ソードアート・オンライン 絶速の剣士 (白琳)
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オリ主紹介(ネタバレあり)

暁真一(あかつきしんいち)

本作の主人公。15歳(SAO開始時点)。誕生日は2007年8月15日。SAOに囚われた時点で中学3年生。和美や直葉と同じく埼玉県在住。

夜天(やてん)流道場の当主を務める暁進(あかつきすすむ)の一人息子。幼い頃から教わってきた道場の教えを大事にし、何かしら行動する際にはその教えに乗っ取る事が多い。突然の事態が起こったとしても、冷静に状況を把握する落ち着きさを持っている。殺意を当て、睨む事で相手に恐怖を与え、戦意を無くす事が出来る。

女性の裸を見る事になったとしても覗きでなければ目を隠す必要はない等、自分に非がない限りは女性に対する配慮はない。また、羞恥心や女性への身体的な興味はないと思われる。

剣道の全国大会で優勝し、道場の生徒が増えるまでは家は貧しく、生活費を確保するだけでも大変な為にゲームなどをした経験はなかった。そのせいかゲームを買うどころか興味もそれ程なかった。

和美や直葉と同じ中学校に通い、直葉と同じく剣道部に所属して部長を務めていたがSAOの正式版が発売された時には既に部活を引退し、部長の座を2年生の男子生徒に預けている。

道場でも部活でも磨いた剣術の技術は凄まじく高く、夏の最後の全国大会では和美との約束もあってか見事優勝している。また、不良に襲われてる女性を助けるなどをして恨まれる事もあるが、仕返しをしに来た全員を返り討ちにするなど生身での実力も高い。

力と速度で相手を叩きのめす、または相手の流れを読んで確実にカウンターを決める戦い方を得意としている。

相手の動きの流れを読む事で、相手が次にどう動くかを予想して攻撃をかわす事が出来る。流れを完全に読めれば腕や首など一部の部位だけの動きを知るだけでも流れを読む事が出来るが、習得するには年単位での修行が必要。真一は流れを自然と読めるようになるのに5年掛かっている。

 

シン(Sin)

SAOでのプレイヤーネーム。名前の由来は「真一」→「真」→「シン」。

第1層のボス戦後からはイルファングとの戦闘やディアベルを見殺しにしてしまった事からビーターと呼ばれるようになる。シンの話を信じない者や信じても信頼し続けている者はいるが、中にはその名を恐れているプレイヤーもいる。

主に武器にしているのは刀。理由は現実世界で木刀を振っているから。曲刀も使うが、刀のソードスキルを使えるようにする為である。第2章開始時点で刀スキルを取得している。

現実世界での修練のおかげでソードスキルを使わずともモンスターを撃破できる程に強い。

・武器

SAOベータテスト

ラフシミター(曲刀)→石研包丁(いしどきぼうちょう)(刀)→一陣刀(いちじんとう)(刀)

SAO正式版

曲刀(曲刀・名称不明)→ブロンズシミター(曲刀)→グレートシミター+5(曲刀)→和太刀(わだち)(刀)→鬼燕(おにつばめ)(刀)

アクセサリー

祈願の首飾り(キリトとペアルック)

再会の腕輪(シリカとペアルック)

絆の耳飾り(サチとペアルック)

ソードスキル

《曲刀スキル》

リーパー

フェル・クレセント

デス・クリープ

レイジング・チョッパー

《刀スキル》

旋車

辻風

幻月

絶速剣(ぜっそくけん)

第4章で既に獲得していたスキル。しかしシンに獲得した記憶はなく、いつの間にか出現していたとのこと。強力ではあるが、ほとんどの攻撃は硬直時間が長く、1対1には向いているが、1対多数の時では使う瞬間を見極めなければならない

砕桜(さいろう)

見た目が居合い斬りという点から刀スキルの辻風に似ているが見た目だけであり、刃が振り抜かれた瞬間に当たらなかった場合、視認不可能な衝撃波が放たれる。この威力はモンスターの首を斬り落とす程の威力を持つ。

その他のスキル

索敵(サーチング)スキル》

派生機能:追跡・同時索敵・カーソル識別・索敵距離ボーナス

隠蔽(ハイディング)スキル》

《体術スキル》

地脚

水月

 

■関連人物■

◯ヒロイン◯

キリト(Kirito)/桐ヶ谷和美(きりがやかずみ)

他人との人間関係を恐れているが、真一とはまともに接する事が出来ている。その真一に対しては先輩ではあるが、ため口で接している。

中学校に入学した時点で真一は和美が周囲に恐れを感じている事に気付き、何度か話しかけるも逃げられていたが登校中に絡まれた男子高校生から救い出す事で、彼女の口から友達になってほしいと頼まれる。

依存性が高い。

ちなみにキリト/和美の容姿はGGOの姿(胸あり)。

SAOでは、始まりの街で買って貰った祈願の首飾りをペアルックにしている。

 

アスナ(Asuna)/???

彼女がSAOの第1層の迷宮内で無理な戦闘をしている時に出会い、精神的な疲労で倒れた所をシンに救出される。

その後、トールバーナの広場でシンからクリームを乗せた黒パンの事を教えてもらい、それを気に入った。第1層ボス攻略会議の第1回の後、キリトの泊まっている農家で風呂を借りるが、事故でシンに裸の姿を見られてしまう。

第1層のボス戦後はシンを追い掛け、キバオウとエギル、キリトからの伝言を伝え、自分も何か伝えようとするが途中で止め、シンと別れる。第2章の時点で血盟騎士団に実力を買われて入っており、シン達と出会うのが難しくなっている。

 

桐ヶ谷直葉(きりがやすぐは)

和美の妹または従妹。シンとは部活内での交流がある他、姉の和美が友達である為に家を訪れたシンと顔を合わせる事が多い。シンを「暁先輩」と呼び、和美とは違って敬語で話す。

 

シリカ(Silica)/???

SAOがデスゲームになった日に、始まりの街のプレイヤーもNPCもいない場所で悲しむ彼女を見つけた事が出会いの始まり。その後はシンから様々な事を教えてもらい、彼から元気を貰った事をお礼して別れた。

SAOでは、シンに始まりの街で買って貰った再会の腕輪をペアルックにしている。シンがビーターと呼ばれるようになってからも信用し続けている。2023年2月の時にレアモンスター・フェザーリドラを偶然にも使い魔にし、ピナと名付ける。第35層の迷いの森を冒険するロザリア率いるパーティに参加し、シンを勧誘した。しかし冒険中にロザリアと言い争いを起こし、自身はパーティを脱退する。その後、同じく脱退してきたシンと共にデートとして巨大花の森を訪れるが、そこでロザリア達に襲われる。が、そうなる事を仕組んでいたシンとキリトによりロザリア達から守られた。街に戻ってから1人だけ何も教えられていなかった事を根に持っていたが、デートを再開した事で機嫌を良くした。

SAOでは『シリカちゃん大好きクラブ』と呼ばれるファンクラブが誕生している。

 

アルゴ(Argo)/古原叶花(こはらきょうか)

アインクラッドでの唯一の情報屋。シンへの呼び名は「シー坊」、キリトは「キーちゃん」、アスナは「アーちゃん」、シリカは「シーちゃん」となっている。シンからは口調は女性としてどうかと思われているが、見た目や見透かしたような発言から『十分に魅力的な女性』と評されている。

キリトのアニールブレードを買い取りたいというプレイヤーがいる事をシンに伝え、そのプレイヤーの真意を確かめてもらおうとシンに依頼を出す。第1層ボス攻略後にビーターとなって様々な事を背負う事になったシンに謝罪と情報を1つだけタダで教える事を約束している。

第2層に隠されているエクストラスキルを狙うギルド『風魔忍軍』のコタローとイスケから情報を買い取ろうと迫られていた時、乱入したシンに助けられる。その後、第1層攻略後の約束からエクストラスキル『体術』が取得できる場所まで案内するが、自分と同じようにヒゲをつけられたシンを見て、大笑いする。

ベータテストでクリアした階層以降は未知な為、攻略本に書かれる情報も少なくなってしまったが、シンを初めとしたプレイヤーから迷宮区の情報を提供してもらっている。

 

ルクス(Lux)/???

第33層のサブダンジョンでパーティメンバーと共にレアアイテムをドロップするモンスターを探していたが、様々な仕掛けによりメンバー達とはぐれてしまう。その後、偶然にもラフコフと出会ってしまい、PoHから死ぬかギルドに加入するかを迫られるが、間一髪でシンに助けられ、ラフコフに加入する事を免れた。その後はクリスタル無効エリアから脱出する為にシンと行動するが、はぐれてしまったパーティメンバーを探す。結果、ラフコフが考えたゲーム(どちらが多く殺せるかというもの)により4人いたパーティメンバーは3人が殺され、残った1人もラフコフに怯えてフィールドに出る事を拒み、パーティから抜けてしまう。

シンから『これからどうするのか』という質問を投げ掛けられ、自分が何も出来ず、助けられてばかりだった事を悔しく思い、どうすれば強いプレイヤーになれるのかを尋ねる。

 

サチ(Sachi)/佐藤知佳(さとうちか)

ギルド『月夜の黒猫団』の紅一点。大人しく、怖がりな性格でモンスターと戦う事を嫌っている。後衛だが、ケイタから前衛に回ってもらうよう頼まれている。しかし後衛でも怯えてしまう事から前衛に向いていない。シン加入後はモンスターに止めを刺す事が出来ずにいた時、皆から離れてしまったレベルをシンと共に上げようとするが、心の奥に隠していた本心をシンに吐露する。

ギルドに入ってくれたシンにはレベルが上である事もあって、安心感を抱いている。その執着心はシンのせいで戦闘が多くなったにも関わらず、シンがギルドを抜けようとした時には止める程。

テツオ、ダッカー、ササマルが提案したケイタを驚かす為にコルを稼ごうと迷宮区に向かう事をシンと共に止めようとするが、シンがついていくと言った為に自分も行くを決める。テツオ、ササマルによってトラップが発動する前に隠し部屋の外へと追い出される。テツオとササマルを助けられず、自分を責めるシンを優しく包み込んだ。シンがギルドを抜けてからも交流は続いている。

SAOでは、メンバーに頼まれた買い物の途中に購入した絆の耳飾りをシンとペアルックにしている。

 

◯主要人物◯

クライン/???

キリトと共にレクチャーを頼まれた事が出会いのきっかけ。デスゲーム初日にキリトを突き放したシンには納得がいかなかったものの、その後は一緒にログインした知り合いと合流する為に2人と別れる事になる。

 

エギル/???

第1層の迷宮区攻略の際に、シン達と共にイルファングと戦った斧使い。スキンヘッドだがシンから(分かっていたが)『ハゲ』と言われた時には落ち込んでいた。シンがビーターと呼ばれるようになっても、次の層でまた一緒に戦う事を伝えるなど心が広い。

 

暁進(あかつきすすむ)

真一の父親。夜天流道場の当主を務めている。息子の真一と同じく剣道の実力は高い。学生だった頃は自分が所属していた剣道部を率いて日本一へと登り詰めた。

 

茅場晶彦(かやばあきひこ)

「ナーヴギア」をはじめとしたフルダイブ用マシンの基礎設計者にしてSAOの開発ディレクター。天才的ゲームデザイナー、量子物理学者として知られているが、真一はその存在をまったく知らなかった。

SAOに多くのプレイヤーを閉じ込めた張本人である。

 

◯ソードアート・オンライン◯

ギルド『月夜の黒猫団』

ケイタ/???

ギルドのリーダーで、棍使い。現実世界では全員が知り合いのギルドの中で、唯一サチとは昔からの付き合い。シンを誘った人物。

 

サチ/佐藤知佳(さとうちか)

ヒロインの項目を参照。

 

テツオ/???

ギルド『月夜の黒猫団』の前衛を務めており、盾とメイスを装備している。ケイタがギルドハウスを買いに行っている間に彼を驚かそうとコルを貯め、家具を全て揃えようと提案する。ダッカーが偶然見つけた隠し部屋にあった宝箱に武器が入っているかもと開けた結果、トラップを発動させてしまう。シンに守ってもらうも最終的には殺される。

 

ダッカー/???

ギルド『月夜の黒猫団』に所属している短剣使い。テツオ、ササマルと共にケイタを驚かそうとして迷宮区に行き、偶然にも隠し部屋を見つける。宝箱に向かって走り出そうとするが、シンによって止められる。その後、テツオとササマルが宝箱を開けに行ってしまった事からサチと共に隠し部屋の外に追い出される。その後、ケイタを呼び出す為に彼の元に向かい、その後は宿屋でシンとサチの帰りを待った。彼らが戻ってきた後はテツオ、ササマルを見殺しにしたと責めるが、ケイタに止められる。

 

ササマル/???

ギルド『月夜の黒猫団』に所属しているもう1人の槍使い。サチよりもスキル値が高い。テツオ、ダッカーと共にケイタを驚かそうと迷宮区に赴く。最前線より3つ下の階層の迷宮区に行ってみる事を提案している。ダッカーが偶然にも見つけた隠し部屋にあった宝箱をテツオと共に開けるがトラップが発動してしまい、シンに守られるもテツオよりも先に殺される。

 

ギルド『タイタンズハンド』

ロザリア/???

ギルドのリーダーで槍使い。第35層の迷いの森に挑む為にパーティメンバーを集め、シン、シリカとファンクラブのメンバーでパーティを結成した。しかし挑戦した日にはシリカに対して挑発的な態度をとり、それが原因で帰還した後にパーティを解散されてしまう。

その正体はオレンジギルドのリーダーであり、カーソルはグリーンだがそれはパーティメンバーを騙す為である。最終的にシンとシリカだけに目標を絞るが、自身の正体に気付いていたシンとシルバーフラグスのリーダーから依頼を受けていたキリトにより、他のギルドメンバー共々、牢獄に送られる事となった。

 

◯その他のSAOプレイヤー◯

ノーチラス/???

SAO初心者。始まりの街でユナと共にシンからモンスターとの戦闘について色々と手解きを受ける。

 

ユナ/???

SAO初心者。ノーチラスと行動を共にしている少女。

 

キバオウ/???

始まりの街でどの武器にするかを悩んでいた時にその相談に乗った事が出会いの始まり。自分達初心者をデスゲーム開始時に放置したベータテスターに対しては良く思っていないが、唯一初心者を助けてくれているシンに対しては感謝をしている。シンがビーターとなった時には他の初心者達とは違い、シンを信じている。

 

ディアベル/???

第1層のボス攻略をする為、リーダー役となった男。キリトのアニールブレードを手に入れる為、初心者のキバオウを利用していたが、ボス攻略中にキバオウがシンに問い詰められて自らの名前を口にした事で多くのプレイヤーからベータテスターではないかと疑いの目を向けられる事になる。その後、シンにイルファングから助けられるがボスのLAボーナスを狙った結果、HPバーが満タンになっていたにも関わらず今まで使われなかった強力なソードスキルで殺された。

 

 

■夜天流道場の教え■

主に「自分がすべき事」と「自分が信じるべき事」に分かれる。教えを破った時には当主からの罰を受ける。

『その1 誰よりも強くあれ』

『その2 繋がりは永遠に断ち切れぬ』

『その3 女性を悲しませるな』

『その4 他者への力となれ』

『その5 人を見捨てぬこと』

『その6 ???』

『その7 救いを待つ者には手を差し出せ』

『その8 一度決めた事は必ず成すこと』

『その9 ???』

『その10 不殺を心掛けよ』

意味:現代ではこう言われても当然のように思えるが、他者への復讐や何らかの突発的な衝動で人を殺してしまう人もいる。そういった心の闇に囚われず、また殺してしまった他者の人生全てを背負う事は出来ないという事を理解しなくてはならない。



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番外編
待ち合わせ(第12話~第13話・第1層)


まだ色々と大変ですが、息抜きにと短いですが書いてみました。
第0章と第1章の間の出来事です。


「……ふわああっ」

 

ある日の朝────キリトは宿屋の一室で目を覚まし、体を伸ばした。ここはホルンカの村から2つ先にあるトールフォーマという町であり、少し前にシンと合流したキリトはここに昨日で2日間滞在している。

 

「んぅっ……朝かぁ……」

 

キリトは目を擦りながら、視界の端にある時間を見てみると──────

 

「ん?んん?…………うわああああああっ!!?もっ、もうこんな時間!?」

 

────9時45分である。ちなみに今日、キリトがシンと約束している集合時間は10時。この時間はキリトが申し出た時間である。キリトは言ってから少し早すぎたかな?と思っていたが、シンが快く応じてくれた事に感謝をした。昨日の夜にはシンよりも早く集合場所に着いていようと考えていたキリトであったが、

 

「ア、アラームを設定し忘れてた……わっ、私のバカアアアッ!!」

 

おそらくそれは無理と思われる瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、午前10時13分。

 

「…………来ないな」

 

俺は今日、キリトとホルンカの村で合流した時に約束した「キリトと2人で出掛ける事」を果たす予定でいる。集合場所である広場の時計台には10時に来るようにとキリトから言われていたが、言った本人が来ないとはどういう事か。

 

「何かあったのか……?」

 

先程、メッセージを送ってみたが返信は来ていない。宿屋に戻ってみようかと思ったが、単に遅刻しているだけかもしれないと思い、15分になっても来なかったら戻ってみようと思っている。そもそも同じ宿屋に泊まっているのだからそこから一緒に出ればいいのだが、キリトが「外で待ち合わせをしたい!」と言い出したのだ。何故なのかは分からないが。

 

「……15分になったか。それじゃ戻ってみ────」

「シ────ンッ!!」

 

宿屋に向かおうとした瞬間、そちらの方向から俺の名前を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。あの声は……キリトか。ようやく来たか、と思いつつどうして遅刻をしてしまったのかを尋ねようと振り向き────

 

「……なっ」

 

予想もしていなかった光景を目にして止まってしまった。目の前に走ってきているのはキリトで間違いない。だが、いつもと違っている事が1つだけある。何かと聞かれれば、それは服装だ。

いつも着ている革製の服ではない。現実世界でも普段なら着ないであろう可愛らしい服に、ヒラヒラのスカートを穿いているのだ。

 

「ごっ、ごめん!朝、寝坊しちゃって……って、どうしたの?」

「……その服、どうしたんだ?」

「えっと……その、前に買ったから着てみようかなって……ど、どうかな?」

 

キリトは俺にそう尋ねながら頬にかかっている髪を指で弄る。ふむ、とキリトの姿をよく見てみる。何か特殊なアイテムを使ったのか、長めの黒髪はいつもよりもサラリとした綺麗さがあった。それが今のキリトの魅力をさらに引き出している。

 

「よく似合ってる」

「っ…………あ、ありがと!」

 

そもそもキリト、または和美のルックスは高い。学校の他の女子生徒達と比べても、その差は歴然だ。他人との関係を恐れて家から出るという事がほとんどなかった為、服装にはあまり気を使っていなかったが────ちゃんとした服に着替えれば多くの男を虜に出来ると確信できる。何故ならば、

 

「お、おい……あの女の子なんだよ……?」

「めちゃくちゃ可愛い……」

「マジかよ、あんなに可愛い奴そうそういないぞ!?しかもあの男のツレみたいだし……」

「羨まし過ぎるだろ!」

 

実際、今がそうなっているからだ。

 

「……?何だか周りの視線が私達に向けられているような……」

 

その原因はお前だ、と言いたいがやめておこう。言ったところで、自覚したキリトを恥ずかしい目に遭わせるだけだ。しかし、その視線が自分だけに向けられている事に気付いていないとは……鈍感なのか?

 

「気のせいだろう。それで、これからどこに行く?」

「トールフォーマを回ろうよ!昨日も一昨日もフィールドに出てばっかりでゆっくりしてないからさ!」

「珍しそうな店とかあるのか?」

「あるよ!この町のパン屋で売られてるパンはとっても美味しいんだ!」

「……ほう」

 

最近食べているパンのほとんどは黒パンというあまり美味しくない物ばかりだからな。トールフォーマのパンがどれだけ美味しいのかは分からないが、少なくとも黒パンよりはマシだろう。

 

「じゃあ、まずはその店に行くか?朝飯をまだ食べていないからな」

「うん!そしたら次は私の買い物に付き合ってほしいな」

「何を買うんだ?」

「回復アイテムや装備とかかな」

 

ふむ……俺の使っている装備も耐久値がほとんど無くなってきているからな。そろそろ新しいのを買おうとしていたし、丁度いいか。

 

「分かった。まずはパン屋に行ってみるか」

「ハニークリームトーストって言うのが一番美味しいんだよ!まぁ、値段もかなりするけど……」

「それは仕方ないだろう。人気の商品を安い金額で売っていては商売にならないからな」

「それはそうだけど……あっ」

「どうした?」

 

キリトは時計台を見たかと思うと、何かを思い出したかのように止まった。どうしたんだろうかと思っていると、笑みを浮かべた表情を俺に向けてきた。

 

「……ねぇ、どうしてこの時計台を集合場所にしたと思う?」

「何か理由があったのか?」

「ふふっ、何だと思う?」

「……………………分からない。理由は何なんだ?」

「教えてあげなーいっ!」

 

おい、と声を掛けようとしたがキリトは先に走っていってしまった。仕方なく追いかけようと俺も歩き出し、一体ここを集合場所にした理由とは何なのか考えたが────結局答えは出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トールフォーマの広場にある時計台────かつてこの時計台でデートの待ち合わせをした恋人はその後、見事に婚約を果たした、という設定をベータテストの時に聞いていたキリトはそれを自分とシンとでも実現させてみたいと思い、この時計台を待ち合わせ場所にしたのである。

その先が現実になるかは──────まだ分からないが。




この後の事はご想像にお任せします。


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バレンタイン(SAO攻略後・IFストーリー)

今回は若干ネタバレが含まれており、どうして今回の話がIFストーリーなのかは後書きで説明します。


「なぁ、親父」

「ん?」

「親父って昔、チョコどのくらい貰ってた?」

 

2月14日の朝、俺は朝食を親父と共に食べつつ、そう問いかけた。なぜ突然そのような質問をしたのかと聞かれれば、現在テレビで放送されているニュースの内容がバレンタインの特集をやっているからだ。現地に赴いたスタッフが女子生徒に『今日あげる人はいるんですか?』とか『彼氏に渡すつもりです!』等と言っている女子生徒がいる────が、その時に気になった事は男が渡されるチョコの数である。

 

「んー……まぁ、義理を含めれば毎回7個位は貰ってたな」

「その数って多いのか?」

「多い方だろ。中には0個って奴もいるからな。つってもホワイトデーに返さなきゃいけないし、あんまり沢山貰ってもな」

「……そうか」

 

7個は多いのか……確かSAOに囚われる前────つまり中学校に通っていた時は、和美や直葉を含めて15個位は貰っていたな。あの時は義理だったとはいえ、嬉しかったな。ホワイトデーに手作りチョコや菓子を返すのはなかなかに大変だったが……。

 

「ところで真一、今年は何個貰ってくるんだ?」

「いや、必ずしも貰えるとは限らないだろ」

「だってあのゲームの中で色んな女の子と仲良くなったんだろ?絶対に貰えるって」

 

SAOで仲良くなった女の子……キリトはともかく、明日奈に珪子、里香にそれから千佳(ちか)叶花(きょうか)、琴音。それと現実の人間ではないがユイとストレアか。ユイは家族愛から渡してくるかもしれないが、ALOにログインしてみないと分からないか。

 

「そこまで言うならまぁ、期待はしておく」

「期待なんてレベルじゃないと思うが……とりあいずこれ持っとけ」

 

そう言って親父が渡してきたのはさっきからずっと横に置いてあった紙袋。何に使うんだろうなと思っていたが、俺に渡す為だったのか。

 

「これを何に使えと?」

「いつも鞄に入らない程貰ってくるだろ?入らなかったチョコはそこに入れとけ」

「いや、流石にそれは────」

「前回みたいに迎えを頼まれるのは御免なんだよ」

 

そういえばそんな事もあったような……鞄にも入らなくなって、両手に抱えても落ちそうだったから親父を呼んだんだっけか。

 

「分かったよ、一応持っていくから」

「ああ、そうしろ。言っとくが、あの時は車の中にチョコの匂いが染み付いて大変だったんだからな?俺がどれだけ苦労したと思ってる?どうして10個も20個もチョコを貰ってきたんだよ、お前は……」

「分かったって、悪かったよ」

 

親父からのしつこい文句から逃げようと俺は紙袋を鞄の中に入れ、とっとと家から出た。しかしな、親父……せっかく作ってきてくれたチョコを受け取らないわけにはいかないし、捨てるわけにもいかないだろ。その結果、俺は毎日チョコを食べる事になったり、体調不良になったりするんだが……。

 

 

 

 

 

 

「あっ、真一!おはよう!!」

「ああ、おはよう」

 

脇道から現れた俺に気付いた和美は近寄ってくると、屈託のない笑顔を向けてきてくれた。そしてそのまま俺の隣に並び、一緒に学校へと歩き出す。

SAOからの生還者の内、学生であった人達が通っている学校────政府直属帰還者専用学校。2年間通うだけで本来ならば取得するのに3年かかる高卒の資格を貰える。そういった特別な措置が設けられている他、教師達もやる気に満ちた人達ばかりで、生徒に対して真っ正面から向き合ってくれている学校だ。

 

「ねぇ、真一。今日は何の日か知ってる?」

「バレンタインだろ」

「そう!だからね────はい、これっ!」

 

和美は鞄の中から取り出した物を俺に渡してきた。それはピンク色のリボンに彩られ、赤色の包装紙に包まれたハートの形をした箱である。

 

「バレンタインのチョコレート!直葉と一緒に作ったんだ!!この前より色々と凝ってみたから期待していてね!」

「そうか、分かった。ありがとな、和美。……でもいいのか?」

「何が?」

「こういう形は義理に使うんじゃなく、本命の奴に使った方がいいんじゃないか?」

 

俺がそう言うと、和美は唖然とした後に深い溜め息をついた。おい、せっかくアドバイスしてあげたのに、何故そんな反応をとる?

 

「そうだよね……真一はこういった事には疎いって事を忘れてたよ……」

「こういった事?」

「ううん、何でもないよ……真一に使うのは初めからそれって決めてたからいいんだよ!」

「そうなのか?……分かった、それならこれは昼食の時にでも頂くかな」

 

暖房がかかっている部屋ならまずいが、荷物を置いておく部屋は寒い。あの気温でチョコが溶けるとは思えないし、昼食までその部屋に置いといても大丈夫なはずだ。

 

「うん、食べ終わったら感想ちょうだいね!それと直葉も真一に作ったんだけど、学校が違うからどうしようかって悩んでたんだけど……」

「なら学校が終わったら行こうか?冬だから直葉も部活が終わるのは早いだろ」

「ホント!?それなら直葉も喜ぶよ!私から連絡しとくね!」

 

別に和美に預けても良かったんじゃないかと思うが、直葉も自分で作った物は自分の手で渡したいんだろう。先輩ならばその気持ちを考え、しっかりと応えてやらなければ。

 

 

 

 

 

 

 

学校の正門を潜り抜け、昇降口で上履きに履き替えようと自分の靴箱を開けると──────

 

ドサァッ!

 

「…………」

「うわっ、今年もまた入ってるんだ」

 

四角や丸など色んな形をした箱が6個程落ちてきた。どれも可愛らしい装飾が施されており、箱と一緒に手紙が貼り付けられているのもある。

 

「……俺の上履き、潰されているんだが」

「まぁ、これだけ入っていればねー」

 

俺は溜め息を吐きつつ、箱を拾い集める。靴箱に入れて渡すなど一体いつの時代のやり方だ。今時こんな風に渡す奴はいないと思う。……いや、ここに入れた人達がいたか。

 

「この分だと机の上にも結構積んであるんじゃないかな?」

「ありえるな、これは……」

 

とりあいずまだ紙袋は使わず、大半は鞄の中に詰め込んで入らなかった分は両手に持った。教室に着いたら整理しようと思い、和美と共に階段に向かおうとすると背後から声が掛けられた。

 

「シンさ……真一さん、和美さん!おはようございます!!」

 

後ろを振り向くとこちらに向かってきていたのはSAOではシリカと名乗っていた小柄な少女、綾野珪子であった。自分の姿を捉えてもらおうと思っているのか、右手を振りながら走ってきている。

 

「おう、おはよう」

「おはよっ、珪子ちゃん」

 

俺達がいる場所に辿り着いた珪子にこちらからも挨拶する。和美は2歳しか年が離れていないが、妹である直葉とは違って後輩であるからかちゃん付けをしている。

 

「えっと……真一さん、その手に持ってるのは?」

「靴箱に入っていたんだ。鞄の中にもいくつかある」

「毎年こんな感じだから、私としては珍しい事じゃないんだけどね」

「そ、そうなんですか……」

 

やっぱり真一さんってモテてるんだなぁ……という呟きが聞こえてくるが、どれもこれも義理なんだからそれは違うと思う。珪子の勘違いを直したい所だが、そのよりも先に本人から声が掛けられた。

 

「あ、あの、真一さん」

「ん?」

「え、えっと……こ、これを受け取ってくだしゃい!」

 

あ、噛んだと俺が思ったと同時に顔を真っ赤にした珪子から今までの物よりも小さめな箱が差し出された。ラッピングしている水色のリボンはピナを意識したんだろうか?

 

「う、ぁ……」

「ありがとな、珪子。嬉しいよ」

「は、ふぁい……あ、ああ、後で味の感想を、聞かせてくだしゃいね!」

 

頭を撫でながらまた噛んだなと思うと、珪子は俺と和美の間を通り抜けて階段を登っていってしまった。あんなに急ぐと転ぶんじゃないかと心配したが、そんな事はなく一安心した。

 

「珪子ちゃん、ずっと噛んでたね……」

「だな。まぁ、和美も初めはあんな感じだったけどな」

「うっ……それはそうだけど」

 

和美から初めてチョコを貰った時の事を思い出しつつ、俺達も階段を登っていった。

 

 

 

 

 

「……よし、これで全部か」

 

受け取ったチョコや置いてあったチョコを紙袋の中に入れ、俺はその数を確認した。結局、机の上にはいくつかのチョコが置かれており、また何人かからは手渡しされた事により既に二桁目に突入している。

しかし机の上に置かれていたのはチョコだけではなく、一番下に1枚の紙を見つけた。誰からだろうと思ったが、文字を見てすぐに分かった。その内容は『昼休みになったら屋上に来てほしい』とのことである。

 

「ちょっ、真一……そのチョコの山はどうしたのよ?」

「か、紙袋に一杯って絶対に一桁は越えてるよね……」

「どうしたもこうも貰ったとしか言いようがないんだが」

 

SAOで鍛冶屋を営み、アスナの紹介や和美がやらかした件などもあって知り合ったリズこと篠崎里香。

そして圧倒的な強さと見た目の美しさから有名人となったアスナこと結城明日奈。

SAO攻略に間接的・直接的に関与した彼女達と俺はクラス が同じである。そして学校で一番多く話しているのもおそらくこの2人だろう。席の位置からして明日奈の方が幾分か多いと思うが。

 

「貰ったって言ってもこの数は多過ぎでしょ……」

「うん。里香の言う通りだと思うよ、真一君」

「そう言われてもな……別に俺は意図的に集めているわけじゃないし」

 

もしそうなら俺はどれだけチョコに飢えてるんだと自分に言いたい。チョコは人並に好きなだけで、本当なら貰う数も少しでいいんだけどな。

 

「当たり前でしょ、真一がそんな事するなんてありえないし」

「でも本当にそんな事してたら怒るからね?」

「お、おう……」

 

冗談で言ったつもりだったが、もしも俺がそのような行動に出れば間違いなく明日奈と里香の怒りを爆発させる事になる。それが確信できる程の殺気が2人からは感じられる。

 

「……さて。それじゃそろそろ本題に入ろっか、明日奈」

「え、ええっ!?も、もう?」

「本題?」

 

何だ、ただこの紙袋が目に入ったから話しかけてきたわけじゃないのか。出来れば早めに終わってほしいな、チョコが溶けてしまう。

 

「もうって、まだ覚悟できてなかったの?」

「だ、だってぇ……そう言う里香は出来てるの!?」

「わ、私は当然……だ、大丈夫よ」

 

覚悟だと?何か重大な事を話すつもりでいるのか?……いや、今日はバレンタインだ。もしかしてだが────

 

「そ、それじゃいっせーのでいくわよ?」

「う、うん……分かったよ、里香……!」

「「すぅ……いっせーの!!」」

 

ジャンッという効果音が付きそうな感じに2人が小さな箱と袋を差し出してきた。明日奈の方は和美と同じようなハートの形をしており、里香が差し出してきた袋の中にはクッキーが入っている。

 

「し、真一君。その、これ……ハッピーバレンタイン!」

「わ、私も……その、失敗して少し焦げちゃってるけど」

 

袋は模様が描かれているが、透明な為に中身がよく見える。確かにクッキーの端や中心などが少し焦げてしまっており、見映えが良いとは必ずしも言えない。

 

「で、でも真一君!里香も頑張ったんだよ?何度も作り直したんだけどうまくいかなくて……だ、だからその中から私と一緒にうまく出来ていたのを選んで────」

「里香」

「っ……!」

 

俺は受け取った箱と袋を机の上に置き、立ち上がった。里香よりも俺の方が身長が高い為に見下ろす形になってしまい、それ故に里香は怒られると思ったのか顔を伏せてしまった。

 

「ありがとな」

「……えっ」

「一生懸命作ってくれたんだろ?明日奈から聞かなくてもその手を見れば分かるさ」

 

里香の両手には絆創膏がいくつか貼られているが、傷や火傷が所々に見える。どれも酷いものではないが、その数がどれだけ努力したのかを物語っている。

 

「だ、だってどうしても手作りを────」

「でもその努力は本命の奴に回した方がいいと思うけどな」

「…………」

 

ん?おかしいな、何で里香に唖然とした表情をされているんだ俺は。さらには明日奈から呆れたような目で見られているが、理由がまったく分からない。もしかして気付かない内に何かまずい言葉を言っていたのか……?

 

「お、おい……どうしたんだよ?」

「別に……真一はそういう人だって事を思い出していただけよ」

「うん……真一君が私達の気持ちに気付くのは一体いつなんだろうね……」

「その気持ちが何なのか分からないんだが……ところで明日奈、里香。チョコをくれた事は嬉しいが、()()で良かったのか?」

 

教室でバレンタインのチョコや菓子を渡す事により何が起こるのかと聞かれれば、まず第一にあんな大声を出せば注目されるのは間違いない。そして義理だとしても、その事を周囲の人々は知らない。勘違いにより間違った噂が広まってしまうのは、仕方のない事なのだ。

 

「ゆ、結城さんのバレンタインチョコだと……!?」

「ねぇねぇ、絶対にあの2人って暁君のこと本命だよね?」

「篠崎さんの手作りクッキー……た、 食べてみたい」

「暁がどっちかと付き合ってるって噂を聞いた事があるような……」

「ハートの形をしてるなんて、もう愛情たっぷりじゃん!」

「相手の為に諦めずに頑張って作るなんて……里香って結構人に尽くすタイプなのかしら?暁君と付き合うようになったらいい関係を築けると思うなぁ」

「真一君と明日奈さんって付き合ってるんじゃないの?」

「何言ってるの、里香さんとでしょ」

 

みんなして教室の隅に集まり、こちらに視線だけを向けながら話し合っている。ヒソヒソと喋っているつもりなんだろうが、全部聞こえている。しかもありもしない事ばかりであり、明日奈と里香に失礼────と思いきや、何故か2人は顔を真っ赤にして今にも顔が熱で爆発しそうな勢いだった。

 

「た、たた、確かにチョコ作ってる時に……あ、愛情は込めてたけど……で、でで、でもし、真一君とはまだそんな関係じゃ……あぅぅ……」

「し、真一と、つ、つつ、付き合う?な、なに言ってるの私?で、でも真一はう、受け取ってくれたし、もしかして本当に……えへっ、えへへへ」

 

明日奈は顔を両手で隠すが耳までも真っ赤に染めているのが見え、里香は顔を見る事は出来ないが何やら笑いが止まらなくなっている。声を掛けようにもなんと掛けたらいいのか分からず、というか里香に至っては不気味過ぎて掛ける気になれない。

……この状況、一体どうすればいいんだ?

 

 

 

 

 

────と、色々あった朝が終わってからもチョコを何度か渡される事はあった。おかげで数が新記録に差し掛かってきている。どうにか食べて少なくしたい所だが、()()()から屋上に呼ばれている為に今は食べず、そこに向かっている。

 

「隣の教室なんだから屋上で会う必要はないと思うんだけどな」

 

まぁ、もしかしたら他の人には聞かれたくない話なのかもしれない。この寒い時期に屋上にわざわざ出る人はいないし、そういった事ならばうってつけの場所だな。

 

「あっ……真一!」

「ん、千佳?」

 

名前を呼ばれ、後ろを振り向くと走ってきていたのは小柄な黒髪の少女。SAOではサチと名乗っていたプレイヤー、佐藤千佳(さとうちか)であった。同じ年齢だと思っていたが実際は俺よりも1つ年下であり、『先輩』や『さん』付けをするか悩んでいたが、俺が今までと同じでいいと言ったのだ。

 

「はぁ、はぁ……」

「大丈夫か?そんなに急いで、何かあったのか?」

「はぁ……ふぅ。えっと、真一に会おうと教室に行ったら屋上に向かったって聞いて……だから急いで追い掛けてきたの」

 

ああ、そういえば教室を出る時にクラスの1人からどこに行くのか尋ねられたな。わざわざ教えたのは正解だったか。

 

「悪かったな」

「ううん、真一にも予定があるんだからしょうがないよ」

「そうか。しかし何で俺の所に?」

「真一、今日が何の日か知ってる?」

「バレンタインだろ?」

 

ん?なんか朝もこんなやり取りを和美としたな。もしかしてあれか、これがデジャブって言うのか。

 

「うん、分かってなかったらどうしようかなって思ってたけど大丈夫みたいだね。……えっとね、その……これ、受け取ってくれるかな?」

 

千佳が背中に回していた手には今までの物と比べると、あまり派手ではない装飾がされた箱であった。その箱を千佳は両手で持ち、俺に差し出してくる。頬は紅く染まっており、恥ずかしさを堪えた行動である事は明白であった。

 

「当たり前だろ。ありがたく受け取るよ」

「本当!?良かった〜、真一だからきっと大丈夫って思ってたんだけど、やっぱり心配で……」

 

俺が箱を受け取ると千佳は両手を胸に当て、今までの不安や緊張を全て吐き出すように息をついていた。しかし俺が受け取ったにも関わらず顔にはまだどこか不安が残っているようだった。

 

「その、うまく作れてると思うんだけどちょっと不安で……だから食べ終わった後に味の感想とか聞きたいなって……」

「ああ、分かった。必ず伝えるよ」

「うん!それじゃあ私はそろそろ行くね?チョコ、溶けない内に食べてよ!」

 

嬉しそうに笑った千佳は最後にそう伝え、来た道を戻っていった。さて、またチョコを貰ってしまったな。流石にこれ以上は……と思いたくなるが、作ってきてくれた物を粗末に扱う事など出来るはずもない。相手が友人ならば尚更だ。

……また食べ過ぎで倒れなきゃいいんだけどな。

 

 

 

 

 

「よっ、と」

 

千佳から貰ったチョコをポケットに入れ、屋上へと向かった俺は扉を開けた先にある段差を飛び越え、屋上に辿り着いた。

あいつはどこにいるのかと思い、辺りを見渡すと────

 

「遅いゾ、シー坊。オネーサンを待たせるなんて、悪い奴ダナ」

「……年齢は変わらないだろ」

 

背後から囁かれる言葉に俺は溜め息を吐きつつ、俺は後ろを向いた。そこにはSAOで情報屋として活動し、『鼠』と呼ばれる事も多かった少女────アルゴこと古原叶花(こはらきょうか)が笑みを浮かべ、立っていた。

SAOでは自分の髪と髭のペイントしか弄っていないと思っていたが、実際はそれ以外も多少変えていたらしい。その為、外見だけでは叶花がアルゴだと分かる奴はいない。喋れば分かってしまうが。

 

「ていうかまた口調が変わってるぞ?」

「あー……ずっとこの喋り方をしていたからナ、癖がなかなか抜けないんだヨ。……じゃなくて、抜けないのよ」

 

アルゴの時の独特な喋り方は自分の事を相手に深く印象に残せるようにと作ったものらしい。その為、本来の喋り方ではないのだがあの長い期間によって定着してしまったようだ。

 

「まぁ、俺も違和感を感じるからそのままでもいいけどな」

「その事はみんなから言われてるヨ。でも流石に現実でもあの喋り方だと色々と不都合があるん……のよ」

「そうなのか?」

「現実で目上の人に対して使ったらどうなると思う?怒られるに決まってるじゃないカ……あっ」

 

……そういえばSAOでアルゴは明らかに自分より年齢の高い相手にも喋り方を変えていなかったな。確かにゲーム内では性別や年齢、地位も関係ないからいいが、流石に現実ではそうはいかないか。

 

「それで?あんな面倒な方法で俺を屋上に呼びつけた理由は何だ?」

「ふふっ、それはね……これを渡す為だヨ!……また戻っちゃった……」

 

肝心な時に口調が戻ってしまい、項垂れる叶花。差し出されたのは黄色くラッピングされた箱であり、表側には『大丈夫。アルゴからのバレンタインチョコだよ』とかつてどこかで見たような文章が一部を変えて書かれていた。

 

「あ、ありがとなアルゴ。わざわざ作ってくれたのか?」

「それが……その、ね……」

「ん?」

「初めは作って渡すつもりだったのよ。でも私って料理が下手で……何度作ってもうまく出来なかったんダ。だからそれ、中身は……し、市販品なんだヨ……」

 

市販品……つまり自分で作ったのではなく、既に作られている物を買ってきたという事か。しかし今まで貰ってきた中には市販品のチョコだった時もある。その人達も料理が苦手だったりと叶花と同じ理由であった。

 

「市販品でも、叶花が選んでくれたんだろ?」

「あ、あア」

「確かに手作りの方が喜ぶ奴もいるだろうが、1番大事なのは相手に対する気持ちだろ?」

 

料理が苦手だとしてもそれならそれで違う方法をとればいいのだ。『市販品だから気持ちが込められていない』『手を抜いている』等とは思わない。気持ちを伝えたい事に変わりはないんだからな。

 

「確かに……そうだナ!ウジウジ悩んでいたオイラがバカみたいダ!」

「叶花の気持ちは俺にちゃんと伝わっているからな、安心しろ。……それと口調が戻りっぱなしだぞ?」

「……あっ」

 

 

 

 

 

 

「重い……」

 

放課後、俺はチョコが一杯入った紙袋を持ちながら下駄箱へと向かっている。昼休みにいくつかは食べたがほとんど減ったような感じがしない。

 

「しばらくは毎日チョコを食べる事になるな……」

 

別に毎年の事だからいいんだが、それでも毎日食べ続けるのはなかなかにキツい。里香のようにクッキーなどをくれる人がいる事が唯一の救いである。

 

「あっ……し、真一?」

「ん?琴音、お前も今帰りか」

 

下駄箱に着くと、靴に履き替えようとしている琴音の姿を見つけた。竹宮琴音────SAOではフィリアという名で活動し、共にあのデスゲームを生き延びた仲間の1人である。

 

「か、帰ったんじゃなかったの?」

「いや、まだ帰ってないが……」

「でも教室に行ってもいなかったし……」

「ああ、ちょっとこれを取りに行ってたんだよ」

 

俺はそう言って手に持っている紙袋を見せる。琴音は初めはそれが何なのか分かっていなかったが、中身を見せた瞬間に唖然とした表情で固まってしまった。

 

「え、えっと……し、真一って今日こんなに貰ってたんだ……」

「毎年こんな感じだけどな」

「そ、そうなんだ……あーあ、これならずっと考えてた私がバカみたいじゃない」

 

考えてた?一体何を、と聞く前に琴音は床に置いた鞄の中から丸型の箱を取り出して俺に差し出してきた。ラッピングに使われている包装紙には大小様々な星が描かれており、とても可愛らしい物である。

 

「チョコじゃ普通すぎるかなって思って、ビスケットを作ってみたんだ。真一の口に合えばいいんだけど……受け取ってくれるかな?」

「受け取るに決まってるだろ。ありがとな、琴音」

 

琴音から箱を受け取ろうと手に取ったが、いつまで経っても琴音が箱を手離す気配がない。どうしたんだろうかと思い、琴音の顔を見てみると何か言いたげな表情をしていた。

 

「どうした?」

「えっ?あっ、えっと……その、真一はさ、私からバレンタインのプレゼント貰えて嬉しい?」

「ああ、嬉しいよ。当然だろ?」

「そっか……良かった〜」

 

箱から手を離し、安堵の笑みを浮かべる琴音。そして鞄を持つと腰の方に回し、俺の顔を上目遣いのように覗いてきた。

 

「ねぇ、途中まで一緒に帰らない?」

「ん?まぁ、いいが」

「やった!じゃあ、いこっ!」

「ちょっ、待てって。まだ俺は靴に履き替えてないんだって」

 

俺の腕を掴み、外に出ようとする琴音を止める。しかしそんな俺の言葉を聞かず、琴音は満面の笑みのまま腕を引っ張るのであった──────




最後まで読んでいただいてありがとうございます!
さて、どうしてタイトルにIFストーリーと付けたのかと言いますと、この話が『本編→今回の話』には繋がらないからです。
繋げるには今回したネタバレよりもさらに倍のネタバレをしないといけない為、必要最低限の所だけ執筆したという感じです。
また、現実世界での呼び名がプレイヤー名ではなく本名だったり、アルゴの本来の喋り方は試用です。これらに関しては読者がどのように感じたのか知りたい為、活動報告でアンケートをとっています。


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姉妹の修復 1.看病(本編前・桐ヶ谷家)

時系列的にはSAOが発売した2022年の6月頃です。
本編では真一が3年生、和美が2年生、直葉が1年生になった年です。


「風邪?こんな時期に……いや、それよりもあの直葉がか?」

「はい。2、3日は休むそうですよ」

 

部活中、俺はなかなか姿を見せない直葉に疑問を感じ、同じクラスの友達に声を掛けた所どうやら風邪を引いて寝込んでいるらしい。そういえば、最近体調を崩す生徒が多いと教師達が言っていたな。

 

「風邪か……」

「……真一さん、もしかしてお見舞いに行こうとか考えてます?」

「当然だろ?ここの部員、それに友達の妹だ。明日は土曜日だからな、何か持っていって様子を見に行こうと思っているが……問題でもあるのか?」

「いーえ、ありませんよぉ?直葉ちゃんも真一さんがお見舞いに来てくれるなら、喜んでくれると思いますよー」

「……?そうか、お前はどうする」

「直葉ちゃんの事は気になりますけど、明日は出掛ける用事があるので遠慮しときます」

 

……どこかニヤニヤして、面白がっているように見えるのは俺だけだろうか?そういえば、彼女には前に何かをネタにからかわれた事があったと直葉が言っていたな。俺が直葉のお見舞いに行く事がからかうネタになるとは思えないし、それではないだろうが。

 

「さて、何を持っていくかな……」

 

持っていくお見舞い品を何にするか考えつつ、俺は手に持つ竹刀で素振りを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────土曜日

 

「……熱い……」

 

桐ヶ谷家にて、直葉は自分の部屋のベットで寝込んでいた。喉の痛みや気持ち悪さなどは収まったものの、未だに熱は下がっておらず、体も少しばかり怠い状態が続いている。

体調を崩してしまったタイミングは非常に悪かった。母であり、情報誌の編集長でもある翠は〆切前で出版社に籠ってしまっており、父である峰嵩は出張で帰ってくるのはもう少し先の事。唯一残っている和美には着替えや食事などは手伝ってもらっているものの、ある事情によって直葉とも関わりを避けている和美は呼ばれない限りは部屋への出入りを行っていない。

数年前から突然変わってしまった姉に対して直葉は疑問を感じている。しかしその理由を聞き出せずに、段々と2人の間に会話が無くなってきている事を悩んでもいた。

 

「ん……」

 

布団から上半身だけを出して床にあるスポーツドリンクを持ち、喉の渇きを潤す。

その時に服が少し汗で濡れている事に気付いた。しばらくしたら和美にまた着替えを手伝ってもらおうと思いつつ、直葉は再び布団の中へと戻った。

 

ピンポーン────

 

(チャイム……誰だろ?)

 

聞こえてきたチャイムの音に直葉は出ようと考えるが、怠さを感じる体ではうまくいかない。すると、廊下の方から部屋のドアが開く音、階段を降りる音が聞こえてきた為に和美が向かったんだと直葉は理解した。

 

(……お姉ちゃんが自分から出るなんて、珍しいな)

 

和美の行動に意外性を感じつつ、耳をベットに押し付けると下からドアが開く音が聞こえてきた。そしてしばらくすると、和美と入ってきた人の声が微かにだが聞こえてきて直葉はさらに耳を押し付けた。

 

「直葉はどう──て──だ?」

「───は、部屋───てるよ」

「なら──には────らない──いか?」

 

和美と一緒に聞こえてくる声に直葉は心当たりがあった。というよりも、学校でもこの家でも聞き慣れた声であった。

 

「……この声って……もしかして」

 

 

 

 

 

 

「ところで昼飯はどうした?」

 

俺はお見舞い品として持ってきた果物を台所に置きに行った後、和美にそう尋ねた。今日は翠さんも峰嵩さんもいないと聞いたが、料理などロクにやらない和美が昼飯を作ったとは到底思えない。直葉の事もあるから聞いてみたが、果たしてどうしたのか?

 

「えっと……私はカップラーメンを食べたんだけど、スグはまだ寝てるから何も────」

「馬鹿か」

 

俺は和美の頭をコツンと手刀で叩く。寝ているとはいえ、自分だけ食べて直葉の昼飯は用意しないとはどういう事だ。そんなに強く叩いたわけではなかったが、和美が大袈裟なのかそれとも本当に痛かったのか涙目で俺に訴えてくる。

 

「うぅ〜……叩かなくてもいいじゃんかぁ……」

「……はぁ。直葉に何か食べられるか聞いてくる」

「えっ、真一が作るの?」

「他に誰もいないだろ」

 

これでも家では平日の朝昼夜は俺が自分と親父の飯を作っている。料理の道を追求しているわけではないが一般的な物なら作れるし、そうではない物もある程度は作れる。見た目が少々キツすぎる物も作れるが……興味本意で作ってみただけだし、人前に出した事など一度もないが。

 

「起きているといいんだがな」

 

俺は階段を登り、直葉のいる部屋の前に立った。ドアを軽く叩き、しばらく待つが中からの返事はない。もしかしたら寝ているのかもしれない……が、何も食べずにいては治る病気も治らないだろう。

 

「直葉、真一だ。風邪を引いたと聞いて様子を見に来たんだが……悪いが、入らせてもらうぞ」

 

一応声を掛けてからドアノブを回して部屋の中へと入ろうとすると──────

 

「あっ、暁先輩!?ちょっ、待ってください!!」

「……?何だ、寝ていたんじゃないのか。返事がないから、てっきり」

「いえっ、その……いっ、今起きたんです!」

「そうなのか。何だ、寝癖がついていたり寝起きの顔が見られるのが嫌か?」

 

前にこの家に泊まらせてもらった時、和美が起きてこないからと頼まれて部屋に入ったら、寝癖で髪が爆発している和美と目が合って怒られた事があるのだ。「真一のバカー!」とか「恥ずかしいじゃん!」と言われてからは、無闇に入らないよう気を付けているつもりだ。

 

「えっと……い、いいですよ」

「入っていいのか?」

「はい。その、少し髪が乱れてただけなので……」

「そうか」

 

直葉から許可を貰い、俺は初めて直葉の部屋の中へと入る。そこにはベットの上に座り、カピバラの抱き枕を抱えている直葉がいた。頭に冷えピタを貼り、顔が赤い事からまだ熱が下がっていない事は明白である。

 

「何で横になってない。まだ熱があるんじゃないのか?」

「あ、暁先輩の前で寝たままなんて失礼かなと思って……」

「そんなの後回しだろうが。いいから横になってろ」

「す、すいません……」

 

直葉としては俺にみっともない姿を見せたくなかったのかもしれないが、治す方が何よりも大事だろうに。怒られるとは思っていなかったのか、しょぼんとした様子で直葉は布団の中へと入っていく。

 

「熱は何度あるんだ?」

「さっき測ったら、39度って……」

「それで起きていたのか?だったら尚更寝ていなきゃ駄目だろ」

「ごめんなさい……」

 

申し訳なさそうに謝る直葉に、俺は溜め息を吐きつつ屈んで彼女の頭を撫でる。すると少しくすぐったそうにしながらも、目を細めて気持ち良さそうな表情を浮かべていた。

 

「あまり無理するな。風邪を引いてる時くらい、ゆっくり休め」

「……はい」

「それでいい。ちょっと薬を見せてもらうぞ」

 

俺は机の上に置かれている薬の袋に書かれている内容を見た。薬を飲むのは朝、昼、夜に食後か。となると、何も食べていないのは薬を飲めない事に繋がる。

 

「直葉、何か食えそうか?」

「えっと……たぶん、お粥くらいなら」

「そうか。なら少し待ってろ、今作ってくる」

「……えっ?あ、暁先輩が作るんですか!?」

 

何故そこまで驚く?まさか和美と同じく俺が料理を作れる事がそんなにも意外だったか?

 

「何だ、料理なんて出来ないって思ってたか?」

「い、いえ、そういうわけじゃ……」

「それなら問題ないな。それじゃ台所借りて作ってくるから、楽しみに待ってろよ?」

 

俺はそう言って部屋を出る。そして階段を下りつつ、普通に卵入れてネギとかトッピングしたお粥でいいかな、などと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「暁先輩が料理できるなんて知らなかったなぁ……お姉ちゃんなんて、お粥作ろうしたら土鍋を焦がすレベルだし」

 

そう言ってクスッと笑う直葉。未だに距離感があるとはいえ、一生懸命に作ってきてくれたのだ。焦げで苦かったものの、和美が作ってくれた事がとても嬉しかったとは本人にも伝えていない気持ちである。

 

「……あれ?でもこれって、つまりは暁先輩が私の為に作ってきてくれる……って事だよね……?」

 

直葉はそう考えた瞬間、熱とは別の意味で顔が少し熱くなった気がした。彼女にとって真一とは────剣道でも人間的な意味でも尊敬し、憧れている先輩。そして直葉本人は自分の気持ちに気付いていないものの、好意を抱く人物でもあった。

かつて事故によって命の危機に瀕した際、通りかかった真一に彼女は助けられた。そして数年後、和美が家に連れてきた友達は偶然にも再会を望んでいた真一であったのだ。

それからというもの真一、和美と同じ中学校へと入学し、剣道部に所属した事で真一との接点がさらに増え────今に至る。

 

「な、何だろう……そう考えると、ちょっと嬉しいな……」

 

布団の中に潜り込み、にやけた顔が止まらない直葉。簡単に作れるお粥だとしても、作ってくれる事には変わりない。それも自分を心配しての行動なのだから尚更嬉しいのだろう。

 

「暁先輩、楽しみに待ってるよう言っていたけど……本当に楽しみだなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、待たせたな」

 

俺はトレーの上にお粥が入った土鍋、スプーン、それと水の入ったペットボトル、コップを乗せて直葉の部屋へと入った。今度は横になってくれており、安堵する。これでまた座った状態だったらどうしようかと悩む所だったからな。

 

「いえ、大丈夫です。すみません、作ってもらってしまって……」

「いいんだよ、別に。何か食わなきゃ薬も飲めないし、早く治ってもらわないと部活で本気出せる相手がいないからな」

 

うちの部活にいる奴ら、弱くはないんだが幼少から剣道をやっている俺や直葉などと比べると強いとは言えないんだよな。だから俺はいつも直葉以外と練習する時は手加減をしている。それでも負けた事はないが。

 

「そ、そんな事ないですよ!だ、だって暁先輩は私なんかよりも断然つよ────ごほっ!ごほっ!」

「そんな大声を出すからだ、大丈夫か?」

「は、はい……」

 

トレーを床に一旦置き、起き上がろうとする直葉を手伝った後にベットの端に置く。そして土鍋の蓋を取り、湯気が立ち昇るお粥を直葉に見せた。

 

「薬飲まないといけないし、とりあいず食えるだけな」

「でも美味しそうですよ。残すのが勿体ないくらいです」

「なら夜にでもレンジで温めて食べたらどうだ?」

 

そう言っている間にも俺はお粥をスプーンでかき混ぜ、熱気を逃がしていく。そしてある程度混ぜた所でお粥をスプーンの半分すくうと────直葉から疑問に満ちた視線が向けられている事に気付いた。

 

「あの、暁先輩?な、何してるんですか?」

「ん?いや、辛そうだから食べさせてやろうかと」

「だっ、大丈夫ですよ!?そのくらい、自分でも出来ますから!」

「……そうは見えないけどな」

 

今は上半身だけ起き上がっているだけだが、自分でスプーンを持ってお粥をすくっても口に運ぶ前に落とす事が想像できる程に酷く見える。だから最初は横になったままでもいいか悩んだが、それじゃ食べづらそうだしな。

 

「うっ……」

「まぁ、どうしても嫌なら強制はしないが。こぼしそうになったら俺が助ければいいだけだしな」

「い、嫌じゃないですけど……その、恥ずかしいだけで……でも、助けに入ってもらう方が逆に大変ですよね……暁先輩に迷惑かけて悪いですけど、食べさせてもらってもいいですか?」

「ん、分かった。そっちの方が安心だしな」

 

直葉からも許可を貰い、俺はすくったお粥を冷ます為に息を吹き掛けた。流石にこのまま口に入れたら火傷させるだろうからな。

 

「ふーっ、ふーっ……ほれ、あーん」

「へっ!?」

「どうした?」

「い、いや、えっと……あ、暁先輩が、その、あーんなんて言うとは思ってなくて……」

「……それはつまり、俺はいつも無愛想って事か?」

「そ、そういうわけじゃないです!ええっと……い、いただきます……」

 

口を開いた直葉にお粥を食べさせ、モグモグと咀嚼をし、飲み込むと俺に笑みを浮かべてきた。

 

「やっぱり美味しいです。これなら全部食べきれる自信があります」

「食欲がある事はいいが、いらなくなったら言えよ?無理に食べなくてもいいんだからな」

「分かってますよ」

 

その後も直葉にお粥を食べさせていったが、ずっと続けているとまるで親鳥が雛に餌をやっているような気分になってきた。口を開き、お粥が入れられるのを待つ直葉は可愛らしいが、親鳥もこんな気持ちなんだろうか?

 

「ふーっ……ご馳走さまでした、暁先輩」

「おう、お粗末様」

 

カランッとスプーンが入れられる土鍋の中に残っているのは米粒がほんの少しだけ。つまり直葉は本当に完食したのだ。美味しいと言いながら食べきってくれた事は嬉しいし、直葉も満足してくれたみたいで良かった。

薬を俺が持ってきた水とコップで飲み、後はゆっくり休めば良くなるだろうと部屋から出ようとして────裾を掴まれた。

 

「あっ……」

「どうした?」

「え、えっと……」

 

犯人である直葉に尋ねるが、言い淀んでしまった。それでも裾は離しておらず、そのまま答えを待っていると直葉が意を決したように口を開いた。

 

「……寂しいんです。お父さんもお母さんも仕事でいなくて……お姉ちゃんはいますけど、すぐに出ていっちゃうし……」

「……そうか」

 

和美が他者との人付き合いが難しい事は知っている。しかしそれが家族とも難しい事には俺も前々から悩んでいた。だが例え友達であろうと、後輩であろうと所詮は赤の他人である俺が口を出すわけにはいかないと思っていたが……これ以上、見て見ぬフリをしているわけにはいかないな。

 

「だから、その……私が眠るまで傍にいて欲しくて……でも迷惑ですよね。目を閉じていればそのうち────」

「これでいいか?」

「……えっ?」

 

俺は裾を掴んでいた直葉の手を握った。これなら目を閉じていても俺がいるって事が分かるからな。

 

「握られているのが嫌なら離すが」

「……い、いえ、これで大丈夫です。この方が……暁先輩がいてくれてるって安心できますから」

「そうか」

 

そう答えた直葉は小さなあくびを漏らした。おそらく薬を飲んだ事で眠くなってきたんだろう。

 

「寝てしまっていいぞ?」

「す、すみません……それじゃお言葉に甘えて……」

 

そう言って直葉は目を閉じる。それからしばらくしない内に規則正しい寝息が聞こえてくるようになり、直葉が眠った事を確認する。まだ眠りは浅いだろうから離さないが、もう少ししたら手を抜き、この部屋から出よう。

 

「そしたら……少し和美と話をするか」




タイトルに『1.』と付けられているように続きます。ただ次回は真一と直葉が出会った時の話をし、その次から今回の続きにする予定です。


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第0章 終わりへの始まり
第1話 刀を振るう者


ハーメルンや動画などでSAOを見たり、読んだりしていて自分も書いてみたいと思い、初めて執筆してみました!


────ヒュンッ────ヒュンッ────

 

「────……582……583……584……585……」

 

誰もいない道場で俺、暁真一(あかつきしんいち)はただ1人、木刀を振るう。ただ後ろから前へと、何度も何度も何度も────ただ無心に振るう。

 

「……600」

 

目標の数に達し、俺は素振りを止める。頬を流れる汗は顎に集まり、床に何粒にもなって落ちていく。

 

「ふぅ……はぁっ……」

 

近くに置いておいたタオルで汗を拭う。そしてあらかた終えると、壁に掛かっている和紙に書かれた文字を見た。

ここ、夜天(やてん)流道場の教えである『その1 誰よりも強くあれ』『その5 人を見捨てぬこと』『その8 一度決めた事は必ず成すこと』──────などである。

 

「随分と頑張っているな」

「……親父」

 

襖を開けて入ってくるのは自分の父親であると同時に師匠でもある暁進(あかつきすすむ)。かつて学生の頃には所属していた剣道部を日本一に導いた男である。

 

「しかし、どうしてそこまで頑張る?何か理由でもあるのか?」

「……別に。ただ、こうやっていると落ち着くから」

「勝ちたい相手でもいるのか?」

 

勝ちたい相手、か。そんな相手はいないが、追い越されたくない相手ならばいる。今年、剣道部に入ってきた新入生である女子生徒は昔から剣道を習っているらしく、なかなかの腕前だった。確か、名前は──────

 

「そういえばお前、高校はどうする気だ?」

「高校?……ああ、そうか。俺ももう受験生か」

「自分の事だろ、忘れるな」

 

自慢ではないが、俺の成績はトップクラスだ。倍率がある程度高くても合格できる自信はある。まぁ、どの高校にするかなんてまったく決めていないが。

 

「俺にとっちゃ、進学せずにこの道場を継いでもらいたいんだがな」

「断る。俺はまだ学生でいたいんだ」

 

ここの道場……夜天流道場は決して有名とは言えず、それどころか金銭的な問題がいくら解決しても、どんどん舞い込んでくる。今はどうにか節約する事で生活費をギリギリ手にしている状態だ。その状態のまま、俺は受け継ぎたくない。

 

「そうだ。午後から少し出掛けてくるからな、俺」

「ん?どこに行く気だ?」

「ちょっと引きこもりの後輩の所に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン─────

 

俺は後輩が住む家のインターホンを鳴らした。まったく、昨日の夜に突然電話してきたと思ったら用件は言わずにただ「明日、家に来て!」とだけ伝えて切るとか……もう少し先輩としての威厳を見せた方がいいのか……?

 

『はーい、どちら様ですか?』

「真一だ。その声は直葉(すぐは)か?」

『っ、えっ、暁先輩!?ちょ、ちょっと待っててください!』

 

インターホンから聞こえてきた声は引きこもりの後輩の妹、桐ヶ谷直葉(きりがやすぐは)。少し前に父親との会話中に出てきた、今年から剣道部に入部してきた努力家な少女である。

 

「暁先輩!こんにちは!」

「おう、こんにちは」

 

玄関から飛び出てきた直葉は小柄ではあるものの、胸囲はそれなりに育っているのが分かる。あの引きこもりの後輩と比べると、似ているとはいえないがそれは直葉が従妹である事に関係している。

 

「えっと、今日はどうしたんです?」

「昨日、和美(かずみ)に呼ばれたんだ。用件は分からないが」

「お姉ちゃんにですか?……もしかしてっ」

 

ん?直葉のこの様子……何か知っているのか?

 

「とりあえず上がってください。私はお姉ちゃんに暁先輩が来たって伝えてきます」

「頼む。……そういえば、両親は?」

「今ちょっと出掛けてて……私とお姉ちゃんしかいないんですよ」

 

直葉の言葉に俺はふーん、と言いながら桐ヶ谷家にお邪魔する。この家に来るのは今回が初めてじゃない。もう何十回かお邪魔させてもらっている。主に引きこもりの後輩関連で。

 

「暁先輩、お姉ちゃんが部屋に来て下さいって」

「ああ、分かった」

「その……すみません、本当ならお姉ちゃんが出向くはずなのに」

「いいんだよ、別に。気にするな」

 

申し訳なさそうな表情をする直葉の頭を優しく撫でる。気持ちいいのか、ふにゃっとした顔が「可愛いな」。

 

「かっ、かわっ……あ、後でお菓子持っていきますね!」

「……?おう」

 

何故か顔を赤くした直葉は走り去ってしまった。一体どうしたんだ?つい、可愛いと口に出してしまったがそれが原因だろうか?

まぁ、それは放っておいて……俺は階段を登り、和美の部屋の前に辿り着いた。

 

「和美、来たぞ。鍵を開けてくれるか?」

「あっ……う、うんっ!」

 

部屋のドアを叩き、声を掛けるとすぐに鍵が開く音が聞こえてきた。ドアが開き、現れたのは黒髪の美少女。俺よりも僅かに身長は低く、伸びた髪は腰辺りまでに達している。手入れはほとんどしていないだろうが、指を通せば一切引っ掛からずに先端まで通せる美しさがある。

 

「相変わらず長い髪だな」

「えっと、その……切りに行ってる時間がなくて」

「ゲームでか」

「……うっ」

 

どうやら予想は的中したようだ。この後輩は昔のとある理由から人との関わりが難しく……いや、恐れるようになってしまい、ゲームの世界────仮想世界を求めるようになった。

1年前の入学式の時、和美が周囲の目から怯えている事に気付いた俺はこいつに話しかけた。どうしてそこまで怖がる必要があるのか、気になったからだ。結果だけを言えば、その瞬間に逃げられてしまったが……。その後も何度も話しかけた。何故かと聞かれれば、どこか苦しそうだったから。その苦しみから救い出したかったから。

 

夜天流道場の教えの1つ、『その7 救いを待つ者には手を差し出せ』

 

そういった教えがあったから、俺は和美との関わりをやめなかった。そして気付けば、俺となら普通に会話が出来るようになっていた。家族ともまだ距離はあるものの、前よりはマシになってきていると思う。

 

「それで?どうして俺を呼んだ?」

 

俺は椅子に座り、ベットに腰掛ける和美に顔を向けて尋ねた。この後輩からの頼み事は主にゲームに関する事だ。俺は実際にやった事はないが、話は聞いている為に理解は出来る。やはり誰かとゲームの話を出来るという事が嬉しいようだ。いつも興奮して喋ってくる。

 

「真一は、その……ゲームはやってないんだよね?」

「ああ。いつも言ってるだろ?俺の家にはゲームを買う金なんてないんだって」

「ご、ごめん。じゃあ……ソードアート・オンラインっていうゲームも知らないよね?」




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第2話 引きこもりの後輩

分かりにくかったらすみませんが、真一と和美は先輩後輩です。


「ソードアート・オンライン……?」

「う、うん。ナーヴギア専用のゲームなんだけど」

 

ナーヴギア──────興味もない為に構造などはよく分からないが、2022年に発売したハードだ。確かヘッドギアを装着して《リンク・スタート》と言えば、仮想空間に入る事が出来るという代物だったはず。

 

「それでそのゲームがどうした?」

「実は私、そのゲームのベータテストに応募しようと思うんだ」

「へぇ」

 

ベータテストとは、多くのプレイヤーに試用してもらう事で発見できなかった不具合を報告してもらったり、修正したりして正式版をより良いものに仕上ることを目的としたテストの事だ。

 

「でね、このベータテスト……真一も一緒にやってみない?」

「俺はナーヴギアを持ってないぞ」

「それなら大丈夫だよ」

 

何故だ?と口に出そうとしたが、和美が俺からは見えない角度から取り出してきた大きめな箱を見て止めた。いや、止まってしまった。

 

「ナーヴギア……これ、お前どうしたんだ?」

「うん。お母さんが持っていた商店街のくじ引きを引いたら、1等賞で当てたんだ。お母さんは自分の物にしたかったみたいだけど、私の友達になってくれた真一にプレゼントしたらって言われたの」

 

俺は渡された箱を開き、中からナーヴギアを取り出した。和美から何度かナーヴギアを見せてもらった事があるが、それと同じ物である。

 

「だからさ、一緒に応募してみない?」

「…………」

 

突然の事に唖然としたままの表情の俺に、ニッコリと笑いながら尋ねてくる和美。もしもこれを断ったら、こいつは悲しむんだろうか?

教えの1つに『その3 女性を悲しませるな』というのがある。だが、教えなんかよりも俺はこいつの────和美の悲しんだ顔が見たくなかった。

 

「だ、駄目かな……?」

「いつまでだ?」

「えっ?」

「その応募ってのはいつまでやってるんだ?あと、(みどり)さんの電話番号を教えてくれ。こんな高価な物を貰っておいてお礼をしないわけにはいかない」

「っ!う、うん!」

 

俺がいつまでも答えない事に和美は不安を感じたのか、落ち込んだ表情を見せていた。しかし、俺が応募する事を伝えると、満面の笑みで頷いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、和美と一緒にベータテストの応募をしたが、その結果が戻ってくるまでに〆切の日までを入れて、1ヶ月はかかるとの事。その為、俺はその間今までと同じように学校での生活と道場での修練を繰り返そうとしていたんだが────

 

「おい、和美……これはどういう事だ」

「これって?」

「この山積みにされてるゲームソフトだっ……!」

 

 

俺は今、和美の部屋にいる。ナーヴギアを譲って貰って以降、呼ばれる事はなかったが再び電話を受けて訪れたのだ。

そして来たと思えば、俺の目の前にはナーヴギア専用のゲームソフトがいくつか並べられている。それはいいが、これを俺にどうしろというんだ?

 

「だってほら……真一ってナーヴギアのゲームやった事ないじゃん?だから仮想世界を少しでも体験してもらおうって思ったんだ」

「いや、それはありがたいが別にそこまでする必要はないだろ」

 

和美からの提案にそう答えると、持っていたゲームソフトが床に落ちた。しまったと思いつつ、和美の顔を見てみればまるで絶望したかのような表情だった。

 

「っ……ごめん。そうだよね、そこまでする必要なんて、ないよね……」

「……はぁ」

 

このまま泣き出されたら教えに反したという事になるだろうし、このままだとこいつの泣き顔を見る事になる。もちろんそんなのは嫌に決まってる。だから──────

 

「どれがオススメだ?」

「えっ?」

「どのゲームソフトがお前のオススメだ?」

 

俺は並べられたゲームソフトを手に取り、タイトルを見る。親しみがない為、どんな内容なのかもよく分からないが。

 

「う、うん!えっとね、私のオススメは────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────なんて事がずっと続いてる」

「そ、そうだったんですか……最近、家に来るのが多いなぁとは思ってましたけど」

 

部活の休憩中、俺は直葉の隣に座って部屋でしている事を話す。和美からの提案を受け入れた結果、俺は部活が休みの日にはほぼ毎日といっていい程呼ばれてナーヴギアで仮想世界を体験させられているのだ。

 

「でも暁先輩もナーヴギアを持っていますよね?なら、お姉ちゃんからソフトを借りて家でやればいいんじゃ……」

「俺は家にいたら、ほとんどの時間を修練に使っているからな。その事を和美に話したら絶対に貸さないと言われた」

 

一度始めると、ナーヴギアの存在なんて忘れて最後には触れる事すらないまま疲労で寝るだろうし。

 

「お姉ちゃんったら……分かりました。じゃあ、私からお姉ちゃんに今後は暁先輩をそういった理由で呼ばないように言って────」

「いや、何を言ってるんだお前?」

 

俺が直葉の言葉を遮り、そう尋ねると驚いた表情を見せられた。いや、そんなに驚かれても困るんだが。

 

「だ、だってお姉ちゃんのせいで暁先輩、迷惑してるんじゃ……」

「別にそうとは言ってないだろう。俺はただ、妹であるお前に愚痴を聞いてもらってるだけだ」

「それってつまり、迷惑って思ってるんじゃ────」

「思ってない」

 

俺はそう断言するように顔を直葉の方に向け、強く言った。いつまでもこの話を繰り返すなど面倒でしかないし、直葉を介して俺の気持ちを言われたとしても、あいつが悲しむ事に変わりはない。

 

「そ、そうですか……そういえば」

「ん?」

「暁先輩って、どうやってお姉ちゃんと親しくなったんですか?」

 

どうやって親しくなったか……つまり和美との距離が一気に縮まった時の事を言っているのか?

 

「お姉ちゃん、暁先輩に話しかけられてもすぐに逃げていたって聞いたから……」

「なるほど」

 

俺と和美の距離が一気に縮まった理由、それは入学式から2ヶ月が経った頃──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和美」

「っ……!」

 

俺は登校中、偶然にも和美の姿を見つけた。周囲からの目に怯え、友人などを作らずにいつも1人でいる孤独に見える少女────それが桐ヶ谷和美。どうしてそうなってしまったのかは分からない。だから和美との距離を縮め、少しでも彼女の救いになれれば良いと思っていた。

 

「…………」

「どうしてそんなに怯える?俺がそんなに怖いか?」

「あっ、いや……えっと……ごめんなさいっ!」

 

和美は俺に頭を下げて謝ると、走っていってしまった。これだと今日も話すというのは無理か……なかなかに難しいが、諦めずにいくとしよう。そうすれば、きっと──────

 

「きゃっ……!?」

「おい、姉ちゃん……どこ見て走ってんだよ?」

 

今後の事を考えていると、目の前では和美が尻餅をついていた。前には柄の悪そうな高校生らしき男がいる。状況から見るに……あの角から曲がってきた奴とぶつかってしまったという事か。

 

「っ……っ……!」

「おぉ?よく見れば、なかなか可愛いじゃねぇか。おい、これから俺と─────」

「そこまでにしてもらえるか?」

 

俺は和美と男との間に入り、和美の腕を引っ張って立ち上がらせた。突然俺が現れた事に驚いているようだが、男の威圧的な視線に怯えて後ろに隠れた。

 

「おいおい、テメェ……どこから来たのか知らねぇが、痛い目を見たくなきゃそこを─────」

「……どけ」

 

いつまでも前にいる男に短く言うと共にギロリと睨む。一瞬にして空気が冷え、しかし男の顔には大量の汗が流れていた。

 

「どうした、暑いのか?」

「あっ……ひっ……かっ……ひいいっ!」

 

男は何度か転びながら逃げていった。まったく……朝から余計な力を使う事になるとはな。和美に大丈夫だったかどうかを確認しようとし、後ろを振り向くと──────

 

「ひっ……ひうっ……」

 

和美は目に僅かな涙を溜め、俺の制服の裾をギュッと摘まんでいた。おかしいな。殺意を向けたのはあの男だけだから、となるとそれ程までに怖かったか。

 

「大丈夫か?」

「は……ひゃい……」

「そんなにあいつが怖かったか?」

 

俺の質問に和美は頷く。まぁ、俺はああいった輩には耐性がある。和美のように襲われる女性を助けた後に何度か喧嘩を売られた事があるからな。当然、全員返り討ちにしたが。

 

「なら今度からは気を付けて走る事だな」

「…………あ、あの」

「ん?」

「ど、どうして、私に構うんですか?声を掛けられても逃げてしまってるのに……」

 

ほぅ、ようやく話をしてくれるようになったか。これまで諦めずに声をかけてきた甲斐があったというものだ。

 

「お前の事が気になったからだ。どうして周りの目に怯えているのか、何故友達を作らないのか……その理由を知る為に声を掛けた」

「り、理由を聞いて……どうする気だったんですか?」

「お前をその孤独から救う、それだけだ」

 

俺がそう言った時、和美は制服の裾から手を離して顔を俯かせた。どうしたんだろうかと思っていると、和美は小さく口を開いた。

 

「無理……です」

「何?」

「私、分からないんです。どんな風に他人と接すればいいのか……何もかも分からないんです」

 

他人との接し方が分からない……?何故だ?ならば今までどうやって生きてきた?人は1人で生きていくなど不可能だ。それはこれまでだけではなく、これからも。ならば────

 

「なら、俺と話せているのはどうしてだ?」

「えっ?…………あっ」

「お前の過去に何があったのかどうかは分からないが、つまりはそういう事だ。例え分からなくても、他人との関係が作れないわけじゃない」

 

ただ、過去が和美を縛り付けているだけなのかもしれないな。だが、今ここでそれを聞くわけにはいかない。もしも無理矢理にでも聞いてしまえば、彼女を壊してしまう可能性だってある。

 

「あ、の」

「何だ?」

「その、もし、良かったらでいいんですけど、私と──────友達になってくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────という事があったんだよ」

「お、お姉ちゃんとの間にそんな事があったんですか……」

 

それから少しした後に桐ヶ谷家の事情を聞き、俺は和美の過去を知った。どうして人付き合いが出来なくなってしまったのか、何故従妹である直葉と暮らしているのか……あいつの過酷な境遇を知ったからこそ、俺は和美には甘い。

 

「そろそろ練習を開始するか」

「そうですね。部長(・・)である暁先輩がいつまでも休んでいたら、みんな練習を始めませんし」

「だな」

 

俺は直葉にそう答え、練習を再開する為に休む部員達に声を掛けていった。




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第3話 ベータテスター

ようやくSAO内(ベータテストであるが)に入ります。


和美と共に応募したソードアート・オンラインというゲームのベータテスト。俺も和美もナーヴギアを既に持っている為───俺は譲り受けた物だが───、あとは結果を待つだけだ。

そして今日────夏休みに入り、8月になった今日その結果が届けられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『真一、どうだった?』

「ああ、無事に当選していた。お前は?」

『私も当選していたよ!凄いよね、2人して当選するなんて!』

「そうだな。それで何時から始める?」

『もちろん今からでしょ!電話を切ったら、すぐに始めるよ!』

「分かった」

 

俺は通話を切り、自室のベットに横になる。普段ならば家で触れる事すらないナーヴギア。既にソードアート・オンラインのベータテスト版のソフトは入れてある。あとはいつものようにナーヴギアを装着すればいいだけの話だ。

 

「さて、始めるとするか」

 

俺はナーヴギアを装着し、顎下で固定アームをロックする。仮想空間に行っている間、脳から体に出される命令は全て遮断されると共に回収される。つまり、脳が『走る』という命令をしても、現実世界の体は動かずに仮想空間のアバターだけを動かす事となるのだ。

 

「《リンク・スタート》」

 

そして俺は、開始コマンドである一言を口にした。

 

 

 

 

 

 

視界が暗闇に包まれる。しかし中央から広がる虹色のリングをくぐれば、その先には──────

 

「ここが……ソードアート・オンラインの世界か」

 

俺が降り立った場所は西洋の街と似た場所であった。周囲を見渡せば、既に他のベータテストプレイヤー────ベータテスターが何人かいるのが見える。今の自分達の状況を楽しんでいる姿を見て、俺も自分の姿に視線を移した。

 

「……ふむ」

 

俺は自分が作ったアバターを付近の窓に写して見る。と言っても、それ程凝ったつもりはない。大体こんな感じでいいだろう、という思いで作成したんだから当然だ。

ゲームである以上、現実世界でのプライバシーなどで本名は名乗れない。その為に存在するキャラクターネームは深く考えず、真一から一を取り、シンという名前にした。

 

「しかし……遅いな」

 

すぐに始めようと言った本人が来ないというのはどういう事か。もしかしたらアバターの作成で時間をかけているのかもしれないな。あいつは俺とは違い、このゲームを楽しみにしていたのだから。

 

「アインクラッド……世界に名前があるとはな」

 

アインクラッド────このソードアート・オンラインの舞台となる世界の名前である。全100層からなる石と鉄で出来た城────だというのに、数多の都市や小規模な街に村、森や湖なども存在するという。次の階層に行くには、各層に1つしかない階段を見つける必要があるみたいだが、その全てが危険なモンスターがうろつく迷宮区画にあるらしい。また、階段を見つけ出しても強力な守護モンスターを倒さないといけないとか。

ちなみにモンスターとの戦闘以外にも、鍛冶や裁縫といった製造から釣りや料理なども出来るという。

説明書に書いてあったのをまとめると、こんな感じか。

 

「ん?」

 

再びベータテスターが現れたようだ。そのベータテスターは黒髪をツインテールにし、背丈は俺よりも高めな女性。そして何よりも目を引くであろう胸は和美の中途半端な膨らみとは違って大きい。

 

「…………ふぁぁあ」

 

だが、目を引かれているのは他のベータテスターであって俺はあくびをしてしまう程、興味がない。別に胸が大きかろうと小さかろうと俺はどちらでもいいからな。

 

「その反応……も、もしかして真一……?」

「当たりだ」

 

どこか不安げな女性から尋ねられた俺は、その女性が誰なのか分かっているように答える。いや、実際は本当に分かっていた。この女性が和美が作成したアバターなんだという事に。

どうして分かったのかと聞かれると、仕草がどことなく似ていたからである。

 

「だが、ここではシンって呼べ。お前の名前は何だ?」

「えっと……キリトって名前にしたんだけど、どうかな?」

「いいんじゃないか?」

 

キリトって……まるで男の名前みたいだな。まぁ、自分が名付けたんだから別に否定などはしない。同意もしないが。

 

「そ、そっか……で、これからどうする?」

「どうすると言われてもな……俺はお前と比べたらまだ全然初心者レベルだ。こっちでは先輩のお前に任せる。いいか?」

「う、うん。それじゃあ、まず武器屋を探そっか。私達、まだ武器を持ってないし」

 

和美────いや、キリトにそう言われて俺は気付いた。自分の姿を改めて見る。簡易的な革の鎧を着込んでいるが武器らしき物はどこにも見当たらなかった。

 

「本当だ」

「もしかして気付いていなかったの?」

「てっきり初めからあると思っていたからな」

 

さて、その武器屋とやらはどこにあるんだろうか?と思いながらキリトと同じように見渡していると、裏道から出てきていたベータテスターと他のベータテスターが何やら話しているのが聞こえてきた。

 

「なぁ、知ってるか?この先に安売りの武器屋があるんだぜ?」

「なにっ、本当か!?ありがとな!」

 

なるほどな。あの出てきたベータテスター、先程までこの近くにいた奴で間違いないだろう。そしてキリトを待っている間、奴は安売りの武器屋を見つけて武器を購入したに違いない。現に、先程まで装備していなかった何らかの武器が視界に入ったしな。

 

「キリト、ちょっと来い」

「えっ、どうしたの?」

 

俺はキリトを連れて裏道へと入った。先程のベータテスターは──────いた。おそらくあの店が先程言っていた安売りの武器屋なんだろう。

 

「シン、急にどうしたの?」

「さっき、この裏道に安売りの武器屋があるという話が聞こえたんだ」

 

武器屋の前まで来ると、確かに内装はそれっぽい事が分かる。中に入ってみると、客は先に入っていったベータテスターしかいなかった。

 

「ん?おお、あんたらもここが安売りだと知って来たのか?」

「ああ」

「確かにここの武器は表にある武器屋より安い!だが安くても大事な武器だからな、慎重に選べよ?」

 

そう言うと、ベータテスターは出ていった。とりあいずここが安売りの武器屋であるという事が決まったな。

 

「よし、キリト。ここで武器を買おう」

「えっ?う、うん……今の人も安いって言ってたしね!」

 

さて、となると何を買うとするか……主な武器は片手剣、両手剣、細剣、曲刀、刀、槍などか。現実世界で常に木刀を振るい、使い慣れている俺にとっては刀が一番合っているだろう。

この店で買える刀は……小太刀か石研包丁くらいか。攻撃力は石研包丁が高いし、そっちにしよう。スタート初期から持っている金────コルでも充分に足りる。

 

「シンは刀を買うの?」

「ああ、木刀が使い慣れてるからな。キリトは?」

「私は片手剣だよ。このスモールソードってのを買おうかなって」

 

共に武器を買い、装備する。ついでに刀のソードスキルはどんなのがあるのかと思い、ステータスを確認する。ソードスキルとは、ファンタジー系のゲームならば必ずあるであろうにも関わらず、排除された魔法の要素の代わりとなる、無限に近い数が設定されている必殺技の事である。

 

「……ん?」

「どうしたの?」

「ああ、いや……どうやらこのままだと刀のソードスキルは使えないらしい」

 

刀のソードスキルを使うには、曲刀のスキルを上げなければならなようだ。スキルを使えるようには熟練度を上げなければならない。

 

「なら、曲刀も買ってく?」

「まだコルも残っているし、そうするか」

 

俺は追加で曲刀のラフシミターも購入し、道具屋で回復ポーションも購入した俺達はモンスターと戦う為にフィールドへと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!」

「……ふっ!」

 

フィールドへと出た俺達はさっそくモンスターと戦う事にした。俺は刀で、キリトは片手剣で。相手のモンスターの名前はフレンジーボア────これが正式名だが、初めて見た時は名前が分からず、青イノシシと呼んだ。

刀のソードスキルを使える為に曲刀を使った方がいいのだが、このゲーム内の刀が馴染むのかどうか確認しておきたいのだ。

 

「ビギイイイイッ!!」

「……ふむ、この程度か」

 

突進してくるフレンジーボアのHPバーが少ない事にあと一撃で倒せると確信し、俺は一刀両断した。するとフレンジーボアはガラスのように砕け散り、刀を腰に下げた鞘へと戻すと目の前に獲得した経験値が浮かび上がった。

フレンジーボアを3匹程倒して分かった事は、刀は攻撃力が高い上に素早く相手に攻撃できるという事だ。

HPバーを確認するが、まだそれ程減ってはいない。これならばまだ回復ポーションはいらないだろう。

 

「キリト、お前はどう────」

「やあっ!」

 

背後で戦っているキリトに視線を向けると、フレンジーボアへと突進していた。するとスモールソードから放たれるペールブルーの閃光と共に突きを繰り出し────次の瞬間にはフレンジーボアが砕け散っていた。

 

「や……やった!成功した!」

「キリト、今のは?」

「ソードスキルだよ!レイジスパイクって名前で片手剣の基本突進ソードスキルなんだけど……ついに成功したんだよ!」

 

やった!やった!と喜び跳ね回るキリトに俺は拍手する。なるほど、先程から妙に突進が多いなと思っていたが、それを成功させる為だったのか。

 

「ねぇ!夕方までここで戦闘をして、どっちが多くレベルアップしてるか勝負しよっ!」

「……仕方ない、分かった。勝負してやろう」

「よし、決まりっ!絶対に負けないからね!」

 

俺にそう宣言し、キリトは新たに現れたフレンジーボアに突っ込んでいった。

 

「さて……それじゃあ、俺も頑張るとするか」

 

次は曲刀を試してみるか、と思いつつ俺もフレンジーボアに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果だけを言えば、適当にサボりつつ戦っていた俺がキリトに勝てるはずもなく、勝負には圧倒的な差をつけられて敗北した。別に悔しくも何ともないが、その事にキリトから「真面目にやってよ!」と怒られたのは余談である。




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第4話 森の秘薬

今、このクエストをやってしまうのには理由があります。


和美はベータテストが開始された以降も連日でソードアート・オンラインの世界へと入った。ベータテストは8月いっぱいだが、どうやら和美はそのテスト期間ずっと遊ぶつもりでいるらしい。部活がある俺にそんな事は出来ない為、暇が出来たら和美に誘われてアインクラッドに降り立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

ベータテストが始まってから既に10日以上が経った。俺達が今いるのは最初に降り立ったあの街、始まりの街でもその周囲のフィールドでもない。ここはホルンカの村───始まりの街の北西のゲートをくぐり、進むと辿り着く村───から西にある森。

 

「うわっ、あああっ!」

「やべっ、また1人やられたぞ!」

 

ホルンカの村の奥にある民家で受けたクエスト────それは重病で床に伏した娘を治す為に、西の森に生息する捕食植物の胚種を取ってきてほしいという母親の頼みを叶えるもの。

 

「く、くそっ────げっ!?」

 

しかしその捕食植物は凶暴である上に、胚種が取れるのは花を咲かせている個体のみで、さらにはめったにいないという。だが胚種を取ってくれば、先祖伝来の長剣が貰える。ちなみにこの長剣、この階層で手に入れられる片手剣の中では最強らしい。

 

「キリト、HPは大丈夫か?」

「うん」

 

それならいい、とキリトに伝えて俺は再び襲い掛かってくる大量の捕食植物────リトルネペントに向き直る。リトルネペントには普通の奴と滅多に現れない花つき、実つきがいる。実は攻撃すると破裂し、嫌な臭いがする煙を撒き散らし──────大量のリトルネペントを呼び寄せるのだ。その実をパーティメンバー(・・・・・・・・)が誤って攻撃してしまった。

このクエストにはキリトと2人だけでのパーティではなく、このクエストに何度も挑んでは失敗しているパーティと組み、共に受けた。俺達のレベルが高い為に助けてほしいと頼まれたのだが、彼らのレベルは2……戦っていて分かったが、リトルネペントとまともに戦うのにレベル3くらいは必要だろう。

 

「ぐえっ」

「……全員死んだか」

 

俺とキリト以外のパーティメンバーは死んだ。まぁ、死んだといっても、始まりの街の北にある宮殿、黒鉄宮という場所で蘇生されるらしいが。

 

「シン、一度ホルンカの村に戻ろう!このままじゃ私達までやられちゃう!」

「だが、どうやって戻る?この数じゃ強引にも突破しようにも、殺られる可能性があるぞ」

「隠蔽スキルを使おう!あれを使えば、きっと────」

「アホか」

 

俺は向かってくるリトルネペントの蔓を刀───新しく手に入れた一陣刀で斬りながらキリトを睨んだ。先程までは熟練度を上げる為に曲刀で戦っていたが、耐久値か限界を越えてしまって壊れたからだ。

 

「あのパーティの連中が言っていただろ?前回、隠蔽スキルを使いながら逃げていたら見つかったとな。リトルペネントは目がない分、他の方法……嗅覚で相手を見つけているのかもしれない」

「あっ、そうか……じゃあ、どうしよ────うわっ!?」

 

リトルネペントから吐き出された腐蝕液をかわしたキリトであったが、バランスを崩して転んでしまった。何をしているんだか……と思いつつ、キリトに迫る蔓を切断して本体も一刀両断する。

 

「あ、ありがとう……」

「それよりとっとと立て。まだ来るぞ」

 

残りはまだいるものの、数はもうそんなに多くない。これならば強引に突破すれば、ここから離脱できるかもしれないな。

 

「キリト、俺が道を作るからお前は────」

「シン!あ、あれ!」

 

キリトが指差す方向を見ると、そこには花つきのリトルネペントがいた。ようやく出てきたか。奴が現れる確率はほんの僅か……だが、リトルペネントを倒し続ける事で

 

「キリト、お前がアレを殺れ。俺は他のリトルペネントの注意を引く」

「1人で大丈夫?」

「奴らの動きはある程度読めてきている。まったく違った攻撃をしてこない限り、当たる事はない」

「そっか……じゃあ頼むね!」

 

俺は残りのリトルネペントへと突っ込み、一陣刀でダメージを与えていく。刀のソードスキルはまだ使えない為、一撃で倒す事は出来ないが別にダメージを与えていけば倒せないわけではない。

 

「ふっ!」

 

向かってくる蔓を回避しつつ、かわせないものは斬るが、中には間に合わずに攻撃を受けてしまうのもある。しかしどうやらうまく注意を引けたらしく、花つき以外のリトルネペントが俺に迫ってくる。

 

「ふんっ……雑魚も集まれば、それなりの脅威にはなるな」

 

俺はリトルネペントに対してそう言い放つ。キリトに目を向ければ花つきのリトルネペントと対峙しており、あと少しもすれば倒せるだろう。

 

「こっちもそろそろ終わりにするか」

 

向かってくる蔓を避けつつ、リトルネペントを着実に倒していく。6体……5体、4体……3体……2体……そして残り1体。

 

「トドメだ」

 

刀を下から斬り上げ、倒す。周囲を見渡し、念の為に残りがいないか確認するが、全て倒したようだ。HPバーを確認し、半分以下までに減っている事に気付く。どうやらいくつか掠ったと思っていた攻撃が実際は深かったようだ。

 

「はぁっ!」

 

キリトの方に視線を向けると、片手直剣のホリゾンタルというソードスキルが花つきのリトルネペントを水平に斬り、次の瞬間には爆散した。

キリトのすぐ傍に仄かに光る玉が転がっていく。あれがリトルネペントの胚種だろう。キリトはそれを拾い、ストレージに入れると座り込んでしまった。

 

「はぁ、はぁ……よ、ようやく手に入れられたね」

「疲れ過ぎだろ。ほら」

「あ、ありがとう」

 

確かキリトの回復ポーションは切れていたなと思い出し、ストレージに残っている回復ポーションをトレードする。Yesを押し、回復ポーションを飲むキリトだったが、何かに気付いたように目を見開いた。

 

「シンもHPが少ないじゃん!早く回復ポーションを────」

「それで俺のも最後だ」

「えっ!?」

 

俺はキリトにそう告げ、一陣刀を鞘には納める。俺のHPバーは既に全体の3割くらいだ。しかしクエストをクリアする為のアイテムは手に入れられた。ならばホルンカの村に戻って宿屋で休めばいいだけだ。それをキリトにそう言うと、

 

「じゃあ、早く村に戻ろう!」

「ああ」

 

森にいるリトルネペントはここに集まってきた事でほとんど倒したはず。再び出現するのはまだ先の事だろう。ならばゆっくりと戻っても戦闘になる可能性は低いと思われる。

だから、ここで伝えておこう。

 

「キリト、お前は今後もベータテストを続けるのか?」

「うん、もちろん!だけど、何で?」

「……実はな、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────俺がベータテストをやるのは、今日で最後だ。




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第5話 約束

今回は短いですが、これで第0章は終了です。


「ぜ、全国大会……?」

「ああ。夏休みの最後に行われる」

 

ゲームの中で現実世界の話をするのは禁止、というわけではないがプライバシーの為にするのはまずい。だから俺は今後、ベータテストを続けられない理由を現実世界の和美の部屋で告げた。

 

「直葉から聞いていないみたいだな。とにかく俺はその大会に出場するから、これ以上ゲームに時間を割く事は出来ない」

「で、でも……暇が出来た時にでも」

「暇な時間は全て特訓に使う。去年はベスト5だったからな、それ以上の結果を出す為には生半可なものでは駄目なんだ」

 

和美には悪いが、俺は剣道部の部長だ。しかしそれ以上に俺は夜天流剣術道場の一人息子にして跡取りだ。もしも俺がさらなる結果を出せば、道場がテレビで紹介されて人気が殺到するだろう。そうなれば、稼いだ金で生活費だけでなく自分が気に入った物を買えるはずだ。

 

「そ……そうだよね。真一にとって、私とゲームで遊ぶなんかより部活の方が大事なんだよね……」

「………っ」

 

悲しむ表情を向けてくる和美。教え『その3 女性を悲しませるな』を破るわけにはいかない。だが、やはりそれ以上に──────

 

「とにかくベータテストはこれ以上やらない。だが、このゲームの正式版を俺も買ってやる」

「……ふぇ?」

「どうせお前も買う予定なんだろ?」

「そ、そうだけど……高いよ?」

「金ならどうにかなる────予定だ」

 

ここで必ず用意できると言ってしまえば、買えなかった時に何と言われるか分からない。そうならないようにするには、まず大会で今まで以上の結果を出さなければならない。

しかし、問題は金以外にもう1つあるのだ。

 

「だが、このゲームは相当な人気だ。販売が始まったらすぐに消えるだろう。金があったとしても買えるかどうか……」

「えっ、ベータテスターには正式版の優先購入権がついてるけど」

「………………な、に?」

 

だが、そんなものは見てい────いや、待てよ?確か親父が何か箱についていたぞって言っていたような気が……まさか、アレが?

 

「……和美」

「う、うん?」

「俺がやるべき事は1つに決まった」

 

必ず大会で優勝してやる──────!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後に行われた練習に対して部員が思った事。

 

「ね、ねぇ……最近、暁先輩の練習、厳しくない?」

「だ、だよな……何があそこまで部長を熱くしているんだろう……?」

 

「昨日、部活が終わってからも部長……ずっと素振りを続けていたみたいだぜ。夜、巡回にしに来た先生が驚いていたって噂だ」

「ていうか部長、休憩中も休まないでずっと練習してたぜ……なんつー体力してんだ……」

 

「な、なぁ……昨日の練習試合……暁の奴、凄くなかったか?」

「ああ……しかも最後の相手、今年の全国大会の優勝候補の1人だぞ……」

「それを瞬殺って、本当に人間かあいつ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全国大会で優勝する。そしてテレビなどのメディアで紹介された道場に多くの弟子を入る事で、生活費以上の金を手に入れる────真一はそれらを全て成功させた。

ちなみに、全国大会を見ていた人達は揃えてこう言ったようだ。

 

あの人間離れした動きは、本当に人間が出来るものなのか?────と。




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第0.5章 デスゲーム開始
第6話 終わりが始まった日


俺は受験生である為に剣道部を引退、部長の座は2年生の男子生徒に託した。進学すると決めた高校の受験も無事に終えている。結局、どの道に進みたいかはゆっくりと決めるようと高校は普通科を選んだ。場所は家からでも十分に通える範囲である為、今後も和美や直葉との交流は途絶える事はない。

そんな俺は来年の4月までに残された退屈な時間を和美と共に購入したソードアート・オンラインで潰す事に決めている。俺達は優先購入権があったから良かったものの、そうでない人達はまるで戦争のようにソフトを奪い合ったそうだ。おかげでソードアート・オンラインは完売したらしい。

そして今日────2022年11月6日の日曜日。午後1時から正式サービスが開始される。和美は1秒たりとも遅れずにログインするらしく、俺も同じようにログインするつもりでいる。

そして──────あの開始コマンドを再び口にする。

 

「《リンク・スタート》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────今思えば、和美に誘われてソードアート・オンラインにログインしたのは間違いではなかったと思いたい。

何故ならば────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……またここに戻ってきたのか」

 

ベータテストが始まった時と同じように作ったアバターで俺は始まりの街に降り立った。周囲を見渡すと、既に多くのプレイヤーがログインしているようだ。俺の周りだけでも数十人はいる。

 

「さて、キリトはどこに────」

「シン!」

「ん?」

 

後ろを振り向くと、そこにいたのはファンタジー系アニメの主人公を務めていそうな少年であった。

 

「……キリトか?」

「うん!ベータテストの時と同じアバターって言ってたから、すぐに分かったよ!」

「そうだとしても同じような奴はどこにでもいるぞ」

「そうでもないよ?だって髪の跳ね具合や瞳の色、体格、腕や足の太さとか色々違うじゃん!」

 

………こいつ、ベータテストの時にどれだけ俺の事を見ていたんだ?いくらなんでも観察し過ぎるだろ。まぁ、それだけ観察してもらっているからすぐに気付けたんだろうが。

 

「ところで、何故お前は男のアバターなんだ?もしかしてそんな趣味でもあったのか」

「ち、違うよ!その……ほら、男性の姿ならセクハラとかされないじゃん」

「……されたのか?」

「う、うん……ベータテスト中に。だからすぐにハラスメント防止コードを使って牢獄に入れたよ」

 

SAO内では異性のプレイヤーやNPCに不適切な接触行為をすると、警告と共に電気ショックめいた反発力が生まれる。さらには黒鉄宮にある牢獄に強制転移させる事も出来るとか。

 

「次からは何かあったら言え」

「も、もしかして……怒ってる?」

「当たり前だ。女性に対してそんな事をする輩を許せるわけないだろ」

 

もしもその場にいたら、間違いなくそのプレイヤーに対して制裁を与えていただろうな。

 

「その……ご、ごめん」

「……もういい。それで?まずは武器を揃えにあの武器屋に行くか?」

「う、うん。まずはそこで武器を揃えないと」

 

俺はキリトと共に歓喜している初心者の間を歩いていき、安売りの武器屋がある裏道へと入っていく。ここを知っているのはおそらくベータテスターしかいないだろう。偶然にも見つけた初心者もいるだろうが。

 

「シンはまた刀を使うの?」

「ああ。だが、また曲刀の熟練度を上げないとな」

「そうだね。僕も片手剣を使うつもり────」

「おお〜いっ!そこの兄ちゃん達!」

 

……ん?今の声、後ろからか。振り向くと、まるで戦国時代の若武者のような顔をした男が走ってきていた。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……あ、あんたらっ、迷いもなくここに入っていったって事は、ベータ経験者だろ?」

「え、えっと……そうだけど?」

「ならよっ、ちょいとレクチャーしてくれよっ!俺、初めてなんだ!なぁ、頼むよ!」

 

両手をパンッと合わせて必死に頼んでくる男。どうするかと考えていると、人付き合いが得意ではないキリトがこちらに助けを求めるような視線を向けている事に気付いた。

 

「……いいぞ。その頼み、聞いてやる」

「ほっ、本当か!?ありがとな!俺はクラインだっ、よろしくな!」

「おう。俺はシン、こっちはキリトだ」

「よ、よろしく……」

 

さて……どうやらこのクラインとやらも武器をまだ持っていないみたいだな。

 

「クライン。この先に安売りの武器屋があるが、お前もそこで買うか?」

「おっ、そうなのか?ならそうさせてもらうぜ!」

 

俺達はクラインを加えた3人で武器屋に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬおっ、とりゃっ……うぐええっ!?」

 

青イノシシ──────フレンジーボアに対してクラインは先程買った曲刀を振るうが、構えも振り方も滅茶苦茶である。あれでは当たるはずもないと思っていると、フレンジーボアの突進を受けて吹き飛んでいった。

どうやら股間に直撃したらしいが、痛みなど感じないだろうに。

 

「ふっ」

「ぷぎいいっ!」

 

キリトがクラインに戦い方やソードスキルについて説明している中、俺は少し離れた場所で数匹のフレンジーボアと戦っている。武器は曲刀であり、先程買った石研包丁はまだ触れてすらいない。ベータテストで刀のソードスキルを使う事が出来なかったからな、正式版では使えるようになりたいと思ったのだ。

 

「フレンジーボアじゃ、こんなもんか」

 

残りの3匹の内、1匹を曲刀の基本ソードスキル、リーバーで倒す。そして残りの2匹はクリティカルポイント、つまりは弱点である首をはねて倒した。

 

「おいおい……マジか、そんなあっさりと倒すのかよっ」

「使い慣れているだけだ。クラインだって、武器が体に馴染めばこのくらい普通に出来るはずだ」

「本当か!?よっしゃっ、燃えてきたぁっ!」

 

本当に燃えているかのように叫んだクラインは再び現れたフレンジーボアに突っ込んでいき────ソードスキルを放とうとしたんだろうが、その前に突進で吹き飛ばされてしまった。

 

「いててっ……おっかしぃな、さっきはちゃんと出来たのによ」

「1回出来たからと言って、調子に乗るな」

「わりぃわりぃ」

 

俺はもう一度突進をしようとしているフレンジーボアをリーバーで倒し、クラインに忠告する。が、クラインは笑って謝り、回復ポーションをストレージから取り出して一気に飲んだ。

 

「クライン、大丈夫?」

「おうっ!こんなもん、なんってことねぇからな!」

「……ところでクライン、まだ続けるのか?」

「ったりめぇよ!……と言いてぇとこだけど」

 

クラインの目が右に動いたな。その方向には現在時刻が表示されているが、何か用事でも入っているのか?

 

「ピザの宅配を5時半に指定していてな。一度落ちて飯を食ってこようと思ってんだ」

「準備万端だねぇ」

「だな」

 

さて、クラインはここでログアウトをしてしまうみたいだが、フレンジーボアと戦っている時に見ていた感じだとキリトと大分親しくなってきていたな。このゲーム内で、俺以外にはいないキリトの友人──────に、なりそうなクラインをこのまま逃がすわけにはいかない。

 

「クライン、俺達とフレンド登録をしないか?」

「えっ!?」

「おっ、いいのか?」

「ああ。俺もキリトもお互いでしかフレンド登録をしていないからな」

「そうなのか?ならしようぜ!」

 

俺はクラインとフレンド登録をする。これで俺のフレンドは少し前にしたキリトに加えてクラインの2人にになったわけだ。フレンド登録をしておけば、メッセージを送れる以外にもフレンドがどこにいるのかも分かるようになる。

隣ではキリトもクラインとフレンド登録をしようとしているが、Yesが押せずにいた。

 

「ん?どうした、キリト。押さねぇのか?」

「えっ、えっと……」

「キリト」

 

俺はキリトに声を掛け、親指を立てる。安心しろとか大丈夫などという事を伝えたかったんだが、どうやらキリトは分かってくれたらしい。不安そうにしながらも、Yesを押した。

 

「あっ、そうだ。俺の知り合いの奴らともフレンド登録しねぇか?始まりの街で落ち合う約束しているんだ」

「えっと……それは、そのぅ……」

「そんなに急がなくてもいいだろう。紹介する機会などこれから先、いくらでもあるんだからな」

「んー……まぁ、それもそうだなっ」

 

困惑するキリトを見て、俺はクラインをフレンド登録の話から遠ざけた。あいつの事だ、その知り合い達とも仲良くなれるのか分からない、クラインと気まずくなってしまうかもしれない────とでも思っているんだろうな。

 

「ほんじゃ、おりゃここで一度落ちるわ。マジでサンキューな、キリト。それからシンも」

 

差し出された右手をキリト、俺という順番で握り返す。クラインはニカッと笑い、手を離して1歩下がる。そして右手を真下に振る事でメインメニュー・ウインドウを呼び出した。

さて、俺達はこれからどうするかキリトと少し話すかな──────と思った時だった。

 

「あれっ」

「どうしたの?」

ログアウトボタン(・・・・・・・・)がねぇ」

 

……何?それはつまりログアウトが出来ないという事か?

 

「ボタンがないって……そんなわけないよ、ちゃんと見てみてよ」

 

クラインは自分が開いたウインドウを隅々まで見ていた。キリトは疑っているようだが、本当にそうなのか?と思い、俺もメインメニュー・ウインドウを呼び出した。

 

「やっぱどこにもねぇよ。おめぇも見てみろって、キリト」

「だから、そんな事は……」

 

──────ないな。

 

「……えっ?」

「キリト、確かにログアウトボタンがない。自分のを見てみろ」

 

俺の呟いた言葉を聞き、キリトもウインドウを開いた。だが、結果は。

 

「……ない」

「だろぉ?まぁ、今日はゲームの正式サービス初日だからな。こんなバグも出るだろ。今頃GMコールが殺到して、運営は半泣きだろうなぁ」

 

……本当にバグなのか?俺はゲームに詳しくはないが、3人同時にログアウトボタンが消失するなどというバグが普通起こるだろうか?そもそも、正式サービス初日が理由なら何故それ以外に問題が起きていない?

────これは、本当にバグか?それともまさか……。

 

「シン、どうしたの?突然難しい顔をして……」

「……何でもない。それよりどうする?特にクラインはピザが届くんじゃないのか?」

「やべっ、そうだよ!俺様のアンチョビピッツアとジンジャーエールがぁー!!」

 

がぁー……がぁー………………がぁー……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち込むクラインと共にキリトの説明を聞き、どうやらログアウトするにはやはりメニューのログアウトボタンが無ければ無理らしい。

だが、あれから15分も経っているというのに何故運営側は何もしない?

前に聞いたキリトの話によれば、このゲームを開発したアーガスは、ユーザー重視な姿勢で名前を売ってきたゲーム会社だったはずだ。それなのに初日でバグが起こり、さらには運営側は何もしないとは何事か。

 

何か────────嫌な予感がするな。




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第7話 宣言

今回よりSAOのデスゲーム、開始です。


リンゴーン────リンゴーン────

 

「むっ」

「んな……っ」

「な、何!?」

 

この音……鐘か?確かに鐘があるような場所はあるが、ベータテストの時にこんな事は────っ!?

 

「これはっ……」

「こ、今度は何だよぉ!?」

 

俺達の体を鮮やかなブルーの光の柱が包み込んでいる事に気付いた。何が起こっているのか考えるが、草原の風景がみるみる内に薄くなっていってる。

クラインは騒いでいるが、キリトは何が起こっているのか気付いているようだった。

 

「キリト、この現象は何だ?」

「転移だよ!でも私達はアイテムを持ってないし、コマンドだって────」

 

転移……そういえばベータテスト中にそれが初めて出来た時、和美から電話がかかってきたな。つまりキリトは転移を一度体験している。だからすぐに気付いたのか。

だが、その転移とやらはアイテムを使わないといけないと聞いている。ならば何故、転移が行われているのか?

そこまで考えた時、光は強くなって視界から何もかもが消えた。そして光が収まったと思うと、目の前の風景が変わっていた。

 

「こ、ここは始まりの街の広場じゃねぇか……!」

「みたいだね……それに、強制的に転移させられたのは私達だけじゃないみたい……」

 

キリトやクラインと共に視線を周囲に向ける。この広場にいるのは俺達3人だけではない────1万人近くはいるであろう、このゲームにログイン中のプレイヤー全員だ。

 

「な、何がどうなってんだぁ……?」

「…………」

 

クラインがそう呟く中、俺は周囲から聞こえてくる声に耳を立てる。初めは「どうなってるの?」「これでログアウトできるのか?」などといった言葉が聞こえてきた。しかし何も起こらずにいると「ふざけんな」「GM出てこい」といった喚き声も聞こえてくるようになった。

何かが──────おかしい。そう思ったのは俺だけではないはずだ。

 

「あっ……上を見ろ!」

 

誰が上げた声なのかは分からない。咄嗟に上を見上げると上空に2つの英文が交互に表示されているのが見えた。

 

────Warning────

 

────System Announcement────

 

「あっ……ようやく運営のアナウンスがあるみたいだね」

「おっ、ついにか。ったくよぉ、今まで随分と待たせてくれたじゃねぇか」

 

「…………アレ(・・)、がか?」

 

おそらくその時、声を発する事が出来たのは俺だけだったんだろう。何故ならば、誰もが予想を大きく裏切られていたのだから。

あの英文からどろりと垂れ下がる────まるで血液のような液体は空中で形を変えた。その姿とは、身長20mはあると思われる真紅のフード付きローブを纏った巨大な大人の姿である。しかしフードの中に顔はない。巨大なローブが空中に浮いているとも言っていい。

 

「あのローブ……アーガスの……」

「キリト、何か知ってるのか?」

「う、うん……シンがベータテストをやめてからなんだけど、GMのアバターを何度か見かけたんだ。あのローブは、そのアバターが必ず纏っていた衣装なんだよ」

 

そうなのか、と言おうとした所で巨大なローブが動いた。広げられた袖口から純白の手袋が現れたが、それら2つを繋ぐ腕は見られない。

まるで幽霊みたいだな──────と思っていると。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

低く落ち着いた、よく通る男の声が広場に響いた。誰もがその言葉の意味が分かったはずだ。あの男がこのゲームの操作権限を持つGMならば、私の世界と言ってもおかしくない。

だが、俺はその言葉の意味が分からなかった。()の世界──────それはまるでゲームの世界ではなく、あの男が神となって支配するもう1つの別世界を示しているように聞こえたのだ。

 

『私の名前は茅場晶彦(かやばあきひこ)。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

「かや……?誰の名前だ、それは」

 

俺がそう呟くと、キリトやクラインの驚いたような顔がこちらに向けられた。いや、2人だけではない。俺の言葉が聞こえていた全員が俺を見ていた。

 

「……?何だ、そんなに有名な奴なのか?」

「シン、本当に知らないの……?」

「仕方ないだろ、俺は少し前までゲームに触れた事すらなかったんだからな」

 

後から知った事だが、どうやらその茅場晶彦とやらは弱小ゲーム会社であったアーガスを最大手と呼ばれるまでに成長させた、若き天才ゲームデザイナーにして量子物理学者。このゲームの開発ディレクターであり、ナーヴギアの基礎設計者でもあるそうだ。

 

『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、ソードアート・オンライン本来の仕様である』

 

「し……仕様、だと?」

「……なるほどな」

 

俺はログアウトボタンが消えたのがバグではなく、何者かによるハッキングなどがされたと思っていた。操作権限が運営から盗まれたと思っていた。だが違っていた。このゲームそのものが原因だったのだ。

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトする事は出来ない』

 

この城の頂?……城?あの男は今、城と言ったか?

 

───全100層からなる石と鉄で出来た城───

 

「まさか……」

 

『……また、外部の人間による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合───』

 

ドクンッと心臓が跳ねたような────気がした。ログアウトしないまま、ナーヴギアが外されればどうなる?脳に何らかの障害が残るんじゃないか、と思ったが実際はそれ以上に残酷なものであった。

 

『───ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生活活動を停止させる』

 

「っ…………ふざけるな……!」

 

ナーヴギアを外せば、脳を破壊するだと?つまりは殺すという事だろう。相手を恨み、殺す。それならば分かる。だが、この男からは────そういったものがない。つまりこいつは恨みもない相手を殺すと言っている。

殺す事は許せない事だ。だが、理由もなしに誰かを殺すのは────さらに許せない事だ。

 

「はは……何言ってんだアイツ、おかしいんじゃねぇのか。んなことできるわけねぇ、ナーヴギアは……ただのゲーム機じゃねぇか。脳を破壊するなんて……んな真似ができるわけねぇだろ。そうだろキリト!」

「…………原理的には有り得なくもないよ。でも、ハッタリに決まってる。だって、いきなりナーヴギアの電源コードを引っこ抜けば、とてもそんな高出力の電磁波は発生させられないはずだよ。大容量のバッテリでも内蔵されてない……限り…………」

 

俺はナーヴギアの構造について詳しくない。だが、キリトの言葉が途切れた事で俺は気付いた。

 

「……内蔵されてるのか」

「う……ん。ナーヴギアの重さの3割はバッテリセルだって……」

「そんなの無茶苦茶だろ!瞬間停電でもあったらどうすんだよ!?」

 

クラインの言う通りだ。つまり電力が切れた場合はどうなるのか────その答えを茅場は口にした。

 

『より具体的には、10分間の外部電源切断、2時間のネットワーク回路切断、ナーヴギア本体のロック解除、分解または破壊の試み────以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この上空は既に外部世界では当局及びマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果』

 

……その先を、言うなっ……!!

 

『────残念ながら、既に213名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

 

「茅場……晶彦ぉぉっ!!」

 

どこかで小さな悲鳴が上がったのが聞こえた。何人かは尻餅をつき、それはキリトやクラインも例外ではない。中には放心している者や、薄い笑いを浮かべている者もいる。

 

「っ……キリト、クライン……しっかりしろ」

「う、うん……」

「…………信じねぇ。信じねぇぞ、俺は」

 

確かに信じられる者は少ないだろう。だが、次の茅場の言葉で信じ得ざるわけにはいかなくなった。

 

『諸君が向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を多数の死者が出ている事も含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険は既に低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体はナーヴギアを装着したまま2時間の回路切断猶予時間の内に病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護態勢のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでほしい』

 

……なるほど。とりあいず混乱した親や友人によってナーヴギアを外されるという危険性はあいつの言う通り下がったと言っていいだろう。

だが、ゲーム攻略だと?それはつまり──────

 

「ログアウト不能の状況でゲームを攻略しろなんて……こんなの、もうゲームでも何でもない!!」

「キリト、落ち着け」

「だって!」

「……茅場、聞いているんなら答えろ。現実世界でナーヴギアによって死ぬんなら、ゲーム内で死んだ場合はどうなる?」

 

『諸君にとって、ソードアート・オンラインは既にただのゲームではない。もう1つの現実と言うべき存在だ。今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。HPが0になった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に──────諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

やはり……予想していた通りか。視界左上に見えるHPバーは青く輝いている。その上には342/342という数字が表示されているが────この数字が0/342となった時、俺はナーヴギアによって脳を破壊されるのか。

 

『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった1つ。先に述べた通り、アインクラッド最上部、第100層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされる事を保証しよう』

 

茅場の言葉によって周囲からあらゆる音が消え去った。誰もが信じられないような目で茅場を見る。中には再び崩れ落ちる者もいる。

まさかとは思っていたが、先程言っていた城とは本当にアインクラッドの事だったのか……。

 

「クリア……第100層だとぉ!?で、できるわきゃねぇだろうが!ベータじゃろくに上れなかった聞いたぞ!」

 

クラインの言葉は真実だ。あのベータテストで攻略できたのは第6層までだったとキリトから聞いたからだ。あの時よりも今回の方が人数は遥かに多いが、それでもどのくらいかかるか分からない。これがただのゲームならばともかく、生死を伴うゲームへと変わった今────戦う事でさえ躊躇うプレイヤーがいるからだ。

 

「キリト。ベータテストの時、どのくらい死んだ?」

「す、少なくとも100回は……」

「……そうか」

 

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してあるり確認してくれ給え』

 

「プレゼント……?」

 

キリトやクライン、他のプレイヤーと共に開いたメインメニューからアイテム欄を選ぶと、茅場がくれたというアイテムを見つけた。

そのアイテムの名は────手鏡。オブジェクト化のボタンを選択して躊躇いなく手に持ってみるが、何も起こらない。何だろうかと思い、試しに振ってみたりする。しかし手鏡には何の変化もなかった。

 

「これは一体────っ!?」

 

突然全てのプレイヤーが白い光に包まれた。すぐに光は収まり、風景は変化していない事から転移ではない事にすぐ気付いたが──────それ以外に変化している事があった。

 

「……キリト」

「な、何……ってシン、その姿……」

「おいおい……誰だよおめぇら」

 

俺達の姿が変わっていた。いや、正確には現実の自分(・・・・・)の姿へと変わっていた。

 

「落ち着け。どうやら……着ている物以外、全て現実の自分と変わらないみたいだな」

「って事はキリト……おめぇ、女だったのか!?」

「う、うん……」

 

驚きから2人の手から手鏡が落ち、地面にぶつかると消滅した。このアイテム……なるほど、自分の姿がどうなったのかを確認する為に鏡にしたって事か。そう考えていると、手鏡から勝手に消滅していった。

周囲を見渡してみると、全員が現実の姿にされている事が分かった。男女比も大きく変化している事から、キリトのように性別を偽っていた奴もいたというわけか。

 

「……そうか!」

「どうした?」

「ナーヴギアは、高密度の信号素子で頭から顔全体をすっぽり覆ってる。つまり、脳だけじゃなくて、顔の表面の形も精細に把握できるんだ……」

「で、でもよ。身長とか……体格はどうなんだよ」

 

確かに。プレイヤー達の身長は体格は変化前と比べて大きく違っている。身長が低い者は何㎝か高くし、横幅がある者は小さくしたりしていたんだろう。

だが、ナーヴギアが覆っているのはキリトの言う通り顔だけだ。どうやって体までも把握したのかが分からない。

 

「あ……待てよ。確か……キャリブレーションだっけか?それで自分の体をあちこち自分で触ったじゃねぇか。もしかしてアレか……?」

「ああ、そういえばそんなのもあったな。……って、どうしたキリト?」

「う、うん……な、何でもないよ?……うう、思い出したくないのに」

 

キャリブレーションとは装着者の体表面感覚を再現する為に、手をどれだけ動かしたら自分の体に触れるかのかを測る作業だ。……なるほど、それによってナーヴギア内に自分の体格がデータ化されたという事か。

 

「現実……か。茅場は俺達の姿を現実の物と同じにする事で、この世界が今の俺達の現実世界だと言いたいという事か」

「何でだ……何でだよ!?何であいつはこんな事を……!」

 

『諸君は今、何故、と思っているだろう。なぜ私は────SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんな事をしたのか?これは大規模なテロなのか?あるいは身代金目的の誘拐事件なのか?と』

 

……確かに。何故あいつはこんな事をした?俺達をこのゲーム内に閉じ込め、誰もが楽しみにしていたゲームをデスゲームへと変えて──────ログアウトしたければゲームを攻略しろと言う。

分からない。あいつの目的は何なんだ?

 

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、既に一切の目的も、理由も持たない。何故なら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞する為にのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』

 

…………どういう事だ?この世界を創り出し、観賞するだと?こいつは────本当にこの世界の神になったつもりでいるのか?

間違いない。あいつは、茅場晶彦は……狂っていやがる。

 

『……以上でソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の────健闘を祈る』

 

そう言った瞬間、茅場────いや、深紅のローブはシステムメッセージと共に消滅していった。

そして市街地のBGMが聞こえてきた。その瞬間──────

 

「嘘だろ……何だよこれ、嘘だろ!」

「ふざけるなよ!出せ!ここから出せよ!」

「こんなの困る!このあと約束があるのよ!」

「嫌ああ!帰して!帰してよおおお!」

 

プレイヤー達が吠えた。あらゆる方向から叫び声が聞こえてきて、まるで広場全体が震動しているように思えた。

……まずいな。このままここにいるのは危険だ。狂ったプレイヤーが何をしでかすか分からない。

 

「キリト、ここから離れるぞ」

「あっ……う、うん!クライン、一緒に来て!」

 

俺とキリト、クラインはプレイヤー達の間を抜けながら広場から走り去っていった。




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第8話 決別

皆さんは自分と他人、危なくなったらどっちを助けますか?


俺達3人は幾つものある街路の1本へと入った。ここからでも広場から多くの叫び声が聞こえる。アレが収まるのはいつ頃になるのか……少なくとも今日中というのは無理だろうな。

 

「キリト、これからどうする?」

「……すぐにこの街を出て、次の村に向かうよ。シンもクラインも一緒に来て」

 

…………何?

 

「これからこの世界で生き残っていく為には、ひたすら自分を強化しなきゃならない。MMORPGっていうのはプレイヤー間のリソースの奪い合いなんだよ。システムが供給する限られたお金とアイテムと経験値を、より多く獲得した人だけが強くなれる。……この始まりの街周辺のフィールドは、同じ事を考えている人達に狩り尽くされてすぐに枯渇する。モンスターのリポップをひたすら探し回るはめになるんだ。今の内に次の村を拠点にした方がいい。私は道も危険なポイントも全部知ってるから、レベル1の今でも安全に辿り着けるよ」

 

キリトにしては随分と長い話をしたな……と思っていると、俺と同じように聞いていたクラインが顔を歪めた。

 

「でもよ……おりゃ、他のゲームでダチだった奴らと一緒に徹夜で並んでこのソフトを買ったんだ。そいつら、さっきの広場にいるはずなんだよ。……置いてはいけねぇ」

 

確かにクラインはログアウトしようとした時、そう言っていた。クラインの言っているのは当然だ、仲間を黙って置いていくなど最低な行為でしかない。

 

「おめぇらにこれ以上世話んなるわけにゃいかねぇよな。俺だって、前のゲームじゃギルドのアタマ張ってたんだしよ。今まで教わったテクで何とかしてみせら。だから、おめぇらは気にしねぇで、次の村に行ってくれ」

「…………そっか。なら、ここで別れよう。何かあったらメッセージを飛ばして。……じゃあ、またね。クライン」

 

クラインに別れを告げ、キリトは街の外へと行こうと歩き出す、が────

 

「おい、どうしたんだよ。行かねぇのか?」

「…………シン?」

 

俺の足は動いておらず、クラインとキリトからはどうしたのかと視線が訴えていた。特にキリトからはそれが強い。それだけ俺がついて来ない事が不思議なのか、それか────自分にとっての最悪な未来(・・・・・)を予想したからか。

 

「……キリト。悪いが────俺はこの街に残る」

「……えっ?」

 

最悪の未来──────それは俺が一緒に行かないという事のはずだ。これは俺が考えたものであり、必ずしもキリトにとって最悪なのかは分からないが、少なくとも思ってもいなかったんだろう。信じられないような物を見るような表情をしていた。

 

「な、何で……?」

「そうだぜ!おめぇ、キリトを……女の子1人で行かせる気かよっ!?」

 

キリトからは何で?どうして?といった疑問の言葉しか上がらず、クラインからはキリトに対する俺の言葉を否定するものであった。

 

「キリト。お前はベータテスターだからこのゲームの事は分かるだろう。だが、初心者の奴らはどうする気だ?見放すつもりか?」

「しょ、しょうがないじゃん!だって早く行かないと他のベータテスターに────」

「だからどうした?」

「なっ……!」

 

俺はキリトがクラインに話していた事────全てを否定する。確かに他のベータテスターもキリトのようにすぐ行動するだろう。攻略を有利に進める為にか、自分の命を守る為にか。

だが、このゲームの事を全くと言っていい程知らない初心者はどうする?クラインはキリトがレクチャーした事でソードスキルを使えたが、使い方が分からない奴だって少なくはないはずだ。

 

「初心者よりも情報が多いベータテスターは初心者に色々と教えるのが普通なんじゃないのか?そうすれば、初心者の死者は少なくなるはずだ」

「……確かにそうだけど、他のベータテスターに遅れるわけにはいかないよ。モンスターが枯渇するのは時間の問題なんだ」

「確かにゲームならそうだろうが、これはもうゲームじゃない」

「確かに死んだら本当に死ぬなんて、もうゲームじゃないけど……武器があってモンスターもいて、HPもあるんだよ?やっているのはゲームと同じなんだ」

「……違うな、こいつはゲームじゃない」

「……なら、何が違うっていうの?」

 

「────誰か1人が何気なく行動した事で多くの人の生死を左右するなど、ゲームじゃない」

 

確かにキリトの言う通り、ここはゲームの中だ。レベルもHPも武器もモンスターも……現実にはない物が存在している。世界(・・)はゲームだ。だが、俺達は現実(・・)だ。レベル上げ?クエスト?ベータテスター?

そんなも事はどうだっていい。自分の事を何かするよりも、まずやらなくてはならない事があるだろ。

 

「これは現実だ。いい加減目を覚ませ、キリト」

「……違う。これはゲームだよ」

「だが、死ぬか死なないかの俺達は現実の存在だ」

「……現実なんかじゃない。私達はゲームをやっているだけなんだよ」

「現実から目を背けるな」

「私は背けてなんかっ……!」

「おいおいっ!そこでストップだおめぇら!」

 

クラインが間に入り、俺達を抑えようとする。だが、熱くなっているのはキリトだけであって俺はそうでない。ただ事実を口にしているだけで、キリトがそれを認めないだけだ。

 

「おまぇらなぁ、仲良いって思ってたのに何で喧嘩すんだよ。ったく……ほら、いいからシンはキリトについていけよ」

「…………そうだな。俺は始まりの街に残らせてもらう」

「何でそうなるんだよっ!?」

「残ると言っても3日間だけだ」

「そんなにいたら、この辺りのモンスターは……」

「行きたいならキリト、お前1人で行け」

 

別にキリトが俺を待っている理由はない。先の村に行きたければ行けばいいだけの話だ。

 

「い、嫌だよ。シンも一緒に────」

「言っただろ。俺はここに3日間残ると」

「そんな事言わないで……一緒に行こうよ。ねぇ……?」

「────断る」

 

俺はそう短く告げ、キリトに背を向けた。キリトが今、どんな顔をしているのか分からない。悲しんでいるのか、怒っているのか、落ち込んでいるのか────

 

「シンッ!おめぇなぁ!」

 

クラインは襟を掴み、俺を壁に叩きつける。だが俺はそれに抵抗のような事はせずにただジッとクラインを睨んだ。怖気づいたクラインは指の力を弱め、俺は手を払って距離をとる。

 

「……ぐすっ。わ、分かった……私、すんっ…….1人で行くから……」

「おい、キリト!?」

「……なら行け」

「……っ!!」

 

だめ押しするかのように、突き放すかのように俺はキリトに言う。すると耐えきれなくなったのか、キリトは後ろを振り向いて走っていった。その時────空中を数滴の涙が舞っていた。

 

「……シン。おめぇ、最低過ぎんだろ」

「これでいいんだよ」

「あんっ?」

「あいつは……キリトは俺に依存し過ぎてる」

 

前々から思っていた事だ。あいつは俺と一緒にいる事が多いが、それ以外にも色々ある。何かある度に俺を呼び、このゲームにも1人でもいいはずなのに誘い、そして今も俺と離れる事を拒んだ──────これらがそう思う理由だ。

 

「おそらくあいつは俺が死んだら心を折られるだろうな。いや、その前に今はこの世界だけが現実だと突きつけられて折られるか」

「な、なら何でキリトを1人で行かせたんだよっ!?」

「俺が死んだとしても、あいつには生き残ってもらう為だ」

 

もしも俺が死んだ場合────心を折られたあいつは最悪、俺の後を追おうとする可能性がある。そうならないようにするには、あいつには俺との関わりを少なくして俺への依存性を無くすしかない。

 

「……つかよぉ、さっきから聞いてるとおめぇは自分が死ぬと思ってんのか?」

「ああ。俺は……デスゲームにとって、一番いらない甘さ(・・)がある」

 

甘さ────それは夜天流道場の教え。産まれた頃から教わってきた俺にとって、それは必ず守らなくてはならないものであり、達成すべきもの。

キリトを悲しませてしまった事で教えの1つ、『その3 女性を悲しませるな』を破ったという事になるが……あれはキリトを前へと進ませる為に必要な事だった。これが教えを破ったかについては無事に現実へと戻った時に親父に尋ねよう。それで親父が肯定すれば、俺は然るべき罰を受けるつもりだ。

 

「クライン。お前は今、広場にレベル50のモンスターが現れたらどうする?」

「そりゃあ、もちろん逃げるに決まってんだろ。今の俺のレベルじゃ戦う事すら出来ねぇからな」

「そうだ。それが普通だ。だが、俺は多くのプレイヤーを逃がす為にそのモンスターに立ち向かう」

 

『その5 人を見捨てぬこと』────特に襲われる相手が弱い存在となれば、必ず助けなければならない。例え自分が敵より弱いとしても、立ち向かわなければ夜天流道場の恥と考えていい。

そんな考えを持っているからこそ────俺は自分がこの世界でいずれ死ぬだろうと思ったのだ。




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第9話 恐怖

本日、日間ランキング8位にこの作品があって朝から( ; ゜Д゜)としていた作者です。
まさかランキングに載っていたとは……これからも良い小説を書いていけるよう頑張っていきたいと思います!


クラインとは俺の判断に理解を得られずとも一旦別れ、俺は始まりの街を歩く。ログインした時の活気があったのは嘘のようで、どのプレイヤーも悲しみ、絶望に満ちた表情をしているのが分かる。

 

「こっ、これからどうすればいいんだよぉ……!」

「だっ、誰か助けてくれよぉぉぉぉっ!」

「わ、私達、どうなっちゃうの……?」

「パ、パパ……ママァァァァッ!!」

 

「俺、まだ死にたくねぇよ……」

「あ、あはっ、あはは……なん、で……」

「ね、ねぇ……もしも家族がナーヴギアの事を信じずに無理矢理外そうとしていたら────」

「んな事言うんじゃねぇよっ!」

 

「な、何でこんなゲームを買っちまったんだっ!」

「おいっ!お前が俺達を誘うからだぞ!」

「え、ええっ!?ぼ、僕のせいなの!?」

 

「うえっ、うえええええんっ!!」

「うるせぇんだよっ、ガキがっ!」

「しょうがねぇだろっ!こいつはまだ子どもなんだよ!」

 

「…………」

 

これからの事を不安に思う者、現実世界で動けない自分に誰が何をするのか分からない恐怖、この状況になった事への罪の擦り付け合い──────デスゲームとなってしまった以上、間違いなく起こるだろうと思っていたが……なかなかに酷いものだな。今はまだ口論しか起こっていないが、今後はどうなるか分からないな。狂ったプレイヤー同士による殺し合いが行われないとも限らない。

 

「ぐすっ……すんっ……」

「ん?」

 

足を進め、人気がなくなってきた辺りでどこからか悲しむ声が聞こえてきた。声からして……女の子か?

 

「……大丈夫か?」

「ぁ……」

 

声のする方へと向かうと、壁に寄り掛かりながら座る女の子がいた。立っていない為に大体でしか分からないが、少なくとも中学生という年齢ではない。

 

「ぐすっ…………はい」

「……こんな事になって、大丈夫なわけないだろ。嘘をつくな」

「……はい。ごめんなさい」

 

俺が隣───若干の間は空けてある───に座ると、女の子は驚いた表情を見せた。が、すぐに先程までの悲しみに満ちた表情へと戻ってしまった。

 

「何故こんな人気のない場所で泣いていた?」

「……みなさんの泣き叫ぶ声を聞きたくなかったんです。どうにかなっちゃいそうで……それでここまで走ってきたんですけど、急に涙が出てきて……」

 

……この周囲にはプレイヤーもNPCもいない。ここまで来たのはいいが、傍に誰もいなくなってしまった事で不安や恐怖で折れかかっていた心がさらなる恐怖によって折られてしまった────と考えてもおかしくないか。

 

「一緒にログインした友達やこっちで知り合いになったプレイヤーはいないのか?」

「……いません。あたし、初心者なのでどうすればいいのかも分からなくて……」

「……そうか」

 

この女の子が抱えている恐怖を共有してくれるプレイヤーがいればと思ったんだがそれは無理みたいだな。ベータテスターならともかく、初心者がこの状況を1人で乗り越えられるとは到底思えない。

 

「あの……」

「どうした?」

「貴方は……怖くないんですか?」

 

怖くない────とは言えない。俺も今の状況が怖い。このゲーム内で死ぬという事が、どれだけ重い意味を持っているのか────それを考えるだけでも怖い。

…………だが。

 

「正直言うと、怖いな」

「なら、どうして……そんな平気そうに……」

「こんな事になって平気な奴は少ない。そのほとんはこのゲームを事前に経験してるベータテスターだろう。俺も少しだけベータテストをやっていたが……俺が平気な理由はそれじゃない」

 

夜天流道場の教え『その7 救いを待つ者には手を差し出せ』

 

「救いを待つ人に手を差し出す為だ」

「手を……?」

「そうだ。今回の場合、生き残っているプレイヤーをこのゲームから現実世界へと返す事だが……今はそれよりも寄り添うべき存在がないプレイヤーの為に動く事だな」

「…………凄いんですね。あたしはゲームクリアしようっていう勇気なんてありませんし、誰かを助けるなんて……そんな事、出来っこないですから」

 

ああ、そうか。この女の子は────きっと、とても優しい性格なんだろう。そうでなければ、自分の力では他人を助けられない事にそこまで落ち込む必要はないからな。

 

「……そうでもないぞ」

「えっ?」

「確かに俺のようにモンスターとの戦闘で誰かを助けるというのは難しいかもしれない。だが、元気付けるという事は出来るかもしれないぞ」

「元気付けるって……どうやってですか……?」

 

俺は隣にいる女の子を見る。小柄で、まるで人形のように可愛らしい見た目をしたその姿を見れば、多くの人達の心を和ませるだろう。

 

「……可愛いな」

「ふぇっ!?」

「君の容姿から考えると、いるだけでも多くの人を明るくさせるかもしれない」

「ほ……本当ですか?」

「まぁ、そう思っただけだ。無理に信じる事はないぞ。……さてと」

 

俺はそう言い、立ち上がる。この女の子の事は気になるが、いつまでもここで喋っているわけにはいかない。しかしだからと言ってここに1人で置いていくわけにはいかないな。

 

「とりあいず今日は宿に行って休め。色々あって疲れてるだろ?」

「宿……ですか?でも、その……」

「場所なら案内してやるから」

「お、お願いします……」

 

女の子が立ち上がり、俺は手を繋ぐ。この辺りはまだいいが、宿の方に行くとなると多くのプレイヤー達がまだ混乱しているだろうからな。宿の場所すら知らない以上、はぐれたりしたらまずい。

 

「あ、あの……?」

「そういえばまだ名前を教えていなかったな。俺はシンだ」

「シ、シリカです。それより手は別に繋がなくても……」

「はぐれて1人になっても行けるなら離すが?」

「……お願いします」

 

ならばよし、と俺は答えて女の子────シリカと共にこの街の宿へと向かっていった。

 

 

 

 

シリカを宿へと連れていき、どうすればいいのかを伝えてから俺は再び街へと出た。一応俺は3日間はこの街に残る為、明日も午後からシリカに付き添うつもりでいる。

今の時間は……19時か。キリトは今頃ホルンカの村に辿り着き、宿に泊まっているんだろうか?それともすぐにあのクエストを受けにいった……とも考えられるな。

 

「ん?」

 

メッセージが来てるな……キリトクライン、どちらだろうか?そう思い、見てみると相手はキリトであった。何かあったか、とメッセージをすぐに開く。

 

『私、現実世界に戻りたいよ。お母さんとスグに会いたいよ……』

 

「…………」

 

キリトに何があったのかは分からない。だがおそらく何かがあって、心を折られたんだろう。本来ならば俺はあいつを支えるようなメッセージを返さなければならない。

だが、あいつには────キリトには俺がいなくなったとしても生き残ってもらいたい。その為には俺が死んだとしても前へと進められる心を持ってもらわなくてはならない。

 

『私を1人にしないでよ……』

 

「……っ」

 

再び送られてきたキリトからのメッセージ。俺はそれを見てしばらく考えた後に返信用のメッセージを送った。

 

『いずれ会える。それまでは1人で生き抜け』

 

今はこれしかない。あいつに俺と会えるという希望を与えるのは、俺がそれまでに死んでしまうという可能性がある以上あまり気が進まないが……このままだとさらに心を折られるに違いない。そう考え、このメッセージを送ったのだ。

 

「……行くか」

 

俺はそう呟き、暗くなった街を再び歩き始めた。




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第10話 幼馴染み

キャラクターの口調がちょっと分からない事もある為、もしも違ったりしていたら指摘をお願いします。


「……はっ!」

 

次の日の午前中────俺は現在、始まりの街から出てフィールドでフレンジーボアを戦っている。シリカとは午後からの約束である為、時間的にまだ余裕があるから────という理由でこの青イノシシと戦っているわけではない。

 

「トドメだ」

 

曲刀のソードスキル、リーパーを発動してフレンジーボアを倒す。手に入れた経験値を確認し、新しく購入したブロンズシミターを鞘へと戻すと後ろにいる2人(・・)に声を掛けた。

 

「今のがソードスキルだ。と言っても、曲刀のだが」

「なるほど……」

「へぇー!凄いんだね、ソードスキルって!」

 

2人の内、片方はどこか内気なように見える片手剣と小さめな盾を装備した少年。もう片方は大人しそうに見えながらも少年とは反対に元気が良い少女。

 

ノーチラス(・・・・・)はともかく……ユナ(・・)、お前は本当に分かっているのか?」

「もちろん!モーションを大切にすればいいんでしょ?」

「間違ってはいないが、もう1つ大切な事がある。ソードスキルを発動した時、絶対に動きを止めるな」

「止めたらどうなるんだ?」

「相手からの攻撃を受ける……っと、現れたな」

 

ベータテスター達がモンスターを倒しまくっている為、モンスターが現れるまでに時間がかかる。おそらく今日辺りでここのモンスターは枯渇するだろう。そしたらベータテスター達は次の村へと向かうはずだ。

 

「じゃあ、次はノーチラスが行ってみろ」

「僕が?」

「まだ無理そうなら別にいいが」

「……いいよ、やってみる」

 

そう言うと、ノーチラスはフレンジーボアの前へと立った。剣と盾を構え、気付いたフレンジーボアは突進を仕掛けてくる。ノーチラスはそれをかわしたが、どうもその避け方がおかしかった。初心者である上に、それもデスゲームとなった今では攻撃を受けるのは非常にまずいが、相手はそんなに強くないし、盾も装備している。あそこまで必死になって避ける必要はないんだが……。

 

「はぁっ!」

 

ノーチラスは片手剣を振り、隙だらけとなっているフレンジーボアにダメージを与える。その後も大きな避け方をしながらもノーチラスはフレンジーボアに確実に攻撃をしていった。

 

「ノーくん!そろそろソードスキルをやってみれば?」

「ああ、やってみるよ!」

 

ユナにそう言われ、ノーチラスは片手剣のソードスキルであるバーチカルを放った。使うのは初めてであるにも関わらず、1回で発動するとは驚きだ。HPをほとんど失っていたフレンジーボアにはそれが決め手となり、消滅していく。

 

「や……やった!」

「ノーくん、凄い!」

 

喜ぶノーチラスと褒めるユナ。さて、何故俺がこの2人と一緒にいるのかというと、理由は数十分前に遡る──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────とまぁ、武器は色々あるが一番扱いやすいのは片手剣だ。隙も少ないし、相手に対して有利に戦える」

「へぇ……色々あるんやな」

 

俺は現在、武器屋でどの武器を装備したらいいのか迷っていた初心者に軽く説明をしている。俺は主に曲刀か刀しか使っていない為、他の武器についてはそんなに詳しくない。だがキリトが使う片手剣はもちろん、短剣や細剣などについても使用者からある程度は聞いている。

 

「なら、あんたが言うこの片手剣でやってみるわ」

「ん、そうか」

「……ところで1つ、聞きたい事があるんやけど」

「何だ?」

「あんた、ベータテスターやろ?何でワイら初心者に対して優しくしとる?」

 

ふむ……この髪の毛が奇抜な初心者は俺がベータテスターだと気付いていたか。まぁ、ほとんど……いや、俺以外のベータテスター全員は初心者を放っといてるからな。

 

「悪いのか?」

「そういう事やない。理由を聞いとるんや」

「『救いを待つ者には手を差し出せ』『人を見捨てるぬこと』。どれも俺が産まれた頃から教わってきた教えだ」

「……そうなんや」

 

そう言い、片手剣のスモールソードを購入する。そして武器を装備して俺の方に顔を向けてきた。

 

「あんがとな、助かったわい」

「なら声を掛けた甲斐があったというものだな」

「……ベータテスターの中じゃ、あんただけや。ワイらを積極的に助けてくれているのは」

 

確かにそれは言えている。昨夜、シリカと別れてから俺は始まりの街周辺のフィールドを駆け巡った。ベータテスター達はもちろんいたが、中には初心者らしきプレイヤーもいた。モンスターに殺されそうになっていたら助け、回復アイテムがなければトレードしていくのを何回も繰り返した。途中、フィールドから落ちればログアウトできるんじゃないかと考え、実行しようとした馬鹿なプレイヤーを止めた事もあった。

昨夜は一睡もしないで頑張ったが────それでもプレイヤーの何十人かは死んでしまっていた。

 

「だが、助けられなかった奴らもいた」

「そうやけど、あんたがいなかったらもっと死んでたで」

「……可能性の話だ。ほら、そろそろ行った方がいいんじゃないか?仲間が外で待ってるぞ」

「そうやな……あんがとな。ワイはキバオウや」

「シンだ。またな、キバオウ」

 

キバオウは店の外へと出ていった。さて……新しい曲刀と予備の曲刀を購入してシリカとの約束の時間までまたフィールドを駆け巡るか。ついでに曲刀の熟練度も上げよう。

 

「ちょっといいか?」

「ん?」

 

後ろを振り向くと、立っていたのは今ここに入ってきたと思われる少年と少女であった。

 

「あんた、ベータテスターなんだよな?」

「……そうだが」

「僕達、初心者なんだ。このゲームを生き抜く為に色々とレクチャーしてくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────よし、とりあいずこんなもんだろ」

 

ノーチラスとユナ、共にモンスターとの戦闘を何度かしてもらった。初心者と聞いていたが、ノーチラスはなかなか才能がある。ユナは……なんというか、戦闘向きじゃない気がするな。

 

「ノーくんは強いね!私じゃろくに勝つ事すら出来なかったもん!」

「そうかな?」

「うん!」

 

それにしても……仲がいいな、あの2人。現実世界では幼馴染みだと聞いているが、それ以上の関係に見えなくもない。まぁ、関係のない俺にはどうでもいい事だが。

 

「ありがとう。これで戦闘に関する心配は大分なくなったよ」

「だからといって油断だけは絶対にするな。分かってると思うが、この世界で死ねば────」

「ああ、分かってる」

「……ならいい」

 

ノーチラスから視線を外し、ユナに向ける。ノーチラスにとって、この幼馴染みは大切な人なんだろう。ユナが戦闘をしている時、こいつはどこか落ち着きがなかったし、ユナが攻撃を少しでも受ければすぐに飛び出していった事もあった。

 

「シン、私の顔に何か付いてるの?さっきからジッと見てるけど」

「いや、何でもない。……そうだな、お前達には教えの1つを教えるか」

「教え……?」

 

夜天流道場の教えは全部で10個あり、内容は主に2つに分かれる。自分がすべき事、自分が信じるべき事。

全ては何百年も前に生きていた先祖によって作られた。その先祖がどんな思いで、どういった経緯でこの教えを作ったのかは知らない。だが、この教えこそが俺が生きる全ての理由である事は確かだ。

 

「教えの1つ、『その2 繋がりは永遠に断ち切れぬ』……幼馴染みのお前達にとっては、ぴったりだろ?」

「そ、そうだな……」

「繋がり……素敵な言葉ね」

 

ノーチラスは何を想像したのか顔を赤くし、ユナは繋がりという言葉を気に入っているようだった。

 

「どんなに遠くにいようと、例え離れ離れになったとしても思うべき相手は必ず傍にいる……という意味だ」

「シンの近くにはいないの?」

「……何?」

「傍にいてほしいっていう人よ」

 

俺が傍にいてほしいと思う相手……か。大切な人達は確かにいるが、それと傍にいてほしいというのは別のような感じがする。ならばキリトは──────

 

「……逆に傍に俺がいてほしいと思ってる奴ならいる」

「その人とは、今一緒にいないの?」

「ああ。そいつもこのゲームに囚われているんだが、俺に依存している所がある。だからもし俺が死んでも悲しまないよう、俺から離れてもらっている」

「それは違うんじゃないか?」

 

…………違う?ノーチラスからそう言われ、俺は疑問に満ちた視線を向けた。

 

「俺のしている事が間違っていると?」

「シンの傍にいたいという人がどんな人なのかは知らないけど、傍にいたいという気持ちを無視するのはどうかと思うんだ」

「…………」

「もし僕はユナが自分の知らない所で死んでしまったりしてたら──────傍にいれなかった自分を恨む」

 

……キリトもそうなんだろうか?俺があいつの知らない所でこのゲームから消えてしまっていたら、自分を恨むんだろうか?

 

「……ノーくん」

「あっ、いや……べ、別にユナが死んでしまうなんて思ったりはしてないから」

「ううん、そうじゃない。でも……私もノーくんと同じような事になったら、自分を恨んじゃうかも」

 

俺は────自分が死んだ時、キリトが少しでも俺の事を忘れられるようにと1人にさせた。でも、それが正しくなかったら?この街に残る初心者を助ける事が、俺はベータテスターとして正しいと思った。ここに残るという事を利用して、あいつを1人にさせた。

──────しかし俺がキリトに対してああいった行動をとったのが間違っていたら、それはベータテスターとしてではなく……夜天流道場の人間として正しいと言えるか?

 

「……そんな事、あるかっ」

「シン?どうかしたの?」

「俺は街の宿に戻らせてもらう。お前達はどうする?」

「僕達はもう少しここで戦ってから戻るつもりだ」

「……分かった。気を付けろよ」

 

俺はノーチラスとユナにそう言い、前方に見える街へと走り出した。

 

 

 

 

 

「……消えていないか」

 

宿の部屋で俺はキリトがフレンドから消えていない事を確認する。黒鉄宮にはどのプレイヤーがどんな風に死んだのかを確認できる石碑が出現しているらしいが、そこから1人の名前を見つけるのは面倒だからな。

 

「…………悪かったな、キリト」

 

俺はそう呟きながらキリトに対してメッセージを書き、送った。

 

『2日後、ホルンカの村で合流しよう。その時に直接言いたい事がある』

 

すると、送ってから1分もかからない内に返信が来た。……まさかあいつ、ずっと俺からメッセージが届くのを待っていたわけじゃないよな?

 

『うん、分かった。じゃあ、1時頃にクエストの森の秘薬が受けられる民家の前で合流しよ』

『分かった』

 

キリトからの返信に対して俺もすぐに返信を送った。キリトと再会したら────突き放してしまった事を謝ろう。許してくれなくてもいい、恨まれたっていい。とにかく俺がしてしまった事を謝らなくてはならない。

 

「俺は……やっぱり、何も分かっていないんだな」




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第11話 再会の約束

最初にしていた予想と比べてなかなか第0.5章が終わらないという現実。


「それで?シリカはこういったゲームにどのくらい知ってる?」

「えっと……その、あまり……」

「そうか」

 

あの後────しばらく自分がキリトにしてしまった事に責任を感じながらも部屋の中で過ごし、昼過ぎに宿の食堂へと顔を出すと偶然にもシリカと合流した。一緒に行動するのは午後と言ってあったが、どうせなので昼食を共に食べる事にしたのだ。

本物の肉体でない以上、空腹感も満足感も普通ならないはずだが実際に腹は空くし、食べれば腹は満たされるのだ。

 

「シリカはこれからどうしたいんだ?この街で外から助けを待つか、このゲームをクリアする為に前へと進むか」

「……あたしは」

「まぁ、すぐに答えを出さなくてもいい。まだここに閉じ込められてから1日しか経過していないんだからな」

 

俺はそう言いながら、テーブルの前に置かれているパンやスープなどを次々に食べていく。本当は米を食べたいが、ファンタジー系のゲームだからか未だに見た事がない。

 

「シンさんは……このゲームをクリアするつもりなんですよね?」

「ん?ああ、そのつもりだが」

「なら、あたしもシンさんについていくというのは────」

「それはどういう意味でだ?」

 

俺の質問にシリカは「えっ?」ときょとんとしたような表情をした。口にした理由が、俺からこれからの事を問われたからとなると俺に責任がある為、安易な気持ちでシリカをパーティに入れるわけにはいかない。

 

「このゲームを共にクリアしたいからか?それともこのゲーム内で出来た知り合いだからか?あるいはベータテスターだから強い敵から守ってくれると思ったからか?」

「え、えっと……」

「…………悪い、問い詰め過ぎたな。だが気になってな」

 

責任があるとはいえ、自分よりも年齢の低い相手に対しては少しキツすぎただろうか?

 

「……不安なんです」

「不安?」

「シンさんがこの街を出ていってからはどうしようかと……みんなを明るくするにはどうしたらいいのかなって……」

「……ふむ」

 

確かにそれは最もだな。デスゲームとなった以上、シリカのような小さな子は弱い存在だ。実際、聞いた話では既に何人かの子どもは精神的に異常を起こしてしまっているらしい。

 

「何か寄り添える存在が必要か」

 

しかし、それをどこから見つけてくるか。現在、プレイヤー達の中には危険な行為をする奴らもいる。大勢で手を組んでいるプレイヤー達もいるが、彼女はまだ子どもだ。甘く見られてしまえば、酷い扱いを受けないとも限らない。

 

「……俺は2日後にはこの街を出て、ホルンカの村に向かうつもりだ。そこで知り合いと合流するつもりでいる」

「は、はい」

「その知り合いには後で聞いておくが、いいと答えてくれたら一緒に来てもいい」

「っ……あ、ありがとうございます!」

 

……だがシリカがどこまでついてこれるか分からない以上、ずっと一緒っていうのは無理だろうな。階層が上がれば上がる程、モンスターも強くなるのは当然だ。死ぬ危険が増えてきた時には何かしら対処をするとしよう。

 

「それでこれからどうする?何か聞きたい事があれば、ある程度は説明は出来るが」

「えっと、じゃあ……一通り教えてくれると助かります」

「分かった。じゃあ、これを食べ終わったら街を回りながら話すか。戦闘もする予定だから武器屋にも寄るからな」

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリカと並んで街を歩き、とりあいず彼女が気になった店がどんな所なのかを説明していく。ベータテストの時、始まりの街にいる事が多かった為にほとんどの店は分かるようになったのだ。

 

「シンさん、あの店は何ですか?」

「あの店は……アクセサリー屋だな。見た目を重視しているだけで、ステータスに変化はないが」

「へぇー……ちょっと一緒に見に行きませんか?」

「ん?まぁ、いいが」

 

アクセサリー屋に入り、売られている物を見る。ブレスレットやネックレス、イヤリングや指輪など見た目には凝っているが、やはりステータスに変化がないものばかりだ。

 

「……ふむ」

 

お詫びという事ではないが、キリトに何か買っていくか。ゲームばかりやっているがあいつも立派な女性の1人だ。こういった物にも興味はあるだろう。さて、どんな物を買っていけばいいんだろうか。

 

「シンさん!」

「どうした?」

「これ見てください!凄い綺麗じゃありませんか?」

 

シリカが指差すのは美しく輝く赤い宝石が組み込まれたブレスレットであった。確かに綺麗だな。値段は……俺のコルでも手を出せない程ではないが、決して高くないわけではない。

 

「ああ、綺麗なブレスレットだ。これを買うつもりか?」

「そうしたいですけど、これを買える程のコルは持っていないので……」

 

確かにシリカが持っているコルはこのアクセサリーの値段の半分にも届かないだろうな。そう思いつつ、横を見ると青色に輝く宝石がぶら下がっているネックレスを見つけた。こちらもブレスレットに負けず劣らずの美しさを持っている。

俺の持っているコルでこのネックレスを買ったとして、残るコルは──────

 

「よし、十分足りるな」

「……?何がですか、シンさん」

「俺も買いたいアクセサリーを見つけてな、そのついでにな」

 

俺はキリトに渡す事を決めたネックレスを取ると、シリカが気に入っていたブレスレットも手に取った。

 

「……えっ?い、いや、そんな悪いですよ!」

「何がだ?」

「シ、シンさんにそのブレスレットを買ってもらう事ですよ!」

「…………いや、違うな」

「へっ?」

「シリカが欲しいから買うんじゃない。俺がシリカに渡したいから買うだけだ」

 

つまり、俺がこのブレスレットを買う事にシリカが遠慮する必要はないという事だ。

 

「そ、そんなのただの言い訳じゃ────」

「言い訳じゃない。渡したい相手がいるんだから、ちゃんとした理由だろ?」

「そ、それは……えっと……」

「というわけでこの2つをくれ」

 

シリカが悩んでいる隙に俺は店主であるNPCの前にアクセサリーを置いた。後ろでシリカが「あっ!」と今更気付いたのか声を上げていたが、既に遅い。

 

「お客様、この2つはペアルック仕様です」

「ペアル……?」

「それぞれのアクセサリーにもう1つずつ同じアクセサリーが付きます」

「値段は変わるのか?」

「いえ、変わりません」

「ならいい」

 

ペアなんとかの仕様である2つのアクセサリーを購入し、2つのネックレスはストレージに入れ、2つのブレスレットはシリカに渡す為にトレードしようとすると。

 

「シンさん。その……ありがとうございます」

「言っただろ?俺が渡したいから買っただけだ」

「それでもです。ところでそのブレスレット……ペアルック仕様だったんですよね」

「そうみたいだな……シリカ、そのペアルックとやらは何なんだ?」

「えっ?え、えっと……」

 

問いかけてみたが、何故かシリカは説明しづらそうにしていた。何だ?口にするのは難しいものなのか?そのペアルックとやらは。

 

「ぺ、ペアルックっていうのは…………その、同じ物を2人が持っている事です!」

「同じ物を……なるほど」

 

どうしてそうするのかはよく分からないが……まぁ、このブレスレットはシリカの物だからな。シリカが誰と一緒に持つかは俺には関係のない事だ。

 

「あの、シンさんが1つは持っていてくれませんか?」

「……俺でいいのか?」

「はい!」

「分かった。それなら1つだけ渡すぞ」

 

ブレスレットをトレードされたシリカはすぐにそのブレスレットを装備した。右手首に実体化したそれを見て、喜んでくれている。俺もブレスレットを実体化させ、同じように右手首に装備してみた。

……ふむ。ならこのネックレスもペアルック仕様ならキリトに渡した時、俺も一緒に付けた方がいいんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、よく使うと思われる店をいくつか紹介しながら回復アイテムなどの説明をしていった。戦闘の練習にはは再びフレンジーボアを使ったが、シリカが武器として選んだのは短剣であった。使い勝手が良いという他にも、シリカのような小さな子どもが使うにはぴったりだろう。

 

「つ、疲れました……」

「そういった感覚はないんだが……まぁ、気分の問題か」

 

初めての戦闘で苦戦はしていたものの、戦えないというレベルではない。これなら経験とレベルを積んでいけば、ある程度の強さまでには達するだろう。

 

「もうすぐ夕方になるが、どうする?」

「部屋に戻って少し休みます……」

「分かった。俺は2階の左一番奥にある部屋を使っているからな、何かあったら来るといい」

「分かりました。それじゃあ、失礼しますね。今日はありがとうございました!」

 

そう言ってシリカは俺とは反対側の通路へと歩いていった。さて、俺も部屋に戻ったらアイテムの整理をしながらキリトにシリカの事を聞いてみるかな。

 

「…………」

 

俺は自分の部屋に入る前に一旦止まり、隣の部屋を見た。鍵は閉まっているが、プレイヤーが利用しているのは確かだ。先程1階で偶然にも聞こえてきた話では、今日は一度も開いていないみたいだが……本当だった場合、おそらくこのデスゲームが早く終わってしまう事を願っているんだろう。それか、もっと別の理由か。

 

「何にしても関わるべきではないか」

 

そっとしておく方がいいだろう。無闇に刺激をしたりして、それが原因で自殺などに進んでしまう可能性もなくはないからな。俺はそう思いながら自分の部屋へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果だけを言えば──────キリトからはシリカが共に来る事を断られた。

考えてみれば当然の反応である。キリトは俺と2人だけで会う事を望んでいる。そこに部外者とも言うべきシリカに入ってきてほしくないのだろう。キリトには辛い思いをさせてしまった為、抗議するわけにもいかずに俺はその答えを覆そうとはしなかった。

 

「すまん……知り合いから断られてしまったんだ」

「っ……そ、そうですか……当然ですよね、知らない人を一緒に連れていくなんて言われて、いいと答える人なんていませんよね……」

 

次の日の朝、食堂に行く途中にシリカと会った俺はその事を伝えた。シリカは口ではそう言いつつも、頭のどこかではキリトが了承してくれると思っていたんだろう。表情が酷く落ち込んでいるように見えた。

 

「……変な希望を持たせて悪かった。これは俺の責任だ」

「い、いいですよ!それに、あたしが一緒に行ってもシンさんやその知り合いの人に迷惑をかけるだけだと思いますし……」

「……それは」

 

そんな事はないと言えるのか?言葉だけなら何とでも言えるような事が、現実になるという事は滅多にない。当たり前だ、どれだけ否定してもそれらが現実である事を変える事は出来ないのだから。

 

「あたし、シンさんがいなかったらずっとあそこで泣いている事しか出来なかったと思うんです。でもシンさんのおかげで……この世界で生きていける元気を貰えました。だから大丈夫です」

「……なら、せめてフレンド登録だけでもしておこう。聞きたい事や困った事があったらいつでもメッセージを送ってくれればいい」

「はいっ!分かりました!」

 

俺はシリカとフレンド登録を行い、キリトとクラインの下にシリカの名前が現れた事を確認した。これで少なくともシリカに何かあった時に何も知らずに済む事が出来る。

 

「……シンさん」

「何だ?」

「昨日買ったこのブレスレット、何てアイテム名なのか知ってます?」

「……悪い、よく見ていなかった」

 

何かしらステータスに影響を及ぼすアイテムなら確認しておくんだが……尋ねられると分かっていたら、見ておいたんだがな。

 

「再会の腕輪です。身に付けたプレイヤー同士の再会を約束してくれるアイテムなんですよっ」

「そんな効果はなかったと思ったが……」

「いいじゃないですか、あると思っても!」

「……そうだな、悪かった」

 

そういえばあのネックレスも何というアイテム名なんだろうか?もしもシリカ同様にキリトから聞かれた時は答えられるよう確認しておくか。




評価、ご感想お待ちしています!


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第12話 合流

シリカと別れてから俺は残りの時間を再び困っている初心者を助ける為に動いた。そして気付けばその日は終わってしまい、次の日─────キリトと約束をしていたデスゲーム開始から3日後の日になっていた。

俺は全員とはいかないが、それでも多くのプレイヤーにこの始まりの街を出ていく事を告げた。何人かはまだしばらく残ってほしい事を頼んできていたが、それは単なる甘えだろう。必要な知識はプレイヤーからプレイヤーへと伝わるはず。ならば残ってほしい理由はおそらく俺がいてくれれば、助けてくれる────そう考えながらフィールドに出るのは勘弁してもらいたい。俺は危機的状況になった時の保険などではない。その事を彼らに強く言い、俺は始まりの街を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!」

 

ホルンカの村へは一度だけ行った事がある為、迷わずに行ける自信がある。ただキリトならば安全な道を知っているだろうが、俺は知らない為に本来通る道をモンスターを倒しながら進んでいる。と言っても、出てくるのは雑魚のフレンジーボアだけだが。

 

「……レベルが上がったか」

 

レベルが上がった事を知らせるファンファーレが鳴り響いた。同時に金色のライトエフェクトが全身を包む。始まりの街にいた時にレベルは既に一度上がっている。つまり俺のレベルは今、3という事だ。

 

「今頃キリトはホルンカの村を拠点にして経験値やアイテムを入手してるはず……少なくともレベルは4か5には達しているだろうな」

 

メインメニュー・ウインドウからステータスタブを選び、加算されたポイントを筋力と敏捷性に振り分ける。このゲームで分かるステータスはこの2つだけだ。とりあいずポイントは均等に分けているが、いずれはよく考えながら振っていこう。

 

「プギイイイッ!」

「まだ残ってたか……」

 

向かってくるフレンジーボアをかわしてブロンズシミターで攻撃を与えつつ、最後はリーパーを発動して一気にHPを削って倒した。

 

「急がないとな。このままだと約束の時間に遅れる」

 

俺はそう呟き、ブロンズシミターを常に手に持った状態でベータテストの時の記憶を頼りにホルンカの村へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後──────モンスターとは必要最低限の戦いのみを行い、約束の1時手前に俺は民家の前に辿り着いた。キリトの姿はまだない事から、間に合ったと考えていいだろう。

 

「てっきりもう来ていると思ったんだが……」

 

約束の時間の前にクエストかどこかに行ったが、予想よりも時間がかかってしまっている……とかか?いや、今のキリトの事がわざわざ約束の日に予定を入れるとは到底思えない。

 

「となると、他の理由が……?」

 

一体何だろうかと頭の中で考えていると、前から誰かが息切れをしながら走ってくる音が聞こえてきた。もしかして、と思いながら顔を上げると──────

 

「シンッ!!」

「っと……うおっ」

 

走ってきていたのはやはりキリトであった。防具が変わっているなと思った瞬間、キリトは走ってきた勢いを乗せて俺に抱き着いてきた。……いや、というよりもはや突進とも言えるような勢いで、俺は咄嗟に受け止めたもののよろけて地面に倒れてしまった。

 

「あ……ご、ごめん!」

「……心配するな。このゲームで痛みなどないからな……それよりも」

 

俺は僅かに溜め息を吐き、覆い被さっているキリトに対して短く告げた。

 

「近い」

「…………えっ?」

 

俺とキリトとの顔の距離はほとんど無いに等しい。キリトの胸の僅かな膨らみは当たっているし、吐息もかかっているというのに何故気付かない?キリトはしばらく硬直していたが、一気に顔を赤くしたかと思うと一瞬にして飛び退いた。

 

「う、うわああああっ!?」

「……今頃気付くとか、遅すぎるだろ」

 

顔を真っ赤に染めて尻餅をついているキリトに俺はそう言い放ち、立ち上がった。そこで不意に思ったのは、もしもキリトが慌ててハラスメント防止コードを使っていたらという事である。俺からは何もしていないのに、監獄行きになるのは納得がいかない。

 

「大丈夫か?」

「う、うん……ううっ、何で思わず飛び込んじゃったんだろ……」

「……ところで何かしてたのか?お前の事だから、俺よりも先にいると思ったんだが」

「えっと……シンに会えると思ってたらなかなか寝れなくて……寝坊しちゃったんだ」

 

寝坊って……子供か。遠足前の小学生じゃあるまいし。

 

「でも約束の時間に間に合ってよかったよ」

「……確かにな。時間が過ぎていないなら、それは間に合ったという事だ」

「だよねっ!……それで、どうして急に合流しようなんて連絡したの?……私の事、嫌いになったんじゃなかったの?」

「誰もそんな事は言っていないだろ……」

 

確かに突き放してしまったが、俺は一言もキリトの事が嫌いなったとは言っていない。その事を聞いたキリトはどこか暗くなっていた表情を明るくしていた。

 

「……すまなかったな。あの時、お前を突き放したりして。色々と理由はあるが、それを盾にして許してくれなどとは言わない。もしも俺の死を望むなら、今すぐにでもフィールドに出て────」

「いっ、いいよ!ていうかしないでっ!?……でも、そうだね。じゃあ、今度私と出掛ける事を約束してくれるなら、許してあげるよ」

「……?そんなのでいいのか」

「私にとっては重要な事なんだよ!」

 

俺と出掛ける事が重要な事……?何故かは分からないが、キリトがそれでいいならいいが。今の俺に断る権利などないしな。

 

「分かった。予定が合えば、一緒に出掛けるか」

「うん!…………ところで気になってたんだけど、それ(・・)どうしたの?」

「それ?」

「右手に付けてるブレスレットだよ」

 

ああ、シリカとペアルックしている……確か再会の腕輪とかいうアクセサリーの事か。キリトが疑問に思っているのは無理ないか。俺は現実世界でも仮想世界でもこういった物を付けていなかったからな。

 

「連れていきたいって言っていた知り合いが選んだアクセサリーでな。ステータスに変化はないんだが、何でもペアルック仕様とかで1つ増えたから貰ったんだ」

「ペア……ルック。へぇー、そうなんだ……へぇー」

 

気のせいだろうか?キリトを中心にして周囲が段々と黒くなっているような気がする。それに一瞬にして周囲の気温が下がったような……。

 

「そうだ。ペアルックで思い出したが、お前に渡したい物があったんだ」

「……えっ、私に?な、何?」

「俺もアクセサリーを買ったんだけどな。そのアクセサリーもペアルック仕様だったようでな……ほらっ」

 

俺はあの青い宝石がぶら下がっているネックレスを1つだけキリトにトレードする。このネックレス、確認したがアイテム名は祈願の首飾りと言うらしい。

キリトは受け取ったネックレスを実体化させ、自分の手元に置いた。

 

「綺麗……」

「どんな物が気に入るか分からなかったからな、俺の感覚だけで決めてしまったが……どうだ?」

「うん、気に入ったよ!ありがとう!……あれ?でもこれ、ペアルック仕様って言ってなかったっけ?」

「ああ、もう1つは俺が持ってる。俺が装備した方がお前も喜ぶと思ったんだが、どうす────」

「シンが装備して!」

 

一気に顔を寄せてくるキリトに俺は驚きつつも頷き、祈願の首飾りを装備した。……やはりステータスに変化はないか。説明も「これを付けた物の願いは叶う」と書いてあったが、設定だけだろう。

キリトも祈願の首飾りを装備し、俺に笑顔を見せてくる。

 

「えへへっ、私達もペアルックだね!」

「そうだな」

 

ふむ……このペアルックとやらはそんなに嬉しい事なのか?シリカは2人が同じ物を持っている事と言っていたが……実はその他にも意味があるんじゃないだろうか?

 

「そうだ!ねぇ、今から一緒にクエストに行かない?」

「今からか?」

「うん!……駄目かな?」

「……まぁ、お前がどれだけ強くなっているのかは知りたいからな。いいぞ」

「やった!じゃあっそく受注しにいこっ!」

 

そう言ってキリトはクエストが受けられる場所へと走っていき、俺の方に振り向いて早く来るよう叫んでいる。現実世界でもあそこまでの元気な姿は見た事がなかったな、と思いつつキリトの後を追っていった。




これにて第0.5章は終了です!次回からはプログレッシブ第1巻へと入ります。
シンとキリトのお出掛けの約束については番外編で出そうかなと思ってます。

評価、ご感想お待ちしています!


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第1章 初攻略への思惑
第13話 フェンサー


ようやく原作のメインヒロインの登場です。


このデスゲームが始まってから既に1ヶ月が経った。実際はそんなに経ったような気はしないが、時間の進み方はとても早い。そしてこの1ヶ月の間に死んだプレイヤーの人数は──────およそ1800人だった。

その死亡理由はモンスターとの戦闘中に自信過剰で引き際を誤り、死んだプレイヤー。この世界に絶望し、自殺をしたプレイヤー。気が狂ったプレイヤーによって圏外───フィールドの事であり、プレイヤー同士で攻撃はおろか殺す事も可能───で(キル)されたプレイヤーなど様々であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は1週間の内の4日間は迷宮区へ赴いてレベルアップと曲刀の熟練度を上げ、2日間はフィールドに、そして残りの1日は拠点にしている場所でゆっくりと過ごす────そんな生活を繰り返している。おかげで曲刀の熟練度は随分と上がってきた。刀のソードスキルを取得できるだけの熟練度にはまだ達していないが。

ちなみにキリトとはホルンカの村で合流はしたものの、一緒にいない日もある。と言ってもその日のフィールドに出る目的が違う時などがほとんどで、拠点にいる時はほとんど一緒だが。

この日も俺はキリトとは別行動中で、未マッピングエリアに足を伸ばそうと迷宮区へと来ている。

 

「────はっ!」

 

俺が今、相手にしているのはレベル6の亜人型モンスターと言われているルインコボルド・トルーパー、通称コボルド。奴の持つ斧が振られるが、既にその動きは見切っている。余裕で避け、右手に持つブロンズシミターで攻撃する。

このコボルドというのは第1層の迷宮区では強敵であるらしいが、1体だけならばそうでもない。3回連続で繰り出される攻撃をかわし、体勢を崩した所に反撃を続けていけばいずれ倒せる。

 

「これで……終わりだっ」

 

俺はコボルドから距離を一旦とると、曲刀の上位ソードスキルであるフィル・クレセントを発動してコボルドを葬る。相手との距離を一瞬にして詰めて攻撃をするこのソードスキル、そして以前から使っているリーパー……この2つが俺の曲刀で主に使うソードスキルである。

 

「……ん?」

 

手に入れた経験値やアイテムを確認していると、奥から戦闘をしていると思われる音が聞こえてきた。俺が今いる場所は迷宮区の中でも最前線に最も近い。そのような場所で戦っているとなると、もしかしてキリトのようなベータテスターだろうか?

足を進めてみると戦っていたのはプレイヤー1人とコボルド1体。プレイヤーは頭から腰近くまでを覆うフード付きのケープを羽織り、顔を隠している。武器は……細剣か。

 

「……ふむ」

 

細剣使い(フェンサー)はコボルドからの攻撃を3回連続で回避に成功し、体勢を崩したコボルドにソードスキルを叩き込んだ。あれは……リニアーか。確か細剣のソードスキルの中では一番最初に習得する基本技……だが、明らかに本来のそれよりも速度が凄まじい。

……そうか。プレイヤー自身の運動命令によって速度を上げているのか。それならば納得できる────が、その完成度は異常な程に高い。

そんな事を考えていると、いつの間にか細剣使いとコボルドの戦闘は終わっていた。だが、細剣使いの様子がどこかおかしい。よろめいたかと思うと、通路の壁に背中をぶつけて座り込んでしまった。呼吸は荒く、どう見ても普通とは思えない。

 

「……何だ?」

 

HPバーはほぼ満タンである。何かしらの状態異常になっているわけでもない。つまり原因はそれ以外考えられないが……こればかりは直接聞いてみないと分からない。

教えの1つにも、『その5 人を見捨てるな』とあるからな。

 

「っ……!」

 

ぐったりとしている細剣使いに近付くと俺の足音に気付いたらしく、細剣使いはぴくりと肩を震わせた。だが俺がモンスターでないというのは、あちらの視界に表示されているカラーカーソルが緑色である事が証明しているはず。

細剣使いからは、そのまま通り過ぎてどこかに行け────と訴えているように見えたが、それに従う理由は俺にはない。

 

「随分とお疲れのようだな」

「…………」

「コボルド1体だけと戦っただけで、そんなになるはずがない。こんな最前線に近い場所で戦っていられるならなおさらだ」

 

俺の声掛けに対して細剣使いは返事をしなければ、何らかの動きをする様子もない。話は聞いているが無視をしているのか、それとも話を聞いて俺の出方を待っているのか……そのどちらかだろう。

 

「……お前、迷宮区に何日(・・)いる?」

 

その事を尋ねると、細剣使いの肩が再び震えたように見えた。どうしてこの事を尋ねたのかと聞かれると、別に根拠がないわけではない。まず、明らかに精神的に参っているのが先程の様子から分かる。次に細剣使いが羽織っているケープの各所がほつれている。耐久力の損耗を示しているが、あそこまでほつれたケープを装備して迷宮区に来るとは思えないし、あの強さから1日でここまでなるとは到底考えられない。

つまり────あの細剣使いは自主的なのか迷ったのかは分からないが、迷宮区から1日以上は出ていないと考えたのだ。

 

「…………それを、聞いて、どうするつもり?」

「!」

 

細剣使いからようやく聞けた声であったが、その高さに驚いた。男性プレイヤーだと思っていたが、この細剣使い──────女性プレイヤーだったのか。

デスゲームとなった今、モンスター以外にもトラップが仕掛けられた迷宮区に潜ろうとするプレイヤーは少ない。その上、この世界にいる女性プレイヤーは圧倒的に少なく、ほぼ全員が今でも始まりの街に留まっていると俺は他のプレイヤー達から聞いた。始まりの街から出ている者もいるが、キリト以外の出会った女性プレイヤーは全員大きなパーティのメンバーだった。

その為、この細剣使いが女性プレイヤーだとは微塵にも思っていなかったのだ。

 

「気になったから尋ねたんだが、何か隠したい事でもあるのか?」

「…………別に。3日……か、4日よ」

「やはりか」

 

おそらく2日、多くても3日だと考えていたが、さらにもう1日多くここにいたというのは驚きだ。それだけの日数をこの迷宮内で過ごしたとなれば色々な問題が発生する。薬の補給や装備の修理、睡眠などが最もな例だ。それを細剣使いに尋ねると────

 

「ダメージを受けなければ薬はいらないし、剣は同じのを5本買ってきた。……休憩は、近くの安全地帯で取ってるから」

 

安全地帯……ああ、迷宮区内にあるモンスターが出現しない部屋の事か。安全だがベッドなどなければ、近くの通路からは頻繁にモンスターの足音や唸り声が聞こえてくる。どんなプレイヤーでも熟睡など出来るはずがない。実際に前、そこで寝てみたからな。

 

「……もう、いい?そろそろこの辺の怪物が復活してるから、行くわ」

 

よろけながらも立ち上がり、細剣を重たそうに持ちながら俺に背を向ける。体は酷く疲労し、羽織っているケープがあそこまでボロボロになっている。そんな姿を見て、彼女を止めないわけがない。

 

「……お前、ずっとその戦い方を続けていたらいずれ死ぬぞ」

「……どうせ、みんな死ぬのよ」

 

その言葉が肌寒い迷宮区内の空気をさらに冷やしたように感じられた。フードの奥に見える薄赤く光る瞳が俺を貫くように向けられる。

 

「たった1ヶ月で、1800人も死んだわ。でもまだ、最初のフロアすら突破されてない。このゲームはクリア不可能なのよ。どこでどんな風に死のうと、早いか……遅いかだけの、違い………………」

「おいっ」

 

言葉が途切れ始めた時には足が既に動いていた。地面へと崩れ落ちていく細剣使いを倒れる直前で受け止める。

…………どうやら、気を失っているだけみたいだな。おそらく精神的に限界が来たのだろう。あそこまでふらついていれば、いつ倒れてもおかしくなかった。

 

「……むっ」

 

受け止めた衝撃のせいか、彼女の顔からフードが外れた。わざわざ隠している顔を見るのはまずいと思い、フードを元に戻そうと手を伸ばし──────そこで動きを止めた。

栗色の長いストレートヘアは小さな顔の両側に垂れ、桜色の唇が華やかな彩りを添える。少女のように可愛らしいと思えるキリトとは違い、細剣使いは美しかった。思わず俺でさえ見とれてしまう程に。

 

「…………いや、今はこんな事をしてる場合じゃない」

 

ほんの数分……いや、実際には数秒だろうが俺にはそれ以上に長く彼女の顔を見つめていたように感じられた。

フードを元に戻し、再び彼女の顔を隠す。そして地面へと直撃するはずだった体をゆっくりと横にした。さて、ここまではいいんだが……。

 

「どうやってこいつを外に運び出すか」

 

現実世界でならば女性1人を運ぶなど特に問題はないが、ここではそうはいかない。アイテムには重量が設定してあり、薬や予備の武器、さらには戦闘で手に入れたコルやアイテムを持つプレイヤーが他のプレイヤーを抱えて運ぶなど到底不可能だ。それにSTR(筋力)がほとんどない現状では、何も持っていなくても無理である。

 

「ん?…………なるほど、そうすればいいのか」

 

何か方法はないかとストレージを見ていると、ある物を見つけた。このアイテムを使い、ああしてこうすれば……彼女を無事に外へと出せるはずだ。

 

「少し乱暴だが……許してくれよ」

 

俺は気絶している細剣使いに聞こえるはずのない謝罪を呟き、さっそく作業にとりかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余計な……事を」

「起きたと思ったら、随分な物言いだな」

 

俺と細剣使いは今、共に迷宮区を出てフィールドにいる。場所は迷宮区から100m程離れた、金色の苔をまとう古木と小さな花をつけたイバラの茂みに囲まれた森の中の空き地である。細剣使いには言えない方法でここに辿り着いてからも、彼女は数時間も眠っていた。だからと言って、疲労感が完全に消えているとは思えないが。

 

「…………どうして置いていってくれなかったの」

「自殺願望があるなら、誰もいない時に高所から落下すればいい。だがモンスターとの戦闘中に死ぬ気があるなら、せめてこのゲームの攻略を手助けしてからにしろ」

 

自殺すればいいというのは本心ではないが、戦える力があるならそれを攻略に役立たせてほしいのは本当の事だ。何かしら理由があるとはいえ、自分の限界を考えずに戦い続け、その中で死ぬ気でいるなら攻略中に死んだ方がまだマシだ。

 

「…………言ったはずよ。このゲームはクリア不可────」

「本当にそう思うか?」

「……どういう事よ」

 

ふむ……この反応を見る限り、どうやら知らないようだな。と言う俺も昨日、キリトから聞かれるまで何も知らなかったが。

 

「今日の夕方、迷宮区よりのトールバーナという町で1回目の第1層フロアボス攻略会議が開かれる。それに参加してからでもクリア不可能なのか判断するのは遅くないだろ?」




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第14話 黒パン

皆さんに言っておかないといけない事があります。
実は作者は今週から学校の実習へと行かないといけなく、約2週間はこの小説は投稿されないと思います。
なのでしばらくは今まで投稿してきた話を楽しみながら待っていてください!


トールバーナ──────迷宮区から程近く、第1層では最大の町である。巨大な風車塔が立ち並び、こののどかな町に最初のプレイヤーが到達したのはSAO開始から3週間後、死者が1600人になった時だ。

俺と細剣使いは森を抜け、そのトールバーナの北門をくぐり抜ける。すると、視界に『INNER AREA』という紫色の文字が浮かんだ。この文字が現れたという事は、安全な街区圏内へと入ったという事を意味している。

 

「ここがトールバーナだ。……来た事はあるか?」

「……ないわ」

「ならどうする?会議は町の中央広場で午後4時から始まるが、それまで一緒に行動するか?」

「…………遠慮しとくわ」

 

そう言い、細剣使いは俺の前を通り過ぎていった。掛ける言葉を間違えたか?と思っていると────

 

「妙な女だよナ」

「っ!?」

 

突然、背後から聞こえてきた呟き声に俺は咄嗟に距離をとった。圏内であるのだからここまで警戒する必要はないのだが、体が勝手に反応してしまったのだ。

考えるに、かなり隠蔽スキルの熟練度を上げているんだろう。俺もベータテストでは使う事がなかった隠蔽スキルや捜索スキルなど色々なスキルをキリトに教わりながら熟練度を上げているが、こいつはそれらを軽く上回っているに違いない。

 

「すぐにでも死にそうなのに、死なナイ。どう見てもネトゲ素人なのに、技は恐ろしく切れル。何者なのかネ」

「……誰だ」

 

俺は目の前に立つ相手にそう尋ねる。その相手とは、俺よりも頭1つか2つ位低く、どこか素早さそうな感じがするプレイヤーであった。顔の頬には動物のヒゲを模した3本線が描かれているが、おそらくそういったアイテムがあるんだろう。

 

「悪いナ。つい気になって声を掛けてしまったヨ────シー坊」

「シー坊?……それは俺の事か」

「そうだヨ。シー坊については色んなプレイヤーから聞いてるからナ、すぐに分かったヨ。……特にキーちゃんからはよく聞いてル」

 

……キーちゃん?誰だそれは、と口に出そうとしたがその名前に心当たりがある名前を思い出し、別の言葉を口にした。

 

「……もしかしてキリトの事か?」

「そうダ。オレっちはアルゴ。鼠のアルゴに聞き覚えはないカ?」

「鼠?…………ああ」

 

数日前にその名前を聞いた事がある。プレイヤー同士で「鼠と5分雑談すると、知らない内に100コル分のネタを抜かれるぞ」などと忠告し合っていた。他にも「その鼠はアインクラッド初の情報屋だよ」とどこかで聞いた覚えがある。

 

「鼠と情報屋という言葉に聞き覚えがある」

「名前は知らなかったカ」

「……お前と話しているとネタを抜かれると聞いている」

「真偽の怪しい情報は売らないヨ。それに価値があるネタにはそれなりの情報料を払ってるし、極力裏を取ってル」

「……ふむ」

 

つまりネタを抜かれるという話は嘘だったという事か?……いや、どちらが嘘をついているのかなど分からないし、信用が出来るまではあまり話題になるような話はしないようにしよう。

 

「それで?俺に何の用だ」

「あの女について知りたかったら教えてあげるヨ。ただし800コル。キーちゃんはオレっちのお得意様だけど、シー坊まで安くする気はないヨ」

「断る。他人、それも女性の情報を金で知ろうとする気はないからな」

「にひひ、いい心がけだナ」

 

他人の命が関わっている時や相手が悪人で捕らえるのに必要な場合は例外だが、これは仕方ないだろう。

 

「話はそれだけか?なら俺はもう行かせて────」

「ちょっと待ちナ。本命はこれじゃないヨ」

「……なら何だ」

「ここじゃちょっとナ……オレっちについてきナ」

 

そう言ってアルゴは近くにある人気のなさそうな路地へと向かっていった。面倒な話ならば聞く気はないが、キリトはお得意様だと言っていた。本当かどうなのかは分からない。だが本当だった場合には、ここでアルゴを裏切ればあいつへの信用を失わせてしまうかもしれない。

ここは言われた通りついて行こうと考え、俺はアルゴの後を追った。

 

「……うん、ここなら大丈夫そうだナ」

「それで本命というのは?」

「キーちゃんの剣を何度も買い取りたいって要求しているプレイヤーがいるって話は聞いてるカ?」

「……何?」

 

キリトの剣……という事は、あのアニールブレード+6の事か。あの剣は元々ホルンカの村で受けられる森の秘薬で手に入れた第1層最強の片手剣をキリトが根気強く強化したのだ。それを売ってほしいだと?

 

「反応を見る限り、知らなかったみたいだナ。まぁ、キーちゃんもシー坊には出会っても伝えないでって言っていたしナ。心配させたくないっテ」

「……そうか」

 

理由は分かる。心配させたくないという他にも、それに関係した事件が起こった時には俺を巻き込みたくないのだろう。

 

「しかし……馬鹿馬鹿しい、そのプレイヤーは売ってくれると思っているのか?」

「金額は29800コルまで引き上げると言ってるそうダ。必要ならさらに上げるとも言っていたヨ」

「……努力と時間を金で買い取るなど、ロクでもない奴がする事だ」

 

そんな事をしている暇があるなら、自分で手に入れてこいとそのプレイヤーに言いたい。

 

「この交渉、シー坊はどう思う?」

「……それよりこの話を俺にしていいのか?キリトだけならばともかく、交渉相手がいる以上まずいんじゃないか?」

「これはオレっちからの依頼ダ。そのプレイヤーが何を考えているのか調べてほしイ。この交渉は明らかにおかしいからナ。剣を手に入れても損が多過ぎル」

「その依頼を俺がやると思うか?」

 

俺がそう尋ねると、アルゴがニヤリと笑ったのが見えた。

 

「やるサ。シー坊はそういう人だとキーちゃんが言っていたからナ。それに信用できる情報が多イ」

「……分かった。ただし本格的に受けるのはキリトからこの話が本当かどうか聞いてからだ」

「……随分と信用されてないみたいだナ」

「俺はアルゴについて何も知らないからな。今はお前から一方的に信用されているだけだ」

 

これは本当の事だから仕方ない。まぁ、と言ってもアルゴが嘘をついているとは思えないが。本当に嘘ならキリトに聞くという時点で慌てるはずだからな。

 

「なら、オネーサンについて色々と教えてやろうカ?1つの質問につき、100コルだヨ?」

「言っただろ、他人の情報を金で知る気はないと」

「面白味がないナ……まぁ、いいカ。それじゃあ、頼むヨ」

 

そう言うと、アルゴは一瞬にして路地から出て人波に紛れ込んでしまった。隠蔽スキルの熟練度が高いという他にも俊敏性にポイントを多く振っているんだろうなと思いつつ、俺はその姿を見送る。

 

「キリトとは会議の時に落ち合う予定だからな……その時に尋ねるか」

 

その前にどこかで食事をとろう。先程から腹が減って仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近ハマっている食事の為に、俺はNPCベーカリーで黒パンを2つ購入した。値段は1コルと最も安く、ぼそぼそと粗いパンであるが、ある工夫をする事で美味くなる。

ついでにパンという事でミルクも購入し、どこで食べようかと悩んでいると。

 

「……ん?」

 

トールバーナの中心、噴水広場を歩いていると片隅にある木製ベンチにあの細剣使いが座っている事に気付いた。何をしているのかと思ったが、どうやら食事をしているらしい。俺と同じように黒パンを食べているが、そのままだ。あのままでは大して美味しくもないだろう。

 

「また会ったな」

「……っ!」

 

近寄って声を掛けると、パンをちぎろうとしていた手が止まった。そしてこちらを見上げたかと思うと、頬を赤くして固まってしまった。大方、少し前まで死のうとしていたのに呑気に飯など食べている所を見られたからだろう。

 

「そのパン、そのままだとイマイチだろ?ちょっとした工夫を教えてやる」

「工夫……?」

「ああ。隣、座るぞ」

 

俺は細剣使いから人1人分の隙間を開けてベンチに座った。そしてストレージから黒パン───細剣使いが目にした時に唖然としていた───と小さな壺を取り出し、壺は俺と彼女との間に置く。

 

「……それは?」

「そのパンに使ってみるといい」

 

細剣使いは一瞬悩んだように見えたが、恐る恐る右手の指先で壺の蓋に触れた。浮き上がったメニューから使用を選び、紫色に光る指先で黒パンに触れる。すると黒パンの上には大量のクリームが出現した。

 

「……クリーム?こんなもの、どこで……?」

「前に知り合いと受けた逆襲の雌牛というクエストの報酬だ。時間はかかるが、やるだけの価値はある」

 

そう言うと、俺も壺に触れて黒パンに使う。キリトから教えられた使用回数から考えて、使えるのはあと1回のはず。黒パンを2つ買ったのはそれが理由だ。

 

「これだけでかなり美味くなる。食べてみな」

「……いただきます」

 

細剣使いが口にしたのを見届け、俺もクリームが盛られた黒パンにかぶりつく。うむ、やはり美味い。黒パンをここまで美味しくしてくれるこのクリームはなかなかの代物である。チラリと細剣使いを見れば、夢中で頬張っていた。

 

「美味かっただろ?」

「……っ!!」

 

黒パンを食べ終わった所を狙い、細剣使いに尋ねる。すると俺がまだ食べているのに、自分はもう食べ終わってしまっている事に気付いたらしい。また頬を赤くしている。

 

「もう1食分あるが、いるか?」

「…………いらない。ご馳走様」

「そうか」

 

俺は1つ目の黒パンを食べ終え、さらにもう1つの黒パンを食べようとストレージから取り出す。先程のように黒パンに壺を使ってクリームを盛ると、壺は消滅した。

黒パンを食べようとかぶりつこうとして────

 

「……何故見ている?」

「別に……」

「いらないんじゃなかったのか?」

「…………」

 

俺の質問に対して沈黙する細剣使い。視線も黒パンから外れたものの、たまにこちらを見てくる。正確には俺ではなく、黒パンを。その視線を無視して食べるという事も出来るが、それをした後の彼女の表情は容易に分かる。

 

──────『その3 女性を悲しませるな』。悲しむ、というわけではないが残念そうにするだろう。教えに反してはいないが、そうなると分かっていてそんな顔を見ようとは思わない。

 

「やるよ」

「いらないと言ったけど」

「気が変わったんだ。流石にこればかりじゃ飽きるからな」

「…………なら貰っておく」

 

そう言うと、細剣使いはクリームが盛られた黒パンを受け取り、ストレージに入れた。大分気に入っていたのか、受け取ってからの手際に迷いがなく、速かった。

 

「そんなに気に入ったんならクエストの事を詳しく教えてやろうか?」

「……いい。私は美味しい物を食べようと思ってるわけじゃないから」

 

先程の食べる勢いと、黒パンを受け取った時の事を思い出すと説得力に欠けるが……まぁ、そういう事にしておこう。

 

「なら、どうして食べていたんだ?」

「私が……私でいるため。最初の街の宿屋に閉じこもって、ゆっくり腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで自分のままでいたい。例え怪物に負けて死んでも、このゲームに……この世界に負けたくない。どうしても」

 

……最初の街の宿屋に閉じこもっていた?まさか、この細剣使い……あの部屋に閉じこもっていたプレイヤーか……?

 

「……この世界で、自分のままでいるのは難しい事だ。生き残る為に嘘をつくかもしれないし、仲間を作る為に自分を偽る奴だっているだろうな」

「……だとしても、私は」

「自分のままでいたいんだろ?この世界に負けたくないんだろ?ならそうすればいい。そうなる為には、前へと向かっていくしかないが」

 

俺だってそうだ。こんなデスゲームになろうと、道場の教えを守ろうとしている。教えの通りに動いていれば、自分が犠牲になるかもしれないのにそうしている。それは何故か。俺がそう生きると決めたからだ。

 

「……行きましょう。貴方が誘った会議なんだから」

「そうだな」

 

午後4時を知らせる時鐘が聞こえてきた。噴水広場には既に多くのプレイヤーが集まってきている。ここから見ても、少なくとも数十人はいるだろう。

 

そして──────始まる。このゲームがデスゲームになってから初めて行われる攻略会議が。




評価、ご感想お待ちしています!


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第15話 会議

ようやく実習を終える事が出来ました……!まだまだ提出する書類はありますが、息抜きなどで執筆していくつもりです。


「……ふむ」

 

噴水広場に集まった人数は44人であった。ベータテストの時、フロアボスに挑まずに辞めてしまった俺からしてみればこの人数が多いのか少ないかなど分からない。

だが────フロアボスとなれば、死ぬ確率は今までよりもさらに高い。だというのに、ここまで集まったのは何故か?早くこの世界からログアウトしたいからか、フロアボスを倒して有名になりたいからか、この世界に怯え、戦えずにいる人達の為になりたいからか──────

 

「……こんなに、たくさん……」

「……どうしてそう思う?」

「だって……初めてこの層のボスモンスターに挑戦する為に集まったんでしょう?全滅する可能性もあるはずなのに……」

「確かにな。だが、それでも集まったのはそれぞれが思惑を持っているからだろう」

「……思惑?」

「ここのフロアボスを倒して成し遂げたい何かがある──────そういう事だ」

 

俺の答えに納得がいったかどうかは分からないが、細剣使いを連れて広場を歩く。どこかにキリトがいるはずなんだが、一体どこにいるんだろうか?と思いながら歩いていると、黒髪の少女が走ってくるのが視界に入った。

 

「シーン!ごめんね、遅くなっ……て……」

「……どうした?」

「ねぇ、シン……そこにいる女の人は誰かな?」

「ああ、彼女は────」

「……人に名前を尋ねるなら、まず初めに自分の名前を名乗らない?」

 

何故か機嫌の悪そうなキリトに、俺の時と同じように敵意を剥き出しにしている細剣使い。キリトを非常識と思ったからか、それとも俺に紹介されるのが嫌だったからか。そういえば、まだ彼女には俺の名前を伝えていないし、名前も聞いていなかったな。

ちょうど良い、ここで互いに自己紹介をしておこう。

 

「……キリトだけど」

「…………アスナよ」

「割り込むようで悪いが、俺はシンだ。改めてよろしく頼む、アスナ」

「…………」

 

声を掛けるも、アスナはやはり仲良くする気はないのか、それとも警戒しているのか────俺から顔を背けてしまった。

 

「……私は貴方に誘われてここに来たけど、仲間ではないわ。貴方が探していた人とも会えたみたいだし、私はここで失礼するわ」

「待ってよ」

「……何?」

「どうしてシンと一緒にいたの?」

 

……?何故キリトは俺とアスナの関係をそんなに気にするんだ?別に彼女との間に何かがあるわけではない。ただ迷宮内で出会い、知り合った────たったそれだけの事だ。

 

「……彼に聞けばいいじゃない」

「それじゃ私がシンの事を疑ってるみたいじゃん」

「キリト、疑うとは何をだ?」

「とっ、とにかく!どうして一緒にいたのか教えてよ!」

 

キリトからの質問をしつこいと思ったのだろう。アスナは溜め息を吐くと、俺と迷宮内で出会った時の事を簡略化してキリトに説明した。

 

「……シン、それで本当に合ってる?」

「ああ、合っているが……」

「確認するなら、どうして私に聞いたのよ……私はもう行くからね」

 

アスナはこれ以上質問をされるのは勘弁だと言うように立ち去っていった。キリトが何故わざわざアスナに聞いたのか、何を考えているのか俺も分からないが……キリトに限って悪い事ではないだろう。

 

「ねぇ、シン」

「何だ?」

「あの人とは、その……何もなかったんだよね?」

「ふむ……例えば?」

「えっ!?えっと……その、た、例えば……」

 

何故そんなに慌てる必要があるんだ?もしかして何か良からぬ事……例えばアスナに脅された、その事を秘密にしろと言い寄られたなどだろうか?

 

「いや、アスナとは何もなかったぞ」

「ほ、本当に?」

「ああ」

 

もしもキリトと考えている事が違っていても、何かをしたという事はないからな。嘘を言う必要などない。

 

「はーい!それじゃ、5分遅れたけどそろそろ始めさせてもらいます!みんな、もうちょっと前に……そこ、あと3歩こっち来ようか!」

 

声がした方向に視線を向ければ、長身の男がいた。金属の防具を装備しており、武器から見て片手剣使いだろう男は噴水の縁に助走もしないで飛び乗った。

 

「……キリト、何故あの男の髪は青色なんだ?」

「髪染めアイテムだよ。1層の店じゃ売ってないから、モンスターからのレアドロップで手に入れたんだと思うけど」

「……ふむ」

 

ならば、あの男はベータテスターか?偶然入手したのであれば違うだろうが、狙って入手したんならその可能性はある。今まで見てきたプレイヤーに髪を染めたプレイヤーがいない事も考えると、さらに高くなる。

 

「今日は、俺の呼び掛けに応じてくれてありがとう!知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな!俺はディアベル、職業は気持ち的にナイトやってます!」

 

ナイト……つまり騎士という事か。確かに装備を見てみると、そのように見えなくもない。

 

「ディアベル……聞いた事あるか、キリト?」

「ううん。でも、顔は何度か前線の村や町で見かけたような……」

 

となると初心者とは考えづらい。前線に初心者がいないとは言わないが、キリトの言う通り前線にいたのならばベータテスターである可能性は高くなった。

 

「さて、こうして最前線で活動してる、言わばトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は、もう言わずもがなだと思うけど……」

 

理由はフロアボスの事だろう、と思っているとやはりそうであった。曰く、あのディアベルのパーティがあの迷宮の最上階に続く階段を見つけたらしい。あの迷宮はキリトによれば20階まであるらしく、つまり既にボス部屋に辿り着く為のマッピングは済んでいるという事か。

 

「1ヶ月。ここまで1ヶ月もかかったけど……それでも、俺達は示さなきゃならない。ボスを倒し、第2層に到達して、このデスゲームそのものもいつかきっとクリア出来るんだって事を始まりの街で待ってる皆に伝えなきゃならない。それが、今この場所にいる俺達トッププレイヤーの義務なんだ!そうだろ、皆!」

 

……なるほど。今回開かれた会議の目的はプレイヤー達の士気を上げ、様々な思惑を持つプレイヤー達をボス攻略するという1つの目標へと纏め上げる事か。

その目的はどうやら成功したらしく、大勢のプレイヤー達の拍手が広場全体に響き渡った。

 

「ちょお待ってんか!!」

「……む?」

 

歓声が止まり、人垣が2つに割れるのが見えた。奥にいる姿に見覚えがある。違いがあるとすれば、大型の片手剣を背負ってる事くらいか。

 

「……キバオウ」

「えっ、知ってる人なの?」

「始まりの街で武器の相談に乗った事がある」

 

まさかここで再び出会うとは思っていなかった。しかし、何故会議を中断したのか。……いや、1つだけ考えられる事がある。キバオウなど初心者にとって────ここにもいるであろうベータテスターは良く思われていない。

 

「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」

「こいつっていうのは何かな?まぁ、何にせよ意見は大歓迎さ。でも、発言するなら一応名前を名乗ってもらいたいな」

「………ふん」

 

キバオウは鼻を鳴らすと足を進め、噴水の前に辿り着くとこちらへと体を向けた。

 

「わいはキバオウってもんや」

 

……何だ?キバオウは今、名乗ると同時に全プレイヤーを見回した。その視線がキリトに向けられた時、止まった。ほんの一瞬であったが、明らかに止まっていた。

先程のキリトの反応からキバオウと知り合いとは考えづらい。それならば顔見知りである俺で止まるはずだ。だが、俺では止まらなかった。────何故だ?

 

「こん中に、5人か10人、ワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」

「詫び?誰にだい?」

「はっ、決まっとるやろ。今までに死んでいった1800人に、や!奴らが何もかんも独り占めしたから、1ヶ月で1800人も死んでしもたんや!せやろが!!」

 

………………奴ら、か。

 

「キバオウさん。君の言う奴らとはつまり……元ベータテスターの人達の事かな?」

「決まっとるやろ」

 

間違いではない。キリトのようにほとんどのベータテスターはデスゲームが開始したと同時に始まりの街から出ていった。そしてキリトは確かに言った。プレイヤー間での奪い合いだと。その奪い合いに遅れた初心者にとって、レベル上げしやすい狩り場やクエストを独り占めしたベータテスターは憎むべき存在だろう。

今も話しているキバオウの言葉の中には「ベータ上がりという事を隠している」「ボス攻略に入れてもらおうと考えている小狡い奴ら」「貯め込んだ金やアイテムをこの作戦の為に出せ」等々……本当の事を言っているし、当然であるべき事も言っている。だが、それは──────

 

「…………少しいいか?」

「シ、シン!?」

 

俺が口を挟むと、周囲のプレイヤー達の驚いた顔が見えた。その中にはキリトの顔も当然ある。キバオウやディアベルにもよく見えるよう人垣が割れ、俺はその道を通って噴水の前に立った。キバオウを見れば、どこか都合が悪そうに舌打ちした音が聞こえたが今は関係ない。

 

「えーっと、君は?」

「シンだ」

「……シンはんか。久し振りやな、何の用や?」

「お前が言っている事は間違っていない。だが、それは全てベータテスターの責任だった場合だ」

「その通りやろ!あんたはともかく、他の奴らが何の情報を教えず、全部奪っていったせいで──────」

「何故そう言える?」

「何故やと……?実際にそうなっとるから言っとるんや!!」

「死んでいったプレイヤーの中には少なからずベータテスターもいるはずだ。いくら情報がなかったからと言って、全ての死者が初心者だとは考えづらい」

 

キリトから聞いた話では、アニールブレードを手に入れる為のクエストでベータテスターが1人死に、自身もかなり危なかったと言っていた。つまりベータテスターがいくら有利であっても、油断や実力への慢心で死ぬ時などいくらでもあるという事だ。

 

「何が……何が言いたいんや、あんたは!」

「プレイヤー達が死んでいった理由を全てベータテスターのせいにするなと言っている。……それと、お前は金やアイテムを全て出せと言ったな」

「当然の事やろ。まぁ、シンはんから取る気は────」

「どうやって初心者とベータテスターは見分けるつもりだ?」

「そんなの、レアなアイテムなんかを持っていればすぐにつくやろ」

 

……なるほど。キバオウはそうやって見分けようとしていたのか。だが、口にするのは失礼故に言う気はないが、こいつは頭が足りていない。そんな事をすれば、どうなるか。

 

「ディアベルとやら。お前のその髪は髪染めアイテムを使っているのか?」

「ん?ああ、そうだけど」

「ふむ……ならディアベルはベータテスターという事になるな、キバオウ」

「えっ……」

「な、何やと!?」

 

キリトが髪染めアイテムはレアドロップと言っていたからな。だからと言って、それだけでディアベルをベータテスターと決めつける気はない。初心者が偶然で手に入れてもおかしくないし、ベータテスターである可能性があるというだけ。ただ今回はキバオウが言った方法を実行に移しただけだ。

……しかし、おかしいな。何故かディアベルは青ざめているし、キバオウは予想以上に動揺している。まるで片方は隠していた事を突きつけられ、もう片方はその隠していた事に驚いているような様子だ。

まさか、本当にそうなのか?そしてキバオウ、お前はもしかして──────

 

「た、確かに髪染めアイテムはレアドロップだけど、偶然手に入れたんだ。それから、俺はベータテスターじゃなくて初心者だ」

「ディアベルの言う通りだ。俺達のパーティは初心者で構成されてるからな」

「そうだ。それに仮にディアベルがベータテスターだとしても、初心者だと嘘をつくような奴じゃない」

 

近くにいたディアベルのパーティメンバーと思われるプレイヤー達がそう口にする。どうやらディアベルはかなりの信頼を寄せられているようだな。誰もが疑った俺を強く睨んでいる。

 

「……そうか。悪かったな、ディアベル」

「いや、いいさ。キバオウさん、今のようにその方法じゃこんな事が起こるのは確実だ」

「……確かにそうやな。やけど、納得が出来ん!ベータテスターのせいなのは本当の事やろ!」

 

「発言、いいか?」

 

その声と共に人垣の左端から進み出てくるスキンヘッドの男性が見えた。武器は背中にある斧だが、あの日本人離れした体格から考えると軽そうに見える。キリト曰く、体の大きさはステータスに影響しないようだが。

 

「……誰だ?」

「俺の名前はエギルだ。悪いが、今は言い争っている場合ではないはずだ。キバオウさん、あんたはベータテスターが全て奪っていったと言っているが、情報はあったぞ」

「何やと?」

 

情報はあった……?一体どこからだ?誰かが情報を初心者に与えていたのか?

 

「このガイドブック、あんたも貰っているだろう?ホルンカやメダイの道具屋で無料配布してるんだからな」

 

そう言ってエギルが大きなポーチから取り出したのは本であった。表紙には鼠のマークが描かれており、下には大きく「大丈夫。アルゴの攻略本だよ」と書かれている。

アルゴ……あの情報屋が作った本なのか。いや、誰が作ったかはいい。確かこの本は色々な村や町の道具屋で何度か目にしていたな。しかし無料配布であったのか……ここはゲームの中なのに、攻略本など売っているのはおかしいと思い、その内容を疑って購入しなかったのだ。

 

「────貰たで。それが何や」

「このガイドは、俺が新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。あんたもそうだったろ。情報が早すぎる、とは思わなかったのかい」

「せやかったら、早かったら何やっちゅうんや!」

 

情報が早すぎる……なるほど、そういう事か。

 

「その情報はベータテスターが提供していた、と言いたいんだろう」

「ああ、そうだ。情報はあったのに、たくさんのプレイヤーが死んだ。その理由は、彼らがベテランのMMOのプレイヤーだったからだと思う。このSAOを、他のタイトルと同じ物差しで計り、引くべきポイントを見誤った」

 

エギルは集団に視線を向け、プレイヤー達に自分の考えを伝えた。ベテランだからこそ、死に至った。そういう事か。

 

「俺達自身もそうなるかどうか、それがこの会議で左右されるんじゃないか?」

「……キバオウさん、君の言うことも理解は出来るよ。でも、そこのエギルさんの言う通り、今は前を見るべきだ。元ベータテスターだからこそ、その戦力はボス攻略の為に必要なものなんだ。彼らを排除して、結果攻略が失敗したら、何の意味もないじゃないか」

 

確かにそうだろう。人数は多くても経験が浅い初心者、人数は少ないが経験はあるベータテスター。そのどちらかが欠ければ、ボス攻略は困難を極めるだろう。攻略するには、互いが協力し合うしかない。

 

「…………ええわ、ここはあんさんに従うといたる。でもな、ボス戦が終わったら、キッチリ白黒つけさしてもらうで」

 

そう言い、キバオウは集団の前列へと戻っていった。その表情はどこか悔しそうであるが……それはベータテスター達に対して謝罪すらさせる事が出来なかったからだろう。エギルも同じように元いた場所へと歩いていく。その姿を見て、俺もキリトの元へと戻っていった。

 

「シ、シン……突然やめてよ、あんな事は……もしもシンに何かあったら……」

「……悪い」

「でも……ありがとう。私もシンが言った事と同じ事をあの人に言いたかったから」

「そうか」

 

その後、第1回目の会議は前線のプレイヤー達を纏めるという事を達成して解散となった。




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第16話 パーティ結成

どうも、現在刀スキルをどの辺りで習得させればいいのか悩んでいる作者です。
習得するのにどうしたらいいのかは分かるんですが、どのくらいかかるのかは実際にゲームをやってみるしかありませんよね……。


その後、士気が上がったプレイヤー達によって、迷宮の20階は驚く程の速さでマッピングされていったらしい。そして翌日の午後にはディアベルのパーティがフロアの最も奥で扉を発見したんだとか。さらには扉を開け、その部屋にいたボスと対面したという。

 

「……イルファング・ザ・コボルドロードか」

 

それがボスの名前らしい。他のボスの名前はどうなのか知らないが、長いな。イルファングと呼ぶ事にしよう。このイルファングは、身長は約2m、武器は俺と同じく曲刀だったと聞いた。加えてイルファング以外にもルインコボルド・センチネル────センチネルという金属鎧を着込み、斧を持ったモンスターが3匹いたらしい。

 

「……キリト。今までベータテストの時と違っていた事はあったか?」

「うん。と言ってもほんのちょっとした違いだよ。ベータテストをやり込んでいないと分からない程の……そういえばシンはもうこれを見た?」

 

キリトが俺に差し出してきたのは、3枚の羊皮紙が綴じられた薄い本。タイトルには、アルゴの攻略本・第1層ボス編と書かれている。

 

「それは……アルゴの攻略本か。ボスの事まで出ていたとはな」

「うん、いつの間にか販売されていたんだ。値段は0コル。ボスのHP量や使用してくるソードスキルの他にも、間合いや剣速、ダメージ量まで書き込まれてる。取り巻きのセンチネルについてもね」

「ふむ……ん?」

 

キリトから受け取った攻略本を開き、確かに凄まじい情報量だと感心していると、裏表紙に真っ赤な一文を見つけた。

 

「情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります、か」

 

……ベータテストの時、このゲームは第6層まで攻略されている。それ以降のボスがどんな風に変わっていようと分かるわけないが、逆に言えばそれまでのボスは倒されているという事だ。初心者にとってはともかく、ベータテスターが倒したボスをまた同じ様に出してくるか?

俺ならば、教えにある「その1 誰よりも強くあれ」を守る為に、一度負けたら次は必ず勝つ為に自分を鍛え直す。さらに強くなり、再挑戦の時には必ず倒す。今まで俺はそうしてきた。

茅場晶彦。このゲームをデスゲームへと変えたあいつが何を考えているのかは分からないが、ベータテストの時に倒されたボスを何も変わる事なく出してくるか?

 

「────みんな!こいつが正しければ、ボスの数値的なステータスは、そこまでヤバイ感じじゃない。もしSAOが普通のMMOなら、みんなの平均レベルが3……いや、5低くても十分倒せたと思う。だから、きっちり戦術(タク)を練って、回復薬いっぱい持って挑めば、死人なしで倒すのも不可能じゃない。や、悪い、違うな。絶対に死人0にする。それは、俺が騎士の誇りに賭けて約束する!」

 

第2回目のボス攻略会議が開かれている中、ディアベルの宣言に掛け声が飛び、盛大な拍手が続く。

つまり、ディアベル達はこの攻略本を元に戦術を練るという事だろう。ベータテストの時とは変わっているかもしれない相手に対して。また、本来ならばするべき偵察はこの攻略本がある事、死人が出る可能性が高いという理由から省略されるらしい。

 

「…………」

 

昔を思い返す。幼い時に開かれたとある剣道の大会、登り詰めた決勝戦で俺は呆気なく敗北した。相手の動きや間合い、詰め方、僅かな癖────あらゆる情報を事前に記録や現場で予習した。

だが、それにも関わらず俺は敗北した。それは何故か。当然と言うべきか、相手も俺の事を調べていた。そして突いてくるであろう自分の弱点を克服し、俺はまったく違った動きに反応する事も出来なかったのだ。

 

「…………相手をどこまで知れるかが勝敗を決する」

「ん?シン、何か言った?」

「いや、何も言っていない」

 

今から偵察をしに行こうにも、おそらく明日にはボス攻略を始めるだろう。そうなると、時間はほとんど残っていない。偵察をする事を進言しても、あの2つの理由からそれは叶わないだろう。

ならば、もしもベータテストの時とボスの動きが違っていた場合──────戦いながら、さらに強くなったイルファングについて知っていくしかない。

 

「それじゃ、早速だけどこれから実際の攻略作戦会議を始めたいと思う!何はともあれ、レイドの形を作らないと役割分担も出来ないからね。皆、まずは仲間や近くにいる人と、パーティを組んでみてくれ!」

 

…………レイド?パーティというのは分かるが、レイドというのは何だ?

 

「キリト、ディアベルが言ったレイドとは何だ?」

「複数のパーティを1つに束ねた物だよ。SAOはパーティの最大メンバーは6人、それを8つまで束ねてレイドが出来るんだけど……今の人数じゃレイド1つの上限にも満たないね。あっ、シンは私と組んでよね?」

 

どうやら俺とキリトが組むのは確実らしい。まぁ、こいつを1人にすれば誰とも組めずに終わるというのも確実だ。嫌がらせのように組まないという事をする気は────

 

「……あれは。キリト、少し待っていろ」

「えっ!?も、もしかして私と組んでくれないの!?」

「違うから安心しろ。ただ、あいつも誘うというだけだ」

「あいつって…………まさかっ!?」

 

キリトが何やら驚いているようだったが、俺はそれを無視して少し離れた場所に1人でいる彼女────アスナに近寄った。

 

「……アスナ、誰かと組んでいるのか?」

「…………突然何よ」

「質問に答えろ」

「……組んでないわよ。ただ、周りがみんなお仲間同士みたいだったから遠慮しただけ。そう言う貴方も誰とも組んでないように見えるけど?」

「そう見えるだけだ。俺はキリトと組むつもりでいる」

 

背後に見えるキリトを指差すと、アスナは納得してくれた。さて、俺はアスナに誰とも組んでいないのはお前だけだぞと見下しに来たわけではない。むしろその逆である。

 

「誰とも組んでいないなら、俺達と組まないか?今、6人のパーティが7個出来ているがレイドに入れるのは8個のパーティだ。俺達と組まなければボス攻略に参加できないぞ」

 

脅したわけではないが、どうやら「参加できない」というのが効果的だったようだ。アスナは一瞬だが、悩んだ表情を見せた後にふんと鼻を鳴らした。

 

「そっちから申請するなら受けてあげないでもないわ」

「ああ、それでいい────」

「その言い方はないんじゃないかな?」

 

「シンがわざわざ声を掛けてあげたんだよ?申請はそっちが────」

「固い事を言うな、キリト。ほら、お前とも組むぞ」

 

俺がアスナとキリトにパーティ参加申請を出すと、双方ともOKを押した。アスナは素っ気ない態度で、キリトは機嫌を悪そうに。

視界の左側に小さい2つのHPゲージが出現し、その下にはそれぞれの名前であるAsuna、Kiritoと表示されているのを俺は確認した。

 

 

 

 

 

 

 

ディアベルの指揮によって、それぞれのパーティは目的別の部隊へと編成された。相手を引き付け、攻撃を防ぐ───これをタゲと言うらしい───(タンク)部隊が2つ、イルファングとセンチネルへの攻撃が主な攻撃(アタッカー)部隊が3つ、長柄の武器を装備し、様々な援助を主とした支援(サポート)部隊が2つ。

そしてパーティの人数が3人しかいない俺達はそのどこにも入れられず────

 

「君達は、取り巻きコボルドの潰し残しが出ないように、E隊のサポートをお願いしていいかな」

「了解。重要な役目だな、任せておいてくれ」

 

……ふむ。言い方はいいが、つまりは邪魔にならないように後方で大人しくしていろという事か。ベータテスト時にボスと戦っているキリトや何か文句を言おうとしているアスナはともかく、俺にとっては別に悪い事ではない。

ボス戦がどのようになるのか分からない以上、遠目で戦闘を確認できるのはありがたい。どう動くのか分からない部隊に入るよりも、どう動くのか知る事の方が大事だ。

アインクラッドは100層まである。この層でボスと戦えなくとも問題はない。

 

「……どこが重要な役目よ。ボスに1回も攻撃できないまま終わっちゃうじゃない」

 

ふと気付くと、どうやらディアベルは去ってしまっていた。声が聞こえてきた方へと視線を向けると、アスナがキリトを睨んでいた。

 

「し、仕方ないでしょ、3人しかいないんだから。スイッチでPOTローテするにも時間が全然足りないよ」

「……スイッチ?ポット……?」

「俺も聞いた事がないな。どういう意味だ、キリト」

「ああ、そういえばまだ教えてなかったね……いいよ。2人共、後で全部詳しく説明してあげる。この場で立ち話じゃとても終わらないから」

 

ふむ、そうなのか。キリトがそう言うんなら、そうしよう。アスナもそれでいいらしく、小さく頷いているしな。

 

 

 

 

 

会議はそれぞれAからGまで名付けられた各部隊のリーダーの挨拶、ボス戦でドロップした金やアイテムは手に入れたプレイヤーの物という事を確認して終えた。

 

「……壁役のB隊リーダーはエギル、攻撃役のE隊リーダーはキバオウか。E隊の目的はセンチネルの殲滅役、そして俺達はその手伝いか」

 

自分の役割やそれぞれの部隊のリーダーが誰なのかを口に出して確認していると、その間にプレイヤー達は解散を始めていた。集団は何人かに分かれて酒場やレストランへと消えるように入っていく。結果、広場に残っているのは俺とキリト、アスナだけとなった。

 

「……で、さっきの説明はどこでするの?」

「酒場は────やめるか。男性プレイヤーの中に女性プレイヤー2人だけというのは酷だろう」

 

どちらとも多くの男性プレイヤーの目を引くだけの可愛らしさや美しさがある。先程の会議で調子に乗った輩が声を掛けてくるという事もなくはないだろう。

 

「当たり前よ」

「うん、私も嫌かな。どこかのNPCハウスの部屋は、誰か入ってくるかもしれないし……宿屋の部屋なら鍵がかかるけど……」

「嫌よ。この世界の宿屋の個室なんて、部屋とも呼べないようなのばっかりじゃない」

 

確かにそうだ。宿屋の個室は6畳もない一間にベッドとテーブルがあるだけだ。そして一晩だけで50コルは取られる。低層フロアでの宿屋は、最安値でとりあいず寝泊まりできる店という意味だとキリトから前に聞いた。

しかし環境は悪いが、他の条件のいい所では50コル以上は取られる。寝泊まりさえできれば別にいい俺にとって、宿屋は最も安く泊まれる場所だ。

 

「え……そ、そう?探せばもっといい条件の所もあるよ?多少、値が張るかもだけど……」

「探すって言っても、この町に宿屋なんて3軒しかないじゃない。どこも部屋は似たようなものだったわ」

 

……なるほど、そういう事か。アスナは初心者だ、ならばINNという宿屋の意味を表している看板が出ている店にしか泊まれないと思っているのは当然か。

 

「キリト、アスナはお前が泊まっているような所を知らないようだ」

「あっ、そうだったの?それじゃしょうがないか」

「……?どういう事よ」

「えっとね、コルを払って借りられる部屋は宿屋以外にも結構あるんだよ」

 

ちなみに俺はその事もキリトから教えてもらったが、その上で宿屋に泊まっているのだ。自分が気にしていない所で、金を無駄にするわけにはいかないと考えた結果である。

 

「なっ……そ、それを早く言いなさいよ……」

「キリトがこの町で借りているのは、農家の2階だったな。確か一晩80コルだったか?」

「うん。部屋が2つあって、ミルクが飲み放題なんだ。ベッドも大きいし、眺めもいいし……それにお風呂までついてて────」

 

キリトがそこまで口にした瞬間、いつの間にかアスナの右手がキリトが着ているコートの襟元を掴んでいた。突然の事に俺は一体何だと思ったが、アスナの次の言葉で彼女に伸ばそうとした手を止めた。

 

「…………なんですって?」

「えっ、えっと……?ど、どうしたのいきなり……」

「今、なんて言った?」

「な、なんてって……あっ、もしかしてお風呂の事?」

 

……なるほど。汗を素振りなどでかき、周囲から臭いなどと言われれば入っておく俺などとは違い、キリトやアスナは女性だ。ここがゲームの中とはいえ、入浴というのは重要な事なのかもしれない。だからこそキリトはそこに泊まっているのか?

 

「そうよ。その宿、あと何部屋空いてるの?場所はどこ?私も借りるから案内して」

「ふむ?キリト、お前が借りている農家の2階……丸ごと借りてると言ってなかったか?それに1階に貸し部屋はないとも」

「なっ……!そ、それ、本当……?」

「…………うん」

 

俺が言った事が本当だと知り、アスナは崩れ落ちそうになりながらもどうにか耐えていた。諦めが悪いのか、それとも泊まれる方法があるのか。

 

「…………そ、そのお部屋…………」

「えっと…………申し訳ないんだけど、実は借り部屋システムの最大日数……10日分の宿賃を前払いしてるんだ。まだ残り日数が3日間残ってて、しかもキャンセルが不可で……」

「…………」

「なかなかに悪いタイミングだな」

 

キリトが泊まっている農家以外にも、風呂つきで泊まれる場所はあるだろうがほとんど……いや、全部埋まっていると考えてもいいだろう。この町には多くのプレイヤーがおり、いい部屋から無くなっていくだろうからな。

1つ前の村まで戻るという方法があるが、そんな事をするのであれば止める。夜に出てくるモンスターを決して侮ってはいけない。

ならば、どうするか。パーティメンバーである他にも、教えの「その3 女性を悲しませるな」を守らなくてはならない。…………よし。

 

「キリト、風呂をお前以外のプレイヤーが使うというのは出来るか?」

「うん、出来るけど……って、もしかして」

「なら説明はキリトの部屋でしよう。それとアスナ、お前はそこの風呂を貸してもらうといい。それで全て解決だ」




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第17話 お風呂

スイッチとPOTローテの説明、またアスナの念願の入浴を果たす場所となる農家は、トールバーナの東に広がる牧草地に建っている。中に上がらせてもらった事が1度だけあるが、やはり大きいな。少なくともここまで大きな家を俺は現実世界で直接見た事はない。道場も大きい事は確かだが、ここまでではない。

 

「こっちだよ」

 

中に入っていくキリトを追い、俺とアスナも中へと入る。階段を上がっていくと、廊下の突き当たりにドアがある。その先がキリトが寝泊まりしている部屋だ。キリトがドアノブに触れると、ガチャリという音が聞こえてくる。プレイヤーが借りている部屋は、そのプレイヤーでなければ開かないという仕様になっているのだ。泥棒などが入る心配はないだろうが、緊急時にはどうすればいいんだろうかと思う。

 

「ど、どうぞ」

「……ありがと」

 

キリトがドアを押し開け、俺より先にいたアスナが部屋へと入っていく。俺とキリトも中に入るが、いつも見慣れているキリトはともかく久し振りにここに来た俺にとっては、ここまで広かったか?と思える程にこの部屋は広い。廊下に繋がるこのドアだけではなく、風呂場と寝室へと繋がるドアもあるのだからこの2つを合わせればさらに広くなるだろう。

そう思ったのは彼女も同じだったらしい。

 

「なっ……ひ、広っ……!嘘でしょ、たっまの30コル差なのに、ここまで違うの……!?」

「こういう部屋をすぐに見つけるのが、重要なシステム外スキルなんだよ。まぁ、私の場合は────」

 

────ベータテスターだから、とでも言おうとしたんだろうか。アスナはキリトがそうだと知っても、興味を示すとは思えないがわざわざ言う必要はないだろう。キバオウなど何人かのプレイヤーは俺がベータテスターだと知っている。それなのに俺が初心者から反感を持たれないのは、始まりの街で手助けをしていたからだろう。しかし、キリトがそういった事をしたというのは聞いていない。もしもアスナが口を滑らしてしまった場合、俺とは違ってキリトはすぐ初心者に目をつけられる。最悪、危害を加える事が可能なフィールドで何かされるという事も……。

 

「風呂場はそこだよ。一応言っとくけど……あまり期待しないでね。ナーヴギアでも液体環境は苦手みたい」

「……お湯が沢山あれば、それ以上は何も望まないわ」

 

……むっ。どうやら俺が最悪の結末を考えている間に、アスナはキリトから了承を得て風呂場へと向かっていた。そういえば、女子というのは風呂が長いと聞く。キリトから説明を受けられるのはもう少し先に────

 

「……ねぇ」

「何?」

「……このドア、鍵がないんだけど」

「ああ、えっと……そこのドアも私じゃないと駄目なんだよ」

「…………覗いたら、殺すから」

 

キリトから俺に視線を向け、睨んだ後に再び風呂場の中へと戻るアスナ。殺す、と言われてもここは圏内だから無理なんじゃないかと思うが、あの目は本気だったな。

しかし、風呂場を覗く……か。男性の中にはそういった事をする輩もいるらしいが、俺はする気など毛頭ない。同性ならばともかく、異性の裸を見るなど失礼以外の何物でもないだろう。しようとする者がいれば、即刻止めるか気絶してもらう。

 

────ふわああああっ……!────

 

「!……今の声は、アスナか」

「だろうね。私も初めて入った時はあんな声を出してたなー、流石にドアを透過する程の声は出してない……と思うけど」

 

キリト曰く、閉じられたドアを透過するのは叫び声、ノック、戦闘の効果音だけらしい。その為、先程のアスナの声はともかく水の音などはまったく聞こえてきていない。

 

「ふむ、ゲームだからありえる事か」

「まぁ、熟練度が上がった聞き耳(ストレイニング)スキルを持っているなら、話は別だけど」

 

キリトとそんな話をしたり、明日の為にあの攻略本を読んだりしていると、突然ドアが叩かれた。風呂場の方ではなく、廊下に繋がるドアからだ。誰だ?と思っていると、キリトは何かに気付いているようだった。

 

「えっ……何でっ、こんな時に……」

「どうした?」

「え、ええっと……ちょっと待ってて!」

 

そう言うと、キリトは座っていた椅子から立ち上がってドアの方に向かっていった。キリトがガチャリとドアを開ければ、外に誰かがいるのが見えた。しかし、キリトが少ししか開けていない事もあって、誰なのかは分からない。

 

「どうした、キーちゃん。何でそこまでしか開けないんダ?」

「え、えっと……その、もしかして来た理由って……」

「もちろんキーちゃんのアニールブレ──────」

「だ、駄目!!」

「へっ?ど、どうしたんだヨ?」

「ご、ごめん。その話なら廊下で────」

 

この特徴的な喋り方、前に聞いた事があるぞ。……もしかしてだが。

 

「キリト、そこにいるのはアルゴという情報屋か?」

「ん?おおっ、シー坊じゃないカ!キーちゃん、シー坊を部屋の中に入れて何をする気だったんダ?」

「えっ、えええっ!?な、何もしないよ!!ていうか、どうしてアルゴとシンが知り合ってるの!?」

「昨日の会議が始まる前、アルゴからキリトのアニールブレードを買いたいというプレイヤーがいると────ん?」

 

しまった。昨日は色々とあったせいでキリトからその交渉が本当なのかどうか聞いておく事を忘れていた。アルゴからはまだ正式に依頼を頼まれたというわけではないが、失念していた……。

 

「ちょっ!?アルゴ、シンに言ったの!?」

「クライアントが怪しいからナ。調べてもらいたいとシー坊にお願いしたんだヨ。しかしシー坊、まだキーちゃんに本当かどうか確認をとっていなかったのカ?」

「……色々あったせいで忘れていたんだ」

「まァ、確かに昨日の会議じゃ色々あったからネ」

 

そう言い、部屋の中に入ってきたアルゴは椅子に腰を下ろす。同じように座るキリトはまだ俺に秘密裏に告げられていた事に怒っているらしく、頬を膨らませている。

キリトを宥めながら先程の会話を思い出す。キリトのアニールブレードを買いたいというプレイヤーがいるのは間違いないみたいだな。

 

「アルゴ、ここに何しに来たんだ?」

「クライアントがまた金額を上げてナ。どうしても今日中に返事を聞いてこいって言ったんだヨ」

 

なるほど。情報屋なら探しているプレイヤーを見つけるなど朝飯前だろう。この部屋に来たのは偶然などではなく、キリトはここにいるという確信を持って来たに違いない。

 

「キーちゃん。依頼人が、今日中なら39800コル出すと言ってきタ」

「さっ……えっ、えええっ!?」

「……アルゴ、そのプレイヤーは正気か?」

 

昨日アルゴから聞いた金額は29800コルだった。アニールブレードを買いたいプレイヤーが金持ちならばともかく、たった1日で10000コルという金額を上乗せできるだろうか?金を集める事もそうだが、普通なら躊躇うはずだ。しかし、相手は提示してきた。……何故だ?

 

「それ、何かの詐欺じゃないの?素体のアニールブレードの相場が今は1500コル位……それに20000コル足せば、ほぼ安全に+6まで強化できるだけの素材アイテムも買えるはずだよ。ちょっと時間はかかるかもしれないけど、35000コルで私のと同じ剣が作れる計算だよ」

「オレっちも、依頼人に3回そう言ったんだけどナ!」

「……相手が損するのは4800コルか」

 

高いとは言わないが、それでも損をしている事に間違いない。金額を大きく上げれば、キリトも流石に売ってくれると思ったのか。しかしキリトの言う通りの計算ならば時間はかかっても手に入れられる。

 

「そいつは時間を費やすよりも金で買う事を選んだ。考えられる理由としては面倒だからか、どうしても早く手に入れなければならない理由があるかのどちらかだろうな」

「……アルゴ、クライアントの名前に1500コル出すよ。それ以上積み返すかどうか確認してくれる?」

「わかっタ」

 

アルゴは頷き、ウインドウを開いて高速でメッセージを打ち込んで相手に飛ばしたようだった。

……依頼をする俺には金を払わずとも伝えるつもりだったんだろうが、キリトからは金を頂くのか。なかなかにしっかりしているな。

 

「……教えて構わないそーダ」

「もう返事がきたのか?まだ1分しか経ってないぞ」

「あア。まったく、わけがわからなイ」

 

確かに。そんなにもあっさりと教えるならわざわざ名前を隠す必要があったのか?一体何の為に、と思っている間にキリトは1500コルをオブジェクト化し、出現した6枚のコインをアルゴの前に積み重ねていた。

 

「確かに貰ったヨ。依頼人の顔と名前は既にキーちゃんは知ってるヨ。あとシー坊もだネ。昨日の会議で大暴れしていたからナ」

「…………キバオウか」

 

俺の呟きにアルゴは頷いた。キリトの方に視線を移せば、驚いた表情をしているのが分かった。

 

「お、おかしいよ!だって私とキバオウが会ったのは昨日が初めてなんだよ?アルゴが私にこの話を持ち掛けてきたのは1週間も前の事じゃないか!」

「キーちゃんの剣に対する執着心、提示してきた金額、さらにはどうして会った事もないキーちゃんの武器を知っているのか……明らかにおかしいと思ったからシー坊に話したんダ」

 

始まりの街での会話、そして昨日のベータテスターに対する強い敵意……キバオウが初心者である事は確かだろう。

昨日のベータテスターに対する金とアイテムの要求……それでキリトのアニールブレードを手に入れようとした?いや、それは考え過ぎか。リスクが大き過ぎるからな。

それに39800コル……およそ40000コルという大金をどこから持ってきたのか?溜め込んでいたとも考えられるが、この街に来るまでに誰もが装備を一度は新調しているはずだ。ベータテスターならば金を楽に稼げる方法を知っているかもしれないが、キバオウは──────

 

「っ…………まさか、な」

「シン?」

「アルゴ、お前の依頼を受ける。依頼人……キバオウが何故キリトのアニールブレードをそこまで求めるのか……その真意を探る事だったな」

「そうだヨ。報酬はこれでどうダ?」

「……まぁ、いくらでもいいけどな。これでいい」

 

アルゴが提示してきた報酬金額を了承する。しかし……俺が考えた通りなら一体誰がキバオウに?キリトが持つアニールブレードは強化している事もあって、「第1層では一番の攻撃力を持っているんだよ」とキリトは口にしていた。つまり手に入れたい目的は自分の攻撃力を上げたいからか、その事を自慢したいのか。

……少なくとも今考えられる目的はこれだけか。後は明日、ボス攻略中に何としてでも確かめよう。

 

「キーちゃん、今回も剣の取引は不成立って事でいいんだナ?」

「うん…………」

「そんじゃ、オレっちなこれで失礼するヨ。っと、帰る前に、悪いけど隣の部屋を借りるヨ。夜装備に着替えたいんダ」

「うん、いいよ……」

 

アルゴに答えるキリトはどこかぼんやりしていた。やはり、予想もしていなかった真実に頭が追いついていないんだろう。

 

「キリト、俺もキバオウが何を考えているのか、正直分からないが……お前はボス攻略に集中しろ。キバオウの真意は俺が確かめておく」

「うん……お願い」

「ああ……ん?」

「どうしたの?」

 

そういえば、と先程のアルゴの言葉を思い出す。この部屋には風呂場と寝室、2つのドアがあるがどちらも隣の部屋(・・・・)だ。

 

「アルゴが言っていた隣の部屋とは、風呂場じゃないだろうな」

「───────あっ」

 

あそこにはアスナがいるぞ、と言おうとした瞬間。

 

「わあア!?」

「きゃああああああっ!!」

 

驚きの声と悲鳴。視線を向ければ風呂場からアルゴの小柄な体が転がるように飛び出てきた。当然だろう、まさかそこが風呂場で誰かが入っているなど思わない。

そして次に風呂場から出てきたのは全身、肌色の──────って、おい。

 

「キリト、何故俺の目を押さえる?」

「あっ、当たり前でしょ!!何で顔を背けたりしないの!?」

 

何で、と言われても……俺は別に女性の裸になど興味はないし、例え見てもそこからどうこうするつもりはない。それに風呂場を覗いたわけではなく、あちらが出てきたのだ。俺が目を隠す必要はないはず。

 

「──────っ!!?」

 

アスナの聞き取れない絶叫と共に、こちらへと走ってくる足音が聞こえてきた。何故、と思っていると何かが殴られたような音と共に指の隙間から光が差し込んできた。突然の音と光が何なのか考えようとすると、体が仰け反った。

…………思い出した。俺はこれが初めてだが、圏内でプレイヤーから攻撃を受ける場合。見えない障壁によって攻撃は阻まれ、音と光はその時に発生するものだ。そして体が仰け反ったのは、ノック……バック?のせいらしい。

 

「あっ」

「……むっ?」

「え」

「あリャ」

 

キリト、俺、アスナ、アルゴの呟きが部屋の中に響く。仰け反った事でキリトの手が俺の目から離れてしまい、目を開いていた俺の目の前に広がっていたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まぁ、その後の事はあまりよく言えない。とりあいず、女子3名から散々責められた俺にはアスナに「申し訳ない」と言える事しか出来なかった。




読者からのありがたいご指摘があった為、文章の一部を変えています(2回目)。

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第18話 道中

前の話である17話の最後の部分を間違いがあったという事で、2回文章を直させてもらいました。
まだ読んでいないという方は是非お読みください!


次の日──────12月4日の日曜日、午前10時。

集合場所である噴水広場には誰1人欠ける事なく、44人のプレイヤーが集まった。第1層のボスを倒すのにキリトはこの人数、レベル、装備ならば死者0人で倒す事は決して不可能ではないと言っていた。だが、それは逆も然り。

さらにはベータテストの時とイルファングの強さが変更されていた場合、最悪全滅という可能性もある。もしもそうなった場合、必ずここにいないプレイヤー達は絶望するだろう。

「最前線で戦うプレイヤー達でも倒せないボスを後ろにいる自分達が倒せるはずない」、と。「自分も参加していれば良かった」と考えるプレイヤー達もその自責によって、自らを追い詰める事になる。そうなってしまえば、このゲームはクリア不可能だ。それはつまり、このゲームから一生出れない事を意味する。

 

「…………そうはさせない、必ず」

 

俺は小さくそう呟き、心に決める。このボス攻略の結果が今後のプレイヤー達の運命を決めるのは間違いない。ならばそれは、イルファングを倒して全てのプレイヤー達に希望を与える。それしかない。

 

だが、その前にどうにかせねばならない事がある。

 

「いつまで睨んでいるつもりなんだ?」

「…………」

 

俺は背後にいるであろうアスナに声を掛ける。わざわざ振り向かなくても分かる。彼女から向けられている視線には明らかな強い怒りが込められている。

昨日の夜、散々責められてから謝ったものの、結局アスナから許しは出なかった。まさか彼女の口からあのような言葉が出るとは思わなかったが……そういえば、ある程度頭が冷えてから「もう、お嫁に行けない……」と呟いていたな。何故だ?裸を見られたからといって、本当にそうなるはずが──────

 

「……腐った牛乳ひと樽、本当に飲ますからね」

「えっ、どうして思い出したって分かるの?」

「何となくよ」

 

キリトの言う通りだ。何故言ってもいないのに考えている事が分かる?読心術というレベルではないぞ。確かに思い出したら飲ますと言われたが、これでは逃げ場がないのと同じだ。ちなみにゲーム内で腐った牛乳を飲むとどうなるのかキリトに尋ねてみたが、

 

「ダメージはないけど、味に関しては一口でも飲めば死ぬ程悶えるレベルだよ。でもまぁ、シンにとってはいい罰になんじゃないかな」

 

と返ってきた。キリトも同性だからか、アスナの方に付いてしまっている。何故かアスナと関わるとキリトは機嫌を悪くする為、2人の仲には心配をするものがあった。その為、仲が良くなった事は嬉しい……が、こういった方法で仲良くなった事には微妙である。

 

「飲むにしてもこの攻略が終わってからだ。調子が悪いまま敵に挑むなどという事はしたくない」

「当然でしょ……」

「うん。気分を悪くしたから死んだって事になったら、私許さないから」

 

俺の言葉にアスナは呆れたように呟いていた。それからキリトは例え俺が気分を悪くしていなくとも、死ねば許さないだろう。ならば尚更頑張らなくてはならないな。

 

「おい」

「……何の用だ、キバオウ」

 

後ろから掛けられた声に俺は振り向き、声の主である男を視界に入れる。ベータテスターを恨んでいる事もそうだが、会議の時のキバオウの態度からしてもキリトはキバオウの事を良くは思っていないだろう。それどころか苦手意識を持っているはず。それを考慮して俺はキリトよりも前へと出て、キバオウの声に答えた。

 

「シンはん。わいとしては納得せぇへんけど、アンタらはわいのパーティのサポ役や。せやから前に出る必要なんてあらへん。……特に、や」

 

キバオウは顔をキリトへと向けた。その顔は何故か憎々しげに頬を歪めている。何を言うつもりだ、と考えているとキバオウは言い放った。

 

「そこのジブン。大人しく、わいらが狩り漏らした雑魚コボルドの相手だけしとれや。せぇへんと……」

「……っ」

「キバオウ、俺のパーティメンバーを脅すのは止めろ。何か言いたい事があるなら俺に言え」

「わいは脅してるわけじゃあらへん。ソイツが攻略中にバカな真似をする気がしたからや」

 

その根拠は何だと聞いてみたいが、やめておこう。俺やアスナには言わず、キリトだけに言ったという事は1つだけ考えられる理由がある。それはキリトがベータテスターだと知られている事だ。その場合───その事を知った方法などはともかく───、今ここで言えば多くのプレイヤーまでもが知る事になる。そうなってしまえば、キリトがどんな態度をとられるかなど予想するのは難しい事ではない。

 

「……そうか。分かった、俺も気を付けておこう」

「シン……」

「よろしく頼むで」

 

そう言ってキバオウは自分のパーティへと戻っていく。話を終わらせる為にああ言ったが、キリトを信じていないわけではない。後で誤解を解いておこう。

 

何故後回しにしたのかと聞かれれば、キバオウに聞かれるとまずいからだが他にも理由がある。

あの男はキリトに対して40000コルという大金を提示してまでアニールブレード+6を欲しがった。その目的が何であろうと、奴が買おうとしたのは事実だ。そして大金を用意していたのも事実のはず。

しかし初心者であるキバオウがそんな大金を溜め込んでいたとしても、用意できるとは思えない。それに交渉が始まったのは1週間前だが、キリトは一昨日キバオウと初めて会ったと言っていた。それが本当であるならキバオウは誰かからキリトの事を聞いた違いない。そしてアニールブレードを手に入れる為に金を借りたと考えられる。

 

それを裏付けるように──────キバオウの装備は昨日と変わっていないのだ。

死ぬ確率は今までの何よりも高い。だからこそアスナの細剣は俺がドロップしていたウインドフルーレ+4に変えてもらい、俺も今日の為にと準備していたグレートシミター+5へと武器を変えた。

キバオウは40000コルを使わなかったのではない。他人の金である故に使えなかったと考えた方が筋が通る。金の貸し借りがあるという事は、貸した相手は相当な信頼関係がある人物。そうじゃなければ集めたとも考えられるが──────どちらにせよ、相手が誰なのかを突き止めるのは現段階では不可能だ。

だが、これはキバオウがアニールブレードを手に入れる手段が分かっただけだ。何故執拗に求めたかの答えではない。それが分からなくては──────

 

「ねぇ」

「………………ん、何だ?っと、この歓声は」

 

アスナに声を掛けられ、意識を周囲に向けると歓声や拍手などが広場全体に響き渡っていた。どうやら考え込んでいる内に何かがあったらしく、キリトを含めた多くのプレイヤーの視線は噴水の縁に立つディアベルに向けられている。

 

「……やっぱり聞いていなかったのね。どれだけ考え事に集中していたのよ」

「悪い。だが何が起こっているのかは分かった」

 

ディアベルが何かしらプレイヤー達の士気を上げる為に声を掛けたのだろう。だが……何故、その中に笑い声や口笛が混ざっている?俺達がこれからするのは今後の運命を決める為の戦いだ。責任は重大、それから来る緊張を解く為ならば分かる。しかし油断は禁物だ、勝てる戦いでも負ける事さえあるのだから。

 

「みんな……もう、俺から言うことはたった1つ!絶対に、勝とうぜ!!」

 

わあああっ、と歓声はさらに大きくなった。これでプレイヤー達の士気は最高潮まで上がっただろう。誰もがこのボス戦に勝てると確信しているはずだ。

だが。だからこそ、気を付けなければならない。この戦いの中、プレイヤー達の脳裏に敗北という文字が浮かび上がった時を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まるで遠足のようだな」

 

トールバーナから迷宮区に大勢で移動している中、俺達は特に理由もないが最後尾を歩いている。しかしその事で目の前のプレイヤー達からは止まる事のない会話や大きな笑い声がハッキリと聞こえてくる。道の左右にある森からモンスターが現れ、戦闘がある事を除けば本当に遠足のようだ。

まるで今から自分達は楽しみにしている場所に行こうとしているかのように見える。実際にはボス戦が自分達の勝利である事を確信しているからだが──────それ程までに信じられる勝利なのか?

 

「……貴方もそう思ったのね」

「ああ。……ん?も、という事は────」

「確かに遠足みたいだよね。私もそう思ったよ」

 

アスナの言葉に彼女もそう思ったのかと聞こうとすると、横から突然キリトが割り込んできた。

 

「他のエ……MMOゲームでも、移動の時はこんな感じなの?」

「ううん。フルダイブ型じゃないゲームは、移動するのにキーボードなりマウスなりコントローラを操作しなきゃならないからね。チャット窓に発言を打ち込んでる余裕はなかなかないよ」

「フルダイブ型のゲーム……ナーヴギアの他のMMOゲームは?」

「ナーヴギアはこのゲームが初だ。……そうだったな、キリト?」

 

キリトに頼まれてやっていたとはいえ、未だゲームにはあまり詳しくない故に念の為にとキリトに尋ねる。するとキリトから「うん、そうだよ」と肯定した答えが返ってきた事で、アスナに対して嘘を言っていないと確認できた。

 

「まぁ、ボイスチャット搭載のゲームはその限りじゃないだろうけどね。私はそういうのやってないから分からないけど」

 

確かにキリトがそういったゲームをしていると聞いた事はなかったな。初めて聞いたゲームだが、その名の通り打ち込むのではなく、口にした言葉が文字となって画面に表示されるんだろう。

 

「…………本物は、どんな感じなのかしら」

「本物?」

「どういう意味だ?」

「だから……こういうファンタジー世界が本当にあったとして……そこを冒険する剣士とか魔法使いとかの一団が、恐ろしい怪物の親玉を倒しに行くとして。道中彼らは、どんな話をするのか……それとも押し黙って歩くのか。そういう話」

 

なるほどな。しかしゲームとこれが現実となっている場合とでは道中に違いがあったとしても、その違いを確かめる事など出来ない。アスナの質問である会話があるかどうかを知る事は出来ない──────今は、だが。

 

「答えはこの先にあるはずだ」

「えっ?」

「今はともかく、攻略を続けていけばいずれこれが日常になる。この世界はゲームだが、俺達は現実だ。いつしか本物になるだろう。その時に会話があるのかどうか確かめればいい」

 

そう言いながら歩いていくと、いつの間にか1人でいる事に気付いた。キリトとアスナはどこに?そう思い、後ろを振り向くと2人は立ち止まっていた。しかしアスナの様子がおかしく、笑い声が聞こえてくる。よく見れば、キリトも笑いを堪えているようだった。

 

「……笑える要素があったか、今?」

「ふふ……だって、変な事を言うんだもの。この世界は究極の非常日なのに、それを日常だなんて」

「うん、でも……今日でもう丸4週間なんだよね。今日、1層のボスを倒せたとしてもまだ99層も残ってる。このゲームを攻略するのに2、3年はかかると私は思うんだ。それだけ続けば非常日もいつの間にか日常になってるんじゃないかな」

 

2、3年……か。先は随分と長いな。デスゲームとなった事を宣言されたあの日、攻略するのにかかる日数を実際に割り出したプレイヤーがいたんならば、その者だけではなく多くのプレイヤーが絶望するしかなかっただろうな。

 

「…………強いのね、貴方達は。私には、とても無理だわ。この世界で生き続けるのは……今日の戦闘で死ぬ事よりもずっと怖く思える事だから」

「なら、何か目標を持った方がいいかもしれないな。例えば……そうだな、上の層には昨日よりも凄い風呂があるんじゃないか、とか」

「あっ……うん、確かにそうだね。その可能性は高いよ」

 

第2層よりも先に上がっているキリトならば、おそらくそれが本当かどうか知っているだろう。しかしここでその答えを言ってしまえば、ベータテスターではないかとアスナに疑われてしまうかもしれない。だからこそ、一瞬だが言うべきか迷ったんだろう。

さて、気持ちが落ち込み気味だったアスナはどうなったかと思い、視線を向けると──────顔を赤面させて固まっていた。

 

「…………本ッ当に思い出すなんてね。腐った牛乳ひと樽、絶対に飲ませるから」

「そしたら昨日の事を許してくれるんだろう?」

「……ねぇ。シン、あまり反省してないみたいだけど」

「やっぱり樽の数を増やそうかしら」

 

いくらなんでも流石にそれは止してくれ。




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第19話 ボス攻略 前編

リアルが忙しすぎてなかなか執筆が進みませんでした……。


「おいっ!こっちからモンスターが湧いたぞ!」

「こっちからもだ!……くそっ、距離が近すぎる!」

 

ボスがいる最上階を目指す途中、俺達よりも幾分か前を歩くプレイヤー達が突如出現したモンスター達に襲われるという状況に陥っていた。彼らが持っている武器はどれも遠距離での戦闘を想定して作られた長柄武器……となれば、あれはF隊とG隊か。

 

「キリト、アスナ」

「うん!」

「……分かってるわ」

 

他の部隊もモンスターに襲われる彼らを援護しに行こうとしているようだが、同じように現れたモンスターの相手で手が一杯らしい。ここは最上階に近い為にモンスターも強い。さらには現在いる場所は狭い通路だ。前者はともかく、後者はどの戦闘も困難にさせてしまっている。特にあの2つの部隊は非常に戦いづらいだろう。

 

「みんな、後ろに下がるんだ!!」

 

その時、前からディアベルの声が聞こえてきた。プレイヤー達は言う通りにし、こちらへと下がってくる。どうするつもりだ、と思いながら見ているとプレイヤー達を減らす事で自分の部隊であるC隊とD隊の行動範囲を広くし、一気に勝負を決めるようであった。

 

「凄いね、戦闘面でもうまくみんなをまとめてる」

「そうだな」

 

ディアベルが戦闘中に指揮を取るという場面は見た事がなかった為、どんなものかと思ったが指揮能力なかなかに高い。他のプレイヤー達に的確な指示を出した事で、ここでの戦闘はそれ程の時間をかけずに終わりを告げた。

そしてディアベルの「さぁ、行くぞ!」という掛け声と共に再び最上階を目指して歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、あれから2、3度再びモンスター達によって少々窮地に陥る場面があったが、死者は出ずに全員が最上階に到着する事が出来た。

 

「これがボスのいる部屋に繋がっている扉か」

 

俺は目の前にある2枚扉を見上げ、そう呟いた。この扉を開き、くぐればついにこの第1層のボス……イルファングとの戦闘が始まる。

 

「ねぇ、2人共。ちょっといいかな」

「どうした?」

 

視線を扉から話しかけてきたキリトに移す。アスナもキリトの方に顔を向け、身を寄せてきたキリトは低めな声で囁いてきた。

 

「今日の戦闘で私達が相手するルインコボルド・センチネルは、ボス取り巻きの雑魚扱いだけど、充分に強敵だよ。頭と胴体の大部分を金属鎧で守ってるから、君のリニアーもただ撃ったんじゃ────」

「解ってる。貫けるのは喉元一点だけ、でしょ」

「うん。私が奴らの長柄斧をソードスキルで跳ね上げさせるから、すかさずスイッチで飛び込んで。シンは援護をお願いね」

 

キリトの言葉にアスナはこくり、と頷いて扉の方へと向き直った。

スイッチ──────ソードスキル後の硬直時などに後列の仲間が前に出る事だとキリトから昨日、教わった。これによって硬直したプレイヤーを相手から守る事が出来る。こういった集団戦では使う場面が多い為、事前に教えてもらっておいて良かった。

 

「でもシン、本当に良かったの?」

「何がだ」

「私達の援護で良いのかって話。シンの実力なら十分に渡り合えると思うけど」

「……作戦を練っている時にも言ったが、アスナの使うリニアーは速い。今までそれしか使ってきていないというのもあるんだろうが……それに弱点を狙うなら、俺よりも細剣を使うアスナの方が攻撃は正確だ」

 

細剣は剣と書かれているが、突く事に特化している武器だ。喉元という細かな場所を狙うならば斬る事に特化している俺やキリトの武器よりも細剣の方が攻撃は当てやすい。

 

「……それはそうだけど」

「まぁ、状況次第では俺も狙っていくつもりだ。そうならず、作戦通りに進んでくれれば良いんだがな」

 

──────そう。俺達のセンチネルに対する作戦だけでなく、このボス戦が事前に決めた作戦通りに進み、終わってくれれば誰も失わずに済む。作戦通りならば……。

 

「……そろそろ入るみたいよ」

「そうだねっ……!」

 

アスナからの言葉通り、前方に見える7つの部隊はディアベルの指示の元、綺麗に並び終えていた。そして扉の前でこのレイドのリーダーとも言えるべき地位に立つディアベルは銀色の剣を高々と掲げる。他のプレイヤー達も武器を掲げ、キリトやアスナまでもがそうしている事に気付き、俺もグレートシミター+5を掲げる。本来ならば、曲刀ではなく、刀を掲げたい所だが……。

 

「────行くぞ!」

 

それはこのボス戦を乗り切ってからにしよう。

 

 

 

 

 

 

ボスの部屋は暗い。しかし、何よりも────広い。広すぎる。この人数とボスとの戦闘が行われるのだから当然だが、ここまで広いとはな。そう考えていると、左右の壁にある松明が全て燃え上がり、部屋全体を明るく照らしてくれた。

 

「……あいつか」

 

部屋の一番奥に見える巨大な玉座。そこに座る巨大な獣こそがこの第1層のボス、イルファング・ザ・コボルドロードに間違いない。青灰色の毛皮を纏った巨体を持ち、右手には骨を削って作られた斧、左手には小さな盾を持ち、腰の後ろには1m半はあると思われる湾刀────全てがアルゴの攻略本に書かれていた特徴と一致している。

 

「グルルラアアアアアッ!!」

 

イルファングが吠え、大きく飛び出してきたのとこちらが走り出したのはほぼ同時であった。

まず初めにヒーターシールドを持つ戦槌使いが率いるA隊とエギルが率いるB隊が前へと出る。右側をディアベルが率いるC隊と両手剣使いが率いるD隊が走り、その後ろをキバオウが率いるE隊、長柄武器を装備したF隊、G隊が共に走る。

残り3人の俺達も最後尾を走り、俺はイルファングの周囲を見る。取り巻きのセンチネルはどこに──────と思っていると、前方でA隊とイルファングがぶつかり合った瞬間。左右の壁に生まれたいくつもの穴から3匹のモンスターが飛び降りてくるのが見えた。

 

「あれがセンチネルか」

「うん。私達も行こう!」

 

E隊、それと彼らを支援するG隊がセンチネル3匹とぶつかり合い、その戦闘から離れてゆく1匹の前に俺達は移動した。長斧を構えるセンチネルにキリトと共に俺は立ち向かい──────チラリとイルファングを見た。

奴のHPバーは全部で4本。1本削る度に取り巻きであるセンチネルが新たに追加されていく。そして最後の1本となった時、奴は腰の湾刀を抜き、攻撃方法が変わると攻略本に書かれていた。

センチネルと戦う壁部隊と攻撃部隊は交互に入れ替わりながら後列の部隊はポーションで回復、前列の部隊と入れ替わって攻撃、そして再び入れ替わる──────これを繰り返している。

このままうまく事が進めば必ず奴を倒せるはずだ。それを──────信じるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ!」

「はあっ!」

 

センチネルに対して攻撃をしても、喉元以外は対して効かない。しかしそれでも攻撃を続ければこちらに目を向ける。振り回される長斧を紙一重で避け、時には弾いていく。そして勢いよく振り降ろされた瞬間、キリトがスラントで長斧を高くに弾き返し──────

 

「スイッチ!」

 

キリトの掛け声と共に俺達は後方へと下がり、代わりにアスナが前へと出てセンチネルの喉元目掛けてリニアーを放つ。急所を攻撃されたセンチネルのHPバーは0になり、消滅していった。

 

「やったな。1体目撃破だ」

「ええ」

「……でもシン、あの戦い方は危険だよ。どうしてわざわざあんな事をしたの?」

 

アスナと共にセンチネルの撃破を喜び合っていると、横からキリトに注意をされた。確かに結果だけを言えば無傷で終わったが、必要でもないのに相手の攻撃を紙一重で避けようとするなど危険である他にないだろう。

だが、俺にはそれが必要だったのだ。

 

「奴らの『流れ(・・)』をより早く掴む為だ。間近で観察した事で掴めたからな、センチネルにはもうする必要はない」

「……流れ?」

「……えっと?」

 

俺の言う『流れ』というものが分からず、アスナもキリトも首を傾げている。まぁ、これは俺の感覚的な話になるわけだから分からなくても無理はない。

『流れ』というのは──────

 

「2本目!」

「ん?」

 

ディアベルの声が聞こえ、視線を向けるとイルファングのHPバーが1本だけ減っていった。そしてそれは新たなセンチネルが壁に生まれた穴から出てくる事を意味している。

 

「話は中断だ、奴らを倒すぞ」

 

俺は走り出し、近くに降り立った1体のセンチネルへと向かっていく。その後ろをキリトとアスナが走り、勢いよく前へと出てきたキリトと共に俺はセンチネルへの攻撃を始めた。

 

 

 

 

 

 

「もう少しだ!」

「このまま3本目も削るぞ!」

「この戦い……勝てるぞ!」

 

イルファングと戦うプレイヤー達からそのような声が聞こえてきて、俺が思える事はたった1つ。

──────順調過ぎる。故にそれが恐ろしいのだ。こちらのレベルが高い事や作戦もしっかり練ってきたからというのはあるだろうが、しかしここまで順調過ぎると逆に何かあるんじゃないかと思ってしまう。

イルファングのHPバーはC隊が1本目を、2本目をD隊が削った。そして3本目を本来ならばその役目ではないF隊とG隊が中心となって削っている。センチネルはE隊と俺達3人だけでも対処できているという事からの変更である。

 

「キリト!」

「うん!────スイッチ!」

 

2体目のセンチネルの攻撃を俺が防ぎ、その隙にキリトのソードスキルが奴の武器を上へと弾いた。その瞬間にアスナと入れ替わり、放たれたリニアーが弱点である喉元を貫くと、センチネルは消滅していった。

 

「……やっぱり多いわね」

「多いって何がだ?」

「経験値とお金と……あと、アイテムよ。今まで戦ってきたどのモンスターよりも多いから不思議に思ってたの」

「仮にもボスと一緒に出現するモンスターだからな。それにここだけにしか出現しないのかもしれない。そうだろ、キリ……ト?」

 

声を掛けたキリトは隣にはおらず、少しばかり離れた場所でキバオウと話しているのが見えた。……いや、あれは話しているっていうよりも──────

 

「下手な芝居すなや。こっちはもう知っとんのや。ジブンがこのボス攻略部隊に潜り込んだ動機っちゅうやつをな」

「動機……?ボスを倒すこと以外に何があるって言うの?」

「何や、開き直りかい。まさにそれを狙うとったんやろが!……わいは知っとんのや。ちゃーんと聞かされとんのやで……あんたが昔、汚い立ち回りでボスのLAを取りまくった事をな!」

 

LA……LastAttackの略か。確かキリトが言っていたな、ボスに止めの一撃を刺したプレイヤーにはLAボーナスというこの世界に2つとない装備品を手に入れられる、と。

キバオウの話をそのまま受け取ると、キリトは何らかの方法でベータテスト時にそのLAボーナスを独り占めしていたという事になる。

 

「……デタラメを言うな、キバオウ」

「シ、シン……」

「こいつがそんな事をするとは思えない、訂正しろ」

「なんや、邪魔はしないでもら──────っ!!?」

 

俺はキリトの前に立ち、現実世界でふざけた真似をしていた男共の相手をした時と同様にキバオウを鋭く睨む。それに気圧されたのか、予想していなかった俺からの殺気に驚いたのか、後ろへと数歩下がった。

 

「シ、シンはん……これはワイとそこの奴との話や。よ、横から口を挟まないでもらえんか?」

「断る。……お前はキリトの昔について、聞かされたと言ったな。そいつは何故知っていた?答えろ」

「だ、だから────」

「俺は答えろと言ってるんだが……もしかして、聞こえなかったか?」

 

ズンッ!という音が鳴ったかのように部屋の空気が一気に重たく、冷たくなる。イルファングと戦っているプレイヤー達や他のE隊のメンバー、さらにはアスナやキリトまでもが小さな悲鳴を出していたが、俺はキバオウを殺気の籠った目で睨むのをやめない。

1秒か10秒か、それとも1分か──────しばらく時間が経つと、やがて汗だくとなったキバオウの口が震えながらもゆっくりと開いた。

 

「ね……鼠や。えろう大金積んで、鼠からベータ時代のネタを買ったっちゅうとったわ」

「鼠……アルゴの事か」

 

しかしアルゴとキリトは親しいように見えた。大金を積まれたとはいえ、教えるだろうか?情報屋という仕事である以上、私情を挟んでしまっては成り立たないが教えたとは到底思えない。

 

「嘘だ!だって、アルゴはベータテスト関連の情報は絶対に売らないって言ってたよ!!」

「……と言っているが?つまりキバオウ、お前の言っている事は嘘────」

「そ、そんなんワイは知らん!それなら何や、あの人を疑えって言うんか!?ジブンの情報を教えてもらったって言ったんはあのディアベル(・・・・・)はんなんやぞ!!?」

 

キバオウがそう叫んだ瞬間、この場にいる全プレイヤーが固まった。イルファングと戦っていた部隊は攻撃をモロに受けてしまって吹き飛んでいるが、HPバーを見る限り大丈夫だろう。

 

──────それよりも、だ。

 

「お、おい……どういう事だよ」

「情報屋が売っていないベータテストの事をディアベルさんが知ってた……?」

「でも、あの女が嘘をついてるって可能性もあるぞ」

「……情報源がどっちにしても、女はベータテスターって事になるぞ」

「……俺、前に元ベータテスターの事を聞こうとして鼠に金を積んだけど、無理だったぞ……」

「という事は、ディアベルは元ベータテスター!?」

「キバオウが言っている事が本当なら、あの女もだな」

 

キバオウが黒幕の名前をわざわざ口にしてくれた事は助かるが、場所が悪過ぎる。しかもキリトとキバオウの話が聞こえていた奴らもいるらしく、ディアベルと共にキリトがベータテスターである事が疑われてしまっている。と

特にキリトは情報源がアルゴだろうとディアベルだろうと、ベータテスターではないという証拠がなければ、ディアベルのように何かしらの実績を残しているわけではない。

 

「み、みんな落ち着くんだ!今はそれよりもボス戦に集中して──────」

「お、おい!3本目が削れたぞ!!」

 

ディアベルが皆を纏めようとしていた時、驚きながらもイルファングと戦っていたF隊の1人が叫んだ。確かにイルファングのHPバーは残り1本になっている。という事は奴は武器を変えてくるだろう。

確かにディアベルの言う通り、今はこのボス戦に集中しなくてはならない。油断をすれば、いくらこちらが押しているとはいえ命の保証は出来ないからな。

 

「グルルラアアアアッ!!」

 

イルファングが吠えると、最後のセンチネルが出現した。そして奴は骨斧と盾を投げ捨て、右手を腰の湾刀へと手を伸ばしていく。

F隊と入れ替わったディアベルと続くC隊の6人がイルファングを取り囲む。骨斧の時は横凪ぎに攻撃をする事があった為にこの陣形は取れなかったが、湾刀は縦斬りがほとんどの曲刀スキルだ。攻撃してくる瞬間を見分けれる事が出来れば避ける事が可能なのだ。

 

「ど、どういう事や……どういう事なんや、ディアベルはん!あ、あんたは……あんたはワイと同じ────」

「キバオウ、センチネルが来るぞ。E隊を纏めろ」

「っ……何でや!何でそんな平然としてられんのや!ディアベルはんが本当に元ベータテスターなら、ワイは裏切られ────」

「その話は後にしろ。キリト、アスナ!行けるか?」

「う、うん……」

「……大丈夫よ」

 

キバオウによって明かされた事実に2人の顔には他のプレイヤー達と同様に驚愕や動揺の色が入り乱れていた。2人もキバオウ程ではないだろうが、リーダーとして皆を纏めるディアベルの事を信頼していたのだろう。

 

「ふっ!」

 

振り降ろされる戦斧とぶつかり合い、互いに弾かれる。しかしすぐに体勢を立て直し、センチネルの攻撃を避けるキリトに加勢してリーパーで奴を遠くへと吹き飛ばした。

 

「…………えっ」

「どうした?」

「あれ……湾刀じゃ、ない?」

 

イルファングへと視線を向けると、奴は新たな武器を抜き終わっていた。しかしその武器はベータテストの時に使われたと攻略本に書かれていた湾刀ではない。あれは──────俺がソードスキルを手に入れようとしているっ……!!

 

「だ、駄目だ!ボスが持ってるのは湾刀じゃない、()だよ!!全力で後ろに跳んでーっ!!」

 

キリトが懸命にボスに向かっていくディアベル率いるC隊に向かって叫んだ。しかしすぐ近くまで迫っていた彼らに声は辛うじて聞こえたものの、突然そこから離れるという事は出来なかった。

スタンというのが何なのかよくは分からない。しかしキリトがここまで必死になっているのを見る限り、かなり危険な状況である事に間違いはないだろう。

そして──────

 

「グルオオオッ!」

 

空高く跳んだイルファングは体を強く捻った後、着地したと同時に刀を振った。刀身に込められていた力が紅く輝いた竜巻となってC隊全員を襲い、攻撃を受けた箇所からは血液にも見えるエフェクトが発生している。

視界の左側に表示されているC隊の平均値のHPを示すHPバー側を見れば、一気に半分を下回ったのが分かる。C隊は完全に回復したはずなのに、ここまでダメージを受けるとはな──────と思いつつ、俺の体はイルファングへと反射的に突き進んでいた。

 

「あっ……シン!!?」

 

後ろからキリトの俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきたが、俺の足は止まらなかった。

どうして俺は奴に向かって走っている?ディアベル達は俺が手を貸さずとも逃げられるのに?────いや、違う。奴らはキリトの言っていたスタンのせいなのか、逃げるどころか動いていない。

そして誰もが目の前の状況を理解できず、ディアベル達の元へと走っていない。イルファングはソードスキル後の硬直で動けないが、どちらが先に動けるようになったかでC隊の運命は決まる。そんな賭け事をしている暇があるんならば、俺は──────

 

 

 

教えの1つ、『その5 人を見捨てぬこと』

 

教えの1つ、『その7 救いを待つ者には手を差し出せ』

 

 

 

────自らの手で、必ず救ってみせる。




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第20話 ボス攻略 後編

ついに2018年に突入!年内に投稿する事は出来ませんでしたが、明けましておめでとうございます!

今後もよろしくお願いします!


「──────あっ」

 

それは誰が口にした呟きだったか。イルファングが鞘から引き抜いた刀によるソードスキル────旋車によって、C隊全員がスタンになった事を誰もが見ていたが、それを受け入れるのには相当な時間が掛かった。これは事前の情報と異なっている事もあるが、何よりも先程までプレイヤー側が優勢になって戦っていたからというのが大きい。

その間にイルファングは長い硬直時間から解放され、今度は刀を床に触れるか触れないかの位置から斬り上げ、正面にいたプレイヤーを宙に浮かせた。

 

そのプレイヤーとは──────不幸にも、多くの人から絶対なる信頼を受けていたディアベルである。

 

「くっ……!」

 

ディアベルが受けたソードスキル、浮舟はスキルコンボの開始技であるがその事を知っているのはこの場に1人しかいない。

刀の刀身が赤いライトエフェクトが包まれ、ディアベルに襲いかかる。この時、ディアベルが取るべき行動は防御に全神経を集中する事であった。しかしそれを知らずにソードスキルを発動しようとして──────不発に終わった。

 

「グルオオッ!!」

 

イルファングの刀が目にも止まらぬ速さで上、下からディアベルを攻撃する。そのどれもがクリティカルヒットであり、彼に絶大なダメージを負わせていた。

そして一拍溜め、最後の攻撃である突きが繰り出されようとする────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させるか」

 

トドメになるだろう最後の突きがディアベルに突き刺さる手前で、俺はフィル・クレセントで距離を一気に詰めて刀身を横から弾いた。刀は僅かながらブレて、ディアベルの真横を勢いよく通り過ぎ、HPバーの減少は僅かな数字を残して止まる事になった。

 

「き……きみ、は」

 

床に落ちたディアベルからの声は小さく、弱々しかった。助かったとはいえ、あと少しで死ぬ直前だったのだから仕方ない。

 

「ディアベル、C隊を連れて後退しろ。俺が時間を稼ぐ」

「っ……な、何を言ってるんだ!ボスと1人で戦おうなんて無茶だ!」

「無駄口を言ってる暇があるなら早く行け。奴の硬直が解ける前に逃げなきゃ今度こそ死ぬぞ」

 

俺は正面にいるイルファングに対して構えを取る。確かにディアベルの言う通り、無茶ではあるが無理ではない。イルファングの体型が大きさはともかく人と似ている事、そして武器に刀を使っている事から俺には勝機があるからだ。

 

「……ディアベル、今はそいつの指示に従うぞ」

「俺達全員、死にそうなのは分かってるだろ。今は下がって回復するべきだ」

「っ……でも!」

「彼が危険を承知で作ってくれたこの瞬間を、わざわざ見逃すのか!?」

 

背後でディアベルと他のパーティメンバー達が議論しているのが聞こえてくる。だが、そんな事をしているなら早く行ったらどうなんだ?

 

「分かった……この恩は必ず──────」

「グルオオオッ!!」

「まずいっ、ボスが!」

 

ディアベル達全員が逃げる事を決心した直後にイルファングの硬直が解けてしまった。まったく、タイミングの悪い奴だな……っ!

 

「はあっ!」

 

イルファングの振り降ろしてくる刀を俺は両手で握り締めた曲刀で迎え撃った。ぶつかり合う2つの武器の間からは火花が散り、互角の力────いや、俺の方が僅かに押されているな。筋力よりも敏捷性にスキルポイントを多めに振り分けていたのがここで仇になるとは。

 

「ちぃっ……何してる!とっとと逃げろ!!」

「あ、ああ!」

 

俺とイルファングの激突に目を奪われていた奴らを叱る。そして後ろへと全力で走っていくのを見届けた後に、俺は刀を腹で滑らせて床へと激突させた。

すぐにイルファングから距離をとり──────

 

「グオオオッ!!」

「っ……!」

 

勢いよく凪ぎ払われる刀を咄嗟に伏せて避け、俺はすぐに攻撃に転じた。使用後に硬直があるソードスキルは使わずに、イルファングを斬りつけていく。

そして奴が刀を振り上げたと思った瞬間、俺は反射的にすぐ後ろへと跳び、もう一度床を蹴った後には刀の先がすぐ目の前を通り過ぎて床に叩きつけられた。

これが奴の攻撃できる間合い……それにしても。

 

「……分かっていないな、刀の事を」

 

刀はただ我武者羅に振ればいいというわけではない。大事なのは相手との間合い、呼吸、踏み込み、刃筋、そして刀の重さを最大限に利用する事だが……イルファングにはそれが何1つ備わっていない。そうでなければ、俺に攻撃を一度でも当てられるはずなのだ。

 

「そもそも刀を常に片手で持つなんて、それじゃただの剣と変わらないだろ」

 

そう呟いていると、イルファングがディアベルを宙に浮かせたソードスキルを放ってきた。しかし一度見て、しかも刀を使いこなせてすらいない奴の技をわざわざ受けてやるつもりはない。俺は片足を後ろにずらして半身になる事でかわし、その隙に俺が攻撃を──────

 

「シン!!」

「……来たか」

 

後ろをチラッと見ると、キリトとアスナが走ってきていた。イルファングは今ソードスキルを発動し、僅かな間は硬直するはず。

──────この隙を逃しはしない。

 

「ふっ!!」

 

俺は新たに獲得していたソードスキル、デス・クリープを放つ。曲刀が黒く包まれ、そのまま上段から強力な一撃をイルファングに喰らわせた。それと同時に発生した黒い衝撃波で奴を怯せる事に成功する。

 

「────スイッチ!」

「「!!」」

 

俺は床を強く蹴り、背後にいる2人の間を通り過ぎる。そして俺が予想していた通り、突然の事でありながらもキリトはレイジスパイク、アスナはリニアーとそれぞれのソードスキルを発動してイルファングを遠くに吹き飛ばしてくれた。

 

「ナイスだ、2人共」

「そうじゃないでしょ!ボスと、しかも1人で戦い始めるなんて、何考えてるの!!どれだけ心配したか分かってる!?」

「……悪かったよ、すまなかった」

 

本当に心配していたらしく、涙目で怒ってくるキリトの頭をポン、ポンと優しく撫でる。唸っているキリトをそれで落ち着かせている間、俺は隣にいるアスナに目を向けた。

 

「アスナも来てくれてありがとな」

「同じパーティメンバーなんだから当然でしょ」

「それでもだ、助けてくれた事に違いはないだろ?」

「……分かったわよ」

 

お礼を言われた事に照れているのか、アスナは俺から顔をそらしてしまった。その時、視界の片隅にいるイルファングが動き出したのが見え、俺達は瞬時に構えをとった。

 

「他の部隊の奴らはどうした?」

「ほとんどのみんなはディアベルが死にかけた事に怖じ気づいちゃって……」

「あれじゃしばらくは戦えないと思うわよ」

「……そうか」

 

つまりしばらくは俺達だけで戦えという事か。もしもそんな状態のプレイヤー達に奴が突っ込んだら一瞬にして死者が出るだろう。それだけはさせるわけにはいかない。

 

「グルオオオオオオッ!!」

 

イルファングは激しく吠え、俺達の方へと走ってくる。それと同時に俺達も走り出し、キリトが俺とアスナの方に向かって叫んできた。

 

「シン!アスナ!手順はセンチネルの時と同じだよ!」

「分かった!」

「ええ!」

 

キリトに返事をすると、先を走るアスナが被っていたケープを邪魔と感じたのか一気に体から引き剥がしていた。初めて会った時、アスナが気を失った際に隠れていたその顔を見た事はあるが──────

 

「やはり綺麗だな」

「なっ……こっ、こんな時に何言ってるの!?」

「そうだったな、すまん」

 

まさか聞こえていたとはな……いい耳をしている。そういえばキリトからキツい視線を感じたと思ったが、気のせいだろう。あいつは今、イルファングの居合いをソードスキルで相殺させていたんだからな。

 

「シン!アスナ!」

「任せろ!」

「セアアッ!!」

 

キリトとの激突で後退したイルファングを俺は正面からデス・クリープで斬り裂き、同時に衝撃波で怯ませる。そして俺の背後から現れたアスナの放ったリニアーが深々と打ち抜いた。

 

「……たったこの程度か」

 

2つのソードスキルを叩き込んだにも関わらず、イルファングのHPバーは僅かしか減少していない。しかしそれは当たり前だ、ボスであろう存在がそう簡単に倒されては困る──────が。

 

「他の奴らがまともに戦えるようになるまでどれ程かかるかが問題だな」

「うん……私達3人だけじゃあまりにも火力不足だよ」

「でもやるしかない……そうでしょ?」

「ああ、その通りだ」

 

奴を倒す、後ろの奴らが復活するまで持ちこたえる……どちらにせよ、奴と戦う事から逃れる事は出来ないという事だ。ならば──────やるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ!」

「はあっ!」

 

キリトが作り出した隙をつき、イルファングにフィル・クレセントとリニアーを打ち込む。ダメージを与え終わると、俺達はすぐにキリトと入れ替わって硬直が終わるのを待った。

 

「……これでもう16回目か」

「そんな事を数えてたの?」

「まぁな。だが……それだけやっても減ったのはほんの少しか」

 

このゲームは1体の敵に対してプレイヤーは複数人で戦える以上、ボスのHPバーはそれを考慮した上で設定されているはずだ。イルファングのHPバーが何十人のプレイヤーを相手に設定されたのかは分からないが、ディアベルが瀕死になる前は20人以上で戦い、かなり順調に奴のHPバーを削っていた。

しかし今、戦っているのはたったの3人……この人数でHPバーを最後まで削ろうとすれば、どれ程の時間がかかるんだろうか。

 

「しまっ……うわああっ!?」

「あっ……!」

「っ、どうし────キリト!」

 

攻撃を読み間違えたのか、下段から繰り出された奴のソードスキルがキリトを直撃していた。吹き飛ばされ、床に膝をつくキリトと交替するようにアスナがイルファングに突っ込んでいく。

 

「あれはっ……アスナ、下がれ!!」

「えっ……!?」

 

ソードスキルを発動したにも関わらず硬直が短いのには疑問を感じたが、それよりも奴の続け様に繰り出そうとしているあのソードスキルは、動きから見てディアベルを殺そうとしたやつに違いない……!

 

「間に合えっ……!」

 

俺の声にアスナは足を止めたが、あそこはイルファングの間合いに入っている。俺は走り出してあのソードスキルが発動する直前で奴とアスナとの間に割り入み────アスナを後ろへと突き飛ばした。

 

「っ、シッ────」

「……ふぅっ」

 

──────奴の流れ(・・)を読む。

 

「グルオオオッ!!」

「…………」

 

右足が僅かに前へと前進。筋肉に隆起から右手に力が込められて左手の力は僅かに弱い。

視線は俺の肩から脇腹にかけてであり、刃筋は右斬り降ろしから。呼吸は荒く、興奮状態である事から振るタイミングは今から考えて約1.2秒後。

そして下段からの攻撃はそのすぐ後、左斬り上げからと考えると刃の向きを変えるまでおよそ0.8秒かかり、捻りを加えるとなると速度は上段よりも遅い──────

 

「読みやすいな、人と似ていると」

 

頭の中で思い描いた通りに上下からの攻撃を紙一重でかわし、最後の突きも繰り出される前に既に正面から移動した事で当たらずに終わった。

 

「……えっ?」

「ぜ、全部かわした……」

 

アスナとキリトが驚いているが、それ程凄い事ではない。必要なのは相手の動きを細部まで見る観察眼と自分がどう動くべきかを瞬時に判断する事だけだ。

そもそも俺の言う流れとは、その言葉通りだ。流れは何にでもある。例えば人が何かをする時にはそれに繋がる動作をしなければならない。この一連の動作が流れである。その流れを知る事が出来れば、相手の攻撃を最小限の動きでかわす事など造作もない。蹴りだけでもどちらが攻撃か、踏ん張るのかを判断するだけなら筋肉の隆起と爪先の向き、膝の状態だけを確認すればいい。

 

「グルッ……オオオオッ!!」

「貴様がただ硬直するだけになったな」

 

デス・クリープを放って、身動きがとれないイルファングを遠くに吹き飛ばす。「攻撃したと思ったら、逆にされていた」と言う奴など現実世界での試合中にはよくあった事だ。何故なら俺が得意とする戦い方は相手を速さと力で一瞬にして叩きのめす方法ともう1つ──────相手の隙を突き、怪我を負わず確実にカウンターを決める方法だったからだ。

 

「おい、大丈夫か!?」

「お前は……エギルだったか。ああ、大丈夫だ」

 

後ろを振り向くと、そこには今この場に辿り着いたエギル率いるB隊、それとそれぞれの隊から選ばれた数名のプレイヤーがいた。残りのプレイヤーはと言うと、遥か後ろでE隊とG隊が中心となってセンチネルと戦っていた。どうやら、倒してもすぐに新たなセンチネルが出現しているらしい。

 

「ディアベル達はどうした?」

「まだ回復中だ。あれだけのダメージを受けたんだ、時間がかかってもしょうがない」

 

確かにそうだろう。しかし他のゲームはどうなのか知らないが、回復ポーションが入った瓶を飲んでも少しずつしか回復できない他、しばらくは次の瓶を飲んでも効果がないなどとにかく面倒なのだ。しかも非常にまずい。

まぁ、味はともかくディアベル達のような奴らが出たらスイッチで入れ替わって回復させる───これをPOTローテーションと言うらしい───しかないが、今更それは出来ない。

 

「ボスを後ろまで囲むと全方位攻撃が来る!技の軌道は私が────」

「それは俺に任せろ。キリトは回復に専念するんだ」

「……でもっ!」

「奴の技は正面の奴が受け止めろ。キリトみたいにソードスキルで無理に相殺せず、盾や武器で守っても大きなダメージはない。いいな?」

「おう!」

「グルルオオオオオッ!!」

 

エギル達の野太く響く声に、イルファングの雄叫びが重なる。これがゲームではなく、奴が本物の生物とするならば────せっかく相手の人数を減らしたかと思えば、突然増えれば苛立ったのは間違いないだろう。

 

「さっきは……ありがとう(・・・・・)

「アスナ」

 

奴の攻撃してくる流れを読み、エギル達に伝えるという役割を果たす直前で、後ろから隣に歩いてきたアスナから礼を言われた。それに対し、俺は笑みを向ける。

 

「初めてお前から礼を言われたな」

「えっ?…………あ」

 

迷宮区で気を失ったアスナを外に出した時も黒パンにクリームを塗ると美味しいと教えた時も礼を言われるという事は一度もなかった。これからも礼を言われる事はないと思っていたが……まさかここで言われるとは思っていなかったな。

 

「この戦い、必ず勝つぞ」

「……ええ!」

 

アスナはエギル達の間を移動しながら、隙を見てイルファングにリニアーを叩き込んでいく。一方で俺はソードスキルの流れを読み、エギル達に「左水平斬り!」や「左斬り上げ!」、「右水平斬り!」と技の軌道を大声で伝える。奴らも俺の指示通りに攻撃を防ぎ、攻撃を続けるアスナに注意が向かう前に威嚇(ハウル)などを用いてそれを防いでくれている。

…………だが。

 

「右斬り上げ!……なかなか減らないな」

 

俺が攻撃から抜けてしまった事で奴のHPバーの減りは先程よりも少ない。おそらく奴が倒れる前にエギル達が力尽きるだろうな。

 

「お、おいっ!?」

「シンッ……!?」

「ちょっ、あなたっ……!」

 

俺がとった突然の行動にエギルやキリト、アスナが驚く。当然だ、こんな事は誰も予想していなかっただろう。

 

──────()()()()()()()()など。

 

「はあっ!」

 

正面と背後にはアスナと同様、奴を囲む事になってしまう為に行かず、僅かな隙を見出だしてデス・クリープを叩き込む。そして攻撃を終え、エギル達の間を通って後ろに移動した瞬間。

 

「左斬り上げだ!」

「っ!?」

 

正面にいた奴が俺の言葉通りに迫ってくる刀を盾で防ぐ。その顔には驚きがある。おそらくは何故、奴の動きをロクに見てもいなかったにも関わらず、発動したソードスキルが分かったのかと思っているんだろう。

目の動き。呼吸。首、腕、手首、腰、膝、足首、指それぞれの動き。筋肉の変化に間合いや姿勢、足音や空気の僅かな流れ──────奴の技の流れは全て読める。ならばどれが来るか判断する為には、そのいずれかが分かれば問題ない。ただ少ない材料だけで流れが分かるのは、奴がゲーム上の存在だからだ。攻撃の時やソードスキルを使う時、必ず同じ動きをする。

しかしやり方や理屈が分かったとしても、俺と同じ事が出来るプレイヤーはこのゲーム内にはいないだろう。相手の流れが自然と読めるようになるまで、親父は3年かかったと言うし、俺は5年かかったからな。

 

「次は右水平斬りだ!」

「お、おい……マジかよ……」

「あいつ、一体どうやってるんだ……!?」

 

だからエギル達の間を通る時も再び攻撃した時も奴の流れを読み、普通なら両方を一度に行うなど不可能な事が俺には出来る。

そしてそれを続けていれば、アスナ1人が攻撃をしている時よりも早く奴のHPバーは3割を下回りると共に赤く染まった。

あと少しで奴を──────

 

「っ、そこから離れろ!」

 

気が緩んでしまったのか、B隊の1人がよろめいた。そこまではいいが、立ち止まったのは奴の真後ろ。キリトが注意してくれたにも関わらず、奴を取り囲んでしまっている。

 

「グルルオオオオッ!!」

「ちぃっ……!」

 

イルファングは垂直に跳び、体を捻っていく。技名など分からないが、あれは間違いなくディアベル達の動きを封じたソードスキルだ。曲刀のソードスキルに、空中で応戦する技はない。着地したと同時に奴の刀を迎え撃つか……!

 

「う……おおああっ!!」

「キ、キリト!?」

「何!?」

 

後ろから飛び出したキリトは勢いよく跳び、右肩に担ぐアニールブレードが黄緑色の光に包まれていく。そして跳躍が止まったイルファングに振り降ろし──────ソードスキルが発動する直前で奴を床に叩きつけた。

 

「グルウッ!グルッ……」

「……?立ち上がれないのか……」

 

イルファングは立ち上がろうと手足を懸命に動かしているが、どうやらそれは出来ないらしい。おそらくゲーム特有の何かなんだろうが……。

 

「全員────全力攻撃!!囲んでいいよ!!」

「お……オオオオオオ!!」

 

エギル達が一斉に奴にソードスキルを叩き込み、HPバーが凄まじい速さで削られていく。おそらく、これはキリトにとって賭けなんだろう。イルファングが立ち上がる前にHPバーを全て削る──────だが。

 

「っ……間に合わない!!」

 

エギル達全員が硬直に入るが、奴のHPバーは僅かだか残っていた。おそらく、あと強力なソードスキルを1発でも入れる事が出来れば倒せるはず……!

 

「俺に任せろ!奴の弱点を突く!!」

 

その時、勢いよく走るディアベルが一気にエギル達の間を通り過ぎた。HPバーは完全に回復しており、何らかのソードスキルを発動するつもりらしい。剣が青色に輝き始めており──────

 

「っ……待て、ディアベル!!止まれ!!」

 

イルファングの視線がディアベルに向いている────しかし問題はそれだけではない。奴もディアベルに向かってソードスキルを発動するようだが、あの流れは今までの技とは違う。新たに繰り出すソードスキルに間違いない。しかも俺の勘が正しければ、その技は今までのものよりも格段に──────

 

「グルオオオオッ!!」

「なっ────」

 

ほんの一瞬だった。イルファングが持つ刀が消えると同時にディアベルから5回も凄まじい光が発生し、また部屋全体に音が鳴り響いた。一体何が、と思ったがそれはすぐに分かる事であった。

 

「ディア、ベル……」

「……嘘」

 

キリトとアスナの呟きが重なる。ディアベルの体はいつの間にか空中に浮いており、悲鳴を出す暇もないまま全身が青いガラス片となって消えていった。その姿は俺達だけではなく、遥か後ろにいる奴らにも見えて────

 

「っ……貴様ぁぁぁああああああっ!!!」

 

硬直のせいか、それとも呆然としているのか動かないエギル達の間を俺は通り過ぎ、イルファングを睨む。そして右手に持つ曲刀を構え、奴に突っ込んでいく。

右斬り降ろし、左斬り降ろし、右水平斬りと素早く切り刻み、最後に強力な突きを放つ。イルファングの左脇腹を貫くが、それだけでは終わらせずに俺はその巨体を力ずくに押し込む。

 

「くたばれっ……このクソ犬がぁぁぁああああっ!!!」

 

俺のステータスに関係なく無理矢理手足を動かしているせいか、HPバーが減少していっている。それでも俺は凄まじい砂煙を背後で起こしながら進んでいき、背中を壁へと叩きつけた瞬間────奴は吠え、刀が床に転がったと同時に盛大に四散していった。

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

────レイジング・ チョッパー。俺が現在持つ曲刀スキルの中では、一番威力の高いソードスキルである。しかし強力である分、隙も大きい為に発動する時は限られる。このボス戦で使う時はないと思っていたが……怒りのままに使ってしまっていたとはな。

 

「っ……これは」

 

──────You got the Last Attack!!

 

ディアベルが求めていた紫色のメッセージが、俺の目の前で瞬いていた。




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第21話 代償

今日、成人式だった人はおめでとうございます。今後の人生が良いものでありますように。


第1層のボス、イルファング・ザ・コボルトロードの消滅────それはつまり、第1層は攻略されたという事だ。それを証明するように薄暗かった部屋は段々と明るくなっていく。

そして俺の目の前に現れていたあのメッセージ……俺が奴にLastAttackを決めたという事で間違いないだろう。

 

「助け……られなかった…………」

 

あいつを────ディアベルを。キリトに対してアニールブレードを売ってもらうよう計画した犯人だとしても、見捨てるわけにはいかなかった。あいつが何の目的で、剣を手に入れようとしたのか。どのような思いで皆を率いていたのか。信頼を得る為だけか、それともこのゲームを本気で攻略する為だったのか────聞くべき事があった。知らなくてはいけない事があった。

 

「っ……!!」

 

すぐ目の前にいたあいつは、俺が手を伸ばせば救えたかもしれない。しかし現実(この世界)は甘くない。そんな事が出来ないまま、ディアベルは死んでしまった。

…………俺のすぐ目の前で。

 

「くそっ……!!」

 

教えの1つ、『その7 助けを待つ者には手を差し出せ』

 

ディアベルに手を差し出す事すら出来ていなかっただろ!消えていくあいつは誰かの助けを待っていたかもしれないのにだ!自分の命を犠牲にしてでもこの世界に囚われたプレイヤー達を1人でも多く現実世界に戻す……それが俺のするべき事だろうがっ!!

 

「……シン」

「だ、大丈夫?」

「……ああ」

 

背後からアスナとキリトに声を掛けられ、俺は無意識の内に()()()()()()()()を止めた。現実世界でならば皮膚が剥け、出血しているであろう手に傷は一切ない。だがその代わりにHPバーが僅かに減少していた。

痛みがない。これは今までの経験から知っている。だが痛みがないという事は────ダメージを受けても、痛みなど感じずにHPバーという命が無くなっていくという事だ。死ぬという感覚はないのに、HPバーが0になったというだけで死んでしまう。

 

「…………」

 

茅場晶彦──────俺は貴様が何故こんな事をしたのか未だに分からない。だが貴様には1つだけ問いたい事がある。

痛みは感じていないのに死んでしまう、それがどれだけ人に死を受け入れさせず、恐怖を与えるのか貴様は知っているのか?

 

「────何でだよ!!」

「えっ……?」

「……今の声は」

 

俺達は一斉に振り返る。ボスを倒したというのに、ディアベルの死亡という事が頭から離れられないプレイヤー達は喜ぶ事も互いを称え会う事も出来ていなかった。

そんな暗い雰囲気の中、叫び声を上げたプレイヤーはディアベルと同じC隊の曲刀使いであった。

 

「何で、ディアベルさんを見殺しにしたんだよ!!」

 

────見殺し。助けられなかった俺は確かにそう言われても仕方ないだろう。あいつを助けられなかった事で、ディアベルの仲間達を悲しませる事になったのは俺の責任だ。

この責任をどう償えばいいかは分からない。しかしどのような償い方であろうと、俺は受け入れて────

 

()()()()はボスが最初から刀を使うって分かってたんだろ!?最初からその情報を伝えれば、ディアベルさんも俺達もあんな目に遭わなかった!最後のだって、本当は新しいソードスキルが来るって分かってたんだろ!!」

「……何?」

 

「アンタ」ではなく、「アンタら」だと?奴の武器を知らなかったとはいえ、技の流れを読む事でかわしていた俺はそう疑われても仕方ない。他に誰が…………っ、まさか。

 

「おい。俺だけじゃなく、キリトにも言っているのか?」

「当たり前だろ!!そいつはボスから離れるよう叫んでいたけど、ただ黙っていただけだろ!分かってるんだよ、俺達攻撃部隊が死ねば、混乱が起きてLAボーナスを取りやすくなるからな!!」

 

……根拠のない話だが、確かにそう見られてもおかしくはない。ボスが新たに出した武器が曲刀ではなく、刀だと判断するには早すぎて初めから知っていたと思われるのは当然だ。それにキリトはキバオウの発言によって、ディアベル共々ベータテスターだと疑われているか、悪ければ決めつけられている。

 

「こいつも、あっちの奴も元ベータテスターで間違いない!だから、あいつはボスの攻撃パターンを知ってたんだ!本当は旨いクエや狩場も知ってるんだろ!?知ってて隠してるんだろ!!」

 

キバオウが率いているE隊の1人が俺とキリトを指差して、そう叫ぶ。俺もキリトと同じくベータテスターだと決めつけられているらしいが、今更だろう。それに実際そうであったのだから嘘をつく気もない。

 

「そこまでにせえやっ!!」

「っ……キバオウ、お前は黙ってろ!」

「ジブンが黙っとれ!ワイはシンはんに話があるんや!」

 

E隊の奴を押し退け、キバオウは俺に顔を向ける。その表情はディアベルの死というものがあったにも関わらず、悲しみがない。いや、無理矢理胸の内に押し込んでいるのか?どちらせによせ、その代わりに戸惑いや疑問、怒りなどが入り乱れているのは確かだが。

 

「シンはん、あんたは始まりの街でワイら初心者の為に色々しとってくれたやないか!シンはんが本当に元ベータテスターだとしても、そこの女とは違って隠してるわけじゃないんやろ!?何か、理由があるに決まってる!!」

「……そういえば、俺もあの街であの男に一度だけ助けられた事があったな」

「僕も色々教えてもらった事があったっけ……」

「ていうか元ベータテスターだからって、ボスの攻撃パターンまでは知らなかっただろ。だって配布された攻略本にはベータ時代の情報だって書いてあったぞ」

 

……確かに。ベータテストの時と今回使われた武器が違っている、それはベータテスターでも攻撃パターンは分からなった事を意味している。だがそれでは駄目だ。違っている事を証明するには俺とキリト以外のベータテスターが証言するしかない。しかしそんな危険を伴う事をする奴はいないだろう。

 

「あの攻略本が嘘だったんだ!アルゴって情報屋が嘘を売り付けたに決まってる!あいつだって元ベータテスターなんだから、タダで本当の事なんかを教えるわけないんだよ!!」

「でもそれはおかしくないか?ディアベルさんが本当にベータテスターなら、攻略本の嘘に気付くだろ」

「っ……それも嘘に決まって─────」

「それは無理があるだろ。アルゴからベータテスト時の情報を買えない以上、あの女の事をディアベルさんが知るにはベータテストをやってなきゃ説明がつかない」

「……つまりこういう事だろ。元ベータテスターはどいつもこいつも信用しちゃいけねぇんだよ」

 

────まずいな。このままいけば、どうなるかなど容易に想像できる。このゲームを攻略するにはプレイヤー全員が協力しなければならない。だが第1層を攻略できた時点で、こんな状況では100層など夢のまた夢だ。

この関係を払拭し、初心者もベータテスターも互いに協力できるようにするには…………。

 

「ねぇ、シン」

「何だ?」

「お願いだから……馬鹿な真似だけはしないで」

「…………さてな」

 

俺は前へと足を進めていく。キリトが俺に手を伸ばそうとしたが、俺はそれをやんわりと制する。そしてアスナの横を通り過ぎようとした時。

 

「貴方、何をする気?」

「あいつにとっては馬鹿な真似かもな」

「そう……きっと悲しむわよ」

 

心配そうに見てくるアスナはきっと俺を止めようとしたのだろう。だから親しく接しているキリトの事を出してきた。しかし止まってしまえば、ディアベルが死んだ時以上の悲劇が起こる。

それだけは────止めなければならない。

 

「……貴様らは大きな勘違いをしてるぞ?俺の事も、ベータテスターの事もな」

「な、何やと?どういう事や、シンはん」

 

キバオウが疑問に満ちた表情を俺に向けてくる。これから俺が口にする事は、あいつにとって辛い事だろう。ディアベルにも裏切られている事を考えればその辛さは倍か。

 

「俺が始まりの街で貴様ら初心者を助けていたのは、別にしたくしてしていたわけじゃない。信頼を得る為だよ」

「信頼を得る為……?どういう事だよそれ」

「分からないか?全部、自作自演だったんだよ。貴様らの命など、俺はどうでもよかったんだ」

「っ……シッ────」

「黙ってろ女ァアッ!……俺が今喋ってるだろ?関係ねぇお前は引っ込んでろ」

 

背後から俺を止めようと名前を呼ぼうとしたキリトに、俺は殺気を込めて叫ぶ。視線を向ければ固まっているキリトが見えたが…………これでいい。俺とお前との関係をここで壊したように見せれば、俺が何を言っても今後キリトに被害が及ぶ事はないはずだ。

 

「……どうしてわざわざ信頼を得ようとしたんだ?何か目的があったんだろ?」

「当たり前だろ、ハゲのおっさん」

「ハ……これはスキンヘッドなんだが……」

 

問いかけてくるエギルを俺はそう呼ぶ。おそらく俺の芝居にわざと乗ってきてくれているんだろう。それなのにわざととはいえ、そう呼んでしまった事には罪悪感を抱いてしまう。

 

「ベータテスターとバレても初心者共から襲われないようにする為だが、目的はもう1つある」

「……何だ?」

「LAボーナスを取る為だよ。顔を売っておけば、協力してくれる奴が増えるからな。だが結果はディアベルと、奴がLAボーナスを取られると危惧していたあの女と組んだせいでうまくいかなかったけどな」

 

俺はキリトを親指で指差し、あからさまにあいつが邪魔だった事を強調する。この位しておけば、ほとんどの奴は散々に言われているキリトに情が移るだろう。代わりに俺を敵と見なしてくれるはずだ。

 

「つまり、俺達初心者を利用しようとしてたのか!?」

「ああ、そうだよ。まぁ……ほとんどが利用できねぇクズ共だったがな!!」

「クズッ……んだとっ、テメェ!?」

「ふざけんじゃねぇぞ!!」

「俺達を何だと思ってんだぁっ!!」

 

よし、とりあいず敵意を俺に向ける事は出来たな。これならば、あの事を吹っ掛ければベータテスターに対する敵意も簡単に俺の方に向けられる。

 

「それとベータテスターへの勘違いだが、ベータテストは確かに武器は曲刀だった。しかし今回は刀へと変更されていた。これを事前に知っていたのはアルゴでもそこの女でもない────()だけだよ」

「っ……どうやって知ったんだよ!?他の元ベータテスターでも手に入られなかった情報を!」

「プレイヤー以外で変更点を知っているのは誰だと思う?」

 

俺はニヤリと笑って奴らを見る。変更点をプレイヤー以外で知っている者などこのゲームを開発した奴らしかいない。そしてプレイヤー達がよく知る開発者などたった1人しかいない。

利用させてもらうぞ、貴様の名前を──────

 

「……まさ、か……!?」

「か、茅場晶彦か……?あいつから教えてもらったっていうのか!?」

「ああ、そうだよ。俺は現実世界であいつと繋がりを持っていたんだ。このゲームの変更点なんていくらでも聞いてるぜ……まぁ、俺もこんな事になるなんて聞いていなかったけどな」

 

現実世界の事は家族や知り合いならばともかく、赤の他人が知っているはずない。それを利用すれば、茅場と繋がりを持っているなんてバレそうな嘘────真実かどうかを確認できず、さらにはここにいる誰もが俺に敵意を向けている状況では信じ込ませるのは然程難しくない。

 

「ふっ……ふざけんなよテメェ!!何だよそれ!!もうベータテスターどころじゃねぇだろうが!!」

「チートだろ、それ!お前、チーターだったのかよ!!」

「お前にクズ呼ばわりされる筋合いなんてねぇよ!お前がクズだろうが!」

「ベータのチーターが、粋がってんじゃねぇぞ!!」

「あんたなんて、とっとと死んでまえっ!!」

 

チーター、ベータ、チーター、ベータ…………と、2つの単語は次第に混ざり合ってビーターという1つの単語へと変わっていく。

チートなどという言葉を俺は知らない。チーターなど動物の名前でしか知らない。何も知らない俺は嘘をついただけで、死を望まれる程のクズ呼ばわり──────か。

故意にやった事だが、随分と落ちぶれたもんだな。

 

「ビーターか、いいな!俺にぴったりな、格好いい名前だ!!」

 

……これで、いい。これでいいんだ。これならば多くのベータテスターが救われる。キリトもアルゴも……これが今の俺が出来るディアベルへの唯一の償いだ。

俺は多くのプレイヤー達に悪どい笑みを向け、それでも敵意を向けさせると後ろへと振り返ってキリトの前に立つ。

 

「シ、ン……なん、で……!」

「キリト、お前にこれを渡す。絶対に、誰にもこれの入手方法を教えるな」

「……?そ、それってどういう────」

 

俺が選択したアイテムを、キリトは何のアイテムか分からないままOKを押して受け取ってくれた。そして受け取ったアイテムの名前を見て、絶句する。

 

「こっ……れ、は……駄目、だよ……」

「いらないなら捨てろ。俺は第2層に進むからな」

 

ここで後戻りしても得られる物など何もない。ならば前に進むしか道はない。俺は立ち尽くし、震えた声しか出せていないキリトの横を通り過ぎていく。目指すはイルファングが座っていた玉座の後ろに設けられた小さな扉だ。あれが第2層へと繋がっている事は容易に想像できる。

正面へと辿り着いた俺はその扉を押し開き、奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉の先にあった螺旋階段をしばらく上っていくと、再び扉が目の前に現れた。この先に第2層が広がっている事を想像し、俺は扉を両手で一気に押し開いた。

 

「……へぇ。なかなかの絶景じゃないか」

 

どうやら俺がいるのは急角度の断崖らしい。狭いテラス状の下り階段が岩肌に沿って左に伸びているが、俺はそこから視線を外して眼科へと向ける。

どうやらこの階層はテーブルのような岩山が端から端まで連なっているだけのようだな。山の上部には大きな牛のようなモンスター達がおり、生えている草を食べている。……そういえば、このゲームに囚われてから肉を口にしていないな。

 

「さて、そろそろ……ん?」

 

何分か目の前に広がる光景を眺め、動き出そうとすると後ろの螺旋階段から足音が聞こえてきた。先程の攻略組の誰かだろうが、あれだけ周囲から敵意を向けられた俺を追い掛けてくるなど普通とは思えない。ならばその正体は自然と限られてくる。

 

「……よかった。ここにいたのね」

 

段々と見えてきた栗色の髪から誰なのかは分かっていたが、俺はアスナの全容が見えてくるまでは何も言わずに待った。あんな事があった後では、アスナも俺への態度を厳しい物へと変えているのではないかと思ったが……どうやら変わっていないようだな。

 

「綺麗……」

「ああ。第1層のごちゃ混ぜになっていた地形よりもこちらの方が断然良い」

 

アインクラッドの構成上、第1層が一番広い為に開発した側にとってはそれ故に余ったスペースをとにかく何かしらで埋めなければいけなかったのだろう。それともプレイヤー達にこういった建物や地形がこのゲームにはあるという事を知らせたかったのか?

 

「エギルさんとキバオウ、キリトから伝言があるわ」

「伝言?」

「エギルさんは『2層のボス攻略も一緒にやろう』って。キバオウは…………『ワイはシンはんが言った事を信じとらん。始まりの街で見たシンはんは、紛れもなく本心での行動やった』だって」

 

……キバオウの関西弁をアスナは真剣に再現しようとしたんだろうが、まったく似ていない。やはりその関西弁はキバオウでなければ駄目だろう。

 

「キリトは『これ以上、危険な事はしないで。私の前から消えないで』って」

「そうか」

「……貴方とキリトの間に何があったのかは知らないけど、とても悲しそうな顔をしてたわ」

 

分かっている。あいつが悲しむ事など初めから知っていた。だが俺はやらなければならなかった。教えの1つを破る事になったが、大勢の命とたった1人の悲しみ……どちらを優先しなければならないかなど、考えなくとも分かる事だ。

 

「ねぇ……どうしてあんな事をしたの?」

「キバオウ達に言った事か?」

「それもそうだけど、今聞きたいのはボスを倒して手に入れた装備品をどうしてキリトにあげたのかってこと。ああいったアイテムは2度と手に入らないんでしょ?」

 

コート・オブ・ミッドナイト──────選択する時に少しだけステータスを見たが、第1層で手に入る事は絶対にないだろう。おそらくそれに匹敵する装備品が出てくるのはずっと先の事になるはずだ。

 

「……俺が持つ資格はないからだ」

「資格……?」

「確かに俺は奴に最後のダメージを与え、LAボーナスを手に入れた。しかし()()()()()()()()俺にそのアイテムを手にする資格はない」

「それは貴方が────」

「分からないか?」

 

俺がビーターとなった経緯が本当であろうと自作自演であろうと、それは関係ない。このボス攻略はディアベルによって纏められたプレイヤー達が互いを信じ、全力で挑んだゲーム攻略への第一歩だった。結局はディアベルの死、信じていたディアベルへの疑惑、そして俺の行動によって最悪な第一歩となってしまったが……。

 

「俺は裏切ったんだよ。プレイヤー達からの信頼も、あいつらの信念も……何もかもな」

「っ……どうして」

「ん?」

「ディアベル達を助ける為に頑張って、彼の死を1人で背負いながらみんなから傷つけられて……さらには自分でも傷つけて。貴方はどうして名前も知らない誰かの為にそこまでするの?」

 

アスナを見れば、悲しげな表情で俺を見ていた。同情してくれているのか、それとも俺の境遇に哀れんでいるのか。どちらにせよ、俺にとっては必要ない事だ。俺は、俺がやるべき事をしているだけだから。

だが────俺がここまで誰かの為に、わざわざ命を捨てるような危険な道へと進む理由は教えが全てではない。

 

 

『真一、貴方は誰かを想う事が出来るとっても優しい子。私も進も────そんな貴方が大好きなの』

『真にぃ……ごめん……ごめんなさいぃ……!!』

 

 

「……もう嫌なんだよ。誰かが傍で死ぬのも、助けたいのに何も出来なくなるのもな」

「シン、もしかして貴方は……」

 

アスナはそこまで言いかけ、口を閉じた。しかし彼女が俺の言葉に何を察したのかは分かる。そしてそれが合っているという事も。

 

「……そうだ、キリトからもう1つ伝言があったわ。貴方、転移門を有効化(アクティベート)する事を知っている?」

「転移門は分かるが……有効化(アクティベート)って何だ?」

 

転移門とは始まりの街といった各層の主要区や村にある門の事だ。その門をくぐる事で転移門がある場所へと移動できるらしいが、それでは強くなれないと思った俺は使った事がない。しかしそういえば、あれはどのようにして使えるようになるんだろうか?

 

「まぁ、私もさっきキリトから聞いたばかりだから人の事を言えないけど……第2層の主街区のウルバスにある転移門に触れると、始まりの街にある転移門と繋がるみたい」

「なるほど……いや、待てよ。アスナ、第2層にある街の名前を知っているという事は────」

「別に私はシンやキリトが元ベータテスターだからって態度を変える気はないわよ」

 

まぁ、それは分かっているが。しかしキリトがアスナに自らベータテスターだった事を告げるとは。キバオウからの発言だけなら本当かどうか分からない状態に留まっていたというのに……アスナには伝えても大丈夫と判断したのか。

 

「それで、アスナはこれからどうするんだ?」

「私は他のプレイヤー達と一緒に始まりの街に戻るわ。キリトも……少し具合が悪そうだったから、エギルさんが付き添って戻っていったわよ」

「っ……そうか。あいつ、そこまで……」

 

だがここでホルンカの村の時のようにあいつと再会するわけにはいかない。あの時とは状況がまったく違う。俺に敵意が向けられたおかげでキリトの存在が隠れるようになったのに、一緒にいればそれが意味を無くしてしまうからな。

 

「あっ、それと……転移門を有効化(アクティベート)したらそこからすぐに離れて隠れた方がいいって。始まりの街にいるプレイヤー達が一気に出てくるから」

「そうなのか、それはいい事を聞いた。ビーターになった以上、目立つ事は極力避けたいからな」

 

転移門の前にいれば、そこにいる俺は間違いなく攻略組と判断される。他のメンバーがいない事には疑問を持たれるだろうが、全員が俺に注目するだろう。その中に俺がビーターだと知る奴がいるとする。そうなれば俺は一斉に罵声を浴びせられるはずだ。わざわざそんな事をされるつもりはない為、有効化(アクティベート)したらとっとと離れよう。

 

「じゃあ、私は行くから」

「そうか。それじゃあ、俺もウルバスとやらに行ってみるかな」

「…………ねぇ」

「どうした?」

 

アスナに別れを告げようとすると、その前に言葉を遮られた。何だろうかと思いながらアスナからの返事を待つが、何故かなかなか口を開こうとしない。

 

「どうした?何か言いづらい事なのか?」

「いや、そういうわけじゃないけどその……もし、また会う事があったら、私と──────」

「私と、何だ?」

「……ううん、やっぱり何でもない」

 

いや、そこで途切れるのかよ。余計気になるじゃないか。……まぁ、何にせよアスナが言いたくないんなら無理に追求するのはやめておくか。

 

「それじゃあ……またね、シン」

「ああ。またな、アスナ」

 

上ってきた螺旋階段をアスナは下っていった。アスナの姿が見えなくなり、足音も消えかかってきた所で俺も階段を下りようとすると誰かからかメッセージが届いたようだった。俺がフレンドに登録しているのはキリトとクライン、シリカ。そして昨日の夜、依頼の報告等を聞く為にとフレンド登録をしていたアルゴの4人だけである。

誰だろうかと思いながら開いてみると、差出人はアルゴだった。

 

『大変な迷惑かけたみたいだナ、シー坊。お詫びに情報を何でもひとつタダで売るヨ』

「……へぇ、情報が回るのが早いな。流石は情報屋だ」

 

しかし情報を1つか……特に思い浮かぶ事もないし、タダならばわざわざ適当に使うよりも保留にしておくか。

 

『なら次に出会う時までに考えておく』

 

アルゴにメッセージを返信し、何を教えてもらおうかと考えながら俺は階段の一段目を下り始めた。




活動報告でアンケートをとってます!別に付き合ってもいいよという人は是非お願いします!


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第22話 エクストラスキル

「ここがウルバスか……」

 

俺が辿り着いた街、ウルバスは外周部だけ残して中は堀り抜かれた岩山の中にある。この壁の高さははまるで要塞のようにも見え、モンスターが街に入ってこないように考えられて作ってあるんだろう。おそらく設定はそんな感じのはずだ。

南側のゲートから街の中へと入り、視界に現れた表示と聞こえてくる音楽から圏内に入った事を確認する。さて、アスナから聞いた通りに転移門を有効化(アクティベート)をさせなくては。アルゴが第1層攻略の事を知っていたという事は、既にその情報が全プレイヤーに伝わっているとも考えていい。なら始まりの街にいる転移門の前には多くのプレイヤーが今か今かと待っているに違いない。

 

「始まりの街の転移門が広場にあったという事は……」

 

ウルバスの街路を広場は中心にあるだろうという勘で歩き回っていると、視界に入った階段を上った先に大きな門を見つけた。あの形、転移門に間違いない。あれに俺が触れれば始まりの街の転移門と繋がるらしい。

 

「……ふむ」

 

アスナが教えてくれた通りにどこか隠れられる場所を探していると、良さげな古い建物を見つけた。念を入れてドアを開け、中を確認するが誰もいなければ物もほとんどない。階段は入口の近くに見え、有効化(アクティベート)したら上の階から広場を観察するか。

 

「よし、やるとするか」

 

俺は転移門の前へと戻り、目の前の水面のような物へと触れた。その瞬間、転移門からは鮮やかな光が溢れ出して俺の視界を埋め尽くしていく。これが有効化(アクティベート)されたという事なんだろう。

なら、とっとと逃げるとするか。

 

「よっ」

 

走り出した俺はあの建物のドアを勢いよく開け、一切止まらずに階段を駆け上がっていく。そして上の階へと転がりつつ入る。

 

「……間に合ったか」

 

窓際に向かい、顔を僅かに出して下を見ると転移門から多くのプレイヤーが流れ出てきた。先程とは違う音楽が流れているが、それを聞かずに広場から走り去っている者や辺りを見渡している者もいる。あと、2層に来た事に感激して騒いでいる奴も何人かいるな。

 

「あいつらは……なるほど、俺を探しているのか」

 

何故辺りを見渡しているのかと思っていたが、この階層に来れたという事は誰かが転移門に触れたに違いない。しかしそのプレイヤーである俺は目立つ事を避ける為に逃げ出してしまった。本来ならばいるプレイヤーがいなければ、気になって探すのは当然か。

 

「ん?……あれは」

 

しばらく広場を見下ろしていると、転移門から見知ったプレイヤーが走りながら出てきた。少し前にメッセージのやり取りをしたアルゴである。何故急いでいるのかと思っていると、その後ろを追うように現れた男の2人組がアルゴを発見すると同時に走り出した。

 

「…………」

 

何が目的かは分からないが、あのまま放っておくわけにはいかない。俺は別の窓枠から乗り出して目の前の屋根へと飛び移った。何人かのプレイヤーがその時に生じた音に気付いてこちらを向いたが、敏捷性にポイントを多く振っている俺にとっては見つかる前に隠れるなど容易い。

 

「さて、あいつらはどこに行った?」

 

屋根の上を慎重にかつ素早く移動しながら、俺はメインウインドウを操作し、スキルの1つである索敵(サーチング)スキルから派生した追跡を使用する。Argoと名前を入力すれば、街路に薄く緑色に光る足跡が出現した。これは俺にしか見えておらず、他のプレイヤーには見えていない。

索敵(サーチング)スキルの主な役割はモンスターの捜索や隠蔽スキルを使っているプレイヤーを見破る事だが、追跡は見失ったモンスターがどこに行ったのかを知る為のスキルだ。プレイヤーでもフレンド登録をしている奴なら追える。

 

「あっちか……ん?」

 

アルゴの足跡は西側の通りを抜け、その先にあるゲートに向かっている。まさかと思い、プレイヤーがこの辺りにはいない事を確認してから街路に飛び降りると、足跡はゲートの先に続いていた。フィールド────つまり圏外に出たという事だ。

まだこの階層のモンスターと戦った事はないが、第1層のモンスターよりも強いのは間違いない。アルゴもその危険性を知っているはずだが、あの2人組を追い払う為に出ていったに違いない。しかし足跡が続いている事からそれでもアルゴを追い掛けていったと考えられる。

 

「急ぐか」

 

取り返しのつかない事になってしまう状況だけは回避させないといけない。それ以前にアルゴは多くのプレイヤーにとって必要な情報屋であると同時に、顔見知りだ。俺がいる場所で危険な目には遭わせたくない。

そう思いながら進んでいくと、足跡の色が濃くなってきている事に気付いた。つまりアルゴと奴らがいる場所までもう少し────と思った所で聞き覚えのある声が響いた。

 

「……んども言ってるダロ!この情報だけは、幾ら積まれても売らないんダ!」

「あそこか」

 

アルゴの声が聞こえてきた場所を咄嗟に岩山に身を隠しながら見る。しかしここからはまだ遠い上に先にある岩山が視界の邪魔をし、アルゴの姿しか見えない。あの岩山からだとこっそり覗いても見つかるよな……仕方ない、あの岩山を登って上から状況を確認するか。

 

「情報を独占する気はない。しかし公開するつもりもない。それでは、値段の吊り上げを狙ってるとしか思えないでござるぞ!」

 

……ござる?何だ、その古臭そうな口癖は。いや、それともそういった口癖が最近は流行ってるのか?真似したいとは到底思わないが。

そんな事を思いつつ、俺はプレイヤーやモンスターから身を隠せる隠蔽(ハイディング)スキルで近寄った後に岩壁を登っていく。ここでも隠蔽(ハイディング)スキルは使っているが、熟練度は索敵(サーチング)スキルと同じように低いからな。音には気を付けておかないと。

 

「値段の問題じゃないヨ!オイラは情報を売った挙げ句に恨まれるのはゴメンだって言ってるンダ!!」

「なぜ拙者たちが貴様を恨むのだ!?金もいい値で払うし、感謝もすると言っているでござる!!この層に隠された────エクストラスキル獲得クエストの情報を売ってくれればな!」

 

…………なるほど。どうやら奴らの目的はエクストラスキルという情報をアルゴから買う事らしいな。しかしアルゴは売る気はない、と。エクストラスキルがどんな物なのかは知らないが、おそらく普通のスキルとは何かが違うんだろう。聞こえてくる声から状況を整理し、登りきるとアルゴと一緒にいる奴らを視界に入れた。角度的に見つかる心配はないと思うが、念の為にと腰は屈めておく。

 

「……何だ、あいつらの服装は」

 

アルゴを追い詰めている奴らの服装は忍者に似ている。いや、確実に忍者を模しているに違いない。そういった装備品もあるんだなと思うと同時に、よく恥ずかしくないなと奴らの頭を少し哀れに思う。

 

「今日という今日は、絶対に引き下がらないでござる!」

「あのエクストラスキルは、拙者たちが完成する為に絶対必要なのでござる!」

「わっかんない奴らだナー!何と言われようと()()の情報は売らないでゴザ……じゃない、売らないんダヨ!!」

 

口癖が移ってるぞ、アルゴ。とりあいず状況を確認する事は出来た為、俺は地面を勢いよく蹴り飛ばしてアルゴと奴らの間に着地した。高さは大体5mあったと思うが、この程度なら現実世界でも飛び降りた事はある。頭で考えるよりも先に慣れた体が動いてくれたおかげで、衝撃によるダメージを受ける事はなかった。

 

「な、何者でござる!?」

「他藩の透波でござるか!?」

 

ござるござるとうるさい奴らだな。まぁ、そっちは放っておこう。奴らの相手をするよりも俺にはやるべき事があるんだ。俺はアルゴの方に振り向き、頭から足下までを流れるように見てから尋ねる。

 

「アルゴ、怪我はしていないな?」

「えっ?……あ、あア、大丈夫だヨ」

「貴様っ!拙者ら風魔忍軍を無視するとは、いい度胸しているでござ──────」

 

背後で叫ぶ風魔忍軍とやらをギロリと睨む。それと同時にボス攻略の時、キバオウに向けた殺気を同じように奴らにも放った。ある程度は抑えたものの、それでも奴らの顔は段々と青ざめていっている。

 

「……何か言ったか?」

「いっ、いえいえ!何も言ってないでござる!!な、なぁ、イスケよ!」

「そ、そうでござる!コタローの言う通り、何も言ってないでござるよ!!?」

 

嘘をつくのがとんでもなく下手だな。ていうか、動揺していてもその口癖は直さないんだな……いや、既に染み付いていて取れないのか?

 

「まぁ、いいか。それよりお前ら後ろにいるのは何だ?」

「「へっ?」」

 

奴らの方へと振り向いた時から気になっていた事を尋ねる。顔を後ろへと向けた2人は、俺の言う()()を視界に入れると固まった。そして先程までの威勢はどこにいったのか、膝がガクガクと震えている。

 

「あ、あれハ……トレンブリング・オックスだヨ!」

「ブモオォォ────ッ!!」

「「ごっ……ござるううぅぅっ!!」」

 

へぇ……あの後ろにいた巨大な牛の姿をしていたモンスターはそういう名前なのか。そのトレンブリング・オックスは奴らだけを敵と認識したらしく、俺達には目もくれずに逃げる風魔忍軍の2人を追い掛けていってしまった。

 

「あの巨体に似合わず、凄い速さだな?もう見えなくなったぞ」

 

2人と1匹が走っていった方向を見るが、既にどちらとも姿が見えなくなってしまっている。あの追いかけっこの勝者がどちらになるのかは知らないが、罰として一度奴らは遥か空高くに吹き飛ばされてもいいんじゃないか?と、そんな事を考えていると──────

 

「かっこつけすぎだヨ、シー坊……」

「っ……」

 

背後からアルゴの手が伸び、腰に回ったかと思うと背中に2つの柔らかい物が押し付けられた。おそらくこれは……いや、密着している事から間違いなくアルゴの──────

 

「シー坊に助けられたのはこれで二度目だナ。こんなコトばっかされていたら、流石のオネーサンでも情報屋のオキテ第1条を破りそうになっちゃうじゃないカ……」

「な、何?」

 

落ち着け。アルゴが何故突然こんな事をし始めたのかは分からないが、まだ慌てる所じゃない。だから落ち着くんだ。

────よし。まず破ろうとしている『情報屋のオキテ第1条』とらの内容は分からない。しかしこの状況からして何となくは分かるし、アルゴが破れば人によっては喜ばしい展開になるかもしれないが。

 

「……オキテとは何だ?」

「おいおイ、オイラもこんな口調だけど女性だゾ?まさかオイラの口から言わせようとするなんて……その、シー坊はエッチだナ……」

「ほぅ……?」

 

自分から話を振ってきたにも関わらず声が段々と小さくなっていくアルゴ。そんな彼女の手を取ると、ビクッと体を震わせたのが背中から伝わってきた。それ程強くは抱き締められていない為、簡単にアルゴの手の中から抜け出した俺は後ろを振り向く。視界に入ったアルゴの顔は俺と目が合った途端に赤くなり、恥ずかしそうにモジモジとしていた。

 

「どうした、顔が赤いが調子でも悪いのか?」

「いや、そういうコトじゃ……ないケド」

 

俺の問いかけに対してアルゴは答えになっていない呟きを返してきた。理由は分からないが、とりあいず俺を勝手に変態扱いしてくれたアルゴには少しばかりお仕置きが必要だろう。

 

「そういえばアルゴ、情報を何でも1つだけ売ると言ったな?」

「あ、あア」

「なら────さっきの奴らと話していたエクストラスキルについて教えろ。さっきの様子からして特別なスキルか何かなんだろ?」

 

俺が『エクストラスキル』と口にした途端、アルゴの頬から赤みが消え、きょとんとした表情を俺に向けてきた。

何だ、そんなに俺の発言が意外だったのか?それともエクストラスキルとは名前が珍しそうなだけで、実際は大した事がないとかか?

 

「えっと……ホ、ホントにそれでいいのカ?何でもいいんだゾ?もちろんオイラのスリーサイズとかでもナ」

「何でそれを勧めてくる……?とにかくエクストラスキルでいい」

「そ、そうカ。……オイラって女性としての魅力が足りたいのカ……?」

 

アルゴの小さな呟きが聞こえてくるが、別にそんな事はないと思う。確かに「オイラ」という一人称や特徴的な口調は女性としてどうかと思う。しかし見た目や先を見透かしたような発言から、先程の「オネーサン」というのも内面だけなら間違いないかもしれない。

 

「アルゴは十分に魅力的な女性だと思うぞ?」

「そ、そうかナ……って、なに盗み聞きしてるんだヨ!?」

「聞こえてきたんだからしょうがないだろ。それでエクストラスキルについては教えてくれるのか?」

 

アルゴが慌てた様子で詰め寄ってくる事に対し、俺がそう尋ねると距離をとって「コホンッ」と咳払いをした。いや、今更それをして気持ちを落ち着かせても遅いと思うんだが……。

 

「何でも教えるって言ったからには約束は守るヨ。でもシー坊も約束シロ。どんな結果になっても、オイラを恨まないってナ!」

「さっきの奴らにもそう言っていたな。どうしてエクストラスキルについて教える事がアルゴを恨む事になる?」

「そっちの情報は有料だヨ、シー坊」

 

……ふむ。気になるが、別にどうしても知りたいわけじゃない。どうせその理由を知る事になるんならコルの無駄だしな。それに命の危機に陥るようならアルゴももっと念を押してくるだろうし。

 

「分かった、約束する。俺はアルゴを何があっても恨まない。絶対にな」

「ならいいヨ。ついてきナ」

 

どこかへと行こうと身を翻すアルゴに俺は「ん?」と首を傾げた。その場から動かず、疑問で満ちた表情をした俺にアルゴは気付き、引き返して俺の前に戻ってきた。

 

「どうしタ?()()()のエクストラスキルがどこで手に入れられるのか聞きたかったんじゃないのカ?」

「……この層?エクストラスキルってのは複数あるのか?」

 

それに『どこで』という事は曲刀や片手剣といった武器のソードスキルのように使えるようになるのではなく、特定の場所でしか手に入れる事が出来ないのか。

 

「あー……なるほど、シー坊はエクストラスキル自体知らないのカ。なら、歩きながら説明してあげるヨ」

「悪い、頼む」

 

 

 

 

 

 

 

エクストラスキルとは、特殊な条件を満たさないと手に入れる事は出来ない────つまりは隠しスキルというものらしい。ベータテストの時に見つかったのはたった1つだけみたいだが、それはなかなかお目にかかれる物ではないという事だ。

……ここまで案内してくれたアルゴの説明を纏めるとこんな感じか。しかし岩壁をよじ登り、洞窟に潜り込んだら今度は地下水流を滑り降りたりと、あの場所からこんなにも移動するとはな。マップで確認してみたが、距離的にやはりというべきか東の端に俺達は辿り着いていた。

 

「この先なのか?」

「ああ、そうだヨ」

 

他と比べると標高が高い岩山を登っていくと、頂上に到達する手前で先を歩くアルゴの足が道を逸れ始めていた。それを伝える為に声を掛けようとしたが、その瞬間にアルゴの姿が消えてしまった。

 

「なにしてるんダ?こっちだゾ」

 

ひょっこりと顔を出してくるアルゴ。どうやら俺からは見えない位置に隠された道があるらしい。後を追って進んでみれば、本来通るべき道からは角度的に見つける事は難しい事が分かる。

よくこの道を見つけられたな、とアルゴに感心しながら進んでいくと、周囲を岩壁に囲まれている小屋が見えてきた。

 

「あの小屋だヨ。あの中にエクストラスキルを手に入れる為のクエストを出すNPCがいるんダ」

「クエストの内容は?」

「それは自分で受けてからのお楽しみだヨ!」

 

まぁ、そのクエストの内容次第でアルゴを恨む事になるのかもしれないのだから、教えるわけがないか。しかしアルゴの様子を見ているとそれだけではなく、どこか楽しみにしているような感じがするのは気のせいだろうか?

 

「それじ開けるゾ」

「ああ」

 

小屋の扉を勢いよく開け放ったアルゴ。小屋の中には幾つかの家具があり、!マークが浮かんでいるNPCが1人だけいた。そのNPCとはエギル同様にスキンヘッドでフサフサな髭を生やした老人。だが正に武人と言っていい程に筋肉の隆起が凄まじい事が道着の上からでも分かる。。

 

「アイツがエクストラスキルの体術をくれるNPCだヨ。オイラの提供する情報はここまで。クエを受けるかどうかはシー坊が決めるんダナ」

「……体術?」

「サービスだヨ。体術は武器なしの素手で攻撃する為のスキル……だとオイラは推測している。武器を落としたり、耐久限界で壊れた時には有効だろうナ」

 

なるほどな、その体術があれば武器を失っても戦えるという事か。それは心強いな、手に入れる事が出来れば助かる場面が出てくるに違いない。

 

「……ん?待てよ、推測ってどういう事だ。まだこのエクストラスキルを持った事のあるプレイヤーはいないのか?」

「いないヨ。さらにサービスで教えてあげル。オイラはずっと前に自力で見つけていたけど、ベータテスト終了の数十分前に2層にいる体術マスターの情報が発見されたんダ。でも内容は『2層のどこかに体術マスターがいる』ってだけで、居場所はオイラ以外誰も知らないヨ」

 

エクストラスキルがどの層にあるのかは分かったが、正確な場所はアルゴ以外誰も知らない。なら先程のあの2人組はベータテスターであって、アルゴからその情報を買い取ろうとしたんだろう。だが恨みを買われるわけにはいかないから売らなかったと……。

 

「ここの事をアルゴしか知らないという事は、挑戦したのはアルゴだけか。そしてクリアできなかったと」

「まァ、そうだナ。シー坊、挑むなら舐めてかからない事を忠告しておくヨ」

 

そこまで危険なクエストなのか……?しかしどんな事をあの老人から頼まれようと、アルゴの事を憎まずに必ず乗り越えてやる。そしてエクストラスキル────体術を手に入れてみせる。

 

「望む所だ、必ずクエストをクリアしてやる」

 

俺は小屋の中へと進み、老人の前に立つ。視線をこちらに向け、ギロリと睨んでくるが俺はそれに一切動じず、言葉を待つ。

 

「……貴様、入門希望者か?」

「ああ、そうだ」

「修行の道は長く険しいが、それでも入門したいと?」

「だからどうした?修行なら長く険しいのは当然の事だろ」

 

老人は頭上に見える!マークが?マークへと変化すると、外に出ていってしまった。俺もその後を追い、小屋から出ると老人は庭の端にある巨大な岩をペシペシと叩いていたた。

 

「汝の修行はたった1つ。両の拳のみで、この岩を割るのだ。成し遂げれば、汝に我が技の全てを授けよう」

「……何?」

 

あの岩を両手だけで割れだと?たったそれだけでエクストラスキルをくれるというのか。しかし一見してみると危険は少なそうに見えるが、そう簡単に割れるとは思えない。そうでなければアルゴも諦めないだろう。

 

「この岩を割るまで、山を下りる事は許さん。汝にはその証を立ててもらうぞ」

「証だと?」

 

老人は道着の懐から何かを取り出した。1つは小さな壺、そしてもう1つは───どこもおかしな所はない普通の筆である。何をするつもりだ?と俺が考えていると、老人の手が素早く動いた。筆を壺に入れ、中にある墨で穂先を黒く染めたかと思うと俺の顔に目掛けて向かってきたのだ。

 

「っ……な!?」

 

予想していなかった突然の攻撃────とは言えないものの、老人の奇襲に俺は判断が遅れてしまった。その結果、俺の顔に筆で何かを描かれてしまった。

 

「ちぃっ……!」

 

老人から逃げるように後ずさった俺であったが、既に遅い。手の甲で筆が触れた箇所を拭うが、墨を擦ったような跡はついていなかった。

 

「その証は汝がこの岩を割り、修行が終えるまで消える事はない。信じているぞ、我が弟子よ」

「…………」

 

小屋の中へと戻っていく老人を見届けた後、俺はアルゴに目を向けた。笑いを必死に堪えているせいで微妙な表情になってしまっているアルゴに少しイラッとしたが、どうにか気持ちを落ち着かせて尋ねた。

 

「……アルゴ、今の俺の顔はどうなっている?」

「その前に気付いているカ?自分の顔に描かれたのが何なのか?」

「ああ……お前と同じヒゲだろ」

 

アルゴはこの老人を自力で見つけ、クエストを受けた。そして俺と同じように岩を割るよう言われ、筆でヒゲを描かれたのだろう。何故描かれたのがヒゲだと分かったのか、それは筆を太刀筋に例えて見たからだ。

 

「んー……いや、だいぶオイラのとは違うナー」

「ならどんな感じになっている?」

 

結局最後にはこのクエストをクリアするつもりでいるからな。消えてしまうヒゲがどんな風なのかは気になるし、知っておきたい。

 

「そーだナ、一言で表現すると……シンえもんだナ!」

「シ、シンえもん……?」

 

何だそのネーミングセンスは、とアルゴに言うとしたがその前に先程から耐えている笑いに限界が来たようだった。地面に突っ伏し、両足をジタバタさせながら転げ回っている。

 

「にゃハハハ!にゃーハハハハ!!」

 

そうやっていつまでも爆笑し続けるアルゴ。気が済んで笑いが止まってもこちらを見るとまた笑い出すという光景を何度も見せられた俺はある事を決意した。

このクエストが終わったらアルゴを見つけ出して説教してやろうと。これはアルゴを憎んでいるわけではなく、アルゴの為を思ってしてやるんだ。だから問題ない。

 

 

────まぁ、岩を割るのに3日かかってしまい、アルゴには逃げられてしまったんだがな。




これにて『第1章 初攻略への思惑』は完結です。そしてプログレッシブ編もこれで完結です。
それから今日中に番外編を1話投稿する予定です。


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第2章 月夜の黒猫団
第23話 仲良しギルドとの出会い


MHWが面白すぎてヤバイ。でも出来ればジンオウガやグラビモスとかも出してほしい。


2023年4月────このデスゲームが始まってから既に5ヶ月が経っているが、現在の最前線は第23層。たったの5ヶ月でよくそこまでいけたと思うかもしれないが、今思えば100層中23層だけなのだ。

初めはうまく攻略が進んでいた。しかし階層が上がっていくにつれてモンスター達は強く、そして行動が複雑になっていった。相手が単体でもこちらは複数で挑まなければならない事もあるし、状態異常にしてくるモンスターなど今では普通にいる。

攻略する速度が最初と比べ、どんどん落ちてきているのは明白だった。

 

「なかなか見つからないな……」

 

最前線にいる攻略組が苦戦していると思われる中、俺は第11層の迷宮区、それも最奥を探索している。第1層でビーターと呼ばれるようになり、周りからの罵声に耐えきれずに前線から身を引いた────などという理由ではない。ここにはあるアイテムを手に入れる為に来ているだけだ。

しかし罵声がなかったわけではない。俺がただのベータテスターならあそこまでいかないが、俺は『現実世界で茅場と繋がりを持っている』と言ってしまった。『このゲームがこのようになる事は知らなかった』とも言ったが、そんなのは関係ない。『茅場の仲間』と決めつけて俺を恨み、レッドプレイヤーになる覚悟で襲ってくる奴もいれば、街中で俺に様々な罵声をぶつけてくる奴らもいた。

 

────あんたはプレイヤー全員の敵だ。

────テメェみたいなのが何で死なねぇんだよ

────クズはクズらしく死ね。

 

 

俺の話を信じず、また信じても信頼してくれている人達もいる。だが俺と関わていっている事で襲われる可能性は十分にある。だから俺はキリトやアスナ、エギル、アルゴ等との関係を絶ったように()()()。人気の多い場所で会う事をしないようにしただけだが、フロアボス戦でも関わりを見せなかった事が大きかったんだろう。

しかしいつかは限界が来る。攻略がさらに進めば俺だけでは勝てないモンスターも必ず出てくるはずだ。その時は危険だが誰かと組む事も考えよう。俺への風当たりが減っていればの話だが……。

 

「!……もしかしてこれか?…………よし!」

 

俺は目的のアイテムを見つけ、確認する。俺がこの階層で手に入れたかったのは『とある武器』を作る為に必要な素材の1()()。2週間前に受けたクエストをクリアした時、幾らかのコルと共にその刀を作るのに必要な素材を教えてもらった。しかし本来なら武器を作るのに必要な素材は1つであるにも関わらず、要求された素材は3つである。

 

────白妖の秘石。

────クリスタライト・インゴット。

────災狼の牙。

 

どうして3つなのかはこの刀が他の武器とは違い、特殊な武器なんだろうと解釈した。しかし白妖の秘石は今見つけたものの、他の2つはアルゴですら知らなかった。ただ見つかっていないだけか、それともさらに上の階層にあるのか……そのどちらかだな。

 

「……残りの2つも大変なんだろうな」

 

この白妖の秘石はアルゴから情報を買い、この迷宮区にある事が分かった。しかしアルゴもNPCから話を聞いただけだった為、どの辺りにあるのかは知らなかったのだ。だから俺はこの迷宮区に何度も潜り込み、今回ようやく見つけたのだ。

 

「とっとと宿屋に戻って休むか」

 

目的の素材は手に入れた。ならばこの迷宮区にもう用はない。11階層の宿屋に行き、そこで一晩を過ごした後に最前線に戻ろう。今後の予定を立て、俺は出口へと向かって歩き出し────そこで何かの音と叫び声が聞こえてきた。

 

「……何だ?」

 

声と音を頼りにしながら道を進んでいくと、次第に何が起こっているのかが分かった。この先でモンスターとの戦闘が行われている。それもプレイヤー側が劣性なものだ。

足を速め、進んでいくと戦闘となっている場所へと辿り着いた。モンスターと戦っているのは5人だが、パーティのバランスが悪い。前衛は盾とメイスを装備した男1人だけで、他の短剣を装備した奴に棍使い、そして長槍使い2人は全員後衛なのだ。

 

「手を貸そうか?」

 

後退し続けながら戦う彼らをこのまま放っておく事も出来ず、俺はこのパーティのリーダーと思われる棍使いに声を掛けた。目を見開き、迷った様子の彼だったがこの状況で考え込むのは難しい。だからか、すぐに頷いた。

 

「すいません、お願いします。やばそうだったらすぐに逃げていいですから」

「分かった────スイッチ!」

 

俺は腰に差している鞘から()────和太刀(わだち)を引き抜き、前衛から慌てる男の脇を通る。そして和太刀の柄を両手で握り締め、勢いよく振り降ろした。狙ったモンスターを瞬く間にポリゴンへと変え、俺は次のモンスターへと向かっていく。

第1層の時からずっと曲刀を使い続け、熟練度を最大まで上げた俺はついに刀スキルを取得する事に成功した。まだ日が浅い為、ソードスキルは少ないがそこは現実で培った技術と経験で補っている。

 

「ふっ!」

 

敵は俺がこの迷宮区内で何度も戦ったゴブリン共。この階層を攻略していた頃は強かったが、今は違う。この程度のモンスターなら一撃で終わらせられる程に、俺のレベルが上がっているからだ。

 

「はぁっ!」

 

俺はソードスキルを一切使っていない。しかし弱点を見極め、たった一撃でゴブリン共をポリゴンへと姿を変えている事がその証拠だ。

大半が消え、残りの奴らが一斉に俺へと集まり出す。その事に俺は気付き、口の端をニヤリとつり上げた。数で圧倒するつもりなんだろうが、それはゴブリン共を一掃するチャンスでしかない。

 

「これで……終わりだっ!」

 

取得当初から使えたソードスキル、旋車。かつて第1層でディアベル達を死の恐怖に叩き落としたその技を俺は発動した。真上に跳び、体を勢いよく捻ると着地と同時に周囲を凪ぎ払う。ゴブリン共は次々に刀の餌食となっていき、発動時間が終わった頃には1体も残らずに倒されていた。

 

「…………よし、他にはいないな」

 

索敵(サーチング)スキルを使い、ゴブリン以外にモンスターがいない事を確認する。後ろを振り向き、先程から微動だにしないパーティに視線を移すと──────

 

「「「「よっしゃぁぁぁああああっ!!」」」」

 

メンバーの5人中、4人が凄まじい程の歓声を上げた。いや、最後の1人も喜んではいるが他のメンバーの声が大きすぎて聞こえてこないだけか。

 

「助かった!助かったんだ!!」

「ああ!」

「ありがとう!!助けてくれて本当に助かった!貴方が来なかったら僕達はっ……!」

 

メンバー全員が喜び合い、あのリーダーらしき人物が俺の手を強く握ると感謝の言葉を述べてした。嬉しさのあまりか涙を流す彼を俺が肩を叩き、励ますと涙を拭って他のメンバー達と抱き合った。

生き延びた事が嬉しいのは分かるが、少し激し過ぎるんじゃないかと思う。その光景を戸惑いつつも見ていると、手を誰かに握られた。誰だ?と思うが、相手は分かっている。視線を向けると、やはり他のメンバーと比べると大人しそうに見える槍使いの少女であった。

 

「ありがとう……ほんとに、ありがとう。凄い、怖かったから……助けに来てくれた時、ほんとに嬉しかった。ほんとにありがとう……」

「なら急いだかいがあったというものだな。間に合って良かったよ」

「あっ……」

 

目に涙を滲ませる少女の頭を俺は反対の手で優しく撫でる。彼女の事を安心させる為にそうしたわけだが、他のパーティメンバーがいる前では恥ずかしかったようだ。顔を赤くし、俯いたまま離れていく。

 

「おいおいサチ、なに恥ずかしがってんだよ〜!」

「だ、だって……!」

「すみません、こいつ怖がりだけじゃなくて結構な恥ずかしがり屋なんですよ」

「ケ、ケイタ!」

「何だよ、本当の事じゃないか」

 

サチと呼ばれた少女をリーダーもといケイタを中心としたメンバーでからかう。サチもからかわれた事を許せず、怒るが迫力はない。端から見ると、余裕のある大型犬ときゃんきゃんと懸命に吠える小型犬である。

 

「随分と仲が良いんだな」

「あっ……す、すみません。助けてくれた恩人なのにほったらかしにしちゃって……」

 

俺の事を忘れ、自分達だけで盛り上がってしまっていた事をケイタを始め、サチや他のメンバーも謝ってくる。そんな5人に俺はそれ以上の謝罪はいらないと手で制す。

 

「気にするな。それよりそっちが良いなら出口まで一緒に行くが、どうする?」

「心配してくれて、どうもありがとう。それじゃお言葉に甘えて、出口まで護衛頼んでもいいですか」

「ああ、任せとけ」

 

 

 

 

迷宮区から無事に脱出し、またもや彼らからお礼を貰った俺はそのまま宿屋に────ではなく、その近くにある酒場へと移動した。ケイタに「酒場で一杯やりましょう!」と誘われ、断るのも悪いと思って参加させてもらったのだ。

 

「我ら月夜の黒猫団に、んでもって命の恩人シンさんに……乾杯っ!!」

「「乾杯!!」」

「ああ、乾杯っ」

 

リーダーであるケイタ、唯一の女性であるサチ、前衛で戦っていたテツオ。それからササマル、ダッカーと自己紹介をした俺は彼らを離れた場所で眺めていた。

ビーターとなってからというものの、誰かと一緒に喜び合ったり笑い合ったりする事はほとんど無くなった。だからかこのパーティ……いや、ギルドが羨ましいという気持ちは少なからずある。

 

「…………」

 

ビーターになった事を後悔しているわけではない。しかしキリトやアスナ、クラインにエギル達と共に喜び、笑い合う事が出来ていたら────それはどれだけ楽しい物だったんだろうか。

 

「……過ぎた事を言っていても仕方ないか」

「あのー、シンさん」

「ん?」

 

俺はともかく、彼らにとっては高価と思われるワインを口にしているとケイタが小声で話しかけてきた。何だろうと思い、耳を傾けてみれば言いづらそうに尋ねてきた。

 

「えっと、言いたくなかったらいいんですけど、シンさんってレベルはどの位なんですか?」

「まぁ、最前線で戦っているからな。レベルは43だが」

「……えっ?い、今、最ぜ────」

「ぶふぅっ!?よ、よんじゅっ!?」

 

ケイタが目を丸くし、何かを尋ねようとしてくるとダッカーがワインを吹いた。おい、目の前のテツオの顔面に思いっきりかかってるぞ……。

しかしそんなにも驚く事だろうか?最前線で戦っている事は伝えて…………いないな、そういえば。

 

「さ、最前線で戦ってるって本当!?」

「レベル43って俺達の2倍じゃん!」

「だからあんなに強かったし、刀スキルが使えているんだなシンさん!」

 

俺とケイタの間に割り込むように話しかけてくるテツオ、ササマル、ダッカー。とりあいずテツオは顔を拭いてからにしてくれないか?顔にかかったワインがこっちに飛んできてるんだが。

 

「シ、シンさん……そうだったんですか」

「悪いな、騙していたわけじゃないんだが……それよりお前ら、別に敬語じゃなくてもいいし、さん付けもいらないぞ?どうしても付けたいならいいが」

 

身長や体格から見て全員、俺と同年齢かそれ以上かのどちらかだろう。ならば敬語を使う必要なんてないし、年齢が上なら俺が使うべきだ。まぁ、今更感もあるからわざわざ使う気はないが。

 

「そ、そう?なら────シンって今、ソロで活動してる?」

「そうだな。どこのギルドにも入っていないし」

「だよね……それならさ、短い期間でもいいからうちに入ってくれないかな?」

「……何?」

 

ケイタからの突然の申し出に俺は少し驚いた。ケイタ達と同じレベルのプレイヤーを誘うならまだ分かる。しかし自分達よりもレベルが高く、さらには最前線で戦うプレイヤーを誘うなど結果は分かりきっている事だ。

しかし俺は──────

 

「理由は?」

「僕ら、レベル的にはさっきのダンジョンくらいなら十分狩れるはずなんだよ。ただ、スキル構成がさ……シンももう分かってると思うけど、前衛できるのはテツオだけでなんだ」

 

それはさっきの迷宮区の戦いで分かっている。あれではテツオが回復をしても追い付くわけがなく、次第に追い込まれていくだけだ。

 

「シンが入ってくれれば随分と楽になるし、それに……おーい、サチ!ちょっと来てよ」

「どうしたの?……あっ」

 

ケイタが手を上げ、呼ばれたサチがこちらへと来ると僅かな間だが俺と目が合った。たったそれだけだというのに彼女はオロオロと慌て、ケイタが頭の上に手を置いた事で落ち着いたようだった。

 

「落ち着けって、サチ。それで見ての通りメインスキルは両手用長槍なんだけど、ササマルと比べてまだスキル値が低いんだ。だから今の内に盾持ち片手剣士に転向させようと思ってるんだけど、なかなか修行の時間も取れないし、そもそも片手剣の勝手が分からないみたいで……」

「俺に指導してもらいたいってか」

 

サチの頭をポンッポンッと叩いていると、頬を膨らませた彼女はケイタに向かってちらりと舌を出し、笑った。

 

「だってさー、私ずっと遠くから敵をちくちく突っつく役だったじゃん。それが急に前に出て接近戦やれって言われても、おっかないよ」

「盾の陰に隠れてりゃいいんだって何度言えば解るのかなぁー。まったくサチは昔っから怖がり過ぎるんだよ」

 

いや、サチじゃくても怖い物は怖いだろう。ここはHPが0になってしまえば、本当に現実世界でも死を迎えてしまうゲームの中なんだ。

しかし指導しようにも使った経験があるのは曲刀と刀だけで、他の武器は使った事がないんだよな。他のプレイヤー達の戦闘を見ているから動きや武器の特徴は大体分かるが。

 

「……やっぱ駄目だよね。シンは最前線で戦っているんだ。僕達と一緒にいたらどんどん置いてかれて────」

「俺が指導しても大した事は学べないぞ?それでもいいなら少しの間、入ってやるが」

「……えっ?い、今入って、えっ、ほ、本当に?」

 

俺はこのギルドには入ってくれないと決めつけていたのか、驚いた表情を向けてくる。それはケイタだけでなく、サチやダッカーなど他のメンバー達もであった。

 

「ほ、本当に……いいの?」

「ああ。何だ、何か問題でもあるのか」

「そうじゃないけど……だ、だってそしたら攻略組との間に差が出来ちゃうよ」

 

心配するとしたらそれしかないか。確かにそれは本当の事だし、最前線よりも下層にいる彼らと一緒にいたら間違いなくそうなる。

しかしそれがどうした。差が出来たら埋めればいいだけの話だろうが。

 

────教えの1つ、『その4 他者への力となれ』

 

「それは大丈夫だ。心配してくれてありがとな、サチ」

「あっ……う、うん」

「そっか……よし!それならシン、これからしばらくの間、僕達のギルドのメンバーとしてよろしく頼むよ」

 

笑みを浮かべ、差し出してくるケイタの手を俺は握り締めた。その瞬間、今度は俺がギルドに入った事で静まっていたはずの盛り上がりが再び起こり始めた。

追加のワインをNPCに頼んでいるが、コルは足りるんだろうか。まぁ、もしもそうなったら俺のを貸してやるかな。




シンはキリトや上級プレイヤーの考える効率を重視したゲームプレイではなく、助け合う事を前提に行動しています。

評価、ご感想お待ちしています!


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第24話 サチの本心

今回はオリジナル回です。


「じゃあ、ケイタ達は現実じゃ知り合い同士なのか」

「そうなんだよ。みんな同じ高校のパソコン研究会のメンバーでね、僕とサチは家が近所だから昔からの知り合いだけど」

 

俺がギルド、月夜の黒猫団に入ってから数日が経った。俺はテツオと共に前衛を務め、迷宮区でモンスターと戦う時にはまず俺がある程度HPバーを削る。そして止めを他のメンバーに刺させる事で経験値ボーナスを譲るという戦法をとっている。そうする事で全員のレベルをバランスよく上げ、優劣が出ないようにしているのだ。

 

──────ただ、1()()を除いて。

 

「サチ」

「あ……シン」

 

迷宮区の安全エリアで昼食を食べ終え、各々が休憩をしている時に俺は皆から離れた場所に座るサチに声を掛けた。そして顔を伏せ、何も言わない彼女の隣に座り込む。

 

「さっきの事、気にしているのか?」

「…………」

 

俺の問いにサチは黙ったまま小さく頷いた。今日……いや、今まで何度も俺がサチに与えてきたモンスターに止めを刺す機会の大半を彼女は見逃してしまっている。瀕死と言えど、相手はこちらを殺しに掛かってくるモンスターなのだ。

前に出ようとしても相手の睨む目が、敵を引き裂こうとする爪が、口の中に見える牙が────と、サチはそれらが原因で足がすくみ、動けなくなってしまうと口にしている。

 

「せっかくシンが作ってくれたチャンスだったのに……」

「だからってそう落ち込むな。誰だって怖い物はある」

「でもこのままじゃ私、レベルが……」

 

サチのレベルはギルド内で一番低い。戦闘に出ているから経験値は得ているが、ボーナスが少ない為に他のメンバーと比べると、レベルの上りがあまり著しくないのだ。

 

「……パーティを組んでいると経験値は一人一人に振り分けられる、これは知ってるな?」

「う、うん。だから経験値を多く得たいなら丸ごと手に入るソロの方がいいって誰かが……も、もしかして私にソロでモンスターを────」

「そんなわけあるか」

 

確かにソロでの戦いはサチの悩みを解決してくれるだろう。しかし敵への攻撃を躊躇うサチをソロで行かせればどれだけ悲惨な事になるのか……あまり想像したくないな。

 

「俺が言いたいのはな、例えパーティを組んでいても2人なら半分、3人ならそのもう半分は得られるという事だ」

「まぁ……そうだね。でもそれがどうしたの?」

 

どうやらサチはまだ俺が何を言いたいのか分かっていないらしい。ここまで説明したんだから、そろそろ分かってもいいと思うんだが……しょうがないな。

 

「つまりだ、()()()()()()でパーティを組んでモンスターを倒せば、経験値が今よりも多く手に入るって事だ」

「…………えっ?」

 

 

 

 

 

翌日、俺はサチと共にフィールドに出た。昨日までのようにダンジョンへと潜れば強いモンスターがいるし、経験値もより多く手に入るだろう。しかし今まで2人だけでモンスターとの戦闘に挑む事がなかったサチにとっては、初めからダンジョンというのは厳しいはず。だからまずはフィールドから慣れていく、という事だ。

 

「しかし良かったな、みんなあっさり了承してくれて」

「う、うん……そうだね」

 

サチのレベルが自分達よりも低い事にはケイタ達も悩んでいたらしい。だから俺が今回の事を話した時には全員一致で「サチをよろしく!」と声を合わせてお願いされてしまった。

 

「ねぇ、シン……今はどこに向かってるの?」

「この階層の中で一番経験値の稼ぎがいい場所だ。俺もここを攻略中はそこでしばらくレベル上げしてな」

 

どうして俺がそんな場所を知っているのかと問われれば、キリトに教えて貰ったからである。そういえばあの時はキリトの他に、アスナも一緒に経験値を稼いでいた時もあったな。今では実力を買われ、血盟騎士団というギルドに入った事で会えない日が続いているが。

 

「着いたぞ、ここだ」

「うわぁっ……大きな森……」

 

広い草原を抜け、坂道の多い岩場を歩き、迷路のような洞窟を抜けた俺達の目の前に広がるのは巨大な森。ここの奥には経験値を多く貰えるモンスターが生息しており、数体だけ倒せれば迷宮区のモンスター1体と同じ経験値が手に入るのだ。

 

「ここはな、アルゴ……情報屋の鼠によると攻略組の一握りしか使っているのを見た事がないらしい」

「えっ、どうして?」

「ここまでの道のりが問題なんだ。モンスターの強さが尋常じゃない」

「えっ……モ、モンスター?」

 

今の攻略組でも敗北する事はないだろうが、善戦するのは厳しい程だ。ここを攻略中は「難易度がおかし過ぎる」「死ぬかと思った」「逃げるのに精一杯で戦うなんて無理だった」等と口にするプレイヤー達が後が絶たなかったとか。

 

「でもシン、ここに着くまでモンスターなんて一度も……」

「確かに()()()()()な。だが別に偶然ってわけじゃない。俺達が通った道はな、隠し道なんだ」

「隠し道……?」

 

本来の道には強いモンスターが次々と現れる。しかし俺とサチが今通ってきた道は、遠回りになってしまうもののモンスターが現れる事はない。これは何度も隠し道を使っているプレイヤー達からの証言を集め、自分でも試してみたアルゴからの情報だ。

そしてこの隠し道を知っているプレイヤーが攻略組の一握りしかいない理由。1つ目は隠れ道を知っているプレイヤーが他のプレイヤーに教えないから。そしてもう1つはアルゴが情報を制限しているからだ。曰く、「全プレイヤーが隠し道の存在を知れば、必ずモンスターの枯渇が発生すル。そうなればそこを独り占めする為に、PK(プレイヤーキル)をしようとする奴も出てくるからダヨ」との事らしい。

 

「もう一度説明するが、ここでの目的はケイタ達と同じレベルになること、それとだけだ。それ以上はサチを俺が贔屓にしているように見られるからな」

「うん、分かってる。私、シンや皆に迷惑かけちゃっているんだし……」

 

ケイタ達はレベル上げを今日は中止にしてくれている。サチとのレベルをこれ以上広げないようにする為だが、俺がいないからという理由もあるらしい。今回は仕方ないが、後者だけの理由になった時でも俺に頼らず、レベル上げをしてもらいたいが……まぁ、これは皆との相談次第だな。

 

「サチ、誰もお前の事を迷惑なんて思ってない。もちろん俺もな」

「でも……」

「大丈夫、心配するなって」

「……うん」

 

声をそう掛けるが、どうやら『全員に迷惑をかけているかもしれない』という不安がなかなか頭を離れないらしい。言葉で励ます事は出来るが、それを払拭するにはサチ自身の問題もある。その事をどうにかしないと、流石に俺の力だけで解決するのは難しいな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サチ、伏せろ!左から来るぞ!!」

「えっ────ひゃあっ!?」

「っ……!!」

 

サチへと迫るモンスターの攻撃を俺は間一髪で防いだ。そのまま勢いよく弾き飛ばし、隙を見せた奴の体を斬り刻んでいく。

 

「はぁっ!」

 

俺の攻撃に怯んだのか後退するモンスターを逃がさず、浮舟で空中へと吹き飛ばす──────のではなく、HPバーが僅かだったモンスターは直撃した瞬間からポリゴンへと姿を変えていった。

 

「ふぅ……サチ、立てるか?」

「う、うん……あれ?な、何で……」

 

尻餅をついてしまっているサチの手を掴み、引っ張ろうとするがその前にサチが何か違和感を感じたらしい。足に力を入れようとしているらしいが、動かない事に戸惑っている。もしかして……。

 

「腰が抜けたのか?」

「……ごめん」

「気にするな。それに謝るなら俺の方だろ。目の前の相手に集中し過ぎていて、サチの方に目がいってなかった」

 

森へと入ってからしばらくした後、俺達はモンスターの大群に襲われてしまった。これが目的のモンスターならともかく、残念ながら普通のモンスターである。故に経験値が多く貰えないにも関わらず、関係のない所でサチに辛い経験をさせてしまった。パーティメンバーが2人しかいないのも不安に拍車をかけているはずなのに、だ。

 

「ううん、シンは何も悪くないよ。私が怖がって一緒に戦わないから……自業自得だよ」

「……サチ」

 

サチはケイタに頼まれ、後衛から前衛に回される予定だ。しかし片手剣での戦い方が分からず、俺が今まで見てきた事を教えている。1対1で教える事もあるし、皆で戦う時にはサチがうまく戦えているかどうか見る事もある。

だからこそ分かる。彼女は自分と仲良しなメンバーにも自分の本心を明かしていない。その証拠に後衛でも手足が震えているのに、前衛に回される事を断ろうとしない。本当ならモンスターと戦う事さえ怖いにも関わらず。

 

「サチは今までそんな思いで戦ってきたのか?俺と出会う前も、出会ってからもずっと」

「そうだよ。お荷物の私がいなかったら皆もっと上にいけるはずなのに……本当に駄目だよね、私って」

「そんな事、誰も思ってるはずがないだろ」

「……シンは何も知らないからそう言えるんだよ。私はさ、ケイタ達が私の事をどう思っているのか聞いた事があるんだ」

 

その時の事をサチは話し出した。俺がギルドに入るよりも前────サチは他の4人が部屋に集まって何かを話し合っている事に気付いた。『自分だけを除け者にして何を話しているのか』と気になり、こっそりと聞いたサチはその内容に驚愕したと同時に聞いて後悔したと言う。

 

────これ以上、俺1人で前衛をするのは無理があるよ。

────サチにはもっと頑張ってもらわないとな……。

────早く前衛が出来るようになってくれないかなぁ。

────あーあ、サチがあんなに怖がりじゃなきゃ良かったのにさ。

 

サチが聞いたのは皆の自分に対する文句であった。だがケイタ達に悪気はなく、聞かれているとも思っていなかったんだろう。しかしサチはその言葉を聞いてしまった。誰にも言わず、1人抱えながら今まで生きてきたのか。

 

「私に向かっていつも前衛、前衛って……私はそんなのやりたくないのに!モンスターとなんて戦いたくないのに!レベルとか、経験値とかどうだっていいよ!こんな所にだって、本当は来たくなかった!!」

「っ……」

「シンが私達のギルドに入ってからみんな強くなったよ。でもそのせいで前よりも戦闘が増えた!私はもう戦いなんて嫌なの!死にたくないの!ここで死んじゃったら……本当に……」

 

涙を流しながら叫び続けるサチに、俺は自分の配慮が足らなかった事を恨んだ。この世界でHPバーが0になり、ナーヴギアによって脳を焼き切られる事は死を意味する。このゲームを攻略しようとする人達は覚悟を決めているだろうが─────サチはそれが出来ていなかった。恐怖を無理矢理押し殺し、モンスターと嫌々ながらも戦ってきたに違いない。

 

「なら、俺は出ていくよ」

「…………えっ?」

「ケイタ達には申し訳ないが、これ以上サチに負担をかけるわけにはいかないからな。安心しな、これからはサチの気持ちもよく考えるよう伝えておく」

「も、もしかして……本当に出ていくの?」

「ああ」

 

となれば、転移結晶を使ってさっさとケイタ達の所に戻るか。サチのレベル上げという目的を達していないが、本人がそれを望んでいないのであれば強制するわけにもいかないからな。

 

「だ……だめっ」

「何?」

「おかしなこと言ってると思うけど……お願い、私達のギルドから出ていかないで。私から離れないで。シンがいてくれる事で安心できるの。だからずっと……ずっと一緒にいてよ……」

 

転移結晶を持つ腕を掴むサチの顔は伏せている為に見えないが、泣いている事は分かった。しばらく悩んだ俺だったが、転移結晶を戻すとサチの頭を優しく撫でた。

 

「分かったよ、俺は出ていかない。一緒にもいてやる。ただずっとは流石にな……俺は本当なら最前線にいるプレイヤーだからな」

「うん……いいよ、大丈夫。シンがいつか出ていく時までに私、強くなるから。でも今だけは……」

「ああ、約束する」

 

──────何があっても、俺は絶対にサチを死なせたりはしない。




たぶんあと2~3話で終わる……はず。

評価、ご感想お待ちしています!


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第25話 サチの恋心

随分と長い間を空けてしまい、すみませんでした!
就職先の研修期間が長くてあまり時間がとれなかった事が主な原因です。
また、非常に申し訳ありませんが作者は今月から社会に出てしまいます。時間がある時には執筆していますのでこれからもよろしくお願いします。


俺が月夜の黒猫団に入ってから1ヶ月が経った頃、ケイタ達のレベルはかなり上がっていた。最初の時よりも狩り場を何層か上にしているが、上昇する早さはほとんど落ちていない。サチの事に関してはケイタ達に事情を話し、今までと同様に後衛を担当する事になった。と言ってもこのまま前衛をテツオだけに任せるわけではなく、残りの3人から選ぶようだが。

前衛を務めるメンバーが決まり、安定するまでは俺もギルドを抜けるつもりはない。最近は何も問題なく、ケイタ達と過ごせているが……変わった事が1つある。

 

────コン、コン。

 

「いいぞ、入っても」

 

深夜、メンバー全員が眠った頃を見計らってドアを叩く音が聞こえてくる。俺が部屋の中へと入ってくる事を了承すると、すぐにドアがゆっくりとこちらに開いてきた。

 

「ごめんね、またこんな時間まで起きてもらっちゃってて」

 

入ってきたのは自分の枕を抱え、申し訳なさそうに謝ってくるサチ。まだ夜は長く、何度目かの訪問とはいえ本来ならば眠っているはずのこの時間帯に尋ねる事には後ろめたさが彼女にはまだあるらしい。

 

「それは別にいいんだが、そろそろケイタ達から怪しまれるぞ?」

「大丈夫だよ、みんな眠ってるから」

「それはそうだが万が一という事もあるだろ」

 

ケイタ達からいらぬ疑惑を抱かれないようにとサチに注意するが、そんなのお構い無しばかりと枕をベットの左側に置いた。彼女がここに何をしに来たのか、既に分かると思うが────俺と一緒のベットで眠るつもりでいるのだ。

 

「でもシンと一緒に寝ているなんて言ったら絶対に馬鹿にされるだろうし、私だけ部屋に入れないようにされるよ」

「だろうな。俺は別に迷惑だとは思ってないが、ケイタ達は当然そう思うだろ」

「だから言いたくないの。シンと一緒なら安心して眠れるようになったのに……」

 

サチのレベルを上げようと2人だけで出掛けたあの日の事はよく覚えている。サチが心の奥で抱き続けてきた戦闘への恐怖、その辛さを俺やケイタ達が理解してくれなかった事を彼女は泣きながらぶつけてきた。

それからというもの、本心を自分から唯一伝えた相手だからかサチから俺に関わるという事が多くなった。こうして深夜に部屋へ来るようになったのはまだ最近だが、俺が近くにいる事で安心して眠れるからと聞いている。

 

「……仕方ない、ケイタ達には俺からも黙っておくか。ただバレた時には包み隠さず話さないとな」

「話したらケイタ達、怒るかな……?」

「どうだろうな。その時は俺も付き合うし、そんなに心配するなって」

「うん……ありがとう、シン」

 

いつものようにベットの左側で枕に頭を埋め、布団に身を包んだサチを確認すると部屋の電気を消す。そして布団の中へと入ると、窓から入る月の明かりで彼女の顔が俺に向けられている事に気付いた。

 

「……シンはさ、絵本に出てくる王子様みたいだよね」

「何?」

「とても強くて、みんなをいつも守ってくれて……凄く優しくて。そんな人なんて、現実にはいないって思ってた」

 

そう語るサチの顔はどこか悲しげであった。SAOより前のサチについては知らない為、どうしてそのような顔をするのかは分からない。もしかしたら『そんな人がいてくれたら』と思った事があるのかもしれないが、憶測でしかないな。

 

「だからこのゲームに囚われて知ったの。そういう人は本当にいるんだって」

「俺は王子なんかじゃないぞ」

「ふふっ……そんなの分かってるよ。でもね、私にとってシンは本当の王子様みたいで────っ!?」

 

何故かサチはそこから黙り込んでしまった。どうしたと視線を向けてみれば、顔を真っ赤にしている。何か声を掛けようとしたが、その前に反対側を向かれてしまい、布団の中へと潜り込んでしまった。

 

「お、おい、サチ……大丈夫か?」

「い、今のは忘れて!お願いだから忘れて!!」

「忘れてって……俺は本物の王子様みたいで、か?」

「っっ……!」

 

顔はこちらに向けていないが、布団の中で『それ!それ!』と言いたげに頭が振られているのが分かった。サチがこのような行動に出た理由は分からないが……ここまで嫌がっているなら、忘れるよう善処しよう。

 

「分かった、忘れるから布団から出てきてくれないか?」

む、無理……

「……何でだ?」

だ、だってぇ……

 

微かに聞こえてくる声を拾い、どうするかと考えたが俺が声を掛け続けても逆効果な気がする。このままサチが落ち着くまで待った方がいいかもしれないが……。

 

「サチ」

「は、はぃぃっ!?」

「………」

 

この様子だとしばらくは無理だろうな、絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、俺とサチは買い物に出掛けた。別にどちらかから誘ったというわけではなく、それぞれから頼まれたアイテムや装備品などを買う為である。全員でジャンケンをした結果、負けた俺達が任されたのだ。

 

「あとはダッカーから頼まれた物だけか」

「う、うん……そ、そうだね」

 

昨夜あった事がそんなにも恥ずかしかったのか、サチは俺の隣ではなく僅か後ろを歩いている。それだけではなく、起きた瞬間に俺をベットから蹴り落としてしまったというのもあるのかもしれない。曰く、自分が寝返りを打ったせいか俺との距離が僅か数ミリだったからとか。

 

「なぁ、サチ」

「なっ、何かな!?」

「朝のことまだ気にしているのか?俺は別に怒ってないぞ。起きたら誰かの顔がすぐ目の前にあった、なんて誰でも驚くだろ」

「それは……そうなのかもしれないけど……」

 

俺の言っている事は理解できているが、納得できていないって感じだな。何がそうさせてしまっているのかは分からないが……というかなぜ俯いて顔を赤くしている?

 

「……あっ」

 

サチが不意に止まり、どうしたと声を掛けようとしてその理由に気付く。雑貨屋らしき店にぶら下がっている耳飾りに釘付けになっているらしい。確かに吸い込まれそうな程に透き通った色をした宝石が使われていて綺麗だが、売り物なのかこれ?そう考えていると店主らしきNPCが動き出した。

 

「お嬢さん、その耳飾りが気になりますか?」

「は、はい」

「それは絆の耳飾りというアクセサリーです。互いに大切な人同士が付ける事でその絆がより一層強くなると言われています。だからほら、宝石が半分に割れているでしょう?もう片方と合わせる事で1つの形になるんです」

 

確かによく見てみると、宝石は片割れのように見える。なるほどな、普通は引き裂かれたように見えるが、見方によってはそうとも言えるか。

 

「ご購入なさいますか」

「えっと……」

「いや、何でそこで俺を見るんだ?」

 

NPCに尋ねられると、サチはまるで子どもが親の顔色を伺うように覗き込んできた。俺はサチの保護者ではないんだけどな。

 

「その……どう、かな」

「いいんじゃないか?サチに似合いそうだし」

「……シ、シン……も付け、て……くれな、い?」

「俺?」

 

サチはまるでボンッという擬音が聞こえそうな程、一瞬にして顔を真っ赤にした。しかし俺に付けてほしいとくるとは思っていなかったな。てっきり付き合いが長いケイタ達の誰かと思ったんだが……サチにとって俺は大切な仲間という事だろうか?俺もそう思っているから付けるのには抵抗はないが。

 

「う、うん」

「サチがいいなら俺は構わないが」

「!!……こ、これ2つ下さい!」

 

いつもおっとりしているサチとは思えない程の声と速さで絆の耳飾りを購入する。何がサチをそこまで興奮させるのか分からないが、そんなに欲しかったのか?

 

「シ、シンは右に付けてくれる?私は左に付けるから」

「ああ、並ぶと宝石が合わさるもんな」

 

付けると言っても受け取った耳飾りをアイテム欄から選択して向きを決めればいいだけだが。耳飾りと聞くと耳に穴を作る事を想像するが、そんな感じではないみたいだな。なんか耳にくっついてるだけみたいだ。

 

「シン、ありがと。その、私の我が儘に付き合ってもらっちゃって……」

 

雑貨屋から離れた辺りでサチが少し申し訳なさそうにお礼を告げてきた。もしかしたらさっきまでは勢いだけで話していたのかもしれない。それならサチが興奮気味だった事にも納得がいく。

 

「まぁ、俺にとってもサチは大切な仲間だしな。こういった目に見える証があるのは嬉しいもんだ」

「そ、そう?なら良かった……」

 

そう言って笑みを浮かべるサチがいるのは俺の後ろではなく────隣であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰宅後────

 

サチ「ただいまー」

 

シン「頼まれたもん買ってきたぞ」

 

ケイタ「お疲れ。2人共、ありがとう」

 

ダッカー「ん?シンもサチもその耳飾り、どうしたんだ?」

 

サチ「え、えっと……偶然見つけて、シンにも付けてもらったんだ」

 

ササマル「あれ、それってもしかして絆の耳飾り?」

 

シン「ああ」

 

テツオ「前にササマルと聞いた事があるけど……それって『互いに大切な人同士』が付けるって知ってる?」

 

サチ「うん。NPCの店主から聞いたよ?」

 

テツオ「……アイテム名で仲間同士って勘違いする人が多いみたいだけど、恋人とか夫婦が付けるんだってさ」

 

シン「そうなのか?サチ、どうす────」

 

サチ「…………」プシュ〜

 

シン「……サチ?」

 

シン・サチ以外(頭がオーバーヒートしたか……)




会話だけを書くのも面白いですね。


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第26話 夢と現実

「攻略組と僕らは何が違うんだろう?」

 

迷宮区の休憩ポイントでサチの手作り弁当を頬張っていると、ケイタが不意にそんな事を呟いた。その突然の問いに他のメンバーは何と答えたらいいのか迷い、俺も求める答えを出せるか分からない。しかし攻略組として活動している俺にはそれに答える義務があるだろう。

 

「それは────」

「突然どうしたの、ケイタ?」

 

ケイタの問いに答えようとすると、サチによって言葉を遮られた。本人はそんなつもりなどなかったんだろうが、なってしまったからには仕方ない。それよりもケイタが何故そのような事を呟いたのかが分かるんだと考えよう。

 

「攻略組も僕らも同じプレイヤーだろう?なのに僕らとの間には大きなレベルの差がある。実際、シンのレベルと僕らのレベルは初めは20近くも違っていたし。何がそこまでの違いを出しているのか気になったんだよ」

「そりゃあ、情報を独占してる事じゃないか?」

「うん……このデスゲームが始まった瞬間に元ベータテスターはみんな、始まりの街から飛び出していったみたいだからね」

 

ケイタの言葉にダッカーやササマルが答える。しかしその答えはケイタが求めていたものとは違っていたらしく、不満そうだった。

 

「そりゃ……そういうのもあるだろうけどさ。僕は意思力だと思うんだよ。そういう力があるからこそ、彼らは危険なボス戦に勝ち続けられるんだ。僕らは今はまだ守ってもらう側だけど、気持ちじゃ負けてないはずだよ」

「意思力……つまり心が折れないってこと?」

「そうだね。どれだけ相手が強くても諦めずに挑めるから攻略組はあんなにも強いんだと思う」

 

……なるほどな。ダッカーやササマルは違いの大部分を出しているが、ケイタはそれに反して自分が思い描いた事を口にしている。察するに、ケイタにとって攻略組は憧れなんだろう。だから『情報を独占している』などと悪く言われて不満げになったんだ。

 

「シンはどう?攻略組のメンバーなんだし、何か感じた事とかあるんじゃないかな」

「僕もシンは違いが何か分かってるんじゃないかと思ったんだけど……どうかな?」

「……違い、か」

 

ケイタやダッカー、ササマルが出した答えは間違ってはいないだろう。攻略組にはそういう人もいるし、中にはそうではない人もいるからな。情報を独占していれば、良い狩り場を見つけたり強力な武器を手に入れられる。だがそれが出来ずとも攻略組にいる人達は多い。その中にケイタが言うような人はいるかもしれない。

 

「俺は、攻略組には叶えたい夢や成し遂げたい目的があるからだと思う」

「シン、夢なら僕らにもあるよ。今は無理だけど、攻略組に仲間入りしたいっていう夢がね」

「攻略組のはそんな立派なもんじゃない。もっと……我が儘みたいなやつだ」

 

以前、キリトは攻略組のメンバーが攻略組でいられるのは数千人のプレイヤー達の頂点であり続けたいからだと言っていた。だから手に入れた情報やアイテムを中層プレイヤーに渡さず、レベルの差を維持し続けようと考えている。

……馬鹿か?そのせいでどれ程のプレイヤーが死んだと思っている。ディアベルの時だって、もっと沢山のプレイヤーがいれば誰一人欠けずに第1層は攻略できていたかもしれないんだぞ。それなのに自分達が強ければそれでおしまいか?他人の事なんてどうでもいいと言うのか?

 

「シン、大丈夫?顔がちょっと怖いけど……」

「……悪い。ケイタ、攻略組に仲間入りするのが夢だと言っていたな」

「えっ?ああ、うん……それがどうかした?」

「その夢、諦めるなよ。お前達が攻略組に入ってくれれば、きっとあいつらを変えられるはずだからな」

 

ケイタ達の仲間を思いやる気持ちが攻略組の中で浸透していけば、それは攻略の速度が上がるだけでなく死者の数も減っていくはずだと俺は考えている。だからケイタ達の夢が叶う事を祈っている。いずれ、俺のすぐ側で月夜の黒猫団が活躍する姿を。

 

「っ……ああ、もちろんだよ!この夢を諦めたりするもんか!絶対にいつか、シンと同じ位強くなってみせるよ!」

「はははっ!シンと同じ位って、強く出たなぁ」

「でもいつかはそうなってみたいよね」

「うんうん、今はシンに頼りっぱなしだからな。逆に頼られる側にもなってみたいよ」

「な、何だよみんなして!」

 

立ち上がって意思を強く固めるケイタにダッカーは冗談はよせと笑い、テツオ、ササマルはケイタの言葉を夢物語のように思っているらしい。本気で考えているケイタにとって、それは許せるものではなかったようだ。

怒るケイタと笑う3人の姿を眺めていると、サチが俺の裾をくいっと引っ張ってきた。

 

「どうした?」

「私もさ、シンみたいには強くなれないけど……でも、いつかはシンと本当の意味で一緒に戦えるようになりたいな」

「……そうか。無理だけはするなよ」

「うん、分かってる」

 

俺の声にサチは笑顔で頷くと、ギャーギャーと言い争ってる4人を止めに入っていった。

攻略組に入り、一緒に戦う……か。それが実現するのはおそらく無いだろう。俺はビーターだ、それが露見すればケイタ達でも関わりを避けるかもしれない。例えそうでなくても、俺のせいで危険に巻き込まれるなら結果は変わらない。

 

「頑張れよ。ケイタ、サチ、ダッカー、テツオ、ササマル……お前達ならきっと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってくるよ。みんな、楽しみに待っていてね」

 

その日、ケイタはそう言って出掛けていった。理由は前々から手に入れたいと口にしていたギルドハウスを購入する為である。昨日、ようやくギルド資金が目標金額に達した事で誰もが喜んでいたのは、見ていて気持ちのいいものだった。

 

「そうだ!ケイタが帰ってくるまでに迷宮区でちょっと金を稼いでこようよ。新しい家用の家具を全部揃えて、ビックリさせるんだ!」

「おっ、いいなそれ!」

 

宿屋でそれぞれが暇を潰しながらケイタ達の帰りを待っていると、出掛けていったテツオがそんな事を閃いた。それを聞いたダッカーが賛成し、ササマルも頷いている。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。その間にケイタが帰ってきちゃったらどうするのよ」

「だから、帰ってくるまでに行ってくればいいんだよ!」

「大丈夫だよ、ケイタも帰りは遅くなるかもって言ってたし」

 

読書をしていたサチが3人を引き留めようとするが、ダッカーとテツオは行く気満々のようだな。その様子にサチが俺に助けを求めるような視線を向けてくる。仕方ないと思いつつ、俺は立ち上がるとサチの隣へと移動した。

 

「サチの言う通りだ。それに全員のコルは0に近い。今行っている階層の迷宮区でいくら稼いでも、買えるのはほとんど無いぞ」

「だったらもっと上の階層に行けばいいんじゃないか?例えば……最前線から3つ下の階層とか」

「でもそんなとこ、俺ら行った事ないぞ?」

「大丈夫だよ、シンもいるんだ!多少危なくたって平気に決まってる!」

 

理由をつけて説得しようとしたが、逆にそれを受けたササマルがそんな提案を出してしまった。流石のダッカーもそれはどうかと思ったみたいだが、テツオの言葉で納得してしまったようだった。

 

「おい、俺は行くとは……」

「よし、みんな準備してさっそく出掛けよう!」

「「おおっ!」」

 

ギルドハウスの購入だけでなく、ケイタを驚かすという目的もあって興奮気味な3人には俺の声は届いていないようだった。それぞれが自分の部屋へと行ってしまい、俺とサチだけが残される形になってしまった。

 

「シ、シン……どうするの?」

「あの様子じゃ何を言っても止まらないだろうな。何かあったらまずいし、俺もついていく。サチはどうする?」

「わ、私も行くよ……ここに一人で残されるなんて嫌だし……一応、心配されないようにケイタにはメッセージを飛ばしておくね」

「頼む。ケイタには何も知らないフリをして帰って来てくれた方がいいだろうし、その事も伝えておいてくれ」

「うん、分かった」

 

しかし最前線から3つ下か……確かあそこは稼ぎはいいし、レベルも問題は無いだろう。だがトラップが大量に仕掛けられているし、その階層から難易度が大きく上がる。その事も含めて宝箱を見つけても無闇に触ったりしないよう注意しておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、あれ宝箱じゃないか?」

 

迷宮区でモンスターを倒し続け、目標額に達した事で街に戻ろうと口にした時、横の壁に変化があった。曰く、ダッカーが壁に背中をつけた途端、スイッチらしき物が押されたらしい。それによって仕掛けが起動、壁には隠し扉が現れた。恐る恐る開いてみれば、広い部屋の中心に宝箱が置かれていたというわけだ。

 

「確かにそうだが、無理しろ。どんなトラップが仕掛けられているのか分からないからな」

「でもさ、俺達まだ一度もトラップに引っ掛かっていないぜ?」

「俺がトラップが仕掛けられている場所は通っていないからだ」

「えっ?シン、トラップがある場所が分かるスキルを持ってるの?」

 

サチが驚いた表情で見てくるが、そうではない。俺達が通ってきた道は攻略時に通った道と同じ、つまりどこにトラップが仕掛けられているか把握しているから引っ掛からなかっただけなのだ。それを伝えると、4人がさらに驚いた表情を見せたのは何故だろうか?

 

「じゃあ、シン。あれはどうなんだ?」

「分からない。攻略時にこの隠し扉は見つからなかったからな……トラップが仕掛けられているかどうかは分からないが、その可能性がある以上は触れない方が安全だ」

「でも、実は珍しいアイテムが入ってるとかかもしれないだろ?だったら試しに開けてみようぜ!」

 

ダッカーがそう言って走り出すが、俺が襟を掴んだ事で反動で転んでしまった。しかしそうでもしなければ、止められなかったのだから仕方ないだろう。

 

「いってぇ〜……何すんだよ、シン!」

「それはこっちの台詞だ。話を聞いていなかったのか?」

 

迷宮区に入る前にも説明したんだが……何故わざわざ危険を犯す必要があるんだろうか?もしも危険なトラップが仕掛けられていたら、ここにいる全員が殺される可能性だってあるんだぞ。

 

「聞いてたさ!でも気になるだろ!?」

「我慢しろ」

「大丈夫だって!シンがいるんだ、多少危なくても何とか出来るだろ?」

「……あのな」

 

俺にだって出来ない事はある────と言おうとした瞬間、テツオとササマルが宝箱に向かって全力疾走で走っていく姿が視界の端に見えた。

 

「っ!?おい、待て!何する気だお前ら!?」

「だって中身が武器とかだったら見逃すなんて出来ないよ!」

「それに何があってもシンが()()()()()()って信じてるからな!」

「馬鹿がっ……!」

 

今、俺が走り出しても既に遅い。ならば少しでもトラップが発動した場合の危険を減らすしかない。俺は座り込んでいるダッカーを無理矢理起き上がらせると、サチと同時に隠し扉の外へと押し出した。

 

「きゃっ……!?」

「うおっ!」

 

よろけて床に転びながらも部屋から出るサチとダッカー。悲鳴と驚きの声を上げた2人から目を外し、代わりにテツオ達に向ければ宝箱を開けた瞬間であった。

 

「あれ?」

「空っぽ……?」

「お前ら!!とっととこっちに────」

 

俺が声を荒げたと同時にアラームが部屋中に鳴り響いた。すると唯一の出口である隠し扉が閉ざされ、新たに出現した扉からはモンスターが一斉に飛び出してくるのが見える。

あれは────まずい。強さは分からないが、少なくともプレイヤーがたったの3人で挑む相手ではないのは確かだ。

 

「テツオ、ササマル!転移クリスタルを使え!早く!」

「あ、ああ」

 

俺は時間を稼ぐ為に鞘から和太刀を引き抜き、モンスター共に突っ込む。勢いよく振り降ろした刀身は相手の武器に遮られ、左右から繰り出される攻撃を俺は紙一重でかわした。しかしさらに繰り出される攻撃までは避けられず、直撃とはいかなくても受けてしまった。

 

「っ……!」

 

今の攻防で分かった事がある。明らかにこいつらはこの階層にいるどのモンスターよりも圧倒的に強い。その理由は攻撃の速度、正確さもだがダメージ量が大きいのだ。テツオやササマルが対峙しても勝てる見込みはほとんどないだろう。

 

「ちっ!」

 

1体の手首を斬り、武器を落とすと額に向かって突きを放つ。その攻撃でバランスを崩したモンスターの心臓部分を貫く事でようやく倒せた。しかしそれで終わりではない。まだ目の前には数十体の相手がいるのだ。

 

「なっ、何でだよ!?」

「シン、転移クリスタルが使えない……ここ、クリスタル無効エリアなんだ!逃げられないんだ!ど、どうすればいい!?」

 

────最悪だ。部屋から脱出できず、目の前にはテツオ達では勝てる見込みのないモンスターが数十体。奴らを相手にしながら2人を守るなど到底不可能な話だろう。

しかしだからと言って諦める事も見捨てる事も出来るはずがない。

 

「はぁっ!」

 

ソードスキル、幻月を相手に勘づかせた下段────からではなく、上段から放つ事で後ろへと吹き飛ばす。他のモンスター達とぶつかり、倒れていく姿が見えたがそれを気にせず、次のソードスキルを放つ準備をした。

 

「ふぅっ────はっ!」

 

白く輝き出す刀を握り締め、力を溜める。そして勢いよく飛び出し、辻風でモンスター2体を同時に仕留める事に成功した。

 

「くっ……!」

 

四方八方から襲い来る武器を防ぎ、避けるも当たらないわけではない。HPバーは確実に減少しており、少しでも動きを止めれば大きなダメージをくらう事になる。それだけは避けなければならない。この状況で回復なんて出来ないからな。

 

「吹き飛べっ……!」

 

真上へと跳び、体を捻ると着地した瞬間に一気に戻して周囲にいるモンスター達を一掃する。旋車を受けたモンスターの中には何体かがスタンして動けなくなっている。この隙に数を────

 

「う、うわああああっ!?」

「っ!?」

 

テツオの悲鳴が聞こえ、後ろを振り向くと2人はモンスター達に囲まれていた。武器を抜き、戦っているが大したダメージにはなっていない。それどころかHPバーを半分近くまで減らされていた。

 

「やめろ!!」

 

2人を助けようとするとモンスター達が壁となって邪魔をしてくるが、その前に俺は体術スキル────地脚(ちきゃく)を発動する。このスキルは離れた足場へと跳ぶものだがこれを応用し、俺は壁を蹴って壁を乗り越えた。そして2人を囲むモンスターの内、1体を攻撃する。それによって他の奴らも俺に目標を変えてくれた。

 

「テツオ、ササマル!今の内に回復しろ!」

「あ、ありがとう!」

「シン……ごめん!俺達が勝手な行動をしたせいでこんな事になって……」

「謝罪なら後で聞いてやる!今はとにかく生き残れ!」

 

迫る武器を流し、逆に急所を突く。さらに突き刺した刀を脳天へと向かって動かし、一刀両断する。生まれた隙間に飛び込んで左右から襲ってきていた攻撃を避け、体勢を整えた。

 

「っと……ふっ!」

 

背後から振られる攻撃を弾き、体術スキル────水月による水平蹴りを頭へと放って横に吹き飛ばした。大きなダメージにはならないが、立ち上がるのに時間はかかるはずだ。

 

「ちっ……!」

 

モンスターの数はまだまだ多い。それどころか増えているようにも見える。このままじゃいくら倒してもキリがない。だが戦い続けなければあの2人に攻撃が向いてしまう。

 

「うわぁぁぁああっ!?」

「っ!?」

 

遠くでササマルの悲鳴が聞こえた。しかしモンスター達のせいで何が起こっているのか見る事すら出来ない。ならばもう一度地脚を使い、あの壁を乗り越えるしかないな。

 

「がっ……!?」

 

しかし地脚を使い、壁へと向かった瞬間に真下から繰り出された攻撃を受けて俺は地面へと叩きつけられた。まさか動きを読まれていた?だがデータ上の存在でしかない奴らがそんな事を出来るのか?

 

「シン……シン!」

「テツオ……どうした!?ササマルに何があった!」

「サ、ササマルが、殺さ────あああぁぁあああっ!」

 

テツオの悲鳴が聞こえた瞬間、モンスター達の隙間からポリゴンが見えた。あれは────モンスターを倒した時のものではない。ディアベルの時と同じ、プレイヤーが殺された時の────

 

「っ……!!」

 

まただ。ディアベルの時と同様に俺はまた目の前にいたにも関わらず、テツオとササマルを助けられなかった。助けを呼んでいたのに、俺はその手を掴めなかったんだ。

俺のせいかと問われれば、そうだろう。あの2人を止められなかったなど言い訳に過ぎない。気持ちを抑える事が出来ていれば、命を落とす事などなかったはずだ。それなのに俺は止められなかったどころか、助ける事も出来なかった。

俺はケイタの夢を共に追い掛ける仲間を────()()()()()()()んじゃないか?

 

「はっ……はっ……はっ……!違う、違う、違う……俺は助けたかったんだ!殺してなんかない!助けたかったんだよ!助けたくて、助けたくて、助けたくて……っ!!」

 

和太刀を無茶苦茶に振り、ソードスキルを連発してモンスター達を倒しながら俺は自分の考えを否定する。攻撃が、武器が当たり、吹き飛ばされ、叩きつけられようと俺は止まらない。止まれない。止まる事なんか、出来ない。

 

「助けたくてっ…………クソが、誰も助けられてないだろうがぁ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……シ、シン!!大丈夫!?」

 

モンスター達を全て倒し、開いた隠し扉から出た俺はサチの前へと倒れ込んだ。そんな俺をサチはしっかりと支え、ゆっくりと横にしてくれた。俺は今、たぶん酷い顔をしているんだろう。そう分かるのはサチの視線が顔に向けられ、焦った様子でいるからだ。

 

「シン……しっかりして!中で何があったの!?テツオとササマルは……ど、どうしたの?」

「……れなかった」

「えっ?」

「助け……られなかった……」

 

俺はその悔しさから歯軋りをし、床に拳を叩きつけた。すぐ近くからはショックから座り込んだサチの泣き声が聞こえ、それはいつまでも続いた。いつまでも、いつまでも……そんなサチに俺は何と声を掛けたらいいのか分からず、ただサチが泣き止むのを待つしかなかった。

 

「……大丈夫か?」

「うん……ごめん」

「サチが謝る必要なんてないだろ……謝るのは俺だ、テツオとササマルを助けられなくて……本当に、すまなかった……!」

 

サチと向き合った俺は額を地面にぶつけ、土下座をした。これで許してもらえるなんて到底思っていない。信じていたのに仲間を、現実世界での友達を助けてくれなかったのだ。どんな風に言われようと俺は────

 

「そんなこと……しないでよ。シンは2人を本気で助けようとしてくれたんでしょ?分かってるよ。だってシンは優しいから。こんな私でも絶対に見捨てないでくれるシンなら、2人のせいでもそんなの関係なしに真っ先に2人を助けようとしてくれるって、私信じてた」

「……でも、俺は……」

「2人が死んじゃったのは辛いよ。だって仲良しだったんだから。でもだからってシンの事は恨まないよ。そんな事したら2人に怒られちゃう」

「……っ!」

「だから……さ。そんなに自分を責めないでよ」

 

サチは両手を広げると、俺を優しく包み込んだ。耳元で「大丈夫。大丈夫だから」と囁かされながら背中をポンポンとされるのは少し恥ずかしいが、それでも嫌な感じはしなかった。

 

「ぐっ……うっ、ぐぅっ……」

「シン……?えっと、もしかして泣いてる?」

「ああ……悪い」

 

さっきまでは2人を助けられなかったという自責の念が鎖となって心をきつく縛っていた。しかしサチの言葉によりその鎖から解放されたからか、思いが涙となって溢れ出してしまったらしい。

 

「しばらく……こうしてもらっていてもいいか?」

「え、ええっ?そ、それはその……は、恥ずか……」

「……駄目か?」

「ううっ……わ、分かったよ。シンがいいって言うまでこのままでいてあげるよ……」

「悪い……ありがとな」

 

その後、俺とサチはしばらく抱き合ったままでいた。何故かは分からないが、こうしていると安心できるのだ。

サチのトクン、トクンという心臓の音も心地よく聞こえる。まるで俺を眠りに誘っているのかと思ってしまう程に。

 

 

 

落ち着きを取り戻した俺はダッカーがいない事に気付き、尋ねてみれば隠し扉が閉まった直後、ケイタを呼びに行ったとのこと。今はケイタと共に宿屋で俺達が帰ってくるのを待っているらしい。テツオ達の死を知らない2人にどう会えばいいのか悩んだが、サチからの応援もあり、俺は意を決して宿屋へと飛び込んだが────そこで待っていたのは予想もしていなかった事態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────シン、君は……あのビーターなのか?」




テツオとササマルの死。そして次回、ついにサチ達にシンの正体がバレるか?


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第27話 約束

色々とありましたが、この話で第2章は終了となります。


宿屋のケイタが泊まっている部屋へと入ると、心配そうに俯くケイタと落ち着きがないように辺りをグルグルと回るダッカーの姿が見えた。2人共、ドアが閉まる音にハッとして初めてこちらを向いた事から、相当心配してくれていたんだろう。

 

「シン!サチ!良かった、無事に帰ってきてくれて!」

 

俺達に駆け寄り、笑みを向ける2人。しかしそれに対し、俺とサチは喜べない。喜べるはずがない。だからケイタは俺達の様子を変と感じ、また「あれ?」と後ろを覗き込んで首を傾げた。

 

「シン、テツオとササマルは?2人はどこに行ったんだ?」

「っ……2人は」

「あいつら、シンに迷惑かけてさらに助けてもらったのにどっか行くとか……まぁ、俺が言えた義理じゃ────」

「……違う。テツオとササマルはもう、いない」

 

俺の呟きにケイタとダッカーは言葉を失い、目を見開いた。そして互いに顔を見合わせ、俺に不安に満ちた顔を向けてくる。

 

「え、えっと……どういう事かな?いないって……」

「そうだ。だってシンが一緒にいたんだ、助けられなかったなんて……そんな、まさかな」

「…………」

「ははっ……なぁ、嘘だろ?冗談なんだろ?テツオとササマルが死んだなんて、そんなタチの悪い冗談言わないよな!?」

 

あの場にいなかったケイタは頭が追い付かず、ダッカーは俺が嘘を言っていると思ったみたいだが、何も言わない俺に不安と焦りが募ってか、大声で問い掛けてくる。

 

「……テツオとササマルは──────死んだ」

「っ……!!」

「なんっ……何で助けてくれなかったんだよ!?シンは俺達よりも強いし、あの階層の迷宮区も一度は入ってるんだろ!?おかしいだろ、そんなの!」

「っ……」

 

ダッカーからの言葉に俺は反論せず、歯軋りをするしかなかった。助けられなかったのは事実だし、このギルドの中で一番強いのも本当だ。あの迷宮区だって今回入った部屋の存在は知らなかったものの、一度は入っている。

 

「ダッカー……やめてよ!シンが2人を助けられなかった事をどれだけ悔やんでいたか分かってるの!?」

「知るかよ、そんなの!テツオとササマルは昔からの俺の親友なんだぞ!?」

 

サチが俺を庇うように前へと出るが、それでもダッカーが落ち着く事はなかった。確かに俺は生きているのに、親友2人は何故死ななければならなかったのか……それは頭では理解できても、心は止められないんだろう。

 

「でもシンは!」

「……サチ、もういい」

「だって!」

「いいんだ。ダッカー、なら俺はどうしたらいい?」

 

親友が殺され、怒りで心が一杯なダッカーに許しを請うても許してもらえるとは思えない。ならばダッカーが納得するような方法でこの場を静めるしかないだろう。

 

「……出てけよ。俺達のギルドから出ていけよ!仲間を救ってくれないような奴、このギルドには────」

「ダッカー!!」

 

今まで理解が追い付かなかったのか、黙ったままのケイタが突然ダッカーの名前を叫んだ。その声にダッカーはビクッと体を震わせ、俺もサチも普段は大声を出さないケイタに目を見開いた。

 

「……シンはいつも僕達を救ってくれていたんだ。シンがいなければ、僕達はもっと早くに死んでいたかもしれないんだよ」

「だったらこの怒りはどうしたらいいんだよ!?」

「それはこのゲームを攻略する事に向けてくれよ。生き残った僕達が現実世界に戻る、それが2人が望む事なんじゃないかな?」

「っ……そんなの……当たり前だろ……!」

 

ダッカーは握り締める拳を震わせながらケイタにそう答えた。テツオとササマルがそれを望んでいるとダッカーも思ったんだろう。しかし自分では怒りで前が見えず、それに辿り着く事が出来なかったという事か。

 

「でも……シン、君の答え次第ではギルドを抜けてもらいたいんだ」

「ケ、ケイタ?何を言って……」

「──────シン、君は……あのビーターなのか?」

 

ケイタから問われた事に俺はすぐ答えられなかった。証拠を掴んでいるわけではないようだが、何故ケイタはそれに至ったのか。どこかで俺の噂を聞いた可能性もあるが、俺がビーターだという事は攻略組か繋がりがある奴らしか知らないはずだ。ここは最前線よりも離れている、ならビーターが誰なのか知っているはずが……。

 

「沈黙は肯定ととるけど」

「……何故そう思ったんだ?」

「家を売ってくれたプレイヤー、普段は最前線で活躍しているみたいなんだ。シンの姿を前に見た時、ビーターなんじゃないかって疑っているって今日、話してくれたんだ」

「……なるほどな」

 

おそらく俺の姿をどこかで見た事があるんだろうが、記憶が曖昧で確信はなかった。だからケイタも俺がビーターだとは信じられず、尋ねてきたという事か。

 

「どうなんだ?君は本当に……ビーターなのか?」

「……….ああ、そうだ。ビーターだよ、俺は」

 

嘘をついた所でいつかは知られるだろうと思っていた事だ。今更隠すつもりなどないし、いい機会だからと俺は自分がビーターであると明かした。

ビーター──────おそらく、このゲーム内でもっとも疎まれる異名に違いない。確かにそんな異名を持つ人物をギルドに置いておくわけにはいかないだろう。

 

「ちょっと待ってよ!シンがビーターだからって追い出すの?シンは何度も私達を救ってくれたんだよ!?ビーターなんて、そんなの関係ないよ!」

「……サチ」

「僕もシンがビーターと呼ばれるなんて間違ってると思うよ。でも実際、シンはビーターであって一緒にいる僕達が襲われる事だっていつかは来るはずだ」

 

ケイタの言っている事は間違っていない。月夜の黒猫団がビーターの仲間だと広まれば、そうなる事も起こるかもしれない。だから俺もそれが現実になる前にここから立ち去るつもりだった。

 

「まぁ、シンはそうなる前に出ていくつもりだったと思うけど」

「そうだな。もう少し階層が上になったら出ていこうと思っていた」

「でも既に疑われている以上、それは無理なんじゃないかな」

「……そうだな」

 

まだケイタの言うプレイヤーは確信を得ていないようだが、これ以上このギルドに留まるのはまずい。俺が今すぐにでも立ち去れば、ケイタ達が襲われる可能性は低くなるだろう。

 

「じゃあ、何?私達が襲われるかもしれないからシンを追い出すってこと?そんなの────」

「サチ、いつかはそうなる予定だったんだ。それが早くなっただけだ」

「だからって、何でこんな急に!」

 

サチは俺が出ていく事に納得できていないみたいだが、俺もケイタも……それからダッカーも理由は違うが、俺がギルドから出ていく事に賛成している。サチだけが嫌だからと言って、それを変える事は出来ない。

 

「……明日、このギルドから出ていく。それでいいか?」

「うん、大丈夫だよ。僕もそう言うつもりだったから。だからさ、サチ」

 

────────チャンスは今夜だけだよ。

 

ケイタが言うチャンスとやらの意味は分からないが、どうやらサチは理解しているらしく尋ねようとしたらケイタに止められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その意味を、今夜知る事になるとは今の俺が知る余地などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アイテム整理はこんなもんか」

 

夕食は迷宮区でコルを稼いだから多少豪華な料理になったが、ダッカーは部屋から出てくる様子がなく、サチは何か別の事に意識が向いているのか口数が少なかった。故に喋っているのは主に俺とケイタだけで、その内容も俺達が出会ってから今までの事を振り返るような話ばかりだった。

 

「そろそろ寝るか……」

 

俺がそう呟き、ベットに入ろうとして────ドアが静かに叩かれる音が聞こえた。大抵のプレイヤーはこの時間帯には寝ている。それは月夜の黒猫団のメンバーも例外ではないはずだ。

 

「……サチ?」

「ご、ごめん……こんな遅くに」

 

ドアを開ければ、廊下に立っていたのはサチであった。俺のベットで一緒に寝る為に夜遅くに尋ねてくる事もあったが、それも最近はほとんどない。だから今回もそうではないはずだが、それならば何の用事だろうか?

 

「ちょっとシンと話をしたくてさ。ほら、明日にはシンは出ていっちゃうし……ダメ、かな?」

「ダメなわけないだろ。ほら、入れよ」

「う、うん……」

 

どこか緊張気味なサチに違和感はあるものの、俺は部屋の中へと招き入れる。ベットの上に一緒に座り、何も言わずに俯いたままのサチが口を開いたのは数分経ってからであった。

 

「えっと、さ……シンは、これからどうするつもりなの?」

「とりあいず最前線に戻る予定だな」

「また下の階層には来たりは……」

「それは俺にも分からない。それに下りたからと言って、また会える保障もないしな」

 

サチにとって俺と別れるのはとても辛い事であり、再会できる未来があるかもしれないと思っているんだろう。短い間だったが別れるのは俺も辛い。どこかでまた出会える事も願っている。しかしそれが現実となるかどうかは誰にも分からない事だ。

 

「そう……だよね。でも私は信じてるよ。だってシンにはもっと色んな事を教えてほしいから」

「色んな事?」

「どうしてシンが、ビーターって呼ばれるようになった、とか」

「っ……」

 

俺はそれを尋ねられ、唇を強く噛んだ。思い出すのはディアベルの死、キリトを守る為に自らビーターになったこと……そして幾度も他のプレーヤー達から罵られたこと。

正直言って、あの頃は辛かった。すれ違う度に罵声を浴び、フィールドでは襲われる事もあった。もしかしたら俺はその苦しみから逃れたい……無意識にそう思っていたのかもな。だから俺がビーターだと知らず、頼ってくれるこのギルドに入ったのかもしれない。

 

「言えない。いや、言いたくないのが正解……かな?」

「……どうしてそんな事を知りたいんだ」

「シンの事だからだよ」

 

俺の事だから?それは……どういう意味だ?俺が疑問に感じている事にサチは気付いたらしく、それを待っていたかのように笑みを浮かべていた。

 

「こういう……ことだよ」

 

サチがそう言った瞬間、俺の頬には何か柔らかい感触があった。すぐにそれが何だったのかは理解できなかったが、しばらく時間をかけた結果──────頬に触れたのがサチの唇だと分かった。

 

「なっ……は……?」

「ふふっ……シンのそんな驚いた顔、初めて見たかも」

「い、いや、それよりサチ、お前今……」

「うん……キスしちゃった」

 

頬にだったが、キスをされるなど現実世界でもされた事はない。あのような感触を受けた事など一度もないはずだ。まさかゲームの中でそれを体験するとは思ってもいなかったが、サチが何故このような行動に出たのかが分からない。

そもそも異性にキスをするなんて、好意を持っているとしか考えられ……いや、まさかサチが俺に?

 

「私、シンのこと好きだよ。私みたいな弱虫でも何度も助けてくれて、私が悩んできる時だって真剣に考えてくれた。初めはシンがいてくれる事が心強いってだけだったけど……いつまでも一緒にいてほしいって思うようになってた」

「……サチ」

「私がシンと釣り合えるような人じゃないってのは分かってる。でも私はシンの事が好き……だからこの気持ちだけは絶対に伝えたかった」

 

サチのこの告白に……俺はなんて答えればいいんだ?サチが俺を好きな事は嬉しい。俺もサチの事は好きだがそれは仲間としてであって、男女としてではない。俺にサチと同じような気持ちがない以上、サチが望む答えは返せない。しかしならばどう答えればサチを傷つけずに済むんだ……!?

 

「サチ……その、俺は」

「……分かってるよ、シンにそういった気持ちがないって事は」

「……な、なんだって?」

「言ったでしょ、私はこの好きという気持ちをどうしてもシンに伝えたかったの。だからシンが私の事をどう思っていようと……関係、ないんだよ」

「っ……!」

 

サチの目からは涙が溢れ、頬を伝って膝へと落ちた。流れる涙をサチは手の甲で拭うが、止まる事はない。それよりも段々と溢れる量が増えているようであった。

 

「ご、ごめん……分かってた事なのに……涙が出ちゃって……」

「……ごめんな」

「えっ?」

「俺が答えればいいのに、何もかもサチに喋らせて……辛い事ばかりさせて……ごめん」

「シ、シンが謝る必要なんてないよ。でも……1つだけお願いがあるかな」

 

お願い……?

 

「何だ?」

「だ……抱き締めてくれないかな、私のこと」

「別にいいが……こうか?」

 

俺はサチの背中に腕を回し、サチを抱き締める。俺よりも年齢は上だが小柄なサチは俺の腕の中に収まってしまうな。抱き締めるわけだから、いくらか力は入れて密着しているつもりだが……こんな感じでいいんだろうか?

 

「うん、大丈夫……好きな人からこうやって抱き締められるなんて夢みたいだよ」

「なぁ、サチ……俺は……」

「シン」

 

サチも俺をぎゅっと抱き締めると、頭をコツンと胸に当ててきた。そしてしばらくした後に顔を上げ、俺と目を合わせた。

 

「絶対に忘れないで。私がシンの事を好きだって事を」

「ああ……忘れない。忘れるわけがないだろ」

「なら、いいよ」

 

サチはそう言うと、俺から離れてベットから立ち上がった。そしてドアへと向かっていき、ドアノブに触れる直前にこちらへと振り向いた。

 

「いつかまた──────会おうね、シン」

「ああ。約束(・・)だ」

 

俺の言葉にサチは満面の笑みを向け、部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日──────俺はケイタ、サチ、ダッカーに別れを告げ、月夜の黒猫団から離脱したのである。



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第3章 竜使いシリカの希望
第28話 ビーストテイマー


今回より第3章、開始です。

シリカとの関係について意見を貰った為、一部ストーリーが修正されています。


2023年、2月────────とある階層にて

 

「あっ、シンさん!こっちですこっちー!」

「待たせたな、シリカ」

 

この階層の主街区の噴水前で待ち合わせをしていたのは、第1層の始まりの街で別れた少女、シリカである。俺がビーターと呼ばれるようになってから1ヶ月後が経ち、彼女も他のプレイヤー達から聞いた話で俺がロクでもない人間だと知っているはずだ。

しかしシリカはキリトやアスナのように俺が『そんな人間ではない』と言い張り、俺とこうして顔を合わせる事に否定などしない。それどころか会えるとなると喜んでくれる。

これも再会の腕輪がもたらした効果だったりしてな。

 

「そいつが話していた()()()()ーか」

「はい!ピナって言うんです!」

「きゅるるるっ」

 

俺はシリカの肩に乗っているモンスター────フェザーリドラに視線を移した。全身がふわふわとした綿毛で包まれ、尻尾の代わりに2本の大きな尾羽を伸ばした小さな竜はアルゴ曰く、レアモンスターらしい。

何故モンスターが街の中にいるのか……それはここに呼び出したシリカがこのフェザーリドラもといピナを使い魔にしたからだ。

 

「一体どうやったんだ?アルゴ……情報屋に聞いたらごく稀と言われたんだが」

「えっと……メッセージでも送りましたけど、本当に偶然なんですよ。気まぐれで入った森の中で出会って、前日に買ったナッツを与えたらなついちゃって……」

「……なるほどな」

 

このようにモンスターを飼い馴らしたプレイヤーをビーストテイマーと呼ばれる。システム上で規定されたクラスやスキルの名前でなく、通称であるが。

 

「でもモンスターを連れていたら目立たないか?」

「は、はい、それはもう……初めて連れ帰った時は皆さん一斉に駆け寄ってきて、何十回もビーストテイマーなのか尋ねられました……」

「大変だったな」

 

プレイヤーがモンスターを飼い馴らすチャンスがあるイベントがごく稀にしか発生しない以上、ビーストテイマーの人数も少ない。同じく姿を見る事が少ない攻略組と同様に幻の存在と言ってもいいだろう。

 

「それにファンクラブなんて出来ちゃってますし……」

「……ファンクラブ?」

「『シリカちゃん大好きクラブ』?とか言ってましたけど」

 

モンスターを連れて歩くだけでそんなにも人気が出るものなのか?まるでアイドルみたいだな……いや、シリカがビーストテイマーとなって注目され始めた事で、シリカというアイドルがいる事に気付いたのか。

 

「特に何かされたりは?」

「パーティには頻繁には誘われますけど、みんな優しくてとってもいい人達ばかりですよ。最近はそれ以外の人からも勧誘されたりしてるんですよ」

 

そういった奴らが怖いんだよな……全員ではないが、初めは優しくして後から本性を表すという輩もいる。シリカはまだ子供だし、騙されたりする可能性もなくはないんだよな……。

 

「シリカ」

「はい?」

「パーティに誘ってきた奴らが少しでもおかしな言動や行動を見つけたらすぐ俺に言え」

「えっ、でも……たぶん大丈夫だと思いますよ?」

「一応だ、一応」

 

シリカの年齢だとおそらく人を疑うという事を知らないだろう。しかしこのSAOには疑わなければならない奴らもいる。他人の不幸を喜ぶ奴やアイテムを奪う奴、殺しまでする奴らがここには多くいるのだ。

 

「……分かりました!何かあったら、シンさんに一番早く連絡しますね!」

「ああ、頼むぞ」

 

その後、俺はシリカと共にピナを可愛がった。撫でる度に気持ち良さそうに鳴くピナを見て、俺達は微笑ましい気持ちになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年、2月──────最前線、第55層

 

「これが第55層のマップデータだ」

「あア、確かに受け取ったヨ」

 

現在攻略中の階層にある街にて、俺は人通りの少ない裏道を選んでアルゴと再会した。理由はこの階層の迷宮区のマップデータを渡す為である。ベータテストの時よりも上の階層ではベータテスターが持つ情報は役に立たない。それはアルゴもであり、配布されている攻略本も第1層の時のと比べれば随分と情報量が減った。

戦闘を得意としないアルゴにとって、迷宮区の情報を手に入れるには攻略組に提供してもらわなければならない。しかし全員がそうしてくれるわけではなく、俺を含めてほんの数人のようだ。曰く、『自分が偶然見つけた情報などを全員に渡してしまう情報屋に教える方がおかしい』だそうだ。

 

「ところでシー坊。最近、シーちゃんとメッセージのやり取りをしてるカ?」

「シリカとか?まぁ、メッセージのやり取りはしてるぞ。攻略も忙しいから会うのは少ないが」

「そうカ……じゃあ、シーちゃんの違和感にも気付けないのも無理ないカ」

 

違和感……?まさかシリカに何かあったというのか。だがそれなら俺に何かしらメッセージが届くはず……。

 

「どうすル?800コルで情報を売ってやるゾ?」

「買ってやる。だから話せ」

「まいどありだヨ。違和感というかナ、シーちゃんは最近調子に乗り過ぎてる所があるんだヨ。自分が色んなパーティから誘われてるから舞い上がってるのかもナ」

 

……なるほどな。自分で自分が調子に乗っているという事に気付くというのはなかなかに難しい事だ。それがまだ年齢の低いシリカでは無理もない。アイドル気分で自分の事を過剰意識しているのかもしれないな。

 

「だったら……ちょっと危ないかもな」

「もしかしたら取り返しのつかない事をしてしまう可能性だってあるんダ、気にかけた方がいいんじゃないカ?」

 

アルゴの言う通りだな。シリカに対して期待を抱く奴は多くいるだろうが、心配や不安に感じている奴は俺くらいだろう。なら俺がしっかりしていないと、シリカを危険な目に遭わせてしまうかもしれない。メッセージを送って、近い内に出会えないか聞いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリカとメッセージでやり取りをしてみた結果、今は第35層にいるらしい。1週間とちょっと前にその階層に広がる森林地帯、迷いの森を冒険するパーティに誘われたと聞いているからその為にだろう。予定している日は明後日だと言うし、準備の為にも会うのはそれが終わってからでもいいと言ったんだが────そのパーティに俺も加わらないかと提案してきた。

攻略組のほとんどは迷宮区にしか挑まない為、サブダンジョンは手付かずのまま残されている。俺はかつて迷いの森に挑んだ事があるが、あそこは地図がなければ必ず迷う事で有名だ。挑む以上、誰かが地図を持っているだろうが……状況によってはパーティが分断される可能性もありえる。そうなれば予定外の事に戸惑い、ミスをしてしまうかもしれない。

思い浮かぶ嫌な光景から俺はそのパーティのリーダーに参加してもいいか尋ねてもらう事をシリカに頼む事にした。



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第29話 急変する態度

「貴方がシリカの言っていたシンね?よろしく頼むわ、アタシはリーダーのロザリアよ」

「ああ、こちらこそよろしく。突然の加入ですまないな」

「いいのよ、シリカの友達なら歓迎するわ」

 

次の日、俺は第35層の宿屋『風見鶏亭』でシリカとパーティメンバー達と合流した。つまりリーダーである彼女、ロザリアから承諾を得たという事だ。俺の事は友達と紹介したらしく、ビーターや攻略組である事は黙っていたらしい。

……それだというのに、他のメンバーからの視線がキツいのは何故だ?

 

「ところでシリカと同じ腕輪をしているようだけど?」

「え、えっと、これはその、偶然で……」

「ペアルック仕様の腕輪みたいだぞ、これは」

「ちょっ、シンさん!?なに言ってるんですか!!」

 

俺がそう言うと、シリカが顔を赤くして焦ったように俺を咎める。それに対して「本当の事だろ?」と言い返すと、ロザリアが笑みを浮かべている事に気付いた。

 

「……何だ?」

「いえ、アタシと違って若者は大胆と思っただけよ。もしかして貴方達、恋人同士だったりする?」

「こっ、こい────そ、そんなんじゃありませんから!!」

 

ロザリアの発言にシリカはさらに顔を真っ赤にして反論した。その光景をロザリア以外のメンバー達は面白くなさそうに見て……いや、何か困惑しているみたいだな。

 

「シ、シリカちゃんに恋人だって……?」

「そ、そんな馬鹿な話が……!」

「ファンクラブの1人としてシリカちゃんのその恋を応援しなければならない……だけど、だったらこの憎しみはどこにぶつければいいんだぁぁぁああっ!!」

「ああっ!?リーダーが血の涙を!」

 

……何だ、あれは。漫才でもしているのかあいつらは。

 

(あの人達、あたしのファンクラブの人達なんです……それであの泣いてる人がリーダーらしくて)

(ああ、なるほど……随分とおかしなメンバーが揃ってるんだな)

 

俺に小声で話してくるシリカの話を聞き、納得した。あいつらにとってはアイドルのシリカに恋人が出来たと知れば、ああもなるか。

 

「くっ……シンさん!ファンクラブのリーダーとして頼みます……どうかシリカちゃんを幸せにしてやってください!!」

「「「お願いします!!」」」

「何でそんな話になるんですかぁぁぁあああっ!!」

 

俺の前に土下座するメンバー達にシリカは今にも泣きそうな顔で叫んだ。この後、全員の誤解を解くまで時間が随分とかかったのは言うまでもない……。

 

 

 

 

 

 

「ふっ!」

「ニギャアッ!?」

 

第35層のフィールドに生息する猫型モンスターを刀で一刀両断した俺は相手がポリゴンとなった事を確認し、刀を鞘へと納めた。経験値と入手アイテムが表示されたウインドウを閉じ、背後にいるメンバー達の方を振り向く。

 

「この位でいいか?」

「……すっ……」

「?」

「すっげぇぇぇえええ!!」

 

メンバーの1人が発した言葉に他のメンバーも共鳴するかのように大声を出す。そしてすぐに俺を取り囲み、顔を寄せてきた。

 

「なぁっ、あんたどんだけ強いんだよ!?」

「強いってレベルじゃない……強すぎるでしょ!」

「うんうん!まさかこんな強い人が入ってくるなんて!」

 

新参者である俺がどれ程の実力を持っているのか知りたいという事で何体かのモンスターと戦ってきたが、どうやら俺の強さは予想以上だったらしい。シリカ、ロザリア以外のメンバーが興奮した様子で喋ってくる。

 

「嘘でしょ、あんな……!?」

「ロザリアさん、どうしましたか?」

「お、驚いていただけよ。まさかあんなに強いとは思っていなかったから……」

 

シリカとロザリアの会話が聞こえ、2人を見てみればロザリアは何故か焦っている様子だった。何に対してかは分からないが……どうも違和感を感じる。さっきまで俺に好意的に接していたのに今はどこか違うような……。

 

「ロザリア、そろそろ街に戻ってもいいんじゃないか?明日の為にも精神的な疲労は避けるべきだろ」

「そ……そうね」

「ロザリアさん、どうかしたんですか?どこか調子が────」

「っ、何でもないわよ!アタシの事は放っておいて!!」

 

ロザリアを心配するシリカであったが、その気持ちに反するように怒りを露にした彼女はシリカの前から立ち去ってしまった。シリカはおろか、他のメンバー達もあの様子のロザリアを見た事がなかったのか驚いている。

 

「な……何なんですかあの態度!?あたしはただ心配してあげただけなのに!」

「きゅるるっ!」

 

珍しく怒るシリカに同意するようにピナが鳴く。使い魔にそういったプログラムはない……が、こういった行動をピナはよく見せる。もしかしたら主人とも相棒とも言えるシリカとの生活の中で、AIのプログラムを越えた『意思』というべきものがピナの中に生まれているのかもしれない。

 

「確かに様子がおかしかったな」

「そうですよね!?それなのに……!」

 

おかしくなったのは……俺の戦闘を見てからか。だがそれだけで俺がビーターだと分かるとも思えないし、となると俺の強さがロザリアにとって何かまずかったということか……?

 

「シンさん、私達も帰りましょう!」

「あ、ああ……」

 

ロザリアに対して怒り心頭なシリカは俺の手を掴むと、街へとズンズンと歩き出した。その様子を他のメンバー……シリカのファン達が驚き半分、羨ましさ半分で見ていたがだったら交代してみるか?遠いから分からないと思うが、今のシリカには他人を寄せ付けない迫力があるぞ。

ちなみにこの後、無意識の内に手を繋いでいた事に気付き、シリカが赤面して騒ぎ出すのは別の話である。




原作・アニメではロザリアはパーティのリーダーではなく、シリカのファンクラブも存在してません。ただシリカの人気ぶりを見る限り、実はファンクラブとかあったんじゃないかなぁ、と思ったからです。


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第30話 妹とサチとそれから

明日、迷いの森に行くという事やシリカからゆっくり話がしたいという要望もあって、今夜は俺も宿屋『風見鶏亭』に泊まる事にした。他のメンバー達もこの宿を利用しているらしいが、今はどこかに出掛けているらしく姿が見えない。

 

「ここのチーズケーキ、結構いけるんですよ!あたしもピナも大好きなんです!」

「へぇ、そいつは楽しみだな」

 

互いに部屋でくつろいだ後、シリカに誘われて俺は1階のレストランへと向かった。カウンター上のメニューからシリカが勧める料理を一通り頼み、空いている席の1つに座る。反対側にシリカが座ると、ピナがテーブルの上へと降り立った。

 

「きゅるるるっ」

「ピナ、そこだとシンさんの邪魔になっちゃうよ」

「別にいいぞ。料理が来た時にどいてくれれば、なっ?」

 

ピナの顎の下を軽くくすぐると、気持ち良さそうに目を細める。主人以外のプレイヤーには懐かないとされている使い魔であるが、何故かピナはシリカ以外だと俺には懐いてるんだよな。これも本来の使い魔とは異なる行動パターンだ。

 

「確かピナの名前は飼ってる猫の名前から取ったんだっけか?」

「はい。とっても可愛くて寝る時なんか、いつもあたしのベットの上にいるんですよ」

 

そういえば……前にシリカとレベル上げ中に休憩した時、仮眠をとっていたらいつの間にかピナが腹の上に乗っていたな。シリカもすぐ隣で眠っていたから両者とも俺につられたんだろうが、それを考えるとこっちのピナはどこか猫っぽいのか?

 

「シンさんは何か飼ってたりするんですか?」

「いや、俺は特に…ああ、でも」

「でも?」

「犬を飼ってやるって……()()()と約束しているな」

 

今より数年前──────俺がまだ小学生だった頃、隣の家には『年の離れた幼馴染み』、または『妹みたいな存在』が住んでいた。今はある理由により引っ越しをしてしまったが、それでも電話や遊びに行ったり来たりで繋がりが途絶えたわけではない。

SAOが発売するより少し前のある日、俺は電話である事を約束したのだ。

 

 

 

『────えっ?犬を飼う?真にぃの家で!?』

『と言ってもまだ道場の方が色々と立て込んでるから今すぐというわけではないけどな』

『あっ、そうなんだ……でも飼えるようになったら、真にぃの家に行けばいつでも遊べるんだよね!?やったー!』

『やっぱり嬉しいか』

『当たり前だよ!だってボク、大好きだもん!パパとママが犬アレルギーだから飼うのは無理だったけど……ねぇ、どうして犬を飼う事になったの?』

『……実は親父も犬好きなんだ。前は飼う金なんてなかったが、今はそれ位の余裕はあるからな』

『そうなんだ!いいなぁ……あっ、買えるようになったら電話してよ!ボクも色々と相談してあげるから!』

 

 

 

あの時、俺が話した飼う理由は嘘だ。いや、親父が犬好きなのは本当だが提案したのは俺なのだ。その目的はあいつを喜ばせること。誕生日にはいつもプレゼントを渡しているが、あの年は生活が特に厳しかった為に大した物はあげられなかった。故にクリスマスまでには道場を落ち着かせ、サプライズ的な感覚で犬と会わせてあげようと思ったんだが……俺がこのゲームに囚われたせいでどうなったかは何も分からない。

 

「とても仲良しなんですね、その人と」

「まぁ、他人から見たら本当の兄妹みたいって言われてたしな」

 

あいつは俺を兄のように慕っていたし、俺も妹のように可愛がっていた。家に泊まれば風呂やベットに飛び込んでくる事なんてしょっちゅうあったし、あいつが困っていれば俺はいつでも力になってあげていた。

どんな時も、どんな状況だろうと……俺はあいつを見捨てる事など一切しなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を終え、部屋に戻った俺は事前に話をする為に部屋を訪ねると伝えていたシリカを迎え、この前別れてから今までどう過ごしてきたかを話し合った。そして明日挑む迷いの森についての話へと変わってからすぐの事だった。

 

「そういえば……シンさんは前にも迷いの森に行った事があるって言ってましたよね?」

「ああ、ちょっとしたクエストに参加していたんだ」

「クエスト?」

「……こいつを手に入れたかったんだ」

 

俺はストレージに置いているとあるアイテムをシリカの前に実体化させた。それは卵と同じ位の大きさの七色に輝く宝石である。

 

「綺麗……何ですか、これ?」

「還魂の聖晶石……背教者ニコラスを倒して手に入れたアイテムだ」

「背教者……ニコラス……?えっ、もしかしてあのクリスマスの時のボスですか!?」

「ああ、そいつで間違ってない」

 

名前を出し、思い出すのはあの不気味な姿だ。服装はサンタと同じだというのに、あれはただサンタを模した怪物である。ソロでは流石に危険と判断し、キリトやアスナ達と協力して戦ったものの、結果は誰もがHPの残りがギリギリで勝てたというものだった。

 

「こいつはな……噂では死んだプレイヤーを生き返らせる事が出来るって言われてたんだ。だが実際は死んでから10秒間以内に使わないと駄目でな」

「誰か……生き返らせたい人がいたんですか?」

「……前に俺は月夜の黒猫団ってギルドに所属していたんだ」

「少人数でありながら中層よりも上の方で活躍している、あの?」

 

俺が抜けた後、3人だけでギルドとしてやっていくのは難しかったはすだ。しかし俺から教えて貰った事などを活かし、攻略組にはまだ追い付かずともそれなりに目立った戦績を残しているらしい。

 

「既に攻略されてる迷宮区の罠をメンバーの内、2人が発動させてしまってな。自業自得だったのかもしれないが……俺はその2人を助ける事が出来なかったんだ。それで俺はギルドを抜ける事になってな」

「そんな事が……でも、それは……」

「分かってる。俺だけが責任を背負う必要なんてない、あの2人にも非があったって……でも責任を感じずにはいられないんだ」

 

俺は攻略組の1人として、あいつらの誰よりも先に立っていた。だから守らなければならなかった。あの時、危険だからとどうやってでも止めなければならなかったんだ。

 

「シンさんは……その2人を助けられなかった事をずっと悔やんでいるんですね……」

「サチと似たような事を言うんだな」

「えっ?」

 

俺の唐突な言葉にシリカは困惑した様子だった。それもそうか、突然名前も知らない誰かに似ていると言われたら動揺するのも無理ないか。

 

「月夜の黒猫団のメンバーでな、サチだけは俺を責めずに守ろうとしてくれたんだ」

「サチさん……ですか。ギルドを抜けたって事は、その人とももう……?」

「いや、サチだけとはメッセージでやり取りをしてるんだ。たまに会ったりもしてるしな」

 

ケイタやダッカーには秘密にしているようだが、それもいつまで隠し続けられるか。もしかしたら既にバレてるかもしれないし、俺と会っていないか問いただされているかもしれない。わざわざ無理に会う必要もないと思うが、断れば悲しむだろうしな。

 

「話を戻すが還魂の聖晶石で2人の内、1人を生き返らせる事が出来ればと思って挑んだが……結局は無駄骨だったというわけさ」

「……じゃあ、どうしてまだそれを……?」

「同じ事は繰り返さない為だ。こいつで救える命があったら……俺は迷う事なく使う」

 

たった10秒なのだ、使う事を躊躇っていれば救える命も救えなくなる。だがそれ故に使用には慎重にならないといけない。こいつで誰かの命を救うという事は、他の奴が死んでも救えないという事だ。

その『他の奴』が……キリトやアスナ、シリカやアルゴだったら────俺は使った後に後悔をしないと言えるのか?

 

「シンさん?ど、どうしたんですか?急に黙っちゃって……」

「……悪い、少し考え事をしてた。シリカ、そろそろ部屋に戻ったらどうだ?明日は疲れるだろうし、話の続きはまた違う日にしよう」

「そうですね……分かりました、今日はもう休みます。シンさん、明日はよろしくお願いしますね!」

「ああ、こっちこそよろしくな」

 

シリカは俺と軽く握手した後、部屋を出ていった。シリカにああ言った本人が休まないのもおかしな話だろうし、俺もそろそろ寝ようとした所でメッセージが届いた。

 

「メッセージ……こんな時間にか。送り主は……キリト?」

 

メッセージを開き、俺は書かれている内容を読んだ。最後まで読み終え──────納得がいった。

 

「……なるほどな」

 

だったら明日、俺がするべき事は1つか。




妹の登場はまだ先です。とりあいずまずはアインクラッドを攻略しないと。


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第31話 迷いの森

次の日──────俺とシリカはリーダーであるロザリアや他のメンバーもといファンクラブの奴らと共に迷いの森を探索している。俺の他に地図を持つメンバーを先頭に進んでいってるが……険悪な雰囲気が後ろからひしひしと伝わってくる。その原因は勿論、シリカとロザリアだ。

 

「あんた、そのトカゲが回復してくれるんだからもっと前に出なさいよ」

「ピナをトカゲだなんて言わないでください!ロザリアさんだってみんなが頑張ってくれてるのに、ずっと後ろをうろついてるだけじゃないですか!」

「はぁ?なに言ってるのよ、ちゃんと攻撃してるじゃない」

「全然ですよ!あんなの、攻撃なんて言いません!」

 

昨日はロザリアがシリカに去り際、理由が分からないキツい言葉を言うだけで終わった。しかし今はロザリアがシリカだけに対して冷たく接するせいで余計に悪くなっている。先程から交わされるのは売り言葉と買い言葉だけだ。

 

「シ、シリカちゃん、ロザリアさん……そ、そろそろその辺で……」

「「あなたは(あんたは)黙っててください(なさい)!」」

「は、はいっ!?」

 

ファンクラブの1人が止めに入ったが、2人の気迫に押されて黙りこんでしまった。それからも激しくなる言い争いにメンバー達は止めに入れず、段々とそちらに集中していく事で歩くスピードが遅くなってきている。

迷いの森の名前はダテではない。森は数百のエリアに分割されており、エリアに入ってから1分が経つと隣接エリアへの道がランダムに入れ替わるのだ。転移結晶を使っても森のどこかに飛ばされるだけな為、地図を使って道を確認しながら次々に歩いていくしかない。

故に──────地図を使わずに進むのはこの森から出られずに死ぬ事を意味する。

 

「シリカ、ロザリア。喧嘩するならこの森を出てからでもいいだろ。じゃないと、他の奴らに迷惑だぞ」

「えっ?あっ……」

「っ……!」

 

そこでようやく自分達がほとんど立ち止まっている事に気付いたらしい。しかしそろそろこのエリアに入ってから1分が経つ頃だな。地図に表示されている道は森と連動している為、迷う事はないが余計な手間をかける事になる。

 

「ご、ごめんなさい……」

「……ふんっ、あんたがアタシの言葉を素直に聞かないからよ」

「何ですって!?」

「ロザリア、これ以上はやめろ」

「……分かったわよ」

 

再び言い争いに発展しそうになった為、俺はシリカを手で制してロザリアには直接口に出した。もう森の道は変わってしまっているだろうが、続けても意味などないし、パーティの雰囲気がこれ以上悪くなるのも気に入らない。

 

「シリカ、あまり強く反発するな。理由は分からないが、お前を挑発してるだけだぞ」

「だって!ピナをトカゲだって……それにあたしにあんなことばっか言って!あたしは色んな人に求められる位に()()()なのに……!」

 

……なるほどな。シリカが怒るのは珍しいし、あそこまで誰かと言い争うのは今まで見た事がなかったから不思議に思っていたが……そういった考えがあったからか。アルゴから『シリカは調子に乗っている』と聞いたが、あれは事実だったようだな。

その思い上がりが油断に繋がると注意したいが、今の興奮し切ったシリカでは油に水を注ぐようなものだろう。伝えるならもう少し落ち着いた頃にするか。

 

 

 

 

 

 

その後は特に言い争いは起きず、順調に森の中を進んでいった。襲いかかってくるモンスターはシリカ達でも苦戦せずに倒せるレベルであり、ドロップアイテムと大量のコルを手に入れ、宝箱も多く見つけた事でなかなかいい冒険となった。

しかし日が沈み始め、回復ポーションも尽きた事からそろそろ主街区へと戻ろうとした時である。ロザリアがシリカに向かって口を開いたのだ。

 

「そうそう、帰還後のアイテム分配なんだけど。別にあんたはヒール結晶は必要ないわよね?だってそのトカゲがいるんだから」

「またピナをっ……もういいです!!アイテムなんかいりません!あたしを欲しいっていうパーティは他にも山ほどいるんですからね!」

 

相棒であり、友達でもあるピナを何度もトカゲ呼ばわりされたシリカはもはや限界だったようだ。右手を動かして目の前に出現させたのは、パーティから離脱する際に出すウインドウ。シリカは下に表示されているOKを押そうとしたが──────俺が手首が掴んだ事により、すんでの所で止められた。

 

「っ!シ、シンさん!?」

「早まるな、シリカ。別に抜けるのはこの森を抜けてからでもいいだろ」

「でも……!」

 

シリカは迷いの森の地図を持っていない。つまりこのパーティから離れれば、迷ってしまうのは必然だ。俺はこのパーティでやらなければいけない事がある為、シリカにはついていけない。故にシリカの離脱は絶対に止めなければいけないのだ。

 

「ロザリア、シリカを煽るのはよせ」

「あら、アタシは煽ってないわよ?ただ本当の事を言っただけじゃない」

「……確かにピナは回復のブレスを吐く。だが回復するのは1割程度だし、頻繁に使えるものじゃない。だからヒール結晶はシリカにも必要なものだ……分かるな?」

「……ふんっ、分かったわよ」

 

俺の説明に対してロザリアは納得していないらしく、顔を背けて進んでいってしまった。ロザリアは煽ってないと言っていたが、何度も見せられたこちらとしては信じる事は難しい。そもそも言葉を掛けるのはどれもロザリアからだった。何度も言い争いになっているのに、何故あんなにしつこく……。

 

「シンさん……どうして止めたんですか?あたしはもうあんな人とは一緒にいたくないんです!」

「気持ちは分かる。が……1人でこの森から抜けられると思ったのか?」

「それは……」

「自分を過信し過ぎるのはいい事じゃない。油断して命取りな状況になる事だってあるんだからな」

 

シリカは確かに多くのパーティに誘われる、いわば有名人だ。ただの小学生だった自分がアイドルのようになれば、いい気分となって調子に乗ってしまうのも無理はない。だからこそ窮地に陥った際には心が折れやすくなる。そうなる事で過ちに気付いてくれるが……わざわざシリカに危険を冒してまで気付かせる事など出来ない。でなければ離脱を阻止するなど考えなかっただろうしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

迷いの森から出てすぐにシリカはパーティから離脱し、転移結晶で主街区へと飛んでしまった。それだけロザリアと一緒にいたくなかったんだろう。俺もシリカの後を追いかける事を考えたが、まだやるべき事を終えていない。シリカには宿屋に戻っているようメッセージを送り、俺達は予定通りにアイテムの分配をして広場で別れる事となった。

 

「あんたはどうする気?このパーティに残るのかしら?」

「……いや、俺も抜ける。元々シリカに誘われて入ったんだ、その本人がいないんじゃ残る意味はないだろ」

「あら、そう。残念ね、あんたは強くて頼もしいから期待していたんだけど」

「……そうか、ありがとな。それじゃあな」

 

シリカを散々挑発するような奴がいるパーティにいたくないというのもあるが、元々このパーティからは抜けるつもりだったのだ。俺とシリカが抜ける以上、あのパーティの戦力は著しく下がる。それにあのファンクラブのメンバー達もシリカが目当てだったのだから、近い内に抜けるはずだ。つまりあのパーティは事実上、解散状態となるだろう。

 

「だが……」

 

キリトから言われた通りなら──────このまま何事もなく、終わるとは限らないだろうな。




ピナ蘇生の話はなしのまま進みます。


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第32話 デートの約束

「シンさんは……実はロザリアさんみたいな人がよかったりするんですか……?」

「……なに?」

 

宿屋『風見鶏亭』に戻り、シリカの部屋を訪れた俺は突然そんな事を尋ねられた。しかし答えようにもロザリアの何をもってしてよいのか……少なくともシリカに対するあの態度が嘘でない限り、ロザリアに対していい印象はもてないが。

 

「どういう事だ?」

「だって……森の中を歩いてる時、ずっとロザリアさんのこと見てましたし……」

 

なるほど。気付かなかったが、ロザリアの行動を意識するあまり常にあいつを視界に入れていたのか。しかしつまりはシリカもそれが分かる程に俺を見ていたという事になるが……。

 

「ロザリアさん……あの態度は嫌ですけどあたしよりも綺麗ですし、実際他の人達もそう言ってました。だからシンさんもああいう人が好きなのかなって……」

「ああ、容姿について気になってたのか。けどシリカとロザリアじゃ年齢も違うだろ。確かにあいつは綺麗かもしれないが、俺はシリカの方が断然可愛いと思うぞ?」

 

というか……人を容姿だけで優劣をつけたくはないな。人それぞれに魅力的な部分はあるし、『容姿がいいから』という理由でそいつを好きになったりもしない。

 

「えっ……ほ、本当ですか!?」

「ああ」

「そ、そうですか……えへへっ、やった……!」

 

自分の容姿を褒められたシリカは相当嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべている。グッと手を握り、ガッツポーズを作ってるしな。

 

「ところでシリカ、話は変わるが……花は好きか?」

「お花ですか?はい、好きですよ。ピナも……食べちゃうぐらいに」

「ああ……そういえばフィールドにある物を食べてる事があるな」

 

使い魔は普通、主人が与える餌のみしか食べない。だがピナはそれだけではなく、フィールドに存在する花や木の実も口に入れ、食べてしまうのだ。現実世界の動物らしいが、何故ピナは他の使い魔と異なる行動が出来るのか分からないが。

 

「今日はなかなかに酷い事があったからな。花畑でも見て気分転換でもと思ってな」

「そんな所があるんですか?」

「ああ、フラワーガーデンとも呼ばれてる第47層はどこも花だらけでな。当然モンスターはいるが、女性プレイヤーには結構な人気があるんだ」

「へぇ、そんな所があるんですか!」

「だから明日、一緒に行かないか?」

「えっ?……ええええっ!?」

 

俺の提案にシリカは一瞬、唖然としたかと思うとすぐに驚きの声を上げた。いや、今のどこにもそんなに驚く所はなかったと思うんだが……。

 

「そ、そそ、それって……つ、つまり、デ、デ、デデ、デートって、ことです、か……?」

「まぁ……そうだな」

 

デートって確か男女が一緒に出掛ける事だよな?……いや、そういえば現実世界で和美や直葉にそう言った時もかなり動揺されていたような……ん?もしかして俺が意味を間違ってるのか?

 

「なぁ、シリカ。デートの意味って────」

「いっ、行きます!いえ、行きたいです!ぜひ行かせてください!ねぇっ、ピナ!?」

「きゅ、きゅるっ!?」

 

顔を真っ赤にしたシリカは慌てた様子で俺の質問を遮ってきた。どれだけ行きたいんだと思うが、その気迫には俺はおろかピナも困惑している。シリカに掴まれ、ブンブンと上下に振られながら同意を求められるピナには同情する他ない。

 

「シリカ、ピナを離したらどうだ?結構苦しそうだぞ」

「えっ?あ、ああっ!?ピナ、ごめん!」

「きゅるる〜……」

 

ようやく解放されたピナは力尽きたように床に倒れた。それを見たシリカは自分が何をしていたかを理解し、目を回している自分の相棒を心配して何度も謝り出した。

さて……とりあいずこんなもんでいいか。俺はドアの方を向き、索敵(サーチング)スキルで廊下側には()()何の反応もない事を確認する。

 

「……あとはキリトに話せば準備万端か」

「シンさん?今、何か……」

「ん?いや、ただの一人言だ、気にするな」

 

シリカには悪いが、()()が姿を現すまでは黙っているつもりだ。全てを話し、シリカが不審な行動を見せればバレる可能性がある。それでは俺が念の為にと考えた作戦に、奴らは嵌まっている事に気付いてしまうかもしれない。

 

「あ、あのっ、シンさん!」

「何だ?」

「その、47層のこと、もっと教えてもらってもいいですか?」

「別にいいが……それならこいつも使うか」

 

俺はウインドウを開き、所持しているアイテムの中から1つのアイテムを実体化させ、テーブルの上に置いた。それは小さな水晶が収められた小箱である。これは既に攻略されている階層ならば立体的に表示させられるレアアイテムであり、とあるクエストでしか入手できない物だ。

 

「綺麗……シンさん、これは?」

「ミラージュ・スフィアってアイテムでな、階層のことをよく知るには便利なやつだ」

 

指先で水晶に触れ、出現したウインドウには現在攻略されている第1層から第54層までは発光している。その中から47層を選ぶと、水晶が輝いて真上には円形のホログラムが現れた。第47層を丸ごと表示しており、街の建造物やフィールド上の木々までも細かに作り出している。それを見たシリカは顔を近付け、「うわあ……!」と感激の声を漏らしていた。

 

「凄い……こんな細かい所まで……!」

「俺も初めは驚いたな。まさかここまで立体的に表示されるとは思いもしなかった」

 

ホログラムを手で回したり、拡大したりしてシリカに第47層にどんな場所があるのかを説明していく。その途中、シリカが指を差して気になる部分を尋ねてきた。

 

「シンさん、ここは?」

「そこは北の端にある巨大花の森だな。大きな花がいくつも咲いていてな、モンスターの出現率は低いからわざわざ行くプレイヤーは少ないが……花のいい匂いはするし、絶景だからいい所だ」

「行ってみるってのは……?」

「まぁ、シリカが行ってみたいなら……ただ第47層のモンスターは当然ながらここよりも強い。シリカのレベルとその装備じゃまず危ないだろうな」

 

おそらく今のシリカでは第40層辺りが限界だろう。それより上の階層だと俺が一緒にいたとしても安全とは保証できない。故に主街区から出るならば何かしらの対策をしなければならないのは必然である。

 

「そ、そうなんですか……残念だなぁ……」

「いや、別に方法がないってわけじゃないぞ?レベルが足りないなら、装備で埋めればいい」

 

俺はそう言ってトレードウインドウを出現させ、操作していく。そしてシルバースレッド・アーマー、イーボン・タガーなどといった装備品や武器を次々とシリカにトレードしていった。

 

「とりあいずこいつらでレベルの差はある程度埋められるだろ」

「い、いいんですか?これ全部、もっと上の方でしか手に入らない物じゃ……」

「持っていても宝の持ち腐れだからな。誰かに買い取ってもらおうかとも思ってた位だし……だから金はいらないぞ」

 

わざわざ売るよりも使いたい奴がいるなら、今まで持っていた甲斐があったというものだ。まぁ、大半はドロップアイテムだったから売れば結構な値段はしたと思うが。

 

「で、でも……」

「いいんだよ。余り物だし、知らない仲でもないんだからな」

「シンさん……ありがとうございます!さっそく着てみてもいいですか!?」

「ああ」

 

お礼を言い終えたシリカはウインドウを開き、俺が渡した装備へと変えていく。全体的に赤を基調とした服と黒の短いスカートとなったその姿は、先程までの簡素な装備よりもシリカによく似合っている。

 

「え、えっと……ど、どうですか……?」

「いいんじゃないか?よく似合ってると思うぞ」

「そ、そうですか?でも、スカートがちょっと……」

 

スカートの中身が見えてしまうようなレベルではないが、やはり恥ずかしいのか頬を僅かに赤く染めて裾をぎゅと下に引っ張っている。

 

「でも……シンさんがせっかくくれた物なんですから、大切にしますね!」

「まぁ、ここよりも上の階層にいく予定がこれからもあるんなら役に立つだろうしな」

「はい!」

 

その後もしばらくシリカと話を続けたが、夜が更けてきた頃に流石に眠くなってきたのかあくびを漏らしていた。これ以上の夜更かしは明日に支障が出ると考え、シリカには部屋に戻ってもらった。 その際、シリカは明日出掛ける事を楽しみにしていると一目で分かる程に笑顔を浮かべていた。

 

「……奴らがどう仕掛けてこようが関係ない」

 

──────シリカには……指一本触れさせない。



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第33話 フラワーガーデン

「うわぁ……凄いっ……!」

 

次の日、朝食を食べ終えた俺達は第47層の主街区・フローリアへと転移した。そして眩い光が薄れ、目の前に現れた光景にシリカは驚いていた。

広場は無数の花で溢れており、風に乗って宙を舞う花びらも非常に多く、幻想的な光景を作り出している。そういえば初めてこの階層を訪れた時には、誰もがシリカと同様に見入っていたが……これは何度見ても凄いとしか言う他ない。

 

「このお花……とってもいい匂いがします!」

「きゅるるっ!」

 

花壇の前にしゃがみこむシリカは薄青い花に顔を近付け、そっと香りを嗅いでいた。ピナも同じように嗅いでおり、その香りを気に入ったようである。花はゲームとは思えない程の精密さで造り込まれているが、全ての花が常時このように存在しているわけではない。

ディティール・フォーカシング・システム────この仕組みはプレイヤーがオブジェクトに興味を持ち、視線を凝らした瞬間、その対象物だけがリアルな物へと変わるものらしい。

 

「さて……それにしても、今日は人が多いな」

「えっ?……あっ」

 

周囲を見渡せば、様々な場所を男女の2人組が歩いていた。楽しそうに手を繋ぐ者、腕を組む者、中には人前だというのにキスをしている者もおり、まるで周りに見せつけているようにも感じられる。

ここが()()()()場所へとなったのはこの階層が攻略されてからだ。それ以前からも人気はあったものの、ボス戦の準備で攻略組が居座っていた為に訪れる者はほとんどいなかったが。

 

「シ、シンさん……その、ここって……」

「俺も話やテレビ位でしか聞いた事がないが、デート……スポット?とかいう場所らしい」

「う、うわぁあ……」

 

シリカは先程まで驚きに満ちた表情をしていたが、今では顔を真っ赤にさせて俯いてしまっている。突然どうしたのかと尋ねるも、俺の声はシリカの耳には届いていないらしい。ずっと何かをブツブツと言っている。

 

「や、やっぱりこれってデート……?でもあたしとシンさんはそんな関係じゃ……そ、それは嫌じゃないし、逆に嬉しいけど……ううっ、だけどそう見られているのはすっごく恥ずかしいし……!」

「……シリカ?しっかりしろ、大丈夫か?」

「ひゃっ、ひゃぃいっ!?」

 

シリカの前へと回り、屈んで問い掛けてみたがどうやら驚かせてしまったようだ。何の反応もなかった為、心配だった故にだが悪い事をしてしまったな。

 

「あっ、す、すみません!その、全然話を聞いてなくて……」

「いや、それは別にいいんだが……どうかしたのか?シリカと俺がどうとか聞こえたが」

「いっ、いえっ!シ、シンさんには関係ない話ですから!気にしなくて大丈夫です!!」

 

焦った様子で否定するシリカだが、そこまで言われると逆に気になるんだが。まぁ、無理に追求する必要もないか。

 

「ならとりあいずここから移動するか」

「は、はい、そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺達は巨大花森へと向かう為にフィールドへと出た。当然フィールドも花だらけであり、どこを歩いても壮大な花畑がいつも見える。その光景に見とれるシリカが不意に俺よりも前に出た瞬間──────

 

「ぎゃ、ぎゃあああああ!?な、なにこれ!?き、気持ちワルー!!」

「きゅっ、きゅるるっ!」

 

俺達よりも背の高い草むらから現れたそれは、シリカが思っていた敵とは違っていたようだ。一言で言うならばそれは名前と同じく歩く花(ウォークフラワー)。ひまわりに似た巨大花の中央には牙を生やした口が見え、獲物(俺とシリカ)を見つけた事で涎が垂れている。

シリカの慌てた様子を見て、ピナが落ち着くよう声を掛けているが効果はないらしい。

 

「キシャアアアアアッ!!」

「や、やああああ!!こ、来ないで!来ないでってばー!!」

 

確かにその姿はシリカだけでなく、誰もが気持ち悪いと思うだろう。特に女性ならば吐き気すら催すに違いない。しかし残念ながらこの階層に現れるモンスターのほとんどはあのような見た目なのだ。

 

「確かに気持ち悪いが、この階層のモンスターの中では一番弱い。弱点は首根っこにある膨らみを────」

「せっ、説明はいいですから、シンさんっ!早く倒してくだ────わっ!?」

 

無茶苦茶に振り回される短剣だが、ウォークフラワーには一度も当たっていない。それどころか目をつぶっていたせいで近付いてくる2本のツタにシリカは気付けず、両足を縛られて持ち上げられてしまった。

 

「いっ……いやああああああっ!!」

「きゅるっ!?」

 

ぐるん、と体が反転して宙吊りにされたシリカは悲鳴を上げながらもただでさえ短いスカートがずり下がる事を阻止しようと裾を押さえた。しかしあれでは自由な左手が使えず、裾を離さなければこの不利な状況を打開する事は不可能だ。

 

「シッ……シンさん!助けて!見ないで助けてっ!」

「それは……ちょっとな」

 

流石に相手を見ないままシリカを助けるというのは無理がある。そんな事をしていれば攻撃は見当違いな方向へと飛び、逆に俺がやられて終わりだろう。

 

「きゅるるっ!きゅるるるっ!!」

「あっ、ピナ!?」

 

主人が危機に陥っている時に、使い魔であるピナが黙っているはずがない。口からシャボン玉にも似たブレスを吐いて攻撃する……が、シリカと違って何の装備をしていないピナの攻撃が通じるはずもなく。

 

「キシャアアアッ!!」

「きゅるぅっ!?」

 

ピナをうっとうしいと思ったのか、片方のツタをシリカから離して勢いよく弾き飛ばした。こちらへと吹っ飛んでくるピナを地面にぶつかる前に受け止めたものの、ダメージをかなり受けてしまったようだ。

 

「こ、の……いい加減に、しろっ!」

 

ピナをやられてシリカはウォークフラワーと対峙する事を決めたらしい。スカートから離した左手で自身に残るツタを引き寄せ、短剣で切断する。結果、下へと落ちるが視界に入った首根っこの膨らみへとソードスキルを見事に命中させた。

 

「ッッ!!?」

「や、やった!って、きゃあっ!?」

 

弱点を突かれたウォークフラワーはHPを一気に0へと減らされ、ポリゴン状の欠片へと姿を変えた。故に足場を失ったシリカは体勢を変える暇もなく、尻餅をつくような形で落ちてしまった。

 

「大丈夫か、シリカ。まさか一発で仕留めるとはな」

「あ、ありがとうございます……それよりピナは!?」

「無事だぞ。HPも回復していってる」

「きゅるるっ」

 

俺の元から飛び立ったピナはシリカの肩へと止まった。使い魔となったモンスターに回復アイテムなどは存在しないが、一定時間が経つと回復し始めるのだ。と言っても、少しずつだが。

 

「よ……よかった〜……」

「……ところでシリカ、1ついいか?」

「はい、何ですか?」

「……見えてるぞ」

「へっ?」

 

微妙に視線を逸らす俺が指差す方向────スカート部分へとシリカは視線を落とした。そこには先程は一瞬だったものの、今ではスカートが盛大に捲れて見えてしまっている物があった。

 

「っっ、っ……きゃあああああああっ!!?」

 

その瞬間、シリカの悲鳴と共に頬を引っ叩く音が盛大にフィールド中へと響き渡ったのである。




今回、もっと長かったんですが長すぎる為に分けました。


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第34話 デートの終わり

「え、えっと……シンさん?その、す、すみませんでした……」

 

俺の隣を歩きながら謝ってくるシリカの視線の先は、俺の頬につけられた赤い手形の跡。周囲に人がいるならば笑い者だろうが、ここはフィールド。向けられる視線はモンスターからのみである。

 

「いいんだよ、別に。それにああいった事故は初めてじゃないしな」

「そ、そうなんですか……えっ?」

 

思い出すのは第1層のトールバーナでキリトに案内された宿屋で起こった事故。アルゴの介入やシステムなどによりアスナの裸を見てしまった俺は長い時間、説教された。あの時と比べれば頬を引っ叩かれる方がまだ楽だ。

 

「シ、シンさん!?それってどういう──────」

「ほら、着いたぞ。ここが巨大花の森だ」

 

花畑の間に出来た道を通り、ようやく辿り着いた森は木々ではなく、巨大な花で埋め尽くされている。故にそう呼ばれているが、残念ながら俺達は下から見上げる事しか出来ない。上から見るには森の奥にある丘を登らないといけないのだ。

 

「うわぁ……おっきい……」

「上から見るには丘を登ればいいんだが、どうする?」

「ん……そうですね、どうしま────ひょえっ!?」

 

突然上から落ちてきた巨大な花びらがシリカに覆い被さってきた。一応ダメージはないが、花びらと言ってもここまで大きいとかなり重い。しばらくすると花びらの中心が破れ、シリカとピナが出てきた。

 

「ぷはぁっ!ううっ、びっくりしました……」

「きゅるるぅ……」

「ここからだと花は小さく見えるが、実際はかなり大きいんだ。モンスターとの戦闘中にこれに邪魔された奴もいるらしい」

 

まぁ、この森にモンスターが現れる事は滅多にないからそんな状況に陥る奴はほとんどいないだろうが。

 

「それにしても、本当にここだけ人が全然いませんね」

「モンスターが目的ならここに来る必要なんてないからな。それに花だけを見たいなら街にいるだけで十分だ。だからさ────そろそろ出てきたらどうなんだ?さっきから気付いてるぞ、ロザリア」

「えっ……!?」

 

俺が視線を向けた先、巨大花の太い茎の裏から現れたのは俺が言った通りロザリアであった。その表情は笑みを浮かべようとしているものの、実際は感情の方が前に出てきてしまっているんだろう。その証拠に口がひきつっている。

 

「へぇ……アタシの隠蔽(ハイディング)を見破るなんて。なかなか高い索敵スキルをお持ちのようね」

「まぁな。それと気付いたのはお前だけじゃない、()()()()()()()全員だ」

「チッ……奇襲は無理みてぇだな」

 

ロザリアが隠れていた他の場所からも男性プレイヤー達が出てくる。その人数はおよそ10人であり、全員のHPカーソルはロザリアを除いてオレンジだ。

つまり奴らは盗みや傷害、殺人といった犯罪を行った事で通常は緑色のカーソルをオレンジへと変化させた犯罪者(オレンジプレイヤー)というわけだ。

 

「シ、シンさん……あの人達は……」

犯罪者(オレンジ)ギルド、タイタンズハンドの奴らだ。そしてロザリアがそのリーダーだ」

「っ……で、でもロザリアさんはグリーン……」

 

シリカの言う通り、ロザリアのカーソルはオレンジではない。しかしそれこそが奴らのやり方なのだ。

 

「オレンジギルドにもグリーンの奴は結構いる。グリーンならば圏内に入れるし、警戒される心配がないからな。ロザリアの役割はパーティに紛れ込み、コルやアイテムが溜まったら他のメンバーが待ち伏せする場所まで誘導すること……だろ?」

「ええ、そうよぉ。今回もそれが目的だったけど……残念ながら全員に逃げられちゃったのよね」

 

主にお前が原因でな、と言いたいが挑発し過ぎて怒りを買い、()()を間違えてしまうのはまずい。()()()が飛び込んでくるのはもう少し先だ。

 

「だから色々な物を持ってそうなあんた達だけでも殺して奪おうと考えたのよ」

「で、でもどうしてあたし達がここに来るって……」

「昨日の夜、盗聴されていたんだ」

「えっ!?」

「あら、知っていたの。でもそれをシリカに教えてあげなかったのは、その子を信用していないからかしら?」

「敵を騙すにはまず味方からと言うだろ。それとシリカの事は信頼してる」

 

その結果、奴らは騙された。俺達を追い詰めていると思いきや、実は全て気付かれているんだからな。

 

「ふぅん……それで?いつから私がタイタンズハンドのリーダーだって分かってたのかしら?」

「初めて出会った日の夜にお前の正体、それとやり方を教えてもらってな」

 

それがあの日、キリトから送られてきた内容だった。元々は俺に協力をしてもらう為だったらしいが、名前がロザリアだと分かった瞬間に俺からも協力を頼んだのだ。

 

「……へぇ、一体誰かしら?情報屋でも私がオレンジギルドのリーダーだって事は知らないはず────」

「いや、1人だけ知ってる。お前らが前回襲ったシルバーフラグス……そこのリーダーだけは脱出する事が出来ただろ?」

「……ああ、あの貧乏な連中ね」

 

キリトから話を聞いただけだが、そのギルドは4人で構成されていたらしい。リーダーだった男は毎日朝から晩まで最前線の広場で泣きながら仇討ちをしてくれる奴を探していた。だが依頼を受けたキリトには殺す事を望まず、黒鉄宮の牢獄に入れてくれと頼んだそうだ。

 

「いいじゃない、別に。ここで人を殺したってホントにそいつが死ぬ証拠ないし。そんなんで現実に戻った時、罪になるわけないわよ。大体戻れるかどうかも分かんないのにさ、正義とか法律とか笑えるわ。アタシ、そういう奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈を持ち込む奴がね」

「……なるほどな。ならお前にとっては俺の教えも妙な理屈なんだろうな」

「はぁ?教えですって?」

 

夜天流道場の教えの1つ────『その10 不殺を心掛けよ』

 

「誰であろうと、どんな理由があろうと殺していい人間なんていない。そいつには、そいつだけの人生があるんだ。殺した奴の人生全てをお前は背負う覚悟があるのか?」

「あんた、アタシの話を聞いてた?言ったでしょ、妙な理屈を持ち込む奴が嫌いって。まさしくあんたの事よ。だからとっとと殺されて消えな」

 

ロザリアのその言葉を皮切りに他のプレイヤー達がそれぞれ武器を構える。にやにやと笑みを浮かべているが、何がそんなに面白いのやら……。

 

「シリカ、ここで待ってろ。すぐに片付ける」

「シ、シンさん!?流石に無理ですよ、この数は……!」

「たった10人だ、問題ない」

 

刀を鞘から引き抜き、両手で構える。するとそこで男の1人が何かに気付いたのか、笑みを消していた。

 

「シン……?刀……それに教えって……っ、ま、まさか、お前、ビーターのシンか!?」

「……知らずに挑もうとしていたのか、お前ら」

 

どうりで少しも臆していないわけだ。ロザリアから俺の事について説明されてると思っていたが、何も伝えていなかったのか。いや、そもそも俺がビーターだと気付いていなかったのか?

 

「や、やばいって、ロザリアさん!こ、こいつ、あのビーターじゃんか!ヤバい奴だよ!」

「俺も聞いた事がある……攻略組の中じゃトップクラスの実力を持ってるって……そんな奴がどうしてこんな所にいるんだよ……!?」

 

今更そんな事で喚かれてもな……お前らのリーダーが情報収集の能力に欠けていたわけだしな。敵である俺には関係ない。

 

「こっ……攻略組がこんな中層をウロウロしてるわけないじゃない!どうせ名前を騙ってるコスプレ野郎に違いないわ。それに……もし本物だとしても、この人数でかかればたった1人くらい────」

「殺せると思ってるなら随分とお気楽な考えをしてるんだな」

 

慌てながらも自分達の方が勝っているとしか思っていないようだが、それは違う。いくら人数が多かろうと攻略組と中層プレイヤーの実力の差を埋めるのはそんな簡単な事ではない。

 

「……っ、あんたらやっちまいな!数じゃこっちの方が多いんだ!」

「そ、そうだよな……いくらなんでも一斉にやれば!」

「あいつに勝ち目なんてねぇ!」

 

ロザリアに勢い付けられたオレンジプレイヤー達は一斉に襲いかかってきた。俺を囲み、狙いを定めるとそれぞれの武器が勢いよく振り上げられていく。

 

「……戦術も戦法もあったもんじゃないな」

 

囲むというのはともかく、ただひたすらに攻撃するというのは大振り過ぎて相手に隙を生み出してしまうだけだ。それに10人という人数で囲むというのは相手に逃げ場を無くすわけでもあるが、同時に──────

 

「ふっ!」

「う、おおっ!?」

 

一番初めに到達した剣を刀で受け流すと、勢いを殺せずに背後にいる男へと切っ先が突き刺さった。さらには左右から襲い来る斧も僅かに体をそらした事で互いにぶつかり合い……このように囲めば周囲が狭くなり、仲間に攻撃してしまうリスクも大きくなる。故に仲間の動きも把握しなければ自滅する可能性すら出てくるのだ。

 

「このっ……何すんだ!」

「テメェッ!俺の邪魔をすんじゃねぇよ!」

「殺す気かお前!」

 

オレンジギルドのプレイヤー達はそれぞれの目的が一致しているだけで、実際は相手を仲間だと思っていない事が多い。故に自分の障害になるならば、例え仲間であっても容赦をしないのだ。

 

「あんたら何やってんだ!くだらない仲間割れなんてしてないで、とっととそいつを────」

「くだらないって何だよ!俺は今、こいつに殺されかけたんだぞ!」

「俺だってそいつが邪魔しなきゃ首を獲れたぜ!」

「んだと!?邪魔したのはテメェだろうが!」

 

もはや大半のプレイヤーは既に俺など眼中にないらしい。衝突し合い、今すぐにでも殺し合いを始めそうな雰囲気だ。そんな隙だらけの敵陣を突破するなど簡単な事である。

 

「あっ!?」

「っ、逃がすか!」

 

何人かは再び俺に襲いかかるが一発も当てる事は出来ず、ロザリアの前に立つ事を許してしまった。この距離ならば例え転移結晶を使われても瞬時に取り押さえる事が出来る。

 

「チッ……こうなったらアタシがっ!」

 

槍を構えたロザリアは俺に向かって走ってくる。突き出された槍は俺の胸を狙っていたが、直前で俺の()()に握られた事により突き刺さりはしなかった。

 

「なっ……!?」

「……そろそろ俺と自分達の差がどれだけあるのか考えてみたらどうなんだ」

 

刀を鞘に納め、自由になったもう片方の手でも槍を握る。そして勢いよく後ろへと振り回すとロザリアは槍から手を離してしまい、オレンジプレイヤー達と衝突する事となった。

 

「俺のレベルは81だ。中層で活動しているお前らが勝てるような相手か?」

「は、81だと……?化けもんかよ……」

「だったら……シリカだけでも仕留めてやるわ!あいつは今1人なんだから簡単に────」

 

ロザリアは俺が離れた事で1人となってしまったシリカに狙いを移したようだが……残念ながらそれは無理な話である。

何故ならば──────こうなるように共に作戦を練った()()()がシリカを守っているのだから。

 

「誰がシリカは1人って言ったかな?」

 

シリカの真横に立っている声の主を見てオレンジプレイヤー達は顔を青ざめた。その人物とは全身を黒の装備で包み込み、片手剣を構えた少女──────"黒の剣士"とも呼ばれるようになったキリトである。

 

「げ、げぇっ!?おい、あいつって────」

「ああ……あの格好……"黒の剣士"じゃねぇかよ!」

「何で攻略組のトップクラスが2人もいんだよ、ロザリアさん!!」

「し、知らないわよそんなこと!!」

 

俺とキリトに挟まれる形になった奴らは慌て始め、終いにはリーダーであるロザリアを責めるプレイヤーも現れた。これでは例えこの場を切り抜けたとしてもロザリアがリーダーとして君臨する事は難しいだろう。

 

「キ、キリトさん……?」

「久し振りだね、シリカ。ところで……シンとのデートは楽しめたかな?」

「ふぇっ!?な、何で知ってるんですかぁ!?」

 

今の会話を見るようにキリトとシリカは今回が初対面ではない。俺がクエストに誘ったり、偶然だったりと何度か顔を合わした事があるのだ。初めはシリカを始まりの街に残す事を選んだキリトと会わせていいのか悩んだが、両者からの頼みもあって会わせる事を選んだのだ。

まぁ、今ではいい関係を作れているからそちらを選んで正解だったと思っているが。

 

「さて……タイタンズハンドのあなた達は自分達がこれからどうなるか分かってるかな?」

「……さぁ、どうなるのかしら」

「簡単だよ。全員、牢屋(ジェイル)に跳んでもらう。これを使ってね」

 

そう言ってキリトが腰のポーチから取り出したのは青い結晶体だ。しかし転移結晶よりも色が格段に濃い事がここからでも分かる。あれは回廊結晶────転移結晶とは違って任意の地点を記録させ、そこを出口にすることが出来るレアアイテムだ。

 

「これはシルバーフラグスのリーダーが全財産をはたいて買った回廊結晶だよ。黒鉄宮の監獄エリアが出口に設定してあるから、あとは()の人達が面倒を見てくれるよ」

 

正確には軍ではなく、アインクラッド解放軍と呼ばれるSAO最大の規模を誇るこのギルドは千人超えのプレイヤーが所属し、獲得したアイテムを共同管理して分配する事により全員で迷宮を攻略しようとしていた。

だが攻略時に大きな被害を出してからは下層の治安維持と組織強化を重視しているらしく、最前線には出てきていない。

 

「っ……ちょっ、ちょっと待ってよ!それだけは許して!軍がオレンジプレイヤーをどう扱ってるか知らない訳じゃないでしょ!?」

「ああ、知ってる。あいつらはオレンジプレイヤー達に対して過激だ。捕まえた奴らを監獄エリアで監禁するというのもいき過ぎていると思う」

「だ、だったら……」

「でもな」

 

俺は奪った槍を地面に突き刺し、ロザリア達に詰め寄る。後退していく奴らだが後ろにはキリトがいる為に途中で止まり、完全に逃げ場を失った状態で俺は青ざめた表情の奴らに言い放った。

 

「人殺しのお前らが何も感じずにうろついているよりは────よっぽどマシだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイタンズハンドを回廊結晶で監禁エリアへと送った後、

俺達はフローリアへと戻ってきた。広場の転移門前に立つキリトはこれから最前線へと戻り、シルバーフラグスのリーダーに依頼の成功を伝えなければいけないらしい。

 

「シン、シリカ……本当にいいの?私だけでタイタンズハンドを捕まえたって言って……」

「ああ、元々はお前が引き受けた依頼だしな。俺はその手伝いをしただけだ」

「そうですよ。あたしなんて、そ!の!こ!と!すら知りませんでしたから」

「……だから黙っていたのは悪かったって……そろそろ許してくれないか?」

 

やはり1人だけ何も知らなかった事は許せなかったらしく、シリカは先程から機嫌が悪い。今のように言葉を強調させたりして根に持っている事を俺に伝えてきている。

 

「あははっ……シリカ、シンも悪気があって隠していたわけじゃないんだし、許してあげたら?」

「キリトさんまで……はぁ、分かりました。ロザリアさん達が現れるまでは楽しめましたしね」

 

シリカが楽しんでくれていたのなら、一緒に出掛けた意味があったというものだ。俺も楽しんではいたが、ロザリア達に途中で襲われる可能性もあった為、周りに注意を向けている事が多かったが。

 

「ありがとな、シリカ」

「それじゃ私はそろそろ行こうかな……っと、その前に」

「ん?どうした、キリト」

 

転移門をくぐろうとしていたキリトは何故かこちらへと戻ってきた。首を傾げる俺の前に立つキリトは頬を赤くしており、どこか恥ずかしげに指を弄っている。

……一体どうしたんだ?

 

「えっと……ね、私とも一緒にどこかに出掛けてくれないかなーって……」

「……つまりデートって事か?」

「っ!!?デ、デデ、デート!?い、いや、そんなんじゃなくてただ出掛けるだけでも……って、ああ、そっか」

 

キリトは顔を真っ赤にしたが、何かに気付いたらしく呆れた目で俺を見てきていた。何だ?男と女が出掛ける事はデートと言うんじゃないのか?

 

「シンは昔からそうだもんね……忘れてたよ」

「何がだ?」

「ううん、気にしないで。とりあいず考えといてよ?それじゃあね!」

「あっ、おい」

 

俺の引き止める言葉も聞かず、キリトは転移門の前で主街区の名前を叫び、その姿を消していった。結局最後は何を言いたかったのか分からなかったな。

 

「あの、シンさん」

「ん?」

「その……まだデ、デートって続いてますよね?」

「まぁ、夜まで時間はあるしな……どこか行きたい所があるなら行くが」

「な、ならあたし、巨大花の森以外に行きたい所があって──────」

 

 

 

 

 

デートを再開した俺達だったが、それからのシリカはどこか興奮気味であった。あっちに行ったり、こっちに行ったりと俺を振り回す勢いであったが──────襲われる心配がなくなった事で楽しめる余裕は十分にあった。




今回で第3章は終了です。
原作通りならこの後は『圏内事件』ですが、その前に原作未登場のヒロインをメインとした話を2つ出します。


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第4章 運命の変革
第35話 殺人ギルドとの邂逅


お久し振りです、仕事が忙しくてなかなか執筆に手が回りませんでした……。

今回から新章、開始です!


2024年──────第33層・サブダンジョン

 

 

 

 

 

私がこの階層を訪れたのは些細な理由なんだ。レアアイテムをドロップするモンスターがこのサブダンジョン現れたという情報を耳にし、他のプレイヤー達とパーティを組んで挑んだ。

しかしここには様々なトラップが仕掛けられており、メンバー達は次々にトラップに掛かっていってしまった。私も気付いた時には既に遅く、転移罠(テレポーター)で別の場所へと飛ばされてしまったんだ。

その結果────────

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

今、私の前にいるのは目的のモンスターではなく、この階層で一番強いモンスター──────見た目は直立した豚だが、力が強いだけでなく動きも速い。さらには武器の棍棒はたった一撃でも私のHPを大きく減らす程の威力。逃げようにも私が飛ばされたのは不幸にもクリスタル無効エリアだった。

しかし私のレベルでも倒せない程ではない。ただ唯一の問題は──────焦ってるせいで周りが見えていない事だった。

 

「っ!しまっ────」

 

いつの間にか後ろに回り込まれていたモンスターから攻撃を受け、私は吹き飛ばされてしまった。手にしていた片手剣は遠くに落ち、HPバーも全体の1割しか残っていない。

やられる……?──────そう思ったと同時に、すぐ目の前までモンスターが迫ってきていた。

 

「あっ……」

 

振り上げられる棍棒を防ぐ手段は今の私にはない。かわそうにも今から動いたのでは到底間に合わない。

ならば私はどうなるか……それを理解した途端、脳裏に浮かんだのは『死』という文字だった。

 

嫌だ……嫌だ嫌だ!やめて……こんな……死にたくない……死にたくないっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────ズゾンッ!!!

 

「…………えっ?」

 

背後から忍び寄っていた何者かにモンスターは斬り殺された。他のモンスター達も気だるそうな男や無邪気に笑う少年から次々に攻撃を受けていき、倒されていく。

そして気付けば私は突然現れたプレイヤー達に助けられていた。同じギルドに所属しているのか膝上まである黒いポンチョを全員が羽織っている。一体どこのギルドなのかと考えていると、全員が私に視線を向けてきた。

 

「あっ……え、えっと、あ、ありがとう。助けてくれて……」

「くくっ……どうだろうなぁ、まだ助かっちゃいないかもだぜ?」

「えっ?」

 

ニヤニヤと笑う気だるそうな男は私に顔を近付け、そう言ってきた。どういう事なのかと聞きたかったが、男はこちらへと歩いてくる人物に気が付くとそちらを向いてしまった。

 

「リーダー、どうします?」

「…………」

 

リーダーと呼ばれた相手は他のメンバーと違い、フードを深く被っているせいで顔がほとんど見えていない。しかしそれでも……他のプレイヤーとはどこか違う、異様な雰囲気を晒け出していた。

 

「……ッ!?」

 

そのプレイヤーの右手の甲にはタトゥーが刻まれていた。笑みを浮かべた顔と剣、手の骨を組み合わせたそのタトゥーは私だけでなく、多くのプレイヤー達が一度は見た事があるだろう。

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)、通称ラフコフ──────PoH(プー)というプレイヤーが今年の元旦に結成を宣言した他に類を見ない、最悪の殺人ギルド(レッドギルド)。ゲームオーバーが現実の死に繋がるSAOで平然とプレイヤーを殺すこの集団は、あの攻略組でさえ迂闊に手を出せない程に危険な存在だ。それがどうしてここに……!?

 

「こいつ、()()()()()()の仲間ですかね?そうすると所持品はあまり期待できませんが」

「あはっ!そんなのどうだっていいよ!」

 

笑みを浮かべた少年は片手にナイフを握り、私の髪を掴むと強引に顔を自分に近付けた。その表情はまるで新しいおもちゃを見つけた子供でしかない。こんな小さな子もラフコフにいるなんて……。

 

「今度は僕の番だよね?じゃあ……殺しちゃってもいいよね」

「ひっ……!?」

 

しかし今はそれを心配している場合ではない。モンスターには殺されずに済んだものの、このままでは間違いなくこの人達に殺される。

それにあの気だるそうな男の言葉からして、私が組んでいたパーティメンバーはもう……。

 

「待て。確か欠員が出てたな」

「欠員……?ああ、街への潜入員ですか。確かに逃げ出そうとした奴を消しましたね」

「えー!?それじゃこいつ、殺っちゃわないの?」

「俺達オレンジじゃろくすっぽ街への買い出しすらできねぇし、そういう手駒も必要なんよ」

 

初めは何を言っているのか……分からなかった。欠員?潜入員?手駒?彼らが今、何を求めていてそして────それを解決するには私が必要だと理解するのに大分時間がかかっていた。

 

「選びな。ここで死ぬか、俺達と生きるか」

「ッ……!」

 

目の前に出現していたのはギルド加入への申請だった。その相手は──────PoH。リーダーと呼ばれている事や異様な雰囲気から只者ではないと思っていたけれど、まさかこの人がラフコフの頭目だなんて……!!

 

「……早くしろ。このまま見捨ててもいいが、お前1人じゃここを抜け出せずに死ぬのがオチだろうがな」

「うっ……うぅっ……!」

 

あまりの緊張感と恐怖から息が詰まりそうになり、荒くなる。汗と涙が頬を伝い、伸ばそうとする手は震えてどうしようもない。この状況で申請を拒否するなんて考えられない。そんな事をすれば、殺されて終わるだろう。それに何でもいいから早くこの恐怖から逃れたかった。だから私にはこの選択を受け入れたくなくても、選ぶしかなかった──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────そいつを押すな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

聞こえてきた言葉に、私は指を止めてしまった。それと同時に私の頭上を振り抜いた刀が飛び退いたPoHを掠めていった。あと少しで押すはずだった丸印まではあとミリといった所で、そのままいけば私がラフコフに加入していた事は明白だった。

 

「右手、借りるぞ」

「えっ?」

 

突然私の後ろから声が掛かってきたかと思うと、掴まれた右手でギルド加入を拒否するバツ印を押されてしまった。「あっ」と声を出すが、既に遅い。こちらを押す事が彼らを裏切る事になる以上、選んではいけないこの行為を私は誰かの手によりしてしまった。

一体、誰が────────

 

「悪いな、だがお前もあいつらの仲間になる気はないだろ?」

 

後ろを振り向き、目に入ったのは私と年はそんなに変わらない少年だった。しかしあのラフコフを目の前にしてこの堂々とした態度……いや、もしかして彼らを知らないんじゃ……!?

 

「ラフコフ……こんな汚い方法で仲間を集めていたのか」

「くくくっ、今回はたまたまここでそいつと出会っただけ……つまり偶然さ、ビーターのシンさんよぉ」

「っ!?」

 

シンさん……だって!?あの攻略組トップの1人にしてビーターとも呼ばれてるプレイヤー……!色んな人達から尊敬や畏怖されたりしてるけど、それは『強い』という共通の理由があるから……でも、どうして最前線ではなく、こんな所に……?

 

「それで……彼女を見逃す気はあるか?」

「別にそんな弱っちぃ奴、いらないけどさ~……邪魔をしたお前は逃がさないよ」

「こっちは3人、そっちはザコを連れたあんた1人だ。どっちが劣勢かなんて……分かるよなぁ?」

 

シンさんの質問に対し、ラフコフの2人は剣を構え、ニヤリと笑みを浮かべた。それを見ていたシンさんは右手に刀を握っているものの、構えようとしない。今すぐにも襲いかかってきそうなのに、どうして──────

 

「……撤退するぞ」

「はぁっ!?リ、リーダー、何言って……!?」

「そうだよ!こんな奴、殺す機会なんて滅多にないよ!」

「──────足手まとい2人が何を言ってやがる?」

 

PoHからの命令に2人は抗議していたが、呆れたように呟かれたその言葉に愕然としていた。確かに今まで戦う気満々で喋っていたのに、突然そう言われたら驚くのはしょうがないと言える。

 

「貴様らがいるんじゃ、あいつと満足に戦えるわけがないだろうが」

「ぐっ……!」

「つまりそういう事だ。……だからな?」

 

 

 

「お詫びにお前の殺人ショーは、とびっきりなものになるよう考えといてやるよ」

「……俺はお前のような奴に殺されるつもりはない」

 

 

 

フードの下で楽しそうに笑みを浮かべるPoH。静かに、しかし戦慄する程に異様な雰囲気を纏うシンさん。おそらく……この場で2人が戦えば、私が思う以上に激しい戦いとなる。

 

「くくっ……はははははっ!!俺と真っ正面から対立して尻込みすらしないか。おもしれぇな。おもしれぇよ……お前が最期にどんな顔を見せてくれるのか、楽しみになっちまった」

「……言いたい事はそれだけか?ならとっとと失せろ」

「おいおい、つれねぇ奴だな。まぁ、いいぜ。お望み通り失せてやるよ。おい、行くぞお前ら」

 

PoHはシンさんの言う通りにこのサブダンジョンのさらに奥へと消えていく。他の2人もシンさんを睨むように見ながらもPoHの後を追い、その姿を消していった。

 

「…………」

「…………」

 

ラフコフの全員が姿を消し、静寂が訪れる。シンさんは奥へと視線を向けたまま一言も喋らず、私は緊張感と不安でどうすればいいのか分からなかった。ただシンさんを待ち続けていると──────

 

索敵(サーチング)スキルに反応はなし……ひとまず大丈夫か」

 

刀を鞘へと納めながらシンさんはそう呟く。その言葉に私は安堵し、今度こそ助かったんだと思えた。しかし本当にそうなんだろうか?シンさんがビーターと呼ばれるようになった由縁を詳しくは知らないが、何十人ものプレイヤーを利用したからと聞いている。それが本当なら、もしかして──────

 

「おい、大丈夫か」

「っ!?」

「考え込んでるみたいだったが……あいつらに何か吹き込まれたか?」

「いっ、いや!た、ただ仲間になるかここで死ぬかを聞かれただけだよ……」

 

とてもじゃないが、貴方を疑っていましたなんて事は言えない。もしも違っていて善意で助けてくれただけなのであれば、それはシンさんに対して失礼極まりない発言でしか──────

 

「それか、俺が信じられないとかか?」

「……えっ?」

「俺はビーターだ。LAボーナスを取ろうとして初心者達を利用した最悪の、な。そんな俺を信じられなくてもおかしくはない」

「っ……そ、そういう事じゃないんだ、その……」

 

確かにシンさんが言った事は私が考えていた事だ。しかし信じられていない事を知りながら、わざわざそんな事が言えるだろうか?

 

「別に気にしてないから心配するな……っと、そういえば名前は? 」

「ル、ルクス……それよりさっきのは……!」

「言っただろ、気にしてないって。別にルクスが何を考えていようと俺はどうもしない」

 

そう言うと、シンさんはこのサブダンジョンのマップと思われる物を出した。反対から見ている為、よくは分からないがどうやらここはかなり深い場所らしい。

 

「シンさんは……どうしてここに?」

「レアアイテムをドロップするモンスターが現れると聞いてな、どんなアイテムなのかと思って来たんだ」

 

そう言い、シンさんはマップを閉じた。そしてアイテムウインドウを開き、中に収められているアイテムの中から回復ポーションを選ぶと実体化させて私に渡してきた。

 

「っと、とと……え、えっと?」

「それ飲んで回復したら、俺とパーティを組んでもらっていいか?転移罠(テレポーター)対策の為にな」

「な、何をするつもりなんだい?」

「決まってるだろ」

 

シンさんはそう言い、鞘から再び刀を抜く。何故?と周囲を見渡すと、モンスター達がここに集まってきていた。その数は先程まで私が戦い、ラフコフが倒した時よりも格段に多い。

 

「教え、『その5 人を見捨てぬこと』……ルクス、お前を安全な場所まで連れていくんだ」




今回出てきたルクスは『SAO ガールズ・オプス』に出てくる登場人物です。ゲーム作品にも度々出ていますが、ストーリーには関与せず、オマケ程度である事が多い為、もう少し長めのストーリーを作ってくれないかなと思っています。


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第36話 ルクスの決心

皆さん、お久し振りです。リアルが忙しかったとはいえ、まさか1ヶ月以上投稿できないとは思ってもいませんでした……。
とりあいず今月中にギリギリで投稿できてよかったです。


「はぁっ!」

 

迫り来るモンスターを俺は新たに入手した刀────鬼燕(おにつばめ)で一刀両断した。以前まで使っていた和太刀と比べると、俺のステータスを底上げしてくれてくれる他、攻撃速度を上げてくれる。故に相手よりも一歩速い攻撃が可能となったのだ。

 

「だ、大丈夫なのかい?ずっと戦ってくれてるけど……」

「ああ。それにこれより多い数と戦った事なんて何度もあるしな」

 

後ろから心配そうに声を掛けてきたルクスに俺はそう答える。俺だけが戦っているのはルクスの安全を考えての事だ。レベル的には大丈夫だろうが、あのような事があった後では精神的な問題が出てくるかもしれない。ならば俺が先陣を切る事にしたのだ。

 

「とにかくまずはクリスタル無効エリアを脱出する。そしたら転移して安全な場所に……」

「あっ……ちょ、ちょっと待ってくれるかい?」

「どうした?」

「実は探したい人達がいるんだ。私のパーティメンバーで…………あ、あれ……?」

 

ルクスの目線は左下へと向いている。おそらくパーティメンバーを確認したんだろう。だが何かあったらしく、様子がおかしい。

 

「全員……名前がない……?」

「……その場合、考えられるのはパーティから離脱したか、あるいは……」

「ま、まさか、そんな……っ!!」

 

パーティメンバーの名前が消える原因はもう1つ、そのプレイヤーが()()した場合のみだ。ルクスのパーティーメンバー全員が自ら離脱したとは考えづらい。となれば──────

 

「ルクス、ラフコフの奴らは何か言っていたか?」

「そういえば……私と出会った時、さっきの奴らの仲間とか、所持品は期待できないとかって……」

「……なるほどな」

 

『さっきの奴らの仲間』だけでは、ラフコフが接触したかどうか分からない。しかし『所持品は期待できない』という事は接触し、間違いなく略奪をしている。奴らならその後、パーティを脱退させずに脅してルクスを誘い出す事も出来たはず。だがそれをあえてしなかった──────いや、そこまでする必要がなかったからか。

 

「ルクス、奴らがギルドに引きずり込んだ可能性もある。その時に居場所を知られない為にパーティを脱退させただけかもしれない」

「ほ、本当かい……?」

「あくまで可能性の1つだがな」

 

ラフコフの奴らは殆どがオレンジプレイヤーだ。オレンジになった奴らが圏内に入ろうとすればNPCの衛兵が現れ、入れなくなる。その為、街への買い出しや効率的な狩場の確保などを行うプレイヤーを必要としているそうだ。ルクスをギルドに入れようとしたのも、それが目的だろう。

 

「でも、それならまだここに……」

「……確かにいるかもしれない……だが」

 

ラフコフの奴らがいる以上、ここに長く留まるのは危険だ。ここにいるラフコフがPoH達だけとは限らない。もしかしたら他のメンバー達が別行動でいるかもしれないのだ。相手を殺す方法を幾つも生み出しては広めている奴らだ、俺が対処法を知らなけばルクス共々殺される事になる。

 

「……ちょっと待ってろ」

「う、うん」

 

俺はメインウインドウを開き、索敵(さくてき)スキルを使う。同時索敵ボーナスや索敵距離ボーナス、カーソル識別ボーナスなど色々な派生機能(モディファイ)により強化され、今では広範囲かつ複数の対象物を識別できるようになったのだ。このサブダンジョン位ならおそらく全体を調べられるはず。

 

「3人……おそらくPoH達だな。あとは……」

 

他にもう3人……いや、これは2人が1人を追いかけてるのか?カーソルは1人の方はグリーン、もう2人は……っ、オレンジ……!

 

「ルクス……転移結晶(テレポートクリスタル)は持ってるか?」

「持ってるけど、何を?」

「オレンジ……おそらくラフコフだと思うが、そいつらが誰かを追いかけてる。俺は今からそいつを助けに行くがルクス、お前はすぐここから────」

「逃げる気は……ないよ」

 

俺の言葉を遮り、ルクスは答えてきた。PoHは他のメンバーと比べれば別格の存在だが、それでもラフコフの恐ろしさは分かったはずだ。それなのに何故……?

 

「その人がもしも私の仲間だったら、私はその人を置いて逃げたって事になる。私だけが逃げるなんて、そんなのは……嫌なんだ」

「殺される可能性が十分にあるとしてもか?」

「危険だって事は知ってる。お願いだ、私も一緒に連れていってくれないかい?」

 

ルクスを連れていくのは本意じゃないが……。

 

「……危なくなったらすぐに逃げろ。それが条件だ」

「うん、分かったよ。ありがとう、シンさん」

 

こうしている間にもラフコフが追いかけてるプレイヤーが危険に晒されているかもしれない。ならばここはルクスの要求を飲み込み、連れていった方が手っ取り早い。それに1人にして危険な行動をとられる事もないだろうからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サブダンジョン内を走る俺とルクスはかなり奥にある部屋へと辿り着いた。そして不意に俺が立ち止まると、ルクスは不思議に思ったのか顔を近付けてくる。

 

「ど、どうしたんだい?」

「気を付けろ、こっちから来るぞ」

 

俺薄暗い通路の先を見つめ、鬼燕を鞘から引き抜いた。ルクスが俺の言葉にハッとした瞬間、すぐに通路の先から男性プレイヤーが走ってくるのが見えた。懸命に走り、その後ろにはやはりというべきかラフコフの2人がいる。

 

「あっ……!あの人、同じパーティの……!」

「ルクス、お前は隠れてろ!」

 

俺は通路へと走り出した。何故ルクスのパーティメンバーがこのような状況になっているかは分からないが、とにかく助けなければならない。その為にはとにかく奴らを止めないと……!

 

「っ、ル、ルクス!?どうしてここに!!」

 

ルクスの存在に気付いた男性が驚いた様子で目を見開く。俺はそんな彼の横を素通りし──────一瞬だったが、小さく呟いた。

 

「ルクスと隠れてろ……!」

「あ、ああ!」

 

俺がラフコフの奴らの視界から彼が見えなくなるように並び立つと、奴らは立ち止まった。それぞれの武器はナイフ……おそらく相手を何らかの状態異常にする事が出来る代物だろうな。

 

「誰だテメェ?」

「俺らのゲームの邪魔をすんじゃねぇよ!」

「ゲーム……?」

 

あのプレイヤーを追いかけていた事と何か関係があるんだろうが……こいつらは一体何故あんな事を……?

 

「俺とこいつ、どっちがプレイヤーを多く殺せるかってゲームさ!」

「偶然リーダー達が見つけたパーティを俺達に玩具としてくれたのさ!今、2対1で俺が有利なんだよ!だからさぁ……そこ、どけよ!」

「っ……お前ら……!!」

 

ルクスのパーティメンバーを追いかけていたという事は、そのパーティというのはルクスの仲間で間違いない……そしてどちらが多く殺せるかというこのゲームで2対1という事は既に仲間の3人を……っ!

 

「おいおい、俺らに歯向かう気か?俺達がラフコフだって分かってないわけじゃ────」

「……黙れ」

「ああ?」

「黙れって言ったんだ……聞こえなかったか?」

 

こいつらをこのまま放っておけばさらに多くのプレイヤーが犠牲になる。これはラフコフの奴ら全員に言える事だが、例え1人でも捕まえる事が出来れば救われるプレイヤーは大勢いる。それは悪い意味で言えば、ラフコフの奴が1人いるだけでそれだけの脅威になるのだ。

 

「お……おい、こいつ……もしかして、あのビーターなんじゃあ……?」

「は?いやいや、あんな奴がこんな所にいるはず……が……っ!?」

 

ようやく俺が何者なのか気付いたようだが、もう遅い。お前らみたいな奴を俺は見逃すつもりなんてないんだよ。

 

「プレイヤーを殺しているんだ、なら……自分が捕まる覚悟も出来てるんだろうな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果だけを言えば、最前線に立つ俺とラフコフといえどおそらく下っぱの奴らでは戦いにすらならなかった。オレンジプレイヤーを攻撃してもオレンジになる事はない……それを利用し、俺は奴らのHPをギリギリまで減らした状態で回廊結晶を使い、牢屋(ジェイル)送りにしたのである。

 

「それで……これから2人はどうするつもりだ?」

 

ルクスのパーティメンバーは全員で5人……その内の3人はラフコフの奴らにより殺されてしまっている以上、あのサブダンジョンに残っている理由はない。故に俺とルクス、そしてメンバーの1人である男は第33層の主街区へと戻ってきた。

 

「……決まってる。フィールドなんてもうまともに出歩けない、俺は二度と街の外に出るつもりなんてないよ」

「っ……それって……」

「悪いけど俺はパーティに戻る気はない。ルクスもフィールドに出るなんてバカなこと考えるなよ……それじゃあな」

 

確かにそう考えるようになるのも仕方ない。わざわざ危険なフィールドに出るよりも、圏内にいる方がモンスターやオレンジプレイヤーにも襲われず、安全に過ごせるからな。

それに例えフィールドに出なくても、圏内でこの世界を生きていく術はいくらでもある。

 

「ルクス、お前はどうする?」

 

男が立ち去り、それからずっと悩んでいるのか顔を俯かせているルクスに俺は声を掛けた。あの男と同様にフィールドに出ず、圏内で過ごしていくのであればラフコフに襲われる可能性は大きく減る。奴らに会うこと自体滅多にない事だが、顔が知られている以上見つかれば真っ先に襲われるだろうからな。

 

「……ラフコフに襲われた時、とっても怖かったんだ。シンさんが来てくれて……私は助かったけど、その後も怖くて何も出来てなかっただろう?」

「ルクス……別にそれは──────」

「だからさ」

 

顔を上げたルクスは俺を真っ直ぐな目で見つめてきた。その目は先程までの怯えていたものではなく、何かを決心したかのように力強さが感じられた。

 

「教えてくれないかい?どうすればシンさんのような強いプレイヤーになれるのかをさ」



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第37話 謎のスキル

随分と長い期間を空けてしまい、すみませんでした!
最近はこういった事が多い為、タグに不定期更新を加えておく事にしました。


第33階層のサブダンジョンでルクス達がPoH率いるラフコフと遭遇、そしてパーティが解散された日……俺はルクスに自分を強くしてほしいと頼まれ、それを俺は()()()()。一度襲われたルクスが再び奴らに狙われるという可能性がないわけじゃない。

ただし俺にも最前線といういなければならない場所がある。その為、短い期間だけだがその間にルクスを強くする事を約束したのだ。

 

「────シン、待たせたね」

「準備は出来たのか?」

「うん、バッチリだよ」

 

俺と同じ宿屋から出てきたルクスに問い掛け、準備が終えた事を確認する。少し前までは「シンさん」と呼ばれていたが、ここはゲームである上に俺と年齢も近いはず。故に敬語を使わずに喋ってくれて構わないと言ったんだが、特に問題はないようでよかった。

 

「……その割には装備は変更していないみたいだが」

「えっ?ああ……その、そこまでする必要がないというか……」

「その装備で挑んだらクエストに失敗したって言ってなかったか?」

 

俺がここまで強くなれたのはフィールドや穴場、ボス戦などで大量の経験値を得てレベルを上げた他、多くのクエストに挑んでそれらをクリアしたからだ。それによって希少なアイテムや装備を手に入れる事に成功した。

特に何の変哲もない方法だと思うだろうが、他のプレイヤーと違うのはそれに掛けた時間、クエストのクリア数だ。おそらくここまで無茶しているのはソロでもパーティでも俺とキリトくらいだろう。

ルクスにも同じ事をやってもらっているが、俺と同じでは心身ともに辛くなる。故にルクスのペースで俺が手助けしながら順調にレベルを上げていたんだが……。

 

「実は……私のレベルが低かったとか、装備が悪かったとかじゃないんだ。ただ気持ちの問題というか……」

「気持ちの問題となると……何か戦いづらいモンスターでも現れたのか?」

「そうだね……うん、あの時は思わず攻撃を止めちゃったんだ」

 

ルクスが前に途中まで進めたものの、やめてしまったクエストがある……その事を昨日言ってきたのだ。別にルクスが俺に手伝って欲しいと頼んできたわけではないが、このままクリアせずに放置しておくのも嫌だろうと思い、手伝う事を決めたのだ。

 

「なるほどな……それでどんなモンスターだったんだ?」

「う、うん。そのモンスターの()()()が──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────なんという事かしら、本当に乗り越えてしまったの?でもまさかこれ位で絆なんて不確かな物を信じて貰えるなんて思ってないわよね?はい、次。《打ち捨てられし塔》に住まう魔獣を倒してきて。そしてさっさとあたしに絆とやらを見せつけてみなさいよ」

「…………」

 

俺とルクスの前にいる背中に白い翼を生やした美しい女性──────クエストNPCの天使。ルクスが諦めたクエスト、《天使の指輪(リング・オブ・エンジェルズウィスパー)》とやらはこの天使からの試練をクリアしていくという内容みたいだが……見た目だけだな、天使っぽいの。

 

「あはは……人に裏切られたって設定みたいだけど、スレ過ぎだよね……」

「こいつに期待していたプレイヤーにとっては残念だっただろうな」

 

天使という以上、穏やかであったり厳かなイメージを誰もが持っているだろう。実際、俺もこいつに会うまではそうだったが……まぁ、こういう天使もいると考えればいいか。

 

「《打ち捨てられし塔》にいる魔獣だったな?ルクス、この天使の言う通りさっさと倒してこよう」

「そ、そうだね……」

 

どこか迷うような声を返してくるルクス。何だ?と思っていたが、そうか。そういえばルクスがこのクエストを諦めるに至った試練……それが()()だったか。

 

「心配すんな、例の魔獣は俺に任せろ」

「すまない……本当にあの魔獣は攻撃できないんだ……」

 

ルクスから聞いた限りの情報では……おそらく彼女でなくても魔獣を攻撃する事も倒す事にも躊躇うプレイヤーはいるだろう。モンスターの見た目とは、時にプレイヤーへの心理的な攻撃となる。恐ろしい見た目なら怖がるし、 醜ければ気持ち悪いと思うはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なら──────倒すモンスターが()()()場合はどうなるか?

 

「いた……あれが天使が言っていた魔獣、ウィング・ラブリーラビットだよ」

「通称、羽うさぎ……か」

 

《打ち捨てられし塔》に入った途端、部屋の隅に出現した羽うさぎは俺達に襲い掛かる様子もなく、ただモソモソと動いているだけ。これとは別のクエストであの羽うさぎを倒した事があるが……こいつはプレイヤーに敵対する事がない珍しいモンスターだ。

だが大人しい代わりに、かなり大きい体格を持っている。攻撃される心配はないが、油断して踏まれてしまえばそれ相応のダメージを受ける事となるだろう。

 

「ルクス。これから羽うさぎを倒してくるが……見たくないなら塔の外に出ていてもいいぞ」

「えっと……なら、そうさせてもらおうかな」

 

クエストは進行しているし、ルクスが出てしまっても俺が残って戦えば問題はないだろう。羽うさぎはそんなに強いわけでもないし、苦戦する事はないだろうしな。

 

「さて……」

 

ルクスは塔の外へと移動し、扉は閉められた。俺は羽うさぎの目と鼻の先まで接近するが、羽うさぎに動きはない。

ルクスのように倒せないわけではないが、襲ってこない上に愛くるしい見た目をしたこいつを倒すというのは正直心が痛い。故に──────後の攻撃が躊躇う事のないよう、一撃で倒す。

 

「現れて早々に悪いが……消えてもらうぞ」

「うきゅ?」

 

羽うさぎは首を傾げながら俺を見つめている。だがその綺麗な瞳に惑わされる事なく、俺は柄を握り締めた。放つのはソードスキル……だが今まで使用し続け、熟練度が限界に達した刀スキルではない。少し前にいつの間にか入手していた、()()()()()()である。

 

 

俺が刀を引き抜いた瞬間、それと同時に『カチン』という柄に納める際の音が部屋中に鳴り響いた。周りから見れば抜いてすぐに戻したように見えるだろう。実際、そうである。

──────ただ、『その間に相手を攻撃した』と付け加える必要があるが。

 

「っ!!?」

 

羽うさぎは訳の分からぬまま、首を斬り落とされた。そして体は崩れ落ち、倒れると同時にポリゴン状の粒子となって消滅していく。

 

「……」

 

砕桜(さいろう)──────俺が入手したスキルにより使用可能となる技の1つである。見た目が居合い斬りという事から辻風に似ているかもしれないが、それは見た目だけだ。刃が振り抜いた瞬間に当たらなかった場合、視認不可能な衝撃波が放たれる。羽うさぎを倒したのはそれによるものだ。

ただ……強力ではあるが、それ故かこの技も含めてほとんどは硬直時間が長いものだ。1対1ならともかく、1対多数の時は使う時を慎重に考えないとな。

 

「しかし……本当に謎だな。一体いつから使えるようになっていたんだ?」

 

このスキル────────絶速剣(ぜっそくけん)は。




ALOでの《天使の指輪》の内容はガールズ・オプスで分かっていますが、SAOではどんな内容になっていたんでしょうかね?羽うさぎを倒す試練から変わっているのは確実でしょうけど。


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