提督が鎮守府を退任します (藤林 雅)
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第一話 提督 海軍を辞めるってよ

はじめまして。

藤林 雅という名のしがない二次創作SSファンです。

このたびは艦隊これくしょんにて投稿させて頂きます。

執筆するのも本当に数年ぶりなので色々とお見苦しい点がございますが、よろしくお願いいたします。


 深海棲艦と呼ばれる者達と人類との戦争から数年が経った。

 

 戦争の初期、通常兵器並びに核弾頭すら効果の無い深海棲艦の脅威に人類は絶望へと追い込まれる。

 

 そんな中、艦娘と呼ばれる人類の救世主が出現した事で日本をはじめとした国々が数年をかけて戦線をある程度立て直すことに成功した。

 

 だが、深海棲艦との決着はつかず、未だ厭戦状態が続いていた。

 

 この物語は、最前線で艦娘達と共に人類解放の為、邁進する提督の物語ではなく、己の野心の為、キャスティングボートを握ろうと政争に暗躍する提督でもなく――あるひとりの青年と彼に関わった艦娘をはじめとした人々との交流の物語である。

 

 ある昼下がりの鎮守府の執務室。

 

 今日も今日とて書類仕事に精を出す一人の男がいた。

 

 男の名は 本間 一三(ホンマ イチゾウ)

 

 今年で二十六になる若者だが、どこか朴訥で垢抜けない雰囲気を持つ青年である。

 

 階級は中佐で舞鶴鎮守府の責任者であり、大規模作戦の戦時には、第四水雷戦隊の司令官として職務に従事している。

 

 彼の傍らには本日の秘書艦である軽巡由良が共に職務に励んでいた。

 

「――由良さん、由良さん」

 

 書類に捺印をして一息ついた一三が、顔を上げて由良に話しかける。

 

「はい。何でしょうか提督さん」

 

 キーボードから手を離して、パソコンのディスプレイから視線を一三に向ける由良。

 

「私的な理由ですが、今回の任期満了をもって私は海軍を退任することとなりました」

 

「はい――えっ? えっ?」

 

 由良の整った顔が驚愕の表情に変わる。

 

「後任にあたる方は大本営で調整中との事ですが、私から優秀な女性士官を希望しておきましたのでその点については安心してください」

 

 一三は笑顔で由良にそう告げた。

 

「そうではなくて!」

 

 対して由良は立ち上がり、机をバンっ! と叩く。そしてすかさず一三の横に回りこむ。

 

 一三が胸中で、(さすが四水戦旗艦。機動が早い)とか思っている横で、彼女は腰に手を当て、ムッとした表情で一三を見下ろした状態で『私怒っていますよ』とアピールしていた。

 

「何故、唐突に由良の――もとい私たちの提督をお辞めになるんですか!」

 

 納得出来ませんとばかりに由良は大人しい彼女としては、珍しく大声をあげる。

 

「唐突ではありません。私が海軍に入隊していたのは、妖精さんと意思疎通ができるという現在の提督になる為の必要最低限な資格をクリアしていただけに過ぎません。その上での大本営と私の一時的な利害の一致での契約でした。今回の異動時期にあたり私は辞することを伝え、少しばかりの制約はありますがそれが通っただけの事です」

 

 それ以外にも、一三の曾祖父の兄弟が、先の大戦にて海軍の高官であった事もあり、艦娘とは意外な縁があった。もっとも大叔父とは、生まれる前に亡くなったので面識は無い。

 

 だが、一三が新米として大本営預かりだった際に、その縁があったある艦娘に一目でその大叔父に似ていると指摘され、以後、色々と世話を焼いて貰った事もあり、艦娘に嫌悪感を抱かずに今日まで提督として仕事が出来たのは彼女のおかげだという感謝があった。

 

「――提督さんは由良達の事がどうでも良くなったの?」

 

 一三が少し物思いにふけっている間に説明を受けた由良は、表情を曇らせうつむいていた。

 

「提督さんがこの鎮守府から離れると聞かされたら、残された子達は傷つくよ。絶対」

 

 由良の言葉に一三は失念していたとばかりに眉間にしわを寄せるのであった。

 

 この舞鶴は、第四水雷戦隊として以下の艦娘が配属されている。

 

旗艦 由良

 

第一小隊 駆逐隊 ……  隊長 白露、時雨、海風、山風、江風

 

第ニ小隊 駆逐隊 ……  隊長 村雨、夕立、春雨、五月雨、涼風

 

第三小隊 駆逐隊 ……  隊長 野分、嵐、萩風、舞風

 

潜水艦      ……  呂500(訓練生)

 

 以上、十六名で構成されており、外海侵攻、本土防衛作戦時における大本営発の大規模作戦以外の時を除き、主な任務としては日本海シーレーンである佐世保から幌筵(パラムシル)島泊地にかけての防衛と輸送任務にあたることにある。

 

 また以前のような艦船ではなく艦『娘』である由良達は、軍属ではあるが協力者という立場にあり、人と艦娘としての線引きという名の差別、区別は以前あるものの深海棲艦という脅威に立ち向かう事が出来るのは彼女たちしかいない。

 

 大本営としては、艦娘の意向も十分に採り入れた人事が行われるの通例となっていた。

 

 しかし、艦娘と共に戦場に立つ提督にも色々ある。

 

 艦娘が総じて美少女という事もあり邪な心で接する者も入れば、救国の英雄となる姿で想像して彼女たちを利用する者野心の為に提督という立場を利用する者などもいる。

 

 いわば、ブラック鎮守府と呼ばれる一部の者たちの専横に大本営は常に頭を抱えていた。

 

 一三のように野心が無く、艦娘との間にトラブルを起こさない提督というのは大本営にとっては、戦果の次ぐらいに大事なものであり、そういった人物の意向には艦娘同様細心の注意を払っている。

 

 その上で、舞鶴鎮守府の責任者である一三が、彼自身の兼ねてからの要望により辞職となったのは、色々と理由があるのだが、それはさて置き『辞める』と伝えた事にショックを受けた様子の由良に一三は頭を悩ませていた。

 

 別にドライな感情で艦娘に接してきた訳でもなく、所属の艦娘は一三にとって姉であり妹であり、いわば家族のような存在であると考えている。

 

 だが、彼は海軍士官としての野心は無い。あるのは、彼自身の『夢』というか人生設計の為に今回の辞職となった。

 

 大本営としては残念な事ではあるが、未来ある若者を束縛してはいかず戦時体制とは言え、職業選択の自由という民主主義の根幹を覆すわけにもいかず、代わりに条件をいくつか提示して一三の辞職を認めたのである。

 

 

「由良さん。確かに私は、海軍を退役し提督を辞する事にはなるけど、退役大佐として舞鶴に住まう事になっている」

 

 そんな一三の言葉に由良は不安ながらも顔を上げた。

 

「引継ぎの事もあるが、退役を条件に大規模作戦時の鎮守府留守居役に指名されているし、今度来る予定の提督の相談役という任務もあるのでこれからもここに何度でも顔を出す事になるから。まあ、新しい提督と仲良く出来るとかそういう心配はあるだろうけど、私が仲立ちするから」

 

「由良が言っているのはそういう事じゃないんですけど」

 

 少し的の外れた発言をする一三に由良は頬を膨らませて不満を述べる。

 

 そんな態度の彼女に一三は不謹慎ながらも可愛いと思うのであった。

 

「まあいずれにせよ、みんなには明日の会議で集まった時に退役の説明はするさ」

 

「――きっと、白露ちゃんたち大反対するよ。けど、由良もこんな大事なことを黙っていた提督さんを助けないし、むしろみんなと大反対するからね!」

 

「そいつは困ったなぁ。けど、何も誰にも相談せずに決めた訳ではないのだけれども――」

 

「――ダレ? 誰に相談したの提督さん」

 

 苦し紛れの発言に由良は一三の顔に密着するように近づける。

 

「ちょっと! 由良さん近い近い!」

 

「由良、提督さんが誰に相談したのかとても気になるなぁ――ね?」

 

 由良は自身のやっている事に自覚は無いだろうが、一三の肩に手を置いてギリギリと締め上げる。

 

「イタタッ! 由良さん! ギブ、ギブ!」

 

 その言葉に由良はハッとなり、手を離して一三から身を離す。

 

「ごめんなさい。提督さん、その、由良、何だか自分を抑えられなくて……」

 

「いや、まあ。それについては別に大丈夫だけど」

 

 シュンとなっている由良に一三は気にしなくていいと伝えるが、責任感の強い由良は、納得していない様子でうなだれている。

 

 それを見た一三は溜息を吐いてから口を開いた。

 

「――大本営所属の長波サマに相談したんだ」

 

「――は?」

 

 一三の言葉に由良は、瞳のハイライトを消す。

 

 大本営の上司ではなく自分と同じ立場である『艦娘』しかもよりによってあの『長波』という一三の言葉に由良は理性を飛ばしてしまう。そして再び一三の顔を覗きこむ。

 

 

 そんな由良に対して、ハイライトさんちゃんと仕事をしてください。と、一三は思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一三と由良のやりとりから一時間後、舞鶴鎮守府近海の海上。

 

「えー! 提督お辞めになるって本当ですか!?」

 

 近海で潜水艦の哨戒にあたっていた五月雨が驚きの声をあげる。

 

「しー! 姉貴。声が大きいってば! さっき村雨姉さんと由良さんの定時連絡でそう言ったやりとりをしているのが聞こえたんだってば」

 

 口元にひとさし指をあてて五月雨に注意を促すのは白露型の末妹の涼風である。

 

 そんな妹達のやりとりに姉である春雨は仕方が無いなぁと言わんばかりに溜息を吐く。もちろん自分の提督であり兄のように慕っている一三の件については、思うことがあるのだが、今は哨戒任務中であり、特に五月雨は潜水艦の目となるソナー役であった。何よりも――

 

 その話を聞いて春雨の姉にあたる忠犬ハチ公もとい夕立は戦場では頼りになるのだが、早く鎮守府に戻りたいのかソワソワぽいぽいして落ち着きがない。

 

 そして――

 

「あっ、深海棲艦みーつけた」

 

 と言って、おもむろに鎖のついた碇をジャラジャラと音を立てながら海中に投入。やがて引き上げた碇には深海棲艦である潜水カ級が見事に釣れていた。

 

「そーれ」

 

 可愛らしい声とは裏腹に空に釣って捕らえたカ級をぶんなげて――

 

「村雨のちょっとイイトコ見せたげる」

 

 その言葉と共に爆雷を空を飛んでいるカ級に放り投げて、主砲の12.7mm連装砲で追撃。

 

 哀れなカ級は、空中にて爆散となった。

 

「……村雨姉さんをあんな風にした司令官には十分反省して貰わないと」

 

 姉妹の中で特に慕っている村雨の暴走に春雨はリスのように頬を膨らませる。

 

「春雨の麻婆春雨をたくさん食べて貰って、お礼に司令官の膝枕を要求しますっ!」

 

 ――春雨も十分壊れていた。

 

 そんな彼女に五月雨は「いいなぁ」と羨ましそうな言葉を漏らし、涼風は何だかなぁと姉達の騒動に巻き込まれる一三を哀れんだ。だが、彼女も彼が海軍を辞めるという大事な話を相談もせずに隠していたという事実に思うところがあるので彼を助けたりはしない。

 

「そうですかぁー、この村雨に大事なことも相談せずに放置ですかぁ……村雨、そんな趣味ないから――」

 

 笑顔でニコニコついでに髪を束ねているツインテールも上下にピコピコさせて村雨がそう呟く。

 

(あっ提督、こりゃあほんとにマズイぞ。村雨姉さんマジで怒っている)

 

 普段、天使のように優しい村雨のいつもと違う態度に五月雨は恐怖する。

 

 こうして舞鶴鎮守府に人事異動の季節に訪れた嵐はその勢力を増していくのであった――

 

 

続くっぽい?

 




~補完のようなもの~

『ろーちゃんのなぜなにちんじゅふだいひゃっか①』

ろーちゃん「いちぞーてーとくのごしんせきは、ゆーめーならいぞーさんですって ハイ」


――以上

短っ!
 

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


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第二話 提督と舞鶴鎮守府の艦娘

 

 舞鶴鎮守府の責任者である本間一三は今、おかれている状況に少なからず困惑していた。

 

 執務中に秘書艦である由良に『みんなには明日の会議で集まった時に退役の説明はするさ』

 

 ――と言った訳だが、所属艦娘同士の伝達により一三が伝える前に少女達に退役する件は、瞬く間に伝わってしまった。

 

 哨戒や遠征から帰って来た子達が執務室に訪れた時、皆、何か言いたげだが勤務中である故に聞きたくてもこの場では聞けないと言った雰囲気が執務室に蔓延していた。

 

 例えば、明らかに不機嫌な瞳を向けてくる陽炎型十六番艦の嵐。何か「うー」と唸っている。

 

 上官の前でそれは拙いと宥める同じく陽炎型十七番型の萩風。嵐に気を遣いながらも時折、一三にチラチラと視線を向けていた。

 

 対して陽炎型十五番艦野分は瞳を閉じたまま一三に報告書を提出して淡々と遠征で得た資材について報告を述べる。

 

 そんな野分のいつも以上にピリピリとした空気にあてられたのか、陽炎型十七番艦の舞風はいつもの明るい笑顔は影を潜めていた。

 

 一三は野分の報告を聞きながら、自身の迂闊な言葉で皆に不安を与えてしまった事にもう少し違ったアプローチをすべきだったかと反省する。

 

 第四駆逐隊にねぎらいの言葉をかけて部屋から退出する彼女たちの背中を見送った後で、どうしたものかと一三は頭を悩ませた。

 

 そして、皆の態度に計算外だったと思い悩む一三の許に所属艦娘達の代表として由良から『嘆願書』が提出された。

 

 一三は由良達の気持ちを蔑ろにする気は無いが、自身の退役はすでに大本営から内示を得ている件である故に眉間に皺を寄せながらも嘆願書の中身を確認する。

 

 しかしそこに書き記されていたのは、簡潔に一文のみ『本日の夕食を是非、ご一緒願います』だけであった。

 

 一三は内容に呆気にとられるも自身のこれからについて遅かれ早かれ皆に説明しなければいけない立場であったので目の前で真面目な表情で直立している由良に快諾の返事をする。

 

 由良が自分や皆に気を遣った事に感謝しながら朴訥な顔立ちに笑みを浮かべるのであった。

 

 しかし一三は考えもしなっかった。その嘆願書が地獄の冥府への片道切符という事に――

 

 

 

 

 夕刻、舞鶴鎮守の食堂に所属する艦娘が勢ぞろいしていた。

 

 その中に皆の上官である一三が中心となって席を囲む訳なのだが――

 

「……あの、山風……さん?」

 

 一三は今、自分のおかれた状況にが理解できないでいた。

 

 何故なら席に座った瞬間、白露型八番艦である山風により身動きが取れないようひざ上に座られたからである。

 

 子供が親に甘えるように一三に山風が背中を預ける形で彼のひざ上に座るなら『まだ』よかったのであるが――

 

 一三を離さないとばかりにがっちり手と足を彼の背中に回しホールドしている。

 

 ――対面座位。しかもだっこちゃん人形バーションである。

 

「……かまわないで」

 

 一三の胸に顔を擦り付けた状態でそんな無理な事をのたまう山風。

 

「ったく山風の姉貴は、あまえんぼうだなぁ」

 

 そんな姉をまろーん……もとい白露型九番艦の江風がニシシと笑いながら山風の腕を突っついている。

 

「……ほら山風。そのままだと提督がお食事を召し上がる事が出来ないでしょ。江風、貴女も提督から離れなさい」

 

 一三の背中にもたれている山風と江風に注意をする白露型七番艦の海風。

 

「やぁ……」

 

「えー」

 

 しかし妹達からは不満の声があがる。

 

「でも江風。昨日、提督がお辞めになるって聞いた後、ベッドの中で泣いていたよね?」

 

 天然初期艦である五月雨が首を傾げながら悪意の無い口撃をかます。

 

 実際、一三が辞めると聞いた江風は自分のベッドの中で「まろーん、まろーん」と夜泣きしていたので、それを海風が慰めて寝付かせていた事実があった。

 

「そ、そんなのちげーし!」

 

「ほら江風。席に座らないと」

 

 五月雨は江風の恥ずかしさのあまりに激高する様子を気にするでもなく、優しく一三の背中から江風を離して彼女を席に着かせた。

 

(……さてどうしたものか。私が退役する件について話をしたいのだが)

 

 そう考えながら一三はダッコちゃん人形状態の山風に顎を乗せる。

 

「……ん」

 

 山風がくすぐったそうにするが、気にするでもなく一三の視線は目の前に用意された料理に向けられていた。

 

 皿に盛られているのは春雨が作った『春雨』である。

 

 麻婆とかそう言う単語は付かない正真正銘の春雨がパスタのように盛り付けられている。しかもギガ盛りで。

 

 対して他の皆に用意されているのは、由良お手製の白米に麦を混ぜたごはんと肉じゃがにとりの天ぷら、お吸い物としてあさりのおみそ汁であった。

 

「あの……春雨さん?」

 

「はい。司令官何でしょうか」

 

 天使のようにニコニコと微笑んでいる春雨。

 

「えっと私の夕飯はこれだけなのでしょうか?」

 

「私の飯盒で海水と春雨の愛情たっぷりで茹でてみました……あっ、そのままだと司令官がお召し上がりになれませんよね」

 

 と言って、自分の箸で茹でた春雨を一三の口元に寄せる。

 

「はい司令官。あーん」

 

「いや、そこまで――「あーん」……」

 

 いつもより積極的な春雨の行動に一三は驚くよりも可愛い妹分の攻勢にタジタジになる。

 

「――司令官?」

 

 あーんに応えない一三に春雨は、しびれを切らしたのか、その可愛らしい顔立ちに冷笑を浮かべだす。

 

 それはさながら深海棲艦である駆逐棲姫を彷彿させるような――

 

「――仕方ありませんね。司令官はどうやらあーんではなく春雨の口移しがご所望のようですね?」

 

 キレッキレに暴走する春雨であった。

 

「……まったく、ウチの妹達は可愛いねぇ」

 

 山風を抱き上げ海防艦のように盾としながら一三はワルサメもとい春雨のキッスをかわす。そんなやり取りを見ながら苦笑を浮かべるのは、白露型の一番艦長女の白露である。

 

 白露は視線を彼女の左隣で神妙にした面持ちで箸に手を付けず、じっとしている夕立に向ける。

 

「ほら夕立も食べないと。アンタ由良さんのとり天大好きでしょ?」

 

「……はい。いただきますお姉さま」

 

「アンタ、ダレよっ!」

 

 普段から下の妹達に負けないぐらいに一三にワンコのように甘えている夕立の変わりように驚愕する白露。

 

「時雨、アンタからも夕立に――」

 

 これはマズイと判断した白露は夕立の隣にいる次女である時雨に助けを求める。

 

「……ブツブツ」

 

 が、肝心の時雨は暗い表情を浮かべ下を向きながら何か呟いていた。

 

「……うん。やっぱり首輪とリードが必要だよね」

 

 それを時雨が身に着けるのか、はたまた一三に使用する気なのか考えるのを放棄し、聞かなかった事にして白露は食事が並べられている食卓の対面に視線を移す。

 

 視線の先には、白露型とは異なる鎮守府の同僚の第四駆逐隊の面々が座っている。

 

 妹達と同じく一三の退役にショックを受けているのか一様に暗い。

 

「ほ、ほらーみんな笑顔、笑顔」

 

 そんな中、舞風が持ち前の明るさで場を和ませようとしている。

 

 だが、四人のリーダーでの野分は食事を黙々と進め舞風のフォローを行う気は無いようである。静かではあるが明らかに怒っている様子であった。

 

 野分の態度は彼女を知るものとしては、ある意味仕方が無いと思える部分があった。

 

 それは、彼女の一三に対する評価である。

 

 正直、戦場での指揮能力は評価としては平凡だが、兵站運用に関しては、大本営内でも右に出る者はいない。そして、何よりも軍政家としての能力もずば抜けていた。

 

 深海棲艦との戦争において経済、政治を絡めて作戦運用を行う。大本営がその一三の稀有な才能を惜しみ、民間に戻る彼に縁を何とか繋げておきたいとあれこれ条件を付けていたのはその為であった。

 

 そんな一三を野分は尊敬いや心酔していた故に納得がいっていないのである。

 

 続いて嵐は、食事を進めながら時折、一三に視線をチラチラと向けており、

 

「……ある意味、長……オレ……タイプが……だから……ひきと……うん。ヨシ!」

 

 そして、何やら考えながら決意を固めている様子であった。

 

 最後に萩風は、食卓に並べられた食事をジッと見て

 

「……食……いえ……のみも……むみむ……あらしと……うん」

 

 嵐と同様に何かを考え同じく何かを決めたようである。

 

 そして、嵐と萩風は視線を交わすとお互いにコクリと頷き合う。

 

「みんなぁ~無視しないでよぉ~」

 

 同僚の為に頑張っている舞風はすでに涙目であった。

 

 そんな第四駆逐隊の様子を見た白露はふぅと溜息を吐く。

 

(この混沌とした状況は……大方、村雨に乗せられたのが原因なんだろうねー)

 

 白露はそう推測をしながら村雨に視線を向けた。

 

 村雨は天使の如くニコニコと微笑んでいる。

 

「由良の肉じゃがと春雨のはるさめおいしいですって!」

 

 そんな中、白露の右隣に座っていた呂五〇〇ことろーちゃんが笑顔で手にした先割れスプーンで一三の為に用意された春雨をパクついてた。

 

「ろーちゃんは、みんなと違って元気だね?」

 

 白露は明るい様子のろーちゃんに声をかける。

 

「? ろーちゃんが元気だと変?」

 

 白露の問いにろーちゃんは、キョトンとした表情で首を傾げる。

 

「いや、提督が辞める事、ろーちゃんも聞いているよね?」

 

 頬におべんとをつけていたろーちゃんに手を伸ばし、白露は米つぶをとってやり、それを口に入れながら再び問う。

 

 何気ない問いかけにその場に居たほとんどの者達が白露とろーちゃんのやりとりに視線を向ける、

 

「それならもーまんたいですって! あどみらーじゃなかった、てーとくが辞めたらろーちゃんもついっていくですって!」

 

「「「「「「それだ(ぽいっ)っ!」」」」」」

 

 ろーちゃんの発言に立ち上がる妹達や同僚に「それだ!」じゃないわよと白露は心の中でツッコむのであった。

 

(まあ、みんな提督のことになると周りが見えなくなる子が多いしねーここは白露型一番艦でありみんなのおねーちゃんであるこの私が何とかするしかないかな)

 

 さすが、個性派ぞろいの白露型をまとめる長女――

 

(それで、きちんとみんなを落ち着かせた事を提督に褒めて貰って……提督にとって、いっちばーんの理解者はこの私だってちゃんとわかってもらわなきゃね!)

 

 ―――やっぱり姉妹であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……なんて事を白露姉さんは考えているんでしょうね)

 

 長女の思考をほぼ完全に把握する村雨。

 

(みんなをたきつけたのは、提督が村雨に大事な事を相談しなかった罰ですよ?)

 

 村雨は笑顔のままで、妹達や同僚にタジタジになっている一三を見ながら――

 

(……スゴク、イイ!)

 

 可愛い妹達が拗ねたり、怒ったりする表情も良いが、それに翻弄される一三の困った表情にゾクゾクしてしまう村雨。

 

(……ああっ! 提督っ! 村雨は一三さんのみんなに追いつめられて困った表情を受かべるアナタがもっとミタイッッッ!)

 

 村雨は、駆逐艦の艦娘としては、かなりグラマーな己の身体を抱きしめながら恍惚の表情受かべ一三たちを監視もとい見守るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……てな事、考えているんだろうなぁ 村雨の姉貴は……)

 

 げんなりとした表情でイッちゃっている村雨を見てしまったのは白露型の末っ子である涼風である。

 

 そして彼女は、あえて意識をそらし続けていた部分へ勇気を持って視線を移す。

 

 提督の横で良妻のように寄り添っている皆の姉的存在である由良。

 

 彼女の瞳は――ハイライトさん仕事をしてくださいであり、

 

 その状態で微笑んでおり、正に天使のような悪魔の微笑であった。

 

(……て、てやんでぇぃ)

 

 村雨が何を吹き込んだのかはわからないが、涼風は直感でこのまま放置しておくと今夜あたり提督は確実に食卓に並んだ今日の食事のように『食べられてしまう』と――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 青いパジャマにマイ枕を手に装備した涼風は、色違いであるピンク色のパジャマ姿の五月雨へ特に理由も述べずに共に提督の寝室へ赴く。

 

 そして、一三の返事を待たず、涼風は彼の居る布団へ潜り込む。

 

 五月雨は「提督とはじめてお会いした頃、私と涼風でよくお邪魔していたのを思い出しますね!」

 

 と、うれしそうに一三の布団に続くのであった。

 

 一三の困惑する問いかけに

 

「べらんめぇ! これは仕方が無い事なんだっ!」

 

 と言ってうやむやに同衾をする涼風とニコニコとうれしそうにしている五月雨に一三はついに折れる。

 

 ――末っ子の機転で自分の操が護られたとも露知らず、一三は美少女ふたりの柔らかい肢体と匂いに包まれて生き地獄を味わうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





第三話に続くっぽい?


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