イオ・ユークレースの立場は特殊なものだ。バルツ公国大公ザカの一番弟子という立場は、本人や周囲がそう思っていなくても大きかったりする。そうでなくともその一番弟子が名声高き我らが団で大活躍しているともなれば、障害は勝手にやってくるのだ。
グランサイファー搭乗員、シュペーもそれが起きてようやっとそれを思い出したのだ。
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・クロスフェイトエピソード 火の島の少女と風の島の青年(仮)
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その日、バルツ公国に戻った自分達を待ち受けていたのはザカ大公だった。とても丁寧な口調で俺達との再会を喜んでくれたあと、申し訳なさそうに表情を歪ませてイオに謝った。
「イオ、すまない。見合い話を受けてくれんかの?」
グランとルリアは驚きを隠さず、カタリナさんも呆然とし、俺もアホみたいに口を開け、ラカムとイオはそれぞれ銃と杖を地面に落とした。
ロゼッタさんとオイゲンさんだけは、面白そうに成り行きを見守っている。
「で、どういうことなのししょー」
「むう話せば長くなる……」
大公府の一室で、イオと付き添いで五人──オイゲンさんとロゼッタさんは何故か船を見ると留まった──が、揃って神妙な顔でザカ大公を見る。
欠かせない仲間のイオに見合い話とは穏やかではない。万が一憶が一、カタリナさんの料理がアレなのは俺達の味覚がおかしいかもしれない確率で、イオが騎空団からいなくなってしまう。それは悲しいし、グランサイファーの航行にだって影響が出る。
そうしてぽつりぽつりと語りだしたザカ大公、長い話を要約すればザカ大公と関係を深めたい彼らが弟子のイオに目をつけた、ということらしい。
「もちろんわしは一喝した。そのような理由で可愛い弟子を馬の骨になどやるものか」
あ、はい。
ザカ大公の声は紛れもなく本気だった。その巨躯から本気の叱責を受けて精神の弱い男たちは下がったが、数名はそれでもしぶとく食い下がった。
本人に断られればそれ以上は何も言わないし、仮に関係を結べたとしてもバルツに残るか旅を続けるかは本人を尊重すると、そう言われればザカ大公もイオを抜きに一蹴することは出来なかった、と。
「ししょー、私まだ成人だってしてないよ?」
「普段はガキンチョ扱いすると杖を向けるのに、今は年相応ってか」
「おっさんは黙ってて!」
「ラカム、流石に真面目な話だからイオをからかうのはやめた方が良いと思うが」
「僕もそう思う」
「駄目ですよラカムさーん、イオちゃんは真面目なんです!」
ぼろくそだった。カタリナさんとルリアに加えて団長のグランにまで言われれば、ラカムもバツが悪そうに謝って下がるほかない。
それはともかくとして、本人も言っているがイオは少女と言われている年齢であり、まだまだそういう話とは無縁だ。
「だからこそ『婚姻関係』なのだろう。結婚はイオが成人した時に行えばいい、その間に誰かに先んじられる前に、事実関係を結びたいのじゃろう」
「ま、イオが全部断れば済む話だな。見合いを申し込んだ男たちは本人に振られたら諦めるって話だろ?」
「そうねシュペー、それが一番話が早いわ。だからししょー! 私に任せてよ! そんな男たちなんか一蹴してやるんだから!」
「すまんのぅ……近いうちに官邸で夜会を開くつもりじゃ。その時に顔合わせ、気が合えば正式な場を設けることになっておるから、その夜会でハッキリと断ればよかろう」
「じゃ、僕らは万一の護衛だね。イオに手を出す愚か者がいないとは限らないから」
そもそも手を出しゃあ魔法で吹き飛ばされるだろうがな。そんな呟きがラカムから漏れ、イオはその希望通りに杖でラカムの足を小突いた。とても痛そうだった。
「はーっはっは! なあ見たかよあの顔!」
「うっさいわよラカム。しょうがないじゃない、何度も何度も。私は断ってるのに!」
それから少しして夜会は開かれ、今はそれが無事、と言えば無事に終わり六人で笑いながら帰り道を歩いていた。
話のタネはもちろん夜会での出来事。全員がイオに素気無く断られ、それでもと言い募ろうとすれば、幼いながらも荒事をくぐり抜け続けた雰囲気を纏い、男の精神を圧倒した。
例外はただ一人、大公の弟子と言えどまだ幼い少女と、実力差もわからないその男は強硬手段を取らんと夜会の場でありながら、イオに手を伸ばす。それを察した全員が動く──前にイオが思いっきりその手を捻っていた。
情けなく悲鳴を上げる男に、ずいと顔を近づけ一言。
「立派な淑女に手を出そうなんて、紳士の風上にも置けないわね、勉強しなおしなさい!」
一喝された男は恐怖に顔を染めながら情けなく謝り夜会の波に消えた。それを見ていた全員が惜しみない賛辞を送り、一部の男性などは「流石大公の弟子だ、あの怒気は正しく師匠譲りだ」などと褒めちぎる。
イオは年頃の女の子である。流石と褒められるのは嬉しくとも、師匠譲りの怒気と言われるのは複雑な心境だったらしい。
「めんどうなことになんなきゃいいが」
「どうしたのラカム」
「いや、なんでもねぇ。それよりシュペー、今日の事も日誌に書くのか?」
「ラカム、なんで俺が日誌書いてるって知ってるのさ」
「もうちょっと書く音は抑えるんだな、俺は隣だから皆が寝静まった真夜中にガリガリと筆を走らせる音がよく聞こえる。それも決まって何か大きなことがあった日に、だ」
……そこまでは気が回らなかった。確かに事件に巻き込まれたりそんな話を聞いた日は、忘れる前にと寝る時間を削って書けるだけ書き起こし、別の日に清書するということをしていた。
中身、見た? と問えば、ちょっとだけ、と返ってくる。人の物を勝手に読むとは最低である。
「ちょっとだけだ! 最初の方!」
「それが尚更ダメなんだよ! おっさんおっさん!」
「おま、俺はおっさんじゃねぇ!」
「二人はほんと仲良しですねー」
「少年と同じ土俵で喧嘩するおっさんは、どうかと思うわよ」
「こらこら二人とも、時間が時間なのだから騒ぐのはやめるんだ!」
「はーいどうどう」
「離せグランっ俺はこのおっさんに一撃をだな」
「……おっとシュペー、すまねぇが一撃を加えるのは俺じゃなくてあちらさんにしてやれ」
カタリナさんには窘められ、グランに肩を掴まれてはそれ以上の抵抗も出来ない。更に言えば、ラカムの一言が急速に仲間たちの意識を変えていた。
人通りの少ない陰気な道というのはどこの島にもあるもので、正しく俺達はそこを通っていた訳なのだが、薄暗い道の先には甲冑装備で抜刀済の一団が剣呑な空気で佇んでいた。
「あー、ラカム、俺達、お酒飲んでたっけ?」
「飲んでたかもしれないな」
「そっかー、じゃあ酔っぱらってる中に剣を向けられたらやりすぎてもしょうがないかな?」
「シュペーはそんな強くないよ」
だまらっしゃいグラン。
「目標は一人だ、それ以外は始末するぞ」
甲冑組の戦闘にいる人物が、くぐもった声で仲間を指揮する。
「ロゼッタさんとオイゲンさんが船番で良かったな」
「イオとラカムとカタリナさんだけでも充分だよね」
「俺も眠れると思ってたから機嫌がわりぃぞ!」
「軽口を叩くのはそこまでだ、来るぞ!」
カタリナさんの声と同時、甲冑組が一斉に駆け出す。真夜中のバルツで、戦闘が始まるのだ。
「ま、こんなもんだよね」
「何よ呆気ない」
俺が八つ当たりするまでもなく、甲冑の一団は纏めて仲間がやってくれました。戦闘と言うには余りにも一方的。
周囲へ被害を及ぼさない程度に、綺麗に敵を狙い撃ちしていたイオの魔法には驚かされるばかりだ。彼女も、確実に腕を上げている。
「私は警備隊を呼んで来よう」
「ありがとうカタリナ」
「僕達はこいつらを縛っとこう」
「ロープなら俺が持ってるな」
「シュペーって本当に色々持つよね」
「何処に仕舞ってるのよ」
「秘密」
ただ単純に持ってるだけです、とは言わない。
それはともかく、伸した敵兵を一人ずつ丁寧に手を後ろにやってロープを結んでいく。両指で数えてちょっと余るくらいの人数ぐらいいるのでその作業もやや時間がかかる。
一人二人三人、そして最後の一人を縛り終え、あとは引き渡し先を待つだけだ。
「く、くそ……だがそのイオという少女を手に入れるまで何度でも繰り返すと我が主は仰っていた!」
「ほーん……」
最初に指示を飛ばしていた男が捨て台詞を吐く。我が主、ねえ。そんなことを敵に言う時点でダメだと思う。
そもそも、何度やってきてもその度に返り討ちにするし今度は他の仲間達もいる。イオを冗談抜きで奪いたければ一国の兵隊が必要だと言っても過言ではない。
それに、ルリアではなくイオを狙ったというのは、また犯人が大分絞られる。
「へっ出来るもんならやってみろ! ウチのガキンチョが欲しくば、このラカムを倒してからにしろってな! 誰にもやらねーよ!」
「な、なななな!」
「ラカム、何言ってんだ……」
夜会も終わってさあ帰って寝ようってところで襲撃を受けたからか、敵を片づけたあとのラカムはすこぶる機嫌が悪かった。
故に、これは売り言葉に買い言葉で深い意味はないと思う。惜しむらくは、もうちょっと考えて発言するべきだった。
「あ、いやこれはだな」
「ラカムさんって積極的ですー……」
「違うんだよルリア、な?」
「あー、そのラカム、僕は気にしないよ、なんていうんだっけ?」
「やめろグラン、やめてくれそれ以上言ったら俺は」
普段は真っ向から言い返すイオも沈黙、ぎゅっと杖を握り、何を言おうか言うまいか、そうしてそっとラカムに言う。
「あ、ありがと……かばってくれて」
「お、おう」
こんなものだからラカムも拍子抜けで。そうしてしばし奇妙なこの場は、警備隊を引き連れたカタリナが到着するまで続くのだった。
「ほんっとうにすまん!」
翌日、バルツを出る前にザカ大公から後悔の滲ませた謝罪を受け取った。昨夜の首謀者はアタリを付けているから必ず処分を下すと。無論、過ぎたことだし襲われたと言っても相手にならなかったので、一夜明けた俺達の誰もが気にしてない。被害らしい被害と言えば、ラカムが精神的ダメージを負っただけだ。
それをザカ大公に言い、昨夜の失言を伝えれば、今度は大きな声で笑いだしてしまった。喜怒哀楽の忙しい御仁である。
「ああしかし、それは良い案じゃな」
「へ?」
あ、もしかして余計な事を言ってしまったか。そう思うも出発の時間は待ってくれない。
「ししょー! またねー!」
「おぉいつでも帰ってくくるんじゃぞイオ!」
騎空艇から身を乗り出し、ぶんぶんと手を振るイオ。ザカ大公は桟橋から控えめに手を振り返し、俺達を見送ってくれた。
結局、ザカ大公が何を考えついたのか聞きそびれたまま、グランサイファーは空を翔けていく。それを知り得たのは少し時間が経ってからだった。
最近空ではある噂が色々な島を伝って飛んでいるらしい。
──騎空士でバルツ公国ザカ大公の一番弟子イオと婚儀を行うには、とても強い仲間の操舵士を倒さねばならない。されど操舵士の強さは星晶獣を上回る程強い、並の男では一蹴される。
この噂を耳にした二人は揃って顔を見合わせたという。
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「結局、この空の噂は何年経っても消えることなく、嫁ぎ先を探せなかったイオはラカムに『責任とりなさ……あれ?」
そこまで書き終えて、手の中に納まっていたペンがすっと消えてしまった。ペンの軌道を追えば、そこには見惚れる程綺麗な笑みを浮かべたイオの姿。瞬間悟った、俺の命は今日までだと。
同時に疑問が浮かぶ。忍びこむにしては音が無さ過ぎたし、ちらりと盗み見ればドアの施錠はかかったまま。イオは一体どこから部屋に入って来たんだ?
「ふうううううん……ラカムからシュペーが日誌を書いてるって聞いたけど、本当だったんだ?」
「あ、ああそうなんだ」
いやそれよりは生き延びるのが先だ。まだ中身を見られていないのであれば大丈夫、道はある。
「あのね、日誌にその日のことを記録するってとても大事なことだと思うわ」
「イオもそう言ってくれるんだ、嬉しいね」
「でもね」
今まで見えなかったイオのもう片方の手が露わになる。杖だ、杖がその手に握られている。そして疑問が氷解した。こいつ、姿隠して最初からいやがった。
「あることないこと言うのは駄目でしょ!?」
「待ってほしい、噂を流したのは俺じゃない、そこはもう星晶獣に誓って」
「私が言いたいのはあんたが書こうとした最後の方よ! 反省しなさい! っていうかクロスフェイトとかカッコカリって何なのよこれぇ!」
「ま、待てイオ、杖を鈍器に使うのはぎゃー!」
自分の黒い髪が視界の上に映ったかと思うと、そのまま杖の一撃にしばらく悶えることとなった。
グランサイファー搭乗員シュペー。グランがザンクティンゼルを出る時についてきたグランの幼馴染であり、後にシェロカルテを通じてグランサイファーと仲間が歩んできた道のりを創作風に書き起こした書物を流通させる
ラカムとイオは、これによって風評被害を受けることになるのだが、それはまだまだ先の話であった。
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シュペーのあの日
今日も日誌を書き終え、椅子の上で身体を伸ばす。体重をかけられた背もたれが、主を支えんと鳴いた。
グランサイファー内、居住区の自分の部屋の片隅に目をやれば、子供の頃に使っていたボロボロの剣が目に入る。その剣は鍔から拳二つ分を残して先が消失していて、武器としての役割を果たせないことが一目でわかるようになっていた。グランと旅立つその日、森の中で会った帝国の兵士と戦った際に折れてしまったのだ。
「あれから、大分強くなったかなー」
帝国の巨大戦艦が島の上空に現れ、森へ入ったグランを探しに行った俺は帝国兵と遭遇した。そこそこ善戦はした、けれど力及ばず斬られる直前に、同じ帝国の兵士に助けられた。
水の様に流れる刺突で帝国兵の手から綺麗に武器を弾き、闖入者に思考が止まった相手に対してその場でくるりと回って蹴り飛ばす。吹き飛んだ敵の意識を綺麗に刈り取った一撃。木漏れ日を背景に、剣を収めたあの人は尻もちをつく俺に手を差し伸べた。すまない、怪我はないか。
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・フェイトエピソード シュペーが空へ飛んだ理由
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「ちょっと狭いな」
「狭いどころかこれ重量オーバーじゃないよね?」
「私もカタリナも軽いから大丈夫です、きっと!」
「……ま、なるようになるだろ」
それは船と呼ぶには余りにも小さなモノ、船と表すよりは鳥と言ったほうが正しい程の小さいもので、左右に生える二つの翼と、尻尾のような後ろへ伸びる羽とエンジンがなければ、それが空を飛ぶなどと言われても信じられないだろう。
そんな小さな鳥の後部座席に、なんとか三人と一匹で乗り込む。「なんとか」と言ったのはそれの通りで、グランの膝の上にルリアが、俺の膝の上にビィが座るというなんとも無理矢理な乗り方なのだ。
「シュペー、本当にいいんだね?」
グランが最後の確認だと言うように問いかける。
今更だ、そんなもの。むしろ、無理を言って同行すると申し出た俺が、ここでやっぱやめますと言うなんてグランだって思ってないだろう。
飛空艇が動く。数度の跳躍から崖を飛び降り、そのまま落下する……前に両方の翼が開き、小さなエンジンは力強く船を空へ導いた。
「答える前に、旅立ちの時間が来たな」
「すまない、何か話していたのか?!」
「あ、いや問題ないです」
操縦席にいるカタリナさんが、声だけを向けてくる。どうにも、カタリナさんには敬語が抜けない。本人は、旅に出るなら仲間だから砕けた口調でいいなんて言われても、危ないところを助けてもらった身としては自然と畏まってしまう。
窓の外に目を向ければ、俺達の世界の全てだったザンクティンゼルが視界の中で小さくなり、それ以外を蒼い空と白い雲、そしてちらほらと飛ぶ鳥で埋め尽くされていた。自分の生まれ育った島があんなに小さいなどとは、こうして空に出なければわからなかっただろう。
「でなグラン、旅に出たのは俺の意思だよ」
「そっか」
「シュペーはどうして一緒に来てくれたんですか?」
「うーんそうだね、俺はさ、イスタルシアなんて信じてなかったんだよ」
「シュペーはいっつも僕のことを笑いものにして、酷かったよね」
「え、ええ~! それは酷いです」
昔の話さ、と二人でルリアを宥める。
「でもグランはずっとそのイスタルシアへ行くために、頑張ったんだ。毎日毎日ね」
そんな姿を見れば、感化されて信じてしまうのが子供の頃の俺だった。尤も、毎日実直に鍛錬しているグランとそれをからかい遊んでいた俺の差はいかんともし難く、旅に出るまでグランに勝つという密かな目標は終ぞ叶わなかった。
何戦何敗だったか、模擬戦が終わるたびにあいつは嫌らしくカウントするので聞き流してたから覚えてない。
「シュペーがグランと鍛錬するようになったら、今度はオイラの労力が倍になったけどなぁ~」
「空から枝を降らせる役とか、急に枝を投擲する役とかね」
「オイラまでヘトヘトさ……」
「ちゃんと林檎をあげたじゃないか」
「つかれすぎてその日に食べられなかっただろー!」
じたばたと抗議するビィの手足と尻尾が何度も何度も身体に当たる。正面から当たるならともかく、擦るように尻尾をぶつけられると地味に痛い。
「こら! 後ろで暴れるんじゃない!」
「「ご、ごめんなさい」」
「ふふ、二人とビィさんは仲良しなんですね~」
操縦席から割と本気の怒りの声が飛んできて、グランと俺は揃って声を萎ませた。示し合わせたかのようなそれに、ルリアは愉快そうに笑う。
だが待ってほしい、暴れたのは主にビィであって俺とグランが怒られる筋は……まあ、なくもない、か?
「で、どこまで話したっけか」
「一緒に頑張りだしたところ、です」
「おっとそうだったそうだった、毎日グランにボッコボコにされる悔しさを、魔獣にぶつけてたっけ」
「弱い相手にはとことん強気に出てたもんね」
「……いくら人に害を為す魔獣とは言え、無暗に狩るのは感心できないな」
「その、最初にひたすら狩ってたら村の婆ちゃんに半日ぐらい……いや語りたくもねぇ。その日以降は必要な分だけしか狩ってませんよ」
もちろん変に甚振ったりもしない。八つ当たりでそこまですれば、即婆ちゃんの折檻が飛んでくる。あれを一度経験してしまえば、もう下手な事をしようとは思わない。
グランはともかく、昔からやんちゃだった俺もあそこまでの折檻を受けたのはあの日が初めてであり、それが最後の折檻だった。あれを体験してしまえば、また怒られようなどとは微塵も思わなくなる素晴らしい矯正だったよ。
「しかし、今更だが本当にいいのかシュペー君」
「……カタリナさん、さっきの俺の話聞いてました?」
「それは聞いていたさ。だが君は、その、余り強くはないだろう。あの時、私が助けに入らなければ間違いなく死んでいただろう」
その声色に、ちょっとムッとする。俺を傷つけまいと言葉を選ぼうとして、結局良い言葉が見つからずに直球で伝えて。弱いと正面から言われて何も思わない程大人ではない。
けれどそれは事実だった。だから、言いたいことをグッと堪えてぶっきらぼうに返す。
「これから強くなります。もうあんな思いはこりごりですから」
「だからと言って追われる身である私達に着いてこなくとも……」
「今しか、ないと思いました。それに、カタリナさんがいますから」
「うぇ!? シュペーってばカタリナが好きなんですか?」
がくん、と飛行艇が揺れた。突然の衝撃に後部座席の三人と一匹は揃って身体のどこかを飛行艇にぶつけて悲鳴をあげる。
「ちょっとシュペー!」
「俺は悪くねぇ! どうして女の子はすぐにそっちへ話をもっていくんだ!」
「……んん! で、シュペー君、どうして私が出てくるんだ?」
「あの時カタリナさんに助けられて、その、師匠はここにいたんだって」
「は?」
「剣を教わるならばこの人が良いって思ったんです!」
「はぁ……?」
これは本音である。自分を救ったあの場面は、心に間違いなく響いた。武器の弾かれる甲高い音、地面をしっかり踏みしめる力ある音、足が空気を切裂く細い音、敵兵にその足がめり込んだ鈍い音。
顔は見えないが、カタリナさんが惚けているのがよくわかる。ルリアも理解しようとして出来ていない奇妙な顔をしていた。
「グランも行くなら尚更俺も行かなきゃってなりましたし、まあちょっと境遇がアレですけど、それは些細な問題ですよ」
「さ、些細……?」
「なあグラン、まあ俺一人だと危ないけど俺とお前なら帝国兵が十人同時に来たって負けねぇよな」
「流石に十人は無理かな」
この野郎。
「十人は無理だけど、五人までならなんとかなるかなぁ」
「大体はグランにお任せで、俺はサポートなんだけどな」
「攻撃はからきしだけど、守るだけならそこそこ良い線もってるよね」
「あんだけお前から打ちこまれたらそらあなー……」
そんなに強くもない俺が帝国兵相手に善戦出来た理由がそれであり、勝てなかった理由だった。いくら防御が上手くとも、防戦一方では攻撃が出来ないのだから勝てる道理もなく。先に来たのが俺の集中力切れだった。
「とまあ、今俺に必要なのは攻撃力! そして目の前には一目でわかる剣の扱いが上手い人! となればもうこれは運命かなと」
「わー……」
「私は他人に教えられるような剣術は」
「なら戦ってる時に勝手に学びます。どちらにせよもう空には出てしまったんですから話すだけ無駄ですよ」
「……わかった、もう何も言うまい。ただ、無茶をしてはいけないぞ」
「わかってますよ」
ちゃんとした理由が合って、諸々の危険を承知で着いてきた。
今日からグランに着いていく俺の旅が始まるのだ。それがどうなるのかは、知らないけれど。
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本当に懐かしい記憶。あの時期待を膨らませて同行した俺が次の島で早速死にかけたのも今は笑い話だ。
ポート・プリーズ、バルツ、アウギュステ、行く島行く島で立て続けに大怪我を負った俺はカタリナさんとラカムにしこたま怒られて、ルーマシーでは敢え無く留守番兼船の御守となったのである。グランにすら「今回は流石に……」と気まずそうに言われれば、反論する気も失せるというもの。
「まあ、一緒に行くって決めた理由はそれだけじゃないけどな」
年上への憧れ、とでも言うのだろうか。俺を守ってくれたのその背中に、強い憧れを持った。
この人に少しでも近づきたい。
この人へ少しでも力になりたい。
そんな思いを抱いて、しかしすぐに島を出ると言ったその人に、グランが行くのなら俺もと半分の動機だけを言った。
部屋の一角、折れた武器を見れば、誰もが口を揃えてガラクタだと言うだろう。それは俺も否定しない。
だが、あの剣に籠められた意味を自身だけが知っている。
始まりの証、何か悩んだ時はあれを見て物思いに耽り、挫けそうな時は手に取って旅立った時の感情を蘇らせた。
今、その憧れはまた別の感情に変わっている。
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