銀河転生者伝説~君は生き延びることができるか~ (高任斎)
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栄光なき転生者の章
1:僕はこの星で生まれた。


不運な転生者の絶望をご覧あれ。


 僕の名は、村上流星。

 地球は狙われている!

 

 はいはい、出オチ出オチ。

 いやもう、気づいたときにはどうしようもないってこと、現実にはゴロゴロしてるよね。

 前の人生で嫌ってほど味わった現実に、転生してさらに往復ビンタされてる気分。

 オチから入るけどさ、ここ多分銀英伝の世界。

 そして俺は、地球で生まれた。

 ああ、さっきの一人称の『僕』はネタで、いつもは『俺』を使ってる。

 銀英伝の中で、良くも悪くも存在感を示した地球教の本拠地……は、チベット山脈の地下らしいけど、俺たち家族は場所とかの認識もなく、関係なく生きていた。

 うん、地球に住んでる人間が全員地球教信者とかじゃないから。

 帝国250億、同盟130億、フェザーン20億だったっけ?

 地球の人口は約1000万。

 前世の時点では地球に70億以上の人間が生きていたし、今のフェザーンが1つの星系に20億ってことを考えると、少ねーって思うだろ?

 でも、1つの星単位で考えると、地球の人口はかなり多い方なんだ。

 そもそも、地球の生活環境というか、自然は戦争のせいで汚染されまくってるからね。

 つーか、人類が宇宙に旅立った初期ならともかく、経済圏が拡大するにつれて地球は辺境へと追いやられるのは当然だろ?

 経済の中心は、流通の中心。

 地球がいつまでも中心でいたいと思うこと自体がおかしい。

 そりゃ、いつまでも盟主面してたら、ボコられるよ。

 どこかの魔術師じゃないけど、歴史は繰り返されるってことだね。

 

 

 で、だ。

 前世で原作小説を読んだときに、『地球は一応帝国領土だったはずなんだけど、どういう扱いを受けてたのかなあ』と思った疑問を、嫌というほど思い知ったわけです。

 あ、もしかして貴族の下、農奴としてきっつい生活を送ってきたと想像した?

 残念ながらというか、幸運にもというか、違う。

 帝国が、この汚染されて資源も掘り尽くした地球をどう扱ったかというと。

 

 放置。

 

 一応、かなりの長期間、監視というか管理されていたらしいけどね。

 それで、無力化というか、無害化された。

 いや、地球教とかあるじゃんと言うかもしれないけどさ。

 今、地球には、地球を脱出する宇宙船がほぼない。

 生産設備は当然破壊されて、新しく作る資源がない。

 ほかの星との交易ができない、というかそもそも売るものがない。

 ……気づいたか?

 汚染された星。

 交易も不可能。

 放置なので、資本も、資源も流入してこない。

 ははは、悲惨だぜ、地球の生活は。

 老朽化したプランクトン製造工場でほそぼそと食料を生産し、資源リサイクルで修理を繰り返し……汚染された大気、汚染された大地で、スクラップを発掘、持ち帰り……。

 うん、原作小説で地球教の本部がチベット山脈の地下にあるって読んで、『やっぱり悪の秘密基地は地下じゃないとな』なんて思ってた前世の自分を殴りたい。

 ははは、地下のシェルターというか、そういうスペースじゃないと住めないんだ。

 

 この世界が銀英伝の世界、もしくはそれに近い世界とかには関係なく、ここから一刻も早く脱出しなきゃと思うよね?

 うん、脱出できない。(笑)

 宇宙船に乗って、地球を脱出だ。

 お金はどうする?

 まさか、タダで宇宙船旅行ができるとでも?

 そもそも、脱出もなにも宇宙船が来ないんだけどね。

 コストを考えると、宇宙時代の食糧自給は星単位で賄わないけないんだなってつくづく思い知りました。

 

 ぶっちゃけ、地球に1000万人が住んでいるのは、もう、どこにも行けなくなった人が残ってるだけ。

 脱出できる人は脱出済みなんだよね、きっと。

 そういう意味では、地球教は立派な観光資源であると同時に……地球脱出のための細い糸ってことだ。

 そう、細い細い糸なんだよ。

 地球脱出のために冒険しちゃうよね、普通。

 

 と、いうわけで俺、村上流星、15歳。

 ゲラゲラ笑いながら、迫り来る大艦隊をモニターで眺めています。

 ああ、うん。

 地球教本部襲撃です、ワーレンさん。

 この名前を聞いて、ここが銀英伝の世界って確信したわ。

 確か原作だと、ワーレンさんは地球教信者に襲われて、片腕失ったんだったっけ?

 はは、何この詰みゲー。

 タイミング悪すぎだろ、これ。

 自分が無双できるとか、原作歴史を変えられるなんてうぬぼれてはいないけど、地球以外の星に生まれたかったよ。

 

 ネタで始めたからは、ネタで終わるか。

 

 俺たちにはまだヤマトがあるじゃないか!

 うん、ないない。

 ねえよ、そんなもん。

 何もねえんだよ、ここには。

 

 ……さて、僕の名は、村上流星。

 それではみなさん……さようならぁぁぁっ。

 




生まれた時代と場所が悪かった。
よくあるよくある。


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2:僕は同盟で生まれた。

さあ、サクサク行くよ。


 甘く見てた。

 何を甘く見てたかというと、なんというか、現実ってやつかな。

 ああ、紹介が遅れて申し訳ない。

 私の名は、ヘンリー・ヨハンソン。

 前世が20~21世紀を生きた日本人だったから、ちょいとくすぐったい感じがしてたんだけど、さすがにもう慣れたよ。

 記憶を持ったまま生まれ変わって……といっても、歳を重ねてからの物忘れ状態に近いといえばいいのかな。

 何かを見て、その答えがわかってるのに言葉が出てこない。

 祖母に絵本を読んでもらって、この話は、アレ、アレだよな、アレなんだよ、とわかっているのにタイトルが出てこない。

 物心ついた時からずっともどかしい想いを積み重ねていくうちに、少しずつ何かが繋がり始めた。

 多分、あれだと思う。

 思考を重ねるというか、計算、書き取りなんかのトレーニングを繰り返すことで、脳神経が発達して記憶にまで信号が届くようになり、ようやく知識が使えるようになるというか。

 歳を取っての物忘れは、脳神経の退化によって回路が切れやすくなるというか、届きにくくなる状態だと考えると腑に落ちるものもあるし。

 まあ、6歳ぐらいから色々と思い出して、9歳ぐらいで前世の記憶をほぼ回復した感じ。

 うん、自覚はあるけど興奮したね。

 このSF世界というか、宇宙時代の到来に。

 もちろん、その躁状態は長くは続かなかったけどね。

 そう、社会に目を向ければ……長期の戦争における閉塞感というか、明らかにヤバイ状態なのがわかったから。

 で、色々調べていると……こう、前世の記憶を刺激する地名やら固有名詞やらが飛び込んでくるのさ。

 ハイネセン、フェザーン、イゼルローン要塞。

 正直、頭痛をこらえつつ、自分の正気を疑ったよ。

 まあ、自分の正気を証明することなんてできないからね、諦めて受け入れることにした。

 私には家族がいたし、どういう世界であろうと、生きていく上で現実を見なきゃいけないのは同じだから。

 そうは言っても、今の生をどこかボーナスみたいなものととらえていたことは否めないけどね。

 このまま戦争状態が推移すれば、どのみち戦争に出なきゃいけなくなる可能性は高かったのもあるし。

 なので、私は士官学校を目指すことにしたんだ。

 兵卒よりも上級士官の方が、生存率は高いだろうし、後方士官という道もある。

 戦争は怖いけどね。

 でも、なぜ怖いかというと人が……正直に言えば自分が死ぬからだ。

 生き残る確率が高いなら、そっちを選んでもおかしくないだろう?

 それからは、士官学校目指して、運動と勉強、子供らしくない子供時代を送ったよ。

 前世では一応世間的に最も格上と思われていた大学を卒業したから、それなりの自信があった。

 もちろん、前世に勝るとも劣らない努力を重ねたつもりだ。

 実際、私が住んでいる星系においてほぼトップの成績を収めていたんだ。

 そんなつもりはなかったけど、でもやっぱり浮かれていたんだと思う。

 

 ここは銀英伝の世界で、前世日本じゃない。

 同盟の人口は130億。

 前世の日本の人口は、1億2000万~3000万。

 単純に100倍の人口だ。

 もちろん、進学率とか、戦争による人口ピラミッドの歪みなんかを言い出すとキリがないから単純に考える事にする。

 時代によって変わるけど、前世において東大や京大では、全学部合わせて、毎年3000人程の人間が入学してたかな。

 もちろん、優秀な人間すべてが士官学校を目指すわけじゃないけど、私がそうだったように、目端が利く人間はみんな『軍を目指す』ってのは想像に難くないだろう。

 出世したいとか、親の仇を討ちたいとか、目的はさまざまにしても、だ。

 

 ……はは、私は何を勘違いしてたんだろうなあ。

 

 競争率が前世の百倍の東大や京大に入学できるほど、自分が優秀だといつから勘違いしていたってことさ。

 浮かれていたと言われても、否定できないよ。

 

 と、言うわけで試験に落ちた。

 

 うん、私の住む星系からもほかに何人か受験したけどみんな落ちた。

 ちなみに私は、運動能力も結構優秀だと先に言っておく。

 と、いうか……誰だ、『ヤン・ウェンリーが一部教科を除いて劣等生』とか言ったのは。

 士官学校に入学できる時点で、優秀も優秀、超エリート様じゃねえかよ。

 チクショウ、盗んだ宇宙船で宇宙に飛び立ちたい……って、1人じゃ操縦できないか。

 受験費用を捻出してくれた両親、親戚に申し訳ないというか、なんというか。

 ははは、ハイネセンから遠く離れた星系からの宇宙旅行費用とか甘くみないで欲しい。

 というか、どうせ落ちるなら各地方の一次試験で落ちてたほうがよかったよ。

 各地方の一次試験とか、本試験の分割とか、同条件でやるためにってのは理解できるんだけどなあ。

 運動能力試験とか、そうじゃなきゃ意味ないだろ?

 不正の温床にもなるしね。

 学校の校長なんかは、『ハイネセンの本試験まで進んだことが名誉だ』なんて慰めてくれたけど……本試験受験者の旅行費用は無料とか、できないのかなあ?

 

 そうか、俺は政治家を目指すぞ。

 戦術ではなく、戦略に影響を与えられる男になるんだ。

 いや、無理。

 原作トリューニヒトはもちろん、海千山千の人種とやりあえる気がしない。

 政治家というのはいかに人を動かすかが重要で、悲しいかな金も人脈もない私が『そこ』に至ることができるとは思わないし、時の流れもそこまで緩やかではないから。

 

 以上、回想終わり。

 

 ああ、回想なんだよ。

 それから私は、地元星系の高校に進学して優秀な成績を収め、家庭の事情というか、家計の事情でそのまま就職……それに関して特に不満はない。

 士官学校の入試に失敗した時点で、私にはそんな資格はなくなった。

 そして、数年後に徴兵。

 ああ、徴兵だ。

 いやあ、原作小説では何も触れられていなかったけど、同盟には小規模ながら徴兵制度がありました。

 主に技官というか、専門家の方向で。

 もちろん、兵としては下っ端だけどね。

 考えてみれば、帝国への大侵攻で同盟は3000万の兵士を動員した。

 後方待機及び、各地の施設維持など考えたら、同盟の軍規模ってかなり大きい……文字通り社会が戦時体制にあったんだなあと。

 ちなみに、前世において日本の自衛隊の定員は25万人ぐらいだったはずだ。

 災害時の派遣上限が10万とかニュースで聞いた記憶があるが、正誤は不明。

 でもまあ、単純な人口比としてはあれだろう。

 もちろん、地球という星の中の日本という国と、多くの星系を抱えた自由惑星同盟の軍規模と必要数を同列で語っちゃいけないとは思うけど。

 

 え、今私がどこにいるかって?

 ははは、そんなことより見てごらんよ、星の輝きが綺麗だ。

 帝国軍や、同盟軍の宇宙船は、無粋極まりないね。

 原作のロベール・ラップと同じタイミングで死ぬことになりそうだが、悪いことばかりじゃない。

 同盟が滅ぶのを見なくてもすむ。

 ラインハルトやヤンなどの、英雄たちが死んでいくのを見なくてもすむと思えば……うん。

 

 父さん、母さん、ごめん……これ、死ぬわ。




士官学校の規模はどのぐらいなんでしょ?
年間約5000人だとか。


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3:私はフェザーンに生まれた。

女の子です。


 あ、銀英伝の世界だ。

 少なくとも、それに近い世界。

 萌えた。

 ついでに、燃えた。

 その時の私は、幼女として浮かべてはいけない表情をしていたと思う。

 

 なんとかしてキルヒアイス様を助けて、ラインハルト様との真実の愛に目覚めてもらおう。

 

 そういう腐った思考がオーバードライブ状態だったといえば理解できるかしら?

 まあ、3日ほどで冷静になって(両親によって病院へ運ばれました)愚考したところ、私は何らかの事故か病気で意識を失い、穏やかな夢の世界に流されているのではないかと。

 つまり、記憶持ち越しの転生などではなく、私は21世紀の日本の病院で意識を失ったまま治療を受けている状態で、夢を見ているってとこかな。

 ラノベや二次小説じゃあるまいし、既存創作世界に転生とか、ないない。

 銀英伝が好きだったから、夢の世界で近似の世界を構築。

 夢も希望もないけど、現実ってのはこんなもんでしょ。

 

 ……まあ、気になるところはあるんだけどね。

 現世(リアル)で日本語以外ほとんどわからないはずなんだけど、この夢の世界の帝国言語と同盟言語の体系がやたらしっかり成立してるし、専門書に目をやれば、私の知らない専門知識が学問として成立していたりする。

 

 やるわね、私の無意識。

 

 と、いうわけで、私はフェザーンに生まれたわ……夢だけどね。

 うん、そうやって自分に言い聞かせておかないと。

 ちなみにフェザーンは帝国自治領。

 原作では、自治領主のルビンスキーが、フェザーンの黒狐とか呼ばれて、暗躍してたわね。

 でも、今の自治領主は、全然聞き覚えのない名前なんだけど……原作で言うところの、どのあたりの設定なの?

 あれ、これは私の夢で、なのに妙にリアルで……。

 

 さすが私。

 

 さて、貴族でも何でもない私が、ラインハルト様の旗のもとに集い、キルヒアイス様の命をお守りするためには……えーと、帝国では女性は軍人にはなれないんだったかしら?

 ……まあ、男尊女卑社会だしね、おそらくは後方勤務のみで前線には出られず、下手すりゃバカ貴族の慰みもので、どのみち出世は無理っぽいはず。

 くたばれ、帝国。

 やっぱり、ラインハルト様は正しい。

 

 なんにせよ、自分磨きは必須よ。

 夢だけどね、夢なんだけどね。

 日々を過ごすごとに、そのリアリティに心が折れそうになるけど、これは夢。

 外見の美しさはもちろん、中身も気高く。

 あら、ラインハルト様なら外見は気にしないって?

 馬鹿なこと言わないで。

 ラインハルト様、キルヒアイス様、ロイ様……あの、絵になるキャラのそばにモブが近づいたら台無し。

 ふふふ、さすがは私の夢。

 夢の中の私は美しく、優秀なの。

 

 ……夢から覚めた時のギャップで心が折れるんじゃないかしら、私。

 

 なんかいろいろなものを吹っ切る為に、私は自分磨きに没頭したわ。

 美しくて優秀な私だったけど、思い通りに行かないことも多い。

 フェザーンは商業国。

 うん、だけど帝国領だから……帝国にも同盟にも足を運ぶのは難しくはないんだけど、出世というか成り上がりのためのルートがないというか、か細いの。

 まず女だからね。

 帝国方面においては、どうしてもネックになるわ。

 これは商売を行う上で、どうしても足を引っ張る要素になる。

 それに、商売はまず元手が必要というか、人脈も必要で、そもそも商売で成功するということと、私の目的がねじれの関係にあるような。

 でもお金は大切。

 お金を稼ぐ手段と、コネを得る手段。

 なんというか……女っていろいろ不便ね。

 

 ああ、うん。これは夢。

 

 胸を張って言うわ。

 私の武器は美貌ですって。

 もちろん、頭脳にも自信があるけど、そもそもそういう立場にならないと、頭脳の優秀さなんて発揮しにくいから。

 まずは、男を1ダースほど転がして、良い女と呼ばれてみせるわ。

 計画、実戦、反省、修正、そしてまた実践ってことよ。

 女は生まれた時から女優。

 見てなさい。

 

 ……ちょっと予想外の展開です。

 それなりに内容の濃い経験を積んだ私の目の前に現れたのは、アドリアン・ルビンスキー。

 原作で言うところの、フェザーンの黒狐……よね?

 そう呼ばれる前の、お狐さん?

 というか、もっと若くてキラキラしてる感じ。

 下世話な言い方をすれば、私よりはもちろん年上だけど若くていい男。

 アニメ版とは随分……ふさふさだし。

 あれ、もしかして私、愛人ルート?

 いや、そもそも、今は原作のどの段階で……。

 

 知ってた。

 恋って、落ちちゃうものだって。

 たぶん、疲れてたのよ私。

 キルヒアイス様を助けるルートが全然見えなくて。

 それはそうと、『きみのためなら死ねる』状態の彼の熱を冷ましてあげないと。

 フェザーン自治領主を目指すなら、私との結婚は悪手。

 彼の隣に立つことはできなくても、彼とともに歩むことはできるはずだから。

 惚れた男の成長を妨げるような真似はできないわ。

 いい女としてね。

 

 

 あ~あ、しくじったなぁ。

 高校の先生が言ってた、『目標は高く持て』って。

 優勝を目指せばベスト4。

 ベスト4を目指せばベスト16。

 ほとんどにおいて結果は常に目標を下回るからって。

 うん、だから……。

 

「アギフッ! アギフゥッ!」

 

 キルヒアイス様を助けることを目標にしていた私は、フェザーンの黒狐の命を救うのが精一杯。

 やっぱり、政治の世界って怖いわ。

 まあ、彼の敵にとって余計なことを結構やっちゃったし、自業自得と言ってしまえばそれまで。

 でも、割と満足してる。

 だって、私が助けなきゃ、この人……死んでた。

 良かった、本当に良かった……あなたを助けられて。

 私の名を呼び続ける、彼を見る。

 目も見える、声も聞こえる、でも、ちょっと身体が動かしづらい。

 

 震える手を伸ばして、アディー(アドリアン)の目の涙を拭ってあげた。

 

 イケメンが台無しよ、アディー。

 

 ねえ、知ってる?

 私の名の『アギフ』って『宝石』って意味なの。

 私、あなたの宝石になれたかしら?

 泣かないで。

 アナタの心の柔らかい部分は、全部私にちょうだい。

 そうすればアナタは、強かな、自治領主になれる。

 そして、高く飛翔して。

 

 私の、腕が落ちる。

 ああ、まぶたが落ちていく。

 最後まで、アナタを……見ていたかった……。

 

 

 




彼女は活躍した方だと思う。(真剣)

ちょっと修正しました。
あと、この頃のルビンスキーは、綺麗なルビンスキー。


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4:僕は帝国で生まれた。

帝国農奴コースへご招待……ただし。


 神様と出会った覚えはないんだけどなあ。

 いわゆる異世界転生ってやつなんだろうか。

 まあ、一度死んだから、生まれ変わってラッキー、ボーナスゲームスタートォッ……などとお気楽にいきたいところなんだけど、正直罰ゲーム臭い。

 と、いうか……異世界転生と見せかけた、新手の地獄なんじゃなかろうか。

 ああ、俺の名前か?

 正直、名前にはなんの価値もない状態だけど、ヨハンだ。

 俺の知ってるだけでも、『ヨハン』は何人もいる。

 名前というか、ただの記号だな。

 まあ、名前で呼ばれることはほとんどなくて、大抵は『おい』とか、『そこのお前』とか呼ばれてる。

 お貴族様の荘園で働く、農奴ってやつさ、生まれた時からの。

 前世で、20世紀初頭のヨーロッパの鉱夫が日常で使う単語は精々600という話を聞いた記憶があるが……正直、ここの教育水準は恐ろしいほど低い。

 読み書きができる人間は数える程……というか、子供の頃はそんなもんかなと思ってたんだ。

 ただ、前世の記憶がはっきりしてくると、今の状況がものすごくチグハグなことに気がついた。

 だってさ、機械があるんだぜ。

 まあ、ぶっ壊れて修理もできずにそのまま放置されてるけど。

 機械があるのに、人力で農業。

 どんな苦行だよ。

 

 で、ついこの前。

 俺は見てしまった。

 正直腰が抜けるかと思ったわ。

 俺と同年代の、生まれた時からの農奴のガキは、ただぽかーんとしてたけどな。

 何を見たかって?

 

 宇宙船。

 

 ツッコンだよ。

 まるで機械のように、ツッコミまくったよ。

 どうなってんだこの世界ってな。

 宇宙船が飛ぶ世界で、機械が修理できずに放置、人力でへいこらと畑を耕すとか馬鹿じゃねえの?

 うん、正直目が覚めた。

 両親は文字の読み書きとか当然できないから、自力で読み書きの努力はしてたんだけど、俺は故障したまま放置されてた機械に飛びついたよ。

 まあ、専門知識はないけど、ネジの開け閉めや、目に見える範囲の清掃ぐらいはできらあな。

 休憩の合間に、あれこれやってたら、1台だけ、動き出したんだ。

『人間、やるか、やらんかじゃ』って言葉は本当だな。

 これがきっかけで、俺は目をかけられた。

 まあ、管理者のサポートっていうか、見習いみたいな感じで……うん、こいつら、中世的な住居で寝泊まりしてた俺らと違って、電化製品に囲まれた住居に住んでやがった。

 いつか殺す。

 いや、それよりも、文明開化の音がしてる、してるよ、これ。

 テレビっつーか、モニターつーか、コンピューターって、しゅごい。

 あれ、前世よりすごいはずなのに、あんまりすごい感じがしない。

 まあ、そんなこんなで、色々とわかってきた。

 

 人類はとっくの昔に宇宙に向かって羽ばたいていたってな。

 まずは宇宙時代に突入してから、銀河連邦ってのがあって、ルドルフってのが新しく帝国作って、それに反抗した反乱軍が、自由惑星同盟ってのを作って、戦争中らしい。

 これ、前世とは比べ物にならないってのがよくわかった。

 よくわかったんだけど、時々、頭に引っかかりを覚えることがある。

 お貴族様の名前とか聞くとな、なーんか、こう、ちょっとな。

 まあ、前世の記憶的には、漫画やアニメ的にはよくあるような名前なんだけどな、そのせいかもしれん。

 

 それから10年ほどすぎ、俺も大人になった。

 まあ、何歳かなんて全然わからないんだけどな。

 自分で言うのもなんだけど、俺は担当の荘園を、ほかに比べてかなり効率よく回せてると思う。

 機械の修理、農奴たちへの適度な休息やら食事やら。

 それは良いんだが、どうも最近帝国の治安っていうか、様子があまりよくないらしい。

 貴族同士の争いっていうか、権力争いなんだろうけど……まあ、うちの貴族様は帝国で1、2を争う派閥のトップらしいし、なんとかするだろ。

 まあ、歴史的には、ダメな時はダメなんだけどな。

 正直、俺の所に届く情報なんて大したものじゃないんだろうけど……それは前世でも一緒だったしな。

 まあいいや。

 明後日には、収穫がひと段落するから、農奴連中をねぎらうために酒と、ちょっとしたご馳走を振舞ってやるつもりなんだ。

 あんまりおおっぴらにやると、ほかの荘園の管理者連中から文句を言われるからあれだけどな。

 

 お、宇宙船が団体で飛んでいく。

 

 宇宙か。

 行けるものなら行ってみたいけどな、多分俺はこのままこの星で一生を過ごすことになるんだと思う。

 欲を出せばキリがないというか、まあこんな人生もありだろう。

 管理者とは言っても、所詮俺は農奴だ。

 みんなに、仲間の農奴たちに、ほんの少しだけいい目を見せてやる。

 俺は、そのことだけを考えて生きていこうと思う。

 ははっ、前世ではあんまり意識したことはなかったけど、生まれ故郷に愛着を持つのは自然なことだよな。

 うん、俺はこの星が……生まれた時から居るこの荘園が好きだよ。

 そうそう、この前ようやく、この星の名前を知る機会があったんだ。

 生まれ故郷だからな、やっぱり、名前ぐらいは知っておきたかったし。

 ヴェスターラントって言うんだ。

 

 ……っと、おかしいよな。

 生まれ故郷の星の名前なのに、それを口にすると、なんだか胸騒ぎがするんだぜ。

 変な話さ。




話の展開上、『胸騒ぎ』なんて表現してますが、実際は情報も制限されて、銀英伝の世界と気づくこともなく、終わっちゃうでしょうね。

10月21日、ラストに至るまでの流れを少し修正しました。


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5:私は帝国で生まれました。

帝国貴族だって、楽じゃない。


 物心ついてから、なんだかふわふわした感覚が常にあった。

 地に足がついていないというか、こう、なんと言えばいいのかしら。

 そうね、食事の際の、ナイフとフォークに激しく違和感を覚えるの。

 パンとかフリカッセじゃなくて、ワインもなんか違うの。

 悩んで悩んで、いろんなものを食べてはまた悩み。

 そのせいで、小さい頃は食いしん坊って言われてた。

 

 そして10歳、私は完全に前世の記憶に目覚めた。

 でも、前世の知識はともかく名前は捨てた。

 今の私は、ダニエラ。

 メルケル男爵家の三女、お貴族様よ。

 男爵家といっても、下っ端。

 両親も、良い意味で庶民感覚があったから助かったわ。

 まずは現状認識と、改革への足場固め。

 与えられた領地は豊かではなく、むしろ貧しいぐらい。

 でもそれが良い。

 80点を90点にするのは難しいけど、20点を50点にするのはそんなに難しいわけじゃない。

 もちろん、投下する資本は乏しいけど、先行技術や理論が存在する以上、後追いに関しては比較的楽ができる。

 と、いうか……宇宙船でバンバン戦争やってる世界で、貴族の領地経営のお粗末さというか、原始的経営に頭が痛い。

 貴族の子女が先頭に立って領地経営というか土にまみれるのはどうかと言われたけれど、『私は美味しいものが食べたいの』の一言で、親も兄も黙らせた。

 技術の進歩は未来に向かっているはずなのに、文化の進歩が妙にちぐはぐというか、戦争の影響なのかしらね。

 そして、私とみんなの叡知を結集した改革案は、6年目あたりから完全に軌道に乗った。

 昨日よりも今日、今日よりも明日。

 豊かになっていく実感に、領地経営に関わるみんなはもちろん、荘園で働くみんなも手応えを感じていた。

 うん、前世の記憶がある私としては、農奴の件もどうにかしたいんだけど、奴隷を解放したところでその受け皿がない状態なの。

 一応、教育なんかも進めてはいたんだけど、教育水準って、一旦断絶すると大変なのね。

 文字を読む、文字を書くという習慣がないと、そこにたどり着くまでがものすごく大変。

 貴族令嬢でありながら、土にまみれ、陽に焼け、父も母も、何かを諦めた感じでため息をつく立派な私。

 お父様、お母様、労働が私を幸せにするのよ。

 基本的に、『働かせる側』がこういう言葉を使うのだけど、私の場合はどちらになるのかしら?

 

 そして10年目。

 第一次領地改革計画の一区切りの年。

 

 今や、見合いの話すら持ち込まれなくなった私の目に映る、金色の大地。

 果樹園では、摘み取りが始まっている。

 食卓を鮮やかに彩るだろう、青物の緑の畑が目に眩しい。

 やればできる、やればできるのよ。

 涙を浮かべ、農奴と肩を組んで陽気に歌い躍る貴族令嬢。(白目)

 今や私は、歌って踊れる立派な農婦です。

 

 何故、ほかの貴族がこれをやらないのか。

 

 そんな私の疑問に答えてくれたのは、貴族社会の現実ってやつだった。

 それは、第二次領地改革計画に着手しようとした矢先のこと。

 

 上位貴族に、よくわからないいちゃもんをつけられたと思ったら、あれよあれよという間に罪が確定し、当主であるお父様と後継者の兄が殺され、領地を没収された。

 没収された領地は賠償として、いちゃもんをつけてきた上位貴族のもとへ。

 

 なるほど……太ると、食われるわけね。

 貧弱なボディを、たゆまぬ努力で魅力アップさせたところで美味しくいただかれるというわけなのね。

 わかった。

 貴族が努力しないのは、努力の成果を奪われる事を分かっているから。

 その証拠に、上位貴族の領地は、豊かなものがほとんど。

 あれは、必ずしも努力したからじゃない。

 他人の努力の成果を奪ってきたからなんだ。

 

 ぼーっとした頭で、なんとなく、前世で農家の心を殺す方法を聞いたのを思い出した。

 収穫直前で、畑を焼き払う。

 これを2年続けると、農家のほとんどは労働意欲が潰えるそうよ。

 たぶん、貴族のほとんどは、先祖のどこかで心を折られてしまったのね。

 私は、貴族でありながら、貴族として最も必要なことが分かっていなかったのね。

 力がなければ守れない……当たり前のこと。

 そんな当たり前のことを、私はわかっていなかった。

 

 私の中で、何かが折れた。

 

 私だけじゃない、私のせいで、メルケル男爵家そのものが終わってしまった。

 母と義姉は、毒をあおって自裁の道を選んだ。

 上の姉は、嫁ぎ先から離縁された。

 下の姉は、離縁こそされなかったけど、かなり肩身の狭い思いをしているらしい。

 私の努力が、メルケル家を潰した。

 

 追い打ちをかけるように、奪われた領地で新しき支配者に逆らって反乱が起きた。

 見せしめのために、すべてが殺されたと聞いた。

 ともに土を耕した農奴も、肩を組んで歌った農奴も、酔って素敵な芸を披露してくれた農奴も、死んでしまったのか。

 本当の意味で、10年にわたる努力の全てが殺された。

 ああ、メルケル家だけじゃなく、私がすべてを殺したのか。

 もはや、私の目からは涙すらこぼれなかった。

 

 それから10年。

 私は、貴族どもが……腐肉を漁るハイエナどもが大勢死んでいくニュースを無感動に受け入れた。

 支持基盤に違いはあれど、所詮は権力抗争だと醒めた認識しかできない。

 その中にはかつての知人も、父を殺して領地を奪い取った貴族も混じっていたけれど、私の目から涙がこぼれることはなく、口元に笑みが浮かぶこともなかった。

 私の心は既に死んでいたから。




ついに生存者が出たよ、ヤッタァー!(ただし心は死んでいる)
まあ、人間は死ぬ生き物だからいつかは死にますけど。
やはり私は、女性キャラには優しい。(白目)


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6:俺は……どこで生まれたんだ?

少々下ネタな表現があります。
男性としては中学レベルの感覚ですが、女性の方は眉をひそめる可能性がありますのでご注意を。

この、迫り来るマンネリ感よ。(笑)



「40秒で支度しろ!」

 

 親分の言葉を聞いて、俺の頭の中で何かが弾けた。

 足がガクガク震えて、立っていられなくなったところを、姐さんが支えてくれた。

 

 ナイスおっぱい。

 

 俺は、微笑みながら気を失った。

 

 ははは、『バ〇ス』と叫びながら目覚めた俺は、人生初の夢精を……じゃなくて、21世紀に三十路一歩手前で死んだ転生者であることを悟った。

 夢精に関しては、俺を拾ってくれた兄貴分曰く、『10歳ぐらいのはず』だけど、さすが俺、心は大人。

 大人になったお祝いにって、姐さんが祝ってくれた。(意味深)

 下品で悪いね、なんせ俺は海賊の一員だから。

 

 ……一応説明すると、基本的にはお金をもらって星系間を移動する商人の宇宙貨物船の護衛をするお仕事だ。

 

 ははは、物騒な世の中だからね。

 帝国と自由同盟との間で150年ばかりドンパチやってるから、社会的マンパワーがどうしようもなく低下しちゃってるからなあ、治安が行き届かないというか、いつの時代も、悪い奴はいるもんだから。(にやり)

 と、自己紹介はこのぐらい……あ、俺はみんなから『ボーイ』って呼ばれてる。

 大人になったけどね。

 大人になっちゃったけどね、やっぱり『ボーイ』って呼ばれてるよ。

 やめて姐さん、俺の股間を指さしながらそう呼ぶのは。

 子供だから、まだ身体は子供だからぁ!(錯乱中)

 

 はてさて、俺は転生者であるだけじゃなく、この世界のことを……これからこの世界がどう動くかを知っているような気がする。

 つーか、銀英伝の世界っていうか、少なくとも無視できないほどのシンクロ率を感じる。

 

 具体的には、もうすぐエル・ファシルの英雄が生まれると思う。

 

 同盟の魔術師、ヤン・ウェンリーが歴史の舞台へと飛び出す瞬間だ。

 しかしながら、俺に何ができるかというと……何も出来そうにない。

 エル・ファシル星系の産業を調べて、株に手を出す……お金もないし。

 そもそも、帝国軍はどうして攻めてきたのかって話だよな。

 確か、エル・ファシルには1000や2000ぐらいの戦力しかなくて、そこに8000ぐらいの帝国軍が攻めてきたんだったか。

 よく覚えてねえが、軍人が民間人捨てて逃げることを考えるってことは、2~3倍じゃすまねえだろ。

 防衛戦力はともかくとして、帝国軍は半個艦隊レベルで同盟領内に侵攻してきたってことだ。

 それ、戦略的というか、戦術的に何の価値があるんだか。

 一時的に占領したところで、それを恒常的支配へと移行するか、相手の動きを誘発してさらなる戦略への道筋とできなければ何の意味もないよなあ。

 ああ、でも同盟がこの付近の防衛のために大規模軍事基地を建設したら、その維持費なんかで財政的に圧迫できるか。

 

 でも案外、馬鹿貴族の奴隷狩りとかが理由だったら笑うんだけどな。

 300万人の民間人を脱出させた、ヤンはマジ神というか、帝国貴族ざまぁだろ。

 まあ、さすがにそんなアホな理由で戦争をふっかけるとは思いたくない……そもそも俺の原作知識そのものがうろ覚えで、戦力数とかあてにならん。

 んー、どちらにせよ、エル・ファシル方面はこれから軍が行き来するようになるだろうから、同盟が奪還するまでは商船とかの動きは鈍くなる。

 さて、親分に提案は出来るんだが、根拠を尋ねられると困るんだよなあ……。

 

 僕10歳だから、知らね。

 

 いのちだいじにというか、ま、それなりに匂わせるぐらいはするけどさ。

 

 

 そんな俺も、いつの間にやら推定16歳。

 色々と大人の階段は登っているのに、なぜかまだ『ボーイ』と呼ばれるよ。

 まあ、お気楽なこと言ってるけどこの6年で死人なんかも結構出てるからね。

 船も破壊されたり、戦場でドサマギかまして新しく手に入れたり。

 帝国はもちろん、同盟でも逃亡兵ってのはいるからなあ……上官ぶち殺して、クーデター的逃亡とか。

 帝国の補給艦5隻を拿捕したときは、大儲けだったなあ、仲間も増えたし。

 いや、任務不達成なら死罪レベルの帝国よ?

 そりゃ、逃げるでしょ。

 ちなみに我らが海賊一味の戦力は、非武装艦も含めて総数20隻。

 艦種は内緒。

 辺境パトロール部隊が4隻を1つの組で動いていることを考えると、なかなかのもんでしょ。

 まあ、少なければ侮られ、多ければ警戒されて、あることないことでっち上げられて軍の出動待ったなしだからな、加減が難しいみたい。

 維持費もかさむしね。

 なので半数は、商売というか、運輸業を兼務してる。

 戦場跡をせっせとゴミ漁りって仕事もある。

 戦艦の破片とか、特殊金属が含まれてていいお値段するんだぜ。

 俺たちは、真面目な海賊です。

 

 しかしなあ。

 これから帝国の金髪さんが無双しはじめるわけで、海賊としては商売上がったりになるんだよなあ。

 原作小説ではその後について何もかかれなかったけど、どう考えても同盟を潰したことによる社会的混乱と経済的混乱と文化的混乱のトリプルコンボで、人類的には暗い時代の到来ってことになるとしか思えないんだよな。

 数年ばかり息を潜めて嵐をやり過ごし、海賊から運輸会社にジョブチェンジってのが最もリスクの少ない手段と言えるんだろうけど。

 

 金が大事なら、海賊なんかやめちまいな!

 

 の、姐さんと親分だしな。

 俺もそれが嫌いじゃなかったりするし、そういう連中じゃなきゃ俺もこうして育ててもらえることなんてなかったはずで。

 正直、俺にとっちゃこの海賊仲間が家族みたいなもんだと思ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 チクショウが。

 悪党の末路ってのはこんなもんなのかねえ。

 俺は、奪ったブラスターを連射しながらジョーの兄貴に声をかけた。

 親分は?

 

「腕をやられただけだ、問題ねえ……が」

 

 俺は何も言わず、ブラスター射撃を一旦とめた。

 そしてバカが顔をのぞかせる直前に撃つ。

 なんだか知らないけど、この間の取り方に関しては才能があるらしい。

 格闘は苦手なんだけどな。

 ジョー兄貴が、親分を抱えて退避していく。

 俺はまた、バカをブラスターで撃ち殺し、足元に目をやった。

 海賊も国も、数が増えると権力争いってか。

 やるなとはいわねえが、姐さん殺してどうすんだよ、ボケが!

 アンバーやルビーまで死んじまって……まったく、潤いのない集まりだぜ。

 やべえ、気分は最悪だが、絶好調だわ俺様。

 あいつらがいつ、どんなふうに動いてくるのか全部わかっちまう。

 ブラスターの3連撃……で、3人。

 やばい、やばい、やばい、死亡フラグ立てすぎだろ、今の俺。

 まあ、もうすぐエネルギー切れるけどな。

 逃げないのかって?

 はは、姐さんかばった時に脚やられてんだよ。

 死ぬような傷じゃないが、走れるような傷でもないんだなこれが。

 1人。

 2人。

 いいかげん、ここは退けよお前ら。

 覚えてるだけで、20人は殺ったぞマジで。

 もう1人。

 次は……あれ、退いた……のか?

 いやっほう、ラッキー。

 念のため、姐さんの身体からブラスターのカートリッジをとって交換しておく。

 と、その瞬間、ズシン、と腹に響く振動が俺を襲った。

 

 おい、マジか……。

 

 見えないが、わかる。

 攻撃を受けている。

 混乱は一瞬……俺は笑った。

 どうやら帝国軍人は、綺麗好きらしい。

 もしかしたら、この件も帝国が糸を引いていたのかもな。

 再びの衝撃。

 だめだこりゃ。

 俺は腰を下ろし、血の気の引いた姐さんの顔を見つめた。

 手を伸ばし、その髪を梳く。

 3度目の衝撃、真横から来た。

 俺の手から吹っ飛んでいく姐さんの身体が、最後に見たものだった。




エル・ファシルの戦力云々は、作者もうろ覚えです。

ラストの帝国云々は、主人公の主観です。
実際は、古参連中と、新しく来た連中との間の権力争いですね。
そして運悪く、本拠地襲撃が重なった、と。


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7:僕は同盟で生まれました。

生き残りに向けて、というより逃亡主人公。


 うわあ、マジか。

 前世の記憶を取り戻した俺は、大きくため息をついた。

 帝国250億、同盟130億。

 ごく一部の星系を除いて、居住可能惑星の人口は多くない。

 まあ、人口そのものが推定で全盛期で3000億を超えていた状態から、フェザーンも含めて約400億まで減少、なのに居住領域は増えているわけだから、こんなスカスカの人口分布になるよ。

 それは帝国にも言えることだけど、そうなると単純にマンパワーで負けるというか、帝国も、同盟も、相手領土を征服し、支配する能力に不足しているという点ではどちらも同じではあるが。

 まあ、現実的には間接支配以外は無理だろう。

 そうすると、同盟が帝国を間接支配するのは無理って話になる。

 支配層の貴族を殲滅しないと支配できないし、貴族を殲滅してしまうと、統治できなくなる。

 民主主義は一日にしてならずというか、全国民の一定水準の教育と、知識層の存在と……どう考えても、今の帝国にそれはない。

 つまり、ぶっちゃけ勝てない。

 民主主義による絶対親政みたいな、おぞましいキメラが誕生したら、ヤン・ウェンリーが紅茶噴き出すわ。

 というか、銀英伝の世界および、銀英伝に近似した世界だとしたら……金髪さん無双が始まってしまう。

 

 銀英伝の世界かあ。

 見る分には、格好いいしキラキラしてるけど、イギリス・フランスの100年戦争を、さらに過激にして煮詰めた状態だからなあ。

 100年戦争とか言っても、実際の戦争は散発的なものというか、戦争継続状態とちょっと休戦、また戦争継続状態の繰り返しだったみたいだし。

 それがこの世界だと、1年に2回の小競り合いに加えて、2年に1度の大遠征……毎年コンスタントに数百万の死者が出るって、頭おかしいだろ。

 つーか、イゼルローン要塞なんて同盟軍ホイホイ以外の何物でもないだろ。

 城攻めというか、相手の拠点に攻撃とか最後の手段だろ、常識的に。

 防衛ならともかく、こっちから突撃とか、もう理性じゃなくて、存在意義という名の感情による戦争としか思えないよ。

 つまり、フェザーンが神ということか。

 

 ああ、言いたいこと言ってちょっと落ち着いた。

 前世の記憶があるから俺はこんなこと言うけどさ、同盟の国民に与えられる情報がね、いーい感じにコントロールされててね。

 基本的に同盟の国民って子供の頃から緩やかに洗脳されてて、帝国絶対殺すマンにクラスチェンジされてるのよ。

 俺が学校でこういうこと言い出すと、多分ボコられる。

『それがどうした』って原作でのネタ名言があったけど……『だからどうした』だったっけ?

『僕の父さんは帝国に殺されたんだ!』って感情上乗せパワーワードの前では、色々と無力よ。

 そういう俺も、父親と母方のおじさんが戦争で死んでる。

 

『一瞬だけ幸せになりたいなら復讐しなさい、永遠に幸せになりたいなら許しなさい』……だっけ?

 

 難しいからこそ名言なんだろうけど、はっきり言うと、前世日本人のメンタルって、今の同盟の中だと価値観の面で超異物。

 まあ、こんな空気だからこそ原作でのイゼルローン奪取からの帝国大侵攻みたいな、壮大な(笑)計画が国民に支持されたんだろうけど。

 と、いうか……ヤン・ウェンリーってかなり特殊なのがよくわかる。

 ……あれかな、父親が死ぬまで宇宙船でひたすら飛び回ってたから、ある意味同盟の民衆の空気ってやつに触れずに育ったのが原因なのかも。

 今の俺ならわかる。

 そりゃあ、変人というか異物扱いされるよ。

 空気を作る一味の政治家から、嫌われるのも無理はない。

 そして、現実を見る政治家は基本的に財務に偏るのはいつの時代も同じ……か。

 

 しかし、これからどうするよ?

 良くも悪くも前世の記憶を取り戻した俺が、同盟の社会で生きていくのはものすっごく居心地悪い。

 もちろん、帝国なんかノーサンキューだ。

 じゃあ、軍に入って原作の流れに身を投じるか?

 無茶言うな。

 言っておくけど、ヤン・ウェンリーは超エリートだからな?

 帝国絶対殺すマンの同盟の子供は、親が政治家とか企業経営者の一部を除いて、みんな軍人目指すからね?

 士官学校の入試って、超難関だから。

 前世の記憶持ちってことは、こと試験に関しちゃまったく有利にならないし、皆が努力する前提で考えると頭の程度の差はひっくり返せません。

 ああ、アンドリュー・フォークとかちょっと会って話してみたいわ。

 あと、ヤンの同期のあいつ……えーと、シミュレーションで補給線絶たれて時間切れ判定で負けた……ワ、ワイドなんとかいうやつ。

 原作キャラミーハーな気持ちが俺にだってないわけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 ため息と涙が止まらない。

 なに、なんなの、この過酷な世界。

 異世界転生ヒャッハー出来る人間は、まず何よりも心が強いわ。

 どうせ転生するなら、ゆるゆる日常マンガか、ギャルゲーやら乙女ゲーやらで、美形を眺めて目の保養に努めながら植物のような人生を謳歌したかったよ、マジで。

 逆説的に、前世の日本がぬるかったってことになるのか。

 やばい、俺辺境星系目指す。

 帝国がなんの戦略的価値も見いだせない、辺境の居住可能星系で、苦労しながら土地を切り開いて比較的スローライフを目指す。

 人間、立って半畳、寝て一畳、1日に4合の米と少しの酒があればそれでいいよ。

 長生きなんてできなくてもいいから、穏やかに過ごしたい。

 戦争が嫌だ、同盟が嫌だ、社会が気持ち悪い。

 

 

 作業を終えて顔を上げ、夕焼けに見惚れた。

 前世の記憶とはちょっと違う色合いの夕焼けだが、素直にきれいだなと思える。

 初めてこの星の夕焼けを見たことを思い出した。

 もう、20年近く昔のこと。

 スローライフというよりは、遅々として進まない感じのスローなライフだったが、皆が皆生きるのに必死で、だからこそ余計なものが除かれた。

 苦労があり、事故があり、資材や補給が届かなかったこともあり、それでも手と手を取り合って生きてきた。

 涙が出る。

 あの社会が怖くて、気持ち悪くて逃げ出したことが、遠い遠い記憶の中にある。

 生きている。

 生きているだけじゃないかと言われたらそうかもしれない。

 でも俺は、あの社会では生きていけないと感じた。

 宇宙船が飛び交う時代とは思えぬ暮らし。

 同盟が負けたとか、金髪さんが死んだとか、俺の予想通り社会が混乱のさなかにあるだとか……時々、風の便りのごとく、そんな情報が入ってくる。

 でも俺には関係ない。

 

 俺は油断していた。

 いや、どのみち俺ではどうしようもないことだ。

 ポジティブに考えよう。

 20年ほども、心穏やかに生きることができた。

 はは、ラッキー。

 社会的混乱。

 辺境星系。

 ヒャッハーが我が物顔で活動できる、良い環境だ。

 いや、宇宙船動かしてこんな辺境までやってきて、どう考えても労力とコストが見合わねえだろ?

 まあ、俺が言うなって話か。

 もうすぐ俺は死ぬ。

 仲間が殺される、もしくは拐われる。

 すべてが奪われ、壊される。

 なんて、世界だ……チクショウ。

 

 




彼は、心が弱かったのだ。
よくある、よくある。


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8:僕は帝国で生まれた。

少々、タイトルとあらすじ詐欺の内容かもしれません。
先に言っておきますが、作者は元高校球児です。


 前略、前世の父ちゃん母ちゃん、じいちゃん、それとバカ兄貴とクソ妹よ。

 貴族生活が辛いです。

 

 

 物心ついた頃からなんか違和感マッハで、そのせいでなんか周囲から疎まれて、いけ好かない美形の兄貴に殴られて壁に頭をぶつけて気絶……から目覚めたら、前世の記憶にも目覚めました。

 なにこのジェットコースター的展開は?

 甲子園出場を目指すという目標を掲げつつも、ちょっと厳しいなーなんて、現実に片目を閉じながら健全な高校球児をしていた俺の、平均的日本人高校生の生活はどこに消えた。

 とりあえず、美形の兄貴を周囲が止めるまもなくボコボコにぶちのめしてやったけどな。

 まだまだ子供で、前世の俺の記憶に比べたら貧弱な体つきだけど、多少の肉体的ハンデは、喧嘩のやり方によっては全然覆せる。

 そしたら屋敷の地下牢に閉じ込められたよ。

 そう、地下牢。

 うわ、マジ地下牢だぁ、とか興奮してしばらくはしゃぎまくってた俺を、気持ち悪そうに父親の家臣が見つめてたのはお約束。

 まあ、地下牢といってもメシは食えるし、人間身体が資本だからな。

 腹筋背筋腕立て伏せに、柔軟体操なんかでトレーニングだ。

 サーキットトレーニングなんかもしたいけど、もう少し身体ができてこないとケガの原因になっちまう。

 やっぱり汗を流すのは気持ちいいよな。

 え、地下牢とか関係ねえよ。

 高校球児なめんな。

 高校球児はどこでも眠れる。

 真夏の日差しを浴びながら、グラウンドで気絶したように眠れるのが高校球児だ。

 ごく普通に血尿を出し、練習帰りに栄養ドリンクを一気飲みする戦闘民族兼、社畜予備軍が高校球児という生き物だ。

 つーか、この髪の毛邪魔だな、どっかにバリカンねえかな。

 別に丸坊主がスタイリッシュだなんて言うつもりはないが、高校球児って帽子をかぶるし、ヘルメットもかぶるだろ?

 髪が長いと、そもそも不便なんだよ。

 

 そんなこんなで地下牢生活を2年。

 しかし、この身体どうなってんだ?

 めっちゃチートじゃねえのかこれ。

 成長期だったのかもしれねえが、めっちゃパワフルだぜ。

 前世で言うところの中学1年の年齢で、高校3年だった俺の体感を軽く超えてる。

 逆立ちして、片手の指1本立ちとかマジで出来るんだな、感動したぜ。

 勘違いすんなよ、単なる筋力だけじゃなくバランス感覚や、器用さなんかも優れてるってことだからな。

 筋肉だけじゃ、身体は動かねえ。

 え、2年だよ、地下牢で2年間。

 さらっと流すなって?

 いやなんか、『坊ちゃんの気がふれた』とか言い出して、幽閉がどうのこうの言い出してさ……まあ、飯が食えてトレーニングもできれば問題ないだろ。

 これでも俺は、頭脳派高校球児だったからな。

 ちゃんと合間合間に本の差し入れとか頼んで、勉強もしてるんだぜ。

 狭い空間に閉じ込められて、勉強と、体力トレーニング。

 学校生活となにか違いでもあるのか?

 野球部員が脳筋とか、昭和の時代の幻想だよ。

 あー、でも風呂には入りたいな。

 身体は洗わせてくれるんだけど、やっぱ日本人は風呂だぜ。

 

 さらに2年ほど地下牢で過ごしたんだが、美形の兄貴が死んだらしい。

 馬鹿だな、人間身体が資本って言うじゃねえかよ。

 ほんと、バカが……。

 涙を流す俺を見て、周囲の人間がびっくりしたような目で俺を見ていた。

 おい、勘違いすんなよ。

 俺は殴られたから殴り返しただけだ。

 兄貴が俺のことをどう思っていようが、俺と兄貴は兄弟で家族ってやつだろ?

 家族が死んで泣くのがそんなにおかしいかよ?

 くそ、中学の時にばあちゃん死んでめっちゃ泣いたの思い出しちまった。

 

 で、気が付けば死んだ兄貴の代わりに家の後継者。

 いや、地下牢に何年も閉じ込めてた息子を後継者って、手のひらかえしにも程があるだろ。

 まあ、俺も15歳になったし、義務教育は終わったってことにしとこう。

 改めて自己紹介だ、俺は、子爵チルレル家の後継者、イザーク・チルレル。

 正式にはもうちょっと長いんだけどな、爵位とか、呼称とか、前世日本人にはよくわからん。

 よくわかりませんではすみませんって、勉強しないとは言ってないだろ。

 礼儀作法だの教養だの、社交ダンスとか……照れるわ。

 

 時間はかかった(数年)けど、ようやく社交界に出してもなんとかなるとのお墨付きをもらった。

 まあ、ぶっちゃけると……貴族社会って、学校の噂好きおしゃべり女子グループと、陰険性悪連中の性質を足しっぱなしにした感じだな。

 ぶん殴りたくてしょうがねえ。

 あんまり褒められた話じゃないが、俺はただいじめられてる奴が嫌いだけど、誰かをいじめる奴は大嫌いなんだよ。

 特に、数の差を頼む連中には反吐が出る。

 正直、付き合いたくない連中ばかりだが、そういうわけにもいかねえ。

 ここはあれだな、『あいつは変人だから』の路線でいこう。

 多少侮られはするけど、俺の精神衛生の面でも、実利の面でもベストだろうよ。

 

 つーか、野球してえ。

 青空に向かって、ホームランをぶっぱなしてえ。

 地獄のような暑さの中で、汗を流しながら無心で白球を追いかけてえなぁ。

 このチートボディで、全力全開、野球に打ち込んでみてえよなぁ。

 なのにこの世界、野球のやの字もありゃしねえ。

 

 ……作ればいいんじゃね?

 

 いや、俺って、貴族社会では変人枠だろ。

 実害さえなきゃ何かやらかしても、『ああ、あの……』で許される感じだからな。

 そういや、ヴェストパーレ男爵夫人と仲良くなった、同じ変人枠で。

 別に色っぽい話じゃねえけど、いろんな主義主張をそのまま受け入れる、懐の深い女性って感じなんだがなあ、なんで変人枠扱いなんだか。

 あと、キュンメル男爵とかな。

 鍛えりゃ誰でも強くなれるってわけじゃねえが、キュンメルの場合は難病のせいでほぼ寝たきり生活……まあ、本人のせいじゃないことまでとやかく言わねえよ。

 ただコイツはその分頭が良くてな、学者青年風っていうかいろんなことを知ってる。

 俺みたいな変わり者の話を楽しそうにきいてやがるんだ、いいやつだぜ。

 それはさておき、貴族って、たしなみとか、趣味とか、アホみたいなことにびっくりするような金をかけてる……いやまあ、ある意味社会的に必要な支出だってのは理解してるけど。

 ここで俺が、趣味枠で何かを始めても……問題ないよな?

 帝国には約4000の貴族家があって、その貴族がそれぞれ1チームを……貧乏貴族は連合して1チームとか。

 いや、チーム数多すぎるか。

 将来は、2部、3部リーグを成立するにしても、最初は興味を持ってくれた貴族だけが集まって競わせたら、面白いんじゃねえかな。

 そしてゆくゆくは、宇宙をかける、スペースリーグの設立。

 同盟の覇者と、帝国の覇者が、宇宙ナンバーワンをかけてイゼルローン要塞で激突、雌雄を決する。

 なにこれ、夢が広がりすぎだろ。

 メジャーなんか、目じゃねえぜ。

 

 

 くそっ。

 お前ら、戦争なんかやってる場合か?

 野球しろ野球。

 今が野球を認知させるために大事な時なんだよおぉぉ。

 いっそ野球による代理戦争で白黒つけろや……わかってる、俺は野球馬鹿だがそこまで馬鹿じゃねえ。

 仕方ないので、俺は金髪の小僧と言われてる若僧のもとに足を運んで、頭を下げることにした。

 

 死んだ兄貴も美形だったが、コイツはそれ以上だな。

 まあ、ちょっと覇気が強すぎる分、女性からの好みは分かれるだろうが……それとは別に、やっぱり、いい面構えしてやがるぜ。

 ケンカに勝つというか、ケンカに勝てる奴は、まず目つきからして違う。

 ミンチメーカーとか呼ばれてるオフレッサーとも、一度ガチで殴り合ったことがあったが、あいつは確かに強いが、目がな、うまく言えねえけど、どこか死んでる感じがしたぜ。

 まあ、ガチでやりあってたら周囲が洒落にならない状態になっててな、十数人に飛びかかられて止められちまった。

 それで、あらためて2度目は西部劇の酒場の用心棒よろしく、交互に殴り合うスタイルでやりあった。

 大抵の相手はパンチ1発で沈めてきた俺が2発殴ってもあいつはちょっとふらついただけで、こっちは2発目で足に来て負けちまったよ、言わせんな。

 負けるってのは、悔しいもんだぜ。

 

「卿が私に味方してくれる理由は?」

 

 あ、勝つ方に味方するのは当然だろ?

 と、言いたいところだが……アンタの戦い方は見てて気持ちがいい。

 腹の中が腐ったような戦い方をする連中とはお大違いだ。

 まあ、忠告するなら……連中の薄汚さと、プライドを甘く見ると足元をすくわれるかもしれんがな。

 貴族制度をぶっ壊したいなら構わんぞ。

 ただ、贅沢じゃない程度の生活を一族の者に保証……財産の一部を保証ってとこか。

 農奴の開放も受け入れるが、受け皿が確保されてない状態では拒否する。

 俺がそう言うと、周囲の人間が驚いたような表情を浮かべていた。

 俺はにやりと笑い。

 あと、野球の普及に協力してくれ、と付け足す。

 

「チルレル子爵は変人で、や、野球?馬鹿と聞いてはいたが……」

 

 最高の褒め言葉だ、と、俺は差し出された握り返した。

 

 ああ、野球に興味を持ってくれた貴族仲間の分もちゃんと仲介したぞ。

 

 

 帝国が変わる。

 社会が変わる。

 時間はかかるが、なんとかなると思っていたんだがなあ。

 野球の普及は、遅々として進まなかった。

 子供たちへの野球教室。

 俺がこれと見込んだ選手たちの、模範試合観戦。

 そして夢の『代打オレ』。

 どこか空回りしていた。

 何の気なしに教えたサッカーが、爆発的に広がっていくのを見て心が折れそうになった。

 まあ、なんだ。

 社会は変わっていくけど、それを認めない、認めたくない連中はいるってことで。

 どうして俺を狙うかなあ。

 こりゃ、やべえだろ俺、いくらチートボディでもよお。

 

「お前のせいで、金髪の小僧を殺せなかった…」

 

 うわあ、そうきたか……つーか、お前の言う金髪の小僧は病気で死んだだろ。

 まだ若いってのによぉ、美人の嫁さんと生まれたばかりの子供残して……。

 ……って、あれか?

 つーか、たまたま、本当にたまたま、野球の魅力を布教しようとした俺が、襲撃現場に居合わせて、たまたまもっていたバットで5人ほどホームランならぬ葬らんしちゃっただけじゃねえか。

 野球馬鹿として、野球道具を武器に使ったことで、俺だって心が痛かったんだ。

 職人に頼んで作らせた俺専用バットが、赤バットになっちまったしよ。

 そもそもあの場所にいた俺だって殺されそうになったんだけど、正当防衛にも程があるだろ。

 あ、キュンメル?

 キュンメルはなんも関係ないだろう?

 あいつは俺のダチで……結局、死んじまったけどな。

 あいつもまだ、若いのによぉ……いよいよやばいってんで駆けつけたら、あいつ、俺を見て、にこって笑いやがった。

 それを見たら何も言えなくなっちまったよ……いいやつばかり、死にやがるぜ、まったく。

 あ?使用人の1人が怪しいことしてたから、捕まえたのがなんか文句あるのか?

 は、それだけじゃないだと?

 この期に及んでごちゃごちゃうるせえよ。

 それとも、俺が弱るのを待つための時間稼ぎか?

 つーか、オフレッサーには負けたけど、チートボディを舐めんなよ。

 手を伸ばし、襲撃者の首を掴む。

 そいつを縊り殺して、手を伸ばして片手で1人ずつ2人の首を掴む。

 おい、今頃怯えるなよ……殺しに来たってことは、殺される覚悟は出来てんだろ。

 力を入れる……あと、何人だ。

 やべえ、めまいがしてきやがった。

 俺の体を、衝撃が再び突き抜ける。

 

 あれ、何してるんだっけ。

 ああ、そうだ、俺は野球をするんだ……ほら手に握ったボールを……ボール?まあいい、握って、変な感触だ……そして…投げる。

 

 やっぱ、野球はいいよなぁ…。

 いつかきっと、みんなが……わかってくれると、いいな。

 

 




個人的には、主人公とオフレッサーのタッグコンビは悪夢だと思う。
あと、この主人公は無自覚に歴史を歪めてます……ただし、原作知識なし。
多分、英雄ルートもあったんじゃ……脳筋だから無理か。

あと、原作設定に野球が存在してたらすみません。(あると推定されるそうです)


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9:私は帝国で生まれました。

構成のため、追加。


 なんというか、激動の子供時代だった。

 

 それなりに成長しただけでなく、前世の記憶を取り戻してたから、色々と整理してまとめられるんだけど。

 こんな感じ。

 お父さんが、戦争で死亡。

 残されたのは、弟がおなかの中にいたお母さんと、私。

 生活していけなくて、いろいろあって奴隷に。

 

 ああ、うん。

 前世日本人の感覚からすると、ものすっごい悲劇なんだけどね。

 これがね、それほど悪くないのよ。

 

 私が生まれ変わったこの世界、どうも男尊女卑社会でね。

 娘の私と生まれたばかりの弟抱えた母親が、生きていける感じじゃないみたいで。

 まあ、なんだかんだあって奴隷になっちゃったんだけど。

 まず、奴隷だから自動的に仕事が与えられます。

 いい食事とは言えないけど、ご飯がちゃんと食べられます。

 ここ重要。

 ご飯がちゃんと食べられます。

 

 いやっほぅ!

 

 いやあ、奴隷になる前のね、あの状態を思い出すと……泣けるわ。

 お母さんがね、何も食べてないのに、にこって笑って私に食べさせようとするのよ。

 お腹すいてないからとか言って。

 前世日本人の私、号泣よ。

 胸を張って言えるわ。

 奴隷ですが、それが何か?

 まあ、運が良かったんでしょうね。

 お母さんが言うには、ここのお貴族様は特別だって言ってた。

 良くわからないけど、そうなんだろう。

 ついでに言うと、この国はずっと反乱軍ってのと、戦争してるらしい。

 反乱軍?

 ずっと?

 え、お母さんが生まれる前から?

 それ、ホントに反乱軍なの?

 まあ、いいけど。

 

 さてと、今日も頑張ります。

 朝から晩まで、えーんやこーら。

 ちゃんと昼食はあるから。

 子供の頃に農作業はやってたから平気。

 それに、ブラック企業のブラック勤務に比べたら平気。

 ふはは、下には下があるのよ。

 お貴族様にとったら奴隷は財産だから、大事にするってことよね。

 え、ここのお貴族様が特別だからだって?

 はい、はい、ラッキー!

 

 あ、そういえば最近男たちの……まあ奴隷だけど、熱い視線を感じるわ。

 お母さんが、戦争で若い男の人が死んでいくから、平民は結婚するのが大変だったって言ってたなあ。

 ん?

 それって、女が余ってるってことよね?

 え、もしかして……。

 今の私、勝ち組?

 

 はて、奴隷の男女構成比ってどうなってんのかしら?

 私や母のケースを考えると、女性の方が多くなるのよね?

 

 ……今思ったけど、女性の奴隷って、ろくでもない仕事を割り当てられたりする場合もあるのよね?

 

 

 

 謎は解けた。

 女性の奴隷、超安い。

 なんかイメージと逆。

 でも、力仕事とか男のイメージだから、労力と考えたら妥当なのかも。

 つまり、ここのお貴族様、とにかく人手が欲しい状態で、子供とか、女性の奴隷もほいほい買い込んだみたい。

 人海戦術か。

 そして、この扱い。

 聞けば、お貴族様のお嬢さんが陣頭指揮をとって土にまみれているみたい。

 そして、奴隷のみんなと同じ食事をとってるとか。

『みんなで一緒に美味しいものを食べましょう』ってね。

 話半分にしても、できることじゃないわ。

 と、いうか。

 ここのお貴族様、お人好し……じゃなくて超いい人なんじゃ。

 弟も含めて、家族一緒にいられるし。

 よし、頑張ろう。

 受けた恩は必ず返す。

 前世日本人ですから。

 うん、美味しいものも食べたいしね。

 

 しかし、ここの仕事やりがいあるわ。

 なんかね、昨日より今日、今日よりも明日って感じに、前へ前へ進んでる実感があるのね。

 もちろん、どこかで頭打ちになるとは思うんだけど。

 とはいえ、私に分かるぐらいだから、みんなモチベーション高いの。

 この感じ、高校の学祭の準備とか思い出すなあ。

 程よい一体感というか、みんなでなんでもできるみたいな、高揚感というか。

 

 あの時は、ずっとこのままだったらいいのになって思ったものよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 困惑した。

 そして、呆然とした。

 爆発した。

 

 みんなが、爆発した。

 

 持ち主が変わった。

 すべてが変わった。

 あろうことか、以前の持ち主を馬鹿にされた。

 

 みんなの心は1つだ。

 

 殺される。

 それがなんだ。

 殺される。

 それがどうした。

 殺しても許さん。

 

 みんなが死んでいく。

 みんなが殺していく。

 私が殺し、私が死んでいく。

 

 私たちは爆発し続ける。

 最後の1人まで。

 

  




この娘、たくましい。


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10:僕はどこで生まれたの?いや、マジで。

夢とロマンにあふれたお話。
栄光なき転生者の章の、締めくくりです。


 正気の沙汰じゃないけど、やるしかない。

 まあ、前世の知識でもサバンナの勇者とか、1人でライオンを狩るとかあったけどさあ。

 勢子もなしに、1人で大型獣を狩るとか、どんな罰ゲームなんだよぉぉ。

 俺は、心は熱く、頭は冷たく。

 戦斧を片手に突っ込んだ。

 

 

 ……俺は、やれば出来る子だったらしい。

 ヤレばできる。

 そうか、これが大人になることだったのか。

 あ、すみません、ちょっと錯乱してました。

 見事同世代の代表として成人の儀を終えた俺は……なんだよ、同世代の代表って。

 これやるの、俺だけってことじゃん。

 ひょっとして俺って、要らない子だった?

 もしかして俺って、成人の儀という名を借りて殺されるはずだったの?

 色々と言いたいことや突っ込みたいことはあったけど、『成人の儀を成し遂げた強い男』の俺は、里の歴史を受け継ぐ権利を得たらしい。

 歴史もなにも、俺は前世の記憶持ちですよっと。

 しかし、転生先はSFの世界でしたっと。

 笑い事じゃないんだけど、古き良きSF世界って感じなんだよ。

 

 新天地を目指して宇宙の海へと旅立った我らがご先祖たち。

 様々な苦難がご先祖達を襲う。

 闇の中を手探りするように進まなければいけない閉塞感、天体の影響による事故、仲違いによって袂を分かった仲間たち。

 そんな苦難を乗り越えて、ご先祖様はこの星にたどり着いた。

 世代を超え、100年に及ぶ長き旅の中で様々なものが失われ、星にたどり着いた宇宙船だったが、ごく一部の生活必需品を生産する技術を除いて、多くの機能はもはやロストテクノロジー。

 まあ、ぶっちゃけ専門家がいなくなってしまったってことだろうな。

 俺の前世の記憶も、専門工学とか役に立たない。

 なんせ、太陽系すら脱出できなかった時代の記憶だし。

 まあ、そんな感じ。

 たまらなく1970年代のハ〇カワSF小説の世界って感じだろ?

 なので、里の歴史と聞いて、実はちょっとドキドキしてるんだ。

 

 

 里の歴史を見て、ふいた。

 鼻からも鼻水が出るぐらいの勢いでふいた。

 うん、新天地を求めて旅立った先祖たちの指導者の名前が、『アーレ・ハイネセン』。

 聞き覚えあるわ、めっちゃ聞き覚えあるわ。

 しかも、逃げ出した帝国を、建国したのはルドルフ・ゴールデンバウム。

 長征一万光年(ロンゲストマーチ)だよな。

 これって、50年におよぶ大航海の果てに新天地にたどり着いた、長征一万光年(ロンゲストマーチ)だよな!?

 たどり着いた時には、ハイネセンが死んじゃってたあれだよな。

 え、なに、ここ銀英伝の世界なの?

 じゃあ、ここ一体どこなの?

 50年かけたロンゲストマーチに対して、うちの里で語られる大航海は、100年以上かけてこの星にたどり着いたってお話なんですけどぉ?

 単純に考えて、倍以上?

 どういうこと……って、ロンゲストマーチの5年目に、ハイネセンたちとは別れて旅立ったって……ご先祖様、何処に向かって旅立ったんだよぉ!

 つーか、ここマジでどこなの!?

 自由惑星同盟領内ではないんだろうなあ……ハイネセンとは5年目に別れて……もしかして、イゼルローン回廊を通過してない可能性もあるのか?

 いや待って、自由惑星同盟って……帝国歴160年ぐらいに脱出したってことは、ハイネセンにたどり着いたのが帝国歴210年頃か。

 甦れ、俺の原作知識。

 確か、150年ぐらい戦争してたはず。

 同盟建国(ハイネセン)から約300年後が原作舞台で、建国から150年ぐらいで帝国とやり合うようになって、アッシュビーとかが大活躍するのが原作の50年ぐらい前か。

 そしてそのあとに、イゼルローン要塞ができた。

 うん、たしかそんな流れ。

 ……同盟すげえ、めっちゃ繁栄してるじゃん。

 1つの星から、限られた人員で……原作時点で人口減少を示唆されながら人口130億。

 同盟すげえ、マジすげえ。

 

 さて、100年以上の偉大なる長征何万光年(グレートロンゲストマーチ)を達成したご先祖様がたどり着いた星がこのとおり。

 星の開発は、精々3分の1というところ。

 人口は、数千人(最終的に壊れかけた宇宙船一隻でギリギリだったらしい)から始まって、80万人ってところ。

 たぶん、人類みな兄弟って、いろんな意味でこの星では間違ってない。

 どうしても食糧生産が、ボトルネックになってる部分もあるしな。

 今は、プランクトン製造工場というか、新しい食糧自給工場建築に目処がついたところで、これができたら人口を支える能力が大幅に拡大する。

 ちなみに、宇宙船建造技術は失われているというか、どうもエンジンあたりがどうにもならないらしい。

 つーか、何よりも資源が足りない、採掘技術の問題かもしれないが。

 この歴史を信じるなら、ご先祖様がこの星にたどり着いたのが帝国歴280年頃。

 それから約200年経って、今俺がここにいる。

 

 

 うああああ、今から原作はっじまるよー、なタイミングじゃねえか!

 

 見たい、参加したい、原作キャラと会って写真とか撮りたい。

 誰か、誰か俺を見つけてっていうか、この星を発見してくれ。

 宇宙は可能性に満ちているぞ。

 チクショウ、もうこの世界が銀英伝の世界以外の何ものでもないようにしか思えなくなっちまった。

 

 

 

 この星の人口が1000万を超えた。

 残された資料と、現物、優秀な人間を選抜して、技術者を育てる試み……がようやく芽を出し始めた。

 俺が生きている間は無理だったが、近いうちにこの星から宇宙へと旅立つ船が出るだろう。

 指導者として忙しく働く傍ら、俺は時間を見つけて『里の歴史』と銀英伝をミックスさせて年表らしきものを綴った。

 この星の子孫が、いつか彼らと出会ったとき……これを見たら混乱するだろうなと、そんな未来を夢みている。

 原作における帝国と同盟が争ったような、そんな歴史を繰り返すようなことがないよう…心から祈っている。

 正直、疲れたよ。

 そして俺は、静かに目を閉じた…。

 




宇宙の可能性は無限なんだ!!

なお、主人公は老衰の模様。


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道に倒れる転生者の章
11:僕は同盟で育った。


新章、『道に倒れる転生者』開始です。

知人に言われて、ちょっと修正しました。
 


 輪廻転生ってあるんだなあと思った。

 地球という星から、人類は宇宙(そら)へと羽ばたいたのだと。

 羽ばたく際に、いかにも人類らしい、愚かしくて無益だとしか思えない争いが勃発したのはお約束。

 そして人類の翼は太陽系を超え、銀河の海へと。

 そこでまたひと悶着も、お約束とはいえばお約束。

 まあ、差し引きしてもプラスの感情に包まれて、地球という星からついに羽ばたけなかった記憶を持つ私は感動したものだった。

 

 その感動が、その、なんとも微妙なものへと変化するまで、あまり時間はかからなかったが。

 

 14歳。

 前世と同じく、私は進路に迷うことになる。

 いつになったらこの夢から覚めるんだろうなあ……という意識が、頭の片隅から離れることはない。

 しかし、怪我をすれば痛いし、ものを食べれば美味しいと感じる。

 そして、事故や戦争や病気で人が死ぬ。

 これを現実として向き合わねばならないことぐらいは、さすがにわかる。

 わかるからこそ、私は進路に迷った。

 

 銀英伝の世界かぁ。

 あと30年ほどで、同盟、滅んじゃうんだなあ。

 

 歴史は必然の繰り返しという人もいれば、偶然の積み重ねという人もいる。

 この世界が、原作という名の『史実』通りに動いていくのかはわからないが……私としては、状況が歴史を作るのだと思いたい。

 と、いうか……私自身の原作知識がそれほど豊かでないことに加えて、ちょうどこの時期って原作におけるエアポケットみたいな時期だったよなあ、と。

 ちなみに今は、宇宙歴の769年。

 あー、ヤン・ウェンリーが、生まれたぐらい……かな?自信はない。

 

 話を戻そう。

 

 同盟を守るために奔走するか、個人の幸福を追求するか。

 残念だけど、完全に一致はしない。

 そして、どちらにしても私自身の能力の制約を受けるってところが重要なポイント。

 

 前世でプログラマーだった友人が言ってたけど、あるレベルからは将棋の上手い下手は思考速度で差がつくと。

 将棋の名人が1手1分以内でさし、アマチュアの段位持ちが、時間無制限で……それこそ何日もかけて最善手を追求しながら指したらそれほど差はつかないそうだ。

 ただし、アマチュアが考えている間、名人は思考しないものとするって付け加えられたけど。

 つまり、将棋でコンピューターが人間を超えていくのは必然……と、ちょっと寂しそうに言ってたな。

 コンピューターだけが武器を持ち、人間が素手で立ち向かう……両者の思考速度の差は、そのぐらいの隔たりがある、と。

 これは将棋に限った事ではなく、レベルが上がれば上がるほど刹那の判断の積み重ねが優劣を分けることは少なくない。

 

 ああ、何を言いたいかっていうと。

 戦争の指揮官というか、戦術家として優秀な人間は、学習や訓練ではどうしようもない部分があるってことさ。

 戦場は刻々と変化する。

 それを見て、最善の対応を考えつき、指示を飛ばす。

 指示を受け、兵が動き出す。

 戦場で見て、兵が動き出すまでのタイムラグ。

 つまり、状況を見て判断した自分の指示が実行されたとき、それは既に最善の対応ではなくなっている可能性が高い。

 そもそも、敵の指揮官だって、『戦場に対応しようとしている』んだからね。

 つまり、戦術家に必要なのは、『相手がどう対応するかも含めて、ここから戦場がどう変化するかを予測し、最善のタイミングで対応できるように指示を出す』能力ってことだ。

 これは、学習、訓練、経験である程度は補えるかもしれないけど、どうしても超えられない壁が存在すると思う。

 だからこそ安易に、『才能』という言葉を使うんだろうね。

 私としては、『軍事的才能』は異能の類だと思っている。

 もちろん、指揮官には兵の士気を上げるとか、部下の掌握とかはあるけど、それはちょっとおいといて欲しい。

 自分の指示が、正確に、素早く達成されるかなんてことを言い出したら、もうね。

 原作において、フィッシャーさんが強調されたのは、つまりはそういうことなのだろう。

 ヤンファミリーは、戦術的指揮官に必要な要素の集合体……とまでは言いすぎか。

 ああでも、そうだとしたら民主的といえるのかもなあ。

 

 

 まあ、そんな感じで私には無理。

 まず、基本的に同盟は帝国軍に対して劣勢にある。

 それを、私が戦場で大活躍して、いわば戦術で戦略をひっくり返しにかかる?

 ははは、ナイスジョーク。

 やってみないとわからないとは言うけどね、わかった時には死んじゃうからね。

 ああ、やっぱり私には無理だったってね。

 ついでに言うと、同盟軍において私が指揮官に至るまで出世する道が見えない。

 出世するためには武勲を上げるだけでなく、上司の覚えが良くなくちゃいけなくて……どう考えても、相反する資質というか、前世の記憶からしても、全くイメージできない。

 原作でミラクルヤンがやったイゼルローン要塞の乗っ取りとかも、私には無理だね。

 まず、作戦案を出すにはそこまで出世しなきゃならないけど、それはおいておこうか。

 忘れちゃいけないのが、戦場には常に敵がいるってこと。

 

 前世での私は、高校で野球をやっていた。

 9回表、1点リードした上で2死走者3塁。

 相手の4番バッターがまさかのセーフティーバントさ。

 それで同点に追いつかれて、延長で負けた。

 仮に、私があのシーンに戻ってバントを警戒すれば勝てると思うかい?

 違うね。

 彼は、バントを警戒されてなかったからバントをした。

 もちろん、勇気ある選択だっただろうけどね。

 私がバントを警戒すれば、バントはしないだろうね。

 もしかすると、彼が凡退に倒れて私たちは勝てたかもしれないし、彼がホームランを打って逆転されたかもしれない。

 私に分かるのは、こちらが警戒していれば彼はバントをしなかっただろうということぐらいさ。

 

『敵が油断していた』なら、その状況を作るまでが大変なんだ。

 いわゆる、仕事は段取りが終わった時点で9割終わっているってこと。

 エル・ファシルと同じで、『ヤンは、作戦実行に至るまでの段取りの魔術師』だと私は思っている。

 敵、あるいは味方の心理状態も含めて、戦場がどう変化していくかを予測する能力が極めて高いってことだと思うよ。

 だからこそ、タイミング良く、指示を出せる。

 その指示がきちんと実行に移されれば、魔術師のミラクルが完成するってね。

 

 

 で、それを私にやれって?

 ははは、ご冗談を。

 

 

 そして私は、政治家になる道を選んだ。

 これもまた無理ゲーだと思ったけど、戦争で英雄になるよりはまだ可能性があるかなって。

 政治は、瞬時の判断を要求されることは少ない。

 それなりに思考する時間が与えられることがほとんどだ……まあ、それを実行できるかどうかが大変な世界なんだろうけどね。

 

 私は同盟で生まれ、同盟で育った。

 だから同盟を、守りたい。

 私に出来ることは……これぐらいしか思いつかなかったよ。

 

 変かな?

 

 40歳になる前に、政治面での影響力を確保したい。

 具体的には、帝国でラインハルトが頭角を現す頃に、同盟の状況に変化を与えられる立場になりたい。

 それは、戦術ではなく、戦略に何かを与えられるということだ。

 仮に、戦略面で同盟に何かを与えられたとしたら、ヤンウェンリーはもちろん、ほかの同盟の軍人達にも、もう少し選択肢が増えるだろう。

 だから勝てるとまでは言わない。

 でも、もう少し……楽な戦い方をさせてあげられるんじゃないか。

 私は、そう願う。

 

 時間がない。

 高校時代は、ボランティアや部活動、生徒会活動などで、地道に地元の有力者と顔をつないでいく。

 大学は同盟で最高峰のハイネセン大学になんとか合格した。

 恥も外聞もなく、入学しやすい学部を選択した。

 大学内での人脈を作りつつ、政治ボランティアなどに参加して、政党メンバーの一員と認識される程度に顔を売った。

 いかにもな、青い理想を情熱を込めて語ったりした。

 内容よりも意欲を示す。

 政治の世界は、力学が支配する世界だ。

 上の人間の目にとまり、可愛がられ、引っ張りあげられなくては話にならない。

 それでいながら、周囲の人間に気を遣い、声をかけ、最低でも足を引っ張られる要素を潰していく。

 

 朝、顔を洗ったあとに鏡を見てぞっとした。

 

 うまくなったなあ、作り笑顔。

 

 心の中で、魔法の言葉を繰り返す。

『私は同盟を守りたい』

 楽な道などあるものか。

 綺麗なだけじゃいられない。

 

 笑顔をふりまく。

 誠意をばらまく。

 情熱を語る。

 未来を憂う。

 

 

 エル・ファシルの英雄が生まれた。

 

 ああ、足りないのは時間じゃない。

『私』が至らない。

 足らない、届かない。

 私は、君たちの選択肢を増やす、政治家には届かない。

 そうか、届かないか。

 届かないなら、こんな魔法の言葉に意味はないな。

 

 

 

 

 

 

 ああ、今ならわかる。

 トリューニヒトよ。

 名前も覚えていない、原作における政治家の面々よ。

 お前達はすごいやつだなあ。

 英雄の選択肢を制限することができるなら、選択肢を増やすこともできるってことだろう?

 原作ではひどい扱いだったが、お前たちの心の中にも魔法の言葉はあったのか?

 あったのだろうと思う。

 

『同盟を守りたい』

『同盟を変えたい』

『帝国を滅ぼしたい』

 

 こんなところだろうか?

 その魔法の言葉を叶えるため……私がそうだったように、お前たちにもいろいろあったんだろうなあ。

 いろいろあって、その魔法の言葉はどうなった?

 ああ、その魔法の言葉があれば、手を取り合って進んでいけたかもしれないのに。

 その思いが強かったから、強すぎたからこそ、『自分の手で』と思ってしまったのかもしれないなあ。

 だから、他人の手をとることができなかった。

 そして私も。

 

 

 なあ、教えてくれ。

 いや、誰の差金かなんてことは聞きたくない。

 私には何が足りなかったと思う?

 ああ、でも『努力』という言葉だけは使わないでくれ。

 死にたくなる。

 

 それでも……私は、誰かに『殺される程度には』影響力のある政治家になれたんだな。

 大事な大事な、魔法の言葉と引き換えに。

 

 

 

 

 

 

「よう、ヤン。お前さんの嫌いな政治家が殺されたそうだぜ」

「嫌っていたことは認めますがね、先輩。殺されることを良しとは考えたくないですよ」

 

 

 




あまり原作キャラを絡めたくないと考えているので、最後の2文を入れるか入れないかで迷ったのですが、この方が悲惨かなと。

修正の裏事情。
知人:『トリューニヒトに直接殺されたの?政治家としてリスク高くない?』
作者:『ファッ!?』
……確かにそう読めるわ。

言い訳になりますが、そういう障害を乗り越えて政治家として力を持った連中に対して『すごいなあ』と主人公が思った感じです。
自分の想像を優先させて、さすがに言葉が足らなすぎたようです。


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12:僕は帝国で育った。

なぁにこれ。(困惑)
この章でも、野球馬鹿みたいなキャラが必要かなと思った。

でも、確実にやらかした気がする。(笑)


 イケメンに生まれた!

 いや、まだ子供だけど。

 でも、両親を見ればわかる。

 姉さんを見ればわかる。

 さあ、もう一度鏡を見よう。

 この将来を約束されたイケメンを思う存分眺めよう。

 

 ちょっと取り乱した。

 いや、前世でさ……嫌な思い出があってね。

 

『勉強も運動もできるし、趣味も結構合うんだけど……顔が嫌いなの』

 

 余計なこと言わずに、普通に振ってくれよおおおおお!

 そりゃ、告白してストレスかけたのはこっちだけどさ……『ごめんなさい』とか『好みじゃないから』とかでいいじゃないかよ。

『顔が嫌い』って……自分、どうすればいいか、わからなかったとです。

 まあ、ある意味ものすごく正直だったんだろうけど、思春期真っ盛りの中学生には、致命傷だったよ。

 その過去を踏まえたうえで、今の俺を笑うか?

 笑えるか?

 

 というわけで、前世の記憶を取り戻してからしばらく、鏡を見ては嬉しそうに笑っていた気持ちの悪い帝国貴族の長男でっす。

 いや、もう落ち着いてるし、落ち着いたよ。

 だって、イケメンはイケメンで大変だからってことに気づいたからね。

 自分にも覚えがあるけど、『所詮顔だけ』とか『性格悪いよ』とか、嫉妬も含めて悪意にさらされるのがイケメンの悲しさ。

 あれだ、前世の記憶からすると日本人って『顔が良い=善人』で、『顔が悪い=悪人』って無意識に考えるよね。

 子どもに読ませる絵本とかもそうじゃん。

 悪人はみんな醜く描かれて、善人は良い顔っぽく描かれる。

 あれってさ、洗脳だよね。

 そのくせ、人は顔じゃないなんて言うの。

 

 まあ、そのへんの面倒くさい部分はまるっと無視して。

 俺は、イケメンらしく、中身もイケメン……そう、イケてる魂、イケ魂を育むことにしたんだ。

 前世の日本人の感覚じゃ、この世界というか帝国の貴族社会ではちょっとあれだけど、基本は威厳と寛容。

 まずは使用人に慕われ、尊敬というか、『さすが』と思われることを目標に、子供時代を過ごした。

 礼法、学問、芸術、運動……密度の濃い生活。

 以前の俺なら耐えられなかっただろう。

 でも、今の俺はイケメンだから耐えられる。

 いや、イケメンだからこそ耐えなきゃいけない。

 

 そういえば、健全なる肉体には健全な魂が宿るんだったっけ。

 ならばイケメンにはイケ魂が宿る。

 そうか、イケ魂は既に俺の中に宿っている。

 俺は、そのイケ魂を燃やせばいいってことか。

 

 

 婚約者ができました。

 

 

 政略結婚だからって馬鹿にしちゃいけない。

 前世のじいちゃんやばあちゃんが言ってたけど、お見合いの結婚ってのは、双方の家同士がいろいろ相談し合って、合いそうな組み合わせを選んでいったんだとか。

 つまり、周囲の反応としては家格の上でも釣り合いが取れ、本人たちの相性もよさそうな組み合わせ。

 よろしい、ならば俺がそこにイケ魂をニトロターボだ。

 

 そして俺は、婚約者との顔合わせに臨んだ。

 

 美少女です、ありがとうございます。

 と、これはちょっとイケ魂じゃないな。

 それに彼女、ちょっと表情が硬い……緊張してるからってわけでもなさそう。

 じゃあ、イケ魂を燃やしていこうか。

 

 

 彼女、最初は顔も知らない相手が婚約者に決められたことが嫌だったらしい。

 それが今や、俺を見つめてキラキラしてます。

 多分俺も、彼女を見つめてキラキラしてる。

 でも、現状維持なんてイケ魂のやることじゃない。

 さらに上げていこうか。

 

 俺はイケメンだけど貴族の長男だからね。

 やることは多い。

 領地経営なんかも入ってきた。

 商人との交渉も。

 知らないで誰かに任せるのと、知った上で誰かに任せるのは違うからね。

 当然、これは貴族として知っておくべきことだ。

 忙しくて会えない時は、彼女に連絡をとる。

 古風に、人を介して手紙を送ったら驚いていた。

 でも、とても嬉しそうだった。

 ちょっとした贈り物も。

 彼女が喜ぶと、俺も嬉しい。

 

 

 世界が輝いているように見えた。

 つまり、イケ魂は世界をキラキラさせる。

 

 

 皇帝が新しい寵姫を囲ったとか。

 囲うもなにも、周りの人間が勝手に押し付けてるだけじゃん。

 イケメンが大変なように、皇帝も大変だ。

 それで、寵姫の名前は…………うん、うん……?

 

 フリードリヒ4世陛下。

 ブラウンシュバイク公。

 リッテンハイム、リヒテンラーデ、クロプシュトック、イゼルローン、自由惑星同盟、フェザーン、オーディン、ハイネセン、〇〇〇、△△△、……。

 

 おう、イケメンと美人が多い世界だなと思ってはいたが……銀英伝の世界かよ。

 いや、まだだ、まだわからんよ。

 だって、俺がいるから。

 似てはいても、銀英伝の世界そのままじゃない。

 そもそも、そんなことあり得るの?

 ……そういえば、俺って前世でどうやって死んだんだっけ?

 大学以降の、いや、2年の夏……。

 

 そうか、俺は逃げて……死んだんだ。

 この人生では逃げたくはないな。

 

 

 

 数年後、俺と彼女は無事に結婚した。

 俺のイケ魂は、最高に燃え上がっている。

 彼女の笑顔が眩しい。

 この時ばかりは、世界のキラキラが目に入らなかった。

 俺は、彼女だけを見ていた。

 彼女も、俺だけを見ていた。

 2人だけで世界を完結するのは、イケ魂として良くはないけど、今この瞬間だけは許して欲しい。

 

 

 それからさらに数年、俺はイケ魂を燃やしつつも、帝国及び同盟、フェザーンなどの動向を調べていた。

 ああ、うん。

 こりゃあやっぱりラインハルトが勝って、貴族連合が滅ぶのか。

 ああ、それはつまり……。

 

 俺と彼女も滅ぶってことか?

 

 背中に、氷の針を突き入れられたかのような悪寒。

 自然と、俺の思考は導かれていく。

 もう手遅れかもしれないが、殺すなら……。

 

 彼女のキラキラした顔が浮かんだ。

 

 うむ、イケ魂はそんなことしません!

 謀略は貴族の嗜みかもしれないが、俺は貴族である前にイケメンで、イケ魂だ。

 悪寒が消えていた。

 それはさておき、俺の家も、彼女の実家も、帝国貴族の派閥にどっぷりつかったポジションだ。

 この世界で、この貴族社会で20年以上も生きてきて、本当の意味での自由な選択肢などない。

 複雑に絡み合い、もたれ合うようにして成立しているのが貴族社会だ。

 それは人間関係だけじゃなく、領地も含めての複雑さだ。

 大貴族なら、星をまるごと領地にしてたりするけど、ウチの領地がある星にはほかの貴族の領地があったりするわけだ。

 俺の家の領地改革に関しても有形無形の横槍が入ってくる世界なんだ。

 それは、力がある証明であり、力のない証明でもある。

 ブラウンシュバイク公や、リッテンハイム候の立場まで行くと、また話は別なんだろうが。

 ああでも、上が理性的な判断をしても下が暴発して台無しになるなんてことは普通にあるか。

 

 

 俺は、皆が寝静まった深夜に、彼女と話をした。

 前世とかの話は抜きに、このまま推移すれば帝国を割る内乱が発生し、俺や彼女の属する陣営は滅びの運命をたどるだろうと。

 彼女は、優しく俺の頬をなでた。

 

「あなた、貴族は責任を取るから貴族なの。良くも、悪くも、私たちは責任を取る立場から逃げてはいけない義務がある。帝国の威厳が衰えたなら、それは貴族のせい。平民が不満を持つなら、それも貴族のせい。その責任を背負っているからこそ、あなたも、私も貴族なのよ」

 

 ああ、彼女は、俺なんかよりよっぽど貴族らしい貴族だった。

 

「勝敗じゃなく、貴族らしく、そしてあなたらしく、キラキラしていきましょう」

 

 彼女もまた、イケ魂だった。

 俺と彼女はともに歩む存在。

 だったら負けるわけにはいかないな。

 

 

 時の流れが早い。

 

 貴族連合の一員として、ラインハルトたちと戦う。

 多くはないが、艦隊指揮の経験はあった。

 俺が指揮する艦隊数は約500。

 原作では、貴族連合の私兵とも言える艦隊のだらしなさがクローズアップされていたが、考えるまでもなくそりゃそうだと思う。

 だって、軍を相手に戦うことなんか想定してない集団だもの。

 想定する相手はせいぜいが海賊で、それも数で威圧の方針だから、スタート地点がまず違う。

 

 一応、この戦いに挑む前に皆には伝えたんだけどな。

 負けるから、参加したくない奴はするなって。

 減らない。

 恋人や妻がいるやつ、家族が心配なやつ、異性と付き合ったことがないやつは、おうちに帰りなさいっていったら、その場の全員が俺を指さして笑いやがった。

 みんなに親しまれてるって、なかなか辛いことだったんだな。

 まあ、士官じゃなくて平民の兵士までそれを通達したら、ようやく少し減ってくれたよ。

 上に立つ人間としては無責任だと思うんだけどね。

 死ぬ奴は少ないほうが良い。

 だったら戦うなって?

 貴族連合の集団なんだよ?

 兵を出さないとか、やる気がないなんて、敵対行動と同義で、粛清の対象じゃないか。

 戦いの前に滅ぼされて、領地は、暴走した貴族連中に虐殺と略奪のフルコースだよ。

 原作で、形勢が判断できないとか、逃げる行動力もないとか言われてたけど、そういう問題じゃないんだよ。

 逃げるためには、逃げられるだけの状況が必要なんだ。

 人間関係、領地周辺の状況、距離、思惑……タイミング。

 ラインハルトに味方するのにも、それだけの状況が必要なんだ。

 自分だけが助かって、領地の人間を見殺しにするかい?

 イケ魂のやることじゃないし、貴族としても失格だね。

 ウチの家の兵士も、そのへんは理解してる。

 戦って死なないと、残されたみんなが助からないって。

 

 これは、みんな(ウチの兵士)にとっては命乞いのための儀式であり、生贄を生産するための戦い。

 

 そして俺にとっては……生き残ったウチの兵士たちを救うための戦いだ。

 

 

「さあ、いこうか!」

 

 そうだ、イケ魂を燃やせ。

 最期の瞬間まで。

 

 

 




これを書きながら、ふっとヒロアカの某キャラを連想した。
この話を楽しんでくれたなら幸いですけど、作者としては忘れたい。(笑)

健全なる精神は健全なる肉体に……。
(自分自身と、高校のチームメイトを思い出しつつ)あれって、願望だよね。
体力バカが迷惑な存在だと、手がつけられないもん。(笑)
確か原文というか訳文も、『やどれかし』とかの、『宿ってくださいお願いします』的な願いだったはず。


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13:僕はフェザーンで育った。

またキッツイキャラを書いてしまった。
主人公の言動及び性格が不快感を与える可能性があります。

感想欄からいただきました、『拝金じいちゃん』。
……まだ若いんですけど。


 この世界、ひょっとして孫にせがまれて買ってやった銀河英雄伝説ってやつじゃねえの?

 

 小説。

 アニメのDVD。

 思い出される内容を、現実に当てはめていく。

 偶然とは思えない一致率に、ぶるりと、身体が震えた。

 右手を強く握り締める。

 ビッグウエーブだ。

 何よりも、それに気づけた時期がいい。

 今世におけるフェザーン商人としての、そして前世において山師とも勝負師とも言われた相場師としての心に火が付いた。

 

 フェザーンは帝国の自治領だ。

 あと20年ほどで、フェザーンは帝国の連中に占領される。

 そして、同盟を倒した帝国は、フェザーンに遷都して新たな支配体制を確立していく。

 

 おいおい、単純に不動産転がしただけでどれだけ利益が出るって話だよ。

 まあ、良くも悪くも軍政だからな、目をつけられたら無償で没収コースってのはゴメンだ。

 そのあたりは注意する必要はある。

 そして、同盟が負ける過程では、株価がヒャッハーだろ。

 国債とかどうなんだよ。

 他人の不幸は蜜の味とか、笑いが止まらんぜ。

 

 戦争?

 英雄?

 

 どうでもいいね。

 金だよ、金。

 金ですべてが買えるなんてアホなことは言わないさ。

 だが、金さえあれば大概の問題は解決できるんだよ。

 金が人を狂わせる?

 ははは、毎年毎年戦争で数百万の死者を出してなお、それを容認してるこの社会がそもそも狂ってるだろうが。

 マネーだ、マネー、マネー、マネー、マネー!

 ははは、戦争も英雄もどうでもいいが、前世では作り損なった伝説を作ってやろうじゃねえか!

 家族なんていらねえさ、そんなもの前世で十分に味わった。

 俺はフェザーン人として、フェザーンが滅びてなお、伝説としてフェザーンの名が残るほどに札束を積み上げてやろうじゃないか。

 かかか、長生きできそうにない人生だなあ、我ながら。

 

 いいぜ、全力で駆け抜けてやるぜ、この銀河をよ!

 

 

 

 アンタ、金をなめすぎた。

 金ってのはすごいぜ。

 帝国に同盟、そしてフェザーンか。

 随分と目減りしちまったようだが、この銀河に400億の人間が生きてる。

 なあ、400億の人間ってことは、400億の価値観だ。

 アンタはこのデータにこれだけの金を積んだ。

 ほかの人間はどうだ?

 タダでもいらないっていう奴もいるだろうよ。

 もう一度言う。

 この銀河には400億の価値観が生きている。

 その400億の人間が……この帝国マルク金貨を、帝国マルク金貨の額面通りにしか使えねえ。

 400億の人間が、400億の価値観が、この金ってやつの前には素直に頭を下げる。

 金の額面の通りにしか、動けなくなる。

 わかるか?

 拝金主義のフェザーンなどと呼ばれちゃいるが、金ってのは価値観のものさしとなり得る存在なのさ。

 宗教ってのは信者に価値観を与えるものだ、違うかい?

 金は俺に、銀河の400億の人間に等しく価値観を与える。

 宗教と金を対等に見てどこが悪い。

 しかも、金はある意味じゃすべてに対して平等だ。

 俺にとっちゃ、拝金主義者なんて言葉は褒め言葉だね。

 

 かかか、もっと謙虚になれよぉ。

 アンタの価値観を、ここに積んでくれ。

 俺を満足させるまでなあ!

 

 

 

 かかか、商談成立だなあ!

 

 

 

 バブルの頃を思い出すぜ!

 誰もがみんな、自分だけはうまくやるって狂ってた時代だ。

 最っ高に楽しい時代だったなあ。

 バブルがはじけたあとも最高に面白かった。

 欲に溺れた連中が、欲に焼かれてもがき苦しむ。

 そんな中で、ひとにぎりの勝負師だけが駆け抜けていったぜ。

 まあ、いろんな奴が死んでいったけどな。

 戦いから逃げ出すことで無様に生き延びた奴が、すました顔であの狂騒の時代を語るなんて胸糞悪いものまで見せられた。

 笑いものになってたことも気づかねえクソだったが、狂ったまま生きていかなきゃならなかった俺らも偉そうなことは言えねえか。

 そして生まれ変わっても狂ったままだぜ、俺は。

 そら来た。

 襲ってきた奴を蹴り上げる。

 取り押さえて、武器と、服と……。

 

「お、おい、何をする?」

 

 身ぐるみはいでんだよ、決まってるだろ。

 身体は帝国貴族に奴隷として売っぱらうから、お前の持ち物は心だけさ。

 無くさないように気をつけな。

 

「き、貴様ぁ、ろくな死に方はせんぞ…」

 

 死に方には興味ないね。

 人って生きものは、どう生きるかを考える。

 そして俺は商人。

 どう金を稼ぐかを考える生きものさ。

 

 

 かかか、我ながら敵が多くなってきたなあ。

 だがそれがいい。

 これが俺にとっちゃ普通なんだよ。

 金を稼ぐってのはこういうことだよなぁ。

 

 

 さーて、そろそろ某貴族様が没落する時期だなあ。

 領地の特産品を買い占めにでもはしるかねえ。

 同盟の方は……ひでえよなあ。

 フェザーンの連中に食い荒らされて、ボロボロだぜ。

 戦争経済による業種特化、その特化した業種にフェザーンが食いついてるもんだから、同盟の市場規模がどんどん縮小してやがる。

 戦争ってのは、富の奪い合い……言ってみれば、金の奪い合いだ。

 フェザーンが同盟から金という名の資本を吸い上げるってのは……そういうことだよ。

 同盟も、帝国も、フェザーンとの戦争に負け続けてる。

 かかか、拝金主義者が聞いて呆れるぜ。

 戦争に勝つためには、戦争相手がいないと始まらないってのに。

 

 

 それに……暴力ってもんを甘く見すぎだろ。

 この世界に、安全地帯なんかねえのさ。

 戦争するなら命をはれ。

 基本だろうに。

 

 

 それにしても、地球教はウザイな。

 奪う前に与えよって言うしな、やってみるか。

 ダブついた資金の投資先にちょうどいいのが見つからねえことだし。

 

 

 金ってのは魔力を持っている。

 口座振込みやら電子マネーやらでは味わえない、魔力ってやつを味わってみな。

 くくく、世界が変わるぜ。

 

 部下に命じて、札束の詰まったケースを、山のように積んでやった。

 司教に、信者たち。

 そいつらの目の前で、あらためてケースを開け現ナマを見せつける。

 しっかりしなよ、気配が上ずってるぜ?

 別に?

 ただの寄付ってやつさ。

 ここにいるみんなに、いい服を着せ、うまいものを食わせて、酒でも飲ませてやってくれよ。

 何をしろとは言わないさ。

 心配はいらねえよ。

 帝国、同盟の地球教支部にも、似たような贈り物を届けているからさ。

 

 くくく、満たされろ。

 信者から、人間に戻りな。

 サイオキシン麻薬ってやつは、常用しだしたら廃人まですぐだったっけ?

 つまり、信者を使える期間は限られるってことだ。

 なら、まだこの時期にはまともな信者が多いってことだ。

 だったら、麻薬じゃなくて、金で頬を叩いてやるよ。

 信者から人間に戻れば、欲が出る。

 欲が出た人間は……お前らの言う事を聞くかな?

 満たされれば満たされるほど、信者の数は減っていく。

 まあ、そこまで上手くはいかないか。

 

 

 地球教で、内ゲバが起こった。

 寄付金の使い方っていうか、分配方法でもめたらしい。

 かかか、しっかりしろよお。

 フェザーンのガキより、ピュアな連中だな、おい。

 そんなことしてると、地球との航路がプッツンするぜ。

 サイオキシン麻薬の製造場所ってのは、地球にあるんだろ?

 俺は何もしてねえ。

 俺はただ、地球に人を運ぶよりも割の良い仕事を回してやっただけさ。

 フェザーン商人だからな。

 金になる方の仕事を選ぶさ。

 

 

 さあ、そろそろ毟るか。

 どちらかといえばこっちのほうが得意なのさ、俺は。

 土地、建物、そして人。

 地球には何もない?

 バカを言っちゃいけねえ。

 人は資源さ。

 今の時代に、1つの星に1000万の人間が住んでるなんて、上等じゃないか。

 帝国とか同盟なんて小さいことは言わねえよ、今の銀河系は、人手が足りない状態なのさ。

 俺が手に入れた星に来なよ。

 いくつもあるから、好きな星を選びな。

 いくらでも仕事はあるさ。

 頑張れば頑張るだけ、豊かになれる。

 未来だよ。

 その手に未来が掴めるのさ。

 子どもに、孫に、見せてやりなよ。

 そうすればあんたは笑って死ねる。

 

 

 地球から人が次々と旅立っていく。

 地球教が、バラバラになっていく。

 俺の手に入れた星が人で満たされていく。

 俺の手に入れた鉱山から次々と鉱石が掘り出される。

 星が開拓されていく。

 人が増えていく。

 笑顔が増えていく。

 

 ああ、狂う前の俺は……あんなふうに笑ってたか。

 

 ん?

 おお、気分転換みたいなもんさ。

 狂ってる連中の顔ばかり見てるとな、どうしても俺の中のバランスみたいなものがおかしくなっていくのさ。

 たまには、命の洗濯が必要ってことだな。

 おい、何を変な顔してやがる。

 俺は最初から狂ってるさ、ただ、狂うにも、狂い過ぎたらそれを楽しめなくなるからな。

 かかか、若いうちから余計なこと考えるな。

 まずは、欲に狂え。

 うまいもんが食いたい、いい服が着たい、いい女と付き合いたい……なんでもいいさ。

 欲に狂って、金に狂うんだよ。

 そうすれば、死なずにすめば、いつかどこかで止まる時が来る。

 そこが分岐点だ。

 覚めたら終わり、それ以上に狂えば破滅が待っている。

 そこにとどまり、狂ってる自分を見つめ続ける。

 そういう連中だけが、戦い続けることができる……俺のいるのはそんな世界さ。

 

 かかか、まだわかんねえか。

 くく、まあ、偉そうなことを言っても、俺もまだまだ若造さ。

 40や50じゃ、まだまだだよ。

 まあ、これから忙しくなるぜ。

 いよいよ、帝国も、同盟も、ぐっちゃぐちゃだ。

 

 ……ははは、フェザーンにはもう未来なんてねえよ。

 地球と同じさ、人だけが残る。

 なあに、100年以上も他人の命をチップにギャンブルを繰り返してきた末路ってやつさ。

 俺だって、いつ死ぬかわからねえ。

 ろくな死に方はしねえだろうよ……まあ、星の開拓云々は、生きているうちの罪滅しってやつさ。

 

 

 おお、また命の洗濯ってやつさ。

 なんだよ、俺は前からフェザーンは滅ぶって言ってただろ?

 冗談だと思ってた?

 かかか、人も、国も、永遠のものなんかありゃしねえよ。

 次は同盟が滅んでいくさ。

 帝国は、滅んだようなものだしな。

 

 それで今日は、なんの騒ぎだい?

 ほう、収穫祭か。

 いいタイミングだったな……おい、1人残してお前らも楽しんで来い。

 時間を決めて交代しろ、ハメを外さない程度に欲ってやつを楽しみな。

 

 

 祭りの熱を離れたところから眺める。

 俺にはこのぐらいがちょうどいい。

 トン、と背中を突かれた。

 振り返る。

 ああ、いつかの司教さん……元気だったかい。

 ガードは……ああ、悪いことしたな。

 俺のせいで死んじまったようなもんか。

 

 異変を感じて、駆け寄ってくるものたちがいる。

 元、地球教徒の連中だ。

 はは、皮肉なもんだな。

 司教の身体が引き剥がされる。

 俺の身体から、何かが溢れていくのがわかった。

 ああ、もったいねえな……。

 

 おい、そんな乱暴にしてやるな。

 その司教さんは、金に勝ったのさ。

 俺の()は、司教さんの(地球)に勝てなかった。

 つまり、俺が負けた。

 

 俺の周りで騒ぎがひどくなる。

 それなのに、騒ぎが遠くなっていく。

 

 俺が手に入れた星で。

 俺が手に入れた人に囲まれて。

 俺の命が、俺の手からこぼれていった。

 

 

 




書いてて楽しかったです。(笑)
バブルの頃は……あの無力感を思い出すと、吐きそう。

突然の死は、ご都合主義であると同時に作者の世代にとっては一種のロマンです。
あ、この世界って札束というか現金って……あるかな?


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14:僕は帝国で育った。

多分、『栄光なき転生者』の章に持っていくべき主人公かも。
それっぽい知り合いはいましたが、作者自身は技術がどうとかわかりません。



 目を閉じれば、もう開くことはないだろう。

 無念を抱えたまま目を閉じ、瞼の裏に映る宇宙を夢見て……私は死んだ。

 

 

 死んでる場合じゃなかった。

 生まれ変わってる場合じゃなかった。

 夢がある。

 夢が無限の広がりを見せている。

 真理を求めた三蔵法師が、天竺にたどり着いた時の感激がわかる。

 夢が。

 謎が。

 全てが。

 体系だった学問として、私の前に積み上げられている。

 貪るようにして学んだ。

 すべてを食らいつくさんとして学んだ。

 連続した睡眠は非効率だ。

 90分の睡眠を、1日3回。

 前世から学んだ、これがベストの効率。

 タンクベッド睡眠……だと?

 ああ、やはりこの世界は素晴らしい。

 そんな便利なものがあるなら、即導入しよう。

 それで浮いた時間は、全て勉強につぎ込める。

 それでもなお、時間が足りない。

 ああ、身体が3つ欲しい。

 ああ、1日が96時間ぐらいにならないものか。

 そして私は、今世の父親に申し出た。

 

 家督は弟に継がせてください。

 

「あ、はい」

 

 帝国貴族などという面倒な家柄でありながら、父は驚くほど寛容に私の申し出を受け入れてくれた。

 

 父よ、母よ、弟よ。

 心の底から感謝する。

 ああ、これで。

 これでこそ私は。

 研究のために死ねる。

 

 

 研究は金食い虫だ。

 前世において、それは骨身にしみている。

 研究費用をどう調達するかで、研究の進みが変わってくる。

 

 マスコミを前に、臆することなく堂々と口を開く研究者。

 

 それを見た知人が、『研究者のイメージとは違うね』と言ったことがある。

 おそらく、知人の研究者のイメージは一昔前のそれだろう。

 研究を進めるために金が必要なこと、その費用を調達しなければいけないことは先に述べた。

 では、どうやって調達するか?

 国なり企業なりの研究所に割り当てられた予算の奪い合いがほとんどだ。

 もちろん、自分の研究がもたらすであろう利益をアピールして、関連企業に資金を提供させる研究者もいる。

 予算の奪い合いに、企業から資金を提供させるのに、必要な能力というか流れ。

 

 相手が望むことを把握し、自らの研究の利点を相手にとって的確にアピールして、損得勘定の上で研究費用を獲得する、だ。

 

 要するに、コミュニケーション能力の優れた人間が研究費用を優先的に獲得する。

 そりゃ、マスコミの前でも平然としていられる。

 慣れてるからな。

 アピールの為には、資料を作成したりすることも必要だから、実務能力も必要……まあその方面の助手がいればこれはなんとかなる。

 つまり、口下手で、相手が何を望んでいるかわからない研究者に、費用は回ってこない。

 一般的に、研究者のイメージは、自分の研究だけに興味があって……という感じだろう。

 そんな研究者には、よっぽどの理解者が現れない限り、研究費用が満足に与えられることもないし、研究結果を残すことも希になる。

 費用は全部研究につぎ込みたいから、誰かにアピールすることなんて考えられなくなる。

 アピールしたところで、自分の願望を押し付けるだけになる。

 これでは、企業は金を出さない。

 その結果、自分がやりたいことだけ研究していたいなんて研究者は、研究そのものが満足にできなくなる。

 研究者本来の能力とは関係ないところで、優劣が決まってしまう……まあ、資金集めも研究者の資質であると言われたらそれまでだが。

 

 まあ、私の前世は、そういう時代だった。

 おそらく、いつの時代もこれに近い状態で推移してきたのだろう。

 ただ、専制国家による直属の研究室の場合は、少し事情が異なる。

 自分が望む研究と方向性がそれなりに一致したならば……そこは、研究者にとって天国に最も近い場所となる。

 ああ、結果を出さねば、物理的に首が飛びかねないという意味でも、天国に近い場所だ。

 おっと、この世界ではヴァルハラだったか。

 

 と、いうわけで……私は帝国軍の開発研究……まあ、技術部に所属することになった。

 

 

 

 

 

 あれから十数年。

 私はこの上なく幸せだった。

 研究の結果が出て、確認さえできれば、その成果など上司に丸投げしてしまえばいい。

 上司は満足して、私に自由に研究させてくれる。

 上司はさらに上から評価されて満足。

 そうか、前世において私に足りなかったのはこれか。

 研究によって、自分自身ではなく、他人を満足させること。

 ああ、ああ、研究者生活に身を投じて……前世も含めて何年だ?

 まあいい、やはり人生は学び続けるはるかな道のりなのだ。

 

 睡眠はタンクベッド。

 食事は軍用の戦闘補給食。

 おい、お前ら何故私を変な目で見る?

 お前らそれでも研究者か?

 研究者は研究している時が一番幸せじゃないか。

 病気になれば研究できない。

 空腹で倒れたら研究できない。

 ならば最も短時間かつ効率的に、おい、お前ら何故逃げる。

 

 

 ん、誰だ?

 ああ、新しい上司の方でしたか、これは失礼。

 よろしく頼むと言われても、私はただの研究者ですから。

 研究だけをやります。

 私は研究をする。

 私の研究をどう使うかは、上司のあなたや、もっと上の人の仕事でしょう。

 

『君はそれでいい』とか言って、笑って行っちゃったよ。

 なんなんだ?

 

 

 は?要塞をイゼルローン回廊に運ぶ?

 それは、既存の技術を応用というか活用するだけの話ですよね?

 宇宙船より、はるかにモノがでかいというだけの。

 私の仕事は研究することですので。

 いやいやいや、なんですか、一体?

 首が飛ぶ?

 そりゃあ、人間ですから、首も飛ぶでしょう。

 助けてくれって……だから私は、タダの研究者なんですが。

 そもそもなんで、要塞を運ぶなんて話になったんです?

 

 ……イゼルローン要塞を手に入れるのではなくて、ぶっ壊していいというなら、わざわざ要塞なんか運ぶ必要はないでしょう。

 いや、しがみつかないでくださいって。

 はあ、イゼルローン回廊付近で、小惑星を数十個集めたなら、そもそもワープさせる必要もないでしょう。

 まあ、反撃で進路を曲げられたり破壊される可能性がありますから、数は必要でしょうが。

 え、いやだから……それに亜光速エンジンを設置して、亜光速まで加速させて、イゼルローンに次々とぶっつけてやればいいんじゃないですか?

 細かい部分は、私にはわかりかねますから、軍事の専門家の方に……。

 

 

 

 は、私に客?

 研究に関係あることか?

 ないなら帰ってもらってくれ。

 人生は短いからな。

 そういうわけにもいかない相手?

 仕方ないな……。

 

 は?

 出世?

 出世すれば、研究の時間が増えますか?

 増えるどころか減りますよ。

 今までの上司を見ていればそれぐらいはわかります。

 私のためと言うならば、私の研究の邪魔をしないでください。

 研究だけが私の望みなんです。

 私の研究の成果が人に奪われているとかどうでもいいです。

 奪うというなら、私の研究を理解してくれたということではないですか。

 研究者としては、そんな嬉しいことはありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、本当に人生は短すぎる。

 知りたいこと、やりたいことが多すぎる。

 願わくばまた、生まれ変わることができたなら……。

 いや、そんな奇跡を願うことは、研究者の姿勢ではないな。

 満足などできるか。

 世界は、まだこんなにも謎に満ちている……。

 無念だ。

 

 




研究者タイプの転生者主人公はあまり見ないな、と。
もっとマッドな感じにしようと思ったのですが、どうしても具体的な技術論になってしまうので断念。
自分の成果はほぼ他人に丸投げしたので、後世に名は残らなかった模様。

「家督は弟に継がせてください」
「あ、はい」

このやりとりの父親の心境に涙不可避。(笑)


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15:私は地球で育ちました。

さあ、みんな大好き地球スタートです。(笑)

設定は、私独自の推測によるものです。
地球にだって、未来はあるはず。


 生まれ変わったと思ったら、人生ナイトメアモードだった。

 

 汚染された大地。

 地下シェルターの生活。

 これが……今の地球。

 

 与えられた状況に、前世の、子供の頃に読んだ漫画を思い出す。

 確か、小学校の学級が、地下の避難シェルターの見学をしている時に、核戦争勃発。

 教師と子供たちが、死んだ大地を舞台に……。

 あれ、ラストはどうなったんだったかしら?

 兄が読んでた少年漫画だったから、今ひとつ記憶が……なんか、人がポロポロ死んでいったはず。

 怖いなあとか、恐ろしいなあとか、子供心に思った記憶はしっかりしてるんだけど。

 

 ふうん、エネルギーに関してはさしあたっての問題は無く、食料もプランクトン製造ラインが……うわあ、なんか前世での技術とは隔絶した何かを感じるんだけど。

 西暦でいうと、いつになるのよ、今。

 

 学校というか、江戸時代の寺子屋みたいなイメージで、教師のようなことをしている老人に色々と尋ねてみる。

 いろいろ話を聞く。

 色々と聞く……いや、待って。

 

 私は、色々と騒動を起こしたが、残された記録というか、歴史データにかじりつくことに成功した。

 

 

 

 うわ、えぐぅ……。

 

 

 

 ああ、うん……人類は宇宙に向けて飛び立ったのね。

 地球という星に縛られてひっそりと死を迎えつつあるわけじゃなくてほっとしたけど。

 ああ……なんというか、これが地球目線から綴られた歴史だってのを差し引いても、おお、もうなんといっていいのか。

 人って生きものは、ここまで……。

 

 ああでも、ただ単純に殺し合う武器が強力になっただけって冷めた見方もできるわね。

 拳で殴り合えば死ぬのは殴り合った2人だけですむけど、核兵器で殴りあったら、被害はハウマッチ?

 

 ちょっと落ち着いたわ。

 とりあえず、この地球って星には、今私がいる地下シェルターみたいな施設が、世界各地に存在してる。

 基本は、かつての都市の位置。

 良かった、この地下シェルターの人口が地球に住む全てってわけじゃない。

 

 ただし、『おそらく』がつく。

 

 気象条件の問題なのか、通信機器の問題なのか、以前は連絡を取り合うことができてたいくつかのシェルターとの連絡が取れなくなって随分経つらしい。

 正直、記録に残ってる20世紀後半の歴史に違和感ありまくりだから、前世の記憶をそのまま当てはめていいのか不安になるのだけど……この地下シェルターは南半球に存在する。

 そして、地下シェルターの多くは北半球にある……はず。

 かつては地球全体をカバーしていたネットワークは、まあズタボロで、限られた範囲にしか通信できない。

 この時代に比べたらオモチャみたいな前世の記憶から推測するに、通信衛星とかが全部ぶっ壊されちゃったとか、そういう感じなのかしら?

 まあ、今の時点では考えるだけ無駄ね。

 さて、通信が取れなくなった近場の地下シェルターが無事なのか、ほかの地下シェルターが無事なのか、北半球の地下シェルターはどうなってるのか。

 ごめん、ひとつだけ言わせて。

 

 どうしてこんなになるまでほっといたの?

 

 ダメだ、人類じゃなくても、この地球じゃなくても、このままじゃ、この20万人に満たないシェルターは緩やかに全滅する。

 みんな目が死んでる。

 いや、わからなくもない。

 生まれた時からこの状態。

 大きくなってもこの状態。

 過去と未来に変化を見いだせない……いや、緩やかに滅びに向かってる。

 水からコトコト煮られて殺されるカエルみたいになってる。

 

 ああ、わかってる。

 私は特別だ。

 青い空を知っている。

 緑の大地を知っている。

 頬を撫でる風を知っている。

 みんなと違って、知識ではなく、地球という星をこの身体で知っている。

 生まれ変わった身体とか言うな!

 

 進まなければいけない。

 進むべき方向を見つけなければいけない。

 みんなにそれを与えられるのは、この私だ。

 私が前世の記憶を持って生まれたのはきっとそのためだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そうよね、子供の言うことなんか聞きゃしない。

 

 は?絶望?

 この程度で絶望?

 絶望というのはね……

 

 美中年親父の耽美陵辱原稿に突っ伏して、涎を垂らして寝ている娘を部屋で発見した時の事を言うのよ!

 

 ……思い出すだけでも目の前が真っ暗になるわ。

 漫画や小説を書いてるのは知ってたし、ボーイズラブとかいうのも聞いてはいたけど……本命を隠すためだったのね、あれ。

 私が下手に、漫画とかそういうのに理解のある親だったから……。

 娘は娘で、叫びながら窓から飛び降りようとするし……それならちゃんと隠しなさい!

 お父さんは、『お前の育て方が悪かったんだ!』とかわめきだすし。

 息子は、それ以来娘をゴミを見るような目で……。

 

 そんな馬鹿馬鹿しい理由で、家庭崩壊一歩手前まで……。

 

 よし、立ち直った。

 やっぱり、生きていくのに最悪の記憶ってのは必要ね。

 

 子供の言うことなんて聞けないというのなら、私は子供じゃなくなろう。

 

 1970年代、日本中で猛威を振るった硬派や不良などの文化は、漫画などのサブカルチャーにおいて、『ギャグ』『ダサい』などとイメージを世間に流布され、廃れていった。

 元々、硬派、不良の文化は、50~60年代の極道モノの映画によって、若者層の間に広がったのよね。

 そもそも、日本における価値観は、『格好良い』、『格好悪い』で判断されることが多い。

 コマーシャルの、『い〇め、カッコ悪い』なんてのはそれを顕著に表してると思う。

 本来、いじめは悪いことであり、格好良いとか格好悪いとかの話じゃないのに……政府主導のコマーシャルによって、暗にそれを認めたわけ。

 私は、80年代に不良を『格好悪い』としたのは、ある思惑によってなされたイメージ戦略だったと思ってる。

 つまり、『え、不良?ダサ』とか『今頃不良って、ないない』みたいに、教育現場を荒らす不良の存在を、『格好良い』から『格好悪い』モノへと貶めることで、劇的に数を減らそうとした。

 少なくとも、『格好良い』からという理由で大暴れするにわか不良がいなくなるだけで、教育現場の負担は大きく減っただろう。

 そして、80年代後半から90年代にかけて一世を風靡したオバ〇リアン。

 みっともないとか、格好悪いとか、ずうずうしいとか、日本の恥文化だとか、世間的なイメージを流布することで、緩やかに掣肘された。(絶滅はしていない)

 

 つまり、オバ〇リアンは、そうやって撃退しなければいけないぐらいの、驚異だと思われていたのよ!

 

 イメージ戦略における、社会的価値感の誘導。

 卒論で高い評価を受けたわ……教授たちに笑われたけどね。

 

 自分の母を見て、ああはなるまいと思ったものだけど。

 あの母の血を継いでいる……魂を継いでいる私は、立派なオバ〇リアンのはず。

 

 自己中心、声がでかい、他人の目を気にしない(無視する)、目が死んだ集団にとって、私は最強。

 前世の母を思い、それを自己に投影する。

 このシェルターの未来を切り開くため、私はオバ〇リアンになる。

 

 仕事を押し付ける。

 返事を聞かないうちに、了承したものとしてその場を立ち去る。

 迷惑そうにされても気にしない。

 ずうずうしく居座る。

 口を出す。

 都合の悪い話は聞かないふりをして、自分の主張を押し付ける。

 

 ああ、前世の母よ、これ、すっごく気持ちいいですね!

 

 ポケットに飴を装備するようになった。

 事あるごとに渡す。

 今思うと、これって心理的テクニックなのね。

 飴という報酬を手渡すことによって、こちらの要求を受け入れさせるきっかけにしたり、何もないのに渡すことで、お返しをしないと落ち着かない状態を作り出したり。

 

 シェルターの生活を改善する。

 曖昧になりつつあったシェルターの秩序を回復する。

 人に役割を持たせ、動きというか、流れというか、何かを動かす。

 

 別に、すべてが順調だったってわけじゃないわ。

 殴られたこともある。

 腕や脚を折られたことだってあるわ。

 身体が大きくなってからは、暴行を受けたことも何度かある。

 子供2人産んで、帝王切開までした私だけど、まあ最初はきつかったわね。

 

 あの、最悪の記憶を思い返して立ち直ったけど。

 ありがとう、わが娘……複雑な気分だけど。

 

 というか、今世の私の両親って、愛情の結果私が生まれた……ってわけでもないのよね。

 未来が見えない状態での、刹那の快楽に身を任せた結果よ。

 まあ、愛情がないとまでは言わないけど。

 随分ましになったとは言え、以前のシェルターは、言ってみれば、猿の惑星。

 

 あら、今私うまいこと言わなかった?

 

 ……調べてみたら、このシェルターの人口って、緩やかに減少してたのね。

 でも、ほかのシェルターと通信できなくなってから、増加傾向。

 ホント、お猿さんの惑星というか、シェルター。

 それに、私に対する暴行とか……けだものだもの、ってやつね。

 

 と、いうわけで。

 私がオバ〇リアンになって、十数年。

 ついに、通信途絶したシェルターに向かって調査隊を派遣する運びになりました。

 世界は広げるもので、閉じちゃダメなのよ。

 広がるってことは、進んでるって自覚が持てる。

 さあ、行くわよ!

 

 

 

 ……おう。

 簡単に言う。

 全滅。

 というか、自滅、かな。

 いろいろ耐えられなくなってヒャッハーしちゃったのね。

 多分、生き残りはいたけど……耐えられなかったってとこか。

 ま、施設が全部死んでるわけじゃないし……無駄足だったってことはないわ。

 

 

 3度目の正直。

 ……よし。

 感情の、爆発!

 通信が途絶えていた状態での、来訪者の存在。

 私もそうだし、たどり着いたシェルターの住民も、歓喜した。

 色々と問題はあるのだろうけど。

 みんなが、心の底から笑う。

 調査隊のみんなが笑う。

 通信機器を調べる。

 3日。

 私たちのシェルターと、ここのシェルターがつながった。

 

 

 世界は広がった。

 

 

 雰囲気が明るい。

 まだだ。

 これは、ようやくの第一歩。

 あはは、北半球まで何マイル?

 ダメね、私も浮かれてる。

 

 でも、とりあえずここのみんなに未来を、希望を与えられたかな?

 

 

 

 

 ああ、地形が変わるほどの戦争ってマジなのね。

 防護服越しでは、風を感じることもできない。

 ふと、空を見上げる。

 

 この星は今、どんな色をしてるのかしら。

 

 

 

 10年、20年とかけて、絶望と希望を繰り返し、私たちの世界は広がってく。

 そしてついに、北半球に属するシェルターとの通信がつながった。

 もちろん、中継が必要だけど。

 

 ああ、ああ、この星で。

 この星で人は生きている。

 確実に、北半球では多くの人が生きている。

 シェルターの中には、地表に出ることなく行き来できるところもあるらしい。

 うらやましい。

 地表は、地獄だ。

 特に、前世の記憶を持つ私にとっては、すべてが心をえぐってくる。

 でもそうか、シェルターを繋ぐ地下通路建設は視野に入れておくべきだわ。

 やることはたくさんある。

 いや、やることが増えていくのは嬉しいこと。

 北半球に向けての大遠征も考えなければ。

 

 そう、やることがある。

 やらなきゃいけないことが多すぎる。

 私の身体、いつまで保つかしら。

 

 地表は地獄。

 それは防護服を通して、なおも地獄。

 すべての調査隊に参加した私は、もう……。

 この世界、コ〇モクリーナーみたいな便利なものはないのかな。

 

 私は、取りつかれたように仕事に打ち込んだ。

 オバ〇リアンを演じるまでもなく、私はもう指導者だ。

 そんなの創作だと思っていた。

 でも、自分の寿命ってわかるのね。

 

 

 血を吐いた。

 よりによってみんなの前で。

 もうごまかせない。

 遠征には参加できない。

 

 閉じていく。

 私の世界が閉じていく。

 

 

 

 

 北半球まで……ううん。

 日本まで、何マイル?

 それとも、日本なんてちっぽけな島国は、なくなっちゃった?

 

 ねえ、地球は青かったのよって……みんなの子供に教えてあげて。

 ああでも、皮肉なものね。

 私はそれを、映像で知ってるだけ。

 ダメだ、それではダメ。

 

 最後の瞬間まで私はみんなに語ろう。

 青い空を。

 緑の大地を。

 広がる海を。

 風の爽やかさを、激しさを、優しさを。

 

 それが私たちの目標であり、進むべき未来。

 

 私の意志は、どこまで続いていくかしら……。

 

 




北半球にて。
地球教:「やあ!」

しかし、オバ〇リアンって……何もかも皆懐かしい。
この主人公に原作知識があったとしても、それに気づけるかどうか微妙でしょうね。

一応、原作の500年前ぐらいを、ふんわりと想定してます。
ルドルフと同時期ぐらいの感じで。


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16:僕は同盟で育った。

さあ、組み合わせパターンがなくなってきました。(笑)



 アーレ・ハイネセンの長征一万光年(ロンゲストマーチ)

 やったことはすごい。

 成し遂げたことは尊敬する。

 でもさ、帝国打倒を目指してとか、崇高な決意を持ってとか、ちょっと違うんじゃねえの、と俺は思う。

 

 どうせ死ぬんなら、命懸けでやってやらあ!

 

 そんなもんじゃねえの?

 だからといって、成し遂げた偉業が霞むもんでもないだろうに。

 なんか、死んでからも後世の人間にいいように使われて大変だな、ハイネセンのおっさんよ。

 

 輪廻転生ってやつかな。

 俺は前世の記憶がある。

 とはいえ、20世紀後半の歴史が俺の記憶とちょっと違ってて、俺の前世の世界とこの世界が純粋な延長上にあるか疑問だ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

 前世の記憶というか、価値観が邪魔するせいかな。

 この、自由惑星同盟って社会の空気と反りが合わねえ。

 ちなみに、ハイネセンのことを言ったら、じいちゃんに顔の形が変わるまでぶん殴られた。

 まあ、そのおかげで、この社会じゃハイネセンは一種の宗教なんだなと悟ることができたからよしとする。

 そういう身にまとった空気ってのは、わかるんだろうな。

 学校でもハブられた。

 

 帝国に父さんは殺されたんだ!

 

 お前の父さんは、帝国の人間をぶち殺してるけどな……とは口に出さない。

 ガキの相手なんかしてられねえよ。

 5人に殴り掛かられて、目撃者もいるから大丈夫かと思って全員殴り倒したら、俺が悪いってことになった。

 

 協調性がない、クラスの和を乱す、素行が悪い、問題児です……。

 

 勉強も上位だし、スポーツもできるし、自分からルールを破ったことはないんだけどな。

 まあ、一度そういう空気が作られたらどうしようもねえのは、前世の日本でも同じだったしな。

 はいはい、学校でも、家でも居心地悪いっての……生まれ変わったって感じがしねえわ。

 特にじいちゃんは、俺のことを目の敵にしてるしな。

 退役軍人だか、予備役だか知らねえが、血圧上がっても知らねえぞ。

 学校に行く前の子供の頃の話をネチネチと執念深いこって……前世の感覚でいうなら、幼稚園児が素直な疑問を口にしただけだぜ?

 それで何度もぶん殴るって……相手は幼稚園児だぜ?自分の孫だぜ?頭おかしいだろ。

 

 さて、俺の進路はどうするか……と思ってたら、軍に放り込まれることになった。

 前世の感覚で言うと、中卒で自衛隊。

 なんか兄貴が申し訳なさそうに謝ってくるから、わけを聞いてみた。

 ああ、大学進学の費用で……俺の進学費用を浮かして転用すると。

 まあ、いいんじゃねえの。

 兄弟二人、このご時世じゃ、最低一人は戦争行きさ。

 早いか遅いだけだろ。

 それにいきなり戦場にはいかねえよ。

 帝国との戦争に駆り出されるのは、精兵ってやつだろ。

 俺みたいなのは、まず訓練から始まって、辺境の巡視とかで経験積んで、それからだ。

 まあ、ちっと厳しい高校に入学するようなもんだろ。

 いや、だから泣くなよ、兄貴。

 

『問題ばかり起こす子で、どうしたもんかと思ったら、卒業したら軍に入って帝国と戦うんだって言い出しましたの。そんなのまだ早いって言っても、本人の決意が固くて……』

 

 母ちゃんよ、それ誰のこと話してんだ?

 

 もう俺のことはどうでもいいけど……兄貴、生きろよ。

 親は子供を選べねえが、子供も親を選べねえってな。

 選べるのは、子供を産むかどうかだけってことさ。

 まあ、俺と家族は兄貴以外縁がなかったってことだろ。

 今まで育ててくれてありがとさん。

 

 

 

 

 やべえ。

 学校より、社会より、軍の方が居心地いいってどうなんだ?

 まあ、軍って言っても新兵の訓練所みたいなとこだが。

 そりゃあ、厳しいし、時には鉄拳も飛ぶし、連帯責任の懲罰もある。

 でも、命がかかってるんだ、当然だろ。

 つーか、初めて友人っぽい相手もできたぜ。

 大抵は3つ年上になるんだが、なんかいいやつばっかりだ。

 飯もうまい。

 おかわりも許されるって最高だろ。

 俺、今世で一番幸せに近づいてるわ、これ。

 別に死にたいとは思ってねえけど、こう幸せだと、なんとか生き延びたくなるぜ。

 

 

 初陣は宇宙海賊。

 情報のタレコミでもあったのか、賊の本拠地を急襲するんだと。

 大丈夫なのかねえ……俺なら、本拠地を捨てるついでにお土産を設置して、ああ、タレコミそのものも罠ってのがいいよな。

 いや、だってよ……俺みたいな下っ端に、そんな情報が回ってくることが変だろ?

 まあ、一番下っ端の新兵が、上になにか言えるわけでもないけど……初めての戦闘にぶるってるフリをして、隊長の耳に入るように弱音でもはいとくか。

 

 さすがに目の前で人がポンポン死ぬと、ちょっと来るもんがあるな。

 あ?

 初陣で新兵が大活躍とかねーわ。

 死ななきゃ上出来ってやつさ。

 

 ちょっ……辺境巡視って、こんなにポンポン戦闘が起きるのかよ?

 え、珍しいっていうかありえないレベル?

 駆逐艦の砲手の助手兼陸戦隊の俺、いきまーす!

 

 顔つきが変わってきたなって、そりゃこんだけ戦闘を経験すりゃ顔つきも変わりますよ。

 まあ、でも、帝国との戦闘はこんなもんじゃないでしょうしね。

 つーか、小規模とは言え艦隊戦が3回に、賊相手の白兵戦が5回。

 1回のパトロールで……ああ、新記録ですか。

 わーい、ラッキー!

 

 ……つーか、結構死にましたね、敵も、味方も。

 やっぱ、目の前で味方の艦がやられるとショックっすわ。

 あれ、俺の乗ってる艦だったかもしれなかったんですよね。

 俺、このパトロールでどれだけ運使ったんだろ。

 

 辺境巡視は、1ヶ月とか2ヶ月なんかの長期にわたるから、それが終わるとまとまった休暇がもらえるっぽい。

 休暇、ねえ。

 やることねえし、手土産持ってベテランの先輩から話でも聞くべ。

 戦わなきゃ経験は重ねられねえけど、経験者の話を聞けば、擬似的な経験になるしな。

 

 

 

 

 

 

 世の中には、晴れ女とか、雨男ってのがいる。

 まあ、なんだ。

 

 この中に、戦闘男がいる。

 

 おまえだー!

 と、みんなに指を差されるようになりました。

 口の悪い人には、『出世か死を与える存在』なんて言われる。

 巡視に出れば、組み合わせ、コースに関わらず、2~3回の戦闘が起きる。

 まあ、悪いことばかりじゃない。

 何よりも、実績が残る。

 戦闘において死ににくい人間ほど俺を重宝し、死が近い人間ほど俺を敬遠する。

 つまり、中間を吹っ飛ばして上に好かれ、仲間内から嫌われ、軍曹ポジションからは睨まれる。

 言い訳させてくれ。

 同じ場所で巡視すれば、物理的に敵がいなくなって平和になるはずなんだ。

 なのに俺は、1回ごとに配置替えがなされて戦闘を繰り返す羽目になっている。

 だから、2周目が本当の勝負なんだ。

 

 最近、いろんな意味で軍での居心地悪いというか、雰囲気が悪いです。

 

 あ、ひょっとして俺がすぐに配置転換になるのってそのせいか?

 まあ、なんだかんだ言って俺も生き残ってるからあれだけど。

 それに、配置転換が頻繁に起こるから、多くのベテラン兵士に話を聞くことができた。

 これは、俺の財産ってことだろ。

 悪いことばかりじゃない、悪いことばかりじゃ。

 

 そういえば、砲手助手の助手が取れたんだ。

 なんかイメージが違ったな。

 こう、敵の艦がきちんと見えるようなイメージがあったんだが、実際は真っ暗なんだよ。

 いや、レーダーの話じゃなくて、実際の目で見てって話さ。

 闇の中からいきなり、ビッと、敵の光線がこっちに走るんだ。

 それで、敵の位置がわかる。

 つまり、先に攻撃したほうが一概に有利とは言えねえってことだ……砲手としてはな。

 大艦隊同士の戦いならまた話は別だろうよ。

 これはあくまでも、賊相手の、小規模艦隊戦の話だ。

 それに、こちらの攻撃が当たっても効かないってこともあるしな。

 先に攻撃させて、位置の分かった敵に向かって味方の砲手が一斉に攻撃……とかな。

 もちろん、そこは阿吽の呼吸ってやつだ。

 結構やりがいがある。

 

 ああ、うん……バトルアックス掲げて突撃もやってるよ。

 なんか、周囲からは結構評価されてる。

 ちょっと複雑だ。

 そういや、この前昇進したわ。

 俺の感覚では、二等兵から一等兵ってやつだな。

 まあ、毎年新兵が軍にやってくるわけだから、新兵との区別みたいな昇進だろ。

 俺の同期も、みんな昇進したみたいだしな。

 実戦配備されてから1年経ったってことだな……もう会えない同期が俺の知ってるだけで何人もいるんだ、生き残ってるってことは、運がいいってことだろ。

 

 

 はいはい、また異動ですか。

 

「おう、お前がラッキーエンジェルか?」

 

 ……誰のことですか?

 聞く所によると、俺はこれまで配置された場所で、多くの上司を昇進させたらしい。

 マジか。

 仲間内からは、死神扱いだってのに。

 ああ、エンジェルってそういう……まあ、いいですけど。

 で、この艦隊はどういうお仕事を?

 

 

 そんなことを繰り返してきたせいかな。

 妙に勘が働くようになってきた。

 

 

 あー、なんか戦闘が起こる気がします。

 

「マジだ、マジで賊が隠れてやがった、総員、攻撃!」

 

 あっちの方向が、ヤバイ感じがします。

 

「ふむ、偵察を重点的に……ほう、待ち伏せか、賊の分際でこしゃくな」

 

 

 戦闘の数はむしろ増えたが、被害そのものは減少傾向。

 まあ、死ぬことに変わりはないんだけどな。

 でも、便利なことには変わりはないし、評価されたんだろうな。

 なんか、昇進した。

 一等兵になってから1年ちょいしか経ってないのに、異例の昇進ってやつだろう……まあ、戦闘経験は信じられないほど豊富だけどな!

 つーか、俺も部下持ちになるってことだが……まだ二十歳にもなってない俺に務まると思ってんのかねえ?

 別に昇進が嬉しくないってわけじゃないが、兵卒からの叩き上げなんて、ゴールはすぐそこだぜ?

 ああ、でも昇進できない奴は、使えないって判断されるから年数制限で予備役に回されるしよお。

 俺のじいちゃんがそれだよ。

 まあ、下士官ってやつだから今の俺よりは全然偉いけどな。

 考えても見ろよ、ずうっと昇進できない奴は、評価されない奴ってことだ。

 そんなヤツが居座ってると邪魔だろ?

 命のやり取りの現場に、使えない奴はむしろ害悪ってやつだ。

 だから軍ってのは、大抵は階級に応じてそこにいられる年数制限があるんだよ。

 あー、俺みたいなやつに部下を統率するなんてできんのか?

 家にも戻りたくねえというか、戻れるかどうかもわからねえし……やるしかねえか。

 

 うわ、マジかよ。

 この人、兵卒からの叩き上げで佐官になってやがる。

 すっげえ。

 しかも、もう少しで閣下だよな……マジか、マジでこの人、兵の神様じゃん。

 うはあ、この人に会って話とかしてみてえなあ……。

 え、何お前、写真持ってる?

 ……ああ、お守りがわりってやつね。

 すまん、ちょっとケツのあたりがムズムズしただけだ。

 わかってるわかってる、冗談だよ。

 

 いや、すげえなあ。

 神様だよ、現実にいるもんなんだなあ。

 俺の場合、すぐに仏様にはなれそうなんだが……毎年100万人も生まれる仏様にはありがたみがねえよな。

 はあ、俺も下士官ぐらいは目指してみるか。

 できれば、じいちゃんの上。

 まあ、目標を持つぐらいはいいだろ。

 

 くそ、部下を持つってのは難しいな。

 まず上から命令が来て、それに従って部下を動かす。

 上からの命令がおかしいって思った時が、特にな。

 

 この場所に敵の待ち伏せがあると思われます。

 

 3割が俺の話を聞いてくれる。

 3割が俺をぶん殴る。

 残りが無視だ。

 俺って、上司に恵まれてたんだな。

 親の説教と冷酒は後から効いてくるってやつか……いや、親の説教は無しな。

 俺も、いい上司だったなと思われたいもんだ。

 まあ、それはそれとして……俺の仕事は部下を死なせないことと、上のメンツを潰さないことだ。

 難易度たっけえなあ。

 俺も、神様の写真を肌身離さず持つことにするか。

 

 

 くそ、全滅はしなかったが、部下が何人も死んだ。

 しかも、目的は果たしたけど、上の指示には微妙に逆らったからな、上官に呼び出されて事情聴取って名の、査問会かよ、これ?

 知るかよ、思ったこと話すだけだ。

 

 ……助かった。

 なんか、部下もいろいろ聞かれたらしい……ああ、上官にも恵まれたが、部下にも恵まれたなあ、俺。

 ああ、でも何人も死なせちまったよ。

 泣きたくなるぜ。

 

 直接の上に睨まれたからな、また配置転換だ。

 部下ともお別れ……サヨナラだけが、人生か。

 ああ、偉くなりたいなあ……部下を殺さずに……死ぬ部下の数を減らすように。

 

 何度目かの配置転換で、上司に恵まれた。

 下士官への昇進試験への推薦をしてくれたのだ。

 受けることにした。

 数ヶ月の研修と、試験、面接。

 

 

 

 神様は、ついに閣下と呼ばれる立場になった。

 神様の写真を手で押さえ、俺は結果を待つ。

 

 

 そして俺は、下士官になった。

 

 

 

 ああ、偉くなるってことは、部下の数が増えるってことなんだな。

 毎回、戦闘の度に部下が死ぬ。

 部下の顔が遠くなっただけ、どこかぼんやりした悲しみで、痛みだ。

 これじゃあ、ダメな気がする。

 何がダメなのかは、よくわからない。

 

 相変わらず、戦闘の気配に関しては俺は鋭いようだ。

 喜ばれる。

 嫉妬される。

 まあ、評価される。

 

 俺はついに、帝国との戦争に参加することになった。

 

 ああ、戦闘の気配しかしねえよ。

 多分、俺に向いてるのは、偵察任務とか、哨戒任務だったんだろうな。

 部下をどう動かすとか、俺の立場じゃ、戦闘はともかく、大規艦隊戦じゃあ、あんまり関係ないわ。

 戦争だ。

 ああ、これが戦争か。

 

 

 

 あ……部下に指示を出す。

 退艦準備!

 俺の指示に遅れて、上からの指示がやって来る。

 また、呼び出されるかな。

 

 ……生き残れたらの話だが。

 

 胸の写真に手を当てた。

 ああ、一度神様に会ってみたかったなあ……。

  




ほかの作者さんなら、彼はどこまで行けただろう……。
やはり、ビュコックは、兵の神様である。

そういえば、兵卒じゃなくて、下士官スタートでも叩き上げに入るんだろうか?
ふむ、下士官スタートの主人公ならどうなるか。


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17:僕は帝国で育った。

さて、ついに帝国の平民です。

ただし、『ぼくのかんがえた最凶の帝国社会』ですが。
でも、最悪じゃないし、普通にありそうなんだよな。


 運が良かった。

 しみじみそう思います。

 

 銀英伝の世界、もしくはそれに近似した世界。

 原作での、帝国貴族の馬鹿っぷりは覚えてます。

 正直、『こんな馬鹿いるわけねえよ』とも思いました。

 しかし、今こうして現実にこの世界で生きてると……。

 

 原作以上の馬鹿貴族がいます。

 

 いや、もちろんまともな貴族もいますし、優秀な貴族だっているんです。

 私が、『運が良かった』というのは、本当にそういう意味ですね。

 私は、優秀な……領民思いの立派な貴族の領地で生活してます。

 まあ、領地持ちの爵位持ち貴族の中で、私はおそらく領民たちにとってトップ3に入る恵まれた貴族に支配される平民ということになりましょう。

 

 おっと、原作以上の馬鹿貴族って表現はある意味不公平かもしれません。

 あのフレーゲルとか、言ってみれば馬鹿貴族筆頭ポジションですよね?

 あいつ、あれで領地経営は結構ましな方になるんです……まあ、部下が有能なだけなんでしょうけど。

 上が馬鹿だと下が苦労するってのは、時代と世界を超えた真実なんですね。

 それに、ブラウンシュバイク公の甥っ子ですからね、人材を含めたフォローがあるんでしょう、きっと。

 何が言いたいかというと、原作でラインハルトの周りをチョロチョロする馬鹿貴族たちは、領民たちに直接……まあ、そういうことがほとんどないんです。

 オーディンを中心に、自分の領地の外で活動してますからね。

 税金は確かに重いかもしれませんが、本当の馬鹿貴族っていうか、領民にとって最悪の貴族ってのは、領地で直接やらかしてくれるのですよ。

 上がそうだから、下も歯止めがききません。

 一方、フレーゲルなんかは、ある意味部下への暴君ですからね。

 領地経営がうまくいってないと見るや……まあ、下は必死に働きますよ。

 悪さなんかしてると、何をされるかわかりませんし、ブラウンシュバイク公の目も光ってますから。

 嫌な選択というか、最悪に近い二択ですが……領民の立場から見て、フレーゲルと本当の馬鹿貴族、どっちを選びます?

 私の言う、原作以上の馬鹿貴族ってのはそういう意味です。

 

 まあ、帝国の領地もちの貴族は、お代官じゃなくて、王様ですからね。

 自分の領地で何をやっても、帝国としては基本、ノータッチですし。

 

 平民のくせになんでそんなに詳しいのかって?

 私の父親が、領地運営の上でのそこそこの役人ってやつなんです。

 もちろん、私も子供の頃から役人になるべく教育を受けましたし、研修よろしく領地内を駆け回ったものですよ。

 このバカ丁寧な喋りも、教育の賜物と言っていいのか……。

 ああ、銀英伝の世界って気づいて、何のアクションもないのかと、疑問なのですね?

 ふふ、領地経営の役人ってのは、いわゆる官僚なんです。

 官僚がいなければ、領地経営はできません……一からやり直す手間を考えたら、まともな官僚はそのまま据え置きってのが当然でしょう?

 こりゃあ、生き残るためには最高のポジションだと思いましたね。

 上司に恵まれ、仕事にもやりがいがある。

 しかも、生き残りはほぼ確実。

 真面目に仕事をやる、それだけでいいなんて、前世日本人にとっては、楽なものですよ。

 

 ああ、ちょっと状況の説明が足りませんでしたね。

 私の住む星は、3人の貴族の領地に分かれています。

 私も最初は意外に思いましたが……考えてみると、大貴族は、いくつもの星を領地として持ってます。

 資源を発掘するだけの星はともかく、居住可能な星一つを開発すれば、どれだけの人間が住めると思いますか?

 人の住める星というのは、ほぼ同時に食糧生産というか、農業活動が可能な星のことですよ。

 プランクトン生産工場の加工食品は、まあ味気ないものでしてね、こればっかりは、前世日本人であることが、苦痛でした。

 と、まあ……そんな都合の良い星が、帝国領土にどれだけ存在すると思いますか?

 大貴族ならともかく、普通の貴族の領地が、こうして一つの星で区分けされててもおかしくないと私は思いますよ。

 領地というか、荘園と考えればイメージしやすいと思います。

 領地と人はセットといいますか、農奴だけでは領地は経営できませんし、平民がいて、街が形成されていて……それを満たす星は、やはり多くはないのですよ。

 とはいえ、最盛期で3000億を数えた人口を支えた領土です。

 帝国の人口に農奴が含まれないとは言え、やはりジリジリと人口は減少傾向ですからね。

 ウチの領地のように、やることをやれば、人口がどんどん増えていく余地はあるはずなのですが。

 

 ちょっと話がそれましたか。

 別の貴族の領地とは言え、同じ星のことですからね。

 住人同士で多少の交流みたいなもんもあるのです。

 

 おわかりでしょう?

 

 私の住む領地の人間は、平民から農奴に至るまで、感謝感激雨あられですよ。

 だって、お隣の貴族の領地が揃ってアレですからね。

 ありがとう、ありがとうございます、精一杯頑張りますって気持ちになるのが当然でしょう。

 役人の私としても、仕事がしやすいのなんのって。

 父も私も、ほかの役人も、よそを知ってますから、不正なんてするもんですか。

 こんな素敵な職場、全力で守ろうとするに決まってるでしょう。

 まあ、たまに小金に目がくらんだ馬鹿が出現しますがね、仲間や領民たちと一緒に後腐れなく始末しましたよ。

 よその貴族につけ入れられるような隙なんか見せません。

 仮に、あの貴族がここを支配するとなったら……考えるだけで恐ろしいですね。

 まあ、私は前世日本人ですからね……農奴についてはやはり思うことがあります。

 農奴といっても、ウチの農奴は、よその平民と変わらない扱いですけどね。

 やはり、ウチの平民とは差がつけられています。

 なんだかんだ言っても、犯罪奴隷という連中もいるのですよ。

 多くは、情状酌量の余地のある犯罪なのですが……救いようのない犯罪者の奴隷は、やはりそれなりの扱いになりますね。

 

 まあ、いいことばっかりってわけにはいかないのも事実です。

 ウチの住民が感謝感激だとすれば、よその住民は……わかりますよね?

 よその領地の人間は、ウチの領地に移り住みたいと考えます。

 別の星へって言うならともかく、同じ星ですからね。

 私も最初は誤解してましたが、貴族は自分たちの領地に住む農奴はもちろん、平民たちにも、ほかの領地がどうなってるかなんて情報は渡さないように心がけてます。

 なぜなのかは、もうおわかりでしょう。

 自分に都合の悪い情報は渡しませんよ、領地というか、国家経営の基本じゃないですか。

 まあ、どうしても商人などを通じて、漏れてはいくのでしょうけどね。

 テクノロジーの進化とは裏腹に、文化というか、教育レベルのお粗末さが目立つのは、こうした歪みからもたらされるんでしょうねえ。

 そういう意味ではやはり、同盟は優れていると思います……この世界の同盟がどうなのかは、私も知りませんが。

 ああ、帝国直轄領の平民は比較的自由といえますね。

 ただ、あれを基準に考えると……どうでしょうか。

 私も、前世日本の記憶と、原作知識のせいで面食らいましたけど。

 それと、農奴が貴族の財産というのはすんなり理解できるでしょうけど、平民もまた、農奴ほどの縛りはありませんが貴族の財産であり、持ち物なんです。

 戦国時代の、職人をイメージしてください……もしくは、江戸時代の農民ですかね。

 平民だって富を生む。

 自分の領地で富を生み出す平民を、貴族が簡単に手放すと思いますか?

 はは、そんなことが無制限に許されるなら、善政を敷いている貴族のもとにゴールドラッシュですねえ。

 そして、住民が逃げ出した貴族は、宣戦布告。

 善政を敷いている貴族をみんなでタコ殴り……の隙を狙って仲間割れ、そして帝国全土を巻き込んだ内乱へと発展していく光景が目に浮かびますね。

 まあ、そういうことがないように、平民の引越しとか、領地外への移動とかには、許可が必要だったり、貴族間の話し合いで収めるようになってます。

 領地改革が進まない理由の一つにもなりますね……知識はもちろん、そういう技術者を手放しはしませんし、必死で存在を隠匿しますね。

 まあ、大貴族は権力に物を言わせて引っこ抜きますが。

 ええ、なので大貴族の領地はほとんど豊かですよ。

 なかなか過酷な世界でしょ、帝国の貴族社会も。

 

 とまあ、同じ星での待遇格差ってのは、脱走者が生まれる大きな理由です。

 これは残念ですが、元の貴族にお返しするしかありません。

 居もしない脱走者を返せといちゃもんをつけてくることもありますし、ウチが住民をさらったなどといちゃもんをつけてくることも……ええ、腹が立ちますよ、本当に。

 裁判もバンバン起こしてくれますし、正直、あいつら一族揃って滅びないかなって思います。

 貴族の派閥に入っててもこれですからね。

 まあ、言うまでもなくこの星の貴族2人というか、2家は、ウチを目の敵にしてます。

 ウチの領地で何らかの改革を進めようとしたら、有形無形の邪魔が入りまくりますからね。

 その労力を、自分の領地経営に回せよって言いたくもなりますよ。

 

 ただ、そういうのを見ていると……帝国の貴族が馬鹿化していく理由はここにもあるのかなって。

 帝国の貴族は、それぞれが領地の王ですからね。

 政治的にも、感情的にも、競争相手であり、潜在的な戦争相手なんでしょうね。

 常に虚勢をはらねばならない。

 攻撃的でなければならない。

 お前はもう、馬鹿貴族になっている……と思いません?

 ほら、原作の外伝に、アッシュビーの謀殺疑惑があったでしょう。

 この世界に生まれて、私も少し考えたんです。

 

 自分が嫌いな貴族が、同盟に遠征している。

 軍事情報を流して、同盟に殺してもらおう。

 そう考えた貴族はいたと思いますよ。

 

 まあ、転生者のお遊びみたいなものです。

 戯言ですよ。

 

 なんにせよ、帝国の貴族は、こちらが1歩引けば3歩踏み込んできて殴りかかってくる狂犬みたいなものです。

 そうしないと自分を守れないし、利益も得られないって思い込んでるというか、ある意味それが正しいから困っちゃうんですけど。

 貴族同士の帝国裁判なんて、裏金が飛びまくりですよ。

 裏金に対抗するには、基本的に裏金です……ホント、裁判起こされるたびに金がかかって仕方ないんです。

 正義とか、証拠とか意味ないですね。

 カストロプ公……これだけで、説明は必要ないと思います。

 まあ、敵が多くなりすぎて滅ぼされるんですけどね。

 結局は、政治的バランス感覚と金力、情報力などの有形無形の総合力ですよ、重要なのは。

 マリーンドルフ伯爵なんかは、力があり、政治的バランス感を持ってるから、穏健派なんて生き方ができるんです。

 稀有な例ですよ。

 ふふ、前世日本人の私に言わせると、あくまでも『この世界の穏健派』ですけどね。

 怖い、怖い。

 この世界、特に帝国社会にあまり夢は見ないほうが良いと思いますね。

 私も最初はそれなりに夢を見てましたよ。

 でも領地改革を頑張ってた男爵家が潰されるに至った一連の流れを、父に説明されて真っ青になりました。

 そこの男爵家も、ウチと同じように同じ星にほかの貴族の領地があって……というケースです。

 嫌がらせに加えて、脱走者を引き渡せだの、住民を奪っただの……どこかで聞いたような話で裁判に持ち込まれましてね。

 裁判の裏金はもちろんですが、その男爵家が属してた派閥のトップがね、色々と、政治的なやり取りの末、生贄として切り捨てたんですよ。

 推測になりますが、もともとが派閥抗争から始まってたんじゃないでしょうかねえ、あの件は。

 男爵家とは関係ない所で始まって、それに別の貴族が乗っかって、男爵家のあずかり知らぬ部分で運命が決まる。

 まあ、その派閥も、それがきっかけになってガタガタになりまして……今はほぼ壊滅状態ですね、多分弱みかなんか握られてたんでしょう、無様なものですよ。

 頼りにならないトップなんか見切られて当然ですけど、潰された男爵家が哀れです……自業自得と言ってしまえばそれまでですが。

 前世日本人の記憶とか、価値観とか、クソの役にもたたないって、嫌でも悟りました。

 まあ、父からすれば、私の甘さを矯正したかったんでしょう。

 そういう世界ですよ、ここは。

 現実を目にすれば、転生者だからって、跳ねる気にもなれませんね。

 生き延びるのに精一杯です。

 仮に、運と実力とバックボーンがあれば、いや、私には無理ですね。

 資質の問題でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、まあ……原作通りに歴史が動いていくのなら、私は生き残れると思っていたのですがね。

 

 優秀で領民思いの立派な貴族ってのは、今の当主です。

 引退した先代様は、優秀で領民思いの貴族でした。

 

 領民思いの当主が二代続いた……父に言わせれば、三代続いたってことですか。

 運が良かった。

 本当に、俺は、運が良かった。

 

 

 

 ああ、そうだ。

 運が、良すぎた。

 

 何もしなければ生き残り確実だったはずの俺は、今、当主様とともに、ラインハルトと戦うために戦場に出てきている。

 もし、これが先代様だったら、俺は……ここにはいなかったかもしれない。

 

 この戦い、ラインハルトが勝つ。

 そんなことは、俺が言わなくても大抵のやつはわかってる。

 だがな、ウチの領地の位置が悪いんだ。

 これが、ラインハルトやリヒテンラーデ候の勢力範囲に近かったら……。

 ウチは、ある派閥にあって……貴族連合の勢力内の中心近くにあって……無理なんだよ。

 そういう意味じゃ、同じ星にウチを目の敵にしてる貴族が2家存在するのが、どうにもならねえ。

 そういうのを全部わかってて、あの人は、あの方は……。

 

 この戦い、負けるからできるだけ少ない兵で……。

 

 無茶、言うなよ……。

 できるだけ少ないってことは、出さないわけにはいかないってことじゃねえか。

 領地に住む、俺は、俺たちは、あの方にとって人質以外の何者でもねえ……。

 参加しちまうだろ。

 勝つためじゃなく、あの方を守るためにだ。

 あの方の部下ともいろいろ話し合って、いざという時は気絶させてでも逃がすってことになってる。

 大規模艦隊戦だから、そんなチャンスがあるかどうかもわからねえが。

 生きていれば。

 生きてさえいれば、あのラインハルトが、あの方を登用しないはずがない。

 俺が生き残っても、所詮はチンケな小役人だ。

 でもあの方が生き残って、登用されたなら、あの方は、多くの人間の未来を救うだろう。

 俺個人が、俺の家族や友人を守れるかどうかわからねえ。

 でもあの方なら、確実に守れる。

 まあ、うまくいったら……あの方は、怒るか、恨むか、泣くか、それは仕方ねえと諦めてもらおう。

 そうそう、あの方の奥方も出来たお人でなあ。

 全てを見ることはできないからって、領地の女性をお茶会に招いて、色々と話を聞いたり、出来ることはすぐに手を回してくださったり……立派なお貴族様なんだ。

 誰かがなぜそこまでやるんですかって言ったら、さらりと『貴族ですから』って言ったらしい。

 

 

 

 チクショウ、日本人はやっぱり判官びいきだぜ、浪花節だぜ、なあ、おい。

 この世界じゃ、前世の価値観なんて、自分が生き延びるための、役になんか立たねえ……。

 それでも、あと少し、あと少しあの方に出会うのが早かったら……ほかに何か、できたのか?

 

 

 

 

 

 

 ああ、あの方は……旗艦は、無事か……。

 はは、あの人に初めて会ったときは、びっくりしたぜ……。

 キラキラ輝いてたんだ。

 嘘じゃねえ、マジなんだ……。

 ああ、これが貴族様なんだって……

 なあ……頼む……あの方を……。

 




上が逃げられないなら、下も逃げられないですよね。
個人的には、下っ端官僚ルートは、住民に恨まれなければ、一番生存率が高い気がします。


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18:私は帝国で育ちました。

帝国市民、パート2。
情報を制限された状態で、銀英伝世界を認識できるかどうか?


 子供の頃、前世の記憶があることを自覚した。

 

 ここが銀英伝の世界であることに気づくまで、10年程かかった。

 

 

 出遅れた出遅れた出遅れた!

 スタートダッシュに出遅れた!

 出遅れって、手遅れに似てるわね。

 

 前世の記憶持ち転生なんて、幼児期からの努力ブーストが基本じゃないの!

 いや、努力ブーストはかかってるのよ、かかってるの。

 っていうか、私前世でもかなり努力してたし!

 努力の質は変えられても、時間が有限である限り、量は変えられないのよ!

 でもね、でもね、ここは帝国で、私は平民で、女なの!

 

 うわ、貴族に目をつけられたら死ぬわ。

 ……っていうか、男尊女卑ってキツイ社会ねえ。

 

 この状況で、この状況で、あなたなら何をする?

 色々と努力はするけど、目立たないように、目をつけられないように必死よ?

 

 平凡な容姿に生んでくれてありがとう、お母さん。

 

 心の底からお礼を言ったのに、叩かれた。

 解せぬ。

 

 

 はあ、ここが銀英伝の世界……まあ、断言はできないけど、そういうことにしといて。

 それに気づく理由が遅れたのは極めて簡単。

 情報が、それほど出回らないからよ。

 前世の日常生活を思い返してもそうでしょ?

 どこで事故があった、とか、あそこで火事が起きた、とか、選挙のニュースも、地元の議員と首相ぐらいなんもんでしょ、意識するのは。

 ラインハルトとか、キルヒアイスとか、そういうパワーワードが連続して飛び込んでくれば話は……ああ、いや、わかんないか。

 ジークフリードとか、ラインハルトとか、割とありふれた姓名だから。

 近所にミッターマイヤーさん一家もいるし、そのお隣の家の長男は、オスカーさん。

 銀英伝のヘヴィなファンでもない限り、日常生活の中で情報のかけらなんてうもれていくわよ。

 

 ちなみに、平民にとっちゃ、帝国皇帝がフリードリヒ4世とかいう名前は出てこないから。

 皇帝陛下、ばんざーい……ってなもんだから。

 そもそも、そんな機会もなくて、私も話に聞いただけ。

 ああ、ルドルフは、『偉大なる初代皇帝様』らしいわ。

 まあ、前世の歴史的に、『ルドルフ』って名前だけ聞かされても、ピンと来なかったとは思うけど。

 先に言っておくわ。

 ゴールデンバウム王朝なんて単語は耳にしなかった。

 まあ、私の知識じゃ、それを聞いても……怪しいと思う。

 正直、帝国って言っても、ここにいればよその国みたいなイメージよ?

 前世日本の時代に、世界統一政府ができたとして……やっぱり、日本人は日本という地域と、統一政府のトップのことをニュースで知るぐらいじゃないの?

 と、いうか……帝国とか、他の貴族とか、別の星のお話よ?

 そう、単位が星なのよ。

 うわあ、SF世界だあ……ってね。

 じゃあ、同じ星に目を向けても、皇帝どころか貴族だってそうだからね?

 ひとつの星にいくつも街があって……前世日本人の地球ほどじゃないけど、『ほかの街』が『ほかの国』の感覚だわ……人口とか規模はともかく。

 この星を支配する貴族は、平民の間では一律で『お貴族様』かな?

 これは後になってわかったけど、特に関わりもない平民がお貴族様の名前を呼ぶって、無礼に当たるから。

 そりゃ、呼ばなくなるわ。

 だから余計に耳にしなくなるし、認識できなくなる。

 当主も、一族も、お貴族様。

 自分たちの生活に関係してくる役人のレベルになってようやく、『ああ、これは〇〇様』ってとこ。

 お貴族様が私たち平民を人間と思ってないように、私たち平民もお貴族様のことを人間なんて思っちゃいないのよ。

 商売とか、職人とか、平常からお貴族様に関わる人間じゃないと、貴族の名前とか、認識できなんじゃないかしら?

 極めつけに、私は女だから。

 そりゃ、読み書き演算ぐらいは習うけど、男子と女子じゃ、教育の種類も量も違うのよ?

 男尊女卑の社会だからね。

 まあ、ほかの領地がどうなってるかは知らないけど……女性は子供を産み、育て、家庭を守る存在だっていう価値観なのよ。

 女性には、余計な知識は必要ないってことじゃないの?

 日本でも、昔はそんな感じだったって言うじゃない。

 冗談抜きで、ここの女性への教育って読み書き演算、道徳(笑)教育ってぐらい。

 平民でも、幼年学校とか士官学校に入ることができるとはいうけどね、平民の場合『親が社会的ステイタスを持っているか、貴族、これは帝国騎士でもいいらしいけど……の推薦がある』が条件で、士官学校はその両方が必要……はい、普通の平民はアウトです。

 あ、貧乏貴族というか帝国騎士に金を積んで推薦してもらうっていうルートはあるのか。

 失念してたわ。

 でも、積むだけのお金を持ってるってことは……はあ。

 あれ、お貴族様が自分の領地の平民を学校に行かせて、軍における自分の手駒にするってのは普通にありよね。

 というか、むしろほとんどがそういうひも付きなんじゃないの?

 ちなみに、幼年学校は10歳から。

 じゃあ、10歳までに平民の子供は読み書きを覚えるわけよ……これが、小学校みたいな存在かしら?

 それ以降は、男の子は(希に女の子も)高等学校に行って、役人を目指したりするわけね。

 あとは、専門学校だったり、職人、技術者についたりして仕事を覚え出す……そういう感じ?

 ほかの星のことは知らないわ。

 とりあえず、この星というか、ここの貴族様の領地ではそう。

 多分、平民には10歳までにある程度の教育を……っていうのが、帝国としての標準ってことじゃないの?

 それさえ合わせれば、あとは自分の領地だから好きに運営しないさいってことだと私は思ってる。

 地球という星の中にいろんな国があって、国ごとにやり方が違う。

 貴族の領地って、そういうことじゃないかしら。

 ましてや、星によって重力はもちろん、自転や公転期間の条件が違う。

 星の中でも気候が違う。

 帝国全体で統一されたやり方なんて、そもそも無理があると思うわ。

 えーと、状況に応じて柔軟かつ……高度な対応……なんだったっけ?

 つまり、そういうことよ、きっと。

 

 まあ男女に関係なく、子供のお貴族様への印象は、『怖い人』『逆らったらダメな人』『近寄ったら危ない』『目を合わせない』……こんなとこ。

 大人になって、平民でもそれなりの立場になって、ようやくお貴族様の誰が誰とか、そういう認識じゃないのかな?

 で、割と強めのパワーワードの『自由惑星同盟』。

 みんなの耳に入ってくる言葉は『反乱軍』です、ありがとうございました。

 ああ、また反乱軍との戦争なんだ……大変だなあ、で終わっちゃう。

 

 気づいちゃった今では、自分が嫌になっちゃうけど。

 ねえ、これって気付かなかった私が悪いの?

 私、銀英伝のことは知ってるけど、ヘヴィなファンでも何でもないのよ?

 主要人物とか、大まかな物語の流れとか、そのぐらいしか知らないわよ。

 

 

 ここまで言い訳したら、反対に何故気づいたのかって興味がわかない?

 よくぞ聞いてくれました。

 近所のおばさんに頼まれて、おじいちゃんの世話をしてたのよ。

 

 ……私は、家事手伝いです。

 いいわね、このことはもう突っ込まないで。

 話を戻すわ。

 その、おじいちゃんが言ったのよ。

 

「ああ、死ぬまでに首都を見てみたいなあ」

 

 まあ、平民にはちょっと、いやかなり厳しいわねえ……そもそも宇宙船に乗ったこともないし、宇宙旅行なんて、考えられないもの。

 

「知ってるかい。首都はオーディンって言うんだ」

 

 へえ、ギリシャ神話っぽい……あれ、北欧神話だったっけ?

 と、まあ、これが第一の引っかかり。

 

 でもまあ、この他にもやっぱり老人はいろいろ知ってるんだなあと思って、ちょこちょこ機会を見つけて老人たちに接するようになったのね。

 そうしたら、昔兵士をやってたって人が何人かいて。

 兵士ってやっぱり、戦闘や戦争で各地を移動するから、やっぱり普通に暮らしてる人より、よっぽど物知りなの。

 なんか、平民の兵士ってお貴族様に無理矢理とか、一発逆転を狙ってとか、そういうイメージがあったんだけど、『いろいろ世界を見てみたい』なんて、前向きな理由で兵士になる人もいるのね。

 まあ、生き残る人は珍しいけど……お貴族様がろくでもないみたい。

 そういうおじいちゃんと話すことによって、ね。

 

 ぽつり。

 ぽつり。

 私の中に、何かが溜まっていったの。

 そしてある日。

 

 ぎゃぁぁぁぁぁぁ!

 

 という感じです。

 ねえ、私頑張ったよね?

 頑張ったほうよね?

 ほかの星はもちろん、同じ星でも、違う街の情報なんて興味なかったわよ。

 街にいると、奴隷なんかも目にしないのよ。

 時折、『〇〇の△さん、奴隷に落とされたって…』みたいな噂に聞くぐらい。

 

 迂闊すぎる?

 じゃああなた、島根県にいくつ市があるか知ってる?

 徳島県は?

 青森県は?

 三重県は?

 長崎県は?

 私なんか、平成の大合併で故郷の地名がわけわかんないことになったわよ。

 地球という星の、日本というちっぽけな国で、義務教育なんてものを施され、ネットワークで割と簡単に情報に接することができるのに、知らないでしょ?

 日本の都道府県が怪しい人もいるわよね?

 どこにあるか、あやふやな人もいるんじゃない?

 これを世界に広げてみて?

 太陽系、銀河系に範囲を広げて想像してみて?

 今調べればわかるとは思うけど、調べようと思わない限り知らない。

 そんなもんよ、人間なんて。

 しかも、日本の教育レベルでそれよ?

 日本の東京に住んで、地方の都市の名前や位置、方言なんかを熟知してる人のほうがおかしいのよ。

 逆に言えば、地方に住んでる人には、大阪の梅田付近の地下ダンジョンを把握してないし、新宿駅では絶対に迷子になるの。

 この星の1つの街に住んでる私が、星のことならともかく、帝国全体のことをいろいろ知ってるわけがないじゃない!

 あ、地元の人、ごめんね。

 馬鹿にしてるわけじゃないの。

 

 私はただ……全力で言い訳がしたいだけなのよぉぉぉぉ……。

 

 

 

 

 

 

 ごめん、ちょっと取り乱しちゃった。

 ああ、いや……これからどうしよう。

 確か、マリーンドルフ伯爵ってのが、ラインハルトに味方して助かるのよね?

 と、いうより、私の住んでる土地を支配してるお貴族様の名前はわかったけど、聞き覚えないのよ。

 でも結構な高確率で、お貴族様は滅びる。

 私、平民だから、余計なことしなければ生き残れる?

 でも、お貴族様が倒されるってことは、領地も占領されるってことよね?

 戦闘は、起きる……わよね。

 うわ、自分が女だってリスクが、ずしりとくるわ。

 女は女ってだけで、リスクを抱えてるのよね……特にこんな男尊女卑の社会だと。

 セクハラ、パワハラオヤジとか、今思えば可愛いもんよ。

 冗談抜きで、お貴族様が『平民の美人を捕まえていく』ような社会よ。

 まあ、なれた感じでケロっとしてる人もいるらしいけど……ねえ。

 相手が望むように満足させてあげれば、お金までもらえるわとか、そこまでたくましくなれません。

 

 あ、誤解しないでね。

 お貴族様がどうこうじゃなくて、『みんながそういう社会に慣れてる』ってのが怖いのよ。

 つまり、一つ間違えたら……平民のみんなもその価値観に従って暴発するってことだから。

 

 赤信号、みんなで渡れば、大惨事……ってことね。

 

 前世の知識もそうだけど、中途半端な原作の知識があるってことが、余計に無力感を覚えるわ。

 多分やれることはあるけど、何をやっても無駄と感じる自分がいて。

 この星はおろか、この街からも出ていく方法が見えない。

 そもそも出て行けたとして誰を頼るのよ?

 私の知ってる限り、父方、母方、親戚みんなこの星の住人よ。

 ああ、自分の知ってることを話したところで、信用されるはずもない。

 狂人扱いされて……考えるだけでも怖い。

 うう、吐きそう……っていうか、吐いた。

 

 根本的な解決は無理だ。

 自分と家族、そして周囲の人間。

 受動的にだけど、これらを守るように動ける範囲で動くしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 多分、比較的平和に、この星の支配者は入れ替わった。

 お貴族様は、ラインハルトと戦うためにこの星から出て行ったけど、そりゃあ、この星にもお貴族様というか、部下なんかは残るわけで。

 そりゃあ、降伏はしてくれたけど、そこに至るまでとか、この星から逃げ出す前にいろいろやらかすとか……まあ、いろいろあったわ。

 私は、母と弟を失った。

 ご近所付き合いをしていたみんなも、幾人か死んだ。

 ああ、ミッターマイヤーさん一家はみんな無事だったけどね。

 オスカーさんは、そもそも兵士として連れて行かれたわ……わかんないわね。

 

 私は、頑張ったと思う。

 

 そんな私に感謝する人がいる。

 そんな私を罵る人がいる。

 

 助かったと思う人が居るからこそ、助からなかった身内がいる人にとっては、私は悪魔だ。

 その過程で、私は友人を少し、知人を少し失った。

 

 

 

 

 はあ、英雄様ねえ……私には関係なかったわ。

 万骨枯れて、だっけ?

 所詮私は、万骨よ。

 

 

 

 

 

 

 その後も、私はひっそりと生きていった。

 日々を淡々と生きていった。

 え、子供?

 はは、産めないわよ、そんなもん。

 いろいろあったって言ったでしょ。

 帝国が生まれ変わろうと、平民の権利が増えようとも、『女性が子供を産み、育て、家庭を守る』って価値観は根強いわ。

 これが、私にとってどういう意味かわかるでしょ?

 この社会で言うところの女性にすらなれない私には、この社会に居場所なんてないわ。

 まあ、親を失った子供たちを集めて……世話してたってとこよ。

 そんな生活に救いがなかったとは言えないけど、喪失感のほうが大きかったわ。

 

 

 こんなことになるなら。

 あの時、あの瞬間、家族も友人もみんな振り捨てて、原作世界の中に飛び込んでいくべきだったかしら。

 

 でもたぶん、その時は別の後悔をするんでしょうね。

 あのまま、家族と一緒にいるべきだったって。

 

 

 ねえ、私ってさ……ここが銀英伝の世界だって気づかないほうが幸せだったんじゃないかしら?

 

 




作者が転生すると、多分こんな感じになるというか、かなり悲惨な目にあって死ぬと思います。
むしろ、銀英伝の世界ってことには気がつかない可能性が高いでしょうが、前世知識のせいで半端に先が見えるから周囲をどうにかしようとして、反発を受け、何もできないままに周囲から吊るし上げられ、暴行、そして死亡ですかね。


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19:僕は同盟で育った。

少し、コンセプトがボケているかもしれません。


 前世の記憶からすると、人間なんて簡単に壊れる。

 

 療養休暇中だったのに、わざわざ本社のビルの屋上で命を絶った同僚。

 ある日、失踪してそのまま行方不明になった同期。

 ああ、夜中に机の上のディスプレイをぶん投げたやつもいたな。

 いや、それは俺じゃない。

 俺がぶん投げたのは椅子だ、間違うな。

 冬なのに暑くて、シャツ一枚になっても汗が止まらなくて……大変だったぜ。

 今思えば謎なんだが、椅子をぶん投げれば汗が止まると思ったんだ。

 人間が壊れるってのはそういうことだ。

 

 

 まあ、自分のことを振り返っても、寝不足と過労って理由だけで、人間っていきものは、本当に簡単にぶっ壊れるもんさ。

 だからまあ、俺の目の前で目をキラキラさせながら将来を語るこいつが、ぶっ壊れたところで何も不思議には思わない。

 

「僕はもちろん、士官学校を目指すよ。君は?」

 

 俺は今、ちょっとした運命の分かれ道ってやつに直面しているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ちた。

 

 どうやら、分かれ道以前の問題だったようだ。

 まあ、前世でもそれなりに努力してたし、今世ではもっと努力してみたが、落ちたものは仕方がない。

 仕方がないんだが……。

 トラバース法に引っかからない絶妙なタイミングで死んじまったな、オヤジ。

 別に帝国が憎いってのはないな。

 戦争だからな、お互い様ってやつだ。

 前向きに考えるか。

 これから何をやろうと、逆縁の不幸だけはやらかさずに済むってな。

 

 俺は風に吹かれるように、歩いていく。

 口笛でも吹きたい気分だ。

 

 さあ、俺に何ができるのかねえ。

 

 

 へえ、新入生代表を務めてるってことは、あいつが、主席合格か。

 そうか、よくある名前とはいえ、あいつはやっぱり原作に登場するアイツなのか。

 しかし、記事に名前とか顔写真を載っけて大丈夫なのかねえ?

 将来の軍の幹部候補の情報なんか、公開するもんじゃないと思うんだが。

 アニメは見てねえから原作がどうこう言えないが、いわゆる前世日本人的に言えば、ハンサムで女にはモテそうだよな。

 まあ、そんなことには見向きもせず、仕事に打ち込んでぶっ壊れたんだろうな。

 俺の経験からすると、誠実で真面目な奴ほどぶっ壊れる。

 ヤンは、ああいう性格だから、能力を発揮し続けられたんだろうなあ。

 しかし、このままだと同盟が大ピンチで、俺の命も大ピンチってことか。

 ふーん。

 原作では同盟の癌扱いだったが、俺に言わせりゃ、作戦を提出したやつより、認可したやつの責任だろ。

 暗殺に関しちゃ、心神耗弱によりってな。

 まあ、それで感情論を納得させられるかというとあれだが。

 つーか、時間さえかければ、人間は洗脳から絶対に逃れられないって言うしな。

 あいつを目の敵にするのはなんか違う気がするぜ。

 

 

 銀英伝の世界か。

 人の命が風に吹かれて飛ぶような軽い世界だ。

 子供の頃から、自分が生き延びるためにはどうすればいいか考えてたんだが、どうもうまくいくイメージがわかない。

 どのルートを選んでも、運とか実力とかに左右されるってな。

 士官学校に落ちたことからもわかるように、俺には華々しく原作に介入するような何かを持ってないってことだ。

 

 大きすぎる夢は歌えない。

 多くのものを救おうとすれば、指の間からこぼれていく。

 程々だ。

 布帛(ふはく)を知れ。

 俺の身の丈にあった望みというか、何か。

 しかしなあ……。

 この世界、『生き延びる』って願いですら身の丈に合ってるかどうか。

 銀英伝は、あの10年程でどれぐらいの人が死んだんだろうな。

 帝国では貴族連中ぶっ殺しーの、10万隻の艦隊って人が何人いるんだ?

 まあ、暴動なんか含めて確実に10億以上死んでるよな……社会的混乱による自然(?)死なんか含めるともっと増えるか。

 仮に20億だとすれば、20人に1人は死ぬ計算か。

 三国志が、確か50~60年ほどで人口が8分の1まで激減したんだったか?

 そう考えると、全然チョロイ……ってそんな単純な話じゃねえし。

 あれは、表面に出てこない人口がかなりあったって推測されたような……。

 

 

 働かなきゃ食えません。

 それなりの遺産はあるが、それとこれとは話は別だ。

 身体を動かすのは好きだし、働くのも好きだ……度を超えなきゃな。

 幸いというか、職種を選ばなきゃ仕事はそれなりに有る。

 都市部の強みだ。

 これが辺境の星系なんかだと話が変わってくるのは、前世の日本と変わらない。

 

 働きながら、通信教育。

 まあ、大学は無理にしても、そのぐらいは頑張るさ。

 家に帰っても1人だしな。

 やることは多いほうがいい。

 しかし、士官学校に受かってたらどうなってたかねえ……成績不振で退学、かかった費用を返還せよ、なんて言われてる可能性もあるか。

 アイツは元気してるかねえ。

 

 

 

 

 よう。

 お、まだ覚えててくれたか。

 久しぶりに見たあいつは、以前より大人びていた。

 軽く抱き合い、再会を喜ぶ。

 そうか、もうすぐ卒業なのか。

 これから、大変だな。

 身体に気をつけろよ。

 睡眠はちゃんと取れよ。

 飯もちゃんと食え。

 おい、笑うなよ、大事なことだぞ。

 それに、笑うなら、『歯磨けよ』のオチをつけてからにしろ。

 

 いけね、このネタ前世のネタだ。

 

 え、俺か?

 俺は、なんとか生きていたよ。

 

 

 

 別に狙ってるわけじゃないんだがな、よく会う。

 今日は、あいつの方から声をかけてきた。

 少し痩せたか。

 いつものように声をかける。

 食事と睡眠。

 

「そして、歯を磨けだろ?」

 

 笑えるのか、大丈夫だな。

 俺は、なんとか生きてるよ。

 食いかけのハンバーガーを押し付けておいた。

 

 

 少し考えてしまう。

 この友達とも言えない軽い付き合いの影響で、原作に介入できるのかと。

 不純にも程があるなと思う。

 ただ、あいつを見てると……前世の友人の顔がちらつく。

 

 飯食えよ。

 寝てるか?

 

 自分にも余裕がなかったといえばそれまでだが、声ぐらいはかけられなかったか?

 

 余計なことを考えるのは暇なせいだな。

 もっと働こう。

 労働が俺を幸せにする。

 つまり、もっと働けば、もっと幸せになれる。

 いや、待て。

 なんか違う。

 前世の記憶が、激しく拒否している。

 ああ、どうやったら生き延びることができるかなんて考えられるのは、そもそも余裕を持って生活しているという前提だな。

 今日を生きるので精一杯。

 今を生きるのに精一杯。

 ああ、つまり……俺は随分鈍っちまったのかな。

 もう少し追い込めば、なにか見えてくるか? 

 

 

 俺は働いた。

 とにかく働いた。

 若さが武器だ。

 身体が資本だ。

 食事は取る。

 睡眠も、効率的に取る。

 そして、不意にアイツと出会う。

 それを繰り返す。

 

 

 

 気が付くと。

 お互いがお互いに。

 

 飯食えよ。

 ちゃんと寝てるか?

 

 そう言い合うようになっていた。

 お互いを指さし、『歯を磨けよ』と言って別れる。

 時間にして10秒もかからない。

 

 多くて年に数回、少ない時は年に1回程度の付き合いだ。

 まあ、こんなもんで原作に介入はできないよな。

 

 

 

 

 は?

 アイツが死んだ。

 いや、聞いてないよ?

 だから、形見分けとか言われても?

 あれ?

 イゼルローンって、まだ落としてないよな?

 え、そのイゼルローン攻防戦で、戦死……ですか、はあ。

 つーか、士官学校卒業時の成績優秀者に送られる記念品って……俺に?

 

 

 アイツに限った事ではなく、軍人は大抵が出陣の際に遺言を認めるらしい。

 そうか、アイツは何度も何度も、死を覚悟しながら生きていたのか。

 軍人だもんな。

 すげえな。

 ホント、すげえな。

 俺は、死を覚悟したことなんかねえな。

 

 

 

 

 それよりも、なあ、お前ってさ……友達いなかったのか?

 同盟軍に、知り合いとかいたんだろ?

 

 

 

 

 

 

 イゼルローンが同盟の手に落ちた。

 

 そして、同盟軍による、帝国領への大規模侵攻作戦が開始された。

 

 

 

 

 え、なんで?

 アイツ死んじゃったよ?

 アイツのせいって言ってたじゃん。

 アイツいないのに?

 じゃあ、この作戦、誰のせいだよ?

 原作のあの作戦は、誰のせいだよ?

 

 この作戦、誰が考えたんだよ!

 

 

 アイツの形見の品を握り締める。

 

 飯食ったか?

 ちゃんと寝ろよ。

 

 そんなアイツの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 同盟市民が、戦勝に湧いている。

 

 はは、最初だけ最初だけ。

 口にはしないけどね。

 

 歴史ってのはこんなもんかねえ。

 誰かがいなくなっても、ほかの誰かがその役割を果たす、みたいな。

 もしくは、同盟社会そのものがこの計画を求めていたのか。

 アイツはたまたま、その役割をあてがわれた。

 アイツがいないから、別の誰かにその役割を与えた。

 誰でも良かった。

 

 前世の、上司の記憶をもとに想像してみた。

 

『同盟軍が大軍をもって華々しく帝国領に侵攻し、勝利を収める作戦を提出したまえ。同盟市民に支持される内容であるのはもちろん、予算のことも当然考慮してだ』

 

 ああ、うん、俺ならその場でぶん殴るな。

 前世の友人も、さすがにぶん投げるわ。

 でもアイツはどうだろうな……。

 

 

 はは、お前は俺の友達さ。

 誰の代わりでもなく、な。 

 

 

 俺は働く。

 俺は飯を食う。

 俺は歯を磨く。

 俺は寝る。

 

 

 

 同盟軍が壊滅的な敗北を喫したことがニュースで流れ、世の中は大騒ぎになっている。

 

 俺は、アイツの形見を眺めながら、今日もつぶやく。

 

 ああ、なんとか生きてるよ。

 

 

 

 

 

 ひどいもんだ。

 ハイネセンから人が逃げ出していく。

 人が泣く。

 人が喚く。

 責任、責任、責任、責任!

 軍に、政府に、人が押しかける。

 

 

 俺の生活から、『働く』が消えた。

 

 

 ああ、なんとか生きてるよ。

 

 

 ちょくちょく、暴動なんかが起きる。

 静かな時も、何かが破れそうな緊張があたりを包んでいる感じがする。

 

 

 俺の生活から『飯を食う』が不足気味になった。

 

 

 ああ、なんとか生きてるよ。

 

 

 俺の生活に、『働く』が戻った。

『飯を食う』も回復しつつある。

 

 

 ああ、なんとか生きてるよ。

 

 

『働く』が消えたり戻ったりを繰り返す。

 人が歩いているのに、不思議なほど活気がない。

 占領されるって、支配されるってこういうことか。

 金があっても物が足りない。

 

 

 

 暴動だ。

 家の外には出ない。

 電気を消し、息を潜める。

 

 

 生活からたまに『寝る』が消える。

 

 

 大丈夫さ、なんとか生きてる。

 

 

 なんとか生きてる。

 それを繰り返すこと、それが生き延びるって……クソが、見境なしかよ、お前ら!

 

 

 おかしいな、精々20人に1人ぐらいしか死なないんじゃなかったか。

 計算間違(ミス)ったか……。

 そりゃ、士官学校も落ちるわ。

 でもなあ……女子供を見殺しにするのはないわ。

 アイツに怒られちまうだろ。

 

 

 そういや、アイツと一緒に飯を食ったことなかったなあ……。

 一緒に飯食ったら、歯を磨かなきゃな……。

 

 

 はは……今から、寝るよ……大丈夫、さ……。

 

 




原作キャラに介入して、原作の流れに介入しよう。
原作に介入したのに、歴史が変わらない絶望。
そういう話だったはずが、友情に走ってしまった。
とりあえず、皆様にアドバイス。

ちゃんと食って寝ろよ。(現実は非情である)


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20:僕は同盟で育った。

ここまでおつきあいいただき、ありがとうございます。
道に倒れる転生者の章の締めくくりです。




 死にたくない。

 それしか考えられなかった。

 

 宇宙時代、それはいい。

 男はいくつになっても子供心を忘れない生きものだからな。

 地球を飛び出し、宇宙(そら)へ、銀河を駆けよ……正直、心震えるワードだ。

 問題は銀英伝だ。

 いや、銀英伝の世界そのものをどうこう言うわけじゃない。

 これから、銀英伝の原作真っ只中ってタイミングが最悪だ。

 

 帝国は支配者がひっくり変わる。

 同盟は、帝国に滅ぼされる。

 フェザーンもまあ、そんな感じか。

 銀河の創世とか、歴史の新たな1ページとか、綺麗ごとにごまかされちゃいけねえ。

 国の興亡ってやつは、つまるところ、社会の大混乱さ。

 しかも、原作ではほとんど語られなかったが、帝国の社会体制が、同盟の民主主義をどう飲み込んでいくかってところに俺は恐怖を感じる。

 ついでに言うなら、帝国の経済システムと、同盟の経済システムの融合っていうか……恐ろしい大混乱が引きおこされるのを想像しちまう。

 ソ連崩壊後の大混乱なんか、目じゃないレベルだろう。

 まあ、俺たちの目に触れた大混乱のニュースが真実かどうかってところは、今更確かめようがない。

 

 仮に、同盟が帝国を滅ぼしたところで大混乱が起きるのは間違いない。

 人口は、帝国が同盟の約2倍だったか?

 500年続いた専制国家で、民主主義を語るというか布教するなんて、原始人に三角関数を説くようなもんだろ。

 あれ、帝国での平民の教育環境ってどうなってんだ?

 まあ、思想関係はろくでもない感じだろ、どうせ。

 

 とすると、歴史に介入するなら、同盟と帝国の戦争が延々続くというルートが目標か。

 

 嫌すぎる未来しか見えねえ。

 お互いに疲弊しきって、講和の目もあるか?

 

 ……よし、諦めよう。

 そもそも、俺が歴史に介入しようとして、何ができるかって話だ。

 原作知識がある分、有利に立ち回れる可能性はあるが……状況が変化すれば、原作知識に縛られる可能性も高くなる。

 結局のところ、目の前の現実ってやつから状況判断及び、選択するしかない。

 それに、歴史に介入しようとすれば、ほぼ自動的に軍人コースだ。

 

 身近に、戦死のニュースが飛び交う世界だぜ?

 冗談じゃねえ。

 1兵卒の運命なんて、上官任せの敵任せじゃねえか。

 どうせ死ぬなら、俺は自分の選択によって死にたい。

 政治家?

 無茶言うな。

 下っ端じゃ意味ねえし、偉くなりゃ戦犯コースで殺される。

 ああ、国民に殺されるってルートもあったな、正気じゃやってらんねえよ、そんなもん。

 

 俺は生き残る。

 これから先の社会大混乱を乗り越えて。

 まず、ここがこの世界における俺の原点だ。

 そうだな、ひとまず60歳を目標にするか。

 多少の不便なんかは受け入れるが、ただ生きているだけなんてのはゴメンだ。

 生きてるから奴隷でもいいじゃないかって言われてうなずけるか?

 生きるってのは、死んでないって意味じゃねえだろ。

 それも踏まえて方針を決めなきゃいけねえ。

 

 前世の両親が『手に職をつけろ。そうすれば食いっぱぐれはない』って言ってたな。

 くく、1000年以上も昔の言葉だが、こいつが真理ってやつかもしれねえ。

 じゃあ、何の職がいいか。

 技術者……は、軍に徴用される危険があるな。

 いや、単に技術者っていうのも、ふわっとしすぎてるな。

 もう少し、具体的な方針が必要か。

 

 集団というか、社会にとって有能なスキル。

 この集団というか社会は、帝国でも同盟でもってことじゃなきゃいけねえ。

 周囲から重宝される。

 ちょっとかぶるが、周囲の人間に大事にしてもらえるってのは重要な要素だろ。

 同盟が帝国によって滅ぼされるなら、危険視されないスキルってのも必要か。

 

 そうすると、昔からある職業というか、スキルってことになるな。

 

 

 

 

 ……医者か。

 

 

 社会の混乱を避けるというなら、ハイネセンなんかの都会は危険だな。

 暴動に巻き込まれるリスクが高い。

 まあ、そんなこと言い出したら、この銀河のどこにも住めねえよって話になるが。

 ただ、良くも悪くも都市部ってのは情報が早いというか、状況の変化に対してレスポンスが早くなる。

 そのレスポンスが辺境に届く前に、何度も何度も反応しちまう……みたいにな。

 辺境だと、これからの激動の時代の変化ってやつを、距離という防壁がある程度防いでくれることを期待できる。

 つまり、社会全体が悪化していくというベクトルを、緩やかに受けていくわけだが、その緩やかさが俺には、生き延びるってことには必要なんだ。

 無論いいことばかりじゃないがな。

 最新機器を必要とする先端医療なんて、最新機器がなけりゃ何もできないってことになりはしないか?

 

 これは、賭けだな。

 目標は、辺境星系だ。

 村のお医者さんというか、離島の医者ポジション。

 あれはあれで大変とか、オールマイティに診察できなきゃいけないから辛いとか言ってたが、生き延びるためならなんでもねえよ。

 なんでもねえというか、耐えられる。

 按摩やマッサージを含めた、原始的な医療技術を中心にした……もちろん、医者になる過程で最新医療ってやつも学ぶ。

 でも、薬草なんかの知識も必要だな。

 薬が足りないとか、普通にありそうだ。

 先端医療を軽視はしないが、先端医療に頼らない医学を身に付ける。

 ははは、仲間から異端視されるだろうな……でもそれがいい。

 出世とか無縁の、僻地へと赴任する全自動ルートが敷かれるってことじゃねえか。

 いや待て。

 上に睨まれて軍医ルートって罠があるのか。

 やべえ、見落とすとこだった。

 しっかりしろや、俺。

 選択肢をひとつミスったら即死亡のクソゲーレベルの過酷さを覚悟しろ。

 

 俺は目を閉じ、もう一度考えた。

 

 

 

 

 

 よし!

 

 

 

 

 

 やることを決めたなら、やるしかない。

 まずは勉強。

 それと体力作りだ。

 体力ってのは、若い頃に積み上げた量で決まるって言ってたからな。

 医者として日々を過ごすために、体力は必須だろう。

 

 

 医者になるため、地方で中核となる星系の大学へと進学。

 ああ、ハイネセンなんかに行くと、妙なしがらみができそうだからな、敬遠した。

 ある教授が俺のことを『熱心な学生』と褒めてくれたが、命が掛かってんだよ、当たり前じゃねえか。

 いけね、口に出てたか。

 待て、待ってくれ。

 学生の時点で患者の命の重みを理解しているとは……なんて、感動した目で俺を見るな!

 そんな勘違いルートを、俺は望んじゃいねえ。

 

 やばい、修正が必要だ。

 妙な噂が広まったせいか、教授たちがマンツーマンってレベルで俺を指導してくれている。

 いや、それはありがたいが、ちょっと待ってくれ。

 おいこら、ここはお前ら俺に嫉妬の視線を向けるところだろ?

 あいつなら仕方ない、みたいに頷いてんじゃねえ。

 俺は、医者としての技術は身につけたいが、出世はしたくないんだ。

 

 よし!

 辺境星系における、医療弱者を救いたいんですって主張が受け入れられた。

 嘘じゃねえ。

 俺は俺の命を救いたい。

 その過程で、医療弱者を救うことにもなるだろう。

 さらによし!

 薬草っていうか、薬学絡みの指導者を紹介してくれた。

 勉強がはかどるぜ。

 頭でっかちになっちゃいけないからな、自分で薬草を育てたりもする。

 その一方で、複雑な化学式で構成された薬品を、合成したりもした。

 専門家になるつもりはないが、オールマイティにならなきゃいけねえ。

 なんでもまんべんなくできる医者。

 それが俺の目標だからな。

 

 わかっちゃいたが、めちゃくちゃ忙しい。

 最近はずっとタンクベッド睡眠にお世話になっている。

 食事も、軍用のレーションだ。

 

 やべえ、ぶっ倒れた。

 おかしい、理論上は睡眠も栄養も足りているはずなのに。

 医者の不養生?

 アンタは医者だが、俺はまだ医者じゃない。

 何が俺をそこまでさせるのかだって?

 

 俺は、俺は……生き延びたいだけなんだ。

 

 口には出せない言葉を飲み込みながら、俺は涙が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 少し、心の余裕ってやつがなかったのかもしれねえ。

 逸る心を抑えて、少しペースを落とした。

 それでも同級生からは『生き急いでる』なんて言われるがよ。

 やはり、人間身体が資本だ。

 対策として、日課に運動を組み込んだ。

 食事も、1日に1回は普通の食事を取るようにした。

 週に2回は普通の睡眠をとる。

 生き延びる努力の過程で過労死とか、洒落にもならねえ。

 

 授業に研修。

 卒業までの日々が淡々と続いていく。

 研修で、軍医に付けられて宇宙船に乗せられたときはどうしようかと思った。

 まあ、戦場に行ったわけじゃなく、辺境巡察の軍ってやつだったから、何もおこらなかったが。

 骨折と打撲の患者が少々と、心理カウンセリングの真似事が1人、それと虫垂炎の手術が1件ぐらいか。

 だから、『コイツ、つかえる』みたいな目で俺を見ないでくれ。

 評価されるのは、正直嬉しいがよ。

 医者の卵に対して、使えるもへったくれもないだろうに。

 

 卒業、いざ辺境星系へ……ってわけにもいかねえ。

 それなりの都市の、それなりの大病院で、まだお尻にくっついてる卵の殻をひっぺがすための実地研修だ。

 これを2年。

 ああ、なんか首席卒業みたいだったが、俺の人生の目標にはなんも関係ない。

 うん、関係ない。

 だから、俺の目標は、辺境で、医療弱者を、救うことです。

 ポジティブに考えよう。

 医者としての、周囲からの俺の将来への期待度は高い。

 

 

 

 つーか、ラインハルトの名前が俺の耳に入ってきた。

 やばい。

 同盟の最後の日が近づいている。

 早く、早く研修終われ。

 俺の赴任先はもう決定してるんだから!

 

 

 おお、ここが俺の終の棲家か。

 開拓が始まったばかり……と言っても、俺が生まれる前から続いてる……絵に書いたような辺境星系の開拓地。

 へえ、最近鉱物資源も発見されて、これから発展が見込める……なんか不吉ワードきました。

 ま、まあいい。

 60歳まであと30年と少し。

 頑張ろう、ゆっくり頑張ろう。

 この開拓地、俺が赴任するまで、ちゃんとした医者はいなかったらしい。

 なんかすごい歓迎されてる。

 いや、俺はまだ新米のぺーぺーで……。

 ああ、でもちょっと泣けてきた。

 ようやく、ようやく俺はここまでたどり着いた。

 

 小さいながらも、診療所まで用意してくれた。

 それなりの設備も。

 自分が生き延びるためにやってきたが、全力でこの人たちの期待に応えていきたいと思う。

 そしてそれが、俺の命を救うことにもなるだろう。

 

 

 おかしい。

 うまくいきすぎてる。

 いや、俺はやっぱり新米の医者だからな、毎日てんてこ舞いさ。

 ただ、前世で言うところの村のお医者さんとか、離島医師のイメージとはちょっと違った。

 考えてみりゃ、宇宙船があって、ビームだのシールドだのを使って戦争する世界だもんな、エネルギーの問題に関しては俺の取り越し苦労だったようだ。

 いや、いきなり故障とか、予備が動かないとかあるな、油断はできねえ。

 そう、通信ネットワークと、情報の集積だ。

 こんな時どうすれば……って時に、調べることもできるし、距離に限りはあるが通信で先輩の医者に患者のカルテ込みで相談することもできる。

 俺が思っていたよりも、かなり恵まれている。

 いや、油断したら死ぬ。

 新米の医者のせいで誰かが死んだとかになったら、みんなに吊るし上げられて殺されるに決まってる。

 俺は、医者として誠実に日々を過ごしていくしかない。

 ミスをしたら死ぬ。

 患者も、俺も。

 

 患者もそうだが、住人とのコミュニケーションは重要だ。

 はは、いつの時代も病院ってのは老人の溜まり場になるんだな。

 悩みを聞いてやり、その過程で身体の調子を尋ね、近所の人間で様子のおかしな人はいないかを聞いて、時間が許せばマッサージなんかを施す。

 

 何故か拝まれた。

 

 俺は俺のためにやっているだけだ……とは言えないから、医者として当然とか、俺は普通の医者ですなどと言っておく。

 

 

 医者であることに慣れるために忙しく働いていたら……同盟が滅んでた。

 あっさりしてんな、って感じだ。

 いや、ハイネセンやその他の重要拠点なんかでは激しい混乱があったに違いない。

 戦闘が行われなかったとしても、社会は混乱する。

 人が多いってことは、それだけの狂気を内包する可能性があるからな。

 まずは俺の選択が正しかったとしておこう。

 しかし、辺境星系の試練はここからだ。

 社会システムの混乱による治安低下もそうだが、支配体制の変化に伴う摩擦等……死はどこにでも転がっている。

 医者になったことで、それが余計に身にしみた。

 帝国から、ここを管理するための人が来る……ここが分岐点だな。

 

 

 チクショウ、やっぱりもめたのか……って、忘れてた!

 同盟国言語と、帝国言語って別の言葉じゃねえか!

 俺は医者になる過程で熱心に習わざるを得なかったけど……まあ、全く別の言語体系ってわけでもないし、帝国の役人や士官クラスの軍人ならみんな同盟の言葉はわかるか?

 ああ、でも興奮したら意思の疎通すら危うい……よな。

 そりゃ、揉めるわ!

 待て、待て待て待て……俺は死にたくないが、そんなこと言ってる場合じゃ……っていうか、医者の前で死なせるようなことができるか!

 一触即発の中、俺は自分の額をメスで切り裂いてから、ど真ん中に飛び込んだ。

 

 額の傷は小さくても結構な出血を伴う。

 医者には当たり前の知識だがな、一般人はどうよ?

 

 住人も、帝国の奴ら……軍人はさすがに慣れてるか、それでも血まみれの俺の顔を見て息を飲んでいる連中がいるな。

 ここが勝負どころだろ!

 失敗すりゃ死ぬんだ、死んだつもりでやってやらあ!

 

 前世のドラマか何かの一場面、上着もシャツも脱いで上半身裸で、両方を睨みつける。

 帝国言語と、同盟言語、ゆっくりと、繰り返す。

 ……空気が変わった。

 ああ、俺の言葉を聞いてくれる。

 これでなんとかなる。

 

 なんとかなった。

 無茶しないでくださいとか言われたが、死ぬより無茶なことなんかあるものか。

 あれ、ところで君は誰?

 なんか睨まれた。

 ああ、あのおばあちゃんのお孫さん。

 ……睨まれる要素あったか?

 人知れず恨みを買ってるのかもしれん……気をつけねば。

 

 

 

 反乱?

 ああ、ロイエンタールのあれか。

 あれ、レンネンカンプ?だっけ?

 この星には関係なかったというか、最近急に人が増え始めてて忙しい。

 人が増えれば患者が増える。

 ああ、やはり社会の混乱の余波がこんなとこに現れるのか。

 いろいろなものが足りなくなってきた。

 特にやばいのは薬関係。

 大きな声で言ってやる!

 

 こんなこともあろうかと!

 ああ、こんなこともあろうかと!

 

 この星で育つ薬草園を、患者の老人達の手を借りつつコツコツと世話してきたのだ!

 干したり、茹でたり、やることが多すぎるけどな。

 もちろん、入手できる範囲は限られてるが、やれることがある、それだけでもありがたい。

 

 いわゆる普通のカプセルみたいな薬しか知らない人間が驚いている。

 そう馬鹿にしたもんじゃない。

 薬の形状やら、見た目はどうでもいいんだよ……この辺は、前世日本人の感覚に感謝だ。

 結局は、薬効成分があるかどうかが問題なんだからな。

 

 あ、患者が死んだらこの怪しげな薬のせいにされて、俺も死んじゃう?

 

 俺は医者だ。

 患者を救うために最善を尽くす。

 それは、俺の命を救うための最善でもあるのだ。

 

 患者が助かった。

 俺も助かった。

 またタンクベッド睡眠のお世話になっている。

 前向きに考えよう。

 俺には、タンクベッド睡眠をとれる余裕がある。

 

 

 

 俺の死に巻き込まれるのでは……と悩んだが、『私がお世話しないと、先生が死にます』などと押し切られた。

 まあ、なんというか、結婚した。

 診療所を手伝ったり、薬草の世話をしたり……正直助かります。

 

 

 

 人が増えているのは、都会から逃げてきた結果らしい。

 ……俺は間違ってなかった。

 ああ、でもここの治安と、星系の治安が気になる。

 患者でもある老人たちに相談してみる。

 老人たちのコミュ力を舐めてはいけない。

 子供たちを一緒に遊ばせる?

 なんかのイベントで、一体感を抱かせる?

 さすが年の功だ。

 ポンポンとアイデアが出てくる。

 え、あれ、なんでそんな元気なの?

 なんでそんなやる気なの?

 生きるのには、目的が必要ってことか。

 

 

 

 子供が生まれた。

 

 

 

 開拓住人と移民住人の間でいざこざが起きた。

 やっぱり俺か!

 目立ちすぎると、嫌なフラグが立ちそうであれなんだが、そういうわけにもいかない。

 ……ひどい人間と言うなら言え。

 妻と一緒に、赤ん坊を抱いてみんなの前に出て行った。

 

 お前ら、この無垢な赤ん坊の前でさっきと同じことが言えるか?

 この赤ん坊の前で、罵り合い、傷つけ合い、殺し合うことができるのか!

 

 

 

 何とかなったが、妻にめちゃくちゃ怒られた。

 いや、その場に君もついてきたよね……と、口にしたらものすごい怒られるはず。

 これは、多分、世界とか時代とか関係ない真理だ。

 まあ、死にはしないから受け入れる。

 しかし、我が息子。

 あの状況で泣きもせず笑ってた。

 大物になるかもしれん。

 

 ……俺の命を危険を晒さない程度に頼む。

 

 

 

 両親が、2人の孫の顔を見るためにこの星にやってきた。

『いいところだねえ』と言われて、嬉しくなった。

 そのまま、ここに住むことになった……いいのか、田舎だぞ?

 

 

 

 最期を看取った患者さんの家族に泣きながら感謝された。

 なぜだ?

 助けられなかったのに?

 

 

 

 この星を襲おうとしてた賊が、一掃されたらしい。

 なんか軍の人が会いに来た……ああ、俺が血だらけになった時の。

 どうやら色々と頑張ってくれてるらしい。

 心の底からありがとうと言わせてください、え……こことは別の、辺境星系の開拓地が?

 自分は、そこの軍人みたいに処罰されたくなから勤務に精を出しているだけって……はは、そういうことにしておきますか。

 え、いや、やめてくださいよ、あの時の事を言うのは。

 

『人の命を救おうとする医者の前で、お前らは傷つき、死のうというのか?ふざけるな!お前らは、生きるためにこの星を開拓してきた、違うか?アンタラは、役人か?軍人か?どちらも人を守るために、毎日汗を流して……』

 

 やめてくれ!

 さっきの仕返しのつもりか……え、あの時、泣いてた?

 俺は覚えてない!

 そんなこと多分言ってないし、泣いてないし、後ろの人も、頷かないで!

 知りません、俺は普通の医者だから、知りません!

 俺は必死だっただけです!

 そ、そうですね、俺は医者として働いてるだけで、あなたも軍人として働いているだけ!

 そういうことでいいですよね? 

 

 

 

 息子たちが殴り合いのケンカをした。

 理由を聞くと、『俺のような医者になりたい』っていう長男と『家族より患者を大事にする医者なんか絶対にならない』っていう次男。

 何故だか、前世の母親の言葉を思い出した。

 

『生きていてくれるだけでいい、生きていてくれるだけで嬉しい』

 

 ああ、本当だ。

 生きていてくれるだけで、生きているだけで。

 

 それはそうと、お前らが殴り合ったせいで幼い娘が泣いている。

 それは許さん。

 

 

 

 いいのかなあ。

 

 

 こんなに幸せでいいのかなあ。

 

 

 昔馴染みの患者が死んでいく。

 

 

 新しい命が生まれる。

 

 

 医者を目指して、長男が星を出ていく。

 

 

 おかしいぞ。

 どこかに落とし穴があるはずだ。

 

 

 ああ、これが落とし穴か。

 政治には興味がない。

 俺は医者だ。

 

 

 次男が、この星で働き出した。

 

 

 俺は、誠実に医者を続けていく。

 誠実に、誠実に、医者を続けてきた。

 

 

 気が付けば、俺は60歳になっていた。

 

 

 開拓地は、既に街と呼べるものになっていた。

 星は、ここを拠点に新たな開拓地を拡げて発展しつつある。

 診療所は、いつしか病院と呼ばれる存在になっていた。

 俺以外の医者もいる。

 

 

 不意に、景色が歪んだ。

 涙が流れている。

 

 ラインハルトは死んだ。

 キルヒアイスは死んだ。

 ヤンも死んだ。

 ビュコックが死んだ。

 

 銀河統一という歴史の流れの中で、多くの英雄が死んでいった。

 それ以上の、数え切れない程の、名も残らぬ人間が死んでいった。

 

 ああ、俺は……いや、生き延びたなんて、そんな言葉を使うべきじゃないだろう。

 

 この星で。

 この広大な銀河の中で。

 数え切れない程の、名も知らぬ人間が生きている。

 

 俺は生きている。

 俺は生きてきた。

 誰にも否定させないぐらい、俺は生きてきたし、生きている。

 

「お父さ……じゃなくて、先生」

 

 慌てて涙を拭う。

 振り返る。

 ああ、わかっているよ。

 患者が待っているんだろう。

 娘は看護師を目指して研修中だ。

 やれやれ、医療一家だな。

 嬉しい半面、苦労するだろうなと思う。

 医療の道を選ばなかった次男が寂しい思いをしないよう、気をつけねば。

 

 そういえば、最近母の体調が悪い。

 父が死んで……そろそろ、覚悟しなきゃいけないかもな。

 

 

 俺はこれからも生きていく。

 誠実に医者を続けて生きていく。

 なにかから逃げるためではなく。

 前を向き、胸を張って生きていく。

 医者として。

 人として。

 

 




皆様、よろしければ彼にささやかな拍手を。

コイツだけ運良いな、と言われたらアレですが、彼はほかのキャラと明らかに違うところがあります。
逃げるだけでなく、時には立ち向かい、臆病なほど慎重で、歩みを止めず、そして重要なのは、他人の手を借りまくっているところです。
人と繋がり、繋がった人が様々な形で彼を助けました。

私の考える、『生きる』というひとつの形です。


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エピローグ
100:私はこの世界で生まれた。


エピローグです。
歴史の流れをお楽しみください。


 んきゅっ!

 

 

 学校で歴史の授業中に、変な悲鳴を上げてしまった。

 形ばかりの笑みを浮かべて、『しゃっくりです』などと教師やクラスメイトに言い訳しながらも、私の心臓はバクバク鳴っている。

 鼓動は収まるどころかますます激しく踊り続け、それに合わせるように、私の意識に次々と流れ込んでくる記憶の数々。

 ちょっと、ちょっとぉ。

 これって、これってぇ。

 冷や汗が止まらない。

 なのに胸と頭だけが熱い。

 呼吸が乱れる。

 ああ、そういえば……『前世』でもこんな症状が、過呼吸だったか……な。

 私は、椅子から滑り落ちるようにしてぶっ倒れていた。

 

 若いっていいわぁ。

 寝たら治る。

 うん、意識は動揺しまくりなんだけど。

 40代の主婦の記憶と、11歳の女の子の意識が錯綜し合って、視界にどぎつい合成着色料を思わせる原色のヴェールがかかったり消えたりを繰り返している。

 理性的で、感情的で、口を開いたら絶叫しそうな、混在した何かが私の中で渦巻く。

 視界に入る、『当たり前のテクノロジー』に『すっごいSF世界ねえ』と感嘆する自分が居る。

 見慣れた景色が、驚きと、感動と、新鮮さに埋め尽くされていく。

 悲鳴を上げて絶叫したいのに、『落ち着いて』とか、『女は度胸と愛嬌よ』などとなだめようとする意識が私のもので、私が私で、私じゃない何かになっていく。

 いつしか私は気を失い、そして再び目を覚ましたときには、私と私は、私になっていた。

 

 

 ネットワークで、『人類史』の資料を閲覧する。

 歴史上の人物の名前に、胸がキュンキュンしてしまう。

 文字だけの表記なのに、私の脳裏には美形の男性の姿や、詳細設定が次々と浮かんでくるのだ。

 落ち着け、40代2人の子持ち主婦。

 いや、それも私のことなんだけど……うん、私はもうダメかもしんない。

 あれ以降、家族や友達からの視線がちょっと怖い。

 

 思春期の女の子は、不安定なものなのよ。

 

 無意識に口をついた言い訳が、さらにクラスメイトとの距離を広げた。

 泣きたい。

 とりあえず、人類が宇宙へと飛び出す以前の……いわゆる歴史における『地球史』の記録が、結構いい加減なことだけはわかった。

 無論、私の『知識』が正しいとは限らないのだけど。

 しかし、『私』が、地球における西暦2000年前後の日本という国で生きた一般的な女性でありながら、何故宇宙歴780年から800年付近の歴史にやたら詳しいのか。

 ちなみに、西暦2801年が宇宙歴1年にあたるから、『私』は西暦換算3500年あたりの歴史を熟知していることになる。

 いわゆる、ゴールデンバウム王朝と自由惑星同盟の150年戦争及び、ラインハルト様による新しいローエングラム王朝って……む、無意識に『様』づけしてる、私……。

 

 はあ。

 私の記憶が確かならば、この世界は銀河英雄伝説という小説の世界。

 ……なぜかしら、お酒が飲みたいと思ってしまったわ。

 

 

 あれから数年、私は随分落ち着いたというか、色々と折り合いを付けたというか。

 周囲の私への評価は、変わらず『変人』です。

 ああ、『歴史オタク』ってのもあったわね……意識の片隅で『歴女とオタクのファイナルフュージョンね』などとはしゃいでいる自分が居る。

 泣きたい。

 

 まあ、『記憶』を嘆いても仕方がないし、私という存在は現実を生きている。

 どうも意識が過去に引っ張られがちなんで、時間さえあれば私は私自身に言い聞かせるように心の中でそうつぶやいている。

 とは言っても、知識は知識だ。

 人類は、何かを積み重ねることで前へと進んできたし、『積み上げ方を間違えたとき』は、何かが崩れて後戻りするようなこともある。

 データベースさえ凌駕するような私の記憶というか知識は、何らかの記録として残しておくべきだろう。

 何となくそう思ってしまったのは、気の迷いだったのだろうか。

 

 気が付けば、私は作家になっていた。

 

 遠い遠い昔の、人類がまだ地球という星から飛び立てなかった頃のお話。

 ローマ、ペルシア、ムガル、漢……専門の学者ぐらいしか知らない、耳慣れないエキゾチックな国名や文化が、一部に受けた。

 学術書じゃなく、子供に読み書きを教えるような、ドラマ仕立ての物語だったのがよかったのかもしれない。

 色々と、ツッコミや批判なんかも頂いたけど。

 私がきっかけで、ちょっとした地球懐古のブームが起きたのは少し誇らしい気がするけどね。

 それからも私は筆を走らせ続けた。

 うん、自分で言うのもなんだけど『筆を走らせる』って表現、ものすごく違和感あるわ。

『筆をとる』って表現のほうが正しいかも……などと記憶が囁くのだけど、記憶はともかく私のこの手は、筆を触ったこともないのにね。

 

 そして私も40代、心の片隅で『時代が私に追いついた』などとはしゃいでいる何かを殴りたい。

 どーせ、未婚よ、独身よ。

 というか、現実の男に胸がサッパリときめかないのは、私の記憶のせいだと思う。

 だって、結婚して、子供も産んで、子育てした記憶と実感がしっかりあるのよ、私。

 だからいいの、私は涙が似合う仕事に生きる女。

 まあ、物書きとしてのスキルもそれなりに磨かれてようやくというか……うん、心の中で何かが大ハッスルしてるんだけど、気持ちはわかるんだけど、ねえ。

 これって、盗作ってやつなんじゃない?

 モニターに映るのは、これから書き始める大作のタイトル。

 

 『銀河英雄伝説』

 

 いや、『この世界なら、史実をもとにした立派な歴史小説です』じゃなくて…その、ねえ?

 は、『キルヒアイス様は実は死んでません』って……。

 え、『ロイエンタール様も実は生きてました』って……。

 あ、『アイゼナッハ様は美人の奥様とラブラブなんだからぁっ』って……はいはい。

 私の悩みは尽きない。

 

 

 

 私はこの世界に生まれ、今を生きている。

 私の記憶が語るのは、遠い遠い未来の物語。

 その遠い遠い未来は、私にとって遠い遠い過去の歴史。

 私は私を通してつながっている。

 人は生まれ、死ぬ。

 それでも人は、人とつながっている。

 国が興り、滅ぶ。

 それでも国は、歴史というつながりでつながっている。

 人が歩みを止めないかぎり、歴史はあとを追いかけていく。

 

 

 ふう。

 息を吐く。

 気が付けば、私も還暦間近。

『銀河英雄伝説』ここに、脱稿。

 ゴールデンバウム王朝成立から、宇宙を統一したローエングラム王朝が潰えるまで、書きに書いて書きまくったわ。

 アーレ・ハイネセンによるロンゲストマーチの結果、世界は広がり自由惑星同盟が生まれた。

 『私』も知らなかった歴史の転換点、ハイネセンによるロンゲストマーチととともに旅立ち、初期に袂を分かった集団が苦難を超えてたどり着いた新天地の存在が、さらに世界を広げていたこと。

 その新世界との遭遇が、熱狂と、発展を生み……そして、混乱を招いた。

 良くも悪くも、歴史は繰り返された。

 その後も、世界は幾度かの混乱を経験している。

 

 私は、心地よい疲労に身を任せて目を閉じた。

 記憶のせいで、私の意識は過去と未来を幻想を交えて行き来する。

 さて、次は何を書こうか。

 人が歩みを止めないように、歴史が綴られていくように。

 私の筆は、折れることを知らないようだ。




最終話らしく、それっぽいテーマを。
正直、最初は99人ほどあがいて死にまくる話を書きまくってやるぐらいの勢いだったんですが、マンネリから逃れられそうにないし、似た話を延々読まされる方もあれだろなと。

最後までお付き合いしていただいてありがとうございます。

ルビンスキーが、アニメでハゲだったなんて……当時の私にとってはショックでした。
なんでや、原作ルビンスキー、格好良いやろ。
もしかして、覚えてないけど小説の挿絵でハゲだった……?

原作にて、『1本の毛もない』と明記されているそうです。



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銀河野球馬鹿による被害者の章
証言者1:美形の兄貴。


主観で書いてるからあれかもしれませんが、銀河野球バカ一代はいろんな意味で周囲に迷惑を振りまいてます。
そんな伝説の始まりがこれ。

30分後に、もう1話投下予定。




 5つ年下の弟。

 明確な時期は不明だが、私は奴のことが嫌いだった。

 理由を言うなら、私を見る目だろうか。

 ふっと私を見て、時折首をかしげる。

 耳を澄ますと、『なんか変だ?』などとつぶやきが聞こえてくる。

 最初はなんのことかわからなかったが、奴は私に限らず、家の中のことや使用人のやることなどにもそんな反応を見せていて……やがて気づいた。

 奴は私を、言葉や行動を否定していたのだと。

 頭がカッとなった。

 子供の頃の一年は大きい。

 その上で5歳も下の弟に『もっとちゃんとやれよ』と指摘されるのは屈辱だが、それより許せないのは『私の対面を慮って直接口にしないこと』だ。

 年下に庇われる。

 チルレル子爵家を継ぐために色々と特別な教育を受けている私にとって、日常的にこんな恥辱を味合わされるのは、言葉にできないほど腹ただしいことだった。

 観察していれば、父上も奴のことを将来有望と見ている気がする。

 脳裏に浮かぶのは、『廃嫡』の言葉。

 私は、弟から距離をとり始めた。

 時には辛くあたり、直接的な暴力も振るった。

 いくら頭が良くても、5歳の年齢差の体格差はなんともし難い。

 弟は兄である私の暴力の前に、無様な姿を晒す……それが心地よかった。

 そしてあの日、打ち所が悪かったのか、奴は私に殴られて壁に頭をぶつけて気を失った。

 

 今思うと、奴は……いや、弟のイザークは、兄である私を立ててくれていたのだと思う。

 イザークの優しさを断ち切ったのは、私だ。

 

 弟が目を覚ますまで、私は見舞いにもいかなかった。

 奴は私を見て、口元に妙な笑みを浮かべて近づいてきた。

 その生意気な視線がしゃくにさわって、もう一度ぶん殴ってやろうと一歩近づいた瞬間、股間を蹴り上げられた。

 あの痛みに腹の中の空気を吐き出したと思ったら、目の前で火花が散った。

 そして気が付いたらベッドの上に寝かされていた。

 

 後で状況を問いただしたところ、股間を蹴り上げられて前かがみになったところを鼻に手のひら……掌底というらしいが、それを食らったらしい。

 流れるような動作で足を払われて倒れたところを、股間をもう一度蹴り込まれ、あとは馬乗りになられてボコボコだったそうだ。

 

 それを聞いてゾッとした。

 これまでずっと、暴力で優越感に浸っていたこと……それすらも奴のお情けだったことに。

 屈辱に震えた。

 怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 細身の剣を手に、奴を探して屋敷中を駆け回った。

 そして父の言葉に、呆然とした。

 

『長男のお前に手をあげた罰として、イザークを地下牢に閉じ込めた』

 

 地下牢への出入り口付近は、父が信頼するものたちによって監視されていた。

 これは罰じゃない。

 奴を私から守るための、父の配慮だと。

 屋敷から離せば、監視の目が行き届かないこともある。

 なんせ、私は後継者だ。

 先を見込んで擦り寄ってくる輩は少なくない。

 おそらく父はそれを恐れたのだろう。

 

 殺してやる、いや殺さねばならない。

 今はダメだ。

 奴のことなんかなんとも思ってないとばかりに日々を過ごす。

 3ヶ月、半年、いやもっと時間をかけてもいい。

 監視の目が緩んだ時、もしくは父がもう大丈夫だと奴を地下牢から出した時……奴が私をぶちのめしたように、私も周囲が止めるまもなく殺してやると心に誓った。

 

 復讐の念を隠しつつ日々を過ごすうちに、地下牢に閉じ込めたイザークの様子がおかしいという噂が聞こえ始めた。

 おそらく、父が私を確かめているのだと思った。

 私はせいぜい心配そうな表情を浮かべ、『弟は元気にしているのか?体調など崩してはいないか?』などと地下牢を監視する連中に聞いてみた。

 すると連中、妙な表情を浮かべて言うのだ。

 

『え、ええ……元気です。とても元気ですよ、元気すぎるほどに元気です』

 

 まだ私が警戒されているのがよくわかった。

 いくら優秀でも、10歳やそこらの子供が地下牢に閉じ込められて元気に過ごしているだと?

 言うに事欠いて、元気すぎるほど元気ですなどと……。

 

 私はさらに待つことにした。

 

 そうして2年。

 ようやくチャンスが来た。

 協力者の手を借りて、剣を手に地下牢への出入り口へと忍び込む。

 2年ぶりの姿を見ることになるのか。

 成長はしているだろうが、地下牢暮らしで心身ともに衰弱しているだろう。

 知らぬうちに、笑みを浮かべている自分に気づいた。

 そして、私は見た。

 

 牢の中、汗を流しながら片手の指一本で逆立ち腕立てしている肉の塊を。

 

 確かではないが、10秒ほど頭の中が真っ白になっていたと思う。

 心身ともに、衰…弱…?

 

 肉の塊は、腕を大きく曲げると、床を突き放すようにしてジャンプし、宙で回転、鮮やかに両足で着地した。

 物陰に隠れて、こっそりと様子をうかがう私の耳に『なんだこのチートボディ…』などと、よくわからない言葉が聞こえてきた。

 肉の塊は、汗を拭うこともせずに上体を起こしたり、背中を反らしたりを繰り返している。

 いや、現実逃避はやめよう。

 でかくなりすぎというか、身長からしてもう私よりも大きくなって……2年前の記憶と、目の前の姿にギャップを感じすぎて目眩がしそうになるが、年齢にそぐわぬ端正な横顔には確かにあいつの面影がある。

 あれは、奴だ。

 私の弟、イザークだ。

 上半身裸の背中に浮かび上がる凹凸は、鍛え上げられた勲章のよう。

 私は思わず、手に持った剣に目をやった。

 二の腕に手をやる。

 奴に比べて、なんとも貧弱に思えた。

 単純な背格好という意味では、それほど大きな身長差ではない。

 しかし、明らかに違う。

 肉体から発する熱量が違う。

 威圧感が半端ない。

 まさに、大人と子供……いや、それ以上の差を感じる。

 

 無理。

 勝てない。

 向こうが素手で、こっちには剣があるとか、そういう話じゃない。

 

 私は失意の中、部屋へと戻った。

 ある程度冷静になったところで、気がついて愕然とした。

 

 地下牢の中で2年間、己の肉体を鍛え続けたその意味。

 

 ひゅっと、喉から息が漏れた。

 ガチガチと歯が鳴り出す。

 身体が震え出す。

 私が奴を殺そうとしていたなら、奴が私を殺そうと思っていたとしても何の不思議もない。

 奴は、地下牢という不自由な生活の中で、己を鍛えあげていた。

 私はどうだ?

 殺す殺すという思いだけをつのらせて、こそこそと隙をうかがい続けていただけに過ぎない。

 剣じゃなく、ブラスターを使えばどうか?

 想像してみる。

 すごい勢いで私に向かってくる奴にブラスターを撃つ、命中。

 しかし奴は止まらず、私はぶん殴られる。

 1発で半死半生の状態になった私に、無慈悲な追撃が飛んでくる……私は死ぬ。

 脳裏に蘇るのは、あの圧倒的な肉の塊。

 あの肉の塊が発する威圧感と熱量。

 そして、2年前の屈辱。

 あの肉の塊が、私の股間を蹴り上げ、顔面を殴り、足を払って転ばされ、馬乗りになって、顔面を何度も何度も……

 

 私の口から、変な悲鳴が出た。

 震える体を抱きしめて、ベッドにこもる。

 その日は、いつまでたっても眠れなかった。

 

 奴に対抗しようと、壁に向かって逆立ちした。

 血のつながった兄弟、鍛えれば自分にもできるはずだと。

 ただそうしているだけで腕がプルプル震えて、頭に血が昇って苦しくなる。

 片手?

 指一本?

 しかも、腕立て?

 片手の曲げ伸ばしの反動で体をジャンプさせるぅ?

 余計に絶望しただけだった。

 それ以来、私はろくに食事が取れなくなった。

 あまり食べると吐いてしまう。

 睡眠もろくに取れない。

 奴に殴り殺される夢を見て悲鳴とともに跳ね起きてしまうからだ。

 私は徐々に衰弱していった。

 弟は相変わらず、地下牢で元気すぎるほど元気らしい。

 新しい服を用意していたメイドからサイズを聞くと、奴がまだまだ成長しているのがわかる。

 やめろ、やめてくれ。

 私を見てみろ。

 このみすぼらしい私を見てみろ。

 特に最近は、ベッドから起きられないこともしばしばだ。

 鏡に映った自分の顔を見て、いろんな意味で絶望が深まる。

 奴に殺されるのが先か、衰弱して死んでしまうのが先か。

 

 弟よ、イザークよ、私が悪かった、許してくれ。

 すべてをお前に譲る。

 だから、もう、やめてくれ。

 うわ言のような祈りをささげながら、私はまた、夢の中でイザークに殴り殺される。

 もう、跳ね起きる体力も気力もない。

 医者も、両親も、首を振るばかり。

 ああ、早く…楽になりたい。




人の心は、かくも簡単にスレ違います。
そして、悪意を振りかざす者は、その悪意に振り回されると。

どこかの警官:『悲しい、事件でしたね……』
チルレル子爵(父):『誤解にも程がある……』

……というか、みなさん。
もしかして美形の兄が都合よく死んでくれたとでも思っていましたか?
主人公は、おのれの力で運命を切り開きました。(兄の自爆風味)


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証言者2:ある地球教徒。

伝説は、歴史を大幅にねじ曲げて銀河を駆け抜けていきました。

銀英伝の二次もので地球教に同情が集まる話って珍しいんじゃなかろうか?
大抵、蛇蝎のごとく嫌われてるっぽいし。


『地球に詳しいってことは、野球知ってんだろ?一緒に野球やろうぜ、なあ』

 

 あの疫病神と初めて出会った時のことを苦々しく思い出す。

 チルレル子爵家の長男が病死し、棚ぼたで後継者の地位が回ってきた幸運の次男。

 口さがないものが言うには、それまで『行状宜しからず』と他人の目に触れぬように、屋敷の地下牢に幽閉されていたとか……まあ、真偽は定かではない。

 威圧感あふれる身体に、端正なマスク。

 そして、平民である我らに人懐っこく語りかけてくるさまは、貴族らしくはない。

 もちろん、向こうが気安く声をかけてくるといっても、こちらがそれに準ずることはできない。

 貴族と平民の間には、超えられない壁がある。

 ましては相手は、子爵家の子息だ。

 

 もちろん、我らも最初は警戒した。

 しかし、警戒してもグイグイやってくる。

 あまりにしつこいので、面倒を避けるために、キャッチボールとかいうのに付き合った。

 あれが最初の間違いだ。

 

 金属の棒と、革の手袋、そしてボール。

 建物の外から響いてくるのは、やたら大きくて、どこか無邪気な声。

 

『おーい、野球やろうぜー』

 

 知らんわ。

 野球ってなんだ!?

 癇癪を起こして声を荒らげた時もある。

 正直、貴族相手にしまったと思ったのだが、あれはきょとんとした顔でこういった。

 

『おいおい、知らないなら余計に知る必要があるだろ?母なる地球に伝わる、神聖なるスポーツだぜ、野球は』

 

 親が子どもを諭すように。

 思わず、そうなのかーと納得してしまいそうになった。

 そして結局、キャッチボールとやらに付き合わされる。

 くだらん、子供の遊びじゃないか。

 しかし、私が投げるボールと、あれが投げるボールの勢いが明らかに違う。ものすごく違う。桁外れに違う。

 革手袋を構えた位置に飛び込んでくるんじゃなければ、反応できない……というか、不格好な大きい革の手袋越しでも手がものすごく痛い。

 思わず、加減してくれと文句を言ったら。

 

『……本気で投げると、こんな感じなんだが』

 

 それを見て、私は黙った。

 死にたくない。

 我々には果たすべき大義がある。

 命を惜しむのは当たり前のことだ。

 相手は貴族様なのだ。

 適当に相手して、野球の普及と、選手の育成及び、プロリーグの設立などと、語られる夢物語を聞き流していればいいのだ。

 そう、適当に聞き流していたら、『同盟にもリーグを作って、帝国の王者と同盟の王者で、イゼルローンで宇宙一決定戦をおこない、フェザーン経由で全宇宙放映だぜ!』

 飲んでいたお茶を吹き出した。

 あんた本当に帝国の貴族様か?

 同盟じゃなくて、反乱軍だろ!

 

『別に、言葉を飾っても仕方ないだろ』

 

 それはまあ、そうだが……。

 

 

 それからあれは、本気で野球の普及に取り組み始めたらしく、ほとんど顔を見せなくなった。

 ほっとすると同時に、どこか寂しく思ったのは気のせいだ。

 気のせいったら気のせいだ。

 

 まあ、そんな時に限ってふらりとやってくるのがあれだ。

 そして私を見て笑いかけ……いきなり、そばにいた下っ端の信者の腕を掴みあげたのだ。

 いつもと目つきが違う。

 止めるまもなく、信者の腕をあらわにしてしまう。

 まずい、サイオキシン麻薬の……。

 

『ドーピングかよ……』

 

 一瞬、首をひねったのがいけなかった。

 あの疫病神は、信者の身体を抱え上げて猛ダッシュで走り出したからだ。

 

 ……その後の大混乱、強制捜査の数々は思い出したくもない。

 いくらかの時間的猶予があったせいか、サイオキシン麻薬に毒されていない信者と入れ替えることにいくらかは成功を収めたので、地球教の信者の一部がサイオキシン麻薬を常習していたという感じに落ち着いた。

 もちろん、捜査当局の目は厳しく、帝国における我々の動きが著しく制限されたのは言うまでもない。

 それなのにあの疫病神は、平然とやってくるのだ。

 

『おーい、野球やろうぜー』

 

 そうか、これが殺意か。

 自分の身体を流れる血の音を聞いた気がした。

 

『クスリはいけねえぜ、クスリはよ……宗教ってのは、人の心を救うもんじゃねえのか?俺が言えた義理じゃねえが、もう少し信者のことを…』

 

 お前が言うな!!

 

 血の流れる音どころか、血管が切れる音がした。

 

 

 そして、あの疫病神は次々と我々の邪魔をする。

 唸りを上げて襲撃実行者の身体を吹き飛ばす金属の棒。

 冗談じゃない、あのボールでさえ壁が壊れる威力なのだ。

 人の頭なんか……。

 遠くから現場を観察していた私は、疫病神の姿を見た瞬間、逃げ出していた。

 少し後ろめたかったが、私は襲撃計画に関わった仲間の中でオーディンの脱出に唯一成功した。

 

 それから私はしばらく悪夢を見続けた。

『おーい、野球やろうぜー』と、あの悪魔が私の頭をボールに見立て、おいでおいでしてくるのだ……。

 毎晩というか、一晩に二回も三回もだ。

 そんなおぞましい日が何日も続いたある日、私は、サイオキシン麻薬に手を伸ばしている自分に気づいて愕然とした。

 自分の顔をぶん殴ることで、無理やりに目を覚まし……自分の行動があの悪魔のそれとどこか似てきていることに気づいて恐ろしくなった。

 サイオキシンを使えば最後、廃人まっしぐらだ。

 下っ端信者の洗脳ならともかく、幹部たる私が判断力を失うわけにいかない。

 

 キュンメル男爵を利用する暗殺計画も、あの悪魔に潰された。

 なんだあいつは、我々に恨みでもあるのか!

 あるかもしれんが、どう考えても我々の方が恨みが深いぞ!

 

 潜伏している仲間が、街中でいきなりあの悪魔に捕まる。

 なんの根拠もなく、『おまえ、ちょっと来い』と捕まえられて連れて行かれるのだ。

 わけがわからなかったのだが、無事に帰ってきた仲間から話が聞けた。

 

『いい身体してる。身のこなしもいいし、周囲への視線の向けかたとか、才能あると思うぜ。野球やらないか?』

 

 それを聞いて、膝から崩れ落ちた。

 捕まった仲間のほとんどは、相手が地球教にとって因縁の相手だっただけに妙な抵抗をしてしまい、その結果逆に素性が割れて、本当の意味で捕まってしまったらしい。

 くそ、あの悪魔め!

 私は怒りを発散するために、あの悪魔にプレゼントされた金属の棒をなんどもなんども振り回す。

 はるか地平線に向かって、思いっきりボールを投げるのもいいストレス発散になる。

 拾いに行く時はちょっと惨めだが。

 

 いかん、いつの間にかあの悪魔に洗脳されつつある。

 野球狂ならぬ、野球教かッ、おのれ悪魔め。

 

 

 いろいろあって……本当にいろいろあって、嫌になるぐらいいろいろあって、気が付けば、我々の存在も風前の灯。

 まあ、金髪の小僧は主治医の洗脳を失敗した時(これもきっと悪魔のせいだ!)は焦ったが、そのまま病気で死んでくれた。

 もう少し早ければ、子供など生まれなかったものを。

 まあ、新しき後継者が生まれないのは好都合よ。

 子どもを殺す。

 後継者を失って、再び宇宙は混乱に包まれるのだ。

 しかしだ、我々をいつも邪魔するあの悪魔が、今度も邪魔をしないとは限らん。

 というか、断言してもいい、絶対に邪魔をする。

 あの悪魔こそが、我々の真の敵だ。

 邪魔をされるのではなく、最初から悪魔を狙うのだ。

 いつも我々の邪魔をする悪魔を狙うのだから、もはや我々の邪魔をするやつはいない。

 警護の厳しい連中と違って、あの悪魔なら……護衛を連れずに、平然と街中を移動している、あの悪魔なら……やれる、今度こそ。

 

 殺った!

 もはや助かるまい。

 普通なら最初の一撃で死ぬというか、これは3回死んでお釣りが来るレベルだ。

 というか、死ね、死んでくれ!

 致命傷を負いながら大暴れしていた悪魔の動きがようやく止まる。

 はは、ははははは。

 久しぶりに、心から笑えたぞ。

 もう、この悪魔が我々の邪魔をすることはない。

 高らかに笑う私の目の前にいた仲間が、いきなり糸の切れた人形のように倒れる。

 何も映していないと思える悪魔の目。

 その悪魔の腕が、私に向かって伸びてきた。

 

『野球……やろうぜ』

 

 悪魔の瞳は、私を見ていなかった。

 子供のように無邪気に、私の首を……。 




地球教徒:『大司教様!今まさに我々に向かって追い風が吹いてきております!』
大司教様:『おお……暖かな、力強い思い(同情や哀れみ)を感じる』

これで本当におしまいです。
お気づきかもしれませんが、銀河野球馬鹿は、『この世界の人間がその功績を知ることはありません』が、『間接的に、ヤンウェンリーの命を救いました』。
原作歴史、超歪みまくり。(笑)
まさに地球教の天敵で、本人無自覚ですけど殺されても文句は言えない。(笑)
これ(野球馬鹿)で連載やろうと思ったら、やっぱり原作に絡める必要がありますし、そうすると私の原作知識が足りなすぎますね。
主要キャラでも名前とか怪しいですからね……帝国七元帥が全部出てこない私。

……昨日の早朝も人が1000人ほど死にまくる新作(原作マインスイーパーという時点で内容はお察し)書いて、今朝も人が死ぬお話を書く。
ああ、生きてるって素晴らしいなあ。(癒され中)


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証言者3:元酒場のオヤジ。

ちょっと夢が広がり過ぎの、無理のあるお話です。
……いい話も書いてみたかったの。


 すまねえな、若えの。

 飲むなら、1晩に3杯までって決めちまってるんだ。

 これが最後の1杯ってわけよ。

 気持ちだけは頂いとくぜ、ありがとよ。

 はは、俺から見れば、あんたは『若えの』さ。

 

 ……なんだお前さん、あの人のこと知ってるのか?

 ふーん、昔野球教室ってのに……ははは、無理やり連れて行かれたってか。

 あの人は、悪い人じゃないんだがなあ。

 こと、野球のことになると……馬鹿って言うか、無邪気な子供みたいになっちまうからなあ。

 あれで、お貴族様の子爵様ってんだから……まあ、おかしな人だったなあ。

 

 おかしな人だったけどなあ、悪い人じゃなかった。

 はは、迷惑な人ではあったな、確かに。

 でもなあ、あんな殺され方は、あんまりじゃねえか……まったく。

 事が終わったあとで調べてみたら、あの連中、ロクでもないことばっかりしてたっていうじゃねえか。

 恐れ多くも、皇帝様や、幼帝様、皇妃様の命まで狙ってたとか……。

 そうすると、あの人も……野球が大好きな子供みたいに見えて、色々と帝国のために重要な働きをしてたってことなのかねえ……。

 正直、想像もつかないが。

 

 え、あの人1人で何十人を返り討ちにしてる?

 どっちが被害者かわかったもんじゃないって?

 

 ははは、そこらの人間が束になったってあの人にはかないやしねえよ。

 連中が、ブラスターや炸裂弾なんかの物騒なものを準備してなきゃ、あの人が負けたり……殺されたりするもんかい。

 

 ああ、あの人のことは好きだったよ、おかしいかい?

 なんだ、そんなことまで知ってるのか?

 はは、確かに俺は、あの人のせいで酒場をぶっ壊されたよ。

 でもな、あの人はちゃんと謝ってくれた。

 今よりもずっと、お貴族様が威張ってた時代にだぜ?

 そんなお貴族様のあの人が、ちゃんと俺の目を見て、頭を下げて謝ってくれたんだ。

 あの大きな身体を縮こませるようにしてな。

 そうしてちゃんと謝った上で、弁償もしてくれた。

 普通のお貴族様なら、知らん顔さ。

 マシなお貴族様なら、使用人に金を持たせてそれっきりさ。

 直接謝罪してくれるお貴族様なんてのは、かつての帝国貴族4000家で、どのぐらいいたやら。

 あの人は、弁償してくれた上で、店の修理やその他もろもろ、相談に乗ってくれてなあ、かえって、恐縮しちまったよ。

 

 お貴族様だったけど、あの人は……なんていうかな、平民の道理ってものをわきまえてた。

 ははは、そうそう、迷惑な人だったけどな。

 

 なんだ、お前さん、その話が聞きたいなら最初からそういいなよ。

 かつての酒場の店主は、今はただの酔っ払いの老人さ。

 俺の酒場をぶっ壊してくれた、あの人とオフレッサー閣下のガチンコ勝負。

 

 反逆者とか関係ねえよ。

 ガチンコ勝負に、身分もへったくれもないさ。

 それにこちとら老い先短い老人だ、もう何も怖くないってな。

 

 宇宙船に乗ってのドンパチの強い弱いはよ、男としては今ひとつピンとこねえんだよな。

 お前さんも男なら覚えがあるんじゃないのかい?

 いつかは覚める夢だったとしても、男っていきものは必ず最強を夢見るだろ?

 武器とかじゃなく、生まれ持った肉体での戦い。

 ミンチメーカーとか、原始時代の勇者とか言われてたらしいけどよ、男は少なからず憧れたはずさ。

 圧倒的な腕力。

 圧倒的な暴力。

 ははは、呆れたような顔をしても無駄さ。

 お前さんが男である限り、そういう覚えがないとは言わせねえぞ。

 

 俺の酒場は、お上品な店じゃなかったからな。

 店の作りはもちろん、テーブルなんかは頑丈なものを使ってた。

 オフレッサー閣下が、ああ、当時は閣下じゃあなかったけどな、部下のふたりを同時に相手してアームレスリングをやったことがある。

 部下ふたりをなぎ倒して、テーブルまでぶっ壊しちまった。

 はは、閣下が困ったような表情を浮かべて、財布を差し出してきたよ。

 閣下も、言われるような悪い人じゃなかったさ。

 戦争ってやつは嫌だな、誰も彼もを悪い敵にしちまう。

 

 まあ、そんな閣下と、あの人だ。

 あの人を知ってるなら、想像するだけでもワクワクするだろ?

 ははは、俺もさ。

 俺もワクワクしちまった。

 口では『やめてください』とか言いながら、子供みたいに無邪気にはしゃいでた。

 閣下の部下も部下で、暴れん坊ぞろいだからな。

 見ればわかんのよ、目をキラキラさせてな。

 どっちが強えんだ……ってな。

 

 いや、まあ……俺にとっても、閣下の部下たちにしても、あのふたりのガチンコは少々予想外というか、想像をはるかにぶっ飛んでいたわけだが。

 そう広くもない酒場に、屈強な男たちが20人ほどなだれ込んで勝負つかずってやつよ。

 ああ、その時はもう屋根が半分ほどなかったからな……星が綺麗だったのを覚えてる。

 壁も穴だらけでよ、悲しいとかそういうんじゃなくて……すげえなって感心したよ。

 

 ん?

 勝負つかずは勝負つかずよ。

 そりゃあ、互いに殴りっこしての決着は閣下が勝ったってことになったけどな。

 ガチンコと殴りっこってのは違うだろ?

 少なくとも、止められるまでの間に、閣下はあの人にいい蹴りを一発貰って壁に叩きつけられてた。

 その一方、閣下の攻撃はひとつもまともに当たってなかったからな。

 そりゃあ、ガチンコだからな。

 優勢だったのをひっくり返されるってこともあるだろうさ。

 でも、あの時点での判定勝負なら、俺はあの人を推すね。

 最後までやってたら?

 どっちにも負けて欲しくないし、どっちにも勝って欲しい……はは、もう予想じゃねえな、こりゃ。

 

 大体よお、あの時はもうほとんど店もぶっ壊れてたんだから、止めても無駄っていうか、最後まで見させろって思ったよ。

 老い先短い俺だが、心残りは、それだな。

 周辺の建物への被害?

 さあ、俺は知らねえなあ。

 自分の店のことだけで頭の中がいっぱいよ。

 

 え?

 弁償もしてもらったのに、何故酒場を再開しなかったのかって?

 ははは、あの人と閣下がな、『酒場が再開したら、贔屓にする』って約束してくれたのさ。

 

 そしたらよお、『またこんな騒ぎが起こる可能性があるなら、営業許可は出せん!』ってな。

 

 ふざけんなって話さ。

 あの2人には、また俺の店で飲んで欲しかったからな。

 閣下も、あの人も、気持ちのいい客だったぜ。

 

 おう、あの2人がなんでガチンコやったのかって?

 

 はは、酒場の店主は、客の秘密は漏らさねえよ。

 そうだな、ガチンコじゃなくて、あのふたりにとっちゃ、ただのじゃれあいだったんじゃねえか?

 そういうことに、しときな。

 

 ……お前さん、野球教室に無理やり連れて行かれたってのは嘘だろ?

 あわてなさんな。

 酒場に嘘と噂はつきものさ。

 だからまあ、いろんなものが見えてくる。

 

 

 紅茶好きの魔術師さんは、元気かい?

 

 本を書くための資料ってんなら、1ページでもいい、あの人のことを書いてくれって頼んでくれよ。

 老い先短いジジイの頼みさ。

 そしてできれば、オフレッサー閣下のことは悪く書かないで欲しいな。 




ヤンだろうが、ユリアンだろうが、こんな気軽に出歩けるはずが……。
作者としても無理は承知の話です。
笑って楽しんでもらえたらいいなあ。

と、いうわけで、死んでいく転生者のお話をいくつか書き始めるつもりです。
新しい章のタイトルは何にしようかな。


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