ご主人!ご主人!Playmakerって安直過ぎません? (エネミー)
しおりを挟む
1日 目玉AI
目を覚ました時、一番に感じたことは、違和感だった。
瞬きをする違和感、手足が動く違和感、呼吸ができる違和感、そして心臓の鼓動が聞こえる違和感。
生きているという実感が湧く。それが違和感の正体であり、昨日までの自分が感じることのなかった感覚。
「生きている……」
でも、己の身体ではない。
「なるほど……」
彼女は死んだらしい。物理ではなく、精神的に。こうして、先程まで精神体であった自分がこの身体を操れている事から推測できた。
しかし、彼女諸共死ななかったのは偏に、自分には彼女にはなかった能力を持っていたからだろう。神様転生というやつだ。特典として貰ったが、一人の少女の中に入ってからは使い道のなかったこの能力。
不老不死の精神を手に入れる“目を覚ます”能力。
本来、メデューサとかいう奴がこの世にいなければ生まれない能力だが、流石神様、無理な事はないらしい。そして、この能力だからと言って、カゲロウデイズとかいうのはこの世にはない。
まぁ、自分は能力者として生まれてきたわけだが……こんな時に役に立つとは思ってもいなかった。
九年間付き添ってきた彼女を失って、寂しくないわけではないが、所詮干渉できない身。取り憑いていたというのに、此方に全く気が付かず話すこともできなかった彼女には未練はない。
けれど、このままむざむざと死ぬわけにもいかない。
「ま、良くやったよ、元ご主人。仕えた記憶はないけれど、君の身体は死なせはしない」
落ちていたデュエルディスクを腕につけ、VR空間へと繋がるゴーグルを目にかける。
さて、足掻こうではないか。己が死なないためにも。
××××××××××
懐かしい夢を見た。
約十年前の事だ。自分がこの世に生まれ、彼女がこの世から去った日の夢。
そもそも夢なんて久しぶりなのだが、やはり精神が不眠だとしても、身体は眠たいらしい。適度に眠たくなるけれど、寝れる事は少ない。だが、一週間に一度は限界は来るらしく、突然気を失うように眠ってしまう。病気ではなく、あの能力のせいで不眠症になった弊害だ。全く、嫌なデメリットである。お陰で目の下には一生隈が付いて回るだろう。
「今何時……って五時か。もうご主人が帰ってきた所か」
今日はどっちだろう。自宅か、それともあのホットドッグ屋か。まぁ、先にホットドッグ屋に行けば自ずと場所がわかるだろうし、考えるまでもないか。
起き上がり、近くにノートパソコンを持ってきて操る。この時代、ノートパソコンなんて古いとは思うが、見た目に反してスペックは現代のものだ。何も問題はない。
パチパチと素早く操作し、フリーのWiFiへと接続する。接続した事を他には伝えられないように遮断するプログラムも起動して、準備はオーケーだ。ノートパソコンを近くのテーブルに置き、もう一度寝転がる。
入っている間は精神体だけ抜けている状態なので、無防備になる。この部屋の鍵はかけてあるし、窓も閉めてある。もし誰かが侵入しても知らせるようにプログラムは組んである。大丈夫、いつも通りだ。
そっと目を閉じて、そして覚ます。
気がつけば電脳空間。ノートパソコンの画面から外を見ると、己の身体が横たわっていた。うん、成功だ。
もう一度ノートパソコン内から、この部屋の電子プログラムを見直し、施錠確認。完璧。
『さてさて、今行きますからね。ご主人』
すいっと青い髪を揺らしながら、WiFiから外へ、そして外から中へ。ありとあらゆる場所を経由し、とある巨大な機器の中へと入っていく。吸い込まれるような感覚を味わった後、パチリと目を開ければ、そこには見慣れた二人の顔が。
『やほやほ、ご主人と草薙さん。今日も犯罪、頑張ってます?』
「流れるように罵倒するなよ……」
「エネ」
袖の長いジャージをフリフリと振って笑うと、呆れたような表情と少し驚いたような真顔が帰ってきた。うん、いつも通りの反応である。
エネと呼ばれた自分は、はい!と元気よく返事をして中を見て回る。原作の様に彼に悪戯はしないが、こうして彼らの犯罪に手を貸す事はざらだ。まぁ、気まぐれでやっているのだが。
『それで、何か収穫ありました?調べてる事は以前と変わらない様ですが……』
「あぁ、あった。此奴だ」
ご主人が何かを指差した。その先にはいつも使っているデッキを読み込むタイプのデュエルディスク。その丸みを帯びたフォルムは、自分も気に入っているものだが、何故か中央の画面には目玉が写っていた。
そんな機能はない。という事は、それが収穫なのだろう。ギョロッと紫色の目玉が動く。
『随分と気持ちの悪い収穫物ですね。何の目玉です?タイ?サメ?そんな訳ないか、マンボウとか?』
『おーおー、聞いておけば随分な言い草だな。確かに目玉だけだが、お前よりは役に立つぜ。何たって救世主だからな!』
「人質と言う名の」
『人質……というか、AIさんです?目玉のAIなんて聞いた事ないですよ?』
『オレだってお前みたいなAI、見た事ねぇよ!』
『私は特別製ですから!当たり前です!』
『オレも特別製だ!記憶ねぇけど!』
むむっ、ムカつくAIだな。特に目玉だけってところが。
「そこまでにしとけ、二人共。ったくAIなのに喧嘩かよ」
「草薙さん、気になるところを見つけたんだが」
「……これをスルーできる遊作は凄いな」
失礼な。自分はただ、優秀なAIである。この頭悪そうなAIに負けたくないだけだ。負けず嫌い?上等だよ。
しかし、何故このAIが人質なのだろうか。確かに他のと比べれば知能が高そうに見える。先程頭が悪そうと言ったのは人間からの感性であり、AIからすれば優秀な方。何せ、感情を持っているかのように話している。レアなのはわかるが、人質、救世主だとは思えない。
というより、誰の人質なのだろう。
『そもそもこのAIさん、どういう人質なんです?ご主人の事ですから、ハノイ以外には興味なさそうですが』
何かを調べている画面、ご主人の目の前に現れ、こてりと首を傾げる。邪魔をできる様に巨大化する事も忘れない。電脳体であるからこそ、自身の容量の大きさは自由自在に変えられる。つまり、見た目の大きさも変わる。
欠点は、一時的に容量を食う事だが、そこまで大きくないため、別に欠点という程でもない。この大きなコンピュータなら、尚更。
「邪魔だ」
『邪魔してるんですよ!ご主人!私も仲間でしょう?なら、このちんちくりんのAIさんの事教えて頂けても、不思議はないと思いますけど』
誰がちんちくりんだ!という目玉AIの言葉はスルーして、じーっとご主人の顔を瞳を見る。にしても、いつ見ても可笑しな髪型してんな。
暫く見つめていると、観念したのかご主人は溜息を吐き、口を開いた。話してくれるらしい、やったね。
「わかった、話す」
『わーーい!ありがとうございます!ご主人!話してくれなかったら、秘密ファイルをLINK VRAINSに流すところでした!』
「お前が言うと洒落にならないな……」
「因みに、どんなファイルなんだ?」
『どんなって、そりゃぁ大一番の秘密、ご主人がPlaymakerって事ですよ!』
LINK VRAINSの人気者こと、Playmakerは目の前のご主人、藤木遊作のアバターの姿だ。
身長や髪型、髪色や顔付きなどが様々変わっているそれは、今やLINK VRAINSに関わる者なら誰もが知っている存在。カリスマデュエリストですら、霞む程の人気振りだ。
そんなPlaymakerの正体が一介の高校生と知ったなら、マスコミが黙っていないし、ハノイも襲ってくるだろう。
ま、自分が言ったことは、脅しに近い。そういうことである。現に、目の前のご主人は眉を顰めてこちらを睨んでいるが。
『ま、嘘ですけど。そんな事するわけないじゃないですかー!ご主人の正体がバレれば、必然的に私もヤバイんですし!』
「常にここにいるわけではないだろう。それに、お前はここをハッキングしているハッカーだ。仲間でもない」
『えーーっ!意地悪ですね!ご主人!!』
呆れた様にものを言う彼は、首を振って話し出した。仲間ではないと言っておきながら、話してくれるらしい。その優しさは嫌いではないし、信頼してくれている証だ。嬉しいものだな。
「このAI、Aiはハノイの騎士と、SOLテクノロジー社が求めていたAIだ。SOLテクノロジー社はともかく、ハノイの騎士が追い求めるAIとなっては黙ってはおけないだろう。それに、これを手に入れたら相手より有利になれる。貴重な情報を持っていたかも知れないしな……記憶はないみたいだが」
AIさん、Aiに目を向けるとその目玉は気まずそうに目を逸らす。どうやら、少しだけ罪悪感はある様だ。けど、記憶を失ったのは此奴の所為ではないだろう。自分には関係のない事だけど。
納得がいった様にジャージの袖に隠れた手をポンと叩いた。
『成る程。超激レアAIさんなんですね!意外です。しかし、記憶はない。うーん、とんだ役立たずを手に入れましたね。ただ喋る目玉ですよ、彼』
『うるせー!』
「そうでもない」
『遊作……』
「こいつがいるだけでハノイが寄ってくる最高の餌というわけだ。その点に関しては、役立たずではないだろう」
『オレが期待したのが馬鹿だった!』
クスクスと笑う。とんだ馬鹿なAIだ。この数時間で、ご主人の性格を把握していないとは。
ご主人は基本的に他人には辛辣であり、無関心だ。端から見れば、冷たい様にも見えるだろう。それが、ご主人なのだが。あ、草薙さんは別だ。
しかし、草薙さんの次には長く接しているであろう自分にですら辛辣な態度は変わらないのだから、ついさっき来たAIを庇うということはしない。ただ、事実だけを述べる。ご主人の良いところであり、悪いところでもある。
『馬鹿ですねー。ご主人が貴方を庇うわけないじゃないですか。AIのくせに、馬鹿ですか』
『自分で馬鹿と言うのは良いけど、他人に言われると腹立つな!』
『ふっふー!ま!経験の差って事で!記憶がないと言うことは、経験もすっぽり抜けているでしょうし!良いでしょう!ここは一つ、私の事を先輩と呼んでくれても良いんですよ!後輩くん?』
『うっざー!!此奴すっげぇうぜぇぞ!遊作!』
「煩い、黙れ」
『辛辣ゥ!!』
涙目になって、喚き散らすAi。遊作が酷いー!とか何とか言っているが、十中八九嘘泣きだろうな。簡単に泣き出すタイプには見えない。
そんなAiは放っておいて、この巨大なスクリーンの中を縦横無尽に泳ぎまくり、自身がいなかった間に何が起きていたのかファイルを漁りまくり確認する。まぁ、どこに動画ファイルがあるかなんて、前々から既に知っているのだけど。
ハッキングではなく正規の手順で開けていく。ここにはハッキングという名目できているが、だいぶ前にこのエネというデータは異物ではないという事をこの機械に教えているので、こうして普通に開けても異常事態とは感知されないのだ。
それで?内容はっと。あー、流石ご主人だな。颯爽とブルーエンジェルを助けている。これでときめかないブルーエンジェルもそうだが、何事もなかったかのようにハノイの騎士へとターゲット移動しているご主人もご主人だ。この人達、ドライ過ぎる。
にしても、このAiがあのハノイの騎士と、SOLテクノロジー社からここまで好かれているとは、見た目と反して凄いAIなのだろうか。己の印象としては、ただの馬鹿でしかないのだけど。
『ん?何々?何か用?』
此方の視線に気づいたのか、目だけのAIは笑いながらそう言ってきた。
いや、用という用はないんだけども。馬鹿そうだなぁって思っていただけで。
それにしても、このAI。
『AIさんって、何だか胡散臭い声してますよねー。キャラも相まって、中々信用できませんよ、コレ』
『え』
「あー、一理あるな。エネちゃんも大概だけど」
『えー!草薙さん、この幼気な少女をそんな風に思ってたんですか!私、今!途轍もなく悲しいです……よよよ』
「草薙さん、これ」
「ん?どこだ?」
『無視された!?』
『ははっ!ざまぁ味噌汁!』
『古っ!?ネタが古い!!どこでそんなの覚えたんです!この目玉!!』
『これでもAIなんです!学習能力はピカイチ!!』
『センスの無さもピカイチですね!!』
『なんだと!?この野郎!』
『やります!?この馬鹿!』
ギャーギャーワーワー。
ご主人が、煩いと言うまでAI同士の言い合いは続いたのだった。
意外とこのAIとは、相性が悪いのかもしれない。
本体の特徴
名前 榎本貴音
見た目 アクター子。私服もアクター子。高校生
テンション 寝不足なので低め
年齢 大学一回生
原作知識 なし メカアクはエネに関してだけ
AI側としてオリ主を絡ませたかったけど、何故エネになったのか不明。作者もわからない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
2日 ホットドッグ
よく晴れた平日の昼過ぎの事。
「ホットドッグセットください」
黒髪のツインテールの子がそう言ってきた。
見た目から遊作と同い年であろうその子は、目の下の隈を携えながら、ふわりと欠伸を漏らす。眠たいのだろうか。それにしては、瞳はしっかりと陽の光を反射していた。
「あいよ。いつも通りマスタード多めかい?」
一週間に一回は来る彼女は、常連さんなので顔を覚えてしまった。いつもなら、あいよとしか返事はしないのだが、何となく会話を広げてしまう。
しくったな。目の前の彼女は常連さんとはいえ、あまり話すタイプでもないだろう。受け答えはしてくれるはずだが、遊作のように一言で終わる可能性が高い。素っ気ない態度をされたら傷つく可能性がある。俺の心が。
ホットドッグに挟むためのウインナーを転がし、パンとキャベツを取り出すために顔を上げる。俺の予想通りに彼女は顔を歪めていた。
え、歪めて?
「一週間に一回は来るとはいえ、女子の顔を覚えてるとか気持ち悪い奴。警察に電話して良いか?」
「何でだ!?」
流れるように罵倒された。
何か悔しそうに顔を歪めたまま、彼女は思案するように顎に手を持って行き目を逸らす。
「やっぱ、このガスマスクを付けるべきだったか…………」
「やめとけ。不審者として捕まるぞ」
いつも通りに首につけているガスマスクを掲げながら付けようとする彼女を咄嗟に止める。店と外の距離があるから腕を掴むことはできないが、言葉で言うと彼女は止まってくれた。
渋々といった様に目を逸らしながら、ガスマスクから手を離した。
ほっと一息吐き、パリッと焼かれたコッペパンの中に炒めたキャベツを入れて、その上からパリパリのウインナーを置く。ぎゅむっと押し込めば、見た目に反してボリュームのあるホットドッグが出来上がった。
ケチャップをかけて、マスタードをケチャップより二倍程多くかける。うん、美味そうだ。
「そこで食べていくかい?」
「そうする」
「なら、ホットドッグを先に渡すから、ドリンクは少し待ってくれ」
営業スマイルを浮かべながら、手渡すと物凄く嫌そうな顔をされながら受け取ってもらえた。この数分で俺は嫌われたらしい。泣いて良いだろうか。
辛辣なのは遊作で慣れていたかと思っていたが、そうではなかったらしい。とは言っても彼は俺には少し優しいので、それより棘のある彼女の言葉は非常に突き刺さる。痛い。
ドリンクサーバーから言われた飲み物を入れて、プラスチックカバーを付けストローを指す。
「ドリンクできたぞ」
「ん」
立ち上がった彼女はホットドッグを頬張りながらドリンクを受け取った。そしてそれを一回テーブルに置き、ダボダボの黒いジャージのポケットに手を突っ込む。
ずっと思っていたが、その袖の広がったジャージはどこで売っているのだろうか。黒を主に黄色がアクセントになっているそれは、正直服としての設計を間違っていると思う。胴体より袖が長いってどうなのだろう。
突き出した腕に答えるように片手を出して、手の平を見せる。チャリンと音がなると、小銭が手に乗っていた。
彼女はいつもこうして金を払う。いつも同じものを頼むからか料金は一緒、そして払われた金の数もぴったり。用意周到だ。
もぐもぐゴクリ。ホットドッグを飲み込んだ彼女は、紙をぐしゃりと丸め車の横に置いてあるゴミ箱へ投げた。表情を見るからには、入ったのだろう。満足そうだ。
「そう言えば、名前は?」
ちゅー。今度はドリンクを飲みながらそう尋ねてきた。そう聞いてくると言うことは、嫌われたわけではないのだろうか?
「草薙だよ。よろしく」
「そうか、草薙か。私は榎本、よろしく草薙」
成る程、榎本ちゃんか。贔屓してくれている常連さんだ、しっかりと覚えておこう。
「おいおい、呼び捨てか?」
「変態には呼び捨てで充分だと思うけど」
「おい」
冗談だよ。
そう言って榎本ちゃんは赤い目を細める。その表情は笑っているようにも見えて、少し不満そうにも見える。そう見えるだけで、違うかもしれないが。
「それにしても、最近は話題のプレイメーカー様ばかりだな。テレビがつまらない」
そう言ってふいっと顔を逸らし、野外にあるこのDen Cityの中で一番大きいモニターを見上げる。
ここはデュエリストなら誰でも集まる場所と言っていい。
広場の上空、ビルの前に設置されている大画面は何台もあり、大画面でLINK VRAINSの生中継やデュエル関係のニュースを見れるようになっている。俺もよく利用させて貰っている場所だ。情報収集の一環と、稼ぎとな。
そんな大画面に映っているのは先日にあった、ハノイの騎士とPlaymaker……遊作とのデュエルの場面。決闘評論家なんていう胡散臭い人物がPlaymakerについて考察していた。
俺は苦笑した。
「ま、LINK VRAINSのヒーローだからな。仕方ないだろ」
「それもそうか。でも、ヒーローよりダークヒーローの方が様になりそうだ」
「あの無表情じゃぁなぁ」
「見てる限り彼は元々そういうものなんだろうけど、一度は会ってみたいね。演技ではないだろうし。デュエルしてみたい」
彼奴と?デュエルしてみたい?
正気だろうか。あの動画を見ただけでも、遊作のデュエルタクティクスは相当だ。確かに、最初は押し負けている為弱そうには見えるが、未知の相手、慣れないルール下で戦い勝った。それだけで、カリスマデュエリスト程の実力はあるとわかる。
そんな遊作と戦ってみたい?
「(余程の馬鹿か……それとも)」
ズコッと音が鳴り、思考の渦から舞い戻る。
ドリンクが無くなった音だろう。ドリンクの蓋を開け中身を見た彼女は、もう無いことがわかったのか紙屑と同じようにゴミ箱へ投げ捨てた。
「ちょ!おい、せめて氷は分けといてくれよ」
「嫌だよ、面倒だ」
氷を分けてくれないお客さんは結構いる。その一人が彼女だっただけの話だが、あぁも目の前で潔くされると怒る気さえも失せた。
「ご馳走さま。草薙」
広がっている袖を少し上げて振りながら、榎本ちゃんは立ち去っていく。その振っているのはさようならの意味なのだろう。此方を振り返りもせず去って言った。
妙な客だ。無関係者なので此方側へと引き込む事はないが、少しは知り合いとして付き合っていきたいと思う。
こうして、たまには話す程度で。
「っていうか、呼び捨てのままかよ」
××××××××××
腕を下ろし、フードを被る。
いやはや、草薙さんは良い人だ。
エネという電脳体ではなく、生身の自分として草薙さんと繋がりを持ちたかったから、こうしてホットドッグ屋を通い詰めたのだが、今日その努力が報われた。
と言っても、あのホットドッグ屋は普通に美味しいし値段も良心的な為、週に一回はどうしても食べたくなるだけなんだが。
携帯端末を取り出し、後ろを振り返る。数十メートル先には先程立ち去ったホットドッグ屋が見えた。景色を撮ると見せかけて、ホットドッグ屋自体を撮る。
未来の端末は解像度も抜群で、こうして何十メートル先の物でもくっきりと写し出せる。ただ、盗撮にとても向いているということで一番の端末には搭載されなくなったが、これは違う。改造を施した違法端末なので、関係ないのだ。
どうやって手に入れたか?それは秘密だ。
犯罪者が自分から手の内を晒すだろうか?……そういうことである。
因みにこの端末でネットサーフィンしても足はつきません。何というハイスペック。
「ホットドッグ屋わず、っと」
草薙さんの顔にモザイクをかけて、投稿。
許可は取らなくても、あの車にSNSで是非宣伝してください的な事を書いていたのでノープロブレム。大丈夫だ。
すぐに反応が来る。肝心のホットドックの写真はないのかというリプライばかりだ。仕方ないだろうと言いたい。今日話しかけて来るとは思っていなかったのだから。
一方的なフォロワーであり、此方は返していない相手のため返信はなし。しかし、それでも誰も気を悪くしない。有名人はそれが当たり前である。
……まぁ、ホットドッグの写真を忘れたからという事だけは言っておこう。
因みに言っておくが、この身体は天涯孤独の身である。施設育ちというわけでもなく、ただ拐われた際に親がショック死したからだ。
親にとても愛されていたこの身。恐らくだが警察からは生存は絶望的だと言わせたからだろう。まぁ、半年も行方不明なら普通は死んでいると思う。実際、本人は死んだからな。
強く生きれなかった彼らに会ったのは、家にある仏壇の写真でだけだが、対面すると涙は出たので悲しくないわけではない。どこか寂しく思うのだ。それだけの話なんだけど。
ま、そんな自分の主な収入源は生活保障と、両親が残した遺産、そしてデュエルである。
デュエルモンスターズというカードゲームが大流行しているこの世界ならではの稼ぎ方だが、本来ゲーム好きである自分にはうってつけだった。カードゲームには手を出したことはなかったが。
そんなこんなで、LINK VRAINSで中堅のカリスマデュエリストなるものをしている。No.1カリスマデュエリストのGo鬼塚と、その容姿から絶大な人気を誇るブルーエンジェルには敵わないが、それなりにはファンがいる為、中々の稼ぎになっている。人一人暮らす分には困らない程だ。
大学に通うには金銭面が頼りなかったので通っていないが、何とかなるだろうという思考が常に頭の中にある。昔からの悪い癖だ。
「(ん?あれは……ご主人?)」
携帯端末を仕舞って前を見ると、ちょうどご主人こと藤木遊作が向こうから歩いて来るのがわかった。まだ昼過ぎで、夕方には程遠いがどうしたのだろうか。まさか、バックれた?
「(いや、ハノイやデュエル以外でバックれる事は早々無いから、ただ単に昼までだったんだろうな)」
そう結論付けて、他人のフリをする。
彼とはエネという電脳体でしか繋がりがない。この姿でジロジロ見ても不審がられるだけだろう。なので他人のフリをする。
前から高校生が歩いてきている。昼上がりとか珍しいな、なんて考えながら。
他人のフリという事だけを考えていたら、逆にギクシャクしてしまうということがある為、こうして考えるのだが、これが結構効果抜群だ。一度オススメしたい。
人は思っているよりも、他人に興味はない。
「(ご主人なら尚更。大丈夫)」
少しだけドキドキしながら、横を通り過ぎた。気配が遠ざかることにホッと小さく息を吐き、前を向いて歩き出す。
プライベートで知人に会うという避けたいことを終わらせて、帰宅するために足を動かす。
もう当分はこんなドキドキは味わなくて良いかもしれない。恐怖のドキドキだ。
……自分で言っててよくわからないな……よし、無視しよう。
それにしても、左手に常にデュエルディスクをつけているのか。生粋のデュエリストは大変だな。苦とは思っていないんだろうけど、ある一定以上の重さを片方にだけ、ずっと付けているとなると少しだけ可笑しくなりそうだ。
「さて、帰ろうか」
たった十年しか住んでいない我が家へ帰宅する。だが、もう慣れ親しんだと言って良いだろう。この身体も少しは家の事を覚えていたのだし。
愛しい我が家が待っている。特に布団だ。
××××××××××
「今の……」
『ん?あいつが気になるのか?検索してあげても良いぜ?』
「別に良い。知っている」
『え?知ってんの』
「あぁ。中堅カリスマデュエリスト、アーテフィシルEnemy。デュエル数は少ないが、そのタクティクスはトップに勝るとも劣らない。今のところ無敗だ」
『へー。天下の遊作様がそこまで覚えるって事は、凄いデュエリストなのか?』
「さぁな。だが、毎回デッキを変えるという噂だからな。知らないテーマがあると、見てみたくはなるだろう」
『デュエリストとしてか?』
「そうだ」
『なんだお前、案外人間っぽいんだな。もっとAIみたいだと思ってた』
「煩い、黙れ」
『……へーい』
「草薙さん、ホットドッグセット一つ」
「あいよ。遊作もマスタード多めだったな」
「も?」
「あぁ、さっきのお客さんもマスタードが多めだったんだよ」
「そうなのか」
「遊作と気が合いそうで、合わなさそうな客だった」
「?どういう意味だ?」
「くくく……そのままの意味だよ」
『何々。オレ気になるなー、その話』
「お、聞きたいか?Ai」
『聞きたーい!』
「草薙さん、ホットドッグ」
「すまんすまん。ちょっと待ってくれ、遊作。今ウインナー焼いているところだから。あ、勿論Aiも待っててくれ」
「あぁ」
『おう』
カリスマデュエリストとしての姿はそのままだから一般人()にバレるという。え?草薙さん??そりゃ、ほら、あの人、こういうの疎そうじゃない?(偏見)
※アーテフィシル
artificial(アーティフィシャル)を弄った造語。意味:人工的な
※Enemy
enemy(エネミー)の最初の文字を大文字に変えただけ。意味:敵
盛大なブーメラン。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
3日 ウイルス
『ブルーエンジェルとデュエルして?それで、彼女はLINK VRAINSで昏睡状態ですか?うわ、どう見てもご主人の所為に見えますねー。ご愁傷様です!』
「黙れ」
『ひぇ……』
激おこプンプン丸じゃないですか、やだー!
怖すぎて300pxlぐらいになってしまった。元々のサイズの半分である。ご主人の怖さがわかるだろう。
何故、黙れと言われるだけで分かるかというと、煩いが付かないのと、声色がとても低かったからだ。伊達に長く付いてはいない。
少々涙目になりながら、草薙さんのところへ逃げる。
『草薙さん〜、ご主人がすっごく怖いんですけど……』
「そっとしておけ。責任を感じてるんだろう。ここまで感情を出すのは珍しいが、触らぬ神に祟りなしだ」
『草薙さんはご主人を厄災か何かだとお思いで?』
「まさか」
苦笑した草薙さんだが、心の奥底から思ってるわけではなさそうだ。まぁ自らを復讐者と称し、騒ぎの中心へ向かって行き、そして騒ぎが向かってくるご主人は厄災と言っても良いだろう。草薙さんも、己も好きでここに居るけれども。
とにかく、重要なのはブルーエンジェルが昏睡状態なのはハノイの騎士のカードの所為だという。記録を見ても、確かにハノイのカードを使って居る。なんだろうか、同じ電脳だから感じ取れる違和感。小さな物だが、嫌な感じが彼女が使ったカードから感じ取れた。
このデュエルを生で見れたなら良かったのだが、丁度一週間に一度の睡眠時間だったんだよな。惜しい事をした。
『ご主人の所為ってのは言い過ぎでしたけど、このデュエルを機にブルーエンジェルの人気が暴落してますね。たった一度盛大に負けただけでこれとは……怖いですねー、人間は』
自分も人間だけど。
『いくつもの成功よりも、一度の失敗。完璧ってのはねぇけど、完璧を求めるからだろうな。いやー、怖いねー。なぁ?プレイメーカー様?』
目玉だけで器用に笑いながらAiは言った。
むー。後から来たのに偉そうだな。AIなのに、すごく偉そうだ。
というより、言っていることが同じだ。自分が言った言葉と同じような事を言っている。何だろうか、台詞を取られている感が凄い。
じっとAiを見つめ、こちらを向いたところで口を開いた。
『何なのですか、目玉野郎。私の台詞を取ったりして……そんなにご主人の気を引きたいのです?恋する少女、いえ乙女ですか!』
『乙女って何だよ!AIだけどー!?』
『後から出て来たAIに、ご主人のAIの座は渡しませんよ!私は、先輩ですから!』
『つってもお前表に出て来てないから、世間に認知されてねぇじゃねぇか。それを言うならオレの方じゃね?』
『…………はっ!そんな馬鹿な!』
『今ちょっと認めたな?』
『みーとーめーてーまーせーん!!』
「はいはい、二人とも黙ろうな。とにかく、Aiが言った電脳ウイルスってのを解除する方法を探そう。正直、可能性は低いがな」
パンパンと手を叩き、草薙さんがそう言って来た。仕方ない草薙さんが言う事だ。渋々引き下がる。
仕事に戻ろう。元のサイズに戻り、今は付いていない画面の電源をつけて、ネットを漁っていく。ブルーエンジェルについての情報を集めているのだ。
出てくるデュエルの画像や、SNSのブルーエンジェルファン辞める宣言を流し読みする。別にある特定の所をハッキングするだけでなく、こうしたSNSの呟きにも意味はある。たまに、本当にたまにだが重要な事を言っている奴もいる。其奴を洗い出せば、何かわかるかもしれない事があるから、馬鹿にはできない。
社畜並みに仕事をこなしていると、急に草薙さんの驚いたような声と目玉の面白そうな声が聞こえた。なんだなんだ?と振り返ると、彼らは驚いたような顔でとある画面を見つめている。その位置は、斜め下か。自分の手元にもその画面に映っているものと同じものを出す。
「見ているんでしょう?Playmaker!もう一度デュエルよ!」
………………。
『……何故、ブルーエンジェルが動いてるんです?幻?』
『死んだみたいに言うなよ』
××××××××××
『あわわわ!なんか凄い仕掛けが出てきて、回線切れましたけど!?草薙さん!』
「わかってる!SOLテクノロジー社の緊急回線ならっ!---繋がった!」
砂嵐だった画面が生き返る。そこにはご主人が捕まっている姿と、妖艶に笑うブルーエンジェルの姿があった。
昏睡状態の本体である財前葵が病院にいる限り、彼女が偽物だとわかるのだが、あんな大掛かりな仕掛けを作ってまでご主人を捕えるとは、相当なプログラマーである。ただ、LINK VRAINSで許可なくフィールドを変更するのは犯罪なので彼女もハッカーという事がわかる。
「ごめんなさいね。私の雇い主が貴方に用があるっていうの。私はゴーストガール。情報屋で、雇われ美女ってところかしら?」
ブルーエンジェルの姿が、一人の女性へと変わった。ゴーストガールと名乗ったその女性は、大きな目を細めると楽しそうに笑う。
成る程、情報屋か。このネット社会で情報屋をやるには、相当の腕前を持たなければならない。それこそ、ご主人や草薙さん程のハッカーでなければ。先程のプログラムもある事からも、油断できない相手だ。
「ゴーストガールか。聞いたことある名だな」
『自信ありげなところを見ますと、それなりに有名なのかも知れませんねー』
ピピッとエネちゃんレコードに登録とうろく。後で調べておこう。
「それで、俺に用があるのは」
「私だ」
何処からか出てきたスーツに身を包んだ青年。その見た目からアバターを介していないとわかる。いや、Go鬼塚の事もあるので一概にそうとは言えないが、彼の場合は顔を元から知っているので一目でわかった。
普段は誠実そうで、よくて言えば真面目、悪く言えば頑固そうである彼は、その整った顔を怒りに歪めていた。
そう、彼は頑固者である。
「初めまして、Playmaker。私は財前晃。このブルーエンジェルの兄だ」
自分から正体バラしていくパターン!?
個人情報である名前を言うとは、これではブルーエンジェルの苗字が財前だとわかってしまう。そして、ご主人の学校には財前の名を持つ財前葵がいる。大丈夫かこの人。この情報社会の真っ只中、LINK VRAINSでそれを言うとは。
まぁ、彼は雇い主だ。ゴーストガールがテレビ局を追い出したのは知っているのだろう。ここを見ているのは、SOLテクノロジー社と自分達だけである。
ブルーエンジェルが倒れてからの話をし始める財前晃。その内容は大まかだか、大体はご主人達が知っている情報と一緒である。
「Playmaker。君を捕まえたのは他でもない、妹を起こしてもらうためだ。早く妹を暗闇から解放して欲しい」
「それはできない」
恨むべき相手だというのに、懇願するように言ってきた財前晃の言葉をバッサリ捨てるご主人。そういうはっきりとしたところ好きですけど、相手は選んだ方が良いですよ?
「……私はお願いをしているわけではない。脅しているんだよ、Playmaker」
「知っている。だが、無理なものは無理だ。ブルーエンジェルを昏睡状態にしたのは俺ではない」
「そんな嘘が通じるとでも思っているのか!!」
「話を聞け。ブルーエンジェルはハノイの騎士によって電脳ウイルスを仕込まれた。彼女を起こすにはハノイが持つ除去プログラムが必要だ。だから俺ではなく、ハノイに---」
「嘘を吐くなッ!!!」
「ぐぁあああああっ!!」
ご主人を拘束している不気味な手みたいなのが、ぎゅっとご主人を握り始めた。
「遊作っ!」
どうやらあの手は財前晃の手と連動しており、彼が怒りのままに握りしめている限りはご主人が苦しみから逃れる手はない。
ログアウトしようにも、ゴーストガールが作ったプログラム内にいる限りはできないので、草薙さんも為すすべがなく、何もできない自分を悔しがっているのか握り拳を作っていた。
『あっ!これ痛い!オレの方も痛いって何よ!いたたたたたっ!ミシッてる!ミシミシ言ってる!!』
シャカシャカと目玉が忙しく動かして慌てている。その音が鳴っているのは目玉自身ではなくデュエルディスクだと思うのだが。本体はこちらだし、LINK VRAINSにあるのはコピーと言って良い。Aiは知らないけれど。しかし、多分あれは演技だろうなぁと他人のように考える。
そんな事より、ご主人だ。怒りのままに行動を起こしている財前晃を説得する事は難しそうであるし、証人であるハノイの騎士がいるわけでもない。このままではジリ貧だ。
じわじわと焦りが込み上がってくる。
『草薙さん!このままじゃずっとご主人が捕まったままですよ!』
「わかってる!わかってるが……ゴーストガール、厄介なプログラムを……」
台詞と表情から本当の本当に草薙さんには為すすべがないようだ。
画面を見ると文字と数字の羅列から干渉できないという事がわかる。凄腕のプログラマーなのはわかったが、これなら自分なら何とかできるかもしれない。
このプログラムはあくまで外の干渉を防ぐというもの。LINK VRAINS自体はそうでもなく、現にLINK VRAINSを作った会社の回線は生きている。ならば、内側から干渉すれば良い。
『草薙さん、私なら何とかできますけどどうします?行きますか?』
「何?本当か?」
『えぇ!けど、保証はできませんよ?』
「それでも良い!よろしく頼む!」
よしきた!
すぐに全身に跡が残らないようにするプログラムを纏い、このコンピュータからLINK VRAINSにログインする。まぁ、この姿で登録してないので不法侵入ではあるのだが。
今の己はいるようでいない存在。視認はできるが、プログラムとして認識しようとしてもできないようになっている。
『よし!待っててくださいね!ご主人!この電脳ガールエネちゃんにかかれば!霊なんていう不明瞭な奴が作ったものなんて、ちょちょいのちょい!なんですから!』
なんて、気合いを入れてきていたのに、見たのは前に聞かされていたハノイのリーダーであるリボルバーと、それを追いかけるご主人、そしてご主人達を追いかけるゴーストガールと、置き去りにされた財前晃と眠っているブルーエンジェルの姿だった。
慌てて見つからないように影に身を隠しながら、首を傾げる。
『どーなってんですか、コレ……』
その後繋がった草薙さんからの説明では、何故かリボルバーが登場し、ご主人にデュエルを申し込んだの事と。ベットは電脳ウイルスの除去プログラム。
大まかだが、要はこういう事であった。
うーむ…………急過ぎ。
『急展開過ぎませんか!!草薙さん!!』
「俺に聞くなって……」
原作と同じ事をやると内容が薄く見える件について。先に描写がわかっているから、伝えようとしないんだよなぁ。
因みにデュエル構成は大変なので主人公がするの以外は省くつもりです。思いの外作者の頭が弱いせい……すまない、本当にすまない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
4日 記憶
ご主人とハノイの騎士のリーダー、リボルバーを追いかけ、スピードデュエルをしている二人を見ていたが、凄いデュエルだったと言っておこう。
何せ二人ともスキル、ストームアクセスを発動し竜巻の中に突っ込んで行ったのだから。勿論自分も入ることは可能だが、デュエルの邪魔をしたいわけではない。SOLテクノロジー社の緊急回線で見ている草薙さんと連絡を取り合いながら見守った。だってご主人の大事なデュエルだからな。
しかし、しかしながら、そのデュエルが引き分けになったのは良しとしよう。だがしかし、 何故そのまま次のステージに案内しようとか言ってリボルバーが巨大な竜巻の中に消え、ご主人も突っ込んで行ったのだろうか。
『これはこれは……ちょっと私でも入るのを戸惑う程の規模のデータストームですねー。これ実際に現実で起きたら大災害ですよ』
「入るのを戸惑う?入れるのか?あの中に?」
草薙さんから疑問の声が上がる。確かに疑問に思うだろう。あの中に入ろうとしても、竜巻に流されて最終的に何処かへ打ち付けられるのは目に見えてる。
けれど、己は不死だ。精神だけではあるが、この状態は精神体。つまり死ぬであろう肉体はないので、強行突破はできるのだ。やろうとは思わないが。
『できると言えばできますけど、痛いから嫌ですね。あと吹っ飛ばされそうです』
こう突っ込もうとした瞬間にくるくるーっと巻き上げられ、LINK VRAINSの何処かに飛んでいくのを除けばね。迷子になりそうなので却下する。
「痛いってお前……まぁ良いけど」
何か言いたそうな草薙さんのため息を聞き流しながら、巨大なデータストームの周りをくるくると回る。途中でボードに乗ったゴーストガールを見つけた。どうやらあの人も入りあぐねているようだ。
大災害の竜巻に入る馬鹿ではないようだ。まぁ入ったら最後、今は大丈夫でも後でフラッシュバックが来るので精神的に死ぬかもしれない。己はその心配はないけれど、目の前で死なれても目覚めが悪い。
『草薙さん、草薙さん。ゴーストガールを誘導しましょう!彼女も入りたそうですし、何より今、彼女のカメラの回線を乗っ取っているのでは?』
良い事を思いついたと言うように袖の長いジャージの中で手を合わせる。
草薙さんは自分の提案を聞くと、良い案だ!と言って作業に取り掛かる。キーボードが叩かれる音である電子音が聞こえてきたことから実行しているのだろう。
己の提案を受け入れられたのは初めてかもしれない。今までは何言っても無視されるか、呆れられて却下と言われるかどちらかだったから。
『まぁこの場合、ご主人に協力者がいると匂わせることになりますけど』
「それはそれだ。遊作が最優先だよ」
良しできた!と草薙さんがエンターキーを押した。途端にゴーストガールの前に現れるゲート。流石草薙さんである。仕事が早い。
カモフラージュ用のプログラムが自身に適用されている事を確認してからゲートに入って行くゴーストガールの元へ飛んで行く。ぴったりと背後につくけれど彼女が気づいた様子はない。むっふっふーと笑う。
『(流石エネちゃんです!一流の情報屋にバレないプログラムを作ってしまうなんて!』」
自分で自分を褒めていると竜巻の中へと出た。中は台風の目の様に風が一切なく、外と変わって静かだ。数多ある瓦礫の中の一つにご主人とリボルバーを見つける。どうやらもうデュエルをしており、ルールはスピードデュエルからマスターデュエルへと変更されたようだった。
ゴーストガールにバレないように離れて、違う場所から観戦する。あのまま彼女についていても良かったが、それでは草薙さんと話ができない。音声データが届かない場所まで離れてから、ぷはぁと息を吐いた。
『ふー、苦しかったぁ!何も喋らないのってとっても苦しいんですねー!』
「そりゃお前だけだと思うぞ」
えーそんな馬鹿な。
『だって話さないと私とか目玉AIとか無価値になりません?ご主人が喋らない分、話さないと賑やかになりませんて!草薙さんもあまり話さないタイプでしょう?』
「いや、そんな事はない……と、思うけど」
絶対そんなことある。この人フレンドリーに話ができると思いきや、親しみのある奴以外あまり話さないタイプだと思われる。一応接客業を営んでいるからか、コミュニケーションは取れるけど。まぁ自分以上に話さない奴がいたら話すがーてな感じだろう。自分の想像ではあるけれども。
『取り敢えずデュエルが始まった以上、私達に出来る事はありません!事の成り行きを見守りましょう』
「そうだな。遊作、頑張れよ!」
いや自分とは音声で繋がっているから聞こえるけど、画面の向こうじゃその応援はご主人に届きませんて。
大人なのにどこか熱い草薙さんとの会話もそこそこに、ご主人とリボルバーのデュエルへと視線を移した。
---------
『じゃーん!これが俺様の真なる姿!どうだ?プリチーだろ?』
『ブサイクですね』
『……可愛いだろ?』
『不細工ですね』
『何だと!このなんちゃってAI!!』
『その言葉、そのままそっくりお返しします!!』
「あー、はいはい。帰ってきて早々喧嘩すんなよ、もう……」
溜息をつく草薙さんに免じて今日はこのぐらいにしといてやろう。目玉じゃなくなったAIに向けて、あっかんべーをしてやると仕返しをされた。現実空間に投影されていなければすぐさまこの袖で殴っていた所だ。普段口がないくせにこういう時だけ作るとか、どんなんだよ。意地っ張りか。
リボルバーからデータを取り返した目玉AIはついに本来の姿を取り戻し、目玉ではなくなった。デュエルディスクからデータを投影して本当にいるように見せてるのは何なのだろうか。自分にもできるか、と言われたらできそうではあるけれど……あの場所は目玉AIが人質として閉じ込められている場所なので確かめようもない。
『それで取り戻したのはその姿データだけなんですか?』
『おうよ!これで色々できるってもんだ!』
『……ご主じーん、目玉だけじゃなくなったくせにまだ馬鹿なんですけどー?このAI』
『まだバカってなんだ!バカって言う方がバカなんだぞ!』
「元からだ」
『遊作まで!?』
ふっふー、今回も私の勝ちですねー!と得意げにしてやると、くっそー!と両手拳を空に突き上げるAI。仕草がいちいち子供っぽいよな、AIのくせに。
「今回取り戻したデータはそれだけじゃないが……特殊なプログラムで解析ができない」
『解析ができない?どういうことです?』
「我々がよく知るプログラムと根本から違うってことだよ、エネちゃん」
成る程、特別仕様というわけか。イグニスとか呼ばれるこのAIは確かに他に類を見ない、意思を持つAI。ならばそのデータが解析、あるいは破壊されないようにと本来存在し得ないプログラムを一から作り出したということか。
既存のパソコンとかじゃ処理できないんだろうな、きっと。いやわかんないけどさ。
「だから、此奴に解析させる」
『えっ、俺!?』
「他に誰がいる?」
『そうですよー!元々は貴方のデータ、解析できないはずがありませんて!』
『いやまぁ、そうだけどさぁ……』
そんな事を言いながらデュエルディスクの中に沈んで行く彼に、首を傾げた。何か不都合なことでもあるんですかねー?と笑顔でも浮かべながら。
音声データを彼にだけ届くように設定する。あのデュエルディスクとはここのハードとリンクしている為にデータを送るのは簡単だ。ただスピーカーに出ないように、ご主人達に聞こえないようにしなければいけないが。
『何か不都合な事でも?』
『うっ』
『あるみたいですねぇ。無理に話せとはご主人も草薙さんも、もちろん私も言いませんが……いつかは話した方がいいですよ?』
『そりゃ、わかってる……けどさ』
ごもごもと口を噤むAI。意思を持つという事は感情を持つという事、データであること以外は人間となんら変わらないモノを持っているのだろう。プログラミングされているモノ以外のはわからないが。
けどと言いながら、続きを話そうとしない彼にため息を吐いてから首を振る。別に良いと、無理に話さなくて良いと言ったばかりだし。
『ま、貴方のデータを解析するという事は貴方のプライバシーを侵害するという事。AIとしてデータとしてしか今はご主人は見てませんが、いつかはちゃんとAiとして見てくれますよ、きっと』
『エネ……』
『けどそんな事エネちゃんにとってどうでも良いことです!データよこしやがれください!!』
『んな殺生なー!?』
あーれーーー!とわざとくるくる回るそれから今回得られたであろうデータを引っ張り出す。気分はお代官様。
というかこのデータ、もう解析されてるじゃないか。しかも動画とは……このハードで再生できるのだったら良いが、特別仕様のモノだ。バグが起こらないように細心の注意をしなくてはならない。
『もう!このツンデレさん!デレるなら最後までデレてくださいよ!バグでも起きたらどうするんですか!』
『いやだって俺、こっから出られないし?そこのハードの事知らないし?しかたなくなぁい?』
『動きも相まってウザさ倍増ですね』
『褒めてくれちゃってまぁ』
『ま、今回は水に流してあげます』
『お?』
片眉をあげるAiは言い争いに乗ってこなかった事を怪訝に思っているのだろう。そんな彼にため息をついて、袖の付いた服をご主人に向けた。データもそっちに流れて行く。
『ご主人に丸投げしますので』
『丸投げすんのかよ!?』
驚くAiを余所に、データに気づいたご主人と草薙さんの目の前の画面に移動する。ヤッホー!と腕を振った。
『私が彼から取ってきましたよ!けど解析済みとは言え、このハードで見るにはもう少し手を加える必要があります』
「何?」
『私にもできないことはありませんが、面倒なのでパース!ご主人と草薙さんの腕の見せ所ですよー!』
「そこは最後までやってくれよ……」
『文句は全て元目玉AIちゃんに宜しくお願いしますね!』
『とばっちりが過ぎる!!』
なんなのもー!と叫ぶAiを放っておいて、素早くキーボードを叩く二人を見る。やはり凄腕のハッカーだな、と感心する。自分がこれをしたら腕というか、指が攣る自信がある。この姿ならそういう作業も必要ないので、攣るなんて事にはならないと思うけれど。
「よし、これでどうだ?エネ」
草薙さんが先程のデータを見せてくる。ふむふむ、良くできてる。これならば拒絶反応的なのも起きないだろう。しっかりと隅々まで確認してから、OKサインを出す。よし、と草薙さんは握り拳を作った。
『あ、でもでも!元々高度なプログラムを無理矢理落とし込んだからか、画像解像度は粗いですねー』
「問題ない」
ご主人は一言だけそう告げて、再生ボタンを押した。途端に流れる画質の粗い映像。わかるのは映像が忙しなく左右に動いているのと、その先にはハノイの騎士と思われる人物がいる事。というかあの、特徴的な仮面ってさっきまで嫌と言うほど見てた奴だ。
「リボルバー!」
めでたくご主人がライバルに認められた相手である。全然めでたくも何ともないが、引き分け続けているとは言え、実力で言えば彼方の方が少し上で、運命力で言えばご主人の方が上だ。まぁ運も実力のうちともいうので、実力は拮抗しているのだろう。ライバルと言っても良いけれど、たった二回しか戦ってない事をわかっているのだろうか。
そんなご主人のライバル、リボルバーがクラッキング・ドラゴンを此方に嗾しかけ、口を大きく開けたと思った瞬間に映像が途切れた。どうやここまでのようである。
『ふむ、どうやらAiさんの記憶らしいですね。途切れてるって事は気を失ったか、記憶データがここまでって事ですね』
「Aiがリボルバーにやられる瞬間か。よく生き残ったな」
『ふっふーん!俺様は優秀なAIだからな!運良く残った目玉に記憶以外の大部分を移動させたんだぜ!多分!』
『それ、自信満々に言う事じゃないですよ?それにAIは運には頼らないんでしょう?』
『頼らないけど、起こったラッキーに便乗しても良いだろ!朝の星座占い信じるわけじゃないし!!』
『え、私は信じますけど?』
『信じるのかよ!?!?』
AIの癖に!?と何故か嘆いているAiにくすくす笑いながら、ご主人が見ているモニターの前へと躍り出る。さっきから映像を繰り返し見ているご主人をやめさせる為だ。ったく、よくハッカーなのに目が悪くならないものだ。ハッキングする時は、草薙さんもご主人も画面を食い入る様に見ているというのに。
『ほらほら!もう!お子様はおネムの時間ですよ!』
「俺は子供ではない」
『はいはい、高校生も充分子供です!草薙さん、運転よろしくお願いします。私はシャットダウンさせておきますので』
勿論、ファイル整理はお任せください!と笑顔で言うと、頼んだと言った後に草薙さんは運転席へと移動した。それを確認してから
まだ見ようとするご主人の抗議の声を遮ってシャットダウンした。まぁそうすると自分がここにいられなくなるので、ダウンさせたのはご主人が見ている画面だけだが。上の画面に移動して、画面の向こうにいるご主人に視線を向ける。
『そんな不貞腐れないでください。ご主人は明日も学校でしょう?ハノイの騎士にかまけて留年になったら、草薙さんに申し訳ないないですよね?』
「…………そうだな」
『そうです!そうです!それに、寝不足で倒れてもいざという時に動けなかったら本末転倒。休めるときは休み、働けるときは働く。それが大人ってものですよ?ご主人』
体調管理は基本中の基本です、と腰に手を当てて怒ったように言えば頷くご主人。彼は草薙さんには大概甘いが、最近自分にも甘くなってきてくれたようで嬉しい。最近っても、Aiが来る前からだが。
仮眠の体勢に入るご主人を見届けて、一画面以外のディスプレイをシャットダウンさせる。いつまでも起動していると、容量が悪くなる。ハッカーなんだからスペックの低いものを使っているわけではないが、その分排熱量が高くなるというものだ。車ということもあってそれは大きい。同時に動かせば尚更。
最後の一つで今回会得した情報を整理してまとめておき、ロックされておりカモフラージュが完璧なハノイの騎士関連のファイルに入れる。うんうん、これで大丈夫だろう。
『ご苦労様なこって』
『貴方と違って表に出ませんからねー。こうする事しか役に立てないんですよ、私は』
『表に出たら良いじゃねぇか?Playmaker様のAIとしてさ』
『それは貴方の役目でしょう?イグニスさん?』
『俺にはAiって素敵な名前があるんですぅ!』
『おや、そんなに気に入ってたんですか?それ。少しは可愛げがあるんですね?』
『うるせぇ!!このポンコツAI!!』
『盛大なブーメランですね!!それ!!!』
『俺は優秀なんですぅ!何処の馬の骨と分からない相手とは違うから!』
『むむむむ!!それは貴方の方でしょう!突然現れた意思を持つAIだなんて怪しさ満点です!!疑う余地ありありです!突然現れて協力しますとご主人に言ったエネちゃんぐらいですね!』
『いやそれ、お前も怪しいじゃねえか!!ブーメランじゃん!?』
「五月蝿い、黙れ」
『『アッハイ』』
寝惚けてるご主人怖ーー!!!
気まぐれ更新にもほどがある、一年ちょっと遅れて更新。
もう第2シーズン終わってんじゃねぇか!!!!
目次 感想へのリンク しおりを挟む