災厄の大悪魔の異世界転移奇譚  (水城大地)
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序章

序章の視点はアインズ様からです




___アインズは、この場をどう収めれば良いのか判らず、酷く困惑していた。

もちろん、今も間を置かず精神鎮静化が絶え間なく仕事するほどに、だ。

そんな風に、幾度もアインズに鎮静化が働く原因は、彼の視線の先にあった。

 

このナザリックへ、【金で雇われて無遠慮に侵入してきた愚か者】を護るように、そいつらの前で仁王立ちする懐かしい姿。

 

懐かしくて、色々なことを沢山話したくて仕方がないのに、今の【彼】は尋常じゃない怒りを全身に漲らせていて、とても話を聞いてくれそうにない。

そもそも、【今の彼の姿】を前にしたことで、アインズだってひどく混乱しているのだ。

話したい事と同じ位に、聞きたいことも沢山ある。

 

何故、【彼】はあんな姿になっているのだろう?

どうして、そんな奴らを庇うように自分と対峙するような姿勢を見せている?

それ以上に、そいつらと【彼】の関係はどういうものなのだ?

 

いくつもの疑問が、アインズの頭の中に浮かんでは消えていく。

 

だが、このまま手をこまねいている訳にはいかないだろう。

自分の対応次第で、【ナザリックのNPC達】が【彼】の事を傷付けるような結果になってしまうかもしれないし、逆に【ナザリックのNPC達】を【彼】が傷付けてしまうかもしれない。

どちらの事態も、アインズには許容できるものではなかった。

この場にいる、アウラや他の階層守護者たちも、ウルベルトが本人だと認識できるらしく、目を見開いて震えている。

漸く、戻ってきたアインズ以外の【至高の御方】の一人が、あのように敵意を剥き出しにしている姿を見てしまった事で、自分たちが知らない内に何か失態を犯してしまったのではないかと、そう考えているのだろう。

唯一、アルベドだけが険しい表情をしている事が気にかかるものの、多分あれはアインズが変更してしまった【モモンガを愛している】と言う部分が暴走しているのだろうと、今の彼女の感情的な様子を見ればすぐに判った。

何故そう言えるのかと言えば、【彼】が【モモンガさん】と自分の名前を呼ぶ度に、アルベドの表情が嫉妬と嫌悪で険しくなっているからだ。

 

もしかしたら、彼女の中ではこうして明確に侵入者に対して味方をしている時点で、【彼】を敵とみなしているのかもしれない。

 

だが……と、アインズは思う。

こうして【彼】が、侵入者を守る様に自分たちの前に立ち塞がっているのも、元を糺せば今回の作戦を実行して侵入者を招き入れた自分たち側に原因がある。

それに……目の前にいる侵入者たちは、最初に俺に対して確認を取る様にこう言ったじゃないか。

 

【あなたの名前は、本当にアインズ・ウール・ゴウン殿ですか?

俺達が聞いていた名前と、違うんですけど……いや……確かスケルトン種の最上級種族のオーバーロードで、魔法詠唱者のギルド長なら名前は違う筈だ……だとしたら別人、かな?】

 

その、探るようなどこか迷う様な口調の侵入者のリーダーの言葉を聞いた時に、もっと詳しくその話を聞くべきだったのだ。 

だが、それまでの侵入者たちの様子を見ていたアインズからすれば、何とか上手くこの場を取り繕って言い逃れしようとしている様にしか思えなかった。

元々彼らは、アルベドが考えた計画の為に【金】で引き寄せられた生贄だと言う認識しかなかったのも、こうなってしまった要因の一つだろう。

ここへ侵入した事へ、【許可があったとしたら?】と言い出した時も、とても信じられなくて【念のために】と話を聞きながら戯言だと頭の中では考えてどこで話を切るか、そちらの方ばかりを考えていた自覚もある。

向こうも、こちらが【彼】と言っていた人物と違うと警戒したが故に、出来るだけ【彼】の存在を隠そうと話を誤魔化していたのも癇に障った。

だからこそ、我慢出来なくなって話を打ち切って戦闘に入る事にしたのだ。

 

その結果が、この状況である。

 

乗り気ではなかった計画が、こんな事態を生むとは思っていなかったとしても、それを了承して実行したのはアインズだ。

だとしたら、目の前で怒りに身を震わせている【彼】を上手く宥め、NPCたちと軋轢を生まないように上手く調整する必要がある。

その為にも、先ずは目の前の【彼】に話を聞いて欲しかった。

 

「……お願いします、話を聞いてくれませんか、ウルベルトさん。」

 

ほとほと情けない声だと自分でも思いつつ、とにかく話を聞いて欲しくて宥める様に彼に対して声を掛けた。

すると、ギロリと視線を上げてアインズの事を睨み付けたウルベルトは、次の瞬間目を伏して大きく息を吐く。

ゆっくりと軽く首を振り、ピルルッと不機嫌そうに耳を揺らめかせ気を落ち着けると、少しだけ取り戻したらしい冷静さを持って口を開いた。

 

「……良いよ、モモンガさん。

どういう行き違いの結果、モモンガさんが【お父さんたち俺の大事な家族】を殺そうとしたのか、ちゃんと納得させてくれるつもりならね。」

 

ニヤリと口の端を上げたウルベルトの言葉に、アインズはもちろん周囲に居た誰もが思わず声を無くしていた。

 

≪……えっ……?

ウルベルトさんの【お父さんたち大事な家族】?

えっ?えっ?≫

 

かなり混乱しつつ、それでも言われた言葉の内容をしっかりと考える。

どうやら、これはウルベルトにとって本当に【地雷案件】だったと、漸くその事に気付いたアインズは、【どうしてこうなった!?】とますます頭を抱えたのだった。

 

******

 

さて……

ウルベルトにとって、何故【フォーサイト】の面々が【家族】と言う存在になったのか、それについて語るには時間を数か月前に遡る必要があるだろう。

 

何故なら、ウルベルトが何も知らないこの異世界に来て、初めて出会ったのが彼ら【フォーサイト】だからだ。

彼らは、初めてウルベルトと出会ってから数か月もの間ずっと、ウルベルトの正体を知ってなお離れる事無く寄り添い続けた【仲間】であり、その短くも深く濃い交わりこそが、【リアル】からこちらに転移する前に深手を負ったウルベルトの心を癒したのである。

 

それを語る為にも、数か月時間を遡ってみる事にしよう。

 




という訳で、次の話からはウルベルトさん視点に代わります。
最初の数話は、【フォーサイト】の面々は出てきません。
完全に、ウルベルトさん単独です。


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第一話

序章からの流れとちょっと違います。
現時点でのナザリックの第六階層の部分から、話は始まります。



ウルベルトから出た、【俺の家族】と言う予想外の言葉によってその場は一気に混乱していた。

もちろん、アインズもご多分に漏れず混乱して気が動転していたと言っていいだろう。

だが、それも僅かな間の事だった。

 

「……少し、落ち着いて話しましょうか、ウルベルトさん。

私としては、出来れば二人きりで話したいのですが……」

 

精神鎮静化によって、強制的に一気に混乱が収まったアインズがそう提案すれば、ウルベルトから返って来たのは胡乱な視線。

すぐに、軽く視線を巡らせ周囲を見渡したかと思うと、アルベドで止まりますます不機嫌になる。

その反応に、アインズも横目でスッとアルベドのいる方に視線を向ければ、それこそ鬼の形相をウルベルトに向けていた。

とは言え、すぐに周囲の視線に気付いたかのように視線だけは刺す様な鋭さと冷たさを残したまま、いつもの守護者統括の顔に戻っていたが。

 

確かに、こんな反応を返している相手がいる状態で、アインズと二人きりで話したくはないだろう。

 

下手に席を外している間に、ウルベルトが今も自分の背後に守り自らの【家族】と呼ぶ彼らが、うっかり嫉妬に狂ったナザリックの者たちにどんな危険な目にあわされるか判らないし、何か細工されてしまうかもしれない。

こちらの世界の人間は、ナザリックの者に比べてかなり脆弱だから、精神をあっさり支配されてしまう可能性だってあった。

それが判っていて、側を離れる選択をする筈がない。

むしろ、それを提案した時点でウルベルトから更に警戒されてしまった気がするので、慌てて訂正する。

 

「いえ、ウルベルトさんが心配だとおっしゃるなら、彼らも一緒で構いません。

ウルベルトさんが、【大切な家族】だと言い切る程ですし、込み入った話をする時は魔法で会話を遮断すればいいだけですからね。

私とウルベルトさん、そして彼らだけで落ち着いて話せる別の場所に移動して、お互いの状況を話し合うと言う事で良いですか?」

 

再度、内容を訂正した部分を加えアインズはウルベルトに提案する。

ここで、ウルベルトの機嫌を損ねてしまえば、せっかくナザリックに帰って来てくれたのにまた出ていってしまうかもしれない。

そんな事態だけは、どう考えても避けなければいけなかった。

だが、アインズのその提案にウルベルトが答える前に、異を唱えた者が居た。

 

先程から、ずっとウルベルトの事を鋭く刺す様な視線で睨み付けていたアルベドである。

 

「なりません、アインズ様!

幾ら、その方が本物のウルベルト様だとしても、そのような金品の為なら平気でナザリックを踏み荒らせるような愚かで下等な人間を【大切な家族】などとおっしゃっている時点で、嘗てのウルベルト様ではございません!

そのような方を相手に、どうしてこのナザリックの支配者たるアインズ様が、護衛も付けず二人きりで話し合いの場を持つ事を許容出来ましょう!

むしろそれを許容出来る僕など、このナザリックにはどこにもおりませんわ!」

 

こちらも、ウルベルトに対して警戒心を剥き出しの言葉を吐く。

そのアルベドの主張を聞いて、この場に居る他の階層守護者たちに視線を向けてみるが、ウルベルトに対して警戒している様子はほぼ見えない。

むしろ、ウルベルトが本物であると認めていながら、尚もそんな不敬な言葉を連ねるアルベドに対して微妙な反応を見せているように見えた。

アインズが視線を巡らせて見せた事で、漸く自分が周囲から訝しむような視線を向けられている事に気付いたのだろう。

彼女が、他の守護者たちに対して慌てて言い繕うとするよりも早く、別の場所から声が上がる。

 

「あー……モモンガさん、ここじゃ落ち着いて話せないから場所を変えると言うのは、俺もそれで別に構わない。

ただ、いきなり帰って来たばかりの俺と俺の家族を相手に、モモンガさんだけで話し合うって言うのは、確かにアルベドみたいに俺の事を気に食わない奴からすれば、凄く不安だと言うのは仕方がないと思うぞ。

正直言って、このナザリックの状況に関して言えば、色々と俺の方も理解が及んでいない部分があるって言うのが本音だから、モモンガさんとだけ話したい気持ちもあるけどさ。

それだと、かえって俺の家族たちの事も心配だし。

お互いに心配だって言うなら、参加するのは俺と俺の家族、モモンガさんと階層守護者たちって事にして、場所を変えて話し合う事にすれば、両方心配しなくて済むし丁度良いんじゃないか?」

 

今までの様子とは打って変わって、サクッとそんな提案をするウルベルトに、今度はアインズが胡乱な目を向ければ、彼は小さく首を竦めた。

 

「どうせ、俺の事はきちんと話さないと、後で色々と誤解した状況で変な話が広まる気がしたんだよ。

既に、この場で【フォーサイト】の皆の事を【俺の家族】って言ってるのを、この場に居る全員に聞かれているからさ。

そんな事になるなら、最初から階層守護者たちだけには話しておいた方が、アルベドの様子を見る限り色々と面倒な事にならないかと思ったんだけど……モモンガさんが反対なら、他にそいつらを納得させる良い方法があるって事なんだよな?」

 

そう言われてしまえば、アインズにはウルベルトの提案を否定する事は出来なかった。

確かに、今の状況では下手に誤解を生んでしまうよりも、ウルベルトが今までどんな状況だったのか、本人の言葉を聞かせた方が誤解されなくて済むかもしれない。

そんな判断から、場所を移動する事になったのだった。

 

******

 

転移門を使用して場所を、第九階層のラウンジに移動する事で一旦落ち着く事にした。

円形劇場から移動した事で、少しだけ身の危険を感じる事が少なくなったのだろう。

ウルベルトが【家族】と呼んだ【フォーサイト】の面々からも少しだけ緊張が消えた。

 

むしろ、この第九階層の絢爛豪華な造りを目にした事で、余りの素晴らしさに声を無くしていると言う方が正しいのかもしれないが。

 

間違いなく、感嘆の声が聞こえそうな彼らの表情を目にすれば、少しだけアインズの機嫌も上昇した。

色々と思う所がある者たちだが、ウルベルトがはっきりと【家族】と明言する以上、彼らとウルベルトの間には強い絆があるのは間違いないだろう。

そう考えれば、そんな彼らにこうしてナザリックの素晴らしさを見せ付けられるのは悪い気はしなかったのだ。

 

もちろん、このナザリックへ来る前にモモンの姿で質問した【金の為】と言う思考でこの場所を見ているようなら、それ相応の報いはくれてやるつもりだが。

 

つらつらと思考を巡らせつつ、ラウンジの中でも一番多く座れる席を選んで足を進めると、サクサク席を選んで腰を下ろす。

本当なら、ウルベルトさん達に席を進めるべきなのだろうが、アルベド達の視線が微妙な感じなので先に座ってしまう事にしたのだ。

アインズの差し向かいにウルベルトが座り、その横に【フォーサイト】の面々が座っていく。

そこで、一つの事にアインズは気付いた。

本来なら、ウルベルトの横に座る人物は、リーダー格であろう若い剣士が順当だろうに、実際に座ったのは神官の男だったのだ。

その配置の意味に、アインズは何となく当たりを付けながらも口には出さず、目線で守護者たちにも同じように席に着くように指示を出した。

 

但し、出来る限りデミウルゴスはウルベルトの視界に入った方が良いだろうと判断し、自分の横に座ったアルベドの横に座る様に指示を出したのだが。

 

「……デミウルゴス……」

 

その姿を見た事で、やはりウルベルトの心は揺らいだのだろう。

何とも言い難い表情で名前を呟くと、キュッと口を閉ざす。

そんなウルベルトの肩を、そっと叩いたのは隣の神官の男だった。

ハッとなって、ウルベルトが彼に顔を向ければ、とても慈愛の籠った視線でウルベルトの事を見詰めている。

それだけで、何が言いたいのか判ったらしいウルベルトは、もう一度デミウルゴスの方へと顔を向けると、少し躊躇しながらもゆっくりと口を開いた。

 

「あのな、デミウルゴス。

俺は、お前にも個人的に話したい事が一杯あるんだ。

だから……今の状況に関する一件の話し合いが全部終わって、落ち着いたら……お前さえ嫌じゃなければ、話をしたい。

その……駄目か?」

 

多分、他のNPCはともかく、デミウルゴスに対しては【置いて行った】と言う思いがあるのだろう。

だからこそ、思わず躊躇う様な様子を見せたのだろうと推測しつつ、アインズはデミウルゴスがどう反応するか様子を伺った。

デミウルゴスが、ナザリックを裏切る事はないとは思っているのだが、相手がウルベルトなら話が変わる可能性もある。

今のデミウルゴスが、一人で請け負ってる仕事の多さを考えれば、裏切られるような状況になればどれだけの損益をナザリックが被るか、それこそ恐ろしくて考えたくない。

そうは思っても、今のウルベルトの発言によってアルベドの警戒心が更に上がったように感じる為、どうしても違うと断言出来なかった。

デミウルゴスも、自分の返事一つで守護者たち_特にアルベドが黙っていないだろう事を察しているのか、困惑した表情を見せている。

そんな微妙な反応を見せていると、ウルベルトは苦笑しながら肩を竦めた。

 

「この際だから先に言っておくが、俺だってこのナザリックにこのまま帰ってきたいと、本気で思っているんだぞ?

ただ、そこに俺の大事な家族も一緒って言うのは、今の雰囲気だと【ちょっと無理そうだな】とは思っているけどな。

そう言う事情も含めて、全部話し合う為にこうして場を持っているんだろう?

まぁ……デミウルゴスがこの場で返事をし難いなら、その件に関しては話し合いが終わってからでもいいさ。

俺としては、彼らを含めた【大事な家族】の安全さえ問題なく確保出来れば、後の事はどうでも良い訳だし。」

 

さらりとウルベルトが言って退けたのは、自分が家族だと認識している彼ら以外への無関心さだった。

多分、彼自身も異形種化した事による精神の変質によって、【大切な家族】と認めた彼ら以外の人間に対して、元は同じ人間だったと思えなくなっているのかもしれない。

ウルベルトの口から出た言葉によって、今までウルベルトに対して敵意を向けていたアルベドは【何をいまさら】と言わんばかりに訝し気な線を向け、他の守護者たちは完全に人間の味方になってしまった訳ではないと、どこか安堵を滲ませている。

アルベドはさておき、他の守護者たちはウルベルトとアインズが対立する事なく、話し合いだけで済みそうな気配を感じたのかもしれない。

 

そんな事を頭の端で考えながら、アインズは漸く本題を切り出せそうな雰囲気になったと、心の中でホッと胸を撫で下ろしながらゆっくりと口を開いた。

 

「では、ウルベルトさんにお聞きします。

一体、何があってそんな姿になってしまっているのですか?

何となく感じるんですけど、弱体化もしてますよね?」

 

まずは一つ目と、そんな気配を漂わせながらアインズがウルベルトを真っすぐに見据えながら問えば、真っ向からその視線を受け止めたウルベルトはちょっとだけ困ったように頬を掻く。

そして、少しだけ視線を彷徨わせている様子から察するに、事情を説明するのが難しい案件なのかもしれない。

もしかしたら、今のウルベルトの姿は他にも影響を与える可能性があるのかと、アインズが纏う空気が次第に緊張を帯び始めた所で、観念したかのようにウルベルトはボソボソと話し始めた。

 

「あー……うん、いや……その……一応、原因は判っているんだよ。

ただ、どこから話したものかと思ってな。

そうだな……どうせなら俺がこっちで目を覚ました所から、全部話した方が良いか。

俺が、目を覚ましたのは……」

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

******

 

……一体、なんなんだろうか?

 

何か……自分の顔に、何か冷たい雫が一定の間隔で落ちてくる。

それこそ、落ちてくる雫は小さいのだが、身が竦む様な冷たさを伴っていて。

あまりの冷たさに、思わず目を閉じていられなくなってパッと開けると、視界に入ったのは幾重にも連なる氷柱(つらら)がぶら下がる天井だった。

 

それを、【彼】が氷柱だと認識出来たのは、偏に数年前まで彼が夢中になっていた【ユグドラシル】で、氷の洞窟の中にそれ一面で覆い尽くされたエリアがあったからだ。

 

ゲームの世界ではなく、自分の目で見るその幻想的な姿に思わず見入っていたのだが……再び天井から落ちてきた雫が顔に掛かった事で、ハッと我に返る。

これだけ、顔に掛かる冷たい雫を湛えた氷柱に覆い尽くされた天井がある場所で、何故か寒さを感じない事を不審に思った。

確かにそう思いはしたのだが、逆にそのお陰でこの氷柱が天井に連なる場所で凍える事なく動けるのだからと、【彼】は一旦それについて考える事を止める事にした。

 

それよりも、視界の端に見えていた細い通路のような所から、【ユグドラシル】では割と定番だったスケルトンが五体、ユラユラと身体を揺らしながら姿を見せたからである。

 

何故、【ユグドラシル】でならともかく、【リアル】に居る筈の自分がスケルトンと遭遇する?

それよりも、本当にここは【リアル】なのか?

いや……既に【ユグドラシル】は存在していない筈だ。

そう言い切れる理由は、ちゃんとウルベルトの中にある。

【ユグドラシル】が終了する一月前、ギルド長であるモモンガから【宜しければ最終日に集まりませんか?】と誘いを受けていたからだ。

その為に、ウルベルトは色々とアップデートなど準備していたのだが……結局、諸事情によって最終日にログインする事は出来なかった。

 

【ユグドラシル】のログイン画面を横目に、端末にそれ以上触れる事が出来ない状態で日付が変わるのを見ていたのだから、まず間違いない。

 

だとすれば、これは【夢】か?

それとも、死ぬ前に見ている走馬灯なのか?

そのどちらだとしても、この状況でそんな事を考えている余裕など、無い!

 

どうやら、向こうもこちらの事を認識したらしく、全員が一斉にこちらに向けて今まで以上の速度で近付いてくるのが見えた。

距離が離れているからはっきりとは断言できないが、自分が知るよりもかなり大きい特殊なスケルトンの個体を五体相手にするのは、かなり厳しいだろう。

周囲を見渡すが、どう見ても武器になる様なものは存在していない。

だとすれば、このまま自分は身一つでスケルトン五体と渡り合う必要がある訳で……

そう思った瞬間、【彼】は思わずそれを口にしていた。

 

魔法の矢(マジック・アロー)!!」

 

すると、それに合わせるかのように【彼】の背後に浮かび上がる、十個の魔力の塊。

まるで狙い定めたかのように、その魔力の塊は特殊個体と思しきスケルトン五体へと向けて降り注ぎ……そのままスケルトンたちを全て消滅させていた。

その様子を、予想外の状況の連続にただ茫然としたまま視線で追う事しか出来ない。

 

あまりに突然な事に、咄嗟に【ユグドラシル】で慣れ親しんだ呪文を唱えていたのだが、まさかそれが本当に使えるとは思わなかったのだ。

 

だが、何も身を護る事が無い事に気付き、咄嗟に頭に浮かんだ呪文を声に出して口で唱えてみたら、その通りに呪文が発動すると共に、どうすれば良いのか使い方が頭の中に浮かんできたのである。

本当に、まるで息をするかのように自然に、魔法の使い方が順序立てて頭の中に浮かぶさまを感じつつ、馴染んでいたものを漸く取り戻したかのような感覚を感じていた。

そこまで来れば、もう迷う事はない。

どこか、頭の端で冷静さを取り戻した【彼】は、そのままスケルトンたちに向けて作り出した魔法の矢(マジック・アロー)を放っていたのである。

 

「……何なんだよ、この状況は……」

 

一先ず、魔法によって自分を狙っていただろうスケルトンたちを倒したことで、身の危険を感じる状況でなくなったのは、何となく理解できる。

今、自分がいるこの場所には、他に何かが動いている気配はしなかったからだ。

一先ず、安全を確保出来たと安堵の息を吐いた【彼】は、改めて出来るだけ注意深く周囲を見渡す。

一体、何がどうなって自分がどこにいるのかも判らない状況なのだ。

少しでも情報を正しく得る事は、生き残るためにも必要だった。

 

すると、ここはどこか薄暗い洞窟の中らしいことが解った。

 

自分の横になっていた地面は、凸凹で凍った岩盤に覆われているか、長く伸びた氷柱によって天井と繋がって柱となっている。

良く見れば、天井の氷柱も洞窟の高低差によって高さが段々になっていたし、形もまばらで幾つか折れただろうそれが、地面を貫いているのを見付けた。

地面が凍っているのも、氷柱から滴り落ちた雫に塗れた岩盤が低温のこの場所で凍り付いたからだろう。

目を覚ました時は、視界一杯に広がる氷柱の天井の幻想的な光景に目を奪われ、その事にしか気が回らなかったが……落ち着いたからこそ、この状況が普通ではあり得ない事に、漸く気付く。

何故なら……今でも天井からポタポタと定期的に滴り落ちる雫の……水の冷たさを感じるのだ。

そこで、一つ思い出す。

 

最初、自分がこの場で目を覚ました理由も、氷柱から一定の間隔で滴り落ちて顔に降り掛かる雫が、余りに冷たくて我慢出来なくなったからだ、と。

 

一体、何がどうなってここに自分がいるのか、全く解らない。

そもそも……何で目を覚ました最初の段階で、この異常な状況に動揺しなかった?

普通だったら、自分が見知らぬ場所に居る状況に気付いたら、もっと動揺して混乱している筈だろう?

 

それなのに、自分はまるでそれが異常ではない事の様に、当たり前のような対応してしまっている。

 

なぜ、大した混乱も起こす事ないまま、自分はそんな風に冷静に対応できたのだろう?

何もかも解らないなりに、何故か【このまま、この場に留まるのは駄目だ】と、漠然とした予感がした。

もちろん、その予感に対して確証がある訳じゃない。

 

だが……先程の様に、スケルトンたちが姿を見せ、それが大群だったとしたら……今の自分では対応しきれるか判らない以上、安全の確保は最優先だった。

 

自分が居る場所は、どうやら幾つもの細い通路のような洞窟と繋がる広間のような場所だったらしい。

軽く見渡せば、自分の右側に三つ、左側に四つの分かれ道が見える。

先程、スケルトンたちが来たのは左側の四つの分かれ道を正面から捉えて一番右側だった。

 

だとしたら、あの道は選択から除外するべきだろう。

 

残りは、全部で六本。

だが、何となく左側の通路はあまり行きたいとは思えなかった。

そんな時……ふと、右側に伸びる三つの分かれ道の一つを見た時に、何か意識が惹かれるものを感じて。

 

どうせ、何も解らないのならば……今、自分が置かれている状況を変える為にも、意識が惹かれる感覚に従って動いてみる方がいい。

 

そう判断した【彼】は、そのまま己の直感が赴くまま、ゆっくりと自分が惹かれる方へ足を向けた。

【彼】が選んだのは、右側に分かれる三つの道を正面から見て、一番右側の道だ。

出来るだけ、周囲を警戒しつつ移動していくと、どこかから差し込む光の中で、キラキラと輝くものがあった。

 

キラキラ、キラキラ……

 

どこか、この洞窟にも地上に繋がる隙間が天井にあるのだろう。

そこから差し込む光を吸収し、キラキラと周囲を明るく照らすように乱反射しているそれは、透明度が高い水晶か氷なのだろうか?

この寒さを考えれば、多分氷の方が正解なのだろう。

もちろん、実際はどうなのか良く判らないが、それがひどく気になって仕方がない。

 

少しだけ、ソレに近寄ってみる。

 

特に、何の変化も起きなかった。

【それならば】と、もう少しだけ近寄ってみる。

すると、近づいた事で奥まで見えるようになったのか、ソレの中にぼんやりと人影が見える事に気付いて……思わず駆け寄っていた。

 

そこに浮かぶ人影に、嫌と言うほど見覚えがあったからだ。

 

だが、光を受けて乱反射しているのは透明度の高い表層部分だけらしく、間近に立っても中までは良く見えない。

そこで、その全身が良く見える位置までゆっくりと後ろに下がると、天井から差し込む光では安定しない状況を安定させる為に、迷わず火球(ファイヤーボール)の呪文を唱え。

放たれることなく、手元に留めたそれに照らし出され、氷塊の様なものの中に浮かぶ姿を確認した【彼】は、予想通りの姿に目を奪われていた。

 

そこにあったのは、己の、【ユグドラシル】における【アインズ・ウール・ゴウン】の【悪の魔法詠唱者(マジックキャスター)】ウルベルト・アレイン・オードルのアバターをそのまま巨大化して封じ込めたものだったからだ。

 

「……はは、何だよ、これは……

一昔以上前の、巨大怪獣映画の悪役怪獣扱いかよ!

そりゃ、俺は【悪の魔法詠唱者(マジックキャスター)】だったけど、怪獣扱いされる謂れはねーぞ!!」

 

余りにもあんまりな扱いを受けている、己の【ユグドラシル】でのアバターの状態を目の当たりにした事で、とうとう我慢出来ずに叫び声を上げていた。

そのまま、己にとって何よりも思い入れのあるアバターを封じ込めているだろう、氷塊のようなモノのもとへ駆け寄ると、ダンッと思い切り握り締めた拳で殴り付け。

そこで、ふと……ある事に気付いた。

 

封じ込めているそれを殴る己の手が、どう考えても異様に小さいのだ。

 

小さいと言うより、どう見ても大人の手だとするならバランスがおかしい。

自分の視界に入る腕は、小さく細く……その癖、人のものではないのだ。

それは、まるで目の前のアバターを弄って小さく変化させたみたいな、それ。

 

慌てて、氷塊のようなものに反射するだろう己の姿を見た途端に、ピシッと音を立てて固まり。

次の瞬間、思わず先程よりも大きな絶叫を上げていた。

 

「なんじゃ、こりゃぁぁ!!」

 

一昔以上前の、人気ドラマの有名なシーンのような叫び声を上げた【彼】―ウルベルトの視界に入った己の今の姿。

それは、頭を大きく手足や身体を小さく子供の様にディフォルメした、所謂【ねんどろいどバージョン】と呼ばれるだろう姿の、ウルベルト・アレイン・オードルだったからだった。

 

******

 

「__正直、自分の巨大な姿の氷漬けって言う、まるで大昔の怪獣映画を見せられている気持になっていたら、実は自分の方が小さくなっていたと気付いた時は本当に驚いたんだぞ。

まさか、そんな状況だとは全く思っていなかったから、ごく普通に自分は別世界に転移させられたもんだと思い掛けていたからな。」

 

そうけらけらと笑うウルベルトを前に、アインズは笑い話じゃないと本当に思う。

これは、他の守護者たちも同じ様に思っているんじゃないだろうか?

特に、ウルベルトによって創造されたデミウルゴスからすれば、そんな状況が自分の身に振り掛かってなお笑って居られるウルベルトに対して、何とも言えない気持ちになっていないか逆に心配になる。

それに対して、ウルベルトの横に座っている【フォーサイト】の面々は平然とした様子でメイドたちから出されたお茶を飲みつつ、どこか仕方がないなぁと言う雰囲気を漂わせていた。

 

多分、彼らは既にこの話を聞かされていたのだろう。

 

だから、アインズたちの様に慌てたり心配したりせずに話を聞いていられるのだ。

その事に、少しだけ嫉妬する気持ちが湧くのを抑えながら、アインズはウルベルトに話の続きを促したのだった。

 

 

 




すいません、【宝物殿シリーズ】を見ていらっしゃる方なら気付くでしょうが、作中に出てくるウルベルトさんが回想している部分は、最初の数話だけ【宝物殿シリーズ】のウルベルト視点をベースにして話を構成しています。
どうしても、このウルベルトさんもねんどろいどゴーレムサイズにしたかったので。
と言うか、【ねんどろいどゴーレムなウルベルトさん】のネタから派生した別の話なので、加筆修正をかなり加えてありますけど。
もちろん、同じ【ねんどろいどゴーレムなウルベルトさん】なので一部台詞等はそのままにしてありますが、その姿に至るまでの【リアル】は原作に沿わせた設定に変更したので、彼の死因や精神状態、彼の本体があった場所とかを含めて状況は変わってます。

それにしても……昨日の更新の予定を変更して、冒頭文末部分にナザリックの現時点の部分を加筆したら、そこだけでざっくり見て五千字越えしていた事に気付いて、ちょっと唖然としています。


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第二話

漸く、加筆が終了したので投稿します。
小さな姿になったウルベルトさんと、その時事実を前に驚く面々。(-フォーサイト)
ちょっと、仲が良過ぎないですかねと、嫉妬もメラメラ?


こうして彼らの事を良く見てみると、本当に彼らはウルベルトと仲が良いらしい。

特に良く気付くのが、ウルベルトの隣に座った神官の男性で、何かをしたそうにウルベルトが身を捩るだけですぐに察するらしく、いまもあの外見のせいでちょっとだけ手が届かないテーブルの上のカップをとると、彼に対して手渡している。

ギルメンの中でも、ウルベルトさん相手にあんな風にやり取り出来た人は、多分いないんじゃないだろうか?

少なくても、二人の間にはそれ位の強い信頼がある事が窺えた。

 

この緊張すべき空気の中、どこかウルベルトさんの気配が浮かれているような気がするのは、もしかしたら彼らが理由なのかもしれない。

 

そう思うと、ついつい嫉妬めいた感情が浮き上がるが、これは大切な仲間であり友人であるウルベルトを、彼らに取られてしまったような気持ちになるからだろう。

それでも、アインズとウルベルトの間にも長年培った友情がある。

少なくても、あの頃のお互いに【親友】と呼べる域だった彼との付き合いを考えれば、そう簡単にアインズを含めたこちらを切り捨てると言う判断はしない筈だ。

 

さくさくと思考を纏める事約三秒。

 

アインズは、のんびりと喉を潤す為にお茶を飲んでいるウルベルトに視線を向けた。

先程は、色々と混乱していた事もありきちんとその姿を観察している余裕などなかったが、こうして改めて確認してみると、ねんどろいどゴーレムのボデイと言う割には、今の彼の姿は五歳前後に見える位には大きい。

多分、何らかのアイテムを使用しているのだろうとは思うのだが、認識阻害の指輪を使用しているらしくはっきりとは断言出来なかった。

とは言え、仔山羊の姿は愛らしく見える。

そのモフモフな姿を、この状況でなければ思い切り抱き込んだ上で、両腕で思い切りモフモフして堪能してやりたい位には愛らしかった。

角の下に生えた形の薄く長い耳が、ピルピルと機嫌に併せて動く様は、アインズの中にある癒しが欲しくて仕方がない衝動を強く掻き立てて仕方がない。

 

本音を言えば、何とか上手く周囲やウルベルトを丸め込んだ上で、自分の膝の上に彼の小さな身体を抱き上げてしまいたい気分だった。

 

もちろん、実際にはそんな行動をしないだけの理性はアインズに残っているが、その分もウルベルトがどことなく甘える雰囲気を見せるあの神官が羨ましくて仕方がない。

これは、アインズだけではなくアルベドを除いた他の守護者たち同じ身持ちじゃないだろうか?

出来るだけ気付かれない様に、アルベド越しに他の守護者たちの様子を伺ってみれば、微妙に顔を引き攣らせている姿が見える。

 

やはり、アインズが睨んだ通り彼らもあの神官の事が羨ましくて仕方がないのだ。

 

彼らにとって、自分たちギルメンはそれこそ自分が仕えるべき【至高の存在】と言う位置付けなのは間違いない。

だが、現時点ではウルベルトの側に寄る事も許されず、全く知らない自分よりも下等だと思っている人間に対して甘える様子すら目の前で見せられたら、確かに羨ましいやら悔しいやら色々な感情が渦巻くのも仕方がないだろう。

だが、彼らはそれを必死に押し殺している。

 

全ては、折角ウルベルトがこうして目の前に居て、このままナザリックへ戻って来てくれそうな状況だと言うのに、自分の嫉妬からくる発言によってその可能性を潰すなどと言う事態を避けたいから。

 

そんな彼らの心境が、アインズにも手に取る様に良く判った。

自分だって、彼らと同じ様な気持ちだからこそ、ウルベルトが完全にナザリックに戻って来る事が決まるまで、下手な事が言えないのだ。

特に、ウルベルトが先程までの強い怒りを引っ込めているのは、フォーサイトの面々を怖がらせない様にと言う思いもあると判っている以上、下手に彼の機嫌を損ねる発言はしたくない。

折角、彼らが上手く怒りを鎮めてくれてたお陰で、それなりにウルベルトの機嫌が直っているのだ。

このまま機嫌の良い彼と、上手く話し合いで事を収めてしまいたいとアインズが思うのも、仕方がない話だろう。

 

何となく、話し合いが決裂する事態になるとしたら、そうなる原因はこちら側にありそうな気もするので、その辺りも含めて気を引き締めておく必要はあるだろう。

 

そんな事をつらつら考えつつ、そろそろ話を促すべきだとアインズはウルベルトに視線を向ける。

丁度、ある程度御茶を飲んで満足したらしいウルベルトが、隣の神官にカップを渡した所だった様だ。

こちらの視線に気付いたらしく、アインズが視線を向けた意味を察したウルベルトは、コクッと小さく頷いてからゆっくりと続きを語り始めた。

 

******

 

正直、予想すらしていない自分の状況を幾つも連続で目の当たりにした事で、暫く呆然自失になっていたウルベルトだが……我に返ると頭を抱えていた。

この際、どうして【ユグドラシル】での自分のアバターが氷漬けにされた揚げ句、自分はこのねんどろいどゴーレムの中に入ってしまったのか、その原理そのものはいまいちよく判らない。

確かに判らないが……正直言ってあまりうれしくない話ではあるものの、残念な事に今自分が使っているこの姿そのものに関しては、実は一つだけ心当たりがあったりするのだ。

 

「……これって……確か、モモンガさんの所のパンドラが、るし☆ふぁーさんの姿とその能力を最終調整する際、ゴーレム作成能力のテストの一環で作ったヤツ、だよな?」

 

ウルベルトが頭の中で思い出すのは、かつてまだ仲間一人として欠ける事無くで賑わっていた頃のナザリックだ。

宝物殿の領域守護者で、モモンガが手掛けたNPCであるパンドラズ・アクターの設定は、色々と問題が発生し難航を極めていた。

その理由の一つが、ギルメン全員の外装と共に持たせる能力配分だった。

なにせ、互いに拘りを多く持つ濃いメンバー構成であるが故に、弐式炎雷の様にピーキーな能力設定の奴が他にいない訳じゃなくて。

 

その中で、能力面だけの割り振りが問題なら割と調整が楽だと、早い段階で組み込まれた者達もいる。

 

その中の一人が、【ギルメン一の問題児】として他の仲間から認識されている、るし☆ふぁーだった。

本人の性格や行動の面から、ギルメン共通の認識で【問題児】として扱われているが、彼がパンドラズ・アクターに持たせる主軸として主張したのは、ゴーレム関連の製作能力である。

まぁ、本人的にも【ゴーレムクラスター】として、色々な意味で名を馳せているのだから、パンドラズ・アクターが変化した自分にも、それを踏襲させたいらしい。

 

まぁ、それはさておき。

当然だが、るし☆ふぁーがプロデュースしてモモンガが設定したコンセプト通りに能力が使用可能になっているか、その能力を確認するのは当たり前と言う話になった。

それで、パンドラズ・アクターの外装をるし☆ふぁーに変えさせて、実地試験として何を作らせるかと言う話になったんだ。

幾つか提案があって、どれにするかその場にいた面々で多数決を採った結果、誰かをモデルにしてゴーレムを作らせようという事になって。

 

そのモデルに選ばれたのが、俺、ウルベルトだったのである。

 

最初は、パンドラズ・アクターがどんなゴーレムを作るのかと、凄く気になった。

なんと言っても、初めてのゴーレム作成だったから。

暫くして彼が完成させたのは、掌に乗る位まで小さな二頭身のディフォルメされつつ、その癖特徴は良く捉えられている素晴らしい出来映えの人形タイプのもので。

目の前に、それを完成品として差し出された時は、流石に対応に困ったものである。

 

≪あー……ついでにムカつく記憶まで出てきたぞ。

あの時、モモンガさん以外のその場にいた奴等は、全員その完成したゴーレムを見て笑い転げやがったんだよ。

……あぁ、思い出した。

あんまり皆が笑う事にムカついたから、その場でパンドラに対して、

 

「これと同じタイプのゴーレムを、ギルメンの全員分作る様に」

 

って、俺が命じたんだっけ。

確か……掌に乗る位小型の割に高性能で、一発だけなら超位魔法や高位戦闘スキルも扱えたんだよな。

折角全員分作ったし、ディフォルメされている事さえ除けば、出来もかなり良いものだからって話になって……最終的にモモンガさんが管理する事になったんだよ。

あぁ、そうだよ……それで間違いない奴だ。≫

 

つらつらと、このゴーレムが作られた当時の事を思い出していくうちに、いくつかの点がその頃と違っている事があるのに気付く。

まず挙げるなら、今の己の身体の関節などの動きだ。

精巧な人形タイプとは言え、あくまでもゴーレムである以上、人間などの様にしなやかな動きの再現に関しては、かなり難しかった記憶がある。

実際に、完成したゴーレムを動かしてみたら、どこかぎこちなく微妙な動きをしていた事を、ウルベルトもきっちりと覚えている。

にも拘らず、目を覚ましてから今までそんな不自由を感じた事は一度もない。

 

それこそ、最初は自分の姿がこうなっている事すら気付かない程の、滑らかで自然な動きだったのだから。

 

次に挙げるとすれば、ゴーレムの全身は固い金属系素材から産み出されており、それこそ柔らかい部分など髪の毛一つ存在していなかった筈なのだ。

それなのに、今の自分の身体は触れて確認してみれば柔らかな体毛に覆われ、ふさふさでモコモコとしているのが良く解った。

つまり……その辺りに関しては、本来のアバターである種族に合わせたものに変化しているといっていいだろう。

そう考えれば、己の身体が柔らかな毛に覆われた山羊の姿をした悪魔だと言う点から、現在のふさふさもこもこの状況には納得はいった。

むしろ、そうじゃない方が逆に違和感がある位だったのだ。 

多分、自分の存在の魂(だと思いたい)が中に入った事で、それに併せたカスタマイズがなされたのだろう。

 

残念ながら、どういう原理でそうなったのか、ウルベルトにはその辺りの理屈はいまいち良く解らない。

こういう事に関して、どうしてそうなるのか立証するだけの知識がウルベルトにはないからだ。

判らなくても、この身体そのもの不都合点が解消されただけなので、特に気にしない事にしておく。

 

多分、下手にこの件を突き詰めると、ウルベルトに理解出来る範疇を越えている気がするからである。

 

ついでとばかりに、自分の身体に解析魔法を掛けて必要な情報を抜き取っていく。

今の自分のこの身体は、本当に小さな掌サイズのゴーレムベースなのだ。

いち早く危険を回避する為にも、今の自分に出来るだろう正確な能力把握は、ごく当たり前の話だった。

 

そうして判明したのは、予想よりもまともだったこの身体の能力とレベルだろうか?

 

まず、やはりこの身体はパンドラズ・アクターが習作として作ったゴーレムをベースにしているのは間違いないようだ。

幾ら高性能と言っても、持たせられる能力は第十階位魔法やそれに相当する戦闘スキルだけだったのだが、今は違うらしい。

あくまでもベースにしているだけで、一部のどうする事も出来ない能力制限を除けば、ウルベルト・アレイン・オードルそのものの能力値なのである。

レベルに関しては、本来のウルベルトの姿の時と同じ百。

ただし、この姿になってしまった影響を受けたからなのか、使用出来る超位魔法は一日に四回から一回に変化していた。

使用する場合、発動する為の「ため」の時間は変わらなかった癖に、使用した場合は強制戦闘不能……簡単に言うなら、器となったゴーレムボディの方が持たないらしく、強制クールダウンの為の気絶と言う落ちが付く。

似た理由で、【大災厄(グランドカタストロフ)】も使用可能魔法として使える事にはなっているが、使ったらMP不足による一発気絶になるらしい。

 

つまり、誰かしらサポート要員の前衛が居なければ、ウルベルトの最強魔法は使用不可能な状況にされているのも同然という事になる訳で。

 

本当に、これはこの世界全体の戦闘能力次第では、何ともならない状況である。

一応、この姿になっても使用可能な魔法の種類そのものは、殆ど本来のウルベルトの時と変わらないが、それより問題なのがHPとMPだと言っていいだろう。

幾ら見た目より優秀とは言え、やはり手のひらサイズの小さなゴーレムがベースである。

元々、攻撃専門の魔法職を選択している事から、低めのHPは本来の四割弱しかない。

それに対して、MPは本来のもの六割と割と高めではあるが、多分無理にゴーレムの身体にウルベルトの魂を取り込んでいるからか、本来の姿の時よりもMPの消耗率が高いので、実際にHPよりも少しだけ高い程度になってしまっている。

ただ、攻撃魔法の威力そのものは弱まる事なくそのままだと言う事を考えれば、良いのか悪いのか良く判らなかった。

 

《……やはり思った通りだ。

このゴーレムボディは、予想以上に能力値が高い。

MPに至っては、ゴーレムではあり得ないレベルだと言っても良いんじゃないか?

それでも、超位魔法には身体の方が耐えられなくて、使用出来るものの一発気絶じゃ使えないと考えた方が良いだろうし、【大災厄(グランドカタストロフ)】は使用すると同時にMP切れになる事を考えたら、ほぼ使えないに等しくて微妙なラインだけど。

更に言うなら、根本的に元のゴーレムのサイズが小さすぎた影響なのか、俺が入った事による異常が起きたのか、MPが高い割に魔法に対する消費割合も高くなっていて、折角の高性能を生かし切れないのがまた性質が悪いな。

これに関しては、手持ちのアイテムで改善が出来る可能性があるから、今の時点ではまだ保留案件だと思うとして、だ。

一応、使える魔法の中に戦闘時の撹乱用に取得した第九位階の実体を伴った幻覚系もあるけど、その魔法の使用可能な回数か一日に一回のみ、しかも効果時間が三十分とかふざけてるのかよ!

これじゃ、街の中に潜り込んでも情報を探り出すどころか、殆どまともに動けないじゃないか!》

 

もちろん、これに関しては幻覚の効果延長のマジックアイテムを入手出来れば話が変わるのだろうが、今の自分にはその手立てすら目処が立たない。

こちらの世界に、そんな都合のいいアイテムが存在しているか判らないのだから、ある意味当然だろう。

それに、この世界にそのアイテムがあったとしても、それを手に入れられるかどうかと問われれば、かなり難しいと思うべきだ。

 

どうしてそんなものが必要なのか、それを納得させるだけの理由が必要になる。

 

その為に、自分のこの姿を人前に晒すつもりは、ウルベルトにはない。

見せた時点で、周囲からどんな扱いをされるか判らないからだ。

正直、こんな姿でも生きていると言う事実を、この姿を知った相手に納得させるのは、かなり難しいだろう。

不気味がられた挙げ句、殺されそうになるか実験体にされそうになるか。

とにかく、この身体では他人からまともな扱いを望むのは難しい気がした。

 

《ただ……この世界が【ユグドラシル】じゃない事は、まず間違いないだろう。

あの時、最終日の終了時間が過ぎるのをこの目で見ているだから、今更延期するとはとても思えない。

それを見せ付けられた俺は……あの時、()()()()()()筈なんだからな。

ゲーム用のヘルメットを付けられ、その横から頭を撃ち抜かれて確実に即死させられたはずだから、まだ生きているとはとても思えない。

だからこそ、この状況に困惑しているんだが……》

 

自分の中にある、最後の記憶を思い出しながら少し思案する素振りを見せるウルベルト。

ここで意識を取り戻す前の、リアルの一件は色々と自業自得な部分もあるので、ひとまず先送りにする事にして。

ある程度、自分の今のこの身体のスペックの確認が済んだ所で、再びこの姿になってしまった要因は何だろうかと、心当たりを思い浮かべていったウルベルトは、ハッと一つ思い当たる事を思い出した。

 

そうだ、このゴーレムをパンドラズ・アクターが作った後、ウルベルトが全員分を作るように指示した事によって、一つこの姿になる要因になりそうな馬鹿な事を言い出した奴がいたじゃないか。

 

先程は、この状況に対する動揺が余りに酷くて、あの時の事を思い出せなかった。

だが……こうしてある程度まで冷静になってから良く思い返せば、パンドラズ・アクターが作った全員分のこの人形タイプのゴーレムを前に、変な事を提案した奴がいなかっただろうか?

そう、確か、あれは……

 

「あぁ………そうだ、タブラの奴だよ!

あいつ、全員の分のこの掌ゴーレムが完成したのを確認した途端、平然とした顔で【罰ゲームの一環で、全員で臨むクエストに向かう場合、予定外のところで死んで迷惑を掛ける行為をしたら、条件達成までその姿でいるのはどうでしょう?】とか抜かしやがったんだ。

しかも、条件付きとはいえ本当に復活先をこのゴーレムの中へ固定して、憑依状態にしようとしやがったんだよ!

あぁ……それで間違いない。

だけど、実際にその設定を組むには流石に色々とこの小さなゴーレムの方のデータ容量的に無理があったのと、下手をしたら繰り返し死ぬ事によるデスペナが大き過ぎると言う事を、モモンガさんが懇切丁寧に説得してくれたんだった。

おかげで、【そんな無理を可能にする為に課金して金を突っ込む位なら、もっとギルドの為になる様な他の使い道の方が良い】って声がほぼ全員から上がったから、タブラさんも渋々納得してくれたんだよ。

でも、まだどこか自分の提案に未練が残っているタブラさんの為に、最終的には課金アイテムを幾つか組み込んだ上で、一回だけ経験値未使用でクエスト中も復活出来る、セーブポイント兼特殊な復活ポイントにしたんだよな……」

 

懐かしい、【ユグドラシル】時代の一幕。

あの時の騒動は、ギルド一の問題児であるるし☆ふぁーですら反発するほどの厄介さだった記憶がある。

結局、実際にはどんなに課金しても流石に手のひらサイズのデータ容量をそこまで増やすのは技術的に実行不能だった事と、流石に「一クエストの罰ゲームとしては様々な点でギルメンへの負担が大き過ぎる」と言うギルメンの主張を、モモンガが上手く纏めながら時間を掛けてタブラへ説得するのがどれだけ大変だったか。

しかも、何とか納得させたもののまだ何か言い出しそうな気配が見えた事で、「それならセーブポイントとして利用したらどうか?」と、別のギルメンが慌てその場で提案し、タブラが反論する前に賛成意見多数で話で纏まったのだ。

その翌日、掌サイズのゴーレムに関する追加案件として、単なるセーブポイントとして利用するだけではなく、課金して一回だけ経験値未使用の復活ポイントにしたらどうかと、再度タブラさんから提案があった。

 

これに関しては、ギルメンたちも「悪くない提案だ」と納得した事で了承されたのである。

ただ、実際に課金した上で蘇生アイテムを組み込んでみたら、予想以上に課金額が嵩んだので「とても勿体なくて使えない」と言う事になったのは、同時のギルメンたちのちょっとした笑い話だ。

それを使う位なら、それこそワールドエネミー相手の戦闘中でもない限り、そのまま素直にデスぺナを受けると言う位だから、どれ位掛かったのか想像が付くんじゃないだろうか?

 

そこまで思い出したウルベルトは、その内容に頭を抱えた。

 

≪もしかして……その、タブラさんの提案でゴーレムに付けた効果が、最後に終了した後の【ユグドラシル】に繋げるなんて馬鹿な真似をされた事から、リアルでの死亡とゲーム内の死亡を混同して、このゴーレムボディの中で復活させる結果になったのか?≫

 

正直、出来れば正解であって欲しくない内容だが……どう考えてもこれが正しい気がするウルベルトだった。

 

************

 

 

「__と言う感じで、俺は自分の本体が封印されている事と同時に、本体から精神だけが分離されてこのゴーレムボディで復活した存在だって事に気付いた訳さ。」

 

まるで何でもない事の様に、軽く首を竦めながら言うウルベルトに対して、逆にアインズやこの場に居る守護者たちの方が慌てふためいていた。

今の話の流れだと、現時点でもウルベルトが小さな姿をしている以上、本体は封印されたままだと考えて間違いないだろう。

そんな、危ない状況で放置しておく事を許容出来る者など、この場にはそうそう居ない筈だ。

 

「ちょっと待ってください、ウルベルトさん。

それじゃ、あなたの本体はまだ封印されたままだって事ですか?

と言うより、あなたの姿はとてもねんどろいどゴーレムって感じじゃないですよね?

あれは、二頭身の掌サイズですから。

どうやって、その五歳児の外見まで成長させたんですか!?」

 

アインズが、思わずウルベルトに対して突っ込みを入れるのだが、その直後に興奮しすぎた影響で精神の鎮静化が掛かり冷静になった。

すると、つい先程までの軽い興奮状態では浮かばなかった手段を幾つか思い付く。

同時に、ウルベルトがまだ来ていた頃にあった一つのイベントを思い出し、それに使用していたアイテムが丁度その条件に当てはまる事も思い出した。

 

「……もしかして、【巨大化の指輪】ですか?

確か、ウルベルトさんがまだナザリックにいらっしゃっていた頃、何かのイベントで大量に必要で持ち歩いていらっしゃいましたよね?」

 

アインズがアイテムの名前を挙げ、ウルベルトに確認する様に静かに問い掛ければ、それこそ「正解」と言わんばかりに嬉し気な笑みを零す。

そして、スッとアインズの前に片手を見せると、もう一方の手でそっとその指に填まっていた指輪を掴み、スッと丁寧に引き抜いた。

次の瞬間、それまで五歳字程度の大きさだったウルベルトの身体が、一気にその場で縮んでいく。

ものの数秒で、アインズの言う通り小さな手のひらサイズの姿になったウルベルトの姿を見て、フォーサイト御面々や指摘した本人であるアインズ以外……そう、その場にいた守護者たちは全員二の句が付けられないほど驚いたのだった。

 




一応、この姿になるまでのウルベルトさんによる考察。
この話でも、このねんどろいどゴーレムの作り手は、パンドラズ・アクターです。
因みに、現時点ではこの話し合いの場に居ませんけど、アインズ様の指示でラウンジの様子を【遠隔視の鏡】でちゃんと伺ってます。
ついでに、魔法でウルベルトさんに起きている状況の確認もしています。
なので、自分の作ったゴーレムだと一発看破し、その状況による現時点での問題点の洗い出しまでしていたりします。
この場に居ないけど。(笑)
そして、どことなく不穏な影がちらつく彼の思考の部分は、もちろん話していません。
今の段階で彼らが知ったら、それこそ騒動なんてレベルで済みませんから。


実は、本当ならメールペットの方が先に更新出来るはずでしたが、諸事情によりこちらが先になりました。
その理由は、活動報告に書きました。
ついでにご意見を求めてますので、良ければ活動報告にコメントください。


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第三話

漸く続きが出来ました……
しかも、色々と書いているうちに長くなってしまったので、まずは半分。




いきなり目の前で小さくなった事で、ウルベルトは周囲から困惑を向けられているのだが、本人は至って涼しい顔をしていた。

当人にしてみれば、本来あるべき状態に戻っただけにしか過ぎないのだから、そこまで特に気にする事ではないのだろう。

ただ、周囲からの視線は流石に鬱陶しいのか、ぴるぴると不機嫌そうに耳を揺らしている。

機嫌が悪い素振りを見せているが、多分本気で機嫌が悪い訳ではないのだろう。

もし、本当にウルベルトの機嫌が悪ければ、こんな風に話を聞いてくれさえしないのを、過去の経験でアインズは知っていた。

だからこそ、それがアインズは何も言わず、ただその様子を見守っているだけに留めている。

すると、それまで黙ったまま様子を窺っていた神官の男性が、スッとウルベルトに手を伸ばした。

 

「……あまり、皆さんの事を困らせてはいけませんよ、リュート?

皆さん、あなたの事を本当に心配しているのですから、ちゃんと事情を話してあげなくてはいけませんね。

どうして、そのままの状態のままにしてあるのか、彼らも事情を聞けば納得してくれる筈です。

……違いますか?」

 

静かな声で、聞き慣れない名前でウルベルトの事を呼びながらゆっくりと諭す様な神官の男性の言葉を聞いて、ウルベルトはバツの悪そうな顔をすると、小さく頬を掻いて視線を逸らした。

ウルベルトも、自分が色々とアインズたちに心配を掛けていた事は理解しているらしい。

だからこそ、こんな風に優しく諭されるような物言いをされてしまうと、反論出来なくなるようだった。

 

「……判ってるよ、ちゃんと話すから。

えーっと……ひとまず、自分のこの身体の状況を把握した所までは話したんだっけ。

それじゃあ、次の話は……どうしたもんかな。

俺が、こっちに来てから彼らと合流した一件を話すとしようか。

どうして、彼らの事を俺が家族って呼ぶのか気になるだろ?」

 

軽く頬を撫でていた手を、顎に滑らせながら言葉を選ぶ仕種で話を誘導しようとしたウルベルトに待ったをかけたものがいた。

それは、この場にいたものではない。

まるで天井から声が降って来るかのように、その声は部屋の中に響く。

 

『お待ちくださいませ、ウルベルト様。

その前に、まだウルベルト様の口からお話になられるべき案件がございます!

もし、ウルベルト様がそのボディにチェンジする条件をお忘れだとおっしゃるなら、私の口から申し上げさせていただきますが……その方が宜しいので?』

 

朗々と響く声には、いつもの様な自己主張の激しすぎる様な過剰な抑揚が無く、アインズは逆にその抑揚の無さが怒りを過分に含んでいる様に聞こえて、思わず目を見開いていた。

こんな風に、例え声だけだったとしても、パンドラズ・アクターが自分の怒りをあからさまに見せるのは、とても珍しい。

と言うか、あれで礼儀を重んじる筈のパンドラズ・アクターが、ウルベルトが帰還した事にすら祝辞を述べずにいる時点で、彼の怒りは相当のものだと思うべきなのだろう。

まだ、その辺りのパンドラズ・アクターの反応を知らない他の階層守護者たちは、ウルベルトに対する礼儀がなっていないと不快そうな様子を見せているが、当のウルベルトの方がどこか気まずげに視線を逸らしているので、これはパンドラズ・アクターの指摘の方が正しい事を示していると言っていい。

 

「……ウルベルトさん?」

 

だとすれば、ここできちんと話を聞き出しておかないと、別の問題が発生する可能性があると判断したアインズは、ウルベルトが誤魔化す前ににっこりと笑顔を浮かべて、静かに名前を呼んだ。

ウルベルトには、それだけでアインズが返答次第では【魔王降臨】になる事を察したのだろう。

ウロウロと視線を彷徨わせた後、がっくりと肩を落とす。

 

「あー……この場にパンドラがいないから、油断してたぜ。

なぁ、モモンガさん。

パンドラは、どうしてこの場にいないんだ?」

 

本来なら、ウルベルトの状況が判明した時点でこの場に駆け付けていそうな、このボディの製作者であるパンドラズ・アクターの不在を、改めてウルベルトが確認してくる。

それに対して、アインズの答えは簡単なものだった。

 

「丁度、パンドラには私の影武者を別の場所で請け負って貰っています。

転移門を使えば、確かに一時的にこちらに戻って来る事そのものは可能ですが、いつ状況が変わって私の代わりに人前に姿を見せる必要があるのか判らないので、パンドラには向こうに詰めて貰いながらこちらの様子を見て貰っていました。

パンドラが召喚したシャドーデーモンが、この部屋に二体潜んでいます。

彼らを媒介に、【遠隔視の鏡】をナザリックの外から使用しているんです。」

 

追加説明の様に、パンドラの状況を教えられたウルベルトは、大きく溜息を吐きたくなった。

本気で、彼がこの場にいない事から油断していたと言っていい。

アインズの慎重な性格を考えれば、この場にパンドラズ・アクターの姿が無かったとしても、何らかの形でウルベルトの事を確認させている事は想像すべきだったのだ。

なにせ、パンドラズ・アクターがウルベルトの現在の身体の製作者である。

 

製作者である彼にしか、もしかしたら気付けない点も多々ある可能性だってあった。

 

この辺りの事を、姿を現す前に思い付かなかったのは、ウルベルトのミスだと言っていいだろう。

だが、「モモンガが忘れているならば」とウルベルトが隠そうとしていた事に、パンドラズ・アクターが気付いてしまったものは仕方がない。

この状況では、出来ればまだ気付かれたくなかったのだが、既に条件が分かっている相手がいる以上、それを隠すのは難しいだろう。

むしろ、この場で事情をきちんと話してしまった方が、下手な誤解を受けずに済むと判断したウルベルトは、天を仰ぎ見る様に顔を上げて小さく溜息を吐くと、仕方がないと言わんばかりに軽く肩を竦めて見せた。

 

「……いいよ、パンドラ。

全部俺の口から説明した方が、モモンガさんも当時の記憶をきちんと思い出すだろうし、そこから誤解されずに済むと思うからな。」

 

ガシガシと頭を掻き、そのまま頬を撫で下ろして顎に手を掛けると、行儀が悪いとは思いつつテーブルの上に移動してからアインズの事を正面から見上げた。

真剣な視線を向けてくるウルベルトに、アインズだけではなく周囲の視線が集中していく。

その事に、少しだけ不機嫌そうに耳をぴるぴると打ち震わせ、大きく深呼吸したかと思うとウルベルトはゆっくりと口を開いた。

 

「まず、モモンガさんが忘れているみたいだから、このゴーレムの請け負う役割を言わせて貰うとしましょうか。

こいつは、【死亡時の復活用の蘇生セーブポイントであり、最初の一回だけ経験値未使用の復活ポイントでもある俺達専用のお助けゴーレム】です。

もっとも、皆さんその機能を付ける際に行った課金額が半端なじゃなくて、【これを使うなら、ワールドエネミー以外は素直にデスぺナ食らう】とも言ってましたけどね。

その様子だと、思い出したみたいですね?」

 

それこそ、立て板に水の様に語られる言葉を耳にしていくうちに、当時の事を思い出したのだろう。

アインズが、思わず「あぁ、そう言えばそんな事もありましたね」と両手を打ち鳴らす様に、本当だと納得したのか守護者たちの視線が少しだけ理解の色を帯びた。

だが、それだと他にも疑問が残らない訳ではない。

そんな彼らの視線が、ウルベルトにまだ固定したままなのを理解しつつ、アインズも今の言葉で一つ気になっていた事を思い出した。

 

「そう言えば、そのゴーレムですけど……確か、私が皆さんから預かって管理していた筈です。

なのに、何故別の場所に飛ばされたであろうウルベルトさんが、その場所で使用出来たんでしょうか?」

 

そう……これは、アインズの言う通りだった。

最初こそ、全員が一人一つずつ持っていたものの、セーブ&復活ポイントとしての機能を持たせた時点で、それぞれ各自で保管している意味がなくなったのだ。

ワールドエネミーを相手に、自分が倒されたのとまったく同じ場所に復活しても、戦闘態勢を取れないままただ殺されに行く様なモノである。

それなら、後方で戦闘状況を把握して補助を入れてくれているだろうアインズが持つべきだという話になって、全員の分を預かっていたのだ。

アインズがいる後方からなら、復活して戦闘態勢を整えてから再度挑む事も、それほど難しくないだろうというのが全員一致の意見である。

 

なので、ある意味ではアインズの疑問はもっともな話だった。

 

本来、彼が保管管理している筈のこのゴーレムが、どうして封印されたウルベルトの本体の側で分離した精神を回収して復活したのか、疑問に思うのはむしろ当然の話だ。

同じ状況なら、ウルベルトも同じ疑問を抱いた所である。

だが、それに関してウルベルトには一つの過程が浮かんでいた事もあり、それを話してみる事にした。

 

「あー……まだ、これに関しては確証がある訳じゃ無いんだが……もしかしたら、俺の様にギルドを脱退している形になっている者は、ナザリックの中ではそのゴーレムを使用した復活等が出来ないのかもしれない。

だが、俺の様に本体が封印されるなどしていてどうしても使用不能の場合、復活ポイントであるゴーレムの方が器になるべく魂がある場所に移動したんじゃないかって考えれば、ある意味筋は通るだろ?

もし、俺のこの仮定があっていたとすれば、俺以外の他のギルメンにも同じ事が起きるかもしれない。

ユグドラシルにログインしようとしている最中に、何らかの形で死亡した為に正しい形でログインする事が出来ないまま、こちらの世界に流された仲間が俺以外にもいたとしたら……そいつにはその場で意識が入るべき器がこちらには存在していない可能性が高いからな。

その場合、俺の様に自分のゴーレムを引き寄せて、その中に入ってその場を凌ぐ位はしそうな気がするよ。」

 

つらつら、自分の仮定と推測を口にするウルベルトに、アルベドやデミウルゴスなどは何やら深く考え込んでいる様子だった。

アインズはアインズで、自分が管理しているゴーレムを纏めて収納していた箱を取り出そうとして、ハタと動きを止める。

どうやら、何かに気付いたらしい。

ギギィィィ……と、それこそまるで骨が軋む様な音を立てているんじゃないかと、そんな幻想を抱かせる重々しさでウルベルトの方に振り返ると、恐る恐ると言った感じで口を開いた。

 

「……今、それこそ何気なく仮定の中に混ぜられていたのでするっとスルーしかけたんですけど……ウルベルトさん、ご自分が死んだとかおっしゃいませんでしたか?

はは、そんなの、私の聞き間違いですよね?」

 

自分の言葉を否定する様に、軽く首を振りながらアインズはこちらに対して確認を取って来る。

それに対して、ウルベルトは困った様に首を竦めて見せた。

残念ながら、これに関しては否定してやれない。

ウルベルトにとって、問題なのはうっかり自分の口で答えを言ってしまっていた事であって、その内容自体を偽るつもりは欠片もないのだ。

だから、どこか期待を込めたアインズの視線をから少しだけ視線を逸らすと、口元に手を当てたまま真実を改めて口にした。

 

「……あー……その、申し訳ないんですが、間違いなく私は【リアル】で死亡してます。

正確に言うと、他人の手に掛かって殺されました。

何せ、私の最後のリアルの記憶が、ユグドラシルへログインする為の端末を身に着けた状態で、頭の真横に突き付けられた銃の撃鉄が上がる音なので、ほぼ間違いないでしょう。

モモンガさんに呼ばれたあの日、俺はユグドラシルに……ナザリックに来ようとした所を襲われたんです。

その辺りの事を含めて、続きを話しますね。」

 

すっかり、自分の事を話す覚悟が出来たのだろう。

次に彼の口から語られたのは、どうして彼が死んだのかという話だった。

 

********

 

一体、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか?

 

あれから、暫く色々な可能性を考えてみたのだが、やはり最初に思い付いた【ゴーレムへのタブラの細工と死亡判定が混乱した結果】と言うのが、一番高い様な気がした。

そう判断して理由はいくつもあるが、その中でも一番大きな理由はもちろんある。

何故なら、この世界で意識を取り戻したウルベルトだが……リアルでは、あの時、()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

どう考えても、あの時のあの状態で生き残っている可能性は、ゼロだろうと断言出来る。

 

普通に考えれば、頭を吹き飛ばされて生きている方がおかしいのだから。

 

そう……あの時、ウルベルトは久し振りに【ユグドラシル】にログインするべく、アップデートを待ちながら使っていなかった端末などの準備をしている最中に襲撃を受けた。

襲撃してきた相手が、同じテロ組織に所属している筈の下っ端だったのは、数人顔を覚えているので間違いないだろう。

何やら思い込み激しい事を喚いていたが、どれも心当たりが無い事ばかりだった。

 

「……ったく!

どう考えたら、あんな馬鹿な勘違いの果てに、仮にも仲間の頭を吹き飛ばせるんだか……

まぁ、俺の事を拘束して殺すまでの一連の行動を指揮していたアイツは、俺が組織の仲間になって頭角を現した事で、組織からの評価が著しく下がってたって話を聞いた事があるし、な。

自分の地位を上げつつ、俺の事を排除する為の冤罪の根拠として、俺がユグドラシルに久し振りにログインするタイミングを選んだんだろうとは思うが……馬鹿な奴だ。」

 

自分が死ぬ直前の出来事を思い出し、ウルベルトは大きく溜息を吐く。

間違いなく、あれは完全なあの男の暴走であり完全な冤罪だった。

ウルベルトが、どうして久し振りにユグドラシルにログインしようとしていたのか、その理由すら上から全く何も知らされていない様な、末端の人間が嫉妬の果てに暴走した結果だと言っても良い。

 

「本当に……馬鹿な奴だよな、アイツ。

俺らの組織のボスが、俺と同じ様にそれなりに名の知られた【ユグドラシルプレイヤー】だったって事も、今回の俺のログインが既にギルドも仲間もいなくなった事で、自分自身はログインする意味を無くしていたボスから、【最後なんだから、お前はギルマスへの義理を果たしに是非行って来い】と勧められたもんだって事も知らないで、独り善がりの判断をしたんだからな。

むしろ、ボスからは【たっちさんに会えたら宣戦布告していいぞ】とすら言われてたのに、それを内通の証拠に挙げて鬼の首を取ったかの様に小躍りしてるなんて、本気で小物だよ。

まぁ……こうなった以上、俺が今更何を考えたとしても、意味がないんだけどな……」

 

あの時、俺の事を殺した奴の事を考えつつ、額に手を当てようとして……微妙に指先が眉間に届かない(長い爪なら届く)事に気付き、憮然とした気持ちになった。

この身体は、ディフォルメされている分もあちこちバランスがちぐはぐで、本来なら普通に手が届く部分に届かない事が多々ある。

これもその一つなのだが、正直言って不便極まりない状況だった。

 

これでは、自分で自分の身体を洗う事すらままならないだろう。

 

「……真面目に、早くなんとかしねーと、いろんな意味で精神的に死ぬぞ、これ。」

 

幾つか思い当たる、今の自分に出来ない事柄の数々を考えながら、ウルベルトはこの状況になる前の……リアルでの事を改めて思い出していた。

 

 

*******

 

ウルベルトの本名は、宇部隆斗(うべりゅうと)と言う。

貧困層出身だが、この時代では小卒と言うそれなりの立ち位置にいた事もあり、何とか生活していくだけの収入を得ていた彼が、テロ組織に身を置くようになったのにはそれなりに理由があった。

普段から、富裕層に対して不満を抱いていたウルベルトだが、ある切っ掛けが無ければそのまま不満を抱いたまま、その生活を維持する方を選んでいただろう。

幾ら反骨精神が強かろうが、自分一人ではこの富裕層の支配が揺るがない様に構築されてしまっている社会構造に対して、何も出来ない事を理解していたからだ。

そんなウルベルトが、どうしてテロ組織に身を置く様になったのかと言えば、実はそれほど難しい話ではない。

 

それこそありきたりな話かもしれないが、仕事に向かう最中にテロ行為に巻き込まれた揚げ句、彼らの仲間として警察に勘違いされて捕まりそうになった所を、仲間を助けに来たテロ組織の人間達によって再度爆破テロを起こしそれを目晦ましに一緒に助けられたからである。

 

あの時、爆破テロを目晦ましに彼らに連れ去られたウルベルトは、テロを捕まえるべく現場に来ていた警察の中に、何処かで見知った顔がいた様な気もした。

だが……ウルベルトが住んでいる様なエリアに降りてくる可能性は低いので、違うだろうと思っている。

もし、ウルベルトの見間違いでなかったとしても、そいつが自分の事をテロ組織の人間ではないと、証言してくれる可能性は低いからだ。

むしろ、普段からのギルドでの対立する際の言動から、やはりそちら側の人間になったかと思うだけだろうと、サクッと頭の中から存在を消していた。

元々、そいつの事を頼るつもりはない。

ここの所、仕事の多忙さでユグドラシルにログイン出来ずにいたのだが、それすらテロ行為に勤しんでいたからと邪推される可能性もある。

多分、会社もテロ組織の人間ではないと疑われた上に爆破テロに巻き込まれて生死不明となった時点で、サクッと首になっているだろう。

 

普段は、貧困層の社員などそれこそ過労死寸前になろうと平気で使い潰そうとするが、犯罪者の可能性が出ただけで簡単に切り捨てるのが、会社側の流儀だったから。

 

会社とは無関係の存在にしてしまえば、後からテロ組織の人間だったと判明しても、既に無関係だと言う事を主張出来るからだ。

更に付け加えるなら、実際に犯罪者ではなかったとしても、生死不明の状況になった時点で会社は給料を無駄に払う事が無い様に、その社員の首を切るのだ。

生きているか死んでいるか、現時点ではっきりと判らない状態なら、当然出社して来る事もなく無断欠勤になるのがはっきりしている社員など、会社側に籍を残しておく理由などない。

 

そんな風に、テロに巻き込まれて生死不明のテロリストの可能性がある人間として、警察などから目を付けられてしまった時点で、ウルベルトはもう二度とユグドラシルにはログイン出来ないだろう。

 

少なくとも、ウルベルトとしてナザリックに顔を出す事は、二度と出来ない。

警察から、運営に連絡が行ってログインチェックをされている可能性があるからだ。

そんな真似をしたら、ギルメンたちもテロの関係者ではないかと疑われるからだ。

あの、優しい大切な親友であるギルド長に、そんな疑いを掛ける行為をする事は、ウルベルトには出来なかった。

 

せめてもの慰めは、仕事に忙殺されてログイン出来なくなる前に、自分の最強装備を彼に預けておいた事だろうか。

 

あの時は、あまりの多忙さにうっかり操作ミスから自分の最強装備を失う可能性を恐れて預けただけだったが、あれはあれで良かったのだ。

仲間がいつでも戻って来れる様に、色々と頑張ってギルドを維持している彼には悪いとは思う。

だが、そうやって彼にあの装備を預けておいた事によって、彼に対して生前に形見分けの様なものが出来たと、ウルベルト自身はそう思う事にした。

 

「もし……もしも、だけどさ……もう一度、俺がログイン出来るような機会があったら……全部ちゃんと謝るから。

だから、それで許してくれよ、モモンガさん。」

 

偶々、どこか故障しているのか調子が悪いので馴染みの店に修理に出そうと、仕事に行く際に持参していたゲーム用の端末を撫でながら、ウルベルトはそうひとりごちていた。

 

*******

 

 




全部で、一万九千字近くなったので、区切りの良い所で一旦切ります。
前書きの通り、時間が掛かった上にかなり長くなってしまいました。
後半部分は、明日の昼頃の投稿予定で、リアル部分の続きから始まる事になります。


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第四話

昨日の夜に更新した話の後半部分です。
ざっくりとしたあらすじ。

ウルベルトさんは、こちらに来て今の姿になるまでのことを話していた。
掌サイズのゴーレムにっている事を話していたら、パンドラズ・アクターから、その条件に関する突っ込みがあって、リアルで死亡している事の触れてしまう。
そこで、どうしてそうなったのか、それまでの話をすることに。
そこで、ウルベルトはリアルでテロに巻き込まれ、自分もテロ組織に所属した事までを語ったのだった。


それから三年の月日が過ぎた。

ウルベルトは、助けられたテロ組織の中で持ち前の反骨精神の強さなどからメキメキと頭角を現す事になり、現在ではそれなりの立場に座っている。

三年前こそ、テロに巻き込まれてしまった事自体を嘆いていたものの、これはこれで良かったのではないかとすら思っているのだ。

多分、ウルベルトたちテロ組織の行動は、今の社会に影響を与える事はないだろう。

富裕層が住むエリアに手が届く前に、彼らに指揮されている貧困層の分厚い防衛層が、その行く先を阻んで意味を無くされているからだ。

この壁を越えなければ、何をやっても富裕層に手が届かない事も、テロ組織の幹部たちは理解していた。

 

それを理解していたからこそ、どうすればそれを何とかして先に進めるのか、何度も議論を交わし必要になるだろう幾つもの情報を収集し、それを実際に実行する為の幾つもの手段を構築したのは、ウルベルトや他のテロ組織の中にいる小卒以上の幹部たちだ。

 

何とか、富裕層にこちらの手が届く様に抜け道を見つけ出そうと、テロ組織の中でも有識者たちが集まり様々な方法で試行錯誤を繰り返して、可能性を見出した時だった。

長年続いてきた、ウルベルトにも思い入れが強いユグドラシルのサービス終了を、ネットで大々的に取り上げたのは。

もしかしたらと、 念の為にユグドラシル時代に使用していた、モモンガなど一部の人間にしか教えていない個人的なメールを確認したら……やはり、モモンガからのお誘いメールが来ていたのを発見した。

サービス終了まで、残された期間が三か月しかない事で、仲間のギルドへの復帰が難しい事を察したのだろう。

せめて、最終日だけは気心知れた仲間と共に過ごしたいと、モモンガが望んだとしても別におかしくはない。

 

だが、今のウルベルトにユグドラシルにログインするという、自分自身も組織の仲間も危険に晒すという行動はとても出来なかった。

 

そもそも、今ウルベルトの手元には端末はない。

あの時、ゲームの端末がウルベルトの手元にあった理由は、テロに巻き込まれる十日ほど前からどこか動作不良が多く、故障している可能性がある為に修理に持って行こうとしていたからだ。

一応、それなりの応急処置はしてあるものの、テロ組織に所属する事を自分の意思で選んだ時点で、覚悟を示す様にウルベルトは自分の端末をボスへと預ける事を選択した。

 

手元に置いておいたら、色々と未練が残る可能性もあったからだ。

 

それに対して、受け取ったボスは何とも言えない顔をしていたのを覚えている。

彼は、それ相応に名の知れたユグドラシルプレイヤーで、自身も割と名の知れたギルド所属だった事もあり、上位ギルドのメンバーを覚えていたらしい。

だから、端末のチェックをした際に出てきたプレイヤー名とキャラクター画像を見て、本気でこれを預けると言い出した事に驚いていたのだ。

 

ここで、どうしてこんなにもウルベルトがボスと直接話せるのかと言うと、それもちゃんと理由がある。

 

彼らの組織は、あくまでも富裕層に対するテロ行為が目的で、同じ貧困層の人間を出来るだけ巻き込まない様に活動していた。

実際、今までの彼らのテロで無関係の貧困層の人間が巻き込まれる事はゼロに近い数字で、それだけは他に対しても誇っていたらしい。

だからこそ、偶然巻き込んでしまったウルベルトに対する罪悪感が、彼らのボスと直接話せる機会を設ける事に繋がったのである。

 

そんな経緯から、ウルベルトはボスに端末を直接預ける事に成功し、ボスも端末を勝手に処分しない事を約束してくれたのだ。

 

今回のモモンガからのメールを見ても、ボスに対して「端末を返して欲しい」とはウルベルトにはとても言い出せなかった。

今の立場的に、ボスに会う事自体は難しくはないが、逆に幹部候補として名を連ねる様な自分が、今更モモンガ達の元に戻れない事など理解していたからである。

この大事な時期に、そんな不用意な真似をして足が付いた結果、作戦が実行出来なくなってしまう訳にはいかない。

 

そんな風に、様々な事を考えて自制していたウルベルトの背中を押したのは、このテロ組織のボス本人だった。

 

最初、個人的にボスから呼び出された時、何か問題が起きたのかと心配になったのだが、どうやら違うらしいと理解したのは、机の上に懐かしい端末が置かれていた時である。

それを前に、ボスが椅子を勧めるので素直に従えば、彼からの言葉は思わぬものだった。

 

「アインズ・ウール・ゴウンのギルマスのモモンガさんは、とても義理がたい人物だと言う事を俺は知っている。

彼が、未だにギルドを維持しているのは、ほぼ間違いないだろう。

先日のニュースの際、ネットで調べたが……未だに上位三十位以内の中に、ギルドの名前を連ねているからな。

だからな、宇部。

最終日の終了直前に顔出して、お前の中で燻っているけじめをつけてこい。

このまま会えなかった事で、下手に未練が残っていたりしたら、今度の作戦にもミスが出るかも知れん。

流石に、今回はうちの組織の総力戦だからな。

そんな理由で、そんな凡ミスをされたら困るんだ。

お前には、俺とは違って待ってくれている相手がいるんなら、きっちり顔を合わせて別れを告げておけば、心残りもなくなると思うんだが……違うかい?」

 

ボスの言葉は、どれもウルベルトの中に燻っていた気持ちを揺り動かしていく。

気付けば、自分から手放した筈の端末に手が伸びていた。

自分が属する組織のボスに、ここまでお膳立てをして貰っている状況で、それを断るのは逆にかなりの非礼に当たるだろう。

そもそも、ボスがこんな事を言い出したのは決戦が近いからだ。

更に、ボスは何かを思い付いた様に笑いながら、ウルベルトが断り難くなる言葉を追加した。

 

「それに……もしかしたら、たっち・みーが来ているかもしれないんだろう?

だとすれば、なおの事お前はこの誘いを受けるべきだ。

もし、それで本当に奴に会ったら、それとなく宣戦布告してきてくれても構わないからな?」

 

ニヤリと笑うその様子は、どこか闘志を燃やした暑苦しさを匂わせるもので、流石は戦士系のプレイヤーだと思わせるものだった。

そう、このボスは以前何度かたっちとPVPで戦った事があるのは、ウルベルトも知っている。

かなりいい所までたっちに迫ったものの、結局一度も勝てなかった事をウルベルトは聞いた事があるからだ。

だからこそ、彼の口からそんな言葉が出たのかもしれない。

どちらにせよ、けじめを付けに行ってくるべきだと理解したウルベルトは、ボスの言葉に素直に従う事にした。

泣いても笑っても、あと数時間でユグドラシルは終了する。

 

それなら、下手な後悔を残したくはなかった。

 

********* 

 

あの後、ボスだけでなく幹部たちを交えて綿密な打ち合わせが行われた。

ウルベルトは、幹部候補として色々な事を知っている立場にいる為、警察に捕まると組織にとってもかなり具合が悪い存在でもある。

それでも、今回の事に関して許可が出た理由は、ちゃんとあった。

 

「今回のお前へのログイン許可は、ある意味俺達から警察に対する挑発行為でもある。

一番危険な役を押し付ける以上、お前には正直に言っておこう。

この三年、預かった端末は全く違う場所で数回起動しているんだ。

可能な限り、本部やテロ現場から離れた場所で、な。

そうする事によって、警察関連の撹乱に利用させて貰っていたんだ。

悪いとは思ったんだが……予想外に、警察の人間が釣れるから丁度良くてな。

その代わり、この端末には色々と細工が施して接続場所は判明し難くしてあるから、今回のログインもある程度の時間……そうだな、数時間なら誤魔化せるだろう。

お前なら、それで十分上手く必要な事を済ませて逃げおおせられるだろう?」

 

幹部の一人が告げた言葉に、ウルベルトは思わず苦笑するしかない。

警察が、ウルベルトの端末が接続される度に釣れた理由など、一人しか思い付かなかった。

なるほど、確かにこれはボスが宣戦布告して来いという訳である。

 

そんな話もあって、ウルベルトがボスの許可を得た上で幹部とも相談して使用する事を決めた場所は、本部からかなり離れているものの、テロ組織でも重要度が高い情報を扱う際に何度も使用されているセーフハウスの一つだった。

ここは、情報収集専門の場所として使用しているだけに、割と情報系のセキュリティが高く設定されている。

そう言う点でも、多少の事なら無茶な条件でネット接続しても問題ないと考えられ、それなりに使用されてきたのだが、今回の作戦の為の情報収集の為に使用されている事から、明日の朝までにあらゆるものを破棄した上で撤退する事が決まっていた場所でもあった。

だからこそ、ウルベルトもここを利用する事をボスに申請し、ボスもそれを承認したのだ。

特に、今回ウルベルトがネットに接続する端末には色々な問題がある都合上、長時間の使用は逆探知される可能性はあった。

ボスに預けてあった間に、色々と細工はしてくれているとの事だったので、一応場所を逆探知されるまでには二時間程度の猶予はあるらしいが、それでも危険なのは変わりがない。

幾らボスや幹部たちの許可を受けているとは言え、ウルベルトがこれからするのは自分の都合で危険を冒す行為だ。

 

だからこそ、出来るだけ組織の仲間を巻き込まないで済む廃棄予定の拠点リストを探し、本部からかなり離れているこの場所を選択したのである。

 

ボスに呼び出されてから数時間後、出来るだけ人目に付かない様に移動して目的の場所に到着したウルベルトが、ボスから受け取った端末の中のゲームデータのチェックをしてみれば、半年ほど前に会った最後のアップデートだけをすればログインが可能な状態になっていた。

どうやら、小まめな性格だったボスはこの3年間でのアップデートの大半を、預かっている間に済ませてくれていたらしい。

これに関しては、タイムロスの危険性を考えれば本当にボスに対する感謝の念しか浮かばない。

今の時間は、夜の十時四十五分。

 

これなら、今からアップデート作業をしたとしても、十一時半前にはログインが可能になるんじゃないだろうか?

 

サクサクと手慣れた手付きで、正式な手順を踏みながらアップデート処理を行いつつ、ウルベルトはタイムスケジュールを頭の中で再度確認していく。

最大で二時間程度とは言われているが、多分、警察もそこまで間抜けではない。

今まで、何度も繰り返して起動させてアップデートとしているのなら、小細工の有効時間は確実に短くなっている筈だ。

だとすれば、実際に接続していられるのは更に短く一時間程度と想定しておくべきだろう。

その場合、アップデートに掛かった時間によってログイン時間は変化するかもしれないが、少なくてもモモンガに最後の挨拶位は可能だと考えていい。

モモンガを含め、他の仲間と会える最後の機会なのだから、自分らしさを彼らに示せる最後の挨拶はどんな内容だろうか?

この際、厨二病と笑われても気になんてしていられない。

そんな事を考えながら、ウルベルトが懐かしい仲間に会える最後の時間とその別れに対して、思いを馳せていた時である。

 

いきなり、ドアが切り分けられたかと思うと、複数の男たちが部屋の中に乱入してきたのは。

 

強引に乱入してきた男たちは、声も出さずにどんどん部屋の中に入ってくる。

状況的に、どう考えてもこんな乱暴な方法で訪問してくる相手が味方とは思えなかった。

むしろ、自分に対する敵意など様々な意味で危険を感じ、この場でのログインは無理だと判断したウルベルトは、端末を片手にその場から逃げようとしたのだ。

だが、彼らは数にものを言わせて数十分後にウルベルトの身柄を拘束すると、もう少しでアップデートが終了する筈の端末を取り上げた。

マスクなどで顔を隠しているのが半数だが、それでも髪型や特徴的な服装に色々と見覚えがある。

彼らは、間違いなくウルベルトが所属しているテロ組織の仲間たちだった。

ただし……彼らは全員、テロ組織の中でも特に知識が無い為に使い走りしか出来ない、末端の構成員でしかなかったのだが。

 

少なくとも、幹部候補として組織の上層に位置するウルベルトに対して、下っ端の彼らがして良い行動ではない。

 

とは言え、実際に組織の人間と顔を合わせる場に出る際は、特殊なマスクをして素顔を晒していた訳ではないので、本当にウルベルトの事を幹部候補と理解しているのかは微妙な所だが。

ウルベルトが、そんな風に頭の中で考えながら彼らの様子を観察すると、とても興奮していて無理に自分を奮い立たせている様にも見えた。

多分、こうしてウルベルトの事を拘束する事に対して、躊躇いがある者たちもいるのだろう。

 

その中で、一際目立つ男大柄の男の事を、ウルベルトはよく知っていた。

 

彼は、ウルベルトがテロ組織の中で台頭していく事に対して、何かと不満そうに見ていた男である。

そんな男が、この状況の中でウルベルトに向けてニヤニヤと笑っている様子を見れば、なんとなく状況を理解してしまった。

どうやら、この男はウルベルトがこっそりと組織の本部から離れ、組織から廃棄される予定の場所でコソコソと何かしようとしている情報を偶然掴み、組織に対する裏切り行為をしているのだと勘違いしたんだろう。

 

もしかしたら、ウルベルトが裏切った(と思い込んだ)証拠を掴んで自分の手柄にしたら、組織の中で成り上がれるチャンスだと思ったのかもしれない。

 

まさか、ウルベルトの行動が最初からボスの承認の下で行われる行為であり、この場所の使用も正式に許可を得ている事すら、どうやら彼は知らないのだろう。

まぁ、こんな末端の組織の人間に、上層部の行動とその目的が全て筒抜けになっている様では、万が一警察などに捕まった際に情報を抜かれてしまうだけなので、当然の話なのだが。

末端とは言え、テロ組織に所属して生き抜いた年数が少しばかりウルベルトよりも長いので、この男には数人の部下がいる。

自分の裁量で動かせるだけの駒の多さと、上手く仲間を乗せるだけの口の上手さは知られていたが、まさかこんな暴挙に出るとは組織としてもウルベルトとしても予想外だった。

 

多分……この男は、自分の思い込みで勝手にウルベルトを襲撃している事自体が、組織に対する裏切り行為だと思っていないのだ。

 

折角、作戦決行前日の夜に囮として警察を釣る事で、翌日の決行日の初動捜査を鈍らせる事が可能だろうと、単独でゲーム端末を接続していたウルベルトの行動を邪魔するこの男はもちろん、その言葉に唆されてこうして行動しているだろう彼らの事も、ウルベルトは愚かだと思う。

だが……この手の男に何を言っても無駄だという事を、ウルベルトは今までの経験から良く知っていた。

その証拠に、ウルベルトが一切の反論や抵抗が出来ない様に、全身を拘束した上で口に猿轡をする事で反論手段を封じている。

 

この男は、自分の事を最初から殺すつもりなのだろう。

 

ウルベルトを殺す際に、一緒にこの端末を壊してしまえば状況証拠しか残らず、自分の言い分が通るとでも思ったのだろうか?

そんな話など、正式にボスからの指示で行動していた事を知っている幹部相手に、絶対に通用する筈がない。

むしろ、上層部のみが知っている今回のウルベルトの行動やそれに纏わる情報を何も知らない彼らは、このままこの場で生き残る事すら叶わないだろう。

そもそも、本当に裏切り者だと断定しているのなら、逆に必要な情報を引き出すべきウルベルトの口をこんな風に封じてしまっている時点で、自分たちの無能ぶりを披露している事を彼らは気付いていない。

特に、中途半端な情報を持っていてウルベルトの事を目の敵にしている件の男は、この場に留まっている危険性すら理解せず端末を中途半端に弄って、中に入っているのが本当に裏切りの証拠でなく今日が最終日のネットゲームだと理解し、何とも言い難い苛立ちを募らせていた。

 

彼としては、少しでも疑わしいデータが入っている事だけこの場にいる仲間に示せれば、ウルベルトを殺すついでに壊してしまったとしても、十分言い訳が可能だと思っていたのだろう。

 

スッと、視線をこの場所に唯一残っていた電子時計で時間を確認すれば、既にユグドラシルが終了する時間まで残り五分を切っていた。

予定の時間より、かなり長く端末をつないだままこの場に留まり過ぎている以上、既に逆探知されて警察の場所が割れていると考えていいだろう。

ぼんやりとそんな事を考えながら、どうする事が出来ない状況に内心溜息を吐きながらウルベルトが視線を薄く開いているドアに向ければ、そこから強烈な視線を感じて目を見開く。

 

間違いなく、複数の視線が中に様子を窺っているのだろう。

 

ウルベルトや幹部たちの想定通り、この場所を警察が逆探知で探り当てたのだろうと思った瞬間、この場を指揮している愚かの者リーダーがそれまで弄っていた端末と繋がっているヘルメットをウルベルトに被せてきた。

視界の中に、繋がれたログイン手前の画面に示されている時刻は、二十三時五十九分四十秒。

もう、一分を切っている状況でヘルメットを被せてどう言うつもりだと、視線を向ければそれは愉しそうに口の端を上げて嗤っている。

 

「そのゲーム、後十数秒で終わりなんだろう?

だったら、ログイン出来ないまま終わるのを見届けさせてから、てめぇを殺してやるよ。

ほら、もう後、十、九、八……」

 

ニタリとその男が嗤い、ヘルメットの側頭部に銃を押し当てカウントダウンの真似事を始めると、追従する様に周囲がわざとらしくこちらを馬鹿にする様な声を立てて嗤いながら同じ様にカウントを始める。

その途端、ドアの向こうの気配が剣呑さを増したのを感じた。

ほぼ同時に、このバカな男たちが入ってきたのと同じようにドアが蹴り開けられ、特殊装備を身に纏った警察の特殊部隊が一気に流れ込んでくる。

その姿を見ながら、本当に馬鹿な奴らだとウルベルトが考えた時、一番奥にいた事でまだ特殊部隊の手が届いていない馬鹿な男は、ウルベルトの頭に突き付けていた銃の引き金を引いた。

 

その時、ウルベルトが見ていた視界には【ユグドラシル】の終了を知らせる画面と、その画面越しにうっすらと見えた誰かが駆け寄ろうとする姿だった。

 

********

 

「……そのまま、完全に【ユグドラシル】の終了画面を見ながら頭を打ち抜かれ、現実世界の俺は即死したんだと考えて、まず間違いないだろうな……」

 

ゴツンッと大きな音を立てながら、ゴロリとその場にひっくり返る様に横になった俺の頭の中は、正直言って限界に近かった。

自分の身に起きた、ある意味壮絶な最後を思い出した影響もあるのだろう。

この世界で意識を取り戻したばかりの頃は、流石に状況に頭が付いて行かなくて色々と混乱していたが、現実での自分の最後を思い出したら思い出したで、頭が痛い事ばかりだ。

ほぼ間違いなく、あの場にいた面々は全員抵抗して射殺されたのか、捕まったかのどちらかだろう。

ボスや幹部たちの指示で、基本的に表に出ない裏方で動いていたウルベルトは、テロ組織との繋がりを疑われてはいたものの、基本的には生死不明の一般市民の範疇だった事も、あの時の打ち合わせで聞かされているので知っている。

 

だからこそ、本当に生きているのか端末だけを利用されているのか、その確認の為にとある人物がかなり躍起になっていて、結果的に警察が良く釣れたと言われていたのだから、ほぼ間違いない筈だ。

 

まして、俺が殺される前の惨状をあの男が見たのならば、間違いなく俺がテロ組織に捕まって暴行を受けていたと思う筈である。

同時に、末端で作戦の事を全く知らされていない様な奴らが幾ら捕まったとしても、この後に控えているテロ作戦の情報が洩れる事はない。

もし、馬鹿な男が生き残っていたとしても、そいつが喚いた位ではウルベルトが彼らの仲間だという証拠になるだけの情報や物証も、彼らは持っていないだろう。

その為に、ウルベルトはほぼ完全に裏方に回っていたのだから。

正直言えば、モモンガや他のギルメンに会えなかった事は悔しいが、あの結果なら彼らにこの件で迷惑が掛かる事はないだろう。

 

それだけが、ウルベルトにとってせめてもの救いだった。

 

**********

 

「まぁ……こんな感じで、リアルの俺は死亡した訳です……

あの、ちょっとだけ休んでも構いませんか?

流石に、これだけの事を話したら少し疲れました。」

 

自分がどうして死んだのか、一連の事を一気に話し終えたウルベルトは、ちょっとだけ疲れたのかそれだけ言うと飛行の呪文でふわりと浮き上がり、フォーサイトの中でも一番仲が良い神官の掌の中へと移動していく。

もちろん、リアルでも微妙な部分に関わる内容だと判断した部分は、出来るだけぼかして誤魔化しながら話として伝えたが、アインズに対してはこれで十分伝わっただろう。

現に、ウルベルトの話を聞いたアインズの周囲の空気は、ピシッと固まっているのを感じたので、ウルベルトの予想は間違いない筈だ。

 

本音を言えば、ウルベルトとしてもあまり話したいと思っていた内容ではない。

 

だが、この辺りについてもきちんと話しておかないと、漠然とではあるが色々と後で困ると思ったから、素直にアインズ達に対して全て話す事にしたのである。

しかし、ウルベルトにとっても今回話して聞かせた部分は、精神的に負担が大きな話だったのだ。

すっかり精神的な疲労が溜まったのか、神官の男の掌の中でくたりと力を抜いて甘える様に頬を擦り付けると、彼もウルベルトの精神状態が良く判っているからか、優しくその背中を撫でて優しく宥めてくれる。

暫くの間、周囲の視線を気にする事無くそうして彼に背中を撫でて貰っていると、漸くアインズの方も精神的に立ち直ったらしい。

鋭い視線をこちらに向けて、ウルベルトに対して念を押す様に問いかけてきた。

 

「……確かに、ウルベルトさんがテロに巻き込まれて生死不明の状態だという事は、私自身も聞いていましたが……まさか、本当にテロリストに属してると思いませんでした。

ですが……そんな風に巻き込まれたという経緯なら、無理にテロ活動に参加しなくても普段の生活に戻れたのではないのですか?」

 

状況的に、ウルベルトがそちらの道に行く必要がなかったのではないかと、そう真っ直ぐにアインズに問われ、ウルベルトは疲れた様子で首を横に振った。

アインズが口にした通りになる程、当時の状況はそんなに簡単な話で済むものはなかったのだ。

コリコリと、ふかふかの毛に覆われた頬を軽く掻きながら、ウルベルトは小さく溜息を漏らす。

 

「……あのな、モモンガさん。

あの時、俺はテロに巻き込まれた揚げ句警察にテロ関係者と疑われていた時点で、生死不明で戸籍が半分消され掛けていた状況だったんだよ。

戸籍を復活させるのは、様々な面でかなり煩雑な手続きとかが必要だから、一旦この状態になったら実質戸籍を復活させるのはほぼ難しいと思った方が良い。

それこそ、もし本当にリアルで俺の戸籍を復活させようと思ったら、それまでに係る経費の方が、本気で目玉が飛び出るほど馬鹿高くて、あちらの世界の俺達の貯蓄じゃ、先ず払いきれない金額だからな?

むしろ、たった二日で俺自身の銀行口座も生死不明が理由で利用停止扱いになってたんだよ。

偶々、テロに巻き込まれる前に必要に駆られて大半の金額を下しておいたから良かったものの、そうじゃなかったら口座の残高丸々没収される所だったからな!

幾らなんでも、流石に戸籍がほぼ無いのと同じで資金面もアウトなんて、あのリアルじゃまず生きていくのはほぼ無理だから!

更に言うと、テロに巻き込まれた際に持っていた通信系の端末は全滅していて、鞄の中のユグドラシルの端末が無事だった事の方が奇跡的なんだよ。」

 

自分の置かれていた状況を、出来るだけ簡単に指折り説明してやれば、アインズの気配が一気に強張る。

多分、彼もウルベルトが置かれたリアルでの状況の厳しさを、漸く理解したのだろう。

その横で話を聞いているアルベド達が、色々と今までの話に対して質問をしたそうな顔をしているのだが、それに関しては一切無視していた。

本当なら、アインズと二人だけで隠し事なく全部話してしまいたいのを、彼らがそれを認めないから同席する代わりに詳しい部分を伏せているのだ。

この段階で説明を求められても、アインズときちんと打ち合わせが済んでいない状況ではどこまで話して良いのか判らないし、既に何かをアインズが話していたら齟齬が出るかもしれない。

そんな状況で、下手にアインズの様子を見ながら変な説明をした場合、頭の良い二人……いや、遠隔視の鏡越しに見ているパンドラズ・アクターを入れて三人に、下手に勘繰られる可能性もあるだろう。

流石に、そんな状況になるのはお互いの為にも嬉しくないのだ。

ピリピリとした空気が流れている中、スルリとウルベルトの頭を優しく撫でてくれていた神官の男が、少しだけ苦笑を浮かべながらウルベルトに声を掛けてきた。

 

「今更、どうする事も出来ないリアルの死をいつまでも語るよりも、こちらに来てからの事の方を話してあげた方が良いと思いますよ、リュート。

あちらで死んだ事が、既に覆らない事実なのだとリュートは既に受け入れている訳ですし、他の人がどう思おうとそこは問題ではないんでしょう?

それならば、どう言う経緯で私たちと出会い、行動を共にする様になったかを語った方が、より建設的な話だと思いますよ。」

 

まるで、優しく促す様なそんな神官の物言いを受け、ウルベルトは少しだけ顎髭を軽く撫でると頷いた。

確かに死んだ事に関して、いつまでも話しているよりは余程大切な事だろう。

あちらの世界は、既にウルベルトには関わり合いの無いものになっているのだ。

 

彼の言う通り、いつまでもあんなリアルに関して話しているよりも、彼らとの事を話す方が余程有意義だろう。

 

そんなウルベルトの反応を見ていると、アインズは思わず肉体が無いのに臍を噛みたい心境になる。

自分が知る彼は、ちゃんと人の話を聞く優しい人ではあったが、何処か斜に構えた所もあって、厨二病な所も多かった。

それなのに、目の前にいる男に対するウルベルトの態度は、甘えが混じっているようにすら思えて。

 

「ウルベルトさんと、ギルメンの中でも特に親しかったのは、自分なのに」と、つい思ってしまう。

 

そんなアインズの気持ちを知ってか知らずか、ウルベルトは神官の男性にお茶の入ったカップを取って貰って、コクコクと飲ませて貰っている。

沢山話をしたから、その分も喉が乾いているのも判るが、なんとなく釈然としない。

多分、それはデミウルゴスや他の守護者達も同じ気持ちなのだろう。

ウルベルトが、フォーサイトのメンバーと仲良くすればするほど、彼らから漂う空気が微妙なものになるのだった。

 




と言う訳で、後半部分です。
作中にも書きましたが、実際に語ったリアルの部分はかなり暈して誤魔化されています。
この辺りは、アインズ様に伝われば良いだけですからね。


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