「俺、シグナム先生と結婚する!」 (Vitaかわいきつら)
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プロローグ

作者に剣道知識はありません。間違っていたら申し訳ない……。
ちなみにヒロインをシグナムだけにするかフェイトとヴィヴィオ(変身)を入れるかは未定です。
どうぞ、見ていってください。


剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である。

 

 

『剣道を正しく学び

心身を錬磨して 旺盛なる気力を養い

剣道の特性を通じて

礼節をとうとび 信義を重んじ

誠を尽くして 常に自己の修養に努め

以って 国家社会を愛して

広く人類の平和繁栄に 寄与せんとするものである』

剣道修練の心構えとして、以上を全日本剣道連盟が制定している。

 

 

すなわち剣道とは競うものではなく、常に己を精神、身体、人格を養うために存在する。

 

 

これから語る1人の少年は、その理念を確かに持っていた。

彼は強き心、強き体、そして強き力を求める。

だがそれは手段であり目的ではなかった。

彼の目的を語るためにまずは彼の剣の道、その始まりから話すことにしよう。

 

 

裕福な家庭に1人の子供が生まれた。

 

これから語る少年、その人である。

 

両親は「健やかであれ」「鋭き剣のような男であれ」と

 

「健」

 

と名付ける。

 

健は至って平凡な子供であった。

歩き始めたのも話し始めたのも早かったということない。平均程度だ。

両親は言葉を話したり文字を理解する我が子を「この子は天才だ」と思うことがしばしばあったが、健が平凡であることに変わりはない。

 

ただし、彼にも非凡なところがあった。未就学児である時には分からないことだったが。

 

1つが容姿。

 

有名大学を卒業し一流企業へと就職した父親には多くの女性が求愛した。

父親は性格より外見を重視する人物だったらしく、「可愛いから」と今の母親と婚約。

母親の遺伝を強く受け継いだ健は、整った顔立ちで異性から中々人気者になる。

それは中学卒業後の話。

 

 

 

 

もう1つは、健が小学3年生の秋から冬にかけての間。

1人の女性との出会いが、健の内なる「才能」を咲かせることになる。

 

 

父親は健が小学生になると同時に剣道を始めることを勧めた。

近所に剣道教室があり、そこの師範と父親が旧知の仲であったことが関係している。

 

健にとって剣道はまたとない娯楽になった。

この年頃の男児にとって長くて堅い棒状のものを振り回すことは得体の知れない快楽を生み出すものだ。決していやらしい意味ではなく。

 

しかし剣道を辞めようと考えていたこともある。

 

同級生のほとんどが違うスポーツに夢中になり始めたからだ。

野球、ドッジボール、キックベース、その他にもたくさん。

中でも人気があったのは、サッカー。

駅前の喫茶店のオーナーが監督を勤めるサッカーチームが小学校の近くにあり、同級生の幾人かはそこに所属した。

健はサッカーに興味がなかったが、同級生の話す「時々監督がケーキや食事をご馳走してくれる」という話に惹かれる。

監督の娘とその友人が凄く可愛い、という話もあったが健には食べ物の話題しか頭に入らなかった。

まだまだ色気より食い気、花より団子である。

 

その健を「団子より花」に至らしめる人物こそが、彼の才能の開花させる女性である。

出会いは意外にも早く健が小学3年生、秋。

 

 

夏が終わり、まだ暑さの残る剣道場で竹刀を振っていたときのこと。

1人の女性が剣道場に入ってきた。

 

女性は美しかった。

おそらく欧米人であろう。ストロベリーブロンドの長い髪を後頭部でまとめ、身長のわりに小さい顔。

反対に目は大きく、その瞳からは強い意志を感じるほど。

もっとも、健や他の門下生達はただ「綺麗な人」という評価をしたに過ぎないが。

 

女性は一言、見学してもかまわないかと言った。

師範は流暢に日本語を話す外国人であろう女性を不審に思ったものの、おそらく日本文化に興味を持ってここに来たのだろうと考え、許可した。

女性は礼を言い、道場の隅へ向かい立ったまま見学する。

正座はしないであろうと思っていたが座ることすらしないと多少驚かせたものの、子供達に鍛練を再開するように促した。

 

子供達は女性に意識がいってしまいまともに練習することが出来ず、師範に激を飛ばされる。

それでも変わる事無く、仕方なく休憩をとることに。

師範が休憩、と言えばたちまち女性の周りは子供達で覆られ、そして質問責め。

 

女性は「シグナム」と名乗った。

それが姓であるのか名であるのか、外国の文化に疎い師範には判断が付けられなかったが、子供達にはそんなことはどうでもよい。

ある程度成熟した者は「シグナムさん」、そうでない者は「おねえさん」と女性を呼ぶ。

飛び交う質問にシグナムは困惑するものの、子供達のこの質問だけは素早く答えた。

 

「どうしてここ、剣術道場にきたのか」。

 

 

目的を早い段階で知ってもらう為か、別の思惑があったのか。あるいは思惑などなかったのか。

それは分からないが、とにかくこう答えた。

 

「こちらの剣がどういうものなのか興味があった」と。

 

 

子供達気が付かなかったが、師範だけは言葉の背景を感付くことが出来た。

 

こちらの、と言った。

すなわち女性は故郷で剣術を嗜む、あるいは良く知っているのだろう。

女性の出身国が分からない以上、何の剣術なのか予想することは難しかったものの、なるほど、確かに女性からは立ち振舞い方から「武人」を感じさせる。

 

"この女性は剣術、あるいは武術を嗜んでいる"

 

そう結論付けた師範は提案する。良ければ一緒に稽古をしてみないか、と。

 

シグナムは快諾し、道場内の体型に見合った防具を、子供達が教えながら身に付ける。

防具を付け竹刀を握ったシグナムはそれだけで立派な剣道家に見えるほど、えもいわれぬ空気を纏っていた。

 

 

稽古が再開される。

シグナムは剣道の基本的なルール、「面打ち」等を子供達から教わる。

健はその中で「胴打ち」を教えた。

 

剣道は、ただ竹刀を相手に当てればいいというわけではない。

頭部、腕部、胴体部、それぞれに付けた防具に竹刀の「有効打突部」で打突しなければならない。

 

「有効打突部」とは、平たく言えば刀における刃の切っ先である。

竹刀には弦が張っており、弦側が刀の峰にあたる。

つまり、弦の反対側。

これを有効部位に打突し、残心――――打突後の油断ない身構えと心構えのこと――――を残すことで始めて有効な1打になる。

 

健が教えた「胴打ち」とは胴体部の防具、「胴」に有効打を入れることである。

「胴打ち」は通常相手の右胴部を払う。

手の握りから左胴部に当てる方が良いように思えるが

、一説によると武士が左側に帯刀していたからであり……と、今は割愛。

 

左胴部に当てるものは「逆胴」と呼ばれる。

健はシグナムにそれを教えることはなかった。

そもそも、知らなかった。

胴打ちというものは常に相手の右側を狙うものである、と思っていた。

 

健がその存在を知るのは、奇しくも自分が胴打ちを教えたシグナムからであった。

 

シグナムは胴打ち同様、面打ち――頭部の防具、面を打つこと――と、小手打ち――腕部の防具、小手を打つこと――を子供達から教わった。

ひとしきり教わった後、シグナムは師範にむかい、こう言った。

 

あなたの実力がみたい、と。

 

師範は快諾するが、すぐに後悔することになる。

 

師範はいくらか大人の面打ちや胴打ちを見てみたいのだろうと考えていたが、どうやらそうではないらしい。

 

実戦の中での動きを見たいと言うのだ。

 

これには少しばかり困惑した。

実力が拮抗するもの同士の模擬試合、互角稽古を見せるにも相手がいない。

 

 

師範は強い。

すでに階級にして6段をもち、全日本大会で入賞したこともあるほど。

県大会ベスト8の実力をもつ現役高校生もこの道場に通っているが、それでも実力差は有り、そもそも今日この場にいるのは小学生以下だ。

そう伝えればシグナムは

 

「ならば私と戦ってほしい」

 

と言う。

師範は断ったが子供達に囃し立てられ、あれよあれよという間に試合をすることが決まってしまった。

 

いくら武術の経験がある者でも、今日初めて竹刀を握ったであろう女性を竹刀で叩くのは抵抗がある。

師範は後悔した。

 

どうしてこうなった、と。

 

 

 

2人は道場中央で対立する。

 

こうなってしまっては仕方がない、と師範はわり切る。

 

抵抗はあるが剣道がどれ程のものなのか知ってもらおう。

その為に本気とはいかないまでも近い力で竹刀を振る。

そう決めた。

 

 

師範は竹刀を中段に構える。シグナムも同じく、構える。

 

対立して、師範は思う。

 

このシグナムという女性――強い。

 

構えからは隙が感じられなかった。

これほどのものは久しく見ていない。

どんな武術を身に付けてきたのかは分からないが、その道でもトップクラスの実力なのだろうと思う。

先ほどまでの考えを改める。全力でやろうと。

 

 

子供の1人に開始の合図を出させる。

同時に竹刀を振り上げ、踏み込み、面に目がけて振り下ろす。

 

優れた剣道家の竹刀を振るスピードは、常軌を逸する。

 

竹刀は物によるが120センチメートル近い長さ、450グラム程である。それを羽を振るうかのようになるために竹刀を振り続けた剣道家達。

 

彼らの竹刀を振り上げ、面を打ち込む迄にかかる時間は、僅か0.15秒。

 

トップにもなれば0.1秒だ。

 

 

師範の剣速も、超一流達のものと遜色ない。

 

それを放った。

 

だがシグナムは

 

それを受けとめてみせた。

 

 

 

 

子供達から歓声があがる。

シグナムのような美しい女性が、師範の一撃を止めた。

全国レベルの試合を生で見たことのない子供達は師範が一番強いと思っていた。

それを、止めた。

それだけでワクワクするものだ。

次第に子供達はシグナムに応援を送る。

頑張れシグナムさん、お姉さん、と。

 

 

そんな中、健だけは「とある一点」だけを見つめていた。

 

 

 

 

師範は打ち込み続ける。小手、面、胴。

基本的なものはやってみたものの、全て止められた。

 

シグナムが打ち込んでくることはなかった。

こちらの技術を出来るだけ多く見たいのだろう、と師範は考える。

 

ならば、と構えを変える。

 

先ほどまで本気ではあったものの、それがベストパフォーマンスだったわけではない。

 

竹刀を振り上げたまま、固定。

 

 

上段の構え。

 

 

天の構えとも、火の構えとも呼ばれている。

攻撃に特化した構えであり、師範がもっとも好むものである。

 

格上の相手を相手にするには向いていないとされるが、師範は自身がシグナムに劣っているとは思っていない。

 

故の、上段だった。

 

 

行きます、と声をかける。

 

シン、と道場内が静まる。子供達も、それを見守っていた。師範を、シグナムを。

 

そして、健は――。

 

 

 

 

 

 

師範は竹刀を振る。

 

それは風の如く。

あるいは、火の如く。

 

目で追うのも難しい程の速度。相手を蹂躙するはずの姿は、まさに烈火。

 

 

相手を倒すために振られたその刀は。

 

シグナムの刀に当たることすらなく、空を切った。

 

 

師範はシグナムが“ブレて”見えた。

そして、今までそこにいたのは幻だったのか、とすら思う。それほどのスピードで躱された。

 

 

シグナムは師範の刀を僅かにかがんで、右側に避けた。

 

本来であればシグナムはそれを受けとめる気でいた。

だが出来なかった。体が勝手に動いたのだ。

 

師範の刀は、それほどの勢いであった。

天晴れ、と心の中で師範を称える。

 

そして師範のがら空きになった“左胴部”に竹刀を打ち込む。

 

 

――鮮やかな「逆胴」。

 

そして残心。

 

 

師範とシグナムの試合は、そこで終わった。

 

 

ワッと声をあげ、子供達はシグナムのそばに走り寄る。凄い、凄い、と皆が繰り返し、面を取ったシグナムを少し照れさせた。

 

子供達はシグナムの逆胴に心を奪われていた。

師範とシグナムの戦いは、子供達の胸に深く刻まれる。

力も、技術も。

 

その全てが魅力的に見えた。

 

 

 

 

 

しかし健は、健だけは。

 

 

逆胴は確かに凄いと思った。だがそれより健が集中して見ていた部分。

師範の上段でも、シグナムの逆胴でもなく。

 

健は見てしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シグナムの胸が、大きく弾むのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何のことはない。

 

健の非凡な「才」とは。

 

 

 

大きなおっぱいが好きなだけ。ただそれだけのこと。

 




✕ 才能
◯ 性癖

感想、コメント等よろしくお願いします。


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プロローグ2

感想、コメントありがとうございました。
意外すぎるほど好評で驚きました。
期待に応えようと張り切ったら微妙な作りに。何故だ。


シグナムはたちまち道場内の人気者になった。

 

初日に居なかった中学生以上の門下生もひとたびシグナムの剣技を見れば夢中になる。

 

それほどにシグナムは強く。

 

そして、美しかった。

 

 

師範はすっかり慕われなく――ということはない。

 

単純に、シグナムは指導が上手くなかった。いや、指導のレベルが高すぎるために、合わなかったのだ。

シグナムが教えるのは言わば実戦方式。竹刀の振り方、足の運び方、そういうものを教えるのではなく。

 

「どうすれば竹刀を当てられるのか」

 

これを重点的に教えていた。隙の見つけ方、体勢の崩し方、また自らの隙を偽装し誘い込む、なんてものも教えていた。

まだまともに竹刀を振れない門下生にはハードルが高すぎた。

 

 

そこで師範は上級技術をシグナムにまかせ、自分は基礎を徹底的に教え込む、という形式をとる。

「基礎をしっかり身に付ける」ではなく、基礎も応用も、どちらも取った。

 

これにより、当時17歳だった門下生の少年は全国の頂点をとることになるが……今は語る必要はないだろう。

 

基礎も応用もと言ったが、全員が全員、5対5の割合で学ぶわけではない。

基礎に長けるもの、そうでないもの。

 

小学生のほとんどは基礎を9割以上だった。

 

1割はシグナムとの実戦で力試し。その程度だ。その僅かな時間の為に、子供達は自分の技を磨き続ける。そしてシグナムに少しでも暇があらば稽古を申し込む。

 

シグナムは、この道場の発展になくてはならない存在だった。

 

 

 

 

 

子供達がシグナムに指導を受けよう、試合をしようと持ちかける中、健はというと。

 

先日の一件以来、シグナムの胸に魅了されてしまった健はもちろん率先して頼みに行く。

 

 

そのはずだった。

 

 

実際、一度は自ら指導を受けに行った。

だがそこでまた、気付く。

 

「外から見た方が集中して見れる」

 

ということに。

 

以来、健はシグナムの動きに注目した。もちろん凝視するのは、胸。

 

健が好きだったのは竹刀を振り抜いたときの、大きな揺れ。

そのために胸だけを見るのではなく、シグナムが一撃を放つその瞬間を意識し「最高の感動」を得られるように視線を動かす。

このようなことを繰り返していた。もちろん、毎回視線の移動が成功するわけではなく、振り抜き終わった姿を見ていることが多かった。

 

右側から、左側から。

見る方向を意識して変えることもしていた。

シグナムは逆胴を使うことが多かった。初日の一件で子供達に使うよう懇願されていた為に。

右側から見る揺れと、左側から見る揺れでは別物のように健には感じられた。その為、意識して、視点を変えた。

前後から見ることがなかったのは、単純に胸が見えない為。

 

奇しくもこの涙ぐましい努力の結果は、健を一流へと成長させる。

 

 

 

 

 

 

 

シグナムは門下生の女児に非常に懐かれた。

全体の稽古の時間が終われば遊びに行こうと誘われない日は無かった。

シグナムは快諾する事はなく、女児達は寂しそうな表情で去っていく。コレが日課だった。

理由を聞けば、大事な人が待っているからと答える。

おマセな子供が「彼氏か」と聞けば、そうではないと。

「家族か」と聞けば、数瞬止め、わずかに頬を朱色に染め、あぁ、と頷いた。

 

それを聞いて結婚しているのだと思った者が大半だったが、お相手が自分達と同い年くらいの少女だと言うので黄色い歓声があがることはなかった。

 

ある日、ついに女児達の誘いにシグナムは頷いた。

なんでもその少女に促されたとか。

手を引っ張られ道場外へ連れて行かれるシグナムに、師範から待ったの声。

 

師範はシグナムに封筒を渡した。

勧められるがままに中を見て見ればお金が入っていた。

一万円札が、10枚。

 

師範はお給料です、と優しく微笑む。

シグナムは受け取れないと返そうとしたが、彼女がそうするのを予測していたのだろう。「だったらそれで子供達に美味しいものでも食べさせてあげてください」と素早く返した。

これに反応したのはシグナムではなく、周りの子供達。

ワッと道場内が声で満たされる。嬉しさのあまり飛び跳ねる者や、転がる者もいた。

流石の健も、この時ばかりはとある一点を凝視することなく、道場を走り回った。

 

 

 

20人近い子供達にお高いアイスクリームを食べさせ、それで一万円札は2枚減り、代わりに千円札が何枚か。

子供達はお礼を言い解散し、シグナムもそこで帰路につく。

お土産用の、アイスクリームを持って。

 

 

 

次の日稽古が終わる時間近くになった時に、見慣れぬ赤毛の少女が現れたのも、ここに記しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤毛の少女が道場に訪れる3回目の時、健は自らの行動の難易度を上げる。

「どうしたらあの胸に触れられるか」と。

触らせてもらえるよう頼み込む……却下。背後から気付かれないよう腕を伸ばす……却下。

 

既に何人もが試し、敗れている。

 

ならば。

 

 

「シグナム先生!」

 

突然道場内に響き渡る健の声に、シグナムだけでなくそこにいる全員が健に視線を向ける。

 

ちなみに門下生達はほとんどが彼女をシグナム先生と呼ぶようになっている。

 

健はシグナムがこちらに意識を移したことを確認し、深く呼吸を吐き、スッと腹に空気を送り、そして言い放つ。

 

 

「先生に剣道で勝ったら、俺と結婚して!」

 

 

道場内は、割れんばかりの声で満たされた。

 

 

 

 

 

健が考えたのは単純明快。結婚すれば胸を触らせてもらえる、そう結論を出しただけ。

 

一方、シグナムは困惑した。

 

このシグナムという女性、恐ろしいほどの美貌を持ちながら、健のように真っ直ぐな好意(実際は不純そのものだが)には今回初めて触れる。

健が自分を注視していることには気が付いていた。だがそれは自分の剣技を、だと思っていた。竹刀を振るその一瞬、視線が強くなるのを感じていたからだ。

 

だから、困惑した。

 

鳴り止まぬ歓声の中、しかしシグナムは健の言葉を冷静に考える。

 

彼は、自分に勝負を挑んでいる。

 

それだけで自分が受けるには十分過ぎる理由だ。

結論が出ればあとは早い。

 

「勝てるのなら、な」

 

その言葉に当人達以外は興奮をさらに高めた。すぐに試合会場が作りあげられ、あっという間に健とシグナムが対立する。

師範は巻き込まれ、審判になっている。

 

健を応援するもの、シグナムを応援するもの、だいたい半々程度が声援を送る。

その中師範が始まりの合図を出す。

 

しかし、1秒後にはシグナムの竹刀は健の面に打ち込まれていた。

 

健の記念すべき1敗目であった。

 

 

 

この日より健は本気で剣道に取り組む。

夜空に浮かぶ月のように、遥か遠くのものを手に入れるために。

 

 

健はそれから3度シグナムに勝負をけしかけた。結果は言うまでもないが、ここで異変が起きた。

 

 

シグナムは、全く道場に現れなくなった。10月の終わり、冬の始まりのころ。

 

 

門下生は見るからに落ち込んでいき竹刀を振る腕にも力が入っていない。

師範はそれを見て叱ろうと思うも、出来ないでいた。

共に過ごした時間は僅かだったが、門下生達はシグナムにすっかり惚れ込んでいたから。

 

 

しかし健だけは違った。

 

彼は懸命に竹刀を振り続ける。必ずもう一度会い、そして勝つ。そう決めたから。

 

一番惚れ込んでいたのは健だし、全員そう思っていた。

 

一番悲しいのは健だろう。

その健が落ち込むことなく錬磨する、その姿に周りの人は彼に対する評価を上げた。

 

一人、また一人と立ち上がった。

 

 

 

11月の終盤頃、健は何者かに襲われる。

浅黒い肌に、蒼銀の髪。

魔力がどうとか宣い、「てぉあ!」の一撃のもと、健は昏倒させられる。

 

当時の健には思い出すだけで震え上がるほどの恐怖だったが、大人になって思い返せばこう思う。

 

あの歳になって、アレはない、と。

 

 

 

 

 

 

シグナムが再び道場に顔を見せたのは3月も半ばにさしかかった頃のこと。

姿を消していた理由を尋ねても誤魔化されてしまったが、彼らには理由などどうでも良かった。

シグナムがまた来てくれた。

ただそれだけで良かった。

 

 

健は再びシグナムに挑み、5敗目を記する。

 

 

 

シグナムは道場に訪れる回数が減ったものの、時々彼女の家族を連れてやってきてくれた。

そのたびに健は挑み、敗れる。

 

中学校の最高学年にもなれば県の有力選手にもなっていたが、彼の刃は一度も届くことはなく。

黒星は40を越える。

 

 

とある高校に進学が決まった頃。

シグナムは突然別れを告げ、道場に訪れることはなくなった。

突然すぎる別れ。

健は当然悲しんだし、泣き叫んだ。

 

それでも、竹刀を振った。

 

いつか月に手が届くと信じて。

 

 

別れを告げられたその日は、血豆を見られて母親に止められるまで続いた。

 

 

高校は剣道の名門校ではなく、近場の弱小とも言えた所に進学した。

健にとって自分の師は、道場の師範とシグナムだけだと思っていたから。

もちろんそこの顧問の提示する練習はこなしていた。

その後、自らの師の教え通りに稽古。練習量だけで言っても人の2倍も3倍もこなす。

そんな健が強くならないはずがなかった。

高校2年時にはインターハイ個人の部で優勝。「現高校生最強」の位置までたどり着く。

 

 

だが健にとっては地位や名誉などどうでも良かった。

 

ただシグナムに勝ちたい。それだけ。

 

この時健はどうしてシグナムと結婚したかったのか、好きになったのか、その理由をすっかり忘れていた。

自分はあの強く美しい、凛とした姿に惚れたのだと、そう錯覚していた。特に自身の心に残っているのは、逆胴を放つその姿。

 

高校生活の半分はこの逆胴を追い求め、竹刀を振るう。

 

月には、まだ手が届かない。

 

 

 

 

高校卒業後はこれまた近くの大学に進学する。

 

 

私立聖祥大学。

 

 

ここで健に大きな転機が訪れる。

2人の女性との出会い。それが人生を変えることとなる。

 

 

女性達の名は、アリサ・バニングスと月村すずか。

 

シグナムの持ついくつかの「秘密」を知る者であった。

 

 

 

 

健は今日も竹刀を振るう。

 

月には、まだ手が届かない。




やたらと月、月と強調したのはアレとアレがやりたいからです。
皆さん恐らくわかっていらっしゃると思いますが、言わないでね。 いいか、絶対言うなよ! わかったな!

魔力もちにしたものの、魔力無しの短編ものにしたほうが綺麗にまとまった気がします。でもそうさせなかったのはきっとヴィヴィオのせい。


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第1話

今回もだめな仕上がりでした。
だっておっぱいのこと全然でてこないし。
本格的におっぱい戦士になるのは魔法にまきこまれてからです。

第1話です。どうぞ。物語上、別に読まなくてもいいかもしれない。


「な、頼むよ健! 一生のお願い!」

 

「一生のお願いって、もう10回は聞いたぞ……お前何回生まれかわるんだよ……」

 

大学の食堂内で会話する2人の青年。

1人は健。ここ聖祥大学に入学して2週間が経ち、慌ただしかった生活もやや落ちつけ、のんびりとカレーライスを食べていたところだ。

もう1人の頼み事をしている方は、健の10年来の友人である「相模 彰(サガミ アキラ)」。

ちなみに彼の健に対する「一生のお願い」はコレで16回目である。

 

「頼むよー。もう人数揃ったって言っちゃったし引き下がれないんだよー。健しか頼れる奴がいないんだよー」

 

「イヤだ」

 

彰の頼み事というのは、合コン。

俗語ではあるものの、どういうものであるのか知っている人は少なくないだろう。

知らない人は、男女が集まってワイワイと騒ぐものであると考えてくれれば良い。

一般的には友人同士の男性グループが、初対面のこれまた友人同士の女性グループと交流を深め、友人や恋人を作ることを目的としているものが多い。

早い話、恋人作りの場だ。

 

健には心に決めた女性がいる。

合コンに行ったとしても彼にとっては意味がないし、そもそも興味がない。

故に断っているのだが。

 

「そう言うなよ。相手はあのバニングスさんと月村さんだぜ? 男だったら食い付くってもんだろ」

 

バニングスに月村。

彼女達はおそらくこの大学で一番の有名人だ。

10人が10人、健康な男であるならば思わず道端で振り返ってしまうほどの美貌をもつ。

芸能人であってもおかしくない……いや、芸能人の中でもトップクラスに入るであろう。

それほどの容姿でありながら彼氏は(おそらくだが)いたことがないというのだから驚きだ。

そんな彼女達と恋仲になれるかもしれぬチャンスがあるならば、なるほど、食い付かない男は特殊性癖か何かの持ち主だろう。

 

憧れの女性、シグナム以外には興味を持たない健ですら彼女達については知っている。

知ったのは、彰の口からであったが。

 

 

手を合わせ頭を下げる彰に対し、健は問う。

 

「だいたい、秋本はどうしたんだよ。別れたのか?」

 

「え、ちーちゃんのこと? 別れてないよ、なんで?」

 

頭を抱える健。

秋本というのは、「秋本 千里」。彰の恋人で、かれこれ3年は付き合っている。

恋人がいるはずなのに合コンへ行く。その行動は健には理解が出来なかった。

 

大学生というのは、そういうものだろうか?

 

「……とにかく、俺は行かないからな」

 

「えー! お願いだよー! けーん! けーんちゃーん!」

 

手をバタバタさせる彰。

来年には成人する男が駄々を捏ねるかのような姿は、正直見ていて気持ちの良いものではない。

健が彰のこの姿を見るのは、実に16回目。

そのためこうなった彰が折れることはないのも知っている。

ふぅ、と肺の中の空気を全て出し尽くす。

 

「……今回だけだからな」

 

健が彰の一生のお願いとやらを「今回だけ」と了承するのも、実に16回に及ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「アリサ・バニングスよ」

 

「月村すずかです。よろしくね」

 

「進藤 健です」

 

 

3日後。

駅前の居酒屋に集まった5人の男女。

うち2人は男性で、健と彰。進藤というのは健の姓である。

 

3人の女性はバニングスと月村。

 

そしてもう1人は。

 

「秋本千里です! ちーちゃんって呼んでね!」

 

彰の恋人である秋本千里。

 

集合場所に彰と秋本が鉢合わせた時、健はどう誤魔化そうか考えたものだったが、秋本は今回のことを知っているようだった。

健の心配は杞憂に終わった。

 

 

健は知らないが実は今回の一件、全て健のために企画されている。

 

どこか遠くへ旅立ち音沙汰もないシグナムを追い求める健を心配したのだ。このまま一生を会えない人の為に費やすのではないか、と。

 

大きなお世話になるかと思ったものの、親友にもっと広い世界を見て欲しかった。

 

彰はシグナムに会っている。彰もかつて同じ道場に通っていたから。

その彰が、バニングスと月村、この2人はシグナムに負けず劣らずの容姿を持っていると知り。

2人ならば健の気を引けるのではと考えた。

 

もっとも、この2人にしても健にとっては高嶺の花である。健とどちらか一方が恋人になれるとは彰は微塵も思っていない。

だがそれでいい。重要なのは健がシグナム以外の、他の女性に目を向けること。

一回でも他の女性に惚れたら後は二回、三回と続くと、そう考えた。

 

 

そしてバニングス、月村に頼み込んだ。

幸い、秋本と2人は友人であり紹介しともらって話まで持ち込むのは簡単だった。

単に「合コンして欲しい」と頼んだのが失敗だったのか、交渉は上手くいかなかった。

バニングス達は秋本から事情を聞いているのだが、出来れば本心を話して欲しかったために断っていた。

 

結局、彰の口から本心が語られることはなく、彰が地面に頭を擦りつけたことで2人は折れる形で了承。

 

「合コンしてください!」と土下座する姿は端から見れば滑稽だったものの、バニングス達はこっそり彰に対する評価を上げた。

 

ただし同時に苦手意識も埋め込まれる。

いくらなんでも人の目が多数あるところで土下座は勘弁願いたかった。

 

 

視点は再び店内。

 

居酒屋というものに初めて来たのであろう、バニングス、月村は珍しげにメニューや店内を眺めている。

 

そんな2人を見つめる健。

確かに2人は綺麗だ。今までモデルやアイドルをテレビで見ていても「綺麗だ」なんて思ったことがなかった。シグナム以来、初めての感情。

 

だが、それでも――。

 

 

「どうだ、健。シグナムさんと比べて」

 

横から小さな声で話しかける彰。口の両端がやや釣り上がっているように見える。

 

「……それが目的かよ」

 

「なにがー?」

 

健は彰の目的をだいたい理解する。鳴らない口笛を吹く姿は、YESと言っているようなものだ。

 

「言っただろ。シグナム先生以外に興味なんて湧かないって」

 

そもそも健が惚れたのは容姿ではなく、竹刀を振る姿だ。

強く、美しい剣技。それに惹かれたのだと。

健の中では『そういうことになっている』。

 

だから誰を目の前にしても心を奪われることはない。

きっと、彼女は世界一だったから。そう思う。

 

 

「でも」

 

と、健は続ける。今回の機会も無駄足に終わるだろう。それでも。

 

「……ありがとな。気、遣ってもらって……」

 

友人の心遣いは、有難いと思う。

 

彰は少し目を開き、驚く。

そしてフッと笑い。

 

「『ありがとな』……じゃねぇよ! お前のおかげで俺までホモ疑惑かけられてんだよ! いい加減にしろ!」

 

「え、ちょ」

 

本気で怒鳴られた。

 

健は女性から人気のあるものの未だに恋人がいたことがないというのは周知であり、同性愛者ではないかと疑惑をかけられている。

 

「ちょっと、声が大きいわよ!」

 

「そうだよ、相模くんも進藤くんも落ち着いて、ね?」

 

「そうそう。だいたい彰くんにはこの私という彼女がいるじゃん」

 

今健と彰を止めた女性達、バニングスと月村も健同様に同性愛者疑惑がかけられている。

ある意味、お似合いの5人組であった。

 

 

ちなみに、彰の言葉は照れ隠しであったりする。

 

 

 

 

 

落ち着きを取り戻し、飲み物、食べ物を注文する。

全員、ノンアルコールビールを頼んだ。

未成年者の飲酒、喫煙は法律で禁止されている。

 

 

先ほどの騒動もあってか打ち解けたように見える5人。

大学での話等で盛り上がっているものの、彰の思惑とは違うようだ。

 

ならば、と話題を変える。

剣道の話をして、健が実力者であることなど。

健がその道で相当な実力者であることはバニングス達も知っている。

甘いルックスに武道の有段者。マスメディアが取り上げたことも幾度もあり、海外の日本好きな人向けの番組にインタビューされていることも。

入学する前の段階でそういう人物が同じ大学に通うと知っていた。

別段興味はもたなかったが。

 

 

 

「それで健の強さの秘密ってのがあるんですよ」

 

健が大会で優勝したとか、そういうことにはバニングス達は微塵も興味は抱かなかったが、次の言葉が少し引っ掛かる。

 

「こいつ、とある女性に『剣道で勝ったら結婚して』なんて約束を取り付けましてね。それをまだ追ってるからここまできたんです。どうです、面白い奴でしょ?」

バニングス、月村はお互いの顔を見合っている。

彰はその様子を見て「引かれてしまったか?」と内心焦る。健にとっては今日知り合った女性に嫌われようと問題のないことだ。

 

バニングス達が戸惑っているのは、似たような話をどこかで聞いたことがあるからだ。

彼女達の親友、「八神 はやて」から。

 

「あの……『とある女性』って……」

 

おずおずと月村が口を開く。その後の言葉は、健の心を大きく揺さ振った。

 

 

 

「『シグナム』って、名前じゃない?」

 

 

 

 

 

以降健、バニングス、月村は友人となる。

主に話題は健の憧れの女性と、その周りの人物。

 

このことが健の運命を変える。

わずか1ヶ月にも満たない未来のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は日本から遠く離れた、ミッドチルダ。

 

日本から確かに遠い場所ではあるが、あまり適切な表現ではない。

 

「地球から遠く離れた」が良いであろう。

 

 

 

 

――この世界には『魔法』が存在する。

 

地球に住んでいる以上、魔法と聞けば空想の中、あるいは歴史上の事件の「魔女狩り」でのことであるとしか思わず、現実に存在するとは考えないだろう。

一部思春期な学生を除いて。

 

だがこの世には確かに魔法は存在する。

 

事実、地球に住む小さな少女が魔法の事件に巻き込まれて運命を変えている。それも、1人だけではない。

 

1人は「高町 なのは」。

 

ごく普通の喫茶店(とは言えないかもしれないが)の娘として生まれ育った少女。

本来であればその喫茶店を継ぐはずであった。

 

彼女が小学3年の時、後に「ジュエルシード事件」あるいは「プレシア・テスタロッサ事件」と呼ばれるものに巻き込まれ、そこで一生涯の友情を得た。

 

 

事件の詳細は割愛するが、結果として19歳になった今、魔法世界で生きることを選び、懸命に過ごしている。

 

 

 

そしてもう1人は。

 

 

 

「……うん。そんでな、またすずかちゃん家のお庭使わせてもらいたいんやけど……ほんま? ありがとう」

 

部屋に響く1人の女性の声。

一見、特に驚くべき箇所はない部屋だが、注目すべきは女性の目の前にある、モニター。通常、モニターというものは電気で動くものだが、電線は見当たらない。

それどころか、宙に浮いている。

 

これは魔法世界の製作物であるが、どちらかと言えば超科学に近いものだ。

魔法、科学どちらにも特化した世界。それがミッドチルダである。

 

モニターには地球に住む女性、健が友人関係を築いたばかりの、月村すずかが映っている。

 

女性と月村すずかは親友である。

 

女性の名は、八神はやて。

 

かつて天涯孤独の身でありながら、魔法世界の遺産により家族を得た、地球出身の少女。

 

 

 

 

少し会話をしたあと、月村は八神にとあるお願いをする。

 

八神の家族のうちの1人に、会わせたい人がいる、と。

 

会わせたい人というのは、健のことだ。

 

今回、八神が地球へ帰るのは仕事のためだ。もちろん、魔法関連。

そのため八神達の事情を知らない現地人との接触は避けたいところだが……。

 

「……うん、わかった。あんまり長い時間はあかんけど……うん、うん、わかった」

 

ある考えのために、了承する。

それは彼女の家族の為だけではなく、彼女の率いる部隊全体の為に。

 

 

通信を終えると同時に、戸を叩く音。

八神が部屋に入るよう促すと、現れた1人の女性。

 

ストロベリーブロンドの長い髪を後頭部で一括りにした、冗談みたいに綺麗な人。

 

 

八神 シグナム。

 

健の憧れの女性、その人である。

 

 

「主はやて。出航準備完了しました」

 

 

何故彼女が魔法世界にいるのだろうか。

そして八神はやてを「主」と呼ぶ、その理由とは?

 

 

「ん、ほんなら、行こか」

 

 

 

答えは単純。彼女はもとより、こちらの世界出身であり。

八神はやての家族であり。

そして彼女自身が、魔法世界の遺産であるが為に。




彰は別次元ではサッカーをしています。たぶん。

健がおっぱい星人でないのは、彼の思い込みのため。きっかけさえあればすぐに戻ります。……すみません。ご都合主義です。
だって危険度の少ないロストロギアの影響でミッドに連れてくのって私の頭ではこれしか思いつかなかったんです。しかもそれでも批判のありそうな展開。
でもいいよね! ネタタグつけたし!


シグナムってストロベリーブロンドじゃなくね?


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第2話

若干はやてがポンコツ仕様。
ご都合主義だよ!

今回の投稿で多分ユニークアクセスが1万超えます。有難うございます。
感謝の18禁話、あるで!(嘘です)


世界は「管理されている」。

 

 

 

管理といってもそんな仰々しいものでなく謂わば平和の為の監視だ。

 

魔法、科学の文化の発展は人々の生活向上に繋がるが、絶対にプラス面に直結するというわけではない。

事実、成長しすぎた文明は滅びた。

 

その文明の負の遺産、通称「ロストロギア」。

 

ロストロギアは必ずしも人々に悪影響を及ぼすわけではないが、大抵のものは人の手には余るものだ。

 

そういったものの監視、管理や人間や魔法生物の凶悪犯罪を防ぐことを目的とする存在。

 

 

 

時空管理局。

 

 

裁判所と警察を合わせたような組織であり強大な権力を持つが、認識としては「世界のお巡りさん」

程度で構わないだろう。

実際にはそんな可愛らしいものではないが。

前述の通り基本的にやることは、人々の平和のため。

災害の防止や、救助にも力を入れている。

 

 

ただし、管理局法に触れた場合は文化であろうとなんであろうと刑罰を処すのは、いささか傲慢と言えるかも知れない。

 

 

 

時空管理局では強い力を持った魔法使い、魔導士を広く募っている。

あまりに広大な世界を管理するため、常時人手不足なのだ。

そのために、たとえ犯罪者であろうと更正した人物であればスカウトする。

それほど、足りないのだ。

 

シグナムも、かつては犯罪者であった。

 

前に記した通り、彼女は人間ではない。

 

ロストロギアである「闇の書」、それに内包されるプログラム体。それが彼女だ。

 

闇の書は魔力の源、リンカーコアを喰い、全666ページを埋めることで完成する。完成すれば絶大な力を得るとされていた。

 

その魔力を蒐集するために、シグナム達が存在した。

ヴォルケンリッターと呼ばれる、闇の書の守護騎士である。

 

 

闇の書の主に命を受け、彼女達は数多の人から魔力を蒐集した。殺した。

そこに彼女達の意思は関係なく、ただそういう存在であった。

 

いったい幾千の年月を経ただろうか。

新たな闇の書の主となったのが、八神はやてであった。

 

当時、9歳の幼子。

 

八神はやては孤独だった。

幼くして両親を無くし、不幸にも足が悪く友人もいなかった。

そんな彼女の元へ現れたのが、闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。

シグナムだけでなく、湖の騎士シャマル、鉄槌の騎士ヴィータ、盾の守護獣ザフィーラの計4人。

 

彼女達は八神はやてに闇の書の存在意義を話した。完成すれば力を得る。不自由な足も、きっと動くと。

 

だが八神はやては蒐集の許可を断った。

代わりに望んだことは、共にいること。

 

彼女は優しかった。優しすぎた。孤独であることを嘆いてもそれを誰にぶつけるでもなく。ただただ受け入れていた。

「他者を傷つけることは許さない」と。

 

 

 

八神はやてと、守護騎士達の生活が始まった。

 

今までの主とあまりにも違いすぎて戸惑うことはあったものの、守護騎士達は新しい主を愛した。

平穏に生きることを許してくれた主を。

 

 

 

健とシグナムが出会ったのは、その平穏な日々の中。

 

日の出と共に起床し、時々主を病院や図書館に送り迎えをし、剣術道場に通い、賃金をもらいお土産を持って帰宅する。

そんな平穏を、彼女達は愛した。

 

 

しかし世界は彼女達に平穏を許さず。

 

八神はやてが闇の書の影響により、命の危機にさらされてしまった。

彼女達は八神はやてとの誓いを破り、蒐集を決意した。

 

シグナムが一時期道場に顔を出さなかったのはこの一件で、健を襲った魔導士は盾の守護獣、ザフィーラ。

 

 

この一件、通称「闇の書事件」は高町なのは、その親友フェイト・テスタロッサや時空管理局の協力もあり解決し、八神はやての命の危機を脱し、同時に不自由だった足にも快復の兆しがたった。

 

時空管理局への奉仕を義務づけられたものの、八神はやてと守護騎士達の新たな人生が始まった。

しかし自分の意思ではなくとも、多くの人々を殺めたシグナム達に実刑判決ではなく、奉仕義務という形で罪を償わせるあたり管理局の人材不足がよくわかる。

 

 

 

 

 

そして現在。

 

 

 

普段は地球から遠く離れたミッドチルダで生活している八神家も地球に来ている。

 

地球でロストロギアが見つかり、それの封印、回収を目的とした仕事だ。

高町なのは等、現在八神はやての率いる部隊、機動6課の前線部隊全員集合している。

地球での協力者であるバニングス、月村と、彼女達と初対面である前線部隊メンバーとの紹介を終え。

ロストロギア捜索の為のセンサー散布等も完了したところで八神はやてが全員を集め、バニングス等の運転する車に乗り込むように命じる。

 

ちなみに、バニングス達は生粋のお嬢様であり普段自分で運転することはほとんどないが、今回は魔法の存在を知る現地人だけでの協力の為に、彼女達自身で運転している。

 

 

十数分車に揺られ、降りたところは。

 

「……ここは?」

 

高町なのはの直属の部下、ティアナ・ランスターが問う。

何も知らされず、「着いたらわかる」の一点張りだったが着いてもランスターにはさっぱり分からなかった。

辺りの民家よりはかなり大きい建物だ。

地球ではない別の世界出身の前線部隊の者にはこれがいったいどういう建築物なのか想像もつかない。

 

「これ、道場?」

 

ランスターの隣にいる高町なのはが呟く。生粋の地球人……というより日本人である彼女には理解出来ているようだ。

 

「あー、アイツか」

 

「何か知ってるの? ヴィータちゃん」

 

高町なのはの部下、ランスターの上司。副隊長の座につく「赤毛の少女」、ヴィータの呟きに高町が反応する。

 

 

 

ご想像の通り、ヴィータはかつてこの道場にシグナムと共に顔を出していた赤毛の少女と同一人物だ。

 

小学生にも満たぬような外見をしていて、10年前から全く変わっていない。

それも彼女が闇の書の一部たる所以だ。

「まー、いろいろあってな。はやて、アイツって魔法文化のこと知ってるの?」

 

「いや、知識はあらへんはずや。せやから皆、魔法のことは内緒な?」

 

ここまで連れてきてやっと開示した情報が「これから会う人物は魔法文化について知らない」ということだけ、という事態に守護騎士達を除く全員が不満に思う。

そもそも、魔法の機密の為にもう少し早く知らせて欲しかった。そう思う前線部隊。

 

 

 

良い笑顔を浮かべる八神はやてと、苦笑いの前線部隊を尻目にシグナムは神妙な面持ちで建物の戸を開く。

 

 

 

風を切るような音が止み、中にいた大柄な男性が振り返る。

手には竹刀、体には防具を身につけている。

面を外せば整った顔立ちの黒髪黒目の青年。

 

進藤 健。

 

「お久しぶりです。シグナム先生」

 

「やはり進藤か……」

 

ここに連れてこられ、この展開は予想出来ていた。

主である八神はやてがここに連れて来た理由も、彼女は何となく理解する。

 

「成長したな、進藤」

 

「『男子3日会わずは刮目せよ』、でしたっけ。そんな言葉があるくらいですから」

 

正確には「男子3日会わざれば刮目して見よ」である。

日本の慣用句であり、元となった中国の三國志演義の原文では「士別れて3日なれば刮目して相待すべし」。

日々鍛練する者がいれば、その人は3日で見違えるほど成長している、という意味である。

 

シグナムが健に言ったのは身長のことであり、ややずれた返答をしたように思える。

 

「はやて、こちらの方は?」

 

「前にちょっと話したやろ? ほら、シグナムに”お熱”の人や」

 

「あぁ……あの……」

 

談話する2人をよそに高町、テスタロッサは八神を含めた3人で疑問を解決する。

その会話が聞こえたのか健はそちらを見やり、声をかける。

 

「皆さん、はじめまして。進藤 健です。シグナム先生の元教え子でよくお世話になっていました」

 

綺麗なお辞儀をする健に対し、その場の全員(バニングスと月村は除く)が自己紹介。

その中で健は2人の少女に注目した。

 

 

1人目はヴィータ。

彼女には見覚えがあった。

それも、今現在の姿そのまま。小学1年生ほどの姿を。

確か、アイスが好きでよくシグナムに着いてきてた子だ、と。

名前までは覚えていない。あの時はシグナムが世界の全てであり、周りのことをあまり記憶していないから。

 

「えっと、ヴィータ、ちゃん?」

 

「ん、なんだよ?」

 

ヴィータは主はやての友人には敬語を使う。バニングスや月村に対する時など。

健は主ではなくシグナムの友人に近いものであり、敬語は使わなかった。

それに彼女自身、健と会話したことも幾度かある。

健はそれを覚えていないが。

 

さて、ヴィータだけでなくそこにいる全員が、健の発言により焦ることとなる。

 

「お姉さんは元気?」

 

「は? 姉?」

 

ヴィータ達は思考を巡らすものの、彼の言葉の意味を理解出来ない。

 

姉、というのは誰を指してのことだろうか。

シグナムが連れてきたのは八神はやて、ヴィータ、シャマルの3人で、全員この場にいる。

では一体誰の事を?

 

「もしかしてはやてのことか? はやてだったらそこにいるぞ」

 

視線で八神の居場所を知らせるも、健は違う違うと首を横に振る。

そして

 

「ヴィータちゃんにそっくりな子だよ。今はたぶん俺と同い歳くらいの」

 

と。

 

健は成長していないヴィータの姿を、かつての赤毛の少女の妹、または娘と考えたわけだ。

赤毛を2つに纏めた姿は印象的であったし、こうしてシグナムと共にいるならばかつての少女と血縁関係はあるだろうと。

 

 

コレにはどう切り返せばいいか全員で悩む。テレパシーのような魔法、「念話」でのやりとりを含め。

この状況を作り出した八神はやてさえも焦った。

まさか「この子は人間じゃないので成長しません」とは言えないだろう。

本来、八神はやては頭の回転力には定評があり、こういった自体に陥るようなミスは冒さない。

だが今回はシグナムのことを想い、気が抜けていたのかもしれない。

 

少しの間沈黙が続き、健も何かを感付く。

 

そんな時、ヴィータが口を開く。

 

「いや、あたしに姉はいねーよ」

と思ったままのことを。

ヴィータが黙っていたのはどう誤魔化すか、ではなく真剣に自分そっくりの女性のことを考えていた、思い出そうとしていたからだ。

結果、正直に答えた。

 

しかし意外にもこの解答が良い方向へと流れを導いた。

 

 

「そっか、俺の勘違いみたいだ。ごめんね、ヴィータちゃん」

 

「あぁ」

 

 

健があっさりと引き下がった。

八神達にはその理由は分からなかったが、とにかくホッと胸を撫で下ろした。

 

ちなみに健の中では。

「あの赤毛の少女はすでに亡くなり、新たに生まれたヴィータはその姉の存在を知らされておらず、周りの一同はそれを隠している」

ということになっている。

沈黙の間は、ヴィータが姉の存在を感知するのを恐れた為に、と考えていた。

 

 

次に健が目を向けたのは、部隊最年少のうちの一人、キャロ・ル・ルシエ。

注目したのは髪の色。

 

単に、シグナムの髪と似たような色をしている為、妹か、あるいは娘か、と考えた。

 

見た目上、とても親子に見える年齢ではないが……シグナムは10年前ですでに20歳前後の容姿だった。

つまり、今は30歳ほどのはずだ。ならば10歳ほどの子供がいてもおかしくない、と。

実際にはシグナムの年齢は30歳どころか老人ですら太刀打ち出来ないほどなのだが。

 

とにかく、キャロがシグナムの娘であるなら健自身の初恋は泡と散りゆく。

チラリとシグナムの指を見ても、指輪はない。

未婚ではあるようだ。

 

「えー、キャロちゃん?」

 

「はい! キャロ・ル・ルシエです!」

 

勇気を出して踏み込む。

元気の良い返事に心が少し、晴れ渡る。

 

「シグナム先生の娘さん……だったりする?」

 

彼女のおかげで少しばかり落ち着けたものの、未だに激しく動く心臓を抑えつけ、問う。

 

「いえ……違いますが……?」

 

「そ、そう。良かった」

 

あからさまに表情を明るくする健。

近くではヴィータが笑いを堪え切れず、吹き出している。

シグナムが親、というのが可笑しく思えたようだ。

 

 

 

 

テスタロッサがキャロ・ル・ルシエと、もう一人の最年少、エリオ・モンディアルの親であることも紹介し、それを終えたところで再び健はシグナムに向き合う。

 

「シグナム先生、約束はまだ有効ですよね?」

 

「まだ諦めないか……。お前では私に勝つことは出来ん」

 

「そんなことはありませんよ。今日の為にずっと、強くなってきたんですから」

 

健は最後の戦いからの3年以上、ひたすらに腕を磨いてきた。

いつかこの輝く月を掴む為に。

 

「まぁいい。ではやるとしようか」

 

彼らの言う約束とは、もちろん。

 

 

 

「えぇ。今日こそ勝って、結婚してもらいますから!」

 

 

 

 

 

道場内に叫び声がこだまする。

その光景も、2人にはなんだか懐かしく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

シグナムも防具を付け、健と対峙している。

 

開始してから5秒ほど膠着状態が続く。

 

先に動いたのはシグナム。

竹刀を僅かに振り上げ面に目がけて打ち込むが、健はそれを竹刀で軌跡を変え、同時に小手打ち。シグナムは素早く竹刀を返し、それを防ぐ。

 

たった1秒にも満たないやり取りであったが、八神家一同と高町なのは以外が驚く。

 

管理世界ではそれほどのスピードではない。

だがここは管理外世界であり、彼は非魔導士だ。魔力での身体強化をしていない、生身の体のみでの力だ。

魔法無しでここまで動けるのか、と感心する。

 

 

八神はやてが前線部隊……というより、新人4人をここに連れてきたのは、シグナムと健の試合を見せる事が目的だった。

魔法の才能抜きでも、努力でコレほどの力を得られるのだと、そう感じて欲しかった。

もっとも健には知らないだけで魔力を持ち、武芸の才能もある。はやて自身、新人一同にも確かな才を感じている。

 

だがこの試合はその才を開花させるきっかけになるだろう、と。

用は、いい刺激になるだろうと考えたわけだ。

 

 

ちなみに高町なのはが驚かなかったのは、彼女の家族が魔力無しで人とは思えない動きをするからだ。

今の健の速度の何倍ものスピード。管理局のエースオブエースと呼ばれる彼女ですら、密閉空間では勝てるか分からない。

そういう人物も、世間に隠れてこっそりと暮らしている。

 

 

 

視点を戻そう。

健が打ち込み、シグナムが防ぐ。

そんなやり取りをすでに10は繰り返している。

シグナムは健の確かな成長を感じていた。3年前であれば最初の1撃で沈んでいたはずだ。

防ぐだけでなく、反撃もしてきた。

 

――強くなったな。

 

声には出さないが、ひたすらにまっすぐな青年に賛美を送る。

 

健も、自身の力に手応えを感じていた。

戦えてる。今までだったら手も足も出なかった。

だが今はどうだ。防ぐだけではなく、しっかりと打ち合えている。

 

 

月に、指先がかかったような気がした。

 

 

 

 

4分は経過しただろうか。

1瞬だけでなく、常時集中しなければならない試合の疲労は凄まじいものだ。

健は疲れを感じているが、シグナムからは疲労の色は見えない。

 

――そろそろ決めないとマズい。

 

健は竹刀を振り上げ、固定。上段の構えだ。

 

以前話した通り、上段の構えは格上の相手には通用しづらい。

シグナムは健より遥かに格上であるが、それも承知の上だ。

彼には策があった。

それは、彼女の手をこちらで選択させること。

 

 

 

足を踏み出し、竹刀を振り下ろす。

凄まじい剣速であるが、これで彼女から一本をとることは難しいだろう。

 

シグナムは、僅かに屈んで健から見て左側に避けた。

そして彼女は竹刀を「彼女の右側」に上げ。

 

 

――来た。

 

健の脳裏に焼き付いた、何十、何百と見続けた彼女の必殺剣。

 

「逆胴」。

 

彼の策は、この逆胴を出させること。

来る手がわかっていれば、対応はそう難しくない。

 

受け止め、そのまま小手に打ち込む。それで決まりだ。

 

 

――俺の勝ちだ!

 

 

必死に手を伸ばし、月に手が届く。後は掴むだけだ。

 

 

だが。

 

 

彼が左側で受け止めるはずの剣は、何故か彼の胴の右側に当たった。

 

確かに逆胴を放っていたはずだ。なのに、どうして。

 

 

健には分からなかったが、シグナムは受け止められると見るや、単純に刀を返しただけだ。

 

その速度があまりにも早く、健には認知出来なかった。ただそれだけの話。

 

 

 

彼が追い求めた彼女の必殺剣は

彼女にとってはただの一振りにすぎず。

 

 

必死に手を伸ばし届いたはずの月は、水面に映る幻影。

 

 

健の10年は、水面を切り裂いただけに終わった。




主人公の人生全否定系SS。


よくわかるとうじょうじんぶつせつめい。

進藤 健
・主人公、イケメン。OPI戦士。

ザフィーラ
・イケメン。

シグナム
・ヒロイン。OPI魔人。おっぱい担当。

フェイト
・尻、ふともも担当。

なのは
・かわいい。

ヴィータ
・世界一かわいい。俺の嫁。

その他
・大勢いる。



真面目な話、ヴィータが地球に帰るのはいろいろと危険が。ゲボ仲間のじいちゃんばあちゃんにあったら大変そうですよね。
それと健はたまたまロリ2人に注目してますが紳士ではありません。彼は潜在的OPI戦士なので。


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第3話

女子サッカーが無事に勝ったので投下です。


「……ダメでしたか。これでも俺、かなり強くなったんですけどね」

 

ハハ、と笑っているが、人の心の機微に疎いシグナムでさえ健が悔しさを隠しきれていないことがわかるほど、声に元気がない。

 

「やっぱり、シグナム先生は強いなぁ」

 

「当たり前だ。私はそう易々と負けることはできん」

 

「そうですか。でも次こそ絶対勝ちますから! これからもっと練習して、もっと強く……」

 

 

 

「進藤」

 

 

健の言葉をシグナムが彼女にしては低い声で遮る。

健にとってシグナムは厳しくも優しい先生だった。

だから今発せられた、底冷えするような冷たい声を聞くのは初めてで。

少しビクリとする。

それは健だけでなく、ヴィータとシャマル以外の者も同様だった。

遥か昔の、「道具」だった時の、無感情な声にも聞こえた。

 

「最後の一撃の意味を理解出来なかったか?」

 

先ほどと同じ抑揚で健に問いかける。

 

シグナムの言葉の意味を理解出来たのは、付き合いの長い守護騎士達、主である八神はやて、そして教導官という立場にいる高町なのはの4人だけ。

 

「意味って……意味なんか……」

 

健には理解が出来なかった。

いや、理解したくなかった。

 

それを理解しまったら、彼の信念が、理想が、全てが。

 

シグナムは残酷にも、続けた。

 

「お前では私に勝てん。未来永劫、な」

 

唇を咬む。

じわりと血の味が口全体に広がった。

 

「先の一撃で私とお前の力の差は理解出来ただろう。出来ないほど未熟でもあるまい。それとも本当に理解出来なかったか? だとしたら、見下げたぞ。進藤 健」

 

 

健には、言い返せない。

シグナムの言う力の差は、絶対的なものだと分かっているから。

努力どうこうの話ではない。

なにしろ何をされたのか、試合が終わった今でも分かっていない。

いくら努力しても、目を凝らしても、目に映るのは水面に映る月。

その月の裏側を見ることなど、到底叶わない。

 

 

そして彼女は続ける。

 

 

「お前の生半可な信念では私に勝つことは不可能だ。悪いことは言わん。私のことは諦めろ」

 

はっきりとした、拒絶の言葉を。

たまらず、健は逃げ出した。

道場を飛び出し、走る。

後ろから誰かの声が聞こえたが、健にはシグナム以外の声は、耳に入らなかった。

 

 

 

 

 

 

「あの、シグナム。さっきのは言い過ぎじゃ……彼だって努力してるんだし……」

 

「努力でどうにかなる話ではないだろう、テスタロッサ」

 

道場に取り残された部隊の人々。

健が道場を飛び出し、誰も声を発することなく時間が過ぎていったが、先陣を切ったテスタロッサ。

だがあっさりと切り捨てられてしまう。

 

 

「良かったん? シグナムの大事な教え子やったんやろ?」

 

「えぇ。これで良いのです。少しばかり遅くなってしまいました」

 

 

上を見る。

映るのは道場の天井のみだが、彼女の目に映るのは、果たして。

 

「私は、あいつの10年を、奪ってしまった」

 

 

 

 

 

 

逃げ出してから長い間走った。裸足で飛び出したものだから足は傷を負っている。

靴を履く余裕さえなかったというのに、今も竹刀を握りしめているあたりば、さすが長年の習慣と言えるだろう。

たどり着いた公園のベンチに座り、息を整える。

辺りはだんだんと暗くなり街灯がつきはじめ、太陽の時間の終わりを告げるかのようにカラスが鳴いている。

月の時間の訪れだ。

だが月は、まだ見えていない。

 

 

息を整え終えたところで立ち上がり、その場で竹刀を振るう。

聞き慣れた、心地よい風切り音が聞こえる。

いったいいくつこの音を聞いただろうか。

あの日から、素振りを欠かしたことはない。シグナムに勝負を申し込んだ、あの日から。

風邪を引いた時も、修学旅行の時ですら。

 

だがその努力は、全くの無駄だった。

 

 

追い付けると思っていた。

道場での動きを見ていた限りでは。

だが実際は彼女の力は、思っていたより遥か上。

何故あれ程の力を持っていながら、大会に出てこないのかは分からないが、とにかく、一生をかけても届かないことを理解してしまった。

健は、最近の自身の力の伸びなさについて悩んでいた。

高校の半ばまでは体の成長と共に竹刀の速度が上昇していたが、成長の終わりで前ほどの伸びがなくなっていた。

今の成長速度では、間に合わない。

 

 

シグナムを諦めたくない。

でも、どうしたら良いのだろうか。

ただこうして竹刀を振るだけでは……。

 

 

 

その時、背後で草の根を分けるような音がした。

振り返ったところにあったのは

 

――なんだこれ? 動いてるけど……

 

丸く、ぷよぷよとした物体が縦に跳ねている。

新しい玩具なのだろうか。

手に取って見てみようとしたら、それは跳ねて健の元へと飛んできた。

そして、何故か発光し。

 

「いっ………づぅ……!」

 

同時に、頭に激痛が走る。

 

そして「どこかで見た景色」が健の頭の中で映しだされる。

先ほどのシグナムの打ち込み、バニングス等と出会った時のこと、インターハイで戦った相手。

 

過去の記憶だ、と健は判断する。かなり鮮明に思い出されている。中には夕食で食べた料理の種類の味、匂い等もだ。

 

――これが、走馬灯というものだろうか。

 

だんだん痛みが全身に広がり、更に深く記憶を掘り起こされる。

 

シグナムとの戦いの15回目の黒星。

9回目の黒星。

3回目の黒星。

そして、初めての黒星。

 

 

健の意識が途切れる寸前、彼の脳に浮かんだ映像は。

 

師範に打ち込んだシグナムの、大きく弾んだ、彼女の胸だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八神はやて達一行が探していたロストロギアを見つけたのは、とある公園だった。

 

道場を出てしばらくして、スーパー銭湯に入ろうとした時のこと。

散布していたサーチャーから発見の知らせが送られてきた。

ただちに現場へ向かい、封印処理をしようとすれば、近くで倒れ意識を失った健の姿。

健の保護、ロストロギアの封印処理を終えて現在、テスタロッサの義母、リンディ・ハラオウン家で健の目覚めを待っている。

シャマルが彼の身体を診察した結果、異常はないそうだ。

 

今回、探していたロストロギアは報告によると人の魔力を喰らい、過去の記憶を見せるだけの危険度の低いものだ。そろそろ目を覚ましてもいいころだと思うが……。

 

そこに部下のエリオが報告を入れてきた。

健が目を覚ました、と。

 

 

近くにいたテスタロッサと共に、健が眠っていた寝室へ向かう。

 

「気が付いた? 気分はどうや?」

 

「公園で倒れてたんだよ。どこか痛むところは無い?」

 

このまま異常が発見されないようだったら、わざわざ魔法のことを話す必要もあるまい。

危険度の低いものだ。

管理局には現地人が巻き込まれたことは報告しなければならないが。

 

ただでさえ八神はやての部隊は色々な方面から睨まれている。また厄介なことになったなぁ、と悩みながら声をかけた。

 

健はまだ覚醒しきってないものの、八神達の存在を認識出来たようだ。八神さんに、テスタロッサさん、と確認するように呟く。

 

だが急に頭を左右に振り回し初めた。どこか痛むのかとテスタロッサが詰め寄ると、今度は違う、違うと何かを否定し始めた。

 

八神とテスタロッサの2人が落ち着くように宥める。すると今度は謝罪を始める。

 

視線もどこか安定しない。

チラチラと、あっちを見たり、こっちを見たり。

大半はテスタロッサに向けられていたが。

 

テスタロッサはその健の様子に動揺していたが、八神は冷静に健を観察していた。

 

 

 

 

 

一旦、落ち着くように伝え部屋を出た八神とテスタロッサ。

何かあれば部屋を出てすぐのところにいる新人達が助けに向かうように伝える。

 

「ねぇはやて、あのロストロギアは危険の少ないものじゃなかったの? あの様子を見る限りじゃ、ちょっとそう思えないんだけど……」

 

テスタロッサの言うことはもっともだ。

アレでは見る人によっては狂人にも思える。

 

「過去に何かトラウマになるようなことがあったのかもしらんな。それか、性格の改変を受けたか……。なぁフェイトちゃん。進藤くんと前に話してた時、どんな印象やった?」

 

「印象っていうと……人の目を真っ直ぐに見る人だなって。さっきはそれが全然なかったよ」

 

 

テスタロッサの感じた印象に、八神もだいたい同意する。

だが今回は……。まるで人が変わったようだ。性格の改変を受けたように。

 

「ちょっと本局で診断うけなアカンな」

 

「そうだね。そうしたほうがいいよ」

 

八神が観察して気が付いたことがある。それは。

 

 

――あの時、フェイトちゃんの胸をめっちゃ見てたんよなぁ。

 

八神の心の呟きは、外に漏れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

健はロストロギアの影響で全てを思い出していた。

すなわち、自分の初恋の始まりを。

「自分が本当に好きだったものを」。

 

そこに、テスタロッサと八神が部屋に入ってきた。

シグナムの胸の映像を思い出していたとき、似た大きさのテスタロッサが入ってきてしまったのだ。

カッと顔が熱くなるのを感じる。

 

違う、自分がシグナムに惚れたのは胸が理由ではない。断じて、胸ではない。

今もテスタロッサの胸に視線が行ってしまうのは何かの間違いだ、と心の中で繰り返す。

 

テスタロッサが近くによる。

やや屈んだときに、胸に更に目がいってしまう。

テスタロッサとシグナムに申し訳なく思い、謝罪する。

そうしてるうちに2人は部屋から退出し、健はようやく落ち着く。

 

 

 

――そっか、俺……

 

自分の不甲斐なさが、泣けてくる。

シグナムが言った、自分の「生半可な覚悟」というのは、まさしく事実だったのだ。

 

ふぅ、と息を吐く。

シグナムには諦めろと言われた。

自分の動機は、極めて不純だ。諦めるほうが、2人の為なのだろうか。

 

でも、例え不純な動機だとしても健はシグナムを愛している。

諦めることは、出来ない。

 

伝えよう。諦めないと。

 

シグナムと一緒にいた2人がここにいるのだ。彼女もここにいるはずだ。

そう考え、戸を開いた。

そこにいたのは、八神はやてと、道場で顔合わせした4人。

 

「もう大丈夫なん? ちょぉ、話があるんやけど、えぇか?」

 

出鼻は、挫かれた。

 

 

 

 

 

八神達は全てを話した。

自分達が魔法の世界、ミッドチルダから来たこと。

今回は地球で発見されたロストロギアを封印処理するためにきたこと。

健がそのロストロギアの影響で倒れていたこと。

 

健にとってはあまりに荒唐無稽。

そばにいる少年少女、エリオとキャロの遊びに付き合っている、ということだろうか。

健は演技が下手であるし、子供の遊びに付き合うのは少々恥ずかしい。

どうしようか悩んでいると、頭に響く声。

 

(どや、これで信じてくれるか?)

 

声の主は八神だ。健にもそれはわかる。

だが耳で聞いたというより、頭に直接聞こえたように感じた。

 

(これは念話ゆーてな、テレパシーみたいなもんって考えてくれてえぇよ)

 

再び聞こえる八神の言葉。注視しても八神の口は、少しも開いていない。

 

「腹話術、ってわけじゃなさそうですね……」

 

(あはは……まぁ急に信じろって言われても困りますよね)

 

続いてスバル・ナカジマも同様に念話を送る。それでも健はなかなか信じない。

その後、色々な魔法を見せてようやく魔法の存在を認めた。

一番の決め手となったのは、妖精とも思えるほどの大きさの、リインフォースの存在であった。

 

 

 

八神は健に、現状の説明をする。

健がロストロギアにより、心に悪影響を与えている可能性があり、その診察の為にミッドチルダに連れて行きたい、と。

 

悪影響というのがなんであるかは健には分からなかったが、ここで1つ、疑問に思っていることを口にした。

 

「あの……シグナム先生も、魔法に関係する人なんですか?」

 

「あぁ、そのことなんやけど……」

 

「そうだ。ちょうどいい。お前に私のことを全て話そう」

 

八神が頷く前に、いつから会話を聞いていたのか不明だが、シグナムが割り込む。

そして語る。彼女の全てを。人間ではない、シグナムという存在のことを。

そうすれば、健は自身のことを諦めるだろうと考えた。

人の身でないシグナムには、「普通の恋愛」は出来ない。

だから健には、自分のことを諦めて欲しかった。

 

10年かかったのは彼女に恋愛の経験、知識がなく上手く伝えられなかったことと、魔法のことは話せなかったことが関係している。

 

今日やっと伝えることが出来る。シグナムは心の中で謝罪しつつ、語った。

語り終えたところで、シグナムも、健も、そこにいた人物は皆口を開かない。

 

「すまなかった。お前をずっと騙してしまって」

 

ようやく口を開いたのはシグナムで、出たのは謝罪の言葉だった。

 

健には、その謝罪が許せなかった。何故、謝るのか。

そのことに言及しようとも、口が動かない。

 

シグナムのことは、好きだ。

 

それは話を聞いた今でも変わらない。だが、心は理解を拒絶する。

 

好きになった人は、人間ではなかった。

それだけで前に踏み出せない。

 

謝るべきは、自分だ。

健は、シグナムではなく、自分自身を許せなかった。

 

「……すみません。今日のところは帰ります」

 

「あ、進藤くん!」

 

「すみません八神さん、診察の件はお願いします。また明日、ここに来ますから……」

 

 

結果、健はまた、逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

それから3日後。診察を受けて異常のなかった健は、八神はやての指揮する機動六課で預かりの身となった。

何かあればすぐに治療を受けられるように。

 

2日を病院で過ごし、初めて機動六課の宿舎に泊まる。

 

久しぶりに竹刀を振ろうと、外に出た。

 

――魔法、か。

 

力を込めて、竹刀を振る。

心地の良い風切り音と、竹刀が上段から自分の目の前に移動しただけ、という事実だけが残る。

マンガのように、竹刀から何かが飛び出すようなことは無い。

 

だけど、健には魔力があるそうだ。それもなかなか大きなものが。

 

これを使えば、勝てるのだろうか。あの、シグナムに。

 

この3日間で健は自身を振り返った。

シグナムの胸に惚れ、10年竹刀を振り、そのシグナムは人間ではない。

我が事ながら、ヘンテコな人生だと思えた。

 

――だけど、それがどうした。

 

健は、意外にも「強者」であったようだ。彼のたどり着いた、最終的な結論。

 

 

『シグナム先生が人間でないプログラム体ならば、俺が年をとってもシグナム先生は若いままで、あの胸も健在ではないか』。

 

 

 

健は、かつての自分に、返り咲いた。

 

 

 

 

 

 

「シグナム先生」

 

「進藤か……」

 

隊舎に戻り、道行く人にシグナムの居場所を尋ね、こうして対峙している。

自分の意志を伝えるために。

 

「俺、この世界で生きていきたいです。強く、なりたいです」

 

健が望むのは、力。

シグナムに勝てるだけの力。誰かを守りたいとか、そんな綺麗なものではない。

 

だが、健の瞳に宿る炎は勢いを増していた。

強くなるという、絶対的な意志。

 

シグナムはそれを見て、そうか、とだけ呟いた。

 

「先生。また、俺に教えてくれませんか? 今度は、魔法を」

「……空いた時間でいいならな」

 

そう言って健は窓の外に目を向ける。

浮かぶのは、大小の2つの月。

あらためてここが地球とは違う場所なのだと感じさせる。

 

「ねぇ先生」

 

「なんだ?」

 

呼び掛けておいて、それっきり何も話さず月を見続ける。もう一度シグナムがなんだ、と問う。

すると大きく深呼吸をしてようやく口を開く。

 

 

 

「月が綺麗ですね」

 

 

と。

 

 

「月? あぁ、地球から見える月とは違うが、こちらの世界のものもなかなか雅なものだろう」

 

健はクスクスと笑い、そうですね、と言った。

 

 

こちらの世界でも、月は、綺麗だ。

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、見かけによらず進藤くん、ロマンチストやね」

 

「ロマンチストって、どの辺り? シグナムと進藤さんが仲直りしてくれたのは良かったけど」

 

「フェイトちゃん、それはね、進藤くんが月をじっと見つめながら言ったでしょ? あれは『あなたは月みたいに綺麗です』ってことなんだよ、きっと」

 

「そうなんだ。2人とも物知りだね」

 

「……あぁ、うん。ありがとう。

……すすがちゃんが恋しいわぁ」

 




綺麗な会話してるだろ……ウソみたいだろ……おっぱい目当てなんだぜ、それで。
というネタを遣りたかったですが、あんまり綺麗にまとまらなかった。おかしいなぁ。

次回からやっとOPI戦士になれる……。ただ六課襲撃編はある程度できているものの、そこに至るまでが全く考えてませんでしたので更新は遅くなるかも。

ちなみにはやてはロストロギアの影響でOPI好きになったと考えています。これがどう影響するのかは作者でもわかりません。無駄な伏線。

「月が綺麗ですね」は有名な話ではありますが、一応補足。
夏目漱石がまだ学校の教師をしていた時代、「I love you.」を生徒が「我君ヲ愛ス」と訳したのに対し、「日本人はそうは言わない。月が綺麗ですね、とでも訳しなさい。それで伝わりますから」とか言ったそうです。
シャイな日本人にとって素敵な訳しかたですよね。

なのはの考えも結構ニアピン?

著作権は……大丈夫なはず。作品ではありませんしっ!


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第4話

リリなのSSでは避けて通れないティアナSEKKYOU回。



「努力の天才」

 

この言葉はいったいどういう意味を持つのだろう。

天才にも、類い稀な努力をすれば勝てるということ。

あるいは、凡人の希望の星。

その他にも、多くの意味がある。

だがそれは、きっと全て正解で、全てが不正解。

受け手により、解釈が違う。だから正解はないのだ。

では、彼はその言葉をどう受け取ったのだろう。

そして、彼女は。

 

 

 

ミッドチルダで生きることを誓った夜から一夜明け、太陽が登り始めてから数時間。

健の手には両刃の剣。隣には蒼い毛並みの大きな狼。

剣は昨夜、シグナムから贈られた物だ。

正確には八神はやてからのものだが、シグナムから手渡されたことで健の中ではそういうことになっている。

前例といい、なかなか便利な頭をしている。

八神はやてが彼に剣、ストレージデバイスを与えたのは贖罪の為。オーダーメイドではなく量産品ではあるが。直接の原因は彼女達にはないのだが、巻き込んだことを申し訳なく思っている。

もっとも健にとっては良いことずくめであったわけだが。

それと、単純に健に強くなってもらいたい、というのもある。

シグナムだけでなく他の守護騎士達も「人並み」の恋愛をするきっかけになれば、と考えたのだ。

彼女達の主としての配慮であった。

 

 

隣の狼はシグナムと同等の存在、ザフィーラ。

他の局員達は多忙で、健に魔法を教える人物がいなかった。そこに白羽の矢が立ったのがザフィーラである。

ザフィーラは戦闘を予想される出動時以外、決まった仕事はない。普段は八神はやてや高町なのはのフォローをしているのだが、今日はこうして健に魔法を教えている。

始めに教えたのは、バリアジャケットの生成。

バリアジャケットというのは文字どおり防護服で、魔力や物理ダメージをある程度シャットアウトするものだ。

魔導師として生きる上ではもっとも重要と言って過言ではあるまい。

 

健が生成したバリアジャケットのイメージは、やはり剣道の防具。

面だけは視界を遮るために泣く泣く外した。

 

そうしてバリアジャケットの生成が無事に終わり、次は身体能力を強化する魔法。

 

ザフィーラの忠告を受けながら強化魔法を行い、デバイスを振る。

 

今までとは違う風切り音。その音は健の耳によく馴染んだ。

新たに風をその身に受けながら。

 

 

それだけで1日が終わってしまった。

体の疲れだけでなく、魔力の減衰も伴いその日はぐっすりと眠った。

 

翌日、ザフィーラ含めフォワード陣は任務で六課を留守にしている。

任務の詳細は健には知らされていない。六課で保護を受けているものの、局員でない健には任務の内容を安易に話すことは出来ない。

 

よってその日は昨日の繰り返し。

ただただデバイスを振る。

延々と、何時間も。

 

端から見れば、狂人を疑うものもいたかもしれない。

それほどに単調なことの繰り返し。

 

だが健にはそれでも楽しかった。新しいおもちゃを手に入れた赤ん坊のように、繰り返した。

もともと竹刀をこうして振り続けた経験と習慣がある。これはそれの応用なのだと健は考える。

ようやく。ようやく踏み出せた一歩なのだ。

魔法という未知の世界を知り、踏み込めた第一歩。

それが楽しく、嬉しくないはずがなかった。

 

その日はシグナム達が任務から帰って来ても、続けられた。

 

夕食をとり、しばらくしてからまた練習をしようと隊舎の外に出る。

今回はデバイスを振るのではなく、ランニング。魔力で強化して、だが。

 

走り始めてしばらく。

林の中でチカチカと何かが光るのに気が付いた。

何か機械でもあるのだろうか。

そこは一旦素通りし、ランニングを続ける。

 

2時間は走っただろうか。

相変わらず、何かは光続けている。

何があるのだろう。そう思い、近づいた。

 

そこにあったのは、幾つかの光の玉。それがたびたび点滅していた。

なるほど、魔法というからにはこういうものもあるのかと健は感心する。

光の玉の中心にいたのは六課の新人、ランスターであった。

 

健とランスターは会話をしたことはあまりない。地球の道場での自己紹介程度だ。

 

話しかけてみようかとしたがランスターの表情があまりに真剣だったので結局止めることにし、バレないように見守ることにした。

 

 

実はこの日、ランスターは任務で仲間の撃墜未遂という失態を犯している。自身の力不足を嘆き、こうして特訓しているというわけだ。

 

 

そうして見続け、早5分。

汗をかいているものの、ランスターが着ている白い運動着は透けることはない。地球のものであれば汗である程度透けるものだが――。

と、健はそこまで考えを浮かべ、頭から消し去る為に頭を振る。

自身の、女性の胸好きを思い出して以来、考えが俗物になってしまったと自覚する。

 

このランスターも、綺麗な女性……というよりはまだ可愛いという段階だが、そうだと思う。

だが、重要なのは外見ではなく、中身である。

こうして努力する姿は、女性を美しくさせる。

彼女の武器である銃型のデバイスを、型になぞるように、正確に光の玉へ銃口を向ける姿。

動く度に彼女の胸が上下左右に柔らかく揺れ、それがまた美しく……。

 

 

今度は頭を振るだけではなく、木に頭を打ち付ける。

 

――何を考えているんだ、俺は。

 

どうやら健は、彼が思っている以上に、女性の胸が好きなようだ。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

打ち付けた音によりランスターが健の存在に気が付き、声をかけてきた。

彼女としては練習を続けたいのだが、健はロストロギアの影響で心に悪影響を与えている、ということになっている。

何かあってはいけないと、こうして声をかけた次第だ。

 

「いえ! なんでもありません。すみません、お邪魔でしたね」

 

まさか「あなたの胸に見惚れてました」とは言えまい。

謝罪する健の視線は、礼をすると共に再びランスターの胸へと舞い戻る。

シグナムほどではないが、美しいと健は思う。

思うが、自己嫌悪の波に飲み込まれた。

 

「大丈夫ですか? 医務室に行ったほうが……送りましょうか?」

 

「大丈夫です、大丈夫です」

 

ある意味発作である、頭を振る行為を心配するランスター。

基本的には、素直な子である。

 

そうですか、と再び練習に戻るランスターに、健は疑問をぶつけた。

 

「ランスターさんは、どうして強くなりたいんですか?」

 

健の目標は、至ってシンプル。

シグナムに勝つことだけだ(その後の行為がそもそもの目的だが)。

 

この魔法の世界に来て、どんな目標を持つ者がいるのか気になった。

 

「どうして……ですか?」

 

そう言って、しばらく固まるランスター。

少しおいて、口を開く。

 

「強く、ならなくちゃいけないから、です」

 

「それはまた、どうしてですか?」

 

ほとんど初めて話す女性に対してやや踏み込み過ぎな質問である、と健も分かっている。だがそれを上回る興味があった。

 

ランスターは任務で疲れているはず。食事中も元気のない姿を見かけている。

だと言うのに、何故練習を? 翌日も朝から訓練が待っているはずなのに。

 

一度踏み越えたラインを、戻る気にはなれなかった。

 

「私は、凡人ですから。周りの天才達に着いていくには練習するしかないんです」

 

ランスターの語ったことは、本音ではない。

彼女は純粋に強さを求めている。

彼女の兄の、家族の力を、「あの時」嘲笑った連中を見返すだけの力を。

 

その事が、彼女の口から飛び出る事はない。

初対面と言ってもいい男性に、軽々しく本音を語ることが、そもそもあり得ない。

 

「凡人ですか……」

 

「えぇそうです。凡人には凡人なりの努力で、頑張らないといけないんです」

 

再び、練習に戻ろうとするランスター。

だがまた健は呼び止める。

 

「ランスターさん、少し自慢話、してもいいですか?」

 

「……なんですか」

 

嫌そうな顔が見てとれる。

隠しきれていないし、隠そうとしているのかすらわからない。

しかし健は続けた。

 

 

「俺はですね、住んでた世界では天才って呼ばれてたんですよ。剣道界での話ですけど」

 

「はぁ……」

 

「でも俺自身は天才だと思ったことはありませんでした。実際、努力が実を結んだだけでしたし」

 

ランスターは黙る。健が何を話すのか、多少なりとも興味を持ったようだ。

 

「俺を天才だって言った人にそう言ったんですよ。努力しただけだって。そしたらその人、こう言ったんです。『努力の天才』って」

 

「努力の天才……」

 

 

努力の天才、という言葉は地球では有りふれたものだ。

だがここ、ミッドチルダではそれほど聞かない言葉であり、ランスターは更に興味を示す。

 

「ランスターさんは、努力の天才って、どういう言葉だと思いますか?」

 

「……努力すれば、天才にも匹敵する、ってことですか?」

 

「そうですね、そういう意味もあるかもしれません。でもね、彼が言ったのはそういうことじゃなかったんです」

 

そこで深く息を吐く。

当時のことを思い出して。

 

「彼が言いたいのはこういうことだったんです。『努力するにも才能がいる』って」

 

ランスターの目が、やや大きく開かれる。

衝撃を受けているのか、あるいは別の感情か。

 

「笑っちゃいますよね。彼が眠っている間も、遊んでる間も、俺は必死に竹刀を振り続けて。血豆を作って、筋肉痛に苦しみながら振り続けて。その努力も、全部全部、才能のおかげだって言うんですよ」

 

そう言って力なく笑う健。

ランスターは少し、うつむいている。

 

 

「話しが逸れてしまいましたね。つまりランスターさんは、凡人じゃないって言いたかっただけなんです。努力するのも、きっと立派な才能ですから」

 

ランスターは、何も答えない。

 

「ランスターさんは、天才だと思いますよ。少なくとも俺と同じベクトルの。っと、練習の邪魔しといて言うセリフじゃありませんね。俺はこれで失礼します」

 

それで健は立ち去った。

 

健は知らない。

自分が、彼女を更に追い詰めたことを。

 

健は知らない。

彼女の真の目的を。

 

健は知らない。

自分が、魔法というものを甘く考えていることを。

 

そして。

 

 

 

「だったら……その努力の天才は、努力するしかないってことか……」

 

 

健は知らない。

彼女の呟きを。

 

 

 

 

 

この日より数日後。

ランスターは高町なのはとの模擬戦により撃墜。

数時間の、彼女にしては長い眠りにつくことになる。




SEKKYOUではなく自分語り……だと……。どこのゆとりJKだ。
ティアナもOPI大きいですよね。彼女は健の犠牲になりました。

健はティアナ以上に安全な世界に住んでたので、こんなことを言いました。
努力は無条件でいいものだと、そういう意味合いで。
無責任ですね!

しかし今回は評価低そうだなぁ。SEKKYOUだし。見どころはティアナのOPIだし。
そもそもメインヒロイン出てないし。ここのシグナムはちゃんと仕事してるんです!

デバイス名を募集したいんですが、こういうのは感想乞食乙!になってしまうのでしょうか。このままではコテツとかマサムネとかになってしまうので。


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第5話

刀ではなく剣でしたね。ご指摘ありがとうございます。両刃の刀。まさしく矛盾。

それとすみません。今回はコメ返信は無しで。努力についての見解は人それぞれで、ぶつかりあいになるかもしれませんし。
デバイスは和名ではないものにします。

第5話、どうぞ。


ランスターは健の言葉を反芻する。自分は努力の天才である、と。

 

彼女は、どんな形であれ天才と呼ばれるなど今までなく、自分でそう考えたことすらなかった。

多量の魔力も、レアスキルもない。あるのは彼女の兄から教わった射撃技術と、人並み程度の幻術だけ。

どう贔屓目に見ても、「それだけでは」天才とは言えないだろう。

 

ランスターの本領は、クレバーな戦術の組み立てと、精密な射撃だ。

だから彼女は無意識に憧れたのかもしれない。ド派手な砲撃、圧倒的な戦闘センス、「彼女だけの」技に。

 

それらがなくては「天才」ではない。天才とは、そういうものだと。彼女は、そう考えていた。

 

その天才達が数多く存在するこの世界の中ででも、彼女は証明したかった。

彼女の射撃は、兄から受け継いだ射撃技術は、どんな相手でも射ち貫く、天才達に引けをとらないものであると。

憧れた才を、彼女が持っていなくとも、だ。

 

 

健の言葉はそんなランスターにとって青天の霹靂とも呼べるものだった。まさか自分がその「天才」達の領域に足を踏み入れていたとは、思いもしなかった。

健の言葉が真実であるかはランスターには判断が出来なかったが、彼女はすんなりと受け止めた。

仮に自身が天才であるなら、それはそれで良かった。

彼女の目的は、証明だ。

 

 

努力の天才。

 

 

彼女が憧れた才ではない。

結局、努力をしなければ何も変わらない。だが、結構じゃないか。努力で、何かが変わるのなら。証明出来るのなら。

 

 

努力するしかない。

 

 

それが、努力の天才にできるたった1つの方法だから。

 

 

ランスターの努力は、その日のうちから行われた。日が変わる直前まで練習を行い、シャワーを浴び、寝る。翌日は早朝4時に起床し、また練習。

 

ランスターのパートナー、スバル・ナカジマも参加した。

努力すべきは自分だけだが、パートナーがいれば練習の幅も広がり質も向上する。

ランスターの性格のおかげで、感謝の言葉が彼女の口から出ることはなかったが、心の中で感謝した。

ランスターはまず手札の数を増やすにした。現状での、単純な戦力をあげるために。

魔力刃を形成する、接近戦用のもの。

ナカジマとの連携で、ウィングロードという空中での足場造りの道路のようなものを階段上に張り、ランスターも空中へ行けるようにするもの。

魔力刃は中距離では太刀打ち出来ない相手のため。ウィングロードは言わずもがな、機動力の低いランスターが動き回れるようになるために。

 

練習は厳しさを増す。

早朝深夜の自主練習だけではなく、日中の訓練もあるのだ。

それでも決して質を落とさずに訓練をこなすランスターは、なるほど、確かに努力の天才であった。

 

 

数日後の模擬戦で練習の成果を出す。それがランスター達のとりあえずの目標となった。

 

彼女達の相手であり上司、教導官の高町なのはに一泡ふかせること。その為に試行錯誤を繰り返す。

日付が変わるまで練習、日が昇るまで練習。

当然、苦しかった。吐き出すこともあった。それでもランスターは努力を続ける。

 

彼女は、それしか出来ないと思っていたから。

 

 

 

模擬戦当日。

 

ランスターとナカジマ対高町なのは。普段共に訓練をしているエリオとキャロは一旦見学。

彼らとは分隊が異なる。ランスター、ナカジマは高町率いる「スターズ」、エリオ達はテスタロッサ率いる「ライトニング」である。

 

今回は数日間自主練習を共に行ったランスターとナカジマのコンビであり、練習の成果は、きっと出せると2人は信じていた。

 

 

 

 

模擬戦が始まる。

 

 

 

 

高町なのはは困惑していた。

模擬戦の相手が、どうにもおかしい。

ランスターの射撃には力がこめられていないし、ナカジマのウィングロードの軌道は考えて作られているようには見えないし、危険な特攻もしてくる。

高町が教えてきた訓練内容とは、全く別物の動きだ。

また、ナカジマの特攻。高町がナカジマに目がけ魔力球を放つも、器用にかわす。

みるみるうちに距離が詰まり、激突。魔力のぶつかり合いにより、煙が生じる。

 

 

――今だ!

 

 

煙に生じて、魔力刃で高町の頭上から襲い掛かるランスターの姿。

 

これこそが、彼女達の集大成であった。ナカジマの機動力と特攻力を使い、相手の意識をそちらへ向けて、射撃主体のはずのランスターが近距離での魔力刃による攻撃。

 

「対高町なのは用戦術」とも言える、彼女達の努力の結晶。努力の結果である。

 

 

 

 

高町はすぐさま上を見やる。

ランスターを止めようと、腕を上げ――。

 

 

 

 

高町の真後ろから、またランスターの姿が。

 

頭上のランスターは、幻術。囮だ。

 

 

ランスターは、天才というものを自分なりに分析していた。

天より与えられる才とは、どんなものであるのか。

若干19歳にして、空戦Sランクオーバー、高町なのは一等空射。「努力の天才」ではない、真の天才。

 

彼女を打ち破るには、裏をかくだけではダメだ。裏の裏をとる。

それが、ランスターの導き出した答え。努力の天才にできる、精一杯の努力。

 

 

 

 

ランスターの魔力刃は、高町なのはに突き刺さる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――はずだった。

 

 

 

 

ランスターの誤算はただ1つ。

 

天才という存在を、甘く見ていたこと。

 

高町なのはは砲撃専門の魔導師と言っていいほど、彼女の魔法は重火器に近い。抜群の防御と破壊力は、戦車のようなものだ。

だから見誤った。彼女は、接近戦は苦手なのだと。

高町が接近戦が苦手かと言われれば、答えはNO。圧倒的過ぎる砲撃、誘導弾に比べれば劣る程度。

事実、彼女が魔法に触れて間もないころ、近接の高速戦闘を得意としたテスタロッサの背後を取ることすらあった。

それを可能とするのは、反射速度。見てから考え、行動するまでの時間の短さ。彼女の父から受け継いだ、戦いの遺伝子。

 

 

 

故に、ランスターの一撃を止めることは容易であった。

この後、ランスターは高町なのはの砲撃を受け、撃墜。

罪状は、教導に対する反逆。

 

ランスターの誤算はもう1つあった。

それは、高町なのはは、「教導官」であること。高町は嘆いたのだ。彼女の教導が無意味であるかのように振る舞う教え子達の姿に。高町の教えは、「必ず生きて帰ってくること」。ランスター達には、高町の信念は伝わっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

健はその日もデバイスを振り続けていた。模擬戦があると聞いて興味を示したが、今の自分が必要なのは実戦を見ることではなく、魔法をスムーズに使えるようになることだと理解していた。

 

だから、練習後、ロビーに帰るとランスターが頬を腫らしていた姿を見て驚いた。少なくとも今までの訓練では、腫れている所を見たことはなかった。

今日の模擬戦は、それほど白熱したものだったのだろうか、と考えた。

 

ランスターが頬を腫らしたのは模擬戦で、ではない。

高町により撃墜された後、数時間眠りこんだランスターが起きてしばらく。

六課に出動要請が入り、新人達は待機命令。ランスターは模擬戦の一件から待機から外れるように言われて、反論。シグナムに喝を入れられ頬を腫らし、現在にいたる。

 

 

驚いている健に、シグナムが「お前もこい」とソファーに座らされる。

シグナム、シャマル、テスタロッサや高町の補佐を行っているシャーリー、新人達4人がそこにいた。

シャーリーは進藤を見て、進藤さんにも見せるんですか、とシグナムに問う。

健には何がなんだか分からなかったが、シグナムは神妙な面持ちで頷き「高町には私が後で頭を下げる」と言う姿を見て、心を引き締める。重要な話であることは理解出来たから。

 

彼らが見たのは高町なのはの過去。

 

まだ小学生くらいの年齢であろう高町の姿。

身に纏った制服は、近くの私立小のものだと判断する。どうやら健と高町は同じ市内、または隣町に住んでいたようだ。

おそらく、健とシグナムが出会った頃と同時期であろう少女が、巨大な魔力砲を放つ姿が映し出される。

新人達と健は騒めく。自分と同じかそれ以下の少女がここまでのものを使っているのだ。驚かないはずがない。

 

画面は次々と変わる。

シグナムやヴィータが高町、テスタロッサと戦う姿。銀色の髪の女性に突撃する姿。

 

そして、病院のベッドに横たわり、呼吸器を付けられている姿。

 

高町なのはは天才だ。才能だけではなく、努力する天才。

幼き日に魔法に触れ、数々の戦いを繰り返し。

敗北すれば、愛機のレイジングハートと共にシミュレーションをし、トレーニング。

命懸けの戦を幾度と乗り越え平穏を手に入れてからも管理局の仕事へ向かう。まだ学生の身分であった彼女は学校へも行き、仕事との合間にもトレーニング。

やっていたことはランスターと同じか、それ以上の努力。

 

ただ、まだ成人していない少女の体はその努力についていけず。

 

 

その結果が、ベッドに横たわる彼女の姿。

二度と歩けなくなるかもしれなくなる、大怪我。

 

高町は自身の過去を教訓とし、教え子に伝えようとしていた。

自分のような思いをして欲しくないから。彼女の教導は、そういうものだ。

 

 

 

 

 

 

「自分の力を越えてでも、無理してやらなきゃいけないことは確かにあるよ」

 

映像が終わり、シャマルが同時に呟き、シグナムが続く。

 

「だが、お前がミスを犯したあの場面は、どうしても射たねばならん状況だったか。 あのミスはいったい誰の為だ。今日の模擬戦は、何の為だ」

 

俯く4人に、私達から伝えることはそれだけだ、と言い席を立つシグナム達。

 

健はそれを追い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことがあったんですか……」

 

シグナムから事の終始を聞いた健。

ランスターの暴走とも言える行為は、もしかしたら、と思い、自分とランスターの対話をシグナムに伝える。

 

「やっぱり、俺のせいで思いつめてしまったんでしょうか……」

 

「さて、な。あれは元よりそういう人間であっただけかもしれん」

 

「……それでも、後でランスターさんに謝ります」

 

「そうか。それでお前達の気が済むのならそうするといい」

 

健はほぅ、と息を吐き出し窓から見える月に目を向ける。

 

「俺……甘かったです。魔法って使う人と使い方次第で、危険なものになるんですね。思い知らされました」

 

シグナムは満足そうに頷く。彼女が先の映像を健に見せた目的をきちんと理解した教え子に対して。

健は命懸けの戦いとは無縁の人生を送ってきている。魔法というものがどういうものであるのか理解出来ていなく、シグナムはそれを感じとっていた。

 

「怖気付いたか?」

 

シグナムの問いは単純だ。

一歩間違えば死に直面するこの世界で生きていく覚悟はあるか。

もちろん、一般人として生活する分には地球での生活と危険度は大差ない。それどころかこちらの方が安全なくらいだ。

ただ、戦いの道を選ぶのならばそうはいかない。シグナムの考えている世界は、戦いの世界。健はシグナムの問いに正直に答える。

 

「怖くないと言えば嘘になります。怪我をするのも、死ぬのも嫌ですからね」

 

でも、と続く。

 

「それでも俺はこの世界に、シグナム先生の隣に居たいです。怖くても、傷ついても。それが俺の人生ですから」

 

そうか、とだけ答えるシグナム。

健は半分プロポーズの気持ちで言ったのだが、顔色1つ変えないシグナムに少し不満を覚えた。

 

今度は逆に、健が問う。

 

「シグナム先生は、大怪我したりは、しませんよね?」

 

健の中で、シグナムはどの世界でも一番の実力者であると思っている。彼女より強い人を見たことがないというのが、そう至らしめる理由だ。

だから彼女が誰かに負ける姿が、イメージ出来ない。

健がシグナムに問うた内容は、シグナムは誰にも負けないから、というだけでなく。単純に愛する女性に傷ついて欲しくない。それだけだ。

 

 

シグナムはそんな想いと裏腹に、否定の言葉を返す。分からない、と。

 

「こんな仕事場だ。何が起こるとも限らん。そんな中で傷を絶対に負わないというのは不可能だ」

 

健が暗い表情を浮かべるのを見てか、シグナムは、だがと付け加えた。

 

「私は守護騎士だ。主を看取るその時まで絶対に死なん。主はやてを、最後の最後まで守り切る。それが私の存在意義だからな」

 

 

そこまで言って、シグナムも窓の外を見る。彼女の笑顔は夜空にこうこうと輝く月のようで。

 

――ついでだ。お前のことも、守ってやるさ。

 

 

健は初めて、彼女の笑顔に心を奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日早朝のこと。健はランスターに謝罪に向かった。

ランスターさん、と声をかけると走りよって来る。

先日のことを謝まろう、無責任なセリフだったと。口を開こうとすると。

 

 

「すみませんでしたっ!」

 

 

と何故かランスターの謝罪が先に入り、きっちり45度の礼もついてきた。

ランスターの服装は以前同様、白地の訓練着。俊敏な礼についてきた彼女の胸の大きな揺れを強調し、健の視線を釘付けにする。

 

「あ、あの、ランスターさん!?」

 

「私、進藤さんの言葉をねじ曲げて受け取ってました。努力の天才は、がむしゃらに努力するしかないって」

 

「頭! 頭上げてください!」

 

必死なセリフとは裏腹に、視線は空と胸を行き来している。

 

「そういうことじゃないんですよね。努力するにも、方法と程度があるって」

 

「は、はい……」

 

ランスターの礼はようやく解かれ、目を合わせようとする。健の目線は一定の位置にあらず、なかなか合うことはなかったが。

 

「ありがとうございます。進藤さんと、なのはさん達のおかげでようやく私自身と向き合えるようになりました」

 

「い、いえ。俺も、何も知らないくせにランスターさんに変なことを言って苦しめてしまって。すみませんでした」

 

「そんなことありません。あれで良かったんだと思います」

 

そう言うランスターには笑みが浮かんでいる。本心で思っているようだ、と判断する。

 

「これから、お互い『努力の天才』として、頑張っていきましょう。皆で一緒に、強くなりましょう!」

 

 

失礼します! と再び礼をして、遠くで見ていたナカジマのところへ帰っていった。

先日の一件でランスターも自分も一段階強くなれたかな、と健は思う。この調子なら、お互い道を誤ることはないだろうとも。

 

 

――皆で一緒に強くなろう、か。

 

 

健は最後のランスターの胸の揺れを思い浮かべながら、彼女の言葉を反芻した。




「ティアナが何をやらかしたのだろう」と期待していた人、ごめんなさい。
健がしたのは地球での立会でOHANASHIフラグを折ったのを再構築しただけです。微妙に一歩先にいきましたが。

ティアナヒロイン回と見せかけた健のパワーアップフラグ。ティアナがヒロインになるには情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ、そしてなによりもおっぱいが足りません。

しかしこの主人公、今までやったことはシグナムのOPIに惚れる→再会&敗北→逃走→ロストロギアに巻き込まれる→シグナムから生い立ちを聞く→逃走→ティアナに爆弾を投げつける。
ダメだこいつ……はやくなんとかしないと……。
一応地球内ではかなりの強キャラ設定なんですがね。地球人最強という設定ながら周りのパワーインフレについていけない地球人くらいの無駄設定。
健は美人な嫁さんをゲットできるのでしょうか。あの地球人のように。


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閑話  それぞれの呼び方

この夏で好きだった作者さんが帰ってきたり、久々に更新された作品があったり、美由希が目立ったりで創作意欲はMAXだったんですが。
姪が生まれたりで色々あったもんで更新がちょい遅れました。

今回は閑話です。見なくともあまり今後に影響のないほのぼの?な話。
微妙にキャラがぶれてます。


 

「ヴィータちゃんって見た目よりずっと大人なんですよね?」

 

先日のランスター撃墜より数日後の昼食時。ニンニクと唐辛子(地球のものとは厳密に言えば異なる物)等で味付けされたパスタを口へ運びながら健はふと気が付いたことを言葉にする。

 

「そうね。ヴィータちゃんや私達は大分昔から生きているから、進藤くんよりずっとお姉さんよ」

 

「稼働時期だけで言えばそう長くはないがお前の祖父母よりも、ずっとな」

 

答えたのはシャマルとシグナム。横にいる狼、ザフィーラを合わせた4人で食事中だ。別のテーブルにはランスターら新人グループ。彼女達のテーブルの上には凄まじい量のパスタが盛られた皿が2枚。ナカジマとエリオのものだ。2人は大男というわけでもないのにかなりの大食漢である。特にナカジマはいい年齢の女性であるが、体重等は気にしないのだろうか、と健も初めて見た時は気にしたものだ。健に近づいてきた女性というのは、誰も彼もカロリーを気にしていたものだった為に、余計に。

 

健もナカジマ達ほどではないが多く盛られたパスタを食べ進みながら、話を続ける。

 

「年上となると、呼び方や話し方を変えた方がいいんでしょうか。それに俺はヴィータちゃん達から保護を受けている立場ですし」

 

健の現在の立場は正規の管理局員でも嘱託でも、民間協力者ない。ロストロギアの影響を受けて保護されているだけだ。故に、健は基本的にここの局員達に敬語で話す。エリオやキャロ、ヴィータやリインに対してはどう努力しても「ただの子供」にしか見えず、敬語が使えなかった。彼ら彼女らの魔法を幾度と見ても、なお、である。

 

「どうだろうな。無理をしてまで変える必要はないと思うが……」

 

「ヴィータちゃん、子供扱いされるの嫌いだから……はやてちゃん以外からは……」

 

シグナム達が難しい顔をしているところへ、スッとテーブルの上へ食事が乗ったお盆が1つ、置かれた。置いたのは件の少女、ヴィータだ。よぅ、とそこにいた人達に一声かけ、椅子に座る。

 

「あたしは構わねーぞ。今のままの呼び方で」

 

どうやら先の会話が聞こえていたようだ。そう言ってからパスタを口に運ぶヴィータ。彼女のものは唐辛子が少ないようにも見える。

 

「いいの……ですか?」

 

なんとか敬語を使って話す健にヴィータは、おぅ、と小さく頷く。

 

「扱いを変えようとしただけで十分だ。お前はあたしの部下ってわけじゃねーしな」

 

この会話を聞いていたのか、ナカジマが興味深そうにこちらを見ている。その視線に気付いてか「部下で舐めた口きくならアイゼンの頑固な汚れにしてやるけどな」と加え、ナカジマは罰が悪そうに彼女の前にある食事に目を向けた。

 

ヴィータの言葉に健は彼女への評価を高いところまで上げた。彼女なりにコンプレックスがあるであろうことを、寛大な心で許したことを。健から感嘆の声が小さく漏れた。

 

「……んだよ」

 

「いや、ヴィータちゃんって本当に大人だね」

今度はヴィータが驚く。健の感嘆の声を、馬鹿にしていると受け取りやや不機嫌に返したところ出てきたのがこの言葉だったからだ。『大人。』

これはヴィータにとって憧れの言葉でもある。無理をしてブラックコーヒーを飲んだ時も、ファミリーレストランで大好きなオムライスを頼まずに焼き魚定食を頼んだ時も言われなかった一言。

その一言に、ヴィータは――

 

「そ、そうか? いや、良くわかってるじゃねーか! いやー進藤! お前はたいした奴だ!」

 

――すっかり気分を良くしてしまった。

 

「おっし、あたしのデザートをやろう! なんたってあたしは大人だからな!」

 

生クリームとフルーツが乗った小皿を健のお盆へ移動させる。その行動に「やっぱり子供なんだな」と思う健であった。

シャマルがいい笑顔をしていると、そこに3人の女性が近寄ってくる。

 

「お、珍しいやん。ヴィータがデザートを人に譲るなんて。何かあったん?」

 

「こんにちはー」

 

八神、高町、テスタロッサだ。3人の休憩時間が重なったらしく同時に現れた。シャマルが先ほどのやりとりを説明すると3人はいい笑顔を浮かべた。

 

「進藤くん、なかなかヴィータの扱い方を心がけてるなぁ。シグナムからヴィータ狙いに切り替えたん?」

 

 

ただし、八神は少しだけ意地悪い笑顔。

健は八神のことが苦手である。好きか嫌いかでいえば好きだ。嫌いではない。

以前のロストロギアの影響で健は昔の八神のことを鮮明に覚えている。その時は、今のように意地の悪い笑顔を浮かべるような少女ではなかった。今とのギャップにより苦手意識が植え付けられる。

 

「何いってるんですか八神さん。俺は先生一筋ですよ」

 

顔色を変えずに返す。その際シグナムを見るが彼女も顔色1つ変えず、健はまたしても不満を覚えた。

 

「うーん、つまらんなぁ」

 

八神は八神なりに不満があり、それを見ていた高町達は苦笑する。八神が“健で遊んでいる”ことを彼女達は分かっている。

すると、八神は何かを思いついたようで口角を釣り上げる。

 

「なぁ進藤くん? 私のこと名字やなくて名前で呼んでくれん? はやて、って」

 

「はぁ……八神さんが良いならそうさせて貰いますけど、どうしたんですか急に」

 

唐突なセリフに驚きつつも了承するも、脈絡のなさに疑問をもつ。八神は狸の尻尾、というより小悪魔チックな尻尾を生やして(本当に生えているわけではない)微笑む。

 

「いやぁ、進藤くんがシグナムと結婚するなら私達、家族やん? 早めに慣らしておいた方がえぇかなーって」

 

ヴィータとシャマルは口に含んでいたものを吐き出し、健はなるほど、と頷く。テスタロッサ達は「はやての家族なら、私達とも深い仲だから私達も名前で呼ぼう」と提案。 しかしながら、シグナムは。

 

カチリ、と金属製のフォークをテーブルの上に置く音。置いたのはもちろんシグナムだ。

普段とは異なる雰囲気を作り出した彼女は、同じテーブルだけではなく同室の全員を身に纏った空気だけで黙らせた。

 

「主」

 

問いかけに、八神はビクリとする。シグナムが怒っていることを感じ取れたのは八神がシグナムの主だからではなく、それだけの気迫があったからだ。

 

「主は、私が進藤に負ける、と。そう仰るのですか」

 

健とシグナムの間には、1つの約束がある。

「進藤がシグナムに剣道で勝てば結婚する」という10年前からの約束。

2人が結婚するということは、すなわちシグナムは健に敗北を記している。

シグナムは、八神がそれを意図しての発言だと思ったのだ。

シグナムは八神に対して怒ることなど、そうは無い。

今回シグナムが怒ったのは、八神が彼女に、騎士として信頼していない、と感じ取った。それが理由。

 

もっとも、怒るというより悲しみの感情に近いのだけれど。

 

八神は慌てた。彼女の守護騎士がここまで八神に対して不機嫌になることなど、記憶の中では一度きり。

ヴィータが大事にとっておいた、とある店の限定アイスを間違えて食べてしまった時だけ。あの時は高町の両親が経営する翠屋のシュークリーム5つで機嫌を取り戻したが。

シグナムに至っては初めてであり対処の仕方がわからなかった。

 

「い、嫌やなシグナム。シグナムが一対一で負けるはずがないやろ? でも進藤くんかてずっとシグナムのこと想ってるんやし、そういうことにならんとは限らんやん?」

 

そもそも、八神の先の一言、結婚するかもしれないというのは本心からの言葉ではない。

 

健は少なくとも10年はシグナムを追い続けている男。他の女性を追ったことがないことも、友人からの情報で伝わっている。

だがロストロギアの影響でそれも変化してしまって、健は女性特有の豊かな実りが好きになってしまっている(と八神は考えている)。

最低限、それを治療して、出来れば魔導師としての実力も執務官クラスは欲しい。そうでもなければ大事な家族を嫁にやることなど出来ないと、そう考える。

 

もちろん守護騎士が自身の意志で誰かと共に生きたい、と強く願ったうえで、だ。

 

そうなるうえで、守護騎士が恋愛に目覚めることは必須だ。

今のところ守護騎士達がそういった恋愛事情を八神に話したことはない。

人として恋愛してもらいたいという願いも、彼女にはあり、きっかけになればと焚き付けたのだが。それは失敗したようで。

 

八神や、シャマルのフォローにも耳を貸さなくなってしまった。

 

健はと言うと何か思いついたようで、先ほどの八神と同じく口角を上げる。

 

「八神さん……いえ、はやてさんの言う通りですね。どうか皆さん、俺のことも『健』とお呼びください」

 

と焚き付け。

 

「貴様……。良いだろう。訓練場にこい。実力差を思い知らせてやろう」

 

シグナムは怒る。

 

 

――こんなはずやなかったんやけどなぁ。

 

八神の呟きは、高町とテスタロッサだけに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 

 

 

 

 

「それじゃ、私のことはなのはで」

 

「わかりました。なのはさん」

 

シグナムをどうにか落ち着かせ各人への呼び方を確かめあう。健はだいたい「健」か「健くん」と呼ばれることに。シグナムからは変わらずに「進藤」と。

健としてもシグナムからの呼ばれ方を変えてもらう気はない。変えるときは、結婚が決まった時だけだ。

 

八神と守護騎士、それに高町が確認しあい、同テーブル場で残っているのはテスタロッサだけだ。

だが……

 

 

「私はフェイトって呼んでください」

 

テスタロッサの言葉に、健は一向に頷かず、視線があわず。

 

健はテスタロッサのことが八神とは別ベクトルで苦手だ。

好きか嫌いかで言われれば、好き。それもかなりの位置で。

苦手な理由、好きな理由は敢えて語らない。

 

(どうしようなのは。私、彼に失礼なことでもしちゃったのかな?)

 

(うーん……わからないなぁ……)

 

健の様子を見て高町、テスタロッサが念話でやりとりをする。テスタロッサの疑念は分からないでもないが、彼女は悪くない。「悪」があるとするならば、それは彼女の、数多の男を魅了する豊満な体だけだ。

そういう点では健の反応は仕方ない。仕方ないのである。

 

「あの……?」

 

耐えかねたテスタロッサが声をかけてみると、健は一旦背けていた顔を彼女へ向けるがすぐに下を向き左右へブンブンと頭を振る。

 

またか、とそこにいた一同が思う。

ロストロギアの影響か、時々こうして頭を振る健。理由はいまだに分からないが、八神だけは明確に理解していたりする。というか、あれだけあからさまな視線に気が付かない友人、部下、家族に八神は小さな不安感を覚えている。

もっともあからさまだと感じるのは八神が「健の同胞」であるからであり、健の視線はそうそう見破れるものではないのだが。

 

いつまでも硬直状態が続くもので、しょうがない、と八神は助け船を出すことにした。先ほどのお返しも込めて。

 

(健くん?)

 

(やが……はやてさん。なんですか?)

 

(健くん、ゆーたよな?『シグナム一筋』って)

 

瞬間、健は八神を見やる。凄まじい速度だったもので周りは驚いている。

だがそれ以上に健は驚いている。

 

――バレた!?

 

気を付けていたはずだが、それを看破されてしまった。シグナムの家族である八神に、自分の視線を。

家族であるなら当然シグナムの耳に入るであろう。「健が女性の胸に見惚れている」ことを。

 

嫌な汗が流れる。誤魔化すにも先の反応で、八神の推測は正解であると伝えてしまった。どうすれば――。

 

(八神さん、違うんです!これは……とにかく違うんです! 俺は本当に先生が……)

 

(あはは、わかっとるよ。とにかく、このままだと怪しまれてまうで?)

 

何をどう分かっているのか。それはともかく、八神が助けてくれようとしているのは健にもなんとなく理解出来た。

 

(……どうすれば、いいですか)

 

(普通にフェイトちゃんを名前で呼べばえぇやん。フェイトちゃんに気があることバレたくないなら、普通が一番やで)

 

(気があるとかそんなんじゃ……わかりました。それで、俺は八神さんに何をすればいいんですか?)

 

(は?)

 

八神には健の言葉がわからなかった。八神が健に何かを求めているようだが、繋がりが分からない。

 

――あぁ、そういうこと。

 

健は、八神から脅しをかけられていると思っている。「シグナムに伝えられたくなければ」と。

 

――私って信用ないなぁ。

 

(あはは……別になんもせんでえぇよ? 保護してる人の秘密を誰かに言ったりするほど口は軽くないでー。フェイトちゃんに害を及ぼすようなら話は別やけど)

 

(そう……ですか。ありがとうございます。じゃあ何故揺さぶりをかけたんですか?)

 

(いや、面白くなるかなーって)

 

 

一旦は評価を上げた八神だが、すぐさま落とされた。

これが彼女が彼女たる由縁である。

 

 

「あの……?」

 

念話の間中、黙ってくれていたテスタロッサがようやく声をかける。八神と念話をしていたのは、その場の全員にバレている。視線で丸分かりだ。さすがに内容までは分かっていないが。

 

「すみませんテスタロッサさん。これからはフェイトさんと呼ばせてもらうので、俺もどうか健と呼んでください」

 

「は、はい。 よろしく、健」

 

ようやく名前を呼ばれたことを安堵してか、これまた普通の男を魅了する笑顔を浮かべたテスタロッサ。

 

 

だが健の視線は、もちろん。




地文で名字読みと名前読みのキャラの差は、健の呼び方という設定だったりします。
シグナム、ヴィータ、キャロ、エリオ等に対して高町、テスタロッサ、八神等。ハラオウンでなくテスタロッサなのも、シグナムにまねてのテスタロッサ呼びでしたので。

次回は時間をぶっとばしてヴィヴィオタソとの会合。修行編とかいりません!


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第6話

お気に入り1000件突破! ありがとうございます!

最近ディアーチェが可愛すぎてやる夫系スレ読みあさってます。マテ娘sは可愛いなぁ。

それでは第6話、どうぞ。


「やだ……」

 

あれからの事。「みんなで一緒に強くなろう」の言葉により、健は新人4人に混ざり訓練をすることにした。もちろん4人のフォーメーション、コンビネーションの邪魔になるようなものには参加せず、個人技術や基礎トレーニングにだ。指導員も数が限られており満足のいく練習はそう出来るものではなく、代わりに4人の練習内容を見て盗むことにした。

特に注目したのはスバル・ナカジマ。敵からの重い攻撃を受けても飛ばされない足の踏み方、防御魔法の使い方。これは健にとってかなり必要な技術だ。

シグナムの一撃は、重い。躱せるものではないし、受けとめるたびあちこちに飛ばされるようでは話にならない。

その他にも同じ接近型の魔導師として見習うことが、多々あるために注目した。

 

けっして、彼女の胸目当てではない。

 

 

「行っちゃやだ…………」

 

 

 

そんな訓練漬けの日々の中、新人4人は丸一日、とはいかないまでも1日近い休みを貰い町に出かけて、そこで大きな争いが起きた。

集団による、レリック強奪。

レリックというのは現在六課が追い求めるロストロギア。以前よりガジェットと呼ばれる機械によりレリックが狙われていたが、今回出てきたのは人型。それが機械であるかは今の状態では断定出来ないが、一連のガジェットによる襲撃と同一犯による可能性が高いのではないか、とされる。

 

仲間を失いかねない戦いもあったのだが、それすらも健の耳には入って来ていない。あくまで保護観察者だからだ。

もっとも、聞かれれば答えるだろうし、話したところでなんらかの罰があるわけではない。ただ報告の義務がない。それだけだ。

 

 

「いっちゃやだぁぁあああ!!」

 

さて、先ほどから駄々をこねる少女の叫び声がこだましているが、発信源である少女はその事件の最中で保護した人物だ。

治療と診断を行い、健と同じく保護という形で六課へ迎えた。

なのはとシグナムが少女の様子を伺いに訪れたところ、えらくなのはに懐いてしまいこうして六課へ連れてきたというのが本来の姿である。

 

少女が泣き叫ぶ理由は、懐いたなのはが仕事で六課を離れねばならず少女と一旦離れ離れになることを伝えたところ、こうなってしまった。

新人4人もなのはのヘルプへ向かったのだが、敢えなく撃沈。さぁどうしよう、というのが現状だ。

 

「だからね、すぐ帰ってくるから。ちょっと我慢してて欲しいな?

 

「やだ!」

 

なのはの説得は全く通じず、繰り返すだけで進歩はない。懐いてくれたことには安心したものの、ここまでになるとは、なのはには予想がつかなかった。

困り果てたところに、一度部屋を訪れ、またどこかへ出ていった健が帰ってきた。手には輪状の糸が。

 

(っと、健くん? それは?)

 

(ちょっと……。上手くいくかわかりませんけど。まぁやってみるだけです)

 

少女の前に座り、糸を見せ付けるように手を伸ばす。糸を両手で器用に組み、指で糸を引っ張ったり、離したり。

目まぐるしく変化する糸の形状に、少女は少なからず興味を示す。

何度形を変えたかわからなくなったころ、ようやく指の動きが止まる。指で支えられ、器用に編み込まれた三角状の糸。

 

「じゃーん、東京タワー」

 

健が作ったのは、「あやとり」での東京タワー。「東京タワー」の意味は少女にはわからなかったものの、少女の気を紛らわす一品には成れたようで。少女の目に未だ涙は溜まっているものの、声を荒げることはなく、ジッと魅入っている。

 

「少しの間、俺と遊ばない? なのはさんがお仕事から帰ってくるまで、これ、教えるから。で、帰ってきたらキミがなのはさんにこれ、教えてあげよう。どうかな?」

 

話す間も、一度崩した糸を再度組み立て、あっという間に次の作品を作る。

 

「じゃーん、亀ー」

 

亀は理解出来たから、なのか。なのはを掴んでいた手を、片手だけ離し糸に向かって手を伸ばしてきた。

 

「どうかな?」

 

伸ばした手を、引っ込める。興味はあるものの、やはりなのはとは離れたくないようだ。そこでなのはは追い討ちをかけた。

 

「ね、ヴィヴィオ。私が帰ってくるまで教えてもらって? 帰ってきたら、私がヴィヴィオから教えてもらうから。どう?」

なのはの提案に、うん、と小さく頷きようやく手を離した。

 

「驚いたなぁ。健くん、子供あやすの上手やねぇ」

 

「うん。私もビックリしたよ」

 

いつの間にか部屋にはフェイトとはやてが増えていた。セリフから察するに、早い段階で部屋に入っていたのだろう。健の様子を見て、邪魔すまいと黙っていたようで、突然背後から聞こえた上司の声に新人4人は大層驚いていた。

フェイトとはやては少女に近寄り挨拶を交わす。なのはが2人を少女に紹介したところで健は口を開いた。

 

「やっぱり女の子ってあやとりとか好きなんですね。試してみて正解でした」

 

「私も小さい時ようやったわ。健くん、よくやり方覚えてたなぁ。私はもう全然覚えとらんよ」

 

「今でも時々やりますからね。道場で小さい子と遊んだりしましたから」

 

健の場合あやとりは最近になって覚えた、が正しい。シグナムに会う前は剣道と球技に夢中で、会ってからはそれどころではなかった。

道場では健のメディアでの宣伝効果からか門下生が多く、小さい子供も多数いる。そういう子とも繋がりはあるし、その為に覚えた遊びの一つだ。

 

「あやとりかぁ……知ってはいるけど、見たことなかったよ」

 

「聖祥でやってた子、いなかったからね。私も小さい時お母さんに教わって、それっきりだなぁ」

 

「へぇー、これなのはさん達の世界の文化なんですか? 面白いですね!」

 

なのは達が思い出を語り、スバルは少女と同等の反応を見せる。

 

(あの、お仕事は……?)

 

唯一冷静だったティアナに念話を送られ、そそくさとなのは達は退室した。

少女がなのはがいなくなり寂しそうにしているのを見て、自分のやるべきことを思い出した。

 

「俺は、健。キミのお名前は?」

 

床に落ちているウサギのぬいぐるみを手渡すと恐る恐る受け取り、しばらく硬直。

健の目を見て、ようやく

 

「ヴィヴィオ……」

 

自分の名を、口にした。

 

子供というのは一度心を許した相手とはとことん仲良くなれるもので、ヴィヴィオは健によく懐いた。

仕事があるにもかかわらず健とヴィヴィオを見守ることにしたエリオとキャロの分のあやとりの糸を用意し、4人で遊ぶこととなった。

ちなみにスバルとティアナはエリオ達の分の仕事を引き受けた為、退出している。

 

ヴィヴィオは賢い子供であるようで、すんなりあやとりの基礎知識を身につけ、1時間程度で「東京タワー」を作りだすことに成功した。といっても健が一手順ずつ教えながらだが。

「出来た!」と健に嬉しそうに見せるヴィヴィオの横で、同じくらい嬉しそうなキャロ。幼くして管理局に勤めているとはいえ、彼女はまだ10歳。地球で暮らす子供に比べれば断然大人びているものの、少女の粋を出ない彼女には、無理もない姿であろう。

 

「東京タワー」を教えた後は複数人でのあやとりのやり方を教えた。一人がまず簡単な型を作り、別の者が両手でいくつか糸を取り、相手の手から外して、自分の手の中で型を張ってみせる、という遊びだ。

型が崩れたりほどけてしまうと負け、という勝負でもあるのだが、それを伝えることはしなかった。協力して長く続けられたほうが、地球の子供には人気があったからだ。

やり方をある程度伝えるとすぐに理解したようで、今ではヴィヴィオとキャロの2人で夢中で遊んでいて、健達はそれを微笑ましく見つめる。

一段落ついたところで、ようやく健の疑問を解消することになった。

 

(ところで、この子はいったいなんなの? なのはさんのご家族かな?)

 

(いえ、実は……)

 

と、エリオによってヴィヴィオが六課に来るまでの経緯を説明された。

 

(それで、母親を探しているみたいんですが……)

 

(ふぅん。お母さんは無事でいるのかな。無事だといいけど……)

 

(どうでしょう……そもそも、母親がいるかどうかすら……この子は、人造魔導師と聞いてますから)

 

人造魔導師というのは、読んで字の如く、人の手で“造”られた人間のこと。地球同様、人間を造ることはこの世界においても禁忌とされているが、悲しいことにこういった違法研究は後を絶たない。

エリオの説明を受け、健はわずかに顔を歪ませる。

 

(親無き子、かぁ。こういうことって、この世界ではよくあること?)

 

(よくあるという程ではないですが、けして珍しいというわけでもありません。現に……)

 

 

――僕自身が“そう”ですから。

 

(現に……?)

 

(いえ、なんでもありません)

 

それを最後に念話は途切れた。健が自分を気遣うだろうと考えたエリオと、なにやら事情があるエリオに対して気遣った、2人なりの配慮だろう。

いまだに続く、あやとりの行く先を見つめるのみだった。

 

 

 

 

あやとりの後、紙をいくつか持ってきて紙ヒコーキを作り飛ばして遊んでいると、なのはとフェイトが帰ってきた。ヴィヴィオはすぐさまなのはに走り寄り、健に小さな嫉妬心を生ませた。ヴィヴィオが置いていったぬいぐるみを渡そうと近寄ると、自己紹介中だったフェイトがそれを使っての巧みな話術で少女の心を掴んだ。

それを見てようやくお役御免になったと判断し、別れを告げて外へ出た。

 

剣を振りながら今日1日のことを思い出す。人造魔導師だという、ヴィヴィオのこと。

親は、おそらくいないだろうとされる。幸せか不幸せかと言うのは本人の決めるところではあるが、親を求めている少女にとっては不幸せなのだろうと思う。

里親を探す方向で動くつもりらしいが、どうなることやら。

こうなったら、いっそ――。

 

 

「剣が弱いぞ、進藤」

 

考え事をしていると背後から声がかかる。稽古に集中出来ていないことを見抜いた人物は、シグナムだった。

 

「考え事か?」

 

「えぇ先生。あの子、ヴィヴィオのことなんですけど……」

 

「ヴィヴィオ? あれがどうかしたか?」

 

はい、と返し、もう一度少女のことを思い出す。

親がいないのならば――。

 

 

 

 

 

 

 

「シグナム先生。あの子の親になってもらえませんか?」

 

 

 

 

「……は?」

 

 

人ならざる者である身のシグナム。シグナムは子を宿すことが出来ない。それは確定であり、今後変わることはおそらくないだろう。

子が必要とは健は思っていないが、シグナムはどうであろう。もしかしたら子が欲しいのではないか。

ならば、親がいないヴィヴィオと、子が出来ない健達との関係はWin―Winではないか?

加えてシグナムが子供を引き取れば危険から少しだけでも遠ざかるようになるだろう、とも。「子供を育てる」ということを些か甘く見ている節があるものの、3人の幸せへ繋がるだろう。

 

健はそう考えた。

 

健が「自分が引き取る」と言わないのは、彼が現段階では「ニート」であるためだ。

 

「何を言っているんだお前は……」

 

「いい案だと思うんですけど……」

 

「私との結婚が決まったわけではないだろう。それに私は……親には向かん」

 

「誰だって最初は親には向いてないと思いますよ。まぁ、先生が今は駄目でしたらはやてさんに預かってもらうとかはどうでしょう?」

 

「……一応、話してみよう」

 

そう残して去っていった。

シグナムが実際にはやてに話したかどうかは、健には分からなかった。

 

 

それからしばらくの時が流れた。

いつの間にかヴィヴィオはなのはとフェイトを「ママ」と呼び、健の目論見はあえなく撃沈。

それでもヴィヴィオが健に懐いていることには変わりなく、なのは達が訓練や仕事で忙しい時はザフィーラと共に面倒をみている。

最近では屋内ではなく外で遊ぶことも増えたため、空いた時間で魔法の練習もすることが出来た。

健がいつも通りデバイスを振るっていると、ヴィヴィオはジッとその様子を見つめている。

 

「それ、たのしいの?」

 

同じ動作を繰り返す健に、そう尋ねた。ヴィヴィオの中では健は「好きなことをずっとやっている人」という立ち位置であるため、こういった鍛練も楽しいものなのかと考えた。

 

「楽しいか……はどうかは分からないけど、好きだからね。こうするのが。ヴィヴィオもやってみる?」

 

少し迷った後、うん、と頷いた。

デバイスをそのまま渡すわけにもいかない為、一旦部屋に戻り地球から持ってきた竹刀を渡しすと嬉しそうに竹刀を持つが……

 

「おもい……」

 

この竹刀は大人用のもので、重さは少女に自由に扱えるようなものではない。子供用の竹刀を用意しようかと思うが、ここは地球でないことを思い出して断念する。

 

「ヴィヴィオには、まだ早いかな?」

 

「むー……」

 

ムキになり竹刀を振り回し、御しきれず転んでしまい、泣き出しそうになるのをあやす健。

 

 

六課には、そんな微笑ましい光景があった。

 

 

 

 

 

そしてその光景は、これからわずか1週間後に壊されることとなる。




ヴィヴィオ「なのはママ、フェイトママ、それからパパ」
健「HAHAHA」

nice boat.

日本人なので「V」の発音が上手くいかず「ビビオ?」「ヴィヴィオ!」「ビビオ?」「ヴィヴィオ!」というやりとりを考えましたがその前にヴィータちゃんがいたことを忘れてました。

さて、次回は六課襲撃戦です。vsディードおっぱい。
本来ルーテシアとガリューが乗り込んでくるところですが……そこはザフィーラの旦那に頑張ってもらいましょう。
早ければあと2話で完結です。ヴァイスとのおっぱい談義をやればよかったなぁといまさら後悔。


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第7話

日常の崩壊は唐突に訪れるものだ。ジワジワと蝕む形もあれど、被害を受ける者としては突然訪れたと錯覚しやすい。六課も、背後に蠢く悪の意志を読み取れず、結果として健の日常は崩壊した。

 

 

 

  第7話 不屈の心

 

 

この日の六課は慌ただしかった。一つ、大きな仕事がありシグナム、なのは、ヴィータは一足先に現場に向かうため前日から六課を開けており、残りの前線メンバーも朝から出発した。

この一仕事が終われば小休止を挟める。そのはずではあった。

 

事が起きたのは、昼になる少し前のことだった。健がヴィヴィオやザフィーラといつも通りに過ごしていると、突如隊舎内に警報が鳴り響く。ザフィーラの行動は早く、健にヴィヴィオを連れて安全な場所へ向かうように指示を飛ばし、駆けていった。

警報の原因は、大量のガジェットと、2人の戦闘機人。

目的は不明だが六課への襲撃を企んでいることは明白。ザフィーラとシャマルが前線メンバーに入っていなかったことが幸いし、2人と少数の六課の隊員が撃墜へ向かった。

 

 

ザフィーラとシャマルは人間ではない。シグナムと同じプログラム体、守護騎士。それが彼らだ。

百もの年月を生き、万を越える戦をしてきた、歴戦の騎士、ヴォルケンリッター。

4人と夜天の主がそろえば敵はいないとされる、守護騎士。

 

ガジェットをみるみる殲滅し、戦闘機人2名を押さえ込む。コレが彼らの実力だ。主に留守を任される身として、絶対に負けるわけにはいかなかった。

 

ザフィーラとしては、毎日の健の稽古はここでも活かされていた、と思う。健自身は未だ隊舎内にいるが、役に立ったものはザフィーラへの経験。

剣を振るう姿はすでにザフィーラの頭にインプットされ、機人が扱う二刀流に対する間合いが取りやすい。武器の間合いがほぼ同じだったことが幸いし、回避と防御のとる比率を確定させた。

しかし、天秤はいつまでも六課へ傾かなかった。

以前確認されていた召喚士の少女と、その召喚獣が現れた。

多量のガジェット、機人2人に加え、新たな強者。

 

天秤は一気に傾く。

 

いくらヴォルケンリッターといえど、多勢に無勢だ。防衛ラインは後退していき、シャマルは倒れ、ガジェットの侵入を許してしまう。

そしてザフィーラも、機人の強烈な一撃を受け、倒れる。

機人の一人がすぐさま隊舎内に入っていった。

 

機人と少女達も、続いて歩みを始めようとするが――

 

 

ザフィーラは、立ちふさがる。

 

 

この負傷に、シャマルの不在。

ザフィーラは、勝つことは不可能だと理解している。だがそれでも立たねばならない。

 

盾の守護獣、ザフィーラ。

 

それが彼に与えられた名前だから。

 

勝たなくともいい。ただ、立ちふさがるのだ。こらえれば、必ず応援がくる。

不覚にも通してしまった一人を、「あいつ」がなんとかしてくれる。

無謀にもシグナムに勝つと明言する、愚かな青年を。

信じて。

 

 

 

 

警報が鳴り響いてからしばらくして。隊舎内にガジェットが入り込んできた。

健も戦おうとデバイスを起動させたが、局員に止められた。我々に任せて、健はヴィヴィオを頼む、と。

ヴィヴィオは寮母のアイナに抱きついたまま、震えている。今ここで懐いている健が離れれば、さらなる恐怖を与えてしまう。

唇を噛みしめ、踏みとどまる。

 

局員達も善戦したが、相手が悪かった。ザフィーラとシャマルを、数の理があれど打ち破ったのだ。

戦闘をメインとせずに管理局に勤めてきた彼らには、荷が重かった。

やがて、機人と健が対立する。

健の頭に一番に入ってきた情報は、機人が着る奇妙なボディスーツ。青を基調とする、体にピッチリと密着しているものだ。体のスタイルも丸分かりだった。もちろん、女性特有の膨らみも。健はそれを見て謎の襲撃者が女性であると知った。

次に入った情報は、両手に握られた鈍い光を放つ刀剣。自分と同じ剣士タイプの魔導士。

それを見て、健は尻込みする。

健は魔法世界の住人に未だ勝利の経験はない。単に試合回数が少ない、というのもある。相手がシグナムという、歴戦の騎士だけだということもある。

しかしながら勝利の経験がないという結果は健に重くのしかかる。勝てないかもしれない。負ければどうなるのか分からない。

痛いのはイヤだ。

怖いのもイヤだ。

健はあくまで地球、それも平和な地域で育った人間だ。争い事もほとんどなく平和に生きた青年に戦場という舞台は、あまりに大き過ぎる。「経験がない」という事実は、それだけで重い鎖になるのだ。

 

 

――しかし。

 

健はチラリと横を見る。

アイナにしがみつき、すでに泣いてしまっているヴィヴィオ。こんな娘がいたら、幸せな人生がおくれるだろうと思った少女。

自分が敗れれば、この少女の身にも何が起きるか分からない。

すでに局員達は敗れ、残すのは自分だけ。

ならば、やるしかない。

 

 

震える手足をなんとか動かし、デバイスである剣を構える。いつもと同じ、10年間繰り返した正眼の構え。

すると、手足の震えは嘘のように消え去り、相手をしっかりと見据えることが出来た。

少々余裕が出来たのか、女性の胸部を見て頬を赤らめた。

 

「経験がないということ」は重い鎖になれど、「経験」は確かな力になる。

この場合の経験は、もちろん剣道。いつも通りの構えは、健の心情を整える。

ただ単にいつも通りの行動が、いつも通りの力を引き出すわけではない。

 

『剣道は剣の理法による人間形成の道である』

 

剣道という、健の10年間歩いた道。

 

それが、初めて健の力になる。

 

 

戦いが始まった。

相手が健と同じクロスレンジ特化型の魔導士であったことが幸いし、どうにか打ち合えている。もし機人がミドルレンジ、あるいはロングレンジもこなすならば健は手も足も出ず、防御一辺倒になっていただろう。

しかし、運命は健に味方をするばかりではない。

機人の使う、二刀流。これが健の感性を鈍らす。二刀流は剣道にも存在し、健も幾度と無く対戦したことがある。だが今戦っているものとは、少し異なる。刀剣の長さが一番の原因であろう。

地球の二刀流は、両の竹刀を片手で振るうために、普通の竹刀より短い。間合いの短さを手数でカバーするものだ。

それに対しこの機人の刀剣は、普通の竹刀の長さに近い。普通だったら振るう速度が減少するが、ここは魔法世界。速度は格段である。

そのわずかな間合いの違いが、健の敵となっている。

 

健にとっての不幸はこれだけではない。

 

戦いの最中。

つばぜり合いから身を離し、同時に機人の右胴部向かって振る。

「引き胴」と呼ばれる剣道での一撃は、華麗に機人にあたる。剣道であれば確実に一本取れる代物であった。

機人は上体を大きく揺らすが、それだけに留まる。

 

健の一撃は、単純に“軽い”のだ。

剣道は、「切る」のではなく「叩く」ものだ。単純に振り切るという動作に不慣れで、剣が当たったところで引いてしまう癖がある。これが一撃の威力を弱める原因になる。

健もそれは理解しているが、「じゃあ変えよう」と切り替え出来るほど器用ではない。意識して変えようとすれば無駄な力が入り、一撃を当てることさえ叶わない。

 

機人の攻撃は、少しずつ体力を削っていった。

 

左手の刀剣で頭目がけて放たれた一撃をデバイスで受け止め、次に右手の刀剣で左から来たのを小規模のプロテクション、防御魔法を張り防ぐ。

頭上の刀剣を払い、左手を打つ。一本だ。

機人は顔を歪ませるが、即座に距離をとる、と見せかけて突進し、両の剣を十字に構え、放つ。

デバイスで受けとめるものの、凄まじい威力で吹き飛ばされる。が、足に力を込め、踏みとどまる。

追撃がくる。今度はきっちりプロテクションで防ぐと同時に後ろに飛び、威力を軽減する。

 

「よくやれてる」と健は自分を評価する。3ヶ月前の自分ならばものの数秒でやられていただろう。今までのやりとりで自身の力の向上を、確かに感じる。

 

 

機人が飛びかかり、またも両手での一撃を放つ。一瞬、視界に入った胸の膨らみに気をとられ反応が遅れ、容赦なく健の体は壁に打ち付けられた。

すぐさま立ち上がり、剣を構える。

踏み込み、いくつかのフェイントを入れて逆胴を打つが受け止められ、逆に機人の一撃が健を襲う。

 

 

この頃になって、健と機人の決定的な違いが出始める。

それは「疲労」。

健は魔力で身体能力を向上させているが、肉体への疲労がないわけではない。徐々に剣を振るう速度が遅くなってきている。錬度の高いフェイトのような高レベルの魔法であればどうかはわからないが、低レベルの健の魔法は体を蝕んでいく。

機人は、体の大半が機械で出来ている。筋肉も少なからず内包しているが、戦闘に使われる部位は大部分が機械だ。魔力の枯渇はあれど、疲労というものはほとんどない。

 

入るはずの一刀が入らない。受けられるはずの一刀が受けられない。

その差異がダメージを蓄積し、徐々に大きな差へと成る。

 

健の反応も鈍り、受け止め切れない攻撃が襲う。

 

打ち合いからすでに5分が経過し、健が壁に打ち付けられた数が10を越える。

体は悲鳴をあげ、気を抜けばすぐに崩れ落ちてしまうだろうが、構えを解かず、ただ耐える。

胸を見やる余裕もすでに無くなっている。

バリアジャケットは展開されているが、幾度と無く打ち付けられた体からは出血が確認され、打撲も数ヶ所ではすまされないだろう。

それでも戦おうとしているのは、今も泣いているヴィヴィオのため。

 

――ではない。

 

健は「誰かのために生きる」ことは、おそらく出来ない。痛いのはイヤだ。怖いのもイヤだ。死ぬのなんて、もっとイヤだ。

 

では何故痛みに耐えて立ちふさがるのか。

 

答えは単純、自分の為だ。

 

健は一度だけ、こう言った。「シグナムの隣に立ちたい」と。

今この戦い、勝たねばいけないのだ。勝たねば、隣に立つことなんてもってのほかだ、と。健はそう思う。

強く凛々しい愛しの女性の隣に立つ為。それが健の、戦いの理由。

ヴィヴィオを守る為と立ち上がったあの時も、健の心の奥底は同じだった。シグナムの隣に立つ。それは、健にとって人生と同義なのだ。

 

大きく息を吐く。

 

目の前の相手に勝つために手段を探る。その間も打たれ飛ばされ無数の瓦礫を作りあげる。

幾度と繰り返されたところで、ようやくたどり着いた、たった一つの方法。端から見れば大博打。だが健には、絶対に決められる、絶対の自信。

距離をとり、健は“バリアジャケットを解いた”。

 

機人は健がバリアジャケットを解いたことでようやく安堵する。やけに粘る相手だった、とターゲットである少女に目を向けようとしたが……向けなかった。

 

相手は、未だに構えている。先ほどまでと同様の構え。何かをやらかすつもりなのだと推測する。

機人は、戦いを始めてからの違和感を、ここで解いた。

 

――なるほど。ここで“それ”を使いますか。

 

機人の違和感、それは――。

 

 

再び健へと視点を当てる。

健がやろうとしているのは、「突き」だ。全体重を乗せ、急所目がけて放つ一閃は、まさに必殺。

これならば力は足りる。だが当てられる自信は、健にはない。故の、バリアジャケット解除だ。防御は紙切れ同然になるが、重い鎧を脱ぎ捨てれば体が軽くなるのは必然。

健の「絶対の自信」というのは、策でもなんでもない。

自分が10年培った、剣道だけだ。

健は、剣道家。

それだけで十分な自信だった。

 

もう一度深呼吸をし、相手が来るのを待つ。

耐えて、耐えて――。

 

――今!

 

健の渾身の一撃が、放たれた。

 

 

さて、もう一度視点を機人へと移そう。

機人が感じていた違和感。

それは、自分の胸部への視線だ。

てっきり胸部への攻撃が待っているのかと思いきや全く無し。どういうことかと頭を捻らせていたが、ここでの伏線だったのかと思い当たった。

おそらく必殺技であろうものを放つ場所を胸部と決め、それのタイミングを計っていたのだろう。胸部ならば心臓があり、決定的な一打になるのは間違いない。

 

攻撃の箇所が分かれば、防御は難しくない。両手の刀剣でそれを受けとめてしまえば、残るのは剥き身の体だ。今度こそ、立てないだろう。

 

ならば。

 

機人は駆け、健に襲いかかる。

 

わざと胸部への隙を作るように、攻撃のフリをする。

 

――来た!

 

雷のような一閃が、胸部へ放たれる。

機人は、刀剣を交差して受けとめ――

 

 

 

――られなかった。

 

 

一閃が、“伸びた”。

 

受け止めるはずの刀剣のわずかに上を通り過ぎた。

 

健の一閃は、もちろん軌道を変えていない。機人が“伸びた”と錯覚したのは、まさしく幻。

始めから、喉へ向かって一直線だった。

 

機人は、健という青年……いや、「男」を理解していなかった。

それが、機人の敗北理由。

 

健は、勝利を確信し。

機人は敗北を受け入れようとした、一閃が喉へ突き刺さる直前。

 

 

 

『健の体に黒い何かが衝突し、健はそのまま壁に叩きつけられた』。

 

バリアジャケット無しで打ち付けられた健は頭部を強打し、そのまま意識を手放した。

 

健は、敗北した。

 

敗北理由はただ一つ。

ここは、試合会場でもなく、決戦場でもなく。

「戦場」であると理解していなかったことだ。

 

健が意識を手放したあと、それまで一度も開かれなかった機人の口から音が漏れる。

 

「助かりました」

 

健を襲った黒い正体。

それは、召喚獣。

ザフィーラを退け、ここまでたどり着いてしまった。

召喚獣は何も答えない。召喚者の少女でも、彼の声は聞いたことはおそらくないだろう。

2人はそれから何も言わず、任務を遂行した。

 




戦闘シーン難しすぎワロタのでほとんど省略。健を強くしすぎた感が否めない……。
シリアスなのかギャグなのかハッキリしないのも反省点ですね。しかしOPI好きにした時点でディードおっぱいが「突き」を誤認する展開は考えていたのでこうなりました。

バリアジャケット無しでスピードupはオリ設定です。実際はどうなんでしょう?フェイトそんのけしからんジャケットとはまた別物のつもりですけど、変じゃないですよね?


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閉幕

事件から1ヶ月と少し経ったころ。地球にいたならば植物状態か、最悪死に至る傷を負った健は、健が気絶し、機人達が目的としていたヴィヴィオを連れ去ったのと入れ替えに到着したキャロの治癒魔法や管理局、シャマルの治療を受け無事回復、退院した。

1週間は意識が戻らなかったが、重症でありながらたった1週間で目を覚ますことが出来たのは、キャロの治療を、時間を置かずに受けられたことが大きな理由だろう。

 

さて、時間を少し巻き戻し、健が目を覚ました頃を振り替えろう。

 

健の目に映った姿は、健の知らぬ人物であった。白衣を着た、看護師であり、彼女は即座に医師を呼び、様々な確認を取った。

 

健が知人と会えたのは、目を覚まして4時間が経過してからだった。

 

扉をノックする音に、どうぞ、と応えると、六課の制服に身を纏ったシグナム。

 

「調子はどうだ」

 

いつもと別段変わることのない声色。

 

「良くはありませんが、悪くはないです」

 

そうか、とだけ返し、近くの椅子に静かに座る。慌てた様子も安堵の気色も見せないのは、健に不安や気苦労をかけさせない為の配慮なのだろう。

 

「すみません。ご心配おかけしました」

 

「まったくだ。知らせを受けた時は肝を冷やしたぞ」

 

あはは、と乾いた笑いで返すと、シグナムは続ける。

 

「あの日の事件のことだが……」

 

「解決はしたんですよね。目が覚めてからここの方に聞きました」

 

「そうか、聞いたか。では、詳細について話そうと思うが……いいか?」

 

健が聞いていたのは、六課の襲撃犯達が全員捕縛されたということだけだ。詳細についてはほとんど知らない。シグナムの問いに、頷きで返答した。

 

事のあらすじが語られる。

時空管理局と六課がテロリストに襲われたこと。テロリストはヴィヴィオの誘拐目的で襲撃し、誘拐されてしまったこと。ヴィヴィオを利用し、恐ろしい兵器を操ってたこと。六課の隊員の活躍もあり、テロリストの捕縛とヴィヴィオの奪還に成功したこと。

 

「お前が気絶したすぐ後、エリオとキャロが六課に到着し、戦闘機人1人の捕縛に成功した。それにより敵のアジトの発見が楽になってな。あの時捕縛に失敗していれば、我々が敗れていた可能性もあっただろう」

 

「……エリオ君にキャロちゃん、大活躍ですね」

 

自分の半分ほどの少年少女が活躍し、自身は重症を負い、心配をかけさせたという事実に悔しさを感じる。そんな健の心情を知ってか知らずか、シグナムは話を進める。

 

「あいつらの功績はお前が好戦してくれたおかげだ。時間稼ぎがなければ間に合わなかっただろうからな」

 

「時間稼ぎ、ですか……」

 

「あぁ。それも立派な功績だ」

 

その言葉に、少し救われる。シグナムの隣に立ちたいと思い訓練をしてきて、時間稼ぎという、派手な功績ではないものの「役に立てた」という事実はそこにあったのだから。

 

「しかし、だ。進藤」

 

 

健が気分をやや回復させたところで、シグナムは今度は表情を引き締め、責め立てるような声を出す。

 

「何故あんな危険な真似をした」

 

「ええっと……どれについてですか?

 

「戦ったこと自体に対してもだが、一番はバリアジャケットの解除だ。デバイスのデータからお前の戦闘記録を見させてもらってな」

 

以前のティアナ撃墜の件で語った「無理をしてでもやらなくてはいけないこと」というのは、今回の一件にも適用されるだろう。

だが、それでも。

健が管理局員であれば戦ったことに対して咎めることはなかった。無理をするな、くらいの言葉は出るであろうが。

健は保護される立場で、誰かを護る立場ではない。本来であれば危険から遠ざかるよう行動することが常套だ。

いくら事件の解決に貢献しているからといって、手放しに賞賛することは管理局員としても個人としても出来ないのだ。

そしてバリアジャケットの一件。これは健が仮に管理局員だったとしても褒めることなど出来るはずもない。

 

「バリアジャケットの恩恵はお前も良く学んだはずだ。今回はたまたまこの程度の傷で済んだが、下手をうてば死んでいたんだぞ」

 

魔力ダメージだけでなく、物理ダメージも大幅に軽減してくれるバリアジャケット。非殺傷というものがあろうと、この世から物理法則が消えるわけではない。例えば空中で非殺傷の魔法を受け気絶し、バリアジャケットが解除され、そのまま頭から落下したら?

もっとも、大抵の場合はデバイスがオートでバリアジャケットを展開してくれるのだが。

今回の一件も、バリアジャケットを展開したままで攻撃を受けていたのなら、キャロの応急処置だけで目を覚ましていただろう。

故に、シグナムは彼を責めた。

健としても冷静に考えればどれだけ危険なことか理解出来る。言い返すことは、出来ない。

だから、正直にあの時の気持ちを伝えた。

 

「……勝ちたかったんです。あのまま粘って救援を待つんじゃなくて、自分の力で」

 

一度そこで区切り、深呼吸をして、続ける。

 

「あそこで負けるような男なら、シグナム先生の隣に立つ資格はないんじゃないかなって、そう、思ったんです」

 

言い終えてから、シグナムは目を瞑り、言葉を心の中で反芻する。「あぁ、私はこいつの10年だけでなく一生を奪うところだったのか」とも、考えてしまう。

シグナムに責任はない。全て健の自己責任だ。 勝手に惚れて、勝手に結婚を申し込んで、勝手にこの世界で生きていくことを決めただけ。

だが、もし自分が道場に行かなければ、と考えてしまうと、抜け出せなくなってしまう。

確かにシグナムと出会わなければ、健はそれなりに幸せだっただろう。彼女も出来て、健の好みの柔らかな膨らみに触れることも叶っただろう。

それでも。

健がこの10年、他の女性に心惹かれなかったのは、健にとっての「最高の女性」がシグナムであったからだ。人にとっての幸せは、他人が決められることではない。

健にとっての幸せは、シグナムと共に生きることなのだから。

当事者であるシグナムにも、健の人生を“否定”することは出来ない。そういった事まで理解が及ばないのは、彼女はまだまだ経験不足であるからだ。経験とはもちろん、恋愛のこと。

健の言葉からしばらく時をおいて、シグナムは大きく息を吐いた。

 

「……てっきり、ヴィヴィオを守る為かと思っていたがそうではなかったようだな」

 

「あはは……あの時はすっかり頭から抜け落ちてました」

 

「そのようだな。もう、あんな無茶はするな。心配したのは私だけでないんだぞ」

 

「う、すみませんでした」

 

「それは本人達に言ってやれ。特にヴィヴィオが気に病んでいたからな。今もここに通院しているから、会った時にでもゆっくり話せ」

「はい。そうします」

 

シグナムと健、両名にようやく笑顔が灯ったが、「でも」と続けた健に、彼女はまたも頭を悩ませる。

 

「無茶は、これからもするかもしれません」

 

「……ほぅ。これだけいっても、か?」

 

眼光を厳しくして問いても、健は怯むことなく真っ直ぐな視線を返す。

 

「自分の思いを通すためなら、無茶をするのも常套でしょう?」

 

シグナムの中でほんの少し、健の姿が良く知る人物と重なる。自分や大切な人を守る為に奮迅してくれて、見知らぬ誰かの為にも命をかける女の子。

 

「地球……というより、海鳴に住む人は皆高町のように無茶をするのだろうか」

 

「なのはさん、ですか?」

 

「いや、なんでもない。とにかく、私の目の届く範囲では無茶はさせん。いいな」

 

「でも……」

 

不服そうに抗議をしようとするが、シグナムの次の言葉に歓喜することになる。

 

「無茶をする必要が無くなるほど強くなればいい。これからは私がきっちり、稽古をつけてやるからな。覚悟しておけ」

 

「え……!」

 

その言葉を最後にシグナムは病室を後にした。

 

シグナムが去ってからすぐ、「よろしくお願いします」と病室内に大きな声が響き、健は医師や看護師からお叱りの言葉を頂くことになった。

 

 

それからの時間はあっという間だった。リハビリを終え、シグナムに本格的に稽古をつけられ始めたり。

「誰が一番強いか」という話題が新人メンバーや補給部隊で広がったが、健には「どうせシグナムと答えるだろう」と、アンケートをとられなかったり。

ヴィヴィオに改めて「俺の子供にならないか」と聞き、はやてとシャマルが「シグナムを捨てるのか」と勘違いしたり。

六課解散後、管理局に入局を決意し、はやてに推薦状を書いてもらったり。

 

本当にあっという間に、六課は解散の日を迎える。

 

はやての挨拶と激励を終え、解散式は終了。その後、シミュレータで桜を再現したフィールドで、隊長陣対新人4人と健で最後の模擬戦は30分を越える、激闘となった。

 

そして。

 

六課のほとんどが見守る中健とシグナムの、勝負が始まる。

 

シグナムには不利な条件かもしれないが、剣道での勝負となった。デバイスでの性能の差を無くすため、お互い竹刀での勝負となった。

一本勝負。

 

「準備はいいですか、先生」

 

「あぁ、いつでもこい」

 

竹刀を構え、隙を伺う。

硬直状態のまま、2分は経過しただろうか。

ギャラリーの唾を飲み込む音すら聞こえそうなほど、辺りは静まりかえっていた。

 

――勝負は最初の一太刀。

戦闘経験のあるもの達は、誰もがそう感じていた。

 

やがて、時は動き出す。

 

健が動いた。

右足を大きく踏み込み、面打ちを構える。

シグナムはそれを見て、面打ちでの打ち合いのため振り上げる。

竹刀の速度はやはりシグナムが上だった。

しかし面が入る直前で健は、足さばきを巧みに行い、上体を屈め、竹刀を交わし、シグナムの左胴部を狙う。

 

始まりの、逆胴。

 

唸りをあげ、猛然とシグナムを討たんとする……が。

シグナムはそれを、竹刀で弾いた。

 

激しい衝突音があたりに響く。互いに距離をとるが――。

 

 

2人の竹刀は、完全に折れてしまっていた。

ギャラリーは、どよめいた。

 

「相討ちか。どうする、もう一度改めるか?」

 

シグナムは動じず、淡々と問いかける。健の額には、僅かに汗が滲んでいた。

 

「いや……いいです。竹刀もありませんしね」

 

「そうだな。では、引き分け、という形で良いな」

 

「はい」

 

審判を勤めていた、はやてから正式に引き分けが宣告され、勝負はそれで幕を閉じた。

同時に、新人4人や、この数ヶ月で仲良くなった六課のメンバーが健の側に駆け寄り、褒め称えた。

「シグナムと引き分けた」という事実は、それほどまでに大きいものだった。

一方のシグナムには、はやてが近くに寄った。

 

「引き分けやったね」

 

「申し訳ありません、主。不甲斐ない結果に終わりました」

 

「剣道やからなぁ。10年やってきた健君に、多少なりとも有利やし。それより、シグナム?」

 

ニタッと、顔を崩すはやて。長年付き合ってきたシグナムには、この邪悪な笑みの意味を理解している。またからかうつもりだな、と。

 

「なんです、主」

 

「引き分けたんやから、健君に何かご褒美あげなあかんとちゃう? たとえば

 

そこで一旦区切り、大きく息を吸い、そして響き渡る大きさで言い放つ。

 

 

「恋人になるとか!」

 

恋人、のセリフに、周囲の人間も彼女に注目する。健にも聞こえたようで、期待の眼差しを送っている。

 

「私が約束したのは、負けたら結婚ということだけです。それ以外のことは約束していませんから」

 

ため息が、ほとんどの人から漏れた。ヴィータにいたってはブーイングを飛ばしていた。

うなだれる健に、シグナムはそっと近寄り頭を撫で、「だが」と声をかけ――

 

 

 

 

「強くなったな、『健』」

 

 

 

健の目から小さな光が一筋流れたことは、おそらくその場の全員に知られてしまっただろう。

 

 

 

さて、1人の少年について長々と語ったこの物語はここで一先ず閉幕とさせていただく。

彼が「望み」を叶えたかどうかは別の機会に語ることにしよう。

だが、時に男の邪な願望というのは、とてつもない力を生み出すものだ。

彼は、きっと――。

 

彼だけでなく、『彼女』についても、いつか語る機会が来るかもしれない。

その時はどうか、彼の物語をもう一度、目を通していただきたい。

 

それでは。また。



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後書き

以上でこの作品はお終いです。

読んでくださった方、感想を書いてくださった方、陰ながら応援してくださった方、本当にありがとうございました。

 

全10話ほどの短いSSになりましたが、もっと短くor長くすれば良かったかなーと。ぶっちゃけた話、勢いで1話を投稿しただけだったので先のことは全く考えてなかったです。

例えばデバイス名を募集しておきながら一切出てこなかったり、聖王ヴィヴィオもヒロインにするはwwwとかいいながら変身したことに触れなかったり。

デバイス名は名前をつけておきながら活躍の場がない、というのはちょっとアレなので付けなくて良かったかな、と。

デバイス名考案に協力してくださった方、ありがとうございました。同時にごめんなさい。

 

 

お気に入りに入れてくれた人も、なんと千人以上。ありがとうございました。

ジャンプの打ち切りマンガばりに展開詰め込みで、こんな形で終了でごめんなさい。

 

でも、理由があるんですよ?

 

それは、

 

「このSS、別に面白くなくね?」

 

という事に気が付いてしまったのです。

 

その事実に気が付いたのは5話あたり、プロローグを除けば3話あたりですね。

というか、面白いのはプロローグだけだったような。

プロローグは自分で読んでても「これは面白くなるかも試練www」とか思った(自画自賛)んですよ。

シグナムが通ってた剣術道場のことってあんまりSSに登場しませんし。地球、というか日本の武芸が少しでも活躍すれば、それは面白くなるだろう、とも。フィクション武術ではなくて、ですね。

まぁ魔導師組に勝つにはそれこそファンタジー能力とか、「覚醒」とか使わないと無理なんで「身体能力上昇」の魔法を使う方向で行きました。

結果としてそれは間違い、だったは思ってませんが。勝てないままだと健は魔法使いになっちゃいますし。

 

とまぁ、そんなこんなで、不完全燃焼な終わりの形になってしまいました。

使い捨てキャラクターの彰くんに、電話とかでタイトルな報告をする終わり方とか、

vividの大会に、教え子ヴィヴィオ(剣道少女になった)を応援しに、走って会場へ向かうシーンで薬指には鮮やかな銀の光が!? ENDとかを妄想したんですが。

竹刀の破壊による相討ちENDくらいがちょうどいいかな、と。

シグナムと健の実力に差があっても、進歩したことがよくわかる終わり方だと思います。

 

いろいろと期待してくださった方。もう一度。ごめんなさいと、ありがとうを。

 

一応、続きに関しては続きも欲しいという方がいれば書くかもです。主人公はヴィヴィオで健が師匠ポジになると思いますが。

XやFに関しては……申し訳ない。内容を知らないので。

誰か書いてくれても、いいんやで?(マジキチスマイル)

 

 

 

 

 

さて、実はもう一つ、皆さんに謝らなければならないことがあります。

筆者名や数々の言動から気が付いていた方もいるかも知れません。

 

 

実は……

 

 

 

 

 

 

俺は、おっきいおっぱいは好きじゃないんだよ!

 

 

 

すみません。自分、貧乳派っす。

ティファニアよりルイズ、桜より凜、ライダーよりセイバー、フェイトそんよりフェイトタソなんです。

では何故おっぱい最高!などと言ったのか?

自分にもわかりません。

 

ついでに言うと貧乳派というよりロリコンなだけです。ヴィータちゃんまじ天使。

リリなのベスト3は

 

ヴィータ>アリサ(幼女)>チンク

 

です。ごめんね。こんな大人でごめんね。

ついでにシグナムもそこまで愛しているキャラではなかったりします。

 

 

 

八神家でいえば

 

ヴィータ>アインス>ザフィーラ>シャマル>アギト>シグナム>はやて>ツヴァイ

 

こんな感じ。

いや、皆好きだけどね。リリなので好きじゃないのはスカさんとクア姉のス◯トロコンビくらい。

 

なんで俺はシグナムヒロインで書いたのか。

 

というのは、ちょっと理由があったり。

 

作品を作る際、小説や漫画で、ですね。

自分の好きなジャンルを、作品にするとどうにも主観が入り混じってしまうことが良くあるそうなので。

ジャンプで現在暗殺的な漫画を書いてる作者様の前作、覚えている人は多々いるでしょう。

でも推理物はそれほど好きではなかったそうです。

でも、面白かったですよね。推理部分というよりは別の箇所が面白かった気がしますが。

 

そんなわけで主観の入らない巨乳派ヒロインに焦点をあててみたわけです。

実際に俺が巨乳の魅力を伝えられたかどうかはほっといてくだされ。スキルアップのためにそうしてみた次第です。三人称にしたのもスキルアップのためだったり。

やっぱり三人称は難しい。

まぁSSを書き始めて3ヶ月あまりなので、文章力については優しい目線で見ていただけたら。

あとほら、自分、理系だったし……

 

 

 

しかしスキルアップとか主観がどうとか言いましたけど。

本気でプロを目指す方や、向上心がよっぽど強い方でない限り

二次創作というのは

 

「好きなことを好きなように書く」

というのが大事ですよね。

オリ主ハーレム、障害を疑うくらい難聴で鈍感、結構じゃないですか。

そもそも好きだから書くわけですしおすし。

 

かくいう私は人様に見られたくて書いてるわけでしたが。

やっぱり感想とかも大事なんよー。

 

 

まぁつまりですね。

ヴィータちゃんが可愛すぎて生きるのが辛い。こういうことです。

 

 

 

 

今後の活動についてはまたまたスキルアップのために短編を何本か上げようかと。

一応3つくらいは案があるので。

短編の設定を考えるのは凄く楽しいです。ただ長編になるとどうしてもだれてしまいます。

プロローグだけ書いて続きを誰かに書いてもらう、というのが自分に一番あってるような。

 

一応短編のタイトルとしては、一本目は「高町なのはの悲劇」で。IF物の予定。

もしも魔法が、レイジングハートが◯◯だったら、な話。

 

 

 

長々と書き綴りましたが、これであとがきを終わりにしたいと思います。

 

もう一度改めて。

本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、チラ裏でも3話ほどのがあるんで、よければ。



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