエーションプレイ?

 どんな上級者向けのコース選んだんだ俺は!!

 

「いっ……?!」

 

 あらゆる可能性が脳内を駆け巡っていると、破裂音が石の部屋に響いた。

 頭痛、そして腿に感じる暖かさとじわりと来る焼けるような痛み。

 振り替えると、いつの間にか美女の真横に立っていた鎧姿の男が猟銃らしき機械を俺に向けていた。

 その銃口は見たことのない輝く文字が描かれていて、空気を焼く特徴的な香りを匂わせていた。

 

「動くな魔物!!スザンヌ様、お怪我はありませんか!?」

 

「あら、ご苦労様」

 

「銃、本物で……ぇ、あっ!?」

 

 貫かれた筋肉が遅れて反応したのか、腿に激痛が走る。

 恐怖と虚脱感に脚から力を根こそぎ奪われ膝をつく。

 美女に駆け寄る鎧の男、腿から滴り落ちる血が脚を伝って石の地面に染みを作っていく。

 痛い、夢じゃない、何で……訳解らない。

 裸、男、おねーさん、痛い、痛い、痛い!

 

「な、に、すんだ……っ、てめ……」

 

「お待ちください、覚醒前に仕留めますので」

 

「あ、待って」

 

 鎧の男はまた猟銃らしき機械を俺に向ける、やめろ、それを俺に向けるな。

 怖い、痛い、不快だ、なんで、俺が、こんな目に逢わなきゃならない。

 

 めきめきと両腕か変化する。

 視界が狭く、広くなる。

 身体が、喉が、グルルルと変な音を立てる。

 先まであんなに痛かった頭が、すっきりとして腿の痛みだけが残る。

 

 不快な破裂音が、また、石の部屋に響いた。

 

「や、め、ろおおおお!!!!」

 

 腕を振る、醜く変化した鋭い爪が射出された弾丸をバターのように切り裂き弾き飛ばした。

 その光景をゆっくりと認識できる程回りの時間は遅くなって、俺は駆け出して鉄の檻を掴み捻った。

 簡単に檻はひしゃげ、鎧の男に手が届く。

 その胸ぐらを掴み、握った拳を男の腹に叩き込む。

 

「痛いって言ってるだろうがぁ!!」

 

「ごっお!?」

 

 だらりと力を失った男を怒りのままに壁に叩きつけると、壁は発泡スチロールのように簡単に崩れた。

 そこで、俺は冷静な思考を取り戻した。

 

「うわ脆っ!?大丈夫かおっさん……!!」

 

 慌てて駆け寄り瓦礫を払うと、鎧の男は白目を向いて泡を吹いては居たがとりあえず息をしていた。

 鎧から先の銃と同じ光る文字か浮かんでいるが、これの効果だったのだろうか傷はないようだ。

 

「ど、どうしよう?」

 

 美女に聞くと、彼女はニッコリと微笑んだ。

 

 

 

 

「おらおらぁ!!道を開けんかいワレぇ!!いてもうたろか奥歯ガタガタ言わせたるぞ!!」

 

 普段は絶対言わないであろう柄の悪い言葉使いを乱発しながら、俺は先の男の鎧を身に纏い美女を肩車しながら石造りの道を爆走していた。

 

「す、スザンヌ様!?」

 

「スザンヌ様が賊に!!いや魔物に浚われている!!」

 

「やめろ撃つなスザンヌ様に当たったらどうすげぼぁ!?」

 

 先の男と同じ鎧を纏った監守たちが飛び出してきては、愉快そうに肩に股がる美女を見ては戦き、あるいは寄りによって目の前で硬直しては走る俺に撥ね飛ばされた。

 銃?を構えるものもいるが美女を恐れて構を解く。

 

「あんた偉い人なんだな、何でこんなこと勧めた!?」

 

「うふふははは、気にしちゃダメよ?」

 

「うふぁ!!頭頂部にっ柔らかいっ!?」

 

 前屈みになった美女は俺の目を覗き混みながら熱を帯びた声で言った。

 

「私の家まで案内してあげるから、たどり着けたら教えてあける……♪」

 

「……どっせあああああい!!!!」

 

 出口らしき脆い鉄の扉を蹴り飛ばす。

 そして俺は、懐かしく思える暖かい日の光の中へと躍り出た。

 

 何処か遠い異国を思わせる煉瓦作りの街が広がり、人間から獣耳を生やした人々、蜥蜴のような人から熊のような毛深い人々までが当たり前のように生活を送っていた。

 その誰もが俺を目を丸くして見ていただろう、だが俺も同様に驚き、そして戦き空を見上げていた。

 

 空に架け橋のような、土星の内側から輪を望むような

 そんな地球には決して存在しないような、途方もなく巨大な構造物が空を両断して存在していたのだから。

 

 それは紛れもなく、ここは少なくとも俺の知る地球ではないと感じるに足る光景だった。

 

「構えー!」

 

 空に気をとられ、目の前の大通りに銃を構えた監守の集団が隊列を組んでいたことに気付くのが遅れた。

 隊長格らしき男が指揮棒を振り下ろす、美女が居るのに……いや、よく考えれば偉い立場にある女を浚おうとしてる化け物をそのまま逃がした方が名誉に関わるとかそういう考え方もありか。

 そりゃそうだよなぁ……俺今化け物だもんなぁ……

 じゃあせめて、化け物らしく格好つけて終わりますか。

 

 俺達を囲む銃口が火を吹くよりも早く、俺は美女を下ろして抱き抱えるとそのまま後ろに振り向いて……

 

 

 

 

 思えばそれは運命だったのだろうか……。

 初め私はそれを不運と内心で嘆いていた。

 非番の日に非常通信でたたき起こされ、警備部の坊ちゃんから無理矢理呼び出されたかと思えば収容した魔物の暴走にかの方が巻き込まれたと言うではないか。

 だいたいあのお方は遊びが過ぎる、こんなこと口に出して言っては極刑ものだろうが少しは痛い目をみた方がいい。

 そんな愚痴を内心でこぼしつつ、私は装備を纏い件の封印牢へと馬を走らせた。

 

「やぁ、ウィンターガーデン署長」

 

「エフロンド卿、よくぞ此処へ。」

 

 おーおーやってるやってる。

 収容施設内部からは爆音が響き、内部の混乱が見てとれる有り様だ。

 

「件の化け物はスザンヌ様から出口を聞き出したようで、真っ直ぐ此処へ向かっているそうだ。

出たところを一斉()火を浴びせる算段となっております」

 

「彼女への流れ弾は?」

 

「我々も中でも特に腕利きの精密術士(スナイパー)を揃えております、施設内ならまだしも開けた場所なら正確に化け物のみを射ち貫けるでしょう」

 

 爆音が近づいてくる、打ち合わせの時間もないか。

 まぁあの方なら狙撃魔術の直撃で死んだりはするまい。

 

「よし、射ち漏らしたら私が撃ち取ればいいと言うわけか。この借りはでかいぞ、署長」

 

 そう言って私は、ホルスターから愛用の機構剣(エンジンブレード)を抜き構えた。

 

 音からして出口までの距離にして15サンク(メートル)……11……9……7……3……1……

 

 すさまじい力で鋼鉄で作られた厚さ3サンクもの扉が蹴破られる。

 因鉄の流動も計測できないとなると素の化け物か、厄介な……ぁ…………

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 その瞬間、世界の色が変わった気がした。

 

 

 即席で身につけた鎧の隙間から覗く白い肌、手足の体毛と同色でたなびく朱色の長髪は、それが戦女神の化身であるかのように己の存在を戦地へと誇示していた。

 その肩に担ぐあの方でさえも、その神話の一部にすぎないかのような。

 そして、ああ!そして何よりその目だ!

 獣のような切れ長の相貌に、細長かった黒目が見る見る内に丸くなって……まるで憧れた世界への生誕を祝うような、いやさ、初めて目にした美しき世界に感動を禁じ得ない秘されし乙女のような……

 

「構えー!」

 

 署長の号令にしたがい、狙撃班が儀式杖を構える。

 その時彼女は我らを見卸し、慈悲深く微笑んで……

 

 担いだあの方をお庇いになられたのだ。

 

 剣が、閃いた。

 

 

 

 

 爆発が起きた。

 美女を庇い、背中に走るだろう熱い痛みを覚悟して難く閉ざした目を恐る恐る開き振り替えると、純白の鎧を身に纏った金髪の青年が剣を振り抜いた形で鎧の監守達と相対していた。

 

「なっ……気でも触れたかエフロンド卿!」

 

 指揮棒を構える男が叫ぶ、先の爆発はこの男が起こし銃弾を吹き飛ばしたのか?

 人外染みてる想像だが、返答するように金髪の持ついかした感じの剣がその一部を開いて勢いよく蒸気を噴出した。

 

「それはこちらの台詞だウィンターガーデン署長、対物術式など彼女の身体を貫くに十分足る威力のもの

陛下を庇われた彼女を貫き、その御身に傷つける不手際誰が赦せようか!」

 

「かの……え?いやそれは……その……」

 

 指揮棒のおっさんが焦りを見せはじめる。

 そっかあいつら対物ライフル的なの射とうとしてたのな、身を呈しても庇えないじゃん馬鹿だ俺。

 あれ?予想以上に偉い人じゃないかこの美女さま。

 だがこの金髪も、相等冷静で話がわかるやつなんじゃ……

 

 

 

「しかし私が赦せぬのは!

かような見目麗しき令嬢を化け物とそしり、事情も聞かず追い回す無法!

 

例え天下が赦しても、この近衛騎士白薔薇のデュバル・ド・エフロンドが!

赦すわけにいくものかよ!!」

 

 

 ……あ、みんな目が点になった。

 デュバルと名乗る金髪はかなりの重量を持った鎧の脚で大地を踏み鳴らし、さも歌劇やアニメのイケメン主人公もかくやな大見得を切り名乗りをあげた。

 

 ……あー、あー、美女の方を化け物と思ってるやつかな?

 美女さんは美女さんで何、俺の胸に手をおいて笑いを堪えてしてるけど知り合い?

 勘違いは正さないとなぁって、何?

 金髪(デュバル)がやたらと見てるの、美女さまじゃなくて俺じゃね?

 

「誤解を解こう、麗しき(あけ)き髪の御仁よ。さぁ、手をとって」

 

「……へ?」

 

 まるでナンパするような、むりくり優しくしたような声でなんか言いながら此方に手を差し出してくる。

 朱色の、髪の、ごじん。

 

「一目見て貴女に心を奪われてしまいました、朱き女神よ」

 

 

「ううおおおおああああああああ!!!!」

 

 固く握った拳に何か熱いものが流れ込み、目に見てわかるくらいギシリと重くなり発光する。

 なんか手順とか色々飛ばして咄嗟に出た必殺の一撃っぽいそれを、俺は危機感のままに金髪の胸へと押し込んだ。

 

「ぽぅ!?」

 

 哀れ金髪(デュバル)は射出されたロケットのように天高く弾き飛ばされ、錐揉み回転しながら遥か彼方の民家へと落下していった。




「直ぐ向かいます、ベルモッド!」

「うおおおお!地球一周だってしてやろうじゃないの!!」

「そこの陛下と同い年だ!!」

「~~~~っ!スザンヌぅううっ!!」

「ありがとう、もうあんたを人質にして突っ走るのは辞めだ」

「発情してるとこ悪いけど、時間切れよ……ベルモッド!」

「ヴィルヌーヴ王国第27代国王スザンヌ・デ・ヴィルヌーヴの名に於いて、此処に名もなき魔物への処遇を言い渡す!」

次回「目覚め・逃亡(後編)」

「かあさまー」

「どうなさったのですか?」

「この子角あるー」


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1/目覚め・逃亡(後編)

 私が研究室で持ち帰った遺失技術のレポートを纏め上げていたところ、助手のケイリーからその報を聞いたのは午前11時、エフロンド卿が民家へ落下したという知らせと共に耳に入ってきた。

 

「件の魔物がスザ……陛下を浚い逃亡中?」

 

「はっ……はいっ!只今第七市街地を肩車したまま真っ直ぐ王宮へと向かっているとのことで」

 

 やばい、やばい、やばい!

 顔面から血の気が引いていくのが解る、やはり未知の魔物を市中に招き入れたのにはスザンヌの思惑が絡んでいたんだ。

 スザンヌの事だ面白がって王宮を半壊させるなんてやりかねない。

 いやそれよりも、私の築き上げた地位が……遺跡発掘し放題の夢が脆くも崩れ差ってしまう。

 折角持ち帰った技術だけでさえも第七禁書庫立ち入り自由を貰える程の大発見なのに!

 

「直ぐ向かいます、ベルモッド!」

 

『かしこまりました』

 

 傍らに使える執事がバラバラとパズルのように薄い偽装外装を解き、その内に収納した本体を晒す。

 グリップを握り、軍機構のサーバーに無理矢理アクセスして地図のデータと照合する。

 

「ベルモッド、飛ばして!」

 

『仰せのままに、身を構えてください。』

 

 杖からもう一本せり出したグリップを握り、ペダルに脚をかけて浮遊するベルモッドによりかかる。

 杖の角度が90°下がり両手と顔をつき出す形になると、ケイリーが慌てて研究室のドアを開けた。

 

「どうも!」

 

 爆音と暴風が研究室内のレポート用紙を室内に舞い飛ばす。

 その衝撃を踏み台にして急加速した私は廊下の壁に激突する前に細かく旋回、哲学院の廊下を人にぶつからぬよう最高速度で飛び出した。

 

 

 

 

「はぁーっ!はぁーっ!」

 

 やばい、バテてきた。

 色々と無茶苦茶な身体だからって酷使しすぎたかもしんない。

 金髪を発射したあとからなんか異様に疲れるし全身筋肉痛みたいにジンジン痛いし!

 

「がんばれーがんばれー♪」

 

「うおおおお!地球一周だってしてやろうじゃないの!!」

 

 美女さまがはしゃぎ、両耳を挟む腿の感触。

 これさえあれば何でもできる!

 身体に渇を入れて駆け出したその時、隕石もかくやという勢いでそれは飛来した。

 

「ぶわぁっ!?けほっ、なんだぁっ!?」

 

「あらあら、早かったわね?」

 

 それが地面に降り立った瞬間、土埃が爆発的に舞った。

 寒気が走り、咄嗟に身を逸らすと何かが俺の胴体が位置した場所を通りすぎた。

 凄いやこの身体心眼的な何かも有るわけ!?

「まだ来てるわよ?」

 

「ぬあ!?」

 

 今度は全身に先の寒気が去来した。

 慌ててその場から駆け出し目の前から飛んできたそれを腕で弾き美女さまに当たりかねないものも蹴り飛ばす。

 

「ちべてっ!!氷か今の!?」

 

 俺のいた場所に氷が殺到したのかゾッとするような衝撃音が背後から聞こえる。

 先からの鉛弾とはちがう恐怖が全身に突き刺さる、こっちは美女を抱えてるんだぞ!?

 

「もう、何も見えないわ」

 

 頭の上で美女さまが何かすると、突風と共に土埃は何処かへと飛んでいった。

 空けた視界の先には、見覚えのあるでかい杖?を携えた幼女の姿。

 

「やっと見つけた……!」

 

「……ああっ!?」

 

 思い出した、気持ちよく寝てたら俺はこいつに頭をぶっ叩かれて気を失って……それで気付いたら檻に入れられてたんだ!

 

「あの時のコスプレ幼児!!」

 

「そこの陛下と同い年だ!!」

 

 えっ?

 見上げるとこれまた巨乳を挟んだ絶景の向こうから笑顔で見下ろす妖艶な美女(おねーさん)。

 目の前には青い髪でコスプレ制服を着たちんちくりん。

 

「うっそだぁ」

 

「ベルモッド、こいつ殺す」

 

『かしこまりました』

 

 ちんちくりんの物騒な言葉に、周囲のファンタジーから文字どおり浮いている浮遊バイクは渋い落ち着いた機械音声で応える。

 するとそれは金属音をならしながら変形し、ごつい杖のような形状へと変形した。

 

「もう一度言う、私はヴィルヌーヴ王国王宮筆頭魔術師クローシェ・ド・トゥルースワイズ!

陛下を拐かさんとする不埒な魔物よ、死にたくなければ陛下を解放しなさ……って待てぇ!」

 

 名乗りが終わるのを待たずに俺は一息に市街の屋根の上へ跳躍し走り出す。

 

「出会い頭に殴りかかるわ刺してくるわして来るサイコ幼児に誰が付き合うか!」

 

 ちんちくりんが手に持った杖をライフルのように構える。

 コッキングを一回、冷たい何かが杖の背にあるフィンに集まっていく。

 

『《氷弾・刃・追尾型(シャシーラメ・デ・グラス)》追尾パターン変更します』

 

「せいぜい逃げ回れ骨董品……!」

 

 見た目に似合わないどすの効いた声でちんちくりんが呟きトリガーを引いた。

 氷の刃の群が杖の銃口から生えて、破裂音と共に解き放たれた。

 放射状に放たれたそれは渦巻きに誘われるような不自然な挙動で屋根を伝い走る俺に殺到する。

 俺は到達の前に物干し竿を拝借してバットのように構える。

 

「今度は魔法少女か……よっ!!」

 

 力一杯振り回し、殺到する氷の刃を吹き飛ばす。

 しかし氷は、花開くように弧を描くと今度はそれぞれが別の軌道を描いて迫ってきた!

 

「なあぁだっ!?」

 

 これにはたまらず逃げ出す。

 今度は細かく追尾できないほど加速されていたようで、氷の刃は屋根に突き刺さっていく。

 しかし俺が逃げていく道に沿って氷の壁ができる程、数が多かった。

 また新しい氷の刃の群れと共に、浮遊バイク形態になった杖に股がるちんちくりんが全力疾走の俺と並走する。

 氷の刃はちんちくりんの回りを護るように円筒形に配置されている。

 杖からの渋い機械音声が無慈悲に告げる。

 

『お覚悟を』

 

「するかぁ!こちとら命と美人のねーちゃんとの凄いことがかかってんだっ!」

 

『は?』

 

 杖が困惑しとる。

 同様に目を点にしたちんちくりんが我に帰り、顔を赤くして絶叫する!

 

「女同士でしょ、何考えてんのこの変態魔物!!」

 

 飛ばしてくる氷の刃に飛び乗って、ちんちくりんの頭を踏み台にして向かいの屋根に跳ぶ!

 

「ぎゃ」

 

「信じらんないだろうがこちとら中身は男子やっちゅうねん!!」

 

 着地すると、柔らかい巨乳を頭頂部に押し付けてしがみついていた美女さまがちんちくりんに振り返り、口許に手を宛ててヲホホと笑う。

 

「そう言うことみたいだから、じゃあねぇ」

 

「~~~~っ!スザンヌぅううっ!!」

 

 爆音、スピードを上げたちんちくりんは氷の刃を置き去りにして尚俺達を追いかけた。

 

 

 

 

「ついたぁっ!!」

 

「あらあら、着いちゃったわねぇ」

 

 ちんちくりんを撒いて、目の前には先から見えるのがおかしいナーと思っていたほどの巨大な宮殿。

 というか今まで走ってきた街があくまで一区画とすれば、壁で隔てられた宮殿の内部もまた幾つもの施設があるようでもうひとっ走りする必要がありそうだ。

 だが、銃や魔法ときて……今度は剣の切っ先に囲まれていた。

 

「魔物めぇっ……そのお方を誰と心得ての狼藉か!」

 

「その上王宮にまで押し入ろうとは不届き千万!」

 

 そりゃあ王宮なんだから警備が薄いなんて訳がないよね。

 顔まで覆い隠す全身鎧の騎士達は当然ながら敵意剥き出し、剣はどれも先の金髪と同じ半機械仕様。

 押し通ろうとすれば間違いなく爆発の餌食。

 もういいだろ……

 

「あら……?」

 

 肩と頭の感触が名残惜しくて堪らないが、美女さまを下ろす。

 

「ありがとう、もうあんたを人質にして突っ走るのは辞めだ」

 

「覚悟は出来たみたいね」

 

 そう言って空から飛来するちんちくりん。

 杖を今度は全うな形に持ち直して、騎士達と同様に此方に向ける。

 

「ああ、お陰でこの身体の扱いにも大分慣れた。そろそろ遠慮なくぶちかまして見たいんだよ!」

 

 両の拳を開き、感覚のまま『質量』を増していく。

 増しすぎた質量に、足元からボコボコと陥没して真円のクレーターが出来ていく。

 どうやらこの身体はそれにしても特殊らしい、逃げてる間に色々とわかったことがある。

 多分何かを見た目じゃわからない重さに変えてくれていて、そのまま自分の手足の感覚で振り回せるんだ。

 手足を鈍器に変えるようなもの、美女さまを乗せたままだと十分に発揮できない狂戦士(バーサーカー)仕様。

 なら道を俺が作れば良い。

 

「行き先を遮るやつは残らず叩いて再起不能にしてやる。

邪魔物がいたら、美女さまと凄いことがゆっくり出来ないからなぁ!」

 

 騎士達がヘルメットの上からも解るほど動揺して聞き間違いか隣に聞きあっている。

 だがちんちくりんは、一度俺の目的を聞いたからか冷たいほどに冷静な視線を俺に投げつける。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「発情してるとこ悪いけど、時間切れよ……ベルモッド!」

 

 

『仰せのままに、ビット射出。プロトコル《天球儀(スフィアセレステ)》』

 

 杖が先端から花びらのような小型機械をいくつも立ち上がらせたかとおもうと、それは飛び立って俺の周囲を球状に取り囲んだ。

 騎士の一人が美女さまを抱え、瞬く間にビットの包囲網から退く。

 まさか打ち合わせ済みか!?

 

「あなたの時代なら覚えがあるかもしれないけど、データは共有されるものなのよ

そして、人間の知恵と科学は、魔術と魔物を凌駕する!」

 

 騎士達が剣を地面に突き立てると、地面から光輝く何かを吸い上げてちんちくりんの持つ杖へとそれを流し込む。

 

『因鉄粒子散布完了、現象固定準備完了しました』

 

「大地の精よ、大いなる星々の誕生の記憶を呼び起こせ。3000年の牢獄は、獣を縛る鎖となりて……《重力縛鎖試作型(シャン・ドゥ・グラビティ)》!!」

 

 ちんちくりんの詠唱に応え、ビットの先端が瞬いた。

 瞬間、俺は全身に何かが覆い被さるような衝撃を受けた!

 というか動けない、息が出来ない苦しい!

 

「がぁ……っ、あが!!」

 

「怒るごとに重くなる性質の魔物、確かにそれを封じるなら星の力で押さえつけるのがもっとも効果的ね

重くなればなるほど強く、その鎖は臓腑まで締め付ける

そのまま潰れちゃいなさい変態魔物!」

 

「あ、あ、あぁがっ……」

 

 ちんちくりんの言葉通り、質量を増せば増すほど腕が身体に食い込んでくる痛い!

 待て落ち着けどうやったら質量(これ)下げられんの痛いやめてもうしませんごめんなさいなんでもするから……ぁ。

 

「降参しなさい!」

 

 出来るかあぁぁ!!

 肺まで潰されたら声すら出せんわ痛いやばい酸素が意識が薄れてきたもうダメ死ぬ……

 

 

「控えよ、惑星」

 

 

 一言、美女さまがそう言うと俺は重力の牢獄から解放された。

 身体に力が入らない……そのまま前のめりに倒れ付した。

 

「スザンヌ!?」

 

「はっ……はっ……」

 

 ああ空気が美味しい。

 もうこのまま寝ちゃいたい……

 

「ヴィルヌーヴ王国第27代国王スザンヌ・デ・ヴィルヌーヴの名に於いて、此処に名もなき魔物への処遇を言い渡す!」

 

 あー、やっぱりお姫様だったかぁ……そうだよなぁ王宮住まいだし陛下だし、運が良いのか悪いのか……

 

「この者、魔物にして魔物に非ず!人にして人に非ずの半端者!

さればこの者、発掘者クローシェ・ド・トゥルースワイズの責任監修のもと、国防の番犬として国民として迎えるものとする!」

 

「な、あっ!?」

 

 ちんちくりんが悲鳴じみた声を上げる。

 美女さま……スザンヌさんはちんちくりんを向いて悪戯に微笑んだ。

 

「異議には此度の騒ぎに相応の積を以て応えよう……異議あるひとー?」

 

「ぐっ……くっ……ぎ……」

 

 それでもちんちくりんはプルプルと震えて何か文句を言おうとするが……項垂れた。

 

「ありません、陛下」

 

「良くできました♪」

 

 ……ザマァミロ。

 あれ?ていうか今のって、俺がこいつの世話になるって事じゃないのか?

 ……やばくね?

 

「かあさまー」

 

「どうなさったのですか?」

 

「この子角あるー」

 

 場にそぐわない幼い声が三つ。

 

「あぁ、ベル、エトラ、ベッテ。新しいペットよ?」

 

 それにスザンヌさんが優しい声で応えて……か。

 

「かあさまと!?」

 

「うわ生き返った!?」

 

 根性で起き上がる俺に、ちんちくりんが思いっきり引く。

 彼女によく似た三人の子供を抱きながら、にっこりと彼女は俺に笑いかけた。

 

「三児の母です♪」

 

「……ああ、ホントによく似て……ぐはぅ」

 

 残る力一杯の社交辞令を交わした俺は、そのまま意識を手放した。




「……はっ、此所で迷うたぁ俺もまだまだだな」

「堅くならないで、お互い遊んだ仲じゃない」

「やっやぁっ……優しくしてくださっ……」

次回「お風呂・王女」


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2/お風呂・王女《下》

 

 

 運動の後は風呂、素晴らしい文化だと思う。

 雑学だが、俺のいた世界で西洋には一時期暖かい風呂に入ると言う文化が抑圧されていた時代があり、今もシャワーで済ませる人が多いんだとか。

 いや見た目だけでも中世辺りやってるこの世界がそんな感じでなくて本当に良かったと思う。

 いやしかし……

 

「いきかえるわぁ~……」

 

 ギリシャ風ので~……っかい大浴場に一人、湯船に浸かるこの贅沢さよ。

 この世界で目覚め大暴れしたその日。

 俺が一日肩車して走り回った王女さまの計らいで俺は今日だけ王宮の来賓施設で過ごすことが許され、こうして疲れを癒すためのお風呂とかも貸しきりにしてもらっている。

 流石というか、美人なだけじゃなく懐もでかいお方だ。

 あれで人妻なんだからなぁ……子供が三人。

 

「……んっ!」

 

 いかんいかん、仮にも恩人だぞ。

 首を思いきり振って煩悩を振り払う。

 いやさエロいのだが、今俺にはそれよりも切実な問題があるではないか。

 湯船から上がり、生まれたままの(?)姿で大鏡の前に仁王立ち。

 骨格のせいか自然と内股気味に、黙っていれば本当に美人のケモノな女の子が此処に居た。

 

「……これで俺じゃなけりゃなぁ」

 

 またも自分の乳を揉む。

 他人だったらせめてもうちょっと遠慮もするが、半日は牢屋のなかで嫌と言うほど見慣れた身体だ。

 それに化け物と言われてもハイそうですと言えるほどの身体能力に重さを変える特殊能力、昼に撃たれた腿の傷も脱出したときには気にならなかったしもう塞がっているから回復能力も化け物級。

 ひくわー。

 そこで気になるのはひとつ。

 

 この身体で発散できるの?

 

「……っ、ごくり」

 

 これもまた雑学だが、女性の性感は男性の百倍はあるという。

 男と言う生き物は知識の足りないうちは初めて自分で発散した時の感覚を追い求めていくものだと思う、俺もその類いだ。

 だがこの身体でそんなことしちゃったら、俺戻れんのか?

 

 暖かい欲情……いやさ暖かい浴場の中で、冷たい汗が頬を伝う。

 

 どれだけ時間が経過したのか……やがて、鏡の向こうのケモノ美女はあきれた笑みを溢した。

 

「……はっ、此所で迷うたぁ俺もまだまだだな」

 

 ああ、本当に馬鹿げている。

 そんなの男女の関係となにも変わらない、自分の名前も思い出せない親不孝だが、そんな俺でも両親の顔は覚えているさ。

 俺の生命は、二人の性の衝突によって生じた小さな奇跡だ。

 俺も女の子を求めるのは、単(ひとえ)にまだ見ぬその衝突への憧れと遺伝子に刻まれた欲求に他ならない、男子は皆一様に股間に使命に忠実な第二の脳を持っているのだから。

 そう、身体は女、心は──魂は男。

 何故にそんなすっとんきょうな転生を果たしたかは思い出せないから置いといて、少なくとも魂の股間にはその証がいきり建っている筈だ!!

 仁王立ちのまま右手を構え、狙いはジャングル。

 

 いざ、未知の理想郷(シャングリ・ラ)へ!!

 

「よっしゃあ!!」

 

「ねぇねぇ何してるの?」

 

 勢い余って地面に頭から突っ込みその勢いのまま湯船へ滑っていってドボン。

 真っ赤になってるであろう顔を湯船から半分出すと、身を屈めて此方を見る王女様が居た。

 もちろん、裸で。

 

「ごごごごご機嫌麗しゅう」

 

「堅くならないで、お互い遊んだ仲じゃない」

 

 いやいやいやいや、俺ならまだしもうわ良い匂い。

 重力に従ってその存在を主張する二つの巨峰を前にして平成を保てる男児が居るものかいや今女だけども!

 

「それとも」

 

 桶を手に取り、白濁した湯を汲み取るその姿はギリシャの彫刻で見たものよりもふくよかに艶かしくて……

 

「凄いこと?」

 

 お下げにして尚ボリュームのあった髪もほどけて今はふわふわに広がっていて所々がしっとりと肌に張り付いていて……

 桶の湯を被りそれも流れるように落ち着いて……

 ふぅと一息吐いてから、王女様は微笑んだ。

 

「したいの?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 あかん、刺激が強すぎる。

 目を逸らしてしまう我がいたらなさを恥じつつも、俺は王女様に答える。

 

「しっ……したいですっ……けどいけません王女様は人妻であられますし」

 

「未亡人だけどねー」

 

「どぉっ!?」

 

 湯船に入りながらとんでもない事さらっと言ったこの人!?

 そっか王様いないからこの人が国王やってるのね、でもそんな気軽に言うことか?

 

「でもそうじゃないでしょう?中身が男の子、女の子の身体になって戸惑ってる」

 

「!!」

 

 隠してたつもりはない、でも驚いた。

 この人は、俺のことに気づいていたんだ。

 

「な、なんで……」

 

「これでも男の人のそういう視線には、慣れてるのよ?」

 

 ちょっと納得してしまった、いや納得いかないけど。

 

「正直に言って?どうしたいのか……聞いてあげるわよ?」

 

 ……少し、考える。

 

「色々とわかんないっす。いつの間にとか、どうしてこうなったとか、ゼンゼンわかんないし……でも何処に住んでて、家族とか、学校とか、友達とかは覚えてて、だからなんとか俺は俺だと思えてて……」

 

 王女様は落ち着き払った様子で俺の話を聞きながら微笑んでいる。

 すげーなぁ、流石人妻で国王で三児の母。

 中身わかってても関係ないのか……

 

「あなた、名前は?」

 

「思い出せないっす……」

 

 王女様は少し考えると、急に俺の背中に回り肩に触れてきた。

 

「なっ、何を……ひえっ」

 

 しっとりした暖かい急な感触と、自分の髪が背中を撫でる慣れない感触に変な声が出た。

 何故かしげしげと肩甲骨のあたりを見つめている王女様に、俺は覚悟を決めて目を閉じる。

 

「やっやぁっ……優しくしてくださっ……」

 

「シリアル2、イラ……そう書いてある」

 

 

 変なこと口走っちゃった感、いっそ殺して。

 

 

 風呂から上がって、急ぎ自分の肩甲骨のあたりを鏡で確認する。

 確かにそこには、まるで機械で刻印されたかのような紅く四角い文字が刻まれていた。

 しかし、俺がなぜこうなったのか……その手がかりになるのではという淡い期待も虚しく、やはりその文字は知らないものだった。

 

「イラ」

 

「えっ?」

 

 湯船からそう呼ばれた気がして振り返る。

 そこには、一糸纏わずともしっかりと王宮前で重力を止めたときのような威厳をもった『王女様』が立っていた。

 

「あなたはこれからイラと名乗りなさい

怒りの名を冠し、さりとて怒る相手を知り、そして怒る意味を知る獣

いつか本当の怒りを覚えるとき、あなたは獣になるでしょう

そしてそれ以外の大切なものを手放さない限り、あなたは……人間であるはずよ」

 

「お、王女様?」

 

 その凄みというか、迫力に、思わず座り込んで見上げる。

 そして王女様は、いつもの笑顔に戻って言った。

 

「スザンヌで良いわ

そう呼んでくれる人、今はもうクローシェしか居ないから」

 

「……スザンヌ」

 

 王女様……スザンヌは、俺がそういうと膝をついて思いきり俺を抱き締めた。

 

「あはぁっ!?お、おたわむれへっ」

 

 胸同士が絡むという異様な感触に、今度こそ変な声が出た。

 

「……ごめんなさい、もう少しこうさせて」

 

 表情も読めないまま、俺を抱き締めるスザンヌを……ようやく冷静になった俺は、なにも言わずに抱き返した。

 

 

「なにやってんだぁぁあ!!」

 

 

「げっ」

 

 聞くだにゾッとする高い声が風呂場に響く、風呂場の入口に仁王立ちするのは制服もそのまま風呂場に上がり込んだちんちくりんだ。

 

「この変態魔物!またスザンヌ陛下に変なことするつもりだったんでしょ!」

 

「ちっ、まさしく今良い雰囲気だったのに!」

 

 離れたスザンヌの感触は名残惜しいが、どしどし歩いてくるちんちくりんの反対側から大急ぎで逃げる。

 

「スザンヌ、次は絶対チャンスのがさへんからな!」

 

「ぁ……ふふっ、く、ふ、ふ。またね、イラ?」

 

 俺がそういうと、スザンヌは口許を抑えて笑い始める。

 見届けた俺は、急ぎ用意された服を着て、慣れないスカートを引きずりなんとか逃げおおせた。

 

 

 余談だが、自室に戻った俺は翌日半裸のまま気絶した状態で起こしにきた侍女に発見されちょっとした騒ぎを起こしてしまった。

 死ぬかと思った、とだけ言っておく。

 

 

 

 

「第二の罪……怒り」

 

「……馬鹿な、第二の魔獣がこの国の地下に眠っていたと言うのですか!!

それに気づいておきながらアレを野放しにし、まして封印を解いたあの娘に任せると!」

 

「宰相、私の決定に何か不服でもあるの?」

 

「大有りですぞ……お戯れが過ぎます!!

それが本当ならば、今すぐ彼奴の首を跳ね厳重に封印しなおすべきです!

あの宮廷魔術師も、この件で十分その危うさは立証されたでしょう。

代わりは幾らでも立てられるでしょう、即刻手をうたれた方が」

 

「宰相」

 

「っ 出過ぎた発言、申し訳ございません陛下。

ですが、このままでは亡き王に……なんと申せば良いのですか」

 

「……ねぇ、ウォルター」

 

「は。」

 

「貴方は、◼️◼️って信じることが出来る?」

 

「は?」

 

「私も母親になって5年、国王になって3年になるけど……やっぱりそれはいちど信じてしまうと中々手放せる代物じゃないわ」

 

「貴方様は、貴方というお方は……まだ信じておいでなのですね、王を……そして彼女を。」

 

「愚かと謗るなら謗りなさいな。」

 

「………………いいえ、儂も人の親。其ばかりは否定できませんとも。」

 

「勿論、否定される覚悟だって出来ているわ」

 

「陛下……?」

 

「もしもこの先、あのこが怒りに捕らわれ……

『怒りそのもの』になってしまったその時は、私は彼のようなヘマはしない」

 

 

 

 

「その時は──────私があのこを殺すわ。」

 

 

 

 





「ウォルター、意地悪するんじゃないの」

「ちょ、ちょっと待った!」

「帰る手段を探したい、そう言いたいんでしょ?」

「てっめえどっちが変態だ!! ……へっ?」

「それじゃあ私は公務があるから、用があるまで達者でねー♪」

「御無体なああぁぁぁ!!」

次回『魔術の王国・ヴィルヌーヴ(前編)』

「顔に出てるわよぉ?」

「はっ……!?」


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3/魔術の王国・ヴィルヌーヴ(前編)

 俺は昔から好きな人が居た。

 その人はかなり年上の教育実習のお姉さんで、大人になったら釣り合うような男になろうと色々頑張ったのを覚えてる。

 でも出会って数年としないうちに、その人が誰かと結婚する事が決まった。

 その人はとても幸せそうで……

 悲しいけど、それを押し付けるのは明らかに間違いだと自分では解ってて……

 だから俺は、その背中を追うことをすっぱり諦めた。

 

 

 

 

 馬車が王女様お忍びの為の薄暗い小路を抜けて、窓から急に光が差し込んだ。

 眩しさに閉じた目をゆっくり開けると、上空に広がる異世界の青い空と眼下に広がる赤い街が素晴らしい展望を拡げていた。

 空にうっすらと見えるあの巨大なリングも、より一層感動を拡げてくれる。

 

「っ……ふわぁ……!」

 

 馬車の後ろにそびえ立つ王宮を中央の一区画として、放射状に拡がる10の大通りと、その隙間を縫うように乱立する赤煉瓦の建物たち。

 その大通りの一つ、かなり遠くに見覚えのある砦が見えるが……そうかあんなとこから走ってきてたのか。

 そりゃあ疲れるよな、と、馬車に揺られながら向かいに座るスザンヌを見やる。

 

「……王女陛下に何か御用か?」

 

「滅相もございません」

 

 王女様(スザンヌ)の執事なのだろうか、それとも部下のお偉いさんか

 スザンヌの隣に座る豪奢な衣装のじい様が腰のレイピア──例によって柄が鍔の辺りから機械仕掛け──に手をあてながら滅茶苦茶睨んでくる。

 金髪の起こした爆発もそうだが、どうもこの世界の連中は機械を通して魔法じみた攻撃をぶっ放せるらしい。

 そこだけ技術どうなってんねんと言いたくなるが、最後に食らった身体が重くなる魔法はまじでもう食らいたくない。

 

「ウォルター、意地悪するんじゃないの」

 

「……ちっ」

 

 スザンヌの一言で舌打ちしながら手を引くが、目はまだこちらをまだ睨んでくるウォルターじい様。

 

 昨日の風呂の件は早くも王宮内で噂になってたらしく、王宮内で目を覚ました俺は早速猛獣(性的な意味で)扱いのまま馬車に詰められてきたのだ。

 出発前にスザンヌが入ってきたときは侍女達が止めに入って来ていたが、結局説得されてしまっていた。

 馬車の中からじゃ聞こえなかったが、侍女達は顔を真っ赤にしていた。 王女には誰も敵わないらしい。

 んで一緒に入ってきたのがこのじい様だ。

 そりゃ警戒もするわな。

 そう思っていたところで、スザンヌが口を開いた。

 

「イラ、私はあなたをこの国の為に働かせようと思うの。

あなたの身体はそれに足る能力を持っている、そして知性もあるからね?」

 

「はぁ……」

 

 まぁ、番犬っつってたからな。

 しかし、街を見下ろす限りどっかの国と戦争をしているとかそういう様子は微塵も感じられなかった。

 子供たちが市中を走り回り、商店の立ち並ぶ街道は人で賑わっている。

 和風な意匠のドレスを着飾ったエルフっぽい耳の長い人や、ビキニアーマーの腰に機械剣を下げた獸耳の人とか、多種多様な人種が溢れている。

 戦争なんてしてたらこうはいかないだろうな。

 おまけに割りと女性の美人さんが多いこと流石異世界うひょひょ……

 

 

【挿絵表示】

 

 

「顔に出てるわよぉ?」

 

「はっ……!?」

 

 いつの間にか鼻の下を伸ばしていたようだ。

 恥ずかしい、笑う王女に言われて涎を拭き取った。

 

 まぁとにかく平和だ。

 じゃあ何から、この平和な国を守れと言われているのか……

 

「魔物よ、世界に蔓延る人類種の天敵。

この世界の人類は常に魔物の驚異にさらされているわ

ある程度の生活圏から離れた人間は即魔物の餌食よ

この王都も、国も、騎士も魔術師も、本来魔物から自衛するためにあるものよ」

 

 なんてこった、俺はそんなものだと思われているのか。

 確かに化け物の自覚はあるが、人類に敵意なんてもん持ったことはないぞ俺は。

 というかやっぱり居るのか、魔物。

 

「まぁぶっちゃけ、3000年も封印されてて生きているあなた(の体)が尋常な生き物ではないのは確かだけど

魔物かどうかは今のところ半々というのが今のところ哲学院(アカデミエ)の見解なの。

異世界から別の体に混ざりこんだヒトであることなんてまず信じてもらえないだろうしね。

強く賢い新種の魔物であれば、国の護りに立って貰って周囲の魔物を牽制するもよし

ヒトであることが確定したなら、そのままそこはあなたの働き口になるわ」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 身を乗り出して慌てて制止する。

 ウォルターがまたレイピアに手を宛がうが構わず俺は続けた。

 

「処刑になる前に助けてもらったのには感謝してる、スザンヌの頼みとあらば喜んで受けたい。

でも……」

 

「帰る手段を探したい、そう言いたいんでしょ?」

 

「……っ!」

 

 そう言ったスザンヌの言葉には、なんだろう……昨日の凄みとも違う、でも抗い難い感情が感じられて俺は口をつぐんでしまった。

 ウォルターもゆっくりと手を下げた。

 スザンヌは微笑むと、続けて言った。

 

「安心して、そのためにあなたの手綱をあの子に任せたんだから……」

 

「あの子……って」

 

 

 

 

 

「と言うわけで、お願いするわ♪」

 

 煉瓦作りのアパートのような建物の前で、馬車からおりてすぐのこと。

 手を合わせて王女様(スザンヌ)がご機嫌に頼み込んだ相手は、やっぱり昨日のSFサイコ魔法少女──クローシェとか名乗っていたちんちくりんだった。

 しかし昨日ならまだアニメで見るような魔法少女もかくやと元気に跳ね回っていたが……今日は目元の見えない瓶底眼鏡を着用し、昨日から徹夜でもしていたのかその縁から隈が見えて疲れたような猫背をしている。

 

「ああ、はいはい魔物の女に憑依した自称異世界の変態男ね。

昨日から覚悟はしてたけど、ホントいきなり決めてくるわねスザンヌ」

 

「あなた好みの変態性能よ♪」

 

「変態の意味が違う気がする」

 

 スザンヌは突っ込みを入れる俺に振り返って紹介するように手を翻した。

 

「この子は私の幼馴染で、父の跡を継いで第1期文明──万能に届いたとされる古代の魔術を研究してる権威でもあるの

あなたというミッシングリンクがあるならば、いずれあなたの帰る方法……そこには届かずとも、あなたが居た世界とこの世界を繋ぐものくらいは見つかる筈よ」

 

 古代文明……ああ昨日の重くなる魔法か。

 遺跡から発掘したのもこいつだとかなんとか言ってたっけ?

 でも良いのかねぇ、幼女には興味ないけどこんなアパートで一つ屋根のした暮らせと言うなんて……ていうか魔物うんぬんって話は何処へ……

 そう考えている隙に、首に冷たい感触が巻かれた。

 

「ふぎゃい!? 何しやがった!?」

 

「失礼なことを考えてそうだったから立場を明白にしてあげたのよ」

 

 首に巻かれたそれを慌てて触れて確認すると革のような質感のベルトに金属の留め具? ベルト? 首輪か!!

 

「てっめえどっちが変態だ!! ……へっ?」

 

 無理矢理外そうと引っ張った瞬間、首輪からピーと機械的な警告音が鳴り重(おも)っ。

 

「みぎゃあ!?」

 

 そのまま身体が見えないなにかに巻かれて芯に向かって引っ張られるような力がかかり、堪らずしゃがみこんで首輪から手が離れるとそれが収まった。

 わ、忘れもしない。この嫌な感触は……!!

 

「あら流石ね、もうそこまで小型化するなんて」

 

「遅くなって申し訳ないけど、それ外そうとしたり私に危害を加えようとしたら容赦なく重力に潰されるから

無茶したら肉団子だからね? おわかり?」

 

 息切れした俺を見下ろす|ちんちくりん(クローシェ)は三日月のように口を開けて笑みをつくる。

 そんなスザンヌとは全く違うタイプの威圧感を俺に押し付けてきた。

 

「……っ!! ……っ!!」

 

 涙目でクローシェを指差しスザンヌに訴えかけるも、スザンヌはあらあらと困った笑顔しか向けない。

 なんか力関係が決してしまったような気がする。

 

「あんたの故郷は探してあげる、でもその分きっちりと情報を吐いて貰って、実験台にもなって貰うわよ? 解りましたご主人様は?」

 

「が、ぐ……っ!!」

 

 俺が言葉に詰まってる間に、スザンヌはさっさと馬車に乗ってしまう。

 

「それじゃあ私は公務があるから、用があるまで達者でねー♪」

 

「御無体なああぁぁぁ!!」

 

 かくして異世界の空に響く俺の悲鳴とともに、異世界での──モルモット──生活が幕を開けるのだった。




「口から駄々漏れだった!
もうあかん父さん母さんごめん預金額が減ったらこいつのせいです!!」

「ウォーリー婦人! 違うんですこの変態が勝手に言ってて……」

「んまぁー、大変ねぇそんな若い身空でぇ」

「待って、突っ込みが追い付かない」

「あれ月なの!?」

「あっそ、病院言って取ってもらえ」

「やはり運命を感じます」


次回『魔術の王国・ヴィルヌーヴ(中編)』
「俺は、男だあああああぁぁぁぁぁ!!」


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3/魔術の王国・ヴィルヌーヴ(中編)

「まぁまずお互い誤解を解こうじゃないか

険悪よくない、平和第一、人類皆兄弟や」

 

「魔物が兄弟なんていったら良い恥だわね」

 

 結構お洒落な手摺付の螺旋階段を上りながら、俺は必死にご主人様(クローシェ)に揉み手し交渉(イノチゴイ)を試みる。

 こいつはアレだ、絶対マッドのつくサイエンティストだ。

 下手を打てばその場で解剖、もしかしたら部屋にはすでに拷問器具が犇めいているかもしれない。

 冗談じゃない、身体は化け物、精神は打たれ弱い硝子の青少年それが俺だ。

 拷問なんぞされてみろ、即座に親の口座番号でさえも吐露する自信がある。

 

「それ自信じゃないんじゃない?」

 

「口から駄々漏れだった!

もうあかん父さん母さんごめん預金額が減ったらこいつのせいです!!」

 

「使うか!!」

 

「あらぁクローシェちゃんったら、強盗なんて始めちゃったの?」

 

 上の階から声のわりに野暮ったいイントネーションの言葉が落ちてくる。

 見上げるとそこには象形文字の書かれたドアから出てきたばかりの女性が、クローシェよりも小降りながら杖を腰に下げ鞄を肩にかけた格好で見下ろしていた。

 スザンヌより少し歳上だが、でかい。

 クローシェは変な会話を身内にでも聞かれたかのように茹で蛸になって弁解を始める。

 

「ウォーリー婦人! 違うんですこの変態が勝手に言ってて……」

 

「おねーさん助けてくださいおーかーさーれーるー!!」

 

 即座に女性の後ろに潜り込んで助けを乞うが、またも首輪が鳴る。

 

『お嬢様への社会的攻撃を検知しました』

 

「ゆうしゅう゛っ!?」

 

 クローシェの杖から鳴る渋い機械音声とともにまた締め上げられて階段を転げ落ちる。

 マッドなサイエンティストよりも、機械の杖の機嫌を取った方がいいのかもしれない……あだっ、壁にぶつかった。

 

「えっとぉ、このマンションってペットアリでしたっけ?」

 

 俺を無視しながらおずおずと女性に尋ねるクローシェ。

 どうやら彼女がこのマンションの大屋さんらしい、良いね好みやそういうの。

 

「んーペットは許可してないけど、ルームシェアならオッケーよぉ?」

 

「はぁ……ごめんなさい、来月まで待ってください」

 

 親指と小指で円を作りながら言う女性に、クローシェはがっくりと項垂れる。

 そして振り返ったクローシェの瞳は涙に若干潤んでいた。

 

「くぅぅ……家賃なんて今までツケたこと無かったのにっ、こうなったらホントに解剖してでも情報引き出すわよ」

 

「お、お手柔らかに……」

 

 可愛いと思ったのも束の間、恐怖に表情筋が凍りついた。

 すると急に動けない身体がフワッとした何かに持ち上げられた。

 身体の回りをリング状の光が包んで俺を階段の上まで持ち上げる。

 そして女性は両腕を広げて俺とクローシェを一緒に抱き締めた。

 

「おぅふ」「ぷぁ」

 

「仲良くしなさいっ、ルームメートでしょ? 新しい住人ならお茶の一つでも出してあげないとねぇ?」

 

 女性はそういうと、俺とクローシェを抱っこしたままドアの向こうへ連れ込んだ。

 なんと言うか、大阪のおばちゃんが魔法を扱ったらこんな感じに運用するんやろうな。

 懐かしい感覚と、何処となく香る生活の香りに俺は懐かしさを覚えていた。

 

 

 

 

 お茶を一口、喉を潤してから、俺は一息に俺のわかる限りの素性を話した。

 

「俺はイラ、生まれは東京育ちは大阪……わかんないと思うけど日本って国の地名だ。

『こっち』に来たときの記憶と名前は覚えてなくて、気が付いたらそこのクローシェが発掘した化け物女の身体になってた。

んで寝てたらクローシェに殴られてこの国の牢獄に拉致られてスザンヌ……女王陛下に助けてもらってイラって名前も彼女にもらったと。

 

あ、あと身体はこんなだけど中身は17歳男の子っす、よろしくっす。」

 

「んまぁー、大変ねぇそんな若い身空でぇ」

 

「待って、突っ込みが追い付かない」

 

 スザンヌは学者連中には信じてもらえないだろうと言ってたけど、やっぱり此処んとこはハッキリといっといた方がいいと思う。

 隠しててもどうせどっかでボロが出るのは俺が馬鹿だから自覚してる。

 ──多分大半わかってない──女性……アン・ウォーリーさんはお茶のポットを片手に頷き、クローシェは江頭を抑えてうなり声をあげている。

 

「『こっち』というのは貴女の封印されてた遺跡のこと?それとも……」

 

「この世界のことだ、少くとも俺の世界にあんな馬鹿でかいリング浮かんでないし」

 

 そう言って俺は窓からも月のようにうっすらと空に見えるリングを指差して言った。

 

「月のことぉ?」

 

「あれ月なの!?」

 

 似てると思ったらマジで月なのかあれが、いよいよもって本当に異世界だわこれ。

 クローシェの様子はもはや困惑を通り越して、呆れても居るような感じになってきた。

 

「自称、異世界からの稀人か……成る程、常識はずれなのも一部は頷けたわ」

 

「じゃあ次はクローシェちゃんの番よぉ?」

 

 ウォーリーさんに促され、クローシェは気恥ずかしそうにコホンと咳ばらいすると語りだした。

 

「私はクローシェ・ド・トゥルースワイズ。常に新しい魔術を探求・開発し、より今の第三期文明を人の為に進化させることを神理──目的──とする|高位の魔術師(ソシエル・スペリオーレ)よ」

 

「魔法使いねぇ……」

 

 俺が呟くと、ウォーリーさんが吹き出して笑いはじめた。

 クローシェもジト目でこっちを睨んでくるけど、え?

 そんなおかしいこと言った?

 

「ねぇ貴方の世界に魔術ってないの?」

 

「んーアニメとか物語の世界だな。科学は進んでるけど……」

 

「じゃあその科学を魔法呼ばわりしたら可笑しくない?」

 

 あー……成る程?

 

「魔法というのは本物の、それこそ神話に見るような理不尽のことよ

魔術は違うわ、しかるべき儀式で世界に満ちる7種の半物質性エネルギー『因鉄』に働きかけて望んだ現象を引き出す立派な技術よ」

 

「クローシェ先生のお陰でこの先恥をかかずにすみそうです」

 

 深々と頭を下げると、クローシェは顔を赤くしてそっぽを向いた。

 解りやすいなーこいつ。

 ウォーリーさんがホルスターから杖を引き出して言う。

 

「本来大がかりになる儀式を代わりに演算で行ってくれるのがこの『儀式杖(ぎしきじょう)』

クローシェのお父さんはねぇ、遺跡から儀式杖のオリジナルを発掘して大量生産に成功した偉い人なのよぉ

これのお陰で、私達の生活は大分便利で豊かになったのよぉ」

 

 遺跡や、古代技術ね……成る程、道理でなんか俺に対して聞きたい聞きたい言うわけだ。

 父親みたいな偉業を成したくて、望みを託して発掘したのが俺ってこと。

 理科の授業ちゃんと聞いときゃよかったかな。

 

「でも貴方の居た世界の話は、どっちにしても私にとって有用よ

古代であろうが異世界であろうが、この世界にはまだない概念が数多くある筈

だからへんた……イラ」

 

「……なんだよ」

 

 クローシェは俺に向き直ると、深く頭を下げた。

 

「私に協力してください、貴方の身体が何であろうと……人として、お願いする

あなたが帰る方法も探すから」

 

 そうか、こいつも必死だったんだな……

 人なら誰だって、目指すものくらいはある。

 それに追い付ける前から突き放される辛さはよくわかる。

 ある意味、俺にナンパ癖があるのだってその反動みたいなもんだ。

 だからクローシェがどこか焦った感じを常に持っているように思えるのも、どこかわかる気がした。

 

「わかったよ……んじゃ、これから宜しくなクローシェ」

 

 俺が右手を差し出すと、クローシェはその手をとった。

 

「じゃあ人として首輪は外してくれない?」

 

「それはダメ」

 

 なんでやねん。

 

 

 

 

 ウォーリーと書かれたドアを開けて、見送りに出たウォーリーさんに頭を下げた。

 

「お茶美味しかったです、ゆっくり話させてくれてありがとう御座いました」

 

「いえいえぇ、一緒に住むなら当然のことよぉ

只でさえうちは血の気の多い騎士やら魔術師やらの入居者が多くてねぇ」

 

 話ながらポケットから自然に取り出した飴ちゃんを手渡しつつ話すウォーリーさん──やっぱ大阪のおばちゃんだ──の話を聞いていると、上から重い足音が降りてきた。

 

「おや、クローシェ筆頭魔術師。いかがなされましたか」

 

「……うっ」

 

 その声に背中の産毛がそそげ立った。

 まさか、まさかと思いゆっくり振り返りきるまえにクローシェが声に答える。

 

「ああ、エフロンド卿。件の魔物……イラをうちで預かることになりまして」

 

 ……うげ、目が合った。 合ってしまった。

 金髪にセーターのような生地のラフな格好をした青年、ここに来てから刻まれた忘れもしないトラウマ。

 寄りによって異性なら──何を言おうと俺は心は男だ──決してほっとかないであろうイケメン

 デュバル・ド・エフロンドとかいう騎士は感極まったキモい笑顔をこっちに向けて頬を染めていた。

 

「おぉ、おお!! 再び合間見えようとは、朱き女神よ!!

その腕に胸を打たれてより、貴女の事が片時も胸から離れません」

 

「あっそ、病院言って取ってもらえ」

 

 クローシェの手を引いてデュバルの横を急ぎ素通りする。

 

「ちょ、ちょっとあんたエフロンド卿と知り合いなの?」

 

「知りマセーン知りマセーン何も知らない話してナーイ」

 

 早口で誤魔化しつつ急ぎクローシェの部屋を探していると、下からデュバルが追ってくる。

 

「どうして話して下さらないのですか朱き女神よ、お待ちください!!」

 

「ひぃ! クローシェ、部屋何階だ!?」

 

「最上階よあだだだだ歩幅早いってば!」

 

 しまった、そう思ったときにはクローシェの杖が無慈悲な声を放つ。

 

『お嬢様への物理的攻撃を検知』

 

「ちょ、今はやめべっ!?」

 

 クローシェを放して構えたときにはもう遅く、俺はまたもや重力に捕縛され階段を転げ落ちそうになる。

 しかしその肩を、よりによって逞しい腕が抱き止めた。

 動けない俺の目の前にデュバルのキメ顔が迫る。

 

「やはり運命を感じます」

 

 地獄か、俺が何をした。

 

「俺は、男だあああああぁぁぁぁぁ!!」




「イラ……勇ましく、そして奥ゆかしい名だ」

「只の市販の修復魔術アプリよぉ」

「あんた、今のどうやったの?」

「ぎゃんったぁっ!?」

「ギャア!?」「ゴエッ!?」

「ばっっっかじゃないの!?」

『次回:魔術の王国・ヴィルヌーヴ(後編)』

「私は貴方の顔に惚れたのだ!!」

「解るけど下衆なこと堂々と言うな!!」


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3/魔術の王国・ヴィルヌーヴ(後編)

 

 気づけば私は二度(ふたたび)宙を舞っていた。

 周りに舞い散る煉瓦、昨日から忘れられぬ胸の鈍痛が更新されている。

 ぐるぐると重力が体を巡る奇妙な感覚に、手足が操糸傀儡のようにブラブラと動く。

 回転する町並みという二度はなかなか見ない光景に、私は昨日の出会いを思い出す。

 

「あぁ、なるほど」

 

 どうやら私はまた、朱き女神に押し飛ばされてしまったらしい。

 それもマンションの壁を突き破ってだ、後でウォーリー婦人に謝らねば。

 ……しかし、彼女は──朱き女神は直前なんと言った?

 

──俺は、男だあああああ!!──

 

 ふむ、謎だ。

 明らかに白き肌と豊満な体型は乙女のそれ。

 しかし魔物であらば、多少常識が通じないのは解る……いやいや。

 もしや、そう思い込んでいるということもあり得るが……

 

『《対象硬化(オブジェト・デューシスモ)》』

 

 意識の回復を察した機構剣が術式を解放し、私は身を捻って体制を整え落下地点となる民家の屋根に着地した。

 まぁいいか、話はゆっくり聞けばいい。

 紳士としてあるまじき詰めより方をした責は私にある。

 確か、クローシェ女史に曰くそのお名前は……

 

「イラ……勇ましく、そして奥ゆかしい名だ」

 

 こうしてはいられない、すぐさま私は彼女のもとへ向かった

 

 

 

 

 いかん、いかんぞこれは。

 やっちまった……

 

「……あっ。」

 

 目の前に規則正しく積み上げられていた筈の煉瓦の壁には、俺の身長の倍はある大きな風穴が開けられていた。

 というか、俺が開けてしまった。

 デュバルごと壁を吹き飛ばしてしまったのだ。

 今から住むマンションの、それも管理人の目の前で。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 俺はウォーリーさんに腰から頭を90度下げて謝罪した。

 ウォーリー婦人は腰から──クローシェの杖ほどゴツくなく、指揮棒より少し長い程度の──機械仕掛けの杖を抜いて壁に構えた。

 

「ミス・クローゼット、《修復(リスタウラション)》」

 

『了解、バックアップデータを呼び出します』

 

 ミス・クローゼットと呼ばれた杖から女性的な機械音声が鳴ると、杖から分離したパーツが杖自体を軸のようにして回転する。

 すると、先程月と呼ばれたそれのように優しく光る何かがその回転に沿って集まり、壊れた壁に向かって破裂音とともに発射された。

 

 すると、まるでビデオを巻き戻しするように外へ落ちていった無数の煉瓦が、リングの光に捕まれるように勝手にもドってきて壁と融合する。

 凄まじいのは、ひび割れた隙間すら逆再生のようにに元に戻ってくっついていくのだ。

 壁が綺麗に元に戻ると、リングの光はまた見たことない文字を走らせて波紋のように広がり消えていった。

 

「お、おぉー……」

 

「只の市販の修復魔術アプリよぉ」

 

 思わず拍手を送る俺に照れるように頬をかくウォーリーさん、しかし彼女はだ、け、ど、と強調するように一泊おいて俺を指差した。

 

「あんまりやると、炸裂晶(リソース)代を家賃に上乗せするからねぇ?」

 

「おっす!気を付けるっす!」

 

 ふたたび頭を下げる俺に笑いながら、ウォーリー婦人は杖をコッキングする。

 排出された空薬莢らしき物をハンカチで掴んで携帯灰皿のような入れ物に入れた。

 当たり前のように洗練された動作に見いっていると、呆然としていたクローシェが俺に怪訝な顔を向けて言った。

 

「あんた、今のどうやったの?」

 

「は?」

 

 いってることの意味がわからず疑問で返す俺に詰めより、クローシェは俺の腕を持ってブツブツと呟きはじめる。

 

「因鉄の反応はやっぱりない、なら体内に解析不能領域が?でも始めからそんな器官を搭載した魔物なんて遺産録に聞いたことも……ちょっと来なさい」

 

 今度はクローシェに手を引かれ階段を下りていった。

 その間にもクローシェは杖に指示を出す。

 

「ベルモッド、ケイリーに繋いで」

 

『かしこまりました』

 

 返事をしたベルモッドの先端にあるダイアルが勝手にギリギリと廻る。

 すると光る文字がクローシェの回りを囲み、女の子とおぼしき丸い映像がクローシェの顔の横に表示された。

 うぅむ、相変わらずこの杖SFもいいとこだ。

 

『はいもしもし? 師匠?』

 

 む、映像を見る限り茶髪をポニーテールにしている白衣の美少女だ。

 

「例の魔物だけど、やっぱり昨日の資料通り不可解な現象を起こしてるみたい。

解析班に連絡してMRSにかける準備しといて?」

 

『は、はい!』

 

「待てなに自然に人の体弄くる相談してんだちょっとおぉぉぉ……」

 

 引きずられていく俺を見送って、ウォーリーさんはふと思い出したように呟いた。

 

「……あら、そういえばデュバルくんは良いのかしらぁ?」

 

 

 

 

 昼になって日も昇ると、いよいよもって街の活気はピークに達している。

 異種族くらいあって当たり前かなとも思っていたが、街を往来する人々の顔立ちは本当に様々だ。

 ──相変わらず女性は美人揃いだが──

 引き摺られていた俺だが、自然と足はクローシェに合わせて歩いていた。

 

「ヴィルヌーヴは魔術の中心だからね、各国から最新の技術や魔術を求めて様々な種族が来るわ」

 

「あの首輪つけてるのは何なんだ?」

 

 エルフや猫耳はそうでもないが、とかげみたいな大男やコウモリの羽を生やしたエロい格好のおねーさんなど人外具合が高いやつは皆一様に同じデザインの首輪をつけていた。

 たぶん、俺の首にあるのも同じデザインだ。

 

従魔(ファミリアー)の首輪? 魔物よどれも?」

 

 ……んん!?

 

「ちょ、ちょい待ち?

魔物って人類の天敵で目茶苦茶危険やーとスザンヌ王女さまに言われとったんやけど?」

 

「あんたたまに出るその口調なんなの?

スザンヌは魔物嫌いだしおおよそその認識は間違ってないわよ

でも魔物にだって飼い慣らせる程の知能を有するものは居るし、人語を解する高位の魔物(ディモン・スペリオーレ)もいるわ

魔物はあくまで体内に魔術を起こせる器官を持った生命体の総称だからね

国によって高位の魔物の一部は人種として認められてるわよ」

 

 魔物嫌いだったのかスザンヌ……何で俺は平気だったんだ?

 

「ただこの国では最近力で周囲の下級魔物を従えた高位の魔物によるテロがあったからね、高位の魔物であろうと入国時には従魔の証である首輪の着用が義務つけられてるわ。

その首輪はあなたの特性に合わせた特注品だけど

忠告無視して外して出回ったりしたらこれだから、重力魔術無しでも外さないのが身のためなのよ」

 

 クローシェが首を指で横になぞるジェスチャーをするのが恐ろしい。

 そしてクローシェはふと遠くに見えたものを指差した。

 

「そうそう、あれが貴方が登る筈だった処刑台、今整備中みたいね」

 

 遠くからでもわかるギャリギャリとした嫌な音、遠目に見たそれは高ーい階段つきのでかいミキサーだった。

 

「表現と随分処刑方法が違うと思いますが!?」

 

「それだけスザンヌに違法の魔物近づけるのはご法度ってことよ。研究のために持ち帰った私も大概立場が危うかったんだから」

 

 やっぱマッドじゃねえか。

 頭のなかでドナドナを歌っていると、尻の付け根にいきなり激痛がはしった。

 

「ぎゃんったぁっ!?」

 

「クローシェねーちゃん、こいつ高位の魔物? 従魔?」

 

 振り返るとそこには、俺の尻尾を掴んだ繋ぎ姿の少年が悪戯っぽい笑みを浮かべている

 

「あ、ふんどし」

 

 しかも少年が引っ張っている尻尾にスカートが押し上げられ周囲の視線を集めてしまっていた。──恐ろしいことに主に野郎の──

 

「よし小僧生きて帰れると思うなよぉ」

 

 指を鳴らしながら威嚇する俺を無視してクローシェが少年の頭に手を置いた。

 

「ラッド、相手が女好き好きヘンタイ男女でもそんなことしちゃ駄目よ紳士でしょ?」

 

「わかったー」

 

「悪かったな女好き好きで」

 

 さりげなく罵倒されたのも許しちゃう、俺こそ紳士だもん。

 あと名誉のために誰かに言っとくが、スカートもふんどしも断じて趣味ではない。

 腕よりも遥かに敏感な足の毛がごわごわしてズボンも短パンもはけないのだ、解ってくれ誰か。

 ラッド少年は背中からよじ登り今度は角をぺたぺた触ってくる、何だろう頭の魚の目撫でられてるような変な気分。

 

「角でっけぇー、流石ねーちゃんの従魔格好いいな!

女好きなの?」

 

「良いか小僧、お前も大人になったらきっと解る。

乳尻太股こそ生命の黄金比であり、それを賛美するのに男も女も関係ない

恵まれた世界に生まれたことに感謝するんだ」

 

「さっきから私とそこの獣人闘士を見比べてるのは当て付けかコラ」

 

 俺だって出来るなら猫耳ビキニアーマーのボンキュッボンに拾われたかったさ……

 そう思ってそこ行く女性を見ていたら、ローブ姿の何者かが丁度俺が見ていた女性の後ろからぶつかって走っていった。

 すると女性は顔色を変えてビキニアーマーを纏う体のあちこちを触りはじめる。

 うひょひょ眼福って、これアレじゃないか?

 

 

「にゃ、にゃ!? ど、泥棒ー!!」

 

 

 やっぱりか!!

 猫耳ビキニアーマーの叫びとともに俺は小僧を下ろしてクローシェの横に置いて走り出した!

 

「クローシェこの小僧頼む!!」

 

「ちょっと!?」

 

 俺の足の早さは知ってる、決して追えない速度じゃない。

 ローブ野郎は人混みを器用に掻き分けて走っていくが、俺はそんなに器用じゃないから昨日の手を使ってみるか……

 

「あら、よっと!!」

 

 人外の膂力を使い、民家の瓦屋根に跳び乗って出店の屋根を跳びながらローブ野郎に近づいていく。

 ローブ野郎は俺の存在にも気付いているのだろう、ぎょっとした様子で俺を見て人にぶつかり転倒すると、慌てた様子で大通りから外れる路地に身を隠した。

 

「逃がしゃしねぇぞ!!」

 

 俺はそのまま人気のない路地に着地してローブ野郎を追い続ける。

 全てはビキニアーマーとのお近づきのため!

 しかし俺の耳はローブ野郎を追いかけながら違和感を感じ始めた。

 足音が多い気がする、なんだこれ反響とかそういうの……か?

 

「うおっ!?」

 

 横道から銀色に光る何かが光り、身を反ってそれをかわす。

 そしてバランスを崩し背中から地面にぶつかり転がる俺を目掛けて二人の(・・・)ローブ野郎が飛びかかって来た。

 

「んにゃろっ!?」

 

 ギリギリその場を離れると、俺のいた位置を銀に輝くナイフが貫通する。

 地面は壁と同じ赤煉瓦だ、只のナイフじゃないのは一目でわかった。

 

「ギキッ!!」

 

「ギキキギ……!!」

 

 かなり小柄なローブの下から、獣じみた笑い声が聞こえる。

 ローブの下には緑の肌に長い鼻、噛み合わせの悪そうな歯が見える。

 なるほど複数犯か、でも俺の狙いは逃げてるあいつだ!

 俺は駆け出しついでに襲撃してきたローブ野郎共の頭をひっつかむと、怪我をしない程度にぶつけて放り投げた。

 

「てめぇらに構ってる暇はねえ!!」

 

「ギャア!?」「ゴエッ!?」

 

 その悲鳴を合図にしてか、周りに聞こえる足音が余計に増えた気がする。

 

「治安悪いのな、ったく!!」

 

 それでも逃げた奴を追って駆け出すと、今度はいつかと同じ寒気が……いや、熱い何かの気配が体を貫通した気がした。

 

「なんか解ってきたぞっと!」

 

 後ろから迫るものを昨日の要領で質量倍化した腕で弾くと、毛皮が燃え始めた。

 

「あつぁ!? 今度は火の魔法かよ!!」

 

 手を振ってなんとか火を払うと、ナイフ持ちが今度は壁を走り襲ってくる。

 傍らにさっきの火球をひきつれて。

 

「うぉぉおお!?」

 

 火球をよけると地面に炎が広がり足を焼く、弾いたら腕が熱い。

 ケチなスリの癖になんて連携だよそれで稼げよ!!

 襲い来るナイフを掴むと、その持ち主のローブを引っ張って強奪する。

 

「元人間様の知恵なめんじゃねぇぞっ!」

 

 それを両腕に巻いて引きちぎり、申し訳程度に火球対策の防具にする。

 

「キキキ」

 

「ゲゲゲ……」

 

 それが知恵のつもりかと言わんばかりに、並走する緑肌のスリ共の嗤い声はどんどん近づいてくる。

 道が開けたかと思ったら、たどり着いた先は……

 

 

 熱い殺意の針のむしろだった。

 

 

 路地の中でも開けた空間、四方を囲む建物の隙間から、打ち捨てられた土管から、マンホールから、木の影から、そして俺の追ってたローブ野郎の手に持つ杖から。

 無数の熱い殺意、火の魔術の前兆が俺の全身に突き立っていた。

 

「やべっ」

 

 身を翻す前に、火球が放たれる。

 今さらやってきたスローモーションの世界、火球を避ける隙間など有りはしない。

 ただひとつ、俺の目の前に落ちてくる冷たいものの影を除いて。

 

 破裂、そして爆発、焦げ臭い煙が晴れると、そこには氷の壁が突き立っていた。

 

「ばっっっかじゃないの!?」

 

 上空からの罵倒の声、飛行バイク形態の杖に股がったクローシェが俺を見下ろしていた。

 

「武装した緑小鬼(ゴブリン)の群れに単機飛び込むとか自殺行為も良いとこ、こんなとこに群れがあるってものおかしい話だけど……」

 

「あぶねっ!?」

 

 クローシェが言ってる間に発射された火球を弾く、んで腕に巻いた布が燃える。

 

「うぁぢゃちゃ!! 説明長いんだよ!!

あと単体のスリだと思ってましたゴメンなさい!!」

 

 即布を破棄してまた燃え移るのを防ぐ。

 背後にもローブ野郎の群れ、囲まれてクローシェと背を向けあう

 

「何処から仕入れたのかわかんないけど、火球(ボール・デ・フェウ)の魔術をそうとう仕込んでるみたいね

でも厄介なのは緑小鬼の魔物としての固有魔術、貫通(トラヴァース)……近づかれたら内蔵から抉られる」

 

「あれナイフが凄いんじゃなかったのか……でもそれは俺ならギリギリ対応できる」

 

「ならば私が補おう!!」

 

 何処からか聞こえてきた、もはや怖気を感じる大声に背筋がゾワットした!!

 

「ハッハッハッハッ……ハァッ!!」

 

 なんか目茶苦茶笑いながら、建物の上から飛び降りる青年。

 その腰に下げた機械の剣が自動的にコッキングする。

 その肩から物理法則を無視するかのように鎧が展開していきその全身に纏われ、武装した青年は俺の前で五点接地しながらぐるりと着地した。

 

「ウォーリー夫人に聞いて追い付いたぞ、異界より来たりし女神よ」

 

「げぇっ、デュバル!!」

 

 あまりの存在感の濃さについ覚えてしまった名を呼ぶと、デュバルは飛んできた火球を切り払いながら気持ち悪い笑みをこっちに向ける。

 

「名を覚えて頂けるとは光栄の極み……イラ嬢、いやイラ殿か」

 

「ウォーリーさんに聞いたんならわかるよな、俺中身男だからな!?」

 

 群れで襲い来るローブ野郎をぶん投げながら言うと、デュバルはそれでもローブ野郎をホームランする剣を緩めず言い放つ。

 

「にわかに信じがたいのも事実だが……イラ殿、元が男であるならば解るはずだ!!」

 

「なにがぁ!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 剣を手動でコッキングしたデュバルは、振り抜いた剣閃から爆発を起こし火球を防ぎながら叫んだ。

 

「私は貴方の顔に惚れたのだ!!」

 

「解るけど下衆なこと堂々と言うな!!」

 

「ああもううるさい!! 男共は馬鹿だってのがよく解った!!」

 

 熱さと寒さが混沌としてきた空間を、突如として寒さが支配する。

 すると寒さは熱さへと急速に変わってクローシェから走る文字が浮かび上がる。

 

「さっきから打ち出すだけの中途半端な術式見せられてイライラしてるのよ

せめて魔術を悪事に使うなら、こんくらいやりなさい!!」

 

『お嬢様、それはそれでまともとは言えません』

 

 静かに突っ込みを入れながら、ベルモッドが自動的にコッキングする。

 クローシェを中心として電子回路のような熱くない炎の線が爆発的に広がっていくとベルモッドが無慈悲に魔術の名を告げる。

 

『≪経路感応(ヴォイエ・センシブル)≫・≪火炎炸裂(フランメ・エクスプロシプ)≫』

 

 すると火の回路をネズミ花火のような火花が大量に走っていく、そして危険を察知して逃走を試みるローブ野郎共の下へ潜り込むと、その場で雷のような音をたてて指向性のある衝撃とともにローブ野郎を打ち上げた。

 

「ギャッ!?」「ギエ!!」「ギャア!?」

 

 限定された空間のなかをローブ野郎共の悲鳴が埋め尽くした。

 一人残らず黒こげで、それでもなんとか生きているであろうローブ野郎共の中心で呆然と立ち尽くしながら思う。

 この世界の女性って、美人が多い分逞しいのが多いんだな多分……。

 

「イラ殿」

 

「んだよ」

 

 小さく呼びあうと、デュバルが手を差し伸べていた。

 

「心の性ゆえに思い遂げられないならそれで良い

よしんば付き合ってほしいのも事実だが、今は友としてよろしく頼めないだろうか」

 

 正直なやつ、しかしまぁ美人に話しかけずにはいられないってのはよく解る。

 仕方ないか、同じマンションに住むんだし……程ほどに仲良くしてやっても良いか。

 そう思って手を握りかけたその時だった。

 

「はぁっはぁっ、私の財布……追い付いたにゃァ」

 

 さっきの猫耳ビキニアーマー!!

 こうしちゃおれん、さっきのローブ野郎は……

 

「探し物はこれですか、お嬢さん」

 

 そいつは、丁度デュバルの足元で倒れ伏していた。

 可愛い猫デザインのがま口財布をデュバルに手渡されたビキニアーマーは、その顔を見だに頬を赤く染めていき……

 

「わ、私アンヌマリ王国から来た獣人闘士のキャス・バークマンって言いますにゃ!

あのっ、術式回線の番号交換しませんかっ!?

というか付き合って下さいにゃっ!!」

 

 あ、これ見たことあるやつだー

 ナンパするたんびに近くにいるイケメンにかっさらわれて置いてかれるやつ。

 初恋の先生の旦那さんもイケメンだったなー

 ハッハッハそうだったこいつもイケメンだったわー。

 

「いやいや待って下さい私にはもう心に決めた御仁が……イラ殿?」

 

 発射準備、オーライ。

 

「……やっぱりイケメンは敵だあああぁぁぉ!!」

 

「ぅぱぅ!?」

 

 俺の怒りを込めた鉄拳は、デュバルを何処までも遠く高く射出した。

 

 

 

 

 エフロンド卿がまた飛ばされている。

 まぁそれは良いとして、私は倒れた緑小鬼のローブを開き首を確認する。

 この国では、国の許可が降りた証である従魔の首輪がなければ人里に魔物は入ってはいけない……そもそも許可を下ろした者でなければ結界で入れないようになっているのだ。

 

 しかし、その首に首輪は無かった。

 

 その手に持っていたのはナイフと、一度に一術式しか登録できない旧式儀式杖。

 それをここまで揃えるなんてこと、野生の魔物にスリだけで可能なの?

 

 正体不明の能力を持った古代の魔物。

 

 彼のものの異世界から来たと言う証言。

 

 あり得ない場所に、あり得ない装備を揃えた下級の魔物の出現。

 

 本当に無関係なの?

 

 そして、魔物嫌いのスザンヌがイラを生かしたと言う事実……三年前のテロで、夫を喪ったスザンヌが。

 

「何が、起こってるのかしら……この国に」



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TIPS.1

人物紹介

 

◆イラ

性別:女性(中身男)

精神年齢:15~17歳

因鉄適正:なし

名前と転生直前の記憶を無くした状態で、異世界の遺跡から女性の身体で発掘された元男子高校生。

東京生まれの大阪育ちで、異世界であっても誰にも物怖じしない性格、たまに関西弁が出る。

女性になってしまっても女好きは変わらず、むしろ男にエロい目で見られる事を極端に嫌う。

そして自身がいわゆる三枚目であったことも自覚しており、イケメンは女性を独り占めする敵だと思っている。

身体は高位の魔物の女性、種族は全く不明の新種。

高い運動能力と再生能力に加え、任意の箇所に質量を増して元の感覚のままに振り回すことが出来る魔術ならざる能力を持ち、身体が持つ全ての能力は本人ですら未だ未知数。

また、能力は触れたものにも有効らしくそれで質量を一時的に操作したデュバルを空高く射出している。

 

備考:スキル【装備:謎の魔物の身体(詳細不明)】【知識チート(保健体育)】

 

◆クローシェ・ド・トゥルースワイズ

性別:女性

年齢:25歳

因鉄適正:水

本作のもう一人の主人公、魔術大国ヴィルヌーヴ王国における魔術研究者の頂点に立つ少女。

戦闘に於いてもその場で新しい魔術式を作り出せるレベルに達している高位の魔術師(ソシエル・スペリオーレ)

意思を持つ古代の機構式万能儀式杖『ベルモッド』と連携してあらゆる事態に魔術で対応出来る。

見た目は下手をすると小学生とも見れる幼さの美少女だが実年齢は25歳。

機構式儀式杖の父である亡き父の偉業を越えるため、神の領域へと達したとされる第二期・第一期文明の痕跡を追っている。

とはいえ根っから父譲りの知識欲旺盛なマッドサイエンティストで、知識の手掛かりを得れば自他を省みない無茶な実験や危険な調査を平然と行う問題児とも。

ド近眼で瓶底眼鏡を愛用、有事は水魔術で作ったコンタクトレンズを瞳に入れており、補助インターフェースとして使用している。

 

備考:スキル【即席魔術構築(高)】【装備:機構式儀式杖ベルモッド】【装備:瓶底眼鏡】【装備:水魔術式レンズインターフェース】

 

◆デュバル・ド・エフロンド

性別:男性

年齢:20

因鉄適正:土

王都の警備を担う近衛騎士の青年。

元々は地方都市エフロンド領の国防騎士長を務めていたが、3年前の魔獣災害による欠員補充のため抜擢されて王都近衛騎士に配属される。

どちらにせよ優秀で数多くの魔物討伐や王都防衛の功績によって名が知られ女王より『白薔薇』の称号が与えられている。

人格も相まって騎士の鏡とも言える人格者だが、自由すぎる女王の奇行に対応出来る数少ない人物としてオーバーワークを強いられやや辟易していた。

非常にモテるイケメンだが本人はイラ一筋、男だと主張するイラにワンチャンを求め有事以外貯めに貯め込んだ有給を駆使し追っかけ回している。

騎士として魔術アプリを装填した機構剣リカルドを装備しており、特に土属性魔術の使用に長け、イラに射出された際はこれで着地箇所をクッションにしたり自力着地に耐えられるよう強化したりしている。

 

備考:スキル【ストーキング(初心者)】【エフロンド流因剣術】【装備:機構剣リカルド】【装備:瞬間装備型折り畳み騎士甲冑】

 

 

用語紹介

 

◆因鉄

聖霊と呼ばれる存在によってこの世界にもたらされたとされる超常の半エネルギー物質。

火・水・風・土を司る基礎四元と太陽(生命)(空間)(重力)を司る高次三元の計七種が確認され

それぞれが司る現象と共に密接に絡まる形で世界を満たしている。

粒子の一つ一つが意思を持ち、これに特定の儀式によって働きかけることで起こす現象を魔術という。

地中から結晶化した因鉄が採掘される事もあり、その性質はその名の通り金属に似ている。

 

◆魔術

因鉄に働きかけることによって引き起こされる超科学現象の総称。

それ以外の物理現象とは因鉄の干渉有無によって明確に分けられる。

適正のある因鉄へ供物を捧げ儀式を行う事で干渉する古流魔術と

因鉄へ儀式杖等を通した擬似的な儀式と炸裂晶の放つエネルギーを媒介して誰でも機械的に干渉できる近代魔術に別れる。

どちらも出力と汎用性で一長一短があり、近代魔術方式であっても術者の因鉄適正によって出力が異なる場合がある。

クローシェに曰く純粋な科学に比べ閉鎖的な技術。



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4/哲学院・魔術師たち(前編)

「一日足りと大人しく出来んのか貴様らは」

 

 ボロボロの俺達を大馬車から見下ろしてそう言うのは、記憶に新しいあのウォルター爺や様だった。

 デュバルと同じ顔まで隠す鎧に身を包んだ近衛騎士達を引き連れて大馬車から降りた彼は疲れた顔でそう言うと、主に俺を睨みながら騎士達に号令を出す。

 

「一体残らず連れていけ!」

 

 その様子を顎に手を置き物珍しそうに眺めていた鎧を肩のプレートに収納したデュバルは、手をあげてウォルターに訊ねた。

 

「ウォルター・オーバック宰相閣下程の御方が緑小鬼の検挙にお出なさるとは──」

 

「緑小鬼だからこそだ、寄りによって王都に群体(コロニー)を作られてはな……

被害の全体はスリだけには留まるまい、組織犯罪も十分にありうる話だ」

 

 成程と頷くデュバル、首をかしげる俺にクローシェが耳打ちする。

 

「《貫通》よ、おおよその緑小鬼には一瞬しか発動できないから腕やナイフを差し込むことだけだけど

少しでも力をつけた隠小鬼(ホブゴブリン)なら家屋のいなかに潜むことだって可能よ

小鬼種は特にその特性上、従魔登録がなければ都市部には立ち入り不可能なはずなのよ──結界があるからね」

 

 ゾロゾロと馬車を降り、ゴブリン達に手錠をかけて担いでいく騎士達。

 手錠には光る文字が輝いている、どうやら魔術を防ぐ特別製らしい。

 

「それにイラ──だったかね?」

 

「う、うす」

 

 じろり、とウォルター爺や様がこっちを睨み付けてきたので仰け反らんばかりに背筋をただす。

 馬車のなかで長時間剣を構えられたからか、苦手なんだよなぁこの人。

 爺や様は相変わらず訝しげな顔をしながら言った。

 

「大義である──その調子で、魔物を取り締まりたまえ」

 

「……はい?」

 

 爺や様は意外なことに、大暴れしたこと事態に怒ってはいないようだ。

 そう言えば王女様直々に魔物を何とかしてくれって言われてたんだっけか?

 こういうのでも良いってこと?

 

「下級の魔物には言葉はないが本能がある

強力な魔物がそこに居ると分かりさえすれば必然として強者に従おうとする

そしてそれが女王の膝元で治安を守れば、それで十分の功績となる

その魂がどういうものでも、肉体が第二期世界から甦った魔物である貴殿が暴れたとなれば影響力はかなりのものである筈だ」

 

 なんか、いろんな人に当たり前に受け入れられてんのな俺の中身の事。

 自分で名乗っておいてなんだけど普通は信じないもんじゃないか?

 この気難しそうな爺や様でさえ……

 

「で、では宰相閣下、私はイラの解析作業で弟子を待たせておりますのでそろそろ……」

 

 クローシェが頭を下げてそういうと、爺や様は嘘のように気のいい顔でクローシェに向き直って顔をほころばせた。

 

「おぉ、そうだったか

健闘を祈るよ、クローシェ筆頭魔術師殿」

 

「──はっ!」

 

「では私も……」

 

 俺たちに着いてこようとしたデュバルは、爺や様に襟首を捕まれた。

 

「エフロンド卿、貴公は団舎に行って調書を纏めたまえ

先日の任務違反の件も、報告書かあれでは十分とは言えん

なんだあの恋文は」

 

「そんな!? あぁあぁぁ~朱き女神よぉおぉぉお後でお茶でもぉぉお」

 

「やなこった、イケメンなら誰でも誘える訳じゃねぇんだよっ」

 

 爺や様に引き摺られていくデュバルにいーっと威嚇するように歯を見せてやる。

 彼らとゴブリン達を乗せた馬車は、そのまま懐かしき監獄へと向けて走っていった。

 見送っていると、クローシェが裾を引っ張ってきた。

 

「あなた、何したの?

あのウォルター宰相閣下をあそこまで警戒させるなんて……」

 

「あん? んな事言われてもなぁ……」

 

 んーと、昨日の記憶を探ってみても……

 

「あかん、心当たりがありすぎて解らん」

 

「はぁ……でしょうね?」

 

 ホントろくな事してないな、ろくな目にあってないから仕方ないけどね!

 ため息をついたクローシェは、ベルモッドを一回しすると飛行バイクに変形させてそれに飛び乗ると俺に手を差しのべる。

 

「さて、そろそろ本当に急がないと!

MRSの使用予約に間に合わないと、また数ヵ月は待たされるわ

自飛箒(モトブルーム)に乗ったことある?」

 

 一瞬その意味をわかりかねた俺は、一拍おいてクローシェの手を掴んだ。

 

「──え、乗っていいの!?」

 

「ちょ、何よ急に!?」

 

『一人や二人乗せても安全性能には問題ありません』

 

 一気に目を輝かせた俺に引いたクローシェに代わり、ベルモッドが答える。

 

「だって空とぶバイクだぜ!? バイクだってロマンの塊だってのに空とぶバイク!!

それだけでこの世界に来た価値あるわ!!」

 

「何なのよロマンって……」

 

 言いながら勇みクローシェの後ろに飛び乗って跨がり──どこを掴めば良いんだこれ、凸凹しすぎてて解らんから取り敢えずクローシェの肩掴んどくか。

 

「ちょっと、慣れるまでしっかり掴みなさいよ? 今は女同士なんだから多少くっついても構いはしないわ」

 

「そうか?じゃあ遠慮なく──」

 

 俺は言ったまんまクローシェに後ろからしがみついた。

 ──むにゅり。

 

「────ッッ!!?」

 

 軟らかい二つの肉の塊が押し付けられる感触がする。

 当然クローシェのが俺の両腕にではなく、クローシェの両肩に俺のが。

 クローシェは石のように固まってしまった。

 

「……あん? どうしたよ?」

 

「い、いや何でもない……わよ」

 

 ……クローシェさんよ、何故赤くなる。

 なんだこれ気まずい、俺が悪いの? 

 せめて気を和ませるために軽口をひとつ……

 

「体型がせめて逆だったらなぁごっ」

 

「振り落としてやろうか?」

 

 軽いつもりがクリティカルヒットしてしまった。

 右頬への肘鉄と共に振り返ったクローシェの殺意満々の目に、俺は必死に首を横に振った。

 ため息をついたクローシェは前を向き展開したグリップを握る、すると突き上げるような衝撃とともに視界がベルモッドによって上へと押し上げられた。

 

「ふわぁぁあ……!」

 

「舌噛みたくなかったら口閉じときなさい?」

 

 俺達を乗せたベルモッドは地上からおよそ10メートル──周囲の建物屋上くらいの高さで上昇を止め、目的の方向へとグルンと方向転換すると、急な加速と共に発進した。

 

「そぁっ!?」

 

 瞬く間に足元すれすれの建築物が遥か後方へとすっ飛んでいき、目の前にひときわ高い建物(しょうがいぶつ)あらば急カーブで避けていく。

 普段のスピードを見るに、振り落とさないよう大分手加減してくれているようだけど──正直こいつの運転はかなり粗い。

 ファンタジーの世界に道路交通法なんてないのか!?

 

「うわわわわ危ない危ない危ない! 車酔いする奴なら一発で吐くぞこれ!?」

 

『車酔いなるものの感覚はわかりかねますが、お嬢様に仕えて10年

もはや私の水平矯正器(バランサー)は安定することの方が異常と判断するようになってしまいました。』

 

「ハイハイ、精々落ちないように気を付けなさい」

 

 つくづく頑丈なこの身体に感謝しながら、飛行バイクの目指す遥か先を眺めた。

 

 赤煉瓦の街堺を越えて綺麗に舗装された大街道を通っていけば、その先には巨大な搭がその佇まいを見せる。

 宗教絵画で見たことあるような横に広い搭で、見方によっては建築に多大な年期をかけた修道院のようにも見える。

 しかし所々空とぶ宝石で出来た避雷針のようなものが浮かんでいる辺り、此処がこのクローシェの本拠地であることが容易に解るってもんだ。

 

「どう? 此処がこの世界の先端、星をも掴む知識の殿堂、王立総合哲学収集院──通称、哲学院(アカデミエ)よ」

 

 街を抜けてその敷地の上空に入ると、庭園では種族や人種を問わずそれどころか白衣を着た科学者っぽい奴から黒いローブに身を包み怪しい本を抱えた魔法使い然とした奴まで所狭しと歩き回っているのが見える。

 お互いなにやら小難しい論議に花を咲かせていたり、魔法陣を使った儀式を行っていたり、金属で出来たロボットらしきものをリモコン操作している奴まで見える──カオスの様相だ。

 

「魔法使い──ちがった、魔術師たちの学校かぁ」

 

『お嬢様、イラ殿、第12番ブルームポートからケイリー女史の誘導信号を確認しました。

オートで誘導にしたがいます』

 

 キリキリとダイヤルを回すベルモッドは速度を落とし、庭の一部を使った芝のヘリポート的な所でレーザーポインターになっている機械の杖を振るう白衣の美少女の元に降りていく。

 

「ごめんケイリー、ちょっと近衛騎士沙汰に巻き込まれてた!」

 

「急いでください、MRSの貸し出しあと三分しか時間とれませんでした!」

 

 多分警察沙汰な意味なんだろうけど……それより余程MRSとやらは時間を待ってくれないらしい、そんなことよりと言わんばかりに言われたクローシェも血相を変える。

 

「上出来! ほら聞こえたでしょ降りて降りて!!」

 

「ちょっと急かすなって……ぶおっ!?」

 

 足が地につかない高さで押された俺は、バランスを崩して顔から芝に突っ込んだ。

 遅れてベルモッドを杖に変形しながら華麗に着地したクローシェは、光る文字を走らせた右手で俺の襟首を持ち上げる。

 

「はい走れぇー!! 邪魔な奴がいたら跳ね飛ばして構わないから走れぇー!!」

 

「何でお前魔術師って割にそんな武闘派なんだよ!?」

 

 掴みなおした腕を引っ張られるままにそのまま修道院の廊下へと駆けていく、クローシェは魔術で身体を強化しているのか本当に道行く魔術師らしき若者たちを跳ね退けながら突き進んでいる。

 突き飛ばされた被害者達が驚きながらも普通に起き上がっている辺り怪我人が居る様子はないのにも驚きだ。

 

 

 

 

 優雅な彫刻と幾何学的な装飾に彩られた修道院の中を観賞する暇もなく、俺は目を疑うほどの長い行列と並走させられていた。

 なんと言おうか、この建物を表立って歩き回っている魔術師達はいかにもと言ったひょろい様相だったのに対してこの前にならんでいるやつらと来ればやたらと屈強なのだ。

 まるで森に獣でも狩りに行ってきた狩人達のような、その獲物を携えて換金前といったような一狩りいくゲームで見たような構図。

 だが──

 

「おい、予約はまだかよ!!」

 

「こっちは査定期間ギリギリまで待ってんだぞ!!」

 

『予約番号1122450、クローシェさん、クローシェ・ド・トゥルースワイズさん、いらっしゃいませんか?』

 

「トゥルースワイズのお嬢様だからって横暴だろうがこれぇ!」

 

 なんというかそんなむさい列全体が異様に殺気立っているのだ。

 さっきから屋内放送らしきものでクローシェの名前が何度も呼び出されている。

 

「な、なぁかなり待たせてるっぽいんだが──これ大丈夫なのか?」

 

『第1122377遺物、審議完了──評価単位47』

 

「「うぉぉおおお!!」」

 

 さっきまでの学校らしき雰囲気はどこへやら、列の前に表示される大画面内でバーコードのような魔法陣の中くるくる回っているがらくたにしか見えない機械の横に数字らしき文字が出ると列に並ぶ人々は喜んだり落胆したりしている。

 こうなるとどっちかと言うと競売会場だ──あれ、ひょっとして俺売られる?

 

「哲学院は技術発展が第一、厳密に魔術師ではないもの──捜索者(ハンター)っていう人達も多く所属していて

各地で発見される遺物をここで解析して評議会にデータを提出し、地位を得るための単位を貰うのよ

国家指定魔術師の格を決める査定期間も近いからこうしてギリギリになって賭けに来る輩も多いわけ」

 

 つまりは手柄がそのまま出世のための点数になるって訳か、なるほど?

 

「だからこそ、此処哲学院のMRSは何処の解析装置よりも優秀なのよ」

 

 ようやく見えたのは、ジェラルミンのような透明な材質の扉で区切られた薄暗い部屋の入り口だった。

 どうやらこの部屋がその解析のためのものらしい。

 扉の前には画面を光らせるコンソールらしきパネル端末と片眼鏡をかけた妙齢の女性だ。

 クローシェは部屋の前に着くや俺を引っ張り強化した腕でそのまま部屋へとめがけて投げ込んだ。

 幸い扉は自動的に開いたが、その先にある金属質で冷たい床に激突する。

 

「あだっ!? こら、乱暴だぞいくらなんでも!!」

 

「はいっ!ランズベリー司書官、これ解析するからお願い!」

 

「時間内にお願いしますよ?」

 

 俺のいうことなぞ知るかと言わんばかりにクローシェが言うと、これまた穏やかな口調で女性はそう言いながら端末を操作し始める。

 

『これより第1122450実証を開始します──』

 

 ふと不安がよぎる、俺の投げ入れられたこの部屋──薄暗く四方を金属で囲まれ同質の床には幾何学的な丸い紋様が彫られている。

 中央に倒れていた俺を中心にして機械のような駆動音が響き、その紋様に赤や緑、茶色や黄色と言った光のラインが通っていくのだ。

 多分魔術を向けられるときに感じる悪寒、因鉄ってやつだろう。

 というかなんか、原子炉かなにかに放り込まれた気分なんですけど……?

 

「な、なぁ、これ今から何すんの? 人間にやっても平気な奴?」

 

『大丈夫大丈夫、よっぽど因鉄に敏感でない限り安全だから』

 

 ドアの向こうで片眼鏡の女性に代わりパネルを操作しはじめたクローシェの声が、スピーカーを通したようにハッキリとこちらに聞こえてくる。

 

 ──というか、なんつった?

 

因鉄照射式(マジキュ)内部解析(リサーチ)術式装置(システマ)起動します』

 

「っひあ!?」

 

 とても可愛らしい──自分の口から出たとは考えたくもない、悲鳴が鉄の室内からドアのそとにも聞こえたようだ。

 というのも、いきなり柔らかいブラシで服を無視して直接腰を撫でられたような感触に襲われたからだ。

 というか、今まさに撫でられてる、撫でられまくってる。

 見やると、体の周りを一本の光のリングが取り巻き細い光を幾つも照射してきている。

 その形状からこれはどうやら床のバーコード魔法陣が浮き出てきたもののようで、それでこれも魔術を向けられたときに感じる悪寒の一種だとわかる。

 というかとても耐えられないこそばゆ(・・・・)さに、まともに立ってられない!

 

「ちょっ、なんっ──くひゅっ、なんだこれぇ……っ?」

 

 また変な声が出そうになるのを必死にこらえながら、腹に力をこめて言う。

 だが驚くべき事に、クローシェ女史の視線は俺なんて無視してパネルに釘付けだった!

 というか気付けと言わんばかりに後で片眼鏡の司書官さんが咳ばらいしてるぞ、気づけよ!!

 

『凄いわ、内部構成が完璧にブラックボックスじゃない

ちょっと、照射シークエンスを追加するわよ!』

 

 あ、なんかマズい。

 興奮ぎみにパネルを操作するクローシェに手を伸ばして──ッ!!?

 

「ま、待て何をんにゃあぁい?!」

 

 ひ、光の輪が追加されてくるッ!?

 あかんコレ悲鳴が押さえられない──だがこのままだとマズい。

 クローシェの後ろには最早目を背けてる片眼鏡の司書官と──男女共に屈強な野郎(まじゅつし)どもが列を乱していろんな意味で興味深げにこっちを見てるんだぞ!?

 どんな羞恥プレイだこれは!!

 

「クローシェ!! クローシェさ……はんっ!? 開けろ出せ!! お願い出して下さいふひゅぅうっ?!」

 

 絶え間ない全身の苦痛に口許を押さえながら気合いで見た目に反しかなり固いドアを叩くが、またこんどは体の内側から別の悪寒がかけ昇ってきて仰け反ってしまう。

 

『ようやく内側が見えて来たわね、フェイズ3でようやくか……うふふふ』

 

「ひぅ、ぐ、俺の体の中より……ひんっ、現実に目を向けてお願いだからぁぁあ……!!」

 

 ぐぇえお腹くるしい、しかももう全身のスキャンは一通り俺の全身を周り終えた。

 口許を押さえうずくまり、あまつさえ揉んどりうちながらも恥辱に俺は耐えきって──

 

『よし、再大出力!!』

 

 床から浮き上がる幾つものバーコードを見て、さしもの俺も耐えるのをやめた。

 これ、耐えてたら死ぬ。

 

 

 

 

 その日、哲学院はなんとも言えない空気に包まれました。

 

 はじめは皆、学術的な興味からだったのです。

 その魔物の女性は、噂の第二期世界から発掘された生きた化石であり、不可思議な魔術現象を起こして大暴れしたと言う事実は魔術師たちの間でも有名でしたから。

 事実、その体組成は哲学院のMRSを以てしても解析不可能な点が多く因鉄を受け付けない謎の加工が施されていた事実も魔術師たちの好奇心をそそりました。

 

 ……ですが正直、最後までその解析データに集中できた人はただ一人を除いて居なかったと断言できると思います。

 

 

『ひ、ひぃあぁぁあぁっ!? りゃめ、そこ、ひひゃははっ!!? あ゛はっ、ひぬ、ひんじゃぅかりゃぁぁ!!

くぅろぉおしぇさはぁぁぁんっ!!』

 

 

 MRS内で悶え苦しむ魔物の女性の悲鳴が大音量で響き渡り、評価を待つことなくディスプレイに表示されたその本人は恥も外聞もなく泣き叫びその主人たる魔術師に無意味な懇願を繰り返して──

余程因鉄に敏感らしく、術式がその体を撫でる度に震え汗やら涙やらが飛び散り辺りには水溜まりができている有り様。

 

 それはどう見てもアレな拷問そのもので、列に並ぶ者もそうでないものも男たちは一様に前屈みになっていました。

 

 師匠とその従魔の起こしたその騒ぎは幾人かの魔術師によって動画データとして保存され、一部のもの好き同士でやり取りされたとかされなかったとか……

 

 以上、ケイリー・カークの報告でした。



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