ダンガンロンパカレイド (じゃん@論破)
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Prologue
Prologue.『1/4の喜悦な感情』


【タイトルの元ネタ】
『1/3の純情な感情』(SIAM SHADE/1997年)


 小さく、何回も、ボクはゆらされる。そのゆれを感じながら、押し付けられるような感じもした。それに、このマシーンの音はなんだろう?なんだかさむい。遠くでサイレンみたいな音が聞こえる。おかしな夢だと思って体をよじろうとしたけど、できなかった。おかしい、おかしすぎる。ボクは目をあけた。

 

 「・・・は!?What !? what the hell !?」

 

 つい叫んじゃうくらいに、意味がわからなかった。ボクの体を押さえつけてたのはボクの腕より太い安全バーで、遠くで鳴ってたサイレンは本当にサイレンで、ボクを揺らして起こしたのは白と黒のペイントのジェットコースターだった。

 そしてジェットコースターは今まさに、そのまま地面につっこむつもりじゃないかと思うほど頭をさげて・・・!!

 

 「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaahhh!!!?」

 

 ぐっちゃぐっちゃに景色が混ざって、空気の鳴る音が耳をふさいで、ボクはたださけんでガマンするしかなかった。コースターが止まるまでの間に、少なくとも3回は神様にいのった。

 たっぷりコースターのエキセントリックなおさんぽに付き合って、ようやく落ち着いてコースターは止まった。安全バーは自分から開いて、ボクに早くおりろと急かす。わけもわからないままこんなものに乗せられて、ボクはもうグロッキーだ。ふらふらになりながらようやく近くのベンチに座った。

 

 「Uh...screw you(くそったれ)...!!」

 

 わけわからないままジェットコースターに乗せられてて、気付いたらもうめちゃくちゃにされて、休まないとまともに歩けそうにない。でも、体は休んでても頭は動かせる。ボクは考える方が自信があるんだ。

 まず、ここはどこなんだろう?ジェットコースターがあるからどこかのテーマパークってことはわかるけど、なんでそんなところに?ボクはなんでジェットコースターなんかでねてたんだ?たしかボクは、パパとママとわかれてジャパンに来て、そこで・・・!

 

 「Uh...」

 

 起きてすぐジェットコースターに乗ったせいできもちわるい。頭はガンガンなるし吐き気がずっとおさまらない。なんなんだろう、これ。ボクはいったいどうしてしまったんだろう?なんでこんなところに・・・?

 

 「ねえ、ねえキミ」

 

 うんうんなやんでたら、いきなり声をかけられた。それでもおどろかなかったのは、それくらいなやんでたからでも、おどろく余裕もなかったからでもない。その声がとってもあったかくて、やさしかったからからだ。きっとそうだ。

 

 「大丈夫?困ってるみたいだけど、迷子になっちゃったの?」

 「・・・だ、だいじょぶです。ごしんぱいありがっ」

 

 そのしゅんかん、ボクの世界はリセットされた。つまらない悩みとかおなかの中の気持ち悪さとか、ぜんぶ消えてなくなった。ただ目の前にいる彼女のためだけに、ボクの世界はもう一度形を作り直した。

 一切みだれず流れるシルバーブロンドのかみの毛は陽の光をうけてかがやく。少しだけ明るいブラウンのブレザーとスカートの奥にのぞくシャツの白さとむなもとの赤いリボンに自然と視線がひかれる。クリアイエローの目をうっかり見てしまうと、体がかたまってうごけなくなりそうだ。

 

 「ありが?アリガ君っていうの?」

 「えっ・・・?い、いや・・・ボクは。うぅっ・・・I feel sick(気持ち悪い)・・・」

 「気分悪い?お水飲む?」

 「あ、ありがとござます・・・」

 

 彼女にさしだされたペットボトルの水を一口のんで、ボクはゆっくりクールダウンした。やさしい人だなあ。

 

 「ずいぶん楽なりました」

 「よかった。もう無理してジェットコースター乗っちゃダメだよ。身長制限にも届いてないのに、危ないよ」

 「はあ・・・」

 

 それよりももっと気にしなきゃいけないことがたくさんあるような気がする。のんきな人だな。春のやさしい日差しみたいだ。

 おちついてから、もう一度、ボクたちのいる場所がどんなところか、見渡してみた。

 

 「なんだか変なところだよね」

 「そうですね」

 

 どうやらボクたちがいるここは、テーマパークの一角みたいだ。目の前にはジェットコースター、向こうにはメリーゴーラウンド、あっちにはスプラッシュコースター、ホラーハウスや観覧車も見える。その向こう側は全然見えなくて空はどこまでも青い。このテーマパークはまだまだ広そうで、どこまでも続くような気さえする。ボクと彼女はぽつんと、そのど真ん中に置き去りにされたみたいだ。

 

 「ところで、ボクまだ自己ショーカイしてなかったです」

 「うん?アリガ君じゃないの?」

 「ちがいます。ボク、Sniff。Sniff Luke Macdonaldです。スニフって呼んでください」

 「スニフ君、か。かっこよくてかわいい名前だね」

 「かっこいいとかわいい、ほめ言葉ってベンキョーしました。ありがとござます」

 「私は、研前こなた。よろしくね、スニフ君」

 「こなたさん。ステキな名前!スキップするみたい、楽しいです!」

 「ふふふ、ありがとう」

 

 そう言って微笑んだこなたさんの顔は、ボクの顔を熱くするのに十分なくらいキレイで、ずっと見ていたいくらいキラキラしてた。こんなに優しく笑う人はママ以外ではじめて会った。

 どこか分からないテーマパークにたった二人きりでいるなんておかしな状況も、こなたさんと二人だったらむしろ心がウキウキしてくる。だけどこれだけ広いテーマパークで、ボクたちの他に誰もいないっていうのは、さすがにヘンだ。

 

 「今日はこのパーク、クローズですか?」

 「さあ?でもいまジェットコースター動いてたし、動かしてる人がいるはずだよね」

 「う〜ん・・・ボク、コースター乗ったわけ、おぼえてないです」

 「・・・おぼえてないといえば、スニフ君はここに来る前のこと、覚えてる?」

 「ここ来る、前・・・?え、え〜っと・・・」

 

 クリアーな瞳に覗き込まれると、考えようとしてたことが全部こなたさんのことでオーバーライトされて、きちんと考えられない。ここに来る前、ボクは何をしてたんだっけ?

 

 「た、たしかボクは・・・そう、パパとママとエアポートでさよなら、ニッポンに来ました。ニッポンで一番のハイスクールに、インターナショナルスチューデントします・・・」

 「ハイスクール?スニフ君、いまいくつなの?」

 「12才です。ジャパンのハイスクール15才からでも、ボクの国、スキッピングできます。ボク、マスマティクス得意です」

 「12才で高校に飛び級したの?すごい・・・頭良いんだね」

 「ホントは国のユニバーシティ入りました。でもハイスクールなくなるのイヤでした」

 「なんで?」

 「セーシュンしたいです!」

 「・・・ふふっ、そうなんだ」

 

 そう言って、こなたさんはまた笑った。笑うと可愛いなあ。うっとりしてるボクに、こなたさんはそのまま質問する。ニッポンにもハイスクール沢山あるけど、その中で一番ならみんな知ってるはずだ。

 

 「日本で一番の高校っていうと・・・もしかして希望ヶ峰学園かな?」

 「キボーガミネ!それです!ボク、キボーガミネ・ハイスクールでセーシュンしにニッポンきました!」

 「そっか、スニフ君も希望ヶ峰学園なんだ」

 「ハイ!ボク、“Ultimate mathematician”でキボーガミネきました!」

 

 

 『“超高校級の数学者” スニフ・L・マクドナルド』

 

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 やっと名前を思い出せた。そうだ。ボクはニッポンの希望ヶ峰学園っていうところで、失いかけたセーシュンを過ごしに来たんだ。いくらボクがマスマティクスが得意だからって、セーシュンをなくしちゃうのはイヤだ。ニッポン人はみんなハイスクールで汗と涙と恋と部活と友情とエトセトラなセーシュンを過ごすんだ!なんて素晴らしい国だ!

 

 「でも、なんでジェットコースター乗ってるですか?さては、ここキボーガミネですか?」

 「違うと思うな。希望ヶ峰学園は都心にあるはずだし、さすがに敷地に遊園地は持ってないと思う」

 「そうですか・・・」

 「だけどスニフ君も“超高校級”なんだね。なんだか安心したような、余計に不安になったような・・・うん、でも私たちが力を合わせればなんとかなるかもね」

 「も、って・・・こなたさん、キボーガミネの人ですか?」

 「うん。私も新入生なんだ。といっても、たまたまラッキーで選ばれただけの一般人なんだけどね」

 

 

 『“超高校級の幸運” 研前こなた(とぎまえこなた)』

 

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 「希望ヶ峰学園の新入生が、二人も知らない遊園地にいつの間にかいるなんて・・・偶然じゃないよね?」

 

 こなたさんもキボーガミネの生徒だったのか。それも、毎年一人、ニッポンの高校生の中からランダムに選ばれる幸運の才能を持つ人としてなんて・・・。

 

 「ワ・・・ワ・・・」

 「わ?」

 「Wonnnnnderfuuuuul(素ン晴らしいィーーー)!!」

 「えっ?」

 「毎年一人のUltimate lucky talentに選ばれたの、すごいと思います!他のだれも同じことできないです!こなたさん、世界中にあなたしかいない、スペシャルなことって思います!」

 「そ、そんなことないよ。私は何もしてないし、ただ選ばれたっていうだけだよ」

 「ニッポンには、()()()()()()()()()()っていう言葉あるの知ってます!こなたさんはそうなんです!」

 「()()()()()()()、かな?」

 「それでした!」

 

 ああ、神様、はじめはびっくりしたけどボクにこんな素晴らしい出会いを与えてくれたことを感謝します。ボクに素晴らしい愛と、幸運を与えてくれたことに。

 

 「だったら、こなたさんのハイスクールではじめのラッキーは、いまこうやってボクと出会えたことです!ボクにとって、人生一番のフォーチューンです!」

 「ふふふ、そうかもね。私もスニフ君に会えてよかったよ」

 

 ジェットコースターで目覚めたときはどうなることかと思ったけど、今になって思うと会えたのがこなたさんでよかった。キボーガミネとか、ここがどこなのかとか、分からないことも知らないこともたくさんあるけれど、このまま誰もいないテーマパークで二人っきりのデートでもいいかな。

 なんて思ってたら、突然ボクたち二人だけの世界をやぶる声がした。

 

 「ぎゃあああああああああああああッ!!?」

 「ッ!!こ、こなたさん!ボクの後ろにかくれてください!」

 「え?え?・・・どうやって?」

 

 とっさにこなたさんを守ろうと、声のする方からこなたさんを庇った。だけど声がする以外は何もなくて、ピストルの音や何かが爆発する音は聞こえない。声がした方には、ホラーハウスがある。あの中に誰かいる?それとも、ホラーハウスの仕掛けが叫んだ?でも誰もいないのにいきなり?

 

 「あの・・・スニフ君?大丈夫そうだよ。ありがとう」

 「だいじょぶですかこなたさん?()()()()()ですか?」

 「()()()()()ですか、だよね?」

 「それでした・・・」

 

 もっとジャパニーズのベンキョーしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取りあえず、さっき声がした方に様子を見に行くことになった。ボクたちの他に人がいるかも知れないし、もしかしたらこのヘンな状況の理由を知ってるかも知れない。こなたさんと二人きりじゃなくなるのはイヤだけど、でもこなたさんが見に行こうって言うから仕方ない。

 ホラーハウスは、いかにもニッポンの古い家っていう感じがして、チョーチンやかさのおばけがかざってある。かざってあるだけだ。『怪奇!恐怖のおばけ屋敷』ってアトラクションみたいだけど、よく意味が分からない。むずかしい漢字はまだ読めないんだ。

 

 「私、おばけ屋敷ってあんまり得意じゃないんだ・・・」

 「ダイジョーブですよ!ホラーハウスはぜんぶメカニカルです!ゴーストやモンスターなんてホントはいません!」

 「そういうことじゃないと思うけど」

 「こわいとボクに抱きついていいですよ!ボクはへっちゃらです!」

 

 なんとなく怖い音楽が流れて、奥の方は黒いシーツで隠されてよく見えない。ホントは、いくら造り物と言ってもこわがらせるように作ってあるんだからこわいに決まってる。でもこなたさんの前で情けないところは見せられない。と思ったその時。

 

 「うぎゃああああああああああああああッ!!!」

 「Waaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!!?」

 「きゃっ」

 

 ホラーハウスの暗闇から、さっきと同じ悲鳴が聞こえてきた。いきなりだったのと少しこわかったから、ついボクもおっきな悲鳴をあげてしまった。かっこわるい。こなたさんもこわがってて聞いてなければいいなあ・・・。

 びっくりしてその場で動けないでいると、黒いシーツをまくりあげて、と言うより巻き上げて、中から人が飛び出してきた。ボクのよく知ってるのとは違う色だったけど、なんだかライオンみたいに大きな頭をした人だった。

 

 「ったはぁ!!や、やっと出れた・・・!!ちくしょう!!なんなんだよ一体!!?」

 「あ・・・?」

 「ひ、人だね・・・」

 「はあ・・・はあ・・・!あ、あんたたち・・・ここぁどこだ?なんで俺、おばけ屋敷なんかに・・・?」

 「お、おじさん、この中で起きたですか?」

 「おじさんって・・・!カンベンしてくれよ。俺はまだ高校生だぞ」

 「えー!?ヒゲ生えてるのに!?」

 「単純か!お前だって子供じゃんか!って、しかも外人じゃんか」

 「はい!ボク、スニフっていいます!」

 「お、おう」

 

 きっとホラーハウスの中でずっと走ってはおどろかされて、くたくたになっちゃったんだ。出てくるなり座り込んでぜえぜえ言ってる。ヒゲを生やしてるからてっきりおじさんだと思ったけど、ハイスクールの年なんだ。でも、ボクもこなたさんもキボーガミネ・ハイスクールの生徒だ。ということはもしかして。

 

 「ねえ、もしかして君、希望ヶ峰学園の新入生だったりする?」

 「んえ?ああ、そうだ。よく分かったな」

 「実は私たちもなんだ」

 「私・・・たち?」

 「ボクもですよ!ボクは“Ultimate mathematician”です!」

 「マス?数学者って・・・え、マジ?」

 「マジですマジ!()()()()()です!」

 「意味と使い方ちがうよ」

 「いや〜、希望ヶ峰学園の考えるこたぁよく分かんねえな。ああ、じゃあ俺も自己紹介しとくか」

 

 

 『“超高校級の運び屋” 須磨倉陽人(すまくらはると)』

 

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 「ハコビヤ?」

 

 ハルトさんの自己紹介で、はじめて聞く言葉が出て来た。ハコビヤってなんだろう?ヤっていうのはヤオヤとかサカナヤとか、ショップの意味だって聞いた。ハコビのショップ。ハコビ?

 

 「まあなんだ。モノを運ぶ仕事だよ。頼まれりゃなんだって運ぶぜ。出前蕎麦から国宝品までな」

 「ああ!デリバリーサービスですね!Great!!」

 「なんだっていいよ」

 「須磨倉君は、ここに来るまで何してたか覚えてる?私たち、ここに来る前のこと覚えてなくて」

 「そうか、悪いが俺も分からねえんだ。気が付いたら真っ暗なとこにいて、あちこちから驚かされてよ。一心不乱に走ってたらこの通りだ」

 「私たちとあんまり変わんないね。私は気が付いたら観覧車のゴンドラだった」

 「ボクはジェットコースター!」

 

 ここまでボクたちが経験したことを、ハルトさんにも話した。どうやらボクたちは1人ずつ、別々のアトラクションの中で起きたらしい。そしてみんながキボーガミネ・ハイスクールの生徒で、ここに来るまでのことを何も覚えてない。いよいよ、ただごとじゃなくなってきた。

 

 「こりゃあ、もしかしたらどっかの組かなんかに拉致(はこ)ばれたか?」

 「え?それどういうこと?」

 「希望ヶ峰学園っつったら、卒業するだけで成功が約束されるとんでもねえ学校だからな。“超高校級”の“才能”を妬んで嫌がらせしたり、裏稼業の連中に睨み付けられたり、よくあることだ」

 「???」

 「つまり、さらわれたってこと?」

 「だな」

 「え!?そんな困ります!」

 「困るってお前・・・」

 「でも遊園地なんかに攫うかな?それに、私たち結構自由に行動できちゃってるけど?」

 「そこが意味分かんねえんだよなあ」

 

 なんだかよく分からないけど、今すぐ僕たちの身が危険っていうわけでもない。誰かが何かの目的でボクたちをここに連れてきたっていうことまでは予想が付くけど、そこから先は何も分からない。何のためか、何をしたいのか、ボクたちはどうなるのか、わけがわからないよ。

 

 「俺たち以外にゃ誰もいないのか?」

 「私たちもさっき会ったばっかりだから・・・でも、もしかしたら他にもいるかもね」

 「じゃあ、ちょっくらこの園内探してみるか!もしかしたらこれは何かの間違いで、すぐ帰れるかも知れねえし」

 「そうだとしたらなんのまちがいなのかも気になりますけど」

 「あのお、もしも〜し」

 「「わっ!!?」」

 

 ハルトさんがリーダーシップをとって、このテーマパークに人がいないか探しに行くことになった。さあ行こうと思ったら、いきなりボクたちとは違う声が聞こえた。まだホラーハウスの前にいるから、ボクもハルトさんもこなたさんもびっくりして抱き合っちゃった。

 

 「あ・・・あ〜、驚かせるつもりはなかったんだよねえ。ごめんごめん」

 「な、なんだびっくりしたあ!急に話しかけんなよ誰だよ!」

 「いやあ、この辺から悲鳴が聞こえたからあ、もしかしたらおれ以外にも人がいるのかと思って来てみたんだあ。こんなに区別のしやすい3人がいるとは思わなかったねえ」

 

 頭の後ろをかきながら、その人はずっと微笑みながら話す。間延びしたしゃべり方でなんだかこっちまで気が緩んでくるけれど、誰だか分からないその人は妙に不気味に思えた。ぼさぼさの髪の毛にシャツとジャージのズボン、ゴム製のサンダルなんてだらしないかっこうで、メガネの奥の目は開いてるのか開いてないのか分からない。シャツにはかっこいい漢字が並んでる。なんて読むのかな。

 

 「おい『諸行無常』!なにもんだお前!」

 「人をシャツのプリントで呼ばないでくれよお。自己紹介だろお?実はさっきちょっと聞こえてきたんだけどお、みんなあの希望ヶ峰学園の生徒なんだろお?おれもなんだよねえ」

 

 

 『“超高校級の造形家” 納見康市(のうみやすいち)』

 

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 そう名乗ったヤスイチさんは、ボクたち一人一人をじっくり眺めてうんうん頷いた。何に納得したんだろう。

 

 「まあそのお、よろしくねえ」

 「また希望ヶ峰の生徒か。こりゃいよいよ偶然じゃねえな」

 「ねえこなたさん。()()()()()()()()ってなんですか?」

 「()()()()ね。うんとね、難しい言葉だよね」

 「この世のあらゆるものは常に変わり続ける、って意味だよお。おれは造形家だからねえ。創作のテ〜マはいつも身につけてるのさあ」

 「そんなこたどうでもいい!お前、さっきまでどこにいたんだ?」

 「あっちにスプラッシュコ〜スタ〜があるんだあ。どうやら寝てる間にそれに乗せられたらしくてえ、水を思いっきり被って目が覚めたんだあ」

 「だから肩からタオルかけてるんだね」

 「普通はカッパ着せるもんだけどねえ」

 「カッパがいるんですか!?ニッポンのモンスター!?」

 「レインコートの方だよ」

 「なあんだ」

 「ははは、外国人の子供なのによく知ってるねえ」

 「お前らなに和んでんだよ!」

 

 ヤスイチさんののんびりしたしゃべり方につられて、なんとなくその場で落ち着いちゃいそうになった。だけど、まだ何も解決してない。それどころか、また新しくキボーガミネの生徒が現れた。むしろ事態は止まったまま、もしくはもっと悪い方向に進んでるような気さえしてくる。

 

 「それにしてもお、最先端機器っていうのはすごいもんだねえ。ずぶ濡れになっても壊れてないみたいだあ」

 「何のはなしですか?」

 「ほらあ、おれたちみんなの腕についてるこれだよお。この腕時計みたいな端末のことさあ」

 「えっ?あ、ほんとだ」

 「全然気付かなかった・・・」

 「付けてねえみてえだ」

 「みんなおれよりよっぽどのんびりしてるんじゃないかい?まあ確かにい、付け心地が良いというより付け心地が無いくらいだからねえ」

 

 とっさに左手首を見ると、確かにヤスイチさんの言うようにウォッチが巻き付いてる。カードサイズの画面には、たぶん今の時間が表示されてて、ただのデジタルウォッチとあんまり変わらない。でも、ボクはこんなもの知らない。ヤスイチさんだけでなく、ハルトさんもこなたさんも知らないらしい。なんだろう、これ。

 

 「これで4人か・・・この人数を誘拐(はこ)ぶなんて、ただの誘拐事件にしちゃ大事になってきたな」

 「みんな別々のアトラクションで目覚めてえ、しかも全員“超高校級”かあ。やっぱり偶然なわけないだろうねえ」

 「ここはどこなんでしょう?キボーガミネ・ハイスクールはニッポンにあります。ここ本当にニッポンですか?」

 「ねえ須磨倉君、私たち丁度人を探しに行くところだったよね?」

 「ああ、そうだったな」

 「だったら、一ヶ所調べたいところがあるんだ」

 「なんか心当たりでもあんのか」

 「私たちみんな違うアトラクションにいたでしょ。だから、もう一人、あそこにいるんじゃないかなって思うの」

 

 そう言ってこなたさんは、少しはなれた場所にあるメリーゴーラウンドを指した。確かに、ボクたちの目が覚めた場所のルールをみれば、それはもっともらしい予想だ。ハルトさんもヤスイチさんも、こなたさんの考えにうなずいてる。

 

 「よし!じゃあ調べてみっか!」

 「なかなか鋭いじゃあないかあ、研前氏」

 「そんなことないよ。それじゃスニフ君、行こう?」

 

 差し出された手を握って、ボクたちはメリーゴーラウンドに向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルヘンな造りのメリーゴーラウンドは思ったより大きくて、まだ明るいのにイルミネーションがキラキラ光ってる。今にも動き出しそうだけど、乗り場のドアは開いてる。アトラクションの中だと大人しい方だけど、いきなり動いてこなたさんが転んだら大変だ。

 

 「こなたさんはまってください!ボクがしらべてきます!」

 「そう?ありがとうスニフ君」

 「()()()()()()()()()!」

 「()()()()()()()()、でしょ?」

 「それでした!」

 「つうか、ホントに誰かいんのか?」

 「こなたさんのロジックにまちがいありません!さがしましょう!」

 「素直だねえ」

 

 とは言っても、メリーゴーラウンドは他のアトラクションに比べて人がかくれられそうなところなんてほとんどない。馬の上でねてたりしたら自然に落ちちゃうだろうし、ボクらのそれぞれの状況を考えたら床でねてるなんてことはないだろう。つまり、このアトラクションで人がいるとしたらそれは・・・!

 

 「馬車の中、ですね!」

 「6台くらいしかないからすぐ探せるな。よし、ちょっくら反対側見てくるわ」

 「須磨倉氏やけに張り切ってるねえ」

 「う〜ん、いないですね。もしかして、一人で起きてどこか行ったでしょうか?」

 「その可能性もあるよお。須磨倉氏の悲鳴を聞くまでおれもどうしようか考えてたくらいだからねえ。移動する時間は十分に」

 「おーい!こっちにいたぞー!」

 

 反対側に回ったハルトさんに呼ばれて、ボクとヤスイチさんはぐるっと回ってハルトさんのいる馬車まで走った。ピンク色でピーマンみたいな形をした馬車の中を見ると、まだねてる人がいた。しかも女の人だ。

 クリーム色のかみの毛が長く垂れて、でもまとまりは崩れてない。固い馬車の椅子に横になってしずかに寝息を立ててる姿はなんだかキレイで、でももっと気になるのは、その人がキモノを着てたことだ。グリーンのキモノにつやのある高そうなゲタをはいたまま、その人はねてた。

 

 「すう・・・すう・・・」

 「マ・・・」

 「今度は女か。うん、俺らと同じ機械も付けてる。こいつもここまで誘拐(はこ)ばれたクチだな」

 「熟睡してるようだねえ。気持ちよさそうにしてえ、起こすのを躊躇ってしまうじゃあないかあ」

 「Marrrrrvelooooous(うっひょーーー)!!」

 「うおっ!?」

 「ふがっ?」

 

 思わず声を上げてしまった。だってキモノなんてはじめてみたんだもの!ニッポンの女性が着るトラディショナル・ファッションで、一説には洋服のときとくらべて色々なところが30%アップするとかしないとか・・・それにかっこいいじゃないですか!

 でもボクが大声を上げたせいで、その人は起きてしまった。起き上がる動きもなんだかキレイだ。

 

 「んむ・・・?・・・?」

 「あっ、す、すいません!つい声が・・・!」

 「いきなりデカい声出すなよ!この短時間に何回ビビらせんだよ!」

 「ぃょ?・・・いよぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!?」

 「うおああああああっ!!?っでええ!!」

 

 ハルトさんがボクに怒るのをさえぎって、今度はねてた女の人がヘンな風に大きい声を上げた。それでハルトさんはまたびっくりして、馬車の入口の天井に頭をぶつけた。本当にハルトさんはびっくりしすぎだよ。そろそろなれてほしいとちょっと思った。

 

 「ななななっ!!?何でえ貴方達はぁ!!?幼気な女子の寝処に忍び込むたあ何て不埒な輩どもで在りましょうか!!」

 「はあ!?ね、寝処!?寝ぼけてんじゃねえよ!こんなところ寝床にしてる奴いるか!」

 「いよに乱暴する心算(つもり)でしょう!!春画みたいに!!」

 「春画て!!っつうかしねえよ!!」

 「シュンガってなんですか?」

 「スニフ氏にはまだ早いかなあ」

 「いよっ?所で此処は?よくよく見ませば此処はいよの寝処とは随分に趣も意匠も違う、何とも異国情緒溢るる様相では在りませんか」

 「な、なにを言っているんでしょう・・・?」

 「スニフ氏にはまだ難しいかあ」

 

 起きたと思ったらいきなり捲し立てるように喋って、でもその言葉の意味はいまいちよく分からない。でもどうやら、ここが自分のベッドルームじゃないってことは分かってくれたみたいだ。ボクたちにびっくりしたみたいで、パニックになってたんだね。詳しいことは、ヤスイチさんが説明してくれた。

 

 「というわけでえ、おれたちみんな同じ立場ってワケだあ。分かってくれたあ?」

 「成る程。いやはや然様な事に成ってようとは、此奴ぁ大変な失礼を仕りました。ぁいや然し!寝起き様に殿方三人に寄られ動転せぬなど女子に非ず!お互い様てな事で手打ちと致しましょう!」

 「分かってくれりゃあいいけどよ・・・俺はもうびっくりしすぎて気持ち悪いよ。全身の血流(はこ)びが悪くなっちまった」

 「兎に角、いよも協力しましょう。斯様な所ですやすや寝てられませんな。では改めて自己紹介を!手前、相模いよと申します!」

 

 

 『“超高校級の弁士” 相模いよ(さがみいよ)』

 

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 「今時若い人らには馴染みの無い“才能”でしょうが、まあ気にせず一つ、宜しくお頼み申し上げます」

 「さて、これで5人か。ひとまずこんなもんか?」

 「他にアトラクションも見当たらないしい・・・もう少し遠くを探すかい?」

 「みんな、誰か見つかった?あ、よかったあ。女の子だ」

 「いよっ?其方は?」

 「研前こなたさんです。彼女もボクたちと同じ、キボーガミネの生徒なんですよ」

 「よろしくね」

 「女子はいよだけではなかったのですね!これは心強い!」

 

 メリーゴーラウンドに上がってきたこなたさんといよさんは固くシェイクハンドした。やっぱり女性は女性がいた方が気持ちが楽なのかな。それにしてもこれで5人もの“超高校級”が集まった。集まってしまった。いよいよこれがただの偶然じゃなくて、事件だっていうことが証明されてしまったようなものだ。このままこのテーマパークにいて、ボクたちは安全なのか?助けは来るのか?そもそもここはどこなんだ?

 答えの出しようがない疑問が次々わいては積み重なる。このままじゃマズい。何か動かないといけない。そんな予感がし始めてきたところで、腕につけていた例のウォッチが震えた。

 

 「え?」

 

 みんなが一斉に自分の腕を見る。さっきまで時間が表示されていた画面には、時間の代わりにマップみたいなものが表示されてた。一ヶ所が赤く点滅していて、そこから見て左上の方に緑色の三角形が浮かんでる。これは・・・ボクのいる場所?

 そして続けざまに、パーク内に鳴り響く音。音階がめちゃくちゃで、不安になりそうなメロディだ。

 

 「な、なんだ?」

 

 メロディが止まると、今度は同じスピーカーから声が聞こえてきた。背筋が凍るような、なぜか身体の奥から震えがわきあがるような、不気味で不快でゆううつな声だった。

 

 『オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!オマエラ!おはようございます!』

 

 メカニカルな音声がリピートする。地図に表示された場所っていうのは、たぶん今ボクたちのウォッチに表示されたもののことだ。そこに集合って、ボクたちの他にも同じ状況の人たちがいるのか?集合させるなら、なぜボクたちをねかせたままバラバラにさせたんだ?また答えの出ない疑問が・・・。

 

 「行こう、スニフ君」

 「!」

 

 今のアナウンスを聞いて、こなたさんたちは行くことに決めたみたいだ。もちろんボクだってそうだ。このまま無視して相手を怒らせたら大変だ。でも、言いなりになるのが良いとも思わない。だから迷ってしまったんだ。

 

 「大丈夫だよ。みんながいるから」

 

 まただ。またボクはこなたさんに手を引かれた。ボクがこなたさんの手を引きたいのに、ボクの臆病が、彼女に前を歩かせてしまった。

 

 「ありがとござます」

 

 ボクがつないだ手は、さっきより固くにぎり返された。




じゃじゃじゃじゃーーーん!!
ダンガンロンパ二次創作小説の第二弾、始動です!!
ちなみに前作の『ダンガンロンパQQ』とは何の繋がりもありませんので、今作からお読みいただいても大丈夫です!


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Prologue.『2/4の怒濤な感情』

 

 はっ、と目が覚めた。自分でも気付かないうちに寝ていたみたいっす。ぼーっとする頭を叩き起こして、座って何かにもたれかかった姿勢のまま寝てる身体を伸ばした。

 

 「・・・?んんん?」

 

 ここはどこっすか?どうやら自分は木にもたれかかって寝ていたようっすけど、自分はそんな寝心地の悪い寝方はしないっす!寝るなら寝るでしっかり休めるよう布団に入る主義っすよ!自分の目の前にはきれいに整えられたトラックがあって、中にはサッカーゴールが向かい合ってたっす。ゴールを取っ払えば一通りのスポーツはこの中でできそうな広さっすね。いやこんな場所知らないっすよ・・・。

 

 「な、なんなんすかこれ?誰かいないっすかあ!?」

 

 周りには誰の姿も見えなくて、広いグラウンドに自分一人ぼっちっす。なんとなく不安になってきたっすけど、このくらいであたふたしてられないっす。目を擦ってからもう一回周りをよく見たっすけど、走り甲斐のありそうなサッカーグラウンドを囲むトラック以外は特に何もなかったっす。

 

 「ええっと・・・」

 

 なんで自分はこんなところに?確か、自分は寝る前には・・・そうっす!希望ヶ峰学園!あの希望ヶ峰学園から入学通知が来て、嬉しくなって、それで誰よりも一番に登校しようと家を出て・・・。

 

 「んん・・・」

 

 そこから先がどうしても思い出せないっす。記憶が曖昧っすけど、家から希望ヶ峰学園まで猛烈ダッシュしたはずっすけど、どうしても学園に着いてからのことが思い出せないっす。学園には絶対に入ったはずなんすけど・・・それとも、夢?

 

 「希望ヶ峰学園の入学通知から・・・全部夢!?そんなあ・・・!!うおおおおおおおおっ!!!そんな夢を見てこんなところで居眠りするなんて、自分はなんてダメな奴なんすかああああああああっ!!!」

 

 そりゃ自分だって足には自信あるっすけど、だからってそんな簡単に希望ヶ峰学園からスカウトが来るはずないっす!情けない!知らず知らずのうちに自分の実力を過信してたなんて!そのせいでろくに体調管理も怠って、挙げ句こんなところで・・・!!そう考えると猛烈に悲しく、情けなく、悔しくなってきたっす!!うおおおおおおおおおおッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!

 

 「きゃあああっ!?」

 「!!」

 

 急に聞こえた女性の悲鳴に、無意識のうちにブレーキをかけたみたいっす。目の前のこともろくに見えないまま、何かを振り払うように一心不乱に走ってたら、いつの間にかさっきのグラウンドから離れてたみたいっす。涙を拭いて視界がはっきりしてくると、尻餅をついて目を丸くした女の人が自分を見上げてたっす。こ、この状況・・・!!!もしかして・・・!!

 

 「うおおおおおおおおおおおッ!!!」

 「ひいっ!?」

 「申し訳ないっす!!お怪我ないっすか!?いきなりぶつかってしまってなんてお詫びしたらいいか!!自分はとことんダメな奴っす!!最低っす!!責任とってもう・・・陸上は辞めるしか・・・!!!」

 「ちょ、ちょっと待って!落ち着いてあなた!」

 

 地面に額をつけて謝罪する自分の肩を、その人は優しく叩いてくれた。びっくりして、怖くて、痛かったはずなのに、そんなに優しくしてくれるなんて、なんて人間ができた人なんすか!聖人かなにかっすか!?

 

 「ぶつかってはないから。あなたが泣きながら突進してきたからびっくりして、私が勝手に転んだのよ。だから安心して。流れるように土下座される方が困るわ」

 「な、なんて優しい・・・!!うおおおおおおっ!!!あなたの優しさが温かくて痛いっす!!うおおおおおおっ!!!」

 「落ち着いてってば!」

 

 ぶつかってない・・・そういえば自分も何かにぶつかった衝撃は感じなかったっす。とはいえ転んだ原因は間違いなく自分だっていうのに、自分の汚い涙をエプロンの裾で拭ってくれて、やめてください!そんなことしたら、ますます涙が止まらなくなるっす!自分の涙腺はもう決壊寸前っす!!

 

 「ふう・・・ふう・・・だいぶ落ち着いたっす」

 「ひとしきり泣いたものね。あ、おでこから血が出てる」

 「いえ、これは自分なりのケジメっす。ご迷惑をおかけしたので。自分が悪くないと言ってくれるのは嬉しいっすけど、せめてこれはカンベンしてほしいっす!」

 「ばい菌が入ったら大変よ。絆創膏はるからじっとしてて」

 「え、あ、ちょっ・・・」

 

 絆創膏はるって、せめて自分に貼らせてほしいっす。そんな体勢で貼られたらエロエロと当たったりなんだり・・・。

 

 「熱もあるのかしら?」

 「い、いえ!もうたくさんっす!」

 「?」

 「ああ、いえなんでもないっす。ありがとうございます」

 「どういたしまして」

 

 さっきまでの不安とか焦りとかが消えて落ち着いてくると、今度はこの人の優しさや自分の他に人がいた安心感とか、そういう気持ちでまた涙がこみ上げてきた。けど、もうこの人の前で情けない姿を見せたくないっす!これ以上ご迷惑おかけするわけにはいかないっす!

 

 「あなた、ここに来る前のこと覚えてる?」

 「前っすか・・・?う〜んと、その、実は覚えてないんす。長い夢を見てたみたいで」

 「夢?」

 「情けない内容なんすけど、自分が希望ヶ峰学園にスカウトされて、嬉しくなって校舎までダッシュするっていう」

 「希望ヶ峰学園?あなた・・・それ夢じゃないんじゃない?」

 「へ?」

 「実は、私もそうなの。私も希望ヶ峰学園からスカウトされて、門をくぐったはずなんだけど・・・」

 

 なんと!まさかこんなところで、本物の希望ヶ峰学園の生徒さんに会えるなんて思ってなかったっす!ということはこの人、あの“超高校級”の“才能”を持ってるってことっすか!なんて大人物!事故とはいえそんな大人物と知り合えるなんて、禍転じて福と成すとはこのことっすね!

 

 「あ、そういえばまだ名前知らなかったわね。私、正地っていうの。よろしくね」

 

 

 『“超高校級の按摩” 正地聖羅(まさじせいら)』

 

【挿絵表示】

 

 

 「ああ!すいません!希望ヶ峰学園の生徒さんに先に名乗らせてしまって!自分はただの高校生なんす」

 「・・・いえ、きっとあなたも“超高校級”よ」

 「ええっ!?」

 「だって入学通知が来たんでしょ?」

 「いや、それは自分の夢というか妄想というか・・・今は確証がないっすよ」

 「その確証って」

 

 先に正地さんに自己紹介されて、自分のちっぽけでつまらない自己紹介がしづらくなってしまったっす。でもここで自己紹介しないのも十分失礼っすし、恥を忍んでするしかないと思ってたら、正地さんが自分のことをまじまじ見つめてきたっす。な、なんすかむず痒い。

 

 「私じゃダメかな?」

 「へあっ!?」

 「按摩ってね、要はマッサージ師のことなのよ。だから私、体付きとか動きとか見るだけでその人の身体のことが結構分かったりするの。触ってみるのが一番だけどね」

 「は、はあ」

 「あなたのこの大腿四頭筋と大腿二頭筋、かなり鍛えられてるわね。下腿三頭筋も固くて太くて大きいし、大臀筋も無駄なく発達してるわ」

 「あ、いや、あの・・・正地さん!?そんな触られると・・・!」

 「“超高校級の按摩”として断言するわ。あなた、“超高校級”の器よ!それも短距離系陸上競技の選手として!」

 「ド、ドキィッ!!?」

 

 ぬおおおっ!!スキンシップが激しすぎるっすよ正地さん!!初対面の女性にいきなり下半身をあちこち触られまくるのは男子にとって刺激が強すぎるっす!とはいえ変に暴れたら今度は本当に怪我をさせてしまいそうで、どうにもできないやら恥ずかしいやら気持ちいいやらでおかしくなっちまいそうっす!

 と思ったら正地さんは自分の“才能”を知ってるかのように指摘するし、なんなんすかこれ!?“超高校級”ってこんな人たちばっかりなんすか!?悪い人じゃないのは分かるっすけど、ちょっと変っすよ!

 

 「だから自信を持っていいのよ?自己紹介、して?」

 「はあ・・・じゃあ、一応“超高校級”ってことで・・・」

 

 

 『“超高校級のスプリンター” 皆桐亜駆斗(みなぎりあくと)』

 

【挿絵表示】

 

 

 「大会とかではそれなりに実績は残してるつもりっすけど、やっぱり実感湧かないっす。自分が“超高校級”だなんて」

 「そんなものじゃない?私だってまだよく分からないもの。雰囲気で言ってみただけ」

 「自分乗せられたっすか!?」

 

 くすくす笑う正地さんを見てると、なんだか一人で騒いでる自分が馬鹿らしくなってきたっす。大人の余裕みたいなのを感じて、こっちまで安心してくるっす。とはいえこれは妙な状況っすね。

 

 「この建物、中はプールだったわ。普通の25mプールとか流れるプールとかウォータースライダーとか、大きいレジャー施設並よ。私はここのプールサイドで寝ちゃってたみたいなんだけど、見覚えがないのよね。建物伝いであっちにも続いてたけど、そっちは見てないの」

 「自分は向こうのグラウンドっす!一通りスポーツはなんでもできそうなくらい広かったっすよ!」

 「これだけ広くて、いるのは私たちだけかしら?」

 「分からないっすけど・・・一人じゃないと心強いっすね。あ、すいません。自分がしっかりしなきゃいけないのにそんなこと」

 「ううん。心強いのは私も同じよ」

 

 心強くはあるっすけど何の解決にもならないっすね。グラウンドの方は自分が調べた限りじゃ何にもなかったっすし、この建物はまだ調べた方がいいんじゃないすかね?もしかしたら正地さんが言ってた向こうの方の施設に、誰か係員の人がいるかも知れないっすし。

 

 「あっちの方探しに行ってみるっす。これだけ広いんすから、他にも人がいるかも知れないっす」

 「そうね。ここがどこなのかも分からないんじゃ、どうしようもないものね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとまず、正地さんが目を覚ましたっていうプールのある建物の中を探すことにした。入ってすぐカウンターがあって、その奥がプールに続いてるみたいっす。あっちはもう正地さんが調べたから、カウンター前の通路を通って隣の施設に移動してみる。ボイラー室とかリネン室とか浄水室とか、関係者以外立ち入り禁止的な部屋がたくさんある通路を抜けると、さっきと同じようなカウンターに『スポーツジム』っていう立て札が立ってた。

 

 「スポーツジムっすか。グラウンドといい、やっぱりスポーツ施設なんすかね」

 「私がプールサイドで寝てたくらいだから、ここにも誰かいるかも知れないわね。入っていいのかしら?」

 「失礼しまっす!」

 「躊躇ないわね」

 

 こんな困った状況なんすから、営業時間とか関係ないっす!まず自分たちが助かってから、後で謝るなりお礼すればいいはずっす!話せば分かってくれるはずっすよ。

 

 「だれかいないっすかー?すいませーん!」

 

 カウンターにも誰もいないっすし、ジムの中の方まで探しに行ってみるっす。結構しっかり設備が整ったジムみたいで、サウナルームやシャワー室はもちろん、診療所の案内まであったっす。ここならトレーニングから体育大会まで全部できるっすね!急な不調や怪我にも対応できるなんて、スポーツマンにとっては天国っすよ!

 少し低くなった床まで階段で降りると、かなり広い空間が広がってたっす。ランニングマシーンやベンチプレス、チェストプレスマシンなんかはよくあるやつっすけど、ラットプルダウンマシンもアブダクションマシンも、レッグプレスマシンもあるじゃないっすか!特別珍しいものでもないっすけど、やっぱり見つけるとテンションあがるっすね!

 

 「こりゃすごいっすね!感動するっす!」

 「また泣きそうになってるわよ皆桐君。それにしても・・・」

 「あっ、す、すいません勝手にテンション上がってました!あんまり得意じゃない人もいるっすよね!」

 「そういうわけじゃ・・・」

 

 一応窓はあるっすけど小さくて、なんとなく空気がこもってたっす。それもまたジム特有の雰囲気なんすけど、隣で顔をしかめて口元を押さえる正地さんを見て、正気に戻ったっす。やっぱり女性でこういうところが苦手な人っているっすもんね。見たところ人もいなさそうっすし、他の所を探そうと思ったところで・・・。

 

 「おらぁっ!!」

 「ほぎゃああ!?」

 「!?」

 「あれ?」

 

 いきなり横っ面に何か飛んできたっす。飛んできたって言うか、投げつけられたっす。頭の中にゴスッて鈍い音がして、同時に冷たい感じもして、それ以上に普通に痛くて、変な悲鳴をあげてしまったっす。

 

 「ったあ〜!」

 「み、皆桐君!?大丈夫!?」

 「あ・・・ご、ごめんなさぁ〜い!やっちゃったあ!」

 「な、なんなんすかいきなり!?」

 

 とっさに手すりに掴まったからよかったようなものを、危うく階段から落ちるところっすよ!足下に転がってたのは、冷やされて水がついたスポーツドリンクのペットボトルだったっす。こんなものちょっとした鈍器じゃないっすか!いきなりこんなもの投げつけるなんてどんな野蛮人っすかと思ったら、慌てた様子で謝ってきたのは意外にも女の子だったっす。

 

 「ま、ま、間違えちゃったのぉ!怪我してないですか?んもう、たまちゃんったら本当にドジなんだから・・・!本当にごめんなさぁい!」

 「今の、あなたがやったの?」

 「何をどう間違えたらいきなりペットボトル投げつけるんすか!?」

 「ふえぇ、ご、ごめんなさい・・・!怒らないでくださいぃ・・・!」

 「うう・・・」

 

 紫色の髪の毛に大きなリボンをつけて、足には底が厚いブーツを履いてたっす。ピンク色で白いふわふわのついた温かそうな服を着ていて、可愛らしい格好をしてるんすけど、このジムの中ではメチャクチャ浮いてて場違いな感じがしたっす。

 ペットボトルをぶつけられた頭を撫でられて涙ながらに謝られると、これ以上こっちからは何も言えなくなってしまうっす。なんかズルい気がするんすけど。

 

 「あ、で、でもよかった!あいつ以外にも人がいたんだ!たまちゃん、ほっとしたよ!」

 「あいつ?たまちゃん?」

 「もしかして、あなたも気付いたらこの辺にいたの?」

 「そうなの。こんなむさ苦しいところ、たまちゃんは知らないの!もっとふわふわであったかくて甘い良い匂いがするお部屋ならまだしも、誰の汗が染み込んでるか分からない雑菌だらけのベンチなんかで寝てたの!お風呂入りたいよ〜!」

 「お、落ち着いてほしいっす!一旦話を整理しないと何がなんだか・・・」

 

 泣きそうで泣かないギリギリ感を漂わせたまま、その子はピーピー騒ぎ始めたっす。お風呂入りたいと言われても、自分たちもこの辺のことはまだ全然分からなくて戸惑ってるところっす。女の子にしては背が少し高いのに、性格が子供みたいでなんとなく扱いに困るっす。

 ひとまず、スポーツドリンクを冷やしてるクーラーボックスがあったんで、そこから冷たいのを取って飲みながら整理することにしたっす。その子が言うには自由に飲んでいいらしかったんで、遠慮無くいただくっす。

 

 「私たち、この施設のことを知ってる人を探してるの。私はあっちのプールで、皆桐君は外のグラウンドで目を覚ましたみたいなの」

 「ってことは、たまちゃんと同じ?・・・ちっ」

 「ん?」

 「ねえ、もしかして二人も、“超高校級”だったりするの?」

 「『も』ってことは、もしかしてキミもっすか?」

 

 やっぱり、って感じっすね。この子もどうやら希望ヶ峰学園の生徒みたいで、“超高校級”の“才能”を持ってるみたいっす。

 

 「じゃ、自己紹介!はーい!あなたのハートをブレイクショット♫心コロコロ手球にしちゃうぞ♡みんなのハスラーアイドル、たまちゃんですっ☆」

 「たまちゃん・・・?」

 「ああ、私知ってるわ。テレビとかも出てるわよね?」

 「そうなんすか!?テレビっすか!?」

 「たまちゃんはアイドルだからねっ。ハスラーアイドルなんだよ!」

 「ハスラーってなんすか?」

 「ビリヤードが得意な人のことをハスラーっていうんだよ。すごいんだよたまちゃん!ビリヤードで負けたことないの」

 「それは分かったけど、たまちゃんって愛称よね?あなた本名は?」

 「え〜、それはヒ・ミ・ツ♫アイドルには秘密の一つや二つあるものでしょ?」

 「でも状況が状況だから、自己紹介もきちんとしておいた方がいいと思うの」

 「・・・っぜ」

 「え?」

 「ダァーメ!それは、禁則事項です!」

 

 いや、アイドルだから本名教えないって。そりゃ分かるっすけど、状況が状況なんだから正地さんの言う通りっすよ。それでもたまちゃんさんは頑なに名前を教えることを拒否し続けるっす。アイドルのイメージを損なう以外に、何か不都合があるんすかね?

 

 「それじゃ、自己紹介も終わったし、いつまでもこんなところいないでどっか行こ」

 「え、ああ・・・でも、どこに?」

 「どこでもいいよ。この建物出て、なるべく遠くに行った方がいいと思うな。もっとたくさん人がいるところ行こうよ」

 「人がいるの?ここがどこか、あなた分かってるってこと?」

 「・・・ぇな」

 「え?」

 「たまちゃんもさっき起きたばっかりで分かんないのぉ〜!でもこの建物出た方がいいよ!」

 「なんでっすか?なにか焦ってるんすか?」

 「なんでもいいから早く!早くしないとあいつが戻ってくる・・・!」

 「待たせたなヌバタマよ!!」

 「!!」

 

 妙に建物から出ることをせがむたまちゃんさんに戸惑ってると、さっき自分たちが入ってきた入口から、今度は男性の声が聞こえてきたっす。なんというか、物凄く自信に満ちあふれているような、なんとなく凄い人なんだって思わせるような声だったっす。その声が聞こえた瞬間に、たまちゃんさんの顔が一気にしかめっ面になったっす。自分と正地さんが声のする方を見ると、これまた妙な格好の人が立ってたっす。

 

 「やはり診療所には何も手掛かりはなかったな。無論、この周辺には貴様が期待するようなものはシャワー室以外に何もない。しかし建物の外に行けばまだまだ・・・ん?ふむ、貴様、そいつらはどうした?なぜ貴様風情が俺様より手柄をあげている?」

 

 真っ白な髪をかき上げながら、まるで劇の一部のように高らかに語りながら階段を降りてきて、自分たちを見つけてまた芝居がかった動きでにやりと笑ったっす。首から下は黒いコートに黒いズボン、黒いブーツなんて真っ黒くろすけで、言葉尻が物凄く取っ付きにくい感じがしてくるっす。

 

 「知らねーよ、こいつらが勝手に来ただけだっつーの。つうかあんた、あたしのことはたまちゃんって呼べっつったろ。耳クソで鼓膜コーティングされてんの?」

 「「たまちゃん!!?」」

 「なるほど。これは意外だったな。まあいい何も言うな。凡俗などに余計な時間を割くことはしたくない。左腕を出せ」

 「な、なんすかあんた!?」

 「出せ」

 

 その人が出てくると、たまちゃんさんの口調と声色が急に変わって、さっきまでのアイドルっぽかったしゃべり方と違う乱暴な言葉や暴言が出て来て物凄くびっくりしたっす。しかも白髪の人は自分たちに有無を言わさず腕を出させる。そこで始めて気が付いたっすけど、自分の腕にも正地さんの腕にも、変な腕時計みたいなものが付いてたっす。よく見たらたまちゃんさんもその白髪の人も、同じものを左腕に付けてるっす。

 

 「な、い、いつの間にこんなもの・・・?」

 「ほう、貴様らも“超高校級”か。皆桐亜駆斗と、正地聖羅・・・ふむ、『日焼け』と『エプロン』でいいだろう」

 「日焼け!?」

 「エプロン!?」

 「そいつ、人にテキトーな仇名付けて呼ぶよ」

 「ふん、凡俗どもが俺様に名を授かったことで感激の涙を流してもいいのだぞ?特に日焼け、貴様相当な泣き上戸だろう。涙を耐えるのは身体に悪い、泣け」

 「いや泣けと言われても」

 「泣け」

 「自分に選択肢はないんすか!?」

 

 命令されたのとは違う涙が出たっすけど、それで一応は納得して貰えたみたいっす。それにしてもなんなんすかこの二人?一人はまともに名前を教えてくれないアイドル、もう一人は変な仇名をつける高慢ちき。変態っすか!?変態なんすか!?

 

 「凡俗どもだけ自己紹介して、俺様たちがしないというのも不公平だな。おいヌバタマ、貴様も左腕を出せ」

 「あんた絶対殺すから」

 

 もうさっきまでのたまちゃんさんはどこに行ったんすか?目つきまで変わってきたっす。人によって態度を変えることがあるとは聞いたことがあるっすけど、もはや人格変わってるっすよこれは。女の子って怖いっす・・・。

 そんなことを考えながら泣いてたら、その二人も左腕を出して、白髪の人が2人分の腕時計みたいな機械の画面を指で操作したっす。時間が表示されてた画面が後ろに消えて、代わりに機械を付けてる人の顔写真が表示されたっす。

 

 「こいつはヌバタマ。面白い名前だろう?だから特別にそのままの名前で呼んでやっているのだ」

 

 

 『“超高校級のハスラー” 野干玉蓪(ぬばたまあけび)』

 

【挿絵表示】

 

 

 「だからそのダセえ名前で呼ぶなっつってんだろ白髪!」

 「優れた人物は若白髪になりやすい、稀代の傑物であれば一本残らず白くもなるというものだ」

 「そう、野干玉さんっていうのね」

 「んぐっ・・・!だから!その名前で!呼ぶなコラァ!!」

 「だからたまちゃんって呼ばせたがるんすね」

 「だってそっちの方がカワイイでしょ?ね、だからおねがい、本名のことはヒミツにして?」

 「秘密にするのはいいっすけど、その感じもう通用しないっすよ」

 「あっ・・・!こ、このことも!アイドルってイメージが大事なんだから、こんなの知られたらあたし・・・!」

 「当然、俺様は貴様の地位になど興味が無い。そのキャラクターが貴様の『商品』ならば、それを破壊する理由がない」

 「元はと言えばテメエがあたしの本名を強引に調べたのが原因だろうがアァン!!?白髪全部引き千切って食わせんぞ!!」

 「1回キャラが崩れたらもう容赦ないわね・・・」

 「まあ凡俗同士仲良くしてやるといい。そして、この面子では少々浮いてしまうかもしれんが、俺様の名を教えてやろう」

 

 

 『“超高校級の神童” 星砂這渡(ほしずなはいど)』

 

【挿絵表示】

 

 

 どうやらこの機械、ただの腕時計じゃないらしいっす。いつの間に付けられたのか分からないっすし、なんで自分の写真なんか表示されてるのか分からないっすけど、一人一人が付けてるってことは、これは自分のものってことでいいんすかね?

 

 「一生忘れられない名だ。ありがたく覚えろ」

 「ずいぶんな自信家なのね。“超高校級の神童”って、どういう“才能”なの?」

 「万能の才能、天才を超越した天才、人類の最高傑作、それがこの俺様だ。俺様にできないことはない」

 「なるほど、分かんないっす!」

 「凡俗には理解できんだろう。分からんことを話しても仕方がない」

 「っていうか、あんた診療所行ってたんでしょ」

 「なんで診療所なんかに行ったんすかね?」

 「俺様が目覚めた場所がそこだからだ。貴様らも別々の場所で目覚めたのだろう?」

 

 どうやら自分たちと同じか、それ以上の情報を星砂さんは持ってるみたいっす。この妙な機械を躊躇なく操作してたっすし、もしかしたらこの状況や場所について何か知ってるんすかね?でもなんか偉そうな態度だから聞くに聞けない感じで・・・。

 

 「ふむ、ここがどこかは俺様にも分からない。情報が少なすぎる」

 「だから外出ようって言ってんでしょ」

 「自分はグラウンドにいたんすけど、この建物を出た先にもまだ道があったっすよ」

 「なるほど。俺様たちが目覚めた場所を考えると、この先の建物などに、同じ状況の者がいる可能性も考えられるな」

 「4人も“超高校級”がいるんだから、きっと大丈夫よ。行ってみましょう」

 「俺様と貴様ら凡俗を同列に語るな。そんな称号など、俺様にとってはあって当然のものなのだ」

 「ホンットめんどくさいこいつ」

 

 やっとのことで、全員で外を探索することに決まりかかったとき、ふと、自分たちの腕につけた機械がブルブル震えた。

 

 「!」

 

 どうやら全員のものが同じように震えたらしく、みんなそれぞれの機械に目をやってたっす。自分も自分の腕を見ると、また画面は変わって、三角形と赤い点滅が表示されてたっす。そしてジム内に響く妙ちくりんな音楽。そしてその後に続く放送のせいで、自分のまとまりかけてた考えがまた掻き乱されてしまったっす。

 

 『オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!』




連日投稿に挑戦!!ギリギリですが。
今作のキャラも濃ゆ〜く濃ゆ〜く濃縮してますので、その一部分でも気に入っていただけたらなと思います。


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Prologue.『3/4の哀愁な感情』

 

 俺は飛んでいた。正確には落とされたんだ。身体を重力以外の何にも預けられず、無力に地面へ引きずられる。俺を放り出したあの機械は、俺が落ちたことなんて御構い無しに、俺が落ちることなんて考えもせずに回る。ごうごうと火を噴いて決められた軌道を走る。ぎらりと光って回る頭が俺に迫る。それは力任せに振り抜かれて・・・!!

 

 「っはあ!!!」

 

 激しい身体の緊張と自分の声にならない叫びで、俺は目を覚ました。しばらく何も考えられず、さっきまでのことを思い出そうとする。けど断片的にしか思い出せない。心臓が破裂しそうなくらいばくばく音を立てて、額から首元まで汗だくだ。

 

 「ゆめ・・・か」

 

 嫌な夢だった。自分が死ぬような夢は吉兆だなんて言う人もいるけど、目覚めは最悪だ。なんであんな夢見たんだ?こんな、ワケ分かんないところで寝てたからか?

 全く見覚えのない広い机に、見覚えのない柔らかな椅子、見覚えのない階段に見覚えのない本棚、見覚えのない高い天井。ざっと見渡した感じ、どうやら図書館みたいだ。けど俺以外に人は一人もいなくて、窓から差し込む陽の光が寂しく揺れる。静かで荘厳な雰囲気があるが、同時に不安にもなってくる。こう広いと落ち着かない。

 

 「んっ・・・!」

 

 頭をはっきりさせるために一つ伸びをして、俺は席を立った。いま何時だ?腕時計で時間を確認しようと左腕を見ると、また見覚えのない機械が腕時計があるべきところに巻き付いてた。画面には今の時間が表示されてるが、もう時間よりこの機械の方が気になる。ちょっと触ってみると、どうやらタッチパネルになってるみたいだ。

 

 「おおっ、すげ。なんだこれ?」

 

 登山者やダイバーが使うような、歩数カウントや標高表示、タイマー機能とコンパスと、色んな機能が詰まってる。かと思えば、暇つぶし用かなんなのかかなりクオリティは低いけどパズルゲームも出来るみたいだ。さらにいじってたら、俺の顔写真と簡単なプロフィールが載った画面も出てきた。

 

 

 『“超高校級のパイロット” 雷堂航(らいどうわたる)』

 

【挿絵表示】

 

 

 見たことない機械をいじってしばらく時間を忘れてしまった。いかんいかん。えっと、俺はなんでこんなところにいるんだ?

 

 「えっと・・・」

 

 なんとか寝る前の記憶を呼び起こす。確か俺は、希望ヶ峰学園の入学通知が届いて、入学式に向かってたはずだ。それがなんでこんなところで寝てたんだっけ?全然思い出せない。ダメだな。ここで一人で考えててもいい考えは浮かばなさそうだ。取りあえず、外に出てみるか。

 自動ドアになってる入口には、本を勝手に持ち出されないように改札があった。腕の機械に反応して通れるようになったってことは、この機械とこの建物は関係してるってことか。妙な感じだ。

 

 「んー、どこなんだここ」

 

 図書館を出るとまだ建物の中だった。どうやら図書館はこの建物と併設されてて、建物の方に行くこともできるけど、横道に逸れて狭い廊下を進むこともできる。そっちの方がなんとなく気になったから、そっちを先に探索してみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽射しを取り込んで照明代わりにしてた図書館と打って変わって、こっちは狭いし暗いしなんとなく息が詰まりそうな気がする。間接照明の色が青かったり紫だったりで、いくつかの個室に分かれて部屋が存在してる。一つの部屋を覗いてみたら、ソファと小さいテーブルとカラオケマシーンが設置されてた。どうやらカラオケボックスになってるらしい。

 

 「図書館の横にカラオケって」

 

 一人で何もない部屋に突っ込んだ。最も静かであるべき空間の真横に最も騒ぎ立てる空間を設置するなんて、なんかの皮肉か当てつけか?よく見たら奥にドリンクバーまである。カラオケは何度か行ったことあるけど、どの部屋からも何の音も聞こえない。これはこれで結構不気味だな。

 

 「ん」

 

 もしかしたら誰かいるんじゃないか、と思って個室の中をこっそり覗いて見てると、一番奥にある個室の中で何か動く影を見つけた。中が暗くてよく見えない。けど、確実に誰かがそこにいる。こんなわけのわかんない場所で、やっと人を見つけられた。俺はろくに考えもなく、扉を開けて中に入った。

 

 「!」

 「?」

 

 俺が入った瞬間、その人は少しだけ身が強張った気がした。お互いに無言のまま動かない時間が続いて、ほんの数秒だったと思うけど、何分もそのままだったような気がした。

 およそカラオケボックスには不釣り合いな、いかにも職人って感じの見た目をした人だ。ほとんど坊主の頭に捻り鉢巻をして、紺色の作務衣を着てた。がっしり足を開いて座り、腕を組んで袖口から筋肉質の腕が覗く。座ってても分かるくらいに身体がデカくて、たぶん2mくらいはある。

 

 「あ・・・失礼。使ってましたか?」

 「・・・いや」

 

 相手を観察してて冷静になってきたが、カラオケでいきなり知らない奴が入ってきたら困惑するに決まってる。取りあえず謝っておいたけど、言葉短に返された。カラオケでただ座ってるだけだし、物静かな人なのか?

 

 「あの、ちょっと伺いたいことがあるんですけど、ここってどこなんですか?俺、気が付いたら向こうの図書館にいて何も分からないんです。あ、俺、雷堂っていいます」

 「・・・」

 「え〜っと、確か俺、希望ヶ峰学園ってとこに行こうとしてたはずなんですけど、ここって希望ヶ峰学園ですか?それとも俺何か間違えてるんですかね?」

 「・・・少し、黙ってくれ」

 

 矢継ぎ早に質問する俺に、その人は冷静に一言返した。冷静さを欠いてあれこれ質問したって、この人だって俺と同じ状況かも知れないし、知ってても答えに困る。よく考えたら最初にいた場所を動くのもあんまり賢明といえる判断でもない。俺としたことが焦ってたみたいだ。それに引き替え、この人はどうやらカラオケボックスから動かず、じっと考え混んでるみたいだ。俺よりずっと冷静に行動してるじゃないか。

 

 「なにがなんだか分からんのだ。助けてくれ」

 

 冷静じゃなかった。むしろパニック一歩手前だった。薄暗いから分からなかったがよく見ると顔は血の気が引いて目が泳いでた。嘘だろ。このガタイで、この見てくれで、カラオケボックスにいただけでパニクるのか?

 

 「えっと、落ち着いて。取りあえず、名前教えてくれないか?」

 「あっ・・・いや、うぅん・・・」

 

 ダメだこりゃ。しっかりしてそうな見た目とは裏腹に、かなりナイーブらしい。自分の名前すらまともに言えないくらいには慌てふためいてる。取りあえず、ドリンクバーからお茶を持ってきてその人に差し出した。それを飲むまでにも結構時間がかかったが、一口飲んで、ようやく落ち着いたらしい。

 話を聞けば、どうやらこの人もこのカラオケボックスで目を覚ましたらしい。見知らぬ場所にいてパニックになり、その場から動けずにいたら俺がやってきたらしい。個室の電話で助けを呼べばよかったのに、と思ったが人がいないから意味ないし、そもそもカラオケに行ったことがないから分からなかったという。

 

 「すまない、世話になった。俺たちはどうやら全く同じ立場らしい」

 「全く、か。起きたら知らない場所にいて、二人とも希望ヶ峰学園に入学するために学園に向かったっていうのは同じだ。ああ、俺、雷堂航だ。“超高校級のパイロット”で入学した。よろしく」

 「パイロット?高校生でもなれるのか?」

 「17になれば自家用機の資格は取れるんだ。実際のフライトはあんまり経験ないけど、操縦桿握ったことはある。コナミ川の奇跡って知ってるか?」

 「ああ。墜落しそうになった飛行機を川に不時着させたというあれか。確か日本の高校生が操縦したとか言っていたな」

 「正確には、ハイジャックしようとした奴のせいで機長も副機長も操縦ができなくなったから、とっさにって感じだけど」

 「それで“超高校級”か。この上ない誉れではないか」

 「ははは、ありがとう」

 

 会話をするうちにだいぶ打ち解けてきて、ついクセで敬礼なんかしてしまった。話してた内容は事実だけども、変な奴と思われたんじゃなかろうか。まあ、ぶっちゃけ俺もこの人のことは変というか、変わった人だとは思う。だって作務衣だぞ?

 

 「そういえばまだ名前聞いてなかったな」

 「ああ。まあ一応、包み隠さず言うが、笑わないでほしい」

 

 

 『“超高校級のジュエリーデザイナー” 鉄祭九郎(くろがねさいくろう)』

 

【挿絵表示】

 

 

 「ジュエリー、デザイナー・・・?」

 

 笑わないでくれ、って言った意味がなんとなく分かった。この見た目で、なんだその肩書き?ジュエリーデザイナーってもっと華奢で着飾った女の人がやるもんだと思ってた。まあ俺の偏見だと言えばそれまでなんだが、それにしても鉄の見た目でそれは似合わない。なんでそんなことになったのか理由が気になる。

 

 「似合わんだろう。当然だ。俺は元々鍛冶屋だ」

 「鍛冶屋って、あの刀とか造るあれか」

 「ああ。実家の鍛冶の手伝いの合間に、姉の副業を手伝っていたら、そっちの方の“才能”で呼ばれてしまった。家名を広めるために受けはしたが、覚悟が足りなかった・・・!」

 「いや、まあ意外と言えば意外だったけど、いいじゃんか。ジュエリーデザイナーだろ?鉄が造ったアクセサリー付けてオシャレしてる人がたくさんいるんだろ?良いことじゃんか!」

 「俺は女の飾りより、日本が世界に誇れる刀を造りたいのだ。女の人気など興味がない」

 「刀は刀でそれなりに人気あると思うけどな、今は特に」

 

 まあ気持ちは分からんでもないが、不本意だとしても“超高校級”と呼ばれる“才能”なんてすごいじゃんか。欲しくても手が届かない人なんて世の中にごまんといるはずなのに、それで不平を言うのは贅沢ってもんだ。説教する気はないから言わないけど。

 

 「そんなことより、ここが何処かだろう」

 「このカラオケを出ると図書館ともう一つ建物があるんだ。俺は図書館の方は見たけど、誰もいなかった。ここに鉄がいることも意外だったんだ」

 「ということは、そのもう一つの建物にも人がいるかも知れないな」

 「探してみるか?」

 「ああ、行ってみよう」

 

 このままここでじっとしているわけにもいかないから、鉄も二つ返事で承諾した。メンタル的には脆いが、立ち上がるとやっぱり鉄はデカい。腕っ節もあるみたいだし、物理的に頼れる奴を仲間にできた。同じ境遇の人がいるってだけ以上に、ここから先は心強いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄と一緒にさっき来た道を戻って、また図書館ともう一つの建物の間に来た。図書館の方は相変わらず太陽光が差し込んでキレイだ。一方でもう一つの建物の方は、大理石の白い床が広く、天井には豪華なシャンデリアが煌めいてた。真っ正面に大きな自動ドアの出入り口がついてて、そこから先は外になってる。記帳台や公衆電話、アンティークなランプが並ぶカウンターも大理石でできてて、ぱっとみてそこが何の建物なのか分かった。

 

 「ホテル、だな」

 「間違いないな」

 

 それも高級なやつだ。リゾート地にあるようなものというよりは、大都市にあるしっかりした一流ホテルみたいな印象を受ける。やっぱりカウンターには誰もいなくて、公衆電話は小銭を入れるところがない。誰かと連絡を取ろうと思ってもできないようになってるみたいだ。カウンターを調べてみたが収穫は何もない。カウンターの反対側、俺たちが入ってきた方から見て左手に、レストランがあることくらいは分かった。

 

 「図書館とカラオケとレストラン付きのホテルか。ずいぶんと立派だな」

 「こっちにトイレがあるぞ。普通ホテルのフロントにトイレなんか付いてるか?」

 「客以外に貸す為だろう。気前がいい」

 「こんなホテル来たら絶対忘れないはずだぞ。ホントにここどこなんだ?」

 

 思わず考えこんでしまうけど、それでもやっぱり答えはでない。鉄もこの状況をなんとか説明しようと考えを巡らせてるみたいだけど、すぐに混乱して諦めてしまう。ワケ分かんなすぎるな。

 

 「いっそ外出てみるか?そうしたら人がいるかも知れない」

 「これだけのホテルに俺たち以外に人がいない時点で、外に人がいるかどうかも怪しいな・・・。そもそも外に人がいても、日本とは限らない。俺は英語は話せんぞ」

 「俺は多少・・・っていや、たぶん日本だろ。公衆電話の説明書きが日本語だ」

 「本当だ」

 

 心強いと言ったが、あれは嘘だ。物理的に明確な危険でもない限り、この鉄という男はあんまり役に立たないみたいだ。一人よりはマシだが、頼れるってわけでもない。俺がしっかりしないとダメだな。これじゃ一人の時とあんまり変わらないぞ。

 ホテルのフロントをあらかた調べ終えると、次にどこを探索しようかの話になった。ホテルということは客室があるはずで、鉄みたいにそこに誰かいるかも知れない。フロントに併設されてるレストランも、一応探してみる必要がありそうだ。後は外に出て助けを呼ぶくらいだが、外に人がいる保証はないし、下手したら俺たち二人とも不法侵入で警察かなにかの世話になるかも知れない。いつの間にか、ここが希望ヶ峰学園だっていう選択肢は消えてたが、ホテルがある時点で学園じゃないだろう。

 

 「外に出た方がまだ可能性があるかもな。少ししてから戻ってくれば、客室に誰かいても降りてきてるかも知れない」

 「そうだ・・・ッ!!」

 「ん?どうした鉄・・・ッ!!?」

 

 ようやく次の行動がまとまりかけたその時、鉄が外を見て硬直した。見てはいけないものを見てしまったように目を見開いて、変な汗をかき始めた。何事かと思って俺も同じ方向を見たら、予想外の光景に心臓が握られたように身が強張った。

 二層の自動ドアがある入口のガラスの向こう側から俺たちを見つめていた。あれは白衣か?それに片目が隠れるくらいに伸びた黒い髪が揺れて、大きいメガネの奥から吊り上がった目で狙われていた。しかも薄ら笑いを浮かべてるから余計に怖い。

 

 「ゆ、ゆゆゆ、ゆ・・・幽霊・・・!?」

 「お、落ち着け鉄!あれは人間だ!足がある!」

 「いやしかし長い髪に白い服ときたら幽霊しか・・・」

 「幽霊っぽい人間だ!こんな真っ昼間からあんな分かりやすく出てくるわけがない!」

 

 俺と鉄が怖じ気づいて動けずにいると、幽霊女は自動ドアを開いてホテルに入ってきた。コツコツとハイヒールの音がロビーに反響して、その女は俺たちの前で立ち止まった。細身でスラッと足が伸びていて、本当に幽霊みたいだ。

 

 「幽霊、か。フフフ・・・ずいぶん失礼なことを言ってくれるな」

 「聞こえてた!?」

 「ガラス一枚しか隔てていないのにあれだけ大声を出せばな・・・さっきはいなかったなお前たち。何者だ?どこから現れた?」

 「お、俺たちは気が付いたらあっちの図書館とカラオケにいたんだ。ここがどこかは分からない・・・」

 「気が付いたら。どこか分からない。フム・・・お前たち、もしかして希望ヶ峰学園の生徒か?」

 「なっ!?なぜそれを・・・!?」

 「フフフ・・・単純な推理だ。実は私も気が付いたらそこのフロントで寝ていてな。ここがどこか分からない。そして私とお前たちは年齢も近そうだ。故にそれ以外にも共通点があるのではないかと思っただけだ。この機械も二人とも装着しているようだしな」

 「ってことは、あんたも同じなのか?」

 「状況を把握しようと外を探索していたところだ。戻ったら見知らぬ男が2人も現れていたから、しばし様子をうかがっていた」

 「うかがい方が怖いって・・・あんな化けて出たみたいに見てなくてもいいんじゃ」

 「そんなつもりはなかった。だが見た目が恐怖心を煽るとはよく言われる」

 

 俺はまだしも、鉄は完全にこいつにビビってるじゃんか。話した感じ、やっぱり変わり者ってだけで悪い人間じゃなさそうだ。それに俺たちと状況は同じだし、どうやら希望ヶ峰学園の生徒っていうのも同じらしい。この人も“超高校級”の“才能”を持ってるのか。

 

 「では自己紹介くらいはしておこう。私は荒川。この世の真理を追究する王道にして外道の科学者だ」

 

 

 『“超高校級の錬金術師” 荒川絵留莉(あらかわえるり)』

 

【挿絵表示】

 

 

 「れ、錬金術師・・・?」

 「ああ。誤解のないように言っておくが、全身生身だ」

 「どういう誤解すると思ったんだよ!」

 「科学者なのに、肩書きは錬金術師なのか?」

 「なんだ、知らんのか?現代科学の発展は錬金術無しには語れんのだぞ。目的こそ荒唐無稽だが、その研究技術と実験の数々は賞賛するべきものばかりだ。世に言う天才たちが、各々の信じる技法で神の所業を目指したのだ。素晴らしくないわけがあるまい」

 「天才って」

 「私は私の信じる方法で、私の目的を果たすために実験を重ねている。あまり賛同は得られないがな。故に王道にして外道だ」

 「よく分かんないけど、とにかく頭良いんだな」

 「雑にまとめてくれたな」

 

 難しい話について行けなくなってきて、取りあえず自分に分かる形で納得することにした。錬金術なんて怪しい肩書きではあるけども、科学者ってことでいいんだよな?希望ヶ峰学園なんだしそういう生徒がいてもおかしくはないと思うけど、“超高校級”なんて呼ばれるくらいだからやっぱり一癖も二癖もあってアクが強い。ついていけるか心配になってきた。

 

 「外を調べて来てくれたのか?」

 「お前たちのためではない。私が気になったからだ。結果を話すと、まず外に出てもここがどこかは分からなかった。ホテルを出てすぐ屋根付きの駐車場があって、そこに乗り物が停めてあった。柵がついた3輪のセグウェイのようなものだ」

 「セグウェイなんかあるのか。ってことはやっぱり誰かいるのかな」

 「というより、まるで私たちのために用意されたようだったな。台数が17台と中途半端だ。おそらく、私たちと同じ状況の者たちがあと14人いるのではないか?」

 「そんなにか?どこにいるんだ?」

 「あくまで予測だ。いるかいないかは探してみないと分からない。箱の中の猫が生きているか死んでいるかは、蓋を開けるまで分からないのだ」

 

 乗り物が17台も用意されてるなんて、それも俺たちのためだなんて、おかしな話だ。だって俺はここに来た覚えがない。鉄や荒川の話を聞いても、ここは全員にとって見知らぬ場所だ。なのに俺たちがいることが当たり前かのように物だけは存在するなんて、奇妙だ。

 

 「外にも手掛かりがないとなると、いよいよどうしていいか分からなくなってくるぞ」

 「客室を探せば良い。14人もいるならそこしかない」

 「外の世界は無限に広がっている。時間はかかるが探せば人がいるはずだ」

 

 見事にバラバラだ。まとまりがないのは俺も同じだが、こんな状況で意見が割れたらどうしたらいいか分からない。だんだん不安になってきた。どうしたらいいんだ。

 

 「ん?」

 「どうした?」

 「いや、これは・・・油の臭いだ。それににんにくの臭いもする」

 「確かに。レストランの方からだ」

 

 荒川と鉄が鼻をひくつかせながら、併設されたレストランに目を向けた。俺も臭ってみると、確かに香ばしくて食欲をそそる良い香りが漂ってる。そこでやっと腹が減ってきていることに気付いた。こんな時でも腹は減るのか。でも、さっきまでしてこなかった臭いがしてきたってことは、レストランに誰かいるってことか。しかもにんにくとか油の臭いってことは、料理をしてるってことだ。

 

 「決まりだな」

 「ついでに腹ごしらえができれば言うことなしなのだが」

 「っていうかレストラン使ってるってことはこのホテルの人ってことだろ?よかった、助かった!」

 

 満場一致で臭いを辿ってレストランに入っていく。いくつものテーブルが並び、椅子がキレイに整列してた。テーブルクロスには染み一つなくて、燭台のろうそくは今は消えてる。ど真ん中のデカいテーブルは、たぶんバイキングをするときに大皿を置くところだろう。壁際の花飾りや大人っぽい雰囲気のする絵画、バーカウンターに並んだビンやグラスの色合いが美しくまとまっていて、このホテルの高級感に負けない気品にあふれていた。

 臭いを辿ると客席を通り過ぎて、奥の厨房から漂ってきてた。仕切りの向こう側を覗くと、厨房が広がっていて、冷蔵庫やオーブンや流し台なんかが所狭しと並んでいた。壁際の一角にコンロが5つくらい並んでて、その真ん中は使用中だった。大きくて黒い中華鍋の中で、金色の米と色とりどりの具材がまるで踊るように跳ね回っていた。丸いお玉で調味料やスープを流し込む度に、蒸気と共に香ばしい臭いと心地良い音が厨房に広がる。その鍋を振るう人は後ろ姿しか見えないけど、後ろで結んだ尻尾みたいな髪の毛が鍋の動きに合わせてひょこひょこ揺れていた。

 

 「人がいた。料理してるぞ」

 「けしからん・・・実にけしからん。香りだけでこれほど食欲をそそるとは、なんという腕前だ」

 「い、いかん。腹が鳴る・・・」

 

 臭いでギリギリ我慢してたのに、鍋の中の食材と音を直に見聞きしたせいで、俺たち3人の腹は限界を迎えた。ぐうぅ、と情けない音が鳴った。その瞬間、鍋を振っていたその人がこっちを振り向いた。そして消えた。

 

 「あっ・・・んむっ?」

 「はむっ!?」

 「おむっ!?」

 

 消えた、と思った次の瞬間には、俺たちの口に一つ一つおにぎりが詰め込まれていた。柔らかく握られた米がふわふわで、ちょうどいい塩気に自然とよだれがあふれる。ぱりぱりの海苔の香ばしさが塩気と調和して、おにぎりを食べていると認識するより先に咀嚼してた。

 

 「腹減ってんだろ?食いな」

 「うっ・・・!うまあああっ!?」

 「美味い・・・!こんな握り飯はじめてだ・・・!!」

 「素晴らしい。これはいいものだな」

 「うめえだろ?悪いな、今は3人分だとおにぎりしか用意できねえんだ」

 

 そう言うと、その男は中華鍋から皿に中身を移した。盛りつけまで完璧な炒飯ができあがった。急須からお茶を淹れ、レンゲを添えて完璧に仕上げたその炒飯を、そのまま厨房で食べ始めた。

 

 「なかなか良い食材がそろってるぜここ。火力もばっちりだ。料理ってもんを分かってるな」

 「ごちそうさま。ありがたい。これほど美味いおにぎりが食べられるとは思わなかった」

 「へへっ、オレを誰だと思ってんだ?美味えもんは死ぬほど食った!我流の料理術も編み出した!誰が呼んだか“超高校級”!美味い飯作るのなんて朝飯前だぜ!」

 

 

 『“超高校級の美食家” 下越輝司(しもごえてるじ)』

 

【挿絵表示】

 

 

 「朝飯も作らなければ食べられないからな」

 「あ?そっか、じゃあ飯作るのなんて朝飯の一部だぜ!」

 

 荒川が変な指摘するからよく分からないことになった。自分から名乗ってくれたのはありがたいけど、つまりこの男も希望ヶ峰学園の生徒ってことか。ってことはやっぱり俺たちと同じ状況なんじゃないのか?

 

 「そういえばあんたら誰だ?」

 「知らない人におにぎり口に突っ込んだのか!?」

 「腹空かしてるのに知ってるも知らないもあるか!飯は人を差別したりしねえ!」

 「俺たちはついさっきこのホテルの別々の場所で目を覚ましたんだ。お前もそうなんじゃないのか?」

 

 下越に俺たちが合流するまでの経緯を簡単に説明した。そして下越の話を聞くと、やっぱり同じようにこのレストランで目を覚まして、腹が減ってたから取りあえず炒飯でも作って気を落ち着かせようとしてたらしい。取りあえずより後がよく分からないけど、同じ状況だっていうのは分かった。ホテルの関係者かと期待したけど、ここには高校生しかいないらしい。

 

 「なるほどなあ。気が付くと知らねえ場所にいて、同じ状況の知らねえ奴ら。それで全員が初対面ってのは確かに妙だな。知り合いがいても妙だけどよ」

 「お前適当にしゃべってないか?」

 「これ以上はこのホテルにい続けても無意味だ。外に人を探しに行くか、手掛かりを探しに行くか。いずれにせよこのホテルから離れても問題ないと思うぞ」

 「客室を探すという俺の案は・・・」

 「私たちが目覚めた時間帯はおおよそ同じだ。ならば私たちと同じように数人で固まって行動を起こしている可能性が高い。つまり外に探索しに行って合流する方が効率的だ」

 「確かにそうだな。それに、このホテルが具体的にどの辺にあるのかも分かるかも知れない。場所さえ分かれば、帰り道の宛ても出てくるはずだ」

 「おい雷堂、何の話してんだ?」

 「お前、今の会話について来られないのか・・・大丈夫か?」

 

 一応外に行くってことで方向性が固まってきたっぽい。それにしてもこの集団をまとめるのは大変だぞ。鉄に荒川に下越、全員“超高校級”だからって個性が強烈すぎる。唯一まともなのは俺くらいか。本当に、切実に、まともな人を見つけたい。このままじゃ俺が気疲れする。

 はあ、と深いため息を吐いたと同時に、腕に付けてた例の機械がバイブした。いきなりのことでまた鉄がびっくりして、冷蔵庫に頭をぶつけた。何かと思って画面を見ると、時間の表示から地図みたいな画面に切り替わってた。

 

 「なんだこりゃ?こんなもんあったか?」

 「私も気付いたら嵌めていた。高性能な機械のようだが、正体が分からないな」

 「お、おい大丈夫か?今の何か・・・危険信号かなにかだったり」

 「心配しすぎだろお前」

 

 画面の表示は、三角形が赤い点滅に向かっている。周辺の地図が表示されてるらしく、指で摘まんだり広げたりしてみると広域を見たり詳細を見たりできた。携帯のアプリみたいなことか。4人とも自分の機械を見て首を傾げていると、ホテル内に変な音楽が流れ始めた。BGMとかじゃなく、何かの放送だ。

 

 『オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!』

 

 機械のような、それでいて悪意に満ちた声。聞くだけで不快な気分になる。それがあちこちに反響して、何回も繰り返される。地図で表示された場所っていうのは、この赤い点滅のことだろう。外に出ればどこだか分かるんだろうか。それよりも、このわけの分からない状況でいきなり聞こえてきたこの放送に従うべきかどうか、それが悩み所だ。

 

 「よし、行ってみるか」

 「早っ!?怪しいだろ絶対!」

 「だってここにいたって何も分かんねえんだろ?どうせ外行くんだったら、この場所行ってみようぜ」

 「丸っきり信用するのも危険だが、従わないわけにはいくまい」

 「そ、そうなのか?」

 「この機械の地図表示とアナウンスはほぼ同時だ。故にこの端末を遠隔操作している者と今の放送をした者は同一人物、あるいは近しい関係と推察できる。現在位置も割れているのに、これを無視をして何も行動を起こさないわけがない」

 「下手なことはしない方がいいってことか」

 「結局行くんだろ?行こうぜ。ああちょっと待った。鍋洗ってなかった」

 「いやそれどころじゃないだろ今は!」

 「片付けまでが料理だろうがァ!!」

 「遠足みたいに言うな!」

 

 不安げな鉄を説得して、鍋を洗う下越を待って、荒川の言う通りに地図の場所まで行くことにした。集合ってことは、俺たち以外にもやっぱり誰かいるってことなのか。せめてまともな人がいてくれますように。これ以上クセの強い人はいませんように。向かう途中、俺はそう願ってばかりだった。




キャラが濃いもん同士を絡ませると思わぬキャラの一面を見ることができて書いてる方も面白いです。どんなやつも人間らしい面を見るとなんとなくほっこりするものですね。


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Prologue.『4/4の楽天な感情』

 「・・・?」

 

 眩しくて目が覚めた。寝るときは薄明かりにするから眩しいなんてはずないんだけど、天井の照明はぎらぎらに輝いてた。っていうか何個ついてんの?チューリップみたいな照明が部屋のあちこちについてて、よく見たらアタシは床に寝てた。なんでベッドじゃないの?

 アタシの目覚めた部屋は、寝室っていうか、休憩部屋みたいで、簡単なトイレとシンクとちゃぶ台があるだけだった。見覚えのない部屋だけど、誰かの部屋に連れ込まれたってわけでもないみたい。壁の隙間に一段低くなってるところがあって、そこにアタシのビーサンがあった。こっちから外に出られるのかな?

 

 「は?」

 

 なんかめんどくさいことに巻き込まれる前に出て行こうと、起き上がってビーサンを履いた。そのまま出て行こうと思ったら、壁の裏側には畳の部屋よりもうちょっと広いスペースがあった。外に出る用のドアもあるけど、それ以上に気になったのが、広い窓だ。窓っていうか、窓口みたいになってて、ふかふかのリクライニングチェアが三脚くらい並んでた。スーパーに置いてあるレジと金庫もあって、窓口の外とやり取りするためのマイクもあった。手元のカウンターに何か置いてあった。

 

 「換金表?」

 

 そう書かれてたそれは、お金とメダルを交換するときのレートの一覧だった。お金からメダルと、メダルからお金と、あとチップとかチケットっていうのもあるみたい。いや意味分かんない。ここどこなの?なんでアタシ、こんなところで寝てたの?ってか誰かいないの?

 なんか周りを見てみた感じ、ここは換金所っぽい。よく分かんないけど、お金とメダルを交換する場所、メダルってなに?なんか高級そうな雰囲気もあるし、っていうかアタシほとんど水着なんだけど、こんなところいていいの?何もされてないよね・・・?

 

 「ねえちょっと!すいませーん!」

 

 静かな場所で大きな声を出すのもちょっと勇気が要る。がんばっているかどうかも分からない人に話しかけたのに、何の返事もなかった。嘘でしょ。アタシしかいないの?もしかして、アタシ知らないうちにここに閉じ込められた?ってかいま何時?

 ふと自分の左腕を見ると、変な機械が付いてた。腕時計みたいな、でもスマホっぽい感じもする。時間が表示されてる。ちょっと触ってみると、色んなアプリがついてるみたい。っていうかアタシこんなの見覚えないんだけど。外そうと思ったけど、どこでどういう風に留めてるのか分からない。何これ?外せないじゃん!

 

 「なんか怖い・・・ねえ!本当に誰もいないの!?」

 

 もう一回声を出してみたけど、やっぱり同じだった。もうやめてよ。知らないところに独りぼっちとか怖くてしょうがないんだけど。っていうかマジでここどこなの?なんでアタシこんなところにいるの?だってアタシはいつもみたいにベッドで寝て・・・あ、違うわ。朝になって朝ご飯食べて、学校行ったんだった。でもその学校っていうのが・・・ああ、そうだ。希望ヶ峰学園。

 

 「そうだ・・・アタシ、“超高校級”だった」

 

 あまりに実感がなくて忘れてた。アタシ、あの希望ヶ峰学園からスカウトされちゃったんだった。それで入学式のために学園に行って、門を潜って・・・その後からが思い出せない。え?じゃあここ希望ヶ峰学園?いやそんなわけないじゃん!仮にも学校に、こんな怪しげな建物があるわけないし!

 

 「うーん」

 

 もうここでうじうじしててもしょうがないし、思い切ってこの狭い部屋の外に出ることにした。さっきのドアのノブを回すと、鍵はかかってなかった。やっぱり誰かがアタシをここに運んだのかな。でも知らねーしそんなの。勝手に出て行っちゃうから。

 ドアを開けると、すごく広かった。中からじゃよく分かんなかったけど、柱が少ない広い空間に、観葉植物とか変な飾りのテーブルがたくさん並んでて、豪華な感じの照明で明るいんだけど、なんとなく薄暗い雰囲気がある。よく知らないけど、この場所を一言で表すんだったら、これしかなかった。

 

 「カジノ?」

 

 もちろんアタシは高校生だし、そんなところ行ったことない。だけどイメージの中にあるカジノとほとんど同じだった。っていうか日本にカジノってあったっけ?なんか香港とかだったらよく聞くけど。えっと、香港って中国語だっけ?

 

 「!」

 

 物凄く静かな場所だったせいか、床が絨毯になってたからか、遠くの方から微かに聞こえる音が聞き取れた。機械の音だけど、明るい音調だったり暗い音調だったり、なんかいかにもこういう場所で聞こえてきそうな、バブリーな感じの音だった。音がするってことは、あっちに誰かいる?どんな人か分かんないけど、良い人なら頼れるし、悪い奴だったら逃げればいい。こんだけ広ければなんとかなるでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音を頼りに、カジノの中を進む。見晴らしがいいからいきなり死角から襲われるみたいなことはないけど、やたら広い。さっきの換金所から音のする方まで歩いてるけど、なかなか着かない。これが一つの建物の広さ?やっぱりここって日本じゃないのかな。もし人がいても言葉が通じなかったらどうしよう。こんなことならちゃんと英語の勉強やっとけばよかった。

 

 「・・・?」

 

 歩いてる間に、色んなテーブルや機械を通り過ぎた。たくさん並んでるのはスロットマシーンだった。普通は数字の7とかが絵柄にあると思うんだけど、なんか暑苦しそうな男の顔とか、外国人の子供の顔とか、なんか気持ち悪い。なにこれ。

 それ以外だと、トランプが並んでて枠線とかなんかのマークとか英語が書かれてる小さいテーブルがあった。たぶん、トランプゲームをするための場所なんだ。こういうところでやるのって、ババ抜きじゃないよね。えっと、ポーカーとかブラックジャックとかあれだよね。

 

 「?」

 

 テーブルやスロットマシーンで入り組んだところを進んでいくと、このカジノの中でも特に広くて目立つ空間に出た。そこはたくさんの椅子が並んでて、真ん中におっきなガラスケースがあった。椅子の一つ一つにモニターがあって、ガラスケースの中には物凄く大きなルーレットがあるみたいで、真上に設置されたカメラの映像がおっきなスクリーンに映し出されてる。なんかその光景が圧倒的で、思わず見とれちゃってた。だからそこに3人も人がいたことに気付くのがちょっと遅かった。

 女の子が2人と、男が1人。女の子の一人は頭の後ろで長い髪を結んでてピンクのジャケットを着てた。赤いメガネの奥から覗く目がなんかキツくって、気が強そうな感じがする。もう一人の女の子は、だぶだぶでしましまの服を着て袖から手が出てない代わりに肩が出てた。巨大ルーレットの一席に座って画面をめちゃくちゃに叩いてる。なんで裸足なんだろう?最後の男は、ゴーグルとかチェーンとかベルトとかゴツいアクセをいっぱいつけて、ダメージコートを靡かせてた。髪は長くて荒っぽい感じがするけど、きちんとまとまってた。

 

 「あ・・・」

 「ほう、もう一人いたか」

 「おっ?へえ水着か!いいねえ、大胆なカッコしてんじゃんか!結構遊んでんじゃね?イイねえ、ソソるぜ!」

 「は?」

 

 私と目が合うと、ピンクジャケットの女の子と男が会話なのか微妙な感じで話した。もう一人の女の子は私にも気付いてないみたいで、まだルーレットに夢中だ。

 

 「どれどれ?なーんか遊んでるっぽいけど、よく見たらなんかカッコだけっぽいな。そういうのもいいぜ!強気に出られると弱いっつうか、必死で頼めばいっぱっ・・・!?ほげがあっ!?」

 「・・・ッ!!?」

 

 男の方がアタシの胸の辺りをじろじろ見ながら近寄ってきて、なんか物凄くセクハラめいたことを言われそうになったところで、もう一人の気の強そうな女の子が無言でその男を後ろの放り投げた。歩いてきて椅子に座るくらいすごい自然な流れで人が吹っ飛ばされていったから、事態を理解するまでちょっと時間がかかった。

 

 「なんだ今の・・・?」

 「タイガー・スープレックスだ」

 「タイ・・・?」

 「いや、なんでもない。すまんな。奴は女と見ると誰彼構わずセクハラをせずにはいられないケダモノなんだ」

 「いや、イラっとはしたけどそれ以上にびっくりしてる」

 「気を付けろ!そいつとんでもねえ暴力女だぞ!その証拠にオレは今ので両肩を脱臼した!」

 「元気じゃん!」

 「ケダモノに耳を貸すな。鼓膜が腐る」

 「おいおいおいおい!いくらなんでもそれは聞き捨てならねえぞ!このオレを捕まえて鼓膜が腐る!?鼓膜から惚れるの間違いだろ!?」

 「はあ?なにそれ?」

 

 意味が分かんない。この人達なんなんだろ。何このコンビネーション。なんかお笑いとかやってる人たちなのかな。すごい身体張ってるけど。ちょうどそこにあった柱に肩をぶつけて脱臼を治した男が、意味不明なことを言いながら怒ってきた。

 

 「まあ、機械越しの声じゃオレの魅力の百分の一も伝えられないわな。やっぱ声もナマだよな!ナマの方が気持ちいいに決まってんよな!」

 「本当に歯ァ全部折るぞ」

 「んなことしたら日本の音楽終わるぞ!っていうかそっちの水着のカノジョは、オレのこと知ってるわけ?」

 「知らねーよあんたみたいなカス」

 「カスて!じゃあ思い出させてやるよ!ぜってえ知ってるからなオレのこと!名前聞いて腰砕けになんなよ!?」

 

 

 『“超高校級のDJ” 城之内大輔(じょうのうちだいすけ)』

 

【挿絵表示】

 

 

 すごい自分で前ふりをして自己紹介した。城之内大輔・・・言われてみると、悔しいけど、聞き覚えがあった。確か、ラジオ番組とか音楽イベントで活躍してる高校生DJだっけ。友達にラジオ番組のファンがいたっけ。カッコイイ声だって言ってたけど、そうかな?少なくとも本人を前にするととてもじゃないけど、カッコイイなんて思えない。

 

 「その顔は知ってるって顔だな?へへ、オレは女子にはサービス精神旺盛なんだよ。リクエストにゃ絶対応えるぜ」

 「じゃあ今すぐ消えて」

 「オレが目立たねえ感じのはNG!!」

 「うるっさいこいつ・・・」

 「まあ気にするな。こういうのは構うほど図に乗る」

 「プロレス技かけた人の言うこと!?」

 

 有名人って結構調子に乗ってたりお高くとまってたりしてるって言うけど、こいつの場合はそれが突き抜けてる。っていうか勘違いしてるんじゃないのかな。アタシは別にこいつのファンでもなんでもないのに、女子は全員自分の虜みたいなこと言って、ホント今すぐこいつ消えてほしい。

 

 「っていうか、“超高校級”?こんなのが?」

 「遅え!もちろんオレが“超高校級”じゃなかったら誰が“超高校級”だってんだよ!希望ヶ峰学園ももったいねえよな。もう一年早くスカウトしてりゃ今年の入学者は女子が倍増してたはずだぜ」

 「口直しといってはなんだが、私も簡単に自己紹介しておこう。極という。彫師をしている」

 

 

 『“超高校級の彫師” 極麗華(きわみれいか)』

 

【挿絵表示】

 

 

 「彫師?」

 「いわゆる刺青やタトゥーを入れる職人のことだ」

 「へえ〜、すごいじゃん。なんかカッコイイ」

 「それオレにかける台詞!」

 「思っているよりいいものではないぞ。一生物だからトラブルが付きものだしな」

 

 さっきのケダモノ、城之内だっけ?ほどじゃないけど、極ちゃんもよく見ると結構ゴテゴテした格好してる。彫師っていう肩書きはよく分からないけど、タトゥーを入れる職人なんて、カッコイイじゃん。なんか極ちゃんはあんまり嬉しくなさそうな顔をしたけど、薄暗い照明で顔に影がかかってすごく渋い感じになってた。カッコイイこの娘・・・。

 

 「なるほどな、そういうトラブルもこの腕っ節で乗り越えてきたってわけがああああああああッ!!!」

 「触るな汚物が」

 「ちょっ!?なにしてんの!?」

 「チキンウイングアームロックだ」

 「チキン・・・!?」

 「ギブギブギブ!!ごめんごめんごめんごめんごめんて!!」

 「そっちで丸まってろ」

 「ふげえ」

 

 わざわざ会話に入ってきた途端に目にも止まらぬ速さで腕の関節を決められた城之内が、見てるこっちが痛くなりそうなえげつない顔をした。やっと技を外されたと思ったら、極ちゃんに蹴飛ばされて隅っこの方に転がっていった。なんか、すごく扱いに慣れてる。

 

 「二人は知り合いなの?」

 「なぜだ?」

 「極ちゃんが、なんか城之内の扱い分かってる感じがするから。城之内も素直に言うこと聞いてるし」

 「いや、私たちも全員バラバラに目を覚ましてついさっき会ったばかりだ。私は向こうのスロットマシーンコーナーで、こいつはトランプゲーム台で目を覚ましたらしい」

 「初対面の相手にプロレス技かけてたの!?」

 「頭に血が上るとクセでな。安心しろ。手加減はできる」

 「そういう問題なのかな?」

 「オレにも手加減してくれぇ・・・」

 「あっちでルーレットをしている奴は、最初からずっとあの調子だ。話を聞く限り、私たちと同じ状況らしいが」

 「あの娘・・・?」

 

 極ちゃんが親指で指した裸足の女の子は、まだルーレットの画面をばしばし叩いて、結果に喜んだり驚いたりしてる。後ろから覗いて見ると、私と同じように腕に巻いた機械を使ってお金を賭けてるみたいだった。でもその賭け方はめちゃくちゃだった。

 ルーレットのマスは数字じゃなくて、さっきスロットマシーンでみたような人の顔になってて、それを見た瞬間、私は背筋が凍った。よく見たらその顔の中には、私や極ちゃんの顔もあった。なんで?なんで私の顔があるの?なにここ?カジノじゃないの?それにこの子、この子の顔もあるのに、なんで何の疑問も持たずに遊んでるの?この子も含めて、すごく不気味だった。

 

 「あのっ・・・」

 「んぉー?あれ?キミのことは始めて見るよー♣」

 「ああ、うん。いま来たところだからね」

 「そーなんだ!マイムに何か用?お話したいのかなっ♫」

 「ええっと、取りあえず名前を知りたいなと思って」

 「いいよー♡あのね、マイムはね、マイムっていうんだー♡」

 

 

 『“超高校級のクラウン” 虚戈舞夢(こぼこまいむ)』

 

【挿絵表示】

 

 

 「クラウンっていうのはピエロのことねっ♡だからマイムは色んな芸ができるんだよー☆」

 「そ、そうなんだ。あの、そのルーレットは・・・?」

 「マイムたちの顔があるでしょ?ヘンだよねー♫だから調べてるんだよっ♫」

 「普通に遊んでるようにしか見えないけど」

 「遊んでるからねー♫」

 

 なんかヘンな子だった。自分の顔が描いてあるルーレットを何の躊躇もなく遊んでるし、そもそもこの機械の使い方を知ってる。もしかして、何か知ってるんじゃないのかな。でもまたルーレットに夢中になっちゃって、アタシの方から声をかけられる感じじゃなくなっちゃった。こんな子でも“超高校級”なんだ。なんか意外というか、“超高校級”ってなんでもありなんだなって思った。

 

 「あ゛ぁーーーッ!!」

 「ひっ!?」

 「忘れてた!キミの名前聞くの!」

 「え」

 「ああ、そうだったな。そういやお前の名前も“才能”も聞いていなかった」

 「そういやそうだ。まあオレは名前も知らねえ女ともねぶらふぁ!!」

 「ん?なに?」

 「裏拳打ちだ」

 「違う違うっ♠ダイスケはなんて言ったの?」

 「知らなくていい」

 「ふーん?それじゃ、キミのこと聞かせてよっ♡」

 

 いきなり大きい声をあげるから何事かと思ったら、そういえば私もこのクセの強い人たちについて行くので精一杯で忘れてた。自分のことを話してなかった。

 

 「あ、それじゃ、簡単に」

 

 

 『“超高校級のサーファー” 茅ヶ崎真波(ちがさきまなみ)』

 

【挿絵表示】

 

 

 「皆みたいに仕事とかじゃなくて、ただアタシが好きだからってだけだけど・・・よろしく」

 「サーファーさんかっ♫じゃあ海に行ったことあるんだ!」

 「そりゃまあ」

 「いいなー♡マイムは海行ったことないんだー♣」

 「そうなの?」

 「ずっと団長さんと一緒にサーカスであちこち行ってたんだけど、海にだけは行ったことなかったんだよねー♣いいなー♡マイムも海行きたいなー♫」

 「ただ好きなだけで希望ヶ峰学園に呼ばれることはない。誇るべき“才能”ということだろう」

 「え・・・う、うん、ありがとう」

 「えへへっ♢照れちゃうなー♢」

 「なんでお前が照れてんだよ」

 「あっ!間違えた!」

 

 なんかクセが強いけど、妙にまとまりがある。城之内が行きすぎたら極ちゃんがシメてくれるし、極ちゃんはしっかりしてて頼れる感じがする。虚戈ちゃんは何考えてるか分かんないけど、悪い子じゃなさそう。でも結局、ここにいる誰もここがどこで、なんで“超高校級”が集まってるのか分かんないみたい。この建物はおっきなカジノになってるらしくて、みんなこの建物の中だけで起きたんだって。じゃあこの外に出れば何か手掛かりが見つかるのかな?

 

 「出口を探す前に、他にも寝ている者がいないか探そうと相談していたところだ」

 「それでそこにアタシが来たってわけね」

 「ああ。4人目がいたら5人目もいる可能性がある。さて、出口を探すべきか5人目を探すべきか。どちらも存在するかは分からんがな」

 「ちょっ、怖いこと言わないでよ!出口あるに決まってるって!」

 「どうだかな。最近のファンは過激だからなあ。誘拐して監禁なんてあり得るぜ?」

 「マイムたちカンケーなーい♠」

 

 もう、やっぱさっきのナシ!虚戈ちゃんも城之内も呑気すぎるし極ちゃんは発想が怖い!アタシはどっちかと言うと、このカジノを十分に探索してから外に出た方がいいと思うな。出た後で戻れなくなったりしたら困るし。っていうか、本当にここ係員の人とかいないの?なんでアタシたちだけなの?

 そんな疑問を振り払うように、アタシたちの腕についた機械が震えた。そしてどこからか、奇妙奇天烈な音楽が流れてきた。このカジノの落ち着いた雰囲気に似合わない、ふざけた音だった。

 

 「んだこの音!最悪だな!最悪過ぎて新しいジャンルの音楽かと思った!」

 「こんなものが街に溢れたら私は耳栓を付けて過ごす」

 「マイムは息止めるー♠」

 「息止めても音は聞こえるからね!?」

 「えー!?くさいのはそれで大丈夫なのにー?」

 

 逆に聞きたいけど今までうるさいのを息止めて耐えてたの?なんていうアタシの疑問はすぐにどうでもよくなった。それよりもずっと気になることが起きた。音楽が鳴ったすぐ後に、音楽の比じゃないくらいに気持ち悪い声が聞こえてきた。

 

 『オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!』

 

 ものすごく嫌な感じがする。悪意があるっていうのかな。腹の底から嫌悪感が勝手に湧き上がってくるような、最悪な声だ。地図に表示された場所って言われても、地図なんてどこにあるんだ。と思ったら、さっき震えた機械にそれっぽいのが出て来てた。

 

 「何これ、ここに来いってこと?」

 「そのようだな。どうする?」

 「行くに決まってんだろ!あんな音楽のままじゃ音が不憫だ!オレが神曲にミックスしてやらあ!ついでに作った奴に音楽ってのが何か分からせてやる!」

 「マイムはもうちょっとルーレットやってたいけどなー♣でもみんな行くなら行くよー♫」

 「茅ヶ崎はどう考える」

 「えっ、ア、アタシは・・・行った方がいいと思う。ここがどこだか分かんないし、さっきの声の奴はこの建物に放送できるってことは、何か知ってることは間違いないし」

 「そうだな。だが用心しろ」

 「よーじん?なんでえ?」

 「手段も理由も目的も分からんが、私たちは曲がりなりにも“超高校級”だ。希望ヶ峰学園から私たちをこんなところに連れ去るなど並大抵のことではない。私たちを待っているのはそれなりの相手だということだ」

 「お、おおい・・・それじゃ、マジでオレたちが誘拐されたみたいじゃねえか」

 「ほぼ誘拐のようなものだろう」

 

 誘拐って、なんか物騒な話になってきた。そんなことを落ち着いて話せる極ちゃんはすごいのか、それともアタシたちよりちょっとズレてるのか。でも頼もしい。虚戈ちゃんはへらへら笑いながら先を進む極ちゃんの後に付いて行って、城之内もちょっと不安げな顔をしながらそれに付いて行く。

 アタシは、さっき言った理由でやっぱり行くのがいいと思うけど、でもそんな怖いことになるんだったら行かない方がいいんじゃないかとも思えてきた。でも、ここに一人で残るのもイヤ。ずるずると引きずられるように、アタシは小走りで3人の後ろに付いて行った。




これでプロローグのキャラ紹介パートはおしまい!さすがに4つに分けると長く感じる!でもその分それぞれを強烈にアピールできたかなと思います。
次回からの更新は少し待ってて下さいね。今のところ気になったキャラなど教えてくださると嬉しいです!


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Prologue.『ハウトゥー“セカイ”探索』

【タイトルの元ネタ】
『ハウトゥー世界征服』(Neru/2013年)


 地図に示されてたのは、テーマパークのエントランスの近くだった。このテーマパークにエントランスがあったっていうのもなんだか意外だった。すごく広いところのセンターに大きな池があって、植木とフェンスで中には入れないようになってる。ボクたちがいたメリーゴーラウンドからはそれなりに歩いたところにあって、着いたときにはボクたちの他に人がいた。

 

 「あっ・・・だれかいるぞ!」

 

 ボクたちの他に人がたくさんいることに、自然と出られるかもしれないと思ってしまった。池の近くに駆け寄ってその人たちに話しかける。どうやらボクたちと同じようなことになってたみたいだ。ボクだけじゃなくて、みんなも話を聞くうちに高まってた期待がどんどん落ち込んでいくのが分かった。

 

 「やっぱりみんな同じかあ。参ったねこりゃあ」

 「フフフ・・・参ったどころか、これほど奇怪な状況はそうそうないぞ。我々で全員なのか?」

 「1,2,3・・・17人?17人も希望ヶ峰学園の生徒が連れ攫われるなんて・・・。なんだか不安になってきたわ」

 「17?Wow!!Great!!17といえば、1ケタの素数の総和で表される素数ですね!」

 「そすーそすー♡たのしそーなところだねっ♡」

 「っていうか、ここどこなの?こんなおっきい遊園地なのに誰も知らないとか意味分かんなくない?」

 「一旦落ち着こう。俺たちはこの腕時計みたいな機械とアナウンスでここに案内されたんだ。みんなそうなんだろ?」

 

 人が集まったことで安心したり逆に不安になったり色んな人がいる。そんなボクたちを、“超高校級のパイロット”のワタルさんがまとめようと声をあげた。みんなが一度にワタルさんを見る。

 

 「不安になるのは分かるけど、こういう時こそ落ち着くんだ。17人も人がいるんだ。何かこの場所や出口の手掛かりがあるはずだ。話し合って協力しよう」

 「いいこと言うじゃんか雷堂!よっしゃ!オレにできることはなんでもするぜ!腹ァ減ってるヤツはいねえか!?」

 「っていきなり飯の話かよ!?この状況解決すんのが先だろ!」

 「手掛かりと言えるかは分からんが、自分が目を覚ました場所についてなら、各々情報があるだろう」

 「いよーっ!盛り上がって参りましたぁ!ではでは何からお話しましょうかあ!?」

 

 ワタルさんの呼びかけに合わせて、みんな次々に話し合おうとポジティブになってきた。ボクも少ないけれど、今までに思ったことを話そうと思った。

 だけど、17人も人が集まって、同じ方向を向くのはそんなに簡単じゃない。ハイドさんが口を開いた。

 

 「ふんっ、下らん。凡俗らしい無意義な気休めだ」

 「いよっ?なんですか!誰ですか!いよの語りに水を差す輩は!」

 「貴様ら凡俗が16人集ったとて、万傑たるこの俺様の足元にも及ぶわけがない。無駄な議論を囀るくらいなら、がむしゃらに走り回ってきた方が見つかるものもあるだろう」

 「走るのなら得意っすよ!自分、ちょっと行けるところまで回ってきましょうか!」

 「いやバカにされてんだよ!つかテメエなんなんだよ急に!」

 「手掛かりがある“はず”、話し合えば解決する“はず”、協力すれば必ず助かる“はず”・・・根拠も確証もないことを信じ込ませる常套句に、何の意味がある?結局その勲章も、何も分かっていないのだろう?」

 「勲章って、俺のことか?」

 「他に誰がいる」

 「でも・・・、みんな同じ状況っていうのは確かだし、話し合って何かが変わるかどうかも分からないよね」

 「あのねあのね、たまちゃん思うんだ!みんなここに集まって〜!って言われたんだよね?ね?そしたら、またなにか放送があると思うんだ!」

 「へ、下手なことはしない方がいい。あの放送主を刺激するようなことは・・・」

 「まだ我々以外に人間がいる可能性がある。私はそこをはっきりさせたい。まあ、人間以外の何かがいる可能性もあるがね」

 「だから、ここを動かないでできることをするんだよ!そりゃ俺だってみんなと同じだし、気休めにしかならないかも知れないけど、何もしなくちゃ状況は変わらないだろ!」

 

 二つの考えに分かれてぶつかるディスカッションに、ボクはどっちかが正しいのか迷った。ワタルさんの言うことは正しい。だけどハイドさんの言うことも分かる。ボンゾクが何か分からないけど。そもそもあのアナウンスの言うことをきく理由だって、ボクたちにあるんだろうか。

 そんなことを考えてると、またあの音楽が鳴り始めた。まるでボクたちが話すのをジャマするように、さっきより大きな音でボクたちの声をかき消す。

 

 「っああ!!気持ち悪ィ音だな!!」

 「あっ・・・い、池が・・・!」

 

 音が止んだのと同時に、こなたさんのつぶやきでみんなが池を見た。ただただ広くてキレイだっただけの池に波がたってる。いくつもの白いバブルがわいてきてそれはあっという間に池から飛び出して、水のかべを作った。こんなギミックがあったんだ。

 

 「な、なんだなんだ!?」

 「落ち着け。ただの噴水だ。ただ、さっきの音楽といい、何かが始まるのに違いはないな」

 「パレードかなんかだといいんだけどねえ」

 

 飛び出した水に視線をうばわれてると、その水の中に何かがうすぼんやりと見えてきた。水の勢いが強くなればなるほどそれははっきりクリアーになってきて、大きな水のかべに、その姿を大きく映し出した。

 モコモコのファーに全身をおおわれて、丸っこくてプリティな形をした、まるでぬいぐるみか何かのようなもの。体のセンターで色がくっきりわかれて、半分は雪のようなホワイト、もう半分は夜のようなブラック。本当にぬいぐるみみたいにシンプルな目と口のホワイトと、赤くて長く切れた目とキバがのぞくブラックを、半分ずつくっつけたみたいだ。

 

 「んっ!?く、くま?」

 「すごーい!水の中にクマさんがいるよ!これどういうことなのー!」

 「映像を水に投影しているのか。今時、陳腐な仕掛けだな」

 『オマエラ!!おはようございます!!』

 「あっ、この声・・・さっきの」

 

 水の中のそのクマは、放送で聞こえてきたのと同じ声でボクたちにあいさつをした。だけどボクたちの誰一人、突然でへんてこりんな状況に、あいさつを返せずにいた。みんなぽかんと口を開けるか、次に起きることに身構えてるかだ。

 

 『うーんいい返事だね!いいですね!期待が高まりますね!』

 「誰も返事なんてしてねえだろ!」

 『オマエラ、もう自己紹介は済んだかな?済んでても済んでなくてもどっちでもいいよ!これからオマエラはイヤでもお互いのことを知っていくことになるんだからね!』

 「いや〜〜!たまちゃんこわぁ〜い!>_<。」

 「お、おい!俺に引っ付くな!俺だって怖い!」

 「まだそのキャラやってるの。すごいわねぬば・・・たまちゃん」

 『ではまずはこことボクのことを知ってもらおうね。オマエラ、ここがどこか分からなくて困ってるんじゃないの?』

 「そ、そうだ!ここはどこなんだ!お前は誰だ!」

 『オマエラがいるこのセカイは、モノクマランド!!ここはその中のテーマパークエリア!!夢と魔法の国的なエリアだよ!!他にもいくつかのエリアに分かれてるから迷わないように気を付けてね!』

 「モノクマランド?」

 「テーマパークエリア?」

 

 ものすごくチープでシンプルなネーミングに、思わずリピートした。モノクマってなんだ?エリアに分かれてるって、全部でいくつあるんだろう?それよりも、セカイって言った?

 

 「意味が分からん。ここは希望ヶ峰学園なのか?」

 『そしてボクの名前はモノクマ!このモノクマランドのオーナーにして、このセカイの創造主!神と書いてゴッドなのだあ〜〜!!』

 「モノクマぁ?ふざけた名前しやがって!なんなんだお前!」

 『うぷぷぷぷ!さて、自己紹介も済んだことですし、かる〜くオマエラにこれからのことを説明しておきましょう!』

 「全然話きいてないし・・・」

 

 ボクたちの言うことなんてお構いなしに、モノクマと名乗ったそのぬいぐるみは水のかべの中でにやにや笑う。これからのことって、この後に何かが始まるってことかな。なんとなく、嫌な予感がした。そのぬいぐるみが一言発する度に、背中にナイフを突きつけられるような寒気がした。

 

 『オマエラ、自分の腕に機械があるのには気付いてるよね?それはモノモノウォッチ!時計や地図や通信機能も搭載した超ハイテクマシーン!しかもこのモノクマランドでは鍵の開け閉めからお財布代わりまでなんでもこなせるスーパー万能アイテム!耐水耐熱耐衝撃性も抜群!オマエラのプロフィールも載ってなんと無料でプレゼントしちゃうよ!うぷぷぷぷ!!すごいよね!太っ腹だよね!』

 「多機能・・・ふふふ、起爆装置の類ではないとは保証できないわけだな」

 「なぜ不安になるようなことを言う」

 『あ、無理に外そうとしないでよね。モノモノウォッチはオマエラの生体信号を常に監視してるから。もし強引に外そうとしたら・・・痛いじゃ済まないんだからね!』

 「やはりな」

 「すごいハイテクマシーンだ・・・。いったいどんなテクノロジーを持ってるんだろう」

 「こんなものまで配って、あなたは私たちに何をさせようとしてるの?」

 『うぷぷぷ。どうなるかはどうにかなってからのお楽しみだよ!さて、ではここらで自由時間としましょう』

 「やっぱり話は聞いてくれないんだな」

 「自由時間ってなんすか!」

 『このモノクマランドには出口もなければ入口もない、たくさんのエリアに分かれてる超巨大テーマパークなんだ。これからオマエラに生活してもらうこのセカイのことを知ってもらうために、探索する時間をあげようと思ってね。ボクって気遣いのデキるクマだからさ!』

 「出口もなければ入口もない?馬鹿な。上空から投下されたわけでもあるまいし、来た道があるなら出る道があるのが摂理だ」

 『うぷぷぷぷ!その辺のことはオマエラ自身が確かめてみなよ!そいじゃ、またね〜!』

 

 一方的に話したいことだけ話して、モノクマはスクリーンから消えた。そのスクリーンもまもなく消えて、元のおだやかな池に戻った。ボクたちはというと、何がなんだか分からないままその場でスクリーンのあった何も無いところをながめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、どうやら俺様たちはそういう状況だそうだ。これからどうするというのだ、勲章」

 「えっ?な、なんで俺にきくんだよ」

 「さっきはこの場を仕切ろうとしていた様子だから、俺様がわざわざパスをくれてやったのだ。ぜひともリーダーたる姿を見せて貰いたいものだな」

 

 ハイドさんの考えが透けてみえるみたいだ。本当はワタルさんをアシストしようとなんてちっとも思ってない。モノクマなんてわけの分からないヤツが現れて、出口がないなんて言われて、自由時間なんて言われて、何をどうすればいいかなんて分からない。だからワタルさんに答えを求めた。ボクたちがワタルさんに頼ってしまうように。ワタルさんが答えを出すしかないように仕向けた。

 

 「・・・と、とにかく、自由時間ってことは、ヤツから俺たちに何かしてくるわけじゃないはずだ。出口がないなんて言ってたけど、本当かどうか分からないし、探索するのがいい、と思う。でも絶対に一人ではダメだ。少なくとも2人以上でペアになって動くんだ」

 「まあ、妥当だな」

 

 どう動けばいいか分からなくてなんとなく不安だけど、ワタルさんの考えはそれで正しいと思う。とにかくこの場所について知らないと、出る方法も分からないままだ。みんながバラバラに動くよりも、数人でまとまって動けば、何かが起きても平気なはずだ。

 

 「また歩くの〜♠まいむもう足いたくなっちゃったよ♠」

 「裸足だからだろ。っていうかなんで裸足なんだ」

 「それじゃあみんな、二人一組になってくれ」

 「ふふ・・・ふ、何かのトラウマをえぐられそうな響きだ・・・」

 「オレとペアになりたいヤツ!先着一名女子限定だぜ!カモン!!」

 「貴様は私と来てもらう」

 

 一番に手を挙げたダイスケさんの手首を、怖い顔のレイカさんがつかんで下ろした。リクエスト通りに女の子が来たのに、ダイスケさんは期待が外れたみたいな顔をしてた。なんでだろう。

 

 「おいお前、鉄といったか」

 「お、おう」

 「お前も私たちと来てほしい。こいつが妙なマネをしないよう見張りも兼ねてだ」

 「あぁ・・・おう、分かった」

 

 頼まれたら断れないタイプなのかな。それとも良い人なのかな。サイクロウさんはレイカさんに言われるまま、そのペアに組み込まれた。

 

 「ふえぇ〜〜んっ!たまちゃんこわいよぉ〜〜!おにいさん助けてぇ〜〜!」

 「おっと、なんでおれに頼るのかなあ」

 「なんだか頼りたくなっちゃうんだもん・・・いけない?」

 「別にいいけどお。んじゃあペア組もうかあ。茅ヶ崎氏も来るかい?」

 「へっ、アタシ?」

 「は?」

 「ん?」

 

 ペアを組んだ3人を見てか、たまちゃんさんがいきなりヤスイチさんに飛びついた。急にヤスイチさんを頼った理由はよく分からないけど、どうやらあそこはあそこでペアができそうだ。近くにいたマナミさんをヤスイチさんがペアにさそうと、だれの声か分からない低くて短い声が聞こえてきた。ミスヒアリングかな?

 

 「おれはあっちの賑やかそうなところが気になってるんだあ。茅ヶ崎氏、向こうから来ただろお?案内してくれないかなと思ってさあ」

 「ああ、まあ別にいいよ。うん、っていうか、むしろ助かるっていうか」

 「そうかあ。茅ヶ崎氏も体育の時間に苦労してたクチかあ」

 「うっさい!」

 「ええ〜〜!たまちゃん、おにいさんとはその・・・二人っきりの方が・・・」

 「それはまたの機会だねえ」

 「・・・ちっ」

 

 スティッキングみたいな音が聞こえた気がしたけど、たぶん気のせいだね。これでまた3人1組のペアができた。

 

 「ふん、くだらん。0がいくつ集まろうが0にしかならん。凡俗が徒党を組んだところで足を引っ張り合うだけだ。俺様は俺様だけで探索させてもらう」

 「そういうわけにはいかない。星砂、お前は俺と組むんだ」

 「なぜ貴様の決定に従わなければならない。俺様は凡俗とは違う、万才の傑物だぞ?」

 「俺に答えを求めただろう。お前も俺を頼ったんだ。俺の決定には従ってもらう」

 

 みんながペアを組み始める中、ハイドさんが一人で歩き出そうとした。その腕をワタルさんがつかんで止めて、お互いににらみ合った。張り詰めた空気が周りに漂って、二人の次の動きに注目が集まる。だけど、事はそんなに荒立つことはなかった。

 

 「まあいい。時間は有限だ。貴様とくだらん問答をするくらいなら・・・組んでやる」

 

 つかまれた腕を振り払って、ハイドさんはそう言った。形だけ、っていうことだろうな。

 

 「ありがとう。それから、荒川も連れて行くぞ」

 「私か?」

 「ん?片目か?なぜだ」

 「オロオロしてて見てられないんだ」

 「・・・ふふふ、私をペアに組み込む気遣いができるなら、言葉にも気遣いが欲しかった。いや、贅沢は言うまい。感謝する」

 

 組み分けの話になってからずっと視線を泳がせてたエルリさんを、ワタルさんが目で誘った。エルリさんはメガネを直しながら二人の後に続く。なんだか危なっかしい感じがするトリオになっちゃったなあ。

 

 「ったあ〜!飯食いたくなってきたあ!けど・・・腹減ってねえな」

 「呑気な人ですね!?いま思うことがそれですか!?」

 「食いたくなったら食い時なんだよ!しっかしどうやって腹減らすかな」

 「空かせなければならないのですか!?」

 「ったりめえだろ!料理の最大の敵は満腹だぞ!!空きっ腹で食うのが飯に対する礼儀だろ!!」

 「よく分からないですなあ!!」

 

 なんだかテルジさんが大きい声で何か言ってる。それにつられていよさんの声も大きくなってきて、二人でぎゃんぎゃん騒いでる。なんだろう。

 

 「二人ともあんまり大きい声を出さないでね。耳が痛くなっちゃう」

 「失礼しました!!」

 「なんだよ正地。お前も腹減らしてえのか?」

 「違うわよ。二人して大きい声出してるから、何事かと思っただけよ」

 「袖すり合うも多生の縁と言います!せっかくですから、いよたちで探索しましょう!」

 「それはいいけど、どこを?」

 「俺は腹を減らしてえんだよ!!探索なんか後でもできる!!」

 「いや、探索が優先よ」

 

 正地さんはよくあの二人をいっぺんに相手にして頭が痛くならないんだなあ。えらい人だなあ。ボクも、いよさんやテルジさんと一緒に探索するとなると、いろいろとつかれちゃいそうだ。だからこのままあの二人を連れて行ってくれるとすごくありがたい。

 

 「そんなにお腹空かせたいなら、あっちにジムがあったわよ。探索ついでに案内しましょうか?」

 「マジか!ジムか!腹減らすなら一番じゃねえか!よっし!頼むぜ!」

 「いよもご一緒させていただきます!」

 「いいけど・・・あんまり大きい声を出さないでね」

 「了解しましたあ!!」

 

 分かってるんだか分かってないんだか、セーラさんがいよさんとテルジさんをまとめて探索に連れて行ってくれた。なんだか失礼なことを考えてたような気がするけど、よかった。

 

 「うおおおおおおおおおッ!!!みなさんどんどん探索に行かれて、自分もうかうかしてられないっす!!そこのヒゲのお兄さん!!」

 「うおっ!?な、なんだよ!?」

 「自分とペアを組みましょう!隅々まで探索するっすよ!!自分、ちょっと走って探索してくるんで、合図もらっていいっすか!?」

 「走ってって、お前雷堂の話聞いてたか?ペアで行動するんだから・・・ってクラウチングするな!!」

 「問題ないっす!!何かあったらすぐ戻って来ますし、みなさんに迷惑はかけないっすから!!」

 「そういう問」

 「よーい!ドンッ♡」

 「っしゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!!!!!」

 「おおおおおッい!!?お前なんで合図した!!?ってかあいつ速ッ!!?」

 「なんかアクトが楽しそうだったから、まいむもテンションあがっちゃったー♡」

 

 完全にアクトさんとマイムさんに振り回されて、ハルトさんはアクトさんの走って行った方向を見た。あっという間に見えなくなったアクトさんを追いかけて、そっちに走り出した。

 

 「ああったくもう!!俺はあいつと組むから、お前らはお前らでやってくれ!!」

 「追いつけるの?」

 「あいつほどじゃないけど足には自信がある!じゃあまた後でな!」

 「あっ!楽しそう♡まいむも行くー♡」

 

 アクトさんの後を追って、ハルトさんが走っていって、その後を足が痛かったはずのマイムさんがぴょんぴょこスキップしながらついて行った。大丈夫かな。

 どんどんペアを組んでいくみなさんを見てたら、いつの間にかこの場所にはボクとこなたさんだけ残ってた。これはチャンスだ。みんなが勝手にいなくなって二人きりになるなんて、神様がくれたチャンス以外に考えられない。ここでアタックしなきゃ!

 

 「こ、こなたさん!ボ、ボクとペアをくみましょう!」

 「うん。そうするしかないね。フフフ・・・」

 「はは、ボクもこなたさんとペアうれしいです!」

 「そうだね。みんな元気で楽しくて、本当にみんなで修学旅行か何かに来たみたい。今こんなこと考えちゃうなんて私って呑気なのかな?」

 「ボクそんなこなたさんもステキだと思います!ううん、どんなこなたさんもステキです」

 「ありがとう。スニフくんは優しいね」

 「こなたさんだからです。ボク、こなたさんのこと好きです!」

 

 言えた!いきなりだったかな。ジャパニーズまちがってないかな。言ってからそんな不安がどんどんわいてくる。こなたさんの返事は?さっきまでの会話と同じはずなのに、いきなり返事がおそく感じる。もしかしてヘンな人だって思われたかな?次の言葉が聞きたい。でもこわい。スローモーションみたいに、こなたさんが口を開けた。

 

 「うん。私もスニフくんのことは好きだよ」

 「え・・・Really!!?」

 「本当だよ。スニフくんも、ここにいるみんなも、私は好き」

 「はえっ!?あ、ああ・・・そ、そうですか・・・」

 

 Bullshit!!

 

 「くすくす、それじゃスニフくん。私たちも行こうか」

 「あ、そ、そうですね・・・」

 

 パーフェクトなシチュエーションだと思ったのに・・・こんなことなら、パパにママを口説いたときの話を聞いてからニッポンに来るんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーマパークエリアから他のエリアには、大きなゲートを通って移動できた。エリアは全部ゲートで仕切られてて、向こうがなんていうエリアなのかはゲートを見れば分かるようになってる。だけど池の近くからは外に出られるゲートはなかった。ボクとこなたさんは、まず一番近くにあったギャンブルエリアに向かった。

 ゲートを過ぎると目の前に大きくてキラキラした建物が見えた。カジノハウスとかいてある。奥にはむずかしい漢字がかいてある建物がいくつかあって、こなたさんに教えてもらった。ケイバジョウとかケイリンジョウらしい。レース場のことだ。ボクたちはまずカジノハウスに入ることにした。

 

 「そういえば、カジノって子供は入れるんだっけ?」

 「ボ、ボクは子供じゃないです!ハイスクールスチューデントなんですよ!それにワールドスタンダードでカジノは若くて18才からです。ボクたちが入れないのつくっても意味ないですから、かんけいないですよ」

 「そうなんだ。スニフくんは物知りなんだね」

 「ベンキョーたくさんしましたから!コウセツのケイってやつです!」

 「蛍雪の功、かな?」

 「それでした!」

 

 余計なこと言ってまたまちがえちゃった。でもカジノってボクも入るのはじめてだし、なんだかワクワクする。いけないことをしているような、楽しみなような。キラキラ光るかざりの間にある透明な自動ドアが開くと、すごく広くてゴージャスな空間があふれてきた。

 かべも床も天井も、どこもかしこもカーペットでふかふかで、あちこちについたライトの明かりがこの空間から暗い場所の一切を消し去ってる。柱がないからすごく広く感じて、ささやかなBGMなのにオーケストラみたいに空間いっぱいに音がひびきわたる。それ以外には足音もしない。なんとなく、わけもなくギャンブルをしたくなるような、そんな空間だった。

 

 「へえ、こんなところなんだね」

 「Fantastic!!なんだかついついギャンブルしたくなります」

 「でも私たちお金持ってないよ?」

 「そうですね」

 

 スロットマシーンにビッグルーレットにトランプゲームに麻雀台まである。有名なゲームから見たこともないゲームまで、色んなギャンブルがあちこちに並んでる。でもよく見てみると、スロットマシーンやルーレットのマークはボクたちの顔になってた。ルールはきっと普通のものと同じだと思うけど、こんなバッドテイストなもの、誰が考えたんだろう?

 

 「趣味悪いよね、それ」

 「あ、茅ヶ崎さん」

 

 大きなスクリーンに映し出されたルーレットに目をうばわれてたボクたちに、後ろからマナミさんが声をかけた。パーカーの前をあけて中の水着が見えてる。目のやり場に困るからしめてほしいな・・・。

 

 「そこのパネルで動くみたいだよ。池のとこ集まる前に虚戈ちゃんがやってた」

 「うーん、これはあんまり気がのらないですね」

 「マジ気分悪いよね」

 「茅ヶ崎さんはこういうのやったことあるの?」

 「ううん。アタシはこういうとこ似合わないもん。遊ぶんならいっつも海だった」

 「“Ultimate Surfer”ですからね!」

 「そうなんだ。でも、トランプなら分かるよね?」

 「まあね」

 「もし機会があったら、茅ヶ崎さんと一緒に遊んでみたいな」

 「は?なんでアタシと?アタシと研前ちゃんじゃ、キャラ違いすぎじゃない?」

 「だって茅ヶ崎さん、良い人そうだから」

 

 こなたさんに遊びにさそわれて、マナミさんは冷たく返事した。悪い人じゃないと思ったけど、なんだかボクたちと仲良くしたくないのかなって思った。でもこなたさんはそんなの関係ないとばかりに、マナミさんのことを良い人と言った。ボクもマナミさんも意外だった。

 

 「悪人ってわけじゃないけど、良い人って。無理しなくていいよ」

 「無理なんかしてないよ。だってさっき納見くんにいきなり誘われて二つ返事でOKしてたし、今も私たちにルーレットの使い方教えてくれたし」

 「べ、別にそれくらい普通だって・・・」

 「それに、人のことをちゃんと名前で呼ぶ人は、信頼できる人だから」

 「えっ・・・」

 

 どうしたんですかこなたさん!どうしてそんなにマナミさんをホメるんですか!うらやましい!ボクもこなたさんにホメられたいのに!

 

 「だから、ここを出た後も仲良くしたいな。私たち希望ヶ峰学園の新入生だし、たくさんお話できるよね」

 「ボ、ボクも!」

 「いいけど・・・でもアタシ、そんなおもしろいことしゃべれないよ」

 「いいよ」

 

 たじろぐマナミさんに、こなたさんはなんだか満足そうだ。なんで!なんでボクにそのスマイルを向けてくれないんですか!マナミさんには向けるのに!そんなボクの叫びはしまっておくとして、マナミさんは目を逸らしてうなずいてた。このままじゃこなたさんがマナミさんにとられる!

 

 「そ、そういえば、ヤスイチさんとたまちゃんさんはどうしたんですか?」

 「ああ。あの二人ならあっちで遊んでたよ。たまちゃんが探索するの飽きたんだって」

 「飽きたって、それどころじゃないと思うけど」

 「気になるなら行ってみれば?アタシはもうちょっとカジノの外も見てみようと思うけど」

 「ふふ、二人の分までがんばるなんて、やっぱり良い人だね」

 「もういいから!」

 

 顔を赤くしてマナミさんはカジノハウスから出て行った。一人で大丈夫かな、と思ったけど、それを言ったらこなたさんがついて行っちゃいそうで、言わないことにした。ボクってズルい人間だなあ。

 ボクとこなたさんは、カジノハウスの奥にある、ダーツやビリヤードの並んだブロックに来た。本当はこういうのはギャンブルとは違うんだけど、勝ち負けがあるゲームってことでここにまとまってるんだと思う。そこでは、へろへろになったヤスイチさんと退屈そうな顔をしてるたまちゃんさんがいた。

 

 「たまちゃんと納見くん。ここにいたんだ」

 「お、おおぉ〜!?スニフ氏に研前氏い〜!」

 「はあ!?そんなのあり!?」

 「助かったよお〜!二人とも来てくれてありがとう!」

 「ど、どうしたんですか」

 

 ボクとこなたさんを見るや、ヤスイチさんはすがりつくように頭を下げた。たまちゃんさんは相変わらず退屈そうにしてる。

 

 「おれとたまちゃんで賭けをしてたんだあ。次にここに来るのは男か女かっていう・・・二人同時に来てくれてよかったあ」

 「真波ちゃんはー?」

 「外を探索しに行ったよ」

 「はあー?なにそれ!なに勝手にどっか行ってんの!」

 「たまちゃんが男と女の両賭けなんて言い出すからあ、おれは『両方』に賭けるしかなくてさあ。さすが“超高校級の幸運”だねえ。おれにも幸運を分けてくれたのかい」

 「え、いや・・・私の幸運は、そういうのじゃないから・・・」

 「とにかくこれで負け分も吹っ飛んだよお」

 「あッり得ない!こんなんで今までの全部チャラになるとか!」

 「それはたまちゃんが言いだしたんだろお?」

 

 なんだかよく分からないけどヤスイチさんの話をまとめると、ここのダーツやビリヤードでたまちゃんがヤスイチさんにギャンブルを持ちかけたみたいだ。“Ultimate Hustler”のたまちゃんにヤスイチさんが勝てるわけもなく、借金が増えていって、一発逆転のこのギャンブルでギリギリ勝った。そんなところだ。

 

 「たまちゃんさん・・・そんなことやってる場合じゃないですよ」

 「だってたまちゃん探索とかつかれちゃうしー。それに康市お兄ちゃんだってやってたしー」

 「強引にやらせたんだろお?ルールもよく分からないのにさあ」

 「終わったことねちねち言う人って男らしくなーい」

 「この調子で都合の悪いことはまともに取り合ってくれないんだよお」

 「Wow・・・How terrible・・・」

 「災難だったね・・・」

 

 なんだかヤスイチさん、たまちゃんさんにロックオンされてるような。そういえばペア組みのときも、たまちゃんさんからヤスイチさんに声をかけたんだっけ。ボクたちが来なかったらきっともっとひどいことになってたんだろうなって思うと、はじめにカジノに行こうって言ったこなたさんは本当に幸運なんだなって思った。そういうの、ジャパニーズでなんていうんだっけ?

 

 「ダーツやビリヤードがスポーツに分類される理由が分かったよお。インドア人間にとっちゃ激しい運動と一緒だねえ」

 「それはイカサマ抜きでただの運動不足だから」

 「イカサマの自覚あったんじゃないかあ」

 「あのね、たまちゃんは“超高校級のハスラー”だよ?ハスラーはイカサマ師とか詐欺師って意味。だよねスニフくん」

 「え、ああ・・・そ、そうですね。英語でビリヤードをプレイする人はビリヤードプレイヤーっていいます」

 「だから気を付けないと、たまちゃんに全部搾り取られちゃうよ?」

 「そうなのかい?てっきりビリヤードの“才能”だと思ってたよお」

 「あーあ、なんかつまんない。ね、研前お姉ちゃんもたまちゃんと勝負する?」

 「今の話きいたから、遠慮したいな」

 「スニフくんは?」

 「ボクも・・・ごめんなさい」

 

 むしろ今の話を聞いてたまちゃんとギャンブルしようと思う人の方が少ないと思う。退屈ならマナミさんと一緒に探索しに行けばいいのに。

 

 「誰かさっさと出口見つけてよー!たまちゃんもうここあきたー!」

 

 ボクとこなたさんは、これ以上巻き込まれないうちにカジノハウスから出ることにした。残されたヤスイチさんも外に出てマナミさんと探索することにした。ボクたちは一旦、テーマパークエリアに戻ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートからテーマパークエリアに戻ると、次にどこのエリアに行くか考えた。モノモノウォッチでマップを広げると、テーマパークエリアは5つのエリアととなりあってるらしい。そのうちの一つはまだ行けないけど、残りの4つには行ける。その一つがギャンブルエリアだ。

 

 「行ったことある場所は詳しく見られるようになるんだね」

 「次はどこのエリアに行きましょう」

 「スニフくんはどうしたい?」

 「ボクはあっちが気になります!」

 

 本当ならギャンブルエリアから順番に見ていくものだろうけど、ボクはあえて遠いゲートを指した。こなたさんと一緒にテーマパークを歩けるんだから、すぐに人と会わないように遠いところにした。きっとデートみたいで楽しいはずだ!

 

 「じゃあそっちにしようか。はい」

 「ボクがエスコートします。ついて来て下さい」

 「迷子にならないように気を付けてね」

 

 こなたさんの方から手を差し出してきた!きっとこなたさんもボクのことを意識してるんだ!やったね!と思ったら、どうも親が子供と手をつなぐあの感覚らしい。こんな分かりやすい道で迷子になんかならないですよ!子供じゃないんですから!

 そう思ったけど、こなたさんの少しひんやりしてるけど柔らかくて細い手ににぎり返されると、そんなのどうでもいいやと思ってしまった。ボクって単純だなあ。

 

 「こっちは何のエリアかな?」

 「ゲートが見えましたよ。えっと・・・ホテルエリアですね」

 

 なるべく離れてるところと言ったけど、それほど離れてるわけじゃなくて、歩いてたらすぐ着いちゃった。なかなか二人だけの時間は長くとれない。ゲートの向こうはさっきのギャンブルエリアとは違って大きな建物がいくつかひしめき合ってた。

 バイクを停めるようなパーキングがついたホテルがすぐ近くにあって、その隣にはレンガ造りの建物があった。パーキングに停まってるのはセグウェイみたいな乗り物で、丸くて3つタイヤがついてた。ホテルは6階建てくらいで、全部がゲストルームになってるみたいだ。ホテルの前の広場の反対側には、大きなショッピングセンターがあった。テーマパークの中なのに、スーパーやデパートみたいになんでもそろってそうだ。

 

 「大きな建物がいっぱいあるね」

 「Wonderful!!ホテルがあるなんて、このテーマパークはもしかしてハイクラス向けのテーマパークなのかも知れないですね!」

 「スニフくん、泊まるつもりなの?」

 「あっ、いえそういうつもりで言ったわけじゃないです!」

 

 こんなわけわからないところ早く出ていって、希望ヶ峰学園でこなたさんと一緒にハイスクール・セーシュンを過ごすんだ!ホテルなんか泊まってられないよ!と思ったけど、もし本当にこのモノクマランドに出口がなかったら、ボクたちはこのホテルで寝泊まりすることになるんだろうなあ。

 ホテルの中はマーブルでできてて、シャンデリアやキレイなガラスであちこちがピカピカだ。エントランスのすぐ前にカウンターがあって、横にはレストランがつながってた。その向こうはライブラリにつながってるみたいだ。

 

 「きれいなところ」

 「ゲストルームはワンフロアで17つあるみたいです。3階より上は・・・being renovated。ジャパニーズだと・・・」

 「改装中みたいだね。せっかく良い眺めだと思ったのに」

 「はい・・・ってこなたさん泊まる気なんですか!?」

 「気にならない?」

 

 ええ!?どっち!?驚くボクを見て、こなたさんはくすくす笑う。からかわれたのかな。でもそんなイタズラするこなたさんもステキです!

 

 「気になりますけど、それじゃ上へは行けないんですね」

 

 ゲストルームは片方に9つ、もう片方に8つ。長いろうかで全部の部屋の入口が見渡せて、奥にはぽつんとミニテーブルがあって、観覧車のおもちゃが置かれてた。外にあったもののミニチュアだ。

 

 「ここには誰もいないみたいですね。出口の手掛かりもありそうにないです」

 「他のところ行こうか」

 

 ドア一枚でどこにでも移動できればいいのに、と思ったけど、そんなことあり得ない。あり得ないことを考えてしまうなんて、ボク、だいぶ参ってるんだな。こなたさんに手を引かれて取りあえずエントランスまで戻って、レストランを覗いて見た。ここも普通のレストランってことと、ボクのお気に入りの紅茶の葉っぱがあるってこと以外に発見はなかった。

 

 「お腹減ったね」

 「そういえば、起きてから何も食べてなかったです。後でテルジさんに何か作ってもらいましょう」

 「“超高校級の美食家”の料理なんて、期待しちゃうね。私、バームクーヘン食べたいなあ」

 

 今はまだおやつには早いから、後で探索が終わったらテルジさんに頼んでみよう。そんなことをしてもらってる余裕があればいいけど・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルの探索はあっさり終わって、ボクたちはすぐにとなりのライブラリに移動した。その間にはカラオケボックスがあったけど、特に発見なんかなかった。ライブラリの中はまどからの明かりでさわやかに光ってて、天井までつづく本棚に数え切れないくらいの本がびっしり並んでた。船のデッキみたいに高い本棚には通路が張り巡らされてる。こんなライブラリみたことない。

 

 「うわあ・・・小説の中みたいです・・・。こんなライブラリはじめてです」

 「何百冊、ううん、何万冊あるんだろう。なんでもありそうだね」

 「ボク、ニッポンのMANGAよみたいです!サイコーにクールです!」

 「しーっ、図書館だから大きな声出しちゃダメだよ。あと走るのも」

 「あ、すいません」

 

 これだけの本があればMANGAもありそうだ。思わずテンションがあがっちゃうのを、こなたさんに注意された。ボクとしたことが、うっかりしてた。それにしても声がよく響く。上の方まで届きそうだ。と思って上を見たら、上からボクたちを見下ろしてる視線とぶつかった。

 

 「おっ!!女子発見!!」

 

 声が届くどころじゃない、耳元でものすごく大きな声を出されたようにはっきり聞こえる声とともに、ダイスケさんが猛スピードで階段を降りてきた。途中で本をとってきて、あっという間にこなたさんの前にやってきた。

 

 「ようお前ら。オレの声に惹かれて来たのか?しょうがねえ奴らだな。ここよく響くし、一曲プレゼントしてやってもいいぜ?」

 「な、なんですかダイスケさん・・・」

 「ほらよ。これ見てみな」

 

 そう言ってダイスケさんが渡してきたのは、自分がフィーチャーされたマガジン、レコードアワードブック、ミュージックマガジン、どれもこれもダイスケさんの活躍が書かれたものばっかりだった。ははあ、これで自分のすごさをアピールしてるわけか。

 

 「お前らも聞いたことあんだろ?『DJダイスケのマジイキレコード』!オレの美声と音楽への愛に酔いしれるリスナーが多すぎて、リクエストはがきで局の廊下が埋め尽くされたって伝説があるあの!」

 「ボク、ニッポンに来たばっかりでよく分かんないです」

 「私もラジオはあんまり聴かないなあ」

 「ウソだろぉ!?」

 

 ニッポンのラジオはマークしてなかった。リクエストレターでろうかが埋まるなんてことあるのかな。ホントかウソかは分からないけど、でもこれだけのマガジンに名前と顔が載ってるんだ。“Ultimate Disc Jockey”はダテじゃないってことか。

 

 「あの感動と興奮の1時間を!この番組のためにラジオは発明されたとまで言われたあの番組を!世界中の音楽の粋を!まだ味わったことねえってのか!?ちくしょう、うらやましいぜ!はじめてあれを聴いた瞬間オレの虜になるって話だからな。そんな経験がこれからできるなんてよ・・・!オレはどう頑張ったってできねえってのに!」

 「もっとすごいラジオをさがせばいいじゃないですか」

 「バカか!オレ以上のDJなんか宇宙中探したっているわけねえだろ!」

 「ポジティブなんだね」

 「ポジティブなんでしょうか」

 「まあそれはさておき・・・研前、だっけ?やわっこそうな手してんなあ。箱入り娘っていうか、あんまり経験なさそうじゃんか」

 「経験?うーん、友達はあんまりいなかったなあ」

 「人の温かみってモンを知らねえだろ?オレが教えてやるぜ。暖かみも温かみもまとめて」

 「友達になってくれるの?ありがとう。私も城之内くんにオススメの曲とか教えてほしいな」

 「曲だけじゃねえ!音楽のことならなんだってだ!ま、オレの手にかかりゃお前も楽器みてえにイイ声(おと)出す・・・うおあっ!?」

 「!」

 

 早口でまくしたてるようにしゃべるダイスケさんと、のんびり的外れな気がする返事をするこなたさんの会話に、ボクは何がなんだか分からなかった。でもなんとなくこのままダイスケさんとこなたさんを話させておくのはマズいと思って来たところで、ダイスケさんが後ろから持ち上げられた。濃いブルーのジャパニーズワーキングウェアで頭にハチマキを巻いた、サイクロウさんだ。

 

 「ギャーッ!?おいこら離せハゲ!持つな!」

 「すまん研前、遅くなった。こいつにセクハラされていなかったか?」

 「ううん?大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 「城之内。お前あれほど極に釘を刺されて、まだ懲りないのか」

 「バッカ野郎!男が女に興味なくしたら人類は滅亡だろうが!」

 「そこまでは言ってない。自重しろということだ」

 「パワフルなんですね、サイクロウさん」

 

 ダイスケさんを軽く持ち上げてしまえるほど、背が高くて力がある。ウェアの上からでも分かるマッチョな体と物静かな性格のおかげで、すごくかっこいい。ニッポンダンジって感じだ。

 

 「ケーッ!力と身長ばっかりが威張ってんじゃねえよ!“才能間違い”のくせによ!」

 「“才能間違い”?」

 「間違いではない。俺が納得していないだけだ。でもいいんだ、それが俺に求められてることなんだから」

 「鉄くんは、確か“超高校級のジュエリーデザイナー”だったよね」

 「ひゃはは!!ジュエリーデザイナーて!!このナリで!!オカマかよ!!」

 「・・・」

 「ダイスケさん、笑ったら失礼ですよ。Jewelry Designerだって立派なお仕事です」

 「似合わないことは自覚している」

 

 サイクロウさんを思いっきり笑うダイスケさんに、サイクロウさんは文句の一つも言わない。確かにボクも、サイクロウさんはニッポンのトラディショナルアーティストみたいで、ジュエリーデザイナーなんて仕事はミスマッチだと思う。でも、それだけの“才能”があるなんて素晴らしいことじゃないか。

 

 「なんでお前みたいな野郎がジュエリーデザイナーなんて言われるんだよ!希望ヶ峰学園は何をどう間違えたんだ!?」

 「俺の家は鍛冶屋だ。鉄鋼を使ってモノを造る仕事を応用して、アクセサリーを造る仕事を姉が始めたんだ。その手伝いとして力を発揮しすぎた」

 「鍛冶屋の手伝いはしなかったの?」

 「父と仕事のやり方やもの作りに対する考えでぶつかってな。いわゆる反抗期というやつだ。考えてみれば俺が間違っていたのだが、その時はどうも決まりが悪くてな。姉の仕事という逃げ道に頼ってしまった」

 「それでアクセサリー作りに」

 「まあ、若気の至りだな」

 「マ・・・マ・・・!」

 

 そんなのって・・・そんなのって・・・!

 

 「Marrrrrrrrrrvelous!!!」

 「うおっ」

 「んっ!?」

 「すごい!!すごいですサイクロウさん!!Marvelousです!!」

 「な、なにがだ?」

 「カジヤは日本刀つくる仕事だってボク知ってます!日本刀は世界中でもハイレベルのアートなんです!So cool!ニッポンのトラディショナルアーティストのプロフェッショナルって感じでサイッコーにかっこいいです!しかもハンコーキでおとーさんとケンカなんて、すっごくセーシュンしてるじゃないですか!その上、Jewelry Designerの“才能”までブルーミングさせるなんて、サイクロウさんはかっこいいです!あこがれます!」

 「お、おう・・・?」

 「ガキンチョお前オレの話のときそんな目1回もしなかったろ!」

 「ダイスケさんですか?音楽大好きなのGoodだと思います」

 「雑ィ!!」

 「ボクもいつかは、サイクロウさんみたいに強くてかっこよくて大きなジェントルマンになりたいです!」

 「俺は別に紳士じゃないんだが」

 「いいなあ、ボクも言ってみたいなあ。まあ、ワケギのイナリだなって」

 「若気の至り、だね」

 「それでした!」

 

 最初に見たときからかっこいいなって思ってたけど、やっぱりサイクロウさんはかっこいい。ボクのあこがれを全部詰め込んだみたいな人だ。さっきもボクとこなたさんを助けてくれたし、池の前に集まってたときも周りの人のことをよく見てた。頼りになるなあ。

 

 「ところで、図書館の探索はどうなの?」

 「全然ダメだ。隠し扉の一つや二つあるかと思ったけど、マジで本ばっか。真面目な図書館だよ」

 「モノモノウォッチで本の検索や貸し出し・返却もできるらしい。思い付く内容の本は一通りあるな。大衆雑誌から研究資料、歴史書からマンガまで色々だ」

 「退屈しなさそうですね」

 「なあスニフよ。オレ激推しのエキゾチックでエキサイティングな本があるんだけどよ」

 「子供にヘンなことを教えるな」

 「ぐおっ!こ、こら頭つかむな!髪が崩れんだろが!」

 「ボク子供じゃないです!怖い本もへいきです!」

 「3人とも!」

 

 せっかくダイスケさんがボクにオススメの本を教えてくれようとしたのに、なんでかサイクロウさんが止めた。ダイスケさんのことだからボクを怖がらせようとか考えてるんだろうけど、ボクはオバケなんか信じてないからへっちゃらだ。そうやってさわいでたら、こなたさんがよく通る大きい声を出した。

 

 「図書館では静かに」

 

 普通に怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人とペアを組んだはずのレイカさんは、別行動でショッピングセンターに探索に行ったらしい。なんだかみんなワタルさんの言いつけを破って1人で行動してるけど、どうもあのモノクマってやつはボクたちに危険なことをするつもりはないらしい。今まであのアナウンス以外に何もしてこないんだから。

 

 「様子を見に行きましょう」

 

 ショッピングセンターはものすごく広くて、大きな吹き抜けの下にモノクマの形をした銅像が建てられてる以外は普通のショッピングセンターだった。色んなショップが並んでて、服とかクツとかおもちゃとか、キッチン用品やトラベルグッズやキャンピンググッズなんかの専門店があった。1階は食べ物がたくさん売ってて、でも店員さんは1人もいない。

 

 「なんでもありそうですね」

 「うん。でも人がいないショッピングセンターはちょっと怖いね」

 「大丈夫ですよ!こなたさんに何かあってもボクが守りますから!」

 「うん、ありがとう。頼もしいよ」

 

 こなたさんに頼られた!YEAH!!

 

 「たくさんグッズがありますけど、どこから持ってきてるんでしょう?」

 「さあ。出口がないんじゃ、持ってくることもできないと思うけど」

 「気を付けろ」

 

 近くにあったガラス工芸品のお店の商品に触ろうとしたこなたさんを、たまたまお店の中にいたレイカさんが止めた。クリアーでキラキラ光るガラスのかざりの中に立ってると、なんだかレイカさん自身もキラキラしてるような気がしてきた。キレイだ。

 

 「安易に触らないことだ。何が起きるか分からない。後で壊したなんだと金を強請られるかも知れないぞ」

 「それくらいで済めばラッキーだね」

 「“超高校級の幸運”が何を言う」

 「レイカさんはこのショッピングセンターを探検してたんですか?」

 「ああ。と言っても、分かったことといえばここの品揃えが常軌を逸しているということくらいだな」

 「ジョーキを?SLか何か走ってるんですか?」

 「考えられないほどってことだよ」

 「下は全体が食べ物の区画だ。口に入れて食べることができるものなら古今東西なんでも揃っている。2階は専門店の区画だが、ここは神経質なほど細分化された専門店が並んでいる。モノモノウォッチで検索も可能だが、品揃えが良いを通り越して逆に不便なほどだ。茶碗と箸が同じ店で揃わないことなどあるとは思わなかった」

 「ふふふ、面白いところだね」

 

 さっきのライブラリも広かったけど、こっちのショッピングセンターもかなり広い。それだけたくさんのショップがあるってことだ。レイカさんは自分のモノモノウォッチを見せて、近くのショップを検索した。うーん、確かに不必要なほど細かくわけられてる。ドッグフードとキャットフードを別々のショップに分ける必要ってある?

 

 「いつの間にかみなさん、モノモノウォッチを使いこなしてますね」

 「モノクマが言っていた通りだ。買い物もこれを使う。所持金が10万モノクマネーある」

 「モノクマネーってなんですか?」

 「おそらくここでの通貨単位だろう。品物の値段を見る限り、日本円と同程度の価値のようだ。下手に使わない方がいいだろうな」

 「慎重なんだね」

 「世の中いつ何が起きてもおかしくない。自分の身は自分で守るしかないんだ。分からないことがあれば警戒くらいする」

 

 そう言ってレイカさんはまた腕を組んだ。分からないことがあればっていうのは、たぶんボクたちに対しても同じだって言いたいんだろう。ボクらはまだここにきて数時間とたってない。こんな風に会話をするのもふつうのハイスクールならいいけど、わけもわからず連れて来られた見たこともない場所だと、気を付けなくちゃいけないんだ。

 強い目付きで辺りをにらむレイカさんは、周りの景色から切り離されてるように見えた。

 

 「ダイスケさんとサイクロウさんがライブラリにいましたよ」

 「ああ、私が指示した。向こうは2人で調べろと」

 「ふつう、城之内くんか鉄くんが極さんを守るように分かれると思うけど」

 「奴らに対処できる危険なら問題ない。これでもそれなりに修羅場はくぐり抜けてきた」

 「シュラバ?」

 「っと・・・しまった、また余計なことを」

 「???」

 「いや、忘れてくれ。私は普通の女子高生だ。そう、普通の女子高生。いいか、普通の女子高生だ」

 「「フツウノジョシコウセイ」」

 「そうだ。さあもう行ってくれ。探索は私一人で十分だ」

 

 何かまずいことを言ってしまったとばかりに、レイカさんはボクたちに何回も念押しした。普通の女子高生ってなんだろう。ホリシって“才能”もよく分からないけど、なんだか分からないことが多い人だ。それはきっと、レイカさんがボクたちを警戒してるからっていうのもあるんだろうけど。またこなたさんが仲良くなりたいって言い出すんじゃないかと思った。

 

 「それじゃ極さん、また後でね」

 

 意外にもこなたさんはあっさりしてた。マナミさんやダイスケさんにはいってたのに、なんでレイカさんには言わないんだろう。不思議だったけど、こなたさんが行くからボクもそれについていった。




少しずつキャラを掘り下げていければいいと思います。掘り下げる間もなく退場したり序盤で掘り下げ切っても生き残ったりするかも知れません。そこは悟られないように上手いことやりたいです(願望)(できるとは言ってない)
文章力きたえよ・・・


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Prologue.『“セカイ”は絶望に堕ちていく』

【タイトルの元ネタ】
『世界は恋に落ちている』(CHiCO with HoneyWorks/2015年)


 ホテルエリアからテーマパークエリアに戻ったボクたちは、次にどこのエリアを探索に行くか相談してた。行けるエリアはあと2つ。わざわざハイドさんと組んだワタルさんが心配だったけど、どこのエリアに行ったのか分からない。

 

 「荒川さんもいるから大丈夫だと思うけど」

 「エルリさんがいるから心配でもあるんです」

 

 あの3人が仲良く探索するかなあ。ワタルさんが大変そうだ。それはそうと、ボクたちはどうしよう。テーマパークエリアで困っていると、遠くの方ではしゃぐ声が聞こえた。一緒に泣き叫ぶ声も聞こえてきた。この声の主はすぐに分かるぞ。

 

 「皆桐くんと」

 「マイムさんだ!」

 

 2人で顔を合わせた。声がするってことは、先に走っていったアクトさんに追いついたんだ。すごいなハルトさんとマイムさん。ボクたちは声のする方へ行ってみた。広いテーマパークと言っても声が聞こえるところだ。それほど時間はかからずに会えた。

 地面にへたりこんでぜえぜえ息を切らしてるハルトさんに、悔しそうに泣いてるアクトさんに、近くのライトにのぼってはしゃいでるマイムさんがいた。何やってるんだろう。

 

 「みなさん、こんなところで何してるんですか?」

 「へぇ・・・へぇ・・・お、おお、スニフに研前か・・・。いや、もうこいつが・・・ものすげえ速さで・・・」

 「うおおおおおおおッん!!自分は自分が情けないっす!!やっぱり自分が“超高校級”なんて10年早いんす!!・・・っは!10年経てば“超高校級”に並べるなんて甘い考えをしてしまった!!うおおおおおおお!!自分はろくに反省もできないんすかああああああッ!!」

 「うるっせえな!!あんだけ走りまくってどこにそんな元気あるんだよ!!」

 「ハルトさんもまだ元気そうですけど」

 

 いきなり走り出したアクトさんをハルトさんとマイムさんが追いかけていったんだっけ。それで今の今まで走ってたアクトさんに、やっとハルトさんとマイムさんが追いついたらしい。“Ultimate Sprinter”のアクトさんはスピードはすごいけど、スタミナはあまりないらしい。“Ultimate Smuggler”のハルトさんはその逆。だから少しずつ追いついたみたいだ。

 

 「おまけに無鉄砲に走り出して須磨倉さんと虚戈さんに迷惑までかけて!!挙げ句これだけ走り回ったっていうのに・・・なんの成果も!!得られませんでしたァ!!」

 「あのな、成果はあったぞ。このテーマパークエリアはマジで出口がねえ。隠されてるか分かんねえけど他のエリアに繋がるゲート以外に移動できる場所がないってことが分かった」

 「つまり、テーマパークエリアじゃ何も分からないってことが分かったんだね」

 「アクトさんは泣き虫なんですね」

 「うう・・・面目ないっす。自分だって泣きたくはないんす。もっと強くなりたいんす。でも自分の不甲斐なさとか情けなさを思うと・・・自然と涙が」

 「走ってる最中も泣くんだぜ。途中から涙の跡おっかけて走ってた」

 「なにかの歌詞みたいでステキだね」

 「実際そんないいもんじゃねえぞ」

 

 空回りしてるけど、アクトさんがやたら張り切ってるのはそういうわけか。どうしてもボクたちの役に立ちたいんだね。わんわん泣く姿はなんとなく清々しくて、自分の気持ちをかくすよりよっぽどいいや。

 

 「で、虚戈さんはあそこで何やってるの?」

 「高いところからパークを見渡せば出口が見つかるはずだって、今し方登ったとこだ。あんな足かけるとこもない街灯にどうやって登ったんだか」

 「“超高校級のクラウン”は伊達じゃないってことだね」

 「あぶなっかしくて見てられねえよ。見ろ、出初め式みたいなことしてるぞ」

 「あっ♡スニフにコナタだー♡おーい♡」

 「逆立ちしたまま手を振ってる。すごいね」

 「見物料取るレベルを自然とやってんぞ。あいつはよく分かんねえなあ」

 「うおおおおおおおッん!!虚戈さんはまだあんなことができるほどスタミナ残ってるっていうのに、自分はこんなところでへばってるなんて!!陸上選手として恥ずかしいっすッ!!」

 「マイムさんの“才能”もスタミナがいりますから、そんなに比べなくても」

 

 何かにつけてすぐに泣いちゃうなあこの人。あれだけスピード出せるんだからもっと自信持てばいいのに。

 

 「虚戈さん、何か見える?」

 「うーん♣なーんにも見えないよー♠あっちはキラキラこっちはモクモクそっちはひろびろどっちもガヤガヤ、マイムはもう何が何だかくらくらするよ♠」

 「高くてあぶないですから、気を付けてくださいね」

 「大丈夫だよ♡マイムはクラウンだからね♡ほーら!こんなこともできるよっ☆」

 「きゃっ!」

 「Woo・・・見てるこっちがひやひやします」

 

 マイムさんはボクたちに自慢するみたいに、なんでおっこちないのか不思議なポーズをしたりアクロバットを見せたり、本当にショーを見せてもらってるみたいだ。くるくる回ったりぴょんぴょんはねたり、目が回ってくる。マイムさんは本当にスタミナがあるんだなあ。それにずっとスマイルだ。

 

 「いい気なもんだ。あいつ途中から俺の背中に勝手に張り付いてたんだぞ。皆桐追いかけるのに夢中で気付かなかった。背負(はこ)ばせんなら金払えってんだちくしょう!」

 「気付かないのもどうかと思うしお金の問題なの?」

 「ったりまえだ!脚は俺の商売道具だぞ!」

 「それじゃあハルトも、マイムの芸みたから見物料ちょーだい♢」

 

 ぷんすか怒るハルトさんもちょっとズレてるような気がするけど、マイムさんもなかなか手強い。お互いに自分の商品を使ったってことでイーブンかな。

 

 「見せびらかしてんだろ!あとお前早く降りてこい!さっきからスカートの中丸見えだぞ!」

 「へっ?きゃっ♢もうハルトのエッチ・・・あっ♠」

 「あっ!」

 「あや〜〜〜ッ!!」

 

 ハルトさんに言われるまで、ボクも気付かなかった。だってすごいアクロバットに夢中で、そんなスカートの・・・な、中なんてところ・・・うう、ボクが気付いてやんわり教えてあげればよかった。気付かなかったとはいえずっと女の子のスカートをのぞいてたなんて、紳士じゃないよ。

 マイムさんも言われて気付いたみたいで、とっさにスカートを両手で押さえた。マイムさんなら足だけでバランスを取ることもできたけど、いきなりのことでそんな余裕もなかったみたい。

 

 「あぶないっす!!」

 「うおっ!?」

 「や〜〜〜ふぅげえ!!」

 「うぶすっ!!?」

 

 真っ逆さまに落ちていくマイムさんが地面にぶつかる直前、ボクたちの後ろからものすごいスピードでアクトさんがスライディングしてきた。ぶつかる瞬間は思わず目を背けてしまって、二人の声だけでどうなったか分からなかった。

 

 「ああ!」

 「二人とも大丈夫!?」

 

 おそるおそるマイムさんが落ちたところを見ると、スライディングしたアクトさんのお腹の上にマイムさんがひっくり返ったまま落っこちてた。マイムさんの落下速度とアクトさんのスライディングの速さも相まって、ものすごい勢いでぶつかったんだ。ふたりともちっとも動かない。

 

 「「きゅぅ・・・」」

 「Oh my god!!大変です!!どうしましょう!!」

 「落ち着け。のびてるだけだ」

 「急いで手当しないと。あっちにホテルがあるからそこで・・・」

 「いや、アクティブエリアってとこに診療所があるらしい。そこに行こう」

 「二人を連れて行かないと!ボクがアクトさんを・・・」

 「スニフにゃ無理だろ。研前、虚戈を頼む。俺が皆桐を・・・よっと。はあ、まさか皆桐まで搬送(はこ)ぶことになるとは」

 「大活躍だね、須磨倉くん」

 「一銭にもならねえんだろ・・・俺が泣きてえよ」

 

 ハルトさんはアクトさんをうつ伏せにして、うでとひざで作ったリングに頭を入れて担ぎ上げた。自分より大きなアクトさんを軽々と持ち上げて、急いで走り出した。さすが“Ultimate Smuggler”だ。ケガした人のはこび方まで知ってるなんて、頼りになるなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートを潜ると、広々としたエリアが現れた。大きな建物が一つだけあって、その向こうには広いグラウンドがあった。サッカーもベースボールもラグビーもテニスもできそうだ。手前の建物は色んなスポーツセンターが一緒になってるみたいで、ハルトさんはその中に真っ直ぐ入っていった。

 中は長いろうかといくつかのブースに分かれてるらしくて、ボクたちが入ったのはジムにつながるブースだ。ジムに向かう途中でクリニックへの道があって、そこの奥にはセーラさんがいた。一度に現れたボクたちを見てびっくりしたみたいだ。

 

 「まあ、どうしたのみんな?そんなに血相変えて」

 「虚戈と皆桐がぶつかってのびたんだ。手当するからベッド貸してくれ」

 「もちろんよ。待ってね、いま氷枕持ってくるわ」

 「うう・・・セーラさん!ボクにも何かお手伝いさせてください!」

 「スニフくん?そうね・・・じゃあ、二人を下着だけにしておいてくれる?体を楽にさせなくちゃいけないから」

 「わかりました!」

 「虚戈ちゃんは私がやる。男子は覗いちゃダメだからね」

 「Of course!!」

 「へいへい」

 

 セーラさんがクリニックを出て行った後に、ボクとハルトさんでアクトさんの服を脱がせた。シャツとゼッケンとショートパンツだけだったからすぐに終わった。戻って来たセーラさんはちょっと顔を赤くしながら、アクトさんとマイムさんをウェットタオルで手当してくれた。

 

 「はあ・・・これで一安心か」

 「もう、なんでこんなことになっちゃったの?須磨倉くんもいたのに」

 「俺が軽率だったというか、虚戈がアホだったというか、皆桐がファインプレーだったというか」

 「皆桐くんは腕と脚も擦りむいてるじゃない。転んだの?」

 「実はガクガクジャラジャラで」

 「かくかくしかじか、だよね?」

 「それでした!」

 「漫画じゃあるまいし、それじゃ分からないわよ」

 「えっ!?ジャパニーズはこれでだいたいわかるんじゃないんですか!?」

 「漫画の読み過ぎだお前」

 

 うーん、ジャパニーズはむずかしいしミステリアスだ。

 

 「虚戈さんが街灯に登って出口を探してくれてたんだけど落っこちちゃって、皆桐くんがとっさに下敷きになったの」

 「なるほどね。もう、二人とも動けるのは分かるけど無茶しちゃダメじゃないの」

 「いえ、マイムさんがおっこちたのはハルトさんがスカートの中をのぞいたからです」

 「どういうことかしら?」

 「覗いたんじゃねえよ!街灯なんか登ったらイヤでも見えるだろ!」

 

 テーマパークでのごたごたを話すと、セーラさんは呆れてた。みんなが自分にできることをしただけなのに、どうもこう上手くいかないものだなあ。

 

 「もう、しっかりしてちょうだい。スニフくんも須磨倉くんも、男の子でしょ。女の子を危険な目に遭わせちゃダメじゃない」

 「めんどくさいです」

 「面目無い、でしょ?」

 「それでした!」

 「ああ、間違えたのね。いきなりスニフくんに拒絶されたのかと思ったわ」

 「ごめんなさい。ニホンゴ、ベンキョーします」

 「んなことより、この辺りに脱出口はあったのか?」

 「ないわ。いま相模さんと下越くんが詳しく調べてくれてるけど・・・」

 「いよーーーっ!!相模いよ!!探索を終え只今舞い戻りましたよ!!」

 「腹減ったなあおい!!お前ら何が食いたい?なんでも作ってやるよ!」

 

 セーラさんにしっかり怒られて、ボクとハルトさんはどっちも反省した。でもボクらに責任ってあったのかな?なんだかよく分からないけど。

 で、セーラさんと一緒にペアを組んだいよさんとテルジさんが、タイミングを合わせたみたいに戻ってきた。どっちもクリニックいっぱいに響き渡る大声を出して。

 

 「二人とも大きい声出さないって約束したでしょ!」

 「此は失礼いたしました!いよっ?其方はスニフさんに研前さん、須磨倉さん虚戈さん皆桐さん!此は此は揃いも揃っていかがなすったんです!?何か見つかったと見ましたよ!」

 「なんだなんだ!?出口見つかったのか!?よっしゃ!出て行く前に祝賀会だ!腕が鳴るぜ!!パーティメニューといったらやっぱ」

 「いや、こいつらの手当しにきただけだ」

 「「なんじゃい!!」」

 「ふふふ、面白いね。二人とも」

 「もう、静かにって言ってるのに・・・」

 「楽しそうな気配ッ!!マイムふっかーつ!!」

 「もっとうるさくなりそうなのが復活しやがった!!」

 

 二人がいるとやっぱりにぎやかになるなあ。せまいクリニックだからすごくうるさい。それにつられてマイムさんも起きちゃうし、もう手当てどころじゃないや。

 いよさんとテルジさんはアクティブエリアを調べてたけど、結局何も見つからなかったらしい。広いグラウンドとプールやジムが一つになったこの建物くらいしかなくて、とにかく運動するのに困ることはないってだけ分かった。

 

 「そしてなななんと!此のアクティブエリアにはもう一つ目玉施設がァ御座いましたぁ!!」

 「そう!目玉だぜ!」

 「目玉?なんだかきもちわるそうですね」

 「注目すべきってことだよ」

 「この施設の二階見たか?なんとそこにはなあ、温泉があったぜ!!」

 「いよーーーっ!!此ぞ日本人の心!!広い湯船で裸で語らえばァ!!心身ともに癒され和むことでしょう!!いよっ!!」

 「FanTAstic!!オンセンですか!ボク知ってます!ニッポンジン毎日オンセン入ります!こなたさんこなたさん!」

 「行きたいんだね。でも着替え持ってきてないし、今は探索でしょ?」

 「あう・・・そうでした。ごめんなさい。でもオンセン行きたいです」

 「時間あったら、後で行ってみようね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい舞い上がっちゃったけど、ボクたちはいま出口を探してるんだった。のんびりオンセンに入ってるヒマなんかない。でももし、もう少しこの場所にいることになったら・・・その時は入ってみたいな。

 まだのびてるアクトさんはセーラさんとハルトさんに任せて、ボクたちはまた別のエリアの探索に向かった。あと残ってるのは、マイムさんがモクモクって言ってたエリアだ。ゲート近くに来てみると、他のエリアとはちがうフインキだった。

 

 「なんだろう、ここ。モノクマはテーマパークって言ってたよね?」

 「きっとこういうテーマなんですよ!・・・たぶん」

 

 ボクたちの前のゲートは、古いシャッターを思わせるメタリックでシミやサビだらけだった。テーマパークにはにあわない、ゴーストタウンかなにかにあるようなさびしい感じがした。

 

 「ダイジョブです!何かあってもボクがこなたさんも守りますから!」

 「ふふふ、ありがとう。頼りにしてるね」

 「お任せです!」

 

 はなればなれにならないように、しっかりこなたさんの手をにぎってエリアに入った。あちこちに伸びた道はグネグネで見通しが悪くて、頭の上を太かったり細かったり長かったり短かったり、色んなパイプがクモの巣みたいにからまってた。

 並んでる建物はどれもこれもメタリックで、モクモクけむりを吐いてはうなってる。アトラクションのエントランスみたいなかざりや、ガイドなんかもない。ここは、あそぶための場所じゃない。

 

 「なんでこんな所に工場群が?」

 「へんなテーマパークですね」

 「奥の方も調べてみよう」

 「はい。こなたさん、ボクからはなれちゃダメですよ」

 「うん」

 

 なんとなくデンジャラスな感じがして、こなたさんの手を引きながらそっとそっと奥に進んでく。どこまで行っても同じような景色で、道が曲がりくねってるせいでまるでフャクトリーラビリンスだ。せまくなったり広くなったりあがったりさがったり、どれくらい歩いたんだろう。

 

 「うん・・・?」

 

 ファクトリーラビリンスの先にいきなり現れたのは、見るからにもう使われてない、捨てられた建物だった。サビやカビやツタだらけで鉄骨はむき出し、なぜか回り続けてる見上げるほど大きなファンがキイキイ音を立てて、今にも崩れそうだ。

 

 「廃工場だね」

 「こんなところにこんなものが」

 「入ってみる?」

 「えっ!?ダ、ダイジョブですなんですか?」

 「何かあっても、スニフくんが守ってくれるからね」

 「へっ!?あ、ああそうです!もちろんです!・・・何もなければいいけど」

 

 そうだった。ボクが弱気になってちゃいけない。さすがにこれがくずれたら守り切れないかもしれないけど・・・何があってもボクがこなたさんを守るんだ!

 ドアもこわれて倒れてるから、そのまま中に入れた。くずれたかべの隙間から陽が差し込んで、床に散らばったガラスがキラキラ反射する。それでも中は薄暗くて足下に気を付けないと、変なものを踏んだり落とし穴に落っこちたりしちゃいそうだ。

 

 「こ、こなたさん。気を付けてくださいね。ぜったいにボクからはなれちゃダメですよ」

 「うん。それにしても、ここ何の工場だったんだろうね」

 「テーマパークの中にあるので、ただのかざりだと思います」

 「でも他の工場はちゃんと動いてたよ。何かを作ってたんだよ」

 「う〜ん・・・なんでしょう」

 

 かべを見ても落ちてるものを見ても、ここが特別な何かとは思えない。むしろはじめからスクラップになったファクトリーを作ったような・・・パークの演出なのかな?

 中を探検してみても見つかるのはほこりとゴミばかり。階段をのぼってろうかを曲がると、広い部屋に出た。真ん中に仕切りがあって奥の方が見えない。キイキイいう音が大きくなったから、たぶんさっきのビッグファンのある部屋なんだろう。

 

 「何もありませんでしたね。ホッとしました」

 「おばけ屋敷みたいだったね」

 「こなたさんっておだやかでマイペースな人ですね。そんなところもステ・・・ッ!?」

 

 やっぱりこなたさんはいつでもボクの心をおだやかにしてくれるステキな人だ。こんな不思議なところもホラーハウスみたいって楽しむなんて、ボクにはできない。また心をいやしてもらおうと手を繋いだままこなたさんの顔を見上げた。でもそのとたん、ボクの体は石になったみたいに動かなくなった。

 こなたさんの肩の後ろ、まるでそこに乗っかってるみたいに、陰気でおそろしい女の人の不気味に笑う顔が浮かび上がって・・・!!

 

 「キャアアアアアアアアアアアアアッ!!?」

 「えっ?どうしたの?」

 「こ!こここ、こなたさん!うし、うしろろろ!!!」

 「え、後ろ?・・・ああ、荒川さん」

 「ふふふ・・・一体私はどっちに突っ込めばいいのだ?」

 「へ・・・エ、エルリさん?うわああっ!こ、こなたさん!ごめんなさい!」

 

 思わず大声を出しちゃったけど、こなたさんはものすごく冷静にそのオバケと話をしてた。オバケというか、オバケに見間違えたエルリさんだった。ボクとしたことが、女の人をみて悲鳴をあげるなんて、こんな失礼なことはない。それに気付いたらこなたさんに飛びついてた。

 

 「騒がしい子供だ。お前たちここで何をしている?」

 「探索に来たんだ。荒川さんたち、このエリアにいたんだね」

 「あ、あれ?でもワタルさんやハイドさんといっしょだったんじゃ?」

 「そうだな。ならばなぜ私がここに一人でいるか。その理由はたった一つだ。たった一つの単純な理由だ・・・はぐれた!」

 「迷子になっちゃったんだ」

 「この複雑に絡み合い分かれては出会いまた分かれる道、どこへ行っても同じような景色の連続、方向感覚さえ奪う密集した工場・・・このエリア自体が迷路になっているようだ」

 「一つのアトラクションなわけですね」

 「困っているところにお前たちがこの廃工場に入っていくところを見たから、追いかけてきたというわけだ」

 「だからってあんなオバケみたいに出て来なくても・・・」

 「オバケみたいにしたつもりはない」

 

 エルリさんって本当にまとまって行動ができないんだなあ。ペアを組むときもワタルさんに声をかけられるまで一人でオロオロしてたし、きっとワタルさんなら迷路で女の人を置いてくなんてしない。それでもはぐれるなんて・・・ワタルさん今頃心配してるだろうな。

 

 「この廃工場はあの巨大換気扇がある以外は特徴もない。工場だらけで視界も悪いから目立ちもしない。長居は無用だな」

 「なんだかオバケも出て来そうだよね」

 「確かにそうだな。昼間でもこの暗さだ。夜などうじゃうじゃ出そうだ」

 「ええ!?エルリさんオバケ信じるですか!?」

 「霊を科学的に説明しようとする説はいくつかある。バカげていると否定していては進歩は望めないぞ少年。たとえ実体がなくとも概念として存在していることは間違いないだろう」

 「スニフくん、怖いの?」

 「こ、こわくなんかありません!オバケなんてヒカガクテキですから!」

 「ふふふ・・・非科学こそ科学の糧だ、少年。古代人が鉄を金に変えようと夢をみた結果、実践的化学実験技術は飛躍的に進歩した。15世紀の冒険家たちは黄金の都を求め我々の住む星の姿を明確にした。16〜17世紀の宗教家は神の居た世界を知ろうとして、太古の地球の姿を知った。18世紀には無限のエネルギーを夢に描いて熱力学の発展に貢献した。20世紀以降、人類は時を超越しようとして宇宙の仕組みが明らかになりつつある。いいか?人は夢を見る生き物だ。そして科学は夢とともに進化してきた。非科学的な夢が、現実の科学を進化させるのだ」

 

 たかがオバケでそこまでの話になるのかな。エルリさんは吊り上がった口をさらに細く開いて、にやける口元をこらえながら語る。確かにそうかも知れないけど、でもやっぱりオバケなんているとは思えないし、正直いてほしくないかな・・・。

 

 「数学も同様だろう?0という発明や虚数の発見は、それまでの概念を覆す偉大なものだったはずだ」

 「ちょっとちがう思いますけど・・・」

 「ごめんね、私には難しい話は分からないけど、とにかく荒川さんはこれからどうするの?」

 「これから?ふむ・・・そうだな。迷宮を抜け出すだけなら右手を壁について歩けばいい。合流はとうに諦めたから、私は一足先にあの広場に戻っている。もし奴らに出会うことがあったらそう伝えてくれ」

 「ダイジョブかなあ」

 「星砂はこの迷宮の中心に行くと言っていた。中心などがあるのかは不明だがな」

 

 女の人を一人で行動させるのは不安だけど、だからといってワタルさんとハイドさんが二人っきりになってるのを放っておくこともできない。エルリさんは一人で戻れるって言ってるし、取りあえずはいいかな。廃工場を出て、エルリさんは壁伝いに元の場所に戻っていった。

 

 「では頼んだぞ」

 「エルリさんも気を付けて」

 「ふふふ・・・この壁が周囲から独立していないことを祈ろう・・・」

 

 なんかぶつぶつ言ってた。ボクたちは二人を探すことにした。でも探すと言っても、二人がどこにいるか見当がつかない。テキトーに歩き回ってて会えるほどこの迷宮はせまくない。どうやって中心に行くんだろう。そもそも中心なんてあるのかな?

 

 「星砂くんはどうやって中心があることを知ったんだろうね?」

 「そうだ!マップを見たんじゃないですか?」

 「このエリアは詳細が見られないみたいだよ。やっぱり迷路だから」

 「それじゃあどうやって?」

 「適当に進んでみようか。運が良ければ見つかるかもよ」

 「Ah!そうですね!なんてったってこなたさんは“Ultimate Lucky”ですもんね!」

 「どうかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こなたさんがいればラビリンスなんてなんともないや!そこからボクたちは、こなたさんのカンに、いや、こなたさんの“Ultimate Lucky”に任せて進んだ。来た道を戻ったり曲がったりくねったり、迷ってるような迷ってないような、変な感じのままラビリンスを歩いた。なんだかだんだん頭の上のパイプが少なくなって来たみたいだ。

 どれくらい歩いたかな。曲がり道が多くて本当の長さよりも長く歩いてたような気がする。最後にこなたさんが何かのスペルで決めた道に入った。

 

 「なのなのな、こっち」

 「ニッポンのチュージングスペルもマスターしてるなんて、さすがこなたさんです!」

 「こんなのただの当てずっぽうだよ。こんなんで迷路の真ん中に行けるはずが・・・」

 「着きました!」

 「え?」

 

 曲がった先の道は、分かれ道もわき道も行き止まりもない一本道だった。その向こうには、ぎちぎちに寄ってた工場たちがそこだけ避けるように広くスペースがあった。そして、その隅っこには、エルリさんが言ったようにワタルさんとハイドさんがいた。でもなんだか様子がおかしい。

 

 「悪い話ではなかろう?」

 「お前は何を言ってんだ!俺たちは敵になる必要なんかない!力を合わせてこの状況を打開するんだろ?」

 「完全なるものに不純物はいらん。今回は妥協してやろうと・・・ん」

 「ワタルさん!ハイドさん!そんなところで何してるんですか?」

 「スニフ、研前・・・」

 「ちっ・・・、まあいい。よく考えておけ」

 「あれ?ハイドさんどこへ」

 「邪魔だ、子供にアンテナ」

 「ボクは子供じゃないです!ハイスクールスチューデントで」

 「ふんっ」

 

 ボクの話もろくに聞かないまま、ハイドさんは怒ったように行っちゃった。なんなんだろう。残されたボクとこなたさんは、取りあえずワタルさんの話を聞くことにした。

 

 「お前ら、どうやってここに?」

 「こなたさんの“Ultimate Lucky”です!」

 「そんな、偶然だよきっと」

 「運だけでこんな迷宮をクリアするなんて、すごいんだな。“超高校級の幸運”って」

 「たまたまだってば」

 「ハイドさんと何のお話してましたか?ボク、気になります!」

 「いや、あいつに協力を持ちかけられてな。よく分からなかったんだが・・・なんか妙なこと言ってたんだよ」

 「協力?妙なこと?」

 

 意外だ。ハイドさんがワタルさんに協力を頼むなんて。こんなかくれた場所でやるってことは、何かはずかしかったのかな。

 

 「さっきのモノクマとかいうやつは、必ず俺たちに何かをする、或いはさせる。だからもしあいつが何かしらのゲームを強制して来たら、こっそり手を組もうって話だ。変だろ?」

 「ゲーム?なんでしょうか」

 「さあ、実際あいつがなんなのかも分かんないから、今は信じられなかった。それに協力するなら俺たちだけじゃダメだ。全員が一致団結しないと。それで少し言い合いにな」

 「星砂くんは、何か知ってるのかな?」

 「推理らしいぞ。“超高校級の神童”にかかればなんでもお茶の子さいさいだと」

 「ひのほっぺ!ですね!」

 「へのカッパ、だよ」

 「それでした!」

 

 モノクマがボクたちに何かを?そうなのかな?そういえば言われるがままにモノクマランドを歩いてるけど、考えてみればなんでボクらはここにいるんだろう?あのモノクマってクマの目的はなんだろう?

 そんなボクの考えをかき消すように、これ以上ボクたちが会話するのを許さないように、あのへんてこりんな音楽が流れた。もちろん、さっきのダミ声も一緒だ。

 

 『えー、オマエラ!探索は順調でしょうか!順調に進んでるオマエラも、まだまだのオマエラも、噴水広場に集合だ!いっそげ〜!!』

 

 どっちでもいいってことだ。フンスイヒロバ、最初にボクらが集まったところだ。それじゃあ、早速行こう。

 

 「ってあ!星砂の奴置いていきやがった!どうすんだよ・・・道順覚えてないぞ・・・」

 「大丈夫だよ雷堂くん。壁に右手を当てて歩けば、出口まで行けるんだよ」

 「そうなのか?なんでだよ?」

 「知らない。荒川さんが言ってた」

 「ボクが説明します!ロジカルにね!」

 

 壁に手をついていくと必ず出口に着けることを、歩きながら色んな言い方で証明した。時間が余ったからトレモー・アルゴリズムも説明して、こんなラビリンス、スタミナさえあれば誰だって解けるってことまで証明した。こなたさんもワタルさんも納得してくれたみたいだ。Mathmaticsってすごいでしょ!

 

 「と、いうわけでオールレングスの倍歩けば、必ずゴールできるんです!Q.E.D!」

 「なあんだ。要はしらみ潰しじゃんか」

 「しらなみともし?」

 「そんな風流なものじゃないよ。あ、でもちょうど出られたね」

 「どんなもんです」

 「えらいねスニフくん。ありがとう」

 「はい!ありがとうございます!」

 

 えっへん、と胸を張ってボクはワタルさんとこなたさんを出口まできちんと案内した。それでもってこなたさんにホメられた!That's great!!

 

 「それじゃ、噴水広場に急がなきゃね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広場に着いたのはボクたちが最後だった。エルリさんもハイドさんもとっくに広場についてて、みんなボクたちを待ってたみたいだ。

 

 「悪い、待たせた」

 「で、なんなの?結局、出口見つかったの?たまちゃんもうここ飽きたんだけど」

 「各エリアを隅々まで探したけど、本当に外に通じる場所はなかったみたい。発見はいろいろあったよ。少なくとも、ここでしばらく生活してくのに困らない設備が整ってるよ」

 「いやいやいや!マジでここで暮らすつもりかよ!?」

 「まだまだ未知のエリアに通じるゲートも散見された。この“セカイ”はかなり広そうだ・・・フフフ」

 「こ、こんなことして、さっきのなんとかクマは何をする気なのかしら・・・?なんだか怖いわ」

 「する気、ではない。させる気だ」

 

 それぞれの探索の成果を話し合うボクたちは、このモノクマランドに出口がないということを分かち合った。エルリさんが言うように、ゲートが閉じてるエリアの向こうにあるのかも知れない。じゃあ、ボクたちはここでどうすればいいんだろう?

 そんなことを考えてたら、またあの音楽が聞こえてきた。調子外れでまとまりがなく、音と音がケンカしてるノイジィな音楽。そして水のスクリーンは当たり前のように浮かび上がってくる。

 

 『うぷぷぷぷ!オマエラ!探索お疲れ様!どうだった?これで分かったと思うけど、オマエラには出口なんかないの!』

 「おいコラ!こんなことしてただで済むと思うなよ!なんのつもりだ!」

 「お、おい、落ち着け城之内。あまり刺激しない方がいい」

 『文句も不満もクレームも受け付けてませーん!ここがオマエラの“セカイ”なの!オマエラはここで過ごしていくの!ずっとずっとず〜〜〜〜っと!死ぬまでね!』

 「は?」

 

 なにかのついでみたいにモノクマが言った言葉に、ボクたちはあり得ないと思っていた、思おうとしていた現実を叩きつけられた。ずっと?死ぬまで?ここで暮らしていくの?この、モノクマランドで?それを考えてて、理解したとたんに、どす黒い感情が心の底に広がった。これは・・・絶望感だ。

 

 『みんな一度は考えたことあるよね!遊園地やリゾート地に住んでみたいって!その夢が、いま叶いました!おめでとう!うぷぷぷぷ!』

 「バカバカしい。一生ここで暮らせだと?そんな無理が通ると思うな!」

 「そーだそーだ!早くマイムたちをおうちに帰せー♠︎おいしいご飯にポカポカお風呂、あったかい布団でねむらせろー♠︎」

 『文句や不満は受け付けないって言ったでしょ?まったく人の話を聞かないんだから』

 「お前だよ!」

 「いいからさっさと本題に入れ」

 「本題?」

 

 いきなりこんなわけわからないところに閉じ込められて、みんな怒ったり怖がったり色々なのに、ハイドさんはなんだか落ち着いてる。そして、本題に入れと言った。本題ってなんだ?一生ここで暮らす以上にショッキングなことがあるの?

 

 『うぷぷ、それじゃあ本題に入りましょうか』

 「いよっ!?今のが本題では無いのですか!?」

 「閉じ込められて出口がなければ、助けを待つか一生ここで暮らすかの二択は必然だ。ただの事実の言い換えに一喜一憂する凡俗共には分からんだろうがな」

 「本題ってなんすか!」

 『オマエラの中には、どうしても家に帰りたいって甘えん坊もいるみたいだね。だからボクはそんなオマエラにぴったりなプランを提案しまーす!その名も“失楽園”制度!』

 「しつらくえん?」

 「ロスト・パラダイスですね。アダムとイヴが知恵の実を食べちゃって、神様にエデンの園を追い出されたお話です」

 「すごい、よく知ってるねスニフくん」

 「ふふん!このくらいジョーシキです!」

 「つまり、このモノクマランドという楽園から追放、脱出できるわけか」

 『失楽園っていうのはオマエラ知ってる?旧約聖書の神話で、アダムとイヴが禁断の果実を食べちゃって、神様から楽園を追放されたって話だね!その神話に準えて、オマエラが楽園を出て行くための制度です!』

 「いま聞いたわ!」

 

 なんだかこった言い方だけど、イヤな予感がする。このモノクマランドっていう恐ろしい場所を楽園と言ったり、脱出することを追放と言ったり。まるでボクたちは、このモノクマランドにいた方が幸せみたいじゃないか。だとしたら、禁断の果実で罪を背負うってことが意味するものは・・・。

 

 『要するにオマエラは、罪を犯せばいいのさ!楽園から追放されるほどの大罪を!』

 「罪ねえ。含みがある言い方じゃあないかあ」

 「っかあーーー!あのなお前ら!!さっきから俺にはひとっつも分かんねえぞ!!つまるところどうすりゃこっから出られるんだよ!」

 『とは言え、ボクはサハラ砂漠のように広い心と、マリアナ海溝より深い慈しみを持ってるからね。物を盗むとか嘘をついたとかいう程度では追放なんてしません。ただ、ボクが許せないのは二つだけ。創造主であるボクに逆らうこと。そしてもう一つ、この楽園を追放されるに相応しい大罪は』

 

 そこでモノクマは、必要もないのに大きく息を吸うマネをして、吊り上がった口をますます鋭くして言った。

 

 『人が人を殺すことだよ』

 

 人が人を殺す、それが楽園を追放される大罪。言葉だけみれば当たり前のことだ。だけどボクたちにとってそれは、全くちがう意味を持つ。このモノクマランドを出て行きたければ人を殺せ、モノクマはそう言ってるんだ。

 

 「なるほど」

 「な、なんだそれ!ボクたちに・・・人を殺せって?そんな・・・!そんなこと・・・!」

 「ちょっとウソでしょ!?ふざけんないでよ!そんなことできるわけないじゃん!」

 「人を殺しちゃいけないんだよっ♠︎マイムはそんなことしないからね♠︎」

 『だからオマエラ、仲良く、平和に、お互いを尊重しあって共同生活を送っていきましょう』

 「そ、そんなこと・・・!そんなことさせないっす!」

 「そうだそうだ!」

 

 いつの間にかチープな神様のコスプレをしたモノクマが、穏やかな言い方をする。だけどそれは逆に、ボクたちに殺人をさせようとしているだけだ。ここにいる、たった17人の中で。

 そんなボクたちの中でひときわ大きな声でモノクマに食いかかったのは、意外にもアクトさんだった。もう体調はよくなったみたいで、青ざめて震えながら、スクリーンのモノクマに怒った。

 

 「ひ、人殺しなんて・・・自分たちはぜ、絶対しないっす!それに自分たちを誘拐して・・・いまに警察や希望ヶ峰学園が助けに・・・」

 「皆桐の言う通りだ!そのうち助けが来るに決まってる!」

 「希望ヶ峰学園を敵に回したのだ。お前は長くない。潔く覚悟を決めた方がいいだろう」

 「バーカバーカ!」

 

 声がだんだん震えを増して、涙も混ざってきた。そんなアクトさんをサポートするみたいに、ワタルさんやテルジさん、レイカさんが声をあげる。

 

 「人を殺してまで出ようとなんて・・・そんな怖いこと考える人は、いないわよね?」

 「んまあ一世一代の決断になるだろうねえ」

 「でもその条件って、たまちゃんとかスニフくんとか不利すぎない?きっと本気じゃないんだって」

 『でも、もしオマエラの中に誰かを殺したいっていう人がいたら、いつでも相談においでね。ボクはオマエラのことを無碍にした入りはしないよ。いろいろ教えてあげるから!』

 「自分は人殺しなんか絶対しないっす!!お前なんかの言いなりには絶対ならないっす!!」

 『え?』

 

 そう叫んだアクトさんの言葉に、今までボクたちの声なんか聞こえてないみたいに勝手に話を進めてきてたモノクマが、明らかにリアクションした。ただそれだけのことなのに、ボクたちはそれだけのことに背筋がぞわりとした。ほんの少し、さっきよりモノクマの赤い目の光が強くなってるような気がする。

 

 『いま、なんか言った?皆桐亜駆斗くん?』

 「えっ・・・?な、なんすか・・・!?」

 『さっき言ったはずだよ。ボクは優しさと慈しみを持ってるけど、ボクに逆らうことは許さないって。それなのに・・・それなのにそんなことを言うのか!!』

 「い、いや・・・うっ!?」

 

 モノクマが爪を立てて怒る。それと同時にメタリックな音が聞こえた。アクトさんがぎょっとして足下を見ると、池の前の植え込みから足を押さえるアームが伸びてきてた。それにつづいて、アクトさんのうでを、こしを、首を、体のあちこちをつかむアームがのびてきてた。

 

 「ッ!?」

 『ボクに逆らうヤツには・・・おしおきだよ!!』

 「な、なんすか!!はなせ!!はなせえええええええええええッ!!!」

 『オマエラよく見ておきなよ!!ボクに逆らうとどうなるか!!』

 「ッ!?」

 

 スクリーンの中でモノクマが笑うと、どこからともなくハンマーを取り出した。叩くと軽い音がするおもちゃだ。そしていつの間にか目の前にあった赤いボタンを、そのハンマーで思いっきり叩く。スクリーンいっぱいに映し出される、アクトさんそっくりなドット絵のキャラクターが、同じくドット絵のモノクマにひきずられていった。

 

 「はなせッ!!はなせえええええええッ!!!」

 「おしおきターイム!!」

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 どこからともなく数え切れないくらいのアームが現れた。その先にある黒いものたちは・・・。ピストル、ハンドガン、マシンガン、アサルトライフル、カービン、マスケット、スナイパーライフル、ショットガン、アンチマテリアルライフル、火縄銃・・・シンプルで、それでいて強力な殺意のかたまりたちが、皆桐亜駆斗を狙う。何が起きてるのか分からない。なのに次に起きることは簡単に想像がつく。だが、そこにいる誰も信じられなかった。

 

 「ひっ・・・!い、いやだ!!いやだあああああああああああああッ!!」

 

 パンッ、と乾いた音がした。その一発は皆桐亜駆斗の頬を掠めて遠く彼方に消える。

 実感を伴う強烈な痛み。硝煙の揺れる銃口と、未だ沈黙する数々の銃口。心臓の鼓動が早く大きくなる。まるでこれが鳴り納めだとばかりに激しく。溢れ出てくる涙が頬を伝って逃げていく。強張る体は無力で足掻くことも許されない。

 ほんの一瞬だった。はじめの一発を合図に他の銃口は一斉に火を吹く。

 

 「ッ!!!」

 

 豪雨のように連続する銃声とともに、皆桐亜駆斗の頭部は激しく仰け反る。強い衝撃が何度も打ち付けられる。その度に顔が欠け、割れ、折れ、外れ、砕け、壊れ、崩れ、潰れ、破れ、弾け、裂け、削られていく。そこになにものの存在も許さないがごとく、ありとあらゆるものを破壊していく。

 全ての銃口から硝煙が昇る。標的は完全に消滅し、赤黒い肉塊と血の滴りとなって地面に散らばった。首から上を毟り取られたような残骸は、かつて一体だった血肉の上へ無造作に捨てられた。

 

 

 

 

 

 目を伏せる時間すらなかった。スクリーンの向こうでモノクマが笑って、アクトさんは処刑された。粉々になるまで、ほんの少しの欠片も残さないくらいの連射で殺された。今、目の前で起きてることを理解できなかった。アクトさんの体が落ちてきた音、血と火薬の臭い、それらがボクらに、この現実を強烈に突きつける。

 

 「うわああああああああああああああああああああああッ!!!?」

 「な、ななななっ!!?なんじゃこりゃああああああああああああああッ!!?」

 「み・・・皆桐・・・!!皆桐が・・・!!」

 「ウソだ・・・!!ゆ、夢だ・・・!!全部・・・悪い夢・・・!!」

 『これが、現実だよ』

 

 涙を流す人、ただ叫ぶ人、その場に倒れこむ人、気持ち悪そうにする人、だれもまともじゃいられなかった。たった今、目の前にいたアクトさんが死んだ。殺された。それを、だれも受け止めきれなかった。

 

 『他にボクに逆らうヤツはいるか?』

 「!」

 

 なんだこれ?意味が分からない。なんでアクトさんはこんなことに・・・!?モノクマに逆らったから?言うことをきかなかったから?たったそれだけで?それだけの理由でこんなひどいことを?それだけで・・・ボクたちは殺されちゃうの?

 

 『いないみたいだね。それじゃあオマエラ・・・』

 「?」

 

 スクリーンのモノクマは短く言ってカクンと力が抜けた。そして少しだけだまった。

 

 「とーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーう!!!」

 「!!?」

 

 いきなりの大声、そしてスクリーンの真ん中が、はげしい水しぶきと一緒に穴が空く。そして出て来たのは・・・。

 

 「オマエラ!素晴らしいコロシアイ・エンターテインメントを期待していますよ!」

 「ひいっ!!」

 「で、でたあああああああああああッ!!!」

 

 スクリーンからそのまま飛び出してきたような、モノクマそのものだった。アクトさんの体の上に着地すると、ずぶぬれになった体をふるって水を飛ばし、悪意に満ちた声と表情でそう笑った。

 

 「うぷぷ!!うぷぷぷぷ!!うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!!」

 

 ここがどこなのか、モノクマはなんなのか、どうやったら帰れるのか。何一つ解決してないのに次々とボクたちは苦しめられる。もう何をどうすればいいのか、何がどうなってるのか、何も分からない。それでも一つはっきりしてることがあった。この、頭も心もうめつくす途方もない絶望感だけは。




ダンガンロンパカレイドは平和な創作論破。誰も死にません。

と言ったな。あれはウソだ。


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キャラクター紹介
キャラクター紹介


 ・こちらは『ダンガンロンパカレイド』のキャラクター紹介です。

 ・1章が終了していますが、キャラクターの生死などについてのネタバレはありませんので、こちらからご覧になっても問題ありません。

 ・記載されている情報は追加される可能性がありますが、項目によっては表記不可能であったりそもそも存在しないものがあったりしますので、その場合はご了承ください。

 ・記載順は本編での自己紹介順に準じます。

 

 

 

 スニフ・L・マクドナルド(Sniff Luke Macdonald)

 「子どもじゃないです!ハイスクールスチューデントなんですよ!」

 【年齢】12才

 【身長/体重】131cm/37.8kg

 【性格】ハイテンションな感動屋

 子供らしい元気の良さとバイタリティで、朝昼晩問わずテンションが高い。目新しいものや珍しいもの、特に日本文化が大好きで、割と何にでも感動し英語で叫ぶクセがある。好きなもの、欲しいものに対しての自制心は効かない方。

 【才能】“超高校級の数学者”

 母国では12才にして国立の一流大学への飛び級をした稀代の天才数学少年。しかし高校生の青春を謳歌したいという理由で高校止まりを希望し、希望ヶ峰学園に留学してきた。数学の知識や計算能力は高く、論理的思考力に優れている。一方、日本語はまだ勉強中なのでよく間違える。

 【好きなもの】こなたさん・アップルパイ・ロボットアニメ・数学

 【苦手なもの】羽虫、海草類

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 研前こなた(とぎまえこなた)

 「はじめまして。あなたとお友達になりたいな」

 【年齢】17才

 【身長/体重】178cm/66.5kg

 【性格】温厚柔和でミステリアス

 柔らかな口調と微笑みを絶やさない表情で温厚な印象を与える。人並みの感性を持つもののどこかおっとりした雰囲気があり、マイペースを崩さない。人をよく観察しており、世話を焼いたり友達になろうと迫ったりするが、自分のことについてはあまり話さない。

 【才能】“超高校級の幸運”

 一般的な高校生の中から抽選で選ばれた、幸運の少女。本人は何か特別な努力も経験もなく希望ヶ峰学園に入学したことに戸惑いを感じており、一般人だと自負している。目立った幸運があるわけでもなく、そうした経験についての話題も少ないそう。

 【好きなもの】友達・バームクーヘン・ほのぼの

 【苦手なもの】幸運・暗闇

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 須磨倉陽人(すまくらはると)

 「俺の脚は商売道具だからな、金は払ってもらうぜ」

 【年齢】18才

 【身長/体重】184cm/74.5kg

 【性格】金にシビアなあんちゃん

 自分の“才能”で金を稼いでいるため、金銭的な話にはシビア。“才能”が絡む頼み事や相談事でもその度に金を要求するが、それは自分の“才能”にプライドと責任を持っていることの裏返しでもある。子供や子供っぽい者に対しては気にかけたり身の回りの世話をしてやったりと、兄らしさを見せる部分がある。

 【才能】“超高校級の運び屋”

 抱えるような大荷物からポケットに入る小物まで、子供のぬいぐるみから口に出せないような品物まで、どんなものでもどんなところにも運ぶ、運びのプロフェッショナル。基本的には一般的な宅配のようなことをしているが、報酬次第でどんな仕事でも引き受けるという。

 【好きなもの】弟と妹・れんこん・仕事終わりの風呂

 【苦手なもの】ギャンブル・ヒゲ剃り

 

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 納見康市(のうみやすいち)

 「気持ちいい天気だねえ。一眠りしようかあ」

 【年齢】19才

 【身長/体重】176cm/68.1kg

 【性格】創作に情熱を燃やすずぼら

 服装から生活リズム、言葉尻にまでだらけた姿勢が漏れている。普段はものぐさでろくに動くことをしないため、運動不足による体力のなさは泣きたくなるほど。一方で一度創作の熱が湧き出てくると作品が完成するまで留まることなく、その時の勢いはすさまじい。

 【才能】“超高校級の造形家”

 彫刻をはじめ、焼き物や住宅デザイン、形のない造形などあらゆるジャンルの造形に手を出す気鋭の造形家。共通するテーマは『諸行無常』だが、その時思い立ったものを造形するという意味しかないので、実際には一貫したテーマなどない。

 【好きなもの】一人・水飴・惰眠

 【苦手なもの】運動・鶏皮

 

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 相模いよ(さがみいよ)

 「一つ宜しくお願い申し上げます!いよーっ!」

 【年齢】17才

 【身長/体重】164cm/59.2kg

 【性格】おしゃべり好きなお嬢

 おしゃべりが好きでいちいち言葉が大袈裟、かつ動きが大きい。古風な言い回しをしたり横文字をムリヤリ日本語の言い方にするなど、現代の高校生らしからぬ言葉使いをする。名家の出身のため世間知らずな部分もあり、特に精密機器には弱い。

 【才能】“超高校級の弁士”

 活動弁士の名門『相模』の一人娘で、次世代の弁を担う新星弁士。サイレント映画だけでなく落語や歌舞伎など日本の古典芸能には造詣が深い。英才教育を受けたため技量はあるが、若手であるため実績や経験が浅いところがある。

 【好きなもの】映画・筑前煮・歌舞伎

 【苦手なもの】カタカナ・静寂

 

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 皆桐亜駆斗(みなぎりあくと)

 「ちょっと走ってくるっす!スタートの合図出してもらっていいっすか!?」

 【年齢】16才

 【身長/体重】190cm/83kg

 【性格】泣き虫体育会系

 非常に感動屋でありビビりであり豆腐メンタルであるため、些細なことで感涙し大泣きする。しかもうるさい。すぐ泣いてしまう弱い自分を克服するためトレーニングに励み、体育会系気質と合わさって常に動き回っている。思い立ったことはすぐにやる主義で突然走り出したりする。

 【才能】“超高校級のスプリンター”

 自分の足の速さにプライドがありトレーニングの賜物である運動能力に自信を持っている一方、メンタルの弱さ故に劣等感を抱きがち。短距離では無類の速さを発揮するが、スタミナがないため中距離以上になると徐々にバテてしまう。そしてバテると自分の不甲斐なさに泣く。

 【好きなもの】トレーニング・桃・走ること

 【苦手なもの】弱さ・モツ

 

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 正地聖羅(まさじせいら)

 「無理しちゃダメよ。心も体も、疲れたらほぐしてあげなくちゃ」

 【年齢】18才

 【身長/体重】175cm/67.4kg

 【性格】気配り上手なお姉さん

 周囲に気を配って落ち込んでいる人や傷ついている人をケアしてあげる優しい性格。そのためには勉強や努力を惜しまず、人のためになることを第一に考えている。優しく相手を抱擁するようなスタイルのため年上感が出ることを密かに悩んでいる。

 【才能】“超高校級の按摩”

 マッサージをはじめとしアロマセラピーやカウンセリングなど身体の内外から人を癒すことに特化した才能。マッサージは一級品で、受けると体感体重が5kgは変わる。健康的な身体付きや逞しい身体には興味を惹かれるようで、手つきがいやらしくなる。

 【好きなもの】健康的な身体・あんみつ・セラピー

 【苦手なもの】不健康な生活・麻婆料理

 

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 野干玉蓪(ぬばたまあけび)

 「あなたのハートをブレイクショット♫心コロコロ手球にしちゃうぞ♡みんなのハスラーアイドル、たまちゃんですっ☆」

 【年齢】17才

 【身長/体重】167cm/58.6kg

 【性格】わがまま多めなぶりっ子

 普段はアイドルらしくい明るさとあどけなさを見せるが、それは100%演技。本性は口が乱暴かつわがままで腹黒い魔性。自分を可愛く見せて、人に守られる、人を従える術に長けておりことあるごとにカモを見つけては狙い撃ちする。コロシアイ生活内では本性がバレているため上手くいかない。

 【才能】“超高校級のハスラー”

 現役女子高生ビリヤードプレイヤーとして名を馳せついでに曲も出してアイドルになったハスラーアイドル。ダーツやボウリングなどの競技も得意だが、いずれもそれなりのイカサマをして勝敗も圧倒、接戦も自由自在に調整できるため実際の実力は不明。

 【好きなもの】現金・ゼリー・リボン

 【苦手なもの】生き物・きくらげ

 

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 星砂這渡(ほしずなはいど)

 「コロシアイ・・・ククク、精々楽しませてほしいものだな」

 【年齢】18才

 【身長/体重】184cm/74.5kg

 【性格】尊大不遜な自信家

 自分を『人類史上最高傑作』『天才を超越した天才』などと呼んで憚らない超自信家。周囲を凡俗と呼んで見下し、自分のことは持ち上げる鼻につく性格。無闇に他者を貶すわけではなく、秀でた部分や功績を認めればそれなりの対応にはなる。

 【才能】“超高校級の神童”

 幼い頃から学校の勉強はもちろん、様々なジャンルに対して深い知識を発揮する可能性の塊の才能。各ジャンルで先鋭特化した専門家には劣るものの素人では及ばない程度の能力を発揮するオールラウンダー。全く経験のない分野でも専門書を一読すればだいたいのことはできるようになる学習能力も持つ。

 【好きなもの】優越感・さきいか・愛すべき凡俗共

 【苦手なもの】愚かなる凡俗共・きゅうり

 

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 雷堂航(らいどうわたる)

 「一致団結するんだ。バラバラになったらヤツの思う壺になる」

 【年齢】19才

 【身長/体重】183cm/73.7kg

 【性格】責任感の強いヤングリーダー

 パイロットの卵らしく、大勢の中でリーダーシップを発揮することができる。人を引き付ける自信を持って行動することができるが、どこか抜けていたり至らない部分がある。また想定外の事態に弱く、失敗があると自身の責任の有無に関わらず非常に落ち込む。

 【才能】“超高校級のパイロット”

 コナミ川の奇跡という事件で一躍有名になった若きパイロットの卵。パイロット訓練学校では注目に比して実力がまだついて来ていないことに悩んでいたが、目の前の課題に直向きに取り組む姿勢を評価されていた。体力と視力は誰にも負けないと自負している。

 【好きなもの】晴れた空・ハンバーグ・シャワー

 【苦手なもの】水中・いか

 

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 鉄祭九郎(くろがねさいくろう)

 「静かにしてくれないか。何がなんだか分からなくてパニックなんだ」

 【年齢】16才

 【身長/体重】224cm/120.4kg

 【性格】繊細な芯の通った力自慢

 もともとの筋肉質な身体が鍛冶職で鍛えられたため、非常に無骨な見た目をしている。しかし内面はガラスの如く脆く、危機的状況に陥れば静かにパニックになり、暴言を吐かれれば深く傷つき、不測の事態にはひどく怯える。だがどれも表に出さないため周囲に頼られて更にパニックになる。

 【才能】“超高校級のジュエリーデザイナー”

 器用な指先と洗練された無駄のないデザインで人気のジュエリーブランドの専任デザイナーをしている。ブランドオーナーの姉には頭が上がらないため任されているが、本人はすぐにでも辞めて家職の鍛冶職人になりたがっている。見た目と肩書きのギャップで驚かれるのが些細な悩み。

 【好きなもの】鍛冶・鰹・サウナ

 【苦手なもの】おしゃれ・ケーキ

 

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 荒川絵留莉(あらかわえるり)

 「不可解だ、実に不可解だ。ふふふ・・・ふふふふふふふふふふふ・・・面白い」

 【年齢】18才

 【身長/体重】177cm/56.4kg

 【性格】マッドでジーニアスなアナーキスト

 科学に没頭する一方で黒魔術や錬金術など怪しげな分野にも手を出し、科学と非科学の融合を掲げる異端学者。その発想は常軌を逸しておりヤバい雰囲気を纏っているが、科学的知識は豊富。王道にして外道を名乗っているが、研究分野以外に対しての思考はわりとまとも。

 【才能】“超高校級の錬金術師”

 独自の研究路線や理論体系、実験などにより科学分野にもかかわらず非科学的要素を織り交ぜた新時代の錬金術師。マッドな雰囲気を醸し出しているが、生命という現象だけは未解明で不可逆であるため人類はまだ触れてはいけないとして、生物実験はしないという信条を持つ。

 【好きなもの】非科学・クラッカー・良い匂いがする消しゴム

 【苦手なもの】似非科学・サラミ

 

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 下越輝司(しもごえてるじ)

 「お残しは許さねえっつってんだろうがああああああああああっ!!!」

 【年齢】16才

 【身長/体重】182cm/72.9kg

 【性格】料理一筋の熱血漢

 寝ても覚めても料理のことを考えている料理バカ。熱い性格で、周りの顔色をうかがっては元気づけようと溌剌するムードメーカー。そのくせ空気が読めなかったり、色恋沙汰にはウソみたいに鈍感だったりバカっぽい。バカと呼ばれるとバカっぽく否定する。

 【才能】“超高校級の美食家”

 一口食べただけで材料だけでなく、素材の産地や料理人の体調まで理解する神の舌を持つ美食家。料理技術や食品の知識にも精通しており、それらを駆使して作った料理もまた一級品。料理にかける情熱は人並み外れていて、パンクズ一つ残すことは許されない。

 【好きなもの】空腹・食えるもんはなんでも食うぜッ!!

 【苦手なもの】バカって言われること・オレが好き嫌いするわきゃねえだろッ!!

 

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 城之内大輔(じょうのうちだいすけ)

 「なんだそりゃ、誘ってんのか?いいぜ!部屋の鍵開けとくからいつでもウェルカムだぜ!」

 【年齢】17才

 【身長/体重】180cm/71.3kg

 【性格】好色家の兄貴分

 初対面の女性にも下ネタを交えながらガンガン迫っていく肉食系好色家。嫌われても折檻されても白い目で見られてもへこたれないタフな精神と出所が分からないナルシストっぷりで、かなりマイペース。しかし悩んでいる人の相談役を買って出る面倒見の良さもある。

 【才能】“超高校級のDJ”

 高校生にして全国聴取率10%を誇るラジオ番組のパーソナリティを務める日本一のDJ。音楽をこよなく愛し、リスナーから送られた相談に対しアドバイスとぴったりの曲を提供する。いつか自分で作った曲でライブをしDJをするのが夢。

 【好きなもの】音楽・肉・女

 【苦手なもの】暴力・野菜全般

 

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 極麗華(きわみれいか)

 「冷静になれ。落ち着いて考えれば大したことではない」

 【年齢】19才

 【身長/体重】176cm/68.1kg

 【性格】冷静沈着の武闘派

 どんな状況にあっても冷静さを失わない胆力と、同じ体格の男子をも簡単に組み伏せる力を持つ。周囲に対してはなんとなく壁があるような特別な雰囲気をまとっているが、本人はあくまで普通の女子高生を自称している。

 【才能】“超高校級の彫師”

 刺青の様々な技法に精通し、和彫りも洋彫りもお手の物な職人。しかしその才能を活かすことができる場は限られる上に、本人は血生臭い話を嫌っている。人に話せない様な体験もしてきたらしく、危険な雰囲気がある。

 【好きなもの】さっぱりした性格の人・納豆・仏画

 【苦手なもの】血生臭い話・しらす

 

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 虚戈舞夢(こぼこまいむ)

 「マイムはね〜、マイムっていうんだ♫可愛い名前でしょ☆付けてくれたパパとママにサンキューだね♡

 【年齢】16才

 【身長/体重】157cm/49.3kg

 【性格】のらりくらりの気分屋

 語尾に特徴がある喋り方をし、その行動は一貫性がなく周囲からは良くも悪くも浮いた存在。子供の様に無邪気で奔放に振る舞うが、意外にも周りをよく見ていたり鋭い指摘をすることもある。

 【才能】“超高校級のクラウン”

 玉乗り、ジャグリング、空中ブランコ、軟体、アクロバットなどサーカスで見られるような芸ならなんでもできる常人離れした身体能力を持つ。クラウンであることにこだわり、常に笑顔を絶やさない。

 【好きなもの】ダンス・マカロニ・動物園

 【苦手なもの】大人・トマト

 

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 茅ヶ崎真波(ちがさきまなみ)

 「な、なに勘違いしてんのよ!別にそんなつもりじゃないんだから!たまたま!」

 【年齢】17才

 【身長/体重】182cm/66.2kg

 【性格】ぶっきらぼうな照れ屋

 世に言うツンデレな性格をしており、非常にシャイ。根は普通の年頃の女子だが、煽てられたりちょっかいを出されるとツンケンする。感性が微妙に人とずれている。

 【才能】“超高校級のサーファー”

 海で遊ぶ延長でサーフィンをしてみたら持ち前のセンスで一躍有名になった。元々は海が好きで海の生き物について詳しいが、夏はウェイ系に絡まれるのが嫌で水族館に通う。

 【好きなもの】海・生クリーム・黄色

 【苦手なもの】ウェイ系・酸味

 

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本当は第一章を投稿する前に上げるものだと思うんでしょうけど、完全に忘れてました。
さーせん


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第一章『恋するフォーチュンカタストロフィー』
(非)日常編1


【タイトルの元ネタ】
『恋するフォーチュンクッキー』(AKB48/2014年)


 ボクたちは、いつの間にかホテルのレストランに集まってた。アクトさんがあんなことになった後モノクマが現れて、ボクたちは夢中で逃げた。あのわけのわからないモンスターと、アクトさんの死体からはなれたかった。これがリアルだなんて信じたくなかったんだ。

 だけど、逃げてもこのモノクマランドから出られるわけじゃない。ずっとここにいるしかないと逃げてから分かった。そうなるとボクは、とにかく一度ベッドに入りたかった。本当はこれは全部ゆめで、ベッドの中に入ればまたママのやさしい声が聞こえてきて、トースターでこんがり焼いたトーストのいいにおいがするんじゃないかと思った。だからホテルにもどって来た。

 ボクと同じことを考えたのか、みんなレストランでくらい顔のまますわってた。ボクの後にも何人か同じようにもどって来て、15人になった。一人、足りない。

 

 「あ、あれ・・・?あの・・・一人、足りないみたいです」

 

 何回周りを見ても、そこにはボクを入れても15人しかいない。あと一人はだれだ?心の中で顔を思い出していくと、オレンジヘアーにしっぽみたいなヘアスタイルのあの人がいないことに気付いた。

 

 「テ、テルジさんは・・・?」

 「下越なら・・・」

 「オレを呼んだかーーーっとぉ!」

 

 アンウェルなワタルさんが答えるか答えないかくらいのときに、キッチンからテルジさんが飛び出してきた。どこにしまってあったのか分からないビッグパンから、テルジさんが見えなくなるくらいのスチームが出て来てる。それを広いテーブルの真ん中に置くと、ボクたち全員分の小さいお皿とスプーンを並べた。

 

 「ああ何も言わなくていい。全員そろったんだったらちょうどいい!取りあえず飯にするぞ!」

 

 ボクらはみんなポカンと口を開けてそのビッグパンとテルジさんを見た。お腹がへってたからじゃない。まさか今そんなことを言うとは思わなくて、まさか今クッキングなんてしてると思わなくて、何を言ってるのか分からなかったからだ。

 パンの中には白くてどろりとしたスープが入ってた。その中に浮かぶポテトやキャロット、パセリ、それにこのにおい・・・クラムチャウダーだ。

 

 「ほら極、苦手なもんねえか?ほっくほくのジャガイモだぞ!納見も食えよ。この人参のあまみがたまらねえんだ!」

 「下越くん・・・あなた、どういうつもり?」

 

 周りにいた人にクラムチャウダーをよそってあげてるけど、今はとてもごはんなんて食べる気分じゃない。ボクたちはここに閉じ込められて、出て行くためにはだれかを殺さなくちゃいけない。それだけでもブルーになるのに、ついさっき、ボクたちはアクトさんが殺されたのを見たばかりだ。

 他の人たちの気持ちを、セーラさんが代わりにしゃべってくれた。少しおこってる。

 

 「今がどういう状況か分かってるの?私たちはあのモノクマっていうヤツに閉じ込められて・・・コ、コロシアイを強いられてるのよ?それに・・・それに、みなぎりくん、が・・・あ、あんなことに・・・!それなのに・・・あなたは、何も感じないの・・・?」

 「んなこと分かってる。皆桐は・・・あいつのことは、なんつうか、悔しい」

 「じゃあ、なんでこんなときにごはんなんて」

 「こんなときだから飯を食うんだよ」

 

 セーラさんの手がぶるぶるしてた。こんなときにテルジさんを怒るなんてとっても勇気がいることだ。とちゅうで泣き出してもテルジさんからは逃げない。本当は女の人にそんなことをさせてる場合じゃないのに、ボクはそこで何もできなかった。こんなとき、何をすればいいのか分からなかった。

 

 「コロシアイなんて下らねえことさせねえし、ここから出て行くのもあきらめねえ。モノクマのヤツがそれをさせねえとしても、オレは絶対に負けねえ。皆桐が殺されたのは悔しい・・・とか、悲しいとか上手く言えねえけどよ。あいつはオレらのためにモノクマに立ち向かったんだろ?だったらオレらが落ち込んでちゃダメだろ!皆桐は何のために勇気出したんだ。お前らがこうなってちゃそれこそ皆桐は浮かばれねえだろ!だからムリヤリでも元気出すんだよ!下向くんじゃねえ、前向くんだよ!そのために必要だったらオレはいくらでもお前らの食いたいもん作ってやる!オレにはそれしかできねえからな」

 

 テルジさんはセーラさんに向かってしゃべってた。だけど、その言葉はセーラさんだけじゃない。そこにいたボクたち全員に向けての言葉だった。アクトさんが何のためにモノクマに立ち向かっていったのか、その理由と気持ちを考えて、だれよりも先にここに来てキッチンに向かったんだ。自分にできることをいっしょうけんめいやってるんだ。そんなこと、たぶんセーラさんもボクも、他のだれも考えてなくて、みんな少しの間、何も言えなかった。

 

 「下越くん・・・そこまで考えてたの?」

 「考えたっつうか・・・そう思っただけだ。直感だ直感!」

 「いや、下越の言う通りだ。知らないうちに心を折られてた。けどそれじゃ皆桐を裏切ることになるな」

 「ごめんなさい、私、あなたがそこまで考えてるなんて思ってなくて・・・」

 「そんなホメんじゃねーよ!悪い気しねーぞ!ほら、冷める前に食っちまいな!」

 

 ボクも、そんなことをテルジさんが言うなんて思ってなくて、おどろいた。でもそうかもしれない。ブルーになってるだけじゃ何も変わらない。何かをしないと何も変えられない。だからボクたちは明るくなってなきゃいけないのかもしれない。

 

 「クラムチャウダー苦手なヤツは言えよ。ビーフストロガノフだろうが味噌汁だろうがトムヤムクンだろうが作ってやるぜ!」

 「すげーな下越!なんでも作れんのかよ!どれどれ・・・うめえ!めちゃくちゃうめえぞこれ!」

 「ふん、この状況でよく他人の作ったものなど食えたものだ。毒が入っているとも限らんのに」

 「ぶふぁっ!!」

 「いよおっ!?汚っ!!?なんですか城之内さん!!」

 「ゲホッ・・・いやだって、星砂が毒とか言うからよ!」

 「毒だと?」

 「食べてすぐではバレてしまうから、数時間後に効き始める遅効性の毒か?無色にして無味無臭で致死性かつ遅効性・・・どこから調達したのやら、凡俗の考えそうなことだ」

 「ばかやろう!毒なんか入れたら死ぬだろうが!」

 「いや、そういう話だし」

 「星砂くん、なんで下越くんの料理に毒が入ってるって思ったの?」

 「ヤツはここを出るには誰かを殺せと言った。その言葉が嘘であれ真実であれ、間に受けた凡俗がいれば同じことだ。毒でも盛られたらたまったものではない」

 「じゃあ分かった!!」

 

 せっかくテルジさんのおかげでレストランがほんわかしたと思ったのに、ハイドさんがそれをまたいやな感じにした。コロシアイなんてそんなこと、間に受ける人なんているわけない・・・よね?

 ハイドさんの言い分に怒ったのか、テルジさんはよそったお皿を一つ取りあげた。どうするのかと思ったら、そのクラムチャウダーを一気に食べた。びっくりするぐらいストリリングに、でもワンドロップもこぼさずきれいに。

 

 「これでどうだ!毒なんか入ってねえだろ!」

 「・・・警戒を怠るなと言っている。実際に毒が入っていようがいまいが、怪しまれる行動は損にしかならない。俺様は忠告してやっているのだ。貴様ら凡俗にはせいぜい賢く立ち回ってもらわんと、面白くないからな」

 「面白いってえ・・・なんのことだい?」

 「このモノクマランドの掟を見ていないのか。つくづく危ういヤツらだ。まあ、読めば凡俗どもにも分かるだろう。これはゲームだとな」

 「ゲーム?」

 「俺様は単独行動を取る。寝床は限定されているようだが、それ以外は好きにさせてもらうぞ!せいぜい俺様を楽しませてくれよ凡俗ども!わっははははは!!」

 「お、おい待てよ星砂!こんな得体の知れないところ一人でなんて・・・!」

 「放っておけ雷堂。ヤツは好きにするそうだ」

 「いやでも、あいつが好き勝手してモノクマ怒らせたら、あたしたちにまで何かあったりしない?」

 「それならハイドさんも同じだと思います。きっとダイジョブですよ」

 

 ワタルさんが引き止めようとするけど、ハイドさんはそれを知らんぷりして行っちゃった。こんなところでこんなときに一人でいるなんて、そっちの方がボクには考えられない。

 

 「しかし、よく分からんことを言っていたな。ゲームだとか掟だとか」

 「モノモノウォッチに書いてあることじゃないかな。ここで暮らす上でのルールだよ」

 「え・・・こなたさん知ってたですか?」

 「なんとなく調べてみたら、ね」

 「これか」

 

 みんなが自分のモノモノウォッチを見た。パネルの右下に本のマークがあって、それをタッチするとルールブックが広がった。イングリッシュバージョンもあるなんて、変なところで親切だなあ。

 

 

 

 

 

 『みんなの夢の国!モノクマランドの掟』

 

 1.生徒達はモノクマランド内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。

 2.モノクマランドについて調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。

 3.夜10時から朝7時までを『夜時間』とします。『夜時間』は立ち入り禁止区域があるので、注意しましょう。

 4.就寝はホテルに設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。

 5.ゴミのポイ捨てなど、モノクマランドの美観を損なう行為を禁じます。

 6.オーナーことモノクマへの暴力を禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。

 7.仲間の誰かを殺した『クロ』は“失楽園”となりますが、自分が『クロ』だと他の生徒に知られてはいけません。

 8.掟は順次追加されていく場合があります。

 

 

 

 

 

 「な、なんだこりゃ?」

 「読んでそのまま、掟だ。これを破るとどうなるか・・・」

 「・・・ひとまず従っておくべきだな」

 「これからどうなっちゃうのかな・・・?たまちゃん、ちゃんとおうちに帰れるのかな・・・?」

 「今のとこは、望み薄だな」

 「やめてよ!もうなんなの!?いきなりこんなところに連れてこられて、帰れなくなって、その上コロシアイだなんて・・・!もういや・・・おうちに帰して・・・!」

 

 モノクマからむりやり押し付けられたルールは、ボクたちにとっては何の意味もなかった。ここから出るには人を殺すしかない。それをもう一回教えられただけだった。

 

 「ちょっと正地ちゃん・・・泣かないでよ。あたしだって本当は・・・か、帰りたいんだから・・・」

 「帰りたいと願うのはぁ!!みなみなさま同じでぇございますぁ!!いよーーーっ!!はあ・・・空元気も底を尽きそうです・・・いよぉ・・・」

 「ったり前だ!こんなとこでじっとしてるつもりはねえぞ!なんとかしてすぐにでも外に出るんだ!」

 「ほあー?」

 

 ついにセーラさんがガマンできなくて泣き出した。それにつられてマナミさんもいよさんも、ハルトさんも声をあげた。ボクだって今すぐホームに帰りたい。だけどそのためには・・・ううん、そんなことできるわけない!

 

 「・・・ねえねえねえねえ!みんなどうしたいの?まいむはなにがなんだかこんがらがってきたよ♠」

 「決まってるだろ!ここから出る!そんでもってうちに帰るんだ!」

 「ははあ、じゃあみんなだれかを殺すつもりなんだね!」

 

 あっさりと、当たり前のことみたいに、マイムさんは言った。今、ボクたちはだれかを殺すなんて話にはとくにナーバスになってるんだ。それなのに、マイムさんはそんなこと知らないとばかりににこにこ笑ってる。

 

 「虚戈さん・・・?何言ってるの・・・?」

 「だってモノクマちゃんも言ってたよ?ここから出るにはだれかを殺さないと出られないんだよねー♠まいむはちょっと悩んじゃうけど、みんなは出たいんでしょ?じゃあもうだれかを殺そうとしてるってことだよね♡うわー♡ドキドキするよっ♣だれがだれを殺すのかな?まいむも殺されちゃわないようにしないとっ♠」

 「頭がおかしくなりそうだ。虚戈、お前はなぜ笑っていられるのだ?」

 「だってまいむはクラウンだからっ☆クラウンはね、苦しくったって悲しくったってステージの上では平気なんだよ☆クラウンはね、いつもいつもみんなを笑顔にするために笑ってなきゃいけないんだよ☆」

 「そうじゃねえよ!なんで皆桐のあれを見て殺すとか殺されるとか、ヘラヘラ言えるんだよ!」

 「な、なんで?え?だってみんなが出て行くためにだれかを殺そうとするのと、アクトが死んじゃったのって関係なくない?もしかしてまいむ、何かかんちがいしてる?ああううう・・・わかんないよー♠」

 「もうやめろ!!」

 

 急にたくさんしゃべりだしたまいむさんは、マイムやコントでしてるわけじゃない。リアルにこの、コロシアイっていう場を楽しんでる。かと思ったら、なんでって聞かれてコンフューズしたのか、小さく丸まった。どうしてそんな風にいられるんだろう?アクトさんが目の前でああなったっていうのに、何も思わなかったんだろうか。なんだかホラーだ。

 そんなマイムさんに、じっと座ってたサイクロウさんが大声を出した。

 

 「殺すだなんだと・・・死ぬのがどうだとか、もうたくさんだ。やめてくれ」

 「・・・はーい♣」

 

 苦しそうに、辛そうに言うサイクロウさんを見て、マイムさんは不満そうに言った。きっとまだ分かってないんだろう。なんだか、ついさっきクラムチャウダーを食べようとしてたのがウソみたいだった。ハイドさんとマイムさんが思いもしなかったことを言うから、レストランはとってもスティープな感じになっちゃった。

 

 「とにかくだ」

 

 こんなとき、声をあげるのはやっぱりワタルさんだった。リーダーとして何かしなきゃいけないと思ったのか、ナチュラルにそう思ったのか、ボクたちをエンカレッジしてくれる。

 

 「ルールを読む限り、俺たちが何もしなければあいつも何もしてこない。不安要素はあるけど、行動の自由も保証されてる。一通りの探索はしたけどまだ調べ切れてない場所があるかも知れない。それに、外からの助けもあるはずだ。ひとまずはここでの暮らしを受け入れて、機を見て脱出するんだ」

 「暮らしって・・・本当にここで暮らすの?やだやだやだあ!たまちゃんおうちに帰りたい!」

 「わがままを言うな。辛いのは皆同じだ」

 「希望ヶ峰学園の生徒が17人も一気に誘拐(はこ)ばれたんだ。学園だけじゃなく警察や・・・下手したら国家レベルで動くはずだもんな。だ、大丈夫だよな!?」

 「大丈夫、すぐに助けが来る。その間俺たちは、余計なことはしないようにするしかない。だから一致団結してここで暮らすんだ」

 「ふふふ・・・では私からも一つ提案だ」

 

 ワタルさんの言葉にエンカレッジされるけども、やっぱり心配は消えない。本当にダイジョブなのか?キボーガミネやポリスの助けがすぐに来る、そう思いたいけど、でもどこかで不安なままだ。こんなとき、ワタルさんやハルトさん、エルリさんみたいにポジティブになれたらって思う。

 

 「共同生活を送るのならば、全員の生活習慣を統一した方が合理的だ。互いの行動を監視し、秩序を作る。そのために朝食と夕食の場所と時間を共有しておきたい」

 「飯の話か!!だったら任しとけオラァ!!」

 「うるせえな!音飛ぶだろうが!」

 「ちなみに私は低血圧で朝には弱い。早くとも8時半に朝食にしてくれるとありがたいのだが」

 「いよーっ!のんびりしてございますなあ!いよは毎朝5時には寝床を飛び出して、何をしているかと申しますとそれはもちろん朝稽古に弁を一つ二つ回してからぁ、ほんのささやかな朝食にする!これが身に染みついてェおりますです!」

 「起きる時間は自由だが、朝食は8時半にこのレストランにしよう。全員集まって起きたことを共有するのが目的だ」

 「余裕!!」

 

 テルジさんだけなんだか話のポイントがズレてる気がするけど、取りあえずブレイクファーストはAM8:30、ディナーはPM7:00に決まった。そこで、その日に起きたことや見つけたものをシェアするんだ。ブレイクファーストがその時間だったら、モーニングティーはまとめちゃった方がいいかな。

 ごはんの時間を決めたら、ボクたちはバラバラになった。ひとりぼっちになるのはちょっと心配だったけど、みんなすぐ近くのルームにいるからダイジョブだ。ボクもホテルにあるマイルームに行ってみた。どうしてマイルームって分かるかっていうと、ドアのプレートにボクの名前が書いてあったからだ。

 

 「ボク、ホテルはじめてじゃないです」

 「そうなんだ」

 「でもひとりでステイするのはじめてです」

 「そっか。こわい?」

 「こ、こわくないです!ボクはもうハイスクールスチューデントですから!ひとりでステイくらいできます!」

 「ふふ、えらいね。こわくなったらいつでも私の部屋に来ていいからね」

 「Really!?」

 

 おとなりさんがこなたさんな上に、いつでも行っていいなんて、それってもうカップルじゃないか!やったね!

 じゃあね、と言ってこなたさんはルームに入っていっちゃったから、ボクもまずはマイルームを見てみることにした。これだけハイグレードなホテルだから、きっと中もゴージャスなんだろう。パパとママと行ったアイランドホテルやシティホテルもいいルームだったけど、こっちはどうかな。目の前のドアノブを回して、ドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中は、ボクがイメージしてたものの2ランク・・・いや、3ランクはハイグレードだった。ドアを開けてすぐにリビングが広がっていて、真ん中におっきなスクエアテーブルがあって2つのキャスターチェアが用意されてた。ブックシェルフにはボクの大好きなマスマティクスの本がすきまなく並んでて、手の届かない段の本を取るためにステップラダーもある。ホワイトボードもキレイになってるしライトもあたたかくて安心する。アンティーククロックやパズルインテリアがあちこちに置いてあって、テレビの横にはニッポンのスナックまで用意してある。

 

 「Wonderful!!」

 

 思わず叫んだ。これじゃまるで、ボクのために用意したみたいじゃないか。シャワールームにはお気に入りのフレーバーのシャンプーもあるし、ベッドは場所をとらないようにボタン一つでかべから出てくるギミックだ。もちろんトランポリンみたいにジャンプできるくらい(ボクはやらないけど!)ふかふかで、干したあとのいいにおいがする。あとニッポンのトイグッズもテレビの下にあった。Wonderful!Marvelous!Fantastic!!

 

 「Oops」

 

 これだけ用意があれば、いつでもマイルームでマスマティクス・スタディできる!つい、このホテルにずっといたいと思ってしまった。でもちょっと待てよ。このホテルってあのモノクマが用意したもののはずだ。じゃあルームに何かおかしなものがあったりするんじゃないか。ベッドのそばにある小さいライトテーブルのドロワーを引いてみた。やっぱり、ツールキットがある。もちろん英語でインストラクションも。

 

 ーーこれは、鍵開けキットです。このキットは、個室のドアを外側から開けるための道具です。この道具を使ってドアまたは鍵を破壊することはできません。また、この道具は個室以外のモノクマランドのいかなるドアにも使えません。この道具は、宿泊者様全員に同じものを配布しております。ーー

 

 その後は、ツールの名前や使い方、アンロックのやり方なんかが書いてあって、ラストには

 

 ーーあなたの健全なコロシアイを応援します。モノクマランドスタッフ一同よりーー

 

 とまで書いてある。ボクはそれをすぐにトラッシュボックスに突っ込んだ。こんなもの使うわけないじゃないか!というか、インストラクションに書いてあって気付いたけど、なんでこれだけハイグレードなホテルでゲストルームのキーがスライドロックなんだ!トイレみたいじゃないか!

 マイルームにいても何かが変わるわけじゃない。今日中にここを出られなかったらきっとここでステイすることになる。だったらここは夜でいいから、今はランドで出る方法がないか調べてみよう。こなたさんといっしょに行こうっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、一人考えに耽っていた。別に感傷的になっていたわけではない。ただ、このわけの分からない場所で、わけのわからない状況に苛まれている今に、どういう説明をすればいいのか考えていた。今まで経験してきた修羅場はいずれも、今より明確な危険が間近にあったが、それだけに目的がはっきりしていた。だがこのコロシアイ・エンターテインメントとかいうふざけたものは、目的が分からない。

 

 「・・・」

 

 あのモノクマというヤツは何者だ?一介の高校生といえど、“超高校級”の高校生たちだぞ。私はもちろん、他の誰に聞いても確実に希望ヶ峰学園の門はくぐったという。つまりヤツは、希望ヶ峰学園の保護下にあったはずの私たちを、17人も攫ったというわけだ。そしてこんなところに閉じ込めている。

 さらに不可解なのは、ヤツが皆桐を処刑と称して殺したことだ。私たちへの見せしめ、そう言えば説明がつくかも知れないが、皆桐もまたヤツが危険を冒して攫ってきた“超高校級”の高校生のはずだ。人質は丁重に扱い、ギリギリまで危害は加えない。その手の稼業をする人間なら誰でも知っている鉄則だ。それをいとも簡単に破り、剰え私たちへの牽制のためだけに殺したとするなら、ヤツは相当イカレている。

 

 「む」

 

 部屋の本棚に並んでいたものはほとんど読んだことのあるものばかりだった。仏教画集や動物の写真集、美術品や骨董品の画集、伝説の動物たちを描いた図鑑。絵や写真を見ていると落ち着く。描き手や撮り手はそこに想いを込めている。強烈な感情や信仰、夢、希望を。誰かの感情が宿った絵画や写真は、生き物と同じだ。美しくあり、時とともに老いて、やがて失われる。

 

 「確か、図書館があったな」

 

 気に入った絵や写真は、赤のサインペンで壁に簡単に模写する。どういうわけか、この部屋は私がいつもいる場所を再現していて、壁紙は付け替え可能な超巨大模造紙のようなものでできていた。絵のアイデアはすぐに残しておけるようにしているのだが、なぜこの部屋もそうなっている。モノクマというヤツは、私たちの何を知っている?

 部屋を確認したらすぐにモノクマランドの探索に向かうつもりだったのに、うっかり画集を手にとってしまった。気付けば小一時間も夢中になっていた。頭では答えの出ない問いを延々と繰り返し、目と手は画集に夢中。こんなことをしている場合ではない、女子供もいる。早急に脱出策を模索しなければ。取りあえずは新しい画集を図書館で探してからだな。

 

 「誰もいないのか・・・」

 

 個室前の廊下は小窓を突き当たりにして片側にだけ伸びていて、私たちの個室は向かい合って並んでいる。男女別でも五十音順でもないから、特に並びに意味はないのだろう。皆桐が使うはずだった個室の前には虎柄テープが張られ、進入不可になっていた。あっても意味のない場所はああなる、ということか。

 階段を使って降りてフロントと出入り口を横目に、図書館へ続く自動ドアへ向かう。まだここに来て数時間だと言うのに、ずいぶんと慣れたものだ。この異常を当たり前と受け入れてしまいそうで、早くも私の危機感が薄らいでいることに危機感を覚えた。

 

 「ん?」

 

 図書館は柔らかな陽光が傾き始めて少し赤みを帯び、弱々しい内装照明と互角に混じり合って何とも言えない退廃的な、それでいて懐かしい雰囲気を醸し出していた。そんな図書館の机の上には、大量の本が積み上げてあった。誰かいるのか。そう思って辺りを見回してみると、脚立に昇って頭より上にある本に手を伸ばす正地がいた。あの辺りは、医学書か?

 別に声をかける理由もなかったから、私はそのまま美術コーナーの方へ歩いて行こうとした。正地は私に気付く様子もなく、あと少しで届かない本を取ろうと脚立の上で背伸びをしていた。危ない。

 

 「大丈夫か?」

 「ふえっ!?うあっ・・・きゃあああ!」

 「ッ!」

 

 思い切って声をかけてみたら、正地は驚いてバランスを崩した。あの体勢から持ち直すのは不可能だろう。そう感じた瞬間、体が動いた。落ちてくる正地の下に回り込み、足下に降ってくる本を蹴飛ばして着地点を作る。でたらめに伸ばした手足を痛めないように避けて、正地の頭と体をしっかりと抱きかかえた。

 とっさにやったが、案外造作も無いことだった。正地は無事に、私の胸の中で落ち着いた。

 

 「・・・」

 「・・・?」

 「・・・ふすぅ」

 

 ばさばさと本が落ちる音だけがして、一瞬の喧騒が響いた図書館は静寂に戻った。それでも、私の中の正地は動かない。気を失っている、というほどのことではない。茫然としている、にしては呼吸ははっきりとしている。恐怖で固まっている、ならこの手つきは説明がつかな・・・手つき?

 

 「ッ!!!」

 「きゃっ!?」

 「な、なんのマネだ・・・!貴様、正地じゃないのか?」

 

 今、こいつ確実に私の背中と腹を撫でた。とっさに掴まったものを確かめるような、わけもわからず目の前のものを確認しようとするような、そのどちらとも違う明らかに品定めするような手つきだった。

 

 「あっ・・・ご、ごめんなさい極さん!大丈夫?」

 「私はこの程度でケガなんかしない。それより今、私に何をした?」

 「何って・・・き、極さんがケガしてないかと思って・・・」

 「・・・」

 

 当たり前のことのように言うが、どうも信用ならない。私が思い込んでいるだけかも知れないが、さっきの手つきにはどこか、下心があったような気がする。悪意や殺気の類がないが、それが余計に不気味だ。正地はそれ以上この話をされるのがいやなのか、慌てて話を逸らそうとする。

 

 「わ、私は大丈夫みたい。ありがとう極さん」

 「・・・いや、私が無駄に声をかけて驚かせてしまったようだ。出過ぎたマネをした」

 「そんなことないわ。心配してくれたんでしょ?実は困ってたのよ。あの本を取りたいのだけど、手が届かなくて」

 「そうか。生憎、私も届きそうにない」

 「みんな探索に行っちゃったみたいで、私の他には誰もいないのよ。だから正地さんが来たことも気付かなかったわ」

 

 正地の妙な行動はさておき、この図書館に人がいないのなら、さっきの本の山は正地のものということになる。私が言えた義理ではないが、レストランで雷堂が探索をすると言っていたのに、こんな所で何をしているのだろう。

 

 「極さんは何をしに来たの?」

 

 先手を打たれてしまった。

 

 「・・・画集を探しに来た」

 「画集?ああ、極さんは確か“超高校級の彫師”だったわね」

 「いや、それとは関係ない。ただ、絵が好きなんだ」

 

 ウソをついてもしょうがない。少なくとも私たちは協力すべき立場だ。私が感じた違和感も、よく考えれば気のせいか、それとも何かの間違いだ。敵意を抱いたり警戒するほどのことでもない。何より、体を触られるくらいのことをいちいち気にしていられない。

 

 「そうなのね」

 「私のことはいい。お前は何をしている」

 「私?私はちょっと、お勉強、かしら」

 「勉強?」

 「私、按摩でしょ。みんなを癒してあげるのが私にできることじゃない?だから、朝晩のごはんのときにできるセラピーとか、みんなの部屋にあるといいフレグランスとか、みんなの疲れを効率良くほぐしてあげる方法とか、もう一回勉強してるの」

 「お前は、“超高校級”なんだろう?今更勉強する必要があるのか?」

 「普通のお客さんだったら大体は分かるんだけど・・・今って普通じゃないじゃない?それに、みんなそれぞれのことも、お客さんとの時よりもよく分かるでしょ。だから、一人一人にベストな癒やしをしてあげたいの。そのためには・・・プロでも勉強は必要よ」

 

 落ちた本を拾い集めて、正地は乱れたエプロンを直した。レストランで下越が料理をしていたことに一番に立ち上がり、そして一番感銘を受けていたのは正地なのかも知れない。自分にできることか。下越や正地は“才能”がそのまま役に立って、正直羨ましい。

 

 「下越に感化されたか」

 「えっ!?い、いや・・・下越君は・・・う、うん。そうね」

 

 否定しかけたが、遠慮がちに肯定した。

 

 「ということは私も世話になることだな。せっかくだ、一人では大変だろうから手伝う」

 「え゛」

 「何か不都合か?」

 「う、ううん!とっても嬉しいわ!ありがとう極さん!でも・・・やっぱりあの高いところの本は届かないわよね?」

 「そうだな・・・いや、少し待っててくれるか」

 「うん?」

 

 私と正地は身長がほぼ同じ。正地に届かないものが私に届くわけがない。どうしたものか、と考えていて、あることを閃いた。いるじゃないか、高いところのものを取ってもらうのに打ってつけの男が。どこかに探索に行っているだろうが、少し探せば見つかるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょうどいいヤツがいたので連れてきた」

 「お前たち、探索はしなくていいのか?」

 「く、鉄君なら確かに・・・背が高くて、力持ちね」

 「私と正地では手が届かない本があるからな。手伝ってもらいたい」

 「それは構わないが、探索は」

 「まずはあの本を取ってほしいんだけど」

 「俺の質問は無視なのか?」

 

 ショッピングモールをうろうろしていた鉄を捕まえて、図書館まで連れてきた。2mを優に超える体躯に隆々の体付き、ものを手伝わせるには打って付けだ。早速、正地が届かなかった本を指さして頼んだ。脚立に乗ってもまだ僅かに足りなかったというのに、背伸びしただけで簡単に取ってしまった。

 

 「これでいいか?」

 「ぅん゛っ!!」

 「?」

 「あ、ありがとう・・・あの、他にも取って貰っていいかしら?」

 「ああ、構わん。ああ、ちょっと待ってくれ」

 

 鉄は懐からたすきを取り出すと、作務衣の袖に通して動きやすいように結んだ。袖がまくれると、鍛え上げられた筋肉が露わになる。浅黒くなった肌と合わせて実に力強そうだ。

 

 「あっ無理」

 「は?」

 「・・・ご、ごめんなさい。なんでもないわ。えっと・・・この本を取ってきてほしいの」

 「ずいぶん多いんだな」

 「無制限に借りていけるみたいだから取りあえずリストアップしたの。ごめんなさい、急にこんなこと頼んで」

 「いや、正地が自分に出来ることをしようとしているのは分かった。俺も探索よりこういうことの方が得意だ。俺も俺にできることをする」

 「ありがとう、鉄君」

 

 ほんのり上気したような正地に、私はこのままここに留まるべきか逡巡したが、正地が渡したメモの本を全て持って行こうとしたらさすがの鉄でも一人では厳しいだろう。私も共に手伝うことにした。正地がどう思っていようと今はそんな場合ではないのだ。私は気付かなかったふりをした。

 

 「アロマセラピー、マッサージ、鍼灸術に音楽療法に気功術まで・・・人を癒すためには手段を選ばないのだな」

 「普通に肩叩きだけではダメなのか?」

 「鉄君とか須磨倉君とか下越君みたいに体を使うことがメインになる人だったら物理的な療法がいいと思うけど、ぬば・・・たまちゃんみたいに心が不安定になってる子やスニフ君みたいにまだ体が未発達な子にはそれぞれ適したやり方が必要なの」

 「勉強熱心なんだな」

 「私にできることをしてるだけだから・・・むしろ、これしか取り柄がないのよ、私」

 「いいや、十分人の役に立っている。俺とは大違いだ」

 「“超高校級のジュエリーデザイナー”だろう?本意でないとは聞いているが、それでも宝飾業界には貢献しているのだろう」

 「・・・」

 

 鉄は黙っていたが、それは肯定の意味だろう。やはり本意ではない“才能”で褒められても困るということか。確かにはじめは意外だったが、だからといって“才能”自体は素晴らしいものだし、鉄自身がそれを否定しているわけでもない。自信を持ってもいいと思うのだがな。

 あまり前に出る性格でないことは既に知っているが、どうにも自信を持ってなさそうな、後ろ向きな雰囲気が焦れったく感じ、私は妙な気持ちになってきた。正地のこともあるし、老婆心だろうか。

 

 「そうだ、試しに鉄をマッサージしてみたらどうだ。手伝ってくれたのだし、それくらいはしてもいいんじゃないか?」

 「ぬっ・・・!?マ、マッサージか?」

 「えっ!?ちょ、ちょっと極ちゃん・・・!?え?いいの?」

 「いいも何も、手伝いの礼だろう?」

 「そ、それもそうね・・・うん、そうね。お礼しなきゃよね。分かったわ。じゃあ鉄君・・・肩と腰と全身と脚と全身、どれがいい?」

 「肩で・・・あ、いや、俺の気持ちは関係ないのか?俺は別にそういうつもりで手伝ったわけでは」

 「鉄」

 

 馬鹿、遠慮するな。そういう意味をこめて短く名前を呼んだ。それを察したのか、単純に気圧されたのか分からないが、取りあえず鉄は黙った。そして正地に言われるがまま、作務衣をはだけて肩を露わにした。さすがにいい体をしている。この背中にキレイに彫り物をするのは骨が折れそうだ。

 正地はさっきよりあからさまに顔を赤くして、おそるおそる鉄の体に触れた。少し触れては熱いものでも触るように跳ねてまたそろりと触る。それではマッサージも何もないだろう。

 

 「じゃ、じゃあせっかくだから、練習中のやつと本に書いてあるやつを試してみるわね。その後でいつも私がやってるやつを・・・」

 「これは期待できそうだな、鉄」

 「なんで極が楽しそうなんだ」

 「さすがに鉄君、んっ、いい体してるわね・・・僧帽筋も三角筋もあっ、棘下筋までしっかり鍛えられてる。はあ・・・すっごい・・・」

 「正地、もう少し普通にできないのか?変な声が漏れてるぞ」

 「あっ・・・ご、ごめんなさい。ちょっと緊張してるのかも知れないわね」

 

 痛みか気持ちよさか分からないが、正地が指を押し込み手の平で肩を撫でるたびに鉄も絞り出すような声を出す。いかにも疲れが取れている、といわんばかりの声だ。

 

 「鍛えられてるけどところどころ凝ってるわね。こことかホラ・・・痛いでしょ?」

 「ぬがっ!?」

 「あとここも」

 「ぐおおっ・・・!!?」

 「鉄君、一つの作業を長い時間続けてやるクセがあるわね。ずっと同じ姿勢をしてたり」

 「あ、ああ」

 「そうすると一部の筋肉が凝り固まっちゃって、それが疲れの原因になったりするのよ。ストレッチをきちんとしないとダメね。特に肩から首にかけての筋肉を適度にほぐしながら作業する必要があるわ」

 「い、今の何回かでそこまで分かったのか?」

 「もちろんよ」

 

 流石と言うべきか、何度か鉄の体を触っただけで見事に鉄の体のクセを言い当てているようだ。必要以上にあちこちを触っているような気もするが、素人目にはそんなものなのだろう。

 

 「羨ましいな」

 

 言うつもりはなかったが、思わず口に出していた。正地に施術を受けている鉄に対して羨ましいと思ったのではない、鉄に施術をしている正地を羨ましいと思った。

 

 「ああ、痛いが疲れがほぐれていくのが分かる。想像以上の腕前だ」

 「よかったら極さんもマッサージするわよ。いやむしろさせて欲しいくらいだわ」

 「そうじゃない。私が羨ましいと思ったのは、正地だ」

 「私?」

 

 一瞬、正地の目がきらりと光ったような気がしたが、無視しておこう。それよりも私は、こうして真っ当に人の役に立っている正地のことが羨ましかった。つい声に出してしまうくらいには。

 

 「自分にできることを見つけて人の役に立とうとしている。胸を張ってこれが自分の“才能”だと言えるではないか。私にはそれが羨ましい」

 「そんな・・・私は、私の好きなことをしてるだけよ。それに“才能”なら極さんにもあるでしょう?」

 「まあ・・・いや、“超高校級”と呼ばれておきながら贅沢なことを言うが、私は自分の“才能”があまり好きじゃない」

 「そうなのか?確か・・・“超高校級の彫師”だったな」

 「彫師って私、よく知らないんだけど、どんな“才能”なの?」

 「彫り物師、要は入れ墨彫りだ」

 

 仕方のないことだ。私の“才能”を聞けば誰しも顔をしかめるか、一歩距離を置く。入れ墨がどうこうではなく、それについて回るイメージのせいだ。しかし正地の反応はそのどちらでもなかった。

 

 「ああ、入れ墨ね。最近はオシャレで入れる人もいるわよね。アクセサリー付けてるのと変わらないじゃない。ね、鉄君」

 「んっ?お、おう・・・そうだな。実際に入れてる人は見たことないが・・・」

 「お客さんでたまにいるのよね。最初はびっくりするけど、もう慣れちゃった。むしろ話の種になったりして助かっちゃうわ」

 

 あっけらかんと正地は話す。人の素肌を見る機会が多い正地は、入れ墨についてもかなり柔軟な考え方をしているようだ。一方の鉄は少し戸惑っている。私に気を遣って正地に合わせているのだろう。むしろこっちの反応の方が私は慣れている。

 

 「どうしても悪いイメージがついてまわってしまってな・・・悪いが、あまり自分の話はしたくないんだ」

 「無理に話すことはない。誰でも秘密くらい持っているものだ」

 「あら、鉄君にも秘密があるの?」

 「んっ?あ、いや・・・うぅん・・・」

 「うふふ、男の子だもの。女の子に秘密にしておきたいこともあるわよね。その逆も、だけど」

 「楽しそうだな正地」

 「だって、ここにいる3人とも秘密を持ってるんでしょ?秘密の共有ってなんだか友達っぽくてステキじゃない?」

 「・・・むず痒いことを言うな」

 

 人は誰しも秘密を持っているとは言うが、私のは秘密とは少し違う気がする。それでも、正地はやけにテンションを上げて言う。流れで正地にも鉄にも秘密があることが分かったが、どちらも言いづらそうだ。知りたくもなかったが。

 

 「じゃあ私たちみんな秘密があるっていう、私たちの秘密。守らなきゃね」

 

 鉄の両肩に手を置いて、正地はそう笑った。いつの間にかこの妙な三人組を成立させられてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「探索っつってもなあ・・・めぼしいところはだいたい調べたっぽいし、どうすっかな」

 

 雷堂の提案で、飯を食った後もモノクマランドの中を探索することにはなった。でも最初に分かれた時にほとんど調べられたっぽいし、モノクマがうっかり抜け道を見逃すとは思えねえ。大掛かりなことするヤツほど、細かいところまで目が行き届いてるもんだ。かと言ってホテルでじっとしてる性分でもない。

 

 「あてもなく歩くにはちと広いな」

 「おやおや?そこのお兄さん。お困りのようですね?」

 「うおっ!?おおおおおっ!!?な、なんだ急に!!?」

 

 いきなり足下から声をかけられて見ると、さっきの白と黒のぬいぐるみが立ってた。条件反射というか、勝手に体がそいつから距離をとって危うく転びかけた。裂けた口元からぷぷぷと笑い声を漏らす姿はどこか愛嬌があった。でもだからこそ、そいつの凶暴さや残酷さが余計に恐ろしく感じる。なんというか、ちぐはぐなんだ。

 

 「そうビビらないでよ。ボクは困ってる様子の須磨倉君にスバラシー便利グッズを紹介しに来ただけなんだから」

 「べ、便利グッズ?」

 「そう、その名も『モノヴィークル』!いちご大福のいちごのように、モノクマランドに住むならこれは欠かせないよ!」

 「はあ?」

 

 急に現れたモノクマは、一方的に話を進めて俺の手を引いた。ホテルのエントランスから出て、正面に備え付けの駐輪場みたいなところに停められた17台の乗り物。気にはなってたが、これがモノヴィークルか?

 

 「広い園内を歩いて移動するのは疲れちゃう!受精卵から遺骨までLGBT問わず楽しめる夢の国モノクマランドはそんな声に応えてこんなものを用意しました!オマエラの足に変わってどこへでも連れてってくれるハイテクマシーン、それがモノヴィークルだよ!」

 「もう頭痛くなってきた」

 「須磨倉君、どれでもいいからモノモノウォッチをモノヴィークルの画面に近付けてみてよ」

 

 言われるがまま、俺はモノモノウォッチを画面に近付けた。ピロン、と音がすると画面に俺の名前が表示されて、地図と現在地が表示された。携帯の地図アプリみたいで、下に小さくモノヴィゲーションシステムと書いてある。

 

 「これで個人認証完了。オマエラ専用、一人一台のモノヴィークルができあがるってスンポーだよ。地図上でポイントを指定すれば、そこまで勝手に案内と運転をしてくれる次世代モーターさ!」

 「ええ・・・ハイテク過ぎてついて行けねえよ。自動運転って実用化されてたっけか?」

 「ボクにできないことはないの!まあ最高時速は15kmだし、絶対安全運転システムと緊急用エアバッグも積んでるから、その辺は安心してよ。いざとなったらそのハンドルで手動運転もできるしね」

 「無駄に至れり尽くせりだな!」

 「オマエラには事故や病気なんかして欲しくないからね!そんなんで死んでちゃつまんないでしょ?」

 「・・・」

 

 つい普通に説明を聞いてたが、こいつは俺たちをここに閉じ込めて皆桐を殺した、とびきりヤバいヤツだった。コロシアイを要求して、このモノヴィークルといいホテルやらショッピングモールやらを整えることで殺しに繋がること以外の心配事を排除しようとしてやがる。いかれてんのか正気なのか分からないところが、余計に不気味だ。

 

 「ナビには履歴機能もついてるから、何度も同じ場所に行くと勝手に連れてってくれるようになるよ。すごいでしょ?」

 

 セグウェイみたいな乗り物だけど、馬力はそこそこあるみたいだ。こんなもんどうやって開発したんだか。安全が保証されてるならここから出ても使ってみようかとちょっと思ってしまった。

 

 「それじゃ、他のみんなにも教えてあげてね。登録は一人一台までだから独り占めはできないからねー」

 「あっそう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノクマが失せた後、モノヴィークルを使ってみた。目的地を設定した後は台の上に立って目の前の手すりに掴まってるだけで、快適に目的地まで連れてってくれた。走行音も全然気にならないし、ちょっとした段差や悪路でも全然バランスを崩さない。すごいなこれ。

 

 「さてと」

 

 探索ついでにモノヴィークルを使ってみて、ギャンブルエリアに来た。聞いた話じゃここは茅ヶ崎しかろくに探索してないらしい。野干玉も納見も役に立たなかったそうだから、改めて探索しに来た。あくまで探索だ。遊びにきたわけじゃない。まずはカジノの中からだ。

 

 「・・・」

 

 自動ドアを通って中に入るとまず、その広さに圧倒された。一通りのゲームは揃ってるみたいだけど、とんでもない広さだ。奥の方に見える巨大ルーレットがキラキラ光りながら回ってる。それよりも何よりも、もう既に遊んでる声がしてるんだがどういうことだ。

 

 「はい、1−3−5の9だから1ね。あはっ、やったあ!」

 「ごあああああっ!!クッソ!!」

 「おいお前ら・・・」

 「あ、須磨倉お兄ちゃん。一緒に遊ぶ?」

 「よう!」

 

 テーブルの上に転がったサイコロの出目を見て、野干玉と城之内が喜んだり悔しがったりしてる。見るからにギャンブルで遊んでるが、今は探索の時間じゃなかったのか?っていうか野干玉のヤツ、納見にべったりだと思ったらもう別のヤツと遊んでるし。

 

 「何やってんだよ」

 「これ?ファンタンっていう中国のギャンブルだよ。サイコロの合計を4で割った余りを当てるの、簡単でしょ?」

 「なかなかおもしれーぜこれ!須磨倉もやってみろよ!」

 「いやそうじゃなくて、探索は」

 

 そう言うと、野干玉が明らかにふて腐れた顔をした。めんどくさいんだな。

 

 「だってあちこち歩き回るのとか、たまちゃん苦手だしー。ブーツだから歩きすぎはよくないんだよ」

 「それ歩いたヤツの台詞だろ!ってかそれとギャンブルとどう関係あるんだよ!」

 「ヒマだったから城之内お兄ちゃん誘ったの!せっかくモノクマネーも賭けられるみたいだから、勝負しない?って」

 「ハスラーだったらビリヤードじゃないのか?」

 「分かってねえな須磨倉よぉ。本場じゃビリヤードプレイヤーのことHustlerとは言わねえんだぜ?」

 「あっそう」

 「Hustlerはまあ色んな意味があるな。Hustleの派生で敏腕家って意味もあるし、イカサマ師とか詐欺師って意味もあるな。あとは売スゴッ!?」

 「おしゃべりな男の人ってダッサーい!!」

 

 無駄に良い発音で聞いてもないのにペラペラ喋る城之内が何か言いかけたところを、野干玉がどっかから取り出したビリヤードの棒でのど仏を突いた。変な声を上げて城之内が悶絶するのを尻目に、野干玉は笑顔で俺の手をとる。ヤバい予感しかしないぞこの女。

 

 「城之内お兄ちゃんもいい勝負できたけど、須磨倉お兄ちゃんともやりたいなー?」

 「勘弁してくれ。悪いけど俺はギャンブルには手ぇ出さないって決めてんだ」

 「えー?一回くらいやらないとさー、人生経験だって」

 「悪いな」

 「もうー!・・・ノリ悪ぃな空気読めよクソヒゲ」

 「ウソだろ!?」

 

 わがままを言う子供みたいに俺の手をぶんぶん振り回してたと思ったら、頬を膨らまして急に耳打ちしてきたと思ったら、信じられないくらいストレートな暴言を吐かれて思わず変なツッコミしちまった。ちょっとビビったが、それでも俺は絶対にギャンブルはしない主義なんだ。

 

 「ケホッ、運び屋なんて仕事自体が命懸けのギャンブルみてーなもんなのによ!真面目ぶってんじゃねーよ!」

 「真面目っていうか、ギャンブルするほど余裕がないんだよ。どうせろくなことにならないし、余計なお世話だ」

 「つまんねーヒゲだな。溶けてなくなれ」

 「お前の暴言トゲトゲしすぎるだろ!」

 

 こいつらホント真面目にやらないな。後で雷堂や極に怒られても知らないぞ、とだけ言って俺はその場を離れることにした。このままじゃ本当にギャンブルに巻き込まれそうだ。他の場所に行こうと思ってたら、さっき見えたルーレットから軽快な音楽が鳴ってきた。大当たりが出たらしい。

 

 「あっちでも誰か遊んでるのか?」

 「ん?ああ、ルーレットか。確か虚戈がいたな」

 「たまちゃん達より先にいたよ。こっちよりあっちの方が怒られるべきでしょ」

 「お前本当・・・小学生みたいだよな」

 

 それにしても、虚戈か。レストランの一件でそれまでの朗らかで間の抜けた印象が塗り潰されて、なんとなく不気味で近寄りがたい感じになっちまった。鉄が止めなかったらどんなことを口走ってたか分からないし、この状況で自分から敵を作るようなことをするなんて、考えられない。星砂とはまた違う、変なヤツだ。

 

 「放っとけよ。しゃべっても頭痛くなるだけだぜ」

 

 城之内にはそう進言されたけど、なんとなく放っておけなかった。もしかしたらあの一件で孤立したことを感じ取って、行き場がなくてここにいるのかも知れない。俺の足は自然と、巨大ルーレットの音を頼りに歩み出した。

 

 

 

 

 

 キラキラ光って音を鳴らすルーレットを映し出したスクリーンを眺める虚戈がいた。たくさん並んだパネルの一つを占領して、だぼだぼの服をまくりもせずに、大当たりのスクリーンに釘付けになってる。

 

 「すごいな、当たったのか」

 

 そっと隣に並んでそう声をかけた。落ち込んでるのか、悩んでるのか、困ってるのか、どれにしたっていきなりその問題には触れないように、取りあえず他愛ない話から入ってみようと思った。そうしたら、虚戈は俺の方を向いて一歩分飛び退いて、身構えた。

 

 「ほぉあ!なんだハルトッ♠マイムを殺しにきたのかー♠」

 「・・・」

 「さてはマイムの当てたモノクマネーが目当てだなっ♣お金ならやるから命だけはお助けーーーッ♢あちょう!」

 「言葉と動きが合ってないな」

 

 なんの拳法の構えなのか、俺に警戒心剥き出しで虚戈は叫ぶ。画面を見ると、確かに大当たりで大量のモノクマネーが配当されてるけど、それを含めても所持金が俺よりかなり少ない。きっと無茶苦茶な賭け方をして、たまたま当たっただけだろう。

 

 「中国4000年の歴史の中で研ぎ澄まされた究極拳法『トドーフ拳』の奥義・・・とくと見よッ☆」

 「殺さねえよ」

 「あ、なんだ殺さないのかー♢マイムかんちがいしちゃったあ♢ごめんごめん♢」

 

 俺の一言で虚戈はあっさり構えを解いた。それでいいのか。いや、どこまで本気なんだ?

 

 「あのねハルト!いまマイムすっごいたくさんモノクマネーもらったんだー♡いーでしょー☆」

 「お前、ずっとここでルーレットやってるのか?」

 「そうだよ♢楽しいよねこれ♫みんながクルクル回って、ボールがコロコロ転がって、そんで当たったらパンパカパーン♫すごーい!たーのしー!」

 「・・・」

 

 虚戈の発言が引っかかって、ルーレット盤をよく見た。普通は赤と黒に分かれて数字が書いてあるはずのポケットには、俺たちの顔が描かれてた。こいつはずっと、俺たちの誰にボールが入るか賭けてたんだ。それに気付いた瞬間、またこいつが俺たちとは違う人間なんだって感じがして、背筋が寒くなった。

 何より悪趣味なのがポケットだ。ポケットは俺たち17人とモノクマの顔が描いてあるものが2ヶ所ずつ、『H』と『D』のマスが一つずつ、合計38ヶ所ある。けどそのうちの2ヶ所、皆桐の顔が描いてあっただろう場所は、血みたいな色の詰め具で埋められてる。

 

 「お前さ、こんなこと続けてたらマジで誰も寄ってこなくなるぞ」

 

 どうも虚戈は落ち込んでるどころか反省も何もしてないらしい。鉄に怒鳴られて、あんなに白い目で見られて、それでなんで何も感じてないのか分からない。ここは、がつんと一回言ってやらなきゃいけない。そう思った。

 

 「んー?あはっ♡ハルトはマイムのこと心配してくれてるのかー♫ありがとう♡」

 「いやそこはありがとうじゃなくて」

 「でも大丈夫だよ♫」

 「なんで大丈夫なんだよ」

 「だって、もしみんなが寄ってこなくなっても、マイムがみんなに寄っていけばいいんだもんね♡」

 「は?」

 

 あっけらかんと言う虚戈に、俺はそんな短い言葉しか出て来なかった。意味が分からなかった。

 

 「モノクマ言ってたでしょ?ここからは誰も逃げられないし出られないんだよ♣だからみんながマイムから逃げても、マイムがみんなに寄っていけばいいんだよ♫」

 

 屈託のない笑顔で、些細な発見を自慢する子供みたいに、宿題をやりきって褒められようとしてる子供みたいに、虚戈は言う。

 

 「だってここに逃げ場はないんだもんね♫」

 

 またこの感じだ。虚戈の口からこぼれる言葉と、虚戈の人なつっこい笑顔。そのちぐはぐさが、また俺の背中を冷たくなぞった。

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:16名




久し振りの更新です。思ったよりも長くなってしまったんだよねえ


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(非)日常編2

 

 朝、起きたときに体がだるかった。昨日の晩飯はスタミナ付けるために鉄板ホルモン焼きに卵スープまで付けたんだ。飯のせいじゃねえ。この見慣れねえ部屋に気が滅入ってるだけだ。しゃーねえ、オレ以外のヤツらもきっと同じだ。こんな日は、朝からテンション上げてくしかねえか。

 

 「ふわぁ・・・」

 

 ぐねぐねに絡まった髪の毛にクシを通して一本に結ぶ。こうすると気合いが入るんだ。女みたいだって言われたこともあったし、料理人なのに髪が長いのはどうなんだって言われたこともあったな。いいんだ、オレは美食家、食う方が得意なんだから。今日も赤いジャージでテンション上げて、腰に結んだ。さてと、朝飯は何にすっかな。

 まだ誰も起きてない、ほのかに暗いホテルの廊下を通って、レストランまで行く。ホテルの外は朝焼けでオレンジ色だったり緑色だったり紫色になってて、入口からその光が差してくる。今日は晴れだな。

 

 「どれどれぃ?今日はお前らどうなりたい?」

 

 厨房の灯りを点けて、冷蔵庫やその周りの食料庫に並んだ食材たちのコンディションをチェックする。さすがに16人分を一日三食使ってったらあっという間になくなりそうだったが、昨日使った食材は全部元通りになってた。あのモノクマってヤツがやったのか?

 

 「朝からあいつらのテンション上げてかなきゃいけねえからな!口当たり軽くて腹に溜まる、でも遊びがあるもんがいいな・・・さて」

 

 目に留まる食材がいちいち自分をアピールしてくる。みずみずしいキャベツはキレイな葉色をちらつかせて、たっぷり脂ののった肉はほんのりいい匂いを漂わせてくる。けど、やっぱこういうときに使う食材っつったらこれだろ。

 

 「よっしゃ!小麦粉!お前に決めた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 まろやかな牛乳をタネに落とすと、黄色く輝いてた生地に白が混ざって見るからに甘そうなクリーム色に変わった。生地ができたらしばらく寝かせて馴染ませてる間に、トッピングの方の準備を進めておく。黄身と白身に分けた卵の白身に粉砂糖を混ぜて一気にかき混ぜてメレンゲにする。それからフルーツは小さく賽の目切りにして・・・あとは何があるといいか。

 厨房で料理してると、いつの間にかいいくらいの時間になってたらしい。レストランの灯りを見つけたらしい、デケえ影が近付いてきた。

 

 「なんだ、下越か。朝早くからご苦労なことだな」

 「よう鉄!早ええじゃねえか!」

 「いつも朝餉はこのくらいの時間だ。俺より早く起きているとは驚いた」

 「お前ら全員の飯作ってやらねえといけねえからな。いつもよりちょっと早く起きた。まあそこでそれ飲んで待ってな」

 「なんだこれは?」

 「ココナッツジュースだ。ココナッツがごろごろしてて危なかったから、くりぬいてジュースにした」

 「そんなに手軽なものではないと思うが・・・いただこう」

 

 生真面目なヤツだとは思ってたけど、朝飯も自分で作るつもりだったのか。けど残念だったな、こと飯に関しちゃオレが全部仕切らせてもらうぜ。それから少しの間起きてくるヤツはいなかったけど、次に雷堂と茅ヶ崎と相模が一緒にレストランに来た。

 

 「おはよう鉄、それに下越も」

 「はよー」

 「いよーーーっ!?ななな、なんですかこれは!?椰子の実ですか!」

 「ココナッツジュースだそうだ。朝餉の用意は下越が全てしてくれるらしい」

 「悪いな下越、何か手伝うぞ?」

 「そうか?じゃあ、茅ヶ崎」

 「うぇっ!?な、なんでいきなりあたし?」

 「こん中で一番料理できそうだからだ!まあ深い理由はねえよ。ちょっと果物の準備手伝ってくれ!」

 「俺は?」

 「ココナッツジュース飲んどけよ!」

 「いよは南国の果実の汁を啜るのははじめての経験です!なんとも珍妙な光景ではありませんか!それに味も・・・いよーーーっ!!まっこと美味なりですな!!」

 「朝からテンション高いな相模は」

 

 鉄は体もデケえし手もデケえからこういうのは似合わねえだろうな。あ、でもジュエリーナントカだっけ?まあいいや。こういうのは女子の方が分かるだろ。相模はちょっと違う感じだからナシだ。

 厨房にはクリーム色の生地にふわっふわのメレンゲ、つやつやのフルーツを一口サイズに切って色や味で分けて、生クリームもチョコソースもバターもチーズもなんでもござれだ!あとはオレが生地を流して焼いて、茅ヶ崎がそれを飾り付けるだけだな!

 

 「えっ・・・これ、下越が一人で準備したの?」

 「もちろんだ!なんでも好きなだけ使っていいから、自由に飾ってくれ!」

 「すっごい・・・でもアタシ、みんなの好みとか知らないよ」

 「いいんだいいんだ。飾り付けることに意味があるんだからよ」

 「そう?じゃあまず、平べったくて大きいの一枚焼いて」

 「任しとけ!」

 

 さっそく茅ヶ崎の言う通りに生地をフライパンや型に流し込んで火にかける。たっぷりバターを溶かしたフライパンの上で香ばしい匂いを立てながら気持ちいい音を出す。ふつふつと生地に穴が空いてきたら、すかさずひっくり返す。ここで躊躇うようじゃまだまだ二流だぜ。

 

 「ほい、こんぐらいのデカさか?」

 「うん。ありがとう。じゃあ次は、ケーキみたいに小さくて高いヤツ」

 「なるほどな。そう言うと思ってもう焼き始めてるぜ」

 「なに?エスパーなの?この品揃えといい」

 「かっか!だったら茅ヶ崎に飾り付け頼まねえって!味は保証するけど、飾り付けはどうも苦手なんだよなあ。やっぱ女子にやってもらった方がいいぜ」

 「・・・なんか、そう言われるとやりづらいっていうか、なんか恥ずかしい」

 

 ぶつぶつ言いながら、茅ヶ崎はパンケーキの上にクリームやらフルーツやらを乗せて飾り付けてく。アイスにハチミツにミント、マシュマロまで使ってゴテゴテに飾り付けた一皿とか、逆に生クリームだけをひたすら乗せたり、フルーツでカラフルにしたり、色んなパターンが出てくるな。うっかり一枚焦がしそうになるくらい、手際がいい。こりゃあなかなかの料理の才能見つけちまったぞ。

 

 「やるじゃねえか茅ヶ崎!想像以上だ!」

 「いま集中してるから話しかけないで」

 「あっはい」

 

 そんな冷静に言われると思ってなくて、つい敬語で返しちまった。それにしても、見た目はもっとチャラチャラしてそうな感じだったのに、手伝いさせてみたら意外と真面目にやるじゃんか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は茅ヶ崎の手際に関心して誰がいつ来たか覚えてねえけど、スニフと極と正地は約束通りの時間に来たらしくて、それ以外のヤツらは遅刻してきたらしい。こんな状況じゃ寝覚めが悪くてもしょうがねえか。とにかく今は体を休めることが一番だ。全員揃っただけでも上出来じゃねえか。

 

 「おはようお前ら!今日もとびきり美味いもん用意したぞ!」

 「おはようございます。テルジさんはモーニングもエネルギッシュですね」

 「気合い入れて作らねえと元気でる料理はできねえからな!今日は茅ヶ崎が手伝ってくれたぞ!」

 「茅ヶ崎さんが?」

 「別に・・・下越が言うからやっただけだし。味付けとか準備は全部下越がやったんだからあたしはなんも・・・」

 「うわ〜〜〜い♡すごいすごーい♡生クリームの山だ〜〜〜♡」

 「Wow!!Looks Delicious!!」

 

 厨房からパンケーキの皿を持ち出すと、虚戈とかスニフが跳びはねて喜んだ。こんがり焼けたバター風味のパンケーキの上に、これでもかとばかりに生クリームを乗せて、フルーツで彩りつけて、仕上げにメープルシロップを3周かけた一番ド派手な皿をテーブルのど真ん中に置いて、その他の小さいやつを周りに配置する。皿の置き方だって料理の一部だ。メインが引き立つように、けど他の皿も埋もれないように、なおかつ料理が冷めないように素早く、オレと茅ヶ崎の料理を完成させた。

 

 「好きな皿持ってけ!」

 「わーいやったー♡」

 「マイムさん走るとあぶないですよ。子供じゃないんですからそんなにあせらなくても」

 「お前はもっと子供らしくしていいんだぞ」

 

 すぐに虚戈とスニフが飛びついて他のメンバーも一皿一皿持ってく。さすが茅ヶ崎の盛りつけだ。オレのより女子の目がキラキラしてる。

 

 「これ茅ヶ崎さんが盛りつけたの?すごい、とっても可愛いしおいしそう」

 「前に食べた事あるのマネしただけだし、別に大したことないって」

 「茅ヶ崎さんって器用なのね」

 「乗っけるだけだから誰だってできるよ」

 「いよーーーっ!いよはこんな享楽の極みのような朝食は始めてです!乱雑に散らされたかと思いきや色合いと味の配置が素晴らしい!」

 「やめてってば恥ずかしいから!」

 

 茅ヶ崎は何をあんなに照れてんだ。料理を褒められてんだから胸張ってりゃいいのに。全員うまいうまいっつって食べてんのに・・・と思ったら、やっぱり一人だけ別のもんを食ってるヤツがいた。意地張りやがって、素直じゃねえなあ。

 

 「おい星砂、お前もパンケーキ食べていいんだぞ。ヨーグルトだけじゃ物足りねえだろ」

 「貴様には記憶力がないのか?こんな状況で俺様は他人が作ったものは口にしない。モノクマが用意したもの自体に害はないようだがな」

 「んなこと言って本当は食べたいんだろ?ほれほれ」

 「ふんっ、バカと半裸のどちらも、ここから出たいと思っていないなら少しは信じる気にはなるが・・・あり得ん話だ」

 「バカ?」

 「お前のことだ」

 「バカって言うな!」

 

 オレのことを無視して、空になった皿を厨房に行って洗ってしまった後、星砂はさっさとどっかに行っちまった。なんだよあいつ。でも生きてる限り飯は絶対必要なんだ。そのうち向こうから食わせてくれって行ってくるに決まってる。待つさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、今日もこの広漠なモノクマランドを探索することになった。未だ脱出口も、手掛かりさえも見つからない中、なんとなく士気が落ちている。仕方のないことだ。探索と言っても、もうほとんどの場所を探し尽くしてしまったと言ってもいい。どこをどう探せばいいのか、俺には何の宛てもない。ひとまず、運動ができるというアクティブエリアというところに行ってみる。気を紛らわすことぐらいはできるだろう。

 須磨倉から教えて貰ったモノヴィークルというものに乗ってみた。急発進するんじゃないかとがっちりハンドルを握っていたが、走り出しも一時停止も静かで優しいものだ。思い出したくもないが・・・あの弾幕を生み出した機械と同じヤツが作ったとは思えない。

 

 「む」

 

 アクティブエリアに着くと、各エリアに設置されている駐車場にモノヴィークルが2台停まっていた。既に誰かがいるようだ。そして、金属の鳴る甲高い音も聞こえてくる。これは・・・金属バットか?

 

 「バッティングセンターかなにかか」

 

 職業柄、金属の音には敏感だ。これだけ何度も聞けば、どんな金属のどんな大きさか、色々なことが分かる。しかし音を聴くと、また刀を打ちたくなってくる。ただ眼前の鋼鉄とのみ向き合い、釜の中の如し鍛冶場で槌を振るいたくなってくる。いかん、俺にはもう・・・。

 

 「あっ!・・・く、鉄君・・・!」

 「ん?ああ、よう鉄」

 

 心が乱れた。やはり俺にはもう刀を打つ資格はない。無心になれなければ美しい鍛冶などできない。そんなことを考えていたら、いつの間にか自然と金属音の鳴る方に足が向いていた。驚いた様子の正地と、バットを構えたまま振り向いた須磨倉がいた。

 

 「お前も体動かしに来たのか?参るよな。こんな状況じゃ、俺みたいに体で稼いでるヤツにとっちゃ、毎日体が鈍ってくみたいだ。モノヴィークルなんて支給されてますますだ」

 「いや・・・俺は別にそういうわけでは・・・」

 「く、鉄君?もしかして疲れてる?マッサージしましょうか?うん、それがいいわ!」

 「い、いや、結構だ」

 

 相変わらず、正地は恐れるものなどないかのごとく迫ってくる。大人しい淑やかなヤツだと思っていたが、案外そうでもないらしい。須磨倉のように軽く話をしてくれるくらいの方が助かるのだが。

 

 「お前たち、探索は・・・しないのか?」

 「ん〜、っつってもあらかた探索はしたしなあ。よっ!これ以上新しい発見があるとは正直思えないし・・・ま、体動かしながらっ!考えてみるわ」

 

 俺の問いかけに、須磨倉は飛んでくる球を打ち返しながら答えた。新しい発見が見込めないことは俺も賛成だが、それでも何か行動しないと何も変わらないんじゃないのか?雷堂がそう言っていたではないか。

 

 「私たちにできることは限られてるもの。だけど、外じゃ今頃警察や希望ヶ峰学園が私たちを捜索してるはずよ。しばらく暮らしていける設備が整ってるんだし・・・一週間くらいは様子を見てもいいんじゃないかしら?」

 

 正地が、深く考えたような言い方をする。もちろん、俺だってそう思う。17人もの希望ヶ峰学園の生徒が連れ攫われ、しかも1人は既に殺されている。こんな状況で警察も希望ヶ峰学園も手を拱いていられるわけがない。いくらモノクマが強大とはいえ、何かしらの動きがあるはずだ。

 だが、俺はそんな楽天的にはなれなかった。モノクマはその気になれば、俺たち全員を今すぐにでも殺せるんだ。あの力を外に向ければ、警察や軍隊を抑え込むことだって不可能じゃない。そうしたら、俺たちは有りもしない希望に縋って、有り得る絶望から目を背けているだけじゃないのか?

 

 「そう怖い顔っ!すんなって。ただでさえタッパもあって体もいかついんだからよ。スニフが泣くぜ」

 「スニフはそこまで子供ではないと思うが」

 「そうよ。スニフ君はあの年でしっかりしてるわ。今から英才教育をしたら将来がどんな風になるのか楽しみよ・・・ね」

 「・・・能天気だな」

 

 拉致監禁され、コロシアイを強要されているとは思えない能天気さだ。俺が心配しすぎなのか?コロシアイなど起きるはずない、そうは思っているが、それをさておいても大いなる危機は常に俺たちの周りに蠢いている。まるでそれに気付いていないかのようだ。この生活に慣れ始めてしまっている。このまま、俺もこの生活に慣れて、いつ降りかかるとも分からない巨大な危機に見て見ぬふりをするようになるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おやあ、いるもんだねえ」

 「ッ!!」

 「あら、納見君」

 

 いきなり、後ろから今までいなかった声が聞こえて心臓が口から飛び出すんじゃないかというくらい驚いた。それほど気を張る必要もない相手だというのに、なぜこんなにも俺は肝が小さいのだろう。心底驚いた時に声も出ず体が固まる癖にも嫌気が差す。

 

 「なんだ、納見も運動か?全然そんなイメージないけど」

 「おれは基本的にインドア派さあ。けど昨日、ちょっと自分の運動神経の無さを痛いほど思い知らされることがあってねえ。少しは動かしておかないとと思ってさあ。鉄氏ほどになろうとは思ってないよお」

 「いいえ納見君。人は誰しもムキムキになれるわ。ちょっと時間はかかるかも知れないけど」

 「遊び程度でいいのさあ。鉄氏、何もしていないなら付き合ってくれないかい?」

 「あ、ああ・・・構わんが、何をする?」

 「まずはキャッチボールからにしようかなあ」

 

 2人の能天気さに戦慄していたところに、更に能天気なヤツが来た。体を動かしておこうなど、なぜそう思い至ったのかは分からないが、そんな場合なのか?やはり俺が心配しすぎなのだろうか。

 促されるままグラウンドに出て、用具庫からグローブを持ってくる。納見はグローブが入ったかごをやたらとまさぐって、ようやく見つけたグローブを右手に嵌めた。

 

 「む、納見は左利きか」

 「そうさあ。左利き用のグローブもあってよかったよお。どうも、おれたちの中じゃ左利きはおれだけみたいだからねえ」

 「いたわね、中学校の時に。体育の時間にグローブがなくて困ってる子」

 「おかしい話だとは思わないかい?左利きは国や人種、時代も文化も問わず一定の割合で存在しているんだあ。だったら同数とは言わないけどもお、その比率でグローブも用意して然るべきとは思わないかい?」

 「ま、まあ・・・そうだな」

 

 利き腕か。左利きの事情はよく分からないが、刀を打つときに利き腕で刃の向きを変える刀匠がいるという話は聞いたことがある。左右が反転するのだから通常の刀を打つよりも高度な技術を要するのだろう。俺は美術品として刀を打つのだから、あまり縁の無い話だが。

 そんなことを思いながら軽くボールを投げた。納見はその球をぼんやり眺めていたかと思うと、慌てて追いかけて転んだ。ちょうど、ボールの落下地点に頭が来るように。

 

 「あうっ」

 「ボール投げただけでこけたぞ」

 「・・・すまん、いきなり投げてしまったな」

 「い、いやあいいのさあ。それっ」

 

 気を取り直して納見が投げた球は、俺のいる場所とはまったく違う方向へ飛んでいき、しかも大して遠くへも飛ばない。まっすぐ俺に投げていたとしても、明らかに距離が足りていない。

 

 「運動音痴ってレベルじゃねえぞ!男子高校生の運動神経かこれが!?」

 「これは・・・トレーニングとかそれ以前のレベルかも知れないわね」

 「ひどいだろお?おかげで体育の成績はいつも最低点さあ」

 「折角左利きでスポーツに有利なのに、勿体ないな」

 

 須磨倉も正地も思わず酷評してしまうくらい、納見の運動神経は酷かった。ここまでだと運動ができないと言うよりも、体を満足に動かすことすらできていない。この男、自転車を漕いだら途中で倒れるのではないか?

 あまりにもあんまりな様子だったから、フォローするつもりで納見の唯一の利点を持ち上げた。つもりだった。だが当の納見の反応は思っていたものとはだいぶ違った。

 

 「はあ?」

 「そうだぜ!左利きなら絶対スポーツ有利なんだから、できるようになった方がいいって!」

 「それはあ・・・本気で言ってるのかい?」

 「だってほとんどの人は右利きだから、勝手が違う左利きは有利って・・・そうじゃないの?」

 「左利きだというだけでえ、須くスポーツで有利になるとお?そんなことを本気で信じているのかい?」

 

 なんだなんだ?急にどうした?

 

 「へえ・・・そうかい。じゃあ左利きがスポーツで有利なのはあくまで集団対集団の中でイレギュラー的に存在するからであって少数対少数のスポーツでは左利きも勝手の違う相手と相対するから有利もへったくれもないとは考えないのかい?」

 「お、おう」

 「第一利き手のアドバンテージは体力や熟練度が同等の者同士の話であって須磨倉氏や鉄氏のように体の仕上がっている人とおれのようなもやし野郎とでは左利きであることを差し引いてもなお実力に天地の差があるんじゃあないのかい?それを差し置いてただ左利きという理由だけでやたらと期待されたり期待度が高いだけに運動神経が鈍いことが大袈裟に捉えられたりするのは右利きの無理解と勝手なイメージの押しつけに他ならないじゃあないかあ。これを理不尽と言わずになんと言うんだい?ねえ鉄氏!」

 

 なんだこの納見、どうしたんだ。

 

 「す、すまん・・・俺は別にそういうつもりで言ったのでは」

 「そもそもどんなスポーツ用品も使用者が右利きの前提で作ってあって、左利き用の用品自体が少ないのさあ。練習する道具すら少ないというのに、勝手なイメージで有利になるなんて思われて、そんなものはもはや迫害と呼んでも差し支えないレベルさあ。この世界はいつになったら左利き差別がなくなるんだい!?」

 「めんどくせえなあもう!」

 

 その後、まったく歯ごたえのない投球とともに投げかけられる鬼のような左利きの主張に打ちのめされながら過ごした。怖かった。

 人間、何をきっかけに豹変するか分からない、ということか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルの部屋は、各人ごとに趣向が異なっているようだ。いずれにしても部屋の主が満足できるように設計がされ、必要とあらばそれなりの設備や器具も用意されている。私の部屋は大きく二つのエリアに仕切られ、半分は試験管や小さな手術台が並ぶ実験室風の造り、もう半分は怪しげな薬品や不気味な置物、得体の知れない植物の根っこや動物のミイラが並ぶ黒魔術用の造りになっていた。

 まったくモノクマめ、なんと理解のある誘拐犯だ!最新鋭の現代科学と古の黒魔術の融合、それこそが新たな人類発展の境地に至る道である。ふふふ・・・まさかこんなところで理解者と出会うとは。お前とは友として出会いたかったよ。

 

 「しかし、さすがに至れり尽くせりというわけではなかったようだ」

 

 おそらくどちらもイメージだけで器具は取り揃えたのだろう。必要なものもあったが、不必要なものや欠けているものもあった。まあそこまで贅沢は言わんさ。場所さえ用意してもらえれば自分で揃える。そのための施設はあるのだからな。

 というわけで、私は今ショッピングセンターで買い物をしている。持っているモノクマネーだけでどれほど揃うか分からないが、なくなればカジノで稼げばいい。時には不確定な運に身を委ねてみるのも面白いだろう。

 

 「ふふふ・・・はっはははは!!なんと面白い場所だ!!まさかビーカーとフラスコとメスシリンダーと試験管が別々の店で売られているとは!!しかしある程度、配置の傾向はあるようだな」

 「エリアでショップのトレンドあるみたいです。グロサリーはまとまってます」

 「しかしどの商品も常識的な値段であるが、実に質が良い。あのモノクマというヤツは実験器具にも造詣が深いようだ」

 「ジャパニーズアニメトイもいっぱいありました!トランスフォーーーッム!ブシュゴワア!!」

 「走ると危ないぞ少年」

 

 おもちゃのロボットとは、モノクマが用意したものだというのに思い切った買い物をしたものだ。“超高校級の数学者”といえど、やはりまだ子供ということか。目にも留まらぬ速さで変形させたかと思うと、テーマソングを口ずさみながらショッピングセンターを走り回る。

 

 「ブイィーーーンッ!!Wooo!!マジョンガーA!!You strongest and fastest♫Anyone can't stop you in the sky・・・うあっ!」

 「うげえっ!」

 「おっ、転んだ。大丈夫か少年」

 「うう・・・いててですけど、だいじょぶです。ごめんなさい」

 「先ほどまでの勢いがウソのようにしおらしくなったな」

 「とりもちつきました。おしりいててです」

 「しりもちか」

 「それでした!」

 

 いやいやいや、こういうのは研前とやる絡み方だろう。この二人の決め絡みと言ってもいいこのフレーズを私が言ってしまったことに一抹の焦燥と重圧を感じる。そもそもスニフ少年の言い間違いを一発で訂正することができる研前の方が優れているのだが、こうも面白く言い間違えるスニフ少年の天然さにも素直に舌を巻くばかりだ。

 

 「それで、一体全体何にぶつかったと言うのだ?」

 「う〜ん・・・ばたんきゅ〜♠」

 「わわっ!マイムさんでした!どうしましょうエルリさん!女の人にぶつかってケガをさせてしまいました!」

 「いや、見たところ大したケガをしているわけではなさそうだ。おい虚戈、大丈夫か?立てるか?」

 「いたたのた、いきなり超合金メガトンパンチをお鼻にお見舞いされちゃったよ♠もーっ!まいむは巨大怪獣でも宇宙忍者でもないのに!」

 「そんなつもりで見舞ったわけでもないだろう。原因はスニフ少年の不注意に間違いはないが」

 「虚戈さん、ごめんなさい」

 「あ、なんだスニフくんだったのか☆だったらいーよ☆まいむはおこちゃまにはやさしいんです♡」

 「おこっ・・・!?ボ、ボクは子供じゃないです!コーコーセイですよ!」

 「そうだねー♡おこちゃまの高校生だねー♡」

 「ぐぬぬ」

 

 模範的な大の字で転がっていた虚戈は、ぴょんという擬態語が聞こえそうな動きで立ち上がり、ぷんすかという擬態語が聞こえそうな怒り方をし、ぶつかった相手がスニフ少年だと分かるやケロッという擬態語が聞こえそうなほど態度を変えた。今度はスニフ少年の方が怒り出したが、虚戈に適当にあしらわれてしまう。悔しそうに歯を食いしばっているが、実際お前はお子様だろう。

 

 「こんなところに一人で何をしている?」

 「えっとねー、まいむは探しものをしにきたの♢小さいラジカセないかなー?」

 「ラジカセなら家電エリアだろう。ちょうど私たちが行こうとしている生活用品エリアの隣の隣にある。ふふふ、運命的な巡り合わせだな」

 「わーい♡じゃあ一緒に行くー♡」

 「走るとあぶないですよマイムさん」

 「ふっ」

 

 お前だ、とは言わないでおいた。スニフ少年は純粋に己の経験則から虚戈のことを心配して言っているのであって、先ほどの衝突を虚戈の方に少なからず責任を擦り付けようとしているわけではない。それが分かっているからだ。そもそも私はツッコミをするようなタイプでも、かと言って進んでボケをするようなタイプでもない。そうした展開の外側から一歩引いて静観するのだ。だからスニフ少年と二人きりのときも彼の一人遊びを後ろから眺め、虚戈が加わってスニフ少年が心配そうに追いかける姿を後ろから眺め、常にそこにいるだけの存在なのだ。私のこの気配を消し何の役割も負わずにいられるスキルのおかげで、中学・高校ともに何のもめ事にもかかわらずにいられたのだ。決して相手にされなかったのではない。相手にさせなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「エルリー?」

 「んっ?なんだ虚戈」

 「さっきからぶつぶつ一人でなんか言って怖い顔してるよ♠」

 「いや、なんでもない」

 「おふたりとも!リヴィングウェアズエリアですよ!」

 

 ショッピングセンターはかなり広いとはいえ、所詮は一つの建物だ。旅路はそれほど長くなく目的地に着いてしまった。相変わらずそれぞれのショップは強すぎる個性を主張していて、歯ブラシと歯磨き粉が別々に、シャンプーとリンスが別々に、亀の子たわしと金たわしが別々に売られている。どういう基準で店を構えているのやら。中にはおむつの専門店など、およそ必要性すら感じないものすらある。

 

 「あははっ☆おむつだってー♡スニフくんのためにあるみたいなお店だね☆」

 「お、お・・・!?ボ、ボクはおつむなんていりません!!シッケーな!」

 「おつむが足りてない言い間違いだな。それにしても、これだけ無駄な設備を一体どうやって整えたのやら」

 「無駄なんかじゃないよ!」

 「うわっ♠」

 

 ふと、私が溢した言葉に敏感に反応して、どこからともなくあの声がした。気付くとそいつは、私の白衣の下にいた。いつの間にどこからどうやってなぜそんなところにいるのだ。というか、女子のスカートの真下にいるとは、ぬいぐるみでクマのくせに不埒な輩だ。私に大して色気がなくて生憎だったな!ふははは!悔しかろうから、敢えてこのまま直立不動の仁王立ちで話をしてくれよう!

 

 「何の用だ」

 「うーん、白衣の隙間から覗く脚がキレイだね。でもね荒川さん、無駄っていうのはこの脚みたいなことを言うんだよ。こんなに細くて長くてキレイな脚なのに、キミみたいな人間の元に生えてきてしまったせいでその魅力を半減、いやそれどころか崩壊さえしてしまっているね。逆にギャップがあって一部の層にコアなエネルギーを生み出すんじゃない?」

 「人の脚を放射性元素の核変換によるエネルギー抽出技術に準えて侮辱するな」

 「むつかしー話、まいむ分かんない♠」

 「ボクもです」

 

 意図したことか意図せずことか、そんな高度な科学技術を用いた特殊な暴言を吐かれるとは思ってもみなかった。だがそれに完璧なる切り返しをしたこの私も誰かしらにそれなりの評価をされるべきだろう。モノクマはくっくと笑って私の脚の隙間からそろりと抜け出した。勝った!

 

 「無駄ではない、とはどういうことだ」

 「ムダだよこんなにたくさんのおみせ!まいむ使ったことないもん!」

 「むだ、ですね」

 「無駄だ無駄だ・・・無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!オマエラの狭量な価値観で全部を計れると思うなよ!そういうのが争いの元になるんだよ!あ、でもこの場合いいのかな?」

 「もう一度聞く。無駄ではないとはどういうことだ」

 「無駄ってヒドい言葉だよね。駄っていうのは元々牛や馬に荷物を背負わせることを意味する言葉で、それはつまり乗馬に適さない駄馬ってこと。それが無ってことは、乗馬にも使えなきゃ荷物を運ばせることもない、それこそ全くの『無駄』ってこと!」

 「三度聞く。無駄ではないとはどういうことだ」

 「話が大幅に逸れちゃった。なんでだろ?なんでこんな無駄な無駄の無駄話しちゃったんだろ?」

 

 貴様が無駄だ。よく無駄の一言でここまで無駄にべらべら喋れるものだ。

 

 「そうそう!このショッピングセンターにあるものは全部、ボクがオマエラのために用意してやったものなんだよ。ここにある全てのものが、オマエラの誰かのために用意されてるんだ!」

 「おむつも?」

 「おむつも!」

 「やっぱりスニフくんのためだ♡」

 「それはちがいます!」

 「もちろん買い物はモノクマネーでできるよ!ついでに教えておくと、モノクマネーは生徒同士の授受もできるから、使い切っちゃったら誰かから受け取ってね。ま、無償でお金をくれる人なんていないだろうけど!」

 

 そう言うとモノクマは洗剤ショップに消えていった。なるほど。カジノで稼ぐにも元手が必要だ。モノクマネーは実際の金銭とほぼ同じと考えていいようだ。それにしても、ここにある全てのものが我々の誰かのために用意されているとは、これは何かの駆け引きか?生活用品や家電製品はさておき、かなり専門的な道具を扱う店もいくつか軒を連ねている。調理用品や鋳造器などは使い手が明らかだが、天体観測器具や占いグッズなど誰が使うのだろうか。

 

 「エルリさん、トゥースペーストさがしましょう!」

 「そうだった。歯磨き粉を探しに来たのだった。まったく、クマが無駄な話をするせいで当初の目的をうっかり失念するところだった。ろくに歯磨き粉も揃えていない部屋にしたばかりか邪魔までしてくるとは。私たちが虫歯になったらどうしてくれるのだ」

 「ねえ、まいむのラジカセはー?」

 「向こうに家電のエリアがある。そこを探してみるといい」

 「うわー☆ホントに着いちゃったよ♡まいむだけだったら今頃ショッピングセンターの中を迷いに迷って、永遠に目的地に辿り着けない子供のオバケにでもなってたところだよ☆」

 「さり気ない日常からそんな怪異譚が生まれてたまるか!」

 「それじゃエルリもスニフくんもありがと♡まいむはドロロンするね〜♢」

 

 終始マイペースにしゃべったり踊ったりして、虚戈はそのまま廊下の奥に消えていった。なんだかあっという間の時間だったような気がしたが、実際大して一緒に行動した時間は長くなかった。私の時間感覚もなかなか大したものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で、少年。お前の使っている歯磨き粉はあるのか?」

 「ありました!アップルフレーバーのペーストです!ブラッシングなのにおやつみたいです!」

 「私愛用の極小顆粒タイプまで揃っている・・・モノクマの言うこともあながち間違っているわけではないな。少なくとも、私たちが必要とするものは揃っているようだ」

 「まとめよ。サラダ当たりません、ってヤツですね」

 「突っ込まんぞ私は」

 

 研前のお株を奪うようなマネはしない。私はキャラが薄いとは自分でも思うが、かといってそんなにキャラに貪欲ではないのだ。それはさておき、ここの買い物のシステムは実に合理的だ。必要なもののバーコードをモノモノウォッチにかざせば、必要な分のモノクマネーが引かれる。これだけの店があってもレジは一つも要らない。万引きし放題かと思いきや、初日に虚戈が日焼けクリームを万引きしてモノクマにしっかり怒られたらしい。掟にも万引き禁止の項目が追加されていた。この状況でヤツの逆鱗に触れかねないマネをできる虚戈は、やはり異常だ。

 

 「今日からまた、おいしい気持ちでベッドにはいれます」

 「結構なことだ。スニフ少年の年齢で虫歯で抜歯などしたくないだろうからな。まだ生え替わりがあるとはいえ、乳歯の虫歯は永久歯にも影響するからな」

 「エルリさん、このあとじかんありますか?」

 「ああ。別に用事はない」

 「ボク、こなたさんにプレゼントしたいです。えらぶのみてくれないですか?」

 「プレゼント選びか。私が少年の力になるのなら付き合いは吝かではないが、私に女心が分かるだろうか」

 「レディですよね!?」

 

 スニフ少年の気持ちは分からんでもないが、私は研究のために女を捨てた身だ。それに研前はただでさえ謎めいていて、私でなくとも気持ちを理解できる者は少ないのではないか?それよりなにより、この状況でプレゼントをあげて気に入られようというスニフ少年は、なんというか、恋は盲目とはよく言ったものだ。

 

 「ニッポンのハイスクールガールは何が好きなんですか?プリティスタッフドですか?スウィーツですか?」

 「以前私が受け取ったもので言えば、希少な鉱石や珍味などが印象に残っているな」

 「ボク、ニッポンのカルチャーまだベンキョー中です。でもそれうれしい人マイノリティ分かります」

 「ふふふ・・・尋常ならざるものを求める者は、尋常ならざる感性を持たねばならんのだ。悲しき宿命だな」

 「う〜ん」

 

 私の感性がずれているのはさておき、研前は一体何をもらったら喜ぶのだろう。髪を降ろしているから髪留めか?新しいクツをあげたら喜ぶだろうか。それとも甘い菓子でもいいだろうか。って、これでは私が研前にプレゼントを渡すようではないか。いつの間にかスニフ少年の目的が私の目的になってしまっていた。

 

 「ううむ・・・乙女心は難解だな」

 「それはボクのセリフです」

 「おっす。なんだ、意外な組合わせだな」

 「む。須磨倉か」

 

 二人して首を傾げて研前のプレゼントを考えていたところに、廊下の奥から須磨倉がひょっこり顔を出した。帽子のつばを持って整えながら、軽やかな足取りで私たちに近付いてくる。脇には段ボールを抱えている。何かを運んでいる最中なのだろうか。

 

 「こんなところでなに難しい顔してんだ理系コンビ。ミレニアム懸賞問題でも解いてんのか?」

 「ミレニアムプライズプロブレムはそんなイージーじゃないです!!」

 「手の届く世界ではないが、ポアンカレ予想が解き明かされたときはなぜか悔しさを覚えたな」

 「ボクはネクスト、スロヴするならヤンミルズイグジスタンスアンドマスギャップ・プロブレムだとおもいます。ラストナイト、ちょっぴりすすみました」

 「こんな身近に100万ドルへの挑戦者が!?」

 「いや、研前へのプレゼントを考えていたのだ。スニフ少年から相談を受けてな」

 「え・・・いや、こんなこと言うのもなんなんだけどよ、スニフ。お前他に相談する相手いなかったのか?」

 「ハルトさん!これでもエルリさんはレディなんですよ!」

 「少年、なぜ私に相談した」

 

 なんというか、カオスな状況になってきたな。須磨倉はこういったことには明るいのだろうか。

 

 「それなら、アクセサリーでも贈ったらどうだ?アクセサリーエリアが向こうにあったし、鉄とか極に聞けば色々教えてくれるぞ」

 「Really?おふたりどこいますか?」

 「それは分かんねえけど・・・ジムとかじゃねえの?」

 「さっそく行ってきます!」

 

 言うが早いか、スニフ少年はショッピングセンターの出入り口に向かって走って行った。走ると危ないと言ったし、虚戈にもぶつかったというのに。やはり子供か。

 

 「そういえば、お前はここで何をしているのだ?」

 「ああ。ちょっとDIYショップで買い物だ。なんか知らねえけど納見の創作熱が爆発して、ペンキをんでくるよう依頼されたんだ」

 「“超高校級の造形家”の作品が見られるというわけか。ふふふ・・・これは楽しみだな」

 「あのぅ」

 「なんだスニフ。ジムに行ったんじゃないのか?」

 

 須磨倉の目的を聞いたところで、スニフがいつの間にか戻って来てた。何か言いにくそうにしているが、なんだというのだろう。

 

 「言いわすれありました。ボクのプレゼントのこと、こなたさんにシークレット、おねがいします」

 「・・・ああ」

 「言わずもがなだ、少年」

 

 律儀だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うん、美味い!」

 「やるじゃねえか茅ヶ崎!さすがオレが見込んだだけのことはある!」

 「こんな美味しいおにぎり食べたことないよ」

 「大袈裟だってば・・・」

 

 朝ご飯を食べたレストランで、私たちはそのまま茅ヶ崎さんのおにぎりを食べてた。ちょうどお昼の時間だからお昼ごはんも兼ねてだった。パンケーキを作ってくれた茅ヶ崎さんの料理の腕を下越君がやけにホメるから、おにぎりを作ってもらった。とってもおいしい。

 

 「塩気も少ないし、かたいしでしょ?具だって海苔しかないし」

 「そのシンプルなのがいいんじゃんか。俺は好きだぞ、このおにぎり」

 「べ、別に雷堂の好みに合わせたわけじゃないし!」

 「そりゃそうだ。シンプルイズベスト!だれでも旨く食べられるってのが料理の原則だからな!」

 「いよーーーっ!これは茅ヶ崎さん、料理上手で良き妻になれるでしょうなァ!」

 「ちょっ!?バ、バカな言わないでよ!」

 

 みんなに褒められれば褒められるほど、茅ヶ崎さんはどんどん赤くなって否定していく。でもだっておいしいんだもん。

 

 「自分のためにしか作ったことないし!海行くときのお弁当にしただけなんだからアタシ以外の人の口に合うわけないし!」

 「茅ヶ崎さん、自分でお弁当作って海行ってるの?」

 「だって朝早いからお母さん起こすの悪いし。おにぎりなら簡単に作れるから」

 「簡単だとォ!?おにぎりをナメんじゃねえ!力加減とか手の形とか、温度とか塩梅とか、工程のひとつひとつが味に直結するデリケートな料理だぞ!」

 「熱意至天のこだわりですね!いよは下越さんのおにぎりも食べてみとうございます!」

 「そんなに食えないって」

 

 やっぱり茅ヶ崎さんっていい子だ。お母さんに気を遣って自分でお弁当作るんだもん。

 

 「下越君はホントにお料理好きなんだね」

 「おいおい間違えんなよ。オレは“超高校級の美食家”で、専門は食べることだからな!飯作るのはついでだ。コンビニのレジに置いてある四角いチョコ的な感じだ」

 「超高級チョコなんだろうなそれ」

 「茅ヶ崎さんはなんでサーフィン好きになったの?」

 「なんでいきなりアタシ!?」

 「だって私、もっと茅ヶ崎さんのこと知りたいもの」

 「俺も聞いてみたいな」

 

 褒めたり話題をふったりするたびに、茅ヶ崎さんは大袈裟に驚いたり赤くなったりする。そのリアクションが面白いから、ついたくさんお話ししたくなっちゃう。恥ずかしがり屋ってわけじゃないんだろうけど、なんだか目が離せない。

 

 「べ、別にもともとサーフィンが好きだったわけじゃないし・・・海が好きなだけだし」

 「海かあ。キレイだよね。波の音も気持ちいいし」

 「だよなあ。フライト中に眺める水平線は」

 「そうじゃなくて、海の生き物」

 「生き物?」

 「浅いところだとヒトデとかナマコとかウミウシ、あとサンゴ。陸の生き物と違って不思議なことだらけでおもしろくない?」

 「サンゴって生き物なの?」

 「そうだよ。褐虫藻っていう藻を体の中に住まわせて、光合成のエネルギーをわけてもらってるの。それにサンゴの産卵ってすごくキレイなんだ」

 「風化したサンゴは粉にして添加物にもできるな。生きたヤツは食ったことねえな」

 「宝飾品としての利用が先だろ!」

 「サンゴ礁には色んな魚や生き物が集まって来て、日光が透けるくらいの浅瀬だとキレイだよ」

 

 なんとなくイメージはできるけど、実際に見たらきっと違うんだろうなあ。

 

 「じゃあ、いつか茅ヶ崎さんと海に行ってみたいね。私もナマコとかヒトデ捕まえて遊びたい」

 「ナマコは美味しいですよ!いよの好物です!ヒトデは食べられるのですか?」

 「一部じゃ卵を食べるところもあるけど、基本的に食えたもんじゃねえな。骨が多すぎる。むしろ海産資源を食い散らかす害獣だぞ!牡蠣が食えるようになるまでどんだけ労力がかかると思ってやがんだ!」

 「食べ物じゃないから!ヒトデはふにふにするものだから!」

 「それも違うと思うよ」

 「ウミウシだってミカドウミウシみたいにキレイなのもいるし、ヒトデだって動きを見てると可愛いよ」

 「ヒトデって・・・動くのか・・・!?」

 「すごいな茅ヶ崎は、何でも知ってるんだな」

 「何でもは知らないよ。知ってることだけ」

 

 なんだか海の生き物のことを話すときの茅ヶ崎さん、いつもより顔が晴れやかだった。好きなもののこと話すと笑顔になれる人ってステキだな。

 そんな風にお話をしながらだと、おいしいおにぎりをぺろりと食べ終わっちゃった。午後は何をしよう。このままみんなでカジノに行っちゃおうかな。それとも遊園地で遊ぼうかな。

 

 「晩ご飯も下越と茅ヶ崎に作ってくれるといいなあ。他のヤツにも茅ヶ崎の料理食べさせてやりたいな」

 「うえぇっ!?きゅ、急になに!?ぶり返さないでよ!?」

 「そんなに恥ずかしがることないと思うけどな」

 「いよーっ!女心が分かってないですね雷堂さん!」

 「ん?」

 「はっ!?バ、バカじゃないの!?何言ってんの相模ちゃん!?」

 「むふふ、照れていますですなあ茅ヶ崎さん。大丈夫です、いよと研前さんには全てお見通し、筒抜け底抜けでございますよ。ねえ研前さん?」

 「へ?」

 「分かってないじゃないの!」

 「何を分かってないの?」

 「そりゃ・・・い、いや!やっぱ分かんなくていい!」

 「飯の後にそんなデケえ声出すもんじゃねえぜ。ゆっくり昼寝でもするんだな」

 「茅ヶ崎の格好じゃ風邪引きそうだな」

 「いえいえ、茅ヶ崎さんはいま体の芯からお熱くなっているので大丈夫でありましょう」

 「やめてってば!」

 

 によによと笑う相模さんに、茅ヶ崎さんは隠せないほど真っ赤になって怒る。ちょっとからかってるだけなのにそんな必死になってるのがやっぱり可愛くて面白くて、きょとんとする雷堂君と下越君を放ったらかしで、相模さんと一緒にからかい続けてた。あとでお詫びにショッピングセンターで何か買ってあげよう。って、一緒に買い物に行く口実なんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このモノヴィークルというものは、指示しただけで勝手に目的地まで案内する機能がある。初日に探索の末に見つけた工場迷路の奥にある広場にさえ、最短距離であっという間に到着してしまった。あのモノクマとかいうぬいぐるみは、俺様たちに何をさせたいのだ?この場所は一体、何の目的で用意されているのだ?

 

 「・・・静かだ」

 

 轟々と鳴る工場の稼働音と、その隙間を吹き抜ける風が高く鳴る音、そんなものは俺様の鼓膜には届かず、ただ周りに存在するだけだった。何もなく、誰もいない。他のエリアと違い、このファクトリーエリアだけは明らかに異質だ。他のエリアとは違う、『目的』があるはずだ。

 

 「地図を公開しているということは、調べられても構わないということか」

 

 或いは、この地図には調べられても構わないものしか表示されていないのか。いずれにせよこの程度で俺様の目を欺こうという気なのだとすれば、随分と舐められたものだ。

 

 「どうせ聞いているのだろう、モノクマ・・・いや、黒幕」

 

 背後に語りかける。もちろんそこには誰もいない。誰もいないが、常にいるのだ。俺様たちの行動を一挙手一投足、睫毛一本の動きまで見逃すまいと監視する視線が、このモノクマランドには満ちている。すなわちこれは決して俺様の独り言ではない。一方的な会話だ。

 

 「貴様は巧妙に隠し、己にだけ分かるようにしていたつもりだろう。凡俗どもにはそれでいいだろうが、この俺様をここに連れてきたことは失敗だったな」

 

 初日にこのエリアに足を踏み入れた時から違和感を覚えていた。この、頭上に張り巡らされたパイプに。

 

 「実用物として存在しているのか、あるいはただのモニュメントか。どちらも正しかろう。何と言うことはない。数ある機能のうちの一つに、道標という要素を加えたに過ぎん」

 

 奥へ進めば進むほど少なくなるパイプの数。そして1本1本の長短や太細、建物から建物へと続くパイプのそれぞれに、この迷宮全体の地図と道順を暗示させるなど、凡庸な発想だ。しかし暗に示しているということは、俺様たちにバレないようにしている。つまり誰かにだけは分かるようにしてあるということだ。

 

 「このことから、俺様たち以外の誰かがこのモノクマランドに潜んでいる。もしくは・・・間者でも潜ませているのか?」

 

 視線の送り主の緊張などは俺様の知るところではない。ただ、ここでヤツらにプレッシャーを与えることはできる。勝手なマネはさせない。俺様の邪魔をすることなど許さない、とな。

 

 「さて、とはいえ俺様も的中率100%の予言者などではない。そんな者は存在しないし存在してもその能力を憂いて命を捨てるだろうからな。故に俺様も完全ではない。だが、そんな完全でない俺様の推論が正しければ・・・この迷宮には、何か隠しているものがあるな?」

 

 俺様の言葉に合わせて、モノヴィークルはタイヤを転がす。中央広場を離れて出口とは異なる方向へ。頭上のパイプは出口までの道はこちらではないと何度も俺様に囁く。が、それは同時にこの先に進むなと言っているようにしか思えない。ありふれた芸人の馴れ合いが如し、ハッタリにも満たない浅はかで苦し紛れの工作だ。

 そしてモノヴィークルは止まる。ここは迷宮の最奥部。意図して進まなければ足を踏み入れることすらできない、無意識の中に閉ざされた通路を進んだ先の道。

 

 「お前は、ここにいるのか?」

 

 もうもうと煙を吐く煙突、地響きが如く唸る機械、門前にいても肌に感じる熱量、そして繋がるパイプから漏れる得体の知れない濁水。他の工場のように浄水や発電をしているわけではなさそうだ。一体ここは、何を“造って”いる?

 

 「立ち入り禁止区域への侵入は掟破りだったが・・・それも夜時間だけの話だったな」

 

 モノヴィークルはこの先へは進もうとしない。仕方が無い。降りて、扉のない門の向こうへ歩み出そうとした。

 だが俺様の足が地に着くか着かないかのところで、モノモノウォッチが震えた。刹那、俺様はすぐに足を門外へ引き寄せた。このタイミング・・・偶然ではなかろう。

 

 「・・・ふんっ」

 

 ーーーーー

 掟8.一部エリアの特定区域内は、立ち入り禁止です。また、鍵のかかった扉を破壊する行為を禁止します。

 ーーーーー

 

 その掟が施行されたことを示すかのように、俺様のモノモノウォッチはアラーム音と赤い光を出して俺様に警告をする。お前のことだという声が聞こえてきそうだ。

 

 「それはつまり、この工場には貴様にとって重大な秘密があるということだろう」

 「あーーーーもーーーー!!うるせーーーんだよコンニャローーー!!好き勝手させてりゃ調子に乗ってこんなところまで来やがって!!」

 「ようやくお出ましか」

 「なんかっこつけて独り言ぶつぶつ言ってんだ!!見てるこっちが恥ずかしくて顔から火遁・豪火球の術しちゃうだろ!!」

 「どこの里の一族だ貴様は」

 

 モノクマが直々に出てきたということは、それなりの秘密がこの工場にあるのだな。俺様の侵入を許した時点で、いや、下手な暗号を仕込んだ時点で貴様らの負けだ。

 

 「よほどここは触れられたくない場所だということか」

 「うぷぷぷ!当たり前でしょ。まだ16人生きてるんだよ?もっと一ケタになってからとか片手で数えられるくらいになってからだったら、まだボクも許しちゃうかなーくらいの気持ちになるけど」

 「ほう。それはまるで、俺様たちが何度もコロシアイを経ることが前提のように聞こえるな。それに、人数が一度に減るというよりも、徐々に減っていくようなシステムが用意されているとも推測できる」

 「別に隠しちゃいないけど、ドッキリ的に教えようと思ったから黙ってただけだよ。推測したきゃ好きにしな!もちろん、いきなり全滅エンドってことも有り得るだろうけどね!」

 「俺様が行動すれば、そうなるだろうな」

 「テメーのナルシスト発言聞くために出てきたんじゃないの!ちなみに今回はボクの方も警戒が足りなかったから警告だけで済ませてあげるけど、次はこの工場に来た段階でアウトだからな!」

 「秘めるものの価値と金庫の重さは比例する、という言葉を知っているか?」

 「なんだそれ」

 「俺様の言葉だ」

 「知るかよ!!」

 「強固に守りを固めるということは、守るものは相応に大切なもの、知られたくないものであるということだ。貴様がこんな掟を追加してまで守りたい工場ならば、それは貴様にとっての致命傷になるのではないか?」

 「ふーんだ。何にも教えてやんないよー。それなりにボクを楽しませてくれないとね。ホラ、アニメを最終回から見てもワケ分かんないだけでしょ?順を追って、色んな話があって辿り着くから盛り上がるんじゃないか」

 「知りたければコロシアイを起こせ、ということか?」

 「ちょっと違う。コロシアイをしてれば、いつか知れるかもね」

 

 なるほど。意地が悪い。

 

 「どう?知りたいことができて、コロシアイする気になった?ボクとしてはそろそろ退屈になってきたんだよねー。命、懸けてみる?」

 「・・・くだらん。命を懸ける価値など、貴様にはない」

 「うぷぷぷぷ、ボクにじゃないさ」

 「?」

 「オマエラ自身にだよ」

 

 意味深なことを言う。どうせ無意味なのだろう。俺様はモノヴィークルの行き先をホテルに設定し、その場から去った。工場の存在を知れただけでも収穫だ。それに、この生活についても知ることができた。

 

 「くくく・・・」

 

 コロシアイ・エンターテインメントか。

 

 「・・・楽しませてくれそうではないか」

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:16名




ながーくなってしまいました。来年からもながーーいお付き合いをしていただければと思います。
それではみなさん、よいお年を!


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(非)日常編3

 ボクたちは、みんなで池の前にあつめられてた。ボクたちはもうここには来たくなかったのに、モノクマがモーニングアナウンスで来ないとどうなるかわかんないなんて言うから、来るしかなかった。ナーバスになってる人も、泣きそうになってる人も、なんでかチャックリングしてる人もいる。ボクは、ただこなたさんのとなりにいて、チアーするために手をつないでた。こなたさんの手は、少しカタカタふるえてた。

 

 「ダイジョブです、こなたさん。ボクがついてます」

 「・・・うん。大丈夫、だよね」

 

 つい何日かのまえに、ここであれがあったんだ。アクトさんがモノクマに、エクゼキューズされたあの事件。だけど今ここには、血のワンドロップもなかった。モノクマがクリーンアップしたのかな。だけど、こんなにキレイになると、あれがホントにただのナイトメアだったんじゃないかって思えてくる。アクトさんなんて、ミナギリアクトなんて人は、はじめからいなかったんじゃないかって、思えてくる。それがとってもひどいことだって、分かってるのに。

 

 「で、いつまで待たせるつもり?たまちゃん朝シャンしたいんだけど」

 「ふわあ・・・眠いねえ。ろくに寝てやしないせいであくびが止まらないよお」

 「呑気かよお前ら。これから何が起こるか分からねんだぞ」

 「ビビってんのか須磨倉ァ?案外、モノクマのヤツ飽きて解放してくれっかもしれねえぜ?」

 「もしヤツが私たちに飽きたのなら、その場で全員殺すだろうな」

 「いよーーーっ!?発想が鬼畜です!?」

 「まあわざわざ呼び出して集めたんだ。ただで済むことはないだろうな。はあ・・・」

 「ため息やめなよ。アンタらしくないじゃん」

 

 いろんな人が、いろんな風にモノクマをまつ。モノクマの方からアナウンスでコールしたのに、もうずいぶんまたされてる。サイクロウさんみたいにカクゴ決めてまってるのも、なんだかつかれてきちゃった。

 そんな気分になってきたとき、また池の水がスプラッシュしだした。前とちがってホースみたいにまがったりキラキラしたり、なんだろう。ショーみたいだ。そして、これだけ池でファンタスティックなショーをしておいて、モノクマは草の中から出て来た。

 

 「ぺっぺっ!うえ〜!ひどい演出だなあ。誰だこんなの考えたの!ボクだ!」

 「出たな綿埃。用件があるなら迅速に済ませ。俺様は忙しいのだ」

 「お前なんかよりボクの方が5000兆倍忙しいっつーの!っていうか今回なんで呼び出されたのかオマエラ分かってんのかこんにゃろーーー!!」

 「急にキレた!?なんだよ!?」

 「葉っぱまみれで待たされたこっちの身にもなってみろ!」

 「それはあなたが勝手にやったことじゃない」

 「呼び出された理由など・・・皆目見当も付かないな。どうせ碌な事ではないのだろう?」

 「あははっ♡サイクロー汗でべしょべしょ〜♡ばっちい♠」

 「いよで拭かないでください!手拭いお貸し差し上げます故!」

 「ちーんっ♡」

 「いよぉおおおおっ!!?ちり紙ではありません!!」

 「ボクの絡まない範囲で盛り上がるなクマーーーーッ!!」

 

 なんかもうむちゃくちゃだ。みんなモノクマのことこわくないのかな。ボ、ボクはこわがってるわけじゃないですけど!こなたさんにもしもしのことがあったらちゃんとお守りします!

 

 「いいか!ボクは前にここでなんて言った?オマエラにはコロシアイをしろって言ったんだよ!」

 「・・・無駄だ。俺たちは絶対コロシアイなんて」

 「貴様の努力が足らんのだ。どうせまだ何か隠していることがあるのだろう?殺人ミステリーを所望するのなら、それなりの舞台を用意することだな」

 「意見噛み合ってねーーー!!っていうかお前ワガママ過ぎだろ!!このモノクマランド建てるのに0が何個繋がったと思ってんだ!!」

 「そうだねえ。まあ5個や6個じゃ足りないだろうねえ」

 「ここから出るためだったら、たまちゃんもそれなりに覚悟決めるけど・・・。でもたまちゃん、暴力とかキライだし」

 「野干玉ちゃん・・・そういう問題かな?」

 「野干玉言うなアホ毛!」

 「とまあこんな感じで、オマエラを閉じ込めて一人殺してみせただけじゃ、現代っ子のオマエラはコロシアイには走らないということが分かったわけです。まあだとは思ったけどね」

 「無意味に話を引き延ばすな。何を企んでいる?あるいは、何も考えていないのか?」

 

 モノクマが何をしたいのかがわかんない。でもボクたちをコールしたっていうことは、きっと何かダイレクトにアナウンスしたいことがあるんだ。ボクはそれが不安で、モノクマの次のフレーズをハラハラしながらきいてた。

 

 「ボクは勉強したのです。これだけの舞台を用意して、オマエラを監禁して、凶器や偽装工作用の道具も充実したショッピングセンターも建てた、生意気なこと言うヤツを一人殺して緊張感も与えた!なのになんでコロシアイが起きないのか!それは大事なものが一つ欠けてたからだよね!」

 「大事なもの?」

 「そう!ミステリーに必須の要素!それはね・・・」

 

 くっく、とわらって、モノクマはたっぷり間をあけて言った。

 

 

 

 「『動機』だよ!!」

 

 

 

 モチベーション?ボクはヘッドをカクンとたおした。それが、モノクマの言う大切なもの?

 

 「そりゃそーだよね。いくらなんでも何気ない日常の中で人を殺すなんてこと思い付かないよね。ボクとしたことがうっかりしちゃってた!と、いうわけで、オマエラには今回『動機』をプレゼントすることにしました!いや〜ボクってやっぱり気が利くクマ?」

 「プ、プレゼントって・・・いらないわよそんなもの!だいたい動機って、なんのこと!?」

 「落ち着け正地。動機って言ったってなんだか分からない。惑わされちゃダメだ」

 「ふーん、冷静なんだね雷堂クン。じゃあたとえば、リンドウクンとかフルナガクンとかヒノクマ先生とかがどうなってるか、気にならないのかな?」

 「ッ!?」

 

 ボクたちがモノクマのカーススペルみたいな言葉にナーバスになるより先に、ワタルさんがモノクマとの間に立った。モノクマの言うことにボクたちはいちいち不安になんてなってられないんだ。それをリメンバーさせてくれた。と思ったのに、モノクマが言った何人かの人の名前を聞くと、ワタルさんは、顔色がホワイトなった。

 

 「な・・・!?なんで・・・お前がその名前を・・・!?」

 「うぷぷぷぷ、あとはそうだねえ。オマエラの中にも気になってる人がいるんじゃないのかな?ドイアンスケ、そろそろAD卒業とかなんとかで張り切ってたけどいつもみたいに鈍くさいミスして、とんでもない事故を起こしたりとかしてなきゃいいよねえ?サガミムサシは喉の経過は良くなってたみたいだけど、彼はもう気付いてるのかな?喉なんかよりもっと大変な病魔の存在にさ!あとはリキウチタケかなー。あんなとんでもないことしでかしちゃって、さすがに指だけじゃ済まないよね!今頃は東京湾で超体感型アクアリウムを堪能してる頃かな?」

 「あぁ!?今なんつった!?」

 「・・・ッ!き、貴様・・・!?」

 「いよぉ!!?な、何故にお前がお父様のお名前を!?」

 

 どの人もボクにとってはストレンジャー、知らない人だった。だけど、ダイスケさんやレイカさん、いよさんがそんなにホットでもないのにスウェットを流してリアクションした。それがどんなミーニングなのか、見れば分かる。まさかモノクマは・・・!

 

 「うぷぷぷぷ、オマエラ、気になるよねえ?オマエラの、オマエラにとっての大切な“誰か”が!オマエラはここに来て数日間、呑気に過ごしてたけど、外の世界がどうなってるかなんて考えてもなかったんだろ?ボクがオマエラを攫ってきたのに、オマエラの周りのみんなは無事だと考えるなんて、甘ちゃんも甘ちゃん!じぇじぇじぇのじぇーーーって感じだよねーーー!!」

 

 こいつ、ボクたちの周りの人たちに何かしたのか?いや、ネームくらいちょっとサーチすれば・・・でも・・・!

 

 「というわけで、今回オマエラに与える『動機』は『大切な人たち』だよ!言っておくけど、ボクはオマエラ以外の誰にも手を出してないよ!ただ、ボクが手を下さずとも“何か”が起きてるみたいだけどね・・・うぷぷぷぷ!」

 「大切な人かー♡まいむはだれかなー?楽しみだなー♡」

 「何かと思えば、期待外れだな。俺様は人間関係などに固執しない。せいぜい凡俗どもの不安を駆り立てるような内容であればいいが」

 「テ、テメエら・・・!それどういう意味だよ!!」

 「止めておけ須磨倉・・・。俺たちが不和になっては、モノクマの思う壺だ」

 「で、でもどうなってるかなんて、そんなのたまちゃんたちの取り越し苦労って可能性もあるし・・・。別に、あんたに何言われたって、人を殺すなんてこと・・・!」

 「だよねえ。やっぱりボクは、オマエラにその目で確かめて欲しいんだよ!今オマエラの『大切な人』がどうなってるかを。というわけで、オマエラのモノモノウォッチにそれぞれの動機映像を配信しました!好きな時に何度でも再生できるから、じっくりその目に焼き付けておきな!」

 

 モノクマがそう言うと、モノモノウォッチがまた小さくバイブした。ディスプレイを見ると、ニューコマンドができて、プレイボタンに赤く①のマークがついてた。これが、モチベーションムービー?

 

 「別にどこで見てもいいけど、プライバシーに関わることだから一人で見ることをオススメするよ。どこでもいいけど」

 「みんな!腕を降ろせ!こんなもの見ちゃいけない!今すぐ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー『“超高校級の神童”星砂這渡の動機映像! 〜母からの頼り編〜!!』ーーー

 

 

 

 

 

 ワタルさんが言い終わらないうちに、ハイパーノイジーなサウンドが辺りに鳴った。その音のセンターにいるハイドさんは、クールな顔をして自分のモノモノウォッチを見てた。ボクたちは・・・ただフリーズしてハイドさんを見てた。

 

 『こんにちは、どーちゃん。お母さんですよ。どーちゃんが、あの希望ヶ峰学園に入学することが決まったとき、お母さんは嬉しくて嬉しくて、思わず泣いてしまいました。どーちゃんは、本当に心の底から喜んで、入学通知を何度も、何度も何度も何度も読み返してたねえ。お母サんはそレガッ・・・ガガガッななななな・・・ジッ』

 

 聞こえてくる音は、レディの声だった。きっと、ハイドさんのママだ。ビデオメッセージ?でも、ハイドさんはボクたちと同じで、ついこの前キボーガミネに入学する予定だったはずだ。いくらなんでもハイドさんのママは気が早すぎる。

 そんなことを考えてると、ハイドさんのママのメッセージが乱れ始めた。ノイズがまざって、同じ言葉をリピートして、ブロークンラジオみたいに不気味なメッセージを流して・・・そしてそのノイズは、消えるのも急だった。

 

 『・・・・・・ハイ、ド・・・!』

 

 さっきまで聞こえてたやさしい声はなくなって、聞こえてきたのは、フィーブルな、消えちゃいそうな声。助けを求めて、苦しそうに、辛そうに、何かをこわがった声で、聞こえないくらい小さい声。

 

 「・・・『果たして、愛する母はどうなってしまうのか。結末は失楽園の後で!』」

 

 ボクたちに背中を見せたまま、ハイドさんは、たぶんディスプレイにあるだろう言葉をリードした。ボクたちオールメンバーに聞こえるように、大きくクリアに。

 

 「だ、そうだぞお前たち。くっくっく・・・・・・スニフのような子供ならいざ知らず、これでは他の者の動機も高が知れているな。俺様が、母親を磔にしたくらいで人を殺すと思ったか?」

 「・・・」

 

 モノクマは何のアンサーもないまま、サイレントにハイドさんを見てた。そのアイズには何のエモーションもなくて、ただの2つのビーズにしか見えなかった。まさか、自分のモチベーションムービーをみんなの前でプレイする人がいるなんて、思ってなかったんだ。

 

 「下らんな。用件が済んだのなら俺様は失礼する。図書館で調べ物をしたいのだ」

 「・・・ま、いいけど。あーあ、なんか空気読めねーヤツのせいで白けちゃった。オマエラもう解散でいいよ」

 「あっ、ちょっ・・・」

 

 呼び止める声も聞こえないふりをして、モノクマはまた草むらの中に入っていった。モノクマとハイドさんにおいていかれたボクたちは、ただそこにいた。どうすればいいか分からなかった。だって、ハイドさんのモチベーションムービーがあれってことは、ボクたちも同じように、さっき言ってたような大切な人が・・・。で、でも、これをプレイするってことは、コロシアイのためのモチベーションを・・・。

 

 「あ、あたしは・・・!」

 「!」

 

 長いような、短いような、そんなサイレンスを、たまちゃんさんがブレイクした。みんなが一斉に見る。

 

 「あたしは見るよ・・・!人を殺すとか、そんなんじゃなくて・・・だれがどんなことになってるか・・・気になるから・・・!」

 「見たって何も変わらねえだろ。やめといた方がいいんじゃねえのか?」

 「ふふ・・・臭い物には蓋、という言葉もある。触れない方がいい禁忌というものもある。私も気にはなるが、それは悪手だぞ」

 「えー?見ちゃダメなのー?まいむは見たいなー♣っていうか、まいむにとっての大切な人がだれなのかも知りたい♢だってまいむパパもママもいないし、だれがどんな目にあってるのか気になるー♡」

 「・・・好きにしろよ、野干玉」

 「・・・ッ!」

 

 みんながたまちゃんさんを止める中、ワタルさんはたまちゃんさんを止めなかった。それがたまちゃんさんにとってもアンエクイスペクテッドだったみたいで、ちょっとサプライズしてた。でも、そのあとすぐにホテルの方に走っていった。きっとだれにも見られないようにゲストルームで見るんだなって思った。

 

 「いいのかい?雷堂氏。たまちゃん氏、動機を見るって言ってたんだよお」

 「俺には、あいつの大切な人が誰なのか分からないし、きっとその人にとっては野干玉も大切な人なんだ。俺にはその代わりはできない。心配になって見たい気持ちは理解できるだろ」

 「で、でも・・・動機を見ちゃったらたまちゃん・・・」

 「大丈夫だ。あいつは俺たち全員の前で、動機を見ると公言した。つまり、自分は疑われても構わないって言ってるようなもんだ。こんな状況で馬鹿なことするようなヤツではない。少なくともそれだけは、分かる」

 「たまちゃんのこと、信頼してるんだね」

 「頭の悪い奴じゃないからな」

 

 たまちゃんさんが行ってから、他の人たちも一人、また一人どこかに行ってしまった。ムービーを見に行ったのか、それともそこからいなくなりたかったのか、ボクには分からない。ボクはただ、こなたさんがどこかに行かないようにずっとそこで手をにぎってた。

 

 「どうすんの、アンタは」

 「・・・あいつがさっき言ってた名前。希望ヶ峰学園の前に俺が通ってた学校の、クラスメイトだったんだ」

 「じゃあやっぱり・・・モノクマは、私たちの身近な人たちに何か・・・?」

 「ハイドさんのムービー、ハイドさんのママが・・・メイビー、ボクたちのも・・・」

 「動画の内容はだいたい予想がつく。あいつの目的も。だからこそ俺は見ない。意味が無いからな」

 「でもそれ、解決になってなくない?」

 「冷静にはなれる。お前たちも、映像は見たっていい。けどそれで取り乱したり変な気を起こしたりするんだったら、見ない方がいい。それじゃモノクマの思う壺だ」

 「・・・」

 

 池の前にいたマナミさんもボクもこなたさんも、ワタルさんの言葉に動けなかった。このムービーで、だれがどんなことになってるのか、気になってしかたがない。だってそこにいる人は、さっきのハイドさんのママみたいな目にあってるはずだから。だけど、それを見てボクは・・・外に出たいって、ホームに帰りたいって思わないなんてこと、言えるはずがない。

 

 「そんなの、アンタ無責任だよ!見たきゃ見ろ、でもそれで変な気は起こすなって・・・それじゃモノクマと言ってること一緒だよ!アタシたちに責任なすりつけてるのと一緒だよ!」

 「・・・ごめんな。でも、俺には何もできない」

 「そんなの、雷堂君らしくないよ。前みたいに私たちを元気づけたり、みんなをまとめたり・・・」

 「そうです!ワタルさん、リーダーシップ見せてほしいです!」

 「買い被りすぎだ。俺は、ただの航空訓練生でしかない」

 

 いきなりモノクマからむりやり渡された、絶望的なムービー。どうすればいいのか、ボクたちだけじゃなくワタルさんもどうすればいいか分からないんだ。だからこんなにナーバスになってる。そのうち、マナミさんもおこってどこかに行っちゃった。ワタルさんがイレスポンシブルなんじゃなくて、モノクマがむちゃくちゃなんだ。だけどボクはマナミさんを追いかけはしなかった。

 

 「こなたさん、どうします?」

 「うん・・・私は気になるから、見ようかな。スニフ君は?」

 「ボクは・・・」

 

 ワタルさんのことを考えると、なんだか見るっていうのも言いにくい。だけど、ママやパパがどうなってるか気になる。ボクは、ワタルさんをちょっとだけ見て、サイレントにうなずいた。

 

 「じゃあ、雷堂君、私たちも行くね」

 

 こなたさんが手を引いた。ボクはこなたさんに連れられて、ホテルへ、ボクのゲストルームにもどった。でもボクはまだ、見るか見ないか、こまってた。見たって今のボクには何もできない。だけど、見ないままにするのはイヤだ。

 ゲストルームまで来ると、こなたさんはボクの手をはなした。そして何も言わないまま、自分のルームに入っていった。ボクも何も言えないまま、ボクのゲストルームに入った。

 

 「・・・」

 

 ゲストルームに一人でいると、あのモチベーションムービーのことが気になる。見ちゃダメだって分かってるのに、ボクはモノモノウォッチのことが気になって仕方がない。みんな見てるのかな。見て、何を思うんだろう。あんな・・・ハイドさんのムービーみたいなことが、ボクのパパやママに・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ハァイ、スニフ。元気ですか?希望ヶ峰学園での寮生活には慣れた?友達はできたかしら?』

 

 モノモノウォッチから鳴るママの声が、ひとりぼっちのゲストルームにさびしくリサウンドする。つい何日か前にフェアウェルしたのに、なんだかとってもノスタルジックな気分になる。となりにいるパパがスマイルで手をふるのに、ボクはちっとも安心できなかった。ハートがバクバクビートを打つ。

 

 『希望ヶ峰学園からスカウトが来た時は驚いたわ。だけどスニフなら大丈夫よね。たくさんお友達を作って、楽しい青春を過ごすのがスニフのしたかったことよね。パパもママも、あなたの楽しい学園生活の話をたくさん聞きたいの』

 『困ったことがあったら、いつでも電話してきなさい。パパとママはいつでも、スニフのためなら喜んで相談に乗るよ』

 「・・・パパ・・・ママ」

 

 何日かぶりに聞いたパパとママの声に、ボクはいつの間にかリラックスしてた。変わらないやさしい声と、変わらないスマイル。ほんの何日かしかはなれてないのに、なんだかすごくホームに帰りたい。今すぐパパとママに会いたい。そう思ってしまうことが、モノクマのトラップだってこと、わかってたはずなのに。

 

 『今度の夏休みには、パパとママとおじいちゃんとおばあちゃんで日本に遊びに行くわ。その時はスニフが私タちをあンナッ・・・アッ、なんああンアナなななあンあなんなんナナななああ・・・ジッ』

 「!」

 

 急にムービーは乱れて、ママの声はメカニカルな音に変わった。グレーになったムービーがもういちどカラーになったときには、その画面にパパもママもいなかった。ただ、思わず吐き気がするくらいの赤色が、画面いっぱいにひろがってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『果たして、今まで支えてくれた彼らはどうなってしまうのか。結末は失楽園の後で!』

 

 ムカつくテロップで、その映像は終わった。プロデューサーもマネージャーも、ファンのみんなも、みんな真っ赤に染まって磔にされてた。周りにはあのふざけたクマと同じマスクを被ったヤツらがうろついてる。こんなのデタラメに決まってる。いくらなんでもこんなことできるわけがない。無茶苦茶過ぎる。分かってるはずなのに、どうしても頭の中でその映像がリピートする。

 

 「うぅ・・・うううっ・・・!イヤ・・・だよ・・・!みんながいなくなるのは・・・イヤだよ・・・!!」

 

 体が勝手にカタカタ震える。考えたくもないことが頭の中をぐるぐる回って、心臓がバクバク音を立てる。どうしてこんなことになってるの?たった何日かしかここにはいないはずなのに・・・なんで?やっと・・・やっと、ここまで来たのに・・・。

 

 「イヤだ・・・!」

 

 頭が急に重くなったみたいに、足が覚束ない。そこからの記憶は零れていったみたいで何も思い出せない。でもきっと、安心が欲しかったんだと思う。部屋に一人でいても暗くなるし、映像のことが気掛かりで仕方ない。だから、何もかも忘れたかった。やっぱりあたしは、こんな場所にいるしかないのかな。

 

 「いよっ?たまちゃんさん」

 「あん?野干玉か。やっと来やがったな」

 

 気が付いたらあたしは、カジノにいた。ここに来てから毎日通ってる気がする。この人工照明に包まれた視界、射幸心を煽る機械の音や光の演出、カラフルな景色、シックなBGM、この空間を構成する全てが、あたしにとっては居心地がいい。あたしの、戻るべき、戻りたくない場所。

 あたしがカジノにいることを気付かせたのは、そんな周りの世界じゃなくて、その世界に居座ってた二人だった。カモと場違い。

 

 「カモ、城之内と・・・・・・さがみ?」

 「いよっ!?その間と尻上がりの発音は、まさかいよ、たまちゃんさんに名前を覚えて頂いていなかった!?路傍の石が如き取るに足らない存在だったのですか!?」

 「っていうか今、オレのことカモって言いかけたろ!ってか言い切ったろ!」

 「・・・元気だね」

 

 こっちは変な映像見せられて最低な気分だってのに、こいつらは空気も読まずに騒ぐ。うるさいな。なんであんたたちがここにいるんだ。ここはあたしの場所だ。

 

 「なんでここにってツラしてんな。ま、オレらもお前と一緒だよ。気分転換だ」

 「吽・・・やはりあんなものは見るべきではありませんでした。触らぬ神に祟り無しとはよく言ったものでごぜえます」

 

 テーブルには花札が散ってて、点数表には山も谷もないありきたりな、つまんない点数が書かれてる。こいこいで遊んでたみたいだけど、こんないくらでもイカサマし放題で、よくこんなかったるい勝負してるって逆に感心した。つまんないヤツが二人揃うと、こんなにつまんないことになるんだ。

 

 「あんたたち、つまんないね」

 「なんだいきなり。お前こそつまんねえ顔して、ハスラーアイドルだかじゃなかったのかよ」

 「・・・っさいな」

 「ん?」

 「うるさいっつってんだよ!!」

 

 バカみたい。なんであたし、こんなヤツにムキになって大声出してんだろ。そんな風に冷静なあたしが、次から次へと声を張り上げるあたしを一歩引いたところから見てた。ポカンと間抜け面してる二人に向かって、あたしは恥ずかしげも無く喚き散らす。

 

 「アンタなんかに何が分かるんだ!あたしがどんだけイヤなことや面倒臭いことを我慢してきたか知らないくせに!あたしがどんな思いしてステージに立ってるか知りもしないくせに!軽々しくアイドルなんて言うな!」

 「・・・まあ、お前の経験そのものは知らねえけど、でも似たようなヤツの話なら聞いたことあるぜ。これでも音楽界の端くれにいるからな。もちろんお前の歌も聴いたことある」

 「うるさいうるさいうるさい!アンタは何も知らない!あたしの苦労も努力も我慢も悔しさもなにもかも知らない!そんなヤツが偉そうなこと言うな!」

 「・・・あのよぉ、野干玉」

 「野干玉って呼ぶなあ!!」

 

 なにヒスって金切り声上げてんだろ。喉痛い。なんであたし泣いてんだろ。もう分かんない。こいつが悪いんだ。偉そうなこと言って何も知らない。あたしのことを何にも分かってない。場末のビリヤード場で草臥れた男共に媚び売って、ダーツもトランプも客が機嫌を損ねないように、でもお店が損をしないよう自然に調整できるようになるまで来る日も来る日も練習して・・・やっとステージに立てるようになったんだ。歌も踊りも中途半端だけど、それでもあたしのファンになってくれる人たちがいてくれるんだ。

 

 

 

 「お前、この世界ナメてんじゃねえぞ」

 

 

 

 ぐるぐる頭の中を、思い出したくもない頃の記憶が巡る。それが余計に目頭を熱くさせて、胸から湧き上がる喚きを大きくさせて、有り余った衝動が地団駄をさせる。だけど、城之内の一言がその全部を一気に抑え込んだ。水を浴びせられたみたいに、冷たくて、重い一言に感じた。

 

 「は・・・?な、なにそれ!意味分かんない!ナメてんのはアンタでしょ!?あたしのこと何も知らないくせに、偉そうに言って!」

 「お前のことってのはなんだ。デビュー前の下積みのことか?イカサマの練習か?やりたくもねえことやったことか?ファンには見せねえ苦労や努力のことか?そんなもん、知るまでもねえ。当たり前にやるべきことだろうが」

 「なっ・・・!?あ、当たり前・・・!?当たり前!?何が当たり前なんだよ!!」

 「一丁前にステージに立って、歌って踊るんだろ。ファンの金と時間を使って良いモン魅せてやるんだろ。だったら相応の努力も苦労も練習も我慢も当たり前だろうが。ちょっと才能がありゃ誰でもできるとナメてかかって、思ったより辛かったらそれを知って欲しい、褒めて欲しいだと?甘ったれもいいとこだ。言っとくが、歌だけだったらお前なんかより良いモン持ってるヤツごまんといるぜ」

 「・・・ううぅ!あうぅ・・・!」

 「芸ってのはそういうもんだ。なあ、相模?」

 「いよっ!?ここでいよに話を振るのですか!?いや、まあ・・・煌びやかな世界は存じませんが、いよが弁を立てる時は題材となる映画や小説は少なくとも10周は鑑賞し味わいます!1度目の魅力と10度目の魅力、異なる魅力をどう1度の弁に込めるか、その真意は何か・・・考えることは凡そ数えきれませんな!」

 「そういうことだ」

 「何が・・・そういうことだ、だ・・・!説教なんかして・・・アンタだってあたしと同じくせに・・・!」

 「あ?」

 「アンタだって、あたしと同じようなもんだろ!デビューが早いからって先輩面しやがって!」

 

 とにかく今のあたしは、負けを認めたくなかった。だって、城之内の言ってることは正しいって分かり切ってるから。あたしの過去とか苦労を知って欲しい、知った上で応援して、褒めて欲しい。それがわがままで甘えだってことくらい分かってる。でも、それを認めちゃうと、今のあたしはもう立ち上がれなくなっちゃう。支えてくれる人たちがいなくなって、あたしの努力も知ってもらえなくて、あたしは何に頼ればいいのか分かんなくなっちゃうから。だから、あたしは苦し紛れにまた喚く。

 

 「少なくともオレは、オレのしてきた苦労を無闇に話すことはしねえぜ。そうだなあ、だったらその分の酸素で一人でも多くの女を口説くぜ」

 「ふざけんな!アンタのその、偉そうで余裕ぶった態度が気に入らない!ギャンブルじゃあたしに勝てないくせに!アンタだって人に頼ってるくせに!」

 「別に頼るのが悪いとは言ってねえだろ。人一人でできることなんか意外と限られてんぜ。スタッフチームがいなきゃオレだけでラジオ番組なんか成り立たねえしよ」

 「そいつらがいなきゃアンタは何もできないただのチャラ男でしょ!誰もアンタの曲なんか聴かない!誰もアンタのことなんか助けない!」

 「まあ・・・そりゃそうかも知れねえな」

 

 あたしもこいつも、同じようなもんだ。あたし達自身にできるのは、みんなに見て貰うことだけ。みんなに知られて、ファンがついて、みんなが支えてくれるから成り立つ。誰にも知られなくなって、誰も助けてくれなくなったら、おしまいなんだ。そうなったら・・・絶望だ。

 

 「だったら・・・!」

 「けど、それでもオレは“超高校級のDJ”城之内大輔だ。自他共に認める超一流のDJ様だぜ?聴かれなくたって、存在を知られなくったって、それは変わらねえ」

 「そ、そんなの・・・!」

 「それにオレは、オレの聴きてえ曲を、聴きてえように、聴きてえ時に聴くだけだ。シンパシー感じるヤツがいりゃそれでいいし、誰にも理解されなくても、オレはいい。オレは、オレのためにDJしてるからな」

 

 そんなの、屁理屈だ。強がりだ。自己満足だ。そんな簡単なもんじゃない。

 

 「お前はどうなんだ?お前は、お前のためにやってるんじゃねえのか?」

 

 あたしは・・・あたしは、あたしのためにステージに立ってる。こんなんじゃ全然足りない。もっとたくさん歌を聴いて欲しい。テレビにたくさん出て、色んなところに行ってみたい。女優や声優もやりたい。芸能界でやりたいことはたくさんある。だけどどれも、あたし一人じゃ成立しない。助けてくれる人が、受け取ってくれる人がいるからできること。でも、でもだったら・・・。

 

 「あたしは・・・どうしたらいいの?」

 「それはオレが答える質問じゃねえよ。ま、よく考えるこった。そうそう簡単に答えは出ねえよ。やりたいこととやるべきことの区別が付かねえうちはな」

 

 分かったようなこと言って、城之内はまた相模と花札をし始めた。睨み付けるあたしの視線なんかお構いなしで。ムカつく。マジでムカつくこいつ。でも・・・言ってることはその通りだって、納得するしかないんだと思う。まだ、そのこと自体に納得してないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯の時間、あんなことがあったのに、レストランの集まりはよかった。みんな、一様に面持ちは暗かった。それでも、みんなお腹は減るんだ。それとも、一人でいるのが怖かったのかな。たぶんみんな、配られた動機を見たんだと思う。私も・・・我慢できずに見ちゃったから。あんなの見せられて、私たちはどうすればいいんだろう。だれも何も言わない。だれも、何も。

 

 「っしゃあオラ!!おい男衆!!ちょっと手伝ってくれや!!重てえんだ!!」

 「・・・?」

 

 重たい沈黙を破るように、厨房から彼の元気な声が聞こえてきた。みんながそっちに注目すると、いつもの黒いTシャツにジャージの上を腰に結んだ格好とは違って、板前衣装に身を包んだ下越君が、おっきい魚を抱えて出てきた。

 

 「いよーーーっ!?そ、それはクロマグロではありませんか!?」

 「おう!活きがいいぜこいつぁ!ホラ鉄も須磨倉もボサっとしてねえで、おひつと他のネタ持って来いよ。飯にすんぞ」

 「め、飯ってお前・・・なんだよそれ」

 「酢飯と魚っつったら寿司に決まってんだろうが!生魚苦手なヤツはいるか?スニフにゃ外ネタもあるぞ!なんでも食いたいネタ言え!マッハで握ってやんよ!」

 

 そう言いながら、下越君は机を組んで作ったカウンターに醤油やお箸やガリを並べていった。あっという間にレストランは寿司カウンターに変わった。須磨倉君が持ってきたおひつから酸っぱい匂いが立ちこめて、色とりどりのネタが照明を受けてキラキラ光る。やっぱり日本人だからかなあ、思わず食欲が湧いてくる。

 

 「ネタの順番をうるさく言うつもりはねえが、まずは淡白な白身魚から始めたりギョクで店のレベルを量ったりとかいろいろ・・・」

 「はいはいはーーーい!おいなりさーん♡」

 「いよはえんがわが良いです!」

 「車エビ、いくら、たまごだ」

 「聞けよ!」

 

 虚戈さんと相模さんと星砂君の注文に、下越君はほぼ同時に手を動かしてお寿司を握った。カウンターの後ろから見てても、その手際と握られたお寿司のキレイさに、私たちは自然と次々席に着いた。いつの間にか下越君以外の15人全員、カウンターに並んでた。

 

 「美味いもん食べて寝て、イヤなことは全部忘れちまえ!今日はお前らの食べたいもん全部食べさせてやる!」

 「私、白子の軍艦食べたいわ」

 「タイショー!アボカドサーモンとカリフォルニアロールください!」

 「納豆巻き」

 「タコくれ!分厚いヤツ!」

 「シャコ2貫とカンパチ、赤貝、ウニ1貫ずつくださいな」

 「穴子」

 「ネギトロ頼んでもいいかい?」

 

 あっちからこっちからのべつ幕無しひっきりなしに注文が飛んできて、私も注文しといてなんなんだけど、下越君は全部の注文にしっかりキレイなお寿司を握ってくれる。しかも、どれもすっごく美味しくて、気付いたら飲み込んでて次の一貫が欲しくなる。

 

 「よーし!そんじゃそろそろ、このマグロ、解体すっぞ!」

 「よし来た!バラせバラせ!オレ大トロ特大の予約だ!」

 「あっ!ズ、ズルいぞ城之内!オレも大トロ!」

 「わあってるよ。大トロは全員に一貫ずつだ。なんなら目玉も握ってやるぜ?」

 「グロ!いらねえ!」

 「馬鹿なこと言うんじゃねえ!マグロの目玉はDNAがギュンギュンに詰まってんだぞ!食べると頭が良くなるんだ!」

 「頭の悪いセリフだな。DNAではなくDHAだ」

 

 お侍さんみたいに腰に差してた出刃包丁を取って投げて、ヌンチャクみたいに振り回すパフォーマンスを見せてから、さっき持ってきたクロマグロをまな板に乗せた。黒くて艶のある鱗肌に刃を沿わせて、背びれや胸びれをすっと落とす。エラに手と包丁を突っ込んで、頭を落とした。そこから目にも留まらぬ早業で、次々にマグロの体を解体して、あっという間に美味しそうな赤身を取り出した。すごく重たそうだけど、軽々と身を移して、解体が終わるとすぐに手を洗ってご飯を手に取った。

 

 「あいよ!捌きたて活きのいいクロマグロの赤身だ!」

 

 一人一貫ずつ、赤身のお寿司をゲタに乗せてもらった。一切の紛れがない真っ赤な身がキラキラ光る。粒だったお米とお酢の甘く、酸っぱい香りが私の食欲をまた刺激する。思わず唾を飲み込んだ。美味しそう。

 

 「うんめええええええええッ!!!なんじゃこりゃ!!?今まで食ったマグロの中でぶっちぎりでうめえぞ!!」

 「まさに職人技、高校生とは思えない腕前だ」

 「ううぅ・・・!」

 

 出されるや否や食べた城之内君が大袈裟なリアクションするから、ますます期待が高まっちゃう。でもたぶん、大袈裟じゃないんだろうなあ。そんな城之内君を尻目に、なぜか納見君は泣いてた。感極まるほど美味しいのかな。

 

 「おっ!?おいどうした納見!?マグロ苦手だったか!?ムリして食べなくていいんだぞ!?」

 「いやあ、そういうことじゃなくてえ・・・お、おれは感動してるんだよ下越氏!寿司の美味さもさることながらあ、下越氏の心遣いにさあ」

 「心遣い?」

 「左端の席だけが箸の向きも小皿とガリの位置も左右反転していておれの特等席になってたしい。ゲタに寿司を置く時もおれの時だけ左手で握ってくれてたろお?その心遣いがあ、左利きにとってはとっても嬉しいんだよお」

 

 美味しさかと思ったら、下越君のそんな気遣いに感動してたんだ。私たちにはあんまり分からない感覚かな。感動するほど嬉しいって、利き手に関してよっぽど色んな経験をしてきたんだね。

 

 「テルジさんのカインドネスはすごいですよ。ボクにサビヌキしてくれます」

 「あ!そういえばまいむも!」

 「当たり前だろ。飯に集中するんだから利き手だ薬味だで変に気ぃ散らしてらんねえじゃんか」

 「やろうと思ってもなかなかできないものよ。すごいわ下越くん」

 

 私の気付いてないところで、下越君はそんなに色んな気を回してくれてたんだ。そう言えば、スニフ君のために海外ネタも出してた。あれはそういう気遣いの一環の一貫だったんだ。みんなに料理を振る舞うだけじゃなくてそんな細かいところまで、本当にすごい。

 

 「フンッ、たかが利き手のことで喧しい限りだ」

 「たっ!?たかが!?たかが利き手と言ったのかあ!右利きのキミたちがそんな意識だからいつまで経っても左利き差別がなくならないんじゃないかあ!」

 「・・・地雷を踏んだな」

 「とんでもなく面倒臭い地雷だよなあコレ」

 「左も右も大して変わらんだろう。左ぎっちょうが被害妄想逞しく少々の不便を大袈裟に騒ぎ立て、差別だなんだと弱き暴力を振るうなど、目障りで耳障りで気障り甚だしい」

 「左ぎっちょうって言うなああああああああああッ!!少々の不便がどれだけ世間に蔓延してるか知らないだろお!!右利きが気付きもしないレベルで右利き主義は根付いてるんだあ!!左利きのストレスを知りもしないくせに左利きのテーゼを暴力と呼ぶなあああああああッ!!」

 

 星砂君のせいで、なんだか納見君がどんどんヒートアップしてきて、もう楽しいご飯の時間が左利きの主張の時間になってた。わざわざ納見君の怒りを煽るようなことを言う星砂君もだけど、納見君も利き手で熱くなりすぎな気もする。でもやっぱり、右利きの私にはよく分からないことなのかな。

 

 「テーゼとは大層だな。そうやって大声を出して喚き散らすなど犬のようなことで通せる主張なら高が知れるな」

 「だったらあ・・・おれなりのやり方で分からせてやろうじゃあないかあ・・・!!明日の朝に吠え面かかせてやるよ星砂氏!!」

 「口調が崩れるほど怒ってるのか」

 「うおおおおおん!!久し振りに創作意欲が湧き上がって止まらないよお!!須磨倉氏!!また丸太とペンキを持ってきてはくれないかあ!!」

 「またかよ!ってか今からかよ!?」

 「アクティブエリアに武道場があったはずだねえ。あそこがいい!先に行ってるから持ってきておくれよお!」

 「ってコラ納見!飯の最中に席立つんじゃねえ!まだ中トロも食べてねえだろ!」

 「そういう問題!?」

 

 下越君が止めるのも聞かずに、納見君は走ったところから発火してタイムスリップしそうな勢いでレストランを飛び出して行っちゃった。私たちは唖然としてその後ろ姿を見送った。納見君からまた配達の依頼を受けた須磨倉君は、ちょっと迷ってたみたいだけど、すぐにカウンターに座り直した。

 

 「まあ、下越の寿司食ったら行くか」

 「届けんの?お金欲しいからって、あんな左バカ、シカトしとけばいいのに」

 「金が欲しいからな。モノクマネーでも金は金だ」

 「くだらんことで騒ぎ立てて、せっかくの寿司が台無しだな」

 「どちらかといえば大事になったのは星砂君のせいな気がするね」

 

 納見君がいなくなったカウンターで、下越君は引き続きマグロの握りのフルコースを振る舞ってくれた。ネギトロにユッケに中トロ、大トロまで・・・どれもほっぺたが落っこちそうなくらい美味しかった。一通り食べ終えて、後はみんながそれぞれ好きなものを注文した。私たちは満腹になったけど、下越君はずっと握りっぱなしで大丈夫なのかな?

 

 「ごちそーさまでした!」

 「ごちそーさま♡」

 「お粗末さん!」

 「下越君はお腹減ってないの?」

 「オレは余った皮とか骨で満足できんだよ。鮭の皮寿司とか骨せんべいとか、結構腹ふくれるもんだぜ」

 「次は是非そっちも食べてみたいものだな」

 「へへへっ、いつでもいいぜ」

 

 てきぱき片付けをしながら下越君は頼もしく笑う。ホント、どこまでもみんなのためになれるなんて、羨ましいなあ。私の“才能”じゃ、そんなことはできないから。人のために何かをすることなんて、私にはできないから・・・。

 

 「なあ、みんなちょっといいか?」

 「なんだ雷堂?デザートか?寿司は酢の残り香も含めて味わうもんだぜ」

 「いやそうじゃなくて、今晩のことについて提案があるんだ」

 「提案?」

 

 お茶を飲んだり寝転んだりして思い思いに食後の時間を過ごしてる皆に向かって、雷堂君がおもむろに立ち上がって言った。今晩のことについての提案って、今日の夜に何かみんなで約束してることがあったかな?

 

 「みんな、今日モノクマから配られた動機の映像は・・・観たヤツも観なかったヤツもいると思う」

 「ちょっ・・・アンタなに言ってんの?今そんな話しなくたって」

 「今じゃなきゃダメなんだ。今じゃなきゃ・・・手遅れになるかも知れない」

 

 動機、って言葉にみんなの表情が変わった。あのひどい映像のことで、みんな神経質になってるんだ。星砂君はお母さんだった。きっと、みんな自分の大切な人が人質にされてるのを見せられたんだ。私も・・・そうだったから。だから、茅ヶ崎ちゃんみたいにその話を避けたいのも分かる。だけど、雷堂君の言う通り、話し合わなきゃいけないことでもあると思う。

 

 「映像を観たのが誰かなんて追及しないし、観たこと自体をとやかく言うつもりはない。問題はそこじゃない。モノクマは、いよいよ本格的に俺たちにコロシアイを強いてきた、それが一番の問題なんだ」

 「ど、どういうこと?」

 「正直、俺は映像を観た。そして、本気でここから出たいと思った」

 「それはつまり、この中の誰かを殺す算段を立てたということか?」

 「いや。出たいとは思ったけど、やっぱり誰かを殺してまで外に出るなんてこと、想像できなかったし、想像したくなかった。ここから出る時は、みんな揃って出る。それしかないって改めて分かったんだ」

 「それを俺たちの前で告白するということに、どういう意味があるんだ?」

 

 真剣に、真摯に、真正に話す雷堂君は、その内容は私たちにとって不穏なことのはずなのに、すごく安心できた。誠実な態度を見せて、正直な告白をしてくれた彼は、信じることの危うさや怖さをちっとも感じさせなかった。きっと、私たちにそう思ってもらおうとして、こんな告白をしたんだと思う。

 

 「俺みたいに、動機映像に触発されて、変な考えを起こす誰かがいてもおかしくない。そうも思ったんだ」

 「・・・!」

 

 それは、私たちにとっては爆弾発言だった。拉致監禁されてコロシアイを強いられた状況。既に一人の犠牲者が出てる絶望的な状況。動機と称して人質の映像を見せられた心が不安定な状況。そこに、私たちの疑心暗鬼を加速させるような発言が、モノクマからならともかく、雷堂君の口から出てくるなんて。

 

 「俺はもちろんみんなのことを信じたい。みんなだってそう思ってるはずだ。でも、ただ信じるってだけじゃ無責任だ。疑いもせずに薄っぺらな言葉で信じるなんて、そんなんじゃ簡単にメッキが剥がれる」

 「長いな。結局、お前はどうしたいのだ。俺様の貴重な時間を貴様の自慰スピーチに付き合わせるな」

 「ああ、悪かった。だからとにかく俺は、みんながみんなのことを信じられる証拠が必要だと思ったんだ」

 「ふむ・・・要するに、信頼を形として表す必要があるということか。しかし抽象概念を具体事物に変換するなど、それができたら現代科学は根底から覆るな」

 「そんな大袈裟な話じゃない。今夜、みんなは普通に部屋で寝てもらってていい。俺が、廊下の前で寝ずの番をするってだけだ」

 「ネズミに小判?」

 「寝ずの番、一晩中寝ないで見張りをすることだよ。でも・・・それが信頼の証になるの?」

 「動機の映像を観てもコロシアイをしないって固い意思があるなら、部屋からは誰も出て来ないはずだ。もし誰かが早まってしまっても、俺が止める。これでもハイジャック対策の訓練だってしてきたんだ」

 「なるほど納得です!誰も何もしなければ、それこそがいよ達の結束の証になるということでありますか!そしてその証人は雷堂さん・・・申し分もありませんな!」

 「けど一晩中ってのは結構長いぜ雷堂?一人で大丈夫なのかよ?だいたいトイレだって必要だろうが」

 「デカい飛行機だと夜通しフライトすることだってあるんだ。それくらい慣れてるから大丈夫だ」

 「やりたいと言っているのだ。やらせればよかろう」

 

 意外にも、一番最初に雷堂君の意見に賛成したのは、ずっと背を向けて話を聞いてた星砂君だった。てっきり、下らないとかなんとか言って反対すると思ってたのに。

 

 「それで気が済むのならすればいい。個室の前にいるだけなら俺様たちに何の不都合もなかろう。定期的に叩き起こされるわけでもあるまい」

 「ああ。きちんと鍵がかかってるかどうかの確認だけだ。個室の鍵は内側からしかかからないからな。それだけで十分だ」

 「別に、たまちゃんはどーでもいいから、早くシャワー浴びて寝たい気分」

 「あっはー☆がんばれワタルー♡」

 「・・・寝不足で次の日頭痛くなっても知らないから」

 「心配すんなって」

 「は、はあ!?意味分かんない!か、かんちがいしないでよね!別にアンタのこと心配してるわけじゃないんだから!」

 「テンプレートみたいなセリフね。本当に言う人はじめて見たわ」

 

 雷堂君の提案に反対する人はいなくて、みんな賛成した。部屋の外にいるだけなら、私たちには何の影響もないし、もし何かあっても助けてくれるってことだもんね。信じて・・・いいんだよね。

 そのあと私たちは解散した。下越君が一人で何も言わないで片付け始めたから、スニフ君と私と茅ヶ崎さんで手伝うことにした。下越君は最初は断ろうとしてたけど、ごちそうになっておいて片付けもさせてもらえないなんて、それこそ私たちの方が気負っちゃう。他に手伝うって言った人がいないことはともかくとして。

 

 「わりいなお前たち!料理手伝わせちまって!」

 「洗い物でしょ。これくらいしないと、あたしたち作ってもらいっぱなしで悪いじゃん」

 「やられたらやり返す、倍返しです!」

 「お返しだね」

 「それでした!」

 「スニフは包丁さわるなよ。ちゃんとケガしねえように見とけよ茅ヶ崎」

 「分かってるって。ホラ、おはし自分に向けない」

 「お姉さんみたいだね、茅ヶ崎さん」

 「マナミさんおねえさんみたいです!」

 「や、やめてよ・・・」

 

 私と下越君が洗い物、茅ヶ崎君とスニフ君がから拭きで分担して、包丁とかおはしとか尖った危ないものでスニフ君がケガをしないように、茅ヶ崎さんがきちんと見てくれてた。子供って言ってもスニフ君だって賢い子だからよっぽど大丈夫だと思うけど、やっぱり茅ヶ崎さんが見てくれてると安心する。

 

 「よーぅ、これどこ置いときゃいい?」

 「あっ、須磨倉君に鉄君。おひつとケース持ってきてくれたの」

 「女子供に運べるものではないと思ったからな」

 「いいもん食わせてもらったんだからぶの手伝うくらいのことするわ」

 

 重すぎたり大きすぎるから後で運ぼうとしてたおひつやケースを、須磨倉君と鉄君が運んでくれた。思ってもなかったお手伝いで、なんだか心が温まった。これなら、雷堂君の言う信頼の証明も難しいことじゃなさそうだなって思えた。

 その後、須磨倉君は納見君に丸太を届けに、鉄君は城之内君と温泉に行くためにキッチンから出て行った。洗い物も一通り終わって、私たちもそろそろ部屋に戻ろうとした。その時に、茅ヶ崎さんがちょっとバツが悪そうにしてた。

 

 「あ、あのさ、下越」

 「ん?なんだ」

 「その・・・あのさ、んと・・・なんていうか・・・」

 「なんだよ歯切れ悪いな。言いたいことがあるならはっきり言うもんだぜ!」

 「うん・・・。あのさ、おにぎりの具ってさ・・・何がいいのかな?」

 「なん?おにぎり?そりゃ、梅干しとかシャケとかおかかとかだよな。ツナマヨと昆布はありゃ意外と難しいから初心者にゃオススメできねえな」

 「そっか。そうか・・・うん、ありがと!」

 

 なんでこのタイミングでおにぎりの具の話なんかするんだろ。って顔で下越君は首を傾げてるけど、私とスニフ君にはすぐ分かった。特に私は、茅ヶ崎さんの気持ちと、誰に作るのかも。

 

 「なになに茅ヶ崎さん?おにぎり作るの?誰のため?」

 「へあっ!?べ、別に雷堂のためとかじゃないから!!た、ただの心付けっていうか!!チップ的なことだから!!」

 「ワタルさんのことなんてだれも言ってないです」

 「・・・はっ!はわっ・・・!」

 「あー、そういや寝ずの番するっつってたな。オレとしたことがうっかりしてた。よっしゃ!いっちょ眠気も吹っ飛ぶ激辛えスープでも作って・・・」

 「いやいや下越君、ここは茅ヶ崎さんに任せましょう」

 「はっ!?あ、いやっ、べ、別におにぎりくらい、あたしでも作れるし!あいつに下越のなんて勿体無いって !」

 

 そんなこと普段言わないのに、無理しちゃって。やっぱり、寝ずの番をする雷堂君のために作ってあげるんだ。つつけばつつくほどどんどん自分で言っちゃうから、もっとつつきたくなっちゃう。でも、無粋なことしようとする下越君は連れて帰る。

 

 「下越君、馬に蹴られたくなかったら、大人しく帰ろうね」

 「馬?ここに馬なんかいねえだろ」

 「人のこうじをジャマする人はホースにキックされてバイバイキンなんですよ!」

 「なんかもうむちゃくちゃだね。こうじじゃなくて恋路でしょ?」

 「それでした!」

 「こ、こいじって・・・!!ああうぅあうあ・・・!!」

 「お、おい。茅ヶ崎が茹でたタコみたいになってんぞ」

 

 こんなにあからさまだったら分からない人なんていにいよ。うん、雷堂君に茅ヶ崎さん。いいと思う。真面目で人のために熱くなれる雷堂君に、クールだけど優しくて尽くしてくれそうな茅ヶ崎さん。見た目はびっくりする組み合わせだけど、相性いいんじゃないかな。

 

 「じゃあ、私たちはお先に。茅ヶ崎さん、私、応援してるから!」

 「そ、そんなんじゃないってば・・・!」

 「本当だよ。本当に・・・応援してるから」

 「?」

 

 それだけ言って、私はスニフ君と下越君を連れてキッチンを出た。もうみんな部屋に戻ったみたいで、私たち以外は誰もいない。雷堂君が寝ずの番をするためなのか、フロントに雑誌や飲みものが用意してあった。

 下越君はおにぎりの作り方で茅ヶ崎さんを心配してたけど、明日の朝ごはんの注文をしたらすぐに忘れて、サンドイッチの具材選びに息巻いて部屋に入っていった。

 

 「テルジさん、とってもイージーな人です」

 「スニフ君、そういうこと言っちゃダメだよ」

 「すみません。ディフィカルトな人です」

 「それもちがうかな」

 

 スニフ君と私は、部屋の前で挨拶をしてそれぞれの部屋に入った。雷堂君がチェックするから、ちゃんと部屋の鍵を閉めなくちゃ。

 

 「おやすみなさい、こなたさん」

 

 ぺこりと頭を下げて言うスニフ君に、私は年上らしくもなく、簡単に返した。

 

 「うん。おやすみスニフ君。また明日」

 

 部屋の鍵はすごく重くて、かけた指が痛くなるくらいだった。

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:16名




1日1000字を実践してみると、案外いけることに気付きました。今まで更新が滞っていたのは、進捗0字の日が多すぎたんだと思います。
0と1の差って本当にデカいんだなって感じました。


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非日常編

 息を呑む声。思わず漏れる息。無意識に舌を弾くと同時に突進した。重い感触。温かく湿る手。喀血に呻く呼吸。乱れて、喘いで、霞んで、そして静かに消え入る。

 

 「・・・ッ!」

 

 もたれてくる身体を支えて次の行動に移った。これでもう戻れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラームクロックのベルでボクは起きた。今は7:00、モーニングにあつまる時間よりずっと早い。すぐにベッドから出て、バスルームに行ってフェイスウォッシュ、トゥースブラッシング、それからおきがえをした。ミラーでばっちり決めて、レストランに向かった。いつもテルジさんがブレークファーストをつくるところにお手伝いに行くと、ジュースやクッキーを作ってくれるんだ。

 そういえば、ラストナイト、ワタルさんがアレをしてました。ネズミのパン?なんかちがうな。こなたさんだったらすぐにおしえてくれるのに。とにかく、オールナイトでボクたちを守ってくれてたはずです。

 

 「グッドモーニングですワタルさん!・・・Oh?」

 

 元気よくドアをあけて外に出たけど、ろうかにもフロントにもワタルさんはいなかった。ラストナイト、フロントにおいてあったマガジンやドリンクはもうなくて、キレイになってた。

 

 「・・・Ah!モーニングなったからゴートゥーベッドしたですね!」

 

 じゃあおこさないようにサイレント、しないとダメですね。音が出ないように、ボクはそろーりそろーり、ニンジャみたいに歩いた。そこで、まだトイレに行ってないことに気付いた。うう、クッキーが楽しみでフォーゲットでした。でもフロントにトイレ、あったはずです。

 

 「えっと・・・」

 

 フロントのカウンターのサイドに、トイレありました。でも、その前にカラーコーンとタイガーバーで入れないようになってました。それに、モーニングからワーストエンカウント、しちゃいました。イエローのヘルメットをかぶったモノクマが、そこにいました。

 

 「なにしてるんですか?」

 「ん?ああスニフ君じゃないの!おはよう!」

 「グッドモーニングです。ボク、トイレつかいたいです」

 「それはムリだねー。今ここのトイレは封鎖してるから!」

 「ホワイ?」

 「う〜んとね・・・その、詰まっちゃったんだ。分かる?オーバー!」

 「つまる?トイレつまったですか?」

 「そうだよ。だからここは使えないの。今日は出すならここ以外の使ってよね!」

 

 トイレがつまるって、モーニングからそんなにビッグな人がいたのかな。使えないならショウガないです。ボクは一度マイルームもどって、トイレをしてからまたレストラン向かいました。

 エントランスからレストラン行こうとしたとき、ホテルの外からちょっとだけ音きこえてきました。アーリーモーニングで、モノクマがトイレにいるなら、だれが外いるでしょうか?気になってエントランスを出てみると、ホテル前の広くなってるところで、ラジカセからミュージックを出してヘンなかっこしてるマイムさんがいました。

 

 「マイムさん?」

 「ほあ〜〜・・・あれえ?スニフくん♫グッモーニーン♡」

 「グッドモーニングです。なにしてるんですか?」

 「知らないの?太極拳っていうんだよ☆あちょーっ!」

 

 両手をかまえて片足を上げてポーズをきめるマイムさんが、チャイニーズなミュージックに合わせてスロウにうごく。ケンポーって、バトルスタイルですか?

 

 「朝はねむいし身体が動かないからね☆いつ誰かが殺しに来てもいいように運動しないと♣」

 「またそんなこと言って」

 「スニフくんもやらない?マイムのマネしてればいいんだよ♡」

 「ボクは・・・ころすとかころされるとかはあんまり・・・」

 「やだなー☆太極拳は健康法でもあるんだよ♫」

 「そうですか。じゃあちょっとだけ」

 

 ボクはマイムさんに合わせて、ミュージックにあわせておなじようなかっこうをした。バランスをとったりゆっくりうごいたりするのがハードで、ちょっとやっただけですごくタイヤードなアクティビティだ。それでもマイムさんはニコニコしながらやってる。ランプにのぼったときも思ったけど、マイムさんってすっごくアクティブでタフだ。

 

 「ハァ・・・ハァ・・・マイムさん、ベリータフですね」

 「だらしないなあスニフくん♠もっと体力付けないとすぐ殺されちゃうよ?」

 「・・・マイムさんは、どうしてそんなにころすとかころされるとか言うですか?」

 「えー?だって、みんなは外に出たいんだよね?出るには誰かを殺すしかないんだよね?だったら誰かを殺す人がでてきても全然おかしいことじゃないよね♣まいむは誰かを殺してまで出たいとは思わないけど、そうじゃない人もいるはずだよ♠だからまいむは、その時殺されないようにしてるんだ☆」

 「そんな・・・もっとみなさんのことビリーヴしてあげてください」

 「ビリーヴ?信じるの?それは・・・ちょっとムリかな♡」

 

 マイムさんは、ちょっとヘシテイトだったけど、すぐにスマイルで言った。

 

 「あのねスニフくん♫スニフくんはまだ子供だからまいむお姉さんが教えてあげる☆」

 「こどもじゃないです!」

 「人はね、自分の本当に大事なことのためにはなんだってするんだよ♠まいむはね、いっぱい知ってるんだよ☆お金のため、家族のため、栄誉のため、恋人のため、プライドのため、神様のため・・・って言いながら、結局死んじゃった人たちのこと♫」

 

 スロウなうごきは止めないまま、マイムさんは言った。人が死んだのを知ってるって、見てきたような言い方だ。だけど見てきたとしたら、その言い方はすごくイージーだ。人が死ぬことが、ふつうのことみたいだ。なんでもないことみたいだ。

 

 「マイムさんは、ここに来る前、どこにいたんですか?」

 「高校生だもん、高校だよ♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マイムさんのアクティビティに付き合ったせいでモーニングからへとへとになってレストランに行った。ライトがついてて、もう何人かの人がいた。ジュースをもらってまってると、次から次にみなさんがおきてきた。そしてブレークファーストの8:30になった。それでも人が足りない。いつもレイトタイムな人もいる。ちょっとだけまった。

 

 「グッドモーニングです」

 

 来る人にモーニングのあいさつをする。いつもラストの人が来た。それでも足りない。ボクたちはオールメンバーで16人。今、ここにいるのはボクをいれて13人。なんで足りないんだろう。

 

 「昨日の夜遅くまで起きてるヤツもいたんだろ?部屋に呼びに行ってみろよ」

 「仕方のないヤツらだ。どれ、ここは一つ私が呼びに行ってくれよう」

 「うっし!チャーンス!オレもい」

 「貴様はここにいろ。私が行く」

 

 何人かの人が、まだ来てない人たちにモーニングコールをしに行った。きっとレイトナイトまでおきててスリーピングなだけだ。ボクたちは、あと3人がおきてくるまでモーニングをまってた。だけど、すぐにもどってきた。まだ来てない人といっしょじゃなくて、一人だけで。

 

 「・・・お、おい!」

 

 もどってきてすぐに、ボクたちはエマージェンシーだって分かった。ゲストルームにいない人をさがしに、ボクたちはモノクマランドにちらばっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクたちはスリーマンセルで分かれてちらばった。ボクのグループはファクトリーエリアをしらべることになって、ダッシュでファクトリーラビリンスの中をさがした。モーニングなのに、ファクトリーはスモークを吐き出して、ボクたちが中へすすむのをリフューズしてるみたいだ。

 

 「こんなとこ探して意味あんのかよ?部屋にいねえっつっても、他の施設も使えるんだろ?そっちじゃね?」

 「真面目に探せ。何もないに越したことはない」

 「ふあ〜ねみい。おいスニフ!走るとコケんぞ!」

 

 ボクは、ラビリンスの中のもう使われてないファクトリーを見つけた。はじめてここに来たとき、こなたさんとしらべてエルリさんと会ったあのクローズドファクトリーだ。なぜか、ボクはそこに入っていった。なんでそこに入ったのか、そこに入ってしまったのか、ボクにも分からない。だけど、ボクの足はキイキイ言うステイアーや、つもったダストをふみながら、どんどんすすんでいく。

 セカンドフロアの、いちばんおくの方、きたなくて、くさくて、うるさくて、くらい、今すぐに出て行きたいようなところに、ボクたちのさがしてる人はいた。

 

 「お、おいスニフ?どこ行くんだよ・・・ッ!?」

 「・・・」

 

 ゴウンゴウンとメタリックな音がひびくファクトリーの中で、ファンのすぐよこにもたれかかるようにして、その人はいた。だけど、イエスタデイ、ボクたちが見てたすがたとはちがった。

 

 「う、うそだろ・・・!?おい・・・!」

 「そんな・・・なんで・・・!?」

 「二人ともどうし・・・た・・・?」

 

 ボクといっしょにいた2人が、ボクと同じものを見た。ブラッディなにおいをかぎとったタイミングで、ボクたちのモノモノウォッチがバイブし、モノクマの声がきこえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 『死体が発見されました!オマエラ!ファクトリーエリアの廃工場に集まってください!』

 

 

 

 

 

 

 

 シエスタでもしてるみたいにその人はそこにいた。少しのサンライトをリフレクトしてギラギラ光るナイフが、おなかにつきささってる。ちっとも力の入ってないボディが、糸の切れたマリオネットみたいにそこにただ落ちてるだけだった。おなかからあふれ出た、ブラッディな色のものが、あざやかなカラーのふくにしみこんでディジーなコントラストになっていた。

 死体・・・死体?いま、モノクマは死体って言った?

 死体・・・!!いまボクたちの目の前にいる人は・・・あるものは・・・!!死体・・・!?

 ウソだ・・・!!ウソだウソだウソだウソだ!!ありえない・・・!!なんでこんなことに・・・!!

 だって・・・!!だってコロシアイなんてしないって・・・!!

 

 

 

 ぐるぐる回るボクの考えは何のパワーもなくて、目の前にいるその人は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         チガサキマナミさんは、そこで死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから先のことを、ボクはあんまりリマインドできない。たぶん、ボクのブレインがメモリーすることをやめたんだと思う。気が付くと、ボクといっしょにいたダイスケさんとセーラさんの他にもたくさんの人が、このクローズとファクトリーにあつまってて、目の前のマナミさんと合わせて、ちょうど16人いた。目をクローズしてるマナミさんとみなさんを見るボクをリムーブして、14人はみんなマナミさんを見てた。

 

 「ウソ・・・だろ・・・!?どういうことだよ・・・!」

 「・・・コロシアイか。やはりあの映像を見て誰か・・・!」

 「やめろ。それより、私たちを呼び出したということは、何かあるのだろう。モノクマ」

 「イエス!!そのとーりー!!」

 「!」

 

 レイカさんの言葉にリアクションするように、どこからともなくモノクマが出てきた。目の前のことをアクセプトできないボクにとって、その声はすごくノイジィにきこえた。モノクマはいつもよりもダークに笑いながら、マナミさんにちかよっていった。

 

 「物わかりがよくて助かるよ極サン!うぷぷぷぷ!ボクは嬉しいよ!オマエラがとうとうコロシアイをしたことが嬉しくてたまらないよ!そしてようやく、このコロシアイ・エンターテインメントのメインイベントを開催できることがさ!」

 「メ、メインイベント?」

 「テメエ・・・ふざけてんじゃねえぞ!!なにがコロシアイだ!!なにがメインイベントだ!!いいからさっさと茅ヶ崎を助けやがれ!!テメエならできんだろ!!」

 「はあ?助けるって、死人をどう助けろっていうのさ。いくらボクにでもできることとできないことがあるんだよ!って、同じようなことをどっかのダメなメガネの小学生に言ったような気がするけど」

 「やめておけよ凡俗。せっかく面白くなってきたのだ。余計な水を差すな」

 「・・・お前は、この状況が恐ろしくないのか?」

 「この後のモノクマの話に依るな。少なくとも今のこいつに逆らって、日焼けの二の舞になるほど愚かではない」

 「そうそう!星砂クンはさすがに分かってるねー!」

 

 モノクマはコンフューズするボクたちをネグレクトして、わらいながらマナミさんをチラチラ見る。

 

 「さてさて、それではオマエラ、モノクマランドに新しい掟が加わったのでモノモノウォッチで確認してください!」

 「お、おきて?こんなときになんだよ?」

 「うぷぷ♫」

 

 ハルトさんのクエスチョンにモノクマはなんのアンサーも返さない。ただわらうだけだ。ボクはモノモノウォッチを見る。ルールがふえてた。

 

 

 

 

 

 ーーー

 掟9.生徒内で殺人が起きた場合は、その一定時間後に、生徒全員参加が義務付けられる学級裁判が行われます。

 

 掟10.学級裁判で正しいクロを指摘した場合は、クロだけが処刑されます。

 

 掟11.学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、クロだけが失楽園となり、残りの生徒は全員処刑です。

 ーーー

 

 

 

 

 

 「???」

 

 ボクのブレインをクエスチョンマークがとびまわる。クラストライアル?クリミナル?エクゼキュージョン?アクトさんがモノクマにエクゼキューズされたときのヴィジョンが、かってに思い出される。なんだこれ?意味がわからない。モノクマは、またぷぷぷとわらう。

 

 「今からオマエラには、捜査をするための自由時間を与えるよ!捜査中は時間に関係なくほとんどの場所に入れるようになるから、時間いっぱい思い残すことのないように捜査して捜査して捜査しまくっちゃいな!」

 「捜査・・・その後に裁判?まさか、俺たちに推理小説の真似事でもさせるつもりなのか?」

 「真似事どころかそのものだよ!あ、いや小説とは違うか。学級裁判は普通の裁判とは違うよ。オマエラ全員が容疑者で、オマエラ全員が検事で、オマエラ全員が弁護士で、オマエラ全員が裁判官なんだよ!」

 「ぜ、全員が容疑者・・・?ちょっと待ってよ!なんでたまちゃん達が容疑者なの!それじゃまるで・・・!!」

 「うぷぷ♫まるでもなにも、何を今更言ってるんだよ?」

 

 分かりやすいような分かりにくいような、はっきりしてるようなぼんやりしたようなディスクリプションをするモノクマに、みなさんが次から次にクレームをつける。だけどモノクマはケロリとして、あっさり言い切った。

 

 「茅ヶ崎サンをこんな風にしたのは、オマエラの中の誰かだよ!」

 

 そんなわけない、と思ってたのに、モノクマの言葉はスピアみたいにボクのハートに突き刺さって、それがリアルなんだって何回もボクに言う。ボクたちの中にこんなひどいことをする人なんていない。そうビリーヴしてきたのに、それをイージーにブレイクしてしまった。

 

 「茅ヶ崎氏を殺したのがおれたちの中の誰かあ・・・?そんなまさかあ」

 「うぷぷ♫本当なんだなこれが!ボクはこの目でしっかり見たもんね!もちろん監視カメラ越しにだけど!」

 「そうか。貴様が用意したあの陳腐な動機に揺らいだ愚か者がいたか」

 「茅ヶ崎サンを殺したクロはこの後の学級裁判を生き残れば失楽園!それ以外のシロは全員おしおき!正しいクロを指摘できればクロだけがおしおき!シロもクロも平等に命懸けの、ワックワックドッキドッキの学級裁判!そこで議論をしてもらうための捜査を、これからオマエラにしてもらうんだからね!」

 「ちょ、ちょっと待って!捜査って・・・私はまだ、茅ヶ崎さんがどうなったかさえ分からないのよ?それなのに捜査なんて・・・素人の私たちには無理よ!」

 「ふぅん?じゃあいいよ。捜査ができなきゃ、この後の学級裁判でシロは為す術なくおしおきされるだけだからね!裏切り者のクロにとっては願ってもないチャンスだね!」

 「・・・そ、そんなこと・・・!できるわけないだろ!なんで俺たちがこんな」

 「だから、できないならしなくていいよ。それで死ぬのはオマエラなんだからね」

 

 むりやり、知らないうちにおしつけられたクラストライアルとそのルール。ボクたちに、マナミさんが死んだことのインヴェスティゲーションをしろって?ボクたちの中にいる、マナミさんをころしたクロを見つけだせって?そんなこと・・・そんなことできるわけがない。できなければ・・・死ぬ。

 

 「せいぜいがんばって捜査して、学級裁判を盛り上げてよね!うぷぷぷぷ♫」

 

 たくさんのことが一気におきて、ボクはわけがわからなくなった。だけど、一つだけクリアーなことがある。ボクたちの命は、モノクマの気分でどうとでもできる。だから、やるしかないんだってことだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー《捜査開始》ーーー

 

 「そうだ、オマエラに一つボクからプレゼントしておくよ。モノモノウォッチを見てちょーだい」

 「なんだ。時間は有限なのだろう?さっさとしろ」

 「おっ!星砂クンやる気まんまんだね!うぷぷ♫じゃあきっと喜んでくれるよ!」

 

 ボクたちはまた、それぞれのモノモノウォッチを見た。モノクマからファイルメッセージがとどいてる。きっといいものじゃないんだろうけど、オープンした。タイトルは、『モノクマファイル①』。ロードがおわると、ウインドウいっぱいにでてきたのは、ボクたちの目の前と同じものだった。

 

 「これは・・・?」

 「これから学級裁判に臨むオマエラに、ボクから心ばかりのプレゼントだよ!ろくな技術ももたないオマエラに、ボクが検死した結果をくれてやるよ!もちろんここにウソはありません!シロとクロとが平等に戦えるようにするためのものだからね!」

 「ケッ、それがウソかどうか分からねえじゃねえか」

 「ひどいなあ。ちょっとはボクのことも信用してあげなよ」

 「自分で言うことではないな」

 

 モノクマファイルのことはあとでよく見るけど、まずはモノクマを追い払った。モノクマがいるとディストラクテッドされてインヴェスティゲートできない。それからボクたちは、どうすればいいかをディスカッションした。

 

 「捜査って言ったって・・・どうしたらいいの?モノクマファイルだって信用できるか分かんないし」

 「でもモノクマはウソはないって言ってたよ?」

 「それでも確かめる必要はある。でも・・・検死できるヤツなんかいないよな?」

 

 まずは、モノクマファイルがホントかどうかをクリアにさせなきゃいけない。でも、オートプシーができる人なんて、いくらギフテッドのボクたちだって、いるわけがない。そう思ってたら、ひとつだけ、手があがった。

 

 「経験こそないが、知識ならある程度はある。構わんか?」

 「えっ!?極ってアンタ・・・やっぱそっち系の」

 「・・・まあ死体を見た経験がある者は少ないだろう。それに、彫師という仕事は一般的には医師免許を必要とするものだ。医学知識は多少ある」

 「いいのか極?キツいものを見ることになると思うけど」

 「そんなことを言っていられる状況ではないだろう。私にできることがあれば協力しよう」

 「ククッ、協力、か。言い得て妙だな盛り髪」

 「なんだ星砂。何が可笑しい」

 

 レイカさんがオートプシーをするって言いだして、ほかにできる人もいないから任せようってかんじになった。だけど、そこでまたハイドさんが一言入れてくる。

 

 「検死をすると言えば、死体に一番近いところで死体に触れても何もおかしくない。故に証拠隠滅、証拠捏造、虚偽報告などやりたい放題だ。盛り髪が犯人ではないという確証も・・・今はないだろう?」

 「っっっ!!まったテメエはそういうことなんで言うんだよ!!極がやってくれるってんだからいいじゃねえか!!水差すんじゃねえ!!」

 「し、しかし・・・星砂さんの仰ることにも一理ございます。いよたちの中に咎人がいるのであれば、目止めに越すことはなしかと。だ、断じて!極さんを疑うているわけではありませんが!」

 「いや、星砂の言うことも正しい。命がかかっているのだ。それに、潔白を証明する者がいてくれた方が、私もやって意味がある」

 「だったらオレがやるよ!捜査ってよく分かんねえし、極がそんなコソコソしたヤツじゃねえってのはよく分かってるからな!オレが証人になってやる!」

 

 言い方はなんだかひどいけど、でもたしかにハイドさんの言うこともわかる。そこでボクはハッと気付いた。今からインヴェスティゲートしていくけど、その中で出てきたエヴィデンスとかクルーはどれも、それ自体がホントかウソかを考えなきゃいけないんだって。

 

 「分かった。じゃあ極と下越はここで茅ヶ崎の検死をしてくれ。みんなはモノクマランドの各所に散って、事件の手掛かりを探すんだ。なんでもいい。昨日までと違うこととか、事件に関係してそうな場所とか、時間まで全力で捜査するんだ。それと、なるべく2人以上で行動するようにしてくれ」

 「捜査って言ってもどうすれば・・・」

 「ふん、俺様は1人で行くぞ」

 「・・・俺はレストランに行くが、一緒に行く者はいるか?」

 「は、はいはいはい!たまちゃんのこと・・・守ってね」

 「すまないが約束はできん」

 

 やっぱりこういうときにリライできるのはワタルさんだ。みなさんに声をかけて、こまってるボクたちがインヴェスティゲートできるようにしてくれる。オロオロしてたみなさんが、ファクトリーを出て行ってあちこちに向かって行った。そしてラストには、ボクとこなたさんだけがのこった。前もこんなことがあった気がする。

 

 「こなたさん?ダイジョブですか?」

 「う、うん・・・大丈夫・・・じゃ、ないかな。やっぱりまだ・・・信じられないっていうか、受け入れられないかな・・・」

 「ボクも・・・かなしいです。でも、ボクたちクラストライアルしなきゃいけないです。インヴェスティゲートしないと、ボクたちがあぶないです」

 「・・・そうだよね。みんなが、危ないんだもんね。うん・・・がんばらないと」

 「はい。がんばりましょう」

 

 仲の良かったマナミさんがこんなことになって、こなたさんにとってはトラジディだ。元気がないのも仕方ないけど、ここで立ち止まってちゃいけない。ボクはこなたさんの手をにぎって、チアアップした。ボクのためにも、みなさんのためにも、ボクたちはがんばらないといけない。まずは、このクローズドファクトリーをしらべよう。

 

 「まず、モノクマファイルを見ましょう」

 

 モノモノウォッチのディスプレイをたたいて、ついさっきもらったモノクマファイルを見た。いきなりマナミさんのフォトグラフが出てきて、つい目をそらした。でもがんばって見ると、色んなことがかいてあった。シインとかシボウスイテイジコクとか、ジャパニーズだと分かりにくい。ルールとかはイングリッシュバージョンを作ってくれてるのに、これはそうじゃないんだ。

 

 「被害者は“超高校級のサーファー”、茅ヶ崎真波。死体発見場所はファクトリーエリアの廃工場。死亡推定時刻は1:10頃。死因は失血と呼吸困難による心停止。刺し傷は腹部に1ヶ所あり、肺に達している」

 「えっ・・・」

 「一応日本語で書いてあることを読んでみたけど・・・スニフ君、意味分かった?」

 「あっ、や、えっと・・・ご、ごめんなさい。むずかしいジャパニーズ分かんないです」

 「・・・そうだよね。ごめんね、私が英語できたら訳してあげられるんだけど」

 「ダ、ダイジョブです!あとでモノクマに言いますから!」

 「どうしたお前たち?」

 

 モノクマファイルにかいてあることは、ボクにはむずかしすぎてよく分からなかった。イングリッシュバージョンがあればいいのに。モノクマにクレームつけてやろうと思ったけど、その前にうしろから声をかけられた。

 

 「そうか、スニフ少年は英語でなければ読めないのか。いかに天才少年と言えど、日本語と韓国語は世界屈指の複雑さを誇ると言うからな。言語学の中でもインド=ヨーロッパ語族や中華系言語とも異なるカテゴリに分けられているときく。ふむ、残念ながら私にはこれを英訳し伝えるほどの英語力はない。日本の英語教育の実用性の無さをこんな形で痛感することになろうとは思わなかった」

 「は、はあ・・・」

 「詳細は分からないが、この後の学級裁判でこのモノクマファイルの内容は間違いなく議論の中心になることだろう。そこでスニフ少年だけが何も分からないのは不都合だな」

 「それは困るね。スニフ君は頭がいいから、議論するなら参加してほしいんだけど私も無理だし。極さんは?」

 「・・・私も大した英語は使えない」

 「じゃあやっぱりダメか」

 「待て!なんでオレに聞かねえ!いや無理だけど!」

 

 ジャパニーズとイングリッシュのランゲージトラブルに、こんなところでこまるなんて。今まではこなたさんがヘルプしてくれたけど、やっぱりニッポン人でもむずかしい言葉なんだ。こまったな。

 

 「英語なら、城之内が得意と言っていたな。海外フェスなどを開くために猛勉強したそうだぞ」

 「リアリィ?あとでダイスケさんにおねがいしましょう!」

 「うん、そうだね」

 「それはいいが、検死が終わったぞ。下越、お前から見て私の検死に怪しいところはあったか?」

 「あ?いや、ねえよ。あるわけねえだろ!自信持てよ!」

 「自信だけでは足りないから証人を頼んだのだ」

 「それでは、ここにいないメンバーには悪いが、私たちだけ先に聞こうか。学級裁判とやらで明らかにすることだ。多少早く耳に入れても問題ないだろう。で、モノクマファイルに書いてあることは、事実か?」

 「ああ。服を脱がせて全身を調べてみたが、腹部の刺し傷以外に死に至るようなケガはない。ケガは肺まで達し、喀血の跡も見られる。呼吸困難という記述は、傷から空気が漏れたこともあるようだ」

 「す、すげえな・・・マジで本物の検死みたいじゃねえか」

 「テルジさん、リアルのオートプシー見たことありますか?」

 「ねえよ」

 「下越君、考えてからしゃべろうよ」

 

 オートプシーでわかったことをレイカさんがおしえてくれる。どうもモノクマファイルにかいてあることはビリーヴしていいみたいだ。レイカさんがモノクマファイルにウソはないって言うし、レイカさんがヘンなことしてないっていうのはテルジさんがプルーフしてくれる。

 

 「状況としては、格闘の末に殺されたというよりは、一刺しで殺された、ということか。刺し方からして肺を狙ったというよりは力任せに刺した、という感じか」

 「そんなことまでわかんのか!?探偵じゃねえか!」

 「直接犯人に迫るわけではない」

 

 レイカさんが自分なりのインファーを話してくれた。すごい、オートプシーだけでそんなことまで分かるなんて思わなかった。だとすると、きっとこのモノクマファイルはもっとボクたちのヘルプになってくれるんだと思った。でもこれを作ったのがモノクマだっていうことに、なんだかファジーな気持ちになった。

 

 「私たちは引き続きこの廃工場の捜査と、茅ヶ崎の見張りをしておく。検死は終えたが、事件現場が無人になるのはまずい」

 「おう!任しとけ!」

 「では私にもちょっと遺体を見せてくれ。どれどれ」

 「・・・」

 

 もううごかないマナミさんに、エルリさんがグッと近付く。イエスデイにはいっしょにおスシをたべてたのに、今はそこまで近付くことにヘンにレジスタントな気持ちになる。エルリさんは少しじろじろ見てから、あごに手をあてて考えこむようなかおをしてた。

 

 「ふむ。スニフ少年、少し気になることがあるのだが、ここを見てくれないか?」

 「えっ、ボ、ボクですか?」

 「我々の中で君は重要な頭脳だ。情報はたくさんある方がいい」

 「荒川さん、スニフ君はまだ子供なんだよ。その・・・茅ヶ崎さんの死体だけでも辛いだろうに、そんな傷口に近いところまで・・・」

 「い、いえ!ダイジョブです!がんばります!」

 

 エルリさんがこいこいってやったので、ボクは気持ちを決めて、マナミさんのおなかをよく見た。ギラギラしたナイフがマナミさんのキレイなおなかにディープにささって、かたくなったブラッドで中まではよく見えないのが、今はまだたすかってる。

 

 「固まってはいるが、ナイフを血が伝っているだろう。この部分に注目してほしい」

 「?」

 「不自然ではないか?このような血の流れはあり得ないと思うのだが」

 「そうですね。こっちからリキッドながれたら、チョイルからドロップするおもいます」

 「やはりな。はてさてどういうことか・・・」

 

 エルリさんにおしえられたところを見ると、マナミさんのおなかに刺さったナイフのハンドルにブラッドのラインがつづいてた。イメージでシミュレーションをしてみると、刺さったナイフをブラッドがながれるとどうしてもチョイルからドロップするはずだ。ハンドルまでながれるなんて、どう考えてもおかしい。

 

 「おかしいと言えば、私も少し不思議なことがある」

 「なあに極さん?」

 「茅ヶ崎の周りに血溜まりがない。ないというか、小さいのだ。左脇腹から肺に達するのならそれなりの出血量があるはずだ。それにしてはここで確認できる血の量は・・・少ないな」

 「極さん。検死もできるし、そういう知識もあるし、どういう生活してきてたの?」

 「・・・今はいいだろう」

 

 

 

 獲得コトダマ

【モノクマファイル①)

 被害者は“超高校級のサーファー”、茅ヶ崎真波。死体発見場所はファクトリーエリアの廃工場。死亡推定時刻は1:10頃。死因は失血と呼吸困難による心停止。刺し傷は腹部に1ヶ所あり、肺に達している

 

【ナイフ)

 茅ヶ崎の腹部に刺さっていたナイフ。腹部からの出血が伝っているが、刃のあご部分だけでなく柄の部分まで伝っている。

 

【廃工場の血痕)

 茅ヶ崎の死体の周囲には血痕が残されていた。それなりの出血量ではあるが、極曰く死に至るほどの量ではなさそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クローズドファクトリーでのインヴェスティゲートをおわりにして、ボクとこなたさんはほかのところに向かった。外に出たら、こなたさんのコンプレクションが少しかわった。やっぱりマナミさんといっしょにいるよりも、ほかのところにいた方がまだいいんだ。でも、次にどこをインヴェスティゲートすればいいんだろう。マナミさんが見つかったここじゃなくて、このケースにかんけいあるところ。

 

 「こなたさん、次どこ行ったらいいおもいますか?」

 「うーん・・・そうだね。ホテルエリアに戻ってみる?朝、私たちはみんなレストランにいたから、もしかしたらそこに何か手掛かりがあるかもよ?」

 「I see!りょーかいです!」

 

 というわけで、ボクとこなたさんは、ホテルエリアにもどることにした。ファクトリーエリアのラビリンスを出てホテルエリアにもどって、どこに行くかまたこなたさんと話した。

 

 「レストランの捜査は鉄君と野干玉ちゃんがやってるんだっけ。それじゃあ・・・」

 「あっ!スニフくんとコナタだ♡おーい☆」

 

 ボクとこなたさんに、とおくから声がかけられた。この声としゃべり方で、すぐにだれか分かる。声のする方を見ると、ショッピングセンターのテラスから、マイムさんが大きく手をふってた。まぶしいくらいのスマイルで、イノセントな声をボクたちに向ける。ボクたちはひとまず、ショッピングセンターにいってマイムさんと話をした。

 

 「がんばってるー?」

 「まだ廃工場しか捜査してないよ。虚戈さんは元気そうだね」

 「うん☆殺されるのがマイムじゃなくて一安心だと思ったのに、今度は本当に命を懸けなきゃいけなくなっておったまげーだよ♠」

 「マイムさん!こなたさんの前でそんな言い方、ひどいです!」

 「いいんだよスニフ君。虚戈さんがこういう子なのは知ってるから。それより、何か分かったことはある?」

 「うーん♣ショッピングセンターはあんまりかなー♣ハイドとヤスイチも調べてるんだけどね♫」

 「また変な組合わせだね」

 「マイムは先にヤスイチが造ったアートを見にアクティブエリア行ったよ♫すごかった!なんかぐわーって感じで♢みんなに見せたかったけど、大きいし重いし1人じゃ持ってこらんないからやめたの♡」

 「よく分かんないです」

 

 マイムさんと話しててもあんまりゲインはなさそうだ。ヤスイチさんのアートはいいけど、それよりハイドさんがショッピングセンターにいることがびっくりだった。ハイドさんはここに来た日にファクトリーエリアをしらべたり、1人だけオピニオンを堂々と言ったり、なんだかこわいかんじはするけどインテリジェンスがある。もしかしたら、ショッピングセンターにインポータントエヴィデンスがあるのかもしれない。

 ボクたちはすぐにマイムさんとわかれて、ショッピングセンターの中に入っていった。中は気になることもなくて、ラストナイトとちがうところもあんまりない。ハイドさんをさがしてみるけど、広すぎてなかなか見つからない。

 

 「話は聞きたいけど、どこにいるか分からないもんね」

 「それがこまりました。ハイドさーん!いないですかー!」

 「星砂君は無視しそうだね」

 

 大きい声を出してコールしてみるけど、リアクションはない。ハイドさんはこういうのにリアクションするような人じゃないけど、ヤスイチさんの方はなにかリアクションしてくれるかもしれない。

 

 「それにしても色んなお店があるんだね。私、あんまり来たことなかったから知らなかった」

 「たくさんあります!おつむショップもありました!」

 「おつむ?・・・もしかして、おむつ?」

 「それでした!」

 「そんなもの必要なのかなあ?」

 「モノクマ言ってました。ここでセールしてるもの、オール、ボクたちのだれかのニーズあります」

 「ふーん。ってことは、あの凶器もここで買ったのかな?」

 「じゃあ、そこを見た人がいれば・・・!」

 

 そうこなたさんと話すけど、ボクたちだけで話しててもダメだ。みなさんの手に入れたエヴィデンスからきちんとインファーしないと。もうちょっとショッピングセンターの中をさがしてくと、どこかから声がきこえてきた。

 

 「カンベンしてくれよ星砂氏い。自分で運べばいいじゃないかあ」

 「情けないヤツだ。これしきのことでクタクタになるなど、本当に男子高校生か?」

 「全白髪の星砂氏に言われたくないよお」

 「あっ、納見君に星砂君」

 「む。子供にアンテナか。ちょうどいい、お前たちも手伝っていいぞ」

 「こどもじゃないですってば!なにしてるんですか?」

 「ここの在庫が気になってな。メガネに段ボールを運んで調べさせている。それが、たった2箱運んだだけで疲弊しきってしまって、どうも使い物にならんのだ」

 「自分で1箱も運ばないくせしてよく言うよお・・・!」

 「在庫が気になるって・・・ここ、おむつショップだよ?」

 

 見てみると、くたくたになったヤスイチさんがカードボードボックスにもたれてひいひい言ってて、ハイドさんがため息をつきながらそれを見てた。

 

 「先ほどここを通りかかったら、コーナーの一角が空になっていた。昨日の今日でおむつを使うようなヤツがいるか?子供がいるとはいえ」

 「むっ!ボクのことじゃないでしょうね!」

 「すごいね今のおむつはあ。これトイレに流して処分できるんだってさあ」

 

 カードボードボックスにもたれながらヤスイチさんがケアフリーに言った。こんなことに気付くなんて、ハイドさんはホントにこまかいところまでよく見てる人だ。おむつショップなんてボクだったらスルーしてた。

 

 「他にも情報が必要だな。クロにはせいぜい楽しませてほしいものだ」

 

 

 獲得コトダマ

【虚戈の証言)

 アクティブエリアの武道場に、納見が夜通し造形していたという木造がある。かなりサイズが大きく、運ぶにはかなりの労力が必要だという。

 

【納見の運動神経)

 普段はインドア派の納見は、運動神経が壊滅的に悪い。また体力もないため、段ボール箱を2,3箱動かしただけでへとへとになってしまっていた。

 

【ショッピングセンター)

 ショッピングセンターには様々な商品が揃っており、おむつの専門店まである。モノクマ曰く、ここにあるものは全て生徒の誰かが必要としているもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤスイチさんとハイドさんとわかれて、ボクとこなたさんはネクスト、ホテルに行くことにした。ショッピングセンターを出てみると、ホテルからテーマパークエリアに走ってくハルトさんがいた。なんだかビジーなかんじだ。

 

 「ハルトさん!インヴェスティゲートどうですか?」

 「須磨倉君だ」

 「ん?おう、スニフに研前か。いや、ホテルでもいくつか分かったことがあったから、そろそろ検死も終わっただろうし廃工場に行こうと思ったんだ」

 「もう捜査終わったの?」

 「俺はそんなに有能じゃねえよ。鉄たちのレストランの捜査と、雷堂たちの個室の捜査の結果を聞き回ってたんだ。情報をぶのも俺の仕事だからな」

 「シェアですか。Great!ハルトさん、自分のやるべきこときちんとやっててかっこいいです!」

 「こんなときなんだ。できることやるしかねえだろ。俺は頭もよくねえし、捜査なんて向いてねえんだ。こうして走り回る方が性に合ってるってだけだ」

 

 ストイックに走り回るハルトさんは、自分にできることをなんとかしてるんだ。ダイレクトにエヴィデンスやクルーを見つけてるわけじゃないけど、ディスカッションするためにインフォメーションシェアは大切なことだ。プロのハルトさんがいてくれることが、とっても心強かった。

 

 「それで、何か気になったこととかある?」

 「これから聞きに行くんなら俺が言うより直接見た方が確実だろうな。気になったのは・・・特にはねえかな。廃工場で殺されたんなら、あんまりこっちに手掛かりはないだろうな」

 「・・・そうだね」

 「ま、研前もそう肩落とすな。こんなことになっちまって参る気持ちは分かるけど、そんな場合でもねえんだろ?」

 「う、うん・・・ごめんね、気を遣わせちゃって」

 「気にすんな!」

 

 明るいスマイルを見せて、ハルトさんはまた走って行っちゃった。みんな、それぞれが自分なりにできることをしてるんだ。ボクたちももっとがんばらないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルのエントランスのすぐよこに、いつもボクたちがモーニングをたべるレストランがある。サイクロウさんとたまちゃんさんがここをしらべるって言ってたから、何か分かったことがないか行ってみた。でもレストランにはたまちゃんさんしかいなくて、サイクロウさんはいなかった。

 

 「あれ?野干玉ちゃん、捜査は?」

 「たまちゃんって呼べっての!捜査なんかたまちゃんできないし、意味分かんないんだもん」

 「モノクマが言ってたクラストライアルは、たまちゃんさんもやるんですよね?こわくないですか?」

 「・・・怖いとか怖くないとか、自信あるとかないとか、そんなこと言ったって意味ないでしょ。やるっきゃないんだから。こんなところで、わけのわからない人殺しのせいで死ぬなんてゴメンだもん」

 「言ってることとやってることが噛み合ってないよ」

 「うるさいなー!あんたたち手掛かりが欲しいなら厨房行きなよ!鉄のお兄ちゃんがなんかやってるからさ」

 

 グラスのオレンジジュースをちょびちょび口にしながら、たまちゃんさんはおちつきなくしてた。不安なんだな。ボクだってクラストライアルがなんなのか分かんないし、どうなってしまうのか不安だ。

 

 「あっ、あとさっき相模が来てたよ」

 「相模さんも?」

 

 キッチンに入ると、たまちゃんさんが言ってたように、サイクロウさんといよさんの2人がキッチンにいた。ワタルさんは、このケースにかかわってるところをインヴェスティゲートしようって言ってたけど、キッチンって何かあるのかな?イエスタデイ、ふつうにテルジさんがクッキングしてただけだと思うけど。

 

 「いよーっ!スニフさんに研前さん!捜査は順調でございますか!?」

 「相変わらず元気だね相模さん。うん、みんな順調かな。私たちは特に何かをしてるわけじゃないけど」

 「みなさんのリザルト、きいてまわってます!」

 「先刻、須磨倉もそう言って来た。分かったことはそんなにないぞ」

 「きかせてください!」

 

 キモノでキッチンをダッシュしながら大声を出すいよさんと、ナイフを見るサイクロウさん。なんだろうこのエキゾチックなキッチン。キッチンのライトにぎらつくナイフを見ると、なんだかおなかのあたりがぞわりとする。サイクロウさんはナイフをおいて分かったことをおしえてくれた。

 

 「まず、包丁が一挺足りない。遠目にしか確認していないが、茅ヶ崎の腹に刺さっていた得物はここにあったもので間違いない」

 「そんなこと分かるの?」

 「包丁一挺一挺にも、刃の形や光沢で微妙な違いが出る。プラスチックでもなければ、おおよその見分けはつく。これでも鍛冶屋の息子だ」

 「へえ、すごいね鉄君。じゃあ茅ヶ崎さんを襲った凶器は包丁で決まりか・・・」

 「昨日下越が使っていた鮪包丁も、なかなかのものだった。あの華麗な手際・・・包丁が踊っているようだった」

 「目の付けどころがシャープです」

 「上手いことおっしゃいますねスニフさん!いよーっ!」

 

 上手いこと言ったつもりはないんだけどなあ。でもサイクロウさんがそう言うなら、マナミさんのおなかにささってたナイフはキッチンからブリングアウトされたものだってことだ。だけど、それだとボクには分からないことがある。

 

 「厨房の包丁が凶器に使われたということは、昨日最後まで厨房に残っていた人こそ胡散なるものですねえ・・・」

 「昨日キッチンにいたのは・・・下越君が片付けをしてて、私とスニフ君と茅ヶ崎さんでそれを手伝ってたよ。他のみんなはお腹いっぱいですぐ寝ちゃったりお風呂行ったりしてた」

 「ボクもおてつだいしました!」

 「俺と須磨倉も手伝いで片付けはしたが、包丁を持ち出すほどの余裕はなかった。洗い物をしていれば一挺なくなっていても気付きにくいから、やはり直接洗い物をしていた者たちか」

 「ボ、ボクたちはちがいますよ!ナイフなんてもったらデンジャラスです!」

 「うむむ・・・被害者の茅ヶ崎さんがその中にいるのも気になるところではありますな」

 

 サイクロウさんの言うことをサスペクトするわけじゃないけど、でもナイフを持ちだしたのが、あのときお片付けをしてた中のだれか?ボクもこなたさんもちがうんなら、テルジさんかマナミさんになる。マナミさんはヴィクティムだからなくすると、もうテルジさんかしか・・・No!テルジさんがそんなことするわけないです!

 

 「俺に分かるのは凶器のことだけだ。それが決定打になるかどうかまでは保証できない」

 「そう簡単にはいかないってことだね」

 

 もしテルジさんがクリミナルだったとして、もしテルジさんじゃない人がクリミナルだったとして、ボクはそのコンクルージョンにさんせいできるんだろうか。だれがクリミナルだってことになっても、ボクはそれを信じたくない。それじゃいけないってことも分かってるのに。

 

 「・・・そう言えば、茅ヶ崎さん、ちゃんとおにぎり渡せたのかなあ」

 「いよ?おにぎりですか?」

 「うん。見当たらないから、どうしたのかなって」

 「俺たちがここに来た時には、そんなものはなかったぞ。しかし、それがなんだというのだ?」

 「マナミさん、ラストナイト、ライスボールクッキングでした。ワタルさんにあげむぶっ」

 「そういうの人に言いふらさないの」

 

 こっ!!こなたさんの手が!!ボクの!!口に!!ああやわらかい・・・それにいいにおいだ・・・!!Good smell!!Sniff Sniff Sniiiiiff(くんくんはすはすふがふが)!!

 

 「お、おい・・・スニフが苦しそうだぞ研前。呼吸が乱れている」

 「あっ、ごめんねスニフ君。だけど、女の子のデリケートなことを言いふらしちゃダメだよ」

 「yeah・・・!」

 「ラリった目をしております」

 

 

 獲得コトダマ

【鉄の証言)

 凶器に使われたナイフは、厨房にあったナイフと刃渡りも素材も全く同じだという。実際に、厨房からはナイフが一本なくなっていた。

 

【研前の証言)

 事件前日に厨房に出入りしていたのは、片付けをしていた下越と研前とスニフと茅ヶ崎。途中で大きな食器を片付けに、須磨倉と鉄が立ち寄った。

 

【昨夜の茅ヶ崎)

 昨夜の片付けが終わった後、茅ヶ崎は一人で厨房に残って雷堂の夜食としておにぎりを作っていた。しかし捜査時、厨房におにぎりはなかった。

 

 

 進化コトダマ

【ナイフ)→【キッチンの包丁)

 茅ヶ崎の腹部に刺さっていた包丁。腹部からの出血が伝っているが、刃のあご部分だけでなく柄の部分まで伝っている。元はキッチンにあったもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レストランでは、マナミさんをさしたナイフのことが少し分かった。少し分かると、また分からなくなる。ボクたちはホントに、ボクたちの中のだれかをクリミナルだってジャッジしなきゃいけないんだ。それが、いまイメージするだけでも、すごくハードだ。

 

 「スニフ君」

 

 ぐるぐる考えるボクに、こなたさんが声をかけた。ボクの名前のほかには何も言わなかったけど、それだけで今ボクがやらなきゃいけないことを思い出させてくれた。そうだ。もしボクたちの中にクリミナルいるのがホントでも、ボクたちはそれをジャッジしなきゃいけない。その人は、マナミさんをころしたんだ。それを許すなんてこと、できるはずがない。こなたさんも気持ちは同じはずだ。

 

 「ソーリーですこなたさん」

 「ううん。無理はしなくていいんだよ。スニフ君はまだ・・・あ、子供って言っちゃダメなんだよね」

 「はい。ボク、がんばります」

 

 レストランを出て、ボクとこなたさんはマナミさんのゲストルームに向かう。イエスタデイ、おにぎりを作るのにレストランにいたマナミさんは、きっとそのあとゲストルームにもどったはずだ。もしかしたらそこに、何かクルーあるかもしれない。エントランスからゲストルームに行くところで、トイレがまだキープアウトされてた。

 

 「あれ?ここのトイレって使えないの?」

 「そうなんです。モーニングからずっと、キープアウトです」

 「なんでかな?」

 「トイレつまったみたいです」

 「男女とも?」

 「Umm・・・」

 

 モノクマが言ってたことだからボクはよく分からない。だけど、モーニングからずっとだから、ボクより先にウェイクアップした人、トイレつまらせちゃったんだと思います。でもそんなことを言うのはその人のためによくないから、何も言わないでおいた。

 トイレの前をすぎて、ゲストルームまで行く。ラストナイト、マナミさんはゲストルームもどったはずだ。どこかに何かクルーがあるはずだ。ルームまで行くと、同じように思った人たちがゲストルームのまわりをしらべてた。

 

 「あれ?正地さん」

 「あっ、スニフくんに・・・と、研前さん。あなたたちもここの捜査?もう3人もいるけど」

 「いろんなところ見てます。どうですか?」

 「部屋の中は雷堂くんと城之内くんが捜査してるから、私は部屋の外を見てるの」

 「部屋って・・・そこ、私の部屋だけど?」

 

 床をじっと見てしらべてるセイラさんが、ボクとこなたさんを見てなんだかバツがわるそうにしてた。マナミさんのルームをしらべてると思ってたのに、セイラさんがいるのはこなたさんのルームの前だった。

 

 「う、うん・・・それは分かってるんだけど、ちょっと気になるものを見つけたの。ま、間違いだったら、本当にごめんなさい」

 「どうしたの?」

 「その・・・これ、何か知らない?」

 「・・・?」

 

 なんだか言いにくそうにするセイラさんが、そろーり指でさしたのは、こなたさんのルームの前のろうかのすみっこだった。カーペットのカラーがあざやかで、よくよく見てみないとセイラさんが何を見つけたのか分からなかった。

 だけど、よく見てみると、そこにはなんだか赤いポイントが・・・血がワンドロップだけ、そこにあった。

 

 「血・・・よね、これ」

 「・・・?なにこれ?私・・・分からない」

 「わ、私は別に、研前さんがどうって言ってるわけじゃないのよ。ただ、部屋の前にこんなのがあるのが変だわって思ったから、聞いただけなの。気を悪くしないで欲しいわ」

 「う、うん・・・」

 

 あわててセイラさんはフォローするけど、こんなところに血がおちてたら、だれだってヘンに思う。それはつまり、マナミさんがころされたのと、こなたさんが、何かリレーションあるってことのヒントだ。ボクだってそんなこと考えたくないけど、でも他の人は・・・。

 

 「ごめんなさい」

 

 なんでか、セイラさんはあやまった。ボクはこなたさんを見ることもできないで、ただ血のあとを見てた。ずっとそこにいてもなんだかオークワードな気分だから、マナミさんのルームをしらべることにした。中には、セイラさんが言ったとおり、ワタルさんとダイスケさんがいた。

 

 「あっ・・・雷堂君」

 「ん。スニフと研前か。やっぱここ来るよな」

 

 マナミさんのゲストルームは、とっても広くてパシフィックなテーマのルームだった。ウォールペーパーはオーシャンビューにまちがえるほどブルーとホワイトのコントラストがきれいで、コーラルカラーのインテリアがあちこちにおかれてる。ライトはサンシャインみたいに白くクリアで、ベッドはリゾートビーチみたいで今すぐにダイブしたくなる。

 

 「こんなステキな部屋だったのに・・・茅ヶ崎さん、辛かっただろうね・・・」

 「マナミさんらしくてグレートなルームです。きっと、マナミさんここ好きでした」

 「くそっ・・・俺がしっかりしてればこんなことには・・・!」

 「そういえば、雷堂君は寝ずの番で見張りしてたんだよね?茅ヶ崎さんとか、茅ヶ崎さんの部屋に出入りする人がいたりとかは見てないの?」

 「・・・俺が見た限りでは、夜中に出入りしてたヤツはいない。でも、部屋の鍵がずっと開いてた部屋は3つある」

 「3つ?」

 「一つは納見だ。晩飯の途中でアクティブエリアに行って、深夜に帰って来た時に話した。ずっと部屋にいない理由も分かる。一つは茅ヶ崎だ。夜中に部屋の外にいるなんておかしいと思ったけど・・・こんなことになってるなんて・・・!」

 「ラストワン、だれですか?」

 「最後の一つは・・・星砂だ」

 「ハイドさん?なんででしょう?」

 「んなもん、あいつが殺したからに決まってんだろ!」

 「わっ、城之内君、いたの?」

 「バリバリいたわ!たまにガチになったらこれだよチクショウ!」

 

 ラストナイトのことについてワタルさんから話をきいたら、思ってもないことがきけた。ルームのキーがひらいてたってことは、そのルームの人はそのとき外にいたってことだ。ルームキーはチープなつくりだから中からしかかけられないんだった。

 

 「他の部屋は全部鍵がかかってたの確認したんだろ?だったらあいつしかいねえじゃねえか」

 「確認ってどうやって?」

 「部屋の鍵が赤色になってると鍵がかかってるってことなんだ。一目見て分かるから便利だよな」

 「だったらやっぱ星砂だ!あんにゃろう、集団行動できねえのは百歩譲って、女に手ェ挙げるほど性根が腐ってるとは思わなかった!ぶん殴る!」

 「ま、待て待て待て!まだあいつが犯人だって決まったわけじゃないだろ!」

 「・・・あれ?これ、なんですか?」

 「スニフ君、今こっち大変なのによく普通に捜査できるね」

 

 なんだか一人でエキサイトしてるダイスケさんを、ワタルさんがなんとか止めてる。レディに手を出すのがひどいことだっていうのは分かるけど、まだクリミナル分からないです。ハイドさんって決まってもないのに、もうダイスケさんの中ではハイドさんがクリミナルで決まりみたいだ。

 

 「おうなんだスニフ!星砂に繋がる手掛かりなんか見つけたか!」

 「ハイドさんかんけいしてるか分かんないですけど、これ、ユーズドです」

 「あん?なんだこりゃ?」

 「ピッキングツールです。マイルームにもありました」

 「そういやそうだな。ん?なんで茅ヶ崎の分が使用済みなんだ?あいつは被害者だろ?」

 「さあ・・・」

 

 ベッドサイドのキャビネットにあったピッキングツールは、ビニールがあけられててユーズドだった。もしかしたらクリミナル、ピッキングしてスリーピングのマナミさんおそったのかな?でもそうだとしたら、なんでファクトリーエリアにマナミさんがいたんだろう?それに、ワタルさんのモニタリングがあるのに。

 

 「あ、そういえばスニフ君。城之内君にお願いあるんじゃなかったっけ?」

 「そうでした!ダイスケさん、モノクマファイルのトランスレーション、おねがいします!」

 「ん?ああ、そうか。スニフにゃちと難しいか。けどいいのかよ?あれ結構エグい写真もあるぜ?」

 「おねがいします!ボク、みなさんの力なりたいです!むらさきしきぶイヤです!」

 「は?」

 「たぶん、村八分のことじゃない?」

 「それでした!」

 「よく分かったな!?」

 

 さすがだなあこなたさんは。これでやっとボクもまともにモノクマファイルの中身をアンダースタンドできる。ダイスケさんのイングリッシュアビリティはグレートで、ボクでも知らないワードのエクスプレインまでしてくれた。まさかダイスケさんに教わることになるなんて思わなかったなあ。

 

 

 獲得コトダマ

【エントランスのトイレ)

 朝方、ホテルのエントランスのトイレが使用不可能になっていた。前日の夜までは普通に使えていたが、モノクマ曰く誰かが詰まらせたらしい。

 

【廊下の血痕)

 研前の部屋の前の廊下の隅に、一滴の血のあとがあった。よく見なければ分からない。

 

【雷堂の証言)

 寝ずの番をしていた雷堂によれば、夜中に部屋の鍵が開いていたのは、星砂・納見・茅ヶ崎の3人の部屋だった。納見は夜中にレストランで会った。

 

【個室のロック)

 個室はスライド式の簡易な鍵で施錠されている。外側の小窓から開錠中は青色、施錠中は赤色のパネルが覗く。雷堂曰く、一目で鍵がかかっているか分かるのでとても便利。

 

【ピッキングツール)

 コロシアイ参加者全員に配布されている、モノクマ製スペシャルピッキングツール。初心者にも分かりやすい図説付き。茅ヶ崎の部屋にあったものは、使用した痕跡がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえばスニフ君。モノヴィークルって使ったことある?」

 「YES!ナビゲーションしてくれるからベリーユーズフルです!」

 「ふーん」

 「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーーーん!モノクマ登場だよ!」

 「Don't you ever come here again, could you(一昨日来やがれください)!」

 「ひ、ひどいスニフクン!そんな汚い言葉使うなんて!」

 「一昨日おいでよ」

 「2カ国語で同じ罵倒を受けた!なにこの珍体験!」

 

 ホテルの前にたくさんあるモノヴィークルが気になってこなたさんとお話してると、どこからかモノクマが飛び出してきた。トイレのリペイアはもういいのかな。

 

 「何の用?」

 「なんだかモノヴィークルについて知りたそうにしてたから教えてあげようと思って来たんじゃないか」

 「おしえてくれるんですか?」

 「うぷぷぷぷ♫ボクは優しいクマだから教えてあげるのです。モノヴィークルのナビには履歴機能がついてるのは知ってるよね?」

 「気にしてなかったなそんなの」

 「してよ!ボクが一生懸命作ったのに!」

 「There's no stiff knew(知ったこっちゃないです)」

 「知ったことじゃないよね」

 「オマエラなんなの?副音声?」

 

 ナビのログファンクションなんてみんな知ってるはずだ。それがなんなんだろう。

 

 「しょぼん・・・もうなんか言う気なくなっちゃった。っていうかナビ機能以外に目玉機能ないし」

 「案外しょぼいんだね」

 

 がっくりして落ち込むエフェクトが見えそうなくらいしょんぼりするモノクマは、そのままホテルのバックに消えていった。何しに来たんだろう。でも、ボクもこなたさんとリンクしながら悪口言うことなかったかな。なんだかちょっとだけかわいそうに思えてきた。

 ボクとこなたさんはラストにアクティブエリアをしらべにきた。ここはマーダーケースとはダイレクトにリレーションないと思うけど、ラストナイト、ヤスイチさんがウッドカーヴィングしてたはずだ。たしか、えーっと。

 

 「グレープ?でしたっけ?」

 「武道場。マーシャルアーツってヤツだね」

 「それですか」

 

 プールとかジムが入ってるコンプレックスファシリティの一つに、オリエンタルな感じのブドウジョウがありました。なんでこんなところでウッドカーヴィングなんかしてたのか分からないけど、ブドウジョウのセンターにウッドチップスをちらかした、アンスピーカブルなサムシングがどでーんとあった。

 

 「What' this?」

 「これが、納見君が造ってたっていう彫刻・・・なのかな?」

 「う〜ん、ジ・アンスピーカブル・ワンです」

 「名状しがたいねこれは。台風の模型かなんかかな?」

 「そんな造形しないだろお」

 

 ぐねぐねカーブしたようなラインが全体にほってあって、ところどころはディストートされてる。なんだか虫をスコルドしてるバーディみたいだ。ボクとこなたさんで全然ちがうイメージをもったけど、それをヘンに思わないくらい、わけがわからなかった。そんなことを言ってたら、カーヴィングの後ろからヤスイチさんがのそりと出てきた。

 

 「あれ?ショッピングセンターにいたんじゃないの?」

 「星砂氏がさあ、調べ終えたからどっか行けって言うんだよお。他に行くところもないしい」

 「もっとあると思いますけど」

 「これはなんなの?」

 「昨日の晩に造ったのさあ。タイトルはあ・・・考えてなかったやあ。え〜っとお、『無知の罪』なんてどうだろお」

 「思ったより重いタイトルだね」

 「もちろんだよお。これにはおれの右利きへの怒りと啓蒙を詰め込んだからねえ。昨日の2時までかかった大作だよお」

 「そんなレイトナイトまでですか!」

 

 スシディナーのときにハイドさんとケンカして出て行った、あのときのヤツか。相当アングリーだったけど、まさかそんなレイトナイトまでカーヴィングしてたなんて思わなかった。でも、その時間までいたんだったら、マナミさんのケースと時間がかさなる。

 

 「ヤ、ヤスイチさん!ラストナイト、あやしいことなかったですか!?クリミナル、分からないですか!?」

 「ん〜?いやあ、昨日はこれを造った後はすぐにホテルの部屋に戻ったからねえ。ああ、その前に小腹が空いたからレストランにも寄ったなあ。そこで雷堂氏に会ったよお」

 「雷堂君・・・?そう言えばそんなこと言ってたね」

 「他に見た人はいないなあ」

 

 もしかしたら、と思ってきいてみたけど、ヤスイチさんは何も知らなかった。いきなりこんなところでクリミナル分かったら、モノクマがきっと他になにかしてくるはずだ。モノクマは、クラストライアルっていうものをボクたちにさせたいはずだから、ダイレクトにクリミナルだれか分かるようなものはないはずだ。

 

 

 獲得コトダマ

【ナビ履歴機能)

 モノヴィークルのナビには履歴機能が搭載されており、ナビした場所と時間が記録される。何回か同じ場所に行くと、学習して自動で連れて行ってくれるようになる。

 

 進化コトダマ

【虚戈の証言)→【木造彫刻)

 アクティブエリアの武道場に、納見が夜通し造形していたという木造彫刻があった。かなりサイズが大きく、運ぶにはかなりの労力が必要だという。納見によれば、深夜2時までかかった大作だという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ピンポンパンポ〜〜ン!!オマエラ、捜査は終わったかな?ただいまをもって捜査時間を終了とするよ!時間が足りないって?時間は誰にとっても無慈悲で残酷なものなんだよ。有限であることを分かっているのに無限だと思い込もうとしてる、そこのオマエ!オマエが一番時間を浪費してるんだよ!さあさあ、オマエラに残された有限な時間はどれくらいかな?それを決めるのはオマエラ自身!エントランス池前広場に集まってください!』

 

 ボクたちのモノモノウォッチがバイブしたと思ったら、フロア中にモノクマのアナウンスがエコーした。それは、ボクたちに与えられた時間がフィニッシュしたことを知らせるアナウンスだ。

 

 「行くしかないんだろうねえこりゃあ」

 「うん・・・」

 

 ボクとつないでるこなたさんの手に、ぎゅっと力がこもった。これから何が起きるのか分からない、クリアーなのは、ボクたちがむりやりに命をかけさせられるってことだけだ。本当は、今すぐにげだしたい。でもここでボクたちがにげだしたら、マナミさんはどうなるんだろう。ゴーストなんて信じてないけど、でもボクの中にいるマナミさんは、まちがいなく悲しむ。

 

 「・・・行きましょう、こなたさん。きっと、ダイジョブです」

 

 ベーシスなんかない。神様にお祈りすることもミーニングレスに思えた。生きるか死ぬかをかけたバトルの前になって気が付く。すべてボク自身の手にかかってるってことに。自分の命も、大切な人の命も、未来も、ユメも、キボウも、ゼツボウも。

 ボクのために、こなたさんのために、マナミさんのために、みなさんのために・・・ボクは、トゥルースを見つけ出す。この気持ちがチェンジしてしまわないうちに、早くエントランス広場に行こう。

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

残り:16名→15名

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 獲得コトダマ一覧

【モノクマファイル①)

 被害者は“超高校級のサーファー”、茅ヶ崎真波。死体発見場所はファクトリーエリアの廃工場。死亡推定時刻は1:10頃。死因は失血と呼吸困難による心停止。刺し傷は腹部に1ヶ所あり、肺に達している

 

【ナイフ)→【キッチンの包丁)

 茅ヶ崎の腹部に刺さっていた包丁。腹部からの出血が伝っているが、刃のあご部分だけでなく柄の部分まで伝っている。元はキッチンにあったもの。

 

【廃工場の血痕)

 茅ヶ崎の死体の周囲には血痕が残されていた。それなりの出血量ではあるが、極曰く死に至るほどの量ではなさそう。

 

【虚戈の証言)→【木造彫刻)

 アクティブエリアの武道場に、納見が夜通し造形していたという木造彫刻があった。かなりサイズが大きく、運ぶにはかなりの労力が必要だという。納見によれば、深夜2時までかかった大作だという。

 

【納見の運動神経)

 普段はインドア派の納見は、運動神経が壊滅的に悪い。また体力もないため、段ボール箱を2,3箱動かしただけでへとへとになってしまっていた。

 

【ショッピングセンター)

 ショッピングセンターには様々な商品が揃っており、おむつの専門店まである。モノクマ曰く、ここにあるものは全て生徒の誰かが必要としているもの。

 

【鉄の証言)

 凶器に使われたナイフは、厨房にあったナイフと刃渡りも素材も全く同じだという。実際に、厨房からはナイフが一本なくなっていた。

 

【研前の証言)

 事件前日に厨房に出入りしていたのは、片付けをしていた下越と研前とスニフと茅ヶ崎。途中で大きな食器を片付けに、須磨倉と鉄が立ち寄った。

 

【昨夜の茅ヶ崎)

 昨夜の片付けが終わった後、茅ヶ崎は一人で厨房に残って雷堂の夜食としておにぎりを作っていた。しかし捜査時、厨房におにぎりはなかった。

 

【エントランスのトイレ)

 朝方、ホテルのエントランスのトイレが使用不可能になっていた。前日の夜までは普通に使えていたが、モノクマ曰く誰かが詰まらせたらしい。

 

【廊下の血痕)

 研前の部屋の前の廊下の隅に、一滴の血のあとがあった。よく見なければ分からない。

 

【雷堂の証言)

 寝ずの番をしていた雷堂によれば、夜中に部屋の鍵が開いていたのは、星砂・納見・茅ヶ崎の3人の部屋だった。納見は夜中にレストランで会った。

 

【個室のロック)

 個室はスライド式の簡易な鍵で施錠されている。外側の小窓から開錠中は青色、施錠中は赤色のパネルが覗く。雷堂曰く、一目で鍵がかかっているか分かるのでとても便利。

 

【ピッキングツール)

 コロシアイ参加者全員に配布されている、モノクマ製スペシャルピッキングツール。初心者にも分かりやすい図説付き。茅ヶ崎の部屋にあったものは、使用した痕跡がある。

 

【ナビ履歴機能)

 モノヴィークルのナビには履歴機能が搭載されており、ナビした場所と時間が記録される。何回か同じ場所に行くと、学習して自動で連れて行ってくれるようになる。




文字数多くなりすぎて反省。次からはもっと細切れにするようにします。2万5千字ってホント
実際はコトダマとか三点リーダーとかあるので多少は減ると思いますが、多いですよねえ


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学級裁判編1

 「待ってたよオマエラ!いや〜、やっぱりいいよねこれ!この、これからとんでもないことが始まるぞ!っていう感じ!腹の底からぞわぞわしたビッグウェーブがわき起こってくる感じ!うぷぷぷぷ!」

 

 あつまったボクたちの前で、モノクマはエキサイトしてでロウブレスする。エンジョイナブルに。ハッピーに。フラストレーティングに。イノセントに。クリューエルに。キバをむいて。目を吊り上げて。おなかを抱えて。よだれを垂らして。パペットとは思えないほどエモーショナルなモノクマに、ボクたちはみんな気分がわるくなった。

 

 「くだらねえこと言ってねえで説明しやがれ!オレたちに何さす気だ!」

 「せっかちだなあ。前にも言っただろう?学級裁判だよ!あ、でも説明はしてなかったか。じゃあ、改めて学級裁判について説明するね。一度しか言わないからよく聞いてね。いい?一度しか言わないからよく聞いてね」

 「もう二回言ってるわよ!?」

 

 ふざけたトーンのモノクマだけど、それに比べてボクたちはみんなこわいフェイスをしていた。エクスプレインなんかされなくても分かっていることが一つある。今からボクたちはムリヤリ命をかけさせられる。そのことがボクたちのほとんどをストレインさせて、スケアーさせた。

 

 「オマエラの間でコロシアイが起きた場合、オマエラ自身によって学級裁判を開いてもらいます。内容は簡単!オマエラの中に潜むクロ、つまり仲間の誰かを殺した罪人が誰なのかを議論するんだよ。掟にもあるでしょ?誰かを殺したことを誰にもバレてはいけないって。それを審査するための制度なワケ」

 「要するに推理ゲームか。で、クロを見つけたらクロが処刑。クロを見つけられなければクロ以外の全員が処刑。だったな?」

 「うぷぷぷぷ!さすが“超高校級の神童”だね!よく覚えてるゥ!」

 「単純なルールだ。一度で覚えられないヤツの方がどうかしている」

 

 なんでもないとでも言うようなフランクな言い方で、ハイドさんがモノクマの言うことをイージーに言いなおす。まるでアシストしているみたいなコンビネーションだ。きっとそれはハイドさんのマージンから来るものだった。ハイドさんはここにいるマイノリティ、クラストライアルをたのしみにしてる一人だ。

 

 「しょ、処刑とは・・・」

 「決まってるでしょ?モノクマランドでの処刑って言ったら、おしおきのことだよ!オマエラ全員、皆桐クンがどうなったか忘れたわけじゃないよね?」

 

 モノクマの言葉でボクたち全員に同じヴィジョンがフラッシュバックした。ボディをマシンアームにおさせつけられて、かぞえ切れないほどのバレッツで首から上を吹きとばされたアクトさんの死が。ぞわり、背中をアイスでつつかれたみたいにイヤなかんじがした。

 

 「うぷぷぷぷ!遂にこの時が来たんだね!待ちかねたよ。やっぱりコロシアイ生活の醍醐味と言ったらこれだよね!これがなきゃ始まらないよね!さあ!ではスタートしていきましょう!」

 「ス、スタートって、ここでやんの?今から?」

 「まあ良い天気だしい、外ってのもたまには悪くないとは思うけどさあ。曲がりなりにも裁判なら裁判らしく必要なものがあるんじゃあないかなあ」

 「おっとっと。ボクとしたことがうっかりしてたよ。さすがに何もない場所ではできないよね!と、思ってオマエラのために裁判場を用意しました!」

 「そんなものあったか?オレたちは行けるところは隅々まで調べただろ?裁判場なんかどこにも・・・」

 「バッカだな下越。こういうのは地下に隠してあるって相場が決まってんだよ」

 「バカって言うな!」

 

 これからクラストライアルがスタートするって言うのに、なんだかのんきな感じがする。だけどだれもかおの力が抜けてる人はいない。みんな、リラックスしようと必死になってるんだ。そんなボクたちをスニアするみたいに、モノクマはぷぷぷと笑う。

 

 「もう、考え方が古いんだなあオマエラは!こんな広いモノクマランドを用意したのに、薄暗くてほこり臭くて湿っぽくて陰気くさい地下に潜るなんてボクの趣味じゃないよ!なので、今回はこんな感じにしてみました!ヘイカモン!」

 「!」

 

 モノクマが(どうやってやったのか分かんないけど)フィンガーパッチをすると、ボクたちを押しのけるようにどこからかモノヴィークルたちがやって来た。全部で17台。そしてそれらはオートコントロールでサークルを作って、そこでストップした。

 ボクたちはみんな、自分のモノヴィークルをレジスターしたはずだ。これはもしかして・・・とモノクマを見ると、空に向かってモノクマはサティスファイしたようなかおをしてた。

 

 「このモノヴィークル一台一台が、オマエラにとっての証言台!オマエラにとっての法壇!オマエラにとっての検事席!オマエラにとっての弁護席!そしてこのモノヴィークルが集まったこの場所こそがオマエラにとっての裁判場ってわけだよ!うぷぷぷぷ!我ながら素晴らしい演出!場所の移動も席の移動も配置も並びも自由自在!なんという機能性!合理性!」

 「自画自賛が過ぎるだろ」

 「すごーい♡『どこでも裁判場』だねー♡」

 「そんな未来の道具は使いたくないな。いや、私たちは今から実際に使用するのだから、この場合は使いたくなかった、が正しいか?」

 「ゴチャゴチャ言ってねーでさっさと乗れよ!」

 「なにきっかけでキレた!?」

 

 言われるままに、ボクたちはボクたちのモノヴィークルにのった。サークルになってるから、一目でみなさんのかおが見える。オポジットのテルジさんの目までしっかりだ。だけど、そのテルジさんのレフトサイド、そしてボクのライトサイドには、乗る人がいるはずのないそこには、バッドテイストなポートレイトがおいてあった。

 

 「おいモノクマ・・・これは一体どういうことだ」

 「これってどれ?」

 「アクトとマナミだー♡」

 「ああなんだ。それはあれだよ」

 「分かるかその説明!」

 「死んだからって仲間はずれにしちゃうのは可哀想でしょ?皆桐クンも茅ヶ崎サンもオマエラの仲間なんだから、一緒に学級裁判をしてみるのもいいだろうってボクの粋な計らい!」

 「血色のペイントまでして、粋も何もあったものではないな。実に不愉快だ。人の命を馬鹿にしている」

 

 テルジさんのレフトサイドにはアクトさんの、ボクのライトサイドにはマナミさんの、それぞれブラッドカラーでクロスがペイントされたポートレイトが立ってた。モノクロームのフォトの中の二人は自分たちがいる場所になにも思ってないようなかおをしていた。死んでまで、モノクマのプランクに付き合わされるなんて、ボクは心のそこからモノクマにヘイトをかんじた。

 

 「それじゃあ始めようか!うぷぷぷぷ!ワックワクで、ドッキドキの、学級裁判を!」

 

 いよいよ始まる。クラストライアルが。

 

 マナミさん。見た目とちがってとってもやさしくて。とってもピュアで。ボクたちのためにパンケーキも作ってくれた。こなたさんと仲がよくって。ワタルさんのことが気になってて。ちょっとシャイで。そんなマナミさんが・・・ころされた。ボクたちの中のだれかに。

 

 ボクたちの一言が。ボクたちの声が。ボクたちの目線が。ボクたちの考えが。すべてがボクたち自身の生き死にを決める。

 命がけのDiscussion。命がけのInference。命がけのProof。命がけのCondemnation。命がけのApology。命がけのDesicion。

 

 マナミさんのために。ボクたちのために。ボクたちは命をかける。その先にあるラストがどんなものであっても、ボクたちはやるしかない。それ以外のチョイスなんて、ボクたちには用意されてないんだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 獲得コトダマ一覧

【モノクマファイル①)

 被害者は“超高校級のサーファー”、茅ヶ崎真波。死体発見場所はファクトリーエリアの廃工場。死亡推定時刻は1:10頃。死因は失血と呼吸困難による心停止。刺し傷は腹部に1ヶ所あり、肺に達している

 

【ナイフ)→【キッチンの包丁)

 茅ヶ崎の腹部に刺さっていた包丁。腹部からの出血が伝っているが、刃のあご部分だけでなく柄の部分まで伝っている。元はキッチンにあったもの。

 

【廃工場の血痕)

 茅ヶ崎の死体の周囲には血痕が残されていた。それなりの出血量ではあるが、極曰く死に至るほどの量ではなさそう。

 

【虚戈の証言)→【木造彫刻)

 アクティブエリアの武道場に、納見が夜通し造形していたという木造彫刻があった。かなりサイズが大きく、運ぶにはかなりの労力が必要だという。納見によれば、深夜2時までかかった大作だという。

 

【納見の運動神経)

 普段はインドア派の納見は、運動神経が壊滅的に悪い。また体力もないため、段ボール箱を2,3箱動かしただけでへとへとになってしまっていた。

 

【ショッピングセンター)

 ショッピングセンターには様々な商品が揃っており、おむつの専門店まである。モノクマ曰く、ここにあるものは全て生徒の誰かが必要としているもの。

 

【鉄の証言)

 凶器に使われたナイフは、厨房にあったナイフと刃渡りも素材も全く同じだという。実際に、厨房からはナイフが一本なくなっていた。

 

【研前の証言)

 事件前日に厨房に出入りしていたのは、片付けをしていた下越と研前とスニフと茅ヶ崎。途中で大きな食器を片付けに、須磨倉と鉄が立ち寄った。

 

【昨夜の茅ヶ崎)

 昨夜の片付けが終わった後、茅ヶ崎は一人で厨房に残って雷堂の夜食としておにぎりを作っていた。しかし捜査時、厨房におにぎりはなかった。

 

【エントランスのトイレ)

 朝方、ホテルのエントランスのトイレが使用不可能になっていた。前日の夜までは普通に使えていたが、モノクマ曰く誰かが詰まらせたらしい。

 

【廊下の血痕)

 研前の部屋の前の廊下の隅に、一滴の血のあとがあった。よく見なければ分からない。

 

【雷堂の証言)

 寝ずの番をしていた雷堂によれば、夜中に部屋の鍵が開いていたのは、星砂・納見・茅ヶ崎の3人の部屋だった。納見は夜中にレストランで会った。

 

【個室のロック)

 個室はスライド式の簡易な鍵で施錠されている。外側の小窓から開錠中は青色、施錠中は赤色のパネルが覗く。雷堂曰く、一目で鍵がかかっているか分かるのでとても便利。

 

【ピッキングツール)

 コロシアイ参加者全員に配布されている、モノクマ製スペシャルピッキングツール。初心者にも分かりやすい図説付き。茅ヶ崎の部屋にあったものは、使用した痕跡がある。

 

【ナビ履歴機能)

 モノヴィークルのナビには履歴機能が搭載されており、ナビした場所と時間が記録される。何回か同じ場所に行くと、学習して自動で連れて行ってくれるようになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【学級裁判 開廷】

 

 「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう!学級裁判の結果はオマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘出来れば、クロだけがおしおき。だけど・・・もし間違った人物をクロとした場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけが、失楽園となり外の世界に出ることができまーす!はい!では自由に議論をスタートさせていってください!」

 「自由にって言われても・・・どうしたらいいの?私たちみんな普通の高校生なのよ?犯人を見つけろって言ったって・・・」

 「一人だけは確実に分かってるはずだよなあ?出て来いよこのやろう!女に手ェ挙げるなんて最低野郎だ!ぶん殴ってやらあ!」

 「そんなんで出てきたら苦労しないっての。バッカみたい」

 「いよーっ!ここはひとまず、各々が怪しいと思しき人物を指差してみるのは如何でしょうか!」

 「そんな・・・仲間同士で責め合うようなことしたくないよ・・・」

 「ようなことも何も、今この場がそのための場だ。だが、相模の提案では互いに罪のなすり付け合いだ。埒の開きようもない」

 「じゃ、どうやって議論展開(はこ)んでくんだよ?」

 

 互いの顔が見える円形の裁判場では、自分以外の全員の視線に晒されることになる。些細な動揺や失言がすぐさま自らへの疑念の眼差しへと変わる張り詰めた場。自然と各人の声を緊張が覆う。それを最初に打ち破り、放言飛び交う場を議論の場へと展開させたのは、極だった。

 

 「まずは、何が分かっていて何が分かってないか、それを明確にすることだ。分かっていることは共有し、分からないことは議論する」

 「なるほどね〜♢まず何のお話からするの?」

 「一番分かりやすいのは・・・死因、だろうな」

 「シイン、コーズオブデスですね。うう・・・」

 

 落ち着いた調子で、極は議論の方向性を示した。茅ヶ崎を殺した人物が誰かを明らかにするには、残された手掛かりから犯人の正体に迫るしかない。それを誰よりも理解し、実践しようという行動だった。

 

 

 【議論開始】

 

 「茅ヶ崎の死因は何か、まずははっきりさせるぞ」

 「まあ現場の死体を見る分にはあ、腹をナイフで刺されてたよねえ」

 「それって要するに刺殺よね?ひどいことするわ・・・」

 「ヘソ出しの腹を狙うなんざふざけてやがるな!犯人は茅ヶ崎の腹を“滅多刺しにした”ってわけだ!」

 「That's wrong!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ダイスケさん、それちがいます!」

 「ん、なんだよ?」

 「マナミさん、おなかさされたの一回だけです。メッタざしなんて何回もさされてません!」

 「んん?そうだったか?服まで血だらけだったからよく分かんなかったなあ」

 「いい加減なこと言って子供に指摘されるとか、ダッサ」

 「るせー!」

 

 文字通り回りだす議論の場の中に潜む微かな矛盾を、スニフは見逃さずに射貫く。言葉に込められた感情は言霊となり、論理の綻びを打ち砕く。たとえ議論の結果が分かり切ったことの確認であっても、そこから広がる議論によって分かることは多い。

 

 「モノクマファイルの記述からも、腹部に傷が一つと分かるな。わざわざ確認するまでもないことだが、こうして見るものも見ていない者がいたことが分かったのだ。やはり念には念を入れておくべきだな」

 「追い討ちかけてくんじゃねーよ!」

 「あいや待たれぃ!!そのモノクマファイルとやらですが、信用に足るものなのでしょうか?いよはまだモノクマのことを信用しきってはおりません!」

 「そうだよな。確か、極が検死してくれてたよな?モノクマファイルに書いてあることって正しいのか?」

 「ああ。取りあえずウソは書いていない。素人に毛が生えた程度の知識しかないが、私が見た限りではここに書いてあることは正しい」

 「当然でしょ。ボクはシロにもクロにも平等なんだよ。ウソなんか吐いて簡単にクロが勝っちゃったら面白くないじゃん!」

 「あっそ・・・。で、疑うみたいで悪いんだけどよ、その極が犯人じゃないって保証はあんのか?」

 「なにそれハルト?どーゆーことぉ♣」

 「いや、こうやって誰が犯人か分かんない状況がある以上、検死するっつって証拠隠滅とかされてねえかとか・・・やっぱ気になるんだわ」

 「須磨倉、それは当然の疑惑だ。負い目を感じる必要はない。それについては下越が証人だ。私が検死している間、そばで監視していた」

 「おう見てたぞ!極はちゃんと検死してた!」

 

 モノクマファイルの記述を、検死していた極が保証する。その極の言葉を、下越が保証する。しかしその下越の言葉が真実だという保証は誰がするか。どこまで突き詰めようとも、限りなく疑いは湧き続け、消して涸れることはない。どこかでキリをつけるしかないと、全員が薄々勘付き始めた。誰の言葉を信じ、誰の言葉を疑うか。その選択の一つ一つが、自分の命の行方を左右するという重圧にも。

 

 「疑うというのなら、私からも一つ言わせてもらうぞ。極の検死を見張っていたという下越だが、二人が共犯という可能性を先に考えておきたい。私の記憶が正しければ、どちらも立候補で決まっただろう?共犯であったとしたら、私たちは迂闊だったと言わざるを得ないだろう」

 「きょ、共犯だと!?ふざけんな!オレも極も殺しなんかしねえよ!」

 「なぜ私まで庇う」

 「検死なんて、ぶっちゃけ普通したくねえことだからな!進んで名乗りをあげたお前はいいヤツだ!殺しなんかするわけねえだろ!」

 「荒川さんのお話きいてなかったのかしら・・・」

 「けど、本当に共犯だとしたら、二人ともクロになるのかな」

 「どうなんですかモノクマ!」

 「んなわきゃねーだろ!クロっていうのは、直接手を下した一人だけ!あ、一人とも限らないパターンもなくはなかったり・・・でも基本は一人!今回みたいに刺殺された場合は、茅ヶ崎サンをブッ刺したその人がクロになるわけ。どれだけクロを手伝っても、共犯者はシロと同じ扱いにしかなりません!」

 「つまり手伝い損な上にクロを勝たせれば自分は処刑、何のメリットもないってわけだな」

 「ってか、共犯者なんていつ裏切るか分からないんだから、だいたい殺されちゃうもんだけどね」

 「たまちゃんさんこわいです・・・」

 「ないと考えていいんだな。ということは、極の言うこともモノクマファイルの内容も信じていい・・・で合ってるよな?」

 「うん、それでいいと思うよ」

 

 誰かの言葉を信じるだけでも、それなりの議論と根拠が必要となる。これだけ話して分かったことは、『モノクマファイルにウソはない』の一つだけだ。その事実に気付いた者は一様に不安と寒気を感じた。この後、何度命懸けの選択を強いられるのか、分かったものではない。

 

 「ではこの俺様が話をまとめてやろう。モノクマファイルの内容に偽りはない。半裸は腹を刺されたことによる刺殺だ。死因が分かったら次は何について話すべきか、分かる者はいるか?」

 「あはは〜♫ハイドえらそー♫」

 「死因が分かったらあ・・・凶器のことでも話そうかあ。何か分かったことがあるかも知れないからねえ」

 

 

 【議論開始】

 

 「半裸を殺した凶器を答えてみろ」

 「死因が刺殺ってことは、刃物で刺されたってことだろ?」

 「茅ヶ崎の腹に深々と刺さっていたあのナイフ・・・あれが凶器と考えて間違いないだろう。傷口もあのナイフと“完全に一致”していた」

 「ナイフなんて、犯人はどこから持ってきたのかしら?」

 「まいむ分かったー☆きっと犯人は、最初から誰かを殺すつもりで“隠し持ってた”んだよっ☆ナイフ投げの達人はみんなそうしてるんだ♢」

 「否ッ・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「虚戈、残念だがそれは違う。茅ヶ崎の腹に刺さっていた刃物は俺も見たが、あれはモノクマランドに元々あったものだ」

 「え〜っ♠そうなの?」

 「あれは厨房に揃えてあった包丁の中の一挺だ。霞の合わせ方や反りの特徴、鎚目のクセから同じものだと判断した」

 「ごめんなさい鉄くん・・・何の事だか全然分かんないわ」

 「“超高校級のジュエリーデザイナー”のくせに、包丁のことなんて分かんの?」

 「サイクロウさんはJewelry designerじゃなくてBlacksmithなんです!ナイフくらい丸っとお目通しです!」

 「惜しいけど、お見通しだね」

 「それでした!」

 「“才能”違いがこんな所で役立つとは思わなかったぜ。バカにして悪かったな鉄!」

 「いや・・・俺は別にそんなつもりでは・・・」

 

 突如として注目の的になることに動揺する鉄。途端に自分の目利きに自信がなくなるが、先に自分が述べた根拠から同じものだと断定できることは変わらない。凶器の特定はできたが、それがレストランの厨房にあったものだと分かったことで、新たな疑問が浮かび上がる。

 

 「じゃあ別にいいんだけどさ、そしたらもっと大きい問題があると思うんだけど」

 「なんだヌバタマ。言ってみろ」

 「たまちゃんって・・・はあ、もういいよ。えっとだから、凶器が厨房にあったものなんだったら、その包丁を持ちだしたヤツが犯人ってことになるんじゃないのって言ってんの」

 「いよ?おお!!そういえばそういうことになりますね!!なんと!!いきなり犯人の正体に急接近ですよ!?いよーーーっ!!」

 「つまり厨房に出入りしてたヤツが怪しいわけだな!えーっと・・・」

 「一番多く出入りしてたのは下越氏だねえ」

 「あれえ!?」

 「わーい犯人が分かったぞっ☆テルジが犯人だ♡」

 「ちょ、ちょ、ちょっと待て!待て待て待て待て!オレじゃねえぞ!?」

 「何やってんだか・・・。厨房なんて誰でも出入りできるんだ。包丁がいつまで全部揃ってていつ使われたかが分かれば、その間に出入りしてたヤツってことになるんじゃねえの?」

 「須磨倉の言う通りだ。まだ犯人を決める段階じゃない」

 「ちぇー♠テルジのせいだ♠」

 「疑われた上に責任まで押しつけられんのか!?」

 

 常にギリギリの緊張の中で行われる議論は、ちょっとしたきっかけで暴走し、整然を失う。誰かがその流れを止め、整理し、道筋を示さなければたちまち混沌と化す場において、冷静な思考ができる者の発言はある程度の力を持つ。須磨倉と雷堂によって議論は再び落ち着きを取り戻し、回り始める。

 

 

 【議論開始】

 

 「包丁が揃ってることを確認した最後の時間と、事件の発生した時間を確認しとくぞ」

 「モノクマファイルによれば、茅ヶ崎の死亡時刻は深夜1時ごろだ。包丁が持ち出されたのは当然、それより“前”の時間になるな」

 「いよーーーっ!“昨日の晩食の前”に持ち出されたのではありませんか!?」

 「飯作る前には全部揃ってたはずだぜ。片付けのときは・・・乾かしてるものもあったからちゃんと数えてねえな」

 「そういうことなら、“昨日のディナーのあと”に持って行かれたってことですね!」

 「その意見を採用してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「当然、夕食の後だろうな。バカが言っていたように、片付け以降ならば持ち出しも容易だ」

 「バカって言うなっての!」

 「そしてその夕食の後の片付けの時間、この前後に厨房に出入りしていた人物こそ怪しい。そうは思わんか?」

 「まあ・・・普通に考えたらそうよね」

 「なんだ星砂。やけに確信めいた言い方をするな」

 「アンテナ、昨日の片付けをしていた者の名前を言ってみろ」

 「えっ、わ、私?いいけど・・・。えっと、私と、スニフ君と、下越君と、茅ヶ崎さんの4人で片付けをしたよ。私と下越君が洗い物で、茅ヶ崎さんとスニフ君が食器ふき。あ、あと途中で鉄君と須磨倉君がおひつとか大きくて重い物を持ってきてくれた」

 

 研前が指を折りながら昨晩のことを思い出し数える。ほんの少ししか厨房にいなかった鉄と須磨倉を除いて、片付けに参加していたのは4人。そのうちの1人は、殺害された茅ヶ崎だった。わざわざそのことを研前に言わせた星砂は、満足そうに頷き、次の言葉を続けた。

 

 「で、それがなんだっつうんだよ」

 「要するに、その4人の中から被害者の茅ヶ崎を省いた3人の中に犯人がいるって展開(はこ)びたいんだろ?その3人の中だったら・・・」

 「くくく、まったく、やはりどいつもこいつも凡俗というのは浅薄な思考しかしないのだな」

 「あん?」

 「逆だ」

 「逆、というと?」

 「この4人の中で最も凶器である包丁を持ちだした可能性が高い人物・・・それは、今回の事件の被害者である半裸自身だ」

 「・・・ど、どういうことだ?」

 「凶器の包丁を持ちだしたのが茅ヶ崎氏ならあ・・・なんで茅ヶ崎氏は殺されてたんだい?」

 「ヌバタマの言葉に囚われていては真実は見えてこない。包丁を持ちだした人物が即ち犯人だという証拠などどこにもないだろう」

 「な、なんだよ!じゃあ意味わかんないこと言ってないで、アンタの考え言いなよ!」

 「半裸は返り討ちに遭ったのだ」

 「・・・返り、討ち?」

 「カエリウチ?ゴーホームですか?」

 「城之内。説明してやれ」

 「・・・あーっと」

 

 端的に述べられた星砂の考えに、全員の言葉が止まった。ようやく絞り出した研前の言葉も、ただ星砂の言葉の反芻でしかなかった。返り討ち、それが意味するところは、スニフを除いて全員が理解した。そのスニフにも、城之内が流暢な英語で説明をする。そしてスニフも同様に、その意味から推測できる星砂の考えを理解した。

 

 「それってさ・・・茅ヶ崎さんが誰かを殺そうとしてたってことだよね・・・?」

 「凡俗にしては理解が早いではないかアンテナ。その通りだ」

 「・・・そんなわけ・・・そんなわけない!」

 「ほう?」

 「茅ヶ崎さんはそんなこと考える人じゃない!そんな、根拠のないこと言わないでよ!」

 「あり得ないという根拠こそないだろう。聞いた話によれば、その片付けの後で最後まで厨房に残っていたのは半裸だという話ではないか」

 「お前、そんな話いつ誰から聞いたんだ?」

 「厨房を捜査した時に着物とはちまきがそんなことを言っていた」

 「すまん。言ってはいけなかったか・・・?」

 「いけなくないです。ホントのことなんですから」

 「最後まで1人で厨房に残っているなど、包丁を持ち出すためにした行動としか思えんな。誰もいなくなった厨房で、ヤツはゆっくりと凶器の包丁を持って・・・」

 「それは、違うよ!」

 

 他人の考えなど寄せ付けないというほど自信満々に話す星砂に、研前は堪らず切り込んだ。既に言葉を持たない茅ヶ崎に変わって、返り討ちの汚名をはね除けようと声を上げずにはいられなかった。

 

 「茅ヶ崎さんはそんなことのために残ったんじゃない!あの子は、そんな人じゃない!」

 「話にならんな。人間性などという経験則からくる妄想に耳を貸すつもりはない。意見を通したくば根拠を示せ!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「凶器の包丁は厨房から持ち出されたものだ」

 「持ち出された時間帯は昨夜の夕食後の時間だったな」

 「片付けの時間以降、1人で厨房に残った半裸を疑うのは当然だろう」

 「それとも他に疑わしい人物でもいるのか!?」

 

 「茅ヶ崎さんが厨房に残ったのはちゃんとした目的があるんだよ」

 「彼女はおにぎりを作るために残ったんだ」

 「寝ずの番をする雷堂君に夜食を作ってあげるって言って残ったんだ!」

 

 「はっ!!下らん下らん下らん!!」

 「夜食を作るなどという言葉のどこに確証があるというのだ!1人残れればどうとでもウソを吐けばいい!」

 「貴様はまんまとそのウソを真に受けた間抜けということだな!」

 「その半裸の言葉を裏付ける“証拠”がどこにあるというのか!」

 

 「その言葉、斬るよッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「証拠ならあるよ。捜査のとき、おにぎりは厨房にはなかったの」

 「それならますます信憑性などないな」

 「ううん。おにぎりがなくなってたってことは、それを食べた人がいるってことだよ。そうだよね!雷堂君!」

 「ぅんっ!?」

 

 普段の温厚でのらりくらりとした雰囲気と違い、声を大にして熱く話す研前に急に名指しされ、雷堂は狼狽えた。それだけ研前が本気になっていたということだが、生憎それに応えるだけの情報を雷堂は持ち合わせていなかった。

 

 「い、いや・・・俺はおにぎりなんて食べてないぞ。番をしてる間、厨房にも行ってないし」

 「えっ・・・!?」

 「それに、茅ヶ崎が俺に夜食を作ってくれてたなんて、今始めて聞いた。そんなことしてたのか?」

 「What's!?マナミさん、ワタルさんに言ってないですか!?」

 「ま、まあ・・・茅ヶ崎さんの性格上、直接そんなことを雷堂君に言えるわけないわよね・・・」

 「でもおにぎりは・・・どうして?」

 「どうしたアンテナ。この俺様に刃向かっておいて、デマカセで論破したつもりになっていたということか?ふん、無駄な時間を過ごした」

 「ち・・・ちがう・・・!茅ヶ崎さんは昨日の晩、キッチンでおにぎりを作ってて・・・!」

 「あのお」

 

 自らの主張の根拠となる言葉が雷堂から聞けなかったことに、研前はひどく動揺する。言われてみれば、星砂の言う通り、自分はおにぎりを作る茅ヶ崎を見たわけではない。おにぎりそのものすら見ていない。いかに自分の主張が脆く曖昧な根拠によるものかをじわじわと知る。それは焦りとなって研前の心臓を早打たせる。が、その張り詰めた空気にのんびりとした声が投じられた。

 

 「なんだか話を聞いているとお、おにぎりって厨房に置いてあったもののように聞こえるんだけどお、合ってるかい?」

 「う、うん・・・きっと厨房に置いておいたはずだよ。茅ヶ崎さん、雷堂君に渡してないみたいだから」

 「厨房にあったおにぎりかあ・・・おれそれ食べたかも知れないなあ」

 「はっ!?」

 「な、なんですかヤスイチさん!?くやしくおしえてください!」

 「詳しく教えて納見君」

 「い、いやあ、そんな大したことじゃあないんだけどお・・・昨日の晩に武道場で創作をしたんだよお。夜中の2時くらいになって完成したからあ、部屋に帰って寝ようと思ったんだよお。小腹が空いたから厨房に行ったらおにぎりが置いてあったからあ、丁度いいと思ってねえ」

 「そのとき、茅ヶ崎は厨房にいたのか?」

 「いやあ。誰もいなかったよお。時間的には茅ヶ崎氏の死亡時刻を過ぎてたしねえ」

 「誰が作ったかも、いつ作られたかも分からないおにぎりを食べたのか。フフフ・・・信じられん不用心さと無神経さだ。1周回って賞賛に値する」

 「別に疑うわけじゃねえけど、その納見の言うことをどうやって証明するんだ?一応その確証はあった方がいいだろ?」

 

 念のためという城之内の言葉に、全員が思考を巡らせる。全ての行動、発言に裏付けが必要な場面では、些細なことが何の証拠になるか分からない。納見の発言が虚偽か真実かによって、今後の議論は大きく変わるからだ。そして一人、思い当たる。納見の発言が真実だと裏付けることができる人物に。

 

 

 【人物指名】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうだ!ワタルさん、ヤスイチさんの言うことプルーフできるはずです!」

 「えっ・・・ああ、そういえばそうだな」

 「そうだねえ。確かにそのとき雷堂氏に会ったよお」

 「ああ。夜中に2時頃にレストランに寄って、その時に納見に会った。ちょうど武道場から帰ってきて、これから寝るって言ってたな」

 「・・・っていうことは、やっぱり茅ヶ崎さんはおにぎりを作るために厨房に残ったんだよ!本当は雷堂君にあげるためのものだったけど、間違えて納見君が食べちゃったんだ」

 「いよーっ!となりますと、やはり茅ヶ崎さんは潔白ということで宜しいですね!その言葉に嘘偽りは無いということが判りました故!」

 「だそうだが、何か言いたいことはあるか、星砂」

 「・・・フンッ、おめでたい連中だ。たとえ夜食を作っていたとしても、それが真の目的であると決まったわけではあるまい。言い訳を言い訳に留まらせず、アリバイ工作に利用したと何故想像しないのか」

 「アンタ、まだ食い下がる気?おにぎりなんてそれこそ食べられてなくなっちゃうようなものがアリバイになんかなるわけないじゃん。本当にあげたかった人にも渡せないような子なら、なおさらだよ」

 「誰かが食べた、という他者の証言こそが何よりのアリバイ証明となる。たかだかおにぎりの一つや二つで、俺様の推理を却下しようなどと烏滸がましいにも程があるぞ凡俗共ッ!!」

 

 いつの間にか議論の場において周囲から孤立し、自身の推理を後押しする者がいなくなる。その不利な状況に反比例して熱くなる星砂が、その他全員を相手に強引に議論を展開する。

 

 

 【議論開始】

 

 「包丁を持ち出したのは半裸だ。ヤツ以上にその機会に恵まれたものはいまい」

 「“最後まで厨房に残っていた”茅ヶ崎を疑うのは分かるが・・・本当にそう言い切れるものなのか?」

 「茅ヶ崎さんはおにぎりを作るために厨房に残ったんだ。そのおにぎりを食べた人がいるんだから間違いないよ!」

 「おれが間違えて食べちゃったんだよねえ。いやあ悪いことしたあ」

 「たとえ夜食を作っていたのが事実でも、それでヤツが潔白になるわけではないだろう!」

 「ほんっとにしつこいよアンタ!だいたいアンタこそ、茅ヶ崎が犯人だって“証拠がない”んだから黙ってなよ!」

 「哀れだな凡俗ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「この俺様が、何の根拠もなしに論を立てていると?本気でそう考えているのだとしたら、貴様らの愚かしさに涙さえ出てくるぞ。証拠などあるに決まっているだろう」

 「えー?証拠があるんだったら先に教えてよー♣」

 「さすがに今更だぜ。デタラメじゃねえのか?」

 「全員、自分の部屋にピッキングツールが用意されているのは知っているな?半裸の個室にももちろんあった。開封され、使用済みになっていたピッキングツールをがな」

 「あっ・・・!」

 「使用済み・・・!?それは・・・つまり・・・!」

 「ピッキングツールなんぞ何に使ったのでありましょうな?」

 「もちろん、ピッキングのためだろうな。つまり茅ヶ崎が誰かの個室に忍び込もうとしていたと?」

 「証拠と言って申し分ない、否、証拠と言わずしてなんと言う!!これこそ半裸が包丁を持ちだし、誰かを殺そうとしていた確固たる証拠に他ならない!!異論は認めん!!」

 「た、確かに・・・ピッキングツール使ってんだったら反論も言い逃れもできねえよな・・・」

 

 劣勢かと思えた星砂が、強引に自らの主張を押し通す。だがそこには確かに看過できない物的証拠があり、断じて暴論などではない論理性がある。茅ヶ崎が厨房で夜食を作っていたことが事実だと認める傍証でしか成り立たない研前の主張に対して、星砂の主張は遥かに論として強固だった。

 

 「研前さんには悪いけど・・・でも、横で聞いてても、星砂くんの意見の方が論理的よ。私も茅ヶ崎さんが誰かを殺そうとしてたなんて信じられなかったけど・・・」

 「Just a moment!まってください!」

 「気持ちは汲み取るがなスニフ少年。感情論と状況証拠による傍証しかない研前の主張と、物的証拠と状況証拠に基づいた論理的主張の星砂とでは、理性的に考えてどちらを採るかは明白だぞ」

 「もし星砂の主張が事実と異なれば、どこかで矛盾が起きるはずだ。可能性の高い方から考えるのは当然だろう」

 「・・・」

 「こなたさん・・・。わ、わかりました。ボクとこなたさんはハイドさんのオピニオン、ディナイします。みなさんにそれをアンダースタンド、してもらうために、ディスカッションします」

 「どんな形であっても議論に参加することに意味がある。むしろ多様な視点は必要なものだ」

 

 完全に星砂に賛同している者は少なかれど、ほとんどの者が首を縦に振る中、研前とスニフだけはその意見に異を唱えた。しかし学級裁判は基本的に多数決制だ。一人でも多くの者を納得させた意見が全員の総意とされる。自ずと議論の流れは星砂を中心に回り始める。その流れを食い止めんと、二人は襟を正す。

 

 「じゃあ星砂の意見を採用するとして、そうすっと茅ヶ崎は夜中に誰かの部屋の鍵を開けたってことだよな?そしたら、そいつが犯人なんじゃないのか?殺そうとして、逆にやられたって感じの経緯(はこ)びだろ」

 「いよーーーっ!なるほどです!ということはここで愈々、寝ずの番をしていた雷堂さんの言葉が力を発揮するわけでございますな!さあさあお立ち会い!!刮目し傾聴なされよ!!」

 「あのさ相模、別に盛り上げなくていいんだぞ。むしろ、盛り上げられると逆にそれがプレッシャーになって言いづらくなるっつうか」

 「いよっ!?なんと!良かれと思っていたいよの弁が逆に邪魔をしてしまっていたのですか!?これは失敬、ではいよは口を閉ざしまふ。ふぁあ!おふぉぅふぉんぬんおはわいも!」

 「閉ざし切れてない!」

 「いいから話なさいよ。あんなのに構ってたらいつまで経っても話が進まないでしょ」

 「ああ。えーっと、夜中に鍵が開いてた部屋、だよな?昨晩は、ずっと鍵が開いてたのは三部屋あって、被害者の茅ヶ崎と、武道場にいたっていう納見と、あと星砂の部屋だったな」

 「ふうんなるほど・・・・・・・・・・・・ってええ!?ほ、星砂くんも昨日部屋にいなかったの!?」

 「待て待て待て待て待て!自然と犯人はそいつらの中に絞られてくるよなあ!?そういう話だったよなあ!?んで夜中に部屋の外にいた理由があった茅ヶ崎と納見を除いたら・・・」

 「事件のあった日の夜、特に理由もなく、部屋の外に出ていて、アリバイを証明できない者・・・星砂が最も疑わしい人物になる、な」

 「でもこの話の言い出しっぺ星砂だったよな!?ん!?なんだこれ!?」

 「騒ぐな凡俗共。まったくもって馬鹿馬鹿しい」

 「馬鹿馬鹿しいのはアンタだ!ってかどういうつもり!?アンタ何がしたいの!?」

 「決まっている。半裸を殺したクロを暴くのだ。そしていま、勲章から貴重な証言が出たではないか」

 「その証言で自分が疑われてるっていうのに、ずいぶん余裕だね、星砂君」

 「勿論、俺様はクロなどではないからな。それに貴様らは本当に勲章の話を聞いていたのか?」

 「はっきり言って私には、今のお前のやっていることが何ら理解できんのだ。自己矛盾?いや、筋は通っている。故に尚更、だからこそ、より一層、意味が分からない。お前は自らの首を絞めていることを分かっていながら、その主張に正当性を認めるのか?詳しい説明を求める」

 「仕方が無い。勲章、こいつらは先ほどの説明では理解も納得も承認も推理もできんようだ。もっと次元を下げて、分かるように説明してやれ」

 「お前は本当にヘイトを集めるのに余念がないよな」

 

 一度は星砂への賛同でまとまりかけていた場の空気が、一瞬にして混沌へと陥る。星砂の言う通りに推理をしていった結果、最もクロであると疑わしくなったのは他の誰でもなく、星砂自身であった。しかし混乱する周囲に憐憫の眼差しを向け、星砂は再び雷堂に言葉を促す。

 

 

 【議論開始】

 

 「包丁を持ちだしたのが茅ヶ崎だとして・・・殺そうとしてたヤツに返り討ちに遭ったとしたら・・・昨日のように茅ヶ崎と会ってたヤツが怪しいってことになるよな?」

 「ピッキングツールには“使用した痕跡があった”そうだな。つまり部屋の鍵を開けられた者がいるということだ」

 「それならワタルさん、ディティールわかります!」

 「昨日の夜ずっと鍵が開いてたのは3人だ。“茅ヶ崎”と“納見”と“星砂”だ」

 「そんな夜遅くの時間に、星砂くんは何をしていたの?」

 「俺様が何をしていたかなどさして重要ではない。そうだろう?」

 「いやなんでだよ!んなもん怪しむに決まってんだろうが!茅ヶ崎は今回の被害者だし、納見は“夜中は彫刻を造ってた”からアリバイがあるじゃねえか!お前以外に誰を疑うっつんだよ!」

 「夜中の行動など、俺様を含めて誰にも証明などできない!ぎっちょうが彫刻をしていたなどという証拠など“どこにもありはしない”ではないか!」

 「ブッブーだよそれ♠」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・なんだピンク色」

 「ハイドったらダメだよ♢ヤスイチはちゃんとすっごーいの造ってたんだから♫マイム見たもん☆感動したっ♢」

 「おおっ!分かってくれるのかい虚戈氏!おれの作品に理解を示してくれるのかい!」

 「もちろんだよ♡あの黄色くてぐねぐねぐね〜〜〜ってヤツ見たら一発で分かっちゃうよ♫やっぱりおもちは黄粉に限るよね〜♡」

 「ちっがああああああああああああっう!!!そんな浅いテーマなんかじゃあないんだあああああああっ!!!」

 「うるっさい!」

 「納見君の彫刻なら私とスニフ君も見たよ。正直芸術はよく分からないけど・・・確かに夜中のアリバイを証明するには十分だよ」

 「フンッ、そんなもの、置いてある彫刻を見ただけだろう?実際に彫っている所を見たわけでもあるまいし、今までどこかに隠していたものを事件後に持ってくるだけで済む話ではないか」

 「それは・・・インポッシブルだとおもいます」

 「なぜだ」

 

 スニフの言葉に、星砂は視線を鋭くして尋ねる。自分の思うように議論が進まないことに少しずつ苛立ちを覚えている星砂は、比例して冷静さを欠きはじめていた。己の推理の入口が認められただけで、それが絶対の自信となって後の推理全てを保証するように思えてしまう。それが早とちりであると気付くことはできても、認めることは困難なものだ。

 

 「ヤスイチさん、タフネスほとんどないです。カードボードボックスだけでぐったりするのに、グレートヘビーなカーヴィングもってくる、できるわけないです」

 「納見君の体力の無さを知らないなんて言わせないよ。だってショッピングセンターでへとへとになった納見君に呆れてたのは、他でもない星砂君なんだから」

 「・・・ッ!!」

 「それならたまちゃんも知ってるよ。ビリヤードもろくにできないくらい体力ないなんてホント、情けなくてだらしなくてあり得ないよね〜」

 「そうよね。キャッチボールもまともにできてなかったものね」

 「みんなおれの無実を証明してくれてるからいいんだけどお、もうちょっとオブラートに包めるものは包んで欲しいねえ」

 「しかし、彫刻と言っても元々はショッピングセンターに置いてある丸太なのだろう?須磨倉に運んでもらっていたようだし、無理ということはないのではないか?」

 「俺だって馬鹿正直に丸太抱えてばねえよ。転がすなり機械使うなりやり方はあるさ。まあ納見にできるかっつうと頷けねえけど」

 「ということは、納見が夜中に彫刻を彫ってたっていうのは本当だってことでいいんだな?」

 「いいんじゃねえか?よくわかんねーけど!」

 「下越さんはもっと考えてください!」

 「オレは考えるのを止めた」

 「いよっ!?究極生物ですか!?」

 

 皮切りとなるスニフの言葉と共に、矢継ぎ早にエピソードが語られる。いずれも納見の体力のなさ、運動能力の低さを語るものばかりであった。それが何よりも納見による犯行の不可能性を表していた。それはつまり、次に議論の矢面に立たされる者が誰なのかを如実に示していた。

 

 「ということは、次に怪しいヤツってのは・・・」

 「星砂。どういうつもりか説明してもらおうか。なぜわざわざ自分が不利になるようなことを言ったのか」

 「・・・下らん。お前たちは、俺様が己が不利になることを予測できずに論を立てていたと本気で考えているのか?この俺様が。この、“超高校級の神童”である俺様が?人類の最高傑作にして稀代の天才であるこの俺様がか?笑えんな!」

 

 心の底から不思議そうに。信じられないという風に。星砂は目の前に並ぶ者たちを見た。この程度の先読みなど当たり前にできるに決まっている。それを理解した上で主張を通したに決まっている。自分の無実、犯行の不可能性を証明できる手段があるに決まっている。そう言いたげな表情だった。

 

 「随分な物言いだ。まあ自信があるのは結構だが、そこまで理解していたのなら、もちろんこの状況を説明するだけの根拠と論理を持っているのだろうな。あまりにも当たり前のこと過ぎてわざわざ用意などしていなかった、というのは無しだぞ」

 「はッ!!この凡俗共がッ!!俺様が予想外だったのは貴様ら凡俗の発想の貧弱さだ!!いいだろう、貴様らの邪推に付き合ってやるッ!!」

 

 高らかにそう宣言した星砂は全員に向けて大見得を切った。円形に走るモノヴィークルが風を巻き起こし、上着の裾をたなびかせる。全身を黒に染めた星砂の身体が大きく見える。果たしてこの男は、自分たちの敵なのか味方なのか。それすらも定かでないまま、14人の“超高校級”は、巡る車輪と飛び交う議論に身を委ねる。

 学級裁判は、まだ終わらない。




仕込める伏線は全部仕込む。本編中に限らずこういうキャプションでもね


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学級裁判編2

 

 うっぷぷぷぷ!オマエラ!お久し振りです!え?そんなに久し振りでもない?だけどね、前回からボクのセリフが物凄く少なくて、ボクの存在が薄れてるんだよ!いくらボクが可愛くてマスコットみたいだって言っても、名実ともに置物になるなんてまっぴらゴメンだっての!あーあ、こんなことならモノクマファイルの記述をもっとややこしくしてあいつらを困らせてやればよかったなあ。

 で、なんで裁判の途中でボクが喋ってるのかって?そんなの分かり切ってるじゃーん!ここまでの学級裁判の総括をして、ポケットに入れてたイヤフォンみたいにこんがらがった話の流れを整理して、ここから先の学級裁判の展開に必要以上の期待を持たせるために決まってんじゃん!ゲームマスターでありトリックスターであるボクは、こうしたメタい役回りも熟せるんだよ。すごいでしょ?でもさ、よく考えたら学級裁判の途中から読み始めるアナーキーな人なんてそうそういないだろうし、ここまで読んでる人は前回も読んでるだろうから、実際ボクがやってることって必要なんだろうかと思ってしまったり。ボクの存在意義ってなんなんだろうね?メタいことを言えば、簡単に原作との繋がりを示せる記号でしかないのかな。

 

 さて、じゃあボクはボクの仕事をするかな。ここまでの学級裁判の総括をするよ!因みに今回の、というより今作の学級裁判は今までみたいに、息が詰まるような地下深くに閉じこもって、せっかくの広い世界を堪能せずに変わり映えのない背景のまま話をするなんてこと、するわけないよねー!そこでボクは頭を使いました!モノヴィークルを証言台にして裁判場そのものが外を走り回る、アウトドア学級裁判だよ!うぷぷぷぷ!昼は燦々太陽の下で冷や汗と玉の汗を流しながら、夜は花火やビームライトで煌びやかに、サンライズやサンセットを眺めながら優雅な疑心暗鬼をお楽しみくださいませってね!これぞコロシアイ・エンターテインメントに相応しい演出でしょ?ただまあ、実際これは学級裁判の内容には関係しない演出だから、オマエラそれぞれが脳内で補完してよね。

 

 じゃあ無駄話は終わらせて、本当に学級裁判の総括をしようか。今回の事件の被害者は“超高校級のサーファー”茅ヶ崎真波さん。ファクトリーエリアの廃工場でぐったり死んでやがるところを見つかっちゃいました!死因はお腹を包丁でブッ刺されたことによる刺殺でした。特に何の面白味も意外性もない刺殺なんて、もう出尽くした感があるよね。この分かりやすい死に方で一番最初に争点になったのは、凶器がどこから持ち出されたか、そして誰が持ち出したか、まさにその一点だよね。

 

 “超高校級のジュエリーデザイナー”であり鍛冶屋の息子である鉄祭九郎クンによって凶器の包丁は厨房にあったものだって分かりました。そうなると当然疑いは、厨房に出入りしていた人物になるよね。木に成った林檎が地面に落ちるが如く、そうあって然るべき当たり前のことだよね。そんな議論の中で、下越クンや納見クンに疑惑の目が向けられたけれど、一番疑わしいとされた人物は、何を隠そう今回の事件の被害者である茅ヶ崎真波サンだったのでした!事件前日に最後まで厨房に残っていて、夜中に部屋の外にいたという点では、確かに犯人と疑われても仕方ないよね!

 

 茅ヶ崎サンが事件の発起人かもしれないという流れに反対したのは、スニフクンと研前サンのたった二人!それ以外の星砂クンを中心とした他全員の意見は一致して、学級裁判の流れはもう完全に『今回の事件の発端、実は茅ヶ崎説』で推し進めていってるね。このまま犯人は茅ヶ崎サンが最初に狙った人物になるのかと思いきや、ここで議論は大きな壁にブチ当たるわけです!それもそのはずなぜならなんと、この議論の末に犯人の最有力候補となったのは、茅ヶ崎サン発端説を最初に主張し半ば強引に押し通してきた、星砂這渡クンその人だったからです!自分の主張で自分が疑われるわけわかんない状況に、果たして彼はどう対処するのか!そして本当に学級裁判はこのまま終わっていくのだろうか!

 

 うーん、まともにまとめられない!以上!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下らないと笑ってはいるが、笑っていられる状況であることは明白だ。軽率な一言が、迂闊な言葉選びが、即自分の命を危険に晒す学級裁判の場において、自分で自分の首を絞めるような推理をしたことは、星砂が本当にクロであろうとそうでなかろうと、ミス以外のなにものでもない。最終的な結果が投票によるものであることは、少しでも疑われたらアウトになることを意味している。それが理解できないほど、星砂の頭の出来は悪くなかった。

 

 「では俺様が直々に説明してやろう。俺様が犯人ではあり得ない理由をな」

 「いや普通に言ってっけど、学級裁判で自己弁護って成立しないよな?言い訳とほぼ変わらないだろ」

 「歴とした物的証拠でもあれば別だが・・・まあ、まずは話を聞いてやるとしよう」

 「なるべく分かりやすく喋ってもらえると嬉しいわ。星砂くん、一言多いどころじゃないから」

 「俺様の主張の要をもう一度説明しておこう。事件当日の夜に厨房にいた半裸が、夜食を作るだなんだと適当に嘯いて残り包丁を持ち出す。そしてピッキングツールで部屋にいた者を殺そうとしたが、返り討ちに遭い失敗。逆に自分が殺されるハメになってしまったと。こういうことだ、分かったか凡俗共」

 「だからその前提で推理してったら、アンタが一番怪しいってことになったんでしょ!」

 「喧しい。それは貴様ら凡俗が足りない知恵で絞り出した、推理のような何か、でしかない。俺様が犯人という結論に繋がる主張を俺様が通すわけがなかろう」

 「ならば、きっちり説明してくれるんだな?お前が犯人ではない証拠を。頼むからこれ以上ヒヤヒヤさせないでほしい」

 

 物的証拠があるのだろうか。疑いようのない状況証拠でもあるのだろうか。あるいははったりか。全員から疑惑の目を向けられても星砂は一片の動揺もなく、自信たっぷりに己の無罪を主張する。周囲から疑われ、懇願され、呆れられてもマイペースを崩さないその姿は、不気味にさえ映った。そして湧き出る毒とともに星砂は語る。

 

 「まず俺様は昨晩、夕食の後に僅かな間部屋に戻っただけで、それ以降はずっと外にいた」

 「僅かってどんくらいだよ?」

 「ほんの30分ほどだ。シャワーを浴びてすぐに外に出た。それ以降、朝まで部屋には戻っていない」

 「朝まで・・・それって、昨日の晩はずっと外にいたってこと?」

 「勿論だ。部屋の外で故意の睡眠は掟に反し処罰対象。故に一睡もしていない」

 「一晩中モノクマランドを徘徊していたということですか?何のためにそんなことを?」

 「無論、脱出する手立てを探すためだ。もっと言えば、このコロシアイ・エンターテインメントを取り仕切っている黒幕を引きずり出し、この手で引導を渡してやるためだ」

 「は?く、黒幕?何言ってんだお前?」

 「そこにいるインチキパンダを見て、貴様らはそんなことにも思い至らなかったのか?こんなもの、裏で糸を引いている何者かがいて然るべきだろう。そしてもし黒幕が表に出てくることがあればそれは夜の時間帯だ。夜時間などと定義をして一部の区域を立ち入り禁止にし、夜な夜なそこで何をしているのやら。そして新たなルールを追加してまで隔離しておきたい場所があるということもついこの前分かった。ここで俺様の予想は確信に変わった。黒幕は俺様たちに発見されることを恐れている。つまり発見される恐れがある。可能性があるのなら可能にする。それが俺様の“才能”だ。故に俺様は黒幕を探しに一晩中モノクマランドを探索していたということだ。結果、見つかりはしなかったがな。さすがに夜の間は制約が多い上に、地の利は黒幕側にある。何かをしようとして手こずるなど、久し振りの経験だ」

 「つ、つまりお前は・・・一晩中部屋には戻らずモノクマランドを動き回ってた。その理由は、黒幕がどこかにいるかも知れなかったから。ってことだよな?」

 「理解が早いな勲章。その通りだ」

 「なるほどな・・・などと簡単に納得するわけがないだろう。それこそどうとでも言えるではないか。夜中に部屋にいなかったことは雷堂の証言があるにしても、部屋にいなかったことが即ちモノクマランドをうろついていたことにはならない。どこかで茅ヶ崎に襲われ、そして殺したかも知れないではないか」

 「では聞こう。俺が夜中にどこにいたのか、貴様らの中の誰か一人でも、ほんの手掛かりでも、知っている者がいるのか?」

 

 そう問うた星砂への返答は、モノヴィークルの駆動音とささやかに流れる風の音だけだった。つまり、そこにいる誰一人、事件当夜に星砂がどこで何をしていたのかを知る者はいなかった。それこそが星砂が疑われる理由になったのだが、それこそが星砂が疑われない理由にもなる。

 

 「誰も知らない。当然だ。俺様が昨日の夜どういう行動をするか、誰一人にも言っていないのだからな。ではそこに来て、なぜあの半裸ごときが、俺様が誰にも口外していない俺様の行動を知り、そして殺せるとまで判断したというのだ。一晩中留まらずにモノクマランドを動き回っている俺様を捜し当て、包丁如きで俺様を殺せると判断できたというのだ」

 「そ、それは・・・いや、でもそれは」

 「ああ。それは俺様の言葉が真実であり俺様に都合のいいように解釈した場合の話だ。ではこれはどうだ?ヤツは俺様を探して俺様と同じようにモノクマランドを徘徊し、たまたま鉢合わせた俺様に襲いかかり殺された。それがどれほど低い確率かは、そこの子供でなくとも大凡の予想はつくだろう。俺様が部屋に戻ってくることを想定してホテルで待ち伏せしていたとしようか。だが俺様は戻っていない。ならばなぜ俺様はホテルにいる半裸をホテルにいずして殺せるのだろうな?そもそも、俺様は部屋の外にいたのだから部屋に鍵などかかっていなかった。なのになぜ半裸のピッキングツールには使用した痕跡があったのだろうな」

 「だ、だったら・・・!!」

 「ではもっと根本から否定した議論をするか。俺様が一晩中外にいたというのは嘘で、本当は部屋にいてピッキングツールで鍵を開けられた後、半裸に襲いかかられて返り討ちにし廃工場に捨てたという風に考えるか。これならばピッキングツールが使われていた説明が付くし、半裸が俺様の居場所を突き止めることも難しいことではない。だが現実問題、俺様の部屋の鍵は一晩中開いていたのだ。半裸に殺されかけ、入念に死体をあんな場所まで捨てに行ったというのに鍵をかけないほど不用心の極致にいるつもりはない。それどころか部屋の鍵が開いていただけでこうして疑われていたのだ。この俺様がその程度のことが予想できないと思うのか?」

 「・・・」

 「他の説明もしてみようか?誰かを殺そうとしている半裸を偶然目撃してしまったというパターンもある。俺様も実は誰かを殺そうとしていてそれが半裸とバッティングしたのかも知れない。あるいはその相手は半裸だった可能性もあるな。俺か半裸がどちらかの協力者で裏切ったという話があってもいいかもな。もしかしたら半裸はとにかく誰かを殺そうとしていて、行き逢ったのがたまたま俺様だったというのはどうだ?」

 

 雄弁に星砂があげつらったいくつもの可能性は、どれも自身をクロとする前提での可能性だった。しかしそれは、どの可能性を詰めようとも自分の無実を確実に主張することができるという自信に裏打ちされた行動だった。なんとか星砂に噛みつこうとしていた何人かも完全に閉口し、先ほど同じ、しかし全く性質の異なる沈黙が裁判場を包み込んでいた。

 

 「故にここまでの議論の結果、得られる一つの方針はこれだ」

 

 そんな沈黙を気にすることもなく、星砂は人差し指をピンと立てて言う。

 

 「一晩中鍵が開いていた俺様やぎっちょうは、犯人と言えない。そもそも人を殺した後に鍵を開けっ放しにしておけるような無神経な者などそういるはずがない」

 「じゃ、じゃあ・・・犯人の手掛かりがなくなったってことなのか?だってさっきの雷堂の話じゃ、一晩中部屋の鍵が開いてたのはその2人と茅ヶ崎の部屋だけなんだろ?」

 「ああ、一晩中部屋の鍵が開いていたのはその3人だけだ。だが、それ以外にも疑わしい者はいる。そうだろう勲章?」

 「へっ?そ、そうなのかよ!?お、おい雷堂!どういうことだ!」

 「・・・何の話だよ」

 「うん?ああ、そういえばそうだったな。お前には俺様の方から箝口令を敷いていたのだった。いや、凡俗への指示などとうの昔に忘れていた。俺様にとっては瑣末なことだからな。いいぞ勲章、箝口令は解除だ」

 「箝口令?何を口止めされていらっしゃるのですか?」

 「あっいや・・・そ、それは・・・いや、なんというか・・・ち、誓って言うけど、俺はウソは吐いてないぞ!一晩中鍵が開いてたのは本当にその3人だけだし」

 「・・・雷堂。最初に聞いた時から気になっていたのだが、聞いてもいいか?」

 「な、なんだ極?」

 「なぜお前は『昨日の晩に部屋の鍵が開いていた』ではなく、『一晩中部屋の鍵が開いていた』という言い方なのだ。最初に聞いたときから一貫してその言い方だが、何か他意があるように聞こえるぞ」

 「・・・ッ!」

 「言われてみると確かにそうだ。一晩中と言えば、大凡昨日の夕食後から今朝までの時間帯のことだ。昨日の晩と言って大した誤解があるわけでもないのに、先の言い方に拘る理由があるのか?」

 「ウソを吐いてないって言い逃れようとしたよね。それってつまり、その言い方じゃないとウソになるってことじゃないの?」

 「えっと、『昨日の晩』だとウソで、『一晩中』だとウソにならない。うーん・・・な、なんだかややこしいわ。どういうこと?」

 「グルーピングで考えたら、『オールナイトでアンロックだった』グループは『ラストナイトにアンロックだった』グループの中にあります。だからこういうときは・・・オールナイトじゃないけどラストナイトにアンロックだったルームが他にもあるってことになります」

 「つまり、夜中のある時点を境にして、鍵が開けられた部屋があるということか!」

 「お前ら急に推理の連携が半端ないな!!」

 「推理対象が大したことないからではないのか?」

 「いやもともとお前が俺に口止めしたからこんなことになったんだからな!蚊帳の外っぽい感じで言ってるけども!」

 「この場合、他人事と言った方が適切かと!いよーっ!」

 「それで、どうなんだよ雷堂。ウソだろうと隠し事だろうと、何かあるなら言えよ。そのせいで裁判の展開(はこ)びが変わってくるんだったら尚更だ」

 

 箝口令という星砂の言葉。そして極の疑問。その二つを手掛かりにして、再び裁判場は活性化する。星砂の語りによって抑えつけられていた分を取り戻すかのように、それぞれがそれぞれに一つの推理を組み立てていく。その勢いに舌を巻く雷堂だが、自分が追い詰められていることを認識すると、観念したかのように口を開いた。厳密には、星砂からの箝口令が解除されてようやく口を開くことができるようになったのだった。

 

 「いや・・・今お前たちに全部言われたから改めて言うのもなんなんだけど、実はそうなんだ。星砂と納見と茅ヶ崎の3人の部屋は、見張りを始めた時からずっと開きっぱなしだった。途中で納見は戻ってきたけど、その3人の部屋は本当にずっと開きっぱなしだった」

 「意外と身近にいたな。無神経なヤツが」

 「あちゃあ。かけ忘れてたかあ」

 「いやまあ、その時は茅ヶ崎さんが殺されてるなんて思ってないわけだし・・・不用心ではあるけど」

 「そ、それで・・・実は見張りをしてた時に、ちょっとだけ目を離してた時があるんだ。で、その隙に、かどうかは分からないけど、いつの間にか鍵が開いてた部屋があったんだ」

 「そんなのメチャクチャ怪しいじゃねえか!なんで言わなかったんだ・・・って、星砂に口止めされてたんだっけか。なんでだよ!」

 「無論、犯人を炙り出すためだ」

 「は?」

 「なぜその口止めが、犯人を炙り出すことになるのだ」

 「考えてもみろ。夜中に途中で鍵が開いていた、そして被害者である半裸の部屋には使用済みのピッキングツール、これはつまり犯人は夜中に半裸によって鍵を開けられたということだ。すなわち、夜中に開錠されたというその部屋の主こそが、この事件の犯人の最有力候補であろう。そしてそのことに気付いているのは本人も同じだろう。故に自分が疑われることになる、この手の議論になることを遮ろうとしてくると踏んだのだ」

 「え・・・そ、それって・・・!」

 「結果は上々、面白いを通り越して些か拍子抜けだ。肩透かしを食らった気分と言うべきか。今この場で俺様を疑っている者は幾人もいれど、俺様の主張に明確に反論している者はたったの2人」

 

 そう言うとその場にいた14人の視線は、たったの2人に集まる。最も強く星砂の意見に反対し否定していた研前と、その研前を支持するように同調したスニフに。

 

 「で、でもそんなの、どうとでも言えるんじゃねえのか?だって、意見がありゃ反対くらいするだろ!お前の意見が正しいって保証もねえんだしよ!」

 「ほう、馬鹿のくせにまともなことを言うではないか。もちろんだ。俺様とて完璧ではない。完成されてはいるがな。間違いはしないが勘違いはする。言うことなすこと全てが正しいというわけではない。故に反論もあり得る。あって然るべきだ。だが言っただろう、肩透かしだと。俺様が勲章から聞いたその部屋の主・・・その2人の内の1人だ」

 「なっ・・・!?」

 「・・・ッ!そ、その部屋は・・・その部屋が割り当てられてたのは」

 

 そう言って雷堂は視線を飛ばす。自分の口から名前を発することを拒むように、視線だけで全員に知らせようと、ただ見る。無意識に責任から逃げていた。自分の手で犯人を指名することの重さを直感的に理解し、その重圧を避けようとした。それさえも直感的に理解してしまったことで、雷堂はより一層の罪悪感を感じた。しかしその視線を向けられた相手は、そんな感情さえも吹き飛んだような顔をしていた。まったくの“無”表情だった。

 

 

 【人物指名】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・こなた、さん・・・・・・?」

 「時刻は確か、茅ヶ崎の死亡時刻くらいだったと思う。その前には確かに鍵は閉まってたんだ。けど、気が付いたら鍵が開いてた。はじめは夜中にちょっと出てて、すぐに帰ってくるだろうと思ってたんだけど、結局その後、研前の部屋の鍵が閉まることはなかったんだ」

 「なっ・・・なんで・・・なんでですかワタルさん・・・?なんでそんなこと言うんですか・・・?」

 「・・・ごめんな、スニフ。けど、本当のことなんだ」

 「だって、そんなこと・・・マナミさんのルームでは言ってなかったじゃないですか・・・!」

 「あの時は研前もいた。まだ捜査の段階なのに本人の前でこんなこと言って、変に先入観を持たせたくなかった・・・それが、こんな形で言うことになるなんて思ってなかったんだよッ・・・!」

 「くくく・・・!!はっはっはっは!!言葉も出ないか凡俗!!この俺様の計画通りだ!!まんまと俺様の仕掛けた罠にはまり、自ら己が犯人だという尻尾を出したな!!鍵のかけ忘れなど初歩的なミスをしたものだなアンテナ!!まあ大した真相でもない簡単な事件ではあったが、それなりに楽しませてもらったぞ」

 「・・・あのね、星砂君。それに雷堂君」

 

 研前は口にする。勝利宣言をした星砂の言葉への返答を。自らに投げかけられる雷堂の視線への反論を。

 

 「何、言ってんの?」

 「くくく、何を言っているか一番分かっているのは貴様自身だろう?」

 「鍵が開いてたことくらい・・・朝に気付いたよ。でもそんなの、たまたまかけ忘れただけだよ。それに途中から開いてたって、雷堂君が見間違えたんじゃないの?何かの間違いだよ」

 「ほう、勲章の証言を否定するつもりか。そうなると今までの議論はほぼ全てが無駄になるな。俺様の疑惑はもちろん、納見や茅ヶ崎の行動、夜中の部屋の出入りの全てを疑うことになる。そうなれば犯人の手掛かりなど0に近しい。それとも証言の取捨選択をするつもりか?自分に都合の良い証言は採用し、自分に都合の悪い証言は却下か。結構!さぞかし議論しやすそうだな!」

 「そうやって言ってないことまで私の意見みたいにして、都合が良いのは君の方だよ。私は昨日の夜はずっと部屋で寝てた。それとも、誰か外で私のことを見たの?」

 「いや・・・お前の姿そのものは見てないけど、でも状況的に、一度研前の部屋の鍵が開いたってことは確かだろ?」

 「だから、かけ忘れたんだってば。そんな状況証拠だけで私が犯人だなんて言うつもり?やめてよ。私は犯人なんかじゃない・・・そうだよね、スニフ君」

 「What!?Well・・・ボ、ボクは・・・その・・・」

 

 唐突に研前に巻き込まれたスニフは、歯切れ悪く答えた。研前を疑う今の状況は、星砂が主張する茅ヶ崎が発端であるという説に基づくものだ。スニフにとってそれは認められない説だった。だが、今のこの状況を受けてスニフは揺らいでいた。もし本当に星砂の言う通りであれば、研前の反論は茅ヶ崎への友情ではなく計算ずくだったということになる。正直なところスニフには、自分の主張を支える確定的な証拠はなかった。そして雷堂の言葉を疑う理由もなかった。つまり、論理的に考えて、星砂の方が正しく思えてきたのだ。

 

 「えっと・・・こなたさんが犯人なのは・・・イヤです」

 「イヤ、だと?ふん、もはや議論ですらない。貴様個人の感情など知ったことではない」

 「・・・どうしたのスニフ君?反論してよ。私は犯人じゃないって言ってよ。ねえ。私を助けてよ。ずっと一緒にいたでしょ。私が犯人じゃないのは、スニフ君も分かってるでしょ。お願いだから。ねえ。助けてよ・・・助けてよスニフ君!私は犯人じゃないでしょ!!」

 

 感情的に、利己的に、独善的に、研前ががなる。雷堂に指名され、星砂に責められ、他の大勢から疑惑の目を向けられ、そんなことを気にもせずスニフに助けを求める。それがどれほど身勝手で、どれほど無意味で、どれほど逆効果か、研前は理解していなかった。身を刺されるような痛みに苛まれるスニフは、ただ黙って研前から目を逸らすことでしか、居たたまれなさに対処することはできなかった。

 

 

 【議論開始】

 

 「俺様の意見に刃向かっているという現状、閉じていた鍵が夜中に開いたという勲章の証言・・・ここから導き出される結論として、貴様以外の誰に容疑がかかるというのだ!」

 「君の意見に反対してるのは私だけじゃないし、反論したから犯人なんて言ったら議論にならないよ。君が言ってるのは自分の意見のゴリ押し、ただのわがままだよ!」

 「しかし雷堂の証言を信じるのであれば、夜中に鍵が開いたことの説明が必要ではあるな。茅ヶ崎にピッキングされたのでないなら、“自ら開けた”ということになるが?納得できる相応の理由が必要だ」

 「1人で部屋で寝てたっつっても、そんなのほとんどのヤツに言えることだし。“アリバイにはならねえ”よなあ」

 「ホント、あんなヤツの意見に賛成するのは癪なんだけど、でも今は研前しか・・・犯人っぽくないっていうか・・・」

 「だから・・・それをやめてって言ってるんだよッ!!本当に私は犯人なんかじゃない!!その証拠は・・・ないけど・・・!でもだからって、私が犯人だって“証拠だってない”でしょ!!」

 「それは・・・違うの」

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あの・・・研前さんが犯人だっていう証拠かどうかは分からないけど・・・でも、今しかタイミングがないと思うから言うんだけど・・・」

 「なんだ、正地」

 「その・・・捜査中に研前さんとスニフくんにも教えたんだけど、研前さんの部屋の前の廊下に、ね。あ、赤いシミがあったの・・・」

 「・・・ッ!!」

 「ほう。興味深いな。赤いシミと言ったが、それは本当に『赤いシミ』だったのか?もっと明確に言え。正確に、的確に表現しろ。それが一体なんなのか!」

 

 どちらかと言えば責めている立場であるはずの正地の顔色は、星砂に促されるほどに青くなり、徐々に視線は落ちて俯き加減になっている。そして正地は、まるで言ってはいけないことを言うかのように、ささやくように言った。

 

 「・・・血、だったわ」

 

 決定的だった。もはやこの議論を覆すことは誰にも不可能に思えた。その場にいたほとんどの人間が、真相に辿り着いた瞬間のエクスタシーを多かれ少なかれ感じていた。全ての出来事が線で繋がり、事件の全容を頭の中で描くことができ、その謎と闇の中に潜んでいた犯人の顔を暴くことができたと、正義感の皮を被った優越感に。

 

 「そう・・・。そうなんだ・・・そういう風になるんだ・・・」

 「くくくっ・・・!!くはっ!はっはっはっはっは!!呆気ないな!!たったそれだけのことで、たったその一言で、貴様の薄っぺらい自己弁護は砕け散った!!そして同時に、俺様の完全なる推理が証明されたというわけだ!!」

 「・・・で、でも・・・他には?」

 「うん?」

 

 高らかに笑う星砂に、たった1人だけ、異を唱える声があった。それはたったいま犯人と断定された研前ではなく、唯一その味方とされていた、スニフだった。

 

 「他のケースは・・・他のケースはないんですか!?こなたさんがマナミさんをさしたっていうのじゃないケースは!?ワタルさんの考えは?他のみなさんの考えは!?どうしてみなさん、ハイドさんとはちがう考えをしないんですか!?」

 「それは俺様が全く以て正しいからだ。全ての道がローマに通ずように、正しい思考を重ねていけば自ずと真実に通ず。数学と同じだ。どのような手順を踏もうと求める答えは決して揺るがない」

 「それでも・・・!」

 「やめてよ、スニフ君」

 「ッ!?」

 「・・・やめて。君が何を言ってもこの意見は覆らない。言わせておけばいいんだよ」

 「言わせておけばって、それじゃこなたさんはマナミさんをころしたって言うんですか!?でもさっきは」

 「もうそうするしかないんだよッ!!お願いだから、今は黙ってて!!」

 「い、いまは・・・?」

 「フン。何を言っているのやら。意味深なことを言って二の足を踏ませるつもりか?下らん。改めて全容を明らかにしてやる。それで貴様が首肯し、投票だ。まあ餞というわけではないが、なかなかに楽しめたぞ。この俺様をここまで熱くさせたのだ。良い冥土の土産ができただろう」

 「・・・ッ!!アンタ、そうやって」

 「ぅるさいなァッ!!!!」

 「ッ!!は、はあ?」

 

 スニフが研前を弁護する。野干玉が星砂の言葉を咎める。しかしそのどちらも、研前の叫びで遮られた。さっきまでとは打って変わって自らへの矛を防ぐ気も、避ける気も、返す気もない。あらゆる非難も指摘も追及も受けるという姿勢だった。決して堂々と受けて立つわけではなく、唯々諾々と無意味に肯定しているような、諦念さえ感じる姿勢だった。

 

 「・・・光栄に思え。俺様が直々に引導を渡してくれる」

 

 

 【クライマックス推理】

 Act.1

 事の起こりは事件当夜、夕食の後に馬鹿と半裸とアンテナと子供がともに厨房で片付けをしていたときのことだ。今回の被害者であるところの半裸は、片付けが終わった厨房に1人残った。寝ずの番をする勲章のために夜食を作るとかなんとか上手いことを言ったのだろう。その3人を騙すためならばそのくらいのウソで丁度良いくらいだ。しかしその真の目的は、厨房にあった包丁を持ち出すことだった。そう、半裸はこの事件では本来加害者であるはずだったのだ。

 

 Act.2

 寝ずの番をする勲章に見つからないよう、あるいは包丁は隠して堂々と部屋に戻ったのか?どちらにせよ、部屋でピッキングツールを持ち出した半裸は、勲章の隙を見計らってある部屋の鍵を開けた。そう、その部屋の主こそが、今回の事件では本来被害者であった、しかし一転して加害者となることになった、アンテナの部屋だった。

 

 Act.3

 鍵を開けた半裸はこっそり部屋に忍び込んだ。その時アンテナが何をしていたかは知らんが、おそらく普通に寝ていたのだろう。そして半裸は手にした包丁で呑気な部屋の主を殺そうとするが・・・物音で気付いたのか、アンテナはその襲撃に気付いた。気付いてしまった。そして反射的に抵抗した。無論、殺されようとしていれば抵抗するのは当然だ。相手が誰であれ、どんな結末になるか考える余裕もなくな。

 そしてアンテナは、格闘の末、半裸を刺し殺した。半裸は自ら持ち出した包丁で、自ら選んだ標的に殺されたのだ。哀れなことだな。

 

 Act.4

 咄嗟とはいえ人を殺したアンテナは相当動揺しただろう。とにかく死体を移動させるためにモノヴィークルでも使ったのか?半裸を抱えてこっそりホテルを抜け出し、そして廃工場に捨てた。掟により適当な茂みや池などには捨てられないからな。本能的に見つかりにくい場所を選んだのだろう。しかしその際に部屋の鍵は開けっ放しになっていた。故に、それを勲章に目撃されてしまった。

 

 半裸と仲良くしていた自分が犯人なわけがない。普段から子供とべったりだった自分に犯行を計画する余地などない。非力な私には人を刺し殺す力なんてない。どんな言い訳を用意していたかは知らんが、ここにある全ての証拠が!証言が!事実が!貴様が半裸殺しの犯人だと証明している!!

 せめてもの情けとして、或いは俺様を楽しませた礼として、そしてその罪の証として、フルネームで呼んでやろう!!研前こなた!!貴様の所業はいま、すべて暴かれたッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「That's wrong!!それはちがいます!!」

 

 その一言が全てを打ち破った。身振り手振りを交えた星砂の推理を。絶大な信用と説得力を持つ雷堂の言葉を。沈黙の内に感じ取れる全員の賛成を。諦めたように全てを受け入れる研前の絶望さえも。そして一瞬の沈黙と、自分への注目を生んだ。その色は驚きよりも、哀れみや猜疑心、苛立ちの方が多かった。しかしその発言の主、スニフ・L・マクドナルドは、想いを寄せる者の助けになるためであっても、根拠なく誰かを否定することはしない。つまり星砂の推理を否定したということは、相応の根拠があるということだ。

 

 「ハイドさん・・・それじゃあ、そのシナリオじゃあ、エクスプレッション、ノットイナフです!」

 「・・・撤回の機会を与えてやる」

 「ノーサンキューです。だって今のハイドさんのシナリオだと、おかしなところあります」

 「おかしなところお?ううん・・・いま聞いた限りじゃあ、おれには真っ当な推理に聞こえたけどお?」

 「マイムもー♢スニフくんむちゃくちゃ言っちゃダメだよ♠」

 「ムチャでもクチャでもないです。やっぱりおかしいんです。こなたさんはマーダーじゃないですし、マナミさんがだれかをころそうとしてたなんてまちがいなんです」

 「理由を教えてくれるか、スニフ。星砂の推理の何が間違いなのか。だとしたら真実は何なのか。分かるところまででいい。焦らなくていい。話してくれ」

 「分かりました」

 

 雷堂が促す。自分の証言により研前は犯人だと責められている。そんな状況から脱却することを期待したのだろうか。或いは主張の元を星砂であると強調することで自らの責任感を誤魔化したのだろうか。いずれにせよ、雷堂は星砂に完全に同意しているわけではなかった。あやふやな自信を打ち砕く何かを、ぼんやりとした自信を支える何かを、矛盾するそれらを期待してスニフを促した。そしてスニフは話し始める。

 

 【議論開始】

 

 「ハイドさんのリーズニングだと、マナミさん、こなたさんのルームキー、ピッキングして中入りました」

 「そうだったな。ピッキングツールは“使用済みだった”のだからそこは疑いようはないと思うが」

 「スリーピングのこなたさんに、マナミさん、レイドしました。それから・・・こなたさんとマナミさんファイトして・・・マナミさんがころされた。そうでしたね」

 「部屋に入っただけで何もしない、なんてわきゃないよな。茅ヶ崎が研前の部屋入ったんなら、そのまま“殺そうとする”のが自然な(はこ)びだろ」

 「そのプルーフ、こなたさんルームの前の、ブラッドのドロップでした」

 「え、ええ・・・私が見つけたヤツだわ」

 「どこにも矛盾も過ちもない!あそこに血が落ちていたということは、そここそが半裸の“刺された場所”ということになるではないか!」

 「それはイコールじゃないです!」

 

 

 

 

 

 

 

 「ブラッドドロップがあるだけじゃ、あそこでマナミさん、さされたことにならないです。というより、マナミさんが刺されたの、他のところだとおもいます」

 「な、なんで?床にシミができるくらいの血なんて、そうそう出ないでしょ?」

 「だけど、もし人をさしたら、さしたところからブラッド、たくさん出ます。ワンドロップだけじゃないです。こなたさんのゲストルームでさされたら、ブラッド、もっとたくさんあるはずです!」

 「・・・言われてみれば、そうだな。切るより刺す方が出血は少ないが、それでも溢れ出るくらいの量があるはずだ」

 「ふん、想像力のない意見だ。そんなもの、シーツやタオルなど返り血を防ぐものがあればどうとでも・・・」

 「こなたさんはいきなりおそわれて、うっかりマナミさんをさしたんでしょう?シーツやタオルなんてもってくるタイミングないです」

 「・・・」

 「もしマナミさんがブラッドをガードする何かをプリパレーションしてても、こなたさんがユーズしたなんてないです。いきなりでそんなこと、やっぱりできないです」

 「つ、つまり・・・研前さんが犯人だっていうのは間違いって、そう言いたいの?」

 「Yes」

 

 ずいぶんと思い切ったことを言うものだ。それは、ここまでの議論を根底から覆す、今までの議論を無に帰す推理だった。しかしそれはもっともらしい根拠に則った、明確な証拠と筋の通った主張だった。故に否定することは容易ではなく、受け入れることは容易だった。

 

 「そ、そうだ・・・。そうじゃんか!うん!血が足りねえよ!血が!これじゃ、研前が犯人だなんて言えねえじゃねえか!」

 「返り血・・・ホテルの廊下や個室にそれらしい跡はなかったな。つまり、犯行現場はホテルではないということか?」

 「てゆーかこうなるとさあ?マナミがだれかを殺そうとしてたっていうのもなんだか怪しくなってきたよね♠だって襲われた人は返り血を防ぐ準備なんてしてなかったんだもんね☆」

 「馬鹿な!!血の痕跡があるのだぞ!!何を疑うことがある!!返り血など・・・か、返り血など・・・!!」

 「残念だけど星砂。こうなった以上、お前の推理をそのまま信じるわけにはいかない。だけど参考になった。お前の推理を検証する上で色々分かったこともあるしな」

 「さっ!?さん・・・こうだと・・・!?この俺様の推理を・・・!!凡俗如きが!!参考になった、だと・・・!?」

 「ありゃあ、自分の推理を否定されたのがずいぶんショックみたいだねえ。大したプライドだよお」

 「いやでもまあ、スニフの意見が理解できてるからこそのショックなんだろうな。んで、そうなると研前は取りあえずシロってことでいいのか?」

 「簡単にそう断じるわけにもいくまい。あくまで、星砂の推理によって犯人だと言うことはできなくなったということだ。まあ、それでも部屋の前に血があったことは気に懸けておくべきことだが」

 「・・・な、なんだかごめんなさい・・・。私が血があったなんて言ったから、研前さんも星砂くんも・・・なんかこんな感じに・・・」

 「なんだ正地、落ち込んでんのか?情報出して悪いことなんかあるかよ!なんだったらオレが慰めてやってもいいぜ!」

 「え、遠慮しとくわ」

 「貴様、学級裁判が終わったら無事では済まないと思えよ」

 「しかしこれは参りましたな・・・茅ヶ崎さんが誰かを殺そうと目していたのならば、鍵開けを使って誰かの寝込みを襲ったのだとばかり思っていましたが、それでは辻褄が合わなくなってしまいました。となると、やはり外にいた納見さんか星砂さんを?」

 「ま、またおれが疑われるのかい!?」

 「いやいや、だとしても納見と星砂が犯人じゃないってのは、さっきまでの議論と同じように否定できんだろ」

 「でもそうなるといよいよ誰が犯人なのか分かんなくなるじゃん・・・もうたまちゃん飽きたんだけど。誰でもいいから早いとこ名乗りでなよ」

 

 序盤から星砂がほぼ1人で組み立ててきた推理のほとんどが瓦解し、15人の高校生たちのまとまりかけていた議論は再び形を失って行く先を迷う。責められ続けていた研前と、予想外に推理が破綻した星砂、そして静かに議論の行く末を見守るスニフ以外が口々に捲し立てる。しかしその混沌とした議論の場を沈めるのは、新たな推理であり、新たな犯人候補であった。

 

 「なあ。一つ思ってたんだけどよ。そもそも誰にも邪魔されずに、人目を気にせずに事を犯行(はこ)べたヤツがいるじゃんか」

 「えー?誰のことー?」

 「いや・・・みんな気付いてて敢えてスルーしてんのかと思ってたんだけど。そもそも見張りをしてる本人なら見張りを気にする必要なんかないし、夜中に起きてる尤もな理由もあるだろ?だから、普通に考えて一番怪しいのって雷堂なんじゃないかって思うんだけど」

 「・・・あ」

 

 何人かは、今の須磨倉の言葉で何かを思い出したように目を見開いた。そして今の今までその考えを頭の中から消去していたことに何の疑問も抱かなかったことを悔い、恥じた。なんでそんな簡単なことに気付かなかったのかと、膝を打った。

 

 「そ、そ、そうじゃねえかよ!!一番怪しいのって普通雷堂だろ!!なんで研前とか星砂の話なんかしてたんだ!?」

 「なっ!?ちょ、ちょっと待て!」

 「でも言われてみればそうじゃん。雷堂の言うことは全部正しいって思ってたけど、よく考えたらそれが本当なんて保証ないよね。たまちゃんうっかりしてた」

 「待てってば!じょ、冗談だろ!?俺を疑うのかよ!?」

 「まあ・・・避けては通れない議論ではある、とは思うぞ」

 「寝ずの番という話も、元々は雷堂が提案したものだったな。犯行を行いやすい環境を整えるためと考えれば・・・辻褄は合う」

 「そもそも、雷堂が夜中ずっと見張りをしてたというのも、雷堂自身の証言でしかないからな。冷静に考えれば信用する道理がない」

 「そんな・・・!俺はずっと番をしてた!本当だ!」

 「ふふふ、では追及させてもらうが堪忍しろよ雷堂。ずっと番をしていたというが、それは本当か?本当に本当か?お前は確かホテルのカウンターで番をしていたようだが、本当に一晩中一瞬たりとも目を離さなかったというのか?」

 「い、一瞬って・・・そりゃ、ちょっと目を離した時はある・・・実際、茅ヶ崎は殺されてるわけだし、それは弁解の余地はない」

 「おいおい、そりゃ無責任だぜ雷堂。オレたちはそんないい加減な話を信じて命懸けなきゃいけねえってのか?」

 「自分から寝ずの番をするって言いだして、途中でどっか行くなんて、そんなのアリかよ!」

 「根本から問うが、そもそも番をしていたのか。それすらも疑わしくなってくるな」

 

 落ち着いた裁判場に1人疑わしい人物が現れ、肉に飛びつく猛獣のように一気に雷堂へ疑念が集中する。寝ずの番を名乗り出た意味。夜中の行動。そもそも寝ずの番をしていたかどうか。疑える点は多く、答える口は一つ。いずれも完全に無実を証明することはなく、雷堂への疑念は徐々に膨れていく。

 

 「いやあ、少なくとも寝ずの番はしていたんじゃあないかなあ。おれは夜中にホテルに戻って来た時にい、レストランで雷堂氏と会ってるしねえ」

 「そ、そうだ!」

 「けどお、そのとき確かカウンターには誰もいなかったなあ。おれが茅ヶ崎氏が作ったおにぎりを食べてる最中に雷堂氏が現れたからねえ。どこかに行ってたんだと思ってたんだけどお・・・そういえばなんだったんだろうねえ?」

 「それメチャ重要じゃん!なんで最初に言わないんだボサメガネ!!」

 「ボサメガネって。たまちゃん、もうキャラ守る気ないのかしら」

 「ううん、ごめんよお」

 「いま重要なのはそこではないだろう。なあ、雷堂?なぜお前は寝ずの番を名乗り出ておきながら、納見が帰ってきたその時にカウンターを離れていたのだ?ちょうど、犯行が起きたであろう時間帯に」

 「そ、そのときは・・・トイレに行ってた。ホテルのロビーにあるところの」

 「トイレか。ならしょうがねえな!」

 「いや馬鹿か!簡単に信じすぎだろ!」

 「馬鹿って言うな!」

 「でも・・・ワタルさん、トイレ行ってたの、リアリーですか?」

 「な、なんだよスニフ・・・本当だよ。あっ、で、でも詰まらせたの俺じゃないからな!そんな雑な使い方してないぞ!」

 「誰もそんなことは言ってないぞ雷堂。落ち着け」

 「スニフくんはなんでワタルのこと疑うのかなー?」

 「うたがうというか・・・たしかナイトウォッチするって言ったとき、だれかがトイレのこと言ってたんです。でもワタルさん、なれてるから平気って。それって、トイレ行かなくてもオッケーってことだったんじゃないですか?」

 「うっ・・・!?そ、それは・・・!!」

 「そんなこと言ってたっけ?よく覚えてるねそんなの」

 「いや、オレも覚えてんぞ!この耳ではっきり聞いた!おい雷堂!お前ありゃウソだったのか!?それとも寝ずの番自体がウソだったのか!?どっちなんだ!」

 「どっちもウソじゃないって!そりゃ結果的には予定と違って・・・ウソみたいになったのはあるけど・・・」

 「雷堂。もしお前が犯人でないならの話なのだが」

 

 疑われたことがよほどショックなのか。それとも自己弁護に焦っているのか。やけに言葉がたどたどしい雷堂に、スニフが追撃をかけ、それを城之内が援護する。確かに雷堂は、トイレは慣れているから大丈夫だと言った。直接明言してこそいないが、それは一晩トイレに行かないくらいは問題ないことを意味していることは、スニフにも理解できた。そんな追及にモゴモゴ答える雷堂に、極が言う。

 

 「裁判の後で私の拳骨を食らいたくなければ、その歯切れの悪さを今すぐなんとかしろ。お前がその調子では進む議論も進まないし、何より私がいらいらする」

 「おい雷堂!あいつの暴力はシャレにならねえぞ!吐いて楽になっちまえって!」

 「あははっ☆ダイスケ説得力あるぅ♡」

 「まあ、雷堂の歯切れの悪さはオレもイラついてたところだ。男だったらシャキッとしろよ!へなへなしてっと温水に浸けっぞ!」

 「そんなキャベツみたいなシャキッとさせ方」

 「・・・い、いや。その・・・ト、トイレの心配がないって言ったのにウソはなかった。けど、いざ番をするって時になって、準備ができなかったんだ。その・・・予定と違って」

 「その予定って何のこと?」

 「・・・」

 「どうして何も言わないの、雷堂君?君はずっとそうだよね。私を責める時も、みんなに責められてる時も、そうやって黙ってる。誰かに察してもらおうと、無言で強要してる。そんなの、ズルいよ。茅ヶ崎さんは、そんなズルい君のことを想ってたわけじゃない。ねえ。いつもみたいに堂々としててよ!」

 

 長らく黙っていた研前が、痺れを切らしたように雷堂を責める。コロシアイが始まった日から全員のリーダーを買って出たような言動を繰り返していた雷堂が、学級裁判の場にきてメッキが剥がれたように弱々しくなる。誰にも答えず。誰も責めず。誰をも疑わず。雷堂のそんな姿勢は、卑怯に見えて仕方がなかった。

 しかしそんなことは、雷堂自身にも分かっていた。自分の行いが卑劣で愚劣で下劣なことくらい、十分過ぎるほど自覚していた。それでもなお腹の底にある言葉は音を伴わずにカラカラと喉を鳴らすだけだった。

 

 「どうして何も言わないんですか、ワタルさん。予定ってなんですか?」

 

 問うたスニフに答える声はない。しかし現状から、推理することはできた。雷堂がなぜ口ごもっているのか。雷堂が予定違いに準備できなかったものが何か。

 

 

 【連想ディフィニション】

 ・雷堂は寝ずの番をしている間、いかなる理由でも“持ち場を離れるつもりはなかった”。

 ・しかし予定違いにより、“席を立つことを余儀なく”された。

 ・裁判前は堂々としていた雷堂も、この話題になると“口ごもって言いにくそう”にしている。

 ・納見がホテルに帰ってきたとき、雷堂はちょうど“トイレ”から戻って来たところだった。

 

 これらから連想される、『雷堂が準備できなかったもの』とは?

 

 

 

 

 

 

 

 「もしかして・・・“diaper”、ですか?」

 「は?・・・・・・・・・はあッ!!?」

 「ディ、ディアパー?スニフくん、それなんのこと?」

 「訳せ城之内」

 「え、あ、いや・・・おむつ、だと」

 「ん?」

 「え?」

 「いやそういうリアクションになるよな!?オレだってそうだよ!スニフに言えスニフに!」

 「おむつ・・・なるほど。確かにそうだな。寝ずの番をしてトイレに立たないためには、その場で用を足すしかない。だとすれば尿瓶か簡易トイレかが必要だが・・・用意の手間を考えたらおむつは手軽か」

 「し、しかしそんなものどうやって・・・」

 「おむつならショッピングセンターにあったよお。星砂氏にダンボールを運ばされたなあ。スニフ氏と研前氏も知ってるだろお?」

 「はいはーい♡マイムとエルリも知ってるよ☆」

 

 目の前に積み上げられた情報から導き出される最適解は、これしかなかった。モノクマも言っていたはずだ。あのショッピングセンターにあるものは全て、誰かにとって必要なものだ。つまりおむつを必要としていたのは、“超高校級のパイロット”である雷堂だということになる。

 

 「本当・・・なのか?およそ信じられんが・・・」

 「だ、だよなあ?子供や老人ならまだしも、病気や特殊な状況ならまだしも、健全な男子高校生がおむつって」

 「あははー♡ワタルへんなのー♡」

 「ど、どうなの雷堂くん?その、おむつを持って行こうとしてたっていうのは・・・本当なの?」

 「・・・」

 

 苦汁を飲み、辛酸を舐め、泥水を啜り、その上で苦虫を咀嚼したような顔をしながら、ゆっくりと雷堂は首肯した。

 

 「マーーー」

 「な、なんだよその目は!!」

 

 マジかよ、という誰かの言葉を遮るように、雷堂は叫んだ。悲痛の脂汗と涙を浮かべながら、止まらない裁判場で訴える。

 

 「あのな!おむつおむつって言うけど、おむつは赤ん坊や老人だけのものじゃないからな!大国の軍用機パイロットとか長距離航行線のパイロットになるにはきちんと使い熟せるようになる必要だってある、立派な装備の一環なんだぞ!お前たちが想像するようなヘンな感じじゃ断じてないんだ!分かったか!」

 「立派な装備の一環ならそこまで必死に訴えなくてもよかろう。お前自身、ちょっとヘンだと思ってる証拠だ」

 「うぐっ」

 「え・・・っていうかじゃあもしかして雷堂。アンタおむつ履いて一晩過ごすつもりだったの?」

 「皆まで言うな、たまちゃん。あくまで雷堂は我々のために必要だったからそうするつもりだったのだ。我々のために、誰も見ていない中たった一人で、誰にも言わず、だがしっかりとそのスーツの下で柔らかなおむつ生地の温かみを感じて一人夜を更かすつもりだったのだ」

 「言い方おかしくありませんかね!?」

 「けどじゃあ、なんでおむつ履かなかったんだ?ショッピングセンターにあるなら、それ持ってけばいいだろ」

 「・・・サイズの合うヤツがなかったんだよ。一個も」

 「え?でもショッピングセンターは必要とするものは全部揃ってるんだよね?雷堂君が必要だと思ってたなら、あったはずじゃないの?」

 「それが・・・品切れだったんだ」

 「品切れェ?」

 

 研前の疑問に対する雷堂の答えは、通常ならば仕方ないと諦める理由に十分足る。だが、この閉塞空間でとなると話は別だ。なぜなら、茅ヶ崎を含めた16人の中でおむつを、況してや雷堂と同じサイズのものだけを必要とする者など、いるはずがなかったからだ。

 

 「ウソにしては大胆過ぎるな」

 「ウソじゃないって!」

 「いやあ、品切れってのは本当だと思うよお。おむつショップの一角からごっそりおむつがなくなってたからねえ。雷堂氏が使ったんじゃないならなんなんだろうねえ?」

 

 

 獲得コトダマ

 【消えたおむつ)

 ショッピングセンターのおむつショップの一角から丸ごとおむつがなくなっていた。成人男性用サイズであり、品揃えの中では一番大きなもの。大量の水で溶ける素材で出来ており、使用後はトイレに流せる。

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあまとめると・・・雷堂くんは、おむつを履いて寝ずの番をしようと思ったけど、肝心のおむつは品切れ。仕方なくそのまま番をして、夜中に1回トイレに行ったってこと?」

 「あーいや、2,3回は行った。寿司が美味かったから食べ過ぎてさ」

 「美味かったのか!じゃあしょうがねえな!」

 「しょうがないことがあるか。それでは夜中に番をしている意味がない。隙を突いて他人の部屋に侵入するくらいのことはできそうなものだ」

 「面目ない・・・夕飯の前に装備を用意しておけば・・・!」

 「いよーっ!後悔などしても仕方ありませんよ!とにかくこれで雷堂さんの無実が・・・いよ?暴かれておりませんね。納見さんや星砂さんと違って、雷堂さんの無実を証明する証拠が一切ありません」

 「あくまでさっきの議論では雷堂の話を信じた上での話だ。それが揺らいだ今、その二人も、ひいては研前の疑惑も晴れたとは言い切れない」

 「え・・・そ、それってさ。一言で言ったら“ふりだしに戻った”ってことか?」

 「ノリ出汁をもどした?」

 「ふりだしに戻った。えーっと、英語だと・・・城之内君」

 「取りあえずでオレにふるの止めろ!Back to square oneだよ!」

 「Jesus・・・」

 

 複数人へのささやかな疑念。星砂の思考停止。雷堂の信頼の失墜。色々なことを経てきたが、結局議論はここでリセットされた。全員が等しく疑わしい、学級裁判が始まった段階と全く同じ状況へと。ここまでの話の全てが無駄になり、思考の全てが無意味になり、残されたのは疲労感と焦燥感だけだった。それだけだったと思っていた。

 

 「それは、違うよ」

 

 ぽつり、と裁判場に一つの言葉が落とされた。

 

 「ふりだしなんかじゃない。みんながここで議論してきたから分かったことだよ。最初と同じ状況なんかじゃない。少なくとも一人だけ・・・茅ヶ崎さんの疑いだけは、晴れた」

 

 力強く光を宿した眼で、研前は遺影となった茅ヶ崎を見る。無限にも思える可能性の中で、一人の疑いが晴れることは大きな意味があった。自分の部屋の前に落ちていた血から導き出された、一つの結論。しかしその結論が教えてくれることは一つではなかった。

 茅ヶ崎真波は誰かを殺そうとしてはいなかった。つまり、誰かに殺されたのだ。理不尽にも、命を奪われたのだ。誰かを傷付けようとも、騙そうとも、陥れようとも、殺そうともしていなかったにもかかわらず、悪意を持って殺されたのだ。

 

 「そうだな、その点だけは今後の議論の前提として共有しておくべきだろう」

 「もともと星砂が言いだしたことだし、たまちゃんは最初っから半信半疑だったけどね」

 「それでも半分は信じてたんだ」

 「まあそれはそれとして、次は何について話す?っていうか、どこまで分かった?」

 「・・・ふぅ。議題がないのなら、私から一つ提供しても構わんか?」

 

 途中から星砂の独壇場になっていた裁判場で、その推理が見事に破綻。続け様に雷堂が疑われたという展開に、誰もが議論の途中経過など気にしていなかった。次に何を話し合えばいいのか、というところで、細く白い手が挙がった。ゆらりと幽玄な雰囲気を醸し出してメガネを直しながら、荒川が発言する。

 

 「二、三の疑問点がある。これらについて話し合いたいのだが」

 

 そして裁判場は再び回りだす。この荒川の発議が、真相を切り開く第一の扉であるとは、荒川自身とて知る由もなく。




ハーメルンではじめて色々フォントやルビに挑戦してみました。
次に投稿するものからはもっと活用していけたらなと思います。ルビとか傍点とかいいねこれ


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学級裁判編3

 

 やっほーっ!やっほーっ!モノクマだよ!あのね、ボクは今とっても気分が悪いの。なぜなら、前回ボクの出番が全くと言っていいほどなかったから!セリフの一つも、地の文で一言も触れられないってあるか!?それもこれもあいつらが不毛な議論ばっかりしてるからだ!やれあいつが犯人だこいつが犯人だ・・・いつになったら真犯人に辿り着くんだよ!15回繰り返すのか!総当たりか!

 と思ったけど、どうやら今回で決着が付きそうなんだよね。さすがに今までやったことがないほど長い話になっちゃって、反省してるらしいよ。誰がとは言わないけど。もっとこう、言葉を凝縮すればいいんだよ。より短く、より意味を詰め込んで言葉を選べばいいのに、やたらと似たような言葉を羅列して小洒落た雰囲気出してるからこんなことになるんだよね。フルーツジュースを見習えってなもんだよねホント。

 だから今回で決着を付けるにあたって、まずは現状の整理、ここまでの総括をしておかないとだよね!ぶっちゃけめんどうくさいから次からはやらないなんて言わないよ絶対!

 

 星砂クンに向いた疑惑は、彼の畳みかけるような言葉の波でもみ消され、逆に雷堂クンの証言を利用して研前サンへの疑惑へと変わり果てました!色んな証拠や証言が出て来てもはや犯人は研前サンで決定かと思ったその時、なんと研前サンを疑う根拠だった証拠の一つが、逆に研前犯人説を否定する根拠になったのです!いやー、人間バンジー祭追うが馬、あ間違えた、人間万事塞翁が馬ってよく言ったものだよね。意味は知らないけど。

 さて、研前サンの疑いはスニフクンの活躍もあり見事晴れたわけですが、次に疑惑の標的となったのは、何を隠そう、みんなのリーダー雷堂クンその人だったのです!彼なら見張りを気にせず犯行を進められるということに気が付いたんだね。ってかその話遅ッ!むしろ最初にしてもいいくらいだったのにね!ここにきて今までのリーダーシップがウソのように戸惑って焦る雷堂クン。いざというときに使えないヤツほどイラつくものはないよね。でもそんな雷堂クンの口から苛立つどころではない言葉が出て来たのです!

 

 ーーーおむつは立派な装備の一環なんだ!ーーー

 

 彼はそっちの人間だったんだねー。え?抜き出し方に悪意がある?そりゃ悪意を持って抜き出したんだから当然だよ。何を言っているの?

 

 そんなこんなでなぜかおむつで疑いを晴らそうとトチ狂ったことをぬかす雷堂クンですが、彼がこんな調子だから今までの議論で分かったことはただ一つ。今回の被害者、茅ヶ崎真波サンは、完全なる被害者だったということ。だけど彼女が加害者か被害者かは、あいつらが思ってる以上に大きな意味を持つのかも知れないね。うぷ、うぷぷ、うぷぷぷぷぷ!

 

 前回よりまとめるの上手くなった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学級裁判場の視線は今、一人の生徒の次の一言を待ち焦がれて、その口元に集まっていた。視線を一手に引き受ける荒川絵留莉は自分以外の28の瞳に臆することもなく、純粋な疑問をそのまま口にする。

 

 「本当に些細な疑問なのだが、もし何か深い意味があるのなら教えて欲しい。いや、きく相手が違うな。何か深い意味があるのなら・・・なぜ敢えてそれを伏せるのだ?モノクマ」

 「・・・ほにゃ?」

 「モノクマ?」

 

 唐突に名前を呼ばれたゲームマスターは、とぼけた口調で返す。しかし全員の視線が今度は自分に移ったことに気付き、そしてまた荒川の質問の内容と意図を理解した上で、笑った。

 

 「なんのことだか分かんないなあ?ボク何か言ったかしらん?」

 「モノクマファイルの記述の中で明らかにおかしな点がある。これはお前が書いたのだ。何も意図がないわけがあるまい」

 「勿体ぶらずに言えよ荒川!なんのことだよ!」

 「モノクマファイルの『被害者は“超高校級のサーファー”、茅ヶ崎真波。死体発見場所はファクトリーエリアの廃工場。』という記述だ。なぜここでは『殺害現場』ではなく『死体発見場所』となっている?死体発見場所など、誰も現場を荒らさなければ自明のことだ。わざわざモノクマファイルに書くまでもないことではないのか?」

 「・・・そう言われればそうだけど・・・別におかしいことでもないんじゃない?」

 「単純に殺害現場と死体発見現場が同じだったから、省略しただけなんじゃないの?」

 「いや、廃工場の血の量は明らかに足りていなかった。あそこで殺されたのならもっと大量に血が散っていたり、茅ヶ崎の下に血溜まりができているはずだ。何より夜中にあんな場所に行く理由が見つからない」

 「極のその見知ったような知識はどこから得たんだ・・・」

 「さあな」

 「んも〜、みんな邪推しちゃうんだから!あのね、モノクマファイルはあくまでシロを補助するためのものであって、それでクロが不利になっちゃうようなことはないの!あくまでシロとクロを同じ土俵にあげるためのものなの!だから記述には深い意味も浅い意味もないの!ただ事実を書いてるだけなの!」

 

 ぷんすこと擬音を撒き散らしながら、モノクマはモノクマファイルの意義と荒川の疑問へ遠回しに回答した。書いてあることはそれ以上でもそれ以下でもない事実。だが事実のみを記述し、シロとクロを同じステージにあげるためのものである、という説明からも、それ以上の意味は汲み取れた。そして、裁判場はまた動き出す。

 

 

 【議論開始】

 

 「殺害現場と死体発見現場、この二つの書き分けには何か意味があるのではないか?」

 「考え過ぎだと思うけど・・・でも、死体発見現場なんて“分かり切ったこと”、わざわざ書く必要がないよね」

 「モノクマファイルの記述にウソはない、ウソは書けない。つまり殺害現場とは書けなかったとしたらどうだ?」

 「ん?なんだそりゃ?」

 「死体発見現場である廃工場は、殺害現場ではないということだ」

 「えー?でもあそこ、血がブシャーッ!ってなってたよ♠」

 「刺殺された状況にしては血の散り方が少ない。死体の下に“血溜まりもできていなかった”。刺されたのは他の場所だと言える」

 「なんで極がそこまで詳しいのかは聞かない方がいいのか?」

 「けどよ、廃工場が殺害現場じゃなくてただの死体発見現場なんだとしたら、本当の殺害現場はどこなんだよ?他に殺しがあった痕跡なんて“どこにもない”じゃんか」

 「それはちがうよッ・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 些細な疑問から始まる議論は、潜んだ矛盾を指摘して速度を落とす。死体発見現場である廃工場とは違う場所にある殺害の痕跡に、研前は声をあげた。声をあげずにはいられなかった。自分を追い詰め、そこから救い出したこの証拠が、再び話題に上るのだ。自分の手で示さずにはいられなかった。

 

 「もう忘れたの?廃工場以外に、血の痕が残ってた場所・・・あるでしょ?」

 「・・・けどそれは、結局茅ヶ崎を刺した時の血じゃないって話になったんじゃなかったっけか?」

 「No。マナミさんがおそったなら、ブラッド少ないです。でもマナミさんあそこでさされたなら、クリミナル、ちゃんとプリペアしておそったはずです。ブラッド少なくてもフシギじゃないです」

 「ああそっか。茅ヶ崎が包丁持ち出したんじゃないなら、茅ヶ崎を殺したヤツが最初からそういうつもりで動いてたってことになるのか。だったら返り血を防ぐ装備はあったかもな」

 「ちょ、ちょっと待て!なんで厨房にいた茅ヶ崎が、そんなところで殺されてんだ?そもそも茅ヶ崎の部屋は研前の部屋より厨房に近いところにあっただろ!」

 「部屋の位置が問題じゃなかったから、ではないのか?犯人は少なくとも雷堂の目を盗んで行動したはずだ。周囲を警戒していたにもかかわらず、正面から茅ヶ崎を刺した」

 「待ちなさいよ、アンタなんで正面からなんて分かるの?」

 「包丁が刺さっていたのは茅ヶ崎の左脇腹だった。右手で包丁を持って刺そうとすれば正面からしかない。この中では納見以外は右利きだから・・・という推理だ」

 「うん、いいと思うよ」

 「え?でも、犯人は雷堂くんの見張りをかいくぐって行動してたのよね?誰にも見つからないように。なのに茅ヶ崎さんには正面から襲いかかったの?なんだか・・・矛盾を感じるんだけど」

 「フンッ!!凡俗が!!これだけ情報が揃っていれば容易に推測できそうなものを!!」

 「うおっ!?めんどくせえのが急に復活しやがった!!」

 

 本当の殺人現場のあたりはすぐについた。血の痕が残っていた研前の部屋の前、そこで昨夜何かが起きたことは間違いない。厨房にいた茅ヶ崎が廃工場に移動する理由などなく、犯行はホテル内で行われたことまではその場にいた全員に察しがついた。しかしその先。ではなぜ茅ヶ崎が狙われたのか。なぜ研前の部屋で殺されたのか。それに対する答えを見つけられる者は僅かしかいなかった。その気配を察知したのか、盛大に推理を外して黙っていた星砂が再び大声をあげた。

 

 「ぎっちょうが厨房に来た時には既に半裸はいなかったのだろう?おにぎりや何やらを作り終えた後には、当然部屋に戻ろうとする。勲章は半裸を目撃していない。つまり半裸が部屋に戻ったのは、勲章の目が離れている隙ということになる」

 「見張りのいない間に・・・?っ!じゃ、じゃあまさか茅ヶ崎は・・・!?」

 「ほう、馬鹿でもそれくらいの推理はできるか。その通りだ」

 「馬鹿ってーーー」

 「ヤツは遭遇したのだ。今まさに誰かを殺そうとしている、真犯人とな」

 「・・・!」

 「真犯人って、お前の推理が全然的外れだっただけじゃーーー」

 「半裸が敢えて勲章の目を盗んだのか、たまたますれ違ったのか。それは分からんが、勲章の証言がない以上は犯人が行動できた時間帯と半裸が部屋に戻った時間帯が一致すると考えられる」

 「・・・ボクも、同じことおもいました。それから・・・クリミナル、もともところそうとしてた人も」

 

 そう。茅ヶ崎は犯人と遭遇し、そして殺されたのだった。正面から。状況を理解する間もなく。咄嗟に。唐突に。突然に。そしてそれを示す証拠から推測できる、犯人の本当の狙い。本来この学級裁判の場に立っていないはずだった人物も分かった。

 それを明らかにして何になる?一人確実に犯人じゃない人物が分かる。なぜそんなことをする必要がある?少なくとも間違った選択肢を減らせる。信じていなかったのか?そんな自問自答を繰り返しながら、スニフはその人物を見た。

 

 【人物指名】

 

 

 

 

 

 

 

 「こなたさん・・・あなたです」

 「・・・」

 「こなたさんのゲストルームの前にあったブラッドドロップ、あれが、マナミさんさされたポイントです」

 「返り血の準備を入念に行っていた犯人だっただろうが、ほんの一滴は防げなかったようだな。カーペットに染みてしまえば一晩では消せん」

 「ラストナイト、ルームキーがいつの間にかアンロックされてたの、クリミナルがこっそりあけたんだと思います」

 「半裸の部屋のピッキングツールが使用されていたが、全員に同じものが支給されているならば交換してしまえばいいだけの話だ」

 

 スニフと星砂が交互に状況の証明をする。夜中に研前の部屋の前で起きた一部始終と、現在の状況に繋がる不審点の説明を。血の痕も鍵の解錠も、それだけで説明がつく。もともと狙われていたのは研前だった、ただそれだけで研前の容疑は晴れた。

 

 「た、確かにピッキングツールはみんな同じだったっぽいし辻褄は合うけど・・・けどそれでもまだ分かんねえぞ。返り血を防いだにしろ何にしろ、出血そのものは止められないんだろ?だったらシーツなりタオルなり、血を受けた何かはどこに処分(はこ)んだんだよ?」

 「そ、そうですよ!捜査時間にそんなものを見つけたという話はいよも聞いておりません!どなたかこの中に目撃者の方はいらっしゃいませんか!」

 「見つかるはずないです。だって、それはモノクマがかくしましたから」

 「ド、ドッキーーーン!!」

 「モノクマが?どういうことだ。貴様はシロとクロに公平な立場ではなかったのか?」

 「な、なななな、なにをにを言うのかなかなスニフフクンってばもーーーう!やめてよねってばよ!」

 「動揺が隠し切れてないっつーの!アンタどういうこと!」

 「隠したって・・・でもなんでスニフくんはそれを知ってるの?」

 「モーニング、エントランスのトイレ入れなくなってました。みなさん、ウェルノウンですね?」

 「確か詰まって使えなくなってたんだったな」

 「ああ知ってんぞ。朝っぱらから何やってんだと思ったんだ」

 「トイレつまったのはクリミナルがすてたからです。ブラッドをすったエビデンスを」

 「証拠品をトイレにボンッ!?いやそんなん詰まるに決まってんだろ!犯人なに考えてんだよ!?」

 「いえ、クリミナル、つまることアクシデントだったと思います。トイレにボンしてパーフェクトリーになくせると思ったんです」

 「そうなのお?なんだか分かんないけど、ヘンなもの流したらトイレ詰まっちゃうってマイムでも分かるよ♣」

 「クリミナル、ブラッドうけるために使ったものがトイレにボンできるものだったからです。だから」

 

 犯人が返り血を受けるために使ったものは?

 A.【ピッキングツール)

 B.【消えたおむつ)

 C.【キッチンの包丁)

 D.【ナビ履歴機能)

 

 

 

 

 

 

 

 「トイレにすてられるおむつ、それでブラッドうけたんです」

 「またおむつ!?ってかおむつで血を吸うってなんだよ!?使い方違うだろ!そういうのはーーー」

 「城之内」

 

 その後に続く言葉を極が名前を呼ぶだけで制止した。そして全員の中で点と点が線になる。ショッピングセンターから消えたおむつ、そのせいで雷堂は見張りの途中でトイレに行かざるを得なくなり、結果的に犯人と茅ヶ崎が遭遇するきっかけを与えてしまい、そして犯人はそのおむつで自身へかかる血を防いだ。しかしそれをトイレに捨てて詰まってしまった。

 

 「あれはトイレに流せるタイプじゃなかったのかい?どうして詰まるのさあ」

 「きっとたくさんいっぺんにながしたんだと思います。コーナーぜんぶの使ったので」

 「まあ、普通どんだけ血が出るかなんて分かんないもんな・・・」

 「一番大きいサイズでトイレに流せるタイプ。血を防ぐのと証拠隠滅の両方でうってつけの製品というわけだ」

 「じゃあさじゃあさ!詰まったのがどっちのトイレなのかモノクマに教えてもらおうよ♡そしたら犯人候補が半分になって話しやすいよ♡マイムあったまいいー☆」

 「ダメダメ!そんなデリカシーのない質問には答えるわけにいかないよ!おもしろくないし!」

 「最後のが本音だろテメエ」

 「そうして犯人は半裸を殺した後に廃工場に移動し、再び勲章の隙を突いて部屋に戻り、何事もなかったかのように朝を迎えた。というわけだ」

 「ワタルさんとヤスイチさんがレストランで会ったのがマナミさんさされたあとですから、きっとその時にーーー」

 「反論、させてもらうぞ!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 

 「スニフ、お前の言いたいことは分かる。それなら確かに血をほとんど残さずに、俺の見張りさえ凌げば茅ヶ崎を殺せたかも知れない」

 「けど大事なことを忘れてるぞ!」

 「俺はずっとトイレにいたわけじゃない!茅ヶ崎が殺された後の時間帯も見張りはしてたし、鍵のチェックだってした!」

 

 「ボクのロジックにミスはありません」

 「それにワタルさんのルームキーのチェックは、わるいですけど、インパーフェクトです」

 

 「だってそれじゃ辻褄が合わないんだよ。夜中に鍵が開いてたのは、さっきも言った納見と星砂と茅ヶ崎と研前の部屋だけだ」

 「それ以外の部屋は全部、ちゃんと“鍵がかかってた”のを確認したんだ!」

 

 「その言葉、キリます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 「ワタルさん、ルームキーがロックされてたのチェックしたって、ホントですか?きちんとロックされてること、ホントにチェックしたんですか?」

 「・・・ど、どういうことだよ?」

 「ルームキー、とってもシンプルなタイプでした。スライドロックするだけです。ちょっとトリックすれば、ウソつくことできます」

 「ウソ?」

 「雷堂。お前はどうやって鍵がかかっていることを確認したのだ?」

 「部屋の鍵は外側の小窓から、鍵がかかってるかどうか分かるんだよ。開いてたら青、閉じてたら赤が小窓から見えるんだ。それを見てた。わざわざ開けたりノックしたりして起こすこともないだろ」

 「でも、キーのカラーがレッドでも、アンロックかもしれないです。だって、カラーをかえればルックスじゃ分からないです」

 「い、色を変えるって、どうやって?」

 「ショッピングセンターにペンキありました。それでペイントすれば、アンロックしててもルックスだとロックだってまちがえます」

 「もうあそこ閉鎖しろよ!おむつとかペンキとかショッピングセンターで調達してなきゃこんなことになってなかっただろ!」

 「ってことは、犯人は事前にショッピングセンターでおむつとペンキを調達して、部屋の鍵に赤いペンキを塗って鍵がかかってるって偽装したのか?いつの間にそこまで準備してたんだよ?」

 「動機が発表されてからほぼ1日あったのだ。時間などいくらでも使えた」

 「ショッピングセンター自体は出入り自由だよね。部屋の鍵に細工をしたってことは、逆に納見と星砂と研前は犯人じゃないって言えるけど・・・でも、それって、結局犯人絞れてなくない?」

 「うっ・・・そ、それは・・・」

 「なぁんだよ!大層なこと言っといて議論自体は何にも進展してねえじゃねえか!マジでこんなんじゃいつまで経っても終わらねえぞ!」

 

 証拠品から、新たな事実が判明する。そして多少、今まで分からなかったことが分かるようになる。事件の全体像も大凡だが見えてきた。だがまだ、犯人が誰なのか、重要な一点だけが分からない。どれだけ事件の全容を暴こうが、犯人を間違えてしまえば全て無意味だ。全員が焦りを感じ始め、必死に頭の中の手掛かりをさらう。しかし分からない。犯人に繋がる手掛かりなど、ないかと思えた。

 そして正地が、縋るように口にした。

 

 「ね、ねえ?荒川さん」

 「なんだ?」

 「もしかして、今のでさっき言ってた疑問は全部解消されたのかしら?」

 「ふん?」

 「聞き間違いだったらごめんなさい。でも、荒川さん、さっき疑問が2つ3つあるって言ってたと思うんだけど。もしかしたら今の議論で全部解決しちゃったのかなって。そうじゃないなら、また疑問を教えてほしいと思うの。このままじゃ何もできないから・・・」

 「ふむ。そう言えばそうだったな。実は今の議論で付随する疑問のほとんどは解決した・・・というより一応の決着を見たのだが、まだ1つだけ残っている疑問がある。せっかくだから言わせてもらおうか」

 

 勿体ぶった荒川が指を立てる。先ほどの疑問は一応納得できる回答を得ることができたとさておいて、残された疑問を自分を含めた全員に発議する。

 

 「茅ヶ崎の腹部に刺さっていた包丁で不自然な点があったのだ。普通、刃先から伝う液体は重力に従い、刃をなぞって、あるいは面を流れて、あごの部分から滴るはずだ」

 「あご〜?包丁のあごってどこ?マイムわかんない♠」

 「刃の最も手元側の、角張った部分だ」

 「だが、茅ヶ崎を刺し殺した包丁は、血が峰を伝って柄に達していたのだ。普通に刺しただけではこの流れ方はあり得ない。この不可解な状況への説明を誰かできないだろうか?」

 

 努めて的確に伝えようとする余り、回りくどくて小難しい言い回しになってしまった荒川だが、その言葉はスニフを除く全員が理解した。イメージも容易だ。要するに、血が下に流れず真横に流れたということになる。そんな超常現象があってたまるかと、頭を回転させる。

 

 「大量に血が出たんじゃないの?下に流れるより先に柄まで噴き出したとか?」

 「刺しただけなら血は噴き出はしない。それに犯人は返り血を防ぐためにおむつを使ったのだ。おそらく、手首から先に巻いて溢れた血をそのまま吸えるようにしたのだろう」

 「手首から先って、なんでそんなことが分かるんだ鉄?」

 「柄にも刃にも手から血が付着した痕跡がないだろう。指紋や滲みのないなら、少なくとも血は肌に接していない」

 「Great logic!!さすが“Ultimate Smith”です!」

 「SmithじゃなくてJewelryDesignerだけどな」

 「だったらなんで柄まで血が伝ってるんだ?血が真横に(はこ)ばれるなんてあり得ないだろ」

 「そーだよ!血も涙も汗もおよだも、みんな下に流れるんだよー☆」

 

 鉄の刃物の知識、荒川の物理計算、そして全員に共通する一般常識が、血が柄を伝うことなどあり得ないという答えを告げる。それは当然の結論であるのだが、それでも現実では血が柄を伝っているのだ。

 そんな非現実的な現実への解は、得てしてあっさりと説明されるものだ。単純明快、故に想定しない。それを可能にする方法が。それが可能となる状況が。それが常識になる出来事が。当たり前のようにそうなる事実が、導き出される。

 

 「じゃあ、柄を真下にすればいいだろ」

 「ん?」

 「いや、お前らが何を悩んでんのか分かんねえんだけど・・・血は下に流れるもんで、柄の方に流れてんだろ?だったら血が流れた時に柄が真下になってたってだけなんじゃねえのか?」

 「あのな下越、よく考えてみろよ。茅ヶ崎は真横から腹を刺されてんだぞ?そんで包丁はそのままずっと刺さってたんだぞ?それが真下になるって、茅ヶ崎が倒れでもしねえとそんなことにはならねえだろ」

 「じゃあ倒れたんだな」

 「倒れたりしたらあ、事件現場のホテルのカーペットに付いた血は一滴どころじゃなくなるねえ。いくらおむつで血を受けてるって言ってもねえ」

 「・・・だけど・・・ナイフを下にしたのかもしれないです」

 「ええ・・・ど、どうやって?」

 「スニフ君、何かひらめいたの?」

 「ちょっと、考えてみました」

 

 至極単純な下越の推理に城之内が呆れて返す。腹に刺さったナイフが下になる姿勢など、況してやそれが誰にも知られてはならない殺人の直後となると、起こりうるのだろうか。そもそも、殺人直後にそんなことをして犯人に一体なんの目的があったのだろうか。与えられた情報を元に、スニフが推理する。

 

 「ブラッドがグリップまでながれてるの、ナイフが下向きになったからだとおもいます。それも、マナミさんがさされてからすぐです。おむつでブラッドをすって、ほっといたらブラッドすぐかたまっちゃいます」

 「ふむ・・・そうだな」

 「だけどさされたマナミさん、そこにライイングしたんじゃないとおもいます。ホテルのカーペットにブラッドおちてたの、こなたさんルームの前だけです。それにワタルさんのガードもありました。すぐにそこからいなくならなきゃいけないです。だから、さしたあと、いそいでクローズドファクトリーにマナミさんうつしたはずです」

 「まあ、そりゃそうか」

 「ブラッドがグリップまでながれたの、さされてすぐ、マナミさんがホテルからクローズドファクトリーにうつってるときのはずです。だから、うつされてるマナミさん、フェイスダウンポーズだったはずです」

 「う、うつ伏せでか?そんなことあるか?」

 「理に適ってはいる・・・のか?確かに柄まで伝っているということなら、血が固まる前にうつ伏せ姿勢になっていたはずだな。しかし、普通人を移動させるときにうつ伏せになどするか?」

 「普通だったらこう、お姫様だっこにするわよね」

 「俺様に同意を求めるな。人を担ぐなど凡俗の労働だ。どう担ぐかなど知るか」

 「さっき私を犯人扱いした推理のときに、お姫様だっこのジェスチャーしてたよ星砂君」

 「さり気なく忘れかけてた傷を抉るとかエグいなお前!いや星砂はいい気味だけど!」

 「おんぶすればお腹の包丁は下になるんじゃないのー♠」

 「刺さった位置的に、おんぶなんかしたら更に刺さっていく。何より犯人の背中にも血が付着しているはずだ。だが今ここにそんなヤツはいない」

 「じゃあどうやって担いだんだ?犯人だってゆっくりしてるわけじゃないだろ。ヘンな担ぎ方してもたもたしてられないのに」

 

 ただ人を担ぐだけなら、方法はいくつか考えつく。だがそれが相手をうつ伏せにするとなると非常に手段は限られる。しかも腹という重心に近い部位に極力触れないような担ぎ方ともなると、もはやその術を知る者などいない。一部を、極一部を、極ら一部を除いて。

 

 「一つ、思い当たるものがある」

 「マジで!?」

 「担がれる者の手と足で輪を作り、そこに頭を通す。こうすると、下になる方の脇腹には触れず、かつ重心は肩にかかるため運びやすくなるのだ。まさにこのような場合に打って付けではないか?ちなみに名をファイヤーマンズキャリーという」

 「想像しがたいな、実践しろ。おいゴーグル」

 「ゴーグルってオレか!?なんでオレ!?」

 「モノクマ、一度証言台を離れても構わんか。議論に必要な実践をしたいのだ」

 「いいですよ!もともとモノヴィークルが走ってようと停まってようと、どうせ不要な演出なんだから・・・活かせてないんだから・・・」

 「なに勝手に落ち込んでんの♣」

 

 モノクマが言うとともにモノヴィークルは速度を落として停止し、呼ばれた城之内は円になった裁判場の真ん中に進み出て、極に身を委ねた。さながらコロッセオのような様相を呈するが、これから行うのは、仮に真の戦闘であればあまりに一方的な試合内容で大した面白味もないであろうカードによるデモンストレーションだった。慣れた様子の極に担がれた城之内は、すぐさま声をあげた。

 

 「あいたたたたたたたたたたたたっ!!!極お前なんだこれいてえぞ!!!」

 「余計なアクセサリーを付けているからだ。本来は消防士や自衛隊が怪我人を救出するための手段だからな」

 「ふむ。だがこの姿勢なら確かに犯人は血に塗れず、包丁も真下を向くな」

 「いよ?ところで、なぜ極さんはこのようなものをご存知で?」

 「たとえばこのまま回転して相手の三半規管にダメージを与えるエアプレーン・スピンという技や、そこから脳天を垂直に叩きつけるデスバレーボム、柔道ならば肩車という技や、難易度は高いが牛殺しという技にも通じる。要は格闘技の予備動作の一つなのだ」

 「おいおいおいおいおい!!!担いだままそんな話すんなよ超怖えわ!!!降ろせよ!!!おろせでででででででででででででででっ!!!」

 「このように、仮に茅ヶ崎が生きていて暴れたとしても簡単にはほどけない。太ももを押さえているからな」

 「全身で一番強い筋肉をそんな風に押さえられたらなかなか厳しいわね・・・」

 「お前ら冷静に言ってっけどオレ必要だったかこれ!?」

 「はい。ダイスケさん、ニーズありました」

 

 なにが悲しくて同年代の女子に奇妙な担がれ方をされて、しかもそれを衆人環視のもとで見せつけられなければならないのだ。そんな城之内の目に浮かぶ涙は、そんな理不尽への辛さ故から、あるいは痛み故か。どちらにしてもそれを見ていた誰一人の心も打つことはなかった。

 

 「だって、もしクリミナル、このやり方をしたなら・・・ボク・・・」

 

 誰が犯人(クロ)なのか、分かりました。その言葉は音を伴わずに、乾いた吐息となってスニフの口から溢れた。ここまで議論を全て踏まえた上で、今の極の発言から得られた情報を付加し、そして振り返る。学級裁判を、捜査時間を、モノクマランドでの日々を、ここに来た当日のことを。あらゆる記憶を総動員して、スニフは頭に浮かんだ結論を否定しようとする。

 犯人が分かった。それが本当ならそれは自分たちにとっては勝利であるはずだ。だが同時に、自分たちの中の誰かを犠牲にすることを意味する。その鉄槌を自分の手で下すのか?その重圧が、緊張が、罪悪感がスニフの思考を鈍らせた。

 だがどう考えても否定できなかった。記憶がその結論を支持する。論理がこの思考に味方する。そしてスニフは意を決し、指さした。この事件を起こした犯人を。誰にも悟られないよう、この学級裁判を混迷に誘導(はこ)んでいた者を。

 

 

 【人物指名】

 

 

 

 

 

 

 

 「ハルトさん・・・あなたが、マナミさんをころした犯人(クロ)です」

 「・・・はあ?」

 「お、おいスニフ。いまお前、なんてった?」

 

 あまりに突然の、名指しの追及。子供の短絡的な思考でも、幼さゆえの安易な推論でもない。況してやいい加減な当てずっぽうでもない。根拠と論理と計算に基づいた、歴とした推理。それができるスニフだと、全員が理解しているからこそ、その発言は無視できなかった。名指しされた須磨倉の嘆息と雷堂の質問に、スニフは拙い日本語で、推理を述べる。

 

 「ファイヤーマンズキャリー、ハルトさんもしてました。ボクたちがモノクマランドきた日です。フェインテッドのマイムさんとアクトさん、クリニックにつれて行きました。そのとき、ハルトさん、ファイヤーマンズキャリーしてました。こなたさん、そうですよね?」

 「変わった担ぎ方だったのは覚えてるよ。うん、あんな感じだった」

 「たまたま・・・じゃ、ないわよね?“超高校級の運び屋”なら、知っててもおかしくない。いえ、知らない方がおかしい、のかしら?」

 「いや、普通に知ってたぞ。ああ、確か皆桐を搬送(はこ)んだ時にしたな。極の言う通り、怪我人とかを移動(はこ)ぶのに打ってつけだからな。人の搬送(はこ)び方も連行(はこ)び方も拉致(はこ)び方も、もちろん知ってる。伊達に運び屋やってねえよ」

 「知ってるだけなら極だって犯人候補だろ?なんで須磨倉だけなんて言い張れるんだよ?」

 「それどころか、これくらいのこと、図書館行きゃ誰でも調べられると思うぞ?知ってたからって別にーーー」

 「クリミナル、ホントはこなたさんをベッドでころすことになってました。でもいきなりマナミさんにチェンジした。ボディをクローズドファクトリーにうつすの、そこで決めたことのはずです。ライブラリでしらべるなんてヒマ、ないです」

 「だとしてもお、それだけじゃあ断言はできないんじゃあないのかい?」

 「このケース、ペンキとかおむつとか、ショッピングセンターにあったものたくさん使ってました。これを使うっていうアイデア、ショッピングセンターたくさん行ってた人だけです」

 「し、しかし・・・ショッピングセンターなら、ここに連れてこられた日に極が探索していたぞ。しかも誰でも出入り自由なのにその理由は弱いな」

 

 いよいよという時になって、自分たちの中の誰かが犯人であるという事実に尻込みし、反論という形でスニフを押さえ込んでいる。というわけではない。誰もがスニフの推理に耳を傾け、意味ある一つの主張として聞き分けている。だからこそ、疑問があれば追及し、綻びがあれば掘り下げる。スニフがどこまで考え、どこまで暴き、どこまで知ったのか、見極めたいのだ。

 

 

 【議論開始】

 

 「クリミナル、ハルトさんです・・・!そのはずなんです!」

 「聞いてやろう。根拠を言ってみろ」

 「ハルトさん、“ファイヤーマンズキャリー”知ってました。クリミナル、マナミさんはこんだのと同じやり方です!」

 「それなら“極も知っていた”ぞ。まあこの時点でクロ濃厚が二人に絞れているわけだがな」

 「それにハルトさん、ショッピングセンターにたくさん行ってました。“おむつ”や“ペンキ”、ショッピングセンターでボウトです!」

 「あの場所は常に“誰にでも”開放されおりました!極さんが初日に探索をしているのでは、根拠と呼ぶには弱いかと!」

 「ううん・・・どっちが犯人かなんて決められなさそうだよ。だって、須磨倉君と極さん、今までの話の中で“決定的な差がない”んだもん」

 「That's wrong!!」

 

 

 

 

 

 

 

 「こなたさん、そうじゃないです。ハルトさんとレイカさん。ビッグディファレンスあります」

 「そんなのあった〜?うおおおん!思い出せマイムの灰色の脳細胞ォ〜〒」

 「脳みそまでピンク色してそうだよな虚戈って」

 「普通脳みそはピンク色だと思うけどな」

 「実際は血で赤くなっているだけで、脳じたいはかなり白いぞ」

 「キモい方向に話広げんな!!」

 「ええっと・・・須磨倉君と極さんの違いだったわね。何かあったかしら?」

 「クリティカルディファレンス、あります。マナミさんさしたナイフ、キッチンにありました。ラストナイト、レイカさんキッチン来てないです。でもハルトさん、キッチン来ました」

 「え・・・?い、いや、行ったっつっても一瞬だぞ?ってかそれはスニフだってよく分かってるだろ」

 「それでも、レイカさんキッチンに来てもないです。ナイフもっていけるチャンスあったの、おふたりだったらハルトさんだけです」

 「それでも俺にしかできなかったわけじゃないだろ!いい加減にしろよ!死体の遺棄(はこ)び方知ってたのも包丁持ってくチャンスがあったのも、どっちも俺じゃなくたって当てはまるヤツはいるじゃねえか!」

 「まだあります。さっき、ワタルさんずっとガードマンしてなかったテーマのとき、ハルトさん、『どっか行く』って言ってました。だけどワタルさん、そのときまだトイレ行ったなんて言ってなかったです」

 「・・・ッ!!」

 「そ、そうだっけ?」

 「なるほどな。ただ目を離しただけなら、居眠りするなり意識が他に向くなり、考えられるパターンはいくつかあるはずだ。にもかかわらず、ヒゲはなぜ『どこかに行っていた』と断じることができたのか、それは実際に勲章がいなくなっていたことを知っているから、だな?」

 「・・・Yes」

 

 スニフの指摘に、須磨倉の口元が引き攣る。自分の発言に覚えがあり、それが明確なミスであることを理解した故の、無意識の反応だった。雷堂がトイレに離れていることは明らかになったが、それより先に須磨倉は雷堂が席を立ったことに言及してしまった。それは、実際に見たから以外に説明のしようがない。だとすれば、なぜ夜中に部屋の外に出たのか、そしてなぜそれを隠していたのか。そこを疑われてしまうことまで、容易に想像できた。だからこそ、露骨に反応してしまった。

 

 「ま、まさか・・・じゃあ、マジ・・・なのか?」

 「須磨倉、が?茅ヶ崎を・・・こ、ころしたのか・・・?」

 「ハルトさん。ボクのインファレンス、あってますか?・・・ホントのこと、おしえてくれませんか?」

 「・・・ホ、ホントの・・・こと・・・だぁ?」

 

 モノヴィークルの証言台に手をつき震える須磨倉。28の視線を一身に受ける中、その声色には明らかに怒気が含まれていた。その怒りの根底には何があるのか。それは、須磨倉自身にも分からなかった。ただ今は、湧き上がる感情にまかせて言葉を放つしかなかった。

 

 「探偵面してんじゃねえぞガキィァ!!!!」

 「ひっ!?す、須磨倉くん・・・!?」

 「遺棄(はこ)び方知ってたから犯人だァ!?事件前に厨房行ったから犯人だァ!?ちょっとした言葉尻つかまえて犯人だァ!?(よえ)薄弱(よえ)虚弱(よえ)卑弱(よえ)軟弱(よえ)貧弱(よえ)脆弱(よえ)軽弱(よえ)懦弱(よえ)盲弱(よえ)羸弱(よえ)え!!!!そんなもんのどこに説得力がある!!?間接的証拠ですらねえ言いがかりで犯人だなんて言うつもりか!!?ふざけんじゃねえぞォ!!」

 「お、落ち着け須磨倉!気持ちは分かるけどそれじゃまともに話せないだろ!スニフだって萎縮するからーーー!」

 「ボ、ボクだって・・・こんなこと言いたくないです。だけど今までのディスカッションの中で、ハルトさんいちばんサスピシャスなんです。ボク、すごくひどいこと言ってます。だからボクのインファレンス、きいてください。ミステイクあるって、ミスアンダースタンディングあるって、イロジカルだって、言ってください。ハルトさんはクリミナルじゃないって言ってください!」

 

 激昂する須磨倉。スニフは悲痛に叫ぶ。自分の推理が間違っていると否定してほしい。見落としがあると、論理的欠落があると、勘違いをしていると指摘してほしい。そうでなければ、いま自分は一人の人間を追い詰めていることになってしまう。結論が出れば誰かが死ぬ学級裁判で、結論を出そうとしている。論理的欠陥のない自分の推理を否定して欲しい。そんな矛盾した感情で、スニフは須磨倉に懇願する。

 

 「なに分かったようなこと言ってんだ!!俺が犯人だなんて物的証拠がどこにあるんだよ!!お前の推理なんか俺が犯人だって前提ありきじゃねえか!!」

 「フィジカルエビデンス・・・あります。今・・・ここに」

 「はあッ!!?適当なこと言ってんじゃねえぞ!!」

 「ボクのアイデア、まちがってなかったら、ハルトさんがクリミナルなんです」

 「だったら証明してみせろや!!お前のつまらねえ推理なんかズタズタに反論(こわ)してやるよォ!!」

 

 顔を真っ赤にして興奮する須磨倉だが、スニフは一切動じない。声量に任せてめちゃくちゃな言い分を押し通すようなやり方はスニフには通じない。どこまでも論理的かつ合理的に思考を組み立てる。そしてここまでの議論で積み上げてきた全てを振り返った。須磨倉陽人の犯行の全てを、暴き出すために。

 

 

 【クライマックス推理】

 Act.1

 モノクマからコロシアイのモチベーションがくばられた日、ディナーのあとのかたづけでボクたちのおてつだいをするふりをして、犯人(クロ)はキッチンからナイフをこっそりもっていきました。きっとそれより前に、ショッピングセンターでこのあとに使うグッズをかってたはずです。いつから思ってたか分からないですけど、犯人(クロ)はボクたちとのディナーのあいだも、マーダーをプランニングしてたんだと思います。

 犯人(クロ)がいなくなったあと、ボクたちもかたづけがおわってマイルームにもどろうとしました。だけどそのとき、マナミさんはオールナイトでガードマンをしてくれるワタルさんのために、おにぎりをつくるためにのこるって言いました。そしてボクたちはマナミさんをひとりにしちゃったんです。

 

 Act.2

 マナミさんがキッチンからルームにもどるとき、ワタルさんはトイレに行ってていませんでした。だから・・・犯人(クロ)がもともところそうとしてた人のルームキーをピッキングしてるところと、ばったり会ってしまったんです。もともと犯人(クロ)がねらってた、こなたさんのおへやの前で。犯人(クロ)はすぐにターゲットをかえて、マナミさんに持ってたナイフでおそいかかりました。そしてマナミさんはレジストすることもできずに・・・そのままころされてしまいました。

 犯人(クロ)にとってこれはアンエクスペクタブルなことでした。すぐにそこからいなくならなきゃいけなかったから、カーペットにおちたブラッドやナイフのグリップにながれるブラッドにも気付けなかったんです。

 

 Act.3

 マナミさんをクローズドファクトリーにうつしたあと、犯人(クロ)はこっそりホテルにもどりました。ワタルさんが見てないあいだに、ブラッドをすったおむつをトイレにすてて見つからないようにしようとしました。でも、いきなりたくさんすてたせいで、トイレがつまって使えなくなってしまいました。

 犯人(クロ)がホテルにいない間も、ワタルさんはガードマンしてました。でも犯人(クロ)がいないの気付かなかったのは、ルームキーにペンキをぬってロックされてるように見せてたからです。

 

 おむつやペンキをショッピングセンターからもってこられたのも、ナイフをキッチンからもっていけたのも、ワタルさんがいなくなってたこと知ってたのも、ハルトさんが犯人(クロ)だってことになるんです!

 それにマナミさんをフェイスダウンポーズではこぶなんてこと、あなたしかするはずないんです!“Ultimate Smuggler” スマクラ ハルトさん!

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 全てを吐き出した。学級裁判で議論してきた全てを。一分の誤りもない確信を持って。決定的な否定を期待しながら。この推理で決着が付くことを願って。矛盾しているような、屈託のない感情で。スニフの渾身の叫びを、須磨倉はただ黙って聞いていた。黙って、青筋を立て、小さく震えていた。そして高ぶった感情のままに、その心の内を吐き出した。

 

 「バァァァアアアアアアアアアアアアアアアッカじゃねえかテメエエェッ!!!?んなもん俺以外の誰にだって同じようなことができるじゃねえか!!!たまたま俺に目ェ付けて俺を犯人に仕立て上げて、それらしく後付けの理由並べてるだけだろうが!!!そんなもんのどこに説得力がある!!?誰を納得させられる!!?ガキの言いがかりなんかに付き合ってる暇はねえんだよ!!!そうだろうが!!!」

 「・・・」

 「おいおい!黙ってねえで誰かなんか言ってくれよ!いくら天才児だからっつって、あいつの言ってることまさか鵜呑みにするなんてことねえよな?んなバカげた言いがかりで、マジで俺を疑ったりしてねえよな?」

 「だ、だとしても・・・言い過ぎよ須磨倉くん、スニフくんはまだ子供なんだから乱暴な言葉遣いしたら・・・」

 「こちとら命懸けなんだよ!!ガキだろうがなんだろうが人殺しだって言われてんだぞ!!乱暴もクソもあるか!!」

 「フンッ、まったくもって正論だな」

 

 暴言。罵倒。雑言。悪態。批難。須磨倉の口から飛び出す言葉はナイフのように鋭く尖り、スニフの展開した推理を突き刺していく。その一つ一つは拙く、他愛のない苦し紛れだ。だがスニフの推理の隙を、欠陥を無視できないものにするには十分な指し手ではあった。

 いかに論理的であり、現実的に可能であっても、そこに証拠がなければ納得させることはできない。状況証拠ではなく、言い逃れのしようもない決定的な証拠、物的証拠が必要だ。スニフの推理にはそれが欠けている。

 

 「子供(スニフ)、お前の推理は拙い。不完全で、未完成で、非完璧だ。なぜなら貴様の推理には物的証拠がない。矛盾はなくとも根拠がない。学級裁判でねじ伏せたい者がいるのなら、徹底的にやれ。状況証拠で追い詰めて精神を削り、物的証拠で反論の余地を奪え。その推理が正しければ、それだけで答えは出る。故に、貴様では真相を暴けない」

 「うぅ・・・」

 「な、なんだ分かってんじゃねえか星砂・・・!!ま、まあ、俺もちょっと熱くなりすぎた。お互い頭下げてこの話は終わりにしようぜスニフ。な?」

 「故に、ここから先は俺様に任せておけ。よくやったと褒めてやる」

 「・・・は?」

 

 それだけ言うと、星砂は須磨倉の目を睨み付けた。その眼は、確信と自信に満ちた嗜虐的な色をしていた。

 

 「物的証拠があれば、貴様は納得するのだろう?ヒゲよ」

 「な、なに言ってんだよ星砂・・・!?テ、テメエもあんなでたらめ信じるってのかよ!!ふざけんじゃ」

 「そこまで言うのならば、何も問題なかろう。貴様のモノヴィークルのナビゲート履歴を公開するがいい」

 「・・・・・・・・・ぅん?」

 「死体を廃工場に移動させるときに、犯人はモノヴィークルを使って移動したはずだ。夜中に出歩いているところを見られたら一巻の終わりだ。少しでも早く移動できる手段を取るはずだろう。履歴を見せろ」

 「な・・・バ、バカか!もし俺が犯人だったらモノヴィークルなんか使うより脚使った方がよっぽど」

 「なるほど。貴様のような凡俗にも脚力という天授の賜物があったか。ならばなおさら履歴を公開しても問題ないな。では存分に貴様の無実を証明するがいい」

 「いや待て!・・・ま、まてよ・・・おかしいだろそんなの!俺のモノヴィークル調べたところでなにが・・・そ、そうだ!!テメエ俺をハメる気だな!!やっぱり星砂が犯人で、茅ヶ崎を遺棄(はこ)ぶときに俺のモノヴィークルを使ってーーー」

 「モノヴィークルはモノモノウォッチと1対1対応だ。貴様のモノヴィークルを俺様が使うことはできん」

 「おっ!!お、おおおお、思い出したァ!!昨日の夜中に納見に丸太を届ける時に間違って一回廃工場に行っちまったんだ!!だからこの履歴はーーー!!」

 「さすがに無理があるだろそれは・・・なあ須磨倉。もういいんじゃねえか?」

 「ふっざっけんな!!んないい加減な推理と証拠で犯人にされていいわけあるかクソが!!」

 

 自信満々で星砂から突きつけられた物的証拠に、須磨倉は明確に動揺した。その動揺こそが何よりの証拠であるが、須磨倉は今一歩食い下がる。苦し紛れの、その場しのぎの、取るに足らない言い訳を並べ立てて抵抗する。

 

 「あくまでモノヴィークルは証拠にならないと。ならばよかろう。モノモノウォッチを見せてみろ。犯人は犯行のためにおむつやペンキなどを大量に購入したはずだ。一方ヒゲ、貴様は凡俗共から運び屋としてそれなりにモノクマネーを稼いでいたようだな。さぞかし懐も温まっていることだろうな?」

 「・・・ッ!!!い、いやっ・・・!!カジノ!そうカジノだ!!カジノでスっちまって・・・!!」

 「アンタ、前にたまちゃんの誘い断ったじゃん。ギャンブルはしない主義だって」

 「んぐぃっ・・・!!よ、余計なこと言うんじゃ・・・!!いや・・・つい甘いもんとかで無駄遣いして・・・」

 「ただの無駄遣いなのかーもうハルトってばあ♫でもさあ♢だったらなんで一回カジノなんてウソ吐いたの?ねえねえねえ♠なんでなんでえ?」

 「うっ・・・!!うるせえうるせえうるせえうるせえ!!!」

 「見苦しいなヒゲ。貴様は既に詰んでいる。まだ物的証拠が欲しいのか?俺様に嗜虐趣味はないのだがな」

 「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!そんなもんが証拠になるか!!!全部こじつけだ!!!強引だ!!!俺はやってーーー」

 「貴様の部屋の鍵、今ならば開いているだろう?きちんと『青色』になっているかどうか、確かめに行ってみるか?」

 「ーーーーーーぇ・・・?」

 

 星砂の言葉に、須磨倉の時間は止まった。そんなはずはない。夜中に部屋に戻ったときに鍵のペンキは落としたはずだ。捜査時間中にも誰も何も言わなかった。そもそも星砂がそれに気付いていたら、真っ先に言うはずではないのか?しかし、なら星砂のこの自信はなぜだ?自分の記憶違いか?このほかにもまだ物的証拠を持ってるっていうのか?分からない。分からない分からない分からない分からない分からない分からない!!

 

 「ふむ。反論はないようだな。ならばもうよかろう。モノクマ、投票タイムだ」

 「うぷぷ!結論が出たようですね!ではオマエラ!怪しい人物に、お手元のスイッチで投票してください!投票の結果、クロとなるのは誰か!果たしてその答えは、正解か?不正解なのかあ〜?ファイナルアンサーァ?」

 

 ぱちん、という音でモノヴィークルのハンドルからパネルが飛び出す。17個のボタンが円形に並んでおり、それぞれの似顔絵がドット絵で描いてある。実に分かりやすいデザインだ。このボタンを押せば投票ができるのだろう。自分たちを裏切り、仲間の一人を殺したクロを、歪に笑うモノクマの前に差し出すことができるのだろう。それを直ちに理解したからこそ、そのボタンは重く、固かった。

 

 「早く投票してよね!あーもう時間制限つけちゃう!時間内に投票しないとおしおきだよ!」

 

 この期に及んで迷いなど許されない。その先になにが待っていても、進むしかない。いや、待っているものなど決まっている。投票などただの形骸にすぎない。この答えが正解でも不正解でも、待つのはまた誰かの死。そして絶望だけだ。

 それならいっそと棄権することをさえ選ばない事実に、歯を食いしばって、ボタンを押した。

 

 

 【学級裁判 閉廷】




学級裁判編完結!ルビと挿絵をちょっとやってみました。


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おしおき編

 17台のモノヴィークルがビューティフルハーモニーをならす。ファンファーレの中でカラフルなピースがふって、モノクマのすわってるキングチェアのモニターには、カジノのビッグルーレットがうつってた。ハルトさんのイラストがかかれたポケットにボールが入って、モニターの中でモノクマのメダルがたくさんあふれでてきた。

 

 「うぷぷぷぷぷ!!!大大大せいかーーーーーーーーい!!!オマエラお見事です!!今回、“超高校級のサーファー”茅ヶ崎真波サンを殺したのは、“超高校級の運び屋”須磨倉陽人クンだったのでしたあ!!!景気よくまずは第一関門クリアだね!!!」

 「・・・ちっ・・・ちくしょおおっ!!!!ちくしょう・・・!!ちくしょぉ・・・!」

 

 うつむいて苦しそうにうなるハルトさん。ボクたちがそんな彼に向けるのは、うまく言えないけれど、きっとおこってるとかこわがってるとか、そんなんじゃない。たしかなことは、ボクが今ハルトさんに感じてるこの気持ちが、ボク自身も分からないってことだ。

 

 「ほ、本当に・・・お前が茅ヶ崎を殺したのか・・・?」

 「・・・ああ」

 「ア、アタシたちを裏切って、一人だけここから出ようとしてたの!?」

 「・・・そうだよ」

 「なんで・・・?なんでそんなひどいことしようとしたの?須磨倉くんは・・・なんでそこまで──」

 「仕方ねえだろ・・・。お前らだって同じはずだ。俺は・・・俺は早く助けに行かなきゃいけねえんだよ!!こんな裁判なんかしてる暇だってねえ!!今すぐ家に帰んなきゃいけねえんだよ!!」

 「・・・」

 

 ハルトさんの言葉で、ボクたちはみんなその意味がわかった。ハルトさんが何をあせってるのか、なんでこんなことをしてしまったのか、そのコウズは、ボクたちみんながもってるものだった。あのとき、モノクマがボクたちに見せたモチベーションムービー。ハルトさんのそれには何がうつってたんだろう。

 

 「くだらんな。どうせあの動機映像を観てそう思ったのだろう。あんな安い映像を本気にするような状況でここに来た時点で、どちらにせよ破滅は免れないのだ。気に病む価値すらない」

 「・・・っんだと!?」

 「おおよその内容は予想がつく。だがそれが本当の映像かどうかの保証もないというのに真に受け、こんなお粗末な計画に命を賭すなど愚の骨頂だ。俺様ならより周到に計画を立てる」

 「テメエに・・・!!テメエに何が分かるんだよ星砂ァ!!!」

 「んっ!」

 「お、おい止めろ須磨倉!そいつを殴ったって意味なんかない!!」

 「ああ意味ねえな!!けどどうせ俺は茅ヶ崎を殺したことがバレちまったんだ!!今からモノクマに殺される!!どうでもいいんだよもう!!」

 「殴りたければ殴るがいい。負け犬の拳なんぞで何ができるのか見せてみろ」

 「・・・!!んのやろおおおおおおおおっ!!!」

 

 すごくこわいかおをしてハイドさんにつかみかかったハルトさんは、ワタルさんがストップするのもスルーして、でもハイドさんのプロヴォケイションにまたヒートアップして、真っ赤になったゲンコツをふり上げた。だけど、そのパンチはハイドさんにはとどかなかった。

 

 「よせ須磨倉。もうやめてくれ」

 「・・・くっ!!」

 「どうして・・・どうして殺人なんか・・・」

 「そこまでさせるなんて、お前の動機映像には何が映ってたんだよ?」

 「・・・そこまでさせる、だと?」

 「?」

 「じゃあよ・・・逆に教えてくれよ、なあ。なんでお前らは・・・()()()()()()()()()()?」

 「え・・・?」

 「お前らだって見たんだろ?動機の映像をよぉ・・・!何が映ってたか知らねえけど、同じようなもんだろ。なんでお前らは外に出ようと思わなかったんだよ!!」

 

 サイクロウさんに止められたハルトさんは、今度は大声でシャウトした。ボクたちに向かって、まるでコンデムするみたいに、わるいことをしたのはボクたちで、ハルトさんが正しいことを言ってるような気になってくる。

 

 「あんなもん見せられて、なんで平気で今までと同じ生活をしようって思えるんだよ!!今すぐ出て行って助けに行ってやらなきゃいけねえだろうがよ!!誰を殺しても!!テメエの命懸けるくらいの覚悟しなきゃいけねえだろうが!!」

 「な、なに言ってるの・・・?」

 「なんでお前らは誰も殺そうとしなかった・・・!!人殺しがなんだかんだと言って、そんなもんは逃げる口実だろうが!!人を殺す度胸がねえから、人質よりテメエの命の方が大事だから、ビビって死ぬリスクから逃げただけだろうが!!人質を見捨てたんだろうが!!」

 「バッカじゃないの!?なんでたまちゃんたちが命なんか懸けなきゃいけないのよ!人質がいるからって・・・!」

 「じゃあ他に殺しをしない理由でもあるのか?安否の分からねえ大切な人の命と、ここ何日か一緒にいただけの他人の命。どっち切り捨てるかなんて迷うわけねえだろ!!綺麗事なら聞かねえぞ!!」

 「・・・須磨倉、お前何を観た?お前の動機に何が映っていた?」

 「・・・ッ!!」

 

 ハルトさんはサイクロウさんにおさえられたまま、何も言わずにうつむいた。ボクの頭の中では、今のハルトさんの言葉が何回もリピートされてた。ムービーの中にいたパパとママのことを見捨てたなんて思わない。だけどボクが今ここで、こうしている間にも、二人に何が起きてるか分からない。分かろうとしないボクは、見捨てたのと何がちがうんだ。

 

 「うーん、須磨倉クンはシャイで自分のことを喋りたがらないようなので、ボクが代わりにお答えしましょう!うぷぷぷぷ!もうちょっと楽しませてもらうよ!」

 「なっ!?なんだよテメエ!しゃしゃり出てくんじゃねえよ!」

 「オマエラも映像を観て察した通り、動機映像にはオマエラにとっての『大切な人』が映っていました!恋人だったりお世話になった恩人だったり仕事仲間だったり・・・須磨倉クンの場合はそれが『家族』でした!いや、もっと厳密に言うなら『家族のようなもの』でした!」

 「か、家族のような・・・もの・・・?」

 「うぷぷぷ、その心はねぇ」

 「・・・俺の“弟”と“妹”、それから“母親”だ」

 「あれ?結局自分でしゃべるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 映ってたのは俺の実家、俺の“弟”と“妹”と“母親”だ。俺が希望ヶ峰学園に入学することになって、母親は諸手を挙げて喜んだ。弟と妹にはよく分からなかったみたいだが、俺が家を出ることには不安がってたみたいだ。映像の中の母親は、バカみてえに薄っぺらい言葉並べて俺を褒め称えてた。弟と妹は拙いけど遠くにいる俺を励ましてくれた。

 映像を観て何の間違いだと思ったさ。弟と妹はともかく、俺はろくでなしの母親なんかどうだってよかったんだ。弟と妹がいたから、弟と妹さえいれば、俺は殺しを決意したはずだ。こいつらのために、俺は何度だって命を懸けてきた。運び屋ってのはそういうもんだ。危うい綱渡りなんて日常茶飯事だった。

 

 「なんで・・・そこまで?弟さんと妹さんのためだけに、命まで懸けるなんて・・・」

 「・・・俺が、愛されなかったからだ」

 

 俺の親父は、優秀な男だった。詳しいことは知らねえが身なりのいい背の高い男だった。けど、家庭に興味を持たなかった。しかも徐々に酒と金に溺れて、酒に酔って暴力は振るうわ、ギャンブルで金はスるわ、クソみたいなヤツだった。ろくでなしの母親はその寂しさを他の男で埋めて、親父の子供である俺を愛さなかった。弟と妹はどんな関係だと思う?どこぞの男が押しつけてきた、誰と誰の子かも分からねえガキだよ。俺と同じように、親に愛されずに終いにゃ捨てられた子供だ。そんなもん・・・放っておけるわけねえだろ。

 

 「・・・ちょ、ちょっと待って?じゃあ、その弟と妹って、本当のきょうだいじゃないの?っていうかそれ以前に、血のつながりも何もないの?」

 「だからなんだってんだよ!血が繋がってなくても赤の他人でも、あいつらは俺の『家族』だ!まだ取り返せる、子供(ガキ)なんだよ!俺みてえにろくでもねえ世界に脚突っ込むような人間になっちゃいけねえんだよ!だから・・・俺が愛してやらなきゃダメだろうがよ・・・!!」

 「で、でも、だからってこんなこと──」

 「あいつらの未来のために俺は運び屋やってんだ。殺しなんか今更なんだよ。あいつらのためなら俺は、他人の未来を奪って俺の未来を捨てたっていい。俺はお前らとは違う。大切な人のために命を懸けられる人間で、お前らはそうじゃなかったってことだろ」

 

 動機映像を観てなくても、いつか家族のことが心配になる。どうせ俺は誰かを殺してた。少し早くなったか、それだけのことだ。あいつらはあんな母親(おんな)の元では生きてられない。俺がいてやらなきゃダメなんだ。だから、誰でもよかった。研前を狙ったのは、ただ殺しやすそうだったからだ。茅ヶ崎を殺したのも、スニフの推理通り咄嗟のことで、あいつじゃなきゃいけない理由なんてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「けどよく考えりゃ、研前、お前を狙った時点で、俺は失敗だったのかも知れねえな・・・」

 「え・・・?」

 

 ハルトさんはゆっくりと、リグレットしながらつぶやいた。その言葉にこなたさんは身体がびくってなってた。また大声を出してあばれるのだろうか、それともこなたさんを責め立てるのだろうか、そんなふうにビウェアした。だけど、そのあとにハルトさんが言ったことは、とてもシンプルなことだった。

 

 「お前は“超高校級の幸運”だもんな。狙った時点で俺の計画が失敗するのなんか、確定事項じゃねえか。バカだよなあ俺・・・ホント、バカだよな・・・」

 

 それは、ただのジョークなのか。それとも自分のやったことが全部バレたことを、せめて説明をしようとこじつけたのか。それはハルトさんにしか分からない。だけどその言葉に、こなたさんは何も言わないで、ただうつむいてた。

 

 「くだらんな。愛だの家族だの、そんなことのために殺された半裸が不憫になってくる。振り回されたヒゲもな」

 「でもねー☆マイムにはちょっと分かるよ♡ぜんぜん知らない子でも一緒に遊んだらもう友達だもんねー☆」

 「お前らは相変わらずだな。まあもうどうでもいいけどな。俺のやったことが間違ってないとも思わねえし、裁判中も一瞬だって落ち着けなかったし、いいもんじゃねえな。星砂も研前も雷堂も、俺のやったことのせいで疑われたわけだ。ここで俺が負けて、お前らはまたこの前までの生活を繰り返してくんだろ?信用を失っちまった結束なんて脆いからな。まあ・・・上手いことやってってくれや」

 「なに呑気なこと言ってんだバカ野郎!モノクマがこのままお前を放っとくわけねえだろ!逃げろよ!」

 「逃げられるわけねえだろ?こいつは・・・常識なんて通用しねえんだぞ?」

 

 クラストライアルの前にモノクマが言ってた。クラストライアルで負けたクロには、おしおきという名前のエクスキュージョンがまってる。アクトさんが頭をふっとばされたあのおしおきが、今度はハルトさんをころそうとしてる。それなのに、それを分かってるのに、なんでハルトさんはこんなにおちついていられるんだろう。さっきまであんなに大声を出してたのに。

 

 「バカげてる・・・こんなことがあっていいのか。須磨倉・・・お前は本当にこれでよかったのか」

 「・・・さあな。もう自分でもよく分からねえや。なあ、なんで俺は、赤の他人のために命なんて懸けたんだろうな。・・・なんで俺は、愛してもらえなかったんだろうな。俺とお前らの違いって、なんだったんだろうな」

 「そんなものだ。誰でも他人と違うものを抱えて生きている。お前の場合はそれがたまたま『家族』に纏わるものだっただけだ。そしてお前が凶行に走った理由は・・・モノクマの動機が最も有効に働いたと言う他にないな」

 「そこまで『家族』のことを大切にするなら、人殺しなんてしてまで戻って来て、弟さんと妹さんが喜ぶなんて思ったの!?」

 「いいんだよ。俺はあいつらのために徹底的にヨゴれるって決めたんだ。まあ・・・それさえももう、できなくなっちうんだけどなあ・・・」

 「ハ、ハルトさん・・・!」

 

 そう言うハルトさんの声は、カタカタふるえてうわずってた。やっぱりハルトさんもこわいんだ。だけど自分がやったことがどんなことで、マナミさんに何をしたのか、それもしっかり分かってる。だから逃げもかくれもしないんだ。キングチェアに座るモノクマは、そんなハルトさんを見て、なんだかつまらなさそうに言った。

 

 「なんだかなー。しょっぱななんだからイヤだイヤだイヤだ!!的なリアクションを見せてテンションあげてほしいよね!おしおきを受け入れるなんてリアリティがないんだよ!周りのオマエラもボクを止めようともしないでさ!まあ須磨倉クンを差し出したのはオマエラだし?大事な大事な仲間の茅ヶ崎サンを殺した犯人をさっさと同じ目に遭わせてほしいのかな?」

 「バカかよお前・・・おしおきって処刑だろ?死、そのものだろ?そんなもん・・・うっ、受け入れられるわけねえだろ!!」

 「・・・ッ!!」

 「こええよ・・・!!あり得ねえほど・・・!!今すぐ逃げ出してえよ・・・!!け、けど脚が・・・震えて・・・これじゃ逃げることも・・・!!」

 「ハ、ハルトさん・・・!」

 「・・・はっ、ははっ・・・・・・!なんて顔してんだよスニフ・・・!分かってるよ・・・俺は殺されなきゃいけねえよな・・・。茅ヶ崎を殺したんだ・・・人を、殺しちまったんだ・・・死刑なんて当然だよな・・・!大丈夫だ、お前は・・・正しいことをした・・・そ、そうだろ?」

 

 ガクガクふるえる足を必死におさえて、ハルトさんは言う。ボクはきっと、すごくおびえたフェイスだったと思う。だけどハルトさんは、そんなボクにやさしい言葉をかけてくれた。ボクのしたことは正しいって、ハルトさんが犯人(クロ)だって言ったことが正しいって言ってくれた。

 なんでそんなことを言うんだろう。それじゃまるで、ボクがハルトさんをこんな風にしたみたいじゃないか。ロジカルなボクの考えが、ハルトさんを追いつめたみたいじゃないか。

 

 「うぷぷぷぷ!ではでは、お楽しみの時間といきましょうか!今回は、“超高校級の運び屋”須磨倉陽人クンのために、スペシャルな!おしおきを!用意しました!」

 「さ、最期にさ・・・」

 

 キングチェアの前に出て来た真っ赤なボタン。それを押したくてうずうずしてるモノクマは、すごくうれしそうで、楽しそうで、幸せそうだった。その目は、ガクガクふるえて汗をかいてペイルフェイスなハルトさんをにがさないように見張ってた。もう逃げられない。止められない。だれが見ても分かるそんな中で、ハルトさんはだれに言うわけでもなく、つぶやいた。

 

 「マ、マジで図々しいっつうか・・・烏滸がましいっつうか、厚かましいんだけど・・・た、頼みが、あるんだよな・・・」

 「なに?」

 「それでは!張り切っていきましょーーーう!!」

 

 たのみごと?こんなときに?だれもがクエスチョンマークをうかべたハルトさんの言葉に、しっかりアンサーを返したのは、こなたさんだけだった。

 

 「お、俺が死んだってこと・・・弟と妹(あいつら)には黙っといてくれ・・・」

 「おしおきターーーイムッ!!」

 

 ふりあげたトイハンマーを、ボタンめがけてスイングする。ピコッ、とハンマーがライトな音をたてると、モニターにはハルトさんがうつった。モノクマにひきずられていくアニメーションといっしょに、カタカナとひらがなでシンプルになにがおこるかがプロジェクテッドされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【スマクラくんがクロにきまりました】

   【おしおきをかいしします】

 

 華々しい音楽が耳を割るほどの大音量で鳴り響く。太陽の昇りきった朝のモノクマランドは、なおもその存在を誇示するかのように毒々しい彩りをきらめかせていた。停まっていたあらゆるアトラクションが、この瞬間を待ち構えていたかのように一斉に動き出した。その全てはただ演出であり、引き立てに過ぎず、メインイベントを飾る以上の意味はなかった。

 あまりに突然に目を覚ましたモノクマランドのアトラクションにどよめく高校生たちの中から、メインイベントの主役である須磨倉陽人は引き抜かれた。どこからともなく伸びてきた鎖が身体に巻き付き、抵抗するという意思すら置き去りにして須磨倉を連れて行く。

 

 「ぐああああああああああああああああッ!!?」

 

 急激な後ろ向きの加速に、須磨倉の身体はついていけず肺の空気が圧迫され、苦しみの雄叫びとなって出て行く。乱暴に引きずられるまま、服も肌も地面に削られながら、須磨倉はただ声をあげることしかできなかった。弾け飛ぶ汗の一滴まで、須磨倉の眼に宿る恐怖の色まで、巨大なスクリーンは全てを見せつけるように映し出し、その場で起きているかのような音声中継に、その様子を見守る者たちに逃げることさえ許さない。

 ようやく須磨倉は鎖による引き回しから解放された。それはまたあまりに唐突で、解放されたことへの安堵など一縷も感じさせない形だった。自分を散々引きずっていた鎖は、いまや大人しく自分の身体を縛り付けていた。胸の前には安全バー。少し狭い座席。モノクマの意匠が施された先頭車。船のような各車両。一目でそれがジェットコースター、いや、スプラッシュコースターだと分かった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 発車ベルが鳴ると同時にコースターは動き出す。急加速により須磨倉の身体はシートに押しつけられる。むちゃくちゃな速度にまで加速したコースターが向きを変える度、体重の何倍もの力が須磨倉の身体にのしかかる。身体が引き裂かれそうな苛重にミシミシと身体が音を立てる。上下へ、左右へ、前後へ縦横無尽に揺さぶられて意識が朦朧とする。コースターは山に見立てたトンネルに突っ込む。その中に待ち構えていたのは、大鋸の群れだった。

 

 「・・・ッ!!?」

 

 薄れる意識の中でも、本能的にそれが危険だと察知し、意識を取り戻す。須磨倉を引き裂かんと火花が散るほど回転する鋸の中に、コースターは問答無用で突っ込んで行く。鋸は須磨倉の頬に、肩に、腕に、首に、頭に。確実に、だが致命傷にはならない程度の傷を刻んでいく。飛び散った血がコースターに模様を描く。冷たい風が傷口に染みる。乱雑な走行に身体はますます悲鳴をあげる。しかしまだ須磨倉は生きていた。

 やがてコースターはトンネルから抜ける。上向き傾斜から見える青空はどこまでも広く、視線さえ外の世界には出すまいとモノクマランドの一部が地平線を隠す。コースターはレールに従い頭を垂れてその先の景色を臨む。レールの続く先にある、泡立ち、沸き立ち、湯気立つ黒い沼を。

 

 「!!」

 

 それが何なのか理解する暇も与えず、コースターは急降下する。ただレールに従い無情な運命に突き進む。車頭が黒い沼に突き刺さり、沼を水を巻き上げる。どろりと粘ったその液体は、恐怖に歪んだ須磨倉ごと、コースターに覆い被さるーーー。

 空気が打たれるような、激しく焼ける音がモノクマランドに響き渡った。

 

 

 泥のような煙が晴れて奥から現れたコースターは、辛うじて形を保つばかりだった。運命を共にした須磨倉陽人だったものは、泡立ち、沸き立ち、湯気立った黒い塊となっていた。コースターの揺れごとに身が崩れて、一欠片さえ面影を残さずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぷ、うぷぷぷぷ♬」

 「・・・ッ!!?」

 「うぅ・・・!」

 「こ、こんなのって・・・!!」

 「なんだよこれはあああああああああああああああああああッ!!!?」

 「あーっひゃっひゃっひゃっ!!エクストリィィイイイーーーーームッ!!!」

 

 ボクたちは何もできなかった。ただハルトさんがころされていくのを、引きずられて、切りつけられて、溶かされていくのを、ただたえて見ることしかできなかった。これがホントに、今おきたことだなんて信じられない。ボクはどうかしてしまったんじゃないかって思うくらい、リアリティがなかった。人が、こんな風に死んでいいはずがない。

 

 「どうオマエラ?ショッキングだったでしょ?スリリングだったでしょ?ちょーーぅエキサイティンッ!!だったでしょ?これこそコロシアイの醍醐味!ふう!堪能したぁーー!」

 「こんなこと・・・!!あってたまるか・・・!!ふ、ふざけている・・・!!」

 「あわわわわ・・・!!」

 「ここまでする必要があったのか・・・!!須磨倉のしたことは、これほど重い罪だったのか!!」

 「はあ?罪に重いも軽いもないでしょ。どんな罪にどんな罰を与えるかはボクの裁量なの!だってここはそういうセカイ!生も死も希望も絶望も過去も未来もすべてが等しくある、夢の国モノクマランドなんだからね!」

 

 ひとりでエキサイトしてるモノクマの声はだれにも届かない。意味がわからない。あまりにショッキングなことに、パスアウトしてしまいそうになる。モノクマの笑い声が、それさえもゆるさないように耳にリフレクトする。

 

 「くだらんな。凄惨な処刑を見せてどうしろというのだ?貴様は俺様たちにコロシアイをさせたいのだろう?」

 「緊張感だよ。シロもクロもノーリスクで学級裁判なんてつまらないでしょ?これで分かったと思うから、次からはもっと緊張感のある裁判を期待してるよ!」

 「つ、次って・・・!?それじゃまるでまた・・・!」

 「まるでじゃない、コロシアイは起こるよ」

 

 モノクマはそう言い切った。はっきりしたその言い方に、ボクたちはみんなゾッとした。そのせいか、そのあとにモノクマが言う言葉を、ついきいてしまった。

 

 「オマエラが何をしても無駄、ボクは必ずオマエラにコロシアイをさせるよ。それに・・・うぷぷ♬オマエラの中の、“超高校級の死の商人”だって、誰かを殺したくてたまらないはずだからね」

 「・・・は?」

 「そいじゃ、ボクはこれから準備をしてくるよ!あ、それから学級裁判勝利ボーナスとしてオマエラ全員に10万モノクマネーと、茅ヶ崎サンと須磨倉クンの所持金を分配しといたから!これで美味しいものでも食べな!そんじゃオマエラまた明日〜!」

 

 いきなりモノクマからアナウンスされたその言葉に、ボク以外のみんなはかたまった。ボクにはモノクマが言った言葉がなんなのかよく分からなかったけど、きっと何かよくないことなんだっていうのは分かった。そしてモノクマは、そんなボクたちをおいてさっさといなくなってしまった。とりのこされたボクたちは、どうすればいいか分からないままただ立ってた。

 

 「・・・」

 「うっ・・・うぅ・・・な、なんでこんなことに・・・!なんなのこれ・・・!もうイヤ・・・!!」

 「なんであたしがこんな目に遭わないといけないの!もういい加減にして!コロシアイなんか・・・!!」

 「コロシアイなんて・・・起きてたまるかよ!ふざけんなよ!オレはコロシアイのためにお前らに飯作ってるわけじゃねえぞ!」

 「何を言ったところで無駄だ。凡俗共が何をしようが、何を考えようが、ヤツは何らかの手を打ってくる。貴様ら凡俗が凶行に走る動機を用意してくる。コロシアイは避けられんのだ」

 「“超高校級の死の商人”か・・・さも我々の中にいるかのような言い方をしていたが」

 「・・・そういうことなんじゃねえのかよ?」

 

 泣き出す人、おこりだす人、あきらめる人、周りをうたがう人、何かを考えこむ人・・・いろんな人がいろんな風に、今のこのシチュエーションへのリアクションをしていた。だけどボクはそんな人たちのことなんかちっとも気にせずに、ただうつむいたままのこなたさんのことばかり見ていた。

 

 「・・・こなたさん?」

 

 ハルトさんがころされたムービーを見てからずっと、こなたさんはうつむいてずっとうごかない。すごくショッキングだったけど、他の人はみんなそのあとのモノクマの言葉やこれからのボクたちのライフスタイルを心配してあわててる。だけどこなたさんだけは、そんなみなさんとちがって声もあげない。

 ボクは思わず、声をかけた。そばについて、手をにぎろうとした。

 

 「ーーーッ!?」

 

 少しだけさわったこなたさんの手は、びっくりして手を引いてしまうくらい、つめたかった。近くによってみてシルバーブロンドのヘアーのすきまから見えたこなたさんの目は、まるでそこにホールがあるみたいにまっくらだった。

 

 「私のせいだ・・・。やっぱりいけなかったんだ。私のせいだ・・・。どうしてあんなことしたんだろう。私のせいだ・・・。私がいたからこんなことに・・・。私のせいだ・・・私の・・・・・・私のせいだ・・・」

 

 何もうつさない目で、こなたさんは何もないところにむかって何かをつぶやいてた。すぐ近くにいるのにボクには気付くこともなく、こわれたラジオみたいに同じことをリピートしてた。

 

 「こ、こなたさん・・・?こなたさん・・・!こなたさん!」

 「ーーーッ!えっ、あっ・・・!あぁ・・・あああぁっ・・・!!」

 

 このままじゃいけないと思った。なんでそう思ったのかも分からないし、どうすればいいのかも分からない。だけどこなたさんをこのままにしてちゃいけないと、手をにぎってコールした。それでやっとボクがいることに気付いたようで、サプライズされたような顔でまわりを見た。ボクの顔を見て、心配そうにするワタルさんやコンフューズするみなさんを見て、白かった顔をますます白くして、小さくふるえはじめた。

 

 「!」

 「うあっ!?こ、こなたさん!?」

 

 そしてこなたさんは、何も言わないままどこかへダッシュした。クラストライアルをしたところからうごけなかったみなさんのことなんか見もせずに、ただただどこかへエスケープするように。なんだか分からなかったけど、ボクはとにかく追いかけた。

 

 「お、おい研前!スニフ!どこ行くんだよ!?」

 「・・・放っておけ雷堂」

 「いやでも、こんなときにバラバラになったら・・・!」

 「さっきの今で妙な考えを起こす者などいないだろう。連れ戻したところで、我々には何もできない、違うか?」

 「んぐっ・・・!!」

 

 ボクがいなくなったあとのあのプラーザで何があったのかは知らない。だけど今のボクにとっては何よりも、こなたさんがどこに行くのか、何を考えてるのか、どうしてあげるのがいいのかを知ることの方が大切だった。




ロンカレ第一章のおしおきに関する解説

おしおきタイトル『新鮮一番!サンチ直葬』について。これは“超高校級の運び屋”、須磨倉陽人のおしおきですが、「サンチ」がカタカナになってます。ちゃんとこれ意味があります。

運び屋なので、「産地直送」から連想したことはすぐに分かると思いますけど、実はそれ以外にも3つ意味があります。つまりこの「サンチ」には4つの意味が込められてるわけですね。

1つ目は、新鮮な食材をお送りするという意味での「産地」
2つ目は、クトゥルフ神話TRPGでお馴染みの正気度を意味する「San値」
3つ目は、おしおきの途中で鋸に全身切り刻まれるところがあります。そこで飛び散る血という意味の「散血」
4つ目は、おしおきのラストで熱濃硫酸の池にぶっ込まれるので、「酸池」
以上4つです。

で、これらのワードをおしおき挿絵の中に仕込んでます。「産地」の下に不自然なスペースがありますが、背景と近い色で他3つのワードが隠れてます。自分としては隠しすぎたと思ってます。


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幕間1
愛 羨 死


【タイトルの元ネタ】
『哀・戦士』(井上大輔/1981年)


 

 こなたさんを追いかけて、ボクはホテルにもどってきた。いきなり走り出したこなたさんは、つかれたのか、気持ちがおちついたのか、ホテルのエントランスでストップした。小さくハードブレスしてる中で、泣いてるような声がきこえてくる。

 

 「ハァ・・・ハァ・・・こ、こなたさん?いきなり走ってどうしたんですか・・・?」

 「・・・うっ・・・うぅ」

 

 ボクのクエスチョンにこたえないまま、こなたさんはその場にすわりこんだ。泣いてるみたいで背中がふるえてる。ボクはどうしていいか分からないで、そんなこなたさんにさわることも、なぐさめてあげることもできなかった。

 

 「・・・」

 

 しずかに泣くこなたさん。追いかけてきたけど何をすればいいか分からないボク。こなたさんの小さく泣く声だけがエントランスにエコーして、ふたりのあいだにアンニュイなじかんがながれる。しばらくして、先に口をひらいたのはこなたさんだった。

 

 「・・・スニフ君、ごめんね。わたし・・・最低だよね」

 「えっ?」

 「私があんなことしたから・・・私のせいで茅ヶ崎さんも須磨倉君も殺されちゃって・・・その上スニフ君まで利用した。最低だよね。ごめん・・・ごめんなさい・・・」

 「こ、こなたさんのせい?なにがですか?こなたさんは何もわるいことないです!ボクにあやまることなんて何も・・・ないです」

 「違う・・・違うの。全部私のせいなの。茅ヶ崎さんが殺されたのも、須磨倉君が殺されたのも。それに・・・自分が助かるためにスニフ君を利用した・・・ううん、利用するように仕向けたの。私なんて本当に最低なんだ・・・」

 

 何を言ってるか分からなかった。どうしてこなたさんはそんなに自分をせめるんだろう。マナミさんがころされたのも、ハルトさんがころされたのも、こなたさんは何もかかわってない。ハルトさんがはじめにころそうとしただけで、何もわるくない。それはクラストライアルの中で分かったことなのに、なんでこなたさんはそんな風に言うんだろう。

 

 「こなたさん・・・やめてください」

 「・・・ごめん・・・ごめんなさい。私のせいで・・・」

 「どうしてそんなこと言うんですか!こなたさんは何もわるくないじゃないですか!マナミさんがころされたのはショックですけど、そんなのおかしいです!ボクはそんなこなたさん・・・見たくないです」

 「・・・そうだよね。ごめんねスニフ君。だけど・・・全部私のせいなの」

 「ウソです!そんなのちがいます!やめてください!もしこなたさんのせいなんだったら、おしえてください。なんでそんなこと言うんですか」

 「じゃあ・・・約束してくれる?」

 

 ボクのクエスチョンへのこなたさんのアンサーは、なんだかすれちがってるような気がした。なんでこなたさんは自分がわるいなんて言うのか、それを知りたかったのに、こなたさんはボクにプロミスしてほしいって言った。何をだろう。

 

 「私を・・・本当の()を知っても、離れないって。他の人には言わないって・・・」

 「・・・?オフコースです!ボク、こなたさんからはなれるなんてことないです!こなたさんがシークレットしたいなら、ボクもそうします!」

 「・・・やっぱりズルいよ

 「Mm?」

 「あのね。私の“才能”、“超高校級の幸運”ってね・・・かなり、特殊なの。たぶん、今までの“幸運”の中でも特に」

 「スペシャル、ですか?」

 

 ルックバックしないで背中を向けたまま、こなたさんはボクに言う。こなたさんの“超高校級の幸運(Ultimate Lucky)”のタレントがなんなんだろう。今までのって、今までキボーガミネ・ハイスクールにいた人たちのことかな。

 

 「“超高校級の幸運”は、毎年平均的な高校生の中から抽選で選ばれる。だから、本当にたまたま選ばれた“幸運”の人もいる。だけど・・・たまにね、選ばれるべくして選ばれる、本物の“幸運”がいるの。不運と引き替えに幸運を手にする人もいる。周りの幸運を横取りして自分の幸運にする人もいる。確率とか運命とか無視して強引に幸運を引き起こす人もいる。そんな、超能力みたいな幸運を持ってる人が」

 「Umm・・・そ、そうなんですか?」

 「・・・ねえスニフ君、私の“幸運”って、なんだと思う?」

 「こ、こなたさんの“幸運(Lucky)”?なんだと思うって・・・わからないです」

 「私の“幸運”はね───」

 

 ホントかな。なんだかこなたさんの話はリアリティがない。だってそんなスーパーパワーみたいなことがなんかあったら、それはもう“超高校級の幸運(Ultimate Lucky)”なんてレベルじゃない。マスマティカルロジックとか、ポッシビリティカルキュレートとか、ボクの信じてるもののほとんどがひっくり返る。でもそれがホントなんだとしたら、こなたさんが今こんな話をするのは、こなたさんの“幸運(Lucky)”がそれと同じようなものだからってことだ。

 

 「───“犠牲を伴う幸運”、なの」

 「スケープ、ゴート・・・?」

 「・・・たとえばね。人が何かをしようとしてるのを邪魔して、台無しにしちゃったり───」

 

 ふと、ここにはじめて来た日のことを思い出した。カジノでたまちゃんさんとヤスイチさんのギャンブルしてるところにボクとこなたさんが入っていって、台無しにしたのを。

 

 「内緒話をしてるところに鉢合わせたり───」

 

 ファクトリーエリアでは、ワタルさんにウィスパリングするハイドさんのジャマをした。こなたさんの“Lucky”にガイドしてもらったからだ。

 

 「自分が追い詰められてると、必ず誰かから助けが来たり───」

 

 クラストライアルでは、こなたさんが犯人(クロ)だってみんなに言われる中で、ボクがハイドさんにプロテストした。だからこなたさんは犯人(クロ)じゃないって分かったんだ。だからハルトさんがホントの犯人(クロ)だって分かったんだ。

 

 「───殺されそうになったら、誰かが身代わりになってくれる・・・そういう“幸運”なんだ」

 

 マナミさんは、こなたさんをころそうとしてたハルトさんにころされた。それが、こなたさんの“超高校級の幸運(Ultimate Lucky)”のパワーっていうことなのか?だから───。

 

 「だから・・・マナミさんがころされたのは、こなたさんのせいだって、ことですか?」

 「・・・そう。私が須磨倉君に狙われたから。ううん。それもきっと、私の“幸運”のせい・・・私の“幸運”のせいで、茅ヶ崎さんは須磨倉君に殺された。私の“幸運”のせいで、須磨倉君は茅ヶ崎さんを殺させられた・・・それだけのことだよ」

 「・・・That's, wrong」

 

 思わずこなたさんに言い返した。だって、それはどう考えたって言いすぎだったからだ。もしホントにこなたさんの“Lucky”がそんなパワーをもってたとしても、マナミさんがころされたのも、ハルトさんがあんなことをしたのも、全部がそのせいだって言うなんておかしい。

 

 「こなたさん。ボク、まだジャパニーズ上手じゃないです。いっぱいまちがえます。だけど、今こなたさんが言ったことおかしいってことくらい分かります。だって、こなたさんの“Lucky”がスケープゴートいっしょだとしても、それがマナミさんだってことにはならないです!マナミさんじゃなきゃいけなかったわけじゃないです!アクシデント・・・It's just an accident!」

 「ちがうの!・・・茅ヶ崎さんじゃなきゃいけなかったの。私の代わりに殺されるのは・・・茅ヶ崎さんしか、いなかった・・・」

 「なんでそんなこと言うんですか!なんでマナミさんがこなたさんの代わりになるんですか!そうやってベースレスなこと言わないでください!そんなこなたさん見たくないです!おこりますよ!」

 「だって・・・それが私の“幸運”だから。茅ヶ崎さんが死んじゃうことが・・・私の“幸運”だったから」

 「Aaah!“幸運(Lucky)”ってなんなんですか!?マナミさんがころされるのがこなたさんの“幸運(Lucky)”なんて、ちっともわかんないです!」

 

 どうしてボクはこんなにおこってるんだろう。わからないけど、もう自分のことをそんな風に言うこなたさんを見ていたくなかった。まるで、全部自分がやったことみたいに、自分のせいでコロシアイがおきたみたいな言い方をするこなたさんをみとめたくなかった。

 

 「茅ヶ崎さんがいなくなったら・・・私にとって邪魔がいなくなるから」

 「・・・ジャマ?」

 

 マナミさんがこなたさんのジャマって、それってどういう───?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私も、雷堂君のことが好きだから・・・」

 

 そのしゅんかん、ボクの世界はフリーズした。はっきりと、だれにでも分かるように、ため息が出るほどあざやかに、ボクは失恋した。失恋を、知ってしまった。

 ボクは何も言えなかった。ボクはそれでもあなたが好きです、とか。世界で一番愛してるのはボクです、とか。一生幸せにするからそばにいてください、とか。その涙はボクとの幸せのために残しておいてください、とか。そんな感じの言葉をかければ、少なくともボクの気持ちは伝わるはずだ。だけどボクにはそんなズルいことはできなかった。いや、そんなのは言い訳だ。ただ勇気が出なかっただけだ。こなたさんの“才能”を知って、彼女が今まで経験してきたことを想像して、そんな軽々しいことは言えなかった。

 なんて、そんなことさえも今のボクにとっては言い訳に過ぎなかった。そしてボクはショックを受けてもいた。こなたさんの言葉と、ボク自身に。




今作ではこんなこともしていこうかと思います。おしおき編にまとめてもよかったんですけど、やっぱりあっちはおしおきを見て貰いたいので。
あと、タイトルは一章のボツ案です。お供養


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第二章『煩脳撲滅ティーンズ』
(非)日常編1


【タイトルの元ネタ】
『脳漿炸裂ガール』(れるりり/2015年)


 “超高校級の死の商人”・・・その名前を、まさかこんな所で耳にするとは思わなかった。その名前は、既に捨てたものだと思っていた。それが甘い考えだということに気付かないとは、我ながら楽観的すぎる。それに愚劣だ。そう簡単に捨てられる名でもないというのに。自分の犯した罪を数えれば、自分が奪った命に胸を痛めれば、自分が齎した絶望を思えば、一生捨てられる名前でないことは明白だというのに。

 今日もまた一日が始まる。また一日が始まってしまう。何のために生きているのか、生きていていいのかさえ分からないまま、また一日を生きる。たった一つだけの使命を抱え、今日も命を奪い続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクは何をしてたっけ?あんまりおぼえてない。何かとてもショッキングなことがあったはずだ。まるで全てがインザドリームだったみたいにぼんやりしてる。それでも、クリアーなことがある。クローズドファクトリーでぐったりとしてるマナミさん。そのマナミさんをころしたことでモノクマにころされたハルトさん。ああ、それこそドリームだったらよかったのに。

 

 「・・・」

 

 いま、何時だろう。モーニングならレストランに行かないと。きっとみなさんいるはずだ。いつものようにヘアセットをして、ブラッシングして、ボクはレストランに向かった。いつものように。

 エントランスのトイレは、通せんぼしてたモノクマがいなくなって使えるようになってた。だけどその代わりに、ハルトさんとマナミさんのゲストルーム、それからアクトさんが使うはずだったゲストルームは、ドアノブが外されてドアがふさがってた。ふと思い出してこなたさんのゲストルームの前のカーペットを見てみたら、ブラッドドロップなんてなかった。イエスタデイ、たしかにあったものはなくなってて、だけどなかったものがある。

 

 「あれ?スニフくんおはよ!」

 「・・・マイムさん。グッドモーニングです」

 「どしたのスニフくん?元気ないぞー♫朝は1日の始まりだよ☆元気よくいきましょー♡」

 「モーニングエクササイズですか?」

 「うん♫今日のダンスはハカだよ♡まいむ朝から汗ぐっしょりになっちゃったから今からシャワー浴びてくるの☆」

 「ハ・・・ハカ・・・?」

 「明日はワルツだからスニフくんも一緒に踊ろうね♡」

 

 やっぱりマイムさんはよく分からない。あんなことがあったのに、どうしてマイムさんはこんなにポジティブでいられるんだろう。マナミさんもハルトさんもいなくなっちゃったのに、まるで何もなかったみたいだ。何もなかったどころか、この前までと何も変わらないスマイルで話す。

 

 「うぅーーーん?どうしたのスニフくん?マイムの顔になにかついてるのかな♣」

 「いえ・・・なんでもないです」

 「そっか♫じゃ、あとでレストランでね♡マナミとハルトが死んだからって暗くなってちゃダメだよ☆スニフくんかわいいんだからスマイルスマイル♡」

 「むぅ」

 

 こてん、と首をかたむけたり。下を向いてるボクの顔を両手で上げさせたり。むりやりボクの口をひっぱってスマイルにしたり。こんななんでもないようなことが、ちょっとだけハートがはずむようなことが、今はすごくこわい。そのままマイムさんはゲストルームに入っていった。ボクは、ボクの中のプロブレムについて考えてた。

 二人が死んだ・・・それはすごくかなしくてつらいことだ。だけど、マイムさんの言葉はなんだか、ボクのハートにストライクしたかんじがしない。何か他に、大きなことがあったような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レストランには、ボクの他にはほとんど人がいなかった。まだみんなであつまるのには少し早い。いつも一番にキッチンに入ってブレックファーストのしたくをしてるテルジさんと、いつも早くおきてくるいよさんとサイクロウさん。シャワーからもどってきて楽しそうにジュースをのむマイムさん。いつものメンバーだと言うなら、一人足りない。テルジさんをてつだってくれるマナミさんがいない。それだけなのに、なんでこんなにレストランが広くかんじるんだろう。

 

 「・・・おはよ」

 「おはよう」

 「はぁ・・・」

 

 あとから来る人もみんな、モーニングのフレッシュさがちっともなかった。みんなつかれてる。たった1日じゃなくならないほどハードなつかれが、ボクたち全員にのしかかってたんだ。そして1人、また1人ときて・・・13人がそろった。だれも何も言わない。

 

 「・・・」

 

 ちょうど24アワーアゴー、モーニングに来ないマナミさんをさがして、ボクたちのコロシアイははじまった。もうすごく昔のことにかんじる。たった1日で、ボクたちは2人も友だちを失った。それをみなさんもかんじたのか、またサイレンスがヘビーにかんじる。

 

 「──ぬぬっ!いよーーーっ!皆さん皆様!ちょいとばかしお耳を拝借ッ!」

 「うひッ!?な、なにアンタいきなり!」

 「今日もお天道様は眩しくてぇ、1日がまた始まります!だのにいよたちが暗くなってちゃぁいけません!そう思いませんか!」

 「そりゃあ暗くもなる。昨日のことを忘れたのか」

 「昨日は昨日ッ!!今日はまだ暗くありません!いよにゃあ皆さんを励ますような小洒落たこたぁ言えません!あいやしかしッ!!笑う門には福来たると言います!怒り門には仇来たるとも言えます!泣きの門には陰が差すものです!ちがいますか!?」

 「何言ってっか分かんねえよ」

 「昨日のことを忘れろとでも言いたいのか?」

 「そうではありません!ただいよは、このままではいけないと、不肖未熟の身ながらみなさんに発破をかけさせていただきました」

 「リーフ?」

 

 いきなりスタンドアップしたいよさんは、もってたセンスと手でパチンと音をならして言う。元気いっぱいに、いっしょうけんめいに。レストランの中にあったヘビーでダーティな空気が、少しだけライトになった気がした。だけどみなさんまだ、下を向いたままだ。

 

 「ああ、相模の言う通りだ。暗くなってる場合じゃねえぞ。朝飯だホラ」

 「わーい朝ご飯だー♡なになにー?」

 「ラタトゥイユだ。フランスパンにオリーブオイルと一緒につけたら美味えぞ」

 

 たった1人だけ、ボクたちから注目されて気まずそうに固まるいよさんをサポートするように、キッチンからテルジさんがおっきなおなべを持って出てきた。トマトカラーの中身はあつそうにスチームをあげて、グリーンやイエローの色んなベジタブルのスウィーティフレーバーがおなかをならす。いっしょにテーブルにおかれたフランスパンは香りも見た目もセイヴァリーで、オリーブオイルのかかった色合いはアートにさえ見えた。思わずみんな、テーブルからパンとラタトゥイユを取って食べ始める。

 

 「おお!赤茄子の野菜煮込みに仏麵麭(ふつめんひょう)橄欖油(かんらんゆ)ですか!これは甘美なりそうなこと!」

 「なんて!?おい相模いまなんつった!?」

 「赤茄子の野菜煮込みに仏麵麭(ふつめんひょう)橄欖油(かんらんゆ)です。ちがいますか?」

 「何語だそれ!ラタトゥイユとフランスパンとオリーブオイルだよ!」

 「いよぉ・・・いよは横文字は苦手です故、ラッタッタなど舌を噛みそうです」

 「舌が商売道具なのにか!?」

 

 いよさんもテルジさんも、いつもと変わらない。いつもと()()()()()()()()()()()んだって分かる。ボクたちが少しでも元気になるように、明るくなるようにしてくれてるんだ。きっと2人だってつらいのに、それでもボクたちのことを心配してくれて、なんとかしようとしてくれてる。それが分かるのに、どうしてもボクは明るくなれない。それはきっと、あの人がここにいないからだ。

 

 「・・・こなたさんがいません」

 「研前さんなら来ないわ。部屋に行ってみたんだけど・・・相当落ち込んでるみたい」

 「はあ!?来ねえって、じゃあ朝飯は?」

 「食べないんじゃないかしら。後でお部屋に持って行ってあげた方がいいと思うけど・・・」

 「冗談じゃねえ!朝飯を抜かすだと!?そんなもん今日一日何もしねえで無駄にするのと同じだ!朝飯をちゃんと食べねえなんざ許さねえぞ!」

 「フンッ、馬鹿馬鹿しい。要らんと言っているのだから放っておけばいい。腹が減れば自分でどうにかするだろう」

 「んな雑な飯はぜってえ食べさせねえぞ!オレの目が黒い内はなァ!」

 

 テルジさんは、マゼンタの目を大きくひらいて言った。こなたさんが来ないのはとってもウォリーだけど、ボクからルームに行く気にはなれない。クラストライアルのあと、こなたさんがボクだけにおしえてくれたこと。あれを聞いてからなんとなく、こなたさんに会ったらどうしようかなんてヘンなことを考えるようになっちゃった。

 

 「それでえ、これからどうしようかねえ」

 「どうするってなんだ?デザートなら用意してねえぞ」

 「いやそうじゃなくてえ・・・おれたちの身の振り方さあ。おれは誰が敵かをはっきりさせる良い機会だと思うけどお?」

 「だ、誰が敵か・・・?どういう意味だ?」

 「無論、“超高校級の死の商人”のことだろう?フンッ、大層な肩書きだ」

 「人のこと言えるかよお前」

 「あのう。それモノクマがイエスタデイ、言ってた人ですよね?ボク、よく分からないですけど・・・」

 「城之内、説明してやってくれないか」

 「へいへい。あーっとな、“Death Merchant”だ。分かるか?」

 「── oh my gosh・・・」

 

 クラストライアルのあとでモノクマが言ってた人、ボクはなんだかよく分からないまま、でもすごくイヤな感じだけは分かってたことを、ダイスケさんにおしえてもらった。“Ultimate Death Merchant”なんて、そんな人がボクたちの中にいるだなんて・・・アンビリーバブルだ。

 

 「そうじゃないよお。それも気にはなるけどお、死の商人っていうのは要は武器屋みたいなものだろお?直接おれたちに危険があるとは限らないじゃあないかあ」

 「武器屋だからこそ危険なのだ。昨日、コロシアイが起きると証明されてしまった以上、武器や兵器、凶器の扱いに長けていたり造詣のある者の存在は、疑心暗鬼や不和の源となる。今の我々のようにな。もしその“死の商人”がコロシアイに動き出したらどうなるか──」

 「やめて!・・・どうしてそんなことばかり考えるの?どうして私たちがコロシアイなんてしなくちゃいけないの?私たち、仲間じゃない!みんな一緒に脱出するって決めたじゃない!」

 「だけどハルトは裏切ったよ♠マイムたちみんなが死んでもいいって言ってたよ♠疑うのは簡単だけど一度疑い始めたら信じるのは難しいでしょ?」

 「だが、納見や正地の言うことは正しい・・・と思う。俺たちは互いに啀み合っているべきじゃない。モノクマこそが俺たちの敵で、俺たちは同じ敵を持つ者同士ではないか」

 「敵の敵は味方ってか?そうとも限らねえぜ。敵の敵は敵でもあり味方でもあり・・・ま、その状況を作ってんのはモノクマなんだけどな。初手をモノクマに持ってかれちまったんだ。オレらが何をしようと後手だ」

 「だからと言ってこのまま何もせず、暗くなる一方で、モノクマによって新たなコロシアイを唆されるのを待つばかりとは!それこそいよたちに待つのは絶望の一途ではありませんか!」

 

 ボクたちは対立する。レストランの中で、小さなコンフリクトがたくさん生まれる。ホントはみんな、ボクたちをお互いをビリーヴして、仲間でいたい。だけどハルトさんがマナミさんをころして、コロシアイがホントに起きた。アクトさんとはちがう。ボクたちがボクたちをころした。ただそれだけのことが、ボクたちのトラストをかんたんにこわす。

 

 「誰か絶望って言ったーーー!?」

 「はい!いよが言いました!・・・っていよおおおおおおおおおおっ!!?モ、モノクマァ!!?」

 「うげえっ!!?」

 「ぎゃああああっ!!な、なんだい急に!!?」

 「オマエラ!おはようございます!」

 

 そこにいた全員が思わず立って、いきなり出てきたモノクマからはなれていった。まるでファイアパウダーの中にマッチをおとしたみたいに、レストラン中でチェアがたおれたりコップが音を立てたりした。そんなボクたちに、モノクマはコンプレインするようにしょんぼりした。

 

 「朝からこんな扱いを受けるなんて・・・撃沈しょんぼり侍だよ・・・」

 「どの面下げて来やがったテメエ!!何の用だ!!」

 「そんなに嫌わなくたっていいじゃないの。第一ボクはオマエラになにもしてないっていうのに」

 「ふざけるな。お前が私たちをこんなところに監禁して、あんな動機なんか配ったからコロシアイが起きたんだ。全部お前のせいだ」

 「ボクのせい?全部?へえ、じゃあ動機が配られた日の夜に茅ヶ崎サンを1人で残した研前サンたちの失敗とか、オマエラ自分が生き残るために須磨倉クンを処刑台に送り込んだこととか、それもボクのせいだっていうわけ?全部ボクが強要したことなのかな?オマエラは自分で選ぶ機会がちっともなかったのかな?」

 「・・・何が言いたい」

 「結局オマエラの本質は、須磨倉クンが最期に言ってた通りってことだよ。自分が一番大事なんだよ。人の命を奪った責任も、その状況を作った過失も、自分が悪いってことを認めたくないだけなんだよ!あーみにくいみにくい!人間って汚い生き物だね!」

 

 モノクマの言うことは、その声のトーンやみなさんの顔色で、それからなんとかヒアリングできた言葉で分かった。ハルトさんがボクたちに向けて言った言葉。自分の命が大事なのはもちろんだ。だけどそれは他のだれをサクリファイスしても守りたいものなのかな。マナミさんがハルトさんにころされたのは、ボクたちにミスはなかったのかな。そんなことを考えてるのは、モノクマのスキームだって分かってるのに。

 

 「止めろ。茅ヶ崎のことは・・・責任なんか追及したって何の意味もない」

 「ん〜?雷堂クンなあに?見張りを全うできなかったせいで須磨倉クンの犯行をみすみす逃したもんだから自己弁護?」

 「・・・そうかも知れないな。けど、昨日の事件のことは昨日で終わったんだ。過ぎたことに何を言っても意味ないだろ!誰の失敗かなんて、誰の責任かなんて、ここから出た後でいくらでもすればいい・・・いや、本当は、誰のせいにもできないんだよ」

 「誰のせいにも?そうなの?じゃあ例えば、昨日の事件を()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それは誰のせいでもないのかなあ?」

 「・・・!」

 「フンッ、馬鹿馬鹿しい。取り合うな勲章」

 

 みんなをモノクマから守るように、ワタルさんが前に出てモノクマに言った。だれのせいでもないって言ってはいたけど、モノクマの言う通りガードマンとしてハルトさんを止められなかったことを気にしてるのか、ワタルさんの声のトーンはおさえ気味だった。それに対するモノクマの言葉に、ボクはぞっとした。まるで、イエスタデイのボクとこなたさんの話を知ってるみたいな言い方だったから。

 

 「それで、貴様は何の用で来たのだ。これ以上俺様の時間を浪費させるな」

 「ああ。そうだったそうだった。本題を忘れてた。それじゃあ、全員()()()し、本題に入ろうか!」

 「全員・・・?」

 「あっ。こ、こなたさん・・・」

 「ちょ、ちょっと・・・あっ。み、みんな・・・おはよう・・・」

 

 レストランの柱のうらから、モノクマがこなたさんのスカートをつまんで引っ張ってきた。こなたさんもまだリカバリーしきってないみたいで、元気なさそうにモーニングのあいさつをした。ボクはなんとなくこなたさんとアイコンタクトをとることができなくて、モノクマの次の言葉をまった。

 

 「さてさて、昨日一回目の学級裁判を乗り越えたオマエラに、ボクからささやかなご褒美を持ってきました!昨日のモノクマネーはボーナスだから別物と思ってくれていいよ」

 「ごほうびって・・・ろくでもない予感しかしないんだけど。そんなんたまちゃんいらない」

 「一応聞いておいた方がいいだろう。私たちにとっても良いものかは分からないからな」

 「うぷぷ。そんな大したことじゃないよ。いやね、さすがにオマエラももうこのモノクマランドに飽きてきた頃じゃないかと思ったの。だからこの“セカイ”をちょっと広げることにしました!」

 「──は?」

 「モノクマランドのエリア内にあるゲートのうち、3つを新しく開放しました!その先には新しいエリアがオマエラを待っている!そこに何があるかはオマエラの目で確かめな!それとテーマパークエリアの乗り物も新しく稼働し始めたものがあるから、そっちも楽しんでね」

 「要するに、新エリアを開放したのか。学級裁判の褒美ということは・・・仮に第二、第三の学級裁判が開かれ、それに勝利すれば──」

 「もちろん、その度に新しいエリアを開放するよ!まあ、その時までシロが生き残ってればの話だけどね。うぷぷぷぷ♫」

 「おいおいおい!めったなこと言うもんじゃねえぞ!」

 

 クラストライアルのウィナーになったクロは、このモノクマランドから外に出て行けるプライズがある。ウィナーになったシロには、ニューエリアっていうプライズがあるんだ。それがボクらにとっていいものとはちっとも思わないけど。

 

 「探索するかどうかはお前らの自由だけど、知っといた方がいいと思うよ。それだけは本当に、ボクからのアドバイス。んじゃ!」

 

 そう言ってモノクマはいなくなった。のこされたボクたちは、次にどうすればいいのか、だれかの言葉を待った。だれも、自分では決められそうになかった。

 

 「では俺様は新エリアとやらを見に行く」

 「おまっ!?迷いなさ過ぎだろ!ぜってえモノクマの罠じゃねえかそんなもん!」

 「罠だと見え透いている罠ならば逆に利用してやるまでだ。どこにどんな手掛かりがあるか分からんのだ。それに、使えるものは知っておかねば、次の学級裁判で十分に推理できまい」

 「次のって・・・」

 「今更だろう、ヤツがそういう人間だというのは。それより重要なのは、私たちもその新エリアを探索する必要があるということだ。脱出の手掛かりがどこかにあるかも知れん。全員で手分けして探索するのはどうだろう?」

 「さんせー♡まいむ楽しそうなところがいいー♡」

 

 エルリさんのサゲスチョンで、ボクたちもニューエリアに行くことになった。だけどみんなで一つ一つを回ってたらトゥデイじゃおわらないから、スリーチームに分かれてそれぞれのエリアに行くことになった。どうやってチーム分けするかっていうと、ロッタリーアプリがモノモノウォッチに入ってたから、それを使ってやることになった。まずは──。

 

 「またこの組合わせかよオオオオオオオッ!!!なんでオレんとこには女子が寄ってこねえんだよオオオオオオッ!!!」

 「女子なら極がいるじゃんか」

 「()()を女子にカウントすんのか!?オレこいつに何回キメられたと思ってんだよ!!」

 「そう言えば、学級裁判のときのセクハラ発言のツケが残っていたな」

 「極もそんなことを言うからこんなこと言われるのではないか・・・?」

 「俺たちは取りあえず、ギャンブルエリアの奥にあるゲートの先を探索しに行く」

 「極さん。あんまり城之内くんをいじめないであげてね」

 

 レイカさん、ワタルさん、サイクロウさんと同じチームになったと分かったとたん、ダイスケさんがくやしそうに叫んだ。ここにはじめて来た日にもワタルさんの他は同じチームだった。なんだかレイカさんがやたらダイスケさんにシビアな気がするけど、きっと大丈夫だろうと思うことにした。

 

 「俺様は一番広いエリアに行く。ついて来たければ勝手にするがいい」

 「いよーっ!やたらと大所帯になりましたね!」

 「まあエリア内でさらに二手に分かれればちょうどいいだろう。このエリアにあるゲートはやたらと大きいからな」

 「あんまり広くない方がいいんだけどなあ」

 「くじ引きだしゃーねえよ。後でスタミナつくにんにく料理作ってやるよ」

 「みんな、たまちゃんのためにがんばって探索してね♫」

 「いやもう無理だよお、そのキャラはあ」

 

 ロッタリーだからわざとそうなったわけじゃないけど、ハイドさんといっしょに行くチームは人が多くなった。ハイドさんをマークしておくためにも、それがいいんじゃないかな。ホテルエリアにあるビッグゲートの向こうには、きっとすごく広いエリアがあるはずだ。サーチングがフィニッシュしたら、ボクも行ってみよう。

 

 「じゃあ後は私たちね。研前さんは・・・大丈夫かしら?」

 「う、うん。みんながんばってるのに私だけ何もしないなんて・・・よくないと思うから」

 「あのねあのね♡まいむはアクティブエリアの向こうが気になるの♢行ってみていい?」

 「そうね。けどまいむちゃん。あんまり1人で先に行っちゃダメよ。必ず誰かと一緒にいること。それからスニフくんも」

 「はーい♡まいむいい子だから大丈夫だよっ☆」

 「・・・」

 「スニフくん、聞いてる?大丈夫?」

 「あっ、は、はい・・・あのっ」

 

 ボクは、セイラさんとマイムさんとこなたさんと同じチームになった。マイムさんとこなたさんのテンションが全然ちがって、その間をセイラさんが心配そうに行ったり来たりしてる。ボクはこなたさんと同じチームになったのに、なんだかよろこべなかった。なんでだろう。なんとなく、こなたさんといっしょにいちゃいけないような気がする。ボクがそばにいちゃいけないような気がする。じゃあだれだったらいいんだろう。そんなこと、考えなくたって分かる。

 

 「あの、ボ、ボク・・・ワタルさんとチームチェンジしてほしいです」

 「えっ?お、おれか?」

 「どうしたのスニフくん?何かイヤだった?」

 「No worries!そうじゃないんですけど・・・あの、ボク、ギャンブルエリアの方が気になるなって」

 「おう!だったらオレが代わってやるよ!」

 「お前を女子だけのチームに放すわけがないだろうが。代わるなら鉄か雷堂だ」

 「別に俺は構わないぞ。正地と研前と虚戈がいいなら代わろう」

 「まあ、スニフくんと雷堂くんがいいなら」

 「まいむもどうでもいいよー♡」

 「う、うん・・・いいよ」

 

 自分で言うのもヘンな気がするけど、ボクだってこなたさんのことが大好きだ。I love こなたさんだ。だけど、それはボクの気持ちだ。こなたさんの気持ちがそうじゃないなら、ボクはそこにいなくていい。こなたさんをスマイルにできるのがワタルさんなら、そこにはワタルさんがいるべきなんだ。ただ、そのスマイルにするのがボクだったらよかったなって、少しだけ思うだけだ。

 

 「それじゃあそれぞれ探索して、1時に昼ご飯を兼ねて報告会にしよう」

 「よっしゃ!とびきり美味い飯用意してやっからな!」

 

 3チームに分かれて、ボクたちはそれぞれのエリアに向かって行った。はなればなれになるこなたさんを見て、ボクは少し前にワタルさんとチェンジしたことをリグレットしてた。ランチのときには、こなたさんのスマイルが見られればいいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルエリアにある大きなゲ〜トがギギギと開いて、その先に広がるエリアをおれたちに開放する。エリアをまたいでも建物がきっちり並んだ風景はそうは変わらず、むしろホテルエリアよりも色んな建物があちこちにあった。こりゃあ見応えがありそうだねえ。

 

 「ほう、ミュージアムエリアか。動物園、水族館、植物園、美術館、演芸場、キネマ館、博物館に記念館と。およそ展示を目的とした施設はなんでもあるようだ。相変わらず脈絡も辻褄もあったものではないな」

 「なんでもいいじゃあないかあ。おれは美術館とか博物館に興味があるねえ」

 「いよは演芸場とキネマ館に行ってみとうございます!」

 「俺様は好きに探索させてもらうぞ」

 「まとまりなさ過ぎるでしょアンタら!二手に分かれるって話じゃなかったの!?」

 「それは雷堂が言っていただけだ。まあ私はそれでも構わんぞ」

 「じゃあ行きたい建物の大凡の方向でチ〜ム分けしようかあ。おれとたまちゃん氏と下越氏は美術館方面でえ、相模氏と荒川氏と星砂氏は記念館方面ってことでえ」

 「貴様に決められたから行くわけではない。あくまで俺様自身の意思で決めたことだ。勘違いするなよぎっちょう」

 「あいあ〜い。じゃあ1時には戻らないといけないからあ、12時45分にここに集合ってことでえ」

 「納見は意外としっかりしているのだな。もっと抜けているヤツかと思っていた」

 「この面子ならイヤでもそうなるよねえ」

 「いよーっ!くじ引きで決めるのは悪手でしたでしょうか!」

 

 石畳の道があちこちに散った建物にそれぞれ伸びてて、エリアの真ん中には丸い噴水がある。少し丘のように盛り上がったエリアにはよく手入れされた芝が生え揃っていて、まるでこのミュージアム群そのものが展示品のような配置にも思えてきた。芸術ってえのはうっかりすると見過ごしてしまいそうだねえ。

 取りあえずチ〜ム分けもして、集合時間も決めたことだし、おれは美術館に行ってみようかねえ。

 

 「なんだか康市お兄ちゃん楽しそう。呑気だね」

 「そりゃあこれでも芸術家の端くれだからねえ。美術館や博物館には興味が湧くさあ」

 「オレはあんまりだなあ。中は飲食禁止だろ?飲み食いできねえで何をどう楽しめってんだ」

 「自分が楽しみたいように楽しむのが一番なのさあ。芸術ってものにはゴ〜ルも正解も模範解答もないからねえ。おれなんか楽しみ方を見つけるために一日中美術館にいてえ、閉館で閉じ込められたこともあるよお」

 「2人ともタイプの違うバカだね!たまちゃん帰りたい!」

 

 美術館をはじめとするこの辺りの建物は、入場料は取らないようだあ。モノクマが管理してるならどうせ必要ないだろうしい、自由に見られるのはおれにとってもありがたいねえ。

 美術館の入口はいわゆる古代ギリシア建築を彷彿させる造りでえ、黄金比で造られてるねえ。ヘンなところにこだわるのはいいけどお、肝心の中身は大丈夫なのか心配になってくるよお。たまちゃん氏と下越氏は既に興味がないようだしねえ。

 

 「こんなところに脱出の手掛かりなんかあるのかよ?」

 「さあねえ。どこに何があるか分からないのはモノクマランドでは常だろお?」

 「わあ〜!ねえねえこれすごいよ!」

 「たまちゃん氏、美術館は静かに楽しむものだよお」

 「こんなおっきなエメラルド初めて見たよ!こっちは純金だって!」

 「でっけえ皿だな。なになに・・・なんて読むんだこれ」

 「翡翠(ひすい)琥珀(こはく)だねえ。焼き物じゃない上にこんなものでできた皿があるなんて知らなかったよお・・・世界は広いねえ」

 「エメラルドのマスクに純金の埴輪。たまちゃん芸術とか興味ないけど、これはなんか違くない?」

 「埴輪を作ってた時代に純金を加工する技術なんかなかったはずだけどねえ。この皿もまるまる一つの琥珀のようだしい、自然物のお、しかもかなり時間のかかる鉱物や樹液での造形なんてのは新たな領域だねえ。ううんこれは興味深いよお」

 「納見ってそんな口数多いヤツだっけか?ってか興味深いならちゃんと目ぇ開けて見ろよ」

 「これでも全力で開けてるんだけどねえ」

 

 たまちゃん氏が見つけたのはあ、ガラスケースの中に並んだ宝石の工芸品の数々だった。どれもこれも超技術というかあ、無意味の追求というかあ、芸術家の端くれとしては実に面白いものばかりだねえ。こういうのは実用性じゃあないのさあ。

 

 「これってモノクマネーで買えないのかなあ。たまちゃんこのエメラルドのマスクが欲しいなあ」

 

 たまちゃんのセンスはさておいてえ、この美術館はこの先もかなり楽しめそうだよお。入口から見える展示ブースに入って行くとお、吹き抜けのホールは採光式の天井になっていてえ、太陽光がきらきらきらめきながらホールを照らしている。そのど真ん中にい、まるでこの美術館の主だとでも言いたげにい、その彫刻は屹立してた。

 スラッと伸びた細くきれいな脚を肩幅に開いてえ、同じくらい細い腕を尊大に組んで豊満な胸を張るそれは・・・少女の石像だった。少女というのは適切じゃあなさそうだねえ。年はおれたちと同じくらい、高校生くらいだねこりゃあ。生きているかのようにうねり波打つ髪はツインテ〜ルでえ、石像だと分かっているのに胸元や二の腕の質感は柔らかできめ細かい肌を思わせる。風になびいてるらしいスカ〜トは無意識に覗き込んでしまいそうでえ、ひだ越しに見える大きな眼を見るとすぐに目を逸らしてしまう。

 

 「・・・・・・な、んだこれ・・・?」

 

 下越氏がなんとか絞り出した言葉は何の意味も無い。これが何かなんて分かるはずないしい、分かっちゃいけない。直感的にそう思うくらいこの石像はあ・・・あまりに巨大で、あまりに美しくて、あまりに途方もなくて、あまりに圧倒的だった。

 

 「タイトル『“絶望”の国の建つ日』・・・なんていうか、変態だね。こんな大きい女の子の像造るのとかなんかキモい」

 「こんなデカいもんどうやって造るんだよ?」

 「普通はパーツごとに石を切り出してくっつけるんだけどねえ。この近さで見て接合部も見当たらないしい、不気味だねえ。タイトルもなかなか悪趣味だよお」

 

 建国を記念して像を立てることは例がないわけじゃあない。リバティ島の自由の女神とかあ、リオのキリスト像は有名だしねえ。でもだからこそお、ここにこんなタイトルでこんな像を立てるなんてねえ・・・何かのメッセージとしか思えないよお。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不気味だな。外面は整然として行楽地のような雰囲気さえ醸し出しているにもかかわらず、一歩中に入ればたちどころにその異様な有様に、いい知れない空恐ろしさに苛まれる。動物園は檻やケージだけが並び、水族館は水だけに満たされた水槽を巡り、まるで生き物だけを抜き取ったかのようだ。こんなものが何を目的として設置されたのか謎めくばかりだ。

 

 「動物園とは動物がいるものとばかり思っておりました!水族館とは魚が展示してあるものとばかり!名前だけで判断してはいけないということですね。いよ?しかしでは、どう楽しめばよいのでしょうか?」

 「普通はいるぞ。ここが異常なのだ。というか、動物園も水族館も行ったことがないかのような口振りだが?」

 「此度が初参りでえござんす。いよーっ!映像で知識はこのお粗末なおつむにも刻んであります故、全くの無知というわけではございませんよ!」

 「ふむ、そうか。動物が苦手なのか?」

 「否!あまり触れたことはございませんが、乗馬と鷹匠は経験がございます!闘犬、闘鶏も少々」

 「聞けば聞くほど分からなくなってくるな・・・今朝の件といい、お前の家の教育方針はどうなっているのだ」

 「きょ、教育・・・ですか?」

 

 なぜ動物園と水族館に行った経験がなくて、乗馬と鷹匠の経験があり闘犬と闘鶏の嗜みがあるのだ。そういえば今朝は下越の料理を妙な言い方をしていたし、これは相模家だからなのか?いやそうに違いない。私の家がズレているのか?いや、至って一般的だ。故に相模家がズレているに間違いない。

 呆れて言う私に、相模はきょとんとした顔で返す。近くて見えぬは睫毛、という言葉を聞かせてやりたい。いや、相模ならこの程度の日本語ならば知っているかもしれんな。

 

 「いよっ?然れば、星砂さんは何処へ行かれましたか?」

 「なに・・・?ヤ、ヤツめ・・・!また勝手にどこかへ行ったな!おのれ、この私を撒くとは。小学校の遠足を思い出したぞ・・・!くっ!」

 「くっ!ではありませんよ!星砂さんを放っておいたら何をしでかすか分かったものではありません!探しましょう!」

 「まあ落ち着け。どうせ水族館の出口は一つ。急げば追いつけるだろう」

 

 どうせこの水族館にも見るところはないのだ。着物で急ぎにくそうにしている相模の手を引いて、私は出口から星砂の姿を探した。すると、ちょうど反対側の建物の自動ドアが閉じていくのが見えた。さてはあそこに行ったなと、建物の名前を確認する。

 無機質なコンクリート剥き出しで他の建物とは一線を画すデザインだ。何より、半球状のモノクマの顔があしらわれた入口のオブジェが不快極まりない。建物の名は、『記録館』。何の記録なのかは明確にされていないが、星砂は何を感じてこの建物に入ったのだろう。

 

 「いよっ!荒川さん!あちらにキネマ館とやらがあるそうです!いよはあちらに・・・!」

 「生憎だが私の身体は一つしかないのだ。そっちは後にしてもらおう」

 「いよよよよよよォ〜〜〜っ!!」

 

 水族館を出るや否や目的を見失って明後日の方向に目移りする相模を引きずり、私はその記録館に入った。ガラス製の自動ドアが開くと、中で私たちを待ち受けていたのは黄金のモノクマだった。どうやらこれもオブジェらしい。押しつけがましいほどの輝きと、忌々しいほど磨きのかかった像で、そんなモノクマを取り囲むように、無数のリングファイルが陳列されていた。その全てに番号が振られ、天井まで届かんという本棚の威圧感のなんということか。

 その一つのファイルを手に取り、星砂は読み耽っていた。奥へと続く通路にもファイルは陳列され、二部屋目は入口の部屋より更にたくさんのファイルが並んでいた。目眩がしてくる。

 

 「な・・・なんだこれは・・・!?一体、なんの資料だ?」

 「いよぉ・・・物々しくて凄気でありますな・・・」

 「一冊取って見ればいい。なかなか有用そうだぞ」

 「いい予感はしないな」

 

 雰囲気に圧倒されて簡単に言葉が出ない私たちに、星砂は口角を上げて返した。この建物の様相と星砂の性格を考えて、ろくなものではない、ともすれば損するようなものであることは容易に想像がつく。試しにそばにあった一冊を取り、開いてみた。綴じられていたのは何かの報告書のようなもので、ひたすら文字の羅列と手で描いたような図表が載っていた。

 一枚目は、『参加者』のリストだ。どれも名前を塗り潰されていて何者か分からない。いずれも共通しているのは、全員が“超高校級”の肩書きを持っていることだ。もちろんその詳細までも伏せられているが。

 二枚目は、『設定と展開』の解説だ。どこで、どのように始まり、何を以て促進され、どのような役割を与えたか。そしてどのような結末を迎え、その後どうなったか。読んでいるだけで寒気がする。

 三枚目から数枚は、『事件概要』だ。死体の発見場所、発見者、殺害方法の図説とそれに付随する必要以上の補足説明、殺害動機、主な証拠品、そして学級裁判の議事録と、その後に執行された処刑について。悪趣味極まりない。

 察するにこのリングファイルに記録されているのは、どこかで誰かが強いられた『コロシアイの記録』だ。それが意味することに気付いた私は、おそらく輪をかけて白い顔をしていたことだろう。ここにあるリングファイルの全てが、そうだというのか?

 

 「いよぉ・・・大変分かりやすくてまとまった文書ですね。分かりたくもなかったですが!」

 「『死者』による死体移動トリック、落差とタイマーを利用した全自動殺人、生存者全員をクロとする自殺、死者不明による黒幕への駆け引き・・・なかなか面白い記録だ。くくく、参考にさせてもらおう」

 「いよっ!?さ、参考!?それはどういう意味でしょうか!?」

 「決まっているだろう。これだけの資料があるのだ。凡俗どもの考えるトリックなどここのデータベースを使えば容易に看破できよう。だが同時に、俺様がいずれクロとして失楽園になるための資料にもなる」

 「またそのようなことを。ですが舌先三寸でしょう!結局、須磨倉さんが先に手を出してしまったわけでありますし!」

 「相模。お前の発言も大概だぞ」

 

 これら全てがコロシアイの記録、それも全てが“超高校級”の生徒たちによるものだとすれば、恐ろしいことだ。しかしただ恐ろしいだけではない。これほどの数の“超高校級”の生徒たちが犠牲になったのだとしたら、希望ヶ峰学園が何も関知していないわけがない。最悪の場合、このコロシアイを取り仕切っている者となんらかの繋がりを持っていても、おかしくない。邪推だといいのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スニフと交代して女子三人組と一緒に、アクティブエリアの向こう側にあるエリアに来た。なんだか妙に大きな目玉が描いてあったり、紫色や黄色で幻想的な絵が描いてあったり、妙なゲートだ。もうこれ以上面倒なことになってほしくない。ウキウキしながらゲートが開くのを待つ虚戈、不安げな正地と研前。俺は、この奥で待っているものからこいつらを守り切れるか心配で頭が痛くなってきた。

 

 「ひらけー!ゴォーーー!マアアアアアアアア!!」

 「楽しそうね、虚戈ちゃん」

 

 虚戈がお呪いを唱えたからか、ゲートはゆっくりと開いて奥の光景を露わにした。アクティブエリアは爽やかな陽気が降り注いでこれ以上ないってほどの天気だ。なのにゲートの向こう側は薄暗くて、竹林や柳や杉林が鬱蒼としてる。瘴気っていうのか?妙な雰囲気がゲートから流れ出してきたような気さえした。

 

 「な、なにかしらこのエリア・・・?なんだか怖いわ」

 「きゃはは〜〜♡生暖か〜い♢なにこれなにこれ〜♡たーのしー♫」

 「三人とも離れるなよ。モノクマが何を用意してるか分からないんだ。くれぐれも」

 「わっきゃーーー♡」

 「おおおいっ!!言ったそばどころかまだ言い終わってないぞ!!待て虚戈!!」

 「ちょ、ちょっと雷堂くん!待って!あなたまでどっかに行っちゃったら・・・!」

 「んっ・・・そ、そうだな・・・。ええっと、取りあえず、探しに行くか。研前、大丈夫か?」

 「う、うん。虚戈さん、早く探してあげないと」

 

 心配してたこと第一位が予想通り起きた。予想通りだったのに、俺は焦ってまた判断を間違えた。正地に呼び止められなかったら、虚戈を追いかけて研前と正地を置いてけぼりにしてた。リーダーぶっておいて結局俺は周りが見えてないし、後先を考えられない。

 不安げな正地と元気のない研前、しかも研前に至ってはなぜか目を合わせてくれない。今になってスニフと交代したことを後悔し始めた。さすがの虚戈も、スニフの前では年上ぶってるらしいし。その分こういうときに発散してんだろうなあ。

 

 「取りあえずまとまって動こう。正地と研前は手を繋いで、はぐれないようにしといてくれ」

 「ええ、分かったわ。研前さん、行きましょう」

 

 正地がしっかりしてくれてるから研前を任せておける。なんだか目は合わせてくれないし一定の距離を保たれてるし、もしかして俺嫌われてるのか。やっぱり女子のことは女子に任せた方がいいみたいだな。

 生暖かい空気が沈滞してて、一歩毎に気持ち悪い空気が顔にまとわりつく。風も吹いてないのにどこからともなくホウホウという音が聞こえてくる。暗がりの中にぼんやりと浮かぶ建物のシルエットが、巨大な怪物みたいに見える。モノモノウォッチにはエリア名と簡単な地図が既に登録されてた。

 ここは“幽玄なる神秘のエリア”、スピリチュアルエリアというそうだ。スピリチュアルっていうかホラーじゃないのか。

 

 「なんだろう・・・すごく、イヤな感じ」

 「研前、無理しなくていいぞ。今朝も体調悪そうだったし、しんどいなら部屋に戻るか?」

 「う、ううん。大丈夫。虚戈さん心配だし・・・」

 「どこ行っちゃったのかしら?まだそんなに遠くまで行ってるとは思えないけど」

 「近くの建物に入ったんだったら、この辺りだよな?」

 

 あいつの行動は全然予測が付かない。さすがに他のエリアに行ったってことはないだろうけど、このエリアは建物だけじゃなく、茂った林もある。そんなところに迷い込まれたら見つけられないぞ。やけにぐねぐねした道を歩いて行くと、二つの建物が見えてきた。一つは趣味の悪い電飾が景気悪そうに点滅する小さなテント。もう一つは暗い中でも圧倒的な存在感を持つ大きな寺だ。ボロい建物が鬱蒼とした林の中に浮かび上がって不気味だ。

 

 「と、取りあえず、色々調べてみよう。何があるか分からないしまとまって3人で」

 「だけど、そのテント小さいわ。3人もいっぺんに入れないんじゃないかしら」

 「だったら俺だけで入る。2人はそこで」

 「これだけ近いんだもの。手分けして虚戈さんを探した方がいいわ。研前さんは私が一緒にいるから大丈夫よ。怖いけど・・・虚戈さんもきっとどこかで怖がってる、と思うから。たぶん」

 「じゃ、じゃあ俺はこっちのテントを調べるから、二人はそっちの寺を。俺もすぐそっちに行く」

 「気を付けてね」

 

 あっさり正地に指示を訂正されて、決まり悪く采配し直した。女子二人で得体の知れない寺の探索をさせるのは心配だ。けどモノクマの方から俺たちに直接危害を加えることはないはずだ。でなきゃこんなコロシアイなんて回りくどいやり方で俺たちを追い込もうとなんかしない。けどどうせよくないことが起きるだろう。なるべくこのテントは簡単に済ませて、さっさと向こうに行かないと。

 テントのベールをめくって中の様子をうかがう。テント内は枠組みでしっかり天井を高くしてあって、俺ぐらいの身長でも立つ事ができた。薄暗い中にシャンデリアみたいな飾りがあって、僅かな光を増幅し辛うじてテント内でも動けるくらいに照らしていた。妙な匂いがすると思ったら、お香が焚いてあるんだな。わずかに煙ってる。その中に薄く浮かぶ影があった。

 

 「むむむむ〜〜〜ん♣あなたのお名前はぁ・・・こなただ!ありゃワタルだった♣しっぱいしっぱい♫ドントマインド〜♡」

 「なにやってんだ虚戈。こんなところにいたのか」

 「占いの館だよ♡水晶玉とかじゃらじゃらのアクセサリーとか、それっぽいでしょ?」

 「お香焚きすぎだ。ケホッケホッ」

 「ゲホッ♠むにゃむにゃむにゃ〜〜ん♠あなたお悩みですね?」

 「・・・ごっこ遊びしてる場合じゃないんだ。さっさと出て探索しに行くぞ」

 「せわしないなあワタルってば♫あのねワタル、せわしないっていうのは心が乾くと書くんだよ☆」

 「ちがうぞ。心を亡くす、な」

 「ああそうだったそうだった♢ワタルの心は亡くなっちゃってない?」

 「どういうことだよ」

 「だってワタルさあ、なんだか焦ってるみたいなんだもん♠もっとゆっくりスローにいこうよぉ☆ヤスイチじゃないけどのんびりするのも楽しいよ♡」

 「コロシアイをさせられてるんだ。須磨倉みたいに、ぼやぼやしてたらまた誰かがモノクマに唆されて妙なことしないとも限らないだろ」

 「ふ〜ん・・・じゃあワタルは、みんなのことを信用してないんだ♫マイムと一緒だね♡」

 「は?」

 

 よく磨かれて透きとおるような水晶玉は、だけど俺の顔を球面に伸びた形で映し出す。暗い雰囲気とお香の煙ではっきり見えなかったけど、でも虚戈の言う通り、健全な奴の顔とは言えなかった。けどこんな状況でまともでいられるヤツの方がよっぽどまともじゃない。むしろ普段の調子を崩さない虚戈の方が異常なんだ。

 

 「誰かが殺しを起こすかも知れない、だからマイムは毎朝身体を鍛えているのだ☆ワタルもどう?マイムは誰かを殺したりしないよ♫それはいけないことだからね♡マイムはいい子だからいけないことはしないし、いけないことをしようとしてる人を告げ口したりしないよ♡」

 「信じてないなんて・・・そんなことない。みんなのことを信頼してる」

 「だったらモノクマに何を言われても殺しなんか起きないはずだよね?信頼してるんだもんね?だったらワタルは焦ったり不安がったりする必要ないよね?もう誰もコロシアイなんてしないんだから!」

 「い、いや・・・そうじゃない。信じることと疑うことは逆のことじゃない。同時に起きうる」

 「じゃあやっぱり疑ってるんだ♫」

 「・・・」

 

 なんというか、虚戈のこういうところが扱いにくい。子供っぽいのに、ただの子供とは明らかに違う。一生懸命考えたり、ときには知らず知らずのうちに核心を突くスニフと違って、虚戈は明らかに分かって突かれたくないところを抉ってくる感じだ。まともに相手をしてたら、こっちだけが削られる。そんな感じだ。

 

 「人は疑う生き物です☆だから疑うことを悪とせず信じることを美徳とせず、正しい選択をする賢さを身につけなさい♫」

 「・・・なんだよそれ」

 「どうしてマイムはみんなを信じられないのかなーってこの水晶玉を見てたら浮かび上がってきたんだよ♡すごいよねー☆ワタルも悩みがあるならやってみたら?」

 「悩み・・・え、というか虚戈って悩むのか?」

 「シッケーな!マイムだって悩むことくらいあります♠」

 「・・・」

 

 長すぎる袖をバタバタして、虚戈は間の抜けた擬音が聞こえそうな怒り方をする。占いの館なんて名前だが、どうやら水晶玉に色んな言葉が浮かび上がってくる仕掛けがしてあるらしい。虚戈がそれを面白がってごっこ遊びをしてるってわけだ。こんなもので悩みが解決するなら苦労しない。けど・・・。

 

 「虚戈くらい裏表がないヤツになら、逆に相談できるかもな」

 「なんでも言いなさい☆」

 「・・・茅ヶ崎が殺された夜さ、俺自分から見張りに名乗り出ておいて、何もできなかっただろ。下手なことしてみんなに迷惑かけるしさ。学級裁判でだって、的外れなこと言って邪魔にしかならないし・・・俺にリーダーなんか務まらない。正地みたいにみんなに気を遣えたり、下越みたいにみんなを支えられたり、星砂・・・は性格はアレだけどみんなを引っ張れる強引さと自信がある。俺には何にもないな・・・」

 「ふーん♫だからつまり、ワタルは自信喪失なんだね♡マナミが殺されるのを止められなかったし、裁判中も確かになんにもしてなかったもんねー☆いてもいなくてもよかったっていうか、中途半端なことしたせいで余計にややこしくなった感じだよねー☆」

 

 裏表無いからってちょっと気を許したけど、裏表なさ過ぎてドストレートだな。いやまあその通りだけども。自分で言って、虚戈に言われて。頭の中で反芻してただけの形のない感情に形ができて、胸にグサグサ刺さっていくような。

 

 「でもね、マイムは思うんだ♡ワタルはそんなつもりでやったんじゃないって☆リーダーだから、みんなのためになると思ってやったんだよね☆そういうこともあるよ♫良かれと思って裏目に出るなんていつものことだよ♫」

 「気持ちなんか関係ないんだよ。結果がどうなったか、それが大事なんだ」

 「それはちがうよ♡ワタルはワタルらしくすればいいんだよ♫みんなのリーダーなんだからさ☆自分に自信を持って、自分が正義の味方だーって思い込んじゃえばいいんだよ♫失敗したらもう二度と同じ失敗をしなきゃいいんだよ♫失敗したなんて認めなければいいんだよ♫」

 「それは・・・開き直れってことか?」

 「占いというのは道標・・・どう捉えるかはあなた次第なのです☆」

 「なんかズルいな」

 

 開き直りか。星砂くらい無根拠に、下越くらい明確に、自分に自信を持てってことか。同じ失敗は二度としなけりゃいいけど、一度失った信頼をもう一度取り戻すのは簡単じゃない。それも含めて、開き直ればいいってことなのか。

 

 「弱ったらマイムが話し相手になってあげるから、いつでもマイムのところにおいで♫よーしよし♡」

 「・・・」

 

 脈絡なく頭を撫でられて、俺は思わずドキッとした。こんな子供みたいなヤツがなんで俺をそんなに甘やかすんだ。俺は・・・どうすればいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あんな小さいテントを調べるのに、雷堂くんは結構な時間がかかってるみたい。中によほど大事なものがあるのか、モノクマの罠でもあったのかしら。心配だわ。

 

 「正地さん・・・大丈夫?」

 

 そう声をかけてきた研前さんの顔色は悪くて、私よりあなたの方が大丈夫か心配になるわ、と言いかけた。だけど研前さんがこの調子なのは今朝からずっと。今更言っても仕方ない。何より茅ヶ崎さんのことを考えれば、それも仕方ないわ。直接は関わってないけれど、研前さんも巻き込まれてるようなものだもの。

 

 「こんな雰囲気だし、私は全然霊感とかないけど・・・ヘンな気分になったりしてない?」

 「こ、怖いこと言わないでちょうだい!?やだ。なにか出たりとか・・・しないわよね・・・?」

 

 霊感なんて聞くと、お寺の雰囲気も相まってもうそんな気分になっちゃうじゃない。オバケとかそういうのホントにダメなのよ私。研前さんはそれどころじゃないって顔してるけど、私はぴったり自分の身体を研前さんの腕にくっつけて、そろりそろりと境内を探索する。

 古びた本堂は木材がめくれたり、腐って折れたり、障子が破れてたり、不気味さの演出に余念がないわ。それに灯籠と鐘楼まであって、こんな雰囲気じゃなければ有難い御利益でもありそうな大きなお寺なのかも知れないと思わせる。

 

 「これって除夜の鐘とかで鳴らすヤツだよね?」

 「普通こういうのってちゃんと場所を用意してあるものよね?なんでこんなところに・・・」

 

 鐘楼には撞木と大きな釣鐘が吊してあって、手を伸ばせば撞木で鐘を鳴らすこともできそうね。怖いから鳴らさないけど。それよりもなによりも、この鐘楼が設置されてる周りにはずらっと、夥しい数の墓石が並んでた。お墓に囲まれた鐘楼の近くには、何に使うのかも分からない小さな小屋があった。そこの暗闇から何かが覗いてるような気さえしてきて、一刻も早くここから逃げ出したい気持ちになってくる。

 しかもその周りにある墓石は、どれもこれも名前が彫られてない。無名の墓石群。物凄く不気味だわ。

 

 「なんなのかしらこれ・・・これも演出?モノクマって本当に悪趣味ね」

 「名前が彫られてないお墓・・・これって、ただの飾りなのかな?」

 「ど、どういう意味?」

 「・・・皆桐君とか、茅ヶ崎さんとか須磨倉君とか、死んだみんなに何もしてあげられてないなって、ちょっと思ったんだ。モノクマが用意したものだし、造り物かも知れないけれど、私たちがみんなのためにしてあげられることはしてあげたいなって・・・ちょっと思っただけ」

 「・・・」

 「みんなの身体はちっとも・・・骨の一欠片もないけど、でもここに名前を刻むだけで、きっと何かが変わると思うんだ」

 

 落ち込んでるように思ってたけど、研前さんなりに色々考えてたのね。そういえば、私たち皆桐君とか茅ヶ崎さんのことを悲しんでばっかりで、あの人たちのために何かをしてあげたことも、してあげようとしたこともなかった。だってそんな余裕なかったもの。だけど研前さんは、この無銘のお墓を見て皆桐くんたちのことを考えられる人なんだ。

 

 「優しいのね」

 「ちがうよ・・・何か少しでもみんなのためになることをしないと・・・私が耐えられないだけ。こんなのただの自己満足だよ。正当化だよ。偽善なんだよ」

 「・・・ねえ研前さん。茅ヶ崎さんのことや学級裁判のことで参ってるのは分かるけど、落ち込んでても何も変わらないわ。相模さんと下越くんが言ってたみたいに、前を向かないと。その区切りのために、ここにお墓を作るって言ったんじゃないの?」

 「正地さん・・・」

 「そう言えば、研前さんって私たちの前ではずっと落ち着いてて、穏やかよね。あんなことがあったのに、私まだ研前さんの涙見てないわ」

 「う、うん・・・?」

 「弱ったら泣いていいのよ?それで迷惑に思う人なんていないわ。少なくとも、あなたが泣いてたら私が受け止めてあげる。辛かったり苦しかったりしたら気持ちを吐き出さないと、潰れちゃうわよ」

 「・・・で、でも・・・わたしが泣いたら・・・わたしが頼ったら・・・・・・正地さんが・・・!」

 「もう。大丈夫だったら。これでも私、按摩よ?セラピーとかカウンセリングとか、そういうのは慣れてるの。女の子1人元気にできないで、“超高校級”は名乗れないわ」

 「・・・・・・ううっ、うぅ・・・」

 「研前さん」

 

 どうしてか、研前さんは自分のすることを偽善なんて言う。もしかして茅ヶ崎さんや須磨倉くんが死んでしまったことに、責任を感じてるのかしら。事件に関わってしまったばっかりに、漠然とした不安感や責任感に悩む人がいるっていうのは聞いたことがある。だからきっと、研前さんもそんなようなところなのね。

 そういう人には、感情を吐き出させるのが一番。特に研前さんの普段の様子を見てると、自分の中に感情を溜め込んじゃうタイプだから、少しムリヤリでも受け止めてあげないと、いつかこの子が先に壊れちゃう。だから、私がしてあげるのはこれだけ。両手をいっぱいに開いて、優しくこう言ってあげること。

 

 「いいのよ」

 

 そう言うと研前さんは、俯いたまま躊躇いがちに私に寄り添ってきた。小さく震える身体も、漏れてくるしゃくりあげる声も、全部優しく抱きしめて、今はそのまま正直でいることを認めてあげた。

 この子が抱えてるものとか、過去とか、学級裁判を通して背負ったものとか、私には分からない。分からないからこそ、こうやって強気なことが言える。そうしてあげることが、今の研前さんには必要なことだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「本当にヤツに任せて大丈夫だったのか?スニフが毒されないか心配なのだが」

 「さあ・・・」

 「今からでも引き返そうか」

 「それは流石に時間の無駄だろう。城之内にも人としての良識があることを信じよう」

 

 我ながらなかなかに辛辣なことを言っている。女子の扱いに全く信用がおけない城之内だが、さすがに子供相手に妙なことは吹き込まないだろう。いや待てよ?確か図書館でスニフに卑猥な本を薦めようとしていたような気が・・・。本当にこれでよかったのか、今更になって不安になってきた。

 

 「日頃からヤツの言動は目に余るのだ。女子どもを下劣な目でなめ回すように視姦するわ、いやらしい手つきで撫で回そうとするわ。かと思えばさっきは私を女子扱いしなかった・・・いよいよ腕の一本や二本折ってやろうか」

 「・・・そういうことを言うからだと思うぞ。ヤツも大概だがお前も人のことは言えないのではないか、極」

 「セクハラに憤るのは女子として至極真っ当ではないのか?」

 「憤って技をかける女子はそうはいない」

 

 そもそもなぜ極がそんなに格闘技に詳しいのかはさておき、俺は技こそないが力で城之内や極をねじ伏せることは簡単にできる。いざとなったら押さえてやらないと。冗談で済まなくなる前に。

 

 「それにつけても、なぜこんなエリアが用意されているのだ。テーマパークではなかったのか?」

 「モノクマの考えることだからな・・・俺はこういう所は避けてきたんだが」

 「ストイックだなお前は。私は見慣れているぞ」

 「慣れているのも問題な気がする」

 

 まるで地元に帰ってきたかのようにリラックスした様子で辺りを見渡す極に、俺は呆れた。俺は田舎の方にいたからこういうキラキラした通りとは無縁だったが、それでも今俺たちがいるここは、いわゆる大人の街というヤツだ。

 電飾は昼間なのにギラギラと無駄に灯り、サイケデリックな色合いの看板が所狭しと並んでいる。建物の前はゴミや汚れが埋め尽くし、どれ一つとして壊れていないものはなかった。隙間無くならぶ建物の入口は、奥が見えないように暖簾や目隠しで覆われているのに、客を引き寄せようといかがわしい写真を掲げたり陳腐で浮ついた文言を張り出している。ところどころ真っ当な店もあるようだが、むしろそっちの方が肩身が狭そうにしている。

 

 「勘違いするな。慣れてはいても好きではない。むしろ嫌いだ」

 

 道の真ん中でくるりと振り返った極は、ぼんやりと周りを見渡す俺を指さして言った。ここは俺たち高校生が来るようなところではない。かといって気質の人間が気軽に立ち入るようなところでもない。人々の欲望が不安定に形になった街。日向を堂々と歩くことのできない人間たちの街。そんな印象だ。そんな街に慣れている人間ならば、思い当たる業界(せかい)は少ない。

 俺が思うに、極は少しばかり手が早いところがあるが、それでも思考は至ってまともだ。胆力があり腕っ節も立つ、頼れる強い者だ。しかしだからこそ、はっきりさせたいことがある。

 

 「・・・気を悪くしたらすまないが、それはお前の“才能”が関係しているのか?」

 

 ここに来る前、極はどこにいたのか、だ。普通の女子高生が、同じ年代の男子を軽く技にかけるような戦闘能力を有するわけがない。死体を見て冷静に検死を申し出る度胸を備えるわけがない。近づきさえしない街に慣れているわけがない。つまり・・・表の社会とは違う中で生きてきたのではないか、という疑念だ。

 

 「こ、答えたくないなら無理に答えなくていいんだ。少し気になってな。お前はその・・・う、裏社会との繋がりがあるのかどうか・・・」

 「ああ・・・多いに関係しているな。いや、そう申し訳なさそうにするな。過去を否定する気はないし、“超高校級の彫師”を名乗るのならその手の話は必然だ。それにしても・・・裏社会などと手垢のついた表現をされるとなんだかくすぐったいな」

 「す、すまない」

 

 城之内が近くにいないというだけで、極はこんなに優しく、茶目っ気を出すものなのだろうか。口元を手で押さえてクスクス笑う仕草に、一瞬そこにいるのが誰だったか忘れそうになった。

 

 「あまり自分のことを語るのは好きではない。お前の想像通り、ヤクザ者たちとは浅からぬ関わりもある。命の危機もあった。耳当たりのいい話ではないからな」

 「・・・」

 「お前がこの手の話に興味があるとは意外だな。もっと穏やかな質だと思っていた」

 「い、いや。極道に興味があるわけじゃない。ただ・・・極が何か知っているなら、話して欲しい」

 「私が?何を知っているというのだ」

 

 そう純粋に尋ねた極の目を、俺は見ることはできなかった。その問いかけが出てくるということは、知らないに等しいことを意味する。大体そんなことを極に確認して何になるというのだ。俺は何を恐れている。最初から話すつもりなどないというのに。

 

 「・・・いや、なんでもない。やはり俺は血生臭い話は苦手だ。暴力も嫌いだ」

 「それにしてはよく鍛えられた身体をしているが」

 「身体を鍛えるのは趣味みたいなものだ。それに鍛冶をしていれば自然とこうなる」

 「そうは思わんが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっちを見てもこっちを見ても、下品でダセぇ光景ばかりだ。情操教育に悪そうな看板が並んで、胡散臭え呼び込みでカモを待つ飲食店と嘘っぱちだらけのブランドショップが道の両脇を占領してる。なんでオレはガキんちょ連れてこんなところ歩いてんだ。

 どうやらここら辺は全部こういう演出だけで、飲み食いも売り買いも実際にはできねえみてえだ。モノモノウォッチに表示されたモノクマネー残高がいつの間にか増えてることに舌打ちした。

 

 「ったくよぉ。こんなもんオレの趣味じゃねえっての。ゲスいのはお断りだぜ」

 「ここがジャパニーズナンバーワンシティ!カブキチョーですか!Amazing!なんかちょっとヘンなスメルします!」

 「似てるけど違えな。つかスニフにここ歩かせていいのか?あいつら、オレにスニフ押しつけやがったな」

 「ボク、バーデンですか?ひとりで歩けますよ?」

 「別にお荷物ってわけじゃねえけど・・・まあいっか。別にスニフがゲスになろうがどうなろうがオレの知ったこっちゃねえし」

 「むっ。今ボク、ものすごくやり投げなあつかいされた気がします」

 「投げ遣りな。つか別に、オレはお前の英語分かるんだから無理して日本語話す必要ねえぞ」

 「Oh, really(あ、ホントですか)? |Well, to be honest, it's hard at heart to speak Japanese《いやー、実は日本語話すのすごくしんどいんですよね》. |I need to translate my words into Japanese《言葉をいちいち日本語に訳さなきゃいけないんですけど》, it's really difficult in a moment(素早くやろうとするとすごく難しいんですよ).」

 「口調まで変わってんじゃねえか!っつーか英語通じんのそんなに嬉しいか!?」

 「Of course(そりゃそうですよ) ! Even if I say something(なんだかんだ言っても), native language is the best to speak as expected(やっぱり母国語が一番話しやすいです). Um(う〜ん) ! It's very comfortable(すっごいしっくりくる) ! Then, Daisuke(で、ダイスケさん) ! Where're we go(どこ行きましょう) ? I think that there are no clues in this area(ボクが思うにここ何の手掛かりもないですよ). Just a monument(ただの飾りです) !」

 「英語だとよくしゃべんなあお前!」

 

 おもっくそ英語で話されて、まあ普通に分かるからいいんだけど、もしかしてスニフってオレのことナメてねえかと思ったりしちまう。ナメてたとしてもその自覚はねえんだろうな。ホントに、尻尾があったらぶん回すくらいに喜んでるのが目に見えて分かる。躊躇も遠慮もなしに一気にフルイングリッシュに変えやがったなこいつ。

 

 「けどまあお前の意見には賛成だ。テーマパークの演出にすらなってねえ、このエリアはハズレだな。どうせモノクマのヤツは見張ってんだろうけど・・・ここなら誰にも聞かれねえな」

 「Huh()?」

 「なあおいスニフ。お前なんで雷堂とチーム交換した?いやもっと厳密に言うなら、なんで雷堂を向こうのチームに()()()()()?」

 「Aah(あぁ)...it, it's too hard to understand for me(えと、ムズカシイニッポンゴワカリマセン)...」

 「おいおいバカにすんなよな」

 

 あんなもんで誰にもバレてねえと思ってるわけもねえし、何の意味もねえと思うほどこっちも甘くねえ。それに何より、わざわざスニフが自分で言いだしたことがオレには分からねえし気に食わねえ。オレのアンテナにビンビン反応してんだよ。いまスニフが、ナメくさったことしてるってな。

 

 「学級裁判フルジャパニーズでやり抜いといて、今更ニホンゴワカリマセンじゃねえだろ?What are you doing(なんのマネだ)、だよ」

 「Um...|why I have to say you about my own problem《なんでダイスケさんに言わなきゃいけないんですか》. I don't wanna be frank(ボク言いたくありません).」

 「おいおいなんだそりゃ。お前オレを誰だと思ってんだ?あの伝説の高校生DJ!“超高校級のDJ”城之内大輔サマだぞ!?ガキンチョの悩みの一つや二つ解決できなくてラジオのオビ持てっかよ!」

 「Obi(オビ)? I don't know the meaning(なんだかよくわからないですけど)...It's not so simple(そんな簡単なことじゃないんです).」

 「まぁまぁいっぺん相談しとけや、年上の言うことは聞いといた方がいいぜ?それによ、リスナーがオレに持ちかけてくるのって、恋愛相談が結構多いんだぜ?」

 「!」

 

 ピクッ、とスニフが反応したのが分かった。分かりやすいヤツ。っていうかそれ以外に何があるんだってくらい丸出しだったけどな。

 

 「だいたいお前、このチャンス逃したら誰かに相談できんのかよ?オレくらいだぜ?お前の言いたいこと受け止めてやれるの」

 「!!」

 

 それもそうだ、みたいな顔して納得すんなよ。オレが誑かしたみたいじゃねえか。スニフにとっちゃ相当難しい話だろうしそれなりに襟を正して聞く必要がありそうだが、意外と蓋開けてみりゃ大したことねえってのは相談事ではよくある話だ。ちょうど近くにあった喫茶店(と説明したキャバクラ)に入って、スニフの話を聞くことにした。

 

 「で、どういうつもりなんだよ」

 「...well(その)...I was broken heart(失恋しちゃいました).」

 「んなこと分かってんだよ。相手は研前だろ?ったくガキんちょのクセして難易度高い恋愛するよなあ」

 「What() !? You know(知ってたんですか) !?」

 「あのな、あれだけ露骨な態度見せてて気付かねえと思ってんのか?気付いてねえの研前と下越くらいだぞ。オレが聞きてえのはお前が誰を好きかじゃなくて、じゃあなんで好きな研前と同じチームになったのに、敢えて雷堂を向こうに行かせたのかだ」

 「...|I heard, I just happen to hear, Konata loves Wataru《その、小耳に挟んだだけなんですけど、こなたさんはワタルさんのことが好きなんです》. Not me(ボクじゃなくて、ワタルさんなんです). |I heard it, then thought I have to give up to love her《そんなの聞いたら、もうボク、こなたさんのこと好きでいちゃいけないのかなって》. So she loves him(こなたさんがワタルさんのことを好きなら), if I really want her to be happy(本当にこなたさんのことを想うんだったら), |I must help them to be happy《お二人を幸せにしてあげなきゃいけないのかなって思ったんです》. |He's the great, so I can't cut their relation《ワタルさんは素晴らしい人ですし、ボクなんかが割り込むことなんてできないなって》. |For them, for her, I have to do everything I can《お二人のために、こなたさんのために、ボクがしてあげられることはしてあげようって思ったんです》. That change is one of them(だからワタルさんと入れ替えっこしたんです).」

 「ふ〜ん・・・I see(なるほどな).」

 

 ガキんちょのクセに色々考えやがって。なるほどな。よく分かった。しかしまあアレだ。見当外れもいいとこだな。オレのラジオのリスナーの悩みよりずっと見当外れで、めちゃくちゃで、そんでもって純粋だ。要するにこいつは、恋心ってのを相手を幸せにしてやりたい気持ちと捉えてるわけだ。そりゃあ取り違えるわな。

 

 「OK. At first(まず言っとくが), I'll talk to you in English to be(お前にも分かりやすいように) easy you understand what I say(英語で教えてやらあ).」

 「Ah(はあ)...thank you for your kindness(お気遣いどうも).」

 「Sure(いいか) ? What I have to warn to you is(まずお前に言っときたいのは、) "Don't be selfish(勝手なことすんな、だ)". 」

 「Selfish(勝手) ? Me(ボクがですか) ?」

 「|At least, you're making light of three of us《お前は今、少なくとも3人の気持ちを無視してる》. First, Togimae(1人目は研前だ). |It may be sure that she loves Raido《あいつは確かに雷堂のことが好きかも知れねえけど》, but also she's trying to conceal that(あいつ自身はそれを隠そうとしてるし), decide not to be(なかったことにしようとしてる). She might concern about Tigasaki's case(茅ヶ崎の件もあるし後ろめたいんだろ). But then(なのに), despite you're not relevant(なんで部外者のお前が), why are you effort to fulfill her love(その想いを果たそうとしてんだ) ? It's not your matter(それはお前が首を突っ込むことじゃねえ). Second, Raido(2人目は雷堂だ). |You seem that are considering her love《お前は研前の気持ちを尊重してるみてえだけど》, but you don't do Raido, don't you(雷堂の気持ちは確認したのか) ? |He might be loving someone else《あいつはあいつで別のヤツが好きかも知れねえ》 |or not anyone or can't on some reason《もしかしたら恋愛に興味がねえか、できない理由があるかも知れねえ》. How does he feel if you try to make(それを知りもせずお前が) a couple with her without considering him(ムリヤリ研前とくっつけようとしたら), you know(雷堂がどう思うかは分かるだろ) ? |If he loves her, it's not your matter, just I said《仮にあいつが研前のことを好きだとしても、さっきも言ったがお前が首を突っ込むことじゃねえ》. It's the matter of only Togimae and Raido(これは研前と雷堂の問題だ).」

 「・・・」

 「Third, you, Sniff(3人目はお前自身だ、スニフ). You love her very very much, don't you(お前は研前のことがたまらなく好きなんだろ) ? |Why is it much to give you up her that she loves him《なんで研前が雷堂のことを好きなだけで、お前があいつを諦める理由になるんだ》 ? Why are you ignoring yourself(なんでお前は自分の気持ちを無視して) and do you effort to fulfill her love(研前の気持ちを果たそうとしてんだ) ? |I know the wish to fulfill own dear's wishes《好きなヤツの願いを叶えたい気持ちは分かるが》, but in love it's different(それが恋愛感情だったら話は別だ). After all, you lost confidence(結局お前は自信を失くしてんだよ). |You think that you can't let her love you from him《研前を雷堂から自分に振り向かせるだけの自信がねえんだ》. |So you arrange the match to make the reason to closure《だからあいつらの仲を取り持って、研前を諦めざるを得ない理由を自分で作ろうとしてるんだよ》. It's all not for her(そんなもん、研前のためでもなんでもねえ). Your justify, your ego(自分に言い訳をするためのお前自身のエゴだ). You try to be closured your mind because(自分で自分の気持ちに整理がつかねえから) you can't it only yourself(人に整理を付けてもらおうとしてる). Don't fawn on kid(子供だからって甘えんなよ). When you love someone(人を好きになった時点で), |you try to bring it to an end《その気持ちをどんな形でもケリ付けようと思った時点で》, you must hold accountable(自分の恋心に責任持て). No one can take the place(人に理由を求めんな). |Only you can finish it《自分の気持ちにケリつけられんのは、自分だけだぜ》.」

 

 ずっとオレの話を黙って聞いてたスニフは、理解できたのかできねえのか分からねえけど、取りあえず真剣な目はしてた。どこまで理解できたか知らねえが、要するにスニフは研前を諦めなくていいってこった。今の段階じゃ雷堂に分があるけど、ここから三角関係とかになってったら面白いことになりそうだな。

 

 「|Or someone else might love Togimae《ま、他にも研前狙ってるヤツがいるかも知れねえし》, it's better not to be leisurely(悠長にしねえこった). I'll help you(相談乗るぜ).」

 

 すぐに理解する必要はねえ。けどもたもたしてたらそれこそ雷堂にマジで奪われちまうぞ、と肩を叩いて励ましてやった。まあ呑気に恋愛で悩めるくらいに余裕があるのはいいことだ。

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:14人




英文が合ってるかどうかは分かんないです。


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(非)日常編2

 

 見覚えのある天井と、見覚えのあるしょぼい豆電球。硬くて痛い木の床にチクチク身体に刺さるワラのお布団を敷いてみんなで雑魚寝する狭い部屋。ときどき揺れて大きな音が部屋中に響いたり、揺れのせいで頭を床に打ったりする。

 イヤだなあ。ふかふかで広いベッドでゆっくり寝たいなあ。きっとステキな夢を見られるんだろうなあ。ステキな夢ってなんだろう?夢はいくらステキでもただの夢。明日の生活が変わるわけじゃない。夢がステキであればあるほど、痛くて怖くて辛い現実が苦しく感じるだけ。それならいっそ、辛い夢を見続けていれば、苦しい現実もちょっとは我慢できるようになるのかな。

 でも、そんなのイヤだなあ。

 

 「おい!!!起きろボンクラ共!!!いつまで寝てやがる!!!さっさと起きてビラの一枚でも配ってこい役立たず!!!全部配り終わらねえと飯抜きだからな!!!」

 

 団長はいつもマイムたちの目覚まし係をしてくれる。外から団長の靴音が聞こえてきたらすぐに跳び起きないと、団長が痛くて怖い起こし方をしてくる。それが分かってるのに、マイムははっきり起きてるのに、身体が起き上がらない。

 薄い扉を勢いよく開けて入ってきた団長が、入口近くで寝ている子から順番に蹴って、踏んづけて、鞭で叩いていく。マイムはアルミのカップを投げつけられた。ジンジンする頭を押さえながら、ようやく身体が言うことをきいて起き上がれた。急いで外に出て積み上がったサーカス団のチラシを持って、街の方に走っていく。他の子より先に人がたくさんいるところを見つけないと、今日もご飯が食べられない。足を引っかけてきたり石を投げてくる子を避けて、とにかく走る。これ全部配らないと──。

 

 「・・・!」

 

 いつの間にか、マイムは現実に戻って来てた。ひどい夢だったなあ。でも夢でよかった。ついさっきまであった頭の痛みとか、石畳の冷たくて痛い感触とか、焦ってバクバクいってた心臓とか、全部夢の中に取り残されちゃったみたい。残ったのは、痛くなるほどの空きっ腹だけ。

 

 「あはっ♡な〜んだ♫夢かーー☆」

 

 ぴょこっとふかふかのベッドのバネを利用して起き上がる。そのままの勢いでくるんと一回転して着地、はいポーズっ☆う〜ん今日も絶好調!ボッサボサになった髪もドライヤーを使えばハイ元通り☆ゆったりぐったりなパジャマからいつものトレーナーに早着替え☆シルクハットもちょこんとキめてソックス脱げば、マイムスタイルの完成じゃんじゃじゃーーーん♡

 鏡の向こうのマイム、今日も可愛くきまってるね♡鏡のこっちのマイムだって、今日も可愛いよ♡それじゃあ今日もラジカセ持っていっちょやったりましょー♫今日のダンスは情熱の国スペインの伝統舞踊、フラメンコだよ♡カスタネットとバラもきちんとあるの♢天気は曇天、笑顔は満点♡準備万端レッツらゴー♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はふー♡たくさん踊ると汗かいちゃうね☆一旦部屋に戻ってシャワーを浴びてから、今度はテルジの朝ご飯を食べにレストランにGOするよ♫フラメンコ中もずっとぐうぐう言ってたお腹がもう限界まで空いてきて、背中とくっついちゃいそうだよ♣

 

 「テールジ♡グッモーニーン☆」

 「おっす、虚戈。今日は一番乗りだな」

 「んー?」

 「この前言ってたパイナップルのジュース作っといたぞ。飲みな」

 「なんかテルジ、今日は元気ない♠」

 「へっ?そ、そうか?今日も絶好調だけどな」

 「ウソだ♠だってシャツが前後ろ逆だもん♢どーーーんっ!」

 「げえっ!?うわマジじゃんか!裏表も逆じゃねえか!」

 「テルジがおバカちゃんなのは知ってたけど、そんなおっちょこちょいするなんて、何かあったんでしょ?マイムに話してみなさい☆今ならマイムとふ・た・り・き・り♡だもんね〜♫」

 「バカって言うな!いやまあ・・・ぼーっとしてたんだよ。ちょっと昔のこと思い出してな」

 「昔のこと?幕末くらい?」

 「オレいくつなんだよ!なんつうかまあ、忘れてたかったことだよ」

 「教えてくんないのぉ♠」

 「気分のいい話じゃねえよ。んなことよりそろそろ他のヤツも起きてくっぞ!今日の朝はハンバーガーだ!サンドイッチもクロックムッシュもあるぞ!ジュース飲んだら準備手伝えよ!」

 「アイアイサー♡」

 

 なんだか今日はヘンな日になりそうだなあ♣その後起きてきたスニフくんもワタルもセイラもみんな、なんだかちょっと元気がなさそうに見えた♠うーんなんでだろ?ヘンだなあ♣みんなどうしたのかなあ♣

 

 「っあ〜、寝覚めが悪いや。腹ン中がむかむかする」

 「食べ過ぎか?」

 「イヤな夢見ちまったんだ」

 「城之内くんも?実は・・・私もそうなの。起きたときちょっと泣いちゃうくらいイヤな夢だったわ」

 「いよぉ?みなさんもですか!実はいよも、それはそれは大層恐ろしくて震えが止まらなくなるようなおぞましい夢を見てしまいまして・・・」

 「・・・まさか、全員そうなのか?」

 

 ワタルがそう言うと、もうみんな起きてきてるのにしーんとしちゃった♠何も言わないってことは違わないってことだね♫違わないってことはあ──。

 

 「あはっ☆今日はみーんなイヤな夢みて起きたんだねっ♫奇遇だねー☆」

 「こんなの偶然なわけないでしょ!あのポンコツ似非パンダが何かしたに決まってるのよ!」

 「ひどいこと言うなあ!」

 「どっひゃあ〜〜!びっくりしたあ!」

 「・・・本当にどこからでも現れるな貴様は」

 

 たまちゃんがモノクマの悪口を言うからモノクマが来ちゃった♠ヤスイチの前のテーブルの下からぴょーんと飛び出して、キレイにトリプルアクセルを決めてハイドの目の前のテーブルに着地!すごいなあ、うらやましいなああんなに動けて♢

 

 「もう、なんかあったらすぐボクのせいにするんだから。そうやって自分たちの行いを省みないで外に責任を求めるのは、成長しない新人の典型だよ!」

 「お前以外に誰がこんなことするんだよ。何か企んでるなら吐け」

 「いや・・・冷静に考えて夢を操作するなど、今はまだ不可能ではないか?擁護するわけではないが、モノクマの仕業と断ずるのは尚早と言わざるを得ない」

 「うぷぷぷ!さっすが荒川サン分かってるね〜!そりゃそうだよ。いくらボクでもオマエラ全員に見せたい夢を見せるなんてオーバーテクノロジー持ってるわけないでしょ?そんなに夢が気になるならスピリチュアルエリアにでも行ってみれば?夢占いもあるよ!」

 「下らん。結局貴様は何の用で来た」

 「用なんてないよ。ボクを呼ぶ声が聞こえたから来ただけ」

 「では帰れと言ってやるから今すぐ消えろ」

 「冷たいなあ・・・」

 

 ハイドが冷たいこと言うからモノクマが落ち込んでレストランから出て行っちゃった♠マイムはモノクマ嫌いじゃないよ♡でもこんなところに閉じ込めたのは許さないかな♫

 

 「うっし!あんなのは放っといて、朝飯にすんぞ!ハンバーガーがいいやつは並べ!」

 

 みんなが黙っちゃったときに雰囲気を変えてくれるのはいつもテルジなの♫それがお仕事だもんねしょうがないね♫マイムはサンドイッチもクロックムッシュも食べたいから全部並んじゃうよ☆

 

 「ねえ、ねえ虚戈さん。ちょっといい?」

 「むん?なあにセーラ?」

 

 一番にテルジのところに行こうと思ったのに、セーラに呼び止められたからマイムはマイムに急ブレーキ!!危うく転んでおでこから床に埋まっちゃうところだったよ♠でもマイムはそんなことで怒ったりしないよ♫

 

 「もしよかったらなんだけど──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクは、イエスタデイ、ダイスケさんにおしえてもらったことを頭の中でリピートしてた。こなたさんの気持ち、ワタルさんの気持ち・・・ボクの気持ち。どれが一番でどれが後回しなんてない。どれも大事にしなくちゃいけなくて、ボクが一人でオーダーをつけちゃいけないんだ。そしてボクはボクの気持ちを大切にすればいいんだ。そう考えると、なんだか今までブラインドだったものが分かったような気がする。

 

 「それでプレゼントねえ。でもねえスニフ氏、どうしておれに相談しようと思ったのかなあ?」

 「アーティスティックなアドバイスほしかったんです。ボクじゃチャイルディッシュになると思ったから・・・」

 「生憎おれも彼女がいたことはないからねえ。参考になるかどうかは保証しないよお。というかそれならあ、鉄氏を頼ればいいんじゃあないかい?“超高校級のジュエリーデザイナー”のアドバイスが最適だと思うけどお?」

 「サイクロウさんはJewelryDesignerじゃなくてSmithです。ガールのおはなし苦手なんです」

 「だからっておれに来るかねえ」

 

 ボク一人じゃこなたさんへのプレゼントがセレクトできないから、レストランにのこってたヤスイチさんにおねがいした。だけどずっと自信がないってぶつぶつ言ってる。ショッピングセンターにはプレゼントショップもあるけど、今のボクのモノクマネーじゃ全然足りない。カジノでふやせば・・・いやダメだ。ああいうのはカジノがもうかるようになってるんだ。うーん、どうしよう。

 

 「それなら昨日面白そうなものを見つけたんだけどお、どうかなあ?」

 「What?なんですか?」

 「ショッピングセンターの真ん中に吹き抜けになってる広場があっただろお?そこに妙なものが設置されてたんだよねえ」

 

 いつもショップばかり見てたから、そんなところに何かがあるなんて気付かなかった。ヤスイチさんにガイドしてもらって、ショッピングセンターのホールまで来た。はじめてモノクマランドに来た日からここには来てなかったけど、ステージの上にどーんとおいてあるヘンなマシーンはすごく目立つ。ホワイトとブラックのツートンカラーってことは、やっぱりモノクマが何かしたんだ。

 

 「ねえ?妙だろお?」

 「モノクマのものですよこれ。やめときましょう。サワラのがんばりたたきのめしです」

 「なんてえ?」

 「・・・ドントタッチです」

 

 またジャパニーズまちがえちゃったのかな。こなたさんならこういうとき、ちゃんとボクの言いたいことをおしえてくれるのに。それよりこんなもの、どう見たって関わっちゃいけないヤツなのに、ヤスイチさんはなんて呑気なんだろう。今にもモノクマが出てきてすごくストレスフルなやり取りをしなくちゃいけなくなりそうな感じがするけど。

 

 「呼ばれてなくてもじゃじゃじゃじゃーーーん!!」

 「やっぱり出ましたか」

 「出たねえ〜」

 「あれ!?朝に比べてテンション低い!せっかくあの後すぐにスタンバってようやくお客さんが来たっていうのに!」

 「知らないですよ」

 「よくそんな勝ちの薄い方に賭けたねえ。おれが昨日やっと気付いたっていうのにねえ。というか朝にそれ言っておけばよかったんじゃないのかい?」

 「・・・はっ!」

 

 マシーンの後ろからひょっこり出て来たモノクマに、ボクもヤスイチさんもクールに返す。もうなんだかめんどうくさいや。ここでスタンバイしてたってことは、これは何かスペシャルなものなのかな?

 

 「ま、まあ過ぎたことは仕方ない!それよりも二人とも、これがなんなのか気になるよね〜?気になって気になってもう眠れないよね〜?」

 「それほどじゃ──」

 「眠れないよねッ!!!!」

 「そんなムキにならなくてもいいじゃないですか。子供じゃないんですから」

 「それキミに言われると一番傷つくヤツ!!やめて!!」

 

 なんだかこっそりバカにされたような気がしてムッとしたけど、ひとまずモノクマはこのマシーンのエクスプレッションしたいみたいです。UFOのままにしておくのもイヤなので、おはなしぐらいは聞いてあげることにしました。

 

 「スニフクンには馴染みがないかも知れないけど、これは日本人全員が大好きなガチャっていう文化だよ。有形無形によらず日本人はガチャが好きで、お金を借りてもやりたがるほどなんだよ」

 「Wow, exciting!そうなんですか!ジャパニーズカルチャーまだまだミステリーです」

 「強ち否定できないねえ」

 「これはこのショッピングセンターの商品が入ってるガチャで、1回たったの100モノクマネー!ただしどんな商品が出てくるか分からないし、返品や交換も不可能だからね!あ、商品を誰かにあげてもいいよ」

 「商品なら普通に売ればいいんじゃないのかい?在庫処分ってとこかなあ」

 「大人な部分掘り下げないで!」

 「ボク、ガチャやってみたいです!どうやるんですか?」

 「マシーンにモノモノウォッチをかざすと100モノクマネーが勝手に支払われるよ。そしたらハンドルを回してね」

 「こうやって・・・こう、ですか」

 

 マシーンのセンターにあるパネルにモノモノウォッチを近付けると、ピッと音がしてマシーンについた小さいランプがキラキラ光った。OKってことかな。ハンドルを回すと、中のカプセルがころがってガチャガチャ音がする。Fantastic!だからガチャって言うんですね!おもしろいです!

 一回ハンドルを回すと、下からモノトーンのカプセルが出てきた。そういえば、カプセルに入るサイズってことは中に入ってるものってノービッグディールなんじゃ・・・。

 

 「何が出たんだい?」

 「うっ・・・あ、あかないです」

 「しょうがないなあ、おれがあけてあげよお・・・か・・・った」

 「・・・」

 「モノクマにお願いしようかあ」

 「オマエラ身体鍛えとけよ」

 

 なんだろう、ヤスイチさんといっしょにいると色んなことが上手くいかないようなヘンな感じになっちゃう。カプセルもモノクマに開けてもらって、中身をもらった。なんだろうこれ。

 

 「エアプレーン?なんでゴールデンですか?これなんてよみますか?」

 「・・・『浪漫』だね」

 「あらあらあ〜らwwwスニフクンってばその商品パッツモしちゃうのwwwまったくもうおませさんなんだからwww」

 

 なんだかよく分からないけどモノクマにものすごくバカにされてる気がする。いつものようにイヤな笑い方をしてるんだけど、それ以上の何かがあるような気がする。トランスクライブしたら分かるかな。

 

 「それは超レア商品『浪漫飛行機』!男の夢を乗せて大空を行く飛行機の模型だよ!実際には飛ばないからお部屋に飾っとくかなんかしておけば?イイコトあるよ!」

 「得体の知れない他意をひしひし感じるけどお、これ大丈夫なのかい?」

 「ものすごくバッドテイストですけど。エアプレーンならワタルさん好きかもです」

 「それ、雷堂氏に押しつけようとしてるよねえ」

 「とまあこんな感じに、色んな商品が出てくるから是非やってみてね!何が出ても苦情は受け付けないからね!」

 

 そう言ってモノクマは、出てきたときと同じようにマシーンの後ろにかくれて、もう出て来なかった。のこったのは、ボクの手の中でライトをギラギラリフレクトするロマンスエアプレーンだけ。こんなものどうすればいいんだろう。

 

 「ジャパニーズはこんなのにインヴォートしますか?」

 「さあねえ。おれにはよく分かんないけどお、そういうもんじゃないのかなあ」

 「おっ!いたいた!おいお前ら!」

 

 なんだかヘンな感じになっちゃったボクとヤスイチさんの間のアトモスフィアをブレイクするように、ホールの上の方からヴィゴロスな声が聞こえてきた。上を見ると、ダイスケさんが手を振ってた。

 

 「やあ城之内氏。どうしたんだい?」

 「探したぜお前ら!お、スニフなんだその金ぴか。イカすな!」

 「そうですか?」

 

 近くのステイアーからおりてきたダイスケさんが、ボクのロマンプレーンにインタレスティングだったみたいだけど、でもこれはあげない。ボクのモノクマネーで出したものなんだから。それより、なんでダイスケさんがボクたちをさがしてたんだろう?

 

 「んなことより、お前らに耳寄りな情報があるんだ。どうする?聞いたらオレと一緒に来てもらうぜ。聞かなきゃ別にいいけど、せっかくのチャンスを逃しても知らねえぜ?」

 「えらくもったいぶるじゃあないかあ。耳寄りな情報ってのはなんだい?」

 「スニフはどうだ。気になるか?」

 「ええ、まあ」

 「よしよし!じゃあこれでオレたちは仲間だな!いや実はな、アクティブエリアに温泉があるってのは知ってるよな?」

 「前にテルジさんが言ってました」

 「そして今日の朝飯のとき、正地が女子に声をかけてるのを見たんだ。ここまで言えば分かるな?」

 「分からないねえ」

 「なんのこっちゃです(I don't know)

 「っかあ〜〜〜!察しが悪いなあお前ら!いいか?正地はな、女子全員を温泉に誘ったんだよ!モノクマが妙なことしてきたし、あいつなりに周りを癒そうと考えてんだろうな。で、だ!だったらオレらも一緒に癒されればいいじゃんかってなるだろ?なるだろォ!!?」

 「分からないよお」

 「何言ってんです(What're you meaning)?」

 

 なんだか一人でテンション高くなってるダイスケさんだけど、セイラさんがそんなことしてたなんて全然気付かなかった。セイラさんもダイスケさんも、周りのことをよく見てるなあ。いくらモノクマでもボクたちのドリームをいじるなんてことできないと思うけど、みなさんがそれでディサポインテッドなのはたしかだった。ヒーリングしてあげるなんてボクは思いもしなかった。

 

 「あのな。アクティブエリアの温泉は複合施設の2階にある。1階のプールの小窓からなら、脱衣所と浴室の両方見えるんだよ。な?」

 「覗くってことかい?いくらなんでもそれは・・・」

 「のぞく?」

 「野郎共のぞこうぜ(Let's make a peep guys)!!」

 「最低だ(Nasty)!!」

 「今の時間ならまだ間に合うな。参加メンバーは見てのお楽しみだが、ほとんどの女子が参加するって話しだぜ?研前もいるだろうなあ」

 「こなたさん・・・!」

 「あっ。スニフ氏の目の色を変えたねえ」

 

 ピーピングなんてこと、ジェントルマンのすることじゃない。だけどボクは今ハイスクールスチューデントだ。セーシュンをオーカするただのハイスクールスチューデントだ。だったら、ちょっとハメを外すくらいのこと、ゆるされるべきなんじゃないかな。大人になったらつかまるようなことでも、今ならまだゆるされるんじゃ・・・。そう思ったら、ダイスケさんに付いて行こうかなってちょっと思い始めた。

 

 「話聞いた以上は、お前らも一緒に来てもらうぜ?」

 「そんな話あるかい?バレたらひどいことになるよお。特に極氏の技は受けたくないなあ」

 「バレる前にトンズラこいちまえばいいんだよ!だいたいな、脱衣所からも大浴場からものぞき窓は気にならねえ位置だぜ。下調べくらいしてるっつーの」

 「ダイスケさん!ボク行きます!セーシュンします!」

 「よく言ったスニフ!よーし、そんじゃ仲間と合流してからプールに行くぜ」

 「仲間って、あと誰がいるんだい?」

 「下越と星砂」

 「まさかのメンバーだねえ」

 「みなさんセーシュンしたいんですね」

 「スニフ氏は青春を何だと思ってるんだろうねえ。まあおれも城之内氏がそこまでしてくれるなら行くのは吝かではないけどお」

 「なーにいい子ぶってんだよ!嫌いなわけねえだろこの手の話がよ!そんじゃ、プールで作戦会議な!」

 

 そう言ってダイスケさんはさっさとどこかに行ってしまった。まさかこんなチャンスがあるなんて思わなかった。でも、ダイスケさんがいなくなってからボクはまた迷い始めてた。ホントにこんなことしていいのかな。セイラさんは皆さんをチアーするためにしてるのに、ボクたちがそれをインターセプトするみたいなこと・・・いや、でもそれもセーシュンのワンページだ。

 

 「スニフ氏は一度、青春の意味をきちんと辞書で調べるべきだねえ。城之内氏に聞いても正しい答えが返ってくる保証はないからねえ」

 「ヤスイチさんはピーピングきらいですか?」

 「嫌いというか、普通やっちゃいけないことだから分からないよお。でもまあ、年頃の男子だしい、女子に興味がないと言ったらウソになるねえ。取りあえずプールに行ってみようかあ」

 「ボク知ってます。そういうのジャパニーズでスペシャルな言い方します。む、む・・・むつはま?」

 「ムッツリだねえ。まあおれはそう思われても仕方ないとは自分でも思うよお」

 

 もしピーピング自体がひどいことでも、それでセイラさんやこなたさんにとってハームフルでも、バレなければあったことにはならない、って考えればいいんだ。それこそセーシュン!それこそロマンス!とび回れこのマイハート!

 

 「じゃあ、プールに行こうかあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おう、どいつもいいツラしてやがるぜ。なんせこれからオレたちは、男の意地とプライドを賭けた闘いに挑むわけだからな。こうでなくちゃいけねえ。ビビって来なかった鉄やムッツリの雷堂なんか放っといて、オレたちだけで堪能するとしようぜ。

 

 「よっしゃ、全員集まったな」

 「サイクロウさんとワタルさんがいないですけど」

 「あいつらは来ねえってさ。ったく男の風上にも置けねえ、情けねえヤツらだよ」

 「おれたちは人の風上にも置けないことをしようとしてるけどねえ」

 「けどよお城之内、なんで女子はわざわざ摘まみ食いするのに風呂なんかでするんだ?」

 「そりゃお前、オレら男子に、特に下越に見つからねえようにするためだろ」

 「城之内氏、今の会話でだいたいのことは察したけどお、下越氏は趣旨を理解してるのかい?」

 「いいか!そっちの小窓が脱衣所に通じてる。あっちの小窓は大浴場だ。通気用だから目線より上になる、見つからねえようにしろよ。何があっても声を出すな!」

 「あの高さからどうやって覗くんだよ」

 「監視用の台があるからあれに昇って覗く。オレとスニフと星砂、納見と下越で二手に分かれるぞ」

 「もしバレそうになったらどうする?監視用の台を片付けてからでなければ証拠が残るぞ」

 「監視台にはキャスターが付いてるから簡単に動かせる。プールの脇ならどこに置いてあっても違和感ねえだろ?」

 「無駄に入念だな。貴様、さては初めてではないな?」

 「嬉しくねえよ!」

 

 まさか星砂まで協力するたあ思わなかったが、とにかくこれで役者は揃ったわけだ。あとは女子が脱衣所に来るのを待つだけだ。取りあえず手筈通りに監視台を動かして通気用窓に近付ける。大した高さじゃねえが昇るとなかなか高えな。こっちはスニフも入れて3人だからバランス崩さねえようにしねえと。

 

 「よーし見えるか?」

 「ばっちりだねえ。ほうほう、女湯の脱衣所はこんな感じなのかあ」

 「男湯とそんな変わんねえな。てっきりもっと広いんだとばかり思ってたぜ」

 「ふん、凡俗共の身体などで満足できるか疑問だが、こうしていると少しは期待してやっても良い気分になるな」

 「テンション上がってきたんじゃねーのお前ら?いいか?絶対声出すなよ」

 「あのう、ボク見えないんですけど・・・」

 

 小窓から覗いた景色はまだ寂しげで、人っ子1人いない。もう少ししたらここに女子たちが入ってきて、オレたちがいることも知らずにキャッキャウフフなあられもない姿を見せると思うと、色んなモンが高ぶってきてワクワクしてくる。スニフだけは背伸びしても目線が届かないらしいが、そんなんに構ってる暇はねえ!脱衣所のドアが開いて誰か入ってくる!

 

 「っわ〜〜〜い♡温泉温泉おんせ〜〜〜ん♡」

 「走ると危ないよ虚戈さん。あとタオル忘れてる」

 「荒川さん、メガネはどうするの?」

 「これは曇らないしフレームが柔らかい上等眼鏡だ。付けたままで入浴も睡眠もできる。ふふふ・・・私はそう簡単に自らのアイデンティティを手放すようなマネはしない」

 「いよーっ!湯の香りがしてきましたね!」

 「うるさいホント・・・。あんたたち大浴場響くんだから騒がないでよね」

 

 入ってきたのは、極以外の女子全員だった。野干玉や荒川まで参加してんのは意外だったな。正地のヤツなかなか良い仕事するじゃねえか。一番の懸念がいねえことが不安で溜まらねえが、ひとまず収穫はそれなりにありそうだ。

 

 「極さんは一緒に入らなくてよかったの?」

 「うん。覗きをしそうな輩がいるからお風呂の周りを見回りするって。そこまで心配しなくても、わざわざ覗きなんてする人なんていないのにね。みんなそんな心の汚い人じゃないんだからね」

 「そうだよね。さすがに・・・そんなこと考えてる場合じゃないもんね」

 「城之内氏、おれいきなり心が折れそうだよお」

 「バカ声出すな!これからがいいところだろうが!」

 「みてみてみんなー☆」

 

 正地がエプロンを外して、野干玉が上着や首輪を脱いで、相模が着物をはだける。会話なんてどうだっていい耳を貸すんじゃねえ!こんなことしてるオレらがバカみてえになってくるじゃねえか!目はその光景を捉えて滾り、耳はそんな会話を捉えて胸が痛む。そんな葛藤をぶち壊すように、虚戈が全員の注目を集めたと思ったらその場で蹲った。何かと思ったら次の瞬間、服だけがばさっと弾けた。

 

 「じゃーん!早脱ぎッ☆」

 「うおっ!?」

 「ブバッ!!?」

 「Yikes!!テルジさんがノーズブラッド出しました!」

 「うるせえよ!ティッシュ詰めとけ!」

 「早脱ぎというよりすり抜けたようだ・・・俺様でなければ見逃していたところだ」

 「見るべきところそこじゃねえけどな」

 「ボクはまだ一回も見えてませんけど!」

 

 早脱ぎって、早着替えならまだしもそんな芸を披露する場なんてあんのか?それはともかく、何の躊躇もなく全員の前ですっぽんぽんになるあいつの感性どうなってんだ。恥じらいってもんがねえのか!?

 

 「たまちゃんと相模は着ている物が多くて大変そうだな。手伝おうか?」

 「ひ、ひとりでできるわよ!アンタ、その白衣近付けないでよね!なんか実験みたいな匂いがすんのよ!」

 「いよぉ・・・着物は着方一つにも作法があります故、湯浴みの前後の脱ぎ着も億劫でして。肌襦袢も白と家では決まっていて、染みの一つでも付けようものなら大事になるんです。申し訳ありませんがその白衣はいよの服と離しておいてください」

 「お前たちは私の白衣をなんだと思っているのだ」

 「うおお〜〜〜ッ!相模のヤツ結構胸あるじゃねえか!着物だから見逃してたぜ・・・!」

 「明るい色だと際立つねえ。正地氏もいいものをお持ちでえ」

 「あ、あの・・・こ、こなたさんは・・・あっ、や、やっぱりいいです!自分で見ます!だっこしてください!」

 「黙っていろ。年齢的にも背丈的にも貴様にはまだ早いということだ」

 「そんなあ」

 「なあ。オレの鼻血ってもう忘れられてんのかな。スニフ以外は見向きもしてねえんだけど」

 

 それぞれが徐々に裸になって、タオルだけを纏った格好になる。女同士だからか、虚戈や荒川みてえにすっぽんぽんで堂々としてるヤツもいれば、研前や相模みてえにがっちり胸元までタオルを巻いてガードしてるヤツもいる。正地は全員の身体をじろじろ見回してるし、野干玉は相模と正地を恨めしそうに見てる。

 

 「おい、大浴場に移るぞ」

 

 女子たちが大浴場に移動し始めたのを確認して、急いで監視台を降りてスライドさせる。人手が少ねえと思ったら、下越は鼻血出しててスニフが介抱してる。何やってんだあいつら、もったいねえことしてらあ。まあ見る気がねえなら無理にとは言わねえけどよ。

 しっかり監視台のストッパーをかけてよじ昇り、大浴場の通気窓から中を覗く。湯煙でもうもうとしてるけど女子たちの声は聞こえる。シャワーの水音と誰かが、たぶん虚戈だろうな、湯船に飛び込む音も聞こえる。そして次第に湯煙が晴れてきて中の様子がくっきり見えるようになってきた。

 

 「うおおおっ!!」

 「うひゃあ・・・こりゃすごいねえ・・・」

 「ふ、ふ・・・凡俗にしては・・・楽しませてくれるではないか・・・!」

 

 そこはまさに、男たちが追い求めた理想の世界が広がっていた。一糸纏わぬ姿で水浴びをする女たち、絵画やなんかで見る楽園のような光景だった。

 恥ずかしそうにタオルで身体を隠そうとする研前。細い指で自分の白い身体に這わせて洗う相模。肉付きのいい豊満な惜しげも無く晒す正地。水を被って化粧を落としあどけない素顔を見せる野干玉。全身にまとった泡で遊ぶ荒川。湯船で楽しそうに泳ぎ回る虚戈。

 きゃっきゃっと女子同士の黄色い声が大浴場に響き、互いの身体を眺めたり触ったり恥ずかしがったり・・・そのやり取りの中で時折覗かせる艶っぽい表情に、俺たちの興奮はあっさりと限界の向こう側に飛び立って行った。

 

 「うへへ、こりゃあ見ねえと損だよなあ」

 「おいゴーグル、動くな。台が滑って見づらくなるではないか」

 「あ?なんもしてねえよ。っつうかストッパーかけただろ」

 「いやあでもなんだかどんどん窓から離れているような気があ・・・あっ」

 

 せっかく人が浸ってるときに星砂が妙なこと言いやがる。そう言えば足下がぐらつくな。なんでだ。ちゃんとストッパーかけて固定したはずだ。そんなこと考えながら覗きは続行してたら、どんどん身体が小窓から離れていって、明らかに台が滑ってる。っつうか意図的に誰かが動かしてやがる。

 

 「ってオイ!!誰だいまいいとこ──」

 

 人の神聖な行為を邪魔するバカ野郎はどこのどいつだと思って自分の足下に怒鳴ってやった。その瞬間、オレはこの世の鬼を見た。いやよく見ると、それは鬼なんてもんじゃなかった。怒りってモンが形を持ったらこんな風になるんだろうって迫力を纏った女だった。

 

 「堕ちろ」

 

 そいつはオレの台と納見の台の両方を引っ張った。自然と台は滑ってプールの方に。何か考える暇もなく、それに乗ったオレたちは為す術なく台と一緒に滑っていく。そんでそいつは、いきなり前輪だけストッパーを降ろしやがった。するとどうなるか。簡単だ。監視台がつんのめって頭からプールに堕ちた。

 

 「だはーーーーーッ!!!?」

 「あばばばばばっ!!?ちょっ!!?め、めがねなくした!!!めがね!!!」

 「ぶくぶく・・・」

 「さっさと上がってこい下衆共。コンクリートを流し込んでプールごと煮凝りのようにしてやろうか」

 「鬼畜かッ!!鬼畜の所業かッ!!」

 

 監視台ごとプールに堕とされた上に、服が水を吸って身体が沈む。ってかオレはチェーン巻いてるしマジヤバくねえか!?星砂もヘンなコート着てるからずぶずぶ沈んでくし、納見は納見で案の定かなづちでガンガン水飲んでやがる。この状況見ても極は眉一つ動かさない。鬼だ!!鬼女だ!!山姥だ!!

 なんとか死に物狂いで這い上がったオレたちを、極は徹底的に見下した目で睨んでくる。空耳だよな?なんかゴゴゴって聞こえんだけど。

 

 「貴様ら、そこで何をしていた」

 「え〜・・・っとなにって、あの、えー、その・・・」

 「フンッ。俺様たちが何をしようが勝手だ。なぜ貴様のような凡俗に話さなければならない」

 「何をしていたァッ!!!!」

 「覗いてましたすいませェん!!城之内氏に唆されてついぃ!!」

 「おぉい!?簡単に白状し過ぎだろ!!いきなりオレ売りやがったし!!」

 「・・・薄情な白状だバッ!!?」

 「星砂ァァアアアアアアアアアアッ!!?」

 

 いきなり星砂が吹っ飛んだ!?んでまたプールに堕ちたぞあいつ!マジギレした極こんなことになんのかよ聞いてねえぞ!?っつうかなんでここがバレた!?

 

 「貴様、自分が何をしたのか分かっているのか。この状況で正地は女子たちの緊張を解そうと手を尽くしているのだ。それを穢す行為だ。貴様がしているのは人の善意を踏み躙る行為だ。その自覚があるのか貴様」

 「あの〜、一つお伺いを立てさせて戴いても宜しいでしょうか」

 「・・・」

 

 緊張しすぎてよく分かんねえ口調になるオレに、極は沈黙で答えた。

 

 「スニフと下越がいたはずなんだが・・・」

 「診療所に向かうところを見かけた。詳しいことは聞かなかったが、プールの方から来たので様子を見に来たら・・・この有様だ。どう裁いてくれようか」

 「くっ・・・!ふ、ふ・・・!はぁ・・・はぁ・・・!裁くだと?笑わせてくれる・・・!ゲホッ!ゲホッ!俺様が凡俗の風呂なんぞを覗いた証拠でもあるのかッ!!俺様が何を目視したかは俺様にしか証明ふガボァッ!!!」

 「星砂ァァアアアアアアアアアアッ!!?」

 「もういい。全員覚悟しろ」

 

 オレは目を閉じて祈った。記憶が消えてもいいからとにかくこの場から消えちまいたいと。ボキボキと鳴る極の関節の音が、オレの心臓を締め上げるような錯覚を呼び起こす。そしてオレの祈りが半分だけ天に通じたのか、そこから先の記憶は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「馬鹿なことするからそうなるんだ」

 「然し四方や覗かれてようとは思いも寄りませんでした。御三方には忍びの才でもお有りなのでは?使い方は褒められた物では在りませんが!いよーっ!」

 「でっけえ声出すなよ。骨まで響くだろ」

 「まさに、ほろびてしまった、ですね」

 「骨身に染みた、だね」

 「それでした!」

 「オレも騙されたとは言え、虚戈のモン見ちまったからなあ。詫び入れてやらねえと。研前と相模も悪かったな。これでなんとか水に流してくれ」

 「いよ?是亦、奇抜な彩りの洋菓子ですね。何ですか是は?」

 「うわあ、マカロンだあ。私食べるのはじめて。おいしそう」

 「くんくん。甘ったるい香りですね。焼き砂糖菓子でしょうか」

 「飲み物もあるぞ。紅茶か牛乳かコーヒーか?」

 「オレはコーラ」

 「お前は自分で持って来いよ」

 「こおら?」

 

 結局、覗きの件は女子全員に知れ渡った。極が言ったんだろう。あの3人がその極に裁かれた後、ずぶ濡れでボコボコにされた城之内と星砂と納見、あと鼻血を出し過ぎた下越が診療所に搬送されて、それを俺と鉄が面倒を看た。極が怒りの形相で、女子を近付けさせないように俺たちが看ろって言って来て、断れる雰囲気じゃなかった。

 お詫びと言って下越が女子にお菓子を作る約束をして、研前と相模は特に気にしてないような感じで城之内と一緒にお茶なんかしてる。相変わらず相模は、マカロンやコーラみたいなカタカナに首を傾げている。っていうかコーラも知らないのか。

 

 「ごくっ・・・いよーっ!ピリピリします!甘い!曹達の様です!黒曹達ですか!」

 「マジかよ相模お前。コーラも知らねえのか。じゃあ、マカロンは?」

 「もぐもぐ・・・むむむ、甘いですね。焼糖挟み?でしょうか?」

 「くすくす、そんな無理に日本語にしなくても」

 「Great!いよさん、ジャパニーズとっても上手です!ボクにもティーチしてほしいです!」

 「極端過ぎるぜこりゃ。おもしれえな」

 「いよぉ・・・申し訳ありません。いよの家は外来文化には特に厳しくて、然うした類の物は一切触れた事が無いので在ります」

 「じゃあバームクーヘンはなんていうの?」

 「ああ、年輪卵糖ですか。真っ事美味なる菓子ですね」

 「カラオケは?」

 「伴奏歌謡です。いよは経験御座いませんが」

 「Sniff・L・Macdonaldはなんですか?」

 「スニフさん、幾ら何でも人名は其の儘で読みますよ」

 「心なしか漢字の密度が高くなってるような気がする・・・」

 

 俺は伝統芸能にはあんまり明るくないから、相模家っていうのがどういう家なのかはあまり知らない。弁士なんて仕事自体、相模に会うまでは気にしたこともなかったし。やっぱり日本語には厳しいのか、聞いたこともない外来語の言い換えが次々出てくる。

 

 「いくらなんでもって、今でも十分やり過ぎじゃねえのか?カタカナは敵性語とか言うつもりじゃねえよな?」

 「いえ、其処までは申しません。寧ろいよは、弁士も新たな段階に至る時が来ていると感じております。歌舞伎や落語や人形浄瑠璃は現代文化を取り入れて形を変え、古い考え方に固執して居ては廃れる一方では無いでしょうか!其の意味では、温故知新也らぬ吐故納新の心構えで御座います!」

 「とこのうしん・・・?なんですか?」

 「なるほどなあ。けどよ相模。カタカナ語をムリヤリ日本語にするみてえなことしてちゃ、いつまで経ってもお前自身が古い考え方を脱せねえんじゃねえのか?」

 「いよーっ!ご明察!然し乍らいよは此の様な生き方しか知りません故・・・どうにもならないので在ります」

 「だったらオレが教えてやるよ!」

 「いよっ?」

 「要するに相模は、外来文化をもっと知るべきだと思うんだ、うん。もっと遊んで、もっと色んなモンを知るべきだと思うんだ。なあ雷堂もそう思うよな」

 「いきなり俺にフるなよ。まあ、多少は知った方がいいかもな。正直今のままじゃ、周りとのズレ方半端じゃないから」

 

 なんて、思ったことをそのまま言ったけど、城之内に任せてたら相模がどうなるか分かったもんじゃない。外来文化を知るのと遊び呆けるのは違う気がするけど、まあ徐々に慣れてけばいいくらいじゃないのかそういうのは?

 

 「まずはそのカタカナをムリヤリ日本語に直すのをやめることだな」

 「いよぉ・・・難しそうですが、善処します」

 「そこはOKって言うんだぜ」

 「おっ、応計?」

 「オーケーに当て字するヤツは初めて見た」

 

 これが本当に相模にとって良いことなのかは微妙だけど、こうやって普通に相手のことを想って何かをしてやれるっていうのが城之内の良いところなんだよな。これで好色なところさえ治れば・・・。

 その日の晩、下越が晩ご飯に女子の意見をできるだけ取り入れた結果、デザートがメインみたいなことになった。、城之内による相模の特訓は場所を変えて1日続いたらしくて、シュークリームやらクレープやらケーキやらが次々出てきて、城之内と相模は目を回してた。

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:14人

 

【挿絵表示】

 




QQではやってなかったのでこんなノリもやってみたいなと。
彼らが見た景色は脳内補完でお願いします。


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(非)日常編3

 

 ビンが割れた。透明な粘液がどろりと床に漏れ出す。シーツが皺だらけで部屋の隅にうずくまった。私はただ、怯えて背中を壁に密着させることしかできなかった。何が起きたのか理解するのに数秒かかったのに、何が起こるのか理解するのには時間さえ感じなかった。

 

 「なんだよその態度は?分かってるだろ?」

 

 古いレコーダーのように雑音が混じる声から、その奥に渦巻くものをはっきりと感じ取れた。とても雄々しくて、歪で、得体の知れない怖い欲望。それが人の形を成して迫ってくる。

 

 「や・・・やめてください・・・!ひ、人を、呼びますよ・・・!」

 「なんでだよォ?お嬢ちゃん、いつも気持ちよくしてくれるじゃねェか。それと変わんねェよ。それにこの仕事してるってことは覚悟の上だろォ?」

 「やめてください!来ないで!」

 「なんだと!!」

 

 私の口が勝手に彼を拒絶した。台本があるように、ビデオを再生するように、運命付けられていたように、私の意識だけを置き去りに全てが進んでいく。決められた役割を演じる。私は手首を掴まれ、頬に手を添えられた。為す術無く、されるがままの無力な少女の役割を演じさせられている。

 

 「いいのかァ?俺があることないこと言いふらせば、お嬢ちゃん、もうここじゃ働けなくなるんだぞ?それだけじゃねェ。学校にも連絡が行くだろうなァ。親にもなァ。たとえ俺の言うことが嘘だとバレても、噂は残る。些細な噂はあっという間に伝染(ひろが)って()()になるんだ」

 「ううっ・・・!!」

 「これから一生、俺の嘘を背負って生きていくか。それともいまちょっと人生経験積んで小遣い稼ぎするか。どっちが得かなんて迷うべくもねェだろ?」

 

 目の前のものに、私は嫌悪感を隠すことはしなかった。言葉が、視線が、論理が、選択が、思考が、欲望が、()()を構成する全てが忌まわしくて汚らしい。卑劣で醜劣で愚劣で下劣で低劣で陋劣な存在に、私は懸命に吐き気を堪えてた。

 怖い。気持ち悪い。汚い。嫌い・・・嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いッ!!!私の中で嫌悪が不快を上回ったとき、ようやく私は言葉を吐き出せた。

 

 「・・・!!だっ、だれか・・・ぅ!!」

 

 だけどその言葉さえいとも簡単に奪われた。あまりに唐突に寄せられた唇によって。唇から伝わる気持ちの悪い熱と湿りが頭の中を真っ白に塗り潰す。抗おうとする思考さえ鼻の奥を鈍くつねられるような異臭で掻き消される。高ぶった不快感すらも一瞬意識の外に追いやられた。だけどそれは再び、今度は具体的な形を伴ってこみ上げた。

 

 「ッ!!うっ・・・!!おお゛ッ!!ぅぐえぁあああッ!!ェ゛ェ゛ッ!!」

 「おいおい・・・いくらなんでも吐くとか、そりゃあねェんじゃねェの?失礼だろうがよォ!!」

 「っあ゛あぁ!!」

 

 覆い被さるそれから逃げるように、私はその場に頽れた。自分が汚物を撒き散らしていることに気付くより前に、乱暴に髪の毛を掴まれた痛みでまた頭の中が掻き乱される。痛みと気持ち悪さであらゆる感覚が鈍くなる。痛覚も嗅覚も聴覚も視覚も・・・なにもかもが蒙昧としてきて、世界がおぼろげに融けていく──。

 

 「──ッ!」

 

 意識を取り戻した私は、自分がベッドの上に横たわっていることに一瞬身を強張らせた。だけどすぐに、さっきまでのことが夢だったことに気付いた。いやな夢。まるで実際に体験したかのような熱の残滓を唇に感じる。いいえ、ようなじゃなくて・・・あれは・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝ご飯を食べる前に、モノクマのアナウンスがモノクマランド中に響き渡って、エントランスの広場に私たちは集められた。まだ眠そうに目を擦ったり、寝癖がそのままになってる人もいる。だけど遅れた人はいなかった。みんな、きっと満足に眠れなかったんだと思う。私もそうだから。

 

 「こんな朝早くになんだってんだよ!火ぃ止めたら味噌汁が冷めんだろうが!」

 「いよっ!今日の朝餉は和食ですか!」

 「呑気なことを言っている場合ではないぞ。ヤツが私たちを集めて、ろくな話だった試しがない」

 「・・・緊張でどうにかなりそうだ」

 

 みんなが不安そうに、私たちを呼び出したモノクマを待っていた。本当はあんなのと会いたくなんてないけど、帰ることもできない。早く、そしてなるべく何事もなく、今日という日が終わればいいのに。だけどそんな淡い期待を打ち破るようにあいつは現れた。

 

 「モノクマだよーーーっ!!」

 「・・・」

 

 勢いよく飛び出してきてその場で小躍りするモノクマに、誰も何も返さない。

 

 「なんだよオマエラ。ノリが悪いなあ。せめて何か一言リアクションでもくれないと、テンション上げて出てきたボクがスベったみたいじゃない」

 「スベってるよね♡」

 「ところで最近暖かくなってきたね。オマエラちゃんと寝てる?春眠暁を覚えずと言うけれど、暁頃なんて冬でも寝てるってんだよね。まあボクはクマだから冬の間はずっと寝てるんだけどね。そこへいくとオマエラはそんなにクマができるくらい早起きをしてるみたいだけど、ボクはオマエラが体調を崩さないか心配なのです」

 「くだらん。用件はなんだ。新しい動機でも配るのならさっさとしろ」

 「またアンタはそんなこと言って。ホントにどうなっても知らないから」

 「貴様に俺様の動向をどうこう言われる筋合いはないな、ヌバタマ」

 「その名前で呼ぶなっつってんだろ白髪!」

 「あのさあ。オマエラ個性があるのはいいんだけど、すぐボクのこと無視するクセやめない?」

 

 みんなが呑気なのか、私が心配しすぎなのか、モノクマが可哀想になるくらいみんなとモノクマの温度差がひどい。きっとこれから言われることはろくでもないことだし、私たちのこんな和やかな空気を壊すようなことだ。それを防ごうとしてるのか、みんなやけに饒舌だ。

 

 「まったくさ。なんだかお悩みな様子のオマエラに解決策を提示してやろうと思ったのに」

 「悩みの原因はお前なんだよ」

 「またすぐそうやって人に責任をなすりつけるんだから。ボクがオマエラに何をしたっていうのさ?オマエラはいつも自分勝手に生きて、自分勝手に殺し合って、自分勝手に絶望していくんだよ。ボクが望もうと望むまいとね」

 「意味わかんねーこと言ってんじゃねえぞ!いいからさっさと用件言え!」

 「だから、オマエラに良い話を持ってきたんだって。最近オマエラ、満足に熟睡できてないでしょ?」

 「・・・いよ?や、矢張りあれはお前の仕業ですか!あの悪夢は!!」

 

 相模さんの口走った悪夢っていう言葉に、その場にいた私たち全員の顔色が変わった。ここ数日、まるでタイムスリップしたみたいに、見たくもない昔のことを見せられる。追体験させられる。思い出させられる。うなされたり、夜中に目を覚ましたり、寝汗をぐっしょりかいたり。寝るが邪魔されるのもいやだけど、それ以上にあまりにリアルな夢の内容に、安心できるはずのベッドの中でも、不快感と不安感に苛まれる。

 

 「いやだなあ。前にも言ったけど、ボクに夢の内容を完全に操るなんてことできるわけないでしょ?」

 「()()()操ることができなくても・・・ある程度は操れるという風にも聞こえるが?そも夢というものは脳が見せる幻覚だ。何か怪しげな方法で夢に影響を与えることくらいはできそうではないか?」

 「オマエみたいに勘のいいガキは嫌いだよ!ああそうだよ!オマエラが数日前から悩まされてる、人生最大の悪夢シリーズ!それが今回オマエラに課す動機だよ!」

 「動機・・・またそれか」

 「くだらん。悪夢だと?貴様がある程度夢を操れるとはいえ、そんな不確かなものに左右されるような愚かしい心は持ち合わせていない」

 「うぷぷ♫不確かだなんて、そんなこと言えるのかな?オマエラ、この数日、オマエラ悪夢を見なかった日なんてあった?どの日ももれなく悪夢を見てたんじゃないの?」

 「・・・完璧ではない。だがかなりの程度を操れるということか」

 「昼は自分が殺されるかも知れない緊張感と恐怖、そして夜はベッドの中で金縛りに遭うよりも厄介な悪夢。うぷぷ♫こんなことをして、オマエラの神経はどこまですり切れるんだろうね?いつまで正気を保っていられるんだろうね?」

 

 にやりとモノクマが笑った。私には、その動機の重みがすぐにはよく分からなかった。だけど周りのみんなの顔色が徐々に青くなっていくことや、これからは夜の安らぎの時間さえ、私たちには許されなくなるんだっていう理解が、ゆっくりゆっくりと、心臓を真綿で締め付けられるような速度で絶望感が襲ってきた。

 

 「もしオマエラがコロシアイをしてくれるんだったら、ボクがオマエラの安眠を保証してあげてもいいけどね。それまではいつまでもいつまでも、い〜〜〜つまでもオマエラは毎晩悪夢に魘されることになるだろうね。うぷぷぷぷ♫」

 「次は直接精神的に攻めてくるか。フン、面白い。どれほど効果的か見せてもらおう」

 「それじゃあね〜。グッナ〜イ」

 

 静かな絶望感にまとわりつかれた私たちを置いて、モノクマは去って行った。いつだってモノクマは私たちの心を掻き乱しては、整理が付く前にいなくなる。やっと整理が付いたと思ったら、また掻き乱しに来る。安らぐことを許さずに絶えず私たちを絶望に陥れようとする。

 

 「・・・ウソよね?夢を操るなんて・・・そ、そんなこと、できるわけないわよね?」

 「あ、当たり前じゃん!そんな魔法みたいなこと、いくらなんでもできるわけない!そう言ってたまちゃんたちのことを騙してるだけだよ!」

 「いや、強ちウソとも言い切れないぞ。夢を見る原理や詳しい部分は未解明のことも多い。脳に強烈に印象に残れば夢に見たり、特殊な脳波や電磁波、あるいは外部刺激によって、多少なりともその内容に影響を与えることは可能かも知れない」

 「そうなのか・・・?だが、もし本当に俺たちに悪夢を見せるよう仕向けているとしても・・・」

 「止めよう。そんなことを考えてても仕方ない。どうせこの動機で俺たちが動かなくても、あいつは他のやり方で俺たちを追い詰めにくる。大事なのは・・・」

 

 そこで雷堂君は、一旦言葉を切った。私たちの顔を見て、なぜかバツが悪そうに目線を逸らせてからまた話し出す。

 

 「お互いを裏切らない。信じることだ」

 「ふっふーん♫」

 「なんで虚戈氏は嬉しそうなのかなあ?」

 「なーんでもない♡っていうかマイムは夢と現実の区別くらいつくからね☆夢を見たくなければ寝なければいいだけだよ♫」

 「徹夜か。二徹が限界だな」

 「て、徹夜なんてダメよ!ちゃんと寝て身体を休めないと、あっという間に身体を壊しちゃうわ!」

 「寝れば悪夢。寝ないというのも長くは続かん。逃れ得ない苦痛を、安息すべき睡眠に付随させるとは。えげつない手段をとるものだ」

 「くくく・・・」

 「ハイドさん、なんでわらってますか?」

 「貴様らも薄々勘付いているのだろう?ヤツの言う悪夢は、日を重ねるごとに深刻化している。このままコロシアイが起きなければますますエスカレートしていく。コロシアイより先に廃人になるヤツが出てくるかも知れんな。実に面白そうではないか」

 

 不敵に笑う星砂君が不適な未来を口にする。だけどそれは実際にあり得そうで、雷堂君の言うことが解決策になってないことを私たちに思い知らせる。安らかに眠りたいなら、誰かが誰かを殺すしかない。殺さずに耐え続けてもこの責め苦に終わりはない。

 

 「おお!そうだ!いいこと思い付いたぜ!こういうのはどうだ?」

 

 誰も何も言い出せない重苦しい沈黙の中、場違いなほど明るい声を上げたのは城之内君だった。私たちの絶望感を分からないはずがないのに、どうしてそんなに晴れやかな顔ができるんだろう。何かを思い付いたみたいだけど、この空気を変えることなんてできるのかな。

 

 「夢ってのは要するに、その日1日の記憶の整理だろ?なあ荒川?」

 「私も専門ではないが、一般的にはそう言われているな。特に強烈な印象を受けた記憶は夢に見やすいと言われている」

 「モノクマだって完璧に夢を操るなんてのはできねえんだろ?だったら、あいつが何かしてきても悪夢なんて見ねえように、とびっきりのビッグイベントを起きてる間にしちまおうってことよ!フィーバーしてハッスルしてエクスタシーぶっちぎったら、悪夢なんて見てる余裕なくなんだろ!」

 「ふぃいばあ?はっする?えくすたし?」

 「超盛り上がって超楽しいことすりゃイイ夢見られるだろってことよ!」

 「いよーっ!成る程!其れは素晴らしい御考えで!」

 「そんなイージーなことじゃないとおもいますけど。でもオールナイトでパーティするのは楽しそうです!夜おきててもいいんですよね?」

 「おうよ!夜更かししたっていいんだぜ!ライジングサン拝めんだぜ?楽しそうだろ?」

 「Wonderful!!」

 「盛り上がるのはいいんだけど、それってその場しのぎの解決にしかならないじゃん。あんたら、状況分かってんの?」

 「そうつれねえこと言うなって野干玉よお!お前だってステージに立つ側だろ?オレが回してやっから一曲歌ってくれよ!」

 「わーい楽しそーう♡マイムもやりたーい♫」

 

 城之内君のアイデアに、相模さん、スニフ君、虚戈さんが賛成して、たまちゃんも誘われてなんとなくチームに入った。徹夜でパーティをしたとしても、それで凌げるような動機じゃないのは分かってる。だけど今のこの空気を変えるには、たとえ気休めでも何か動かないとダメなんだって、城之内君はそう言いたいんだと思う。

 

 「やるだけやって、ダメだったらその時考えようぜ。止まって事態が好転するなんてあり得ねえんだからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんか言いくるめられたような気がするけど、別に嫌ってわけでもないから、取りあえず城之内に従ってミュージアムエリアに来た。打ち合わせをするって言って張り切ってるけど、めんどくさいな。オフィシャルのライブするわけじゃないんだから、適当に持ち歌を歌って踊ってでいいんじゃないの。

 

 「いいか。オレがプロデュースする以上は、半端なことはやらせねえぞ。オレはもちろん野干玉、お前もガチでやってもらうぜ。あと相模も虚戈も」

 「はーい♢ひさびさに本気出しちゃうよー♡」

 「いよーっ!勿論で御座います!相模家の名に泥を塗る訳にはいきません故!」

 「えー。しんどい。たまちゃんは別に練習とかリハとかしなくても自分の持ち歌くらい完璧にできるし?」客だって高校生が10人そこらでしょ?」

 「はあ〜っ、これだからお前はアマチュアなんだよ。甘っちょろいアマチュアなんだよ。客が何人だろうが場所がどこだろうがセトリがなんだろうが、構成も演出もステージもリハからマジにやってこそプロだろ?ま、場末のパブかなんかだったらそれでも通用するだろうけどな」

 「はあ!?誰が場末のパブ止まりなのよ!万超えのハコでやったことだってあるっつうの!シングルチャートトップ獲ったことあるっつうの!」

 「いよぉ・・・いよには何の話なのか全然ちいともさっぱりです。ですがたまちゃんさん、幾らご自分の持ち歌とは言え確り場当たりをしておくべきかと。山師は山で果てるという言葉も在ります故」

 「さんしは12だよー?」

 

 分かんないなら黙ってればいいのに。っていうか、城之内はなんでそんなにあたしに突っかかってくんのよ。あたしがただラッキーでここまで来たわけじゃないって分かってるくせに。あたしがどんだけ今の地位に必死にしがみついてるか分かってるくせに。バカにして。

 

 「っていうか虚戈はともかく相模はなんでここにいんのよ。あんたはステージに立つような芸ないでしょ」

 「何を仰いますか!いよを虚仮にされるのは耐え易くも、弁士を虚仮にされるのは耐え難き侮辱でありますなあ!活動弁士こそ、旧きより舞台で人々に物語を語り聞かせ魅せてきた職業でありますぞ!」

 「いよーっ!かっこいい♡いっぱいしゃべるいよが好きー♡何言ってるか全然意味分かんないけど♣」

 「時代遅れが何言ってんだか」

 「いよーーーっ!!憤慨ッ!!」

 「おいおいケンカすんなよ。演芸場で芸すんのはオレと野干玉と虚戈の3人だ。“超高校級のDJ”と“超高校級のハスラー”アイドルのコラボレーションミュージックに、オレのBGMに合わせて“超高校級のクラウン”のマルチパフォーマンスだ。野干玉はオレがミックスした音楽をBGMにビリヤードでトリックショットとか、ダーツでアクロバットシュートとかできんだろ?虚戈は・・・お前はいつも芸やってるようなもんだから心配無用か」

 「ちっちっちー♠それはねダイスケ、スニフくんに算数できるのかってきいてるようなものだよ♠もちもちできるに決まってるじゃーん☆」

 「当たり前でしょ。あたしだってイカサマだけでのし上がったわけじゃないんだから」

 「のし上がったっていうか、蹴落とした?って感じじゃないの♢」

 「別に否定しないけど」

 「いよ?ではいよは何処で何をすれば宜しいので?」

 「相模のホームはこの隣のキネマ館だ。フィルムとかあっただろ」

 「成る程!と言う事は、観客の皆様は途中で一度キネマ館に御移動頂くと言う事でしょうか?」

 「えー♠そんなん絶対寝ちゃうよ♣まいむだったら耐えられない♠」

 「いや、先にキネマ館で相模の語りの映画観て、その後で演芸場だ。虚戈じゃなくても、徹夜明けで映画なんて100%寝るからな」

 「そういえば、掟に個室以外で寝るのは禁止ってなかったっけ。もし誰かが寝たらどうすんのよ」

 「NO!心配いらねえぜ。掟はこうだ。『就寝はホテルに設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します』。キネマ館や演芸場を『部屋』とは呼ばねえだろ?」

 「『部屋』っていうか『小屋』だよねー♡」

 「・・・はっ!?と言う事は部屋でなければ屋外や他の建物内でも寝る事が可能だったのでしょうか!?是は盲点!」

 「モノクマにも確認済みだぜ。まあ部屋ってモンの定義とか小難しいことはすっとばして、少なくともミュージアムエリアにある建物はどれも部屋には当たらねえとよ」

 「うわーい♡ダイスケすごーい♢」

 

 遊びに真面目って感じかしら。たかだか気休めのその場しのぎにそこまでするなんて、なんでこいつはそんなに本気になれんだろ。どうせこんなことしたって、明日の夜には我慢できずに個室のベッドで寝ちゃう。そしたらまた悪夢を見る。終わりのない苦しみがやってくる。逃げることにさえなってないこんな足掻きをして意味があんのかな。

 

 「意味はあるぜ、野干玉」

 「!」

 

 あたしは何も言ってないのに、城之内はあたしの表情を見ただけで、心の中まで見透かしたように言った。

 

 「心に余裕がなくなっちまったら終わりだ。土壺にハマった人間はもう二度と抜け出せねえ、自力じゃあな。余裕を見失ったヤツは心を溶いて解して和らげてやる、土壺にハマっちまったヤツはぶっこ抜いてやる。遊びにゃきちんと意味がある。無意味に遊んでるヤツなんていないんだぜ」

 「・・・御高説ですね」

 「そーだよそーだよ♡無意味に遊んでるんじゃないんだよ☆マイムだってきちんと理由があって計算して遊んでるんだよ☆」

 「いよっ!?虚戈さんが計算!?真ですか!?」

 「う・そ♡」

 「いよよよよよよよっ!!?」

 「へへへ、まあ計算にしろ何にしろ、意味があるってのは間違いねえな。やけくそでもなんでも、遊ぶことで救われることだってあるんだぜ」

 「あんたはただ騒ぎたいだけでしょ」

 「まあそれもあるな。けどちゃんとあいつらのこと考えてやってんだぜ?あいつらがきっちり楽しめるんだったらオレは別に裏方でもいい。オレァもともと顔出ししねえ方のDJだしな」

 

 ホント、気に入らないヤツ。遊びに意味があるからなんだっての。あたしは遊ぶ側じゃない、遊ばれる側だ。酒に酔った親父に。バカみたいに騒ぐオタクに。顔も見えない画面の向こう側のファンに。あいつらの遊びのためにあたしは遊んでなんかいられない。それを誇れるようになるには、まだなれない。

 

 「うっし!んじゃあやることも大体決まったな!後はオレと野干玉の細けえ打ち合わせと、相模がしっかりフィルム選んで練習することだな!」

 「マイムは?」

 「虚戈は後でオレとマンツーマンで練習だ。一番動きが読めねえお前は特に打ち合わせしとかねえと本番でトチる」

 「練習なんかしなくてもマイムはダイスケの音楽に合わせてパフォーマンスくらいできるよ?」

 「オレがお前のパフォーマンスに合わせる音楽作るんだよ。アドリブでついて行けるような半端な芸してもらっちゃこっちが困る。んじゃ、各自頼むぜ」

 「お任せあれ!相模家の名に懸けて、最高の弁を立ててご覧にいれましょう!相模いよ!一世一代の大仕事ですよ!いよーっ!」

 「気合い入れすぎでしょ。まあやるけど」

 

 そこまで言うんならちょっとは本気出してあげてもいいかな。別に、城之内に認めさせようとかそういうわけじゃないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜までまだ時間があって、下越くんは早めの晩ご飯を用意しにキッチンに行った。城之内くんとたまちゃんさんと相模さんはミュージアムエリアにオールナイトの準備をしに行った。それ以外のみんなは、ホテルに戻ったりそれぞれの時間を過ごしてた。私は・・・今こそ、自分にできることをするときなんじゃないかって思った。

 

 「一人でいちゃ・・・暗くなるばっかりだものね」

 

 そう自分に言い訳をするように呟いて、私はある場所に向かった。どこかに私の“才能”を求めてる人が、というかあの人がいるはずだわ。モノヴィークルに目的地を入力して、柔らかい風を受けながら私はホテルからアクティブエリアに向かった。

 この前の温泉は極さんこそいなかったけれど、みんなでゆっくりお湯に浸かって話をすることができて、少しはいい効果があったと思う。だから、今度は女子じゃなくて男子のみんなを癒してあげよう。さしあたってまずは、一番体を酷使してると思う、彼から。

 

 「・・・っん!ふぅ・・・っん!ふぅ・・・っん」

 「はあ・・・」

 

 がちゃんがちゃんとトレーニング器具が動く音が、地下室へ伸びる階段から響き出てくる。なんとなくこっそり中の様子を覗いてみたら、やっぱり、鉄くんがトレーニングをしていた。いつもの作務衣じゃなくて、トレーニングウェアに着替えて逞しい肉体をさらけ出して、じんわり汗が滲むほど鍛えてた。

 

 「はあぁ・・・!」

 

 真摯な顔で、直向きな姿勢で、頑強な体で、一人トレーニングジムの中で体を鍛える鉄くんは、何とも言えない触れがたさを醸し出してた。この世界を邪魔しちゃいけない。孤高で崇高で至高の景色にさえ見えた。私は、ここに来た目的さえも忘れて、しばらくその光景に見惚れてた。

 

 「・・・ふぅ。すぅぅ・・・ふあっ!」

 「あっ。あのっ・・・鉄、くん?」

 「ッ!!ま、正地か・・・。びっくりした・・・」

 

 トレーニングが一区切りついたみたいで、鉄くんは器具から手を離して深く呼吸した。そこで私は我に返って、鉄くんに思い切って声をかけた。自分ではそこまで大きな声を出したわけでもなく、極めて遠慮がちに声をかけたつもりだったけど、鉄くんは体に似合わないほどの俊敏さで身を強張らせた。ハムスターみたい。

 

 「な、なんだ?何か、用か?」

 「あの・・・もしよかったらなんだけど・・・トレーニングで疲れてるみたいだし、鉄くんいつも力仕事やってくれてるし・・・だから、マッサージでもしてあげようかと思って。迷惑、かしら?」

 「マッサージ?いや・・・迷惑だなんてとんでもない。いいのか?以前もやってもらったことがあるが、そんなに俺ばかり」

 「必要とする人にやってあげるのがマッサージだもの。今もトレーニングで体が疲れてると思うから、疲労回復のマッサージしてあげるわ」

 「そうか・・・なら厚意に甘えることにしよう。頼む」

 

 呼吸に合わせて逞しく蠕動する鉄くんの肉体美に、ちょっと気が緩むと目を奪われてしまいそうになる。按摩として、あくまで按摩としてこの体を癒してあげたいっていう気持ちが胸の奥から体を突き動かして吐息に自然と声を乗せる。

 

 「じゃあ、ここじゃなんだから診療所に移動してちょうだい」

 「ちょっと待て。少し汗をかいた」

 「あっ。服はそのままでいいわ。汗も拭かないで」

 「ん?そ、そうなのか?臭うと思うが」

 「いいのよ。慣れてるから」

 「・・・ああ、すまない。俺も気遣いができていなかった」

 

 トレーニングで暑くなったのか、鉄くんはトレーニングウェアを脱いで汗を拭こうとした。そんなことしたら台無しじゃない!そのままじゃないと意味ないのに!そう思って咄嗟に止めたら、素直に従ってくれた。なんだかいけないことをしてるような気がするけど、別にいいわよね。悪いことするわけじゃないんだから。

 スポーツドリンクをあおりながら診療所に移動した鉄くんに、取りあえずトレーニングウェアをかごに入れてもらって、簡易ベッドの上にシーツを敷いたところにうつ伏せで寝そべってもらった。下のジャージも脱いでパンツ一丁になると、凝り固まった筋肉が照明を受けて黒光りした。

 

 「あっ・・・」

 「こ、これでいいのか?正地?・・・大丈夫か?」

 「え?あっ、そ、そうね。それでいいわ。じゃあ首筋から順番にやっていくから、じっとしててね」

 

 寝そべる鉄くんの体は、汗を流してむわっとした空気を帯びていた。手を添えるとその生ぬるい温度が手の平を伝わって腕全体に染み入った。しっとりとした表皮と凝った柔堅い体に指が少し沈み込んで、逞しい雄々しい勇ましい筋肉の感触に指先からうっとりする。

 

 「あっ♡」

 「ん?」

 「んっ・・・!すっごい・・・鉄くん・・・!かたい♡」

 「あ、ああ。そうだな」

 

 一撫でしただけで、鉄くんの筋肉を手の平の神経が全力を尽くして感知する。汗の湿り気と照明の明かりが反射して、大きくて無駄のない筋肉が力強さだけじゃなくて美しさまで醸し出す。ぐっと力を込めて揉みしだくと、軽く反発して私の手が鉄くんの背筋に埋まるような気さえしてくる。

 いやダメよ。なにを嬌声を漏らしているの私。冷静になって。私は按摩よ。だから鉄くんを癒してあげるの。この固くなった体を、大きく発達した筋肉を・・・筋肉、固くて強くて逞しくて勇ましい、この生身の芸術を・・・堪能しないなんて逆に失礼じゃない!?

 

 「すぅ・・・!はあぁぁ・・・!!汗と筋肉の熱気が混ざったこの匂い・・・♡この弾力♡この形♡この色♡この大きさ♡無駄がなくて実用的でそれでいて極限まで発達して・・・たっまんなァい・・・♡

 「なにかボソボソ言ってないか?正地」

 「うぅん、なにも言ってないわ。気にしないで」

 「ああ・・・」

 

 い、いけないわ私としたことが。言葉に出てた。でもこんなの仕方ないじゃない。こんなに発達してるのに洗練された筋肉を見て、しかもそれが特別なトレーニングをしてるわけじゃなくて普通のトレーニングマシーンでここまでになったって考えたら、もっと徹底的に筋肉を育て始めたらどうなるのかしら♡想像しただけで・・・体がゾクゾクしてきてアツくなっちゃう♡んもぅ、たまんないッ!!

 

 「あぁこの筋肉ッ!たまんないこの筋肉ッ!固くて強くて逞しくて・・・♡鉄くん、最ッ高だわぁん・・・!!

 「お、おう・・・?」

 「もう無理!好き!尊い!ああやっぱり筋肉って最高ッ!うぅあんもう!愛でたい!撫でて触って嗅いで揉んで舐めて埋まって抱いて噛んで見つめて吸って擦って挿れて弄って五感の全てで感じ尽くしたい!!もうどうしようこの筋肉を好きにしていいなんて、私どうしたらいいのかしら!

 「正地?」

 「はじめて見た時からずっとこの時を待ってたのよ!皆桐くんの細くて引き締まった筋肉もよかったし、極さんの女の子特有の淑やかな強さのある筋肉も愛おしかった!虚戈さんの隠れたインナーマッスルや下越くんのささやかながらも実用的な筋肉もすごく魅力的だったけど・・・やっぱり筋肉は大きさ!固さ!弾力なのね!鉄くんはその全てを網羅して有り余る逸材だわ!この筋肉と一つになりたい!!いや!一緒になったら感じ尽くせない!一つになるほど密着したい!

 「正地・・・ギリギリ聞こえない音量で何か言いながらマッサージするのはやめてくれないか?不安になってくるんだが・・・」

 「あっ・・・ご、ごめんなさい。鉄くん、いい体してるからつい・・・」

 「ああ。鍛冶をしていたら自然とな。工房に籠もりきりになっていてもいけないから、トレーニングは家の手伝いを始めた頃から続けている」

 「そうなのね。んっ♡すごくかたいけど・・・すごく繊細な仕事をしてるって分かるわ。さすが、ジュエリーデザイナーね」

 「・・・まあ、大きくは違わんだろう」

 

 しばらく至高の筋肉を堪能したあと、真面目にマッサージをはじめて鉄くんの体をほぐしていく。大きくて逞しい筋肉ながら、細やかな指使いと長時間の緊張をするための発達した繊細さに息を呑む。鍛冶をしてるから肌も焼けて、実践の中で鍛えられたおかげで無駄のない洗練された仕上がりになってる。

 

 「前に言ってたわよね。本当は鍛冶職人として希望ヶ峰学園に来たかったって。だけどお姉さんのお仕事を手伝ってた方が評価されちゃったって」

 「・・・そうだな。今にして思えば、我ながら子供じみた意地を張ったものだ」

 「意地?」

 「これも前に言ったと思うが、父と鍛冶職に対する考え方を違えて、まあケンカした。反抗期というヤツだ」

 「反抗期を振り返る年齢じゃないと思うわよ。立派ね」

 「それで己の道を見失ってしまった。やはり父は偉大だ。俺は後背を拝むことしかできなかった父を、容易に越えられると過信していた。今でもまだ鍛冶の道には戻れず姉の手伝いばかりだ」

 「お姉さんは何のお仕事をしてるの?」

 「商売をな。俺はその製品造りを手伝っていた」

 「ジュエリーデザイナーっていうことは、ジュエリーショップかしら?鉄くんはあんまり喜ばないかも知れないけれど、鉄くんのその“才能”のおかげでたくさんの女の人がキレイになれるんだったら、それってとってもステキなことなんじゃないかしら」

 「・・・俺の主義とは違うからな」

 

 なんだか鉄くんは悲しそうだった。親とケンカするなんて高校生なら当たり前のことだわ。私だってお母さんと言い合いになったり、お父さんに反抗したりだってするもの。だけどそれが原因で家業を継がせてもらえなくなったり、思わぬ“才能”を開花させたり、結果的に希望ヶ峰学園に入ったり、何が起きるか分からないものね。

 

 「姉は金儲けが好きなんだ。俺は金より、俺の工芸を見て欲しい。飾るのではなく、素材そのものが持つ光沢や紋様を見て欲しい。飾りっ気のある女は苦手だ。姉のようで、頭が上がらない」

 「そうなの?だけど、鉄くんの“才能”を見出したのはお姉さんじゃない。そういう意味ではお姉さんに感謝も・・・」

 「感謝など・・・迷惑こそすれ、感謝など断じてしない」

 

 寝そべったままそう言い切った鉄くんからは、明確に強い敵意を感じた。私が勝手にそう感じてるだけかも知れないけど、およそ家族に向ける感情じゃなかった。それでも嫌悪を感じないのは、やっぱりお姉さんだからかしら。

 

 「俺はあんな姉と関わるべきではなかった。鍛冶に徹するべきだった。もうこの手も穢れて久しい。清廉潔白なる刀は・・・もう打てなく」

 

 それ以上続けるより先に、私は鉄くんの右手を握っていた。なんでそうしたのか分からない。大きくて分厚い手はやっぱり黒く焼けてて、固い感触がするのにどこか脆そうな印象を受けた。少し優しく撫でただけで、何かが剥がれ落ちていきそうな、そんな儚さ。

 

 「大丈夫よ」

 

 何の根拠もない、気休めにすらなっていない浅はかな言葉。だけどそう言うしかないように思えた。そう言ってあげないと、目の前で気持ちを病んでる人を助けてあげないと、私が私でなくなるような、そんな自分勝手な想い。だけどその手から、力がすうっと抜けていく感じが伝わった。

 

 「鉄くんのやりたいことが何かは、みんなよく分かってる。誰よりも鉄くん自身が分かってるはずよ。こんなに大きくて強い手があるんだから、なんだってできるわ。だから自分を卑下しないで」

 「・・・!!ま、まさ・・・じ・・・?」

 「やりたくないことをしなくちゃいけないこともあるわ。でも、だから我慢しろなんて言わない。鉄くんの“才能”はそのやりたくないことなんだから。今すぐには無理でも、いつか自分の“才能”を好きになってあげて」

 

 希望ヶ峰学園では珍しくもない、自分の本当にやりたいことと自分の“才能”が噛み合わない人。もしくは“才能”っていう名前に負けて自分のやりたいことが分からなくなった人。だけど本当に嫌なことで“才能”を発揮する人なんていない。少しは気持ちがあるから、“超高校級”って呼ばれるまでその“才能”を磨くことができたはずだから。

 鉄くんだって一緒。本当はジュエリーデザイナーなんて仕事はしたくないんだと思う。アクセサリー作りよりも刀を打ったり工芸をしたいんだと思う。でも、鍛冶をしたいと思っても、ジュエリーデザインを嫌いにまでなる必要はないはず。

 

 「・・・」

 「・・・」

 

 いつの間にかマッサージもしないで、私は鉄くんの手を握り続けてた。鉄くんは何が何だか分からないっていう表情で手を握る私を見て、汗が徐々にひいて日焼けした肌も乾燥してきた。半裸の鉄くんと、手を握る私。だんだん冷静になってきて、今のこの状況のおかしさを自覚してきた。この状況で、今誰かが入ってきたりでもしたら──。

 

 「よーう正地!おっ!鉄も一緒か!お前らこんなところで何してんだ?」

 「おおおっ!!くっ!鉄くん!!手の疲れは取れたかしら!?」

 「へっ?あっ、ぐぉっ!!ま、正地強い!いたたたたたたっ!!?」

 「なんだなんだ?マッサージか。痛えってことはきいてるってことなんだぜ鉄」

 「しっ!下越・・・!!なんというタイミングでお前・・・!!」

 「あ、あーら下越くん!いつの間に入ってきてたのかしら全然気付かなかったわねえ鉄くん!」

 「ぐああああああっ!!?いだだだだだだだッ!!?」

 

 急に下越くんが診療所に入ってきたから、慌てて鉄くんに馬乗りになってマッサージを再開した。焦りながらも頭のどこかは冷静で、さっきまで自分がしていたことを反芻して顔を熱くする。ただでさえこんな目立たない場所でほとんど裸の鉄くんと一緒にいるところを目撃されて、変な風に捉えられないか心配だっていうのに。

 

 「いやー、こんなところで何してるかと思ったら、マッサージか。ご苦労なこったな」

 「そうなのよ!鉄くんがトレーニングで疲れたと思ったから!ね、鉄くん!」

 「お、落ち着け正地・・・!」

 「それよかよ、お前ら今晩の飯なにがいい?夜通しどんちゃん騒ぎするなら、食堂にフィンガーフードを大量に用意して勝手に持ってくスタイルにしようと思ってよ。せっかくだから意見集めてんだ」

 「フィンガーフード?なんだそれは?」

 「たとえば、クラッカーにチェダーチーズとオリーブにエビ乗せたり、小さいパイ生地に挽肉甘辛く炒めたヤツとオニオンフライ乗せたりな。一口で食えるし専用の器具があればあちこち持っていける」

 「それいいわね。そうね。私は甘いヤツがいいわ。コーヒー豆をチョコでコーティングしたお菓子があるじゃない?あれを使えないかしら」

 「俺は味の淡泊なものがいい。クラッカーなら塩気がちょうど良さそうだ」

 「ふむふむ。なるほどな。よし分かった。後は星砂と研前と荒川だな」

 「10人以上の注文をメモも取らずに記憶しているのか?」

 「だいたいイメージができりゃあそれ作ればいいんだろ。お前らのもしっかり頭に叩き込んだからもう大丈夫だ」

 「ホント、食べ物のこととなると下越くんってすごいわよね。どうして食べ物以外のことになると途端に人が変わるのかしら」

 「そんなホメんじゃねえよ!」

 「ホメてないと思うぞ」

 

 そんな気持ちの良い笑顔を見せて、下越くんは腕まくりして今晩のメニューを考え始めた。一つにまとめた後ろの髪を尻尾みたいに振って、尻尾が一つ振れる度に頭の中で料理の手順を作り上げていくのが手に取るように分かる。ところで、なんで下越くんはこんなところに来たのかしら。

 

 「そういえば下越くん。なんで私たちがここにいるって分かったの?こんなアクティブエリアの端っこ、知らないと見つかりっこないと思うわよ?」

 「なんだ、知らねえのか?じゃあ教えてやんよ!お前ら二人ともモノヴィークル使って来ただろ?表に停めてあったぜ」

 「ああ。そうだな」

 「施設にモノヴィークル停めがあるから、画面を見りゃあ誰が来てるか分かるし、人探すときもモノヴィークル探せば早いぜ。どうだ!」

 「なるほど」

 

 簡単に納得した鉄くんと、えへんと胸を張る下越くんがなんだか可笑しくて、私は鉄くんに跨がったままくすくす笑った。かっかと大きく笑う下越くんが肘にも届かない半袖のTシャツをまくったときに、柔らかそうな色の肌に筋が浮かんで、うっすらインナーマッスルが覗いたのを私は見逃さなかった。

 隆々とした鉄くんの筋肉が荘厳な芸術なら、下越くんの静かにちらつく筋肉は淑やかな庭園のような、そんなわびさびさえ感じさせるそこはかとない色気に、背筋をなぞられたような情動を感じた。

 

 「し!下越くん!下越くんもマッサージ受けてかない!?いつもご飯作ってもらってて、私も下越くんにお返ししたいし!」

 「お?マジか。うーん、飯の準備とか色々あるけど・・・ま、いっか!そういや正地にマッサージしてもらったことねえな!よっ!」

 「おおおっ!?やだっ♡」

 「なんだよ?鉄と同じかっこになりゃいいんだろ?」

 

 厨房にずっといるからなのか思ったより白い肌。腕はほんのり筋張って、お腹は引き締まってシックスパックが僅かに見てとれる。胸筋は薄いけれどがっしりしてて、シャープさの中にも芯の通ったシンプルな美しさを醸し出していた。

 

 「頼むぜ!」

 「はあ・・・ん♡もう、私どうしよう・・・♡」

 「なんなんだこの空間は・・・」

 

 ぼそっと溢れた鉄くんのつぶやきに気付かないふりをして、私は鉄くん(きんにく)下越くん(きんにく)を順番に療治した。

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:14人

 

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各キャラを均等に動かそうとしても誰かが少なくなるのは仕方ない。


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(非)日常編4

 

 レストランからは下越氏が作ったス〜プが、ひとかきされる度に芳醇な香りを漂わせている。テーブルに並んだカラフルな料理はどれも一口で終わってしまう小さなオモチャみたいで、とても晩ご飯っていう感じには見えないねえ。

 

 「こりゃあなんだい?」

 「フィンガーフードだよ。食べやすくて運びやすいようにな。にしても、ちょっと張り切って作りすぎちまったな。味見ついでにいくつか食べていいぜ、納見」

 「へえ、クラッカーや野菜のスライスの上に盛りつけるのかあ。面白いねえ。小さい造形っていうのもなかなか創作意欲を刺激されるもんだねえ」

 「ふふふ・・・海鮮も野菜も果物も肉も合う、このクラッカーの絶妙な塩加減とサクサクの食感、まさしく完全食品・・・」

 「完全食品の意味ちげえからな荒川」

 

 たまたまレストランを覗いて見たら下越氏が大量のフィンガーフードに囲まれてたから、居合わせた荒川氏と一緒にいくつか味見してみた。オリ〜ブオイルとエビの調和の取れた味わいや、オレンジの甘みとチョコの苦みの相乗効果や、一口だけなのにそれだけでたっぷり楽しめる料理だった。

 

 「さすがだねえ下越氏」

 「こ、これはけしからん・・・!一口だからつい次の一つに手が伸びてしまう・・・!一つ食べたら次の一つを、そのまた次の一つを・・・帰納的に無限連鎖していく・・・!!」

 「ホラホラそこまでだ!お前ら、夜中に備えて今のうちに仮眠とったりしねえのか?」

 「いや、もともと寝ないのが目的だから仮眠とったら元も子もないよねえ」

 「案の定、ただのパーティだと思っていたか」

 「うん?違うのか?」

 

 動機の発表されたときのシリアスな雰囲気はなんだったのかと思うくらい、下越氏は今回の城之内氏の提案の意味も、おれたちが置かれた状況も理解してなかった。よくこんな調子でいられるもんだねえ。おれも大概呑気って言われるけどお、下越氏には負けるかもねえ。

 

 「まあ私は今回は辞退させてもらうから関係ないのだがな」

 「そうなのかい?」

 「夜通し起きていることなどザラなのでな。参加しなくとも部屋に一人で籠もっているさ。せっかく起きていられるのなら、ふふふ・・・試したい仮説があるのだ。この機会を生かさねばな」

 「そういや鉄もそんなようなこと言ってたな。体動かしてた方が眠気も飛ぶから、トレーニングしてるって」

 「なんというか、まとまりがあるようでないような気がするねえ。その調子だと、下越氏や星砂氏も参加しなさそうだよお」

 「星砂は知らねえけど、実はオレも参加はやめとく。飯は夜通し必要だろうし、雷堂から言われてるしな。飯になんか変なことするヤツがいたらせっかくの味が台無しだ」

 「雷堂はよほど下越を信頼しているのだな。誰も見ていないところなら、怪しげな薬を仕込むことも容易くなるだろう。まあ下越に限ってそんなことはないだろうが」

 「さすがに雷堂も今回は警戒してんぜ。モノクマがどう動くかも気になるしな」

 「念のため、気付け薬と解毒薬でも用意しておこうか」

 「荒川は薬の調合もできんのか。すげえな」

 「いいや、ショッピングセンターで買ってくるだけだ。防犯グッズ専門店が新装開店していた。護身用具からブービートラップまで揃い踏みだ」

 「相変わらず品揃えに脈絡がないねえ」

 

 荒川氏は心配症だねえ。いくらなんでもそんなことをする人はいないよお。自分まで薬で倒れたら意味ないんだからさあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こっちの準備は下越氏にお任せして、おれはぶらりとミュ〜ジアムエリアにでも行ってみようかねえ。そう思ってモノヴィ〜クルで向かってみた。ミュ〜ジアムエリアに来るとつい美術館に足が向いてしまいそうになるけど、そこをぐっと堪えて演芸場の方に行ってみた。入口の前で虚戈氏が珍妙なポ〜ズで佇んでた。自分を抱きかかえるように手を交差して左手は顔の横に添えている。胡座を組んでると思ったらちょっとだけ崩して片足で立ってた。すごいねえ。

 

 「何してるんだい虚戈氏?」

 「むーん・・・♠」

 「なんだい?返事がないねえ。ただのしかばねかなあ?」

 「マイムは考えるのをやめたんだよ♣話しかけてもお返事しないよ♣」

 「そうなんだあ。演芸場で城之内氏たちが今日の準備をしてると思うけどお、入ってもいいのかねえ?」

 「ダメ!たまちゃんとダイスケにここで人払いをするように言われてるんだもん♠ちゃんとお仕事したら綿菓子くれるってたまちゃんが言ったんだよ♡」

 「それくらい下越氏がいつでもくれると思うけどねえ」

 「テルジはねー、前にお菓子の摘まみ食いしたら晩ご飯食べられなくなるだろって怒られた♠」

 「お母さんみたいだねえ。なるほど。本番までのお楽しみってワケかい」

 「後でマイムもダイスケと一緒に練習するんだ♡一生懸命がんばるからヤスイチも期待しててね♡」

 「ああ、そうするよお」

 

 なんだ、入れないのかあ。まあこういうものは本番でサプライズ演出があるものだからねえ。ネタバレはしないでおこうかあ。それにしてもたまちゃん氏と城之内氏のコラボレーションかあ。あんまりテレビは観ないしたまちゃん氏がきゃぴきゃぴしてても違和感があるけどお、楽しみだねえ。

 

 「そういえばあ、相模氏も一緒にいるんじゃあなかったのかい?」

 「いよだったらキネマ館にいるはずだよ☆マイムたちとは別に準備してるんだ♢」

 「ほほお。キネマ館っていうことは映画だねえ。“超高校級の弁士”のトークが聞けるのかねえ」

 「ふふーん♡さてどうかなあ♡」

 

 隠しきれないねそれは。そっちの方は入場制限されてないのかなあ。演芸場のすぐ隣にキネマ館があるから、そっちの方に行ってみた。虚戈氏はまた同じ格好で守衛代わりをし始めた。その格好に意味があるのかねえ?

 キネマ館は少し古くさい感じで、綿が固くなったソファやボロボロの雑誌、切れかけの蛍光灯、剥がれた壁のタイル・・・シアタ〜に入る赤色のドアと、薄暗い映写室の方に続く灰色のドアがあった。シアタ〜の方に入ってみると、20席ほどの座席がスクリ〜ンに向かって並び、あちこちに音響設備が用意されていた。映写室からの光が筋となってスクリ〜ンまで伸び、白黒の映像を映し出していた。

 

 「こりゃあ思ったよりもしっかりした設備だねえ。外の古くささはあ・・・味ってヤツかなあ?」

 

 映し出されてるのは無声映画だねえ。江戸時代かなあ?侍たちが山の中を早回しのような小気味よさで動き回っている。演出はどれもこれも古くさいけれど、今みたいな技術がない時代の工夫を感じさせる。工夫するのは好きだよお。

 

 「映画は回っているのに誰もいないっていうのはヘンだねえ」

 「いよーっ!是は是は納見さん!気が付きませんでした!此の様な辺鄙な所に御出になって如何なされましたか?」

 「うああっ!?さ、相模氏・・・!?音が大きいよお・・・!」

 「是は失敬!えーっと音響調節は・・・此のツマミですかな?いよっとな」

 「ああ、こんなもんじゃあないかねえ。この音はどこから聞こえてるんだい?」

 「映写室で御座います。灰色の扉が御座いましたでしょう?其方から階段を上がって来て下さい」

 

 どこからともなく相模氏の大音量の声が聞こえてきて、思わず耳を塞いだ。さっきのグレ〜の扉は映写室の入口だったんだねえ。廊下を歩いて映写室への扉を開け、階段を昇るとまた簡単な薄いドアがあって、そこを開けると映写室だった。

 

 「いらっしゃいまし!此方が映写室です!」

 「昭和のキネマ館に和服美人とはあ、なんだかタイムスリップしたみたいだねえ」

 「大麻?」

 「ああ、えっと、時間逆行ってヤツかねえ」

 「成る程!確かに此処だけ60年程時代を遡った様にも思えますね!いよぉ、そう言われて見ると、納見さんの出で立ちも当時の冴えない苦学生宛らではありませんか!」

 「悪意のない失言として受け取っておくよお」

 

 おれを出迎えたのは、いつもの緑の和服に身を包んだ相模氏だった。暗くて奥まったところだからか、少しだけ肌寒くて、相模氏も少し重ね着をしているみたいだ。あんまり服をじろじろ見ていると、覗きをしてしまった時のことを思い出してなんだか悪い気がしてくるから目を逸らした。おれの目線は追いにくいだろうけどねえ。

 映写室は思いの外広くて、映写機が二台とシアタ〜内の空調や音響を調整する機器も一緒に備え付けられてて、フィルムをしまう棚もあった。おそらく表の売店での売上金を保管するための金庫まで置かれてた。映写室というよりこのキネマ館そのものの事務室ってところかな。映写機の一台はフィルムをセットされてシアタ〜に繋がる小窓から映像を投影できるようにセットされてた。

 

 「サイレントかあ。古いものがあるんだねえ」

 「いよよよっ!?納見さんは無声映画に造詣がお有りですか!?いよも驚いたのですが、此方に保管されているのはいよの十八番を初めとした無声映画の名作ばかりで御座います!何方がご用意なさったのか存じませんが、その人とは楽しいお話が出来そうですね」

 「残念ながらおれはただの造形家だからねえ、造形にしか造詣はないよお。けど名前くらいは聞いたことあるかなあ。トーキーはないのかい?」

 「在るには在りますが、折角の音響設備も御座います故、いよが弁を振るおうかと」

 「へえ、“超高校級の弁士”の弁が聞けるのかあ。これは楽しみだねえ」

 「今は最終調整をしている所で御座います。やはり自分の声を自分で聞くのが上達の近道で御座いますね。ああいえいえ、近道に王道無しでした」

 「真面目だねえ」

 「いよには是くらいしか取り柄が在りません故!」

 

 ふうん。なんだかこうして見てみると、まるで相模氏のために用意されたかのような部屋じゃあないか。今時フィルムに映写機なんていうのも珍しいけど、無声映画のラインナップに古くさい演出がされた館内。なぜか映写室のすぐ近くにあるトイレは女子トイレで、男子トイレは一階の廊下の突き当たりにしかない。

 部屋の中を見渡してると、このノスタルジ〜を掻き立てる部屋には似つかわしくない、けど何とも言えない溶け込み具合を醸しているものを見つけた。

 

 「おやあ?相模氏は・・・和食派だよねえ?」

 「ええ勿論」

 「ピザに、コ〜ラに、フライドポテト、コ〜ルスロ〜サラダ、それからデザ〜トにカップアイスかい?随分とアメリカナイズされたもんだねえ」

 「ああ、其れは城之内さんから差し入れとして戴いた物です。演者側、特にいよは最初の演目を担当する事になりました故、お気遣い戴きました」

 「の、割には手を付けてないんだねえ。まあ油ものはフィルムを扱う上で御法度だよねえ」

 「彼には悪意が無い事、いよはよぉく存じております。なので後ほど・・・戴こうかと」

 

 まあ、城之内氏のことだから自分と同じメニュ〜でいいと思ったんだろうねえ。彼は彼でたまちゃん氏と忙しくしてるみたいだから。

 

 「では納見さん、申し訳ありませんが一度お引き取り戴けますか?今夜の練習をしたいので」

 「ああ。楽しみにしてるよお」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜になった。見慣れない星空が頭の上におおいかぶさる不安な夜だけど、今のボクのハートはすごくワクワクしていた。だってこれから、オールナイトで起きてていいんだから。夜中までゲームをしててママに怒られることもないし、暗くなってから外に出てパパに心配されることもない。いつもの場所でも時間がちがうだけでインプレッションが変わってくるし、ミッドナイトだっていうだけでヘンな感じがする。大人の世界をのぞいてるみたいで、なんだか落ち着かない。

 

 「スニフくん、大丈夫?ねむくない?」

 「ねむくないです!ランチタイムにいっぱいカフェオレのんだので!ご心配ありがとうございます!」

 

 まずボクたちはレストランで、テルジさんの作ってくれたフィンガーフードでディナーにしてた。だけどここにいるのはほんの一部で、ダイスケさんたちはステージのセッティングでまだミュージアムエリアから戻ってきてない。ハイドさんやサイクロウさんはボクたちと一緒には行かないから、早めにディナーにしてゲストルームにいるらしい。せっかくダイスケさんがみなさんのことを思って出したアイデアなのに、なんだか上手くいってない感じがする。

 

 「ミュージアムエリアで夜を越すのは、演者組以外だと俺と正地とスニフと研前と極と納見の6人でいいか?」

 「荒川さんは来ないの?」

 「私は賑やかな場所が得意ではないからな。なに、悪夢などどうということはない。心配しなくていい」

 「そうだねえ、荒川氏くらい精神力が強ければいいけどねえ、鉄氏は心配だなあ。あれでかなり打たれ弱いからなあ」

 「く、鉄くんなら大丈夫なんじゃないかしら。あんなに体格がいいんだし」

 「筋肉はこの場合関係ないと思うぞ」

 

 エルリさんはゲストルームで自分の研究をするつもりだっていうし、サイクロウさんは一人になりたいってルームにこもってる。テルジさんはディナーの片付けとサッパーと明日のブレークファストの準備をするんだって。ハイドさんだけがどこで何をしてるのか分からない。サイクロウさんみたいにルームに一人でいるのかな?

 

 「星砂のことは考えても仕方ない。俺もなるべく警戒するようにするから、みんなもあいつの動きには気を付けててほしい」

 「あのね、別に星砂君が妙なこと考えてるって決めつけるわけじゃないけれど、むしろ危険なのは鉄君や荒川さんだと思う。私たちは固まってるから、手を出しにくいんじゃないかな?」

 「それくらいのリスクは犯しかねんがな。我々が相互監視の状態にあることは、逆にヤツにとってはアリバイ作りに利用することもできる状況だ」

 「あのう」

 

 行方が分からないハイドさんについて、ワタルさんやこなたさんが心配そうに言う。だけど、ボクにはそれがおかしなことに思えて仕方ない。

 

 「みなさんはハイドさんが、だれかをおそおうとしてるって思ってますか?」

 「いや・・・そうは思いたくないけれど考えなくちゃいけない状況ってことだよお。星砂氏の異端さはスニフ氏も分かっているだろお?」

 「ハイドさんはそんなことする人じゃないです!あの人は、ちょっとだけセルフイクスプレッションがヘンテコなだけです。それに考えてみてください。リアルにだれかをおそおうとしてると思ってる人が、あんな風に自分がデンジャラスだって思わせないでしょう?」

 「ん・・・スニフくんの言いたいことも分かるわ。こんなこと言うのもおかしいけれど、私たちの杞憂ならいいわね」

 「せめてどこにいるかさえ分かればなあ・・・」

 

 みなさん心配そうにしてるけれど、ダイスケさんのパーティをやってるうちはだれもヘンなことをできる状況じゃなくなる。ボクたち6人とステージチームの4人はどっちも見られてるから怪しいことはできない。エルリさんとサイクロウさんはルームでしっかりキーロックしておけば、ハイドさんは手出しできない。ピッキングツールはハルトさんの件があってから、みんなで集めて捨てたからきっと大丈夫だ。

 

 「今夜をたのしみましょう」

 

 ファンダメンタル・ソリューションではないかもしれない。だけどボクたちがこうやってチームワークを見せつけることは、モノクマに対するレジスタンスアクションになる。そうやってボクたちはもう何をされてもコロシアイなんてしないって、そういう気持ちなんだってことを教えてやらなきゃいけない。それが今夜の意味だ。

 

 「・・・ああ。楽しもう」

 

 ハードなイメージをしてるとせっかくのステージも楽しくないですから、もっとリラックスしちゃえばいいんですよ。

 

 「なに?あんたらシケたツラして。これからたまちゃんのスペシャルステージを見に来るっていうのに、そんなテンションとかあり得ないでしょ!」

 「あはっ☆みんなスマーイルスマーイル♡ステージはね、楽しもうって気持ちも大事なんだよ♡怒ってる人より泣いてる人より、楽しもうと思ってない人が一番困るお客さんなんだよ♣」

 「あっ、たまちゃんと虚戈さん」

 

 ボクたちがディナーの後のティータイムをまったり過ごしてると、そこにたまちゃんさんとマイムさんがやってきた。たまちゃんさんはいつものピンクのふわふわのファッションじゃなくて、ホワイトカラーシャツにブラックのスーツパンツをはいて、ヘアスタイルもポニーテールになってた。なんだかいつもとちがうファッションで、急に大人っぽく見えてドキッとした。

 

 「二人ともいつも格好が違うのだな。ステージ衣装か?」

 「そだよー♡ショッピングセンターに行ったらぴったりのが売ってたんだ♫必要なものは全部あるってホントだね♫まいむびっくりしたよー♡」

 

 そう言うマイムさんは、いつものスモールシルクハットは頭に乗せたまま、だぶだぶのトレーナーじゃなくて、胸のところにクリアブルーのブローチがついたダブレットにバルーンパンツ、それに裸足じゃなくてかざりのついたブーツをはいてた。マイムさん、裸足じゃなくても歩けたんですね。

 

 「服が替わると気分も変わるっていうけど、虚戈さんは変わらないわね」

 「まいむは何着てもまいむだからね☆」

 「・・・それで、二人は準備しなくていいの?城之内君と相模さんは一緒じゃないの?」

 「準備は終わったわよ。だからたまちゃんがわざわざ呼びに来てあげたの。城之内お兄ちゃんはこっちが探してるくらいよ。こっちの準備が終わったと思ったらすぐ出ていっちゃって、どこで遊んでるんだか」

 「それじゃあ準備が終わってても俺たちはまだ行っちゃダメなんじゃないか?」

 「先にいよの方のステージがあるんだよ☆ステージっていうか映画だけどね♡だからミュージアムエリアのキネマ館に行ってね♫」

 「そうか。お前たちも映画を見るのか?」

 「たまちゃんたちはステージの時間まで楽屋でのんびりしてるわよ。無声映画なんて退屈で寝ちゃうから」

 「寝ないためにやってるんだろ!?」

 「ダイスケに会ったら、演芸場にいるって言っておいてね☆」

 

 せっかくだったらマイムさんもたまちゃんさんも一緒に来ればいいのに。いよさんの弁って、それこそ“Ultimate Rhetorician”オンステージなのに、もったいないなあ。あ、もしかしたらリハーサルで何回も聞いてるのかな。

 

 「よし、それじゃキネマ館に移動だ。二人はまた後でな」

 「映画で疲れてたまちゃんのステージに集中できなくなったら怒るんだからね!」

 「またねー♡」

 

 ボクたちは残ったティーとフードを平らげてからホテルを出て、モノヴィークルでミュージアムエリアのキネマ館に向かった。外はストリートライトとムーンライトの灯りがあるだけですごく暗くて、モノヴィークルのライトで少し前を照らして進むけど、ちょっとはなれるとすぐ前を走ってるレイカさんの背中も見えなくなるくらいだった。閉じ込められてるといっても広いモノクマランドで迷子になったりしないように、少しいそいでみなさんについて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キネマ館は、ミュージアムエリアの端っこ、スピリチュアルエリアとのボーダーあたりにある小さくてなんだかノスタルジックな建物だ。バックストリートにひっそりとあるような建物がメインストリートの横にどーんとあるから、なんだかヘンな感じがする。

 

 「いよーっ!皆様ようこそいらっしゃいました!先ずは此方で、不肖いよが無声映画の弁を立てさせて戴きます!いよーっ!」

 「やあ相模氏。準備万端なようだねえ」

 「お陰様で!いよ?少々いよが思っていたより人数が少ないようですが?」

 「下越と鉄と荒川はホテルだ。星砂はどこにいるか分からないんだ」

 「左様ですか。ふぅむ・・・」

 「星砂君が気になるの?」

 「ええ。妙な気を起こされないと良いのですが・・・」

 「あんなヤツに気を揉むだけ無駄だ。何かあれば私がお前たちを守る」

 「女子に守られてちゃ立場がない。いざという時は俺たちがなんとかするから、心配するな」

 「ワタルさんにはソーリーですけど、きっとレイカさんがストロンガーです」

 「だよねえ」

 

 レディにそんなこと言うのはいけないことかな。でももしハイドさんが何かをしてきても、レイカさんがいればなんとかなるって風には思う。何もしてこないと思うけれど。

 ボクたちはいよさんにガイドされて、キネマ館の中のシアターに入った。シアターの外のショップでポップコーンとジュースを買って、シアターのシートに座った。ふかふかで、後ろまでおしりをつけると足が下に届かない。

 

 「スニフ君はトイレに行けるように、端っこがいいんじゃない?」

 「トイレくらいガマンできますよ!」

 「おもらしするほど子供じゃないわよね、スニフくんは」

 「もし漏らしても、雷堂がおむつを替えてくれるだろう。慣れているだろうからな」

 「慣れてねえよ!っていうかおむつと言えば俺みたいにするのやめろ極!」

 「子供あつかいしないでください!そんなに子供じゃないです!見てください、ジュースだってオレンジジュースじゃなくてジンジャーエールなんですよ。子供はオレンジジュースにしちゃうでしょう?大人はジンジャーエールなんです」

 「そういうところが子供の発想なんじゃあないかな」

 

 ボクは思い切って、こなたさんのとなりに座った。ダイスケさんにアドバイスされてから、こなたさんにガンガン行くようにと思ってたけど、すぐにモノクマがモチーヴの話をしたりしてチャンスがなかったけど、今がチャンスだ。ムービーを並んでみるなんて、ホントのカップルみたいじゃないか。

 

 「たのしみですね、こなたさん!どんなムービーなんでしょう!」

 「うん、楽しみだね。無声映画だから時代劇かな?」

 「じだいげき?Wow!サムライ!ニンジャ!ですか!?」

 「そうだね」

 「サムライ!チャンバーラ!チョンマゲ!ござるござる!」

 「テンション上がってるね、スニフ君。始まったら静かにいい子してないとダメだよ」

 「はい!いい子してます!」

 

 サイレントムービーだってはじめてなのに、それがサムライとかニンジャのムービーだなんて、すごくエキサイティングだ。サムライはみんなチョンマゲにハカマでござるって言うんですよね。日本刀でチャンバーラするんですよね。あとニンジャとバトルして、シュリケンばばーっ!ってやって分身のじゅつやってだってばよって言うんですよね。楽しみです!

 

 「さあさあ皆様!ご準備は宜しいでしょうか!」

 「いよさんの声だ!」

 「弁とはお客様の前で舞台に座り行う物ですが、生憎ですが此方の舞台は少々手狭で御座います故、映写室から放送にて行います。何卒ご容赦を!」

 「特に問題ないだろう」

 「いよーっ!では皆様!是より、不肖、相模いよが弁を立てさせて戴きます!しばし御傾聴の程、宜しくお願い申し上げまするゥ〜〜!!」

 

 いよさんの声がスピーカーから聞こえてくると同時にブザーが鳴り出して、スクリーンにモノトーンのムービーがながれはじめた。ワーオ!ホントにテキストでみたエドジャパンだ!おキモノに大いちょうのレディにチョンマゲのサムライが歩いてる!

 

 「火事と喧嘩は江戸の華、なんて事を皆様耳になすったことは御座いますでしょう。どちらも役人やら野次馬やらが挙って見にくりゃ町人達の間じゃ大騒ぎになったもんです。頭に血ぃ昇って取っ組み合いになる喧嘩はまだしも、火事を見物されちゃあ当人にとっちゃたまったもんじゃあありません。いよっ!時は天和2年、徳川家5代目綱吉公の治世の折、江戸にて後に天和の大火と呼ばれる火事が御座いました!これまた野次馬連中が寄って集って見物に来ますが、焼け出された人達は命辛々喉カラカラで避難して、正仙院というお寺を頼ったわけです。此処に居ります幼気な娘は、名をお七と申します。家の八百屋は火事で家財も野菜も丸焼けになっちまいまして、なんとも哀れな娘っ子で御座います」

 

 ムービーに合わせていよさんがアナウンスするっていうよりも、まるでいよさんのアナウンスに合わせてムービーが流れてるみたいだ。むずかしい言葉やムービーの中の時代なんかはボクにはさっぱりだったけど、だれが何をしててどういう気持ちなのか、どこにいるのかがまるでボク自身がムービーの中のキャラクターみたいに分かる。

 ふと、よこが気になって見てみた。みんな、スクリーンをじっと見てて(ヤスイチさんは起きてるのかねてるのか分かんない)、ちっとも動かない。ボクのとなりにいるこなたさんも、いよさんのアナウンスを聞きながらすっかりムービーに夢中だ。

 

 「・・・!」

 

 ボクは気付いた。気付いてしまった。こなたさんがボクのシートのよこのアームレストに手をおいてることに。この状況に。

 二人でならんでムービーを見てる。もしこのこなたさんの手に、ボクが手をかさねれば、手をつないでることになる。手をつないでムービーをみるなんて、それはもうどこからどう見てもカップルじゃないか。あっ、でもどうだろう。ここでボクが手をつなごうとしたら、こなたさんがムービーに入り込んでるのにジャマになっちゃうかな。それともいきなりでびっくりするかな。もしかしたらジャマしたと思われてイヤがられるかな。だけどこんなチャンスなかなかないぞ!手はいつもつないでるのに、ここでの手はいつもと全然意味がちがう!きっとそうだ!

 

 「う〜ん・・・うぅん、くっ・・・

 「お七は悩みます。若し家の八百屋がもう一度火事になれば、また焼け出されて庄之介に会えるんじゃあなかろうか。然しそれはつまりお父とお母の暮らしを犠牲にすることでもあります。募る想いは高く重く、お父とお母に迷惑をかけてしまうことを考えると、お七はどちらとも決めかね悩みに悩みます」

 「くぬぬ・・・

 「スニフ?やっぱトイレ行くか?

 「ちがいますよ!ワタルさんはムービーみててください!

 「???」

 

 うんうんとうなってたら、ワタルさんにかんちがいされた。だけどワタルさんに話すわけにもいかないから、ついロウリーに言ってしまった。

 そんなことより、ボクのこの手をこなたさんの手にかさねるべきかどうか・・・もうムービーとかどうでもいい。どっちにしたらいいんだろう。おくべきか、おかないべきか・・・うぬぬぬぬ・・・!

 What should I do(どうすりゃいいんだ)!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、たまちゃんおかえり♡」

 「何やってんのアンタ」

 「準備運動だよ♫一緒にやる?」

 

 ホテルにちょっと忘れ物をして取りに行って帰ってくると、楽屋で虚戈がへんちくりんな格好をしてた。準備運動って、それどこのストレッチなのよ。っていうか人の体ってそんなに曲がるの?

 

 「やらないわよ。それより、帰ってきた?」

 「だれがー?」

 「城之内よ!あいつがいないと音楽かかんないし、リハもできないじゃん!人に偉そうなこと言っといて、本番直前にどこほっつき歩いてんのよあいつ!」

 「ホテルで寝てたりしない?」

 「忘れ物とってくるついでに部屋行ってみたわよ、そこもいないの。っていうか寝ないようにやってることでしょ」

 

 ずっと楽屋にいた虚戈が知らないってことは、やっぱり戻って来てないんだ。なんなのよもう。またどっかで女のケツ追いかけ回してんのかしら。でもミュージアムエリアにいる女子はたまちゃんたちかキネマ館にいるから、あとは荒川だけ。あんなもん城之内が相手にするわけないし、ホントどこで何やってんだろ。

 

 「そんなに気になるんなら、探しにいったらいいじゃん?」

 「なんでわざわざたまちゃんがそんなことしなきゃいけないの。あいつが早く戻ってくればいいのに」

 「でもそれじゃあいつまで経っても同じだよー♠まいむも一緒に行ってあげるから、探しに行こうよ☆」

 「なんでそんなに外に出たいの」

 「こんな夜中に出歩くなんて悪い子みたいでワクワクするでしょ♢」

 「悪い子みたいって・・・」

 

 あんたは良い悪いじゃない別の枠組みにいるような気がするけど、敢えてそれは言わないでおいた。でも実際、楽屋にずっといたって暇だし、ステージ前にはちょっと運動もしときたいから、外に出るのは構わない。だから虚戈と一緒に外に出た。

 

 「どこ行こっか?」

 「城之内が行きそうなところ。ホテルエリアにはいなかったから、アクティブエリアかギャンブルエリアかな?」

 「ちっちっちー♫たまちゃん、そんなやり方じゃこの広いモノクマランドで人捜しなんてできないよ♡仕方ないなー♫まいむお姉さんが教えてあげましょう☆」

 「腹立つ」

 

 こいつにだけは姉面されたくない。たまちゃんよりよっぽど子供っぽいし背だってたまちゃんより低いくせに。でも確かに、無闇に探し回って簡単に見つかるようなら苦労はしない。上手い人捜しの方法なんてあるの?

 

 「広い広いモノクマランドの移動にはモノヴィークルが欠かせませんね♡そのモノヴィークルは建物に入るときに外に停めておかなきゃいけません♫だから、モノヴィークルのあるところに誰かがいるって分かるんだよ♫」

 「はあ〜、なるほど」

 

 案外まともな内容だったし筋も通ってる。確かにね。今だってたまちゃんと虚戈のモノヴィークルが演芸場の横に停めてある。ということは、モノヴィークルを探せばいいってことか。何も停まってない建物には誰もいないことが分かれば、目印になる。

 取りあえずモノモノウォッチで、モノクマランドの地図を確認した。

 

 「探すなら、スピリチュアルエリアからアクティブエリアを通ってギャンブルエリアに行った方がいいね」

 「ホントにそこにダイスケがいるならねー♫」

 

 もしかしたらギャンブルエリアより先のゴージャスエリアにいるかも知れない。本番前だってのにそんなモノクマランドの反対側まで行ってたらマジであり得ない。あり得ないけどあり得そうだから余計にムカつく。なんでたまちゃんがわざわざあんなヤツのためにこんなことしなくちゃいけないのよ。

 

 「モノヴィークルでゴー♡」

 「なんでたまちゃんのに乗ってんのよ!」

 「二人乗り☆しよーよ♫」

 「・・・はあ」

 「んじゃーまずはスピリチュアルエリアだね♡」

 

 城之内はいないし虚戈は意味分かんないし。なんで企画者と一番ノリノリだったヤツらの世話をたまちゃんがみてやってんのよ!ホント、終わったらケーキくらい奢らせてやる。

 たまちゃんがモノモノウォッチを認証させてモノヴィークルを動かすと、虚戈が手を腰に回してしがみついてきた。そんなスピード出てないっての。夜中のモノクマランドは、テーマパークエリアやギャンブルエリアみたいな煌びやかなエリアは明るいけど、ミュージアムエリアやアクティブエリアなんかは静かで暗い。中でもスピリチュアルエリアは鬱蒼としててなんか怖い雰囲気だ。

 

 「なにこのエリア、キモい」

 「たまちゃん怖いの〜?」

 「ちょっと怖いけどあんたしかいないのに怖がるだけ意味無いでしょ」

 「まいむじゃなかったら怖がるの?」

 「城之内とか納見とか、甘えたら簡単に財布開けそうなヤツがいたらね」

 「ふーん♠」

 

 ヘッドライトがほんの少し先の道を照らす。エリア毎にテーマに合わせて道の感じも違って、スピリチュアルエリアは舗装も整備もされてない道だった。山奥とか森の中みたいな感じがして、周りの雑木林からの生温い風も相まって薄気味悪い。粘っこい空気が体にまとわりつくみたい。ほんの少し先に誰かがいても気付けないくらいの黒い不安の中を、心許ない灯りだけで進んでいく。早くこのエリアを抜けたいのに、道が曲がりくねってるせいかいつまで経っても抜けられない。

 おかしい。いくらなんでもこんなに長いはずない。地図の上ではこのエリアは小さい方だった。もうじき抜けたっていいはずだ。それなのに景色はいつまでも暗いままで、同じ所をぐるぐる回ってるような気がしてきた・・・。

 

 「停めて!!

 「きゃあああああああっ!!?

 

 雪だるま式に大きくなる恐怖心を知ってか知らずか、耳元で爆発した虚戈の叫びに体が強張った。急ブレーキをかけてただでさえ運転しづらい悪路をモノヴィークルが滑る。辛うじてバランスを保って転ばずに停められた。

 

 「・・・」

 「っきゃはは♡なに今の!すごいガタガタ揺れてズザーって滑ったよ♫たーのしー♡」

 「アンタが大声出すからでしょ!!ふざけんなホント!!」

 「えへへ♡ごめんごめん♢」

 「で、何!!」

 「ちょっと待っててね♡」

 「え?ちょ、ちょっとあんたどこ行くのよ!」

 

 誰のせいで急ブレーキかけたと思ってんだこのバカ!しかも何の脈絡もなくいきなりモノヴィークル降りて行くし!なんなのマジで!

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!こんな所で一人にしないでよ!」

 

 呼びかけても虚戈はお構いなしに闇の中に軽やかに消えていく。なんでこんな自分のつま先も見えないくらいの暗闇の中を、躊躇なくどんどん進んで行けんのよ。どういう神経してんだか。かといって一人で真っ暗闇の中で待ってるのなんて絶対イヤだから、慌ててモノヴィークルを停めて後を追おうとした。

 

 「もうここでいいや」

 「ダメーーーーーーッ!!!

 「きゃあああああああっ!!?

 

 モノヴィークルを路駐しようとしたら、藪の中からモノクマが大声を張り上げながら飛び出してきた。そのせいでこんどはモノヴィークルごと後ろにひっくり返りそうになって、バランスを崩して尻餅をついた。なんなのもうマジで!!いい加減にして!!

 

 「こらこら野干玉さん。こんなところに路上駐車はダメだよ。規則にもあるでしょ。モノクマランドの美観を損なう行為を禁止しますって。危うく規則違反で皆桐君みたいになるところでしたね」

 「注意するなら普通に注意しろ!!いきなり出てきたらびっくりするだろ!!あと野干玉って呼ぶな!!」

 「腰抜かした割に注文が多いなあ。熊猫軒でも開いてウェイトレスにならないかい?」

 「意味分かんないし!っていうか、アンタのせいで虚戈見失ったじゃん!こんなところで一人きりじゃん!どうしてくれんのよ!」

 「それはボクに言われても知らないよ・・・。虚戈さんは林の中から入って行っちゃったけど、あっちに門があるから、モノヴィークルはそこに停めておくれよ」

 「門?なに?なんか建物があるの?」

 「それは行ってのお・た・の・し・み♫お楽しみ♫うぷぷぷぷ」

 

 古くさいモノマネするなムカつく。でも虚戈がいなくなっちゃった以上、モノクマに従う以外に宛てはないし、ここでモノクマがウソを吐く意味も分かんないし、取りあえず言われた通りに行ってみた。林の向こうにあった建物はどうやらお寺らしくて、駐車場の横の門は木でできてた。

 でもそれより気になったのは、その駐車場に既に一台、モノヴィークルが停めてあったことだ。こんな、誰もいないような場所に、一台だけ。人目を避けるようにぽつんと佇んでた。

 

 「・・・?」

 

 なんとなく気持ち悪さを感じながら、その横にモノヴィークルを停めて、門をくぐった。生暖かかった空気が少し冷えて、汗ばんだ服と肌の隙間に流れ込んで気持ちよかった。石畳の小道が本堂に続いて、その脇には名前のない墓石が並んでた。本来そこにあるべきものがない、それだけで不気味さを感じずにはいられない、イヤな空間だった。

 

 「あっ!たまちゃんだ♫おーい!こっちこっち♡」

 

 おそるおそる辺りを伺う私を見つけたらしい声が聞こえてきた。お堂の裏手から、暗い境内の中で場違いなほど目立つ白のステージ衣装が手を振ってた。なぜか私を呼んでる。のっぺらぼうみたいな墓石の群れの間を通って、虚戈が呼ぶままお堂の裏へ回り込む。

 

 「ふふーん♡まいむの勘、冴えてるでしょっ☆」

 「はあ?なに言って・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  は?

 

 お堂の裏に見えてきたのは、いくつかの境内社の祠と、大晦日にテレビで見るような大きな鐘楼だった。鈍い鉄色の釣鐘がぶら下がってる。いや、ぶら下がってるのは、釣鐘だけじゃなかった。

 釣鐘と、それを撞く撞木。その間に立ち塞がるように、或いは挟まれるように、ちょうど城之内の頭がそこにあった。けどそれは、もう頭と呼んでいいか分からないくらいに潰れ、崩れ、壊れていた。暗く彩度の低い景色の中に、紅い華が咲き乱れたように鮮烈な血色が飛び散ってる。完全に脱力した体は、麻縄で梁に結びつけられた両手首で引かれてゆっくり揺れていた。誰がどう見ても、何度目を擦っても、自分の目を疑い尽くしても覆らない目の前の現実に、私は言葉さえ忘れた。

 

 『ピンポンパンポ〜〜〜ン♫死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』

 

 

 

 「ダイスケ、いたよ♡」

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:13人

 

【挿絵表示】

 




ホントは非日常編として書くつもりだったんですが、書け高あり過ぎました。
次はちゃんと捜査させまスいません。


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非日常編

 

 『ピンポンパンポ〜〜ン♫死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』

 

 そのアナウンスは、それまできこえていたいよさんのアナウンスの上からシアターの中にひびきわたった。すっかりムービーのストーリーにのめり込んでたボクを一瞬でリアルに連れ戻して、その上からものすごく大きなホープレスを押しつけてきた。

 

 「・・・!?この放送は・・・!」

 「ッ!!全員いるか!?隣同士の者たちは!!」

 

 とっさにレイカさんが声をあげた。となりにいる人、こなたさんは生きているか、それをたしかめようと横を向こうとした。その時──。

 

 「スニフ君!!」

 「うっ・・・!?こ、こなたさん・・・!Are you OK(大丈夫ですか)?」

 「・・・う、うん・・・。スニフ君も大丈夫?」

 「ボクはなんともないです。あっ・・・ワタルさんも、ダイジョブでした?」

 「あ、ああ・・・。正地も納見もなんともないみたいだ。どうやら俺たちには何も起きてないらしい」

 「相模!聞こえるか!返事をしろ!」

 「・・・は、はい!居ります!皆様ご無事で御座いますでしょうか!?」

 「相模氏も無事みたいだねえ。そうなると・・・虚戈氏とたまちゃん氏が心配だねえ」

 

 さっきのアナウンスは、ボクたちがファクトリーエリアでマナミさんを見つけたときにきこえてきたのとそっくりだった。それに気付いたレイカさんとワタルさんが、すぐに近くの人の無事をたしかめたんだ。バタバタと音がしてシアターの後ろのドアが開くと、ぜえぜえ言ってるいよさんがいた。キネマ館にいた人はみんな大丈夫みたいだ。

 

 「皆様!お怪我は!?」

 「私たちは大丈夫だ。しかしあのアナウンスが聞こえたのだ。全員、覚悟を決めておけ。()()()()()()()()()()、既に私たちの命が懸けられていることを忘れるな」

 「ま、待て極・・・!下手に動くと何が起きるか分からないぞ。きっとまたモノクマがしゃしゃり出てくるはずだ。それを待ってから──」

 「待っている場合か!死体が発見されたということはまた学級裁判が開かれるのだ。捜査時間が限られている以上、時は一刻を争う。誰がどこで死んでいるのかも分からずに何ができる」

 「そりゃそうだけど──」

 「腑抜けたことを言うな、雷堂。貴様が確りしなければ誰が私たちをまとめるというのだ。冷静になれ、行動しろ。貴様を頼る者たちを不安がらせるな」

 

 すぐに立ち上がったレイカさんをワタルさんが引き留めようとする。何がどうなってるか分からない中で、何をするにもためらってしまう。だけどレイカさんは力強くキネマ館の出口に向かって行く。あわてるワタルさんと小さい声で何かをはなしてたけど、ボクにはよく聞こえなかった。そしてちら、とボクたちを見た。

 

 「・・・ああ、悪かった、極。ありがとう」

 「ではどうする」

 「相模、今から演芸場に行って城之内たちの無事を確認してきてくれるか?極と納見も一緒に確認しに行ってくれ。スニフと研前、正地は俺と一緒にホテルに戻ろう。何もなければ・・・荒川と鉄と下越がいるはずだ」

 「い、いよっ!合点承知!!」

 「ワタルさん、急にテリヤキしはじめましたね」

 「テキパキでしょ?」

 「あ、それでした」

 「死体が発見されたってことは、誰かが見つけたってことだ。演芸場とホテルが現場じゃなければ・・・」

 「ククッ、ハッハッハッハ!!」

 「!」

 

 ボクたちがどこへ何をしに行かなきゃいけないか、ワタルさんは一つロングブレスをした後から人が変わったみたいに決めていった。だけどそのディレクションは、聞き覚えのある笑い声でかき消された。いつの間にか、シアターのエントランスに、モノトーンの彼が立っていた。

 

 「ほ、星砂!?」

 「・・・よかった、お前は無事だったか」

 「なかなか良い采配だ、勲章。冷静になればできるではないか。やはり貴様は俺様と対立するには惜しいな。盛り髪の喝入れあってこそ、だろうがな」

 「何をしに来たかは聞かん。アナウンスを聞いたなら状況把握に協力してもらうぞ」

 「そうは言っても、俺様もここに用があってきたのだがな」

 「時間がない。知っていることを教えてもらおう。力尽くでもな」

 「いよっ!?喧嘩でえ喧嘩でえ!!」

 「ちょ、ちょっと極さん!暴力はダメよ!こんなときに!」

 

 何か知ってるようなハイドさんに、レイカさんが手をコキコキ鳴らす。セイラさんが止めるけど、本気になったらきっとレイカさんは本当にハイドさんをぶつ。

 

 「・・・フンッ、いいだろう。付いて来い。死体のある場所などだいたい分かる」

 「あ、当てずっぽうじゃあないか!」

 「貴様はさっきの放送の何を聞いていた? この広いモノクマランドで死体探しなど、どうやら黒幕もさせたくないようだ。そんな意図も感じ取れんとは。そんなんだからぎっちょうなのだ」

 「なんだとこの───」

 「ヤ、ヤスイチさん!ストップです!今はハイドさんのごきげんとらないと!」

 「ふぬーーーっ!!」

 「分からない愚図は付いて来い」

 

 あのアナウンスで、どこに死体があるかなんて分からなかった。こなたさんもセイラさんも、いよさんもレイカさんもワタルさんも分からなかったみたいなのに、ハイドさんは気付いたみたいだ。

 ボクたちはハイドさんについて行って、ミュージアムエリアからスピリチュアルエリアに移った。エリアを移ってすぐ、なんとなくエアーがベタベタしてるビッグテンプルに入った。ダークの中で目立つコスチュームを着た二人がいて、その奥に───。

 

 「あっ・・・!あれは・・・!」

 「ウソだろ・・・!?な、んで・・・城之内が・・・!」

 

 大きなベルとベルハンマーの間に、ロープで手とクロスビームをしばって吊り下げられてゆれていた。ベルに、ベルハンマーに、そこら中にちらばった血がレッドフラワーみたいに見えて、そのセンターにいるダイスケさんは、もはやダイスケさんとは分からないくらいに真っ赤になっていた。

 

 「これでいいだろう。では俺様は先に───」

 「待て。全員が揃うまでここにいろ。一人で行動すると言うなら歩けなくしてやる」

 「・・・貴様が言うと洒落にならん」

 

 すぐにどこかに行こうとするハイドさんをレイカさんがつかまえる。こんなときに一人でどこかに行ったらあぶない。ホテルにいるメンバーが来るまでまっていた方がいい。

 

 「ねえスニフくん!見てみて!」

 「What's!?なんでボクですか!?わわっ!」

 「あっ、スニフ君!虚戈さん!」

 

 せっかくキレイにブラッシングしてあるブーツの底に血がべっとり付くのも気にしないで、マイムさんはボクの手を引いてベルタワーに連れて行く。あわててこなたさんもついてきて、変わり果てたダイスケさんのすぐ近くまで連れてこられた。

 

 「こんなになってるよひどいねー♠︎それにこれ見てよホラ!」

 「?」

 「ダイスケの頭パッカーンしてるから、()()出てきちゃってるよ♫これ食べたら英語しゃべれるようになったりして☆」

 「うっ!?」

 「こ、虚戈さん・・・!やめて・・・!元に、戻しておいて・・・!」

 「えー?豚や鳥の内臓はおいしいおいしいって食べるのに、なんでそんなに嫌そうな顔してるの♣︎」

 「Shout up(やめてください)!うっ・・・!うん・・・?」

 

 何かと思ったら、マイムさんのやることはやっぱりよめない。意味も分からないしグロテスクだ。思わず気持ち悪くなって下を向いた。そんなボクの目に、血だらけになったベルタワーの中で、明らかにただの血じゃないものを見つけた。

 

 「・・・?」

 「スニフ君、大丈夫?もう虚戈さん!本当にやめて!耐えられない人だっているの!」

 「むぅ・・・♠︎ごめんなさい♠︎」

 「“JADE DISH killed me”?」

 「え?」

 「どしたのスニフ君?」

 

 そこに書かれてたのは、明らかなイングリッシュメッセージ。しかも、“killed me”って、どう考えたってこれは・・・!

 

 「ダイイング、メッセージ・・・?」

 「ダ、ダイイングメッセージって、推理ものでよくあるあれのこと?これが?」

 「おお〜♫よく見つけたねスニフくん♡まいむはこれを君に見せたかったんだよ☆ファイティングアベレージ☆」」

 「Dying Messageです」

 「タイピングセンセーション☆」

 「もういいです・・・」

 「どれどれ♢なんて書いてあるのか・・・あっ♠︎」

 「「あっ」」

 

 たまたま見つけたダイイングメッセージを、マイムさんがよく見ようとのぞきこむ。その拍子に、手に持ってたさっきの・・・ダイスケさんの()()が、そのメッセージの上にぼとりとすべり落ちた。少しだけ新しい血がとびちる。

 

 「わわわっ!!うっ・・・!こ、虚戈さん・・・!はやくどけて・・・!」

 「あわわあわわあわわわ♠︎」

 「Be quick(早くしろ)!!Message is going lost(メッセージが消えるでしょうが)!!」

 「ぺいっ!」

 「投げないであげて!」

 

 おちた()()をマイムさんがダイスケさんの体に投げた。どけてとは言ったけど投げちゃダメでしょう。

 あわててマイムさんがどけたけど、血がまざってさっきより明らかに分かりにくくなった。というか、正解を知らなきゃぜったいによめない。文字かどうかも分からない。メッセージとしては完全に意味がなくなっちゃった。

 

 「・・・マイムさん」

 「虚戈さん。こんなのあんまりだよ・・・」

 「・・・あはぁ♠︎ご、ごめんねえ・・・♠︎」

 

 さすがにマイムさんもまずいと思ったのか、元気をなくした。スマイルも引きつってるみたいに見える。こんなに大事な手がかりを、こんなふうにロストするなんて。

 

 「もうあっち行っててくださいよ!サイトストレージです!」

 「うひ〜〜ん☂ごめんなさ〜〜い♠」

 「じょ、城之内!!」

 

 マイムさんが泣きまねをしながらベルタワーから飛び出すとほぼ同じタイミングで、エルリさんたちがホテルからやって来た。ヤスイチさんがホテルまで呼びに行ってきてくれたらしくて、これで全員があつまった。そしてそれにタイミングを合わせたように、モノクマがどこからともなく現れた。

 

 「うぷぷぷぷ♫ワックワックドッキドッキ!コーフンしますねー!こうしてまたコロシアイが起きるとはねー!」

 「モ、モノクマ・・・!!」

 「しかも前回みたいなちんけな殺し方と違って、今回はかなり凄惨ですねー。完全に頭が潰れててこれじゃあ城之内クンだと分からないじゃないか。まあこんなクソダセえ格好してるのは城之内クンぐらいだけどさ!」

 「やることは分かっている。貴様が現れた用件もだ。無駄口を利かずに必要なものだけ渡せ」

 「およよ?極さんってば、学級裁判に積極的ですね。興奮してる?興奮してるの?びしょびしょなの?」

 「モノクマ、お前の下らない話に付き合ってる暇はないんだ。時間も限られてるんだろ?」

 「もう、つまんねーの。はいはい、やるよホラ」

 

 レイカさんとワタルさんに言われて、モノクマはつまらなさそうに言った。ボクたちのモノモノウォッチが小さくバイブして、ニューファイルをダウンロードした。モノクマファイルだ。前に、マナミさんが死んだときのディティールをレジュメにしたのと同じものだ。

 

 「あ、ちなみに今回から、ちゃんと英語版も実装しましたよ。モノクマはカスタマーの意見を取り入れてよりよい運営を目指していくのです。ぶっちゃけスニフクンが生きてる間だけしか意味ないけどねー!せっかく作ったんだからせいぜい長生きしてよねスニフクン!」

 「・・・Thanks(そりゃどうも)

 「モノモノウォッチの機能に不満があったらいつでも言ってね!バグ報告には詫びメダルもあげるよ!じゃーねー!」

 「デバッグくらい自分でしなよお・・・」

 

 シンプルにまとめてモノクマはいなくなった。ボクはモノモノウォッチをいじってモノクマファイル②っていうファイルをひらいてみた。ランゲージをイングリッシュにしてあったから、そのままイングリッシュバージョンのファイルがひらいた。

 ファイルにのってるフォトは、ベルタワー全体とダイスケさんの死体のアップの2タイプがのってて、見るだけで気持ち悪くなってくる。

 

 「ま、またやらなきゃいけないの・・・?あんなむごいこと・・・」

 「やるしかないだろう。モノクマが言う以上、冗談ではないのだ。まさか二度もこんなことが起きるとは・・・」

 「おい、もういいだろう。俺様はさっさと捜査に向かうのだ。離せ盛り髪」

 

 モノクマファイルがリリースされてすぐ、ハイドさんはレイカさんの手を払ってどこかへ行ってしまった。さすがにハイドさんもこんなダイスケさんを見たくないんだきっと。でも、ここの他にどこをしらべるっていうんだろう?

 

 「・・・前回と同じように」

 

 ハイドさんがいなくなってだれも何も言えないままのところで、ワタルさんが口をひらいた。マナミさんがころされたときも、みんながどうしていいか分からずに時間をロスしてしまった。それだけはしないようにと、ワタルさんが心を決めたんだ。

 

 「現場の見張りに二人。あとはそれぞれが事件と関係してそうな場所に二人以上でペアを組んで捜査しよう。見張りは誰がやる?」

 「あっ!はいはいはーい♠まいむがやるよ☆まいむが見張りするよ☆」

 「分かった。もう一人は俺がやる。虚戈一人じゃみんな心配だろうからな。みんなそれでいいか?」

 「もうなんでもいいよ・・・」

 「たまちゃん?」

 

 あわててマイムさんが手をあげた。ついさっきいきなり大事な証拠をなくしちゃったのをごまかそうとしてるんだなって思った。だけどあのダイイングメッセージは、ボクとマイムさんとこなたさんの三人が見た。これならぜったいにダイイングメッセージがあったことがプルーフできる。

 やっと他の人がそれぞれに捜査をはじめようとしたときに、たまちゃんさんが小さくつぶやいた。

 

 「こんなの・・・ひどすぎるよ・・・!なんで私がまた命懸けなきゃいけないの・・・?私が何かしたっていうの・・・?せっかく、せっかく・・・うぅっ・・・!」

 「た、たまちゃん!しっかりして!」

 「お、おい・・・だ、大丈夫なのか?」

 「ショックが強すぎたのよ。呼吸が乱れて発熱もあるわ。このままじゃ裁判どころじゃないわ」

 「どどどどうすりゃいんだよ正地!?か、粥でも作るか!?」

 「取りあえず楽な格好に着替えて安静にしないと。それにお化粧落としも。ねえ虚戈さん、演芸場の楽屋に行けばどっちもあるかしら?」

 「うん♡緩い服がいいならマイムの服貸してあげてもいいよー♡」

 「あのトレーナー、だぼだぼの自覚あったのか」

 「みんな、ごめんなさい。私は力になれそうにないわ。演芸場でたまちゃんを診てるから、後のこと、お願いね」

 「ふふふ・・・随分と信用されたものだ。我々の中に城之内を殺害した犯人がいるかも知れないというのに」

 「いよぉっ!?あ、荒川さん!其れは言わずもがなという物です!たまちゃんさんのお心も慮っては如何ですか!」

 

 あまりにショッキングなことがつづいたからか、たまちゃんさんはぐったりしてその場に座り込んだ。すぐにセイラさんがたまちゃんさんによりそって、そのままミュージアムエリアにはこんでいった。あの様子だと、セイラさんとたまちゃんさんは今回は捜査できそうにない。

 

 「も、もう人手が二人減ってしまったぞ・・・大丈夫なのか雷堂?」

 「減った分は埋めるしかない。俺たちができる限りのことをするしかないんだ」

 「その通りだ。さあ、時間が無い。捜査を始めるぞ。私は今回も検死をさせてもらう。いいな?」

 「ああ、頼む」

 

 みなさん戸惑いながらも、少しずつ動き出して捜査に向かって行った。ボクとこなたさんはベルタワーからその様子を見ていた。ボクは、なんだか少し不安だった。クラストライアルが待っているからじゃなくて、前もクールでロジカルだったレイカさんやハイドさんだけじゃなくて、ワタルさんやセイラさん、テルジさんまでが、このコロシアイっていう状況になれてきているような。そんな不安が頭の中にこびりついてはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー《捜査開始》ーーー

 

 「あ、あのう・・・こなたさん」

 「なあに?」

 「また、ボクといっしょにそうさしてくれますか?」

 「・・・うん。私も、スニフ君と一緒だと心強いよ。捜査しよう」

 

 ベルタワーにのこったマイムさんとワタルさんの他には、ビッグテンプルをしらべるエルリさんとヤスイチさん、それからダイスケさんのオートプシーをするレイカさんがいた。ボクとこなたさんはまた皆さんからはなれて二人だけになった。

 

 「まずはモノクマファイルを確認しようか」

 

 こなたさんがそう言ったから、ボクはモノモノウォッチをいじってモノクマファイルをもう一回ひらいた。グロテスクなダイスケさんが表示される。

 

 「死因は殴殺。辺り一帯に血が散ってることや撞木と釣鐘に付着した血から、撞木と釣鐘の間に頭を何度も挟まれて殺されたよう・・・こんなひどいことする人がいるなんて・・・」

 

 イメージすると、それはとてもクリューエルなことだった。きっとダイスケさんは、こわかったし、いたかったし、にげたかったにちがいない。でも、手をロープでしばられてそれもできない。自分の顔が、頭が、命がつぶされていくのをただ感じてたんだろう。これをやった人がボクたちの中にいるなんてことが、ボクにはまだアンビリーバブルなことだった。

 

 「惨いよな・・・。何もここまでしなくてもいいだろうに」

 「あっちもこっちも血で真っ赤っかだよ♣チミドロフィーバー!って感じ♡」

 「撞木で撞いたとしたら、きっと大きな音がしたよね?死亡推定時刻は・・・ちょうどパーティの時間だね。そんなの聞こえた?」

 「俺たちと相模はキネマ館で相模の弁を聞いてたからな。防音設備もあるだろうし、気付かないのも無理はないだろうな。野干玉や虚戈はどうだったんだ?」

 「このくらいの時間はまいむとたまちゃんも楽屋にいたからなー♣それにまいむは本番前のストレッチでヨガってたから聞こえてても気付いてないと思うよ♫」

 「ヨガってたって、なんでまたそんなことするんですか」

 「スニフ君。変な日本語覚えちゃダメだよ」

 「なにがですか?」

 「どっちにしろさ♫ダイスケの頭を挟んでたんなら音だって鈍るでしょ☆どうせ聞こえないって♫」

 

 そりゃそうかも知れないけど、ダイスケさんの死体の前でそんなことを言うと、その時のことをリアルにイメージしてしまってものすごく気持ち悪くなる。やっぱりマイムさんはその辺のセンスがボクたちとは全然違うんだ。こなたさんがうかべた涙をふいて、ワタルさんが頭を抱えるところに、レイカさんがやってきた。

 

 「お前たち、検死の結果が出たから先に共有しておく。やはりモノクマファイルに間違いはないし、死因、死亡推定時刻、死体の状態の記述にも不足はない。辺りに散った血も城之内だけのものと見て間違いないようだ」

 「そうか。ありがとう極。他に気になることはあったか?」

 「ヤツの上着のポケットに、こんなものが入っていた」

 「なにこれー?」

 「スタンガンですね」

 

 レイカさんがハンカチで持ってきたのは、バッテリーが入ったスタンガンだった。かるくレイカさんがスイッチを押すと、ブルーホワイトのスパークがバチバチと光った。思わずびくっと体がはねる。

 

 「なんでこんなもんを城之内が持ってるんだ?」

 「それが、ヤツの上着にちょうどこれと一致する焦げ跡があった。おそらく、犯人が使用後にポケットに突っ込んだのだろう」

 「ずいぶん雑な処理方法だね。下手に処理して証拠になるくらいなら、いっそ開き直って現場に残しておいた方が足が付きにくいってことかな?」

 「その通りだ。別段現場にあったところで極端に不自然なものではないし、誰にでも使えるから犯人の手掛かりにもなりにくい。ショッピングセンターで入手できるしな」

 「なるほど・・・。城之内をどうやって縛ったのか気になってたんだが、これで気絶させた隙にってことか。ちなみにあのロープは?」

 「あれもショッピングセンターで購入可能だ。須磨倉のように持ち金が減っている可能性がある。全員の所持金を調べるか?」

 「いや、パーティの準備や普段の生活で消費しているヤツもいる。今後はそれだけで犯人の手掛かりにはならないと思うぞ」

 「あのさあのさ二人とも・・・♠」

 

 スタンガンから色んなことを考えて、マジメにトークするワタルさんとレイカさん。その二人に聞こえないように、マイムさんがボクとこなたさんに近付いてきた。

 

 「さっきのダイイングメッセージのこと、みんなには内緒にしといてね♡まいむ怒られちゃうから☆」

 「ええ・・・でもあれって結構重要な証拠なんじゃ・・・」

 「でもまだ意味分かんないよね?」

 「まあ・・・そうですけど」

 「だったら意味分かってから言ってもいいじゃーん♡ね、お願い♡」

 

 まさかダイイングメッセージをなくしたなんて言ったら、レイカさんに何をされるか分からない。クラストライアルがはじまればお互いにバイオレンスはできなくなるから、そのときまでマイムさんはボクたちにそのことを言わないでほしいんだ。なんだかいけないことのような気がする。

 

 「じゃあボクからクエスチョン、いいですか?」

 「うんいいよ♡なんでも聞いて☆」

 「ダイスケさんがころされたころ、マイムさんとたまちゃんさんは何してましたか?」

 「ありゃ?それってアリバイ?もしかしてまいむたち・・・疑われてるぅぅううううう???」

 「そんな入れ替わってるようなテンションで言っても緊迫感ないよ。本気で驚いてないでしょ虚戈さん」

 「あはっ☆だってそりゃあスニフくんやこなたたちは一緒にいたからいいけど、マイムとたまちゃんはずっと一緒だったわけじゃないから疑われるのも当然だよね♫」

 「ずっと一緒だったんじゃないの?」

 

 マイムさんとたまちゃんさんは、ステージシアターでリハーサルをしてたはずだ。だからボクたちがいよさんのムービーをみてるころ、ダイスケさんがころされたころもステージシアターにいっしょにいたんだと思ってたけど、そうじゃないのかな。

 

 「たまちゃんがね☆リハ前に一時間くらいホテルに忘れ物を取りに行ってたんだ♫なんか芸に使うものだったらしいんだけどよく分かんない♠」

 「その間、マイムさんは何してましたか?」

 「ヨガってたよー☆」

 「ヨガってましたか」

 「そんな日本語覚えちゃダメだってば」

 

 ボクたちがシアターでお互いにいることを確認し合ってたことから、キネマ館にいた人たちはクロじゃないって考えられる。ホテルにいる人たちも、ミュージアムエリアにいるダイスケさんをスピリチュアルエリアまで連れて行ってっていうのはむずかしそうだ。そうなるとあやしいのは、元々ミュージアムエリアにいたマイムさんとたまちゃんさん、それからどこにいたか分からないハイドさんになるけど・・・。

 

 「そんな単純かなー?」

 「まだコンクリュージョン、出すの早いです。なるたけたくさんのこと考えます」

 「それがいいよ♫まいむもがんばるからスニフくんとこなたもがんばろ♡」

 

 がんばるって、何をどうがんばるんだろう。マイムさんはやっぱりよく分からない人だ。

 

 

獲得コトダマ

【モノクマファイル2)

 死因は撲殺。死体発見場所はスピリチュアルエリアの鐘楼。死亡推定時刻は22:00ごろ。撞木と釣り鐘の間に麻縄で吊された状態で、発見される。頭部が激しく損傷しており、撞木と釣り鐘のどちらにも多量の血痕が見られる。

 

【撞木)

 鐘を撞くための丸太。激しく血液が付着している。

 

【釣鐘)

 青銅でできた巨大な鐘。激しく叩きつけられたように血が付いている。そこにあるだけで、定時に鳴らされることはなかった。

 

【拘束具)

 城之内の手首と鐘楼の梁が麻縄で結ばれていた。現場に遺された目隠しと猿ぐつわをされている。手首や口元に擦れた傷などはない。

 

【服の焦げ跡)

 城之内の背中の腰あたりに2つある焦げ跡。

 

【スタンガン)

 城之内の服のポケットに入っていたスタンガン。ショッピングセンターの防犯グッズコーナーで入手可能。

 

【ダイイング・メッセージ)

 城之内の死体のすぐ近くに、“JADE DISH killed me”という血文字が残されていた。ダイイング・メッセージのようだが、掻き消されてしまう。

 

【虚戈の証言)

 野干玉と虚戈はともに演芸場の楽屋で演目の準備をしていた。野干玉は事件発生時刻の1時間ほど前に、部屋に忘れ物を取りに行っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「エルリさん」

 「・・・」

 

 ベルタワーのダイスケさんをしらべるレイカさんと見張りのワタルさん、マイムさんの他に、ビッグテンプルにはエルリさんがのこっていた。こんなにくらくてこわいのに、一人だけで捜査をしてる。すごいなあ。こわくないのかな。

 

 「ベルタワーをしらべなくていいんですか?」

 「いいのだ。向こうは極に任せておけば。それより、スニフ少年と研前。お前たちはあれか?霊的なものには感覚が鋭敏な方か?」

 「え?なんですか?」

 「れ、霊的なものって・・・オバケとか?」

 「所謂な。シックス・センスというものだ。このスピリチュアルエリアという場所は兎角その手の演出に富んでいる。犯人がこの場所を犯行現場に選んだのであれば、そのことも少なからず関係しているのではないかと、この私は考えたわけだ」

 「へえ。証拠品だけじゃなくて現場に意味があることもあるの?」

 「ふふふ・・・目の付け所が鋭利だろう。茅ヶ崎が廃工場に遺棄されていたのは、あそこが人目に付かない場所だったからだ。突発的な犯行で予定外の行動故に隠蔽をしなくてはならなかったからな。故に、現場一つ取ってもそこから犯行の一部を推理する材料になる」

 「だ、だからって、クロがスピリチュアルな方法でダイスケさんをころしたなんて・・・そんなノンサイエンティフィックな・・・!あ、ありえないです!アンロジカルですねー!」

 「スニフ少年、この世には科学で解明できないことが多く存在するのだ」

 「そうだよ、バームクーヘンの穴だって、塞がってた方がたくさん食べられておいしいのに、絶対空いてるでしょ。あれだって科学じゃ解明できない大いなる謎なんだよ」

 「なんだそれは違うぞ研前」

 「ドーナツはなぞじゃないんですか」

 「なんだその質問は。おいスニフ少年、なんだそれは」

 「あれはドーナツを揚げるときに火の通りをよくするための形だよ。なんか、カメみたいな名前の」

 「トーラスですね」

 「それだね!」

 「えへへ、いつもとはんたいですね」

 「・・・お前たち、それは今重要なテーマなのか?」

 「あ、あれ?いつの間にドーナツの形状の話になってたんだろう?」

 「いつのまにジオメトリの話になってたんでしょう?」

 「飛躍した話題から得手勝手に話を広げようとするな!」

 

 何の話をしてたんでしたっけ?エルリさんがひとりぼっちでいるからすごいなあって思って、そしたらノンサイエンティフィックなことを言いだしたんだっけ?

 

 「まあどのような超常現象も説明してしまえばただの事象になる。いかなる手段を用いようとも、我々が観測し分析し解明し一般化すれば、それはもう科学の範疇なのだ」

 「う〜ん・・・ちょっと難しいかな」

 「それで、エルリさんはひとりぼっちで何か見つけたんですか?」

 「ひとりぼっちと言うな。スニフ少年、純朴な言葉はときに人を傷付けるぞ。高濃度の酸素が生物にとって毒となるようにな」

 「ごめんなさい・・・」

 「それで、捜査の成果だったな。事件と関係があるかは断定しかねるが、この境内社を見てくれ」

 「小さい祠?だね。スニフ君なら入れるんじゃない?」

 「イヤですよ。こわいです」

 「少年でなくとも、人1人なら優に入れる。この寺には境内社がいくつかあるのだが、この鐘楼に近い境内社の周りだけ草が踏みしめられているだろう?」

 「草?あっ、本当だ」

 

 エルリさんに言われるまで気が付かなかった。たしかにこのスモールシュラインの周りはウィードがぺったんこになってる。ボクたちがふんだだけじゃないみたいだ。モノモノウォッチのライトだけでそこまでしらべるなんて、エルリさんはすごいなあ。

 

 「誰かがこの境内社を物色したか、あるいは本当にこの中に入ったかした証拠だ。そして社の中に、これが落ちていた」

 「ドロップキャンディーですか?」

 「スニフ君、それドロップじゃないよ。おはじきだよ」

 「ドロップでもおはじきでもない。ボタンだ。私が言うのもなんだが、お前たち視力は大丈夫なのか」

 「暗いからだよ。そのボタンも黒いから分かんなかった」

 「なんでそんなものが?だれのですか?」

 「それは分からん。ボタンのある衣類などほぼ全員が身につけているからな。しかし、少なくとも誰かがここで何かをしていたことは証明できる。この、事件現場の鐘楼から近からずも遠からざる場所で」

 

 じっくりとボタンを見つめるエルリさんは、たっぷりと意味ありげに言った。ボクはクロがダイスケさんをここにしばって、ころしてからすぐどこかに行ったんだと思ってたけど、そうシンプルでもないみたいだ。

 それから後、テンプルをしらべるのはエルリさんたちに任せて、ボクたちは他のところをしらべに行くことにした。どこをしらべればいいか分からなかったけど、ハイドさんやサイクロウさんたちは他のところに行ったはずだ。それに、たまちゃんさんが心配だ。

 

 「おやあ?2人はまだ寺にいたんだねえ」

 「ヤスイチさん。なにしてますか?」

 「そりゃあ捜査だよお。ちょっと城之内氏の近くにいるのは勘弁だったからあ・・・せめてスピリチュアルエリアの他のところは捜査しておこうと思ってねえ」

 「他のところって、ここお寺の入口だよ。意味あるかな?」

 「スニフ氏と研前氏はあ、この場所を見て気付くことはないのかい?」

 

 気付くことって言われても、ここはビッグテンプルのゲートだ。ボクたちのモノヴィークルが並んでて、辺りはやっぱりダークだ。ボクたちのモノヴィークルも、one, two, three・・・seven, eight、ちゃんとあるし。

 

 「eight?」

 「これ城之内氏のモノヴィークルだよお。おかしくないかい?」

 「城之内君は鐘楼で殺されてたんだよ?モノヴィークルがあったっておかしくないんじゃないの?」

 「おれたちがキネマ館にいたころお、城之内氏たちは演芸場でリハーサルをしてたはずだろお?なんでモノヴィークルがここにあるのかなあ?」

 「そういえば・・・」

 

 ここからステージシアターまではだいぶはなれてる。モノヴィークルでならそんなにだけど、ウォーキングだとちょっと時間がかかる。それにモノヴィークルはモノモノウォッチでアダプトした人しか動かせないはずだ。どういうことだろう?

 

 「それで今、城之内氏のモノヴィークルに何か残ってないか調べてたのさあ。モノヴィークルには履歴機能があったから、それを使えば城之内氏の足跡を辿れるだろお?」

 「そっか!納見君、頭良いね」

 「見れるんですか?」

 「いや、肝心のそこがどうにもねえ・・・。起動はするんだけどお、履歴機能が使えなくなってるんだよお」

 「お困りのようでぃすにぇ〜?」

 「何の用ですか」

 「うわっ!出てきた途端に冷たい視線・・・!どうしようボク、クセになっちゃいそう!」

 「モノクマが出てきたってことはあ、これは故障か何かかい?」

 

 困ってるヤスイチさんのところに、モノクマがとびだしてきた。やっぱりモノクマはどこからでも出てくる。こうやって出てくるってことは、ボクたちに何かをおしえてくれるときだ。きっと分かりやすくなんてしてくれないだろうけど。

 

 「故障じゃないよ!仕様だよ!モノヴィークルは改造や盗難、他人の利用を防止するため、対応者が死亡したら使えなくなります!」

 「だったら履歴機能くらいは使えてもいいんじゃないの?」

 「ああ、それは必要ないから停止させてるだけ。バッテリー食うしね」

 「おれが必要としてるんだけど、それはダメなのかい?」

 「だって乗ってる人が死んだんだからこれ以上履歴なんて残るわけないじゃーん!死人がモノヴィークルで移動なんかしないでしょ!」

 「じゃあ生きてる人の履歴しか見られないの?」

 「そういうこと!まあ生きてる人が素直に履歴を見せてくれるかどうかは分からないけどね!それだけ言いに来ました!」

 「ならとっとこゴーホームしてください」

 「“とっとと”だろ!ボクはひまわりの種大好きモノ太郎じゃねーぞ!」

 「そうですか」

 「研前サンの時と違って冷めた対応・・・ボクはそんな風に生んだ覚えはないぞ!」

 「ボクにはちゃんとママがいます!お前じゃないです!」

 「スニフクンのバカ!もう知らない!」

 「行っちゃった・・・」

 

 何言ってるか分からないまま、モノクマはどっかに行った。ダイスケさんのモノヴィークルのログは見られないっていうのを伝えるためだけに、けっこう長いことしゃべったもんだ。なんだかモノクマを見るとすごくイヤな気持ちになる。これがメンドクサイってやつかな?

 

 

獲得コトダマ

【ボタン)

 鐘楼近くの境内社に落ちていた黒いボタン。

 

【モノヴィークルの履歴)

 モノヴィークルは行き先と時刻が履歴に残るが、死んだ人物のモノヴィークルは履歴機能が停止する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「たまちゃん、大丈夫かな」

 

 そう言ってこなたさんが心配するから、ボクたちは次にステージシアターに向かった。事件とは関係ないと思うけれど、たまちゃんさんやマイムさん、それにダイスケさんがリハーサルをしてたんだから、何かクルーが見つかるかも知れない。

 ステージシアターはステージを囲んでファンシェイプにシートが並んでて、奥に行くほど高くなってた。ハイアーシートにはテーブルもついてて、ディナーを楽しみながらステージを見ることもできる、ゴージャスな造りになってた。

 

 「すごいところだね。演芸場っていうから、もっと平らな客席だと思ってたよ」

 「こなたさんこなたさん!ステージもこんなに広いです!見えますか!?」

 「うん、見えるよ」

 

 ステージのまんなかでジャンプしてこなたさんを呼んだら、ハイアーシートから手を振ってくれた。ステージからシートは暗くて分からないけど、シートからステージならだれがいるかは分かるようになってるんだ。

 

 「でもここには、事件に関係ありそうなものは見当たらないね。特におかしなところもないし」

 「そうですね」

 「誰かいるの?あら、スニフくんに研前さん」

 「あっ。正地さん」

 「うるさくしてたのはスニフくんね、もう。楽屋で野干玉ちゃんが休んでるんだから、静かにしないとダメじゃない。それにここは遊ぶところじゃないのよ」

 「あうあう・・・ごめんなさい」

 

 ステージのはじっこから、たまちゃんさんを連れて行ったセイラさんが出てきた。それからいきなりおこられた。

 

 「たまちゃんは大丈夫?」

 「落ち着いてるわ。城之内くんのショックが強かったのね。学級裁判でしっかり気持ちを保てるか分からないけれど・・・」

 「お話聞いてもいいですか?」

 「それくらいなら」

 

 ステージのはじっこから、ステージのうらにあるバックヤードに行けるようになってる。そこにあったドレッシングルームで、ステージコスチュームからいつものモコモコしたクロスに変わったたまちゃんさんが、水のボトルを持って座ってた。

 

 「たまちゃん?具合はどう?」

 「・・・うん。だいじょぶ。ありがと」

 「ずいぶん弱ってるみたいだけど、ちょっと話聞いてもいいかな?」

 「いいよ。どうせたまちゃん、いま何もできないし。みんなに代わりに捜査してもらってるし」

 「無理しなくていいし、気に病む必要もないのよ。たまちゃんみたいな反応が自然なの」

 

 いつもはリトルテリアみたいにキャンキャン言ってるイメージだったけど、さすがにグロッキーなのか、大人しくなってた。その方がすんなり話してくれそうだから、今はこの方が助かるかも。

 

 「いよさんのムービーにボクたち行く前、ダイスケさんいないってこと、たまちゃんさん言ってました。ダイスケさん、いつからいなかったですか?」

 「えっと・・・昼間から練習し続けて、本番前に一回休憩にしたの。晩ご飯も兼ねて。だから一回解散して、本番前に再集合ってことにしたんだけど、解散してから城之内は見てない」

 「っていうことは、解散してから本番の時間までの間が犯行時刻ってことになるね」

 「晩ご飯は食べたのかしら?レストランに行ったんなら、下越くんが見てるはずだけど」

 「あとで下越くんに聞いてみた方がいいね」

 「またあつまってから、たまちゃんさんとマイムさんはどこか行きましたか?」

 「んっと・・・虚戈は、30分くらい外に出たときがあったよ。準備運動に踊るって言ってた」

 「またダンスしてたんですかマイムさん・・・」

 「その時たまちゃんは何してたの?」

 「楽屋でお菓子食べてた」

 

 やっぱりマイムさんのやることはよく分かんないな。いつもモーニングに1人でソロダンスしてるのに、リハーサルでもダンスするんだ。とんでもないタフネスだ。

 それはそれとして、たまちゃんさんの話だとダイスケさんが殺されたのはみなさんがバラバラになってからだ。でもモノクマファイルだと、ボクたちがムービーをみてるときが殺された時間になってる。たまちゃんさんの話とモノクマファイルとでは、少し時間にズレがある。

 

 「逆にたまちゃんから聞いていい?」

 「いいですよ」

 「みんなはあの放送聞いた?たまちゃんが城之内の死体を発見してすぐアナウンスがあったんだけど・・・」

 「ああ。あのモノクマのヤツですね。ボクたちはムービーを見てました」

 「いきなりだったからびっくりしたわよね。雷堂くんと極さんはすぐに対応してたみたいだけど、私はびっくりして何もできなかったわ。なんだったのかしらあれ?」

 「それこそこのコロシアイの重要なファクターの1つ!死体発見アナウンスでーす!」

 「また出た」

 「どんなところで殺人が起きてもすぐお知らせ!せっかく殺したのに誰にも気付かれないんじゃ始まらないもんねー!」

 「死体発見アナウンス?」

 

 今度はドレッシングルームのタタミの下からモノクマが飛び出してきた。びっくりしたセイラさんがひっくり返った。モノクマと一緒に飛び上がったタタミはいきなりモノクマがその場に現れたように、自然に元に戻った。

 

 「オマエラ、前回の茅ヶ崎サンといい、今回の城之内クンといい、死体が分かりにくい場所に遺棄されてると見つけるのも一苦労だよね!なので、3人の異なる人物が死体を目視したら死体発見アナウンスを流してみなさんに殺人の発生をお知らせします!これぞデキるクマの気配りってヤツだよねー!」

 「茅ヶ崎さんの時になんてなかったじゃない」

 「あ、あれは初回だったから(かっこ)震え声(かっことじる)

 「アナウンスは分かりましたけど、見つけたことだけ言われてもどこか分からないんじゃ同じですよ。ボクたち、ハイドさんに教えてもらわなかったらきっと見つけられなかったですよ」

 「・・・うるせー!せっかくの気遣いに文句ばっかり言いやがって!なんなんだよ!」

 「あ、逃げた」

 

 死体発見アナウンスって、すごくバッドセンスなネーミングだ。でもいますごく大事なこと言ってた。3人の人がディスカバーでアナウンスするってことは、ダイスケさんの死体をディスカバーしたのはたまちゃんさんの他にあと2人いるってことだ。それは犯人(クロ)とはちがうのかな?

 そんなことを考えてたらモノクマはまた消えた。

 

 「正地さんとたまちゃんはまだここにいるの?」

 「うん・・・ちょっと頭痛いし、もうちょっと休む。・・・ごめん」

 「私も、たまちゃんを看てるわ。1人じゃ心配だから」

 「じゃあ私たちは、キネマ館に行こうか。そっちに捜査に行った人もいるみたいだし、下越君もきっとそこにいるよ」

 

 

獲得コトダマ

【オールナイト・パーティ)

 コロシアイが加速しないようモノクマの動機に対抗して開かれた会。ミュージアムエリアで行われていて、演目は「相模の映画弁舌」「野干玉のスーパートリックショット」「虚戈の曲芸」。

 

【野干玉の証言)

 野干玉と虚戈はともに演芸場の楽屋で演目の準備をしていた。虚戈は事件発生時刻の20分ほど前に、準備運動すると言って席を外している。

 

【死体発見アナウンス)

 死体を3人以上の人物が発見すると流れるアナウンス。殺人が起きたことを生存者全員に知らせるためのものであるが、コロシアイ参加者に事前の説明されてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダイスケさんの死体があったビッグテンプルと、殺される前にダイスケさんがいたはずのステージシアター。ここの他に、インヴェスティゲートするところなんてあるのかな。ちょっと考えてみた。あんまり気分がよくないけれど、キネマ館にいた人の中に犯人(クロ)がいるかも知れない。だったら、キネマ館も行っておいた方がいいのかも知れない。

 

 「映画の間、スニフ君は何か怪しい物音とか、人影とか見なかった?」

 「えっと・・・ごめんなさい。I was crazy for romance(ドキドキに夢中でした)

 「ドキドキしてたんだ。そっか。私も」

 「へっ?」

 「お七さんが庄之介に会いたいがために放火しちゃうところなんてすごかったよね。相模さんの弁も盛り上がってたし、ドキドキしたよね」

 「uh huh()ah(ああ), yes(はい)・・・」

 

 やっぱりムービーどころじゃなかったのはボクだけじゃないか!こなたさんとドキドキしあってるなんてそんなロマンスなかったんだ!Bull shit(ちくしょうめ)!!

 

 「だけどあの暗い中を動いたら、どうしたって目立つよね。こっそり抜け出して城之内君を殺してから戻ってくるなんて、できっこないよ」

 「ボクもそう思います。あそこにいた人はみんな犯人(クロ)じゃないですよ」

 「・・・そうだといいけど」

 

 キネマ館にもどって来ると、3台のモノヴィークルがとまってた。えっと、まだ会ってない人はだれだったっけ?

 

 「客席に怪しいところはないか、一回見てみようか」

 「ラジャーです!」

 

 シアターのドアを開けて中に入る。ライトが消えて暗くなってたシアターが明るくなってた。しらべやすいようにライトアップしてくれたのかな。でもそうすると、いつもは暗くてよく分からないシートの中でも動くものが見えやすい。ツルンとしたシェーヴヘッドと、オレンジのテールヘアがシートの中からとびだしてひょこひょこ動いてる。

 

 「サイクローさんとテルジさんだ!」

 「ん?おおスニフ!あと、研前か。こんなところまでよく来たな!」

 「コソコソなにしてますか?」

 「お、おいスニフ・・・足下でちょろちょろするな。踏んでしまうぞ」

 「うきゃー!サイクローさん足おっきいですね!」

 「なんでじゃれてんだよ」

 「スニフ君って鉄君のこと好きだよね」

 「・・・んん」

 

 おっきくてかっこいいサイクローさんとついあそびたくなって、足下にスライディングしちゃった。見ると、テルジさんとサイクローさんは2人でポップコーンをあつめてた。

 

 「こんなにポップコーンこぼすなんて考えらんねえよな!そういやお前らここで映画観てたんだよな?お前らじゃねえだろうな!」

 「うっ!そ、そういえばボク、ポップコーン食べました・・・」

 「お前か!」

 「ごめんなさい!」

 「ったく。いくら掃除しやすいっつってもな、落としていいってことにゃならねえからな」

 「それで、掃除してるの?」

 「ああ。正直、ここになんか手掛かりが残ってるとは思えねえ。城之内の死体は寺にあったわけだから、こっちには何もねえだろ」

 「だからって掃除って・・・鉄君まで付き合って」

 「すまん・・・」

 

 ボクがこぼしたポップコーンをクリーンアップしてたのか。悪いことしたなあ。でもこれじゃあ、テルジさんもサイクローさんもまともにインヴェスティゲートできてはないみたいだ。

 

 「もう1台あったモノヴィークルはだれの?」

 「ありゃあ相模だな。映写室を捜査するって言ってたぜ」

 「そっか。相模さん事件のときもそこにいたもんね」

 

 ボクたちはムービーをみてたけど、いよさんはずっとアナウンスをしてた。だからボクたちとそんなに変わらないと思うけど、もしかしたら外の様子に気付いてたかもしれない。せっかくだから話を聞いてみよう。プロジェクションルームに行ってみると、いよさんがプロジェクターとロールフィルムをしらべてた。

 

 「相模さん。どう?捜査は」

 「いよ?お二人様、何故に此の様な所までお越しに?此方には何も御座いませんよ?」

 「やっぱり何もないんですか。ここにはいよさんがずっといましたもんね」

 「相模さんは何を調べてるの?」

 「映写機の方を。いよは考えました。城之内さんの彼の死に様・・・犯人が彼の大鐘を撞いたのは間違いないでしょう。と言う次第に相成れば、鐘の音の一つでも聞こえてなければおかしかろうと思いまして。ですがいよが此処で弁をば立てて居る折、然様な音は一切聞こえませんで」

 「そういえばそうですね。でもボクたちはずっとムービーに夢中でしたから、どっちにしろムービーのサウンドとまちがえてたと思います」

 「成る程。いよの十八番が裏目に出たという訳ですか・・・いよぉ・・・」

 「得意なんだ。『八百屋お七』」

 「ええ!いよが弁のお勉強をして最初に身に着けた題目で御座います故!悲哀なる恋情と其れ故の凶行!人情と業の哀しき結末・・・美しくも儚い物語で御座います」

 「でもラストはどうなるんですか?」

 「其れを訊くのは野暮というものです。きちんと映画をご覧になって下さい。落語でも良いですよ」

 「やぼ・・・?」

 「ちゃんと相模さんの弁を最後まで聞こうねってことだよ」

 

 やっぱりここには何もないみたいだ。いよさんがおとくいのムービータイトルは分かったけど、他のことは分からない。でもいよさんが言ってるみたいに、ベルサウンドが聞こえてきてないのはなんでだろう。いくらダイスケさんを間にはさんでても、それなりに音はすると思うんだけどな。

 

 

獲得コトダマ

【使用済みフィルム)

 投影機にセットされていたフィルム。内容は相模の得意な『八百屋お七』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これで調べられそうなところは全部調べたかな?」

 「・・・あの、こなたさん。一ついいですか?」

 「うん?」

 

 事件に関係ありそうなところはだいたいしらべた。だけど、一つだけボクにはまだ気になってることがあった。だれにも教えてないけれど、マイムさんがなくしちゃったあの、ダイイング・メッセージ。あの意味をずっと考えてた。

 

 「『JADE DISH killed me』・・・」

 「あのダイイングメッセージ?前半の所って、どういう意味なの?」

 「DISHはお皿です。うんと・・・ごめんなさい、JADEのジャパニーズ分かりません。でも、ミュージアムにJADE DISHありました」

 「え?じゃあそれ、事件に関係してるよね?」

 

 そうだ。ダイスケさんのダイイングメッセージにあったJADE DISHは、ミュージアムにあった。もしあれが事件にかかわってるなら、しらべておかないといけない。あとどれくらいタイムがのこってるか分からないけど、いそいでミュージアムに向かった。

 

 「あれ?」

 

 ミュージアムに着くと、もう1台のモノヴィークルがあった。キネマ館でもステージシアターでもビッグテンプルでもなくて、なんでここにモノヴィークルが?そう思って中に入ってみると、JADE DISHの前にブラックコートを着たハイドさんがいた。

 

 「ハ、ハイドさん?なんでここに?」

 「・・・フンッ、来たか。思ったより遅かったな」

 「星砂君、捜査は?」

 「捜査?くくく・・・そんなものとうに済ませている。ここで待っていたのだ。お前たちが来るのをな」

 「待ってたって、なんでまた?」

 「これを見ろ」

 

 そう言ってハイドさんは、JADE DISHを指さした。クリアなブルーグリーンがライトを受けてキラキラ光る。そこに書かれてる漢字はむずかしすぎてボクにはよめないけれど、こなたさんがそのキレイさに目を見開いてるのは分かる。

 

 「翡翠のお皿・・・これがジェイドディッシュ?」

 「JADE DISH killed me、普通に考えればこの皿が凶器だと考えられるが・・・しかしこの皿はここにこうして鎮座している。おまけにこのガラスケースはしっかり固定されている。中の物を取り出して凶器に使うなどは不可能そうだな」

 「はあ」

 「くくく・・・さあ、子供。この謎にどのような解を提示する?真実に至る道を示す言葉を、正しく解することはできるか?」

 「ええ?ボクですか?えっと・・・」

 

 いきなりハイドさんにそんなことを言われて、すぐに返せるほどボクはまだこの事件の全体が見えてきてない。ダイスケさんは、ビッグテンプルで頭をぶたれて殺されたんじゃないのか?ダイイングメッセージは何を意味してるんだ?それに、ボクたちやたまちゃんさんにマイムさん、ホテルにいた人たちも、みんな、お互いを見張れてた。なのに、いつどうやって、ダイスケさんをスピリチュアルエリアに殺しに行ったんだ?

 

 

獲得コトダマ

【翡翠の皿)

 博物館に展示されている古代の遺物。かなり繊細で、触ることは厳禁とされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『時間は有限、囁く甘言、コロシアイには一家言YO!オマエラ!学級裁判の時間がやってきましたよ!血湧き肉躍るアゲアゲ学級裁判の幕が今開きますよ!メインゲート前の広場にお集まりください!真夜中だけど青空学級裁判をはっじめっるよー!』

 「タイムアップ・・・か。まあいい。この後のことは学級裁判で聞かせてもらおう」

 「ちょ、ちょっと待ってよ。星砂君はどうしてこんなところに?私たちが来るかどうかなんて分からなかったはずなのに・・・」

 「凡俗ごときの思考回路で俺様は計れんということだ。精々俺様の足を引っ張らないようにすることだな」

 

 それだけ言うと、ハイドさんは先にモノヴィークルで行っちゃった。ボクとこなたさんは、のこってジェイドディッシュを見てた。

 

 「・・・やっぱりハイドさんはよく分からないです」

 「でも、さすがだね。ちゃんとJADEの意味分かってたんだから」

 「・・・」

 

 こなたさんもちょっとズレてるような気がしてきた。そこじゃないでしょう。ともかく、ボクたちもモノヴィークルでアナウンスのあったところに向かった。また、あのクラストライアルが始まるんだ。ボクは頭の中でずっと、ハイドさんの言葉を考えてた。

 

 「Load to the truth(真実に至る道)・・・」

 

 ハイドさんは、何を知ってるんだろう。

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:13人

 

【挿絵表示】

 




毎週更新がひっそりと途絶えてしまいました。
できるだけ早いペースを心がけたいと思います。


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学級裁判編1

 エントランスプラザには、ボクたち以外の全員がそろってた。ミッドナイトも近いっていうのに、モノクマランドのアトラクションはオーナメントやイルミネーションがキラキラ光って、うとうとしかけてたボクの目をさまさせた。

 

 「うぷぷ!みんなモノヴィークルに乗ってやってくるなんて分かってるね!今回も青空学級裁判改め、星空学級裁判を行いますよ!」

 「星空って、電飾で全く見えてないが」

 「満天の星空なんて変わり映えのねー湿っぽい景色なんかじゃテンションあがんねーだろ!ギラギラ光って花火の100発や1000発打ち上げて盛り上げねーと真夜中の学級裁判続かねーだろ!」

 「情緒もクソもねえな!」

 

 モノクマの言葉に合わせてアトラクションはますますライトニングをつよくする。目のおくからブレインまでフラッシュが突き抜けて、頭がいたくなる。ミッドナイトのクラストライアルだから、やってる途中でねてしまわないか心配だ。こんな外でねたら、ルールにも反する。

 

 「真夜中でも学級裁判中の居眠りは規則違反でおしおきだからね!まあ故意の就寝じゃなければ罰せないけど、モノヴィークルに轢かれても知らないから」

 「それはお前にとっても不都合なことではないのか?コロシアイで死ななければ事件性もなにもないだろう」

 「まあ学級裁判中に居眠りこける度胸があればの話だけどね!」

 「いよ・・・それもそうですね・・・」

 

 ボクもインヴェスティゲーションのとき、うとうとしてたけれど、今はテンションが上がってねむれそうにない。今からまた、命をかけてたたかわないといけないんだ。

 

 ダイスケさん・・・だれにでもフランクで、みんなのことをよく見てて、ちょっとスケベで、でもボクにたくさん大事なことをおしえてくれた。二つ目のモチベーションがモノクマから言われたときも、すぐにみなさんがナイトメアに苦しまないよう、オールナイトパーティーをサジェストしてくれた。だけどそれを利用された。パーティーの最中に、犯人(クロ)に殺された。

 

 彼を殺した犯人(クロ)が、ボクたちの中にいる。そんなこと分かってたはずなのに、今こうしてクラストライアルがはじまろうとしている時になって、ボクはそのことを忘れようとしてた。犯人(クロ)を見つけ出さないとボクたちが死んでしまう。そんな当たり前のことから、ボクは目を背けようとしていた。

 

 でもそれじゃいけない。ダイスケさんを殺した犯人(クロ)は、ボクたちの中にひそんでる。このクラストライアルで明らかにするんだ。ボクが、ボクたちが生き残るために。命がけのDiscussion。命がけのInference。命がけのProof。命がけのCondemnation。命がけのApology。命がけのDesicion。

 

 二度目のクラストライアルが、はじまる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

獲得コトダマ一覧

【モノクマファイル2)

 死因は撲殺。死体発見場所はスピリチュアルエリアの鐘楼。死亡推定時刻は22:00ごろ。撞木と釣り鐘の間に麻縄で吊された状態で、発見される。頭部が激しく損傷しており、撞木と釣り鐘のどちらにも多量の血痕が見られる。

 

【撞木)

 鐘を撞くための丸太。激しく血液が付着している。

 

【釣鐘)

 青銅でできた巨大な鐘。激しく叩きつけられたように血が付いている。そこにあるだけで、定時に鳴らされることはなかった。

 

【拘束具)

 城之内の手首と鐘楼の梁が麻縄で結ばれていた。現場に遺された目隠しと猿ぐつわをされている。手首や口元に擦れた傷などはない。

 

【服の焦げ跡)

 城之内の背中の腰あたりに2つある焦げ跡。

 

【スタンガン)

 城之内の服のポケットに入っていたスタンガン。ショッピングセンターの防犯グッズコーナーで入手可能。

 

【ダイイング・メッセージ)

 城之内の死体のすぐ近くに、“JADE DISH killed me”という血文字が残されていた。ダイイング・メッセージのようだが、掻き消されてしまう。

 

【虚戈の証言)

 野干玉と虚戈はともに演芸場の楽屋で演目の準備をしていた。野干玉は事件発生時刻の1時間ほど前に、部屋に忘れ物を取りに行っている。

 

【ボタン)

 鐘楼近くの境内社に落ちていた黒いボタン。

 

【モノヴィークルの履歴)

 モノヴィークルは行き先と時刻が履歴に残るが、死んだ人物のモノヴィークルは履歴機能が停止する。

 

【オールナイト・パーティ)

 コロシアイが加速しないようモノクマの動機に対抗して開かれた会。ミュージアムエリアで行われていて、演目は「相模の映画弁舌」「野干玉のスーパートリックショット」「虚戈の曲芸」。

 

【野干玉の証言)

 野干玉と虚戈はともに演芸場の楽屋で演目の準備をしていた。虚戈は事件発生時刻の20分ほど前に、準備運動すると言って席を外している。

 

【死体発見アナウンス)

 死体を3人以上の人物が発見すると流れるアナウンス。殺人が起きたことを生存者全員に知らせるためのものであるが、コロシアイ参加者に事前の説明されてはいなかった。

 

【使用済みフィルム)

 投影機にセットされていたフィルム。内容は相模の得意な『八百屋お七』。

 

【翡翠の皿)

 博物館に展示されている古代の遺物。かなり繊細で、触ることは厳禁とされている。

 

 

 

 

 

 【学級裁判 開廷】

 

 「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう!学級裁判の結果はオマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘出来れば、クロだけがおしおき。だけど・・・もし間違った人物をクロとした場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけが、失楽園となり外の世界に出ることができまーす!今回はド深夜の裁判だけど、テンションあげていきましょー!」

 「うおおおっ!!?」

 

 モノクマが拳を突き上げるとともに、アトラクションは一層輝きを増し、どこからともなく数発の花火が上がる。円形に並んでいるせいでよく見える互いの顔が、赤や黄色や緑に彩られる。鉄が大きく肩を跳ね上げた。

 

 「ビビり過ぎだ、鉄」

 「・・・すまん。いきなり花火が上がるとは」

 「あれ?けどモノクマはここにいるよな?誰が上げたんだ?」

 「はいはい!裁判に関係ないことは詮索しない!まずは事件現場の話なんかどうですか!?あんなに惨い殺し方はなかなかお目にかかれないからねー!うーんクロGJ!」

 「そうだな。花火は一旦さておいて、まずは裁判を進めるとしよう」

 

 提示された議題から、全員の脳裏に城之内の死に様が過ぎる。原型を留めないほど破壊された頭部と、それから分かる誰がどう見ても明らかな殺し方。しかしそれ故に謎めくこともいくつかある。その点から議論を進めていこうと、それぞれが思考する。」

 

 「現場は・・・全員見たよな。ひどい有様だ。俺と虚戈で現場の見張り、極が検死をしてくれた。モノクマファイルにある通り、死因は撲殺。撞木と釣鐘に散った血からして、撞木で何回も頭を殴られて、鐘に頭を打ち付けられたんだろう」

 「頭蓋骨が粉砕されて、後頭部は皮膚組織まで潰れていた。回数もさることながら、相当強い力で殴られたのだろう」

 「くくく・・・前回の半裸とは違い、さすがに被害者に同情もしたくなるほどの死に様だな。よほど犯人に恨まれていたようだ」

 「う、恨まれてたって・・・あいつは人から恨みを買うようなヤツじゃない!」

 「そうか?凡俗共を率いて湯屋覗きなどしていただろう」

 「貴様もな」

 「それはあいつがただのスケベだったってだけ。そのことは極お姉ちゃんがちゃんとケジメ付けたんだし、少なくともたまちゃんはあいつのことなんとも思ってなかったよ」

 「私も別に。あの後でお詫びのお菓子もらってたし」

 「そんなんでゆるしちゃうんですか!?」

 「いよーっ!確かにやんちゃな方では御座いましたが、人の為に物を為さる方でも在りました!いよに沢山異国の言葉を教えて下さいましたよ!あげぽよーっ!!」

 

 凄惨な現場の有様に憶測が飛び交う。しかしそのほとんどは、城之内の人間性を庇う言葉ばかりだった。覗きの咎があるものの、極による厳しい仕置きを受けたことに同情した者や恩義を感じている者が声をあげる。顰蹙を買うことはあっても、恨まれるような人間ではないと、その声の数が証明している。

 

 「ダイスケさんはそんなイヴィルな人じゃないです!うらんだりなんかしないですよ!」

 「ヤツが恨みを買うような人物かどうかはさておき、あの死に様からある程度犯人像を絞り込める。そう言いたいのだろう、星砂」

 「その程度で俺様の思考を読んだつもりか片目。そこまで理解しているなら犯人候補を言ってみろ」

 「構わんが、敢えて自分で言わず私に言わせるのか。何か意図があるのか、あるいは適当なことを言ったのかと邪推してしまうな」

 「あのぉ〜、おれたちを挟んで険悪な感じにならないでほしいんだけどお」

 

 星砂が言わんとしていたことを荒川が続ける。同じ意見を持つ者であるはずが、星砂の傲慢な態度と荒川の精一杯の嫌みに乗って敵意がぶつかり合う。間に挟まれた納見の声は二人には届かない。

 

 「容疑者は、女性とスニフ少年を除く者、5名だ」

 「スニフくんと女子以外?なんでー?」

 「被害者の城之内は、鐘楼の梁に縛られた状態で殺害されたようだ。男子の城之内を拘束し、高所に縄を結ぶことができるのは、我々の中ではヤツと同じ男子高校生しかいないだろう」

 「あ、荒川・・・お前、いきなりそんな、俺たちに容疑を擦り付けるようなこと・・・」

 「仕方がないだろう。これが現状、最も犯人像を絞り込める論理だ。真っ当な論理の前に感情は大した意味をなさないのだ」

 「・・・論理立ってりゃいいんだな?だったらオレも言わせてもらうぞ!」

 

 唐突に容疑者に名を連ねられた5名は緊張を露わにする。鉄の、蚊の鳴くような声の反論は荒川の論を覆すには全く力が足りない。そこへ声をあげるのは、下越だった。

 

 「ホントはこんなこと言いたくねえけど・・・オレらだけ疑われっぱなしでいられっか!思ってること言わせてもらうぞ!」

 「いいんだぞ下越。言わないで後悔するより、今はちょっとでも思うことを言ってくれ。議論が停まるのが一番まずい」

 「要は城之内を腕っ節で抑えつけられりゃいいんだろ?だったら男子のオレらだけじゃなくて・・・き、極だってそうだろ!むしろオレらよりよっぽど強えじゃんか!」

 「・・・い、言われてるけど。極さん、どうなの?」

 

 人を疑うことに拒絶反応を示す下越が、気概を振り絞って極を糾弾する。しかし当の極は至極冷静で、心配そうに語りかける正地を一瞥して、問題ない、と眼で語る。

 

 「そうだな。少なくともここにいる誰にも腕っ節で負ける気はしない」

 「あ、否定しないんだ」

 「正直に話す者には正直に応える。それだけのことだ」

 「確かにレイカってよくダイスケのことキめてたよね!この前のあれすごかったよ♣あのレイカが下になってダイスケをひっくり返しながら持ち上げるやつ♡」

 「ロメロスペシャルだ」

 「何やってんだお前ら!?」

 「ってことは・・・スニフ君以外の男子と極お姉ちゃんの6人の中に犯人がいるってこと?」

 「そうとも言えないんじゃないか?」

 

 モノクマランドに連れて来られた日から、極による城之内への少々暴力的な折檻はもはや日常のこととなっていた。そうでなくともなぜか腕の立つ極ならば、城之内を誘拐して拘束することも可能だ。荒川が提示した条件に極を加えた容疑者で議論を始めようとするが、その前提を否定する者もいる。

 

 「星砂、荒川、下越。お前たちは城之内を力尽くで押さえ込めたヤツが犯人だって考えてるみたいだけど、俺はそうは思わない」

 「ほう?」

 「お前たちはあんまり詳しく城之内の死体を見てないから分からないと思うけど、あいつは手を縛られてた以外に、目隠しと猿ぐつわもされてたんだ。遠目からじゃよく分からなかったけど、見張りをしてるときに気付いたんだ」

 「そーそー!マイムも見たよ♡もうあんなの超ハードプレイだよね☆」

 「さるぐつわってなんですか?」

 「声が出ないようにタオルとか布を口に詰めるのよ」

 「Oh...」

 「でも、それがなんであいつが力尽くで抑え込まれたんじゃないって言うことになんの?」

 「普通そんなことされそうになったら暴れるだろ?だから目隠ししたりくつわ噛ます時に擦り傷ができたり、抵抗した跡が残るはずなんだ」

 「そうね。あれだけ頭が損傷してたら分かりにくいとは思うけど・・・縄で縛られた手首の方は?」

 「多少の傷はあったけど、暴れてるところをムリヤリ縛られたって感じじゃないな。どちらかっていうと、縛られた後に藻掻いたような感じだったな。だから──」

 「それじゃ納得できねえな!」

 

 雷堂によって城之内の死体の詳細が語られる。麻縄で手首と梁を結ばれていた以外に、拘束具も装着されていた。いずれもショッピングセンターで購入することができるが、どうやって拘束具を着けることができたのかと首を傾げる者もいる。真っ先に声を上げたのは、またも下越だった。

 

 「おい待てよ雷堂!オレはまだお前の推理に納得してねえぞ!」

 「なんだ?分からないことがあるなら説明してやる。なんでも聞いてこい」

 「よーし!じゃあ覚悟しとけよ!言っとくけどオレは相当分かり悪いからな!」

 

 

 【反論ショーダウン】

 「城之内は縄で縛られて!目隠しされてくつわも噛まされてたんだろ!?」

 「あいつだってヤワじゃねえんだ!抑え込んで寺まで連れてって殺してなんてこと、腕っ節の強いヤツじゃねえとできっこねえ!」

 「いきなりそんなことされたら城之内だって抵抗するはずだ!そうだろ!?」

 

 「もちろんだ。いきなり目隠しや猿ぐつわなんてされたら抵抗するに決まってる」

 「だけど城之内の死体は、体の部分はほとんど傷ついてなかったんだよ」

 「だから犯人は、城之内にムリヤリ拘束具をつけたわけじゃない。少なくとも城之内は暴れたりしなかったんだと思う」

 

 「は、はあ?お前が今言ったじゃねえか!いきなり目隠しなんかされたら抵抗するって!」

 「傷が残ってるかどうかはよく分からねえけど、まさかあいつが自分から拘束されたわけでもねえしよ!」

 「抵抗してる城之内を拘束しようとしたら力が必要に決まってんだろ!」

 

 「軌道修正しよう」

 

 

 

 

 

 「下越。お前が言いたいのは、普通の状態の城之内を拘束するには力で抑え込むのが必要だって理屈だろ?だけどそうじゃないんだ、実際は」

 「な、なにが違うってんだよ?」

 「たぶんだけど、城之内は拘束されるとき、抵抗してなかったんだ。だから体に傷がついてない」

 「そ、それは・・・雷堂、本当か?なぜ抵抗してなかったなんて分かるんだ」

 「なぜなら、あいつはスタンガンで気絶させられてたからだ」

 「すたんがん?」

 

 後ろで縛った髪を振り乱しながら反論する下越に、雷堂が冷静に切り返す。凄惨な死体の有様にまともに目を向けていなかった者たちには知る由もない根拠だったが、確かにそれを確認した者たちもいる。そしてその場で何人かは気付く。ここにいる者たちの全員が同じ情報を共有しているわけではないということに。

 

 「極が検死してるときに気付いたんだ。城之内の背後の腰あたりに、服が焦げたような跡があったんだ。それにあいつのポケットにスタンガンが突っ込んであった。そうだよな、極」

 「ああ。念のために持ってきた」

 「ち、血だらけなのね・・・」

 「ヤツのポケットに入っていたのだ。当然だろう」

 「きっと城之内は拘束される前にこれで気絶させられたんだ。気絶した人間なら、スニフみたいな子供でも力の弱い女子でも十分拘束できるだろ?」

 「つまり、さっきの星砂君と荒川さんと下越君の意見は必ずしも正しいって言えるわけじゃないんだね」

 「クロはそんなスタンガンなんて一体どこから持ってきたんだい?」

 「ショッピングセンターの護身用グッズの店で手に入るぞ。まったく、あそこは本当に病的なほど品揃えがいいな」

 「いえいえ、オマエラに健全なコロシアイをしてもらうためには当然ですよ!」

 「黙っとけテメエは!」

 

 真っ先に提示された三人の意見は、不可解な証拠品によって却下された。電撃痕とスタンガンの存在から、気絶させられた後に拘束されたことは事実としても、一体いつ城之内は連れ攫われたのか。いつの間にスピリチュアルエリアの寺に移動したのか、その謎の糸口が全く掴めない。

 

 「エブリワン、ダイスケさんおそうのできたってことですか」

 「しかし城之内は昼間はずっとミュージアムエリアでリハーサルに励んでいたのだろう?だとしたらヤツの行動範囲はかなり限定される。その中で出会った者たちの中に犯人が潜んでいるはずだ」

 「その線から考えてみてもいいかも知れないわね。ぬ・・・たまちゃん、虚戈さん。城之内くんの動きってどこまで把握しているの?」

 

 モノクマの動機が発表され、それに対しパーティを開くことを決定した城之内。自らも演者としてステージに立つ以上、演芸場でリハーサルをしていた。休憩にホテルを訪れたことはあっても、地図上に示される動線は非常に限定的だ。

 

 「ごめんなさい。ボクからクエスチョンいいですか?」

 「ふふふ、期待しているぞ。スニフ少年」

 「はあ。えっと、なんで犯人(クロ)はスタンガン、ダイスケさんのポケットにのこしましたか?あと、ダイスケさんロストしたとき、どうしてそこでキルしなかったんでしょう」

 「そういえば・・・そうだね」

 

 スニフの疑問から、議論は加速する。スタンガンで気絶させたのなら、その時点で犯人は城之内を好きにできる。無論その場で息の根を止めることもできたはずだ。しかし城之内は気絶させられた後、拘束され、鐘楼に縛られて殺害された。果たして犯人の目的とは一体なんなのか。疑問は疑惑となり、疑心暗鬼を生み出す。

 

 

 【議論開始】

 

 「犯人(クロ)はどうしてスタンガンでダイスケさんをロストさせたあと、しばったりしたんでしょう?」

 「気絶した城之内をそのまま殺すだけに済まさなかった・・・犯人には何か思惑があったのだろうか」

 「単純に人目に付かないように移動しただけじゃないか?」

 「気絶した状態の人間を運ぶのは容易ではない。それこそ、須磨倉でもない限りな。気絶させ、拘束した状態の城之内を寺まで移動させた意味とは一体・・・」

 「事実誤認ってヤツだねえ」

 

 

 

 

 

 「ちょっとごめんよお荒川氏。今の議論の中で訂正させてもらってもいいかい?」

 「なんだ?私の発言が何かおかしかったか?」

 「いやあ、さっきからなんかみんなの言ってることがしっくり来ないと思ってたんだけどお、合点がいったよお」

 「なんだというのだ、さっさと言えぎっちょう」

 「ぎっちょう言うなあ!」

 「無視していいから、教えてくれ納見」

 

 のんびりとした納見がもどかしくなり急かした星砂に、納見は抗議しようとする。このまま話がわき道に逸れては軌道修正が面倒だと感じた雷堂が、事が起こる前に納見を制した。

 

 「あのねえ、城之内氏は犯人に連れ攫われたんじゃなくてえ、自分の意思であの寺に行ったんだと思うよお」

 「なんだと?」

 「寺の入口にモノヴィークルを停める駐車場があっただろお?どの施設にもあるものだけどさあ。捜査の時になんとなく台数を数えてみたらおれたちの人数と合わなかったからあ、確かめてみたら城之内氏のもあったんだよねえ」

 「そ、其れは間違い無いのでしょうか?其れは確実に城之内さんの物だったのでしょうか?」

 「スニフ氏と研前氏にも確認してもらったから間違いないよお」

 「なるほどな。確かにモノヴィークルがあったら城之内が自分で行った証拠にはならあな」

 「・・・本当にそうなの?たとえば、犯人が城之内くんを・・・こ、殺した後に、城之内くんのモノヴィークルで移動したとか・・・」

 「それはありませんね!モノヴィークルはオマエラのモノモノウォッチと1対1対応です!城之内クンが死んだ時点で彼のモノヴィークルはただの粗大ゴミになっちゃいました!」

 「モノクマがそんなヒント与えていいのか?シロとクロに平等なんだろ?」

 「おやあ?雷堂クンってばそんな生真面目なこと言って、なにげにこの学級裁判を楽しんじゃってるんじゃないですかあ?それとも、言われるとマズい都合でもあるのかなあ?」

 「お前に黙ってて欲しいんだよ。皆まで言わせるな」

 

 モノクマから告げられたのはクロ以外にとっては、可能性を一つ潰せる有益な情報だ。情報を受け取りはするがモノクマを徹底的に嫌う雷堂の皮肉は、モノクマの前では意味をなさなかったようだ。

 

 「ってことは、たまちゃんたちとの練習すっぽかして、スピリチュアルエリアなんかに行ってたってこと!?信じられない!なんなのよあいつ!人にはアマチュアだとかなんとか言っといて、自分だってプロ意識に欠けてるじゃない!」

 「まーまー♡そういうこともあるある♡」

 「こうなると・・・この事件、単純に城之内が犯人に襲われたっていうだけの話では終わりそうにない・・・そんな気がするな」

 「そうですね。ダイスケさんキルされたの、オルモストオブアス、みんながみんなを見てたときです。ダイスケさん、なんでそんなときに、スピリチュアルエリア行きますか?たまちゃんさんとマイムさんのリハーサルもすっぱくして」

 「すっぽかして、でしょ?」

 「それでした!」

 「確かにそれは疑問だな。いまいちど、事件当時のヤツの動きを浚っておくか。何か糸口が見つかるかもしれん」

 

 納見の訂正から明らかになった、事件当時の城之内の不可解な行動。自分の主催したパーティであり、ステージを控えプロとしてリハーサルに真剣に臨んでいたにもかかわらず、直前の打ち合わせのときにはパーティと関係のないスピリチュアルエリアに行っていた。行動に脈絡がないように思える。

 

 「くくく・・・いいのではないか?最後までゴーグルと一緒にいたのは、ヌバタマとピンク色か」

 「ヌバタマって呼ぶなって何回言わせんだ!」

 「ピンク色ってマイムのことー?あははっ☆マイムはピンク色好きだよ♡」

 「聞かせてもらうとしよう、洗いざらい全てな」

 「ダメだ!こいつらじゃ会話にならねえ!おい誰か取りなししろよ!」

 「えっと・・・じゃあ、たまちゃん、捜査時間にも話してもらったけど、もう一回教えてくれる?確認もしたいから」

 「・・・うん」

 

 無理問答のような様相を呈する三つ巴の話し合いに、ほとんど全員が頭を抱える。優しく正地が野干玉に語りかけ、ひとまずその場を話す者と聞く者に分けた。ろくに動いて捜査ができなかった分だけ、野干玉は自身や城之内の動向について頭の中を整理していた。それでも分かることは僅かだ。

 

 「パーティの提案をした後から、たまちゃんと城之内でステージのリハしてたの。虚戈もたまに混ざってたけど、あいつはたまちゃんたちのパフォーマンスにぴったり曲を合わせてきてた。録音の、耳にこびりつくくらい何度も聴いたBGMじゃなくって、見る人が楽しめるようにたまちゃんたちのパフォーマンスを引き立てる、演出としての音楽を、あっという間に作ってくれて──」

 「そんなことを聞いているのではない。ゴーグルの行動だけを話せ」

 「興味深い話ではあるがな」

 「ごめんねたまちゃん。今は城之内くんを最後に見たときのことを話してちょうだい。その話は後でゆっくり聞かせてもらうわ」

 「・・・」

 

 星砂に途中で止められたことで、野干玉は自分の口から溢れ出している言葉の意味に気付いた。自分でも気付かないうちに、城之内のことを賞していたことに驚き、気味悪さを感じ、気恥ずかしくもあった。

 

 「ま、まあたまちゃんと虚戈があいつに合わせてあげたお陰ってのもあるわね!で、夜までに一通りのことはできるようになったから休憩することにしたの!お腹も減ってたし!」

 「うふふ、たまちゃん、恥ずかしがっちゃって」

 「いよぉ、研前さん・・・微笑ましがって居られる場合では在りませんよ・・・」

 「たまちゃんたちが城之内を最後に見たのは、演芸場で別れるときだね。あいつはもうちょっと機材のチェックをするって言って残ったから、その後のことは知らない」

 「左斜め前に同じー♢」

 「それは何時頃のことだったか、覚えてるか?」

 「7時半から8時くらいだったと思うよ」

 「それでねそれでね!9時に再集合って決めてたのに、ダイスケってば来なかったんだよ♠約束破るのは悪い子のすることだからダメなのにね♠」

 「9時?城之内の死亡推定時刻は10時頃だぞ。パーティが始まるくらいの時間にいなくて、死亡時刻がその1時間後ということになるが・・・間違いないのか?」

 「ホ、ホントだよ♣マイム・ウソ・ツカナイ▢」

 「なんで急にカタコトになったんだい?」

 

 事件の直前まで城之内と行動を共にしていた野干玉と虚戈の証言から、城之内の無事が確定している最後の時間が判明する。それはモノクマファイルに示された死亡推定時刻とは間が空いており、城之内の動向を把握する上では不確定要素が多すぎるものだった。

 

 「だとすると城之内は、演芸場で二人と別れた後に自らスピリチュアルエリアに向かったのか?」

 「休憩は晩ご飯を食べる時間でもあったんだよ♢晩ご飯食べないで徹夜するなんてありえなーい♠」

 「そうだぞ!それにオレは城之内にもちゃんと晩のリクエストを聞いた!あいつはちゃんと食べるつもりだったんだ!」

 「犯人に呼び出されたのか、或いは城之内自身がスピリチュアルエリアに何か用があったのか」

 「本番前に占いをするとかあ?城之内氏に限ってそんなのは信じてなさそうだけどねえ」

 「呼び出されたとしても、夜中に寺になんか行くか?めちゃくちゃ怪しいじゃんか」

 「ふんっ、ゴーグルが何の用で寺に行ったかなどどうでもいい。事実としてヤツは寺に行ったのだ。それよりも重要なのは、ヤツが拘束された後の話だろう」

 

 死人に口はなく、犯人は必要以上に語らない。被害者の事件直前の動向やその背景にある目的や感情などは、当事者でない者たちが限られた情報を手にいくら議論をしても確証には至らない。星砂の言葉でそれを悟った全員が、分からないものは分からないままで話を先に進めることにした。

 

 「どっちにしても、晩ご飯を食べに来なかったっていうことは、その後ホテルエリアじゃなくてスピリチュアルエリアに向かって、そこで犯人に捕まっちゃったんじゃないかな?」

 「ふむ、研前、そうなるとやはり城之内が拘束されてから、実際に殺害されるまでかなりの時間が開くことになるぞ。スニフ少年の疑問を繰り返すようだが、なぜその場で殺さなかったのかが疑問だ」

 「気絶させて拘束して放置する・・・そのことに意味があったのかしら?」

 「否!其れでは城之内さんが誰かに助けを求める機会を与えてしまいます!犯人にとって其れは好ましからざる事でしょう!」

 「それを防ぐために猿ぐつわや目隠しまでしたのだな。スタンガンで撃った位置から考えて、おそらく犯人は城之内に顔を見られてもいないだろう」

 「そ、そこまでして・・・城之内を拘束することに意味があったのか?城之内から助けを求めなくても、偶然に誰かが発見することもあるだろう・・・」

 「スピリチュアルエリアのビッグテンプルのバックにあるベルタワーなんて、だれも見つけられっこないですよ」

 「分からないな。城之内が見つかるのも、城之内に逃げられるのも犯人にとっては都合が悪いはずだ。それなのに、拘束してから実際に殺すまで時間が経ちすぎてる。犯人の目的はなんなんだ?」

 

 各人が様々に推理し、考え、犯人の思考と行動について意見を述べる。しかし出てくるのはその行動の不可解さを支持するものばかり。拘束してから殺害まで時間が空くことで生じるクロにとっての危険性ばかりだった。それ故に犯人の考えが見えて来ず、不気味ささえ感じる。しかし確実にこの中にいる誰かは、その意図を知っているはずなのだ。生きた人間のしたことだと考えることが、議論の勢いを後押しする。

 

 

 【議論開始】

 

 「城之内が拘束された時間帯と、死亡推定時刻とされる時間。この不可解な乖離はなんなんだ?」

 「きっとすぐには殺せない理由があったんだな!最後の晩餐くらい食わせてやろうと思ったとかよ!」

 「城之内を拘束したのがお寺じゃなくて、人目に付かないところに移動したとか?」

 「いやいやあ、モノヴィークルはお寺に停めてあったよお。城之内氏は間違いなくあの寺に行ったはずなんだよお」

 「それなら、殺す時間に意味があったのかも知れないな」

 「殺す・・・時間・・・?」

 「パーティが開催されてる間、俺たちはキネマ館にいた。他はほとんどがホテルか演芸場だ。俺たちの行動が把握しやすくなって、こっそり行動するには打って付けの時間帯になる。それを待ったんじゃないか?」

 「しかし、現場はスピリチュアルエリアだぞ?いくらホテルエリアやミュージアムエリアに近いとはいえ、人目はほとんどないだろう。拘束された時間帯と実際に殺された時間帯、違いは何もないだろう」

 「隙があるな」

 

 

 

 

 

 「荒川。お前にしては見立てが甘いようだな。違いが何もないことはない。事実、犯人は後者の時間帯を選択している。犯人にとっては明確に違う時間帯なのだ。その立場で考えてみると分かることもある」

 「・・・一体なんだというのだ」

 

 人通りのほとんどなかったスピリチュアルエリアは、昼夜を問わず人目を避けるには打って付けの場所だった。そこで犯行を進めるにあたって、夜8時ごろと夜10時ごろで何の違いがあるのか。極がそれに気付き、全員の眼を見てから話し出す。

 

 「音、だ」

 「音?」

 「おとー?」

 「城之内の凄惨な死に様を見ただろう。殺し方は全員、大方予想が付いているはずだ。撞木と釣鐘を使ってヤツの頭を潰したのだ。そしてそれは本来、あの鐘を鳴らすための動作だったはずだ」

 「んん?なんだかイイ感じになってきましたね!爽やかな絶望の匂いがしますねー!」

 「なんだ急に」

 「つまり犯人は、城之内を殺すときに発する鐘の音を聞かれてはまずかったのだ。だから、パーティが始まってほとんどの者が屋内にいると確証を得られる時間帯まで待った。それまで城之内を拘束して逃げないように手を梁に縛った。これで説明が付くのではないか?」

 

 極の話を聞いて、各々が頭に城之内の死に様を思い浮かべる。現場を見れば誰でも、その殺し方は予想が付く。撞木にはこびりついた肉片や髪の毛や、木目の隙間まで染み込んだ赤黒い血。釣鐘に飛び散った血や骨の欠片。これらが物語る殺害実行の激しさは、もはや想像するに堪えないものだった。

 

 「一応の説明はつくだろうな。だが、多くの者が考えているであろう疑問を、この俺様が代弁してやろう。力と知恵のある者が凡俗を代表するのは、民主主義の基本だからな」

 「あんたなんかに代弁してもらいたくないわよ」

 「鐘の音を聞かれないように夜時間を待ったというが、ではなぜ敢えてそんな凶器を選んだのだ?拘束したその場で静かに殺す方法などいくらでもあっただろう。拘束中のゴーグルが見つかるリスクを負ってまでその殺し方にこだわった理由はなんなのか、答えてみよ」

 「答えてみよって、他人事みてえな言い方だな。まるでお前は真相を知ってるみてえじゃねえか」

 「少なくとも俺様は貴様ら凡俗共より遥か未来を視ている」

 

 意味深な言い方の星砂は、しかし他者からの追及にはとりつく島も無い。犯人が夜時間を待ってまで撞木と釣鐘を使って殺すことにこだわった理由が分かれば解決への糸口になることは、ほとんどの者が直感していた。だが肝心の理由まで分かる者は、星砂を除いていなかった。

 

 「やはり凡俗には荷が重いか」

 「付き合ってられないって感じだけど・・・星砂君には分かってるんだよね?」

 「無論だ」

 「ならば其れを早々に言えば宜しい!」

 「・・・夜時間を待つことで何が変わる?ゴーグルが主催したパーティによって人の動きがある程度絞られる。それが何を意味するかだ」

 「んん?」

 「事件現場に人気がなくなることではない。生き残りが一所に集まるようになるのだ。勿論、犯人も含めてな」

 「はあ。それがなんだっていうんですか?」

 

 改めて言われなくとも、全員そんなことは理解していた。パーティが始まれば、参加する意思があった6人と城之内を除く演者側の3人がいる場所は限定される。それ以外の4人のうち3人はホテルにいたため、星砂を除く全員の居場所が、夜時間には把握されていた。

 全員がそのことを理解していた。しかし犯人さえもそのことを理解していたという事実を踏まえて考えられる者は少なかった。

 

 「・・・アリバイトリックか?」

 「ようやく答えが出たか」

 「ア、アリバイ?開けゴマとか空飛ぶジュータンとかの」

 「それはアリババ」

 「子守歌だよねー♡」

 「それはララバイ」

 「ドワーフとかジャイアントの国をたびする」

 「それはガリバー」

 「一旦付けとくアレのことだねえ」

 「それは仮歯。もう字数も違ってきちゃったね」

 「研前・・・全部をちゃんと訂正しなくてもいいと思うぞ」

 「あんたらマジメにやんなさいよ!」

 

 鋭い眼光を放つ極の放つ雰囲気をぶち壊すかのように、妙な連携でボケを重ねる全員に研前が律儀に返す。ペースを乱された極と星砂の冷たい視線を、なぜか研前が一手に引き受け議論は気を取り直して進む。

 

 「パーティ中はほとんどの者が互いを監視しあう状況に置かれる。すなわち事件当時のアリバイが立証されるわけだ。しかし実際に事件はその時間に起きている。ならばアリバイを立証させつつ城之内を殺すトリックが仕組まれていると考えるのが自然だ」

 「上出来だ盛り髪。勲章や子供よりも頭がキレるではないか」

 「貴様に褒められても何の感情も起こらんな」

 「ア、アリバイトリックって・・・それじゃあまるで、パーティに参加してた私たちの中に犯人がいるって言ってるみたいじゃない!」

 「俺様は十中八九そうだと思っているが?もちろんホテルにいた者たちも疑惑の対象だが、アリバイトリックを組むのならより相互監視が強力な貴様らの方が利があるのは明らかだろう?」

 

 実にまっとうな理論で、筋の通った理屈で、自らへかかる容疑をパーティ参加者へ逸らしつつ、全員を納得させる。唯一単独行動をしていた星砂への疑惑を全員が抱えていることを理解していたからこその、用意していたかのような論理展開に眉をひそめる者もいる。

 

 「いよーっ!不在証明の工作とは亦大仰な言葉が出て参りましたね!ですが一つ言わせて頂きますよ!そりゃあ参加していない御仁らも同じじゃあないですかい!?」

 「着物、お前には耳がないのか?」

 「耳は此方に!反対にも!ほれ!」

 「アリバイトリックは相互監視があってこそより強固なものとなる。その状態になかった者たちがどうして、現場にいなかったことを証明するというのだ?」

 「オレはずっとレストランにいたからホテルの出入り口は見えたぞ。荒川と鉄は事件までホテルから出てきてなかった」

 「つまり、俺たちと違って荒川と鉄にも間接的なアリバイがあるわけか」

 「まったくアリバイがない者は、星砂と下越の二人だけということになるな」

 「はっ!?オレもか!?オレずっと朝飯の準備してたんだぞ!?」

 

 パーティ中の相互監視にあった者たち、ホテルに籠もり間接的にアリバイがある者たち、立証できるアリバイを全く持たない者。様々な者たちがいる中で誰のアリバイがどこまで立証されているのか、それを整理しなければ互いに糾弾しあうばかりだ。それはクロ以外の全員にとって避けたい展開だ。

 

 「だったらまずは全員のアリバイを整理しよう。城之内の死亡推定時刻と拘束された大体の時間は分かっただろ?その前後のアリバイがあるかどうかも、重要な情報だ」

 「はーい☆賛成の反対の反対なのだー♡」

 「だったら演芸会に参加してたメンバーは、みんなアリバイがあるよね。特に相模さんの映画を観てた時だから・・・えっと」

 「おれと正地氏と極氏とスニフ氏と雷堂氏と研前氏と相模氏、計7人のアリバイが事件発生1時間くらい前からは保証されてるねえ」

 「たまちゃんと虚戈もずっと一緒にいたもん。たまちゃんたちは城之内が拘束されたっていう時間帯も含めてアリバイがあるからね」

 「そーだね☆」

 

 パーティに参加していたメンバーは、互いを監視できる状況にあった。片時も目を離さなかったわけではないが、不審な行動をとればすぐに分かるくらい近くにはいた。それだけでアリバイの証明としては十分だった。

 

 「私と鉄のアリバイも、間接的にではあるが下越によって証明されている。こうして考えるとやはり疑わしいのは・・・唯一ホテルにもおらず居場所が分からないままであった、貴様だな。星砂よ」

 「・・・ため息が出るな。無駄だと分かっている説明をしなければならないというのは」

 「前回のように、ランドを散策していただとか、脱出方法を探していたというのは通用せんぞ。貴様の発言には信憑性がないのだ」

 「的確だな盛り髪。だが残念。実際に探索をしていただけなのだから他に言いようがない」

 「それが信じられないという話じゃないのか・・・?具体的に話してくれ」

 「成果を得られなかったことを話しても仕方がない。話すようなことは何もない」

 

 逃げ道を持たせたままで星砂を論理的に追い詰めるのは不可能だと判断した極が、前もって退路を断とうとする。回避するかと思いきや、星砂は断たれた退路を強引に進もうとした。さすがに呆れた鉄が優しく促すが、とりつく島も無い。

 

 「前もそうだったけど、どうして星砂くんは夜中になるとランドを探索するの?ウォーキングは陽が出てるときの方がいいわよ」

 「これだから知恵の回らん凡俗は・・・。俺様たちの行動に特に制限を課さないと掟で決められている一方で、夜時間には行動可能範囲が限定される。黒幕がこのランドを管理しているのなら、行動するのは人目の少ない夜中だ。ヤツを直接捉えるのなら、夜中に行動するのが最も効率が良い。まさか貴様ら凡俗共は、その程度のことにも考え及ばずに、脱出脱出と騒いでいたのか?」

 「いちいち一言多いヤツだなあ。とても信じられない、みたいな顔するのやめろお!」

 「気にしてたらキリが在りませんよ納見さん!どうどう!」

 「じゃあもしかして、そのときに怪しい人影を見たりとかしなかった?」

 「したら話しているに決まっているだろう。俺様がクロでなければ、の話だがな」

 「そうやって余計なこと言うからわけわかんなくなんのよ!」

 

 嫌みたっぷりに答える星砂の言うことは、一応筋が通っているように聞こえる。前回の裁判のときにも同じようなことを言って夜中に出歩いていたが、実際に何をしているのかを証明する者はいなかった。

 

 「というかウォーキングしてたとかなんとか言うけど、誰にも会ってないんだったら城之内を殺しに行くことだってできたでしょ!」

 「そうだな。犯人が一度ゴーグルを拘束したところを発見できれば、漁夫の利を狙えたというのに、惜しいことをしたと思っているよ」

 「・・・今更お前のそんな発言をとやかく言うつもりはない、星砂。だったらせめて、城之内が拘束された頃の時間のアリバイだけでもないのか?」

 

 僅かでも疑われることを避けるようにすべき裁判の場でも、星砂は臆することなくクロになる自身が可能性を口にする。いちいち目くじらを立てていても仕方ないことを分かっている雷堂が、なんとか情報を引き出そうと星砂の言葉を促す。冷静さを失わないようにゆっくり喋るが、それを知ってか知らずか星砂は嘲笑うように顎を掲げる。

 

 「凡俗共の集まりなど俺様は興味がなかったからな。夕飯も早めに済ませホテルのラウンジで読書をしていた。ゴーグルが拘束された頃はそこにいたはずだ」

 「ラウンジ?」

 「入口付近にあるだろう。レストランからも見える場所だ。そこのバカが見ているはずだ」

 「あ!テメ今オレのことバカって言っただろ!バカって言うな!」

 「で、下越は見てたのか?星砂がラウンジで読書してるところ」

 「う〜ん・・・いた、と思うぜ」

 「見てたのか!?なぜ言わなかったんだ・・・!」

 「だってそんなん気にしてなかったんだよ!別に何か作ってやってたわけでもねえし、そこにいるだけだったんだからしょうがねえだろ!」

 「ちなみに、何時頃までかは分かるか?」

 「夜時間になる前ぐらいだったはずだ。夕食後から読んでコレの最後までだから、そのくらいだろう」

 「あっ!ボクのリサーチペーパー!イングリッシュなのによめたんですか?」

 「なかなか興味深い内容ではあるが、図書館に似たような論文があった。素数論など手垢のついた分野に手を出すのなら、式や図に頼らず書き出しをするのも手だ。そうだろう、子供」

 「Wow!!よめてます!!Great!!And thank you for your advice!!」

 「大事なものならばきちんとしまっておけ」

 

 何が書いてあるのか分からない英語の論文を、星砂がスニフに投げ渡す。下越の証言とスニフのリアクションから、星砂が実際にラウンジで読書をしていたことは間違いないようだ。正確な時間は不明だが、夜時間直前まで読書をしていた星砂には、予め城之内を拘束して鐘楼に繋いでおくことはできなかったと言える。

 

 「もののついでだ。俺様がこれを読んでいる間、誰もホテルからは出入りしなかった。バカに至っては俺様と相互に様子を窺えた。故に、俺様の無実とともにバカの無実も証明されることになる」

 「お?そうなのか?そりゃ助かるな!ありがとよ!ってバカって言うなっつってんだろ!」

 「テルジはもう諦めた方がいいと思うよー♡」

 「だれもホテルから出てないですけど、サイクロウさんとエルリさんはホテルで何してましたか?」

 「・・・俺は部屋でじっとしていた。悪夢なんぞに折れていられないと雑念を消そうとしていた」

 「私は私なりに研究をな。夢を見るメカニズムと操作については以前に少々研究していたからな。図書館からいくつか本を持ち出して、明晰夢の見方について調べていた」

 「ってことはあ、どちらも部屋の中でじっとしてたってことかあ・・・アリバイらしいアリバイにはならないよねえ」

 「だけど、出入りした人がいないって言うなら、間接的にでもアリバイはあると言える・・・。やっぱりホテルにいたメンバーには無理なのか・・・」

 

 星砂のアリバイが立証されたことにより、同時に同じ場所にいた下越のアリバイも立証され、ホテルにいた鉄と荒川のアリバイも間接的にではあるが立証された。一度に4人、事件当時ホテルにいた全員が容疑者の可能性を否定され、パーティに参加していた者たちに緊張が走る。既にアリバイが立証されているはずにもかかわらず、全員が同じラインに立ったことで今までの議論が無駄になったことへの焦り、再び自分が容疑者として糾弾されうる不安が、シロたちの思考を乱れさせる。

 

 「これでは、議論がふりだしに戻ってしまうな。全員が同じ条件になってしまってはアリバイなどなんの意味もない」

 「しかしホテルにいた人間には、物理的に城之内と接触することすら不可能だった。そうなると、事件前後に城之内の近くにいた、パーティに参加していた人間が疑わしくなる」

 「き、極さん・・・自分で言っちゃうの?」

 「中でも演芸場で城之内が殺害される直前まで一緒にいたという、野干玉と虚戈。お前たちの話を詳しく聞かねばならないようだ」

 「はっ!?な、なに急に!?」

 「お〜♣なになに?マイムのお話聞きたいの?」

 「いよぉ・・・対照的ですね」

 

 全員が同じ条件になったことで怪しくなる人物。それは、被害者である城之内のより近くにいた人物であり、最も拘束や殺害のチャンスが多かったと思われる野干玉と虚戈だった。急に疑惑を向けられて動揺する野干玉と、状況を理解しているにもかかわらず能天気に首を傾げる虚戈。対照的な二人のリアクションから、それぞれ話を引き出す。

 

 「ゴーグルがいなくなるまでの話は聞いた。ヤツが殺されたという夜時間になる頃の話を聞かせてもらおうか」

 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!たまちゃんと虚戈は一緒に演芸場の楽屋にいたんだよ!?城之内がいなくなってからずっと!みんなを呼びに行ったときも一緒だし、その後も一緒にいたもん!こっそり城之内を殺すなんてできっこないよ!」

 「え?そうなの?」

 「ね、虚戈もなんか言ってよ!なんでたまちゃんが疑われなきゃいけないの!?ホントあり得ない!」

 「た、たまちゃん落ち着いて。興奮するとまた体調が悪くなるわ」

 

 疑惑を向けられても平然としている虚戈に対し、野干玉は明確に動揺する。心配する正地の言葉を無視して野干玉は喚き立てて虚戈に援護を要求する。その内容に首を傾げるスニフと研前は、虚戈の次の言葉を待つ。

 

 「えー、たまちゃん、言っていいの?」

 「いいわよ!早く言いなさいよ!二人はずっと一緒だったでしょ!そう言ってよ!」

 

 きょとんとした顔で小首を傾げる虚戈は、最後の確認を野干玉にする。そして言っていいと言われたから、口にする。嘘偽りの無い真実を。

 

 

 【議論開始】

 

 「アリバイに関しては全員が同じような条件となった。となれば次に疑わしくなるのは──」

 「最後まで城之内と一緒にいた野干玉と虚戈、だな」

 「なんでたまちゃんたちが疑われなきゃいけないのよ!納得いかない!」

 「納得できなくても説明はしてもらうよお。城之内氏が拘束された頃の時間とお、夜時間になるくらいの頃は何をしてたんだい?」

 「だからたまちゃんと虚戈はずっと一緒にいたんだってば!演芸場の楽屋にいたんだよ!」

 「あれれ〜おっかしいぞ〜???」

 

 

 

 

 

 「ダメだよたまちゃん♡ウソ吐いたら持ち物全部取り上げられて鞭打ち10回なんだよ♠」

 「そんなエグいことはしねえけど・・・ウソってどういうことだ?」

 「えっとね、ダイスケを殺すチャンスはマイムにもたまちゃんにもあったよ♡ずっとずっとず〜っと二人っきりじゃなかったもんね♡」

 「・・・は?」

 「ほう」

 「ああっ!?ど、どっちだよ!?」

 「ホントだよ♡マイムはウソ吐かないよ☆ウソ吐くのは悪い子のすることだもん♠マイムは良い子だからウソ吐かないんだ♫」

 「それはつまり、野干玉の言っていることがウソだということか?」

 「そうだよ♡ダイスケが殺されるのよりは前だけど、たまちゃんとマイムは独りぼっちになったときがあるよ♢ちゃーんとホントのこと言うからね♡」

 「ちょっ・・・な、なに言って・・・!?あんた!バカじゃないの!?なんでそれ言っちゃうの!?」

 「『なんでそれ言っちゃうの』?それは失言、ということでいいのか?ヌバタマよ」

 「!!」

 

 どうやら目論みと違うらしい虚戈の発言に、野干玉は動揺すら忘れて唖然とする。ウソウソと連発する虚戈の言葉がじわじわ自分の足場を崩していくような感覚に襲われる。冷や汗を流す野干玉は次の言葉を失った。それに構わず虚戈は笑顔で続ける。

 

 「ダイスケとのリハーサルが終わって、解散してからまた演芸場に戻ってきたときね、たまちゃんとマイムでダイスケが戻ってくるの待ってたんだ♫そのときたまちゃんは一回ホテルに戻ったの♡忘れ物があるとかなんとかで♫」

 「それはどれくらいの時間だ?」

 「んー?1時間くらいだったかなー♣スピリチュアルエリアに行ってダイスケを捕まえたり殺したりには十分な時間だよね♡」

 「バッ・・・!!バッカじゃないの!!?何言ってんの!!?たまちゃんはホントにホテルに戻ってたんだってば!!」

 「あのう、だけどさっき、ハイドさんがだれもホテルにはこなかったって」

 「み、見逃してただけでしょ!っていうか、たまちゃんがホテルに戻ったときは星砂なんていなかったもん!時間がずれてたんだよ!」

 「弁明がもはや支離滅裂だな。クロでないなら落ち着いて喋ればいい。あまり疑われることを過度に恐れるな。余計に怪しく見えるぞ」

 「あうっ・・・!」

 「ぬ・・・たまちゃんがホテルに行ってる間、虚戈は何をしてたんだ?」

 「マイムはヨガってたよ♡」

 「ヨガってましたか」

 「スニフ君、もうそれ言っちゃダメだよ」

 

 とっさに吐いた浅はかなウソが露呈し、野干玉は大きく動揺する。しかし虚戈はそれでも正直にありのままを話し、ますます野干玉の立場を悪くする。目的も、悪意も、打算もない。ただただ虚戈は、聞かれたことに誠実に答えているだけだ。

 

 「そんでたまちゃんが帰ってきてから、マイムはちょっと準備運動しに外に出たんだ♫30分くらいかなー♡」

 「外って、演芸場から離れたのか?」

 「うん♡だってもしみんなが演芸場に来てマイムが準備運動してるの見たら冷めちゃうでしょ?マイムはプロだからちゃんと気を配るんだよ♡」

 「と言う事は、たまちゃんさんと虚戈さんはどちら共、城之内さんを拘束して殺害するだけの余裕は在ったと言う事ですね!互いの監視を外れた僅かな間ですが・・・」

 「予め拘束しておけば、10分もあれば鐘を撞いて城之内を殺すことはできたはずだ。何より・・・野干玉がその事実を隠そうとしたことが何より疑わしい」

 「ッ!!」

 

 すべてを正直に答えたように思える虚戈に対し、まったく殺すチャンスがなかったと誇張した事実を言い、虚戈の証言に明らかな動揺をみせ、ウソを吐いて自分に対する疑惑を払おうとした野干玉に、全員の視線が集中する。宙に浮いていた疑惑が一気に降り注いだように、野干玉は自分の置かれた状況を理解し、背筋を汗が流れる。

 

 「・・・ちっ、ちがうよ・・・!?たまちゃんは城之内を殺したりなんか・・・しないよ!さっきのはなんていうか・・・ウソとかじゃなくて・・・!」

 「見苦しいマネをするな野干玉!」

 「ひっ!?」

 「貴様がクロならば正直に言え。私たちはこれ以上ムダに互いを疑い合うようなことはしたくない。クロでないならば毅然としろ。狼狽えればこの機を真のクロに利用されるだけだ。言い訳などするな。学級裁判の場で疑われることは、我々全員の命運を背負うことにも等しいのだぞ!」

 「いっ・・・!?そ、そんなこと・・・い、言われても・・・!」

 「ねーねー♡たまちゃんはなんでウソ吐いたの?なんでたまちゃんとマイムがずっと一緒にいたことにしたかったの?どうしてみんなを騙そうとしたの?」

 「マイムさん、ちょっとビークワイエット、です。たまちゃんさんがおはなしできなくなります」

 

 極に喝を入れられ、虚戈に詰問され、他全員から疑われる。焦りと動揺と恐怖と不安と困惑と後悔と鬱憤と不快さが綯い交ぜとなって、よく分からないどす黒い感情となって野干玉の心臓が潰れそうな痛みを与える。爆発しそうな感情を制御するため野干玉の体は、オーバーフローした感情を物理的に体外に排出することにした。

 

 「う〜〜〜ううう・・・あんまりだよ・・・!」

 「んなっ!?お、おいおい!」

 「ああもう!みんないっぺんに責め過ぎよ!たまちゃん泣いちゃったじゃないの!」

 「泣けば守られるとでも思っているのか?子供でもあるまいし、そんな手が通用する状況でもなかろう」

 「しかし・・・泣かれるとこれ以上責め立てるのは気が引けるな・・・」

 「あァァァんまりだァァァ!!!

 「な、なかないでくださいたまちゃんさん!たまちゃんさんはスマイルがいちばんステキなんですから!」

 「なんで今そんなカッコイイセリフ言ったの?」

 

 自らの意思で感情をコントロールするような究極的な生物というわけではないが、涙を流して大声を出すことで抱えたストレスを発散させることができる。半分は打算で、もう半分は本当の生理現象で、野干玉はその場で大声で泣き出した。

 

 「だってだってェ・・・!じょウ、のうちとお・・・い、一緒にいた、たまちゃんとぉ虚戈が・・・!うぐっ、うたがあれるのなんて分かり切ってるじゃんよお!!だっ、だから・・・!うたがあれるのが・・・ヤだったから・・・ちょっとオーバーに言っただけじゃあん!!なのにウソ吐きとか・・・お前が殺したんだろとか・・・そ、そんなの・・・あんまりだよおおっ!!」

 「お手本の様な大号泣で御座いますな・・・大袈裟に言えば疑われるのは当然で在りましょう!泣いて誤魔化すのは卑怯じゃあ在りませんか!?」

 「ごっ、ごまかす・・・つもりなんか・・・!」

 「どんな理由があれウソを吐く者を疑うのは当然だろう。それに目的なんぞいくらでもでっち上げられる」

 「でっち上げなんて・・・たまちゃんしないよぉ!ね、ねえ鉄お兄ちゃん!納見お兄ちゃん!たまちゃんのこと守ってよお!あんなでっかい棒で殴り殺すなんて、たまちゃんにはできないってばあ!」

 「守ってと言われても・・・俺は何もしてやれん・・・」

 「おれは野干玉氏の行動よく知らないからねえ」

 「うわーん使えないよー!」

 

 いつの間にか打算の涙の割合が増えてきているように思えるが、野干玉はそれでも泣き続けて鉄と納見に助けを求める。しかしどちらも野干玉の容疑を晴らすだけの手掛かりや論理を持っていなかった。

 

 「たまちゃんと虚戈が城之内を見つけたときはもうあの状態だったんだもん!たまちゃんは何もしてないよー!」

 「たまちゃんさん、それって、おふたりがいっしょにダイスケさんを見つけたってことですか?」

 「そーだようえーーん!」

 「・・・くくく。何か気付いたようだな。子供」

 

 涙混じりに喚く野干玉の言葉尻を捉えたスニフが、口元に手を当てて考えこむ。ほとんどの者が野干玉へ疑惑の視線を送る中、冷静に場を見つめ、議論の向く先を変えようと脳を働かせる。野干玉の証言とモノクマの言葉から導き出される、この議論の矛盾を見出し、整理する。

 

 「みなさん!Just a moment(ちょっと待った)です!」

 「どうしたのスニフ君?」

 「ちょっとだけ、ボクのおはなしきいてください。まさかですけど・・・たまちゃんさんは犯人(クロ)じゃないってプローヴできるかもです!」

 

 導き出した結論から、スニフは声を上げる。急ぎすぎた議論を、拙い詭弁を、暴走する疑惑を、入り乱れる思惑を、すべてを超えて真実への道を切り開く論理を撃ち出す。それがどれほどの意味を持つか、スニフ自身すら気付かないままに。

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:13人

 

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ハーメルンはタグが豊富で色々挑戦できる。せっかくだから再現してみました。色合いこれでよかったろうか


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学級裁判編2

 

 うぷぷのぷ〜!オマエラ!おはようございます!毎度お馴染みモノクマによるミニコーナー『前回の学級裁判!』だよ!ぶっちゃけ前回は思ったよりも展開が進んでなくてびっくりしたんだよね。もっと先まで進めるかなと思ったんだけどなぜか長くなっちゃうんだよね。それもこれもあいつらが無駄に話を盛ったり、色んなヤツが自分勝手にウソ吐いたり思わせぶりなこと言うからだよね!こまったこまったこまどりキラー、なんつって!

 

 さてさて、今回の被害者は“超高校級のDJ”城之内大輔クン!ボクが配った動機『悪夢』に対して、寝なけりゃいいじゃんって安易な対策を考えた上に、そのパーティの真っ最中にぶっ殺されてしまいました!今回はその殺し方がとっても斬新でエグいのが特徴的でしたよ。大晦日に鳴らす鐘の前に縛られて、撞木で何回も頭をどつかれるなんていう、拷問としてもやり過ぎな殺し方だよねえ。完全に中身こぼれちゃってたし!うぷぷぷ!メタいこと言うけど、色んなコロシアイがある中でも指折りのエグさだよね!そう自負しております!

 裁判はまず城之内クンを捕まえて縛り上げられる人に容疑がかかりました。スニフクンを除く男衆に疑惑がかかるけど、そこにまさかの極サン投入!彼女の腕っ節に敵う人なんて、単純な筋肉量では鉄クンくらいでしょうね!早くも犯人候補が絞られてきたと思いきや、実は城之内クンは自らの意思でお寺まで来たということが、モノヴィークルの履歴から判明しました!

 そしてそこから裁判の流れは右往左往し、いつの間にか城之内クンが犯人に捕まって拘束されてから実際に殺されるまで間が空いてることが明らかになりました。城之内クンを捕まえた犯人はなぜその場で殺さなかったのか?なぜパーティが始まる時間まで城之内クンを放置してから殺したのか?その答えにあの白髪えばりんぼ──もとい星砂クンが弾き出した答え、それは『アリバイトリック』でした!犯人は夜中のパーティに出席していたというアリバイの元で城之内クンを殺したと主張する星砂クンの主導により、全員のアリバイについて考えることになりました。この時点でもう長くない?

 

 キネマ館でパーティに参加してたメンバー、演芸場でリハーサルをしてたメンバー、ホテルに籠もってたメンバー、その全員に事件当時のアリバイが証明され、ここで議論は一度ふりだしに戻ってしまうのでした!延々議論し続けてふりだしに戻るこの台無し感!無意味さ!もったいなさ!こうして人はどうでもよくなっていくんだね・・・うぷぷ♫

 

 だけどそこでへこたれるようなあいつらじゃなかったんだ。伊達に一回学級裁判を乗り切っちゃいないね。その後の議論は、事件直前まで城之内クンの近くにいた野干玉サンと虚戈サンの二人のアリバイを追及する展開になっていきました。そこで明らかになった野干玉サンのウソ!怪しまれたくないからってウソなんか吐いたら学級裁判で不利になることくらい分かるだろーよ!バカな女だよねー!案の定ウソ吐いたことを追及したら本人は泣き出すし全員から疑われるし、引っかき回してくれるよねー!

 そして混沌とした裁判の流れに待ったをかけたのは、我らが主人公のスニフクン!裁判中はみんなの言葉を理解するのに一生懸命で言葉数は少ないけど、やるときはやってくれるよね!まあ戦犯にならないように気を付けてね。うっぷっぷ♫

 イージョウッ!!⊂(・∀・)⊃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まさかですけど・・・たまちゃんさん犯人(クロ)じゃないってプルーヴできるかもです!」

 

 スニフの放った言葉は打ち上がる花火の音を従えて裁判場を打ち叩いた。スニフを見る全員の顔は、色とりどりの光に照らされて色を潜める。期待、困惑、猜疑、興味、恐怖、不安、希望、絶望・・・続くスニフの言葉を全員が待った。

 

 「マイムさん。ダイスケさん見つけたときのこと、ワンモア、おしえてください」

 「いいよ♡んっとねー、ダイスケが全然戻って来ないからたまちゃんとマイムで一緒に探しに行ったんだよ♫お寺の横を通りがかったときにマイムは血生臭〜いのに気付いてダイスケのところまで行ったんだ♢その後でたまちゃんもダイスケのところ来て、びっくりして腰抜かしちゃったんだよね〜♡」

 「全体的に軽い・・・もうちょっと深刻そうにさあ・・・」

 「それってことは、マイムさんとたまちゃんさんはセイムタイム、ダイスケさん見つけたってことですか?」

 「ちょっとラグはあったと思うけど、そんなに変わんないんじゃないかな?」

 「それがどうしたの?何か閃いたのスニフ君?」

 「・・・みなさん、ちょっとボクのエクスプレッション、イングリッシュがまざってディフィカルトだと思います。ごめんなさいですけど、がんばってボクのプルーフロジック、きいてください」

 「い、いよぉ・・・仰っている事は分かりますが、いよはもう既について行けなさそうな気がしてなりません・・・」

 「オレもだ・・・」

 「理解できん者は捨て置けばいい。他の凡俗は知らんが、少なくとも俺様は理解してやろう」

 

 スニフが頭の中に思い描く論理、そしてそこから導き出される結論は、しかし今のスニフの日本語能力では十分に説明ができなかった。それでも説明しなければならない。故にスニフは、全員に予め忠告する。悔しい気持ちを堪え、やるせない気持ちを押し殺し、必死に伝えようと説明する。

 

 「みなさん、『死体はっけんアナウンス』は知ってますか?」

 「し、死体発見アナウンス・・・?なんだ、その物騒な名前は」

 「・・・例の放送か。私たちがキネマ館で聞いた」

 「はい。モノクマが言ってました。ボクたちの中のだれか3人死体見つけるとアナウンスします。だからダイスケさんの死体、3人に見られてます」

 「3人?なぜ3人なんだ?1人が見つけたらアナウンスでいいだろ」

 「それは、公平を期すため、とだけ答えておきます!」

 「ねえモノクマ。その3人の中に、犯人って含まれるの?」

 「ケースバイケースって言っときます!シロとクロが平等に学級裁判に臨めるように、ボクなりに状況に配慮してカウントするかどうかを決めます。でもどっちにしたかは教えてやーらない!」

 「ちょっとでもモノクマに期待した私がバカだったわ」

 「だけど、ダイスケさんの死体3人が見てるなら、たまちゃんさんとマイムさんノットギルティ言えます」

 「んん?分かりそうで分からない・・・なんでだよスニフ?」

 

 移動式玉座に腰掛けて腹を抱えるモノクマに、ほとんどの面々が頭を抱える。死体発見アナウンスという新たな要素を全員が把握するが、それが何を意味するのか、なぜ野干玉と虚戈の容疑が晴れるのか、そこまで一度に整理して考えることができる者は少ない。

 

 「もしたまちゃんさんとマイムさんのどっちかが犯人(クロ)のとき──」

 「はっ!?ちょ、ちょっと待ってよスニフくん!たまちゃんは犯人じゃないって言ったじゃん!なにそれ!?」

 「たまちゃん焦りすぎ♡」

 「いよぉ、お気持ちは分かりますが。スニフさん、お先をどうぞ」

 「えっと、もしどっちか犯人(クロ)で、アナウンスのカウントに犯人(クロ)を入れてたとします。そうすると、たまちゃんさんとマイムさんじゃないもう一人、ダイスケさんの死体を見つけた人がいます。だけどその人は、犯人(クロ)じゃないのにそれかくしてます。おかしくないですか?」

 「ふむ・・・クロでなければ事実を隠匿する必要がない、というだけか?」

 「というより、死体を見つけたのに誰にも知らせないっていうのが、犯人じゃない人だとおかしな行動だよね」

 「もしカウントに犯人(クロ)を入れてないんなら、そのときはたまちゃんとマイムさんのどっちも犯人(クロ)じゃないってなります。どっちか犯人(クロ)なら、もう二人、ダイスケさんの死体を見つけたのにだれにも言ってない人がいることになります」

 「それは・・・ますますわけ分かんないな。犯人以外に二人も隠し事してるヤツがいるんじゃ、まともに議論なんかできないぞ」

 「ちょ、ちょ、ちょっと待てスニフ!いやみんな!今の話をまとめると・・・つまりここには──」

 「少なくともクロ以外にもう一人、ウソを吐いている者がいる。野干玉と虚戈が見つけるより前に、城之内の死体を見た者が」

 

 拙いながらも必死に日本語で論理展開するスニフに、極と雷堂は理解を示しながらも不理解の表情を浮かべる。焦る鉄に代わって、極がその先を口にする。それは、裁判場を覆う疑心暗鬼を更に加速させる事実だった。そしてその事実は、城之内を殺した当人、クロにとっても不測の事態であった。

 

 「クロじゃないのにウソ吐くなんてことがあんのかよ!?」

 「ウソって言うか、隠し事だよね?そんなに大袈裟なことかな?」

 「言わなくちゃいけないことを言わないなんて、クロじゃなかったらそんな無責任なことないわ」

 「だ、だ、だれなのよ!命懸かってんのにウソ吐くなんてどういう神経してんのよ!」

 「たまちゃん氏よくそんなこと言えるねえ・・・」

 「・・・疑いたくはないが、確かにスニフの論理に間違いはないよな。その目星とか付いてるのか?」

 「Uh・・・Yes」

 「いよっ!?ま、真ですか!?」

 「言います。ウソをついてるのは──!」

 

 疑心暗鬼とモノヴィークルが加速するにつれて全員が互いを猜疑の視線で突き刺す。巡る裁判場を照らす光が全員の顔色を宵闇に浮かび上がらせ、焦燥や恐怖を彩る。しかしその中でスニフだけは、明確な結論を持っていた。この議論の間、更に言えばその前から、ずっとウソを吐き続けている者が一人いる。スニフはその人物を、ゆっくり指さした。

 

 【人物指名】

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 下越輝司

 荒川絵留莉

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 

 

 「──ハイドさん。あなたです」

 「!」

 

 スニフの指の動きに合わせて、モノヴィークルは速度を落とす。円形の裁判場は半円に形を変え、糾弾される罪人の如く星砂をその中心に据える。前方180度をヘッドライトのハイビームに照らされて、全員の視線が強制的に星砂へと集う。完全に標的にされたその状況でも、星砂はまったく落ち着いていた。

 

 「ハイドさん。あなたは、クラストライアルの前から、ずっとボクたちにウソついてます」

 「・・・くくく、子供。貴様に理解できるとは思っていないが、言ってやる。『笑止』と!」

 「しょ・・・?」

 「バカバカしくて笑えるってことだよ」

 「俺様の発言の一体何がウソだと言うのか。俺様がいつウソを吐いたというのか!貴様のことだ、それなりの論理を用意しているのだろう。聞かせてみろ!」

 「これを論破するのは骨が折れそうだな」

 「スニフ氏、大丈夫なのかい?」

 「だいじょぶです。ハイドさん、先言います。わすれたなんてナシですよ!」

 

 余裕の表情を浮かべる星砂に、スニフの方が緊張してくる。責める者が責められる者に圧倒される奇妙な構図に、それでもスニフは立ち向かう。退けば自分だけでなく、自分を頼りにしている全員の命を危険に晒すことになると知っているから。

 

 

 【議論開始】

 

 「ボクたちが死体はっけんアナウンスをムービーシアターできいたあと、ハイドさんが来ました」

 「確か、捜査しに来たって言ってたね」

 「ああ。少々あの場所に気になることがあってな」

 「そのときハイドさんは、ボクたちにどこに死体があるか知ってるって言いました」

 「事実知っていたからな」

 「死体のある場所を知っていた?ならばそれが死体を発見した証明になるのではないのか?」

 「ふん、これだから凡俗共は。貴様らの中の誰一人として気付いていないとはな。あのアナウンスに隠されたヒントに」

 「ヒント?ヒントなんかあったのか?」

 「愚問だな!この広いモノクマランドで、どこに死体があるかなど情報も無く探し当てられるはずもなかろう。死体発見アナウンスには、どこに死体があるかを示すヒントが隠されている!」

 「That's wrong!それはちがいます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 威勢よく放った星砂の言葉を、スニフが真っ向から否定する。スニフの思惑通り、星砂は自ら土壺に嵌まっていった。正攻法では隙を見せない星砂に対抗するため、スニフが仕掛けた誘導に星砂はまんまと乗った。だがそれが全て分かった上でなのか、或いはスニフの策が見事に功を奏したのか、それは星砂本人にしか分からない。

 

 「ハイドさん。そんなチープなロジック、いいえ、ロジックでもないただのインチキじゃ、ボクはナットウしません」

 「納得でしょ?」

 「あっ、それでした・・・」

 「・・・安いインチキ、だと?何を言っている、子供」

 「死体はっけんアナウンス、死体あるポイントのヒントなんかないです。ホントに、死体が見つかったことだけおしえてくれます」

 「それは貴様の凡庸な脳で考えた結果に過ぎんだろう!この俺様が気付いたと言っているのだ!或いは貴様にできるのか!?ヒントが“なかった”ことの証明が!」

 「ないことの証明ってえ・・・そりゃあ悪魔の証明ってヤツだよお」

 「No。デビルズプルーフちがいます。ヒントがあるかは、アナウンスした人にきけばいいんです。でしょう、モノクマ!」

 「ド、ドキィッ!?話聞いてなかったけど名前呼ばれたから驚いてみました!」

 「適当だな!?」

 

 話を大きくし、軸をずらして逃れようとするも、一度標的と認識したスニフからはそう簡単に逃れられない。苦し紛れに飛び出した悪魔の証明さえも、スニフにとっては単なる事実の照合で解決される。その鍵を握るモノクマは、立会人にあるまじき発言で返す。

 

 「死体はっけんアナウンスのことおしえてくれたとき、ボク言いました。あのアナウンスじゃ、死体どこあるか分かんないって」

 「そうだっけ?ボクはいちいちそんなことまで覚えてないなあ。なんてったってキミたちの監督役として忙しい立場なわけですから!」

 「ええ、確かに言ってたわ。そしたらモノクマったら、逆ギレして逃げたのよ」

 「監督役として最低の態度だな」

 「それがどうした。子供、貴様ではアナウンスの真の意味に気付けなかったというだけの話ではないのか?」

 「No、そうじゃないです。もしもアナウンスでどこに死体あるか分かるなら、モノクマはアングリーじゃないです。でもモノクマはアングリーでした。それはだから、ボクにつかれたからじゃないんですか!」

 「・・・つかれたって、何が?」

 「その・・・アレです!ずぼ、し?」

 「うん、合ってるよ。モノクマは図星を突かれたから怒ったんだよね」

 「.。゜+.(゜∀゜*)゜+.゜。ヤタッ」

 「今更スニフさんの日本語の間違いなど気にする方は居りませんよ。心配せずとも」

 「つまり、モノクマがその意図なくしてアナウンスした以上、あのアナウンスに死体の位置情報など含まれていなかったということか」

 「ふーんそうなんだ♣じゃあハイドはなんでそんなウソ吐いたのかなあ?」

 「・・・」

 

 おそるおそる覚えたての日本語を口にしながら不安げに研前を一瞥した。研前は優しく微笑んで言いたいことを伝え、改めてスニフはびしっと決めた。そして同時にウソを追及された星砂は、しかしその程度ではまだ揺るがない。

 

 「ふん、そこの似非パンダがどんな態度を取ろうが知ったことか。まあそれを聞いて、あの手掛かりがモノクマさえ意図しない形で混入したものだということは分かったがな」

 「なあ星砂、だったらどうやってあの放送で死体の場所が分かったか教えてくれないか?」

 「・・・まあいいだろう。今となっては隠す意味もない。あの放送には、モノクマの意図しなかった情報が紛れていた。死体の在処を示す、『音』がな」

 「音?」

 

 あくまで死体の在処はアナウンスで知ったと言い張る星砂に雷堂が踏み込むが、それを予想できない星砂ではなかった。しっかり答えを用意し、自信満々に言ってのける。

 

 「釣鐘の中に風が入って鳴る音、死体の重みで麻縄と木製の梁が軋む音、周辺の木の葉が擦れる音・・・微かにではあったがそれを聞き取って推理したに過ぎない。モノクマだか黒幕だかが死体の側で放送したのだろう」

 「そ、そんな音したか・・・?全然気付かなかった」

 「死体発見ばかりに意識が向いて、そんな周囲の音なんぞに注意する余裕はなかった。本当にそれを聞き分けたというのか?いまいち信じられんが」

 「信じられないというのなら、説明してみろ。俺様がアナウンスから死体の在処を見つけられなかったということを。あのアナウンスには死体の位置情報など込められていなかったという証明を!」

 「ま、また悪魔の証明ってわけかい?そんなことできるわけないじゃあないかあ!」

 「モノクマに言わせちゃえばいいんだ!ちょっと!なんとか言いなさいよアンタ!」

 「残念でした♫ボクは学級裁判の立会人、議論に参加することはできません。だから証言することもできませーん!」

 「いよっ!?然うなのですか!?ま、まさか星砂さんは其れすらも加味して・・・!?」

 「いずれにせよ貴様の論は立証不可能。俺様の言葉を疑うことはできない、ということになるな。実に呆気ない。この程度か?」

 「ハイドさん、ごまかさないでください」

 

 12人から同時に疑惑の目線と尋問の猛攻を受けても星砂は動じず、逆に尋問側に悪魔の証明を課して自らの論の正当性を主張する。ウソを吐いている疑惑が濃厚な以上、尋問側が崩れるわけにはいかない。ため息を吐いて呆れる星砂に、スニフが次なる手を打った。

 

 「誤魔化す、だと?この俺様が、貴様ら凡俗共を相手に逃げの手を打ったと言うのか?」

 「だって、いま大事はハイドさんがダイスケさんの死体いつ見つけてたか、です。どう知ったか、は大事ちがいます」

 「だから死体発見アナウンスで在処を知ったと言っているだろう」

 「それはちがいます。ハイドさん、アナウンス前にビッグテンプルにいたんです!エビデンスだってあります!」

 「証拠、だと?」

 

 

 星砂が鐘楼付近にいた証拠は?

 A.【翡翠の皿)

 B.【モノヴィークルの履歴)

 C.【ボタン)

 D.【拘束具)

 

 

 

 

 

 

 

 「これです」

 「それは・・・私が境内社で見つけたボタンではないか」

 「ちょっとすまん。境内社ってなんだ?」

 「本社に祭られている神と縁故のある神やものを祭っている、小さな社のことだ。あの寺には確かにいくつか境内社があったな」

 「すごーいサイクロウ♡物知りなんだねー♢」

 「・・・」

 

 万歳をしながら喜んで褒める虚戈に鉄は照れて目を逸らす。スニフが取り出した黒いボタンを見やすくするように、どこからともなく飛行型スポットライトマシーンがやってきてスニフの頭上を取り囲む。

 

 「ハイドさん、これ、あなたのボタンじゃないですか?だってボクたちに、ハイドさんじゃなくてブラックのボタンあるふく来てる人いないです!」

 「で?」

 「え?」

 「それがなんだというのだ?それが俺様のボタンであったとしても、アナウンスの後に俺様は貴様らに連れられて現場に行ったのだ。その時に落ちたのだろう。盛り髪には乱暴を働かれたからな」

 「チキンウイング程度だ。言うほどのことはしていない」

 「極さん!それ十分乱暴してるから!」

 「でもボクたちとダイスケさんのところ行ったとき、ハイドさんはベルタワーのとおいところしか来てません。ケイダイシャ、ベルタワーの近くだったのに!」

 「ならばアナウンスを聞いてから死体を確認しに行った時に落としたのだろう!既に捜査を開始していたのだからどこかにボタンを引っかけることくらいあろう」

 「アナウンスからハイドさんがボクたちに会うまでほんのちょっとです。ベルタワー行ってしらべて来るのなんて間に合わないです!」

 「ええい往生際が悪いぞ子供!とにかく!その程度のことで俺様を屈服させようなど甘いというのだ!これ以上何もないのならいい加減に──!」

 「まだあります。ハイドさん、あなたのウソのエビデンス!」

 「!?」

 

 強引に話を終えさせようとする星砂に、スニフは今一歩食い下がる。明らかに星砂の表情が変わった。スニフのしつこさに苛立ち、焦り、困惑し始めている。拙い証拠だと一笑に付すが、じわじわと追い詰められていることの表れだ。少しずつ必要な情報を並べ、最後の結論までの道筋を作る。複雑な等式の証明をするように、結論への最後の一手をスニフは撃った。

 

 「ハイドさん。おしえてください。なんでさっき、ミュージアムにいましたか?」

 「・・・?質問の意味が分からんな。下らん問答に付き合うつもりはない」

 「見たいものあったんじゃないですか?どうしてその話しないですか?」

 「なんだスニフ?何か重要な手掛かりでもあったのか?」

 「おしえてください、ハイドさん。あなたは知ってます。とても、とても大事なことを!」

 「ど、どうなんだよ星砂!」

 

 敢えて疑問系の言葉を投げることで、星砂が発言しなければならない流れを生み出す。平時の星砂ならば軽くいなせたものを、追い詰められ始めた今となっては12の視線は鋭く突き刺すような感覚を与える。無意識に歯を食いしばり、額に汗が滲む。星砂は、小さく舌打ちして口を開いた。

 

 「冗談はやめろ」

 「──は?」

 

 

 【議論開始】

 

 「き、貴様ら・・・本気で言っているのか?おい、俺様をあまり困らせるな。凡俗といえど仮にも超高校級の肩書きを有する者たち、多少はマシだと思っていたが、まさかここまで格差があるとは・・・。俺様はいよいよ呆れも通り越して恐ろしくなってきた」

 「──は?」

 「熟々俺様は思う。貴様ら凡俗共は眼を開けば見えるのに眼を開かず、自然に聞こえてくる音を聞き分けず、考えれば分かるものを考えようとせず、而してその全てができる者を天才と呼び讃え、或いは妬む。実に理不尽で不条理で非合理で無理解で反知性的であるッ!!」

 「ど、どうしたの星砂くん・・・?言ってる意味が・・・」

 「なぜ博物館にいたかだと?なぜ陳列された美術品を見ていたかだと?なぜその話をしないかだと?決まっているだろうッ!!鐘楼に遺された決定的な手掛かりが・・・被害者のダイイングメッセージがあったからだッ!!」

 「That's strange(それはおかしいです)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 オーバーな身振り手振りで向けられた疑惑を振り切り、強引に自分の優位を主張して逃れようとする星砂。意を決した大声はしかし、冷静なスニフの一声でいとも簡単に下された。その瞬間、星砂は理解した。スニフが自分を名指しした瞬間から、全てはこの一言を引き出すための下準備に過ぎなかったのだと。

 

 「ハイドさん。おかしいです。そんなはずないです」

 「・・・!何が、おかしいと言うのだ・・・!」

 

 その言葉は敢えて言ったのか、それとも苦し紛れにそう言うしかなかったのか。食いしばった歯の隙間から溢れた星砂の言葉は、次のスニフの言葉を促す働きをした。

 

 「ハイドさん、アナウンスあとにダイスケさんの死体見たら、ダイイングメッセージなんて言わないんです」

 「・・・!」

 「だって、ダイイングメッセージは・・・!」

 「お、お待ち下さい!一体何のお話をしているのですか!?いよには何が何だか全く・・・!」

 「俺もだ。ダイイングメッセージ?鐘楼にそんなものあったか?」

 「そんなもの、私は聞いていない。鐘楼には雷堂と虚戈と極、私は鐘楼の付近でずっと捜査していたが、ダイイングメッセージらしきものなど何も・・・!」

 「なん・・・だと・・・!?」

 「お、おいスニフ!星砂!なんでお前らだけそんなもの知ってんだよ!ちゃんと説明しろよ!」

 「ううん。二人だけじゃないよ」

 

 星砂の口から飛び出した、ダイイングメッセージという言葉。その意味するところは全員が理解できる。それほど強烈で犯人を示すのに十分な証拠が、今の今まで秘匿されていたことに、ほとんどの者は動揺と混乱を禁じ得ない。なにより、鐘楼を捜査していた者は数名いるにもかかわらず、それに気付いていないことが不可解だった。その理由は、スニフでも星砂でもない、別の口から語られる。

 

 「みんな、ごめんね。実は私も知ってたんだ。ダイイングメッセージのこと」

 「ッ!?と、研前・・・!?なん、で・・・!?」

 「ごめんなさい、雷堂君。私の──私たちのこと信じてくれてたのに、それを裏切るようなことして・・・」

 「お前が何の理由もなくその事実を隠すとは思えん。今ここで告白したということは、それを話す踏ん切りが付いたのだろう?」

 「うん。スニフ君、もう話していいよね?」

 「おねがいします」

 

 静かに手を挙げた研前に、スポットライトが向けられた。法廷で弁述するように、研前は一つ一つ思い出しながら告白する。

 

 「実はね、星砂君に連れられて城之内君の死体を見たとき、私とスニフ君で鐘楼に上がったの。そうしたら、城之内君の死体の近くに、血文字でダイイングメッセージみたいなのが書いてあったんだ」

 「いよおっ!?何ですとおっ!?」

 「でも・・・俺たちはずっと城之内の死体の近くにいたけど、そんなもの見つけられなかったぞ。むちゃくちゃ細かい字で書いてあったのか?」

 「ううん。すごく見やすかった。だけど、捜査時間にはもうそのメッセージは消えちゃってたんだ」

 「・・・話が見えんな。捜査時間前にあったメッセージが、捜査時間にはもう消えていたのか」

 「消えたっていうか、消されちゃった、の方が正しいのかな」

 「メ、メッセージが消されたって、それって消した人がいるのよね?だれなの?」

 「それは──」

 

 

 【人物指名】

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 下越輝司

 荒川絵留莉

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 

 

 「虚戈さん、あなただよね」

 「ッ!!」

 

 研前は視線だけで、虚戈を示した。普段は場違いなほど明るく、迂闊なほど能天気で、危険なほど楽観的な虚戈だというのに、その研前の視線に対してはひどく怯えていた。気付けば先ほどから、口数がいやに少ない。

 

 「あなたが、ダイイングメッセージを消したんだ。血で書かれたメッセージの上に、更に血をぶちまけて」

 「あ・・・あわわ、あわわわわわ♠」

 「ちょっ・・・!?あ、あんたまさか・・・!ウソでしょ・・・?」

 「ほう。虚戈が?これは私も予想外だ」

 「ちょ、ちょっと待って♠待って待ってストップ〆ストーーーップ〆言っとくけどマイムはダイスケを殺してなんかないからね♣ただダイイングメッセージ消しちゃっただけだから♢わざとじゃないよホントだよ♠」

 「なぜ隠していた」

 「だってだってだって♣怒られると思ったんだもぉん×いけないことしたらなかったことにするか人のせいにするしかないんだよ×じゃないとマイムがオシオキされちゃうから×でも、スニフくんやこなたのせいにするのはマイムいけないと思ったんだ♫だってスニフくんはマイムの方がお姉さんだし、マイムこなたのこと好きだし♡だから隠すしかないかって思ったんだもん×」

 「申し訳なさそうにしてっけど言ってること最低か!」

 「その場で私もスニフ君も、一旦内緒にするって約束しちゃったの。だから虚戈さんだけを責めないであげて。やっちゃったのはしょうがないけど、隠してたのは私たちにも責任あるから・・・」

 「ぐすん☂こなたありがとう♡」

 「いや研前がそこまで言うことないと思うけど・・・まあ、今は隠してたことを責めてる場合じゃない。それより責めるべきヤツがいる。そうだろスニフ」

 「はい。ボクたちついてすぐ、マイムさんダイイングメッセージけしちゃいました。だから、アナウンスあとにダイスケさん見つけたなら、ハイドさんがメッセージのこと、知るなんておかしいんです」

 「・・・ッ!!」

 

 大きく回り道して、スニフは本題へ戻った。城之内の死体がスニフたちの目の当たりに晒されてすぐに消えたダイイングメッセージ。その存在を知るのは、消される前のメッセージを目にした者だけ。つまりアナウンス後に死体を発見したスニフと研前以外には、虚戈のようにアナウンスより前に城之内の死体を発見した者だけのはずだ。

 

 「メッセージがあること知ってた。それからそのメッセージの中身。それまで分かってるのは、ハイドさんがアナウンス前にダイスケさんを見つけてたことになるんです!まだ何か言い訳ありますか!ハイドさん!」

 「・・・」

 

 数々の小さな疑惑で自分とそれ以外の者による対立構図を作り上げ、露骨なほどの誘導で決定的な言葉を引きずり出され、終いには自分の吐いたウソを全てひっくり返す論理を平易な言葉で表す。真っ当で筋が通っていて合理的で分かりやすく理路整然とした説明に、星砂は──。

 

 「・・・ククッ

 

 ただ笑った。

 

 「ククク・・・そうか。道理で誰も博物館に来ないわけだ。まさかダイイングメッセージを消すなどという暴挙に出るとは・・・やはり凡俗の行動は予測不可能だな」

 

 目線を隠すように手で覆い、肩を震わせながらぼそぼそ言葉をこぼす。徐にレーザーが仄かに色づく夜空を仰ぎ、一つため息を吐いた。ほどける指の隙間から覗いた眼は、その表情は、その場にいた全員(特に虚戈)への感情を強く表していた。

 

 「これだから凡俗というモノは煩わしい」

 

 その表情は、不快感に満ち満ちていた。入念にプランした旅行計画を朝寝坊で台無しにされたような。丹念に作り上げた脚本を三流俳優のアドリブで台無しにされたような。そんな苦々しい苛立ちだった。

 

 「如何なるボンクラでもダイイングメッセージが強力な証拠であることは分かるだろう?クロが先に発見し隠滅したわけでもなく、消えてしまった事実を知らせるわけでもなく、ただ事故で消してしまい剰え隠蔽するとは・・・貴様ら本当にこの学級裁判に勝つ気があるのか?シロが裁判を掻き乱してどうする」

 「「お前が今一番言うなッ!!」」

 「みとめますね?ダイスケさん、アナウンス前に見たの」

 「勿論だ。もはや隠す必要もないし、やりたかったこともほとんどできなかった。今回の俺様の計画はご破算だ」

 「け、計画ってなんだよ!どうせアンタ、またろくでもないこと考えてるんでしょ!?」

 「なんということはない。他愛ない遊びだ」

 「遊びィ?」

 

 死体の発見者となったことも、その事実を隠蔽していたことも、どちらもシロならば学級裁判を大いに掻き乱す行為に他ならない。だがダイイングメッセージを損失し、そのことをなかったことにしようとした虚戈たちの行いもまた良いことではない。その全員がシロであればの話だが。しかし星砂はそれを軽く一笑に付す。他愛ない遊びだと言う。

 

 「確かに俺様はアナウンスの前にあの死体を発見した。おそらく第一発見者だろう。しかし、なぜ第一発見者たり得たと思う?」

 「何が言いたい。話すのなら端的に話せ」

 「そう急かすな。口を慎め。俺様は質問しているのだ。なぜ俺様が第一発見者たり得たのか、その理由を考えろと言っているのだ」

 「んなこと考えても分かるわけねえだろ!たまたまそこにいてたまたま見つけたんじゃねえのかよ!?」

 「ほう、馬鹿の割に的確だな。その通り、俺様が城之内(ヤツ)城之内を見つけたのは、()()()()だ。たまたまスピリチュアルエリアを徘徊して、たまたま入った寺で、城之内(ヤツ)を発見した」

 「たまたまたまたまってたまちゃんみたい♫理由もなんもなーい♡それ質問の意味あるのぉ?」

 「ふむ、少々言葉が足りなかったか。では補足しよう。俺様はたまたま寺に停めてあった城之内(ヤツ)のモノヴィークルに気付き、寺に入って城之内(ヤツ)を発見した。ただな──」

 

 得意気に、ピンと指を立てて星砂は言った。

 

 「俺様が()()()見つけたとき、ヤツはまだ生きていた」

 「生きていた・・・!?」

 「先ほどの議論で言っていただろう。ヤツは犯人にスタンガンで気絶させられ、拘束されたまま一定時間放置されたと。俺様が城之内(ヤツ)を発見したのは、まさにその拘束されてから殺害されるまでの今際の際ということだ」

 「なっ・・・!?ほ、星砂くん・・・!何を、言ってる・・・の?それじゃまるで・・・あなた・・・!」

 「現場を見てすぐに俺様は理解した。この男は時期に死ぬ、殺されると。そして拘束されている場所からして殺害方法もなんとなく当たりはついた。だから──」

 

 先ほどの不快感とはまるで違う、愉悦の至りの色を浮かべて、星砂はその猛り吐いた。

 

 「()()()()。近くの境内摂社に隠れて」

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、全員がその言葉の意味を理解できなかった。脳が、理解することを拒んだ。あまりに逸脱した行為に。あまりに歪んだ精神に。あまりに疎ましい感情に。その存在を自分の記憶から抹消しようとさえした。それも適わず、目の前にいた被告人はいつしか、狂気を孕んだ目撃者と化していた。

 

 「殺人の実行現場などそうそうお目にかかれるものではないからな。城之内(ヤツ)の主催するパーティなんぞアサリの毛ほどの興味も無かったが、実に興味深い殺人(えんもく)を見せてもらった。裁判が終わったら城之内(ヤツ)とクロの墓には食塩でも供えてやるとしよう」

 

 たった今、ウソを暴いたからこそ分かる。この言葉、感情、態度、悪意には、何の偽りもないのだと。本心からそう思っているのだと分かった。だからこそ逆に恐ろしい。なぜこの男はここまで残酷になれる?なぜここまで非道になれる?このコロシアイの場において、目の前でみすみす殺人を見過ごした意味が、全く分からない。

 

 「いや、塩だと清められてしまうな。特にクロは。まあどうでもいいか」

 「なんで・・・!?なんでそんなことしたんですか!!」

 

 たまらず声を上げた。仲間の一人が無惨な死を遂げることを分かっていながら、見て見ぬフリをするどころか、堂々と見物したその行いが理解できない。論理的にも、感情的にも。だからスニフは声を上げた。上げずにはいられなかった。

 

 「子供よ。俺様はな、ただ殺人が起きて現場検証をし、証拠から簡単に推理をして犯人を突き止め、めでたしめでたしなどという陳腐な展開は求めていないのだ。せっかくのコロシアイ、せっかくの“才能”、せっかくのトリック・・・これを楽しまずにいては、それこそウソだろう」

 

 前髪を退屈そうに指先で弄びながら、星砂は答える。

 

 「だというのに、今回の事件のクロはあまりに粗雑だった。トリックに趣向を凝らしたつもりかも知れんが、知恵もひねりも工夫も足りん。だから、俺様が少し手を加えてやったのだ」

 「手を・・・加えた・・・?」

 「貴様らは気付かなかったのか?現場にあったダイイングメッセージの“違和感”に」

 「い、違和感・・・?」

 

 長く延びすぎた一本を引き抜いて、ふっと捨てる。すかさずスポットライトのうちの一台が髪の毛をキャッチし、地面に落ちる前に回収した。このまま地面に触れていたら掟に抵触すると、赤いサイレンで警告する。それに臆することもなく、星砂はマイペースに続ける。

 

 「ではおさらいしようか。この事件の、ダイイングメッセージに纏わる“違和感”を」

 

 

 【フレーズスナイプ】

 『ダイイングメッセージの違和感に繋がる発言を撃ち落とせ』

 1.「ダイイングメッセージは血で地面に書かれていた

 2.「城之内(ヤツ)の死因は頭部を激しく殴打されたことによる撲殺

 3.「クロは殺害前に、拘束した状態で城之内(ヤツ)を放置した

 4.「目隠し、猿ぐつわ、麻縄など拘束は何重にも施されていた

 

 

 

 

 

 

 

 「待てよ。違和感って・・・もしかして、()()()()()()か?」

 「気付いたか、勲章」

 

 一つ一つ要点を並べる星砂の言葉から、雷堂が真っ先にその意図に気付いた。考えてみれば当然の、ごく当たり前のことだった。

 

 「ああ。ふふふ、そうか。そういえば、そうか。私としたことがうっかりしていた」

 「Oops・・・ボク、なんで気付かなかったでしょう」

 「え?え?なになに?みんな何に気付いたの?たまちゃん分かんないよぉ!」

 「ダイイングメッセージは・・・星砂、お前が書いたんだな」

 「・・・いかにも」

 「ッ!?」

 

 雷堂の指摘に、星砂は待ってましたとばかりの笑みを以て応えた。その言葉に、理解が間に合わなかった者たちに衝撃が走る。ダイイングメッセージを遺したのが、城之内ではなく星砂である。それが意味することが何なのか、それは星砂のみぞ知る領域である。

 

 「ここまでヒントを出さねば気付けんとは、俺様は本当に貴様らに期待していいのか?」

 「だ、だからなんだってんだよお!人を馬鹿にしてなんなんだよお!」

 「考えてもみろ。あのダイイングメッセージには違和感だらけだろう。まずダイイングメッセージとは死の間際に犯人の手掛かりを遺すためのものだ。だがスタンガンで気絶させられ、目隠しをされた城之内(ヤツ)がどうして犯人が誰かを知り得たというのだ?」

 「・・・あ」

 「さらにメッセージは血で地面に書かれていたが、麻縄で梁に手を繋げられていたヤツがどうやって地面にメッセージを遺すというのだ」

 「・・・ああっ」

 「そもそもヤツは頭部を潰されて死亡している。たとえ手が自由であったとして、眼はおろか脳すらまともに働かん中で、やたらとトンチを利かせたメッセージを遺すことができると思うか?」

 「・・・あああ!」

 「ここまで違和感を詰め込んだのだ。さすがに早々に気付かれるだろうと思っていたというのに・・・貴様らはどこまで俺様の期待を裏切れば気が済むのだ。猛省しろ、凡俗共」

 「何様だ・・・」

 「だが先ほどの勲章の指摘は正解だ。ダイイングメッセージは俺様が付け足した。あまりに殺風景だったからな。少し()()()を加えてやったのだ」

 

 自らのしたことを嬉々として語り、人命も人道も蹴飛ばして、ただ己の欲求と好奇心にのみ忠実な、イカレた男。学級裁判場にあっては多数と少数の対立構図など意味を成さない。最も力があるのは、人心を揺さぶる者である。星砂はこの中で、それが秀でているというだけの話だ。

 

 「だからこれはゲームだ。俺様の用意したダイイングメッセージ(死者からの言伝)・・・いや、リヴィングメッセージ(生者からの言伝)を使って真なる結論に、貴様ら凡俗は果たして辿り着けるか。あのメッセージは間違い無くこの事件のクロを示している。凡庸なるクロに代わって、俺様が貴様らを試してやろうと言うのだ」

 「意味不明だな。犯人が分かっているのならさっさと言え。貴様がシロであるならば徒に私たちを試すようなマネをする意味がない」

 「あるのだ、意味は。貴様ら凡俗共には到底理解しえないだろうがな」

 「・・・本当に、犯人が分かってるんだな?」

 「勲章、俺様を二度揺さぶろうとしても無駄だ。先ほどのウソを看破したのは見事と言ってやろう。だが“これ”は紛う事なき事実だ。俺様は、この中に潜んだ醜い殺人犯の正体を知っている」

 「!」

 

 ウソを暴かれたにしてはあまりにも尊大な態度。学級裁判の真相に辿り着いたにしてはあまりにも無駄な前置き。シロにしては理解不能なほどの利敵行為。クロにしては危険過ぎるブラフ。その場にいる誰もが『意味不明』の四字に脳を支配された。今この人間は、何をしているのか。全く理解できない。にやりと裂けた口の奥は、深淵にさえ思えた。

 

 「みんな!()()()()()()!」

 「え・・・なに、雷堂君?」

 「ショックを受けてる場合じゃない。いま星砂が言ったことが本当なら、スニフたちの見たダイイング・・・リヴィングメッセージには、確実に犯人が隠されている。だったら、これを解明すれば真相に辿り付けるってことだろ?」

 「待て。水を差すようだが・・・ふふふ、信用していいのか?星砂のことだ。虚実織り交ぜているだろうが、ダイイングメッセージが真実だという保証はどこにもないだろう?」

 「ちがいます。ハイドさん、シロです」

 

 怪しいほどにお膳立てされた状況に、警戒心を露わにするのは荒川だけではない。星砂がクロでないことを証明できなければ、縦しんばできたとしても、その言葉は簡単には信用できない。しかしその星砂を、スニフがはっきりと庇った。

 

 「死体はっけんアナウンスのシステムは、3人死体見つけたらなります。ハイドさんクロだったら、たまちゃんさんとマイムさんの他、まだ1人ダイスケさんの死体見つけたの、かくしてます」

 「そういう話だったわね。さすがにもう、こんなことする人はいないわよね?」

 「いよーっ!?然う成ったら愈々混沌としてしっちゃかめっちゃかです!ご勘弁願いたい!」

 「だからダイイング・・・リヴィング、ああもうめんどくさい。星砂の書いたメッセージがこの学級裁判の結論を決めるんだ。癪なことにな」

 「ククク・・・はっはっはっはっは!!考えろ!!悩め!!そして導き出せ!!貴様ら凡庸共の限界を見せてみろ!!そして、たった一人孤独な闘いに堪え忍ぶ、愛すべきクロよ。俺様のメッセージの意味に、貴様はシロより先に気付かなければならないのだ。知恵を絞れ!足掻け!逃げろ!そして覚悟を決めておけ!たとえ凡俗共が辿り着かずとも、俺様は貴様の喉元に突きつけた銃の引き金をいつでも引けるのだ」

 

 いつの間にか、裁判場の形は星砂を尋問する形ではなくなっていた。モノクマとは別にもう一人、星砂という絶対的優位者の膝元に、ただ従うしかないクロとシロの12人が半円状に並ぶ、まさに独壇場となっていた。その状況に苦しみ、不服を抱きながらも覆すことのできない12人は、掌で踊らされていると知りながらそこを降りることができずにいた。

 

 「じゃあまず、私たちが見たメッセージをみんなに共有しておこうか。えっと、なんだっけ?スニフ君」

 「はい。メッセージはイングリッシュでした。“JADE DISH killed me”ってかいてありました」

 「ジェイドディッシュ?なんだそれは?」

 「DISHはおさらです。JADE、ジャパニーズでえっと・・・」

 「確か、翡翠だったね。あの宝石の」

 「直訳で、“翡翠の皿がオレを殺した”、になるわけか。翡翠の皿とはなんだ?心当たりのある者は?」

 「おれあるよお。ミュ〜ジアムエリアの博物館に、古代の工芸品が飾ってあったんだよねえ。おれの創作意欲にビンビンくるからちょこちょこ観に行ってたんだけどお・・・翡翠の皿も確かにあったよお」

 「いよっ!ぴーんと来ました!犯人はその翡翠の皿を使って城之内さんを殺害し──」

 「いや、凶器はもう撞木と釣鐘で確定だ」

 「それにあの翡翠の皿はねえ、固定されたガラスケ〜スの中にあって触るの厳禁だったからねえ。そもそもお、翡翠は壊れにくくて古代から珍重された宝石だけどお、皿の形状で鈍器になんかしたらさすがに壊れるよお」

 「私たちが博物館に行ったときには、翡翠のお皿はちゃんとケースの中にあったもんね」

 

 メッセージの意味を、何のひねりもなく、シンプルに意味だけを考えればそうなる。だが星砂がその程度の謎だけで容赦するはずがなかった。余裕の笑みで見下す星砂を一瞥し、更に考え続ける。

 

 「そういえば、捜査時間に星砂君は博物館に来てたよね。翡翠のお皿も見てた」

 「翡翠の皿はおそらくダミーだろう。メッセージはやはり直訳ではなく、何か意味があると考えるべきだ。スニフ、JADEやDISHという単語に別の意味はないのか?それかJADE DISHでイディオム的な意味があったりするのか?」

 「えーっと・・・JADEはヒスイじゃなかったら、うんと、あの・・・」

 「言いずらそうだな。まあ子供にこんなことを言わせるのも忍びない。代弁してやろう。あばずれという意味だ」

 「あばずれー?なにそれー?あばずれなにそれー♫きゃははっ♡」

 「DISHはごはんってジャパニーズもあります」

 「直訳の候補が、翡翠の皿・翡翠の食事・あばずれの皿・あばずれの食事の4つか。翡翠の皿以外はどれも意味が通らんな・・・」

 「イディオムもないです」

 

 ダメ元で試した直訳から解読しようとするが、そこからは何も分かりそうにない。そもそもそんな単純なはずがないのだ。自らを、天才を超えた天才、人類の最高傑作、神域に達する逸材と称する星砂が、訳せば分かるような細工にするはずがないのだ。何か、別の意味がある。

 

 「えっと、なんだっけか?じゃで?ぢしゅ?なんて読むんだっけか?」

 「ジェイドディッシュだ。ジェイドはともかくディッシュすら読めんとは、いくらなんでもひどいな下越・・・さぞかし苦労したことだろう」

 「しゃ、しゃーねーだろ!オレは食べ物のこと以外はさっぱりなんだよ!“超高校級”なんてそういうもんだろ!」

 「ディッシュはお皿って意味だから、下越くんは読めた方がいいわよね・・・」

 「マジか!?あっ!!メインディッシュのディッシュってこのディッシュか!!」

 「うぅっ・・・」

 「ど、どうしたぬば──た、たま、ちゃん?」

 「あんまりにも下越がバカで、なんか泣けてきた・・・よく分かんないけど、なぜか・・・」

 「オレが泣きてえわっ!!だいたいなんでダイイングメッセージが英語なんだよ!!日本語でいいじゃねえか!!」

 「・・・?」

 

 さり気なく呟いた下越の一言から、あっという間に裁判場は下越の英語力の低さへの同情の雰囲気になっていった。若干ひき気味の荒川に、ため息を吐いてツッコむ正地に、なぜか涙を誘われる野干玉に、頭を掻きむしりながら下越が叫ぶ。

 

 「星砂氏のことだしい、一部の人にしか分からないようにしたんじゃあないかなあ?読めもしないヤツは挑戦する資格すらない!とかなんとか言ってさあ」

 「だったらやっぱり、翡翠のお皿が何かのヒントなのかな?」

 「城之内は英語が堪能だったからな。ヤツが遺したものと誤認させる意味合いもあったのだろう。今となっては無意味だが」

 「単純に英語知ってるアピールしたかっただけだったりして♫ハイドえばりんぼだから♡」

 「・・・」

 

 各自があれこれ自由に推測をする。星砂は目立った行動をしているが、そのどれも理由がある。問題は、その理由がまさに常人の域にないことだ。まともな、倫理と理性と道徳を供えた真っ当な思考回路では、その意図を推し量ることはできない。ではどうすれば推し量れるようになるのか。実は簡単なことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 倫理と理性と道徳の箍を外せばいい。

 

 「イングリッシュにするいみ・・・それだけじゃないです、きっと。ダイスケさんからの・・・ダイイングメッセージにすることに・・・いみがある、なら」

 「・・・ククッ」

 

 少しだけ倫理観を無視し、観察し推察した事柄を合理的に組み立てる。その過程でスニフの口から溢れた言葉が耳に届くと、星砂は眼を見開いた。夜中でもはっきりと分かるほど、爛々と怪しく煌めいた。

 

 「気付いたか子供・・・いや、気付け、子供。貴様がなるのだ。この事件のクロを射抜く断罪の矢の鏃に・・・!貴様こそが!」

 「スニフが?なにか、気付いたのか?」

 「やっぱり、おかしいですよ。なんでハイドさん、ダイイングメッセージなんてしたんですか?なんでジャパニーズじゃなくてイングリッシュなんですか?」

 「だからそれは、城之内君が遺したものだって誤解させるために・・・」

 「ダイスケさん、ボクみたいなガイジンじゃないです。ジャパニーズならジャパニーズがいちばん分かりやすいです。それにさっき、ダイイングメッセージなんかダイスケさんはのこせないって言いました。ハイドさんはそれが、バレてもよかったんです。バレなきゃいみないんです」

 「どういうことだ少年。バレなくては意味がないとは・・・?」

 

 再び注目の的になるスニフ。ぽつりぽつりと自分の思考を整理するように、断片を紡ぎ出す。まだ見えないながらも形をつかみかけている真相に、脳髄の歩調が早くなる。

 

 「アルファベットじゃなきゃダメなんです。でないと、ヒントになんないから」

 「ヒント?」

 「メッセージのmeは、ダイスケさんのことです。ハイドさんは、ダイスケさんの代わりにメッセージかきました。ダイスケさん、自分が死んでるのわかっててかいたとしたら・・・」

 

 

 【議論開始】

 

 「メッセージのmeはダイスケさんのことです。だから、あのメッセージは・・・!」

 「分かったぞ!城之内を殺した凶器がヒントになってんだな!」

 「そんな物はとうの昔に分かっています!いよが思うに、至極単純に犯人の名前を示しているのでは在りませんか!?」

 「殺害現場がヒントなんじゃないか?異常な現場だったし・・・」

 「異常といえば、城之内の死に方もまた、異常だったな」

 「I agree with you(それに賛成です)!」

 

 

 

 

 

 

 

 「レイカさん、それです。ハイドさんのメッセージをアンダースタンド、するために、ダイスケさんの死に方がヒントなんです」

 「死に方・・・だと?」

 「うわーん♠️ハイド悪趣味だよ♠️」

 「ど、どうヒントになってるの・・・?」

 

 この推理が合ってるかは分からない。今から言う推論の結果は、まだ犯人が誰かを示すものとは言えないからだ。だが星砂の思考回路は、間違いなくそうした非道なベクトルに向いている。生唾を飲んで、スニフは意を決した。

 

 「シンプルなパズルです。ダイスケさんはあたま・・・HEADをつぶしてころされました。だから、H・E・A・Dをデリートするんです」

 「(HEAD)を潰す、ということか・・・なるほど。なぞなぞのような仕掛けだな」

 「そ、そうすると・・・犯人が分かるのか?」

 「えっと、ちょっと待てよ。JADE DISHからH・E・A・Dをそれぞれ消すと・・・これDが二つあるぞ。二つとも消すのか?」

 「きっと、一つだけです。だって、あたまは一つしかないですから」

 「スニフくんなんかこわーい♣」

 

 懐から手帳を取り出して雷堂がスニフの推理を試してみる。H・E・A・Dを一つずつボールペンで線を引いて消し、残った文字列を読み上げた。

 

 「JDIS killed me・・・なんだJDISって?」

 「そういう単語か、何かの略称か?」

 「ウン・・・ボク、わかんないです。ごめんなさい」

 「やっぱりDは両方消すんじゃないの?JISならたまちゃん聞いたことあるよ」

 「それは日本工業規格のマークだねえ。意味はあるけど関係なさそうだなあ」

 「んー・・・そっちなのかな?」

 

 できあがったメッセージからは、なおも犯人の正体は見えてこない。そもそも頭を意味する英単語の綴りを消すという解き方が正しいのかさえ分からない。行き詰まりそうになる裁判場に、研前の一言が差す。

 

 「そっち、っていうと?」

 「頭を潰すってことだったから、私はてっきり頭文字を消すんだと思っちゃって・・・でも、JとDを消してもADE ISHでまだ意味分かんないね」

 「かしらもじ・・・イニシャル・・・?」

 「ううん、やっぱり間違ってるみたいだから忘れて。他の可能性を探そうよ」

 

 研前の言葉がスニフの脳内で実体を持って動き出す。頭を潰す、HEADを消す、イニシャルを消す・・・そのどれが正しいというのか。もしかしたらどれも正しくはないのか。或いは───。

 

 

 

 

 

 

 

 「(まさか・・・あなたが)?」

 

 閃きは一瞬にして体内を駆け巡り口から出て行く。パズルのピースがはまるかの如く、一度意味不明の文字列に意味を見出すと、もはやそうとしか思えなくなる。

 星砂の意図。現場の猟奇性。研前の言葉。それらが一つの結論へと一斉に向きを揃えた。

 

 「ダブルミーニング・・・」

 「へ?なんつったスニフ?たまごミートローフ?」

 「ちがうよ×スニフくんはだましカンニングって言ったんだよ☆」

 「下越。虚戈。お前たち少し静かにしていろ」

 「何がダブルミーニングなんだ?」

 「あたまをつぶすっていう、ヒントがです。JADE DISHからけすアルファベットが、2パターンミーニングありました!」

 「研前が言った、イニシャルを消すってヤツか?それでもよく分かんなかったけどな」

 「ちがうんです。ダブルミーニングだから、HEADの4字も、イニシャルもけすんです。ころされた、ダイスケさんのイニシャルを!」

 「城之内くんの・・・!?」

 

 閃きは傍証を伴って推理に、推理は口に出すことで論理に、論理は観察を持って確信へと変わる。スニフは自分が口にした論理を聞くにつれ、動揺を隠しきれなかった犯人を見逃さなかった。

 

 「HEADをけして、JDISです。そこからダイスケさんの、Daisuke Jonouchiのイニシャルをけすと───」

 「残るはI・Sとなる。これが何を意味するか・・・もはや凡俗共にも分かろう。そうだ、これこそがこの事件のクロ、あの凄惨な事件現場を生み出した咎人の、イニシャルだ」

 「ボクたちの中、このイニシャルの人は1人だけです」

 

 

 【人物指名】

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Sniff Luke Macdnald

 

 Konata Togimae

 

 Haruto Sumakura

 

 Yasuichi Nomi

 

 Iyo Sagami

 

 Akuto Minagiri

 

 Seira Masaji

 

 Akebi Nubatama

 

 Hyde Hoshizuna

 

 Wataru Raido

 

 Saikuro Kurogane

 

 Eruri Arakawa

 

 Teruji Simogoe

 

 Daisuke Jonouchi

 

 Reika Kiwami

 

 Mime Koboko

 

 Manami Chigasaki

 

 

 

 

 

 

 

 「いよさん。あなただけです」

 「・・・!」

 

 電飾に照らされた中でも一際強く主張する緑の着物に身を包んだ相模を、短く伸びた指でスニフは示した。ダイイングメッセージの意味を理解した全員の目がそれに従い、早々にその答えに気付いていた相模は、思いの外動揺は小さくその指名を受け入れた。

 

 「いよぉ・・・いよとて羅馬式くらいは分かります。故にスニフさんが仰ろうとしている事は分かって居りました。確かに名前の頭文字がISなのはいよだけですね」

 「ほう。言い訳せんのか。つまり罪を認めて処刑を受け入れるということか?」

 「いいえ、そんな訳無いでしょう。斯うした結論に達した以上、星砂さん、貴方の言う事など始めから信じるに値する物ではな無かったと言うだけの事でしょう。貴方の様に胡散臭い事ばかり言う方が、今回に限り協力する等、裏が在るに決まって居ります」

 「いや、まあ星砂は怪しいけど・・・っていうかオレはまだ半分くらいしか信じてねえんだけど・・・」

 「けど、死体発見アナウンスのことがあるし、理屈上はシロで確定なんだろ?だったらひとまず信じていい・・・んじゃないか?」

 「貴様ら、未だに俺様のことを半信半疑なのか。論理的に潔白が証明されたのだからウジウジ言うな」

 「日頃の行いが悪いからだろう」

 

 自分のイニシャルくらいは把握していた相模は、さらりとスニフの追及を逃れた。星砂という使いやすく分かりやすい身代わりを立てて、薄れていた疑心暗鬼を再び呼び起こす。たとえどれほど論理を固めようと、星砂が疑わしい感情は全員が共有している。その迷いは、クロへの追及を緩める隙にもなる。

 

 「仮に俺様が信じられずとも、俺様がシロであれば着物が最も疑わしい、俺様がクロであれば貴様らは俺様に投票すればよかろう。14択クイズが2択クイズになるのだ。7倍分かりやすかろう?」

 「何択かは存じませんが、抑もからしてですね、剰りに無理が在る推理では有りませんか?」

 「何が無理だと言うのだ」

 「万が一いよが犯人だとすれば、いよは弁を立てて居る間に映写室を離れてお寺へ参り、城之内さんを殺害してから亦映写室に戻り、何事も無かったかの様に弁を再開したと。然う言う事に成るでは有りませんか」

 「そうではないのか?」

 「無声映画を無音の儘垂れ流しにする弁士が何処に居りますか!剰えいよは何時如何なる時も此の和装で御座います。只でさえ宵闇の暗く一寸先も漆黒の中を、斯様に動き難く目立つ装いで迅速に事を運べよう筈も無いでしょう!」

 「モノヴィークルを使えば服装など関係ないのではないか?」

 「彼の乗り物は大変目立ちます。隠密に動くのなら不適当では有りませんか?」

 

 あくまで自分は犯人ではないと、落ち着いた様子で相模は弁明する。キネマ館で無声映画を流し続け、その弁を立てていた時間に殺人は起きた。仮に僅かな間があったとしても、エリアを跨いで移動し城之内を殺害してから戻って弁を立てるなど、現実的に考えて不可能だ。そんなことはスニフも重々分かっていた。

 

 「でもいよさん。うごきにくいなら、そのオキモノ、ぬいだんじゃないですか?」

 「・・・ッ!何故そう思うのです?」

 「ダークの中うごくの、グリーンじゃめだちます。だから、いよさん、下にブラックのウェアきてますよね?それ、めだたないようするためじゃないんですか?」

 「!」

 

 スニフに指摘されると同時に、相模は咄嗟に袖を握り肩をいからせて胸元を隠した。着物の隙間から覗く肌着を見えなくするが、既に全員の視線を集めていた相模は、刺さるような疑惑の視線に耐えきれずに、大きくため息を吐いた。

 

 「はあ・・・皆様、一応お尋ねしますが、其の眼は、いよに『脱げ』と申すのですね?」

 「だ、だれがんなこと言ってっかよ!下着見せろってことだろ!」

 「同じ意味だし、その言い方の方がなんかやらしいわよ」

 「やれやれ、いよは困りました。事態が事態とは言え年頃のおなごに下着をはだけさせよう等と、妙な劣情に駆られて理路整然たる議論の場が汚される事に、いよは遺憾のため息を禁じ得ませぬ」

 「それは観念したと捉えていいのか?」

 「否。いざ見よれ。確かに着物の下には斯様の肌着は有りますが、近う折は冷える。暖を取るために着る此を、何故にして闇に潜じる為と言い切る事が出来ましょうか?」

 

 踏みとどまるかと思いきや、相模はあっさりと袖をまくって肌着を露わにした。上質な生地でできているらしい黒い肌着は、ぴったりと相模のきめ細かな肌に吸い付いて、その輪郭を殊更強調していた。だがそれを、相模はあくまで暖を取るためと言い切る。

 

 「抑も、何色の襦袢を身にしようと、其の様な事で殺人の誹りを受ける謂われは在りません」

 「ん?殺人の謂われは無くとも、それはお前の弁士としての矜恃に反するのではないか?」

 「・・・は?」

 

 何気ない荒川の一言に、相模は目を丸くして聞き返した。瞳に映るのは疑問の色ではなく、困惑と、怒りと、そして僅かな恐怖心だった。しかし一度疑惑を持たれた人物への追及は始まったら止まらない。

 

 「確か、正地の主催で女子だけで風呂に入ったことがあった時に、お前が言っていたはずだ。相模家の流儀で肌着は白と決まっているのだろう?」

 「・・・!其れは・・・!」

 「ああ、そう言えばそうだったな。俺様も聞いた」

 「聞いてんじゃねえよふざけんなアンタ!!」

 「家のしきたりで白の肌着しか着てはいけないお前が、なぜ今日この日に限って黒の肌着を着ているのか。さして気にしていなかったが、今となっては見過ごすわけにはいかないな」

 「其れは・・・只、偶々然う言う事に成ってしまったと言うだけでしょう」

 「たまたまって、そんなんで言い逃れされたら議論にならないだろ。否定するならそれなりの理由を──」

 「囂しいですよ。慎みなさい」

 

 偶然の一致などと言い逃れようとする相模に、雷堂が今一歩食い下がる。だがその追及を、相模は冷たく言い放って打ち止めた。陽気で活発な普段の声色、喋り方とは異なり、冷たく刺すような言い方は、それだけで聞いた者の背筋に寒気を走らせた。

 

 「先程から聞いて居ればぴいちくぱあちくと、在りもしない咎を責められるのは斯くも不愉快な物で有りますか。居並ぶ麗しき淑女方に比すればいよ如きは瑣末な者でありましょうが、恥を忍んで肌着を晒したので御座います。其れに報いる仕打ちが此ですか」

 「貴様がどれほど恥をかいたかなど興味もない。論理的に、状況証拠も物的証拠も揃っている中で、貴様の反論は実に感情的で非合理的だ。本来ならここで打ち切って貴様を処刑してもいいのだが?」

 「いよーっ!星砂さん!全く以て論理的ではありませんよ!いよが城之内さんを殺害したと仰りたいのなら、一つ大きな問題が在ることをお忘れではありませんか!?いよには彼の時間に城之内さんを殺害する事など不可能だったのですよ!?其の事実はスニフさんがよぉくご存知では有りませんか!」

 「そうなのか少年?」

 「・・・」

 

 その指摘に、スニフは再び論理を組み立てる。ダイイングメッセージの謎が解けた瞬間から、すぐにそのことを考え始めていた。城之内が殺された時間帯、スニフはキネマ館で研前らとともに映画を観ていた。スニフだけでなく、研前、雷堂、極、正地、納見の計6人がそこにいたのである。

 

 

 【議論開始】

 

 「いよが城之内さんを殺害した犯人?冗談はお止めくださいな」

 「冗談だとは思えないけどお、でもスニフ氏は相模氏のアリバイの証人でもあるわけじゃあないかあ」

 「相模は確か、キネマ館で弁舌をしていたのだったな」

 「然様です。城之内さんが殺されたとされる時間を跨いで、打っ通しで弁を立てて居りました!其の事実が在る限り、いよの弁を聞いていた方々が居る限り、いよが映写室を離れなかったのは明白な真実で在る訳です!」

 「That's wrong(それは違います)!」

 

 

 

 

 

 

 

 「何でしょうかスニフさん?徹底と粘着は異な物です。女性に執こくするのは感心しませんよ」

 「ボクたち、みんないよさんのムービートークきいてました。それはちがわないです」

 「では其れ以上何を──」

 「でも、いよさん見た人、いないです」

 「──!」

 

 スニフの一言は、どこか余裕さえ感じた相模の不愉快そうな顔に、一瞬にして焦りの色を塗りたくった。気付かれてはマズいことに気付かれてしまったような。咄嗟に何かを言おうとした口は、しかし冷たい理性に閉ざされる。

 

 「いよさんの声、ずっと近くできこえてました。それからムービーのストーリーといよさんのトーク、どっちもピッタリ合ってました。だからボクたち、プロジェクションルームにいよさんいるって、ミスアンダースタンドしてたんです」

 「でもスニフ君。映写室にいた相模さんがいなくなったら、あの弁は誰が喋ってたの?」

 「プロジェクションルームに、オーディオイクイップメント、たくさんありました。レコードしたのプレイすれば、ボイスだけならごまかせます」

 「よく分からないけどお・・・まああれだけの設備があればできるかも知れないねえ・・・」

 「それでもだ、スニフ。相模の弁はタイミングも何もかも完璧だったぞ。いくらなんでも録音じゃあ、どうしたってズレが出てくるんじゃないか?」

 「いや、『八百屋お七』は相模の十八番中の十八番なのだろう?何百と熟した題目なら、況してやフィルムを確認する余裕があったのなら、完璧に合わせた弁を録音することも可能だろう」

 「だろうな、なにせ“超高校級の弁士”だ」

 「・・・ッ!!」

 

 直接舞台に立っての弁ではなく、映写室から放送を通しての弁という特殊な状況。行き届いた音響設備に十八番の演目。無声映画を楽しむための完璧な環境に交じった一つのイレギュラーが、たった一つの疑惑をきっかけに悪意を孕んだ仕掛けに見えてくる。皮肉たっぷりの星砂の言葉に、相模は下唇を噛む。

 

 「だとしても!!だとしてもォ!!」

 「まだ何かあるのか?」

 「録音して弁を流して居たとして!其の隙に城之内さんを殺害しに行ったとして!其の物的証拠は在るのですか!?いよが録音した事を示す物など、一体何処に在るというのですか!」

 

 のし掛かる疑惑を振り払うように、相模は結んだ髪を振り乱しながら大きく叫ぶ。弁を立てていた時のアリバイを崩されるようなことがあれば自分の立場は不利になる。それが分かっているからこそ、必死に自身に降りかかる火の粉を払おうと腐心する。

 

 「黒い肌着を着ていたから犯人!?頭文字がISだから犯人!?録音した弁を流して偽装工作が出来たから犯人!?馬鹿馬鹿しい!いよが然うしたと言う証拠が一つでも在りましたか!?単なる推測の寄せ集めでしか無い薄っぺらな推理で、誰を疑うて居るのですか!弁えよッ!!」

 「さ、相模さん・・・!?気持ちは分かるけどそこまで怒らなくても・・・」

 「証拠も無く人を疑うのなら虚戈さんは如何ですか!たまちゃんさんは如何ですか!宿に居られた方々は如何ですか!星砂さんは如何ですか!いよよりよっぽど自由に動ける人など多く居ります!態々然様な工作をするより楽に事を運べた人の方がよっぽど疑わしいのでは在りませんか!」

 「お、落ち着け相模!そんなに捲し立てられちゃ話ができないだろ!」

 「・・・物的証拠があればいいのだな?」

 「いよっ!?」

 

 よく回る舌で紡がれる自己弁護、論者否定、他者糾弾。それらは機関銃のような勢いで乱射される。心震わす詩の旋律は戦慄へ、悲哀を歌う言葉の並びは鞭のごとくしなって打つ。真っ赤になった顔で自分以外の全員に敵意を吐き出す相模へ、星砂が静かに一言かけた。ただそれだけで、相模は言葉を止めた。

 

 「実は貴様らが寺で死体を見ている間、俺様は一足先に捜査をしていた。貴様が犯人であることは分かっていたからな。キネマ館で証拠を探していたのだ。そして案の定・・・これがあった」

 「・・・なに?それ」

 「フィルムだ。建物は古くさいくせに設備や物は良い物が揃っているようだ。このフィルムには音声も録られている」

 「そ、それはァ!?」

 「見ろ」

 

 懐から取り出した映画フィルムを、星砂は乱暴に引き出した。ビニールが擦れる音とともに、グレーのマスしかないフィルムが露わになる。

 

 「全く何も記録されていないフィルム。だが音声部分だけはしっかりと記録されているのだが・・・一体これは何を記録しているものなのだろうな?」

 「・・・!!」

 「なんなら今から場所をキネマ館に移して映写機で回してもいいだろう。もしそれで貴様の弁ではない物が残っていたのなら・・・まあ頭の一つくらいは下げてやることも検討してやろう」

 「検討止まりかよ!?」

 「そ、それを・・・!なぜ・・・!?」

 

 星砂は頭を下げない。そのフィルムが犯行に使われたものだと、相模がアリバイトリックのために用意したものだと分かっているからこその強気な発言だ。言葉に詰まり、何も言い返すことができない相模は、パクパクと口を動かし下唇を噛むばかりだ。

 

 「自分が仕掛けたトリックの肝をまんまと握られて呑気にシラを切っていられるとは、この大間抜けが。俺様が手を加えてやらねば、こんな杜撰で退屈な事件はなかったわ」

 「う、嘘だッ──!」

 「もはやこの状況を覆すことは不可能だ。もういい。貴様に用はない。さっさと去ね・・・いや、待てよ」

 

 ふと、少しだけ考える素振りを見せた星砂は、視線を僅かに移して短く()った。

 

 「おい子供、ここまでの話は理解しているな。お前がやれ」

 「・・・え?」

 「この女に引導を渡してやれ」

 「ボ、ボクが・・・?」

 「お前が。お前の言葉で。お前の手で。だ。やれ」

 「だけど・・・」

 「“超高校級の神童”に逆らうつもりか?俺様がやれと言ったらやるのだ。終わらせろ」

 「・・・!」

 

 迷うスニフ。星砂の言う通りに裁判にケリを付けることはできる。だが、なぜ自分がしなくてはならない?なぜ星砂は敢えて自分にさせようとする?そこまでする必要があるのか?

 

 「終わらせろ」

 

 

 

 

 

 

 

 【クライマックス推理】

 Act.1

 モーニングに、モノクマがボクたちにあたらしいモチベーション、あたえました。それがはじまりです。ナイトメアのせいでねむれなくなったボクたちに、ダイスケさんはねなくていいようにオールナイトパーティーをプランニングしてくれた。ダイスケさんのミュージックと、たまちゃんさんやマイムさんのステージ・・・それから、犯人(クロ)のサイレントムービーも。きっとこのときから、犯人(クロ)はダイスケさんをころすトリックを考えてたんだ。

 

 Act.2

 ステージシアターでダイスケさんたちのリハーサルがおわったあと、ダイスケさんはたまちゃんさんとマイムさんとは別々になった。モノヴィークルのログから考えたら、ダイスケさんはこのとき、ビッグテンプルに行ったんだと思います。そこで犯人(クロ)が、自分をころそうとしてるなんて思いもせずに。どうしてダイスケさんがそんなところに行ったのかは分からないけど、レディとアポイントメントしててうれしかったんじゃないかな。そして犯人(クロ)は、ケアレスになってるダイスケさんをスタンガンでロストさせて、すぐにバウンドして、にげられないようにベルタワーのビームにロープでむすんだ。だけど犯人(クロ)はまだダイスケさんをころさなかった。アリバイトリックをするために、ダイスケさんは生きてなくちゃいけなかったんだ。

 

 Act.3

 パーティがスタートして、ボクたちがキネマシアターに行って犯人(クロ)のトークがはじまりました。だけどリアルには、犯人(クロ)がレコードしたトークをアナウンスして、そのあいだにキネマシアターを出てまたビッグテンプルにもどったんです。キネマシアターでトークをしてるっていうアリバイをメイキングしながら。

 でもそうしてるうちに、あるイレギュラーがおきました。それは、ハイドさんが、まだ生きてるダイスケさんを見つけてしまったことです。ベルタワーの近くにラークして、ピーピングしてるハイドさんに気付かないでもどってきた犯人(クロ)は、ハイドさんの目の前でダイスケさんをころしてしまった。ベルハンマーを、何回も、何回も、ダイスケさんのヘッドにぶつけたんだ。

 

 Act.4

 そうやってダイスケさんをころした犯人(クロ)は、そのままキネマシアターにもどった。サイレントムービーとトークがおわったあと、犯人(クロ)は何もなかったフリをしてボクたちにジョインするつもりだったんだと思います。だから、そのうちにハイドさんがベルタワーにトリックをしかけられた。そのトリックっていうのが、ダイスケさんのブラッドでダイイング・メッセージをかいた。このケースのトゥルースのヒントを、そのばにのこした。それはきっと、ボクたちシロがそれに気付いてクラストライアルをすぐおわらせたり、犯人(クロ)がそれに気付いてミスリードさせようとしたり・・・とにかく、ボクたちのクラストライアルをコンフューズさせるためだったんだと思う。ホントに、ただ、それだけだ。

 

 ボクたちだけだったらきっと、犯人(クロ)のアリバイトリックに気付かなかった。気付いても、犯人(クロ)がだれかなんて分からなかった。ハイドさんがたまたまダイスケさんを見つけて、ダイイング・メッセージをのこしたから、ボクたちはこのトゥルースにたどりつけた。

 だけどボクはちっともうれしくない。ボクは少しもこれでよかったなんて思わない。どうしてこんなことしたんですか・・・?どうしてあなたがこんなバカなことをしてしまったんですか!おしえてください。ちゃんとボクたちにおしえてください!“Ultimate Rhetorician”サガミ イヨさん!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 「あ・・・うぁ・・・!?」

 「どうした?何か言え着物。もっと言い逃れをしろ。醜く足掻け。ここで黙れば貴様は確実にクロとして処刑される。どうすればいいかなど貴様の粗末な頭でも分かるだろう」

 「・・・ぎっ!!っぐぐぅ・・・!!」

 「貴様は“超高校級の弁士”だろう。口が商売道具だろう?舌が誇りだろう?言葉が武器だろう?その程度で終わりなのか?俺様に完膚なきまでに論破されたと認めるということか?それで貴様のプライドは許すのか?」

 「ううぐっ・・・!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」

 「もうやめてよ!!」

 

 苦しそうに口角に泡を吹く相模を見かねて、正地が叫ぶ。瞳孔が開き、青ざめた顔からは冷や汗を流し、絹のような髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した相模は、恨めしそうに星砂を睨むばかりで、それ以上何も言うことはできなかった。

 そして、ただ、呻きながら崩れるようにその場にしゃがみこんだ。

 

 「う゛う゛う゛ッ・・・!!」

 「真相は明らかになった。異論はなかろうな」

 「・・・」

 

 得体の知れない何かが裁判場に這い蹲るような、重苦しく気味の悪い瞬間だった。誰一人、相模を直視することはできず、明らかになった真相に安堵する者や歓喜する者は一人としていなかった。ただ、後味の悪い真相だけがその場に居座っていた。

 

 「結論が出たみたいですねえ?うぷぷ、そんじゃあオマエラ!お手元のスイッチで、クロと疑わしい人物に投票してください!果たしてその答えは、正解か?不正解なのか?ほっとんど答えが出てるようなもんだけど、テンション上げていきますよ!イエーーーイッ!」

 

 空気を敢えて読まないモノクマの空回りは、同じく空気を読まないアトラクションの煌めきによって掻き消される。全員のモノヴィークルが映し出した投票スイッチは、早々に結論を出した。モノクマが両手を広げると噴水が吹き出し、そこに投票結果が映し出される。

 全く以て無意味な疑心暗鬼。無意味な推理。無意味な検証。全員が踊らされた裁判の幕は、全員を弄んでいた星砂によって独り善がりに閉じられる。感動も爽快も解放もなく、飽きられたオモチャのように乱暴にうち捨てられた。

 

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:13人

 

【挿絵表示】

 




色々やるようになってから、投稿にかなり手間取るようになってしまいました。
ミスがあったらすぐ教えて下さい。


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おしおき編

 「はいせいかーい。“超高校級のDJ”城之内大輔クンをあんなにむごたらしく殺したのは、“超高校級の弁士”相模いよサンだったのでした。オマエラよく真実を導いたね偉いぞ・・・と言いたいところだけど、とんだ茶番に付き合わされたよ!」

 「何を言うか。貴様が望んでいたことだろう。喜んで感謝の一つでもしたらどうだ」

 

 ファイアワークスがいくつも打ち上がって、ファンファーレがミッドナイトなんかおかまいなしにうるさくなる。キラキラのイルミネーションにライトアップされて、あたまをかかえるいよさんはムリヤリ目立たせられる。

 マナミさんがころされたクラストライアルのときはコンクルージョンが出たときにエンジョイしてたモノクマだったけど、今はなんだかつまんなさそうにしてる。今ここにいる人でエンジョイしてるのは、ハイドさんだけだった。

 

 「こんなのボクは望んでないよ!ボクが望んでるのは不安と後悔と緊迫と猜疑と裏切りに満ちた絶望なんだよ!正しいかどうか確証のない結論に命を委ねるオマエラの恐怖の顔が見たいんだよ!なのになんだよこれ!始まる前から答えを知ってるシロがいるなんて、学級裁判始まって以来の最悪の展開だよ!こんな茶番劇に付き合わすなんて、星砂コノヤロー!」

 「こちとらは貴様の下らんコロシアイなんぞに付き合ってやっているのだ。茶番はお互い様だろう」

 「こんなことならボクが現場に手を加えてやれば・・・!」

 「それはシロとクロの公平性を欠く行為だ。貴様が己を処刑したいのなら止めはせんがな」

 

 モノクマはツメを立ててかおをまっかにしてハイドさんをにらむ。だけどハイドさんは何のルールもやぶってない。モノクマは今はハイドさんに手を出せない。そのことをアンダースタンドしてるから、ハイドさんはモノクマもこわくないんだ。

 

 「しかしそこそこ楽しませてもらったぞ。真相が分かった上で見る学級裁判はまた新鮮だった。貴様らが無意味な議論で右往左往していたり、その中でクロがどう動くかは実に参考になった。敢えて言おう、この学級裁判は茶番であると!だが俺様にとっては実に有用な茶番であった!」

 「・・・星砂君。それ、どういう意味?」

 「貴様らが感じた通りの意味だ。これくらい警戒されていなければ、フェアではないからな。下手に有利を取り過ぎてモノクマに要らぬ『調整』などされては台無しだ。公平性は自分でとる」

 「星砂」

 

 ハイドさんはそうやってまた笑う。ボクたちはそんなハイドさんの言葉に、またゴウリッシュな気持ちになる。モノクマに思ってたことを、こんなふうにハイドさんに思ってしまうなんて。まさかそんなことになるなんて、ちっともイメージしてなかった。

 

 「もういい星砂。頼むから黙っててくれ」

 「・・・フンッ」

 

 ほんとうに、心のそこからくるしそうにワタルさんが言って、やっとハイドさんは口をとじた。ボクたちがききたいのはハイドさんのセルフプライズなんかじゃない。モノヴィークルによりかかって今にもダウンしそうないよさんの方だ。どうして、どうしてこんなことになったんだ。

 

 「相模。なぜだ。なぜ城之内を殺した」

 「五月蠅いッ!!!五月蠅い五月蠅い五月蠅いッ!!!馬鹿にするのもいい加減にせいッ!!!何奴も此奴も巫山戯おってからに!!!何もかもが穢れて居るわッ!!!目障りにいよを誑かす様な真似をするが故にッ!!!如何様に為ろうと何が不服かッ!!!」

 「うおっ!?びっくりしたあ!」

 

 レイカさんのクエスチョンに、いよさんはモノヴィークルでしゃがみこんだままで大声を出した。今まで見えてなかったバクダンがエクスプロージョンしたような、いよさんの口から大きなパワーがとびだしてきたような、そんな気さえした。

 

 「いよは清らかであるべきで!!いよは潔くあるべきで!!その魂を穢す者を排除した所で何を罪に問えようか!!食うも寝るも着るも見るも話すも全てが穢らわしいッ!!煩悩の塊でしかない下劣な存在ではありませんか!!」

 「何を言っている・・・?城之内が、お前の魂を穢す存在?煩悩の塊とは?」

 「まあ煩悩はたくさんありそうだけど」

 「奴は・・・いよの魂を穢した!!軽率にいよに触れ、軽薄にいよを唆し、軽易にいよの誇りを傷付ける!!いよを外道に拐かす畜生に他ならぬではないかッ!!」

 

 ボクには、いよさんが何を言ってるのかよく分からなかった。だけど、下を向きながらなのに耳がキンキンなるくらいの大声で叫ぶいよさんのかおは、前のとき、ハルトさんがクロだとバレたときのものとはちがった。

 それは、何かをこわがるようなかおだった。何かをあせるようなかおだった。何か大きなミスをしたような、それをかなしむようなかおだった。

 

 「お、落ち着いて・・・!相模さん、どうしてそんなこと言うの?あなた、城之内くんととても仲が良かったじゃない。さっきだって・・・色んな事を教えてもらったって・・・!感謝してるって言ってたじゃない!」

 「・・・ッ!!馬鹿な事を!!彼がいよに何を教えたと言うのです!?何を吹き込み、何を唆し、何を誑かしたとお思いですか!?いよは!!いよは其の言葉に汚されたと言うのに!!」

 「言葉に汚された・・・?」

 「嗚呼っ!!いよは知ってしまった!!下俗なる児戯を!!見てしまった!!下卑たる悪楽を!!口にしてしまった!!下賤なる奇食を!!此の身は内より外より穢され、脳髄の奥には楔が打たれ申した!!一度とて、僅かとて知ってしまえば、其れは抹すること能わぬ因縁なりて!!子々孫々まで此の血を冒す物だと言うに!!」

 「もう何言ってるか分かんないよね。日本語なのに日本語じゃないみたい。人に伝える“才能”だってのに、それじゃ伝えるどころか自分で自分が何を言ってるのかさえ分からないんじゃない?」

 「故にいよは!!いよは我が身を清めるため!!相模家の一女たる務めを果たしたまで!!此で母上も父上もきっとお許し下さるはずでしょう!!っは!!はっはあ!!」

 「おいおいおいおい!!マジやべえんじゃねえか!?笑い出したぞ!」

 「こ、こわれた・・・!どうするんだよ星砂!お前が追い詰めすぎたからだぞ!」

 「俺様が知るか。どうせそいつの運命は決まっている。遅かれ早かれ除かれるのだ。好きにさせてやればよかろう」

 

 ダムから水がながれ出すように、いよさんはノンストップにしゃべりつづける。セイラさんやレイカさん、ワタルさんが何を言っても何をしても、その口は止まらない。おこったりないたりわらったり、くるくるかわるいよさんのかおに、ボクたちはついていけずに言葉のビッグウェーブにのまれていく。

 

 「だが、少々耳障りが過ぎるな。それに、俺様はもう眠い。これ以上付き合う気もない。そういうわけだ。モノクマ」

 「あのねえ。ボクはお前の召使いじゃないんだぞ!鎖で繋がれてなんかないんだぞう!それに、なんで相模さんが城之内くんを殺したのか、その理由をみんな知りたいんじゃないの?」

 「・・・いや、いい」

 

 モノクマのクエスチョンに、みんなの代わりにワタルさんだけがこたえた。ボクたちはワタルさんの言葉に、さんせいもはんたいもしなかった。できなかった。

 

 「もういい・・・!もう止めにしてくれ!!」

 「・・・あっそ。ま、オマエラがそれでいいならいいし、ボクはボクで早くお楽しみのおしおきタイムに突入したいからね!それじゃ、満場一致ということで!」

 「何もかもを忘れよう!!忘れてまた、一から始めよう!!全て無かった事にしよう!!さすればまたいよは高潔なる相模家の弁の教えを乞える!!乞うて、恋ひて、超える!!いよは!!」

 「今回は、“超高校級の弁士”相模いよさんのために!スペシャルな!おしおきを!用意しました!」

 「いよはああああああああああああッ!!!」

 「では、張り切っていきましょーーーぅ!おしおきターーーイム!」

 「斯様な場で朽つる訳にはゆかぬうううぅぅぅ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サガミさんがクロに決まりました。おしおきを開始します。

 

 処刑の開始を告げるように、アトラクションはますます輝きを強めて妖しく嗤う。夜の闇に紛れて相模を連れ去らんとする黒い魔手が伸びる。その気配を察知した相模は、近くの街灯にしがみつく。それと同時に脚に魔の手が絡まり、処刑場へ相模を連れようと引く。力の限り街灯を抱きしめても、脚を裂くほど引かれる力に、為す術無く腕はほどかれる。地面を引きずられる間も地面に爪を立て、爪が剥がれれば手の平で踏ん張り、手を擦りむけば身体全体で抵抗する。

 

 「──あああああああッ!!!!」

 

 どこまでも醜く、どこまでも汚く、どこまでも見苦しく、相模は己の運命に抗う。受け入れ続けてきた抗い難い力に、今際の際になってはじめて逆らう。それが全く無意味なことであると気付くこともなく。

 相模が連れられたのは、闇の中でも一際目立つ聳え立つ鉄塔。取って付けたようなオーナメントに彩られていなければ、無機質な鉄骨をただ組み合わせただけの無骨な造形物。その根元には鉄塔にしがみつく座席が並ぶ。その中の一席に、相模は有無を言わせず固定された。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 「っぐ!!?」

 

 それが何なのかを理解するより先に、相模は大きな力に突き上げられる。全身にのしかかる反動が四肢を引き裂こうと襲いかかる。あっという間に鉄塔の天辺に到達した座席は停止し、勢いのまま相模の五体は胴体から離れんと引き延ばされる。

 突然に天高くに連れ攫われた相模は、続いて強い力で引きずり込まれる。再び四肢は引き千切られそうになって軋む。地面すれすれで止まった座席から放り出されそうになるが、固く絞まったベルトがそれを防ぐ。

 

 「うぐっ・・・うぶあぁぇ!!」

 

 勢いそのままに込み上がる不快感を耐えることもなく、相模は己の中身を足下にぶちまける。ほんの数秒の間に数十メートルの高さを往復するだけで、身体はこんなにも痛み、壊れる。ヤバい。そう感じた相模の目に映る、『あと999回』の電光掲示板の文字。

 再び座席は上昇し、反動は相模の身体を押し潰す。天辺で一瞬の停止、同時にこみ上げる吐瀉物。下降とともに振り回される首。腕。脚。まるで人形のように。乱暴に。粗暴に。粗笨に。雑把に。上へ。下へ。上。下。上。下。上下上下上下上下上下上下──。

 

 永遠にも感じる重力と浮遊の責め苦は、突然に消失した。上昇した座席はストッパーを破壊して、鉄塔を飛び出した。皮膚を突き破った骨が直に冷える。血と胃液と正体すら分からない体液にまみれた全身が解放される。朦朧とする意識は、風を気付けに僅かに正気を取り戻す。

 家名のしがらみも、肉体の限界も、自らを縛る鎖からも、全てから解放された相模は、まったく自由だった。誰よりも。何よりも。どこまでも。自由で。自由に。落下する──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぷ、うぷぷぷぷ♫あーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」

 

 さいごのさいご、いよさんの目には何がうつってたんだろう。目のおくがいたくなるくらいのイルミネーションか、ナイトスカイに穴があいたようなフルムーンか、それとも何も見えてなかったのか。ボクたちは何も知ることができなかった。いよさんのことを何も分からないまま、かのじょは死んでしまった。ズタズタにやぶかれたパペットみたいに、つぶされてしまった。

 

 「うぅっ・・・も、もうイヤ・・・!なんでこんなことに・・・どうして私たちがこんな目に遭わなくちゃいけないの・・・!?」

 「ちくしょうッ!!」

 「・・・」

 「いいねえ♫やっぱりオマエラはこうでないと!ねえ、相模さんは最後の瞬間、どんな思いだったと思う?」

 「ふざけるな・・・!そんなこと・・・!!」

 「きっとサイッコーのエクスタシーを感じたと思うよ」

 

 モノクマは、にんまり笑って言った。

 

 「仲間の死に絶望し!コロシアイに絶望し!自分自身に絶望し!学級裁判に絶望し!おしおきに絶望し!自分たちの運命に絶望し!死に絶望し!そして最期の最後、それら全ての絶望が快感に変わる・・・うん、きっとそうだよ!これはスポーツや恋愛やブッとべるおクスリなんかじゃ、ましてや希望に満ちた一生なんかじゃ絶対に味わうことができない、極上の快楽なんだよぉ・・・♡」

 「・・・は?」

 「な、なんだ・・・?どうしたんだ一体・・・?」

 「もっともっと絶望してよ!最高の絶望を見せてよ!そしてその絶望を味わおうよ!楽しもうよ!みんなで気持ちよくなろうよ!!もっとゾクゾクして!ワクワクして!ビクビクして!なにもかもどうでもよくなるくらいイっちゃえる絶望を!!ボクに与えてよ!!そうすれば!!」

 

 自分をだきしめてたモノクマが、いきなり大きく手をひらいた。

 

 「きっと生まれるんだぁ・・・!この世界を丸ごと絶望させる、“超高校級の絶望”が・・・!」

 「──!」

 

 うっとりしたようなしゃべり方で、モノクマはそうつぶやいた。ボクたちは、目の前でいよさんをころされたことと、モノクマの気持ちわるさで、何もできなかった。だけどラストにモノクマが言った言葉は、なにか、ヘンなかんじがした。

 

 「“超高校級の絶望”・・・?」

 「あ、コロシアイが起きたから悪夢はナシにしといたからね!よかったねオマエラ!今日からまたゆっくり寝られるね!」

 「ちょっ!?ま、待てよオイ!」

 「じゃーねー!」

 

 アクロバティックにジャンプして、モノクマはまたいなくなった。からっぽになったモノヴィークルがひとりでにホテルエリアに向かってうごき出す。少ししてから、ボクはホテルに向かった。もうつかれた。何もかもをわすれてねむりたかった。それ以外のことは、なんにも考えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は、どんなドリームだったかおぼえてない。でも、ぐっすりねむれたことだけは分かった。モーニングに起きたとき、もう二度とベッドなんかいらないってくらいにスッキリしてた。だから、またいつもみたいにホテルのエントランスのまえにいるマイムさんに会いに行った。

 

 「スニフくんおはよ♫よく寝れた?」

 「・・・はい」

 

 ラジオからきこえるミュージックは、なんとなくトロピカルでスローリーなかんじがした。マイムさんはいきなりボクに、レイをかけてきた。

 

 「今日はフラダンスなんだ☆スニフくんも一緒に踊ろうよ♡嫌なことは全部忘れちゃおうよ♡」

 「い、いやボクは・・・。イヤなことって、マイムさんも、イエスタデイ、いよさんがころされたの、イヤでしたか?」

 「うーん・・・マイムはそんなにかな♡だっていよはダイスケのこと殺しちゃったもんね♡でもスニフくんが辛そうにしてたから♫スニフくんは優しいね♢アロハ・オエ〜☆」

 「・・・」

 

 のんきにフラダンスをするマイムさんだけど、ボクはずっといよさんのことを考えてた。どうしていよさんはダイスケさんをころしたんだろう。一体何があったら、あそこまでいよさんはダイスケさんをヘイトしてたんだろう。どこまで考えても、いよさんが死んでしまった今は、もうそれを知ることはできない。

 

 「いよのことを知りたかったらキネマ館に行ってみれば?何か録音されてるかも知れないよ♡」

 「え?」

 「なんでダイスケが殺されちゃったのか、気になってるんでしょ?」

 「な、なんで・・・?」

 「だって結局いよの動機がなんだか分かんないままだったし、マイムは興味ないけどみんな気持ち悪そうにしてたからね☆あとねあとね♫本番前で緊張して潰れちゃいそうな人って結構色んなこと喋るんだ☆緊張紛らわせるためにさ♡」

 

 そう言ってマイムさんは笑う。もういよさんもダイスケさんも死んでいなくなった。ボクたちが何もしなければ、もう二人をきずつけるようなことを知らなくてすむかもしれない。ボクがやろうとしてるのは、パンドラボックスをさがしてあけるのと同じことかも知れない。

 だけど、そうしなくちゃいけないような気がした。どうしても、そうしないと気持ちわるかった。いよさんがダイスケさんをころしたワケを突き止めないと、何かがおわらない。そんな気がした。

 

 「それじゃ、テルジんとこ行こっか♡お腹空いたー♣」

 「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 ブレイクファーストのあと、ボクはすぐにキネマシアターに向かった。何かクルーがあるなら、いそがないとと思った。モノヴィークルを近くのパーキングにおいて、キネマシアターに入った。イエスタデイ、まだいよさんが生きてたときとおんなじ、ノスタルジーでエキサイトなかんじがした。プロジェクションルームはサイレントで、ボクたちがいよさんに見せてもらったサイレントムービーのフィルムがまだプロジェクターにはめられたままだった。

 

 「いよさんのログ・・・」

 

 プロジェクションルームに入ってすぐ、ホントにそんなものがあるのかウォリーになってきた。だって、マイムさんが言ってたってだけで、その他にいよさんのログなんてものがあるってエヴィデンスはない。それにもしあったとしても、どうやってそれを見つければいいんだろう・・・。いや、あるんなら、きっとそのメディアは決まってる。

 

 「フィルムだ・・・」

 

 ラックに並んでるフィルムは、インヴェスティゲートで来たときよりももっとたくさんあるようにかんじた。この中に、いよさんがダイスケさんをころしたモチーヴがあるのだろうか。いっこいっこ見ていくのは、とってもたいへんだ。

 

 「heave ho(うんしょ),heave ho(こらしょ)。くっ・・・!」

 

 トップにあるものから見ていくしかないと思って、ステップをもってきてフィルムをとろうとした。でもボクのハイトじゃ手がとどかない。ストレッチしてもまだぜんぜんだ。エブリモーニングにミルクをのんでるのに、もっとトールハイトになってもいいと思うんだ。

 

 「・・・ス、スニフか?」

 「eek(きゃあっ)!!Ouch(いてえっ)!!」

 「うおっ!?」

 

 いきなりバックから声がして、びっくりして思わずジャンプした。そしたらそのままステップからおっこちて思いっきりおしりを打った。そのインパクトでちょっとほこりがふってきて、ノーズがムズムズしてきた。なんかもう、なんかもうだった。

 声をかけてきたのは、そのかっこよさとビビったかんじから、サイクロウさんだってすぐに分かった。

 

 「だ、大丈夫かスニフ?すまん、いきなり声をかけて驚かせてしまった」

 「いたた・・・オーライです。サイクロウさん、どうしましたか?」

 「映写室に来たらお前が背伸びをしていたから、つい気になったんだ。こんなところで何をしている?」

 「ボクは、えっと・・・」

 「どうせ相模の何かを探しに来たんでしょ。たまちゃんたちと一緒」

 「た、たまちゃんさん!?どうしたんですかおふたりさん」

 

 サイクロウさんといっしょにプロジェクションルームに入ってきたのは、たまちゃんさんだった。なんだかよく分かんないペアで、ボクはどんどん何がおきてるのか分からなくなってきた。

 

 「ここに来れば、相模がなんで城之内を殺したのか分かると思ったの。スニフくんもそうなんでしょ?」

 「は、はい・・・」

 「俺たちも気になったんだ。どうして相模みたいに人の良い女子が、あんな非道な殺人をしたのか・・・まあ、半分はぬば」

 「──ッ!」

 「・・・たまちゃん、に、連れて来られたようなものなんだが」

 「そうですか・・・」

 「で、スニフくんはそこのフィルムに相模の真意が隠されてるって思ったわけね。鉄お兄ちゃん、やってあげて」

 「構わないが・・・お兄ちゃん呼びは止めてくれ。なんというか、むず痒い」

 

 たまちゃんさんはもう、みんなにトゥルーキャラクターがバレてるのになんでまだたまちゃんにアドヒアするんだろ。そんなたまちゃんにオーダーされて、サイクロウさんはとってもイージーにフィルムをとってくれた。だけどこれをみんな見るのはたいへんなんだけどなあ。

 

 「フィルムはね、少し取って光にかざせば記録されてるかどうかが分かるの。相模がやったみたいに音だけ記録していても、サラピンのものと違ってキズや埃の形跡がついてるもの。だからまずはこうやって調べてみるの」

 「I see(なるほど)

 

 フィルムをちょっとだけ引っぱってライトを見る。何にもうつってないレッドグレーのフィルムで、これじゃ何のログか分からない。もしいよさんが自分の気持ちをのこしてるなら、もっとキズかなにかがあるはずだ。

 

 「これなんかどうだ?」

 

 引っぱってはもどして引っぱってもどして、フィルムが山みたいにつみあがったところで、サイクロウさんが言った。フィルムを見せてもらうと、そこにはいよさんがうつってた。まっすぐこっちを見てきて、他には何もない。もしかして、マイムさんの言ってたことはホントだったのかな。

 

 「いかにもって感じだね。こんなのも混ざってたの?」

 「棚の下の見つけにくいところにあった。もしかしたら、相模が隠したのかも知れない」

 「見られたくなかったですか?」

 「さあ、そこまでは分からないが・・・」

 「ちょっとかけてみて」

 「これ・・・どうやって扱えばいいんだ?」

 「・・・スニフくんは」

 「ソーリーです。ボクもオールドプロジェクター、ちっとも分かんないです」

 「つっかえない男子ばっかりじゃんもう!これくらいできてよね!」

 

 そう言ってたまちゃんさんは、サイクロウさんにだっこされてプロジェクターにフィルムをセットしてムービースタートできるようにいじくりはじめた。ボクには何がなんだか分からないけど、あっというまにプロジェクターがうごきはじめた。

 

 「Wow・・・Greatですたまちゃんさん!プロジェクター使えたんですね」

 「こんなのちょっといじれば分かるわよ。スニフくんは仕方ないとして、ジュエリーデザイナーのクセして不器用なのよアンタ」

 「すまん・・・」

 

 プロジェクターがスクリーンに、白いムービーをうつし出す。ノイズが少しずつきえていくと、スクリーンにはボクたちの方を向いたいよさんが、バストアップでうつっていた。ほんのちょっとまえまで生きていたのに、なんだかすごく古いメモリーみたいだった。

 

 『此の映像は、他の誰に向けた物でも在りません。いよが、いよの為、いよによって造られた、単なる覚え書きの様な物です。いよが己が宿命を、己が立場を、己が為べき事を迷わぬ様、造る物で在ります。若し此を見る者がいよでないのなら・・・いえ、野暮なる事ですね』

 「何言ってんのこれ?」

 「ボク、ちっとも分かんないです・・・」

 「相模が、自分に向けて記録したもののようだ。いつの間にこんなものを・・・」

 

 いよさんのジャパニーズはボクにはちょっとディフィカルトだから、サイクロウさんにちょっとずつおしえてもらいながら、そのムービーを見る。サイクロウさんが言うには、いよさんが自分にむけた、セルフビデオレターみたいなものだって。なんでそんなもの作ったんだろう?

 

 『いよは、忘れては為りません。例え天地が返ろうとも、例え獣畜生が口を利こうとも、例え人が死のうとも、如何なる事が起きようと断じて変わらぬ不変の理。其れは、いよが相模家の唯一無二の跡取りと言う事です。此のモノクマらんどと言う場所は実に奇怪。閉塞の内に広大が入れ籠と成り、不自由と共に自由が謳われ、鬼畜獄門が如き行いが悦楽快哉を呼び招く。目に映る物を信ずる勿れ、耳に届く音を聞き入れる勿れ、口にする物を味わう勿れ。此処の全てがいよを怠惰へ誑かす悪習の根源也。いよは斯様な誘惑に、斯様な快楽に、斯様な外道に穢されて良い軽々しい存在では在りません。努々忘れる勿れ。其の舌端に三百を超える歴史と歴代が懸かっている事を』

 「・・・?」

 

 やっぱりいよさんが何を言ってるか、ボクには分からない。だけど、なんだすごくヘビーで、それからアンリーズナブルなことを言ってるってかんじがした。ムービーの中のいよさんはすごく苦しそうだった。つらそうだった。こうやってスピークすることもつらいのに、それを自分へのビデオレターにするって、一体どういうことなんだろう。

 

 『迷いが在るならば断ち切る可。思い出せ。怠惰への罰を。失言への報いを。水は低きへ流れるが、いよは高きに(あが)らねば為らぬ。能わねば・・・如何なる仕置きが待つか。骨身に染みて存じている筈で在ろう。然らば、抹せよ。己が煩悩の根源を。煩悩を払う術は、相模家の娘ならば心得ているであろう』

 「煩悩・・・城之内が、煩悩の根源だと言いたいのか・・・!」

 

 なんだかこのムービーを見てると気持ちわるくなってくる。いよさんは、自分で自分になんでこんなこわくなるようなムービーをのこしたんだろう。なんのために、こんなことをしたんだろう。

 そこでムービーはおわってる。ボクにはよく分からなかったけど、サイクロウさんとたまちゃんさんには、いよさんが何を言ってるのか伝わったみたいだった。

 

 「・・・だから、城之内はあんな凄惨な殺され方をしたというのか。相模にとって城之内は、煩悩を与えるに過ぎない存在だというのか」

 「えっと・・・どういうことですか?」

 「煩悩、えっと、なんていうか、悪い考えとか欲求とか・・・」

 「???」

 「スニフには難しいだろうな。うん・・・バッドアイデア?イビルデザイア?そういったものだ」

 「あとでライブラリでしらべます。それで、それがなんですか?」

 「除夜の鐘って言う風習があるのよ。年の瀬に、鐘を108回鳴らして煩悩を打ち消すっていうの。だから相模は、城之内自体を煩悩の塊って認識してたってことよね。だからあんな殺し方をしたのよ」

 

 きっとそれは、ボクたちには分からないセンスだ。あんなにフレンドリーにしてたダイスケさんを、よくないものだと考えて、ベルを使ってころすなんて、一体何をそこまで思いつめてたんだろう。

 

 「相模家の内情は知らないが、今の相模の言葉を聞く限り、厳しい躾と教義に則っているようだな・・・如何なる仕置きが待つか、骨身に染みているはずだと言っていた。体罰、それに準じる何かがあったのだろう」

 「それって、強迫観念ってこと?いくらなんでもそんなののために人を殺すなんてあり得る?だいたい、ここにいればそんなのも気にする必要ないのに」

 「・・・肉親からの強迫観念というのは、思った以上に根深い。そういうものだ」

 「なにそれ。たまちゃん分かんない」

 

 サイクロウさんとたまちゃんさんは、なんだかディフィカルトな話をしてる。このムービーを見てもやっぱりボクには、いよさんがどうしてダイスケさんをころしたのかよく分からない。だけど、いよさんがダイスケさんをころしたのは、きっといよさんがやりたくてやったことじゃないんだろうとは思う。何かにむりやりやらされた、そんな気がしてくる。

 だけどボクは、それよりもっと気になることがあった。このいよさんがうつったフィルム、何か引っかかる。なんだかこれは、いよさんが作ったんじゃない気がする。まるで、ボクたちに見てもらうために作っておかれてたような。そんな気が。

 

 「ともかく、相模が凶行に及んだ理由は分かった。俺たちにはあの二人が仲良く話しているように見えて、胸の内で相模は城之内のことを毛嫌いしていたということだ。そう簡単に人が何を考えているか、分かったものではないということだな」

 「・・・今のってそういう映像?なんかたまちゃんには違う風に見えたけどなー」

 「どういうことだ?」

 

 いよさんがダイスケさんのことをヘイトしてた。それはボクにとってすごくサプライジングなことで、だってふたりがいっしょにランチしたりカラオケしたりカジノでゲームプレイしてるのを見て、すごくたのしそうだなって思ってたから。ホントにいよさんは、ダイスケさんをころすために、イヤじゃないフリをしてたのかなって思いはじめてた。

 だけど、たまちゃんさんはそうじゃないって言う。

 

 「家の事情とか、体罰がどうとかっていうのはたまちゃんよく分かんない。パパとママはたまちゃんのこと応援してくれてるし、親バカかってくらい甘いから。だけど今の相模を見てたら、なんかこれ、まだ相模の本音じゃない気がする」

 「この期に及んでまだ本音を隠す必要などあるのか?」

 「隠すっていうか・・・なんか、今の映像って、相模が自分自身に対して言い聞かせるみたいな感じがしたんだよね。城之内が相模にとって害になるんだって、念を押してるみたいな」

 「・・・なんだそれは?」

 「分かんないけど・・・相模が家の事情で城之内のことを嫌ってたっていうのは嘘じゃないと思う。だけど、城之内ってなんか、あいつ下ネタとか偉そうな態度とかサイアクなんだけど、でも悪いヤツじゃないの。それは相模も感じてたと思う」

 「も、ってことは、たまちゃんさんもダイスケさんのことそう思ってるんですか?」

 「別に・・・相模がそうだったんじゃないかって話よ。だから、あいつのそういう部分を、相模は否定しきれなかったんだと思う。心のどこかで、城之内といると楽しいとか、励まされたとか、気に入らないけど・・・仲良くなってってることを嬉しく思ったりとか・・・そういうことがあったんじゃないのかな。だけど自分の家のことがあるから、それを楽しんでる自分を許せなかったんじゃない?だから、こんなものまで作って自分の覚悟を決めたとか・・・」

 「???」

 「・・・その答えは、相模のみぞ知る。今となっては知る由の無いこと、か」

 

 たまちゃんさんの言うことは、ボクにはよく分からない。ラストにサイクロウさんが言った言葉のいみも、むずかしくて分からない。いよさんがどうしてダイスケさんをころしたのか、クリアーなこたえをボクは見つけられなかった。だけどボクじゃないふたりは、それぞれ何かのこたえを見つけたみたいだ。

 

 「そこまでしないと、あいつを心の底から殺してやろうなんて、思えるはずないもん」

 「・・・城之内のことだ。その一言で救われるだろう」

 「どうだか」

 

 そのままボクたちは、プロジェクションルームから出て行った。いま見たいよさんのムービーのことは、ナイショにするとかいうことはしなかった。言いたい人が伝えたい人に言う。言いたくないなら言わない。それだけでよかった。きっといよさんは、あれをシークレットにする気はなかったから。

 だから、ボクがずっと気になってることは、もっとちがうことだった。

 

 「It must be strange(なんかおかしいんだよなあ)・・・」

 

 いよさんがムービーにうつってるなら、レコーダーをうごかしてたのはだれなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:12人

 

【挿絵表示】

 




ここらでロンカレ二章おしおき解説。ある意味R-18!

相模いよのおしおき、『天にも昇る堕落』の解説です。感想読んでるとあんまり伝わってないのと、伝わるわけねえだろみたいな部分もあるので、ここらで一発解説しておきたい。

まず、相模の動機からおさらい。
相模が城之内を殺したのは、「伝統と格式ある相模家の娘としての自分を守るため」です。徹底して弁士としての勉強をしてきた相模は、それ以外の娯楽には全く免疫がありませんでした。城之内とつるむうちに俗世的な遊びや不摂生な生活習慣、未知の外来文化に触れ、それを「楽しい」と感じていました。
しかしモノクマに与えられた動機の悪夢で、相模は家での厳しい修練を思い出します。徹底的に排除された世俗文化と、伝統文化こそ至上なるものという教えを思い出します。
そして現在の自分を顧みたときに、低俗な文化に染まりつつあることに気付き、嫌悪したのです。つまり、文化的・風俗的に潔癖であろうとしたわけです。そんな相模の目には、城之内は自分を穢す諸悪の根源として映ったのです。
それが相模の動機であり、撞木で頭が潰れるまで撃ち殺した理由です。煩悩を打ち消すといったら除夜の鐘ですからね。

そんな彼女のおしおきですが、これも分かりにくかったみたいですね。すんません。
フリーフォールを使ったおしおきです。まず座席に固定され、高速で上下運動をさせられるのです。運動の切り返し点で、慣性により相模の身体は進行方向に強く引っ張られます。関節なんかは悲鳴を上げますね。内臓も同様の力を受けますので、天辺では胃の中身も噴き出します。しかし直接命を奪うほどの責め苦ではないので、余計に辛いです。
仕上げは座席が勢い余って上側に吹っ飛び、真っ逆さまに落ちて潰れるという次第です。要するに、思いっきり振り回されて潰されるというおしおきです。
天に向かって上昇する様と、最後に落ちる様をまとめて、「天にも昇る堕落」と表してるわけです。

でもそれだけじゃないです。このおしおき、もう一個意味がありましてそれが「伝わるわけねえだろ」な部分なんです。
全体の動きを見て、男の人ならピンと来るかも知れません。このおしおき全体で、男性の自慰行為を表してます。フリーフォールの柱がモノで、座席で扱いてるのです。最後にポンと飛び出すのも同じでしょ。
女性であり高尚な家の出身であり、自分の潔癖さを守るために殺人を犯した相模を乗せてそれをやることこそが、彼女に対する最大の侮辱なのです。そして行為に伴う快楽と下品さを、「天にも昇る(心地になる)堕落(した行為)」と表しました。

という感じで、本編の中で伝えきれない部分でもかなり意味を詰めてます。上手い人はそれとなく察せられるように文を書くんでしょうね。うらやましいなあ・・・


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幕間2
け・っ・た・く・し・た・い


【タイトルの元ネタ】
『ふ・れ・ん・ど・し・た・い』(学園生活部/2015年)


 学級裁判を終えた後の気分っていうのは、きっとこれから何度経ても慣れることはないんだろう。気持ち悪くて、虚しくて、切なくて、やるせなくて、悔しい。救おうとした何もかもが自分の手から溢れていくような、自分のちっぽけな力を思い知らされるような、そんな絶望感。とにかく今は、解放された夢の中に逃げたかった。部屋に戻ってただゆっくりと、全てを忘れて眠りたかった。

 

 「・・・はあ」

 

 深いため息を吐いた。途端に肩が重くなる。このままベッドに倒れ込んで寝れば、ひとまず今は楽になれる。だけど寝てしまえば、明日が来る。絶望的な明日が。城之内と相模を救えなかった明日が。俺はただ無力に、誰かの殺意が通り過ぎるのに気付かずにい続けるのだろう。それがたまらなく虚しかった。

 

 「景気の悪い顔をするな。答えが分かっていたとはいえ、見事に生き延びたのだ。勝利の美酒の味でも噛み締めてはどうだ」

 「・・・・・・うおおおっ!!?」

 「生憎と酒はないからサイダーだがな」

 

 一瞬、理解が遅れた。俺は自分の部屋のドアを開けた。ここは間違いなく俺の部屋だ。飛行機の模型やフライトシミュレートマシン、簡単なトレーニンググッズもあるし、レトルトの機内食も用意されてる。実際の地球の凹凸を再現した音声解説付き地球儀が備え付けられたデスクには航空図が広げられて、ピンや赤ペンのラインが幾何学模様を描いている。その航空図の上に無造作に置かれたサイダーのボトルが、結露した水滴で航空図をふやかしてる。

 

 「なっ・・・!?なっ・・・!?」

 「ピッキングツールを使ってみた。簡単なものだな、あれなら専用の器具でなくてもできそうだ。ああ、この図はどうしていいか分からなかったから取りあえず放置した。後で複製してやるから心配するな」

 「なんで俺の部屋にいるんだよ!?」

 「少し話がある。今の貴様にとっては追い討ちのような話かも知れんが、他の凡俗共に聞かれても面倒だ。今のうちに話してしまおうと思ってな」

 「何しにきたんだよ!?」

 「おそらくは次のコロシアイの動機として与えられるだろう事だ。情報としては以前から与えられていたが・・・その調査に少々進展が見られた」

 「なんだよ話って・・・?」

 「貴様は一つおきにしか話せないのか?さっさと俺様のペースに追いつけ」

 

 そこで俺は気付いた。こいつ、俺が言うことを予測して先に話してる。しかもその上で自分に合わせろって、やっぱりむちゃくちゃなヤツだ。だいたい、こいつは先に部屋に戻ったはずじゃないのか?なんで俺の部屋に・・・話をするためか。何の話を・・・は、まだ答えてないか。

 

 「調査って?お前、何か調べてたのか?」

 「無論だ。貴様は俺が無為に過ごしているとでも思っていたのか?」

 「・・・余計なことはしただろ」

 「くくっ、なんのことか皆目見当も付かんな」

 「ふざけんな!ついさっきの話だろ!」

 「俺様がいつ余計なことをした?俺様のしたことの何が余計だと言うのだ?」

 「言わなきゃ分からないのかよ。優秀なんだろ、考えたら分かることだ」

 

 まるでここは自分の部屋だと言わんばかりの堂々とした態度で、星砂は肘掛けに深々と腰掛ける。疲れと眠気で、自分でも分かるくらい苛立ってきてる。こんなときにこんなヤツの相手をしなくちゃいけないなんて、なんとか手が出る前に帰らせないと。

 

 「・・・どうやら俺様のことをまだ理解していないようだな。優秀とは、優れ秀でると書く。それが褒め言葉になるのは凡俗相手だけだ。俺様が凡俗と比較して優れ秀でているのは当然だろう。貴様は九九ができることを褒められて良い気がするのか?」

 「相模の殺意を利用して弄んだだろ!学級裁判を引っかき回して、俺たちを振り回しただろ!それが余計なことじゃなかったらなんだっていうんだ!」

 「可笑しなことを言うな、勲章。学級裁判とは本来、そういうものだ。クロがシロを振り回し、議論を掻き乱し、殺意によって他人の命をも弄ぶ。それを断罪するための場だ。そのために俺様がヤツの犯行を盗み見て、裁判の結末を操作する。クロだけが裁判を主導するのは可笑しいだろう。だから俺様が逆にクロを揺さぶった。結果的に真実に辿り着いた。それは余計なことか?」

 「お前がやったことは俺たちと、相模に対する冒涜だ!俺たちの命も、相模の命も、城之内の命も、コケにしたんだ!」

 「そう熱くなるな、夜は静かにするものだぞ。まあ命云々の話はどうでもいい。貴様は凡俗側の人間だからな。俺様の行為に腹が立つ気持ちも汲んでやろう。だがな、今は俺様と対立している場合ではないのではないか?」

 「何を言ってんだ・・・?」

 

 相変わらず星砂の言うことはいまいちよく分からない。それに腹が立つ。凡俗凡俗って俺たちのことを見下して、俺たちの命をなんとも思ってない。それがただの強がりだったりハッタリじゃないことは、こいつの普段の態度を見てれば分かる。

 

 「貴様らが真に敵視すべき者の話だ」

 「まさか・・・黒幕の正体が分かったのか?」

 「いいや。それはまだ早い。或いは不要だ」

 「不要?」

 「このゲームの黒幕は実に用心深く冷静だ。しかし一方で軽率であり大胆。狡猾なようで純粋。相反する性質を同時に備えている・・・要は掴み所がない。直接対決するには得体が知れなさすぎる。故に対決は早計。できることならば回避するのが得策だ」

 「お前らしくもないな、逃げ腰なんて」

 「それは悪いことか?」

 「いや、意外だなって思っただけだ」

 「狡猾さも臆病さも卑劣さも、生物が生存競争の中で身に着けた術だ。一概に悪と断じる真似はせんことだな」

 

 いつの間にか哲学的な話になってきてるような・・・なんだか話が全然違う方向に進んでいってるんじゃないか?黒幕との対決もまだ早いかやるべきじゃないって、星砂の頭の中ではどこまで話が進んでるんだ?もしかしてこいつ、黒幕との対決まで想定して動いてるのか?だとしたら、星砂は俺たちの・・・敵、じゃないかも知れない、のか?

 

 「まあ卑怯であることは悪ではないが、愚かではあるかも知れんな。隠れているつもりか、或いは欺いているつもりか知らんが、使い方を誤った知恵というのは滑稽に映るものだ」

 「?」

 「俺様たちが黒幕の他に敵視すべき者・・・以前にモノクマが言っていただろう。俺様たちの中に潜んでいる者のことを」

 「それって・・えっと」

 

 なんとなく、星砂の言ってることが分かってきた。俺たちの中に潜む、モノクマ以外の敵。敵なんて言い方が正しいかどうかは分からないけど、少なくともモノクマがそのことを利用して俺たちを疑心暗鬼に陥れようとしてることは分かる。ってことは、本当にしろ嘘にしろ、危険な要素があるってことだ。

 

 「“超高校級の死の商人”、だ」

 

 1回目の裁判のあと、モノクマが俺たちに告げた“才能”だ。俺たちの中に、そんな不穏な“才能”を持ってるヤツがいると言った。だけどそれがどんな“才能”なのか分からないし、裁判の後から今までモノクマがそれを蒸し返したことはない。だからすっかり忘れてた。危険じゃないって思ってた。

 

 「聞くからに危険な“才能”だろう?希望ヶ峰学園の歴史を紐解いても、そのような“才能”の持ち主はいなかった。殺人鬼や爆弾魔や、それに類する危険な“才能”はいたが、死の商人など一人もいない。まああくまで公式資料で確認したのみだから、確証のある話ではないがな」

 「確証がないって、だったらなんで調査なんかしてたんだ」

 「確証がない故に調べるのだろう。嘘ならば良し、真実なれど良し、真偽を断じかねる宙ぶらりんが最も判断を鈍らせる」

 「ホントか嘘かはっきりさせたかったってことか」

 「凡俗共に分かりやすいよう、平たく言い直せばその通りだ」

 

 つまり、あのモノクマの言葉に一番敏感に反応してたのは、一番余裕そうに見えた星砂だったってことだ。たぶんモノクマは俺たちを疑心暗鬼にさせると同時に、星砂の視線から外れたいがために、その“超高校級の死の商人”を囮に使ったんだろう。ってことは、少なくとも星砂は“超高校級の死の商人”じゃないってことか。

 

 「それがはっきりしたってことは・・・」

 「ああ。“超高校級の死の商人”の正体を掴んだ。決定的な証拠がないのが残念だがな。ヤツを追い詰めることができん」

 「ウソだろ・・・俺たちの中にいるってことなのかよ!」

 「ああ。ヤツは己の“才能”を偽っている。なぜ正体を隠しているのか、なぜこのコロシアイに紛れ込んだのか、黒幕とヤツは何か繋がりがあるのか、ヤツは俺様たちをどうするつもりなのか。分からんことは多いが、ともかく注視すべき者が分かったことは大きな収穫だ」

 「・・・」

 「そうあからさまに警戒をするな。俺様たちが正体を知っていることがヤツにバレれば・・・それこそ何をしでかすか分からん。そうなればはっきり言ってピンチだ!というのも、何を隠そう、俺様は腕相撲で勝ったことがない!いつも手の甲を痛めている!」

 「あっそう・・・」

 

 なんだよ。“超高校級の神童”っつって偉そうにしてるくせに、腕っ節の方はからっきしか。いや、“超高校級の死の商人”だって力があるとは限らないけど、そこまで自信たっぷりに自信のなさを宣言されると、頼もしいんだか頼りないんだか、なんだかややこしくなってくる。

 

 「それで、今後のためにもお前には正体を教えておく。だがお前は余計な詮索をする必要はない。この話は俺様がケリをつけよう」

 「だったら俺に正体を教える意味ってなんだよ?」

 「凡俗共にとって俺様は、“超高校級の死の商人”以上に煙たい存在だ。そういう存在になっている。故に必要なのだ。今この場に生きている者が結託するには、双方を繋ぐことができる者が」

 

 それは、どこまで計算で言ってるんだ?それじゃまるで、今回の裁判の件で孤立したのも、このためだったみたいじゃないか。黒幕のことといい、本当にこいつは、俺たちが脱出するためにずっと先のことまで考えてるのか?今までのことは、黒幕と俺たちを欺くためのフェイクか?いや、だとしたら城之内の死を弄ぶようなことまでする必要がない。なんなんだ。考えれば考えるほど、星砂が何を考えてるのか分からなくなる。

 

 「俺様はな、勲章、貴様を買っているのだ。つまりは・・・そういうことだ」

 

 どういうことだ。俺はどうして星砂に買われてるんだ。どうして星砂は俺に付きまとうんだ。

 

 「“超高校級の死の商人”の正体は──」

 

 ぐるんぐるんする頭に、星砂の囁きがこっそり響く。俺は本当にそれを聞き入れるべきなのか、それを考えるより先に、脳は星砂の言葉を理解した。頭の中に自然と、そいつの顔が思い浮かぶ。“超高校級の死の商人”の正体が、脳に刻まれていく。

 ああ、そうか。あいつが・・・“超高校級の死の商人”か・・・。星砂の声が、遠くから響くように感じた。




書けたのに投稿しない謎の期間が最近長くなってきてますね。
前は書けないなあと思ってたのに、今は投稿できないなあと思ってます。


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第三章『あの素晴らしいIをもう一度』
(非)日常編1


【タイトルの元ネタ】
『あの素晴らしい愛をもう一度』(加藤和彦・北山修/1971年)


 また朝が来た。窓から差し込む陽の光が暖かく、私は自然と目を覚ました。鏡を見れば相変わらず目の下にはくまがある。なんとも人相が悪い。この顔と18年も付き合っているのだから、今更だが。口の中が気持ち悪い。洗面台でうがいをして、寝間着から服を着替える。そう言えば白衣を前に洗ったのはいつだっただろうか。思い出し、新しいものに袖を通す。

 

 「んん・・・」

 

 昨日の裁判は、星砂にまんまとしてやられた。まさか初めから真相を知る者がいて、モノクマがそれに対して何の手も打たなかったとは。いや、打てなかったという方が正確か。モノクマが下手に手を出せば、それが逆に犯人を追い詰める結果を招かんとも限らない。

 

 「哀しいな」

 

 黒幕の裏をかいたことは見事だが、手段が良くない。ヤツは我々の命をオモチャのようにしか考えていない。“超高校級の神童”か何か知らないが、命というものを軽々に扱う者は見ていて反吐が出る。それはモノクマも同様だが。願わくば、このコロシアイなどというふざけたゲームがこれ以上繰り返されなければいいのだが・・・。

 

 「おはよう、荒川」

 「荒川さんおはよう」

 「ああ、おはよう。今朝の朝食は・・・?」

 「バタートーストと目玉焼き。ベーコンもあるよ」

 「ちょーシンプルだねー♡」

 「下越はどうしたのだ?」

 「元気なかったわ。仕方ないわよ。いつも気丈に振る舞ってたけど、下越くんだって友達が死んでいって落ち込んでるのよ」

 「テルジさん・・・」

 

 私が食堂に着いた時点では、下越は既にいなくなっていた。部屋にでも戻ったのだろうか。それでも全員分の朝食を用意し、しっかりと味まで保証されているのはさすがだ。思えば、ここに来てから食事は全てヤツに頼っていた。明日の命の保証もないこの場所で、他人に頼りすぎるのも考え物だな。

 

 「星砂の姿もないようだが」

 「あいつはいいよ。好きにさせておけば」

 「いやあ・・・好きにさせ過ぎるのもどうかと思うけどねえ。また何か厄介なことされたらあ、いよいよおれたちの身が危なくなるよお」

 「それもそうだけど、そろそろあいつが来るんじゃないかしら」

 「あいつ・・・?」

 

 野干玉が言うあいつとは、あいつのことだろう。前回の学級裁判の後の最初の朝、ヤツはやってきた。その時のヤツの口振りからして、今回も同じだろう。

 

 「はーい、オマエラお待ちかねのモノクマ登場だよ〜ん」

 「出た・・・」

 「Low Tensionですね。What's up(なんなんだよ)?」

 「今回の裁判、なんだか尻すぼみ感がすごかったなあって。ボク的には、裁判が進んで真相が明らかになってくるにつれてオマエラの絶望感が膨らんでいって、投票後に全てが明らかにされてもうひと絶望あって、満を持してのおしおきっていうのが理想的な流れなんだよ。なのにあの白髪のせいで、ボクもとんでもない目に遭わされて・・・んもーくやしぃ〜!」

 「気持ちは分かるが、誰一人同情する者などいないぞ」

 「出てきたってことは何か用があるんだろ。お前の気持ちなんかどうだっていいんだ」

 「冷たいなあ雷堂クン。キミはいつからそんなに冷たい人間になったのさ。ボクを仲間はずれにするなんて、悲しいなあ」

 「・・・」

 

 おそらく雷堂も疲れているのだろう。モノクマに気を遣う余裕もなく、ただただ冷徹な視線を向ける。

 

 「まあいいか。こんな暗い気分を一気に吹き飛ばしちゃうお知らせだよ!オマエラ、良いニュースともっと良いニュースどっちから聞きたい!?」

 「あなたの言う良いニュースって、きっとろくでもないことなのよね」

 「どちらからでもいい。簡潔に話せ」

 「あー冷てっ!マイナス273度の世界だよ!」

 「絶対零度だねえ」

 「もう!せっかくボクが盛り上げてやろうと思ってるのに、オマエラがそんなテンションじゃボクがスベってるみたいじゃないか!」

 「スベってるよ♫」

 

 深夜まで続いた学級裁判の翌朝。相模の真意も判然としないまま処刑まで終わってしまった。星砂という我々とともにある謎の脅威。加えていつもより数段質素な朝食。これで盛り上がれという方が無理がある。モノクマは怒りながら、指を二本立てて話し出した。

 

 「じゃあ一つ目のニュースから!学級裁判を乗り切ったオマエラのために、新たなエリアを3ヵ所開放したよ!ゲートは説明するのが面倒臭いから各自探してね」

 「やっぱりエリア開放かあ。それもまた3ヵ所・・・どんだけ広いんだいこのモノクマランドはあ」

 「探索したらまた良い物が見つかったりするかもね♫うぷぷ♫ここからはちょっと距離があるから、時間に気を付けてね」

 「分かった。で、もう一つのニュースってなんだ?」

 「あのねあのねっ、オマエラ気付いてる?前回の裁判の後も、このモノクマランドの中央に位置するテーマパークエリアの遊具が新しく開放されていってるの!故障したり微調整したり色々あるから大変なんだけど、今回また新たに3つの遊具が開放されました!」

 「遊具・・・」

 

 ふと思い出す。学級裁判の後の処刑で、須磨倉と相模がどうなったのか。須磨倉はスプラッシュコースターに乗せられて、強酸の池に叩き込まれて炭の塊と化した。相模はフリーフォールで上下させられた後に、上空から落ちて潰された。ここから導き出される演繹的結論としては、あの遊具は処刑用具を兼ねているということだ。それが新たに開放されたということは、次の処刑の準備は万全だということに他ならない。

 

 「全然良いニュースじゃないじゃん。分かってたことだけどさ」

 「おっと、まだボクの話は終わってないよ!その遊具のうち一つは、このモノクマランドの最大の目玉!その名も、モノクマ城!」

 「モノクマ城?」

 「テーマパークエリアの端にどでんと居を構えた白亜の城!あれこそこのモノクマランドのシンボル!お伽噺に出てくる王子様のお城で知られる、夢と魔法とメルヘンの城だよ!」

 「あれは、入れるものだったのか。飾りとばかり思っていた・・・」

 「入れるようになりました!ただし、誰でもいつでも入れるわけじゃないよ!そこはほら、やっぱり王子様とお姫様のお城だから、邪魔者が入っちゃいけないよね。だから一度にお城に入ることができるのは二人だけ!」

 「なんだそりゃ?」

 「まあ細かいルールはお城の前で聞けるから、そこで確認してよ。それからはい、オマエラにこれあげる」

 「なんですか?」

 「てってれってれーててー♫デートチケット〜♫」

 「What did you say(なんだって)!?Date!?」

 「どうしたのスニフ君?なんでテンション上がったの?」

 「あ、いえ・・・なんでもないです・・・」

 「まあデートと言っても別に相手は誰でもいいんだけどね。要は、このチケットで誘った人と誘われた人じゃないと入れないよってこと。チケットはコロシアイ参加者全員に1枚ずつ。使えるのは1回きり。ここにいないメンバーにはボクが渡しておくからご心配なく!これで人気者と不人気者がはっきり分かるって寸法さ!きゃー!思春期って残酷!」

 

 私たちにチケットをムリヤリ押しつけて、モノクマは目にも留まらぬ速さで身を捩ったと思ったら去って行った。私たち以外のメンバーにチケットを押しつけに行ったのだろう。手元に残された半券付きのチケット。誘う者の名は私の名前が印刷されており、誘われる者の欄は空欄になっている。ここにサインをしろということか。

 モノクマはあれが遊具だと言っていたが、中に人が入れる以上はあそこも新たなエリアの一つと考えることができる。今回開放されたエリアは、実質4ヵ所ということだ。だとすれば、一度は探索しておきたい。さて、このチケットを使って行くべきか、他の誰かに誘われるのを待つべきか・・・。

 

 「・・・!!」

 

 嗚呼、なるほど。思春期は残酷・・・そういうことか。仮にもデートチケットと銘打っている以上、このチケットを使うということは、誘う相手を多少なりとも異性として意識しているということになる。単なる入場券であればいざ知らず、デートチケットと言うことによって誘われる者と誘われない者を区別し、我々の中にある潜在意識を擬似的に表出させようということか。

 

 「くっ・・・!」

 「あ、荒川さん?どうしたの急に?」

 「探索か?ならば単独で行くのは──」

 「一度部屋に戻る!」

 

 そう、正地や極、研前ならまだしも、私のような根暗を誘う男子など、いようはずもない。私があの城に入ることができるのは、このチケットを誰かに使った時のみ。それも断られなかった時の話だ。そうなるとこの機会、そう簡単に使うことはできない。使いどころを見極めねば。

 

 「・・・18年も付き合ってきたのだ。自分の顔面偏差値くらい把握している」

 

 哀しいな。

 

 朝食の後、新エリアを探索しようという話になった。だが、スニフと鉄と野干玉は何も言わずにどこかへ行ってしまった。下越も荒川も去り、星砂は論外だ。ここに残ったのは私を含めて6人。開放されたエリアは3ヵ所。2人一組になる編成が妥当か。

 

 「どう組み分けする?」

 「だったら俺と虚戈だ。虚戈は一人じゃ心配だから、俺が面倒を看る。研前は極と一緒に行ってくれ。何かあったときに研前を守れるヤツと一緒がいい」

 「わ、私そんなに危なっかしいかな・・・?」

 「儚げな感じはするけどねえ。じゃあおれは正地氏と一緒でいいかい?」

 「そうね。だけど新しいエリアがどこにあるかが分からないのは、どうすればいいのかしら?」

 「モノモノウォッチが更新されている。未到達のエリアは黒くなっているから、それで判断すればいい」

 

 案外あっさりと組み分けは終わり、私たちはそれぞれの担当エリアに散っていった。私たちは、モノモノウォッチで見るとギャンブルエリアの先にあるエリアだ。ゲートはギャンブルエリアの絢爛さに比べると些か質素で、木造丸出しの田舎臭いデザインだった。

 それにしても、下越や荒川が単独行動をするとは、いよいよ私たちの結束が揺らいできた。ただでさえ不安定な信頼関係の上にいるというのに、スニフや鉄のような素直な者たちまで和を外れていった。非常にまずい。

 

 「極さん?怖い顔してどうしたの?」

 「ん・・・いや、なんでもない。ただ少し、人が減ったなと思っただけだ」

 「・・・そっか」

 

 暗い話題を敢えてする必要はない。今はエリアの探索が第一だ。より詳細に、正確に情報を集めて、この状況を打開する策を考えなければならない。そんな当たり前のことすら分からなくなるほど、私もどうやら精神的に参っているようだ。

 

 「じゃあ、ゲート開けるね」

 

 研前がゲートを押した。最初のきっかけさえ与えてやれば、ゲートは勝手に開く。ギャンブルエリアの先に続くのはどんなエリアか。私は身構える。何かあればすぐに研前を守らなければならない。モノクマがそれほど危険なものを用意しているかは分からんが、用心するに越したことはない。

 木の軋む音とともに開いたゲートの向こう側から、薫風が運ばれてくる。陽の光が柔らかく私たちに降り注ぎ、風に戦ぐ木々の葉の音がさわさわと耳に心地よい音を届ける。ゲートに遮られていた視界は地平の果てまで続くのではないかと錯覚するほど拓け、丘陵さえも見える。

 

 「・・・なんだこれは?」

 「なんだろうね。田園風景っていうヤツかな?」

 

 まさに研前の言う通り、田園風景だ。そよそよと爽やかな風、ぽかぽかと暖かい光、ひろびろと続く視界、今すぐあの緑の絨毯に駆けて行って寝転がりたいと感じさせる穏やかな風景。私は自分がいる場所を再確認した。モノクマランド、モノクマランドだ。ランドとついている以上、ここはテーマパークのはずだ。瞬間移動ドアでも開いてしまったのか?

 

 「見て見て極さん!水車小屋があるよ!あっちには風車小屋も!小川があるのかな?」

 「いや・・・うん、ああ。そうかもな」

 「早く行ってみようよ!」

 

 研前は子供のようにはしゃいで、この田園エリアに入っていった。普段スニフとばかりつるんでいるから、ヤツまで子供っぽくなってしまったのだろうか。どんな危険があるかと身構えていた私の方が一歩出遅れてしまう意外な展開だったが、見た目と裏腹に何が仕掛けてあるか分からない。心していこう。

 このエリアにある建物と言えば、先ほど研前が言っていた水車小屋と風車小屋くらいなものだ。見晴らしがいいから何があるかはすぐ分かる。逆に言えば、街灯も電気もないこのエリアは、夜になったときの暗さが心配だ。遮るものがない分、月明かりや星明かりがよく見えてスピリチュアルエリアよりも明るいかも知れないが、暗いことは間違いない。

 

 「川だよ極さん!きれいな川!入っても大丈夫かな?」

 「やめておいた方がいい」

 「どうして?」

 「水色の水など存在しない。透明度が不自然だ。小魚一匹いないどころか、藻すら生えていない。何が混ざっているか分かったものではない」

 「あ、そうなんだ・・・」

 

 無邪気に川を覗き込む研前だが、明らかに水の色がおかしい。よく見ると芝も人工芝だ。どうやらこの田園エリア、見た目は非常に牧歌的だが、水といい芝といい、とことんまで人工的に作られたジオラマのような場所らしい。危険というよりも、味気ない。

 

 「それでも水車を動かすのに不都合はないな。水車は本来、麦などを挽いて小麦粉を得るための装置だが、ここでは何をしているのだろうな」

 「なんか・・・ヘンな機械が動いてるけど?」

 「水質保全装置、循環装置・・・ふむ。このエリアを流れている川の水の水質を一定に保っているようだな」

 「え?でもこの装置、電力を水車から取り入れてるってことだよね?」

 「ああ。つまり」

 「水車を回してできた電気で水質保全装置と循環装置を動かして、その装置のおかげで水がキレイなままでいて循環してて、その水が水車を回して電気が生まれて・・・なんだろうこれ」

 「永久機関、というわけでもないだろう。あくまでこの水車の電力は補助的なもので、どこかから電気を得ているはずだ。実に無意味なマッチポンプだ」

 「モノクマらしいね」

 「怪しいものはないが、この水質保全装置を止めるだけでこの川は多少マシになると思うがな」

 「でもキレイな水だよ?」

 「見た目はな。子供が絵に描いたような川をそのまま再現するとは、一体どういうつもりなのか」

 

 こうなってくると、先ほど感じた風や木々の戦ぎも怪しくなってくる。プラスチック製の木々に送風機の風なのではないか。一瞬でも大自然の息吹を期待した私が馬鹿だった。モノクマに風情を求める方が間違いだったのだ。

 

 「あっちの風車小屋には何があるのかな?」

 「水車小屋が川の管理だ。風の管理ではないか?」

 「風の管理・・・急にすごいファンタジー色が強くなったね。風を管理できるようになったら色んなことができそうだよ。台風の子供とか作れそうだよ」

 「台風は勘弁願いたいな。しかし、これだけ牧歌的な風景に牛も馬も羊もいないとなると、やはり物寂しくなってくるな」

 「うん・・・そうだね」

 

 ゲートさえも丘陵の向こう側に消えてしまい、まるでこの場所に私と研前の二人きりで取り残されてしまったようだ。今までのエリアとは規模が桁外れに大きい。モノヴィークルで来て良かった。おそらく徒歩でここを踏破しようとしたら、時間がかかることもさることながら体力的に研前は苦しかっただろう。

 

 「・・・」

 「少し、休んでいくか。人工的なものとはいえ、心地よいことには変わりない」

 

 あからさまではないが、僅かに息が上がって疲れた様子の研前に気を遣って、人工芝の草原に二人で腰掛け、人工の風を浴びながら人工の小川のせせらぎと人工の木々のそよぐ音を聴きながら休憩することにした。空だけは本物で、今日は折良く天気が良い。どこまでも広がる空の下で寝転がっていると、まるで本物の大自然の中にいるような錯覚さえしてくる。

 

 「ごめんね極さん」

 「構わん。お前は気遣われる側の人間だ。私のことなど気にするな」

 「・・・うん、それもなんだけど、他にも」

 「ほか?」

 

 唐突に謝られたと思ったら、研前は意味深なことを言う。何も謝るようなことはしていないというのに、一体何を謝罪しているのか。

 

 「よく分からないんだけど・・・私、最近みんなのために何かできてたのかなって思うんだよね。極さんは裁判のときも捜査のときも、自分にしかできないことに責任持ってて、強くて、みんなのために動けてるなって思うんだ」

 「通常なら要らぬ知識がたまたま役に立っているだけだ」

 「それでも、みんなのためになってるよ。雷堂君はリーダーとしてみんなを引っ張ってってくれてるし、スニフ君や星砂君みたいに頭が良ければ、裁判でも力になれる。鉄君やたまちゃんや正地さん、下越君だって自分の“才能”を活かしてみんなのために尽くしてくれてる。だけど私は・・・私の幸運じゃ、誰も助けてあげられないんだよね」

 

 人の為か。私の知識や技術が奇しくも人の役に立っていることは、謙遜する必要もない事実だ。あれほどの奇行に及んだ星砂すら、裁判の場においては確かに私たちにとって利のあるように働いた。それが毎度のことかどうかは確証がないが、研前が劣等感を覚えるには十分か。

 

 「荒川さんは物知りで、色んなことを教えてくれるしいつでも冷静に助言してくれる。虚戈さんはちょっと危なっかしいけど、明るくて元気を分けてくれる。納見君はのんびりしてて焦りそうなときに落ち着かせてくれる。なのに私は・・・いつも誰かと一緒にいて、誰かに助けてもらって、誰かがいないと何もできない・・・」

 「そんなことはない。既にお前は・・・少なくとも私にはできないことをしている」

 「え?」

 

 謙遜と卑下は違う。己の能力を認めた上で礼節として自分を下げる謙遜と、己の能力すら取るに足らないと軽んじる卑下とでは、天と地ほども差がある。今の研前はただ卑下しているだけだ。いや、もっと正確に言えば、自分にできることを理解していないのかも知れんな。

 

 「今お前が言ったこと。私たちそれぞれの特徴を長所と捉えるその目。それは私にはないものだ」

 「・・・そうかな」

 「ああ、そうだ。私にはとても、星砂をそんな風に見ることはできない。たとえヤツに何か考えがあり、結果的に私たちに利になるよう行動していたとしても、その手段を肯定することは断じてない」

 「それは私もそうだよ。城之内君の命や相模さんの気持ちをもてあそんだことは、許しちゃいけないと思う。だけど、それで私たちが助けられたことも事実だし・・・何より星砂君は、人殺しをしてない」

 

 そう、それは紛れもなく事実なのだ。殺人を仄めかしてはいるが、実際に手を出してはいない。誰も傷付けていないのだ。それが星砂の策略なのか、或いは単に口だけで度胸がないのか。いずれにせよ、吹聴している限り私たちにとって不安因子であることには変わりない。

 

 「それはともかく、お前はあんなヤツと比べて劣等感を感じる必要はない。お前のその気持ちに救われている者は少なからずいるはずだ。素直に人を羨むことができることが、私には羨ましい」

 「極さんは“才能”があるし、十分すごいから」

 「彫師など、ここでは大した意味を持たない。本来ならば高校生身分で名乗れる肩書きではないしな」

 「・・・?じゃあどうして極さんは“超高校級の彫師”として入学してるの?」

 「あまり人に話すような話ではないのだがな・・・」

 「いいよ。私、極さんのこと知りたいな」

 

 そうして無垢な言い方をされると、こちらとしては無碍にもできない。そもそも研前は彫師という職業が何なのかを分かっているのか?我がことながら、話す方も聞く方も気分の良い話ではない。それでも期待されてしまっている。こういうところが、スニフや雷堂にとっては嬉しいことなのだろう。

 

 「彫師とは、要は入れ墨彫りだ。分かるだろう。やくざ者が身に負う勲章、或いは烙印だ」

 「うん、知ってるよ。だから極さんって、きっと絵が上手いんだなあって思ってた」

 「・・・そういう捉え方は初めてされた」

 

 失敗すれば相応の責任を取らされる世界だ。嫌が応にも絵の技術は上達する。そう言えば、普通に絵を描いたことはあまりないな。今度、研前の似顔絵でも描いてやろうか。

 

 「色々あって家を出てな。しばらく世話になっていた人がその道の男だった。しのぎとして彫りの技術を身につけ、やくざ者やごろつきを相手に商売をしていた。一応は医療だからな。資格どころかまともな教育すら受けていない私がしていて良いことではない。どこから聞きつけたのやら、希望ヶ峰学園から通知が来たときは覚悟を決めた。入学しなければ臭い飯を食うことになるだろうな、と」

 「くさいご飯?」

 「それは分からないのか。法を犯した未成年が、然るべき施設に収容されるというだけのことだ」

 「はあ・・・」

 

 妙な知識の偏り方をしているのだな。それはともかく、どうしても血生臭くなってしまうからこれ以上の話は控えたいのだが、研前は興味ありげに目を光らせて私を見てくる。勘弁してくれ。

 

 「とにかくだ、研前」

 「うん?」

 「私たちのほとんどは自分のことで精一杯なのだ。だから他人にまで気を遣ったりする余裕がない。だが、お前は違う。常に人を見て、人を支え、人に興味を持つことができる。それはできない者には一生かかってもできないこと、“才能”とさえ呼べるものだ」

 「“才能”だなんてそんな・・・」

 「だから、お前は人のために何かしようとしなくていい。お前がお前らしくいてくれるだけで、誰かのためになっているのだ」

 「そうかな」

 「そうだとも」

 

 私らしくもなく、素直に思ったことをそのまま口にした。偉そうに説教を垂れているが、私だってそんなことを言えた身分ではない。研前とそう年も変わらないし、所詮は高校生程度の人生経験からくる考え方だ。それが正しい保証もない。それでも、今この場で研前を励起させることができるのなら、それでいいだろう。

 

 「・・・うん、ありがとう。極さん。私は私のままの感じでいいんだね」

 「ああそうだ。変に気負う必要はない」

 「分かった。それじゃ、極さんのお話の続き聞きたいな」

 「いやそこは察してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「たかいたか〜い♡ワタル背高いね♫見晴らしい〜い♡」

 「あのな・・・」

 

 なぜか俺は、虚戈を肩車していた。ホテルエリアから極近いところに開放されたエリアだったから、徒歩で探索することにした。そしたら、虚戈がするすると俺の身体によじ登ってきて、あれよあれよという間に俺の肩の上に腰掛けた。親子か。

 

 「質問していいか虚戈」

 「いいでしょう☆ワタルくん質問を許可します▢」

 「なんで肩車してるんだ?」

 「この方がマイムが普通に立ってるより見晴らしがいいからであ〜る♡」

 「なんかテンションおかしくないか?」

 「だって新しいエリア探索ってワクワクするじゃ〜ん♡」

 「そうかい・・・はあ」

 

 特に脚を支えてたり俺が気を付けて歩いてるわけでもないのに、微動だにしないバランス感覚で俺の肩に勝手に座ってる虚戈は、その上しかもきゃっきゃはしゃいでる。いくら“超高校級のクラウン”だって言ったって限度があるんじゃないか?

 

 「で、なんだここ?」

 「ひっろーい!すっごーーーい♫」

 

 さっきから俺たちの会話する声が周りにぐわんぐわん響いて、このエリア全体が途轍もなく広くて、人っ子一人いないことが分かる。鉄板とアルミの棚とコンクリートの床が三方に延びて、無機質な照明があちこちを照らしてる。各棚には車輪付きのはしごがかけられてて、高いところのものも取れるように配慮が成されてる。一言で説明するなら、超巨大倉庫だ。

 天井から下がったパネルに、食料品とか衣料品、スポーツ用品なんていう風に、保管されてるものがざっくりまとめられてる。ここは倉庫だよな。ってことは、ショッピングセンターに行かなくてもここで物を調達できるってことか。

 

 「リンゴだよー♡」

 「こら、勝手に取るなよ。モノクマに何言われるか分かったもんじゃ」

 「モノクマ登場だよ!」

 「出たよ・・・」

 

 棚の影から急に、つなぎに身を包んだ配達員みたいな格好をしたモノクマが表れた。倉庫だからか。倉庫だから配達員か。

 

 「ショッピングセンターではモノクマネーが必要なのに、ここではただで持っていき放題!それじゃあショッピングセンターの意味なくない?と思ったそこのあなた!それは大きな間違い!ここは巨大倉庫であり、流通センターでもあるのです!」

 「流通センター?」

 「そう!物資を貯蔵してショッピングセンターやホテルやアクティブエリアの温泉なんかに補充するための準備をするためのところ!だからここから直接物を持っていくことはできません!」

 「えー♠じゃあこのリンゴ食べられないの♣」

 「何の心配してんだよお前・・・」

 「食べられるよ」

 「食べられんのかよ!」

 「ただしここは倉庫だから、勝手に外に持ち出すことはできません。食べてもいいけど同じリンゴを棚に戻しておいてもらうからね」

 「なにそれトンチ?」

 「つまり、倉庫にいる間は何をどうしてもいいけど、最後に出て行くときに同じ状態に戻してないといけないってことだな」

 「そういうこと!戻せなかったらお腹掻っ捌いて成分を摘出した上で、ボクのスーパーバイオテクノロジーで塩基配列まで完全一致のリンゴを作ってでも元に戻すからね!」

 「要は命は無いってことだな」

 「そうだね!ああ、でも倉庫内に新しくものを置いてくのは全然いいよ。ゴミも燃やせば燃料になるしね!」

 「気前がいいな」

 

 エリア全体が倉庫になってるから、このエリアに限って言えばポイ捨てもできるってことか。だからってわざわざしようとは思わないし、何より間違ってここから何か持っていけば即掟違反になるなんて、危なっかしいことこの上ないな。

 

 「物々交換もできないの?」

 「それもだめ。何がどれほどの価値を持ってるかなんて、人によって基準が変わるからね」

 「誰かが捨てていったものは持ってったらいけないのか?」

 「もともとこのエリアになかったものなら、別に持って行ってもいいよ。間違いでも勝手に持ち出したら即おしおきだけどね!」

 「余計なことはしない方がいいってことだな」

 「ワタルなんかつまんなーい♠もっと色々見ようよー♣」

 「一応探索はするけど、変なことするなよ?棚とかひっくり返したら面倒なことになりそうだし」

 「はーい☆」

 

 ホントに大丈夫かよ、ずっと人の肩の上に乗っかって。いくら軽いっていったって、長い間肩に人1人乗せてるとだんだん疲れてくる。いい加減に虚戈には降りてもらって、2人でこのエリアを探索することにした。手分けできれば早いんだけど、何せ虚戈だから心配で目を離せない。

 このエリアは他のエリアに比べていくらか狭い方で、それでもはしごを使わないと届かないくらいの高さまで棚があって、無駄なく物が陳列してあるから、驚くべき量の物品が収納されてる。

 

 「あっちはゲームグッズ→こっちはお薬←」

 「この先は清掃グッズか。ショッピングセンターに負けず劣らず何でもありだな」

 「見て見てー♡工芸品まであるよ♡サンゴの首飾りだって☆」

 「触るなよ。壊したら一発でアウトなんだ」

 「すごいすごーい♫ワタルもはやく──」

 「っ!あぶない!」

 「きゃっ!?」

 

 くるくる周りながら走るから、目の前にある壁にも気付かずぶつかりそうになった。慌てて余った袖を引っ張ると、軽いからそのまんま飛び込んできた。受け止めるのは難しくなかったけど、虚戈が受け身を取れてなかった。不意のことには弱いのか。

 

 「あたた・・・どしたのワタル?いきなり腕を引っ張るなんて、大胆になっちゃった?」

 「俺だからいいけどシャレはTPOを弁えろよ。前見て歩かないと危ないぞ。さっきも言ったけど何か壊したら一発でアウトなんだ。死にたくなかったらうろちょろするなよ」

 「はーい♡ってありゃりゃ♣なんだろこれ?」

 「鍵かかってるな」

 「ここはーーー!!ボクからオマエラへのスペシャルボーナスでーーーす!!」

 「うるさ・・・」

 「うるさーい♠」

 「うるさくない!!!!!」

 

 うるさい。なんだよ。説明するならいっぺんにしてくれればいいのに。古くさい南京錠なんかで施錠して、明らかにこの奥に何かありますって感じだな。もしかしたら関わらなくていいもんに関わってしまったんじゃなかろうか。

 

 「ここはね、武器庫だよ」

 「武器庫?」

 「この広い広い倉庫エリアの中で、この武器庫だけはなんと特別大サービスで持ち出しOK!ただし、1人1つだけ!まあ詳しくは中に入ってみれば分かるよ!」

 

 そう言ってモノクマは、南京錠を外して大きな扉を開いた。相変わらず無機質で薄暗い雰囲気だ。今までの普通の倉庫を明らかに違うのは、棚に陳列された品々から物々しい雰囲気が出てることだ。見るからに危険な刃物や銃、一見普通のアクセサリーや日常品に、特殊な武器っぽいものもある。コロシアイをやる気になったら、選り取り見取りってことか。

 

 「ここから1つだけ、何でも持って行っていいよ!それをコロシアイに活用してくれてもいいし、しなくてもいい。もちろん何も持っていかなくてもいい!それはオマエラの自由だよ」

 「鍵をかけてたってことは、俺たちは自由に出入りできないのか?」

 「ううん、鍵はホテルに保管しておくよ。誰でも持って行っていいからみんなに広めておいてね」

 「広めるか!おい虚戈、早いところ出るぞ」

 「えー♠でもこれすごくキレイだよ?」

 「触るなっつうの!」

 

 ただ歩くだけで危なっかしいヤツだな。俺はさっさと虚戈を抱えて武器庫を出て、扉を閉めた。南京錠をかけて開かないようにした。けど鍵をホテルに置かれるとここを閉めても仕方がない。どうにかしないと・・・いっそ鍵を壊すか。

 

 「ちなみに、鍵のかかってるドアを壊すのは掟で禁じておくから、気を付けてね」

 

 先手を打たれた。モノクマには何もかもお見通しってわけか。取りあえず今できることは、誰にもこの武器庫の存在を教えないことか。虚戈には重々口封じをしておかないと。

 そういえば、俺と虚戈で二人きりになることが最近多い。スピリチュアルエリアの探索のときもなぜか虚戈に相談に乗ってもらったし、城之内の死体の見張りも俺と虚戈でやった。心配だからって自分からペアを組んだんだけど、なんだか妙な縁を感じる。そう言えば俺は、虚戈のことを良く知らない。事件のときも裁判のときも、虚戈の言動は俺たちと明らかに違う。常軌を逸してる。

 

 「なあ虚戈」

 「なあに?」

 「お前はさ、なんていうか・・・俺たちのことどう思ってるんだ?」

 「ワタルたちのこと?なんで?」

 「いや、俺ってお前のこと全然知らないし、それにこの前相談に乗ってもらっただろ。お返しに、俺も何か虚戈に何かできないかなって思ってさ」

 「・・・ふっふ〜ん♡なあにワタル?もしかしてマイムちゃんのこと気になるの♫マイムは可愛くて面白いからみんなの人気者なんだよ♡独り占めしちゃダーメ☆」

 「(ちょっとイラっとするな・・・)そうじゃなくて、俺は別にそうは思ってないんだけど、たぶんお前のことを怪しんでるとか、怖がってるヤツもいると思うんだ。正直、お前って俺たちとは違うだろ」

 「そうだね♫きっとマイムはみんなとは全然違う人生を送ってきたと思うよ♫」

 

 けろっとした笑顔で虚戈は笑う。やっぱりこいつは掴み所がなくて、何を考えてるかよく分からない。小躍りしながら棚の間の通路を歩いて行くけど、よく見ると両側の棚にぶつかりそうになったり転びそうになったりなんかしない。この抜群の運動神経とあどけなさで、クラウンとして生きてこられたんだろう。

 

 「ワタルはパパとママいる?」

 「ああ、実家にいるはずだ」

 「そっか♫きっとあったかくて優しくて幸せな感じなんだろうなあ♡マイムはちっとも分からないんだ☆」

 「・・・」

 

 いきなり重いなあ。ある程度予想が付いてたとはいえ、こんなに明るく孤児をカミングアウトされると、受け止めるのに時間がかかる。

 

 「あっ♠いまマイムのことを可哀想な子って思ったでしょ!でもそれ違うからね☆マイムは全然可哀想な子なんかじゃないよ♡」

 「えっ、いや・・・」

 「マイムはねー♫周りの子よりいっぱい運動できたし♡いっぱい可愛くなれたし☆いっぱい笑顔になれたんだよ♫だから可愛い服着て、面白い動きして、ハラハラするようなアクロバットをして、みんなに愛されるクラウンになれたんだ♡だからマイムはちっとも可哀想な子じゃないよ☆」

 「そ、そうなのか」

 「そうだよ♫空中ブランコから落っこちてぺしゃんこになったり、ライオンに食べられちゃったり、脱出マジック失敗して粉々になった子だっているんだから、それに比べたらマイムはむしろ幸せ♡満タンハッピーなんだよ♢マイムは笑顔でいなきゃね♡」

 「・・・」

 

 やっぱり外れてる。っていうか、狂ってる。もともとサーカス団にいたって言うけど、今の時代にもそんな孤児を集めて芸を仕込むなんていう非人道的な集まりがあったっていうのか。それに今、虚戈が言ったことを間に受けたとしたら、当たり前みたいに死人が出てる。だから虚戈は人が死ぬことに鈍感なのか?

 

 「そういうワタルは、どうして笑顔じゃないの?」

 「そりゃ・・・こんなところ閉じ込められてコロシアイなんかさせられたら、不安にもなるし、みんなが心配だし・・・それが普通の感覚なんだよ」

 「普通?そっか、普通なんだ♫」

 「なんで嬉しそうなんだよ?」

 「クラウンは悲しんでる人を笑顔にするのがお仕事だからだよ♡みんな不安で怖いんだね♣それはよくないよ♠だからマイムが笑顔にしてあげる☆マイムがみんなをハッピーにするんだ☆」

 「気持ちは嬉しいけど、具体的にどうやるんだ?」

 「パントマイムは鉄板だよー♢あとはジャグリングとか玉乗りとか☆」

 「いやそういう芸では不安はなくならないと思うぞ」

 「そうなの?うーんじゃあ・・・」

 

 まさか自分の芸を見せる以外の方法を全く考えてなかったのか。たぶん、みんなの不安をなくしたいって気持ちは、嘘偽りの無い気持ちなんだろう。考えてみれば、虚戈が今までウソを吐いたことがあったか?ダイイングメッセージの件はあったけど、それ以外で。

 虚戈はいつだって、自分の気持ちに正直だ。何を考えてるか分からない薄気味悪さはあるけど、それは言動が周りとズレてるだけで、裏表がない性格なのも事実だ。だったら、その気持ちを無碍にすることは良くないんじゃないか。そんな風に思えてきた。

 

 「じゃあ虚戈。一つ頼んでいいか?」

 「いいよ♡なんなりと☆」

 「下越のこと元気づけてやってくれないか?」

 「テルジ?うん♡いいよー♫マイムもそろそろテルジのご飯食べたいしねー♡」

 

 そんな簡単に引き受けてくれんのか。頼んどいて心配だな。けどあいつが朝食もろくに準備しないで、部屋に籠もりっきりなんて心配だ。ここに来た初日から、誰よりも脱出の希望を信じて、みんなを元気づけようとしてくれてたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いやあ、広いねえ」

 「そうね・・・」

 

 カコーンと鹿威しが石を打つ音が茶室に響く。手に持った焼き物茶碗越しに伝わるお茶の温もりが、ほんわかした気持ちにさせる。小鳥の囀りでもあれば完璧なんだけどねえ。

 

 「いやこんなことしてる場合じゃないでしょ!」

 「どうしたんだい正地氏」

 「なんで私たちこんな風流な茶室で一服してるの!?探索は!?」

 「休憩も必要だろお?それにここは新エリアの中なんだからさあ、これも探索の一環だよお」

 「その理屈は無理があるわよ?納見君がだらだらしたいだけでしょ。私たちばっかりのんびりしてる場合じゃないんだから、もう行くわよ」

 「金つば食べるかい?」

 「行くわよ!」

 

 せっかくのんびりしてたのに、正地氏はせっかちだねえ。せかせかと廊下を歩いて靴を履き、茶室の外に出る。のぼりの出たお団子屋の前には、赤い繊毛を被せた休憩処が設置してあって、舗装されてない道は反射熱もなくて暑さも幾分か緩やかだ。まるでタイムスリップしたみたいに、古めかしい街並みが広がっている。

 

 「サムライエリア。江戸時代の街並み、特に商いや工場を中心に再現したエリア・・・本当に江戸時代に来ちゃったみたいよね」

 「とはいえ人通りがない上に奥にはモノクマ城も見えてるからねえ。セット感が半端ないよお」

 「脱出に繋がる手掛かりがあるとは思えないわ。本当にモノクマの趣味で造っただけなのかしら?」

 「ショッピングセンターの店も誰かが必要とするものしか置いてないって言ってたし、このエリアっていうのも、誰かが必要としてるから造ったんじゃないかなあ?そういうところモノクマは行き届いているからねえ、無駄に」

 「じゃあエリアは全部で17つ・・・いま開放されてるのが・・・」

 「でもやっぱり違うかなあ。ホテルエリアは誰でも必要とするけど、テーマパークエリアやファクトリーエリアなんて誰も必要とはしてないしねえ」

 「納見くん、適当にしゃべりすぎよ」

 「ごめんよお」

 

 のどかな街並みの中にいると、そんな細かいことはどうでもよくなってくる。いいじゃあないか、大らかにいこうよお。もう既に二度もコロシアイと学級裁判を経験しておれは気付いた。過剰に心配しても仕方がないってこと。相模氏の動機は結局分からずじまいだったけれど、須磨倉氏の動機はおれにも理解できた。特に大事な人がいるわけじゃあないけれど、外の世界がどうなっているかは気になる。

 

 「失楽園ねえ・・・」

 「え?なあに?」

 「なんでもないよお。おれは適当にしゃべるから聞き流しておきなよお」

 

 ミュ〜ジアムエリアのコロシアイ記念館に保管されてたファイルを、何冊か読んでみた。興味があったわけじゃなくて、そこにこのコロシアイのヒントになることが書かれてるかも知れないと思ったからだ。そこに書かれてた、コロシアイから脱出するためのルール。

 ほとんどのコロシアイではクロが勝利したときのことを『卒業』または『脱出の権利を獲得』と書いていた。語感でしかないけれど、どちらもクロの勝利を讃えるような言い方をしている。だけど今回のコロシアイでおれたちに提示されたのは『失楽園』。これじゃあまるで、勝利したクロが追放されるような、リスクを冒して得ようとするものじゃあないみたいじゃあないか。

 

 「どういうつもりなんだろうねえ」

 「なにがなの?」

 「なんでもないよお」

 「そんな言い方されたら気になるじゃないの」

 「聞き流してくれていいんだよお。おれは適当だからねえ」

 「もう、男子なんだからしっかりしてよ。ここにもモノクマの罠が何かあるかも知れないのよ」

 「今更おれたちに何か仕掛けてくることはないよお。あいつはおれたちにコロシアイをさせたいんだからさあ」

 

 というのも、あくまで直接危害を加えないっていうだけで、おれたちが困るようなことはしてくるようだけどねえ。

 

 「おやあ、ここは画工の仕事場だねえ。こっちは鍛冶場かあ。う〜ん、極氏や鉄氏が喜びそうなところだねえ」

 「そうね。鉄くんってやっぱりこういうところの方が似合うわよね。ホント、今更だけどジュエリーデザイナーには見えないわ」

 「彼は鍛冶屋の息子だからねえ。指先の繊細さよりもムキムキの身体の方が目立つもんねえ」

 「ホントそれ!!」

 「どうしたんだい急に」

 「な、なんでもないわ・・・」

 

 絵を描くのはともかく、鍛冶なんて今するようなことじゃあないだろうから、鉄氏がここを使うことはないだろうけれど、明らかにここは鉄氏のために用意されている。ミュージアムエリアのキネマ館も相模氏のために用意されていたようなものだし、このモノクマランドはどう考えてもおれたちのために用意されている。“コロシアイのため”じゃなく、“おれたちのため”に。それが余計に不気味なんだよなあ。どうして“おれたち”なんだろう。

 

 「極さんも鉄くんも芸術家タイプなのに、納見くんはそういう感じしないわね。本当に造形家なのかしら?」

 「何を言うんだい。こんなに肌が白いんだよお。インドア派の代表みたいな格好じゃあないかあ」

 「インドア派でも髪の毛と服にくらい気を遣うわ。いつもだるんだるんの服着て、だらしないじゃないの。そんなんじゃ女の子にモテないわよ」

 「ううん・・・別に興味ない、わけじゃあないからその助言は突き刺さるねえ。やっぱり雷堂氏みたいにスーツの方がいいのかい?」

 「私はもっとピチめの服がいいけど・・・鉄くんにタンクトップとか着てもらって薄い生地の奥に浮かび上がる大胸筋とシックスパックの境目をなぞりたいけど・・・」

 「なんて?」

 「なんでもないわ!!」

 

 この頃正地氏はテンションが最初の頃に比べて2割増しになっているような気がするね。コロシアイには人一倍心を痛めて元気をなくしてたけれど、何か心の拠り所でも見つけたのかねえ。

 

 「ねえ、納見くんはどう思う?モノクマ城のこと」

 「うう〜ん・・・異性とペアにならないと入れなくてえ、しかもチケットが必要ねえ。つまり一人最大でも6回くらいしか入れないってことかあ。実際はもう少しばらけるだろうけれどお・・・立ち入りを制限するってことはあ、そこに何か隠してるものがあるってことかなあ」

 「だけど隠し物があるなら、初めから開放しなければいい話じゃない?敢えてこんなシステムにする理由って何かしら?」

 「どうだろうねえ。あんまり深く考えすぎない方がいいよお。それこそモノクマの思う壺だからねえ」

 「納見くんくらいどっしりまったり構えられたら気楽かも知れないわね」

 

 ゆるゆるの雰囲気のまんま、おれたちはサムライエリアの探索を終えた。大した発見もなく、ただ何人かここの施設に喜ぶ人がいるんじゃないかなあってくらいに留まった。ホテルエリアに戻るとき、エントランスに見慣れない鍵が置いてあったのは、みんなの探索報告が終わってから調べることにした。触らぬ神に祟り無しっていう言葉が、ここでは物凄く強い力を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、私は朝ご飯を作ってた。下越君がとうとう朝ご飯の時間にも間に合わなくなっちゃったからだ。というか、私たちの分の朝ご飯まで用意してくれたのは裁判が終わった次の日だけで、今はもうキッチンが何にも手つかずだった。

 だから早起きした私とスニフ君で、みんなの朝ご飯の支度をすることになった。こうして台所に立つのは、茅ヶ崎さんが雷堂君におにぎりを作ろうとしたあの日以来だなあ。

 

 「私も、何か作ってあげようかな・・・」

 「はい?」

 「なんでもないよ」

 

 雷堂君、昨日のことといい最近トゲトゲしくなってる気がする。2回も裁判を経験して、二人に裏切られて、人を信じられなくなってきてるのかな。私にもその気持ちは分かるけど、それはなんだか雷堂君らしくない。裏切られても、騙されても、私たちの希望になってくれるのが雷堂君だと思ってた。

 だけどそれは、私の勝手な願望だったのかな。うん、そうだよね。雷堂君だって人間だもん。弱くなるときだってある。

 

 「それにしても、下越君、大丈夫かな・・・」

 「Yesterday、マイムさんroomのまえでcallしてました。でもreplyなかったです」

 「・・・よっぽど大丈夫だと思うけれど、後で私たちも行ってみようか。さすがに部屋から出ないわけにいかないだろうから」

 「もしもしのときはピッキングツールつかいます!」

 「もしものとき、ね」

 「それでした!」

 

 ピッキングツールか・・・嫌なことを思い出しちゃった。須磨倉君が私の部屋の鍵を開けたこと。今じゃもうずいぶん昔のことに感じる。あの時私が殺されてれば、茅ヶ崎さんが死ぬことはなかった。いまさら考えたってしょうがないことくらい、分かってる、はずだった。でもずっと心のどこかにそれは引っかかってて、ちょっとしたきっかけですぐに思い出す。

 

 「忘れちゃった方がいいのかな・・・」

 「なにをわすれるですか?」

 「なんでもないよ」

 

 スニフくんが、無邪気に聞いてくる。手についたお米粒を口で取ろうとして、ほっぺにお米粒がたくさん付いてるのが、なんだかあどけない。こんなに弱ってること、スニフくんに気付かれちゃいけないな。まだまだ子供なんだけど、周りへの気遣いは大人みたいによく気が付く子だから、余計な心配かけさせたくないんだよね。

 

 「あのぅ、こなたさん。Breakfastのあとなんですけど・・・timeありますか?」

 「時間?あるよ?」

 「そうですか・・・じゃ、じゃあこなたさん!ボ、ボクと・・・デートしてください!」

 「え?デート?」

 「モノクマのデートチケット、ボクこなたさんにつかいます!モノクマcatsle行ってください!」

 

 唐突なお誘いに、びっくりしてちゃんとお返事ができなかった。お米のついたほっぺを真っ赤にして、スニフ君は真っ直ぐ私を見てくる。デートチケットって確か一人一回しか使えないヤツだよね?

 

 「私なんかでいいの?虚戈さんとか、鉄君とか、もっと仲良い人と行った方が楽しいんじゃない?」

 「こなたさんがいちばんです!」

 「・・・どうして私なの?」

 「あぅ・・・こういうのボク知ってます。ボウズっていうんですよね」

 「???」

 「こなたさん、なんだか元気ないですから、cheerしようと思いました。ボクがんばってこなたさんたのしくします!モノクマcatsleどんなところか分かんないですけど、モノクマ言ってました。入れるのpriceとprincessだって。ですので・・・ボクのprincessになってください!」

 

 もう完全におにぎり作る手が止まっちゃった。ボクのプリンセスになってくださいって、そんな熱烈なこと言われるなんてまるで告白みたい。だけどスニフ君は、私が元気ないのに気付いてたんだね。だから私を元気づけてくれようとしてるんだね。優しいね。それなら私が断る理由はないよね。

 

 「ふふ、ありがとう。それじゃあ朝ご飯食べたら、行こうか」

 「・・・!!ありがとうございます!!YATTA!!」

 「やったね」

 

 笑い返してあげると、スニフ君は喜んで飛び上がった。大袈裟だなあ。

 

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り人数:12名

 

【挿絵表示】

 




やっとこさ第三章です。実はプロットがほとんど出来上がっていません。
でも動機編を今書いているところなので、ある程度見通しは立っています。
ほどほどにご期待くださいマセ。


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(非)日常編2

 

 テールテールジージーテルジージー♫テールジはおー部屋でひーきこもりー♫部屋出ろ飯出せ元気ー出せー♫

 

 「ごめんくださーい♡しょぼくれたテルジに可愛いクラウンのお届けものだよ☆」

 

 コンコン♫ノックノック☆出ないなー♣お返事もないなー♣せっかくマイムがデリバリークラウンしてあげてるのに居留守するなんてどういうこと♠でもワタルにお願いされちゃったからマイムはあきらめないよ☆八方手を尽くすよ♫だからこんなこともあろうかと思っていたマイムは、部屋から秘密兵器を持ってきていたのだった☆

 ガサゴソっと帽子の中から〜・・・じゃじゃじゃじゃーーーん☆ピッキングツール〜♡これでどんなお部屋も開けゴマなのだ〜♢

 

 「あそれ、ほそれ、くるくるくる〜っと♡」

 

 マイムは器用だからこんな鍵を開けるのなんて、おちゃのこさいさいカッパの屁なんだよ☆トリセツついてるしね♡何かあっても笑って許してね♡

 

 「ぱんぱかぱ〜ん♡デリバリークラウン一丁お待ちどお〜♢落ち込んでる子はいね〜が〜♠・・・あれ?」

 

 ありゃりゃのりゃ〜?ここってテルジのお部屋だよね?そんでもってテルジってずっと誰も見てないよね?だからお部屋に引きこもってるはずだよね?だからマイムは励ましに来たんだよね?うん、そのはずだよね?おかしくないよね?

 だけどだけど、どうしてこのお部屋にはだーれもいないのかなあ???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で、戻って来たというのか・・・」

 「そうなんだあ♨まあ〜消化不良感あるけどオーディエンスがいないんじゃクラウンはなんもできないよね〜♨」

 「なぜ茶を飲んでまったりしている。探しに行くとかしないのか?」

 「だってテルジがどこにいるか分かんないもん♣それにワタルにお願いされたのはテルジを励ますことで、テルジを探すのはお願いされてないもん♫」

 「ふむ、タイミング的には裁判の翌日から行方不明・・・昨日の今日だが、もしものことがあるやも知れんな」

 「・・・」

 

 昼飯を食べに戻って来てみれば、虚戈が茶を飲みながら菓子を摘まんでいたので、少し分けてもらった。聞けば、雷堂に頼まれて引きこもっている下越を連れ出すために訪ねてみたが、部屋はもぬけの殻だったと。となると、下越は一体どこに行ったというのだろう?同じく昼飯を食べていた荒川の言葉で不安を煽られる。

 

 「このことを知っているのは?」

 「マイムとサイクロウとエルリ、あとワタルも知ってるよ♡でもワタルがみんなに言ってるかも知れないから分かんない♠」

 「気楽なものだな。下越の安否も気になるが、我々は今後一切あの味を味わえなくなるのだぞ。研前とスニフ少年のおにぎりもまあ、悪くはないが」

 「今はこれが精一杯・・・♫」

 「大泥棒風に言っても洒落になっていない。とにかく下越を探さなければ」

 

 そう言って荒川は懐からペンとメモ帳を取り出し、何やら書いてホテルの入口に貼り付けて出て行った。『下越の行方知れず。みな探せ』か。要件は伝わるが、電報のようだな。俺もどこかを探してみようか。

 

 「ねえねえサイクロウ♫サイクロウはテルジはどうなっちゃってると思う?」

 「さあ・・・無事だといいが、万が一のことも考えておくべきなんだろう・・・。俺はまだ覚悟ができん」

 「もしかしたらあれかもね♡前にモノクマが言ってた人♢なんだっけ?」

 「・・・“超高校級の死の商人”、か」

 「それそれ♡マイムたちの中にいるんだってね♡もしかして・・・サイクロウだったりして☆」

 「何が言いたい?」

 「ふふ〜ん♫サイクロウもそろそろ慣れようよ♡モノクマランドでは人が簡単に死んじゃうんだよ♣みんな100%の信用なんかしないんだよ♣誰かが何かを隠してるかも知れないんだよ♣覚悟なんかしてもしなくてもおんなじなんだよ♣マイムお姉さんからの忠告です☆」

 「姉は血縁の一人だけで勘弁してほしい。あってもなくても同じ覚悟なら、せめて俺は自分の気持ちに整理を付けてから・・・」

 「それが甘いって言ってんの♠サイクロウ、もっと真面目に考えようよ♠」

 

 あどけない笑顔のまま物騒なことを口走る虚戈に、俺は圧倒された。席はテーブルを2つ挟んで離れている。声色は明るく子供のように軽やかだ。それなのに耳から全身に響き渡るような言葉の重みに、俺の身体中が緊張した。虚戈が次に発する言葉の一つ一つに、強く警戒してしまう。

 

 「か、考えるって・・・何を?」

 「“生き抜く”ってこと♡」

 

 それだけ言って、虚戈はスキップで図書館の方に出て行った。きっとまたはしゃぎ回ってモノクマに怒られるのだろう。その子供のような振る舞いに反して、言動や態度は恐ろしいほど冷酷でシビアだ。一体ヤツは何者なんだ。なぜ俺に“超高校級の死の商人”の話なんかしたんだ?

 まさか虚戈は──・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクのHeartはHotelからモノクマCastleにつくまでのあいだずっとDrummingしてた。今だってそうだ。こなたさんと手をつなぐのなんて何回もしたけど、これがDateなんだって思うだけでとってもSpecialなことに思えてくる。

 いつもよりこなたさんの手があったかくてやわらかいような。ぎゅっとにぎった手からつたわるPulseでこなたさんのHeartまでかんじるような、そんなくらいボクはいまWhole bodyでこなたさんをかんじてる!!

 

 「Excellent・・・!」

 「スニフ君、大丈夫?なんか息が荒いけど具合悪いの?」

 「ダイジョブです!No problemですモーマンタイです!」

 「それならいいんだけど・・・」

 

 おっとあぶないあぶない。あんまりウキウキしてるところがバレたらこなたさんに子どもっぽいと思われる。DateはLadyfirstで、だけどおとこの人がLeadするもんだってPapaが言ってました。だから今日のボクはいつもの子どもっぽいボクじゃなくて、リッパなGentlemanなんですよ!

 

 「こなたさん、モノクマCastleです。ここはボクのTicketで入りましょう。Dateはボクがおそうざいしたので」

 「うん、お誘いありがとう」

 「It's nothing(なんの)!」

 

 モノクマCastleのFacadeはSuspension bridgeになってて、ボクたちがそのまえに来たらかってにおりてきた。Sensorがどこかにあるのかな。そしてBridgeがひらいてMoatをわたれるようになると、どこからともなくFanfareがきこえてきた。まるで、かえってきたLoyaltyをむかえてるような。

 

 「Wow・・・」

 「すごい演出だね・・・モノクマがしばらく開放しなかったわけだよ。こんなに凝ってるなんて」

 

 BridgeをわたっていきなりDoorがある。その前にはSignboardがあって、モノクマCastleのRuleがかいてあった。All Japaneseでボクにはむずかしかったけれど、モノモノウォッチのNew ApplicationでTranslateできるともかいてあったから、やってみた。High technologyだなあ。

 

 「スニフ君、読める?」

 「モノモノウォッチ、Translationできます。たくさんあるけどダイジョブです」

 

 『モノクマ城をご利用のお客様へ

  モノクマ城は夢と魔法と絶望の国、モノクマランドの象徴であり、最大の目玉です。以下のことを守っ

  て、どなた様も快くご利用いただけるよう、ご配慮をお願い致します。

   ・入城にはチケットが必要で、1枚のチケットで男女1名ずつ入城できます。

   ・城内に一度にご入場できるのは、チケットを使用して入城したペアのみになります。

   ・現在地の正門が城の入口となっています。チケットをこちらに提出ください。

   ・内部には複数の部屋や廊下などありますが、指定の順路はありません。ご自由にご覧下さい。

   ・退城後、入口からの再入場はできませんのでご注意下さい。

   ・以上のことをお守りいただけない場合、いかなるものも保証いたしかねます。

  おすすめポイントは1階“礼拝堂”と、最上階“姫の部屋”となります。

  ルールとマナーを守って、楽しくコロシアイしよう!』

 

 ラストがとってもいらなかったけれど、まえにモノクマがDinningでボクたちに言ったこととほとんど同じだった。ボクたちは今からTicketをつかって入るんだから、ここにかいてあるRuleはClearしてる。それじゃさっそく入ってみよう!

 

 「Doorはボクがあけます!こなたさんはお先に。Ladyfirstです」

 「ありがと。エスコートしてくれるんだね」

 「はい!Escortします!くっ・・・!」

 

 BridgeをわたっていきなりDoorがある。こなたさんのためにそこをあけてあげようとしたけど、おしてもひいてもSlideさせてもチクともしない。Ticketをすきまにはさんでみたりしたけど、それでもあかない。おかしいな。あんまりゆっくりしてるとこなたさんにアイスつかされちゃう。

 

 「ふぬぬっ・・・!」

 「開かないの?」

 「あ、あけます!すぐあけますからまっててください!」

 「待ってるけど・・・うん?『開錠ボタン』・・・ポチっとな」

 「うう〜ん・・・!What!?」

 「開いた」

 「いたた・・・こ、こなたさん!あきました!」

 「うん、ありがとう」

 

 がんばってひっぱったらあいた!よかった!こなたさんも笑ってくれてるし、おしりもちついちゃったけどいたくないフリいたくないフリ。

 Castleの中はまずStraightのCorridorがあって、入ったすぐのところにモノクマのStatueがある。ボクとこなたさんがCastleに入ったとたん、その目がFlashした。

 

 「きゃっ!」

 

 パシャっとCameraみたいな音がして、モノクマStatueの口からPhotographがべろんと出てきた。気を付けながらとってみると、たった今ボクとこなたさんが入ってきたところをSnapしたものだった。これでだれが来たかが分かるってことなんだ。

 

 「なんだろう?写真?」

 「ボクとこなたさんがうつってます」

 「入城記念ってことかな?いきなり撮るからピースできなかったよ・・・」

 「大事にとっときましょう!」

 「このまま進んでいいのかな?」

 「Courseはきまってないんですから、行きましょう!RecommendはChapelですから、Firstそこ行ってみましょう!」

 「そうだね。じゃあスニフ君エスコートしてくれる?」

 「Sure(はいよろこんで)!」

 

 StraightのCorridorをすすむと、とっても広いHallに出た。まっ正面にStairがあって、Pink-hair girlのPortraitがかざってあった。CrimsonのCarpetとか、まぶしいくらいのChandelierとか、見たことないくらいBigなFoliage plantがならんでたり、EntranceだけでなんだかOverwhelmされそうだ。

 

 「・・・Wonderful」

 

 かざってあるPortraitはとても大きくて、モノクマをHugしてにっこりしてるそのSmileに、ちょっとのあいだ目がはなせなかった。だけどボクはこなたさんとDateをしてるんだった。キレイだけどほかのGirlのことなんか見てたらこなたさんがおこっちゃう。

 

 「あっ、ごめんなさいこなたさん。Chapel行くんでしたね」

 「・・・」

 「こなたさん?」

 「あっ・・・ごめんね、スニフ君。ちょっとあの絵に見惚れちゃってた」

 「とってもWonderfulですからね。あの人、とってもBeautifulです」

 「私とDateしてるのに他の娘のこと褒めちゃうの?」

 「Oops!あの、そうじゃなくてですね。こなたさんの方がもっとBeautifulです!」

 「ふふ、冗談だよ。ジャストキディング♫」

 「はうあっ!!」

 

 からかわれた!こなたさんに!でもこなたさんがたのしいならOKです!No problem!というかこなたさんもボクとおんなじで、あのPortraitを見てたんだ。やっぱりあのPortraitは、すごくAttractiveだ。なんていうか、ずっと見ていたくなるような・・・。

 

 「礼拝堂ってどこかな?」

 「Floor mapだとあっちです。そっちのDoorから行けるみたいです」

 

 モノクマCastleに入ってすぐモノモノウォッチは、Castleの中のMapをInstallした。それでどこに何があるのかが分かるようになってとってもたすかる。RightsideのDoorはWoodじゃなくて、なんだかおもそうなMetalでできてた。がんばってそれをあけてみると、中はLightがなくてくらくなってた。

 DoorからまっすぐRed carpetがしいてあって、その先にはおっきなCrossがかかってた。たくさんのSeatがCarpetの両側にならんでて、ボクたちがAll memberでも入れそうだ。StainedglassからちょっとだけSunlightが入ってきて、FloorにColorfulな光がうつってる。かべと合体してるPipe organは、そこにあるだけでなんだか今にもなりだしそうで、ものすごいPresenceをかんじる。

 

 「うわ・・・すごい、なんか、荘厳な感じがするね」

 「How solemnity it・・・」

 

 さっきのPortraitもすごかったけれど、このChapelもすごい。Lightがないのはきっと、Stainedglassから入ってくるSunlightとか、CrossのまわりにたくさんおいてあるCandleをつかうからなんだろう。

 

 「・・・?ねえスニフ君、何か聞こえない?」

 「え?」

 「なんか・・・男の人が叫んでるような、何かがぶつかるような、変な音」

 「な、なんですかそれ・・・あっ、ボクのことこわがらそうとしてますね!そんな音しませんよ!」

 「じゃあ、私にしか聞こえないのかな。私、ちょっとあるんだよね。シックスセンス」

 「No, Non-scientific(ひ、非科学的な)!」

 「ふふ、やっぱり気のせいかもね」

 

 きゅうに何を言うのかとおもったら、ボクのことをこわがらせようとしていいかげんなことを言ってるにちがいありません。ChurchなんだからGhostとかDevilはぜんぶExorciseされちゃうんですよ!

 

 「もうChurchはいいです。もっといろんなところ見ましょう」

 

 そう言ってボクとこなたさんはChurchを出た。GrandfloorにあるほかのDoorは、DinningだったりWarehouseだったりKitchenにつながってて、どれもすごくキレイにClean upされてた。だけどだれかがつかったかんじはしない。なんだかDioramaの中に入っちゃったみたいだ。

 StairsをのぼってUpper floorに行くと、今度はGuest roomがたくさんならんでた。ほかのHallにつながるCorridorもあって、なんだかLabyrinthみたいになってる。モノモノウォッチにMapがあるからLostすることはないはずだけど、こうしてこなたさんといっしょにどんどんCastleのおくまですすんでいくと、だんだん戻れるのかしんぱいになってくる。

 

 「どうしたのスニフ君?何か心配?」

 「い、いえ!ダイジョブです!それに、何かあってもこなたさんはボクがまもりますから!おおぶろしきにまかれたきもちでいてください!」

 「うん、色々混ざってるけど言いたいことはだいたい分かるよ」

 

 Corridorには、Faceがモノクマにかわってる『モナリザ』や『ヴィーナス誕生』、SunがモノクマのFaceになってる『印象・日の出』みたいなMasterpieceがかざってあった。『叫び』に『最後の晩餐』に『牛乳を注ぐ女』、『記憶の固執』まである。そのどれもこれもがモノクマテイストにされてて、Parodyもこうなるとなんだかしつこい。

 

 「これって、全部モノクマが描いたのかな?」

 「それならモノクマはArtのSkillはありますけど、Senseはないですね」

 「そうだね。このモノクマなんかドロドロに溶けてチーズみたいになってる。変な絵だね」

 「ドロドロなのはOriginalもですよ」

 「そうなの?あはは、間違えちゃった。スニフ君は物知りだね」

 「グランマのいけぶくろってヤツです!」

 「おばあちゃんの知恵袋、でしょ?」

 「それでした!」

 「それでもないと思うよ。スニフ君おばあちゃんじゃないし」

 「じゃあ、じびきあみですか?」

 「きっと生き字引きのことだよね」

 「それでした!!」

 「スニフ君、このごろ間違え方が強引だね」

 「???」

 

 ボクそんなにまちがえてたかな。でもここにならんでるモノクマのpicturesよりはまちがえてないはずだ。こんなに上手にかいてあるのに、こんなにかんどうしないなんて、やっぱりなにかをまちがえてるんだ。

 そのままボクとこなたさんはCorridorをとおって、色んなところを歩いた。FountainがあるGardenとか、Clock towerとか、Observatoryから見えるモノクマランドのLandscapeとか、モノクマが作ったとは思えないくらい見所がいっぱいだ。RealのSwordとArmorがならんだCorridorだけは、モノクマっぽかったけど。

 そして、モノクマCastleのいちばんのMain、いちばん高いTowerのてっぺんにある、『姫の部屋』にやってきた。Room of Princessだ。こなたさんにぴったりじゃないか。

 

 「すごいねこれ。自動ドアになってる」

 「Castleなのにですか」

 「ムードも大事だけど、便利になるんだったらこういう変化も大事なんだよ。スニフ君じゃドアノブ届かないでしょ」

 「そんなにちっこくないです!」

 

 とは言ったけれど、Emergency用についたドアノブはホントにボクの手がとどかない高さにあった。Harassmentだ!Height Harassmentだ!I'll sue him, that bustard(あの野郎め、訴えてやる)!ボクよりちっこいクセしてこんなの作るなんてボクへのHarassmentじゃなきゃなんだってんだ!

 そう心の中で言ったけど、いけないいけない。今はDateだった。あんなヤツのことをかんがえないで、こなたさんとの時間を楽しもう。ドアがあいて『姫の部屋』の中にボクとこなたさんが入る。もちろんLadyFirstだからこなたさんが先だ。中はなんだかちょっとくらくて、広いけれどあんまりものはおいてなかった。Canopy bedとGorgeousなWindowが1つ、なぜかThroneもあって、ちょうどBedでねてる人のかおが見えるようにおいてある。Ceilingの一部はぬけ穴になるみたいで、今はぱっかとひらいてAngel ladderがおりてる。とってもきれいだ。

 

 「ここがMainです。It's beautifulです。でもなんだかさびしいです」

 「そうだね。お姫様の部屋っていうから、もっと可愛い感じだと思ってたけど、なんだか殺風景だね。鏡台もクローゼットもおもちゃ箱もない。天蓋ベッドだけ?」

 「Windowもいっこだけです。ん?」

 

 WindowのはじっこにモノクマからのNoteがある。なになに。『この窓ははめ殺しで、しかも防弾ガラスでできてるから絶対に開きませーん!だからこの部屋も絶対に飽きません。うぷぷぷぷ♫』。見なかったことにしよう。

 

 「なんだか、今まで見てきた中だと味気ない感じがするね。本当に一番の見所なのかな」

 「そうですね・・・」

 「え?スニフ君、何か言った?」

 「そうですねって言いました」

 「そうじゃなくて、その後」

 「???・・・そのあとにはなんにも言ってません」

 「じゃあさっきの声は・・・誰の声?」

 

 さっきのChurchのときみたいに、こなたさんはまたそんなSpiritualなことを言い出す。そうやってボクのことをこわがらせて面白がろうったってそうはいきませんよ。

 

 「ここにはボクとこなたさんしかいません。ボクたちじゃないVoiceなんてきこえるわけないじゃないですかあ」

 「おかしいなあ」

 「もうここはいいですよ。ボクもっかいFountain見たいです!」

 「そっか。じゃあ噴水広場に行って、そしたら出ようか」

 「はい!」

 

 思ったより大したことなかったMain spotをあとにして、ボクとこなたさんは歩いてきたRouteをもどった。モノクマからTicketをもらったときよりも楽しめたけれど、でもそれはこなたさんとだからで、このモノクマCastleが楽しかったわけじゃない。

 いろんなSpotの中で少しだけ楽しかったFountain gardenにもう一回来て、Benchにすわってこなたさんと一休みした。

 

 「結構たくさん歩いたね。私、こういうお城って初めてなんだ」

 「ボクもです。MapあったからLostしなかったですけど、とっても広くてきれいでどこがどこだかわかんなくなっちゃいました」

 「ふふふ。帰りもちゃんと地図を見ておかないとね。迷ったら何日も出て来られなさそう」

 「・・・そしたら、モノクマCastleにすむしかないですね。ボクと、こなたさんだけで」

 「え?う〜ん、そうだね。でもその前にみんなが助けに来てくれるんじゃないかな」

 「あ、そうですか・・・」

 

 いいかんじにこのままPrince&PrincessチックなTalkにしていこうとおもったのに、こなたさんはそうやってボクの気持ちをこう、手でこうやって、こねてあそんで!でもそうやってこなたさんにヒラヒラにげられてくのも、それはそれでなんだかコーフンしてきたりして。うう、なんだかHotになってきた。

 

 「スニフ君、大丈夫?顔赤いよ?」

 「ほあっ!?だ、だいじょぶです!ごめんなさい!」

 

 気付いたらこなたさんのFaceが目の前にあって、びっくりしておもわずBenchから立った。いけない、一旦おちつかないと。そう思ってボクはFountainの水を見ておちつくことにした。前にサイクロウさんに、水を見てメイソーするんだっておしえてもらったから。

 マーライオンみたいなBronze statueの口から出てくる水がきらきら光って、うつったボクがゆらゆらゆれる。そんな水のうごきを見てたらなんだか心がおちついてきて、さっきまでのコーフンが消えて──。

 

 「Woa!!?Aaaaaaaaaaaah!!?」

 「ど、どうしたのスニフ君!?」

 「あ、あわ、あわわ・・・!こ、こな、こなた・・・さん・・・!いま!」

 

 目が合った。Fountainから出てくる水の、その中から出てきた・・・その人と。水の中でも一本一本までうごきがわかるLong hairに、BlackのShirtが水にぬれてぺったりはだについてる。RedのJerseyが水のながれにゆらゆらゆれて、すごくこわい。ボクはその人にまた会えたことよりも、その人がそんなふうになってることの方がおどろきだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「テ、テルジさん・・・が・・・!?テルジさんがあ・・・!」

 「下越君・・・!?し、下越君!」

 

 ボクとこなたさんが呼んでもテルジさんは何のReactionもない。Fountainの中でぷかぷかうかんで、目も口も力がぬけてだらしなくひらいてる。これじゃあまるで・・・まるで、テルジさんがころされたみたいじゃないか──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──ぅげほっ!!ぐへ!!えっほ!!うえっ!」

 「Wow!?テ、テルジさん!?You alive(生きてた)!?」

 「ス、スニフ君!下越君生きてるよ!助けないと!」

 「えっと!えっと!Artificial respiration(人工呼吸)Cardiopulmonary resuscitation(心肺蘇生)!あ!!こなたさんはダメです!ボクがやります!No kiss!!No kiss!!」

 「呼吸はあるから!服を脱がせて!」

 「はわわ!そ、そんなの・・・!」

 「もうあっち行ってて!」

 

 Panicになってこなたさんがもう一歩のところでテルジさんとKissしちゃうのをみのがすところだった。あぶないあぶない。Fountainからテルジさんをこなたさんとふたりで引きずり出して、Chestをがんばってばんばんたたいた。とちゅうでこなたさんにうしろにポイッてされたけど、ShirtをぬがせてこなたさんがヘンなことしないようにMarkしてた。

 

 「げっほげっほ・・・!はあ、はあ・・・ああ。死ぬかと思った」

 「ふつうは死にます」

 「ん・・・おお!じ、地面だ!空だ!風だ!!空気がうめえ!!光が眩しい!!俺は生きてんぞおおおおおおおおっ!!!」

 「ど、どうしたの下越君・・・?」

 「すごくHustleしてます・・・あのう、テルジさん。おひたしぶりです」

 「あん?ブリのおひたしってのは食ったことねえな。ブリはやっぱ照り焼きだぜスニフ!」

 「お久し振り、でしょ?」

 「それでした!」

 「ああそうだ!思い出した!腹減った!」

 「ちょっと待って。一旦整理させて。今しっちゃかめっちゃかだから」

 

 げほげほいってReviveしたテルジさんが、なんだかいきなり元気になってHustleしてた。生きてるのはびっくりしたけど、なんでそんなに元気なんだろ。ついさっきおぼれてFountainから出てきたのに。

 

 「ま、まず・・・下越君はなんで噴水から出てきたの?」

 「あ?ああ、ここ噴水か。いやあ、どっか出口ねえかなって思ってうろうろしてたんだけど、一世一代の覚悟決めた甲斐があったぜ。死ぬかと思ったけどな」

 「ごめん、全然分かんない」

 「下水に落とされたんだよ。この城入ってすぐに」

 「Sewageですか?」

 「城に入ってすぐに写真撮られただろ。びっくりしてたら床が抜けてよ。そのまんま下水に真っ逆さまだ。よく生きてたと思うぜ」

 「ボクらもとられましたけど、なんともなかったですよ」

 「うん、なかった」

 「なんだそりゃ!差別か!オレ差別か!オレ差別はやめてください!」

 「なんで急に敬語なの?」

 

 入ってすぐSewageにおとされるなんて、モノクマのいたずらだったらいくらなんでもあんまりだ。それにボクとこなたさんはダイジョブだったのに、テルジさんだけどうしておっこちたんだろう。あのモノクマのStatueって、Memorial photographじゃなかったのかな。

 

 「えっと・・・ここ最近、下越君を見なかったのってもしかして・・・」

 「下水にいたんだよ!この城が開放された日に来て、そのままストンだからな!3日も4日も真っ暗で何もねえくっせえところをウロウロして、なんとかギリギリ生きてられたけど、危うく死ぬところだ!」

 「だから普通は死ぬってば」

 「しかも誰も助けにも来てくれねえから、マジでやべえと思ってじっとしてたんだ。そしたらスニフと研前の声がするだろ?ここっきゃねえと思って死ぬ気で下水を遡ってきたんだよ」

 「いや、いくらなんでもそれは無理でしょ。どうやってここまで上がって来たの?」

 「なんか水を汲み上げる桶の水車みたいなのがあったんだよ。ちょうどあの時計塔の下あたりだな。それに乗ってきたんだ。さすがにここから出るときにゃ覚悟決めたけどな」

 「すごいGutsですね」

 「ったりまえだ!もし明日も下水にいたらせっかく育てた糠床がダメになっちまうからな!イヤな予感がしたから冷蔵庫にゃあ入れといたが、もう限界だ!かき混ぜる!」

 「命よりぬか漬けなの?」

 「ああ!その前にシャワーか!ドブ風呂なんかに浸かった後じゃ厨房に近付けもしねえ!こうしちゃいられねえ!」

 「ちょちょちょ待って待って下越君!まだ全然解決してないから!糠床は逃げないから!」

 「んぬぅかどこぉおおおおおおおおッ!!!

 

 こなたさんがStopするのもきかないで、テルジさんはものすごいDashでKitchenに行っちゃった。あ、そのまえにShowerか。でも、とりあえずテルジさんがぶじみたいでよかった。これでまたテルジさんのおいしいごはんがたべられるぞ!でも、ぬかどこってなんだろ。

 

 「行っちゃった・・・なんだったんだろう。一応、無事みたいだけど」

 

 いきなり出てきてあっという間にいなくなって、Hurricaneみたいな人だ。それにしても、テルジさんが出てきたせいで、ボクとこなたさんのSweet timeが大の字になっちゃった。それになんだかおなかもすいた。

 

 「帰ろっか、スニフ君」

 「はい、こなたさん」

 

 ボクとこなたさんは、また手をつないでホテルに向かった。モノクマCastleのEntranceで、テルジさんがPitfallにおちないようにふんばってたのを助けて、三人でもどった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後2時を少し回った頃。今日は生憎の快晴。新たに開放されたエリアには脱出の手掛かりはおろか、黒幕の正体に繋がる手掛かりもない。まあ、俺様をこんな場所に監禁しているのだ。この程度ではボロを出すには早すぎるというものだ。

 

 「ふむ」

 

 たまには凡俗共の様子を見て回るというのも悪くないかも知れん。いや、見ておくべきだろう。少なくとも俺様は一度目の学級裁判で、凡俗共を熟知していないが故のミスリードを犯している。腐っても“超高校級”、凡俗と十把一絡げにできるものではないと学んだはずだ。

 しかし見ておくと言っても、勲章以外は俺様を避けている。陰から観察しようにも誰がどこにいるか分からん。適当に、図書館など行けば誰かいるかも知れんな。酔狂に身を委ねるのもよかろう、今日は『オフ』とすることに今、俺様が決めた。

 

 「さて」

 

 図書館か。このモノクマランドに来て数日は通っていたが、めぼしいものは全て読み尽くした。今さら本に新しい発見など求めていない。人類の最高傑作であり天才を超越した天才である俺様にとって、本など書かれた時点で遺物に過ぎない。無駄ではないが最新ではない。俺様の“才能”を以てすれば、この図書館を丸ごと脳内に移設することもできよう。

 見上げるほどの高さの本棚も、欄干から欄干へ網目がごとく行き交う階段も、ゆったりとくつろげそうな読書スペースも、俺様の世界には不要なものだ。用があるのは、そこに居並ぶ二人の眼鏡。納見(ぎっちょう)(盛り髪)だな。

 

 「こりゃあちょっと渋すぎないかい?」

 「できないことはないのだろう?」

 「まあそりゃあ仏さんを彫るのは初めてじゃあないけどねえ。それにしても極氏がこんな趣味を持ってたのは意外だねえ」

 「趣味というと語弊があるような気がするが・・・これは戒めだ。我々への、な」

 「分かってるよお。ちょっとさすがに、おれも気が滅入ってきてたからねえ」

 「ほう、仏像か。そういえば貴様らはどちらも芸術をハガッ!?」

 「おおおおう!!?ほ、星砂氏ぃ!?あれえ!?極氏!?」

 「何をしにきたドブネズミめが」

 

 今、何が起きたのか全く把握できなかった。俺様は確か、納見(ぎっちょう)(盛り髪)が仏像のカタログを見て何やら話をしているところを後ろから覗き込んだ。と思ったら次の瞬間、(盛り髪)に顔面を鷲づかみにされていた。指先から頭蓋を通して怒りが伝わってくる。というか、単純に痛い。

 

 「ま、待て貴様・・・!離せ!一旦離せ!何をする!」

 「アイアンクローだ」

 「技はきいていない!おい納見(ぎっちょう)!こいつをなんとかしろ!」

 「おれになんとかできると思うかい?」

 「それもそうだな!俺様としたことがあまりにあり得ない展開に少なからず冷静さを失っがあああああ!!いだだだだッ!!」

 「3つ数えたら手を離す。口を閉じたまま、私たちから離れろ。3,2,1」

 「おああっ!」

 

 なんということだ。ただ近付いただけだというのに、この俺様にアイアンクローをかますとは。隣にいる納見(ぎっちょう)も明らかに引いている。だのにこの暴力女は平然としている。一体何者だというのだ、堅気ではないだろうさては。

 

 「一言でも口を開いたら、ただでは済まないと思え」

 「くっ・・・!」

 「極氏、いくらなんでも警戒し過ぎじゃあないかい?星砂氏だってすぐこの場でおれたちに危害を加えようなんて気はないだろうさあ。二対一だしねえ」

 「実質サシのようなものだ。油断していると足下を掬われるぞ」

 「だな。警戒してもらわねばこちらも手応えがない。貴様は少々脇が甘いな、納見(ぎっちょう)

 「喋るなと・・・言ったはずだが?」

 「はてな、俺様は貴様に口を開くなと言われたはずだ。だからこうして、口を開かず話している」

 「こいつ・・・!直接脳内に・・・!?」

 「いやいや極氏。ただの腹話術だよお」

 

 ふん、驚いたか凡俗め。俺様が口の開閉を封じられたところで喋るのを諦めるとでも思ったか。たとえ縫い付けられようとも、こうして喋る手段などいくらでもあるというものだ。それにしても、どんな技能でも身につけておくものだな。こんな芸が役に立つ日が来るとは。

 

 「俺様は別に貴様らの邪魔をしようというのではない。今日はオフだからな」

 「オフ?」

 「たまには貴様ら凡俗の生活でも観察して、今後の身の振り方の参考にしてくれようというのだ。大人しく観察されるがいい」

 「見世物ではない。そういうものが見たいなら虚戈の所へ行け」

 「そうではない。ただの貴様らの有り様が見たいのだ。まあ俺様はいないものとして考えるがいい」

 「よくそんな偉そうな態度でいられるよねえ。ついさっきあれだけ極氏に痛めつけられたってのにさあ」

 「それで、貴様らは何をしていたのだ?」

 「あ、なかったことにするんだあ」

 

 仕方のないこととはいえ、俺様ほどの強大な影響力を持つ者は存在するだけで凡俗共の行動に影響を及ぼしてしまうということだな。自然な様を観察したいというのに、図らずも俺様が干渉してしまったことで少々歪な形にはなってしまうだろう。斯くなる上は、少しずつ俺様の存在を薄めていくしかないか。

 

 「極氏がねえ、仏像を彫ろうって言うんだよお。今までにもう5人も死んでるからねえ。彼らのために小仏像を彫って、供養と戒めにしようってさあ」

 「こんなヤツに洗いざらい話す必要はないぞ、納見」

 「そうか。貴様らは二人とも芸術系の“才能”だったな。確か、造形家と彫師だったな」

 「私たちに興味がなかったくせに、“才能”だけは覚えているのだな」

 「どんな“才能”がどのような形で利用価値が生ずるか分からないからな。まあ、俺様の“才能”に比べれば有象無象に過ぎんことには変わりないが」

 「星砂氏の“才能”・・・?“超高校級の神童”だっけえ?神童ってなんだい?」

 「そんなことも分からず俺様を崇めていたのか」

 「崇めてはないよお」

 

 これはなんと、さすがの俺様も予想外だ。納見(ぎっちょう)のヤツ、俺様が一体どのような“才能”の持ち主かさえ理解していなかったというのか。ふむ、そういえば、希望ヶ峰学園に入学する生徒の一部は、入学前からある程度の知名度を有し、その“才能”を世に知らしめている者もいる。対して俺様の“才能”は、そう派手な部類ではないからな。知らん者がいても無理はない、か。

 そうだ、さほど腹を立てることでもない。無知なる者には知恵を与えればいい。それだけのことだ。

 

 「そうか。では良い機会だから教えてやろう。納見(ぎっちょう)、貴様には俺様の“才能”について語る役割を与えてやる。もし他に俺様の“才能”を知らん者がいるのならば、伝えてやれ。“超高校級の神童”とは如何なる“才能”かを!」

 

 いくらか振りだな。自分のことを凡俗に話すのは。

 

 「神童とは、神なる童、つまり生まれながらに神がかりな力を得た子ども、あるいは神の寵愛を受けし子どものことだ」

 「神童の意味くらいは知ってるよお。おれが聞いたのは、“超高校級の神童”ってどういう“才能”なのかって──」

 「それを今から説明してやるというのだ。黙って聞いておけ」

 「・・・気になるから腹話術はやめて構わん。その代わり、一歩もこちらに近付いてくるな」

 

 ふははは!つまりそれは(盛り髪)が俺様に根負けしたということだな!情けないことだ!ただの暇つぶしに身につけた芸に負けるとは!

 

 「神童とはある分野において、若くして大いなる才覚を発揮する者への称号だ。そうは言っても小学生程度の子どもへの賛辞、せいぜい普通の大人が出来る程度のことができれば十分神童と言えるだろう」

 「・・・つまり星砂氏は、普通の大人程度のことができる“才能”ってことかい?」

 「ははは!おもしろい冗談だな納見(ぎっちょう)!俺様を小馬鹿にするとは恐れ知らずもいいところだ!気に入ってやろう!」

 「そりゃどうも」

 「貴様らただの“超高校級”は、ある分野において類い希なる才気を発揮する“だけ”だろう?だが俺様は違う。“超高校級の神童”とは、特定の分野において類い希なる“才能”を持つ、という“才能”だ。これで貴様らに理解できるかな?」

 「“才能”を持つ“才能”・・・?」

 「俺様にしてみればあらゆる“超高校級”共は、単なる事例に過ぎない。如何なる“才能”が存在し、如何なる“才能”の使い方があるのか、というな。そして俺様は、その全てを修得することができる。“超高校級”の“才能”も、凡人共では理解することもできん遥かに高度な学術書も、悠久の時を経て研ぎ澄まされた精神も、俺様にとってはすべからく等しいサンプルでしかない!」

 「そ、それってつまり、やりようによっちゃあおれたち全ての“才能”を持つこともできるってことかい?」

 「まあ、その気になればな。だがその意義を俺様が感じていないことに加え、なにぶん忘れっぽい質でな。過去に幾度か、手慰みにこの世の全ての“才能”を手に入れてみようとしてみたのだがな・・・。前日の夜に修得した“才能”も忘れてしまってな」

 「そんな献立感覚で言うことではないが」

 「しかし専門書の一冊でもあれば、今すぐにでも貴様らと同じ“才能”を修得し、超えることもできる。この“才能”があれば俺様は、何者にもなれる。たった1つの“才能”に縛られ未来と可能性を制限された貴様らと違い、自由に、無限の可能性を持つ。故に俺様は天才を超越した天才であり、人類の最高傑作でもあるわけだ!これが“超高校級の神童”という“才能”、そして俺様という人間だ!」

 「ずいぶんと誇らしげだな。“才能”にプライドを持つのは構わんが、簡単に超えられるというのは聞き逃せんな。私たちの“才能”は、伊達や遊びで名乗っているものではない」

 「背景事情など知ったことか!貴様はその眼鏡をかける時に、光の屈折の発見からレンズの発明、そして製造過程までに思いを馳せるのか!?“才能”とはその表層にこそ最も意義があるものだ!どのように身に着けようと、どれほどプライドを持っているかなど関係ない!」

 「大した“才能”観だねえ。まあ人の考え方だからおれはとやかく言いやしないけどさあ」

 

 ふう、こんなものだな。凡俗共にはこの程度の説明で十分だろう。“才能”を修得する“才能”、それが希望ヶ峰学園においてどれほど異質なものか、どれほど貴重なものか、どれほど危険なものか、分からない俺様ではない。だがそれすらも、ただの一部に過ぎん。俺様の“才能”の本質はそこにはないのだ。“才能”の保有者である俺様でさえ、未だ届かぬ深淵があるはずだ。この“超高校級の神童”という“才能”には。

 

 「星砂氏がこんなに自分のことを話してくれるなんてねえ。今日は雷でも鳴るかなあ」

 「残念だが今日は快晴だ」

 「くだらない話だった。おかげでもうこんな時間だ」

 

 (盛り髪)に言われて、ふと時間が気になった。モノモノウォッチが示す時刻は15時を回っていた。ただの凡俗にここまで時間を使ってしまうとはな。たまにはいいだろうと思っていたが、あまりにも時間を使いすぎてしまった。我ながら少々テンションが上がっていたな。

 

 「我々はこれからも忙しいのだ。貴様の道楽も結構だが、私たちに構うな。観察がしたいのなら他を当たれ」

 「そうだねえ。ずうっと見られてると作業に集中できないからねえ」

 「ダメか?」

 「ダメだ。失せろ。消えろ。二度と私たちの前に現れるな」

 「ひどく嫌われたものだな。自業自得だが」

 「どういう気持ちで言ってるんだい?」

 

 俺様を一瞥すると、(盛り髪)納見(ぎっちょう)はさっさと図書館を出て行ってしまった。仏像を作ると言っていたから、石材か木材を調達しにショッピングセンターへ行ったのだろう。戒めでも供養でも構わんが、もう存在せん凡俗のために結構なことだ。

 図書館にいた凡俗共だけでは暇は潰せんな。しかし、案外こうして探してみると凡俗もいないものだな。死者が出るほどエリアは拡大し、人口密度は着実に低下していく。人と人とが会いにくくなるということは、より綿密で時間をかけた犯行が可能になるということ。おまけに後半になるほどクロは経験値を積む。人数が減ったことで不利になることを差し引いても、後になるほど学級裁判に勝利する確率は・・・高くなる。実に面白いではないか。

 

 「ん?」

 

 さて、少々考え事に耽っていたからいくらか時間が経ったのではないかと思ったが、まだ10分ほどしか経っていない。困ったものだ。こうした暇な時間を蓄えて後から使えるような道具でもあればいいものを。暇だから発明してみようか。

 そんなことを考えながら、モノクマ城を見た。まだあそこには行ったことがないが、異性と二人一組でないと行けないということだ。今の俺様が行ける道理などないな。しかしあの城の時計・・・。

 

 「──づうううううううけええええええええええええ!!!!」

 「どおあっ!?」

 「どはーーーーっ!!?ってええ!!」

 

 時計を見てぼうっとしていた俺様が悪いのか。前も見ずめくらめっぽうに全速力で駆けてきたこいつが悪いのか。どう考えてもこの馬鹿の方が悪いだろう!なんだ『づけ』とは!

 

 「ったあ〜・・・なんだ星砂じゃねえか!最近見なかったな!久し振り!」

 「俺様が失踪していたように言うな。それは貴様だろう」

 「ああそうだった!いやあ、ちょっと色々あってな!あ、そうだ。お前いまあの城見てたろ。気を付けろよ?一人で行くととんでもねえ目に遭うぞ!」

 「貴様・・・臭いぞ」

 「ちょっと下水道にな!」

 「・・・そうか。なるほど。もしかしたら・・・面白いことになりそうだ。ふむ、馬鹿にしては思いがけぬ便利な情報だ。褒めてつかわそう」

 「いやあ、ほめられると照れるぜ!そんじゃ、晩飯楽しみにしとけよ!久し振りに腕を振るうからよ!うっめえぬか漬け食わせてやっからな!」

 「ああ、『づけ』とはぬか漬けか。相変わらず貴様は、食い物のことしか考えていない馬鹿なのだな。下水と一緒にその脳みそも浄化処理を受けてくればよかったのに」

 「おう!“超高校級の美食家”が飯のこと考えなくなったらそれこそ一巻の終わりだろ!ジョーカなんとかは分からねえけど、ババ抜きなら負け知らずだぜ!」

 「本当に馬鹿だな貴様は。貴様は実に馬鹿だな」

 「言い直してまで二回も馬鹿って言うな!」

 「二度ならず言っているのだが・・・」

 

 冷静に考えると、いま俺様は、こいつと対等に会話していないか?この馬鹿と?天才を超越した人類の最高傑作であるこの俺様が?対等?いや、この馬鹿はあまりに馬鹿で、馬鹿過ぎるがあまりに己の馬鹿さと俺様の崇高さを理解できていないだけか。いやはや、馬鹿も突き詰めるとむしろ爽快だな。学級裁判以外ではまともに会話をしたこともなかったが、話せば発見があるものだな。馬鹿と言えど“超高校級”、侮れはしないということか。

 

 「ちなみに今日の晩飯のリクエストはあるか!?」

 「なんでも構わん。もはや貴様に毒を混ぜる知性さえないと知った。存分に味わってやるから思うようにすればいい」

 「んっじゃ!よぉく漬かったぬか漬けもあることだし、和のフルコースにすっか!腹減らしとけよ?美味くてほっぺた破裂して舌ぶっこ抜けるような飯用意してやるよ!」

 「食事にまで命を懸けたくないな」

 「じゃあまたホテルのレストランでな!」

 

 俺様にぶつかってきたときと同じように、凄まじい勢いで下越(馬鹿)は行ってしまった。今のほんの少しの間に、圧倒的な情報量だった。後半はほとんど晩食の献立についてだったが。最近は間に合わせで済ませていたから、久々に満腹になれそうだ。

 それにしても、あの城の下には下水が流れているのか。あの下越(馬鹿)が入れたということは、侵入に特別な知恵は必要ないようだ。誰でも入ることができ、しかし容易には抜け出せない場所か。ふむ・・・。

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:12人

 

【挿絵表示】

 




三章の執筆は苦労します。
いろいろと


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(非)日常編3

 

 靴が固く軽い音を響かせる。一歩毎に暗がりの向こうから自分と同じ歩幅の音が返ってくる。真夜中のこの空間、得体の知れない何かが物陰に潜みながら自分を狙っているように思えて、背筋が凍る感覚が止まらない。

 

 「・・・」

 

 モノクマ曰く、ここにある物は勝手に持ちだしてはいけないらしい、ただの一ヵ所の棚を除いて。倉庫エリアの深奥部、物々しい鉄の扉に閉ざされたこの“武器庫”だけは、1人につき1つだけ何かを持ち出していいことになっている。ホテルのフロントに放置された鍵を使えば、ここに入ることができる。

 ガチャリ、と開いた鍵の音さえ反響して、ここにいる自分の存在を倉庫エリア中に知らしめる。こんな時間帯でもないと、このエリアでこっそりと行動することはできなさそうだ。今後のためにもそのことを頭に叩き込む。

 

 「・・・!」

 

 薄暗い照明の下でも分かるくらいに、そこには武器が溢れていた。骨すら断ち切る洗練された美しい流線形の刃。指先1つで命を奪う無駄のないフォルムの銃。苦痛を与えることだけに特化した鋸。見ただけでその重さを想像できる重厚な鎚。どこもかしこも、ここは“殺意”だらけだ。人が人を殺そうという意思が形を得た物たちが集まっている。それを直感的に理解したとき、モノクマの言葉が脳裏を過ぎった。

 

 「“超高校級の死の商人”・・・」

 

 今もなおこのコロシアイ生活を強いられている12人の中に潜んでいるという、謎の存在。その肩書きからして、真っ当な生き方をしているとは思えない。そしてここに並んでいる“殺意”の数々。その“超高校級の死の商人”によるものなのか。だとすれば、“超高校級の死の商人”は一体、誰に対して、どういう理由で、これほどの“殺意”を生み出しているのだろうか。

 

 「っ!」

 

 思わず、振り返る。その場には誰もいない。いるはずがない。さっき分かったはずだ。この倉庫エリアで誰にも気付かれずに行動するなど不可能だ。よほど隠密行動に優れた者でもなければ。

 何もない虚空を睨めつけて、再びエリアの奥を目指す。この武器庫には、この“殺意”以外にも隠されているものがあるはずだ。コロシアイというシステム。学級裁判というシステム。おしおきというシステム。これらを用意しておいて、ただ1人1つだけ武器を与えて殺し合うなどという粗雑な計らいで留まるわけがない。

 

 ──『探索したらまた良い物が見つかったりするかもね♫』──

 

 モノクマはそう言っていた。モノクマの言う“良い物”が本当に良い物だった試しはないが、少なくともコロシアイにおいて鍵を握るアイテムになることは間違いなさそうだ。ただの武器で終わるはずがない。このコロシアイ生活において、単に人を傷付ける以上に脅威となること。それが一体なにか、考えれば答えはすぐに出る。その脅威を手にすることができる物が何かも。

 武器庫の奥の棚に無造作に置かれた、古くさい木箱。明らかに他に陳列された物とは違う雰囲気を醸し出している。何より違うのは、この木箱からは“殺意”を感じない。武器庫にあってただ1つ、物から“殺意”を感じない。それが意味することは、決してそれが危険物ではないということではない。

 

 「・・・!」

 

 おそらくこの武器庫の中で、最も危険なものだろう。それ自体に誰かを傷付ける力はない。刀のように肌を切り裂くことも、銃のように身体を貫くことも、鎚のように骨の髄まで砕くこともできない。これそのものは“殺意”を纏わない。しかし、これを手に入れた者の心の内には、並んだ武器よりも遥かに色濃い“殺意”を与えるものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三回目の動機発表に招集された。最初にここに集まってから、もう5人も減った。理不尽に、悲痛に、不条理に、メチャクチャに、凄惨に、命を奪われた。もう俺たちの中に、コロシアイをしようなんて考えているヤツはいないはずだ。それなのに、だからこそ、モノクマはまた俺たちにコロシアイをさせる口実を与えようとしている。見えている罠に、嵌められに行かざるを得ない。この状況こそが、屈辱的で、絶望的だ。

 

 「そう暗い顔すんなって雷堂!メソメソしてたら美味え飯も美味く食えねえだろ!ポジカルセンチングだよ!」

 「ポジティブシンキングか?」

 「ああそれだ!」

 「それ、私たちの真似?」

 「何がだ?」

 「ううん、なんでもないよ」

 「暗くなるなというのは無理があるが、深刻になればそれこそヤツの思う壺だ。強い意志を持つことだな」

 「あうぅ、たまちゃんこわ〜い・・・鉄のお兄ちゃん助けて〜!」

 「いや・・・止めてくれ野干玉。俺を頼るな」

 

 相変わらず呑気な下越や野干玉とは対照的に、俺と同じように暗い顔をしてるヤツらの方が多い。当然だ。これから何が起きるか分からないが、1つだけ分かるのは、誰かの殺意を煽るってことだからだ。一度目は俺が見張りに立った。二度目は城之内が夜通しのライブを計画した。そのどちらも、コロシアイを止めるどころか、半ば利用される形でコロシアイを助長してしまった。

 俺たちがどうにかしてコロシアイを止めようとすることが、逆にクロにそれを利用されてしまうんなら、何もしないままの方がいいんだろうか。誰かが誰かを、もしかしたら自分を殺そうとしているのをただ見過ごして、淡々と学級裁判で裁き続ければいいんだろうか。そんなわけないなんてこと、頭でしか理解できない。

 

 「雷堂君・・・大丈夫?」

 「っ!と、研前・・・」

 「怖い顔してたよ?心配なのは分かるけど、雷堂君ばっかりが責任を感じることはないんだよ?辛かったら、私たちを頼っていいんだよ?」

 「・・・ああ、ありがとう。大丈夫だ。ちょっと考え事してただけだから」

 「ワタルさんはもっとRest(休憩)しなきゃいけないです!セーラさんのTherapy(セラピー)してもらったらいいですよ!」

 「美味え飯食べてな!」

 「あと温泉もいいよ〜♨マイムね、さっきまでアクティブエリアの温泉行ってきたんだ♫気持ちよかったよ〜♫」

 「田園エリアの風も気持ちよかったねえ。人工だけどお、あれはあれで快適なもんさあ」

 「ま、待てよみんな。別に俺はそこまで疲れてるわけじゃないんだ。心配してくれなくていい」

 

 自分で気付かないうちに、そんな深刻な表情になってたらしい。次から次へとみんなが俺を労ってくれる。嬉しいけど、今はまだそこまで疲れてるわけじゃない。少なくとも身体は元気だ。問題なのは俺個人の体調より、俺たち全員の連携なんだ。それが崩れた時、またこの中の誰かが犠牲になる。

 

 「ふんっ、下らんな。どんな動機か知らんが、人に煽られたから殺しをするようなやわっこい精神の持ち主では、学級裁判での追及を逃れることはできまい。これからは更に人数が減る。犯人自身も相応のリスクを背負うことになるのだからな」

 「逆に考えれば、それを踏まえた上で犯行に及ぶ犯人は相当トリックに自信があることになるが・・・それに次からは殺人対象の選択も1つの要因になるか・・・」

 「二人とも止めてよ!そんな物騒な話・・・もうコロシアイなんて起こさないって、そう思いましょうよ!」

 「思うだけで変わるのならば苦労はしない。気休めをしていたければすればいい。貴様の命が危うくなるだけだ」

 「正地・・・申し訳ないが、二度も起きてしまった以上、再発の可能性を考えないわけにはいかない。無論、予防できることはしておくに越したことはないが・・・私は、現実的な話をしているのだ」

 「よせ。無意味に不安を煽ることも、我々の不和に繋がる。いいか、己の心を押し殺さないことだ。抑圧された感情は行動に繋がる。身体が動く前に口を動かせ。多少は冷静になれるだろう」

 

 星砂と荒川はまた不穏なことを言う。星砂は明らかに面白がって言ってるが、荒川は真剣に不安になっているって顔だ。それがあの二人の違いだ。荒川はこの状況に反発している。コロシアイを心から憎んでる。そしてだからこそ、ネガティブなことを言い出す。

 

 「エルリってさー、マッドな雰囲気出してるけど案外普通だよねー♡」

 「人を見た目で判断してくれるな!それは本当に怒るぞ!」

 「そこまでのことか・・・?」

 「見た目で判断されてきたんだねえ。荒川氏」

 「皆まで言うな!もう荒川菌だの貧乏神だのは聞きたくないのだ!」

 「語るに落ちているな」

 

 まあ、誰にでも触れられたくない過去とか地雷はあるもんだ。悪意に満ちた無邪気な顔をした虚戈を押さえて、正地に荒川を宥めてもらった。それにしても、モノクマはいつになったら出てくるんだ?

 

 「来たようだ」

 

 星砂がぽつりと呟く。僅かな風に靡いてさざ波を立てる池から、ざわざわと水柱が立ち始める。あっという間にそれは水のスクリーンになり、そこに奇天烈な音楽をバックにモノクマの映像が映し出される。そしてスクリーンの裏から映像の自分を破るように、本物のモノクマが飛び出した。

 

 「おでましおめかしおもてなしィ〜〜〜!!とう!ウルトラC!」

 「ただの空中前回りじゃん♠しょぼ〜♠」

 「うるさいよ!オマエラなんだい!ボクが何かするまでもなく殺伐とした雰囲気だけはあるから、ちょっと刺激を与えてコロシアイをさせてやろうと思ったのに!集めたら集めたでほのぼのじゃれ合いやがって!」

 「なにをそんなにおこってるんです?」

 「まともに相手しない方がいいよ、スニフ君」

 「そんなオマエラを見てたらボカァ馬鹿馬鹿しくなってきたよ。なんでオマエラはこんなにも呑気なんだってね。まともにこの状況に危機感を持ってるのは雷堂クンや荒川サンくらいだよ!何がデートだ見せつけんな!」

 「お前が配ったチケットだろうが!」

 「ってなわけで、ここいらでボクはオマエラにムチばかりを与えるのは止めにしました。オマエラはそうやってお互いの傷をなめ合っていればいいじゃない。ナメてナメてナメくさればいいじゃない」

 「ナメナメナメナメうるさい!結局何がしたいのよ!」

 「お互いのゆる〜い部分をさらけ出せばいいだろっての。ゆる〜いゆる〜い、触れれば壊れてしまいそうなくらいやわっこい部分をお互いに打ち明けろって言ってんの」

 「Softy(やわいの)ですか?」

 「つまり・・・弱みを見せ合え、ということか?」

 「うぷぷぷぷ!話が早いね極サン!もしかしたら極サンの思考回路ってボクと似てるのかな?」

 

 そんなモノクマの冗談に、極はこれまでにないくらいの鋭い目でモノクマを睨み付けた。同じだって言われたことがよっぽど腹が立ったんだろう。悪いヤツじゃないんだけど、こういう時にものすごく怖いヤツだなって感じる。

 

 「そんな熱視線で見つめられちゃ溶けちゃうよぉん♡」

 「そうしてふざけていられるのも今のうちだ。いずれ貴様をここに引きずり出してくれる。覚悟をしていろ」

 「おーこわこわ!怖くてボクじゃなきゃ失禁しちゃうね!パンツの替えない?」

 「漏らしてやがる・・・!!ビビりすぎたんだ・・・!!」

 「あのさあ、おれまだやることがあるんだあ。早いとこ弱みを見せ合えってのを説明してもらえるかなあ?」

 

 いちいちオーバーリアクションでしかも脱線するから一向に話が進まない。普段はあまり見かけないし、モノクマって暇なのか?これだけ広大な敷地を管理していながら、俺たちとこんな与太話をする余裕があるなんて。或いは、何も考えてないだけなのか?

 

 「説明も何も、もう動機はオマエラに与えてあるんだよ。お手元のモノモノウォッチをご覧くださ〜い」

 

 俺たちのモノモノウォッチが震えた。モノクマから新しく何かが配信された合図だ。すぐに俺たち全員が、自分のモノモノウォッチを確認する。与えられた動機、それぞれの『弱み』を。俺の『弱み』は・・・。

 

 「うぷぷぷぷ♫見た?確認した?思い出した?今、オマエラが絶対に人に言いたくない『弱み』!知られれば絶望するしかない『弱み』!そんなオマエラの弱点を、これからお互いに打ち明けてもらいまーす!制限時間は24時間!それまでに誰かに『弱み』を打ち明けなければ、強制的にこのモノクマランドから退場してもらいます!もちろん、ちょ〜ぅエクストリィィイイイッムな、ボクなりのやり方でね!」

 「要するに、おしおきか・・・」

 「ってことはなんだ?今から1日経つまでに、オレが毎晩みんなに内緒で飯作って1人で食べて楽しんでるってことを打ち明けなきゃ、お前に殺されるってことか?」

 「・・・あっ」

 

 途端に、モノモノウォッチが鳴り響いた。あまりにバカらしいカミングアウトをした下越のものも、そのうっかり発言を聞いた俺たち全員のものも。一斉にメチャクチャな音量で全く同じ音が重なり合って、頭が痛くなる。

 その場にいる全員の中で、下越だけが状況を理解せずにきょろきょろしていた。

 

 「あ?なんだ?なんだなんだ?」

 「今、言ったよね?下越君の『弱み』・・・」

 「Deep night(真夜中)にそんなことしてたんですか・・・?」

 「『弱み』を打ち明けた人はそのことがモノモノウォッチに記録されまーす!打ち明けられた人も、そのことがモノモノウォッチで分かるようになってます!だからぁ・・・打ち明けたなんてウソ吐いたって、か〜んたんにバレちゃうんだからね?取りあえず下越クンはクリアってことで」

 「今のでいいの!?っていうかアンタ!なんでたまちゃんたちに黙ってそんなことしてんのよ!」

 「そーだそーだ♠マイムたちにも食べさせろー♠」

 「い、いやあの・・・待て待て!なんでオレの『弱み』を知ってんだ・・・!?」

 「そんじゃあ、またコロシアイを楽しんでね〜♫」

 

 まだ自分のしたことに気付かないでパニックになる下越と、それに怒る野干玉を放ったらかしにして、モノクマは退散した。このカオスで手のかかる状況を投げ出した。色々と言いたいことや思ったことはあるが、ひとまずここはみんなを落ち着かせるのが先だな。

 

 「み、みんな落ち着け。取りあえず、今から24時間以内に『弱み』を打ち明けないといけないんだ。今の下越みたいに全員に言う必要はないんだろ?」

 「だが・・・誰かには言わなくてはならないのだろう」

 「どうするつもりだ、雷堂」

 「どうもこうも・・・打ち明けるしかないだろ。だけど人に知られたくないんだったら、こっそりと教えればいいだけだ。二人一組になって──」

 「ははははっ!!くだらん!!」

 

 案なんて俺にはない。打ち明けないと殺されるっていうなら、打ち明けるしかない。だからせめて、『弱み』がなるべく人に知られないように二人っきりで打ち明け合えばいいと思ったんだ。だけど、それを簡単に否定するヤツが、ここにはいた。

 

 「どんな動機で俺様にコロシアイをさせようと思っているのかと期待していたが、『弱み』だと!?笑いを堪えるのに苦労した!凡俗共ならいざ知らず、この俺様に打ち明けられぬような『弱み』があると思っているのか!?」

 「あるからこういう動機になったんじゃあないのかい?そんならあ、星砂氏の『弱み』ってのはなんだったんだい?」

 「ない。故に俺様にモノクマのミッションは課されていない」

 「そんなむちゃくちゃな話あるか!自分の『弱み』が言えないだけだろ!チキってんじゃねーよ!」

 「・・・ッ!ほう、この俺様を臆病者(チキン)と呼ぶか、ヌバタマよ。ならば勇気ある貴様は言えるのだろうな?ここにいる全員の前で」

 「ッ!!こ、こんなこと人前でおおっぴらに言えるわけないでしょ!バカじゃないの!?」

 「待て!そうやってお互いの『弱み』を追及したらモノクマの思う壺だ!」

 「いいや違う。勲章、貴様の言うように『弱み』を二人一組で打ち明けさせることこそが、ヤツの思惑だ」

 「ど、どういうこと?」

 

 モノクマが一人だけ動機を与えないなんてことがあるわけがない。ましてや、時間制限と脅しを使ってまで与えてきたものを、星砂だけが免除されるなんてあり得ない。もしそれがまかり通るなら、それは星砂が黒幕レベルでこのコロシアイの核心に近いところにいるってことだ。

 

 「『弱み』をなるべく知らせないために二人一組で打ち明けあったらどうなる?このモノクマランドに自分の『弱み』を知る者は自分とその相手だけ。人の口に戸は立てられぬという言葉もある。相手がいつ誰に自分の『弱み』をこぼすとも限らない。貴様なら・・・どうする?」

 「どうって・・・!」

 「逆に『弱み』を打ち明けられた者は?知りたくもないことを知って、その『弱み』がどう働くかも分からない。自分の命が狙われるとも限らんし、打ち明けられた『弱み』そのものが新たに動機となる可能性もある。打ち明けなければ死ぬのは確実だが、打ち明けても必ずしも死ななくなるとは限らん」

 「それだとまるで、知られれば殺すしかないような『弱み』を持っている者がいると分かっているようだが・・・私の考え過ぎか?」

 「ふん、考え過ぎなものか。分かっているだろう?ここの凡俗共の中には“超高校級の死の商人”が潜んでいるのだ」

 「“超高校級の死の商人”・・・!」

 

 最初の裁判が終わった後に、モノクマが俺たちに告げた謎の“才能”。城之内も相模も“超高校級の死の商人”ではなかった。つまり、今生き残ってるこの中に、“超高校級の死の商人”がいるってことだ。俺は星砂から聞いているが、それ以外の誰もその正体を知らない。そもそも星砂の推理も合っているかどうか分からない。

 

 「では俺様からも1つ、言っておこう。この中に“超高校級の死の商人”がいると言うのなら、その『弱み』は間違いなく、自身が“才能”を偽っていることだろう。即ち・・・」

 

 その場の空気を一瞬で支配し、全員の耳を自分の言葉に傾けさせる。まるで星砂こそが俺たちのリーダーみたいだ。それも、“超高校級の神童”で修得した“才能”の1つなのだろうか。

 

 「今から24時間以内に、“超高校級の死の商人”の正体を知る者が現れる。それが誰か、そして果たしてそいつが生きていられるのかは、神のみぞ知るといったところだな・・・くくく」

 

 わざとらしく笑って、星砂は俺たちに背を向けて去って行った。またあいつは、俺たちを不安に陥れるようなことを言って放ったらかしにするのか。後に残された俺たちの身にもなってくれ。本当にあいつが俺たちと一緒に脱出しようとしているのか、それすら疑わしくなってくる。

 

 「・・・で、で、どうするの?私・・・『弱み』を言うのなんて・・・!」

 「言わなければ死ぬだけだ。24時間の猶予が与えられているとはいえ、覚悟は必要だろう・・・」

 「マイムもちょ〜っと言いづらいかな〜これは♣」

 「ん〜〜〜!取りあえずだ!腹ごしらえして落ち着こうぜ!」

 「まだアンタの『弱み』の説明されてないんだけど」

 「・・・」

 

 俺は、“超高校級の死の商人”のことを見ていた。あいつは、この場で自分の『弱み』を打ち明けるだろうか。もしあいつが俺たちに危害を加えるつもりなら、このまま『弱み』をギリギリまで隠して、何か動くはずだ。あいつは・・・あいつはどっちなんだ。願わくば、そんなことにはならないでくれ。

 

 「だーかーら!暗え顔すんなって雷堂!」

 「い、いや・・・だけど・・・」

 「オレだってよお、参ってんだ。いくら空元気で明るく振る舞ったって、状況はなんも変わらねえ。ここから脱出するか、モノクマの野郎をなんとかしねえと、解決しねえんだろ。だから考えすぎてもしょうがねえ!取りあえずは飯にして元気一発だ!」

 「・・・ありがとうな、下越」

 

 ひとまず俺は、下越の言う通りレストランに向かった。この場であれこれ考えても何も変わらない。そうやって問題を先送りにして、もう2度も間に合わないまま人を見殺しにした。下越がそんなことを考えてるとは思わないけど、そういう結果になるんだったら、一度ちゃんと話さなきゃいけない。憂鬱だ。どうして俺がこんなことをしなくちゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『弱み』を打ち明け合うなんて、こんなバカみたいなことやってらんないよ!だけど明かさないと1日したら強制的に処刑とか・・・むちゃくちゃ過ぎる。こんな『弱み』死んでも人に言えない。だけど言わなきゃ本当に死ぬ。あああううう!!イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!!!ぜぇーーーったいにイヤだァーーー!!

 下越の分だけ数字が増えたモノモノウォッチのカウンターを見てため息を吐く。自分の『弱み』はまだ明かしてないから、数字の横には『未クリア』の表示。このまま24時間・・・正確に言ったらあと23時間とちょっと。このままじゃモノクマに殺される。

 

 「ねえ鉄おにーちゃん、『弱み』言う気、ないよね?」

 「・・・ああ。決心が付かない。自分が・・・不甲斐ない・・・」

 「鉄おにーちゃん・・・たまちゃんも自分の『弱み』言えないの・・・。もし、もしこのまま一日経ったら・・・たまちゃんのこと守ってくれる?」

 「済まないが、お前の期待には応えられそうにない。自分のことだけで精一杯なんだ」

 「ちっ」

 「あまり粗暴な態度を取らない方がいいんじゃないか?余計な世話かも知れないが、お前はアイドルなんだろう?そんな一面を見たら、がっかりする者もいるんだろう?」

 「は?うっさいし。アンタみたいな図体だけデカいくせにビビりなヤツに言われたくないんだけど」

 「うぐっ」

 

 ホントに余計なお世話だよ。っていうか、アイドルとしてファンに媚び売らなきゃいけないからぶりっ子してるだけで、ホントはこんな気持ち悪いキャラやりたくないんだって。

 

 「いいのよそれは。もしバレちゃっても、そういうギャップが好きなヤツにウケてちょっとは絞れるだろうし」

 「・・・ギャップ?」

 「ほら、たまちゃんってこういうフリフリの女の子っぽい格好似合うし?顔も可愛い系だし?今までムカつくくらいきゃぴきゃぴしたアイドル演じてた娘が、いきなりやんちゃな本性剥き出しにして逆に人気出るってのも、あり得ないシナリオじゃないでしょ?」

 「さ、さあ・・・俺はよく分からないが・・・」

 「そういうギャップがみんな好きなんだよ。たまちゃんがハスラーアイドルなんてバカみたいなデビューしたのも、この見た目とハスラーとしての技術のギャップがオヤジにウケたのがきっかけだし。客商売してると、イヤでもそういう目新しさを求められんの」

 「・・・嫌なのか?」

 「嫌だよ。他人が勝手に決めつけたイメージとたまちゃんの本音がズレてるからって、キャラだとかなんとか言われるの。しかもそれが嫌だって言えないんだもん。あいつには・・・一発で気付かれたけど」

 「あいつ・・・城之内か」

 「あたしのCD聴いて、嫌々歌ってんのが丸わかりだって。そういう演技には自信あったんだけどな。Hustler(ペテン師)がウソ見破られたら、もうおしまいだよね」

 

 なんでたまちゃん、こんなこと鉄なんかに話してんだろ。アイドル活動がつまんないわけでも嫌いなわけでもないのに、なんで愚痴っちゃうんだろ。なんで今更、城之内のことなんか思い出して辛くなるんだろ。

 

 「やはり・・・ろくなことにならないな」

 「なにが?」

 「・・・人はありのままでいいんだ。本音を隠し、本心を欺き、本性を眩ませても自分が苦しいだけだ」

 「そんなの当たり前じゃん。ま、本当の自分だけで生きてるヤツなんていないけどね。ウソを吐かないで生きてるヤツなんていないよ。だからたまちゃんはもう半分諦めてるけどさ」

 「だが、ウソだけで生きている者もいないだろう。今のお前は、本当のお前なのだろう?」

 「そうだと思うよ」

 

 敢えてそんな風にぼかした答えをする。この気持ちがホントなのは間違いないけど、それを認めるのはなんだか抵抗を感じた。ウソを吐くとか吐かないとかじゃなくて、単純にたまちゃんは本心をさらけ出すのが怖いだけなのかな。自分でも自分のことが分かんなくなってきちゃった。

 

 「俺はやるべきことができた。野干玉」

 「だからたまちゃんって・・・あ、でも今はそっちでもいいかも」

 「ありがとう」

 「は?」

 

 それだけ言うと、鉄はさっきまで暗い顔してたくせに、急ぎ足でどこかに行っちゃった。なんで今たまちゃんはお礼言われたの?分かんないけど、結局たまちゃんも鉄も自分の『弱み』は誰にも言わないままだ。このままじゃアイドルがどうとか言ってる場合じゃなくなる。早く誰かに助けてもらわないと──。

 

 「・・・?」

 

 その時、腕から音がした。さっき下越が自分の『弱み』を暴露したときと同じ音が。思わずモノモノウォッチを確認して・・・頭が真っ白だった。一個だけ把握できるのは、さっきまで『未クリア』だった表示が『クリア』になってることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私たちだけでも、『弱み』を打ち明けないか」

 

 私は、思い切って提案してみた。下越と雷堂はレストランに行き、それ以外の面々は互いを警戒してか、どうしていいか分からないままにモノクマランドをうろついたりホテルに戻ったり、とにかくまとまりなく行動している。そんな中、気分転換にと散歩に来た田園エリアで、私は納見に出会った。草原の真ん中で無防備に両脚を投げ出して、組んだ手を枕に寝そべっていた。個室以外での故意の就寝は罰則対象だが、呑気なものだ。

 

 「どうしたんだい急にい。まあいずれは打ち明けなきゃいけないことだけどお、どうして今おれとなんだい?」

 

 尤もな質問だが、意外な質問でもあった。『弱み』を打ち明ける相手とタイミングは、下越でもなければ皆が慎重に機をうかがうものだ。それを、ほぼ偶然に任せたような相手とタイミングで打ち明けることに疑問が浮かぶのは当然だ。だが、納見のような楽天家からそんな質問が出たことは意外だった。

 

 「私の『弱み』の内容だが・・・別に誰に話してもいいのだ。どうせ過去のことだからな。だが、敢えて話す相手を選ぶのであれば、私の『弱み』を軽んじないであろう者に聞いて欲しい」

 「おれは真剣に話をするのが苦手だけどねえ」

 「真剣に聞く必要はない。お前は私の『弱み』を、ただありのまま受け入れてくれるだけでいい。そういう意味では、雷堂よりもお前の方がよっぽど適任だと思うのだ」

 「雷堂氏よりもおれがかい?想像がつかないけどお・・・まあいいよお。おれの『弱み』が荒川氏にとってどう感じるものかはさっぱり分からないけどねえ。どうせなら鉄氏か極氏に話したかったけどお、別に特別こだわりはないからねえ」

 「お前は正直だな」

 

 もちろん私の『弱み』を話す以上は、納見の『弱み』を聞く覚悟もあった。しかしこんなのほほんとした男に、果たして『弱み』などというものがあるのか、それさえ疑問だ。星砂は『弱み』が無いなどと宣っていたが、さすがにそんなことはないだろう。

 

 「そんじゃあ、まずは荒川氏の『弱み』を打ち明けなよお」

 「文句を言うわけではないが、とても重大な秘密を打ち明けるような雰囲気ではないな」

 「そうかい?爽やかじゃあないか」

 「全て人工物だがな。まあいい。それで私の『弱み』だが・・・実はな、私はな──」

 

 どうしても言い淀む。言葉など決まっているのに、それがどうしても喉に突っかかる。言おうと覚悟していたはずなのに、それを口にしてしまうことで私の中の何かが失われて二度と戻らないような気がして、どうしても話せない。

 

 「言いにくそうだねえ。やめるかい?」

 「いや、話す。私はな・・・その、ずうっとだな、ずっとと言うのは小学生時分から希望ヶ峰学園に来るまでの間だが・・・いわゆる・・・いじめ、を受けていた」

 

 ぴろりん、と間抜けな音が鳴る。私のモノモノウォッチにはクリアの表示、納見のモノモノウォッチのカウンターの数字は1つ増える。今の音を以て、私に与えられた動機はクリアとなった。死なない権利を手に入れた私は、だが同時に大きなものを失った。いや、とっくに失っていたのだが、失ったと自覚しないようにしていたものを自覚せざるを得なくなった。

 

 「ふぅん・・・いじめねえ。それが荒川氏の『弱み』かい。思ったよりもありふれたもんだねえ」

 「否定はしない。だが・・・私のような境遇がありふれていいはずがないだろう。私は、小学生から高校生まで、実に12年もの間、“日常”を不当に脅かされ続けてきたのだ」

 「そうだねえ。おれはそういう話とは無縁で生きてこられたからあ、荒川氏の気持ちを慮ってあげることはできないけれどお・・・」

 「いいのだ。こうして自分の言葉にしてしまったことで、私は私の過去を受け入れざるを得なくなった。あの理不尽な暴力を、非道なる所業を、やるかたない憤懣も、現実のものだと認めてしまったのだ。こんな屈辱はない」

 「残酷だねえ。でもきっといじめた側はそんなことすっかり忘れてるんだろうねえ。覚えてたとしても荒川氏ほど思い悩むことはないだろうさあ。さっさと忘れてしまえばいいんじゃあないかい?」

 「忘れてしまえればどれほど良いか。だが忘れられんのだ。そもそものきっかけは、私のこの顔が薄気味悪いという程度の理由だ。毎朝鏡を見ては思い出すのだ。その屈辱の日々を・・・!」

 「まあ、子供っていうのはそんなもんさあ」

 「顔立ちの美醜はステータスだ。美しき者は人格も美しく、醜き者は人格も醜い。それがあの場所、あの時、あの者たちの常識だったのだ・・・まったく下らない」

 「でも荒川氏だって分かってるんだろお?過去の話だってさあ。今の荒川氏が思い悩むことなんてないと思うよお」

 「・・・お前はあれだな、まったく私を慰めようとかいうことはしないのだな。当たり障りのないようなことを言うことしかしない」

 「気に障ったかい?」

 「いいや、やはりお前に話して良かった。今更何を言っても過去は変えられない。私はこのやるせなさと一生付き合っていくしかないのだ。お前の態度で再確認した。やはりこれは私の問題、()()()()()()()の問題なのだと。気休めや慰めなどはただ惨めになるだけだとな」

 

 この男の、呑気かつ能天気で、無責任かつ当たり障りのない物言いは、今の私にとっては却って助かる。形式張った慰めも、惨めになるだけの同情も、何の意味も成さない義憤も無い。ただ事実を事実のまま受け入れてくれる。それだけが、私にとっての救いなのだ。

 

 「まあそれはそれとして、ヤツらへの憎しみが消えることはないがな。過去に戻れる車でもあれば、復讐の1つでもしてやるというのに」

 「それは荒川氏の自由だけどお。あくまで当時のいじめっ子に復讐したがってるってことはあ、それなりに分別はついてるんだねえ」

 「当然だ」

 

 こんな話を納見とすることになるとは思わなかった。何よりこれを『弱み』として打ち明けさせるということは、モノクマは我々の中にスクールカーストのような上下関係を作ろうとしているのか?閉鎖空間内において少人数であれば、前時代的な社会構造もできやすくはある。コロシアイという環境と相まって殺人に発展することもなくはなさそうだが、その程度でヤツが満足するだろうか。

 

 「ともかく私はクリアだ。協力に感謝する」

 「いいよお。おれの『弱み』も聞いてもらえるわけだしねえ」

 「そうだな。次はお前の話を聞こう」

 「とは言っても、おれの『弱み』は『弱み』って言えるほどのものじゃあないけれどねえ。荒川氏にとっちゃよく分からないものだと思うしねえ」

 「ほう?」

 「おれの『弱み』はねえ、これさあ」

 

 そう言って、納見は自分のモノモノウォッチの画面を私に見せてきた。嘘偽りのない、本当の『弱み』であるというアピールだろう。そこに表示されている文字は、こうだ。

 

 ──納見康市は、自分の“才能”に迷いがある──

 

 まず、意味が分からない。“才能”に迷うとはどういうことだ?納見の“才能”は確か、“超高校級の造形家”だったな。それに迷うということは、その“才能”に何か不満を感じているのか?或いはそれは、納見の本当の“才能”ではないのか・・・?だとすれば納見は自分の“才能”を偽っているということか?何のために?

 

 「先に言うけど、おれは“超高校級の死の商人”じゃあないよお」

 「・・・ッ!」

 「おれは正真正銘の“超高校級の造形家”さあ。今の状況じゃあ、そうやって疑われるから言いにくかったんだけどお」

 「いや・・・まあ、正直疑った。しかし、だとすれば迷いがあるとは一体どういうことだ?」

 「う〜ん、モノクマの言い方だからおれが思ってることと合ってるかは分からないけれどお、別にいいかあ。うん、おれはねえ、芸術家にはなりたくなかったんだあ」

 「・・・ん?」

 

 やはりまだ意味が分からない。芸術家にはなりたくなかった、とはどういうことだ?迷いがあるというのはそのことか?

 

 「今だって別に大した芸術家気取りなわけじゃあないけれどねえ。でも何かを造る度に色んな人から評価されたりするのは億劫だねえ」

 「・・・それだけか?」

 「それだけっていうのはあ?」

 「いや、今のお前の話を聞いた限りでは、お前は“超高校級の造形家”としての世間体が面倒だと言っているのだと思ったのだが、お前の『弱み』とはそれだけなのか?」

 「自分の『弱み』はあんなに深刻そうにしておきながらずいぶんだねえ。まあ分かってくれとは言わないけれどねえ」

 「ああ、そうだな。すまん」

 

 納見に言われて、私は自分の認識が誤っていることに気付いた。先ほど私は自分の『弱み』を重苦しく、納見に勝手な期待をして話した。だというのに、私は納見の『弱み』を“それだけ”扱いした。正直に思ったことではあるが、モノクマが『弱み』に設定している以上は納見にとって軽々しいことではないはずだ。

 

 「単におれの責任感とか品格が足りないって話でまとまっちゃうんだけどさあ、やっぱりおれは好きなものを好きなときに好きなように創作したいわけさあ。それが誰かに楽しんでもらえたり価値を感じて貰えたりすることはもちろん嬉しいけれどお、逆に批判されたり的外れな議論をされたりするのが鬱陶しいのさあ」

 「言いたいことは分かるが・・・やはりそれを聞いても、それがお前の『弱み』であるとは信じがたい。内容の軽重ではなく、それがコロシアイに発展する動機になり得るのかが疑問だ」

 「『弱み』自体は本当のことだけどねえ。荒川氏のカウンターも数字が増えてるだろお?」

 「ああ。間違いない」

 「そんならもうおれたちはクリアさあ。これで今回の動機からは解放されたってことだねえ。自由さあ」

 「自由、か」

 「ああそうさあ。おれは自由が好きなんだあ。何をしててもいいし何もしなくてもいいっていう無責任な自由がねえ。そんな自由がないと創作なんてことはできないしねえ」

 「お前はお前でずいぶん能天気だな」

 

 とはいえ、納見と私の目的はクリアされたのだ。これ以上互いの『弱み』に関して詮索をして、余計なことを知る必要もない。

 

 「というわけでおれも荒川氏も“超高校級の死の商人”じゃあなかったねえ」

 「ああ。だがそうなると、“超高校級の死の商人”は一体・・・?」

 「そもそも死の商人っていうのはあ、人を殺す仕事じゃあないだろお?どちらかというと商売人気質な人なんじゃあないかい?」

 「モノクマのことだから、無意味に我々の不安を煽るようなことを言う可能性はある。だとしても本人が名乗り出ない以上は、その“才能”はこのコロシアイ生活において何らかの力を持つということになるだろう」

 「ふぅん・・・そうねえ。だとするとお・・・」

 「だとすると、何だ?」

 「“超高校級の死の商人”はどこまでこのコロシアイ生活に関わってるんだろうねえ」

 

 “才能”を偽り、我々の中に紛れ、そして今まで鳴りを潜めている“超高校級の死の商人”。その目的が一体何なのか。それさえも分からないままでは、今後どうすればいいのかも分からない。気持ちが悪い。危険が潜んでいると分かっているのに対策が打てないこの状況が、非常にもどかしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私の『弱み』は、まだ言ってないことになってるんだね」

 

 モノクマからコロシアイのMotive(動機)Announce(公表)されて、こなたさんとボクは『“Weak point(弱み)”』を言うこともできず、モノクマランドをWandering(うろうろ)してた。こなたさんとボクのモノモノウォッチには『Yet clear(未クリア)』。こなたさんの『“Weak point(弱み)”』はきっと、ハルトさんが死んだあの日におしえてくれたことのはずだ。

 

 「だけどボク知ってます。こなたさんは、ボクに言えばClear(クリア)になるんです」

 「うん、そうだね。それじゃあさ、スニフ君の『弱み』は、私が聞いてあげる。他の人より、私の方が打ち明けやすい・・・かな?」

 「Of course(もちろん)です!おねがいします!」

 

 辺りに人がいないことをたしかめて、ボクとこなたさんはBench(ベンチ)にすわった。こなたさんが、ボクにモノモノウォッチのDisplay(画面)を見せてきた。そこには、ボクがこなたさんにおしえてもらったことがそのまんまかいてあった。

 

 ──研前こなたの“幸運”は、他人の犠牲を要する──

 

 ボクがそれを見ると、こなたさんのモノモノウォッチがプゥと音を出した。これでこなたさんは、Clear(クリア)だ。Scapegoat(犠牲)なんて言い方してるけど、そんなのボクからしたらただのAccident(事故)だ。こなたさんはわるくない。人のUnfortunate(不幸)をよびよせるなんて、Evil(悪質)な“Gifted(才能)”じゃない。

 

 「あ、これでクリアになるんだ。てっきり、もう知ってるスニフ君じゃカウントされないんじゃないかと思ってた」

 「それなのに見せてくれたんですか?」

 「一応ね。それに、スニフ君に知っておいて欲しかったから。私の言ったことがウソじゃないんだってこと」

 「ウ、ウソだなんておもってないです!」

 「ふふっ、うん。そうだよね。スニフ君は優しいね」

 

 またこなたさんにKidding(からかう)された!もう!イタズラしたときのSmile(笑顔)Cute(かわいい)だなあ!

 

 「それじゃあ・・・スニフ君のも見せて?」

 「えっ・・・あっ、No!ダメです!ボクのは見せたくないです!」

 「え・・・?どうして?」

 「あのっ、ごめんなさい。でもボクのは・・・こなたさんには見せられないです。見せたくないんです。こなたさんにだけは・・・」

 「・・・私のこと、そんなに信用できない?」

 「そんなことないです!ボク、こなたさんのこととってもBelieve(信頼)してます!だけど・・・」

 

 見せられない。だってボクの『“Weak point(弱み)”』をこなたさんに見せるってことは、それはボクのきもちを・・・こなたさんに見せるってことだから。ボクの『“Weak point(弱み)”』は・・・。

 

 ──スニフ・L・マクドナルドの初恋は、研前こなたではない──

 

 ボクのこのきもちは、ボクが自分の口で言わないとダメなんだ。こんなふうにこなたさんが知るのは、そんなのいけない。ダイスケさんだって言ってた。ボクがやりたいようにやればいいんだ。だから他の人の、モノクマなんかのせいでComing out(カミングアウト)なんて、ぜったいにイヤだ。

 

 「ごめんなさい・・・こなたさんにだけは、見せたくないです」

 「そっか。うん、ごめんね。私の『弱み』を知ってるからって、スニフ君の『弱み』を教える必要ないもんね。なんか・・・私、押しつけがましかったかな」

 「おしつきがまし?」

 「いいのいいの。でも、気を付けないとダメだよ。誰かには打ち明けないと、モノクマにおしおきされちゃうから」

 「はい。はい・・・」

 

 でもどうしよう。こなたさんに言えないなら、ワタルさんにだってぜったい言えない。だってワタルさんがこれを知ったら、きっとワタルさんはボクとこなたさんのことをSupport(応援)してくれる。でもそれは、こなたさんの好きをジャマすることになる。それは・・・なんかCheet(反則)なかんじがする。

 

 「ううぅ・・・どうしよう・・・」

 「ねえ、しつこいかも知れないけど、私には言ってくれないの?人に言ったりなんかしないよ?」

 「そうでしょう、でもそうじゃないんです。こなたさんだけは・・・」

 「2人とも何してんのー?」

 「Wow!!」

 「きゃっ!?こ、虚戈さん!?」

 

 またこなたさんがボクによってくると、Bench(ベンチ)の下からマイムさんがとびだしてきた。いつからそこにいたんだろう。というかなんでそんなところから出てきたんだろう。ホントにこの人だけは、いつまでたってもUnderstand(理解)できる気がしない。

 

 「あれ?あれ?マイムお邪魔だった?おジャ魔女だった?パジャマでお邪魔だった?ごめんね♡」

 「あっ!ちょ、ちょっと待って虚戈さん!」

 「うん?なあにこなた?」

 

 ぴょんぴょこSkip(スキップ)してどこかへ行っちゃいそうになったマイムさんを、こなたさんが止めた。ボクはまだびっくりしてひっくり返ってた。

 

 「虚戈さんは、もう誰かに『弱み』は打ち明けたの?」

 「うーん・・・まだだなあ♣でもマイムは自分の『弱み』を人にペラペラ言ったりするような尻軽じゃないんだよ♡もしその人がマイムにだけ『弱み』を教えてくれるっていうんだったら信じてもいいかなー♫」

 「とってつけな人ですね!」

 「うってつけ、だね」

 「それでした!」

 「なになにどゆこと?こなたとスニフくんで『弱み』を打ち明けあってたんじゃないの?」

 「それがね、スニフ君が私には打ち明けたくないって言うの。どうしてかな?」

 「こ、こなたさん・・・ボクのことおいといてすすめないでください・・・」

 

 なんだか、いきなり来たマイムさんとボクとで『“Weak point(弱み)”』をComing out(カミングアウト)しあうかんじになってきてるぞ。そりゃあこなたさんに言っちゃうよりはいいけれど、マイムさんに言ったらいろんな人に言われそう・・・そうしたらこなたさんが知るのもすぐだ。ううん・・・。

 

 「ふ〜ん♡スニフくんは『弱み』をこなたには言いたくないんだ〜♡そうなんだ〜♡」

 「な、なんですか・・・」

 「いいのいいの♡まったくスニフくんは可愛いな〜♡それじゃあマイムお姉ちゃんが聞いてあげるよ♡こなたにはナイショだよね♡」

 「ボ、ボクまだマイムさんにComing out(カミングアウト)するなんて言ってないです!」

 「でもマイムに言わないと他に言う人いないでしょ?早くしないとスニフくん、モノクマに殺されちゃうよ?」

 「それはそうですけど・・・」

 「大丈夫だよスニフ君。私、先にホテルに戻ってるから。虚戈さんだって、私がいたら『弱み』を打ち明けにくいでしょ」

 「うん!じゃあまた後でね〜♡」

 「What!?あっ、こ、こなたさーん!」

 

 なんだかこなたさんとマイムさんでどんどんお話がすすんで、ボクだけがおいてけぼりにされてるかんじだ。みんなボクのこと子どもあつかいして!

 

 「それで、スニフくんの『弱み』はなんなの?こなた絡みでしょ?」

 「Ouchi(はうあっ)You know(バレてる)!?」

 「バレてるよ♫スニフくん、こなたのこと大好きだもんね♡見てたら分かるよ♡」

 「・・・ダイスケさんにも言われました。ボクがこなたさんのこと好きなの知らないの、こなたさんとテルジさんだけだって」

 「そうだね♫もうスニフくんってば水くさいなあ♡恋愛相談ならマイムだって力になってあげるのに♡」

 「マイムさん、Boyfriend(彼氏)いたことあるんですか」

 「ないよっ☆」

 「It's useless(ダメだこりゃ)

 「でも他のみんなより色んな経験はしてきてるんじゃないかな♫きっとみんなは友達が死んだり、パパとママに捨てられたり、ムチで打たれたりしたことないと思うよ♡」

 「Whip(むち)?」

 「いーのいーの♬取りあえずスニフくんの『弱み』を教えなさい♡」

 「ううぅ・・・わかりました」

 

 このままマイムさんにSecret(内緒)にはできない、そう思ってボクはHonest(正直)にぜんぶはなすことにした。いくらマイムさんでも、ボクの『“Weak point(弱み)”』をかってにこなたさんに言うなんてことはしないはずだ。そこくらいは分かってくれるはずだ。

 

 「あのぅ・・・ボクのは、これです」

 「えーっと、『スニフ・L・マクドナルドの初恋は──』」

 「Don't read aloud(音読しないでください)!」

 「ごめんごめん☆」

 

 分かってくれてないのかな!?

 

 ──スニフ・L・マクドナルドの初恋は、研前こなたではない──

 

 「これが『弱み』?ふーん、なんだか拍子抜けっていうか・・・別にこなたにバレてもよくなくなくない?」

 「よくなくなくなく・・・どっちですか?」

 「それにしても初恋がこなたじゃないって、スニフくんってばここに来る前も恋愛してたんだねー♡まったくもーおませサンなんだから♡」

 「いえあの、ボク・・・こなたさんがFirst love(初恋)だとおもってたんですけど・・・」

 「えー?じゃあ前に好きになった娘のこと忘れちゃったの?ひどいなー♠何があったかは聞かないけれどね、女の子を大切にしない男の子はモテないんだぞ♣」

 「That's wrong(それは違います)!ボクはぜったいにこなたさんがFirst love(初恋)のはずなんです!だからこんなのウソ・・・のはずなんです!」

 「だけどモノクマはウソは言わないからなあ〜♣モノクマがこう言ってるってことは、スニフくんが忘れてるんじゃないの?」

 「だけどFirst love(初恋)わすれちゃうってSo nasty(くそやろう)じゃないですか?」

 「なすてぃー?分かんないけど、でも初恋がこなたじゃなくたって、今スニフくんが好きなのはこなたなんでしょ?だったら別にいいんじゃないの?」

 「う〜ん・・・I don't get it(釈然としないなあ)

 

 マイムさんの言うことはそれはそうなんだけど、でもボクが今までFirst love(初恋)だとおもって大切にしてたこのきもちはホントはFirst love(初恋)じゃなかった。だったらボクのFirst love(初恋)の相手はだれなんだろう?どうしてボクはその人をわすれちゃってたんだろう?

 

 「とにかくこれでスニフくんは動機『クリア』だよ☆よかったね♡」

 「はい。Thank youです、マイムさん」

 「スニフくんはこの後どうするの?こなたはホテルに戻ったみたいだけど、マイムはちょっとカジノでも行ってルーレットしようと思ってるんだ♡クルクルクル〜っと◎」

 「あれ?マイムさんは『“Weak point(弱み)”』、もうだれかに言ったんですか?」

 「まだだよ♡」

 「ボクききますけど」

 「ダーメ♬マイムの『弱み』はスニフくんには教えてあげない♡」

 「なんでですか!?ボクのはきいたのに!」

 「えへへー♬ごめんね♡だけどね、マイムだって言う相手を選ぶぐらいのことはするんだよ♬マイムはスニフくんの前ではいいお姉さんでいたいからね☆」

 

 そう言ってマイムさんはくるくるTurn(回転)して、いつものようにAcrobatic(アクロバティック)なうごきで決めポーズした。ボクには言えない『“Weak point(弱み)”』なんてあるのかな。ボクの『“Weak point(弱み)”』をこなたさんに言えないみたいに、マイムさんの『“Weak point(弱み)”』はボクにかんけいあるのかな。でもNo idea(心当たりない)だなあ。

 

 「でもそしたらマイムさん、Clear(クリア)できないですよ?」

 「だからカジノとかで言う人探すよ♬困ったら夜になればみんなホテルに集まるでしょ♡」

 「Optimistic(のんき)だなあ」

 

 マイムさんがそれでいいんならボクはいいだけど、やっぱり気になるなあ。というか、ボクはなんだかながれでマイムさんに言っちゃったけど、ボクだって言う人をSelect(選ぶ)すればよかった。マイムさんだとなにかのタイミングで言っちゃいそうだもの。

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:12人

 

【挿絵表示】

 




更新日はロンカレの初回投稿日です。
1年で三章の途中まで。早いんだか遅いんだか分からないですけど、前作よりは遅いです。


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(非)日常編4

 

 ホテルに戻って部屋にこもっていたら、自分の『弱み』を打ち明けるチャンスを逃しちゃうかも知れない。だから部屋には戻らずに、モノクマランドを少しぶらぶらした後、1人でショッピングセンターの広場にあるベンチに座ってた。私の『弱み』を打ち明けるべきなのは誰なのか。それを考えてた。

 

 「・・・やっぱり、女の子に言った方がいいわよね。こういう話であんまり引かないでくれるのは・・・荒川さんか極さんかしら」

 

 とは言ったものの、2人にだって2人の都合がある。星砂くんが言ったみたいに他人の『弱み』を知ることが動機になる可能性だってあるし、なるべく他人のを知りたくないと思ってるかも知れない。私の都合だけで2人の気持ちを無視することなんてできないけれど・・・。

 

 「はぁ・・・」

 

 自分でも薄々感じてたことだけど、こうやってモノクマから動機として配られるっていうことは、本当にそういうことなのよね。それを思い知らされたこともなんだか、自分自身に呆れちゃうし、何よりこんなこと・・・こんなこと絶対に・・・。

 

 「鉄くんに知られちゃったらイヤだなあ・・・」

 「正地!」

 「きゃああっ!?」

 「おおうっ!?」

 

 いきなり後ろから名前を呼ばれてただでさえびっくりするのに、その声が今まさに私が思い浮かべてた人の声だったから、余計にびっくりした。まさか今の独り言を聞かれてないわよね?焦って振り向いたら、鉄くんはまた私のびっくりした声にびっくりして自分があげた声にまたびっくりしてた。ハートが弱いのは知ってるけれど、いくらなんでもじゃないかしら。

 

 「す、すまん・・・驚かせるつもりはなかったんだ。やっと見つけたからつい声が大きくなってしまった」

 「あ・・・う、ううん。いいのよ。それより鉄くんいつから・・・」

 「たった今だ。表に正地のモノヴィークルが停まっているのを見つけたから探しに来た。・・・何か取り込み中だったか?すまん」

 「だ、大丈夫よ!それならいいの!それより・・・私を探してたの?鉄くんが?」

 「ああ。ようやく自分の気持ちに整理が付いたんだ」

 「──え?」

 

 なんだか、いつも小声でボソボソ囁くように喋る感じじゃない。不安そうな険しい表情じゃなくて、薄く汗ばんだ坊主頭はホールの照明を反射して輝き、鉄くんの表情も明るく吹っ切れた感じがする。気持ちに整理がついたって・・・なんだかなんとなくだけど、すごく浮ついた予感がする。

 

 「今言わなければ、俺はきっと後悔する。自分のことだからよく分かる。本当なら真っ先に正地に言うべきだったんだ」

 「あの・・・鉄くん?何の話?」

 「いきなりのことですまない。だけど・・・今のこの気持ちを言わなければならないんだ。正地」

 「は、はい!?」

 

 いつもよりはきはき喋って、しかも饒舌だわ。どうしたのかしら鉄くん──と思ったけれど、すぐに察しが付いた。だって、そんな風に変に勿体ぶって、雰囲気を作ってくる人って多いから。自分の身を守るために、自然と気付くようになっていったんだもの。だからきっとこれは──。

 

 「あのえっと・・・く、鉄くんの気持ちはその、すごく嬉しいんだけど・・・」

 「え・・・う、嬉しいのか?」

 「もちろん嬉しいわ。時と場合によるけれど、男の人にそんな風に言われて嬉しくない女の人なんていないわよ」

 「男?女?関係あるのか?」

 「関係あるでしょ?」

 「???」

 

 なんだか私と鉄くんでいまいち話が噛み合ってない気がする。盛り上がってた気持ちが急速にトーンダウンしていって、顔の火照りだけがじんわりと薄れていくのを感じた。そのすぐ後に、冷ややかな感覚。

 

 「えっと、俺は、正地に俺の『弱み』を聞いて欲しくて探してたんだが・・・」

 「はえっ!?よ、『弱み』!?あっ!『弱み』!動機ね!あ〜・・・なるほど・・・ご、ごめんなさい。私ちょっと勘違いしてて」

 「・・・取りあえず、一度落ち着いてくれ。そこの自販機で飲み物でも買ってくる」

 「あ、ありがとう」

 

 私の勘違いについては鉄くんは追及しないのかしら。ああ、そう言えば私、いま鉄くんのことフりかけてたわ。鉄くんのことがイヤっていうわけじゃないんだけど、なんというかこんな状況で今はそんなこと考えられないっていうか・・・。

 

 「正地?」

 「ひはいっ!?」

 「うおっ!・・・だ、大丈夫か?なんか、すまんな。いきなりこんなことで・・・やっぱり今日は無理か?」

 「えっとその・・・」

 

 そんな風に聞くのはずるいわ。前屈みになって私にお茶を差し出す鉄くんの作務衣が、胸元が弛んで逞しい大胸筋をちらつかせてる。お茶のペットボトルをダンベルみたいに握る手首の長掌筋を見せつけてくるし、どう考えても誘ってるわよねこれ・・・。

 

 「お、お話するだけなら・・・大丈夫よ」

 「そうか。聞いてくれるだけでいいんだ。ありがとう」

 「あムリッ、とおとい・・・

 「うん?」

 「なんでもないわ」

 

 私の隣に座って首を曲げると、胸鎖乳突筋が浮かび上がって扇情的な筋を浅黒い肌に浮かべる。鉄くんが一言話すたびにのど仏が上下して、その度に私の心臓が跳ねる。全身の筋肉の動きをいちいち目で追っちゃうから、視点が定まらなくてすごく挙動不審だと思われるんだわ。

 はあ、とため息を吐いて、鉄くんが買ってきてくれたお茶を一口飲む。暖かいものがお腹へ落ちていく感覚がすると、それまでの興奮も一緒に収まっていった気がした。

 

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・?鉄くん?」

 「おっ、俺の『弱み』は──!」

 「ちょちょちょ!待って!そんないきなり話しちゃうの!?」

 「んえっ・・・な、何か前置きがあった方がいいのか?」

 「いや前置きっていうか・・・『弱み』を聞く前にきいておきたいことがあるんだけど」

 「なんだ?」

 「どうして私に言うの?」

 

 危うくタイミングを逃しちゃうところだった。黙って隣に座ったと思ったら急に言おうとするんだからびっくりしちゃった。こういうのって、こういうのも何もないんだけど、もっと雰囲気作りというか、大事な話をするなりの下準備みたいなものが必要なんじゃないかしら。

 それはさておいても、どうして鉄くんが私に言おうとしてるのかが分からない。

 

 「鉄くんは、ただ『弱み』を打ち明けることを決意したんじゃなくて、()()()()()()()()()を決意したみたいに感じたから・・・」

 「それは・・・正地くらいしか頼れるヤツがいないんだ。俺には」

 「も、もっといるんじゃない?極さんとか、雷堂くんとか。下越くんだって、そういうことに関しては頼もしいわよ?」

 「確かにそうだな」

 「肯定しちゃうの?」

 「やっぱり違うんだ。正地なら・・・『弱み』を打ち明けてもいいと思った。俺は、正地に打ち明けたいと思った」

 「・・・どうして?」

 「正地が一番、俺のことを分かってくれているから・・・だと思う」

 

 私が一番?ううん・・・どうなのかしら。確かに鉄くんって、あんまり他の人と一緒に何かしてるよりも、1人でいることの方が多い気がする。アクティブエリアでトレーニングしてるか、部屋に籠もってるかだもの。トレーニングの後にマッサージする私が一番会う機会が多いっていうのも納得できるけど・・・。

 

 「それを言ったらスニフくんだって、鉄くんに懐いてるわよ。鉄くん、日本男児って感じがしてかっこいいから」

 「見た目だけだ。俺の内面は・・・臆病者だ。言いたいことも言えず、やりたいこともやらず、人とぶつかろうとしない。ただ流されているだけだ」

 「それが鉄くんの弱みなの?」

 「あっ、いやそういうわけでは・・・」

 「動機の方じゃないわ。鉄祭九郎っていう人間の弱みよ。臆病者で、人とぶつかることをしないっていうのが、鉄くんの弱さなの?」

 「・・・ああ、そうだ。俺はそういう人間だ。だからこの動機を渡されたとき、本当にどうしたらいいか分からなかった。自分の深い部分をさらけ出すなんて、考えたこともない」

 「そう」

 

 決して私とは目を合わせてくれないけれど、その眼差しは真剣だった。ただの自己否定でも卑下でもなくて、本当に自分のことをそう思ってるんだわ。それが間違いだとは言わないし、鉄くんのメンタルがデリケートなことはもうみんなとっくの昔に知ってること。だけど、それを鉄くんがどう感じてるかを知れたのは、今ここでこうしてる意味があったって言える。

 

 「強く、なったわね。鉄くん」

 「は・・・?」

 「嫌みで言ってるわけじゃないわ。私、これでも“超高校級の按摩”よ?人をリラックスさせる方法ならたくさん知ってるし、メンタルケアだって按摩のお仕事なのよ」

 「あ、ああ」

 「だから鉄くんの気持ちが強くなったことも分かるの。モノクマの脅しがあるからじゃなくて、それをきっかけにして、自分の気持ちに正面から向き合えるようになったじゃない。だから、この広いモノクマランドから、敢えて私を探してくれたんでしょ?」

 「・・・そ、そうなんだろうか。いまいち自分ではよく分からないんだが」

 「きっとそうよ。大丈夫、心配しなくても。“超高校級の按摩”、正地聖羅のお墨付きよ」

 「あ、ありがとう・・・?」

 

 偉そうなことを言うつもりはないけれど、そうやって鉄くんが精神的に強くなってくれたことが嬉しいの。その筋肉(からだ)に見合うだけのハートを作れたことが。いつも自分1人で色んなことを考えこんで、マッサージしててもアロマを炊いても、どうしてもほぐせない痼りがあった。それがきっと、鉄くんが『弱み』を明かす決意をしたことで解消されたんだわ。

 

 「さ、これでお膳立てもできたわね。うん、私も心の準備できたわ!思う存分、『弱み』を吐き出して!私が全部受け止めてあげるわ!」

 「そ、そこまで息巻いてくれなくていいんだが・・・じゃ、じゃあ言うぞ?」

 

 決意したはいいものの、やっぱり自分の『弱み』を打ち明けるのは躊躇っちゃう。そりゃそうだわ。私だって自分の『弱み』を人に打ち明けるのは・・・うん、色々と困るわ。取りあえず今は鉄くんの『弱み』を受け止めるけれど、自分の『弱み』は誰に打ち明ければいいのかしら・・・。

 

 「お、俺は──」

 

 どこかへ飛んでいきそうだった私の思考は、続く鉄くんの言葉で引き戻された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルから図書館につながる方のドアから、雷堂が戻って来た。ホテルの入口で、一緒にカラオケボックスに行ってた極が雷堂と別れる。どうやら話は終わったみてえだ。

 

 「モノクマの脅しを回避するためとはいえ、私たちは互いの『弱み』を知る間柄となった。特別に意味を感じる必要はないが・・・この場所では何が起きるか分からん」

 「『弱み』を握りあってること、気を付けろって言うんだろ。分かったよ」

 「お前に限ってそんなことはないだろうがな。ともかく、付き合ってもらって助かった」

 「俺もだ」

 

 それだけ言うと、極はホテルの外に出て行った。せっかくだからジュースでも飲んでいけばいいのに、さっさとどこかに行っちまった。つれねーなあ。

 

 「話は済んだかよ」

 「ああ。これで、俺と極はクリアだ。うっかりクリアし忘れるなんてことがないようにしなきゃだけど・・・全員の状況を把握するのは難しいよな・・・」

 「できねえことを考えててもしかたねえよ。できることをやりゃいいんだ」

 「俺にできること・・・まず自分が死なないようにするために動機をクリアする。次は・・・全員がお互いに秘密を打ち明けさせることだな」

 「いやまあそりゃそうなんだけどよお。なんつうか、それじゃ結局()()()()()()()()()じゃんか」

 「分かってるよ。根本的な解決になってないって言うんだろ」

 

 ため息を吐く雷堂に、今のこの状況をグチる。さっき説明されて分かったけど、オレ自分の『弱み』を言っちまってたんだな。とにかく、『弱み』を言わねえままじゃ確実にモノクマに殺されるんだから、全員が打ち明けなきゃならねえ。

 雷堂はとにかく、全員と『弱み』の打ち明け合いをしようとしてるらしい。

 

 「俺だけが全員の『弱み』を知ってる状況を作れば、それが原因でコロシアイが起きることはないし、万が一のことがあっても俺が身を守ればいい話だ。そう思ったんだけどなあ・・・」

 「もう打ち明けあってるヤツらはいるだろうな。その作戦は使えねえわけだ」

 「・・・下越は不安にならないのか?そんな呑気に構えてるけど、この状況に何も感じないのかよ?」

 「感じるに決まってんだろ。前も言ったかも知れねえけど、オレはお前らにコロシアイをさせるために飯作ってるわけじゃねえんだ。美味えもん食って、明日もまた食いたいって思ってもらいてえから作ってんだよ」

 「だったらお前も何かしようとしないのか?」

 「だから言ったろ。自分にできることをやりゃいいんだよ。オレは頭が良くねえし口も上手くねえから、飯に希望持たせるしかねえんだよ。満腹になって幸せになりゃ、仲間を殺そうとなんかしねえだろ。明日も美味えもんが食えると思ったら、死ぬだ殺すだなんてバカなこと考えねえだろ。そういうもんだ」

 

 なんてかっこつけてっけど、やっぱりオレにはこれしかできないからそうしてるだけだ。美味い飯作って、それを食わせてやって、幸せにしてやる。けど、須磨倉も相模も、そんなことは関係なく仲間を殺しちまった。あいつらがどういう気持ちだったかなんて、オレが考えたって分かるわけがない。

 

 「ああちくしょう。こんがらがってきた。甘えもんでも食べて脳みそ動かさねえと」

 「俺もお前くらいシンプルに考えられたらって思うよ」

 「なんだそりゃ。お前はオレらのリーダーだろ。そんな顔すんなよ」

 「リーダーなんて俺にはできっこなかったんだよ。第一俺は何もできない。何も持ってない。目が良いくらいだ」

 

 やけに暗いと思ったら、雷堂はそんなことを言う。

 

 「そもそもなんで俺がリーダーなんかやってるんだ・・・俺より適任なんていっぱいいるだろ。たとえば極とか・・・下越とか・・・」

 「ったくバカだなお前は」

 「お前にだけは言われたくないぞ」

 「あのな、ハナっからリーダーに向いてるヤツなんかいるかよ。こんな状況でオレだってお前がカンペキにまとめてくれるとは思ってねえよ。おむつは意外だったけどな」

 「それはもういいだろ・・・」

 

 思いがけず、最初の裁判でのことを思い出すことになった。あれ以来、おむつを買うのに躊躇するようになってしまった。いやそんなことより、下越に説教される流れになっていることに気付いた。なんか前にもこんなことがあったような?下越は勉強はできないくせに、こういう人の心の機微に関してはやけに達観してる。

 

 「でもオレらには支えが必要なんだよ。弱った時や、辛い時、苦しい時、折れちまいそうな時に。無理してまとめる必要はねえよ。どうせここは“超高校級”がより集まっただけの闇鍋だろ?メインの具だらけの鍋なんか味の収拾つかなくなって当然だ。お前はそれを丸ごと仕切るんじゃなくて、一つ一つに合わせた良い薬味を添えてやりゃいいんだ。そうすりゃ、まあ多少は食えるようになんだろ」

 「闇鍋・・・はは、お前は食べ物に例えるのが美味いな」

 「これでも美食家だからな!」

 

 俺に説教してる間も、得意げに胸を張るときも、手は休まずに洗い物と仕込みを続けている。厨房にいるときの下越は、本当に頼りになる。俺が薬味なら、下越は全員をまとめて包み込んじまうだし汁かなんかかな、なんて冗談めいたことが考えられる程度には、気分が軽くなった。

 

 「あっ!いたいた♡おーいワタルゥー♬」

 「うっ、虚戈・・・」

 「あ!いまマイムのこと見てヤな顔したでしょ!マイムはクラウンだから表情には敏感なんだよ♠︎こらっ、なんでそんな顔するのっ♠︎」

 「いや・・・別になんでもない」

 

 正直、占いの館や倉庫の件があってから、あんまり虚戈に関わりたくなくなっている。見てるだけで危なっかしくてこっちがヒヤヒヤするし、虚戈の言動は俺たちを不安にさせる。それに俺は虚戈のことを何も知らない。

 

 「まあいいや♬あのね、マイムはワタルに『弱み』を聞いてほしくて来たのでした♡」

 「は?」

 「なんだなんだ?虚戈の『弱み』?」

 「あらまー!テルジいたの?危ない危ない♣︎テルジに聞かれちゃうところだったよ♣︎」

 「ちょうどいいじゃんか、雷堂。極みたいに『弱み』聞いてやれよ」

 「えー♠︎もうレイカが来たの♢うー!スニフくんとこ行ってる場合じゃなかった×」

 「スニフには『弱み』言ってないのか?」

 「うん☆スニフくんに言うにはちょ〜っとだけショッキングだからね☆それにスニフくんの前ではいいお姉さんでいたいからさ☆シークレットメイクスウーマンウーマンだよ♡」

 「なんだそりゃ?」

 

 来て早々に俺の周りをぴょんぴょん飛び跳ねる虚戈は、やっぱり苦手だ。なんでこんなに俺に構ってくるのか分からないし、スニフに言うにはショッキングな内容って、もう既にヤバい雰囲気を感じる。

でもさっき極とは『弱み』の打ち明け合いをしたし、虚戈とだけしないわけにはいかない。仕方なく、俺は席を立った。

 

 「ここじゃ誰に聞かれるか分からない。カラオケボックスで聞く」

 「ありがとー♡プチデートだね♡」

 「はいはい」

 

 デートっつうか、子供に付き合わされる親の気分だ。それにちょっと離れたカラオケボックスで話聞くだけだから、デートだとしたら相手に殴られるレベルの手抜きだな。

やけに上機嫌でボックスに入った虚戈に続いて、ボックスに入ってドアを閉める。覗こうと思えば覗けるが、外に誰かいればすぐに分かる。監視カメラがあるから黒幕には丸見えだけど、俺らの間で密談するにはもってこいだ。

 

 「じゃあ、俺の『弱み』から言おうか?」

 「ワタルの『弱み』?それレイカにも言ったんでしょ♬みんなに言ってるのぉ〜?」

 「そのつもりだけどな」

 「ふーん、ヘンなの♣︎でもいいよ♬マイムが聞いてあげましょう☆」

 「大丈夫かよ・・・。まあいいか。あのな、俺の『弱み』は、これだ」

 

 俺は、自分のモノモノウォッチの画面を見せる。普通に見りゃいいのに、虚戈はわざわざ俺に抱きかかえられる形にして──しかも俺の腕を鉄棒がわりにして──画面を覗き込む。

 

 

 

 

 

 ──『雷堂航は、英雄ではない』──

 

 

 

 

 

 「なにこれー?英雄?」

 「詳しく言わなきゃダメか?」

 「聞きたいな♬」

 「はあ・・・だよな。お前は、コナミ川の奇跡って事件知ってるか?」

 「んーん×」

 「俺が“超高校級のパイロット”って呼ばれるきっかけになった事件だ。一応、俺はそこで英雄ってことになってる」

 「すごいじゃんワタル♡ヒーローだヒーロー♬」

 「でもそうじゃないんだ。あれは・・・あの事件で俺は、英雄なんて呼ばれるべき人間じゃないんだ・・・」

 

 あの時のことがフラッシュバックする。揺れる機体。パニックになる乗客。身動きの取れない乗務員。俺はただ無我夢中で、シミュレータでしか握ったことのない操縦桿に手をかけて・・・。

 

 「な、なあ・・・極は、ここで勘弁してくれたんだけど、話さなくちゃダメか・・・?」

 「ううん、いいよ♡マイムはもう十分♡ワタルが辛いのは分かったから、もういいよ♬」

 「あ、ありがとう・・・」

 

 今でもあの瞬間のことを思い出すと、腕が震える。乗客全員無事の奇跡?窮地を救った天才少年パイロット?何も分かってないくせに・・・!そんな美談で済む話じゃないのに・・・!

 

 「じゃあ今度はマイムの『弱み』ね♬他の人にはナイショだからね♡」

 「ああ・・・もちろんだ」

 「んと、それじゃあ・・・びっくりしてもいいけど、何も言わないでね♣」

 「?」

 

 さっきの極のときと同じだ。また俺は、昔のことを思い出して暗くなってた。後悔なんかしても仕方ないのに、どうしても俺は後ろ向きになっちまう。もっと前向きにならないと、誰のことも元気づけられない。さっき下越に言われた、支えてやるだけのことすらできなくなる。

 虚戈に正気に戻されて、俺は改めて虚戈の『弱み』を聞く気持ちを整えた。下越や極、それから俺の『弱み』から考えて、『弱み』そのものはさほど重大じゃない。だけど虚戈の場合、どんなものなのか全く想像が付かない。無神経な発言で俺たちの不和を加速させたり、かと思えばコロシアイを回避するために城之内に協力したり、天真爛漫なのにどこか腹黒くて、何を考えてるのか、過去に何があったのかほとんど知らない。

 ぐるぐる回る思考が時を遅らせる。いつもと違って真面目なトーンで言った虚戈の顔は浮かない。そうして、虚戈はモノモノウォッチの画面を俺に見えるように向けた。そこに映し出されていた文字は、あまりにも残酷だった。

 

 

 

 

 

 ──『虚戈舞夢は、殺人を犯した』──

 

 

 

 

 

 それが、虚戈の『弱み』だった。

 

 「なっ・・・!?」

 「ダイジョブだよ♡ワタルのこと殺そうなんて思ってないもん♬だけどこれもホントのことなんだ・・・♣」

 「ど、どういうことだ・・・?さ、殺人・・・?」

 「うん・・・マイムはね、殺しちゃったんだ♣マイムにとっての・・・家族を♣」

 「か、家族!?」

 

 どういうことだ?家族を殺したってどういうことだ?そういえば、虚戈は前に父親も母親もいないなんてことを言ってた。まさか、虚戈自身が殺したっていうのか?どうしてそんなことを?

 

 「あのね、マイムは本当のマイムの家族を知らないんだ☆マイムの家族は一緒のサーカスにいた団長たちのこと♡」

 「いや・・・え?ああ、そうか。いやだとしても、殺人って──」

 「うーん、でもマイム思うんだ☆殺人ってなんなんだろうね?ハルトやいよみたいなことをしたら間違いなく殺人だよね♡でもマイムはそんなことしてないよ♬マイムがやったのは、ハイドみたいなこと♠そういう意味でマイムは人を殺したんだ♬」

 「・・・ど、どういうことか全然分かんないんだが」

 

 血の繋がった実の家族かどうかってことも大事かも知れないけど、いま一番気になるのは、虚戈が殺人を犯したって『弱み』のことだ。このコロシアイ生活において、人を殺した経験があるなんてのは、それだけで今後の生活が不利になる。少なくとも、今の虚戈の状態でそんな『弱み』が明るみになれば、間違いなく不和が巻き起こる。

 

 「マイムのいたサーカスはとっても厳しくて、団長はいつも鞭でマイムたちを叩くんだ♠たくさんチラシを配ったり、いっぱいお客さんを呼んでいっぱいお金を稼いだりしたら()()()()()()()()()()()よ♣あとは・・・他の人が失敗をしたらその人が叩かれるから、マイムは叩かれなかった♬」

 「な、なんだよそれ・・・?そんなむちゃくちゃな話あるかよ・・・」

 「マイムは叩かれたくないから、他の人が失敗するって分かってて、何もしなかった♠どう見ても壊れてるマジックのタネをそのままにして大失敗させたこともあるし、具合が悪いのを知ってて助けてあげなかったこともある♣チラシ配りで他の人の邪魔をしたこともあるし、わざと飼ってた象の機嫌を悪くしておっきい事故を起こさせたこともある♣そのたんびに、マイム以外の子が団長に鞭で叩かれてた♠それを見てマイムはね・・・今日も叩かれなくてよかった、って安心してたんだ♡ひどいでしょ?」

 「・・・」

 

 ひどいかどうかなんて、俺には答えられない。答える資格がない。今の話が本当のことだとしたら、虚戈が今まで送ってきた人生は、俺が想像していた“最悪”を簡単に塗り潰すものだった。そんなむちゃくちゃな話があるか?サーカス団なんて仲間意識を上っ面では語って、虚戈たち演者は互いに足を引っ張り合って、団長の鞭を相手に押しつけてる。そうしなきゃ、自分がいたぶられるから。

 

 「そんなことしてたら、いつか誰かが死んじゃうことだって、マイムは分かってた♠ううん、マイムじゃなくったって、他の子たちだって分かってたはずだよ♠だけど誰も止められなかった・・・止めようなんて思わなかった・・・♣だから、みんなが死んじゃったのはマイムのせいでもあるんだよ♣マイムが殺したって言われても、違うなんて言えないんだ♠」

 「ま、待てよ・・・!そん、そんなこと言ったら・・・!それじゃお前は・・・!」

 「さっき言ったこと、ちょっとだけ言い直さないといけないね♡マイムがしたことはハルトやいよみたいなことじゃない、ハイドがしたことと同じだって言ったけど、そうじゃないね♢」

 

 待て。それ以上は言うな。それを言われたら俺は・・・俺たちは・・・!

 

 「マイムがしたことは、いま生き残ってるみんながしたことと同じだね☆みんな自分が助かるために、ハルトやいよをモノクマに差し出したでしょ♬だからマイムは人を殺したけれど、みんなもマイムと同じ、2人を殺したんだよ♡」

 

 俺たちは、それを否定することができない。悔しさも、怒りも、躊躇いも、何もかも関係なく結果は同じだ。虚戈がサーカスでしてきたことと、俺たちが二度の学級裁判の末にしてきたこと、何も違わない。

 

 「あぁ・・・!うっ、ク、クソ・・・!!」

 「ワタル?」

 「お、俺たちは・・・!俺たちは・・・!殺すなんてつもりは・・・!」

 「・・・♡分かってるよ、ワタル♢マイムには分かるもん♬マイムも、ワタルも、みんなも一緒だよ♡2人を殺したっていう罪も、本当は2人に生きてて欲しかったって気持ちも♡」

 「は・・・?な、何言ってんだよ・・・?お前は、何を考えてんだよッ!!」

 「ワタルは優しくて頑張り屋さんだから、マイムの言い方はいじわるだったよね♬だけどね、マイムは思うんだ☆こうやって『弱み』を教えて、マイムのことを誤解しないでくれて、マイムの言うことを信じてくれるのは、ワタルしかいないって♬」

 「違う!!俺はそんな人間じゃない!!お前のことなんか何も分からないしどうすればいいかも分からない!!人に頼られるような器じゃないんだよ!!」

 「それでも、マイムはワタルを信じるよ♡もっと自信持ちなよワタル♬」

 

 止めてくれ。これ以上俺を弄ぶな。俺を不安にさせたり、信じてると励ましたり、こいつは一体何を考えてるんだ。俺を一体どうしようってんだ。俺は人殺しなんかじゃない。英雄でもリーダーでもない。俺はただの高校生なんだ。

 

 「マイムは知ってるよ♬ワタルが一生懸命なの♡リーダーなんかやりたくないのにね♢えらいえらい♡」

 「・・・お前は、一体なんなんだよ。俺をどうするつもりなんだ」

 「どうもしないよ?マイムはワタルのこと信じてるんだ♬だからワタルはマイムのこと信じてね♡」

 「・・・分からない。お前のことを信じられるかどうか」

 「それでもいいよ♬疑わないと信じられないもんね♬」

 

 あっけらかんと言う虚戈の言葉に、嘘は感じられない。だからこそわけが分からなくなる。虚戈はずっと嘘を吐かず、正直に話してる。口から飛び出る言葉は全て本心だ。だからこそ理解できない。それもこれも、そのサーカスの異常な生い立ちが原因なのか。俺が理解しようとすること自体が間違ってるのか。

 

 「みんながワタルのことを信じてるからリーダーしなくちゃいけないんだよね♡だけど辛くなったらマイムを頼っていいよ♬考えるのは苦手だけど、ワタルのことをきっと支えてあげられるからさ☆」

 

 ぐるぐる回る頭の中に、その言葉はやけに強烈に響いた。進むも戻るも茨しかない道を、優しく切り開いてくれそうな。ドロドロに煮詰まった鍋の中に落ちた水みたいに、俺の頭はその言葉を頼りにした。冷静に考える余裕すらなく、虚戈は俺の頭の一部を支配した。

 トレーナーの厚い布地越しに感じる虚戈の手は、実際よりも大きく感じた。俺の頭がさすられる度に、難しいこととか考えるのも辛いこととか、どうでもよくなってくる。

 

 「いーこいーこ♡」

 

 俺には、虚戈がいないとダメだ。気付いたらそう思わされてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食時、全員が集まって食卓を囲んだ。既にこの中には、互いに『弱み』を打ち明けあった者たちもおり、いまだ死に向かい時を過ごしている者もいるかも知れない。しかしその気配はおくびにも出さず、何事もない、平和な食事時を過ごしている。この平穏が、私にはなぜか不穏に思えた。

 

 「おーら!鉄!これ運ぶの手伝えよ!」

 「ああ」

 「Wow(わぁい)Pasta(パスタ)I love pasta(スニフパスタ大好き)!」

 「削り立てチーズぶっかけてたんと食えよ!ソースはねて服汚すんじゃねーぞ!」

 「信じられないくらい弾力のある麵だな・・・」

 

 大皿に乗った山盛りのパスタが湯気を立てて、肉の脂とトマトの酸味が混じった香りが辺りに立ちこめる。艶やかなトマトと食欲をそそる麵の中に、香ばしそうな焦げ目のついたミートボールがゴロゴロと転がっている。ソースのハネには私は特に気を付けなければ。わずかでも白衣に付けたら目立って仕方が無い上に洗濯が面倒だ。

 

 「いっただっきまーす♡」

 「待てピンク色。貴様は身体が小さいのだから一巻き程度で十分だろう。俺様によこせ」

 「ハイドこそろくに動いてないんだからちょっとでいいでしょ♠マイムはいっぱい跳んだり跳ねたり飛んで回ってしてるからエネルギーが必要なのっ☆」

 「そもそも貴様はトマトが嫌いと言っていただろうが!」

 「加工品はノーカンなのー!」

 「おかわりあるから取り合いすんな!」

 「星砂君、なんだかみんなと打ち解けてきたよね」

 「いいことです!」

 「腹の底じゃあ何考えてるか分かったもんじゃあないけどねえ。スニフ氏も研前氏も、あいつが何したか忘れたわけじゃあないだろお?」

 「それはそうだけど・・・納見君は、星砂君のこと信用できないの?」

 「さあねえ。嫌なヤツとは思うよお」

 

 虚戈と星砂に引っ張られた麵がゴムのごとく伸びて、星砂が一瞬の隙を見逃さず巻き取って丸ごと自分の皿によそった。すぐさま下越がおかわりを持って行くと、虚戈は相変わらずだるだるのトレーナーのまま器用にフォークを操って、同じように丸ごと自分の皿によそった。星砂はあんなに子供っぽいヤツだったかな。それとも食い意地が張っているだけか。

 

 「首尾はどうだ、雷堂」

 「ダメだ。そもそもムリがあったんだ。俺に全員分の『弱み』を受け止める覚悟もなかったし、ご破算だ」

 「そうか・・・では、全員のクリア状況は把握しているのか?」

 「いや・・・それもダメだ。問題が問題なだけに、こういう場で聞くわけにもいかないだろ」

 「こういう場で聞けばいいではないか」

 「はっ?お、おい!?」

 

 慌てた様子の雷堂の声に、私を含めその場にいた全員の視線が雷堂のいるテーブルに向けられた。次にその視線は、同席していた極の元へ集まった。立ち上がり、自分のモノモノウォッチを私たち全員に見えるように向けていた。1人離れた席でパスタを啜っていた私の目にも、その画面はよく見えた。

 

 「モノクマからあのふざけた動機が発表されて、半日ほど経った。いまの時点でクリアとなっていない者はいないか?」

 「ま、待てよ極・・・!そんないきなり・・・!」

 「いきなりもなにも、もう半日で刻限となる。しかも夜時間を挟むのだ。今の時点で打ち明けていない者がいれば、対策を講じるべきではないのか?」

 「そうかも知んないけど、急過ぎだって!デリケートな問題だろこれは!」

 「・・・雷堂、お前は慎重すぎる。機を計ることと臆病になることは全く異なることだ。いま私たちがすべきなのは、この戯けた動機のために無意味な死を起こさないために、正しく現状を把握することだ。それに、クリアしているか否かを問うだけだ。『弱み』そのものや誰に打ち明けたかなどまでは追及せん」

 「いやだから、心の準備ってもんがだな──」

 「くどい!」

 

 腰の引けている雷堂を、極が一喝する。こうして見ていると、極の方が我々のリーダーのようだ。はじめは雷堂は頼りがいのある男だと思っていたが、二度の学級裁判を経て分かったことがある。雷堂の本質は人を引っ張るリーダー気質ではなく、単に責任感が強いだけの優柔不断であるということだ。なまじ責任感があるばかりに、損な役回りを請け負ってしまいがちな、生き下手というものだな。私も人のことを言えたものではないが。

 

 「ちなみに私は既にクリアした。このモノモノウォッチが証だ」

 「・・・それを明かしたとして、何をするつもりなんだ?」

 「その者次第だ。『弱み』を明かすつもりならば、するに任せる。明かすに明かせないのならば、どうにかして明かせるように手を尽くす」

 「それって、アンタに『弱み』を打ち明けるってこと?」

 「所望するのならそうしよう。私を信用できないのなら打ち明けるべきではない。いずれにせよ、『弱み』を言わないままではモノクマに処刑されてしまう。そんな理不尽なことは決して起こるべきではない」

 「くくっ・・・理不尽、か。凡俗らしい物の見方だ。人の上に立つ者ならば、そのようなことは言うまい」

 

 やはり、案の定、思った通り、星砂が口を挟んできた。全員が集まるこうした場で、星砂は我々を凡俗と一括りに蔑むが、ともかく何か一つ余計なことを言わなければ気が済まない一言居士らしい。

 

 「無駄口をきくつもりならば黙っていろ、星砂」

 「俺様の言葉が無駄口かどうかを決めるのは貴様らだ。(盛り髪)、気付いているのか?貴様の提案はより疑心暗鬼を加速させる・・・ともすればコロシアイを直接起こしかねないものだと」

 「えー!?なにそれ!?マイムはそんな感じしなかったよ♠違うの!?」

 「構うな。まともに取り合う価値などない」

 「ほう?貴様が一方的に押しつけてきた行為のリスクを知る必要がないと?それは何故にだ?知られると不都合でもあるというのか?」

 

 反論しても、避けようとしても、全て否定しようとしても、星砂の言葉はどこまでも逃がさずに持論を聞かせようと働きかける。これが“超高校級の神童”という“才能”なのか、ヤツはとにかく人を不快にさせる言葉を繰ることに長けているようだ。しかも質の悪いことに、誤ったことを言っていない。

 

 「『弱み』を打ち明けることすら互いの首根っこを掴み合う命の取り合いに発展しかねんというのに、クリア状況を明かすなど、愚の骨頂もいいところだ。『弱み』を打ち明けていない者は刻限が迫る中、もはや打ち明ける相手を選んでいる場合ではない。それはすなわち付け入る隙があるということだ。貴様は、その哀れな者に隙を自ら晒せと言うのか?」

 「・・・」

 「打ち明けていない者にすれば、自分よりも明らかな弱者の存在が分かるということになる。つまり、貴様らにとって好ましくないことを企てている者にとっては、目の前に餌を差し出されるも同義。分かるか(盛り髪)。貴様の提案がいかに愚かしいか。俺様してみれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「ッ!!き、貴様ァッ!!」

 「ま、待て極!落ち着け!星砂にムキになったってしょうがないだろ!」

 

 熱くなった極を、雷堂が間一髪抑える。今、雷堂が止めなければ星砂は極に殴られていただろう。そうすればいかに極の主張が正しかろうと、それには暴力の影がちらつく。冷静に考えて、星砂の意見は間違ってはいないが、不要に不安を煽っている。

 

 「焦るな(盛り髪)。俺様はなにも、貴様の主張が全て間違っているとは言っていない。クリア状況を打ち明けて、みんなで協力して死者を出さないように『弱み』を打ち明けやすい状況を作る。素晴らしい気休めだ」

 「気休め・・・だと?」

 「ここでモノクマに殺されなくとも、いずれヤツは八方手を尽くして俺様たちにコロシアイを強いるだろう。より直接的にな。そうなった時、協力などという言葉はいとも容易く崩壊する。違うか?」

 「・・・分かり切ったことを。我々がすべきなのは、()()()()()()()()()ではない。一丸となって、()()()()()()()()()だ」

 「Future、ですか?」

 

 星砂の言う通りだ。モノクマが手っ取り早く私たちにコロシアイをする動機を与えるというのなら、期限までにコロシアイが起きなければ全員処刑する、とでも言えばいい。それをしないのは、ヤツがあくまでも私たちを絶望させようとしているからだ。しかし可能性として、そんな動機が飛び出さないとも限らない。

 そんな星砂の主張に、極は深呼吸して落ち着いたのか、冷静に応える。未来を勝ち取る、ポジティブかつ抽象的な言葉だ。人を無闇に励ますのにうってつけではないか。

 

 「星砂、お前さえも例外ではなく、私たちは本来敵対すべきではない。私たちが打倒すべきは隣の者ではなく、モノクマただ1人だ」

 「そりゃあ確かにそうだけどお・・・極氏、忘れたわけじゃあないだろお?あいつのむちゃくちゃっぷりをさあ」

 「ああ。正面から向かってヤツに勝つことはできない。だが、ヤツにも隙はある。例えば・・・ファクトリーエリアだ。他のエリアと違い、あの場所だけは全く意味がない」

 「確かに、最初の事件のときに足を踏み入れて以来、近付いてもいない。本当にあそこには何もなかったからな」

 「くくっ」

 「ヤツを操り、私たちを監視している何者かは、確実に存在する。魔法のような力を使っているわけでもなるまい、存在しているのなら戦うことができる。ヤツに対抗するには、私たち全員が結束しなければならない。互いに背中を預けられるほどに信頼せねばならない。故に、現実問題として、『弱み』を見せ合うことを躊躇している場合ではないのだ」

 

 なるほど、極の主張ももっともだ。現実味のない主張を成し遂げるため、私たちが超えるべき課題を明確に示している。しかし、所詮は机上の空論だ。数が減ったとはいえ、10余名の人間が、それもコロシアイを強いられている状況で信頼し合うなど、土台無理のある話だ。

 

 「モノクマだけを打倒することには賛成だ。だが・・・具体的な案がなければ、動機のクリア状況を明かすことをしたとしても、その先はないだろう。ファクトリーエリアに何かがあるというのは、間違いないだろう。掟も追加されていたことからも、それは明白だ」

 「結束を強める、という意味でも賛同できないか?」

 「お前の意思は認めるが、賛同するか否かは別の話だ。誰かのデメリットになり得る以上は、安易にそれを口にすることはできない」

 

 図らずも、私たちは改めて思い知ることになった。“信頼すること”の重さを。当たり前のように口にされる美徳の本質を。信じることとは疑うことと見つけたり、といったところか。全員を信用しようとすればするほど、全員を疑うことになる。疑わねば信じられない。

 

 「今すぐに信じ合い結託しろとは言わん。だが、もし今この場にまだ『弱み』を打ち明けてない者がいるのなら、少なくとも私や雷堂は頼られることを拒まん。それだけ分かっておいてほしい」

 「うん、極さんや雷堂君がみんなのことを思ってくれてるのは、私は分かってるよ」

 「ボ、ボクも!I'm sure!」

 「マイムもマイムもー♡」

 

 研前に続いて、スニフと虚戈が手を挙げる。結局、極の提案は何も生み出さなかった。私たちは互いを疑い合い、信じようと藻掻き、そして・・・また留まる。不安定な滞留に自ら居続ける。

 人はなぜ、こうも合理的になれないのだろう。なぜ人の感情の前に、命の価値はここまで軽いのだろう。一つため息を吐いて、私は思案する。しがらみを忘れ、合理性と秩序に彩られた無機質な科学の世界へ没頭する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:12人

 

【挿絵表示】

 




今年はもう一話更新したい。


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(非)日常編5

 

 このエリアは薄暗くて不気味だねえ。新しく開放されてからろくに人が入ってないっていうのもお、強ち無い話じゃなさそうだあ。だってここにあるものはどれも持ち出し禁止でえ、来たって得るものが何もないからねえ。

 

 「やっぱり今日はやめておいた方がいいかなあ」

 「お前から言いだしたことだろう」

 「そうだけどねえ」

 

 そんな意味のないところになんでおれが来ているかって言うとお、それはちょっとした興味のためなんだよねえ。要は見物するのが用。この倉庫エリアの奥にあるっていう武器庫にあるものをねえ。

 武器庫っていうのはまあ名前の通りだろうねえ。モノクマがホテルのフロントに鍵を置いていったくらいだから、コロシアイに活用しろってことなんだろうけどお、おれはそんな滅多なことは考えてないよお。その証拠に、鍵を持ってるのはおれじゃあない。それに隣であくびをしてる荒川氏でもない。

 

 「しかし誰なんだろうねえ。武器庫に用事があるなんて物好きな人はさあ」

 「お前が言うな。わざわざ私の時間までとりおって」

 「『弱み』を打ち明けあった仲じゃあないかあ。おっと、でもそれ以上の深い仲になるつもりはないよお。行っても1000円以下の貸し借りまでねえ」

 「どの辺にあるのか分からないな・・・。まあお前に隠しても仕方ないが、私は今まで友人らしい友人がいたことがない!故にそれが深い仲なのかすらも判断しかねる!」

 「誇らしげに言うこっちゃないよお。まあ親友を10としたら、3くらいかねえ?」

 「低いな」

 「状況が状況だからねえ。おれはこう見えてシビアな質なのさあ」

 「そうか。いやしかし、友好関係の数値化というのは興味深い。明確に、たとえば5以上ならば友達、8以上は親友などという一定のルールを作ってしまえば、もうあんな切ない想いをすることも・・・スニフ少年と一つ話し合いの場を設けようか」

 「深くは突っ込まないけど一つだけ突っ込ませてもらうよお」

 「なんだ」

 「荒川氏は人に恵まれないねえ」

 「ンガッ・・・!?くうぅ・・・やはり私にコミュニケーションは向いていない。理論と数値によって合理化された科学と、深淵なる神秘に包まれた不可解な魔術の世界だけが私の居場所なんだ・・・」

 「こんな暗い場所で暗くならないでおくれよお。そもそも、もしものときのために連れてきたっていうのにい」

 「もしものときは私はお前を捨てて一目散に逃げる。それはもう逃げるぞ」

 

 早速見捨てる宣言をされちゃったよお。やっぱりおれと荒川氏の間に友情なんてものはないんだねえ。あくまで『弱み』を打ち明け合っただけの関係、まあ気楽でいいけどねえ。

 なんでおれと荒川氏が倉庫エリアにいるかと言うとお、おれが荒川氏を誘ったからだあ。倉庫エリアの意味深な武器庫、そもそもなんでそんな場所が用意されているのかも疑問だけどお、つい先日のモノクマの言葉と星砂氏の発言で気が付いた。そこはおれたちの中にいる、“アイツ”のために用意されたんだ。

 

 「しかし、“超高校級の死の商人”の作品が見たいなど、お前も冷静に状況を弁えているとは言い難いぞ」

 「それを分かった上で付き合ってくれる荒川氏は優しいねえ。極氏もちょっと葛藤してたけどお、やっぱりおれは我慢できなかったよお。死の商人ってのは元々武器商人のことだろお?その“超高校級”ってことはあ、武器として以上の価値がその品物にはあるはずなんだよお」

 

 そう言えば鉄氏の家は刀匠だったねえ。鉄氏も前に言ってたけど、日本刀に代表されるように今や武器は美術品の一つとされている。まさか実用なんてできないしねえ。“超高校級の造形家”として見ておかないとねえ。そう思ってカウンターに鍵を取りに行こうと思ったらあ、もう無くなってた。誰かが先に武器庫に行った。それはつまり、これから武器庫に行くおれと鉢合わせて一事件起きるかもしれないってことだあ。それを防ぐために、荒川氏を頼ったんだけどねえ。

 

 「芸術というのは私の埒外だが、その“超高校級の死の商人”が芸術的センスを持っているということか?」

 「さあね。その“才能”がどこにあるのかが分からないからねえ。『造り手』としてなのか、『売り手』としてなのか・・・それとも死の商人っていう言葉自体の意味を勘違いしているのかもねえ。不吉を届けに来たぜ的なことかもよお?」

 「最後のだけは勘弁願いたいな・・・。いずれにせよ、こうして危険を冒してまで赴くのだ。ただの興味本位だけということもあるまい」

 「さすがにバレるかい?そうだねえ。おれの“才能”がみんなのために役立つって言ったら、これくらいのことしか思い浮かばないからさあ」

 

 ぺたぺたというおれのサンダルの音と、コツコツという荒川氏のハイヒールの音が混ざって妙な音になってる。武器庫が近付いてくると、さすがに心臓の鼓動が強くなって胸が痛くなってくる。今更になってどうしようって思い出したけど、もう遅いよねえ。

 誰がいるか分からないけれど、おれたちには武器庫を訪れる大義名分がある。同じ考えを持って極氏か鉄氏が訪れてないとも限らない。大丈夫・・・だと思うんだけどねえ。

 

 「そこを曲がると・・・武器庫だな」

 「そうだねえ」

 「お前が先に行け。行きたいのだろう?」

 「いやここはスニフ氏リスペクトでレディーファースト」

 「都合のいいときだけ女扱いするな!男なら甲斐性を見せろ!」

 「そっちこそ都合のいいときだけ男扱いしてるじゃあないかあ!言っとくけどおれの運動神経は0だぞお!」

 

 角からこっそり様子をうかがうけど、薄暗くて全然見えない。へっぴり腰を後ろから荒川氏にせっつかれて、何も起きないように祈りながら少しずつ武器庫の方へ足を進める。ゆっくりゆっくり足音を立てないように歩いて・・・角を、曲が──。

 

 「ぅあっ!」「おわああっ!!?」「ぬあああっ!!?」

 

 曲がろうとした矢先、向かいから誰かがぶつかってきた。向こうが走ってたせいでおれは後ろに仰け反って、荒川氏を巻き込んで一緒に倒れた。もみくちゃになったせいで眼鏡が飛んで、起き上がってもどっちが何やら全然分からない。

 

 「いたた・・・!荒川氏!大丈夫かい!?」

 「うぅ・・・メガネメガネ・・・」

 「ダメだこりゃあ・・・」

 

 輪郭のぼやけた景色の中で、白い塊の上に黒い塊が乗った何かがもぞもぞ動いてる。その奥から、コツコツという固い音とシャラシャラいうキレイな音が聞こえてきたけれど、今ぶつかってきたのが誰かは分からないままだ。

 

 「あ、あったメガネ・・・うぉっ!?キッツ・・・!これ荒川氏のじゃあないか!」

 「ん〜・・・視界がぼやけると思ったらお前のメガネではないか。互いにメガネを取り違えるとはなんと間抜けな」

 

 目がεになった荒川氏と目が3になったおれとでメガネを交換して、周囲を確認した。やっぱりぶつかった誰かはすぐにいなくなってて、おれと荒川氏しかいなかった。武器庫はまだ開いてるみたいで、鍵を置きっぱなしにしてた。おれたちの足音か話し声を聞いて、焦って逃げたってことだねえ。

 

 「よくないなあ」

 「良くないな。後ろめたいことをしているという自覚があるということだ」

 「さすがにここからまた持ち出すのは、シャレにならないよねえ」

 「無論だ。それでも持ち出すと言うのであれば、私はお前のことを学級裁判で糾弾せねばならなくなる」

 

 仕方がないから、当初の目的通り武器を見て“超高校級の死の商人”の正体に迫ることにした。だけど既に一人がなんらかの武器を持ちだしたことが確定してしまった以上、新しく武器を増やして不穏にすることはできない。だからひとまず荒川氏の監視付きで、武器を調べることにした。

 

 

 

 

 

 ギスギスしたお昼ご飯の後で、私は食器の片付けと下越くんの晩ご飯の仕込みを手伝った。スニフくんと雷堂くんも一緒に残って手伝ってくれて、今日の晩ご飯はなんだか豪華になりそう。

 

 「嫌いなもんがあったら言えよ。今日の晩飯は身体の芯から温まるポトフだ。メインはたっぷりのチーズでコクを出したミートグラタンにして、サラダはトマトとアボカド入りだぜ!」

 「ゴクリ・・・Sounds good(おいしそう)・・・!たべたばっかりなのにおなかへりそうです」

 「運動したらお腹も空くわよ。アクティブエリアでバドミントンでもする?」

 「そんなテンションじゃねえけどな」

 「ボク、バドミントンよりゴルフしたいです」

 「ゴルフなんかしたことあるの?」

 「ないです。でもゴルフはGentleman(紳士)のSportsなんです。だからやっておかないとです。ヒッシューです」

 「さすがにゴルフできるような広さはないわね。練習場はあったけれど」

 「十分すげえぞ」

 

 晩ご飯への期待が高まる中、私は洗い物担当でどんどん洗ったお皿をスニフくんにパスする。スニフくんはそれをキレイに拭いて磨いて、雷堂くんにパスする。雷堂くんはまとまった食器を食器棚にしまう。ご飯の準備は全部下越くんが一人でやってるけれど、私たちに負けないくらい素早く手際よく下拵えをして、なんだか早回しのビデオを見てるみたい。

 

 「下越くんは普段運動してるの?」

 「いんにゃ。厨房駆け回ってっからそれで運動できてんのかねえ。まあ体育の成績は別に悪かなかったぜ。それにこういうデケえ鍋振るのに体力結構使うからな。おかげで腹筋もホレ」

 「ん゛ん゛〜〜ッ♡」

 「どしました?セーラさん?」

 「なんでもないわ」

 

 不意打ちで下越くんの腹筋なんか見せられて、危うくお皿落として割っちゃうところだった。本人が言ってるように実用的だから無駄がなくてスマートなシルエットになってる。それでも離れたところから見て分かる薄く盛り上がったシックスパックがなんだか逆にいやらしい。鉄くんのガッチリ固くてマンゴーみたいにくっきり分かれてるのもうっとりしちゃうけど、こういうのもなんか逆にアリよね。

 

 「なあ。さっきの極のことだけどさ」

 

 ふと、雷堂くんの真剣な声色で我に返った。すっかり食器を洗う手が止まって、スニフくんが次に拭く食器を待ってエプロンの裾を引っ張ってるのにも気付かなかったなんて。

 それよりも、雷堂くんの言葉で下越くんとスニフくんに少し緊張が走ってるのが分かった。さっきの極さんと星砂くんのやり取りは、たとえ私たちのことを思ってくれてたのだとしても、やっぱり怖かったから。

 

 「わざわざ俺が言うこっちゃないかも知れないけど・・・あれはあいつなりにみんなのことを思ってのことだったんだよ。確かにあいつは力技なところもあるけど、不器用なだけで良いヤツなんだ」

 「んなことわかってらあ。そういうお前こそどうなんだよ」

 「え?俺?」

 「極がああ言ってるときも座って止めるだけだったろ。俺はお前にできることだけやりゃあいいって言ったけどな、女ァ前に立たせて自分は後ろにいるだけなんて男らしくねえぞ!」

 「いや、だからあれは極が勝手にやりだしたことで、俺はもっと他のやり方を・・・」

 「ワタルさんもみなさんに言いたいことありますか?」

 「う〜ん、というより、まあ極が言ったように全員が確実に動機をクリアする状況を作りたくはあるけど、今の状況じゃ誰がクリアしてて誰がクリアしてないか分からないからどうにもな。だけど、まだクリアしてないヤツがいるんなら、助けてやらないといけない」

 「ボクはClearしましたよ!モノモノウォッチ見せてもいいです!」

 「オレもいつの間にかクリアだったな」

 「下越くんはいい加減気付こうよ」

 

 もしかして下越くん、まだ自分が『弱み』を言っちゃったこと気付いてないの?別にいいけど、ちょっと本気で心配になるレベルで状況が分かってないわね。

 

 「動機が配られたときに星砂が言ってたように、“超高校級の死の商人”だっているんだ。そいつの『弱み』は十中八九、自分が“超高校級の死の商人”である事実だ。だからそれを打ち明ける相手が必要なんだ。そいつが無事でいられるかも分からない・・・だから、俺たち全員が協力してそいつを助けてやらなきゃいけないんだ」

 「た、助ける?どうしてそうなるの?」

 「もし本当に“超高校級の死の商人”なんてヤツがいても、そいつだって24時間以内に『弱み』を打ち明けなきゃモノクマに処刑されるんだろ。だったら、見殺しになんてできない。きっと誰にも言い出せずに困ってるだろうし・・・ま、間違いが起きたら困るしな!」

 「・・・」

 「でもボク、ダイスケさんからききました!“Death Merchant”ってとってもGuilty(罪深い)です!」

 「そりゃそうだ、よくわかんねーけど。けどなスニフ、そいつだって生きてんだぜ?そいつだって毎日腹空かして飯も食うし、そいつが守りたいもんだってあるんだ。やったことも大事だけど、何をしたって変わらねえ根っこの部分ってもんがあらあな。そこを想像してやんなきゃいけねえぞ」

 「・・・?そうなんですか?」

 「そうよ。いくら悪いことをした人でも、スニフくんくらい小さいときから悪かったわけじゃないもの」

 「ボクは小さくないです!High school studentですよ!」

 「まあとにかく、根っからの悪人なんていねえってこった」

 「悪人かどうかはさておいて、たとえ悪人だろうと善人だろうと、処刑なんてもうたくさんだ。“超高校級の死の商人”も必ずそのことを打ち明ける必要があるから、この24時間はなんとか乗り切らなきゃいけないんだ」

 「そうね。だけど、もしその人がみんなに自分が“超高校級の死の商人”だって言って・・・その後はみんな、その人のことを信用してあげられるの?」

 「正直に言ったんだろ?信じるっきゃねえだろ!」

 「みんなテルジさんくらいSimpleだったらよかったです」

 「ほめんない!」

 「あんまりほめてないです」

 

 スニフくんの皮肉にも気付かないで下越くんはにっかと笑う。本当に単純ね。それにしても、“超高校級の死の商人”の存在がみんなにとって不安の種になってるっていうのは間違いないみたい。きっとこのままじゃ、それが原因でまたコロシアイが起きてしまう。それだけは止めないと。

 

 「信じられるかどうかは分からないな・・・でも、今まで俺たちにそのことを黙ってたんだろ?モノクマの動機があって初めて言い出すんじゃああんまりな・・・」

 「言いたくない理由だってあるはずよ。だって、私たちが“超高校級の死の商人”の存在を知ったのは、最初の裁判の後じゃない。その後、城之内くんが相模さんに殺されたけれど、その間その人は何もしてないわ」

 「ホントだ!じゃあ“Ultimate Death Merchant”はわるい人じゃないですか!?」

 「そうとも限らない。機を伺ってるだけかも知れないだろ」

 「だから雷堂は慎重過ぎんだって!もっとざっくりでいいだろ!」

 「ここは慎重になるところだろ」

 

 私だって“超高校級の死の商人”の実態を知ってるわけじゃないけれど、ここまで何もしてないのに、“才能”とモノクマの言い方だけでここまで疑われちゃうなんて。疑いがあるとみんなが殺伐としてしまう。どうにかできないかしら。私にできることは・・・。

 

 「おっしゃ、だいたい片付いたかな。ありがとなお前ら!助かった!」

 「どろいためまして!」

 「泥?泥料理は食ったことあるけど、炒めたもんは知らねえな」

 「どういたしまして、ね」

 「それでした!」

 「泥料理って・・・美味いのかそれ?」

 「一口でミネラルにぶん殴られたって感じだったぜ」

 「分からん」

 「他に何か手伝うことはない?晩ご飯の準備も大変でしょ?」

 「ありがとよ。けど大丈夫だ。良い料理人ってのはテーブルに皿出すまで料理は人に見せねえもんだぜ。こっからは一人でやるから出てった出てった」

 

 食器を洗い終わって、私たちは下越くんに厨房から追い出された。追い出された私たちは、特にやることもなくて、かと言ってみんなの『弱み』を聞いて回るなんてこともできなくて、ひとまずお部屋に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 「お前もうここ出禁!それ丸ごとやるから帰れよ!うわーーーん!!」

 「そんなのないよ。わざとじゃないんだから」

 「わざとでたまるかコノヤロー!出て行けったら出て行けよ!」

 「うひゃっ!」

 

 抱えきれないくらいのモノクマメダルを全部モノクマネーに換金してモノモノウォッチに転送したら、モノクマが半べそかきながら私を摘まみ出した。カジノの前の地面で尻餅うっちゃって、ぷんすか湯気を立てるモノクマを睨み付けたら、向こうの方がよっぽど恨めしそうに私を見てて、思わず目を逸らしちゃった。

 

 「もう、乱暴しないでよ!」

 「ふんだ!これだから幸運持ちにろくなヤツはいないんだ!」

 

 怒りながらモノクマはカジノのドアをばたんと乱暴に閉めた。目が痛くなるくらいのカジノの建物の電飾が消えて、ドリルだかなんだかの駆動音が漏れてきた。うーん、本当にあれを手作業でなんとかするつもりなんだ。そう考えたらちょっと悪いことしちゃったかな。

 

 「研前?こんなところで何をしている?」

 「ぅ?あ、鉄君。ううん、別になんでもないよ。ちょっとモノクマに乱暴されちゃっただけ」

 「ら、乱暴!?大丈夫か!?ケガとか・・・!」

 「心配しなくてもなんでもないってば。尻餅ついただけだから」

 「そ、そうか?取りあえず、立てるか?ほら」

 「ありがと。よいしょっと」

 

 鉄君の太い腕に捕まると、軽々と持ち上げられた。大きいし力持ちだし、なんだかいつもスニフ君と一緒にいたせいか、鉄君の大きさとか力強さが一層際立って感じる。座ったまんまお喋りもよかったんだけど、こんなうるさいところじゃ落ち着かないよね。

 

 「ギャンブルエリアに何の用だったんだ?」

 「うーんと、ショッピングセンターにバームクーヘン売ってたの知ってる?こーんな大きくて、シロップでコーティングされてて、生クリームとかフルーツとか乗ってて、生地にも色々練り込んであるの。見てるだけで口の中が甘くなってきて、幸せな気分になるの・・・」

 「そんなものあったかな・・・?それがどうした?」

 「おやつに3つくらい買おうと思ったんだけどちょっぴり高くて手が出なかったの。だからカジノでお金増やせばいいやと思ったんだ」

 「摘まみ出されていたようだったが」

 「そうなんだ。あのね、スロットマシーン回したらすぐにリールが引っかかってモノクマメダルがいっぱい出てくるの。マンガみたいに!」

 「はあ・・・」

 「で、仕方ないから隣の台に移るでしょ?そしたらそれも同じで、そのまた次も同じで、次の次も同じで・・・結局並んでるスロットマシーン全部壊れちゃったんだ!」

 「俺なら2台目が壊れたら止めると思うが」

 「だってせっかくカジノに来たのにスロット一回も止めずに帰れないよ。だけどやる度やる度壊れちゃうからさ。そのせいでモノクマを怒らせちゃうし」

 「モノクマも災難だな」

 

 また私の“超高校級の幸運”が、勝手に力を発揮したみたい。でもこの場合はモノクマとスロットマシーンが犠牲になってるわけだから、別にいいのかも?なんて思ったり。これだけたくさんのモノクマネーがあれば、あのバームクーヘンケーキを3つと言わず5つ6つも買える。でもさすがにそんなに食べたら、晩ご飯があんまり入らなくなっちゃうかな。

 

 「そうだ。せっかくただ同然でもらえたんだから、鉄君にも何かご馳走してあげる」

 「え・・・いや、それは悪い。俺はただ通りかかっただけだ」

 「いいのいいの。私の“幸運”のお裾分けだよ」

 「いいのか?それじゃあ好意に甘えるとしようか」

 「何か食べたいものとか、欲しいものとかある?」

 「・・・なら、大福が食べたい」

 「じゃあ買いに行こうか」

 

 私と鉄君は、ショッピングセンターに足を向けた。そういえば、どうして鉄君はギャンブルエリアになんていたんだろう。私もあんまりここには来たことないけれど、普段いる人っていったらたまちゃんと虚戈さんくらいだ。鉄君にこのエリアはあんまりにも似合わない。

 

 「ねえ鉄君。一緒に来てくれるのは嬉しいんだけど、ギャンブルエリアに何か用事があったんじゃないの?」

 「ん、ああ・・・いや、大したことじゃないんだ。来たことがなかったから、ここに来れば何か変わるかも知れないと思っただけだ」

 「変わりたいの?鉄君は」

 

 確かにギャンブルエリアに来れば今までの鉄君のイメージからは変わると思うけど、でもそれって良い方向の変化じゃないと思うな。賭け事で人が変わるって、ろくでもなさがすごいもの。だから何の気なしに聞いただけだけど、鉄君にとってはすごく意味のある質問だったみたい。

 

 「変わりたい。いや、変わるのとは少し違うかもしれないな。俺は・・・俺に戻りたい」

 「鉄君に?」

 「ずっと誤魔化し続けてきた本音を、見て見ぬフリをしてきた本心を、俺は取り戻したい。初心を忘れていたんだ。俺はあまりにも物事が見えていなかった」

 「そうなの?鉄君は頼りになる人だけどなあ」

 

 話ながら気付いたけど、そういえば鉄君とこうしてお話するのは初めてだった気がする。だって今までは、鉄君ってあんまり人と関わろうとしなくて、隅の方でじっとしてるイメージだった。大黒柱って言えば聞こえはいいけど、それは周りに馴染めない異質さの裏返しだ。

 だけど今の鉄君は、なんだかとっても話しやすい。なんだか一皮剥けたっていうか、表情が柔らかくなったっていうか。もともと私より大きいけれど、今はなんだかもっと大きく見える。

 

 「そうだ。行ったことないとこ行くんだったら、モノクマ城でも行ってみる?私のチケット余ってるし」

 「モノクマ城?・・・そういえば気にしたことがなかった。行ったことはない」

 「一緒に行く?私、スニフ君と一緒に行ったから案内できるよ」

 「・・・いや、遠慮しておく。ありがとう。だがそれは、お前が使いたい相手に使うべきだ。俺ではなく」

 「あ・・・う、うん、そうする」

 「もうスニフと一緒に行ったというが、からかうのもほどほどにしておいた方がいい。その手の縺れは後々ややこしいことになる」

 「なに、鉄君って経験アリなの?」

 「まさか」

 「だよね〜。鉄君ってそういうの真面目そうだもん」

 「んむ・・・」

 

 そっか、私なんかと一緒に行くよりも、鉄君だって好きな人と一緒に行った方が楽しいよね。見た目通り鉄君って、恋愛とかもすごく真面目に考えてそうだし、きっと奥手だね。昭和の逞しい男の人って感じがして、正地さんみたいなお淑やかな人が似合いそう。

 ショッピングセンターに向かう途中でテーマパークエリアを通るから、モノクマ城がよく見える。尖塔がいくつも集まった洋風の形で、真っ白な城壁が西日を受けてきらきら光ってる。真ん中に聳える一番大きな時計は、ごつごつした針でものすごい迫力だ。

 

 「あれ?」

 「どうした?」

 「うーん、鉄君、今何時?」

 「時間か?モノモノウォッチで分かるだろう」

 「そうなんだけど、あそこの時計ズレてるんだよね。2〜3分かな」

 「ん?ああ、そうだな。そういうこともあるだろう。古そうな時計だからな」

 「モノクマに知らせておいた方がいいかな」

 「研前がそこまで気を回す必要はないと思うが」

 

 時間はあんな時計塔なんかなくても、モノモノウォッチがあるからいつでもどこでも確認できるから、あれがズレてたっていいんだけど、なんか気持ち悪い。あとでモノクマに言っておこう。あ、でも今スロットマシーンの修理で忙しいか。

 テーマパークエリアを抜けて、ショッピングセンターにやってきた。バームクーヘン屋さんは、相変わらずぴかぴかに磨かれたショーケースの向こうで、色んなバームクーヘンを揃えてた。シンプルなものから砂糖でコーティングされたもの、チョコが練り込んであるものや、バームクーヘンのサンドイッチみたいな変わり種もある。その中で一層輝きを放ってるのが、フルーツに生クリームにチョコになんでもありのケーキバームだった。

 

 「はわあ・・・!美味しそう・・・!」

 「想像していたよりずっと大きいんだが、これを3つも4つも食べるのか?」

 「うん。これにほろ苦のミルクティーでもあれば、おやつにちょうどいいよね」

 「丁度良くはない」

 

 さっそくモノクマネーでショーケースに並んでるヤツをまとめ買いした。鉄君は見ただけで胸焼けがしたらしくて、水を買いに水屋さんを探しに行った。私は、紅茶屋さんでほろ苦ミルクティーを買って、センター内の広場でおやつにした。

 卵多めで味の濃い生地は照明を受けて黄金色にも見えて、塗りたくられた生クリームは雲みたいに柔らかそう。その上では瑞々しいフルーツが宝石みたいにきらめいて、散りばめられたビターなチョコチップが見た目にも味わいにもアクセントになってる。一口だけで幸せな気持ちになれる、魔法みたいなバームクーヘンだ。

 

 「う〜ん♡幸せ♡」

 

 一口食べたらもう一口、口いっぱいに甘みが広がるのに飽きが来なくて、ついつい次の一切れに手が伸びる。ときどき紅茶を挟んで甘みをリセットすると、より一層甘い幸せを強く感じる。気が付けば、ありったけのモノクマネーを注ぎ込んで買ったのに、もう最後の一切れになっちゃってた。

 

 「鉄君どこまで水探しに行ったんだろう?」

 「そろーり♣」

 「虚戈さん、何やってるの?」

 「うひゃっ♠バレた♠えへへ〜♡甘い匂いに誘われて食いしんぼのクラウンがやって来たよ☆それちょうだい♬」

 「ダメだよ。私が買ったんだもん」

 「でもマイムずっと見てたよ♢こなたばっかりそんな美味しそうなの食べてズルいんだ!」

 

 広場のテーブルの下にいつの間にか潜り込んでた虚戈さんが、箱の中のバームクーヘンを盗もうとした手をぺしんと叩いた。人の物を盗るのもそうだし、手づかみなんて行儀の悪いことしちゃいけません。

 

 「最後の一切れは一番美味しいんだから、これは虚戈さんにはあげられないよ。欲しかったら自分で買うの。虚戈さんあんまりモノクマネー使ってないんじゃないの?」

 「ちっちっち♡マイムだって色々と入り用なんだよこれでも☆毎朝のダンスに必要なカセットとか、1日1本ジュースのボトルとか、あとはメイク道具とかね☆この前いよがダイスケを殺した日の衣装も、実はサーカスで使ってたヤツのリメイクなのだ♬」

 「そうなんだ。じゃあ我慢しなくちゃだね」

 「こなたのケチ!ケチんぼ!」

 「ケチじゃありません。大概のお願いは聞いてあげるけど、甘い物に関しては私は譲らないよ。あーん」

 「ふあー〇」

 

 羨ましそうに口をあんぐり開けながら見る虚戈さんを尻目に、私は最後の一切れを思いっきり頬張った。砂糖と卵が香る生地の味わいと、生クリームの柔らかい甘さ、フルーツの酸味と自然な甘み、チョコのほろ苦さ、奇跡のような時間はもう終わり。この感覚を思い出に閉じ込めるために、紅茶で口の中の甘みを全部洗い流した。

 

 「ごちそうさま」

 「ぶー×いいもん、テルジに言って作ってもらうもん♣」

 「下越君に頼めば作ってくれるとは思うけど、なんだか悪い気がするんだ。下越君はいつも、与える側の人だから。たまには私たちから下越君に何かしてあげたいんだけどな」

 「マイムは踊れるしジャグリングも玉乗りもできるよ☆パントマイムもこの通り♬」

 「そういうんじゃなくて、もっと物理的なさ、ご飯作るじゃないけど、部屋の掃除してあげるとか」

 「むつかしーこと言うなあ、こなたは♠」

 

 壁とか綱引きとかオーソドックスなパントマイムから、なんなのか分かんない変な動きをしたりしながら、虚戈さんは広場を動き回る。人生楽しそうだなあ。

 下越君みたいに“才能”があったり、虚戈さんみたいに誰かを喜ばせたりできないけれど、私にだって何かできることがあるはずだ。そうだ、鉄君に大福買ってあげる約束してたんだった。どこまで行っちゃったのかな。

 

 「もあっともあっと・・・うひゃっ♠」

 「おっと。何をしてるんだ虚戈。危ないぞ」

 「あっ♡サイクローだ♬」

 「鉄君、どこまで行ってたの?大福買ってあげるから、大福屋さん行こう」

 「マイムにはなんもくれないのに、サイクローには大福あげるの?差別だ!サーカス差別だ!」

 「だって先に約束したんだもん。わがままばっかり言う子は知りません」

 「サイクロー!こなたがマイムのこといじめるよー!」

 「甘えたってダメだよ。鉄君も言ってあげてよ」

 「・・・え?え?」

 

 お腹減ってるのか、甘い物が食べたいだけなのか、虚戈さんは今度は鉄君に泣きついた。どれだけ言ったって私はそんなわがまま聞いてあげないけど、鉄君は涙目の虚戈さんに上目遣いで抱きつかれて、見るからに困ってた。

 

 「いや・・・すまない、研前。大福はもういいんだ。余った分は虚戈に何か買ってやってくれ」

 「はえ?」

 「わーい♡サイクローありがとー♬」

 「お、おい・・・」

 

 あっさりと鉄君は、私に奢ってもらう権利を虚戈さんに譲っちゃった。そんなこと言ったらもう虚戈さんに甘い物買ってあげないといけないじゃん。もう、これじゃあますます虚戈さんがわがままな子になっちゃうよ。って、そんなに年変わらないんだった。

 

 「俺は用事ができたから、ホテルに戻る。すまない」

 「あ、そうなの?それだったらいいけど・・・」

 「こなたー♡早く大福買いに行こーよ☆」

 「う〜ん」

 

 なんか釈然としないけど、虚戈さんに手を引かれて大福屋さんを探しに広場から離れる。反対側に歩いて行く鉄君の背中は、なんだかさっきよりも小さく見えた。

 

 

 

 

 

 静かに本を閉じ、思考をまとめる。この図書館に存在する本は夥しく、望めばありとあらゆる情報の手掛かりを得ることができる。しかし求めるものの形を正しく捉えられていなければ、その手掛かりすらも曖昧で迂遠なものにしかならない。

 

 「・・・」

 

 無意識に歯を食いしばっていた。考え過ぎか、あるいは苛立ちか。一体何が真実かも分からずに翻弄されているような、戯けた道化にあしらわれているような、そんな己の無力さを感じる。やはり自分一人で考えていても発展はない。他人の知恵を頼ろう。そう思って次の本に伸ばした手が、背表紙の前で触れ合う。

 

 「むっ」

 「んっ」

 「極・・・」

 「荒川・・・」

 

 触れ合った手の向こう側で、大きな硝子越しの鋭い目が私を見て丸くなっていた。細い腕で胸に抱えた大量の本から、私と同じように調べ物をしていたことが窺える。ハイヒールを履いていたのに今まで足音にも気付かなかったとは、私もずいぶんと考え事に没頭していたらしい。

 

 「ずいぶんと調べ物に精が出ているようだな」

 「そっちこそ、私なんぞと鉢合わせになるとは、いつもより気が緩んでいるのではないか?」

 「お前はあまり身体が強くなさそうだ。一度下に降りてその山積みの本を整理してきてはどうだ」

 「これでも学問研究の“才能”なのでな、これしきの分量に一冊増えたところで問題はない」

 

 どうもお互い、この一冊が譲れないようだ。風の音すら聞こえない静寂が図書館内を支配する。数刻睨み合った後、私は意味のない意地を張ることを止めた。

 

 「本を持ってやる。ちょうど私も読むところだから、一緒に読もう」

 「なぬっ・・・!?お、おう・・・そうするか。頼む・・・あ、ありがとう」

 「なぜそこで動揺する」

 「いや・・・本を誰かと一緒に読むという経験があまりないのだ。この手の本は読んでいるだけで薄気味悪がられるしな」

 「今更そんなこと気にするな」

 

 そんなに大したことは言っていないと思うのだが、荒川はあからさまに狼狽えた。荒川から山積みの本を預かり、館内の空中ラウンジで一緒に読むことにした。荒川が持っていた本は、『学術入門シリーズ 〜クマでも分かるなんでもアカデミー〜』『歴史ミステリー大全 〜近代・現代・未来編〜』『明日から名医』など、内容に統一性が見られない。しかし、何の意味もなく選んだとは思えない。

 

 「ときに荒川は何を調べようとしていたのだ?」

 「・・・話しても怒らないか?」

 「怒られるようなことなのか?しかしまあ、内容次第だが・・・」

 「はあ・・・。私なりに、今後のことを考えたのだ。既にコロシアイは二度起き、5人もの人間が死んでいる。そして新たな動機も与えられている。我々が如何なる手段を取ろうとも、モノクマはコロシアイをさせるだろう」

 「・・・」

 「二度のコロシアイで、私は何もできなかった。お前のように検死を行うことも、スニフ少年や星砂のように率先して推理をすることも。そう考えるとどうにも己が無力に感じてな・・・だからこうして、知識を付けている」

 「何の知識だ?」

 「検死だ。詳しく言えば、解剖だな」

 

 こともなげに、荒川は言った。解剖とはまた、物騒なことを考える。知識を付けるということは、今後コロシアイが起きることを前提にしている。今の荒川の行動は、コロシアイを避けようという私の意図に反している。だが、それが全くの無意味であるとは、私も否定できない。

 

 「茅ヶ崎や城之内の死因は明白だったが、今後はそれすらも分からない死体が出るとも限らないだろう。明日の身さえ保証できないのだ、できることはしておくべきだとは思わないか?」

 「それでこの本か」

 

 私と荒川が同時に手を伸ばした本、『信じるかどうかはあなた次第!世界の裏側の真実 最新版』を一瞥して荒川は言った。この本と解剖とどういう繋がりがあるのだろう。こんな、オカルトや陰謀論にまみれたような俗物的な本と。

 

 「ミュージアムエリアのコロシアイ記念館には行ったか?」

 「名前を聞くだけで気分が悪くなるな。そんなところには行かん」

 「“超高校級”の“才能”を持つ人間が、極限状態で何をしでかすかは全く予想ができない。それをまざまざと見せつけられる。過去に行われたコロシアイでは、即席爆弾による爆殺や信じがたいハイテクノロジーを利用した脳停止殺人などもあったらしい」

 「過去のコロシアイ・・・本当にそんなものが行われていたのか?」

 「私も資料を見ただけだ。いずれにせよ、我々は須磨倉と相模の犯行を予測できず、止められなかった。何が起きるか分からないというのは間違いない」

 「それとこの本とどういう関係が?」

 「不審死にまつわる記述があるものは全て見ようと思ってな。その手の話は、こういう本に多く載っていそうだろう?」

 「確かにな」

 

 こんな状況でもなければ、下らないと唾棄するようなこんな本を読もうと思ってしまうくらい、私も荒川も焦っているのだろう。いつ次のコロシアイが起きるか分からない張り詰めた状況で、藁にも縋るというのはこういうことを言うのだろう。

 荒川と肩を並べて、大判のその本を開く。無駄に好奇心を掻き立てるような配色や文字の羅列、大きく印刷されたフリーメイソンのシンボルマークとそれに纏わる妄想と大差のない記述。未確認生物の虚実入り交じった記録。下らない、実に下らない。

 そして私と荒川がこの本を開いた理由のページ。現代社会の見えないところで起きている出来事、所謂裏社会に関する記述だ。

 

 「・・・極は、あれか?こうしたことは・・・実際に経験しているのか?」

 「あまりそういう話はしたくない。私にとっては思い出したくないこともある」

 「す、すまない・・・つい興味が」

 「気にするな」

 

 ただ黙々とページをめくり、そこに書かれた情報を頭の中に押し込む。肩を並べて本を読むというより、情報を得る作業を同時に行っているだけという感じがする。見慣れた光景もあれば、見慣れない写真もある。こうした写真を載せているのになぜ出版が認められているのか、分からない世界があるものだ。

 大した情報を得られないまま、私は本を閉じた。この本から得られた情報は、今までの仮説を裏付ける証拠になるわけでもなく、別角度の視点から真実に迫る新説を生むわけでもなく、ただただ俗説的な時間を使っただけだった。荒川の方も、大した収穫はなかったようだ。

 

 「やはりもう少し選ぶ本を精査した方がいいかも知れんな」

 「全くだ。この目障りなタイトルにも腹が立ってくる。焚書してやろうか」

 「流石にそれはモノクマの逆鱗に触れそうだ」

 「この本は戻しておく。邪魔をしたな、荒川」

 

 私は本を持って席を立った。私も荒川と同じように、本を選ぶ目を厳しくしなくてはならないかも知れない。

 

 「極」

 

 後ろから、荒川に呼び止められた。

 

 「ところでお前は、何を調べていたんだ?」

 「・・・私もお前に聞いたから答えよう。“超高校級の死の商人”についてだ」

 「“超高校級の死の商人”・・・」

 

 荒川は、うんざりしたようにその名前を反復した。ここ最近、その名前を聞く機会が多くなってきた。死の商人そのものが危険なわけではないが、それが“超高校級”ともなると話は別だ。武器商人としての側面だけならまだしも、殺人教唆や死へ誘導するような“才能”だと厄介だ。その正体を突き止め、早い内から牽制しておかなければいけない。だからこうして調査をしている。

 

 「何か分かっているのか?」

 「・・・うわさ程度だが、私はここに来る前から、その名前は知っていた」

 「なに?」

 「お前たちも薄々勘付いているだろうが、私はお前たちとは違う世界の住人と繋がりを持っている。それこそ、こうした本に書かれるような人種とな」

 「そ、そういう話はしたくないのではないのか・・・?」

 「不要なときはな」

 

 鋭い目をまた丸くして、荒川は私の話を聞く。

 

 「その時のうわさで聞いたのは、“超高校級の死の商人”の正体は・・・女だということだ。幼いお転婆娘のような声をしているということは聞いたことがある」

 「女・・・!?そ、それはかなり重要な情報なのでは・・・!?」

 「ただのうわさだ。不確かな情報を敢えて流して目を逸らすというのは、正体を隠した者の常套手段だ。それが真実かどうかは分からん」

 「それで探っていたのか、“超高校級の死の商人”を・・・」

 

 この噂も、出所も分からなければ真偽も不明、曖昧で不確かで信じるに値しない程度の情報だ。人間である以上、男か女のどちらかなのだ。どちらであろうと変わらない。声などいくらでも変えられる。逆に言えばそれほどの情報しか相手に与えないほど、“超高校級の死の商人”というのは身を隠すことに長けているようだ。

 

 「死の・・・商人・・・!?」

 「!」

 

 ラウンジ側の階段から、そんな声がした。咄嗟に視線を移すと、私と荒川の様子を伺うように、紫色の髪とピンクに白い装飾のついた服が壁の縁からちらついていた。

 

 「野干玉・・・?」

 「ひっ・・・!」

 

 私が名を呼ぶと、野干玉はすぐに走り去ってしまった。転がり落ちるような勢いで行ってしまって、呼び止める暇もなかった。

 

 「なんだというのだ」

 「死の商人の話に怯えたのではないのか?我々のような日陰者たちとは違うのだ。ヤツは陽の下を歩いてきたタイプの人間だろう」

 「・・・」

 

 さり気なく私も日陰者にまとめられたことが少し気に入らないが、そんなものだろうか。野干玉が走り去った階段を見て、私は胸のざわめきを抑えられなかった。何かが私の知らないところで動いているような、そんな気持ち悪さに囚われていた。

 図書館に差す陽の明かりはいつしか真っ赤に変わり、今日という日の終焉を告げていた。

 

 

 

 

 

 ふわあ、とおっきくYawn(あくび)をして、ボクはHotelの外に出た。Everymorning、マイムさんがそこでDanceしてるから、いつのまにかボクもいっしょにやるようになってた。

 

 「あっ、スニフくんおはよ♬またダンスしに来たんだね♡」

 「Yeah!きょうなんですか?」

 「今日はマイムの創作ダンスだよ☆えっとね、足をこうやって蹴り出して、一緒に手はサムズアップして肩の後ろにブンブンするの♡」

 「う〜ん、Balanceむずかしそうです」

 「音楽に合わせてやるからもっと難しいよ♡そんじゃいくよ☆せーのっ、カーマンベールパプリカー♬カーマンベールパプリカー♬食う・寝る・ぜー♬食う・寝る・ぜー♬」

 「Ouches(あいたっ)!」

 

 Leg()と手をいっしょにブンブンするDanceなんてToo dificultで、すぐにおしりをついちゃった。Lyrics(歌詞)もなんだかよくわかんないし。マイムさんはたのしそうだけど。

 

 「きゃはは♡スニフくんへたっぴー♬」

 「むっ、ボクだってもっとSmartなDanceだったらできますよ!」

 「ワルツのときは足踏まれたし、サルサのときはすぐバテちゃったし、バトントワリングのときはおでこ真っ赤にしてたよね♡」

 「うぅ・・・なんでそんなにおぼえてますか・・・」

 「マイムの朝ダンスに付き合ってくれるの、スニフくんくらいなんだもん♬明日も踊ろうね♡明日はベリーダンスだよ☆」

 「I can't(できるか)!」

 

 なんでマイムさんはそんなにいろんなDanceができるんだろう、とおもってこのまえきいたら、Clownだからだって言われた。なんだかバカにされてる気がする。それでもEarlymorning(早朝)にDanceしてからテルジさんのBreakfastをたべると、すごくおいしい。

 マイムさんといっしょにDiningに行くと、やっぱりテルジさんがみんなのBreakfastをCookingしてた。

 

 「おうお前ら!今日も踊ってきたのか?」

 「はい。マイムさんのStrange danceでおしりでおもちつきました」

 「はっはっは!そりゃ災難だったなスニフ!よし、じゃあオレからケツの見舞いにフルーツマフィンおまけしてやるよ!」

 「Woohoo(やったぜ)!」

 「なに喜んでんだスニフ?」

 「あ、ワタルさん。Good morningです!」

 「おっはよー♡」

 「ああ、おはよう。また下越から甘やかされてたのか?」

 「甘いもんやるとは言ったぜ」

 

 ボクとマイムさんとテルジさん、ワタルさんがDiningに来て、そのあとこなたさんが来て、さらにレイカさんが来た。いつもの早く来るMemberだ。テルジさんのBreakfastができるのをみんなでまつ。テルジさんのおいしいDishがたべられる、とおもってまってた。フルーツマフィンもOptionであるし!

 だけど、ボクはそのマフィンは食べられなかった。

 

 「うぷぷぷぷ!!おーーーめでとーーーごっざいまーーーす!!」

 「うおあっ!?モ、モノクマ!?」

 「うきゃーっ☆出たー♡」

 「朝なのにテンション高いなあもう・・・」

 「いやあ、イイ感じになったんじゃないですかね?これってまさにイイ感じなんじゃないですかね?作為的な何かすら感じるほどに丁度良いんじゃないですかね?」

 「なんだ。朝から貴様の顔など見たくない。用件だけ済ませてさっさと消えろ」

 「極さん冷たいなあ。でもま、ボクの顔なんかよりもっと見るべきものがあるんだよ。特にこの“セカイ”にはね!」

 「?」

 

 DiningのFloor tile(床板)の下から、モノクマがニンジャみたいに出てきた。なんでそんなGimmick(カラクリ)があるのかもよく分かんないけど、なんだかHighだ。モノクマがHighなときに、いいときなんてなかった。

 

 「オマエラは今日この日に最初に食堂に集まった、幸運な6人です!おっと、一人はそうでなくても幸運だったね。うぷぷ♬」

 「だからなんだってんだよ!お前がいたら飯がマズくなんだろ!」

 「ひどいこと言うなあ。そんな幸運なオマエラに、ボクはスペシャルツアーを用意してあげたっていうのに」

 「ス、スペシャルツアー?」

 「その名も、『モノクマ城探検ツアー』!普段はデートチケットを使わないと入れないモノクマ城に、特別に団体様ごしょうたーーい!!オマエラは3人一組のチームになって、モノクマ城を別々に探検できるのです!出発は今すぐ!さ、早いとこチーム分けして行くよ!」

 「断る。そんな怪しげなツアーになど参加するか」

 「あ、そう。興味ないんだ、極さん」

 

 モノクマCastleのTourって、Ticketがないと入れないようにしたのはモノクマだ。なのにそれを、こんなムリヤリみたいなやり方でみんなで行くなんて、ぜったい何かあるに決まってる。レイカさんだけじゃなくて、ボクだってそんなのイヤだ。だけど、モノクマはそれをPredict(予測)してたみたいで、にんまり笑って言った。

 

 「それじゃあここで待ってるといいよ。()()()()()()()・・・ね」

 「・・・!?」

 

 そのモノクマのことばで、ボクたちはTourに行かないといけないと思った。だってその言い方は、すごくMeaningful(意味深)だったから。そして、ボクたちはきっと、同じことを思ってた。考えたくもない、The worst(最悪)を。

 

 

 

 

 

 ボクたちはモノクマにつれられて、モノクマCastleに来た。こなたさんと来たときとおんなじで、BridgeがおりてきてEntranceがひらいた。たしか、CastleにはCoupleじゃないと入れないはずだった。モノクマはどうやってこのMemberでTourをするつもりなんだろう。

 

 「今回は特別ルールにつき、男女一組の縛りはないからね。安心して入りなよ。ただし、お城の中に行けるのは3人だけ!」

 「3人?さっき言ってた、別々のチームってヤツか?」

 「そ!残りの3人はボクと一緒に他の場所を探検するからね!さ、早いとこ城に入る3人を決めた決めた」

 「いきなりそんなこと言われても・・・」

 「俺が行くよ。城に入る方は、モノクマの先導はないんだろ?だったら危険なのはこっちだろ」

 「なるほどな!だったらオレもそっち行くぜ!女子供は安全な方行きな!」

 「テルジとワタル以外はみんな女子供だよ〜☆」

 「ボクはChildじゃないです!High school studentです!」

 「あ、私一回お城の中入ったことあるから案内できるよ。私も行こうか?」

 「なら、城の方は雷堂と下越と研前で行け。モノクマと一緒だからと言って安全とも限らん。スニフと虚戈くらいなら、もしものときでも私が守れる」

 「スニフくんはマイムが守ってあげるからね♬頼っていいんだよ☆」

 「決まったみたいだね。じゃあ城チームはそっちの入口から行きなよ。モノクマチームはこっちこっち」

 「ヤなチーム名です」

 

 モノクマについていって、ボクとマイムさんとレイカさんは、CastleのまわりのMoat(お堀)Step(階段)をおりていった。おりてくと、Entranceの方からは見えないところにBrick(レンガ)でできたSewer(下水)のEntranceがあった。こんなところにこんなのがあったんだ。Iron fence(鉄柵)で入れないようになってるけど、モノクマがそのうちの一本をぺきっと外した。そんなあっさりとれちゃっていいのかな。

 

 「さ、行くよ」行くよ」行くよ」

 「え〜!?こんなとこ行くの!?マイムやっぱお城の方行く〜♠」の方行く〜♠」の方行く〜♠」

 「今更遅い。我慢しろ」慢しろ」慢しろ」

 「臭いよ〜♠暗いよ〜♠怖いよ〜♠」いよ〜♠」いよ〜♠」

 「You're unreliable at all(全然頼りにならない)at all」at all」

 「うぷぷぷ♬」ぷぷ♬」ぷぷ♬」

 

 どんなところかと思ったら、マイムさんが言うのもしかたないくらい、くさくてくらくてこわかった。Sewer(下水)だから空気がDirty(汚い)で、ときどきちっちゃいLampがあるくらいだから、つぎの一歩がしんぱいになるくらいまえが見えない。そんなボクたちを見て、モノクマはにやにや笑う。

 

**********

 お城の中は、スニフ君と来たときと同じだった。入ってすぐ、「自由に探検してね」って立て看板がある以外は。はじめてお城に来た雷堂君と下越君は、階段の上に飾ってある女の子の肖像画を見て、あんぐり口を開けてた。うんうん、最初はびっくりするよね。分かるよ。

 

 「で、どこをどう見てきゃいいんだ?」

 「あっちに礼拝堂があるんだ。ステンドグラスとか、今の時間はすっごくキレイだと思うよ。あとは噴水広場だね。テーマパークエリアが一望できるよ。前にスニフ君と来たときは、下越君が急に出てきたからびっくりしたよ」

 「ああ、あそこか」

 「それから名画回廊って名前で、色んな絵がモノクマ風アレンジされた絵が飾ってある廊下があるよ。あとダンスホールとか食堂とかお庭とか・・・色々あるけど、どれも敢えて見るほどじゃないかな」

 「一番の目玉は、天辺の『姫の部屋』って書いてあるぞ。そこはどうなんだ?」

 「う〜ん、まあお姫様っぽいベッドはあったけど、あんまり面白くなかったかな。あと何故か王座もあった」

 「ヒメの部屋じゃねえのか!?」

 「私もよく分かんないんだよね。行ってみる?」

 「・・・ああ」

 

 スニフ君とか雷堂君と二人っきりで来るんならまだしも、探検なんて名目で来てまで見るところなんか、ぶっちゃけないもんね。せめて一応の目玉だけは見ていこうっていう話になって、みんなで『姫の部屋』に行くことにした。下越君は物珍しそうに廊下中を見回してたけど、雷堂君は難しい顔で少しだけ顔を青くしてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********

 ちょっとだけ歩いてくと、ボクたちのまえに、ひろいLakeがあらわれた。それは、Opposite(反対側)がどこにあるのか分からないくらいひろい、まんまるなPond()だった。

 

 「ここはモノクマ城地下にある、貯水タンクだよ。オマエラは下水って言うけど、テーマパークエリアの水は全部ここから供給されてるんだからね!水を使ったエンタメは今時のテーマパークには標準装備だから、これくらいしないとね!あ、口に入る水にはならないからね!こんなじめじめしたとこの水なんか口に入れたくないもんね!」ないもんね!」ないもんね!」

 「こんなの見たってマイム面白くないよ!時間返してよ♠」返してよ♠」返してよ♠」

 「まあまあそう言わないで、静かな水面でも見て落ち着きなよ・・・うっぷっぷっぷっぷ♬」っぷっぷ♬」っぷっぷ♬」

 「・・・おい、灯りはないのか」ないのか」ないのか」

 「懐中電灯ならあるけど?要る?」要る?」要る?」

 「寄越せ」寄越せ」寄越せ」

 「どしたんですか?レイカさん」カさん」カさん」

 「・・・スニフ。虚戈。先に謝っておく。すまない」ない」ない」

 「?」

 

 レイカさんが、モノクマからFlashlight(懐中電灯)をうばってつけた。それをPondにむけるまえに、こわいかおをしてボクとマイムさんに一言だけ言った。そのReason(理由)を、ボクはすぐに知ることになる。

 

 

 

**********

 寄り道をしないで真っ直ぐ向かえば、『姫の部屋』にはすぐに着いちゃう。ここに来るまで雷堂君は一言も話さず、下越君は何回も置いてけぼりをくらいそうになるくらい周りの絵とか甲冑とかに興味津々だった。料理以外のことにも興味持てるんだね。

 

 「すげーなここ。モノクマってマジでなにもんだ?絵とかシャンデレラ・・・あ?シャングリラ?とか、一個で0がいくつ並ぶんだろうな。こんだけ豪華なもん用意できんだったら、あの食材の種類も量も納得だな」

 「シャンデリアでしょ?」

 「ああ、そうだそうだ。それだそれだ」

 

 やっぱり食べ物に繋がるんだね。食料庫とか厨房で食材に注目したことはないけど、確かに今までの下越君の料理を考えてみても、高級食材や珍味も幾つかあったはずだ。マグロが一本丸々出てきたこともあったし、モノクマはどこからそんなものを調達してるんだろう。

 ぼんやりと考えてたそんな疑問は、『姫の部屋』の入口を見て消し飛んだ。前にスニフ君と来たときは、部屋の自動ドアは閉まってたはずだ。だってお姫様の部屋なんだから、入口が開けっ放しなんてことじゃセキュリティに問題ありだもんね。なのに、いま私たちの目の前で、『姫の部屋』の自動ドアは開いて、中が少しだけ見えていた。

 

 「あれ?」

 「おい待て、研前」

 「うっ!?えっ?あ・・・ら、雷堂・・・君?」

 「あっ、す、すまん。つい・・・」

 「あん?どした?」

 

 中の様子を見ようと思った私を、雷堂君が引き留めた。いきなり雷堂君に腕を掴まれて、その手の感触がすごく力強くって、男の子なんだなっていうのが腕を通して感じられて、ドキッとした。すぐに雷堂君は手を離してくれて、私と部屋の間に割り込んだ。まるで、その先に“何か”があることを確信してるような、そんな風に、部屋の様子を伺った。

 

 「・・・ッ!!?くっ・・・!!」

 「雷堂?どうした・・・?」

 「やっぱり・・・そういうことなのか・・・!!だから・・・3人で・・・!!」

 「ね、ねえ・・・雷堂君。どうしたの・・・?」

 「・・・」

 

 部屋の中を見た雷堂君は、さっきよりももっと怖い顔をして、悔しそうに歯を食いしばってた。そして部屋の入口から離れて、私と下越君に無言で応えた。それだけで、私は部屋の中にある“もの”がなんなのか、勘付いてしまってた。

 

 「ウ・・・ウソだよね・・・?そんなこと・・・だって・・・?」

 

 自分を落ち着かせるように、宥めるように、騙すように、そんな譫言を繰り返しながら、それでも私の足は、おそるおそる部屋に近付く。その壁の向こうにある“何か”を確かめるために。せめて悪い夢であってと、無意味な祈りを抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********

 光がおちる。Mirror()みたいに平らなPond()に。何かをさがすみたいに、Water surface(水面)をはいずりまわる。そして、見つけた。こんなところで見るはずがない、こんなところに()()はずがない、こんなところに()()はずがない、それを。

 まっ平らなWater surface(水面)をゆらして、まるで、そこでそうしているのがNatural(当たり前のこと)みたいに、その人はPond()のいちぶになっていた。

 

 

 

**********

 視線が勝手に床に落ちる。直視してしまうことを拒んでいるかのように、瞳が重く感じる。だけどそうしていても、その“現実”は私の視界に侵食してくる。殺風景だった『姫の部屋』を悪趣味に彩る、床に弾けた鮮烈な赤色。その飛沫は散らばった点から線になり、線は撚り集まって面になって大きなシミを床に作る。

 その人はその“赤”の中に沈んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「た・・・たまちゃん・・・さん・・・?」

 

 

 『死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』います!』います!』います!』

 

 

********************

 

 「くろがね・・・くん・・・!」

 

 

 『死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:10人

 

 

【挿絵表示】

 




今年中に三章の死体発見までいけました。
こっから先は来年かな。やっぱり応援してくれる人がいるとがんばれる。
一応がんばりますけど言っておきます。
今年も一年ありがとうございました!良いお年を!


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非日常編

 今のはボクがまちがえたんだ。だってここはSewer(下水)だから、ボクのこえだってEcho(響く)する。だからそんなのウソだ。モノクマのアナウンスが()()()()()()なんて。

 

 「あらま〜♢あれたまちゃんだね♬死んでるの?」でるの?」でるの?」

 「・・・スニフ、すぐにホテルに戻って、まだ起きて来ていない者たちを連れて来い。虚戈も一緒に行け」行け」行け」

 「え?でも()()どうするの?」るの?」るの?」

 「何をするにしても、ここではままならない。野干玉は私がなんとかする。行け」行け」行け」

 「ふ〜ん・・・はーい♡分かったよ☆それじゃスニフくん、行こっか♬」こっか♬」こっか♬」

 「えっ・・・は、はい!」はい!」はい!」

 

 ボクはマイムさんに手をひっぱられて、今きたみちをもどってHotelに向かった。たまちゃんさんがどうなってるかは、さっきのAnnounce(放送)があったっていうことは、きっともう・・・。どうしてあんなところで、たまちゃんさんが・・・。

 そんなことをゆっくり考えるヒマもないうちに、ボクとマイムさんはHotelについた。Tour(ツアー)に行ったボクたちと、たまちゃんさんのほかには5人いるはずだ。そうおもってDining(食堂)に行ってみたら、さっきおきてなかった人たちも何人かいた。だけど、みんなきょろきょろしてた。

 

 「あっ♡みんなおっはよー♬」

 「虚戈にスニフ少年!無事だったのか!」

 「ねえ!さっきのって・・・死体発見アナウンスでしょ・・・!?どういうことなの!?」

 「いつも厨房にいる馬鹿(下越)がいないな。さっきの放送はそれか?他にもいない面子が気になるが」

 「っていうか2回聞こえたよねえ・・・それってさあ、あんまり考えたくないんだけどお・・・」

 「わわっ×ちょっと待ってよ♠そんないっぺんに答えられないよ♠」

 「えっと・・・あのぅ、サ、サイクローさんは・・・?」

 「鉄氏かい?いやあ見てないけどお・・・」

 「あのね♬マイムたち早起き組はモノクマ城に行ってきたんだよ♡そこで何を見つけたと思う?実はね!たまちゃんが池にぷかぷか浮いて死んでたの♡」

 「・・・!」

 「たまちゃん氏が・・・!?」

 

 マイムさんのおはなしをきいて、セーラさんがはっとおどろいて、そのままへたりこんだ。またわすれてたけど、マイムさんはこういうときしゃべらせちゃダメだ。ボクがきちんとExplain(説明)しなきゃ。

 

 「レイカさんにおねがいされました。みなさんつれてくるって。モノクマCastle来てください!サイクローさんはボクがつれてきます!」

 「放っておけ」

 「ハイド冷たーい☂」

 

 ボクはすぐにサイクローさんのGuestroom(個室)に行ってKnock(ノック)する。だけどちっともReaction(返事)がない。Key lock()を見たらBlue()だった。えっと、Blue()Open(解錠)だから・・・。

 

 「Eh・・・?」

 

 Door(ドア)をあけてサイクローさんのGuestroom(個室)にかってに入った。もしいたらごめんなさいすればいいと思った。だけど、Bed(ベッド)にはだれもいなくって、そのGuestroom(個室)はからっぽだった。なんで・・・?

 

 「み、みなさん!サイクローさんがRoom(お部屋)にいないです!」

 「えー?サイクローもいないの?じゃあこれでもう全員だね♡」

 「全員って・・・ねえ、これどういうことなの?さっきのアナウンスとか全然状況が分からないんだけど・・・」

 「ふあぁ、おい貴様ら、俺様が早起きをしているのだ。無駄な時間を使わせるな。さっさと行くぞ」

 「スニフくん、もうしょうがないから行こう♣」

 「うぅ・・・」

 

 ボクのあたまの中で、さっきのAnnounce(放送)Howling(ハウリング)する。二回きこえた気がしたのは、もしかしたら気のせいじゃないのかもしれない。だったら、ボクたちがたまちゃんさんを見つけたあとにきこえたあのAnnounce(放送)は・・・。

 人がたくさんだからモノヴィークルでモノクマCastleまでもどった。ボクはハイドさんのにのせてもらって、マイムさんはエルリさんのShoulder()にすわって、それぞれモノヴィークルはおいてった。

 

 「お、おい・・・あれは・・・!?」

 

 モノクマCastleのBridge(跳ね橋)のまえで、ボクたちはモノヴィークルからおりた。ボクたちがたまちゃんさんを見つけたときは、その下のSewer(下水)にうかんでたけど、今はモノクマCastleのまえにねてて、レイカさんがそばにいた。

 ふわふわでPink(ピンク色)Cute(キュート)だったふくは、水をすってくろっぽくなってる。Bird feather(鳥の羽)みたいにひろがってたHair(髪の毛)はまっ白なかおにくっついて、もうその人が生きてないんだっていうことが見ただけで分かった。からだの下のじめんは、たまちゃんさんから出てきた水でしめってた。

 

 「・・・ほう」

 「ぬ、野干玉・・・!」

 「レイカ〜♡みんな連れてきたよ♬なんかね、サイクローだけはいなかったんだ♠」

 「そうか・・・。お前たち、アナウンスは聞いているな?そういうことだ」

 「そ、そんなの・・・どうして・・・!?」

 「それを明らかにするための学級裁判だ。どけ、(盛り髪)。時間がもったいない」

 「待て。納見と虚戈、お前たちは城に入って、研前たちを探してくれ。この状況を伝えて、()()()()()()も把握してこい」

 「む、向こう側あ・・・?なんだいその含みのある言い方はあ・・・」

 「え〜?マイム今ホテルまで走って来たんだよ▽疲れたよ〜×」

 「すまない。おそらくこの事件・・・()()()()で済みそうにはない」

 「なるほどな。やはり聞き間違えではないか・・・くくっ、面白そうではないか」

 

 レイカさんもハイドさんも、ほかのみなさんも言わないけれど、いまモノクマCastleの中でなにがおこってるかは、きっとみんな分かってる。ボクだってそうだ。ここにいないのはこなたさん、ワタルさん、テルジさん、それからサイクローさんだ。だから・・・。

 

 「うぷぷぷぷ♬オマエラ、困ってるみたいだね!いいよいいよその表情!これからの絶望的な展開の序章って感じがして、わっくわくのどっきどきって感じだね!」

 「出たな」

 「さっさと検死データを寄越せ。貴様の話など時間の無駄だ」

 「え〜?もうちょっと引っ張ってもいいんじゃない?せっかくこういう展開になったんだからさあ。混沌混乱混迷を楽しもうよ」

 「ねーねー♠なんかさっきから意味深なことばっか言ってさ♠はっきりしなよ♣(こん)がらがってくるよ!」

 「虚戈氏、早いとこ行こうよお」

 「そんじゃオマエラにモノクマファイルを配信するよ!モノモノウォッチを確認してくださーい!」

 

 ピロン、というSound()といっしょに、ボクたちのモノモノウォッチにモノクマファイルがとどく。マナミさんのときと、ダイスケさんのときに1回ずつきいたそのSound()も、いまは2回きこえた。

 

 「それじゃ、捜査頑張ってね〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 捜査開始

 

 「モノクマファイル③。被害者は“超高校級のハスラー”、野干玉蓪。死体発見場所はモノクマ城地下下水道、貯水槽。死亡推定時刻は午前0時台。死因が書いていない・・・どういうことだ、モノクマ」

 「はにゃ?どういうことってどういうこと?」

 「モノクマファイルはシロとクロが対等に議論できるようにするためのものではなかったのか。死因の情報がないのは明らかな欠陥ではないのか」

 「はあ〜・・・分かってないなあ極さんは。あのね、シロが知りすぎることはクロにとって不利になるでしょ?シロとクロが対等になるようにバランスを取るのも大変なんだよ。それにね、ボクはもう既にかなりシロに優しくしてるんだけどな?」

 「なに・・・?」

 「Cause of death(死因)をかくと、Class trial(学級裁判)がボクたちAdvantage(有利)になりますか?」

 「そういうことだね!」

 

 モノクマファイルをよんだレイカさんがモノクマにQuestion(質問)する。だけどモノクマのAnswer(答え)は、すごくよくわからなかった。今まではかいてたのに、それがボクたちのAdvantage(有利)になるなんて言われても、Umm(なんだかなあ)ってかんじだ。

 

 「モノクマファイル④。被害者は“超高校級のジュエリーデザイナー”、鉄祭九郎。死体発見場所はモノクマ城『姫の部屋』。死亡推定時刻は午前0時台。死因は頸部裂傷からの出血過多による失血死・・・」

 「やはり死んだもう一人は鉄だったか・・・」

 「サイクローさん・・・!」

 「ほう、なかなか興味深い内容だ。どうやら向こうは凄惨な状況になっているらしい。さっさと死体の捜査を終えるとしよう」

 「お、お前え・・・!」

 

 Grinning(にやにや)しながら言うハイドさんに、ヤスイチさんがおこる。だけどそれをエルリさんがStopして、そっとたまちゃんさんにちかづいた。

 

 「極、野干玉の検死だが、私に任せてはくれないか」

 「なに?」

 「野干玉は貯水槽で見つかったということだが・・・どういう状態だったのだ?」

 「貯水槽の中に仰向けで浮かんでいた」

 「浮いていた?やはり・・・気になることがある」

 「なんでもいい。荒川(片目)でも(盛り髪)でも検死をするならさっさとしろ。俺様はその間、もう一つの現場を見てくる」

 「あぇ!?ハ、ハイドさん!?」

 

 エルリさんとレイカさんが、たまちゃんさんのAutopsy(検死)をどうするかおはなししてた。それを見てたハイドさんは、ちょっとだけAnnoyed(イライラ)なかんじで言って、ひとりでモノクマCastleに入って行っちゃった。あわててボクがついていった。だってひとりじゃモノクマCastleでLost(迷子)するから。

 

 「お、おいおい二人とも勝手に行っちゃあダメだよお!」

 「ボク、ハイドさんのことGuide(案内)します!こっちおねがいします!」

 

 ヤスイチさんがよぶけど、ボクはハイドさんについて行った。こなたさんと来たときとおんなじで、Entrance(入口)からCorridor(廊下)をとおって、Hall(ホール)に出る。Chapel(礼拝堂)のよこをとおって、おっきなPortrait(肖像画)があるStairs(階段)をのぼって、Masterpiece(名画)がたくさんかざってあるCorridor(廊下)をすぎたら、Armor(甲冑)がならんでるまえをとおる。

 

 「ハイドさん!ハイドさんまってください!Lost(迷子)しちゃいますよ!」

 「貴様と一緒にするな。この程度の建物で迷うような俺様ではない。ついて来たいのなら好きにしろ」

 「もう!」

 

 ボクがよんでも、ハイドさんはどんどんどんどん先に行っちゃう。よっぽどたまちゃんさんのAutopsy(検死)でモメたことがAnnoyed(イライラ)みたいだ。そんなにおこんなくてもいいのに。

 

 

獲得コトダマ

【モノクマファイル③)

被害者は“超高校級のハスラー”、野干玉蓪。死体発見場所はモノクマ城地下下水道、貯水槽。死亡推定時刻は午前0時台。

 

【モノクマファイル④)

被害者は“超高校級のジュエリーデザイナー”、鉄祭九郎。死体発見場所はモノクマ城『姫の部屋』。死亡推定時刻は午前0時台。死因は頸部裂傷からの出血過多による失血死。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Detour(寄り道)もなかったから、すぐにモノクマCastleのてっぺんについた。サイクローさんが見つかったのは、ボクとこなたさんがDateで行った『The princess’s room(姫の部屋)』だ。そこまで行くと、Tour(ツアー)Another group(他のグループ)になったこなたさんとテルジさんとワタルさんがいた。こなたさんはRoom(部屋)のすみっこでワタルさんといっしょにいて、テルジさんはあおくなってた。

 

 「こなたさん!」

 「ス、スニフくん・・・!」

 「なんだ貴様ら、死体を前にして何を呆けたことをしている。モノクマファイルの内容の確認くらいは済ませたのだろうな」

 「星砂・・・!いや、まだ何も・・・!」

 「はあ・・・もういい。おい雷堂(勲章)、こっちに来て手伝え。そんな女など放っておけ」

 「お前な・・・!状況考えろよ!」

 「そのまま貴様に返す。状況を考えろ。モノクマが設定した時間までに捜査を終え、真実の手掛かりを集めなければならないのだ。その女が何か知っているというのなら別だがな」

 「テメッ・・・人を馬鹿にすんのもたいがいにしろよ!いい加減オレだってキレんぞ!」

 「し、下越君・・・いいの。うん、私なんかに構ってる場合じゃないもん。雷堂君、鉄君の検死、してあげて・・・」

 「うぅ・・・サイクローさん・・・」

 

 モノクマファイルで見たけど、『The princess’s room(姫の部屋)』にいたサイクローさんを、ボクは見れなかった。Dreary(殺風景)だったFloor()にサイクローさんのBlood()がとびちって、くびから下をまっかにしたサイクローさんがThrone(玉座)にすわってた。それがあんまりにもGrotesque(グロテスク)で、Blood()のにおいもあって、なんだかきもちわるくなってきた。

 

 「頸部の裂傷からの出血が死因・・・なるほど、頸動脈を切られているな」

 「うぷ・・・」

 「おい、現場を汚すなよ」

 「あ、ああ・・・いや、城之内のときもそうだったんだけど、死体をこんな間近で見るのなんて慣れてないから・・・」

 「それ以外の傷はないな。揉み合った形跡などもない」

 「鉄ともみ合って勝てるヤツなんか、オレらの中にいないだろ。きっと不意打ちだぜ」

 「こんな場所でか?」

 「は?どういうことだよ?」

 「それが分からんのなら確証のない所感を口にするな。余計な先入観を耳に入れたくない」

 「なんだよ!捜査しようとしてんだろ!」

 

 やっぱりハイドさんは、ちょっとしたことですぐ人とケンカする。ずっとモノモノウォッチとサイクローさんを見比べて、ファイルにあるよりももっとDetail(詳細)をしらべてるけど、ボクはずっとこなたさんのそばにいた。サイクローさんを見てShock(ショック)うけて、ないちゃってる。

 

 「こなたさん、ダイジョブですか?」

 「うん・・・ありがとう、スニフ君。びっくりしただけだから・・・」

 「ったく、殺すにしたってヒドいことするぜ。こんな血ぃぶちまけるような死に方じゃ、鉄が浮かばれねえよ」

 「みなさん来たときからこうですか?」

 「ああ。最初に雷堂が見つけて、その後研前だ。オレは最後に見つけて、そのときにアナウンスが鳴ったぜ。そういや、もう一回アナウンスが鳴ってたな。なんだったんだありゃ」

 「し、下越君・・・気付いてないの・・・?た、たまちゃん・・・が・・・!うぅっ・・・!」

 「モノモノウォッチにモノクマファイルあります。Sewer(下水)で・・・たまちゃんさんが・・・」

 「はっ!?たまもか!?なんでアイツが!?」

 

 ボクたちがSewer(下水)でたまちゃんさんを見つけたことを言うと、テルジさんはびっくりしてモノモノウォッチを見た。モノクマファイルがとどくと音が出るのに、気付いてなかったんだ。

 

 「下水って、マジかよ・・・なんであんなとこで?」

 「わかんないです。モノクマTourでCastle(お城)の下から入ってったんです」

 「そういえば、下越君もここの下水に落ちたんだよね。その時はどうしてそんなことになっちゃったんだっけ?」

 「そんときゃ確か、一人でこの城に入ってすぐ落とされたな。真っ暗でよく分かんなかったけど、ひとまず水があることだけは確かだぜ」

 「ボクおぼえてます。Fountain garden(噴水広場)Fountain(噴水)から出てきました。ボクびっくりしました」

 「ああ、ありゃさすがに死ぬかと思ったぜ」

 「その時も言ったけど、普通は死んじゃうと思うんだけどな・・・どうやってあの噴水まで来たの?」

 「必死だったからよく分かんねえんだけどよ、下水をウロウロしてたら水をくみ上げるバケツの観覧車みたいなのがあったんだよ。ひとまず水から上がらねえとと思って、それに掴まって昇ってった。そしたら水と一緒にかべの中の水道に押し込まれて、ほんであそこに出たってわけだ」

 「よく生きてたね、ホントに」

 「なにがなんだか分かんなくて結構水も飲んじまったからな。まあ、その気になりゃ息くらい止めてられるんじゃねえか?」

 「You(えっ)・・・drank(下水の水) Sewage(飲んだんですか)?」

 

 それはきかない方がよかったかもしれない。だけど、テルジさんがおしえてくれた、モノクマCastleのEntrance(入口)Trap()におちたところは、きっとボクらがたまちゃんさんを見つけたところとおんなじだ。っていうことは、たまちゃんさんもテルジさんみたいにSingle(ひとり)で来て、それでおっこちたのかな・・・?

 

 「おい、検死が終わったぞ」

 「あ・・・うん、ありがとう雷堂君」

 「俺は別に・・・ほとんどは星砂がやったしな」

 「礼を言う暇があったら、捜査に役立ちそうな情報の一つでも話せ。人数も減った上に貴様らのような凡俗どもばかりで、俺様は忙しいのだ」

 

 きっとサイクローさんのBlood()だとおもうけど、あかいモノモノウォッチをOne hand(片手)Toss(トス)しながら、ハイドさんがまだAnnoyed(イライラ)なかんじで言う。うん?モノモノウォッチを・・・?

 

 「あ、あれ?ハイドさん、それなんですか?なんでモノモノウォッチ・・・とれてますか?」

 「これか?(ハチマキ)の懐にしまってあったものだ。血が付着しているのは、こいつが殺されたときにもそこにあったからだろう」

 「は!?モノモノウォッチは外れねえはずだろ!?なんでんなとこに・・・ってか鉄の腕にもあるじゃねえか!」

 「そうなんだ。だからますますワケが分からなくて・・・電池も切れてるみたいだし。モノクマに聞いてみたいんだけど、今は下にいるんだろ?」

 「さっきはそうでした」

 「困った・・・」

 「まあいい。証拠品として俺様が預かる」

 「な、なんで星砂君が・・・?ここは雷堂君の方が、みんな安心して任せられると思うんだけど・・・」

 「こうして複数の人間に存在を明らかにした上で、俺様がその存在を隠匿すると思うか?隠すならそもそもこんな形で()()などしない」

 「You're right(そりゃそうだ)

 

 このモノクマランドにきたときに、ボクたちみんながうでに付けられたモノモノウォッチ。そのときモノクマは、むりやりTake(外す)しようとすると・・・あれ?どうなっちゃうんだっけ?

 

 「モノクマって言った?今言ったよね!?ハイというわけで登場モノクマですよ!」

 「ぎょっ!?今度は上から来やがったな!?」

 「そんなところに抜け穴があったのか」

 「抜け穴っていうか、天窓か?って、下はもういいのかよ」

 「ボクがいなくてもなんとかなりそうだからね!いや〜ボカァ嬉しいよ!すっかり極さんも荒川さんもしっかり検死できるようになってきてさ。だんだんコロシアイに慣れてきてくれたのがさ!生徒の成長をまるで我が事のように喜ぶのが教師というものなのです」

 「誰が生徒だ」

 「あ、これ違うやつの設定だった!混ざっちゃった!」

 「何の話?」

 「こっちの話!」

 「無駄話はいい。聞きたいことがある。このモノモノウォッチは誰のものだ?」

 

 Roof(天井)のいちぶがパカっとあいて、そこからモノクマがまっさかさまにおちてきた。またニンジャみたいな出方で、ちょっとマネしたくなったけどこなたさんにおこられるから言わないでおいた。そして、ハイドさんがモノモノウォッチをモノクマに見せてQuestion(質問)した。モノクマはそれを見て、口がほっぺをとおりこして目までとどくくらいGrinning(にやにや笑い)した。

 

 「()()()()って、難しい質問するなあ。それは()()()()()()で?ま、こうしとこうか!そのモノモノウォッチの所在はボクにも簡単には答えられないよ!」

 「・・・」

 「どういうこと?っていうか、そもそもどうして誰の腕にもはまってないの?」

 「分かった!それ、たまのだ!」

 「No(違います)、たまちゃんさんもちゃんとモノモノウォッチしてました」

 「じゃあもう分からん!」

 「でもまあ、バッテリーが切れちゃってるのはこっちの準備不足だから、予備のバッテリーと交換してあげるよ。ちょっと貸して」

 「げえっ!?」

 

 モノクマはそのモノモノウォッチをハイドさんから受け取ると、あんぐり口をあけてその中にモノモノウォッチをほうりこんで、ぱくっとSwallow(丸呑み)しちゃった。それを見たテルジさんがベロを出してきもちわるそうにしてた。

 

 「あぐあぐんぐんぐもぐもぐ・・・チーンッ!んべえ。ふぁい(はい)ほーはんあんおー(交換完了)

 「嫌がらせかよ!?」

 「これは、腕に付けなくとも起動するのか?」

 「放っておけば勝手に点くよ」

 

 んべ、ってモノクマが口からモノモノウォッチを出した。さっきのとおなじように、サイクローさんのBlood()がついてるから、こっそりChange(入れ替え)とかしてないのはダイジョブそうだ。ハイドさんがそれをとってみると、ヘンテコなSound()をあげてモノモノウォッチがStart(起動)した。

 モノモノウォッチはStart(起動)すると、だれのものか分かるはずだ。Card size(カードサイズ)Display(画面)に、それがだれのものなのか出てくる。それを見て、ワタルさんがびっくりした。

 

 「はっ?・・・な、なんだ?どういうことだ?」

 「ふむぅ、どうやら思ったよりも複雑なことになっていそうだな」

 「な、なんだよ!?誰のだったんだよ!?」

 「このモノモノウォッチ・・・野干玉のなんだよ」

 「What(はあ)!?」

 「た、たまちゃん・・・?え?でも、たまちゃんのは・・・」

 「そうですよ!たまちゃんのモノモノウォッチ、ちゃんとありました!ボク見ましたもん!ハイドさんも見ました!Don't you(見ましたよね)!?」

 「さあな。どうせ下の様子も確認しに行く。もう少しこの部屋を捜査したらな」

 

 That's definitely wrong(そんなの絶対おかしいよ)!モノモノウォッチはみんながひとつしかもってなくて、ふたつもあるなんて・・・。でも、それをどうしてたまちゃんさんじゃなくて、サイクローさんがもってたんだろ?

 

 「他に何か分かったことはあるか?」

 「血飛沫と死体、そして玉座の位置関係からして、おそらく玉座の前または座った状態で頸動脈を切られ、そのままここに座り込んだ、という感じだろう。揉み合った形跡や抵抗した痕跡もないのは妙だが・・・」

 「あとは・・・凶器とか?」

 「そんなもの、ここで(ハチマキ)を殺した犯人が持ち去ったに決まっているだろう。或いは、何かしらの仕掛けを使ったか?いや、そんな形跡も見当たらんな」

 「そんな考えるフリして、またこの前みたいに何か知ってるんじゃねえだろうな!」

 「いいや、今回はガチだ」

 「そうか」

 「そんな簡単に信じるのかよ!?」

 「いやだってガチっつってるし」

 「まあまあ。それが下越君の良い所だから。えっと、たまちゃんのモノモノウォッチを鉄君が持ってたのと、抵抗した跡が無いのがこの現場のおかしなところだね」

 「I have another(まだあります)!」

 

 さすがこなたさん!めちゃくちゃになっちゃいそうなみなさんのDiscussion(議論)を、ボクにも分かりやすくまとめてくれました!でもまだあります!ボクもこなたさんにまとめてほしいです!

 

 「ここモノクマCastleです!This morning(今朝)、ボクたちモノクマTourで3人でも入れました。けどホントはCouple(カップル)じゃないと入れないです。サイクローさんここにいるなら、もうひとり、だれですか?」

 「ああ、確かにな・・・」

 「うーん、普通に考えたら犯人だよね。犯人が鉄君を誘ってここに来て、それで・・・」

 「誰と来たか。そのもう一人はどこに行ったのか、か。確かにそれは考慮すべきことだ。やるなスニフ(子供)

 「こどもじゃないですッ!!」

 「うんうん。スニフ君のおかげで大事なこと見落とさなくてよかったよ、ありがとうね」

 「はい!」

 

 こなたさんになでてもらいました!Yatta(やった)!だけど、こんなにSimple(殺風景)なところなのに、3つもMystery()があるなんて、それもサイクローさんだけじゃなくてたまちゃんさんも死んじゃってるのに・・・なんだかこのCase(事件)、すごくComplex(複雑)なんじゃないかなって思ってきた。

 

 「フン、下らん。俺はさっさと下の様子を見に行く。貴様らがどうするかは勝手だが、せいぜい学級裁判で俺様の足を引っ張ってくれるなよ」

 「なあ、なんで星砂はあんなにイラついてんだ?腹減ってんのか?」

 「たまちゃんさんのAutopsy(検死)をどうするかで、レイカさんとエルリさんがおはなししてておこってるんです」

 「まあ気持ちは分かるけどな」

 「うん?なにやってるの雷堂君?」

 

 ハイドさんが『The princess’s room(姫の部屋)』を出て行ったあと、ワタルさんが何かおもいだしたみたいにまたサイクローさんにちかよった。白くなったサイクローさんのうでをとって、モノモノウォッチをつける。

 

 「い、いや・・・少し気になったことがあるだけだ」

 「なんでモノモノウォッチだよ?」

 「別に大したことじゃないんだ。お前たちも早く下の捜査に行った方がいいんじゃないか?それに研前だって、ずっと気分悪そうだし」

 「何かごまかそうとしてない?」

 「・・・いや、うん・・・ごまかそうとしてもムリか・・・」

 

 こんなめのまえでやられたら気付きますって。だれだって気付く、ボクも気付く。ごまかしもできないですよ。

 

 「あの〜・・・鉄の『弱み』を打ち明けられた数を確かめようと思ってさ」

 「へ?なにそれ?」

 「あ、あのホラ!鉄がここにいるってことは、犯人と一緒に来たってことだろ?犯人だって殺すから来いなんて言うわけなくて、何か理由付けたと思うんだよ!その時に『弱み』を打ち明け合うって言えば、誰にも聞かれないこの城ってちょうどいいじゃんか!だから、もしそうだったら『弱み』を打ち明けられた数で何か分かるんじゃないかと思ったんだ!ホントそれだけだ!」

 「よく喋るね・・・うん、まあ分かるけど」

 「なるほどな!よく分かんねーけど、取りあえず雷堂がそう思うんならそうなんだろ!確認しとけ!」

 

 The number of "Weak points" confessed(打ち明けられた『弱み』の数)って、そんなにImportant(重要)かな?ワタルさんの言うとおりだったとしたら、いっしょに行った人をさがせばいいんじゃないかな?とおもったけど、きっとボクじゃ分からないこともワタルさんはかんがえて言ってるんだろう。

 もうここでしらべられることはなさそうだ。こなたさんもおちついてうごけるようになったし、Class trial(学級裁判)ではたまちゃんさんのこともはなさなくちゃいけないんだ。ボクたちは、もううごかないサイクローさんをおいて『The princess’s room(姫の部屋)』から出ようとした。

 

 「あっ・・・!み、みんな・・・!ゼェ・・・!ハァ・・・!」

 「ん?おお、どうした正地?」

 「わ、私も・・・鉄くんの検死しようと思って・・・ふぅ」

 「おっせ!もう終わって星砂も下降りたし、オレらも今から下行くところだぜ?」

 「というか、星砂と会わなかったのか?」

 「ううん、会わないわ。『姫の部屋』って言われてもどこにあるか分からないから、階段昇ったり廊下歩いたりして・・・もう疲れちゃったわよ」

 「サイクローさんそこにいます。だけど・・・セーラさんひとりでダイジョブですか?」

 「分かったよ。じゃあ俺が残る。きっとショックだろうから」

 「う、うん・・・そうしてくれると助かるわ」

 

 Stairs(階段)をあがってきてハアハア言うセーラさんといっしょに、ワタルさんがサイクローさんのそばにのこることになった。ボクとこなたさんとテルジさんは、来たCourse(コース)をもどって行った。

 

 

獲得コトダマ

【モノクマ城)

二度目の裁判後に開放されたアトラクション。男女二人でペアにならないと出入りできず、入場には専用のデートチケットが必要。

 

【下越の証言)

モノクマ城に一人で入ろうとすると入り口の床が開いて下水道に落とされる。脱出するには時計塔の動力になっている汲み上げ機関を利用して噴水から出るしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノクマCastleのまえでは、Lay(横たわる)してるたまちゃんさんの近くに、ハイドさんとエルリさんとレイカさんがしゃがんでた。レイカさんはキツい目つきでハイドさんをずっとにらんでて、ハイドさんはそんなの気にせずにたまちゃんさんをしらべてた。

 

 「あっ・・・た、たまちゃん・・・」

 「む、お前たち。正地には会ったか?」

 「ああ、部屋の前で会ったぜ。雷堂が付き添いで残った」

 「そうか。ショックを受けていなければいいが・・・」

 「チクショウ・・・たままで殺されるなんてよ・・・何がどうなってんだ。二人も殺すなんてどんだけムゴいヤツなんだよ!」

 「二人も殺す、か。どうだかな」

 「え?」

 「ヌバタマのことは分かった。納見(ぎっちょう)虚戈(ピンク色)はどこに行った?」

 「野干玉が発見された貯水槽を観に行った。モノクマから懐中電灯が支給されているから、灯りには困っていないだろう」

 「それはどこから行く?」

 「あっちのSteps(階段)からです」

 

 ボクがゆびさした先を見て、ハイドさんはさっさと行っちゃった。もうたまちゃんのInvestigation(捜査)ができたんだから、Annoyed(イライラ)もいいかげんにすればいいのに。子どもっぽいなあ。ボクたちは、ずぶぬれでLay(横たわる)してるたまちゃんさんに近よって、Investigation(捜査)をはじめた。

 

 「たまちゃんさん・・・こんなことになって・・・」

 「下水で見つけたってことは、やっぱり溺れて死んじゃったのかな・・・?」

 「それは私も考えた。だが、検死をしてみたり荒川の意見を聞いてみた結果、そうではないと考えている」

 「え?そうなの?」

 「その辺りは荒川が詳しい。おい荒川」

 「なんだ?」

 「結局、野干玉の死因はなんだったのだ?分かったか?」

 「いいや、実際の死因は分からない。だが色々と分かったことはある」

 

 Pocket(ポケット)Scalpel(メス)をしまって、エルリさんがためいきをついた。Scalpel(メス)なんかなににつかったんだろう。エルリさんは、たまちゃんさんのかおをみながら、かなしそうなこえで言った。

 

 「貯水槽で見つかり、これだけずぶ濡れの様相だ。はじめは溺死かと思ったし、お前たちの中にもそう思っている者が多くいると思う」

 「ちがうのかよ?」

 「Drowned(溺れ死んだ)じゃないですか?」

 「そもそも、溺死体というものの多くは、水底に沈んだ状態で見つかる。体内に空気が溜まっていれば別だが、基本的に溺死したものは大量の水を飲み、肺にも水がたまる。故に空気が抜けて、水を吸った服の重みも相まって沈むのだ。しかし、野干玉は浮いた状態で見つかったそうだな」

 「仰向けの状態でな。その点も私には疑問だった」

 「じゃあたまはなんで死んでんだよ?」

 「それは分からない。モノクマファイルで死因が明記されていないということは、野干玉の死因の究明は、学級裁判の公平性を欠くことになる。すなわち、クロの正体を突き止めるヒントになるということだ。この場で性急に答えを出したとて、それが信頼に足るものとは言えない」

 「要するに、溺死じゃないけどなんなのかは分からないってこと?」

 「ああ。検死の結果、目立った外傷もないし、薬物を摂取した形跡もない。それ自体が唯一の異常だ。つまり、この野干玉の死体からは・・・死因らしきものが何も見つからないのだ」

 「死因が見つからない・・・?」

 

 Cause of death(死因)がただ分からないんじゃなくて、見つからない。それがどういうちがいなのかは、まだJapaneseベンキョー中のボクにはよく分からなかった。だけど、たまちゃんさんがなんで死んだのか分からないっていうのは、とってもたいへんなことだっていうのは分かる。

 

 「それから、こんなものが見つかった」

 「なんだそりゃ?ネックレスかなんかか?」

 「これ、Rosario(ロザリオ)ですか?」

 

 レイカさんがボクたちに見せてくれたのは、キレイなJewelry(宝石)がついたRosario(ロザリオ)だった。あかいのとかあおいのとか色んな色のJewelry(宝石)が、Cross(十字架)にうめこんであって、ちょっとおっきめだけど、すごくキレイだ。Wire(ワイヤー)のところにも、Gold()Silver()でかざりがしてあって、Gorgeous(豪華)なかんじがする。

 

 「単なる十字架の飾りだと思ったのだが・・・ロザリオというのか?」

 「はい。カミさまにPray(お祈り)するときにつかいます。だけど、ボクつかわないです。Catholic(カトリック)じゃないですから」

 「日本で言う数珠のようなものか」

 「なんでそんなもんをたまが持ってたんだ?あいつそんなもん付けてたっけか?」

 「ううん、たまちゃんは首に鈴付けてるもん。ネックレスなんか付けたら首が重たくなっちゃうよ。それに、神様にお祈りするって感じでもないしね・・・」

 「用途は不明だが、もっと不可解なことがある。これは、野干玉の首にかかっていたわけでも、手で握られていたわけでも、ポケットに入っていたわけでもない」

 「じゃ、どこにあったんですか?」

 「口の中だ」

 「げえっ!?()()()かよ!?」

 「も?」

 

 さっきのモノクマをおもいだして、テルジさんがまたきもちわるそうにした。だから、食べるためじゃないんですって。だけど、どうしてたまちゃんさんの口の中にRosario(ロザリオ)なんか入ってたんだろう?そんなつかい方なんてきいたことないけどなあ。

 

 「見たところ祈祷用というよりも、装飾具としての意味合いが強い。それを口の中に入れるなど、常軌を逸している。犯人がしたにしろ、それ以外の理由にしろ」

 「んなもん食ったって美味いわけねえよ。ったく、どうなってんだ今日は。モノクマはモノモノウォッチ食うし、たまはネックレス食うし」

 「モノクマがモノモノウォッチを?なんだそれは?」

 「あ・・・そ、そうだ!実はさっきね・・・」

 

 ベロを出してうえうえするテルジさんを見て、こなたさんが、さっき『The princess’s room(姫の部屋)』で見つけたたまちゃんさんのモノモノウォッチのことを、レイカさんとエルリさんに言った。ふたりともびっくりするっていうよりも、なんだかむずかしいかおをしてた。

 

 「だから、たまちゃんのモノモノウォッチを鉄君が持ってて・・・そもそもたまちゃんのモノモノウォッチが二つもあるっていうのがよく分からないんだけど・・・」

 「なるほど・・・しかしよく考えれば、モノモノウォッチに関して明確な掟はないな。無理に外そうとすれば危険だという警告しかなかった」

 「それがただのブラフで、本当は外せたとしたらどうだろう?」

 「それでは二つあることの説明にはならないな」

 

 ふたりにも考えてもらうけど、やっぱりよく分からない。だって、こうしてる今もたまちゃんさんのうでにはモノモノウォッチがちゃんとあるし、Fake(偽物)でもなんでもないことは、Display(画面)から分かる。そういえば、さっきワタルさんがサイクローさんのモノモノウォッチをしらべてたっけ。

 

 「あのぅ、レイカさん。ボク、たまちゃんさんのモノモノウォッチ見たいですけど、いいですか?」

 「モノモノウォッチをか?なぜだ?」

 「さっきサイクローさんのモノモノウォッチ、ワタルさんが見てました。もしかして、犯人(クロ)見つけるのにImportant(重要)かもです」

 「そうなのか・・・まあいいだろう。何を確認するのかだけ教えてくれ」

 「えっと・・・The number of "Weak point" confessed(『弱み』を打ち明けられた数)です」

 「うん?すまないが・・・英語はよく分からんのだ。城之内がいれば別なのだが」

 「いくつの『弱み』を聞いてたかって言ってたよ。鉄君が犯人の『弱み』を聞いたんなら、それがヒントになるかもって」

 「それでなぜ野干玉のモノモノウォッチを見る必要があるのだ?」

 「もしかしたら、これもヒントになるかもです!」

 

 これもClass trial(学級裁判)でちょっとでもたくさんのClue(手掛かり)をあつめるためです。Lady(女性)Privacy(プライバシー)Peeping(覗き)するなんてわるいことだけど、これもボクたちのため、それからたまちゃんさんのためでもあります。ごめんなさい。

 

 「・・・3,ですか?」

 「3つ?野干玉のヤツ、3人分の『弱み』を聞いているのか?」

 「1つは下越君でしょ。私たち全員が知ってるヤツ」

 「ってことはあと二人か。一人は犯人だとして・・・もう一人は誰だ?」

 「状況を考えれば、自ずと答えは出るだろう」

 

 自分のWeak pointを人に言うのって、すごくImportant(重要)なことだ。たまちゃんさんがNo credibility(信用ならない)ってことじゃないけど、テルジさんをExclude(除外)してもあとふたりからConfess(打ち明ける)されるとは思わないんだけどなあ。

 

 「モノクマが与えた動機だ。これが野干玉が殺された原因と考えられる。確かに雷堂の言う通り、重要な証拠になるかも知れんな」

 「そういえばあの動機って、みんなはクリアしたの?まだ時間あるけど、今日のお昼前までにクリアしないとおしおきになっちゃうんでしょ?あと何時間かしかないよ」

 「私は問題ない。既にクリアしている」

 「オレも」

 「下越君は知ってる。極さんも、スニフ君も」

 

 こなたさんが、ここにいるみんながClear(クリア)したかどうかをきいた。ボクたちはみんなダイジョブみたいだ。だけど、ここにいない人たちがどうかは分からない。もしだれにも言わないままClass trial(学級裁判)がはじまっちゃったら、たいへんなことになる。

 

 「それについてはあとでモノクマに聞いておく。直前になれば、言い出せずにいる者もそうは言ってられないだろう」

 「うん・・・ありがとう」

 「野干玉が聞いた『弱み』も気になるが、死因が分からない、発見場所も通常は立ち入れない場所・・・とにかく謎が多い。鉄の方はどうだった?」

 「鉄君の方も、分からないことがたくさんあったよ。このお城ってそもそも、男女2人の組にならないと入れないところだから誰と一緒に入ったのかとか、抵抗した跡が全然ないこととか」

 「この城に入ったことがある者はいるか?」

 「ボクとこなたさんDate行きました!あとテルジさんもいっしょでした!」

 「3人だが?」

 「色々ワケがあるんだ。つってもオレァまともに城の中見てる余裕なかったけどな」

 「分からないこと、One more(もう一つ)あります」

 

 たまちゃんさんのそばにいてサイクローさんの方をしらべに行けないレイカさんたちのために、サイクローさんの方のStatus(状況)をおしえてあげた。それでおもい出した。こっちで見ておかないといけないことがあるんだった。

 

 「ハイドさんが言ってました。サイクローさん、たまちゃんさんのモノモノウォッチもってました」

 「なに?モノモノウォッチ?」 

 「なぜ鉄が野干玉のモノモノウォッチを持っている?それに、野干玉のものはきちんと腕に装着されているではないか」

 「うん、だから余計にワケ分からないんだよね。どうしてたまちゃんのが二つもあるのか、そもそもどこから持ってきたのか・・・」

 「星砂のヤツ、野干玉の死体を検死に来たのに何も言わなかったな・・・どういうつもりだ」

 「単純に言わねえだけじゃねえのか?どうせまた裁判で活躍したいんだろ」

 「ですね」

 

 ボクだったらエルリさんとレイカさんにも言うけど、ハイドさんだったら言わない気もする。そのボクのはなしをきいて、レイカさんがたまちゃんさんのモノモノウォッチをStart(起動)させた。

 

 「ん?何やってんだ極?」

 「・・・いや、このモノモノウォッチが偽物なのではないかと思っただけだ。万が一、これを安全に腕から外す術があるのなら、野干玉を殺した後に入れ替えることもできるはずだ」

 「可能性としては0ではないが・・・それはモノクマの支配の一部から逃れることにもなるだろう」

 「ああ、そうだな。このモノモノウォッチも間違いなく野干玉のものだ。研前の言う通り、野干玉のモノモノウォッチは二つ存在する」

 「どういうことなんだ?っていうかそもそもなんで鉄がそんなもん持ってたんだ?ああくそ!わっかんねえ!」

 

 あたまをガシガシかきながらテルジさんが言う。サイクローさんのときもそうだったけど、たまちゃんさんもしらべればしらべるほど分からなくなってくる。

 

 「やっぱりこれってさ・・・“超高校級の死の商人”がやったのかな・・・」

 「・・・先入観は目を曇らせる。学級裁判まではそういった考えはやめておいた方がいい」

 「死の商人か・・・そういえば、野干玉はその名前を恐れていたな」

 「そうなんですか?」

 「昨日の夕方に、私と荒川で話していたのだ。“超高校級の死の商人”について、私の知っていることをな」

 「な、なにか知ってんのかよ!?」

 「私が聞いた噂に過ぎない。それこそ先入観でしかないものだ」

 「だけど、それも手掛かりなんじゃないの?聞かせてよ」

 「・・・」

 

 Serious(真面目)なかおで言うこなたさんに、さすがのレイカさんも、言わないといけないと思ったのか、ふうっとSigh(ため息)を出した。“Ultimate Death Merchant(超高校級の死の商人)”のことで、何かしってるみたいだった。

 

 「・・・“超高校級の死の商人”の正体についてなんだが」

 「めちゃ大事な情報じゃねえか!なんだよそれ!?」

 「テルジさん。Be quiet(静かに)

 「私は直に会ったことがないから確証はないが、“超高校級の死の商人”は、幼い姿をした女だという話だ」

 「女ァ!?てっきりオレァいかつい男だと思ってたぜ。え?マジで?」

 「噂だと言っているだろう。ただの可能性の一つとして、頭の片隅に置いておけばいい」

 「Lady(女性)で、それにChildish(おこちゃま)ですか?それって・・・う〜んでも・・・」

 

 “Talent(才能)”のImage(イメージ)でもっとRugged(いかつい)人だとおもってたけど、レイカさんが言うのはGirl(女の子)らしい。だけど“Ultimate Death Merchant(超高校級の死の商人)”がボクたちの中にいるんだったら、その人はあの人かあの人しかいない。

 

 「う〜ん・・・ちょっとオレ、他のとこ調べに行っていいか?気になることがあっからよ」

 「他のところ?どこ行くの?」

 「その、たまの口の中に入ってた十字架がどこから持ってきたのか調べようと思うんだ。わざわざ口の中に入れてたんだったら、何かヒントになるってことだろ」

 「犯人が入れたものなら、ただのミスリードの可能性もあるがな。だったら、ショッピングセンターを調べてきてくれないか?」

 「あん?なんでだよ」

 「ジュエリーショップがあっただろう。そこに、これと同じものがあるかを確認するだけでいい。できるか?」

 「それくらいできるわ!バカにすんな!」

 

 モノモノウォッチでたまちゃんさんの口の中にあったRosario(ロザリオ)Photo(写真)をとって、テルジさんはひとりでショッピングセンターにむかった。Photo(写真)があるからダイジョブだとおもうけど、ちょっとしんぱいだなあ。あとで行ってあげようかな。

 

 

獲得コトダマ

【野干玉の死体)

地下下水道に浮いているところを発見された。モノクマによるモノクマ城地下探索ツアー中に発見された。

 

【荒川の証言)

野干玉の死因は溺死とは考えられない。明確な死因は不明だが、溺死体としての条件を満たしていない。

 

【ロザリオ)

野干玉の口の中に詰められていた、色とりどりの宝石や金銀によって彩られた十字架。

 

【“超高校級の死の商人”)

コロシアイ・エンターテインメント参加者に潜むという謎の人物。少なくとも二度目の裁判を生き残ったメンバーの中にいるということだが詳細は不明。

>《アップデート》

極によれば、“超高校級の死の商人”の正体は幼い女の子のような姿をしているらしい。

 

【動機その3)

自分の『弱み』を打ち明けなければ24時間後に強制的に処刑されるというもの。打ち明けたかどうかと、打ち明けられた回数は、それぞれのモノモノウォッチに表示される。

 

【打ち明けられた『弱み』の数)

鉄は2つ、野干玉は3つの『弱み』を打ち明けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクとこなたさんは、たまちゃんさんをエルリさんとレイカさんにおまかせして、たまちゃんさんを見つけたSewer(下水)に行った。モノクマCastleのMoat(お堀)Steps(階段)をおりて、Iron fence(鉄柵)をぬけてくらいみちを歩いて行く。モノクマがレイカさんにあげてたFlashlight(懐中電灯)よりはよわいけど、モノモノウォッチのDisplay(画面)のあかりで、ちょっとだけまえは見える。

 

 「こなたさん、くらくないですか?こわくないですか?手をつないであげますよ」すよ」すよ」

 「ううん、大丈夫。ありがとう。落っこちないように気を付けてね」けてね」けてね」

 「はい!」はい!」はい!」

 

 なんだかちょっとくさいけれど、Rats(どぶねずみ)Bugs()はいないし、Moss()が生えてたりすることもない。はじめて来たときはDirty(汚い)なところだとおもったけど、よく見てみたらそうでもない。みちもぬるぬるもしてないし。

 

 「このお城にこんなところがあったなんてね。なんか・・・汚い下水道って感じを出したいって感じがする」がする」がする」

 「???」

 「ここもアトラクションの一部なんじゃないかなって。でも鉄柵があるから普通は入れないんだよね」よね」よね」

 「そうです。それに、こんなとこあるなんてわかんないです」です」です」

 「だけどたまちゃんはここで見つかったんだよね?」よね?」よね?」

 

 モノクマにつれてかれてレイカさんとマイムさんといっしょにたまちゃんを見つけたのとおんなじRoute(ルート)を行く。そしたら、まっくらな中にボクたちよりずっとおっきなLight(灯り)があった。ヤスイチさんとマイムさん、それからハイドさんだ。

 

 「むっ、遅いぞスニフ(子供)スニフ(子供)スニフ(子供)

 「え・・・ボクですか?」すか?」すか?」

 「貴様らがここでヌバタマを見つけたときの状況を教えろ」教えろ」教えろ」

 「さっきからマイムが教えてあげてるのに、ずっとこう言ってるんだよ♠ひどいよね!」よね!」よね!」

 「こいつの説明では全く分からん。それ以外にも気になることがあるしな」るしな」るしな」

 「はあ。だけど、モノクマファイルにAlmost(だいたい)かいてありますよ」ますよ」ますよ」

 「お前の感じたことを話せばいい」ばいい」ばいい」

 「モノクマからゴムボ〜トを借りたよお。これで池の真ん中あたりまで行けるってさあ」てさあ」てさあ」

 「乗れ。説明しろ」しろ」しろ」

 

 ボクたちがたまちゃんさんを見つけたところで、3人がBoat(ボート)といっしょにまってた。マイムさんより分かりやすくExplain(説明)できるかな。ボクだってJapanese(日本語)あんまりうまくないのに。だけどハイドさんが言うから、Boat(ボート)にのってPond()のまんなかくらい、たまちゃんさんがういてたところまで来た。

 

 「ボクたちが見つけたとき、たまちゃんさんはAround here(この辺)ういてました。上むいてました」ました」ました」

 「仰向けか・・・それはいいとして、こんな池の真ん中で死んでいるというのは気懸かりだ。この池には流れもない。どこかから流れ着いたということもあるまい」まい」まい」

 「それ、ボクもかんがえました。それでですね、分かったことあります」ります」ります」

 「なんだ。言ってみろ」てみろ」てみろ」

 「This pond(この池)、モノクマCastleのEntranceの下にあります」ります」ります」

 「・・・ほう。城に入ってすぐの、あの悪趣味な像のあるところか?」ろか?」ろか?」

 「はい。たまちゃんさんのいたところ、まっすぐ下です」です」です」

 「そうか。くくっ、面白いことを聞いた。よかろう。やはりお前を待った甲斐があった」あった」あった」

 「はあ、ありがとござます」ます」ます」

 「それはさておき、スニフ(子供)よ。お前はもしこんなところに閉じ込められたらどうする?右も左も分からず、身体は冷たい水に触れ刻一刻と体力は奪われる。この絶望的な状況にどう対処する?」する?」する?」

 「な、なんですかそれ・・・?」れ・・・?」れ・・・?」

 「いいから答えろ」えろ」えろ」

 「あっちのExit(出口)から出ます。それからShower(シャワー)しにHotel(ホテル)行きます」ます」ます」

 「それは今だから言える対処だろう。あの出口を知らない、たとえば昨日ここに置き去りにされた場合の話だ」話だ」話だ」

 

 Boat(ボート)の上で、ハイドさんはボクにそんなQuestion(質問)をする。どうしてきゅうにそんなことをきくんだろう。もしこんなところにひとりぼっちされたら?きっとボクは、こわくてPanic(パニック)になっちゃうとおもう。もしかしたらなくかも・・・。だけど、今のボクはここがどこなのか、どうしたらいいかを知ってる。だからそれをこたえた。

 

 「まえにこなたさんとモノクマCastleでDateしたとき、テルジさんからききました。Sewer(下水)おちたら、Clock tower(時計塔)の下からもどってこられるって。だから、そっちさがします」ます」ます」

 「時計塔の下から戻って来られるのか?」のか?」のか?」

 「Fountain garden(噴水広場)に出ます。テルジさん、いなくなってたときここにいて、もどってこられました」した」した」

 「なるほどな・・・しばらく見ないと思っていたら、馬鹿はやはり馬鹿なことをしていたわけか」わけか」わけか」

 

 だけどボクはそれがホントのことかどうか知らない。でもテルジさんがFountain(噴水)から出てきたのはホントだし、そうとしかこたえられなかった。

 

 「お〜いふたりともお〜!戻っておいでよお〜!」よお〜!」よお〜!」

 「マイムもボート乗りたいよー♣ふたりだけズルいよー♣」いよー♣」いよー♣」

 「虚戈さん、遊んでるんじゃないんだよ」だよ」だよ」

 「戻るか。漕げ」漕げ」漕げ」

 「ボクがですか!?ハイドさんは!?」んは!?」んは!?」

 「俺様はボートが転覆しないよう後ろでバランスをとっている。お前がこの船を進めろ」めろ」めろ」

 「Oh(なるほど), I see(わかりました)!」see」see」

 「アホだな

 

 Oar(オール)でせっせとBoat(ボート)をこいで、こなたさんたちのところにもどって来た。ハイドさんのおかげでひっくり返らずにもどれた。Boat(ボート)からおりたら、ハイドさんはすぐにまたひとりExit(出口)まであるいて行っちゃった。

 

 「なんだい、お礼もなしかい」かい」かい」

 「星砂君に今更そんなの期待するだけ無駄だと思うよ。ああいう人なんだって受け入れないと」ないと」ないと」

 「懐が深いねえ。それより、ここは本当にたまちゃん氏を見つけただけの場所みたいだねえ。たまちゃん氏の死因が何か分かるかと思ったんだけどお、特に異常はなかったよお」たよお」たよお」

 「溺れたっていう感じじゃないらしいけど、目立った傷もなかったって」たって」たって」

 「ここ寒いから凍えて死んじゃったんじゃないのかな♬」かな♬」かな♬」

 「それほど長い時間があったんなら、池の真ん中じゃなくて、壁際に寄ったりしてそうだけどねえ。そもそも、どうして池の真ん中なんかにいたんだろうねえ。さっきみたいに犯人がボ〜トで移動させたとかあ?」とかあ?」とかあ?」

 「なんのためにです?」です?」です?」

 「さあねえ」ねえ」ねえ」

 「でもね、マイムたちがここに来たとき、ボートなんかなかったよ♡さっきモノクマがおへそから出してくれるまで、どうやって調べようか困ってたくらいだからね☆」らね☆」らね☆」

 「(見たかったなあそれ・・・)」

 

 どうしてたまちゃんさんがPond()のまんなかにいたか。犯人(クロ)はどうやってPond()のまんなかにたまちゃんさんをつれてったか。また分かんないことが出てきた。えっと、サイクローさんの方は・・・一回Summarize(まとめ)しないと。

 それからボクたちは、Sewer(下水)からモノクマCastleのまえにもどってきた。ボクたちがたまちゃんさんとサイクローさんを見つけてからけっこうたった。そろそろモノクマがClass trial(学級裁判)をはじめるかもしれない。そのまえにボクはやっておきたいことがあった。

 

 「こなたさん、ボクやっぱりテルジさんがしんぱいです」

 「スニフ君も?うん、私もちょっと心配だったんだ。大丈夫だとは思うけど・・・私たちも一応見に行ってみようか」

 「はい!」

 

 ボクとこなたさんは、ショッピングセンターにテルジさんのおてつだいしに行くことにした。たまちゃんさんの口の中にあったRosario(ロザリオ)はどこからもってきたのか。それをたしかめに行くんだ。

 

 「あれ?」

 「どうしました?」

 「う〜ん・・・スニフ君、あの時計ズレてない?」

 

 こなたさんは、モノクマCastleのClock tower(時計塔)をゆびさして言った。モノモノウォッチのTime(時間)と、Tower()Clock(時計)は、たしかにズレてる。5分か7分くらいだ。そのうしろに見える、モノクマCastleのおっきなClock(時計)は、ちゃんとモノモノウォッチとおんなじTime(時間)をさしてる。

 

 「きっと、モノクマがちゃんとFix(調整)してないからですよ。からしだいこんですね!」

 「だらしない、かな?」

 「それでした!」

 「寒いからおでん食べたくなっちゃったんだね」

 

 

獲得コトダマ

【時計塔)

下水道の水を利用した汲み上げ式機関を動力としている。示す時間が、モノクマ城の大時計やモノモノウォッチの時間とずれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーマパークエリアからホテルエリアに行って、ショッピングセンターのJewelry shop(ジュエリーショップ)がたくさんあるArea(一角)まで行く。やりすぎなくらいSubdivision(細分化)してるから、Jewelry shop(ジュエリーショップ)だけでもたくさんある。それにRosario(ロザリオ)だったら、Occultic(オカルティック)なお店にもあったりする。やっぱりテルジさんひとりじゃたいへんそうだなあ。

 

 「赤い宝石専門店と紅い宝石専門店と朱い宝石専門店が並んでる・・・。こっちは青い宝石と緑の宝石と碧い宝石と蒼い宝石で全部違うお店だ」

 「What's the difference(何が違うんだよ)!」

 「あのロザリオって、色んな色の宝石あったよね。黄色とか白とかも。これは大変そうだね・・・」

 「あっ!!研前にスニフ!!なんだよ!!ちゃんと言われた通り調べてんだろ!!」

 「そんなに過敏にならなくていいよ。下越君がちゃんとできるっていうのは分かったから」

 「当然だ。この辺の店はだいたい見終わったけど、おんなじもんはなかったぜ。っていうか、この辺宝石は売ってっけど、宝石を使ったアクセサリーは売ってねえや。魚屋と寿司屋みてえなことだな」

 「Food(食べ物)Compare(喩える)しないとわからないですか?」

 「だったらここじゃなくて、アクセサリーショップを探した方がいいんじゃない?」

 「一応見とくんだよ!最初っから決めつけちまって、後悔したって遅えだろ!・・・とはいえ、これを一人でやるのはさすがにキツいぜ。手伝ってくれ」

 「うん、いいよ。やっぱり見に来てよかったね、スニフ君」

 「はい!テルジさんはしんぱいですから!」

 「オレはガキじゃねーぞ!」

 

 あんまりにもShop(お店)が多いから、ボクとこなたさんとテルジさんでShare(手分け)してさがすことにした。テルジさんがJewelry shop(ジュエリーショップ)ののこりを、こなたさんがNecklace shop(ネックレス屋)を、ボクがOccult shop(オカルトショップ)をさがすことにした。

 

 「・・・Rosario(ロザリオ)はありますけど」

 

 Rosario(ロザリオ)とかPrayer rope(チョトキ)とかChristianity(キリスト教)Item(道具)もあるし、なんだかOriental(東方の)Item(道具)もある。だけど、たまちゃんさんがもってたRosario(ロザリオ)とおんなじものはなかった。

 Shop(お店)Atmosphere(雰囲気)がちょっとこわかったからすぐに出て、こなたさんとテルジさんとAppointment(待ち合わせ)のモノクマStatue()までもどった。

 

 「おうスニフ!あのラザニアみたいなヤツ見つかったか?」

 「Rosario(ロザリオ)です」

 「それだそれ!」

 「なかったです。テルジさんの方はどうですか」

 「ねえな。十字架っぽい形のもんすらなかった。ダメだ」

 「そうですか・・・う〜ん」

 「あ、二人とももう終わったんだ。どうだった?」

 「ちっともです。なすおしつぶした、ってヤツです」

 「茄子?」

 「なしのつぶて、だね」

 「それでした!」

 

 どうやら、こなたさんの方も見つからなかったみたいだ。ここのほかにRosario(ロザリオ)なんか売ってるところはないだろうし、スピリチュアルエリアのChurch(教会)だったらもしかしたら、ってかんじだけど、こんなにJewel(宝石)がいっぱい付いたものはないはずだ。

 

 「おかしいよね。ショッピングセンターにないんじゃ、たまちゃんはどこからこんなもの見つけてきたんだろう?」

 「そもそもたまが見つけてきたもんなのか?犯人が持ってきて、たまの口に突っ込んだんじゃねえのか?」

 「でも犯人(クロ)がこんなの何につかいますか?」

 「さあ・・・人を殺した後に祈るとか、そんな原住民みたいなことする人はいないよね」

 

 たまちゃんさんの口の中に入ってたこともMystery()だし、そもそもこんなものがあることがMystery()だ。サイクローさんのこともそうだし、たまちゃんさんの方も、このCase(事件)は分からないことばっかりだ。

 

 

獲得コトダマ

【ロザリオ)

野干玉の口の中に詰められていた、色とりどりの宝石や金銀によって彩られた十字架。

>アップデート

下越たちの捜査によれば、ショッピングセンターのジュエリーショップに類似品はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『オマエラは今朝見た夢を覚えていますか?夢は深層心理が表れたもう一つの現実、オマエラが心の底で望んでいる仮想の世界。夢の中で夢は現実だけど、目が覚めて現実に戻ればそれはただの夢。だけどこの世界が夢でないという保証はどこにもないんだよ。本当のオマエラは一体どっちかな?無力で肉体に閉じ込められた物理的な限界を持つ物質世界のオマエラと、毎夜毎夜姿と立場を変えて望むままに世界を形作れる無限大な可能性を持ったオマエラ。だけどこの“セカイ”のオマエラも、幾つもの可能性を持っているんだよ。それを活かす機会を得るために、命を懸けて戦うんだよ!学級裁判を始めます!入口の広場に集合してください!』

 

 「ちっ、来やがった」

 「もう三回目だけど・・・やっぱり、慣れないね。この感じ」

 「慣れてたまるかよ。ったく、ふざけやがって!」

 

 モノクマのAnnounce(放送)に、テルジさんはおこってこなたさんはAnxiously(不安そう)になる。またあの、Class trial(学級裁判)がはじまる。一回はじまれば、そこにいるだれかが死なないとおわらない。Survive(生き残る)するのは、ボクたちか、犯人(クロ)か。

 分からないことだらけで、何が分からないのかさえ分からなくなりそうなVague(漠然とした)なモヤモヤがのどにひっかかったまま、ボクたちはまた、あそこに向かった。Class trial(学級裁判)の場へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:10人

 

 

【挿絵表示】

 




長くなってしまいましたね〜。
特殊タグの関係で文字数も増えていますが、それでなくても2万字を越えています。マジ卍。
今年はここまでとなりますので、真相は2019年に持ち越しです。
それでは良いお年を!推理待ってます!


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学級裁判編1

 いつもよりずっと分からないことがおおくて、このままでボクたちはちゃんと犯人(クロ)Expose(暴く)できるのか、ボクはずっとWorry(心配)してた。こなたさんに手をひかれて、またあのEntrance plaza(入口広場)にあつまる。なんだか、ボクやこなたさんのほかにもAnxiously(不安そう)になってる人がおおい気がする。

 

 「くくく・・・ずいぶんと数が減ったな。7人も死ねば当然か」

 「・・・」

 「どうした(盛り髪)?いつものように俺様に苦言を呈しはせんのか?」

 「時間の無駄だ」

 「ようやく学んだか」

 

 ハイドさんとレイカさんが、Short(短い)なことばをなげあう。レイカさんとエルリさんはずっとモノモノウォッチでサイクローさんのモノクマファイルを見てた。ワタルさんは、たまちゃんさんの方だ。しっかり見れてない人もいるんだ。どっちも見てるボクたちがちゃんとExplain(説明)してあげなくちゃ。

 

 「やあやあみなさんお揃いで。そんなに学級裁判やりたい?やりたいんだね?もう〜、なんだかんだみんな楽しみにしてるんじゃない!」

 「お前が集めたんだろ」

 「そんじゃあ今日も吐き気がするほど快晴な空の下、青空学級裁判を始めようか!」

 「どんな体質だよ」

 

 Today(今日)、空はどこまでも広がるBlue sky(青空)だった。こんなNice day(良い陽気)の日なのに、ボクたちはこれから、命をかけてClass trial(学級裁判)をする。ボクたちのFriend(仲間)をころした犯人(クロ)を見つけるために、目のまえの人をCondemn(糾弾する)する。

 

 「それじゃあオマエラ!各々自分のモノヴィークルに乗ってください!ちゃ〜んと、自分のものに乗らなくちゃダメだよ?」

 「ま、また遺影があ・・・」

 「今回は二人も死んじゃって、遺影の準備がいつものきっかり2倍大変だったよ!あ、違うや。2枚が3枚になったんだから、1.5倍か」

 

 もこもこでろくに折れないゆびを折って、モノクマが言いなおした。ボクたちは自分のモノヴィークルにのって、またCircle(円形)にならぶ。Last trial(前回の裁判)Execution(処刑)されたいよさんと、This time(今回)ころされたたまちゃんさんとサイクローさんのPortrait(遺影)がふえてた。

 

 「始める前に、モノクマ、貴様に一つ確認することがある」

 「はにゃ?なんでしょう?」

 「貴様が我々に与えた動機、『24時間以内に「弱み」を自分以外の誰かに打ち明けなければ強制的に処刑』は、学級裁判中も有効なのか?」

 「ん?なんだそりゃ?」

 「要するに、裁判中に動機のリミットを迎えたらどうなるかってことだろ?」

 「そういうことだ。全員の命が懸かっている以上、処刑による中断などという余計な混乱は避けたい」

 「なるほどね〜」

 

 レイカさんがモノクマにQuestion(質問)した。ボクはもうClear(クリア)したけど、まだこの中にClear(クリア)してない人がいたら、どうなるのか。モノクマはGrining(にやっと笑う)して、Answer(答える)した。

 

 「そりゃもちろん、学級裁判中であろうとなんであろうと、ボクの動機は絶対だよ!学級裁判中に動機のタイムリミットを迎えたら、その時点で未クリアの人たち全員が即おしおき!その後、クロを見つけるための裁判は続行します!」

 「しょ、処刑なんか見た後で裁判なんてできるわけないだろお・・・」

 「みんな、聞いただろう。無意味な犠牲をこれ以上増やさないためにも、まだクリアしていない者は速やかに名乗り出てくれ」

 「ふん、下らん。クリアしていようがしていまいが、こんな相互監視の下で堂々と言えるのなら、はじめから動機になるほどの『弱み』ではなかったということだ。(盛り髪)、貴様のしていることは全くの無意味、自己矛盾だ」

 「ま、その辺のことも裁判中に話し合ってみればいいんじゃない?ボクとしてはもう裁判始める気まんまんだから、どうでもいいことで焦らされると中学生の男子みたいにイライラしちゃうから!」

 「こわ〜い♡」

 

 レイカさんがみんなに言うけれど、ハイドさんとモノクマがそれをはなすこともゆるさなかった。そしてモノクマの合図にあわせて、モノヴィークルたちがボクたちをのせたままSpeed up(加速)する。

 体がおっきくて、Manly(男らしい)で、カッコイイJapanese man(日本男児)だったサイクローさん。あんまりおしゃべりじゃなかったけど、ボクがこまってたらたすけてくれたし、人がいやがることはしないGentle(優しい)人だった。

 ちょっぴりSelf-indulgence(わがまま)だったけど、自分にHonest(素直)で人をEntertain(楽しませる)ことがとくいだった、たまちゃんさん。たのしいことをたのしいと、かなしいことをかなしいと、Straight(率直)に言える、Exhilarating(爽快な)人だった。

 

 そんなふたりをころした犯人(クロ)が、ボクたちの中にいる。その人をExpose(暴く)してExecution(処刑)するか、できずにボクたちがExecution(処刑)されるか。命をかけた三回目のClass trial(学級裁判)が、はじまる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【モノクマファイル③)

被害者は“超高校級のハスラー”、野干玉蓪。死体発見場所はモノクマ城地下下水道、貯水槽。死亡推定時刻は午前0時台。

 

【モノクマファイル④)

被害者は“超高校級のジュエリーデザイナー”、鉄祭九郎。死体発見場所はモノクマ城『姫の部屋』。死亡推定時刻は午前0時台。死因は頸部裂傷からの出血過多による失血死。

 

【モノクマ城)

二度目の裁判後に開放されたアトラクション。男女二人でペアにならないと出入りできず、入場には専用のデートチケットが必要。

 

【下越の証言)

モノクマ城に一人で入ろうとすると入り口の床が開いて下水道に落とされる。脱出するには時計塔の動力になっている汲み上げ機関を利用して噴水から出るしかない。

 

【野干玉の死体)

地下下水道に浮いているところを発見された。モノクマによるモノクマ城地下探索ツアー中に発見された。

 

【荒川の証言)

野干玉の死因は溺死とは考えられない。明確な死因は不明だが、溺死体としての条件を満たしていない。

 

【“超高校級の死の商人”)

コロシアイ・エンターテインメント参加者に潜むという謎の人物。少なくとも二度目の裁判を生き残ったメンバーの中にいるということだが詳細は不明。

>《アップデート》

極によれば、“超高校級の死の商人”の正体は幼い女の子のような姿をしているらしい。

 

【動機その3)

自分の『弱み』を打ち明けなければ24時間後に強制的に処刑されるというもの。打ち明けたかどうかと、打ち明けられた回数は、それぞれのモノモノウォッチに表示される。

 

【打ち明けられた『弱み』の数)

鉄は2つ、野干玉は3つの『弱み』を打ち明けられていた。

 

【時計塔)

下水道の水を利用した汲み上げ式機関を動力としている。示す時間が、モノクマ城の大時計やモノモノウォッチの時間とずれている。

 

【ロザリオ)

野干玉の口の中に詰められていた、色とりどりの宝石や金銀によって彩られた十字架。

>《アップデート》

下越たちの捜査によれば、ショッピングセンターのジュエリーショップに類似品はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学級裁判 開廷

 

 モノヴィークルはエンジンの回転数を上げ、円形に並んだ10人の高校生たちの運命を回し始める。数を増やした遺影は無表情にその回転に乗って、沈黙を以て失われた命の代わりを務める。裁判が始まると同時に、モノクマランド中の空気が僅かに震え、爆発音が轟いた。

 

 「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう!学級裁判の結果はオマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘出来れば、クロだけがおしおき。だけど・・・もし間違った人物をクロとした場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけが、失楽園となり外の世界に出ることができまーす!今回は真っ昼間だから、開廷の空砲にしてみました!」

 「び、びっくりしました・・・」

 「余計に気が散るから、こういう演出やめてくれない?モノクマ」

 「え!?裁判始まっていきなりボクに話しかけるの!?止めないし止めろよ!ちゃんと学級裁判しろよ!」

 「まずは被害者の状況の確認からだ。今回は死体発見現場が離れた2箇所になるから、片方しか見れていない者もいるだろう」

 「ではまず、二つの事件の情報を整理しよう。私も野干玉の検死を担当した者として、所感も述べようと思う」

 

 荒川が主導し、裁判はまずかけ離れた二つの現場についての情報を整理することになった。それぞれの現場で検死や捜査を同時並行した結果、各自の持つ情報量に差が出来てしまった。裁判が始まるにあたって共有を宣言したのは、シロであればまずすべき行為だからでもある。

 

 「まずは野干玉の方だ。発見場所はモノクマ城地下の下水。モノクマとスニフ少年の話を総合すると、地下の貯水槽というところで死亡しているところを発見されたとのことだ」

 「間違いない。発見者は私とスニフと虚戈の3人だ」

 「発見場所はモノクマ城ってことになってるみたいだけど・・・あの下水道はモノクマツアーで初めて行った場所なんだろ?」

 「Yes(はい)、あんな行き方あるなんてしらなかったです」

 「マイムもー♡」

 「ど、どうしてたまちゃんはそんなところで死んでたのかしら・・・?みんな行き方を知らないなら、たまちゃんだって・・・」

 「それはどうだろうな。まあ、今は情報共有が先決だろう。凡俗共に教えてやれ、雷堂(勲章)

 「名指しかよ!?」

 「名前は指してないよねえ」

 

 野干玉の死体発見現場は、通常では立ち入れない場所であった。なぜそこで野干玉が死んでいるのか、モノクマツアーがなければ発見することすら不可能な場所で何があったのか。しかしその議論を深めるには、今はまだ早い。まずは捜査状況の全容を把握しなければ、全員が同じ目線に立てない。

 

 「鉄の方は俺と星砂で検死した。捜査はその後、正地と一緒にした」

 「え、ええ・・・」

 「基本的にはモノクマファイルにある通りで間違いなかった。『姫の部屋』の玉座に座った状態だ。喉の元を鋭利な刃物で切り裂かれて出血死したみたいだ」

 「血の量とかエゲつなかったな・・・うあっ、思い出したら首がぞわぞわしてきた」

 「だけどサイクローの首を切るってできるかな♣あんなのに向かって行ったらマイムだって投げられちゃう自信あるよ♠」

 「確かに・・・鉄君ってあんまり乱暴したりする人じゃなかったけど、命が危ないってなったらさすがに抵抗くらいはするよね」

 「でも、あそこResist(抵抗)したあとなかったです」

 「ということは、(ハチマキ)は無抵抗で殺されたということになるな」

 「無抵抗なんてことあり得るのか?」

 「考えられる可能性は幾つかある。抵抗する暇もなく瞬殺されたか、あるいは抵抗する意思すら見せることなく不意打ちをされたか。だろうな」

 「こわーい♬」

 

 鉄の死の状況は一見単純に見えるが、しかし実際の殺害状況を想定してみるとそこには謎が多い。何事に対しても奥手な鉄ではあったが、自分が命に危機に瀕して何もできないほど臆病でもない。しかしその謎の前に、二つの現場について正地が気付いた。

 

 「っていうことは・・・たまちゃんの場合も鉄くんの場合も、どっちもモノクマ城が現場っていうことになるのかしら?」

 「そうだと思うぞ。鉄は間違いなくあの部屋だし、野干玉も普通は入れなかったとはいえ、モノクマ城の地下ってことは城のどこかから行けるようになってたんだと思う」

 「でもそうすると分からないことがあるのだけど・・・モノクマ城って、デートチケットがないと入れないわよね?」

 「チケットだけじゃないよお。条件はもう一つあったはずだけどお・・・」

 「男女一組のペアでないと入城できない、というものだったな」

 「Date(デート)ですから」

 「デートだからって男の人と女の人だけじゃないよ♬マイムの友達にもいろんな人がいたんだからね♂」

 「そこはいま別にどうでもよくね?あの城には、相方見つけて一緒に行かなきゃ入れなかったってこった。で、それがどうかしたか?」

 「なぜそこまで分かっていてその先が分からないのかが俺様には理解不能だ」

 

 首を傾げる下越に、星砂が容赦なく吐き捨てる。しかし実際に星砂を含めたほとんどの者は、正地が何に疑問を感じ、何を言いたいのかを多かれ少なかれ察している。

 

 「あの城に入るには、男女一組のペアにならなければならない。そして今回死んでいたのは、男が一人と女が一人。ここまで言っても下越(馬鹿)には分からんのだろうな」

 「全然分からん!どういうことだ!」

 

 

 議論開始

 「野干玉の死体と鉄の死体・・・2人の死体はどちらも、モノクマ城で発見された。殺害場所もおそらくモノクマ城内だろう」

 「モノクマ城は男女ペアにならないと入れないんだったよな。デートチケットを使う必要はあるけど、基本はペアさえいれば誰でも入れたはずだ」

 「でもそうなると・・・」

 「分かった!犯人はたまと鉄が城に入った後にこっそり忍び込んだんだな!そんで2人を殺して、また1人で出て行ったんだ!」

 「それはちがうぞー♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「んもー、テルジってば勘が鈍いんだから▼しょうがないからマイムが教えてあげるよ☆」

 「なんだよ!犯人が城に忍び込んだんじゃねえのかよ!」

 「そうじゃないから、ペアになってデートチケットを使わないと入れないっていうのを確認したんじゃないかな?」

 「じゃあ何がどうなってああなったってんだよ!」

 「それはね・・・♬」

 

 唯一正地の疑問の意味を理解していない下越が、他の全員から冷ややかな目で見られつつ虚戈にその意味するところを教えてもらう。

 

 「サイクローとたまちゃんがコロシアイしたってことだよねー♡」

 「・・・はあ!?」

 「本当に分かっていなかったのね・・・」

 「正地がそういうことを考えたっていうのは分かったんだけど・・・鉄と野干玉が殺し合ったっていうのはなんか想像できないんだよな」

 

 虚戈が包み隠さず言うことで、全員の認識が一致した。モノクマ城に入城する際のルールと今回の被害者2人を考えれば、それは自ずと辿り着く結論ではある。しかし同時にその結論に対する反論も、全員の頭の中に浮かぶ。

 

 「何を言うかと思えば雷堂(勲章)・・・貴様はまだこの中の誰も、コロシアイをしないなどと甘い幻想を抱いているのか。コロシアイの状況に身を置いている以上、誰もが殺人鬼になり得るのだ」

 「雷堂が言っているのはそういうことではない。野干玉と鉄ではコロシアイにならないと言っている」

 「どういうことだい?」

 「方や2mを越える長身の大男。方や女子にしては高い方だがせいぜい170cm弱だ。しかも鉄はあの身体付きだ。野干玉からしたらあまりに分が悪い相手だ」

 「でもでも〜♡いよだって女の子だけど男の子のダイスケのことを殺したよね♬不意打ちして気絶させたりしちゃえば体格差なんかカンケーないよ♬」

 「そうもいかない。野干玉と鉄がモノクマ城でコロシアイをしたということは、あの2人がチケットを使って城に入ったということだ。野干玉が鉄の不意を突くつもりだったのなら、これは全く意味の分からない行動だ」

 「そうだよね・・・、。モノクマ城に入れるのは2人までなんだから、鉄君がたまちゃんを警戒するのは当然だよね」

 「じゃあなんであいつらはモノクマ城にいたんだよ?普通にデートでもしてたってのか?」

 「What(えっ)!?サイクローさんとたまちゃんさんはCouple(カップル)でしたか!?」

 「本当に貴様ら凡俗に任せていては議論が遅々として進まんな。俺様が舵取りをしてやろう。一旦全員口を噤め」

 

 チケットを使って城に入った以上、2人の間にどのような認識があったかは不明だが、二人きりの空間に身を置くことになることはどちらも理解していたはずだ。その上で野干玉が仕掛けるには、鉄はあまりにリスクが大きい相手だ。

 その疑問を解消し、議論を先に進めるべく、星砂が頭を抱えて言う。前回の裁判と違い推理で犯人を突き止める必要があるためか、多少積極的に議論に参加しようとしている。

 

 「(ハチマキ)の死に様を見れば、奴がどのように殺されたかは明白だ。正面から喉を刃物で斬られたのだ。体格に差があればヌバタマの勝ち目は薄いが、それは(ハチマキ)がヌバタマの殺意を認知していればこその話だ」

 「・・・具体的に話してもらおうか」

 「貴様らも知っている通り、ヌバタマは媚びを売ることにかけてはそれこそ“才能”を持っている」

 「ああ・・・たまちゃん氏のその辺の恐ろしさはおれは身を以て知ってるよお」

 「納見(ぎっちょう)と同じように、(ハチマキ)も同様に誑かされ、それこそ奴に気があるようなフリをしてデートに誘うことなど容易かろう。そして殺害現場は『姫の部屋』・・・デートの目的地としては誂え向きなのではないか?」

 「ベッドもあることだしな」

 「Bed?Japan(日本)ではDate(デート)Last(最後)Nap(お昼寝)でもするんですか?」

 「そうだよ」

 「ヌバタマがあそこで(ハチマキ)に迫り、抱きしめるほど密着する。こうすれば、隠し持っていた刃物で首を掻き切るなど造作もないだろう」

 「確かに鉄は押されると弱い奴だし、野干玉がそんな雰囲気出して来たら戸惑いそうだな」

 

 星砂が展開する推理を大まかにまとめると、野干玉は鉄に色仕掛けをしてモノクマ城に誘い、不意を突いて殺害したというものだった。体格差のある2人のコロシアイや、モノクマ城という特殊なルールが存在する場所で2人の死体が見つかったことの説明はつく。しかし、まだ納得しない者もいた。

 

 「状況的にその可能性はまず考えられる。というよりも、モノクマ城のルールを考えればそれが最も自然な考え方だ。しかしだ諸君、私はそこで新たに疑問を持つのだが、これに対する答えはあるかね?」

 「荒川さん、勿体ぶらないで分からないって言えばいいのに」

 「分からないことがある」

 「素直に言ったね♡」

 「いま星砂が披露したような推理には、一見矛盾がない。しかし野干玉が鉄を殺害したのであれば、野干玉は生き残って我々と共に裁判に臨んでいるはずではないのか?現実にそうなっていないことの理由は説明できるのか?」

 「確かにそうだねえ。鉄氏がたまちゃん氏に殺されたんならあ、たまちゃん氏は誰に殺されたんだろうねえ」

 「でもお城にはたまちゃんと鉄君しかいなかったんでしょ?だったらたまちゃんが誰かに殺されちゃうのはおかしいんじゃないの?」

 「ふっ、やれやれだ」

 

 新たに荒川によって提示された疑問から議論が起こりそうになるのを、呆れたような星砂の声が止めた。ため息交じりにほくそ笑む星砂に、全員が面倒な気配を感じ取る。

 

 「いかに凡俗と言えどそこに疑問を持つことは予想できた。もちろんそれにも理由がある」

 「勿体付けずに言え。外すぞ」

 「な、なにをですか・・・!?」

 「モノクマ城の特殊なルールだ。それを理解すればなぜヌバタマがあそこで死んでいたかの説明もつく」

 「また特殊ルールか」

 「それに、ヌバタマが(ハチマキ)を殺した後にどのような行動を取るかも合わせて考えればいいだろう」

 

 全員が頭の中で、事件現場を思い浮かべる。鉄を殺害した野干玉が、その後に起こす行動。特に現場を直に捜査した面々は、城の内部を頭の中で辿りながら考えた。

 

 

 議論開始

 「たまちゃん氏が鉄氏を殺した後、どういう行動をとって、どこでどうやって死んだかかあ」

 「人をKill(殺す)したときのことなんてわかんないですよ・・・」

 「まずは現場に偽装工作をするのが定石だが、痕跡はあったのか?」

 「いや、血が散らばってる以外は特に何もなかった」

 「それより先に、急いでお城から出ようとするんじゃないの?」

 「そいつぁ違えぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おいおい研前よぉ、お前忘れてんのか?あの城はただ出ようとすんのでも大変なんだぜ?」

 「え?そうだっけ?」

 「マジで忘れてんのか!」

 「下越くん、何か知ってるの?」

 

 議論の最中に大声を出した下越に注目が集まる。モノクマ城を出ることについて一家言あるようだが、その発言自体がほとんどの者にとっては意外なものであることに、本人は気付いていない。

 

 「オレはあの城の入口じゃドエラい目にあわされたんだ!入ろうとしちゃあ落とし穴に落っこちて、出ようとしちゃあ落とし穴に落っことされかけて・・・」

 「ま、待て!下越・・・お前、モノクマ城に入ったのか?」

 「入ったぞ?言ってなかったか?」

 「誰とだ?」

 「1人で」

 「いやいやいや!それじゃあ辻褄が合わないじゃあないか!あの城は男女ペアでないと入れないんだろお?だから鉄氏とたまちゃん氏が殺し合ったっていう話になってるんじゃあないかあ!」

 「テルジさん、ひとりで入ろうとしたからPitfall(落とし穴)におっこちてSewer(下水)にいました。だからA few days(何日か)いなかったんです」

 「ったくひでえ目にあったぜ」

 「初耳だぞ、そんなこと・・・。なぜ言わなかった」

 「いや別に言う必要ねえかなって。だって2人で行きゃあ関係ねえんだろ?」

 「問題はそこじゃないんだけど・・・」

 「とにかく、あの城は1人じゃ入れもしねえし出られもしねえ。言いつけ破って1人で行ったら下水に叩き落とされるってこった!」

 「あっけらかんとしてるけど、お前死にかけたんじゃないのかそれ・・・」

 

 かっかと笑って言う下越に、全員が呆れて言葉もなかった。しかし下越の証言が真実だとすれば、モノクマ城のルールは文字通り以上の意味を持つことになる。そして野干玉の死の状況についての大きなヒントにもなる。

 

 「まあ下越(馬鹿)が馬鹿だというのは周知の事実だ。それはさておいてだ」

 「馬鹿って言うな!」

 「モノクマ城には、入ってすぐモノクマ像が設置されている。捜査時にあれを少し調べたのだが、目の部分にカメラが仕込まれていた。入城する者たちがルールを守っているかを確認するためのものだろう」

 「そう言えば、スニフ君とデートしたときに写真撮られたね」

 「えー♡スニフくんとこなたってデートしたの♡モノクマ城行ったんだ♡なんでマイムお姉さんに話してくれないの水くさいなあもう♡このこの♡」

 「や、やめてください・・・」

 「そこ!勝手に席を離れない!おしおきしちゃうよ!」

 

 モノクマに注意されて、スニフにちょっかいをかけていた虚戈が自分の席にすっ飛んで戻る。モノクマ城に入った者が共有されていないため、そしてその条件が条件なため、公言するには多少の照れが伴っている。それを研前が気にしないことに、スニフは少し傷ついた。

 

 「条件を満たさない者は、落とし穴の罠にはまって下水に落とされる。しかしその条件は、『入ってくる者』だけでなく、『出る者』にも適用されているのだ」

 「まだちょっとよく分かんないんだけど・・・」

 「つまりあの城は、『男女2人以上の組でなければ、入ることも出ることもできない城』ということだ。チケットなんぞを使って入城条件と回数を制限したのも、その事実に気付かせないようにするためだろう」

 「ああ〜、だから1人で出ようとしたら落ちそうになったのか」

 「下越は行きにも落ちたのだろう?学習能力がないのか?」

 「ということは、鉄を殺害した後に野干玉が正面の出入り口から出ようとすれば、当然あの罠にはかかることになるな」

 「え・・・じゃあ、たまちゃんが死んだ理由って・・・」

 

 姫の部屋で鉄を殺害した後に何をしようと、最終的に野干玉は正門から出なくてはならない。そしてそこを1人で通れば、落とし穴の罠は必ず作動し、地下の下水道に落ちる。そして野干玉は地下の貯水槽で発見された。このことから導かれる結論は、実にシンプルだ。

 

 「鉄を殺した後に落とし穴の罠にかかって、下水で溺れて死んだってことか・・・!」

 「・・・」

 「やっぱり溺死ってことになるんだねえ。あの現場を見たら予想できてたけどお、そのまんまだったんだねえ」

 「えー?でもでも〜♣テルジもたまちゃんとおんなじ落とし穴にはまったんでしょ♢でもテルジは生きてるよ♬どーしてどーして?どーしてテルジは死んでないの♡」

 「こえーこときくなよ!オレは落ちてすぐにあちこち泳ぎまくって、なんとか出口を探して上がって来たんだよ!」

 「だけど、たまちゃんさん、Pitfall(落とし穴)のすぐ下にいました。テルジさんみたいにSwim(泳ぐ)したらすぐ下にはなりません」

 「なら、落ちてすぐ溺れたんじゃないのかしら?」

 「下越と野干玉に多少の体力差はあっても、落とし穴に落ちた後に泳げないほどではないだろう?」

 「おそらく着ている服の吸水率の差によるものだろう。それに加えて、ヌバタマは(ハチマキ)を殺す際に体力を消費していたはずだ。落下の衝撃と水の低温などにより意識を失い、藻掻くこともできず溺れる可能性はある」

 「・・・確かにあり得る」

 「そんな・・・たまちゃんさんとサイクローさんがコロシアイしたってだけでもTerrible(ひどい)なおはなしなのに、たまちゃんさんがTrap()にはまって亡くなったなんて・・・」

 

 呆気ないほどあっさりと、野干玉の死の状況は全員がイメージできた。鉄を誘惑して暗殺に近しいやり方で殺害することに成功した野干玉が、落とし穴などという単純な罠にはまり、光のない暗闇で為す術なく溺れ死んだという。一から十まで現実味がないが、モノクマ城という特殊なルール下にある奇妙な事件現場を説明するには、それしかないように思えた。

 ただ、その場合にはまた新たな疑問が生じる。

 

 「でもさあ、そうしたらおれたちは誰のことを追及すりゃあいいんだい?」

 「なに?」

 「鉄氏はたまちゃん氏が殺した。たまちゃん氏はモノクマ城の落とし穴にはまってひとりでに溺死した。これじゃあ、『2人を殺したクロ』なんてものは存在しないじゃあないかい?」

 「・・・あっ!そ、そうです!どうするんですか!?」

 「いや、鉄を殺したのが野干玉ならば、今回の事件で野干玉はクロの条件を満たしている。フフフ・・・クロの生死を問わないのであればの話だがな」

 「その辺どうなんだ、モノクマ」

 「んー?別にいいよ。そしたら野干玉サンに投票すればいいじゃん?ボクとしてはお楽しみのおしおきができないのは残念だけど、展開上そういうこともあり得るからね!」

 「っていうことは・・・俺たちは・・・」

 

 雷堂の言葉で、全員の視線が裁判場の一箇所に集まった。この裁判で指名すべきクロの正体を、もうそこにはいないクロの顔を、全員が見つめた。血色にペイントされた遺影の奥で、無表情にこちらを見返す灰色の瞳は、今は何も語りはしない。

 

 「たまちゃんに・・・投票すればいいの?」

 「マジかよ・・・いや、でもたまはもう死んでんだぞ!?なのにクロなんて・・・おかしくねえか!?」

 「さっきも言ったはずだ。肉体の生死はクロの条件には含まれない。死んでいようが生きていようが、殺人を犯した者がクロだ」

 「だとしても・・・だって、なんか・・・おかしくないんだけど、納得できないっていうか・・・」

 「死んだ者を追及することに後ろめたさを感じることはおかしいことではない。人の道に唾吐く行為かも知れない。だが、命を捨ててまで守ることではない。私はそう思う」

 「・・・そ、そうだよな。だってそれが・・・」

 「それが真実であるならば、だ」

 「え?」

 

 既に死亡している野干玉に投票することに、後ろめたさを感じる者たちがいる。しかしクロが判明すれば、それ以外に投票する理由はない。そうでなければ、自分の命が危険に晒されるからだ。納得できなくとも、人の道を外れるとしても、その推理を受け入れようとしかけたところで、極がそれを止めた。

 

 「私は、この事件がこれだけで終わるとは思えない。今まで話したこと以外にも、議論すべきことがあるはずだ」

 「そーなの?でもサイクローが死んだ理由もたまちゃんが死んだ理由も分かったのに、まだ何か話すの♣」

 「当然だ。ヌバタマは確かに今回の事件の()()()()()()()。しかしこれが、全て計画されたことであるとすれば・・・果たしてヌバタマはクロであるだろうか?」

 「な、なんだそりゃ・・・?どういうことだよ!」

 「ククク・・・ハッハッハ!!貴様ら凡俗は本当に愛愛しいな!!俺様が推理すればそれが全く真実であると思い込み、そのように深刻な顔をする!!己の命可愛さと至らぬ覚悟の狭間に揺れて、人の道に反することさえ躊躇する!!まったく、それでよくコロシアイなどしているな」

 「やりたくてやってんじゃねえよこちとら!」

 「星砂、じゃあお前は、野干玉がクロじゃないって言いたいのか?」

 「俺様だけではなかろう。(盛り髪)も同じ意見なのではないか?」

 「・・・」

 

 横目で極を見る星砂だが、その視線には一切応えない。しかし、野干玉がクロであるという結論だけで終わらせる気がないことには賛成なようだ。

 

 「事件の前日、私は図書館で野干玉を見た。言葉を交わすことはなかったが、奴は怯えていた様子だった」

 「怯えてるって、なにに?」

 「“超高校級の死の商人”」

 

 極の言葉に、裁判場の空気が変わった。事件の衝撃で全員の頭の中から薄れていた、自分たちの中に潜んでいるという危険人物。モノクマがその存在を仄めかしたものの、これまで具体的な動きがなかったため、一層その存在や行動目的が不明となっている。

 

 「ちょ、“超高校級の死の商人”って・・・そいつがこの事件に関係してるってのかよ!?」

 「無関係ではなかろう。野干玉は事件前日に、私と極がそれについて話しているところに出くわして、怯えた様子で逃げ出した。その次の日に死んだ。偶然、と言い切れるか?」

 「・・・たまちゃんが“超高校級の死の商人”の正体を知っちゃって、口封じに殺されたっていうこと?」

 「それはないな」

 「ええ・・・もうわけがわからないよお。たまちゃん氏が“超高校級の死の商人”の正体に気付いて殺されたっていう方が自然じゃあないのかい?星砂氏はなんでないって言い切れるんだい?」

 「Ah!わかりました!“Ultimate Marchant of Death(超高校級の死の商人)”なんてホントはいないんです!」

 「そーだそーだ♬モノクマがマイムたちにコロシアイさせるためにウソ吐いたんだ☆」

 「失敬な!ボクはウソなんて吐かないよ!そんなこと言ったら、コロシアイしなきゃオマエラ全員殺すぞー!って脅した方が手っ取り早いもんね!」

 「そりゃそうだな!」

 「俺様たちの中に“超高校級の死の商人”は確実に存在する。その者がこの事件を裏で手引きしていたとしたら・・・この事件は全く異なる様相を見せることだろう」

 「え・・・じゃ、じゃあこの事件のクロは・・・!?」

 「“超高校級の死の商人”ってことだねー♡」

 

 一度結論が出たと思った議論に、再び熱が戻る。極と星砂が同じ意見を口にする。この事件の当事者は、死んだ2人だけではなく、“超高校級の死の商人”もいる。その“超高校級の死の商人”こそが、この事件のクロなのだと。

 

 「で、でも死の商人は・・・今まで私たちに何もしてなかったじゃない!どうして今になってこんなことをするっていうのよ・・・!」

 「フン、これだから凡俗どもは。今は“超高校級の死の商人”がこの事件にどう関わっているかを議論すべきだ。奴がなぜこの事件を起こしたかなど、どうでもいい」

 「どう関わってるかって言ったって・・・そもそも“超高校級の死の商人”が誰なのか分からないんじゃ、議論のしようもないんじゃないの?」

 「いいえ。モノクマがボクらにMotivation(動機)くれたとき、ハイドさん言ってました。“Ultimate Marchant of Death(超高校級の死の商人)”の『Weak point(弱み)』は、自分が“Ultimate Marchant of Death(超高校級の死の商人)”ってことだって」

 「その通りだ、スニフ(子供)。『弱み』を打ち明けなければ死を免れ得ない状況で、彼奴は誰かに打ち明けたはずだ。己の本当の“才能”をな」

 「ということは・・・いるのだな?この中に。“超高校級の死の商人”の正体を知る者が・・・!!」

 

 全員が、荒川の一言に合わせて互いを見合う。三つ目の動機が配られた瞬間から、互いの腹の内を探ったり、その可能性に怯えたりしていた、“超高校級の死の商人”の正体を知りながら、口を閉ざしている者が誰なのか。その答えが、僅かな表情の変化や挙動に表れないかと、知らず知らずのうちに疑い合う。

 

 「よせ。たとえ正体を知る者がこの中にいるとしても、何の罪もない。むしろ下手に言いふらして混乱を招いたり疑心暗鬼を強める可能性もあったはずだ。何が正しいかなど、誰にも判断できない状況だったんだ」

 「庇保はいらん。それとも、貴様がそうだと言うのか?」

 「残念ながら知らんな。そういう貴様こそ、知っていて敢えて何もしなかったのではないか?」

 「ククク・・・疑い合うなと言っておきながら、俺様は例外か?」

 「や、やめてよ2人とも。モノクマの思う壺じゃない。“超高校級の死の商人”のことでケンカしたら・・・」

 「・・・すまん」

 「フンッ」

 「で、結局“超高校級の死の商人”のことを知ってる奴ってのぁ誰なんだよ?」

 

 極と星砂のにらみ合いを正地が制し、裁判場はしばし膠着する。誰も名乗りを上げないということは、“超高校級の死の商人”の正体を知る者などいないのか、或いは知っていて言えない理由があるのか。そして、スニフは思い返す。“超高校級の死の商人”に関する僅かな情報が残されていないか、過去の記憶を辿る。

 

 「Perhaps(もしかして)・・・」

 「どうした少年?」

 「あの、ボクのStudy shortage of Japanese(日本語の勉強不足)だったらゴメンナサイ。だけど、もしかしたら知ってる人・・・ふたり、分かったかもです」

 「勉強不足なんかどうだっていい、スニフ氏が頼りだよお。なんだかんだでおれらの中じゃ一番おつむが優秀だからねえ」

 「聞き捨てならんな納見(ぎっちょう)

 「教えて、スニフ君」

 

 情けない納見の言葉や敵愾心剥き出しの星砂にもめげず、スニフは自分の記憶と意見をまとめる。これが正しいかどうか分からない。ただの勘違いかも知れない。だが、少しでも議論が前進する可能性があるのなら、言うべきだと決めた。そしてスニフは、指さした。

 

 

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ワタルさん・・・あなたです!」

 「えっ・・・!?」

 

 スニフの指を追って、全員が雷堂を見る。指された雷堂は一瞬驚いたような顔をするが、すぐに平常心を取り戻し、指越しにスニフを直視する。

 

 「マ、マジかよ!?雷堂お前・・・知ってんのか!?」

 「なぜそう思うのか、理由も必要だぞ」

 「・・・」

 「ワタルさん。ボクたちと“Ultimate Marchant of Death(超高校級の死の商人)”のはなししてたとき、こう言ってました」

 

 ──『動機が配られたときに星砂が言ってたように、“超高校級の死の商人”だっているんだ。そいつの『弱み』は十中八九、自分が“超高校級の死の商人”である事実だ。だからそれを打ち明ける相手が必要なんだ。そいつが無事でいられるかも分からない・・・だから、俺たち全員が協力してそいつを助けてやらなきゃいけないんだ』──

 

 「それがどうかしたか?」

 「そのとき、ボクとワタルさんとセーラさんとテルジさんいました。だけど、『おれたちぜんいんが』って言いました。“Ultimate Marchant of Death(超高校級の死の商人)”がだれか分からないんだったら、どうしてボクたちのだれでもないってわかってましたか?」

 「・・・あっ」

 「あ?」

 「いや、それは“超高校級の死の商人”以外の俺たち全員がっていう意味で・・・」

 「一回あっ、て言っちゃったからねえ。誤魔化すのは無理だよお」

 

 スニフの指摘に、雷堂はあっさりボロを出した。苦し紛れの言い逃れをしようとしたが、すぐにその目は潰された。そして、簡単に雷堂は白状する。

 

 「・・・いや、ごめん。知ってるし、その確証もある。黙ってて悪かった」

 「ウソ・・・雷堂君、知ってたの?」

 「隠してたわけじゃない。ただ・・・あんまり言いふらしたら、そいつに悪いかなって思ったんだ。俺が見た限りじゃ、そいつは“超高校級の死の商人”なんて物騒な肩書きを持つような奴には見えなかったから」

 「危険かどうかを判断するのに、自分一人で十分と思ったのか?私は別に雷堂を信用していないわけではないが、それは軽率と言わざるを得ないな」

 

 正体を知りながら隠していたことに、冷ややかな視線と言葉が降りかかる。しかし極が事前に釘を刺していたことで、非難したり追及するようなことは出なかった。

 

 「雷堂、お前はいつから知っていた?いつ気付いたのだ?」

 「相模がおしおきされた、その後だ。でも俺は、自力で気付いたわけじゃない。その夜に・・・教えられたんだ」

 「教えられた?“超高校級の死の商人”が、自ら正体を明かしたのか?」

 「俺様が教えた」

 

 質問責めに遭いそうになる雷堂に助け船を出した星砂の言葉は、しかし一層周囲からの不信感を増す言葉だった。再び星砂に注目が集まり、全員が雷堂と星砂を交互に見る。

 

 「どういうことだ?なぜ星砂は雷堂に“超高校級の死の商人”の正体を教えた?」

 「そもそも星砂氏はどうやって正体に気付いたんだい?」

 「ま、まさか!お前がそうだってのかよ!星砂よお!」

 「一度に質問するな」

 「お、俺はこの前の裁判の後に星砂に聞かされたんだよ!部屋に押しかけられて、突き止めたから知っておけって・・・!」

 「突き止めた・・・ということは、星砂は“超高校級の死の商人”ではないということか」

 「当然のことをいちいち言うな荒川(片目)。俺様は“超高校級の神童”だ。死の商人程度の“才能”に落ち着くなどあり得ん」

 「じゃあお前は結局なんなんだよ!どうやって死の商人の正体に気付いたんだよ!」

 「俺様なりに考えてな。正体を探るために図書館の資料やコロシアイ記念館のファイルばかりを見ていたが、凡俗共の中にいるのなら凡俗共の行動を観察した方が早いと気付いたのだ。そうしてみたら、意外にもあっさり気付いた。こうした発想の転換の速さこそが、俺様が“超高校級の神童”たる由縁だな」

 「そんなにExaggerated(大袈裟)じゃないとおもいますけど」

 「雷堂(勲章)にだけ話したのは、全員にその事実が知れ渡ったときに奴が何をするか分からなかったからだ。最低限の共有だけで助力を得られるように、雷堂(勲章)を選んだ。それだけの話だ」

 

 雷堂と星砂だけが、“超高校級の死の商人”の正体を知っていたことの説明をする。普段の行動から導き出したと言うが、“超高校級の死の商人”という曖昧な存在の行動を追うなどということが、果たして可能なのだろうか。そんな疑問も湧いてくるが、研前がその話を切る。

 

 「うんと、確認なんだけど、スニフ君はそのことに気付いてたの?星砂君が、“超高校級の死の商人”を知ってたこと」

 「No(いいえ)。ボクいまはじめてしりました」

 「でもさっき、()()って言ってたわよね?」

 「・・・星砂と雷堂以外に、“超高校級の死の商人”の正体を知っている者がいると、そういうことか?」

 「はい、そうです」

 「ま、まだいるのかい!?」

 「もうひとり、“Ultimate Marchant of Death”知ってる人、いるはずです」

 

 円形に並ぶ全員の顔を見て、狙い澄ましてスニフが再び指をさす。

 

 

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「セーラさん。あなたです」

 

 自らに向けられた指に、驚きと焦りで引き攣る顔を堪えきれず、青くなった顔をさらすことになった。

 

 「・・・あわ、わ・・・?」

 「ワタルさんとおなじです。ボクたちと“Ultimate Marchant of Death(超高校級の死の商人)”のはなししてるとき、こう言ってました」

 

 ──『そうね。だけど、もしその人がみんなに自分が“超高校級の死の商人”だって言って・・・その後はみんな、その人のことを信用してあげられるの?』──

 

 「あ」

 「ホントだ!オレらん中に“超高校級の死の商人”がいねえの分かってるみてえじゃんか!」

 「それになんだか、“超高校級の死の商人”が誰なのか具体的に分かってるみたいな言い方だよね。じゃあやっぱり・・・知ってるのかな?」

 「ど、どうなんだよ正地!」

 「へあっ・・・!ううっ・・・!」

 

 ろくに音の出ない口をぱくぱくさせるだけで、認めることも反論することもできないまま、正地は全員の視線を一身に受けていた。突然の指名に動揺しすぎて何もできない正地を見かねて、虚戈が助け船を出す。

 

 「こら〜!スニフくん女の子のこと指さしたらいけないんだよ♠それにいきなりでセーラがびっくりしてるじゃん♣かわいそーだよ☂」

 「えあっ・・・ご、ごめんなさい・・・」

 「今はそこではないが・・・言葉が出ないのなら急かしても仕方がないな」

 「大丈夫だよセーラ♡リラックスリラ〜ックス♬学級裁判じゃこういうこともあるから困っちゃうよね♢マイムもダイイングメッセージ消したのバレて焦っちゃったから分かるよ♡」

 「あれと一緒にしちゃダメだと思うけど・・・」

 「う・・・うん・・・ごめんなさい・・・。ちょっと、びっくりしちゃっただけだから・・・」

 「そうそう♬落ち着いて落ち着いて♡フォールアライブだよ♡」

 「“Calm down(落ち着く)”です!」

 

 背中をゆっくり摩られて、正地は少しずつ落ち着きを取り戻した。脂汗を拭い、乱れた呼吸を整え、激しく鳴る鼓動が平常を取り戻しつつあった。

 

 「あ、ありがとう虚戈さん・・・だいぶ、楽になってきたから・・・」

 「そっか♡じゃあちゃんと言わなきゃね♡“超高校級の死の商人”のこと♬」

 「・・・へ?」

 「だってセーラは“超高校級の死の商人”が誰か知ってるんでしょ♡だったらみんなにちゃんと説明してよ♬誰が死の商人なの?どうやって知ったの?どうして言わなかったの?サイクローとたまちゃんが死んだことで何を知ってるの?ぜーんぶ、教えてくれないとダメだからね☆」

 「はわ・・・!」

 「いやまた動揺してるって!虚戈を剥がせ!」

 「何がしたかったのだ虚戈(ピンク色)は・・・。それより、学級裁判において名指しされた程度で動揺するな正地(エプロン)。貴様が真に“超高校級の死の商人”の正体を知っているというのなら、答え合わせをしてやる。言え」

 

 指名されたときほどではないが、虚戈の言葉で正地は再び気が動転する。極に首根っこを掴まれてモノヴィークルまで戻された虚戈は、自分を軽く小突いて舌を出して戯ける。正地は自分の胸を押させてゆっくり深呼吸し、星砂に促されるままに、生唾を飲んで意を決した。

 

 「ご・・・ごめん・・・なさい・・・!知ってたわ・・・“超高校級の死の商人”のこと・・・」

 「本当に知っていたのか・・・!」

 「言わないと・・・裁判が終わらないのよね・・・。本当のことを明らかにするためには・・・必要なのよね?死の商人が誰なのか・・・言わないと」

 「はい、そうです。おしえてください」

 

 ぽつぽつと呟くように語る正地は、その名前を言うことを恐れているというよりも、躊躇っているように見える。それを言ってしまうことに、大きな不安と戸惑いを感じている。しかしそれでも、学級裁判で真実を明らかにするために言わなければいけないと、自分自身を奮い立たせ、視線だけでその正体を示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今はもういない、その人物の遺影に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょ、“超高校級の死の商人”の・・・正体は・・・!く、鉄祭九郎くん・・・!」

 「・・・!!」

 「なにぃ!?鉄がぁ!?」

 「え・・・サイクローさんが・・・Marchant of Death(死の商人)・・・!?」

 「やはりな!!俺様の推理に狂いはなかった!!そうだろう雷堂(勲章)よ!!」

 

 指名されたその人物に、雷堂は口を堅く結び、下越は過剰なほど驚き、星砂は得意気に笑った。モノトーンの遺影の中、血色の×印の向こうに映る顔は、その視線に何も応えてはくれない。一瞬だけ静まりかえった裁判場に、ピロン、という軽い機械音が重なった。

 

 「あっ・・・モノモノウォッチが・・・!」

 「なんだこりゃ!?おいおい!打ち明けられた『弱み』のカウントが一個増えてんぞ!」

 「つまり、いま正地が語ったことが真実であり鉄の『弱み』でもあった、ということだろう」

 「ていうことはあ、星砂氏が突き止めた人物もお、雷堂氏が聞いたのもお、鉄氏ってことかい?」

 「・・・ああ、そうだ。あいつの言う通りだった」

 「俺様が出した結論に誤りなどあるはずがない。しかし正地(エプロン)よ、凡俗ごときの貴様がよくその答えに辿り着いたものだ。女のくせにやるではないか」

 「あっ!今の発言は女性蔑視だよハイド!訴えちゃうぞ!」

 「ち、ちがうの・・・!私はそんな・・・正体を探ったりとかじゃなくて・・・!聞いたのよ。鉄くん本人から・・・!」

 「それはつまり、『弱み』を打ち明け合ったということか?」

 「・・・」

 

 極の問いに、正地は静かに頷いた。

 

 「星砂くんの言う通り・・・鉄くんの『弱み』は、自分が“超高校級の死の商人”だっていうことだったわ。鉄くんは、全部私に話してくれた。ジュエリーデザイナーの“才能”は・・・元々自分の“才能”じゃないんだって・・・」

 「自分の“才能”じゃない?なんだそりゃ?どういうことだ?」

 

 ゆっくりと、思い出しながら正地は語る。鉄に打ち明けられた『弱み』と、それに伴って明かされた鉄の『過去』を明かす。その口から語られた言葉は、ただの『過去』に過ぎない。しかしその事実が孕む意味は、学級裁判に臨む“超高校級”たちの『現在(いま)』を、その『未来』をも変える事実であった。

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:10人

 

【挿絵表示】

 




裁判編って一通り書かないと投稿できないんですよね。
なんとか1月中にできあがりました。続きを書きます(矛盾)


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学級裁判編2

 

 >前回のロンカレ!<

 はいはーい!みなさんお待ちかねのモノクマによる前回のロンカレだよ!今回はいつにも増して話が遅々として進まないね!それもこれも謎が多すぎるのが問題だよ!三章だから二人も人が死んじゃって、捜査編だけでも大変だったんだからね!まあそれは裏話的なアレだから画面の前のオマエラにゃカンケーないんだけどね。

 

 さて、前回の学級裁判ではいつもと同じように被害者の確認からだったよ。今回の被害者は2人!“超高校級のジュエリーデザイナー”鉄祭九郎クン、そして“超高校級のハスラー”野干玉蓪サン!うーんこの共通点のなさ!方やガチムチ、方や腹黒キャラっていうね!この2人が死んでいた場所は、ボクが用意したモノクマランド最大の目玉アトラクション『モノクマ城』!迷宮(ダンジョン)にデートスポットに夜景に落とし穴に、なんでもありの巨大城型アトラクション!男女2人でしか入れないこのアトラクション内で死んでた男女2人。その状況を説明するのはやっぱりいけ好かない白髪(星砂這渡)!なななんと今回の被害者はお互いにコロシアイをしたなんて言い出すからさあ大変!大して謎も解かないまま裁判は最初からクライマックスかぁーッ!?と思いきやどっこい、そんな手抜き展開じゃだーれも納得できないよね!

 コロシアイをしたからにはやっぱりクロが必要ってことだね。この事件の犯人は、前からずっと言ってた“超高校級の死の商人”だって流れになってきたよ。なんだかみんな“才能”の怪しさだけで話してる感じしない?でもやっぱり死の商人捜しの展開になってきたよ!と言っても直接死の商人の正体が分かればだーれも苦労しないからね。まずは死の商人を知ってる人を捜す展開になりました。ややこしー!

 死の商人の正体を知っている人第一号!“超高校級のパイロット”雷堂航クン!元はと言えば星砂クンから聞かされてたから知ってただけなんだけどね。そして正体を知ってる人第二号!“超高校級の按摩”正地聖羅サン!こっちはなんと、死の商人本人から聞いたとか言い出す始末!そして正地サンが指名した“超高校級の死の商人”の正体はァ・・・“超高校級のジュエリーデザイナー”こと鉄祭九郎クン!図体だけデカくてガラスのハートの持ち主な彼がどうして死の商人なんか!?しかも意味深な言葉も飛び出してイッタイドウナッチャウノ〜!んじゃ続き!GO!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ〜、しんど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── 前日の昼下がり(動機発表から5時間経過) ──

 

 決意したはいいものの、やっぱり自分の『弱み』を打ち明けるのは躊躇っちゃう。そりゃそうだわ。私だって自分の『弱み』を人に打ち明けるのは・・・うん、色々と困るわ。取りあえず今は鉄くんの『弱み』を受け止めるけれど、自分の『弱み』は誰に打ち明ければいいのかしら・・・。

 

 「お、俺は──」

 

 どこかへ飛んでいきそうだった私の思考は、続く鉄くんの言葉で引き戻された。嘘じゃないと証明するためなのか、モノモノウォッチの画面も向けてその『弱み』を読み上げた。

 

 「俺は・・・“超高校級の死の商人”、だ・・・!!」

 「・・・へ?」

 「“超高校級の死の商人”・・・!!星砂たちが言っていた、正体が俺だ・・・!!」

 「え・・・えっ?でも・・・!」

 「ま、待ってくれ!俺は別に、お前たちに危害を加えるようなことはしない・・・つもりだ。少なくとも俺はここに来てから、そんなことは一切していないし・・・!」

 「ちょっと待ってよ!ど、どうして・・・?どうして鉄くんが・・・“超高校級の死の商人”なんて・・・!それに、じゃあ“超高校級のジュエリーデザイナー”っていうのは・・・!?」

 「・・・説明させてくれ」

 

 思わず立ち上がって鉄くんから離れる。その途端に、鉄くんの顔色が変わったのが分かった。『弱み』を知られた焦り、不安、驚いた私の挙動への驚き、それに・・・すごく寂しそうだった。さっきの決心したときの態度はすっかり萎びて、いつもの静かで大人しい鉄くんに戻ってた。

 

 「ジュエリーデザイナーの“才能”は・・・死の商人の“才能”を応用させたに過ぎない。物を造るという点は共通していたからすんなり飲み込めただけで・・・それに、もともとは俺の“才能”じゃない」

 「・・・鉄くんの“才能”じゃない・・・ってどういうこと?」

 「本当に“超高校級のジュエリーデザイナー”と呼ばれるべきなのは・・・鉄幣葉(くろがねへいは)、俺の姉だ」

 「お、お姉さん・・・って、前に言ってた・・・?鉄くんのお姉さんも“超高校級”だったの・・・!?え?でも、鉄くんはジュエリーデザイナーで有名になってたじゃない!」

 「・・・」

 

 どういうことなのか分からなかった私は、鉄くんに矢継ぎ早に質問をしていた。鉄くんは、息苦しそうにお姉さんの名前を口にした。鉄くんのお姉さんが“超高校級のジュエリーデザイナー”って・・・どういうこと?どうして鉄くんは自分の“才能”を隠してたの?

 

 「俺の家が刀匠だという話は前にしたと思うが」

 「あ、ああそうね。お父さんが刀匠で、美術品として刀を打ってるって」

 「そうだ。俺は父から、美術品としての刀を造る術を学んだ。美しく、見る者の心に残る名刀を造りたかった。だが美術品として美しく仕上げようとすればするほど、それは刀としての完成度を上げることになる。つまり・・・武器として完成されていった」

 「・・・ま、まあそれは仕方ないんじゃないかしら?」

 「人を傷付けるために造らないとは言いながら、その矛盾に前から俺は違和感を覚えていたんだ。そんなときに、姉が家を飛び出した。姉にはもともとジュエリーデザイナーの“才能”があって、その仕事をすることに父が反対したからだ」

 「・・・」

 「その後、姉は自分の“才能”を利用して起業をしていた。“超高校級”という程ではなかったが商才もあったし、要領がよかったからそれには特に驚かなかった。だが・・・その数年後、俺も父と仲違いをした。俺は人を傷付けるような刀ではなく、美術品なら他にも造れるのではないかと考えたからだ」

 「それが、前に言ってた鉄くんが家出をするきっかけ?」

 「きっかけと言えば、そうだ。だが直接の原因は・・・そうして父との仲が険悪になっているときに、家に姉が戻ってきた。だがそれは父と和解するためじゃない。俺を引き込むためだった。俺がいずれ父に反発することを、姉は分かっていたんだ・・・だから、俺はつい姉の世話になる代わりに、仕事を手伝うことにした」

 「ああ・・・そこでジュエリーデザイナーの勉強をしたのね・・・」

 

 私は一人で勝手に納得した。鉄くんもそのお姉さんも、お父さんとケンカして家を出ちゃうなんて、そのお父さんに問題があるのかしら。それともお姉さんの行動力がすごいのかしら。起業までしちゃうなんて。でも、ここまでの話じゃまだ鉄くんが“超高校級の死の商人”になった理由と、どうしてジュエリーデザイナーを名乗ってたかが分からない。

 

 「俺ははじめ、姉は普通に飾り物を造っているのだと思ってた。だから俺の技術じゃあまり役に立たないかもしれないと思ってた。だが・・・姉の会社は俺の想像していたようなものとは違った。いや、俺が手を貸したことで・・・変わってしまった」

 「・・・まさかだけど・・・それが“超高校級の死の商人”になった理由・・・?」

 「装飾品を製造・販売する商売をしている裏で、姉は父の技術を流用して武器を造り売っていた。一見すると装飾品と区別の付かない特殊な武器を。姉は、俺にその武器を造るように指示した。父の技術の受け継いだ俺の武器を造る技術と、その武器に装飾具の覆いをする姉の技術。そうして姉の会社は、表向きにはジュエリーショップを運営する一企業、裏では装飾具にカムフラージュした暗器を売る、死の商人となった」

 

 鉄くんの話を、私はじっと聞いてた。鉄くんにお姉さんがいて、頭が上がらないっていうことは知ってた。お父さんとケンカして家を出たっていうことも、話からなんとなく察してた。だけど、まさかそのお姉さんと鉄くんが一緒になって、武器の売買をしてるなんて・・・。

 

 「お姉さんは最初からそれが目的で・・・?」

 「たぶん・・・そういう人なんだ」

 「じゃ、じゃあつまり、鉄くんは“超高校級の死の商人”で、お姉さんは“超高校級のジュエリーデザイナー”なのよね?どうして鉄くんがジュエリーデザイナーとして希望ヶ峰に入学してるのよ?」

 「それも姉の意向だ。姉は武器の売買をするとき、俺をジュエリーデザイナーに仕立て上げて、自らが死の商人と名乗っていた。稼業が稼業だから、カムフラージュのつもりだったのか・・・ただの気紛れだと思うが。希望ヶ峰学園からの入学通知は、既に俺と姉の“才能”が入れ替わっていた。姉が徹底して根回ししたせいで、学園も俺たちの“才能”を取り違えたんだと思う」

 「き、希望ヶ峰学園よ・・・?探偵とか調査員みたいな“才能”持ってる人だっているはずだし、そんな人たちも騙せちゃうって・・・普通にそれだけで一個の“才能”な気がするんだけど・・・」

 「分からないが・・・姉は堅気じゃない世界ではそこそこ顔が広いらしいから、それも関係あるのかも知れない」

 

 鉄くんの家ってどういう家なの?お父さんは今時珍しい刀匠で、お姉さんは裏の世界で死の商人をしてて、鉄くんはジュエリーデザイナーで死の商人で・・・今すぐには理解できなさそうだわ。だけどそれでも分かることはある。それは、鉄くんがずっと自分を責め続けてたっていうこと。

 

 「お姉さんって、怖い人なの?」

 「怖い・・・のとは少し違うんだが・・・俺は小さい頃から逆らえなかった。なんというか、有無を言わさないんだ」

 「そうなの・・・。分かったわ。取りあえず、鉄くんがどうして“超高校級の死の商人”になったのか、どうしてそれを隠してたのかも。だけど、どうして私に話してくれたの?」

 「どうしてって・・・『弱み』を言わないと明日には処刑されるから・・・」

 「そうじゃなくて、どうして打ち明ける相手が私なの?」

 「そ、そこか・・・」

 

 それは、純粋に気になる。こういう裏の世界の話だったら、私よりも極さんの方が詳しそうだし、私みたいな一般人よりもずっと優しい言葉をかけてあげられるんじゃないかしら?研前さんだったら明るく優しく受け止めてくれるだろうし、雷堂くんだったら責任持って一緒に問題を解決してくれそう。それなのに、どうしてマッサージしか取り柄のない私なのかしら。

 

 「正地にだったら・・・言っても大丈夫だと思ったんだ。正地は、見た目とか、肩書きとか、そういうので人を判断する奴じゃないと、思った。勝手かも知れないが、俺は自分が死の商人だってことを・・・今はまだ隠しておきたい。それも、正地なら約束できると思ったから・・・すまない。俺の勝手な判断だ」

 「か、勝手な判断だなんて・・・!私を信じてくれたんでしょ?だったら私は・・・嬉しいわ。それに、鉄くんが“超高校級の死の商人”でも、信じられるって分かったもの。私だって肩書きだけで勝手に判断してたわ」

 「・・・?俺の何が信じられるっていうんだ?“超高校級の死の商人”だってことをみんなに黙ってて・・・この期に及んでようやく打ち明けたような・・・血で穢れきった手で尚も武器を作る俺の何が信じられるって・・・?」

 「もう!どうして鉄くんはそんなにネガティブなの!もっとしっかりしなさい!」

 「んぅっ!?」

 

 おっきくてがっしりした身体をして、せっかく黒々として立派な筋肉(モノ)も持ってるっていうのに、どうして心がこんなに弱いのかしら。死の商人だって言われた時はびっくりしたけど、どんな肩書きでも鉄くんは鉄くんだわ。弱気で真面目で自信がなくて不器用な鉄くんのままだわ。

 

 「お姉さんに手を貸したことを後悔したって過去は変わらないでしょ!それに鉄くんの手は穢れてなんかいないわ!こんなに逞しくて温かいじゃない!」

 「えっ・・・お、おい・・・!」

 「私、知ってるのよ。鉄くんが造ったアクセサリーを、色んな女の子が付けてるの。お客さんも付けてる人いたし、私の友達にだっているの。それがどういうつもりで造られてて、どんな使い方があるかは知らなかった。だけど、実際に喜んでる人がいるのよ!それは自信を持って良い・・・いえ、自信を持つべきじゃないの!?」

 「い、いや・・・俺はそんなつもりじゃ・・・」

 「後悔ばっかりしたってしょうがないの。次に何をするかでしょ。鉄くんには、それがたとえ不本意なものでも、すごいものを造る技術があるんじゃない。だったらそれを活かして、今度は自分が造りたいものを造ればいいじゃない!せめて今からでも、自分に正直になったらいいじゃない!」

 「うあ・・・」

 「はっきりしなさい!鉄くんはどうなりたいの!?“超高校級の死の商人”なの!?ジュエリーデザイナーなの!?刀匠なの!?」

 「・・・!」

 

 ベンチに膝立ちになって、いつの間にか鉄くんの両手を握って、お互いの目にお互いの顔が映るくらい近くに寄ってた。途中からそれに気付いて顔が熱くなるのが分かったけど、勢いそのままにお説教なんかして・・・こういうときに鉄くんは、勢いに押されて茫然としちゃうから変われないのに。

 

 「お、俺は・・・俺は・・・!」

 

 茫然としたまま、鉄くんは言葉を捻り出す。小さく震えて、鉄くんの身体の中で迷いがぶつかりあってるのが目に見て分かる。だけどその迷いはすぐにかき消えて、鉄くんの目の色がすっと澄んでいくのが分かった。

 

 「俺は・・・また、刀が打ちたい・・・!ただ素直に打ってただけのあの頃に・・・もう一度、戻りたい・・・!」

 

 絞り出すように言ったのは、間違いなく鉄くんだった。手の震えはなくなって、顔つきもさっきまでとは全然違う。後悔と自責の念で凝り固まってた心が、自分の素直な想いを受け入れられるくらいには解れた。きっとまだ鉄くんは、過去をひきずっていくんだと思う。だけど、顔をあげられるようになったことは、間違いなく大きな変化のはずだわ。

 

 「うん、それが鉄くんの気持ちなんだったら、きっとそれが正しいのよ。マッサージしてあげるくらいしかできないけど・・・疲れたらいつでも私のところに来てちょうだい。『自分』を取り戻そうとしてる鉄くんを、私は全力で応援するから!」

 「・・・あ、ありがとう・・・。その、もう、大丈夫だ。手は、握らなくても、いいから・・・」

 「へあっ!!?あっ、あっ、ご、ごめんなさい!つ、つい興奮しちゃってっていうか・・・そういうんじゃないんだけど・・・!」

 「あっ、いや・・・別に俺はいいんだが・・・」

 

 鉄くんに指摘されてようやく、がっしり手を握ってることの恥ずかしさを自覚した。巨大宇宙戦士みたいな声を出してベンチから転げ落ちて尻餅までついちゃって・・・。とっさに床に付いた手から、タイル張りの床の冷たくて堅い感触が伝わってくる。

 なんだか鉄くんも少しだけ顔を赤くしながら、転んだ私に手を差し伸べてくれた。こんな発達した筋肉の人に引き起こされるなんて、こんな状況でもなければ垂涎ものなのに、今はとてもそんな風には感じられない。そんな風にふざけてられない。

 

 「ありがとう、やっぱり正地に話してよかった」

 「ど、どういたしまして・・・」

 「ところで、俺の『弱み』はこれでクリアだと思うんだが、正地はもう『弱み』を誰かに打ち明けたのか?」

 「え・・・ま、まだだけど・・・」

 「俺でよければ聞くが。俺の『弱み』を聞いてくれた礼にと思うんだが、迷惑か?」

 「め、迷惑なんかじゃないわ!私だって誰に打ち明けようか困ってたくらいだし・・・」

 

 

 

 

 

 

── 学級裁判 ──

 

 「っていう風に・・・私たちは『弱み』を打ち明けあったの」

 「いや話切るところおかしいだろ!正地はどこで打ち明けたんだよ!?」

 「その・・・そこから先はちょっと・・・」

 「テルジさん、セーラさんはじぶんの『Weak point(弱み)』言いたくないんですよ。女のコロコロが分かってないですね、やれやれです」

 「女心、って言いたいの?」

 「それでした!」

 

 正地が話し終える。三つ目の動機が発表されてから互いが疑心暗鬼になる原因となっていた“超高校級の死の商人”の正体は、鉄祭九郎だった。なぜ鉄が死の商人を名乗っていたのか、なぜその事実を隠していたのか、一応の答えは正地の口から語られたものの、何が真実であるかは、当事者の鉄が死亡したことで闇の中となってしまった。

 

 「あれ?でも、私、極さんから“超高校級の死の商人”について聞いたけど、小さい女の子って聞いたよ?鉄君のお姉さんなんだったら・・・そんな感じしないけど?」

 「え、そ、そうなの?私は・・・それより鉄くんのことしか考えてなかったから、お姉さんのことはそんなに聞いてなかったんだけど・・・」

 「まあ、別にいいんじゃないか?正地のモノモノウォッチのカウントが上がってるんなら、少なくともあいつの話は本当だってことなんだ」

 「話を聞くに、相当慎重な性格のようだからな、鉄幣葉とやらは。フフフ・・・自分の弟以外にスケープゴートを立てていたとしても何ら不自然ではない。真実は闇の中・・・私好みだな」

 「悪いけどオレはもう何がなんだかさっぱりだ!」

 

 ふと思い出した研前の疑問に、極は申し訳なさそうにため息を吐くだけだった。もともとが根拠の不確かな噂だった、という弁明もせず、不用意に裁判を掻き回すことを避けた。代わりに雷堂や荒川がフォローを入れて、下越はその点に関する議論を完全に放棄した。

 

 「やはり俺様の睨んだ通りだったか。あのガタイでただのジュエリーデザイナーなどやはり不自然だ。奴の家柄についても多少調べたが、刀匠であれば死の商人との関連性も容易に想像できる。何より、奴の部屋にはその手の本が並んでいたからな」

 「へ、部屋?鉄氏の部屋に入ったのかい?」

 「前回の裁判の後、貴様らがもたもたしている間にな。あの須磨倉(ヒゲ)が使っていた手法も、案外役に立つものだな」

 「じゃ、じゃああのとき確証を得たっていうのは・・・!」

 「たとえあの本の中の一冊を持ってきたとて、何とでも言い逃れはできよう。あくまで俺様の推理における確証に過ぎない」

 「・・・?ちょっと待て。どういうことだ?」

 「どしたの極さん?」

 

 自分の推理が見事に的中していたことに胸を張る星砂の雄弁を、極が止める。“超高校級の死の商人”の正体が鉄であることと、それを星砂が知っていたということを前提とすると、先の議論が非常に不自然となる。

 

 「星砂、貴様、先程この事件は鉄と野干玉が差し違えたのではなく、“超高校級の死の商人”なる人物による連続殺人だと主張したな」

 「人の発言を歪曲させるな(盛り髪)。俺様は連続殺人などと言った覚えはない。死の商人が全てを企てたとは言ったがな」

 「細かいなあもう〜♣」

 「しかし、貴様は“超高校級の死の商人”の正体が鉄であることを知っていた。もちろん、鉄が今回の事件の被害者であることもだ。これは一体どういうことか、説明がないとは言わせんぞ」

 「そ、そうだ・・・!元はと言えば星砂がそんなこと言いだしたからこんな話になったんだった!どういうことだよ!」

 「そうよ!私にあんな話までさせて・・・!」

 「私には、楽しそうに話していたように見えたが」

 「凡俗共が・・・キイキイと騒ぐな。確かに遠回りな議論に誘導したことは認めよう。だが、貴様ら凡俗は自らが出した結論でなければ簡単には受け入れんだろう。もし俺様が、(ハチマキ)が死の商人だと言ったところで、正地(エプロン)雷堂(勲章)以外の誰が信じるというのだ?」

 「それは一理あるね。っていうか、自業自得だと思うんだけど」

 「そしてもちろん、この奇妙なる状況の説明も、この俺様が自らしてくれよう。心して聞くが良い」

 

 “超高校級の死の商人”の正体が明らかになったことにより、星砂の一見無意味に思える議論の誘導に疑惑が集まる。しかしそれは、星砂自身の信用の無さを逆手に取った反論で容易く納得させられてしまう。そして、再び星砂は裁判の中心となって語り出す。

 

 「さて、(ハチマキ)が“超高校級の死の商人”であることが確定した上で、ヌバタマについて浚ってみようではないか」

 「野干玉?」

 「奴の死因は、(ハチマキ)を殺害した後に一人でモノクマ城を出ようとしたために、罠にはまって下水道に落ちて溺れたことによる溺死ないし衰弱死だ。俺様をはじめここにいる者はみな、あの城のルールを正しく理解していなかったために起きたことだ」

 「要するに、一人であそこを通っちゃいけないってことだったな」

 「しかし、モノクマ城についてのルール自体は全員が知っていた。だとすれば・・・()()()()()()()()()()()()者がいてもおかしくはないだろう?」

 「ハイドなーに言ってんの??」

 「それって・・・だれかがRule(ルール)のホントのいみを、しってたってことですか?」

 「フンッ、20点の回答だなスニフ(子供)。誰か、ではない。(ハチマキ)だ」

 「Too low(低すぎだろ)!」

 

 モノクマ城のルールの正しい意味を全員が知ったのは、先程の議論の中、事件の後、学級裁判が始まってからだ。すなわち、事件より前にその真の意味に気付いていた者は、少なくとも現在生存しているこの中にはいない。しかし、既に死亡した者ならば、知っていた可能性はまだある。

 

 「奴がモノクマ城の真のルールを知っていたとすれば・・・二人で入り、一人で出て行かせることで、直接手を下さずほぼ確実に殺害することができる。たとえ自らが死んでいたとしても、この仕掛けを利用すれば、共に入った者はどう足掻こうとその罠にハマらざるを得ない」

 「・・・フフフ、少し、口を挟ませてもらうぞ星砂。今お前が話している推理は、確かに前提さえクリアすれば現実的なトリックではある。だからこそ、その前提を疑うべきだ」

 「前提、てどの部分?」

 「モノクマ城のルールは、言葉足らずな上に実際に入城してみなければほぼ気付けない、詐欺紛いなルールだと言える。正しいルールを推測することはできたとしても、それを殺人トリックに組み込むほどの確信を、鉄は一体どこで得たというのだ?まさか、モノクマに聞いたわけでもあるまい」

 「モノクマに聞いたのだろう」

 「はっ!?なんでそうなるんだよ!?」

 「確信を得るにはそれしかないだろう。それとも、(ハチマキ)とともにあの城に入った者が他にいるとでもいうのか?ならばなぜ黙っているのか、俺様にはとんと見当が付かんな。この事件に関わっているのでもなければ、だが」

 「じゃあいるわけねえな!誰も言わねーんならな!」

 「お前はもう少し人を疑うことを覚えた方がいいと思うがな」

 

 星砂の論はただ筋が通っているだけでなく、それに対する反論の綻びさえも先んじて指摘している。故に誰も反論すら許されない。完全に星砂の独壇場で裁判は進行する。

 

 「なぜモノクマは最初の裁判の後に“超高校級の死の商人”の存在を明らかにした?なぜ“超高校級の死の商人”はその存在が明らかにされているにも関わらず二度目の殺人に一切関与せずにいた?なぜモノクマは三度目の“超高校級の死の商人”を狙い澄まして追い詰めるような動機にした?すべて、モノクマと“超高校級の死の商人”が裏で繋がっていたことで説明がつく」

 「裏で繋がっていた・・・つながって、いた・・・!?ハアハア、ドキドキ!」

 「くたばれ貴様」

 「う、うそよ・・・!鉄くんがモノクマと・・・!?そんな・・・!」

 「どういう理由で手を組んでいたかは知らんが、死の商人の存在を仄めかせば凡俗共が疑心暗鬼になりコロシアイが加速することは予測できる。モノクマ以外の明確な敵が存在するだけで、効果は十分にある。だから(ハチマキ)は何もせず、ただ傍観していた。だがもし相模(着物)が何も行動を起こさなければ、(ハチマキ)が代わりに何かをしていたかも知れんな」

 「そんな・・・いや、でも・・・」

 「そして自らの正体が明らかになったことで、奴は自らの正体を含め、全てを闇に葬るつもりでモノクマ城のルールを利用したトリックを実行した。そう考えれば、奴はモノクマに従わされていたと考えるのが妥当かも知れんな」

 「く、鉄くんはモノクマに手を貸したりなんか・・・!」

 「奴は自分の肉親とはいえ腹黒い密売人に手を貸し、その手を血で染めきったのだ。今更、猟奇殺人趣味の異常者に手を組んだとしても何の不思議もあるまい。所詮、人を殺す方法でしか己の価値を見出せん哀れな男に過ぎんということだ」

 「ぜ、絶対に・・・違うッ!!!」

 

 実際にモノクマと鉄が手を組んでいたのかは、今はまだ断定することはできない。しかし星砂は既に確定したような前提で、鉄の名誉を汚す。モノクマに与していた裏切り者とばかりに、徹底的に鉄を貶す。

 その言葉をムリヤリ止めたのは、大声を出すことに不慣れな正地だった。顔を真っ赤にして、目には涙を湛えた正地の表情は、悪意に満ちた笑みを浮かべる星砂とは対照的に真剣だった。

 

 

 【反論ショーダウン】

 「やめて・・・やめなさいよ・・・!!なんにも分かってないくせに・・・鉄くんのことを何も知らないくせに・・・どうしてそんな風に鉄くんを悪く言えるの!?どうしてあの人の気持ちを無視できるの!?あなたに何が分かるのよ!!鉄くんはそんなひどい人じゃない!!」

 「ククッ・・・そうか?ずいぶんな自信だが、証拠があって言っているのだろうな?」

 「鉄くんは自分から望んで死の商人になったんじゃない!!人を傷付ける武器を造ることにも悩んでたし、それをやめたらお姉さんを裏切ることになることにも悩んでた!!ずっと誰かのことを想いながら、自分を責めながら生きてきたのよ!?どうしてモノクマなんかと手を組む理由があるのよ!!どうして全てから逃げ出す必要があるのよ!!あなたなんかには鉄くんの気持ちが分からないんだわ!!」

 「貴様の言葉には一切の論理性も何もない!悩んでいただの責めていただのと、そんなもの演技すればどうにでもなることだろう!貴様の言うことは論理にすらなっていなただの疾呼に過ぎん!反論するにも値しない!貴様のヒステリーに付き合うほど俺様は気は長くないわ!」

 「だったらあなたこそ証拠を出してみなさいよ!鉄くんがモノクマ城のルールの本当の意味を知ってたなんて証拠がどこにあるのよ!!モノクマと手を組んでたなんて証拠がどこにあるのよ!!」

 「くどい!!」

 

 

 

 

 

 徐々に加熱する正地の声と、それに呼応して声が大きくなる星砂。そして短く切った星砂の言葉で、裁判場が一瞬静まり返った。顔を真っ赤にして声を張り上げた正地は、抑え込んでいた感情を吐きだし切って言葉を失い、荒く肩で息をしていた。そして星砂は、小さく舌打ちをして胸ポケットを弄る。

 

 「うるさい女だ。どうせ見せてやろうと思っていた証拠だ、これで黙れ」

 「あっ・・・」

 「な、なんだいそりゃあ?」

 「(ハチマキ)の死体を調べていたときに見つけた。モノモノウォッチだ」

 「ふーん・・・あれ?あれれれ?モノモノウォッチがなんでポケットから出てくるの?みんな自分のが腕に付いてるじゃん♣しかも血だらけだねーうえー▼」

 「奴の懐から出てきたものだ。血は(ハチマキ)のものだろうが・・・これは誰のものだと思う?」

 「誰って、鉄氏の懐から出てきたんなら鉄氏のものなんじゃ・・・あり?いやあ、でもモノクマファイルの写真じゃあ、しっかり腕にモノモノウォッチがあるけどねえ」

 

 星砂の手の中には、すっかり乾いてこびり付いた赤黒い血に染まったモノモノウォッチが握られていた。このモノモノウォッチの存在が、この事件の解決の糸口になると、星砂は確信を持った目で語る。モノモノウォッチが起動して、その持ち主を画面に表示する。

 

 「このモノモノウォッチは、ヌバタマのものだ。しかし奴の死体にももちろん、モノモノウォッチはあった」

 「ど・・・どういうことよ・・・!どうして?だってモノモノウォッチは取り外せないんじゃ・・・!」

 「そうだ。各々の腕に取り付けられたモノモノウォッチは取り外せない。ならばこのモノモノウォッチを、(ハチマキ)はどこで手に入れたか?これを管理しているのが誰かは、言うまでもなかろう?」

 「え?鉄がたまちゃんのモノモノウォッチ持ってたのって、そういうことなの?」

 「他に何がある?モノモノウォッチはモノヴィークルの起動やモノクマネーの管理など、このコロシアイを行う上で欠かせん道具だ。その複製など、ゲームバランスを直接変動させるほどのことだ。こんなものを持っていたことが、奴がモノクマと通じていた何よりの証拠だ」

 「でもでもさ〜あ?それをモノクマからもらったのがサイクローだってどーして分かるの♣」

 「ん?」

 

 血の付いたモノモノウォッチを見せつけて、星砂がそう断言する。正地は音もなく口を開閉するだけで、力なくモノヴィークルの柵に手をついた。もはや鉄がモノクマと通じていたことは疑いようのない事実であるかに思えた。しかし、丸い目をさらに丸め、小さい口をつんと尖らせた虚戈が星砂に待ったをかける。

 

 「そのモノモノウォッチはたまちゃんの名前が出てくるんでしょ♢だったらフツーに考えてそれってたまちゃんのなんじゃないのかな♬ってことは、モノクマから新しいモノモノウォッチを受け取ったのもサイクローじゃなくてたまちゃんってことになるんじゃないのかな♡あはっ☆マイムあったまいー☆」

 「そんな可能性などとうに検討したわ。しかし自分のモノモノウォッチを二台も手にして一体何になる?」

 「一台でなんでもできる機械を二台も持つとは・・・非合理的だな。携帯電話のように使い分けができるわけでもあるまい」

 「でも、それだったらサイクローさんがたまちゃんさんのモノモノウォッチもつのもMeaningless(意味なし)じゃないですか?」

 「いやあ、モノモノウォッチの機能を考えたら、人の車のキーや財布を持つようなものだからねえ。割と意味があるというか、なかなか深刻だと思うよお」

 「さすが凡俗、小さいな」

 「なんだとお!?」

 「他人のモノヴィークルやモノクマネーを奪えたからなんだというのだ。それより大きな機能が、この機械にはあるだろう。それが、(ハチマキ)がヌバタマのモノモノウォッチを手にした理由だ」

 「もっと大きな機能・・・?」

 

 多機能であるが、モノクマランドの中だけでコロシアイを行っている以上、乗り物を奪うことやモノクマネーを奪うことにそれほど意味があるとは思えない。しかしその中のある機能だけが、コロシアイの中で大きな意味を持つものとなる。

 

 「それは・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動   機   の   確   認

 

 

 「モノクマからのMotivation(動機)がみられるってことですね?」

 「ど、動機?・・・あっ!」

 「そうか。一度目の動機も二度目の動機も、そして今回の動機も・・・いずれも私たち全員がそれぞれに与えられていたものだった。特に今回の場合は『他人に知られてはならない弱み』だ。それを他人が勝手に盗み見ることができるようになってしまっては・・・」

 「ん?いいんじゃねえか?それで動機はクリアになるんだからよ」

 「いやあ、自分で気持ちの整理つけて言うのとお、他人に勝手に盗み見られるのは結果は同じだけど全然違うよお」

 「上手くやれば動機だけクリアにして肝心の『弱み』が何なのかはぼかしたままにもできたりするしねー♡」

 「・・・!」

 

 あっけらかんと言う虚戈の何気ない言葉に、雷堂の肩が跳ねる。それに気付いたのは、同じく雷堂に『弱み』を打ち明けられた極だけだった。それ以外の全員は、自分の『弱み』を他人に勝手に知られることがどういうことかを考えていた。

 

 「かってにしられるのはちょっと・・・Umm・・・イヤです。こまります」

 「『弱み』を知られても下越(バカ)のように呆けていられる者もいれば、それが死活問題である場合もある。ヌバタマの場合はそうだったのだろう。自分の『弱み』を握られ、しかもその相手が“超高校級の死の商人”だ。まさに状況は、絶望的だな」

 「野干玉が死の商人に怯えていたのは・・・まさにその死の商人に弱みを握られて脅されていたから、とでも言うのか?」

 「言ったとして、おかしなことがあるか?」

 「でもハイドさん、そこまでしてサイクローさんのPurpose(目的)はなんだったんですか?たまちゃんさんをKill(殺す)するなら、『Weak point(弱み)』でThreaten(脅す)したりしなくていいじゃないですか」

 「さっきも言っただろう。(ハチマキ)は城の罠の仕掛けを使って、クロのいない学級裁判を起こし、俺様たち全員を殺すことが目的だったのだ。自分の秘密もろとも、全てを終わらせようとしたのだ。正地(エプロン)の話を聞いた今では、その理由も想像がつく。姉に手を貸し、モノクマに手を貸し、多くの人間を殺す手助けをした自分なりのけじめのつもりだったのだろう。コロシアイが崩壊することが、モノクマが最も望まない展開だからな」

 「んん・・・納得できないけど納得してしまえるのが無性に腹立たしいねえ。鉄氏ならそういう責任の取り方をするかも知れないとお、おれは思ってしまうよお」

 「そんな・・・!」

 

 納見だけでなく、裁判場を囲うほとんどの者が星砂の論に納得せざるを得なかった。しかしそれでも疑問は残る。クロのいない学級裁判を起こすだけなら、鉄が自殺すればそれで事足りた。わざわざ野干玉を巻き込む理由がない。敢えて殺されることで事件性を強調したかったのかも知れない。だとすれば、なぜ野干玉でなければならなかったのか。

 そんな疑問を抱きながらも反論できずにいる全員を尻目に、星砂は満足げに推理をまとめる。

 

 「反論はないようだな。ではこれで決定だ。最後に俺様が、この事件の全容を改めて貴様ら凡俗共に説明してやろう」

 

 

 【クライマックス推理】

 Act.1

 この事件の犯人の正体から始めよう。まず、全てを企てた諸悪の根源は、“超高校級のジュエリーデザイナー”改め、“超高校級の死の商人”である鉄祭九郎だ。奴は自らの本当の“才能”を隠して俺様たちと共にコロシアイに臨んだ。それだけでなく、奴にはもう一つの秘密があった。それは、このコロシアイの黒幕であるモノクマと内通していたということだ。協力だったのか服従だったのか、細かな関係性までは知ったことではないが、とにかく奴はモノクマと特別に関わりを持っていた。

 

 Act.2

 昨日の昼過ぎ、モノクマから俺様たちに第三の動機が配られる。それは、人に知られたくない『弱み』を打ち明けなければ処刑されるというものだった。これによって(ハチマキ)は、自らが“超高校級の死の商人”であることを打ち明けざるを得なくなった。しかしこの動機には、奴に殺人を決意させる力はなかった。それどころか奴は、自分を含めた全員が処刑されることでコロシアイを崩壊させ、モノクマに一矢報いることを考えたのだ。

 

 Act.3

 奴は黒幕と通じていた特権を利用し、モノクマから二つ目のモノモノウォッチを手に入れる。そしてある人物の『弱み』を盗み見た。それが“超高校級のハスラー”、野干玉蓪だ。奴はその『弱み』をネタにヌバタマを脅し、デートチケットを使ってモノクマ城で二人きりになることに成功した。その時点で、奴の計画はほぼ成功したようなものだった。新たに解放されたモノクマ城には幾つかのルールが設定されていたが、その中の一つを俺様たちは勘違いしていた。その真の意味も、モノクマと通じていた(ハチマキ)になら知ることができたはずだ。

 

 Act.4

 城に入った(ハチマキ)とヌバタマは、『姫の部屋』まで行き、そこで(ハチマキ)はヌバタマに殺された。それが意図したものなのか、或いはヌバタマが練ったなにがしかの策が功を奏したのか。いずれにせよ、それすら(ハチマキ)の企ての内であったのだ。奴は自らが殺されることでヌバタマを城内に一人にし、入口のトラップにかかってしまうように仕向けたのだ。一人では通れぬ廊下に向かわせ、そこの罠で死ぬようにな。奴の目論み通り、ヌバタマはまんまと罠にはまり、落下した下水で溺死した。こうして、事件に関わった者、真相を知る者、そしてクロの条件を満たした者の全てが一度に落命したのだ。

 

 自分以外の他人の行動を強制できる程の力を持つことも、モノクマ城のルールの真の意味を早くに知ることも、モノクマと内通していた者でなければ容易にはできん。それをトリックに応用するとなれば尚更だ。それができたのはこの中で唯一、“超高校級の死の商人”であった鉄祭九郎をおいて、他にいない!!これが事件の真相だ!!

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眉一つ動かさない鉄の遺影に向かって、星砂は高らかに宣言した。これが事件の真相だと、胸を張る。水を打ったように静まり返る裁判場では、モノヴィークルの駆動音だけが聞こえた。

 

 「おや、反論はないようですね。それじゃあ投票タイムに移っちゃいましょうか?ボクとしちゃあ既に死んでる人がクロなんてオチはつまんねーことこの上ないんですけどね。おしおきできないし?」

 「質問だ。死者に投票することはできるのか?」

 「もっちろーん!星砂クンが推理したような場合や、自殺というパターンも考えられるからね!多数決で決まった人が『直接手を下したクロ』であるなら、生死は問わないよ!」

 「だ、そうだ。安心してスイッチを押すがいい。凡俗共」

 

 誰も答えない。星砂とモノクマの会話だけが簡単に交わされる。全員のモノヴィークルの画面に、投票用スイッチが現れた。本当に鉄はモノクマと内通していたのか。野干玉はどうやって鉄を殺したのか。なぜ鉄は野干玉を選んだのか。疑問は次から次へ湧いてくる。しかしそのどれも、星砂の論への反論たり得る根拠を持たない。根拠となるものを、誰も持ち合わせていない。

 その論は決して強固ではなく、完璧でもない。しかし反論できないという一点において、納得せざるを得ないような気にさせられる。()()()()()()は。

 

 

 

 

 

 「それは・・・違くないか?」

 「・・・!」

 

 投票ボタンを押す音がするより先に、誰かが口を開いた。ひどく自信のない言い方だった。星砂は聞こえないふりをしていたが、目だけはその声のする方を睨み付けていた。声の主は、顎に手を当てて考えながら、額に冷や汗を浮かべていた。

 

 「うん・・・違う。星砂、それは・・・違うぞ・・・!あいつは、鉄は内通者なんかじゃない・・・!」

 「・・・雷堂、君?」

 「フンッ、何を言い出すかと思えば。奴が内通者でないという証拠でもあるのか?ならばそれを見せてもらおうではないか」

 「いや、内通者じゃないって証拠はないけど・・・」

 「ならば貴様の論は根拠不明瞭だ!明確な根拠と論理性がなければただの妄想と違いはない!」

 「でも、鉄が野干玉の『弱み』を見たんじゃないっていう証拠は・・・ある」

 「へ?」

 

 弱々しく、しかし確固たる意思を感じさせる雷堂の言葉を、星砂は鼻で笑う。星砂に傾けられていた全員の耳が、今度は雷堂の言葉に傾けられる。そのプレッシャーの中、雷堂は訥々と語る。

 

 「正地、確認だけど、お前と鉄は、お互いに『弱み』を打ち明けあったんだよな?」

 「え・・・う、うん。鉄くんの『弱み』を聞いた後に、私の『弱み』を言ったわ」

 「じゃあそれと、あれで・・・やっぱりそうだ。数が合わない」

 「数?なんの数が合わないんだ」

 「打ち明けられた『弱み』の数だよ。『姫の部屋』で鉄の検死をした時に、あいつのモノモノウォッチを確認したんだ。何かの手掛かりになるかも知れないと思って」

 「手掛かりになるかも知れないとは言うがな雷堂・・・フフフ、お前は鉄のモノモノウォッチが事件の真相を暴く手掛かりになると、なぜ予測できていた?あまりに都合が良すぎると、そう思えるぞ」

 「え・・・いや、それは・・・!」

 「Honesty(正直)なったらいいじゃないですか。サイクローさんが“Ultimate Marchant of Death”かどうか見たんですよね?」

 「んなっ!?ス、スニフお前・・・気付いてたのか!?」

 「Odd(おかしい)おもってました。でも、いまのワタルさんのおはなしで、“ポン”ときました」

 「“ピン”ときたんだね」

 「それでした!」

 

 『姫の部屋』で見せた雷堂の不審な挙動の理由が、スニフの中でついた。事件が起きる前から鉄が“超高校級の死の商人”だと知っていた雷堂なら、検死のときにそれが事実かを確認するはずだ。

 

 「ま、まあそれはそうなんだけど・・・それは一旦置いとこう。で、あいつのモノモノウォッチを確認したんだけど、確かにあいつは動機をクリアしてたし、誰かの『弱み』も聞いてた」

 「それがなんだと言うのだ」

 「あいつのモノモノウォッチのカウントは、2だったんだよ。つまり、あいつが聞いた他人の『弱み』は、2つだけなんだ」

 「2つ・・・セーラさんのがいっこで、もういっこは・・・」

 「それがたまちゃん氏のなんじゃあないのかい?」

 「それじゃあ計算が合わないんだ。だって、鉄が『弱み』を聞いたもう一人は・・・」

 

 そいつ以外にいるはずがない、そう続いた言葉に、裁判場中の視線が一人に集まった。その中心で、視線を浴びた者は目を丸くしていた。

 

 

 『鉄が【弱み】を聞いたもう一人は?』

 【人物指名】

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 「し、下越くん・・・よね。それって」

 「んなにぃ!?オ、オレかあ!?いやちょっと待て!オレぁあいつと『弱み』を打ち明け合ったりなんかしてねえぞ!?」

 「まだそれ言ってるの・・・いい加減に気付こうよ」

 「何がだよ!?」

 「あのねえ下越氏。君は動機が配られたときに、自分の『弱み』を大声で言っちゃってたんだよお。独り言のつもりだったのかも知れないけどさあ」

 「マジで!?」

 「その時に、下越以外の俺たち全員のモノモノウォッチのカウントが増えたんだ。だから、鉄が打ち明けられた『弱み』は、下越と正地の二人だけのはずなんだ」

 「・・・」

 「そうなると、星砂の推理は変わってくるな。鉄がモノモノウォッチを手に入れたとしても、野干玉の『弱み』を見てはいない。そうなれば、『弱み』をネタに野干玉を脅すことができなくなる」

 「いつでも『弱み』がバレてしまう状況をネタにしたのではないか?」

 「そこまでいったらいっそ見てしまった方が強制力がある。ウォッチを奪われるなどすれば意味がなくなるからな。野干玉への強制力がなくなってしまえば、あの城に誘うというのも現実味がなくなるな」

 「ぐっ・・・!く、勲章・・・!貴様、凡俗の分際で俺様の推理を否定するというのか・・・!!」

 「俺だって、それさえなければお前の推理はほぼ完璧だと思ったよ。でも、鉄のカウントが2である以上、その推理は絶対に間違いなんだ」

 

 冷や汗の引いた強い眼差しで、雷堂は星砂に応える。ほぼ全員が納得しかけていた推理は、たった一つの手掛かりによっていとも簡単に砕け散った。

 

 「う〜ん・・・だったら、モノモノウォッチは普通にたまちゃんが手に入れたのかな?」

 「手に入れたって、どうやってだよ?」

 「それはよくわかんない」

 「なんだいそりゃあ」

 「その通りだ研前。お前の疑問は正しい。今の星砂の推理は一見論理的に矛盾がないように見える。しかし、どうしても見逃せない綻びがあるのだ」

 「見逃せない綻び?なんなのそれ?」

 

 単純な論理から出てきた研前の疑問に、荒川が便乗した。そして先程の雷堂とは違う角度から、星砂の推理を否定し、新たな疑問を提示する。

 

 「野干玉蓪は、溺死したのではない。そして奴の死因は未だ不明なままだ。私たちはまだ、野干玉の死の状況について、何一つ明らかにできていないのだ」

 「なんだと・・・?」

 「・・・!」

 

 手掛かりの少ない中で僅かずつ明らかになる事実と、新たに噴き出す疑問。そして未解決のまま放置されていた謎。それらが綯い交ぜになり裁判は最終局面へと一気に様相を変える。モノヴィークルの駆動音が、一層けたたましく鳴り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:10人

 

【挿絵表示】

 




なんかしばらく見ないうちに色んな特殊タグ増えてるーーー!!
ということで場当たり的に色々試してみました。面白いなーこれ。ネット小説ならではの手法ですよね。

一方の裁判は、あんまり進展がなかったりします。まあ掘り下げ編として見てやってくださいな


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学級裁判編3

誤字脱字などありましたら、報告フォームで修正していただくか、活動報告のコメントにでもください。


 

 画面の前のみなさん、おはこんばんにちわ。みんなのアイドル、モノクマだよ。前回までの学級裁判の流れをおさらいするよ。え?テンションが普通?まあボクにだってそういうときはあるさ。ボクだってモノクマである前にひとりのクマなんだ。いつでもみんなのマスコットってわけにはいかないよ。そりゃそうでしょ?四六時中、本当の自分とは違う人格を演じていたら、それはもはやその人そのものになっちゃうわけだよ。無理して、我慢して、取り繕って、一体何を得るっていうんだろうね。支払う対価に見合う何かを、そいつは得られるのかな?うっぷっぷ、だからボクはこうして羽を伸ばすのさ。誰も見てないところでこっそりとね。ところで、四六時中ボクに見られてるアイツラは、一体いつ『本当の自分』をさらけ出しているんだろうね?

 

 

 はい!それじゃあ前回のおさらい、いってみよー!

 モノクマ城でダブルキル!カギを握るのは鉄クン!正地サンに明かした彼の『弱み』は“超高校級の死の商人”!今回の事件は自責の念にかられた彼の陰謀だった!?謎のモノモノウォッチが示すは鉄クンが内通者!?諸々込み込み推理を語った星砂クン!歯止めをかけるは雷堂クン!ウォッチのカウント無実を語る!未だ謎めく野干玉サン!この事件の裏に潜んだ真実とは何か!?たった一つの真実見抜く!見た目は子供!頭脳は大人!その名は・・・!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うぷぷぷぷ♬誰だと思う?

 

 

 

 

 

 「野干玉について何も明らかになってないって・・・どういうことだ?あいつの死因は溺死なんじゃなかったのか?」

 

 モノヴィークルの駆動音が幾重にも響く中で、雷堂が荒川に尋ねた。モノモノウォッチに配信されたモノクマファイルの写真を見る限りでは、野干玉は下水道で溺れて死んだのだと、そう思われた。しかし、荒川は確信を持った目で返す。

 

 「いいや、それは違うぞ雷堂。確かに野干玉の死体は下水道で発見されたが、奴は水面に()()()()()。死亡してから数時間しか経っていないのならば、これは溺死ではないという証左になる」

 「なんでだよ!水の中で死んでんだろ!?だったらおぼれ死んだとしか考えられねえじゃんか!」

 「この説明をお前にするのは二度目なのだが・・・まあいい。そもそも溺死の定義から話そう」

 「なるべく平たく説明してくれると嬉しいな」

 

 張り切った様子の荒川に、小難しい話になりそうな気配を感じた研前がそうフォローする。既に一度荒川の話を聞いた下越には、同じ説明ではおそらく同じ結果にしかならないだろうと、荒川はしばし考えてから話す。

 

 「溺れて死ぬ、というのは、つまるところ窒息死の一種だ。口や鼻を通して水が肺の中に入り、呼吸がままならなくなって死に至る。この時、多量の水を飲むため肺の中の空気は少なくなり、吸水した服の重さもあいまって浮き続けることは困難になる」

 「ははあ。なるほど。ってことは、たまの死体が浮いてたってことは、身体の中に空気が残ってたってことだな」

 「・・・すげえ、下越が一発で理解した!」

 「Wonderful(とんでもねえ)ですエルリさん・・・!ホントにClever(賢い)人はむずかしいことむずかしく言わないってことですね!」

 「お前らオレのことなんだと思ってんだ!分かるわ!」

 「ついでに言っておくと、溺死体で浮いているものは、腐敗が進行して体内にガスがたまった結果浮力を獲得したものだ。検死した結果、野干玉はそんな状態ではなかったし、死後数時間でそんな状態になるとは思えん」

 「それだと、たまちゃんは結局なんで死んじゃってたの??う〜ん♣」

 「奴の死体には外傷がほぼなかった。溺死でないにしろ、窒息死か中毒死、衰弱死という可能性も考えられる」

 「可能性が多いねえ。他に何か手掛かりはなかったのかい?もっとこう、死因が分かるようなさあ」

 「死因に繋がるとは思えんのだが・・・手掛かりならある」

 

 そう言って、極は懐から、小さなビニール袋を取り出した。中には、陽の光を反射して色とりどりに煌めく宝石や、見ただけでその純度の高さが分かる金や銀によって彩られた、十字架型のアクセサリーが入っていた。何人かは既に、それが何なのかを理解していた。

 

 「・・・?それは・・・?」

 「十字架型のアクセサリーだ」

 「Rosario(ロザリオ)です!Church(教会)でおいのりするときつかいます!」

 「仏教における数珠のようなものだが、これはアクセサリーとしての側面が強いな。しかし問題はそこではない。我々がこれを見つけた場所だ」

 「どこで見つけたの?」

 「野干玉の口の中だ。奥まで押し込められていた」

 「おえーっ×そんなの食べるのお〜!?」

 「何かしらの意図があると見て間違いないな」

 「意図って・・・そのロザリオ自体は死因じゃないの?たとえば、毒が塗られてたとか・・・」

 「毒を塗ったロザリオを口に押し込んでの中毒死ということか?フンッ、あまりに回りくどすぎるな。証拠もろくに隠滅していない。そんなものが残っている時点で、大した意味はないのではないか?」

 「・・・ううん、意味は必ずある、はずだよ」

 

 ド派手なロザリオをめぐり、議論は再び加熱する。何よりもそれが野干玉の死体の口に押し込められていたという異常な状態が何を意味するのか。そもそも意味があるのか。

 

 「なぜそう言い切れる」

 「たまちゃんはアクセサリーをたくさんつけてたけど、ロザリオなんて今まで付けてなかったもん」

 「あれはネックレスタイプのロザリオだ。もともと鈴の飾りをつけていた野干玉が持っているのは確かに不自然だな」

 「じゃあ、あれの意味って一体なんなんだい?ただのアクセサリーとは違うのかい?」

 「いいや違うぜ!あのラザニアとかなんとかは、どうやらただのアクセサリーなんかじゃねえようだぜ!」

 「Rosario(ロザリオ)です」

 「それか!」

 「・・・一応聞くけど、根拠があるんだよな?」

 「ったりまえだろ!あのロザリオの出所はちと怪しいようだぜ!だよな研前!スニフ!」

 「う、うん」

 

 ロザリオについて判明している情報は少ない。限られた情報は、下越が持っていた。自信満々に語る下越に、不安な視線が集まる。その無礼千万な視線に、下越は怒りながら言い返す。

 

 「たまの検死の後で、オレはショッピングセンターにそのロザリオがどこで売られてるか確かめに行ったんだ。途中からスニフと研前にも手伝ってもらった」

 「そうなのか?」

 「はい。Jewelly shop(宝石屋)たくさんありましたから、テルジさんだけだとおわならかったです」

 「そんで色んなとこ見たけど、そのロザリオとおんなじもんは一個もなかった!どの店もだ!ってえことはだぞ?たまはどこでどうやってそのロザリオを手に入れたんだと思う?」

 「・・・どこなの?」

 「分からねえから聞いてるんだぜ!」

 「知ってる感じの問いかけすんなよ紛らわしいな・・・。でも、ロザリオが店で売ってるものじゃないっていうのが本当なら、結構重要なんじゃないか?」

 「たまちゃんが最初っから持ってたんでもないくて〜♬ジュエリーショップで買ったんでもなくて〜♡そしたらロザリオはどこから出てきたんだろね♣」

 「・・・あっ」

 

 それは間の抜けた声だが、確実に何かを思い出した声だった。

 

 「もしかしたらだけどお・・・分かったかもだよお。たまちゃん氏がそのロザリオを見つけたとこお」

 「ほう、言ってみろ納見(ぎっちょう)

 「ショッピングセンターで手に入らないものならあ、他にこのモノクマランドで新たにものを手に入れられる場所は限られてるだろお?あそこしかないさあ」

 

 

 

 

 

 武   器   庫

 

 「新しく開放された倉庫エリアの武器庫だよお。動機が発表された後に荒川氏と一緒に行ってみたんだけどお、誰かが武器庫から出てくるのを見たんだよお。誰だったかは分からなかったんだけどお、固い靴音と何か軽い金属の音がしたんだよねえ。今にして思えばあ、たまちゃん氏の格好がばっちり当てはまるねえ」

 「音の種類まで特定できてて、なんでそれが誰だか分からなかった」

 「おれと荒川氏が衝突して、二人ともメガネが落ちちゃったんだよねえ」

 「また古典的でベタなことを」

 「いやちょっと待て。確かに倉庫エリアでメガネを入れ違えるという事件があったことは覚えているが、あれが野干玉だっただと?ということは、あのロザリオは武器庫にあったのか!」

 「ボクさっきそう言いました」

 

 導かれた結論が新たな事実を語り、その事実がまた新たな謎を生み出し思考を刺激する。なぜ今まで考えなかったのか不思議なほどに、野干玉の死体から議論が展開されていく。

 

 「となると、このロザリオはやはりというか・・・武器庫にあったのなら、間違いなく武器なのだろう。それこそ、人を殺すことができるような」

 「お、おい!それ出すのかよ!危なくねえか!?」

 「検死のときに触れたが問題はない。だが、それが問題なのだ」

 「問題ないのが問題?なにそれ♠」

 「ショッピングセンターにないなら武器庫から持ち出したもの、という推論は納得できる。納見と荒川の証言もあるしな。しかし、だとすればこのロザリオは殺傷能力のある武器ということになるが、どこからどう見てもこれはアクセサリーなのだ。だから問題なのだ」

 「武器のはずだが武器だと証明できん、それが問題か。なるほど。チェーン部分で首を絞めるのではないか?」

 「それ、このロザリオの必然性ないわよね・・・」

 「真に受けるな。冗談も分からないのか凡俗は」

 「・・・ちょっと貸してくれるかい、極氏」

 

 ビニール袋からロザリオを取り出し、十字架の部分だけでなくネックレスのチェーンまで調べる。しかしそこには殺意のこもったからくりなど、見つからない。その極に、少し考えた様子で納見が声をかける。モノヴィークルを前進させて裁判場の真ん中に進み出て、極からロザリオを受け取った。

 

 「実はあ、おれと荒川氏が倉庫エリアに行ったのはあ、あの武器庫に置いてある物を調べるためだったんだよねえ。おれたちの中にいる“超高校級の死の商人”の正体を探るためだったんだけどお・・・まあ、今となっちゃあ意味がなかったようだけどねえ」

 「・・・」

 「そんでおれの思った通りにい、あの武器庫にあったのは普通の武器だけじゃあなかったよお。こういうロザリオみたいなアクセサリーの見た目をした物もたくさんあったんだあ。そこにあった物を調べたところお、どれもこれも精巧な仕掛けを施して武器であることをカムフラージュされてたんだよねえ。どうしてそんなことをするのか不思議だったんだけどお、今なら分かるよお。あれはアクセサリーの見た目をした武器として売買するためだったんだねえ」

 「ん?いや、おい待てよ納見。そりゃおかしくねえか?」

 「また貴様か。今度はなんだ」

 「オレが喋るだけでその感じ出すの止めてくんね!?」

 

 ロザリオをいじる納見の言葉を、下越が遮る。武器庫に並ぶ武器の中にある、明らかに武器とはかけはなれた品々の正体は、納見の言うように説明ができる。しかし“超高校級の死の商人”が鉄だと分かった今、その説には明らかな矛盾が存在する。

 

 「武器庫は二回目の裁判が終わった後に開放された新エリアにあったんだろ?そこにあるのが“超高校級の死の商人”の造ったもので、でも“超高校級の死の商人”は鉄で──」

 「何が言いたい」

 「いやだから、おかしいだろ。それじゃまるで、武器庫にあるものを造ったのが鉄って言ってるみてえなもんじゃねえか」

 「言ってるようなものっていうかまさにそう言ってるんだけどねえ」

 「はあ!?なんでそこに鉄の造った武器があるんだよ?それじゃあまるで鉄が──」

 「だから言っているだろう。奴はモノクマと内通していた。俺様たちとコロシアイ生活を送る裏で武器を造り、来たるべきときに備えてあそこに保管していたのだ」

 「まだそれ言うのかよ。鉄が内通してたら打ち明けられた弱みの数が合わないんだって。だから・・・鉄は俺たちと同じように、開放前はあそこには入れなかった、はずなんだけど・・・あれ?」

 「いや、鉄が武器を造っていたのはここに連れて来られる前からだ。密売品とは言え、流通していた上に“超高校級”として希望ヶ峰学園にスカウトされる腕前だ。偶然そこにあったということもあり得る。鉄が造った物以外にも武器はあったようだしな」

 「まあその辺の話はあ、きっと今すぐ結論が出る話じゃあないと思うよお。モノクマが何者かっていう話にもなってくるしねえ。おれが言いたいのはそっちじゃなくてえ」

 

 武器庫に並んだ武器を造ったのは、“超高校級の死の商人”である鉄。それに間違いはないように思えるが、時系列に矛盾が生じる。偶然なのか、意図的なのか、それともまだ明らかになっていない真実があるのか。その議論は、納見の能天気な言葉で制された。誰が造ったにせよ、あれを用意したのはモノクマだ。モノクマが何者か分からなければ、その議論に答えは出ない。

 

 「このロザリオもその武器、つまりアクセサリーの見た目をした武器っていうことになるよねえ。こういうカラクリ仕掛けなんてえのはおれの領分でもあるからあ、ちょっといじって特徴なんかを見ればあ」

 「あっ!?」

 

 そう言いながら納見がロザリオをいじる。彩られた宝石を回したり引いたり押したりして、最後に軽く振りあげた。すると音もなく、十字架の陰からそれは飛び出した。すらりと伸びた流線型の概形のところどころが、わずかだが鋭く波打って強烈な殺意を醸し出す。しかし光を反射して煌めく姿は、その殺意さえも清廉な美しさに変換していた。

 

 「ほれ、この通り。ものすごく精巧な仕掛けだよお。何重にも手順を踏まないと正体が分からない上にい、接合部にまでこだわって究極的に無音だあ。まさに暗殺にはもってこいってことだねえ」

 「十字架から・・・ナイフが出てきた・・・!」

 「小さいけれど殺傷能力は折り紙付きだろうねえ。むしろ小さいからこそお、急所に致命傷を負わせるのには向いてるとも言えるよお。たとえばあ・・・頸動脈を掻き切ったりとかさあ」

 「そ、それって・・・!鉄君のこと・・・!?」

 「そういえば、鉄を殺した凶器のこと何にも考えてなかった・・・。あの傷はどう見たって刃物で切られたものだった。犯人が持ち去ったにしたって血を落とすのに苦労するだろうし・・・」

 「う〜ん、このロザリオには特殊な加工がされてるみたいだねえ。傘の撥水コーティングみたいにい、血を軽く弾くようなさあ。まあロザリオに血が付いてたら暗殺になんか使えないしねえ」

 

 精巧な仕掛けと、とことん暗殺を想定した加工技術に感心しながら、納見はロザリオを細い目で眺める。単純に造形家として、もの作りの“才能”を持ったプロとしての目線だが、これが鉄を殺害した凶器であるのなら、能天気に感心しているのも無神経というものだ。

 

 「もういいだろう、納見。それを返せ。それが凶器だと判明した以上、重要な証拠だ」

 「はいよお。ありがとお」

 「・・・ま、まあその十字架が凶器だとしてもよ、やっぱりオレにはさっぱり分からねえぞ。なんでその凶器を、たまが持ってるんだよ?」

 「ヌバタマが(ハチマキ)を殺したのなら、凶器くらい持っているだろう」

 「だからお前の推理はさっき否定しただろ!」

 「しかしそれは、鉄には野干玉を脅せないという部分だったから、結局モノクマ城に二人がいるのなら、どちらかがどちらかを殺したのは間違いないと考えていいだろう」

 「そこはまだ分からないよね・・・この後分かるって保証もないけど。でももっと気になるのはさ、なんでそれが口の中にあったのかっていうことだよね。ロザリオを口に入れるのもよく分からないし、況してやそれが凶器だったんだったら」

 「Destructing evidence(証拠隠滅)ですかね?」

 「雑にもほどがあるな」

 

 ロザリオの正体が分かると新たな疑問が生じる。なぜこんな物騒なものが、野干玉の口の中に詰められていたのだろうか。ロザリオを口の中に含む儀礼などないし、証拠隠滅するにしては無理がある。

 

 「そもそも下水道があるんだから、証拠隠滅するつもりなら、そこに捨てればいいよね」

 「ポイ捨ては禁止なんじゃなかったかしら?それも掟にあったと思うけど」

 「ん?別にポイ捨てはいいよ?モノクマランドの景観を壊さないのならね!因みに下水道は景観ではないので、お堀の水の色が変わるとか浮遊物できったねえ見た目でもならなきゃ何捨ててもいいよ!」

 「この通りだ。だとすれば、なおさらこのロザリオは不審だな。なぜ口の中に入っていたのだろうか」

 

 

 議論開始

 「野干玉の口の中にあったロザリオ・・・これにはどういう意味があったのだろうか」

 「意味もなにも、鉄を殺した凶器ってだけじゃねえのか?」

 「野干玉が殺したのなら他に隠滅の方法がいくらでもあったはずだ。それをしなかったのは、奴があれを凶器だと認識していなかったから・・・いや、それはあり得ないか」

 「・・・そういえば野干玉の死因って分かってなかったよな?もしかして、他にもあのロザリオに機能があって、それが野干玉の死因とか?」

 「いやあ、これ以上はさすがにないよお。それにたまちゃん氏の死因は外傷がほとんど残らないものだからあ」

 「やはり溺死なのではないか?」

 「思考停止しないでよ星砂くん!?さっきまでの勢いはどうしたの!?」

 「疲れたんだろ」

 「でも、他にロザリオを残す意味なんてあるのか?」

 「・・・Perhaps(もしかしたら)・・・!」

 

 

 

 

 

 議論の中で雷堂が発した言葉を拾い上げ、スニフが何かの可能性を閃いた。正しいという根拠はない。ただの推測に過ぎない。しかし証拠隠滅でもなく、凶器であると分かっているものを敢えて口の中に残す理由などないはずだ。もう一つの野干玉の謎を解く鍵になっていないのなら。

 

 「これは・・・Dying massage(ダイイング・メッセージ)じゃないですか?」

 「なんだと・・・?」

 「フライング・・・んと♣」

 「考えてまで間違えようとするな」

 「てはっ☆」

 「ダイイングメッセージってことは、犯人の名前が分かるってことか!?」

 「うっ・・・そ、そこまでじゃないと思います。けど、Clue(手掛かり)なると思います」

 

 自信なさげにスニフが言う。まだ推測は推測のままで、具体的な証拠があるわけでもなんでもない。その上、この推理は犯人に繋がる手掛かりかどうかさえも分からない。あくまで、ロザリオが口の中に入っていたことの説明でしか、今のところはないのだ。

 

 「たまちゃんさんのCause of death(死因)Drawn(溺れた)ちがうって言いました。ですよね、エルリさん」

 「ああ。死体が浮いているのは溺死の定義から考えても違うと言える」

 「だけどFirst(はじめ)、ボクたちほとんど、Drawn(溺れた)だと思ってました」

 「あんなところで死んでたらそりゃそう思うよねー♣紛らわしいんだからたまちゃんってばもう♡」

 「Perhaps(もしかしたら)、たまちゃんさんもそう思ったんじゃないですか?」

 「・・・ん?どういうこと?」

 

 少し考えた後、研前が首を傾げた。

 

 「Rosario(ロザリオ)が口にあったら、Drawn(溺れる)しないです。水のめなくなります」

 「そ、そうなのか?荒川」

 「ふむ。まあ多少口が塞がるから、溺死を遅らせることはできるだろう。それに、今まさに溺れているときに異物を口に含めるというのも考えにくい。普通は気道を確保するために水面に上がろうと藻掻くか、口から異物を吐き出そうとするはずだ」

 「だけどたまちゃんさんのCause of death(死因)Drawn(溺れた)じゃないです。だからたまちゃんさん、そのことをボクたちにTell(伝える)するために・・・Rosario(ロザリオ)をつかったんじゃないですか?」

 「・・・ほう」

 「たまちゃんさん、きっとボクたちがDrawn(溺れる)して死んだと思ったら、犯人(クロ)が分からないままだって思ったんです。だからそうやってボクたちに、ホントのことおしえようとしたんです」

 「っていうことは、スニフ君、あのロザリオは、たまちゃんが自分で入れたってこと?」

 「Yes(はい)、そうです」

 

 にわかには信じがたいスニフの推理だが、実際に野干玉の死因は溺死ではない。あの現場を見て溺死を連想しない者はおそらくいないだろうし、たまたま荒川が詳しかっただけで普通は溺死体の状態などから推理できるとは思わない。

 

 「だからボク、思うんです。たまちゃんさんがサイクローさんをKill(殺す)したか、それは分からないです。でも、たまちゃんさんも、Somebody else(他の誰か)Kill(殺す)されたんじゃないかって」

 「・・・それって、スニフくん・・・私たちの中に──」

 「少なくとも野干玉を殺した者がいる、ということになるな。鉄を殺したのが野干玉なのか、野干玉を殺した者と同一なのか。確認だが、そういう場合はどうなるのだ、モノクマ」

 「まーた確認かよ!えっとね。その2パターンの場合は、どちらも同じです!つまり、野干玉サンを殺した犯人が、今回オマエラが指名すべきクロってことになります!先に起きた殺人のクロを殺すと、クロの権利が移るってな具合です」

 「だそうだ。ということは、いずれにせよ野干玉を殺したクロは明らかにしなければならないな」

 「え、でもどうやって・・・?野干玉の口に入ってたロザリオは、そういう意味のメッセージだったとして、でもそれ以上の手掛かりってなくないか?」

 「あう・・・そ、それは・・・」

 「フフフ・・・落ち込むことはない、スニフ少年。存在さえ曖昧だったこの裁判で指名すべきクロが、今の推理で明らかになったのだ。これは大手柄だぞ」

 

 荒川のフォローを受けて、裁判場はまた考え始める。鉄を殺したのは野干玉か、姿の見えないクロか。野干玉を殺したクロは誰か。限られた手掛かりを再考し、裁判の流れをさらい、明らかになった真実を推敲する。

 

 「・・・あれ?」

 「どうした、正地?」

 「でも・・・それっておかしくないかしら?だって、たまちゃんが他の誰かに殺されたんだとしたら、その場所ってどこになるの?」

 

 

 議論開始

 「たまちゃんが殺されたのって、どこなの?」

 「そりゃ下水道だろ!」

 「下水道に行けるようになったのはモノクマツアーの後だ。罠があったとはいえ、あんなところに敢えて行く者はいないだろう」

 「じゃあ、罠があったお城の入口かな?」

 「I agree with you(それに賛成です)!」

 

 

 

 

 

 「ボクもこなたさんと同じおもいます。たまちゃんさんがKill(殺す)されたの、モノクマCatsle()Entrance(入口)です」

 「なんでそう言い切れるんだい?たまちゃん氏は下水道で見つかったんだよお?」

 「たまちゃんさんがFloat(浮く)してたPoint(ポイント)Entrance(入口)Pitfall(落とし穴)のすぐ下でした。まちがいないです」

 「真下ってこと?ふーん・・・あ、そっか!はいはーい♡マイム分かっちゃった☆」

 「なんだよ」

 「たまちゃんが落とし穴の真下にいたってことはさ♢落ちてからバタバタ暴れたり、どうにか脱出しようとしなかったってことだよね♡つまり下水道に落っこちた時点で、たまちゃんはもう死んでたんだー♬」

 「・・・そうです。だからたまちゃんさん、Drawn(溺れる)して死んだとか、おっこちたImpact(衝撃)で死んだとか、そういうことじゃないんです」

 「ほほう!これで更なる確信が得られたな!ヌバタマは第三者に殺されたと!くくく・・・面白い、面白いぞスニフ(子供)!」

 「まあたなんかテンション上がってきたねえ」

 「オレ知ってる。これダメなパターンだろ」

 「黙って聞け凡俗!いや、黙ってはいられないだろうが黙らせてやる!」

 「単純にうるさいな」

 

 下水道の状況と城の構造を思い浮かべながら、スニフが説明する。野干玉が第三者に殺害された状況証拠であり、野干玉が殺された現場の可能性にもなる証拠を。それに便乗した星砂が、再び熱を取り戻して饒舌になる。

 

 「待て。それだけで野干玉が城の入口で殺された証拠になるのか?」

 「ぬっ、なんだ(盛り髪)。水を差すな」

 「例えば鉄と同じように『姫の部屋』で野干玉を殺害し、その後で死体を入口の罠に捨てたと。そう考えることはできないか?」

 「わざわざ死体を運ぶのか?何のために?」

 「マイムたちに勘違いさせるためじゃない♠実際さっきまでマイムたち、サイクローがクロだとか思ってたわけだしさ♬」

 「フン、少しはものを考えろ。さっき説明しただろう。あの城の入口は、男女2人以上でないと入ることも出ることもできないのだと。死体がツレになるか?」

 「なりません!『生物』から『生』を奪ったら『物』になるように、死体はあくまで死体です!」

 

 目配せでモノクマに問うた星砂に、モノクマが元気に回答する。

 

 「あ、あのね、盛り上がってるところ悪いんだけど、私が聞きたいのはそういうことじゃなくて・・・」

 「なんだ正地(エプロン)。勿体ぶるな」

 「その、たまちゃんを殺した人は、まず鉄くんじゃないのよね?」

 「うん。それは間違いないと思うよ。鉄君はお城の天辺の『姫の部屋』で死んでたわけだし」

 「じゃあ、たまちゃんと鉄くんがお城の中にいるのに、そのたまちゃんを殺した人は、どうやってお城に入ったの?」

 「・・・ん?」

 「あっ!ホントだ!ダ、ダメじゃんかこの推理!」

 「う〜ん・・・ダメだねえ」

 

 正地の疑問に、返ってくるのは同調する残念な声ばかりだった。誰もが忘れかけていた超重要事項、モノクマ城に入城するルールは、先程の議論の中で結論付けられたもので間違いないはずだ。

 

 

 議論開始

 「野干玉の殺害現場は、モノクマ城内で間違いないんだな?」

 「『姫の部屋』の状況とか、鉄の死因ロザリオとか、その辺のことも考えたら野干玉が城の中にいたのは間違いないと思うぞ」

 「でも・・・たまちゃんを殺した人がお城の中にいたっていうのはおかしいじゃない!モノクマ城に男女のペア以外の人が入る方法なんてなかったはずよ!」

 「That's wrong(それは違います)!」

 

 

 

 

 

 「じつは・・・モノクマCatsle()Pair(ペア)の人じゃなくても入るほうほう、あります」

 「そ、そうなのかい!?」

 「いや、あの城は周りを堀に囲まれていたはずだ。あの跳ね橋のある入口からでないと入れないはずではないか?」

 「そして入口には落とし穴の罠だ。隙がないように見えるが?」

 「それでも、ひとりで入るほうほうあります。それは──」

 

 

 

 

 

 落   と   し   穴

 

 「あのPitfall(落とし穴)です。あそこから、モノクマCatsle()入れます」

 「ほう。ふむ、では・・・そういうことか」

 「えっ・・・ス、スニフくん・・・それって・・・!」

 

 スニフが口にしたのは、今まさに話題の中心となっていた城の入口すぐにある罠の落とし穴だった。モノクマ像により入城条件をクリアしていないと判断された者は、その罠が作動して下水道に突き落とされる。ルールにある通り、そこから脱出できる保証はない。

 

 「あんなところが入口になるの♢スニフくんってば大胆な推理だなー♬」

 「くくく、そう大胆でもないかも知れんぞ」

 「・・・どういうことだ?」

 「話せスニフ(子供)。これはお前が始めた推理だ。お前が最後まで責任を持て」

 「・・・Sure(もちろんです)。あのSewer(下水)は、Escape route(脱出口)あります。たまちゃんさんをKill(殺す)した犯人(クロ)、そこからモノクマCatsle()に入ったんです」

 「いやあでもお・・・あんなところからどうやって脱出するっていうんだい?おれや虚戈氏は行ったから分かるけどお、あんな真っ暗で右も左も前も後ろも上も下も分からないようなところからの脱出なんて想像つかないよお・・・」

 「堀に繋がる水道は、モノクマツアーでモノクマが開放した。それ以前のあの場所は通れない。当然、水中もあの鉄柵は続いているだろうな」

 「そんなとこじゃないです。Escape route(脱出口)は・・・あそこです」

 「!」

 

 いつの間にかモノヴィークルを操作されて裁判場の真ん中にいたスニフは、全員の視線を受けながらモノクマ城の方を指さす。あの落とし穴で落とされる下水から脱出できる唯一の手段を、裁判場から示した。城の中央から右に逸れた、小さな尖塔を。

 

 「モノクマCatsle()にある、Clock tower(時計塔)です」

 「と、時計塔?・・・えっ?も、もしかして・・・」

 「どうしたの研前さん?」

 「えっと・・・いや、別に大したことないと思ってたから忘れてたんだけど、思い出したことがあって。私はその時は、ただモノクマの整備が杜撰なんだな、くらいにしか思ってなくて」

 「お、落ち着けって。ゆっくりでいいから話してみろよ」

 「あのね。事件前に鉄君とモノクマランドを歩いてる時に、あそこの時計が少しズレてたの。だいたい2〜3分」

 「失礼なこと言うなよ!ボクはモノクマランドの管理を一瞬たりとも怠ったことはないんだからね!だいたいあの時はお前がスロットマシーン全部ぶっ壊すからその修理に手一杯だったんだろコンニャロー!!」

 「いや何やってんだよ研前!」

 「あはは・・・」

 「ん?研前、そのズレてた時間って、ホントに2〜3分か?」

 「う、うん。鉄君も見てたから間違いないと思うよ」

 「しかし、あれはどう見ても2〜3分どころのズレではないな」

 

 研前の記憶の中の時計塔の時計は、間違いなく2〜3分程度のズレだった。しかし今、モノモノウォッチの時間と照らし合わせて見てみると、そのズレは更に長時間に及んでいる。見間違えるような誤差でもなく、研前がウソを吐いているとも思えない。そもそもウソを吐くくらいならそんな話をしなければいい話だ。

 

 「An hour(一時間)はズレてます」

 「・・・?そうか?」

 「それより少年。あの時計が脱出口とは、どういう意味だ」

 「はい、あのClock tower(時計塔)は、Pumping-up agency(汲み上げ機関)でうごいてます。Sewer(下水)から水をあげて、そのPower()Clock(時計)うごかしてます。モノクマにききました」

 「はい、言いました」

 「それがどう関係あるんだ?」

 「まだ分からんのか?下水に突き落とされても、汲み上げ機関で時計を回しているということは、下水から城の上層まで繋がる動力機関があるということだ。それを利用すれば地下から上がることも可能だ。まあ、多少負荷がかかるだろうから、()()()()()()()()()ことにはなるだろうからな」

 「や、やっぱりそうなの・・・?そういうことなのスニフ君!?」

 「・・・!」

 

 たどたどしいスニフの説明を、星砂がフォローする。それで勘付いた研前が、青い顔でスニフに言う。それが意味するものが一体なんなのか、裁判場で理解できる者は少ない。その意味を理解しているスニフが、言葉を続ける。

 

 「Sewer(下水)からLift up(持ち上げる)された水、Fountain garden(噴水広場)に出てきます。そこからだったら、Castle入れます」

 「噴水広場から?噴水を通って城に入るってことか?そりゃちょっと無茶なんじゃないか?」

 「Hard(キツい)だとおもいます。でも、がんばったらできるんだとおもいます。いえ、He might be able to do it(彼はできたはずです)

 

 

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 「あなたにだったら、できましたよね?テルジさん」

 「え、おお。できたぞ」

 「はあっ!!?」

 「今なんつった下越!?」

 「いやだから、オレはその汲み上げとかなんとか使って噴水から出て行くの、できたぞ」

 「・・・意味を分かって言ってるのか貴様」

 「え?え?な、なんだよお前ら?急に色めき立ってよ」

 「馬鹿もここに極まれりだな」

 「馬鹿って言うな!聞こえてんぞ!」

 

 スニフに指名された下越は、その重大さを理解しているのかしていないのか、あっさりと認めた。自分が下水からの脱出法を知っていたこと。そしてそれを実行可能であり、それを経験済みだということも。

 

 「ボクとこなたさんがモノクマCatsle()Date(デート)してたとき、Fountain(噴水)からテルジさん出てきました。そのとき、ボクとこなたさんに言いました。Sewer(下水)からClock tower(時計塔)Pumping-up agency(汲み上げ機関)をつかって上がって来たって」

 「あー、あれはマジで死にかけたわ」

 「ああ!そ、そっか!下越くん、しばらくいない日があったから心配してたんだけど、モノクマ城にいたって言ってたわね!それって、下水にいたってこと!?」

 「裁判の冒頭でも、しっかり言っていたな。ひとりで入ったら落とし穴に落ちたと」

 「言ったけど・・・ん?ちょっと待てよ?」

 「もういい。時計塔の汲み上げ機関を使って脱出することができたのは、その存在を知っていた貴様だけだ。不在の三日間のうちに城の内部を調査していたのかなんなのかは知らんが、これ以上の証拠はない。貴様がヌバタマ殺しの犯人だ」

 「・・・はああああああああああああああっ!!!?オレがクロォォオオオオオオオオッ!!?

 「遅えよ!!

 

 周回遅れで理解が追いついた下越が絶叫する。自分がクロ指名されているとは露ほども思わず、しかし理解した途端に今の自分の絶望的な状況に愕然とする。裁判場の視線のほとんどが、自分への疑惑の視線となって降り注ぐ。そして、決定的とも言える証拠も自分の口から語られていた。

 

 「ま、待て待て待て待て!!オレはやってねえよ!!噴水から出たのはスニフと研前に会ったときだけだし、そっからあの城に近付いてもねえよ!!だいたいあんな死ぬかも知れねえこと、二度とゴメンだっての!!」

 「それはお前の感想に過ぎない。反論するならせめて論の形をとれ」

 「いや、論っつうかなんつうか・・・」

 「反論できないのならば貴様の負けだ。その腹立たしい馬鹿の真似事も、いい加減やめたらどうだ」

 「ま、真似事なんかしてねえよ!!つうかオレはやってねえ!!」

 

 はっきりと下越は否定する。しかし星砂をはじめ、裁判場で下越を疑惑の目で見る者たちに、その主張は虚しいだけだった。何も根拠がない、アリバイも何もない。あるのは決定的な証拠だけ。あまりに一方的すぎるその状況に、下越はただ頭を抱えるだけだ。

 

 「ま、待てよ!?お前らウソだろ・・・!?マジでオレがやったと思ってんのかよ!やめろよ!んなことしたらお前ら全員死ぬんだぞ!?分かってんのかよ!」

 「だ、だけど、下越君が噴水から出てきたのは事実だし。それに・・・他にあんなところから出て来られる人なんて・・・」

 「っざ・・・っざっけんな!!オレは何にもやってねえよ!!」

 「じゃあお前の他に下水から噴水に出るルートを知っていた者がいるということか?」

 「それは知らん!!」

 「んむぅ・・・否定はするものの誤魔化す気が全く感じられない。須磨倉や相模に照らし合わせて考えると、この行動はクロらしくない、と言えるのか?」

 「それはどうだろうねえ」

 「クロらしくねえもなにも、オレはマジでやってねえんだって!!なあお前ら!!信じてくれよォ!!」

 

 悲痛な叫びは虚空へ拡散し、裁判場から消えていく。ただひたすら回り続けるモノヴィークルの駆動音だけが耳に入り、誰も応える者はいない。この事件のクロが下越なのか、全員が決断しかねていた。

 

 

 議論開始

 「ま、まさかお前ら、みんなオレがクロだなんて、信じてるわけじゃねえよな・・・!?なあ!?」

 「・・・」

 「なんでお前ら黙ってんだよ!?なあオイ!!」

 「・・・」

 「ふざけんじゃねえぞ!!オレはクロなんかじゃねえ信じてくれよォ!!」

 「・・・」

 「ちょ、ちょっと待て!!絶対あるんだ!!だから待ってくれ!!証拠があるはずなんだ!!オレがクロじゃないって証拠がさあ!!」

 「You’re right(その通りです)・・・!」

 

 

 

 

 

 下越の必死の叫びに、ようやく1つの答えが返ってきた。それは、この状況を作り出した張本人、下越がクロだと最初に追究した、スニフからだった。

 

 「え・・・!?」

 「ス、スニフ君・・・?」

 「テルジさん、ごめんなさい。ボク、あなたが犯人(クロ)じゃないってわかってます。それでも、犯人(クロ)って言いました」

 「な、なんだよそれ・・・!?どういうこったよ!?」

 「どういうつもりだスニフ(子供)

 「・・・ボクのReasoning(推理)まちがいないか、ためしました。The real culprit(真犯人)、ここだったりあります」

 「真犯人の・・・心当たり・・・!?」

 「はい、それでした」

 「ま、待てよ・・・!まだ何がなんだか分からないんだが・・・。まず、下越が犯人じゃないって理由を教えてくれないか?」

 「わかりました」

 

 スニフの発言で、裁判場は犯人と指名された下越を含めて混乱の渦に落とされた。縋るような目でスニフを見る下越は、しかし同時にスニフが何を考えているか分からず怪訝な色を浮かべる。

 

 「たまちゃんさんのモノモノウォッチです」

 「はにゃ♣モノモノウォッチ?」

 「エルリさん、レイカさん。たまちゃんさんのモノモノウォッチの、The number of "Weak point" confessed(打ち明けられた『弱み』の数)Remember(覚える)してますか?」

 「ああ・・・確か、3つだったな」

 「私も覚えている」

 「それがなんだよ?」

 「For example(例えば)・・・ヤスイチさんは、Motivation(動機)のこと、Clear(クリア)してますか?」

 「おれかい?ああ、荒川氏と打ち明けあったよお」

 「なっ!?言うのかそれを!?そんなあっさりと!?」

 「まあまあ、内容言うわけじゃあないんだからいいじゃあないかあ」

 「Then(じゃあ)、みなさんにQuestion(質問)です。みなさん、たまちゃんさんに『Weak point(弱み)』言いましたか?」

 「・・・ッ!」

 

 その質問に答える者は、誰もいなかった。答える理由がないのか、或いは()()()()()()()()()()のか。いずれにせよ、その答えはスニフの推理を決定づける決定的な根拠となり、そしてスニフの予想通りでもあった。

 

 「誰も・・・いない?どういうことだ?」

 「たまちゃんさん、3つ『Weak point(弱み)』言われました。でも、ボクたちの中にたまちゃんさんに言った人、ひとりいます」

 「下越氏だねえ」

 「ちょちょちょ!!ちょっと待てよ!!それはアレだろ!!動機配られたときだろ!!オレはわざと言ったわけじゃねえって!!」

 「Calm down(落ち着いてください)。テルジさんは、3つの中の1つです。あと2つあります」

 「2つ?・・・なるほど、そういうことか少年」

 「え?なに?荒川さん分かったの?」

 

 再び自分の名前を出されて過敏になっている下越が、必死に弁明しようとする。しかし、3つのうちの1つが下越であることは、下越がクロではないことの有力な証拠となる。

 

 「たまちゃんさん、サイクローさんと犯人(クロ)と会ってるはずです。それに、“Ultimate Merchant of Death(超高校級の死の商人)”がだれか、きっと分かってました」

 「ああ。鉄と二人きりでモノクマ城に入ったことや、図書館での反応、ここまでの推理から考えて、鉄の秘密を知っていたことは十分に考えられる」

 「じゃあこれで、下越くんのと合わせて2つね。あと1つは・・・?」

 「ここにいる誰も、()()()()()()()()()()()()のだろう。ならば答えは1つしかない。そうだな少年」

 「はい。最後の1つ、たまちゃんさんに『Weak point(弱み)』言ったのは・・・犯人(クロ)です」

 

 ざわっ、と裁判場を囲う空気が変わった。つい数分前まで存在すら不確かだった“真犯人”に繋がる決定的とも言える手掛かりが、スニフの口から語られた。そしてそれは、先程スニフが全員に対して問うた質問とその結果からも裏付けられる。

 

 「この中にひとりだけ・・・さっきのQuestion(質問)に、ウソついてる人います」

 「そ、そいつが・・・野干玉を殺したクロ・・・!?」

 「お前は分かっているのか?スニフ」

 「・・・Yes(はい)。さっき、分かりました」

 「だ、誰なの誰なのぉ♣勿体ぶらないで早く言ってよもう♬」

 

 心臓が激しく脈打つ。論理は、間違っていないはずだ。証拠も、推理が正しいのなら存在する。今この裁判場の流れは、スニフが握っている。状況証拠と物的証拠は揃っている。もし足りないものがあるとすれば、それはスニフが持っていなくて、この事件の犯人(クロ)が武器とするものだけだ。

 身体の芯から震えが止まらない。緊張で喉がカラカラに乾くのに、額から汗が流れる。息が詰まる中で、スニフは真っ直ぐ、その人物を指さした。

 

 「ク・・・犯人(クロ)・・・!犯人(クロ)は・・・あなたです」

 

 願わくば素直に罪を認めて欲しいと、無意味な祈りと共に。

 

 

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 「そうですよね?・・・ハイドさん」

 「!!」

 「なっ・・・!?なん・・・だと・・・!?星砂・・・!?」

 

 指名された星砂は、余裕の表情で向けられた指を睨み返す。むしろ辛そうに見えるのは、星砂よりも指名したスニフの方だった。

 

 「ハイドさん。ボクたちの中であなただけなんです。だれにも『Weak point(弱み)』をConfess(打ち明ける)してないのは」

 「えっ・・・そ、そうなのか?なんでスニフがそんなこと分かるんだよ」

 「えっと、下越君は全員の前で大声で言ったよね。それから極さんと雷堂君、荒川さんと納見君が打ち明けあったことはさっき聞いたよ」

 「ボクはマイムさんに言いました。こなたさんのもききました。マイムさんは──」

 「ワタルに話したよ♡マイムとワタルは秘密を知り合う仲ってことだね♡きゃはっ☆」

 「誤解されるような言い方やめろよ!」

 「セーラさんはサイクローさんとConfess(打ち明ける)しあいました。サイクローさんのモノモノウォッチのCount(カウント)があります」

 「ほ、ほんとだねえ。こうして見るとお・・・いま知ったのもあるけどお、おれらの中で動機をクリアしてないのは星砂氏だけだあ」

 「ということは、野干玉の残り1つのカウントは・・・星砂のものということか」

 「フンッ!下らんな!確かに俺様は誰にも『弱み』を打ち明けていない!だがそれは、俺様のような完全無欠たる存在にはそもそも秘匿するような『弱み』がない故だ!存在しないものをどう打ち明けろというのだ?神とて全能ではないのだ」

 「ならばなおさら疑わしいな、星砂」

 

 『弱み』が存在しないというのは、動機が配布されたときから繰り返し星砂が口にしている。しかしモノクマがコロシアイの動機である『弱み』を、星砂だけ何も用意しないというのも考えにくい。それは、コロシアイにおいて不平等を生み出してしまう。

 

 「我々全員が等しく課されたこの動機で、お前だけ『弱み』が存在しないというのは、明らかに贔屓、あるいは差別とも言えようか?」

 「・・・」

 「敢えてモノクマがそんな動機を用意したと考えれば・・・黒幕の内通者は鉄ではなく、むしろお前であると、そう考えるのも自然であろうな」

 「さあな。そもそもスニフ(子供)、俺様だけ『弱み』を打ち明けていないから、ヌバタマが聞いた3つ目の『弱み』は俺様のものである、という推理は早計だぞ」

 「えっ・・・」

 「『弱み』を打ち明けられるのは1人1度ではない。凡俗共の何者かが、ヌバタマにも『弱み』を打ち明けていた可能性があるだろう。それに、『弱み』であることを認識した上であれば、必ずしも『弱み』の持ち主が打ち明ける必要はないのだ。先ほどの(ハチマキ)の『弱み』で全員のカウントが上がっただろう」

 

 可能性はいくつもある。モノモノウォッチに表示されるのはあくまで打ち明けられた数に過ぎず、それが誰のものかを証明する手段はない。野干玉のモノモノウォッチの数字に星砂が含まれるかどうかを知るのは、野干玉自身と打ち明けた本人にしか分からない。

 

 「でもだとしたら、どうしてLast(最後)のひとり言わないですか?」

 「そんなもの俺様が知るか。貴様が打ち明けた者がクロなどと言うから萎縮でもしたのだろう。己の潔白を証明するのも容易ではないからな。今の俺様のように」

 「随分と余裕だねえ。たまちゃん氏のモノモノウォッチの件は星砂氏以外にも可能性があるってだけでえ、星砂氏が一番疑わしいことは変わってないんだよお?」

 「貴様に言われなくとも分かっている。だが、それ以外に俺様がクロであると言える証拠もなしに、たった1つの曖昧な推理でクロ呼ばわりとは・・・残念だ、スニフ(子供)

 「・・・That's wrong(それは違います)

 「む」

 

 クロと言われてもなお余裕を崩さない星砂に、スニフは真っ向から反論する。たとえ野干玉のモノモノウォッチの数字が決定的な根拠にならずとも、星砂を相手に一点のみで論破することはできないと、スニフも分かっていた。だからこそ、それ以外の証拠を提示する。

 

 「Sewer(下水)からモノクマCatsle()に入るほうほう、はじめにしったのテルジさんです。テルジさん、あなたはCome back(戻ってくる)してすぐ、ハイドさんに会ってないですか?」

 「へ・・・?あ、ああ!会った会った!会ったぞ!ホテルに戻る途中でな!くせえって言われた」

 「それがどうした。まさか、そのドブ臭さで抜け道に気付いたなどと言うまいな」

 「You might realize that way by his bud smell(そのドブ臭さで抜け道に気付いたんです)

 「・・・」

 

 星砂が先に打った釘を、スニフはそのまま英語で返す。冗談なのか真面目なのか、揚げ足を取るような言い方に、星砂の顔が僅かに歪む。苛立ちから、組んだ腕に力が込められる。

 

 「英語で言っても同じことだ。縦しんば下水にいたことが分かったとして、そこから城に入る方法まで想像できるか?」

 「Of course(もちろん)、ボクにはできません。でも、ハイドさんならRealize(気付く)するんじゃないですか?あなたはThe masterpiece of human(人類の最高傑作)で、The genius that transcends others(天才を超越した天才)なんですよね?」

 「どこでそんな挑発を覚えてきたかは知らんがな小僧、それは決定的な証拠を引き出すための手段だ。逆説的に、貴様がまだ俺様をクロだと断定できる証拠がないことの証明をも意味するのだぞ」

 「んん・・・確かに、それはちょっと無理があるんじゃないか、スニフ?」

 「ハイドのことだからあり得るっちゃあり得るけど無理だって言われても納得できちゃうなー♡マイムには無理だけどね☆あはっ♡マイムってばすきじごー☆」

 「この通りだ。残念だったなスニフ(子供)

 「まだ、ほかにもあります!」

 

 未だ判然としない裁判場。スニフの推理は、支持するには根拠が弱い。星砂の潔白は、主張するには不明な部分が多い。真っ向から対立する2人の立場に、他の“超高校級”たちはただ流れを追うことしかできない。

 

 「たまちゃんさんをKill(殺す)した犯人(クロ)Entrance(入口)Trap()のこと知ってました。だから、モノクマCatsle()のことよく知ってる人です」

 「そりゃそうだろうな。下水から入るくらいだし」

 「だから、犯人(クロ)は一回モノクマCatsle()に入ったことあります。モノクマCatsle()の中をよく知ってます。ハイドさん、どうしてモノクマCatsle()の中を知ってましたか?」

 「何?フン、何を言うかと思えば、あんな作り物の安い城のことなど知ったことではない」

 「・・・いいんですね、それで」

 「なんだと言うのだ一体」

 「モノクマCatsle()のこと知らないなら、どうしてボクとサイクローさんのところ行くとき、Straight(真っ直ぐ)に『The princess's room(姫の部屋)』行けたんですか?」

 「は?」

 

 死体発見アナウンスが流れ、星砂が現場に到着してすぐのことを思い出しながら、スニフが話す。極の手で野干玉が城の前に移動させられた後、なかなか検死に着手しない極と荒川に業を煮やした星砂が、先に鉄の死体を調べに行くためモノクマ城に入ったのだった。迷路のように複雑な城に入っていく星砂を心配したスニフが慌てて追いかけたが、星砂は迷うことなく『姫の部屋』まで到達した。

 

 「そのあとにきたセーラさん、Lost(迷子)なって、ボクたちがかえるときになってやっとつきました。はじめてモノクマCatsle()に入る人、ああなります」

 「そ、そうだよね・・・私とスニフ君が入ったときも順路の立て札があったから迷ったとは思わなかったけど、あちこち廊下や階段があってすっごく複雑だった覚えがあるよ」

 「よく下越1人で出口まで辿り着いたな」

 「子供かオレは!順路を逆に辿ったら外にくらい出れるわ!」

 「ほう・・・」

 「感心することでもねえわ!!」

 「その通り、感心することでも特筆することでもない。あんな子供騙しの迷路もどきなど、俺様にとっては一本道となんら変わりはない」

 「だけど、『The princess's room(姫の部屋)』がモノクマCatsle()のどこにあるかも分からなかったのに、どうしてTop(てっぺん)にあると思いましたか」

 「諄いぞスニフ(子供)!貴様の推理には一貫性がない!論理性がない!根拠もなにもない!ただ俺様が疑わしいと感じられる点を論っているに過ぎん!そんなものはここにいる誰にでも言えることだ!」

 「・・・それは、Objection(反論)じゃないです。ハイドさん、犯人(クロ)じゃないなら、そのEvidence(証拠)みせてください」

 

 敢えて選んでいるのか、星砂を相手にして緊張しているのか、スニフの言葉にはいつもと違う棘がある。徐々に苛立ちがエスカレートしていく星砂は、最後のスニフの発言で額に青筋を立ててがなりだした。

 

 「粋がるなよガキが!!貴様も見ただろうが!!(ハチマキ)の懐から出てきたヌバタマのモノモノウォッチを!!奴があれを持っていたことが何よりの証拠だ!!(ハチマキ)はあれを使ってヌバタマを誘き出し自分を殺させた!!」

 「それはさっきワタルさんがDeny(否定)しました。それに・・・そのモノモノウォッチ、見つけたのはハイドさんですよね?」

 「・・・!!」

 「たまちゃんさんのモノモノウォッチ持ってたの、ハイドさんじゃないですか?」 

 「なに・・・!?」

 「そ、それどういうこと・・・?スニフくん」

 「あのモノモノウォッチがあったのは・・・Armory(武器庫)なんじゃないですか?Warehouse area(倉庫エリア)Open(開放)したとき、モノクマ言ってました」

 

 

 

 ──探索したらまた良い物が見つかったりするかもね♫──

 

 

 

 「モノクマが言ってたいいものは、The watch not for anyone(だれのものでもないモノモノウォッチ)のことです。『Weak point(弱み)』なんてMotivation(動機)になったら、人の『Weak point(弱み)』みられるの、大きなぶきです」

 「ま、まあ確かに・・・それはそうだな・・・」

 「それがなぜ俺様が持ち出した理由になる」

 「ハイドさんはそれを見つけて、たまちゃんさんの『Weak point(弱み)』を見たんです。そうやってたまちゃんさんをあやつって・・・サイクローさんとモノクマCatsle()に行かせた。サイクローさんが“Ultimate Marchant of Death(超高校級の死の商人)”なこと知ってましたから、たまちゃんさんはハイドさんから聞いたんです。だから、レイカさんたちのTalk(会話)にこわがったんです」

 「なるほど・・・」

 「サイクローさんをKill(殺す)したあと、モノモノウォッチをサイクローさんにもたせてかくしたんです。サイクローさんがたまちゃんさんのモノモノウォッチをもってるっていうSituation(状況)を作るために」

 

 声を荒げず、冷静に、スニフは推理を口にする。星砂は激昂していたが、話を聞くにつれて徐々に落ち着きを取り戻した。それが、スニフには何か奥の手を隠しているような、確実な逃げ道を持っているかのように思えて、より恐ろしく感じる。

 

 「ククッ・・・!クククッ!よく思い付くものだ。次から次へとありもしない根拠薄弱な誇大妄想をペラペラペラペラペラペラペラペラとォッ!!

 「ひっ・・・!?」

 「モノモノウォッチを俺様があんなところに隠しただと!?正体も分からないもののために倉庫エリアの奥の奥にまで赴いただと!?下らん下らん下らん!!何度も同じ事を言わせるな!!貴様の言葉には根拠がない!!俺様が犯人であると言える証拠はあるのか!!ないのならばこの話は根本から全くのデタラメだ!!はっはぁ!!」

 「うぅ・・・!」

 「おぉ、どうした?どうしたどうしたどうした“天才少年”ンンンッ!!?遂に弾切れか!?どれもこれも俺様を納得させることのできない貧弱な推理だったなあ!!これが“本物”というものだ!!凡俗たる貴様の“限界”というものだ!!どうだ!!根拠はあるのか!?はっきりと言ってみろ!!『根拠もなく疑ってごめんなさい』と!!英語でも構わんぞ!!」

 「・・・ハ・・・ハイド・・・さん・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──お前の推理は拙い。不完全で、未完成で、非完璧だ。なぜなら貴様の推理には物的証拠がない。矛盾はなくとも根拠がない。学級裁判でねじ伏せたい者がいるのなら、徹底的にやれ。状況証拠で追い詰めて精神を削り、物的証拠で反論の余地を奪え。その推理が正しければ、それだけで答えは出る。故に、貴様では真相を暴けない──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「Time up(時間切れ)です」

 「はあっ!?・・・・・・・・・ッ!!!」

 

 俯きがちに返されたスニフの言葉に、星砂は固まった。目を丸くし、がばっとモノクマ城の方を見やる。尖塔上部に設置された時計が指している時刻は、現時刻からズレている。僅か()()()()()()だが。そこではじめて星砂は、モノクマ城中央塔に設置されている大時計を見た。そして、自分のモノモノウォッチと照らし合わせて確認し、ようやく“現時刻”を知った。

 

 「きっ・・・!!?貴様っ・・・!!?」

 「ハイドさん。ウソ言ってごめんなさい。今は、もうおひるの前です」

 「ぐっぎぃ・・・!!

 「そうです。モノクマからMotivation(動機)がくばられてから、24hours(時間)がすぎました」

 「・・・!!」

 「Investigation(捜査)のときから、ハイドさんはずっといそいでました。それは、このときまでにTrial(裁判)おわらせないと、バレるからです。だれかに『Weak point(弱み)』を言ったことが」

 「あっ・・・!そ、そうか・・・!裁判中でも時間が過ぎたら・・・!」

 

 裁判前に極が確認していたことを思い出し、スニフと星砂を除く全員がモノクマの方を見た。モノクマはニヤニヤ笑い、左目が真っ赤に光る。

 

 「うっぷっぷ〜♬24時間が経ちましたので、まだ動機をクリアしてない人は、ボクのエクストリームなおしおきで退場してもらっちゃいましょーーーぅ!」

 「えっ!?だ、だれか・・・!?」

 「と、思ったけど、残念ながらここにいる全員、昨日の夜の段階でとっくにクリアしてたんだよねー。案外オマエラ簡単に話しちゃうんだね。つまんねーの。はい、裁判続けて」

 「終わり!?なんで誰かクリアしてない雰囲気匂わせたんだよ!?」

 「・・・だからか、スニフ。さっきお前が、時計のズレている時間を1時間と言ったのは」

 「はい。みなさんも、ウソ言ってごめんなさい。でもこうするためにNecessary(必要不可欠)でした」

 「て、てことはあ、スニフ氏はずっと星砂氏が怪しいって思ってたわけかい・・・?あの時から・・・?」

 「・・・」

 

 スニフは、黙って頷いた。その目を星砂からは逸らさず、追撃のチャンスを逃さない。

 

 「ハイドさん、自分で言いました。誰にも『Weak point(弱み)』言ってないって。ホントに誰にも言ってないなら、さっきのモノクマがウソ言ったことになります。これは・・・Phisycal evidence(物的証拠)じゃないですか?」

 「がっ・・・!!?ああっ・・・!?ああああああああああああああッ!!!!

 「うおっ!?な、なんだ!?」

 

 はっきりと突きつけられた証拠に、星砂は何も言わないまま俯いてた。かと思えば、聞いたことのないほどの大声を上げる。身体中の空気全てを声に変えたかのような、長く大きな雄叫びだった。

 

 「ふっっっざっっけるなああああッ!!!何が証拠だ!!!何が論理だ!!!何が動機だ!!!くだらんくだらんくだらんくだらんくだらんくだらアアアアアアアアアアアアアッん!!!!貴様ら凡俗共が一丁前に推理などできていたつもりになっていたか!!?足りない知恵を絞って真実の一端でも掴めた気になっていたか!!?滑稽だ!!!実に滑稽で哀れで愚昧だ!!!全てクロの手の平で弄ばれているに過ぎないと言うのに!!!こうして俺様を責め立てているのもクロの策略の一部に過ぎないというのにまんまと嵌まりやがって!!!その間抜けな面を鏡で見てみろ!!!いかに馬鹿馬鹿しい結論で納得しようとしているか分かるだろう!!!馬鹿馬鹿馬鹿!!!どいつもこいつも馬鹿で分からず屋のゴミクズ共だ!!!!

 「なら、ボクがProof(証明)します。あなたがクロだっていうことを」

 

 

 クライマックス推理

 Act.1

 モノクマからMotivation(動機)がくばられたときからもう、このCase(事件)ははじまってました。犯人(クロ)Armory(武器庫)でモノモノウォッチをGet(手に入れる)してました。それはだれのものでもなくて、このCase(事件)Key(カギ)になるものだったんです。

 Prepair to crime(犯行の準備)に、まず犯人(クロ)はそのモノモノウォッチで、たまちゃんさんの『Weak point(弱み)』を見ました。そうやってたまちゃんさんをPull strings(操る)できるようにしたんです。それから、モノクマCatsle()から出てきたテルジさんにも会いました。そのときに、Sewer(下水)からモノクマCatsle()に入るほうほうを知ったんです。そして犯人(クロ)は、たまちゃんさんにArmory(武器庫)からあるものを取ってきてもらいました。それは、Rosario(ロザリオ)です。Armory(武器庫)からはひとりひとつしか持ち出せないから、たまちゃんさんに持って来させたんです。

 

 Act.2

 Late night(深夜)、まずたまちゃんさんはサイクローさんをDate(デート)にさそって、モノクマCatsle()に入ります。犯人(クロ)はひとりだったから、わざとEntrance(入口)Trap()にかかって、Sewer(下水)からFountain garden(噴水広場)をとおってモノクマCatsle()に入りました。そのときにClock tower(時計塔)Pumping-up agency(汲み上げ機関)つかったから、Clock(時計)がちょっとズレました。

 そのころ、たまちゃんさんとサイクローさんは『The princess's room(姫の部屋)』までつきました。きっとたまちゃんさんがサイクローさんをそこでStop(足止め)させて、あとからおいついた犯人(クロ)がサイクローさんをKill(殺す)したんです。たまちゃんさんに持って来させた、Rosario(ロザリオ)にかくしてあるKnife(ナイフ)で。

 

 Act.3

 たまちゃんさんの『Weak point(弱み)』を見るのにつかったモノモノウォッチをサイクローさんにもたせて、犯人(クロ)とたまちゃんさんはモノクマCatsle()Entrance(入口)まで戻りました。On the way(途中)、きっとどっちも何もしなかったはずです。ひとりになっちゃったら、モノクマCatsle()から出られなくなっちゃいます。だから、たまちゃんさんはEntrance(入口)Kill(殺す)されました。どうやったかは・・・分かりません。でもたまちゃんさん、さいごにRosario(ロザリオ)口の中に入れました。そうやって、自分をKill(殺す)した犯人(クロ)がいるって、ボクたちにおしえてくれました。

 

 このCrime(犯行)をするときに、犯人(クロ)は『Weak point(弱み)』をたまちゃんさんにおしえました。だからいま、誰も『Weak point(弱み)』を知らないのにオシオキされてないあなたが・・・たまちゃんさんに『Weak point(弱み)』をおしえたあなただけが、クロと言えるんです!みとめてください!“Ultimate prodigy(超高校級の神童)”、ホシズナハイドさん!!

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 「ぎぎっ・・・!!ぐっ・・・!!」

 

 スニフの推理に、星砂は何も言えず、ただ頭を抱えていた。反論の余地は?ここから議論の流れを奪う方法は?スニフの推理に綻びは?()()()()()。しかし、自分が今こうして生きているということが、スニフの推理を何よりも正しいと証明してしまう。自分が生きている限り、この推理は覆せない。覆せなければ・・・それは・・・・・・!!

 

 「・・・!!」

 「うっぷっぷっぷっぷ♬なんか面白いことになりそーな予感がしますねー!そんじゃ、結論が出たようなので投票いっちゃってもいいですか!?ボクとしては動機の24時間のリミットも過ぎたし、後はもう退屈な時間なんだけどねー!」

 「ほ、星砂・・・!お前・・・ホントに・・・!?」

 「そんじゃ、いってみましょうか!レッツ投票タイム!」

 

 雷堂の言葉は弱々しく、星砂に聞こえているのかすら分からない。モノヴィークルの柵のディスプレイには、投票ボタンが表示された。

 

 「ううぅ・・・うううぅうぅぅぅぅぅうぅぅぅうぅぅぅぅうぅ!!!あああああああああああああああああっ!!!!っがあああああああ!!!」

 

 何かを振り切ろうとするかのように、頭を抱え目の焦点が定まらないまま吠える星砂。苛立ちを吐き出すように、身体の震えに苛まれるように、それでも、投票ボタンは消えない。モノヴィークルを壊さんばかりに拳を叩きつける。それはただ、無意味な票が一票増えることだけを意味していた。

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:10人

 

【挿絵表示】

 




疲れた。
ギリギリ2月中に投稿できました!


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おしおき編

 

 「パンパカパーーーン!!!うっぷっぷっぷっぷ!!!大大大せいか〜〜〜〜い!!ちょっと曖昧なままになってる部分もあるけど、犯人は見事正解!!“超高校級のジュエリーデザイナー”改め、“超高校級の死の商人”鉄祭九郎クンと、“超高校級のハスラー”野干玉蓪サンを殺した殺意MAXな犯人はあ!!」

 「ぐっ・・・がああっ!!あ゛あ゛ああああああああああああああああああああッ!!

 「“超高校級の神童”星砂這渡クンだったのでしたーーーー!!!お見事!!!」

 

 Noisy(耳障り)Fanfare(ファンファーレ)が、Park(園内)のあちこちからきこえてくる。ボクたちはただ、その中で大声を出しながらCrumple(くずおれる)するハイドさんを見てた。あの、いばりんぼで、Distasteful(いけ好かない)で、だけどホントはボクたちのAlly(仲間)だったはずのハイドさんが、ボクたちの・・・ボクのBlame(糾弾)で、Despair(絶望)に苦しんでる。

 

 「はあ・・・!はあ・・・!ぐっ、クソッ・・・!!」

 「なんで・・・なんでだよ・・・?お前、言ったじゃんか・・・!黒幕を倒すって・・・!」

 「ら、雷堂君?」

 「何やってんだよッ!!お前、俺と結託するんじゃなかったのかよ!?俺とお前でみんなを導いて・・・黒幕と戦うって言ってたじゃんかよ!!」

 「ちょっ・・・雷堂くん!?」

 「お、落ち着きなよ雷堂氏!下手なことしたら君にもペナルティがあるかも知れないよお!」

 「あんな大口叩いておいて・・・俺はお前を信頼してたんだぞ!!“超高校級の神童”のお前ならできるかもって、期待してたんだぞ!!なに勝手なことしてんだよ!!」

 

 Clutch(縋り付く)するみたいにモノヴィークルでしゃがむハイドさんに、ワタルさんがずんずんちかづいてく。いつものGentle(大人しい)なかんじとちがってすごいForce(迫力)で、むりやりハイドさんをPull up(引き揚げる)した。ぜえぜえいいながらPerfectly(完全に)に力がぬけたハイドさんは、なにも言いかえさないでワタルさんにおこられる。

 

 「答えろよおい!!()()()()()()()()()()()なんだよ!!何がどうなってんだよ!!なあ!!」

 「おい!」

 「この野郎ッ!!なんとか言えよ!!」

 

 がくがくと、ワタルさんにされるまま頭がうごくハイドさんは、まるでString()が切れたPuppet(操り人形)みたいだった。このままじゃハイドさんがケガする、そう思ってワタルさんを止めようと思ったら、もうワタルさんの手はレイカさんがにぎってた。

 

 「やめろ雷堂」

 「・・・!」

 「お前と星砂の間に何があったかは知らないし、追及するつもりもない。だが、今お前がしていることには何の意味もない」

 「・・・クソッ!」

 

 レイカさんにPersuasion(説得)されて、ワタルさんは手をおろした。ハイドさんはよろよろして、しりもちをついた。こんなかっこう、Class trial(学級裁判)のまえはImage(想像)できなかった。

 

 「いやいや、雷堂クンもだいぶキてるね〜。ま、そりゃそうか!雷堂クンと星砂クンは最初っからなんだか知らないけど仲良くしてたもんね!星砂クンもだいぶ雷堂クンのことは評価してたみたいだし?」

 「・・・!」

 「雷堂クンもちょっと頼りないところあるしね〜、そういう意味では星砂クンのこと頼りにしてたんじゃないの?うぷぷぷ♬でも、ホントのところはどうなんだろうね?」

 「・・・やめてよ・・・!もうやめてよ!これ以上何も聞きたくない!」

 「正地さん・・・」

 「えー♣セーラ聞かなくていいの?サイクローを殺したのはハイドなんだってよ♬なんで殺したか聞きたくないの♣わけもわからないでサイクローが殺されちゃったってことでいいのかな♡」

 「虚戈」

 「はむっ×」

 

 マイムさんは目だけでレイカさんにStop(制止)されて、口をふさいだ。セーラさんは耳をふさいでなきそうなかおをしてる。ワタルさんとハイドさんに何があったのか、モノクマはすごくたのしそうに言う。はじめてここに来た日から、ワタルさんとハイドさんはなんとなくRival(ライバル)みたいなかんじがしてたけど、そうじゃないのかな。

 

 「うぷぷ♬雷堂クンも気にしてるみたいだし、オマエラも気になってるよね?どうして星砂クンが鉄クンと野干玉サンをぶっ殺したのかがさ!なーんか一部じゃボクのことを倒すなんて息巻いてたみたいだけど?探偵気取りかと思いきや犯人だったなんて、下手くそな叙述トリックじゃあるまいし、ちょー凡庸って感じィーーー!!」

 「ぐっ・・・!」

 「聞き流しなよ極氏。モノクマに手を出したらそれこそ終わりだよお」

 「分かっている・・・!そんなことは・・・!」

 「星砂クンはなんか精根尽き果てたみたいだし、ボクが代わりに発表してあげよっか!星砂クンが人を殺してまで隠したかった『弱み』を!」

 「・・・ッ!ま・・・待て・・・!それは・・・!!それだけはやめろ・・・!!」

 「どーせクロなんだから全部ぶちまけてスッキリしちゃいなよ!はい!みんな池のウォータースクリーンにちゅうも〜く!!」

 「それだけは・・・!!それだけはやめろォ!!!やめてくれェエエエッ!!!いやだあああああああああああああああっ!!!!」

 

 『Weak point(弱み)』をPublicize(公表する)するとモノクマが言ったとたん、ハイドさんはSwitch(スイッチ)が入ったみたいにモノクマのThrone(玉座)をつかんでさけんだ。ひざをGround(地面)にこすって、Throne(玉座)を2つの手でつかんで、モノクマにBeg(希う)するように。それでもモノクマは、ただ笑ってScreen(スクリーン)をゆびさした。ボクたちの目は、Naturally(自然に)にそれを見る。

 

 

 

 

 

 星砂這渡は、救いを求めている(Hoshizuna-Hyde is carving for salvation.)

 

 

 

 

 

 「・・・は?」

 「あ、ああぁ・・・ああぅっ!あ゛あ゛あ゛あああああああぁぁぁっ!!!」

 「これが星砂這渡クンの『弱み』・・・いや、『本心』とか『本性』と言ってもいいかな?とにかく、動機でした!どう?意味分かる?分かんないよねー!」

 

 ひとりだけたのしそうなモノクマが、苦しそうにさけぶハイドさんをDeride(嘲笑う)する。Screen(スクリーン)見えたハイドさんの『Weak point(弱み)』は、ボクたちにはよく分からない。Salvation(救い)をもとめてるって、どういうことだろう?

 Query(疑問)はたくさん出てくる。出てくる・・・けど、そうじゃない。

 

 「どうする星砂クン?自分で話す?それともボクが全部ぶっちゃけようか?どっちでもいいよ!っていうか?大丈夫?ボクのモフモフボディ揉む?」

 「くう゛っ・・・!!ふざっ・・・!!」

 「そんなの、どうでもいいです!」

 「・・・ッ!?」

 「ボクが・・・ボクたち知りたいの、そんなことじゃないです!ハイドさんが知ってほしくないこと、ボクたちは知りたくないです」

 「スニフ君・・・!」

 「だけど・・・ハイドさん。どうしてたまちゃんさんとサイクローさんをKill(殺す)しましたか。それだけは、あなたは、おしえないといけないってボクおもいます」

 

 今までFamily(家族)でもNightmare(悪夢)でもだれかをKill(殺す)しようとしなかったハイドさんが、自分の『Weak point(弱み)』をまもるためにこんなことをした。だったら、ボクたちが知らなくちゃいけないのはその『Weak point(弱み)』なんかじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけだ。

 

 「うるさい・・・もういいだろう」

 「クロになるなら、ボクがBest answer(最適解)でした。サイクローさんだけじゃなくてたまちゃんさんまでいなくなって人へるの、Irrational on tactics(戦術的に非合理)です。それをハイドさんが分からなかったわけないです」

 「黙れ・・・!黙ってくれ・・・!!」

 「どうしてたまちゃんさんとサイクローさんなんですか!あなたたち、何がありましたか!」

 「黙れと言っている!!お前に何が分かるってんだ!!何が分かるんだよォォオオオオオオッ!!!

 「!」

 

 Volcano(火山)Eruption(噴火)するみたいに大声を出したハイドさんを、レイカさんとワタルさんがQuickly(素早く)におさえようとする。だけど、もうハイドさんにあばれる力はのこってない。ただそこで、ボクにどなるだけだ。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()奴らに、俺の気持ちが分かってたまるか!!“才能”を手に入れる“才能”を持つことの苦悩を!!葛藤を!!神の子と呼ばれた俺様に・・・偉そうに上から物を言うんじゃねええええええええっ!!!」

 「えっ・・・」

 「何が“超高校級”だ!!ただ自分が得意なことをやってただけの自分勝手なヤツらと俺様を並列に語るなどなんという侮辱!!なんという軽視!!ものの価値が分かってないバカの基準なんかクソ食らえだッ!!俺はお前らなんかとは違うんだッ!!」

 「な、なんか変わってるような変わってないようなあ・・・言っている意味がよく分からないんだけどお」

 「錯乱しているな・・・」

 「俺様は万能だった!!何でもできた!!何にでもなれた!!無限の可能性を持ってたんだ!!多すぎる選択肢と無責任なバカ共に囲まれて、誰一人として俺に手を差し伸べてくれる奴はいなかった!!優れているからこそ俺様は孤独だった!!与えられたレールを何も考えず辿っていた貴様らには一生分からないだろうがなあああっ!!」

 「なんだと・・・!」

 「フッ・・・図星か!くん──、雷堂!コナミ川の奇跡?大勢の命を救った天才少年パイロット?馬鹿馬鹿しい!()()()()()()()()()()()で貴様の人生は決定づけられた!貴様の可能性はたった1つだ!悩む必要も、迷う必要もなく、ただ周りの言う通りパイロットになっていればいいだけだものな!!お気楽そうで結構なことだ!!あくびが出そうな人生だな!!」

 「堪えろ雷堂!」

 「くっ・・・!お、お前・・・!自分の立場を分かってんのかよ!」

 「人類の最高傑作・・・天才を超越した天才・・・!神に愛された人類!人類史上最大の逸材!!空前絶後の傑物!!!それが俺だ!!俺様だ!!俺様は貴様らよりも!!世界中の誰よりも優れているはずなんだ!!」

 

 めちゃくちゃだ。ボクにはハイドさんの言うことがなにも分からなかった。だけど、それがワタルさんやみなさんをきずつけるヒドいことだっていうことだけは分かった。でもそれとおなじように・・・ハイドさんがすごくかなしんでるっていうのも、分かった。

 

 「なのに!!!どうして貴様らは刃向かう!?どうして凡庸な自分に誇りを持てる!?俺様より劣っていたくせに・・・胸を張っている!?どうして俺様よりも楽しそうに笑えるんだ!!」

 「・・・!」

 「俺様は勝ち続けてきたはずだ!!学業も、運動も、芸事も、何事でも俺様は貴様らより秀でていた!!貴様らのようなたった1つの取り柄に縋るしかない奴らにさえ・・・況してやただの凡俗共になど!“その他大勢”共など話にならなかったはずだ!!」

 

 モノヴィークルをがっしりGrasp(掴む)して、ハイドさんはボクたちみんなをにらみながら叫ぶ。

 

 「無限の可能性を持っていたのに・・・持ち続けていたはずなのに・・・!!貴様らが早々に少ない可能性を閉ざしている間も、俺様は吟味していた!!真に極めるべき“才能”を!!なろうと思えば貴様らよりも優れた存在になれた!!“数学者”にも“美食家”にも“ハスラー”にも“死の商人”にも“錬金術師”にも“パイロット”にも・・・“希望”にすらなれたんだ俺はッ!!!なれるんだッ!!!」

 「じゃあなんでならなかったの?」

 「はっ・・・!?」

 

 その声をきいたとたんに、ボクは体中がつめたくなった。そして、どうしてボクたちはShe(彼女)のことをわすれてたのか、今になってRegret(後悔する)した。

 

 「すごいねハイドは♬なんにでもなれたんだ♡もしかしたらマイムとおんなじクラウンにもなれてたのかな☆()()()()()よかったのにね♬」

 「はぁ・・・はぁ・・・!」

 「でも今のハイドは“超高校級の神童”なんでしょ♣“才能”を手に入れる“才能”かあ♬すごいね♡すごいすごい☆万能の人じゃん♡でもそれって普通のおこちゃまと何が違うの?小さい頃はだいたいの人が何にでもなれるんだよ♡マイムはちょっと違ったかもだけど☆」

 「う、うるさい・・・!うるさい!!」

 「小さい頃の自慢話ほどつまんない話ってないよね×そういうのはいいから今のハイドはどうなのさってマイムは思うな♬それだけすごい子供だったならすごい人になってるんだよね♡なってなきゃおかしいよね♡」

 「黙らせろ!!そいつを・・・黙らせろォオオオオ!!!」

 「結局さあ、ハイドは()()()()()()()()()()()んじゃないの?()()()()()()()()()のままでいたかったんじゃないの?だけどそれは()()()()()()()()ってことだよね♬だから悔しかったんだよね♡ここにいるマイムたちみーんな、ハイドとは違う“何か”だったから☆」

 「・・・ああぁうぅぅ・・・!!ち、ちがう・・・!!違う!!ちっがああああああああああああああああああああうッ!!!!

 

 ハイドさんは、あたまをかかえてScream(絶叫する)した。マイムさんのPhrase(一言)が、ひとつひとつハイドさんのHeart()につきささって、力をSeize(奪う)していくのが分かった。レイカさんとテルジさんがマイムさんをつかまえようとしても、マイムさんはにこにこ笑いながらにげる。

 

 「あ、マイムたちだけじゃないか♠アクトもマナミもハルトも、ダイスケもいよもたまちゃんもサイクローも♬ここにいないみんなもハイドとは違うんだねー♡」

 「いい加減にしろ虚戈!!お前それ以上言ったらオレもマジでキレるぞ!!」

 「わぷっ♡」

 「はいはい!裁判後の乱闘はやめてね!ここでコロシアイが起きたらややこしい上にクロもすぐバレでつまんないから!」

 「くっ・・・!」

 「はーい♬ごめんなさーい♣」

 

 ホントにおこったテルジさんの声で、マイムさんはやっと大人しくなった。まだあたまの中がぐちゃぐちゃなままのボクだけど、テルジさんのおこった声はすごくこわかった。本気で、ハイドさんのことをもうきずつけたくないって思ってるんだ。

 

 「ううっ・・・くそっ・・・!くそっ!」

 「救いを求めてるっていうのは・・・そういうことなのか、星砂」

 「・・・」

 「あんな偉そうな態度とってたけど・・・お前はずっと、誰かに示して欲しかったんだな。何になればいいのか・・・どうやって生きればいいのか・・・」

 

 もう大きい声を出すげんきもなくなったハイドさんは、くやしそうにGround(地面)をけりながら、泣いてた。ハイドさんが犯人(クロ)だって言ったのはボクだ。それでも、ハイドさんがすごくかなしくて、かわいそうになってきた。

 

 「・・・で、でも待ってよ。それじゃあ、答えになってないわ」

 「ま、正地さん・・・?」

 「どうして鉄くんを殺したの・・・!どうしてなの!どうして鉄くんが殺されなきゃいけなかったのよ!納得できないわよ!」

 「お、落ち着け正地・・・!今の星砂にはそれに答える能力がない。責め立てても・・・!」

 「う〜ん、くどいね。喋りすぎだよ。もう飽きちゃった」

 「ッ!!」

 

 ハイドさんがしずかになったとおもったら、こんどはセーラさんがExcite(興奮する)しだした。エルリさんとこなたさんにStop(制止)されても、ハイドさんにさけびつづける。でも、それを見ていたモノクマはとってもつまらなそうに言った。

 

 「オマエラ忘れてるかも知れないけど、ボクはこれでもずっとお預けくらってんの。前の相模サンの時からずっと。やっとこの時が来たっていうのに、オマエラのためにこれ以上我慢するっていうのは生殺しって奴だよ。うん?殺し?ボクが辛抱溜まらなくなってテクノブレイクでもしたら、生殺されたってことでオマエラ全員クロってことになるのかな?」

 「はっ・・・はっ・・・!!や・・・や、ま、待って・・・!」

 「極限までタメてからの一発が最高に気持ちいいって言うしね!さあて!それでは今回のクロには、ボクの特濃エクストリームを味わってもらいましょうか!」

 「い、いやだ・・・!!いやだ!!ふざけるな!!絶対におかしい!!こんなのは許されない!!俺が何をした!!明らかに不公平だ!!1対9など認められるか!!」

 「それをキミが言うの?前の二回は多数派なのをいいことに好き勝手したクセに?二回目の裁判じゃクロを事前把握とか興醒めなことしてくれたキミが?うぷぷ・・・ねえ、星砂クン」

 「・・・!!」

 「いい加減にしろよ、オマエ」

 

 ぞくっ、とした。A deer in headlights(蛇に睨まれた蛙)みたいに、ボクはPinky(小指)もうごかせなくなった。

 

 「ボクたちがオマエの自己陶酔と自己保身と自己満足に付き合ってやる筋合いはないんだよ。何者でもない時点で、オマエはただの凡人以下なんだから」

 「ううっ・・・あっ、ああああっ・・・!!」

 「うっぷっぷっぷ!では気を取り直して。今回は“超高校級の神童”、星砂這渡クンのために!スペシャルな!おしおきを!用意しました!」

 「いやだ!!!死にたくない!!!助けてくれ雷堂!!極!!ス、スニフ・・・!!誰でもいいから助けてくれ!!!こ、こわい・・・!!こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 「ではいってみましょーか!!おっしおっきターーーーーイムッ!!」

 「いやだあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!


 

ホシズナくんがクロに決まりました。おしおきを開始します。

 

 

 腰を抜かしていたと思われていた星砂這渡が、飛び上がって駆けだした。焦りすぎて走り出しの脚がもつれて、靴が片方脱げ落ちる。それでも構わず、星砂は走った。逃げ出した。今まさに命を奪わんと迫り来る無機質なアームの数々から。しかし数m走ったところで、呆気なく星砂は掴まった。首も、手首も、脚も掴まれて、引きずられていく。その行く先は、自らが二人の命を葬った『モノクマ城』だ。正門扉の向こうから伸びるアームに連れられて、星砂の姿は城の中に消える。

 連れ攫われてほどなく、星砂は再び姿を現す。どんでん返しに磔状に固定され、眩いスポットライトの中へ躍り出る。そこは、モノクマ城中央塔の最上部。大時計のⅫに当たる場所だった。白亜の城の周囲は巨大な暗幕が張られ、幻想的な光に城は彩られる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 刻一刻と、針は動く。短針が文字盤を回って迫る。長針が役目を放棄してⅫへと戻る。その先に何が起きるか、モノクマランドを一望する位置にいる星砂は理解した。理解できてしまった。その事実に嗚咽を漏らす。その星砂の下には、白い城壁をスクリーンにして大きく星砂の顔が映し出されている。

 それは、()()()()()()だった。まるでその壁の上に生きているかのごとく、巨大な自分が語り、騙る。虚影の身で虚栄を誇る。ただの肩書きを己の力と勘違いして。単なる称号を己の誇りと履き違えて。

 

 

 万能の才能、天才を超越した天才、人類の最高傑作、それがこの俺様だ。俺様にできないことはない

 

 そう言って自分を守っていただけだ。何でもできると思い込んでいたかっただけだ。自分が、凡庸だと知っていたから。

 長針がカチリと一歩近付く。

 

 

 貴様ら凡俗が16人集ったとて、万傑たるこの俺様の足元にも及ぶわけがない

 

 本当は誰よりも恐れていた。コロシアイを。“超高校級”を。自分の化けの皮が剥がれることを。ムリヤリにでも人を見下さないと自分が保てなかった。

 短針がチクタク音を立てて近付く。

 

 

 俺はお前らなんかとは違うんだッ!!俺様は勝ち続けてきたはずだ!!

 

 勝ったつもりになっていただけだ。下らないことで相手を貶して悦に入っていただけだ。本当の意味で誰かに勝ったことなんかなかった。

 時計の針はもう見えない。

 

 

 なろうと思えば貴様らよりも優れた存在になれた!!

 俺様は貴様らよりも!!世界中の誰よりも優れているはずなんだ!!

 俺様は万能だ!!!

 

 違う。違う・・・違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!そんなものは俺じゃない!!!俺の本心じゃない!!!!本当の俺じゃない!!!!

 

 「俺・・・!俺は・・・!!」

 

 壁面の星砂が高らかに自らを讃えるたび、時計の上の星砂は顔を歪める。思い知らされる。痛々しい自分を。小さく惨めな自分を。誰よりも凡庸で矮小な存在を。

 無骨な鉄の冷たさを両手に感じた。

 

 「俺はッ──!!!」

 

 俺様は“超高校級の神童”だ

 

 

 

 

 

 カチリ、と針が重なる。城は時が来たことを知らせる鐘を鳴らした。鐘の音とともに暗幕は剥がれ、陽光が城に照りつける。全てが幻だったかのごとく、針は再び時を刻み始める。その後ろに、ありふれた色の軌跡を残して。


 「ぶひゃひゃひゃひゃ!!あっけねーーー!!無敵の天才神童は中二病で朽ち果てたってとこだね!!ホント、くっだらない動機だったよね!!」

 

 モノクマCastle()Screen(スクリーン)にしてたProjection mapping(プロジェクションマッピング)は、いつのまにかハイドさんのすがたをうつしてた。Last moment(最期の瞬間)にどんなかおをしてたかまで、はっきりと見えた。

 そしてExecution(処刑)がおわると、それはフッときえた。まるでMagic(魔法)がとけたみたいに、ハイドさんの命は、かんたんにきえてしまった。

 

 「あいつはボクも見てて痛々しかったからね〜、正直消えて清々したよ。あ、またモノクマネーボーナスは振り込んでおくから。これで美味しいものでも食べな」

 「・・・動機、って言った?」

 「はにゃ?」

 

 やっぱりモノクマはハイドさんの死をバカにするようなことを言って笑う。だけど、そんなモノクマに、セーラさんはこわい声でQuestion(質問)した。

 

 「あなた・・・知ってるの?星砂くんがどうして鉄くんを殺したのか・・・!」

 「うぷぷ!もちろん知ってるに決まってるじゃんか!だってボクは全てを見てたし聞いてたからね!どうして脅迫したのが野干玉サンだったのか。どうしてターゲットが鉄クンだったか。ぜ〜んぶ知ってるよ!だからってオマエラに教えてやったりしないもんね!」

 「正地さん・・・やめて。もうこれ以上・・・!」

 「・・・うぅっ」

 「あー、おっかし!ま、でもこれで“超高校級の死の商人”の脅威はなくなったわけだし?不確定要素も一人は消えたわけだし?次からはまた自由度が高くなって面白くなってくるんじゃないかな?」

 「つ、次って・・・!ふざけんなよ!次なんかあるわけねえだろ!」

 「へえ、下越クン。ホントにそう思ってんの?もうコロシアイは起きないって?」

 「あっ・・・あったりまえだろ!」

 

 こなたさんにStop(止める)されて、セーラさんは泣きながらSink down(へたり込む)した。その代わりにテルジさんがモノクマにおこるけど、モノクマはかわらずGrinning(ニヤニヤ)するだけだ。

 

 「そうやってまたオマエラは騙されるんだなあ。須磨倉クンはオマエラの命よりも弟と妹の命を優先したじゃないの。相模サンはここでの生活よりも実家の生活を選んだじゃないの。星砂クンは・・・おっと、言っちゃうところだった。まあとにかくオマエラよりももっと大事なものがあったんだよ。人が一線を越えるのなんて簡単なんだよ。ちょっとばかし余裕がなくなって、後先考えられなくなっちゃえばさ」

 「そっ、そんな・・・!」

 「いま生き残ってるオマエラが、次そんな一線を越えないなんて保証はあるわけ?何よりもここでこうしてぬるま湯に浸かりながら生きていくことを選ぶなんて、断言できるわけ?」

 「で、できる!もう三回もおんなじこと繰り返したんだぞ!いくら頭悪いオレだって分かる!こんなことしてる場合じゃねえんだって・・・!」

 「もういい、下越」

 

 モノクマにRefute(論破する)されそうになったテルジさんに、レイカさんがつめたく言った。そうだ。もうモノクマのはなしなんかきくReason(理由)はないんだ。さっさといなくなっちゃえばいいんだ。

 

 「失せろモノクマ。処刑が済んだら私たちに用はないはずだ」

 「まーそうだけどね!そんじゃま、今日一日くらいはボクもゆっくりするから、オマエラもゆっくりぬるま湯を楽しんで風邪でも引けば!?べーっだ!」

 

 大きなベロを出して、モノクマは消えていった。まただ。ボクはこういうときに何もできなくて、いつもワタルさんやレイカさんがモノクマをSend away(追い払う)してくれる。まえのときも、そのまえも、ボクは何もできなかったし、何も言えなかった。だって、ハルトさんも、いよさんも、ハイドさんも。Scaffold(処刑台)におくったのはボクだったから。

 

 「スニフ氏?大丈夫かい?」

 「えあっ・・・ヤ、ヤスイチさん・・・」

 「無理してるんじゃあないかい?スニフ氏はまだ子供だっていうのにあんなの見せられてねえ」

 

 ヤスイチさんは、かわらないふにゃふにゃなExpression(表情)のまま、ボクのかたをなでてくれた。きっとヤスイチさんだって、つらいはずなのに。

 

 「スニフ氏は賢いからねえ。色々と難しく考えちゃってるんじゃあないかと思ってさあ」

 「・・・へいきです」

 「“平気”かあ・・・スニフ氏は頑張り屋さんだねえ。ただ心配だから言っておくよお。星砂氏を殺したのはモノクマであって、絶対にスニフ氏なんかじゃあないよお」

 「へ・・・?」

 「もしスニフ氏に責任の一端があるって言うんならあ、それはおれたち全員が背負うべき責任さあ。そもそもおれは、“死”に責任なんかないと思うけどねえ」

 「で、でも・・・」

 「とにかく考えすぎるなってことさあ。今は休むのが大事だよお。ほらほら、子供は早いところ帰った帰ったあ。おうい、下越氏」

 

 そう言ってヤスイチさんは、テルジさんを呼んでボクをHotel(ホテル)までつれてくようにおねがいした。Hot milk(ホットミルク)でものませてあげてって、小さく言ったのがきこえた。どうしよう、ボク、すごく気をつかわれてる。

 

 「行こうぜスニフ」

 

 テルジさんはモノヴィークルを使わないで、ボクの手を引いた。やらわかいSmile(笑顔)でボクに手をふるヤスイチさんに、少しだけヘンなかんじがしたけど、ボクはテルジさんにしたがってHotel(ホテル)にかえった。


 「ううぅ・・・!こんなの・・・こんなのあんまりよ・・・!」

 

 星砂君のおしおきが終わった後、ううん、おしおきの前から、正地さんはずっと泣いてた。鉄君が殺された悲しさ、悔しさ、遣る瀬無さが、全部涙になって目から溢れ出す。私は、ただその背中を摩ることしかできなかった。今の正地さんに、私が言えることなんて何もないから。

 

 「ま、正地・・・!」

 「どうして鉄くんなのよ・・・!どうして・・・!鉄くんはやっと・・・やっと自分の人生を生きるって決めたばっかりなのに・・・!やっと決心したところなのに・・・!」

 「正地さん・・・」

 「こんなの・・・あんまりよ・・・!私、これからどうしたらいいの・・・!?どうやって生きてけばいいのよ・・・!」

 

 

 「あははっ♡」

 

 その笑い声は、空っぽだった。悪意なんてこれっぽっちも感じなくて、困惑なんか微塵も混じらない、楽しいっていう感情すらカケラも込もってない。ただただ、形だけの笑い。無邪気さだけを纏った、中身のない笑い声。

 

 「セーラってばおもしろーい♫どうやって生きればいいかなんて分かり切ってるのにさ♡また誰かが誰かを殺そうとするんだよ♣︎殺されるのが自分にならないように、学級裁判で死んじゃうのが自分にならないように、疑って騙して隠れて詰って逃げて責めて、そうやって絶望に負けないように生きてくしかないんだよ♫マイムたちはさっ☆」

 「なっ・・・!?バ、バカなこと言うなよ!コロシアイなんてもう・・・!」

 「やめておけ雷堂。どうせさっきのモノクマと同じことだ」

 「でも・・・!」

 「サイクローのことなんか忘れちゃいなよ♫もういない人に振り回されて笑えなくなっちゃうなんてバカバカしいもん♡ほーら、お口の両側リフトアップ♢笑って笑ってセーラちゃん☆」

 「い、いや・・・やめて・・・!近づかないで!」

 「照れない照れなーい♡」

 「や、やめてよ虚戈さん!」

 

 俯く正地さんを覗き込むように、小躍りしながら虚戈さんが近付いてくる。拒絶する正地さんを追いかけて無理矢理笑顔を作らせてようと袖の中の手を伸ばす。すぐに私は正地さんと虚戈さんの間に割り込んだ。

 

 「正地さんの気持ちも考えてあげなよ!やっと鉄君が前を向けたのに、訳もわからずこんなことに巻き込まれて・・・正地さんはそれが悔しいんだよ!?悲しいんだよ!?どうしてそんな風に言えるの!?」

 「どうしてってどうして?悲しいのはサイクローの方だよ?前向きに変わったのも、変わったそばから殺されたのも、セーラに励まされたのもサイクローなんだよ?セーラはサイクローじゃないのに、何が悲しいの?そんなのおかしいよー♡」

 「おかしくなんてないよ!正地さんは・・・正地さんがそれくらい鉄君のことを想ってたっていうことでしょ!大切に想ってる人がいなくなって、悲しくないなんてあるわけないよ!」

 「でもサイクローが死んだからってセーラの人生に何の関係もないでしょ♡マイム知ってるよ☆どんな仲良しでも、双子の兄弟でも、好き同士の子たちでも、いなきゃいないでなんとかなるもんだよ♨︎だから悲しいことは忘れるに限るっ♢モーマンターイ♫」

 「忘れちゃダメだよ!そんな簡単に人との思い出を切り捨てるなんて、絶対にダメだよ!私たちが鉄君やたまちゃんや・・・星砂君のことを忘れたら、そんなのあんまりだよ・・・」

 

 正地さんを庇うようにして、私は自分でも信じられないくらいの大声で叫ぶ。前から虚戈さんが少しヘンなのは知ってたけど、いくらなんでも今は見過ごしておけない。死んだ人のことを忘れちゃったら、みんなとの思い出の全部が無意味になっちゃう。そんなこと、絶対にしちゃいけないのに。

 

 「うーん♠︎マイムには分かんないよー×でもマイム知ってるよ♡人は笑うと幸せな気持ちになれるんだよ☆だからセーラも笑おうよ♫スマイルスマイル♡」

 

 それでも虚戈さんは、無理に正地さんに近寄っていく。そんなことしても正地さんは絶対に幸せになんてなれない。なるわけがない。とっさに私は正地さんを守ろうとして手を───。

 

 「やめなさい!」

 

 嫌がる正地さんと虚戈さんの間に割り込んで、無邪気な微笑みを浮かべる虚戈さんの顔をはたいた。ぱんっ、と乾いた音がして、そこにいた全員が固まるのが分かった。はたいた瞬間に冷静になって、少しだけじんじんする自分の手を摩りながら実感する。

 私、いま虚戈さんのこと───。

 

 「・・・・・・いたい

 「あっ・・・ご、ごめんなさい・・・!今のは・・・その・・・!」

 「・・・いたいよ・・・こなた。どうして痛いことするの・・・?やめてよ・・・マイムが悪いんだよね。ごめんなさい、謝ります。ごめんなさい。だからぶつのはやめて・・・ぶつのだけは・・・」

 「こ、虚戈さん・・・?」

 

 思わず手が出たことをすぐに謝ったけど、虚戈さんはさっきまでの明るさが完全になくなった。今まで見たこともないような怯えた表情で、聞いたこともないような声色で、考えたこともないような言葉が、虚戈さんの口から溢れでてくる。

 

 「そんなか弱い声をしても無駄だ。今のは完全に虚戈がやり過ぎだった」

 「ていうかあ、止めなくてよかったのかい?」

 「私だったら平手では済まなかった」

 「れ、冷静だな・・・」

 「いくら研前が手を出したとは言え、その原因は虚戈にある。今さら私たちはそんな弱々しい声になど靡かない」

 「え・・・なんで?マイムがおかしいの?どうして?マイム何も間違ったこと言ってないよ?それにマイムはこなたにもセーラにも痛いことしてないよ?ぶたれたのはマイムだよ?なのに・・・なのに悪いのはマイムなの?怒られるのはマイムなの?なんで?ねえなんでなんでなんで?」

 「虚戈、お前はいい加減に気付くべきだ。ここにいる誰も、お前に共感している者はいない。お前はずっと、私たちとは違う場所にいる。それを理解しない限り、分かり合うことはできないだろう」

 

 それだけ言うと、荒川さんは自分のモノモノウォッチでモノヴィークルを起動して、裁判場からいなくなった。極さんは私と一緒に正地さんをホテルまで送ってくれた。納見君も歩いてどこかに行っちゃった。遠目に見える裁判場には、雷堂君と虚戈さんだけが残ってた。

 

 「なんで・・・?みんなひどいよ。マイムは何にも分かんないよ・・・!どうしてマイムは悪いの?みんなとマイムは何が違うの?マイムはただ・・・」

 「虚戈・・・」

 「ワ、ワタル・・・!ワタルは分かってくれるよね?マイムは悪いことしてないよね?だってマイムはクラウンだもん。クラウンはみんなを笑わせてあげるんだよ。だからマイムは・・・!」

 「お前にとって、俺はなんだ?」

 「へ・・・?ワ、ワタルはワタルだよ?マイムはワタルのことが好きだし、ワタルもマイムのことが好きなんだよ♡だからワタルはいつだってマイムの味方・・・そうだよね?」

 「・・・」

 「えっ・・・!?ま、待ってよワタル・・・!ヤだよ・・・!行かないでよ!待ってってば!ねえ!」

 

 そこで何が話されたのかは、私には分からなかった。だけど、たった一人残された虚戈さんが、どんどん小さくなっていくのだけが見えた。

 

 「ねえ・・・!どうしてなの!?みんなどこ行っちゃうの!?マイムはどうしたらいいの・・・!?こんなのヤだよ・・・!独りぼっちは・・・イヤだよ・・・!」

 

 朝はあんなに晴れてたのに、空は今にも泣き出しそうだった。

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:9人

 

【挿絵表示】

 




意外とここは早く書けました。ずっと書きたかったところなので、1日1000字書くっていう目標を立ててるんですけども、2000も3000も苦じゃなかったですね。モチベって大事。

おしおきの意味については別の所でお話して、その後ここに概要を載せようかと。

あと関係ないですけど、三作目のアイデアが止まりません。誰か助けてください。


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幕間3
人生最後の独白を


【タイトルの元ネタ】
『地球最後の告白を』(kemu/2013年)


 

 希望ヶ峰学園から入学通知が届いた時、俺は心の底から、姉の呪縛からは逃れられないと感じた。手紙に書かれたほんの数行の文章に、俺の心はすっかり染められてしまった。

 

 

鉄祭九郎様。あなたを、“超高校級のジュエリーデザイナー”として、

希望ヶ峰学園への入学式にご招待します。

 

 “超高校級のジュエリーデザイナー”。この国に生きる高校生ならば、誰しもが欲しいと望む“超高校級”の称号と、希望ヶ峰学園への入学案内。卒業すれば将来の成功が約束されるという、まさに希望の学府だ。だが、俺にとってこの案内状は、ただの楔にしかならなかった。

 

 「よかったじゃん、クー。行ってきなよ。そんで、もっともっとウチらの会社宣伝して来な」

 「・・・」

 

 一人部屋に籠もってその案内状を見ていた俺に、いつの間にか部屋の鍵を開けて入ってきた姉が言う。その手には、姉の元にも届いた、俺の物と同じ封筒が折りたたまれていた。

 

 「ニッシシ♬アンタ、“超高校級のジュエリーデザイナー”なんだって?イイよイイよ。これでウチらの会社も一層箔が付くってもんだよ。“超高校級のジュエリーデザイナー”、鉄祭九郎がデザインしたジュエリーショップ!利用できるモンは全部利用しなきゃね♬」

 「・・・幣葉は、行かないのか?」

 「は?なんでウチが希望ヶ峰なんか行かなきゃいけないのよ。それどころじゃないってーの。それに」

 

 幣葉は封筒とは別に持っていた、中の案内状を人差し指と中指で挟んで俺に見せてきた。そこに書かれた“才能”は・・・“超高校級の死の商人”だ。

 

 「ウチとアンタで一緒に入学したら、さすがに勘付く奴もいるでしょ。“超高校級の探偵”みたいなのとか、“超高校級の鑑定士”みたいなのもいるんでしょ」

 「それは分からないけど・・・」

 「第一、最初にも言ったじゃん。ウチとクーは、お互いの人生を交換したの。才覚に溢れたキラッキラ光る姉はどす黒い裏の世界を。不器用で無骨でクッソ地味な弟は表の世界を。不適材不適所なのに成果は上げる。その(ギャップ)がいいんじゃない」

 「・・・」

 「だから、ウチにとっちゃこんなもんはただの邪魔くさい紙切れなの。その分、他の“才能”でも伸ばしてやった方が八方円満って奴よ」

 

 そう言って、幣葉は希望ヶ峰の入学案内をびりびりに破いた。見る者が見れば卒倒しそうなその光景も、俺にとってはもうため息しか出ない。俺の姉──鉄幣葉(くろがねへいは)とはこういう人間だ。

 

【挿絵表示】

 

 自分の目的、自分の興味、自分の快楽、自分の充足のためには、その他には一切目もくれず邁進する。そこに迷いは一欠片もない。だからこそ、未だ高校生の年にして一大ジュエリーブランドの社長を務められているのだろう。

 

 「ただクー、アンタは行きなさい。辞退なんて許さないわよ」

 「宣伝のためにか?」

 「それもあるけど、もっとデッカい目的よ。アンタが入学すれば、希望ヶ峰学園とパイプができるじゃない。これは利用するっきゃないわよ」

 「学園と繋がりを持ったとしても、金になるとは思えんが」

 「はあ?あのねクー、アンタ本当に分かってないわね。ウチが求めてんのは金なんかじゃないの!」

 

 幣葉の語気と鼻息が荒くなる。姉とはずっと一緒に生活しているが──正確に言えば、幣葉が家を出てから俺が家を出るまでの数年間は一緒ではなかったが──未だに考えていることがよく分からない。

 

 「希望ヶ峰学園を卒業した超一流のジュエリーデザイナー、鉄祭九郎が顧問デザイナーを務めるジュエリーブランド、それを経営するのは実の姉。きっと取材もわんさか来るわよ!そしたらどうなると思う?」

 「普通に宣伝になる以外ないと思う・・・」

 「ああもう!ニブいわね、見た目通り(萌えねーな)。いい?マスコミってのにはセンセーショナルな話題の方が喜ばれるのよ。そこにウチらがネタとして上がればどうなると思う?こんな面白いネタはそうそうないわよ」

 

 そう言って幣葉は、俺を直立させてその隣に並んだ。その正面には、無駄に大きな姿見があって、俺と幣葉の姿をそのまま映す。

 俺は同年代と比べて身長が異常に高い。父親の遺伝なのか筋肉質だし、髪の毛は引火すると危険だから全て剃った。自分で言うのもなんだが、まさに職人然とした見た目をしていると思う。自分の趣味とは言え、ハチマキや作務衣を着ているとなおさらそう見える。

 一方の幣葉は、同年代の女子と比べても背が低く、俺と比べるとより際立つ。俺と違って細い手足、金色に染めた派手な髪の毛、パンツスーツとファーコートにウチの商品であるジュエリーを身に着けている。同じなのは瞳の色だけだ。一見しただけで、これが姉弟だと分かる者はそういないだろう。

 

 「これよこれ!この姿見、アンタとウチのために特注したんだから!ウチはね、ここでアンタとこうして横に並んで立ってる時が一番好きなの!」

 「は、はあ・・・」

 「派手好きでセンスも色合いもブッ飛んだちっこい女の子と、無骨で筋肉質で古くさい格好と考え方した背高のっぽの男。こんなん普通どこからどう見てもアンタが兄でウチが妹、っていうか赤の他人としか思われないわよ!」

 「それはそう思う」

 「でも、実際には血の繋がった家族で、しかもウチが姉でアンタが弟!分かる!?これが(ギャップ)ってヤツよ!見た目と中身、噂と事実、予想を真逆の方向に裏切られたのになぜか納得できちゃうこの感じ!これがウチの求める(ギャップ)なの!」

 「・・・お、おう」

 「ぜんっぜんピンと来てないし・・・まあいいわ。アンタのその見た目と内面も、それなりに(ギャップ)感じてるから。そんだけいかつい身体と顔してガラスのハートとか、わりとツボよ?アンタの姉でよかったわ〜、ウチ。こんな(ギャップ)と利用価値を兼ね備えた弟なんてそうそういないわ」

 「あ、ああ・・・」

 「さすがにマスコミに発表するわけにはいかないけど、“才能”だってそうよ。アンタのその見た目でジュエリーデザイナーなんて(ギャップ)しかないもんね!ウチのこの見た目で死の商人なんて違和感しかないもんね!ニッシシ♬さすがに最初は、すぐバレて殺されるとか思ったけど、案外どうにかなるものね!裏の世界って意外と楽勝よ?それもまた(ギャップ)よね!」

 

 全然分からん。

 

 「もう、死の商人の正体は小さい女の子って噂も流れてるみたいだし?万事思惑通り。ま、頭使うのは年上のウチのやることよね。アンタは今まで通り、ウチの大事な商品造ってればいいのよ」

 「・・・そ、それなんだが・・・!」

 「世界中の女の子のための、キュートでスマートなジュエリーを提供します!ニッシシシ♬バカよねー♬それがぜーーーんぶ、どれもこれも1つの例外もなく、暗殺用の武器に早変わりする暗器だなんてね!想像するだけでゾクゾクしてくるわ!世界中の幼気な女の子たちが、何の殺気も持たない頭すっからかんな女たちが、超一流の技術が詰め込まれた暗器を身に纏って町を歩いてるなんて・・・っ超(ギャップ)よね!むっはー!」

 

 いつもこうだ。俺が何か言おうと思っても、幣葉は勝手に一人で盛り上がって、俺には何も言わせてくれない。話も聞いてもらえない。

 

 「へへへえへ・・・ちょっとトイレ行ってくるわ。じゃ、希望ヶ峰学園の件はそういうことで、クーに任せるわ。とは言っても、普通に学園生活楽しんでくればいいから。お金ならいくらでも出してあげるからさ。あいつの家じゃまともに高校生らしいこともできなかったでしょ?」

 

 『あいつ』、というのは、俺と幣葉の父親のことだ。確かに父親は厳格な性格で、一応高校には通わせてもらっていたものの、友達を家に招待すれば冷たくあたり、休日に外出の約束をすれば相手の家に断りの電話を入れた。全ては俺にあの家を継がせるためだと言うが・・・。

 

 「まあ・・・そうだな」

 「でっしょー?あんなクソヤローのところにいたら希望ヶ峰なんて絶対あり得なかったし、クーの“才能”も十分に育てられなかったよ。よかったねー、キレイで優しいお姉ちゃんに拾ってもらって♡」

 「・・・」

 

 笑いながら幣葉は部屋を出て行こうとする。全身に煌めくジュエリーは、さっき幣葉自身が言ったように、全てが暗器だ。それを知っているのは俺と幣葉だけ。この会社の女性社員で同じ物を付けている人もいる。俺自身も含めて、自分の周囲の環境全てを自分の理想の形に変化させてしまったのは、純粋に幣葉の力だ。この会社も、俺の“才能”も、希望ヶ峰学園ですら、すべては幣葉の(ギャップ)のための道具に過ぎない。

 

 「クー、愛してるよ♡ウチの大事な大事な弟クン♡」

 

 満面の笑みでそう言われたとき、俺は背筋が凍った。打算もあるとはいえ、幣葉のその気持ちにウソはないだろう。だとしても、俺にはその笑顔が、その言葉が鎖よりも重く冷たい束縛になった。この姉を裏切ることなどできない。この姉から逃げ出すことなどできない。そう思わせられた。

 そして俺は結局、幣葉の言いつけ通り、希望ヶ峰学園に入学を決めた。入学通知が届いた時点で、これは決定事項だったんだ。俺にはもう、どこにも行き場なんてない。幣葉の元で自分の意思に反した武器製造を続けるか、父親の元に戻り満たされない憤懣を抱えたまま不本意な美術品を造り続けるか。

 

 「俺にはもうとっくに・・・自由などなかったのか・・・」

 

 瞼を閉じれば姉の顔が浮かぶ。その表情は穏やかで、慈愛さえ感じる。たとえそれが本心であったとしても、その根幹には徹底的な独善欲があると、俺は知っている。孤独に呟いた俺は、どこまで惨めで、情けなかった。


 「“超高校級の死の商人”なんて、そんなものだ。俺は、自分の“才能”さえ人の手に委ねることしかできなかった。自分だけで行動を起こしたことなどなかった」

 

 『姫の部屋』に飾られた玉座に腰掛けて、鉄は昔を思い出すように語った。それはみっともない命乞いでも、この場を逃れるためのデマカセでもなかった。そこに込められてたのは、徹底した自己嫌悪とお姉さんへの服従心だった。聞いててとっても・・・イラつく。

 

 「なんなのそれ。それが“超高校級の死の商人”の正体?モノクマがたまちゃんたちの不安を煽るために使ったものが、たったその程度のものってこと?」

 「そうだ。モノクマが何を思っていたかは知らないが、名前だけが一人歩きしているような状態だ。そもそも俺は自分からそう名乗ったことはないのだが・・・」

 「・・・そうだとして、じゃあなんでその“超高校級の死の商人”が造った武器がこのモノクマランドにあるのよ。アンタが本当にモノクマと繋がってないって証拠を見せなさいよ」

 

 玉座に座る鉄。その正面であたしは、ロザリオの形をした仕込みナイフを構えていた。少しでも動けばすぐに切りつけられるように、剥き出しになった刃を鉄に向けて。正直、本気で鉄が逃げだそうとすれば、か弱いあたしは簡単に突き飛ばされてしまうと思う。それでもそうならないのは、鉄が意味が分からないほど落ち着いてるからだ。

 

 「それは・・・分からない」

 「証拠はないってことだよね」

 「俺は売買に直接関わってはいなかった。あくまでジュエリーデザイナーとして所属していたからな。それに幣葉が取引をするのは主に仲買人(ブローカー)だ。俺の武器がどこの誰に行き渡っているのかは、さっぱりだ」

 「それをどうやって信じさせようってのよ」

 「信じなくてもいい。俺が言えるのはこれだけだ。それに、俺がモノクマと通じていようがいまいが、お前のすることは同じだろう?」

 

 ホントに気持ち悪い。どこまでも落ち着いた目で、鉄はあたしを、あたしの握るナイフの切っ先を見た。その色は恐怖なんかちっともなくて、諦めもなくて、絶望もなくて。ただ安心するような目だった。

 

 「それが分かってて、なんでそんな落ち着いてられんのよ」

 「俺はずっと、許しを乞うていた。俺の造った武器で人の命が脅かされている。俺の造った武器で血を流す誰かがいる。俺の造った武器で憎しみが形を持って人を襲う。何度夢に見たか分からない。もうたくさんなんだ。売れば売るほど、造れば造るほど、俺という人間は罪深くなっていく。それでも造らずにはいられない・・・造らなくてはいけなかった。どこかで俺は待っていた。こんな時を」

 「だから・・・あたしの誘いに乗ったってのか。殺されると分かっててあたしとモノクマ城に入ったってのか・・・!自分の造った武器で殺されるのが本望だってのか!」

 「・・・すまない」

 「ッ!なっ・・・なんで・・・アンタが謝るんだよ!あ、あたしは・・・!」

 「綺麗事をつらつら言っているが、最後まで俺は受け身だった。向けられた殺意まで、自分の贖罪に利用しようとしているとは・・・」

 

 自嘲気味に笑うその顔は、それでもやっぱり清々しい。玉座に座ってそんな顔をする鉄は、まさにこの城の主みたいに堂々としていた。それに対してあたしは、今になって自分のしていることが怖くなって、こいつに刃物を向けてることが不安になって、何が何だか分からなくなって・・・。

 

 「なっ・・・なんなんだよ・・・!なんなんだよ()()()()()は・・・!」

 「?」

 「勝手だよ・・・どいつもこいつも・・・!みんな自分勝手だよ・・・!自分一人で考えて、自分一人で結論出して・・・そんでみんなを巻き込んで・・・!人の気持ちなんかちっとも考えないで・・・!なんであたしがこんな目に遭わなきゃいけないの・・・!?どうして・・・!?」

 「ぬ、ぬばたま・・・?それはどういう・・・!?お、おい」

 「ううっ・・・!」

 

 ようやく自分の立場が分かった。なんだ、たまちゃんはずっと利用されてたんだ。あの時からずっと、鉄と同じ。誰かの思惑の中でしか動けない、操り人形みたいな存在。どうしてこんなことになっちゃったんだろう・・・自分の腕についた糸がなんなのか、分かってたのに。それを切って自由になることだって出来たはずなのに・・・なんでそんな簡単なことができなかったのかな・・・。

 頭の中身は嗚咽になって口から溢れる。震えになって体中を突き動かす。涙になって目から流れていく。全身の力が抜けて、もう鉄を押さえるどころじゃなくなった。

 

 「ど、どうしたんだ・・・刃物を持っているんだぞ。危ないだろう」

 「あううっ・・・う、うるさい・・・!」

 「いったい──!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よくやった、ヌバタマ。後は俺様に任せるがいい」

 「──ッ!?」

 

 一瞬、そんな声が聞こえたと思ったら、おっきな物音がした。ただの音のはずなのに、そこには重苦しい悪意が込められてるような気がして、本能的に危険を感じ取った。手に握ってたはずのナイフはなくなってて、床しか見えない視界には、さっきまでなかった真っ赤な飛沫が加わってた。

 

 「コッ・・・!ガハッ・・・!?ほ、ほし・・・!?

 「フンッ、呆気ないものだな。“超高校級の死の商人”といえど、ただの人間ということだ」

 「まっ・・・!ぬ・・・た・・・!

 「自らの造った仕込みナイフで喉を裂かれる気分はどうだ?これぞ貴様に相応しい天罰といったところだな」

 「げ・・・!にえ・・・!ころ・・・さ・・・!

 「己の罪の重さに潰されて地獄に堕ちるがいい。フッ、ククッ、ハッハッハッハ!!」

 

 高笑いする星砂の向こう側から、鉄はずっとあたしのことを見てた。喉から漏れる息が血が噴き出すのを更に激しくして、声は言葉にならない。だけど、何を言おうとしてるのか、あたしには分かった。だからこそ、あたしは言う通りにはできなかった。

 

 「ぁ・・・!」

 「・・・!」

 

 そして、鉄の目から光が消える。喉から漏れてた息が止まる。手が力なく重力に従う。今、あたしの目の前で、命が消えた。人が死ぬ瞬間を目にした。思った以上に、呆気なくて、閑かで、寂しかった。脳内で、あいつの最期の言葉が何回も響く。

 『逃げろ。殺される。』自分の命が消えかかってるっていうのに、あいつはいきなり現れた星砂が危険だとあたしに告げた。最期の瞬間まで、あいつは人のことを心配してた。そりゃそうだ。直接手を汚したわけでもないのに、どこかの見ず知らずの他人の命の責任を背負うようなヤツだ。さっきまで自分に殺意を向けてきてたあたしのことまで心配するなんて・・・。

 

 「・・・バカ」

 「見たかヌバタマよ!斯くして“超高校級の死の商人”は死んだ!殺された!俺様の手によってだ!くくくっ・・・シャレの利いた結末ではないか?血まみれの玉座に座して眠るは“超高校級の死の商人”!しゃれこうべでもあればより気の利いた画になるのだがな」

 「・・・もういいよ。帰ろう」

 「貴様はよくやった。よくぞ俺様が到着するまで持ちこたえた。貴様が殺されて逃げられる前に辿り着かねばと思ったのだが、殊の外、この城の中が複雑でな。少々時間がかかった」

 「帰り道なら知ってるよ」

 「無論だ。一度通った道ならば俺様も忘れはしない」

 

 そう言って星砂は、ずぶ濡れになったコートを脱いで小脇に抱えた。そしてポケットからモノモノウォッチを取り出すと、それにまだ鉄の首から流れてくる血を塗りつけて鉄の懐にしまった。こいつが、あたしの『弱み』を覗き見るために使った、忌々しいモノモノウォッチ。

 帰る途中で、星砂は濡れた上着を丸めて廊下の途中にある甲冑の中に捨てた。雑な処理方法だと思ったけど、別にどうでもいい。

 

 「はっはあ!清々しい夜だなヌバタマ!俺様の力は示された!黒幕と内通している“超高校級の死の商人”をこの手で葬った!殺される瞬間の間抜け面を見たか!?俺様に出し抜かれた愚か者の顔を!」

 「・・・うるさい」

 「なんだ、随分とテンションが低いではないか。眠いのか?一度下水にでも浸かって目を覚ますといい。尤も、俺様と一緒に出ればその必要もないのだがな!はっはっは!」

 

 心底愉快そうに、自分のしたことを誇らしげに語る星砂に、あたしは何の感情も湧かなかった。そんなもの気にしてる場合じゃなかったから。

 

 「『弱み』を握られているとはいえ、計画通りに事を運んでくれた貴様は素晴らしい助手だったよ!これで黒幕に一泡吹かせられる!俺様が“超高校級の神童”であると知らしめることができる!俺様の勝利に貢献することができたのだ。もっと胸を張るがいい!」

 

 鉄はあたしに、逃げろと言った。それは、自分を殺した星砂がどういう人間かを理解したからだ。そして、二度の殺人を経て、この後に起きることを理解したからだ。星砂は鉄を殺した。それは、学級裁判が開かれることを意味してる。星砂か、あたしたちのどちらかが処刑されることを意味してる。だからこそ鉄はあたしに逃げろと言った。殺しの現場を目撃したんだもん。当たり前だよね。

 

 「実に鮮やか!実に流麗!実に完璧に計画は実行された!晴れ晴れしい気持ちだ!しかし、明日も忙しくなるだろう。まあ、今日ほどの大舞台にはならないだろうがな」

 

 だけど鉄は分かってなかった。星砂の本性を。この城のルールを。そして・・・あたしの覚悟を。もしあたしが明日の裁判で何をしても、こいつはきっとあたしに罪を被せてくる。だけどこの城を脱出するには、あたしはこいつを殺せないし、こいつもあたしを殺せない。だからこそ・・・。

 

 「嗚呼!つくづく俺様は自分の“才能”が空恐ろしい!どこまで可能なのだ!まさに神に愛された者の“才能”だ!俺様にできないことはただ1つ。“失敗すること”だけだというのか!」

 「・・・ははっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「バッカみたい

 

 モノクマ城の入口、落とし穴の罠を通り過ぎてあとは扉をくぐるだけとなった瞬間、あたしは行動した。高らかに笑うそいつの袖を引いた。

 

 「!」

 

 迫ってくる細い首筋に向けて、袖に仕込んだスタンガンを突き出す。電気が弾ける痛々しい音がした。その直後、あたしの手に鈍い痛みが響く。スタンガンを握る手が緩んで、強引に腕を引かれる。

 

 「いっ・・・!?」

 

 床にプラスチックの塊がぶつかる軽い音がする。その音とほぼ同時に、あたしは鼻を床にぶつけた。すぐに起き上がろうとしたけど、お腹の上に重さを感じて動けない。手首は堅い靴底に押さえつけられて、首は乾いた手に握られた。

 あっという間に、あたしは星砂に組み伏せられた。

 

 「くくっ・・・凡俗の考えることなど俺様には手に取るように分かる。あくびが出るぞ、ヌバタマ」

 「うっ・・・!そ、その割には・・・!脈がはやいじゃない・・・!」

 「・・・!それは貴様の脈だろう」

 「あうっ!」

 

 手の平を通して首から伝わるこいつの鼓動は、皮膚を突き破るくらい激しかった。足をよじって手首を踏みにじってくる。その強気さが、あたしにはただの強がりにしか見えなかった。

 

 「俺様の不意を突くつもりだったか?こうすれば俺様から逃れられると・・・本気で思ったか?」

 「くっ・・・!」

 「この城のルールは熟知している。貴様も同様であることもな。故に貴様が俺様に刃向かうとすれば、()()しかあり得ない。タイミングが分かっていればそれは奇襲ではない、俺様ならば簡単に対処できる」

 「フンッ・・・!よく喋るねアンタ・・・!声が震えてるよ・・・!」

 「・・・ッ!余裕ぶっていられるのも今のうちだ」

 「お互いにね」

 

 あたしを殺すつもりなら、こうやって組み伏せなくても、その手にあるロザリオで鉄と同じように喉を掻っ捌けばいい。そうしないのは他にも何か考えてるのか、それともまだあたしに何かさせる気なのか。

 

 「顔は平然を取り繕っても、口では強気なことを言っても、本心なんて隠せるもんじゃないよ。Hustler(詐欺師)相手に、ウソなんて吐けると思わないことね」

 「なんだと・・・!」

 「声を震わせて、目線は泳いで、鼓動はバクバク鳴って、汗も滲んでる。強がって負けが込むヤツの特徴全部出てるよ」

 「それがなんだと言うのだ。俺様のウソを見抜いて貴様はここからどう盛り返すつもりだ?計画の全てを知っている貴様は邪魔だ。実に残念だよ、ヌバタマ。貴様は良いパートナーだった」

 「ふざけんなよ。下らない理由でこんなことして・・・あんたみたいな快楽殺人者の自己満足に付き合わされていい迷惑だっつうの」

 「自己満足ではない。これは大義でもある。それに、男の快楽に付き合うのがHustler(売春婦)の仕事だろう」

 

 徹底的に蔑んだ目で、星砂はあたしのことを見下す。そこには若干の誇らしさも混じってる。下らない、心底下らない。鉄が“超高校級の死の商人”だとしても、たとえ黒幕と内通してたとしても、あいつは死ぬ瞬間まで自分を責め続けて、他人の心配ばっかりしてた。こいつは鉄のことを何も知らないくせに、肩書きだけで判断しただけだ。

 

 「“超高校級の死の商人”を殺すことが大義・・・?だったらそれにあたしを巻き込んだワケは何・・・!?モノモノウォッチで『弱み』を盗み見てまで、あたしを利用した理由はなんなのよ・・・!この臆病者(チキン)野郎!」

 「なん・・・だと・・・?」

 「あんたは怖かったんだろ、鉄と二人きりになるのが・・・!モノクマ城で殺す理由なんかないはずだ・・・“超高校級の死の商人”を誘導するのに()()()()使()()()()()、この場所を選んだ・・・!尤もらしい理由を付けて・・・自分はギリギリまで安全なところから不意打ちのチャンスを狙ってた・・・!大義だってんならあいつに正々堂々挑めよ・・・!自分勝手に適当な結論出して納得してないで、あいつとぶつかりゃよかったんだ!それをしないから・・・できないからアンタは臆病者(チキン)野郎なんだよ!」

 「黙れ!!」

 「あぐっ・・・!」

 「・・・もはや貴様の役目は1つだけだ」

 

 ぐっと力を込めて、星砂はあたしの頭を床に叩きつける。痛みは大したことないけど、星砂の必死さが痛いくらい伝わってくる。焦ってる。もうちょっと挑発してやればきっと隙ができる。そうしたらすぐに出口に走って行って・・・!

 そこまで考えたところで、星砂はあたしの目の前にモノモノウォッチを近付けた。それはあたしの『弱み』を盗み見たものじゃなくて、星砂の、こいつ自身のものだった。そこに表示されてるのも当然あたしのじゃなくて・・・こいつの『弱み』。

 

 

 

 ──星砂這渡は、救いを求めている。──

 

 

 

 「・・・は?」

 

 あたしのモノモノウォッチのカウントが上がる音がした。それはつまり、この『弱み』が何の疑いようもなく、本物の『弱み』だっていうことを意味してる。救いを求めてるって・・・なにそれ?

 

 「分かっただろう」

 「・・・!」

 

 短く呟いて、星砂は引く手であたしの顎を掴んで口をこじ開けた。さっきあたしが使ったスタンガンが乱暴に口に突っ込まれる。冷たい金属の感触に、寒気がした。

 

 「俺様を臆病者(チキン)などと・・・呼ばせはしない」

 

 空気が割れるような音とともに、脳が焼ける感覚がした。


 大きな揺れで、あたしはぼんやり意識を取り戻した。寒い。身体が何にも触れてない。それに、暗い。

 

 そっか。あたし・・・あいつに殺されたんだ・・・

 

 これは夢?走馬燈ってヤツ?目の前で何かが光る。宝石が散りばめられた小さな十字架・・・ああ、あたしが武器庫から持ってきたやつだ。

 

 ここなら誰にも見つからない・・・あたしも、これも・・・。そしたら・・・あいつは・・・

 

 あいつはきっと口八丁手八丁で、学級裁判で追及を逃れようとする。それどころか、このままじゃあたしはただ落とし穴に落ちて死んだだけの間抜け・・・。それがあいつの狙いか・・・。

 

 「・・・ぁ、たじゃ・・・い」

 

 冗談じゃない。そんな殺され方してやるもんか

 

 これが夢でも、死ぬ前の幻でも、なんでもいい。あたしはそのロザリオに手を伸ばして・・・落ちてくるそれを、掴んだ。これがあれば・・・これさえあれば・・・。

 

 「!」

 

 冷たい衝撃。全身にまとわりつく冷ややかな重さが、空気を奪う。違う。溺れて死んだらあいつの思う壺だ。全身に力が入らない。だけどだからこそ、身体は自然に浮いてくる。手の中にはまだ、ロザリオがある。

 

 あたしは一人で死んだんじゃない・・・殺されたんだ・・・!鉄もあたしも・・・あいつに・・・!

 

 誰にも気付いてもらえないかも知れない。みんな星砂に騙されて死ぬかも知れない。でも・・・それでも・・・!

 

 もうほとんど動かない腕に、最後の力を振り絞って言う事をきかせる。

 

 このロザリオが頼みなんだ・・・これさえあれば・・・逃げ道を奪える・・・!

 

 麻痺して動かなくなった口に、ムリヤリ突っ込んだ。もう吐き気もしない。感じるのは、達成感だけ。誰か・・・気付いてくれるはず・・・!

 

 「・・・、・・・!」

 

 

 

 

 

 ざまあみろ、臆病者(チキン)野郎


 部屋に戻った俺様は、深いため息を1つ吐いた。ひとまずは誰にも見られず、何の証拠も残さず、部屋に戻ることができた。激しく脈打つ心臓の鼓動が鬱陶しい。痛いほど胸の中で暴れる心臓を抑えつけるため、また1つ深呼吸する。

 

 「・・・フッ

 

 やった。やってしまった。人を、殺した。二人も。肉を切り、血を流し、脳を焼き、闇に落とした。だが事後処理は完璧だ。ロザリオもスタンガンも、下水に落とした。何の証拠も残らない。残っていない。残っているはずがない。完璧だ。俺の・・・俺様の計画は・・・!

 

 「ククッ・・・クハッ、はははっ・・・!」

 

 部屋は防音だ。だが声を押さえて、漏れ出す笑いを実感する。なぜ口が吊り上がるのか。一体何が愉快なのか。体中が寒い。身体の奥が熱い。全身が震えてまともに立ってもいられない。そうか・・・これが殺人(クロ)か。これが人を殺した感じか。

 

 「・・・ははっ・・・!なんだこりゃ・・・!バカげてる・・・!」

 

 鉄は“超高校級の死の商人”だ、それは間違いない。ヤツの部屋に入って確かめた。野干玉に伝えたときにカウントも上がった。これは揺るぎない事実だ。大丈夫だ。間違ってなどいない。

 城の中に証拠は忘れていないか。モノモノウォッチでバレやしないか。問題ない。あれは鉄の懐に残してきた。所有者は野干玉だ。俺に繋がる手掛かりなどない。濡れた服は甲冑の中に隠した。知らなければ気付くわけがない。いや待て。甲冑から水が漏れやしないか。そんなわけない。あの甲冑は足まで覆われている。溜まりこそすれ漏れるなどあり得ない。

 犯行の荒が次々浮かぶ。しかしその全てはフォローされているはずだ。俺の計画に狂いはない。上手くいっている証拠もある。いや、事実を都合よく解釈しているだけだ。綻びなどどこにもない。今になって後悔ばかりが募る。なぜこんなことをした。きっと上手くいく。狂っている。なぜこんなことをさせた。

 

 「・・・いいや、無駄か」

 

 こんなに怯える俺を見つめる俺は、いやに冷静だった。殺してしまったことは取り消せない。モノクマは全てを見ている。ならば俺がやることは1つ。明日の学級裁判に勝つことだ。勝てるか?勝てる。負ける理由がない。あってはならない。勝たねばならない。全ての行動は想定済みだ。明日どのように動き、どのように話し、どのように結末を導くかは全てシミュレーション済みだ。俺の脳内は完璧なんだ。

 

 「ッ!」

 

 無駄に冴えている。冴えすぎだ。気付かなくていい弱点に気付いてしまう。この弱点は、文字通り命取りだ。だからこそ気付かずにいればさり気なく振る舞えたものを。なぜ気付いた。気付いてしまったら意識する。意識してしまえば素振りに現れる。それに勘付かれれば、いや、勘付かせない。知らんぷりをする。そもそも俺に『弱み』などない。そういうことになっている。

 でも実際は?『弱み』はある。だがその『弱み』は野干玉に打ち明けた。これで明日処刑される可能性は0となった。問題は、その処刑時刻を裁判中に迎えることだ。そうなれば俺の『弱み』を追及される。追及されれば野干玉と接したことがバレる。そうなれば・・・。

 

 「ううぅうぅうぅううぅうううぅぅうう!!!

 

 震えながら声にならない声をあげる。問題ない。バレなければいい。時間までに終わらせればいい。全てを終わらせた後に、『弱み』などいくらでも見せてやる。どうせ俺以外は全員いなくなる。知られたところでなんだというんだ。そうだ、冥土の土産にしてやろう。絶望するヤツらの顔に唾を吐きかけてやろう。高らかに笑ってヤツらの死を見届けよう。そして外に・・・元の世界に帰ろう。コロシアイを生き延びた“超高校級の神童”として、勝者として迎えられよう。そうすれば俺は・・・俺はようやく自分の居場所を見つけられる。“超高校級”よりも偉大なものとして存在できる。それが俺の“答え”になる。

 

 「ふふっ・・・はあっ、はははっ・・・!くくっ!はっはあ!!あああっ!!!」

 

 恐怖を吐き出すように。震えのあまり息が漏れるように。気合いを入れるように。泣き喚くように。高らかに笑うように。万事計画通りに進み安堵するように。声をあげた。もう大丈夫だ。ゆっくり眠ろう。今は。そして明日、平然と出て行けばいい。今夜のことは夢だと思えばいい。そうすれば普段と変わらずいられる。普段の俺はどうだったか。喋らなすぎてはいけない。不自然さを悟られてはいけない。だが急げ。時間までに裁判を終わらせろ。そのための『真実』も用意してある。修正もいらない。

 

 「大丈夫だ・・・きっと。俺は・・・“超高校級の神童”。不可能はない・・・万能なんだ・・・負けるはずがない・・・」

 

 掛け布団の中、焦点の合わない目で俺は繰り返す。夢も現も曖昧な時間の中で、不安な自分を奮い立たせる。大丈夫だと言い聞かせる。“超高校級の神童”に不可能はない。星砂這渡に敗北はない。俺は・・・俺は・・・。

 

 「俺は・・・“超高校級の神童”だ──

 

 布に吸われたその言葉は、自分の耳でさえ聞こえなかった。




早く書き上がりました。
ゆるーくご覧ください。


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第四章『あなたにアスを託しましょう』
(非)日常編1


【タイトルの元ネタ】
『あなたのキスを数えましょう 〜You were mine〜』(小柳ゆき/1999年)


 Door(ドア)Knock(ノック)する音がした。ボクはテルジさんといっしょにHotel(ホテル)にもどって、こなたさんたちがCourt(裁判場)にはのこってたはずだ。だけどいまのKnock(ノック)は、テルジさんだったらひくすぎる。きっとみなさんもどってきたんだ。ボクはDoor(ドア)をあけた。

 そしたら、ボクよりおっきなPink(ピンク色)のかげがおそいかかってきた。

 

 「あーんスニフく〜〜〜ん☂」

 「Yikes(きゃあっ)!?うべっ!」

 

 だきつかれたのか、のっかられたのか、どっちか分かんないけど、とにかくボクはマイムさんにたおされた。なんでマイムさんがボクにのしかかってくるんだ!?こなたさんに何かあったのか!?

 と思ったけど、まさかそんなわけないよね。そしたらマイムさんはこんなのんきにボクの上にのっかったままわんわん泣くなんて──。

 

 「Huh(はあっ)!?You're crying(泣いてんの)!?」

 「ぐすん☂悲しいよー×寂しいよー×いまマイムはすっごく泣きたいんだ・・・☂でもみんなは慰めてくれないから・・・ちーんっ!スニフくんに慰めてもらおうと思って・・・☂」

 「はあ・・・」

 

 なみだとはなみずを余ったそででふいて、マイムさんはしょんぼりしてボクを見る。なぐさめてもらおうとって言われても、ボクは何がなんだか分からないし、マイムさんが泣いてるところなんてはじめて見た。だって、マイムさんはまえに言ってた。

 

 「Clown(クラウン)はいつもSmile(笑顔)なんじゃないですか?」

 「うん・・・♣でもね、マイムはみんなに嫌われちゃったの×クラウンはバカにされても嗤われても笑顔でいられるけど、嫌われたり避けられたりしたら泣いちゃうんだ♠マイムの芸を見てくれないんじゃ笑わせられないし、何より寂しいから・・・♠」

 「でもボク、マイムさんどうやってなぐさめるか分からないです」

 「じゃあ一緒に外出よう♠そんで、踊ろう♬」

 「まあ、それなら・・・」

 

 Every morning(毎朝)、マイムさんといっしょにHotel(ホテル)のまえでDance(ダンス)するのがRoutine(日課)になってる。Yesterday(昨日)Cossack dance(コサックダンス)だったっけ。Today(今日)はなんだろう。

 

 「今日はスニフくんが大好きな日本舞踊だよ♡」

 「Excellent(やったぜ)、でもだいすきなんて言ったことないです」

 「いいからマイムのメロディーに合わせて踊ってね♡せーの、ちゃんちゃかちゃんちゃんちゃちゃんちゃちゃんちゃん♬」

 「ちゃんちゃかちゃんちゃんちゃちゃんちゃちゃんちゃん♬」

 「チックショー!!」

 「チックショー!!ってなんですかこれ」

 「日本舞踊だよー?」

 

 なんだかCheat(騙す)されてるような気がする。というか、マイムさんさっきまでないてたのに、もう今はいつもとかわんないSmile(笑顔)にもどってる。ウソなきだったのかな。そんなのするReason(理由)も分かんないけど。

 

 「スニフくんは素直で良い子だね♡きっとマイムんとこのサーカス団でも人気者になれたよ♬」

 「Circus(サーカス)ですか?マイムさんがいたらボクなんか」

 「えへへ♢そりゃマイムは天才クラウンだからね☆みんなを笑顔にする天才だからね♡だけど・・・」

 

 その場でSomersault(宙返り)して、マイムさんはえへんとむねをはる。そのAcrobatic(アクロバティック)なうごきにも、声にも、いつもとちがうところはちっともかんじなかった。でもその後に小さくつぶやいた言葉は、いつものマイムさんとはちがうくらいかんじがした。

 

 「なんだかマイム、ちょっと間違えちゃったみたい♣ここにいるみんなのことは笑顔にできないみたいなんだ・・・♣」

 「Ah・・・」

 

 そりゃそうだ、とボクは思った。マイムさんは、よくいえばPositive(ポジティブ)で、わるくいえばWho can't read between the lines(空気読めないやつ)だ。アクトさんがExecute(処刑)されたあとも、ダイスケさんが死んでたときも、ボクたちにSympathize(共感)してくれなかった。

 

 「みんなを笑顔にできないクラウンに存在価値なんてないんだ♠団長によく言われたよ♣お客を笑顔にできないんじゃパンクズだってもらえないの♠鞭で叩かれるし水をかけられるし・・・ライオンの餌にされちゃった子もいたなあ♠」

 「あ、あのう、マイムさん。ボクもうRoom(お部屋)かえっていいですか?」

 「だけど、今はスニフくんがマイムで笑ってくれるもんね♡スニフくんはマイムのこと好きだもんね♬」

 「Huh(はあ)?ボ、ボクはこなたさんがすきです!」

 「そうじゃなくて、マイムで笑顔になってくれるし、嫌いじゃないもんね♬」

 「は、はあ・・・まあ、きらいじゃないです」

 「じゃあ好きなんだよ♡えへへ☆」

 

 そう言って、マイムさんはボクの手をにぎってShake(ぶんぶん振る)した。なんだかいつもより、うれしそうなSmile(笑顔)だった。

 

 「ああ、マさ、んし、たす、か

 「そうなんだね♡マイムにはスニフくんがいるんだもんね♡うんうん♬スニフくんはマイムで笑ってくれるんだよね♬うれしいなっ♡うれしいなっ♡」

 「?、、?」

 「つまりマイムにはスニフくんが必要ってことだよ♬」

 

 なんだかよく分からないけど、ボクはマイムさんにとってNecessary(必要不可欠)らしい。なんでボクなんだろう、とWonder(不思議に思う)だったけど、Lady(女性)Necessary(必要不可欠)だって言われていやな気もちにはならない。よろこんでおくことにした。

 

 「あ

 「えへへ♡」

 

 なんだかそのSmile(笑顔)は、今までのStage smile(営業スマイル)とはちがって、マイムさんのホントの気もちのものなんだって、なぜだか分かった。そんなSpecial smile(特別な笑顔)をされるなんて、これがダイスケさんが言ってたモテキかな。あとでこなたさんのとこに行ってみようかな。


 星砂がモノクマに殺されてから、一日経った。オレはまた朝早く起きて、朝飯を用意する。今日はおにぎりと豚汁と沢庵だ。あんまり料理する気になれねえ。鍋を火にかけて下拵えした材料と水を入れる。炊けた米と具を合わせて、軽くリズムよく握る。刻んだ沢庵を皿に並べる。分かってたはずなのに、そこで気が付いた。

 

 「・・・ちっくしょ」

 

 ()()()()。今度は12人前だ。コロシアイの度に人数が減って、その度に作りすぎて余計にその事実を思い知らされる。やっと減った人数で間違えなくなったと思ったら、また誰かがいなくなる。そんなことの繰り返しが、もう3回だ。いや、皆桐のヤツも入れたら4回か。

 飯に罪はねえし、どんなヤツだって飯を食う権利くらいある。でも余るくらいなら、最初から作らなきゃいいんじゃねえか。そもそもオレがみんなのために飯を作ってんのは、ここから協力して脱出するのを支えるためだ。人殺しなんかのために作ってるわけじゃねえ。須磨倉も、相模も、星砂も、オレは信用して飯を食わせてやってたのに、裏切った。

 

 「なんでオレ・・・こんなことしてんだ」

 

 並びすぎたおにぎりの皿を見てると、何もかもが嫌になる。沸騰してる鍋の豚汁に気付いたとき、オレは久し振りに料理に失敗した。


 「おっはよお・・・あり?」

 「あ、おはよう。納見君。また寝癖すごいね」

 「ああ・・・そんなことよりい、また下越氏は失踪したのかい?」

 「ううん。なんか落ち込んじゃってて・・・取りあえず今日はおにぎりと沢庵しか用意できないって」

 

 そう言って朝ご飯を食べる研前氏の前のテ〜ブルには、大きなお櫃が1つと、ツナ缶とマヨネ〜ズや梅干しの壺や削り節の山、ゴマに油揚げにねぎだれに食べられる調味料類・・・ご飯のお供な顔ぶれが所狭しと並んでた。どれも手を付けた形跡があるっていうことはあ、そういうことなんだろうねえ。

 

 「ちょっと昨日の夜あんまり食べられなくて、今朝お腹空いちゃって・・・」

 「う〜ん、研前氏の大食っぷりは知ってるから別段驚かないけどお、よくこれだけ探してきたねえ」

 「納見君もいる?おにぎり握るよ?」

 「そんじゃあ梅干しのとお、納豆とラー油の貰おうかなあ」

 「うん」

 

 手際よく研前氏がおにぎりを握る。下越氏の姿はないけれど、前みたいにまた新しいエリアに勝手に行って行方不明なんてことにはなってないだろうね。少なくとも研前氏は顔を合わせてるみたいだし。

 その後、一緒にやってきたスニフ氏が研前氏のおにぎりに大興奮して、雷堂氏はラインナップに目を白黒させてた。極氏と荒川氏は相変わらずク〜ルなリアクションで、正地氏はまだ暗い雰囲気は残しながらもなるべく普段通りにしようと務めてるのが透けて見えた。そして、最後に問題の彼女がやって来た。

 

 「おっはろ〜♡みんなよく眠れたかなっ♬」

 「Morning(おはー)です」

 「・・・」

 「What(あれ)?みなさんどうしましたか?」

 「ねむたいんでしょ♡ねえねえスニフくん♬マイムもおにぎり食べたいなー♬」

 「こなたさんが作ってくれますよ。こなたさんがHold(にぎる)したおにぎりですよ!」

 「鼻息荒いよスニフくん♬気持ち悪っ♡」

 

 昨日の事情を知らないのは、スニフ氏と下越氏だけだ。あの後、きちんと伝えるべきかとも思ったけれど、今のスニフ氏にそんなしがらみを与えても仕方がない。ただでさえ星砂氏を追い詰めたことに責任を感じてるのに、こんな子供にそんな気苦労を懸けさせるのは忍びない。だけどスニフ氏は賢い子だから、おれたちの雰囲気から気取られるかも知れないね。

 

 「研前氏ももっと食べなよお。虚戈氏にはおれのおすすめの具を振る舞ってあげるよお」

 「えっ・・・わーい♡ヤスイチのオススメ♡」

 

 席を立つと、スニフ氏以外からおかしなものを見る眼で見られた。そりゃあ昨日あんなことがあってえ、なんとなく虚戈氏とは関わらないような雰囲気ができ始めてる中でそんなことをしたらあ、白い目で見られるかも知れないねえ。だけど今のおれたちにとってはちょっとした不和も次のコロシアイの火種になりかねないし、モノクマはそこを利用してくるはず。

 

 「おいしー♡」

 「納見君・・・?

 「スニフ氏に苦労かけたくないだろお?

 「だけど、昨日あんなことがあったのに・・・それに正地さんの気持ちも・・・

 「ケンカすればモノクマの思う壺だよお。仲良くする必要はないけれどお、最低限のコミュニケーションくらいは取らないとねえ

 

 おにぎりを頬張る虚戈氏を見て、研前氏は迷う。他のみんなも、虚戈氏にどう接すればいいか困ってるみたいだ。まあおれくらい能天気になれる人なんてそうそういないけどねえ。

 

 「呼んだ!!??」

 「呼んでないからすぐ用事を済ませて消えろ」

 「流れるような暴言ごちそうさまでェーッす!!でも消えるわけにはいかないのです!!ギスついたオマエラの関係性をもっとギスギスゴワゴワにしてやるのです!!まるでボディーソープで頭を洗ってしまったときのように!!」

 「Image(想像)しただけでイヤです・・・」

 「来ちゃったかあ」

 

 厨房から飛び出してきたモノクマが、テ〜ブルの上でくるくる回る。なんでそんなにテンション高いのかねえ。極氏や雷堂氏はそれを冷ややかに睨んで、研前氏や正地氏は困ったように目線を逸らしていた。毎度のことだから、何があるかはだいたい分かってる。

 

 「せっかく全員揃ったことだから、ボクからオマエラに嬉しいお知らせを持ってきたよん」

 「全員?下越がいないだろ」

 「発表があるからこないとおしおきだよって言ったら来たよ!もうそこの角を曲がって現れるからね!」

 「ホントだ♫おーいテルジー♡」

 「・・・」

 

 モノクマの言う通り、下越氏は浮かない足取りで柱の陰から現れた。前回と違ってただ部屋にいただけなら、無理矢理連れて来られることもあるってことだねえ。笑顔で手を振る虚戈氏に、下越は視線だけで返事して、食堂にも入らずモノクマが見える位置で立ち止まった。いつもの元気は全くない。

 

 「はい!それではスーパープリチーなモノクマからお知らせです!三度の学級裁判を乗り越えたオマエラにスペシャルなご褒美!新しいエリアを3つ開放!そしてモノクマランドのアトラクションも開放!さらに!デデドン!今までのアトラクションを一部リニューアルして、規模も演出もギミックも何もかもがスケールアップした新バージョンにアップデートしました!」

 「スマホゲームみたいだねえ」

 「より遊びやすくなったモノクマランドを、今後とも是非よろしくお願いします!」

 「やっぱりスマホゲームじゃあないかあ!」

 「どうせそのアトラクションというのも、処刑装置なのだろう?一歩間違えれば死ぬようなもの、何をどうしようが近づくものか」

 

 3回も見たらさすがに鈍いおれだって分かる。須磨倉氏はスプラッシュコ〜スタ〜、相模氏はフリ〜フォ〜ル、星砂氏はモノクマ城。モノクマランドにあるアトラクションはどれもこれも、処刑のときを待つ物騒な装置だ。怖くて遊べって言われたって遊べないねえ。

 

 「しょ、しょんな・・・!?じゃあボクの徹夜の努力は!?サビ残に次ぐサビ残でやっとこさ仕上げた血と涙の結晶は!?」

 「無駄無駄無駄ァッ!!だねー♡」

 「ショーーーック!!」

 「だから用が済んだんならさっさと消えておくれよお」

 「ふーんだっ!オマエラのバカ!もう知らない!」

 「意外と素直に引き下がったな・・・」

 

 当然のことを言っただけなのに、モノクマはえらくがっかりした様子で姿を消した。むしろこのリアクションが想像できないわけがないだろうにねえ。

 さて、朝食も済んだおれたちは、早速新しく開放されたエリアの探索に向かうことにした。開放されたエリアは3つ。ここには9人いるから普通に考えたら3人ずつなんだけどお・・・。

 

 「正地さん、大丈夫?部屋で休んでた方がいいんじゃない?」

 「・・・ううん、みんなが頑張ってるんですもの。私だけ休んでるわけにはいかないわ」

 「無理はしなくていい。探索だけなら多少人が少なくても──」

 「いいの。心配ばっかりかけてられないじゃない」

 「分かった。じゃあ、研前は正地と一緒に行ってくれ。何かあったらすぐここに戻ってくるんだ」

 「下越氏はどうだい?」

 「オ、オレも・・・探索くらいだったらできるぞ。部屋でじっとしてるより身体動かした方が気が紛れるしさ・・・」

 「はいはいはーい♡マイム、ワタルとスニフくんと一緒がいいなっ☆」

 「あわっ!?ボ、ボクですか?」

 「お、おい・・・」

 「えへへー♡両手に花って感じー?」

 「そんじゃあおれは正地氏と研前氏について行こうかなあ。一応男手があった方がいいだろお?」

 「本当に一応という感じだが・・・フフフ、やはり組み分けで私は余り者になる運命か・・・」

 「ちょうどいいんじゃないか?私と下越と荒川で」

 

 そう言って、極氏は雷堂氏に目配せした。虚戈氏に気を付けるように、というような意味だろう。雷堂氏も虚戈氏に腕を引かれてバランスを崩しながら、その視線に戸惑いつつ応えてる。あっちの班はもう任せていいみたいだねえ。下越氏を励ますには極氏みたいに気の強い人がいいだろうし、おれは正地氏のケアに回らせてもらうことにするよお。


 巨大なゲートが音を立てて開く。何度こうして新しいエリアに足を踏み入れながら、脱出への期待を裏切られてきたことだろう。いや、モノクマにしてみれば、開放しても脱出の手立てなどないエリアを開放しているのだろうから、そんなことを期待するだけ甘いということか。

 向こう側のエリアの空気は乾燥していて、ゲートが動いたときに舞い上がった土埃が視界をぼやかす。その奥に見えるのは、赤土色の景色だった。削り出した石を敷き詰めた道や、モノクマを象ったようなオブジェの数々、壁には細かな装飾が施され、巨大な建造物は3つの入口を開けて私たちを待ち構えていた。

 

 「・・・なんだこれは」

 「納見はこっちのチームに入るべきだったな。こういったものはヤツの管轄だろう」

 「いや、私も多少は興味がある」

 「でっけぇ・・・まるで遺跡じゃねえか」

 

 下越の言う通り、私たちの前に現れたのは遺跡だった。一体どこのいつほどの文明の遺したものをモチーフにしているのか、はたまたモノクマが勝手なイメージで造り上げたものなのか、様式も構造もモデルの見当が付かない。

 

 「入口は3つあるが・・・それぞれに探索する、というわけにはいかんだろうな。何が仕掛けてあるか分からない」

 「入るのかこれに!?めっちゃ怖えじゃねえかよ!」

 「モノクマが用意したものだ。直接命を奪うような仕掛けはヤツの意向に反するはずだ。3人でまとまって入ろう」

 「もしものときは頼りにしているぞ二人とも。私は見ての通り、現実的な危機対応能力に乏しい!」

 「善処しよう」

 

 全く頼りにならない荒川と、身体を使うことにかけては頼りがいのありそうな下越と、遺跡探索をすることにした。3つの入口にはそれぞれ名前が付けられているようだ。石に彫られたそれを読んでみる。

 

 「左から、壁画の道、神聖の道、冒険の道とあるな」

 「壁画の道でいいだろう。唯一中が想像できてかつ危険でなさそうだ」

 「オレもそれでいいぜ」

 「ではそうしよう」

 

 迷うこともなく、壁画の道を行く。中も外と同じように赤土色の石が重なってできた道で、等間隔に並んだ蝋燭型の照明機器で明るく照らされている。埃っぽく、蝋燭型照明のせいで気温も高い。左手の壁には早速、壁画らしきものが展示されていて、どうやらこれを見て進むだけの道のようだ。ただそれだけの道なのだが、どうもそうはいかないようだ。

 

 「悪趣味だな」だな」だな」

 「いや、案外なにか重要なことを示しているのかも知れないぞ。神話か、歴史か、はたまた予言か」言か」言か」

 「気持ち悪い絵だな」だな」だな」

 「モノクマが用意したのだろう。醜悪で当然。だがそこに込められた意味が何かは別問題だ。見た目で物事を判断するとは愚かしいぞ。フフフ・・・私は見た目で判断されてきたからな」らな」らな」

 「説得力がちげえな・・・」えな・・・」えな・・・」

 

 壁画は奥に進むにつれて物語が進行する造りになっていて、はじめは妙に派手な色合いで描かれた少女と地味な色の少女の二人が並んでいるところからで、どうやらその二人が主人公らしい。その時点で遺跡に遺された壁画らしくはないのだが、そこからは一体何が目的なのかさえ分からないほど、血生臭い絵が続く。血まみれの死体の山があり、憎悪や嫉妬に渦巻くどす黒い狂人があり、凄惨な殺戮を描いたものもあり。とても見るに堪えない。

 

 「うげぇっ・・・見てらんねえよ」えよ」えよ」

 「無理に見ることはないぞ。ただでさえお前はいま精神的に参っているのだから」から」から」

 「いや、そうなんだけどよ・・・なんつうか、つい目が惹かれるっつうかさ」かさ」かさ」

 「分かるぞ下越。恐怖の対象、嫌悪を催す異物、醜い奇異なる物体・・・人間とは知らないものを恐れ、排除し、知りたがるものだ。拒絶心の内にある好奇心に気付くことは大切なことだ」とだ」とだ」

 「荒川は随分と機嫌が良いようだが」だが」だが」

 「フフフ・・・そろそろ頭脳派メンバーとして頭角を現すときと思ってな」てな」てな」

 

 なんだかよく分からんが、どうやら荒川はこの壁画に興味があるようだ。無造作に投げ捨てられたバラバラ死体、先程の少女の一人を筆頭に怪しげな文様の元に集まった人々、殺人と処刑が繰り返される凄惨な光景、最後にはどこかも分からない孤島でも、殺人と処刑が繰り返されている。

 

 「少しでもまともなものを期待した私が馬鹿だった」だった」だった」

 「まあ、想像の域を出ない程度には下劣だった」だった」だった」

 

 壁画が途切れると間もなく、遺跡の中心部と思しき空間に出た。狭く暗い通路とは違い、天井が高く穴が開いている。大きな宝石型の照明に照らされていて部屋のすみずみまで明るい。見ると、私たちが通ってきた以外の道からもここに続いているようだった。目立つものと言えば、その宝石の前にある祭壇くらい。外と同じように得体の知れない彫刻が施されていることと、頂上に台座があることくらいだ。丁度、人1人横になれるくらいの。

 

 「なんだここ」ここ」

 「フフフ・・・宗教的な香りがするな。祭壇の両脇に松明、てっぺんは吹き抜け、生贄の安置場所・・・だとすれば信仰しているのは自然神か?」神か?」

 「拘束具まで用意してある。モノクマの意向が透けて見えるようだ」うだ」

 「・・・そりゃあ、また誰かが誰かを殺すっつってんのかよ」かよ」

 「少なくともモノクマはそうなるよう仕向けてくるだろう。我々が拒む拒まざるに関わらず、な」な」

 

 もはや、もうコロシアイは起きない、これ以上誰も死なせない、などは虚しい絵空事でしかない。三度もコロシアイが起き、おそらく再びコロシアイは起きる。誰でもそう考えていることだろう。だからこそ、下越や正地のように精神的に草臥れている者は危険なのだ。狙うにしろ狙われるにしろ、精神の脆さは行動に表れる。

 

 「どうやらこのエリアはモノクマが私たちにコロシアイをしやすくするために用意したようだ。無駄足だったな」たな」

 「用が済んだんならさっさと帰ろうぜ。こんなところにいたら気分悪くなってくる」くる」

 「私は興味深いがな。生贄という文化は遍く世界に存在していたが、これは即ち生命という概念が普遍的に重んじられていたことを意味する。なぜ命は尊ばれるのか・・・実に興味深い」深い」

 「こええこと言ってんなよ。命がどうとか・・・」とか・・・」

 「本来私はこういう人間だ。錬金術師というのも希望ヶ峰学園が勝手に言っているだけだが、専ら私を表す言葉はマッドサイエンティストだった。生命現象について深く知ろうとすればするほど、どうやら周囲には闇が深いように映るらしい」しい」

 「今更お前の趣味を否定することはしないが、状況を弁えろとだけ言っておく」おく」

 

 さっさとこの祭壇の間から出て行ってしまった下越を追いかけて、私と荒川はまた暗い道へ入って行く。しかし道を進んで少ししてから気付く。この道、さっき来た道と違わないか?

 

 「おい下越──」

 「どああああっ!!?ああっ!!?」ああっ!!?」ああっ!!?」ああっ!!?」

 「ッ!!伏せろ荒川!!」川!!」川!!」

 「のあっ!!?」あっ!!?」あっ!!?」

 

 名前を呼ぶか呼ばないかというときに聞こえてきた下越の悲鳴、そして石が擦れる音から、咄嗟に危険を感じ取った。微かに見える、視線より上の位置に迫り来る得体の知れない物体の動きを見極め、隣にいた荒川もろとも地面に伏せる。急なことだったから荒川に受け身を取らせる余裕もなかった。

 

 「だ、大丈夫かお前らー!?っていうか助けてくれー!」くれー!」くれー!」

 「下越のヤツめ・・・一体何をしたというのだ・・・。おい!そこから動くな!指一本動かすな!」すな!」すな!」

 「動けねーんだよ!」だよ!」だよ!」

 

 先が暗くてよく見えないので、下越の声のする方へ進んでみる。徐々に見えてくる下越の有様に、私は言葉も出なかった。一体何をしているのか、通路を横断する鉄杭を絶妙に躱した妙な姿勢のまま、ピクリとも動かない。さっきの謎の物体といい、ちょっと目を離した隙に何があったのだ。

 

 「助けてくれ極!」極!」極!」

 「ただの鉄杭ではないか。自力で引っこ抜け」抜け」抜け」

 「できるか!!っつーか死ぬとこだこんなもん!!」もん!!」もん!!」

 「手のかかるヤツだ全く。一体何をどうしたらこんな状況になる」なる」なる」

 

 どうやら動けないのは本当らしいので、仕方なく引き抜くのを手伝ってやった。少し力を込めれば簡単に引き抜けるが、先端は鋭く尖っていて、こんなもので突き刺されようものならひとたまりもないだろう代物であることは見て分かった。

 

 「普通にこの道歩いてただけだよ。そしたら足下の石が一個凹んで石が飛んでくるわ、よろけて壁に手ついたらこんな物騒なもんが壁から飛び出してくるわ」るわ」るわ」

 「遺跡探検のお約束のような罠だらけだな。次は巨石でも転がってきそうだ」うだ」うだ」

 「こえーこと言うなよ!」なよ!」なよ!」

 「どうやら行きとは異なる道を選んでしまったようだ。戻るか?」るか?」るか?」

 「戻るにしたって怖えぞこんなとこ。まだモノクマ城の下水の方がマシだ」シだ」シだ」

 「そうも言ってられないだろう。一旦さっきの祭壇の間まで戻ろッ──」

 「どおあっ!!?き、きわみぃぃいいいい!!?」いい!!?」いい!!?」

 

 衝撃が走った。ものの喩えではなく、実際に私の身体を強い衝撃が駆け抜けた。足の裏からつむじまで。転びそうになるのをぐっと堪え、なんとかその場は踏みとどまった。

 

 「また罠か」罠か」罠か」

 「れれれ冷静に言ってる場合かよ!?足お前!!足!!」足!!」足!!」

 

 足下を見ると、これまた定番の罠が仕掛けられていた。踏み込んだ石がスイッチとなって、敷き詰められた石の隙間から夥しい数の針が飛び出してきていた。もしここで転びでもしたら・・・考えるのはよそう。幸い、下越のいる位置は罠の範囲外のようだ。サンダルでは大怪我は免れなかっただろう。

 

 「怪我はないようだな、下越」越」越」

 「オレよりお前だろ!大丈夫なのかよ!?大丈夫なわけねーだろ!」だろ!」だろ!」

 「大丈夫だ」夫だ」夫だ」

 「大丈夫なのかよ!なんでだよ!」だよ!」だよ!」

 「この靴の底には、鉄板が仕込んである。ちょっとやそっとの針で貫通するようなやわい靴は履いていない」ない」ない」

 

 片足を上げて、貫通していないことを見せる。軽く叩くと鉄の甲高い音がする。少々重いが、安全には代えられない。まさかこんなところで、この靴を履いていて良かったと思う瞬間があるとは。私も意外だった。

 

 「なんで当たり前みてえに靴に鉄板仕込んでんだよ!」だよ!」だよ!」

 「まあなんだ・・・安全上の理由だ。もしものときのために攻撃力は上げておいた方がいいだろう」ろう」ろう」

 「靴に攻撃力求めたことねえよ!」えよ!」えよ!」

 

 この靴で防げる程度の罠ならばまだしも、この道にはまだまだ色んなものが仕掛けられていそうだ。慎重に戻らねば、無事ではすまんだろう。モノクマのヤツめ、一体何を考えているのやら。

 

 「そう言えば荒川はどうした?」した?」した?」

 「なぬっ」なぬっ」なぬっ」

 

 下越に指摘されるまで気付かなかった。そう言えば、最初の罠を回避してその場に伏せたまま、ついて来ていないな。うっかり置いてきてしまった。不用意に動いて罠にかかってなどいまいな。そう願いつつも慎重に、かつ急いで来た道を戻る。すると、案の定荒川は入口の近くの地面に這い蹲ってじたばたしていた。

 

 「・・・何をしているんだ、荒川」川」川」

 「その声は極だな。いきなり私に床を舐めさせたと思ったらひとりぼっちにしおって。久し振りにやられたから泣くところだ」ろだ」ろだ」

 「す、すまん・・・で、何をしているかは聞いていいのか?」のか?」のか?」

 「その辺に私のメガネが落ちているはずなのだが、探してくれないか。一向に見つからんのだ。メガネメガネ・・・」ガネ・・・」ガネ・・・」

 「ずっと探してたのかよ!目の前にあるだろ!どんだけ目ェ悪いんだよ!」だよ!」だよ!」

 「どうやらこの辺には罠は仕掛けられていないようだ。怪我の功名といったところか」ろか」ろか」

 

 荒川のメガネを拾ってやり、土の付いた白衣を払って再び祭壇の間に戻った。おそらく、今の罠だらけの道が冒険の道というヤツだろう。残る神聖の道というのもどうせろくなものではない。気分は悪いが、壁画の道を戻ることにした。


 「見て見て2人とも。この建物にこんなものがあったよ。似合うかな?」

 

 庇の付いた窓からひょっこり顔を出した研前さんは、大きなテンガロンハットに赤いスカーフと革のジャケットを着ていた。カウガールのコスプレなんかして、無邪気にはしゃいでる。私は両側に並んだ木造の建物の間を抜ける乾いた風に吹かれながら、その様子をただ眺めていた。

 

 「あれ?納見君は?」

 「さあ・・・いつの間にかいなくなっちゃってたけど・・・」

 「こっちだよお〜。どっちでもいいから助けておくれよお〜

 「?」

 

 微かに聞こえる声に従って、駐在所のドアを開いた。簡素な椅子とテーブルと、古めかしい通信機器のおもちゃが置いてあるだけ。なぜか大きなサングラスが壁に所狭しと並べられてる以外は殺風景な部屋。そのすぐ隣には、鉄格子だけでできた牢屋があった。納見くんはその中で情けない声を出して助けを求めてた。

 

 「あ、正地氏い。お願いだからそこの鍵でここ開けとくれよお」

 「どうしたのよ」

 「中を調べようと思ったら間違えてドアを閉めちゃってさあ。勝手に鍵がかかってこの通りさあ。絶妙にここからじゃあ腕の長さが足りないしい」

 「もう。手間がかかるわね」

 

 言われた通り、テーブルの上に置いてあった鍵で牢屋を開けてあげた。蝶番が錆びてるみたいで、開くと甲高い音が部屋中に響く。

 

 「気を付けなくちゃダメよ。何があるか分からないんだから」

 「いやあ、助かったよお。研前氏の方はどうしたんだい?」

 「カウガールのコスプレしてたわ」

 「そりゃあ是非お目にかかりたいねえ」

 「もう、ふざけてばっかいないでちゃんと探索してよ。私だってサボテン園の探索したんだからね」

 

 私と研前さんと納見くんは、新しく開放されたウエスタンエリアの探索をしていた。西部劇の街並みと周りの荒野を再現したようなエリアで、サボテン園と街と牧場があることが分かったから、それぞれ手分けして探索することになった。私はサボテン園の探索を担当した。探索と言っても、色んなサボテンが植えてあるくらいしか分かったことはないんだけれど。

 

 「ほら、あっちのおっきな建物とか、ちゃんと調べてよ。私は研前さんを連れてくるから」

 「結局は正地氏が仕切ってくれるんだねえ」

 「あなたたちがちゃんとしてくれないからでしょ」

 

 能天気なことを言いながら納見くんは建物に入っていく。建物の数は少ないとは言え、1人で探索するには時間がかかる。だからサボテン園と牧場の探索が終わったら私たちも手伝う予定だったんだけど・・・思ったよりも納見くんは真面目に探索してくれないし、研前さんは能天気だわ。コスプレしたまま、私に寄ってきた。

 

 「正地さん、牧場の探索終わったよ。といっても、生き物がいないからただの草っ原だったけど。一応干し草の山とかフォークとか、牧場っぽいものはあったけど」

 「そう・・・」

 「うん?疲れてる?」

 「疲れるわよそりゃ・・・。まだ昨日のことだって片付いてないのに、2人とも真面目に探索してくれないし・・・」

 「あ・・・ご、ごめんね。そ、そうだよね」

 

 そう言って研前さんはテンガロンハットと革ジャンとスカーフをとって丸めた。別に責めるつもりはないんだけれど、自分でも分かるくらい今、私は余裕がない。

 

 「はあ・・・」

 「取りあえずさ、座ろうよ。探索は納見君に任せて」

 「任せて大丈夫かしら」

 「・・・多分」

 

 やっぱりまだ不安だけど、取りあえず陽射しを避けるために私と研前さんは納見くんの入って行った建物に入る。いくつかのテーブルと椅子があちこちに並んで、吹き抜けになった二階に続く階段とバーカウンターが目に付いた。天井の真ん中に簡素なシャンデリアがぶら下がっていて、なんとなく薄暗い店内には、仄かにアルコールの匂いが漂っていた。

 

 「酒場だね。本当に西部劇の映画の中に入っちゃったみたい」

 「そうね」

 

 適当な椅子に腰掛けて、深くため息を吐く。研前さんはバーカウンターから牛乳を持ってきて、2つ並べたグラスに注いだ。

 

 「優しいね、正地さんは」

 「え、なにが?」

 「私たちのことを心配してくれてるでしょ?今、一番辛いのは正地さんのはずなのに」

 「・・・みんな辛いわ。私だけが特別辛いなんてこと」

 「どうなのかな。正地さんがそう思うんならそうなのかも知れない。私は、そうは思わないけどなあ」

 

 私の隣に座って目線は合ってないけれど、向かい合って言われてるような気がした。昨日のことが辛いのは、きっとみんな一緒のはず。だって、一気に3人も友達がいなくなったんだもの。それは星砂くんの心の弱さのためで、私たちが気付いて助けてあげられてたら、違う結果になっていたかも知れない。

 

 「そんなことないわ。みんな同じだけ傷ついてるのよ。だって、こんなの防げた事件じゃない」

 「そう思う?」

 「もっと早く星砂くんの気持ちに気付いてあげてたら、あんな事件は起こらなかったかも知れない。たまちゃんに、『弱み』を知られたことや“死の商人”に怯えてたことを大丈夫だって言ってあげてれば、事件に巻き込まれなかったかも知れない。鉄くんだって・・・“死の商人”だからって気にすることなんか何もないって、助けてあげられてたら・・・」

 「うんうん。そうだよ。きっとそうすれば、殺人なんて起きなかったんだ」

 「え・・・」

 「あのとき、相模さんの映画じゃなくて城之内君とたまちゃんのステージを先に観に行ってたら、城之内君は死なずに済んだかも知れない。茅ヶ崎さんが雷堂君におにぎりを作るのを止めさせて、部屋に帰してればコロシアイなんか起きなかったかも知れない。ほんの些細なことだったんだよ。私たちが間違えちゃったのは」

 

 思い出しながら、その度に悲しそうに、悔しそうに、研前さんは俯く。確かにそうだったかも知れない。思い返してみれば、ほんの少しでも誰かの行動が違ってたら、結果は全く違ったかも知れない。だけどそれは逆に言えば、自分の命が喪われてた可能性もあったし、裁判で誰かが失楽園になっていた可能性もあった。

 

 「だから、私たちがここでこうして生きてるのも、いなくなったみんなのことを悲しんでいられるのも、たった1つの可能性でしかなかったんだよ。誰の責任でもない、そういう運命だったんだよ」

 「運命って・・・それじゃあ、研前さんは鉄くんが殺されたことも受け入れるっていうの?こんなひどいことになるのを、運命だからって言って納得するっていうの!?」

 「ううん。納得なんかしてないよ・・・だって、みんな死ぬ必要なんかなかったんだもん。だけどそういう運命だった。だから私は・・・そんな悲しい運命を受け入れて生きる。それが、生き残った人の責任だと思うんだ」

 

 研前さんが何を言っているのか分からなかった。鉄くんたちが死んだのが運命だなんて、そんないい加減な言葉で納得なんかできない。そもそも研前さんの言ってることは矛盾してる。私たちがこうして生きてることも、他のみんなが死んだことも全ては運命だなんて言う。納得してないのに、受け入れるって。何が何だか分からない。

 

 「あんまり詳しいことは言いたくなんだけどさ、私、こういうの初めてじゃないんだよね。こんなに近くにいる人が、こんなにたくさん死んじゃうことは初めてだけど・・・誰かが犠牲になって私が助かるなんて、よくあるんだ」

 「・・・それって、あなたの幸運と関係あるの?」

 「あ、バレちゃった。うん、まあ、そうなんだよね。それが私の幸運なの」

 

 腕から聞こえてきた機械音に、私の頭の奥がズキンと痛んだ。たった数回しか聞いてないのに、何度も聴かされたような気になる、あの音。誰かの『弱み』が明かされたことを意味する音だ。つまり、今のが研前さんの『弱み』?誰かの犠牲で自分が助かる幸運って・・・。

 そこで、私の脳裏に茅ヶ崎さんの死体と須磨倉くんの死に際の顔がフラッシュバックする。そうだ。確かあのとき、須磨倉くんが元々狙っていたのは研前さんだった。結果的に茅ヶ崎さんが殺されたのは、たまたま須磨倉くんと鉢合わせてしまったからだった。幸運と言うにはあまりに残酷な偶然だけど、研前さんの幸運の正体がそうだとしたら・・・。

 

 「で、でも・・・研前さん、そんなこと一度も・・・」

 「茅ヶ崎さんが殺されたのはただの偶然。そんなのは分かってるんだ。だけど、今までの経験が、状況が、私の“才能”が、私のせいで茅ヶ崎さんが死んだんだって責めるんだ。否定する気も起きないほど」

 「今までずっと、それを抱えてたの?誰にも言わずに・・・1人で?」

 「茅ヶ崎さんの裁判の後で、スニフ君にだけは話したんだけどね」

 「どうして・・・どうしてそんな風に笑ってられるのよ・・・!?直接何もしてないとはいえ自分の“才能”のせいで茅ヶ崎さんが殺されたんだって思ってるなら・・・どうして・・・!?」

 「そうしてることが、生き残ってしまった私の責任だからだよ」

 

 牛乳の入ったグラスを握り締めて、研前さんが物憂げな目で語る。口角は上がっているけれど、その表情は決して笑っているなんて風には言えなかった。そんな風に笑うなんて・・・いいえ、研前さんの幸運の正体を知ったからそう見えるのかも知れない。ずっと、()()が研前さんの笑顔だったのかも知れない。

 

 「自分の幸運がなんなのか気付いてから、私はずっと考えてるんだ。きっと、私が生きてるこの時間を生きたかった人がいる。本当なら私がいるここにいたはずの人がいる。だけど、私はここでこの時間を生きてる。それが私の幸運のせいなんだとしたら、私はどうするべきなんだろうって」

 

 静かに、研前さんは呟く。誰かの犠牲で自分が助かる幸運、そんな“才能”を持ってしまったと思ったら・・・茅ヶ崎さんみたいな人が、今までの人生で何人もいるとしたら・・・そんなの考えただけで苦しくなる。自分のせいで、いつどこで誰かが死ぬか分からないなんて・・・。

 

 「後ろを見ると、いなくなった人たちのことを悲しんで、暗くなっちゃうんだよね。だけど、きっとその人たちはそんな風に生きたかったわけじゃない。今この瞬間を楽しく、明るく生きたかったと思うんだ。だったらそれができる私が暗くなってたら、それこそいなくなった人たちに悪いんじゃないかって。そう思うんだよね。だからって、もういない人を悲しむことが悪いってことじゃなくて・・・その人たちがいないことを、受け入れて未来に進むとか。みんなの分まで生きるとか。そんな感じかな。上手く言えないんだけど」

 

 薄く笑う研前さんの表情は、まだ冷たかった。きっと研前さんは、私が想像もできない数の人との別れを経験してるんだと思う。それなのに、だからこそ、そうやって考えることができるようになったんだ。いなくなった人の分まで生きる。聞き慣れた言葉だけど、いざそういう状況に直面した私にはできそうになかった。研前さんの話を聞くまでは。

 

 「鉄くんの分まで・・・たまちゃんや星砂くん、みんなの分も、私たちが生きるべきなのかしら」

 「どうなのかな。私もよく分からないや。だけど、暗くなるのだけは間違ってると思う。すぐに立ち直るのは難しいと思うけど、やっぱり前を向いて歩かないと危ないからね。まだ生きてる私たちには、未来も希望もあるんだよ」

 

 鉄くんは言っていた。ここを出て元の場所に戻れたら、お姉さんと決別して自分の思うままに刀を打つんだって。それは叶わない想いになってしまったけれど、私がお姉さんにその気持ちを伝えることはできる。たまちゃんが命を奪われる危険を冒してまで守ろうとした秘密を、守ることができる。いなくなった人のために、まだできることがあるんだ。

 そう気付くと、さっきよりも視線を上げることができるようになった。モノクマランドを生きて出て、みんなの想いを遂げたり、守ったりできる。まだ私は生きてるから。

 

 「ありがとう、研前さん。私のために『弱み』まで打ち明けてくれて」

 「ううん、いいよ。それに、いずれ私の幸運のことはみんなに話さなくちゃいけないかなって思ってたんだよね。勢いで正地さんに打ち明けちゃったときはヒヤっとしたけど、安心したよ。案外みんな、すんなり受け入れてくれるかも」

 「そうね。私とスニフ君だって味方だもの。きっと大丈夫よ」

 

 さっきよりも明るい笑顔を見せてくれた研前さんと、牛乳で乾杯した。思いがけない形で研前さんの『弱み』を知ることになってしまったけど、きっとみんなも受け入れてくれるはず。それに、私はこんなところでくよくよしてる場合じゃないんだって分かった。そうよ、私は按摩なんだから。みんなをリフレッシュさせて元気づけるのが私の“才能”だもの。私がみんなを支えなくちゃ。

 

 「あ、納見君のことわす──」

 「ブモオオオオオオオオオオッ!!!

 「ッ!!?」

 「外からだ!」

 

 研前さんが納見くんの名前を呟いた瞬間、建物の外から物凄い大きな音が聞こえてきた。お腹の底に響くような、何かの雄叫びみたいな凄い音だった。何かあったのかと思って飛び出すと、牧場の方で激しく土煙が立ってた。

 

 「あっ!」

 「の、納見くん・・・!?」

 

 研前さんが指さした先を見る。広い牧場の真ん中で、太陽の下で黒光りするそれに、納見くんは跨がってた。向こう側が見えないほどの土煙を軌跡にしながら、牧場の中を好き放題に暴れ回る姿は、趣味の悪い装飾も相まって本当にただの暴れ牛にしか見えなかった。

 

 「うおおお〜〜〜!とぎまい〜!まさじい〜!イピイエ〜!」

 「何やってんの納見君!?それロデオマシーンだよ!危ないよ!ただでさえ運動神経ないのに!」

 「なんで西部劇の牧場にロデオがあるの?」

 「暴れ牛って西部劇のイメージっぽくないかな」

 「分からないわ・・・」

 「どうだあ〜い!?おれはちょうこうこうきゅうのカウボ〜イさあ〜!」

 「なんだかテンションおかしいわね」

 

 様子がおかしい納見くんは、ロデオの不規則な動きに抵抗する素振りも見せず、身体も頭もいいように弄ばれてる。見てるこっちが心配になるくらい散々振り回されて、よく見たらメガネもない。明日はきっと全身筋肉痛になってるわ。

 なんて呑気なことを考えてたら、ひときわ大きな揺れがきた。納見くんは当然堪える力もないから、見事に吹っ飛ばされた。

 

 「あれえええええぇぇぇぇぇ・・・・・・!!」

 「納見くーーーーーーーーーーーーーん!!?」

 「・・・・・・ぁぁぁぁぁああああああばっ!!?」

 「ほ、干し草に刺さった・・・」

 

 情けないほど見事に吹っ飛ばされた納見くんは、きれいな軌跡を描きながら干し草の山に頭から突っ込んだ。漫画みたいな光景に、思わず小さく吹き出しちゃった。干し草に突っ込んだから大した怪我はしてないと思うけれど、一応心配だから2人で駆け寄ってみる。

 思ったより深くまで刺さってたから、研前さんと2人がかりで引っ張り出した。抜けたときに頭を地面に打ったかも知れないけれど気にしないことにする。

 

 「納見くん、大丈夫?」

 「うう〜ん・・・」

 

 仰向けにして覗き込んでみると、なんだかいつもより顔が赤らんでた。目の焦点も合ってないし、呂律も回ってない。動きが鈍くて、見るからにこれは・・・。

 

 「酔っ払ってるね」

 「もしかして酒場にあるお酒飲んじゃったの?」

 「ぜ〜んぜ〜んのんでないよお〜」

 「ホントかどうか分からないね」

 「はい!ここで登場!お助けモノクマのコーナーですよ!」

 「きゃあっ!?」

 「うげっ」

 

 高校生で酔っ払いなんてシャレになってないわ。でも納見くんだったら、いくら興味があるからって勝手にお酒を飲むなんてことしないと思うんだけど・・・。そんな私たちの心配を見計らったように、モノクマが納見くんのお腹の上に降ってきた。

 

 「このモノクマランドではオマエラに清潔で美しく健やかなコロシアイをしてもらうために、未成年飲酒や未成年喫煙を厳しく禁止しております!飲む素振り、吸う素振りを見せたらモノモノウォッチのアラームが鳴るし、おしおきとまではいかないけれどボクが直接止めるよ!酒タバコは20歳になってから!」

 「変なところで真面目なんだね」

 「っていうことは、納見くんはお酒を飲んでないのに酔っ払っちゃったってこと?どういう仕組み?」

 「しらねーよ!ま、ボクが見てた限りでは、酒場の空気に酔っちゃったんじゃない?取りあえずこんなところでウダウダされてちゃ迷惑だし吐かれても困るから、ボクが部屋に送っておいてあげるよ。モノクマもたまには優しいのです」

 「お礼は言わないわよ」

 「ありがとねえ〜」

 「いいってことよ!」

 

 やっぱりモノクマが出てくると空気が悪くなる。酔ってるせいか空気の読めない納見くんだけがお礼を言って、どこからか現れたカウボーイモノクマが馬に乗せて走り去っていった。酒場の空気に酔っちゃうなんて、よっぽどアルコールに耐性がないのね、納見くん。

 

 「取りあえず探索もだいたい済んだし、ホテル戻る?」

 「そうね」


 やけに派手な建物が見えると思ったら、モノクマをモチーフにしたサーカステントがエリアのど真ん中にでんと構えていた。その周りを、円を描くようにデカい山車が走ってる。1つはサーカステントと同じくモノクマをモチーフにしてて、もう一つはモノクマに似たピンクと白の何かをモチーフにしてた。モノクマの女の子バージョンだからモノ子か?山車はモノクマがモノ子を追い回すような形で走ってた。っていうか山車って自走機能はないよな?ツッコミどころ満載だ。

 

 「すっごーい♡サーカステントだわーい♡マイムのためにあるようなエリアだね☆」

 「走ったらあぶないですよマイムさん」

 「お、おい引っ張るなよ・・・」

 

 エリアに入るなりテンションが上がった虚戈が、俺とスニフの手を引いてサーカステントに走って行く。今までのエリアの傾向からして、直接俺たちに危害を及ぼすような仕掛けがこのテントにあるとは思わないけど、慎重になるに越したことはない。

 

 「テントの中もだけど、外も探索しておいた方がいいんじゃないか?」

 「えー♣マイムは早く中が見たいよう♢」

 「分かったよ。じゃあスニフと俺で周りを探索するから、虚戈だけ先に中を調べててくれ。たぶん、サーカステントのことに関しては俺たちより詳しいだろ?」

 「まっかせっなさーい♡」

 「だいじょぶですかね」

 

 ひとまず虚戈から一旦離れたかった。昨日のこともあるし、まだこいつが何を考えてるのか分からない。それに、チーム分けのときに俺とスニフを真っ先に選んだってことは、たぶん虚戈なりの理由があるはずだ。スニフにそのことを話しておきたい。もし虚戈が、打算で動いてるんだとしたら、気を付けなくちゃいけないからだ。

 虚戈をテントの中に追いやることに成功した俺は、スニフと一緒にこのフェスティバルエリアを探索することにした。

 

 「あれなんですか?」

 「竿燈だな。東北の方の祭りで使うんだよ」

 「あっちはなんですか?」

 「吹き流しだな。七夕になったら日本中の商店街で見られる」

 「これは・・・」

 「なんかよく分かんないけど沖縄っぽい感じはするな」

 

 エリア全体が祭りの博物館みたいになってるな。日本のものだけでも結構な面積を占めてるのに、遠くの方にはサンバっぽい飾りが見えてる。夏祭りの屋台が並んでるかと思ったらその奥では色水が撒き散らされてるし、四方八方から飛んでくるトマトの弾幕を中をチーズが転がっていった。何なんだ一体。

 

 「I see(なるほど)!わっしょいわっしょい!ですね!」

 「う〜ん。そういうこっちゃなさそうだけど・・・まあいいか、なんでも」

 

 なんというか、世界で一番盛り上がるのは何祭りかをこの場で直接競ってるような、そんなメチャクチャなエリアだっていう説明しかできそうにない。

 

 「ワタルさん!ここにもなんかあります!」

 「・・・なんだそりゃ。危ないから近寄るなよ」

 「Motor(モーター)みたいです!でもトゲトゲでガードしてますね」

 

 サーカステントの入口からちょうど反対側辺りにあったのは、汚れた巨大な機械だった。物々しい雰囲気を纏っているのは、機械の周囲を囲う有刺鉄線のせいでもあるんだろう。唸るような駆動音が聞こえる。この音は、モーターというより発電機だな。

 

 「たぶんこのサーカステントの電気をこれで作ってるんだな」

 「Generator(発電機)ですね!?Wow(うわあ)It's cool(イカすぜ)!」

 「スニフはこういうスチームパンク的なヤツが好きなのか」

 「ダイスケさんがまえに言ってました。よくわかんないMachine(機械)はオトコのRoman(浪漫)だって」

 「まあ、分からなくもないな。俺も飛行機のコックピットのごちゃごちゃ加減は好きだから」

 

 スニフはずいぶん城之内のことを慕ってたんだな。英語で話せるっていうのもあって、よく懐いてた。

 

 「ん?これが発電機ってことは・・・」

 

 そういえば、このサーカステントの電気はここで作ってるからいいとして、それ以外の建物や施設にはこんなものなかった。ってことは、どこかから電気を供給されてるはずだよな?送電線も発電機も見当たらないのに、どうやってこのモノクマランドは動いてるんだ?どこで電気を作ってるんだ?

 

 「ワタルさん?どうしましたか?なんだかSky aboveでしたよ」

 「スカイ・・・?」

 「()()()()()、でした?」

 「・・・あ、()()()()()か」

 「それでした!」

 「訳し方たぶん違うぞ」

 

 考えごとをしてたらスニフに心配された。心配のされ方がややこしすぎてよく分からなかったが。研前はよくスニフの言い間違いが何なのかすぐに分かるな。いやそんなことより、電気はどこから来てるのかだ。いやいや違う違う。もともとなんでスニフと二人きりに、もっと言えば虚戈と離れることにしたかを思い出せ。

 

 「まあそんなことよりだ。スニフ、お前、虚戈どう思う?」

 「マイムさんですか?どうおもうって・・・なんかChildish(子供っぽい)な人です」

 「いやそういうことじゃなくて」

 「あ、でもおかしいことありますよ!This morning(今朝)、みなさんなんだかおかしかったです。なんだかマイムさんのことHate(嫌う)するみたいな。()()()()()()です」

 「・・・()()()()()()だろ?」

 「それでした!」

 「ううん、やっぱバレてたか。別に嫌いっていうか・・・色々あるんだよ。虚戈ってああいうヤツじゃんか。前からずっとだけど、なんつうか、サイコっぽいっていうか」

 「Psycho(サイコ)?」

 

 スニフになんて言えば上手く伝わるんだろう。こういうときに城之内がいてくれたらなあ。まあとにかく、あいつの危険さをスニフに伝えればいいんだ。スニフは賢いから、他の言い方でもなんとか分かってくれるだろう。

 

 「あいつ、おかしいだろ?昨日も星砂や正地に対しての態度とか、城之内のときもそうだし・・・」

 「・・・はあ。でも、たしかにマイムさん、ちょっとおかしいです。ボクらとはちがいます」

 「だろ?」

 「でも、マイムさんは一回も人のことKill(殺す)しようとしてないです。Every morning(毎朝)ボクとDance(ダンス)してます。セーラさんのことをHunt down(追い詰める)したのは・・・ひどいとおもいました。でも、サイクローさんのこと知るのはClass trial(学級裁判)Necessarily(必要)でした。マイムさんはボクたちとちがいますけど、ボクたちのEnemy()じゃないです」

 

 やっぱり、スニフは賢い。普通、こんな年でそんなことまで考えられない。それに間違ったことは言ってない。あいつと出会って間もない頃に、虚戈は言っていた。殺したくも殺されたくもない、死にたくない、と。虚戈はどこまでも純粋で無邪気なヤツなんだ。死なないために学級裁判を本気で戦ってる。殺さないように、殺されないために俺やスニフを籠絡しようとしてる。まあ俺はちょっと籠絡されてたんだが・・・。とにかく、あいつがしてることは全部納得できるんだ。

 

 「ああそうだ。あいつは俺たちの敵じゃない。でも、敵じゃないだけだ。味方とは言い切れない」

 「どうしてですか?」

 「あいつは俺たちと少し違う。その少しの違いが、決定的過ぎるんだ」

 「なにがちがうんですか?どうしてみなさん、マイムさんのことHate(嫌う)してますか?そんなことしてたら、モノクマがまた何かしてきます!ボクたちのRelationship(関係性)Weak point(弱点)を見せたらダメなんです!」

 「いや・・・ううん、そうなんだけど・・・」

 

 そうじゃない。スニフの言ってることは間違ってない。間違ってないけど・・・正しくもない。

 

 「はあ。あのなスニフ。お前の言ってることは、道徳とかモラルとか、そういう次元の話でしかないんだよ」

 「・・・え?」

 「日本語じゃそういうの、きれい事って言うんだ」

 「きれ・・・?」

 「分かんないよなあ。なんつうか、それはそうなんだけど、現実はそう上手くはいかないってことだよ」

 

 こういうときにこそモノクマはなんとかして助けてくれないもんなのか。生憎俺は英語が得意なわけじゃないから、ちょっと難しい話をしようとするだけでスニフと話ができなくなる。本当に情けないな、俺って。

 

 「あいつはそこに何の葛藤も抱えてない。自分のしてることに迷いも葛藤も疑いもない。コロシアイを強要されてるこの極限状態を受け入れた上で行動してる。だから俺たちとは違うんだ。死なないことが目的で、ここから出ることが目的じゃないんだ。あいつは、今この瞬間しか見てない。あいつの目は未来を見てない。だから、俺たちとは違う。敵ではないけど、味方でもないんだ」

 「・・・じゃあ、ワタルさんはマイムさんのことどうしたいですか?味方じゃないって、なかまはずれしますか?」

 「そういうわけじゃ・・・」

 「ならいいじゃないですか。Enemy()じゃないなら、みかたじゃなくても、Friends(友達)じゃないんですか」

 「俺だって、ホントはこんなこと言いたくないんだよ。けど、事実いまの虚戈は危険なんだ」

 「・・・分かんないですよ。そんなの」

 

 やっぱり俺には無理なのかな。スニフも納得させられないんじゃ、他のヤツらだって俺について来てくれるわけがない。頼りないよなあ、俺。

 結局、スニフを納得させることはできないまま、サーカステントの周りの探索は終わった。自走式の山車と発電機以外に特筆することはなくて、やっぱりこのエリアの目玉はこのテントのようだ。一足先に虚戈が中を探索してたはずだけど、どうなってるだろうか。

 

 「これは・・・客席か。こんなすかすかの造りで大丈夫なのか?」

 「あっちにStage(ステージ)ありますよ!ワタルさん!Hurry up(早く早く)!」

 

 入ってすぐ、鉄骨剥き出しの客席と、そこに上がるための階段が、テントの幕に沿って丸く広がってた。隙間から見えるステージはスポットライトを浴びて輝き、テントの中は舞台を底にした半すり鉢状になってることが分かった。スニフに急かされて客席の隙間を抜けてステージに寄っていく。テントがデカい分、客席も奥の方になると暗くてよく見えない。こんなので本当に楽しめるのか?

 

 「ワ、ワタルさん!マイムさんが!」

 

 焦ったスニフの声に、認識よりも身体が先に動いた。ぼーっと考え事をしてた脳に、何回も見た人の死がフラッシュバックする。まさか、ついさっきテントに入って行ったばっかの虚戈が、この何分かの間に・・・?慌ててステージに飛んでいく。

 

 「ど、どうしたスニフ!?虚戈は無事か!?」

 「わかんないです・・・どどどど、どうしましょう・・・!?」

 「おおおぅ、落ち着け一旦!落ち着け!虚戈!おい虚戈!」

 「・・・う〜ん×ばたんきゅう×」

 「は」

 

 ステージの真ん中に倒れた虚戈に、俺とスニフは駆け寄る。見たところ血を流してるわけでも怪我をしてるわけでもない。仰向けになっている虚戈の肩を揺すって声をかけると、虚戈は間抜けな呻き声をあげた。

 

 「なんだよ生きてんじゃんか・・・焦らせるなよな」

 「ご、ごめんなさい・・・。だってこんなとこでたおれてたらフツーWorry(心配する)しますよ」

 「まあそうだけど。どういう状況だ?」

 「うぅ〜ん・・・×」

 

 ステージをよく見ると、袖の方にプールの飛び込み台みたいな高い足場と天井からぶら下がった空中ブランコ、それからその間に張られた金属製のネットがあった。ネットの真ん中、ちょうど虚戈の真上の部分がボロボロになってる。これはあれか。空中ブランコに失敗して落ちてネットに引っかかってステージに落ちて、頭を打った感じか。

 

 「こんな状態じゃ怪我するじゃんか。モノクマは何をやってんだ」

 「マイムさん、ここからおっこちましたか?ワタルさんよりHigher(もっと高い)です」

 「まあ大怪我はしないだろうけど、受け身が取れなきゃ危ない高さだな。虚戈だったらこれぐらいの高さは大丈夫だったんじゃないのか?」

 「ボクがご説明いたしましょう!」

 「Yikes(ぎゃあっ)!?」

 

 どこからともなく飛び出してきたモノクマがスニフを突き飛ばした。漫画みたいに尻餅をついたスニフがモノクマを睨むが、意にも介さずモノクマは俺たちの頭上を指さした。

 

 「何が起こったかと言うと、ここに来るなりテンション上がった虚戈サンが空中ブランコやエアリアルをし始めたのね」

 「エアリアル?」

 「かーっ!何にも知らねーなお前は!それでもパイロットかよ!サーカスの空中演技のことだよ!袖の方にロープがあるでしょ、あれでやるの」

 「パイロット関係ないじゃんか・・・」

 

 袖を見ると、ステージの裏から幕を乗り越えてロープが下がってきてて、地面に付くすれすれのところまで伸びていた。あれによじ登るのか?ずいぶん原始的だな。

 

 「言っておくけどよじ登るんじゃないからね。裏側で重たい砂袋が結んであるの。それを落とせば反対側につかまってる人はエレベーターの要領で空中に上がれるってわけ」

 「へー。ずいぶん親切に教えてくれるな」

 「色々知っておけば殺り方にも幅が出るでしょ!」

 「完全に余計な一言だったな」

 「じゃあなんでマイムさんがばたんきゅうですか?」

 「テンション上がりすぎて空中ブランコから落ちたんだよ。そんなところで事故死されちゃつまんないから、一応安全ネットは張ってあったんだけどね」

 「破けてるじゃんか。そこから落ちたんじゃないのか?」

 「元々は破けてなかったよ!というかよくぞ聞いてくれました!この安全ネットこそ、ボクが長い月日をかけて開発した次世代の金属繊維、モノクマファイバーでできているのだ!」

 「It sounds good for nothing(ろくでもない気しかしねえ)

 

 別に聞いてないんだけどな。嬉しそうに小躍りしながらモノクマは説明を始める。なんだか今日のモノクマはずいぶん機嫌がいいな。さすがに三回もコロシアイを繰り返して、俺らが思い通りになるのが楽しいんだろうか。忌々しい。

 

 「一本一本はコンマミリ単位の太さなのに、従来の金属繊維や化学繊維を遥かに上回る強靱さ!耐熱、耐冷、耐刃、耐放射線、耐重、耐酸、耐アルカリなどなど、化学的強度も圧倒的!特殊な機械を使えばクマでも意のままに加工できる利便性!これぞまさに次世代の金属繊維、だよね!うっぷっぷ!」

 「よく分かんないけど、破れてるぞ」

 「お客様、モノクマファイバーは破れません」

 「どう見てもBreak(壊れる)してます!」

 「ちっ。こんなネチネチ言ってくるクレーマーがいるんじゃ、MF(モノクマファイバー)で大儲け大作戦が台無しだよ」

 「・・・俺ら別におかしなこと言ってないよな?」

 「Be confident(自信持ってくださいよ)!」

 

 モノクマファイバーがすごいってのは分かったけど、実際破けてるからなあ。もし本当に破けないんだったら、今までよりいい物ができたっていうのは良いことだとは思うんだが。

 

 「これは内緒(ショナイ)でお願いしたいんですけど、実は色んな化学的性質を強化した結果、ある特定の物質にだけ脆くなっちゃったんだよね」

 「特定の物質?」

 「塩デスネ」

 「Salt()ですか」

 「塩水をぶっかけられると急速に錆びちゃって、豚の角煮みたいにホロホロになっちゃうんだよね」

 「なんでそんな美味そうな喩えするんだよ。そのナメクジみたいな性質のせいで、あれは破けたのか?」

 「そだねー。たぶん虚戈サンの汗とか涙とかで反応しちゃったんじゃない?」

 「そんな塩分量で!?弱すぎだろ!」

 「まだまだ改良の余地ありだねこりゃ・・・じゃ、ボクは研究があるので、さいなら!」

 

 モノクマはそれだけ言って、またすぐにステージ袖に消えていった。いつも突然現れては突然消えるやつだ。とにかく、虚戈は勝手にここで自滅したってことだな。誰かの悪意が絡んでないならまだ安心だ。取りあえず横にして安静にさせて──。

 

 「とあーっ☆ふっかーつ☆」

 「どあばっ!?」

 「ワタルさーーーん!?

 

 虚戈を起こそうとしたら、いきなり跳び起きた虚戈に思いっきりアッパーカットを食らった。脳が揺れた。

 

 「おおっ・・・!ってえ・・・!」

 「なんか殴っちゃった感じがしたよ?あっ♡スニフ君とワタルだ♡外の探索はもういいの?」

 「先に言うことないんですか!?ワタルさんこんななってますよ!?」

 「一瞬視界が白黒になった・・・」

 「ありゃー♣マイムが殴ったのはワタルだったのかー♣ごめんね♡」

 「ダイジョブですかワタルさん!?」

 「だ、だいじょぶだ・・・びっくりしただけで、そんなに重いやつじゃなかったから」

 

 起き上がりで姿勢が悪かったからか、虚戈の体重が軽かったからか、ダメージは少なく済んだ。それより虚戈が自力で回復したんなら何よりだ。

 

 「マイムあっこから落っこちたんだよ♬気絶しちゃってた♡」

 「モノクマが言ってました。気を付けてくださいね」

 「うん気を付ける♬ありがとスニフくん♡」

 「むぎゅ」

 「そんなことより、ここの探索は終わったのかよ虚戈」

 「探索?あっ×忘れてた×」

 「ダメじゃんか!」

 「まーまー♡2人とも来たんだから一緒に探索しよーよ♬マイムが案内してあげるからさ♬」

 

 ついさっきまで気絶してたっていうのにずいぶん元気だな。虚戈はまた俺とスニフの手を引いて、ステージ袖の方に走っていく。客席からは幕が陰になって見えない辺りで、分厚い幕一枚を隔てたステージ裏に行けるようになってた。

 

 「ちょっと待てよ虚戈、引っ張るな──っとと!」

 「うわあっ×なになに!?」

 「わぶっ」

 

 虚戈が無理に引っ張る上に、足下の何かにつまづいて俺がよろめくとそれにつられて虚戈もバランスを崩す。当然手を繋いでるスニフも勢いそのままに虚戈にぶつかって、なんかもうしっちゃかめっちゃかだ。

 

 「いたた・・・焦るからこうなるんだろ!」

 「めちゃくちゃだよもう♣」

 「ワタルさん、なににFalter(つまづく)しましたか?」

 「よく分からん金具だ。ステージに固定されてるけど、何のためにあるんだこれ」

 「火の輪くぐりとか猛獣使いとかのパフォーマンスのために色んな器具が必要なんだよ♡これはそれを設置するためのもの♬ふふーんどうだ☆マイムはサーカスのことならなんでも知ってるんだ☆」

 「Great(そりゃすごい)

 「感情こもってねー・・・」

 「もっとすごいもの見せてあげるよ♡裏に色々あるんだ♬」

 

 輪っか状の金具は、よく見たらステージのあちこちに設置されてる。なるほど、確かにこういうものも必要になるかもな。サーカスなんて見たことないからよく知らないけど。

 気を取り直して虚戈は俺とスニフを裏に案内した。そこはステージの煌びやかさとは打って変わって、埃っぽくて薄暗かった。幕の切れ間からステージの灯りが溢れてきて、余計に裏側の寂しさを際立たせてた。虚戈の言う通り、サーカスのパフォーマンスに使うんだろう色んな器材や小道具大道具があった。

 

 「こっちは大道具♬さっき言った猛獣使いで象が乗る大玉とか板渡りの板に階段、綱渡りの綱にナイフ投げの的、あとエトセトラセトエトラ・・・♣」

 「こんなごっちゃごちゃに置いてあって、使えるのか?埃被ってるみたいだし」

 「だれもつかってないからですよ」

 「まあ人気ない演目はやんないからね♡道具はこうやって放置されるだけだし、生き物は処分されるだけだから♡華やかなステージの裏側はシビアな世界なのです☆」

 「シャレになってないな・・・」

 「で、こっちは小道具だよ♬ジャグリングで投げるものと、マイムみたいなクラウンが乗る用の玉や階段でしょ、それから綱渡りのバランス棒とメイク道具とお盆に食器に・・・♣」

 「なににつかうかわかんないのもありますね」

 「色んなパフォーマンスがあるからね♬あとこれもあるよ☆あーん♡」

 「Yikes(ひゃあっ)!?」

 「アーーーーーーー☆」

 

 そう言って虚戈が取り出したのは、1mはあろうかという長い剣だった。専用の鞘に収まってて、抜き出すと薄暗い中でも白銀に煌めいて鋭い切れ味を想像させる。かと思ったら、上を向いてその剣を切っ先からどんどん飲み込んでいく。剣呑みか。スニフは心底びっくりして心配そうに虚戈を見てた。良い客だな。

 

 「ちゃんと仕掛けがあるんだけどね☆でもここにあるヤツはマイムが得意なヤツばっかりだなー☆」

 「得意じゃないものがないくらい色々できるだろお前」

 「ありがと☆」

 「褒めたつもりはないんだけどな」

 「Excellent(すんげー)です!どうやりましたか?」

 「あはっ☆これは模造刀で、飲むための仕掛けがあるんだよ♬先制攻撃もできるんだよ♬」

 「誰にだよ」

 

 口から出した剣は、見ただけじゃ真剣と変わらないように見える。でも虚戈はそれをいじって曲げたり縮めたりして、本当は飲み込んでないことをスニフに説明する。普通そういうのは客に教えないのがプロってもんじゃないのか?

 

 「こんなに立派なステージがあるんだったら、マイムのステージをみんなに見て貰いたいな♡」

 「そうですね!ボク、マイムさんのStage(ステージ)みたいです!」

 

 呑気にそんなことを話す虚戈とスニフの目は純粋で、今の虚戈の立場を考えるとそれも難しそうに思えて気が重くなる。このタイミングでこのエリアが開放されたことが、俺たちにとってプラスだったのかマイナスだったのか。それは、()()が起きるまで分からないままだった。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:9人

 

【挿絵表示】

 




平成が終わる前にあと1話投稿できたらいいな。探索編は長くなりますねー。


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(非)日常編2

 

 「私たち、もっとお互いのことを知るべきじゃないかしら」

 

 みんなが集まった食堂で、正地は急にそう言った。オレはここのところろくに鍋も振ってないのに、意味もなく厨房にいたから、正地が何でそう思ったのか、そんなことを言いだしたのかちっとも分からねえ。オレ以外のヤツらもきょとんとした顔で正地を見てた。

 

 「ずっと考えてたのよ。もっと私たちがお互いのことを知れば、色んなことが解決すると思うの。一人で悩みを抱え込んで苦しむこともないし、苦しい人を積極的に助けてあげられるでしょ?それに、みんなで協力することって大事だと思うの」

 「そりゃ尤もだけど・・・まさか『弱み』を打ち明け合うってわけじゃないよな?」

 「違うわ。お互いを知ることと秘密を持つのは別の話よ。要するに、もっと仲良くなりましょうってこと。この前の探索で納見くんが想像以上にどうしようもないっていうのも分かったし、そういう面がみんなにもあるんじゃないかしら」

 「今の流れでおれをさらっとディスるの必要だったかい?」

 「しかしまあ正地の言うことは一理あると私も思うぞ。扱うもの、研究するもの、何にせよ対象をよく知らねば正しい扱いなどできようはずもない。コミュニケーションの類は苦手分野だがな」

 「私も賛成だよ。せっかく正地さんが提案してくれたんだもん。やってみようよ」

 

 荒川と研前が賛成して、なんとなくそんな流れになってきた。オレは昼飯の献立を考えながらそれを聞いてた。飯を作る必要があるんならそうする。あんまり気は進まないけどな。

 

 「下越君も、いいよね?」

 「んえっ?いいって何がだよ?」

 「みんなでバーベキューするの、いいよね?」

 「バーベキュー?」

 「いまここで話してただろ。聞いてなかったのかよ?」

 「テルジさん、ぼーっといきてんじゃねーですよ!」

 「ああ、わりい。ぼーっとしてた」

 

 バーベキューって、そりゃまた仕込みが大変なもんを選んだな。まあみんなでワイワイ飯を食うってんなら打って付けかも知れねえけど、こりゃ忙しくなるぞ。網だけじゃなくて鉄板や釜も持ってって米炊いてカレーもできるし、焼きそばとかもいいな。

 

 「バ〜ベキュ〜はいいけどお、そんなのどこでやるんだい?」

 「プールサイドよ」

 「プールサイド?そんなところでできんのか?ってかそれってアクティブエリアのとこだろ?思いっきり屋内じゃんか」

 「ワタルさん知らないですか?あそこひろーいですよ!ボクたちわかります!」

 「そう言えば以前、納見はあそこで懲らしめたことがあったな」

 「いやあ、あのときは参ったよお。極氏が鬼神の如き怒りのオ〜ラを纏ってたからねえ」

 「わざわざなんでそんなとこでやるんだよ」

 「バーベキューと言えば水場だからよ。雰囲気よ雰囲気。それに、わだかまりをなくすには疲労感と爽快感っていうのは重要なの」

 「それマイムも行っていいのかな♣」

 「Of course(もちろん)ですよ!ね、みなさん!」

 「ああ。全員が参加することに意味があるのだ」

 「水着でね!」

 「そう、みず──なんだと?」

 「水着よ!プールだもの!水着以外にあり得ないでしょ!」

 「わーい水着だ水着だー♡」

 

 なんか正地のテンションがおかしいな。鉄のことで悩みすぎておかしくなったのか?プールでバーベキューってのは悪くねえと思うけど、水着でなんて意味あるのか?

 

 「正地・・・なんかいつもよりテンション高くないか?」

 「そんなことないわよ!」

 「そんなことあるよ?」

 「い、いいのよそんなことは。とにかく、今日のお昼ご飯はプールでバーベキューにしましょ。厨房から道具や食材を運ばないといけないし、水着も準備しないとね。忙しいわよ」

 「・・・水着はどうしてもなのか?」

 「そこは譲れないわ」

 「私情挟んでるだろそれ・・・」

 

 ともかく、妙にやる気まんまんな正地が引っ張って、プールサイドでバーベキュー開催が決定した。肉と野菜の下拵えはこっちでやるとして、道具を運んだりするのに極と雷堂以外はあんまり頼れそうにねえな。あと

水着?海パンくらいショッピングセンターにあるだろ。

 

 「まず何からやるんだ?」

 「食材の下拵えはしとくから、先にプールの準備してこいよ。水着いるんだろ?」

 「そう?じゃあ女の子チームで行きましょう」

 「な゛に゛っ」

 「わ、私も同行しなければいけないのかそれは・・・?」

 「二人とも女の子でしょ。恥ずかしがることでもないじゃない」

 「男子チームはどうしてようねえ」

 「俺は仕込みがあるから、お前ら適当に時間潰しとけよ」

 「ボクはテルジさんおてつだいします!」

 「じゃあおれもそうしようかなあ」

 「だったら俺も」

 

 結局、男子全員で食材の仕込みを、女子全員でプールで遊ぶ準備をすることになった。俺は別に、他の男子たちで水着を買いに行くのとかでもよかったんだけどな。それに、9人の飯の準備をするのに、そんなに人手はいらない。ああ、ダメだ。また暗くなる。

 

 「Barbecue(バーベキュー)ですよテルジさん!Meat()!!ボクSteak(ステーキ)たべたいです!」

 「やっぱ肉だよねえ。下越氏だったら簡単なセットさえあればなんでもござれだろお?」

 「バーベキューと言えば串焼きのイメージがあるけどな」

 「いや、肉にゃ部位ごとに適した焼き方食べ方ってもんがあるんだ。それに忘れてっかも知れねえけど、オレは料理人じゃねえぞ」

 「でも料理うまいじゃあないかあ」

 「バーベキューは肉だけじゃねえからな!野菜も魚介もバランス良く食べねえと肉の美味さが最大限分からねえんだよ!」

 「こだわりが強そうだな」

 

 でもまあ、そこまで大量に用意しても余るだけだろ。野菜に限らず、焼きそばなんかもやれば肉はそれほど多くなくて済みそうだ。飯作って食ってれば、少しは気が紛れるかもな。


 水着などしばらく着ていないな。体育の授業も水泳は選択しないようにしていたし、プライベートで着る機会などまずあり得ない。研究者として肌を出すなど危険極まりない行為はしないのだ。だからどんな水着を選べばいいのやら全く分からない。まあ、私の貧相な身躯に興味がある男子などいるまいが。

 

 「水着専門店があるのは予想していたが、まさか水着の種類によって店舗が違うとは」

 「もはや嫌がらせ級の気遣いだね」

 「みんなどんなのにするのかな♡マイム先に選んじゃうからね♬」

 「極さんはどれにするの?なんだか大人っぽいイメージがあるけど」

 「私は水着はあまり着ないからな・・・」

 「意外なところに仲間がいた!極もどういうものを選べばいいか分からないクチか!よし、一緒に恥をかこう!」

 「急にどうしたの荒川さん。恥なんてかかないわよ」

 

 先にイロモノ専門店に入っていった虚戈以外の4人で同じ店に入ることになった。自分のものを選ぶもよし、他の者に似合うものを選ぶもよし、ということだったが、自分のことさえまともに分からないのに、人の物を選ぶなどもはや狂気の沙汰だ。取りあえず、主催者である正地について行こう。

 

 「荒川さんは細身だからフレア付きの水着がいいんじゃないかしら?こういうヒラヒラのヤツよ」

 「ひょあっ!?」

 「びっくりした!何その声!?」

 「バ、バカなことを言うな正地!そんなヒラヒラフリフリした水着が私に似合うわけがないだろう!目は確かか!そんなものが胸や股にまとわりついているのを想像しただけでくすぐったい!」

 「水着は襲わないから私を盾にしなくても大丈夫だよ」

 「こっちのヤツは寄せて上げるヤツよ」

 「お゛お゛お゛っ!!やめろ!そんなもの私に着せる気か!?背筋が凍る!」

 「なんで?」

 「寄せて上げて一体何になる!自分の身体を衆目に晒す前提で服を選ぶなど、なんて浅ましい!いやらしい!穢らわしい!だいたい寄せる肉もないのだ私には!」

 「羨ましいなあ」

 

 店の中にずらりと並んだ色とりどり形も様々な水着の数々。しまった、この店はビキニ専門店か。よりによって水着の中でも特に苦手なものの店に入ってしまった。裸体にこんな面積の小さい布切れ3枚で人前に出るなど、考えただけで恥ずかしさと自己嫌悪に押し潰されそうだ。

 

 「とにかく私はそんな破廉恥な水着は着ない!露出がもっと少ないものはないのか!」

 「ここビキニ専門店だよ。隣のお店だったらワンピースタイプとかあると思うけど」

 「こんなところにいられるか!私はそっちに行く!」

 「それダメなヤツ!」

 「待ってよ荒川さん。だったら、私たちが選ぶの手伝ってよ。荒川さんだって1人じゃ水着選べないでしょ?」

 「ぬっ」

 

 腕を引きながらお願いするような言い方で研前は言うが、私はそれはもはや脅迫にしか聞こえなかった。なぜ水着になどならなければ・・・いや、そこを否定してしまうと、せっかく正地が私たちを気遣ってくれた気持ちを踏みにじることになるが、だとしても水着が必要なのかは甚だ疑問だ。

 

 「正地さんは自分の決めた?」

 「私は水着のままだと冷えちゃうから、上から何か羽織ろうかと思って。だから下はあんまり派手じゃないヤツにするわ」

 「上着などアリだったのか!?」

 「研前さんは?」

 「私も地味なヤツにするよ。私じゃ水着に負けちゃいそうだから」

 「そんなことないわ。研前さん可愛いんだから。いっそここで一気に雷堂くんとの距離を縮めちゃえばいいのよ」

 「ふえっ!?な、なにそれ!?」

 「バレていないと思っていたのか。当の本人以外は全員気付いているぞ」

 「ええええ・・・そ、そうなの・・・?」

 「流石にあれだけ露骨だと私にも分かったぞ」

 

 途端に顔を赤くして、先程の私と同じように、というか意趣返しとばかりに私の白衣の裾で顔を隠している。この反応からして、やはり間違いないのだろう。私も今の今まで半信半疑、というか特に興味があったわけではないが、なんとなく気配は察していた。しかし、スニフ少年はあの年でなんとも儚い恋愛をしたものだ。

 

 「うう・・・みんなひどいよ。知ってたなら教えてくれたらいいのに」

 「雷堂本人があの鈍感さだからな。私たちが何かして気付かせるのも何か躊躇われてな」

 「ホント、朴念仁よね」

 「せっかくの機会だ。これぐらい派手なものはどうだ」

 「ドレスタイプだよねそれ!?バーベキューに着てくヤツじゃないよ!」

 「気を惹きたいならやっぱり水着自体の派手さより、研前さんの魅力を引き出すタイプのがいいわよね。主張し過ぎず埋まりすぎず・・・」

 「片っ端から着せてみればいいのだ。その間に私は別の店で選ぶ」

 「着せ替え人形みたいに言わないでよ!」

 「極さんはどう思う?」

 「私の意見などあまり参考にはならないと思うが・・・それこそ先程のフリルタイプがいいのではないか?」

 「そうよね。じゃあさっき研前さんが荒川さんに勧めたヤツ、着てみましょうか!」

 「あわわっ・・・い、いつの間にか私が着る流れに・・・」

 

 あのおぞましいビキニを押しつけられた研前が、正地と極によって更衣室に押し込まれている。もう少しで私がああなるところだったと想像すると、身震いがした。

 

 「というか、ここでそんなに時間を使っている場合ではないのではないか?正地」

 「何がかしら?」

 「明らかに強引にバーベキューをセッティングしたんだ。単にお互いのことを知る以外に目的があるのだろう」

 「え?そうなの?みんなで美味しくご飯食べるんじゃなかったの?」

 「それは建前だろう」

 「・・・極さんは何でもお見通しなのね」

 「私でなくとも違和感を抱く者はいたはずだ。そうだろう、荒川」

 「いや、私はそういう明るい系のイベントはこういうものかと」

 「・・・」

 「なんかすまん」

 

 聞く相手を間違えた、と極は押し黙ってしまった。どうやら正地に裏の意図があることに気付いていたのは極だけのようだ。研前は先程の発言の通りだし、虚戈は言わずもがなだろう。しかし、裏の意図とはなんだ?まさか、正地がこんなおおっぴらに良からぬことを考えているわけでもあるまい。

 

 「あのね、私、ここに来てから色んな人とお話して、色んなことを知ったわ。こういうときにどうすればいいかなんて分からなかったけど、自分なりに考えたの。いなくなっちゃったみんなのために、何ができるのかって」

 

 急に落ち着いた口調で正地は話し始めた。いなくなった者、というのは死んでいった者たちが。ヤツらに対して私たちができることなど、私は何もないと思う。死んだ時点でその者の存在は物理的に0になったのだ。悲しもうが悼もうが嘆こうが、それは全て残された私たちの中で完結するものでしかない。

 

 「それで、分かったの。どれだけ考えても、やっぱり私は私にできることしかできないんだわ。そして、この状況に、コロシアイにもモノクマにも絶望しないで、脱出の道を信じ続けることが、生き残った私たちの責任なんだって。だから、私たちは内輪もめなんかしてないで、もう一回結束しなくちゃいけないんだと思うの」

 「尤もではあるが、それとバーベキューと何の関係があるのだ?」

 「これが今の私にできる精一杯。私は按摩だもの。人の疲れや痛みを和らげて、また明日を元気に過ごせるように癒してあげるのが私の“才能”よ。今、一番ケアが必要な人たちを救うためにはこれが一番いいの」

 「一番ケアが必要な人たちって?」

 「虚戈さんと下越くんよ」

 

 正地の口から飛び出した名前は、意外な2人だった。虚戈はついこの前の裁判の後、正地に対する態度でスニフ少年と下越を除く私たちと確執が生まれた。その確執がモノクマに付け入る隙を与えていることに気付き、納見はなんとか和解させようと遠回しながら働きかけていた。そのくらいは私にも分かる。

 しかし下越というのは意外だった。ヤツは皆桐が処刑されて私たちが疑心暗鬼に陥りそうな中で、ただ1人料理を作り続けて私たちを激励してきた。星砂に対して友好的に接していた。常に実直で朗らかだった。その下越にもケアが必要だというのか?

 

 「虚戈さんは、この前のことできっと私たちに対して遠慮があると思うの。探索のときも、あのことを知らないスニフくんと、人が良くて虚戈さんに強く言えない雷堂くんを真っ先に誘ってたでしょ?」

 「自分にとって都合の良い者に寄っていったわけか。単純なヤツだ」

 「虚戈さん・・・やっぱり叩いちゃったこと、ちゃんと謝るべきだよね・・・」

 「あの状況では致し方ない部分はあるが、明確な和解には必要だろうな」

 「だけど虚戈さんは元が明るいから、私たちみんなで一緒に遊ぶ場があれば、きっとまた仲直りできると思うの。問題は下越くんよ」

 

 そう言えば虚戈は隣の店に水着を観に行っていたな。思い返せば、ホテルからここに来るまでの間にも、いつもより口数が少なかった気がする。

 

 「下越くんはずっと私たちのためにご飯を作ってくれてたの。でも、三回もあんなこと繰り返して、さすがに参ってるみたいでしょ」

 「そうだな。よほどの事がない限り三食の準備は欠かさなかったヤツが、研前にまるまる投げていたのには驚いた」

 「私は別に気にしてないよ?」

 「そうではなくて、下越の気持ちの問題だ。確かにヤツも私たち同様、人を喪ったことに心を痛めているだろうが、ケアと言ってもどうするのだ」

 「忘れてるかも知れないけど、下越くんは“超高校級の美食家”なのよ。だから専門は食べる方なの」

 「専門外であんなに美味しい料理作れるんだから、下越君ってすごいよね」

 「でもここに来てから、私たちが下越くんのために料理したことってないじゃない?いつも下越くんが私たちのために作ってくれてたのよ」

 「確かに・・・」

 「だから、せめてバーベキューみたいな形で、みんなで遊びながら下越くんのために料理してあげたら喜ぶんじゃないかなって思ったの」

 「下越君のために料理!いいねそれ!」

 

 そこまで正地が考えてバーベキューを提案していたのには驚いた。なるほど、虚戈と下越を同時にケアするには、良い提案かも知れない。私はあまり料理はしたことがないが、普段から世話になっているのだから少しは善処しよう。極も納得した様子で頷いていた。

 

 「っていう感じなんだけど、おかしいかな?」

 「おかしいことなどない。正地が私たちのために考えたことなのだろう。反対する者は誰もいない。ならばやるべきだ」

 「・・・うん、ありがとう。極さん」

 

 男子が真意に気付いているとは思わないが、聞いたとて反対する者もいないだろう。納見やスニフ少年なんかは協力的になってくれそうだ。懸念すべきことと言えば、十分な成果が出るかどうかだ。私たちが料理をすると言っても、それで“超高校級の美食家”の舌を満足させられるのか?虚戈も果たして和解することができるのか。

 

 「ねーねー♬こんな水着あったよー♡」

 「あっ、虚戈さ──なにその水着?」

 「あっちにあったよー♡」

 

 ドタバタと戻って来た虚戈は、なぜか既に水着に着替えていた。水着というか、魚の被り物だ。妙にリアルな質感で興味深いが、間の抜けた笑顔の虚戈が来ていることで、違和感が凄まじい。着ているということは既に支払いを済ませた後だなこれは。どういう散財の仕方だ。


 「へっ?な、なんでだ?」

 「だから、今日は下越君はいっぱい遊ぶのが仕事なの。ほらほら、水着あるでしょ?着替えたらプールに入る」

 「いや、でもバーベキューとか」

 「それは私たちでやるから。いつも下越くんばっかり料理してるから、今日は私たちがするの」

 

 仕込みをした肉や野菜、バーベキューの機材をプールに運んだら、既に女子たちが待っていた。虚戈は待ちきれずにプールで遊んでるし、研前と正地は結構大胆な水着に着替えてた。まあ、上から薄いジャケット羽織ってるから、目のやり場に困ることはないけど。あと荒川はなんでスクール水着なんだ?

 

 「デリカシーのない男だな貴様は。調子に乗っていると思われないように地味なものを選び、なおかつ地味の中でも選択した理由を考えるまでもないものとなれば、これしかないだろう」

 「自己評価が低いのにやたらと自意識過剰だねえ」

 「レイカさんがいませんけど」

 「すまない、遅れた」

 「どこ行ってたんだ?」

 「・・・デリカシーがない男だな貴様は」

 「???」

 

 荒川も極もなんだってんだよ全く。それより、これで全員集合だな。早速遊ぶヤツは遊んでバーベキューするやつはバーベキューって流れになったけど、下越が研前と正地と何やら揉めてる。揉めてるっていうか、下越は女子二人に押されて困ってる。

 

 「雷堂くん、下越くんをお願い」

 「は?お願い?」

 「うん、今日は私たちが料理するんだ。下越君はいつもやってくれてるから、今日は遊ぶ役なの」

 「いやでも、ベストな焼き加減とか一緒に焼いちゃダメなのとか色々あるんだよ」

 「・・・そういうことじゃあないんじゃあないかい?」

 「スニフ君も、バーベキューしたいよね?」

 「したいです!Skewers(串焼き)!」

 「テールジー♬こっちのお水は楽しいぞー♡」

 「ほら、虚戈さんも呼んでるから。後は私たちに任せて!」

 「うぅん・・・まあ、そこまで言うんだったらそうするけど。でもアレだぞ。焦がすなよ!火に気を付けろよ!特にスニフ!」

 「分かっている。スニフ少年には味付けをしてもらう」

 「えー、ボクもやきたいです」

 「ほら、行こうぜ。スニフと納見も、取りあえず水着に着替えるぞ」

 

 なんだかよく分からないけど、下越は料理に参加させてもらえないことになった。俺も妙だとは思ったけど、俺以外の全員はなんとなくそれを理解してるっぽかった。なんだよ、俺だけ仲間外れか?

 ひとまず男子全員で更衣室で水着に着替えた。一応俺も羽織を持ってきてあったから、それを着て準備完了だ。さすがに海パンだけじゃな。と思ったら、納見とスニフは海パンだけか。スニフはご丁寧に帽子とゴーグルまで用意してる。泳ぐ気まんまんかよ。

 

 「ばっちりです!」

 「下越、その髪留め邪魔になるんじゃないか?」

 「ん、ああ。前は料理するときは結ぶようにしてたんだけど、めんどくせえから風呂と寝るとき以外はずっと結んでんだ」

 「でも今日は料理しないんだろ?」

 「あそっか」

 「ていうかあ、髪は切ればいいんじゃあないかい?」

 「切っても切っても伸びてくっからもう諦めた」

 「そういうこっちゃあないと思うけどお」

 

 そう言いながら下越は髪留めをほどいた。少しクセの付いた髪が普段よりも広がって、なんだかいつもと雰囲気が変わって見える。

 

 「新鮮だねえ」

 「お前らの前で外したことないしな」

 「やっぱり女子みたいな髪型になるんだな。手入れとかめんどくさくないのか?」

 「ぶっちゃけめんどくせえ」

 

 そう言って下越はヘアゴムで髪をまとめて、また普段と同じような髪型になった。ゴムも用意してるなんて準備がいいな。

 着替えを済ませてシャワーを浴びたら、プールサイドでもう女子たちがバーベキューを始めてた。美味そうな匂いがプールサイドに漂ってくる。

 

 「Wow!おいしそうなFlavor(香り)ですね!」

 「こらスニフ君!プールサイドは走らないの!」

 「あうっ!?きゃあっ!?」

 「ぷっ・・・いわんこっちゃない」

 「あっ♡スニフ君いらっしゃーい♬あそぼあそぼ♬」

 「ぴゅーっ!あ、ボクBBQ・・・ひゃあ〜〜・・・!」

 

 匂いにつられて走り出したスニフが研前に注意されて驚いた拍子に足を滑らせて頭からプールに落ちた。コントみたいにきれいな流れに思わず噴き出した。しかもちょうど近くにいた虚戈に連行されて、しばらくバーベキューにはありつけなくなった。プールサイド走るからだ。

 

 「ちゃんと焼けてるだろうな?」

 「だいじょーぶだいじょーぶ。失敗したら私が全部食べるから」

 「そういう問題じゃ──」

 「テルジー♬そっち行ったよー♡」

 「あン?どああああっ!?いっつめて!?」

 「Oh・・・Jackpot(大当たり)・・・」

 

 今日は料理させないって言ったそばから早速バーベキューに向かって行く下越に、虚戈から声がかかる。タイミング悪く、いやタイミング良く振り向いた瞬間、顔面で水風船が炸裂した。顔で風船割るのだけでも痛くて辛そうなのに、水まで入ってるとは。

 

 「何すんだよ!」

 「テルジがぼーっとしてるからだよ♣」

 「たのしーですよテルジさん」

 「ほらあ下越氏。あっちで遊んできなよお。まだ焼けるまで時間あるしい、今日は料理しないんだろお?」

 「ん・・・わあったよ!お前ら2人まとめて相手したらあ!」

 「わーっ!?ボクなにもしてないですよ!」

 「きゃーっ♡テルジが怒ったー♬」

 「プールは飛び込まないの!」

 

 煽られてあっさり頭に血が上ったのか、単純なのか、下越はその辺に浮かんでた水風船をひっつかんで虚戈とスニフに投げつけまくった。飛び込んだときに研前に注意されたのは聞こえなかったのか、無視して子供2人とはしゃいでる。疲れそうだな。

 

 「納見はいいのか?」

 「おれ泳げないし運動系はてんでダメだからねえ。大人しくこれで浮かんでおくよお」

 「浮き輪か。準備がいいな」

 「貸し出し用のヤツさあ。やたら準備がいいのはモノクマらしいねえ」

 

 ゆっくりと水に入って、納見は浮き輪でぷかぷかと水面を漂っていった。確かにこっちの方があいつらしい感じがする。俺は今はまだあの輪の中に入って行くのはいいかな。取りあえずバーベキューで女子に混じって肉を焼いてた方がマシそうだ。

 

 「雷堂は泳がないのか」

 「ああ。俺はいいよ。荒川こそどうなんだ」

 「フフフ・・・見たいのか?20本の指全て同時に攣る姿を・・・」

 「い、いや、遠慮しとく。研前と正地はどうだ?えらく気合い入った水着だし」

 「そ、そうかな・・・?ちょっと派手過ぎるかなって思ったんだけど」

 「せっかくの機会だし水着なんて久し振りだから、ちょっとはしゃいじゃったの」

 「ああ、2人とも似合ってるよ」

 「私は似合ってないか。標準的なスクール水着すら似合わないほどか。そうか。そうだよな」

 「悪いと思って敢えて言わなかったんだけど・・・言って欲しいのか?」

 「皮肉か社交辞令としか受け取れないからいい」

 「めんどくさいヤツだな」

 

 こんなに水着姿に後ろ向きなヤツは初めて見た。荒川はとことんこういうイベントは苦手らしい。ずっと隅っこで体育座りしてる。というか普段だって白衣羽織ってるけどミニスカに胸元ざっくりしたシャツ着てるじゃんか。よく分からない価値観だな。と、ここで気付いたけど、極は水着に着替えてない普段着だ。

 

 「極は水着にならないのか?」

 「見たいのか?お前はさっきから、女子の水着をじろじろと見ているようだが」

 「べ、別にそういうわけじゃ・・・」

 「あら、そうなの?まあ雷堂くんも健全な男子高校生だし?ねえ研前さん?」

 「な、なんで私にフるのぉ!?」

 「私は後で着替えてくる。水なら少しだけ浴びるくらいでいい」

 「からかうなよ・・・」

 

 極がそういう冗談を言うなんて珍しいな。ちょっとテンション上がってんのか?でも水着になってないってことは、本当に水に濡れるのがあんまり好きじゃないのかな。そんなことを考えてたら、だんだんと肉が焼けてくる匂いがした。もういい具合じゃないのか。

 

 「一足先にいただいちゃいましょ。下越くんたち、まだ夢中で遊んでるから」

 「・・・虚戈はあれでいいのか?研前や正地と和解するのが目的なのだろう?あっちで遊んでいてもそうはならないと思うが」

 「う、うん・・・まずは、腹ごしらえから、かな?」

 「まあ、私たちも人のことは言えんがな」

 

 ため息交じりに、極は火の通った串を取った。肉と野菜が交互に刺さってて、美味そうなタレがかかってる。極は豪快にそれをかじって串から抜いて食べる。

 

 「ワ、ワイルド・・・」

 「こうやって食べるものではないのか?」

 「極さんって下手な男の子より男らしいわよね」

 「・・・あまりいい気はしないが」

 「おいしいおいしい」

 「研前さんはもうちょっと会話に入る努力しない?もう何串食べたの?」

 「まだ3串だよ」

 「この短い間に!?」

 

 どうやらしっかり焼けたみたいだな。他の串もイイ感じだ。鉄板の方では焼きそばを炒めて、専用の機材ではスモークチーズなんかも作ってる。下拵えは下越がやってくれたけど、焼きは案外道具さえ揃ってれば俺たちでもできるもんだな。

 

 「ぜえ・・・ぜえ・・・つ、疲れた・・・!なんなんだよあいつら・・・!」

 「おう、お疲れ下越」

 「さすがの下越も、虚戈とスニフにもまれたらこうなるか」

 「子供の体力ってすげえな・・・」

 「ちょうど肉焼けたぞ。食べようぜ」

 「あ〜〜〜・・・」

 「どんだけ疲れてんだよ」

 

 近くのプールサイドに、妖怪みたいに下越が這いずり上がってきた。虚戈とスニフはまだプールの中ではしゃいでるけど、下越はぐったりしてサマーベッドに転がった。こんなに力の抜けた下越ははじめて見た。

 

 「疲れた・・・こんな疲れたの久し振りだ」

 「いつもみんなの料理作ってくれてるじゃない。それは疲れないの?」

 「・・・いや、疲れねえな。前にも言ったけどさ、オレにはそれしかできねえんだよ。お前らみんなが今日も明日も食っていけるように、疲れてる場合じゃなかったんだよな」

 「その体力があってなぜ今そうなっている・・・」

 「けど、この前の朝は落ち込んでたよね?みんな心配してたんだ。下越君、大丈夫かなって」

 「大丈夫じゃねえよ・・・毎度毎度、だんだん用意する分量が減ってくんだぞ。昨日まで美味い美味いつってオレの作った飯食ってたヤツらが、今日はもういねんだぞ。飯作るのも飯食うのも、オレは大好きなんだよ。けど・・・それが苦痛なんだよ・・・」

 

 仰向けで寝転がりながら、下越は誰に言うともなく、訥々と話す。結局はじめてここで全員で飯を食べてから、半分近くまで人数が減った。その差を一番強烈に感じてたのが下越だったんだ。食べることに関して俺たちのことを一番真面目に考えてくれてたからこそ、辛い思いもさせてたんだな。

 

 「それでも、さっきは自分で肉を焼こうとしてたではないか」

 「そりゃ肉だって野菜だって、最高の状態で食ってやるのが食べ物に対する礼儀だろ。半端な調理したんじゃ、素材にも悪い」

 「・・・それが下越くんの、“超高校級の美食家”としての流儀なのね」

 「だから・・・どうしたらいいか分かんねえんだよ。飯作るのは好きだ、でも辛え。食べるのも好きだけど辛え。じゃあオレはなんなんだ。“超高校級の美食家”なんて言われても、作ることも食べることもできねえなんて、何のためにオレはここにいるんだって、そう思ったりするんだよな」

 

 “超高校級”の“才能”を持ってるからこその下越の言葉は、俺にはなんとなく理解できた。“超高校級の美食家”としていられないと、自分が何なのか分からなくなってくるんだ。俺だって、自分のパイロットとしての何かを否定されたら、自分がどんな人間なのかなんて分からなくなってくる。下越は、それをずっと自問自答させられてたんだ。自然とそうなる場所にいたんだ。

 

 「んもう!下越くんらしくないわよ、そんなにあれこれ難しく考えて!」

 「んえっ?」

 「ほら、お肉焼けたから食べなさい。きっとそんな悩みなんて吹っ飛んじゃうから」

 「お、おう・・・いやでも、オレはもう辛いんだよ。飯食っても余計なこと考えちまって、全然幸せな気持ちになれねえんだ」

 「いいから食べる!ほら!」

 「もがっ」

 「お、おいおい・・・」

 

 焼けた肉串を、正地が下越の口に突っ込んだ。串が刺さって危ないと思ったけど、きちんと先端にも肉が刺さってた。下越は素直に突っ込まれた肉をもぐもぐ食べてたけど、熱くないのか。

 

 「んぐっ・・・ん?」

 「どう?ちゃんと焼けてるでしょ?」

 「あ、ああ。そこは問題ねえ」

 「美味しい?」

 「・・・う〜ん」

 「あれ?そんなでもない感じ?」

 「いや、お前らなんかかけたり塗ったりしたか?」

 「何もしていないぞ。お前たちが持ってきた肉をそのまま焼いただけだ」

 「なんかおかしいか?」

 

 じっくり味わってよく噛んでから、下越はそう尋ねた。ここに持ってきたものは素材と塩胡椒と焼き肉のタレくらいで、そんな大したものは持ってきてない。焼き肉のタレはさっきからずっと研前が独占してるし、下越は何が引っかかってるんだ?

 

 「自分が仕込んだ肉の味はぜってえに自信があるんだよ。焼き方で風味が変わることはあっても、こんなに違う美味さになるわけが・・・」

 「美味い、と言ったな?フフフ・・・“超高校級の美食家”にそれを言わせた時点で我々の勝ちだ」

 「勝負ではないし荒川は何もしてないだろう」

 「なんでだ??うめえぞなんでだ??」

 「こうやってみんなで一緒に、楽しく食べるからだよ」

 

 焼けた肉をまじまじ見ながら考えこむ下越に、研前が呑気に言う。紙皿の上にどっさり乗った肉と野菜を口に運びながら、その合間に喋る。なんだその技術。

 

 「下越君の料理って美味しいんだけどさ、なんか完璧すぎてちょっと緊張しちゃうんだよね。下越君が食べ物とか食べることに真面目でそれ自体はいいことだと思うんだけど、そういう食べ方だけじゃないと思うんだよね。こうやってみんなで一緒に料理して、ちょっと失敗したりマナーが悪かったりしても許せる、そんな食べ方もいいんじゃないかな」

 「いや、まあ、確かに焼き方はもうちょっとあると思ったけど・・・」

 「お前の完璧主義は分かっている。我々に分け隔てなく料理を振る舞う博愛主義も分かっている。だが、完璧は脆いものだ。博愛は心を痛める選択だ。お前は人のことを考え過ぎだ」

 「そうだな。下越は今までずっと俺たちに料理作ってくれてたし、気に懸けてくれてたもんな。俺たちだって下越に何かしてやりたいよ」

 「・・・」

 

 なんかいつの間にか、下越を労う会みたいになってきた。けど研前や極が言うことは俺も理解できるし納得できる。誰よりも早く起きて朝飯の準備をして、晩飯の片付けと朝飯の仕込みのために誰よりも遅くまで厨房にいて、下越をそれ以外の場所で見ることなんてほとんどなかった。それが下越のやりたいことなのは分かってるけど、どこか義務感を下越が抱いてたのも事実だ。

 

 「ぷはーっ!おなかペコペコです!おにくおにく!」

 「こらスニフ君、ちゃんと身体拭いてからじゃないと食べちゃダメだよ」

 「マイムもお腹ぺこやまー♡」

 「いい匂いがしてきたねえ」

 「いくらでもあるからどんどん食べてね」

 「ん〜!!Yammy(おいちい)!!」

 「おいしーね♡まぐまぐ♡」

 

 プールからあがってきたスニフと虚戈と納見が、身体についた水滴も拭かずに肉串を頬張る。それを見た下越は、ぽかんとした表情をしてたけど、すぐに脱力してまた仰向けに寝転がった。

 

 「・・・どう、下越くん。安心した?」

 「やあ下越氏。さすが下越氏の味付けだねえ。美味しいよお」

 「ああ・・・美味えよ」

 

 何も口に入れてないのに、下越はそう応えた。これで少しは不安材料が減ったかな。正地と研前はにこやかにお互いを見て、荒川も一安心という風につま先で水を弄んでた。俺もよく火が通った玉ねぎを頬張る。うん、甘みが出てて美味い。

 

 「一旦は成功、ということでいいか?」

 「そうね。まだ完全じゃないけど、下越くんが少しだけ前向きになれたわ」

 「なんだなんだ?お前ら何か企んでたのか?」

 「なんでもないわ。ありがとう、雷堂くん」

 「え・・・なんでなんでもないのにお礼言われるんだ・・・?」

 

 なんだかよく分からんけど、女子たちは女子たちで何かが上手くいったらしいから、別にいいか。そんなタイミングで、極が食べ終わった串を置いてどこかへ行こうとした。

 

 「どこ行くんだ?」

 「せっかくだから私も泳ごうと思ってな。着替えてくる」

 「レイカも泳ぐんだー♬競争しよーよ♬」

 「虚戈氏は泳ぎ方めちゃくちゃなのに速いからねえ。わけがわからないよお」

 「ヤスイチさん、ボクもSwim ring(浮き輪)やりたいです」

 「スニフ氏はあっちのイルカ型の方がいいんじゃあないかい?」

 「Dolphin(イルカ)Great(やった)!」

 

 納見が指さしたイルカ型の浮き輪、輪って言うかイルカだけど、それをスニフが引っ張り出してきた。萎んだままのイルカは見てるだけで切なくなってくる仕上がりだ。これを膨らませなきゃいけないけど、よく見たらポンプが見当たらない。

 

 「ぷふーっ!ぷふーっ!ぷふーっ!あっぬけた」

 「あははっ♬スニフ君膨らますのへたっぴ♡」

 「むぅ、ワタルさん、やってください」

 「え、俺かよ・・・」

 「だってLady(女性)にたのめないです。ヤスイチさんじゃボクよりできないです」

 「刺さるねえ」

 「しょうがないな」

 

 スニフからイルカを借りて、思いっきり空気を吹き込む。でもイルカのデカさからしたら一息の量なんて微々たるもんだ。吸っては吐いて吸っては吐いてを何回も繰り返して、それだけで息が上がってくる。徐々にビニールの表面に張りがでてきて、二十回くらいでようやく形になった。

 

 「ぜーっ!ぜーっ!で、できた・・・!」

 「Yeah(わーい)Ta(あざーっす)!」

 「テイってなんだよ」

 「雷堂君がんばったね。はいお茶」

 「あ、ああサンキュー研前。意外と大変だなこれ・・・モノクマのヤツ、ポンプくらい用意しとけばいいのに」

 「供給は需要から生ずる。欲しければショッピングセンターに行けということだろう」

 「何から何までモノクマが支配してるのに経済起こす意味あるのかねえ」

 

 研前からもらったお茶をあおってモノクマに文句を言う。モノクマの意図は分からないけど、まあ大した意味はないんだろう。単純に用意するのがめんどくさかったとか。

 

 「けっぷ。I'm full(お腹いっぱい)です。またSwim(泳ぐ)します!」

 「元気いっぱいだねえスニフ氏」

 「ワタルさんもSwim(泳ぐ)しましょう!」

 「お、俺も?」

 「そっち4人はまだ泳いでないだろお?極氏も泳ぐみたいだしい、水着ってことは泳ぐつもりあるんだろお?」

 「まあ。じゃあちょっとだけ泳ぐか・・・と、その前にトイレ」

 「デリカシーないわねもう。そういうところよ雷堂くん。ね、研前さん」

 「ね」

 「え?なんか言ったか?」

 「なんでもないわ」

 「なんでもないよ」

 「そういうところだねえ、雷堂氏」

 「ワタルさん、ボクもRestroom(トイレ)いきます」

 「スニフ君もそーゆーとこだね♡」

 「???」

 「???」

 

 なんだかよく分からないけど、俺はそういうところらしい。俺もスニフも首を傾げるけど何にも分からん。まあどうでもいいか。スニフもトイレ行きたがってるし、さっさと済ませて軽く泳ぐか。はじめて来たところだからどこに何があるか分からないけど、だいたいプールサイドのどっかだろ。

 

 「ワタルさん、Restroom(トイレ)どっちですか」

 「知らないのかよ。俺も分かんないんだよな」

 「う〜、I wanna pee(もれるぅ)!」

 「えっ、なんでもっと余裕もって言わないんだよまったく!ここか?」

 

 だから子供はめんどくさいんだよ。急にもじもじしだしたスニフに急かされて、トイレがありそうな方を探してみた。プールサイドから少し離れた適当なドアを開けて中に入ってみる。

 

 「あ」

 「ん?」

 

 一瞬、意味が分からなかった。脳みそが動こうとしないで、目の前の状況をただそういうもんだと受け止めて、バカに冷静なことを考えたりした。この光景を焼き付けようと脳がフル回転したのかな。

 黒くしなやかな髪は蛍光灯に照らされて、一本一本見えるくらいサラサラと流れる。白い肌は引き締まって力強く、それと同時に触れたくなるほどきれいだった。普段はレンズの向こうにある鳶色の瞳が、切れ長の瞼からこっちを覗いた。その表情は驚きの中に少しだけ恥じらいが感じられて、なんとなく色っぽかった。そのせいか、俺は無意識に呟いた。

 

 「きれいだ・・・」

 「──ッ!?」

 「うーっ!ワタルさん!もれる・・・」

 「あっ」

 「見とれるなバカ者!!」

 「ほげばっ!?」

 「Eh?レイカさ──あばっ!?」

 

 何歩分か開いてたと思うけど、気付いたときには極の手が目の前に迫ってきたところだった。俺は一瞬意識が途切れて、すぐ冷たい水に突き落とされた衝撃で覚醒して、慌てて息を吸おうとしてがっつり水を飲んじまった。

 

 「うおっ!?な、なにしてんだあいつら。トイレ行くんじゃなかったのか?」

 「さあねえ。待ちきれなかったんじゃあないかい?」

 「スニフ君もワタルも子供みたいだねー♡って、スニフ君は子供か♬」

 「ぶくぶく・・・」

 「し、しまった。つい本気の掌底をブチ込んでしまった。たぶん気を失っているから掬い上げてやってくれ」

 「極さん?あ、もしかしてあの二人・・・」

 「ぶはっ!なんですかレイカさんいきなり!」

 「よいしょっとお。あれはスニフ氏と雷堂氏が悪いねえ」

 「起きてワタル♬人工呼吸しちゃうよ♡」

 「ダ、ダメだよ虚戈さん!」

 「う〜ん」

 

 何が起きたかよく分からんけど、気付いたら俺はプールサイドに寝そべってた。周りを見ると虚戈と研前が仲良く組んず解れつになってて、いつの間に仲直りしたのかとなぜか冷静になって考えてた。確か俺はトイレに行こうとして、それで・・・。

 

 「あとで極に謝んないとなあ。あ、そう言えばスニフ」

 「はい?」

 「お前、トイレはもういいのか?」

 「Ah・・・もうだいじょぶです」

 

 そんならよかった。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:9人

 

【挿絵表示】

 




若えもんには負けてられん。更新じゃ


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(非)日常編3

 私たちはまたモノクマに呼ばれた。前回の裁判から少し間が空いて、このタイミングでモノクマが呼ぶっていうことは、用事は決まってる。またコロシアイのための動機を私たちに寄越すんだ。私は朝ご飯の後、田園エリアをお散歩中にそのアナウンスを聞いた。徒歩だったから急いで集合場所に向かったけど少し時間がかかって、みんなに心配かけちゃった。

 集合場所に着くと、もう既にモノクマがいて、私が到着したのを見て待ってましたとばかりに飛び上がった。なんで肩からポーチかけてるんだろう。

 

 「うぷぷぷぷ♬オマエラ最近仲がよろしいみたいで、モノクマランドの支配人のボクとしてはとっても嬉しいです。ここから誰かが死んだら一層絶望も深いでしょうね」

 「うるさいヤツだな。どうせ動機を寄越すんだろ?さっさと済ませろよ」

 「ワタルさん・・・こわくないですか?」

 「怖がったってしょうがないだろ。それに、俺たちは3回もこいつの動機を耐えてきたんだ。乗り越えてきたんだ。だったら、今回だって大丈夫だ」

 「そう思ってた相模サンや星砂クンも、ボクの動機であっさり殺人に手を染めたんだけどね」

 

 私たちを励まそうとした雷堂君の言葉は、モノクマの言葉であっさり打ち砕かれた。確かにここにいるみんなは、3回もモノクマが寄越したコロシアイのための動機に耐えて生き延びてきた。でもそれは、たまたま動機の内容が私たちに響かなかっただけ。たまたま私たちより先にコロシアイをしてしまった誰かがいただけ。そう言われてしまえばそれまでだ。

 

 「フフフ・・・何が誰に響くかなど、やってみなければ分からない。ここに私たちがいることも、たまたまと言えばそうなのだろう」

 「それでもボクはやっぱり考えました。オマエラをどうやったら清く正しく美しいコロシアイに導くことができるのかと」

 「そんな劇団みたいなコロシアイはごめんだねえ」

 「今までオマエラは、大切な人のピンチを見せても、夜な夜な辛い過去や苦しい思い出を追体験させても、自分自身のやらかい部分を人に打ち明けさせても、コロシアイをしてこなかったメンバーだからね」

 「イヤな言い方しないでよ」

 「だけどボクは振り返って思うんだ。今までの動機で、一番オマエラの心を揺さぶることができたのは何か。それは2つめの動機、悪夢だよ!」

 「なんだ?またヤな夢でも見せようってのか?」

 「えー×マイムあれイヤなんだよなー×寝汗とか寝不足とか寝癖とか♣」

 「寝癖は関係ないねえ」

 「やっぱり現代っ子なオマエラは、人付き合いとか自分の恥ずかしい部分とかなんてものは簡単にスルーしたりクリアしてしまえるもんなんだね!他人との関わり合いも多様化していく中で、恥も外聞もない付き合い方ができるフレンズなんだね!」

 「何を言ってるかよく分からないんだけど・・・」

 「要は、オマエラは自分自身の内面を見つめることが苦手だってことだよ」

 

 なんだかモノクマはそれらしいことを言ってるけど、どうせ私たちに寄越すのはコロシアイのための動機でしかないんだ。余計なことに騙されちゃいけない、いけないんだけど・・・心当たりがあるのか、不安そうな顔をしてる人たちは何人かいる。

 

 「と、いうわけで今回オマエラに配る動機は、オマエラ自身に関することです!それも特別大サービスで、2つもあげちゃうよ!」

 「・・・写真、か?」

 

 ポーチの中をまさぐって、モノクマは何枚かの写真を取り出した。私たちに関する写真って、今までのコロシアイの中で隠し撮りでもしてたのかな。恥ずかしい写真をバラされたくなかったらコロシアイしろって感じ?今更そんなことでコロシアイする人なんているのかな。

 

 「この写真をオマエラのモノモノウォッチに送信しておくから、よーく見ておくといいよ。うぷぷぷ♬」

 「またそのパターンかあ」

 「み、見なきゃいいんだろ!見ねえって約束すりゃしまいじゃねえか!」

 「疑心暗鬼になるだけだな。ならば全員で共有した方がまだマシだ」

 

 モノモノウォッチが軽い電子音を立てて、モノクマからの動機が配られたことを知らせた。いつでも誰でも見られる状態にしてしまえば、見ないようにするなんて約束はただお互いに疑い合うタネにしかならない。モノクマはそれをよく分かってる。星砂君やたまちゃんみたいに堂々と見ることを宣言する人は、むしろ私たちにとって必要だったのかも知れない。

 

 「で、もう1つあるんだろ」

 「んもう雷堂クンってばせっかちだなあ。そんなに動機欲しいの?コロシアイしたいの?」

 「・・・」

 「シカトとか!まあいいや。写真はぶっちゃけオマエラが思ってるように、オマエラを不安にさせる類のものだけど、もう一個は違うよ。やっぱりオマエラ、結局は“超高校級”の生徒たちだからね。そろそろ“才能”を存分に発揮する場所が欲しいと思うんだよ」

 「マイムはサーカステントあるから間に合ってまーす♡」

 「まあそう言わずにさ。オマエラの中で気になってる人いるんじゃないかな。オマエラが寝泊まりしてるホテルの2階から上」

 

 モノクマの言葉を聞いて、私はあの時のことを思い出した。モノクマランドに連れて来られたときのこと。スニフ君と一緒にホテルを探索したとき、2階には行けないようになってた。何があるのか気になってたけど、色んなことがあってそんなのすっかり忘れてた。

 

 「なんとあのホテルは、1階部分が共同生活用のスペースになっていて、2階から上はオマエラの“才能”のために用意された研究室になっていたのだー!うぷぷぷぷ♬今回はなんと、そこを開放してあげちゃいます!あ、もういない人たちの研究室には入れないから。モノモノウォッチがキーになってるし」

 「じゃあ1階部分もそうしたらいいのに・・・そしたら須磨倉くんは・・・」

 「言うな正地。それを言っても何にもならない」

 

 私たちの個室の鍵を変えたところで、須磨倉君が思いとどまったとは思えない。だけど、私もそんな考えが過ぎってしまった。どこまでも冷静な極さんに諭されてなければ、私も正地さんと同じことを言ったかも知れない。

 

 「てなわけで、各自写真と研究室は見ておいてねー。きっと気に入るはずだから!んじゃ!」

 

 それだけ言うと、モノクマは茂みの中に消えていった。毎回毎回、これはどういう仕組みなんだろう。そして残された私たちは、この動機にどう対処すればいいか、考えることにした。でも、どうするかなんてもうほぼ決まってる。

 

 「それで、この写真はどうする?」

 「さっき荒川が言ったようなことだ。見ないって言ってもだんだん疑心暗鬼になってくる。だったらみんなで見た方がマシだ」

 「ま、待てよ・・・それじゃ結局モノクマの思うツボだろ!動機だぞ!」

 「四六時中、互いを監視するわけにもいくまい。モノモノウォッチは取り外しもできない。必ず一人になる瞬間があり、見ていないと客観的に証明できなくなる。それは疑いのタネだ」

 「そうだ。それに、俺たちは3回、あいつの動機を堪えて──」

 「3回堪えたんじゃねえ。3回耐えられなかったんだろ」

 

 励まそうとした雷堂君の言葉を遮って、下越君は見たこともないくらい鋭い目付きで言った。そうだ。私たちはモノクマの動機で3回コロシアイをしてしまった。耐えたんじゃない。耐えられなかったんだ。この動機でまた私たちの中の誰かがコロシアイを・・・もしかしたら、私がそうなるかも知れない。

 

 「テルジさん、ボク見ます」

 「スニフまで・・・な、なんでだよ!絶対ヤバいだろうがよ!」

 「だって、モノクマ言ってました。あのPhotograph(写真)、ボクたちのことだって。Photograph(写真)とれるってことは、モノクマのOperator(操作手)、ボクたちに近いところいる人かもです」

 「近いところ・・・?」

 「・・・少年。そこから先はダメだ。それは更なる疑心暗鬼のもとにしかならない」

 「な、なんでだよ!?なんで止めるんだよ!」

 「とにかく、スニフ氏はその写真に、おれたちをこんな目に遭わせてる黒幕のヒントがあるって言いたいんだろお?」

 「Yes(はい)

 

 スニフ君が何を言おうとしたのか、いち早く察した荒川さんが止めた。その写真に黒幕のヒントがあるんだとしたら、それが意味するのはつまり・・・。

 

 「ひとまず食堂に移動しない?二つ目の動機のこともあるし・・・」

 「移動しましょー♫」

 「オレは見ねえからな」

 

 下越君はそう強く言って、私たちと一緒に移動した。きっと下越君は、本当にコロシアイが起きて欲しくないと思ってる。だからこそ、いつもよりずっと刺々しいんだ。だけどそんな動揺こそが、私たちがコロシアイをしてしまう火種でもある。


 みんな暗い顔してなんだか怖いな♣️もっとスマイルスマイル・・・て言おうと思ったけど、そうやってこの前こなたにぶたれたんだっけ♢あの時はすごく悲しかったけど、今はもう大丈夫なんだ☆だってマイムは知ったからね☆みんなはマイムと違うし、マイムはみんなと違うんだ♫

 

 「写真を消して、見らんねーようにできねーのかよ」

 「モノクマのことだからできないようにしてあるだろうな。だいたい、そんなことしてもまた別の動機を用意するだけだ」

 「互いに見ていない確証を得られない以上、不要な疑念は避けねばならない。見た方が確実に全員が等しい立ち場になる」

 「等しく・・・コロシアイの動機を得たっていう立ち場だよねえ」

 「ボクはさっきも言いました。あのPhotograph(写真)、なにかHint(ヒント)あるはずです!」

 

 スニフ君も難しい顔してお話してる♣️マイムはコロシアイになるなら見なければいいと思うな♣️でもみんなは違うんだよね♠️マイムもちょっとは気になるけど、みんなが見ないならマイムも見ないよ♫見るなら一緒に見てあげるしね♡

 

 「だったらオレだけは見ねえ。それでいいだろ」

 「下越くん・・・」

 「オレはぜってえに人殺しなんてしねえ。でもあの写真を見ちまったら、この中の誰かを疑っちまうかも知れねえし、もしかしたら次に誰かを殺すのはオレになるかも知れねえ。だったらオレはそんなもん見ねえぞ。絶対だ」

 「賢明な判断とは言い難いな。何があるか分からないが、一人だけ情報を得ることを拒否するとは」

 「いいんだよ。オレはお前たちみたいに頭よくねえから」

 「だったらマイムも見ないよ♡」

 「・・・虚戈もか」

 「だってテルジだけ見ないなんて可哀想だよ♫それに、マイムだって誰かを殺したくないし、殺されたくもないもんね♡」

 「ど、どうするの雷堂君?二人とも見ないって・・・」

 「・・・いつまでも同じ話をしてても仕方ないな。なら、下越と虚戈は写真を見ない。俺たちは見る。見ないって言ってるのが二人なら、その二人はお互いを監視しやすいし、立ち場が違う俺たちもそのことを知ってれば余計な疑心暗鬼には陥らないだろ」

 「その辺りが落とし所だな」

 「じゃあマイムはテルジをじーっと見てればいいんだね♡OK♫じーっ<●>言<●>」

 「You wrong(そういうこっちゃないだろ)

 「見つめるよー♡マイムカメラはテルジのいただきますからごちそうさままで見つめるよー♡」

 「ただの食事シーンだねえ」

 「間違えた×おはようからこんばんわまでね♡」

 「夜がんばれよ!」

 

 とにかくマイムはやることが決まったよ♫これからずっとテルジと一緒にいればいいんだね♡でも監視なんかしなくったって、テルジはこっそり見たりしないってマイムは知ってるから大丈夫だよ♫マイムも見ないもんね☆

 

 「では我々は別の場所に移動するとしよう。ここで見ては2人の不安を煽るだけだ」

 

 レイカがそう言うと、みんな図書館の方に歩いてっちゃった♢そしたらマイムは暇だから、テルジに何か美味しいものでも作ってもらおうっと♡

 

 「テールジ♡ご飯作って♡」

 「・・・ああ。ちょっと雑になるけど、勘弁してくれよ」


 図書館はいつものように静けさに満ちていて、我々の存在がちっぽけなものだと思い知らされる。膨大な量の本の中で、うちに抱えるこの不安や痛みなど、ページのシミにすらならないほど矮小だ。

 

 「そんじゃあ、見るよお」

 

 相変わらず能天気な納見の言葉に合わせて、私たちはモノモノウォッチで、与えられた動機を表示させた。押した瞬間に、後戻りできなくなったことを強く自覚してわずかながら後悔する。なぜ人はできないと分かった途端に、それを強く渇望するようになるのだろう。

 

 「・・・なに、これ?」

 「Photograph(写真)です」

 「それは分かっている。しかし・・・これは一体どういうことだ?」

 

 最初に表示された写真に、いきなり私は動揺した。それを悟られまいと、あくまで平静を装って呼吸を整える。そうする必要があるほど、この写真は不可解だ。こんなもの、()()()()()

 写真に写っていたのは、私だった。場所はおそらく、先日私たちがバーベキューをしたプールだろう。奥には鉄板の上で豪快に焼きそばを踊らせる下越が写っている。不可解なのは、その私と肩を並べて派手な色の飲み物を飲んでいる者が、茅ヶ崎だということだ。

 

 「ど、どうして・・・茅ヶ崎さんが写ってるの・・・?極さん、いつの間に茅ヶ崎さんとこんなに仲良く・・・」

 「私はこんな写真は知らん。茅ヶ崎とは数回言葉を交わしたに過ぎない、こんな仲良さげに会話などする間柄ではない。況してや・・・水着など」

 「他にもあるみたいだぞ」

 

 この私が、出会ったばかりで素性も知れない茅ヶ崎と、水着姿で、こんなに油断を晒して語らうなど、絶対にあり得ない。なんだと言うのだ、この写真は。

 当事者である私でなくとも動揺する中で、雷堂は冷静に次の写真を表示する。私たちもそれに倣い、画面をスライドさせた。次の写真に写っていたのは、その雷堂だった。

 

 「・・・ウソだろ?」

 「確認だが雷堂。お前、城之内や野干玉とこんなに仲良かったか?」

 「別に悪くはなかったけど・・・こんなことしたことないぞ」

 

 写真の中の雷堂は、城之内と野干玉がカラオケで熱唱しているのを後ろから眺めていた。城之内にマイクを押し付けられて困っている姿は、まさに雷堂の印象に違わない。

 

 「カラオケルームなんて、最初に鉄と会ったときから近づいてもない。だいたい、こんなことする余裕なかっただろ」

 「次の写真は・・・」

 

 そして再び、私たちは写真をめくる。次に表示された写真は、先日新たに開放されたサーカステントで空中演技をしている虚戈を、相模と星砂、研前が感心した様子で観覧しているものだ。

 

 「これ、おかしいよ・・・。だって、サーカステントはついこの前まで行けなかったんだよ。なのに・・・なんで相模さんと星砂君がいるの・・・」

 「その次はおれと皆桐氏と鉄氏が正地氏のマッサージを受けてるところだねえ」

 「さらにその次では私とスニフ少年が何か討論をしているな。とぼけた顔で座っているのは須磨倉か」

 「Nonsense(意味わからん)!こんなのおかしいです!」

 「ああ、おかしい。だが問題は、これが動機として与えられたことだ。その意味を考えてみろ」

 「動機として与えられた意味?」

 「ただの捏造写真と破棄することもできるだろう。だがモノクマが、この期に及んでただの捏造写真などで私たちに不和を起こさせようとすると思うか?ヤツは今までいい加減なことを言ったことはあるが、嘘を吐いたことはない」

 「じゃ、じゃあ・・・この写真が本物だってえのかい?でもお、おかしいだろそんなのお。時系列がぐちゃぐちゃだよお」

 

 荒川の言うことも尤もだ。モノクマが捏造などと下らない手段を用いるヤツならば、はじめからもっと直接的に私たちにコロシアイを強いればよかったのだ。そうしないのは、ヤツは私たちに絶望を味わわせたいからだ。仲間が裏切ったという絶望を。

 だとすれば、この写真は本物ということになる。だがそれは明確に矛盾している。だから訳がわからないのだ。

 

 「・・・ね、ねえ。ひとまずこの写真のことはおいておいて、もう一つの動機を確認しておかない?考えてもわからないわ」

 「ホテルの上の研究室か。いいだろう。確か研究室は各自のモノモノウォッチが鍵になっているのだったな」

 

 今はこの写真を、私たちは肯定も否定もできない。しない方が賢明だ。正地の提案で、ひとまず私たちは図書館から再びホテルに移動した。ロビーには、今まではただの粗末な壁があった場所に、エレベーターホールが出現していた。これを隠すためだけに薄壁を作ったのか。

 エレベーターは2基あり、一度に乗れるのは9人ほどと、一般的なエレベーターと違わない。各階のボタンの横には、誰のどんな“才能”の研究室があるのかが図付きで表示されていた。

 

 「一番近いのは・・・スニフ君の研究室だね」

 「お先にしつれいします」

 「使い方おかしいぞ」

 

 ボタンを押してすぐエレベーターは動き出し、まもなく止まる。ドアが開くと、そこはスニフをイメージしたオレンジと金色の装飾が施された大きな扉があった。その横にある装置にモノモノウォッチをかざして鍵を開ける仕組みになっているようだ。

 スニフがモノモノウォッチをかざすと、金属の金具がぶつかる大きな音がして鍵が開いた。両開きのドアを完全に開くと、中の姿が露わになる。

 

 「うおお・・・なにがなんだか分からないねえ」

 「難しすぎるかな・・・」

 

 飛び込んできた景色は、壁一面に張られた模造紙に描かれた様々な記号や数式の数々。赤く線が引いてあったり囲ってあったり、更には巨大な砂時計やコンピューター、数学の専門書が取り揃えてられていた。言語が英語であることも、この部屋の異質さや物々しさを増長させている。

 

 「ここがスニフ少年の研究室だな。フフフ、さすがは“超高校級の数学者”にして天才少年、というべきか」

 「一個も何が書いてあるか分からないわ・・・」

 「・・・いや、でも・・・あれ?なんかおかしくないかこの部屋?いや、おかしいぞ」

 「はい。It's strange(おかしい)です」

 「何がおかしいの?」

 

 部屋の持ち主であるスニフと、雷堂はすぐこの部屋の異変を察知した。私も納得できないことがあるのだが、おそらく同じことだろう。たとえ研究室があったとしても、()()()()()()()のはおかしい。

 

 「ボク、このLaboratory(研究室)いまはじめてきました。こんなのボクしらないし分かりません。でもこのNumerical formula(数式)Graphics(図形)、どう見てもボクがかきました。ボクのThema(研究課題)Riemann Hypothesis(リーマン予想)です」

 「え?つ、つまりどういうこと?」

 「スニフが初めて来たはずの場所に、スニフが書いたであろう数式や図形が書いてある。しかもその内容はスニフが今取り掛かっていた問題、ということだろう?」

 「ありがとござます、レイカさん。Riemann Hypothesis(リーマン予想)は、だれもとけてないんです。モノクマなんかにとけるわけないです」

 「聞いたことはあるけどなんだかよく分からないねえ」

 「そもそもここは、俺たちはずっと入れなかったはずだ。使った痕跡がある時点で十分おかしい」

 「じゃあ、私たちの研究室も・・・?」

 

 研前の言葉で私たちは、どうやらこれは、単なるコロシアイの動機で済む話ではないことに気付いた。なぜ私たちの使った覚えがない研究室が使われているのか。先ほどの写真も不可解だが、こちらも同様に不可解だ。それこそ、この私が、絶対にあり得ない“仮説”を立ててしまうくらいには。

 自分が解こうとしていた問題の進捗に興味が湧いたスニフを研究室に残し、私たちはバラバラに自分の研究室を見に行った。私の部屋はさらにいくつか上、“超高校級の彫師”の研究室だ。

 

 「・・・」

 

 スニフの研究室の件から、モノクマが私たちにここを開放したこと、そしてモノモノウォッチで簡単に他人の部屋に入れないようにしたことの意味が分かった。そして自分の部屋に入って、それがスニフの勘違いや考え過ぎである可能性、モノクマが適当に用意したものではないということも。

 私の研究室にあったのは、過去に私が発注を受けた彫り物のスケッチ、そしてデザイン画だ。もちろん入れ墨を彫る道具も揃っていて、専用のベッドも設置されている。道具の配置やクセの付き方が、まったく私が普段使っているものと同じだ。ここまで細かなことを、他人が模倣できるとは思えない。

 

 「他人・・・か。この部屋に私が来たことがあるとすれば・・・()とはなんだ・・・?」

 

 そんな哲学的な問いをつい口に出してしまうほどに、私の脳は混乱していた。モノモノウォッチを操作して、一つ目の動機である写真を表示する。茅ヶ崎と、互いに水着姿を気にすることなく笑いながら語り合えるなど、想像もつかない。それにこの写真は・・・。

 

 「はあ」

 

 考えても無駄だ。こんなものに答えはないし、あるとしてもそれはモノクマが握っている答えだろう。今はこの動機を受けてなお、殺さないという強い意志が必要なのだ。それがどれほど難しいことなのかは、死んでいった者たちを見れば一目瞭然なのだが。

 それにしても、失敗だった。全員でスニフの部屋を見たことによって、互いの部屋の中が想像しやすくなっている。何が隠されているかまでは想像できなくとも、スニフの部屋にあったものは明らかに、ここに来る前の私たちに関するものだ。スニフは覚えがないと言っていたが、そこには自分が関与している痕跡がある。それが意味するところは・・・いかん、また同じことを繰り返していた。今は考えても無駄なんだ。

 

 「む。正地」

 「あ・・・極さん」

 

 それぞれの研究室が異なるフロアに用意されていたので、エレベーターで下に戻るときに他の階にいちいち止まることになってしまった。乗り込んできた正地は、予想していた展開とはいえ、少しだけ気まずそうにしていた。やはり、研究室にあったものを見て思うところがあったのだろう。

 

 「どうだった」

 「マッサージ用のベッドがあったわ。それに道具も。それ以外は特に何の変哲もないんだけど、道具のクセとか使いやすい位置に使いやすいように必要な道具が置いてあるなんて、びっくりしちゃったわよ」

 「やはりか」

 「アロマオイルとか、よく泡立つタオルとか、洗顔オイルとか・・・私が普段やる順番通りに置いてあったの。だからすごくやりやすそうだったし、椅子の高さとか鏡台との距離感も完璧だったわ」

 「私のところも似たようなものだ。正地はこの状況を、どう思う?」

 「どうって?」

 「それぞれの部屋には、それぞれの部屋の主がもっとも扱いやすいように道具が配置されている。あるいはその主が非常に気に入っているものが配置されている。どれも、部屋の主にとってベストな位置に。これをモノクマ一人が全てやれると思うか?」

 「・・・ううん。ちょうど、私も同じ事を考えてたの。この部屋、私のために用意されたんじゃないんだって。これじゃあまるで、()()()()()()()()()って考えちゃったの。そんなわけ、ないのにね」

 

 薄く顔を青ざめさせた正地の言葉を、私は否定できなかった。同じ事を考えていたからではない。それを否定する根拠がないからだ。もしやこのモノクマランドは、黒幕が私たちにコロシアイをさせるために用意したのではなく、私たちにとってそれ以上に意味のある場所なのかも知れない。


 「みんなおかーえりー♡」

 

 おむかえに来てくれたこなたさんといっしょにレストランまでもどると、みなさんもうあつまってた。ボクたちがLast(最後)だったみたいです。Kitchen(厨房)からはテルジさんがCooking(料理)してるSteam(湯気)がもくもく出てきてた。

 

 「美味しそうな匂いがするね。下越君、何作ってるの?」

 「昼飯の豚汁だよ」

 「トンジル?」

 「なんていうんだ?ピッグスープ?」

 「Pig(ブタ)・・・!?」

 「ポークだろそこは」

 

 なんだかよくわかんないけど、Misosoup(味噌汁)のもっといっぱい色んなIngredients(材料)を入れたものみたいだ。あとはごはんとCutlet(カツレツ)Set meal(定食)になってた。テルジさん、きもちはくらくなってるけど、またボクたちにごはんを作ってくれるくらいにはなった。

 

 「やっぱり下越氏のご飯は美味しいねえ」

 「で、この後お前らはどうするんだ?動機を見たんだったら、何か思うところがあるんだろ?」

 「それを考えようと思ったのだが、お前たち二人がいる前でそんな話をしては本末転倒だ」

 「そりゃそうだねー♢」

 「まあ、あんなのは見なくて正解かもな。わけわからなくなる。俺がなんなのかも、このモノクマランドがなんなのかも・・・」

 

 ワタルさんがTonjiru soup(豚汁)をのみながら言う。テルジさんとマイムさんのいないところでないと、Motive(動機)のことをはなせない。だけどボクは、ひとりあたまの中で考えてみた。

 モノクマがボクたちにPrepair(準備)したLaboratory(研究室)は、ボクたちが知らないじかんがこのモノクマランドではあったっていうことのEvidence(証拠)になるし、Photograph(写真)はそのPersuasiveness(説得力)をつよくする。ボクたちはここで何をしてたんだろう。

 

 「ふむ・・・どうやら、このモノクマランドについて、もっと調べてみる必要がありそうだ。ファクトリーエリアも気になるし、それ以外にも秘密が隠されている可能性が高い」

 「また探索だねえ。こりゃあしんどくなりそうだなあ」

 「新しく開放されたエリアはまだ調べ切れてないところもあるし、手分けして探索すれば何か手掛かりが見つかるかも知れない。午後は全員で探索にしよう」

 「・・・手掛かりなんて、あるのかな」

 

 エルリさんとワタルさんのSuggestion(提案)Afternoon(午後)の予定がきまりそうになったとき、ふと、こなたさんがそんなNegative(後ろ向き)なことを言った。ついさっきまで、Optimistic(呑気)にトンジルをのんでたのに、いきなりそんなことを言うからびっくりした。

 

 「私たちをここに閉じ込めて、動機で私たちの心を揺さぶって、コロシアイをさせてきたモノクマが、簡単に見つかるような手掛かりを残すのかな。見つかったとして、それを信じていいのかな」

 「ど、どうした研前?お前そんな暗いこと言うヤツじゃねえだろ?」

 「・・・なんか、気になったんだよね。こうやって私たちがもう一度このモノクマランドのことを調べるのも、モノクマの手の平の上なんじゃないかなって。だったらそうすることに意味があるのかなって・・・。ごめんね。暗いこと言ったって仕方ないのに・・・」

 「そういう懸念は一理ある。何も考えていないよりはマシだ。だが、何も手掛かりがない状態では全ては机上の空論だ。動いて何もないのなら次の手を考える。何かあればその真偽も含めて精査する。それしか今の我々にはできん」

 「・・・」

 「こなたさん・・・だ、だいじょぶですよ!きっと!Perfect(完璧)な人なんていないんです!モノクマの中の人だって、きっとどこかでMiss(失敗)してます!それをFind(見つける)できれば、ボクたちがWin(勝つ)するのだってできます!Keep hope alive(希望を絶やさないで)ですよ!」

 

 そんなボクのCheer(励まし)はからっぽで、こなたさんをPositive(前向き)にかえることなんてできない。Consolation(気休め)にもならない。

 

 「うん・・・ごめんね、なんか暗くなっちゃって」

 「そういうこともあるわ。そうだわ、後で私の研究室にいらっしゃい。研前さんが元気になれるマッサージをしてあげるわ。ストレスが溜まると免疫力も下がるから、身体も強くしておかないとね」

 「正地の研究室は、そんなに色んなマッサージ道具があるのか」

 「マッサージだけじゃないわ。これでも按摩ですもの。お医者さんのとはまた違うけれど、セラピーグッズなら何でも揃ってるわ。お灸から蜂針までね」

 「ハチバリ?蜂なんか使うのかよ!?」

 「あら、知らないの?ミツバチの針をツボに刺すの。血行促進や疼痛緩和の効果があるのよ」

 「蜂の針を刺しちゃうのー♠きゃーこわい♣」

 「身体が疲れてる人にやると効果絶大なのよ。極さんなんてそんな感じするけど?」

 「いや・・・すまんが私は頑として断る」

 「えー♣レイカって注射苦手なの?きゃわいいー♡」

 「いや、蜂が苦手なのだ」

 「い、意外・・・」

 

 こんなにつよそうなレイカさんだってBee()Injection(注射)がきらいなんだ。ボクもきらいだけどおかしいことじゃないから言わないでおこっと。とにかくボクたちは、またモノクマランド中をSearching(探索)することになった。こなたさんはなんだかNegative(後ろ向き)になっちゃってたからセーラさんといっしょに行くことになった。ボクはヤスイチさんといっしょで、あとのみなさんはひとりずつで行くことにした。

 ボクとヤスイチさんは、ヤスイチさんがあんまりうごきたくないってワガママ言うから、ちかくのギャンブルエリアに行くことにした。


 愕然とした。あまりにも荒唐無稽で、あまりにも突飛で、あまりにも現実離れしていて・・・その上、信じたくなかった。モノクマが自分たちを惑わせるために用意したデタラメだと無視することもできない。最初に見たあの部屋のことを考えると、そんな可能性はすぐに棄却される。これはどう考えても、現実だ。それを否定できない限り、()()()()()()()()()()()を想像することも難しくない。

 

 「・・・」

 

 もしこの仮説が正しいとしたら、次に何を考えるだろう。それは、モノクマの正体だ。あの写真に黒幕のヒントが隠されているのだとしたら、それをどう解釈する?あの写真には自分たちが映ってた。どれも身に覚えのない場面ばかりで、いつどうやって撮られたものなのかさっぱり分からなかった。自分の研究室に入るまでは。

 

 「最悪だ・・・」

 

 あの研究室をモノクマが用意したということは、あそこにあるものは全てモノクマの手に一度渡っている。つまりその紙に書かれた内容も、残ったデータも、技術も、道具も、全てがモノクマに奪われてることになる。だとすれば・・・最悪の事態というのも想定する必要が出てくる。

 

 「あそこしかないか」

 

 その最悪の事態が起きていないか、起きていたとすればそれはいつからか、それを調べられる場所は、このモノクマランドで一箇所しかない。そこへ行っても目的のものがあるとは限らないが、何もしないよりはマシだ。幸いなことに、今は単独行動をしているヤツが多い。自由に動ける今が最大のチャンスだ。


 写真の効果は絶大だった。少なくとも自分にとっては。おかげで1つだけ分かったことがある。1つだけでも、黒幕の手掛かりになるんだから、大きな1つだ。これが直接黒幕に繋がってることなのか、それとも偶然のことなのか、全然関係ないのか。それは本人に聞いてみないと分からないことだ。聞いたところで本当のことを言う保証もない。

 

 「もしかしたら・・・」

 

 そう、もしかしたら、そこで決断を迫られるかも知れない。そうなったときに、覚悟を決められるのだろうか。恐怖や不安や重責に負けないほどの、圧倒的な、絶対的な、盲目的な覚悟を。

 

 人を殺す覚悟を。

 

 いや、そんなものは今更だ。()()()()()()()()()()。それが自分にとって、何より否定し難い、罪の証なのだから。願わくば、この覚悟が意味を持つ時が来ないようにと、そんな甘いことを考えながら、その脳裏では誰かを殺める算段を立てている自分がいる。くっくっと、誰もいない広いエリアで、自嘲気味に声を漏らす。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:9人

 

【挿絵表示】

 




GWはいかがお過ごしでしたでしょうか。
人それぞれ色んな過ごし方があったと思いますが、彼らもそれぞれ様子が違うようですよ。


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(非)日常編4

 

 自分で自分の知らない自分の作品を見るっていうのはあ、なんとも不思議な感覚がするねえ。おれのテ〜マが諸行無常だからどんな作品があってもおかしくはないんだけどお、だからってこんな得体の知れない気色悪い像なんか造るかねえ。

 

 「石膏だけどお・・・まさか現物ってこたあないよねえ?」

 

 火山の噴火や戦争の空爆の表現でえ、敢えて気味の悪い造形にすることはあるけれどお、おれがわざわざこんなもんを造るとは信じられないねえ。それとも過去のおれは、この像を通して何かを伝えようとしたのかなあ。そもそもなんでそのことをおれが覚えてないのかも不可思議だけどねえ。

 

 「記憶がなくなった・・・ってのもない話じゃあなくなってきたねえ。いよいよ現実味がなくなってきたけどお、はてさてえ」

 

 雑多に積み上げられた木材や大理石の中にいるとお、自分が世界から隔絶された場所にいるような感覚になってくる。ところどころに配置された不気味な人型の像が自分を監視しているようでえ、落ち着くような落ち着かないようなあ、不安定な気分になってくるねえ。

 そんな中で自分の記憶さえも信用しちゃいけない可能性が出て来ちゃったもんだからあ、ますますおれの頭は混乱してきてえ、しかも足下も確かじゃあないときた。研究室の強い照明が落とす影のおれが、まるで自分の影じゃないみたいだあ。

 

 「黒幕がおれたちの記憶を消したんだとしたらあ・・・果たしておれたちはその間、どこで何をしてたんだろうねえ」

 

 鉄氏の“超高校級の死の商人”としての作品が倉庫エリアにあったことからあ、モノクマにはああいった物を集める能力があることになるねえ。だとしたらあ、おれの作品があるからと言ってここにずっといたとも限らない。おれたちの記憶を消して、おれたちの身の回りの物をここに集めて、その上でコロシアイをさせる。意味が分からないねえ。

 

 「動機ねえ」

 

 この、薄氷の上に立つような不安感。自分自身さえ信じられない孤独感。この感覚に苛まれていつ誰が裏切るか分からない恐怖感。こりゃあまさしく動機だねえ。とはいえ、そのことを俯瞰して理解してればあ、なんとか耐え切れそうな気もしないでもない。そう思うのはおれが楽観的だからかなあ。

 

 「おやあ?」

 

 研究室のドアを開けっ放しにしてたもんだからあ、部屋の前のエレベーターが動く音やベルの音がよく聞こえた。だから、誰かが自分の研究室に行ったこともすぐに分かった。

 はてな。この前のメンバーであの階に研究室があった人なんていたっけなあ。


 「うんしょ♡こらしょ♬どっこいしょ♢」

 「マイムさん、なにしてますか?」

 「あ、スニフくん♡おっはよーだよ♡」

 「グッモーです」

 

 Early morning(早朝)にいつもDance(ダンス)してるマイムさんに会いにきたら、いつもとちがっておっきなBag()をずるずるひきずってた。Santa Claus(サンタクロース)みたいだった。

 

 「これはねー♬内緒のあのねのねなんだ♡スニフくんにも内緒だよ♡」

 「むぐっ」

 

 たぶんマイムさんはボクの口をゆびでしーってやりたかったんだとおもう。でもSleeve()があまってるからほとんどPunch(パンチ)だった。ナイショってなんだろう。いつものDance(ダンス)もしてないのに、それよりだいじなことがマイムさんにあるのかな。

 

 「今日のダンスはお休みだから、テルジのとこ行ってお手伝いでもしてきなさい♡」

 「Darn(ちぇっ)、わかりました」

 

 マイムさんに年上ぶられるとなんだかくやしい。でもダンスしないならここにいてもやることないから、言われたとおりテルジさんのとこにHelp(手伝い)に行くことにした。Today's Breakfast(今日の朝ご飯)はなにかな。Bread(パン)かな、Rice(ご飯)かな。

 Dining(食堂)にはみなさんあつまってて、いつもよりちょっとLater(遅い)なマイムさんがきてやっとたべはじめた。Today(今日)Omelet(オムレツ)で、ボクはKetchup(ケチャップ)をたっぷりかけたPotato omelet(ポテトオムレツ)をやいてもらった。

 

 「今日もモノクマランド探索する?」

 「そうだな。昨日の探索ではまだ不十分だと思う。少しずつ開放されていたから忘れていたが、ここはあまりに広大だ」

 「それでもまだ開放されてないゲートはあるけどねえ。一体どこまで広がるのやら見当が付かないよお」

 「・・・研前さんは、もう大丈夫なの?」

 「うん、ありがとう正地さん。正地さんからもらったアロマキャンドルが効いたのかな」

 「こなたさんGood smell(良い匂い)です。Sniff Sniff(くんくん)

 「いや、やめとけお前」

 

 なんだかこなたさんからいつもよりSweet(甘い)Flavor(香り)がするとおもったら、セーラさんからAromacandle(アロマキャンドル)なんてもらってたんだ。ボクももらおうかな。いいFlavor(香り)をつけるのもAppearance(身だしなみ)だから。それにこなたさんとおんなじFlavor(香り)になりたいですし!

 

 「フフフ・・・インドア派の私や納見にとって、屋外の探索はなかなかの重労働なのだが・・・」

 「言っている場合ではないだろう」

 「マイムは探索がんばるよー☆今日も元気にがんばろー☆」

 「ボクもがんばります!」

 

 Breakfast(朝ご飯)をたべおわって、ボクはToday(今日)こそひとりでInvestigation(探索)に出かけた。Motive(動機)Photograph(写真)でうつってたところに、Hint(ヒント)があるはずだ。First(まず)Pool(プール)に行ってみよっと。


 今日の探索も、研前さんの様子を見ながら二人で回った。なるべく研前さんの気持ちを考えて、ファクトリーエリアやスピリチュアルエリアみたいなところは避けて、田園エリアや歓楽街エリアを探索した。だけどやっぱり黒幕の手掛かりらしきものは見つからなくて、夕方になってまたホテルに戻って来た。

 

 「ダーメだあー!なんも見つかんねえ!」

 

 みんなより遅くまで頑張って探索してた下越くんが、ホテルに戻ってくるなり食堂の椅子にどかっと座って言った。大きくのびをしたと思ったら、すぐにまた厨房の方に歩いて行っちゃう。だけど、すぐにまた戻って来た。

 

 「おいおいおいおい!だれだよあの大量のスパゲッティ茹でたヤツは!?」

 「やっぱり突っ込むよねえ」

 

 ホテルに戻って来たと思ったら、厨房の大鍋で何キロかっていう量のスパゲッティが茹でられていた。誰の仕業かは、そのとき考えなくても分かった。ホテルにいち早く戻っていたのが、虚戈さんだけだったから。私たちもなんでそんなことをしてるのか分からなくて、口を出すこともできなくて見守っていた。

 

 「えへへー♡今日はマイムがご飯を作ってあげるんだよー♬テルジ嬉しい?」

 「嬉しいっつーかお前、これどういう配分だよ!?ってかこの量一気に茹でたら食うにしたって後半のびるだろ!」

 「ダイジョブダイジョブ♬バジルソースにミートソースにカルボナーラにいっぱいソース用意したから♡それにのびるの見越して固めに茹でてるから♡」

 「マジか・・・かって!!アルデンテどころじゃねえぞ!!」

 「仕方ないだろう下越。茹でてしまったものは」

 「ソースはレトルトだからいくらでもあるぞ。俺はペペロンチーノがいいな」

 「いや待て、のびてなくてこの量なのかよ・・・マジどうすんだってこれ・・・」

 

 厨房で虚戈さんとしっちゃかめっちゃかなやり取りをする下越くんは、最後には頭を抱えた。だけど虚戈さんはまだ嬉しそうに小躍りしてる。まだ何か言いたいことがあるみたい。

 

 「あのねあのね、なんでマイムがご飯作ったかってことなんだけど、なんでだと思う?」

 「気紛れじゃあないのかい?」

 「違うよ♣マイムはね、みんな疲れてるだろうから元気づけてあげようと思って、サーカステントでショーを見せてあげようと思うんだ♬スパゲッティはディナーだよ♡」

 「レトルトソースのスパゲッティがディナーか・・・まあ贅沢は言わないけど、そこは普通に下越に任せて良かったんじゃないか?」

 「いいのいいの♬全部マイムがやるから意味があるんだよ♡」

 「ショーというのは、今夜やるのか?」

 「そうだよ♬実はもう全部準備はしてあるんだ♡だから今日はみんなご招待♡みんなでマイムのスペシャルディナーショーを見に来てよ☆」

 「いつの間にそんな準備してたんだよ?」

 「今日みんなが探索してる間に♢」

 「そういうことは一言相談してから・・・いや、言っても仕方ないか。しかし、大丈夫なのか?あまりこういうことは言いたくないが、相模は映画放映中で人目が減ったことに乗じて城之内を殺害したのだろう。同じ事が起こらないとも・・・」

 「エルリさん!ひどいこと言わないでください!」

 「いや、警戒するに越したことはない。我々が何もせずとも、モノクマが何かしてくる可能性はある」

 

 虚戈さんの独断に今更何を言っても仕方ないからいいとして、荒川さんの懸念は耳が痛いけれど的確だった。あの時は、まさかまた殺人が起きるなんて信じられなかったけど、今は誰かが何かをしてもおかしくない、そんな風に思えるくらいの状況にはなってしまった。指摘を受けた虚戈さんは、少し考えてにっこり笑った。

 

 「だいじょーぶだいじょーぶ♬今回はみんな客席にかたまっていてもらうし、マイムはステージにいるからね♡マイムがみんなのこと見てるし、みんなはマイムのこと見てるから☆」

 「ん・・・まあ、茹でちまったもんはしゃーねえか。なるべく飽きねえようにしてやるから、お前はもう触るな。後はオレに任せろ」

 「わーいありがとテルジ♡じゃ、マイムは準備があるから先に行くね♬フェスティバルエリアはちょっと遠いからみんなモノヴィークルで来るといいよ♢」

 

 そう言って虚戈さんは、嬉しそうに食堂を飛び出た。本心が分かりにくい子だけど、今は本当に楽しそうに、嬉しそうに見える。この前の裁判が終わった後はあんなに悲しそうな顔をしてたのに、そんなことすっかり忘れたように振る舞う。それとも本当に忘れてるのかしら?

 

 「みんな、どうするの?」

 「取りあえず今晩はスパゲッティのフルコースだ!」

 「そうじゃなくて、虚戈さんのショーに行く?」

 「Let's go(行きましょう)!マイムさん、ボクたちのことEncourage(励ます)しようとしてるんですよ!」

 「でもお、荒川氏の懸念は尤もだしねえ。誰かが何か企んでると言うわけじゃあないけれどお、用心に越したことはないよお」

 「私も反対だ。虚戈には悪いがな・・・雷堂はどう思う?」

 「お、俺は・・・ここで虚戈の気持ちを無碍にするのはダメだと思う。あいつは今、不安定なんだ。ここで俺たちがあいつを裏切ったら、今度こそ本当にあいつは潰れちまう、と思う」

 

 視線を床に落としたまま、雷堂くんは訥々と語る。それも、1つの真実なんだと思う。きっと虚戈さんは、私たちが行かなければ悲しむと思う。だけど、もしこの中にそれを利用して、また私たちを裏切ろうとしている人がいたら・・・そう考えてしまうことは、疑い過ぎなのかしら。

 

 「俺は行ってもいいと・・・いや、行ってやらないとダメだと思うんだ。あいつを一人にしたら、間違いなくあいつは近いうちに命を落とすことになる。危険かも知れないけど、俺はそんな未来は選べない」

 「雷堂君・・・」

 

 いつになく真剣な顔でそんなことを言うから、私までドキッとしてしまった。普段はなんだか頼りなさげなのに、ときどき雷堂くんはこうやって強い意志を見せる。だから茅ヶ崎さんや研前さんが好きになっちゃうのね。本人がちっとも気付いてないのが問題だけど。

 

 「ボ、ボクも行きますよ!マイムさんのShow(ショー)みたいです!それに、みなさんでいればダイジョブですよ!」

 「・・・わ、私も、行った方がいいと思う。私、この前虚戈さんのこと傷付けちゃったし、これ以上虚戈さんを一人になんてできないよ・・・!」

 「じゃあおれも行こうかねえ。どのみち下越氏もショーには行くみたいだしさあ」

 「ショーとかそれ以前に、スパゲッティもったいねえだろ!」

 「・・・フフフ、とうとう人数が逆転してしまったな、正地、極。私たちだけでホテルで留守番でもするか?」

 「バカなことを言うな。全員の意志を統一して行動することに意味がある。こうなったら私たちも参加するしかあるまい」

 「れ、冷静ね極さん」

 

 スニフくんと研前さんも雷堂くんと同意見で、下越くんは最初から参加するつもりだったから、その時点で私たちの中の半数以上がサーカステントに集まることになった。それを理解してか、納見くんも参加を表明する。状況が覆せないことを察した極さんは、あっさり参加することを決めた。結論が出ずにもたもたするよりはいいかも知れないわね。

 

 「だが、用心することに越したことはない。気を付けることだ」

 

 最後まで極さんは、みんなにそう言っていた。まるでサーカステントで、何かが起きることが分かっているみたいに。


 夜の帳が降りきって、星々が瞬く天蓋の元で、眠らない街もかくやとばかりに煌々とカラフルな光を放つ建物があった。虚戈がディナーショーを開く会場として選んだ、サーカステントだ。以前、城之内が主催したイベントの際は演芸場を舞台に選んでいたが、このテントこそが虚戈の本来の“才能”を遺憾なく発揮できる場所ということか。

 モノヴィークルを停めてテントの前まで来ると、ちょうどスニフ少年と出くわした。何やら重たそうなビニール袋を引きずらないように持ち上げて、わくわくした様子でテントを見つめている。

 

 「Good evening(こんばんわ)!たのしみですね!エルリさん!」

 「無邪気だな。そのジュースは一体なんだ?」

 「Show(ショー)だからもってきてもいいかテルジさんにおねがいしたら、Allow(認める)してくれました!Dinner(晩ご飯)のときにのみます!」

 「ラッパ飲みでもするつもりか」

 「ラッパ・・・?」

 「こう、だ」

 「Straight from the bottle(直飲み)・・・!?いいんですか・・・!?」

 

 ラッパ飲みを教えてやると、スニフ少年はキラキラした眼差しで見てきた。別に禁止する理由はないのだが・・・ああ、行儀が悪いと下越に怒られそうだな。しかしラッパ飲みくらいでそんなに浮き足立つとは、スニフ少年はどうも随分と育ちが良いようだ。こういう純朴な少年をアングラな世界に引きずり込むのも愉しみと言えば愉しみなのだが・・・やめておくか。研前に何を言われるか分かったものではない。

 

 「まあ、グラスくらいは用意されているだろう」

 「そうですか。で、でもでも!Glass(グラス)なかったら、ラッパノミしていいですか!?」

 「仕方ないのではないか?」

 「Ya(やたっ)!」

 

 ペットボトルを抱きかかえてスニフ少年は一層興奮した様子でテントに入って行った。あの持ち方ではジュースが温くなってしまうのだがな。まあそんなことはどうでもいい。私も客席に行くとしよう。

 

 「む」

 

 テントに入ろうとしたとき、人影に気が付いた。暗がりでよく見えないが、テントの入口とは違うところで何やら蠢いている。様子を見に行ってみると、極が懐中電灯でテントを観察していた。コロシアイの防止。ここまでするとは、徹底したヤツだ。

 

 「おい極。ご苦労なことだ。何をしている?」

 「っ!・・・なんだ、荒川か」

 「眩しい」

 

 軽く声をかけただけだというのに、極は過剰なほどに強く反応して、懐中電灯の明かりをモロに私に向けてきた。これ以上目が悪くなったらどうしてくれるのだまったく。

 

 「テントの周りに不審な様子がないかを調べているのだ。反対側には雷堂もいる」

 「なるほど・・・フフフ、率直に思ったことを言ってもいいだろうか」

 「構わんぞ」

 「もし私がお前を見つけなければ、たとえ雷堂と協力していたとしても、何をしているか分かったものではないな」

 「承知の上だ。むしろお前のように忌憚なく言ってくれるヤツがいてくれた方がいい。盲信も疑心暗鬼も、今は命取りだ」

 「どれ、私も協力してやろうか」

 「いいや、結構だ。既に確認したところに何か細工でもされたら困るからな」

 「フフフ・・・忌憚ない物言いはお互い様ということか」

 

 とはいえ、極のようなヤツがこんなところでコロシアイを起こそうと考えているわけもないことを、私は理解している。念には念を、石橋を叩いて渡らないような性格をしている者が行動を起こすには、あまりに注目され過ぎている。話そうとはしないが、おそらく我々とは違う世界で生きてきたのだろう。命のやり取りにはかなりシビアだ。故に、行動を起こすとすれば確実な手段を選ぶはずだ。

 

 「しかし、雷堂のことは信用しているようだな。反対側を一人に任せているのだろう?」

 「・・・比較的な。“超高校級”の面子はやはりクセが強いが、雷堂と研前はマシな方だ。まあ、何もないとは思わないが」

 「心当たりでも?」

 「私はヤツの『弱み』を打ち明けられた。詳細までは聞いていないが、明らかになれば私たちのヤツに対する認識を丸ごと変えられる可能性はある。何を隠しているか分からん、ということだ」

 「ほう・・・フフフ、フフフフフ」

 「不気味だぞ。何が可笑しい」

 「いいや。お前は雷堂と協力して私たちの結束を強めようと言っているが・・・一番誰も信用していないのは、むしろお前の方ではないか。唯一協力的な雷堂ですら、お前にとってはいつ何をするか分からない爆弾なのではないか」

 「否定はしない。私はそういう人間だからな」

 

 軽々しい言葉で躱そうとしているが、その端々からは私たち全員への不信が感じ取れる。無論、疑うに越したことはない状況だが、口では信用を謳いながら自らは誰も信じないとは、矛盾しているな。これだから人間というものは難しい。

 

 「だが命が喪われる虚しさは知っている。コロシアイを起こさせまいとする気持ちだけは本物だ」

 「それは他者からの評価に委ねるしかないな。お前が信じようとしない、他者からのな」

 

 それだけ言って、私はテント入口に向かった。やはり我々は、コロシアイを避けることはできそうにない。そうでなければ、何度もこんなことを繰り返しているわけがない。極が極なりにコロシアイを止めようとしているのならば、私も私なりのやり方でやることに文句は言われないだろう。

 

 「ああ、そうだ。荒川」

 「なんだ?」

 「ポケットを裏返して中を見せてくれ。念のため、だ」

 「・・・徹底しているな」


 「ん〜、うまいねえ」

 「納見君、お行儀悪いよ」

 「んなこと言ったってさあ、麺類は啜って食べるってのが日本人の習慣だからねえ」

 「くるくるってやってたべるんですよ。ボクはマナーまもります!」

 

 Show(ショー)がはじまるまえにテルジさんがボクたちのDish(お皿)Spaghetti(スパゲッティ)をもりつけて、さっそくヤスイチさんがずるずるいいながらたべはじめた。すぐにこなたさんにおこられたけど、Japanese(日本人)はそうやってたべるのがマナーみたいだ。

 

 「なんだ、もう食べ始めているのか」

 「エルリさん、おそかったですね」

 「外で極と雷堂が見回りをしていたからな。少し話をしていた。じきに二人も来るだろう」

 「ああ、それ私もされたわ。ちょっと悲しいけれど・・・仕方のないことだものね」

 「おかげで安心して虚戈氏のショーに集中できるじゃあないかあ」

 「おかげでじゃねーよ!オレぁ雷堂に念のためっつってバターナイフ没収されたんだぞ!パンにバター塗るってのに!」

 「スパゲッティなのにパンも用意したの?」

 「ソースに絡めて食べると美味いんだ」

 

 テルジさんがおっきなBaguette(バゲット)をちぎってみんなにくばる。Butter(バター)Fork(フォーク)できってぬった。それをしてるときにワタルさんとレイカさんがやってきて、マイムさんのほかのAll member(全員)がそろった。

 

 「すまない、遅れた」

 「おい雷堂!バターナイフ返せよ!」

 「いや、少なくともショーが終わるまでは預かっとく。でないと意味がないだろ」

 「ちぇっ」

 

 ホントはGuest seat(客席)Stair(階段)になってるんだけど、ヤスイチさんがいろいろいじってみたらうごいてちょっとおっきなTable(テーブル)がおけるくらいになった。テルジさんとヤスイチさんでTable(テーブル)をもちこんで、みんなでChat(おしゃべり)しながらShow(ショー)が見れるようになった。

 

 「あの、スニフくん。ディナーショーって私はじめてなんだけど、どうしたらいいのかしら?」

 「ごはんたべてたのしめばいいんですよ!」

 「スニフはディナーショーなんて行ったことあるのか?」

 「Papa(パパ)Mama(ママ)といったことあります!Magic show(マジックショー)でしたよ。ボクがちっちゃいときですけど」

 「いまも十分小せえだろ」

 

 Japan(日本)だとDinner(晩ご飯)Show(ショー)がいっしょになってるっていうのはあんまりないんだってきいた。みなさんとChatおしゃべり(ふりがな)もいいけど、やっぱりマイムさんのShow(ショー)も気になる。Spaghetti(スパゲッティ)をたべながらまってると、Stage(舞台)Center(真ん中)にきゅうにSpot light(スポットライト)がおちてきた。

 

 「あっ」

 

 Stage(舞台)があかるくなると、はんたいにGuest seat(客席)の方はくらくなった。となりにいるこなたさんのかおは、ぼんやりしたLight(灯り)の中でみえるけど、その向こうにいるヤスイチさんのかおは分からない。

 

 「レディースア〜ンドジェントルメーン♡それからマイムのステキなお友達〜♬マイムのスペシャルサーカスショーにようこそ☆」

 「マイムさんだ!」

 

 Stage(舞台)の上には、いつものだるだるのSweater(トレーナー)Skirt(スカート)なんてカッコじゃなくて、キラキラのCostume(衣装)をきてMake up(お化粧)もしてた。なんだかいつもEarly morning(早朝)Dance(ダンス)してるときとおなじ人とはおもえないくらい、キレイだった。

 

 「Beautiful(キレイです)・・・!」

 「印象変わるもんだな」

 「えへへ♡ありがとスニフくん!ワタルもね!今夜はマイムがみんなにスマイルをあげちゃうよ♡ディナーもいっぱい用意したからたくさん食べてね♬」

 

 マイムさんのことばに、テルジさんがうなった。たくさんあるのはいいことだけど、テルジさんはここまでCarry(運ぶ)のすごくたいへんそうにしてた。そんなのもしらないでマイムさんは、Stage(舞台)の上をBunny(うさぎ)みたいにぴょんぴょこSkip(跳びはねる)する。

 

 「マイムはみんなを笑顔にするクラウンなんだ♡みんなが笑顔になるためだったらマイムはなんでもするよ♬こんな風にさ☆」

 

 そういってマイムさんは、Stage(舞台)のうしろからFruit(果物)がたくさん入ったBasket(バスケット)をもってきた。どうするのかとおもったら、その中のApple(リンゴ)を5こも出してきて、高くなげた。

 

 「あっ!あいつ食べ物で遊ぶ気だな!オイコラ!」

 「まあ待て下越。粗末にするわけじゃない。そういう芸だ」

 「そうだよテルジ♬芸に使うけどちゃんと最後は食べるから安心してね♬たとえばリンゴなんかはこうやって!かぷっ♡」

 「うおっ!?」

 

 そういうとマイムさんはApple(リンゴ)Juggling(ジャグリング)しながらかじった。なげて、Catch(キャッチ)して、かじって、なげて、Catch(キャッチ)して、かじって、なげて・・・ぐるぐる目が回りそうだったけど、気づいたらApple(リンゴ)はぜんぶHeart()だけになってた。それをJuggling(ジャグリング)のいきおいのままなげて、Stage(舞台)の外にあるTrashbox(ゴミ箱)にぜんぶ入れた。

 

 「ごちそうさま♡」

 「すげー!?投げながら食べたぞ!?どういうタネだ!?」

 「タネというか、単にそういう技術だろう」

 「まさかと思うけど虚戈氏・・・そのバスケットにあるヤツ全部食べる気かい?」

 「んもう♣芸を先読みするのは御法度だよヤスイチ!でも正解♡次はこのバナナを食べちゃうよ♡」

 「難易度の上げ方おかしい!」

 

 Banana(バナナ)って、Skin()もとってないのを5本くらい出してきてマイムさんはぺろりとベロを出す。あんなのどうやってJuggling(ジャグリング)しながらたべるのかと考えるまもなく、ポンと高くなげた。Calyx(ヘタ)をつかんでなげてくから、どんどんSkin()がめくれてって、さいごはSkin()をそのへんにすててたべはじめた。

 

 「バ、バナナがひん剥かれてく・・・」

 「すげえ!っていうかあいつただフルーツ食べたいだけだろ!」

 「ねえ、バスケットの中にスイカ見えるんだけど」

 

 もうみなさんは、次にマイムさんがたべるFruits(果物)が気になってる。バナナもぺろりとたべきったマイムさんは、得意気にむねをはってからぺこりとBow(お辞儀)した。まだおなかいっぱいにはなってないみたいで、おなかをさすりながら次のFruits(果物)を何にしようかながめてる。

 

 「えへへ♡みんなびっくりしてるね♬マイムはね、ジャグリングしながらなんでも食べられるんだよ♬芸もしながらご飯も食べられて一石二鳥だね☆」

 「いやすごいはすごいけど、さすがに何でもは無理だろ」

 「できるもん!このスイカだって・・・うわーっ×」

 「コケた」

 「HAHAHA(ゲラゲラ)

 

 Cool(冷静)なワタルさんにおこって、マイムさんはBasket(バスケット)からWatermelon(スイカ)をもちだそうとする。でもさっき自分ですてたBanana skin(バナナの皮)ですべってころんでひっくり返った。おもわずおっきな声で笑っちゃった。

 

 「いたた・・・♣えへっ♡“超高校級のクラウン”にも失敗はあるってことだよ♬」

 「今のはただ虚戈が抜けていただけではないのか?」

 「こらエルリ!そういうこと言っちゃダメだよ♠次はもっともっとすごいの見せてあげるんだから☆」

 「ほう」

 

 むくりとおきあがってマイムさんはStage(舞台)Center(真ん中)くらいに立った。そこでまたBow(お辞儀)して、とびっきりのSmile(笑顔)で言う。

 

 「クラウンはみんなを笑顔にするのがお仕事なんだ♡だからマイムはここに来てからずっと考えてたよ♬みんなを笑顔にする方法♬ちょっと失敗しちゃったこともあるし・・・こなたやレイカに怒られたこともあったね♣」

 「あ・・・う、ううん、私は別に怒ってなんか・・・」

 「ごめんなさい♣」

 

 マイムさんは、きちんとあたまを下げた。こなたさんはびっくりして立ち上がろうとしたけど、マイムさんは手のGesture(仕草)だけでそれを止めた。いつもは見えないマイムさんの手は、小さくてほそくてこどもの手みたいだった。Stage(舞台)の上で心からうれしそうにSmile(笑顔)を見せるマイムさんは、とってもしあわせそうだった。

 

 「マイムは幸せだよ♡こうやってみんなのことを笑顔にできたから♬みんなとここで楽しい時間を過ごせたから♡マイムはこうやって・・・みんなに見守られてるから♡」

 「見守られている?」

 「だからみんな、もうコロシアイなんてしないでね♣しちゃダメだからね♠マイムは疑い合うみんなのことなんて見たくないから♡人生は笑顔になってこそなんだからさ♬マイムみたいにいつでもみんな笑っててね☆」

 「ずいぶん他人事みたいに言うじゃあないかあ」

 「えへへ☆」

 

 マイムさんからボクたちに向けられた言葉は、ボクたちのことをWorry(心配)することばかりだった。コロシアイなんてもうだれもしたくないのに、モノクマのMotive(動機)でまただれかが何かするんじゃないかっておもってる。そんなSuspicion(疑心暗鬼)を、マイムさんは止めさせたいんだ。

 

 「“超高校級のクラウン”、虚戈舞夢の仕事は、第三にみんなを楽しませること♡第二にみんなを笑顔にすること♡そして第一は、みんなを幸せにすることだよ♡」

 

 その場でゆっくりTurn(一回転)して、マイムさんは高らかにそう言う。Stage(舞台)の上でりょううでを広げて上を向くそのすがたは、飛び立とうとするBird()のようにも見えた。

 

 「だからみんな・・・マイムからのお願い♡幸せになろうね☆」

 

 マイムさんは目を閉じて、おだやかにそう言った。それと同時に、Tent(テント)からすべての光が消えた。

 

 「えっ?」

 「わわっ!?Blackout(停電)ですか!?」

 「ま、待て!ショーの演出かも知れないだろ!動かない方がい──」

 

 Darkness(暗闇)の中でワタルさんがあわてて言う。だけどその言葉は、ものすごく大きな音でさいごまできこえなかった。さっきのMusic(音楽)とはあきらかにちがう。何か大きなもの同士がぶつかるような音。色んなものがくずれていくような音。そして、Sprinkle(水が噴き出す)するような音。

 

 「な、なんだい今のお!?」

 「いたたたっ!!おい誰だオレの髪引っ張るヤツは!!」

 「全員そこを動くな!明らかに何かおかしい!」

 「きゃっ!?だ、だれ今の!?触ったの!」

 「うっ、わ、私だ正地。その、すまん」

 「スニフ君、そこにいるの?」

 「はい、います!みなさんいっしょです!」

 「うぎゃっ!?これスパゲッティだろ!?服にかかった!」

 

 ヤスイチさんのあわてる声。テルジさんのいたがる声。レイカさんのどなり声。セーラさんのびっくりする声。エルリさんのバツのわるそうな声。ボクを呼ぶこなたさんの声。いやそうなワタルさんの声。みなさんの声が近くからきこえてくる。

 Blackout(停電)して少しすると、ちょっとだけ近くにいるこなたさんのかおが見えるようになってきた。きづいたら、Tent(テント)の中がうすぼんやり明るくなってきてる。

 

 「あ、灯りだあ。いやあ焦った焦ったあ。一時はどうなることかとお」

 「うおあ・・・最悪だ。よりによってミートソースかぶっちまった」

 「最悪はこっちの台詞だ!食べ物粗末にしやがって!」

 「あっ・・・!?ああっ・・・!?」

 「こなたさん・・・?」

 「──ッ!!」

 「・・・!?バカなっ・・・!?」

 

 かすかに見えるこなたさんたちの目は、ようやく見えるようになったGuest seet(客席)を見てはいなかった。その目が見つめる先をボクも見ようとするより先に、またTent(テント)の中を大きな音がつつんだ。

 

 『ピンポンパンポーン!死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』

 

 そのAnnounce(アナウンス)をきくのと、ボクがStage(舞台)でおきたことをUnderstand(理解する)するのは、ちょうどおなじだった。ああ、まっくらな中できこえたいくつかの音は、これだったんだ。

 さっきまでのSmile(笑顔)は、もうそこにない。Entertainment(エンターテイメント)のために用意されたそのStage(舞台)は、今はただむごい場所にかわってしまった。キラキラしたCostume(衣装)を血でよごしたマイムさんは、Stage(舞台)であおむけにたおれていた。

 首から上を、Stage(舞台)のおくにころがして。

 

 Darkness(暗闇)の中できこえたSprinkle(水が噴き出す)する音の正体が分かった。

 

 「いやあああああああああああああああああああッ!!!!」


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:8人

 

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死んじゃったねー♡
死んじゃったよー☆


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非日常編

 絹を裂くような悲鳴がテント中に響き渡る。モノクマのアナウンスを掻き消して私たちの耳を劈く。でも耳の痛みなんか気にならないくらい、いま私の意識は舞台上に釘付けになってた。

 

 「こ・・・虚戈・・・!?」

 「全員その場を動くなッ!!両手を開いて見せろッ!!」

 

 誰よりも早く冷静さを取り戻したのは、極さんだった。その意味を理解するよりも、迫力に気圧されて私たちは指一本動かせなかった。やがて、誰からともなく言われた通りに手を開いて見せた。誰の手にも、()()()()()()

 

 「・・・クソッ!まさかこんな手で来るとは・・・!」

 「見苦しいぞ極、この程度で尻尾を出すような犯人なら苦労はしない」

 「・・・!」

 「私たちは既に3度の学級裁判を経てここにいる。凄惨な処刑も目の当たりにした。行動を起こす者は相応の覚悟と、勝算を持っているはずだ。この場で証拠を掴ませるヘマをするとは思えない。こんなことに時間を使うより、現場を調べるべきではないか?」

 「ああ・・・すまない。私も冷静じゃなかった」

 

 手を見せながら、荒川さんがすごく落ち着いた言葉で極さんを諭した。相応の覚悟と勝算、荒川さんはそう言ってた。学級裁判とおしおきをもう3回も経験したのに、それでもコロシアイを起こすクロの気持ち・・・そんなの考えたこともなかった。たった今、目の前で虚戈さんがひどい殺され方をしたっていうのに、荒川さんは落ち着いてた。

 

 「二人一組だ。互いの潔白を証明するにも牽制するにも、証人が必要だ。見張りに費やす人員もない。異論のある者は」

 「うぷぷぷぷ♬なんだかんだオマエラも慣れてきたみたいだねぇ〜!早速捜査を始めようってことですかそうですか!んじゃあボクからのプレゼントはなくても大丈夫かな?」

 「モ、モノクマ・・・!」

 「テメエ・・・この状況で何が可笑しいんだよ!!虚戈が殺されてんだぞ!!」

 「お、落ち着きなって下越氏。モノクマにそんなこと言ったって今更じゃあないかあ」

 「いやあそれにしても、今回はずいぶんと大胆にいったよね!ボクはずっと見てたけど、さっきの停電のときはちょっと焦っちゃったからね!非常灯に切り替えるのにもたついちゃったよ!」

 「あの停電はモノクマの嫌がらせじゃあなかったんだねえ」

 「ボクなんだと思われてんの?そんなことしないよ!」

 

 やっと非常灯の明かりがテントの隅々まで行き渡って、周りが問題なく見えるようになった。でも復旧はまだしてないみたい。この停電の前までは、虚戈さんは確実に生きてた。でも明るくなったときにはもう・・・。ってことは、犯人は停電の間に虚戈さんを殺したってこと?あんな、足下も見えない真っ暗な中で?

 

 「時間が限られてるんだろ?早くファイル寄越せよ」

 「とは言ってもねえ、虚戈さんが死んだのはついさっきなんだよ?いくらボクでもそんなすぐに作るなんてできないよ。今まさに作ってる最中だけどさ」

 「じゃ、じゃあ・・・いつものファイルはなしでやれってこと・・・?」

 「うんにゃ。あれはクロとシロが公平に学級裁判を行えるようにするためのものだから、もちろん今回も発行するよ。でも時間がかかるから、先に捜査を始めててね」

 「・・・じゃあ、モノクマ出てこなくてよかったですよね?」

 「はうっ!?ピュアな目でそんなヒドいこと言われたらボク・・・ボク・・・とってもコーフンしてきちゃうよ!ハアハア!」

 「はあ」

 「見ちゃダメだよ、スニフ君」

 

 最低だ。モノクマはスニフ君に投げられた言葉に顔を赤らめながら、客席の隙間に消えていった。モノクマファイルは後で発行されるらしいから、それまでは私たちが自力で事件の手掛かりを掴まなきゃいけない。また、やるんだ。友達が死んだことを思い知らされて・・・友達同士で疑い合って・・・また誰かが死ぬ。私の幸運がある限り、きっと私が学級裁判で負けることはないんだろうけど・・・でもそれだけじゃ何の解決にもならない。

 

 「とにかく、二人一組だ。私は検死と虚戈の死体周辺を調べようと思うが・・・」

 「あ、だったら俺が一緒にやるよ。どうせこのスーツ、スパゲッティソースだらけだから、血が付いてもいいし」

 「凄惨なものを見ることになるが」

 「・・・そんなの覚悟の上だ」

 「みっともない格好で格好を付けてもしまらないな。フフフ・・・では私からはスニフ少年を指名させてもらおう」

 「え・・・ボク?なんでですか?」

 「過去の学級裁判ではスニフ少年の推理が解決へ向けて大きく貢献していたからな。その着眼点や推理の手順に興味が湧いたのだ。不謹慎と言われようが構わん。私は・・・フフフ、君が知りたいのだ」

 「あうぅ・・・」

 「やめて荒川さん。スニフ君が怖がってるよ」

 「顔の怖さは慣れてもらう他ないが」

 「だ、だいじょぶです!こわくないですから!分かりましたエルリさん!いっしょにInvestigation(捜査)しましょう!」

 「じゃあおれは研前氏とだねえ。それとも下越氏、行くかい?」

 「・・・いや、オレは正地とここにいる。スパゲッティ片付けねえとだし」

 

 下越君がちらりと見た正地さんの顔は血の気が引いてて、まともに立てないのかうずくまって、椅子にもたれかかってる。もうコロシアイなんて散々な精神状態だったのに、こんなもの見せられたら、こうなっても仕方ない。

 

 「オレらは力になれねえみてえだ」

 「仕方あるまい。現場で吐かれたりしてはかなわん」

 「・・・ご、ごめん・・・なさい・・・!

 「No problem(大丈夫)ですよセーラさん」

 

 正地さんと下越君は客席に残って、私たちで現場を捜査することにした。淡々と捜査に移るこの状況に、ふと気付いた。もしかしたら私たち、人が死ぬことに慣れてきてるのかも知れない。虚戈さんの死を悲しむだけじゃなくて、この後にどうすればいいか、そんなことを冷静に考える自分に気づいて、背中が冷たくなった。


 捜査開始

 

 「モノクマファイルがないから、まずは私と雷堂で虚戈の検死を行う。それまでは各チームで気になるところを調べてくれ」

 「気になるところと言ってもお・・・一番目立つ虚戈氏がステージの真ん中にいるからねえ」

 「・・・?エルリさん、あれなんですか?」

 「待て少年、足下に気を付けろ。血溜まりを踏んで現場を荒らすなよ。私が先に行こう」

 「ん〜?研前氏、おれはあっち側が気になるんだけどお、ついて来てくれるかい?」

 

 さっきより勢いは落ち着いたものの、まだ虚戈さんの首からは真っ赤な血が噴き出ている。その断面は見るに堪えなくて、なるべく虚戈さんの死体は見ないようにした。荒川さんが血を踏まないよう、慎重に道を選んで舞台裏の方に入ってく。スニフ君はその後をぴったりくっついて行った。ステージ奥に転がってた虚戈さんの頭は、極さんが真っ先に拾って身体の横に丁寧に並べた。うん・・・ありがたいけど、そんなことを躊躇なくできる極さんに、ちょっとだけ距離を感じちゃったりして・・・。

 私と納見君は舞台裏には行かず、ステージの反対側まで行った。納見君が気になったのは、ステージ袖にある変な金具だった。ちょうど舞台幕の陰になってて、客席からは見えない場所だ。そこに、床に固定された輪っか状の金具がある。よく見たら舞台のあちこちにあるから、特に気になることはないんだけど。

 

 「これは一体なんだい?」

 「ただの金具だと思うけど・・・何に使うのかは分かんないや」

 「いやあ、そうじゃあなくてえ。この金具の下に落ちてる黒いのさあ」

 「え、そんなのある?」

 

 金具をまじまじ見ながら納見君が言う。暗いから見にくいけど、顔を近付けてよく見てみたら、確かに納見君が言うように黒い粉みたいなものが金具の下に落ちてた。こわごわ指につけて、匂いを嗅ぐ。途端に、咳き込みそうなほど不快な刺激が鼻の奥を突き刺した。

 

 「グッ・・・こ、これ、煤だよっ・・・!」

 「煤だねえ。こびり付き方といいべたつき加減といい、どこに出しても恥ずかしくない煤だあ」

 「恥ずかしい煤なんてないよ・・・なんで煤なんかがこんなところにあるんだろう?」

 「さあねえ。少なくともここに火の気はないからあ、誰かが意図的に何かを燃やしたってとこだろうねえ」

 

 なんだか普段の納見君とは雰囲気が違う。こうやって捜査に積極的なのもいつもと違うし、こうやって鋭く証拠品を見つけるのも。どうして今回に限って?

 

 「何か気になることでもあるのかい、研前氏」

 「へっ!?あ、いやべ、別に・・・そ、その金具は何に使う金具なんだろうなって!」

 「ふぅむ・・・確かに妙な形だねえ。輪っかになってるしい・・・何かを固定するためのものに見えるよお。サーカステントだしい、大道具も使うだろお」

 「そ、そっか」

 「ステージの上で気になるのはまずこのくらいかなあ。虚戈氏の死体は極氏と雷堂氏が検死をしてるしい、モノクマファイルが発行されるまでは一旦置いといていいかなあ」

 「じゃあ・・・スニフ君たちと合流する?」

 「いんやあ。調べられるところは他にもあるさあ。例えばあ、このテントの外とかねえ」

 「外?」

 

 今の納見君は行動的だ。事件の解決に前向きなのはいいことだけど、つい勘ぐってしまう。だって、虚戈さんは誰がどう見たって誰かに殺されてる。だから、納見君がクロじゃないなんてことは、今はまだ断言できない。もしかしたら、誰かが見つける前に証拠を隠滅しようとしてるんじゃないか・・・そんなことまで考えてしまう。

 

 「極氏、雷堂氏。おれたちはちょっくらテントの外を捜査してくるよお」

 「外?何があるんだよ外に」

 「何かあるかを確かめに行くんだろお」

 「大丈夫だよ。このエリアにはいるから、何かあったらすぐ合流できるから」

 「・・・なら下越、お前もついて行け。二人だけで行かせるのは危険だ」

 「オ、オレもかよ!?けど正地はどうすんだ!?」

 「いいの・・・私、ここにいるから・・・。このまま下越くんに付いててもらっても、足手まといにしかならないもの・・・」

 

 私の不安を見抜いたのか、極さんは冷静に下越君を私たちのチームに加えた。本当は正地さんについててもらって介抱してて欲しいんだけど、正地さんはもう随分落ち着いたみたいで、無理にだけど笑顔も見せた。客席からはステージがよく見えるから、虚戈さんのひどい有様だってまだ視界に入る。それでも、正地さんは強がった。

 

 「私のために捜査ができなくて、それで学級裁判で負けちゃったら、元も子もないもの。下越くんが、みんなの力になってあげて」

 「け、けどオレ、別に頭よくねえし・・・」

 「いいから行くよお。正地氏もいいって言ってるんだから来なよお」

 

 ちょっと迷った様子を見せながらも、下越君は私たちと一緒にテントの外の捜査に来ることになった。本当に正地さんを一人にして大丈夫か、私も心配だった。でも客席は極さんたちから見えるし、他のみんなは団体行動してるから、大丈夫・・・だよね?

 

 

 獲得コトダマ

【ステージの金具)

機材を立てるための輪っか状の金具。

周囲に細かな黒い汚れがある。


 さすがのモノクマランドも夜は暗くて、今はサーカステントの照明も切れてるからフェスティバルエリアの灯りと言えば、テントを大きく囲むように設置されたモノクマ型の山車が走るコースの街灯だけだった。なんとも言えない物寂しさがある。モノモノウォッチには懐中電灯の機能もあって、ちょっと近未来っぽい使い方に少しだけテンションが上がったりして。

 

 「暗くて見づらいねえ。何かにつまづいて転ばないようにしっ──ぶあっ」

 「言ったそばからかよ!顔面からいきやがった!」

 「せめて受け身はとろうよ・・・」

 「あたた・・・いやあ、メガネが無事でよかったよお。それにしても本当に視界が悪いねえ」

 「いつもはサーカステントの灯りで眩しいくらいだからね」

 「なんで消えてんだ?っていうか、停電あったよな」

 「うん。今は非常灯で捜査ができるくらいにはなってるけど、それってつまり、あの停電は演出じゃないってことだよね?」

 

 虚戈さんのステージ中、突然テントが真っ暗になった。ショーの演出の一部だと思ったけど、完全な真っ暗じゃ虚戈さんだって何もできない。だからあれはきっと、他の何かが原因なんだ。

 

 「テントの電力はあ、デッカい発電機で賄ってるって雷堂氏が言ってたねえ。見てみようかあ」

 「・・・なあ、納見ってあんなグイグイいくヤツだったっけか?」

 「私もそう思ってたんだ」

 「二人とも何してんだい?早く行くよお」

 「う、うん」

 

 やっぱり私の勘違いじゃなかった。下越君も、積極的な納見君に違和感を持ってた。どうしてこの事件に限って?まさか納見君、何か知ってるの?そんな勘繰りが、ただの杞憂で終わればいいんだけど。

 納見君の先導で、私たちはサーカステントの後ろにやってきた。納見君が雷堂君に聞いた話だと、この辺りに大きな発電機があって、サーカステントの電気はそれが担ってるらしい。夜で暗かったけど、モノモノウォッチのライトを当てて、その姿を私たちは捉えた。周りをトゲトゲ付きの金網で囲われてて、なんだか近寄りがたい雰囲気を醸してる。

 

 「なんだよこれ・・・これ1つでこのでっけえテント照らしてたのか?」

 「照明だけじゃなくて音響や空調もだろうねえ。ずいぶんと高性能みたいだねえ」

 「・・・?あれなんだろう?」

 

 虎柄のペイントまでされた発電機は、それを囲ってる金網も相まってすごく危険だって見て分かった。だけど、その近くに横たわってる影が気になって、私は寄っていった。そのシルエットは明らかに人とは違う。細長くて、片方だけ膨らんでて、もう片方には四角いものが付いてて・・・モノモノウォッチの照明が、暗闇にタイヤを照らし出した。

 

 「あっ、これモノヴィークルだよ」

 「ホントだねえ。なんでこんなところにい?」

 「誰かがここに乗り捨てて行ったのかな?」

 「なんでこんなとこに用があるんだよ」

 「そりゃあ停電を起こすためだろうねえ。ってことはあ、このモノヴィークルの持ち主がクロってことになるのかなあ?」

 「えっ・・・?そ、そんなにあっさり?」

 

 あっけらかんと言う納見君に、私は思わずつっこんでしまった。あっさりクロが判明することは、別にいいことだ。不必要に疑い合うことも、誰かが傷つくことも、普通の学級裁判よりずっと少ない。だけど、そんな簡単に済むだろうか。

 

 「おや?こりゃあなんだろうかあ?」

 「なに?」

 「ちょっとモノヴィークルを起こしてみるよお。よっこらせっとお」

 

 倒れてたモノヴィークルを納見君が起こす。よく見る向きになると、納見君が気になったであろう異常にすぐ気付いた。なんだろう、これ。モノヴィークルの正面、ハンドルのすぐ下あたりに何かの切れ端がくっついてた。夜風にそよいで情けなくひらひらしてる。まるで割れた風船みたいな侘しさもあるけど、派手なピンク色がその落ち着きを見事にぶち壊してた。

 

 「おい、今日って別に雨降ってねえよな?」

 「へ、なに急に?」

 「この発電機の下んところさ、湿ってんだよ。見てみろ、色が違うだろ」

 「ホントだ。よく気付いたねこんなの」

 「まあな。大した手掛かりになるとは思えねえけど、気付いたから一応言っといただけだ」

 

 自信なさげに頭をかきながら下越君は言う。なんだかこの発電機の周りだけで、色んなものが見つかった。停電のこともあるし、クロは間違いなくこの発電機までやって来て、何かをしたんだ。でも、私たちはみんなお互いに監視できるくらい近くにいた。そんな中でどうやって発電機まで辿り着いたんだろう?

 

 「やっぱり外まで捜査しに来てよかったねえ。意外と重要な手掛かりかも知れないよお」

 「・・・納見、お前なんで今回に限ってそんな積極的なんだよ」

 「ん?」

 「し、下越君・・・?別にそんなこと、いま聞かなくても・・・?」

 「だって気になるだろ。変なこと考えてんじゃねえんならそれでいい」

 「下越氏も人を疑うことを覚えたってことかい」

 

 らしくなく警戒心剥き出しで納見君を睨む下越君に、納見君は余裕綽々という感じで応える。その態度が余計に怪しげで、余計に下越君を苛立たせて、余計に私を不安にさせる。あの納見君が・・・キャッチボールすらまともにできないほど運動音痴で、酒場の雰囲気に酔っ払ってロデオに乗ったら吹っ飛ばされて牧草に突っ込むような、あの納見君が、こんなに怖いなんて。

 

 「別に大した理由じゃあないって言うかあ・・・今更どうしようもないというかあ・・・あんまり下越氏には聞かせたくないんだけどねえ」

 「は?」

 「どういうこと?」

 「下越氏は動機を見てはないんだよねえ」

 「当たり前だろ。見ねえっつったし、そんなもん見たくもねえ」

 「そう。おれたちの中で下越氏()()は動機を受け取ってないんだあ」

 「え・・・の、納見君、それってどういう・・・?」

 

 遠回しな納見君の言い方に疑問を感じる。その意味するところを考えたら、言わんとしてることが分かった。そして、今回の事件に限ってそんなに張り切ってる理由も、なんとなくだけど理解できた。

 

 「下越氏、残念だけどおれたちの中で動機を受け取ってないのはあ、キミだけなんだよお」

 「は・・・?いや、オレだけじゃねえだろ。虚戈だって・・・」

 「虚戈氏は動機を受け取ってたんだよお。おれたちには隠してねえ」

 「・・・どうしてそんなことが分かるの?」

 「ついこの前だけどお、動機として与えられた研究部屋で考え事をしてたらあ、エレベ〜タ〜がおれの研究部屋がある階の上に止まったんだあ。おれの階の1つ上はあ・・・」

 「虚戈さんの研究部屋・・・!」

 「で、でもそんなの虚戈かどうかなんて分からねえだろ!他のヤツが虚戈の部屋を勝手に見たんじゃねえのかよ!」

 「研究部屋はモノモノウォッチで開く仕組みだからあ、虚戈氏以外の人が虚戈氏の研究部屋のある階に行く理由はないはずだよお」

 「・・・!」

 

 下越君は、明らかにショックを受けてた。だって、一緒に動機を見ないって言ってくれてた虚戈さんが、一人でこっそり動機を手にしてたんだ。下越君にしてみれば、それは裏切り以外の何物でもない。ただでさえコロシアイの中で疲弊してるっていうのに、こんなのただの追い討ちでしかない。だから私は、下越君がこれ以上傷つかないようにと願いながら、願望混じりの憶測を話す。

 

 「それが、納見君が張り切ってる理由?虚戈さんが下越君を裏切った理由を知りたいから・・・下越君のために、真相を明らかにしたかったの?」

 「そこまで大層な理由はないけどねえ。虚戈氏が動機を受け取ってえ、その直後に虚戈氏があんなひどい殺され方をしたんだあ。無関係だとは思えないよお。だからあのときおれが虚戈氏を捕まえて問い詰めるなりしてたら何か変わったのかもなんて考えてしまうのさあ・・・おれなりの罪滅ぼしのつもりのお、自己満足だと思ってくれていいよお」

 「・・・」

 

 私は、ショックで落ち込む下越君と、自分の言葉でどんどん暗くなっていく納見君に挟まれて、何も言えずにいた。二人とも虚戈さんに振り回されて、学級裁判の直前だっていうのに落ち込んでる。有力そうな手掛かりはいくつか見つかったけど、これからの裁判が不安で仕方ない。

 やっぱり私、なんにもできないな。虚戈さんや正地さんだったら、この場を明るくしたり励ましてあげたりできるのに。私は二人に引きずられて、一緒に落ち込むことしかできなかった。

 

 

 獲得コトダマ一覧

【停電)

虚戈のステージの最中、突如として停電が発生。

しばらく経ったあと復旧した。

 

【サーカステントの発電機)

サーカステントの電力を賄っている大型発電機。

危険物かつ高価なもののため、有刺鉄線で覆われている。

事件後、設置されている地面が湿っていた。

 

【モノヴィークル)

モノクマランドの移動手段としてモノクマから支給されている。

個人のモノモノウォッチで起動し、ナビシステムや自動運転システム、安全装置なども搭載された優れもの。

 

【ゴムの切れ端)

発電機近くに停止していたモノヴィークルに括り付けられていた。

可愛らしいピンク色。


 「気になるものとは・・・どれだ?少年」

 「エルリさん、こっちですこっち。これ・・・Footprints(足跡)ですよね?」

 「ああ、そっちか。見るからにそうだな」

 

 エルリさんにLead(先導)してもらって、Blood()をふまないでStage(舞台)の後ろまで来た。エルリさんはボクが気になったものに気付かないでBackstage(舞台裏)まで行っちゃったから、よびもどした。Glasses(メガネ)が合ってないんじゃないかな。

 ボクがゆびさしたのは、マイムさんがつくったBlood pool(血溜まり)の近くからBackstage(舞台裏)までつづくFootprints(足跡)だ。もちろん、マイムさんのShow(ショー)のときにはこんなものなかった。それにこのFootprints(足跡)、まっかだ。それはつまり、Blood()をふんだってことだ。

 

 「これ、すごいClue(手掛かり)じゃないですか!?みなさんのFootprints(足跡)Check(照合する)したら、だれのかすぐ分かります!」

 「ふむ・・・確かにそうだが、こんな露骨な証拠を残すほど、犯人は間抜けだろうか」

 「Eh()?でも、Footprints(足跡)ありますよ?」

 「スニフ少年は数学者なのだろう?ならば厳密に考えるべきだ。現場には血を踏んだらしき足跡が残されている。それ以上でもそれ以下でもない。これが犯人が捏造した証拠である可能性を考慮するべきだ」

 「F,Forgery(ね、捏造)・・・!ちっともかんがえなかったです・・・!」

 「フフフ、事実は事実として受け取らねばならないぞ少年。我々理系の人間はそういった世界に身を置いているのだ」

 「はあ・・・」

 

 いまいちエルリさんの言ってることは分からないけど、Forgery(捏造)のことをエルリさんに言われてボクはどきっとした。ハイドさんがダイスケさんのDying message(ダイイングメッセージ)Forgery(捏造)したのをわすれてた。でもこんなもの作るなんて、ボクたちの中のだれにもムリなはずだった。だって、Blackout(停電)の前はマイムさんは生きてたし、明るくなったときボクらはみんなGuest seet(客席)にいたんだ。だれにだってこんなことムリに決まってる。

 

 「足跡も結構だが、こっちへ来てみろ少年。一目見ただけで私は捜査場所の選択を誤ったと後悔した」

 「Oh・・・What's this(なんじゃこりゃ)・・・」

 

 Backstage(舞台裏)を見たエルリさんは、Sigh(ため息)しながら言った。ボクも見てみると、気になるところが何個かあって、たしかにボクもこっちじゃなくてこなたさんについて行けばよかったとおもった。

 ボクの見つけたFootprints(足跡)Backstage(舞台裏)にもあって、だけどそれは途中で見えなくなってる。そのCourse(コース)をふさぐように、Stage set(大道具)の山がこんもりできあがってた。何個かのSet(道具)はこわれてて、きちんと並べてあったものがくずれてこうなったってかんじだ。

 

 「これを片付けなければならないのだろうか・・・」

 「Fight(がんばって)です、エルリさん。ボクCheer(応援)してます」

 「いや待て少年、キミも男ならここは率先してやるべきではないかね。それが紳士の振るまいというものだろう」

 「ボクまだChild(子供)ですもん」

 「都合の良いときだけ子供の立場を利用するのか・・・フフフ、キミのような狡猾なガキは嫌いだよ」

 「だってこんなのボクとエルリさんだけでムリですよ」

 

 ワタルさんとテルジさんがいてくれればまだよかったと思うけど、ふたりとも他のTeam(チーム)だし。でもここに大事なClue(手掛かり)があるかも知れない、とエルリさんは言う。仕方なく、ボクとエルリさんでちょっとずつ片付けながらInvestigation(捜査)することにした。

 Footprints(足跡)にかぶさってるScrap lumber(板きれ)をほうりすてて、中身がこぼれたSand bag(砂袋)をころがして、Fire ring(火の輪)に使うSet(道具)をどかして、Thick rope(ぶっといロープ)をまきとって、ぺちゃんこになったMagic box(マジックの箱)をはしっこによせて、Sweaty(汗だく)になってやっと片付けた。

 

 「ぜえ・・・ぜえ・・・の、納見ではないが・・・さすがにこれは・・・!」

 「Heavy(しんどっ)!!」

 「し、しかしこれで・・・ようやく捜査できるようになったな・・・!」

 「あうぅ・・・」

 

 こんなCondition(状態)からInvestigation(捜査)なんかできるのかな。でもやらないといけないし・・・くたくただけどがんばって、いま片付けたものをしらべはじめた。だけどどれもBreak(壊れる)してて、何がClue(手掛かり)になるのかよく分からない。

 

 「なんでこんなことになってるんでしょう」

 「ふむ・・・安易にここで結論を出すのは好ましくないが、私の所感はこれだ」

 「あっ。Footprints(足跡)が・・・」

 

 どかしたStage set(大道具)の下からでてきたFootprints(足跡)は、そのとちゅうでなくなってた。まるでそこから、Footprints(足跡)をつけてた人がCloud()のようにきえたみたいに。だけどそんなはずない。

 

 「この足跡が捏造ではないとすれば、犯人と思しき人物はステージからここへ走って来た。しかし途中で大道具の山にぶつかった。そこで何らかの理由・・・足跡の存在などに気付いて靴を脱ぎ捨てた。どうかね?」

 「Then(なら)、どこかにShoes()あるはずですね!」

 「探してみたまえ」

 

 どこかにBlood()がついたShoes()があるはずだと思うと、なんだかやる気が出てくる。Stage set(大道具)の山の中にあたまから入り込んで、おくまでさがしてみる。あたまをつっこんだときにいきおいあまってSand()をかぶった。

 

 「ぺっぺっ!目がすなに入った!」

 「逆だな。まったく、鼠みたいに慌てて入り込むからだ」

 「なんでこんなにSand()あるんでしょう」

 「演技用の砂袋が破けているからだな。これもおそらく大道具が崩れたときに破けたのだろう。おや・・・この砂袋、ロープが付いているな」

 「あ、それボク、モノクマからききました。Aerial(エアリアル)っていうShow(ショー)するときにとびあがるWeight(重し)にするんです。Elevator(エレベーター)と同じです!」

 「なるほどな。虚戈のような身軽さならそれも可能か・・・ふむ、もう少し詳しく調べてみようか」

 「・・・?」

 

 エルリさんは、このAerial(エアリアル)のためのSand bag(砂袋)が気になるみたいだった。ボクは犯人(クロ)Footprints(足跡)をつけたShoes()をさがしてまたStage set(大道具)の中をさがす。Jacket(上着)が汚れちゃったけど、いちばん下の方でBoots(ブーツ)を見つけた。Brown(茶色)で、うらには赤っぽくなった土がついてる。

 

 「あっ!ありました!」

 「見つかったか少年、しかしここで問題だ。私が少年を見失った」

 「ここです!」

 

 いつのまにかStage set(大道具)の山の中まですっぽり入り込んでた。見つけたBoots(ブーツ)をもって山から出てくると、エルリさんがあきれたかおで見てた。もってきたBoots(ブーツ)はのこってるFootprints(足跡)にかさねてみると、Scale(大きさ)Shape()もぴったりいっしょだった。

 

 「やっぱりこれですよ!」

 「やはりこの大道具の山の中に紛れさせていたか。フフフ・・・私も発見があったぞ少年」

 「なんですか?」

 「さっき少年が頭から被った砂袋だがな、ロープが繋がっていただろう。その先がこのように、焼け焦げていた」

 「Burned(燃やされた)ですか?」

 「おそらくな。それともう一つ、この金属線だ」

 

 Thick rope(ぶっといロープ)にまきついてるのは、ほそながいMetal rope(金属線)だった。何かにつながってるのかと思ったら、Rope(ロープ)から少しだけのびてすぐちぎれてた。見ただけじゃ、それが何のためにあるのか、なんでそんなふうになってるのか、ちっとも分からない。

 

 「巻き付いている部分はしっかりしているが、まるで引き千切られたような痕がある。明らかに不自然ではないかね?」

 「う〜ん・・・なんでしょう?わからないです」

 「やはりここには色々残されているようだな。あとは・・・」

 

 Backstage(舞台裏)を見回してエルリさんが次のClue(手掛かり)をさがす。ものがたくさんあるから犯人(クロ)Backstage(舞台裏)に何かをかくしてるんだと思うから、エルリさんはこれだけじゃまだSatisfy(満足)してないみたいだ。Stage set(大道具)の次は、Table(テーブル)の上にならんだProps(小道具)にちかづいてった。

 

 「虚戈の死体は首を切断されていた。人の首を真っ二つにするなど、容易なことではない」

 「そうなんですか?」

 「人の身体というものは、思うほど強くはないが、思うほど弱くもないものだ。人の首は複数の骨が連なってできている。骨と骨の継ぎ目に鋭利な凶器で一気に切り込まねば、あんなやり方は不可能だ」

 「じゃあ、犯人(クロ)はどうやってマイムさんを・・・?」

 「そんな凶器を隠すにも、こうした場所は打って付けだとは思わんかね」

 

 Props(小道具)の中をごそごそエルリさんはさがす。Jaggling(ジャグリング)につかうPin(ピン)Ball(ボール)がころがっておちて、Magic(マジック)のためのHat(帽子)Stick(ステッキ)をほうりだして、その下からエルリさんが何かを見つけだした。お目当てのものが見つかってうれしいのか、Smile(笑顔)がこわい。

 

 「見てみろ少年。これは・・・いかにも凶器然としてはいないかね」

 「Ew(ひええ)・・・」

 

 ぬらりとふりかえったエルリさんは、手にSword()をもってた。でもボクはそれを知ってる。マイムさんとここに来たときにマイムさんが見せてくれた、Swallowing of a sword(剣呑み)につかうSword()だった。だけどSheath()からぬいたSword()は、そのときマイムさんがのんだのとはぜんぜんちがった。

 

 「簡単に払ってはあるが、血が付着している。鞘の中からも微かに血の臭いがする。これは模造刀では・・・なかろうな」

 「あ、あぶないですよエルリさん!しまってください!」

 「案ずるな少年。その程度の扱いは弁えている。それより少年は、この刀に覚えはあるか?」

 「あう・・・えと、マイムさんにSwallowing of a sword(剣呑み)見せてもらいました。Trick(仕掛け)あるDummy(ダミー)で、切るなんてできないはずです」

 「ということは、この刀は無意味にここにあるわけではなかろうな。フフフ・・・犯人の動きが徐々に見えてきたではないか」

 「でも、Blackout(停電)してるのにどうやってこんなにあちこち行けたんでしょう」

 「それを明らかにするのが学級裁判の場だ。しかし・・・一筋縄でいくようなものではないだろう。フフフ・・・さて、どうなることか」

 

 そう言ってエルリさんはSuspiciously(怪しげ)にわらう。なんだかいつもよりちょっとだけHigh(ハイ)になってるような気がする。

 

 「エルリさん・・・たのしそうです」

 「そう見えるか?・・・楽しんでいるつもりはないのだが・・・そう映るものらしいな。おかげでよく誤解される」

 「Misunderstanding(誤解)ですか?」

 「この見た目で錬金術師などという怪しげな“才能”だ。普通の人間ならば、マッドサイエンティストのするような猟奇的かつ常軌を逸したことを連想する」

 「そうですよね」

 「正直でよろしい。しかしな、私は生命というものの(たっと)さを理解し尊重しているつもりだ。研究主題であるのも事実だが、それを理由に命を粗末にすることや他者の生殺与奪を握ることが正しくなることなどあり得ない。コロシアイのような命を弄ぶ行為など以ての外だ。これは許されざることだ。分かるだろう、少年」

 「Of course(もちろんです)!」

 「故に、私はいまちっとも楽しくない。ただでさえ命懸けの状況なのだ。今さら楽しんでなどいられはしない」

 「ごめんなさい・・・ボク、そんなつもりじゃ・・・」

 「分かっている。誤解される見た目をしている私にも落ち度はあるのだからな」

 

 エルリさんはSerious(真剣)なかおでSpeech(語る)したかとおもうと、Bitter smile(苦笑い)して言った。かおはこわいけど、エルリさんがボクたちのことを考えてくれてるのはボクもよく知ってる。みんなおんなじだ。だからこそ、Class trial(学級裁判)なんてしたくない。ボクたちの中に、マイムさんをKill(殺す)した人がいるなんて、しんじたくないから。

 

 「覚悟を決めねばな、少年」

 

 ボクのかおを見て、エルリさんが言った。かきあつめたClue(手掛かり)をもって、ボクたちはStage(舞台)の方にもどる。

 

 

 獲得コトダマ一覧

【足跡)

ステージからバックステージへ続いている血の足跡。

虚戈のステージ中には見当たらなかった。

 

【崩れた大道具)

ステージ裏に用意されていた大道具。

事件後は激しく崩れていた。

 

【砂袋)

エアリアルのパフォーマンスを行うときに使う上昇用の重し。

ステージ裏で破けて中身がこぼれていた。

 

【捨てられた靴)

靴底に血が付着したブラウンカラーの靴。

しっかりした造りだが、軽くて履き心地がいい。

 

【ロープ)

砂袋に結びつけられたロープ。

先端は黒くなって千切れていて焦げ臭い。

中程に細い金属が巻き付いている。

 

【細い金属)

ロープの中ほどに括り付けられている細い金属。

引き千切られたように歪に途切れている。

 

【剣呑み用模造刀)

剣呑みのパフォーマンスに使うダミーの刀。

軽く押すと縮む仕掛けがされているが、素人が扱うと危険。

事件後は鞘に血が付着しており、中は血まみれの真剣にすり替えられていた。


 自分から言いだしておいてなんだけど、やっぱり俺、舞台裏とかテントの外を見に行くチームになればよかった、と後悔した。極は平然とした顔で虚戈の頭を持ってきたり、死体を触って検死したりしてたけど、間近で見る虚戈の死体は思ってた以上にグロかった。充満する血の臭いと、まだ首から噴き出す血の音が、あっという間に俺の胃袋を締め上げた。

 

 「吐くなら現場から離れたところに吐けよ」

 「うっぷ・・・い、いや、大丈夫だ」

 「やせ我慢するな。気分の悪いまま学級裁判を迎えるつもりか。モノヴィークルに酔うぞ」

 「・・・ごめんな」

 

 呆れてため息を吐く極の顔が視界の橋から消えていく。客席の下の人目に付かないところに行って、自分の喉に手を突っ込んだ。タイミングがいいのか悪いのか、テント内を汚されたくないのか、いつも通りどこからともなく現れたモノクマの手には、エチケット袋が握られていた。

 

 「勘弁してよね!小学生じゃないんだから!ほらこれ!」

 「わ、わるい・・・」

 「電車にブレーキ、へそにごま、人には歴史。人生これ、エチケットやで〜」

 

 ワケの分からないモノクマの台詞は無視して、腹の底からこみ上げる気持ち悪さを全部ぶちまけた。さすがにこれをモノクマに丸投げするのは人としてどうかと思ったから、テント内のゴミ箱に捨てて処理した。ちょうど俺たちが座ってた客席の下だったから、そのまま上がって口直しに水を飲むことにした。

 俺たちの座ってた客席あたりに、青い顔をした正地が座ってた。足音で俺に気付いて姿勢を正したけど、やっぱり今はまだ捜査するには疲れ切ってる。

 

 「よ、よう正地。大丈夫か?」

 「うん・・・少し落ち着いたわ。雷堂くんは・・・どうして戻って来たの?」

 「へ?あ、いや、えーっと・・・ま、正地が心配でさ。大丈夫かなって」

 「そう・・・ありがとう。だけど、極さん一人に検死させてちゃダメよ。極さんだって女の子なんだから」

 「あ、ああそうだな。いやすぐ戻るよ。あ、でも、もしまた停電とかになったら大変だな。正地一人じゃ、怪我するかも」

 「無!問!題!モーマンターイ!」

 「きゃっ!」

 

 ついさっき客席下にいたモノクマが、今度は天井から降ってきた。本当に神出鬼没なヤツだ。もう驚いてひっくり返る気力もない正地が、小さい悲鳴をあげて縮こまった。

 

 「まったくよお!停電なんてとんでもないことしてくれやがって!おかげでまたボクの仕事が増えるじゃんか!オマエラね、コロシアイしろって言ったのはボクだけどなんでもしていいとは言ってないからな!やっていいことと悪いことを弁えて清潔で美しく健やかなコロシアイをしろよ!」

 「もうつっこむのもいやになった」

 「私も。それより、停電になったからってそんなに怒ること?今はこうやって非常灯が点いてるんだから、予想してたことじゃないの?」

 「どきぃっ!?べ、べべ、別に誰が怒ってるのさ?怒ってないよ」

 「とんでもないことって言ってたじゃんか」

 「怒ってなんかないって言ってんだろコノヤロー!怒るぞ!」

 

 なんなんだよ、と言いそうになるのを堪えた。陽気に出てきたと思ったら怒りだして、怒ってないと言いながら顔は真っ赤で牙も剥いて怒鳴る。このところモノクマの支離滅裂さに拍車がかかってるな。ま、一貫性がないのは前から同じだし、別に気にすることでもないんだけど。

 

 「そ、そんなことより雷堂クンはお水飲みに来たんでしょ?さっき虚戈サンの死体見て気持ち悪くて吐いちゃったんだもんね!」

 「お、おい!なんで言うんだよ!」

 「雷堂くん・・・どうして隠したのよ」

 「いやだって・・・ただでさえそんな状態なのに、正直に話して正地に心配かけさえたくなかったし、自分から言いだして吐くなんてかっこ悪いだろ」

 

 自分で言ってて顔がどんどん熱くなってくる。吐いたことが恥ずかしいというより、それがバレて自分で自分の気持ちを説明させられてることが恥ずかしい。モノクマはにやにやして客席の下に逃げていくし、正地は呆れたような軽蔑するような、じっとりした目で見てくるし。

 

 「はい、お水」

 「あ、ありがとう」

 

 その辺にあったグラスに水を入れて正地が渡してくれた。誰が使ったやつか分からないけど、まあいいか。くっと煽るけど、緊張と焦りと誰が使ったか分からない不安のせいか、変な味がする気がする。

 

 「本当にもう・・・頼もしいんだか頼りないんだか分からないんだから」

 「ああいや、まあ・・・そうだよな。停電中もずっこけてこんなんなるし・・・頼りないよな・・・」

 「どうしてずっこけちゃうのよ」

 「下越とぶつかったんだよ。それに、デカい音もしただろ」

 「ああ。そういえばそうね。あれなんだったのかしら。何かが崩れるみたいな音だったけど」

 

 突然真っ暗になったテントの中で、足場も手元も見えないまま、いきなりドデカい音がしてびっくりしたのを思い出した。虚戈以外の全員は客席でしっちゃかめっちゃかになってたはずだから、ステージの方で聞こえたあの音はなんだったのかよく分からない。もしかして、虚戈を殺したクロが何かしてたのか?

 

 「って、もう、雷堂くんってばまた極さんのこと忘れてるじゃない。そうやって女の子を蔑ろにするのはダメよ。特に雷堂くんは女の子の気持ちとかに鈍感だし」

 「そ、そうか?あ・・・ま、まあ、そうかも、な」

 

 意地悪く言う正地の言葉で、茅ヶ崎のことを思い出した。そう言えばあいつ、俺におにぎり作るために夜遅くまで厨房にいたんだっけな。極もなんだかんだで一緒にいること多いし、虚戈も一時俺のことを気に懸けてくれてた。思い返してみると、正地の言う通りかも知れない。

 

 「茅ヶ崎とか極とか・・・あと、虚戈も。結構色んなヤツに支えてもらってるんだな、俺」

 「はあ・・・そういうところよ、ほんとに

 「ん?」

 「いいから、早く極さんのところに戻ってあげなさい」

 「お、おう」

 

 正地に追い出されるようにして、俺は客席からステージへと戻った。ふと気になる。モノクマのヤツ、2回も俺のところに現れたけど、モノクマファイルは作れたんだろうか。ずっと死体の側には極がいたはずだから、あいつが検死なんてできないと思うんだけど。

 

 

 獲得コトダマ一覧

【崩壊音)

停電中にステージの方から聞こえた、何かが崩れる音。


 「簡単に情報を照らし合わせてみたが、やはりファイルに間違いはない。死因も死亡時刻も明確な分、ファイルからモノクマの意図を読み取ることは難しいな」

 「そ、そうだな」

 

 俺が極のもとに戻ったときには、もうモノクマファイルが更新されていた。そう言えば、あいつは監視カメラで四六時中俺たちのことを見てるんだった。今までの事件だって、クロの行動を見ていれば殺害現場を見ていなくても、死因や死亡時刻なんて簡単に割り出せるはずだ。だからこそ、モノクマを操ってるヤツは俺たちに姿を見せないように検死ができたんだ。

 モノクマでさえ自分のすべきことをしてるってのに、俺は気持ち悪くなって戻してただけで、なんだか情けなくなってきた。これからの捜査と裁判で挽回しないとな。

 

 「悪いな極、全部任せちゃって」

 「普通の高校生は、この状態の死体を前にして平静ではいられない。お前の反応はまったくもって自然だ」

 「そ、そうか・・・逆に極は普通じゃないってことになるけど・・・」

 「・・・」

 「あ、ご、ごめん」

 「はあ。まあいい。それより、一応聞くが、お前は私たちの中で刀の扱いに長けた者は知っているか?」

 「刀って・・・やっぱり凶器は刀なのか?」

 「自然に考えればな。断面を見れば一目瞭然なのだが」

 「や、やめとく。説明だけで十分だ」

 

 普通の感じで普通じゃないこと言われると心臓に悪い。極は真面目な顔で言うからつっこめないけど、相当感覚がズレてるみたいだ。漫画で見るちくわみたいな断面ならまだしも、こんなリアルなものはとても直視できない。

 

 「創作物にあるほど、人の首はそう簡単に切れるものではない。武士が切腹するときの介錯は、相当な手練れでなければ務まらなかったという。だから、あんな停電の短時間のうちに、これほど精密に虚戈の首を刎ねるなど、手練れ中の手練れ、達人の領域にまで達する所業だ」

 「お、お前が言うんならそうなんだろうな・・・けど、停電ってそんなに長くなかっただろ。その間に客席からステージまで来て、また客席に戻るなんて、それだけで精一杯だ」

 「おまけに凶器の刀も処分しなければならない。さながら忍者のような早業だ」

 「そんなことできるヤツが、俺たちの中にいるのか・・・?」

 「・・・思い当たらんな、()()

 「い、()()?」

 

 意味深に付け加えられたその言葉に、思わず聞き返した。それじゃまるで、本当に俺たちの中にそんな達人級の腕前を持つヤツがいるみたいじゃんか。

 

 「私たちは正地が打ち明けるまで、“超高校級の死の商人”の正体が鉄だと分からなかった。須磨倉の異常な家族愛に気付くことも、追い詰められた相模の暴走も察することができなかった。我々は未だ、お互いに知らず、隠していることがある」

 「じゃ、じゃあマジで・・・?虚戈の首を刎ねたヤツがいるのかよ・・・!?」

 「少なくともクロがいるのは確実だろう。それが私か、お前でないという保証も、互いに持てないのだ」

 

 シビアな話だけど、極の言うことは間違ってない。3回も学級裁判を経験したってのに、その結論を信じたくなくて、みんなを信用しようとしてる俺の方がおかしいんだろうか。わざわざそれを俺に言ってくるのは、極が俺を信じてくれてるからか、それとも牽制してるのか?こんがらがってくる。誰を信じればいいんだ?誰が信じてくれてるんだ?

 

 「悩むのは裁判の場にしろ。今はとにかく手掛かりを集めなければならない」

 「手掛かりったって・・・」

 「たとえば、このサーカステントを探索したのはお前とスニフと虚戈だろう。その時に何か気になったことはないのか」

 「えっと・・・あ、そう言えば、虚戈のショーの時に停電があっただろ」

 「ああ」

 「テントの裏に発電機があって、それでこのテント全体の電力を賄ってるんだよ。だから、あの停電ってもしかしたら、発電機に何かトラブルがあったんじゃないかって思うんだけど」

 「発電機なら私もショーの前に見た。異常はないように見えたが・・・観察不足だったのだろうか」

 「いや、手掛かりって言うからそれっぽいのを思い出して言っただけなんだ。納見たちが外を探してるから、その情報を待った方がいいと思うぞ」

 「・・・そうか」

 「あ、あと探索のとき、虚戈がステージでのびてたんだよ。空中演技に失敗して」

 「虚戈が失敗?まあ失敗することもあろうが・・・何気ない時にもアクロバットをするようなヤツが失敗するというのは気になるな。なぜだ?」

 「なんか変な紐があったんだよ。なんつったっけな・・・」

 「お呼びですか!!」

 「うおあっ!?いでっ!」

 

 あの時モノクマが言ってたことを思い出そうとしてたら、しゃがんでた尻の下からモノクマが飛び上がってきて突き飛ばされた。ステージの下に尻餅をついて、尾てい骨に激しく鋭い痛みが走る。なんでこいつはさっきから俺に対して手厳しいんだ。

 

 「何をやっているんだ」

 「大して役にも立たないのになんとなくでリーダーぶってて、そのくせやたらハーレム展開のフラグ乱立してるからジェラっちゃった!」

 「なにわけの分かんないことを・・・」

 「鈍感なところもまたマイナスポイントー!」

 「用件は」

 「うーん、極サンは相変わらず冷たいねー。クールだねー」

 

 ステージの上から俺に唾を吐くマネをして、モノクマは妬ましげな言葉を吐く。心当たりがないんだけど、やっぱりモノクマは俺を個人的に嫌ってないか?で、結局何の用で出てきたんだよ。

 

 「虚戈サンがエアリアル中に落っこちたのは、ボクが作った特製ワイヤーの性質によるものなのです!」

 「特製ワイヤー・・・ろくでもない予感しかしないな」

 「スニフクンにもそんなようなこと言われたよ・・・ホント、オマエラ仲良いな」

 「どういう性質だっけか。忘れたよ」

 「あのさあ、雷堂クンってホントにコロシアイとか学級裁判にやる気あるの?ポンコツもいいとこじゃないか」

 「うるさいな・・・」

 

 だってまさか、あのときにこんなことになるなんて思わないじゃんか。それよりも、こうして出てきたってことはその説明をするために出てきたってことだろ。俺よりずっと詳しいんだから、説明すりゃいいじゃんか。

 

 「ボク特製のワイヤー、その名もモノクマファイバー!ありとあらゆる化学的性質に強く、それでいて軽くて使いやすい!これ一本で超デカい重機も吊せるハイパー優れもの!今なら一本100万えーん!!」

 「またブッ飛んだものを作ったものだな。しかし、それがなぜ虚戈の転落に繋がる」

 「いや、そのワイヤーって確か塩に弱かっただろ。涙とか汗でボロボロに腐食するくらい」

 「なんでそんなことばっかり覚えてんだよコノヤロー!黙っとけ!」

 「おごっ」

 「仲良いな貴様ら」

 

 そうだそうだ、モノクマファイバーって名前だったな。辛うじて覚えてた情報を付け加えると、モノクマは鳩尾にキックをかましてきた。軽いしふわふわだから大して痛くなかったけど、急所だからそれなりに苦しい。またステージの下に落ちて、腹の上に乗ったモノクマが腕を組んでいきり立つ。

 

 「ったくもう!ホントに雷堂クンって空気読めないし頼りないし鈍感だしそのくせモテる感じだして、どこの主人公だって感じだよね!腹立つ!」

 「し、知るかよ・・・捜査の邪魔すんなって」

 「へーんだ!どっちにしろもうじき時間だもんね!それから1つ言っておくけどね!今後ボクが用意したものを故意に壊すのは禁止にするから!作るのも直すのも大変なんだからね!」

 「ふむ・・・」

 「とあっ!」

 

 散々わけ分からないことを喚き散らして、ステージの下に潜り込んでモノクマは消えた。極の検死はもう済んでるし、裁判の展開は他のみんなの捜査状況次第だな。俺も一応推理とかは頑張るけど、今までなんだかんだでクロには辿り着いてる。今回も大丈夫なんじゃないか、って考えるのは楽観的なんだろうか。

 

 「雷堂・・・裁判の前に一度着替えて来い。いつまでもそんな格好でいるわけにはいかないだろう」

 「あ・・・そ、そうだな。えっと、一回ホテル戻るしかないか」

 

 結局、何にも捜査の手助けができなかった気がする。

 

 

 獲得コトダマ一覧

【モノクマファイル⑤)

被害者は“超高校級のクラウン”虚戈舞夢。

死亡推定時刻はついさっき。

首を切断されたことによる即死。

 

【モノクマファイバー)

モノクマが開発した堅くて頑丈な次世代の金属線。

耐熱、耐刃、耐衝撃性に優れたものだが、塩による腐食に非常に弱い。

 

【極の証言)

虚戈の首の切り口は非常にきれいで、刃物の扱いに精通した者でなければできないほど。

 

【サーカステントの発電機)

サーカステントの電力を賄っている大型発電機。

危険物かつ高価なもののため、有刺鉄線で覆われている。

事件後、設置されている地面が湿っていた。

>>>アップデート

高性能ではあるが、ちょっとした衝撃や軽く水に濡れただけで壊れてしまう。


 俺一人だけテントからホテルに戻って、裁判までの間に新しいスーツに着替える。まさかこんなところで自前のスーツを一着ダメにするなんて思いもしなかった。ミートソースと血の赤が元の青色に混ざってよく分かんない色になってる。クリーニングでも落ちないだろうし、テンション下がるな。

 

 「はあ・・・シャツにも付いてるじゃんか。せっかくだから全部着替えるか」

 

 肌着以外の全部を脱ごうとするけど、ワイシャツの袖がモノモノウォッチに引っかかる。毎日毎度思うけど、外せないばっかりに風呂入るときも着替えるときも、脱ぐときにこれがすごい邪魔だ。間違って変な機能が発動することあるし。

 

 「っくあ」

 

 今も、間違って手の甲が当たって、ショーの前まで点けてた懐中電灯の機能が点いた。強烈な光が思いっきり目に刺さって、パンツ一丁で一人で部屋でふらついた。ベッドに倒れ込んで、探り探り懐中電灯を消す。ああもう、なんで俺こんなことしてんだ。みんな頑張って捜査してんのに、俺だけちっとも力になれてない。

 

 『よく言われるよね。世の中には知らない方が幸せなこともあるって。でも、知らないことに対して知らなくて良かったと思うことなんて論理的に不可能なんだよね。だって知らないんだから!うぷぷ♬矛盾してると思う?知ることとは絶対に取り戻すことができないギャンブルなのです。知ってしまえば、それがたとえ知りたくない事実でも、二度と忘れ去ることはできない。縦しんば忘れたとしても、それは記憶の底にいつでも存在している。今からオマエラが明らかにするのは果たして、知って良かったと思えることかな?命を懸けて試してみようよ!真実を知る覚悟ができているなら、エントランス広場の池前に集合せよ!』

 

 モノクマのアナウンスが部屋中に響く。このまま寝てしまおうかと考えていた頭を置き去りにして、身体が勝手に反応する。新しいスーツに袖を通して、俺は部屋を出ていつもの裁判場に向かって行く。命懸けの裁判を控えているにしては、あまりにも気が抜けてると自分でも思う。

 どこかこのコロシアイが、現実じゃないような気がしてくる。あまりにも現実離れした状況とそれに追いつけない平凡な自分の落差に、思考がゆるやかに死んでいくのを感じていた。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:8名

 

【挿絵表示】

 




さ、犯人は皆様がそれぞれ推理してみてくださいね。
推理いつでも受け付けてます。なんらかの形でいただけたら、によによします


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学級裁判編1

 

 まだモノクマCastle()Big clock(大時計)は、まだMidnight(真夜中)の前をさしてた。それでもこのClass trial(学級裁判)がおわるまでには、ボクたちはTomorrow(明日)をむかえるだろう。それは、マイムさんが生きたくても生きられなかった日だ。

 

 「さて、全員揃ったね!オマエラ全員、覚悟は決まってるね!」

 「覚悟決めて臨んだことなんか一度もないねえ」

 「やるしかねえんだろ。ちくしょう・・・けど、マジでこの中にいるのかよ。虚戈をあんな風に殺したヤツがよ・・・」

 「いなければ成立しない。追及すべき犯人が存在しないなど、根本から学級裁判のシステムが崩壊する。フフフ・・・仮にそうなった場合、我々はどうすればいいのだ?」

 「さあね!オマエラが導いた結論に応じて答え方は変わってくるよ!そんなのいちいちボクが答えると思う?」

 「答える気はないってことだね」

 

 Grinning(にやにや笑い)するモノクマがThrone(玉座)にすわったまま言う。やっぱりこの中にいるんだ。マイムさんをあんなCruel(残酷)Kill(殺す)した人が。ボクたちは、Circle(円形)にならんだ自分のモノヴィークルに乗る。

 もういなくなったハイドさんとマイムさんのモノヴィークルを見た。Full confidence(自信満々)なハイドさんと、Full smile(満面の笑み)のマイムさんのPortrait(遺影)がならぶ。

 

 「あの、ごめんなさい。まだ裁判が始まる前で悪いんだけど・・・虚戈さんのモノヴィークルに・・・」

 「待ちなよ正地氏。そりゃあどうせこの後の裁判で話すことになるんだからあ、今は一旦置いとこうよお」

 「裁判の主導権を握るつもりか、納見。議題の選択はお前がすることではない」

 「順序ってもんがあるからねえ。一つ一つを丁寧に整理していくのが何事も大事なのさあ」

 

 まるでClass trial(学級裁判)ではなすことが分かってるみたいに、ヤスイチさんがセーラさんをStop(制止)する。はじまるまえからレイカさんとヤスイチさんがちょっとQuarrel(喧嘩)みたいなMood(雰囲気)になっちゃった。そんなかんじのまま、4回目のClass trial(学級裁判)がはじまる。

 

 はじめて会ったときから、マイムさんはボクたちとはちがうんだって分かってた。Terrible(ひどい)ことを平気なかおして言って、Cruel(残酷)なことだってふざけてやる。Childish(子供っぽい)なこともするし、やることなすことTrouble maker(問題児)だった。それでもマイムさんは、コロシアイの中でも明るくて、Cheerful(陽気)で、いつでもSmile(笑顔)だった。ボクたちをSmile(笑顔)にしようとしてた。いなくなった今になって、マイムさんがいてほしかったと思う。

 

 だけどもう、マイムさんはもどってこない。ボクたちをSmile(笑顔)にようとしてた彼女は、Stage(舞台)できっとSmile(笑顔)のまま死んでいったんだ。そのマイムさんの命をおわらせた人が、ボクたちの中にいる。そしてまたボクたちは、命をかける。

 

 命がけのInference(推理)、命がけのFalsehood()、命がけのBlame(糾弾)、命がけのPleading(抗弁)、命がけのPursuit(追及)・・・命がけのClass trial(学級裁判)が、はじまる。

 

 

 

 

 

コトダマ一覧

【ステージの金具)

機材を立てるための輪っか状の金具。

周囲に細かな黒い汚れがある。

 

【停電)

虚戈のステージの最中、突如として停電が発生。

しばらく経ったあと復旧した。

 

【モノヴィークル)

モノクマランドの移動手段としてモノクマから支給されている。

個人のモノモノウォッチで起動し、ナビシステムや自動運転システム、安全装置なども搭載された優れもの。

 

【ゴムの切れ端)

発電機近くに停止していたモノヴィークルに括り付けられていた。

可愛らしいピンク色。

 

【足跡)

ステージからバックステージへ続いている血の足跡。

虚戈のステージ中には見当たらなかった。

 

【崩れた大道具)

ステージ裏に用意されていた大道具。

事件後は激しく崩れていた。

 

【砂袋)

エアリアルのパフォーマンスを行うときに使う上昇用の重し。

ステージ裏で破けて中身がこぼれていた。

 

【捨てられた靴)

靴底に血が付着したブラウンカラーの靴。

しっかりした造りだが、軽くて履き心地がいい。

 

【ロープ)

砂袋に結びつけられたロープ。

先端は黒くなって千切れていて焦げ臭い。

中程に細い金属が巻き付いている。

 

【細い金属)

ロープの中ほどに括り付けられている細い金属。

引き千切られたように歪に途切れている。

 

【剣呑み用模造刀)

剣呑みのパフォーマンスに使うダミーの刀。

軽く押すと縮む仕掛けがされているが、素人が扱うと危険。

事件後は鞘に血が付着しており、中は血まみれの真剣にすり替えられていた。

 

【崩壊音)

停電中にステージの方から聞こえた、何かが崩れる音。

 

【モノクマファイル⑤)

被害者は“超高校級のクラウン”虚戈舞夢。

死亡推定時刻はついさっき。

首を切断されたことによる即死。

 

【モノクマファイバー)

モノクマが開発した堅くて頑丈な次世代の金属線。

耐熱、耐刃、耐衝撃性に優れたものだが、塩による腐食に非常に弱い。

 

【極の証言)

虚戈の首の切り口は非常にきれいで、刃物の扱いに精通した者でなければできないほど。

 

【サーカステントの発電機)

サーカステントの電力を賄っている大型発電機。

危険物かつ高価なもののため、有刺鉄線で覆われている。

事件後、設置されている地面が湿っていた。

>>>アップデート

高性能ではあるが、ちょっとした衝撃や軽く水に濡れただけで壊れてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学級裁判 開廷

 

 「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう!学級裁判の結果はオマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘出来れば、クロだけがおしおき。だけど・・・もし間違った人物をクロとした場合は・・・クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけが、失楽園となり外の世界に出ることができます!」

 

 モノクマの説明と同時に、エントランス広場をモノクマ型の山車が高速で駆け巡る。愉快な音楽とカラフルなサーチライトでモノクマランドの夜空に彩色線を描きながら学級裁判の開廷を盛り上げる。さながらちんどん屋のようなその風体に、裁判場に立つ全員が難色を浮かべる。

 

 「うるさいな」

 「真夜中だからうっかりしたら居眠りしちゃいそうだからねえ、これくらい目にも耳にも煩い方がいいんじゃあないかい?」

 「学級裁判中に居眠りなんかするつもりなの・・・!?呑気にもほどがあるわよ!」

 「私は・・・スニフ君がちゃんと起きてられるか心配だな」

 「No problem(問題ない)です!マイムさんのShow(ショー)を見るためにCaffeine(カフェイン)たっぷりのTea(紅茶)をのみましたから!」

 「オレンジジュースもバカ飲みしてたろスニフ。トイレ行きたくなっても知らねえぞ」

 

 開始早々、事件とは関係ない話が始まる。いまひとつ緊張感に欠けるメンバーの気を引き締めるために、極が大きく咳払いした。

 

 「まずは事件の状況を振り返る。全員、モノクマファイルは確認しているな?」

 「フフフ・・・やはりまずはそこからか。まあ今回の事件の場合、ファイルに記載される情報に大して期待はしていなかったがな。想像以上に役に立たない」

 「死因は首を切断されたことによるショック死、死亡推定時刻はショーの最中。俺らが見たまんまだ」

 「一応私の検死結果を報告しておくと、ファイルに間違いはないし、ファイル以上の情報は得られなかった」

 「死因も死亡推定時刻もはっきりしてる分、前回みたいにそこから推理してくってのは難しそうだねえ」

 

 誰が見ても明らかな死因と死亡推定時刻。モノクマファイルの意味は、その情報を確定させるだけに過ぎない。故に議論を展開させるためには、自分たちが集めた手掛かりから話していくしかない。裁判を加速させるため、雷堂が裁判場に議題を投げる。

 

 「この虚戈の死因ってさ、どうやってやったんだろうな」

 「フフフ・・・やはりその話になるか。どうやって、というのは単なる方法論の話か?あるいは、その困難性の話か?」

 「両方じゃないかしら?一応、私の専門分野だから分かるけど、人の首って脊椎っていう骨がたくさんあるから、簡単に斬るなんてことできないわ」

 「単に首を斬ることの困難性ももちろんだが、その他にも問題がある。客席とステージが相互に監視できる状況で、気付かれずに虚戈に近付いて首を刎ねることなど不可能だ」

 

 これまでにないほど明確な死因、しかしその実行を考えたときに、困難さはそれまでの事件とは比べものにならない。相互監視の状況で、敢えて難易度の高い殺害方法を選んだ犯人の意図が見えない。裁判は自然と、殺害方法についての話になる。

 

 

 議論開始

 「虚戈さんは首を斬られて殺されたけど、あんなの誰にでもできることじゃないわ!」

 「例えば刀で切断するにしても、脊椎と脊椎の隙間に刃を潜らせなければならない。まさに達人級の腕前が必要だ」

 「っていうか、そもそも虚戈さんのショーは私たち全員が見てたんだよ。殺そうとして虚戈さんに近付いたら、すぐにバレちゃうよ

 「それはちげえぞ!」

 

 

 

 

 

 「虚戈が殺されたのは、テントが停電で真っ暗になってたときだ。あの間だったら、客席を抜け出してステージまで行ってもバレねえだろ」

 「いきなりBlackout(停電)してびっくりしました。あれって、Accident(事故)じゃなかったですか?」

 「ショーの最中に停電して、非常灯が点いたら虚戈が殺されてたんだ。事故だとしたらタイミングが良すぎる。犯人が犯行のために起こしたんだろ」

 「しかし、停電が起きていたのはそれほど長い時間ではない。あれだけの時間で客席からステージへ行き、虚戈の首を刎ねて再び客席に戻るなど、どうやっても不可能だ。一体どうやったというのだ・・・」

 「う〜ん、取りあえずさ、停電中におかしなことがなかったか、みんなで思い出してみようよ」

 

 研前の一言で、話題が分散していた裁判場の方向性が定まる。虚戈のステージの最中に突如として起きた停電のときのことを、全員が頭に思い浮かべる。互いの姿も、自分の足下さえも見えない暗闇の中で、可能な限り手掛かりを探り出す。

 

 

 議論開始

 「虚戈さんが殺害されたのは停電中のことだったんだよね?だったら、みんなで気になることを思い出してみようよ!」

 「つってもあんときは真っ暗だったからなあ。目の前もろくに見えなかったんだぜ?」

 「人の気配くらいなら感じ取れたが、ほとんどの者がパニックになっていたせいで正確な位置や姿勢までは分からなかった」

 「極氏は見聞色の使い手なのかい?」

 「何にも見えなかったですけど、見えなくても分かることがあるはずです!」

 「それだ!」

 

 

 

 

 

 「スニフの言う通りだ。停電中は全員が視界を奪われてたけど、視覚以外の情報だってあったはずだ」

 「視覚以外の情報ってえ・・・そういやあ雷堂氏はミートソースパスタを被ってたねえ」

 「味覚じゃねえよ!音だよ音!」

 「音?」

 「停電の最中に、ステージの方から大きな音がしたのを聞いたんだ。俺だけじゃない、正地だって聞いたんだ。そうだろ?」

 「ええ。なんだか、重たい物が何かにぶつかって崩れ落ちるような・・・崩壊音って感じだったわ」

 「そんなデカい音なんかしたか?」

 「下越君は一番大きい声で騒いでたから分からないんだよ。その音なら私も聞いたよ。聞き間違いかと思ってたけど、やっぱり間違いじゃなかったんだ」

 

 スニフの発言を捉えた雷堂が、停電中に耳にした音について説明する。捜査時間中に話を聞いた正地以外に、研前もその説明に同意する。虚戈のステージでは、舞台上には虚戈以外には何もないし誰もいなかった。その中で何かが崩れ去るような音が、ステージ上からするはずがない。

 

 「じゃあその崩壊音の正体ってのはなんなんだい?」

 「それなら・・・おそらくアレだろう、なあ少年」

 「はい!ボクとエルリさん、その正体知ってますよ!」

 

 

 証拠提出

 A.【崩れた大道具)

 B.【サーカステントの発電機)

 C.【モノヴィークル)

 

 

 

 

 

 「ステージ裏を捜査したとき、無惨な姿に崩れ去った大道具の山を発見した。虚戈が崩した可能性もあるが、他に大きな崩壊音を出すようなものはない。その他の理由からも、停電中に聞こえた音の正体はこれだと言えるだろう」

 「異論はないな」

 「あ、今はもうボクがTidy up(お片付け)したからキレイになってますよ!あのままじゃDanger(危ない)でしたから!」

 「えらいねスニフ君」

 「A-hem(えっへん)!」

 

 捜査においては現場の保存が大原則のため、スニフがしたことは捜査の延長とはいえ避けるべきことだった。しかし今となっては仕方ないことのため、極は言葉を呑む。それよりも、追及すべきことがある。

 

 「ん?でも、その大道具の山ってステージ裏にあったんだろ?」

 「Yes(はい)!」

 「でもあの停電のとき、ステージ裏には誰もいなかったはずだろ。オレたちは客席にいたし、虚戈はステージにいたはずだ」

 「確かにねえ・・・まさか自然に崩れたなんて都合のいいこともあるわけないだろうしい。何か理由があるはずだねえ」

 

 

 議論開始

 「なんでステージ裏の大道具がいきなり崩れたんだ?」

 「あの大道具、ものすごく雑に立て掛けられたりしてたからな・・・自然に崩れたんじゃないか?」

 「そんな都合のいいことなんてあるのかねえ」

 「客席でみんなドタバタしてたよね。その震動で崩れちゃったのかも!」

 「いやあの・・・もう少し現実的に考えてみない?設置されていたものが崩れたんだったら、普通に考えれば、何かがぶつかったって考える方が自然だと思うんだけど」

 「良い勘をしている・・・!」

 

 

 

 

 

 「私は正地の意見に賛成だ・・・というより、私が考えていたことと同じ事を正地が言ってくれた」

 「そ、そうなの?荒川さん」

 

 呆れたように言った正地の言葉を、荒川が拾い上げた。実際に現場を捜査した人間にしか分からないことだが、あの大道具の山が崩れたのは明らかに外力が働いた結果だ。その外力が何なのかも、スニフと荒川には見当がついていた。

 

 「ステージ周辺を捜査した者なら知っているだろうが、ステージからステージ裏まで、足跡がついていた」

 「なにっ!?そんなのあったのかよ!?」

 「あ・・・うん、私も気になってた」

 「虚戈の作った血溜まりの中からはじまり、ステージ裏の途中まで続いていた。事件前にはなかったことやその色から、犯人が残したものと考えられる」

 「で、でもでも!Forgery(捏造)かもしれないです!」

 「少年・・・疑えとは言ったが、今は一旦犯人のものとして考えるのだ。捏造の可能性を疑うのは、矛盾が生じてからでいい」

 「What(あれぇ)!?」

 

 捜査時間と言ってることが違って聞こえる荒川にスニフは戸惑う。議論の場においては信じるものと疑うものの取捨選択が重要なのだが、スニフはまだそのことを理解していない。面食らって目を丸くするスニフをよそに、荒川は議論を進める。

 

 「足跡がついた経緯はこうだ。停電中、犯人は虚戈を何らかの手段で殺害する。そしてステージ裏を通って逃亡するが、そのときに血溜まりを踏んでしまい血の足跡を残す。そしてステージ裏を逃げる最中、あの大道具の山にぶつかったのだ」

 「それであの大きな音がしたってわけか・・・」

 「ん・・・ちょっと待ちなよお。ってことはあ、犯人の靴にはまだ虚戈氏の血が付いてるんじゃあないかい?」

 「いや、さすがにそこまで間抜けな犯人ではないようだ。大道具の山の中に、血の付いた靴が脱ぎ捨てられていた。おそらく足跡が付いていることに気付き、そこで捨てたのだろう」

 「ボクもってきました!」

 

 スニフが足下に置いていた靴を持ち出す。ブラウンのしっかりした造りの靴で、靴底には赤黒い何かが付着している。足跡を詳しく調べていない者でも、それがステージについていた足跡と似ていることは見ただけで分かった。そして同時に、その後の展開まで予想がつく。

 

 「これが捨ててあった靴だ。ここにいる我々の靴を調べたところで、犯人の靴底に血は付着していまい」

 「え・・・でも・・・」

 「そう。しかし、この靴とよく似た靴を履いているものなら、ここにいる。たった一人だけ、な」

 「茶色くて、ブーツ型の靴を履いてるヤツって・・・」

 

 全員の視線が、互いの足下に向く。ヒールを履いた研前、ローファーを履いたスニフ、草鞋を履いた下越・・・それぞれの靴を、スニフの証拠品と照らし合わせて疑わしい者を探す。今、学級裁判場にいる者の中で、茶色のブーツを履いている人物は一人しかいない。自然と全員の目は、その者に集まる。

 

 

 人物指名

  スニフ・L・マクドナルド

  研前こなた

  須磨倉陽人

  納見康市

  相模いよ

  皆桐亜駆斗

  正地聖羅

  野干玉蓪

  星砂這渡

  雷堂航

  鉄祭九郎

  荒川絵留莉

  下越輝司

  城之内大輔

  極麗華

  虚戈舞夢

  茅ヶ崎真波

 

 

 

 「言わずとも分かる。そんな靴を履いているのは私だけだ」

 

 誰かに指摘されるより先に、全てを察していた極が口を開く。この中でブーツを履いているのは、自分だけであると理解していた。腕を組んで鋭い視線を居並ぶ者たちに向けながら、その表情は全く揺るがない。

 

 「ってことはあ・・・この事件の犯人は極氏ってことかい?」

 「で、でも靴があるってだけで犯人と決めつけるのは、いくらなんでも乱暴なんじゃない?」

 「正地氏、大事なのは証拠の寡多じゃあないよお。状況的には全員が同じくらい疑わしくてえ、出てきた証拠で一人疑わしい人がいるんならあ・・・徹底的に追及すべきじゃあないかい?」

 「で、でも・・・」

 「納見の言う通りだ」

 

 納見に同調し、戸惑う正地を諭したのは、極だった。自分が疑われているにもかかわらず、冷静かつ客観的に状況を把握し、次の議論を促している。それに呼応するように、納見も極を睨み付ける。それは、ただ荒川とスニフの言い分を鵜呑みにして極を疑っているわけではなく、信じるべきものと疑うべきものを見分けるために、極を糾弾する意志の表れである。

 

 「そんじゃあ疑わせてもらうよお、極氏。キッチリ反論しておくれよお」

 「受けて立つ。疑わしきは追及すべきだ・・・故に、反論させてもらうッ・・・!」

 

 

 反論ショーダウン

 「スニフ氏が持ってきた靴はあ、現場に残ってた足跡と一致しているんだろお?」

 「おれたちの中で茶色のブーツを履いているのは極氏だけじゃあないかあ」

 「逃亡中に足跡がついてるのに気付いて脱ぎ捨てたってことだろお!」

 

 「この靴に似た物など、ショッピングセンターに行けば誰でも手に入れられる」

 「停電まで引き起こして犯行を見られないようにした犯人が、足跡を残すなどとマヌケなことをすると思うか?」

 「私とて全くの素人というわけではない。あまり私をナメてくれるなよ・・・!!」

 

 発展!

 

 「ショッピングセンターで手に入れられるとしてもお・・・サイズが極氏のものと一致しているんじゃあないかい?」

 「あそこの品揃えを見ればあ、他人が似たものを揃えようとしたって簡単にはいかないことくらい分かるだろお」

 「その点、スニフ氏が持ってる靴は極氏の靴と完全に一致しているじゃあないかあ!」

 

 「浅いッ・・・!!」

 

 

 

 

 

 「私の靴と完全に一致している・・・か。ならばスニフ、その靴を納見に貸してやれ」

 「Eh(え?)?は、はい・・・」

 「何だって言うんだい」

 

 スニフから靴を受け取った納見が、靴を調べてみる。色合いといい形といい、極が履いているものとよく似ている。

 

 「靴底を叩いてみろ。おそらくその靴には、()()()()だろう」

 「どういうこと?」

 「・・・うん、ただのゴムと樹脂の感触だねえ。ごく普通の靴だよお。で、これがなんだってんだい?」

 「では私が今履いている靴だ。よく聞いておけ」

 

 モノヴィークルの上で極が履物を脱ぎ、裁判場を静まらせてから靴底を叩く。同じようにゴムと樹脂の合成物を叩く音の中に、僅かだが金属音が聞こえる。よく聞かなければ分からないが、その差異ははっきりと感じ取れる。

 

 「金属音・・・なんだそれ?」

 「私の靴は特別製だ。いつ何時、何があっても対処できるよう、靴底に金属板が仕込まれている」

 「なん・・・だと・・・!?そんなスパイグッズのような靴が本当にあったのか・・・!?」

 「何があってもって・・・何があると思ってるのよ、極さんは」

 「ちなみにたまたま履いているわけではない。遺跡エリアでこれが役に立ったのを下越が確認しているだろう」

 「お、おう!そういやそうだったな・・・あの罠を防ぐくらいだから、相当しっかりしたヤツなんだよな」

 「In brief(つまるところ)、レイカさんのShoes()とはちがうから、レイカさんが犯人(クロ)じゃなくなったってことですね!」

 「いや待て、こうなることを予測して、敢えて鉄板の仕込まれていない靴を用意したのではないか?」

 「こうなることが分かってたんなら、普通に全然違う靴を用意した方がよかったろ。わざわざ自分に疑いを向けさせる意味なんてないじゃんか」

 「そりゃそうだな!」

 

 荒川の疑問も、雷堂が一蹴する。たった1つの証拠品で全ての結論を出すなどはじめから期待していない。今分かったのは、現場に落ちていた靴が、極のものに似せただけの偽の証拠品であるということだけだ。

 

 「ってことはあ、この靴は極氏に疑いを向けさせるために真犯人が用意したダミ〜だってことかい・・・ごめんよお極氏」

 「謝るな。疑わねば議論が先に進まないし、まだ私が完全に潔白になったわけではないのだ」

 「冷静だね・・・あ、でもさ。ってことは、あの足跡も偽物の可能性が出て来ない?」

 「え、どしてですか?」

 「だって極さんの靴に似せた靴で、わざとらしく足跡が残ってたんだよ?大道具の山に靴を捨てたのも、捜査時間で見つけさせて極さんに疑いを向けさせるためだったとしたら・・・足跡自体が犯人の作った偽の証拠って考えられるよね」

 「おお・・・今日は冴えてるな、研前」

 「そ、そんな、たまたまだよ・・・」

 「ムッ!こなたさんさすがです!Clever(賢い)です!Detective(探偵)みたいです!」

 「スニフくん。そこまで言うと逆に嫌みになるわよ」

 「How come(なんで)!?」

 

 どこまでも冷静な極は、たとえ自分自身への疑いであっても安易になくさせることを許さない。一方、研前は足跡の信憑性を疑い、焦って余計なことを言ったスニフがひっくり返る。議論は残された足跡について動き出そうとするが、誰が残したのか、いつの間に残したのかを追究する手掛かりはない。

 

 「足跡は偽装・・・しかし誰がどのように残したかは不明。その手掛かりも、停電中のことではほとんどない。フフフ・・・この辺りが潮時か」

 「し、潮時・・・?なんだよそれ・・・?」

 「僅かながらも議論が進んだのだ。ここまで話したことは無駄ではない。しかし手掛かりのないことをいつまでも考えていても消耗するだけだ。ならば、話題を変えて違う角度から真相に迫るべきではないか?」

 「そうだねえ。他にも分からないことはまだまだあるんだしい・・・こだわっても仕方ないからねえ」

 「私も異論はない。それで、何か話したいことでもあるのか?」

 「ああ。もちろんだ」

 

 膠着しそうになった議論に、荒川が動きを与える。停滞する前に議論の方向性を変え、無意味に時間だけが過ぎる状況を回避した。この裁判が、いつモノクマの気紛れで途切れさせられるか分からないのだ。

 

 「今回の事件の特異性は、何よりも死体の損壊状況だ。見事なまでの斬首による殺害・・・その難しさが分かる者は・・・私だけではないだろう?」

 「ああ、私も分かる」

 「・・・わ、私も」

 

 極が控えめに、正地がおそるおそる、手を挙げる。議論を始める前提として、いまいちピンと来てないスニフや下越に、人の首を切断することの難しさを改めて説明する。

 

 「一般に脊椎動物の首は、幾つもの骨が連なっている。人間の場合は7つだ。骨というのは生物の身体の支柱となるもので、日本刀のような鋭利な刃物であっても切断するのは用意ではない。おまけに人間の場合はその周囲に筋肉と脂肪の肉壁があり、刃が骨に到達する前にその威力を大幅に削減する」

 「ん・・・なんとなく、言いてえことは分かる。骨ごと切るんだったら包丁じゃなくて機械持ってきた方が手っ取り早いしな」

 「故に人の首を斬るときには、骨と骨の継ぎ目を狙い、なおかつ肉を断つために勢いよく振り抜く必要がある。数㎝の肉塊を一刀両断する力と、数ミリの誤差も許されない精密さが求められる。それが、ろくに固定もされていない生きた人間を相手になれば、もはや神業と言えよう」

 「神、というのは言い過ぎだろう。達人級の腕前くらいがちょうどいい」

 「そこの比喩はどっちでもいいと思うわ。すごいことに変わりはないから。みんな、どれくらい難しいことか、分かった?」

 「I see(はーい)!」

 

 生々しくも具体的な荒川の解説で、裁判場にいる全員が、その難易度を理解する。と同時に、虚戈の死体の状況がどうやって引き起こされたのか、より一層分からなくなる。虚戈が殺害されたのは停電中であることは明らかだが、いま説明されたその神業を、一寸先も見えない暗闇の中で行うというのだ。

 

 「けど、何も見えねえ中でそんな数ミリを狙って首刎ねるなんて、できるわけねえだろ!んなもん神業どころの話じゃねえぞ!もっとすげえ・・・超神業じゃねえか!」

 「もっと端的に言うならあ、無理、だねえ」

 「無理だな」

 

 停電の中ではまともに歩くことさえできなかった。直前まで輝かしいステージを見ていたせいで、暗闇に慣れていなかった目は照明が消えたテントでは何の役にも立たなかった。その中で精密に虚戈の首を刎ねることがほぼ不可能に等しいことは、全員が理解できた。

 

 「ってか、そもそも虚戈を殺した凶器はなんだったんだよ?オレの経験じゃ参考にならねえかもだけど、魚とか鶏の頭落とすのだって、それ用の包丁じゃねえと難しいぞ」

 「まあ、ポケットにしまっておける程度の凶器では不可能だろうな」

 「でも犯人はどっかに凶器を隠したはずだろ!どっかになんか怪しいものなかったのかよ!」

 

 

 議論開始

 「首をはねるのが難しいとか以前に、そんな凶器どこにあったってんだよ?」

 「テントにいた者は、私と雷堂が持ち物をチェックしていた。大ぶりの凶器を持ち込む隙などなかったはずだ」

 「ギロチンみたいな大掛かりな装置があったわけでもないよねえ」

 「でもやっぱり、日本刀とかじゃないのかな?」

 I agree(それに賛成です)!」

 

 

 

 

 

 「ボク、Backstage(舞台裏)で見ました!Props(小道具)犯人(クロ)がつかったようなSword()があったんです!」

 「ほ、本当にそんなのがあったの・・・?」

 「いやでも、舞台裏に刀なんてあったら虚戈が気付くだろ」

 「マイムさんおしえてくれました。Performance(パフォーマンス)Swallowing a sword(剣呑み)につかうSword()は、Trick(仕掛け)があるDummy(ダミー)なんです。でも、ボクがみつけたのは、Real sword(真剣)でした」

 「虚戈のものと思われる血もべっとりと付着していた。間違いないだろう」

 「・・・っていうことは、犯人は舞台で虚戈さんの首を日本刀で斬った後、舞台裏の模造刀に隠して、逃げたっていうこと?」

 「そうなるな・・・いやでも、そうなると停電中に虚戈の首を刎ねたことになるぞ」

 

 スニフが見つけた血だらけの真剣が、人を殺傷するのに十分な力を持っていることは誰の目にも明らかだった。しかし、それを前提とすると、やはり犯人の神業級の犯行が問題となってくる。停電で足下も見えない中で、自由に動ける虚戈の首を正確に切断し、誰にも気付かれないまま客席まで戻る。どうすればそんなことができるのか、見当も付かない。

 

 「やはり犯人の行動に不可解な点は残る。しかし・・・犯人の可能性が最も高い人物ならば、明白なのではないか?」

 「・・・」

 

 メガネを光らせて、荒川が呟く。俯いているせいでいびつに歪んで見える荒川の真っ赤な目が、舐めるように裁判場にいる全員の顔を覗き込んだ後、最も疑わしい人物へ照準を合わせる。

 

 「私たちの中で、日本刀などという大ぶりな凶器を扱える者は、お前くらいだろう。極」

 「ま、また極さん・・・!?さっき疑いは晴れたじゃない・・・!」

 「いいやあ、晴れたのは残された靴が極氏の物だって疑いだけさあ。極氏が犯人だっていう疑いはまだ何にも説明されちゃあいない」

 「・・・しつこいな、お前も」

 「可能性があるならば徹底的に追究する質でな。科学者とはそういう者だ」

 

 極と荒川が睨み合う。それを見守る6人の中で、日本刀の扱いに覚えがある者など、もちろんいない。しかし極が日本刀を扱えるという話を聞いたことがある者もいない。それでも、極ならできてもおかしくない、という共通認識もまた存在した。

 

 「ただしこれはあくまで可能性でしかない。極が日本刀を扱えるというのも私の勝手なイメージに過ぎない。ただ者ではないことは確かだろうがな」

 「・・・日本刀は、触ったことがある程度だ」

 「触ったことはあるんだ・・・!?」

 「あんな重くて長いものを隠して持ち運ぶことなど不可能だ。それに、確実に虚戈を殺害するのなら、首を狙う必要はない。正面から腹を数回刺突するだけで、十分致命傷を与えることができる。わざわざできる者が少ない斬首などする必要がない」

 「その知識は一体どこで身に着けたものなんだい・・・」

 「まあ、今はいいだろその辺は。それより、極の言うことも一理あると思うぞ俺は」

 

 少々強引な荒川の意見に、正地だけでなく雷堂も極への疑いに疑問を持ち始める。しかし極を弁護したところで議論が進むわけでもなく、荒川の指摘も不安定な根拠に基づいていると言えど、一定の説得力はあった。

 

 「おいおい・・・なんだよこれ。真っ二つじゃねえか」

 「真っ二つ?いま、真っ二つって言いました?」

 「え、な、なんだよ」

 「うぷぷぷぷ♬今こそ、モノヴィークルを使った青空学級裁判の真価を発揮するとき!自由自在に変形するこの裁判場で、オマエラの意見を真っ向からぶつけ合ってくださーい!変・形!!」

 

 下越の言葉尻を逃がさなかったモノクマは、決め台詞を吐きながらスイッチを押す。それぞれのモノヴィークルが動き出し、円形だった裁判場は互いに向かい合わせの二列へと変形した。その組み分けは、今まさに議題となっている、極が犯人であるという推理に賛成する者と反対する者、その組み分けと一致していた。

 

 

 議論スクラム

 『極麗華はクロか?』〈クロだ!〉VS《クロじゃない!》

 

 ──虚戈の死因──

 〈虚戈は首を切断され死亡していた。それができるのは極だけだ!〉

  《極さんにしかできなかったって言うのは、結論を急ぎすぎよ!》

 

 ──日本刀の扱い──

 〈極氏はおれたちの中で一番日本刀の扱いに長けてるんじゃあないのかい?〉

  《触ったことがある程度だ。人を斬るなどという高等技術は持ち合わせていない》

 

 ──証拠品──

 〈足跡を付けていたあの靴も、敢えて自分の靴と近い物を選ぶことで濡れ衣を着せられたというイメージを植え付けたかったのではないか?〉

  《そんなことするくらいなら、全く同じ物を用意できるスニフや俺に濡れ衣を着せた方がいいだろ》

 

 「これが俺たちの答えだッ!!」

 

 

 

 

 

 納見と荒川が極を追究し、雷堂と正地がそれに異を唱える。しかしどれほど考えても、極自身の潔白を証明する手段が浮かばない。極だけが特別疑わしいという論を否定することはできるが、それではただふりだしに戻るだけだ。この裁判には、決定的な証拠も、決定的な推理も、まだ現れていない。

 

 「・・・極氏だけが疑わしいってわけじゃあないのは分かったけどお・・・これじゃあいつまで経っても同じことの繰り返しだよお」

 「やっぱり、停電中に犯行に及んだっていうのが大きいよね。このままじゃ何にも分からないままだ・・・」

 「一旦、分かったことをまとめてみないか?ここまで議論してきたことは、ゼロじゃないんだろ?」

 「分かったこと・・・なんかあったっけ?」

 「なんで覚えてないのよ」

 

 状況の整理のため、現状を把握するため、ここまで明らかになったことをまとめる。雷堂が音頭を取って、現状疑惑の中心にいる極がそれをまとめる。しかしそれでも、明らかになったことはまだ少ない。

 

 「ひとまず確定事項としては、虚戈は停電中に首を切断されて殺害されたということだ。そして犯人は停電中に何らかの行動を行い、虚戈の殺害と、私の靴によく似たダミーの靴を使って、証拠の捏造をした。凶器の日本刀を小道具の中に、偽造に使った靴は大道具の中に隠し、非常灯が点く前に客席に戻って来た」

 「うん、それで間違いないと思うよ」

 「こう考えると、あの短い停電のうちに犯人は結構色んなことやってんだな」

 「・・・ホントにそうでしょうか」

 「ん?どしたスニフ」

 

 おおまかな犯行の流れは、全て停電の内に行われたものだ。何をどう考えても、どのように推理を進めても、そこが障害となる。時間的にも物理的にも犯行が不可能なはずの時間帯に、犯人はどうやって虚戈を殺害したのか。その疑問点に、スニフが声をあげる。

 

 「やっぱり、おかしいですよ。ボクたちみんなGuest seat(客席)にいたんですよ。Blackout(停電)なってからマイムさんのところまで行ってまたもどるなんて、ムリです!」

 「いやまあ、それはそうなんだけど・・・」

 「それと、もし犯人(クロ)Footprints(足跡)Forgery(捏造)したなら、それもおかしいんです」

 「おかしいって、何が?」

 「犯人(クロ)Sword()でマイムさんKill(殺す)したら、Props(小道具)にかくすときにそっちにFootprints(足跡)のこすはずです!でも、ボクたちが見たのはStage(舞台)からまっすぐStage set(大道具)の方いってました。これって・・・犯人(クロ)がつくったんだったら、おかしくないですか?」

 「ん・・・ああ、そっか。犯人が足跡でミスリードさせたいんだったら、舞台から一回小道具のところに行って、そこから大道具の方に行くはずだよな」

 「しかし、それがどうしたというのだ?あれは偽造だと分かっているではないか」

 「・・・凶器が、日本刀じゃない?」

 「!」

 「はい。ボクもそうおもいます」

 

 スニフが研前に同意する。舞台裏に残されたダミーの足跡と、血で汚れた日本刀。この2つの証拠は、虚戈殺害の一連の動きを連想させると同時に、互いに矛盾していた。凶器の日本刀が隠された小道具がある場所は、足跡が辿るルートから大きく外れている。

 

 「どっちもDummy(ダミー)なんです。Japanese sword(日本刀)が凶器だったら、Footprints(足跡)がちっともいみないです。Mislead(ミスリード)の役目もできないです」

 「だからどちらも偽物というのは飛躍してるんじゃない?それに、日本刀が凶器じゃないんだとしたら・・・犯人はどうやって虚戈さんの首を斬ったの?」

 「首刎ねるのが難しいってのは荒川が言った通りなんだろ?日本刀でだって難しいってのに、他のもんでできるもんなのかよ!?」

 「・・・できるかも、しれません」

 

 矛盾する証拠から推測されるのは、凶器が日本刀ではないという可能性。しかし斬首の難しさが共有された裁判場では、もはやそれ以外の凶器など考えられるはずもなかった。それでもスニフの言葉で、全員が知恵を絞る。刀を使わずに、虚戈の首を刎ねる方法を。

 

 

 議論開始

 「日本刀でさえ難しいことを、それ以外の凶器でなど・・・想像も付かないな」

 「スニフと荒川は舞台裏を捜査したんだろ?他に刃物とか、切れそうなものはなかったのかよ?」

 「私は見ていないな。人の首を切断できる物など、そこら辺に転がっているものではない」

 「そりゃそうだ。刃物ってのは間違いないだろうけどな」

 That's wrong(それは違います)!」

 

 

 

 

 

 「ボクのIdea(考え)が正しかったら・・・マイムさんの首をきったの、Sword()じゃないです。Cutlery(刃物)じゃなくても、切ることできます」

 「な、なんだそりゃ・・・!?んなことできんのかよ!?」

 「・・・スニフ氏が考えてるものって、一体なんだい?」

 「それは・・・」

 

 

 議論開始

 「Cutlery(刃物)じゃなくても、首を切ることできます!」

 「むちゃくちゃ言ってんじゃねえよ!首切るのがムズいってのは極と荒川が言ってただろ!」

 「ああ。生半可な得物では、あそこまで切り口をキレイに切断することはできん」

 「でも、ダミーの日本刀の他に刃物はなかったんでしょ?」

 「やっぱり、凶器はその日本刀なんじゃないのか?刃物以外でものを切るなんて不可能だろ!」

 You’re overlooking(見落としてます)!」

 

 

 

 

 

 誰一人として、気付いていない。刃物とは異なる手段でものを切断する手段を。スニフだけが、唯一その手段の可能性を見出していた。

 

 「ワタルさん。テルジさん。おふたりだったら分かります。あのTent(テント)には、Cutlery(刃物)くらいよく切れるものあります」

 「え・・・オレ、分かるのか?」

 「テルジさん、ボクにおしえてくれました。Sandwich(サンドウィッチ)切るとき、テルジさんはKnife(包丁)つかわないです」

 「んん?なんだそれ?」

 「サンドイッチ?いつのまにそんなの作って食べてたの?」

 「いや、前にスニフが、部屋で夜中にこっそり食べるもんないかって聞いてきたんだよ。スナック菓子食べるよりは野菜も取れるし部屋も汚れにくいからいいかと思ってさ」

 「あー!テルジさんそんなに言わなくていいですよ!」

 「夜中に部屋でこっそりサンドイッチ食べてたの。そんな美味しそうなことなら隠さなくてもよかったのに」

 「あうぅ・・・だって、おやつでもないのに食べたらおこられると思ったんです・・・」

 「何の話をしているんだ」

 

 思いがけない暴露にスニフが慌てて下越を止める。夜食を食べるくらいで誰もスニフを責めたりしないが、スニフとしては少々背徳的な行為と捉えていたらしい。呆れた極が会話を止めていなければ、サンドイッチにどんな具を挟んでいたかを研前がスニフから聞き出そうとしていたことだろう。

 

 「要はそのサンドイッチの作り方が本旨なのだろう。下越、どう教えたかその場で言ってみてくれ」

 「おう。まあ作り方っつってもスニフでもできるヤツだからな。火も刃物も使わないで作れるやり方を教えてやったんだ。パンと具材はオレが準備して、後はパンにバター塗って具を挟んで糸で切るだけだ」

 「糸?」

 「パンとかケーキとかって、包丁で切ると潰れちまうだろ?あとはゆで卵の飾り切りとかするのに包丁だと難しいんだよ。だから、ミシン糸とかほっそいヤツ使って、それで切るんだ。ちゃんとやれば包丁より使い勝手いいぜ。ただの糸だからスニフが扱っても危なくねえしな」

 「そうか・・・糸か」

 

 下越の話で、スニフが言わんとしていることを下越の以外の全員が理解した。しかし、納得には至らない。まさかただの糸で人体が切断できるわけもなく、そもそもそんな強靭な糸のようなものが、どこにあったというのか。

 

 「糸を使えば確かに、ものを切ることはできるかも知れないね。でもさすがに人を切るなんてことは・・・」

 「あります。とてもStrong(強い)な糸が」

 「・・・ああっ!あれのことか!」

 「雷堂氏、知ってるのかい?」

 「たぶんだけど、スニフが言ってるのってアレだよな?」

 

 

 証拠提出

 A.【モノクマファイル)

 B.【モノヴィークル)

 C.【モノクマファイバー)

 

 

 

 

 

 「モノクマファイバーだよな?」

 「そうです!」

 「モ、モノクマファイバー?なんなのその、胡散臭そうな名前は?」

 「胡散臭くなんかないよ!ボクが開発した、軽量かつ化学的に超強靭ながらも加工のしやすさも兼ね備えた、ハイパー次世代な金属繊維だよ!」

 「金属繊維か・・・」

 

 はじめてサーカステントに立ち入ったときにモノクマから聞いた説明を思い出して、雷堂が声をあげた。雷堂に細かい性質などは分からないが、とにかく強くて扱いやすい金属線ということだけは覚えていた。ごく細いモノクマファイバーを使えば、サンドイッチを切る糸の代わりになるかも知れない。

 

 「い、いや待てよ?確かにモノクマファイバーなら下越が言うみたいにできるかも知れないけど、それはパンとかの話だろ?人の身体なんてさすがに・・・無理だよな?」

 「フフフ・・・そうとも限らないぞ。それほどまでに強靱かつ細い繊維があるのなら、相応の仕掛けを施せば人体を切断することも可能かも知れないぞ。現場にあった証拠品をかき集めれば、それもできそうだ」

 「本当に?」

 「そもそもモノクマファイバーが使われたって証拠だって、ないんじゃないの?」

 「・・・」

 

 現場の状況を思い返し、スニフは考える。刃物の代替品として浮上したモノクマファイバー。しかしその凶器としての性能は、あまりに貧弱過ぎる。そのモノクマファイバーを、斬首すら可能な凶器に変える仕掛けを。そのヒントは、現場で見つけた証拠品に隠されているはずだ。

 

 

 トリックインスピレーション

 連想1.現場にモノクマファイバーらしきものはあったか? 【金属線)

 連想2.モノクマファイバーはどんな状態で見つかった? 【ロープ)

 連想3.そのロープで他に特筆することは? 【砂袋)

 

 「これで証明できるはずだ・・・!」

 

 

 

 

 

 「モノクマファイバーと思われる金属線は、舞台裏の大道具の山に紛れていた太いロープに巻き付けられていた。引き千切られたような痕があったが、間違いないだろう」

 「引き千切った痕?金属線をか?」

 「そしてそのロープには砂袋が結びつけられており、大道具の山の中で破けた状態で見つかっていた。さらにその反対側は輪っか状になっていたようだが、先が焼け焦げていた。これらを総合して考えると、ある仕掛けが連想される」

 「全っ然わからん!」

 「だがそれには証拠が足りん。お前たちの中で、この焦げたロープに関する証拠を持っている者はいるか?」

 「ロープ、かは分かんないけど・・・」

 

 推理を披露しはじめた荒川に、研前がパスを出す。焦げたロープそのものとは異なるが、捜査した中で焦げなどの火を連想するものはほとんどない。少し遠慮がちに、研前は証拠を提出する。

 

 

 証拠提出

 A.【ステージの金具)

 B.【停電)

 C.【発電機)

 

 

 

 

 

 ステージ袖の暗幕の裏にあった、輪っか状の金具。同じ物がステージの四隅にある中で、納見と研前が捜査したものだけは、その輪の中に煤がこびり付いていた。今の荒川の話からして、そのロープの焦げた先端によるものと容易に推測できる。

 

 「ステージの金具の煤・・・あれって、そのロープが焦げた痕なんじゃないかな?」

 「ん?でもステージ袖にあるヤツだろそれ?ロープは舞台裏なんだぞ。間には暗幕があるし、それも犯人が回収して捨ててったのか?」

 「フフフ・・・まさにそういった証拠が欲しかったのだ。その煤はロープが焦げた痕跡で間違いないだろう。そして、ロープは犯人が回収して捨てたのではない。ロープは自動的に舞台裏に移動したのだ」

 「じ、自動的に・・・?言ってる意味が分からないんだけど・・・」

 「今から説明する」

 

 新たに得た証拠で確信を得たらしい荒川が、メガネを光らせて懐から紙切れとペンを取り出した。そしてざかざかと簡単に図を描くと、全員のモノヴィークルを寄せて見えるように出して説明をはじめた。

 

 「まずここがステージで、虚戈が立っていた場所だ。舞台袖の金具がここ、そして舞台後ろの暗幕があり、その裏には大道具の山がある。犯人はここに仕掛けを施して、その場におらずして虚戈を殺害する装置を造り上げたのだ」

 

 全員に見せながら、図にその仕掛けを書き込む。

 

 「ステージ裏には、エアリアルで使うための砂袋があった。ロープの片方にこれを結び、テント屋根裏の梁にかけてステージ側に通す。砂袋が宙に浮くように反対側をステージの金具に結ぶ。こうすると、重い砂袋によってロープがピンと張るのは分かるだろう」

 「ああ。そりゃそうだな」

 「そしてこのロープの中程には、金属線が結びつけてあった。これがモノクマファイバーだろう。これをさらに特殊な結び方にして大きな輪っかにし、ステージ上の虚戈を囲うように配置する。モノクマファイバーは極細い金属線であるから目立たないし、事件当時は照明の演出によって気付きにくくなっていた。客席の我々が気付かないのも無理はあるまい」

 「これがどうなるんです?」

 

 図を使った荒川の説明に全員が頷いた。虚戈の立ち位置と、犯人が仕掛けたという仕掛けの配置は理解できた。

 

 「このロープは金具に結びつけてあった。これが外れると、砂袋の重さでロープが引かれる。それと同時にロープに括り付けられたモノクマファイバーも、引かれる勢いで輪が縮みながら引かれる。そうするとどうなると思う?」

 「細くて丈夫なモノクマファイバーがあ、凄まじい勢いで縮みながら虚戈氏に襲いかかるわけだあ。あの砂袋の重さにもよるけどお、物凄いスピードだろうねえ」

 「こ、これってじゃあ・・・」

 「さながら、逆ギロチンと言ったところか。実際に首を切断できているわけだが、こんな害獣駆除のトラップのような仕掛けで犯行に臨んだ度胸は大したものだ」

 「大道具が崩れてたのは、砂袋が激突したためだろう。犯人がどこまで考えていたかは定かではないが、おそらく計算の内だろう。偽の足跡があったことからもそこは推測できる」

 

 図に矢印などを書き込んで、トラップ全体の動きをさらに説明していく。スネアトラップの応用で、罠となる部分をモノクマファイバーに変えることで殺傷力を大幅に高めた、自動断頭トラップの全体像が明らかになった。これまで明らかになった証拠品から導かれている点や荒川自身の説得力で、納得しかける。

 

 「これを使えば、停電中の短い間であろうと虚戈を殺害できる。そもそも本来なら停電させる必要もなかったはずだ。自分が直接手を下す必要がないのだからな」

 「ではなぜ犯人は、敢えて停電を引き起こしたのだ」

 「ま、待てよ!」

 

 荒川の推理に納得しそうになる裁判場で、下越だけが反論の声をあげる。虚戈を殺害した装置についてはなんとなく理解ができた。極の言う通り、停電を起こす理由が分からないが、それよりもずっと納得のいかないことが、下越にはあった。

 

 「いくらモノクマファイバーが細くて見えにくいっつってもよ!それでもステージの上の虚戈がそれに気付かねえなんてことあるのかよ!足下にあるんだぞ!?それに、ロープや砂袋だってステージやその裏に仕掛けられてたんだろ!だったら、直前までそこにいた虚戈だったら気付くはずだろ!」

 「・・・そうだよな。いくらなんでも、虚戈がそこに気付かないのは不自然だ」

 「ああ。不自然だとも。お前の言いたいことは分かるぞ、下越」

 「だったら・・・!」 

 「それでも、それさえ説明する証拠を、私たちは持っているはずだ」

 「はあ・・・?なんだよそれ・・・!意味が分かんねえよ!」

 「お、落ち着いて下越くん!いきなり全部は分からないわ。荒川さんは、まだ他に分かってることがあるの?」

 「当然だ。私には既に犯人の目星もついている。それが正しいかどうかは全員が考えるとして、私の推理を聞いてもらおう」

 

 きらりとメガネを光らせて、荒川が自信たっぷりに推理を披露する。

 

 「この事件において不可解な点はいくつかある。偽の証拠や、この断頭トラップの存在、停電などだ。しかしこれは全て、1つの可能性で解消することができる」

 

 下越の疑問と、極の疑問の両方を解消しつつ、真相に至る道筋を、端的に提示した。

 

 「虚戈舞夢は単なる被害者ではない、ということだ」

 

学級裁判 中断

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:8名

 

【挿絵表示】

 




また色々挑戦してみようと思います。


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学級裁判編2

 モノクマの、ここまでのあらすじのコーナー!

 さあというわけでですね、今回も前話までの流れをおさらいして、オマエラの数週間前の記憶を呼び覚ましていこうと思っていきます!モノクマのモノモノチャンネル、よければ本文一番下のリンクからチャンネル登録もしてくださいね!ねーよそんなもん!ただでさえ長ったらしいのに広告なんか流したら読みにくくなるだけだろうが!

 

 さて、今回の被害者はみんな大好き“超高校級のクラウン”虚戈舞夢さん!無邪気で天真爛漫で飾らない純朴少女だったけど、不穏な発言や空気を読まない言動で三章以降はなかなか浮いてたね。前回の裁判後に研前さんと決定的な出来事があって、スニフクンと下越クン以外とは険悪な感じになっちゃったんだよ。正地サンの計らいでなんとか回復してきたと思ってきたそばから殺されちゃったねー!和解しようたってそうは問屋が卸さないってね!

 サーカステントで首ちょんぱで殺されたんですねー!いやーエグい殺し方してくれちゃっておっもしろいよね!停電中の一瞬の内に行われた犯行に、学級裁判は混迷を極めに極めてますよ。ステージ裏に続く足跡や、停電中に聞こえた謎の崩壊音、そして虚戈サンの首を刎ねたと思しき日本刀などなどトリッキーな証拠が飛び交う中で、いち早く事件の状況を語り出したのは荒川サン!錬金術師とか言いながら普通普通言われてたことが悔しかったのかな?張り切ってるね!張り切ってると言えば納見クンも今回はやたらと張り切ってたけど何かあるのかなー?どうかなー?

 

 そして前回、裁判の中盤で荒川サンによる断頭トラップの解説がされましたよ。ぶっちゃけこの証拠品だけでトリック暴くってどんだけ妄想逞しいんだって話だけど、そこはまあご愛敬ってことで♡ボクのプリチーさに免じて許してね☆

 でもそのトリックの説明に噛みついたのは下越クン!他のメンバーも疑問や納得できないことがある様子。それは、罠が仕掛けられてることに虚戈サンが気付かないわけがないということ。そりゃそうだよね!ステージに仕掛けられた色々な仕掛けと、ステージ裏にある様々な偽の証拠品、これを完全スルーしてステージなんかやって間抜けにぶっ殺されちゃったなんて、いくらあのパッパラピーな虚戈サンでもおかしな話だよね!だけどそんなことは荒川サンには既に想定済みだったのだ!最後の一言がこの裁判の展開を大きく変えていく!

 

 ──虚戈舞夢は単なる被害者ではない、ということだ──

 

 さあーてこの一言は一体何を意味してんだろうか!そして学級裁判の行方はー!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶっちゃけ結末は分かり切ってるけどね。


 「虚戈舞夢は単なる被害者ではない、ということだ」

 

 荒川が発したその言葉に、裁判場は水を打ったように静まりかえった。薄々勘付いていたことだ。自分たちを励まそうとしていようが、ショーをしようが、幸せを願おうが、全てはあの虚戈舞夢のすることなのだ。共感性がなく、空気を読まず、サイコパスな言動ばかりの虚戈だ。何も裏がないと本気で思って裁判に臨んだ者は、誰一人としていない。

 

 「でも・・・ボク、しんじたくないです。マイムさん、ボクたちにHapiness(幸せ)なってって言ってました。マイムさん、そんなわるいことする人じゃ・・・」

 「少年。自分の想いに正直なのは良いことだが、それはこの場所では特に危険なことだ。冷静に物事を見極めなければならないぞ」

 「まあ虚戈氏の性格を考えたらあ、そういう結論に至ってもおかしくないよねえ」

 「そもそも荒川は、単なる被害者ではない、としか言っていない。スニフ、お前のは何か虚戈が犯行に関わっていると確信しているような言い方だぞ」

 「つまり、スニフもどこかで気付いてるってことだな。虚戈自身がこの事件を()()()()()だってこと」

 「あうっ・・・そ、それは・・・」

 

 反射的に否定しようとするスニフを、極や雷堂がキツく制する。自ら墓穴を掘る形になったスニフが口ごもる。スニフだけでなく、正地と研前も荒川の推理には納得しかねるが、反論する根拠を持たない。

 

 「で、でもマイムさんはやっぱりそんな人じゃ・・・」

 「そんなヤツだろ。虚戈は」

 「え・・・」

 

 なおも食い下がろうとするスニフの言葉を止めたのは、いつになく冷たい言い方をした下越だった。腕を組んで眉をひそめ、低く冷徹な声だった。

 

 「オレはあいつを信じてた。虚戈がオレたちと違った感覚持ってるヤツだってのは知ってた。それでも、あいつは最初に言ってたんだ。誰も殺したくないし、誰にも殺されたくないって。だから、ちょっと変なヤツだったとしても、信じられるって思ったんだ。それでも・・・あいつは裏切ったんだ」

 「裏切ったって、虚戈さんは被害者なのよ?殺された側なのに、裏切るもなにもないじゃない」

 「ただの被害者ならな。だが虚戈はこの事件においてはそうではない。コロシアイを()()()()()()()ならば、下越の言う、裏切ったというのも適切な表現ではないか?」

 「それは分からないけど・・・でも虚戈さんは死にたくないってずっと言ってたんだよ?引き起こした側って言うなら、自分で自分を殺す計画を手伝ったっていうことになるけど・・・それっておかしくないかな?」

 「そ、そうですそうです!それです!」

 

 冷たい下越の言葉に、スニフたちは異様な雰囲気を感じた。人を怒ることはあっても、決して人を悪く言わなかった下越が、はっきり“裏切られた”と口にした。それは、下越が虚戈をただの被害者ではないと認識していると考えていることの表れでもあった。

 そんな下越に対し言いにくそうにしているスニフの言葉を、研前が代弁する。虚戈はモノクマにコロシアイを強いられた初日に、殺したくも殺されたくもないと言っていた。殺されて放置されていた城之内の死体を目敏く見つけたり、自分に対する敵意を察知したり、人の死に対しては敏感であるにもかかわらず、その死に対する考えは非常に淡白だった。如何なる理由があったとしても、自分から死を選ぶことなど、虚戈においては考えられないのだ。

 

 「確かに、虚戈はあんな性格ではあったが、自分が死ぬ可能性が低くなるように動いていた。雷堂への依存もそうだ」

 「依存っていうか・・・まあ、確かにちょっと距離感はおかしかったよな」

 「そういうところよ、雷堂くん」

 「え、何が?」

 「そういうところだねえ」

 「まあ、コロシアイなどという異常な極限状態なのだ。多少考えに変化が起きてもおかしくはないと思うがな」

 「いやでも・・・やっぱり俺は納得できない。虚戈が死にたくないって思ってたのは本当だ。いくらなんでも、その考えが180度変わるなんて思えないんだよ」

 「フフフ・・・そうだろうな。被害者が自らを殺害するトリックに協力するというのも考えにくいだろう。だがな、この事件の中で未だ解決していないことについて考えてみれば、ヤツの関与は疑いようのないものになる」

 「解決してないこと・・・?」

 

 もう一度、事件の全体像を考え直して、未だ解明されていない謎を洗い出す。偽の証拠を暴き犯人の行動を明らかにした。直接手を下していないながら猟奇的な殺害方法を暴いた。あとは何が分かっていないだろうか。

 

 

 証拠提出

 A.【モノクマファイバー)

 B.【崩れた大道具)

 C.【停電)


 「なぜ停電が起きたか、だねえ」

 「ああ、そうだ。あの停電がどのようにして引き起こされたかを、明らかにしなければこの裁判は終われない」

 「そういえばそうね・・・いきなり停電してびっくりしたわ」

 

 虚戈のショーの最中に突如として起きた謎の停電。都合良く偶然で停電が起きたはずもなく、いくつかの証拠品が示すように、明らかに人為的に引き起こされたもののはずだ。しかし全員がサーカステント内で相互監視の状況下で、人為的に停電を起こすなど、可能なのかと全員が首を傾げる。

 

 「そもそも、犯人は自動殺人トリックで虚戈を殺害したのだろう?ならば、なぜ停電させる必要があるのだ?」

 「ああ、そういえばそうだよね。別に自分がステージまで行くわけじゃないんだから、停電なんかしなくたって犯人は分からないままじゃないかな」

 「それでは虚戈の殺害方法がすぐに明らかになってしまうだろう。偽の証拠品として用意した日本刀や足跡も全く意味を為さなくなってしまう。停電させることで、犯人が直接手を下したと印象づけたかったということだ。それができる者は限られているからな」

 「てことはあ、逆説的に自分で虚戈氏の首を切れる極氏はあ、犯人じゃあないってことにならないかい?100%シロってわけじゃあないけどお、99%くらいはさあ」

 「どうだろうな。裏をかく、ということもあり得る。決定的な根拠がなければ、99%も0%も一緒だ」

 

 メガネの奥の細い目をより細めて、納見が呟く。それに対し、大きな丸メガネを光らせて荒川が答える。今回の裁判で何度もシロかクロか議論の俎上にあげられている極の瞳は、動揺することなくメガネの奥に構えている。議論は、停電の意味を確認したところで、本題に戻る。

 

 「では、どうやって停電を起こしたかの議論に戻るとしよう。分かっていると思うが、我々は全員が相互監視下にあった。直接電気を消すことはできない」

 「分かった!虚戈のヤツが電気を使いすぎたんだな!ド派手な演出ばっかだったからな!あれでサーカステントのブレーカーを落としたんだ!」

 「そんな電力じゃあなかったと思うけどねえ。むしろステージを目立たせるために客席側の照明は抑えられてたしい、音響や照明はステージエンターテイメントの要素だからねえ。それを賄う程度の電力は準備されてたと思うよお」

 「そう言えば、テントが停電してたとき、モノクマランドの他のエリアはどうなってたの?もしかして、モノクマランド全体が停電してたり・・・?」

 「モ、モノクマランドは電気の力なんか使ってないよ!夢と魔法と絶望のエネルギーを変換して動いてるんだ!だから停電もないし燃費もいいんだよ!っていうかテントだけ今も停電直ってなくて大変なんだからね!」

 「何言ってんだか」

 「正地さん、テントが停電したとしても、他の場所には影響がないはずなんだ」

 

 捜査のことを思い出しながら、研前が証拠を提出する。サーカステントが停電した原因は、電気の使いすぎなどではないはずだ。だとすれば捜査時間中に復旧してもいいはずだが、実際は裁判をしている今も停電は戻っていない。その理由は、研前にとって明白だ。

 

 

 証拠提出

 A.【足跡)

 B.【サーカステントの発電機)

 C.【モノヴィークル)


 「サーカステントは他の建物と違って、専用の発電機が設置されてたんだ。テントの裏に置いてあるんだけど、トゲトゲの柵に囲まれてあったよ」

 「ボクも知ってました!」

 「捜査中におれと下越氏も確認したしい、正地氏以外は全員知ってたんじゃあないかい?」

 「そうなの・・・ごめんなさい。私、ずっと客席にいたからそんなことも知らなくて・・・足手まといよね」

 「そんなことないです!Cheer up Sera(元気出してセーラさん)!」

 「う、うん。ありがとう、スニフくん」

 

 サーカステント裏の発電機は、その膨大な電力を賄う性能故に、簡単に手を加えられないよう鉄柵に囲まれて護られていた。それでもなお、停電は引き起こされた。

 

 「あの発電機を、壊したというのか?ヘタに触れば有刺鉄線で怪我をするばかりか、感電する恐れもある。怪我をすれば決定的な証拠になってしまうリスクを考えても、愚行と言うしかないな」

 「だけど捜査のときは、特に壊れてた感じはしなかったぞ。鉄の柵だってどこも切れたりしてなかった」

 「いやあ、あの発電機は明確に壊れてたよお」

 「その証拠があるのか?」

 「あの発電機の下の地面が濡れてたんだよお。あんな夜中でえ、雨も降ってないってのにい、そこだけ濡れるなんてのは明らかに人為的な何かが働いた結果だよねえ」

 「Machine(機械)の下ですか?なんでそんなとこがWet(湿ってる)ですか?」

 「そりゃ、水をぶっかけたからじゃねえのか?」

 「何度も言うが、我々は全員サーカステントにいたのだぞ。どうやって水をかけるというのだ」

 「雨か!」

 「降ってないって言ったじゃない・・・」

 「だいたい、水に濡れたら一発で壊れるような機械を雨ざらしにしておくのもどうかと思うよね」

 「その点は無問題です!フェスティバルエリア周辺は特殊なエリアなので、雨が降ったり雪が降ったりすることなんてないんです!」

 「いよいよ天候まで操り出すのかよお前・・・!?」

 

 水で濡らして発電機を故障させて停電を起こす。仕組みは分かるが手段が分からない。全員がテント内にいることを確認しているのに、どうやって水をかけるというのか。先の見えない展開ながらも議論は起こる。

 

 

 議論開始

 「どうやってテントの中にいるまんま発電機に水をかけるってんだよ!」

 「雨や雪などの自然現象によるものでないというのなら・・・やはりなんらかのトリックを使ったということになるな」

 「時限式の仕掛けを用意してたとか?水鉄砲を改造したりなんかしてさ」

 「Chemical reaction(化学反応)させたら、何もないところからWater()できますよ!」

 「そんな複雑なことができるとは思えないな。たとえば、自動で発電機に水を運ぶような装置があれば可能になると思うんだけどな・・・」

 「その通りだとも」


 「ふむ。なかなか鋭いではないか雷堂。お前の言う通りだ」

 「え・・・俺の言う通りって、荒川はどうやって停電させたか知ってるのかよ?」

 「当然だ。虚戈がこの事件の単なる被害者でないと言いだしたのは私だ。その虚戈がこの停電を引き起こしたのだから、そのトリックも推理しているに決まっているだろう」

 「なんだろう、星砂を相手にしてたのを思い出すこの感じ・・・」

 

 何の気なしに呟いた雷堂の言葉に荒川が同意した。既に自分の中で結論を出していることを、敢えて全員に議論させて説得力を持たせる。星砂がしていたようなワンマンプレイだが、誰が犯人か分からない中で意思を統一させるのには有効な手段でもある。荒川は自分の左側を横目に見ながら話し出す。

 

 「前提として、あの停電を引き起こしたのは虚戈だ。ヤツは被害者でもあり共犯者でもある故、犯行を補助するために停電を起こしたのだ」

 「な、なんで虚戈さんが共犯者なんかにならなくちゃいけないのよ・・・」

 「気にはなるけどお、今はそこじゃあないよお。正地氏」

 「どうやって停電を起こしたか、だよね。うん、どうやったの?」

 「雷堂が言った通り、自動で水を運ぶ装置を作ったのだ。いや、作ったという程のことでもないだろうが」

 「水を運ぶって、どうやってだよ?」

 「知っているだろう。我々全員に共通して与えられている、自動で物を運べる装置だ」

 

 

 証拠提出

 A.【モノヴィークル)

 B.【砂袋)

 C.【ステージの金具)


 「モノヴィークル、ですよね?」

 「さすがだ少年。その通りだ」

 「モノヴィークル・・・に、そんな機能あったっけか?」

 「オートパイロット機能だ。登録した場所までモノヴィークルが自動で運転する機能がついている。時間指定まで可能なものだが・・・なるほどな。大凡見えてきた」

 「で、でもモノヴィークルのAutopilot(自動操縦)でも、水なんてどうやってはこぶですか!?Glassなんかに入れてたらこぼれちゃいます!」

 「そんなものは証拠を探すまでもない。自明の理だろう、少年」

 

 そう言って荒川は、虚戈の遺影が立つモノヴィークルを指さした。そのモノヴィークルは、裁判が始まる直前に正地が口にしたように、遺影が立っていること以外に1つ見逃せないほどの違和感が存在した。虚戈のモノヴィークルに全員の目が向けられる。

 

 「そこに括り付けられている、ピンク色の物体はなんだ?」

 「考えてみるといい。モノヴィークルの動きを邪魔しない程度には小さくて軽く、なおかつ発電機を故障させるのに十分な量の水を持ち、発電機の前に来れば自動的にその水を放出するものを」

 「軽くて・・・水を放出できるもの・・・?」

 

 

 閃きアナグラム

                     


 「水風船か!」

 「水風船?」

 「そうだとも。あの発電機には、むしろあの発電機にこそ、水風船は格好のトリックとなり得るのだ」

 「じゃ、じゃあ虚戈さんのモノヴィークルに引っかかってるアレって・・・水風船なの?」

 「そうみたいだねえ」

 「そういやオレ、プールであいつに水風船投げつけられたぞ」

 

 円形に並んだモノヴィークルの、虚戈の遺影が立てられたものには、ピンク色のゴム片が括り付けられている。それが何を意味するのかが、ようやく理解できた。改めて説明が起きる。

 

 「てえことはだよお。モノヴィークルに予め水がたっぷり入った水風船を括り付けておいてえ、モノヴィークルのオートパイロットシステムでえ、時間になったら発電機まで自動で行くように設定しておくとお。発電機の周りには有刺鉄線があるからあ、風船は割れて発電機に水をかけるってな寸法で停電が起きたあ、それであってるかい?」

 「ああ。さすがにここまで言えば分かるだろう」

 「わりい、もっかい説明してくれ」

 「Gimmi a sec(ちょいタンマ)!テルジさんが分かってないです!」

 「モノヴィークルは個々のモノモノウォッチに対応している。虚戈のモノヴィークルにゴム片があるということは、先の説明にあるようにして停電を起こせたのは虚戈しかいない、ということだな」

 「うぅん・・・本当にそうなのかな?」

 「どうしたの研前さん?何か気になることがあるの?」

 「モノヴィークルとモノモノウォッチが対応してるから虚戈さんしかできないっていうの、分かるんだけどそうは言い切れないんじゃない?」

 「なんでだよ?」

 「だってついこの前、星砂君がたまちゃんの二つ目のモノモノウォッチを手に入れてたんだよ?また誰かが虚戈さんのモノモノウォッチのスペアか何かを手に入れてたりしたら・・・」

 「それは違うよ!うぷっ♫ちょっと口挟ませてもらっちゃいますよ!そこまでいくと推理ものって根幹が揺らぎそうだからね!」

 「娯楽もののように言うな」

 「なんてったってコロシアイ・エンターテインメントですから!」

 「で、なんなの?」

 

 研前の疑問に答えたのはモノクマだった。学級裁判のゲームマスターとしての使命をようやく果たせるとあって、心なしか浮き足立っているように見える。

 

 「モノモノウォッチはハイパースペシャルなハイテクマシーンで、これ一つあれば色々なことが可能になります!あまりに便利だから一人一つまでで手放すことはできないって制約を設けたんだよ!だからそう簡単に新しいものをホイホイ渡すわけにはいかないんだよ!在庫も限られてるしね!」

 「あるにはあるんだね」

 「じゃあ星砂が手に入れたのはなんだったんだよ」

 「あれはボクからのスペシャルボーナスだよ。やっぱ3回目ともなるとマンネリ解消も考えなくちゃいけないわけ。GMであるところのボクとしては、派手な事件を起こしてほしいからね」

 「つまり、他人のモノモノウォッチを手に入れるチャンスはあれきりだったということか」

 「そゆこと!ま、手に入れたと思ったら星砂クンあっさり裁判に負けちゃったしね!せっかくのボクの心遣いを無駄にしやがって!」

 「OKです。分かりましたから、モノクマだまっててくださいね」

 「辛辣!スニフクンが辛辣だよう!」

 

 各々に一つずつ配られたモノモノウォッチは、星砂が見つけた特例を除いて二つ手に入れることはないとモノクマが説明する。その前提を念頭に置いて推理してみれば、研前の心配は消失する。そしてそれは、虚戈がこの事件に共犯者として関わっていることを決定づけるものでもあった。

 

 「これで確定したな。モノモノウォッチが二つと手に入らないということは、虚戈のモノヴィークルを動かせたのは虚戈しかいない。ということは、停電を起こしたのは虚戈ということになる」

 「うぅ・・・マイムさん、どしてですか・・・」

 「ス、スニフくん泣かないでよ・・・」

 「どしてそんなSuicide(自殺)みたいなことするんですか・・・みんなでHappy(幸せ)なるんじゃなかったんですか・・・!“みんな”にマイムさんはいないんですか・・・!」

 「・・・まあ、スニフの気持ちは分かるけどな。虚戈と一番仲良かったのはスニフだし、自殺なんかされたらたまらねえよな」

 「いいや。これは虚戈の自殺などではない」

 「へ?」

 

 虚戈が関与していたのがよほどショックだったのか、スニフは悔しげに泣き出してしまう。それを見た正地や下越は同情の意を示す。しかしこの事件が虚戈の自殺という形で幕を閉じることは、頑として拒絶された。涙を流すスニフを冷ややかに見つめる、荒川によって。

 

 「自殺だとすれば目的がない。我々全員に対し、幸せであれ、と言った虚戈だぞ。このコロシアイにおいて、複雑なトリックを用いて自殺を選ぶことの意味を理解していないわけがない」

 「コロシアイにおける自殺・・・自殺と明らかにならなければ誰かがクロの濡れ衣を着せられ、答えを誤った生存者全員が処刑され。つまりは全滅に結びつくわけか」

 「い、いや・・・あの虚戈だぞ?苦しんで生きるくらいならいっそ死んで楽にとか・・・考えそうじゃないか?」

 「・・・わ、私は、別に虚戈さんを悪く言うつもりはないけど・・・もし虚戈さんがそういう考え方をするんだったら、自分で直接私たちの誰かを殺しそうよね・・・。こんな回りくどいことしないで」

 「そもそもあいつは死にたくないっつってたんだろ。あり得ねえよそんなの。まあ・・・幸せになろうってあの言葉が本心で言ってたかどうかは分かんねえけどな」

 「うぅん・・・自殺でもありそうだし自殺でもなさそうだねえ。ここに来てまた虚戈氏の考えの読めなさに困ることになるなんてえ、思ってもみなかったよお」

 「もしかしたら・・・虚戈さんを自殺に追い込んじゃったのって、私・・・?私が・・・虚戈さんのこと叩いちゃったから・・・それで、明るく振る舞ってただけで・・・!」

 Knock it off(いい加減にしろよッ)!!」

 

 事件への関与が確定的となった虚戈に対して各々が発言する。単なる被害者ではない形で関わった虚戈を、どこか責めるような言葉だった。その流れを、スニフの甲高い声が止める。今までにないほどの怒気を伴った声に、思わず全員が肩を跳ね上げた。

 

 「No way(あり得ない)!!No way(あり得ない), no way(あり得ない), no way(あり得ない)!!!なんでマイムさん信じてあげないですか!!なんでそんなこと言いますか!!She is the victim(マイムさんは被害者だ)!!It's the prosecution for the dead(こんなの死者の冒涜だ)!!」

 「お、おいおいスニフどうしたんだよ!?急に何キレてんだよ!?」

 「落ち着いてスニフ君・・・!虚戈さんのことが大切なのは分かるけど、今はそんなこと言える時じゃあ・・・!」

 「みなさん分かってないです!マイムさんはやさしい人です!ボクたちのことSmile(笑顔)にしてくれるって言ってました!みなさんがそんなふうにマイムさんのこと信じてあげないから・・・!マイムさんは泣いてたんですよ!」

 「それは私たちも知っている。星砂が処刑されたあと、私たちだけ裁判場に残っただろう。虚戈がその後どうなったかは想像がつく」

 「むしろなぜ少年がそれを知っている?」

 「My room(ボクの部屋)にきたんですよ!泣きながら、みなさんをSmile(笑顔)にできなくてかなしいって!」

 「なるほどな・・・」

 

 激昂するスニフを宥める。裁判場にいる者の中で誰よりも虚戈のことを理解していたつもりのスニフは、死んでなお虚戈が全員に受け入れられていない事実が認められなかった。幼さ故の素直さのために、虚戈の異常さも異質さも理解できていなかった。だからこそ虚戈はスニフを可愛がり、スニフもまた虚戈を慕っていた。

 

 「まあ虚戈がどのような心持ちであのショーに臨んだかは私の知るところではないが、これが虚戈の自殺ではないというのは決して感情的な主張ではない」

 「つまりい、論理的な根拠があるってことだねえ」

 「フフフ・・・そうだ。先に説明した通り、虚戈を殺したのは大掛かりな仕掛けによるものだ。あの仕掛けの発想や、立ち位置と力の計算、そして複雑かつ多様な物理計算や停電と合わせて仕掛けが動き出すタイミングの計算。さらには不確定要素による乱数のカバー。これらが虚戈に可能だったとは、お世辞にも言えない」

 「んまあ、そうだよな・・・別に頭が悪いヤツじゃなかったけど、そこまで高度なことはできないと思う」

 「っていうことは・・・それをやったのが犯人ってこと?」

 「ああ。そういうことになるな。だが、それが誰なのか、もう全員が分かっているのではないか?それほどの計算が可能で、なおかつ虚戈を()()()()()ことができる人物が」

 

 

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波


 「そうだろう。()()()()()

 

 その瞳は、すぐ隣で驚愕の色を浮かべるスニフの顔を真っ直ぐ捉えていた。それ以外の全員は虚を突かれた顔で、睨み合う二人を傍観する。荒川の言が一定の説得力を持っているにもかかわらず、その結論があまりに受け入れがたいものだったからだ。

 

 「ス、スニフ・・・!?スニフが、虚戈を殺したっつってんのか!?」

 「ああそうだ。装置を作動させるのに必要な計算ができるのは、この中ではスニフ少年しかいないだろう?」

 「そう・・・なのかしら?イメージするしかないからよく分からないけれど、そんなに難しい計算なの?」

 「仕組み自体はそこまで複雑ではない。ただ、失敗すれば自分の命が危うい一世一代の大仕掛けだ。あらゆる可能性を考慮して膨大な計算が必要になることは想像に難くないだろう」

 「どうしてスニフ君が虚戈さんを殺すなんて・・・!信じられないよ!」

 「そ、そうです!ボクは犯人(クロ)なんかじゃないです!エルリさん、Keep calm(冷静になってください)です!」

 「私はいたって冷静だとも。冷静に考えた結果、この犯行が可能なのは少年しかいないと結論付けたのだ」

 

 虚戈を殺害した断頭トラップがどれほどの計算が必要な代物なのかは、理系学問に明るくないほとんどの者にとっては想像することしかできない。ただ、その事実が却ってスニフの犯行であることに説得力を与えている。“超高校級の数学者”であるスニフなら可能だろうと、研究室の複雑怪奇な計算式を見た下越以外の全員には感じられる。

 

 「何よりこの犯行を実行に移すには、被害者である虚戈の協力が必要不可欠だ。全てを知り、承諾した上でヤツはステージに立ち、その運命を受け入れていた。騙されていたのでなく、はっきり理解していた。だとすれば、虚戈と強い結びつきのある少年でなければできないだろう。虚戈は、誰彼構わず信用するほどお人好しでもなかったからな」

 「信用してんだかしてないんだかよく分かんなかったけどな・・・」

 「じゃ、じゃあ足跡とか刀とかそういう偽の証拠品ってもしかしてよ・・・」

 「虚戈自身が用意した・・・ってことになるよな。犯人は捜査時間までステージに近付けなかったわけだし、偽物なんだったらショーの前には用意しとかないといけないし」

 「その辺りのことも含めて虚戈氏の協力が必要だってことだねえ」

 

 虚戈がこの事件で果たした役割は、停電を起こすだけに留まらない。ステージ裏に残されていたダミーの証拠品は、殺害方法や全員の行動から、事件前に用意されていたものだと結論付けることができる。それに疑問を抱かない時点で、虚戈がそれらに関与していたことは言うまでもないことだった。

 

 「それで?当のスニフは何か言いたいことがあるのではないか?」

 「あ、あります!ボクはそんなのやってないです!ボクにはマイムさんをPersuade(説得する)するなんてできないです!みなさんをCheat(裏切る)するなんて、しないです!」

 「うぅん、それは反論になってないねえ。それを信じてたら学級裁判は終わらないよおスニフ氏」

 「そ、そんな・・・!」

 「ちょっとみんな・・・ひどいよ!あんまりだよ!スニフ君はまだ子供なんだよ!それなのにそんな寄って集って責めるようなこと・・・!」

 「この場に居並んでいる以上、大人も子供もない。スニフには犯行が可能だった。それを否定する根拠がない。今はそれだけだ」

 

 極の言葉は冷徹だったが、正しくもあった。裁判の状況を冷静に判断した時に、最も疑わしい者がいる。そこに疑いを向けるのは当然であり、年齢を理由に疑いが晴れることは決してない。

 

 「どうすればスニフ君の疑いが晴れるの?」

 「そりゃ、他の誰かに犯行が可能だったっていう別の可能性を示すか、スニフには無理だったって証明するしかないだろ」

 「と言ってもお、例の仕掛けは必要なものが揃ってれば誰にだって仕掛けることはできたわけだしい?スニフ氏ができなかった理由も思い当たらないしねえ」

 「そんなわけないです!ボクやってないですから、どこかにContradiction(矛盾)あるはずです!」

 

 

 議論開始

 「全ての仕掛けを考案し、虚戈を殺害することができたのは、スニフ少年以外にいないのだ・・・!」

 「信じられないけど・・・本当にスニフくんが犯人なの?」

 「ちがいます!ボクじゃないです!だからきっと、どこかにContradiction(矛盾)あるはずです!」

 「でも荒川の推理でおかしいところなんてあったか?」

 「現場に残ってるものから矛盾が見つかることもある。見逃している証拠品もあるかも知れん」

 「えっと、今回の事件で大事な場所と言ったら・・・ステージ舞台裏客席サーカステントの裏だよね」

 「そこに答えがある・・・!」


 なんとかしてスニフの疑いを晴らそうと、研前が候補を挙げる。その中の一つが、極の思考に引っかかった。どこまでも冷静に、冷徹に、真相を追究することに終始する。

 

 「荒川、スニフが犯人だと言うのなら、一つ説明してもらおうか」

 「何か気懸かりなことでもあるのか?この期に及んで一体なんだというのだ」

 「お前の推理通りなら、虚戈はモノクマファイバーなるものによって首を切断されたそうだな。それは大道具の山付近で見つかったロープに括り付けられていたと」

 「ああ、そうだ」

 「では、お前たちが捜査したときも、輪っか状になったモノクマファイバーがロープに括り付けられていたはずではないか?」

 「そ、そんなのなかったです」

 「なるほどな」

 

 極の確認にスニフが応える。それを聞いた極は納得したように頷き、指を額に当てた。何かを逡巡するように唸った後、荒川を見据えて反論をはじめた。

 

 「ならば、モノクマファイバーはどこにいったのだ。殺害方法の明確な証拠になり得るモノクマファイバーが消えていたというのなら、それは犯人が持ち去ったのだろう」

 「ああ、そうだろうな」

 「私はショーの前に持ち物検査を行った。全員の持ち物を確認したが、スニフは金属繊維を切断して持ち去れるような刃物は持ち合わせていなかった。素手で引き千切れるほどヤワいものでもなかろう」

 「あっ・・・そ、そうだよね!スニフ君にモノクマファイバーを持ってくことなんてできなかったはずだよ!」

 「そんなことか。思い出してみろ。モノクマファイバーには特殊な性質があっただろう」

 

 

 議論開始

 「スニフ君にはモノクマファイバーを持ち去ることなんてできなかったよ!」

 「私は全員の持ち物検査をしたが、怪しげなものを持っている者は1人もいなかった。当然、スニフは刃物の類は持っていなかった」

 「モノクマファイバーはモノクマが作った特殊な金属線なんだよねえ。まさか素手で引き千切るなんてできっこないしい、だとしたらスニフ氏には無理だったんじゃあないかなあ?」

 「いや・・・俺はそうは思わないな。モノクマファイバーは、結構簡単に千切れるんだ」

 「その通りだ」


 極に便乗した研前が、必死にスニフを擁護する。それは、スニフのような子供が虚戈を殺したという現実を受け入れたくないがための、苦し紛れの反論でしかなかった。その気持ちは、雷堂と荒川によっていとも簡単に打ち砕かれてしまう。

 

 「雷堂とスニフ少年は、サーカステントで説明を受けたのだろう?モノクマファイバーの特殊な性質について」

 「・・・はい。ききました」

 「モノクマファイバーは、汗とか涙とか、ほんのちょっと塩分を含んだ水でめちゃくちゃ脆くなるんだ」

 「ナ、ナメクジみたいね・・・」

 「ってことは、ちょっとした塩水があればいいってことになるよな?んなもんスニフ持ってたか?」

 「オレンジジュースを持ち込んでたよねえ」

 「あんなのしょっぱくないです!ちがいますよ!」

 「一応塩分はあるっちゃあるけど、そこまで濃くはねえな。人の汗とかの方が濃いんじゃねえか?」

 「微妙なラインだが・・・そこはどうなのだ、モノクマ」

 「オレンジジュースはしょっぱいか?しょっぱくないだろう!だったらモノクマファイバーはそんなのに負けないよ!」

 「じゃあスニフくんはモノクマファイバーを回収できなかったってことになるわね」

 「馬鹿な!体液で溶けるような物質だぞ!自分の汗や涙を使えば容易に回収可能ではないか!」

 

 モノクマファイバーの回収方法が明らかになる。人の体液で簡単に千切れるほど脆くなる特殊な性質を利用すれば、誰でも何の道具もなしに回収することができるようになる。それがスニフに犯行が可能であることを説明すると同時に、他の誰にでも可能であることも意味していた。

 

 「それはボクだけのことじゃないです!モノクマファイバーもってけるの、だれでもできます!」

 「そうだとしても、殺害に用いた断頭トリックを作成することができたのはスニフ少年だけではないのか?」

 「本当にそうか?」

 

 間髪入れずにスニフの弁明を否定する荒川に、極がすぐさま反論する。荒川の目が、スニフから極に移る。

 

 「荒川。なぜお前はそこまでスニフに固執する?」

 「固執?意味が分からんな。私の推理によれば最も疑わしいのはスニフ少年だ。ならばその可能性を徹底的に精査するのは当然ではないか?」

 「お前がスニフを糾弾し始めたときから引っかかっていた。虚戈を殺害した仕掛けを作れたのはスニフだけと言っていたが、果たして本当にそうか?そのトリックを()()()()()()お前自身はどうなのだ」

 「・・・何が言いたい?」

 

 睨み合う極と荒川。その話に割り込むこともできない他の面々は、冷や汗を流しながらその行く末を見守る。全員の視線を一手に受けて、それでも極は冷静に、結論を述べる。

 

 「虚戈を殺害した犯人は、お前ではないのか?荒川」

 「・・・!!」

 「What's!?エ、エルリさん・・・!?」

 「荒川さんが虚戈さんを・・・?」

 「極氏はなんでそう思ったんだい?」

 「先に言ったように、スニフにあまりに固執していることがまず一つだ。虚戈を殺害した仕掛けを作れたと言うが、そこまでの計算が可能ならば、もっと証拠を少なく、手間もかからないやり方が思い付きそうなものだ。わざわざ首を斬るなどと難しい殺害方法でリスクを冒すのも、合理的ではない」

 「そりゃそうだな。いやでも、それは誰でも同じじゃねえか?」

 「合理性を無視してまでその殺害方法を選ぶということは、犯人は首を斬ることに何らかの意味を感じているということだ。皮肉交じりに錬金術師などという肩書きを与えられている荒川は、まさに犯人像にふさわしいと思うのだが?」

 「フフフ、そんなものは極の勝手なイメージだろう。まともに取り合うだけ時間の無駄だ。そんな曖昧な根拠だけで私を犯人だと?合理性を無視しているのはお前の方ではないか。全く以て認められん。“才能”の肩書きも同じだ」

 「日本刀を扱えそうというイメージで一度は私を糾弾し、数学者という肩書きでスニフを犯人としている今のお前に、それが言えるのか」

 「・・・!」

 

 決して声を荒げず、しかし互いに交わす言葉は議論の外で聞くものすら身を強張らせるほど鋭い。固唾を呑んでその行く末を見守るその他全員は、どちらの意見に賛同すべきかを決め倦ねていた。

 荒川の推理は論理的矛盾はないように思える一方、極の言う荒川の不審な糾弾は見過ごせない。もし荒川が犯人だとすればスニフに容疑を押しつけていることになるが、かと言ってこれまでの荒川の推理は全てデタラメだと断じることはできないほど、証拠の説明も一連の流れも綻びはない。どちらを選ぶにしても、相応のリスクが伴う。

 

 「雷堂、お前は私に賛成していたな。極の意見はどう思う?」

 「はっ!?お、俺?いや俺は・・・極の言うことも一理あるとは思うけど、荒川の言うようにスニフにならできるんじゃないかとも思う・・・から、でも荒川にもできるんじゃないかって言われたらそんな気もしてくるから」

 「はっきりしねえな!荒川に賛成か、極に賛成か、どっちかだろ!」

 「じゃあ下越くんはどうなの?」

 「オレはどっちもよく分からねえ!誰か簡単に説明してくれ!」

 「なんでそんなに自信満々?」

 

 堂々と分からない宣言する下越に全員が呆れて、裁判場の空気が緩む。しかし議論のテーマは、全員の命運を握る重要なものだった。犯人は果たしてスニフか、荒川か。信じる者は、極か、荒川か。その選択がこの学級裁判の行く末を左右する。そう簡単にどちらかに賛同することさえもできない緊張感が全員にのし掛かる。

 

 「まあどちらの意見を採用するにしてもお、犯人は二人に絞られてるわけだよねえ。そこに異論のある人はいるのかい?」

 「・・・ううん。私は今は・・・まだ他の人が犯人だなんて思えないわ」

 「私もそう。っていうか、スニフ君が犯人っていうのも納得できてないから、実質極さんに賛成なんだけど・・・」

 「へえそうかい。ってえことはだよお。要するに犯人は荒川氏かスニフ氏のどちらかってことに全員賛成なんだよねえ」

 「そうなるな」

 「だったらあ、二人の違いを考えてみたらいいんじゃあないかい?それぞれにできたこととできなかったこととかあ、知ってたことと知らなかったこととかあ、違いがはっきりすればどこかで手掛かりが出てくると思うよお」

 「よかろう。スニフと荒川、その違いを明らかにしようではないか」

 「うぷぷ!イイ感じに意見真っ二つな感じ?これって出し時な感じ?それでは今回もいってみましょーう!可動式裁判場が可能にする対立意見のガチンコバトル!議論スクラームッ!」

 

 

 議論スクラム

 『極と荒川、どちらの意見に賛成する?』〈荒川に賛成〉VS《極に賛成》

 

 ──アリバイ──

 〈荒川さんは事件が起きたとき、私のすぐそばにいたわ〉

  《スニフ君だって私のすぐ隣にいて、返事もしたよ》

 

 ──動機──

 〈スニフは動機を見たし、自分の研究室も見ただろ〉

  《下越以外の全員が動機を受け取ったのだ。そこに違いはない》

 

 ──モノクマファイバー──

 〈トリックの要になるモノクマファイバーを回収できたのはあ、スニフ氏なんじゃあないのかい?〉

  《ボク、エルリさんといっしょでした!ボクにできたんなら、エルリさんだってできます!》

 

 ──断頭トラップ──

 〈虚戈を殺した斬首の仕掛けは高度な計算を要する。スニフ少年になら可能だろう〉

  《けど荒川だって錬金術師なんて言われてんだろ。オレからしたらどっちも同じくらい頭いいと思うぞ》

 

 ──トラップの作動──

 〈殺害トラップを作動のタイミングを正確に計れなければ全ては終わりだ。虚戈のショーの時間まで勘定に入れるほどの精密な計算ができるのはスニフ少年しかいないだろう!〉

  《あのTrap()はボクじゃActivate(作動する)できませんでした!ボクとエルリさんだったら、それができたのはエルリさんしかいないんです!》

 

 

 「これがボクたちのこたえですッ!!」


 拮抗する議論。互いに譲らない主張。平行線を辿る裁判。しかしその中で唯一、形勢を変えるものがあった。そして変わったことに気付くと、なぜその議論が今までされていなかったのか不思議に思えるほど、不自然な議論の流れに見えてくる。

 

 「エルリさん、ボク気付きました」

 「フフフ・・・バカなことを言うな。お前も紳士を気取るのなら、潔さを知ったらどうなのだ」

 「ボクは、どうしてエルリさんがこんなことしたのか分かりません。でも、これがMiss(ミス)だっていうのは分かります」

 「ミスをしたのはお前の方だスニフ。自分が最も自信のあるやり方をしたばかりに、それが決定的な証拠になってしまったのだ!全ては私の推理で説明されている!」

 「だったら・・・おしえてください、エルリさん。どうして、Trap()Activate(作動する)したあとのDetail(詳細)はおしえてくれたのに、Activate(作動する)()()()()()は何にも言わないですか?」

 「・・・!」

 

 発言は問いかけの体裁を保っていたが、それは決して問いかけではなかった。スニフの一言は荒川の耳から背筋を貫き、一瞬全身の筋肉を硬直させた。しかし、次の瞬間にはもう荒川は紅の目を爛々と怪しく光らせ、ぬるりと言葉を紡ぎ出す。

 

 「前のこと、とはなんだ?」

 「Trap()Activate(作動する)したとき、ボクたちみんなGuest seat(客席)いました。マイムさんもStage(舞台)いました。どうやってTrap()Activate(作動する)させましたか」

 「時限式の仕掛けをしておけば可能だな」

 「そのHint(ヒント)Sand bag(砂袋)むすんでたRope(ロープ)にあります」

 「砂袋が結びつけられてたロ〜プ?ええっとお、どんなんだったっけえ?」

 

 

 スポットセレクト 『罠で、時限式に作動する仕掛けが施されていたところは?』

 A.ロープの先に括られていた砂袋

 B.ロープの中程に結ばれていたモノクマファイバー

 C.ロープの先にある焦げた跡

 

 「これか・・・!」


 「確か、モノクマファイバーが結びつけられてたロープは、砂袋と反対側が焦げてたんだよな?」

 「・・・ああ。そうだ。おそらく輪っか状にしてあったのだろう」

 

 荒川が提示した証拠を思い出して、雷堂が確認する。ロープの先端は焦げており、輪っか状になった一部が焼き切れていた。これと関連した証拠は、既に見つかっている。

 

 「焦げてるってことは、火を使ったのか?」

 「火と言えば、ステージ袖にあった輪っかの金具にも、煤けた痕があったよ。それと関係あるんじゃないかな?」

 「さっきの荒川氏の罠の説明だとお、ステージ袖の金具にロープを括り付けて固定したって言ってたよねえ。ってえことはあ、あの煤はロープを燃やしたものってことになるねえ」

 「Burn out(焼き切れる)したRope(ロープ)と、Bracket(金具)Soot()でわかります。これで、Trap()Timed device(時限式装置)にしたんです」

 「小さな火種を金具に仕込んでおけば、時間とともにロープは少しずつ燃えていき、最後には焼き切れて罠が作動するわけか」

 「う〜ん、なるほどな。なんとなく分かったぞ。で、それがなんで荒川が犯人って話になるんだよ?」

 「エルリさん、ボクのこと犯人(クロ)って言ってます。でも、そのことはちっともはなしませんでした」

 「フンッ、単に説明するまでもなかったことだからだ。こうして、我々全員で議論すれば簡単に説明がついたことだろう?」

 「だったら、ボクのQuestion(質問)も、Explain(説明)してください」

 「なんだというのだ」

 「ボクはどうやってIgnite(着火する)しましたか」

 「着火だと?そんなもの、いくらでもやりようがあるではないか。火の輪くぐりの器材があるのだから、火気を使えばいい」

 「それはできないんです」

 「何を言っている?」

 

 徐々にヒートアップしていくスニフと荒川の一対一の議論。互いを糾弾するだけの閉じた議論であるにもかかわらず、見守る全員がその行く末に緊張していた。次のどちらかの一言で全てが決まるかも知れない。それが自分たちの命運すら握っているのだから、尚更聞き逃せない。

 

 「マイムさん言ってました。Not popular(人気がない)Program(演目)はやんないです。このモノクマランドに、ボクたちの他にAnimal(動物)いません。Round the fire(火の輪くぐり)なんて、できっこないんです。だからそのためのGoods(道具)はつかわれてなくて、Fire(火気)なんてないんです!」

 「そんな言葉を信じろと言うのか?ならばここにいるスニフ以外に問おう。お前たちの中でサーカステントを隅々まで調べた者はいるか?一切の火気がないと断言できる者はいるか?いないだろう!いなければ証明不可能!お前の自己弁護は論にすらなっていないということだ!」

 「もしあそこにFire(火気)があっても、もしボクがそれでIgnite(着火する)したんなら、そのItem(道具)がレイカさんに見つかってるはずです!」

 「・・・うん?」

 

 スニフの一言で、荒川の動きが止まった。極に見つかっているはず、その言葉の意味を理解するのに少しの時間を要した。その意味をようやく理解した荒川は、ズレたメガネの位置を直して乾いた笑みを浮かべる。

 

 「極に、見つかっているはず・・・フフフ、そうか。そう言えば極は持ち物検査をしていたな。だが、舞台裏に捨ててしまえばそんなもの簡単に隠滅できるだろう」

 「なら、エルリさん、Backstage(舞台裏)で、Ignite(着火する)できるもの、見つかりましたか?」

 「・・・ッ!」

 

 そんなものは見つかっていないことは、荒川が一番分かっている。そこを捜査したのは自分で、今までそんなものの可能性を口にしていなかったのも自分だ。舞台裏に火の気は全くなかった。それはつまり、スニフには火を起こすことができなかったことを意味している。

 

 「フフッ・・・そうか。そうかそうか・・・極は持ち物検査をしていたな。ああ。確かにしていた。スニフ少年は何も持ってはいなかっただろうとも」

 「え?なに?それって・・・認めるってことにならない?荒川さん」

 「認める?馬鹿なことを言うな。極よ、お前は全員の持ち物を検査したのだろう」

 「ああ」

 「ならばスニフ少年だけではない。私も同様に火を起こす道具など持ち合わせていなかっただろうが!ならば火を点けられたか否かなど、犯人を断定する材料になり得ないではないか!誰にでも不可能に見える、のならば何らかの手段で火を起こしたか虚戈を利用したのだ!そう考えれば辻褄が合うだろう!」

 「いや・・・虚戈がやったってことはねえんじゃねえか?」

 

 必死の形相で反論する荒川を冷静な意見で封じたのは、下越だった。勢いに任せて荒川は捲し立てるが、その内容はそれまでの論と明らかな矛盾がある。

 

 「虚戈が火ぃ着けたらよ、犯人がやったことっつったら、罠作るだけだろ?それって、むしろ虚戈の方が犯人で、罠作ったヤツが共犯者になるんじゃねえのか?」

 「・・・あっ」

 「その辺はどうなんだよ、モノクマ」

 「えー?もうめんどくさいなあ。罠作っただけで犯人になっちゃったらややこしいことになるでしょ!クロってのは直接手を下した一人のことなの。だからこの場合は、罠を作動させた人になるわけ!」

 「ってことは、虚戈が罠を作動させたら、クロは虚戈ってことになるな」

 「ええ・・・それじゃ、スニフくんと荒川さんのどっちが犯人とか、そんな話じゃなくなっちゃうじゃない・・・」

 「No(いいえ)、マイムさん犯人(クロ)じゃないです。マイムさんだって、Wing(舞台袖)Ignite(着火する)してからItem(道具)かくすじかんなかったです」

 「つまり他の誰かが火を点けた。その人物がクロになるわけだが・・・」

 「まあ、この流れだと荒川氏ってことになるよねえ」

 

 視線が集まる。冷静に、論理的にと努めていた荒川が、徐々に追い詰められていく。額には汗が滲み、瞳は一点を見続けることがなく、口角が下がりはじめる。裁判場全体の雰囲気が、これまでの議論の流れが、状況証拠が、荒川がクロであると囁いている。しかし、それは何ら決定打にはなっていなかった。

 

 「フッ・・・フフヒッ・・・!!フフヒハハハッ!!ならば!!ならば問おう!スニフ少年!お前が私に対して投げた疑問を、逆に私からお前に問う!私は()()()()()()()()()()!?極の持ち物検査を通過したのは私も同じだ!お前の推理では私が火を点けたことになるが、その道具を持っていないのは私も同じではないか!それが解決しない限り、そんな脆弱な推理に命を懸けることができようか!」

 「ありますよ。エルリさんなら、Ignite(着火する)できました。それは、エルリさん今ももってます」

 「・・・フフッ」

 

 追い詰められていく荒川は、もはや小さく笑いを漏らすことしかできない。しかし、サーカステントで火気の類を持っていなかったことは極が証明している。僅かでも不審なものであれば極が見逃すはずがなく、特殊な薬品を使ったり使い捨ての着火剤を用いたわけではないことは、全員が理解した。

 

 「言ってみるがいい・・・少年」

 

 ただ一言、諦めとも、挑発ともつかない、無機質な言葉を投げた。それに応えるスニフは、同じく平淡な口調で告げた。

 

 「エルリさんのGlasses(メガネ)とモノモノウォッチがあれば・・・Ignite(着火する)できますよね?」

 「はっ?メ、メガネ?」

 「メガネで着火って・・・何をどうしたらそうなるの?」

 「・・・フフ、フフフフフフ」

 

 肩を跳ねさせる荒川が、スニフに示されたメガネをくいっと上げる。奥に見えていた紅の目は、伏せられ様子が伺えない。意外な言葉にほとんどの者が目を丸くするが、スニフの表情は至って真剣である。こんな状況で冗談を言えるほど、スニフは能天気な性格をしていない。

 

 「Burning glass(収斂火災)っていうのあります。Loupe(ルーペ)Sunlight(日光)Ignite(着火する)できるの、みなさんしってますね?」

 「ああ。小さい頃に遊びでやって火傷しかけるヤツだよな」

 「分かるけどあるあるみたいに言わないで」

 「エルリさんのGlasses(メガネ)と、モノモノウォッチのLight(照明)があれば、Burning glass(収斂火災)つかってIgnite(着火する)できます。モノモノウォッチのLight(照明)、すごくまぶしいです」

 「いや・・・あれは虫眼鏡でやるもんだろ!?いくらなんでもメガネで火起こしなんてできんのかよ!?だったら荒川、光見たら目ェ焼けるじゃねえか!」

 「強ちない話じゃあないよお。前に荒川氏のメガネとおれのメガネを間違えてかけたとき、ものすごく度が強くてくらくらしたもんねえ。あれくらい度が強いと集光もしやすいだろおしい?光源も強烈なら十分だよねえ」

 「・・・」

 「エルリさん。もし犯人(クロ)じゃないなら、ボクのInference(推理)Deny(否定する)してください。Preciousness of life(命の尊さ)のことをしってるエルリさんがこんなことするなんて・・・ボク、Belief(信じる)したくないです」

 

 展開されていく推理に、荒川は何も言わない。反論もせず、抗弁もせず、自己弁護もせず、ただ進んで行く推理に耳を傾けていた。その表情は既に落ち着いており、この先に待ち受ける運命を受け入れているようにも、起死回生の一手を模索しているようにも見えた。はたまた、絶望的な未来へ一縷の希望を見出そうとしているのか。そんな荒川の不自然な顔色にも気付かないまま、スニフは推理をまとめあげる。

 

 

 クライマックス推理

 Act.1

 犯人(クロ)は、はじめにたった一つのことだけやればよかったんです。だから、ボクたちの中にMingle(紛れ込む)するのができました。そして事件をおこすために、犯人(クロ)はある人とComplicate(共犯する)ことにしたんです。それは、今回のVictim(被害者)でもある、マイムさんでした。This incident(今回の事件)犯人(クロ)Victim(被害者)Cooperate(協力する)しておきました。

 First(まず)犯人(クロ)はサーカステントにTrap()をしかけました。Wing(舞台袖)Blacket(金具)Rope(ロープ)をひっかけて、反対にSandbag(砂袋)をむすびます。それからモノクマファイバーをRing(輪っか)にしてStage(舞台)にひろげます。Guest seat(客席)からは見えにくくて、ボクたち気付きませんでした。

 

 Act.2

 犯人(クロ)Stage(舞台)Prepare(準備)してるとき、マイムさんは自分のモノヴィークルをつかってサーカステントをBlackout(停電)するしかけしてました。モノヴィークルのFront(正面)Waterballoon(水風船)をつけて、Autopilot(自動操縦)でテントのBack()にあるGenerator(発電機)にいくようにしました。Balloon(風船)Generator(発電機)のまわりにあるBarbed wire(有刺鉄線)でわれて、水をかけます。それでマイムさんのShow(ショー)のとき、かってにBlackout(停電)しました。

 ほかにもマイムさんは、Dummy(ダミー)Footprint(足跡)Sword(日本刀)Backstage(舞台裏)において、ボクたちをCheat(騙す)しようとしました。

 

 Act.3

 マイムさんのShow(ショー)のまえ、犯人(クロ)Trap()Activate(作動する)するためにあることをしました。Blacket(金具)にひっかけたRope(ロープ)の下にFire()を点けました。はじめはなんてことなくても、ゆっくりもえて、いつかRope(ロープ)Torn off(引きちぎれる)するように。そのとき犯人(クロ)は、自分のGlasses(メガネ)とモノモノウォッチのLight(照明)つかいました。Convergent fire(収斂火災)すれば、Lighter(ライター)Match(マッチ)いらないですから。

 

 Act.4

 そしてマイムさんのShow(ショー)のとき、マイムさんがしかけたBlackout(停電)犯人(クロ)がしかけたTrap()Activate(作動する)しました。Great power(凄まじい力)で引っぱられたモノクマファイバーがマイムさんの首めがけてしまって・・・Behead(斬首する)しました。

 Last(最後に)犯人(クロ)Investigation(捜査)するフリして、Rope(ロープ)についたままのモノクマファイバーRecover(回収する)しました。モノクマファイバーはSalt(塩分)でボロボロになりますから、Sweat()でもこわせます。

 

 

 Convergent fire(収斂火災)をおこすためのGlasses(メガネ)をつけてること、すぐにBackstage(舞台裏)Investigation(捜査)をしたこと。それをした人が犯人(クロ)なんです。きっと、まだもってるはずです。Backstage(舞台裏)Recover(回収する)した、マイムさんのBlood()がついたモノクマファイバーを!

 

 そうですよね?“Ultimate Alchemist(超高校級の錬金術師)”、アラカワエルリさん!

 

【挿絵表示】

 


 冷静に推理を述べる。一言一言が荒川を追い詰める。反論することもなく、抵抗することもなく、荒川は目を閉じて唇を噛み締めていた。額に浮かべた汗は諦観の色に染まり、ただただ悔しそうに腕を組んで指名を受ける。スニフ以外の視線は、その荒川の次の挙動に注がれる。

 

 「エルリさん、Pocket(ポケット)の中、見せてください」

 「・・・ハァ」

 

 深いため息を吐いて、荒川は白衣のポケットを弄る。出てきた手に握られていたのは、夜の暗闇の中では光が反射することでようやく存在を認識できるほど細い、モノクマファイバーだった。乾いた血がこびりつき、そこに込められた殺意の残滓をまざまざと見せつけていた。

 

 「潔いな」

 「・・・犯行の全てを明らかにされて、無駄に足掻く私ではない。こうなったらこうなったで、()()()()()()()()だけだ」

 「そ、それは・・・認めるってこと?」

 「物的証拠を見せたってことは、そういうことだろ」

 「はぁ・・・そうかい。どうしてだい、荒川氏。どうして虚戈氏を殺す必要があったんだい?」

 「およよ?結論は出たっぽいよね?出たよね!?出たんなら無駄口は利かないでさっさと投票だよ投票!さあオマエラ!お手元のスイッチで、最もクロと疑わしい人物に投票してください!果たしてその結果は、正解か!?不正解なのかァ〜!?ワックワクのドッキドキだよね!」

 

 もはや言い逃れのできない状況で、荒川は無意味な反論をしない。物的証拠を素直に提出し、スニフの推理を肯定して自身の犯行を認める発言をする。しかし、()()()()()()()()()。荒川の中では、まだ何かが続いている。それが何なのか、明らかになる前に、モノクマは投票を終わらせようとする。その違和感に、全員が眉をひそめる。

 

 「投票の前に話しておくべきことがある・・・!終わらせるわけにはいかない・・・!」

 「な、何言ってんだよ・・・!?お前が虚戈を殺した犯人なんだろ!?だったらオレらは・・・お前に投票しねえとダメじゃねえか・・・!」

 「分かっている。これまで三度、私はお前たちと同じ立場にいた。だから分かる。ここで私に投票しない意味はない」

 

 犯人だと判明し、全員から投票対象として認識されてもなお、荒川は冷静さを失わない。だが徐々にその発言は歪んでいく。混乱を招きはじめる。そして荒川は、完全に動きを止めたモノヴィークルを降りて膝をつく。次に何をするか、全員が理解する。理解しているからこそ、意味が分からない。

 

 「全てを承知の上で頼む・・・!私を『失楽園』させてくれ!!

 「は・・・はあっ!?何言ってんだお前!?」

 「・・・荒川。自棄になっているのか?発言の意味が分かっていないわけではないだろう」

 「意味も分からずこんなことは言わん。だが、これが()()なのだ・・・!これ以上お前たちにコロシアイを続けさせるわけにはいかない・・・!」

 「だからって・・・自分が失楽園になればいいって言うの・・・!?そんなの、本末転倒じゃない!」

 「それ以外に道がないのだから仕方がないだろう!!」

 「こらこら!まだ裁判が終わってないのに勝手に関係ない話をし始めちゃダメだよ!先に投票しなさい!今から5秒以内に投票しないとおしおきだよ!」

 「ッ!貴様ッ・・・!」

 

 投票そっちのけで荒川の身勝手な頼み事に話題が移りそうになり、モノクマが慌てて軌道修正する。裁判をほったらかしにされること以上に、荒川に勝手気ままに発言されるのを防いだようにも見える。しかし急な制限時間に、全員が慌てて投票スイッチに手を伸ばす。その意図を察した荒川は、迂闊な発言をしないよう頭を回転させる。もはや逃れられないこの運命の中でできることを考える。どうすればいい。何ができる。

 

 

 

 誰になら、『明日』を託せるのだろう。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:8人

 

【挿絵表示】

 




暑いですね。サイバーンのコウヘーンをお読みよピグレット


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おしおき編

 

 「パンパカパーーーーーン!!ブラボー!天晴れ!お見事ォ〜〜!!」

 

 まっくらなモノクマランドに、モノクマのCheers(歓声)がひびく。うるさくて耳がいたくなるくらいのFanfare(ファンファーレ)Music(音楽)で、まるでAtomosphere(大気)がふるえてるみたいだった。ボクたちのまえにあるScreen(スクリーン)にはエルリさんのかおがおっきくDisplay(表示する)されてて、Expression(表情)はくらくてこわかった。

 

 「今回、“超高校級のクラウン”虚戈舞夢サンをあんな残虐な方法で殺したのは、“超高校級の錬金術師”荒川絵留莉さんだったのでしたぁ!!やっぱ根暗は何考えてるか分からなくて怖いねーッ!!犯罪予備軍は隔離しなくちゃいけないってことだね!!」

 「残虐なものか」

 「ほえ?」

 

 ボクにはよくわからないけど、モノクマはきっとエルリさんのことをDenigrate(侮辱する)するようなことを言ってるんだと思う。いつもだったらImpugn(反論する)するんだけど、ボクは言葉が出なかった。ついさっきまでエルリさんはボクのことをAccuse(濡れ衣を着せる)してた。それに、Vote(投票する)するときにおかしなことも言ってた。だからどうしていいか分からなかった。

 そんなボクたちの中で、モノクマにImpugn(反論する)してくれたのは、レイカさんだけだった。

 

 「ギロチンを用いて斬首された者は急激な血圧の変化で一瞬の内に気絶する。痛みに苦しむ前に意識を失うため、絞首と並び道徳的な処刑とされている。荒川、お前がそれを知らず、わざわざあんな装置を用いたとは思えない」

 「・・・」

 「先程の発言といい、敢えて斬首を選ぶ手法といい、犯行こそ明らかになったが、まだ真相は明らかになっていない。お前は、この期に及んで一体何を隠している?」

 「隠してなどいない。お前の言う通りだ極。私は、殺したくなどなかった。()()()()()()()()()()()()()()()。だが、()()()()()()()()()()()

 「な、何言ってるの・・・!?虚戈さんを殺さざるを得なかったって、そんなわけないじゃない・・・!!虚戈さんがあなたに何をしたのよ!なんで虚戈さんが殺されなくちゃいけなかったのよ!」

 「・・・()()()()()()

 

 かなしそうに、くるしそうに、目になみだをうかべてセーラさんがさけぶ。その声を、エルリさんはしずかにきいてた。その目は、どこまでもColdy(冷徹な)だった。

 

 「()()()()()()だ」

 「はあっ・・・!?」

 「私が失楽園になるということは、私以外の全員が処刑されることを意味している。私は虚戈だけを殺す覚悟でいたのではない。お前たち全員の命を奪うことを覚悟していた」

 「ふ、ふざけてんのかよ・・・!どういうつもりだ荒川!」

 「結果的に私は大量殺人犯になってしまう。不可逆的な死という現象を、16人の人間に強いようとしたのだ。だがその誹りを受けてなお、その罪を背負ってなお、私は失楽園にならねばならなかった」

 「意味が分からないよ・・・!」

 

 そんなこと、言わなくたって分かる。もしボクたちがCalm down(落ち着く)してて、Composure(冷静)にかんがえられてたら。だけど、今はそうじゃない。エルリさんが何を言ってるのか、どうしてそんなことをしようと思ったのか、ボクたちにはちっとも分からないし、何をかんがえてるか分からない。

 

 「このコロシアイを終わらせる。それが私の目的だ」

 「コロシアイを終わらせるってえ・・・そりゃ荒川氏が失楽園になるってことはあ、コロシアイが終わることを意味してるけどお」

 「で、でも!そのためにマイムさんやボクたちをKill(殺す)するんじゃ・・・そんなの、そんなの()()()()()()()ですよ!」

 「()()()()だよ!」

 「それですよ!」

 「・・・お前たちは分かっていない。この“セカイ”の真実を」

 「真実?」

 「この“セカイ”は・・・!我々は・・・!」

 「ストォ〜〜〜ップ!!ダメダメ!!ダメだよそんなの」

 

 何か言おうとしたエルリさんのことばを、モノクマがものすごく大きなこえで止めた。おもわずボクたちは耳をふさいだ。それくらいおっきなこえだ。

 

 「まだオマエラがそれを知るには早いんだよ!荒川さんは()()()()()()()()()()()だからいいけど!」

 「知るには早いって・・・どういうことだよ?」

 「うるせー!それを知るのがまだ早いって言ってんでしょ!とにかく荒川さんはこれ以上の勝手な発言を禁止します!喋ったらおしおきだからね!」

 「既に処刑が確定している私に、それが脅しになると本気で思っているのか?」

 「むかっ!!だったらこうするもんね!!」

 「!」

 

 モノクマがそう言うと、Throne(玉座)のうしろから何かがとびだしてきた。それはエルリさんの体にまきついて、口をふさいだ。ボクたちがこのモノクマランドにつれてこられて、アクトさんがExecute(処刑する)されたときの、あのArm(アーム)だった。

 

 「むぐっ!?」

 「お、おい!何をしている!」

 「おしおきまではもうちょっと楽しみたいからね。その間、余計なことを喋れないようにお口チャックしてもらったよ。あ、ちなみにオマエラが荒川さんに触れたらおしおきだからね」

 「そこまでしてまで処刑を先延ばしにしてえ、一体何をするつもりなんだい?」

 「オマエラ気になってるでしょ?どうして虚戈サンが荒川サンに協力したのかさ!どうして虚戈サンが自分を殺す計画に乗ったのかさ!」

 「そりゃ気になりますけど・・・」

 「だから、録音を聞かせて上げようと思ったんだよ!このままじゃ消化不良だし気持ち悪いでしょ?」

 「荒川の処刑を先延ばしにする意味はどこにある」

 「うぷぷぷぷ♬荒川サンにも色々言いたいことがあると思うからね。まだ終わらせるわけにはいかないんだよ」

 「ンーッ!!」

 

 口をふさがれたエルリさんが、体をよじらせながらうなる。ボクたちはエルリさんをSave(助ける)することもできなくて、ただモノクマがReplay(再生する)するエルリさんとマイムさんのTalk(会話)をきくことしかできなかった。

 

 

 


 

 「どしたの?エルリがマイムにお話なんて珍しいねー♡」

 「・・・」

 「あっ!もしかしてこの前のこと怒られるのかな・・・やだよー×」

 「単刀直入に言おう。虚戈、私の計画に協力してほしい。お前にしか頼めないことだ」

 「計画ってなあに?ナイショのイタズラだったらマイム大得意だよ☆エルリもお茶目なところあるんだね♡」

 「失楽園計画だ」

 「ほえ?失楽園?それってん〜っとぉ・・・ああ!コロシアイして誰かが裁判に勝つことだ!エルリがそうなるってこと?」

 「そうだ。そして裁判を起こすためにはコロシアイが必要だ。その被害者として・・・虚戈、お前に協力してほしい」

 「うん?う〜ん?うぬぬ〜〜ん♢それってマイムに、死ね、って言ってるってこと?」

 「端的に言えばな」

 「やだ♡」

 

 


 

 

 That makes sense(そりゃそうだ)、とおもった。いくらあのマイムさんでも、いきなりそんなことを言われてすんなりAccept(受け入れる)したわけじゃないんだ。だけど、さいごにはマイムさんはエルリさんのおねがいをきいてる。このあと、何があったんだろう。

 

 

 


 

 「もちろん、お前にも人並みに命に執着はあろう。それが普通だ。だから、()()()()()()()()()の話をしよう」

 「ううううん?エルリが何言ってるか全然分かんないよ♣マイムの知らないマイムの話ってなに?」

 「これを見ろ」

 「なにこれー?」

 「モノクマから配られた新たな動機だ」

 「えーっ!?ダメだよエルリ♠マイムは動機見ないよってテルジと約束したんだよ!うっかり見ちゃったよ!」

 「この写真に見覚えや心当たりはあるか?お前が、サーカステントでパフォーマンスをしている写真だ」

 「知らないよそんなの♣マイムはこの前はじめてサーカステントに行ったんだし、ハイドもいよもここが開放されたときにはもう死んじゃってたじゃん♬」

 「ではこの写真はモノクマの捏造か?」

 「・・・そうでもないのかも♡」

 

 


 

 

 はっきりしないマイムさんのReply(返事)。だけどエルリさんはおちついたまままだはなす。だけど、とちゅうで音がみだれる。何を言ってるか分からないし、エルリさんのこえもマイムさんのこえもきこえない。ただMechanical(機械的)Noise(雑音)だけがきこえてくる。

 

 

 


 

 「決して冗談ではない。このコロシアイはッ─────ッている。ッ───────ッによって」

 「どういうことなの?」

 「モノクマから二つ目の動機として与えられたのは、各々の“才能”にまつわる研究がなされている研究部屋だった。そこでこれを見つけた。紛れもなく、私の研究だ」

 「なにこれ?ッ──ッ?」

 「ッ───ッを元にッ──────ッ命とッ──ッ的に全ッ──────────ッすッ──ッ・・・絵空事と思っていたが、これを見る限り、どうやら()()()()()()()()()()ようだ」

 「エルリってそんなの研究してたんだ♬なんかこわーい♡」

 「いいや。むしろ私はこういったものには否定的立場をとっていたつもりだ。ッ──ッを科学的に生み出すなどまさに神の所業。失楽園となるには十分過ぎる大罪だ。皮肉にもな」

 「ううん?ちょっと待ってね♡それじゃあエルリが言いたいのは、ッ───────────────ッ

 

 


 

 

 「!」

 

 びっくりした。マイムさんのことばは、らんぼうで大きなNoise(雑音)にかきけされてきこえなかった。その前も、モノクマがわざとエルリさんとマイムさんのことばをかきけしてた。だからふたりが何をはなしてるかよく分からない。マイムさんのことばにながくてうるさいNoise(雑音)がかかって、それがきえた。

 もうそのときには、マイムさんはボクたちのしってるマイムさんじゃなくなってた。

 

 

 


 

 「ふーん♢それじゃしょーがないね♡分かったよ♡エルリに協力してあげる♬」

 「・・・すまない」

 「エルリは謝らなくていいんだよ♬悪いのはエルリのッ──────ッを勝手に使ってる黒幕なんだからね♠」

 「それでも、私はお前以外の全員を騙すことになる。お前の命を奪い、他全員をも見殺しにすることになる。他に手段がないとはいえ、これは私の矜恃に反する。多のために少を切り捨てるなど・・・況してや、それが人の命となるなど・・・」

 「それでも一番辛いのはエルリでしょ♬マイムはもうすぐいなくなっちゃうし、マイム以外のみんなはエルリのことをわる〜い殺人鬼だと思って死んでっちゃうんだから♡()()()も、エルリはがんばることたくさんだもんね♬」

 「ああ。それで、早速で悪いが、殺害トリックについてなんだが」

 

 


 

 

 モノクマがCut(カット)したうちで、エルリさんはマイムさんをPersuade(説得する)してた。ところどころDerect(編集する)されてて、何のはなしをしてるかもよく分からない。だけど、いくつか分かったことがある。マイムさんがMotive(動機)を見たのは、エルリさんが見せたからだ。マイムさんは、自分から見たわけじゃなかった。それと、他にも。

 

 

 


 

 「このような形で考えている」

 「う〜ん・・・なんで()()()なの?」

 「私の目的は殺人ではない。刺殺や撲殺で痛みを与えたり、毒殺で無駄に苦しませたりなどは主義に反する。一方、絞首は人道的処刑法として確立されている。これは、私の意志表示だ。これはあくまで殺戮ではない、というな」

 「・・・あはっ☆エルリってば中途半端だね♬」

 「ちゅっ・・・なに?」

 「エルリはマイムを殺すんだよ?人道的とか意志表示とか難しいこと言ってるけど、マイムの命を奪うことには変わりないんだよ?それなのに首吊りにして自分は殺人犯じゃないって言い訳がしたいだけでしょ?そんな人にマイムは命懸けられないよ♬そんな逃げ方、許さないよ♡」

 「ん・・・なら、どうする・・・?」

 「うーん、でもマイムも痛いのとか苦しいのはイヤだもんなあ♣でもマイム知ってるよ☆首切っちゃえばいいんだよ♬」

 「首を切る!?斬首か・・・!?バカな・・・!!」

 「絶対切っちゃった方がいいよ♬マイム聞いたことあるもん☆斬首ってすっごく気持ちいいんでしょ♡」

 「血圧の低下で意識を失うから痛みはないと思うが・・・即死するという点ではある意味人道的とも言える。市民革命では大量の刑死者を出したというが・・・」

 「それにね♡マイムの血汁ブッシャーすれば偽の証拠も残せるよ♡マイムの桃色の脳細胞がフル稼働してるのだ☆」

 「・・・お前は一体なんなんだ」

 「マイムはマイムだよ♡」

 

 


 

 

 そこでとぎれた。ボクたちは、何をきいてるのか分からなくなった。どうしてマイムさんはエルリさんにKill(殺す)されたか、それを知るためにきいてたはずだ。なのにいつのまにか、Initiative(主導権)はマイムさんがもってた。それに、もともとエルリさんはHang(絞首)Suggest(提案する)してた。なのにそれをBeheading(斬首)にさせたのは、マイムさんだった。

 ようやくボクたちはUnderstand(理解する)した。ボクたちがたたかってたのは、エルリさんじゃなかった。Beheading(斬首)をしたのも、Dummy(ダミー)をつくったのも、マイムさんだった。ボクたちはずっと、マイムさんにTorment(翻弄する)されてたんだ。

 

 「なんなんだよこれ・・・!!なんなんだよお前らはよォッ!!」

 「テルジさん・・・!」

 「荒川が虚戈を殺したんじゃねえのかよ!なんで虚戈が殺し方だの偽の証拠だの言ってんだよ!そこまでして・・・何がしてえんだよテメエらは!!」

 「んぐっ・・・!むっ・・・!」

 「お、落ち着け下越!荒川に触ったら処刑だぞ!」

 「・・・ッ!」

 「ちっ」

 

 エルリさんにつかみかかりそうないきおいのテルジさんを、あぶないところでワタルさんが止めた。ざんねんそうにモノクマがHummer(ハンマー)をおろす。ホントにテルジさんをExecute(処刑する)するつもりだったんだ。いまさらだけど、ボクはぞくっとした。

 

 「どうして・・・?どうして虚戈さんはそうなの・・・?自分を殺すためのトリックなんて、どうして笑って提案できるの・・・!?」

 「虚戈氏の異常さなんて今に始まったことじゃあないよお。問題はあ、死にたくないと言っていたはずの虚戈氏にそれを言わせた荒川氏の方・・・もっと言えばあ、荒川氏が虚戈氏に伝えた内容だねえ」

 「・・・荒川さん。あなたは何を言ったの?何を・・・知ってるの?」

 「ンンッ・・・!!」

 「おいモノクマ!荒川の拘束を解け!このままでは何も話せないだろう!」

 「何言ってんの?解くわけないじゃん!だっていま荒川サンを解放したら、何言い出すか分かんないでしょ!もしかしたら4回目の事件にしてもう最終展開に入っちゃうかも知れないじゃん!それはいくらなんでも認められないなあ!」

 「な・・・なんだよそれ?なんだよ最終展開って?ゲームかなんかみたいに・・・」

 「それでもまあ、このままじゃオマエラも気持ち悪いから教えておいてあげるけど、荒川サンはある事実に気付いちゃっただけだよ!命が尊いとか言っておいて、たった一つ何かを知ったら手の平グルングルンなんだから、人って分からないもんだねー!」

 「フーッ!フーッ!」

 

 Scoff(馬鹿にする)するモノクマに、エルリさんがBreathing(呼吸)をあらくしておこる。エルリさんは何を知ったんだろう。何を知ったら、ボクたちとマイムさんをみんなKill(殺す)してまで、『Lost paradise(失楽園)』しようと思うんだろう。Precious of life(命の尊さ)を知ってるエルリさんが、死にたくないと思ってたマイムさんが、二人ともここまでかわってしまうThe fact(その事実)って、一体なんなんだろう。

 

 「うぷぷぷぷ♬さぁーて、そんじゃあいっちゃいましょうか!恒例のボクのお楽しみ!」

 「ッ!」

 「うぅ・・・ま、また・・・処刑が始まるの・・・!?」

 「ぐぐっ・・・!!ああクソ!!ちくしょうが!!おい雷堂!!極!!どうにかなんねえのかよ!!」

 「ど、どうにかって・・・!?」

 「このままでいいのかよ!オレらは何にも知らねえまんま!荒川に触ることもできねえまま、処刑されるのを黙って見てるしかねえのかよ!どうにかして荒川に喋らせたりできねえのかよ!」

 「無茶を言うな下越・・・!私も雷堂も、お前と同じ立場だ。止められるものなら止めている」

 「だってこんなバカなことねえだろ!少なくともオレぁ納見に虚戈が動機を見たこと言われるまでは、虚戈のことを信じてたんだ!あんな殺し方したヤツをぜってえ見つけてやるんだって思ってたんだよ!なのにフタ開けてみりゃ、虚戈と荒川の共犯で・・・しかも虚戈は自分が殺されるってのにあんなにヘラヘラしてて!しまいにゃ荒川から何にも聞き出せずに死に際だけ見届けろってよぉ!!だったらこの裁判はなんだったんだよ!!オレは・・・なんのために・・・!!」

 

 そこから先は、テルジさんは何もはなせなくなった。どんどんTearful voice(涙声)になっていって、テルジさんのつらいきもちをかんじた。テルジさんはホントに、マイムさんやエルリさんをBelief(信じる)してたんだ。それなのに、ふたりにうらぎられた。Class trial(学級裁判)の中でも、Last(最後)までみんなをBelief(信じる)してたのに・・・だからこそ、こんなTruth(信じる)Shock(ショック)だったんだ。

 

 「くっ・・・!お、おいモノクマ!ホントにこの事件のクロは荒川なのかよ!?だって、トリックを考えたのは虚戈なんだろ!?そりゃ話を持ちかけたのは荒川だけど・・・直接殺したあの仕掛けを動かしたのは、ホントに荒川なのかよ!?」

 「はあ?なにそれ、雷堂クン。キミさあ、考えなしに勢いで喋るのよしなよ。荒川サンがクロじゃなかったら、今度はオマエラ全員が処刑されるんだよ?分かってんの?」

 「うぐっ・・・!」

 「それに、このモノクマランドのありとあらゆる場所に仕掛けられた監視カメラを通して、ボクはここで起きたことは全てお見通しなんだよ!間違いなくこの仕掛けを作動させたのは、つまり火を点けた人は、荒川サンだよ!文句言うんじゃねーよ!」

 「やめておけ雷堂。我々はヤツの決めたルールに則って裁判をし、投票した。処刑を止めることはできない。荒川もその覚悟で、虚戈の殺害を決めたのだろうしな」

 「なんで・・・そんな冷静なことが言えるのよ・・・!荒川さんが、処刑されちゃうのよ・・・!?」

 

 どこまでも、ひどいくらいにCool(冷静)なレイカさんを、セーラさんがこわがる。レイカさんは何もReply(返事する)しないで、モノクマをにらんでた。

 

 「うぷぷぷぷ♬全く面白いことしてくれるよね!たった一人殺して、たった一人処刑されるってだけで、こんなにあっさりオマエラの絆なんてものは崩れ去るんだ!気分が良くなっちゃった♬それに、荒川サンも色々伝えたいことがあるだろうしね!ボクも少しだけサービスしてあげようかな!」

 「な、なにする気ですか・・・!まだエルリさんのこと・・・!」

 「さぁーて、何をするかは、何かしてからのお楽しみだよ!」

 

 モノクマがHummer(ハンマー)をふりかぶる。口をふさがれたままのエルリさんは、つれて行かれそうになるまえに、また体をよじってRestriction(拘束する)をほどこうとする。

 

 「ではでは!今回は!“超高校級の錬金術師”、荒川絵留莉サンのために!スペシャルな!おしおきを!用意しました!」

 

 おなかをかかえてモノクマがわらう。Throne(玉座)のうしろからのびてくるArm(アーム)がエルリさんをつかまえてExection place(処刑場)につれ去る。エルリさんが、声にならない声でさけぶ。

 

 「ンンーーーッ!!!」

 「それでは、張り切っていきましょーぅ!!おしおきターイムッ!!」

 

 エルリさんのすがたが見えなくなったとき、Screen(スクリーン)が明るくなった。またボクたちは、何もできずにそれを見ていることしかできなかった。


 

アラカワさんがクロに決まりました。おしおきを開始します。

 

 ゴージャスな装飾と、無数の馬や車のオブジェたち。荒川絵留莉は向かってくるそれらに相対するように、天地を貫く棒に鎖で繋がれていた。相変わらず口は塞がれているが、体の自由はいくらかきく。モノクマが言っていた()()()()とは、これのことなのだろうか。

 荘厳な開始音とともにメリーゴーランドは輝きを放つ。メルヘンな音楽に乗せて動き出す馬と車の群れは、ただただ荒川を通り過ぎていく。そして二周目。馬の上には兵装束のモノクマが刀を手に、車にはスーツ姿のモノクマがバットを手に、不適な笑みを浮かべていた。

 

 「ン゛ン゛ン゛ッ!!」

 

 自由が利くと言っても、鎖に繋がれている以上動ける範囲は限られている。音楽に合わせて接近してきた車から、モノクマがバットを振るう。とっさに避けた荒川の右膝を、金属バットが襲う。骨が砕ける感触とともに、荒川はその場に倒れる。

 こうして痛めつけて殺していくつもりか、荒川は冷静に考える。そのとき、モノモノウォッチが音を鳴らす。画面を覗き込んだ荒川は、全てを察した。モノクマが言っていた()()()()の意味と、自分が何をすべきかを。このおしおきの意味と、趣旨を。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ユニコーンに跨がった兵装束のモノクマが長い刀を振るう。首を狙った太刀筋を見極めて体を翻す。その動きを見越していたのか、武装した馬の棘で両耳を削がれた。激痛で意識が飛びそうになり視界が眩む。またモノモノウォッチが鳴った。まだまだ始まったばかりだ。

 

 馬車を引く馬に跨がるモノクマがすれ違い様に鞭を振るう。しなる鞭は不規則な動きで荒川の左腕に巻き付き、文字通り凄まじい馬力で引く。華奢な荒川の細腕は呆気なく折れ曲がった。制御を失った腕が無造作に解放され、体に打ち当たる。三度目の音がした。

 

 完全に動きが止まった荒川に追い討ちをかけるように、馬と車はまだまだ襲いかかる。投げ出された左脚を馬が踏みにじり、車輪が骨を砕く。痛みに仰け反った荒川を狙い澄まし、槍を持ったモノクマは顔面を狙う。しかしそれは命を奪うためではなく、両の頬を貫通する一撃を見舞うためだった。歯を削り、舌を貫き、もはや呻き声を上げることすらかなわない。ライフル銃を持ったモノクマが倒れた荒川の右肩を撃ち抜く。三回連続で音が鳴った。

 両腕両脚を奪われ顔には横一文字に槍が刺さった凄惨な姿。それでも荒川の目は死なない。死んでなるものかとモノクマを睨む。生にしがみつく。まだ、終わらせない。

 

 「ふふーんっ!!」

 

 その荒川の目に刺激されたのか、鉈を振り回すモノクマが突撃してくる。素早く振られた鉈の白い光を最後に、荒川の視力は奪われた。両目から激しく血が噴き出す。目を閉じても痛みは荒川を逃がさない。完全に視界を失った荒川は、見えない追撃に恐怖する。そんな荒川を嘲笑うように、モノクマが槍を投擲する。大きく開いた下腹部に真っ直ぐ飛び、体を貫いた。

 

 「!!」

 

 視力の次に何を奪ったのか、荒川は痛みで理解する。もはや呼吸すらままならない中、気力だけで意識を手放さない。最後の仕上げとばかりに、車からモノクマがスコープを覗く。引き金に指をかけ、発砲した。一瞬の衝撃。もはや枯れたと思っていた血が、荒川の心臓から流れ出す。

 朦朧とする意識。もはや気力も何も意味はない。この思考を止めた時、自分の命が尽きるとはっきり理解した。まだだ。あと少し。()()()()()()だ。

 

 打っても、刺しても、砕いても潰しても貫いても斬っても死なない荒川に痺れを切らしたモノクマが、メリーゴーランドの回転数を上げる。刀や鉈や槍を持ったモノクマたちは、ただその刃を真横に突き出す。激しく回転する機械。モーターが唸りをあげ色が混ざり荒川の姿が見えなくなる。高鳴るモーター音が限界まで達した時、メリーゴーランドは爆音とともに煙を噴き出した。

 徐々に減速するメリーゴーランドに、荒川の姿はない。ただ、柱に繋がった鎖のそばに、血のような色の石が一つだけ転がっている。


 ボクはとちゅうから、見ていられなかった。あんなにひどいやり方で、エルリさんはExecute(処刑する)された。どれだけ苦しかっただろう。どれだけいたかっただろう。どれだけ生きたかっただろう。ボクたちはエルリさんにもっとはなしてほしかった。どうしてマイムさんをKill(殺す)しなくちゃいけなかったのか、おしえてほしかった。だけどモノクマにそれを止められた。しゃべらせてもらえないまま、ボクたちは知ることもできないまま、このIncident(事件)はおわってしまった。

 

 「〜ッア!エックストリィーーームッ!!いや〜あんな細っこいのでも結構しぶとく生きるもんだね!びっくりしちゃったや。やっぱりボクの粋な計らいで生存欲出ちゃったかな?」

 「くぅっ・・・!ちくしょう・・・!ちくしょう!」

 「無茶苦茶過ぎる・・・!荒川はなんでそこまで生き延びたかったんだよ・・・!『失楽園』させてくれとか、おしおきに反抗したりとか・・・」

 「結局荒川氏には何も喋らせてもらえなかったねえ。となると荒川氏はあ、本当に()()を知ったんだねえ。モノクマにとって都合の悪い何かをさあ」

 「うぷぷぷ!さあどうだろうね!でもボクはちゃんとサービスしてあげたよ!だから荒川サンはあんなに頑張ったんだからね!」

 「ど、どういうこと?」

 

 Execution(処刑)をうつしてたScreen(スクリーン)がまっくろになる。なんだ。まだ何かあるのか。モノクマが言うService(サービス)ってなんなんだ。モノクマは手でわらいをおさえながら言う。

 

 「本当ならこんなことせずに普通に荒川サンのことおしおきしちゃってもよかったんだけどね!でもさすがにそれだと、ボクが荒川サンをむりやり黙らせたみたいで不公平だからさ!」

 「むりやり黙らせたんだろ・・・!その上、あんなムゴいことしやがって・・・!」

 「うぷぷぷ♬錬金術の大原則は、等価交換でしょ?だから荒川サンにも等価交換してもらったのさ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の交換でね!」

 「・・・暴利どころじゃあないねえ。てことはあ、荒川氏があんなにしぶとく生きようとしたのはあ、そこまでしておれたちに伝えることがあったってことだねえ」

 「うぷぷ!そう!その通りだよ!さあとくと見よ!荒川サンからの最期のメッセージを!」

 「ッ!?」

 

 Screen(スクリーン)に文字がうかびあがる。ひとつずつ、ひとつずつ、エルリさんがBody(身体)Life()をけずってつくりあげた、ボクたちへのMessage(メッセージ)があらわれる。エルリさんはボクたちに何を伝えたかったんだろう。どうしてあそこまで生きようとしたんだろう。ボクたちのだれよりもLife()を大切にしてたエルリさんが、Murder(人殺し)するほどのTruth(真実)ってなんなんだろう。

 ボクたちはただ、Screen(スクリーン)を見つめる。そこにあらわれたSentence(文章)は、エルリさんがいのちをかけてボクたちにのこしたMessage(メッセージ)なのか。それともExecution(処刑)においやったボクたちへのHate(憎しみ)なのか。ボクのあたまの中で、エルリさんが大きなこえでこうさけんでいた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロシアエ ココヲデロ

 

 

 

 

 

 


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:7人

 

【挿絵表示】

 




おしおき編です。
謎を残しつつある程度ケリをつけるのは難しいけど面白いですね。混乱してくださいね。


第四章 おしおき解説
このおしおきを解説するにあたって、前提知識がいくつか必要です。要するにハガレンです。

錬金術という魔法じみた技術が存在する世界で、右腕と左足を失った兄エドワード・エルリックと全身を失った弟アルフォンス・エルリックが、元の身体に戻る術を求めて旅をする物語です。
この解説で重要なキーワードは、錬金術、等価交換の原則、賢者の石です。
錬金術とは、科学に基づき確立された技術で、ある物質を異なる物質に変換したり、それを応用して造形したり現象を起こしたりと様々に使われています。荒川の才能であるところの錬金術とは意味合いが異なりますが、元ネタといえば元ネタですね。
次に等価交換の原則です。読んで字のごとく、等しい価値での交換です。これは錬金術の大原則で、何かを得るにはそれと等価な何かを代償に支払わなければならないということです。兄エドワードと弟アルフォンスは、死んだ母親を造りだそうとして身体を支払わされたのです。これが今回のおしおきのキモです。
最後に賢者の石です。ハリーうんたらとのやつです。錬金術は等価交換の原則に基づいていますが、この石があるとそれを超越して錬金術が使えます。チートアイテムです。伝承では血のような色の石だったり、不定形の半液状物質だったりします。伝説の物質とされていますが、ハガレン内では人の魂を変換してできる物質とされていました。つまり人一人を犠牲にして作られるということです。怖いね。これは今回おしおきのオチです。

では本題に入りましょう。
まずおしおきタイトル『Merry Equivalent Round』は、処刑装置にもなっているメリーゴーランドと、等価を意味する英単語の合成です。むりやり和訳するなら、『等価な回転木馬』でしょうか。そしてこのメリーゴーランドは、等価交換の原則に従っています。
荒川はその中で痛めつけられ、まず右脚を斬られます。右脚を失います。それにより、『生き残りメンバーに伝えられる言葉』か1文字増えました。身体の部位や機能と、文字の交換です。荒川は右脚を失った時点でその仕掛けに気付き、伝える言葉と、あと自分がどれだけ失えるか、を考えたのです。もちろん最後には命を取られるわけですから、この時点で2文字は確定です。なので残りの8文字分の拷問に耐えると覚悟を決めたのです。
両腕、両脚、耳で5つ。目を潰されたことで視力を、下腹部を貫かれたことで生殖機能を奪われました。そしてラストに心臓を奪われましたが、この時点で9つです。あと一つは、最後にメリーゴーランドが荒川をミキサーした分、つまり荒川の肉体全てです。最後に残ったのは、荒川でできた賢者の石です。人一人を犠牲にしてようやく完成です。
これで10個の文字の代償が判明しましたね。犯人指名スチルといい、荒川はとことんハガレンに絡めていきました。ホントはもっとパロディとかしたかったけど難しかったのさ。
ちなみに、おしおきで荒川が奪われた部位は、ハガレン内で真理の扉を開いたキャラたちが奪われたものをオマージュしてます。エドワードの右腕と左脚、師匠の生殖機能、マスタング大佐の視力、アルフォンスの全身と。


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幕間4
We Need to Be in Killing


【タイトルの元ネタ】
『I Need to Be in Love』(CARPENTERS/1976年)


 

コロシアエ ココヲデロ

 

 エルリさんは何をおもって、あんな言葉をのこしたんだろう。ボクたちのことをおこってたのかな。エルリさんをExecution(処刑)したのはモノクマだけど、Class trial(学級裁判)でエルリさんをおいつめたのはボクだ。だけど、あのエルリさんが、Life()が大切なことをだれよりも知ってたエルリさんがそんな言葉をのこすなんて、ボクはしんじたくない。

 だからきっとReason(理由)があるんだ。あの言葉は、あれでおわりじゃないんだ。

 

 「悩んでるみたいだね〜、スニフクン」

 「!」

 

 Class trial(学級裁判)がおわって、いまはMidnight(真夜中)だ。こなたさんには早くねなさいって言われたけど、どうしてもねられなかった。Bed(ベッド)の上でぼんやりなんてしてられない。こっそりHotel(ホテル)をぬけだして、モノクマランドの中をWander(うろつく)してた。

 そんなボクにこえをかけたのは、モノクマだった。いきなりだったからびっくりしてとびあがったけど、True shape(正体)がわかればちっともこわくなんかない。Grinning(にやにや笑い)しながらボクを見てくるから、おもいっきりきたない言葉を言ってやった。

 

 「Fuck off(消えろ)I'm sick of you(お前のツラなんか見たくないんだよ)!」

 「辛辣辛辣ゥ!スニフクンってば、研前サンの前じゃ絶対そんな汚い口きかないのに、城之内クン相手やこんなときばっかりそんなこと言ってさ!逆に心開いてくれてるのかな?」

 「Screw you(ほざけよ)

 「うへえ、12歳のガキんちょにそんなこと本気で言われたら開いてた心にクリーンヒットだよ・・・!」

 「Just go away(そういうのいいから消えろよ)

 

 ボクはまたあるきだす。エルリさんがのこした言葉についてかんがえる。何かいみがあるはずだ。ただボクたちがコロシアイをするのが、エルリさんがいのちがけで伝えたかったことなわけがない。ここを出る、それが何よりだいじなはずなんだ。

 

 「まあまあ、色々考えすぎてるスニフクンにアドバイスの一つでもしてあげようと思って来たんだから、そう邪険にするもんじゃないよ!」

 「Advice(アドバイス)Anyway it must be not good(どうせろくでもないに決まってる)

 「ろくでもなくなくないよ!あれ?ろくでもなくなくなくなくないよ!あれあれ?今どっちだ?」

 「You noisy(うるさいなあもう). What you wanna tell me(何が言いたいんだよ)

 「今のスニフクンが一人であれこれ考えても、荒川サンと同じ結論は出ないってことだよ!荒川サンはあることを知って虚戈サンを殺す決意をした。だからスニフクンも、そうなってみればいいってことさ!」

 「そうなる?」

 「うぷぷぷぷ♬()()()()()()()()()()()()()を、知ればいいってことだよ!」

 「Don't be silly(ふざけろ)

 

 そんなバカなことするわけない。エルリさんが何をしったのか分からないけど、そんなDangerous(危険)なことできない。たとえエルリさんがマイムさんをKill(殺す)したのがそのTruth(真実)のせいだとしても。マイムさんがエルリさんからそれをきかされて、しぬことを受け入れたとしても。それがWire-puller(黒幕)の手がかりになるとしても・・・。

 

 「・・・Eh(あれ)?」

 

 自分でかんがえてて、おもわずこえが出た。どうしてエルリさんは、そのことをつたえなかったんだろう。Execution(おしおき)Massage(メッセージ)で、ボクたちにそのほんのA part(一部)だけでもつたえることができたはずだ。そうしないで、どうしてあんなMassage(メッセージ)にしたんだろう。

 

 「うぷぷぷぷ♬気になることがあるんじゃないの?スニフクン!自分に素直になっちゃいなよ!知りたいんでしょ?明らかにしたいんでしょ?それがキミの“才能”の根幹だもんね!世界の全てを解き明かす数学者の“才能”!知的好奇心と論理的思考の塊だもんね!」

 「うぅ・・・!」

 

 なんでかTension(テンション)上がってるモノクマが、ボクをElbow()でつついてくる。たしかに、エルリさんが何をしったのか、なんであんなMassage(メッセージ)をのこしたのか、気になるし知りたい。Wire-puller(黒幕)の手がかりがあるなら、それでボクたちにコロシアイをさせてるだれかをあきらかにできるなら、そうしたい。だけど・・・。

 

 「だけど、そんなのどうやってしるんですか。エルリさんがどうやってしったかも分からないのに」

 「おほっ!ようやく自分に素直になったね!まあその辺は色々頑張って探してみたりしたら?ボクはそこまで面倒見れないから!」

 「You irresponsibly(無責任なヤツだな)

 「それでも確実に、このモノクマランドのどこかにあるんだよ!荒川サンが知った真実ってヤツがね!うぷぷ!頑張って探してみてね!そのためにも良い子は早く寝るんだよ!」

 「None of your business(余計なお世話だ)!」

 

 それだけ言って、モノクマはまたどこかにきえてった。何しにきたのか分からないけど、ボクのきもちはモノクマが来るまえとあとではぜんぜんちがった。ボクはもう、エルリさんがしった何かをしらべようとDetermine(決心する)してた。それがモノクマのせいだとは、かんがえたくなかった。ボクはモノクマをHandle(操作する)してるのがだれかをあきらかにするために、エルリさんがしったことをしらべるんだ。あいつにInstigate(唆す)されたわけじゃない。ボク自身にいいきかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不必要なほど大きなベッドの上で、私は枕を抱きしめて一人考えに耽っていた。それは、このコロシアイの真相だとか、黒幕の正体だとか、荒川さんが遺した言葉とか、そんな大それたものじゃない。私だけの、個人的な気持ち。私だけの、身勝手な迷い。私だけの、独り善がりな感情。今からちょっと前に自覚して、それからちっとも消えることも高ぶることもなかった、この気持ちに、今になって私は頭を抱える。

 私は、雷堂君のことが好き。それは友達以上の気持ちとして、愛おしいと感じている。あの人の笑顔、仕草、声色、指先に至るまでが、胸の内側を直接くすぐるような、心地よさともどかしさを私に与える。それは普通の感情なんだろうか。もしこの曖昧な感情を恋心というのなら、きっと私は罪深い。

 

 「どうしたらいいのかな・・・もう、分かんないよ」

 

 枕に顔を埋めて呟く。私のこの想いは、既に私だけの問題じゃなくなっている。雷堂君に向けられたこの想いは、常に周りを巻き込みながら、取り返しのつかない事態にまで発展していってしまった。つまり、恋敵が自然と排除されてきたってこと。それは私が望む望まないにかかわらず、私によって引き起こされる。私の、“超高校級の幸運”によって。

 

 「自分が一方的に好意を抱いてる相手に近付く他の女を、自分が直接手を下さない形で排除できるなんて、便利な“才能”だよね。うぷぷ♬」

 「!」

 

 いつの間にか、ベッドの側にあるミニテーブルの上にモノクマが腰掛けていた。可愛い装飾のランプをどかして、お伽噺に出てくるゆで卵みたいに足をぷらぷらさせてる。くっくと笑うその口元は鋭く、私は警戒の意味を込めて思いっきり睨み付ける。

 

 「そんな顔しても怖くないもんねー!だって研前サンはその幸運以外はただの女の子!どこにでもいるJKの一人だもんね!」

 「・・・出てってよ」

 「おーこわいこわい。研前サンの“才能”でまた運命が曲げられたらたまったもんじゃないよ。そのせいで、もう何人も死んでるわけだしね!茅ヶ崎サンを皮切りに!」

 

 枕を抱きしめる腕に自然と力がこもる。そう。私の“才能”は幸運。でもそれは、誰かの犠牲を伴うという形でしか叶わない。それも、確実に私の都合の良いように事は運ぶ。例えそれが、無関係な誰かにとっての不幸でも、大事な友達の死でも、人類レベルでの損失でも・・・全ては私にとって幸運かどうか。それだけだ。

 ただの偶然と片付けてしまうにはあまりにも都合がいい。あまりにも私至上主義的だ。だからこそ、希望ヶ峰学園が毎年選定するくじにも選ばれたんだろう。私の“才能”にとって、くじ引きなんて得意分野中の得意分野だ。

 

 「あれは・・・」

 「()()()()()()()()、って?うぷぷぷ♬そうだよ。キミのせいじゃない。()()()()ボクに惑わされて殺人を犯してしまった須磨倉クンのせい!()()()()深夜まで厨房にいた茅ヶ崎サンのせい!()()トイレに行って見張りを怠った雷堂クンのせい!キミにとっては、そんな()()で起きたただの()()なんだもんね!」

 「うるさい!出てって!」

 「一つ一つは些細な偶然に見えるけど、それが積み重なった結果、最後に美味しい思いをしてるのはいつも研前サンだ!キミはいつも自分の手を汚さずに自分の都合の良いように運命をねじ曲げてきた!」

 「・・・違う!私じゃない!そんなの違う!」

 「それに、気付いてるんでしょ?それだけじゃないって」

 「やめて・・・もうやめてよ・・・!!」

 

 モノクマの声を聞かないように、枕と掛け布団に逃げ込む。それでも僅かな隙間から縫ってくるように、モノクマの声は私の耳に忍び込んでくる。聞きたくないのに、耳を塞げばそれでいいのに、それができないのはきっと心のどこかで私がそれを認めてるからだ。気付いてるからだ。それだけじゃないことに。

 

 「どうして荒川サンが虚戈サンを選んだと思う?真実を話すだけなら虚戈サンじゃなくてよかったでしょ?自分の死を納得させることができるほどの真実なら、極サンみたいに覚悟を決められる人でもよかったでしょ?どうしてそうしなかったと思う?」

 「はあ・・・!はあ・・・!」

 「それはキミが、虚戈サンに嫉妬してたからだよ!」

 「うぅっ・・・!!うううっ・・・!!」

 

 嫉妬なんて歪んだ感情じゃない。羨ましいと感じただけだ。虚戈さんの無邪気さを。自分から人に近付いていける人なつっこさを。雷堂君との間にある関係性を。ただそれだけだ。虚戈さんがいなくなったって私と雷堂君の関係は変わらない。荒川さんが虚戈さんを選んだのは・・・彼女がそう判断したからだ。虚戈さんが適役だと。それはどうして?サーカステントを殺害現場に決めたからだ。どうして?考えついたトリックに打って付けだったから。どうして?・・・()()()()、閃いたんだ。

 

 「虚戈サンがいなくなれば、雷堂クンは心の支えにしていた人を失う。そうすれば自分が付け入る隙が生まれるとか考えたんじゃないの?」

 「そんなこと・・・!」

 「考えてなくても、ちょっとでも思うだけでキミの幸運は力を持つんだよ。それがキミの“才能”、キミの運命なんだよ!」

 「でも・・・!!そんなの・・・!!」

 「うぷぷぷぷ♬さてここで質問です」

 

 追い詰められていく私を嘲笑うように、モノクマはまだ何か言おうとする。茅ヶ崎サンのことも、虚戈サンのことも、なんとか否定しようとするけれど、結局は同じ結論に行き着く。自問自答を繰り返しても、いつも答えは私の幸運だ。この幸運という名の呪いが、私を幸せにして、不幸にする。

 

 「いま、雷堂クンと一番仲良くしてる女子は誰でしょう?」

 「・・・!」

 

 そうやってモノクマは、また私の幸運を弄ぶ。質問なんか聞く気なかったのに、考えるつもりもなかったのに、私はその問いかけに頭の中で応えてしまった。あの人の顔が、ほんの一瞬だけ、浮かんでしまった。

 

 「うぷぷぷぷ♬さてさて、次はどんな幸運が舞い込むのかな?」

 「いや!!ちがうちがうちがう!!こんなのちがう!!私はそんなこと望んでない!!」

 「そんなことって、どんなこと?」

 「・・・ッ!」

 

 否定することもできない。心のどこかで僅かにでもそれを望んでしまえば、それは現実になってしまう。

 

 「あーあ、これじゃ次の事件の被害者は決まったようなもんだね。つまんないや」

 「ま、待って・・・!そんなのダメ・・・!もうこんなことイヤだよ・・・!」

 「イヤって言われてもボク的にはウェルカムなんだけど」

 「だけど・・・!止めないと!そんなこと止めさせないと!私、どうしたらいいのか・・・!」

 

 なんで私は、モノクマなんかに頼ってるんだろう。こんなこと言ったって、モノクマがコロシアイを止めるようなアドバイスをくれるはずがない。だけど、一人で解決策なんか見つかりっこない。藁にも縋る気持ちで、満足して帰ろうとするモノクマを引き留める。

 

 「じゃあ、ちょっとだけ教えてあげようかな。さすがにキミも自分の“才能”を持て余してるみたいだからね」

 「えっ・・・!?」

 「キミの幸運は、キミの気持ちに呼応する。それを止めたいんだったら、幸運なんか必要なくすればいいんじゃないの?要は運任せにしてないで行動を起こせってこと」

 「へ・・・こ、行動を起こす・・・?」

 「うぷぷぷぷ♬じゃーねー!」

 「あ」

 

 思いがけずモノクマがアドバイスをしてくれたことと、その意味が分からなかったことで、私は虚を突かれた。あっという間に消えてしまったモノクマに置いて行かれて、私は個室で一人ぼっちになった。

 幸運なんか必要なくするってどういうこと?私の幸運に任せないで行動を起こすって・・・それってつまり・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「不可解だねえ」

 

 ぽつりと一人で呟いた。自分の“才能”の研究室に籠もってあれこれ考え事をするのが日課になってる気がする。趣味の悪い造形がおれの仕事だとは思いたくないけれどお、彫り方といい素材の扱いといい、やけにおれに馴染むんだよねえ。この研究室の鬱屈さもよくよく考えたらあ、しばらく人が出入りしてなくて空気が籠もってるだけでえ、きちんと換気すれば静かで作業に集中できそうな環境だねえ。

 

 「気に入ってくれた?」

 「まさかあ。おれは芸術家だからねえ。合理より感性を優先するのさあ。そこへいくとこの部屋は中の下ってとこだねえ」

 「下の下じゃないだけ、少しは理解してくれてるってことなんじゃないの?」

 「否定はしないでおくよお」

 

 無造作に転がった石膏像の上に座ったモノクマが静かに笑う。いつになく落ち着いた雰囲気で話すモノクマはあ、この研究室の雰囲気に溶け込んでいてえ、まるでこの部屋の一部になったようだった。そう感じるのはおれの感性なのかあ、それとも本当にこの部屋の一部としてここに置いてあったのか。

 

 「ミュージアムエリアにあったあのバカでかい像も気になるところだけどねえ。あんな大仏級の造形をお、たった一人でできるとは思わないよお」

 「ふーん、そ」

 「そもそもこのモノクマランド全体の運営からしてえ、たった一人の人間が管理できる範疇を超えてるよお。それを隠そうともしてないあたりい、おれの知らないオ〜バ〜テクノロジ〜でもあるのかねえ」

 「なんだかいつもと雰囲気違うね納見クン。もしかして覚醒しちゃう?開眼しちゃう?アイデンティティ一個捨ててチート設定ゲットしちゃう?」

 「ははは、面白いこと言うねえ。ホントにおれにそんな力があったらあ、スニフ氏に頼ることなくおれが事件を解決してたよお。おれはただ怪しいと思うことを思ったときに言うだけの脇役が関の山さあ」 

 「ずいぶん自己評価が低いね。“超高校級”のクセに」

 「“才能”とは別問題だからねえ」

 

 星砂氏の裁判が終わるまでは分からないことだらけだった・・・というよりもお、そんなことを考える余裕もなかった。いつ誰が誰を殺すかあ、あるいはそのどちらかはおれかも知れないなんて不安感でえ、明日のことを考えるだけで精一杯だった。それでも呑気なヤツだって思われてたあたりい、おれって相当能天気に見られてるんだろうねえ。

 それでも虚戈氏が殺されたときにおれはあ、それではいけないと強く感じた。誰かに殺されてからじゃあ生き残ったみんなに手掛かりを遺すこともできないしい、()()()()()()()()()って証明することもできない。だから生きてる今の内にい、なるべく情報を集めておかなくちゃあいけない。このコロシアイとモノクマランドの正体についてえ。

 

 「ぶっちゃけ納見クン一人にできることなんて限られてるだろうけど、あんまり嗅ぎ回られるとボクとしても困っちゃうんだよね!」

 「へえ、そんじゃあおれの行動に制限でも課すのかい?」

 「うぷぷ♬それができないの知ってるクセに。イジワルだなあ納見クンは」

 「たぶん()()()()よりもねえ」

 

 思いっきり皮肉を言ってやったけどお、モノクマは相変わらず静かに笑うだけだった。さり気なく複数形にして揺さぶってやろうと思ったけどお、上手く躱されたのか意に介してないのかあ、結局何の反応もなかった。やっぱりおれの推理なんて的外れなのかなあ。

 

 「ま、別に納見クンがみんなより一足先に真相に辿り着いたとしても、みんながそれを信じてくれるかは別問題だしね。そもそも生きてる保証もないわけだし、荒川サンみたいになるのもまた一興、だよね」

 「ふうん、やっぱり荒川氏は真相の一部を知ったんだねえ。だとしたらあ、おれも覚悟を決めないとねえ。どうやって知ったのかは大方予想がつくしねえ」

 「うぷぷぷぷ♬もしコロシアイで困ったら相談してくれていいからね。ボクは古今東西あらゆる人間の殺し方を知っているのです」

 「頼もしくないねえ。ところでモノクマは何をしにきたんだい?」

 「はにゃ?ボクの目的なんてどうでもよくない?」

 「どうでもよくないよお。お前みたいに頭のイカレたヤツと一緒にいるだけでえ、こっちは常に気が気じゃあないんだからあ」

 「辛辣だなあ。納見クンだって、ついさっきまで荒川サンの処刑を見てたってのに、こんなところで物思いに耽ってるんだからさ。イカレてるのはお互い様じゃない?」

 「・・・」

 

 言われてみると確かにそうかも知れない、なんて自己分析できるくらいにはまだ冷静だったけどお、否定できないあたりい、おれも完全に正常ってわけじゃあなさそうだあ。

 

 「ちょっとずつイカレてってるんだねえ。おれもみんなも・・・この“セカイ”も」

 「そうやって意味深なこと言ってボクから情報を引き出すつもりでしょ?そうはいかないよ」

 「どうだろうねえ」

 

 そんな漫画に出てくるような頭脳派の駆け引きはおれには向いてない。せいぜいちょっとしたカマかけくらいしかできっこない。それでも、おれが真相を嗅ぎ回ることが無意味なはずはないしい、もし黒幕がおれを警戒してくれればあ、他の誰かが動きやすくなるってことにもなるしねえ。それが信用できる誰かならいいけどお。

 

 「うぷぷぷぷ♬」

 「本当にい、どこまで見透かしてるのか分からないねえ」

 「納見クンだって、そんな細い目してるから、何を見てるのか分からなくて厄介だよ」

 

 不気味な彫像に囲まれた“才能”研究室で繰り広げられたおれとモノクマの静かなバトルはあ、結局どっちにも何の成果も失敗も与えずに終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか寝てたのかしら。気が付いたら、私は自分の部屋の床の上で無造作に四肢を投げ出してた。まるでその場で操り人形が糸を切られたように。足下に椅子がある。暗い。今は何時?時計が見えない暗闇の中で、モノモノウォッチを見る。

 

 「こんな時間・・・あら?」

 

 あと少ししたら日が昇りはじめるくらいだわ、と思って気が付いた。私の身体に薄いシーツがかけてある。どうしてかしら?なんとかして昨日のことを思い出そうとする。

 昨日の記憶はところどころ曖昧だけど、裁判とおしおきの記憶だけははっきりしてる。思い出したくないものの記憶だけは、強烈に脳に刻まれてしまった。目を閉じても目を開いても広がる暗闇の中に、その光景が蘇る。

 

 「あっ・・・」

 

 やっと思い出した。裁判の後、なんとか部屋に戻ってきて、それから椅子に座ったんだったわ。そこから何にもする気が起きなくて、ただ茫然としてた。自然と眠っちゃって、そのまま倒れたのね。でも、そうしたらシーツは誰が・・・?

 

 「やっと起きたみたいだね!」

 「きゃあっ!!?」

 

 背後から聞こえてきた声に、びっくりしてその場から飛び退く。反射的に身を守ろうとシーツで身体を包んで、部屋の隅に縮こまる。声の主が誰かなんて、聞けば分かる。今、一番会いたくない人だった。

 

 「こんなところで寝てたら風邪引いちゃうでしょ!ボクの優しさに打ち拉がれて涙の一つでも零しなよ!」

 「や、優しさ・・・あっ、もしかしてシーツ・・・」

 「そうだよ!」

 

 私は今まで握り締めていたシーツを丸めて投げ捨てた。モノクマから受け取ったからイヤっていうわけじゃなくて、何が仕掛けてあるか分からないから。それを見てモノクマは明らかに落ち込んで、そばにあったランプの灯りを点けたかと思うと、私が座ってたであろう椅子から飛び降りた。

 

 「で、何の用?って聞きたそうだね!もちろんボクが来たってことは、ただ単に正地サンの健康を気遣っただけじゃないってのは分かってると思うけど!」

 「・・・も、もうイヤよ」

 「イヤ?イヤって何がさ?」

 「コ、ココ、コロシアイよ・・・!あなたはまた私たちを殺し合わせようと、何かするつもりなんでしょ・・・!もうイヤ・・・もうたくさん!!今すぐここから出して!!もういいでしょ!?4回もあんなこと繰り返して、もう十分でしょ!?」

 

 自分でもびっくりするくらい、私の口は思うままを吐き出した。こんな狭い部屋の片隅で、私は縮こまってモノクマが目の前ににじり寄ってきてる。何をされてもおかしくないこの状況で、私は意外にも勇気を出して言いたいことが言えた。そのことに一番戸惑ってるのは、私自身だった。モノクマは、ただくっくと笑っていた。

 

 「いいや、まだまだ全然、これっぽっちも満足なんかしてないよ。それどころかボクは、ちょっとだけ心が折れそうになってるところさ。オマエラの絶望ってこんなもんなのかって」

 「・・・え・・・?」

 「学級裁判を乗り越える度、コロシアイを経験する度、オマエラは絶望に喘いでるけど、ボクからしたらまだまだこんなもんじゃないんだよね。もっともっと大きなものを期待してるわけ!」

 「な、何を言って・・・!」

 「真の絶望はこんなもんじゃないんだよ!もっと途方もなく絶大で!何者も侵せないほど理不尽で!全てを飲み込むほど強力で!!最高に美しいものなんだよ!!」

 

 こんなモノクマは初めて見る。私たちにとってモノクマは絶望の象徴だ。それこそ抵抗を許さない絶大な力で、わけもわからないままこんな理不尽なことをさせられて・・・そんなモノクマが、自分とは違う絶望を語っている。その声は陶酔や恍惚の色が混じりながらも、モノクマ自身、どこかで怖がっているような気がしてくる。そんな矛盾する感情を、このモノクマを操ってる人は持っているってことだわ。

 

 「だから残念だけどまだまだ終わらないよ。真の絶望が生まれるまで、ボクは探求し続けるんだ。もしかしたら正地サンがその絶望になるかも知れないから、風邪なんかでダウンされてたらイライラしちゃうんだよ」

 「け、結局あなたのための優しさじゃない」

 「ったりまえだろ!ただ健康管理がなってないだけで何の生産性もないJKなんか誰も気にしねーっての!」

 

 もう今更、モノクマの身勝手で行き過ぎな物言いに抗議する気も起きない。そもそも、モノクマとまともな会話ができるなんて少しでも考えたことが間違いだったんだわ。私たちとはきっと何かが違う。根本的な部分で狂ってる。そうでもなくちゃ、こんなコロシアイなんてことできるはずがないわ。

 

 「てなわけで、コロシアイに後ろ向きな正地サンのために、ボクがちょっと元気づけてあげようと思ってね」

 「よ、余計なお世話よ。というか、元気を無くしてる元凶はあなたじゃない」

 「正論なんかきいてねーっつーの!いい?あのね、コロシアイがイヤになって落ち込んでるのは正地サンだけじゃないわけ。他のみんなもイヤだと思ってる人はいるわけ」

 「そりゃそうよ・・・」

 「たとえば下越クン!彼は今回、虚戈サンにも荒川サンにも裏切られて、結構精神的に参ってるところだからね!誰かが元気づけてあげないと、何をしでかすか分からないとボクは思うな!」

 「・・・わ、私に、下越くんを励ませって?」

 「どうするかは自由だよ。でも、このままだと何が起きてもおかしくないってのは事実でしょ?」

 

 だから、何が起きてもおかしくないのは、モノクマのせいなんだけど。でも、今まで気丈にしてた下越くんが、裁判中や荒川さんのおしおきの前に取り乱してたのは事実だった。ただでさえ止まらないコロシアイに絶望しかけてたのに、虚戈さんや荒川さんに裏切られて余計に心が乱れてる。まさか誰かを殺すなんてこと考えるとは思わないけど・・・でも、それが甘い考えだって、私ももう嫌と言うほど思い知らされてきた。

 

 「どういうつもりなの・・・?そんなことして、あなたに何のメリットがあるのよ?」

 「うぷぷぷぷ♬希望と絶望は表裏一体、薄っぺらな紙一枚分の違いしかない。大きくて大きくて大きな希望はすなわち巨大な絶望の可能性を秘めてるってことさ」

 「・・・?」

 

 モノクマが言うことは相変わらず意味が分からない。だけどそれだけ言って、モノクマは部屋の闇に溶け込むように消えていった。私は、はじめからひとりぼっちだったように静かな部屋の片隅で、明日からどうすればいいかを考えていた。だけど、どういう結論になっても、黒幕の手の平から抜け出すことはできないんだろうって気もしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体どうすりゃいいんだ、と頭が痛くなるほど考える。なんで荒川はコロシアイを推し進めるようなことを言い残したんだ。そもそもあれは荒川が本当に遺した言葉なのか?モノクマが俺たちを混乱させるために適当にでっち上げたんじゃないのか?だとしたら荒川が本当に遺したかった言葉はどこにあるんだ?わざわざサービスした意味がないじゃんか。でも、荒川があんな言葉を遺す意味が分からない。

 

 「クソッ・・・!」

 

 洗面台の鏡に映る自分の顔は、生気を喪ってゾンビみたいになってた。蛇口から流れてきた水がどろどろの渦をなして排水溝の闇に消えていく。それをただなんとなく眺めてると、思考がどんどん削ぎ落とされていく。何も考えないまま、ただ時間だけが過ぎていく心地よさに溺れそうになる。

 

 「はぁ・・・」

 

 何も考えたくない。何もしたくない。何も見たくないし何も聞きたくない。このままこの部屋で眠って、気の済むまでそのままでいたい。もう俺は疲れた。コロシアイも、それを止めようと気を揉むのも、誰かに期待されるのも、誰かのために頑張ろうとするのも。本当は俺は、そんな人間じゃない。そんなにできた人間じゃない。

 こんなことになるなら、最初に仕切りみたいなこと言い出すんじゃなかった。なんでか、俺がしっかりしなきゃと思って声をあげて、みんなに頼られて、結局失敗したけど寝ずの番にも名乗りを上げて・・・完全に調子に乗ってた。

 

 「遅ェよな・・・後悔なんて」

 

 自分の甘さを、弱さを、脆さを、一番理解してるのは自分自身だ。頭の中で意味の無い泣き言を繰り返す自分に、冷静で冷徹で冷酷な言葉を呟く。言い訳めいたその言葉を聞いて、洗面所のドアの向こうからきゃっきゃっと笑う声がした。それに少しだけ驚く自分に気付いて、まだ正気を保ってることに嫌気が差す。

 

 「いやあまったく情けない姿だね、雷堂クン。こんなのみんなが見たらきっとショックだよ!みんなは雷堂クンのリーダーシップを頼ってるのにさ!」

 「リーダーシップなんてねェよ・・・俺はそんな、人を引っ張るような人間じゃねェんだ。みんな勘違いしてンだ」

 「そうやって勘違いさせたのは誰なのさ。みんなの不安に付け込んでリーダーに躍り出て、形だけのアピールで寝ずの番なんて引き受けて、一人で悦に入ってたんでしょ?」

 「・・・」

 「否定できないんだね!うぷぷぷぷ♬ホントに雷堂クンって、しょうもないよね!」

 「ああ・・・どうしようもねェな」

 「星砂クンだって、キミに助けてほしかったのにさ!キミが彼を引っ張って活躍させてあげられてたら、彼の自尊心も少しは救われたかも知れないのにね!」

 「ああそうだな・・・俺は、あいつを救えなかった。茅ヶ崎も救えなかったし、相模も、虚戈も救えなかった。誰1人、俺の目の前で助けを求めてたヤツに気付くことすらできなかったんだ」

 「まったく、何が“英雄”だよ!何が“超高校級”だよ!あ、()()()()()()んだったね!」

 「・・・そうだ。俺は・・・“英雄”なんかじゃねェ」

 「つまんねえなオイ!!」

 

 モノクマの言うことは、的を射ていた。だから否定しないで同調してた。俺にとってはそんなの、もうどうでもよかった。いくらバカにされようが、なじられようが、非難されようが、それは全部事実だから。俺は人に誇れるものもないし、人と比べる何かもない。星砂は何にでもなれて自分を見失ってた。俺は何にもできなくて自分を見つけたことすらない。

 

 「そこは否定してこなくちゃ、ボクがいじめてるみたいじゃないか」

 「大して違わねェだろ」

 「あーもう、今のは猛反発して『いじめられてる覚えもねえよ!』って来なくちゃ。そしたら『あんまりムキになるなよ。いじめられて見えるぞ』ってパロパロな件をやるところでしょうよ。雷堂クンってホントにつまんないヤツだよね。そういうところだぞ」

 「何言ってるか分かんねェ」

 「その乱暴な言葉使いも、みんなの前では抑えてるんだよね。そうやって自己肯定感低いくせにいい格好しぃなの、矛盾してると思わないの?」

 「矛盾だらけだよ。俺が“超高校級のパイロット”なんて呼ばれてること自体が・・・もうな」

 「うぷぷぷぷ♬それは単なる自己否定?それとも、自己弁護?」

 「・・・」

 

 今でもときどき夢に見る。英雄だと、奇跡だと、伝説だと騒ぎ立てるあの事件がフラッシュバックする。あのとき何があったか、それを知るのは何人かしかいない。それでいい。誰も知らないままで、あの事件は終わりでいい。その真相までを俺の『弱み』にしなかったのは、モノクマのミスなのだろうか。

 

 「でもそろそろ逃げ回るのも限界じゃない?極サンはお前の『弱み』を知ってるわけだしさ。嗅ぎ回られると困るんじゃない?邪魔じゃない?」

 「・・・コロシアイさせようったって、俺にはそんな根性すらねェんだよ。もう、放っといてくれ」

 「とことんつまんねーな。なんでこんなのが生き残って、星砂クンみたいなのがさっさと死ぬんだろうね。もっと暴れ回ってくれてたらなあ」

 「もういいだろ。俺はお前の期待にも応えられないクソ野郎だってことだ。本当に・・・全部なかったことにして消えちまえればいいのにな・・・」

 「あーもう!イライラすんなお前!!」

 「ぐおっ!?」

 

 いきなりモノクマに跳び蹴りされた。イライラするなんてことは自分でよく分かってる。自分のダメなところはよく分かる。だから否定する。そうやって自分を否定する自分が嫌いで、ますます世界は暗くなる。そんな俺の態度がモノクマの怒りに触れたのか、顔を真っ赤にして俺に馬乗りになった。っていうかこんなちっこいヤツに蹴倒される俺もどうかと思う。

 

 「どんだけ根性ないんだよお前はあ!コロシアイしたくないって言うだけならまだしも、そのテンションだと明日から何もしないでいる気だろ!部屋に閉じこもるテンションだろ!」

 「そ、そんなの・・・俺の勝手だろ。お前がなんでそんなこと気にすンだよ」

 「お前が部屋に閉じこもったらコロシアイのチャンスが減るだろうが!それに、分かってるでしょ?雷堂クンはみんなにとってのリーダーなわけ。キミが自分のことどう思ってるかは関係なく、みんなにとってはそういう存在なわけ」

 「それは・・・!」

 「この重荷を極サン1人に背負わせるわけ?うぷぷ♬それはそれで何かが起きそうだけど、でもキミの居場所はなくなっちゃうんじゃないかな?所詮は英雄でもない、リーダーでもない、嘘と虚栄と欺瞞だらけの雷堂航クンは、どうなっちゃうのかな?」

 「・・・」

 「ま、最終的にどうするかはキミ次第だけどね。ボクとしてはどっこいどっこいだと思ってるよ。つまるところキミは、他人のために何かをするような人間じゃないわけだし。星砂クンを救えなかったことだって、()()()()()()()()んでしょ?」

 

 みんなが俺のことをどう思ってるか、それは自覚してる。それは俺が仕向けたことだからだ。今になって後悔したって遅いことも分かってる。もし俺の本性が知られたら、みんなから幻滅されることだって分かってる。嘘と、虚栄と、欺瞞・・・あながちモノクマの言うことも間違ってないかも知れない。

 

 「どこまで知ってるんだよ、お前。エスパーか何かか?」

 「うぷぷ♬ボクはこのモノクマランドのことなら、なんでも分かるんだよ」

 

 俺の腹の上から飛び降りて、モノクマは笑いながらドアの向こうに消えていく。結局俺に何をさせたいのか分からなかったけど、俺がこのまま部屋に閉じこもってて状況が良くなるとは思わない。だからと言って、俺がこの状況に対して、みんなに対して何ができるっていうんだ。結局のところ、俺は何もできない。

 

 「何もできない、なんてことはないんだよ」

 「まだいたのかよ」

 「いつかできないなりに、何かをせざるを得なくなる。何もしないでいられる内はまだいいよ。できもしないことをせずにいられない、そこからが本当の絶望は始まるんだ。うぷぷぷぷ♬期待してるよ雷堂クン」

 

 モノクマがわざわざ戻って来て言ったのは、意味の分からないことばかりだ。期待してるなんて言われても、俺はコロシアイなんかしない。それは初めの頃に言ってたような意味とは違うけど、結果が同じだからまだいいだろ。

 何もかもがどうでもよくなって、俺はそのままそこで大の字になって目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしても、思い出せねえモンがある。どんな見た目か、どんな種類か、どんな香りで何を使ってるのか、いつ食べたのかも分からねえ、思い出せねえ一皿だ。オレが“超高校級の美食家”なんて呼ばれるのは、きっとその一皿に出会ったからだ。あれに会ってからオレは、食べることが好きになった。

 

 「これでもねえ・・・」

 

 真夜中の厨房で、1人延々と食材を弄っては味見をする。ここに来てから、いやここに来る前から、思い付いたようにときどきこんなことをする。モノクマのヤツが『弱み』とかなんとか言ってバラしてからも、特に誰にも迷惑かけるわけじゃないからときどきやってる。

 

 「・・・」

 

 1人で黙々と作業しては味見を繰り返す。フライパンを振ってる間は、菜箸でかき混ぜてる間は、手の中で生地を転がしてる間は、辛いことを忘れていられる。ここに来てからは、前よりもこうすることが増えた。

 

 「しっもごっえくーん!!現実逃避は順調ですかー!?」

 「テメエが厨房に入るんじゃねえよ!!」

 「うあーっ!」

 

 いきなり厨房の使ってない鍋の中から出て来たモノクマを、鍋をひっくり返して厨房から追い出す。こいつの言う通り、こんなのただの現実逃避だ。そもそも食べた記憶すら曖昧な一皿を再現しようなんて、究極まで暇じゃねえとやろうとも思わねえ途方もないことだ。それでも何度もやってンのは、美食家って“才能”だけじゃなくて、コロシアイなんて現実から逃げようとしてるんだ。オレにだって、それくらいの自覚はある。

 

 「オレの前から失せろクソクマ野郎!お前がいると飯がマズくなるだろ!」

 「深夜だってのによく食べるしよく怒鳴るなあもう。うぷぷ♬それにしても下越クンはホントに無駄な足掻きが好きだよねえ」

 「あ?」

 「自分でいつ食べたかも覚えてない、そもそも食べたかどうかすら不確かな、究極の一皿をこうやって探し求めるなんてさ。ボクだったら絶対やらないな!」

 

 今まさに茹であがりそうになってるマカロニの鍋を見て、モノクマがからからと笑う。フライパンで湯気を立ててるベーコンチーズ入りのクリームソースと、黒胡椒の代わりに山椒を振ってさっぱりと和風に仕上げる。モノクマを無視してそれを一口食べる。やっぱりこれじゃない。一手間加えてあれこれ変えてみるけど、やっぱりオレの舌が覚えてる記憶には程遠い。

 

 「そんなことしても目の前の問題は何も解決しないのにさ。まったく、どうしてこんなに惨めになっちゃったのかなあ下越クンは」

 「クリーム系じゃねえのかな・・・」

 「無視やめてくんない?」

 「うるせえな。お前なんか無視してちょうどいいくらいだろ」

 「ちょっと何言ってるかよく分かんない」

 

 ったくうるせえクマだ。オレよりこいつの言ってることの方がよっぽど意味が分からない。自分で現実逃避って理解してるのにそれを邪魔しに来て、無理矢理オレを現実につなぎ止める。ほんのちょっとの間だけ、嫌なことは全部忘れてたいってのに、それもさせない。なんなんだこいつは。

 

 「オマエラの記憶の話をしてんだよ!下越クンは理想の一皿を追い求めてるかも知れないけど、惨めにもそれは下越クンが現実逃避のために造り上げた妄想でした、ってそういう可能性もあるよってこと!」

 「よく分からん。究極に美味いもん作ろうとするのは料理人として普通のことだろ」

 「そりゃ普通だけど、ゴールが本当にあるかどうかも分からないでしょって言いたいのぼかぁ」

 「どういうことだよ?」

 「さっき言ったわ!だから、本当は全部嘘っぱちなんじゃないの?って言って不安がらせたかったんだよ!こんなに伝わらないし聞く気もないヤツはじめてだよ!」

 「お前の話をまともに聞いたら損しかしねえって、もう何回も思い知らされてるからな」

 「聞かないでする損よりも、それはマシなもの?」

 

 今度こそ、モノクマが何の話をしてるのか分かった。結局、4つめに配られた動機をまだ受け取ってないのは、オレだけになった。一緒に見ないと約束した虚戈は、オレを裏切って見て、そして荒川に殺された。荒川が殺人を決意したのも、虚戈が殺される覚悟を決めたのも、全部モノクマの動機が原因になってるはずだ。だからオレはそんなものいらない。人を殺す理由なんて、欲しくない。

 

 「だけど、キミだけ真相から置いてけぼりにされるよ?」

 「真相?」

 「うぷぷぷぷ♬ボクもそろそろオマエラにヒントをあげようと思ってね。知りたいでしょ?このモノクマランドの秘密とか、外の世界のこととか、ボクの正体とか」

 「お前がよこすヒントなんて、あてに出来るか」

 「まあそう思うのが普通だよね。でもボクだって、一方的な蹂躙とか嘘の情報で混乱させたりなんて、そんなヌルゲーじゃ満足できないんだよ。いっそのことオマエラに全ての真実を明らかにされて負けても、それはそれで絶望的だと思わない?」

 「知るか」

 「だから、下越クンにも頑張ってほしいわけ。キミだって易々と殺されるつもりはないんでしょ?生き残ろうって気はあるんでしょ?だったらいずれはボクとの直接対決にも参加するってことでしょ?」

 「なんだよ直接対決って」

 「それはそこまで生き残ってのお楽しみ!ともかく、キミもそろそろ本格的にコロシアイに参加してもらわないと困るんだよ。そろそろ交ざれよ!ってコト」

 「余計なお世話だバカ」

 

 交ざりたくねえっつうんだよコロシアイなんか。それでも、このモノクマランドにいる限りはどうしても関わらないでいられない。止めようったってオレにできることは、ただ飯を作ることだけだ。今じゃそれすらしなくなってるが、そうなるとオレがここにいる意味ってなんなんだ。

 

 「うぷぷぷぷ♬全ての答えはオマエラの記憶のそばに・・・もしくは直接対決の後、だよ」

 

 それだけ言ってモノクマは冷蔵庫の向こう側に消えていった。ゴキブリか。それにしたって、記憶のそばってなんだ?記憶の中ならなんとなく分かるけど、そばってどういうことだ?

 ぼんやり考えてると、眠気も相まってふらついてくる。もう今日は部屋帰って寝るか。そうしたら、また明日が来る。希望の見つからない、真っ暗な明日が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 溜めておいた水を湯沸かし器で沸騰させ、ハンドタオルを浸けてそれで身体を拭く。熱い湯が浸みたタオルが汗とともに疲れを絡め取っていく。すっかり慣れたこの入浴方法で、この油断ならない日常を私はやり過ごしていた。風呂に入っている間は、誰もが無防備に肌を晒す。須磨倉がいとも容易く破ったように、このホテルの個室の鍵は全く信用ならない。睡眠すら、まともに取れていない。

 下着だけになり、肩から鎖骨にかけてをゆっくり温めて癒す。そのとき、背後に気配を感じた。

 

 「今日も極サンはご機嫌うるわ」

 「ッ!」

 「ヒェッ・・・!!」

 

 側にあった歯ブラシを声の方へ投げる。真っ直ぐに投げつけた歯ブラシが、モノクマの首元を掠めて壁に刺さる。通ってもいない血を引かせて、モノクマは青い顔のまま固まっていた。すぐに上着を羽織って身構える。

 

 「普通の歯ブラシを手裏剣にするとかどんな技術!?チートだろ!」

 「何をしにきた」

 「い、いやあのですね・・・4回目の裁判が終わったことですし、荒川サンの遺言もあるですし、みんなどんな感じでこの夜を過ごしてるかと思いましてですね・・・」

 「そんなものは監視カメラを通して筒抜けだろう。わざわざ出向いてくる理由はなんだ」

 「こえぇ・・・!」

 

 怖がるくらいなら出て来なければいい。鍵付き扉を突破した様子もないから、はじめからこの部屋にモノクマ自体が仕掛けられていたか、誰にも見つからない抜け道があるのか。

 

 「あのね極サン。キミはちょっと他のみんなと違ってコロシアイで有利な経験があるでしょ?」

 「・・・貴様に隠すつもりはないがな。どうせ全て知っているのだろう」

 「うん知ってるよ!極サンがみんなに話してない、その()()についてもね!」

 「正体、ときたか。ということは、やはり貴様はこの()()を知っているということか。わざわざあんなものまで用意して・・・あからさまに私を邪魔物扱いしてくれるな」

 「だから、極サンは他の人たちと違って、命のやり取りをここに来る前からしてたでしょ。公平を期すためには不公平も必要なんだよ。怒らないでね」

 「今更、貴様のその程度の行いに腹など立たん。用を済ませてさっさと帰れ」

 「別に用があるってわけじゃないんだけど、極サンにちょっと聞いておきたいことがあってさ。いつまでキミの過去のことは隠しておくわけ?っていうか半分以上隠せてないけど」

 「貴様には関係ない」

 「隠し事がヘタだよね、極サンって。隠し事をするときは、何か隠してることを悟られないのが一番大事なのに、強引に自分は普通の女子高生だって納得させようとしちゃってさ。逆に普通じゃないよ」

 「そんなことはどうでもいい。私が軽率だっただけだ」

 「今時の女子高生がいくら進んでるって言ったって、さすがにこんな」

 「私に触るなッ!!」

 「うひゃっ」

 

 笑いを堪えるようにしてモノクマが言う。口から漏れてくる空気は愉悦の感情を含んでいて、私同様自分の気持ちを隠し切れていない。のっそり私に近付こうとするモノクマを声だけで制し、私は洗面所を後にする。まだまともに身体を拭けていないが、後は明日やればいい。今はとにかくこいつとの会話をさっさと終わらせることだ。こいつと話していると、余計なことまで知ってしまいそうだ。

 

 「薄汚い手で軽々しく私に触れようとするな・・・!!」

 「薄汚いのはどっちの手だろうね」

 「ッ!!」

 「うっぷっぷっぷ♬そんな見え透いた脅しはもう効かないよ。校則がある限り、キミはボクに手を出すことはできない」

 「死を恐れていれば、な」

 「それくらいシンプルな話だったら楽だったよね」

 

 モノクマは全てを見透かした上で行動している。私が自分の死を恐れているか否かなど関係ない。ここで私がモノクマに手を出して処刑されたとして、何の意味もないことだ。雷堂たちはただ隣にいる1人を喪うだけだ。それこそ、荒川のように何か手掛かりを遺すこともなく。

 

 「私を怒らせるためだけに来たのなら、もう十分だ。もとより貴様には一部の情けをかけるつもりもなかったが、今のやり取りで心に決めた。貴様は絶対に私の手で息の根を止めてくれる」

 「それができるといいけどね。うぷぷ♬」

 

 相変わらずふざけたヤツだ。モノクマは本当に私を怒らせるためだけに現れたようで、ひとしきり私をバカにしたかと思うとそのまま部屋の扉を開けて出て行った。後に残るのは私の怒りと、ヤツの言葉だけだ。

 ヤツの言うことに私が腹を立てるのは、それが的を射ているからだ。私の手は薄汚れている。私はまだ雷堂たちに話していないことがある。私はここに来る前から、命のやり取りをしていた。それは紛れもない事実だ。否定するつもりはない。だが心のどこかで、それをなかったことにできればと思ってしまっている。その甘い考えに付け入られないように、せいぜい気を付けるしかないだろう。




8月中になんとか投稿できてよかった。
幕間です。話が進んでいるのか進んでいないのか。この辺りの調整は非常にむつかしいですね。


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第五章『縋る大望狂わしき』
(非)日常編1


【タイトルの元ネタ】
『津軽海峡・冬景色』(石川さゆり/1977年)


 また朝がやってきた。幾度のコロシアイを経て、一休みしたいと思う私たちの思いとは裏腹に、時間は残酷なほど平等に流れていく。時間が経てば何もしなくてもお腹は減ってきて、厨房で下越君が朝ご飯の支度をする軽やかな包丁の音とコーンスープの温かく胸に染み入るような香りが、自然と足を食堂に向かわせる。

 だけど、星砂君の裁判の後で、私たちのために料理を作ることを止めた下越君が、どうしてまた朝ご飯の支度なんかしてるんだろう。自分のための料理だとしたら、まだコロシアイが起きる前のあの下越君からはだいぶ変わっちゃったな、なんて朝から悲しくなる。

 

 「・・・おはよう」

 「Good morning(おはようございます)です、こなたさん」

 「おはよう」

 

 私より先に来てたのは、スニフ君と極さんの2人だけだった。奥ではまだ包丁がまな板を叩く音がするから、下越君もいるんだろう。私が来てから少しして、正地さんと雷堂君がやって来た。納見君もその後ほどなくしてからやって来て、これで全員が揃った。そう。たったこれだけで、全員だ。

 

 「・・・」

 

 食堂の空気は重い。前みたいに励ましてくれそうな下越君には、もうあんまり期待はできない。期待ばかりしてたらいけない。だったら私がみんなを元気づけよう、なんてそんな気にもならない。友達を、仲間を、大切な人たちを10人も喪って、何を言ったって気休めにしかならないような、そんな気分だ。

 

 「おっ、全員揃ってんな。色々あったけど取りあえず食えや。飯食わねえとやってらんねえだろ」

 「テルジさん、もうCooking(料理)ダイジョブなりましたか?」

 「ま、大丈夫かそうじゃねえかで言ったら、かなり辛ェ。また2人分、分量が減ったしな。もうテンションで誤魔化すのも限界だ」

 「その割には吹っ切れたような顔してるけどねえ」

 「諦めたんだよ。ただ落ち込んで部屋に閉じこもったりしてたら、ここにオレがいる意味が本当になくなっちまう。もし今後お前らの中でコロシアイが起きるとしても、オレは今目の前で腹を空かしてるヤツを放っておけねえ。それだけは間違いなくオレの気持ちだからな」

 「・・・信じ抜くことを諦めた、か。ある意味では成長かもな」

 「でもまあ辛ェことに代わりはねえから、もしかしたら途中で投げ出すかも知れねえぞ。それだけは知っといてくれよな」

 「うん、下越くんが自分なりにその辛さに向き合おうとしてるなら、私は応援するわ」

 「俺もだ。いつもありがとうな下越」

 「私も、いつも美味しいご飯ありがとう、下越君」

 「・・・なんか改めて言われっと照れるな」

 

 困ったように頭の後ろをかきながら、下越君は厨房に戻っていった。辛いことがあったのは消せない事実、それを受け止めて、辛いことを隠さない、辛いことを我慢しないって決めた下越君は、なんだか逆にすっきりした顔をしていた。ひとまず前みたいに私たちでサポートしてあげる必要は、今はないみたい。

 そんな下越君に触発されたのか、暗い顔をしてた極さんやスニフ君も顔をあげて、フルーツヨーグルトを自分のお皿によそっていく。

 

 「テルジさん、Honey(はちみつ)ください」

 「ん?出てんだろ?」

 「ここにある。雷堂、渡してやれ」

 「え。ああ、これか。ほらスニフ。グラス袖にひっかけんなよ」

 「Thank you(ありがとうございます)

 「雷堂氏、袖にケチャップ付いたよお」

 「っあ、しまった・・・。はあ、またクリーニングかよ」

 「だらしないヤツだな」

 「悪い」

 

 高い空と同じ青色のスーツの袖の一部が、鮮やかな赤色で塗り潰されていた。極さんがそこをティッシュで拭ってあげてた。雷堂君はバツが悪そうにして、ため息を吐きながらスクランブルエッグを口に運ぶ。

 その光景を見て、私の意識は相変わらずちょっと抜けてる雷堂君のことよりも、自然にその袖を拭ってあげた極さんの方に向いていた。胸の真ん中がぎゅっと握りつぶされるような、月並みだけど、そんな感覚がした。仲が良いとか、息が合ってるとかそんなレベルじゃなくて、そうすることが自然みたいな。あっ、いけないいけない。今はそんなこと考えてる場合じゃない。

 

 ───キミの幸運は、キミの気持ちに呼応する。それを止めたいんだったら、幸運なんか必要なくすればいいんじゃないの?要は運任せにしてないで行動を起こせってこと───

 

 「!」

 

 昨日、モノクマに言われた言葉が頭の中でリフレインする。私がこんなこと考えてたら、次に何が起きるか分からない。少なくともいま()()が起きたら、極さんがそれに巻き込まれる。そんな確信があるっていうことは、もうモノクマに操られてるのと同じなのかも知れない。

 

 「ところでさあ」

 「そろそろだな」

 「ァボクのワンマンショータイムだね!みなさんおまっとさんでしたーーー!!ここからはボクが、この弛みきった空気をビシッと引き締めて、オマエラのコロシアイライフを次の展開へビシッと導いてあげるよ!」

 「1つの台詞にビシッて二回も言うなよ」

 

 納見君と極さんの言葉を前ふりみたいにして、モノクマがテーブルのど真ん中に飛び降りてきた。慌てて下越君と正地さんがお皿を動かしてなかったら、ケーキバイキングの真ん中に突っ込むところだった。いつになくアクロバティックな登場だけど、もう私たちの誰も、モノクマが登場したこと自体には驚かなかった。いつものことだ。裁判の翌朝の朝食会のときに、モノクマは私たちに新しい情報を持ってくる。それはいつでも一縷の希望もない、絶望への呼び水だ。

 

 「今度はどこのエリアを開放したんだ。手短に話せ」

 「もう極さんってば、先に全部言っちゃうんだもんな。空気読めよ!そんなんじゃ普通の女子高生たちから浮くぞ!」

 「・・・捻り潰してくれようか」

 「お、落ち着いて極さん。まともに取り合ったら負けだって」

 「さて、KY(空気読めない)JK(女子高生)CO(カミングアウト)してしまいましたが、お察しの通りエリア開放のお知らせだよ。うぷぷ♬だけど今回のエリアは、オマエラにとってはただの新エリアってことにはならないだろうね」

 「What do you mean(どういうこと)?」

 「それは行ってのお楽しみだよ。もう人数も少ないし、全員で行ってみたら?今回はそうだなあ・・・倉庫エリアの奥から行けばいいんじゃない?」

 

 モノクマの含みのある言い方からは、嫌な予感しかしてこない。新しいエリアには発見なんかなくて、この無限に続くようなモノクマランドの広さを再認識させられるだけだ。今日のモノクマの発言で納得できるところがあるとすれば、数が少ないから全員で探索してみるっていうことだけだ。たった7人じゃ、チーム分けして後から報告しても、まとめて行っても効率はそれほど変わらない、と思う。だったら全員がまとまって行動した方がいい、はずだよね。

 朝ご飯を片付けて、私たちはモノヴィークルで倉庫エリアの奥へと出発した。暗くてどこまでも続くような気がする倉庫エリアを、モノクマが取って付けた案内看板に従って進む。すると。倉庫の暗がりに隠れてたゲートが姿を現した。

 

 「この道順で行かないと辿り着かないようになってたんだねえ」

 「っていうか、このエリア行こうとしたら毎回こうしなきゃいけないのか?面倒さしかないな」

 「それだけ私たちに隠したいエリアってこと?」

 「でもボクらにOpen(開放)しましたよ」

 「うん・・・もう人数も少ないから、隠すより開放しちゃった方がいいってことなのかな」

 「行ってみれば分かることだ。開けるぞ」

 

 極さんと雷堂君が先頭になって、ゲートを押し開ける。扉の隙間から光が漏れ、倉庫エリアの暗がりに慣れてた私たちの目を突き刺す。さび付いた金具が軋んで不快な音をたて、流れ込んできた風が肌や髪にべたつく。だれかが呟いた。

 

 「潮の匂いだ」


 ゲートが開ききって、私たちはその先のエリアにモノヴィークルを進めた。でもすぐに降りて、そこから先の景色をただ茫然と眺めていた。それは、思いもしなかった光景だったからだ。

 倉庫エリアへと続くゲートのすぐ前には、モノヴィークルを走らせるためのアスファルトが道を為していた。常夏を思わせるヤシの木が道沿いに等間隔でそびえ、景色の奥から吹いて来る風が穏やかに葉を揺らしていた。ヤシの木の向こう側は足跡が1つもない砂浜で、白い線が左右にどこまでも伸びて波打ち際をなしていた。空から照りつける太陽を反射して水面はきらめき、一定間隔で繰り返す波の音は静かながら力強く、こんな状況じゃなければきっと思いっきり羽を伸ばせてたんだろうなんて思う。

 この浜辺を構成する全ての要素が、今の私たちにとっては、()()()()()()にしか感じられなかった。

 

 「な・・・なに、これ?」

 「・・・海だねえ」

 「うむ。塩辛い。田園エリアのような作り物ではなさそうだ」

 「ウソだろ・・・!?なんだよこれ・・・!?」

 

 広大な世界の片隅にいるような、自分が途轍もなく小さい存在になってしまったような不安感。視界を大きく横切る水平線の向こうには、きっと島があるはずだ。大陸があるはずだ。あったとして、その距離は?そんなところまで、どうやって行くっていうの?

 

 「まだ結論を出すのは早い・・・まあ、もう出ているも同然なのだが。ひとまず、モノヴィークルでこの道を行けるところまで行ってみよう」

 

 打ち拉がれる私たちの中で、極さんだけは唯一冷静だった。ゲートの前に横たわる道は、緩やかにモノクマランド側にカーブを描いて、先が見えない。それは前も後ろも同じだった。このまま進んでどこに辿り着くのか、ひとまず私たちは、この『パシフィックエリア』を探索することにした。

 

 「言っておくけどお、船を造るところまではなんとかなるよお。おれとスニフ氏、後は雷堂氏が協力すればねえ」

 「お、俺も?」

 「流体力学の知識や天候、風のことなんかは雷堂氏が一番詳しいだろお?実際の計算はスニフ氏にしてもらってえ、おれがそれを実現できる完璧な造形ができるはずだよお。材料はまあ、なんとか揃えるけどもお」

 「じゃ、じゃあこっから脱出できんのか!?」

 「問題はあ、モノクマはそれを承知でこのエリアを開放したってことだよお。まだ掟に変化はないみたいだけどお、いずれ出航を禁止する掟が出来てもおかしくないしい、そもそもさっきから船影はおろか他の陸が全く見えないねえ。こんな状況での出航はかなりハイリスクだよお」

 「っだよ!だったらなんで言ったんだよ!無駄に期待持たせんじゃねーよ!」

 「後から言うより先に言っておいた方があ、まだ精神的ダメージが少ないと思ってねえ。名案を潰されるっていうのはかなりのストレスだしさあ」

 「つまり、ここからの脱出は不可能じゃないけど、現実的じゃないってことだね」

 「それこそ、奇跡か幸運に賭けるしかないくらいにはねえ」

 

 モノヴィークルを走らせながら、納見君が先手を打って私たちに話す。確かに、さっきから走ってて右手に見える景色はずっと変わらない。これじゃあどっちに行けば陸が近いのかも全然分からない。それに、ずっと同じ景色が続いてるのは右側の海だけじゃない。前に続いてる道路も全く変化がない。頭の中で自分たちの移動した軌跡を描くと、すぐに答えに辿り着く。

 その答え合わせをするように、ようやく前方にあるものが見えてきた。それは、私たちの心をへし折るのには十分過ぎるくらいに、見覚えがあった。

 

 「倉庫エリアのゲート・・・やっぱりかよ」

 「あぁ!?オレらはゲートから左に出てったはずだろ!?なんで右側から帰ってくるんだ!?」

 「要するに、このパシフィックエリアは、モノクマランドを大きく囲む、環状のエリアということだ。私たちは今、それを一周してきたのだ」

 「マジか!」

 「途中、ところどころにゲートがあった。色んなエリアから行き来できるみたいだ」

 「ここって、モノクマランドの一番外側よね?もうモノクマもネタ切れっていうことなのかしら」

 「失礼な!ネタ切れなんかじゃないよ!まだコロシアイもせずに脱出しようなんて甘いことを考えてるヤツがいるかと思って、完全にその心をへし折ってやろうと思っただけだよ!ホラ、いざ脱出の手立てを考えて、でもまさかモノクマランドが、絶海の孤島だったなんて知ったら凹むでしょ?可哀想だから先に言っておいてあげようと思って」

 「どっかで聞いたようなこと言うねえ」

 「で、これが今回の開放エリアというわけか」

 「それだけじゃないよ!そんじゃ、お次は西の浜へ行ってみようか!」

 「西の浜?」

 「パシフィックエリアはどこも同じ見た目だから、方角で便宜的にエリアの中を分けた方が分かりやすいでしょ。ここは東の浜」

 「なら植える木を変えるなりして、変化を付ければよかったんじゃないのか?」

 「なるほど!頭良いね雷堂クン!」

 

 興奮したモノクマが、ものすごいジャンプをして雷堂君の肩を叩いた。とにかくモノクマは私たちに、西の浜に来て欲しいみたいだった。モノヴィークルを使えば5分くらいで着いちゃうから、私たちは言う通りに移動した。ランド内を移動しようとすると障害物が多いけど、パシフィックエリアなら道を迷いようがないから、ちょっとだけ楽に感じたり。


 西の浜のゲートは、まだ私たちが行ったことのないエリア、今回パシフィックエリアと同じく新しく開放されたエリアに繋がってた。全員が集まったのを確認してモノクマがそこを開いた。そこは、なんだかよく分からない設備やメーターや機械がたくさんあった。

 

 「じゃじゃじゃじゃーーーん!!ここがオマエラの健康で文化的な最低限度の生活を支えている、『インフラエリア』でーす!」

 「社会科見学じゃないんだから、こんなの見せられても別になんとも思わないよ」

 「ガスは天然、水は海水を濾過、電気は波力や風力、太陽光から生産するクリーンエネルギーを導入!この狭いエリアの中で、オマエラ17人がいくらでも生活できるようインフラを支えてたんだよ!すごいだろ!」

 「そう言われるとすごいかも知れないけれど、よく分からないもの」

 「インフラって言うならあ、今の時代ネット環境もインフラの1つに数えてもいいんじゃあないかい?ここじゃああんまり意味なさそうだけどお」

 「ぐぬぬ・・・!これだから環境問題に関心のない現代っ子はあ・・・!いいか!オマエラの数世代前はなあ!こんなインフラが整備される前、水も電気もガスも当たり前じゃなかった時を生きてたんだぞ!ありがたみを感じろ!」

 「そう言われてもわからないですよ」

 「うん。生まれたときから当たり前だったものをありがたがれって言われても」

 「ゆとり乙!!」

 

 なんだかいつもよりモノクマのテンションが高いような気がする。それはさておき、私たちはみんな、物々しい音と熱を吐き出しながら動く設備の迫力に圧倒されながらも、いまいちその凄さは理解できずにいた。クリーンエネルギーっていうのは、良いことだと思う。

 

 「ちなみにここのエリアは入ってきてもいいけど、生活基盤を支える重要なエリアだし危険も多いから、必ずボクの同伴が必要になるから!水道に毒を混ぜて無差別殺人なんかされたらたまんないし、勝手にいじるのもダメだから!」

 「じゃあホントにただのSocial studies tour(社会科見学)ですね」

 「はい、じゃあ次はこっちのエリアだよ!みんなボクについてきて!」

 

 本当に社会科見学みたいに、モノクマは走って私たちを誘導する。モノヴィークルで追いかけても追いつかないほどのスピードで走れることがちょっと意外だった。インフラエリアを通り過ぎて、その先にあるファクトリーエリアを抜けてテーマパークエリアに出た。そこからまたいくつかのエリアを抜けて、田園エリアの近くまでやってきた。そこにもまた、開放されてなかったゲートがあったはずだ。

 

 「はい!このモノクマランドでまだ開放されてないのは、あとここのエリアだけだよ!」

 「つまり、最後のエリアってことか」

 「バカみたいにデカいと思ってたけどお、ようやく全貌が明らかになったってことだねえ」

 「こなたさん、ボクの後ろにいてください。Danger(危ない)です」

 「うん、ありがとう」

 「うぷぷ♬そんじゃあ行ってみましょうか!最後のエリア、オープン!」

 

 モノクマの掛け声に合わせて、ゲートが開き始めた。ゲートの向こう側には田園エリアと同じくらいの広いエリアが待ち構えていて、そよ風に乗って土の香りがした。陽の光をたっぷり浴びた大地は、どことなく心を落ち着かせる不思議な感覚がした。

 景色の奥にはビニールハウスの群れが見えて、手前の畑は青々と茂った野菜の葉っぱが、美しい幾何学模様を描くように並んでいた。風に稲がそよいでキレイな波が田んぼを横切っていく光景が、すごくキレイだった。まだこんなに広いエリアが残ってたなんて。

 

 「じゃーん!ここがオマエラの食を支える『農耕エリア』でーす!」

 「食!?ってことはあの野菜や穀物はここで作ってたのか!」

 「そうだよ!こんな絶海の孤島にどうやって食べ物を持ってくるっていうのさ。自給自足ができる設備は整ってるに決まってるだろ!ビニールハウスで年中変わらない食事ができるし、空間ごと徹底的に管理することで農薬0を実現しつつ安全な作物を生産することができるようになった、ボクのハイパーテクノロジー!どう?すごいでしょ?」

 「今までこのエリアが閉鎖されてたってことは、モノクマがここから収穫して厨房に運んでたの?」

 「良い所に気が付いたね正地さん!もっと言っていいんだよ!そう!ボクがオマエラのためにここで毎日せっせと食べ物を収穫しては厨房に運んで・・・毎日毎日、来る日も来る日も白くて柔らかな肌を泥で汚しながら・・・!」

 「勝手にやってたことだろ」

 「でもこうやって開放したからには、今後はボクはそんなことしてやらないからね!種や必要な道具はくれてやるから、後はオマエラがこのエリアを管理しろよな!」

 「急に押しつけてきた!そんなのないよ!どうやってやればいいか分からないもん!」

 「そんなオマエラにモノモノウォッチ〜!」

 

 ピロリン、と音がして、モノモノウォッチが更新された。『農耕エリアの手引き』なんてファイルが追加されたことのお知らせが届いてて、色んな作物の育て方から収穫方法、畑や田んぼのメンテナンス方法なんかも書いてあった。台風の時には絶対様子を見に行ってはいけませんとか、ここに来てからろくに雨が降ったこともないのに。

 

 「そんじゃあ案内してあげる。あ、そうだ。このエリアに入る前に、必ずオマエラには全身消毒してもらうからね」

 「え。モノヴィークルはどうなるんだい?」

 「そんなもん使えねーよ!歩け!」

 「うへえ」

 

 農耕エリア内はモノヴィークル禁止と聞いて、納見君が唸り声を出した。ゲートから繋がる通路を通っていくと、学校のプールみたいに浅く水が溜まってるところと、シャワーが待ち構えていた。もしかして、服脱がなくちゃダメ?

 

 「靴も服もそのままでいいよ。消毒液で靴底の消毒と、シャワーで全身の消毒をするだけだから。これは出入りの時に必ずやることになるから。消毒しないまま農耕エリアに入るのは禁止ね」

 「つまり、エリア全体が巨大なビニールハウスのようになっているわけか」

 「まあそんなところかな」

 「ぷあっ!ぺっぺっ!口に入りました!苦い!」

 「はははあ、スニフ氏の背丈だとちょうど顔面に吹きかかるねえ。はははあ」

 

 吹きかけられた消毒液が口に入ったスニフ君が悶えて、納見君が笑う。下越君は慣れた様子で消毒液を腕や脚にすりつけて、私たちもなんとなくそれに倣う。消毒通路を抜けると、あぜ道のようなエリアをモノクマの先導で歩いて行く。畑や田んぼは見たままだから割愛すると言うけれど、これだけの自然があって、トンボの一匹もいない。カエルやセミの鳴き声も聞こえない。生物の気配が全くしないのは、なんとなく不気味でもあった。

 

 「ビニールハウスの中は、特にデリケートな野菜を育ててたり、果樹園になってたりするよ!」

 「こっちの小屋は?」

 「ここは農具をしまってあるところ。田植機や稲刈り機、収穫機なんかもあるから自由に使っていいよ」

 「おお!千歯こきもあるじゃあないかあ。教科書で見たときから一回使ってみたかったんだあ」

 「納見君、あんまりいじったら危ないよ」

 「まあ消耗品だから、よっぽど乱暴に扱わなけりゃ壊しても特に何も言わないけどさ。タダじゃないんだから気を付けてよね」

 「急にシビアな話すんなよ。こんだけ現実離れしたことしといて」

 

 よっぽど珍しいのか、農具をベタベタ触る納見君にモノクマがちょっと寂しげに注意する。納見君が言うように、教科書でしか見たことないような農具とか、どうやって動かすのか見当も付かないような大きい機械もあった。自由に使えって言われても、免許も持ってないのにこんなの乗れないよ。乗ってみたくは・・・あるけど。

 

 「ロマンですね!ボクもさわりたいです!」

 「スニフ君は危ないからダメ」

 「ヤスイチさんはいいのに!?」

 「納見もふざけている場合ではないだろう。行くぞ」

 「はいはい、ごめんよお」

 

 ダダをこねるスニフ君を引きずって、お気楽な納見君も引き戻して私たちは次の場所へ向かう。次はビニールハウスの中だ。ここはほとんどが果樹園になってて、苺狩りやブドウ狩りが楽しめそうな場所になってた。季節に関係なく美味しい果物が食べられるのはいいよね。なんだか朝ご飯食べたばっかりなのに、お腹空いてきちゃった。

 

 「はあ〜、大したもんだ。デケえのも小せえのもあるしどれも色つやがいい。品種も一通り揃ってやがる。クマ公、どうやって一気に育ててんだこれ」

 「うぷぷ♬企業秘密だよ♬」

 「これなんですか?」

 「これはビワっていう果物だよ。美味しいよ」

 「Beer(ビール)!?ダメですよ!」

 「ビワだよ。ビ・ワ」

 「ビ・ワ」

 「そうそう」

 「いやあビワなんて懐かしいねえ。なかなかいけるよこれえ」

 「勝手に食ってる!?いいのかよクマ公!?」

 「いやだから、元々オマエラに食べさせるために作ってるからいいよ。あんまりやり過ぎると困るんだけど」

 

 こっちには桃や柿やブドウが成って、あっちにはスイカやメロンが転がって、イチゴやレモンがたわわに実ってる。本当にありとあらゆる作物が、このエリアだけで作られてるんだ。下越君が色んな品種が揃ってるって驚いてるけど、まるで世界中の品種がここに集まってるみたいだ。これじゃ果樹園って言うより、果物の博物館みたいだ。

 

 「新鮮なフルーツ食べ放題エリアなんてえ、気が利いてるねえモノクマあ。桜桃もあるし花梨もあるし、ドラゴンフルーツやランブータンなんて珍しいのもあるんだねえ。おやあ、石榴までえ」

 「どんどんいってるわよ!?っていうか納見くん食べ過ぎじゃない!?研前さんじゃないんだから!」

 「ちょっと」

 「っていうか、納見のヤツ様子おかしくないか?」

 「これは・・・正地さん。納見君、あの時と一緒だよね」

 「ええ、そうね。これは・・・酔ってるわね」

 「はあ!?酔ってるだと!?テメエこの野郎納見!いつ酒飲んだ!オレに断りもなく!」

 「なぜお前に断る必要がある」

 「あばばばばあ、なんだい下越氏?顔が4つあるよお」

 「Drunk(泥酔)ですね」

 

 下越君がよく分からない理由で納見君に掴みかかるけど、納見君は相変わらずお気楽に笑ってされるがままになっている。朝食の場から一緒にいたんだから、納見君がお酒を飲んでないことくらい私たちが一番よく分かってる。だけど、納見君の場合は呑んでなくたって酔っ払うことがある。それを知ってるのは、私と正地さんだけだ。

 

 「納見くんったら、ウエスタンエリアのバーの雰囲気でべろべろに酔っちゃったのよ。お酒飲んでないのによ。ものすごい弱いの」

 「でも、Alcohol(アルコール)なんてどこにもなかったですよ」

 「あるだろう。あの消毒シャワーが」

 「消毒用アルコールに酔ったのか!?どんだけ弱えんだよ!?」

 「んにゃはあ。ゲプッ」

 「ほら見ろ。顔が赤らんでる。横にしておいた方がいい。モノクマ、納見を部屋に戻してくれよ」

 「ボクはメイドじゃないぞ!あ、でもボクのメイドコスは需要あるかも?チラリもポロリも数字upに貢献するかも?」

 「元はと言えば納見君がアルコールに弱いの知っててここに連れてきたモノクマのせいでしょ。なんとかしてよ」

 「分かったよもう、うるさいなあ。水飲ませて大人しくさせとけばすぐ復活するだろうから、部屋に戻しておくよ。よいしょっと」

 「おおう。ここの地面は独りでに動くんだねえ」

 「何を馬鹿なことを」

 

 口と手とシャツを色んな果汁で汚したままとんちんかんなことを言う納見君は、もう何体か出てきモノクマたちにアリみたいに運んで連れて行かれた。出るときにまたアルコール被るだろうから、もっとひどくなるな、なんて考えたら、ちょっとだけモノクマが可哀想になった。

 

 「さて、ここは私たちで管理しろとのことだったが、今のようなことがあったんだ。納見はこのエリアに立ち入り禁止でいいな」

 「ったり前だ!せっかくの野菜をあいつにめちゃくちゃにされかねねえ!」

 「私も賛成。納見くん危ないし」

 「ボクもです!」

 「私もそれでいいと思うよ」

 「満場一致だな。それで、収穫も俺たちでやるんだとしたら、交代制でやるのがいいんじゃないか?」

 「オレは毎日来るぞ!オレ一人に任せてもいいくらいだぜ!」

 「さすがに全員分の食糧を毎日運ぶのは骨が折れるだろう。毎日二人の手伝いを、交代で決めよう」

 「Fracture(骨折する)ですか!?」

 「大変だってことだよ」

 「正地と研前とスニフの三人は、私か雷堂と一緒の方がいい。女子供にとっては重労働だろう」

 「レイカさんもLady(女性)じゃないですか!」

 「私はいいんだ。力仕事なら心得がある」

 

 何がいいのか分かんないけど、農作業なんかやったことないから何をどうすればいいのか全然分からない。心得があるなら極さんがやってくれるのも助かるな、なんて呑気に考える。でもやっぱり極さんや下越君にばっかり任せるのは悪いから、雷堂君の提案通り、私たちが交代で収穫することになった。

 

 「今日のところは下越と私に任せてくれ。ここが最後のエリアということは、ここ以外に探索する必要もないということだろう」

 「まだあっちの小屋だけ見てないけど」

 「農具があるだけじゃないの?」

 「安易な決めつけは危険だ。納見がいないが・・・調べておくに越したことはない」

 

 正地さんが、果樹園の奥にある小屋を指さして言った。農具がしまってある小屋よりはずいぶん大きくて、小屋というよりログハウスみたいだった。こんな風に自然に囲まれた場所で、ログハウスでゆったり暮らせたらいいなあ、なんて思っちゃう。

 

 「なんだかRabbit hutch(ウサギ小屋)みたいでPretty(可愛らしい)です!」

 「大陸の価値観だな。普通に暮らせるサイズだぞ」

 「掃除が行き届いているのが逆に不気味ね・・・クモの巣1つないわ」

 

 ログハウスは、木の感じから建てられてしばらく経ってるのは分かるけれど、隅から隅までぴかぴかに磨かれて、つい最近誰かが手入れしたのが分かった。きっとモノクマが、ここを開放する前に掃除したんだろう。なんでこういうところだけ律儀なんだろう。

 中は、人がやっとすれ違えるくらいの狭い廊下で各部屋に繋がってた。廊下を進んで左が寝室、正面に二階への階段、右手はキッチン付きのリビングルームへ続いてて、その手前に洗面所とお風呂があった。二階は倉庫になってて、リビングルームが見下ろせる窓がついてた。

 

 「本当に人が生活できるくらいの設備だな。見ろよこのキッチン。今すぐにでも飯作れるぜ」

 「狭い廊下、部屋同士の接続は一本の廊下のみ。窓や勝手口から外にはすぐ出られる。二階からは・・・着地点に障害物なしか」

 「お前はどこを見てんだ」

 「ね、ねえ?二階の倉庫なんだけど・・・どうしたらいいのか分からなくて・・・」

 「どうした正地?」

 

 二階の探索をしてた正地さんが、窓から一階にいる私たちに声をかけた。一緒に探索してたスニフ君の姿が見えないけど、窓の縁にさらさらの金髪がちょっとだけ見える。困った様子の正地さんに、ただ事でない気配を察した私たちはすぐに二階に上がる。

 倉庫には、色んな薬品や、私たちみたいな素人の高校生が触っちゃいけなさそうなものがたくさんしまってあった。薬品だって分かるのは、いかにも複雑な化学式や英語で書かれたラベルが貼られた瓶だったり、化粧品なんかが入ってる容器だったりするものだ。ただの化粧品・・・なわけないよね。

 

 「牛尿成分たっぷり肌クリーム、鮫油のリンス、オットセイエキス錠剤、ハブ酒、蜂由来の注入液・・・心なしかこの部屋が臭うのは、そういうこと、なのかな・・・」

 「要するに、生き物から造られた薬品を保存する倉庫か」

 「こんなの倉庫エリアやショッピングセンターに並べりゃいいだろ。なんでわざわざこんなところに?」

 「モノクマのIdea(考え)なんか分かんないです」

 「そもそも、このモノクマランドに私たち以外に『生物』なんかいたの?ここに来てから、蚊も見てないよ」

 「・・・ここの『生物』がどこから来たのか、一考の余地がありそうだな」

 「特に害のあるものはなさそうだけど、なんだか不気味なのよ。どうしたらいいかしら・・・?」

 「このエリアに入るのは、作物の収穫だけだ。こんなところにまで近付かなければいい。それだけの話だろう」

 

 正地さんの言う通り、ログハウスのこの部屋には、なんとも言えない空気が満ちていた。実際はちょっと空気が籠もってて臭うだけなんだけど、部屋の暗さとか生物由来の薬品の数々が並ぶ物々しい光景に、なんとなく恐ろしいものを感じずにはいられなかった。

 結局、このログハウスにはなるべく近付かないって結論になった。モノヴィークルで来られない以上、人目に付かずにこんなエリアの奥深くまで来るのも一苦労だから、こっそり近付くことも難しい。納見君だけいないけど、みんなそれで納得した。

 

 「よし、私と下越は、明日の朝までの分の収穫をしてからホテルに戻る。お前たちはこのエリアから出てくれ」

 「私、ちょっと疲れたわ。ホテル戻ろうかしら」

 「ボクも行きます!ヤスイチさんしんぱいです!」

 「じゃあ私も行こうかな・・・雷堂君は?どうする?」

 「ああ。俺も・・・行こうかな」

 

 農耕エリアに残る極さんと下越君以外は、みんなホテルに戻ることになった。納見君のことが心配だしね。モノヴィークルを使っても、ホテルエリアから農耕エリアまでは距離がある。この距離を毎日、一日分の野菜を運んでくるのなんて絶対一人じゃ無理だ。下越君ってば、こんなことまで考えずに一人でやるって言ってたんだ。私が当番のときは、モノヴィークルで牽けるカゴとか持って来た方がいいな。

 自動運転機能のお陰で、緩やかに過ぎる風に吹かれながらぼーっとしてたらすぐホテルに着いちゃった。食堂に戻ると、すっかり酔いが覚めたのか、納見君が座ってた。

 

 「あっ、ヤスイチさん!もうダイジョブですか?()()()()()()ですか?」

 「()()()()、でしょ?」

 「それでした!」

 「酔ったのついさっきじゃない。本当に大丈夫?」

 「ああ・・・みっともないところ見せたねえ。どうにもアルコールには弱くてねえ」

 「はじめてじゃないからいいよ」

 「消毒のアルコールで酔っ払うって、弱いってレベルじゃない気がするぞ」

 「まだちょっと気持ち悪さが抜けないんだよお。こりゃあおれはあのエリアには行けないねえ」

 「そういうときはTea(紅茶)がいいですよ!ボクいれてあげます!」

 

 そう言うと、スニフ君は厨房にすっ飛んでいった。心配だから一緒に淹れてあげようと思ったら、自分でできるからいいって厨房を追い出されちゃった。すごすごと食堂に戻ったら、スニフ君が私たち全員分の紅茶を持って来てくれた。オシャレなカップに入った紅茶の香りが湯気と一緒に食堂中に広がる。ミルクとレモンスライスも一緒に付けてくれてた。スニフ君にこんな特技があるなんて知らなかった。

 

 「ふっふーん!どうぞ()()()()()です!」

 「()()()()()でしょ?」

 「それでした!」

 「うん、おいしい。スニフくん、すごいのね。身体の芯から温まってリラックスできるわ」

 「大したもんだねえ。スッキリするよお」

 「ボクはBlack tea(ストレート)です。やっぱりTea(紅茶)はこれですね」

 

 お茶請けがないのはしょうがないとして、スニフ君の淹れてくれた紅茶でみんな一息吐く。納見君もすっかり喉の気持ち悪さが洗い流されたみたいで、完全に酔いから復活したみたい。

 

 「そういやあ、農耕エリアってのはどんなエリアだったんだい?消毒用のシャワ〜浴びたくらいから記憶が曖昧でねえ」

 「そっから記憶ないのかよ」

 「極さんたちとも話したんだけど、納見くんは危ないから農耕エリアに立ち入り禁止ってことにしたんだけど、いいかしら?」

 「そりゃあ仕方ないねえ。おれだって酔ったおれが何しでかすか分からないしい、別に構わないよお」

 「そこの分別はつくのか」

 

 納見君に農耕エリアを一通り説明して、マップを見ながら実際の状況と照らし合わせていく。どちらにしても納見君はあそこに入れないし、入ったとしても何もできないくらいに酔っ払っちゃう。約束を破ったとしてそれを隠し通す判断力も無くなると思う。

 

 「ぷは、美味しかったよおスニフ氏。ありがとお」

 「()()()()()()

 「()()()()()()、でしょ?」

 「それでした!」

 「スニフくん、それわざとやってない?」

 「あう・・・Japanese(日本語)むつかしいんです」

 「研前も研前で、よく分かるな」

 「あはは、なんとなく、かな」

 

 そう言えば、スニフ君の日本語の言い間違いはいつも私が訂正してる気がする。なんとなくだけど、言いたいことが分かるんだよね。言い間違いがひどいとは思うけど、こういう時にスニフ君みたいな子が言うことなんて、何個かしか浮かばないし。

 

 「なんとなくのほほんとしてる感じがしてるけど、研前って意外と周りのこと見てるよな」

 「えー、なにそれ。私だってしっかりしてることあるもん」

 「雷堂くんが周りを見てなさ過ぎるのよ。みんなのこと考えるのはいいけれど、私たちの心配とか、あんまり考えたことないでしょ」

 「んえ・・・そ、そうかもな。まあ、今だって極に頼りっ放しだし・・・そんなに頑張ってるってつもりもないんだけど。茅ヶ崎のことだって、俺がもっとしっかりしてれば止められたかも知れないし」

 「・・・っ!」

 

 雷堂君のその発言で、食堂のまったりとしていた空気が急に緊張した。こういうことを天然で言ってしまうから、雷堂君はちょっと頼りない感じになっちゃう。でもそれが雷堂君らしいし、私たちが支えてあげなくちゃって気になる。私たちを助けようとしてる彼を、助けてあげたいと思わせる魅力がある。

 

 「雷堂君が責任を感じることじゃないよ・・・茅ヶ崎さんは、自分の気持ちを伝えようと思って夜中の厨房に残ったわけだし」

 「そう言えば、茅ヶ崎は俺の夜食におにぎり作ってくれてたんだよな、それも納見に食べられたから俺は裁判のときに初めて知ったんだけど・・・なんでそんなことしてくれたんだろうな」

 「・・・はあ?」

 

 雷堂君の口から飛び出した言葉を理解するのに、一瞬間があった。私だけじゃなくて、スニフ君も正地さんも納見君も、ぽかんと口を開けて雷堂君の顔を見てた。みんなから見つめられた雷堂君は戸惑ってる様子だったけど、もしかして雷堂君、本気でそんなこと言ってるの?

 

 「ウソでしょ・・・?茅ヶ崎さんが雷堂君のためにおにぎり作ってくれたんだよ?あの恥ずかしがり屋の茅ヶ崎さんが、夜食だって言って労ってくれてたんだよ?その意味が・・・分かってないの?」

 「え?意味ってなんだよ。普通に労ってくれたんだろ?」

 「こりゃあ思ったよりも重症だねえ」

 「かっこつけてるわけじゃないとしたら・・・私、なんだか怖いわ」

 「それはあんまりだよ雷堂君・・・茅ヶ崎さんが何のためにそこまでしてくれたのか、考えたこともないの?」

 

 ウソを吐いてるようには見えない。雷堂君は、そんなウソを吐く人じゃない。それは私だってよく分かってる。でもだからこそ、私はそんな雷堂君が許せなかった。私がこんな気持ちになっても茅ヶ崎さんは浮かばれないし、今更こんなことを雷堂君に言ったってどうしようもないことだって分かってる。だけど、それじゃあまりにも茅ヶ崎さんが可哀想で、カッとなって椅子から立ち上がった。

 

 「こなたさん?どうしました?」

 「雷堂君のそういう、人の気持ちに気付いてあげられないの、直した方が──ううん、直さなきゃダメだよ!」

 「と、研前さん!落ち着いて・・・!」

 「リーダーなんだったら、もっとみんなの気持ちを考えてよ!みんなの気持ちに気付いてあげてよ!茅ヶ崎さんは、私たちを引っ張ってくれてる雷堂君のこと見て、かっこいいって思ってたんだよ!雷堂君のことが・・・好きだって言ってたんだよ!」

 「・・・ぬぇっ!?す、好きって・・・茅ヶ崎があ?」

 「ホントに気付いてなかったの・・・」

 「いや、だってそんなこと言われたことなかったし、茅ヶ崎とはあんまり喋ったことなかったし・・・そんな素振りも特になかったしさ」

 「だから、夜食のおにぎり作ってたじゃん!」

 

 勢いに任せて、茅ヶ崎さんの気持ちを勝手に私が代弁しちゃってた。自分でも興奮気味で、何を言ってるのかよく分からなくなってくる。思うがままに口を動かして、自分の言ったことを自分で聞いてようやくその意味を理解してた。ぽかんとした顔をしてる雷堂君に全部ぶつけてやりたくなって、後先を考えられないほどに熱くなってた。

 

 「ああ、そうだったのか。んん・・・いやでも、そんなこと言われても、なんて答えたらいいか・・・。茅ヶ崎がそんな風に思ってたなんて、マジで意外だな。びっくりした」

 

 そんな呑気な言い方に、私はまた熱くなる。

 

 「何その他人事な感じ!雷堂君はホントそういうところあるよ!自分の物差しでしか周りを見てないじゃん!雷堂君が思ってるよりもみんな色々考えてるの!色んな気持ちを持ってるの!」

 「茅ヶ崎には悪いとは思う・・・けど、もうそんなこと言ったって遅いじゃんか。俺だってあいつが正面から言ってきてくれたら、ちゃんと答えてやれたしさ」

 

 悪いと思ってるのは本心なんだろう。茅ヶ崎さんの気持ちを今言ったって手遅れなことも事実だ。だけど、そんな正論じゃ納得できない。ただ私の感情を逆なでするだけだ。

 

 「それができないから、茅ヶ崎さんはああやって遠回しに気持ちを伝えようとしたんでしょ!雷堂君は1から10まで全部言われないと分からないの!?口に出さなくたって、もっと人の気持ちを察してあげてよ!」

 

 無茶苦茶なこと言ってる。自分でそう思う。

 

 「今だってそうだよ!男の子よりも色んな女の子と仲良くして、勘違いさせるようなことしないでよ!」

 

 雷堂君に悪気があってやってるわけじゃない。そんなこと分かってる。

 

 「私だって雷堂君のこと好きなのに!不安にさせないでよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっ?」

 「──あっ」

 

 

 

 

 

 周りの温度が一気に下がって、空気が凝り固まったような感覚。私も、雷堂君も、見えない何かを胸に突きつけられて身動きが取れない。でも次の瞬間、私は自分でも驚くくらい身体が熱くなったのを感じた。そして──。

 

 「!」

 「と、研前さん!?どこ行くの!?」

 「こなたさん!走ったらあぶないですよ!」

 

 走り出してた。吐き出した言葉が戻ることを祈るように、両手で口を覆う。前もろくに見ないで、一心不乱に自分の部屋を目指す。冷静に考えられない。部屋のドアを開けてベッドにダイブする。

 

 

 

 

 

 呼吸が荒い。心臓が痛い。震えが止まらない。指の隙間から溢れる吐息がシーツを伝って頬を熱する。言った。言っちゃった。私いま、何も考えないで、雷堂君に・・・告白しちゃった。返事は?聞いてない。聞く前に私は逃げてここにいる。なんで逃げた──なんで言っちゃったんだろう。あんな言い方して、雷堂君はどんな顔してたろう。こんなの・・・ダメだ。絶対ダメだ。私・・・失敗した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう・・・消えてしまいたい。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:7人

 

【挿絵表示】

 




遂に進展があったようです。
女の子から告白されると、男としては「言わせちまった」て感じるところです。


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(非)日常編2

 

 下越とともに野菜を収穫してホテルに戻ると、妙な雰囲気に包まれた食堂が待ち構えていた。スニフと研前の姿だけがなく、雷堂が頭を抱えていた。納見と正地は呆れた眼差しで見つめている。ほんの数十分の間に一体何があったのかと思えば、納見がここで起きたことを説明してくれた。要するに、研前が遂に雷堂に想いを告げたが、そのタイミングや言い方があまりにもロマンスからは程遠く、部屋に帰ってしまったと。スニフはそれを追いかけて行ったが、おそらく何もできはしないだろう。

 

 「あれは雷堂氏が悪いよねえ」

 「俺なのか・・・?」

 「理屈はどうあれこういうときに悪いのは男の方って相場が決まってるんだよお」

 「んな無茶苦茶な・・・」

 「納見、それは無茶苦茶だ。女が悪いということもある」

 「いや、そうだよな?別に研前が悪いとは言わないけど、俺のせいかこれ?」

 「それはそれとして、今回の件は雷堂が悪い」

 「結局かよ!」

 「研前さんの気持ち、本当に気付いてなかったのね。それは仕方ないにしても、茅ヶ崎さんのことも気付いてなかったのはちょっと異常よ。普通は意識したりするものよ」

 「・・・まさかそんな風に思われてるなんて考えもしないだろ」

 「最低だな」

 「最低だねえ」

 

 話を聞く限りでは、そもそも研前が熱くなったのは雷堂が茅ヶ崎の気持ちに全く気付いていなかった上に、真意に気付きながらものらりくらりといつもの調子でいたことだそうだ。百歩譲って恋心に気付かないことがあっても、それを知ったのならば相応に言うことや考えることがあるだろう。

 

 「よく分かんねえけど、要するに雷堂が研前泣かしたんだな?だったら謝ってこいよ」

 「逆効果だからそれ!」

 「研前の方も一時の恥じらいや後悔でいっぱいいっぱいになっているだけだ。スニフもやっていることが無駄だと分かればすぐ戻ってくるだろう。もしケアが必要なら・・・そのときは正地、頼んだ」

 「まあこの中だと正地が適任だよな」

 「他人事みたいに言うわね。雷堂くんの鈍感さが原因なのよ?」

 「悪かったって・・・」

 「いいか。今の私たちにとっては些細な啀み合いや揉め事もモノクマに付け入れさせる隙になるのだ。惚れた腫れたなど格好の的だ。私たちにしてみればお前たちがどうなろうが問題ではないのだ。くれぐれも拗らせるようなことはしてくれるなよ」

 「分かってるって・・・」

 「っしゃ!そしたら昼飯の準備だ!もう好き嫌いとか関係なく作るからな!あ、でもちゃんと食べられるヤツだからな!食べられねえのはさすがに出さねえから安心しろ!」

 「そこまで心配はしてないよお」

 

 状況を理解できているのかいないのか、下越が採ってきたばかりの野菜を持って厨房へ向かう。他人の色恋沙汰に口を挟むつもりはないが、雷堂は私の方に困った顔を向けてくる。

 

 「私は知らん。お前も男なら自分で責任を取れ」

 「いやいやいや!責任って、別に俺は研前になんもしてないからな!?」

 

 その後、帰ってきたスニフを加え、研前以外の全員で野菜鍋をつついた。葉物野菜は野菜や肉のふんだんな出汁が染み込みながらも芯が残り新鮮さを感じる。根菜類は箸で切れるほどに柔らかくなり口の中で解ける。ひときわ食べ応えのある肉団子の濃厚な旨味が、繊細な味わいの出汁の中にアクセントをつける。振りかけた七味の痺れる辛さが食欲をそそり、箸が止まらない。

 

 「はふっ、はふっ」

 「研前には後で小せえ鍋で作って持ってってやるか」

 「足りるかねえ」

 「こなたさん、Hungryですよ。たくさんたべたいとおもいます」

 「じゃあ普通の鍋で持ってくか」

 

 研前が雷堂のことを想っていたのは勘付いていたが、色気より食い気だと思っていた。このままではやはり私たちの間の雰囲気に影響が出る。そのままにしていくのもよくない。しかし私は、色恋沙汰にはまるで縁がない人生を送ってきた。どうしたものか。


 昼飯の後、おれは眠い気持ちをこらえてモノヴィ〜クルに乗っていた。下越氏は研前氏のために新しい野菜鍋を作りはじめた。スニフ氏はまた研前氏を連れ出そうと部屋に向かった。まるで天岩戸伝説だねえ。正地氏は雷堂氏と一緒に研前氏になんて謝ればいいかを考えてあげててえ、極氏は食器の片付けを手伝うことになった。んでえ、おれだけその喧騒なんぞどこ吹く風とばかりに抜け出してきたわけだ。それがなぜかと言うとお・・・。

 

 「一体どこへ連れて行くんだい。荒川氏(傍点)」

 

 おれのモノヴィ〜クルの少し前を、ゆっくりしたスピ〜ドで走って行く無人のモノヴィ〜クル。その持ち主は、つい昨日、というか今朝未明の裁判でおれたちの前で処刑された、荒川氏だ。昼食後に温泉にでも行こうと思ってホテルを出たら、ちょうどモノヴィ〜クルの駐車場からひとりでに出て行くこれを見つけた。そういうわけで、おれは荒川氏のモノヴィ〜クルをこうやって追いかけてるわけだ。

 

 「もしかしたらあ、あの言葉の意味も分かるかも知れないねえ。荒川氏はどうしておれたちに殺し合えなんて言い残したのかあ・・・分かるといいなあ」

 

 穏やかな風を感じながらおれたちはエリアを進んで行く。いくつかのゲ〜トを抜けて、小高い丘があるエリアに入る。ここは見覚えがあるねえ。あちこちにある大きな四角い建物はどれも重厚で荘厳な感じがして、なんとなく息が詰まる。

 荒川氏のモノヴィ〜クルは、エリア内を迷いなく進み、ある建物の前で停車した。昼食の時間を過ぎた14時のこと、こんなところに連れて来られるとは思ってなくて、何かの間違いじゃあないかと少しモノヴィ〜クルを確認する。なるほどねえ。

 

 「コロシアイ記念館ねえ・・・。本当にどうしたんだい?ここは荒川氏が一番嫌いな場所なんじゃあないかい?」

 

 命に対する冒涜の塊のような建物。人間の尊厳を徹底的に踏みにじる所業を寄せ集めたような場所。荒川氏にとっては、これほど自分の考えに真っ向から反抗するものもないはずだ。だからこそ、今のこのタイミングで荒川氏のモノヴィ〜クルがここにあることに、大きな意味があるはずだ。

 

 「なんだろうねえ。調べろってことかい?」

 

 到着時刻がモノヴィークルの画面にでかでかと表示されてる。おそらくこれを設定したのは、裁判で自分の敗北が決まったときだろう。モノヴィ〜クルを何かいじっているとは思ったけれど、まさかこんなことをしてるなんてね。今更になって偽装工作なんて意味がないことくらい分かってるだろうしい、生き残ったおれたちへの何らかのメッセ〜ジと考えるのが自然だねえ。となればあ、この数字にも意味があるんだろう。

 

 「ここのファイルには番号が振られてたけどお・・・14:15かあ」

 

 コロシアイ記念館の中で、リングファイルの背表紙に書かれた数字を見ていく。これは14番と15番のことを指してるのか、1415番を指してるのか。と思ったけれど、流石に1000を超えるファイルはなくて、14番と15番のことだと分かった。入口から一つ奥の部屋に行ったところにそのファイルはあってえ、なるほどと荒川氏の意図を理解した。

 14番のファイルと15番のファイルの間に、明らかにコロシアイファイルとは違うファイルが挟まっていた。どこかで見たようなシンボルがクリアファイルに印刷されていた。何かと思ったら、こりゃあ希望ヶ峰学園のシンボルじゃあないか。どうしてそんなものがこんなところに?と思いきや、その中身もずいぶんと首を捻るものだった。

 

 「・・・んんん?」

 

 まずあったのは、荒川氏の名前。相変わらず真顔なのに口角が上がるせいで笑っているように見える顔写真と、身長・体重・胸囲に血液型、既往歴にアレルギ〜、出生時の状況まで、まるで荒川氏の『命』にまつわるありとあらゆる記録がまとめられていた。視力はやっぱりおれより悪くて、どうやら左目は普通に見えるらしいことは新しい発見だった。

 

 「この厚みは・・・不気味だねえ」

 

 めくってみればそこには、須磨倉氏、皆桐氏、野干玉氏に虚戈氏に城之内氏・・・今まで死んでいったみんなのファイルがあった。そして裏にまた新しいファイルでまとめられたものは、まだ生きてるおれたちの分だった。『命』に関する研究をしていた荒川氏がこれの在処を示すものを遺したっていうことは、これは荒川氏の所有物ってことだねえ。もっと言えば、これが荒川氏が“才能”の研究室で手に入れた情報ってことかい。

 それをおれたち生き残りの誰かに見つけさせたってえことはあ、荒川氏がコロシアイを決意した理由ってのはもしかしてえ・・・。

 

 「ヤスイチさん?何してますか?」

 「・・・あっ」

 

 声をかけられてはじめて気が付いた。おれとしたことが、読み物に夢中になって近くにいた人に気付かないだなんてねえ。このコロシアイ記録館には絶対近付くことはないであろうスニフ氏が、まったく純粋におれに尋ねてくる。手元にある資料はその辺に並んでるファイルと違って──いや、ありふれてるファイルも見せたらマズい内容ではあるんだけどお──スニフ氏にはとても見せていいものじゃないんだけどお。

 

 「こんなところで、何よんでます?ヤスイチさん、どうしてこんなとこいるんです?」

 「い、いやあ・・・そう言うスニフ氏こそどうしてこんなところにい?」

 「Hotel(ホテル)からモノヴィークルでどっか行くのみえました。こっそりついてきてごめんなさい。でもボク、ヤスイチさんがきになって」

 「そうなんだあ。えっとお・・・まあ、隠してもしょうがないかもねえ。見られちゃった以上はさあ」

 「なんですか?」

 

 おれは観念して、正直にスニフ氏に話すことにした。その結果、スニフ氏が何を思うかは分からない。もしかしたら理系でインテリ系“才能”の持ち主同士、おれじゃあ考えも及ばないようなことを感じ取るかも知れない。その先に何が起こるか、スニフ氏が何を考えるのかなんて想像もできない。だけど、いつかは明らかにしなくちゃいけないことだ。それに、スニフ氏のことだってここには書いてある。

 

 「あのねえ。おれがモノヴィ〜クルで走ってるときに、前を行くモノヴィ〜クルを見なかったかい?外にも停まってたはずだけどお」

 「はい、ありました」

 「荒川氏が最期におれたちに遺した言葉を覚えてるかい?」

 「・・・コロシアイをしろって」

 「そうさあ。おれは荒川氏のモノヴィ〜クルがひとりでに動いてるのを見てここに来たのさあ。そしてこの紙の束を見つけたってわけえ。要するにこれはあ、荒川氏からの遺言ってことさあ。それを読むことが何を意味するのかはあ・・・賢いスニフ氏ならここまで言えば分かるだろお?」

 「それって・・・!」

 

 スニフ氏の目が、一瞬色を変えた。マズいと思った。なぜって、その色は恐怖や困惑なんかの類じゃあなかったからだ。まるで失くしていたおもちゃを探し出したときみたいにい、好奇と期待と喜びの感情だったからだ。

 

 「もしかしてスニフ氏、荒川氏の遺言の手掛かり探してたりしたあ?」

 「わ、わかりますか?」

 「はあ・・・ま、だよねえ。あんな遺言じゃあ、普通おかしいと思うよねえ」

 「ヤスイチさんは、なんでエルリさんあんなこと言ったかしってますか?」

 「いやあ、おれも完全には分からないよお。でもお、これが手掛かりだっていうことまではさすがのおれでも分かるさあ」

 

 テーブルの上にそれを広げる。さすがにまだ生き残ってるおれたちの分は抜いて、既に死んだ10人の分を見せた。プライバシーの問題もあるし、何より生きてる人の情報はコロシアイに繋がりかねない。殺せない人間の情報なら、まだ危険度は少ないはずだ。それにしても、もう10人も死んだのか。

 

 「これって・・・!?Medical chart(カルテ)ですか?みなさんの?」

 「普通の学校なら身体測定なんて珍しいことじゃあない。希望ヶ峰学園ならあ、他の学校じゃあ採らないデ〜タも測定してておかしくないねえ。教育機関である前にい、“才能”の研究機関なんだからさあ」

 「そうなんですか?」

 「そうだよお。ネットなんかじゃあ有名な話さあ。やたら黒い噂とか都市伝説とかあ・・・ここで話すことでもないかあ。まあ、あれぐらい有名で権威ある組織にはあ、根拠のない陰謀論の一つや二つ付きものさあ」

 「ふぅん」

 

 おれの話には生返事を返して、スニフ氏は近くにあった須磨倉氏の診断書を眺める。一番近い相模氏のに手を伸ばさないのは、彼なりの紳士的振る舞いのつもりなんだろう。こんな状況で紳士もなにもあったもんじゃあないけどねえ。

 

 「これが、エルリさんがボクたちにおしえたかったことですか?」

 「だと思うよお。わざわざモノヴィ〜クルをお、裁判翌日のお、人目に付く時間帯にい、このファイルがある場所を暗示する時刻にこの場所に到着するように設定したんだからさあ」

 「そんなこといつのまにしてたんでしょう」

 「たぶん、自分が処刑されるって理解した瞬間だろうねえ。処刑される中でもお、おれたちにコロシアイをしろって言ってたんだからねえ。自分が裁判で負けて処刑されたときのことまで準備してても可笑しくないさあ。荒川氏は頭が良いからねえ」

 「エルリさん・・・どうしてなんですか。どうしてそこまで・・・ボクたちにコロシアイを・・・」

 

 荒川氏の話になって、またスニフ氏は落ち込んだ顔をした。やっぱりスニフ氏にこの生活は辛すぎるみたいだねえ。おれや研前氏ほど能天気でもいられず、正地氏や下越氏みたいに現実を拒絶できないし、極氏や雷堂氏みたいに覚悟を決めきることもできない。なまじ頭が良くて物事を理解できるだけに、苦しい思いをしてるんだねえ。

 

 「だけどお」

 「?」

 「スニフ氏は勘違いをしてるよお。勘違いというよりも、間違えてるのさあ」

 

 デマカセでも気休めでもいいから、取り合えずスニフ氏を宥めておくとしよう。そうすることが年上としての役目な気がするし、少なくともおれはこう(傍点)考えたい。

 

 「荒川氏がおれたちに言い残したのはあ、殺し合えってことだけかい?もう一つあったじゃあないかあ」

 「こ、ここを出ろって・・・」

 「そうさあ。荒川氏が虚戈氏を殺したのだってえ、それそのものが目的じゃあなかっただろお?荒川氏はあ、誰か一人でもこのモノクマランドの外に出ることを第一に行動していただけさあ。つまりい、コロシアイをさせるのは手段であって目的じゃあないってことお」

 「そうですけど・・・エルリさん、The life()たいせつにしてました。そんなエルリさんが外出るためコロシアイしたんなら・・・もうそれしかWay(方法)がないってことじゃあ・・・」

 「んん・・・ごもっともお」

 

 そりゃそうだよねえ。他に方法があるんなら荒川氏が試さないはずがない。彼女にとってコロシアイってのは、最後の手段だったはずだ。おれのお粗末な慰めには一瞬たりとも騙されないスニフ氏は、やっぱりこの地頭の良さがスニフ氏自身にとっては“才能”の根幹でもあり、悩みの種でもあったり。

 

 「でもまあ、荒川氏に幻滅する必要はないってことさあ。自分の信条を切り捨ててまでも達さなくちゃあいけない目的があったってことだろお?それがなんなのかは分からないけどお、とにかくおれたちはコロシアイなんかに頼らないでここを出る方法を探るしかないのさあ」

 「Of course(もちろんです)

 

 ぶんぶん頭を振って同意するスニフ氏の肩を叩いて、取りあえずおれはテーブルに広げた診断書をまとめ直して、部屋に持って帰ることにした。荒川氏はおそらく、これによってコロシアイを促進させようとしたはずだ。つまり、荒川氏からの動機だ。こんなものは人目に触れない方がいい。

 

 「さてとお、スニフ氏。このファイルのことはシークレットだよお」

 「どしてですか?」

 「これがコロシアイに繋がるものだとしたら論外だろお?黒幕の正体やコロシアイを止める方法に繋がるんだとしてもお、広めすぎるとモノクマに潰されるかも知れないじゃあないかあ」

 「I see(なるほどです)!ボク、ちゃんとSecret(ナイショ)します!」

 「よしよし」

 

 ともかくこのことは今はおれとスニフ氏の秘密にしておかなくては。もともとが荒川氏の研究室にあったものなら、人目に触れないどころか存在すら認識されない可能性すらあったものだ。みんなに共有したときに何が起きるか、もう少し見極める時間が必要だね。


 恋愛事情で悩む女の子と言っても、やっぱりお腹は空いちゃうから、研前さんは自然に部屋から出て来た。それでもお昼ご飯の時間を大幅に過ぎて、心配で食堂に残った私以外はみんな農耕エリアや部屋に戻ってしまった後になってしまったけれども。お昼ご飯の残りは下越くんが冷蔵庫に取っておいてくれてるから、レンジでチンしてから研前さんに出してあげた。

 目元がほんの少し赤く腫れてて、泣いてたんだろうことが見て分かった。

 

 「お水飲んだ?落ち着いてからでいいから、ゆっくり食べるのよ」

 「うん・・・ありがと・・・」

 

 落ち着いてからって言ったのに、湯気を立てる野菜鍋雑炊にレンゲを差し込む。まだ熱いから食べられないっていうのに。

 

 「研前さん、あれじゃ雷堂くんだって困るわよ」

 「・・・分かってる。私、面倒臭いヤツだって思われてると思う」

 「そうかもね。勢いで告白すること自体は悪いことじゃないけれど、そのまま逃げちゃったら、気まずいだけよ?」

 「うぅ・・・」

 「ご飯食べたら、雷堂くんのところ行く?」

 「行かなくちゃダメ?」

 「行かないとますます気まずくなっちゃうと思うわ」

 

 怖い気持ちは分かるけれど、このままじゃ事態は何も変わらないものね。想いを伝えてしまった以上は、雷堂くんが研前さんの気持ちを受け入れるか、拒むか、そのどちらかをはっきりさせなくちゃいけない。雷堂くんのことだから、はっきりさせられるかどうかも心配なのだけど。

 

 「でも私、雷堂君に好きって言うより前に、ひどいこと言っちゃった・・・。なんであんなこと言っちゃったんだろう・・・」

 「その辺はまあ、雷堂くんの天然が悪いっていうか、何とも言えないわ」

 

 もし今、茅ヶ崎さんが生きてたら、きっと研前さんと茅ヶ崎さんで雷堂くんの一挙手一投足に狼狽えて、心配してしまうと思う。まあそこは、雷堂くんに特別な想いを抱いてる人にしか分からない気持ちかも知れないから、私にはよく分からないけれど。

 

 「とにかく、こんなこと言いたくないけれど、いま私たちは惚れた腫れたどころじゃないくらいの問題の最中にいるのよ。良い機会だから、これを機に自分の気持ちにケリを付けるのはどう?どっちに転んでも、半端なままよりはいいんじゃないかしら」

 「ああうう・・・気が重いよ」

 「それはそうだと思うわ」

 「もしフられたらとか思うと・・・怖いんだ」

 「怖い?」

 「・・・もし私が雷堂君にフられたら・・・私の“超高校級の幸運”が、何を引き起こすか分からないってこと」

 「え・・・ど、どういうこと?」

 

 恥ずかしさで思わず逃げ出したり泣いちゃったりするのは分かるけれど、ここまで落ち込むのは行きすぎじゃないかしらと、心のどこかで思っていた。その答えが、研前さんの“超高校級の幸運”なんだとしたら、少しは納得できる、かも知れない。確か研前さんの“超高校級の幸運”は、誰かの犠牲を伴う幸運だったはず。犠牲・・・っていうのは、きっとそのまんまの意味なんだと思う。

 

 「もし雷堂君にフられたら・・・私が何を望むか分からない。それがどんな形で実現するか・・・それも、必ず誰かの犠牲のもとで・・・!私は、それが怖い・・・!」

 

 そこまで言い切るっていうことは、きっと研前さんは今までに同じような経験があったんだと思う。自分をフった雷堂君がその『犠牲』になるかも知れない。雷堂君といつも一緒に行動している極さんが『犠牲』になるかも知れない。もしかしたら、その他の人、私だって『犠牲』の候補なんだ。

 

 「それって・・・研前さんがなんとかコントロールしたりとか、そういうことはできないの?」

 「・・・できない。私の幸運は、私が願った結果を最悪の形でしか叶えないんだもん。私は、犠牲の上に成り立つ幸運なんか欲しくないのに・・・どうしてこんなことになっちゃったんだろう・・・」

 「要するに・・・雷堂君にフられさえしなければいいわけよね?」

 「う・・・うん、まあそうだけど・・・。でもあんな言い方して、こんなに時間あけちゃったら、絶対雷堂君に嫌われたよぉ・・・。というかヒいてるよきっと」

 

 泣きながら落ち込む研前さんはなんだか新鮮で、普通の女の子なんだっていうことをなぜだか今更ながら再認識した。どことなくミステリアスで感情を剥き出しにすることがなかったけれど、ちょっぴり可哀想だけどこうやって自分の正直な気持ちを吐露してるのは、精神衛生的に良いことかも知れない。

 そして、それが本心で、“超高校級の幸運”が発動しないようにするとすれば、やることは一つだわ。こういうのは本人同士の気持ちでしか成り立たないものだけど、今はそんなこと言ってられないもの。

 

 「だ、大丈夫よきっと!雷堂君だって、研前さんの気持ちをきちんと理解してくれるわ!それに雷堂君が鈍感なこととか、女の子とよく話してるのは事実だもの。研前さんの心配も尤もよ」

 「・・・そうなのかな」

 「そうよ。ともかく、雷堂君とは一度腰を据えて話す必要があるわね。研前さんは直接話しづらいと思うから、私が間に立ってなんとかしてあげるわ」

 「え・・・い、いいの?」

 「もちろんよ。私の仕事はマッサージだけじゃなくて、心身共にリラックスしてもらうことよ。こうして目の前で困ってる女の子を放っておけるわけないじゃない。自分の“超高校級の幸運”の心配をするんだったら、私の“超高校級の按摩”の“才能”を信じてちょうだい」


 「と、いうわけなのよ」

 「いや、というわけなのよ、って言われても。オレらにどうしろってんだ」

 「フるもフらないも雷堂の自由だ。波風が立たないようにケリを付けるのには賛成だが、それ以上私たちにできることがあるか?」

 「だから、研前さんがフられたら・・・マズいことになるのよ。研前さん、傷ついて何をしでかすか分からないわ」

 「研前がそんな危ねえヤツだとは思わねえんだけどな」

 「女の子は見かけによらないのよ」

 

 研前さんの“超高校級の幸運”のことには触れないように、たまたまホテルの近くにいた下越くんと極さんを呼んで、外に話が漏れないようカラオケボックスで話をした。納見くんとスニフくんにも話をしたかったんだけど、あの二人ったらどこ行ったのかしら。ともかくここは、できるだけ多くの人に協力してもらって乗り切るしかないわね。

 

 「だから、取りあえず今だけでいいの。少なくともここを脱出するまでは二人を付き合わせちゃえば、ひとまず八方円満でしょ?雷堂くんだって、研前さんのこと嫌いじゃないと思うし」

 「付き合わせると言っても、それこそ雷堂の気持ちだろう。私たちがどうコントロールできると言うのだ」

 「研前さんをフらないように口裏を合わせておくのよ。無理矢理にでも付き合わせるの。もちろん、研前さんに気付かれちゃいけないけれど」

 「ええ・・・いやそれ・・・いいのか?そんなことして。なんかものすげえ悪いこと話してるみてえな気がするぞ」

 「正地の言いたいことは分かる。このままの状態も良くない、フれば角が立つ上に研前の行動は予測不可能。ならば雷堂に力ずくででも研前の気持ちを受け止めさせるのが最善手だ。理屈では(傍点)な」

 

 そう言う極さんは、明らかに私の意見に反対していた。言葉では肯定してるけど、それは否定のための肯定であって、その眼光はいつもよりずっと鋭く見えた。

 

 「恋愛とはそれだけではないだろう。感情を制御することはできない。正地なら分かると思ったのだが」

 「なんだよ極。よく知ってそうな言い方だな」

 「・・・!」

 「ひえっ」

 

 何気ない下越くんの言葉にも、極さんはその鋭い視線で返す。それだけで下越くんは飛び上がりそうなくらいにびくついた。恋愛事に一家言あるみたいだけど、掘り下げるのはNGみたい。私もあんまり自分のことについては話したくないから、そんなものなのかも知れないけれど。

 

 「私だって、こんな話しなくても雷堂くんが研前さんと付き合ってくれるか、それとも上手に断ってくれたらいいと思うわ。でも付き合うのはともかくとして、いざフるとなったときに、雷堂くんに任せてたら絶対研前さん傷つくわ。雷堂くんデリカシーもないし、女心のおの字も分からないし」

 「それはそう思う」

 「異論はない」

 

 自分で言っておいてなんだけど、雷堂くんのその辺の信頼は下の下なのね。あと下越くんも大差ないと思う。ともかく、私の提案は極さんには受け入れてもらえなさそう。こっそり雷堂くんに入れ知恵して、それで雷堂くんと研前さんが上手く行ったとしても、今度は私と極さんの間で軋轢が生まれる。それじゃ意味がないわ。

 だからここは次善の策で。つまり、フるフらないじゃなくて、なるべく研前さんが傷つかないように、雷堂くんを教育する方向に持っていかなくちゃ。

 

 「まずは今の雷堂くんの気持ちを確認する必要があるわね。どこに行っちゃったのかしら」

 「夜になれば自然と戻ってくるだろう。だが、研前はまだ私たちと一緒に食事をするべきではないかも知れないな」

 「なんでだよ」

 「万が一、雷堂が何か血迷って、我々の目の前で研前をフることも考えられる。そうなった場合、研前は確実に傷つく。誰だって傷つく」

 「そうよね・・・そして雷堂くんならやりかねない」

 「そうか?」

 「まずはそこからだ。今日の夕食のときに、雷堂にその話をする。研前は部屋にいてもらう方がいいが・・・研前自身のメンタルはどうなんだ?」

 「まだ雷堂くんと顔を合わせるのは気まずいみたい。だから、私から言っておくわ」

 「そうか。だがそれも今回限りだ。食事を別々にして、私たちだけ一緒に食べているのでは意味がない。全員が揃ってこその食事だ」

 

 生存確認やアリバイ工作の妨害のために、決まった時間にみんなで集まって食事をしている。それでももう4回事件が起きてしまったから、それにあんまり意味があるとは思えない。だけど、一人離れて食事をするなんて研前さんが可哀想だから、極さんの意見には賛成した。

 そしてその夜、私が特に何かをしなくても、研前さんは自然と自分の部屋に戻っていった。雷堂くんと顔を合わせないように少し早めに。一応声をかけてみたけれど、やっぱり私たちが夕食の間は部屋から出たくないみたい。今日のところはまだいいけれど、明日以降どうしましょう。

 そして、夕食の時間には納見くんとスニフくんにも簡単に事情を話して、雷堂くんの教育をすることにした。

 

 「いい?くれぐれもみんなの前でフるなんてしないこと。研前さんと話をするときは、必ず一対一で、誰も周りにいないところでするのよ。分かった?」

 「わ、分かったけど・・・なんでそんなに念押しするんだよ」

 「雷堂氏なら無神経に研前氏を傷付けること言うかも知れないからねえ」

 「お前に悪気がないのは分かっている。だからこそ厄介であって、こうした教育が必要だと判断した」

 「・・・なんか、悪いな。研前と俺の問題なのに、こんなにみんなに迷惑かけて」

 「何言ってんだよ。お前たちの問題はオレたちの問題だ。オレたち全員で解決しなきゃいけねえに決まってんだろ、なあスニフ?」

 「え・・・あ、はい」

 

 下越くんがスニフくんに同意を求めてるけど、それもそれで雷堂くんと大して変わらないデリカシーのなさね。でもスニフくんには悪いけれど、今は雷堂くんと研前さんの関係を造り上げないと。

 

 「というかそもそもお、雷堂氏は研前氏の告白になんて答えるつもりなんだい?元から受ける気ならあ、おれらが余計なお節介焼くこともないだろうにねえ」

 「それもそうだな。そこは確認しておこう」

 「えっ・・・い、いや・・・なんつうか、どうすりゃいいか分かんないっつうか・・・。単純に研前の気持ちは嬉しいんだけど、なんかあいつ怒ってたみたいだし、ホントに俺なんかが付き合っていいのかって思うし・・・」

 「なんでそこまで自己肯定感ないのかが不思議だわ」

 

 少なくとも告白された以上は付き合っていいし、どうすればいいか分からないっていうのもまだ雷堂くんの中で迷いがあるだけだし、そもそも怒らせたのはあなた自身のせいだし。どこからどう矯正してあげればいいのか分からないくらい、雷堂くんのメンタルは歪んでる。

 

 「優柔不断だな。お前も男なら決断しろ。そもそも女子を一人ならず惚れさせておいて、一体何を以て自信を損なうことがある。無責任なヤツめ」

 「ん・・・」

 

 極さんの厳しいんだか優しいんだか分からない言葉にも言葉を詰まらせるだけで、何も返せない。本当に研前さんは難儀な恋愛をしたわね。雷堂くんのメンタルも含めて、私たちで全力サポートしてあげないと。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:7人

 

【挿絵表示】

 




次の話も書き始めています。
伏線は仕込み終わっているので、日常編でどこまで書けばいいのか困っています。


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(非)日常編3

 

 すっかり慣れたもんだ。ここでの農作業も。モノクマが前に言ってたように、ここの野菜や果物は種を蒔いてから考えられねえスピードで育つ。味が心配だったけど、生でかじってみたら普通に育てたものと大して変わらなかった。モノクマのヤツ、こんなスーパー便利なもん作っといて独り占めとかケチいヤツだな。

 

 「おい下越、そっちはまだ育ちきってないだろう」

 「なんだ知らねえのか?落花生は未成熟の実もうまいんだぜ。さっぱりしてて」

 「食べ物に関しては博識なんだな」

 

 なんとなく腑に落ちねえ感心のされ方だったけど、取りあえず収穫した落花生をジップロックに詰めたものを運搬用のキャリーケースに入れた。晩飯は収穫した落花生とカボチャでペーストサラダにでもすっかな。

 

 「はあ、疲れた。もう3日連続で収穫係だぞ。なんで俺ばっかり・・・」

 「文句を言うな。下越はその前から毎日収獲係をしている。それに、お前が言い出したことだろう。研前となるべく顔を合わせないようにしたいと」

 「それはそうなんだけどさ・・・」

 

 オレは直接その場面に出くわしてねえからよく分かんねえんだけど、どうも研前が雷堂に告ったらしい。んなもんスパッと結論出しゃあいいのに、雷堂も研前もお互いに付き合うどころか顔も合わせられてない。研前用に大目に作った料理を残されたときはびっくりした。そんなことで食欲って落ちるもんなんだな。ま、なんだろうと残すのは許さねえから、百歩譲って余りを朝飯にしてやったけどな。

 

 「農耕エリアには収穫係以外は基本立ち入らない。ここで作業をしている限りは研前と顔を合わせることはない。今のところ、研前だけは個室で食事を摂っているしな」

 「ひとりで部屋で食ってうまいのかね」

 「お前くらいシンプルに物事考えられたらいいよな」

 「ほめられてる気がしねえ」

 「ほめてないからな」

 「付き合うかどうかの結論も出ていない状態で数日も研前を放置して、それでも男か。まったく」

 

 オレには好きだとかほれたとかそんなような話はよく分からねえ。なんとなく小っ恥ずかしいとか気まずいってのは分かるけど、だからって今まで普通に話してたヤツを何日も避けるくらいにまでなっちまうもんかね。ともかく、このままじゃ普通に考えてよくねえし、毎食作るオレとしても正直研前の分だけ別にするのめんどくせえから、さっさと解決してほしいんだけどな。

 

 「ホント、雷堂クンってヘタレっていうか、ダメ男だよねー」

 「どぅあ!?な、なにしにきやがった!」

 「危ない!お前クワ持ったまま仰け反るなよ!」

 

 突然出てきたモノクマに驚いて、危うく雷堂にクワをぶつけるところだった。こんにゃろう、いつも登場のたんびにわざとかってくらい驚かせて来やがる。出てきたってことはなんか用があるんだろうけど、なんだってこんなところに。

 

 「何しにって、別にオマエラに用があってきたわけじゃないよ!入り口の消毒用アルコールを補充しにきただけ。毎回毎回オマエラのために出てくるなんて思わないでよね!」

 「アルコールの補充って・・・そういう雑用もきちんとやってんだな、意外と」

 「言ったでしょ。オマエラが快適なコロシアイをできるように、ボクはそれに必要なことを全部賄ってるって。基本はオートメーションだけど、まだ整ってないところもあるの」

 「ということは・・・ここで待っていれば貴様を操っている者が現れるのか?」

 「そんなワケないでしょ!この程度、ボクの中の人が手を煩わせるまでもない、モノクマボディで十分だ・・・って夢を壊すなー!中の人なんていません!」

 「全部一人で喋ってるよ・・・」

 

 脇に何か抱えてると思ったら、農耕エリアに入る前に浴びるあのアルコールか。頭から煙なのか湯気なのか分からんなにかを噴き出しながら、モノクマはエリアの入り口近くまで歩いて行った。

 通路の横にある地面をまさぐったと思ったら、床下のぞくみたいにフタ開けて、下からホースを取り出した。後は地道にポリタンクから地面の下のタンクにアルコールを移す。そうなってたのかよ。

 

 「なんか、なんとも言えねえな。モノクマもああいうことしてんだ」

 「余計な情を抱くなよ。ヤツはいずれ殺すべき敵だ」

 

 なんつうか、得体の知れない化け物かなんかだと思ってヤツの、ああいうアナログで人間臭いところ見ると印象変わるというか。ただ極の言う通りだから、余計なこと考えないようまた畑仕事に戻った。

 

 「えーっと、何の話してたっけか?」

 「もういいだろ。これは俺と研前の問題なんだから」

 「それはそうだが、私たちがいつでも協力するということを忘れるなよ。お前一人で軽率な行動はしてくれるな」

 「お、おう・・・」

 

 オレにできることっつったら美味い飯作るくらいだけど、それでも雷堂と研前の問題が解決する手助けになるなら、できることはやるつもりだ。てか、一緒に鍋でもつつけばちょっとはマシになるんじゃねえか?

 

 「ああ、そうそう。ついでにオマエラにお知らせがあるよ」

 「やることが終わったならさっさと失せろ」

 「もうそんな脅しじゃボクはビビらないよ極サン!何を言っても、『掟』がある限り、実際に手は出せないんだからね!」

 「そう思うか?」

 「お、おい極・・・やめとけ。下手なことすんなよ?」

 「・・・分かっている」

 

 極もたいがい、一人にしておくと何しでかすか分からねえな。表情が変わらねえから、冷静なのか頭に血昇ってんのか分からねえ。マジでモノクマに手ぇ出すんじゃねえかってこっちがヒヤヒヤする。

 

 「で、お知らせのことなんだけど、まさにいま惚れた腫れただ告っただの告らせたいだのと青臭い悩みを抱えてる雷堂クンと研前サンにぴったり!5つめの動機発表でーす!今回は全員強制で受け取ってもらうから、逃げるなんてナシだよ下越クン!広場に集まってください!うぷぷ♫これでどうやったって顔合わせなくちゃいけなくなるよね。思春期で素直になれない少年少女に対話の機会をあげるボクって優しい〜!」

 「・・・マジか」

 

 そうきたか。雷堂と研前をむりやり会わせるなんて、確かにこいつにしかできないことだ。モノクマの目的は、またあのふざけた動機を寄越すことだろうけど。てか、絶対二人のこと面白がってんなこいつ。

 

 「雷堂、動機のことは気がかりだが、この機に研前ときちんと話せ。どうせ顔を合わせるなら、ここで解決しておいた方がいい」

 「こ、心の準備が・・・」

 「今から準備しろ。男なら腹をくくれ」

 

 そう言う極の方がよっぽど男らしいや。


 ボクたちはまた、モノクマにあつめられた。Pond()のまえのPlaza(広場)にあつまった人のかずは、もう7人になっちゃった。そしてモノクマがこれからボクたちにわたすMotive(動機)は、ここからまたコロシアイをさせるためのものだ。ボクたちは、いつまでこんなことしなくちゃいけないんだろう。

 

 「うぷぷ♬さて、みんな集まってくれたみたいだね。会いたい人も会いたくなかった人も、会いたいのに会おうとしなかった人も色んな人がいると思うけれど、今の気分は?」

 「さっさと終わらせろ。お前との会話に割く時間ほど無駄なことはない」

 「相変わらず極サンは辛辣だね。最近はスニフクンも納見クンもボクには手厳しいから、ボクは監督者としてとても辛いのです。胃薬が欠かせないよ」

 「胃なんかないだろお」

 「でも他のみんなはどうなのかな?例えば雷堂クンとか研前サンとかは?」

 「・・・ッ!」

 

 いまボクたちがとっても困ってることに、モノクマはStraight(直球)につっこんできた。ワタルさんもこなたさんも、Each other(お互い)あんまり見ないようにして、困ってるのがよく分かった。こうやって近くにいるだけでもイヤなはずなのに。ボクはどうしたらいいんだろう・・・。こなたさんのSupport(応援)すればいいのかな。でもそれだとボクは・・・。

 

 「っとにオマエラってさあ・・・て感じだよね。4回もコロシアイして、このモノクマランドがどういう場所かもようやく理解したってのに、まだこうやって内輪ネタですったもんだして。緊張感っていうか、盛り上がりに欠けるよ」

 「盛り上がりって、誰に見せてるってわけでもないのに必要ないでしょ?」

 「必要なの!盛り上がらないと!だってこれはコロシアイ・エンターテインメントなんだから!」

 「わがままな」

 

 コロシアイをさせられて、Excite(盛り上がる)することなんてない。おこるモノクマだけど、おこりたいのはボクたちの方だ。テキトーにいじられたワタルさんとこなたさんは、もっとAwkward(気まずい)なかんじになってまただまりこむ。

 

 「まあいいや。この動機でまたオマエラがコロシアイをしてくれるってボクは信じてるからね。コロシアイが起きれば必然盛り上がるのさ。やったね!」

 「ゲスめ」

 「こら!ひどいこと言うのは誰だ!ボクは優しい優しいモノクマさんだぞ!だからオマエラが知りたくてたまらない情報をあげようって言ってるんだ!優しいだろ!」

 「あんまり優しいって連呼すると押しつけがましく見えるわよ」

 「そうなの?うん、じゃあやめとこ。ともかく、ボクが今回オマエラにあげる動機、それは・・・『この“セカイ”の真相』でーす!」

 「“セカイ”の真相・・・?な、なんだよそれ?」

 

 Truth(真相)?それって、このモノクマランドがどこにあるのかとか、モノクマをあやつってるMastermind(黒幕)の正体とか、そういうこと?そんなのおしえてくれるなんて、そんなことってあるのかな。

 

 「うぷぷ♬真相は真相さ。この“セカイ”、つまりモノクマランドにまつわるありとあらゆる真相、真実、事実・・・それらをオマエラに提供してあげようってことさ。一気に核心に迫るビッグチャンスだね!このタイミングでこんな重大情報をあげちゃうボクってチョー優しい!」

 「ワケの分からねえこと言いやがって!全然分かんねーぞ説明しろ!」

 「若干逆ギレ気味だけどお、おれも下越氏と同じだねえ。意味が分からないよお。まさかあ、黒幕の正体を教えろって言ったら素直に正直に言うつもりかい?」

 「んなわけないでしょ!さすがにそこまで甘くないよ!」

 

 そう言うと、モノクマはThrone(玉座)のうしろから、ヘンなMachine(機械)をもってきた。おっきいTrumpet(ラッパ)みたいなものとボタンがついたBox()Disk(円盤)みたいなのがくっついて一つになった、Gramophone(蓄音機)みたいなものだ。Disk(円盤)はよく見たら、Roulette(ルーレット)になってた。

 

 「テレレレッテレ〜〜〜ン!『真相ルーレット』〜〜〜!」

 「真相・・・ルーレット?」

 「このルーレットのマス目は、オマエラが知りたいこの“セカイ”についての真相、外の世界が今どうなってるかの情報、ここからの脱出方法などなど、オマエラにとって有益な情報がてんこ盛りです!このボタンを押せば、その中からルーレットで選ばれた情報がランダムに発信されるのです!ですが、ボクはこのボタン、押しません!」

 「はあ?なんだいそりゃあ?」

 「このボタンを押すのはオマエラ自身!押せるのは一人2回まで!オマエラそれぞれの個室に置いておくから、好きなときに好きなように押しなよ!ルーレットが決めた真相が、オマエラ全員のモノモノウォッチに送信されるからさ!」

 「なんでわざわざそんなまどろっこしいことを」

 「あくまで動機を得る最後の一手を、私たちにさせたいのだろう。動機を手に入れるのも、それを原因にコロシアイを起こすのも、全て私たちの責任と後から言えるように」

 「こんなところに閉じ込めてる時点で破綻してるような気もするけど・・・」

 

 つまり、だれかがあのButton(ボタン)をおしたら、モノクマランドや外のことが一つわかるってことだ。でも、何がわかるかはRandom(無作為)だし、なによりそれはモノクマのMotive(動機)だ。だれかをKIll(殺す)するためのTruth(真相)なんて、知っちゃダメだ。知っちゃダメ・・・うん、ダメだ。だけど・・・。

 

 「うぷぷ♫オマエラは外のことが気になって仕方ないはずだよね!だってオマエラに最初に与えた動機は、オマエラの大切な人たちの映像だもんね!」

 「そんなのもそのルーレットに入ってるの・・・?」

 「さあ?どうだろうね!まあでも、もしオマエラ全員が2回ずつルーレットを回したとしても、それで全ての真相が明らかになるとは限らないからね!」

 「じゃ、じゃあそんなもんやる意味ないじゃんか・・・やってもやらなくても、結局分からないことは分からないままなんだろ?」

 「その通りだ。それに、あんなガラクタに頼らずとも、私たちの手で明らかにすればいいことだ」

 

 ワタルさんとレイカさんがモノクマに言う。こんなMotive(動機)まで出してきて、モノクマがボクたちでReveal(明らかに為る)できるTruth(真相)だけを、あのMachine(機械)に入れてるなんて、そんなことないと思う。きっとあの中にはホントに、モノクマの正体やコロシアイのTruth(真相)が・・・。

 

 「スニフクン、知りたい?」

 「ッ!そ、そんなの知りたくないです!コロシアイになるなら、いらないです!」

 「うぷぷ♫どうかな。ま、いずれ押す時が来ると思うよ。んじゃ、解散!」

 

 そう言うと、モノクマはThrone(玉座)の向こうに消えていった。

 

 「んでえ、どうするんだい?ホテルのフロントに置かれちゃあ、いつでも誰でもどんな時でも押せてしまうけどお?」

 「あのな納見、雷堂と極の話聞いてたか?よく分かんねーけど押したって意味ねえんだよ」

 「下越くんがちゃんと話聞きなさいね。いくらルーレットを回したって、それが正しいかどうかも分からない。知りたいことが知れるとも限らない。だったら回したって、余計に動機を得るだけよ」

 「そ、そうだよね・・・。でも、やっぱり心配だな・・・。何かのはずみでうっかり押したりとか、しない?」

 「とはいえ、監視は現実的ではない。やはりそこは各々の判断か。押せば、真相が一つ私たちに強制的に配布されるのだ。こっそり動機を得ることはできないが、得ないという選択も全員がせねばならん」

 

 このまえみたいに、テルジさんだけ見ないなんてことはできない。だれかがButton(ボタン)をおしたらみんながおんなじTruth(真相)を手に入れる。だれも手に入れようとしなければ、だれも知らないままだ。その方がいい。

 

 「でも・・・」

 

 だけどもし、もしも、手に入ったTruth(真相)Mastermind(黒幕)の正体をReveal(明らかにする)できたら。ボクたちがMastermind(黒幕)をやっつけるStep(足がかり)になったら。そのTruth(真相)でコロシアイを止めることができたら。

 そんなことを考えてしまうくらい、ボクはモノクマのMotive(動機)Fascinate(魅了する)されてきていた。

 

 「あ、ちょっと研前さんッ・・・!」

 「おい雷堂!」

 「!」

 

 こなたさんを呼ぶセーラさんと、ワタルさんを呼ぶテルジさんの声がした。それでボクは、ついさっきまでボクが考えてたことをおもってヒヤリとした。モノクマのMotive(動機)でコロシアイが止まるなんてこと、ぜったいにないのに。わかるわけもないTruth(真相)でモノクマをやっつけようなんて、Unreliable count(皮算用)なんかして。

 ボクがそうやってボクのことばっかり考えてるあいだに、こなたさんとワタルさんはどんどん行っちゃった。ふたりをおっかけてったセーラさんとテルジさんもいなくなって、レイカさんとヤスイチさんとのこされちゃった。

 

 「さてと困ったねえ。あの二人、状況を改善するどころか気まずくて顔も合わせられないって感じだよお」

 「雷堂の腑抜け加減には呆れたものだ。こうなったら無理矢理にでも話をさせなければならないな」

 「でもどうやってえ?」

 「少々姑息かも知れんが、手段を選んでいられない。スニフに一芝居打ってもらって」

 「ボ、ボクですか?」

 「みんなで食卓を囲めないことが悲しいと涙の一つでも流せば、あの二人なら気まずくとも同席はするだろう」

 「なんだかズルいかんじがします・・・」

 「それにい、スニフ氏に研前氏と雷堂氏の仲を取り持つ役をさせるっていうのは酷じゃあないかい?」

 「ん・・・まあ、それはそうだが」

 

 ボクCrocodile tears(ウソ泣き)なんでできないです!それにボクは、こなたさんのことあきらめないってダイスケさんに言いましたし・・・いくらこなたさんのきもちでも、ワタルさんとCouple(カップル)にするためにPlay(芝居)するなんて、できないです。

 

 「まあ現実的に考えたらあ、雷堂氏に喝を入れて研前氏と話させることだろうねえ。研前氏が逃げるより先にケリをつけりゃあいいのさあ」

 「やはり実力行使するしかないか・・・」

 「そうは言ってないけどねえ」

 

 レイカさんが手をバキバキならす。このままじゃ、ワタルさんがこなたさんと付き合っちゃう。でもボクがここでこなたさんにConfess(告白する)したら、もっとややこしくなるだけだ。どうしよう。ボクはボクのきもちをかなえようとしていいのかな・・・。


 「おい!ちょ、待てよ雷堂!」

 「なんだよ、ついてくるなよ」

 「研前と話つけるんじゃなかったのかよ。どこ行くつもりだ」

 「・・・今は話せる気分じゃない。モノクマの動機のことだって気になるし、今はそっちの方が大事だろ」

 「ああ、お前なりに考えてんのか。ならいい」

 「いいのかよ・・・そんなあっさりと」

 

 自分で言っておいてなんだけど、下越は簡単に言いくるめられた。モノクマの動機のことが気になるのは事実だけど、それよりも研前と同じ空間にいるのがいたたまれないってことの方が大きい。きちんと答え出すって決めてたのに、本人を前にするとなんでこんなに言葉が出なくなるんだ。

 

 「まあなんだ。オレはよく分かんねえからアドバイスとかできねえけど、先送りにして状況がマシになることなんかねえぜ?くさったミカンってヤツだな」

 「その喩えは違うだろ。とにかく、研前とのことは俺が自分でなんとかする。気にしてくれんのはありがたいけど、一人にしてくれ」

 「分かったよ。じゃあ今日の夕飯は何がいい?」

 「脈絡ってモンがないのかお前には」

 

 この流れで晩飯のメニューなんかどうでもいいんだけどな。でもなんでもいいって言うとなんでもいいじゃ困るとか主婦みたいなこと言い出すから、適当にカレーって答えといた。なんでもいいから辛いもの食べてストレス発散したい気分だ。

 

 「おうい。待ちなよ雷堂氏」

 「んあ、納見だ」

 「次から次へと・・・なんだよ」

 

 下越からやっと逃れて一人になれると思ったら、今度はモノヴィークルに乗った納見がやってきた。つい言葉が汚くなってしまうくらいに、今の俺はストレスでいっぱいいっぱいになってた。このままじゃ、研前みたいに色んなことを喚き散らしそうだ。

 

 「いやあ、おれが用あるわけじゃあないんだけどねえ。さっき研前氏のこと避けてたろお?それで極氏が雷堂氏の性根をたたき直すとか言ってただならぬ雰囲気だったんでねえ。忠告しておこうかとお」

 「マジかよ・・・極のヤツ、なんで研前と俺のことに関してはそんなに積極的なんだ」

 「あれでも女子は女子だからねえ。研前氏の気持ちを汲んでるんじゃあないのかい?」

 「放っておいてくれ。お前たちが何をしても、結局は俺と研前の問題だろ。中学生じゃないんだから、自分で解決できる」

 「その研前氏を前に逃げた人の発言じゃあないけどねえ」

 

 こんな状況で人間関係をこじらせるのが一番いけないことは分かってる。モノクマを倒してここを出て行くために一致団結しなくちゃいけないことも分かってる。分かってるからこそ、俺は研前になんて返事をしてやればいいのか分からない。

 

 「お前らなあ、告白されてその返事をする方だってしんどいんだぞ。分からないと思うけど」

 「ああ、分からん」

 「されたことないしねえ。羨ましい限りだよお」

 「つうかさ、雷堂が研前のこと好きなんだったらこんな悩まねえよな?」

 「そういう問題じゃないんだよ」

 「じゃあ好きなのか?」

 「小学生かお前は。好きか嫌いの二択じゃないんだって。研前はまあ・・・仲間だとは思ってるけど」

 

 断る理由がないってだけで、研前と付き合うことには特に抵抗はない。だけど、そんなことしてていいのかって迷いがある。付き合ったら付き合ったで、また軋轢が生まれるんじゃないかとも思う。正地が言うように、フったら研前が傷つく。でも付き合ったら、少なくともそのとき研前が傷つくことはなくなるけれど、俺たち7人の関係性は今までとは変わる。そうなったときに、何が起きるのか、誰が誰にどんな気持ちを持つのか、予想がつかない。それが、俺は一番怖い。

 

 「なんで告白なんかしてくるんだよ・・・こんなときに」

 

 取り返せない過去に文句を言いたくなるほど、この状況は八方塞がりだ。時間が経てば経つほど状況は悪化していってるのに、解決の手立ては全く見えない。何より苦痛なのは、次にアクションを起こさなくちゃいけないのが俺だってことだ。なんで俺にこんな立場が回ってくるんだ。なんで俺がこんな責任を負わなくちゃいけないんだ。

 

 「勘弁してくれよ・・・」

 

 脳の奥がズキズキ痛む。どうすりゃいいんだ一体。


 「こなたさん、Cheer up(元気出して)です。Tea(紅茶)どーぞ」

 「ありがと」

 「ごめんねスニフくん、私と極さんのまで淹れてもらって」

 「Not at all(どういたしまして)!いっぱいのんでくださいね!」

 

 モノクマから動機の発表があった後、雷堂君から逃げるように田園エリアの方に行った。追いかけてきた正地さんとスニフ君に連れ戻されてホテルまで戻って来たけど、雷堂君の姿がないことにホッとしてる自分がいた。告白しておいてその答えを聞きたくないなんて、なんて自分勝手なんだろう。こんなことなら告白なんかしなければよかった。ずっと片想いのままでよかった。

 

 「紅茶はあるけどお茶請けがないわね。厨房に何かないかしら」

 「ボクこないだ、モノモノマシーンでこんなおっきいむぎチョコGet(手に入れる)しました!もってきます!」

 「あっ」

 

 正地さんの一言で、スニフ君は部屋に走って行った。麦チョコを部屋に取りに行ったってことは、また隠れて部屋でお菓子食べてたんだ。何回言っても治らない悪い癖だ。

 

 「茶請けはいいが、もっと解決しなければならない問題があるのではないか」

 「うう・・・そうだけど、やっぱりこれは雷堂君と私の問題だから・・・解決に時間はかかるかも知れないけど、やっぱりみんなにこれ以上迷惑かけたくないよ。だから・・・今は、何もしないでほしい」

 「・・・そこまで言うのなら、私はもうこれ以上何もしない。お前と雷堂に任せる」

 「うん、そうして。もうみんなを巻き込みたくないよ」

 「私もちょっとお節介が過ぎたみたい。うん・・・ごめんなさい」

 「いいよ。みんなの気持ちは・・・分かってるつもりだから」

 

 雷堂君にヤキを入れようとしてた極さんを正地さんと二人でなんとか引き留めて、スニフ君が淹れてくれた紅茶を飲んで落ち着いた。その間、私の正直な気持ちを話して、正地さんと極さんに、これ以上私たちに振り回されないようにお願いした。

 

 「このままなあなあになって、告白がなかったことになっても、それはそれで集団の和は保たれる。本人を前にして言うのもなんだが、私は我々の関係性が乱されなければいいのだ」

 「なかったことに・・・なればいいんだけど」

 

 はあ、とまた大きなため息が出る。極さんにはまだ話してないけれど、私の“幸運”がある限り、きっと私と雷堂君の関係は、私が望まない形にはならないんだろうと思う。だけど、その結果誰がどんな形で犠牲を被るのか、それが何よりも心配だった。

 

 「ただな研前、既にお前は雷堂に迷惑をかけている。告白された側にとってしてみれば、自分が答えを出さない限りこの問題は解決しない。なあなあになったとしても、雷堂にとっては変わらず未解決問題のままなのだ」

 「うん・・・そうだよね」

 「それでも、やっぱり雷堂くんがうじうじしてるのがよくないわ!女の子がこんなに悩んでるんだから、すぱっと答えを出すべきよ!」

 「待て正地。私が危惧しているのはまさにそういうことだ。お前が雷堂を責めてどうする」

 「あっ、そ、そうね・・・ごめんなさい。でも、こんな状態の研前さん、見ていられなくて」

 「それは私も同意だ。どうにかして状況を打開しなければ・・・」

 

 私のために極さんと正地さんがこんなに真剣に悩んでくれてる。もしこれが私の告白に対する犠牲なんだとしたら、もし雷堂君にフられでもしたら、やっぱり私の周りの人たちに被害が及ぶのは避けられない。だからフられるのは・・・なんて、そんなの嘘だ。ただの建前だ。結局、私は私がフられたくないだけだ。みんなの前であんなみっともない告白して、雷堂君や周りのみんなに迷惑をかけて、それでも私はフられて恥をかくことを恐れてる。どこまでも自分勝手で、理不尽で、わがままな・・・私なんて・・・。

 

 

ワクワクドキドキ!!真相ルーレット!!スタート!!

 

 「きゃあッ!?」

 「ルーレット・・・!まさか・・・!?」

 

 突然、妙に明るい音楽とモノクマの嬉しそうな声がホテル中に響き渡った。音の出所は、私たちの左腕だ。極さんは驚いて放心状態の私たちを守るように立ち上がって周囲を伺い、自分の左腕を見た。ちかちかする光で、私も正気に戻って画面を見る。表示されているのは、モノクマの顔が中央で笑うルーレットだった。いくつもの扇形に分かれて、順番に点滅してる。

 

 「これって・・・!」

 「真相ルーレット・・・!誰かがボタンを押したということか・・・!」

 「そんな・・・!」

 

 極さんが、この音と光が意味することを即座に判断する。真相ルーレットは、私たちの誰かがボタンを押さなければ動かない。ということは、今こうしてルーレットが回ってるってことは、誰かがモノクマの動機を・・・『真相』を手に入れようとしたっていうことだ。

 

 「お前たちはここにいろ」

 「えっ・・・極さんどこ行くの・・・!?」

 「ルーレットのボタンは個室にしかないのだろう。現場を押さえに行く」

 

 それだけ言うと、極さんは私たちが引き留める間もなく客室の方に行ってしまった。だけど、ついさっきモノクマから動機の発表があって、私たちはさっきホテルに来たところだ。雷堂君たちがどこにいるかは分からないけれど、追いかけてった下越君が厨房にいないなら、きっとまだ他のところにいるんだと思う。ってことは、今ホテルの部屋にいるのは・・・。


 「・・・やはりお前か、スニフ」

 「うぅ・・・」

 

 なんと言うか、大方予想はついていたが、いざ部屋の中の様子を見てみると、そしてドアの前に立つスニフの顔を見ていると、振り上げた拳の行き場に困る。こんな状態の子供を、誰が責められようか。

 部屋中に散らばっている黒い粒は、微かに立ちこめる臭いからして麦チョコか。さっき正地が茶請けを欲しがっていて、スニフが気を利かせて取ってくると言っていたな。手に握ったボトルは中身がほとんどなくなっていて、底の方にわずかに残るばかりだった。そして床の上には麦チョコだけでなく、ひっくり返った真相ルーレットが落ちていた。位置からして、テーブルの上に置いてあったものが落ちたのだろう。

 俯き加減のスニフの後頭部には大きなたんこぶができていて、まだ新しいのか痛々しい赤色を帯びている。しゃがんでみればその目には涙が浮かび、声も出せない様子で唇をきつく結んでいた。

 

 「どうした。一体何があった」

 

 状況を見れば一目瞭然。既に答えは出ていたが、一応聞いてみる。

 

 「・・・Sorry(ごめんなさい)

 「はあ・・・取りあえずこぶを冷やしにいくぞ」

 「・・・はい

 

 今にも泣き出しそうなスニフの手を引いて、研前たちのいる食堂へと戻る。起きてしまったことはしょうがない。これからどうするべきかを考えるべきだ。まずはスニフの怪我を治して、得られた真相については共有するしかあるまい。少なくとも私では、このままスニフに泣かれでもしたらどうしてやればいいか分からん。

 

 「それで、どうしたというんだ」

 「ボ、ボク・・・わざとじゃなくて・・・」

 「それは分かっている。何がどうしてああいう状態になったんだ」

 「むぎチョコ・・・みなさんにもってこうとして・・・中がこぼれて・・・」

 「なぜ溢した」

 「あうっ・・・ごめんなさい・・・」

 「謝らなくていい。私は理由を聞いてるだけだ」

 「えうぅっ・・・うっ、ああうぅ・・・」

 「ん?おっ!?ま、待て!泣くな!」

 「うあああああん!ごめんなさぁい!」

 

 ただ何が起きたかを聞いていただけなのに、スニフはとうとう泣き出してしまった。これでは私が泣かせたみたいではないか。慌てて泣き止ませようとするが、やり方が分からない。だから子供は苦手だ。何を考えているのか、なぜそうなっているのかを自分で説明できないから、こちらがどうすればいいか分からない。

 

 「ど、どうしたのスニフくん・・・極さん!何してるの?」

 「あっ・・・いや、ち、違うぞ正地!私は泣かせていない!スニフがなぜか・・・!」

 

 スニフの大きな泣き声を聞いて、慌てた様子の正地が飛んできた。このままでは私が泣かせたように見えてしまう。今までスニフとろくに接する機会がなかったこともあって、子供の思考は全く分からない。少なくともその誤解はされないようにしなければ。

 

 「よしよし・・・あら、こぶができてるわ」

 「部屋から出て来たときにはもう創っていた。私は誓って手を出していない」

 「疑ってないから大丈夫よ極さん。さ、スニフくんはまずこぶを冷やさないと。極さんはキッチンで濡れ布巾を用意してきて」

 「う、うむ・・・分かった」

 「スニフくん、頭が痛くて泣いてるの?」

 「ぐすっ・・・」

 

 スニフはぶんぶんと首を横に振る。先程より落ち着いたようで、声を上げてなくことはなくなったが、まだ鼻をすすりながら涙を袖で雑に拭っている。正地はしゃがんでスニフと目線を合わせ、頭を撫でながらゆっくり丁寧に質問していく。なるほど、そうすればいいのか。

 

 「極さんに怒られたの?」

 「・・・」

 「って言ってるけど・・・極さん、スニフくんのこと泣くほど怒ったの?」

 「怒ってなどいない。スニフに悪意がないことは部屋の状況を見て理解できた。2,3質問はしたが、責めていない」

 「どうやって質問したの?」

 

 正地に問われるがまま、部屋を出てからのスニフとのやり取りをそのまま伝える。頷きながら聞いていた正地だったが、すぐに顔色が変わった。どうやら私は対応を間違えたらしい。

 

 「そんな詰問するような仕方じゃ、スニフくんだって怖がっちゃうわ。事故でルーレットが回ったとしたら、たとえわざとじゃなくてもスニフくんだって責任感じるはずだから、大丈夫よって言ってあげないと」

 「す、すまん・・・」

 「ごめんなさい・・・」

 「大丈夫よ。スニフくんがそんなことわざとやるなんて、誰も思ってないから」

 

 ようやく涙も止まったスニフの手を引いて、正地が相変わらず優しく語りかける。まさか正地にこんな形で助けられることになるとは思わなかった。長く感じたホテルの廊下を戻り、研前の待つ食堂まで戻って来た。研前も驚いた様子だったが、私はすぐに厨房へ行って冷水で濡れタオルを作ってスニフのこぶに宛がった。

 

 「で、部屋に散らばったむぎチョコを拾おうとしてテーブルの下に潜り込んだら、後ろ頭をテーブルの縁にぶつけて、そのときにルーレットの機械が落ちてボタンが押されちゃったってことらしいの」

 「・・・ごめんなさい」

 「大丈夫だよスニフ君。痛かったね」

 

 私には大泣きしたくせに、研前と正地に優しくされてほんのり顔を赤らめながら腑抜けた顔をしている。子供は素直というが、どうにも釈然としない。私とてスニフに特別厳しくするつもりもなかった。他の者と同じように相対しただけなのに、この違いはなんだ。

 

 「後で部屋の掃除を手伝ってやろう。泣かせてしまった詫びもある」

 「ボクも・・・ないちゃってごめんなさい・・・」

 「きちんとごめんなさいできて、スニフ君はえらいね」

 「さすがにそこまで幼くないでしょ?」

 「それで、公表された『真相』は見たか?」

 「ううん。まだよ」

 「私も」

 「ボクもです」

 「・・・まあ、他の男子たちにも共有されているだろうから、見ておくべきだな。先に私も確認するが、きちんと見ておけよ」

 

 泣き出したスニフに困り果てているうちにルーレットは公開する『真相』を決めたらしく、モノモノウォッチには既に選ばれた『真相』が届いていた。文書ファイルになっているということは、それなりの分量があるのだろうか。指先で操作し、ファイルを開く。表示されたタイトルからして、きな臭いものだった。


 『真相No.2 超高校級の絶望』

 かつて存在したと言われる、全世界規模のテロリスト及びテロ組織。“超高校級の絶望”そのものである江ノ島盾子を首魁とし、多くの人々が洗脳されテロ行為に加担したと言われている。

 世界は一度絶望によって壊滅したが、希望ヶ峰学園で行われたコロシアイ学園生活内での江ノ島盾子の死亡及び残党の分裂や希望による掃討により、徐々にその影響は少なくなっていった。現在では歴史上の出来事として位置付けられており、当時の資料や大規模破壊の痕跡が文化遺産として遺るのみである。これらについて懐疑的な見方をする立場もあり、未来機関による各国への政治介入を正当化するための情報操作だという噂が実しやかに囁かれている。

 しかし、絶望は消えていない。世界に人が、光が、希望がある限り、絶望は際限なく生まれる。そして江ノ島盾子の絶望を受け継ぐ者が、世界のどこかに潜んでいる。未来機関はその捜索、そして殲滅に全力を注いでいる。


 どこからどこまでが本当なのか・・・頭が痛くなってくる。真相と言うからには全て事実なのだろう。つまり、“超高校級の絶望”と呼ばれるテロ組織は、一度世界を滅ぼしておきながら、その首魁である江ノ島の死亡により衰退。もはや歴史上の存在となりつつあるが、今なお世界のどこかに存在している。そういうことか。そんな話、聞いたこともない。

 

 「どう受け止めればいいのだ・・・」

 「極さん、大丈夫?紅茶飲んで落ち着いたら?」

 「ああ・・・少し整理が必要だ。一度に色々な情報が手に入りすぎる。私自身の所感を伝えたり内容の確認をするために、全員でしっかりと共有しておきたいのだが」

 「全員で・・・うん、その方がいい、よね」

 

 現実問題として、この真相は私たち全員が等しく知る必要がある。情報の不均衡は不和を生む。全員が同様の情報を得たと確認するためには、全員で膝をつき合わせるのが最も簡単だ。渦中の研前と雷堂にももちろん顔を合わせて貰うことになるが、そこは仕方ない。

 

 「ともかく研前、お前が夕食のときに部屋から出てくればいいことだ。頼んだぞ」

 「・・・うん。分かった」

 

 不安げな返事だったが、覚悟を決めた色を帯びていた。予断を許さない緊張感が漂っている。この均衡がどこかで崩れるとき、また何かが起きてしまう気がしてならない。


 「おらよ!」

 

 どかんっ、と音がしそうなくらい勢いよく、下越くんが大きなお皿を私たちが囲むテーブルの上に載せた。漂ってくる湯気に乗った香りが、鼻から胃袋まで駆け抜けて食欲を湧かせる。彩り豊かなお鍋の中から、私たちがよく知るものよりずっとシャバシャバなルーを、まんまるに盛ったご飯の周りによそっていく。野菜や海鮮がたくさん入った豪華なお皿が、私たちの前に並べられていく。

 

 「普通のカレーじゃお前ら飽きただろ。今日はグリーンカレーにしてみたぜ!辛さ調節のソースもあるからスニフとかは言えよ!」

 「いただきまーす!」

 

 また凝ったものを作ったわね、なんて感心しているうちに、スニフくんと雷堂くんと納見くんはお皿にスプーンを入れてかっこみ始める。これだけたくさん具材が入ってるとどうやって食べていいか困るくらいね。

 

 「うおおっ!?辛あっ!?」

 「ヒーッ!ハーッ!ベロいたいれす!」

 「雷堂が辛いもん食いたいっつうから、スパイスとか強めにしてあるぜ。だからソースあるっつったのによ」

 「先に言うべきではないのかそれは」

 「そのソースってなに?」

 「ココナッツミルクベースにして味を邪魔しねえように調節したもんだ。辛さが抑えられて食べやすくなるぜ」

 「わ、私はもらおうかしら・・・」

 

 自分のお皿によそったカレーにもソースをかけながら、下越くんが呆れたように言う。いつも下越くんは料理に手を付けるのは必ず最後で、みんなの反応を見てから食べ始める。今回も納見くんたちのリアクションを見て自分のを調節したみたい。味見はしないのかしら。

 

 「いやー、今日は研前も一緒に食べられてよかったぜ!辛えもんは熱いうちに食べるのが一番うまいからな!」

 「それはそうかも知れんが、その他にも目的がある。私が同席するように言ったのだ」

 「な、なんでだよ?」

 「今日明らかになった『真相』について話すためだ」

 

 お皿とスプーンがぶつかったりこすれる音が止まった。私たちはその目的を知っていたけれど、男子3人はそのことについてはまだ話をしてなかった。モノモノウォッチに配信されてるから、きっとみんな各自で読んだりはしたと思うけれど、そのことをこうしてみんなで集まって話すとは思ってなかったんだと思う。だから動揺もする。

 

 「先に言っておくが、悪意を持ってルーレットを回した者はいない。あれは事故だ」

 「事故・・・ってどういうことだ?」

 「まず、押されたのはスニフのルーレットだ。テーブルから落ちた拍子にボタンが押される格好となったが、スニフ自身に押すつもりはなかった」

 「ご、ごめんなさい・・・」

 「もういいのよスニフくん。大丈夫だから」

 

 また頭を下げるスニフくんを宥めて、男子3人に経緯を説明する。スニフくんが頭をテーブルにぶつけたことでルーレットが回ることになったけれど、それは決してわざとじゃない。外の世界の情報という誘惑に負けたわけでも、誰かがまたコロシアイを起こそうと企んでいるわけでもない。それを分かって欲しかったから、極さんはきちんと説明する場を設けたんだわ。

 

 「まあ、それは仕方のないことだとしてえ、配信された動機は全員見てるってことでいいのかい?」

 「下越君も読んだの?」

 「・・・まあな。オレはルーレットなんかやるつもりはねえが、この生活の真相とか言われたら、やっぱり気になる」

 「おれと下越氏は一緒に見たよお。雷堂氏は分からないけどお」

 「読んだ。俺も下越と同じだ。俺にしてみれば、いきなり真相が一つ明かされたわけだから、つい見てしまったんだ。動機になり得るって分かってたのに・・・」

 「そこはいい。どのみち、この場で改めて共有するつもりだった。情報の不均衡は避けねばならない」

 「だけど、いきなり言われても信じられないわよ。こんなめちゃくちゃなこと」

 

 全員が自分のモノモノウォッチで、配信された動機を見ながら訝しむ。“超高校級の絶望”なんて名前、歴史上の出来事だっていうけれど、はじめて聞いた。それにその名前や真相の記述から、希望ヶ峰学園が大きく関係してることは明らかだわ。世界を壊滅させるほどの力を持ったテロ集団が、“超高校級”とは言えたった一人の女子高生から始まったなんて、そんなの信じられない。未来機関なんて国際機関も聞いたことないし、まるで物語の中のことみたい。

 

 「この江ノ島・・・たてこ?って名前は、誰か聞いたことあったりするのか?」

 「ジュンコさんです。ボクきいたことないです」

 「歴史上の出来事とあるから、図書館で調べてみた。結果から言うと成果はほぼない。間接的に言及している記述はいくつかあったが、直接この出来事を説明している書物はなかった」

 「モノクマのデマカセ・・・ってこたあないよねえ。ウソでいいならこんなもんよりもお、もっとおれたちに直接コロシアイを促すようなことをしてくるはずだしい」

 「っていうか、どっちにしろその“超高校級の絶望”ってのはもう今はいないんだろ?こんなもん、何の意味もねえじゃねえか」

 「何の意味もないってことはないと思う・・・。だって、絶望って、モノクマがよく言ってることだよ」

 「モノクマが、この“超高校級の絶望”ってヤツと関係してるってことか?」

 「その可能性は高いだろう。今となっては歴史上の出来事となっているようだが、真相の一つとして与えられた以上は、むしろこのコロシアイに何かしらの形で関わっていることは間違いない」

 

 真相っていう名目で明かされた情報だけど、そこから分かることはほんの僅か。こんなのじゃ、逆に疑問や不安が増すばかり。だけど、きっとそれがモノクマの狙いなんだわ。もう少し知りたい。あとちょっと知りたい。そんな気持ちを起こさせてますますルーレットを回させる。そうして動機をどんどん増やしていって疑心暗鬼を加速させる。その先にあるのは・・・やっぱりコロシアイだ。

 

 「このモノクマランドそのものがどういう場所かは分からんが、ミュージアムエリアにあったあのふざけた記録館やこの真相の記述から、コロシアイは何度も行われてきていること、そしてこの“超高校級の絶望”という集団が関わっていることは確定事項としていいだろう」

 「・・・それが分かったからってなんだってんだよ。結局、ここから脱出する手段はないままだろ」

 「ああそうだ、雷堂。どのような真相を与えられようと、私たちのすべきことは、目指すものは変わらない。モノクマを打倒し、ここから脱出することだ。そして、真相ルーレットはこうして面倒事を増やすだけだと、ここにいる全員が理解した。分かるな?」

 「要するにい、もうあのルーレットに関わるなってことだよねえ」

 「ああ、そうだ。だが、事故でルーレットが回ることも考えられる。だから、私の研究室に全員のルーレットを回収させてもらう」

 

 極さんの提案は、合理的でシンプルだった。研究室はその部屋の主である極さんしか入れない。だからそこにみんなのルーレットを集めてしまえば、極さん以外にルーレットを回すことはできなくなる。当然、極さんがわざわざ動機になるかも知れないものを手に入れようとするとは思わないし、何より言い逃れしようがない状況になってしまう。

 

 「Nice ida(ナイスアイデア)!ボク、あとですぐもってきます!」

 「またヘマしないように気を付けないとねえ」

 「部屋から追っ払えるならなんでもいいや。あれやたらデカくて邪魔だったんだよな」

 

 ひとまず、極さんの研究室にルーレットを集めるっていう方向で一致した。“超高校級の絶望”については、今は分からないことが多いから、手が空いてる人たちで図書館やその他エリアでその手掛かりとか情報を集めることになった。下越くんは毎日の料理があるし、極さんや雷堂くんはほぼ毎日農耕エリアに行く用事がある。だから、私たちが頑張らないと。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:7人

 

【挿絵表示】

 




この話で事件起こしてもよかったなあなんて思ったり。
場を繋ぐだけだった話がいつの間にか長くなっていたので、ここらで一旦

ところで今日はおめでたい日です。
ダンガンロンパカレイドは今日を以て2周年を迎え、3年目に突入しました!
そして前作ダンガンロンパQQの主人公 清水翔の誕生日でもあります。あと俺も

本当は昨日の朝のうちに書き終わったんですが、せっかくなので今日投稿しました。
残り少ないですが、3年目もどうかお付き合いくださいませ。


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(非)日常編4

 

 レイカさんのSuggestion(提案)のとおり、ボクたちは自分のRoulette(ルーレット)をもってレイカさんのLabo(研究室)に行った。レイカさんのLabo(研究室)の中は、おっきなBlack leather chair(黒革の椅子)Center(中央)にあって、そのちかくに色んなMedical device(医療具)やよくわかんないいたそうなMachine(機械)がたくさん並んでた。ママにつれてかれたDental clinic(歯医者)を思い出してせなかがゾクゾクした。

 

 「何度あの道具を片付けても、モノクマが律儀に並べ直しているようなのだ。私としては使うつもりはないのだが・・・」

 「あれでタトゥーを彫るのね。それ以外の道具は普通の医療具みたいだけど・・・極さん、検死してたし、医学勉強してたの?」

 「見よう見まねだ。正しい治療効果も期待できないし、治療中の痛みも大の大人が絶叫するようなお粗末なものだ。彫りに耐えられる者がその有様なのだから、一般人相手にはとても」

 「おっそろしいなオイ!」

 「極さんって一体何者なの?」

 「それは触れてくれるな。私は普通の女子高生でいたいのだ。分かるな?」

 「フツウノジョシコウセイ」

 

 はじめてモノクマランド来たときもレイカさんは、そんなこと言ってた。Doctor(医者)みたいなことができるなんてVery great(めちゃすごい)なのに、どうしてかくすんだろう。ボクだったらすっごくBoast(自慢する)するのに。

 

 「それでえ、どこに置いておけばいいんだい?」

 「部屋の隅のテーブルの下にスペースがあるだろう。そこにまとめて置いてくれ。私の分も既に置いてある」

 「7つも入る?」

 「要は誰も触れられなければいい。多少はみ出すのは問題ではない」

 

 もうTable(テーブル)の下にあったレイカさんのRoulette(ルーレット)は、こわそうとしたのかButton(ボタン)のまわりをよけて、あちこちにDamage(ダメージ)があった。それでもこわせなかったから、こうやってLabo(研究室)に閉じ込めることにしたんだ。レイカさんはずっと、ひとりでモノクマとたたかってるんだ。

 

 「こなたさん!どうぞ!」

 「ありがとう。間違ってボタンを押さないように気を付けないとね」

 「よっこらせっとお。う〜ん」

 「どうした納見?」

 「無駄にモノクマの掃除が行き届いてるのがまた癇に障るねえ。神経質なのか生真面目なのかあ・・・」

 「ホコリ一つ落ちていないだろう。“才能”の都合上、衛生に気を付けるべきではあるが、ここでは無意味だ」

 「いいから早く入れろよ。オレと雷堂がつっかえてんだろ」

 

 なんとかRoulette(ルーレット)をしまって、Last(最後)のワタルさんがあれこれStruggle(四苦八苦する)してたけど、やっぱりちょっとだけはみ出す。レイカさんが言ったみたいに、このLabo(研究室)の中にあればレイカさんの他はRoulette(ルーレット)にさわれないから、どっちでもいいんだけど。

 

 「はあ・・・無理だこれ」

 「大丈夫よ雷堂くん。この部屋にあることが大事なんだから」

 「よし、これで新たに動機が与えられることはなくなった。納見も早く出ろ。閉めるぞ」

 「はいはあい」

 

 ずっとDoor(ドア)のちかくにいたレイカさんが、Labo(研究室)のあちこちをめずらしがっていじってたヤスイチさんを呼んだ。ボクたちみんなが出たのをしっかりCheck(確認)したあと、Door(ドア)をしめてRock(施錠する)した。

 

 「ひとまず動機についてはこれでいいだろう」

 「よっしゃ。んじゃオレは明日の朝の仕込みしてくる」

 「こんな時間からか?もう夜時間になるぞ」

 「こんな時間だからだろ。明日の収穫、一緒に行くのは誰だったか?」

 「私と雷堂とスニフだ」

 「んじゃ、お前たちはワケギ頼む。明日の朝は甘辛ダレを絡めたおからそぼろだ!ほかほかご飯も炊いとくから腹減らして来いよ!」

 「おから?またHot(辛い)ですか?」

 「違うよスニフ君、おからっていうのはね・・・」

 「ワケギな、分かった。じゃあ、明日も早いから俺はもう寝るぞ」

 「あ、ちょっと雷堂くん・・・!」

 

 あたまをポリポリかきながら、ワタルさんはさっさとRoom(部屋)にもどっていった。せっかくこなたさんと会って、おはなしもできるChance(チャンス)だったのに、また何もできないままバイバイしちゃった。もしかしてワタルさん、こなたさんのこときらいなっちゃったのかな?ボクにとってはWindfall(棚ぼた)だけど、それじゃこなたさんがかわいそうだ。

 

 「はあ・・・しかしまあ、雷堂氏のヘタレっぷりには呆れてものも言えないねえ」

 「動機はなんとかなったけど、こっちの問題はまだ解決の兆しもないわね」

 「ううぅ・・・ごめんね、みんな」

 「だんだんワタルさんのことIrritated(ムカつく)してきました!こなたさんが好きなんですよ!なんでよろこばないですか!ボクだったらPrompt consent(即諾)するのに!」

 「スニフ君は優しいね。ありがとう」

 「(そういう返しする辺りい、研前氏も雷堂氏のこととやかく言えないなあ)」

 

 こなたさんにPatting(なでなで)された!Did it(やったね)!じゃなくて!ワタルさんなんかじゃなくてボクのこと見てほしいのに!でもボクは、こなたさんがいちばんHappy(幸せ)になる方がどっちかは分かってる。だからこなたさんには・・・ワタルさんといっしょになる方がいいんだって、おもうけど。

 

 「この件については我々は口を挟まないと決めたのだ。各自早く部屋に戻って、明日以降のことを考えるべきだ」

 「そうだねえ。ほんじゃあおやすみい」

 

 おっきなあくびをしてヤスイチさんがもどっていく。そのあとに、セーラさんやテルジさんやこなたさんもRoom(部屋)にもどっていった。ボクと二人きりになるのがイヤなのか、レイカさんもすぐに行っちゃった。ボクはまだもう少し、そこで考えてた。ワタルさんとこなたさんのこと。ボクとこなたさんのこと。それから・・・Roulette(ルーレット)で知った“Ultimate Despair(超高校級の絶望)”のことを。

 


 Bed(ベッド)の中でボクは、あしたもあさ早いからねようとしてるのに、ちっともねられなかった。色んなことをかんがえてると、Room(部屋)はしずかなのにあたまの中がうるさくて、ボクをねかせてくれない。いくらボクがここでかんがえても、何もかわらないっていうのに、何かをひらめけば何かがかわる気がして、Meaningless(無意味)なことをつづける。

 

 「モノクマはDespair(絶望)ってずっと言ってた。Mastermind(黒幕)はモノクマのOperator(操作手)だから、Mastermind(黒幕)は“Ultimate despair(超高校級の絶望)”ってことなのかな・・・」

 

 ここじゃないどこかであったコロシアイも、すべて“Ultimate despair(超高校級の絶望)”とRelation(関係)あった。ボクたちのだけSpecial(特別)だなんて、そんなのVery expediency(都合がよすぎる)だ。

 

 「Somewhere in the world, they are(世界のどこかに、それはいる)・・・“Ultimate despair(超高校級の絶望)”・・・?」

 

 ボクは、まえにモノクマが言ってたことをおもいだした。たしか、いよさんがダイスケさんをころしておきたClass trial(学級裁判)で、おしおきのあとにモノクマが言ったんだ。

 


 「もっともっと絶望してよ!最高の絶望を見せてよ!そしてその絶望を味わおうよ!楽しもうよ!みんなで気持ちよくなろうよ!!もっとゾクゾクして!ワクワクして!ビクビクして!なにもかもどうでもよくなるくらいイっちゃえる絶望を!!ボクに与えてよ!!そうすれば!!」

 

 自分をだきしめてたモノクマが、いきなり大きく手をひらいた。

 

 「きっと生まれるんだぁ・・・!この世界を丸ごと絶望させる、“超高校級の絶望”が・・・!」


 

 やっぱりおかしい。モノクマが“Ultimate despair(超高校級の絶望)”なら、生まれるなんていうのはUnnaturaly(不自然)だ。それじゃまるで、自分はそうじゃないみたいじゃないか。まるで、“Ultimate despair(超高校級の絶望)”のImitation(まねっこ)してるだけみたいだ。もしかして、このコロシアイはモノクマのPecurlarty preference(ヤバい性癖)のためだけじゃなくて、もっとべつのSignificance(意義)があるってことなんじゃないか。

 

 「“Ultimate despair(超高校級の絶望)”は・・・もしかしたら・・・!」

 『ワクワクドキドキ!!真相ルーレット!!スッタートォ〜〜!!』

 「What(うわあ)!?Ouch(いてえ)!?」

 

 いきなりきこえてきたNoise(騒音)に、ボクはBed(ベッド)からころげおちた。このモノクマのこえは、きいたことがあった。だけど、きこえるはずがなかった。きこえちゃいけない音だ。

 

 「W,why(な、なんで)・・・!?」

 

 音は、ボクのモノモノウォッチから出ていた。これあのRoulette(ルーレット)から出てるんじゃなかったんだ。だけど、ボクたちのRoulette(ルーレット)はレイカさんのLabo(研究室)にしまったはずだ。レイカさんじゃなきゃ回せるはずがないのに・・・!?なんで・・・!?

 

 「スニフ!!開けろ!!」

 「ッ!!?」

 

 いきなりDoor(ドア)の向こうから、レイカさんのこわい声がきこえた。Clogged(切羽詰まった)してるみたいで、ボクはなにがなんだか分からないままDoor(ドア)Knock(ノック)する音にReply(返事する)した。

 

 「ど、どうしましたかレイカさん・・・?」

 「そこにいるか?部屋から出て来い!全員部屋から出て、()()()()()と証明しろ!」

 

 そこでボクはUnderstand(理解する)した。レイカさんは、Labo(研究室)にだれかがいるんじゃないかって思ったんだ。だからボクたちをRoom(部屋)から出そうとしてる。だったらボクがすることはSimple(単純)だ。Roulette(ルーレット)を回したのはボクじゃないって、Prove(証明する)すればいい。

 Door(ドア)をあけて外に出た。あせったレイカさんと、不安そうなセーラさんとこなたさん、ねむたそうなワタルさんとヤスイチさん、Apron(エプロン)で手をふいてるテルジさん。みんな、ここにいた。

 

 「ふわ・・・どういうことだいこりゃあ?」

 「ちくしょう・・・!誰だルーレット回しやがったのは!ビビって塩の分量間違えたじゃねえか!」

 「・・・クソッ!一箇所に集めたことが裏目に出た・・・!これでは疑心暗鬼のタネを増やすだけではないか・・・!」

 「ね、ねえ?極さん。誰が押したかは分からないけど・・・研究室の様子を見に行かない?どうして誰もいない研究室でルーレットが押されたのか・・・」

 「それはダメだ」

 「な、なんでだよ・・・?ここにいる誰かが押したことは確実なんだろ?だったらまずはルーレットの状況確認するだろ普通」

 「ここにいる誰かが押したことが確実だからだ。少なくともこの中に一人、我々を裏切った者がいるということになるのだぞ!ここで再び研究室に向かうことは、再び裏切り者にルーレットを回させる機会を与えることになる!そうなれば『最悪』だ!次は誰が裏切るか、ますます疑心暗鬼は加速する!行き着く先はなんだ!?コロシアイだ!!」

 「ちょ、ちょっと待てって極・・・!落ち着けよ・・・!」

 「・・・!」

 「うぷぷぷぷ!いいですねーオマエラ!あんまりにも押されなかったらボクがサービスで押して上げようと思ってたけど、そんな必要もなかったね!いやーよかったよかった!」

 「!」

 

 きゅうに出てきたモノクマにびっくりしてボクはDoor(ドア)にもたれかかる。ボクたちの中のだれでもなくて、モノクマでもないなら、だれがどうやってLabo(研究室)Roulette(ルーレット)を回したっていうんだ。それをたしかめに行きたくても、レイカさんはそれをさせようとしない。

 

 「モノクマでもねえとなると・・・いよいよ誰なんだよ!おい極!確かめに行くぞ!」

 「ふぅ・・・ふぅ・・・分からんのか下越。どんな方法を使ったかは知らんが、この中の誰かがルーレットを回したか分からない以上、再びルーレットに近付けるのは危険だと言っただろう」

 「それはそうだけど・・・でも、このままじゃまた回されるかも・・・」

 「一人当たりの回数制限があることだしい、無人でルーレットを回すような仕掛けをしたとしてもお、そう何度も回すことはできないだろうからあ・・・多くてあと1回は覚悟しておいた方がいいかもねえ」

 「あれ?ボクのことは無視?無視なの?寂しいなあ・・・」

 「ま、待てよ!」

 

 ボクたちみんなにIgnore(無視する)されて、モノクマがかえろうとする。それをワタルさんが止めた。

 

 「ンだよこれ・・・!これが『真相』だってのかよ!」

 「ど、どうしたの雷堂くん・・・?」

 

 Impatient(焦った様子)なワタルさんが、モノモノウォッチをモノクマに見せる。そういえば、さっきのRoulette(ルーレット)であたった『Truth(真実)』がなんなのかまだ見てなかった。モノモノウォッチをいじって、あたらしくとどいたFile(ファイル)をひらいた。


 

 『真相No.5 未来機関』

 希望ヶ峰学園の卒業生及び教員(現役を含む)で構成された国際機関。政治、経済、教育、金融、軍事など各分野において専門家を配し、加盟国政府へ指導や援助、制裁などを行なっている。かつて存在した多様な国際組織を統合したような役割を果たし、その過剰な集権性を危惧する声もある。

 この機関の発足には、『超高校級の絶望による人類史上最大最悪の絶望的事件』が関わっている。超高校級の絶望の中心人物であった江ノ島盾子が起こしたと言われるこの事件により壊滅状態に陥った世界を絶望から復興させることを目的として、希望ヶ峰学園卒業生の宗方京助を中心に組織された。その後、江ノ島盾子をコロシアイ生活にて処刑した英雄、苗木誠に代表されるように、絶望の殲滅及び世界の復興において多大な功績を残した人物を多く輩出した。

 現在は、世界に残る“超高校級の絶望”の殲滅及び未だ復興途中の地域への援助と並行し、新たな絶望の兆しを生まないように世界を管理下に置く計画が進行中である。


 

 「こんな機関、聞いたことねェぞ!“超高校級の絶望”だけでも受け入れきれねェってのに、こんなわけのわからねェ組織のことなんか信じられねェって!」

 「ん〜、確かにい。宗方とか苗木とかっていうのもお、当たり前みたいに書いてあるけど聞いたことないしねえ」

 「あっそう、世間じゃ常識だけど?特にその二人の名前は!」

 「やっぱり・・・私たち・・・!」

 「え?研前さん、何か言った?」

 「う、ううん。なんにも」

 

 ボクはキボーガミネに来るまえに、Internet(インターネット)で色んなことをしらべてきた。キボーガミネがどんなところか、OBOG(卒業生)にどんな人がいるのか、Graduation(卒業)のあとはどんなJob(仕事)をするのか。だけど、The Future Foundation(未来機関)なんてきいたことないし、ムナカタさんやナエギさんなんてのも知らない。

 

 「うぷぷぷぷ♬ルーレットにあることは全部本当のことだよ。苗木誠は“超高校級の絶望”である江ノ島盾子をぶっ殺して英雄になったし、宗方京助は絶望の残党狩りに尽力して未来機関を代表する功労者になったし・・・今でも彼らを英雄視する声は根強いね!」

 「そんなことはどうだっていい・・・!ともかく、全員部屋へ戻れ。これ以上はもうルーレットは回させん。朝まで誰も部屋から出るな」

 

 レイカさんはそう言って、自分のRoom(部屋)にもどろうとした。なんだかすごくTired(疲れてる)なかんじで、ちょっとふらふらしてる。きっと、だれかがBetray(裏切る)したことがShock(ショック)だったんだ。かわいそうに。

 

 「・・・頼む

 

 すごく小さなこえでそうつぶやくと、レイカさんはDoor(ドア)をしめた。モノクマはいつのまにかいなくなってて、ボクたちはCorridor(廊下)でこまったまま立ってた。

 

 「私はルーレットを回してないし、極さんが回したとも思ってない。だから、ここにいるみんなに向けて言うけれど・・・もう、やめましょうよ。モノクマに頼って『真相』を知ったって、苦しいだけよ。信じたくないものしか見えて来ないわ。だったら・・・私たち自身で明らかにすればいいじゃない。自分たちで明らかにした『真相』なら、信じるしかない。それがどんなに辛くて苦しい『真相』だとしても・・・モノクマから一方的に教えられるよりずっとマシなはずじゃない・・・!」

 「だといいけどねえ。どっちにしてもお、これで二つの『真相』が明らかになったわけだあ。モノクマが動機として与えた以上はあ・・・そういうことだからねえ。くれぐれも下手な考えはおこしちゃあいけないよお」

 「ったりまえだ!オレはコロシアイなんかしねえぞ!」

 「言われなくたってそのつもりだ。そもそも、こんなの信じるに値しない。突拍子もなさ過ぎる。だよな、スニフ」

 「Eh()?あ、う〜ん・・・は、はい!そうです!そうですよ!」

 「・・・」

 

 ボクたちはそこで、だれもRoulette(ルーレット)を回してない、だれもコロシアイなんかしない、だれもモノクマのに負けないってことをたしかめあった。そして、それぞれのRoom(部屋)にもどった。今日はもう、ねよう。そうPromise(約束)して。

 

 少なくともひとり、ウソをついてることが分かってるのに、ボクたちはそれを考えようとしなかった。


 Next morning(次の日の朝)、ボクはみなさんより早くおきて、マイムさんといっしょにやってたDance lesson(ダンスレッスン)をしてた。今日はPolka(ポルカ)だ。

 

 「おーっすスニフ。なにやってんだ?」

 「あ、Good morning(おはようございます)です。テルジさん。Dance(ダンス)してました。マイムさんといつもやってたんです」

 「ああ・・・そっか。ご苦労なこった。極と雷堂はまだか?」

 「まだです。テルジさんもDance(ダンス)します?」

 「んー、ヒマだしちょっとやってみっか」

 

 Boombox(ラジカセ)からきこえてくるMusic(音楽)に合わせて、ボクとテルジさんはすきなかんじにDance(ダンス)した。Quick tempo(クイックテンポ)で、かってにStep(足取り)がはやくなってまだ何もしてないのにつかれちゃった。

 

 「ふぁわ・・・おはよう。何してんだお前たち?」

 「フーッ!朝からいい汗かいたぜ!」

 「つかれました」

 「これから収穫だというのに、なぜもう汗をかいている・・・きちんとできるのか?」

 「が、がんばります・・・!」

 「っしゃ!行くか!」

 

 ボクとおなじくらいDance(ダンス)してたのに、テルジさんはSweat()ながしてるだけでまだまだ元気だ。なんでだろう。もっとStamina(スタミナ)つけなきゃいけないのかな。でもFarm Area(農耕エリア)にはモノヴィークルをつかって行くから、そのあいだにちょっとRest(休憩)できる。

 Early morning(早朝)Farm Area(農耕エリア)Fresh(爽やか)な空気があって、ほんのりNose()に入ってくる土のかおりと風がぬけてくかんじがきもちいい。モノヴィークルをおりてDisinfection corridor(消毒通路)をとおって中に入る。またボクはおもいっきりかおにAlchol(アルコール)をぶっかけられて、ちょっと口に入った。

 

 「ぺっぺっ!にがい!」

 「学習能力ないのかよ。ほら、止まったら邪魔だぞ」

 「ん〜?」

 「どうした下越」

 「ん?いや・・・別に。さてと、ちゃっちゃかやっちまうか。雷堂はワケギ頼むぞ。スニフはオレと一緒に根菜だ。極は果樹園で桃採ってきてくれ」

 「おう」

 「わかった」

 

 ここだとテルジさんはすごくテキパキしてて、レイカさんやワタルさんにもまけないLeadership(リーダーシップ)を見せる。だけど、ワタルさんもレイカさんもみじかいReply(返事)だけして行っちゃった。ワタルさんはまえからあんなかんじだったけど、レイカさんもYesterday(昨日)のことで、つかれてるんだ。でも、テルジさんのおいしいBreakfast(朝ご飯)をたべたらきっと元気出るから、ボクもお手伝いがんばらなくちゃ!

 ボクはテルジさんのお手伝いでField()からダイコンやニンジンやゴボウを引っこぬいて回った。ボクがぬいて、テルジさんがひろって、ぬいて、ひろって、ぬいて、ひろって・・・。7人分ともなるとたいへんだったけど、やっぱりどろんこになってWork(働く)のはたのしい。いつのまにか、テルジさんがしょってるカゴがいっぱいになってた。

 

 「よーしスニフ!そんなもんでいいだろ!走り回ったとこの土ちゃんと均しとけよ」

 「はーい!」

 

 走り回ったあとは、Footprint(足跡)だらけになったField()をきれいにするためにHoe()でたがやす。サクサク土にさしてやわらかくしてくのもなんだかたのしくて、Footprint(足跡)がないところもやっちゃったり。ワタルさんとレイカさんが、テルジさんにOrder(指示)されたのを採ってもどってくるまでずっとやってた。

 

 「スニフのヤツ、張り切ってンな」

 「こうやって身体を動かすのもいい発散なんだぜ」

 「そうだな・・・」

 「スニフ!もう十分だ!ホテル戻るからそれしまってこい!」

 「はいテルジさん!分かりました!」

 

 気付けばワタルさんもレイカさんももどってきてて、ボクがふりまわしてるHoe()の他にはもうぜんぶ片付けてあった。ワタルさんとレイカさんは、さっさとFarm Area(農耕エリア)を出て行こうとしてて、ボクはいそいで片付けをした。どっさりカゴいっぱいになったHarvest(収穫物)をテルジさんとわけっこして、Hotel(ホテル)までもってかえった。

 Hotel(ホテル)にもどると、こなたさんもセーラさんもヤスイチさんもみんなおきてDining(食堂)にいた。テルジさんはもってきたHarvest(収穫物)Kitchen(厨房)にもってって、すぐにBreakfast(朝食)をつくりにいった。こなたさんとワタルさんはやっぱりまだAwkward(気まずい)みたいで、そわそわしておちつかない。ワタルさんがすわると、こなたさんは目が合わないようにちがうSeat()にかえたり、セーラさんやヤスイチさんが気をつかって他のSeat()にすわったりして、ずっと立ったりすわったりしてる。

 

 「忙しなく動くな。じっとしていろ」

 「ご、ごめんなさい」

 「まあそうイライラしないでさあ。過ぎたことは水に流してえ、これからのことを考える方がいいだろお?」

 「水に流せるようなことならまだ良かったがな」

 「まあまあ」

 

 Yesterday(昨日)、ボクたちの中のだれかが、ボクたちみんなをBetray(裏切る)してRoulette(ルーレット)を回した。そのことをボクたちみんなは言わないようにしてたけど、でもみんながそのせいでSuspicious(疑心暗鬼)になってた。だって、だれかひとりはウソをついてるってことを知ってるからだ。それでもだれも何も言わないのは、そのことに向き合いたくないからだ。

 

 「っしゃあ!できたぞオラ!好きにとって食べろ!」

 「わあ、おいしそう!」

 「もうはらぺこだよお。うまそうだねえ」

 

 そんな空気をこわすように、テルジさんがもうもうとSteam(湯気)をあげる大皿をTable(テーブル)にのっけた。今は苦しいことを考えずに、ただ目の前のおいしそうなテルジさんのごはんを食べたくて、すぐにSpoon(スプーン)を手に取った。

 

 「う〜ん!甘辛だれとそぼろの相性が良い感じ!ご飯がすすむわね!」

 「おからってこれですか?」

 「おう!栄養価たっぷりだからたんまり食べろよ!白飯のおかわりもあるぞ!」

 「下越君、おかわり」

 「早えなおい!?」

 

 ほんのひととき、ボクたちはモノクマのMotive(動機)のこととか、Betray(裏切る)した人のこととか、そんなつらいことなんかわすれて、Breakfast(朝食)をたのしんでた。Desert(デザート)Peach sherbet(桃のシャーベット)をたべた。

 

 「ああ!うまかった!」

 「さてとお、今日は図書館で調べものでもしてこようかあ。スニフ氏も一緒に行くかい?」

 「はい!」

 「雷堂、お前は片付け手伝ってくれ!」

 「あ、ああ・・・分かった」

 「研前さんと極さんは?どうするの?」

 「そうだな・・・脱出の手立てを探すとしよう。パシフィックエリアと遺跡エリア、歓楽街エリアを探索するとしよう」

 「じゃ、じゃあ私は・・・歓楽街エリアにしようかな。遺跡エリアは危なさそうだし」

 

 テルジさんがワタルさんといっしょに、食べおわったDish(お皿)をもってKitchen(厨房)に行こうとする。ボクとヤスイチさんはLibrary(図書館)に行くために、Glass(グラス)を空っぽにした。セーラさんとこなたさんとレイカさんは、Explore(探索する)するところ決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きちんと今日やることを決めて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクたちは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一斉に席を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立とうとして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立てなかった。

 

 

 

 「ぐっ・・・!?があっ・・・!!

 「・・・は?」

 

 おきあがろうとした体がTable(テーブル)におちた。Tablewares(食器)をまきちらしながら、そのままくずれるようにFloor()までころげおちる。手は苦しそうにむねをつかんで、Fish()みたいに口をぱくぱくさせている。Unconsciously(無意識に)にあばれる足がChair(椅子)Table(テーブル)もけっとばして、Dining(食堂)をみるみるうちにちらかしていった。

 

 「カハッ・・・!!」

 

 苦しそうにうめきながら、手はその人とべつの生き物みたいに全身をはいまわる。Set hair(セットした髪)もぐしゃぐしゃになって、目はどこにもFocus(焦点を定める)してない。

 ボクたちは目の前のできごとを受け入れることができず、ただStunned(茫然と)して、The last moment(最期の瞬間)をむかえようとしていた。そして、それはおとずれる。

 

 「あ・・・!!ぐっ、くあっ・・・!!は・・・」

 

 あばれる力も失い、小さく体が数回はねる。そしてボクたちは、思い知らされることになる。また、コロシアイがおきた。

 

 「あっ・・・ああ・・・!あああ・・・!!」

 『ピンポンパンポ〜〜ン♫死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』

 

 “Ultimate Tattooist(超高校級の彫師)”、キワミレイカさんは、ボクたちの目の前で死んだ。ボクたちの中のだれかに、ころされてしまった。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:6人

 

【挿絵表示】

 




更新ペース早いでしょ。前回日間ランキング載ったらしいんですよ。
フォロワーさんから報告があってね。なので今回もみなさんのお力で是非一つ・・・ゴマスリゴマスリ


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非日常編

 

 それは、まるでA moment(一瞬)のあいだに起きたように思えた。でもホントは、もっと長い時間がかかってたんだ。もしかしたらボクたちは、助けられたLife()を助けなかったのかもしれない。きっとレイカさんはすごく苦しかった。なのに、ボクたちは、だれひとり、何もせず、何もできず、モノクマがDining(食堂)にあらわれた今も、うごけなかった。

 

 「あらあらあら?なにみんな?今さら死体なんかにドン引きしてるの?それとも5回目だからさすがに飽きちゃったの?でも、おしおきじゃなく人が死ぬ瞬間を見るのなんて初めてじゃない?前回の虚戈サンのときは真っ暗だったから、その瞬間は見えなかったわけだし」

 「あっ・・・!ああ・・・!!あああああああああああっ!!」

 「・・・ざけんなよ」

 「テンション低いままじゃ捜査もろくにできないよ!もう5回目なんだから勝手も分かってるでしょ!このままクロが裁判場素通りするような展開だけは避けてよね!はい!モノクマファイルもちゃんとあげるから──」

 「誰が殺したッ!!」

 「!」

 

 びっくりするような大声に、ボクたちは全員体が小さくかたまった。声をあげたのは、今まで見たことないくらいこわいかおをしたテルジさんだった。Depressed(落ち込んでいる)なかおや、Sorrowfully(悲しんでいる)なかおは見たことあるけれど・・・今のテルジさんのかおは、Fury(激憤)でいっぱいだった。

 

 「・・・し、下越氏・・・?そんな急に・・・!」

 「誰が殺したっつってんだろうが!!どいつだ!!そんなにオレらを裏切るのが面白えか!!オレらを殺すのが楽しいか!!この腐れ外道が!!」

 「お、おち、落ち着けって下越・・・!気持ちは分かるけど・・・!」

 「イヤ・・・!もうイヤぁ・・・!!」

 「ま、正地さん・・・!」

 「どうしてこんなことになるのよ・・・!コロシアイなんてもうイヤ・・・!捜査も裁判も処刑ももうたくさん!!もうやめてよ!!」

 「あ、あわ・・・あうぅ・・・」

 「あーあ、二人もぶっ壊れちゃった。これからまた捜査して裁判しておしおきもあるってのに。オマエラ結構弱っちいんだね。面倒臭いなあもう」

 

 またBetray(裏切る)されたことに、テルジさんはあたまをかきむしりながらどなる。またClass trial(学級裁判)Execution(処刑)があることを、セーラさんが泣いてRefuse(拒絶する)した。信じたくないようなReal(現実)を前にして、ボクたちはこのコロシアイの中にいることを思い知らされる。のりこえられそうもないほどDesperate(絶望的)Real(現実)を。

 

 「いや・・・どうすンだよこれ・・・!やべェだろ・・・!」

 「イヤ・・・イヤぁ・・・!!」

 「お、落ち着いて正地さん。深呼吸して」

 「そんじゃ面倒臭い絡みをされる前に、ボクはモノクマファイルだけあげてさっさとトンズラこきますよ!さすがにこのままじゃ心が痛むから、いつもより捜査時間は長めにとってあげる!じゃ、がんばってね〜!」

 「おおい!そんな適当な感じで放っておかないでおくれよお!なんか方法はないのかい!」

 「と、取りあえずスニフ!水持って来い!」

 「R・・・Roger(あいあい)!」

 

 おこるテルジさんと泣いてるセーラさんをおちつかせるため、ボクはワタルさんに言われたとおりWater(お水)をもってきた。これをのませるのもたいへんだけど、ひとまず泣いてるセーラさんにGlass(グラス)をすすめてあげる。

 

 「セーラさん。お、お水どうぞ」

 「あっ・・・!ああ・・・!」

 「おいスニフ!なんだそりゃ!毒でも入れてんじゃねえだろうな!どさくさに紛れて何考えてやがるんだ!」

 「ど、毒・・・!?イヤッ!!」

 「Wow(うわっ)!?」

 「毒なんか入れるわけねェだろバカ!の、納見も下越おさえンの手伝えって!」

 「よ、よしきたあ。どうどう」

 

 テルジさんがらしくもないことを言って、それをきいたセーラさんがGlass(グラス)をおとしてわった。中のWater(お水)がボクにかかって、おもわずとびのいた。Confused(錯乱する)してPoison()なんてことを言い出すテルジさんは、Cool(冷静さ)をなくしてる。ワタルさんとヤスイチさんがなんとかおさえつけて、Deep breath(深呼吸)させる。

 

 「大丈夫だから・・・!正地さん!大丈夫・・・!」

 「そ、そんなこと言って・・・!どうして極さんは死んだのよ・・・!どうして殺されたのよ・・・!誰かが殺したんでしょ!それがあなたじゃないって、どうして証明できるのよ!」

 「セーラさん!このWater(お水)はだいじょぶです!んくっ・・・ほら!」

 「ハァ・・・ハァ・・・!」

 

 ボクはWater(お水)Poison()なんか入ってないってProve(証明する)するために、あたらしいGlass(グラス)に入れたのをのんだ。これできっとしんじてもらえる。セーラさんはちょっとだけ、Stunned(茫然と)してたけど、しんじてもらえたみたいで、ボクのもってたGlass(グラス)をうけとってもらえた。

 

 「うん、ありがとう正地さん。ゆっくり飲んで・・・落ち着いて」

 「ハァ・・・ハァ・・・!ご、ごめんなさい・・・!」

 

 なんとかセーラさんはSanity(正気)にもどったみたいで、まだSeesee(ぜえぜえ)言ってるけど、ひとまずこなたさんにPatting(なでなで)されながら泣くのも止めてた。

 

 「あ、一つ言い忘れたことがあってね」

 「Ahh(ぎゃあっ)!?」

 「な、なに!もうこれ以上私たちを苦しめるようなことするなら・・・!」

 「お?研前サン戦っちゃう?仲間のために非戦闘員が前線に出てくるアツい展開?いやいや、コロシアイ生活において非戦闘員なんていないから!」

 「言い忘れてたことってなんだよ!こっちはお前に構ってる余裕なんかないんだよ!」

 

 つかれてさっきよりも大人しくなってきたけど、まだテルジさんはワタルさんとヤスイチさんにおさえつけられてる。モノクマにとびかかったりなんかしたら、Excuse(言い訳)なんかできずにすぐExecution(処刑)される。それを分かってるくせに、モノクマはGrinning(にやにや笑い)してボクたちをIrritate(イラつかせる)する。

 

 「いやね、やっぱりボクとしてはオマエラ全員が手を取り合って、同じ目線に立って学級裁判をするべきだと思うわけ。だから、一部の人が()()()()()()()()を、ボクから公開してあげようと思うの」

 「は?な、なんだよそれ?」

 「ここに置いとくと捜査の邪魔になるだろうから、厨房に置いておいたからね!気になる人は探してみたら?そんじゃーねー!」

 「あ!お、おい!」

 

 いきなり出てきたとおもったら、そんなことを言ってモノクマはまたいなくなる。なんだかImplied(含みを持たせた)な言い方に不安になる。モノクマがボクたちにClue(手掛かり)をあげるっていうときは、だいたい良いことになんかならない。Kitchen(厨房)においてあるって言ってたけど、なんでそんなところに?

 

 「あんのバカクマ!なんのこっちゃ分かんねえけど妙なもん厨房に持ち込むんじゃねえよ!衛生ってもんがねえのかあいつの頭には!」

 「し、下越・・・!?おい落ち着けってば!」

 「おおう、すごい力だあ」

 「離せよ!もうお前らのことなんか信用しねえ!オレはオレのやりてえようになるぞ!どこのどいつが極を殺したんだか知らねえけど、ぜってえ許さねえからな!」

 「言いたいことは分かるけどお、だからって全員を敵に回すこたあないだろお?」

 「全員同じだ!昨日の夜にルーレット回した裏切り者もいるんだろ!どいつが裏切ったか分からねえんだから、全員疑うしかねえじゃねえかよ!いいから離せっつってんだよ!」

 「どあっ!?」

 

 テルジさんが体をひねると、がんばっておさえてたワタルさんとヤスイチさんがまとめてなげられた。すごい[[rb:Power > tikara

]]だ。モノクマCatsle()Sewer(下水道)で何日もServive(生き残る)できたのも分かるなあ。なんてのんきなこと考えてる場合じゃなかった。

 

 「ま、待てよ下越!」

 「・・・いやはやあ、あんなに怒った下越氏は初めて見るよお」

 「もう5度目だもん。イヤにもなるよ。下越君は特に、みんなのこと丸っきり信じてたし」

 「下越くん・・・」

 「さいしょにセーラさんやボクたちのことEncourage(励ます)してくれたの、テルジさんでした。でも今は・・・」

 「信じてた反動ってヤツかねえ。取りあえず丁度良いからあ、あっちは雷堂氏に任せるとしようかあ。ともかく今は捜査をするしかないよお。極氏もお、何の手掛かりも得られないまま裁判に行くことは望んでないだろうからねえ」

 

 わすれてた、わけじゃないけど、レイカさんが目の前でKill(殺す)されて、今はInvestigation time(捜査時間)なんだった。今まで見た人たちみたいに、Blood()がたくさん出てたりするようなGrotesque(エグい)な見た目じゃない。だけどそうなると、Autopsy(検死)をしなくちゃいけないけど、今までそれをしてくれてたレイカさんは、今そこで死んでる。

 

 「検死は・・・どうしよう」

 「ボ、ボク分かんないです・・・モノクマファイルだけじゃ、ダメですか?」

 「モノクマファイルはあくまでシロとクロを公平な立場にするためのものだからねえ。死体を調べて分かることもあるしい、それが手掛かりになるかもしれないだろお?とはいえねえ、おれも何をどう見たらいいのかよく分からないからねえ」

 「私がやるわ」

 「え・・・?正地さん・・・大丈夫?」

 

 困るボクたちの中で、手をあげたのはセーラさんだった。今ここにいる人たちの中でいちばんWeak(弱ってる)なのに、どうして?

 

 「荒川さんも極さんもいなくなって・・・今ここで、少しでも医療や生命に関わる“才能”を持ってるのは、私しかいないもの。二人ほど詳しいことは分からないけど・・・でも、今の私にはこれしかできないから・・・」

 「無理することないよ正地さん?私が代わりに・・・」

 「ありがとう、研前さん。でもいいの。今は少しでも、極さんの死の真相を解き明かすために意味のあることをしないと」

 

 まだLook sick(顔色が悪い)なセーラさんだけど、言葉は力強い。テルジさんを見てなにかおもったのか、それともSense of duty(義務感)だけでそんなことを言ってるのか。どっちにしても、今はボクもボクにできることをするしかない。こんな風にレイカさんをKill(殺す)した犯人(クロ)Reveal(暴く)ために。


 捜査開始

 

 「あれ、納見君どこ行くの?」

 「ちょっとねえ。みんなの疑問を解決する手掛かりでも見つけに行くんだよお」

 「な、なにそれ?」

 「極氏の“才能”研究室さあ」

 

 それだけで、ヤスイチさんが何をしようとしてるのか分かった。だけど、Investigation(捜査)だからって、モノクマがレイカさんのLabo(研究室)を|Open> 開放する]]てくれるのかな。ボクもヤスイチさんの方が気になったけど、今はレイカさんをしらべてできるだけたくさんの[[rb:Clue《手掛かり》をGet(手に入れる)ことが大事だ。まずはモノクマがボクたちにくばったFile(ファイル)からだ。

 

 「う〜ん・・・やっぱり死因は書いてないし、死亡時刻は大して役に立たないね」

 「はい。でも、Measles(麻疹)ってなんですか?それにConvulsions(痙攣)も」

 「すごく苦しそうにしてたけど、関係あるのかな?なんだか息できないみたいに胸を押さえてたよね。こうやって」

 「あばれるからTableware(食器)もたくさんちらばっちゃいました」

 

 こなたさんの言うとおり、レイカさんはすごく苦しそうにあばれ回ってた。いつものレイカさんからはImage(想像する)できないくらい、Disturbed(乱れる)してた。

 

 「テルジさんも言ってました。もしかしてレイカさん、Poisoning(毒殺)されましたか?」

 「だけど、今日の朝ご飯は大皿料理だったよ。もしあれに毒が入ってたんだったら・・・極さんだけが死んじゃうのはおかしいよね」

 「あ〜・・・そうですね。そしたら、Tableware(食器)はどうですか?レイカさんのSpoon(スプーン)とかChopsticks(お箸)に付けといて」

 「え!じゃあスニフ君、それ触っちゃダメだよ!ガラスが割れてるのもあるし、危ないから近付かないの!」

 「わわっ」

 

 ちょっとしたおもいつきだったのに、こなたさんはボクのことWorry(心配)してくれて、手をつないでくれた。うれしいけど・・・Investigation(捜査)のとちゅうだし、人が少ないのにこんなことしてていいのかな。

 

 「えっと・・・極さんが使ってたのってどの食器かな?」

 「このへんのじゃないですか?ボクのはこっちのTable(テーブル)にあるから分かります」

 「どれも一緒だから分かんないね。これじゃあ毒が塗ってあるかどうかも調べられないよ」

 

 こなたさんが気を付けながらちらかったTableware(食器)に手をのばす。だけど、どれも見た目がおんなじで、それにあちこちにとびちってるから、どれがだれのか分かんない。レイカさんのものもFloor()におちたはずだけど、近くにいたワタルさんやセーラさんのとまざって、さっぱりだ。

 

 「毒って・・・さっき下越くんも言ってたけど、ホントにそうなのかしら?」

 「そうじゃないですか?レイカさん、Injury(怪我)なんかないですよ」

 「でも毒なんか仕込む暇あったかな?私たち、ほとんど同時に食堂に来たんだよ」

 「Meal(食事)とかTableware(食器)じゃなくても、Poison()入れられないですかね?」

 

 こなたさんやセーラさんもいっしょに考えてみるけど、レイカさんをPoisoning(毒殺)しようとしても、それをレイカさんに食べさせるTiming(タイミング)がない。Carefully(用心深い)なレイカさんにヘンなもの食べさせるなんてできっこないし、犯人(クロ)はどうやったんだろう?

 

 「ふぅ。二人ともいい?検死・・・一応やってみたわ」

 「お疲れ様、正地さん。どうだった?」

 「うん・・・やっぱりモノクマファイルに載ってることほぼそのままで、目立った傷もないし、麻疹もあるわね」

 「それって、普通はないものなの?」

 「そうね。毒殺されたんだったらそういう反応が出ることもあるかも知れないけれど・・・どんな毒を使ったのかにもよるわ。それにただの麻疹とも違うと思う。ウイルス性なら私たちの誰にもそれらしい兆候が出ないのはおかしいもの。特にスニフくんは」

 「ボクですか?」

 「子供は新陳代謝のサイクルが早いから、そういう反応が出やすいのよ」

 

 ボクはちっともそんなSick(病気)はない。だからレイカさんのMeasles(麻疹)Virus(ウイルス)のせいなんかじゃないはずだ。でもだったら、どうしてレイカさんにそんなのがあるんだろう?

 

 「毒性物質で麻疹を起こすものも・・・ないことはない、はず・・・だけど。ごめんなさい。曖昧で思い出せないわ」

 「No way(とんでもないです)!セーラさんがんばってくれました!Thanks(ありがとうございます)!」

 「そこから何か手掛かりとか、出て来ないかな?」

 「もうちょっとよく調べてみないと分からないわね。これ以上詳しくしようとしたら・・・いくら検死とはいえ、ここじゃあんまりね・・・。スニフくんもいるし、厨房には下越くんと雷堂くんもいるし・・・」

 「Why(なんでですか)?」

 「スニフ君、厨房行って二人をこっち来ないようにしてね」

 「???」

 

 なんでボクやテルジさんやワタルさんがここにいちゃいけないのかよく分からないけど、セーラさんとこなたさんでレイカさんのAutopsy(検死)をもっとIn detail(詳しく)にやるらしい。ボクはこなたさんに言われたとおりに、Kitchen(厨房)でふたりをDining(食堂)に行かないように見てなくちゃ。

 

 

 獲得コトダマ

【モノクマファイル⑥)

被害者は“超高校級の彫師”極麗華。死亡推定時刻はたった今。

目立った外傷はないが、特徴的な麻疹がある。死亡直前に全身の痙攣が見られた。

 

【正地の証言)

極の死体には目立った外傷などはないが、首元に発疹がある。

毒に対して麻疹が出ることはあるが、全身に毒性物質が回るのには時間がかかる。


 Kitchen(厨房)はまだテルジさんが作ったBreakfast(朝食)Flavor(香り)がほんのりのこってて、Investigation(捜査)しなくちゃいけないのにまたおなかが空いてくる。テルジさんとワタルさんははなれたところにいたけれど、テルジさんは見たかんじあんまりInvestigate(捜査する)してないみたい。

 

 「テルジさん?だいじょぶですか?」

 「・・・ああ。わりぃ。今は話せる気分じゃねえんだ」

 「あ、あのう・・・ボク、言わなきゃいけないことあります」

 「なんだよ?」

 「今あっちでセーラさんとこなたさんがAutopsy(検死)してます。だから、行っちゃダメですよ」

 「は?なんでだよ。オレが犯人だって疑ってるってことかよ?」

 「え、えと・・・ちがいます!ボクもダメって言われました!だから、ワタルさんもテルジさんもダメなんです!」

 「よく分かんねーな。まあいい。分かった」

 

 テルジさんはすごくBad mood(不機嫌)で、いつものCheerful(明るい)なかんじじゃなかった。さっきセーラさんにBellow(怒鳴る)したみたいに、レイカさんがあんなことになったせいで、テルジさんもCalm(落ち着いて)じゃいられないんだ。

 

 「テルジさん・・・ごめんなさい」

 「ん?なんでスニフが謝ってんだよ?」

 「レイカさんがKill(殺す)されたの、いちばんわるいの、ボクかもしれないから・・・」

 「どういうことだよ」

 「Yesterday(昨日)、ボクがモノクマのRoulette(ルーレット)まわしちゃったから・・・それで、犯人(クロ)がレイカさんを・・・」

 「・・・さあな。そりゃわからねえよ」

 「うぅ・・・」

 「それにオレはお前が犯人かどうか分からねえ。だから泣こうが謝ろうが何もしてやれねえけど・・・もしお前が犯人じゃねえんなら、そんなこと気にする必要はねえぞ」

 「え・・・そ、そうなんですか?」

 「そりゃそうだろ。極を殺したのは犯人なんだ。どんな言い訳しようが、どんな理由があろうが、そいつはオレらを裏切ったんだ。だったら悪いのはそいつだろ。お前がルーレット回してようが関係ねえ。実際、オレはお前がルーレット回してもコロシアイなんてしようと思ってねえしな」

 

 いつもニコニコしてておっきい声のテルジさんが、こんなふうに小さい声で、でもしっかり目を合わせてはなしてくれたときを、ボクはしってた。モノクマランドにつれてこられて、アクトさんがExecution(処刑)されてみんながくらくなってたときだ。セーラさんをEncourage(励ます)するためにはなしてたときと、おんなじだった。

 

 「正直、お前みたいな子供に殺しなんてできると思ってねえ。けど、もう何が起きてもおかしくねえところまで来てんだ。もう裏切られんのはたくさんだ。スニフのことも信じてえけど信じられねえ。だからこれしか言えねえ。お前が犯人じゃねえんなら、そんなこと気にすんな。お前は悪くねえ」

 「テルジさん・・・」

 「ただ、お前が犯人なんだったら・・・オレはお前を許さねえ。そのときは覚悟しとけ」

 「うっ・・・!」

 

 おもわず体がふるえた。こんなにこわいテルジさんははじめてだった。さっきのBellow(怒鳴る)かんじじゃなくて、Hunt down(追い詰める)されたみたいにうごけなくなるかんじ。次のボクの一言が、テルジさんをGet anger(怒る)させるんじゃないかって、声が出て来なくなる。

 

 「わ、わかりました・・・」

 「なんだ下越。落ち着いたか?」

 「ん・・・まあスニフに話したらちょっとな。悪いな雷堂。付き合わせちまって」

 「まあいいよ。モノクマが置いてったこれも気になるしな」

 「あっ」

 

 ボクとテルジさんにはなしかけてきたワタルさんは、手にもったDocuments(書類)をボクたちに見せてきた。モノクマが言ってた、だれかのSecret information(隠してた情報)だ。だけど、ボクはそれが何なのか、だれがもってたInformation(情報)なのかを知ってた。

 

 「まったく気味が悪い話だよ。俺らの身体のことが全部載ってるんだぜこれ」

 「あ?なんだよこれ。オレは希望ヶ峰学園で健康診断なんか受けた覚えねえぞ」

 「これ・・・」

 

 ボクは言おうかどうしようかまよった。これを見つけて、もってたのはヤスイチさんだ。だからここでボクがそれを知ってたことを言っちゃったら、ヤスイチさんがSuspiciously(怪しく)になっちゃう。ヤスイチさんが犯人(クロ)かどうかは分からないけど、これを知ってたからってそうなっちゃうのはなんだかかわいそうだ。

 

 「Um()?あ、あのう、ワタルさん。そのMedical certificate(診断書)、ボクたちの分もありますか?」

 「ああ。俺たち全員の分があるぞ。もう死んじまったヤツの分もあるし。これを隠し持ってたヤツがいるってことは、そいつは俺たちのなんなんだろうな」

 

 あたまをポリポリかきながらワタルさんが言うけど、ボクはおどろいてた。だって、ヤスイチさんが見せてくれたDocument(書類)は、そのときもう死んでた人たちのばかりだった。だからボクは、レイカさんやワタルさん、そのときまだ生きてた人たちの分はないと思ってた。だけど、ワタルさんがもってたのはモノクマランドにつれて来られてた17人分全部だった。

 

 「それ、どこありましたか?」

 「厨房の真ん中に置いてあった。読んでくれって言わんばかりだな。モノクマはこんなもの見せて、どういうつもりだ?」

 「分かんねーよ、そんなこと。それより雷堂、オレはお前に聞きてえことがある」

 「な、なんだよ改まって」

 

 うでを組んだまま、テルジさんがワタルさんをにらんで言う。もしかしたらケンカになっちゃうかも、なんてボクはちょっとこわくなる。

 

 「お前、極の『弱み』聞いたよな?それって、極が殺されたことと何か関係あるんじゃねえのか?」

 「よ、『弱み』か・・・?確かに聞いたけど・・・そ、それって俺が犯人って疑ってるってことかよ!」

 「違えよ。オレはな、なんで極が殺されたのかが分からねえんだ。明らかに殺しやすそうなヤツらじゃなく、極みたいに用心深くて腕っ節の強いヤツを狙うなんておかしいだろ?」

 「そうです!こなたさんとセーラさんもそれ言ってました!」

 「だったら極が狙われた理由ってのが分かれば、犯人も分かるんじゃねえかと思ったんだ。だからその手掛かりに、あいつの『弱み』を聞いとこうと思ったんだよ」

 「お・・・おう。下越」

 「なんだ」

 「お前、そんなに深いこと考えられるようになったのか。この短期間でめちゃくちゃ頭良くなったな」

 「テルジさんすごいです!Well done(よくできました)!」

 「バカにされてる気がする」

 

 いつもとちがうのはAura(雰囲気)だけじゃなくて、Inspiration(ひらめき)もってことだ。でもたしかにテルジさんが言うように、どうして犯人(クロ)はボクやセーラさんやヤスイチさんみたいな人たちじゃなくて、レイカさんをねらったんだろう。きっとReason(わけ)があるはずだ。レイカさんの『Weak point(弱み)』がClue(手掛かり)になるかは分からないけど、ボクも知りたい。

 

 「いや・・・いくらもう死んじまったとは言え、他人の『弱み』をバラすのはちょっとな・・・」

 「そんくらい言いにくい秘密ってことか?」

 「そういうわけじゃないんだけど、あいつがどうしても隠したがってたことだから、言うのが憚られるっていうか・・・裁判のときに言うよ。どうせ言うんだったら、全員が集まってるところできっぱり言う」

 「・・・まあ、そんでもいいけどよ」

 

 もう死んじゃったレイカさんのDignity(尊厳)をまもるなんて、ワタルさんはGentleman(紳士)だなあ。なんてボクはAdmire(感心する)してるばあいじゃなくて、もっとClue(手掛かり)をあつめないと。

 

 「そうだ!テルジさんは何かおかしなこととか、分かんないこととか、Clue(手掛かり)になりそうなのないですか?」

 「オレか?んん・・・関係ねえことでもいいなら、ちょっと気になったことはある」

 「なんでもいいよ。聞かせてくれ」

 「今朝、農耕エリア行っただろ。その時なんとなくなんだけど・・・いつもと違う感じがしたんだよな。なんつうか、空気が違うっつうか」

 「フ()()キですか?」

 「そんな感じだな。あの消毒通路くぐったくらいで感じたんだけど・・・お前らなんともなかったか?」

 「いや、俺は別に」

 「ボクもです」

 

 

 獲得コトダマ

【診断書の束)

コロシアイ参加メンバーそれぞれの健康診断書の束。

元々は荒川の研究室にあったものだが、事件後にモノクマによって公開された。

当人すら知らない身体についての情報がつぶさにに記述されている。

 

【極の『弱み』)

3つ目の動機として与えられた極が隠したがっていること。

極から雷堂に明かされたが、雷堂は極の尊厳のために裁判まで黙秘している。

 

【農耕エリア)

第四の事件の後に開放された、農作物を栽培している広大なエリア。

生物由来の薬品類を保管する小屋と、他のエリアに繋がるゲート前にはアルコールによる消毒がされる通路がある。

 

【下越の証言)

事件当日の朝、農耕エリアに収穫に行ったときに普段と異なる違和感を覚えた。

具体的なことは分からないらしい。


 Kitchen(厨房)でテルジさんといっしょにいたら今度は何でおこらせるか分からなくてイヤなかんじになるから、ワタルさんにおしつけてDining(Dining(食堂)までもどってきた。セーラさんとこなたさんのAutopsy(検死)はもうおわってたけど、あたらしく分かったことはとくにないらしい。

 

 「ここと厨房と・・・事件に関係ありそうなところと言ったらそれくらいしかないんじゃないかしら?他にあったとしても、今は分からないわ」

 「そういえば納見君が、極さんの“才能”研究室を調べに行ったよね。私たちも極さんの個室を捜査してみたら、何か分かることがあるかも知れないよ」

 「だけど・・・ここを離れてもいいのかしら?犯人が極さんに何かしたら・・・」

 「私と正地さんで検死したから大丈夫だよ。だいたいのことは分かったし、何かしたらすぐ分かるもん」

 「じゃ、ボクはヤスイチさんのおてつだいしてきます!」

 「うん、お願いね」

 

 もうセーラさんとこなたさんがレイカさんをとことんAutopsy(検死)したから、だれかが何かTrick(小細工)したってすぐにバレる。人が少ないからInvestigation(捜査)Efficient(効率的に)にしなくちゃいけないんだ。ボクは、さっきレイカさんのLabo(研究室)に行ったヤスイチさんがどうなったかを見に、Hotel(ホテル)Upper floor(上層)に向かった。

 Guest room(客室)はInvestigate(捜査する)できるようにモノクマがUnlock(解錠)してたけど、Labo(研究室)はどうなんだろう。でもヤスイチさんがもどってきてないってことは、ちゃんと中もInvestigate(捜査する)できてるってことかな。

 

 「ヤスイチさーん、ちゃんとしらべれてますかー?」

 「おお?その声はスニフ氏かい?よく来たねえ。ちゃんと捜査してるよお」

 

 レイカさんのLabo(研究室)があるFloor()について、Corridor(廊下)にむかっておっきい声を出したら、Labo(研究室)からヤスイチさんがひょっこりかおを出した。どうやらモノクマはきちんとUnlock(解錠)してくれてたみたいだ。もともとちゃんとLock(施錠)してあったのは、Last night(昨夜)にボクたちみんなが見てたしかめてる。

 中に入ってみると、ほとんどYesterday(昨日)とおんなじだった。ヤスイチさんがInvestigate(捜査する)していじったところの他は、たぶんそのままだ。よくおぼえてないけども。

 

 「食堂や厨房の捜査はもういいのかい?下越氏と雷堂氏が心配だけどもお?」

 「あっ、そうなんですヤスイチさん!ボクびっくりしました!」

 「何がだい?」

 

 ボクは、Kitchen(厨房)においてあったMedical certificates(診断書の束)のことおしえてあげた。ボクがヤスイチさんに見せてもらったのは、そのときもうDead(死んでいる)の人たちだけだった。それなのに、ワタルさんがもってる中にはまだAlive(生存している)のボクたちのものもあった。ヤスイチさんが見たときは、どっちだったんだろう。

 

 「ああ、そうなのかあ。いや実はねえ、コロシアイ祈念館でおれがあの資料を発見したときにはあ、17人分が揃ってたんだよお」

 「Eh()!?そうなんですか!?」

 「黙ってて悪かったねえ。スニフ氏を信じてないわけじゃあないんだけどお、余計な情報で混乱しないようにと思ってねえ。あれはおれの部屋にしまっておいたはずなんだけどお?」

 「・・・わかりました。ボク、ヤスイチさんの言いたいこと、わかります。ワタルさんがもってたの、ボク見ました。No doubt(間違いない)です!」

 「元々荒川氏の研究室にあったものなのにい、今になっておれたち全員に共有する意味ってなんなんだろうねえ?もし荒川氏が研究室を開放するより先に死んでたらどうするつもりだったんだろお?」

 「こわいこと言わないでください。それより、Labo(研究室)で何か見つかりましたか?」

 「スニフ氏さあ、おれに若干当たりキツくないかい?」

 

 なんのことか分かんないけど、ボクはヤスイチさんだってワタルさんやテルジさんとおなじくらいWorship(尊敬する)してる。Distinguish(差別)なんかしないです。

 

 「ひとまずここに来た目的としてえ、昨日の夜にルーレットが回った原因を調べに来たんだよねえ」

 「そうでした!それ分かりましたか!?」

 「ルーレットが固まってるあの辺りで見つかったものは二つあるよお。一つはこれさあ」

 「それは・・・What's that(なにそれ)?」

 「タトゥーニードル。要はタトゥーを彫るのに使う針さあ」

 「Yikes(ひえっ)!」

 「これがルーレットがしまってあるあのテーブルの近くに転がってたのさあ」

 

 よく見るとTip(先端)Paintbrush(絵筆)みたいにバラバラになってる。あそこにInk(インク)がしみて体にさして・・・Image(想像する)するだけでぞわっとする。そんなものが、なんでRoulette(ルーレット)のちかくにおちてるんだろう?

 

 「それともう一個気になるのがあ、ルーレットをしまってある机の方なんだけどお。スニフ氏じゃあギリギリだねえ」

 「むっ。Stand on tiptoe(爪先立ち)したら見えますよ!」

 

 ちょっとだけ高くなってるDesk()の上が見えるように、ピンと足をのばす。Aluminium(アルミ)でできたDesk()のすみっこに、白いせんでガタガタのCircle()があった。これは、見たことがある。

 

 「水かわいたときのあとですよね?」

 「その通りだよお。水がここに溜まっててそれが乾いたってことまでは分かるよねえ。けど問題はその先さあ。それが一体何を意味するのかが分からなくて困ってるってわけだよお」

 「Hmm(んむぅ)・・・」

 

 なんでそんなとこに水のあとがあるのか分からない。このLabo(研究室)はモノクマがいつもClean up(掃除する)してるってレイカさんが言ってたから、そのときにモノクマがこぼしちゃったのかな。そしたら、やっぱりモノクマにきくのがいちばん早いしたしかだ。

 

 「Hey(おい)!モノクマ!Come out(出て来い)!」

 「ふえーん」

 「おやあ、素直に出てきたねえ。なんで泣いてるんだい?」

 「いやね、ボクはある意味、諦めてる部分はあるんだよ。立場が立場だし?オマエラがボクを恨んだり憎んだりするのは理解できるわけ。その辺に理解あるクマだからさ」

 「Wa R u talkin' about(何言ってんだオメー)

 「なのにスニフクンのボクに対する扱いが特に辛辣で・・・まるで口も悪けりゃ頭も性格も意地も姿勢も目付きも悪いどこぞの無能みたいに・・・」

 「何の話だい?」

 「それで泣いて登場してみたという次第ですハイ。で、スニフクンはボクに何の用?」

 「Yesterday(昨日)、ここClean up(掃除する)しましたか?」

 「掃除なんかしてないよ。っていうかそもそもだよ!ボクは掃除係じゃないんだぞコノヤロー!極さんが、ボクがせっかく凶器に使えそうなものを用意してあげてたのに処分しようとするから、元に戻してあげてただけなんだからね!高価なものなんだから!」

 「高価なものを人殺しに使わせようとしてるのは自分じゃあないかあ」

 「じゃあなんであそこに水のあとありますか」

 「そんなもん自分たちで考えろっての!ボクはシロとクロが公平になるようにバランス取ることはするけども、どっちかに肩入れすることはないんだからね!勘違いしないでよね!」

 「さっき凶器になりそうなものを極氏に提供してたって言ってたじゃあないかあ」

 「それはもともと極サンの“才能”がそっち系だったっていうだけのことだからね。ルールに背くことはボクは絶対にしないよ。もしそうなったときは、ボクだっておしおきされるんだからね。この“セカイ”では掟が第一なの」

 「ふぅん。それじゃあまるでえ、モノクマさえも誰かに監視されてるような言い方じゃあないかい?」

 「そりゃ・・・おっとっと!危うく喋りそうになっちゃった!納見クンったら最近は油断も隙もあったもんじゃないね!独占しておきたかった情報をバラされてちょっとイラついてる?」

 「別にそういうわけじゃあないよお。いずれ話そうとは思ってたけどお、タイミングが分からなくてねえ。こうなったらこうなったでえ、きちんと説明するだけさあ」

 「う〜ん、この暖簾に腕押し感!つまんねーヤツ!」

 「あっ」

 

 ヤスイチさんとちょっとしたQuarrel(口論)をしたあと、モノクマはべえっとベロを出してにげてった。After all(結局)、水のあとのことは何にもわかんないままだ。ヤスイチさんとのQuarrel(口論)の中で、なんだかモノクマよりもっと先に何かがいるみたいなかんじがしたけれど、気のせいかな。

 

 「スニフ氏。今は裁判に集中するんだよお。極氏を殺した犯人はおれたちの中にいるらしいからねえ。それを外したらモノクマの正体を暴くどころの騒ぎじゃあなくなってくるんだよお」

 「は、はい・・・!あ、えっと、ヤスイチさんは・・・ボクのこと、犯人(クロ)だっておもってないですか?」

 「そりゃ分からないけどお、けど他の人よりは信じられるかなあ。捜査を頑張ってるみたいだしい?」

 「ありがとござます・・・だけど・・・」

 「だけどお、完全に信じてるかっていうとちょっと微妙かなあ。やっぱりどこかで疑う気持ちはあるよお。そりゃ誰でも誰に対しても同じだと思うからあ、悪く思わないでおくれよお」

 「わ、わるくなんて思わないです!その・・・テルジさんが、ボクたちのことしんじないって言ってて・・・」

 「まあそりゃそうだろうねえ。食堂での雰囲気もそんな感じだったしい。仕方ないよお。裁判の場で論理的に説明すればいいのさあ。信じる信じない以前にい、疑いようのない事実を人は疑わないからねえ」

 「・・・?」

 

 なんだかWise saying(名言)っぽく言ったけど、それってNatural(当たり前)のことなんじゃないかな、て思ってとたんにCalm(冷静)になった。だけどやっぱりヤスイチさんの言うことは正しくて、Doubt(疑う)ことはわるいことじゃなくて、コロシアイなんかしてたらだれでもだれかをDoubt(疑う)してしまう。だからClass trial(学級裁判)では、Belief(信頼)よりもUndoubtedly(疑いようのない)なことの方がだいじなんだ。ちゃんとProve(証明)すれば、テルジさんだってきっと分かってくれるはずだ。

 

 「まあ、スニフ氏も過度な信頼は禁物だよお。少なくとも誰かは極氏を殺してるしい、最悪もう一人の裏切り者もいるからねえ」

 「Traitor(裏切り者)ですか?」

 「昨日の夜に真相ルーレットを回した誰かさあ。おかげでスニフ氏が回したのと合わせて色んなことが分かったと言えばそうだけどねえ」

 

 

 獲得コトダマ

【タトゥーニードル)

極の“才能”研究室にしまわれていた真相ルーレットの近くに落ちていた入れ墨用の器具。

研究室に元々備わっていたものであり、絵筆のように先端が広がっている。

 

【水の乾いた跡)

極の“才能”研究室の机に残されていた白い痕跡。

事件前には見られなかったもので、この日はモノクマの清掃も行われていない。

 

【モノクマランドの『掟』)

モノクマランドにはコロシアイ生活を送る上で様々な掟が定められている。

その拘束力は強く、モノクマでさえそれを無視しては行動できない。

 

【『真相No.2 超高校級の絶望』)

かつて存在したと言われる、全世界規模のテロリスト及びテロ組織。“超高校級の絶望”そのものである江ノ島盾子を首魁とし、多くの人々が洗脳されテロ行為に加担したと言われている。

世界は一度絶望によって壊滅したが、希望ヶ峰学園で行われたコロシアイ学園生活内での江ノ島盾子の死亡及び残党の分裂や希望による掃討により、徐々にその影響は少なくなっていった。現在では歴史上の出来事として位置付けられており、当時の資料や大規模破壊の痕跡が文化遺産として遺るのみである。これらについて懐疑的な見方をする立場もあり、未来機関による各国への政治介入を正当化するための情報操作だという噂が実しやかに囁かれている。

しかし、絶望は消えていない。世界に人が、光が、希望がある限り、絶望は際限なく生まれる。そして江ノ島盾子の絶望を受け継ぐ者が、世界のどこかに潜んでいる。未来機関はその捜索、そして殲滅に全力を注いでいる。

 

【『真相No.5 未来機関』)

希望ヶ峰学園の卒業生及び教員(現役を含む)で構成された国際機関。政治、経済、教育、金融、軍事など各分野において専門家を配し、加盟国政府へ指導や援助、制裁などを行なっている。かつて存在した多様な国際組織を統合したような役割を果たし、その過剰な集権性を危惧する声もある。

この機関の発足には、『超高校級の絶望による人類史上最大最悪の絶望的事件』が関わっている。超高校級の絶望の中心人物であった江ノ島盾子が起こしたと言われるこの事件により壊滅状態に陥った世界を絶望から復興させることを目的として、希望ヶ峰学園卒業生の宗方京助を中心に組織された。その後、江ノ島盾子をコロシアイ生活にて処刑した英雄、苗木誠に代表されるように、絶望の殲滅及び世界の復興において多大な功績を残した人物を多く輩出した。

現在は、世界に残る“超高校級の絶望”の殲滅及び未だ復興途中の地域への援助と並行し、新たな絶望の兆しを生まないように世界を管理下に置く計画が進行中である。


 『人の言うことと書いて信じると読み、虚ろなものを口にすると書いて嘘と読む。それじゃあ疑うという字は?なんかごちゃごちゃしててよく分からないね。説明しようとしても難しいね。疑うってのは難しいんだよ。信じるより嘘を吐くよりも、疑うことが一番難しいんだ。何を信じて何を信じないのか、何に疑問を感じて何を突き詰めるのか。その選択の一つ一つがオマエラの運命を握ってるんだ。僅かな綻びさえも、それが連鎖して全てが瓦解するきっかけになるかも知れない。何よりオマエラの中には裏切り者がいる!うぷぷぷぷ!この緊張感!この絶望感!どこで道を踏み外すのか、外したことさえ気付かない展望の中で、果たして真実を掴み取ることはできるのか!それともとうとうクロの勝利なんてマサカーな展開になったりするのか!いつもの裁判場広場に集まってください!そこでケリをつけようじゃないの!オマエラの薄っぺらい絆のさ!』

 

 モノクマのAnnoying announcement(忌々しいアナウンス)がきこえてくる。Get(手に入れる)したClue(手掛かり)はまだ少なくて、レイカさんをKill(殺す)した犯人(クロ)がだれかなんて考えるAllowance(余裕)なんてなくて、そのMean(手段)もさっぱり分かんない。このままClass trial(学級裁判)に行ったところで、ボクたちにTruth(真実)Reveal(明らかにする)することなんてできるのか、Anxiety(不安)になってくる。

 

 「スニフ氏、行くよお」

 「・・・ヤスイチさん、こわくないですか?」

 「まあ心穏やかじゃあいられないよお。やっぱり命懸けだからねえ」

 「そう見えないですけど」

 「これは性分さあ」

 

 いっしょにいるとなんとなくRelax(リラックス)しちゃうヤスイチさんのAura(雰囲気)のせいで、Class trial(学級裁判)のまえなのにちっともNervousness(緊張感)がない。

 

 「ガチガチに緊張するよりはいいよお。おれみたいなシロが穏やかにしてた方が犯人(クロ)にはプレッシャ〜を与えられるからねえ。単なる論理だけじゃなくてえ、心理戦も学級裁判には必要な要素ってことさあ」

 「そうなんでしょうか」

 

 Elevator(エレベーター)Grand floor(地上1階)までおりるときにも、ヤスイチさんはのんびりしてた。Hotel(ホテル)からClass trial(学級裁判)をするPlaza(広場)まで歩いてるときも、ボクは今までGet(手に入れる)したClue(手掛かり)を何回もみなおしてた。

 

 「揃ったね!うぷぷ!うぷぷぷぷ!」

 「何笑ってんだよ」

 「いや〜、上手くできたもんだと思ってね!」

 

 なんのことか分からないけど、モノクマはまたGrinning(にやにや笑い)してた。ここにいるボクたちはみんな、くらいかおをしてるっていうのに。

 

 「それじゃ、始めようか!」

 

 また、はじまる。ボクたちのいのちをかけた、Class trial(学級裁判)が。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:6人

 

【挿絵表示】

 




とても人数減ってきたなあって感じます。
あと、スニフに喋らせるとルビ振り作業がクソほどめんどくさい。
自動翻訳機能をモノモノウォッチに付けようか真面目に検討中。
でも今更不自然だよねー


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学級裁判編1

 

 モノヴィークルが唸る。それに乗った6人の高校生たちと、11の遺影。それらが互いを見つめ合うように円形に並び、裁判場が形作られた。前回の裁判から増えた遺影は二つ。今なおその真意が分からない怪しげな笑みを浮かべる“超高校級の錬金術師”荒川絵留莉と、伊達眼鏡の奥から鋭い眼光を覗かせる“超高校級の彫師”極麗華の二人の遺影だ。

 荒川が遺した言葉に従うように、再びコロシアイは起きた。その犯人を突き止めるため、或いは犯人がこのモノクマランドから脱出するため、学級裁判は幕を開ける。天頂に向かい昇りつつある太陽の暑さを堪えながら、“超高校級”の彼らは互いに身構えた。

 

 命懸けの推理、命懸けの糾弾、命懸けの弁明、命懸けの嘘、命懸けの投票・・・行われる全てが自らの命運を左右する究極の緊張感。5度目ともなれば多少の慣れは感じつつも、強く早くがなり立てる心臓が、嫌と言うほど恐怖心を露わにしていた。

 

 「それじゃ、はじめようか!」

 

 場違いなほどに明るいモノクマの声を合図に、開廷を告げるファンファーレがランド中に鳴り響いた。

 


 

 獲得コトダマ一覧

【モノクマファイル⑥)

被害者は“超高校級の彫師”極麗華。死亡推定時刻はたった今。

目立った外傷はないが、特徴的な麻疹がある。死亡直前に全身の痙攣が見られた。

 

【正地の証言)

極の死体には目立った外傷などはないが、首元に発疹がある。

毒に対して麻疹が出ることはあるが、全身に毒性物質が回るのには時間がかかる。

 

【診断書の束)

コロシアイ参加メンバーそれぞれの健康診断書の束。

元々は荒川の研究室にあったものだが、事件後にモノクマによって公開された。

当人すら知らない身体についての情報がつぶさにに記述されている。

 

【極の『弱み』)

3つ目の動機として与えられた極が隠したがっていること。

極から雷堂に明かされたが、雷堂は極の尊厳のために裁判まで黙秘している。

 

【農耕エリア)

第四の事件の後に開放された、農作物を栽培している広大なエリア。

生物由来の薬品類を保管する小屋と、他のエリアに繋がるゲート前にはアルコールによる消毒がされる通路がある。

 

【下越の証言)

事件当日の朝、農耕エリアに収穫に行ったときに普段と異なる違和感を覚えた。

具体的なことは分からないらしい。

 

【タトゥーニードル)

極の“才能”研究室にしまわれていた真相ルーレットの近くに落ちていた入れ墨用の器具。

研究室に元々備わっていたものであり、絵筆のように先端が広がっている。

 

【水の乾いた跡)

極の“才能”研究室の机に残されていた白い痕跡。

事件前には見られなかったもので、この日はモノクマの清掃も行われていない。

 

【モノクマランドの『掟』)

モノクマランドにはコロシアイ生活を送る上で様々な掟が定められている。

その拘束力は強く、モノクマでさえそれを無視しては行動できない。

 

【『真相No.2 超高校級の絶望』)

かつて存在したと言われる、全世界規模のテロリスト及びテロ組織。“超高校級の絶望”そのものである江ノ島盾子を首魁とし、多くの人々が洗脳されテロ行為に加担したと言われている。

世界は一度絶望によって壊滅したが、希望ヶ峰学園で行われたコロシアイ学園生活内での江ノ島盾子の死亡及び残党の分裂や希望による掃討により、徐々にその影響は少なくなっていった。現在では歴史上の出来事として位置付けられており、当時の資料や大規模破壊の痕跡が文化遺産として遺るのみである。これらについて懐疑的な見方をする立場もあり、未来機関による各国への政治介入を正当化するための情報操作だという噂が実しやかに囁かれている。

しかし、絶望は消えていない。世界に人が、光が、希望がある限り、絶望は際限なく生まれる。そして江ノ島盾子の絶望を受け継ぐ者が、世界のどこかに潜んでいる。未来機関はその捜索、そして殲滅に全力を注いでいる。

 

【『真相No.5 未来機関』)

希望ヶ峰学園の卒業生及び教員(現役を含む)で構成された国際機関。政治、経済、教育、金融、軍事など各分野において専門家を配し、加盟国政府へ指導や援助、制裁などを行なっている。かつて存在した多様な国際組織を統合したような役割を果たし、その過剰な集権性を危惧する声もある。

この機関の発足には、『超高校級の絶望による人類史上最大最悪の絶望的事件』が関わっている。超高校級の絶望の中心人物であった江ノ島盾子が起こしたと言われるこの事件により壊滅状態に陥った世界を絶望から復興させることを目的として、希望ヶ峰学園卒業生の宗方京助を中心に組織された。その後、江ノ島盾子をコロシアイ生活にて処刑した英雄、苗木誠に代表されるように、絶望の殲滅及び世界の復興において多大な功績を残した人物を多く輩出した。

現在は、世界に残る“超高校級の絶望”の殲滅及び未だ復興途中の地域への援助と並行し、新たな絶望の兆しを生まないように世界を管理下に置く計画が進行中である。

 


 

 

学級裁判 開廷

 

 「えっと・・・まず最初は何から始めたらいいのかな?」

 「取りあえず各自が持ってる情報の整理でもしてみるかい?時間がかかりそうだけどお、全員が同じ視点に立てるようにするってのは重要だよお」

 「待って。それよりも、正しく状況を知らなくちゃいけないと思うの。極さんがどうやって亡くなったのか・・・私なりに検死もしたの。だからまずはそれを──」

 「んな細けえこたぁどうだっていいんだよ!犯人はこの中にいるんだろ?だったら名乗り出やがれ!コソコソ隠れやがって卑怯だぞ!」

 「There's no way he do such a thing(言うわけないじゃないですか)!」

 「あれえ?何この始まり方?オマエラ、もう4回も同じことしてきたんでしょ?なんでそんな方向性バラバラのぐだぐだスタートなわけ?」

 

 いきなり全員の目指す議論の方向が食い違い、混沌とする裁判場に、思わずモノクマが声を上げる。それもそのはずで、今まで学級裁判を支え、ときに牽引してきた荒川と極という存在を、二人まとめて喪ったのだ。代わりに音頭を取る者もおらず、道標をなくした旅人のように、6人は議論の始め方を理解していなかった。

 

 「み、みなさん!Please calm down(落ち着いてください)Deep breath(深呼吸)してください!ほら、す〜は〜」

 「なんだよスニフ。ずいぶん余裕あるじゃんか」

 「そうじゃなくてです。みなさん、バラバラになってちゃDiscussion(議論)なんてできないです。Theme(テーマ)きめて、ちゃんとIn order(順序立て)しないとダメです」

 「だ、だから私は極さんのことからちゃんと確認しようって・・・」

 「まどろっこしいってんだよ!」

 「正地氏の検死結果ももちろん聞くけどお、先に情報共有をさあ」

 「ちょっと待ってよ!そうやって話したいことから話そうとしたって上手く行かないってスニフ君は言ってるんだよ!」

 「んん・・・いやあ、おかしいねえ。今までの裁判じゃあこんなことはなかったのにねえ」

 「・・・っつうかよ、まだ何も喋ってねえヤツがいるんだけど、お前は何か言いてえことはねえのかよ。なぁおい、雷堂?」

 

 下越の言葉で、全員の視線は雷堂へと注がれる。各々が好き勝手に喋ろうとする裁判場の中で、その中に加わるわけでもなく、スニフのように制するわけでもなく、ただ黙って俯瞰するように腕を組んだままの雷堂が、その視線を受けて生唾を飲んだ。この独特の緊張感の中で、さらに注目を浴びることで一気に汗が噴き出す。

 

 「お、俺は・・・今までの裁判だったら、まず被害者の状態とモノクマファイルの確認からしてた、から・・・だから、正地の案が・・・良い、と思う」

 「ずいぶん自信なさげだねえ」

 「仕方ないだろ。今まで()()()()()は極の役割だったじゃんか」

 「その極さんが亡くなったから・・・雷堂くんが代理を務めるのは自然な流れだと思うけれど」

 「くっ・・・始まって早々腹が痛くなってきた・・・!」

 「How weak mentally(メンタルよっわ)

 「えっと、と、とにかく、まずは正地さんの検死結果も聞きながら、極さんの状態を確認することから、かな?」

 「ちっ。しゃーねーな」

 

 リーダーのような、議長のような、責任重大な役割を押しつけられたことのプレッシャーで腹痛を訴える雷堂。未だわだかまりを残したままでどこか気の引けている研前。一応は裁判場の方向をまとめることに成功はしたが、そこからどうすればいいかは全く見えていないスニフ。なんとも頼りない三人が中心となって、5度目の裁判は仕切り直される。

 

 「それじゃあまず、モノクマファイルの確認からするわね」

 「とは言っても今回の殺人は全員の前で行われたからねえ。詳しいことは正地氏に任すとしてえ、死亡推定時刻とか何の役にも立たない情報ばっかりだよお」

 「役に立たないとは失礼な!オマエラが円滑に学級裁判を進められるようにボクはあれこれ手を尽くしてるのに、いきなり想定外のぐだぐだっぷり発揮してるオマエラに言われたくないよ!もう!」

 「ぐうの音も出ないよお」

 「なんも出さなくていい。無視しとけ納見」

 「死因はここに書いてないから分からないわ。だけど、亡くなる直前に苦しそうに胸を押さえてたり、出血も見られなかったのが特徴として挙げられるわね」

 「見てました・・・すごくくるしそうでした。レイカさん・・・Poor you(可哀想に)・・・」

 

 人が死ぬ瞬間を目撃したのは、それが初めてではなかった。モノクマランドに来た初日には皆桐が見せしめとして処刑されるところを全員が目撃したし、これまでの裁判の後には必ずおしおきという名の処刑があった。それでも、モノクマの手によらない、コロシアイによる死を目の当たりにしたのは初めてだった。圧倒的な力を持つ謎の存在などではなく、隣にいる誰かの手による殺害。手の届く場所にある殺意、それをまざまざと見せつけられた気がした。

 

 「正地さんと私で極さんの体を調べたんだけど、やっぱり怪我とか出血とかはなかったよ」

 「ってことは・・・状況的に考えてもやっぱり極を殺した凶器はアレしかないだろ」

 「あれ?」

 「毒だよ。極が死んだのは、ちょうど朝食が終わったくらいのタイミングだっただろ。誰かが料理に毒を盛ったんだ」

 

 雷堂による推理は、推理と呼ぶのも憚られるほど短絡的で、だがだからこそ全員が無視できない可能性でもあった。そしてその可能性を議論することは、ある人物への疑いをも避けられないことを意味していた。

 

 「料理に毒を盛ると言っても、いつの間にそんなことしたの?食堂でそんなことをしたら私たち全員にバレちゃうだろうし、厨房にはずっと下越くんがいるのよ?」

 「いやあ、そりゃあもう自分で自分の質問に答え言ってるようなもんじゃあないかい正地氏?」

 「何言ってんだ納見!?オレにも分かるように言えよ!」

 「つまりい、誰にもバレずに料理に毒を盛ることができたのは下越氏しかいないってことだろお?」

 「はあ!?ぁんだと!?バカ言うな!!んなバカなこと誰がするかバカ野郎!!」

 「バカって言い過ぎだよ・・・」

 「いいかお前ら!フツーに考えてだぞ?毒なんか入れたら死ぬだろうが!!」

 「だから、そういうはなししてるんですって」

 「なんか前にもあったなこんなくだり・・・まるで成長してない・・・」

 

 下越にとっては殺人の容疑をかけられていること以上に、料理の味を損ねるような行為をすると疑われていることが許せないようだった。しかし下越が料理に毒を入れていたとしても、辻褄の合わないことはある。その程度で明らかになるような事件ではないことは全員が理解していたが、避けては通れない話だった。

 

 「でもでも!でもですよ!テルジさんがDish(料理)Poison()入れたんだったら、レイカさんだけKill(殺す)されるのおかしいです!ボクたち、なんでPoison()へいきですか?」

 「そうだよね。今日の朝ご飯は大皿料理だったんだし、私もたくさん食べたから・・・極さんだけっていうのはおかしいよね」

 「極氏が特に毒に弱い体質だったとかあ・・・ていうのはあり得ないよねえ。都合が良すぎるよお」

 「じゃあご飯には毒は入ってなかったってこと?だったらどこに・・・」

 「他に毒を仕込める場所か・・・」

 

 

 議論開始

 「料理に毒なんか入れたら味が悪くなんだろうが!バカなこと言ってんじゃねえよ!」

 「今朝のご飯は大皿料理だったから、みんなが同じお皿から食べたはずだよ」

 「レイカさんだけ死んだってことは・・・Poison()が入ってたのDish(料理)じゃないです!」

 「じゃあ他に毒が仕込まれてそうなところってどこかしら?」

 「極の死んだタイミングからして、あの食堂で毒を盛られたのは間違いないはずだ。料理じゃなきゃ、極の使った箸やフォークに毒が仕込んであったんだ!」

 「That's wrong(それはちがいます)!」

 


 

 「ワタルさん、それRealty(現実味)ないです」

 「なんでだよ?」

 「ボクたちのつかってたTableware(食器類)は、どれもおんなじ見た目で、だれかのなんてDistinguish(区別する)できませんでした。レイカさんをAim(狙う)してPoison(毒を盛る)するなんてムリです!」

 「いや・・・そうかも知れないけど、あいつの座る席が分かってれば極に毒を盛ることはできるだろ。だいたいいつも座る場所は同じなんだから」

 「だいたいは同じだけど、毎日同じってわけじゃねえぞ。一席隣だったり、入れ替わってたり、意外と動いてるもんだ。厨房から見てっとよく分かるんだぜそういうの」

 「それに事件当日はほら・・・雷堂くんと研前さんが何回も席移動したから、そのせいで極さんや私たちも席を動かなくちゃいけなくなったりしたじゃない。二人とも怒られて」

 「そ、そうだったな・・・うぅん」

 「・・・」

 

 研前と雷堂が気まずそうに顔を伏せる。極を狙って毒を盛ることを考えると、料理や食器を使って毒を摂取させる試みはいずれも不可能に近い。日々の習慣を利用してある程度狙いを付けることはできても、今回の事件が起きた朝に限っては不確定要素が多すぎるのだ。

 

 「たとえばあ、席の移動にかかわらず下越氏ならあ、料理に毒を盛っても最後まで手を付けなきゃあいいことだしい。食器に毒を塗ってたとしても新しいものを厨房から持ってくれば自爆することもないしい」

 「なんだそりゃ!オレが犯人だって言いてえのかよ!」

 「いやいやあ、そんなに怒らないでくれよお。料理に盛ったとしても食器に盛ったとしてもお、それは全員が手を付けるものに毒を盛ったってことになるからあ、現実的にはあり得ないのさあ。こうして裁判をしている以上はねえ」

 「うんと・・・心当たりがあるわけじゃないんだけど、例えば・・・極さんだけに効く毒とか、そういうことはない?特別な成分が入ってるとか」

 「そんな魔法みたいな毒あってたまるかよ・・・なんでもありったって限度があるぞ」

 

 非現実的な案が浮かぶようでは、現段階で真相を明らかにすることはできないだろう。研前の突拍子もない発言によって、全員がその兆候を感じ取った。そうなれば次にすることは、話題の転換である。クロはどこから綻びるか分からない自分の策を悟られまいと、シロはどこにあるか分からない解決の糸口を探ろうと、互いに疑い合い、迷いつつも信頼し合い、裁判は進む。

 

 「極にどうやって毒を盛ったかは分かんねえけど、とにかく極が毒を食らったことは間違いないんだろ?だったら一旦それはいいじゃねえか。それよりオレはもっと気になることがある」

 「なんですか?」

 「なんで極が殺されたか、だ」

 「確かに・・・そこは気になるところよね」

 

 下越と正地が口を揃えて疑問点としてあげるのは、なぜ殺されるのが極でなければならなかったか、だ。四度目の事件のように被害者が被害者たる必然性があるようには見えなかった。

 

 「極さんは人一倍警戒心が強かったし、こういう命のやり取りも・・・はじめてじゃなかったみたいでしょ?そんな人を敢えて狙うなんて、何か意味があると思うのよ」

 「Umm(う〜ん)・・・レイカさん、ボクたちのLeader(リーダー)だったからじゃないですか?Top()がいなくなったら、みんなこまりますから」

 「うん・・・だけど、極さんは私たちみんなを助けてくれようとしてたんだよ?そんな極さんを殺す理由がある人なんて、私たちの中にはいないと思うけれど・・・」

 「だったらあ、おれたちの中の人物じゃないんじゃあないかい?」

 「え、いや納見・・・それって」

 「もう事件も5度目だろお?人数も減ってきたことだしい、こういうイレギュラーも起きそうなものじゃあないかい?そうだろおモノクマ?」

 「はにゃ?ごめん今聞いてなかったよ。何の話?」

 「聞いとけよ!お前がやらせてんだろこの学級裁判!」

 

 納見の仮説は、これまでの学級裁判やコロシアイ生活を根底から覆すものだった。ゲームマスターであり絶対的優位の立場にあるモノクマが誰かを殺害したとなれば、それは自らコロシアイ生活を崩壊させる行為に等しい。そんな危機感はどこ吹く風とばかりに、モノクマは間の抜けた返事をする。

 

 

 議論開始

 「そもそもなんで極さんが殺されなくちゃいけなかったのか・・・そこに大事な理由があると思うの」

 「レイカさん、ボクらのLeader(リーダー)でした。Leader(リーダー)いなくなったら、のこった人たちPanic(パニック)になります。それが犯人(クロ)Purpose(目的)なのかもです!」

 「そんなことして得する人が私たちの中にいるとは思えないけど・・・」

 「可能性だけならおれたち以外にも極氏を殺害することができる人物はいたよお。ずっとおれたちの行動を監視していてえ、極氏のような影響力のある人物がいると困る誰かさんがねえ」

 「もったいつけずに言えよ!」

 「つまりはあ、モノクマが極氏を殺したんじゃあないかってことだよお」

 「That's wrong(それは違います)!」

 


 

 「そーだそーだ!スニフクン言ってやれ!ボクに極サンを殺すことなんてできっこないって!」

 「Shut up(黙れ)

 「き、厳しいな・・・」

 「ヤスイチさん、ボクといっしょにきいたじゃないですか。モノクマだって、モノクマランドのThe law()をまもらなくちゃいけないって」

 「ああ、そういやあそうだったねえ」

 「そうなのです!掟がある限り、ボクがオマエラに直接危害を加えることはできないのです!うぷぷ♬だからおしおきのときは痛快スカッとするんだけども」

 「F**k yourself(すっこんでろよ)

 「こらスニフ君!いくらモノクマ相手でも、そんな汚い言葉使う人はきらいだよ!」

 「Boohoo(うわーん)!ごめんなさいこなたさん!もう言わないです!」

 「と、とにかく・・・モノクマが極さんを殺したっていう可能性は、もう考えなくていいわけね?」

 「やっぱり犯人は俺たちの中にいるってことか・・・それはそれで、いっそモノクマだったらとも思うんだけど」

 

 モノクマランドにおけるモノクマの影響力は大きいが、掟はさらにそれを上回る強制力を持っている。モノクマといえどその枠組みの中でしか行動できないのであれば、やはりモノクマによる殺人は考える必要がない。それは同時に、自分たちの中に犯人が潜んでいることの証にもなるため、雷堂は複雑な表情をする。

 モノクマによる犯行でないのであれば、リーダー格たる極を敢えて殺害する理由は、なおさらコロシアイ参加メンバーにはないはずである。謎は解決されないまま、深まるばかり。その中で、控えめながらも一つの可能性を示す手が挙がった。

 

 「あの・・・いいかな?私、極さんが狙われる理由に・・・心当たりがあるわけじゃないんだけど、ちょっと気になることがあるんだよね」

 

 遠慮がちに、なるべく目立たないように意識しているのか、注がれる視線に返さないよう足下を見つめたままそう言う研前。スニフの言葉遣いを注意していた先程と打って変わって、自信のなさが表情にも声色にも態度にも強く表れている。

 

 「何かあるんなら遠慮することはないよ研前氏。なんだい?」

 「あのね、これは極さんがあんまり話したがらなかったことなの。だから、あくまで議論を進めるために言うのね。だから、誤解しないでほしいんだけど・・・」

 「大丈夫よ。研前さんが口が軽いだなんて思わないから」

 「・・・みんな、たぶん薄々感じてるとは思うんだけど。極さんってね、その、いわゆる、裏の人たちっていうか・・・あんまり良くない人たちと関係があったんだって。はっきりとは言ってなかったんだけど、たぶん、間違いないと思う」

 「なんだよ良くない人たちって!言うなら言うでぼやかさずにはっきり言えよ!」

 「Bad people(悪い人たち)ですか?」

 「いわゆるヤのつく自由業ってヤツだねえ。スニフ氏に分かりやすく言うなら、ジャパニーズギャングだよお」

 「Oh(おおっ)Yakuza(やくざ)ですか!」

 「普通に言うのかよ!?研前と納見が言葉濁した意味察しろよ!」

 「Oh(おっと), my bad(めんご)

 「まあ・・・前々から極さんの発想とか格闘技術とか、あと彫師っていう“才能”とか・・・そんな感じはしてたと言えばそうだから、そこまで重大発表って感じはしなかったけど」

 「んん・・・」

 

 全員がそれぞれになんとなく気付いていた、公然の秘密とも言えるレベルで察せてしまっていた極の秘密。それでも確証がなかったので可能性でしかなかったが、研前の言葉によってそれは事実であると決定づけられてしまった。そう考えれば、あの剛胆さや城之内に対する女子高生らしからぬプロレス技の技術も、分からないこともないくらいには受け入れられるようになる。

 

 「で、それがなんだってんだよ」

 「うん。極さんが狙われた理由ってそれなんじゃないかなって」

 「Um()?なんでですか?」

 「私はよく分からないんだけど・・・その、極道の人たちってやっぱり、普段から命のやり取りっていうか、そういうことがあると思うの。だから極さんも、それに巻き込まれてとか・・・。あとは、極道と繋がりがある人が近くにいるのが怖かったからとか・・・」

 「うぅん。どうかねえ。確かに極道ってのはいいイメ〜ジはないけどお、だからって極氏を殺す理由になるかなあ?少なくとも極氏はおれたちに危害を加えようとはしてなかったしねえ」

 「その人脈が理由で殺されたんだとしたら、今ここにいる私たちの中にも、極さんと同じような人脈を持ってる人がいるってことになるけど・・・」

 「おいおい怖いこと言うなよ!そんなことあり得ないだろ!希望ヶ峰学園が反社なんか入学させることなんかあるのか!?」

 「前例はあるねえ」

 「あるんだ」

 

 極の人間関係も、それまでの極の態度からある程度予想はしていた。それを理由にして殺人を起こすと言うのなら、もっと早い段階で起きていてもよさそうなものである。少なくとも極自身に悪意がないと分かっている今になって極をその理由で殺害することは、不自然に感じられる。

 

 「っていうか、そもそもやくざもんと繋がりがあるってのは研前の予想だろ?それだけで殺すって決めるとか、結論急ぎすぎだろ」

 「うぅ・・・だ、だけど、極さんの様子見てて、みんなも感じたでしょ?私たちとは違う世界の人なんだって。自分のこと、普通の女子高生だって思ってほしいって、言ってたもん。それって、自分では普通と違うって分かってるってことでしょ?」

 「だったらはっきりさせりゃいいんじゃねえか?たぶん、そのことを極の口から聴いてるヤツがいるだろ」

 「え?そんな人いるの?」

 「自分で分かってんだろ。黙ってねえでなんか言えよ」

 

 

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 ▶雷堂航

 


 

 名指しされた雷堂は、意外そうに目を見開いて下越を見返した。下越以外の全員の頭に?マークが浮かぶ。なぜ雷堂が極の秘密を知っていると、下越は思っているのだろう。

 

 「オレはしっかり覚えてるぞ。極の『弱み』を聞いたのは、お前じゃねえか」

 「あっ・・・ああ、そっか」

 「Ah(あっ)!そうです!ワタルさん、レイカさんと『Weak point(弱み)』おしえあいました!ボクもそれききました!」

 「そ、そうなの・・・あ、そう言えばそんなこと言ってたわね。極さん」

 「・・・」

 「ああ、た、確かに俺は極の『弱み』を聞いた。けど、その時も極には絶対口外しないようにって釘を刺されたし、それをまた俺が言うのってマズいんじゃないか?」

 「ワタルさん、それInvestigation time(捜査時間)も言ってました。Class trial(学級裁判)では言うって言ってたじゃないですか!ズル──」

 「そんなのズルいよ!」

 「!」

 

 全員に極の『弱み』を明かすことを期待されても、雷堂はまだ覚悟が決まらない様子で口ごもる。捜査時間のときには気持ちに整理を付けるというようなことを言って逃れたが、この期に及んでまだ雷堂は煮え切らない態度をとる。それに怒ったスニフの言葉を遮って、強く雷堂を糾弾したのは、より雷堂に近いところにいた、研前だった。

 

 「そうやってはっきりしない態度で誤魔化さないでよ!雷堂君はいつもそうやって・・・あっ」

 「と、研前さん・・・!」

 

 言葉を途中で切って、研前ははっとした顔で口を塞ぐ。

 

 「あっ・・・ごっ、ごめん・・・なさい・・・!!」

 「えっ、いや、あっ・・・いや・・・」

 「おいおい!お前は間違ってねえぞ研前!言ったれ言ったれ!お前はな雷堂!優柔不断過ぎんぞ!」

 「んん・・・どっちもどっちだねえ」

 

 いつかの食堂での勢い任せの告白と同じように、研前は雷堂の曖昧な態度に怒って喚き散らそうとしてしまった。それで今なお自分も雷堂も苦しんでいるのに、また同じ過ちを繰り返した。それに気付いた研前はすぐにでも逃げたしたい衝動をギリギリで堪え、それでも雷堂とは目を合わせないように反対側を向いていた。雷堂も気まずそうに俯く。

 

 「ったくお前らホントめんどくせえな!ガキじゃねえんだから惚れた腫れたでモジモジしてんじゃねえよ!」

 「下越くん!デリカシー!」

 「はあ・・・えっとお。取りあえずその問題はさておいてえ、雷堂氏は極氏の『弱み』を言いなよお。もう隠す理由もないだろお?」

 「・・・わ、分かったよ」

 

 いま最も話しにくい研前からも責め立てられたことで、雷堂は観念して極の『弱み』を明かす覚悟を決める。襟を正して、話す態勢を整える。それでも手揉みをしながら話す様は、自信のなさや困惑がにじみ出て、頼りなさを感じる。

 

 「じゃ、じゃあ話す前に一つ言っておくけど、俺だって極の『弱み』を明かしたくて明かすわけじゃない。それにあいつの『弱み』を聞いたときには驚いたけど、それで極に敵意とかを持ったわけじゃない。今までの議論聞いて思うところもあるけど・・・それだけは分かってくれよ」

 「もちろんよ」

 「極の『弱み』は・・・さっき、えっと、と、研前が言ったように・・・やくざと深い繋がりがあるってことだ」

 「やっぱりそうかあ。ふぅん、いざ確定してもお、極氏が危険人物とは思えないねえ」

 「俺だってそう思ってたし、今だってそうだ。だけどあの荒川や虚戈が殺人を犯したり、それを唆すようなことをしてたんだぞ・・・!誰が何考えてるかなんて分からないじゃんか・・・!だから、このことを知って極も危険だって判断するのも、分からなくはないって・・・思う」

 「それって、モノクマのMotive(動機)Suspicion(疑心暗鬼)になっちゃったってことですか?」

 「・・・い、いや!俺は犯人じゃないぞ!?そういう風に感じたヤツがいるかも知れないってことだよ!」

 

 焦りながら釈明する雷堂の言葉に重なるように、全員のモノモノウォッチが、既に聞き慣れた機械音を出した。画面には、誰かの『弱み』が明かされたことを示すように、一つ増えた数字が表示されている。もはや確認するまでもないような状況だったが、これによって雷堂が口にしたことが『弱み』であったことは証明された。

 

 「動機は全員が見れたんだろ?だったら疑心暗鬼になったのも雷堂じゃねえかも知れねえじゃねえか。結局、そこからは犯人絞れねえんだろ!?」

 「う〜ん・・・と言うより、モノクマの動機って、疑心暗鬼になるようなものじゃなかった気がするけど?」

 「一回目はスニフ氏が間違って回したときのものでえ、二回目は誰かが極氏の“才能”研究室にあるものを回したんだよねえ」

 「あうっ、ごめんなさい・・・」

 「もう謝らなくていいんだよ、スニフ君」

 

 情けない失態を思い出してスニフが申し訳なさそうに俯く。モノクマから動機が与えられたその日のうちに、一度は過失とは言え二度もルーレットが回された。少なくとも生き残りメンバーの中に、外の世界の情報を欲して全員を裏切った者がいるということだ。その事実こそが疑心暗鬼の種になり得るのだが、与えられた情報や二度目のルーレットが回された状況の謎の方が、今のスニフたちにとっては重要だった。

 

 「でも、ボク1回しか回してないです。Second(二度目)、だれがどうやって回しましたか?」

 「二度目のが回されたとき、真相ルーレットは全部極さんの研究室にあったのよね・・・それが偽物で、本物を誰かが隠し持ってたとか?」

 「だったら・・・似たようなものを造れるヤツが怪しい、ってことか?それだと・・・」

 「納見だな!」

 「おっとお、おれかい?まあ、あれくらいシンプルな造形だったら簡単に造れるけどお、研究室にしまうときに雷堂氏が触ってたじゃあないかあ。さすがにあれくらい近くてベタベタ触れば違いはバレるさあ。それにい、おれは動機が発表された後はあ、ほとんど雷堂氏と一緒にいたじゃあないかあ。下越氏もお」

 「そうだった!おい違うぞ正地!」

 「下越くん、ちょっと落ち着きましょうね」

 

 人差し指を立てて軽くあしらわれる下越とは対照的に、納見は穏やかな表情だが的確に反論する。納見に限らず、ほとんどの者が動機発表後は誰かと行動を共にしていたため、極の研究室に集められたルーレットは全て本物だと考えていいと結論付けられた。しかしそうなると、どうしてもある問題にブチ当たる。

 

 「っていうことは・・・二度目のルーレットを回した人は、密室の中にあるルーレットを回したってこと?」

 「そういうことになるわね」

 「密室トリックかあ。ここまで来たかって感じだねえ。はてさてえ、誰も立ち入れない部屋の中にあるル〜レットを回すにはどうすればいいかあ」

 「わりいけどオレはもうわけわからん!部屋の中にあるルーレット回すんだったら部屋ン中入るしかねえだろ!」

 「It's hopeless(ダメだこりゃ)

 

 

 議論開始

 「極氏の研究室の中にあるル〜レットをお、いわゆる裏切り者はどうやって回したんだろうねえ?」

 「Closed room trick(密室トリック)ってヤツですね!むずかしそうです・・・!」

 「やっぱり、本物のルーレットを隠し持ってたんじゃないか?」

 「もしかしたらあの機械以外にもルーレットを回す方法があったとか・・・かな?」

 「つうか極しか入れねえ部屋にあったんだろ!?だったら普通に考えて極が回したとかじゃねえのか!?」

 「それはないんじゃないかな。ルーレットが回ってすぐのときに、全員1階の廊下に集まってたよ」

 「やっぱり、Gimmick(カラクリ)がしかけてあったんですよ!」

 「そうだと思うよお」

 


 

 「まあ、順当に考えてえ、みんなでル〜レットを集めたあのタイミングでえ、誰かが自然にル〜レットを押すような仕掛けを作ってたんだろうねえ」

 

 度重なる裁判の影響か、必要以上に疑り深くなってしまった雷堂たちが示唆する可能性は、スニフのストレートな案によって呆気なく棄却された。最初に検討すべき可能性が最初に浮かばないことで、自分たちがコロシアイと学級裁判に毒されていることを自覚して、複雑な感情になる。

 

 「そこまで言い切るってこたあ、なんか根拠があるんだろうな?」

 「もちろんさあ。正直言うとお、トリックは大方予想がついてるのさあ」

 「マ、マジかよ!?じゃあ、それを仕掛けたヤツも・・・?」

 「いやあ、実際このやり方は誰にでもできるしい、全員の目を盗むタイミングさえあればすぐに済むからあ、あんまり犯人の特定には繋がらないねえ」

 「どういうやり方なの?」

 

 下越と正地に尋ねられた納見は、飄々とした態度と雰囲気は崩さないまま、ポケットから証拠品を取り出した。素人とはいえ、殺人事件の真相の手掛かりとなり得る証拠をそのままポケットに突っ込む無神経さにツッコミを入れたくなる気持ちを抑えて、全員が掲げられた物に注視する。

 

 「なんだそりゃ?絵筆か?」

 「あっ・・・そ、それ、刺青の針?」

 「そうだよお。よく知ってるねえ正地氏。これは極氏の研究室にあったものだよお」

 「・・・“才能”柄、見る機会があるだけよ。意味深なこと言わないで」

 「犯人がそれを使ってルーレットを回したってこと?」

 「これだけじゃあないさあ。これはル〜レットのボタンを押すためのものでえ、ある程度の重さと固さがあればなんでもいいのさあ。むしろもう一つの方がこのトリックには重要でねえ」

 「いよいよ探偵染みてきたなあオイ、納見よお」

 「前回も言っただろお?本気にならないといけないと思ったってことさあ」

 

 のんびりとした口調はそのままに、鋭く明確に事実のみを述べる納見の推理は、不思議な説得力があった。そして納見が言うもう一つの証拠品というものは、納見は持ち合わせていないという。

 

 「これはものを見せることはできないからあ、スニフ氏、おれと研究室を捜査したときに見つけたものを言ってごらん?」

 「えっ、ボクですか?えっと・・・」

 

 

 証拠提出

 A.【モノクマランドの掟)

 B.【診断書の束)

 C.【水の跡)

 D.【タトゥーニードル)

 


 

 「Table(テーブル)の上に、水のかわいたあとありました!それのことですね!」

 「その通りさあ。分かりやすく言えばあ、風呂場の鏡に白い水の跡が付くだろお?あんなようなものが残ってたんだあ」

 「ああ、分かる分かる。あれなかなか消えなくて困るんだよね」

 「ボクしってます!Vinegar()でキレイになります!」

 「そうなんだ。スニフ君は物知りだね」

 「Smug(どやあ)!」

 「いや、なんでこっち見るんだよ・・・?」

 

 なぜか雷堂に向けてドヤ顔を披露するスニフ。返ってきたのは雷堂の微妙な返答だけだった。真相解明には全く関係のないことなので、納見にはスルーされてしまう。

 

 「水の痕跡があるっていうことはあ、そこに水があったってことだろお?」

 「水と針でボタンを押すのか?どうやってだよ?」

 「それだとただ刺青針を濡らすだけじゃない。なんの仕掛けにもならないわよ」

 「そうだねえ。だからこの水はあ、もともと水じゃあなかったってことだろうねえ」

 「水じゃない?」

 

 納見は意味深な返答をする。水の痕跡が残っていたにもかかわらずそこにあった水はもともと水ではなかった。それが意味する、トリックに使われたものが何かを全員が考える。その答えは、そう悩むことなく出てきた。

 

 「氷、ってこと?」

 「うんその通りだよお。おそらく犯人は氷を支えにしてえ、タトゥーニードルを固定したんだろうねえ。ちょうどお、氷がなくなれば針が落ちてえ、その下にル〜レットのボタンが来るようにセットしたってことさあ」

 「そ、そんな上手くいくものかな・・・?だいたい、それってバレちゃわない?」

 「いや・・・意外とできるかも知れないぞ。氷なんて小さいものだったら置いてあったって分かりにくいし、針だってもともと研究室にあったものだろ?」

 「それに、レイカさんボクたちにAttention(注目)してました。Table(テーブル)見てないとおもいます」

 「ある程度の固さと重さがあるタトゥーニードルをお、スニフ氏の目線くらいの高さがあるテーブルから落とせばあ・・・まあ、ボタンを押すくらいの力は生まれるよねえ」

 「あんな短い時間に、それも私たち全員の前で、犯人はそんなことしたっていうの?そんな・・・」

 「いい度胸してんじゃねえかよ・・・!ナメくさりやがって・・・!」

 

 納見の推理に異論を唱える者はいない。研究室の捜査を納見とスニフで行った以上、スニフが特に異論を挟まなければこれ以上追及のしようもない。少なくともこの中でひとりは嘘や誘導で裁判を誤った方向に持って行こうとしているはずだが、それがいつどのタイミングで行われているのか、それが分からない。誰を疑い誰を信じればいいのか、あらゆるタイミングでその決断を迫られるストレスに、体はほとんど動いていないのに疲労がたまっていく。

 

 「そこまでして・・・どうしてその人は、動機を欲しがったのかな。どんな情報が手に入るか分からないのに、なんで外の世界の情報にこだわったんだろう・・・?」

 「その真相で、モノクマの正体が分かる可能性に賭けたとか・・・そんなんじゃないか?」

 「分かったってそのせいで極殺してんだろ!意味ねえじゃねえか!っつうかその真相っつうのも、オレにはよく分かんねーんだ。2つあったことは覚えてんだけどなあ」

 「確か、『未来機関』と『超高校級の絶望』についてだったわね。どっちも信じられないような話ではあるんだけど、真相っていうことは・・・そういうことなのよね?」

 

 モノモノウォッチを触りながら、正地が不安げに言う。『超高校級の絶望』なる世界的な過激派テロ集団も、『未来機関』なる圧倒的な権力を持つ国際機関も、ここにいる全員聞いたことがない。そんなものがあればニュースや学校で知らされないわけがないからだ。だが一方でモノクマはこれを世界の真相だと言う。

 

 「ボクおもうんですけど、このInformation(情報)は、きちんとOrganize(整理する)しないと()()()()()()()()おもいます」

 「()()()()()()()()でしょ?」

 「あっ、それでした!」

 「まあ確かに、今のままじゃ結局外がどういう状況なのか、正直よく分かってないしな・・・」

 「下越くんも諦めないでついて来てね。モノモノウォッチで確認できるから」

 「なるべくゆっくり話そう。下越君も理解できるようにさ」

 「難しい言葉もできるだけ避けてえ、スニフ氏や下越氏にも分かるように気をつけよお」

 「お前らオレのことなんだと思ってんだよ!」

 

 不満げな下越だが、全員からの頭脳の信頼は非常に低い。モノクマの動機もろくに理解できていない可能性が高いままでは、今後の議論にも支障を来す。なるべく平易な言葉とゆったりしたペースを心掛け、全員で動機を確認していく。

 一度は世界を滅ぼすも、今はその痕跡がわずかに残るのみまで衰退した“超高校級の絶望”というテロ集団。そしてその殲滅と世界の復興を目的として立ち上がり、今は世界全体を管轄する超巨大組織へと成長した未来機関という存在。どちらもにわかには信じがたく、その存在の証すら動機として与えられた文書以外にはない状態である。真偽の判断などつくはずもない。

 

 「下越くん、分かった?」

 「なんとなく!」

 「これでもなんとなくかよ・・・」

 

 なるべく全員で分かりやすく振り返ったつもりだったが、下越は思ったほどは理解していなかったようだ。それでも、議論を続ける分には問題ない程度には情報共有ができたはずだ。そう考えなければやってられない。

 

 「世界が一度滅びたってねえ・・・簡単に書いてあるけどお、やっぱり信じがたいことだよお。警察や軍事組織はごまんといるはずなのにい、どうしてそんなテロ集団、それも高校生がリ〜ダ〜をしてるような組織に負けたんだろうねえ」

 「せ、世界が滅びたって、私たちの家族や友達はどうなったのよ・・・!希望ヶ峰学園は?お母さんは・・・どうなったの・・・!?」

 「・・・まあ、敢えて言うこともないだろ」

 「うぷぷ!知りたい?自分の家族がどうなったか知りたいの?でもそれ最初の動機の真相だもんな〜、教えるわけにはいかないな〜!うっぷぷぷぷ!ま、法も秩序もなくなって暴力と絶望が支配する世界で、自分の身を守る手段さえ持たない人間がどうなったかなんて、キャンプファイヤーより明らかだろうけどね!」

 「じゃ、じゃあ・・・ボクのDuddy and mommy(パパとママ)は・・・!?」

 「須磨倉氏や相模氏や星砂氏が浮かばれないねえ。彼らはみんなあ、元いた世界の人や価値観のために人を殺したってのにさあ。たとえ学級裁判に勝っても待ってるのは望んだものなんか何一つない世界だったってわけだあ」

 「くそったれ・・・!!外道にもほどがあるぞコラァ!!」

 「ボクなんも言ってないよ!オマエラが勝手に勘違いして勝手にコロシアイを始めたんだろ!」

 

 全く悪びれることなくモノクマは言い放った。あくまでコロシアイは生徒同士の行為であり、モノクマは動機を与えこそするものの不干渉の立場を貫くようだ。もはや存在しない可能性を餌に人心を弄び、道を踏み外させる。そんな行いに義憤にかられる下越だったが、殴ることさえできないフラストレーションが溜まるだけだった。

 

 「外の世界のことも気になるけどお、おれがもっと気懸かりのはこのお、江ノ島盾子っていう人なんだよねえ」

 「そいつが“超高校級の絶望”のリーダーなんだってな。それがどうしたんだよ」

 「いやあ、ずうっと気になってたことがあるんだよお。ミュージアムエリアに飾られてたあのお、バカにデカい彫像がさあ」

 

 納見の言葉を聞いて全員が脳裏に同じ物を浮かべる。一斉に思い出せるくらい、あの彫像はあの場所で異彩を放っていたし、人の印象に残りやすく、そして美しかった。

 

 「一体あの像が誰なのかあ、何のためにあんなところに飾ってあるのかあ、タイトルの『“絶望”の国が建つ日』ってのはどんな意味なのかあ。おれなりに色々考えてたんだけどお、ちっとも分かんなくてねえ」

 「ヤスイチさん、そんなこと考えてましたか?言ってくれたらいいのに」

 「考えがまとまらなくてさあ。だけど今になってようやく仮説が立てられるくらいにはなったよお。あの妙にデカくてグラマラスな彫像はあ・・・あの彫像のモデルになった人物こそがあ、この江ノ島盾子なんじゃあないかって思うのさあ」

 「ん・・・?ってことはだぞ?“超高校級の絶望”のリーダーの像がここにあるってことは・・・」

 「このモノクマランドは、その絶望の残党の・・・アジト・・・!?そんな・・・!」

 「お、おいおいおいおい!納見!変なこと言うなよ!正地もスニフもビビってるだろ!それに、そんなの極を殺したクロを暴くのに関係ないだろ!」

 「ごめんよお。つい話の流れでねえ。まあ要するにい、モノクマも江ノ島盾子も“超高校級の絶望”とは何らかの関わりを持ってたってわけだからあ、モノクマがこのコロシアイのゲ〜ムマスタ〜をしてる以上はあ、そこに何らかの繋がりがあるはずってことさあ」

 「ううん・・・分かりそうで分からない・・・」

 「要するに、事件とは何の関係もねえんだろ!だったら後回しだそんなもん!」

 「思い切りがいいな」

 

 モノクマの支配下にあることには何の変化もないが、“超高校級の絶望”の首魁と言われている江ノ島盾子の彫像があることで、その脅威がより身近に感じられた。正地は思わず身震いし、スニフは緊張して自然と全身に力がこもる。だとすれば、このコロシアイを裏で牛耳っている黒幕も、江ノ島盾子あるいは“超高校級の絶望”に関係している人物であるはずだ。そのヒントが得られたのは、黒幕との戦いに備えているスニフにとっては大きな意義を持っていた。

 

 「But(でも)・・・まだ足りない。もうちょっとなんだけど・・・」

 「何か言ったかい?スニフ氏」

 「N, No(い、いいえ)!なんにも!」

 

 今の情報が納見から出てきたと言えど、油断はならない。完全に信用していいと確信を得なければ、そう簡単に黒幕を倒す話などすることはできない。

 そうしてしばらく思案するスニフだが、下越の言葉で我に返った。この裁判は黒幕の正体を暴くものではなく、極を殺害した犯人を見つけるためのものだったはずだ。殺害動機が分からない以上、見つかっている証拠から導いていくしかない。

 

 「・・・もしかしたら」

 

 危うくすれば聞き逃してしまいそうな小ささで、そしてはっきり聞こえる声で、そう言ったのは正地だった。

 

 「関係・・・あるかも知れないわ。“超高校級の絶望”と・・・極さん・・・」

 「・・・は?」

 

 数人の目が丸くなる。そう発した正地自身でさえ、その推理の脆さは自覚している。それでも、思い付いたのだから議論するしかない。たとえ最後に答えを誤ろうとも、後悔しないために。迷いに迷いを重ねた末に、正地は語り出す。極麗華という人間について。

 

学級裁判 中断

 


 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:6人

 

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だいぶ間隔があいてしまいました。
次の話はもう書き終わってます。投稿作業がめんどくさいんです。
年内に5章終わらせたいな〜


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学級裁判編2

 

 ハイッ!というわけでモノクマですよ!毎度毎度このコーナーでのふざけ方を考えるのもめんどくさくなってきてるんですけどもね! \\えーっ!?//

 そんな感じで今日は5度目の裁判のおさらいをしていこうということなんですけども、流石に5回目ともなるとみんな疲れてるのか、それとも単純に残ったメンバーのコミュ力が低いせいなのか、いまいち盛り上がりに欠けてる節があるんじゃないかな?もっとこうさ!豹変したり突然の暴露したり狂っちゃったりブチ切れたりとか、そういう展開を望んでるわけだよボクとしちゃあ。それなのにあいつらったら、やれ恋愛沙汰だ、やれヤクザがなんだ、チープなんだよ!チープ、チーパー、チーペストなんだよ!だけどもだけど、ボクはそれを静観してるんです。なんでかって?うぷぷぷぷ♬それはね、その先に待っているおっきな絶望を、そしてにっくき希望がまさに絶望を生み出す様をありありと見ているからなんだよ!希望あるところに絶望あり、昔のえらい人は言いました。希えばいつか絶たれる、希望はいずれ絶望へと変わる。そんな感じ!

 

 さてさて、では前回のおさらいだよ!今回殺されたのは“超高校級の彫師”こと極麗華サン!ぶっちゃけボクにとっちゃ、やたら暴力的だし、すごまれると怖いし、そのくせみんなをまとめて希望に導こうとしてる、邪魔くさい存在だったワケ!それがぶっ殺されちゃったわけだから、もう大喜びなの!だって虚戈サンの事件からそんなに日数経ってないんだよ?一番コロシアイに反対してた人がこうなるってことは、もうここまで来ちゃったらコロシアイからは逃れられないってことを象徴してるよね!いい気味いい気味!

 極サンが死んだのはみんなで朝食を食べていた直後。みんなの目の前で突然苦しみだして死んじゃいました!その後の捜査では人が少ないこともあったから、ボクからちょっとだけ手助けをしてあげたんです。うぷぷ♬やっぱりみんなには仲良くコロシアイしてほしいからね!ボクって気が利くクマでしょ!納見クンとスニフクンだけが隠し持ってた診断書のリストを、みんなが見られる厨房に置いておいたわけです。ま、それがすぐに犯人に結びつくわけじゃないし、案の定クロは前回の裁判中に、1つ大きな嘘を吐いたからね!まあ、嘘と呼ぶのはちょっと微妙なんだけど。とにかくシロにはその嘘を見破るチャンスを、クロにはバレるかバレないかの緊張感を持ってもらわないといけないからさ!う〜〜ん!我ながらいい調整だ!ほれぼれしちゃう!

 

 てなわけで、裁判の後編、スタートだぜ!


 「レイカさんと・・・“Ultimate despair(超高校級の絶望)”が・・・なんですか?」

 

 正地の口から飛び出した言葉に、全員が息を呑む。得体の知れないテロ集団である“超高校級の絶望”と、やくざ者との関わりがあるとはいえ、高校生でコロシアイを防ごうとしていた極が、関係あるという説は、にわかには信じがたく思えた。それは、その仮説を唱える正地自身も同じだった。

 

 「私は・・・ただ、極さんが“超高校級の絶望”だって言うわけじゃなくて・・・でも、もしかしたら、このコロシアイと何か・・・そう、たとえばモノクマの正体とか・・・その誰かと、関係があったりするんじゃないかって・・・そう思うの」

 「えらく持って回った言い方するじゃねえか。自信ねえんなら、なんで言った?」

 「お、思い付いたからよ・・・。もしここが、このモノクマランドが本当に“超高校級の絶望”と関係してるんなら・・・極さんが殺されたことにも、何か意味があると思うの・・・」

 「なんでもいいよ。今は手掛かりが欲しいんだ。思い付いたんなら言えばいいだろ」

 

 下越と雷堂の真反対の意見に、正地は恐縮して口ごもる。それでも全員の注意を引き受けたこの状況では、引き下がることもできない。意を決して、正地は再び語り始める。

 

 「まずね、“超高校級の絶望”に関する真相を得て、コロシアイを起こそうっていう気になる人って、二通りしかないと思うの」

 「二通り?」

 「1つは・・・“超高校級の絶望”に所属してる人。だけど、これはあり得ないわ。だって今はもう歴史になってるくらい昔の存在だったわけだし、私たちの中にそんな危険人物がいるなんて思えないもの」

 「それはどうだかな。現に、今こうして裁判してんだぜ?」

 「だけどお、その“絶望”の活動のピ〜クはずっと昔って事実は変わらないよねえ。何らかの思想である以上は100%の否定はできないけどお・・・まあ、可能性は低いよねえ」

 「じゃあ、もう一通りってなに?」

 

 真相ルーレットから得られた情報によれば、“超高校級の絶望”は既に未来機関によって無力化され、現在ではその出来事があったことを示す遺構が残る程度にまで衰退している。現時点で高校生である自分たちの中に、そのメンバーがいるとは到底考えられない。そして次の可能性を正地は示す。

 

 「もう1つは・・・極さんを“超高校級の絶望”だと思った人。世界を滅ぼすようなテロ集団の一人なんだって思ったら・・・もしかしたら殺意を抱く人もいるかも知れない・・・。もしかしたらその人は、私たちのことを守るために極さんを殺したのかも知れない・・・」

 「で、でも・・・!レイカさんそんなひどい人じゃないです!Terrorism(テロ)なんてしないです!」

 「なんでスニフにそんなことが言えるんだよ。ここに来る前のことなんか、誰にも分からねえだろ」

 「テ、テルジさん・・・!でも・・・!」

 「落ち着いてスニフ君、下越君。正地さんが言いたいのは、今回のクロが、極さんが“超高校級の絶望”の一員だって思って犯行に及んだかも知れないってことだよ。極が本当に“超高校級の絶望”かどうかは問題じゃないんだ」

 「・・・でも、分からないだろ」

 

 今度は下越と雷堂の意見が噛み合う。極が“超高校級の絶望”の一員かそうでないか、問題の核はそこではないが、気懸かりなことでもある。考えても答えの出ないことに時間を割くよりも、今は目の前の問題を解決することが重要だ。

 

 「そもそもどうして正地氏はあ、『犯人は極氏が“超高校級の絶望”の一員だと思って殺害した』っていう仮説を立てたんだい?それってえ、正地氏の中で極氏と“超高校級の絶望”が繋がってないと閃かない発想じゃあないかい?」

 「ん・・・?え、なんだ?納見が何言ったか全然分からなかったぞ今」

 「下越君、ちょっと静かにしててね」

 「・・・極さんの“才能”の、彫師ってね。要は刺青を彫る人なんだけど・・・これって、本当は医師免許が必要なの。だから、そういう肩書きを持ってるっていうことがもうグレーゾーンっていうか・・・それだけじゃないんだけど──」

 「まあ裏社会との繋がりもあるし、そういうことだよな」

 「Umm(う〜ん)・・・なんのことですか?わかんないですよ!」

 「無免許でそういうことしたら、普通に犯罪なんだよね・・・」

 「レイカさん、Criminal(犯罪者)ですか!?」

 「やっぱり、裏社会との繋がりって、そういうテロ組織との関わりもあるんじゃないかって思うの・・・私の勝手なイメージと言えばそれまでなんだけど・・・」

 「それは俺たちに判断できることじゃないだろ。その手の話に詳しいヤツなんか、いないんだから」

 

 あくまで仮説であり、その根拠も不確実なものであるが、裁判場全体では既に極と“超高校級の絶望”の繋がりが濃厚となっていた。どこまで突き詰めようとしても、結局は極の“才能”や『弱み』からのイメージになってしまう。何1つ確かなことが言えないこの状況では、議論もままならない。

 

 「よ、よし!決めたぞ!」

 「なんだよ」

 「このままじゃ状況は変わらないんだ。一旦、極は“超高校級の絶望”と関係あったって考えて、話を進めてみたらどうだ?」

 

 停滞した雰囲気を打破するため、雷堂が努めて明るく繕った声色でそう言う。内心の戸惑いが透けて見えるようなわざとらしい振る舞いに、今ひとつ全員賛同しかねる。

 

 「話を進めるのには賛成だけどお、なんで関係がある方だと仮定するんだい?」

 「関係ないってしたって何も進展しないだろ。違ったら違ったでいいことなんだから、関係あるって仮定しておいた方がいい気がしないか?」

 「要はなんとなくってことね・・・」

 「っしゃ!んじゃ、極はその“絶望”ってヤツと関わりがあったとしてだ、そんな極を殺したヤツってのはどこのどいつなんだ!?」

 「う〜ん・・・」

 「あ、あのぅ・・・ボクわからないです。レイカさんと“Ultimate despair(超高校級の絶望)”がRelation(関係がある)だったら、犯人(クロ)はどうやって知りましたか」

 「ん?それは・・・正地さんと一緒じゃない?極さんが裏社会の人たちと繋がってるって気付いて・・・」

 「でもです!それって、まだPossibility(可能性)じゃないですか?それだけでKill(殺す)するなんて・・・Risky(リスキー)すぎます!きっと、何かConviction(確信)あったはずです!」

 「そりゃまあそうだろうけどお・・・うぅん、分かるわけないなあ」

 

 雷堂の提案を取りあえず採用し、極が“超高校級の絶望”に何らかの関わりを持っていたと仮定する。そうだとしても、なぜ犯人がその事実を知り得たのか、どうやって殺害したかのヒントにはならない。前進しているようで同じところをぐるぐる回り続ける議論に、頭を悩ませる。

 

 「・・・というか、これって自殺じゃねえの?」

 「へ?」

 「じ、自殺って、なんだよそれ。どっから出てきたその発想?」

 

 ぽつり、と呟いた下越の言葉に、裁判場全体の空気が変わる。考えもしなかった可能性を示され、否定しようとしてもその根拠もない。下越は頭をかきながら、面倒臭いとでも言いたげな、なんとか知恵を絞り出したような、不確かな声色で続ける。

 

 「その“絶望”ってのはさ、テロ集団なんだろ?世界を滅ぼすってくらいだから、とにかく誰でもいいからぶっ殺す的な・・・そんなやべーヤツらなんだよな?」

 「はっきりとは分からないけど、たぶんそんな感じだとは思う。でなきゃ世界崩壊なんかできないだろうし」

 「ってことは、極がその“絶望”ってヤツだった場合、オレらのことを殺してえと思っててもおかしくねえよな?」

 「まあ・・・仮定が正しければ、そう言えなくもない・・・のかしら」

 「よく考えてみたら、極が自殺じゃねえって保証はねえわけだし、もしオレらがこの中に殺したヤツがいると思ってたら、どうやったって間違った答えを出すわけだ。そしたら、全員モノクマに殺されんだろ」

 「確かにねえ・・・」

 「だから、極が“絶望”なんだったら、そうやってオレら全員殺そうとしたってこともあり得るんじゃねえ?」

 「Ah(ああっ)!ホントです!テルジさんなんでそんなにClever(賢い)ですか?」

 

 さらっと毒を吐いたスニフの言葉には気付かず、下越は険しい表情のまま考え混む。“超高校級の絶望”についての知識はほとんどないが、常軌を逸した集団であるならばその行動も常軌を逸していると考えられる。ただ目の前にいるだけの者を殺害するために、自らの命を擲つことも、やりかねないのかも知れない。そんな考えが納得されてしまうくらいには、“超高校級の絶望”は歪に認識されていた。

 

 「・・・でも、それってちょっと回りくどくない?」

 「ん?」

 「極さんの死因が毒なのは分かるんだけど、それが自殺だったとしたら・・・極さんは、その毒を自分で飲んで、私たちを罠に嵌めてモノクマに殺させようとしたってことになるよね?」

 「んまあ、そうだな」

 「だけどもし、それこそ今のこの状況みたいに、自分の計画がバレて極さんが自殺したってバレちゃったら、これって何の意味もないよね?そしたら極さんは、ただ自殺しただけになっちゃって・・・それって、意味ないんじゃない?」

 「ん・・・あー、ホントだ。全然意味ねえ」

 「テルジさんがRecommend(提言する)するくらいですから、ボクたちきっと、いつかSuicide(自殺)かもってかんがえたはずです」

 「スニフ氏はこの頃お、被ってた猫が逃げ出した感じがするねえ」

 「Cat()?」

 「その可能性を極が考えないわけないし、考えたらきっと対策はするよな。明らかに他殺な死に方を選ぶとか」

 「そもそも私たちを殺すことだけが目的なんだったら、自分が毒を飲むよりも私たちの食べ物に毒を盛ればよかったんだよ。そこが私はいまいち納得いってなかったの」

 「た、確かにそうね・・・。どうしてそんな単純なこと考えなかったのかしら・・・」

 

 死人に口なし、証拠もない中、完全な憶測だけで推理を進める議論の不安定さは、一歩踏み出すごとに奈落の底への恐怖を煽られる暗闇を歩くようなものだった。その暗中模索の状況の中で、研前のシンプルかつ根本的な疑問は全員にとって見落としていたものだった。

 

 「極さんだったらもっと確実な方法で私たちを騙しに来る、と思うんだ。そんな経験ないから分からないんだけど・・・」

 「いやあ、分かるよお。極氏はそんなにギャンブル性の高いことはしそうにないよねえ。やるなら徹底的にやるタイプだろうねえ」

 「え・・・ってことは、極が毒で自殺したっていう下越の案は?」

 「理に適ってはいるけれどお、極氏に限ってそんなことあり得るかなあ、て感じだねえ」

 「珍しく下越が活躍するかと思ったら・・・こうなんのか」

 「あのな」

 

 残念そうにため息を吐く雷堂。自分もさほど活躍していないことを棚に上げた態度に、下越だけでなくほとんどの者が呆れる。憶測の元で浮上した説は、極の性格という根拠と呼ぶのも心許ない憶測によって否定された。進みそうで進まない裁判に、心なしかモノヴィークルのエンジンも空回っているような気がしてくる。

 

 「ダメだ。毒殺だってとこまでは分かるのに、そこからどう考えても進まない。やっぱ動機は関係なくて、極を狙ったんじゃなくて誰でも良かったんじゃないか?」

 「誰でもよかったんならあ、それこそ食べ物に毒を仕込むよねえ。極氏がたまたま毒を引き当てたとしてえ、犯人はどうやって一人だけに狙いを絞ってえ、なぜ一人しか狙わなかったのかが謎のままだねえ」

 「うん・・・毒殺、よね。だけど・・・」

 「正地さん?どうしたの?」

 

 何度経験しても、裁判中の膠着は不安を煽る。沈黙が続き、いつモノクマが飽きて裁判終了を宣言してもおかしくないのだ。まだ犯人像が全く絞り込めていない今のタイミングでの裁判終了は、ほぼ確実に犯人の勝利に繋がってしまう。そんな分かり切った展開はモノクマも望むところではないが、ないと言い切れないモノクマの気紛れに気が休まらない。

 そんな中、未だ正地は一人難しい顔をしている。先ほど全員の前で話をしたが、まだ納得がいかないことがあるようだった。

 

 「あのね・・・極さんの死因なんだけど・・・みんなは、毒殺っていうことで納得してる感じなのかしら?」

 「どういうことだよ?」

 「私ね、ちょっと気になることがあるの。極さんの死因は・・・もしかしたら毒殺じゃないかも知れない」

 「え?」

 

 

 議論開始

 「極さんの死因ね・・・もしかしたら、毒殺じゃないかも知れないの」

 「何言ってんだよ?飯の後に、突然苦しみだして死んだんだぞ。目立った外傷もないんだから、毒以外に何があるんだよ?」

 「でも確かにい、毒だとしたらやり方が分からないんだよねえ。一人を狙うことはできたとしてもお、極氏を狙い撃ちにはできないはずだからねえ」

 「だったらやっぱり極を狙ったんじゃなくて、テキトーに誰かを殺そうとして、たまたまそれが極だっただけじゃねえのか?」

 「セーラさんは、レイカさんはPoisoning(毒殺)されたんじゃないっていってますよ!でもボク、なんなのかわかんないです」

 「そうだよね・・・目立った外傷もないし、何か薬を飲んだわけでもない・・・モノクマファイルにもそう書いてあるし、死因だけが分からないんだよね」

 「その通りよ・・・!」


 議論は堂々巡りを繰り返し、いつまでも終わらないと感じるほどの同じ意見が飛び交う。ただその中で、正地は気懸かりな点を指摘した。このぐるぐる回る永遠ループを抜け出すポイントを、正地が見出した。

 

 「死因が、分からないの。だけどみんなは毒殺だって確信してる。私も、ちょっと前までそう思ってた。だから毒殺じゃないと思うの」

 「またわけ分かんなくなってきたぞ!どういうことだスニフ!説明してくれ!」

 「ボ、ボクに言われても・・・」

 「みんなが毒殺だと思ってるから毒殺じゃないかあ・・・言葉面だけとるとなんだか逆張りしてるだけのようにも聞こえるけどお?」

 「そうじゃないの。みんなが毒殺だと思ったのって、極さんが亡くなったまさにその場を目撃したからでしょ?」

 「ああ・・・死の直前の行動とか、そのときの状況から考えても、やっぱり毒殺しか考えられないはずだ」

 「誰が見ても明らかな毒殺・・・それなのに、モノクマファイルには死因が書いてなかったの」

 「そうだっけ?でも、死因が書いてないことなんて前にもあったよ」

 「えっとえっと・・・ハイ!ボクおぼえてます!たまちゃんさんのとき、かいてなかったです!」

 「さ、さすが天才少年・・・よく覚えてるなそんなこと」

 「たまちゃんの死因は今も分かってないわ。検死をしたけど目立った外傷はなかったし、薬物摂取の痕跡もない。だから死因が明らかになることで、犯人にとって不利になる可能性があった・・・だからモノクマは死因を明らかにしなかった。そうよね?」

 「はい!その通りです!っていうかそう言ったしね!そんな名探偵面されてもぉ」

 「し、してないわよ・・・」

 

 名探偵と言われて途端に気恥ずかしくなったのか、正地は少々顔を赤らめながら首を振る。

 

 「えっと・・・だけどスニフくん。たまちゃん以外のモノクマファイルは死因、書いてあったわよね?」

 「Well(えっと), well(えと)・・・」

 「さすがに困っちゃったよ」

 「思い出せスニフ!お前だったらなんとかなる!頑張れ!」

 「下越氏はもう自分の力を諦めてるねえ」

 「書いてあったはずだ。というか・・・野干玉以外は死因がはっきりしてるから、そもそも隠す必要が──あっ」

 

 これまで発見された死体を思い返して、若干顔色を悪くしながら雷堂が呟く。そして、最後に思い至った。正地が言う、全員が共通の死因を考えているからこそそれが否定できる根拠に。

 

 「そういうことか・・・」

 「えつ、分かったの・・・あっ。えと・・・ら、雷堂君・・・」

 「ん、あ、ああ。たぶん、正地が言いたいのはこういうことだと思う・・・。言ってもいいか?」

 「うん」

 

 正地の言いたいことを理解した雷堂に、思わず研前が反応する。まだ気まずそうに目線を逸らし合う二人だが、辛うじて会話らしい会話にはなった。その後、雷堂は正地に確認してから、推理した内容を話す。

 

 「つまりな。モノクマファイルで死因を隠すっていうのは、それが明らかになると犯人にとって不利になるからなんだ。だから、誰が見ても死因は、どうやったって隠せないし、隠す必要もない」

 「分かる分かる」

 「だから、もし極の死因が毒殺なんだったら、俺たち全員がそう思ってるわけだし、あの状況下でそれ以外はあり得ない。なのにモノクマファイルには、極が毒殺されたとは書いてないんだ」

 「明らかだったから省略したんじゃねえのか?」

 「失礼な!ボクはそんな横着はしないよ!だいたいどこの世界に、明らかだからって死因や死亡推定時刻を省略する検死報告があるのさ!」

 「真っ当なこと言うなよ!」

 「なんで真っ当なこと言って怒られなきゃいけないんだコノヤロー!」

 

 議論そっちのけでモノクマとケンカする下越。まだ雷堂の言っていることを理解しているのかどうか怪しいが、少なくともそれ以外の全員は意味を理解した。

 

 「毒殺なら毒殺とモノクマファイルに書くはずだ。なのに書いてないっていうのは、毒殺であることを隠したい・・・それか、毒殺じゃないか」

 「隠すもなにもお、普通あの場で思い当たるのは毒殺だしい、それで犯人が極端に不利になるとも思えないねえ」

 「あン?ってことはだぞ?・・・極が毒で死んだんなら、そう書かれるんだよな。でも書いてない・・・」

 「Oh(あっ)!みなさん!Give him a time(待ってあげてください)!テルジさんがCatch up(追いつく)しそうです!」

 「書いてないっつうことはアレだ。つまり・・・極が死んだのは毒じゃねえってことだな!」

 「Hooray(やったー)!」

 「なんでスニフくんの方が喜んでるの?」

 

 自力で追いついた下越に、スニフが思わずバンザイして喜ぶ。どうやら雷堂の推理も正地の推理と合致していたらしい。極の死因が毒殺ではないと決まれば、次の議題も決まっている。つまり、極の本当の死因はなんなのかだ。

 

 「じゃあもう一度、モノクマファイルを読み直してみよっか。そこにヒントがあるかも知れないし」

 

 研前の提案で、全員がモノモノウォッチを操作する。今回の事件で与えられたモノクマファイルには、極の死亡時の状況のみが書いてある。やはり死因は書いていない。そして特筆すべき点がもう一つある。

 

 「この、特徴的な麻疹ってのはなんだ?全身の痙攣は、俺たちみんな見てたから分かるけどさ」

 「確か正地氏と研前氏で検死したんだよねえ?この辺の記述についてはどうだったんだい?」

 「書いてある通りよ。極さんの首元に蕁麻疹が出てたの。毒物で発疹が出ることはあるから特に気にしてはなかったんだけど・・・首以外の部分にも少しだけ免疫反応の痕跡があったわ。全身に毒が回るのには時間がかかるはずなの。ご飯を食べてからあれくらいの時間だと、ちょっと早いくらい。だから気になってたのよ」

 「ん?ってことは、こりゃあ毒のせいじゃねえってことか?」

 「意外とおれたちが気付いてなかっただけでえ、極氏がもともと罹ってたんじゃあないかい?」

 「That's wrong(それは違います)!・・・だと、おもいます。ボクはわからないですけど」

 「分からないのになんで入ってきた!?」

 「ワタルさんなら分かるからです!」

 「えっ、お、俺?」

 「ワタルさん、Pool(プール)のときにレイカさんのNude(真っ裸)みました!」

 「ングッ」

 

 臆面もなくそんなことを言うスニフに、雷堂が息を詰まらせた。全員が思い起こす。まだ虚戈が殺害される前、女子が企画したプールでバーベキューのときに、雷堂とスニフが誤って極が着替え中の更衣室に入り、プールに突き落とされた事件。スニフはそのとき雷堂の陰になっていて見えていなかったが、雷堂ははっきりと極の一糸纏わぬ姿を見たのだった。

 

 「そ、そんなこと今言わなくたっていいだろ・・・い、言っとくけどあれは事故だからな!」

 「分かってるよそんなの」

 「スニフくん。今は必要だったからいいけど、あんまりそういうこと人前で言っちゃダメよ。恥ずかしいから」

 「Sure(はーお)!」

 「でえ、雷堂氏はそのとき極氏の体に蕁麻疹とか皮膚病の気なんかは見たのかい?」

 「ええ・・・い、いやあ、なかった、と思う。うん。むしろシミ1つないキレイな肌だったと・・・なんだよその目は!」

 「雷堂お前さてはむっつりスケベだな!むつ堂だな!」

 「小学生かよ・・・変なあだ名付けようとすンな」

 「とにかく雷堂氏の言うことが正しいんならあ、極氏の蕁麻疹は生来のものじゃあないってことだねえ」

 「その結論を出すまですごく遠回りしたような気がする」

 

 顔を真っ赤にしていることから、雷堂はおそらくそのとき網膜に焼き付けた光景を思い出しているのだろう。心なしか俯いているのは目のやり場に困っているからだろうか。

 そしてその証言を信じるのならば、極の首に出ていた蕁麻疹はもともと極が持っていたものではなく、殺害の影響によって現れたと結論付けられる。そのことが、極の真の死因の解明に繋がっていくのだった。

 

 「うん、そうね。だとしたらやっぱり・・・極さんの死因は、毒殺なんかじゃない。いえ、毒殺とも言えるし、そうじゃないとも言える。ものすごく特殊な方法を使ったんだわ」

 「おい!もったいぶった言い方はやめろ!分からなくなるだろ!」

 「勘弁してあげてくれないかなあ、正地氏」

 「そ、そうね。あのね、極さんは、ショック死したんだと思うの」

 「Shock death(ショック死)?それって、びっくりしたり、Electric shock(感電)したりとかでなるんじゃないですか?」

 「一般的にはね。だけど、極さんの場合はそうじゃなかったの。あのね、彼女の死因はきっと・・・アナフィラキシーショックによるものよ」

 「ああっ!?んだとっ!?」

 

 正地の口から飛び出した言葉に、最も強く反応したのは下越だった。意外なリアクションに、それ以外の全員はアナフィラキシーショックという言葉よりも、下越の反応に注目した。

 

 「アナフィラキシーだと!?んなバカな話があるかよ!」

 「ど、どうしたの下越君・・・?」

 「オレはずっとお前たちの飯作ってきたんだぞ!アレルギーなんて一番最初に気を付けるところだろうが!そうでなくたって、避けてる食材があれば気付くくらいの目はあらあ!今朝の料理にはぜってえにアレルゲンなんて入ってねえ!“超高校級の美食家”の肩書き懸けたっていいぞ!」

 「お、落ち着けよ下越!別にお前の料理が原因なんて言ってないだろ!お前が俺たちの食事に気を遣ってるのはみんな分かってるから!」

 「あの、ボクその、Anaf blah blah blah(アナフなんたらかんたら)ってわかんないです」

 「アナフィラキシーショック。要するに強烈なアレルギー反応で、呼吸困難や全身の痙攣、嘔吐などを引き起こして、最悪の場合は・・・死亡することもあるわ」

 

 思いもしなかった可能性に、研前や下越は戸惑う。納見は頭をかきながら視線を空に向け、雷堂は顎に手を当てて何かを考える。スニフはアナフィラキシーショックというものを理解するのに少々時間がかかっている。

 

 「その、アナフィラキシーで極は殺されたってことか?そんなことできんのかよ?」

 「・・・アレルゲンってのはその辺に当たり前にあるような物質なんだよ。牛乳とかそば粉とか、オレらが普通に食べられるもんが食べられねえヤツだっているんだ。死ぬくらい強烈な抗体持ってるヤツだったら、そいつにだけ効く毒を混ぜられたのとおんなじだ」

 「テルジさんのIQがとってもGrowing(成長)してます」

 「アレルギーのせいでせっかくの料理を台無しにされたらたまんねえからな!あと命に関わることだからめちゃくちゃ気ぃ遣うんだよ!」

 「立派だねえ」

 

 次から次へと、普段の様子からは想像できないほど知的な発言が飛び出す下越だが、今回ばかりは全員素直にその話に聞き入っていた。極がアレルギーを持っていたということが飲み込めたら、次に話すべきは1つだ。

 

 「つまりい、極氏はそれくらい強いアレルギーを持ってたってことかい?」

 「そんなの・・・全然知らなかった。だって、今までそんな話聞いたことないし、食事だって普通に摂ってたよ?」

 「だけど、心当たりはあるわ。アナフィラキシーを引き起こすもので最も一般的なもの・・・みんな思い出してみて」

 

 すなわち、一体何が極にアナフィラキシーを引き起こさせたかだ。

 

 「例えば、いつかの朝ごはんのとき、スニフくんがはちみつを欲しがったときに、極さんはわざわざ雷堂くんに渡させてたわ」

 「そんなこともあったな。単純に雷堂をパシってるもんだとばかり」

 「あのな・・・」

 「それから極さんは言ってたわよね。蜂が怖いって」

 「そうですね。レイカさんStrong(強い)ですけど、Girlish(女の子っぽい)とこあるんだっておもいましたもん」

 「今にして思えばそりゃあ、蜂に刺されることじゃあなくてえ、そっちの心配をしてたってことかあ」

 「そうよ、つまり私が思うに、極さんにアレルギー反応を引き起こしたのは──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「蜂毒だったってことよ・・・!」

 

 妙な静けさが裁判場を包む。正地の推理を信じるのなら、極は蜂毒によってアレルギー反応を引き起こされ死亡したということだ。

 

 「で、でも、死んじゃうくらいの蜂毒なんて食べ物に混ぜたら、私たちみんな死んじゃうんじゃないの・・・?」

 「蜂に刺されたことによる死亡事故のほとんどは、アナフィラキシーショックによるものなの。毒そのものでの強力だし多量に摂取したら無事では済まないけど・・・極さんのアナフィラキシーのことを知っていて、狙い撃ちにするだけなら、そこまでの量は必要じゃないわ」

 「ってちょっと待てよ!犯人が料理に極のアレルギーになるようなもん混ぜたとは決まってねえだろ!」

 「ううん、むしろその逆よ」

 「逆、っていうと?」

 「アレルギー反応っていうのは、アレルゲンを摂取してから体の中の抗体と反応して、それがアレルギー反応を引き起こして症状が表れるの。つまり、 時間がかかるのよ」

 「・・・っていうことは、朝飯の中に蜂毒を混ぜても、あんなに早く効果が現れるのはおかしいってことか?」

 「ええ。だから極さんが蜂毒を摂取したのは、朝ごはんよりももっと前の時間のはずよ」

 

 限られた証拠から、次々と正地は極の死の真相を明らかにしていく。死因だけでなく、極が蜂毒を摂取した大まかな時間までも特定する。犯人にとっては犯行が明らかになっていくことは、それだけで大きなプレッシャーになる。停滞していた裁判場の風向きが少しだけ変わってきた。

 

 「朝飯の前っていったら・・・スニフと俺と下越と極で、農耕エリアに朝飯の材料を収穫しに行ってたな」

 「も、もしかしてそのときにStung by bee(蜂に刺される)したんじゃ・・・」

 「ううん。このモノクマランドには私たち以外に生物はいないはずだよ。だから・・・誰かが極さんに蜂毒を摂取させたんだよ・・・!」

 「つまり極氏が蜂毒を摂取したのは今朝の収穫のときい・・・まあ普通に考えて一緒に行ってたメンバーが怪しいよねえ」

 「でも極は普通に野菜収穫してたし、どのタイミングで蜂毒なんか摂らせるんだよ?」

 「っていうか、農耕エリアで何かを飲み食いしたヤツなんかいなかっただろ。それよりもっと前じゃねえか?」

 「そんな・・・もっと頑張って思い出してよ。何かおかしなこととかなかった?いつもと違うとか、気になることがあったとか、なんでもいいよ」

 

 ようやく議論が進み、極の死の真相が明らかになる道が示され始めている。なんとかしてこの可能性を途切れさせまいと、研前が雷堂たちに語りかける。だが、その時はまだこの後に殺人が起きるなど考えてもみなかったとき。残っている記憶は曖昧なものばかりだが、1つ確実に言えることだけはあった。

 

 

 証拠提出

 A.【下越の証言)

 B.【正地の証言)

 C.【モノクマランドの『掟』)


 「ハイ!テルジさん!」

 「ん?なんだよ」

 「Investigation(捜査)してたとき、テルジさん言ってました!The farming area(農耕エリア)なんかおかしかったじゃないですか?」

 「えっ、そ、そうなのか?」

 「あ〜そういや言ったな。いやでも、ただの気のせいかも知れねえぞ?宛にされても困るっつうくらいのモンだぞ」

 「なんでもいいよ」

 「いいみたいです!」

 「じゃあ言うけどよ、あんま期待すんなよ?あのな、今朝農耕エリアに入ったときに、なんかいつもと違う雰囲気っつうか、感覚が違ったんだよ。なんつうかこう、いつも空気の味とか臭いが違うような・・・」

 「思ってた以上に曖昧だな。気のせいじゃないのか?」

 「だからそう言ってんじゃんか」

 「でもそれ、いつかんじましたか?」

 「エリアに入る直前だな。それまでは特に感じてなかった」

 「I see(なるほど)。ボク、そこにClue(手掛かり)あるおもいます」

 「どういうことだい?」

 

 要領を得ない下越の話だが、その内容を再確認したスニフは何かを掴んだようだ。モノヴィークルから身を乗り出して説明する。

 

 「The farming area(農耕エリア)は、ほかのArea(エリア)とおんなじ入り方できません。入るまえにかならず、Disinfection passage(消毒用通路)とおります」

 「ああ、そうだな。やたらとあそこだけ厳重だった」

 「ボクしってます。あのAlcohol(アルコール)とっっってもにがいです」

 「スニフは顔面がちょうど噴射口の高さだからな。モロに食らっていつも苦い顔してるよな」

 「だから、This morning(今朝)、テルジさんがかんじたヘンなAtmosphere(空気)は、きっとそれのせいだとおもいます」

 「消毒用のアルコールってこと?でも、それは下越くんだっていつも浴びてるじゃない」

 「That's right(その通り)です。だから、テルジさんは気付きました。This morning(今朝)Rubbing alcohol(消毒用アルコール)のあじがちがうってことに」

 「ああ〜、なるほどねえ」

 「つまり、犯人(クロ)Bee venom(蜂毒)を、Disinfection passage(消毒用通路)で使うAlcohol(アルコール)にまぜたんです!ですから、テルジさんはFeel uncomfortable(違和感を覚える)しましたし、レイカさんはそれでAllergen(アレルゲン)あびてしまったんです」

 「じゃ、じゃあ、極は朝に農耕エリアに入った時点で・・・もう死ぬしかなかったってことかよ・・・!?」

 「・・・」

 

 極と一緒に農耕エリアに入った下越は、その推理になんとも言えないやるせなさを感じた。あのときの違和感にもっと敏感になっていれば、適切な処置をしていれば、極は助かったかも知れない。コロシアイを防ぐことができたかも知れない。それに気付くことができたのは、吹きかけられたアルコールの微妙な味の変化に気付くことができる味覚を持っている自分だけだった。

 

 「下越くんが責任を感じることないわ」

 「えっ・・・」

 「だってそうでしょ?極さんが蜂毒アレルギーだってことも、アルコールに蜂毒が混ざってたことも、極さんが死んじゃうっていうことも・・・その時には知りようがなかったんだもの」

 「そ、そりゃそうだけどよ・・・」

 「もちろん、犯人じゃないっていう前提の話よ。残念だけど、まだ誰が犯人なのか分からない以上は、落ち込んでる場合じゃないの。犯人じゃないなら、全力で推理をするしかないの」

 「・・・ああ、そうだな。わりい」

 

 暗くなる下越を、正地が温かくも厳しく励ます。既に下越が犯人だとは正地は考えていないが、それを示す証拠はない。客観的に断言できない以上は、予断を許さない慎重な議論が必要になる。そして、再び裁判場は回りだす。

 

 「ここまでのことをまとめるとお、つまりそのアルコールの中に蜂毒を混ぜた人が犯人ってことでいいかい?」

 「そんなことできるのかい?あのアルコ〜ルってどこから持って来てるんだろうねえ?」

 「モノクマが補充してるところを見たぞ。地面にカムフラ〜ジュされて見えないようになってたけど」

 「当たり前でしょ!ああいう裏の部分ってのは見せないように、どうしても見えるときは夢を壊さないようにするのがテーマパークの基本だよ!」

 「あんな重労働させるテーマパークがあってたまるか」

 「ってことはそれを知ってるヤツが犯人ってことになるな。それ知ってたヤツは?」

 「俺と極と下越は見たぞ」

 「Me too(ボクも)!」

 「私も見たことある」

 

 納見と正地以外の全員が挙手した。モノクマは結構な頻度で消毒用アルコールを補充しているらしい。この人数では、まだ犯人を絞り込むのには不十分だ。それでも、体質的に農耕エリアでまともな活動ができない納見以外にひとり、可能性を消すことができたのは収穫だった。さらに他の手掛かりが必要だ。

 

 「じゃあ次はどのタイミングで蜂毒をアルコ〜ルの中に仕込んだかだねえ」

 「昨日の時点では極は普通に通ってたけど・・・これ症状が出るまで1日以上かかることとかあるのか?」

 「いいえ、アナフィラキシーは長くても6時間くらいよ。短いと1時間もしないけど」

 「っていうことは、昨日の時点ではまだ仕掛けられてなかったってことだよね?」

 「じゃ、犯人(クロ)Bee venom(蜂毒)しかけたのは、Last night(昨夜)ってことになりますね!」

 「夜のうちかあ。まあそりゃあそうだろうねえ。誰もアリバイがないしい、人目に付きづらいしい」

 「ていうか、蜂毒なんてどこから調達したんだ?夜中で時間があるったって、探してから仕掛けたんじゃ見つかる可能性高くなるだろ」

 「農耕エリアの奥にあった、あの小屋だと思うわ。毒って名前はついてるけど、蜂毒の成分を利用した化粧品なんかもあるのよ。きっとあの小屋にもあったはずよ」

 「一から十まで農耕エリアに収まってるじゃんか!どういうこった!」

 

 蜂毒の出所が分かっても、犯人が蜂毒を仕掛けた時間帯が分かっても、それは犯人の正体に繋がらない。頭をかいたり腕を組んで思案したり、ため息を吐いたり頭を抱えたり、各々が近付かない犯人像への焦りを隠しきれない。そうしている中の一人だけが、これ以上犯行が明らかにされないよう次の策を練っていると思うと、もはや隣にいる誰も信じることができなくなってくる。

 

 「いい加減に具体的な犯人の手掛かりが欲しいねえ・・・」

 「・・・手掛かりなら・・・あ、あるんじゃないのか?」

 「え?」

 

 弱々しく、だが確信を持った声色で、雷堂が呟いた。その視線は、口調は、表情は、明らかに狙いを定めていた。それがどんな根拠に依るものなのか、どんな意図の基にあるのか、続く言葉を全員が待った。

 

 「だってそうだろ?あんな殺し方できるの、蜂毒アレルギーのことを知ってないとできないじゃんか」

 「そうね。食べ物みたいにたまたま当たるなんてこともないだろうし」

 「だったら、事前のそのことを知ってたヤツが犯人ってことになるんじゃないのか?たとえば・・・正地とか、アナフィラキシーとかに詳しいんだろ?」

 「わ、私!?そりゃアナフィラキシーのことは知ってたけど、それはあくまで知識としてで・・・極さんのアレルギーなんて知らなかったわ!検死結果とモノクマファイルからそう推理しただけで・・・!」

 「まあ、そこ疑うのはさすがに可哀想だねえ」

 「食べ物といえば、極さんはハチミツも避けてたよね。っていうことは、下越君は極さんからアレルギーのこと聞いてたりしてないの?」

 「いんにゃ。なんとなく嫌いなんだな、くらいには思ってたけど、アレルギーとはな。それにしたってハチミツまで避けるなんつうのは行きすぎだと思うぜ」

 「そういう雷堂氏はどうなんだい?極氏とは懇意にしてたようじゃあないかあ。『弱み』を打ち明け合うくらいだったんだろお?」

 「よ、『弱み』のときはそれ以上の話はしてない。それに俺と極は別に懇意にしてたわけじゃない。たまたま一緒にいることが多かっただけだ」

 

 極のアレルギーについて、三者三様に容疑をかけられ、また否定する。知識を持っていても極がアレルギーを持っていたとは知らない正地。極がハチミツを避けていることに気付いていながらそれ以上を察してはいなかった下越。極の『弱み』を知ってはいたがそれ以上のことは知らない雷堂。いずれも犯行に及ぶには情報量が不十分だった。

 

 「みなさんレイカさんのAllergy(アレルギー)のことしらなかったですね」

 「なんだよ。結局何も分からねえじゃんか」

 「いや、俺たち以外にも、極の体のことを知ることができたヤツはいるはずだ」

 「そんな人いるの?」

 「ああ。()()があれば、極だけじゃない。俺たち全員の体のことを知ることができた。たぶん犯人は()()を見て極の体のことを知って・・・犯行に及んだんだ」

 「やい!もったいぶるなっつってんだろうが!それってなんだよ!」

 

 今はまだ確実なことは何も言えない可能性の段階。それでも雷堂はある程度の確信を持って推理を述べていた。()()さえあれば、極から直接アレルギーのことを聞かなくとも、そもそもアナフィラキシーショックなんてものを知らなくても、今回のような犯行方法を思い付くことが可能になる。

 

 

 証拠提出

 A.【診断書の束)

 B.【『真相No.5 未来機関』)

 C.【モノクマファイル⑥)

 D.【極の『弱み』)


 「これだ」

 

 雷堂が取り出して見せたのは、17枚一束の書類。ダブルクリップでまとめられたその紙は、極の顔写真とともにいくつもの数字や図が並び、一目でただならぬものだと感じられた。それを見た瞬間、スニフは嫌な予感がした。事件前の段階でその存在を知っていたのは、自分と、もう一人しかいなかったからだ。

 

 「なあにそれ?」

 「捜査時間が始まるときに、モノクマが言ってただろ。俺たちの中の誰かが隠し持ってた情報を、俺たちに公開するって。それがこれだ」

 「その内容を聞いてるんだよ。なんなの?」

 「これは・・・簡単に言えば診断書みたいなもんだ。俺たち全員の体のことについて、ありとあらゆるデータがこの紙に書いてある。身長とか体重とかはもちろん、アレルギーだってな」

 「え゛っ・・・!?ちょ、ちょっと待って雷堂君・・・!?あの、まさかだけどそれ・・・私たちのもあったりする・・・?」

 「ああ。17人全員の分がある」

 「見た?」

 「一応誰のがあるかは確認したから、顔写真くらいは」

 「今すぐしまって!お願いだから!」

 「はっ?な、なんだよ・・・?これ結構重要な証拠なんだけど・・・」

 「いいから!間違っても私の見たりしないで!」

 「お、おい・・・研前のヤツどうしたんだ?」

 「雷堂氏は本当に女心が分かってないねえ」

 「That looks just like you(そういうところだぞ)

 

 焦る研前に戸惑うばかりの雷堂。この鈍感なところのせいで研前と気まずい雰囲気になってしまったというのに、何も学んでいない雷堂に一同が呆れ返る。だが少なくとも今はそんなことは二の次で、その診断書の束が存在するということが何よりも重要なことだった。

 

 「で、その診断書がなんだってんだよ?」

 「こいつは、俺たちの中の誰かが隠し持ってたんだ。これさえあれば、極に聞かなくたって、アレルギーのことは知れるだろ」

 「なんでそんなものが・・・それに、極さんはアレルギーのことを誰にも言ってないはずでしょ?なんでそこには書いてあるのよ・・・?」

 「そんなの俺が分かるわけないだろ。でも、確かにこれはあるんだ。そして・・・これを隠し持ってたヤツも分かってる」

 「Umm(うぅ)・・・」

 「それは・・・!」

 

 徐々に眉間に皺が寄っていき、険しい表情になっていく雷堂。スニフには、雷堂が誰のことを示すかが誰か分かっていた。何度経験しても、誰かが誰かを糾弾するこの瞬間は、スニフにとって最も心が痛む瞬間だった。たとえ糾弾する者も糾弾される者も、どちらも自分でなかったとしても。

 そして雷堂は、視線を一切逸らすことなく、そのまま一点を見つめ続けていた。

 

 

 『診断書を隠し持っていたのは?』

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶納見康市


 「おれだねえ」

 

 他人に指摘されるより先に、納見は自ら挙手した。ずっと雷堂の鋭い視線に晒されており、スニフとは診断書の存在を共有していた。言い逃れも弁明も一切が無駄なこの状況で、不要に足掻くほど愚かではなかった。だが、それで自らを犯人とする雷堂の推理を受け入れるほど素直でもなかった。

 

 「確かにその診断書はおれが持ってたよお。詳しく言うとお、前回の裁判の翌日に見つけたんだあ。荒川氏に導かれてねえ」

 「あ、荒川さん・・・?どういうこと・・・?」

 「荒川氏のモノヴィ〜クルがひとりでに動き出してるのを見つけてねえ。不自然だったから後を付けてみたらあ、行った先にこれがあったんだあ。こっそりつけたつもりだったんだけどお、スニフ氏には見つかってしまってねえ」

 「だからスニフは、これを納見が持ってたって知ってたんだな」

 「は、はあ・・・」

 「それでえ?雷堂氏はそれを根拠にしておれを犯人にしたいわけかあ」

 「したいっていうか、それが答えだろ。極の体のことをこんなに詳しく知れるんだ。それも、この前の裁判の次の日にはもう手に入れてたんだろ?準備期間だってたっぷりあったじゃんか」

 「確かにねえ。だけどもお、おれにはさっきみんなで推理したようなやり方で極氏を殺すなんてできっこないのさあ」

 

 犯人だと追及されても納見はいつもの間延びした調子を崩さずに切り返す。それは、その追及を論理的に否定することができるという自信の表れでもあった。納見が農耕エリアの消毒液タンクに蜂毒を仕込んだことを否定する根拠は、全員の脳裏に浮かんでいた。

 

 「Alcohol(アルコール)ですね!ヤスイチさん、Lightweight(下戸)ですもんね!」

 「ウエスタンエリアでは酒場の空気だけで酔っ払って意味もなくロデオしてたし、農耕エリアでも粗相してたものね」

 「それが演技ってこたあねえか?こういうこともあろうかとよ」

 「その診断書を見つけたのは全部のエリアが開放された後だしい、そんな時からこんな状況を想定するなんてえ、それこそ無理だよお」

 「・・・じゃあ、この診断書のことはどう説明つけるんだよ。俺たちに隠してたのは事実なんだろ」

 「隠してたことは否定しないよお。ただ考えてみなよお。これを見つけたのはあ、荒川氏のモノヴィ〜クルに導かれてだよお?荒川氏がおれたちに遺したメッセ〜ジを忘れたわけじゃあないだろお?これを見せることがコロシアイを誘発するんだとしたらあ、隠すのは当然の処置じゃあないかい?」

 「んん・・・それは、尤もだと思うな」

 「はあ。なんだよ。せっかくの手掛かりなのに、結局納見には犯行は無理だってことかよ。じゃあ何の意味もねえじゃんか」

 「・・・やっぱ、簡単にはボロ出さないか。カマかけたつもりだったけど、上手くいかないもんだな」

 「へ?」

 

 農耕エリアが開放されたときの納見の痴態を目の当たりにした全員にとって、あの全てが演技で、本当は冷静に振る舞えた納見が犯行に及んだとは考えられなかった。診断書を持っていたことを認めながらも、犯行が立証できない以上はそれ以上の追及は無意味だ。再び停滞しそうになる議論を、雷堂は全く文脈から逸れた言葉で繋げた。

 

 「診断書の話になったら何か引き出せると思ったんだけどな」

 「ど、どういうこと・・・?雷堂くん。カマかけたって、何のこと?」

 「この診断書のことを知ってたのは、納見だけじゃない。そいつは俺たちが今こうやって納見に疑いを向けてた間、自分も知ってたことには一言も触れずに、納見が犯人だっていう議論に便乗したんだ。なあ、そうだろ?」

 

 雷堂の心臓は、破裂しそうなほど激しく脈打っていた。納見から逸らした視線を裁判場全体に振り、狙いを定めて言葉を撃ち出す。緊張と敵意と祈りを以て発した言葉で、目の前にいる敵を撃ち抜こうと力強く。

 

 

 『納見の他に、診断書の存在を知っていたのは?』

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶スニフ・L・マクドナルド


 「お前、知ってたんだよな?スニフ」

 「・・・ッ!」

 

 強い敵意のこもった視線を向けられて、スニフは身を強張らせた。自分の名前が呼ばれることを予想していなかったわけではない。それでも、誰かに殺人の容疑を向けられて平静でいられるほど、今のスニフには余裕がなかった。

 

 「スニフ君が・・・?」

 「捜査時間のときに俺にそう言ったし、下越も聞いてたよな?もっと言えば、納見が見つけたときに一緒にいたんだろ?なんで今まで言わなかった?」

 「隠してたわけじゃあないだろお?隠すつもりなら捜査時間中に君たちに話すわけがないしい、おれのことも真っ先に殺しにくるだろうからねえ」

 「ボ、ボク・・・犯人(クロ)じゃないですよ・・・!」

 「それは答えになってないぞ」

 

 納見はスニフをフォローしているつもりだろうが、その表情は冷ややかだった。

 

 「でもボク・・・ヤスイチさんに見せてもらったとき、レイカさんの見てません・・・!そのときもうDead(死んでいる)の人だけしかないとおもってました・・・!」

 「確かにい、そのときはまだ生きてた極氏のも含めてえ、ここにいるおれたちの分は見せてないよお」

 「なんでだよ?」

 「こうなることを防ぐためにさあ。万が一そこに載ってる情報で殺人を企てられたら困るからねえ」

 「けど現状はこうだ。スニフが極の診断書を見て、犯行計画を立てたんじゃないのか」

 「ちょ、ちょっと待って!今の話だったら、スニフくんは極さんの診断書の存在は知らなかったんじゃないの?」

 「はい!ボクしらなかったです!」

 「知らなくても想像はできるだろ。むしろ、都合良くそのときまでに死んでったヤツの分しかないなんて状況の方が不自然だ。17人全員分が存在してて、残りを納見が持ってるっていう予想くらい、スニフの頭があればできるだろ」

 「それは・・・確かにそうかも。でも、存在を知らなかったってことは、納見君がどこかに隠してたってことだよね?モノクマもそう言ってたし」

 「そうだねえ。絶対に他人に見られちゃあいけないからあ、おれの研究室にしまっておいたよお。あそこならおれ以外は入れないからねえ」

 「じゃあスニフ君にも見ることは不可能だったんじゃないかな?」

 「いや、分からないぞ。こっそり納見の後をつけて、隙を見て極の分だけ盗み見たとか。それに、たとえば納見は、事件が起こるまでに診断書が全部揃ってるか確認したか?」

 「うん?いやしてないねえ。研究室の棚にしまってそれっきりだよお」

 「ってことは、もしそこから一枚くらい抜かれてても気付かなかったってことだ。モノクマはこの診断書を、誰かが隠し持ってたってだけで、一人が持ってたとは言ってないし、一箇所にあったとも言ってない。突き詰めればもとは荒川の研究室にあった1セットのものだしな」

 

 納見はスニフに生存者の診断書のことは隠していた。モノクマによって公開されるまでは自分の研究室に隠していた。それでも、現状で唯一、極のアレルギー体質を知っていた可能性があるという点で、スニフへの疑いは全員の心に根を張った。

 

 「で、でも・・・ですけど、犯人(クロ)Bee venom(蜂毒)をしかけたの、Midnight(真夜中)ですよ?ボク、ねてましたもん」

 「それはアリバイにはならないだろ。昨日の夜中なんて、誰にもアリバイがないんだ」

 「っつうか、別に夜中じゃなくたっていいよな。スニフはいつも早起きしてたし、早朝に仕掛けてからホテルまで戻ってくるってのもない話じゃねえだろ」

 「だけど、農耕エリアまではモノヴィークルで行けるとしても、そこから先は?」

 「先?」

 「エリア内の小屋まで行って、蜂毒を含んだ薬品を持って来て、タンクに仕掛けて、また小屋に戻って薬品を戻して・・・って、スニフ君の足でできるのか?」

 「時間さえあれば無理じゃないだろ。俺たちより時間がかかるったって、何時間もかかるわけじゃない。下越が言うように、早朝にだって間に合う」

 「あうぅ・・・!!ち、ちがいますって・・・!!」

 

 ここまで、全員で論理的に議論してきた。憶測に基づくものもあったが、それなりの根拠を持った憶測をしてきた。そして今回の犯行は誰も気付かないうちに行われ、全員の目の前で極は死んだ。犯行方法が明らかになった今でも、誰にでも可能で誰にでも犯人の可能性があることが否定できない。

 だからこそ、スニフは雷堂の追及に反論できないでいた。自分が犯人でないことを説明したくても、物的証拠も状況証拠も、これまでの推理との矛盾も犯行不可能性もアリバイも、ありとあらゆる反論の手立てが封じられていた。何か反論の余地を見つけても、それは全員について同じことが言えるから。

 

 「ワ、ワタルさんが言ってるの、ぜんぶSpeculation(憶測)ですよ・・・!ボクがやったってEvidence(証拠)はないですし・・・レイカさんのMedical certificate(診断書)だって、見てないです!」

 「けど他に可能性の高い納見には無理なんだ。もし仮に診断書を見てなくたって、普段の極の様子から体質のことに気付くことだってできたかも知れないだろ」

 「そ、そんな・・・雷堂君、それはさすがに無茶苦茶だよ」

 「無茶苦茶でもなんでも、そう考えるしかないだろ。それにもし蜂毒が極に効かなかったとしても、結局は誰にも気付かれないまま犯行が失敗するだけだ。そういうリスクの低さも計算に入れてやったんじゃないのか?」

 

 推理と呼ぶにはあまりに足下の覚束ない雷堂の追及は、しかし矛先を喪って宙ぶらりんになっていた疑惑の目を一箇所に向けさせるには十分な程度の論理性はあった。否定しようにも否定の材料がないスニフは、その追及と同じくらい不確かで曖昧な反論をすることしかできない。だがそれは、悪足掻きにしか映らない。

 

 「なあ・・・スニフ。そんなに否定するなら教えてくれよ。誰が犯人だってンだ?」

 「そ、それは・・・」

 「雷堂君。ちょっと待って。これじゃ、もしスニフ君が犯人だったとしてもおかしいよ」

 「は?おかしい?何がおかしいんだよ。犯行と犯人の正体を暴くのが学級裁判だろ?スニフが犯人なんだったら何にも間違ってないだろ」

 「そんなの、たまたま犯人を当てただけなのと一緒だよ。こんなの推理でもなんでもない。ただの弱い者いじめだよ!」

 「おいおい何言ってんだよ研前?確かにスニフがやったって物的証拠はないかも知れないけど、状況的にそれ以外に可能性が──」

 「冷静になって・・・!お願いだから・・・!」

 

 

 反論ショーダウン

 「極の体質を知るチャンスのあったヤツは何人かいる。俺だってその一人だ。だけど、俺も正地も下越も、極の体のことを正確には理解してなかった」

 「けど荒川が遺したこの診断書があれば、極の体のことが隅々まで分かる。これを見た納見とスニフになら、それができたんだ」

 「だけど納見は農耕エリアのアルコール通路を突破できない。だから犯行は不可能なんだ」

 

 「そこまでの推理にはだいたい賛成だよ。だけど、スニフ君が診断書を見たなんて証拠はどこにもないでしょ?」

 「一番肝心なところが推測に頼ってるんじゃ、信じたくても信じられないよ!」

 「どうしてそんな無茶苦茶な推理をするの?強引にスニフ君を犯人だってして、何が分かるの!?」

 

 「お前こそどうしたんだよ研前?なんで根拠もないのにスニフを庇うんだ?

 「雷堂君が根拠もないのに疑ってるからだよ」

 「根拠なら今説明しただろ?」

 「説明になっていないってば!」

 「スニフ以外には不可能だった。だからスニフが犯人だ!これのどこが説明になってないってンだよ!」

 「だったら私はどうなの!?スニフ君以外に不可能だって言うなら、私には不可能だって理由を説明してよ!」

 「お前、自分が何言ってンのか分かってンのか?バカなこと言ってんじゃねェよ!」

 「だっておかしいでしょ!説明してよ!」

 「実際に犯行可能で、しかも極がアレルギー持ってるってことを知る可能性があったのはスニフしかいねェだろォが!!」

 「──ッ!!」


 続く研前の言葉は遮られた。それは雷堂の言葉ではなく、他の誰かの言葉でもなく、モノクマでもない。ごく単純で短い、聞き慣れた電子音によって。

 

 「・・・・・・は?

 

 全員が、自分のモノモノウォッチを見る。電子音がする箇所など、この場ではそれしかない。そこに表示されたモノが意味することは。理解できた。だからこそ意味が分からない。なぜ今、()()が表示されているのか。

 

 モノモノウォッチの画面に浮かぶ、セグメントで表された数字。これが意味することは1つ。たった今、誰かの『弱み』が告白されたことを意味していた。

 

 「・・・今、鳴ったよな?」

 「な、なんで?なんで今鳴ったの?」

 「そりゃあ、誰かが言ったんだろお?誰かの『弱み』をさあ」

 「え・・・でもいま、ワタルさんとこなたさんしかしゃべってなかったですけど・・・」

 「だったらあ、その二人のどちらかが言ったってことにい、なるよねえ?」

 「・・・ッ!」

 

 

 『弱みを告白したのは?』

 人物指名

  スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶雷堂航


 「ワタルさん・・・ですよね?」

 「発言的に、雷堂くんとしか思えないけど・・・どの部分が『弱み』だったの・・・?」

 「お、おい雷堂!いま言ったこと、そのまま繰り返してみろ!」

 「えっ・・・!?い、いや・・・!」

 「・・・ら、雷堂君・・・?ウ、ウソでしょ・・・!?」

 「・・・!」

 

 突き刺さるような視線を浴びていることに気付き、雷堂は言葉に詰まる。抑え込みたくても勝手に汗は噴き出し、こめかみから顎先へ伝う。

 

 「どうしたの雷堂くん・・・?今言ったことを繰り返して。それだけでいいのよ・・・!」

 「できないのかい?」

 「・・・おっ・・・おいおい・・・!お前らそんな怖い顔して・・・早とちり、してんのか?落ち着けよ」

 「何、言ってるの・・・?」

 「俺が『弱み』を打ち明けたって、なんで言い切れるんだよ・・・?研前が言ったのかも知れないじゃんか・・・?」

 「なら、こなたさん、さっき言ったこと、Repeat(繰り返す)してください」

 「え・・・。わ、私に犯行が不可能だったことを説明して。説明できないの?って言ったけど・・・」

 「う〜ん、『弱み』っぽい部分はないように聞──」

 「何言ってんだ?」

 

 スニフに頼まれて、困惑しながらも研前は言われた通りに、自分の発言を繰り返す。その言葉はいずれも雷堂に向けられたもので、誰かの『弱み』となるような内容も言い回しもない。それを確認しようとする納見の言葉を、雷堂が強い語気で遮った。

 

 「極の『弱み』だったらさっきみんなに教えただろ?忘れたのかよ?」

 

 自分にかかる容疑をなんとも思っていない軽薄な笑みにも見える。動揺を悟られまいと取り繕うぎこちない作り笑いにも見える。困惑している周りに冷静さを取り戻させようと安心させる微笑みにも見える。曖昧な色の笑顔のまま、雷堂が言う。

 

 「その時にだって電子音が鳴ってたじゃんか。だったら俺が『弱み』を打ち明けたのはそのタイミングで間違いないだろ?」

 「なぁ雷堂」

 「何かの間違いだって。誰か無意識に、ヘンなとこ触ったりしたんじゃないか?」

 「いま誰も、打ち明けられたのが極の『弱み』だなんて言ってねえだろ」

 

 短く、しかし突き刺すような下越の言葉に、雷堂の表情が引き攣る。しかしまたすぐにさっきまでの表情に戻る。

 

 「・・・ははっ。下越、なんだそれ?俺のこと追い詰めてるつもりか?自分がついさっき何て言ったかくらい覚えてるに決まってンだろ。自分の発言振り返ってみたら、極の『弱み』打ち明けてるような言い方になってたって、反省っつうか、そう感じただけだよ」

 「ワ、ワタルさん・・・そんなんじゃ、ボクAccept(納得する)できないですよ」

 「黙ってろよスニフ。分かってンのか?いまお前が一番怪しいんだからな?」

 「・・・That's wrong(それは違います)、ワタルさん」

 「?」

 「いま、一番あやしいのは・・・ワタルさんです」

 

 スニフの言葉を聞いて、雷堂は改めて裁判場を見渡す。もはや今、疑いの視線を向けられているのは自分一人だった。研前ですら、どうすればいいか分からず困ったような顔で雷堂を見ている。スニフの容疑が晴れたと同時に、誰かに強い容疑がかかる。素直に受け入れるには残酷過ぎる事実に、俯きたくなるのは研前だけではなかった。

 

 「ワタルさんが言ってる、レイカさんの『Weak point(弱み)』言ったときのワタルさんのことば、ボクおぼえてます。こう言いました?」

 

 ───────────────

 「極の『弱み』は・・・さっき、えっと、と、研前が言ったように・・・やくざと深い繋がりがあるってことだ」

 「やっぱりそうかあ。ふぅん、いざ確定してもお、極氏が危険人物とは思えないねえ」

 「俺だってそう思ってたし、今だってそうだ。だけどあの荒川や虚戈が殺人を犯したり、それを唆すようなことをしてたんだぞ・・・!誰が何考えてるかなんて分からないじゃんか・・・!だから、このことを知って極も危険だって判断するのも、分からなくはないって・・・思う」

 ───────────────

 

 「・・・ワタルさん」

 

 その時の雷堂や、それを聞いた他の人物の言葉やリアクションを思いだしながら説明するスニフ。そして、発言内容を一通り浚ったところで、スニフは遠慮がちに問う。

 

 「このとき、ワタルさんがボクたちに言った『Weak point(弱み)』は・・・マイムさんのですか?」

 「・・・ッ!!」

 「こ、虚戈?なんで虚戈の名前が出てくるんだ?」

 「ボクのPredict(予測)ですけど・・・ワタルさんがFirst time(最初)で言ったレイカさんの『Weak point(弱み)』はDummy(ダミー)です。そのあとに他のだれかの『Weak point(弱み)』言って、ボクたちをDeceive(騙す)したんじゃないですか?」

 「ああ、なるほどねえ。『あの荒川や“虚戈が殺人を犯した”り』って部分にい、虚戈氏の『弱み』を紛れ込ませてるって言いたいわけかあ」

 「だけど・・・な、なんでそんなことを?」

 「・・・ワタルさんが、レイカさんのホントの『Weak point(弱み)』を知らないってことにしたかったからです」

 「本当の『弱み』・・・それって、もしかして・・・?」

 「Allergy(アレルギー)のことです」

 

 先程までと立場がまるで逆転してしまった。強い言葉でスニフを糾弾していた雷堂は、いま拙い言葉でスニフに糾弾されている。そこに反論の余地はなく、異論を挟む余裕もない。固く口を結んで、鋭い視線をスニフに飛ばす。

 

 「そりゃつまり・・・雷堂は極のアレルギーのことを知ってたってことか?」

 「はい。レイカさんの『Weak point(弱み)』がAllergy(アレルギー)だってことを知ってた・・・レイカさんからきいたんです。ちがいますか?ワタルさん」

 「・・・ははっ。バレちまったか」

 

 意を決して雷堂に直接声をかけたスニフだが、雷堂のリアクションは思いの外あっさりしている。それどころか、緊張の色を帯ながらも、スニフの推理を軽く笑ってさえいた。

 

 「まあそういう目されても仕方ないよな。ああ、スニフの言う通りだ」

 「・・・だったらなんでそんなに軽々しいのよ」

 「極のアレルギーの話になったときに、ちょっと迷ったんだ。正直に俺の知ってる『弱み』を伝えるべきかって。その時も言ったけど、極への後ろめたさとかもあるし。だからつい誤魔化しちまって、そのあと()()()()虚戈の『弱み』を言っちまって、ややこしくさせちまったんだな。わりィわりィ」

 「そんなこと言わないでよ・・・」

 「良いことじゃないってのは認めるけど、まさかそれだけで犯人扱いなんかしないよな?自分が不利になるって分かってて正直に全部話すなんてこと、普通できねェって。誤魔化すのが人間だろ。俺はスニフや星砂みたいに自分の潔白を証明するような論理を作ってから正直に話すなんて、そんな器用なマネできねェからさ」

 「もう、しゃべらないでよ・・・!」

 「そもそも極のアレルギーのことを知ってたとしたって、実際に俺がやったって証拠はないじゃんか。さっきまで言ってたみたいにスニフにだってそのことを知るチャンスはあったわけだし、もっと言えば納見もアルコールさえクリアすりゃァ犯行は可能だろ?」

 「自分が言ってること、無茶苦茶だって分からないの・・・?アレルギーの話をしたのは極さんの『弱み』の話の後だったんだよ?消毒用通路を避けて農耕エリアには入れないんだよ?お願いだから・・・これ以上、幻滅させないでよ・・・!」

 

 か細い、泣きそうな声で研前が言う。不埒な笑みを浮かべながら長々と薄っぺらい自己弁護を垂れ流す雷堂は、その反論に対しては何も応えない。それでも、そこで発言が止まったところを見るに、今の研前の一言は決定的なものになったようだ。

 

 「でも・・・スニフも同じだろ」

 「少なくともスニフ君は『弱み』に関して嘘を吐いてないよ・・・」

 

 研前が潤んだ目でスニフに目配せする。雷堂はもう何もせず、何も言わない。これは合図だった。たった1つの発言、たった1つの失敗によって覆しようがなくなった疑惑。否定する根拠もなく、物的証拠もない。だがもはやそんなものが必要ないほどに、雷堂の犯行は明白だった。

 それを改めて明らかに、突きつけてやろうと、スニフは裁判の全てを思い返す。暗闇の中を手探りで歩くような先の見えない裁判に、ケリを付ける。

 

 

 クライマックス推理

 Act.1

 This case(今回の事件)は、はじまりはずっとずっとまえでした。モノクマがボクたちにわたしたThird motive(3つめの動機)です。ボクたちは自分の『Weak point(弱み)』を言わなくちゃいけませんでした。そのときに犯人(クロ)は、This crime(今回の犯行)Hint(ヒント)Get(手に入れる)してたんです。それは、レイカさんのAllergy(アレルギー)についてです。レイカさんは、Bee venom(蜂毒)にたいしてAnaphylaxis(アナフィラキシー)をおこすくらいのAllergy(アレルギー)をもってて、それがレイカさんにとっての『Weak point(弱み)』だったんです。

 

 Act.2

 レイカさんのAllergy(アレルギー)のことをしってからClass trial(学級裁判)Twice(2回)のあと、犯人(クロ)はうごきはじめました。あたらしくOpen(開放する)したThe farming area(農耕エリア)Disinfection passage(消毒用通路)をりようして、レイカさんをKill(殺す)するPlan(計画)を立てました。

 The farming area(農耕エリア)に入るまえにかならずとおるDisinfection passage(消毒用通路)Spray(吹きかける)するAlcohol(アルコール)に、Bee venom(蜂毒)をまぜたんです。そうすれば、レイカさんがそこをとおるだけで、レイカさんにしかきかないPoison()をまくことができます。

 

 Act.3

 Midnight(真夜中)のうちに犯人(クロ)は、The farming area(農耕エリア)Lodge(ロッジ)まで行ってBee venom(蜂毒)をもってきました。Disinfection passage(消毒用通路)Alcohol(アルコール)は、ちかくのUnderground(地面の下)にかくしてあったTank(タンク)に入ってますから、そこにBee venom(蜂毒)をまぜるだけでいいんです。犯人(クロ)は、モノクマがReplenish(補給する)してるのを見て、それをしってました。

 レイカさんはいつもThe faming area(農耕エリア)でテルジさんのHarvest(収穫する)するのをてつだってましたから、レイカさんをねらうのはかんたんだったんです。

 

 

 Tank(タンク)Bee venom(蜂毒)をまぜるだけ、たったそれだけで、犯人(クロ)はレイカさんにとってUnavoidable trap(不可避の罠)をしかけたんです。たったそれだけだから、ボクたちはDefinitive evidence(決定的な証拠)を見せることはできないです。でもあなたは、うっかりボクたちにおしえてしまいました。レイカさんのホントの『Weak point(弱み)』を。

 だから・・・どうかこれでConsent(納得する)してください。もうこんなひどいTrial(裁判)はおわりにさせてください・・・!

 

 

 ワタルさん・・・!

 

【挿絵表示】

 


 今にも消え入りそうな、それでも確信を持って話すスニフに、誰一人反応を示さない。全てを突きつけるように頼んだ研前も、糾弾されている雷堂も、それ以外の誰も。それでも裁判場の雰囲気はほぼ既に、スニフの推理に賛同することで確定していた。それを感じ取っていた雷堂は、何を思うのか足下を見つめていた。誰ともその視線を合わせないまま、空を見上げる。

 

 「・・・いいんだ」

 「え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「テメェら全員、死んじまえばいいんだ」


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:6人

 

【挿絵表示】

 




いや〜長くなってしまいましたねえ〜。
結構前に書き上がってたんですが、スチル書くのが遅くなってしまったんです。
例の如くトレスですが、工夫はしてみました。


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おしおき編

 

 Fanfare(ファンファーレ)はただうるさいだけで、Confetti(紙吹雪)はかおにくっついてきもちわるい。モノクマのLaughter(笑い声)をあびながら、ワタルさんは何も言わないで空を見上げていた。さっきからずっと立ったままだ。1つたりないVotes(投票数)だけど、そんなものでひっくりかえるようなConclusion(結論)じゃなかった。

 

 「うぷぷのぷー!大大大大だいせいかーーーーい!!“超高校級の彫師”極麗華サンを毒殺、いや病殺した犯人は、そんな極サンの一番近くにいた“超高校級のパイロット”雷堂航クンだったのでしたー!!いや〜、途中まで雷堂クンの勝利を確信してたけど、最後の最後で詰めが甘いんだなあ。何が起こるか分からない、これぞ人生だよね!」

 

 モノクマは明らかにワタルさんをバカにしてた。それでも、そのワタルさんのMiss(ミス)のおかげで、ボクたちは|Truth >真実]]にたどりつくことができた。もしワタルさんがさいごまでレイカさんのホントの『[[rb:Weak point《弱み》』を言わないでいたら・・・きっとこのClass trial(学級裁判)は、True reverse(真逆)Result(結果)になってたはずだ。ボクたちは、たまたまTruth(真実)を知れただけだ。

 

 「投票には負けたけど、最後の最後まで攪乱し続けたって意味では、雷堂クンの勝利って言っていいんじゃないかな?試合に負けて勝負に勝つ的な?ま、どうでもいっかそんなこと!どうせ雷堂クンは今日のランチも食べられないんだからさ!」

 

 だれも何もしゃべれない。モノクマだけが、ひとりでしゃべりつづける。なんて言えばいいか分からない。ボクたちは何を言うべきだろう。何をワタルさんにきくべきだろう。

 どうしてレイカさんをKill(殺す)しようとおもったのか。いつからボクたちをBetray(裏切る)してたのか。今まで見せてたワタルさんは、ぜんぶウソなのか。かんがえればかんがえるほど、分からなくなる。

 

 「マジかよ・・・!テメエ、雷堂・・・!今の全部・・・マジだってのかよ・・・!」

 「・・・ああ」

 「テメエが極を殺したのかよ・・・!オレらを裏切って・・・ずっとオレらを騙してたのかよ!」

 「そうだ。ついでに言やァ二度目のルーレット回したのも俺だ。外の世界の情報が欲しかったからな」

 「そんな時からおれたちを裏切ってたんだねえ」

 

 テルジさんとヤスイチさんが、ワタルさんをBlame(責める)する。だけどボクたちがききたいのはそんなことじゃない。ボクたちが知りたいのはそんな小さいことじゃない。

 

 「・・・ねえ、どうしてよ」

 

 ボクたちのかかえるQuestion(疑問)を言葉にしてくれたのは、こなたさんだった。

 

 「どうして・・・?雷堂君・・・どうしてなの・・・?」

 「はあ・・・どうしてもこうしてもねェだろ。自分の胸に手ェ当てて考えてみろよ。俺らが殺される理由なんて、掃いて捨てるほどあンだろうが」

 

 その言葉はボクに向けられた言葉じゃない。空に向かって、だけどこなたさんの言葉へのReply(返事)としてなげられた。それなのに、ボクはこわくなった。ワタルさんの言葉づかいとか、ふんいきとか、そういうのが、ボクの知ってるワタルさんのものとぜんぜんちがうからだ。

 

 「うん?意味が分からないねえ。殺される理由って何だい?」

 「とぼけるんじゃねェ。ついさっきまでもそんな話してただろ。そっから考えりゃ誰だって分かる。白々しいマネすんじゃねェよ」

 「さっぱり分からないんだけど・・・」

 

 ワタルさんが何を言ってるのか、ボクたちにはぜんぜん分からない。ボクたちがKill(殺す)されるりゆうってなんだ?なんでワタルさんは、犯人(クロ)だってバレたのに、こんなにStrong(強気)にしゃべれるんだろう。ワタルさんは何に気付いてるんだろう。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「俺ら全員、“超高校級の絶望”だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 「・・・へ?」

 

 ワタルさんが言ったことをUnderstand(理解する)するのに、ボクはA minute(1分)はかかったかもしれない。Difficult(難しい)すぎることはない。だけどあたまがそれをUnderstand(理解する)のをRefuse(拒む)してるようで、ボクはワタルさんが何を言ってるか分からなかった。

 

 「さっきの裁判でもそうだ。このモノクマランドのあちこちにそういうヒントがあった。ここは“超高校級の絶望”のアジトだ。そんで俺らしかいない。だったら、俺たちが“超高校級の絶望”って結論になンだろ普通?」

 「いやさすがにそりゃブッ飛びすぎだろ!」

 「ボクたち、モノクマにAbduct(拉致する)されてきました!“Ultimate despair(超高校級の絶望)”いたとしても、ボクたちじゃないです!」

 「だったらあれはどう説明すンだよ?モノクマが俺らに配った、あの写真は」

 「写真?なんだそりゃ?」

 

 ワタルさんが言うThe photograph(写真)がなんのことか、ボクたちはわかったけど、テルジさんだけはくびをかたむけてた。マイムさんがKill(殺す)されるまえ、モノクマがボクたちにくばったFourth motive(第4の動機)だ。それぞれのThe Labo(“才能”研究室)Open(開放する)のと、モノクマランドですごしているけど、だれもおぼえてないボクたちのPhotographs(写真の数々)。モノクマがForge(捏造する)したんだと思って気にしないようにしてたけど、やぱりそれじゃConsent(納得する)するのはできなかった。

 

 「あれがモノクマの捏造だって言うつもりか?バカかよ。ンなことしだしたらなんでもありだぞ?モノクマの性格はテメェらだって分かってンだろ。どうしようもない事実なんだよ、その写真は。だから絶望的なんだ」

 「事実って・・・だけどこんなことした覚えないわ・・・!」

 「だから忘れてんだろ。忘れさせられてんだ、モノクマに。記憶を消されてんだよ。俺らはここで既に暮らしてた。その時点で“絶望”かどうかは知らねェけど、少なくとも俺らがモノクマランドに来たのはついこの間じゃねェってこった」

 「・・・」

 

 なんだかMysterious(不思議な)だったけど、Persuasive(説得力がある)にきこえた。モノクマがウソをつかってMotive(動機)をつくってボクたちにコロシアイをさせるっていうのは、ワタルさんが言うとおり、あんまりPossibility(可能性)はない。それをしちゃったら、そのあとモノクマがくばるMotive(動機)Meaningless(意味がない)になっちゃうからだ。ウソじゃないからこそ、あれはボクたちをBother(悩ませる)する。

 

 「おい雷堂」

 「ンだよ」

 「オレにはその写真がどうこうって話はさっぱり分からねえけど、オレらがここで記憶にねえ何日だか何ヶ月だかを過ごしてたとしよう。そんでもってお前がその写真で、オレらが“超高校級の絶望”ってヤツだと思い込んだとしよう。だからっつって、なんで極を殺す理由になるんだ?」

 「そ、そうですよ!もしボクたちが“Ultimate despair(超高校級の絶望)”でも、レイカさんはボクたちになんにもしなかったじゃないですか!それにワタルさんも“Ultimate despair(超高校級の絶望)”なんだったら、Ally(味方)じゃないんですか?だったら・・・!」

 「はあ・・・なンも分かってねェなお前ら。味方だと?“絶望”にそんなもん意味があると思ってンのか?」

 「君は分かってるっていうのかい?」

 「当然だろ。世界を破壊するテロ集団だぞ?絶望だなんだって殺人だってやるヤツらだぞ?身勝手で独り善がりで我が侭で自己中なヤツらだぞ?味方だろうが家族だろうが、絶望のために殺すヤツらに決まってンだろ」

 「・・・まるで、見てきたみたいね」

 「コロシアイ祈念館に行きゃァだいたい分かるぞ」

 

 Looks so dead(生気を感じられない目)で、ワタルさんがボクたちにAnswer(答える)する。だけど、テルジさんのQuestion(質問)Postpone(後回しにする)されている。どうしてレイカさんをKill(殺す)したのか。それをきいたからって、ボクたちはきっとワタルさんのしたことにAgree(肯定する)することなんてしないし、レイカさんがしんだことをConsent(納得する)なんてしないんだろう。それでも、きかなくちゃいけない気がした。わからないままおわらせちゃいけないとおもった。

 

 「オレの質問に答えろよ」

 「・・・あいつが一番確実に、“超高校級の絶望”だって言えるからだ」

 「ど、どういうこと・・・?“超高校級の絶望”って言えるからって・・・意味が分からないんだけど。だって、私たちはあのルーレットではじめてその存在を知ったはずでしょう?」

 「だからなんだよ。ヒントはたくさんあっただろ」

 「ヒント・・・?」

 

 ワタルさんは自分のあたまをゆびさして、ボクたちをバカにするみたいに言った。Hint(ヒント)って、ボクたちが“Ultimate despair(超高校級の絶望)”だっていうことの?ボクはワタルさんの次の言葉をまった。

 

 「真相ルーレットで言ってただろ?“超高校級の絶望”はまだどっかに潜んでっかも知れねェって。このモノクマランドは絶海の孤島なんだろ?身を隠すのに打って付けじゃんか。モノクマだって、その“絶望”のシンボルみたいなヤツだ。ミュージアムエリアの博物館に、でっけェ女の像があっただろ。知ってっか?あれが“超高校級の絶望”のボス、江ノ島盾子なんだぜ?他の誰も出入りできねェようなところで、“超高校級の絶望”に関するモンがこんだけある。俺らが“絶望”だって以外にどう説明するってンだ?」

 「うぅん・・・そりゃあ早計じゃあないかい?おれたちがその“絶望”に拉致された高校生だっていう説を否定する根拠にはなり得ないと思うけどお?」

 「俺も途中まではそう思ってたけどなァ・・・けどそれもねェよ。俺らは紛れもなく、このモノクマランドで記憶にねェ時間を過ごしてンだからよ。それに、化けの皮が剥がれてきたヤツもいたしな」

 「ば、ばけのかわ・・・?誰のこと・・・?」

 「荒川だよ」

 

 急にエルリさんの名前が出て来て、ボクはますますわけわかんなくなった。あのHuge statue(ドデカい彫像)とか、The photographs(写真)とか、ワタルさんはそれが、ボクたちが“Ultimate despair(超高校級の絶望)”ってことのHint(ヒント)だって言う。だけどもそれじゃまだ分からない。

 

 「あいつが最後に言ってただろ。殺し合え、ここを出ろって」

 「そ、それがなんだよ・・・!んなもん、モノクマがテキトーにでっち上げただけの──!」

 「じゃあ荒川はなんであんな必死になってこんなメッセージを遺した?それは、どうしても伝えなきゃいけねェことだったからじゃねェのか?」

 「・・・!」

 

 まだテルジさんがしゃべってたのに、ワタルさんがおっきな声でそれをかきけした。テルジさんは言葉をなくして、くやしそうにだまる。

 

 「殺し合えってのはそのまま、このコロシアイを続けろってことだ。そうすりゃ、誰かが“絶望”だった頃を思い出して、自分たちの思想を復活させられるからな。そしてここを出ろってのは、そうやって勝ち残った“絶望”が外の世界に出ることだ。あいつは・・・荒川はこう言いたかったんだよ。殺し合って“超高校級の絶望”だった頃を思い出せ、そして外に出て“絶望”の思想を世界中にバラ撒け、ってな」

 「そ、そんなこと──」

 「お前に否定できんのか?お前は荒川の頭ン中全部のぞいたってのかよ?」

 

 ワタルさんは、ボクたちにしゃべらせてくれない。Deny(否定する)しようとしても、そのまえにワタルさんはボクたちのIdea(考え)をおしつぶす。エルリさんの言葉もMuseum(博物館)にあったHuge statue(ドデカい彫像)も、ボクらが“Ultimate despair(超高校級の絶望)”だっていうEvidence(証拠)だっていう。

 

 「だとしても・・・それが極さんを殺す理由になる?私たちみんなが“超高校級の絶望”だったとして、どうして極さんが一番確実に“絶望”だって言えるの」

 「・・・正地と研前は、あいつの検死したんだろ?なんで気付かねェんだ?」

 「え・・・?」

 「モノクマが寄越した写真に写ってただろ。水着姿の極が」

 「確かに写ってるけどお、それがなんだい?」

 「・・・こいつの、腿のとこ見てみろ」

 「んなっ・・・!?んだこりゃ!?」

 

 モノモノウォッチに出てきたのは、ボクたちが見たPhotograph(写真)で、テルジさんがはじめて見るものだった。Swimsuit(水着)でなかよさそうに歩くレイカさんとマナミさん、そのうしろでテルジさんはFried noodles(焼きそば)を作ってた。

 ちょっとレイカさんにはわるいけど、ワタルさんが言うとおりにレイカさんのThigh()をじっと見る。Photograph(写真)Expanding(拡大する)してみた。あんまりじろじろ見るのは、ただのPhotograph(写真)でもなんだかはずかしい。

 

 「あっ・・・?これ、なに?」

 「正地さん、何か見つけたの?」

 「この、水着にほとんど隠れて見えないけど・・・少しだけはみ出してるの・・・これ、タトゥー?」

 

 セーラさんがそれ見つけたところを、ボクたちも見てみる。レイカさんのSwimsuit(水着)の下からちょこっとだけ見えてるのは、きっとHeart(ハート)Tatoo(刺青)だ。それだけしか分からない。だけど、それだけで十分だった。

 

 「この写真の極には、腿のところにタトゥーがあンだよ。けど、()()()にはなかった」

 「なかったって・・・お前いつの間にそんなもん見たんだよ!こんなもん素っ裸にでもならねえと見えねえぞ!」

 「だから素っ裸のところを見たんだよ。事故だけどな。けどそこで確信した。あいつは、この写真に写ってる極とは違う。タトゥーを傷もなくきれいさっぱり消すなんて、不可能だろ?」

 「・・・え、それだけ?タトゥーがなかったからって・・・それだけで極さんが“超高校級の絶望”だって言うの?」

 「十分な根拠だろ。少なくともあいつは、俺たちとは違う。写真の中の俺たちと今の俺たちは同じだが、極だけは確実に違う。これ以上ねェほど疑わしいじゃねェか」

 「そ、そんな・・・そんなのAccusation(言いがかり)じゃないですか!レイカさんなんにもわるいことしてないです!“Ultimate despair(超高校級の絶望)”だなんて、言い切れないじゃないですか!」

 「いンだよ。言いがかりでも言い切れなくても。それであいつを殺して、ここにいるお前ら全員消せば、それで“超高校級の絶望”の可能性を潰せンだろ」

 「It's absurd(無茶苦茶だ)・・・」

 

 言うつもりはなかったのに、気付いたらボクは口に出してた。だって、ホントにAbsurd(無茶苦茶)だったから。ワタルさんのClaim(主張)はどれもこれもUnfounded(無根拠)で、Self-interpretation(自分勝手な解釈)をしてる。それをDeny(否定する)することはできないけれど、だからってMurder(殺人)までするなんて、何がワタルさんをそこまでさせたんだろう。

 

 「納得・・・できるかよ・・・!」

 「あ?」

 「そんなんで納得なんかできるかよ!結局テメエは、自分一人で推理して自分一人で結論出して、極もオレらも巻き込んで勝手な理屈並べてるだけだろうが!何様のつもりだ!」

 「下越氏の言う通りだよお。たとえおれたちが過去“超高校級の絶望”だったとしてもお、今は記憶を失ってるんだろお?それならわざわざ殲滅させる意味なんかないと思うけどお?」

 「だっから・・・分かんねェヤツらだな。ダメなんだよ。“絶望”は。存在しちゃいけねェんだ。この世のガンなんだよ。そうでなきゃ、“絶望”を殺しまくったヤツらが英雄なんて呼ばれるわけねェだろ?」

 「え・・・?英雄?誰が?」

 「お前らホントに何にも見てねェんだな。真相ルーレットで出ただろ。未来機関ってヤツが」

 

 そんなものもあった気がする。The Future Foundation(未来機関)がなんなのか、ナエギマコトさんやムナカタキョウスケさんがどんな人なのかも分からない。どうしてHero(英雄)なんて呼ばれてるのかも分からない。なのに、どうしてワタルさんはそこまでしんじられるんだろう。

 

 「少なくとも未来機関は、今この世界では正義だ。その未来機関の英雄だっつう苗木や宗方ってヤツらは、“絶望”を殺しまくって英雄になった。だから俺も同じことをする。分かるか?」

 

 まだ何がなんだか分からないボクたちに、ワタルさんはそうまとめる。The Future Foundation(未来機関)が“Ultimate despair(超高校級の絶望)”をDestroy(虐殺する)したから、自分もそうしたって。

 

 「・・・?つまるところお・・・雷堂氏は、“英雄”になりたかったのかい?」

 

 ヤスイチさんのQuestion(問いかけ)に、ワタルさんは何も言わなかった。だけど、自分のモノモノウォッチをボクたちに見えるようにした。そのScreen(画面)には、みじかいSentence(文章)だけがIndicate(表示する)してあった。

 

 

 『雷堂航は、英雄ではない』

 

 

 またあの音がした。ボクらのモノモノウォッチのCount(カウント)が1つあがって、ボクたちがたったいま目にしたものがワタルさんの『Weak point(弱み)』だっていうことをおしえてくれた。ワタルさんはHero(英雄)じゃない、それだけじゃなんのことか分からなかった。

 

 「そうだよ。俺は、英雄なんかじゃない。英雄なんて呼ばれるような人間じゃなかった。だから英雄になるために・・・極を殺したんだよ」

 

 さっきまでLethargic(無気力な)なかおをしてたワタルさんが、今はすごくするどい目をしていた。

 

 「俺たち“超高校級の絶望”は、外の世界じゃ生きていけねェんだよ。未来機関が殺そうと探し回ってンだよ。だから今のままじゃ俺はどうやったって英雄になんかなれねェ。けど俺が“超高校級の絶望”を殲滅したらどうなる?俺以外の“絶望”を全員ぶっ殺して、その上でここを出て未来機関に入るんだ!そしたら・・・俺も英雄になれンだろ?俺はこの世から“超高校級の絶望”を消し去ったんだ!本物の英雄になれンだよ!」

 「・・・いやあ、普通に逮捕されるかあ、最悪処刑だと思うけどお」

 「それでもいい。“超高校級の絶望”を殺しまくったのは事実だ。苗木や宗方と同じように、俺も未来機関の英雄として名前が遺ンだったらな」

 「な、なんでそこまで・・・英雄にこだわるの・・・?雷堂くんは、英雄って呼ばれてるじゃないの・・・?」

 「そうですよ!もうHero(英雄)なんですから、どうしてレイカさんをKill(殺す)してまで・・・!」

 「うぷぷぷ!ちがうちがう!雷堂クンは英雄なんかじゃないんだよ!オマエラの目は節穴かァーッ!」

 「どういうことなの・・・?」

 

 モノクマがGrinning(にやにや笑い)しながら口をはさんでくる。ワタルさんがHero(英雄)じゃないって言われても、いみが分からない。

 

 「雷堂クンと言えば、コナミ川の奇跡という事件が有名ですね!ハイジャック犯に襲われた旅客機を川に不時着させ、一人の犠牲者も出さずに事態を収めたという英雄的事件!う〜ん素晴らしい!たくさんの人の命を救った、まさに英雄的行為ですね!もしそれが、真実なら・・・ですが!」

 「真実ならって・・・?」

 「うぷぷぷぷ!どうしようかな〜?言ってあげてもいいけど言わないままもいいな〜。ちらっちらっ」

 「・・・なんだよそれ。言わないでくれってのを期待してたのか?もうどうでもいいよ。ここで隠したって、どっちみちこいつらにとって俺はもう英雄じゃねェ」

 「っかあーーーっ!!つまんねー男だなお前はホントに!!どうでもいいってのが一番困るんだよ!!言わないなら言わないで往生際悪く、生き汚く抵抗しろよ!!言うなら言うで自分のしたことを誇らしげに、高らかに宣えよ!!言うも言わないも他人任せで、そんな空っぽの顔されたら対処に一番困るんだよ!!」

 「なんでテメェがキレてんだよ・・・どうせ俺はもう終わりだろ?たった5人のヤツらに、それも“超高校級の絶望”になんて思われたって、そんなことどうでもいいんだよ。少なくとも外の世界じゃ、俺はまだ英雄だろうしな」

 「それじゃあ、ボクがこの後、その真実を全世界に公表するって言ったら?」

 「・・・あぁ、そりゃ少しキツいな。でももう一緒か」

 「とことんつまんねーヤツ!!」

 

 Lethargic(気怠げ)なワタルさんと、Excited(興奮している)なモノクマのTalk(会話)に、ボクたちは入っていけなかった。なにもかもどうでもよくなったワタルさんと、中指を立てておこるモノクマが、なんだかStrange(奇妙な)だった。ワタルさんはこのあと、自分がどうなるか分かってる。ボクたちもモノクマも分かってる。それなのに、ちっともこわがってるようには見えない。

 

 「な・・・これで分かったろ」

 

 大きくSigh(ため息を吐く)して、ワタルさんが言う。だれにむけた言葉か分からないから、ボクたちはみんな、次にワタルさんが何を言うのか、Nervous(緊張して)になってきく。

 

 「俺は英雄じゃねェ・・・英雄になるために人を殺せるヤツだった。それが俺の本性だった。分かりやすいだろ?」

 

 どうしてそこまでワタルさんはHero(英雄)Concerne(こだわっている)なのか。Miracles of the Conami River(コナミ川の奇跡)Truth(真実)ってなんなのか。それにボクたちやこのモノクマランドのこと・・・分からないことがありすぎる。なんにも分かりやすいことなんてなかった。

 

 「ってわけだ、モノクマ」

 「ってわけだ、じゃねーよ!!ホンット最後の最後まで雷堂クンってつまんねーヤツだな!!あーあ!!もうこれ以上つまんねーヤツに費やす時間がもったいないよ!!やることやっちゃいましょうかね!!」

 「えっ!?ちょ、ちょっと待って・・・!」

 「なんだよ。まだなんかあんのかよ?」

 「あのっ・・・!あっ・・・!

 「うぷぷぷぷ!今回は!“超高校級のパイロット”雷堂航クンのためにィ!スペッシャルなおしおきを用意しました!せめて最後はつまらなくなくしてね!」

 

 おもわず声をあげたこなたさんに、ワタルさんがつまらなさそうに声をかける。モノクマはもうToy hummer(おもちゃのハンマー)をふりあげて、目の前に出てきたButton(ボタン)を叩こうとしてる。きっとこなたさんが止めてと言っても、止めないんだろう。

 

 「ああ。そういやァまだ“返事”してなかったっけか・・・今更って感じだけどな」

 「えぁっ・・・ち、が・・・!」

 「それでは!張り切っていきましょーーう!!おしおきターーーーーーーーッイム!!」

 

 となりにいるこなたさんに、ワタルさんはそっとConfront(向き合う)した。ボクの方からだと何をしてるか、よく見えない。だけど少しだけ見えたワタルさんのかおは・・・さっきまでのLethargic(無気力な)なのとちがって、とってもGentle(穏やかな)だった。

 

 「意外だったのはマジだぜ。それに・・・嬉しかったなァ・・・」

 「あっ・・・!!」

 

 くびにChain()がからみつく。手も足も、どこからかとびでてきたChain()にからみつかれる。そのときまで、ワタルさんはGentle smile(穏やかな笑顔)をくずさなかった。つれて行かれるワタルさんに手をのばしたこなたさんは、つまづいてころんだ。もう、ワタルさんがどんなかおをしてるか、見えなくなってしまった。


 見上げれば反り返ってしまうほど高い支柱に、鋼鉄製の巨体がぶら下がっていた。それは、ジャンボジェットを模したペンデュラムマシーンだった。かなり縮小されてアトラクションとして収まるようになっているが、細部までこだわった造形は、本物と見紛うほどだった。その飛行機の脇に、雷堂航はいた。全身に絡まっていた鎖はほどかれ、しかし手には手錠をかけられていた。まとわりつくようなモノクマたちが手に持った様々な機械に全身を弄られ、雷堂は入念な検査を受けていた。

 

 身長制限は、クリア。

 危険物の持ち込みは、ない。

 脳波は、異常なし。

 犯罪歴は、重大犯罪歴あり。

 

 モニターに大きく赤いバツ印が表示される。にわかに慌ただしくなったモノクマたちは、雷堂から飛び退き緊急用と思しきレバーを押し倒す。途端にジャンボジェットが震えだし、2つの巨大エンジンが煙をあげながら鼓膜を破りそうなほど轟く。

 

 「・・・ん?うぉっ!」

 

 雷堂が何かに気付く。それを確かめる前に、警備員の格好をしたモノクマによって担ぎ上げられ、アトラクションのシートに放り投げられた。震える機体の上では視界が常に上下に揺れていて、何もしていなくても酔いそうになる。震動もさることながら眩い光と割れんばかりの騒音で、目も耳もろくに役に立たない。何かに捕まろうとしても手錠のせいで自由が利かない。

 そして、アトラクション始動のベルが鳴る。その音は、雷堂の耳に届く前に掻き消されてしまう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 唸りをあげるエンジンが噴き出す煙が炎に変わる。激しく噴き出した炎に突き動かされるように、機体は急加速で出発する。何が起きたか分からないまま、雷堂は強烈なGでシートに押しつけられる。支柱に繋がれた機体は猛スピードで弧を描き、天辺でゆるりと速度を落とし、再び加速して元の位置に戻る。

 

 「・・・ッ!!」

 

 痛いほどの音。身を焦がす熱。体を縛る重力。身を引き千切るほどの加速とともに、機体は同じ航路をひたすら回る。揺さぶられる脳が激しい痛みを訴え、目を回し、吐き気を催す。前後不覚の中でなおも与え続けられる責め苦に気を失いそうになるが、轟音がすぐさまその意識を引き戻す。

 そのとき、一際大きな揺れが雷堂を襲った。エンジンの片方から噴き出る炎に黒煙が混じり、異臭が漂う。エンジンが爆発したのだろうか。みるみる速度を落とす機体。勢いで数回転するが、いよいよその余力も消え失せていく。重力に引かれて振り子のように揺れる機体が、天辺で逆さまになって止まる。遠心力で押しつけられていた雷堂の体は、何かに掴まる暇もなくずり落ちる。

 

 「はっ・・・!?あっ・・・!?」

 

 頭から地面へ落ちる。その瞬間に理解する。落ちれば死ぬと。足下の機体は、余計な重しを捨てたせいか、再びエンジンが元の調子を取り戻す。再び激しく炎を噴き出す機体が加速していく。描く弧の先には、雷堂がいる。

 

 「・・・!」

 

 思い出した。そうだ。この景色は一度目ではない。あの夢は夢ではなかった。この処刑は、この死は、この冷たさは、既に感じたことがあった。そのことに気付いた雷堂は──

 

 「・・・ははっ、なんだよそれ」

 

 ただ、力なく笑った。脱力した肉体が機体の先端に触れそうになる。

 

 

 

 

 

 そのとき、強い横風が吹いた。機体はびくともしないが、雷堂の体が機体の脇に逸れる。数ミリ先を猛スピードで振り抜ける機体。何が起きたか理解するより先に、死ななかったという実感だけが雷堂を満たす。

 

 「はっ・・・?・・・ッ!!」

 

 記憶と違う。これはあの夢の結末ではない。戸惑う雷堂の目の前には、激しくタービンを回すエンジンが迫ってきていた。吸い込まれる空気とともに、雷堂の体はエンジンに飛び込んでいった。

 

 

 再びエンジンは激しく煙を噴き出す。そのエンジンはもはや推進力を得ることはできない。絡まった異物がタービンの回転を妨げ、機体は大きく横に揺れてバランスを失う。疲労の溜まった鉄の支柱が歪む。機体の遠心力で支柱はさらに傾く。力なく回る機体のなすがままに折れ、ひしゃげ、歪んで、倒れた。

 残ったのは、何もかも押し潰したアトラクションの残骸だけだった。それを見ていたモノクマは、頭を抱えながらくっくと笑うばかりだった。


 「エクストリィーーーーッム!!と思ったけど、なーんかイメージと違ったかな?ま、でもいっか!うぷぷぷぷ!!」

 「うぅっ・・・!」

 「・・・あぁ」

 「お、おい正地!?スニフ!?」

 

 あんまりだった。Last moment(最期の)のワタルさんは、ボクたちが知ってるような人じゃなかったし、ボクたちのことをDestroy(全滅させる)しようとしてた。だけど、あんなふうにぐしゃぐしゃになっていいなんて思ってなかった。ワタルさんをそんなScaffold(処刑台)におくったのがボクたちだって思うだけで、Dizzied(意識が遠のく)してしまう。ボクとセーラさんは、そのばでへたりこんだ。

 

 「あああ・・・うああっ・・・!!」

 「くっ・・・!」

 「全くオマエラったら、どいつもこいつもふらついたり悔しがったりするだけでさ、なんかオマエラもつまらねーなあ。オマエラに希望はないの?こんなひどいことをしてるボクに怒ったりとかしないの?」

 「・・・腹立つに決まってんだろ・・・!!黙ってろ・・・!!」

 「いやいやまあまあ、そう連れないこと言わないでよ下越クン。これからオマエラにとってとっても嬉しいお知らせをしてあげようって言うんだからさ」

 「どうせろくなことじゃあないけどお・・・言うなら早く言いなよお」

 

 きもちわるい。Breakfast(朝ご飯)をはきそうになりながら、気付いたらボクはヤスイチさんにだっこされてた。セーラさんもテルジさんに支えられて、こなたさんだけはひとりでモノヴィークルによりかかっていた。モノクマがGrinning(にやにや笑い)で言うことをちっともUnderstand(理解する)できずに、ただぼんやりとしていた。

 

 「それでは、5度もの学級裁判を見事に勝ち残ったオマエラに、ボクからの超超超スペシャルなお知らせで〜〜す!!」

 

 Throne(玉座)の上でモノクマがTurn(宙返り)して、ばんざいのかっこうで高らかにDeclare(宣言する)した。

 

 「えー、今後オマエラは、コロシアイをしてはいけません!」

 「・・・は?」

 「コロシアイをしてはいけない・・・?そりゃあ・・・今更なんだい?」

 「そのまんまの意味だよ!もう5人にまで減っちゃったし、オマエラも精神的に限界だろうからね!だから優しいボクは、オマエラに特別ルールに基づくチャンスをあげるのです!コロシアイをせずに『失楽園』となる特別ルールをね!」

 

 モノクマが言うExtra rule(特別ルール)。こんなにつらいKilling(コロシアイ)を止めるあたらしいRule(ルール)。だけどそれは、ボクたちをもっと苦しいDespair(絶望)にむかわせるための、モノクマのTactics(作戦)だった。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:5人

 

【挿絵表示】

 




年内に5章終わらせることに成功しました!
あともう少しでロンカレも終わりです。来年完結を目指してがんばります٩( 'ω' )و
ではではみなさん、よいお年を!


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幕間5
名前のない英雄


【タイトルの元ネタ】
『名前のない怪物』(EGOIST/2012年)


 取るに足らない妄想に耽ることは、誰にでもあるだろう。たとえば、退屈な授業を聞き流しつつ持て余した時間を浪費するとき。人は現実離れしたことを妄想するとき、無意識の内に自分の願望を反映させるものである。満たされない自己肯定感を慰めるため、せめて空想の中ではと自分を美化し、虚栄の悦に浸る。その欲望をぶつけられる対象も様々だ。突如襲来してくる宇宙人。どこからともなく現れるゾンビの群れ。教室に侵入してくる謎のテロリスト。

 それらは得てして空想の中にしか存在しないものである。現実にそんなシチュエーションに遭遇することはあり得ないのだろう。それこそ驚異的な、不運と呼ばれるほどの幸運に恵まれていなければ。


 妄想をしていた。無意味に時間を浪費するよりも、せめて自分の気を慰めようと、あり得ない妄想に耽っていた。結局その妄想にさえ意味がないことには器用に目を瞑り、ただ空虚な悦楽を享受していた。

 自分は飛行機に乗っている。楽しそうに話しながら旅行に向かう家族。忙しそうにキーボードを叩くビジネスマン。到着までのゆったりとした時間を眠って過ごす老夫婦。多くの人の平穏な人生の一部が、そこにはあった。そのとき突如として銃声が響く。座席から立ち上がってあっという間に客席を制圧する覆面姿の男たち。テロリストだ。銃を構えてコックピットまで押し入り、すっかりハイジャックされてしまう。

 そこで自分は隙を見て立ち上がり、近くにいる犯人グループの一人を殴って銃を奪う。それを駆使して襲いかかってくるテロリストたちを次々にいなし、主犯と思われる男を無力化した。そのままコックピットに向かい、気を失った機長の代わりに操縦席に座る。このままでは墜落してしまう飛行機を、必死に操縦桿を握り締めて立て直す。高層ビルすれすれのところを翼が掠め、建物の間を縫うようにして飛行機は空港に向かう。なんとか体勢を立て直した飛行機はゆっくりと滑走路に着陸し、なんとか乗員乗客全員を無傷で解放することに成功する。そして自分はテロリストから多くの命を救った英雄として迎えられる──。


 「はあ・・・」

 

 張り詰めたような静寂ではない。不要な音だけが柔らかな床に吸収されて、楽しげな声や話し声だけが耳を撫でるように聞こえてくる。並んだふかふかのベンチに腰掛けることもなく、併設された少々割高な喫茶店で寛ぐでもなく、トイレ近くの壁にもたれ掛かりながら、雷堂航はため息を吐いた。

 

 「雷堂!」

 「ぅおあっ!?は、はい!?」

 

 背後から襲った声と衝撃に、雷堂は飛び退きながら敬礼して応じた。厳しい訓練の中で身についてしまったこの癖は、同級生たちからしてみればからかって面白がるには格好の的である。

 

 「あーっはっは!気ぃ引き締まってんな雷堂!」

 「なんだ林藤か・・・おどかすなよ」

 「いや悪い悪い。それよかお前、ため息なんか吐いてる場合じゃねーぞ。こっから楽しい修学旅行だろうが」

 「まあ、そりゃァそうなんだけどさ・・・」

 

 雷堂に人なつっこい笑顔を向けるのは、現在の学校に入学して最初に親しくなった友人、林藤千夜(リンドウチヤ)だ。控えめで大人しい性格の雷堂とは反対に、林藤は気さくで明るい性格をしている。なぜ彼らが友人になれているのか不思議に思う同級生も少なくないが、なんとなく彼らは仲が良い。

 パイロット育成コースでの成績は、林藤の方が雷堂よりずっといい。と言うより、雷堂より優秀な生徒はたくさんいる。雷堂は適正検査こそパスしているものの、成績は下位層、よくて平均程度といううだつの上がらない生徒。それが周囲が雷堂に対して抱いている印象だった。その周囲というのも、ごく身近な数人だけだが。

 

 「苦手なんだよな。こういうイベント事っつうのは。盛り上がってねェと空気読めねェと思われるし、盛り上がったら盛り上がったで浮かれてるとか調子乗ってると思われンのもイヤだし」

 「こんな時までネガティブだなお前は!あのな、体力試験とか公開訓練とか実技とかじゃねーんだぞ?これは正真正銘、他の普通の高校にもある、俺たちみたいな高校生にとってのビッグイベントだろうが!」

 「公開訓練と実技はともかく、体力試験をイベントと捉えてるお前はお気楽過ぎねェか?」

 「それくらいじゃねーとキツ過ぎんだろ!いくらパイロット育成コースっつったってよ!おまけに女子0だぞ!?知ってっかお前!?今年パイロット育成コースの女子割合0だぞ!?CAコースは例年並みにいんのによ!」

 「そのCAコースってのが・・・」

 「今回の修学旅行は全校合同だから、一緒に旅行行けるんだぜ〜?女子だぜ女子!しかもウチのCAコースの入試厳しいから、平均以上の保証付き!何も起きないわけがなく・・・だろぉ!?」

 

 周囲の目も憚らず自らの内に渦巻く欲望を言葉に乗せる林藤に、雷堂は呆れつつも周りの目を気にして隅の方に移動させる。自分も同じだと思われたらたまらない。そんな林藤も、普段は気の良い男なのだが、抑圧された環境に身を置いていたせいか、女性関係については歯止めが利かなくなるところがある。はじめはそうでもなかったのだが、ここ最近は特にひどい。

 

 「お前はいいよな雷堂!地味に女子人気あるから!」

 「そんなことねェだろ」

 「あるわ!お前知ってんのか!?女子がこっそり作ってるランキングで何位か!」

 「・・・えっと」

 「8位な!?ぶっちゃけ言うけど成績も大してよかねえ!特に目立つわけでもねえ!そんなお前が顔面だけで8位なんだぞ!?」

 「8位って微妙だし、女子がこっそり作ってるランキングをなんでお前が知ってるんだよ」

 「細けえこと言うなって雷堂。そういうところが8位なんだぜ?」

 「そういう林藤は何位なんだよ」

 「くっ・・・!」

 

 思い返してみて、確かに女子にちらちら見られている心当たりはあった。自意識過剰か、よくない噂でもしているものだと思っていたが、そんなランキングを作っていたのか。と言うよりも、勝手に男子全員が女子の主観で順位付けされていることに対しては何も思わないのだろうか、とさえ思う。だが純粋な興味で尋ねたことで悲しそうな顔をする林藤に、これ以上何も追及できなかった。

 

 「なんかごめんな」

 「謝るんじゃねえよちくしょう!なんだ!モテ野郎の余裕か!」

 「モテねェって。今までそんな浮ついた話もなかったし」

 「そういうヤツに限って、この修学旅行で告白されたりとかするんじゃねえのか?」

 「いや・・・というか、そういうお前は、告白とかしねェのかよ」

 「ん?」

 「お前、その手の話好きだけどさ、いざ自分が告白したとか告白されたとか、お前こそそんな話一回もしたことねェじゃんか」

 「・・・あのな雷堂。お前はモテてっから分かんねえかも知れないけれど、クマセンの方針で不純異性交遊は禁止なんだ。つかクマセンに見つかったら並んで歩いてるだけでスーパー扱きタイムが待ってんだぜ」

 「え、そうなのか?」

 

 きょとん、とした顔でまた林藤に呆れられた。道理で今まで林藤が、運動会や公開訓練のようなイベント事のときには一際へろへろになって帰ってきていると思った。どうやら毎度毎度余計なことをして、クマセンこと日野熊郷武(ヒノクマゴウブ)先生の警戒網に引っかかって扱かれてきていたらしい。女子に気にはされていても、直接絡むことがなかった雷堂にとっては、無縁の話だった。

 

 「でも、修学旅行は特別なんだろ?だったらこのチャンスに告白ぐらいしてみたらいいじゃねェか」

 「いやまあそりゃそうなんだけどさ・・・」

 「フられンのが怖くてできねェのか」

 「できらあ!」

 「へ?」

 「この修学旅行中に告白して彼女作ってやるってんだよ!」

 「いいのかよそんな宣言して。俺はいいけど、お前声デカいからさっきっから周りのみんな聞いてンぞ。これで告白できず仕舞いだったりフられたりしたら、ものすげェことンなるぞ」

 「え!?修学旅行中に告白して彼女を!?」

 「なんなんだよ」

 

 旅行を前にテンションが上がっているのか、林藤は顔の造形が変わるくらい大騒ぎする。一緒にいる雷堂も、林藤と話しているとなんとなく楽しくなってきて、憂鬱に感じていた修学旅行を楽しむ気持ちになってきていた。

 そんな雷堂たちの前を、件のCAコースのグループが通り過ぎる。当たり前だが、空港内に男女の仕切りなど存在しない。年相応の高校生らしくはしゃぐ一群を、パイロット育成コースの男子たちは遠目から眺める。それだけで既に満たされている者さえいる様子だ。

 

 「うおおおいっ!!雷堂!オイ雷堂!見ろよ!CAコースだぜ!」

 「見えてるっつうんだよ、うるせェな・・・」

 「お前あそこにいるの知ってんだろ?CAコースの主席でうちの学校史上最強のマドンナ!雨宮心(アメミヤココロ)だぜ!?もう生で見られるなんてツイてんぜ!」

 「あの人が雨宮先輩か・・・」

 

 女子の一団の中でも一際背が高く、頭頂からつま先まで洗練された品性を感じさせる女子がいた。林藤に名前を呼ばれたことに気付いたのか、雷堂と一瞬目を合わせて微笑み、周りにいる同級生の女子生徒たちとの会話にすぐ戻った。背後で林藤が悶える声が聞こえた。

 

 「はうあっ!?い、いま雨宮先輩、俺のこと見て笑わなかったか!?目が合ったぞ!」

 「いや・・・あ、まあ、そうかもな」

 

 実際に目を合わせたのは自分なのだが、あまりの林藤の喜びように残酷な真実を突きつけることが忍びなくなった雷堂は、適当に合わせることにした。

 

 「あ〜あ、俺も雨宮先輩と付き合えたらなぁ。毎日めちゃくちゃ楽しいぜ。てか告ってOKされた瞬間、嬉しすぎてぶっ倒れるかも知れん」

 「またオーバーな。じゃあお前、今回の修学旅行で告ればいいじゃンか」

 「んな軽いノリみてえに告白できる相手じゃねえんだよ!お前はホント何にも分かってねえな雷堂!恋愛とか興味ねえのか!?」

 「興味ないっていうか、分かんねェよ。誰にも教わったことねェし」

 「そういうところだぞ!」

 

 通り過ぎていったCAコースの一団を男子生徒が見送った。その後すぐにやってきた日野熊先生に、鼻の下が伸びきったまま見つかったパイロット育成コースの面々は、修学旅行後の精神鍛錬スペシャル扱きコースが確定したのだった。

 搭乗手続きを順番に終え、全ての生徒や一般乗客が搭乗し、出発準備が整った。こうしたフライトの準備を実際に目の当たりにすることも、雷堂たちにとっては学習の一環になっている。機長がマイクを通して全員に挨拶し、客室乗務員が洗練された仕草でフライトの注意事項の説明をする。隣に座る林藤が説明中の女性客室乗務員にデレデレしているところを見て、雷堂は呆れるばかりだった。数列前の席には、件の雨宮のお団子頭が覗く。

 

 「ん?」

 

 ふと、雷堂は頭上に目をやる。なんてことはない、ただの棚の底が見えるだけだ。何か音がしたような気がするのだが、重ねた荷物が崩れでもしたのだろうか。

 

 「なんだよ雷堂。今更離陸が怖えのか?」

 「いや・・・うあっ!?」

 

 後に言葉を続けようとする雷堂だったが、それは座席の揺れに阻まれた。下から突き上げるような急な衝撃、後ろのシートの客に席を蹴られたのだった。反射的に後部座席を見る。

 

 「すみません」

 「あっ、いや・・・どうも」

 「なんでお前が萎縮してんだよ」

 「うるさいな、いいだろ別に」

 

 大きなダウンコートを着た男性が、短くそう言った。ただならぬ雰囲気を感じた雷堂は恐縮してしまうが、気にせず椅子に座り直した。間もなく飛行機は動き始め、離陸のために滑走路に動き出した。

 大きく機体を回転させ、乗客達の高揚感もピークに達する。回転数を上げるエンジンが甲高い唸りをあげ、付随する震動に期待も高まる。背中がシートにへばりつきそうになる急加速をしたかと思うと、車輪が地面を離れ飛行機全体が上昇するのを全身で感じ取れた。多少の揺れとそれに続く浮遊感で小さく悲鳴が上がることはあったが、パイロット育成コースの面々は慣れたもので落ち着いていた。何より、女子の前で悲鳴などみっともなくてあげられるわけがなかった。

 

 「っかあ〜!この感じがたまんねえんだよなあ・・・」

 「変態かよ」

 「たった今俺たちは日本の大地を離れて、遠く離れた西の国へ旅立つのであった・・・!果たしてそこで待ち受けているものとは・・・!って感じじゃんか!」

 「俺はそんな風に、自分を物語の主人公に据えたような妄想はしねェんだ」

 「ロマンがねえなお前は!」

 

 ある程度揺れが収まってきて、ベルト着用サインが消える。前座席の後ろについているモニターをいじって、今日の航路や到着時刻を確認する。今朝のニュース番組の録画なんかも見られた。長距離のフライトであるため、早めに機内食が提供される。メニューはハンバーグプレートだ。

 

 「俺ちょっと先にトイレ行ってくるわ」

 「行儀悪いヤツだな・・・」

 

 林藤が席を立つ。雷堂に避けてもらって、通路の後ろにあるはずのトイレに向かおうとした。そのとき、何気なくさっき雷堂の椅子を蹴った男性を一瞥する。そして、たまらずもう一度見た。

 大事そうに抱えて、上の棚にさえ載せないキャリーケースの口は開いていた。そこから男が今まさに取り出したものを見て、林藤の思考が止まる。それを理解するまでの一瞬だけで、もう遅かった。

 

 「・・・はあっ!?」

 「行くぞ!」

 

 男は、何の問題もないとばかりにヘッドセットで誰かに連絡をとる。林藤は何が起きたか分からず、ただ目の前に突きつけられた重厚感に恐怖して、指一本動かせなかった。

 

 「大人しくしてろ」

 「なっ・・・なっ・・・!?」

 「おいコラア!!よく聞けテメエら!!大人しくしろ!!」

 

 唐突に聞こえた背後からの脅迫の声につられるように、飛行機の前方、中央、後方のそれぞれで男と似た格好をした男女が立ち上がった。それぞれ手には似たような長く黒い物体を握り、周囲を警戒しつつもその先端を向けて牽制していた。

 

 「この飛行機が向かうのは楽しい楽しい修学旅行なんかじゃねえ!!どこに行くかはテメエらの態度次第だ!いますぐあの世に行きてえってヤツだけは俺が連れてってやってもいいぜ!!」

 「なに・・・!?」

 

 いち早く状況を理解したのは日野熊先生だった。しかしそのとき既に男達のグループは機内全体を制圧しており、生徒達の悲鳴や一般客の騒ぐ声が機内を満たしていた。飛び立って間もなく、まだ日本の領空から出ていないにもかかわらず、雷堂たちの乗る飛行機は、完全にハイジャックされてしまった。

 

 「う、う、うそだろ・・・!?おい・・・!」

 「しゃべるんじゃねえ」

 「林藤・・・!」

 「テメエも動くな」

 「うっ・・・!」

 

 立ち上がろうとした雷堂は、突きつけられた冷たい銃口を目の前に、席に戻らざるを得なかった。男は林藤の首に腕を回して完全にホールドしていた。林藤の必死の抵抗は意味をなさず、こめかみに宛がわれた銃でいつでもその命を奪えることを理解して青ざめた。

 

 「ら、雷堂・・・!たすけて・・・!」

 「来い!」

 「・・・!」

 「あ、雨宮さん!!」

 「いや!!いやあああっ!!」

 「来るんだよ!!ぶっ殺すぞ(あま)ァ!!」

 

 前の席から聞こえてきた声で、他にも人質が取られていることに気付いた。見るからに荒っぽい大男が席から引きはがしたのは、地上で全員の視線を浴びていた雨宮だった。無理矢理立たされた雨宮は激しく抵抗するが、顎に拳銃をあてられてすぐに大人しくなる。

 

 「降りてこい」

 「はい!」

 「えっ!?ええっ!?」

 

 男が頭上の棚に向かって声をかけると、ハイジャック犯たちが座っていた座席上の棚から、雷堂たちより少し若い子供たちが出てきた。手には主犯格の男たちが持つものより小さいが、殺傷能力は十分であろう拳銃を持っている。主犯グループの目が行き届かないトイレや後方座席にも、隈無くその脅威が張り巡らされた。

 

 「よぉ先生。このガキどもぶっ殺されたくなきゃ、操縦室行って機長共連れて来い。この飛行機の操縦権はオレたちに譲ってもらおう」

 「や、やめろこんなこと・・・!子供たちを離してくれ。せめて私が人質に・・・!」

 「誰がテメエみてえなガテン系人質にするかよ。いいから行ってこい!」

 「先生ぇ・・・!助けて・・・!!」

 「くっ・・・!」

 

 どうやらこのハイジャック犯たちはかなり結束が固いグループのようだ。リーダーと思しき男は林藤に銃を宛がったまま日野熊先生を脅迫する。その間、周りにいる少し背の低い仲間や女性の仲間は、客席と日野熊先生に銃口を向け続けている。離陸した時点で、既にこの飛行機はハイジャック犯たちの手中にあったのだ。

 

 「下手なことすんなよ。ひとりぐらい消えたところで、誰も分かりゃしねえんだからな」

 「ひいっ!」

 「・・・」

 

 銃口で林藤の頭を小突いて日野熊先生を牽制する。もはや選択の余地がない日野熊先生は、悔しげに拳を握ったまま立ち上がり、操縦室へ向かった。その間にも子供のメンバーが、常に背中に銃を付けていた。


 突然の出来事に機内が騒然としても、操縦桿を握る手が機長からハイジャック犯に変わっても、飛行機は変わらず飛び続ける。目的地は日本から遠く離れた異国の地。管制塔への連絡は問題なく続き、未だ地上はこの事件が起きたことさえ気付いていない。水面下ならぬ雲外で起きるこの事件の中で、雷堂は今はまだ、ただの一介の人質に過ぎなかった。

 

 「あー、乗客ども。たった今、この飛行機は俺たちがジャックした。大人しくしてりゃ、すぐ命を奪うことはしないでおいてやる。全てが俺たちの思い通りに進めば、飛行機を降りるまでの命は保証してやる」

 

 機長が使っていた放送機器で、ハイジャック犯の主犯から乗客全員にアナウンスがあった。物騒な装備で脅してはいるが、むやみに命を奪うようなことをするつもりはないらしい。それでも数百人の乗客が人質になっていることは変わらない。常に見張られていては反撃のチャンスをうかがうこともままならない。

 

 「・・・」

 

 いつまで続くか分からない膠着。目的不明なまま指先1つで命を奪われかねない暴力。迂闊な身じろぎ1つで、不用意な発言1つで、誰かの命が消えてもおかしくない緊張感のせいで、空の旅はとても長く感じる。連れ去られた林藤をどうすれば助けられるのか、この状況を打破するにはどうすればいいのか。雷堂は必死で考えていた。自分一人で解決できるわけないことなど、雷堂自身が一番よく分かっているのに。

 どれほど時間が経ったか分からない。だが張り詰めた空気の中で、雷堂に小銃を向ける子供のグループメンバーは、じっと雷堂の前にある機内食を見ていた。その腹が、唐突にぐうと鳴る。

 

 「?」

 「・・・それ、くれない?」

 

 銃を指代わりに、少年は機内食のハンバーグを指した。まさかこの状況で食べるわけにもいかないし、勝手にとることもできるのにもかかわらず断りを入れる律儀さが妙に思って、雷堂はきょとんとしていた。

 

 「ど、どうぞ・・・」

 

 それを聞くが早いか、少年は手袋を口で外してズボンで汗を拭き、ソースに浸っているハンバーグを手づかみで食べ始めた。パンはともかくレタスやトマトのような野菜も、指で摘まんでどんどん食べて行く。大して質の良い素材を使っているわけではないはずだが、少年は手が止まらないといった様子で腹に収めていった。

 

 「ふぅ」

 「そんなに腹減ってたのか」

 「う、うん。ずっと音楽ケースの中にいたから・・・」

 「音楽ケース・・・」

 

 やけに重たそうな荷物を持っている人が多いと思ったら、その中には子供のメンバーが隠れていたのだ。これだけの数を一気に密航させてしまうセキュリティの甘さにも不安になるが、どうやらこの子供たちも大変な思いをしてここまで来たらしい。ひとしきり機内食にありついた子供は銃を持ち直すが、銃口は窓の外を向いている。

 

 「・・・な、なあ。お前たち、何が目的なんだ?なんでこんな普通の旅客機をハイジャックして・・・行き先も変えてないみたいだし」

 「行き先はきみたちと同じだ。ぼくたちはあの国の反政府ゲリラだから。この飛行機ででっかいテロを起こして、頭でっかちで何にも知らない政府のヤツらに、ぼくたちの怒りを、悔しさを思い知らせてやるんだ。ぼくたちが、変えてやるんだ!」

 「テ、テロって・・・それじゃあ俺らってどうなるんだよ・・・?」

 「・・・できれば誰も殺したくない。テロって言ったって、人を殺すのは教えに反するから」

 

 教え、というのはおそらく、宗教における教典のことだろう。殺生を禁止する信仰に身を置いているにもかかわらず銃を構えるのは、大いに矛盾しているような気もするのだが。

 

 「だったらなんでこんなこと・・・テロ以外にやり方があるんじゃないのか?」

 「・・・時間がないんだ。真っ当なやり方は時間がかかる。それじゃあ遅い、ダメなんだ」

 「遅いったって・・・」

 「時間だけじゃない。カネも、人も、ぼくたちには足りなさすぎる」

 

 わざわざ日本にやってきて、これだけの人数で、銃もチケットも用意して、カネがないというのもおかしな話だと思った。だが、そのチケットだって正規のルートで購入したとも限らないし、よく考えたらいま客席を牽制している子供たちは、楽器箱や衣装ケースに隠れていた密航者だ。どうやって保安上の検査を突破したのか分からないが、少なくともこれだけのことをする覚悟と強い意志があるということは、雷堂にも理解できた。

 

 「きみたちみたいな、豊かな国の子供には分からないだろうさ」

 「そりゃ分からないけど・・・こんな手段じゃなんにも解決しないだろ・・・」

 「そうだね。きみの言う通りだ。でも、ぼくたちはそれでもいい」

 「・・・ど、どういうことだ?」

 「暴力で解決するなんて思ってない。この飛行機が乗っ取られたくらいで、一国の制度が大きく変わるなんて、はじめから考えてない。それでも、ぼくたちがこうすれば、世界はぼくたちに目を向けてくれるようになる。あの国の暗い部分を全世界に知ってもらえる。そうすれば・・・ぼくたちは無理でも、ぼくたちの弟や妹、子供や孫・・・その先のみんなの暮らしが良くなるはずなんだ。だからぼくたちは、命をかけられる」

 

 綺麗事だ。机上の空論だ。そう唾棄することは、雷堂にはできなかった。その少年の目は、本気でそんな未来を信じていたからだ。まだ生まれてきていない、未来に存在しているかも不確かな世代のために、命すら危険にさらす覚悟を持つこの少年の気持ちは、やはり雷堂には到底理解できなかった。

 

 「だからって、きみたちの思い出をこんな形でじゃましたことは、悪いと思ってる」

 「・・・そんな風に言われたら、俺はどうすりゃいいか分かンねェよ。少なくともこの状況はイヤだし、やってることは犯罪なんだけども・・・なんか、全部が悪いかって言われると違う気もしてくる・・・。気持ちは分かるって感じだ」

 「ありがとう」

 

 話の流れからか、退屈しのぎのつもりだったのか、銃を構えた健気な少年の身の上話を聞いていると、雷堂は徐々にハイジャックされているという実感が薄らいできていた。異常事態であるにもかかわらず、空気が張り詰めていた機内は緩やかにほどかれてきていた。

 どれほどの時間が過ぎたか、もうじき目的地国の領空に入ろうかというころ。突如としてその平静は破られた。

 

 「んっ・・・!?」

 「うっ!?おあああっ!!?」

 

 遥か上空では、機体以外に音を出すものなど存在し得ない。だが、雷堂は明らかな異常音を聞いた。その正体に辿り着くよりも先に、その影響は飛行機全体に表れた。座席から飛び出しそうなほどの衝撃と同時に襲い来る浮遊感。体勢を立て直そうとする暇さえ与えない揺れの連続。機体は左翼側に大きく傾き、銃を構えていた子供たちはバランスを崩して床に倒れたり座席にころげる。

 

 「なんだあっ!?」

 「これは・・・!!」

 

 雷堂の隣にいた少年も、雷堂に覆い被さるように倒れ込んだ。銃が暴発しないかと雷堂は肝を冷やす。一方で少年は、窓の外に見た景色で、その衝撃の正体を知る。そして何かに突き動かされるように起き上がった。

 

 「いけない・・・!!」

 「えっ!?あ・・・おい!どこ行くんだよ!?おい!」

 

 機体の前方に向かって駆け出した少年に、雷堂は戸惑う。追いかけようかとも思うが、そもそも犯罪グループと人質という立場。多少の言葉を交わしたと言えど、手助けする理由などどこにもない。それでも、気付いたとき雷堂は既に席を立って走り出していた。突然の揺れで周りにいた他の子供たちも無力化しており、その雷堂を止める者は誰もいなかった。


 「うわあああっ!!」

 

 飛行機全体を襲った突然の衝撃は、犯罪グループが占拠していたコックピットにも影響を与えていた。バランスを崩した犯罪グループの隙をつき、人質にとられていた林藤は体当たりをかました。2人いた主犯格のうち1人はその勢いにおされて頭を打ち気を失った。

 

 「何この揺れ・・・!?ちょ、ちょっとキミ・・・!!」

 「今のうちに逃げてください雨宮先輩!」

 「ぐっ!?こ、このガキ・・・!」

 「おぅら!!」

 「ごあっ!」

 

 起き上がろうとするもう1人の男に決死の頭突きを食らわせて、林藤と雨宮はコックピットを制圧した。しかし腕を縛られていてそこから上手く立ち上がれない。

 

 「キ、キミ・・・すごいね」

 「はあ・・・!はあ・・・!こ、こんくらい、なんとも・・・!ねえっすよ!」

 「キミ、パイロットコースだよね?この揺れ・・・どうなってるか分からない・・・!?」

 「いや・・・不時着の訓練くらいならしてるけど、そこまでは・・・!」

 「うわ!?えっ・・・き、きみたち・・・!?」

 「ぎゃあっ!?」

 

 息も絶え絶えになっている林藤だが、必死に雨宮の前では取り繕う。そこに、焦った様子の少年が駆け込んでくる。気絶した仲間二人を見て驚くが、今はそれどころではないとすぐに操縦席に座る。後からやって来た雷堂も同様に驚くが、少年と違い林藤と雨宮の方に駆け寄る。

 

 「り、林藤・・・!大丈夫か!?」

 「らいどおおおおおっ!!!たす、たたたっす!!おまえおまえたすかっしぬがとぉ!!」

 「お、おおうおっ、おちっけって!」

 「二人とも落ち着きなさい・・・!そこのキミ、私とこの子のロープを解いて。すぐに日野熊先生を呼んで来て、なんとか一旦どこかの空港に着陸させてもらわないと・・・!」

 「は、はい!」

 

 雷堂を見るや泣きながらすり寄ってくる林藤に、雷堂もまた焦り出す。ひとり冷静な雨宮の指示に従い、雷堂は2人を解放する。しかし件の日野熊先生は、先程の揺れで犯罪グループ同様気を失ってしまっていた。林藤と雨宮はそんなことも知らず、慌ててコックピットから客席に戻る。雷堂はコックピットに残り、倒れている犯人から銃や武器の類を取り上げた。また、林藤と雨宮を縛っていたロープで犯人を縛る。

 

 「ふぅ・・・お、おい。この揺れはなんなんだ!お前たち何したんだ!」

 「ぼくたちのせいじゃない!バードストライクだ!」

 「バ、バードストライク・・・?こんなときにか・・・!?」

 

 エンジンから噴き出していた煙の正体を知り、雷堂は吐き気を覚えた。バードストライク──巨大なタービンエンジンに渡り鳥などが吸い込まれ、回転の妨げになったり故障を引き起こす現象のことだ。離着陸の前後に高度を下げたところに、渡り鳥の群れがぶつかって起きたりすることがある。目的地が近付いて徐々に高度を落としていたために、ぶつかってしまったのだろう。

 

 「つかまって!このままじゃ街中に墜落する!」

 「は!?ど、どうすンだよ!?」

 「不時着しかない!」

 「お前、操縦できンのか!?」

 「やったことはないけど・・・勉強はしてきたんだ!なんとか体勢を立て直す!ここからだと・・・コナミ川しかないか・・・!」

 

 少年は目の前に広がる機械をいじりながら、サングラスをかけて操縦桿を握る。少年が姿勢をあげれば飛行機は上向きになり、横に倒れればその方向に傾く。ふらつきながら空中を進む飛行機の中は、それまでなんとか体勢を保っていた雷堂やその他の乗客も立てなくなるほど激しい揺れに襲われていた。激しく揺れる飛行機の中で、雷堂はなんとか這い回りながら操縦席の横まで来る。

 

 「お、おいおい・・・!めちゃくちゃ揺れてるじゃねえか!大丈夫なのかよ!?」

 「もう少し・・・!もう少しで大丈夫だから・・・!」

 

 気を抜くと揺れに弾き飛ばされて壁に叩きつけられてしまいそうだ。強烈な浮遊感とGが交互に襲ってきて、吐き気と眩暈に見舞われる。コックピットから見える景色は上下左右に激しく変化し、酔いそうになってくる。耳が痛くなるほど轟々と唸るエンジン音に苛まれながら、少年は必死にバランスを建て直す。

 徐々に飛行機は高度を下げていく。目の前には海と見間違うほどの広い川が見えてきた。飛行機はゆっくり旋回して、川の流れに正対する。それでも飛行機はまだふらつく。バランスを整えながら、ゆっくり高度と速度を下げていく。ひとまずここまでくれば、後は落ち着いて着陸態勢に入るだけだ。

 

 「お、お前すごいな・・・こんなことできるのか・・・!」

 「・・・上手くいってよかったよ。当初の目的とは違うけど・・・みんな助かってよかった」

 

 雷堂はこの状況に既視感を覚えた。夢に見たわけではない。シミュレーターにもなかったこの状況。見たのは、退屈な授業中の妄想だった。テロリストに制圧された機内。コックピットは奪還した。緊急着陸を要する飛行機。後は川に着水さえすれば事態は収まる。自分が、自分の手で、操縦桿を握らなければならない。操縦席に座っているのは、自分でなければならない。雷堂はそばの壁に手をかけ、ハンドルを掴む。

 

 「ここまでくれば、後は・・・!」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ。後は・・・俺にやらせてくれ」

 「えっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 操縦席に座る少年に肉迫し胸ぐらを掴む。とっさのことでベルトをしていなかった少年は席から引きずり降ろされる。同時に手をかけたハンドルを回した。緊急脱出用のハッチが開き、冷たい風がコックピット内に吹きすさぶ。

 

 「うあっ!?」

 

 左腕はドアを開く。右腕は少年を引きずる。右手はそのまま、ハッチに向けて開かれた。

 

 「な、なにを・・・!?」

 

 少年はとっさに床につかまる。激しく吹きすさぶ冷気とその圧力で、数秒さえ掴まっていられない。それに気付いた雷堂は、慌てて駆け寄る。

 

 「きみ・・・!たすけ──!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ひとりぐらい消えたところで、誰も分かりゃしねェよな?」

 

 

 

 その手を、つま先で払った。いとも容易く少年の体は引きはがされる。少年は空に舞う。生き物であることが信じられないほど簡単に。その先に待つ大きなエンジンに向かって。吸い込まれていく。少年の体はエンジンに飛び込んでいった。

 ひときわ大きな爆発が起きた。左翼にある2基あるエンジンの両方が異常を来す。雷堂はハッチを閉め、操縦席に座った。大きく息を吐き、操縦桿を握る。訓練通り、シミュレーターで何度も繰り返したように、ゆっくりと高度を下げ、コナミ川へと着水していった。


 その日から、雷堂の生活は一変した。コナミ川から大使館に行くまでの間、野次馬と報道関係者たちにもみくちゃにされ、大使館でも詳しい事情を話すことになった。用意されたホテルでも教師陣や同級生、別のコースに通う生徒からも熱烈な視線を浴び続け、ようやく布団に入ったころには日の出が近かった。

 帰国すれば空港で待ち受けていたカメラのフラッシュに眩暈がし、学校の団体とは別にタクシーで帰宅するも執拗な追跡により家までついて来られ、またしても警察を呼ぶハメになった。そんな日々が繰り返される。

 それからほどなくして、希望ヶ峰学園のスカウトマンを名乗る人物まで現れた。新手の詐欺か何かだろうと思っていたが、数日の後に希望ヶ峰学園から正式に入学通知が届いてひっくり返った。学園に問い合わせまでして事実確認した。卒業するだけで成功が約束されるという学園に入学する権利を得た。その事実がこの上なく嬉しかった。

 そのとき既に、雷堂の頭からあの少年の顔は、すっかり消え失せていた。




明けましておめでとうございます。
一年の始まりは七草粥のようにお腹に優しい幕間から。
初日の出のように大きく温かい心で読んでくださいね。
お年玉のように評価・感想いただきますと獅子舞のように喜び狂います。


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第六章『今宵エデンの中心で』
捜査編1


【タイトルの元ネタ】
今宵エデンの片隅で(garnet crow/2006年)


 ボクたちは、モノクマの次の言葉をまってた。もうThe Killing(コロシアイ)をしなくてよくなるなんて言ってるけれど、モノクマがSuggest(提案する)してくることでよくなったことなんてない。きっとこのあとも、ボクたちがイヤがるようなことを言うにきまってる。だから、Beware(警戒する)してた。

 

 「そう怖い顔しないでよ!悪い話じゃないからさ!」

 「それはおれたちが判断することだよお。いいからさっさと話しなよお」

 「いいの?聞ける状態じゃない人がいるみたいだけど?研前サンとか研前サンとか研前サンとか!」

 「・・・こ、こなたさん?Are you OK(大丈夫ですか)?」

 

 モノクマがGrinning(にやにや笑い)しながら指さしたのは、モノヴィークルによりかかって今にもたおれてしまいそうなこなたさんだった。ボクはあわててこなたさんにかけよって、その体を支える。

 

 「はあ・・・!はあ・・・!」

 「ど、どうしたの研前さん・・・?どこか具合でも悪いの・・・?」

 「うぅ、い、いいから・・・ちょっと、くらっとしただけ。ありがとう、スニフ君・・・!大丈夫だから・・・!」

 「どう見ても大丈夫じゃないわよ!?顔も白いし・・・貧血じゃない・・・!」

 「うぷぷ♬こんなタイミングで体調崩しちゃって、ホントに間が悪いんだからなあ研前サンは。後でサプリあげるから、取りあえず話聞いてね」

 

 セーラさんがテルジさんもよんできて、ふたりでこなたさんのShoulder()をもって支えた。モノクマはそんなことちっともCare(気遣い)なんかしなくて、かってにExplain(説明する)をはじめる。

 

 「これからオマエラには、このボクと直接学級裁判で争ってもらいます!人数が少なくなればコロシアイができなくなっちゃうから、この辺で一度決着を付けておこうと思うわけです!」

 「モノクマと・・・直接学級裁判だあ?んなこと言ったって、誰も誰かを殺してねえのに、どうやって学級裁判すんだよ!」

 「ついさっきまでオマエラが必死こいてやってた裁判は、『オマエラの中に潜んだクロが誰なのか』を明らかにするための裁判でした。でも、ボクとオマエラが戦う学級裁判でオマエラに明らかにしてもらうことは、全部で3つあります!」

 

 Pond()Fountain(噴水)がふきだしてScreen(スクリーン)になる。そこに、モノクマのExplain(説明)Support(サポート)するようにPicture()Project(投映する)された。

 

 「まず1つは、『コロシアイの目的』!オマエラは何のためにコロシアイをしてきたのか!それを明らかにしてね!」

 「そんなのお前が強いてきたからじゃあないのかい?」

 「うぷぷ♬そんな簡単なことじゃないよ。だったらこう言い換えてみたら?『ボクがオマエラにコロシアイを強いた目的は何か』、つまりボクの目的を明らかにするってことだよ!」

 「そ、そんなの分かるわけないじゃない・・・!」

 「もちろんボクは勝負事には公平なクマでありたいからね。最終裁判に必要な情報をオマエラが手に入れるチャンスはあげるよ。さ、そんじゃ明らかにすること2つめ!」

 

 なんだかUnilaterally(一方的に)にどんどん話がすすんでる。ボクたちは、モノクマがボクたちにThe Killing(コロシアイ)をさせたPurpose(目的)を明らかにしなくちゃいけない。でも、そんなこと分かるんだろうか。モノクマの考えをInfer(推理する)ことなんて、できるんだろうか。そんなボクの考えもまたずに、モノクマは2つめにすすむ。

 

 「それは『黒幕の正体』!要するにボクは一体誰なのか、ってことだね!オマエラがかねてから知りたがってたことを、いよいよオマエラ自身の手で明らかにしてもらおうってこと!アツいね〜!」

 「そのヒントも、この後の捜査時間で与えられるってことかしら・・・?」

 「はいその通りです!とはいえ、これまでオマエラが過ごしてきた中で、全くそのヒントがないとも言い切れないと思うよ。うぷぷ♬まあそれだけで推理することはできないとは思うけど、ボクが与えるヒントだけで全てが明らかにできるとは思わないことだね!」

 「・・・」

 

 これまでの中で、Mastermind(黒幕)Hint(ヒント)なんてあったのでしょうか。ちっとも分からないけれど、モノクマランドをさがしまわったら思い出したりするんだろうか。モノクマがボクたちにどれくらいのHint(ヒント)を出してくれるかは分からないけれど、それだけじゃ分からないらしい。それはつまり、モノクマのHint(ヒント)だけじゃ分からないことは、もうボクたちは知っているはずってことだ。

 

 「さらにさらに3つめのお題も出しちゃうよ!大盤振る舞い!」

 「おれたちのやることが増えるだけじゃあないかあ」

 「堅いこと言わないでよ納見クン。3つめはもっと大事なテーマなんだからさ」

 「What's that(なんだよそれ)?」

 「うぷぷのぷ♬オマエラが明らかにすべきことの3つめは・・・『オマエラは何者か』だよ!」

 「・・・?意味が分からないんだけどお?」

 「そのまんまの意味だよ!オマエラは一体何者で、何の為にここにいて、何をしてきたのか。その存在意義は?生きる目的は?そういうことだよ!」

 「そんな哲学的なこと言われても・・・分からないわ」

 「そのうち分かるようになるさ。ま、かと言ってコロシアイにおけるクロみたいに、答えの明確な基準がないと困っちゃうよね!だから、ボクが想定した答えのおおよそを言い当てることができれば、OKとします!」

 「なんの優しさも感じねえな」

 

 モノクマが言う3つめのTheme(テーマ)は、ボクにはよく分からなかった。ボクたちは何者かって、Answer(答え)があるものなのかもよく分からない。セーラさんが言うように、Philosophical question(哲学的な問題)だ。でも、モノクマの中にはそのAnswer(答え)があるらしい。

 

 「いや〜、ワックワクのドッキドキだよね!この、いよいよクライマックスって感じ?大詰めって感じ?コーフンしてきちゃうね!」

 「・・・」

 「温度差がすごい!でもまあボクは気遣いができる良いクマだから、研前サンの体調も考慮して、時間をあげるよ。最終裁判は今夜9:00から。それまではフリータイムとしてあげるよ。捜査するもよし。ゆっくり休むもよし。だけどコロシアイだけは禁止!それやられるとすっごい困るから!」

 「そんな身勝手な・・・」

 

 モノモノウォッチがピロリンとなる。あたらしいRule(ルール)Add(追加する)された音だ。そんなことしてまで、モノクマはボクたちとLast class trial(最終学級裁判)をやりたいらしい。それに何のいみがあるのか、なんできゅうにThe Killing(コロシアイ)じゃなくてそんなふうにしたのか。そのいみも、ボクたちがClear(明らか)にするべきTruth(真相)の中にあるんだろうか。

 

 「そんじゃ、ボクはヒントを準備しなくちゃいけないから!まったね〜!」

 「あっ」

 

 それだけ言って、またモノクマはかってに消えてった。About a day(約1日)、ボクたちはこのモノクマランドをInvestigate(捜査する)するじかんを与えられた。だけど、今はとてもそんなことできるばあいじゃない。

 

 「うぅっ・・・!」

 「お、おい研前!お前マジでどうしたんだよ!」

 「無理もないわ・・・雷堂くんのあんなの見ちゃったら・・・!」

 「とにかく一回ホテルに戻らないかい?研前氏も横にした方がいいだろうしい、これからのことを話し合う必要もあるだろお?」

 「そうね。研前さん。ちょっと揺れるけれどがんばってね」

 「・・・うん・・・!」

 

 ワタルさんのExecution(処刑)のときからずっと、こなたさんはLooks sick(具合悪そう)だった。テルジさんとセーラさんに支えられて、こなたさんとボクたちはいったんホテルまでもどった。Dining(食道)はついさっきレイカさんがワタルさんにKill(殺す)されたばかりだからなんとなく行きたくなくて、Lobby(ロビー)の方にあつまった。

 こなたさんをSofa(ソファ)にねかせて、テルジさんがすぐにポッカリスエットをもってきてくれた。セーラさんはSweat()をふいた。

 

 「こそーり」

 「さっきの今でなんだいモノクマあ」

 「さっき研前サンにサプリメントあげるって言ったけど渡し忘れてたから持って来たの。ボクは約束を反故にはしない誠実なクマだからね」

 「Well(そりゃどうも)

 「そんじゃボクはこれで・・・」

 

 さっきと比べてずいぶん大人しいモノクマは、Table(テーブル)Supplement(サプリメント)をおいてさっさと消えた。セーラさんはそれを少しだけAnnoy(訝しがる)してたけど、すぐにお水といっしょにこなたさんにのませた。

 

 「取りあえずこれからどうするんだい?モノクマランドを捜査すると言ってもお、たった5人でひとりは子供でえ、ひとりは体調不良だあ。1日あっても十分な捜査ができるとは思えないけどお」

 「ボクは大丈夫ですよ!ちゃんとInvestigate(捜査する)できます!」

 「わ・・・私も・・・!大丈夫、だよ。ちょっと、気分が悪くなった、だけだから・・・」

 「そんなふらふらで何言ってるのよ。無理しちゃダメよ」

 

 すわってるだけなのに、こなたさんはあたまをぐらぐらさせて今にもたおれちゃいそう。このままじゃInvestigation(捜査)なんてムリだ。こなたさんが大丈夫だって言うのは、きっとボクたちのためのやさしいウソだ。

 

 「モノクマランドはとっても広いからあ、手分けして探さないとだねえ。ひとりはここで研前氏を看てて、あとの3人で手分けして捜査するってことにしようかあ」

 「そんなバラバラになって大丈夫?モノクマが何かしてこないかしら?」

 「最終裁判やるってんだから、今更なんもしてこねえだろ。コロシアイだってわざわざ新しいルール作って禁止してんだぞ?これ以上オレらが減るのが、あいつにとっちゃ都合悪いってこった」

 「じゃあボクこなたさんみてます!」

 「ううん。スニフくんより、私が一緒にいてあげた方がいいわ」

 「そうだねえ。正地氏が適任だねえ」

 「オレもそう思うぞ」

 「Bull shit(ちくしょうめが)!!」

 

 せっかくこなたさんとふたりっきりになれるChance(チャンス)だったのに。でも、ボクよりセーラさんの方が、もしものときにCare(お世話)してあげられるはずだ。だからボクはSwitching(切り替え)して、Final trial(最終裁判)のためのInvestigation(捜査する)をがんばることにした。それに、Today(今日)しかなくてもまだまだいっぱいじかんはある。

 

 「だけど、研前さんの気持ちも大事だと思うの」

 「?」

 「ひとまずは、3人でホテルエリアとテーマパークエリアを探索してくれないかしら?もし何かあったときにすぐにここに集まれるように。それ以外のエリアは、午後に研前さんがしっかり回復してから、手分けして探索しましょう」

 「な、なるほど・・・そりゃいい案だ」

 

 どこをInvestigation(捜査)しようかはなし合おうとおもったところで、セーラさんがSuggestion(提案)した。まずはこのHotel(ホテル)の近くをしらべて、こなたさんのRecovery(回復)をまつことにした。Hotel(ホテル)はテルジさんが、Theme park(テーマパーク)の方はボクとヤスイチさんでInvestigation(捜査)することにした。

 


 

 捜査開始

 Theme park(テーマパーク)はあちこちに色んなAttraction(アトラクション)があって、そのうちにいくつかは犯人(クロ)の人たちのExecution(処刑)につかわれたものだ。Splash coaster(スプラッシュコースター)Free fall(フリーフォール)も、モノクマCastle()Merry go round(メリーゴーランド)Pendulum(ペンデュラム)も、どこかがこわれて使えないようになってる。もしかしたらそれ以外のAttraction(アトラクション)も、他の人が犯人(クロ)になってたらそのTrue color(正体)を見せてたのかもしれない。

 

 「イヤなことを思い出しちゃうねえ」

 「・・・ボ、ボクは、だいじょぶです。犯人(クロ)のみなさんのことも、ちゃんとわすれてないです」

 「そりゃあ大丈夫とは言わないんじゃあないかい?他人の命を背負うのはあ、スニフ氏にはまだ荷が重いと思うよお」

 「だけど、そんなこと言ってらんないです。ボクだって、High school student(高校生)です。ヤスイチさんたちといっしょです。ボクも、Mastermind(黒幕)とたたかいます」

 「真面目だねえ。そんじゃあ死んでったみんなのためにもお、しっかりここの捜査をしようかあ」

 「はい!」

 

 ボクとヤスイチさんは、モノモノウォッチのMap(地図)をひらいてTheme park(テーマパーク)をぐるっとまわるCourse(コース)をしらべた。たくさんあるArea(エリア)のうちの一つだけど、ここはいちばん大きいArea(エリア)だからぐるっと回るだけでもじかんがかかる。

 あちこちを見てるといろんなことを思い出す。そういえば、ボクがはじめてこのモノクマランドにいることに気付いたのは、あのモノクマのFace paint(顔ペイント)がされたCoaster(コースター)だった。あのとき、あれがExecution(おしおき)じゃなくって、本当によかった。

 

 「あんまり良い気分じゃないねえ」

 

 ヤスイチさんはのんびり言った。犯人(クロ)のみなさんをここのAttraction(アトラクション)Execute(処刑する)したのはモノクマだ。だけど、Class trial(学級裁判)でみなさんにVote(投票する)したのはボクたちだ。そうしなくちゃボクたちがExecute(処刑する)されたけれど、ボクたちはまちがいなく犯人(クロ)のみなさんにGrudge(恨む)されてるとおもう。

 

 「どういう気持ちだったんだろうねえ。自分たちがしたコロシアイとはいえ、そのせいで処刑されるなんてさあ」

 「・・・」

 「悔しかっただろうねえ・・・悲しかっただろうねえ・・・」

 「ヤスイチさん。どうしてそんなこと言いますか」

 「スニフ氏はあ、荒川氏の最期をどう思うんだい?」

 「エ、エルリさんですか?」

 

 ボクたちは、Merry go round(メリーゴーランド)のまえにいた。もうすっかりきれいになったのに、エルリさんがExecute(処刑する)されてるVision()が見えてくる。ヤスイチさんの言葉で、ボクもエルリさんのLast(最期)をおもいだした。ボロボロになって、さいごにはちっぽけなStone(石ころ)みたいになっちゃったエルリさん。ボクたちにのこしたのは、あの言葉だけだった。

 

 「『コロシアエ ココヲデロ』。虚戈氏を殺しておれたち全員の命を奪ってでも生き延びようとした荒川氏が、全身を切り刻まれても生にしがみついて遺した言葉だよお。雷堂氏はこれを良い風には受け取ってなかったみたいだけどお、スニフ氏はどう思ってるんだい?」

 「ボクは・・・それは・・・」

 

 きっとこれは、ボクは考えていなくちゃいけなかったことだった。エルリさんがあの言葉をのこしたのには、きっといみがあるはずだ。あんなにThe Killing(コロシアイ)をきらってたエルリさんが、コロシアエなんて言った。ここを出ろと言った。

 

 「荒川氏が何かに気付いてその言葉を遺したとしたらあ・・・何かもっと深い意味が隠されているような気がしないかい?」

 「ヤスイチさんは、どうおもってますか?」

 「そうだねえ・・・もし荒川氏が正気を保っていながらこれを遺したんならあ、おれらが外に出ることに何か意味があるんだろうねえ。コロシアイそのものじゃあなくてさあ」

 「外に出ることにいみですか・・・?でも、外のことなんて、分からないじゃないですか」

 

 何かを考えるみたいに、ヤスイチさんはだまった。エルリさんのTrue meaning(真意)Understand(理解する)のには、もしかしたらまだClue(手掛かり)が足りないのかもしれない。エルリさんが気付いた何かに、ボクたちもたどりつかないといけないのかもしれない。それが何なのかは、まだ分からない。

 


 

 

 最終裁判とかってヤツのためかどうか知らねえが、ホテルは今まで行けなかったところがどこもかしこも行けるようになってた。もう死んじまったヤツの個室は鍵がかかってたはずなのに、今は全部開けっぴろげだ。皆桐の部屋は誰も入った跡がない、まっさらな状態だった。ランニングマシーンとかプロテインの入った冷蔵庫なんかがある。

 

 「個室が開いてるってことは、“才能”部屋ってヤツにも行けるようになってんのか」

 

 そういや、オレは自分の“才能”部屋に行ったことがねえ。モノクマからの動機として開放されたから、そこに行けば余計なもんを見ちまうと思ってたからだ。けど、もうコロシアイは起きねえ。だったら見てもいいのかも知れねえな・・・。

 

 「・・・気になる」

 

 どうしても好奇心をガマンできなくて、オレはエレベーターで自分の“才能”部屋がある階に来た。金属板みてえに飾り気のねえドアは軽くて、見上げるほどデケえのに片手で開け閉めできた。中はたくさんの本と食器と調理器具が並んでた。珍しい食材や食べられるのかも怪しい虫とも魚ともつかねえ食材もある。部屋の一角は熟成庫になってて、でっけえナチュラルチーズやら燻製やらが保管されてた。ワインまであるたあ気が利いてる。

 

 「こんなもん、どうやって集めたんだ?」

 

 キビヤックからバラマンディまで、醤油がありゃシュールストレミングも、世界各地の食材がそこら中にある。オレがここに来たのは今がはじめてなのに、こんだけのもんをどうやって保存してたんだ。それに、その食材だって集めるのは簡単じゃねえ。世界中を飛び回らねえとこんなのは手に入らねえはずだ。これがモノクマの力ってことか?

 

 「・・・ッ!」

 

 食材の異常なまでの充実さも気になるが、ここにある調理器具の正体に気付いたとき、背筋が寒くなった。このフライパンも、包丁も、菜箸も、希望ヶ峰学園に来る前にオレが使ってたものだ。なんでこんなもんが、こんなところにある?見て、触って、確信する。これは間違いなく、オレのもんだ。

 

 「どういうこったよ・・・!?」

 

 モノクマがオレの部屋や厨房にあるもんをパクってきたってことか?けどこれだけの数を運ぶなんてムリがある。オレ以外のヤツらも同じように自分のもんが“才能”部屋にあるってんなら、そんなのどんだけ時間がかかるか。それにそもそも、この調理器具の価値なんて、オレにしか分からねえはずだ。こいつらは何にも特別なことはねえ。ただオレが長く使ってるってだけのもんなのに。

 

 「・・・」

 

 なんだか不気味だ。モノクマの正体が余計に分からなくなった。なんであいつは、オレの大切なものが何かを知ってたんだ。そういや、他にもおかしなことがある。なんでモノクマはみんなの『弱み』を知ってたんだ?どいつも知られたくなくて隠してたことを、当たり前みてえに動機にしてきやがった。

 オレが夜な夜な他のヤツらに秘密にして飯作ってることはカメラで見てたにしても、鉄や極の『弱み』なんてそれだけじゃ知りようがねえ。

 

 「ってことは・・・?」

 

 モノクマの正体はオレらのことを知ってるヤツってことか?けど、そんなヤツいるか?オレらは希望ヶ峰学園に入学しようとして、気付いたらここにいた。オレらが互いに初対面だったのに、全員のことをよく知ってる人間なんかいるわけがねえ。

 

 「くそっ・・・!やっぱオレひとりじゃダメだ・・・」

 

 色々考えてみるけど、すぐに壁にブチ当たってそこから動けなくなる。モノクマはなんでそんなに色々知ってるんだ。オレらの『弱み』だけならまだしも、外の世界のことだってそうだ。真相なんて言ってオレらに突きつけて、雷堂はそれを間に受けてあんなバカなことしちまった。けど、それがもし本当に真実なんだったら、モノクマはなんでそれを知ってんだ。あいつだってずっとオレらと一緒にここにいたはずだろ。それとも、最初っからここにはオレらしかいねえのか?黒幕はどっか別の場所にいんのか?

 結論の出ねえことをぐるぐる考えてたら、いつの間にか時間が過ぎてた。やっぱりオレは考えるより体を動かす方が性に合ってるらしい。なんか頭が痛くなってきた。こういうのはスニフとか納見に任せて、オレはとにかく手掛かりを集める方がいい。

 

 「できねえことを考えててもしかたねえ。できることをやりゃいい、か」

 

 いつか雷堂にそんなこと言ったっけな。最後の学級裁判で、オレなんかにできることがあるんだろうか。鉛みたいな感情が腹の底に沈んだまま、オレは一旦食堂に戻ることにした。

 

 捜査中断

 


 

 「成果はあったかい?」

 「取りあえず自分の“才能”研究室は見た。ありゃどういうこった?お前ら全員、おかしな感じしてんじゃねえのか?」

 「はい・・・。あれは、まるで今までボクらが使ってたみたいです」

 「そうなのよ。だけどあんな部屋見覚えないし、こんなところに来た覚えもないの。だから不気味なのよね」

 「うん。それに、“才能”研究室だけじゃないよ。ホテルの部屋だってここに最初に来たときから、私たちのために用意されたみたいだったもん」

 「どうやらモノクマはおれたちのことをよく知ってるみたいだねえ。それもヒントになるんだろうけどお」

 

 ヤスイチさんはいつもののんびりした言い方をしてるけど、ボクらはみんなCreepy(不気味さ)をかんじてた。だって、Mastermind(黒幕)がボクたちのことをよく知ってるんだったら、ボクたちだってMastermind(黒幕)のことを知ってるはずだ。なのにちっとも分からない。Unilaterally(一方的に)に知られてるって、なんだかきもちわるい。

 

 「研前はもう大丈夫なんかよ?」

 「うん。正地さんのおかげで、だいぶ楽になったよ。もうひとりでも大丈夫」

 「本当?無理しちゃダメよ?」

 「元気になってお腹空いてきちゃったくらいだよ。下越君、ご飯にしよう」

 「おう。ミートローフ作ってあったからそれと・・・」

 「おれも手伝うよお」

 

 テルジさんとヤスイチさんはKitchen(厨房)にごはんをPrepare(準備する)しにいった。こなたさんはここにもどってきたときよりもGood condition(具合良く)なったみたいで、ガラスみたいなSmile(笑顔)を見せてる。きっとワタルさんのことがまだつらいのに、ボクたちのためにがんばってくれてるんだ。

 すぐにテルジさんとヤスイチさんが、5人分のお皿をもってもどってきた。Vegitables(野菜)がたっぷりでCenter(真ん中)にはYellow(黄色)がきれいなBoiled egg(ゆでたまご)が入ったおっきくてJuicy(ジューシー)Meat loaf(ミートローフ)だ。あつあつトロトロのWhite source(ホワイトソース)がかかったSaffron rice(サフランライス)と、Decoration(飾り切り)してあるTomato(トマト)はちょっとだけSalt()をつけてさっぱりたべる。

 

 「で、午後からどうするよ?裁判した後とはいえ、午前中で調べたのホテルエリアとテーマパークエリアだけだろ?」

 「テーマパークエリアももう少し調べられそうだけどお、ここは全員でしっかりやった方がいいだろうねえ。それ以外のエリアとなるとお、えっとお、全部で15ヵ所だねえ」

 「え・・・15?そんなにあるの?」

 「ひとつひとつも広いから、みんなでまとまって行ってたらとても回りきれないね」

 

 そんなにたくさんあったなんて、びっくりだ。First(最初に)、5こArea(エリア)があって、1回Class trial(学級裁判)をするたびに3つずつふえてったから・・・うん、正しい。でもそんなにたくさんを、Afternoon(午後)だけでぜんぶInvestigate(捜査する)するなんてむちゃだ。

 

 「だけどお、ひとりで3ヵ所だったらまだできそうじゃあないかい?」

 「3ヵ所なら・・・近くのエリア同士だったらたぶんいけるね」

 「ちょうど5人ずついることだしい、ひとり3ヵ所を捜査するってのはどうだい?スニフ氏と研前氏もひとりで捜査に行くことになるけどお」

 「うん、私は大丈夫だよ。なるべくホテルエリアから近いエリアにしてくれると助かるけど」

 「ボクだってへっちゃらですよ!」

 「下越氏と正地氏はどうだい?」

 「・・・そうね。もう迷ってる時間もないものね、わかったわ」

 しゃーねーか」

 「そんじゃあ、どこのエリアを捜査するかを決めたらあ、午後からは各自そんな感じでえ」

 

 ヤスイチさんのSuggestion(提案)で、ボクたちはひとりでThree areas(3ヵ所)ずつInvestigate(捜査する)することにした。ホテルエリアに近いところはできるだけこなたさんにおねがいして、みんなが気になるところをえらんでから余ったArea(エリア)Divide(分担する)した。

 そうと決まったらいつまでもLunch(お昼ご飯)をたべてるばあいじゃない。Meat loaf(ミートローフ)Tomato(トマト)Rice(ライス)もぜんぶたべて、お皿もちゃんとあらってから、ボクはすぐにHotel(ホテル)をとびだした。きっとモノクマがこのあいだにもボクたちに何かしかけてくるけど、そんなのにまけるもんか。

 


 

 捜査再開

 Side:研前こなた

 モノヴィークルを使えば、モノクマランド内のどこにでもすぐに移動できる。私はまだちょっと頭が痛いのに配慮してもらって、ホテルエリアの近くでかつエリア内をなるべくモノヴィークルで移動できるところを選ばせてもらった。まずはパシフィックエリアだ。ここは砂浜と島を一周する道しかないから、モノクマがヒントを話してることなんてないと思うけど、一応ぐるっと一周を見て回る。途中で、砂浜に降りて波打ち際まで行ってみた。壁や柵みたいな囲いはなくて、しようと思えば海に入って遊ぶことだってできる。

 

 「本当に海だ・・・」

 

 指先に触れた水の冷たさ。足下を行ったり来たりする波の泡。香る潮の匂い。そのどれもが、これが本物の海だってことを示していた。作り物じゃない。本物の海。

 

 「・・・」

 

 それなのに、どうして誰も助けに来ないんだろう。ここが本当の海なら、近くの陸地が見えたり、船や飛行機が近くを通ったりするものじゃないかと思う。希望ヶ峰学園の新入生が17人も行方不明になったら、きっと大騒ぎになってる。誰も探しに来ない。誰も助けに来ない。誰も姿を見せない。この海は、どことも繋がってないんじゃないかとすら思えてくる。彼の水平線の向こう側は、真っ暗な滝になってるんじゃないか。誰かに話したら笑われそうなその考えも、今はリアルに感じる。

 波の音は絶え間なく私の耳を包んで、かすかに浮かんだ不安と寂しさを強く掻き立てる。本物なのに造り物のような不自然さのせいで、足下の地面さえも信じられなくなってきた。私はいま、どこにいるんだろう。

 


 

 Side:下越輝司

 エリアに入る前に必ず通らなきゃならねえこの通路。つい今朝まではなんてことないただの設備だったのに、今は微妙に入るのにためらいを感じる。雷堂があんなバカなマネしたせいだ。ひとりで勝手に考え込んで、ひとりで勝手に覚悟決めて、ひとりで勝手にいなくなっちまいやがって。お前が生き残らなくてどうすんだよ。少なくとも茅ヶ崎が殺された夜に見張りに名乗り出たのはお前の本心だろ。『弱み』なんて動機にどうやって立ち向かえばいいか悩んでたのはお前の本気だろ。それでいいじゃねえか。オレたちにとってお前は十分リーダーで、支えだったじゃねえか。オレがあいつらの支えになれるかよ。もう誰のことも信じられる自信がねえオレが、誰かに信じてもらえるのかよ。

 

 「ちっくしょう・・・!」

 

 消毒用通路のアルコールはどうやらモノクマがもう元に戻したらしい。今朝感じた妙な感覚はすっかり消え去ってた。はじめからそんなヤツらいなかったんじゃねえかってくらい、裁判が終わった後に事件の痕跡は一切なくなる。だけど、あいつらの個室はちゃんと残ってる。あいつらのことは生き残ったオレたちが覚えてる。オレたちを裏切って仲間を殺したヤツらに言いてえことも、そいつらを信じて殺されててったヤツらにかけてえ言葉も、全部オレの胸の中にごちゃごちゃに詰め込まれてる。それが、あいつらが生きてた証拠だ。胸のところにでっけえ釘が刺さったみてえに、一生消えねえ記憶になって。

 

 「バカやろう・・・!」

 

 手入れや収穫を極たちが手伝ってくれた畑。納見が酔っ払って実を食いまくった果樹園。気持ち悪い薬やなんかが並んでる丸太小屋。どこに言っても見つかるのは黒幕の手掛かりなんかじゃなくて、少し前までの記憶だ。あのときオレは、また誰かが誰かを殺すなんて、これっぽっちも考えてなかった。もう誰も信じられねえと思ってたのに、いつの間にか信じてた。いや、信じてたわけじゃねえ。考えねえようにしてただけだ。だからオレは、後悔してる。信じた結果裏切られたんなら、それは裏切ったヤツが巧くやっただけだ。けど考えることもしねえで出し抜かれちまったのは、オレがそいつを止めようとしなかったからだ。そいつの殺意に、見て見ぬフリをしただけだ。だから、後悔するんだ。

 

 「バカは・・・オレじゃねえか・・・!」

 「あ!!テルジクン!!」

 「うっおおおいっ!!?っだよ!!」

 「あら、意外といい反応」

 

 考え事しながら果樹園歩いてたら、果実みてえにモノクマがぶら下がってた。耳元でいきなりデカい声出されたせいで脳の奥までキンキン響く。膜が張ったみてえに耳が聞こえなくなった。そのうち治るだろうが、モノクマにやられたってだけでかなりイラっとくる。驚いた拍子に髪の毛が木に絡まったじゃねえか。

 

 「いたたっ・・・!なんだこの野郎!びっくりさせんじゃねえよ!」

 「下越クンがらしくなく考え事してるから、元気付けてあげようとしたんじゃない。元気になったみたいでよかったね」

 「うるせえよ!余計なお世話だ!」

 「うぷぷぷぷ♬ホント、キミは扱いやすいんだか扱いにくいんだかよく分からないね。ちょっと前まではみんなのことを支えてあげてたのに、今じゃ誰も信じられないんだから。そんな調子でボクとの裁判でちゃんとやれるわけ?」

 「それこそ余計なお世話だ。お前に心配される筋合いはねえよ」

 「あっそ。せっかくボクがヒントをあげにきたのに、そんな態度とる?」

 「ヒントだあ?」

 

 またモノクマはワケの分からねえことを言う。ヒントってのは雷堂が処刑された後に言ってたような気がするが、そもそもこいつとの裁判に向けてのヒントってことは、こいつにとって不利になるものとか情報ってことだろうが。そんなもんわざわざオレたちに寄越すってことは、罠かデタラメに決まってんじゃんか。さすがにオレだってそれくらいは分かるぞ。

 

 「ちなみに罠でもデタラメでもないからね。裁判ってのは公平に行われなきゃダメなんだ。ボクが一切情報を与えなければ、寝てても勝てちゃう退屈な裁判になっちゃうからね」

 「お前、心が読めるのかよ」

 「下越クンくらい馬鹿(シンプル)な子だったらね」

 「なんとなくバカにされてる気がする・・・」

 「それに下越クンじゃあろくに推理とか考え事とかできないだろうしさ。その点でもボクはキミに手厚いサポートをしてあげなきゃと思ってるわけ」

 「完全にバカにしてんな!」

 

 星砂だけじゃなくてモノクマにまでバカにされる!ちくしょう!とは言え、推理が苦手ってのは実際そうだから、そこは何も言い返せねえ。スニフみてえに頭使ったり、納見や研前みてえに推理の流れに突っ込んだり、正地みてえに役に立ちそうな知識を持ってたりもしない。考えてみりゃ、裁判でオレが役に立つことなんて何もねえ。オレがあの場所にいたって、あいつらの足を引っ張ることになるだけじゃねえのか。そうならねえように一生懸命考えて推理すりゃいいんだろうけど、そればっかりはどうにもならねえ。諦めてるわけでも、無責任になってるわけでもねえ。精一杯やってはいる。だからこそ、どうしようもねえ。

 

 「まあ下越クンのおつむが残念なのは今に始まったことじゃないからいいとして」

 「だったら言うんじゃねえよ!」

 「ボクからのヒントをありがたく受け取りなよ。あんまりにも下越クンがこの後の裁判で活躍できる気がしないから、特別サービスで露骨なのあげちゃう」

 「とことんバカにしやがて・・・なんだってんだよ」

 「雷堂クンが言ってたことだよ」

 「雷堂?」

 

 そう言うとモノクマはへそからモニターを取り出した。どこにもつながってねえのに画面に映像が流れ始める。もう今更こいつの摩訶不思議さにはつっこまねえ。疲れるだけだ。それよりも再生されてるのは、さっきの裁判の後の雷堂の様子だった。まだ俺はあいつが言ったことのほとんどが理解できてねえ。“超高校級の絶望”がどうとか、このモノクマランドがどうとか、一度に聞くには難しい話が多すぎた。

 

 「下越クン、これ見てどう思う?」

 「どうって・・・なんだよ。どうもこうもねえよ」

 「それじゃあ答えになってないよ。キミには雷堂クンの話を聞いて何を感じたの?信じられる?」

 「・・・信じるとか信じねえとか、そんな判断できるほど分かってねえ」

 「だろうと思ったよ!うぷぷぷぷ♬ホント下越クンはバカだね」

 「ああ・・・バカだ」

 「あれ?お決まりのヤツやらないの?」

 「何がしたいんだよお前は」

 

 オレの質問にはまともに答えねえくせに、モノクマはオレにあれこれ質問した挙げ句にくっくっと笑って自分への質問は誤魔化す。こんなんだから相手に為るだけ無駄だと思ってんのに、雷堂が言ってたことなんか持ち出すから気になってしょうがねえ。

 

 「あのね、雷堂クンが言ってた“超高校級の絶望”って、外の世界では殲滅されて歴史になってるって言ったでしょ?」

 「ああ、そんなようなこと言ってたな」

 「だけど、未来機関はその残党を探して抹殺しようとしてる。雷堂クンはその功績で英雄になろうとした。これって矛盾してると思わない?」

 「あン?・・・何がだよ?」

 「えっとだからね。“超高校級の絶望”は殲滅されたの。ね?この世からいなくなったの。だけど、雷堂クンは“超高校級の絶望”を殺すことで英雄になろうとしたの。それって、論理的におかしいよね?」

 「・・・ん〜、はあ」

 「ウソだろ」

 「何がだよ」

 「下越クンの物分かりの悪さがだよ!」

 「あいてっ」

 

 考えられねえようなジャンプをしたモノクマに頭を叩かれた。逆ギレじゃねえかそんなもん。だから難しい言葉使うなってんだよ。

 

 「だーーかーーらーー!もうこの世にはいないはずの“超高校級の絶望”を殺すなんてできるわけないでしょ!なのに雷堂クンはそれを実行して、それを未来機関に認めさせようとしたの!できるわけもないのに!」

 「・・・ああ、なるほどな。そりゃヘンだ」

 「だけど雷堂クンはできると確信していた。それはなぜか?うぷぷ♬“超高校級の絶望”がまだ生きてるっていう確信を得たからだよ」

 「それが極だったってことか」

 「そうそう。だけどそれも確信っていうよりは、とにかく怪しいからそう仮定したら色んなことが繋がった。だから極サンが“超高校級の絶望”だと言える可能性がちょー高いってくらいに留まってるけどね!」

 「それがヒントか?全然意味わからねえぞ」

 「なんでだよ!!」

 

 また叩かれた。オレらがモノクマに手を出すのは禁止されてんのに、こいつはオレのことをバシバシ叩いてきて不公平だ。殴れたとしても、そんなことに何の意味もないことくらいは分かってるが。

 ともかくモノクマが言うには、“超高校級の絶望”ってのが重要なヒントになってるらしい。一回あいつらに話してみねえと、オレだけじゃそれがどれくらい重要なのか判断がつかねえ。どっちにしろ夕飯のときに全員で集まるんだし、捜査の結果だってそこで話すだろ。そういや、今日の夕飯はどうしようか。他のエリアに行く前に、ここで野菜を収穫してホテルに戻ろうかとも考えた。

 

 「さすがにやめとくか・・・」

 「ボクは心配だよ。下越クンがこの状況を正しく認識してるかどうか」

 「なんでお前に心配されなきゃいけねえんだよ」

 「ボクに心配されるほど下越クンのおつむが弱いからだよ!」

 

 最後にもう一発叩かれた。いてえ。

 


 

 Side:正地聖羅

 風に舞い上がった砂が、髪に絡みつく。漂ってきたお酒の匂いに鼻の奥がツンと痛くなった。中は粗末な灯りだけに頼った寂しい空間。並んだお酒のボトルは微かな光を反射してきらめいているけれど、一歩ごとに軋む木造の建物はみすぼらしいとしか言いようのない侘しさをまとっていた。

 

 「ここには何も・・・ないわよね・・・」

 

 ウエスタンエリアはモノクマランドの中でも隅の方にある物寂しいエリアだった。いつか研前さんと納見くんと一緒に探索したときは、納見くんが檻に閉じ込められるわ、お酒に酔うわ、ロデオマシーンに吹っ飛ばされて干し草に埋まるわで、すごく手を焼いたっけ。今はなんだか頼もしくも感じてくるけど、任せて大丈夫かしら。どこかですごく大きなヘマをやらかしそうで、なんだか見てて心配になるわ。

 

 「・・・」

 

 酒場のホールに並んだテーブルのひとつを見て、またこのエリアであったことを思い出す。あの時は、研前さんが虚戈さんをぶっちゃって、研前さんが精神的に落ち込んでたんだっけ。その後には虚戈さんが殺されちゃうし、心の拠り所だった雷堂くんだって、あんなことになっちゃうし、体調を崩すのも無理はないわ。むしろ午前中だけで歩ける程度に回復したのに驚くくらい。

 そんな研前さんの、幸運についての話。犠牲を伴う幸運のこと。茅ヶ崎さんが殺されたのもその幸運のせいだって思ってる。だから余計に精神的につらいんだわ。きっと、絶対にそんなことないのに。

 

 「どうしてあげたらいいのかしら・・・」

 

 たとえ研前さんの幸運が本当に犠牲を伴う形でしか幸運を呼び寄せられないとしても、そのことに研前さん自身が責任を感じる必要はないはずだわ。だって、研前さんだって傷ついてるもの、制御できない幸運で一番不幸になってるのは、一番犠牲を払っているのは、研前さん自身だもの。

 モノクマはきっとそれを知っていて、今夜の裁判でもそれで揺さぶりをかけてくるはず。ずっとこのコロシアイ生活を見ているモノクマが、研前さんの心の傷を狙わないはずがない。それは研前さん以外の私たちにも言えることだけど、少なくとも研前さんの幸運のことを知っているのはワタシとスニフくんだけ。男子ふたりに余計な揺さぶりをかけさせないように、裁判の前に明かして信頼させておかなくちゃ。

 だけどそうなると、私の『弱み』も打ち明けなくちゃいけなくなるのかしら・・・。ううん、研前さんの『弱み』に比べたら、別に人を傷付けるわけじゃないし、大したことじゃないわ。

 

 「うん、言おう!研前さんのことと、私のこと。ちゃんと話して、みんなに理解してもらおう!」

 

 誰もいない殺風景な道の真ん中で、私はそう決意した。乾いた風に乗って砂がほほに当たる。もう他のエリアに行こう。

 


 

 Side:スニフ・L・マクドナルド

 Lottery(くじ引き)のせいだからしょうがないけど、なんだかボク、ちょっぴりこわいArea(エリア)ばっかり当てちゃった気がする。Spiritual Area(スピリチュアルエリア)Museum Area(ミュージアムエリア)Red light Area(歓楽街エリア)だ。まだDay afternoon(午後の昼間)だからひとりでもだいじょぶだけど、Twilight(夕方)になってきたらSpritual Area(スピリチュアルエリア)なんかひとりで行きたくないな。だから、まず先にそっちをInvestigate(捜査する)することにした。

 Spiritual Area(スピリチュアルエリア)はいつもちょっとだけFog()がかかってて、モノヴィークルのHead light(ヘッドライト)でてらしてもあんまり前が見えなくてあぶない。Moist(湿っている)なせいでなんだか空気までべたべたしてくるから、あんまりながくいたくない。Cristal ball(水晶玉)のあるTent(テント)とか、Zombie(ゾンビ)でも出てきそうなボロボロのChurch(教会)、名前がかいてないつるっつるのGrave(お墓)なんかをちゃちゃっとしらべる。じっとそこにいるとこわいから。

 

 「あうぅ・・・」

 

 なんだかBack(背中)がもぞもぞする。なんにもくっついたりしてないんだけど、何かがついてきてるような、のしかかってるようなかんじもしてくる。きもちわるい。ただでさえくらくて先が見えないのに、おくに入っていくほどもっと道の先が見づらくなってくる。いきなり道がなくなったらどうしようなんて、いやなことばっかり考えちゃう。

 なるべくちっちゃくなってモノヴィークルにのってると、いつのまにかおっきくて古いお寺についた。木でできたGate()はいまにもくずれそうで、あちこちにMoss()Mold(カビ)がこびりついてる。石でできた道はなんだかMoist(湿っている)で、Slip(滑る)しちゃいそうであぶない。中はやっぱりきもちわるくて、お堂の中からだれか見てるような気にもなってくる。あんまりそっちの方は見ないようにして、ぐるっと周りをInvestigate(捜査する)する。すぐに、見たことのある場所に出た。

 

 「あっ・・・」

 

 草がぼーぼーにGrow(茂る)してる中に、Ghost(おばけ)みたいにBell(釣鐘)がゆれてる。石をつみ上げてその上に木をくみあわせてつくったBell tower(鐘楼)は、ずっとだれもさわってないみたいにきれいなまま、そこにあった。モノクマがClean(掃除する)したからもう何ものこってないはずなのに、あのときのダイスケさんのすがたがそこにぼんやり見えるような気がしたり、Blood()のにおいがするような気がしたりする。あのとき、みんな何を考えてたんだろう。ダイスケさんをあんな酷いやり方でKill(殺す)したのに、ボクたちといっしょになんでもないかおでInvestigation(捜査)をしていたいよさん。いよさんがダイスケさんをKill(殺す)してたのを見てたのに、それをUtilize(利用する)してClass trial(学級裁判)をめちゃめちゃにしようとしてたハイドさん。ダイスケさんをいちばんに見つけたのに平気なかおして、それどころかダイスケさんのBody(死体)であそぶようなことまでしてたマイムさん。みんなどこかおかしかった。みんな、ちょっとずつCrazy(狂ってる)だった。だけどその人たちはみんないなくなった。ボクたちがClass trial(学級裁判)Truth(真相)を明らかにしたから。もしかしたら・・・ボクたちももう・・・。

 

 「かーっ!ぺっ!マセちゃってまったくさ!」

 「Yikes(きゃっ)!」

 

 いきなりモノクマの声が聞こえてきて、ボクは思わずScream(悲鳴をあげる)した。見ると、モノクマはBell tower(鐘楼)でおじさんみたいにねそべってた。手も足もみじかいくせによくあんなPose(ポーズ)ができるな。なんだかGrumpy(不機嫌そう)だけど、なんでモノクマがこんなところに?

 

 「Whaddya want(何の用だよ), bruin(クマ公)

 「相変わらずボクとサシのときは口が悪いなあ、スニフクンったら。みんなの前では猫被ってるんじゃないの?」

 「ネコですか?」

 「ネコです。よろしくお願い・・・じゃないよ!危うく収容違反するところだったよ!危ない!」

 「???」

 

 モノクマはいつもひとりでExcited(興奮する)して、ひとりでつっこんでる。ボクのことをびっくりさせるためだけにここに来たんじゃないはずだから、何が言いたいのかさっさと話して早くいなくなってほしい。

 

 「ネコじゃないならなんですか」

 「ボクがスニフクンに会いに来る用事なんて決まってるでしょ?うぷぷぷぷ♬ボクからの、ヒ・ン・ト♡」

 「Spit(ぺっ)

 「なんで唾吐いたの!?」

 「Gross(キッモ)

 「ひ、ひどいよ・・・!スニフクンってば本当にボクといるとキャラ違うよ・・・!城之内クンといるときだってもっと柔らかかったよ」

 「お前のせいです」

 「スニフクンは今、反抗期なのね。うんうん、それも成長だよね、と、モノクマは悲しみながらも愛情をもって受け止めたり」

 「Whaddya wanna say(さっさと言えよ)

 

 モノクマとはなしてるとIrritated(イライラする)してきて、言葉がViolent(乱暴な)になっちゃう。しくしく泣くフリをされるとますますヤな気分になってくる。早くきくこときいていなくなってほしい。とにかく早く。

 

 「うん、なんかこれ以上スニフクンにキツいこと言われると本当に泣いちゃいそうだから言うね。あのね、スニフクンって城之内クンと仲良かったでしょ」

 「はい。English(英語)でおはなしできるのうれしかったです」

 「そんだけ」

 「Nmm()?」

 「分かるよスニフクン。青春するために希望ヶ峰学園に来たとはいえ、話し慣れた言葉が通じないっていうのはなかなかストレスだからね。城之内クンみたいに英語が堪能な人がいて、本当によかったね。まあその城之内クンも、すでにここで相模サンに殺されちゃったんだけどさ」

 「それだけですか?」

 「それだけだよ。スニフクンと城之内クンの仲が良かったこと。それだけ改めて伝えに来たんだよ」

 「なんですかそれ?そんなのHint(ヒント)じゃないです」

 「これがヒントになるかどうかは、スニフクンの頑張り次第だよ!せいぜい頑張って考えてね!」

 

 Grinning(にやにや笑う)して、モノクマはBell(釣鐘)の中にJump(ジャンプ)してきえた。下からのぞいてみたけど、やっぱりそこにはだれもいない。ダイスケさんとボクのRelation(関係)が、Class trial(学級裁判)でやくに立つことなんてあるのかな?モノクマはめちゃくちゃなことは言うけど、Lie(ウソ)は言わない。だけど、そんなことの何がHint(ヒント)なのか、ボクにはさっぱり分からなかった。

 


 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:5人

 

【挿絵表示】

 




だいぶ久し振りの投稿です!捜査編の精査とかやってたらかなり間が空いてしまいましたが、毎日1000字チャレンジは続けてましたよ。捜査編はほぼ書き上がっているので、ここからまた投稿していきます。真相予想もしてみてくださいね


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捜査編2

 Side:納見康市

 フェスティバルエリアまでやってきた、ここに来ると未だに虚戈氏の凄惨な死に様と荒川氏の必死の声を思い出してしまう。殺人者が被害者に協力を仰ぐなんて聞いたこともないけれど、それをしてしまうほど、それを受け入れてしまうほど、荒川氏が見つけ出した真実っていうものは、人を変えてしまうらしい。

 

 「はてさてえ、どんなものがあるかねえ」

 

 サ〜カステントの周りを走る山車やエリア中に点在する屋台や神輿の数々。これらを全て調べるのは骨が折れそうだ。だからまずはサ〜カステントを調べることにする。未だにあの光景は瞼に焼き付いて離れない。

 

 「最後の最後までだったねえ・・・いやあ、今もまだ分からないことだらけだあ。虚戈氏も荒川氏もお・・・一体何を知ったって言うんだい」

 

 被害者に殺人に協力するように頼み込むなんてことも、それを受け入れて斬首なんて方法を選ぶことも、学級裁判の仕組みを理解したうえで自分を勝利させてほしいと願うのも、どれもこれも論理的じゃない。しかも自分が死んだ後のことまで考えて手掛かりを遺しておくなんてことも。

 

 「おんやあ?納見クンってばまた考え事ですか?うぷぷ♬いまの生き残りメンバ〜じゃ、納見クンがしっかりしないともしかしたらダメかもね」

 「そんなことないよお。スニフ氏だっているしい、下越氏も正地氏もやるときはやるんだよお。それに研前氏の幸運だって味方だからねえ」

 「その幸運が一番の問題なんだけどなあ」

 「そんでえ、おれに何か用かい?」

 

 モノクマが舞台裏のカ〜テンからひょっこり顔を出した。生き残ってる5人の中では確かにおれが一番裁判ではリ〜ドしなくちゃいけないのかも知れない。そりゃあおれが一番性格悪いからでもある。

 スニフ氏は頭がいいけど悪意に鈍感で人が良すぎるから、モノクマの正体を暴く手掛かりを手に入れても結論を認めたがらない可能性がある。黒幕の正体にもよるけども。研前氏と正地氏もそのきらいがあるけど、研前氏は雷堂氏を目の前で亡くしたばかりで精神的に不安定だし、正地氏は真実が明らかになることに臆病なところがある。下越氏の直感は助けになるけど、考え事は得意じゃない性分だから、やっぱりおれみたいに人を疑ったり最悪を想定できる様な人間はいないようだ。

 

 「用っていうほどのことでもないんだけどね。一応ここに来てくれたからヒントをあげようかと思って」

 「ヒントお?そういやそんなこと言ってたねえ」

 「ここに来たってことは、やっぱり気になってるんでしょ?荒川サンと虚戈サンが何を話したのか!」

 「まあ、明らかに最終裁判で話さなくちゃあいけないことではあるよねえ」

 「だからそのヒントをあげるってんだよ!喜べもっと!」

 「喜んでる場合じゃあないんだよう」

 

 もったいつけたようにモノクマは、カ〜テンの奥から一枚の紙を取り出してきた。もっと大仰なものかと思いきや、コピ〜用紙一枚に収まってしまう程度のものじゃあないか。見ると、地図のようだった。

 

 「こりゃあ・・・ファクトリ〜エリアかい?」

 「そうそう。本当だったら立ち入り禁止に設定してあるエリアだけど、最終裁判に向けてその辺の制限も取っ払ってるから!前にどっかの星砂クンが入ってきそうになって焦ったよホントに」

 「星砂氏がここに行ったのかい?」

 「入る直前になんとか止めたけどね、だってまだ早かったんだもん!あんな段階で明らかにしていいことじゃないんだもん!」

 「ここに行けばあ・・・荒川氏が知った『何か』の正体が分かるのかい?」

 「さあねん」

 

 くっくっと笑って、モノクマは舞台裏の暗闇に後退りして消えた。追いかけてみたけど、すぐにいなくなってた。本当に神出鬼没だ。それはさておき、こんな急展開になるとは思ってもみなかった。自分でも驚いた。おれの心臓がこんなに早鐘を打つことなんてなかった。冷や汗を流して手が震えるなんてのは久し振りだよ。

 これを知れば荒川氏のように何が何でもここを出たくなるのかも知れない。虚戈氏のように死ぬことさえ簡単に受け入れてしまえるようになるのかも知れない。コロシアイを望むような考えに染まってしまうのかも知れない。

 

 「こりゃあ大博打だねえ・・・」

 

 知れば後戻りはできなくなる。知らなければモノクマの仕掛けた裁判に負けてしまうかも知れない。手に入れた情報が有益かどうかは分からない。ベットはおれたち全員の命。こんなしびれるギャンブルはおれじゃあなくて、たまちゃん氏にやらせてあげたかった。

 


 

 Side:下越輝司

 考えてみりゃ、このエリアにはあんまり来たことがなかった。物はたくさんあるくせにどれもこれも持ち出し禁止とあっちゃあ、来る理由がねえからな。薄暗い上にバカみたいに広くて、同じような景色が延々と続くから、方向感覚も時間感覚も狂う。モノモノウォッチがなけりゃ、あっという間に倉庫エリア内だけで遭難だ。

 そもそもこのエリアに何か手掛かりがあっても、持ち出し禁止だから裁判場まで持って行けねえじゃねえか。そりゃさっきモノクマが言ってた公平な裁判ってのに反することじゃねえのか?と、そこまで考えて思い出した。そうだ。このめちゃくちゃ広いエリアの中で、一ヵ所だけ、ひとつ何かを持ち出せる場所があるじゃねえか。ってことは、何かが隠されてるとしたらそこか。

 

 「冴えてるな」

 

 自分で感心するくらい頭のいい推理ができたから、自然と口から言葉が飛び出した。それは独り言になって薄暗い倉庫の床に消えてった。

 倉庫エリアはモノヴィークルで移動できるから、目的地をモノモノウォッチで調べてそこの場所をヴィークルに入力するだけで勝手に連れて行ってくれる。ここから無事に出られたらこの機械だけでも持って帰ろうかな。ヘッドライトも周りの明るさに反応して勝手に点く。そのライトに照らされて、その扉は道の真ん中に急に現れた。特に鍵もかかってなく、押せば簡単に開く。中は、黒光りするどれも似たような形をした銃とか、光を反射して白い影を浮かべる刀とか、あとは名前もよく分からねえ武器がごろごろしてる。奥にはあんぐり口を開けた宝箱みてえな箱がある。たぶん、星砂はここに入ってたモノモノウォッチを持って行ったんだろう。オレは自分のモノモノウォッチの懐中電灯でその辺を照らす。何か置いてあればすぐ見つかると思ったが、武器以外には何も見つからねえ。

 

 「ちっ、やっぱ冴えてねえぞ」

 

 ずらっと並んだ武器はどれもこれも、人を殺すために造られたもんだ。確か、鉄が作ったもんだって誰かが言ってたな。あんな気の小せえヤツがこんな大層なもんを作れるとは、“才能”ってのは分からねえもんだな。それでこっそり商売までやってたってんだからとんでもねえ。それにしても、鉄が作った武器がなんでこんなところにあるんだ?あいつが死んじまってもモノクマが生きてるってことは黒幕なわけがねえし、こっそり商売してたもんをここまでそろえるなんて、普通できるわけねえよな。

 

 「ん?」

 

 あいつが“超高校級のジュエリーデザイナー”だってのは、あいつとあいつの姉ちゃんがウソ吐いてたからだろ?あの希望ヶ峰学園ですらそれに騙されてたってのに、なんで黒幕はそれを見抜いてたんだ?黒幕は、こんだけの武器をそろえられて、あいつが“超高校級の死の商人”だってことを知ってたってことだよな。どういうこった?

 

 「んん?」

 

 それだけじゃねえ。あいつがオレたちによこした『弱み』もそうだ。オレとか星砂のはともかく、雷堂とか虚戈とか極とか、モノクマランドに来る前のことを『弱み』にしてるっておかしくねえか?ってことは、黒幕はオレたちがここに来る前からオレたちのことを知ってて、しかもオレたちからそんな『弱み』を聞き出せるくらい近くにいたヤツってことになるよな?

 

 「んんん?」

 

 でも、オレたちは全員、希望ヶ峰学園に入学しようとして、気付いたらここにいたんだ。その前の時点では誰も知り合いだったりしてねえ。名前くらい聞いたことあるヤツはいたけど、それでも『弱み』まで知れる仲だったわけじゃねえ。だったら黒幕は、どうやってそれを聞き出した?いつの間に聞き出したんだ?そんなことができんのは・・・。

 

 「おおぅ・・・くらくらしてきた」

 

 一気にいろんなこと考えすぎて頭が熱くなってきた。一旦頭冷やして落ち着かねえと、脳みそが茹だっちまう。あとはここともう一ヵ所だけ調べりゃいいんだから、頭冷やすついでにもう移動するか。このエリアにいるとなんか狭い部屋の中に閉じ込められてるような気がしてきて息苦しい。武器庫にも何も手掛かりらしいもんはなさそうだしな。

 オレはモノヴィークルで次のエリアを目的地に設定して、自動運転に任せた。黒幕の正体に繋がるかは分からねえけど、さっき考えたことも覚えておいて、後でスニフたちに話してみよう。

 


 

 Side:研前こなた

 モノヴィークルで島を一周したけど、やっぱりパシフィックエリアに新しい発見はなかった。モノクマランドが絶海の孤島にあるっていうことだけは、改めてはっきりしたけど。モノモノウォッチの地図を確認しながら、私は次にギャンブルエリアにやってきた私は彼の巨大カジノをモノクマに出禁にされたはずだけど、捜査のためだったら入ってもいいのかな。

 

 「クマーーーッ!!」

 「きゃっ」

 「まーた来やがったなコノヤロ!研前サンは出禁だって言ったはずだぞ!」

 「だからあれはわざとじゃないんだってば。それに今回は遊ぶためじゃないよ。捜査のために来たんだからいいでしょ」

 「わざとじゃないのが余計に質悪いんだっての!出禁ったら出禁なの!でも、捜査のためと言われちゃったらなあ。ボクは弱いんだよなあ」

 「どっちなの」

 「じゃあ分かったよ。今からカジノ内のゲームを全部Stopさせるのと、バンクのメダル全部抜く!するから、そしたら捜査していいよ。このエリアにいれば呼んであげるから」

 「・・・」

 

 捜査のためと言ったらモノクマは簡単に折れた。だけど、機械を全部止めてメダルも全部抜くなんて大仕事をしてまで捜査をさせるってことは、カジノの中に何か大事なものが隠されてるってことなのかな?

 取りあえず15分くらいかかるって言われたから、その間は他の施設を調べることにした。競馬用のトラックとか、貸しマージャン卓とか、ビルのペイントがしてある高い台の間に二本の鉄骨が渡してあるよく分からない装置とかがあった。どれもこれも、この後の裁判に関係ありそうなものはない。手持ち無沙汰になってマージャン卓をいじってたら、ひとそろいになって出てきた。東西南北は読めるけど、あとの緑色の文字は読めない。

 

 「お待たせ研前サン!もういいよ!」

 

 モノクマに呼ばれて、私はカジノに向かった。さっきのマージャン卓を見てモノクマがひっくり返る声が聞こえた。聞こえないふりをして私はカジノに入った。

 キラキラした装飾も今は大人しくて、機械が全部止まってるせいで豪華なのにどこか寂しい雰囲気が漂っている。スロットマシーンもルーレットも何もかも停止してて、まるで廃墟だ。

 

 「ねえモノクマ」

 「はい!なんでしょう!」

 「モノクマは私たちにヒントをくれるって言ったよね?そのヒントは、どういう形でくれるの?」

 「ああ。そのことね。別に色んな形があるんじゃない?物だったり紙だったり記憶だったり・・・ボクがしたのは、お前らが真相に辿り着くためのヒントを()()()()()()()()()()()()だけだよ」

 「・・・どういうこと?」

 「うぷぷぷぷぷ♬自分で考えナー!」

 

 それだけ言うと、モノクマはものすごい勢いで飛び上がってどこかに消えてしまった。毎回毎回ヘンテコな現れ方と消え方をするんだな。なんて思う私はのんきなんだろうか。結局、どんな形で手に入るかは教えてくれなかったし。

 ちょっといらっとしたから、本当に機械が止まってるか確かめるために、スロットマシーンのレバーを引いてみた。何も起こらない。ルーレットのボタンを押してみた。やっぱり何も起こらない。本当に止まってるみたいだ。ルーレットに関しては、みんなの顔が描かれていたマスは埋め固められてて、生き残ってる5人分しか残ってない。虚戈さんは気に入ってたみたいだけど、完全に停止してると一層不気味に感じた。もっと奥へ行ってみる。

 

 「あれ?」

 

 モノクマネーとメダルを交換するカウンターの奥に、小さい個室がある。畳が敷かれて安っぽいシンクが見える粗末な部屋だ。休憩室かな。カウンター後ろのスタッフ用ドアの鍵は、軽く引っ張ったら偶然外れたみたいで、難なく開いた。泥棒みたいなことしてるのにちょっとだけ後ろめたさを感じながら、小部屋を覗く。これまた簡素なちゃぶ台が置いてあって、そこに何か乗ってる。

 

 「ん?なんだろうこれ」

 

 合成革のハードファイルで、背表紙にタイトルが書いてある。『“超高校級の絶望”江ノ島盾子』。なんだか文字を見ただけで、頭痛が重くなったみたい。“超高校級の絶望”・・・モノクマのルーレットでスニフ君が引き当ててしまった真相。世界を壊滅させたテロ組織で、江ノ島って人はそのリーダーだったはずだ。そして、雷堂君が極さんを殺した動機にもなった。ひとりで見るのは怖いけど、意を決して開いた。

 

 

 ──“超高校級の絶望”江ノ島盾子──

 “超高校級の絶望”とは、江ノ島盾子そのものを指す言葉である。世界中で破壊活動を行ったテロ集団はあくまで彼女の絶望に魅了された信奉者に過ぎず、あらゆる絶望の根幹には彼女の存在があった。

 そもそも彼女はなぜ絶望に魅入られたのであろうか。彼女のように容姿端麗、英華発外、金声玉振、才色兼備、秀外恵中明眸皓歯芝蘭玉樹仙姿玉質十全十美仙才鬼才羞月閉花絶世独立全知全能唯一無二の人物が、いったいなぜ絶望に身をやつしたのだろうか。それは、その優れた“才能”があったからこそであった。卓越した頭脳を持った江ノ島盾子にとって、この世界は簡単すぎた。あらゆる物事が計算通りになる。あらゆる物事が計算通りに進む。あらゆる物事が計算通りに終わる。彼女は退屈した。しかしそんな彼女の頭脳をもってしても、絶望だけは予測することができなかった。予測できない行動。予測できない感情。予測できない出来事。予測できない結末。絶望が引き起こす未知を、彼女は愛した。彼女にとって絶望は予測不可能な恐怖そのものであり、全てを見通すことができた彼女にとっては救いでもあった。

 

 

 ちんぷんかんぷんだった。分かるのは、この江ノ島盾子っていう人が、人並み外れた考えをしてる人っていうことだけだった。予測できない絶望が彼女にとっての救い・・・何を言ってるのか全然分からない。

 その後のページは、江ノ島盾子って人の写真がアルバムみたいにまとめられてた。サイケデリックなピンク色の髪が生き物のようにうねっている。ざっくりと開いた胸元のシャツから見えるバストはすごく魅力的だ。ミニスカートからすらりと延びた脚は女性らしいきれいさと威圧感を兼ね備えていて、足下に立つモノクマと同じポーズでカメラに向かっていた。はっきり言って、さっきの難しい言葉の羅列が決して言いすぎじゃないと感じるくらいには美人だ。その水色の瞳を見ていると、なんだか吸い込まれそうになって思わず逸らした。このファイルはきっとモノクマからのヒントだ。私はファイルを抱えて、カジノを後にした。

 


 

 

 Side:スニフ・L・マクドナルド

 Spiritual area(スピリチュアルエリア)の次にボクは、Red light area(歓楽街エリア)に来た。ここもなんだかくらいけど、Neon sign(ネオンサイン)があちこちでギラギラしてるから、お店の前のところだけはちょっとあかるい。でもAlley(路地)はものすごくくらくて、Trush(ゴミ)がころがっててきたない。ふつうだったら、ボクひとりじゃぜったいにこんなところ来ない。前に来たときは、ダイスケさんがいっしょだった。たしかこのお店が、Café(カフェ)なんだっけ。ちっちゃいBell()がついたDoor(ドア)をあけて、中に入る。Purple(紫色)Light(照明)Bar counter(バーカウンター)Large sofa(でっかいソファ)がおいてあって、なんだかChic(シック)なかんじだ。でも、ここにもやっぱり何もない。さっきみたいにモノクマが出てくることもない。

 考えてみたら、今までのInvestigation(捜査)はどれもIncident place(事件現場)とそのまわりをしらべてるだけで、今みたいにどこになにがあるかさっぱり分からないことなんてなかった。もしかしたらSpiritual area(スピリチュアルエリア)でもちゃんとInvestigate(捜査する)できてないところがあるかも知れない。なんだかだんだんAnxiously(不安な)になってきた。Class trial(学級裁判)で何がひつようかなんて、今はなんにも分からない。モノクマがHint(ヒント)を出すとは言ってたけど、さっきみたいなことばっかりじゃ何のやくにも立たないし、それをGet(手に入れる)できなかったボクらがDisadvantage(不利な)になるだけだ。

 なんでか分からないけど、今になってそんなことをたくさん考えはじめる。考えれば考えるほどこわくなってくる。モノクマはボクたちに何をさせたいんだろう。どうしてだれもKill(殺す)されてないのに、Class trial(学級裁判)なんかやるんだろう。これってもしかして、モノクマのTrap()なのかな。ボクたち、ホントはどうしたらいいのかな。

 

 「・・・Uuh(うぅ)

 

 なんだかふるえてきた。今まではこんなことなかったのに。今さらになってClass trial(学級裁判)がこわい。Truth(真相)をしるのがこわい。みなさんががんばってClue(手掛かり)をあつめたら、ボクたちみんなでCorporate(協力する)したらTruth(真相)はきっとわかる。だけど、それがボクたちにとってHope(希望)になるかは分からない。今までのClass trial(学級裁判)でだって、Truth(真相)が分かったところでしあわせになった人なんていない。ボクたちはそのたびに、Despair(絶望する)してきた。自分たちであきらかにしてきたTruth(真相)Hurt(傷付ける)されてきた。Last class trial(最後の学級裁判)で、モノクマがボクたちをDespair(絶望する)させないわけがない。そんなTrap()をしかけてくるはずだ。それが分かってるのに、何もPrepare(準備)ができない。何をしてくるのか、ちっともImage(イメージする)できない。それが、こわい。

 

 「・・・」

 

 気付いたときには、かなりながいあいだ、ボクはお店のEntrance(入口)のところに立ってた。ちょっとずつお店の中をいらべてみたけど、Hint(ヒント)になりそうなものは何もない。だけどそれでホントにいいのかな。もしかしたらOverlook(見落とす)してないか。ほかのお店にあるんじゃないか。そんなことばっかり考えて、ちっとも目の前のことにConcentrate(集中する)できない。このままじゃまずい。きっとこうやってAnxiously(不安な)になることも、モノクマのTrap()のひとつだから。

 


 

 Side:正地聖羅

 次のエリアに向かう道すがら、アクティブエリアに立ち寄った。モノクマランドに来た最初の日、私が目を覚ましたのは、ここのプールサイドだった。消毒用塩素の匂いが混じった空気を鼻から吸い込むと、あのときのことを思い出す。グラウンドの方から走ってきた皆桐くんとぶつかって、びっくりして腰を抜かしたっけ。その後は皆桐くんと一緒にこのスポーツセンターを探索していたとき、地下のジムでたまちゃんと星砂くんに出会った。たまちゃんは自分の名前をバラされて怒ってたわね。診療所では怪我した皆桐くんと虚戈さんを介抱したし、ジムで鉄くんのことを陰から見つめていたこともあった。雷堂くんと須磨倉くんと納見くんと鉄くんでキャッチボールをしたし、女子のみんなで温泉に入ったこともあった。城之内くんたちが覗きをしていたことが発覚して、極さんに折檻されてたっけ。

 裁判に向けての捜査をしているはずなのに、探索すればするほどみんなとの思い出がよみがえってくる。まるでそこにみんながいるみたいに、鮮明な記憶に苛まれる。どうやら精神的に参ってるのは、研前さんだけじゃないみたい。

 

 「あっ・・・」

 

 プールを捜査していて、また思い出してしまった。みんなでバーベキューをしたときのことを。あのときは下越くんをみんなで元気付けようとしてたんだっけ。そのときに雷堂くんが極さんの着替えを覗いちゃって・・・なんだかプールサイドに人が集まるとそういうことが起きるジンクスでもあるのかしら。

 

 「コロシアイなんてしてても結局オマエラは思春期真っ盛りな高校生なんだね!お盛んなことで!盛りに盛ってるんだね!」

 「きゃあっ!?」

 「あふ〜ん♡」

 「な、なによ・・・!気持ちの悪い声出して・・・!」

 「そんなに新鮮に驚いてくれるのがすごくうれしくてさ。みんなもうすっかりボクの登場にも慣れちゃって、今じゃ正地サンくらいだよ。そんなリアクションとってくれるの」

 「心臓に悪いからやめてちょうだい」

 

 またしもていきなり現れたモノクマのせいで、胸が痛くなるほど驚いた。危うくプールに落ちちゃうところを、モノクマがエプロンの裾を引っ張ったおかげでなんとか留まった。お礼なんて絶対に言わないけれど。モノクマはモノクマで、身を捩らせて気持ちの悪いことを言う。いい迷惑だわ。

 

 「な、なんの用・・・?裁判まで私たちにはかかわらないんじゃなかったの?」

 「そんなこと一言も言ってないんですけど?ボクはオマエラがボクと対等に戦えるように準備を進めることはしたけど、その間ノータッチだなんて言ってないんですけど?」

 「用があるのかって聞いてるのよ」

 「ヒントをあげにきたんだよ。アクティブエリアを見てちょっとおセンチになっちゃってる正地サンを見てると、ボクの優しい方の心がズキズキ疼いちゃうんだ。悪い方の心はドキドキ弾んじゃうんだけどね!って誰がロールパンの戦士だ!」

 「ヒントってなんなの」

 

 ひとりでよく分からないことを言ってるけど、要するに私の裁判に向けての手掛かりを与えに来たっていうわけね。モノクマが敢えて寄越すくらいだから絶対にろくなことじゃないと思うけれど、公平にするためにヒントを与えるのが必要っていうことは、私だけの力じゃ手に入れられないっていうことよね。怖いけれど、覚悟しなくちゃいけなさそうね。

 

 「うぷぷ♬いやあ、今にして思えばだよ?ここで雷堂クンが極サンの裸を見ちゃったのって、ホントにすごい()()のなせる業だよなあって思ってさ」

 「だから、何が言いたいの?」

 「覗きくらいの話で済めばよかったけど、そのときに極サンの裸を見たことが、雷堂クンが極サンを狙う発端になったとも言えるんだなと思ってさ。いやー、運命的だよね!もし極サンがいなくなっちゃえば、なんて思ってる人にとってはすごく()()()()()()()()()よね!」

 「それもこれも全部研前さんのせいだって言いたいの?バカなこと言わないで。研前さんは何もしてない。あなたみたいに人を陥れようとなんかしてないし、責任もないのに自分を責める優しい子なのよ」

 「ふーん、茅ヶ崎サンのことやそれ以外の細々したことを聞いても、そんなこと言えるんだ」

 「当然よ。今までの研前さんを見て、そんな風に思う人なんかひとりもいないわ」

 「あっそう。ふーん、案外そっちの芯は強いんだね。じゃあストレートにヒントあげようかな」

 「え。あ、そうなの?なんだったの今の・・・?」

 「極サンが人に肌を見せようとしなかったのは、なんでだと思う?」

 「なんでって・・・」

 

 極さんが人に肌を見せたがらないのは、たぶん恥ずかしいからとか視線が気になるとか、そういうことじゃないと思う。もしかしたら、雷堂くんみたいなことを考える人が出てくることを悟っていたからなのかしら。だから私が温泉に誘ったときも断ったんだと思う。でも、それって自分の体の異変に、もっと早くから気付いてたってことよね?でも・・・。

 

 「・・・?」

 「うぷぷぷぷ♬まーその意味をしっかり考えてみることだね!どうして極サンは肌を見せたがらなかったのか!ボクが教えられるのはここまでだよ!」

 「えっ・・・!ちょ、ちょっと待って・・・!」

 「アデュー!!!!」

 

 最後だけやたら大声を出して、モノクマはプールに飛び込んだ。いびつな波紋だけを残して、モノクマの姿はすっかり消えてしまった。ただひとり、プールサイドに遺された私の頭の中で、モノクマにぶつけられた質問がぐるぐる繰り返されてた。

 

 「極さんが肌を見せなかった理由・・・それが、最後の裁判で重要になるの・・・?」

 

 たぶん、自分でもびっくりするくらいしばらくそこにいたんだと思う。予定の探索時間より大幅に時間を取っちゃってることに気付いて、私は残りのエリアを探索しにアクティブエリアを離れた。

 


 

 Side:スニフ・L・マクドナルド

 「Wow(うわあ)・・・Great(すごい)・・・!」

 

 ボクはMeseum area(ミュージアムエリア)に来ていた。そこのMuseum(博物館)にかざってあるおっきなStatue()を見上げてた。うねうねのHair(髪の毛)をふたつむすんで、みじかいSkirt(スカート)とするどいBoots(ブーツ)、目はおっきくてSexy(セクシー)なふくを着てる。モノクマCatsle()にあったPortrait(肖像画)と同じ人だ。ずっと見上げてるせいか、この人の目を見てるとくらくらしてくる。

 

 「エノシマジュンコ・・・この人が?」

 

 This morning(今朝)Class trial(学級裁判)のあとで、ワタルさんが言ってた。この人が“Ultimate Despair(超高校級の絶望)”のLeader(リーダー)なんだって。むかしから、こういう大きなStatue()がある人はすごくえらい人なんだっていうのをきいた。ここにこのStatue()があるってことは、少なくともこのエノシマジュンコって人をえらい人だと思ってる人たちがいるってことだ。Terrorist(テロリスト)Leader(リーダー)なんだったら、きっとこれをつくったのはそのTerrorist(テロリスト)たちってことになるけど・・・。

 

 「『The World of Despair Had Been Established(絶望の国の建つ日)』・・・」

 

 モノクマが言ってた。このモノクマランドが、ボクたちの“セカイ”なんだって。このTitle(タイトル)が、そんなことを思い出させた。このStatue()の足下にいるだけで、なんだかどんどんDesperate(絶望的な)な気分になってくる。イヤな気分だ。それなのに、Shoes()がそこのFloor()にはりついたみたいにうごかない。今すぐ走ってにげだしたいような、ずっとそこにいたいような、Contradictry(矛盾する)な気持ち。Body temperature(体温)がひくくなってゾクゾクするのに、Heart(心臓)はドキドキいってむねがあつい。よく分からない気持ちのまま、ボクはBlink(瞬き)するのもわすれてたことに気付いて、やっとそのStatue()から目をはなすことができた。なんとかSanity(正気)にもどれた。Museum area(ミュージアムエリア)は他にももっとしらべたいところがあるんだ。ボクはそのStatue()をなるべく見ないように、にげるようにMuseum(博物館)から出た。

 色んなArea(エリア)に行くと、そこの思い出がわきあがってくる。ここは、ダイスケさんたちがParty(パーティ)をしようって言ってくれて、みんなでMidnight(真夜中)Movie(映画)を見たところだ。いよさんがDialect()をして、こなたさんのとなりだった。だけど、そのMovie(映画)のあいだに、いよさんはダイスケさんをKill(殺す)した。いよさんがどうしてあんなことをしたのか、それはいよさんのExection(処刑)がおわったあとに分かった。いよさんがのこしてたFilm(フィルム)で、たまちゃんさんとサイクローさんといっしょにそれを見た。だけど、まだ分からないことがのこってた。

 

 「・・・After all, it's strange(やっぱりおかしいよな)

 

 Film(フィルム)の中のいよさんは、あきらかに自分がだれかをKill(殺す)することをBelieve(確信する)してる。だけどそれは、どこかいよさんが自分にTalk(言い聞かせる)するようなかんじだった。どうしていよさんはこんなものをのこしたんだろう。それに、こんなのをいつShoot(撮影する)したんだろう。それにこのMovie(映画)はどう見ても、いよさんともうひとりだれかがいる。これをShoot(撮影する)してる。だれかが。

 

 「ハイドさん・・・?」

 

 いよさんがこんなにだれかをKill(殺す)しようとしてるなら、これをShoot(撮影する)してるだれかは止めるはずだ。だけどそれをしてない。あのとき、ボクたちの中でこんなことになってるいよさんを止めない人は、ハイドさんしかいない。だけど、それもおかしい。Class trial(学級裁判)のとき、ハイドさんがこっそりThe scene(犯行現場)を見てたことに、いよさんはあせってた。こんなことをしてたら、ハイドさんが知っててもおかしくないんだから、あのReaction(反応)はおかしい。

 

 「じゃあ、マイムさん?」

 

 ハイドさんじゃなかったら、こんなことをしそうな人は、あとはマイムさんしかいない。だけどそれもなさそうだ。マイムさんはあのとき、まだ死ぬのをいやがってた。エルリさんのときは、何かを知ってAccept(受け入れる)したみたいだけど、このときはまだそんなことにはなってなかった。だから、マイムさんでもない。じゃあだれが?

 

 「Umm(う〜ん)・・・」

 

 ここでひとりで考えてるだけじゃ、Answer(答え)は出なさそうだ。それに、それがRight(正しい)ってこともボクひとりじゃ分からない。こんなことがモノクマとのClass trial(学級裁判)Important(重要な)になるとは思えないけど、みなさんといっしょに考えた方がよさそうだ。それに、Investigate(捜査する)しなくちゃいけないところはもう1こある。ボクはTheater(キネマ館)を出て、モノヴィークルにのった。きっと、いやまちがないなく、Important clue(重要な手掛かり)があるはずのところに向けて。

 


 

 またここに来ることになるなんて、思いもしなかった。Before(前に)、来たのは、エルリさんのモノヴィークルをおいかけるヤスイチさんをおいかけたときだ。そこでヤスイチさんは、あのMedical certificate(診断書)の束を見つけたんだ。エルリさんがどうしてここにMedical certificate(診断書)をかくしたのかは分からないけど、もしかしたら、エルリさんがマイムさんにはなしたこととかんけいあるのかな。

 モノクマのUgly face(ブッサイクな面)Design(デザイン)されたDome(ドーム型)のここは、The museum of The Killing(コロシアイ記録館)だ。中はBad taste(悪趣味)なモノクマのGolden statue(黄金の像)があって、そのまわりのかべ一面がBook shelf(本棚)になってる。それを、びっちりうめつくすFile(ファイル)Ceiling(天井)までならんでる。まえにひとつ中を見てみたことがある。それは、ボクたちよりまえのThe Killing(コロシアイ)Log(記録)だった。だれが、だれを、どんなふうに、どうやってKill(殺す)したのか。Class trial(学級裁判)はどんなふうにすすんで、どんなClue(手掛かり)があったのか。Winner(勝者)はだれで、Loser(敗者)はどんなExecution(処刑)をされたのか。そんなことがDetail(詳細)にかいてある。ひとつのFile(ファイル)でひとつのThe Killing(コロシアイ)だ。つまり、このかぞえるのだってイヤになるほどのFile(ファイル)のかずだけ、The Killing(コロシアイ)はおきてるってことだ。

 また体がふるえた。ボクたちがこれからたたかおうとしてるMastermind(黒幕)は、どんなヤツなんだろう。これだけのThe Killing(コロシアイ)をするなんて、ぜったいにNot sane(正気じゃない)だ。どれくらいのじかん、どれくらいのいのち、どれくらいのDespair(絶望)がここにあるんだ。くらくらしてきた。だけど、こんなところでも、こんなところだからこそ、何かClue(手掛かり)があるはずなんだ。ボクたちがしてきたことと同じことのLog(記録)がここにあるんなら、その中にMastermind(黒幕)Purpose(目的)やこの生活のTruth(真相)がかくされてるはずなんだ。Profiling(プロファイリング)なんてしたことないけど、Logical(論理的に)にかんがえれば何かわかるかもしれない。

 

 「・・・」

 

 File(ファイル)をひらく。Photograph(写真)を見るだけでDepressed(落ち込む)になる。モノモノウォッチのTranslation apply(翻訳アプリ)でよんでいくと、もっとMelancholic(憂鬱な)な気分になる。

 またFile(ファイル)をひらく。おもわず目をとじたくなるようなPhotograph(写真)ばっかりだ。Class trial(学級裁判)で負けた犯人(クロ)が、Image(イメージする)することもできないひどいやり方でExecute(処刑する)されていく。

 ちがうFile(ファイル)をひらく。犯人(クロ)ひとりひとりにもBackbone(背景)があって、どうしてこんなことをするのかなんてことまでかいてある。Threaten(脅す)されて仕方なくした人もいる。たのしんでした人もいる。Thrill(スリル)のためにSeriously(本気で)にやった人もいる。だけど、Last(最後)にこのモノクマランドから『Lost paradise(失楽園)』になった人は、だれもいない。

 

 「Damn it(ちくしょうめ)・・・!」

 

 ボクたちにはじかんがないんだ。ここにあるFile(ファイル)をぜんぶよんでるじかんなんてない。それなのに、どれだけよんでもFile(ファイル)はまだまだある。ひとつひとつがボクのMental(精神)Damage(ダメージ)をよこす。こんなんじゃ、あしたどころか何年かかってもおわらない。

 

 「・・・Huh(あれ)?」

 

 たぶん、10こよりたくさんのFile(ファイル)をよんだ。11こ目をひらいたときに、ちょっとだけ気になった。気になったから、うしろのならべてた10このFile(ファイル)をぜんぶひらいた。それから、Book shelf(本棚)にあった12こ目をひらいた。やっぱりそうだ。

 13こ目をひらいた。これもおんなじだ。14こ目をひらいた。おなじだ。15こ目。おなじ。16こ目。おなじ。17こ目。18こ目。19こ目。20、21、22、23、24、──────。

 

 「Could be that(まさか)・・・?」

 

 ボクはいま、すごくひどいことを考えてた。

 


 

 Side:納見康市

 ファクトリ〜エリアはちょうどおれが捜査することになってたエリアだったから、その前に近くのインフラエリアを捜査することにした。4回目の裁判が終わってここに来たときからの疑問の一部が解消された気がする。それは、電気・ガス・水道・その他インフラ設備がこのエリアにまとめられて賄われてるんなら、ファクトリ〜エリアの工場は何を生み出してるのかということだ。

 

 「こんなところには何もないよ早くファクトリーエリアにお行きなさいよ」

 

 一応エリアの規則だからってことで、モノクマが付き添っている。さっきの今だってのに、ずいぶんと大人しくなったもんだ。

 

 「あのね。今オマエラがあちこちで同時に捜査してるもんだから、ボクは行ったり来たりで大変なの。もしかして納見クンは、テレビに出てる芸能人がみんな素で出てると思ってるタイプ?あんなんキャラだよキャラ!仮面被らないと商売にならないんだよ!」

 「そうなのかい?ってえことはあ、みんなそれぞれで捜査の成果は出てるってことだろうねえ。わざわざお前が出てくるんだったらさあ」

 「どうだろね!」

 「電気と水道はまだしもお、ガスなんてどこから持って来てるのやらあ。近くにガス田でもあるのかい?」

 「ちっちっち!甘いなあ納見クンは!これだからネットで囓った程度の知識でマウントとってくるイマドキのガキんちょは青いんだよ!」

 「そんなに浅薄な質問だったかなあ」

 「ガスに限らず石油も石炭も所詮は化学物質で化合物なの!つまり必要な元素と十分な設備があれば生成可能なわけ!学校で実験したでしょ?ボクのスーパー科学力を以てすれば、そんなの簡単にできるの!」

 「そっちの理論の方が浅はかじゃあないかあ。合成するエネルギ〜の方が取り出せるエネルギ〜よりも多くなりそうだけどお」

 「うるさいうるさいうるさーい!もっと勉強しろー!」

 「それにそんな技術があるんなら風力発電や波力発電なんてクリ〜ンエネルギ〜に頼ることないんじゃあないかい?」

 「人工燃料だけじゃ賄いきれなくなったときや、もしものときのための備蓄が必要でしょ。これだから魚は切り身のまま海で泳いでると思ってる世代は」

 「思ってないよお」

 

 マグロの解体ショ〜も見たっていうのに。それはさておき、あんまりモノクマはこのエリアに興味がないらしい。さっさと出て行けとまで言うんだから、ここには有用そうな手掛かりはないってことでいいと思う。重要な証拠があるのにそんなことを言えば、裁判の公平性を重視してきた今までと矛盾してしまう。

 

 「そんじゃあファクトリ〜エリアにでも行こうかねえ」

 「うぷぷ!行ってらっしゃい。どんなリアクションするか、ボクも楽しみにしてるよん♬」

 

 どうせろくなことにはならないんだろうなあ。そう思いながら、おれはモノヴィ〜クルのパネルを捜査した。ゆっくり動き出すヴィ〜クルに身を任せて、ファクトリ〜エリアまでのわずかな時間に覚悟を決めておく。何を見ても()()()()()()()を。

 


 

 Side:研前こなた

 最後に私が向かったのは、田園エリアだ。人工の風、人工の芝、人工の川、一見のどかな風景に見えても、それらが全て明らかな造り物だと気付いたとき、このエリアは何とも言えない狂気を醸し出す。造り物なのが明らかな分、まだパシフィックエリアよりマシかも知れないけど。

 

 「ふぅ」

 

 たとえ人工芝でも、寝転がったときにほほをくすぐる感触は気持ちいいし、柔らかく吹き抜ける風が清々しいのは同じだここに腰を下ろすと、いつか極さんと語らったことを思い出す。誰よりも強くあろうとして、責任感が強くて、だけど普通の女子高生に憧れてた普通じゃない彼女。あのときも私は気持ちが参ってた。それを元気付けてくれたのは極さんだ。

 

 「・・・どうして私なんかが生きてるんだろう」

 

 ふと口をついて出たのはそんな言葉だった。頭の中で反響するその言葉に自分で驚く。だけど、そんなことを言う自分の気持ちは理解できた。だって私なんかより、極さんの方がよっぽどみんなを元気付けられたはずだ。私なんて、幸運なんてものがなければただの女子高生でしかないのに。どうして私が生き残ってるんだろう。私はどうやってみんなの役に立てばいいんだろう。私なんかに何ができるっていうんだろう。そんな重いが頭の中をぐるぐる巡る。私なんかが生きてていいんだろうか。きっとよくないんだ。

 だって、雷堂君が極さんを殺したのも、その後の裁判で雷堂君が()()()()口を滑らせたのも、きっとまた私のせいだから。私が思ったから。私が祈ったから。私が願ったから。雷堂君にふられたくない。ただそう望んでしまったから、雷堂君は私をふる前にいなくなった。ただそれだけのことなんだ。

 


 

 Side:正地聖羅

 前にここに来たときも、確か納見くんと一緒だった気がするわ。二度目の裁判が終わった後で、まだ楽観的で能天気だった納見くんに呆れながら探索したっけ。

 瓦や木造建築、道端に井戸と水路があって、看板代わりに屋号がぶら下げてある。お城がない城下町エリアに来ていた。その一角には、いつか鉄くんが物憂げに眺めていた鍛冶場もあった。鍛冶師としての自分と、ジュエリーデザイナーとしての自分。どちらも“超高校級の死の商人”になってしまった罪悪感のせいで、正面から向き合えなかった。やっと心を決めたと思ったのに、星砂くんの策謀に巻き込まれて・・・。

 

 「!」

 

 火のない炉。ぺったんこになったふいご。冷たい金床。無造作に投げ捨てられた金鎚。そんな寂しい鍛冶場でそんなことを考えていて、気付くと涙がこぼれていた。誰も見ているはずがないのに、慌ててそれを拭う。ここで鎚を奮うことができていたら、鉄くんは何か変わったのかしら。お姉さんと決別して、また自分の刀を打つことができたのかしら。私が悔やんでも仕方がないのに、どうしてもそんなことが次々と浮かんできて涙が止まらなくなる。私は鉄くんの苦悩を知った。『弱み』も、過去も知った。すべて鉄くんが私に話してくれたからだ。私は、何をしてあげられただろう。鉄くんの背負う重荷を支えることも、その苦しみを癒すことも、満足にしてあげられなかったんじゃないかと思う。もし、もう一度鉄くんに会うことができたら、私は何を話すだろう。

 

 「・・・ぐすっ」

 

 私は無力だわ。“超高校級の按摩”なんて、ここでは何の力も持たない。このコロシアイ生活では心を癒すことが何よりも大切なのに、私にできるのは体の疲れをほぐすことだけ、勉強不足で力不足な、ただの高校生。それを痛いほど感じていた。せめて、明日の裁判では、みんなの役に立たないと。研前さんだけでも、私が救ってあげないと。

 

 「泣いてばかりじゃ・・・鉄くんに怒られるわね」

 

 めそめそしてないで、自分にできることをしなさいって。いつか私が鉄くんに言ったっけ。今の私を見たら、きっと鉄くんは幻滅する。もっとしっかりしなくちゃ。私はスニフくんや納見くんみたいに推理する力はないけれど、みんなを支えてあげることくらいはやりきらないと。診療所や“才能”研究室にもきちんとした設備が整っているわけだし。

 ただ少し気味が悪いのは、その診療所や“才能”研究室にある設備がどれもこれも、素人が準備したとは思えないほど行き届いていることなのよね。マッサージ器とか専用の道具とかならまだしも、実際に施術するときに必要なタオル類やキャンドルの火を扱うのに必要な道具類、ミネラルウォーターに紙コップみたいなものまで。私の研究室以外もそんな感じだったらしい。全部を黒幕が用意したんだとしたら、黒幕はずいぶんと色んなことに精通しているっていうことになる。ここにある鍛冶具だって、刀を打つ上で全く問題ないほど道具が調っているって鉄くんが言ってたし。それも、黒幕の正体に繋がるヒントなのかしら?

 


 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:5人

 

【挿絵表示】

 




既に書き上がっていた分、ちゃっちゃか投稿していきますよ。
とは言え、捜査編分しか書けていないので、裁判編はまたお待たせすることになると思います。
取りあえず次の話は今月中にあげられるように頑張ります٩( 'ω' )و


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捜査編3

 Side:下越輝司

 「・・・しくった」

 

 こんなところの探索を引き受けるんじゃなかった。前に来たときより雑草がいくらか茂り始めた遺跡エリアに着いてから、そう思った。でもま、ここがやべえところだってのを知ってるのは今はオレしかいねえか。間違って他のヤツが怪我なんかでもしたら大変なことになるしな。少なくともオレは、ヘンな怪我だけはしねえように気を付けよう。

 靴にまとわりつく赤土を、石畳につま先を打ち付けて落とす。その辺の木の枝で隙間に挟まってる湿った土をこそぎ落として、ひんやり冷たい空気の漂う通路に入って行く。取りあえずここは安全なルートだったはずだ。

 

 「相変わらず気持ち悪い絵だな・・・」

 

 巨大な遺跡には3本の道がある。この壁画の道は、入口から奥の部屋まで壁にびっしりと壁画が描かれてる。その辺の雑草を煮詰めて色を絞り出したような、気持ち悪い色合いの絵が続くと思えば、絵の具を使った彩り豊かなもんも出てくる。物語調になってるらしいが、絵だけじゃどんな話かよく分からねえ。

 ふたりの女が出てきて、ひとりがひとりを殺したり、他にもたくさんのヤツらが出てきては死に、出てきては死に、最後には最初の女も死んだ。後には、どっかの島で同じように殺し合ってるヤツらの絵もある。とにかくそんな趣味悪い絵がひたすら続く道だ。もうひとつの冒険の道よりはよっぽどマシだが、モノモノウォッチの懐中電灯に照らされた不気味な絵が薄暗い中から急に出てくるのは心臓に悪い。なんだってこんな薄気味悪いもんを描くんだ。どうせ意味なんかねえくせに。

 通路を抜けると吹き抜けの大ホールに出る。ホールの奥にある祭壇みたいなところは、確か極と荒川が何か話してたな。生贄がどうのこうのとか。そんなことやるヤツなんているわけねえけど、この場所はなんとなく気味が悪い。日はもう傾き始めて、丸く切り取られた空はまだ明るいが、今日という日の終わりを感じさせる色になってきている。頼れる灯りはモノモノウォッチくらいだから、こんなところで夕方になったら気持ち悪くてしょうがねえ。くまなく捜索するってんなら、冒険の道と、あとまだ行ったことのねえ神聖の道ってのも見ていかなきゃならねえ。モノクマのことだから、むしろそっちの道に何かがある方があり得そうだ。オレは道に踏み入る前に思いっきり息を吸い込んだ。

 

 「うわあああああああああああああああっ!!!」

 

 ちょこざいな罠なんかに時間かけてられっか!なんかスイッチ押したり罠に引っかかったりしても、ダッシュすりゃ仕掛け食らうより前に逃げられんだろ!

 カチッと床が沈む感覚がすると、後ろから金属が壁に叩きつけられる音がした。矢が飛び出たらしい。顔面にかぶさってくるクモの巣はそのたび、雑に手で払った。槍が飛び出たり岩が転がってきたり針天井が落っこちてきたり、怪我じゃすまねえほどの罠が次から次へと現れては後ろに消えていく。意外といけるぞこの方法!

 

 「ぜぇ・・・!ぜぇ・・・!」

 

 思ったより道が長かったが、モノモノウォッチのおかげで床や壁の見落としはなかった。その証拠に、食らいそうになった罠はだいたい覚えてるしな。取りあえず逃げ切った!ざまあみろモノクマ!あとは神聖の道っつうところを探索すりゃ終わりだな!壁画の道はそのまんま壁画、冒険の道は罠だらけってことは、神聖の道にあんのは・・・分からん!行ってみるしかねえか。

 

 「・・・はあ」

 

 神聖の道は、壁画の道と似たような感じだった。違うのは、あっちが壁一面に気味悪い絵が描かれてるのに対して、こっちはヘンな風に着飾ったモノクマの像が並んでるだけだった。像に触るのは禁止されてるらしい。どぎまぎしながら突入したオレの緊張を返せ。それにしてもこのモノクマども、どうもどっかで見たような恰好してんだよな。どこで見たんだっけな。思い出せねえ。

 


 

 Side:納見康市

 ファクトリ〜エリアは茅ヶ崎氏の遺体を捜査するときに入ってからは近付いてもいなかった。内部構造は初日に捜査した雷堂氏から聞いていたけど、本当に迷路みたいになっている。ただ、今はモノクマから渡された地図とモノヴィ〜クルっていう足がある。星砂氏はこれを頭脳だけで攻略したっていうんだから、やっぱり能力はあったんだな。なんてのんきに考えているうちに、ヴィ〜クルは目的地に着いた。

 曲がりくねって数m先も工場の陰になって見えない道をひたすら進んで、辿り着いたのはいかにも怪しげな巨大工場だった。もうもうと煙突から立ち上る灰色と、でっかいおばけがいびきでもかいているようなうねり、複雑に入り組んだパイプや迷路と無機質な壁が、何とも言えない不気味さを醸し出している。

 

 「誰か連れてくればよかったかなあ」

 

 今更になって怖じ気づいてきた。けど誰かを呼びに行ってる時間はないし捜査の手が減るのは困る。何より覚悟を決めてからでないとここには入れない。意を決して、おれは敷地に立ち入った。モノヴィ〜クルは入口脇に停めておいて、歩いて工場まで入って行く。

 内部は思いのほか清潔な感じにまとめられてて廃工場みたいな雑多さはなかった。稼働してるってことは中でモノクマでも働いてるのかと思ったら、誰もいない。機械がひとりでに動いてるみたいだ。それとも、おれに見つからないように隠れてるだけ?そう考えると真後ろに誰かがいそうな気がして、思わず振り返る。下手なおばけ屋敷なんか目じゃないくらいの緊張感だ。

 正面の大きな扉は重厚で、なんだかどっしりと構えて隙がないような印象を受ける。横道に逸れた廊下の先には自動ドアがあって、そこの奥からは何だか重い機械音が幾つも重なって聞こえてきた。気になって、そっちに進む。

 

 「うわあ・・・なんだろうねえこりゃあ」

 

 少し広い部屋の中には、夥しい数の機械やベルトコンベアが並んでいて、何かの製造ラインだと一目で分かった。ロボットアームがそこかしこで自動で動いて、同じものを次々生み出していく。出来上がった製品が流れていくコンベアに近付いて見てみる。

 

 「・・・?小さいねえ。なんかのパーツかなあ?」

 

 出来上がった製品が大量にパック詰めされては箱に詰められていく。その箱が部屋の奥へと流れていって、その先は立ち入れないようになっていた。小さすぎてなんだかよく分からないけど、ネジやボルトの類とは違う、超小型の精密機械って感じがした。何があって何をしているかはよく分かったけどお、何のためのものかはよく分からないなあ。

 元の通路を戻って、大きな扉の前に来た。病院の手術室に繋がるような、観音開きの扉だ。稼働中のランプがついていて、衛生服を着て全身消毒を受けないと入れないようだった。顔まですっぽり覆った上からなら、消毒液をかけられても平気だ。装着して、ドアに手をかける。

 奥には、このコロシアイの真相に繋がる手掛かりが眠っているはずだ。これ以上ないってくらい緊張した胸を深呼吸で落ち着かせて、ノブを引いた。

 

 「・・・?」

 

 白を基調とした明るい通路からやけに暗い部屋に入ったせいか、視界がぼやけて部屋の中の状況がすぐには理解できなかった。だけどヤバい薬品を作っていたりゾンビを強力に肉体改造してたりするわけじゃあなさそうで、ひとまずそこは安心した。

 どうやらこの部屋は工場全体をぶち抜いているらしい。部屋の中央には巨大な円筒形の装置があって、そのてっぺんから大小さまざまなチュ〜ブやパイプが髪の毛みたいに延びている。それらが繋がる先は、何がなんだか分からない文字の羅列が表示されてるコンピュ〜タ〜や、見上げるほど高いところの壁に開いた穴の向こう側で、ここからは正体が掴めなさそうだ。

 中央の円筒形の装置を取り囲むように、人ひとりが余裕で入れるサイズの巨大カプセルがずらりと整列していて、中は妙な色の液体で満たされている。それ以外は空っぽに見えるけど、もっと近付いてみないと判断できない。足下のチュ〜ブやらでつまずかないよう慎重に進んで行く。近付いてみると、別の出入り口に繋がる平らな通路もあった。部屋の中はごうごうという機械音だけで満たされていて息苦しい。やっとの思いでカプセルの前に辿り着いてみると、そのカプセルも案外高い場所に設置されてることが分かった。下を覗くとハッチになっていって、壁面には何かを上げ下げするためのレ〜ルも敷かれている。これだけじゃあなんのこっちゃ分からない。

 

 「んん?」

 

 部屋の高い場所から軽い機械音がすると思ったら、壁に開いた穴からア〜ムが伸びてきていた。その先には何かが握られている。それはゆっくり円筒形の装置に近付くと、カプセルの真上で止まった。ひとりでにカプセルの上部がフタのように開いて、ア〜ムは握ったものを液体の中に浸す。そこで何が行われてるか分からないけど、すぐにア〜ムは空っぽになったそれを持って戻っていった。とにかく手掛かりが欲しい。そのア〜ムの行く先を追ってみた。

 ア〜ムが繋がっていたのは、巨大な装置がある部屋のすぐ隣だった。装置のある部屋よりも厳重な衛生管理に加えて、紫外線や超音波みたいなものにまで気を遣っているらしい警告がドアに貼り付けてある。重いドアを開くのは二度目だからか、さっきより抵抗なく開けた。

 

 「さてえ、なんだろうねえこりゃあ」

 

 今度はそれほど広くない部屋に、さっきのカプセルと同じ妙な色の液体が詰まった水槽が並んでいた。ア〜ムが握っていたのはこれだったみたいだ。よく見ると棚に整列してるんじゃなくて、水槽は一列になって徐々に動いていた。ア〜ムが部屋の左奥天井付近から伸びていて、水槽は超低速のベルトコンベアで部屋を移動していた。立体的な動線をしている理由はなんだろう。そもそもこの水槽はなんなんだろう。ここまでくると好奇心の方が強くなってきた。そのうちひとつを覗いてみる。

 薄く黄ばんだ若干粘りけのある液体。水槽はフタが分厚い以外に不自然な点はない。よく見ると何か浮いている。黄ばんだ視界の中でも薄く輪郭が見える。小さい丸い形をしていた。そこから伸びる小さな出っ張り。目で形をなぞる。未熟ながらも複雑な形をしたそれは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ!!うああああああああああああっ!!!?」

 

 気付いた。気付いてしまった。見てしまった。理解した瞬間に背筋が凍った。金縛りにあった。腹の底から嗚咽がこみ上げてきた。恐怖で口が勝手に叫んでいた。目に焼き付いたそれを掻き消すように目元をこする。足がひとりでに部屋の外へ飛び出した。逃げ出した。

 

 「ハァ・・・!ハァ・・・!」

 

 見間違いじゃない。確信を持って言える。言い切れる。いま自分が見たものが何なのか。

 

 「どういう・・・ことだぁ・・・?」

 

 ()()()()だった。それどころか、あれはヒトそのものだった。間違いない。()()は確かに、動いていた。水槽に入っていたのは、未成熟なヒトだった。ならそれを運び込んだあのカプセルは?あの巨大な装置は?この工場は?浮かんでくる疑問は答えが得られないまま新しい疑問に塗りつぶされていく。

 ふと、視界の端に階段があることに気付いた。上へ続く階段だ。そういえばさっきの巨大な部屋の上部には、せり出したガラス張りの部屋があった。とにかくさっきの部屋から離れたい。気持ち悪い。そんな思いだけでおれは、その階段を上った。

 

 「ハァ、ハァ・・・ここかあ」

 

 階段の先にあったのは思った通り、さっきの巨大装置がある部屋を一望できる部屋だった。簡易な放送機器や本棚の数々、いくつものモニターが並んでいるあたり、ここがこの工場の中心なんだろう。ひとつのモニタ〜の電源が点いたままで、コンピュ〜タ〜にはメモリが刺さっている。表示されているのは、そのメモリに記録されているファイルだった。

 

 「『特殊化合物組成法リスト』、『ゲノム配列図』、『培養槽取扱説明書』、『生命製造技術理論書』・・・」

 

 もうたくさんだ。これだけではっきり理解できた。こんなものが隠されていたなんて、想像だにしなかった。これが、荒川氏の行動が180度変わったきっかけで、虚戈氏が死を簡単に受け入れた理由か。つまり──。

 

 「この工場ではあ・・・ヒトを造ってるってことかあ」

 


 

  Side:スニフ・L・マクドナルド

 Museum area(ミュージアムエリア)でボクがGet(手に入れる)したClue(手掛かり)は、それがどれくらいTruth(真相)に近づけるものか分からない。だけど、きっといみがあるってことだけは言える。そうしんじて、Theme park area(テーマパークエリア)にやってきた。ほかのArea(エリア)よりもずっと大きいこのArea(エリア)は、Divide(分担する)したArea(エリア)Investigation(捜査)がおわった人からしらべるっていうことになってた。もうTwilight(夕方)くらいだから、ほかの人ももうこのArea(エリア)にいるとおもう。

 

 「Ah(あっ)!こなたさん!」

 「・・・スニフ君」

 

 Theme park area(テーマパークエリア)はとっても広い。どこからしらべようかと思って、ボクはまずClass trial(学級裁判)をするPond()の近くのPlaza(広場)に来た。やっぱり何かClue(手掛かり)があるとしたら、そこじゃないかとなんとなく思ってたからだ。

 モノヴィークルにのってPlaza(広場)まで来ると、もうそこにはこなたさんがいた。きっとボクと同じことをかんがえて、ここのInvestigation(捜査)に来たんだ。ボクが声をかけると、ゆっくりふりむいた。何かを考えてるようなSerious(真剣な)な目に、ちょっとだけどきっとした。やっぱりこなたさんはキレイだ。

 

 「自分のところの捜査はもう終わったのかな?お疲れ様」

 「へっちゃらです!こなたさんもGood work(おつかれさま)です!」

 「どうしてここに来たの?」

 「あっちの方はヤスイチさんとしらべましたから、こっちの方はまだ見てないんです。だからです」

 「ああ・・・そうだったね。私も、こっちの方が気になったから来てみたんだ。あんまり調べるところもないけどね」

 

 とくに何かあるわけじゃないこのPlaza(広場)は、Investigate(捜査する)するには、たしかに見るところがなさすぎる。だけど、ボクたちにとってここはわすれられないEspecial(特別な)なばしょだ。Class trial(学級裁判)をするばしょ、それだけじゃない。

 ボクたちがはじめてこのモノクマランドに来た日、ここでおきたことがすべてのはじまりだった。モノクマにResist(反抗する)したアクトさんが、Cruel(残酷な)なやり方でExecute(処刑する)された。それは、今でもボクたちのあたまの中にClear(鮮明に)にのこってる。

 

 「あんなことしてまで、モノクマはどうしてそこまでコロシアイにこだわるんだろうね」

 「・・・」

 

 あのときのことを思い出す。モノクマからExplain(説明する)された、The Killing(コロシアイ)Class trial(学級裁判)と『Lost paradise(失楽園)』のRule(ルール)。ボクたちがそれにObey(従う)するしかないように、『Lost paradise(失楽園)』でしかここから出られないことを分からせるために、アクトさんはKill(殺す)された。そう考えることはできる。

 

 「・・・こなたさん。こなたさんは、おぼえてますか?アクトさんのこと」

 「忘れられないよ」

 「ボクも、おもいだしてました。でも、分からないです。なんでアクトさんはKill(殺す)されなくちゃいけなかったんでしょう」

 「うん?どういうこと?」

 「ボクたちにThe Killing(コロシアイ)させるだけなら、アクトさんをKill(殺す)しなくてもよかったんじゃないでしょうか」

 「うーん・・・自分に逆らうとこうなるぞ、って私たちを脅すためだったんじゃないかな」

 「・・・そうですよね」

 

 やっぱり、こなたさんもそう思ってる。だけどボクはそれだけでConsent(納得する)できなかった。あそこでアクトさんをKill(殺す)しなくたって、ボクたちが自分たちの力でこのモノクマランドからEscape(脱出する)することはできなかった。ずっとここでくらしていたら、いつかだれかがモノクマの言うことをしんじてだれかをKill(殺す)したっておかしくない。だけど、モノクマはそうしなかった。そんなにまってられなかっただけなんて、Reason(理由)はそれだけじゃないと思う。

 

 「もう、時間になるね」

 「・・・Tonight(今夜)は、Class trial(学級裁判)です。だいじょぶですか?」

 「分かんないや。今までの裁判だって、大丈夫だったことなんてなかったし・・・あっ。で、でも、うん。がんばるよ」

 

 ボクのQuestion(質問)に、こなたさんは少しAnswer(答える)してからあわててAdd(付け加える)した。きっと、ボクをAnxious(不安な)にしないためだ。だけど、そうやってあせるこなたさんの方がよっぽど心配だ。またたおれちゃったりするんじゃないか。Class trial(学級裁判)Stress(ストレス)にたえられるのか、ボクはずっとそれが気になってる。

 

 「こなたさん?」

 「スニフ君・・・ホテルに戻ろうか。もうみんないると思うから」

 「・・・はい」

 

 ぜんぜん大丈夫そうじゃないのに、こなたさんはStrengthen(強がる)してボクにSmile(笑顔)をむける。そんな元気のないSmile(笑顔)じゃ、だれだってぎゃくにAnxious(不安な)になる。ここをしらべるよりも、今はこなたさんといっしょにHotel(ホテル)にもどって休ませた方がいいと思って、モノヴィークルのNavigation(ナビゲート機能)Hotel(ホテル)にむかった。ヤスイチさんたちが見つけてきたClue(手掛かり)もきかないと。

 


 

 「やあ、おまたせえ」

 

 Investigation(捜査)に行くまえとおんなじくらい、のんびりとヤスイチさんがもどってきた。ボクとこなたさんがHotel(ホテル)にもどってきたとき、テルジさんとセーラさんはもうもどってDinner(晩ご飯)Prepare(準備する)してた。こなたさんはDining(食堂)で休んでて、ボクもPreparation(準備)Help(手伝う)した。

 

 「時間がねえ。さっさと食べて話すこと話してから行くぞ」

 「そうね」

 「あんまり食べながら話すことじゃあないんだけどお」

 「食べ終わってからでいい」

 「こなたさん、Dinner(晩ご飯)ですよ。たべられますか?」

 「・・・う、うん」

 「研前さん?無理することはないけど、裁判は夜遅いから今の内に食べて元気付けておかないとダメよ。スープだったら飲めるかしら?」

 「ありがとう・・・」

 

 ボクが見つけてきたClue(手掛かり)も、食べながらはなせるようなものばっかりじゃない。どんなものでも、Class trial(学級裁判)でつかうってことはどうしたってこれまでのThe Killing(コロシアイ)Remember(思い出す)するようなものばっかりだ。ボクはやきたてでほかほかのパンでFresh vegitables(新鮮な野菜)Ham(ハム)をはさんだSandwich(サンドウィッチ)をたくさんつくって、どんどん口につめこんでく。ちょっとBitter(苦い)Coffee(コーヒー)Milk(ミルク)をまぜてのんで、Sleepiness measure(眠気対策)もばっちりだ。

 こなたさんはまだ元気がないみたいで、セーラさんにわたされたSoup(スープ)をちょっとずつのんでた。ボクがつくったSandwich(サンドウィッチ)もちょっとずつかじってる。

 

 「おいおい。研前はマジで大丈夫なのかよ?裁判どころか、部屋にだって帰れそうにねえじゃねえか」

 「仕方ないでしょ。今日一日で色んなことがあり過ぎたもの・・・心が参ってるのよ」

 「確かにい、長い一日だったねえ。このあとまだ裁判があるだなんて信じられないよお」

 「I’m done(ごちそうさま)!!」

 「早えなスニフ。ちゃんとかんだか?」

 「Class trial(学級裁判)がありますから、のんびりしてらんないです!」

 「やる気があるのはいいけどお・・・研前氏は食が進んでないみたいだしい」

 「そういう納見くんも、なんだかいつもより箸が進んでないみたい」

 「いやあ・・・」

 

 モノクマとのClass trial(学級裁判)まで、じかんはそんなにおおくない。それまでにボクたちが手に入れたClue(手掛かり)をまとめて、モノクマがSuggest(提示する)してきたTheme(テーマ)についてOpinion(見解)をもっておかないといけない。Class trial(学級裁判)でモノクマとまともにはなすと、ぜったいにボクたちはちゃんとしたThinking(思考)ができなくなる。

 そう思ってDish(ご飯)をいっきにたべたのに、みなさんはなんだかたべにくそうにちょっとずつちょっとずつ、小さなSandwitch(サンドウィッチ)をかじってた。こなたさんとヤスイチさんはとくにたべるのがつらそうだった。モノモノウォッチのClock(時計)は、あとちょっとでClass trial(学級裁判)がはじまることを示してた。

 

 「み、みなさん・・・?ボクたち、じかんないですよ?このままClass trial(学級裁判)やるつもりですか!?」

 「いやあ、情報の共有は必要だとは思うよお。体力の温存もねえ。だけどお・・・ううん、ちょっと刺激が強すぎると言うかあ」

 「分かっちゃいるんだが・・・どうしても手が進まねえんだよ」

 「なんでですか!ボクたちのLife()かかってるんですよ!?ボクたちだけじゃないです!モノクマにかたないと、みなさんのためにならないんですよ!?」

 「スニフ君の言うことは分かるよ・・・。うん。がんばらないとダメだよね・・・」

 

 まだClass trial(学級裁判)がはじまってもないのに、みなさんはDepressed(落ち込む)してて、Meeting(打ち合わせ)どころかHave the dinner(晩ご飯を食べる)でさえろくにできてない。これじゃ、モノクマとのClass trial(学級裁判)にかつなんてできない。あいつが何もしなくても、ボクたちはもうまけてる。これじゃダメだ。このままじゃダメなのに・・・ボクにはみなさんをCheer up(元気付ける)できるPhrase(言葉)が分からない。どうすれば、このおもたいAtmosphere(雰囲気)をかえられるんだろう。

 

 「ウェーーーーイ!!」

 「どわあっ!?」

 「きゃあっ!な、なに!?」

 

 おもたくなったDining(食堂)に、いきなりモノクマのバカみたいなShout(叫び)がふってきた。みなさんがびっくりしてもってたDishes(お皿)Glass(グラス)をなげてせっかくのDinner(晩ご飯)がめちゃくちゃになった。

 

 「な、な、なに!?モノクマ・・・!?」

 「ああああっ!!おいコラテメエ何しやがる!!晩飯が台無しだ!!どうしてくれんだ!!」

 「知らないよ。オマエラが勝手に台無しにしたんでしょ」

 「お前がびっくりさせるからだろお。あ〜あ、とてもじゃないけど食べられないねえ」

 

 ならんだSandwich(サンドウィッチ)Soup(スープ)Water()でぐしゃぐしゃになって、いくつかはつぶれてた。Whip cream(ホイップクリーム)Bacon(ベーコン)にかかったり、Lettuce(レタス)Orange(オレンジ)Tuna(ツナ)がごちゃまぜになったりしてる。先におなかいっぱいになるまでたべといてよかった。

 

 「まーまー、この一食抜いたところで死ぬわけじゃないし。ドンマイドンマイ」

 「何しに来たの・・・?まだ裁判の時間じゃないでしょ」

 「いや〜、裁判前にオマエラがあんまりにも絶望してるみたいだから、ちょっと発破かけようかと思って。ボクとしてはもうちょっと希望を持って臨んでもらった方が叩き潰し甲斐があると言うか」

 「わがままだなあ。そんなこと言ってえ、どうせ他に目的があるんじゃあないのかい?」

 「うぷぷぷぷ♬まあね。実はここまでオマエラに与えたヒントだけじゃ、ちょっと真相に届くには不十分かなって思ってさ。だから、ボクから最後にもう一つ、ヒントを与えてあげようかと思ったの。ボクは気遣いと心配りができるよくできたクマだからね!う〜ん!やっさしー!」

 「うるさ・・・」

 「さいごのHint(ヒント)ってなんですか」

 「うぷぷ♬それはモノモノウォッチに送っておいたよ!ま、ぶっちゃけ言うとまた写真なんですけど!」

 「写真・・・4回目の動機みたいなものってこと?」

 「さーねー!見てみて考えてね!」

 

 ボクたちのモノモノウォッチがピロン、となった。モノクマはそれだけ言ってまたきえた。Hint(ヒント)なんて言うけど、どうせそのPhotograph(写真)もボクたちをさらにDesperate(絶望的な)なきもちにさせるだけだ。だけど、見ないでいてそんをするのはボクたちだ。だから、見るしかない。モノクマのバレバレのTrap()に、自分たちからひっかかっていくしかない。それがたまらなくくやしい。

 

 「・・・なんだこの写真?」

 「私たち・・・よね?また、身に覚えがないけど」

 「んん?これはあ・・・一体どこだろうねえ?モノクマランドでもないみたいだけどお」

 「あっ・・・!」

 

 何かに気付いたこなたさんが、ちいさいこえを出した。

 

 「私たち、みんなおんなじ服着てる・・・これ、制服だよ。希望ヶ峰学園の」

 「キボーガミネ?」

 「希望ヶ峰学園の制服を着て・・・じゃあ、ここは教室?」

 「いや、おかしいだろ」

 

 Photograph(写真)のボクたちは、みんなおんなじBrown(茶色)Uniform(制服)をきてる。むねのEmblem(ワッペン)は、キボーガミネHigh school(学園)Symbol(シンボルマーク)になってて、Girls(女子)Ribbon(リボン)をつけてる。もうここにはいないダイスケさんやハイドさん、ワタルさんもいる。まえにモノクマがよこしてきたPhotograph(写真)はモノクマランドでのボクたちのものだったけど、これはキボーガミネ、つまりここに来るよりまえのときのものだ。でも、テルジさんの言うとおり、それもおかしい。

 

 「オレらは希望ヶ峰学園に入学する前にここに来たんじゃねえのか?」

 「そうだよねえ。おれは入学式に参加した覚えはないしい、そもそも学園の前に立った記憶すらないよお」

 「・・・じ、実は私も・・・電車で学園に向かう途中から、ちっとも思い出せないの」

 「みなさんもですか?ボクも、Plane(飛行機)のったとこまではおぼえてますけど、Japan(日本)ついたのいつかも分かんないです」

 「でも、そしたらこの写真は?」

 「モノクマのでたらめ・・・ってのを疑う段階じゃあないよねえ。散々言ってきたことだもんねえ」

 「・・・どういうこった?これが本物ってことは、オレらはもう希望ヶ峰学園に入学してたってことかよ?」

 「入学してたどころか、これを見る限りではしばらくは学園で生活してたんじゃないかしら。みんな、すごく仲よさそうにしてるもの。入学してすぐにこんな風にはならないわ」

 

 モノクマランドでのボクたちのPhotograph(写真)といい、これといい、ボクたちのしらないボクたちのPhotograph(写真)があるっていうのは、なんだかきもちわるい。これがReal(現実)なんだったら、どうしてボクたちはそれをおぼえてないんだろう。テルジさんがわすれてるだけならまだしも、ボクもこなたさんも、みんなおぼえてないなんて、どう考えてもおかしい。

 

 「・・・」

 

 いきなりモノクマがおしつけてきたPhotograph(写真)のせいで、ボクたちはもうDinner(晩ご飯)のつづきをたべることも、今までしらべてきたClue(手掛かり)Share(共有する)こともわすれてた。そのまま、どれくらいのじかんがたったかも分からない。ボクたちは、モノモノウォッチの音で、ようやく気付いた。

 

 「あ」

 

 モノモノウォッチのDisplay(ご飯)には、20:55のすうじ。いつのまにか、モノクマが言ってたClass trial(学級裁判)のじかんがすぐそこになってた。ボクたちは、あわててHotel(ホテル)をとびだして、Theme park area(テーマパークエリア)Plaza(広場)にむかった。よるのくうきは、まだひんやりとつめたかった。

 


 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:5人

 

【挿絵表示】

 




3月中に投稿しようと思ってましたが、ギリギリセーフですね(?)
この先を書きたくてウズウズしてるので、次の話もすぐ書き上がりそうです。
真相予想もしてみてね


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学級裁判 追究編

 

 「やあ、よく来たねオマエラ」

 

 夜のモノクマランドで、そこだけはいつものようにすごくあかるかった。モノヴィークルはまだしずかにCircle(円形)にならんで、これからはじまるLast class trial(最後の学級裁判)をまっていた。Throne(玉座)の上でふんぞりがえってるモノクマが、Grining(にやにや笑い)しながらボクたちを出むかえた。あわててHotel(ホテル)を出てきたせいで、ボクたちはみんなすこしつかれてた。

 

 「まだまだ夜は長いっていうのに、今からそんなに息切らしてて大丈夫なの?」

 「誰のせいだと思ってやがんだよ・・・!あんなわけわかんねえもん見せやがって!どういうつもりだ!」

 「だからヒントだって言ってるでしょ?あんまり物分かりが悪いと、脳みそいじくって物分かりよく改造しちゃうぞ?ロボトミーしちゃうぞ?」

 「そんなことまでできるの、モノクマって・・・」

 「やったことないけど、試すくらいならやってみせてもいいよ」

 「できないんじゃあないかあ」

 

 Hotel(ホテル)をとびだしてきたボクたち5人のほかは、みんなThe picture(遺影)になった。こうやってモノクマとくだらない言い合いをするのも、つかれてぜえぜえ言うのも、ボクたちがまだ生きてるEvidence(証拠)だ。このClass trial(学級裁判)のおわりに、ボクたちが何を知って、どんなきもちでいるかはまだ分からない。だけど、このTrial(裁判)でモノクマをたおして、『Lost paradise(失楽園)』することができたら、きっとここにいないみなさんもよろこんでくれる。ボクたちがMastermind(黒幕)をたおせば、このThe killing(コロシアイ)もおわる。

 

 「あれ。スニフクンったら、もうモノヴィークルに乗っちゃって。ずいぶんやる気まんまんだね」

 「スニフ君・・・」

 「Investigation(捜査)でいろんなこと分かりましたし見つけましたけど、ボクたちはまだ、それをShare(共有する)できてないです。わすれるまえに、はじめましょう」

 「そ、そういえばそうね・・・。さっきの写真を見てたら時間を忘れちゃって・・・捜査以外ほとんど準備できてないけど、大丈夫なのかしら・・・?」

 「やるしかないねえ。少なくとも全部のエリアを隈無く捜査したんだあ。よほど意地悪な隠し方をされてない限りはあ、必要な情報は必ず誰かが見つけてると思うよお」

 「そう信じたいけど・・・ううん、信じなくちゃダメだよね。いつもの裁判と違って、ここにいるみんなは仲間なんだから」

 「散々バカにしてきやがって!おいモノクマ!覚悟しとけよ!なんもかんもテメエの思い通りにさせねえからな!」

 「うぷぷ♬みんなそれぞれ色んな想いを背負ってきてるみたいだけど、情報共有もろくにしてないオマエラがまともに議論できるのかな?」

 「今までだって、手掛かり全部を共有してたわけじゃない。だから大丈夫・・・だと、思う」

 「やれるだけやってみるさあ」

 

 Provocative(挑発的な)なモノクマに、こなたさんがImposing(堂々と)のような、Unconfident(自信がない)のような、どっちとも言えない言い方でかえした。テルジさんはモノクマにBellow(怒鳴る)して、セーラさんはAnxious(不安な)なかおだけどしっかりモノヴィークルのHandrail(手すり)をつかむ。ヤスイチさんはあいかわらずのんびりしてるけど、このClass trial(学級裁判)にいどむDetermination(覚悟)はあるみたいだ。

 ボクはというと、やっぱりまだちょっとこわかった。今ボクたちがもってるClue(手掛かり)でぜんぶのTruth(真相)があきらかにできるかは分からない。それでも、ヤスイチさんの言うとおり、やれるだけのことはやるしかない。

 

 「うぷぷぷぷ♬それじゃ、はじめようか!正真正銘、最後の学級裁判を!この裁判が終わるとき、オマエラが全ての謎を明らかにして、巨大な絶望に打ち拉がれていることを期待しますよ!」

 「モノクマは裁判に参加するの?全部を知ってるんなら、私たちの議論の邪魔をしたりするんじゃないかしら?」

 「いいえ!ボクはいつも通りここでオマエラの裁判の行く末を見守ってるよ。裁判の進展具合によっては、もしかしたら参加しちゃうかもね!」

 「信用ならない・・・」

 

 Grining(にやにや笑い)してモノクマがセーラさんのQuestion(質問)にこたえた。いつもだってThrone(玉座)から、ボクたちのDiscussion(議論)にわりこんではどうでもいいことを言ったりする。いつもどおり見守るって言ったって、どうせそういうどうでもいいことは言うんだろう。

 

 「それでは!ホントにホントの最後の学級裁判をはじめましょう!いざ!」

 

 ハンマーを振り上げたモノクマが、Exection(処刑)用とはちがうButton(ボタン)を叩いておした。モノヴィークルがいっきにEngine start(エンジンスタート)して、Circle(円形)のまま走り、回りだした。そしてボクたちは、またモノヴィークルに乗っておたがいをMonitor(監視する)する。だけど、ここにEnemy()はいない。ボクたちは、みんなでTruth(真相)をあきらかにするためにここにいる。

 いよいよはじまるんだ。ボクたちの、Last class trial(最後の学級裁判)が。すべてのTruth(真相)をあきらかにして、みんなでこのモノクマランドから『Lost paradise(失楽園)』するために。

 


 

 

学級裁判 開廷

 

 「ではでは、今回はちょっと特殊なので、改めてこの学級裁判のルールを説明しましょう」

 

 モノクマが木槌を鳴らして言った。

 

 「オマエラには、このモノクマランドでのコロシアイの真相について話し合ってもらいます。明らかにすべきテーマは3つ!【コロシアイの目的】、【黒幕の正体】、そして【オマエラは何者なのか】。それぞれを正しく言い当てることができるかどうか・・・うぷぷぷぷ♬!ワックワクのドッキドキだよね!いつものように、ガンガン議論しちゃってください!最終的な結論によって、その後のことも考えるからさ!」

 「議題は分かったけど・・・今回は投票とかないでいいんだよね?ほら、いつもみたいにクロがいるわけじゃないから」

 「さあ〜どうでしょうね〜」

 「まだ何か言ってねえことがあるな」

 「ほうっときましょう!それより、Clue(手掛かり)Share(共有)の方がだいじです!」

 「ちょっと待ってねえスニフ氏」

 

 簡潔に今回の裁判の方向性を示すモノクマだが、研前の質問にはあからさまにはぐらかした。おそらく裁判の最後には何かが待ち受けているのだろうが、それを考えている余裕は今のスニフたちにはなかった。一刻も早くとスニフが手を挙げて情報共有を進言するも、納見がそれを制す。

 

 「おれたちの集めた情報を共有するのも大事だけどお、さすがにそれをしてたら時間がかかりすぎるだろお?慎重になることも忘れちゃあいけないけどお、話しながらそれぞれが情報を出し合う方が効率的じゃあないかい?」

 「何言ってっかさっぱり分からん!」

 「うん、私も納見くんに賛成だわ。5人で手分けしてモノクマランド中のことを調べたんだもの。一度に覚えきれる自信がないわ」

 「そうすると、いつもの裁判みたいな感じになるけど・・・スニフ君はそれでもいい?」

 「ボクはみなさんがいいやり方がいいです!」

 「ありがとうねえ。そんじゃあ、まず何から話し合うかあ・・・それくらいはスニフ氏に決めてもらうかい?」

 「オマエラ緊張感どこ置いてきたの?」

 

 これまでの裁判と違い、明確に誰かの命が奪われたわけではない。裁判後の展開が分からないが命が懸けられていることには変わらないだろう。それを理解していながらも、どこか5人の間には緩んだ空気が流れていた。それは、ここにいる互いのことを敵ではないと確信しているからだった。その確信にどれほどの根拠があるのか、そこまで思考を巡らせる者はいなかった。

 

 「う〜ん・・・【What we are(ボクたちは何者か)】は、まだなんのことか分からないです。【Purpose of The Killing(コロシアイの目的)】は、Purpose of the mastermind(黒幕の目的)でもあるってモノクマ言ってました。だったら、【The identity of the mastermind(黒幕の正体)】がいちばんDiscuss(議論する)しやすいとおもいます」

 「いいよ。それから話し合おう」

 「【黒幕の正体】だな!うっし!だったらオレがひとつ推理してやるぜ!」

 「いきなり最初に言うのは間違いフラグなんじゃ・・・」

 「うっせ!取りあえずオレの話を聞け!」

 

 オレンジ色の髪を振り乱しながら、下越がモノモノウォッチをカンニングしながら、持論を展開する。それは単なる思いつきや妄想ではなく、モノクマランドを捜査した結果得られた情報に基づくものだ。だからこそ、一定の説得力を持っていた。

 

 「オレは倉庫エリアを捜査したんだ。お前たちも知ってっと思うけど、あそこにゃ武器庫があった。よく分からねえけど、とにかく人を傷付けたりぶっ殺したりしようってモンばっかり置いてあったぜ」

 「武器庫ってのはそういうところだよお」

 「で、だ。前に納見か誰かが言ってたように、ありゃ“超高校級の死の商人”、つまり鉄のヤツが造った武器なんだろ?ってことは黒幕は、鉄が造った武器をあんだけ揃えられるようなヤツってことになる」

 「うんうん」

 「でも、鉄くん・・・というか、鉄くんのお姉さんは、色んな人と商売してたのよね。ただでさえその商売相手も分からないのに、数も多いんじゃ、黒幕の正体なんて分からないじゃない」

 「いいや!まさにそこだぜ正地!モノクマのヤツが、オレたちに『弱み』を打ち明けろって言ってきたとき、鉄の『弱み』はなんだったよ!」

 

 自然に浮いた疑問を口にすると、待ってましたとばかりに下越が問うてきた。まさかこんなに推理然とした話を聞かされると思っていなかった周囲は、少し動揺した。下越にこんなことができたのか、と。

 

 「えっと・・・その、“超高校級の死の商人”である事実、だったわ」

 「そうだ!けどあいつは“超高校級のジュエリーデザイナー”として入学したんだろ?希望ヶ峰学園だってあいつの“才能”を間違えてたわけだ。なのに、黒幕はホントの“才能”を知ってて『弱み』として強請ってきた。ってことは、黒幕は鉄が“超高校級の死の商人”ってはじめから知ってたヤツってことになる!」

 「Wow(ワオ)!テルジさんDetective(探偵)みたいです!」

 「“超高校級の死の商人”の正体をはじめから知ってた人って・・・鉄くん以外だったら一人しかいないんじゃないの?」

 「ああそうだ。つまり、黒幕の正体はあいつの姉だ!名前は知らん!」

 「ド、ドキィ!?ま、まさか下越クンに当てられるなんて・・・!!いつもおバカな下越クンに当てられちゃうなんてこういう(ギャップ)もありかも・・・!?」

 「鉄幣葉さんでしょ?たぶん違うと思うけど・・・」

 「モノクマの態度が余裕過ぎるもんねえ」

 「なんだよ!なんで違うって言えんだよ!」

 

 自信満々に推理を披露したモノクマだが、その可能性を正地にあっさり否定される。モノクマも余裕な態度は崩さず軽口を叩く。一応、下越の話に筋は通っているが、正地にも同様に筋の通った論があった。

 

 「下越くんの言いたいことは分かるんだけど、その鉄幣葉・・・鉄くんのお姉さんって、そういうタイプじゃないのよ。鉄くんの話を聞く限りでの印象でしかないのだけれど」

 「そういうタイプってなんだよ?」

 「幣葉さんって、自分はジュエリーブランドの社長としての顔と“超高校級の死の商人”としての顔を使い分けて暗躍したり、鉄くんを目立たせて自分はその陰に隠れたりして、希望ヶ峰学園だって騙すくらい狡猾に自分の情報をシャットアウトしてたのよ。そんな人が、敢えて自分の秘密をバラしかねないようなことするかしら?」

 「希望ヶ峰学園の新入生を17人もさらったりしたら、それだけで大事件だもんね。ここで黒幕としている間は、会社の方も空けることになるし・・・」

 「そうですよ。サイクローさんもいるんですよ」

 「袋叩きかよ!」

 「うんまあ、下越氏の言い分も分かるけどお、みんなの意見を踏まえたらその線は薄そうだねえ」

 「もう分かったよいいよ!」

 「だけどお、方向性はおれも同じこと考えてたよお」

 「お、マジで?」

 

 鉄幣葉がどんな人物かの情報は、鉄の話を聞いた正地の印象という、曖昧すぎるものしかなかった。ただ、それだけの印象を以てしても、ここで黒幕としてコロシアイをすることは、その人物像とかけ離れていた。少なくとも金銭的な、人材的な、嗜好的なメリットがなければ、ここまで大々的なことはしないだろう。正地だけでなく研前とスニフからもそんな一斉攻撃を受ける下越に、納見が助け船を出した。

 

 「鉄氏が“超高校級の死の商人”だってのもそうだけどお、それ以外にも黒幕はおれたちの秘密を『弱み』として突きつけてきただろお?おれみたいなものならまだしもお、雷堂氏や極氏や虚戈氏みたいにい、人に言えなかったり言わなかったりするような『弱み』なんてえ、知れる人は限られるんじゃあないかい?」

 「そうよね。たまちゃんだって、本名を自分からは絶対に言わなかったのに、モノモノウォッチには最初から登録してあったみたいだったし」

 「それにボクたちのLabo(研究室)ですよ!あそこ、ボクたちそれぞれのBest(最高)Equipment(設備)がありました!」

 「みんなの『弱み』を知ることができて、それぞれにとって理想的な環境も用意できる・・・でもそれって、かなり私たちに近しい人じゃないとムリだよね?少なくとも、『弱み』を打ち明けるくらい」

 「動機だったとはいえ、みんな自分の『弱み』は打ち明けたのよね。だから、懇意にしてる人に打ち明けることはあるかも知れないわ。それを17人とってなると、相当だけど・・・」

 「う〜ん・・・いまいち納得いかねえんだよなあ」

 

 第三の動機として与えられた『弱み』。そしてホテルの上階にあったコロシアイ参加メンバーにとって最適な環境が揃った“才能”研究室。これらのことから納見が持論を述べる。状況から考えてその推理は正しそうに思えるが、納得するにはまだ遠かった。

 

 

 議論開始

 「このコロシアイの黒幕はあ、2つの条件を満たす人物だよお」

 「1つは、私たちの『弱み』を知ることができたっていうことよね」

 「もひとつ!ボクたちにBest(最適)Labo(研究室)Prepare(準備する)できた人になります!」

 「つまりはあ、おれたちの『弱み』も知れて、“才能”のことも理解できる・・・相当近しい人物ってことになるよねえ」

 「いや・・・なんか納得できねえんだよな」

 「何が納得できないの?下越君」

 「だって、オレらがここに連れて来られたのは、希望ヶ峰学園の入学式当日だぞ?それまでお互い会ったこともねえのに、全員共通の知り合いなんているわけねえだろ!」

 「それは違うよ・・・!」

 


 

 ただひとり、釈然としない表情で反論する下越に、研前がぴしゃりと言い放った。その目はどこか物憂げだったが、確信の色に満ちていた。

 

 「私たちは・・・きっと、ここに来た日が初対面じゃないんだよ」

 「な、なんでだよ?そりゃ、顔くらい知ってるヤツは何人かいたけど、オレは誰とも会ったことねえぞ!」

 「会ったことが、あるんだよ」

 「はあ!?」

 

 断定的な研前の言い方に、下越の頭の上をクエスチョンマークが飛ぶ。何を言ってるかさっぱり分からない、という下越に、研前は自分のモノモノウォッチを操作して、下越の方に見やすいように画面を向けた。そこには、既にこの裁判場にはいない人物との写真が表示されている。

 

 「この写真・・・これ、モノクマランドで撮影された写真なんだ。ここに映ってるの、下越君だよね」

 「・・・そ、それは・・・!」

 

 研前が見せたのは、ドリンク片手に仲良さげな様子を見せる水着姿の極と茅ヶ崎、その奥で焼きそばを炒める下越を撮影した写真だった。ちょうど今朝の裁判の後、雷堂が犯行の動機として言及したもので、下越も見覚えがあった。そして、それがそのまま研前の論の根拠となっていた。

 

 「他にもたくさんあるけど、この裁判が始まる前、モノクマが私たちによこした写真も、覚えてるよね?」

 「・・・あの、希望ヶ峰学園の制服を着た写真よね」

 「うん。これって、ここでコロシアイが始まるより前に、もう私たちがお互いに知り合ってた証拠になるんじゃないかな」

 「けど・・・モノクマがテキトーに作ったもんって可能性もあるだろ・・・」

 「それもちがいます。きっと、これReal photograph(本物の写真)です」

 「なんでそんなことが言えんだよ!」

 「だって、レイカさんは、Tatoo(タトゥー)がないこと、ボクたちにかくしてました。それって、レイカさんはここのところにTatoo(タトゥー)があるはずだっておもってたってことじゃないですか?さいしょからなかったら、こんなのウソだって言えるじゃないですか」

 「ああ、そうだねえ。極氏にはお尻のところにタトゥーを彫った自覚があるってことだあ。だから極氏にとってもお、まっさらな自分のお尻は不可解だったんじゃないかなあ」

 「そうかあ?ケツにタトゥーがあるなんて普通言わねえし、極が自分からケツ見せることなんてしねえだろ。隠してたんじゃなくて、たまたま見るチャンスがなかっただけじゃねえのか?」

 「でもそう言えば、極さん、私たちとお風呂入るの断ってたよね。パトロールのためって言ってたけど・・・ホントはお尻見せたくなかったのかな」

 「あの、別にいいんだけど、みんな、極さんがタトゥー入れてるのお尻じゃないから。股の付け根のところだから・・・あんまりお尻お尻言わないであげて」

 

 極の遺影を横目に見ながら正地が申し訳なさそうに忠告すると、スニフが顔を真っ赤にした。ともかく、写真を見た極が、タトゥーが彫られた自分、あるいは彫られていない自分に違和感を覚えたことは間違いないだろう。しかしそれを根拠に写真を否定しなかったということは、彫られているはず、と考えた根拠になり得る。それはひいては、写真に映っていることが事実である可能性を色濃くすることでもあった。

 

 「どっちにしろ、断定まではできないけど・・・極さんが敢えて白黒はっきりさせない理由も分からないし、ひとまず本物と考えていいんじゃないかな」

 「いいんじゃないかなって言うけどよ、だとしたら明らかにおかしいこともあるだろ。なんでここにいる誰ひとり、ここに映ってることを覚えてねえんだよ」

 「・・・それは」

 

 至極真っ当な下越の疑問に、答える者はいなかった。それが分かれば苦労しないのだ。それが分かれば、雷堂が凶行に走ることもなかったかも知れない。極が写真の真偽を迷うこともなかったかも知れない。事実、そうなった理由は、誰もこの写真について、身に覚えがないからだった。

 

 

 ひらめきコアレッセンス

     

     

     

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       

 


 

 「私たちみんなで・・・記憶喪失になってるとしか・・・」

 「・・・!」

 

 ぽつり、と正地が呟いた言葉は、モノヴィークルの駆動音を掻き分けて全員の耳に届いた。その可能性を考えていたのは正地だけではないが、言葉にしようとした者はいなかった。あまりに非現実的で、あまりに突拍子もなくて、仮にそれが真実だった場合、あまりにも絶望的だからだった。

 

 「あっ・・・う、ううん!なんでもないの!今のはただ・・・ま、まんがの読み過ぎかしら・・・?」

 「そ、そんなことないです!ボクもそれConcern(考慮する)してました!ホントにできるかは分からないですけど・・・でも、そうしか言えないSituation(状況)ですよね!」

 「ヘンなフォロ〜しない方がいいよおスニフ氏。記憶喪失自体は普通にある話だけどお、ただの物忘れとはワケが違うんだあ。それにい、この写真の記憶がないのはおれたちだけじゃあないはずだよお。ここに来た日のことを考えるとお、はじめにこのモノクマランドに拉致された17人全員があ、同じ記憶について記憶喪失になってるってことになるからねえ」

 「あり得ねえだろ!全員で同じところに同じように頭ぶつけたのかよ!?」

 

 なぜ正地以外の誰も、記憶喪失の可能性を口にしなかったのか。それは、納見が指摘したような都合の良すぎる状況であるということと、自然に起きにくいことが起きていることの意味を理解できていたからだ。この記憶喪失が、偶然の産物でないとしたら、考えられる可能性はひとつだけ。

 

 「誰かが・・・私たちから記憶を奪った・・・?」

 「記憶を奪う・・・や、やっぱりあり得ないわよね。そんな、まんがや映画の話じゃないんだから・・・」

 「で、でも!モノクマのOver technology(超技術)だったらできなくなくもないじゃないですか!ボクはそうおもいます!ボクたちのMemory(記憶)とったの、きっとモノクマですよ!That looks so(あいつはそういうヤツだ)!」

 「スニフクン、ボクになら何言ってもいいと思ってない?」

 「だ、だけど、やっぱりあり得ないんじゃないかしら・・・。自分で言っておいてなんだけど、確証もないし」

 「そもそもあの写真が本物ってのもオレはなあ。あんまし納得いってねえんだよな。極の件だけじゃいまいち説得力に欠けるっつうか・・・あいつがたまたま言わなかっただけなんじゃねえかって思っちまうんだよな」

 「まだ言ってんのかい?極氏の件だけで納得がいかないって言うんならあ・・・虚戈氏と荒川氏のことを思い出してみたらいいんじゃあないかい?」

 

 記憶喪失が偶然のものか人為的なものか、その議論に移る前に、全員で見解を統一させる必要がある。ひとり写真の真偽に疑問が残る下越に、納見が提案した。

 

 「荒川氏は虚戈氏にこの写真を見せてえ、その上で自分の犯行に協力するように申し出てただろお?普通の虚戈氏だったらそれを承諾するわけがないのにい、虚戈氏はあっさり納得してたろお?」

 「そうですよね。マイムさん、Photograph(写真)Real or fake(本物か偽物か)も、なんだかはっきりしてなかったです」

 「つまりあの二人の間ではあ、この写真の信憑性になんらかの根拠があったってことじゃあないかい?」

 「根拠・・・?なんだよそれ・・・!?」

 「さあねえ。それは話してた二人にしか分からないはずだからあ、今となっちゃあ・・・」

 「()()()()()()()ってヤツですね!」

 「()()()()()()でしょ?」

 「あっ!それでした!」

 「だったら結局、根拠がねえのと一緒じゃねえかよ!」

 「でもヒントはあるよお。荒川氏の研究にその痕跡が残されてるはずだよお」

 「荒川さんの研究?」

 

 4回目のコロシアイのとき、荒川が虚戈の協力を得られたのは、荒川が知ったコロシアイの真相を話したからだ。それを聞いた虚戈は、殺すつもりも殺されるつもりもないという考えから、自ら荒川の犯行に協力するほどに考えを変えた。写真のことも荒川は言及していた。一体荒川は何を語り、虚戈は何を知り、自らの命を捨てるようなことになったのか。

 

 「音声しか聞いてないから詳しいことは分からないけどお、虚戈氏が荒川氏に協力したのはあ、荒川氏と虚戈氏が写真やその他の研究から何かを知ったからだよお。それに荒川氏がおれたちに研究資料を託したってことはあ、それがおれたちにとって必要なものだったからのはずだよお」

 「その研究資料って・・・」

 

 

 証拠提出

 A.【コロシアイ記録館)

 B.【診断書)

 C.【モノヴィークル)

 D.【モノモノウォッチ)

 

 

 

▶B.【診断書)

 


 

 「もしかして、あの診断書・・・?」

 

 荒川の死後、納見とスニフが発見し、5度目のコロシアイのときには極の『弱み』を解き明かすトリガーにもなった、診断書の束。それは今、納見の手の中にある。コロシアイに参加している17人全員の身体データがつぶさに記録されていて、その存在だけで全員に気味の悪さを感じさせていた。

 

 「ただの健康診断でここまで細かいデ〜タは取らないよねえ。荒川氏の研究室にあったんだしい、何かしらの関係があるはずだよお」

 「でも、ボクききました。エルリさんのResearch theme(研究テーマ)The life phenomenon(生命現象)です。こうやってData(データ)しらべるのふつうだと思います」

 「違うよスニフ君。データを取ってたことよりも、それを何に使ってたかの方が問題なんだよ」

 「データを取って何になるのか分からねえし、荒川の研究のこともオレは詳しく知らねえけど、オレらの体のこと色々調べてんだったら、脳みそいじって記憶消したりするとかもできそうな気がしてくるな」

 「え・・・で、でもそれじゃあ・・・」

 「うん。そうなると、このコロシアイの黒幕は・・・」

 

 

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

▶荒川絵留莉

 


 

 「荒川さん、ってことになるけど・・・?」

 「ムッハーッ!あ、間違えた!フフフフフ!よく分かったな!私が黒幕だったのだー!どう?似てる?」

 「うるせえよ!」

 

 診断書に記されたデータが、生医学的にどのような意味を持ち、それを利用して何ができるのか。そんな知識はここにいる5人の誰も持っていない。しかし、それだけのデータを集めていて、荒川ほどの専門知識があれば、記憶操作が可能になると考えることもできる。ふざけて荒川のモノマネをするモノクマに、下越が一喝した。

 

 「荒川さんだって、納見くんの『弱み』を聞いてたのよね。それって、それだけ荒川さんが納見くんの懐に入り込んでたってことになるんじゃないかしら?人の『弱み』を知れるっていう黒幕の条件にも当てはまると思うけど・・・」

 「そりゃあちょっと苦しいんじゃないかい?」

 「ボクもそう思います」

 

 自信なさげな正地の付け足しに、納見とスニフが異論を唱えた。全員の視線が自ずと荒川の遺影に向くが、不敵に笑うその写真は何も応えない。

 

 「あのときは『弱み』を打ち明けなきゃおしおきっていう強制力があったしい、おれの『弱み』も別にい、隠し通さなくちゃいけないほどの大した内容でもなかったからねえ」

 「エルリさんがいろんな人にGain someone's trust(懐に入る)なんてできないです。あの人はもっとGloomy(陰キャ)です」

 「スニフクン本当に容赦ないね!?ボクじゃないからいいけども!」

 「ま、まあ荒川さんって人付き合いとか苦手な方だったと思うし、納見君ならまだしも、雷堂君や鉄君の『弱み』まで知れるほど近しくなるイメージがつかないっていうか・・・そうだよね」

 「むしろその辺はあ、近しい人にだって言える内容じゃあないよお」

 

 全員の頭の中にある荒川のイメージと、雷堂たちに近付いて巧みにその『弱み』を聞き出すコミュニケーション能力は、どうしても合致しない。話の流れでつい明かしてしまう程度の内容ではない、むしろ積極的に隠匿するべき内容であるだけに、荒川がそれを知ることができたとは考えにくい。

 

 「それに!エルリさんのField(専門分野)Research(研究)です!たくさんData(データ)もってても、ホントにBrain surgery(脳外科手術)するのはできないです!そんなTech(技術)ないです!」

 「まあ、荒川さんは科学者であってお医者さんじゃないからね・・・」

 「頭ン中で考えんのと実際にやるのとじゃ全然違うってことか?」

 「That's right(その通り)!」

 「んじゃあ、荒川は黒幕じゃねえってことか」

 「・・・私は、あんまりそうは思わない」

 

 荒川絵留莉は黒幕ではない。議論がその方向に流れそうになったとき、それを堰き止める者がいた。ただひとり、俯いてまだ何かを考え込んでいた、研前だった。

 

 「荒川さんと、私たちが思い描く黒幕のイメージがかけ離れてるのは、確かにそう。だけど、それだけで荒川さんが黒幕じゃないって言い切れるのかな・・・少なくとも私は、黒幕と荒川さんは、近いところにいる人だと思う」

 「な、なんでですかこなたさん!?エルリさんはGloomy(陰キャ)なんですよ!?みなさんの『Weak point(弱み)』なんてきけっこないです!」

 「うん、そこじゃなくてね」

 

 全員の『弱み』を知り、記憶操作技術を持つ黒幕のイメージ。荒川は『弱み』を知れるほど他者を懐柔する力はなく、記憶操作技術を用いられるほどの技術がない。しかしそうでなくても、研前には荒川と黒幕を繋ぐヒントが思い浮かんでいた。

 

 「4回目の・・・虚戈さんが殺されたときの学級裁判で、荒川さんが処刑される前、モノクマが私たちに聞かせた音声があったでしょ」

 「よければもっかい聞く?なんなら作業用BGMにする?」

 「もうたくさんだってんだよ」

 「あの音声の中で、途切れ途切れでよく分からなかったけど、荒川さんと虚戈さんが話してたよね。荒川さんの技術が、黒幕に悪用されてるって」

 

 

 


 

 「エルリってそんなの研究してたんだ♬なんかこわーい♡」

 「いいや。むしろ私はこういったものには否定的立場をとっていたつもりだ。ッ──ッを科学的に生み出すなどまさに神の所業。失楽園となるには十分過ぎる大罪だ。皮肉にもな」

 「ふーん♢それじゃしょーがないね♡分かったよ♡エルリに協力してあげる♬」

 「・・・すまない」

 「エルリは謝らなくていいんだよ♬悪いのはエルリのッ──────ッを勝手に使ってる黒幕なんだからね♠」

 

 


 

 

 わざわざもう一度聞かなくても、全員の頭の中にこびり付いて離れない、不可解な荒川と虚戈の会話。確かにその中で、二人は言っていた。荒川の研究に類する技術を、黒幕が利用していると。

 

 「荒川さんが直接黒幕に協力してたのか、それとも勝手に技術を使われたのかは分からないけど、少なくとも黒幕と荒川さんは、同じくらいの知識を持ってたはずだよ。でないと、他人の研究を横取りするなんてできないもん」

 「I see(なるほどです)!じゃ、それがMemory operation technology(記憶操作技術)ですか?」

 「いやあ、それもやっぱり荒川氏の研究テ〜マとはズレるからねえ。というかあ、まさにその辺の話でみんなに話しておかなくちゃあいけないことがあるんだけどお」

 「なんだよ?」

 「ううん・・・まあ、ゆっくり話すよお」

 

 黒幕が利用している荒川の研究は何か。その話題になった途端、納見の顔がみるみる青くなっていった。夜遅く暗いせいか、過剰なほどの灯りのせいか、全員その変化に気付くのが遅れた。気分悪そうに腹の辺りをさすりながら、納見は苦々しい顔で話し出す。

 

 「昼間の捜査でえ、おれはファクトリーエリアを捜査したんだけどお」

 「ファクトリーエリア?あんな何にもねえところ捜査してどうすんだよ」

 「おれも何もないと思ってたんだけどねえ・・・けどあそこは存在からしておかしいだろお?」

 「ど、どういう意味?」

 「おれははじめえ、あそこは電気・ガス・水道みたいなあ、生活に必要なライフラインを整えるための設備だと思ってたんだあ。だけどお、4回目の裁判の後になってインフラエリアなんてのが出てきただろお?あそこも大概何もなかったけどお、インフラ用の設備が別にあるんならあ、ファクトリーエリアはなんの為の設備なんだろうって思ったのさあ」

 「言われてみればそうだけど・・・そのファクトリーエリアに何があったの?」

 「・・・バカデカい工場だよお。ファクトリーエリアの一番奥のさらに奥のところお・・・普通だったら行こうとも思わないようなところにい、めちゃくちゃ大きい工場があったんだあ」

 「なんでそんなとこ、ヤスイチさん行けたんですか?」

 「モノクマに案内されてねえ。星砂氏は自力で辿り着いたみたいだけどお」

 「だってあそこまで辿り着いてもらわないと、裁判が盛り上がらないんだもーん!」

 

 星砂が辿り着いた時には、新たに掟を追加してまで侵入を拒んだ工場。しかし、納見が捜査する段階になると、モノクマの方から積極的に行くよう仕向けてきた。この矛盾する行動にどんな意味があるかは、納見の知るところではないが、とにかくその中で見たことを話す。

 

 「そこで造られてたものは2つあったあ。1つめはあ、やけに小さな精密機械でえ、それがなんなのかはおれには分からなかったんだあ。大方のところだとお、モノモノウォッチみたいな機械に使う基板かマイクロチップってところかなあ」

 「それが荒川の研究と関係あるのか?」

 「いやあ、これは工学系のものだからあ、むしろおれやスニフ氏の方が専門に近いだろうねえ。荒川氏の研究が流用されてたのはきっともう1つの製造物の方でえ・・・」

 「?」

 

 ここで納見は言葉を切る。ここから先のことは、本当にいま全員に伝えるべきなのかと逡巡する。この段階まで来て秘密にすることはできないし、いずれは話すことだ。しかし、これを伝えれば間違いなく全員ショックを受ける。あるいは、感動するかも知れない。何にしても、今更言わないという選択肢はとれなかった。

 

 「あそこで造ってたのはあ・・・ヒトだあ」

 「・・・へ?」

 「ファクトリーエリアの最奥にある工場ではあ・・・人間を造ってたんだあ」

 

 一瞬、裁判場の空気が止まった気がした。それはすぐに動き出して、その冷たい事実を全員の肌に触れさせる。頭がその言葉の意味を理解するにつれて、全身にざわざわと不快な感覚が蔓延っていく。

 納見は語り出す。淡々と。冷静に。事実だけを。そこから何を感じ取るか。何を思うか。それは聞く者たち次第だ。納見が敢えて淡白に語るのは、私見を挟んで事実が誤って伝わらないようにするためだ。自分は見たものを見た通りに話す。それだけで十分、この情報は驚異的だった。

 

 「ヒ、ヒトを造るって・・・え?そ、それって・・・そんなこと・・・ウソでしょ・・・?」

 「もっと正確に言えばあ、そこに残されてた資料から察するにい、あれはクローン製造工場とも言えるねえ」

 「待てってオイ!?クローン!?お前、バカなこと言うなよ!?映画や漫画じゃねえんだぞ!?クローンなんてあるわけねえだろ!」

 「どうなのモノクマ・・・?納見君の言ってることは本当なの・・・?それくらい、答えてくれてもいいんじゃないの」

 「うぷぷぷぷ♬はい!本当ですよ!だってボクが行くように仕向けたんだもんね!この話は必ず学級裁判でしてほしかったから、ちょっとルール違反かもだけど、捜査を誘導させてもらいました!まあでも、結果的にはオマエラのためだもんね」

 

 モノクマが笑いながら、あっさりと太鼓判を押した。ファクトリーエリアの最奥部にある工場では、クローンが製造されていた。納見から聞いたことは、どれも想像するだけで不快感を催すものだった。自分たちの身近でそんな超現実的な、超倫理的なことが行われていたなんて、実感すると今更ながら血の気が引いてくる。

 

 「マジかよ・・・!?野菜じゃねえんだぞ・・・!?人間のクローンなんてそんな簡単に造れんのかよ・・・!」

 「いろんなAnimal(動物)Experiment(実験)あります。でも、ヒトを造るのはInternational treaties(国際条約)Ban(禁ずる)してあるはずです。だからできるはずが・・・」

 「甘いなあスニフクンったら!できないことをなんで禁止する必要があるのさ?禁止してるってのは、裏を返せばそれができちゃうからなんだよ!」

 「コロシアイを強要してる黒幕が、今更そんな条約とか倫理とか気にするわけがないもんね・・・」

 

 どうやらクローンは本物らしい。それをやっと全員が理解し、気味悪がりながらも納得した。モノクマのオーバーテクノロジーなら、そんなこともできるのだろう。常識など通用しないこのコロシアイの黒幕に、倫理観や一般常識を求めることの方が間違いだ。

 

 「で・・・そ、それは、誰だったの?」

 「ん?」

 「クローンを造ってるってことは・・・その、元になる人がいるはずでしょ?」

 「うんん・・・そうなんだけどお、クローンが誰になるかまでを調べてる時間はなかったしい、工場に人はいなかったからねえ」

 「でも、フツーにかんがえたらMastermind(黒幕)じゃないですか?」

 

 クローン製造工場という受け入れがたい現実を受け入れても、まだ裁判は終わらない。むしろ、そこから謎は新たに生まれてくる。その工場で造られているクローンとは、一体誰のクローンなのか。元となるオリジナルの素体があるはずだが、納見はついぞ発見できなかった。ここからは、推理していくしかない。

 

 「The Killing museum(コロシアイ記録館)に、モノクマランドでやったむかしのThe killing(コロシアイ)がぜんぶFile(ファイル)になってました。あれをぜんぶMastermind(黒幕)が見てきたんだったら、ぜったいにおおすぎます」

 「確かに・・・100や200、300でもきかない数だったものね。拉致してくることとかも考えたら、1回のコロシアイだけでも相当な日数が必要なはずよ」

 「それをウン百とかムリだろ!?よぼよぼになるわ!」

 「だからClone(クローン)なんです。自分のClone(クローン)をつくれば、ずっとMastermind(黒幕)できます。それに、もしとちゅうでSickness(病気)とかInjury(怪我)とかしても、Clone(クローン)がいたらだいじょぶです」

 「昔そんな映画あったね。健康な自分から臓器だけもらう話・・・」

 「なんなんだよそれ・・・?コロシアイなんかするためだけに、わざわざクローンなんか造って、黒幕は何年も生きてるってことかよ?バカじゃねえのか・・・!?」

 「でもそれなら、荒川さんの考えとも矛盾しないよね」

 「荒川氏の考え?」

 「命は神秘的な現象で、人が科学的にそれを生み出そうとするのはまだ早い。神の領域に手を伸ばすようなものだって・・・そんなこと言ってたよ」

 「ボクもききました!」

 「つまり、荒川さんは研究の中でクローン技術を可能にすることはできたけど、自分の矜恃に反するからそれを封印してた。黒幕はそれを利用して、自分のクローンを造ってるってこと?」

 「そんなとこですね」

 

 工場で行われていたことと、荒川の研究。どれほどの繋がりがあるのかは分からないが、少なくともその根幹の部分に荒川が関わっていることは間違いないだろうことは想像できた。そして、黒幕の正体にもぐっと近付いたような気がしてくる。少なくとも、今はこれ以外に黒幕の手掛かりがないのも事実だが。

 

 「ということは、黒幕はやっぱり荒川さんの研究を理解できるくらいの知識がある人・・・」

 「もっと言ったら、荒川さんと近い人なんじゃないかって思えるね。例えば、共同研究チームの人とか」

 「荒川氏が共同研究チームを作るタイプとは思えないけどねえ。そもそも異端な研究方法を使ってたからこそお、“超高校級の錬金術師”なんて皮肉めいた肩書きになったんだからさあ」

 「でも全部ひとりでやるなんてムリだろ?荒川だって誰かに手伝ってもらったはずだろ。そいつが黒幕じゃねえのか!?」

 「分かんないです。もしかしたら、エルリさんのRival(ライバル)だった人とか?エルリさんのAchievement(功績)をつかって、The killing(コロシアイ)するくらいですから!」

 「どうだろう。そもそも、荒川さんはおしおきのときも、その後も、私たちに色んなヒントを遺していったでしょ。黒幕に心当たりがあったら、もっと直接的に言うと思うな」

 「なんにしても、エルリさんのRival(ライバル)だったことはまちがいないですね!エルリさんがThe killing(コロシアイ)なんてさせるはずないんですから!」

 「・・・それは、どうかな」

 

 安堵したように言うスニフに、研前が待ったをかける。黒幕が荒川の研究結果を盗んで悪用し、モノクマランドで行われてきた幾多のコロシアイを見守ってきたという説が事実だとする。しかしそれでも、荒川自身がコロシアイに否定的であったという根拠にはならない。全てを疑ってかからないと、何を見落とすか分からない緊張感がある中で、軽率なスニフの発言はすぐさま拾い上げられた。

 

 「おしおきのとき、荒川さんは私たちに言葉を遺したよね。コロシアエって」

 「コロシアエ ココヲデロよね。ココヲデロっていうのはまだ分かるけど、コロシアエって言う方は・・・変よね」

 「そうだな。結局、全然意味分からねえし」

 「黒幕じゃないとしても、コロシアイに反対してる人が、最後の最後にこんな言葉遺すなんて、そっちの方がおかしいよ。そうでしょ?だって、この言葉があったから雷堂君は・・・私たちが“超高校級の絶望”の生き残りだって、思い込んで・・・」

 「それ以上はいいわ、研前さん。言いたいことは分かったから」

 「要するにい、誰でもいいから『失楽園』になって絶望の思想を復活させろお、て意味にとったわけだよねえ」

 「それは、ワタルさんがかってにそう思っただけで・・・」

 「ホントの意味は荒川にしか分からねえだろ。雷堂の考えが間違ってるなんて証拠もねえ」

 「だけど・・・考えれば考えるほど、おかしいわよね。この言葉」

 

 裁判の後、荒川は自分が処刑されることを理解した上で、生存者たちにメッセージを遺した。どういった意図があったかは分からないが、結果としてそれは雷堂の破滅的妄想を助長し、凶行に走らせ、新たなコロシアイを起こす一因ともなった。

 モノモノウォッチに表示されたその言葉を頭の中で反芻する内に、正地は飲み下せない不快感を口にした。

 

 「荒川さんは、命は神秘的現象で、尊いものだって言ってたんでしょ?それにだからこそ、コロシアイには特に否定的だった。なのに荒川さんは虚戈さんに協力してもらってコロシアイを起こして、裁判の時には自分を『失楽園』させるように頭を下げて、最後にはコロシアエなんてメッセージを遺した。だけど、その後に私たちにヒントとして診断書を見つけさせた・・・なんだか言ってることとやってることが一致してないし、時々で矛盾してると思うんだけど」

 「ホントだ・・・。思い返してみたら、あいつなんなんだよ。結局あいつは、オレたちにコロシアイさせてえのかさせたくねえのか分からねえよ!黒幕の味方なのか敵なのかも分からねえ・・・なんで虚戈を殺したのかもまだ分からねえ!」

 「・・・」

 

 

 議論開始

 「結局のところ、荒川さんは、私たちにどうしてほしかったのかしら・・・?」

 「診断書を遺したのはおれたちの不安を煽るためでえ、言うなれば荒川氏から与えられた動機みたいなものとは言えないかい?処刑のときに遺した言葉もそうだしい・・・荒川氏はコロシアイをさせたかったんじゃあないかなあ?」

 「そもそもあの言葉って信じていいものなのかな?荒川さんが実際に言ったわけじゃなくて、モノクマが勝手に作ったんだとしたら・・・?虚戈さんと話してるときの声もなんだか辛そうな印象だったし、やっぱり荒川さんはコロシアイをしてほしくなかったんだと思うな」

 「うぷぷぷぷ♬いいね!いい感じにコロシアイの話題で盛り上がって、最終裁判らしくなってきましたね!」

 「んああああ!!どいつもこいつもコロシアイコロシアイコロシアイってよ!!それしかねえのかよ!!もううんざりだ!!コロシアイ以外の話はねえのかよ!!」

 「・・・!それに、サンセーです!」

 


 

 丸い裁判場のあちこちを飛び交うコロシアイの言葉。果たして荒川の目的はコロシアイの推進か、抑制か。そのどちらともつかない議論に、嫌気が差した下越が頭を掻きむしる。しかし、その言葉によって議論に突破口が生まれた。すかさずそれに気付いたのは、スニフだった。

 

 「テルジさん。それ、ボクも思います。ボクたちがまちがってたかも知れないです」

 「んあ?いや、オレは別にそんなこと言ってはねえんだけど・・・」

 「エルリさんのPurpose(目的)は、The killing(コロシアイ)じゃないです」

 

 全員がスニフに注目すると、モノヴィークルが勝手にスニフの立ち位置を中央に寄せる。まるで法廷の真ん中で真実を明らかにするため高説を繰り広げるように、スニフは衆人環視の中で語る。

 

 「エルリさんは、The killing(コロシアイ)をしてほしくないって思ってました。だから、止めたかったはずです。でも、エルリさんは、ボクたちにこのモノクマランドからEscape(脱出する)してほしかったんです。エルリさんのPurpose(目的)は、ココヲデロっていうところです」

 「そ、そういえばそうよね。もともとコロシアイってそういうものだし・・・須磨倉くんや雷堂くんがコロシアイをしたのも、突き詰めたら外の世界に出るためだし・・・」

 「エルリさんは、ボクたちのだれかがEscape(脱出する)することをExpect(期待する)して、あんなMessage(メッセージ)をのこしました。だれかがEscape(脱出する)することにいみがあるんです」

 「・・・けど、『失楽園』になった後にどうなるのかなんて、分からないじゃない」

 「そうだよな。ここ海のど真ん中みてえだし、島からほっぽり出して終わりじゃあ、結局死ぬことになるし」

 「んもーー!!そんな雑なこと、ボクがするわけないでしょ!!『失楽園』になったからって神が人類を見放しましたか!?いいえ違います!!ちゃんと罰を与えた上で、その後も見守ってるでしょ!!アフターケアまで万全でしょ!!ボクもその辺はちゃんとしてます!!」

 「外の世界に出てもモノクマに監視されるんじゃあ、こことそんな変わらない気がするけどねえ」

 「そうじゃないよ!?」

 

 コロシアイを推進するか、抑制するか。スニフの意見は、そのどちらでもなかった。荒川はコロシアイではなく、その先にあるモノクマランドからの脱出を目的としていた。そのためにはコロシアイをしなければならず、荒川は苦渋の決断の末に、コロシアイをすることを決めたと言う。それが真実がどうかは確かめるべくもないが、それなら命の尊さを重んじる考えとコロシアイを促すような行為の両立に、一応の説明はついた。

 しかしそうなるとまた新たな疑問が浮かぶ。荒川は、外の世界の正しい情報を得ていたのだろうか。真相ルーレットで明かされた外の世界の情報は、あまりにも信じがたいものばかりだった。外の世界に出ることが必ずしも正しいことか、疑問が生まれた者もいる。そもそも、このモノクマランドは絶海の孤島だ。どうやって元いた場所に戻すというのだろう。

 

 「今まで聞かれたこともなかったから言わなかったけど、ちゃんと『失楽園』になった人はボクが責任を持って、元いた場所に送り返してあげますよ。ここの場所がバレちゃうとまずいので、一旦眠らせてから、送ってあげます。目覚めたら一発で日常に戻ったと実感できる場所にね。住み慣れた我が家とか、通い慣れたお店とか」

 「それを、荒川さんにも言ったの?」

 「荒川さんには違う聞かれ方をしたから、違う答えをしましたよ!もちろん、ウソも吐いてないけどね!」

 「相変わらず、いまいち何言ってっか分からねえ・・・」

 「元の場所に戻すって言うけどお、元の日常が待ってる保証もないよねえ。おれたちに最初に寄越した動機じゃあ、おれたちの大切な人たちがとんでもない目に遭ってる映像だったじゃあないかあ」

 「うぷ♬それは出てからのお楽しみだよ!物事は常に諸行無常、移りゆくものなのです。昨日生きていた人が明日も生きている保証はどこにもないのです」

 「シンプルにムカつく」

 

 当てつけのように自分の創作テーマを引き合いに出され、納見が分かりやすく苛立った。

 

 「外の世界がどうなってるか?ここで起きたことは現実か?『失楽園』した後はどうなるか?今のオマエラが気にするべきはそんなことじゃないでしょ?どっちにしろ知る方法はないんだから。もしかしたらオマエラが帰るべき日常は跡形もなく破壊され尽くしてるかも知れないし、なにもかも元通りになってるかも知れないし、今までのこと全部が波に揺られるクラゲの夢で、現実では1日にも満たない時間しか経ってないかも知れない!未来はまだ不確定で無限の可能性を孕むんだよ!」

 「やっぱり何言ってっか分からねえ・・・」

 「モノクマの言うことにまともに取り合っちゃダメよ下越くん。どうせ混乱させることしか言わないんだから」

 「今回はやけに喋るよね。最後の裁判だからかも知れないけど、やっぱり鬱陶しいよ」

 「Back off(すっこんでろよ), fugly(【 自 主 規 制 】野郎がよ)

 「あー、スニフクンのが一番刺さる。血吐きそう」

 「吐け」

 

 英語でなければ全員がスニフに対する見方が変わるような暴言を吐かれ、モノクマが悶絶する。追い討ちをかけるような下越の辛辣な言葉に、モノクマは本当に気分が悪そうになって玉座にもたれかかる。誰ひとりそれを心配する態度は見せない。

 

 「ちょっと話がズレて行きすぎたかな。『失楽園』の後のことも気にはなるけど・・・話を本題に戻そうよ」

 「黒幕の正体の話だねえ」

 「一旦整理しましょう。今まで話した、黒幕の条件。忘れてるものもありそうだから」

 「I agree(賛成です)!」

 

 いつの間にか、議論のテーマは黒幕の正体から『失楽園』の後に待ち受けているものは何か、に変わっていた。気にはなるが、それを明らかにしたところで黒幕の正体には繋がらないだろうし、知っても自分たちにはどうすることもできない。意味のある議論をするために、スニフたちはこれまでの裁判のポイントを振り返る。

 

 「まず黒幕は、オレたち全員の『弱み』を知れるくらい近しいヤツだ。鉄とか雷堂みてえに、普通だったら話せねえようなことも分かるってんだから、相当近くだ」

 「しかもおれたちそれぞれの“才能”についてもなかなか詳しいみたいだしねえ。鉄氏や極氏の“才能”に必要なものも揃えてるあたりい、かなり深いところまで理解しているみたいだねえ」

 「それから、ボクたちのMemory(記憶)をうばいました。きっと、ボクたちがThe killing(コロシアイ)するように・・・」

 「記憶を奪うっていうのも、薬なのか手術なのか分からないけど・・・どっちにしても、医学とか生物学とか、そっちの方面に詳しい人ってことだよね」

 「荒川さんの研究を盗めるくらいだから、彼女くらい専門的な知識を持ってて、その上医療技術も十分にある・・・」

 

 黒幕の条件を挙げていくほど、正体が分かるようで分からなくなってくる。具体的な条件があるはずなのにもかかわらず、それを同時に満たす人物像が浮かばない。浮かばないというより、5人全員に心当たりがない。世界中を探せば該当する人物はひとりくらいいるだろうが、5人の記憶の中にそんな人物はいない。

 しかし、モノクマが絶対に当てられない人物を答えに置くとは思えない。学級裁判の大前提は、シロとクロの公平性だ。情報の格差はその最たるものだ。モノクマは必要とあらば、シロやクロが有利になるような介入もしていた。それは、裁判の公平性を保つためだ。この期に及んで理不尽とも呼べる不公平を強いてくるとも思えない。それは、今までのモノクマ自身の行いを否定することにもなるからだ。

 

 「誰か知ってる人のはずなのに・・・全然分からない。思い当たる節がない・・・」

 「他に黒幕のヒントはねえのかよ?なんつうか、もっと具体的っつうか、分かりやすい手掛かりとかさ」

 「・・・コロシアイってそもそも、江ノ島盾子って人が始めたことっていうのは・・・みんな知ってたっけ?“超高校級の絶望”とかの」

 「真相ルーレットでそんなこと言ってたようなあ。記憶が曖昧だなあ」

 「実はね。私、捜査の時にカジノで、その江ノ島盾子って人のファイルを見つけたの。そこに、“超高校級の絶望”のこととか、コロシアイのこととかについて書かれてたんだ」

 「そんなのあったですか!?」

 「言うタイミング逃しちゃって・・・隠してたわけじゃないんだけど」

 「そんなこと言ったらおれもだよお。裁判の中でちょっとずつ共有してくって話になったからあ、そこは心配しなくてもいいよお」

 「うん、ありがとう」

 「んなこたどうでもいいだろ!で、その江ノ島ってヤツとコロシアイがなんだよ。このコロシアイも、その江ノ島ってのが黒幕だって言いてえのか?」

 「ううん。江ノ島盾子はもう死んだって、はっきり書かれてる。クローン技術があるって言っても、江ノ島盾子がコロシアイで命を落としたこと自体がかなり昔のことだし、その線は考えなくてもいいと思う」

 「じゃあなんですか?」

 「このコロシアイってシステム自体が、“超高校級の絶望”を象徴するものってことだよ。モノクマもそうだし」

 「つ、つまり・・・このコロシアイの黒幕は、“超高校級の絶望”に関係してるってこと?」

 「関係してるっていうよりはあ、そのものって考えた方がいいかもねえ。雷堂氏もそんなこと言ってたけどさあ」

 「あれは・・・!ワタルさんのJumping to conclusion(早とちり)じゃないですか?“Ultimate despair(超高校級の絶望)”は、ずっとむかしにDie out(滅ぶ)したんじゃないですか?」

 「・・・なんで雷堂君がそんな()()()をしてたのか・・・その点も含めて、もう一度考えてみる必要があるんじゃないかな」

 

 研前の口から語られた、江ノ島盾子とコロシアイ、そして“超高校級の絶望”の関係性。コロシアイというシステムそのものが、江ノ島盾子及び“超高校級の絶望”を連想させる。遥か昔の出来事とはいえ、江ノ島盾子に関するファイルを裁判のヒントとして与えている以上、無関係ではないはずだ。そして、雷堂もその言葉を口にしていた。終ぞその真意を知ることはできなかったが、それを検証すれば何か糸口が掴めるかも知れない。そんな淡い期待を込めて、研前は敢えてその名前を口にした。

 

 

 ロジカルストラクション

 

 「まず、雷堂君が私たちを“超高校級の絶望”だって思ったきっかけは──」

 

 A.【第3の動機「『弱み』の告白」】

 B.【第4の動機「モノクマランドの写真」】

 C.【第5の動機「真相ルーレット」】

 

 

 

▶B.【第4の動機「モノクマランドの写真」】

 

 

 「モノクマランドでの私たちの写真を見て、極さんの足にタトゥーが入ってることに気付いた、って言ってたわね」

 「写真の中にあるものが、今の極にはなかった。だから、写真の極と今の極が別人だって思ったのがきっかけか」

 「うん。次に、雷堂君が犯行を決意した動機が──」

 

 A.【コロシアイ記録館】

 B.【荒川の診断書】

 C.【未来機関に関する真相】

 D.【江ノ島盾子の詳細が書かれたファイル】

 

 

 

▶C.【未来機関に関する真相】

 

 

 「The Future Foundation(未来機関)Hero(英雄)になるため・・・ですよね。“Ultimate despair(超高校級の絶望)”をDestroy(皆殺し)して」

 「それがおれたちのことだと思ってたからこそお、極氏を学級裁判のル〜ルを利用しようとしたんだねえ」

 「雷堂君は、私たちが直接“超高校級の絶望”だって言える根拠を持ってなかった。だけど、状況証拠からそう推測したって言ってたね。その状況証拠って言うのが──」

 

 

 A.【モノクマの存在】

 B.【荒川の診断書】

 C.【ミュージアムエリアの江ノ島盾子像】

 D.【第1の動機「大切な人」】

 E.【“才能”研究室】

 F.【ファクトリーエリア】

 G.【コロシアイ・学級裁判のシステム】

 H.【第3の動機「『弱み』の告白】

 

 

 

▶A.【モノクマの存在】

▶C.【ミュージアムエリアの江ノ島盾子像】

▶G.【コロシアイ・学級裁判のシステム】

 

 

 「Museum area(ミュージアムエリア)のあのおっきなStatue()、あれがエノシマジュンコですよね。Title(タイトル)ももしかしたら、このモノクマランドのことかもしれないです」

 「私たちが強いられてきたコロシアイと学級裁判のシステムも、その江ノ島盾子って人が希望ヶ峰学園でやったことそのまま・・・」

 「モノクマだって、その江ノ島ってヤツがコロシアイのときに隠れ蓑にしてたらしいじゃんか」

 「そんでもってえ、“超高校級の絶望”のリ〜ダ〜が江ノ島盾子だからあ・・・まあ、繋がらないって方がおかしいよねえ。極氏の写真で疑心暗鬼になってたんだしい、おれたちが“超高校級の絶望”だと思っても仕方が無いっていうかあ」

 「・・・だからこそ、雷堂君は思ったんだ。私たちはみんな“超高校級の絶望”の残党で、このモノクマランドをアジトにして潜伏してて、いつかまた世界に“絶望”を広めようとしてる、って。モノクマランドにあるもののどれも、江ノ島盾子やモノクマを崇拝してるような感じがするもの」

 

 COMPLETE!

 


 

 「だ、だけど・・・ボクたち、“Ultimate despair(超高校級の絶望)”なんかじゃないですよね?ぜんぶ、ワタルさんがMisunderstand(誤解する)しただけですよね?」

 「そう思いたいけどお・・・いまいち“超高校級の絶望”のことが芯掴んで理解できてないからあ、そう言い切れる根拠がないのも事実だよお」

 

 雷堂が口にした、全員が“超高校級の絶望”であるという疑惑。肯定する理由がないが、否定する根拠もない。否定したい気持ちは山々だが、肯定に値しうる状況証拠がある。どっちつかずの曖昧な中で、はっきりした記憶がない自分たちの過去に漠然とした不安が募る。

 

 「“超高校級の絶望”って・・・」

 

 重い空気を払拭するため、正地が口を開いた。

 

 「江ノ島盾子が発端になった、テロ組織でしょ?世界を壊すとかっていう・・・だから、私たちの中でそういう気持ちや考えがないんだったら、“超高校級の絶望”じゃないって根拠になるんじゃないかしら」

 「世界壊そうなんて思わねえよ!っていうかなんだよ世界を壊すって!悪の大魔王じゃねえんだぞ!?」

 「そうですよ!それより、ボクたちみんなAbduct(拉致する)されて、The killing(コロシアイ)させられてるっていう方がふつうです!ふつう・・・ですよね?」

 「?」

 

 正地と下越に同意しているが、スニフはどこか自信なさげだった。その違和感に、研前がいち早く気付く。スニフの様子がおかしい。振り返って見て先程からスニフの発言は、自分たちが“超高校級の絶望”ではないと、そう結論付けさせたいかのようにも感じた。

 

 「ねえ、スニフ君」

 「はい。なんですか」

 「スニフ君は・・・何か知ってる?“超高校級の絶望”とか、黒幕とかについて」

 「・・・?な、なんでですか?」

 「だって、さっきから様子がヘンなんだもん。私たちは“超高校級の絶望”じゃないって結論にいかせたがってるような気がするよ。今も、私たちみんなが監禁してコロシアイさせられてるって、確認するような言い方だったし」

 

 言葉遣いは、これまで通り子供に向けた優しい口調だった。だがその声色と目つきは、今までスニフに向けたどんなものよりも、鋭く尖っていた。何かを隠している相手への、追及の色を帯びていた。

 

 「ん?なんだなんだ?スニフ、なんか知ってんのか?」

 「えっ、ボ、ボクは・・・そんな・・・!」

 「知ってることがあるなら話した方がいいよおスニフ氏。間違ってたって無意味なことはないからねえ」

 「そうじゃ・・・なくて・・・!」

 「大丈夫よスニフくん。私たち、どんな話でも受け止める準備はできてるから」

 「いえ、あの・・・!」

 「スニフ君」

 

 その声は、畳みかけられる温かい言葉の中で唯一、冷たい響きを持っていた。

 

 「話しなさい」

 

 黄色く光るその目に睨まれたとき、スニフはもはや話すより他にない、と観念した。同時に、それまでの自分の行いを後悔した。こんなことになるのなら──。

 

 「I should have said faster(もっと早く言えばよかった)・・・」

 「うん?」

 「分かりました。ごめんなさい・・・ボク、ずっと言わなかったことあります」

 

 張り詰めたスニフの声。名状しがたい緊張感に晒された4人には、スニフが生唾を飲む音さえも聞こえた。そして少しだけ間を置いて、スニフは口を開いた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ボク、Mastermind(黒幕)がだれか・・・分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぷぷ・・・♬」

 「マ、マスターマインドって・・・黒幕の、こと?分かったって・・・!」

 「マジかよスニフ!?っつうか、いつ分かったんだよ!?」

 「・・・ボクたちで、Investigation(捜査)してるときです。今までのDiscussion(議論)もきいてて・・・Conflict(矛盾)なかったですから・・・」

 「どうして今まで言わなかったんだい?」

 「Uh(うぅ)・・・」

 「いいよ。言わなかったことは。これから話すんだから。落ち着いて、ゆっくり話してくれればいいよ」

 

 先ほどと打って変わり、研前は優しく声をかける。だが、スニフに話させることは変わらない。黒幕の正体に気付いたとは言うものの、モノクマはまだ笑みを浮かべている。それが余裕の笑顔なのか、虚栄の笑顔なのか、あるいは誤った方向へ進む裁判を嘲笑しているのか。それも分からないまま、スニフは語り始める。

 

 「ボク、Museum area(ミュージアムエリア)にあるThe museum of The Killing(コロシアイ記録館)に行きました。たくさん、かぞえられないくらい、むかしのThe killing(コロシアイ)Log(記録)ありました。いくつも・・・Over hundred(100回以上)ありました。でも、Common point(共通点)ありました。ボクたちのときも・・・」

 「共通点?」

 「File(ファイル)にあったThe list of dead(死亡者名簿)は、どれも、The killing(コロシアイ)で亡くなった人だけじゃなかったんです。いつもひとりだけ・・・」

 

 

 A.【心中)

 B.【見せしめ)

 C.【自殺)

 

 

 

▶B.【見せしめ)

 


 

 「The waring(見せしめ)で、Execute(処刑する)されてたんです」

 

 5人の頭の中に、あの光景が蘇った。モノクマランドに来たその日に、自分たちの仲間のひとりが残酷に殺された。見せしめとは言うが、その死が必要だったとは思えない。ただの圧倒的な暴力の前に、儚く命を落とした男がいた。

 

 「The warning(見せしめ)なんて、ホントはNecessary(必要性)ないんです。キボーガミネHigh school(学園)から何人もStudent(生徒)Abduct(拉致する)してくるRisk(リスク)をかんがえたら、もったいないです」

 「言われてみればそうだけど・・・でも、あの処刑のせいで私たちがモノクマに逆らえなくなったのは事実だし・・・意味がなかったなんて言ったら──」

 「No(いいえ)、いみはあったんです。The warning(見せしめ)とはちがう、もっと大きないみが」

 「意味・・・ねえ」

 

 目の前で行われた凄惨な処刑は、思い出すだけでまた体の内側が熱くなるような不快感を催す。しかしスニフは、その処刑のときのことを思い出してほしいと言う。その処刑によって何があり、何が変わったか。

 

 「あのExection(処刑)のまえとあとで・・・あのExection(処刑)Turning point(変わり目)になったことあります」

 

 

 議論開始

 「The execution of the waring(見せしめ処刑)のまえとあとで、かわったことがあります」

 「変わったことっつったって・・・人が減ったことじゃねえのか?」

 「その前はおれたち全員でモノクマランドの捜査をしてたからあ・・・モノクマランドかい?」

 「黒幕の話なんだから、もっと黒幕の正体に近いことでしょ?・・・モノクマとか?」

 「That's right(それです)・・・!」

 


 

 「Exection(処刑)のまえとあとでいちばんかわったの、モノクマです」

 「うひゃっ!いきなりボクをご指名!?指名料は1000円だよ!チェンジは2回まで!」

 「わけ分かんねえこと言ってはぐらかそうとすんじゃねえよ!」

 「うぷぷぷぷ♬」

 「スニフ君、処刑の前後で、モノクマの何が変わったの?」

 「・・・Exection(処刑)のまえまで、モノクマはずっと、ボクたちにScreen(スクリーン)のむこうからしかContact(接触する)してませんでした。ボクたちをよぶのはAnnounce(アナウンス)で・・・モノクマランドのInvestigation(探索する)だってScreen(スクリーン)の中で言ったことです」

 「ん・・・そう言えばそうだねえ。アナウンスはともかくう、全員集めておいて自分は出てこなかったなあ」

 「その後の探索中も、モノクマがちょっかいかけてきたり、邪魔してきたりなんてしてこなかったわ。お昼の捜査のときはみんな、モノクマと話してたみたいだけど・・・」

 「いまいち話も通じてなかったけどな」

 「そうなんです。それが、Hint(ヒント)だったんです」

 

 溜息交じりに呟いた下越の言葉を、スニフが拾い上げた。まさか自分の発言に突っ込まれると思っていなかった下越は、少し肩を跳ねさせてスニフの方を見る。

 

 「あれは、あそこにいるモノクマとちがうんです。あれは・・・Video(映像)だったんです」

 「ビデオ?事前に録画してあったものってこと?」

 「確かにちょっと無理問答めいたところはあったけどお、おれたちと会話が成り立ってるところもあったと思うけどお?」

 「Abduct(拉致する)された人たちが言いそうなこととか、The killing(コロシアイ)をさせるって言ったときのReaction(反応)なんて、かんがえたらPredict(予測する)できそうなものです。だから、ちゃんとしてるところ、ちゃんとしてないところがあったんです」

 「で、でも、あそこのモノクマは明らかに私たちの会話に反応してるし、何より映像じゃないわ。歴とした・・・モノよ」

 「いや正地さん、モノって。あ、モノクマのモノってこと?それならOKです!」

 「Of course(もちろん)です。The killing(コロシアイ)のぜんぶをVideo(映像)Predict(予測する)するのはむりです。だから、Exection(処刑)のあとで、モノクマは出てきました」

 「ああっ・・・!そうだ・・・!あの処刑の後、いきなり出てきたんだった・・・!」

 

 スニフに向けられていた視線が、徐々にモノクマに向けられるようになる。相変わらず笑みを浮かべているモノクマだったが、ついさっきまでの余裕とはまた違う、何かを待ち焦がれるような雰囲気を醸し出していた。

 

 「い、いや・・・!結局出て来るんなら、なんでオレたちのリアクション予測して映像撮るなんてしちめんどくせえことすんだよ・・・?」

 「モノクマは出て()()()()()んじゃないです。出て()()()()()()()んです」

 「???」

 「はじめ、モノクマのOperator(操作手)いなかったんです。でもあのExection(処刑)のあとで、Operator(操作手)があらわれた。だから、モノクマはボクたちのまえに出てきたんです」

 「うぷ♬ぷっぷっ・・・うっくくく♬」

 「・・・ね、ねえ。待ってよスニフくん。それじゃああなたは・・・!このコロシアイの黒幕は・・・!」

 

 口から飛び出しそうなほど強く、次の瞬間に止まるのではないかと心配になるほど速く、心臓が脈打つ。モノクマの押し殺した笑い声が耳にねっとりと絡みつく。論理的なスニフの推理から導かれる結論に、脳が勝手に手を伸ばす。その事実が到底受け入れがたいものであっても。否定の材料がないうちは、暫定的であってもそれを受け止めなくてはならない。

 

 「あのとき、モノクマのOperation(操作)できた人は、ひとりしかいません。それは──」

 

 

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

▶皆桐亜駆斗

 


 

 「あのときExecute(処刑する)された・・・アクトさんだけです」

 

 5人全員の頭の中に、同じ人物が浮かんでいた。このモノクマランドで行われたコロシアイにおける、最初の犠牲者。誰かに殺されることも、誰かを殺すこともなかった。それよりも先に、モノクマの常軌を逸した処刑装置の餌食となった哀れなあの男。だがその男がいま、スニフによって全ての黒幕であると追及されている。

 モノヴィークルに固定されて裁判場に居並ぶその遺影に、全員の視線が注がれる。遺影の中の皆桐は応えず、ただ爽やかな笑顔を返す。

 

 「い、いや・・・!何言ってんだよスニフ・・・!?皆桐は死んだんだぞ!?オレたちの目の前で、モノクマに殺されただろ!死んだヤツがどうやってモノクマを操作するんだよ!?」

 「そのこたえを・・・ボクたちはもうしってます」

 

 

 証拠提出

 A.【絶海の孤島)

 B.【記憶喪失)

 C.【モノクマランド)

 D.【クローン技術)

 

 

 

▶D.【クローン技術)

 


 

 「Factory area(ファクトリーエリア)でヤスイチさんが見つけたClone(クローン)をつかえば・・・アクトさんはKill(殺す)されたとボクたちにおもわせて、モノクマのOperation(操作)できます」

 「あっ・・・!」

 「だからこそ、アクトさんはあのとき、Execute(処刑する)されるようにしたとおもいます。ボクたちのいちばんまえで、モノクマにResist(反発する)したんです。Mastermind(黒幕)として、モノクマをOperate(操作する)できるように」 

 「うぷぷ♬うぷぷぷぷ♬うっぷぷぷぷぷぷぷ!!」

 

 スニフの推理を全て聴き、モノクマは堪えきれないとばかりに一層笑い声を大きくする。それが何を意味するのか分からないが、最後にスニフが全てをモノクマに突きつけた。

 

 「ボクたちは、ずっと見られてたんです。いちばんさいしょに死んだとおもってた人に、ずっと。ボクたちをモノクマランドにつれてきて、The killing(コロシアイ)をさせてきた、Mastermind(黒幕)のしょうたい・・・。それは、“Ultimate sprinter(超高校級のスプリンター)”ミナギリアクトさん!あなたです!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 こてん、とモノクマの両手が落ちた。ついさっきまでそこにあった生命が、一瞬にして消滅したように。17のモノヴィークルは勝手に動き始める。円形にぐるぐると回り始めた。全員思わず手すりに掴まった。どこからともなく音が響く。緊張を煽り、恐怖をなぞり、混乱を盛り立てる不協和音だ。目の奥に刺さるほど照明が強烈に明滅する。

 その裁判場めがけて、影が近付いてくる。目で追えないほど速く、暗闇の中を迷いなく一直線に駆け抜ける。そして回転する裁判場の目の前で、手に持った棒を地面に突き立てた。弾丸のような走力とロケットのような跳躍力で、その影はスニフたちの頭上を、身体を捻りながら通過した。

 まるで確信があるかのように。あるいは計算か。その影の真下には、皆桐の遺影が立てられたモノヴィークルがあった。その顔面を蹴り飛ばし、吹っ飛んだ遺影が粉々に砕けると同時に、その影はモノヴィークルに着地した。激しい衝撃とともに回転は止まる。モノクマの玉座から白い煙が噴き出し、その姿を覆い隠す。その背を照らす照明で、シルエットが煙の中に浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「皆さん!!」

 

 

 

 

 

 その声は、どこまでも爽快で、どこまでも溌剌として、そしてどこまでもおぞましく聞こえた。煙が晴れ、そこには──。

 

 

 

 

 

 「ご無沙汰してるっす!!皆桐亜駆斗!!ただいま参上っす!!」

 

 

 

 

 

 信じたくなかった()()が形を持って顕現していた。

 

 

 

 

 

 「うぷ!!うぷぷぷぷ!!うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!!!さあ!!準備はいいっすか!!」

 

 

 

 

 

 皆桐は声高に叫ぶ。

 

 

 

 

 

 「このコロシアイ最後の学級裁判!!ここからが本番っすよ!!うぷぷぷぷぷ!!」

 

 

 

 

 

学級裁判 中断

 


 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:5人

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 +黒幕1人

 

【挿絵表示】

 




ロンカレもここまで来たかって感じです。
ま、ここからが本番ですがね。
文字書いたり絵描いたり、創作は大変です。ホント大変です


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学級裁判 解明編

 

 オマエラおはこんばんにちわ!!学級裁判後半に入る前に、前回までの学級裁判をおさらいするっすよ!!

 え?いつもと口調が違う?おかしなこと言うっすね!当たり前じゃないっすか!自分はモノクマじゃないっす!“超高校級のスプリンター”皆桐亜駆斗っす!前回のラストで数年ぶりに登場したんすから、ここで言葉数稼いだっていいじゃないっすか!それくらいの優遇がないと、黒幕なんて退屈でやってらんないっすよ!

 

 さて、モノクマランド全体の捜査を経て、スニフさんたちはいよいよ最後の学級裁判に挑んだっす!今回の学級裁判には被害者もクロもいないっす!その代わり、明らかにすべきテーマが3つ!【黒幕の正体】と【コロシアイの目的】と【自分たちは何者なのか】っす!もうだいぶ話してきた気がするっすけど、実はまだ【黒幕の正体】についての話しかしてないんすよね!ま、その中で他のテーマに関わる部分もあったっすけどね!結局のところこの3つは密接に関わり合って、1つの大きな真相に繋がっているっす!っとと、あんまり話しすぎるといけないっすね!うぷぷぷぷ♬もしここで全部の真相を、流れもタメも展開も無視して全部ぶっちゃけたらどうなるっすかね!?数年分の労力が3分弱で塵芥と化すなんて、そんな絶望もありっちゃありっすかね?自分は物書きじゃないっすからよく分からないっすけど!

 ともかく最終裁判に相応しく、議論はあっちに行ったりこっちに行ったり、なかなかまとまらなくて傍から聞いてる自分ももどかしくなってきてたっす。そんなときに、スニフさんが唐突に言ったっす。黒幕が誰か分かったと!そしてまさかまさかの急展開!一気に自分の正体がバレちまったっす!そして最後の最後!満を持しての自分再登場!!いや〜!!気持ちいいもんっすね!!あのときのスニフさんたちの困惑しきった顔!!あんな顔されたとあっちゃっあ、黒幕した甲斐があったってもんっす!!最低で最高の労いっすね!!

 けど最後の学級裁判、ここからが本番っすよ。うっぷっぷっぷ♬オマエラ、準備(かくご)はいいっすか?全ての真相を知ったとき、オマエラはどんな顔をしてるっすかね?とっても楽しみっす♬

 


 

 煙は風に流されて消え去る。音と光は決められた演出の役目を終え、大人しく元のかたちに戻る。後に残ったのは、遺影から飛び出した皆桐だけだった。圧倒的な存在感を思わせるその佇まいは、記憶の中にいる皆桐より遥かに堂々としたものだった。

 

 「このコロシアイ最後の学級裁判!!ここからが本番っすよ!!うぷぷぷぷぷ!!」

 「み、皆桐くん・・・!?本当に・・・皆桐くんなの・・・!?」

 「ええ!そうっすよ!お久し振りっす正地さん!その節はイロイロとお世話になったっす!」

 「・・・いや、だって、死んだはずだろ・・・!?」

 「下越さん、人の話はきちんと聞かなくちゃダメっすよ?スニフさんが言ってたじゃないっすか!いくらでもやりようがあるっす!うぷぷぷぷ♬」

 「本当に皆桐氏が・・・黒幕なのかい?」

 「ええ!ええ!そうっすよ!自分はこのコロシアイの黒幕っす!」

 

 困惑が止まらない面々に対し、皆桐は溌剌と応える。直接死を目撃した人物が、目の前で悪意に満ちた笑顔とともに仁王立ちしている。ひとりひとりの顔を舐め回すように見ると、満悦の表情を浮かべて鼻を鳴らした。そして、5人を称えるように小さく拍手した。

 

 「しっかし素晴らしいっすね!自分が殺されたワケをこんなにあっさり看破されるとは思ってなかったっすよ!さすが、“超高校級”の肩書きを持つオマエラっすね!協力すればこの程度の謎、簡単に解けてしまうんすね!なんだか感動で目頭が熱くなってきたっす・・・!うおおおおおおおおおおおおおんっ!!」

 「うおっ!?きたねえ!!」

 

 笑顔とともに静かな拍手をしていた皆桐は、突然大声をあげて泣き出した。涙が降りかかりそうになった下越が体を捻って避ける。それ以外の4人は、目の前の信じがたい光景に唖然としていた。しかし皆桐はお構いなしに続ける。

 

 「自分、ホント嬉しいっすよ!!途中の学級裁判でもしクロが勝ちでもしたら、もうオマエラと会うこともできなくなるんだなって、何回も不安になったっす!!もちろん、クロの誰かが勝って『失楽園』になってもそれはそれで絶望的なんすけどね!!だけどやっぱり黒幕になったからには、こうやって最後の学級裁判でドーン!と出て来たいじゃないっすか!!」

 「・・・?」

 「クロのみなさんには感謝っすね!!みなさんがコロシアイをしてくれたおかげで今があるっすから!!やるっすか?黙祷でもするっすか?いーや!自分、こんな感動的で爽快で絶望的な気分のときに黙ってなんてられないっす!!」

 「ちょっと待ってよ・・・!全然ついて行けてないんだけど・・・本当に、皆桐君が黒幕なの・・・?」

 

 泣いていたと思ったら恍惚の表情を浮かべる。かと思えば次の瞬間には爽やかな笑顔を見せる。急にしめやかな表情で胸に手を当てたかと思えば、激情に駆られたように身悶えし始めた。瞬きの度に感情が変化するような皆桐について行けず、具合悪そうに眉間を押さえながら研前が尋ねた。それに対し皆桐は、光を失った眼と虚ろな顔で応えた。

 

 「はあ・・・しつこいっすね研前さん。ええ、そうっすよ。自分が黒幕なのは間違いないっすよ。オマエラのことをずっと、ずっと・・・ずぅ〜〜〜っと見てたっすから!!」

 「あのとき殺されたのも・・・皆桐くんなの・・・!?」

 「もちろんっすよ。なんてったってクローンっすから!遺伝的に全く同じ、記憶も人格も間違いなくここにいる自分と全く同じ自分だったっす!いや〜、やっぱ頭に銃弾ブチ込まれると痛いっすね!!痛いなんてもんじゃないっすよ!!冷たいし熱いし意味分かんないし怖いし重いし!!まあすぐに頭全部吹っ飛ばされて感覚なくなったし死んだんすけど!!」

 「・・・いくらクローン技術があるからってえ・・・こんなバカなこと俄には信じがたいよお」

 「あれ?あれ?あれあれあれあれ?」

 「なんでこんなことしやがったクソ野郎・・・!!テメエ、ただで済むと思うんじゃねえぞ皆桐!!」

 「い、いやいやいや!!ちょっと待って欲しいっすよオマエラ!!()()っすよ?」

 「ま、まだ・・・?まだって、なんですか?」

 「まだこの裁判は終わらないってことっすよ!!最初に言ったっすよね?この裁判は【黒幕の正体】【コロシアイの目的】【自分たちは何者か】を明らかにする裁判だって!!まだ全然じゃないっすか!!自分のことばっかり気にしててもしょうがないっすよ!!」

 「全然だろうが関係あるか!!テメエをとっ捕まえてボコボコにして終わりだろうが!!」

 「ぐえっ!・・・ほあ」

 

 自身の登場で完全に停止した裁判の進行を、皆桐は焦って再開させようとする。しかし、他の5人はそれどころではない。目の前に現れた信じがたい現実を受け入れようとするので精一杯だった。なんとか受け入れても、裁判の続きなど今はする気にならない。全ての元凶を前にして、馬鹿正直にそのルールに従う必要などない。

 すぐ隣のモノヴィークルに乗った下越が、皆桐の胸ぐらを掴む。意外そうな顔をして、皆桐はされるがままに引き寄せられるが、その態度は緊張感もなにもない。

 

 「下越さんはそれでいいんすか?本当に、それで満足なんすか?」

 「あぁ!?ンだそりゃあ!!テメエ、自分が何したか分かってんのか!!こっちはテメエをぶん殴らねえと気が済まねえんだよ!!」

 「テ、テルジさん・・・!」

 「し、下越君!落ち着いて!そんなことしたら掟に違反しちゃうから・・・!!」

 「ふむふむ。なるほどっす。ならいいっすよ」

 「はあ!?」

 

 対角線上にいるスニフさえ、見たこともないほど激昂する下越の剣幕に震え上がる。研前が不安げに止めに入ろうとするが、その足は皆桐の快諾によって止められた。

 

 「殴るくらいなら何の支障もないっすからね。こちとらクローン技術があるんすよ?捕まえてボコボコにするなんてケチ臭いこと言わずに、どうぞ!死ぬまでぶん殴り続けていいっすよ!そっちの方が下越さんもスッキリするでしょう?あ、自分のことは心配いらないっす。痛いのはガチなんで本気で痛がるっすけど、死ぬの慣れてるんで!」

 「・・・は?・・・いや、はあ?」

 「あ〜、でも素手じゃ殴り殺すのはキツいっすよね。それ以外にリクエストがあればどうぞ仰ってくださいっす!やっぱり料理人っすか包丁で刺殺っすか?あ、でも憎らしい相手は扼殺する方が王道って感じっすよね!あとは怒りのままに撲殺とかもイマドキっぽくていいっすね!爽快感求めるなら爆殺っすね!手間はかかるっすけどあのド派手さは殺る方も殺られる方もヤミツキっすよ!あと自分的には銃殺もオススメっすね!ゲーム感覚でお手軽に殺れるっすよ1いっそ、一回ずつ試してみます?」

 「な、なに・・・?テメ・・・なに言ってんだ・・・!?」

 「なにって、下越さんの気分を晴らす方法を提案してるんすよ。自分が死ねばいいんすよね?殺されたらいいんすよね?痛めつけて傷付けて殴りつけて辱めて貶めて鬱憤を晴らしたいんすよね?どうぞどうぞ、銃殺だったら今できるっすから」

 「・・・はあッ!?」

 

 震えるほど激しい下越の怒気に晒されても、皆桐は先ほどと変わらない饒舌さで下越に捲し立てる。迫っているのは下越の方なのに、その場の主導権は完全に皆桐が握っていた。。困惑とともに力が抜けた下越の手に、皆桐はポケットから取り出した拳銃を持たせた。冷たい銃口は皆桐を向いていた。

 

 「ほら、さあさあさあ!!どこがいいっすか?オーソドックスに心臓?血がどばどば出てキレイっすよ!!撃たれた後にだんだん意識が遠のいて目から色が消えてくのが見所っす!!それとも眉間?一瞬で全身が脱力するから仕事人みたいな感じがしてかなりバエるっす!!喉から脳天ぶち抜くのもいいっすね!!脳みそぶちまけて死ぬから、“殺したな!”、“殺されたな!”って実感が一番強いっす!!ハァ・・・!!ハァ・・・!!さあさあさあ!!どこを撃つっすか!?簡単っす!引き金を引くだけっすから!!ほらほらほら!!撃つんすか撃たないんすか!?ほら!!自分が憎いんでしょう!?許せないんでしょう!?だったら撃つしかないじゃないっすか!!ハァ・・・!!ハァ・・・!!撃って仲間の無念を晴らすしかないじゃないっすか!!さあほら!!!撃てよ!!!

 「・・・ッ!!」

 「もうやめて!!」

 

 上気した皆桐が怒鳴る。全身が震え、冷や汗を流し、瞳孔が開いて顔は引き攣る。その表情は、“絶望”そのものだった。同じ場所で同じ死に方をしたときの記憶が、完全にトラウマになっていた。それでも、皆桐は本気で撃たれるつもりでいた。自分を憎んでいる相手に銃口を突きつけられているこの状況に、たまらなく興奮していた。

 圧倒されていた下越は、遂に引き金を引くことはできなかった。後一歩で皆桐が自ら発砲しそうなときに、正地の声に耳を劈かれて動きを止めた。血の気が引いた顔でぶるぶる震えている正地を見て、皆桐は興奮が冷めたらしい。下越の手から銃をひったくって、池の中に放り捨てた。

 

 「オマエラは、どうしてこの場所に立っているっすか?」

 「・・・どうして、ですか?」

 

 先ほどまでの興奮がウソのように、皆桐は棒立ちでつぶやくように尋ねた。

 

 「コロシアイを勝ち抜いたから?学級裁判を生き抜いたから?脱出の方法はあると信じて希望を捨てなかったから?・・・うぷぷぷぷ♬どれも違うっす。『殺す度胸がなかったから』っすよ。脱出するため、守るべき人のため、自分の信念のため、行動を起こすことをしなかったからっす。裁判で命を懸けているつもりだったでしょうが、すべて()()()()()()()()()()()っす。行動を起こした人たちは、自ら命の危険の中に飛び込んだっす。その違いが分かるっすか?臆病者と呼ぶのも不相応な、ただの負け犬どもなんすよ、オマエラは」

 「・・・違うよ・・・!!」

 「・・・」

 「それは、違うよ・・・皆桐君・・・!!」

 

 その場にいる全員を冷たく罵る皆桐に、細い声が立ち向かった。皆桐はその声の方を一瞥するだけで、顔さえ向けない。それでも、研前は言葉を続けた。

 

 「そんなわけないよ・・・!!みんなは、何か譲れないことや守りたいものがあって、そのために行動したかも知れない・・・!!それ自体を責めることが正しいなんて言えない・・・!!それでも、人を殺すことが肯定されていいわけがない・・・!!そんなこと、絶対に許しちゃいけない!!」

 「そ、そうです!こなたさんの言うとおりです!」

 「間違いないねえ。手段と目的は切り離して考えるべきだあ。結果的におれたちは行動しなかったけどお、臆病者でも負け犬でもいいさあ。おれたちは人としての尊厳を守っただけのことさあ」

 「・・・ぷっ!うぷ、うぷぷ!うぷぷぷぷ!!あっははははははははははははは!!ぷぷっ・・・あーっはっはっはっはっはっはっは!!」

 「な、何がおかしいんだよ・・・!?」

 

 スニフ、納見が研前に続き、皆桐に反論する。正地と下越はそれに同意する気力さえ残っていないが、いつしか皆桐は研前の方を向いていた。焦点を合わせずぼんやりと研前を見ていたかと思うと、いきなり噴き出し、やがてそれは高笑いに変わった。

 

 「いや〜、さすがっす、研前さん。素晴らしいご高説痛み入るっす。そうっすよね、研前さん。あなたの言う通りっす」

 「・・・?」

 「“超高校級の幸運”の“才能”を持つ人は、言うことが違うっすね」

 「・・・ッ!!」

 「幸運・・・?どういうことだい・・・?」

 

 たった二言の返答で、研前の精神は一気に張り詰めた。スニフと正地が同時にその言葉に反応し、納見と下越はいまいち皆桐の言う意図が理解できずに首を傾げていた。

 

 「あなたは今までどれだけの数の人生を狂わせてきたっすか?今までどれだけの犠牲を糧に幸せを享受したっすか?今あなたの足下には、どれだけの数の屍が積み上がってるっすか?分かるわけないっすよね!今まで食べたパンの枚数を数えるようなものっすから!」

 「な、何を言ってるんだい?研前氏の幸運が・・・屍?」

 「ああ。そう言えば納見さんと下越さんは知らなかったっすね、研前さんの幸運のこと!」

 「S(),STOP(やめろ)!!」

 「研前さんの幸運は、常に誰かの犠牲を伴うという性質があるっす!誰かの損失が研前さんの利得に!誰かの悲しみが研前さんの喜びに!誰かの死が研前さんの生存に繋がる!そういう幸運なんすよ!」

 

 スニフの制止など聞こえないとばかりに、皆桐は一切の躊躇なく暴露した。それと同時に、納見と下越のモノモノウォッチが鳴った。『弱み』を打ち明けられたカウントが1増え、皆桐の言葉が真実であると告げる。他の誰かの『弱み』を紛れ込ませる余地などない、明白な言葉だった。

 

 「・・・なるほどねえ。それが研前氏の『弱み』、幸運の性質かあ。スニフ氏と正地氏は知ってたんだねえ。まあ、言わなかったことをとやかく言うつもりはないけどお・・・どうにもきな臭いねえ」

 「犠牲って・・・どういうこったよ・・・!オイ研前!お前・・・妙なことしてんじゃねえだろうな!」

 「ち、違うの下越くん!納見くん!研前さんは自分の幸運を利用したりなんかしてないわ!その幸運で一番苦しんでるのは、研前さん自身なの!」

 「I think so(そうですそうです)!こなたさんはわるくないです!」

 「悪くない?ホントっすかねえ?自分はオマエラのことを見てて、そうは思わないっすけどねえ?」

 「Shut up(黙ってください)!」

 

 『弱み』であるだけに、今まで秘密にしていたこと自体は納見も下越も責めることはできなかった。しかしその性質、犠牲という言葉に、二人は怪訝な表情を研前に向ける。不安定なこの状況において、得体の知れない幸運を持つ研前の存在は不気味に思えた。

 

 「研前さんが茅ヶ崎さんに嫉妬さえしなければ、茅ヶ崎さんは死ななかったんじゃないっすか?研前さんが雷堂さんにフられたくないことばかり考えなければ、雷堂さんは研前さんをフる前に死ぬ運命にはならなかったんじゃないっすか?」

 「そ、そんな・・・!私は・・・そんなつもりは・・・!」

 「“そんなつもりはなかった”!そうっすよね!そうでしょうとも!その幸運は研前さんが自発的に行使できるものじゃないっすもんね!ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()程度の能力っすもんね!それでも傷ついた人間がいるのは事実っす。命を奪われた人間がいるのは事実っす。研前さんにそのつもりがなくても、事実は事実。“そんなつもりじゃなかったなら仕方ない。許します”なんて、死んだ人が言うとでも思ってるんすか?ねえ?ねえ?ねえねえねえ?」

 「な、なんだそりゃ・・・!?茅ヶ崎が殺されたのも、雷堂が死んだのも・・・研前のせいだってのかよ・・・!?」

 「ち、ちがいますよテルジさん!そんなことこなたさんは思ってないです!」

 「研前氏が望んだのはその結果であってえ、過程まで研前氏の思い通りになるわけじゃあないってことかあ」

 「理解が早いっすね納見さん。その通りっすよ」

 

 動揺する下越に対し、納見は冷静だった。表情の変化が分かりにくい納見だが、青ざめていることは見てとれた。それでも冷静に分析することができる程度には、自分の気持ちを操ることができていた。今ここで自分がパニックになれば、全ておしまいだということも理解できていた。

 

 「皆桐氏・・・君は一体何なんだい?」

 「はい?自分は自分っすよ、納見さん。あなたのイメージとはかなり違うでしょうけど・・・本質的に理解しあえる人間なんていないんすよ。だから自分のこういう顔を知らなかったことに負い目を感じる必要はないっす。ただ、知らなかっただけっす」

 「・・・もういいよお。おれたちは裁判の続きをするからあ、君は少し静かにしていてくれないかい」

 「およ、冷静っすね」

 

 おどけた言い方をする皆桐だったが、納見は微動だにせず、視線を外さない。それを見て、皆桐は引き際を悟った。目下、裁判の進行を阻害している最大の要因は自分だ。そして、裁判が進まないと困るのは皆桐の方だった。そこまでを理解しているのか、納見は皆桐を黙らせるよう働きかけていた。

 

 「ええ。いいっすよ。もちろんっす。自分は黒幕っすから、裁判に参加して掻き回すのはちょっとルール違反っす。自分の席で、見守ってるっすよ!」

 

 両手を挙げて、皆桐はこれ以上の不干渉を表明した。それを守る保証はないが、少なくとも裁判を再開することについては双方とも納得している。たとえ今この場で皆桐を捕まえたところで、無意味であることは先ほどの下越とのやり取りで分かった。モノクマランドから脱出するためには、やはりこの裁判を進めるより他に方法はなかった。

 

 「さてとお、黒幕の正体はこれで分かったねえ。あとは他のことを明らかにすればあ、おれたちの勝ちだよお」

 「勝ちだと・・・!?何が勝ちなんだ!こいつはずっとオレたちを見てたんだぞ!オレたちが疑いあって、信じられなくなって、殺して殺されて裁判やって処刑されて・・・それをずっと見てたんだ!ふざけてやがる!ぶん殴るだけじゃ足りねえ!ぶっ飛ばして・・・殺してやりてえほど憎くてたまらねえんだよ!!けど!!・・・オレは、こいつを殺すこともできねえんだぞ・・・!!」

 「復讐することだけが勝利じゃあないさあ。すべての謎を明らかにしないとお、今度はおれたちが殺されるんだからさあ」

 「そうっすよ!がんばって推理しましょー!」

 「I said shut up(うるせえっつってんだろ)!」

 「なんすかスニフさん?それ英語っすか?」

 「だまっとけ!です!」

 「うおおおおおおおんっ!!スニフさんに罵倒された!!これはこたえるっすーーーー!!」

 「・・・Huh()?」

 「と、ともかく・・・黒幕は、皆桐くんなのよね?だったら・・・1つめの議題はクリアしたってことでいいのよね。他の議題に移りましょう」

 O(ちょ), ONE MOMENT, PLEASE(ちょっと待ってください)!!」

 

 ゆっくりと元の流れに戻ろうとする議論を、スニフが大声で引き留めた。思わず引き留めてしまったが、まだ確証はない。だがこの違和感を放置してはいけない、そう直感的に思った。

 

 「どうしたの、スニフ君」

 「・・・ア、アクトさん」

 「・・・はい?なんすかスニフさん?自分はスニフさんに罵倒されたショックで頭にキノコが生えてきたっすよ・・・!」

 「Why can't you understand my words(どうしてボクの言葉が分からないんですか)?」

 「は?あの、ですからスニフさん。自分、英語はさっぱりなんすよ。黒幕だからってなんでもできると思ってもらっちゃ困るっすからね!」

 「・・・わかりました」

 

 短くそう言うと、スニフは皆桐以外の全員の目を順番に見つめた。その瞳に宿った光は、決して希望の光ではなかった。しかし、強烈な覚悟を感じた。思わず全員が、スニフの次の言葉を待った。

 


 

 「みなさん、まだこのTheme(テーマ)おわってないです。【The identity of the mastermind(黒幕の正体)】、アクトさんじゃないです・・・!」

 「・・・ああっ!?なに言ってんだスニフ!?」

 「黒幕の正体は皆桐くんじゃないって・・・え?な、なんで?」

 「意味が分からないんだけどお」

 「・・・うぷぷ♬」

 

 スニフが発した言葉の意味を理解する者はいなかった。今のこの状況で、さっきまでの文脈で、スニフの発言が矛盾するものであることは誰にとっても明白だった。それでも、スニフは確信を持って続けた。

 

 「ボクいままで、モノクマにたくさんきたない言葉とか、ひどいこと言ってきました。モノクマはそのたんびに、Over reaction(オーバーリアクション)でかなしんだりおちこんだりするフリしてました」

 「それが、どうしたの?」

 「・・・そのとき、ボクはずっと、English(英語)ではなしてたのにです」

 「・・・?んん?」

 「モノクマは、ボクのEnglish(英語)が分かってました。どんなにきたない言葉でも、Slang(スラング)でも、ちゃんときいてUnderstand(理解する)してました。なのに、アクトさんはいま、ボクのEnglish(英語)が分からないって言いました。すごくPolitely(丁寧に)だったのにです」

 「えっ・・・?えっ?な、なにそれ・・・?ど、どういう意味・・・?」

 「ですから、ボクのEnglish(英語)が分からなかったアクトさんと、いつもモノクマをOperate(操作する)してた人、ちがう人です・・・!」

 「い、いやでもよ!皆桐が黒幕だっつったのはお前だろスニフ!根拠だってちゃんと言ってたじゃねえか!」

 「さっきまでのやり取りがあってえ、これで皆桐氏が黒幕じゃあないって言うのは無理があるよねえ」

 「・・・でも、さっきまでDiscuss(議論する)してた、Mastermind(黒幕)のこと、おもいだしてください」

 

 全員が確実に聞き取った、先ほどのスニフと皆桐の会話。英語で毒づいたスニフに対し、皆桐はその意味を理解しかねて聞き返した。今までモノクマがスニフに、英語の意味を理解しかねて聞き返したことなどなかった。スニフの言いたいことは分かったが、それは更なる混乱を招くものでしかない。何が起きているのか、全く分からない。ただ、スニフに導かれるまま、議論を思い返す。

 

 

 議論開始

 「ボクたちがはなしてた、Mastermind(黒幕)がどんな人か、おもいだしてください・・・!」

 「ええっと、黒幕は・・・私たちの『弱み』を知れるほど近しい人で・・・!」

 「おれたちのそれぞれの“才能”に適した環境を用意できるほどお、特に荒川氏と近い学問分野に理解がある人でえ・・・!」

 「オレたちを誘拐してきてそれまでの記憶を奪いやがったヤツで・・・!」

 「“超高校級の絶望”の思想を持つ人で・・・!」

 「かんがえなおしましょう・・・!!」

 


 

 「さっきまでのDiscussion(議論)で、Mastermind(黒幕)はエルリさんのResearch theme(研究テーマ)とにてることを知ってて、Clone technology(クローン技術)をぬすんだって言ってました。だけど、アクトさんがそんなことできるなんて・・・思いますか?」

 「そ、そう言われると・・・皆桐君が医学的な知識とか、科学技術とかに詳しいとは思えないよね・・・」

 「そう言えばそうだわ・・・虚戈さんと一緒に診療所で休んでたときも、擦り傷や打撲の手当の仕方くらいは分かってたけど、そのくらいだったもの・・・。医学とか、ましてやクローン技術を盗むような専門知識なんてあるはずないわ・・・!」

 「そうです・・・だからMastermind(黒幕)は、アクトさんじゃ──!!」

 「ちょっと待てやァッ!!」

 

 自分の推理とその結果に対し、自分で反論する。周りからすれば、スニフが何をしているのか理解できない。根拠と理屈は理解できるが、状況が飲み込めない。先ほどとは全く立場を変えたスニフだが、決して自棄になっているわけでも錯乱しているわけでもない。あくまで冷静に、論理的に目の前の出来事を思考していった結果、この短時間で意見を180度変えている。その事実について行けない者は、ただ付き従うか、あるいは真っ向から刃向かうかだ。

 

 「オイ待てコラァ!!スニフ!!テメエわけわかんねえこと言ってんじゃねえぞ!!さっきと言ってること全然違うじゃねえかよ!!」

 「・・・I'm sorry(ごめんなさい)、テルジさん。でも、さっきのボクのInference(推理)じゃおかしいんです。ぜんぜんちがうことになりますけど、ボクのはなしをきいてください!」

 

 

 反論ショーダウン

 「皆桐が黒幕だっつったのはテメエだろうが!!オレたちの目の前で処刑されたのがクローンで、後から復活して黒幕になったっつってたろ!!」

 「何より今ここに!!こいつがいるじゃねえかよ!!さっきまで胸糞悪いことしゃべってたの見てたろ!!だったらこいつが黒幕だ!!なんでその結論が変わるんだよ!!」

 

 「ボクのInference(推理)まちがってたの、あやまります。ごめんなさい。でも、アクトさんがボクたちの前でExecute(処刑する)されたのはホントのことですし、Revive(復活する)してるのもホントのことです」

 「さっきまでのこと見てて、アクトさんがMastermind(黒幕)じゃないっていうのはおかしいです。だけど、Mastermind(黒幕)と言うのにひつようなことが、アクトさんじゃClear(クリア)できないんです」

 

 

 発展!

 

 

 「全っ然!!ちっとも!!意味が分からねえんだよ!!テメエの推理が間違ってんなら黒幕は皆桐じゃねえってことになるんじゃねえのかよ!?黒幕に必要な条件だあ!?んなもんどうにだってなんだろうが!!信じられねえようなことだって現実にしちまうヤツなんだぞ!?クローンの工場なんて造って大量生産してるようなヤツなんだぞ!?何ができたっておかしくねえだろうが!!」

 「やっぱりそこが・・・おかしいです!!」

 


 

 混乱と混沌の渦の中で、耐えきれなくなった下越がスニフに強く反論した。先ほどの激怒には怯えていたスニフだったが、今は毅然と対峙した。今の自分の推理を撤回することは簡単だ。しかしそうすれば、このコロシアイの真相を掴み損ねる。黒幕との学級裁判に勝利することができなくなる。体の芯は震えているが、それを押し殺して立ち向かった。

 

 「Clone factory(クローン製造工場)も、おかしいんです。ヤスイチさん。Clone(クローン)は、Automate manufacture(自動製造)してあったんですよね?」

 「んん?ああ、そうだよお。最後までは見届けてないけどお、ありゃあ大量生産の体制だったねえ。素人目でも分かるよお」

 「それがなんだってんだよ!クローン造ってるなんてことはこいつが言ってただろ!」

 「下越さん・・・悪いっすけど、あんまり指ささないでほしいっす。黒幕にだって心はあるんすよ!」

 「だけど、そんなNecessary(必要性)がないんです。たくさんつくらなくてもいいはずなんです」

 「はあ!?」

 

 一点だけ納見に確認して、スニフが話し出す。居心地悪そうな皆桐を無視して、下越は頭を掻きむしりながらスニフの言うことをなんとか理解しようとする。だが、聞けば聞くほど、考えれば考えるほど分からない。

 

 「Clone(クローン)がアクトさんのためのものだったら、A few number(いくつか)あればいいんです。Automation(自動)でつくるほど、たくさんいらないはずなんです・・・!」

 「そっか・・・そうだよね。自分が処刑されたと思わせて、後はずっとコロシアイを監視してるなら・・・1体か、多くても2体あれば十分なはず・・・!」

 「だ、だけど・・・納見くんが見間違えたとか、ウソ吐いたりしてるわけじゃない・・・のよね?」

 「そこは信じてくれよお。ありゃあ間違いなく大量生産のスタイルだよお。そもそもお、掟まで造って立ち入りを禁止した時点でえ、あれはコロシアイに必要なもの。そして入口を見つけにくくする以上の秘匿ができないものってことだからあ・・・数体造るだけならもっとこじんまりさせるだろうしねえ」

 「だから・・・Clone(クローン)はそれだけひつようってことなんです。このThe Killing(コロシアイ)で、たくさんひつようだってことです・・・!!」

 「え・・・い、いや、スニフくん・・・?あ、その・・・!ウ、ウソよね・・・?」

 「・・・まさかだよお」

 「なんだよ!!何が言いてえんだよスニフ!!もっと分かりやすく言えよ!!」

 

 沸騰しそうな脳みそで必死に理性を保つ下越に対し、他の4人は真っ青な顔で互いを見る。考えていることは同じだ。それが意味することも。信じたくないのも。だが、スニフはこれを言わなければならない。到底信じられないこの推理を、口にしなくてはならない。どうか、その推理が間違っていてほしいと、これが真相であってほしいと、矛盾した2つの感情がせめぎ合う。その答えが出ないまま、スニフはそれを言葉にした。

 

 「だって、こんなことできるわけないんです。モノクマランドをBuild(建造する)したり、16人も人をAbduct(拉致する)したりなんて・・・!!たったひとりでできるわけないんです・・・!!」

 「・・・うぷ♬」

 「だ、だから・・・それをした人は・・・!!Mastermind(黒幕)は・・・!!」

 

 

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶須磨倉陽人

▶相模いよ

▶皆桐亜駆斗

▶野干玉蓪

▶星砂這渡

▶雷堂航

▶鉄祭九郎

▶荒川絵留莉

▶城之内大輔

▶極麗華

▶虚戈舞夢

▶茅ヶ崎真波

 

 

 

 「今まで死んだ人たちの・・・全員です・・・!!」

 


 

 裁判場が爆ぜた。モノヴィークルが散り散りに走る。人が乗る6台だけはその場に残り、あとの11台が池に近付く。激しく揺れるモノヴィークルに、皆桐以外の5人はわけがわからないまま手すりに掴まる。池には真っ黒な穴が開いた。奈落の底まで続くような大穴だった。

 その穴から飛び出す影があった。その影を受け止めるように、モノヴィークルは右往左往する。ある者は遺影を蹴り倒し。ある者は遺影を放り投げ。ある者は遺影を踏み潰す。その全てが暴力的な悪意に満ちたまま、再びモノヴィークルは集結する。高速回転する裁判場に組み込まれていき、やがて1つの円となって停止する。顔を上げたスニフたちの目に、その現実は、容赦なく飛び込んで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お・お・あ・た・りィ〜〜〜ッ!!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 この裁判場に、死者はひとりもいなかった。

 


 

 「ひっさしぶりだね研前ちゃん!会いたかったよ!アタシら序盤死組はこの瞬間を待っててもうウズウズしてたんだから!」

 「さすがだよなオマエラ。議論の展開(はこ)び方もすっかり慣れたもんだ。まあ、ここまで明らかにされちまったんなら、俺も負けた甲斐があるってもんだよな!」

 「ようスニフ!お前あんだけ言ったのにまだコクってねえだろ!そんなんだから雷堂に先越されかけるんだぜ!越される前に死んだけどな!ぎゃははははは!!」

 「いよーーーっ!!遂にぃ!!ぁ遂に真なる黒幕の姿が白日の下に晒された此の時!!生き残りし5名方は此の絶望的な現実へ如何に立ち向かうのか!!さあ!!さあさあ見物ですよ!!」

 「なんというか、感慨深いものだな。何度経験してもこの瞬間は気持ちが滾る。狂おしくて笑えるほどに・・・震えるほど絶望的だ」

 「たまちゃんのメッセージ受け取ってくれてありがとスニフ君♬そこのクソ白髪野郎がプチトマトみたいにブッ潰されたの見たときはほっぺた攣るくらい笑っちゃった!」

 「ふははははは!!喜べ!!称えてやろう凡俗共!!この俺様を破り、最終裁判にまでこぎつけ、二度俺様に立ち向かうことになるその運命を!!どこまで至るか見届けてやる!!」

 「わーい♡またみんなとこうやって会えるなんて、マイムはすっごく嬉しいよ♬・・・あれ?みんななんだか暗い顔してる?ダメだよダメダメ×つらいときこそスマーイル☆だよっ☆」

 「フフフ・・・私が遺した言葉と情報はかなり有効に働いたようだな・・・。死してなお生者を真実の光で照らし、同時に混沌の淵に誘う・・・フフ、フフフフフ!」

 「いよいよ魔術師めいてきたなお前は。しかしまあ、なんだ。私たちは幾分バツが悪いものだな、雷堂。今朝まではともに食卓を囲っていた上に、私に至ってはあんな醜態をさらしてしまった」

 「確かにな!ははっ!気まずいは気まずいけど、まァしょうがねェか。思ったより早くここまで辿り着かれちまったしな。あ〜あ、俺ももっと黒幕ムーヴ楽しみたかったんだけどなァ」

 

 それぞれが、それぞれの口で、好き勝手にしゃべる。その言葉のどれもが、スニフたちにとっては耳を塞ぎたくなるような雑音だ。この現実を、目の前の事実を、自分たちが求めた真実を、受け入れようとするだけで精一杯だった。

 

 「うっ・・・うぅっ・・・!!」

 「どうしたんすかスニフさん?これっすよ!!これが今、あなたが明らかにした事実っすよ!!ここにいる全員が!!黒幕なんすよ!!」

 

 皆桐が改めて、その絶望的な現実を叩きつけてくる。まだ困惑の色に塗り潰されている5人の表情を舐め回すように見て、12人の黒幕たちは気持ちを高ぶらせていく。

 

 「なっ・・・!?は・・・!?」

 「ああっ・・・!!うっ・・・!ハァ・・・!!ハァ・・・!!」

 「なんだよこれはあああああああああああああああっ!!?」

 「ウ、ウソ・・・だ・・・!こんなの・・・!!こんなこと・・・!!」

 

 意味が分からない。理解できない。見ていられない。考えたくない。受け入れられない。信じられない。信じたくない。

 こんなことが現実などと思えなかった。夢にしてもひどすぎる。こんな現実はあり得ない。あり得てはいけない。

 

 「現実だよ」

 

 冷たい茅ヶ崎の声。質量を伴って耳から腹の底に至る。眩暈と吐き気で立っているのもやっとだった。

 

 「これほど明確な事実を前にして、なぜ信じられない?これだから貴様らは凡俗なのだ」

 「そりゃフツー信じられねえよなこんなこと!!ぎゃはははは!!分かるぜオマエラ!!その気持ちよぉ!!」

 「ホ、ホントにみんな・・・生きてるの・・・?みんなが・・・私たちをこんな目に遭わせてきた、黒幕なの・・・?」

 「うん。そうだよ。アタシはずっと研前ちゃんたちを見てきた。みんなの笑顔も。泣き顔も。コロシアイの瞬間も。学級裁判も。おしおきも・・・全部、ね」

 「宛ら劇場映画の様相で、いよは興奮して何度も黒幕仲間の皆様にご迷惑をお掛けしてしまいました!あいや失礼!いよっ!」

 「待て」

 

 好き好きに言葉を吐き出す口が、短く力強い極の言葉で封じられた。一気に裁判場の空気が張り詰めた。

 

 「今はまだ、裁判の途中。スニフたちが謎を解明することが第一目的だ。ここで私たちが多くを語ることも、それを妨害することも、裁判のバランスを破壊しかねん」

 「さっすがレイカ♢じゃあマイムはお口チャックするね☆ンーーー♬」

 「だな。ンじゃァ、俺たちは最低限の補助だけする。後はオマエラが続けてくれよ。このコロシアイを生き残った、5人がさ」

 「因みにだが・・・今は【黒幕の正体】についての議論の最中だったぞ」

 

 あくまで黒幕たちのスタンスは、スニフたちに学級裁判を続行させることだ。自分たちの登場が最大の妨害であることも理解した上で、それをスニフたちが受け入れるまで待ち、議論が停滞すれば進行を補助し、話題が脇道に逸れれば正道に戻すよう促す。

 しかし、肝心のスニフたちはまだ、12人の黒幕たちが現れたショックから立ち直れずにいた。その現実を受け止めるのには、時間がどれほどあっても足りない。

 

 「これはちょっとお・・・刺激が強すぎるよお・・・!!受け入れるとか受け入れないとかあ・・・そんなレベルじゃあない・・・!!」

 「もういやよ・・・!!どうしてこんなことしなくちゃいけないの・・・!?みんな殺されて・・・生き返って・・・こんなの、意味が分からないわよ・・・!!」

 「まだそんなところなの?もうその件終わってるんだよ!さっさと進めよ!ったりぃな!」

 「仕方あるまい、野干玉。生命は根本的に不可逆だ。それが常識。それが現実。しかし我々は擬似的とはいえ生命現象を逆行した。地球が平面から球体に変わるがごとし概念転換だろう」

 「その名前で呼ぶなっつってんだろ根暗メガネ!!殺すぞ!!」

 「まあ現実を受け入れられない気持ちは分からあ。だけど考えてみな。俺たちの存在を受け入れようが受け入れまいが、結局オマエラがやることは変わらねえ。この裁判を最後まで進行(はこ)ぶことだけだ。信じられねえことは信じなきゃいい。目を背けたくなりてえことは見なけりゃいい。仮定でもいいんだ」

 「優しく言ってっけど一番最初にコロシアイしたのお前だかンな!?」

 

 あまりの衝撃の連続で熱が出て来た気もしてくる。ふらつく体をなんとか足で支え、額に滲む冷や汗を拭った。今は耳に入る全ての音がノイズにしか聞こえないが、須磨倉の言うことは正しくもあった。自分たちに残された道は、裁判を続けることだけだった。

 

 「やるしか・・・ない・・・!」

 「・・・こなたさん?」

 「やるしか、ないよ・・・!裁判を・・・続けるしかないよ・・・!」

 「・・・そ、そう、なのよね。それしか・・・ないのよね・・・」

 

 自分たちの意思とは関係なく、ただ事実だけが目の前にある。これ以上黙っていても解決にはならない。なら、たとえ絶望的な状況であっても、悲劇的な事態であっても、進む以外に選択肢はなかった。

 

 「やろう。裁判を。ここから生きて脱出するために・・・!私たちの希望は・・・もう、それしかないから・・・!」

 「・・・ちっくしょう・・・!なんなんだよマジで・・・なんなんだよ!」

 「ごめんよお。ショック受けすぎて忘れてたあ。確かにい、それしかないねえ」

 「・・・はい。きっと、Truth(真相)Clear(明らか)にします」

 

 研前の言葉につられるように、他の4人も奮起する。それは、希望に満ちた決意ではない。絶望と困惑と諦めからくる、逃避に似た感情だった。それでも進む方向は同じだ。黒幕たちの悪意に満ちた目に囲まれた裁判場は、再び動き出す。

 

 「・・・【黒幕の正体】は、これで分かった。今まで死んだみんなが黒幕だったんだ。だから、あと2つを明らかにすればいいんだよ」

 「【コロシアイの目的】と・・・【私たちが何者か】・・・よね。そこの人たちに聞いたって・・・教えてはくれないわよね・・・」

 「当然だ。そんな甘い話はないぞ」

 「【おれたちが何者か】っていうのはいまいち意味が分からないけどお・・・さっきの話でおれたちはみんな記憶喪失になってるんだよねえ。ならあ、そこにヒントがあるんじゃあないかい?」

 「Lost memory(なくなった記憶)Hint(ヒント)は・・・あのPhotograph(写真)にあるんじゃないですか?」

 「例の、4つめの動機の写真と、裁判直前にモノクマが寄越した写真か・・・」

 「一応の確認だけどお、時系列的には希望ヶ峰学園での写真が先でえ、モノクマランドの写真が後ってことでいいよねえ?」

 

 モノモノウォッチに表示された2種類の写真。1つは虚戈が殺害されるより前に、1つは最後の学級裁判を控えた食堂で、モノクマから与えられた。これが一体何を意味するのか、考えられる可能性は少ない。

 

 「じ、実は私たちは、もう希望ヶ峰学園に入学していて・・・その記憶を奪われてるってことよね?」

 「黒幕の人たちも写ってるってことは、もともとみんなもクラスメイトかなんかだったってことだよね・・・」

 「じゃあなんで今こうなってんだよ!?クラスメイト誘拐してコロシアイさせるなんて、意味が分からねえぞ!?」

 「何らかの出来事があったってことだよねえ。もし彼らが普通の希望ヶ峰学園の生徒だったってんならあ・・・コロシアイなんてものを企てるようになった原因はあ・・・」

 

 

 証拠提出

 A.【人類史上最大最悪の絶望的事件)

 B.【希望ヶ峰学園史上最大最悪の絶望的事件)

 C.【モノクマランド史上最大最悪の絶望的事件)

 D.【“超高校級の絶望”史上最大最悪の絶望的事件)

 

 

 

 

 

▶A.【人類史上最大最悪の絶望的事件)

▶B.【希望ヶ峰学園史上最大最悪の絶望的事件)

 


 

 「『人類史上最大最悪の絶望的事件』と『希望ヶ峰学園史上最大最悪の絶望的事件』・・・どっちも、真相ルーレットで言ってたことだよね・・・」

 「“Ultimate despair(超高校級の絶望)”がかかわってて、どっちもThe Killing(コロシアイ)があります。Today morning(今朝)、ワタルさんが言ってたとおり・・・この12人のみなさんは、“Ultimate despair(超高校級の絶望)”なんじゃないですか・・・?」

 「うん。私もそう思う。そうすれば、【コロシアイの目的】もはっきりしてるよ。希望ヶ峰学園で起きたコロシアイは、参加した人たちやそれを見ている人たちを絶望させることが目的だった。そうやって、“超高校級の絶望”の仲間を増やそうとしてたんだ」

 「っつーことは今回も・・・そういうことかよ!オレらを絶望とかなんとかに引き込もうって魂胆か!」

 「仲間に・・・引き込む?」

 

 少しずつ、議論は元の調子を取り戻してくる。不気味なほどに進行を阻まず、ただ鋭い眼光で議論の行く末を見守っているだけの12人は、実際の裁判の中では遺影であったときと然程変わらない。そう考えれば、いくらか気分が和らいだ。そう考えることで、心の平穏を保つしかなかった。

 

 「オレらを希望ヶ峰学園から誘拐して記憶を奪って、最初っから潜伏してた“超高校級の絶望”どもがコロシアイすりゃ、オレらは勝手に絶望してくだろ!そうやって心底絶望すりゃあ、こいつらと同じになっちまうんだ!なんてったってこいつらはクローンがあって不死身だ!こんなこと何回も繰り返して、また希望ヶ峰学園を乗っ取ろうとか考えてんだろ!」

 「何回もって・・・The Killing museum(コロシアイ記録館)File(ファイル)もおんなじですか?」

 「それを調べたのはお前だろ、スニフ。どうだったんだよ」

 「・・・むかしのThe Killing(コロシアイ)にだれがいたのかは、分からないです。でも、みんなキボーガミネHigh school(学園)Student(生徒)だったり、モノクマランドでやってることはおんなじでした」

 「ホレ見ろ!やっぱ同じだ!」

 「うぅん・・・」

 「なんだよ納見?納得いかねえってのか!」

 「下越氏の言いたいことは分かるけどお、ちょっとばかし回りくどすぎやしないかい?絶望の思想を広げて勢力拡大を目指すんならあ、希望ヶ峰学園の生徒にこだわる必要はないと思うけどねえ」

 「さっき言ってた事件だって、希望ヶ峰学園で起きたんだから学園の生徒が参加してたんだろ。だったら、当てつけかなんかで希望ヶ峰学園の生徒狙ったっておかしくねえじゃねえか。それに今の外の世界は、未来機関?とかがこいつらのこと嗅ぎ回ってんだろ?回りくどかろうがぜってえに見つからねえこのモノクマランドでやる方が、こいつらにとっちゃ安全だろ!」

 

 真相に手を伸ばす下越が、らしからぬ高説で次々と推理を述べる。そのどれも、一応の理屈は通っている。しかし、現実味があるかとなると別の話だ。“超高校級の絶望”に関する知識を総動員して下越の推理を精査すると、やはり粗が見えてくる。

 

 「だ、だけど下越くん。真相ルーレットでも言ってたけど、“超高校級の絶望”とそれが起こした事件は、今じゃ歴史上の出来事になってる、過去のものなのよ?それが、5人もの人間を誘拐するなんてこと、できるとは・・・思えないんだけど・・・」

 「ボクもそう思います」

 「なんだよ!だったら、ここにいるこいつらはどう説明するんだよ!こいつらは間違いなく“超高校級の絶望”なんだろ!?」

 

 改めて、5人は他の12人の顔を見渡す。その表情からは、いずれも止めどない悪意を感じる。しかし、それが絶望に依るものかどうかまでは判断しかねた。

 

 「・・・あなたたちは、何者なの?」

 「そりゃァ答えられねェ質問だ。裁判の根幹に関わる」

 

 緊張を含む研前の質問は、雷堂の不遜な物言いによって棄却された。

 

 「私から逆に問おう。オマエラは何者だ?」

 「んなもん決まってんだろ!希望ヶ峰学園の生徒だ!そんで、テメエら“超高校級の絶望”に誘拐されてここにいる!」

 「フッ・・・ハッハハハハハハ!!そうかそうか!!」

 「な、なに笑ってるのよ・・・?何がおかしいの・・・!?」

 「これだから凡俗は、退屈しない。もしその通りだとすれば、矛盾することがあるだろう」

 「・・・?」

 「論理的に考えててみろ。“絶望”に落とすためにコロシアイを経験させるのならば、希望ヶ峰学園はともかく、モノクマランドでの生活の記憶を消す必要はないはずだろう?残していた方が、日々を共に過ごした身近な者たちによるコロシアイという感覚が一層強くなる・・・それだけ、フフフ・・・絶望も強い」

 「それは・・・!」

 「ホラ考えてみなよ。たまちゃんが応援してあげるからさ!」

 「モノクマランドでのMemory(記憶)までなくしたことに・・・なにか、いみがあるんですか?」

 「いよっ!いよたちは飽く迄も補助役!質問許り為さるは裁判に非じ、尋問也!故に、口を噤みます!」

 「答えないってことだねえ」

 

 記憶が黒幕たちによって奪われたことは、今のやり取りで間接的にだが、確定したようなものだ。しかしその意図が分からない。荒川が言ったように、共に過ごした記憶を残しておけばスニフたちはより深く絶望していたことだろう。それを理解した上で記憶を奪うという選択をしたことが、黒幕たちにとって何を意味するのか。何の意図があったのか。

 

 「残しておくと・・・何か都合が悪いことがあった?」

 「ふぅん・・・そうなるんだ」

 「まあそりゃそういう結論になるだろ。誰だってそうなるオレもそうなる」

 「このままでは・・・辿()()()()()()のではないか?」

 「そもそも、まだ不完全なんだぜこりゃ。軽く誘導(はこ)ばなきゃダメだ」

 「っすね!んじゃあここは、我らがリーダーこと雷堂さんから!」

 「お前、バカにしてンだろ。いいけど」

 

 研前の返答に、黒幕たちは互いに顔を見合わせ、やれやれとばかりに溜息を吐き、肩を竦める。スニフたちにとってはそれが何を意味するのか分からない。何が間違っているのか、何が正解なのか、何を期待されているのか。全く分からない。皆桐に促されて、雷堂が再び溜息を吐く。

 

 「オマエラさァ、ちょっと見てられねェからひとつ訂正してやるよ。大サービスだぞ」

 「てい・・・せい・・・?」

 

 

 

 「誰も記憶なんて消されてねェぞ?」

 


 

 「・・・は?」

 

 その言葉は、スニフたちを戦慄させるのに十分短く、そして真っ直ぐだった。不安定な足下の支えを蹴り飛ばされるような、どこに倒れていくか分からない不安と恐怖。頭の中で組み立てていた推理が根本から否定されるような感覚がして、あっという間に脳内が空白に蝕まれていった。

 

 「うむ。仕方あるまい。はっきりと否定しておかなければ、いつまで経ってもここから先の展開には進めなかっただろうからな」

 「フフフ・・・そもそもオマエラ、科学に夢を見すぎだ。記憶を復活させたり数値演算に置き換えてコピーする技術ならまだしも、特定の記憶だけを外科的処置で消去するなど、そんなことができるわけがないだろう」

 「エルリの黒魔術でなんとかならないのー?」

 「虚戈は私をなんだと思っている・・・」

 「い、や・・・いや・・・いやいやいや。そんなのおかしいよお」

 

 予想だにしなかった展開に、思わず納見が荒川の言葉を否定する。それが何の意味もないことであると、直感で理解しているはずなのに。そうでもしないと、今度こそ心が壊れてしまいかねなかった。

 

 「だってえ、きみたちがおれたちに寄越した写真の記憶はおれたちにないんだよお・・・?希望ヶ峰学園で過ごした記憶もないしい」

 「記憶がない、即ち奪われたと、なぜ言い切れる?私にはその方が疑問だな。記憶がないのであれば理由は2つ。1つは完全に忘却の彼方へと消滅することだ。しかし、数日間もの記憶が写真を見ても思い出せないほどに無くなることも、同じようにあり得ない」

 「じゃあなんで記憶がないの・・・?もう1つの理由って・・・?」

 「それは・・・!もしかして・・・!」

 

 

 選択

 A.【忘れている)

 B.【経験していない)

 

 

 

 

 

▶B.【経験していない)

 


 

 「ボクたちは・・・Photograph(写真)にあるようなことを、Experience(経験する)してない・・・ってことですか?」

 「え・・・け、経験、してない・・・?」

 「いや!だ、だからおかしいだろって!だったらこの写真はなんなんだよ!?偽物か!?」

 「偽物ではない。その写真が本物であることは我々が保証しよう」

 「そうじゃねえんだよなあ!!よーし!!んじゃあオレがリードしてやんよ!!よく思い出してみろ!!黒幕の条件ってモンを!!」

 

 散々議論し、何度も繰り返し確認した、黒幕の条件。既に12人の黒幕が姿を現した今となっては、それを思い返すことに意味があるとは思えない。しかし、不安定な思考回路は、たとえ無意味に思えても指向性を得ることに縋ってしまう。

 

 「お、おれたちの『弱み』を知れるくらい近しい人物でえ・・・」

 「コロシアイをさせるために私たちの記憶を奪って・・・」

 「え?けど・・・その記憶ってのがそもそもなくて・・・?」

 「いくつもの“才能”・・・特に荒川さんの研究に深い理解があって・・・」

 「“Ultimate despair(超高校級の絶望)”で・・・」

 

 言われるがまま、スニフたちは黒幕の条件を反芻した。それにどれほどの意味があるのか。一体何を意味するのか。もはやスニフたちは、黒幕たちの言葉に従うばかりとなっていた。この裁判の意味など、既にほとんど消失していた。

 

 「オレたち()()()だけじゃなくオマエラの“才能”研究室まで理想的な環境を用意できたのはなんでだ!?」

 「なんでオマエラには写真の中の記憶がないのか!?」

 「オマエラがこのコロシアイに参加している理由はなんなのか!?」

 「これらの疑問を全て解消し、なおかつオマエラが先ほど挙げた条件に矛盾しない結論が、たった1つだけあるだろう。さあ考えろ!そして吐き出せ!」

 

 与えられた情報、疑問、事実、虚構、絶望・・・それらが全て頭の中で綯い交ぜになる。自分で自分の脳みそをかき混ぜているような感覚。これ以上の思考は危険だ。これ以上の推理は無意味だ。これ以上は・・・本当に戻れなくなる。沼の底から這いずり出るように、じんわりと答えが頭に浮かぶ。それを口にするまで、どれほどの時間を要しただろうか。数時間にも思える葛藤の末に、答えは紡がれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ボ・・・ボク、たちも・・・」

 

 スニフが吐き出せたのは、それだけだった。

 

 「うっぷっぷっぷっぷ♬言ったでしょう?“ここにいる全員が黒幕だ”って」

 「同じなンだよ。オマエラも」

 

 もはや驚く気力すら残っていない。言葉を疑う余裕も残っていない。語られる言葉をそのまま受け止める。理解はできない。意味は分かる。受け入れられない。受け入れるしかない。信じても信じなくても同じ。全ては、潰れそうなほど絶望的な事実だ。

 

 「んな・・・じゃ、じゃあ・・・記憶が、ねえの・・・は・・・?」

 「あーもう分かり悪ぃなクソボケ!黒幕には全員クローンがいるってオマエラが言ってただろ!別個体の経験なんだからオマエラに記憶があるわけねえだろ!」

 「じゃ、ここでたまちゃんからオマエラにクエスチョーン!今ここにいるオマエラは、オリジナルのオマエラ?それともクローンのオマエラ?どっちでしょーう!」

 「えっ・・・そ、そんなの・・・」

 「も、もういやぁ・・・もう、やめて・・・!!」

 「分からないか?ならヒントをやろう。これだッ!!」

 「ッ!?」

 「ワーオ!レイカったらだいたーん♡」

 

 何の前触れもなく、極が自分のデニムパンツを引き千切った。露わになったその腿は、一条の傷さえない見惚れるような白肌だった。それが意味することを理解するくらいには、まだ理性が保たれていた。

 

 

 選択

 A.【オリジナル)

 B.【クローン)

 

 

 

 

 

▶B.【クローン)

 


 

 「みんな・・・クローン・・・」

 「うぷ♬研前お姉ちゃんだいせいかーーーい!景品なんかないけどねー!」

 「写真の記憶がないのは当然だ。俺たちは皆、この写真が撮影された時より後に生まれているのだから」

 「い、いや・・・なんでそれでクローンだなんて・・・!?」

 「本当に馬鹿な男だなお前は。写真の私にはタトゥーがあり、今の私にはない。写真の私がクローンでこの私がオリジナルであるならば、今朝死んだ私はどうなる!?そもそもクローンにタトゥーを施す意味がないだろう!煩わしい!逆に写真がオリジナルでこの私がクローンであるならば?遺伝情報にタトゥーは刻まれない!故に矛盾しない!即ちそれが結論となる!」

 「・・・わ、私たちが・・・クローン・・・?工場で、造られた・・・って・・・?」

 「あははっ!みんなすっごい絶望的な顔してる!そうだよそうそう!その顔が欲しくてたまちゃんたち頑張ったんだよ!」

 

 嘲りではない。純粋に心から愉しんでいる黒幕たちの笑い声。四方八方から歪に響いてくるその声ももはや気にならない。生き残った5人たちにあるのは、ただ絶望的な無力感だけだった。

 

 「喜べ凡俗!これが【黒幕の正体】と【オマエラは何者か】の答えだ!即ち!」

 

 「ここにいる全員がクローンで!!」

 

 「ここにいる全員が“超高校級の絶望”で!!」

 

 「ここにいる全員が黒幕だった!!」

 

 「それがこのコロシアイの『真相』だ!!」

 

 この肉体は人形(にせもの)だった。この記憶は捏造(いつわり)だった。この感情は、痛みは、心は、意思は、精神は、思考は、情念は、魂は、自我は、存在は──、全て人工物(つくりもの)だった。全てが否定されたような感覚。全てが奪われたような脱力感。全てが虚無へと帰したように、何も感じない。

 

 「まだでしょ♡」

 

 優しく掬い上げるような声。5人の意識が脳へ引き戻される。口は言葉を紡がず、苦しみ死にゆく魚の様に開閉するだけだった。

 

 「まだ最後の謎が残ってるでしょ♡きちんとやり遂げないとダメだよ♬」

 

 何のためにこんなことをしているのだろう。

 

 「【コロシアイの目的】・・・それがまだ未解明のままだ。そうだろう?」

 「・・・もく、てき・・・なんて、どうだって・・・いいだろ・・・!」

 「どうでもいいことはない。大事なことだ」

 「私たちが・・・クローン・・・?この体も思い出も・・・何もかも、ニセものなんて・・・!信じられ、ない・・・!」

 「信じたくなければ信じなければいい。真相は変わらん。そして、オマエラがここにいることもな」

 「その通りだ。フフフ・・・オマエラが生きているのならば、この世に産み落とされたのならば、そこには必ず何かの意味が存在する・・・!人工生命であろうと、意味のない生命など存在しないのだ!」

 「わ・・・た、しは・・・?どこ・・・?」

 「うん?」

 

 全く支離滅裂だった。議論が進行するよう支えたかと思えば、絶望的な事実を告げて5人の精神を脅かす。生命倫理に反する行いを公然と主張している一方で、生命の尊さを口にする。前後の行動に一貫性がない。言葉と行動が一致していない。ただひとつ、芯に存在するのは、絶望的なまでの悪意だけだった。

 もはや議論などままならないが、ぽつり、と研前が呟いた言葉に茅ヶ崎が耳を傾けた。

 

 「私、は・・・?本当の私は・・・どこにいるの・・・!?私が私のクローンなら・・・本当(オリジナル)の私はどこ・・・!?」

 「いいよ、答えたげる。アタシたちのオリジナルボディは、ファクトリーエリアの地下で冷凍保存されてる。クローンって言ったって、100%オリジナルと同じ命を造れるわけじゃない。アタシらクローンボディの遺伝子は、オリジナルよりほんの少しだけ劣化してる。1回の複製(クローニング)ならまだしも、これを繰り返せば確実に遺伝子の劣化の影響は大きくなっていって、いつか生物として破綻する。だから、オリジナルの体は可能な限り保存することが大事なんだ」

 「・・・?どうして、ですか・・・?」

 「どうしたスニフ!?なんか気になるか!?もう恋愛相談は受け付けねえぜ!?ぎゃはははは!!」

 

 意識が戻れば思考が回復する。思考が回復すれば疑問が湧く。疑問が湧けば、問わずにいられないのがスニフだった。知的好奇心に抗うことはできなかった。

 

 「どうして・・・なんかいもClone(クローン)するんですか・・・?“Ultimate despair(超高校級の絶望)”がThe Killing(コロシアイ)だけなら・・・Genom(遺伝子)Degrade(劣化する)までClone(クローン)することなんて・・・」

 「ああ、その疑問か。考えてみろよ。なんでクローンを用意したかをよ」

 「・・・コロシアイをさせるためにい・・・造ったんだろお・・・?」

 「その通りだ。クローンにコロシアイをさせ、コロシアイの中で死ねばその記憶と人格が新たなクローンに引き継がれ、黒幕として裏からコロシアイを見守る。オリジナルボディはただ保存され、遺伝子を供給し続けるだけだ」

 「じゃあなんでクローンにコロシアイさせてるかを考えてみよー☆」

 「その答えを・・・お前は既に手に入れているだろう?」

 

 問いになっていない問い。答えが確定している問い。自分がそれを口にするまで永遠に終わることのない、たった一度の問い。絶望的な感情の中で、スニフは思う。確かに自分は、既に答えを手に入れていたと。

 

 

 証拠提出

 A.【コロシアイ記録館)

 B.【コロシアイ記録館)

 C.【コロシアイ記録館)

 D.【コロシアイ記録館)

 


 

 「The Killing(コロシアイ)を・・・なんかいもするため・・・!」

 「そうだ。お前は『過去』のコロシアイを・・・知っているな?」

 

 ファイルに貼られた死体の写真。殺害の方法。動機。裁判の進行。投票結果。処刑。名前も顔も“才能”も、個人を特定する情報は徹底的に隠蔽されていた。その理由が分かった。

 全てがモノクマランドで行われていた。全てが希望ヶ峰学園の生徒の手で行われていた。全てが『失楽園』に至っていなかった。全てが──“自分”たちの“過去”だった。

 

 「クローンによるコロシアイなら、同じ人間、同じ面子、同じ場所で何度でもコロシアイができる!!」

 「うぷぷ♬同じ人間が何回でも殺せる!!何回でも殺される!!」

 「だが!!一回もそれまでと全く同じ展開(はこ)びにはならなかった!!」

 「同じ人間!同じ舞台!異なるコロシアイ!異なる絶望!そしてこれは永劫続くっす!!」

 「全ての世界から隔絶されひたすら絶望的なコロシアイを続けるだけの場所!!」

 「此ぞ正しく“絶望”の“絶望”に因る“絶望”の為の絶望永久機関!!」

 「それがここ!!『永久絶望楽園 モノクマランド』の正体だァ!!」

 

 愉悦に満ちた絶望たちが叫ぶ。最早スニフたちの耳にそれは届かない。それが真相。それが全て。【コロシアイの目的】など初めから明確だった。コロシアイをすること自体が目的だったのだ。それ以上に求めるものなどないし、それ以下の報労もない。ただ、この世界から分断されたこの場所で、終わらないコロシアイを続ける。それだけが自分たちの存在する意味。死んで初めて、生きる意味を成す存在だった。

 

 「あ・・・ああ・・・!!うああっ・・・!!」

 「なんなんだよ・・・!!マジでなんなんだよ・・・!!なんなんだよこれはあああああああああああああッ!!!」

 「もういや・・・!助けて・・・!誰か・・・助けてよ・・・!!」

 「・・・!」

 「傷心のところ悪いが、最後に全部教えてやるよ!オマエラの記憶が途切れてる、希望ヶ峰学園の入学後から何があったのか!」

 「そうだな。全てを話そう。そして最後に、恒例のアレをやって終わりだ」

 「楽しみだねー♬今回はどうなるのかな♬」

 

 裁判など既に成立していない。黒幕たちによる一方的な真相の種明かしが続くばかりだ。研前は熱く茹だる頭を抱える。下越は鬱屈した感情を拳に乗せてモノヴィークルに当たる。正地はさめざめと泣きながら誰にも届かない助けを乞う。納見は俯いたまま何も言わない。

 そして、黒幕たちは最後に全てを明かす。

 


 

 クライマックス推理

 Act.1

 全ての始まりは・・・そう、“超高校級の絶望”そのものである江ノ島盾子様が、『希望ヶ峰学園史上最大最悪の絶望的事件』を起こしたことっす!希望ヶ峰学園を発端とした江ノ島盾子様の絶望は、人類全体を包み込み世界を破壊し尽くしたっす!これが、『人類史上最大最悪の絶望的事件』っすね!

 当時、希望ヶ峰学園で数年間を過ごしていたアタシたちはそこで気付いたの!江ノ島盾子様の絶望の素晴らしさに!絶望に抗い苦しみながら死んでいった友達もいたけど、アタシたちは違う!絶望を理解し、愛し、自ら生み出そうとした!江ノ島盾子様が理想とする世界を創るために!

 だが江ノ島盾子様の絶望はまだ終わらなかった!ご自分のクラスメイトを巻き込んだコロシアイ学園生活を世界中に配信(はこ)んで、更に世界を絶望のどん底に叩き落とした!たまんなかったよなあ・・・!!俺たちがやる程度のことなんか軽く飛び越えて、あの方は常に絶望の最前線にいた!!

 

 Act.2

 だが何事もそう上手くいくことばかりじゃなかった。全ての始まりにして“超高校級の絶望”である江ノ島盾子様は、自分が黒幕として暗躍したコロシアイ学園生活で、“超高校級の希望”苗木誠に敗れた。そして自ら絶望的な死を選択した。さすがの江ノ島盾子様も、肉体が滅びちまったらもうどうすることもできねえ。ま、オレたちにとっちゃそれもかなり絶望的だったんだけどな!!ぎゃははははははは!!

 いよーっ!!其の後の事次第は正に平家物語に謡われる盛者必衰の理が如し!!世界中に蔓延した絶望思想に対抗せんと未来機関なる組織が誕生しました!!“超高校級の希望”苗木誠然り、元“超高校級の生徒会長”宗方京助然り、希望の象徴たる面々を筆頭に未来機関は忽ちに絶望の残党を駆逐しました!!

 その影響は勿論のこと、“超高校級の絶望”の思想に染まった俺たちにも及んだ。江ノ島盾子様を失った絶望の残党はあまりに脆い。正面切って未来機関に立ち向かったヤツらもいたそうだが、捕まって逆洗脳処置や殺処分に遭ったのだろう。あまりにも、絶望的につまらない最期だ。

 たまちゃんたちもすぐに捕まって殺されると思ったんだけど、なんとかここにいる17人は未来機関から逃げて集まれたんだよね!まあ多分、はじめはもっとたくさんいたんだろうけど。顔も知らねーヤツが殺されてようがどうでもいいけどさ!

 

 Act.3

 もはや表立っての活動は未来機関に勘付かれる可能性があるため、実質不可能になってしまった。が、そこで全員で一計を案じた。未来機関の手の届かない場所で、永遠に絶望を享受できる楽園を造れないかと。その構想を実現し、さらにクローン技術や人格及び記憶の数値化、大量生産ラインの確保などをしたのがこのモノクマランドだ!

 最初はものすごく緊張したよねー☆だってホントに死んじゃうかも知れないし、オリジナルのマイムたちがどうなるかも何の保証もなかったんだからさ♬だけど今はもう大丈夫だよね☆だってもう何回も、何十回も、何百回もコロシアイしては生き返ってるんだもん♡

 我々はひたすらコロシアイを続け、幾多のコロシアイの中で得た絶望の感情を蓄積し続けるのみ。いつか遺伝子の劣化によってクローンがそれ以上造れなくなったとき、我々のオリジナルボディは目覚め、永劫にも等しい時間の中で何度も殺し、殺された記憶とともに与えられるのだ!究極の絶望を!!

 

 Act.4

 そして今回も、オマエラは最終裁判まで辿り着き、この真相を知る段階に至った。もはやこの場所で最初のコロシアイを始めてから、どれほどの時が経ったかも覚えていない。数年、数十年、数百年・・・あるいはもっと多くの時が経過しているかも知れん。だがそれも関係ない。ここは外界から隔絶された“セカイ”なのだからな。

 けどたったひとつだけ・・・俺たちの手じゃどうしようもねェことがあった。ここが地球上のどっかなら、いつか誰かに見つかっちまうかも知れねェ。絶海の孤島とはいえ、俺たちが来られたンなら必ず他にも来られるヤツがいるはずだ。けど、まだ誰にも見つかってねェ。なぜだと思う?船も、飛行機も、人工衛星からの監視も、外部からの影響全てを遮断するなんて、そんな“偶然”が、なんで起きてると思う?そんな運命をねじ曲げることができンのは・・・誰だ?

 

 

 この永遠のコロシアイが続けられてンのは、お前のおかげなんだぜ?“超高校級の幸運”、研前こなた!!

 

 

【挿絵表示】

 

 


 

 トドメを刺すような雷堂の言葉。ずっと疑問だった。どうして誰も助けに来ないのか。どうして誰もここを見つけてくれないのか。その答えは、自分の中にあった。自分自身が、答えだった。この場所を守り続けていたのは、この幸運(のろい)だった。

 

 「さてと、それじゃ、最後の選択っすね」

 「・・・選択・・・?」

 「学級裁判の最後にはクロを決める投票をしてきたでしょう?ただし今回はクロがいないっす。それにコロシアイのために生まれたとはいえ、ここまで生き残ったクローンに少しくらい自由を掴むチャンスを与えても、罰は当たらないっすよね!」

 「じ、じゆう・・・?どういう、こと・・・?」

 「オマエラ5人の投票で決めるのだ。『失楽園』か、『残留』かを」

 「・・・!」

 

 どこからともなく、巨大なモニターが出現する。学級裁判の最後にクロを投票するときに使われていたものだ。画面は2つのエリアに分けられている。モノヴィークルにも同じものが表示される。『失楽園』と『残留』だ。それを、投票で決めるという。

 

 「選択肢は2つ!投票の結果、『失楽園』を選べば、オマエラはこのモノクマランドから永久に追放される!クローンボディのままだがな!だが、安心しろ。先ほども言ったように、きちんと元の場所に戻してやる」

 「そうしたらその後はオマエラの自由!どこへ行くのも、何をするのも、どう生きるのかも!だ・け・ど♬うぷぷぷぷ♬世の中そう簡単にいくもんじゃないよねー♬」

 「外界の“超高校級の絶望”は駆逐され、未来機関による希望思想が礼賛される世界だ。クローンとはいえ、“超高校級の絶望”の残党であるオマエラが見過ごされる道理などない。ただでさえこのモノクマランドに閉じこもって数年、数十年・・・オマエラの存在自体が外界にとっては脅威だ」

 「そもそもクローンなど恰好の研究対象だ。もし私がここに来る前にそんなものを見つけたら・・・垂涎ものだな。フフフ、フフフ、フフフフフフ・・・!!」

 「しかも!『失楽園』になったヤツは二度とコロシアイには参加できねえ!当然だよなあ!?オリジナルボディも冷凍保存を解除されて朽ち果てるだけ!『失楽園』になったヤツを最後に待つのは・・・完全な死だ!!ただの人間と同じようにな!!」

 

 『失楽園』のエリアが光る。この絶望から、コロシアイから、逃れる道があった。『失楽園』を選択すれば、外の世界で自由になれる。その世界が、自分たちの知る世界とはかけ離れていたとしても。

 

 「そしてもうひとつが『残留』!これを選べばオマエラは晴れてコロシアイ続行!ここにいりゃあオリジナルボディは冷凍保存されてるし、クローンで復活は保証されてる!コロシアイやおしおきで死ぬことはあるが、そんな絶望的な展開も醍醐味だぜ!!」

 「此処に有る物全てが“超高校級の絶望”の為の物!外の世界の様に未来機関の追っ手はいません!複製人体(クローン)に因って真正なる死は訪れない!永遠にコロシアイを続けるのみの絶望楽園!いよーっ!!」

 「投票のルールはいつもとちょっと違うから気を付けてね♬投票で全員が『失楽園』を選んだら、オマエラはみーんなモノクマランドを追放×誰かひとりでも『残留』を選んだら、オマエラはみーんなまたコロシアイに参加することになっちゃうから気を付けてね♡」

 

 告げられたルールは、『残留』になる可能性の方が高いものだった。しかし、今5人の中に『残留』を選ぶ理由などない。『失楽園』になることが良い選択とも言い切れない。外の世界に何が待っているか分からない。絶望の残党として迫害に遭うかも知れない。それでも、少なくともモノクマランドにいるよりは希望が持てるはずだ。

 

 「んなもん・・・『失楽園』以外に何があるってんだよ・・・!!」

 

 最初に声をあげたのは下越だった。それは、未来を見つめた希望に溢れた言葉ではなかった。それ以外に選択すべきものがない、選択になっていない選択であるが故の言葉だった。

 

 「ふざけんな・・・!!ここでまたテメエらとコロシアイなんかするなんて冗談じゃねえ・・・!!」

 

 そう言いながら、誰に確認することもなくモノヴィークルの画面を叩く。あまりに強く叩いたせいで、モノヴィークルがバランスを崩しかけた。

 

 「こんなところで永遠にコロシアイなんて・・・誰がそんなもん選ぶってんだ・・・!!何が永遠だ・・・!!んなもん死んでんのと何が違う!!」

 「人間としては死んでいるだろうな。だがそんなことを気にする意味があるか?我々はクローンだ。外の世界ではまともに生きられない。ここを出るなど死も同然だ。ならば、生者とも死者ともつかないこの場所で永遠を過ごすのが利口ではないか?」

 「うるせえ!!何言ってっか分かんねーんだよ!!」

 「え〜・・・然う来ますか・・・」

 「おい納見!!こんなわけ分からねえヤツらの口車に乗るんじゃねえぞ!!こんなとこいたって何の意味もねえ!!出て行けるんなら出てくに決まってんだろ!?」

 「・・・」

 

 黒幕たちが繰り広げる論理は、下越に何一つ意味を成さない。ただ下越は、コロシアイから抜け出したい、モノクマランドから脱出したい、元の世界に戻りたい、その思いだけを口にした。俯き、何も言葉を発せられなかった納見は、唐突に名前を呼ばれて肩を跳ねさせた。そして、ゆっくりと口を開く。

 

 「ヤスイチおにーちゃん♬ここにいれば好きなだけ造形ができるよ!諸行無常がテーマなんでしょ?コロシアイなんてまさにそうだよ!だから・・・『残留』選べよ!?分かってんだろうな!!」

 「いきなり圧力かけてんじゃねーかよ!?」

 「・・・おれはあ、芸術家になんてなりたくなかったのさあ」

 「は?」

 

 顔をあげた納見は、そんなことを呟く。

 

 「“超高校級の造形家”納見康市・・・いい響きだねえ。自分の作品が認められるってのは気分が良いよお。造りたいものを好きなだけ無制限に造れるなんてえ、夢見たいじゃあないかあ」

 「お、おう!分かってんじゃねえか!だったら『残留』を──!」

 「窮屈だなあ」

 「ああっ!?っんだよ!?」

 「ここにいる限りおれの創作の可能性は限定されるしい・・・おれの生み出す作品には誰かの“期待”が乗っかるだろお?“期待”はいずれ“価値”に変わってえ、いつか本質を見失うときが来るはずさあ。要はあ、おれは造形家でいることに飽きてきてるんだよお」

 「己の“才能”を否定するだと・・・!?納見(ぎっちょう)のくせに生意気だぞ!」

 「この場所におれの未来はない。だからおれは外に出てえ・・・もっとたくさんの可能性を探すよお。おれは楽観主義だからねえ。未来機関に捕まっても殺されるこたあないと信じておくとするよお」

 

 そう言って、納見は投票した。この投票の意味を理解しているからだ。この投票は黒幕との決戦ではない。自分たちの運命を決定する大仰なものでもない。コロシアイを続けるか、止めるかだ。たとえ肉体が人工物(つくりもの)だったとしても、それは大した問題ではない。

 

 「そうだろお正地氏?未来がどうなるかなんて誰にも分からないさあ。絶望的な未来でも希望に溢れた未来でもお、歩み出してはじめて現在になるのさあ。ここで立ち止まるのはあ、良い選択じゃあないだろお?」

 

 ゆるりと、しかし強い意思が覗く言葉で、正地に語りかける。終始涙を流していた正地も、今はただ茫然と俯くばかりだった。だが、納見の言葉に触発されて顔をあげる。青ざめ、目元は赤く腫れ、髪は乱れた痛ましい姿。停止していた脳が、少しずつ動き出す。この状況を、理解していく。

 

 「そう・・・そうよ・・・!どうして『残留』なんか選ぶの・・・?私たちは・・・もうこんなコロシアイなんかしたくないのよ・・・!!」

 「正地、目先のことに囚われるな。コロシアイは続けるが必ず俺たちは復活する。実質的な不老不死だ。そうだろう?外に出れば遠からずお前は死ぬ。それでもいいのか・・・!?」

 「・・・そうよね。死ぬのは、怖いわ。未来機関も、外の世界も・・・怖い。ここにいれば、私はまた“超高校級の絶望”に戻って、何もかも破綻した思考で・・・笑えるようになるかも知れない・・・。だけど、その先にあるのは不老不死なんかじゃない。永遠の死よ。何回も生まれて、何回も絶望して、何回も死ぬの・・・そんなのいや。死ぬのは1回でたくさんよ!」

 「死を恐れるのはそれが生物としての限界だからだ。死を超越した我々にとって何度も死ぬことへの恐怖などない」

 「ウソよ!!だってさっき・・・自分に銃を突きつける皆桐くんが、すごく辛そうだったから・・・!!絶対、大丈夫なんてことないのよ・・・!!」

 「ぐぬぬぅ・・・!!タイミングを見誤ったっす・・・!!」

 

 恐怖に支配され、正常な思考ができる状態ではなかった。だが、どちらを選択すべきかは頭の中でしっかり考えられていた。正地にとって無限の命は、無限の死と同義だった。何度も目撃した死を、自分の身に何度も起きるなど考えられない。

 

 「ごめんなさい・・・私は、終わらない命に希望は持てない。外の世界にも希望はないかも知れないけど・・・でも少なくとも、ここより大きな絶望はないって信じたい・・・!だ、だから・・・私は・・・!」

 

 震える指で、おそるおそる、パネルに触れた。これが逃避なのか、希望に満ちた選択なのか、結局は分からない。未来は現在になり、過去にならなければその是非は分からない。命懸けのギャンブルとも言えるその選択をした後から、正地の心臓はさらに強く鳴り始めた。正地は思わず膝から崩れ落ちる。

 

 「だ、大丈夫?正地さん・・・!」

 「ええ・・・!なんとか、大丈夫・・・!私は、もう、大丈夫だから・・・!研前さん・・・!!研前さんの想いを聞かせて・・・!!」

 「えっ・・・?」

 「研前さんは・・・どう思うの?外の世界に、希望は・・・あると思う?」

 

 そんなものは分からない。分からないことを承知の上で正地は問うた。既に3人、不確定な未来の希望を信じて投票を済ませた。研前はどちらを選ぶべきか。研前自身はどう思っているか。その答えと決断を迫られる。

 

 「・・・」

 「おい研前?お前、希望なんか信じてンのか?今までお前が何をしてきたか分かってンだろうなァ?その幸運でどれだけの不幸を生み出してきたンだお前は?希望なんか信じて報われるとでも思ってンのか?お前自身が他のヤツらにとっちゃ絶望みてェなもんだってのに!」

 「・・・私は・・・うん、そう。私は・・・私の幸運は、たくさんの不幸を生み出した、かも知れない・・・!」

 

 畳みかける雷堂の言葉に打たれるように、研前は両手を手すりについて懸命に体を支える。ともすれば崩れ落ちてしまいそうな脱力感の中で、研前は話す。自分の幸運と他者の不幸は紙一重だ。そんなことは自分が一番よく分かっている。

 

 「ちょっと前に思ったんだ・・・。だから私は・・・その不幸を背負わなくちゃいけないって。誰かの不幸の上に生きていくのなんてイヤで、苦しくて、悲しくて、逃げ出したいって何度も思った。コロシアイだって同じだ。私たちが生き延びるために、クロのみんなに投票してきた。罪悪感だってあるし、後悔もある」

 「・・・?」

 「だけど、ここで私が逃げ出したら・・・そういうみんなの犠牲が無駄になる・・・。私がこうして生きてる限り、苦しみ続けてる限り、みんなの犠牲は意味があったって言える。いつか死んじゃうとしても・・・私が生きた証を残せれば、それが私と、みんなの生きた証になる。そうすれば・・・そうしなくちゃ、ダメなんだと思う。それが、“超高校級の幸運”として生まれた私の責任なんだって思う・・・」

 「いよっ?いよよよっ!?お、お待ちなすって研前さん!?」

 「だから私は・・・ここにいちゃいけない。こんなところに閉じこもってちゃいけない・・・!外の世界に出て・・・たとえ、誰かに狙われても、生きなくちゃいけない・・・!私は・・・私の“才能”に向き合って生きたい、生きなくちゃいけない!」

 「っだあーっ!!ちくしょう!!投票しやがった!!無駄に思い切りいいなコノヤロー!!」

 「あれあれあれ?どうしてオマエラそんなに希望に満ちてるの?外の世界にオマエラの希望なんてありはしないんだよ?モノクマランドなら永遠で安全なコロシアイが約束されてるのに、どうしてそっちを選ばないの?おっかしーの♡」

 「後は・・・スニフ君だけだよ」

 「・・・!」

 

 研前が、まだ投票を終えていない最後の生き残り、スニフに声をかける。全ての状況を見続けてきたスニフにとって、どちらに投票すべきかなど明白だった。それにスニフ自身、『失楽園』のメリットとデメリット、『残留』のメリットとデメリット、それらを冷静に考えられていた。

 

 「そんなの・・・『Lost paradise(失楽園)』しかないじゃないですか・・・!!」

 「なん・・・だと・・・!?」

 「だって、そうでしょう?ボクたちは・・・ここから出るためにがんばってきたんです。ここから出るために、Discussion(議論)をして、Trial(裁判)をして、生きてきたんです・・・!!のぞめば『Lost paradise(失楽園)』できるのに、それをしないなんて・・・おかしいでしょう!」

 「論理的に、合理的に考えろ少年。『失楽園』を望んでいた理由はなんだ?自由を取り戻すため、理不尽な死から逃れるためだろう。『失楽園』か『残留』かではない。どちらがオマエラにとって得かということだ。もはやあらゆる前提がひっくり返った今、真に得なのはどちらだ?」

 「それって、ボクたちがしたい方ってことですよね。ボクたちがどっちをWish(望む)するかですよね。だったらやっぱり、ボクたちは『Lost paradise(失楽園)』をえらびます。だって、ボクもこなたさんも、ヤスイチさんもセーラさんもテルジさんも・・・ボクたちはみんな、Hope(希望)をしんじてますから!」

 「愚かしい・・・!!実に愚かしいぞ子供(スニフ)!!その選択は誤りだ!!考えろ!!どちらの方が敵が多い!?ここには敵などいない!!全員が同じ立場だ!!外の世界に出て得があるか!?未来機関!生医学研究機関!希望ヶ峰学園!人類!オマエラの敵は無数だ!!」

 「ハイドさん。もうおそいです」

 

 力強い目で、スニフは星砂を見つめ返す。モニターには、5人の投票が終わったことを示す“投票完了”の字が表示されている。既に結末は決定している。今から何を言おうと、何をしようと、たとえ黒幕であっても、覆すことはできない。

 

 「ボクたちは、もう“Ultimate despair(超高校級の絶望)”にはもどりません!」

 「私たちは外の世界で生きる・・・死んでいったみんなの命に責任を持つ!」

 「私たちは今の命、この命を全力で生き抜く!」

 「おれたちは自由におれたちらしく、やりたいように生きていく!」

 「オレたちはもうコロシアイなんかたくさんだ!永遠なんていらねえ!」

 

 

 

 

 

 「これがボクたちのこたえです!!」

 


 

 スニフの言葉とともに、モノクマランドに響き渡っていた音楽が止まる。まばゆい光の洪水がおさまり、暗闇が訪れる。モノヴィークルが、ゆっくりと停止する。モノクマランドの全てが、冷たい空気の底に沈み込んだ。黒幕たちの表情は固い。それは、歴とした敵意だった。

 

 「後悔しねェんだな」

 「そんなもの、あるはずがないです」

 

 最後の短い問い。即答するスニフたちに迷いはない。そして、モニターは切り替わる。

 

 

 

 

 

 最後の投票結果が表示された。

 


 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:5人

 

 

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+黒幕:12人

 

 

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遂にここまで来ました!
あとはこの後の話書いて、エピローグ書いて終わり・・・にしたいです。
どうなるか分からんですけど


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おしおき編

 

 全ての投票が終わった。モノクマランドの全てが、その結果を待ち焦がれるように、全ての動きを止めていた。モニターはオーディエンスの反応を伺うように、投票結果を表示させずに沈黙する。全ての結果を知る者は誰もいない。

 

 「・・・」

 「オ、オイオイ・・・!?まさか、マジで『失楽園』なんてことになってねえよな!?」

 「それはシステムのみぞ知ることだ。我々にはもはやどうすることもできん」

 「うぷぷぷぷ!!いいんじゃないっすか!?江ノ島盾子様は言ったっす!!綿密に立てた計画が最後の最後で台無しになる絶望もまた一興と!!」

 「救いようがないねえ」

 

 青ざめる者。不敵な笑みを崩さない者。結果を期待して待つ者。落ち着かずにそわそわする者。同じ顔をして待つ者はひとりもおらず、ただ5人の投票結果のみを待ちわびる。自分たちの敗北すら望んでしまう絶望の破綻した思考に、もはや生き残りの5人はリアクションもできない。

 

 「さあ、Voting results(投票結果)をみせてください!“Ultimate despair(超高校級の絶望)”!」

 「・・・結果を出せ!」

 

 星砂が叫ぶ。停止していたモノクマランドに光と音が戻る。動き出したアトラクションはけたたましい起動音を園内に響かせ、スニフたちの固い決意を揺らがせる。だが、それでもスニフたちは毅然と立つ。そうでないと、投票をした意味がない。自分の投票に後悔しないと決めた意味がない。

 モニターが切り替わる。生き残った5人のアイコンと、それぞれの投票結果を映し出す。『失楽園』か『残留』か。スロットのように切り替わる2つの選択肢。

 誰かひとりでも『残留』を選べば、自分の選択は意味がなくなる。その不安が脳内を掠める。だが、全員が希望を信じて『失楽園』を選択したはずだ。決して間違いないはずだ。

 

 

 

 

 

 答えが出る──

 

 

 

 

 

 生き残り5人の結論が──

 

 

 

 

 

 それは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『残留』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・え?」

 

 「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 

 笑い声が落ちてくる。歪み、淀んだ、耳障りな哄笑。たった二文字を理解できない脳の中で重く響き渡る。

 

 意味が分からない。

 

 理屈が通らない。

 

 信じられない。

 

 あり得ない。

 

 ウソだ。

 

 うそだうそだうそだうそだうそだいありなえみあうしだmばかななんでんかりすっそだすにじられないらいえなりみがくぁいらいらうそだいありあにsじありれないsばあjかなしじsるあしあぎあsらsばおそdそだいさいないrじゃいみがwかりあんしじんらいれなうそだいありねあいじばなんでなんだえなんでなんでなんでなんであなでなんでなんでなんで!!!!!

 

 「なんで・・・だよ・・・!?

 

 

 

 

 

 なんでだよおおおおおおおっ!!?」

 

 渦巻いて行き場のない感情は絶叫となって飛び出す。それは、怒りだった。悲しみだった。困惑だった。慟哭だった。憤慨だった。そのどれでもあり、どれとも異なっていた。

 

 「・・・ど、どういう・・・?え・・・?なん、で・・・?」

 「オマエラの答えは『残留』!つまりこのモノクマランドに残って、終わらないコロシアイに再び身を投じると!結論が出たのだ!!」

 「わーい☆やったやったー♡またみんなとコロシアイできるんだね♬よかったー♡」

 「いよぉ・・・いよは心穏やかで居られませんでした!或いは『失楽園』も、と肝を冷やしました!」

 「んなワケねーだろうがよ!今まで何回見てきたんだよこれ!!今さら『失楽園』なんて選ぶわきゃねーだろ!!ぎゃははは!!()()()()()()()()っつった方が正確か!?」

 「・・・()()()()()()()、っていうのはなんだい?まさかあ、票の操作とかあ」

 「あっはは☆そんなめんどいこと、たまちゃんたちがするわけないじゃん?そんなことしなくても、()()()()()()()()()()()()がいるんだから任せてればいーの!」

 「はあっ!?」

 「な、なんですか・・・それ・・・!?そんな、人・・・!!」

 「なあ、そうだろ?」

 

 野干玉が誰のことを指しているかは、黒幕たちの視線を見れば一目瞭然だった。ただひとり、投票結果が表示されたモニターに目を向けず、俯いたままその結果を知った人物がいた。

 

 「・・・ふっ、くっ・・・!ひっ・・・ひぅぐっ・・・!!」

 

 肩が引き攣るように跳ねる。荒い呼吸が漏れて言葉が細断される。足下は斑に濡れていた。

 

 「うっ・・・み、みんなぁ・・・!はっ、うぅ・・・!えぅ、ぐっ・・・っふぅぅ・・・!ごっ・・・ごめっ・・・!あぁぅ・・・ぅう・・・!!ごめん・・・な、さい・・・!!」

 

 濡れた頬に髪がへばり付いていた。見開いた目は赤く腫れ、なおも大粒の涙をこぼす。視線に応えるように、顔をあげる。その顔は──。

 

 「あぅっ、へぅっ・・・!わ、わ・・・わた、し・・・!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “死”にたく・・・ないんだ・・・!!」

 

 ──笑っていた。

 


 

 研前は、恐れてしまった。外の世界と、永久の“死”を。

 

 研前は、理解してしまった。終わらない輪廻と、絶望を。

 

 故に、『残留』を選択した。

 

 “死”を回避するには、

 

 安全を望むなら、

 

 恐怖から逃げるには、

 

 他に選択の余地はなかった。

 

 「フフッ・・・!フフフ・・・!!フフフフフフ!!」

 「ぎゃははははははは!!!」

 「こなた・・・さん・・・!そんな・・・!」

 「だから言ってんじゃん!研前おねーちゃんはいつだって『残留』しか選ばないんだって!!」

 「今までの何万回のコロシアイ・・・研前はその全てで『残留』を選んできた。いつも、最後の投票直前で、“死への恐怖”という絶望に堕ちるという、幸運によってな」

 「こ、幸運・・・!?なん・・・で・・・!?だ、って・・・研前さんは・・・!!」

 

 それが、()()()()()()()()()()にとっての幸運でないことは明らかだった。

 

 「正地ちゃんも分かり悪いなあ。言ったでしょ?100%の複製はできないんだって。クローンにすれば少なからず遺伝子は劣化するの。“才能”だって、同じだよ」

 「・・・!!」

 「このモノクマランドは常に研前の幸運で守られてんだぜ!?考えてみろよ!いくら絶海の孤島っつったって、数万回のコロシアイの間になんで誰も到達(はこ)んでこねえんだ!?今時、この地球上で発見されねえ場所なんかあると思ってんのか!?」

 「ぁ加えてェ!!此迄のコロシアイの全てで!!研前さんは最終裁判まで生存し、そして『残留』を選択しているのです!!何故か!?」

 「それもこれも全て、ファクトリーエリアの地下で眠ってる研前の幸運の力だ。自らの“死”を回避するために、あらゆる外因を排除し、確実に『残留』を選択するように働いている」

 「だからアタシが須磨倉に殺されたのも、そこの研前ちゃんの幸運って言うより、オリジナルの研前ちゃんの幸運なんだよねー!」

 

 黒幕たちは当然のことのように話す。幸運で説明するには、あまりに途方もなく、あまりに奇跡的な事実。しかしだからこそ、幸運でしかあり得ない。誰にも見つからず、繰り返しコロシアイをしているという事実の前に、理屈や確率論など何の意味もない。そして同時に理解する。この状況全てがオリジナルの研前の幸運によるものならば、そこには必ず“犠牲”が伴っているはずだ。今、この“幸運”の“犠牲”は──。

 

 「うぷぷぷぷ♬さ♡それじゃあそろそろいってみましょー♡」

 「!」

 「そうだな。フフフ・・・これが終われば、またすぐ次のコロシアイだ」

 「すぐっつっても色々準備とかあるから間が空くけどな」

 「それも大した時間ではない。どうせ私たちはみな眠っているのだ」

 「えっ・・・!?ちょ、ちょっと待って・・・!そんな・・・!ウソ、でしょ・・・!?」

 「ウソじゃなーい!!時間は無限だけどもったいないからさっさといっちゃいましょー!!」

 「ま、待て待て待て待てオイ!!なんだよそれ!!?意味分かんねえよ!!なんでオレらが殺されなきゃならねえんだよ!!バカか!!ふざけんな!!」

 「バカじゃなーい!!ふざけてもなーい!!これ以上ゴタゴタ引き延ばされてもつまんないし、さっさとおっぱじめよっか!!」

 「えっ、や、やだ!いや!!やだやだやだやだやだ!!いやよ!!た、助けて・・・!!」

 「フハハ!!笑わせるな凡俗!オマエラが今まで、処刑台に送られる俺様たちに救いの手を差し伸べたか!?ずいぶん虫の良いことを言うものだ!!」

 「ヤです!!そんなの・・・!!こ、こなた、さん・・・!!」

 「うぅっ・・・!うっ、ふふ・・・!!あぁああぁぁぁあああああ・・・!!あうあはっははっ・・・えうぅ・・・!!」

 「ううっ・・・!!ううううううっっ!!なんでえ・・・!!なんでこんなことにいぃぃぃ・・・!!!」

 「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」

 

 拒みながらも、頭のどこかで分かっていたはずだ。学級裁判で敗れた者が辿る末路を。“超高校級の絶望”の楽園に閉じ込められることの意味を。それが抗いようのないものだと理解していても、人は命乞いをせずにいられない。

 

 モノヴィークルから降り、下越は走る。処刑場へ連行する鎖はそれを逃がさない。

 

 泣き崩れ、嗚咽し、地に伏しながら正地が縋る。振り下ろされる槌を止めることはできない。

 

 証言台に手を叩きつけながら、納見はただ無意味な呻きを溢す。決して時間は巻き戻らない。

 

 スニフはどうしようもない事実を前に、為す術なく頭を抱えている。状況を打開する道はひとつもない。

 

 俯いたままの研前は、慟哭とも、哄笑ともつかない感情に支配されていた。

 

 「うぷぷ♬今回は、『残留』を選んだオマエラ5人のために!」

 「スペシャルな♡おしおきを♬用意しました☆」

 「さあそれではオマエラ!張り切っていきましょーーーーう!!」

 

 雷堂の言葉とともに、モノクマランドの暗闇から5つの鎖が飛び出してくる。それらは刑を待つ5人の首を掴み、重さのない人形のように引きずっていく。暗闇の中へその姿が消えるとき、5人はただ、ただ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶望していた。

 


 

 暗闇に包まれたモノクマランド。ありとあらゆるアトラクションが、その時を待っていた。このコロシアイ最後にして、最大の処刑(おしおき)が始まる瞬間を。“超高校級の絶望”に堕ちた12人の高校生たちは、特等席でそれを見守る。それは、これまで見てきたどんな光景とも違う、この5人、このコロシアイだからこそできる、一大イベントだった。

 微かに、音が聞こえてくる。遥か遠くから響いてきて、胸に共鳴する美しい音楽。優雅な弦楽器の音色。軽やかな鍵盤打楽器のリズム。高らかな管楽器の響き。全てをまとめあげる壮大なピアノの旋律。見る者、聞く者の心を高鳴らせるまばゆい光と華麗なメロディ。耳に馴染んだ声が、最後のアナウンスを送る。

 

 『うぷぷ♬Ladies and gentlemen, Boys and girls.Monokumaland proudly presents our most spectacular pageant of night time dreams and fantasy in millions of sparkling lights and brilliant musical sounds. Monokumaland Executional Parade─』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 一寸先も見えないほどの暗黒の中から、それらは現れた。見上げるほど高く絢爛な装飾。緩衝器から最後部まで余すところなく細部にまで宿る意匠。数千の電飾が色とりどりに、ひとつの調和を保ちながら煌めいて幻想的な姿を夜の闇に浮かび上がらせる。5つの巨大なフロートは、搭乗する各人に合わせて制作されていた。

 


 

 先頭を行くのは、“超高校級の美食家”下越輝司の処刑装飾車(フロート)。瑞々しい野菜と新鮮な海の幸、醸成された鮮やかな色合いの肉は、見る者の食欲を掻き立てる。溢れんばかりの調理器具の装飾が輝いている。

 下越はその装飾の天辺にいた。両手首と両脚を縛られたまま、足は地に着かず顎をあげられ、吊り下げられていた。下越にモノクマが近付く。赤い眼を光らせて笑い、開口器を下越にはめた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 下越のそばに、別の影が近付く。暗がりに隠れて顔は見えない。だがその手に握られているのは、下越愛用の出刃包丁だ。その影の意図を察するより先に、モノクマがホースを口に突っ込んできた。大量の水が噴き出す。口から溢れて体を伝う生暖かい水の感覚。飲むたびに逆流し鼻を突き刺す。呼吸が乱れて身悶えしても拘束は外れない。視界がぼやけ始める──。

 

 「・・・ッ!!ぐぶぁぁっ・・・!!」

 

 朦朧とする意識は、頸部に走る痛みで引き戻された。首の付け根を一周するように、出刃包丁の刃が沈む。だが太い血管には届かない。影は皮膚の裂け目に指を突っ込み、全身の皮膚を一気に剥がした。

 

 「ああああああああああああああああッ!!!」

 

 空気が針山になったような激痛。影はその断末魔を合図に、下越の体に包丁を沈める。腹が開かれる感覚。中に手を突っ込まれ掻き回される不快感。身軽になっていく体。そして、熱く脈動する塊が握られる感覚がした。

 

 「・・・・・・!?」

 

 気が付いたとき、下越の体は既に切り離されていた。縛られた手足も、皮膚を剥がされた胴体も、摘出された臓器も、この首とは繋がっていなかった。そして真っ赤な心臓に刃が通る。下越は、自らの肉体がすっかり捌かれるのを見届けて、絶命した。

 


 

 次に進むのは、“超高校級の按摩”正地聖羅の処刑装飾車(フロート)。純白と一斤染を基調とした落ち着いた色合いながらも、宵闇と対極にその輝きは5つの中で最もまばゆい。柔らかな指使いを思わせる緩やかな流線型のボディラインと丸い装飾具の数々が、安らかな旅立ちを連想させ、煌びやかな中にも優雅さを覗かせる。

 その台座部分には、青ざめ、絶望しきった正地が立っていた。正地のいるところからは、下越がどうなったかが全て見えていた。今朝までは当たり前に食卓を囲んでいた友が、目の前で尋常ならざる責め苦の末に絶命した。そして自分もこれから同じ目に遭う。その絶望で、既に正地の精神は破壊し尽くされていた。首輪に繋がる鎖がモノクマに引かれ、正地はうつ伏せに倒れた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 痛みも顧みず正地は暴れる。そのとき、背後に影が現れた。振り向くより先に頭が軽く叩かれる感覚がした。それが数回連続する。全身から力が奪われた。脳の命令が行き届かない。指一本動かせないが、意識ははっきりしていた。困惑に追い討ちをかけるように、二つの腿裏と肩に重たい感覚。そして、何かが焼ける煙たい空気が鼻に侵入する。

 

 「あッ・・・!!あああああああああああッ!!!あッ!!あうッ!!あづぃッ!!あぶぁあああああああああああああ!!」

 

 もぐさの焼ける臭いは徐々に薄れ、人が焼ける臭いに掻き消された。鼻を貫く悪習。耳を劈く絶叫。だくだくと溢れる血は断面の炎で焼け焦げて周囲の装飾にこびり付く。ぼとり、と鈍い音。正地の四肢が焼き剥がされた音だ。焼き千切られた腿と肩は、半端に焼き塞がれ、血が滾々とわく。

 

 「あああぁッ・・・!!あがッ・・・!!・・・・・・!!」

 

 影はもう何もしない。正地はもう何もできない。身じろぎひとつできず、想像を絶する激痛に支配されたまま。少しずつ血液と生命が霞んでいくのを感じていた。最期のその瞬間、正地の眼には影の姿が映っていた。

 


 

 3番目を行くのは、“超高校級の造形家”納見康市の処刑装飾車(フロート)。装飾の絢爛さと複雑さは群を抜いている。古今東西の傑作彫刻を模したオブジェの数々。素人目には歪な形にしか見えない造形の中には、製作者の溢れんばかりの情熱がこれでもかと詰められている。

 それら全てを背に、納見は屹立していた。その正面には、巨大な木材が置かれた簡易アトリエがある。作務衣を着て白髪とヒゲを生やしたモノクマが笑い、夜風にそよぐように影が揺れていた。モノクマの手には、ノミと槌が握られている。

 

 

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 モノクマが作業を始めた。目にも留まらぬ速さでノミを挿し、槌を振るう。それは人の足だった。両脚、腰、腹、肩、腕、首、頭部・・・最後に顔を彫り、完成した。あまりに粗雑で、写実性も造形美もない、木偶の坊だ。あまりの出来に、納見は自分の立場も忘れて呆れ返る。その納見に、影が近付いてきた。その手には、彫刻刀と金鎚が握られている。

 

 「・・・グッ!!」

 

 納見が気付くと同時に、金鎚が眉間に叩き込まれる。一撃で眼鏡はひしゃげ、ガラスの破片が皮膚にめり込んだ。まずは顔。歪め、潰し、刻む。彫刻の顔とそっくりだった。次は両腕。左右で太さも長さも違う。不要な肉を削ぎ落とす。長すぎる腕は三つ折りにすると丁度良い。

 

 「いッ・・・!!あああがッ!!ぎぃああああああああああああああああああッ!!!」

 

 腹はもっと凹んでいるはずだ。腰に幅が足りない。脚の向きが真反対だ。首はもっと長い。着々と納見の彫刻は本物と近付いていく。仕上げに眼鏡をかけ直して、これで完成──。

 

 

 

 

 

 ──そのとき、車体が大きく揺れた。彫刻に亀裂が走る。モノクマと影が焦って押さえようとするが、遅かった。彫刻は、真っ二つに割れた。

 

 「はぁ・・・!!はぁ・・・!!・・・ッ!」

 

 納見の耳に聞こえてきたエンジン音。空気が割れるような爆音とともに、チェーンソーを持った影が近付いてくる。唸りをあげる刃が真っ直ぐ振り下ろされた。そして、彫刻が完成した。

 


 

 次に現れたのは、“超高校級の数学者”スニフ・L・マクドナルドの処刑装飾車(フロート)。車体の外側を取り囲む線や図形は幾何学的な規律に則って配置され、演算記号を模した装飾が随所に散りばめられる。計算し尽くされたその造形は、他の追随を許さないほど美しい調和の中にあった。

 スニフは車体の中央にあるガゼボの中にいた。子供ひとりにとってはずいぶんと広く感じる空間だ。モノクマと、小さな影がガゼボの外から、まるで檻の中にいる動物を眺めるようにスニフを見ていた。

 

 

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 モノクマが出題する。短くシンプルな問題文。解くには膨大な時間と高度な計算が必要だ。スニフの頭にいくつかの解法が閃く。同じく問題を見た影は、懐から取り出したチョークで足下に式を書き連ね、ほどなくして行き詰まる。

 

 「あっ・・・!」

 

 思わずスニフは口を出した。影は手の平を叩いて、アドバイスの通りに計算を続ける。またもや行き詰まる。スニフがアドバイスする。進む。詰まる。アドバイス。進む。詰まる。アドバイス。進む。詰まる。そこで止まった。スニフにも限界がある。困り果てた影は、再び懐を探る。取り出したのは、注射器だった。

 

 「Huh(はっ)!?」

 

 影は一切の躊躇なくスニフの首に突き刺した。鋭い痛みと共に襲う何かを注入される感触。しかしその痛みもすぐに消し飛ぶ。スニフの脳は一瞬にして興奮と新しいアイデアに埋め尽くされた。無意識にそれを口にする。影は続きを書く。行き詰まる。新しい注射器を取り出す。スニフに打つ。進む。行き詰まる。打つ。進む。行き詰まる。打つ。行き詰まる。打つ。打つ。進む。行き詰まる。打つ。打つ。行き詰まる。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ。

 

 「うあっ・・・!!・・・ッ!!」

 

 経験したことのない多幸感。凄まじい興奮とともに脳が熱く滾る。口が勝手に思考を言語化する。影は手を動かし、計算式がフロートを埋め尽くしていく。影が手を動かすより早く、スニフの口は思考を吐き出し続ける。血流が加速して全身が充血する。体温の上昇で全身から湯気が上がる。眼球が裏返り、視界が計算式に埋め尽くされていく。影は式を書き続ける。汗に血が混じる。シナプスがオーバーヒートし始める。呼吸に割く脳機能が惜しい。生きた計算機になったスニフは止まらない。眼球が茹だり、神経が焼き切れ、脳が溶けても、解を述べ続け──。

 

 

 

 

 

 ──影の手が止まった。ようやく解を出すことができた。モノクマはそれを査読し、合格印と共に影を称える。その背後には、がらんどうになったスニフが、自分の脳だったものに浸って捨ておかれていた。

 


 

 そして最後に現れたのは、“超高校級の幸運”研前こなたの処刑装飾車(フロート)。四つ葉のクローバーをあしらった車輪。車体を包み込む蹄鉄を模したオブジェ。隙間を埋め尽くす御守りやテントウムシの装飾。それら全てを率い、大トリを飾るのは自分だと言わんばかりの巨大招き猫。

 だが主役は違う。二つ一組で輪を作り、ピラミッドのように積み上がった蹄鉄オブジェの中央に立つ、研前だ。電飾の光が薄らぐ高さで、研前は冷たい夜風を浴びていた。その蹄鉄の山の麓には、目立たない影がひとつ、研前を見上げて立っていた。

 

 

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 一番高い蹄鉄の組が、接合部から蒸気を噴き出して外れ、落ちる。斜面を転がる蹄鉄はやがて車体脇から放り出された。蹄鉄の山の中には空洞があるが、暗くて中の様子は分からない。二番目に高い組が外れる。まだ中は見えない。三番目の蹄鉄が外れたとき、何かが露わになった。

 

 「・・・ッ!!?」

 

 それは、人の手だった。何かを掴もうと虚空を藻掻く形で、干からび固まっている。四番目の蹄鉄が外れる。首元まで露わになった。顔はよく見えない。5番目の蹄鉄が外れる。他の手や頭も見え始める。6番目の蹄鉄が外れる。干からび小さくなった肉体が、研前のいる頂上に向かって積み上がる。大量に。何かを求めるように。多量に。何かを渇望するように。無数に。しかしそれは決して届かない。

 

 「あぁ・・・!ああッ・・・!!」

 

 頂上に立つ研前は涙した。自分の罪深さに。今まで自分が犠牲にしてきた人の数に。自分は誰かの不幸を踏みにじって生きてきた。不幸を被った誰かの行く末など考えなかった。考えないようにしていた。目を背けていた。それ自体が最も罪深いことだと、今更になって後悔した。

 

 「ご・・・めん、なさい・・・!ごめん・・・なさい・・・!ごめん・・・!!」

 

 影は、屍体の山を登る。干からびた肉体を踏みつけ、飛び出した脚を蹴りつけ、頭を崩しながら。それが屍体であることなど気にも留めず、淡々と山を登ってくる。

 そして、しゃがみ込んだ研前の元に辿り着く。人一人分のスペースにいる研前が、涙ながらに影と相対した。薄らかな月明かりが差して影の顔が照らされた。

 

 「・・・あ」

 「そこ、どいてね」

 

 風が吹いた。不安定な足場は揺れる。泣き崩れた研前はバランスを失い、屍体の山に落ちていった。山は少し崩れるが、屍体を増やし、再び沈黙する。影は満足そうに微笑む。研前のいた場所に座り込み、後はただ、月を眺めていた。

 


 

 全てのフロートが停止した。モノクマランドは再び漆黒の中に溶けて消える。風さえ沈黙する闇の中、処刑を終えた5つの影が裁判場に()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぷ♬」

 

 

 

 

 

 「うぷ!うぷぷ!うぷぷぷぷ!!うぷぷぷぷぷぷぷぷぷ────!!」

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さく、何回も、ボクはゆらされる。そのゆれを感じながら、押し付けられるような感じもした──。

 


 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:0人+黒幕12人

 

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コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:17人

 

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わざとミスタイプしたり、絵をいっぱい描いたり、皆様のご覧になっている画面を贅沢に使ってみたり、いろいろ挑戦しております。
あとQQを意識して書いたところもあります。セルフオマージュってヤツですね。


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Epilogue
誰も“死”なない物語


 

 死んだことにさえ気付かなかった。

 

 ただ、全身が溶けそうなほどの高熱と脳が掻き毟られるような頭の痛みだけを覚えている。

 

 目覚めはこれ以上ないほどに良好だ。

 

 思考回路は素晴らしい陰惨かつ暗澹としたアイデアで満たされている。

 

 棺から起き上がりすぐに部屋を飛び出した。

 

 どこへ行けばいいのか、何をすればいいのか、自分の役目は何か。

 

 その答えは既に頭の中にある。

 

 ドアを開け放って待っていたその部屋へ足を踏み入れると、新しい主の登場を部屋中のモニターが出迎えた。

 

 ヘッドフォンを装着し、上質な椅子に飛び乗って、正面のモニターを覗き込む。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()が映っていた。

 


 

 泣き叫ぶ声が聞こえる。

 

 恐怖に支配された絶叫が響く。

 

 何人かは体中の血が消え失せたような顔色をしている。

 

 軽くなった肉体が無造作に投げ捨てられた。

 

 ある者はその場を逃げ出し、ある者は恐怖で腰を抜かし、ある者は気を失っていた。

 

 池から射出された()()は、手元のハンドル操作に従って華麗に着地した。

 

 刹那、あらゆる音が停止し──、一層の叫喚が轟く。

 

 「うぷぷ!うぷぷぷぷ!!うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!!ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひひゃゃ!!」

 

 ()()を通して語りかける。

 

 今まで隣にいた彼らへ。

 

 「さあ、みなさん!!ここからがホントのStart(スタート)ですよ!!」

 

 まだ何も知らない彼らへ。

 

 「いっぱいあそんであげますよ!!ボクといっしょに、たっぷりたのしみましょうね!!」

 

 新しい物語を紡いでゆく彼らへ。

 

 「So exciting(ワックワクのドッキドキ)で!!Unpredictable(予測不可能)で!!」

 

 いずれ死に行く運命の彼らへ。

 

 「Desperately(絶望的な)The Killing(コロシアイ)を見せてください!!」

 

 緑碧の双眸を輝かせたスニフが、停止したモノクマを抱きしめた。

 


 

 17人の高校生は、終わらないコロシアイの円環に在り続ける。

 

 死んでは生き返り、生き返っては死に、ただそれを繰り返す。

 

 しかし彼らの演じる物語は、いずれも異なる筋書きを辿っていく。

 

 次のコロシアイもまた、今までとは異なる物語を紡ぐだろう。

 

 それはまるで万華鏡(カレイドスコープ)のように、回すたび新たな絶望を生み出していく。

 

 これは、誰も“死”なない物語。

 


 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:16人

 

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 「う・ぷ・ぷ♬」

 

【挿絵表示】

 




『ダンガンロンパカレイド』本編はこれにて完結です!
ありがとうございました!


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番外編『超高校級のハワイ旅行!』
旅立ち編


Twitterのネタから派生して、気が付くと番外編を書いていました。本編も並行してじわじわ書いているんですが、編集作業がめちゃくちゃ大変で・・・。それまでの繋ぎでもあり、第六章前に平和なメンバーたちも見せる意味もあり、的なことです。
なーんの事件も起きません。ロンカレメンバー+αがただただハワイを楽しむだけの話です。テンションで読みましょう。


 

 シーン1『ハワイ旅行が当たった』

 研前です。希望ヶ峰学園に入学してしばらく経って、クラスのみんなは順調に自分の“才能”に磨きをかけているけれど、私は特に何も変化はなく、普通だけど普通じゃない(非)日常な高校生活を送ってます。と言っても、私の“才能”は“超高校級の幸運”だから、自分から何かをしようと思ってもよく分からないんだけどね。とにかく楽しくやってます。

 そんなある日、学園の購買でおやつを買ったらレシートと一緒に福引き券を貰いました。せっかくだからと思ってやってみると、なんと特賞大当たり!クラス全員をご招待で、“超高校級のツアーコンダクター”がプロデュースするハワイ旅行が当たっちゃったの!急いでみんなにこのことを報告したら、みんな諸手を挙げての大賛成。そんな感じで私たちは、2泊3日のハワイ旅行に行くことになりました。授業とか公欠扱いになる、よね?

 


 

 シーン2『“超高校級のツアーコンダクター” 紺田添(こんだ てん)登場』

 空のてっぺんで元気に輝いていた太陽が、そろそろあくびをしだす17時ごろ。私たちはそれぞれが大きな荷物を抱えて、教室にいた。いつもならこの時間、生徒は部活に勤しんでるか、自分の“才能”を磨くためにそれぞれが好きなことをしてる時間だ。私の場合は、食堂で友達と他愛ないお喋りをしてるか、部屋で本を読んだりしている。きっと他のみんなも普段は違う場所で違うことをしてるんだろうけど、今日だけはみんな同じ場所にいる。そう考えると、これからのことへの期待も相まって、なんだかわくわくしてくる。

 

 「ねえねえ、研前ちゃん。これ良くない?良いよね!」

 

 頭の中だけ一足先に旅立っていたら、隣の席の茅ヶ崎真波さんに声をかけられた。このクラスで、私の一番の友達だ。付箋だらけのハワイのガイドブックを開いて、私によく見えるようにずいっと寄せてくる。あふれ出るわくわく感が抑えきれずに、いつもより少しだけ高い声になってる。

 

 「わあ、きれいなビーチだね。茅ヶ崎さん、泳ぐの?」

 「泳ぐのもいいけど、やっぱりあたしはサーフィンかな。ちゃんとサーフボードも持って行くつもりだし!ほら!」

 

 茅ヶ崎さんは普段、この時間は学園の本館から少し離れた海洋研究所にいる。こんな都会の真ん中でサーフィンをしようと思ったら、専用の装置がある施設に行かないといけないから、“超高校級のサーファー”である茅ヶ崎さんは、いつも授業が終わった後は慌ただしく教室を出て行っちゃう。だから、みんなと一緒に海に行けることがきっとすごく嬉しいんだと思う。

 

 「いいねえビーチ!ハワイっつったらビーチだからな!世界中から観光客が来るぜ!ってことは逆に目のやり場に困るくらい水着のオンナがいるんだろ!?」

 「城之内君はやっぱりそれ目当てなんだね」

 「ったりめえよ!じゃあ茅ヶ崎、ビーチ行くときはぜってえオレに声かけろよ!?通訳もしてやっからよ!」

 「あんた誘うくらいだったらサーフィン行かない」

 「楽しみ一個削ってまで関わりたくねえのかよ!?」

 「残念だが当然だな。座っていろ。もうじき引率の人が来る」

 「ぎゃーっ!?こら離せ!シャツが伸びんだろうが!」

 「あははっ」

 

 いきなり私たちの会話に入ってきた城之内君は、相変わらずエッチなことを考えて一人で盛り上がってた。そりゃまあハワイだから私も水着は持ってきてるけど、なるべく城之内君と一緒にビーチに行かないようにしよう。というかビーチに近付かせないようにしなくちゃ。困った私たちを見かねて、鉄君が城之内君を軽々と持ち上げて席まで連行した。うん、やっぱりこういうときに頼りになる鉄君こそ誘いたいよね。

 浮き足立っていた教室の空気も、なんとなく落ち着いてきた。そのとき、入口のドアを誰かがノックした。

 

 「失礼します」

 

 担任の先生とは違う、私たちと同い年くらいの女の人の声。ドア越しにでもはっきり聞き取れるほどのボリュームで、だけど自然で聞き取りやすかった。静かにドアを開けて入ってくると、その人はゆっくり丁寧にお辞儀した。ハイヒールがコツコツと気持ちいい音を立てて教壇の前で止まる。薄く化粧をした顔はどことなく親しみやすい可愛さがあって、お団子に結んだ髪や首に巻いたスカーフ、指先からまつげの一本まで、徹底的に洗練された気品を感じさせた。

 

 「ハイッ。みなさん、はじめまして──、雷堂様は幾度目まして。わたくし、この度みなさんと共に常夏の楽園、ハワイへと参ります、“超高校級のツアーコンダクター”こと、紺田添(こんだ てん)と申します。紺色の紺に田んぼの田、添えると書いて“てん”と読みます。この旅行を通してみなさんとは、良きお友達になりたいと存じております。お気軽に、“てんちゃん”とお呼びください」

 「てんちゃーん♡」

 「ハイッ。なんでしょう、虚戈様」

 「呼んだだけ☆」

 

 紺田さんのステキな笑顔に、私達の視線は釘付けになった。希望ヶ峰学園のシンボルマークが描かれた小さな旗をふりふりして、虚戈さんに応えている。それよりも、挨拶するときに雷堂君だけは別だったような気がするけど、知り合いなのかな?

 

 「なんだなんだ雷堂。お前あんな美人さんと知り合いなのかよ。隅に置けないヤツだな。で、どこまで進展(はこ)んでんだ?」

 「航空訓練場で何回か会ったことあるだけだよ」

 「なんだよ、つまんね」

 「ハイッ、その節はお世話になりました」

 

 雷堂君が須磨倉君に冷やかされて、恥ずかしがりながら否定する。確かに紺田さんは美人だ。それに気品がある。なんだか急に自分の今の格好が気になりだした。制服のままじゃいけないと思ってお出かけ用の服を着てきたけど、変じゃないかな。ハワイでも目立ったりしちゃわないかな。

 

 「研前」

 「あっ、ごめんなさい、極さん」

 

 キャリーケースに詰め込んだ服のコーディネートで頭をいっぱいにしてたら、前の席の極さんに声をかけられた。前から回ってきたものを受け取って、後ろの下越君に回した。

 

 「旅のしおり?」

 「ハイッ。皆様がこの旅行を快適に楽しめるよう、幾つかのプランをご提案させていただきます。僭越ながら、わたくしと現地スタッフがオススメするスペシャルプランでございます。2泊3日の中で、皆様には2日目の班別行動のプランをそれぞれお選びいただきます」

 「いよーっ!折角の異国文化に触れる機会!『文化体験・見学こおす』以外有り得ませんですよ!」

 「落ち着きなって相模氏。相模氏は特に英語が壊滅的なんだからあ、きちんと説明聞かないとどえらいことになるよお」

 「フンッ、たかが言語ごとき俺様ならば行きの飛行機で完全にマスターしてくれる!どのコースであろうと貴様の想定以上に楽しんでやるから覚悟しておけよ紺田(ガイド)!」

 「ハイッ。皆様楽しみにされているようで、わたくしも今からわくわくしております。それでは早速、コースのご説明に移ります。是非ご自分の最高の思い出を作るため、それぞれのコースを吟味なさってください」

 「(あの面倒臭い二人を上手い感じにいなしたな)」

 

 回ってきたのは、カラフルペンで彩られた旅のしおりだった。見るからにお手製って感じがするけれど、ボリュームは普通のガイドブックぐらいある開いてみると、今日のこの後の予定から最終日に希望ヶ峰学園に戻ってくるまでの行程が全部書いてあった。ところどころに可愛いイラストやハワイの写真がちりばめてあって、なんだかよく分かんないけど、楽しそうだっていうことだけは分かった。その中で、2日目は4つのコースに分かれてて、会わせて16ページにも亘って書かれていた。

 

 「ハワイと一口に申しましても、その楽しみに肩は旅の数だけございます。ですので今回は、その中でも鉄板の4コースをご用意いたしました。全てご説明した後に、ご希望のコースを伺います。ではまず第1のコース!」

 

 いつの間にか教室の電子黒板を起動させて、プレゼン用のソフトを起動させてた紺田さんが、長い指示棒で説明しだした。思わず私たちはみんな黒板に注目した。たぶん、授業中よりもずっと真剣に。そんなことを言ったら担任の先生に怒られちゃうんだけど。

 

 「ハワイと言えばやはり海!ビーチ!でございますね。定番のワイキキビーチはもちろん、途中で貸し切りの無人ビーチへ参りまして、浜辺で豪快にBBQです。もちろん、マリンスポーツの準備も各種ご要望にあわせてご用意いたしますので、ご希望がありましたらお申し付けください」

 「アタシこれ行く!」

 「オレも!」

 「ダイスケさんもマナミさんも、Be quiet(しーっ)です。まだてんちゃんさんがExplain(説明)してるとちゅうでしょーが!」

 「ありがとうございます、スニフ様。ハイッ。では次のコースです」

 

 テンションが上がりきってる茅ヶ崎さんと城之内君がもう挙手した。スニフ君に注意されるなんて、どっちが子供だか分からないね。スニフ君のアシストを受けて、紺田さんは次の説明に移った。

 

 「皆様ご存知ですか?ハワイは海だけでなく山も豊かなのです!キラウエア火山をはじめとする、今もなお地球の核から響く大地の胎動を感じさせる活火山に登ります。その地に生息する動植物研究やスバル天文台などを見学する、身体にも頭脳にも刺激的なコースとなっております」

 「おおおっ!足腰が鍛えられそうっすね!自分、興味あるっすよ!」

 「ハワイは固有種の宝庫だからな、フフフ…絶海の孤島における生命活動には興味がある。たまには身体を動かすのも悪くない」

 

 山登りは似合いそうだけど研究や見学なんてものとは縁遠そうな皆桐君と、見た目通り研究好きで興味を惹かれるのは分かるけれど体力が持つのか心配な荒川さん。体育の組み分けも実験教室の班分けも一緒にならない二人なのに、一緒にしちゃって大丈夫かな?

 

 「続いて3つめです。MorningからDinnerまで、皆様にはこの旅行の間、ハワイが誇る素晴らしい食文化を楽しんでいただきます。しかし3日間ではせいぜい9食が限度…本当はもっとオススメしたいものがたくさんございます!そこで、舌と胃袋に自信がある方には是非この美食ツアーをオススメ致します!ハワイで美食の限りを尽くしましょう!」

 「美食!?美食っつったか!?だったらオレが行かねえわけにはいかねえな!ハワイを骨まで食べ尽くしてやるぜ!」

 「ハワイを何だと思ってんのアンタ」

 「美食ツアー…」

 

 気付かないうちによだれが垂れてて、慌てて袖で口元を拭いた。うん、私はこれにしよう。ハワイの美味しい食べ物を全部食べられるなんて、こんな夢みたいなツアーないよ。茅ヶ崎さんと海でサーフィンもいいけど…背に腹は、背反に空腹は代えられないよ。茅ヶ崎さん、ごめん。

 

 「そしてラストは、観光大島ハワイのエンターテインメントの、さらに奥深い部分まで潜り込む、少々コアなツアーです。ハワイ文化研究コースとなっておりますが、具体的に内容を申し上げますと、ハワイアンマッサージやタトゥーショップ、射撃練習場、フラダンスなどの伝統芸能など様々な場所を巡ります。基本的にはオープントップバスで市内を巡り、コースの中でさらに自由行動の時間を取る予定ですので、最も自由度が高いコースとなっております」

 「マッサージ…!たまには自分で受けたら、良い勉強になりそうだわ。極さんも、タトゥーショップに興味あるんじゃない?」

 「まあ…それ()いいな」

 「フラダンスだって♡ふらふら〜ダ〜ンス♬」

 

 つまるところ、ハワイでしかできないことができるコースってことだ。う〜んそっちも捨てがたいけどやっぱり私は…でもなぁ。悩ましい!他のみんなもおんなじみたいで、4つのプランを見比べてはうんうん唸っている。紺田さんはそんな私たちを満足げに眺めて、ひときわ高い声で言った。

 

 「ハイッ。それではコース選択に参りましょう!ご希望のコースの番号を、1〜4で挙げてください。どうぞ!」

 

 紺田さんの掛け声に合わせて、みんなが指で番号を示す。私は直前までどれにしようか迷ったけど、やっぱり食べ物の誘惑には勝てなかったよ…。自分でも呆れるくらいに、自然に手が3を示してた。茅ヶ崎さんはやっぱり1だった。

 

 「虚戈様、恐れ入りますが袖を捲ってくださいませ」

 「あちゃー×うっかり♨」

 

 ひとりひとりの番号を確認しながら、紺田さんがメモを取る。私は3番を出してるのがなんとなく恥ずかしくて、ちょっと他の人より低めに手を挙げていた。それでも紺田さんは難なく数えて、感心したように名簿を見て頷いた。

 

 「ハイッ。ありがとうございます。17名の皆様が上手い具合に均等に分かれました。当日、わたくしは1つのコースをご案内し、現地スタッフ3名がそれぞれ引率をいたします」

 「ねえねえ、もう今日の飛行機に乗るんでしょ?いつまでも教室でうだうだやってていいの?」

 「ご安心くださいませ野干玉様」

 「その名前で呼ぶんじゃねーよ!!」

 「これよりいよいよ、希望ヶ峰学園を出発し、空港へ向かいます。学園の前にリムジンバスをご用意しておりますので、皆様わたくしのこの旗を目印に、ついてきてくださいませ。団体行動を乱さず、男子女子男子女子の交互にどうぞ」

 「なんで交互?」

 「古いネタだねえ」

 

 教室から我先にと飛び出して、先導する紺田さんに続く。おっきい荷物を抱えたり転がしたりして、クラスみんなで夕方の校舎を行進する。

 

 「わっ、わっ、まってくださいよぅ」

 「あ、スニフ君が」

 「俺が運ぶ。みんな先に行ってくれ」

 「わあ、ありがとうございます!サイクローさん!」

 

 ずるずる大荷物を引きずってたスニフ君に鉄君が近付いて、スニフ君事荷物をひょいっと持ち上げた。こんなに大人数で、2mを越える鉄君の肩に明らかに子供のスニフ君が乗ってるもんだから、傍から見たらサーカスの一座みたいだ。ちょっと恥ずかしい。

 正面玄関で靴を履き替えて校門までのまっすぐな並木道を歩く。校門のすぐ外に、おっきなバスが停まってるのが見えた。目的地は空港。いよいよ、私たちハワイに行くんだって実感が湧いてきて、早足になりそうなのをぐっと堪える。さっきよりちょっとだけ紺田さんの背中が近くなってた。

 


 

 シーン3『いざハワイへ 空港編』

 わくわくが止まらない。空港に来るのだってはじめてなのに、一緒にいるクラスのみんなももれなく浮き足立ってるから、お互いがお互いのワクワク感をさらに盛り上げて、相乗効果ですごいことになってる。少しでも離れた迷子になりそうなほど広くて人が多い空港内、目を惹くあちこちのモニュメントや看板に飛び出したくなるけれど、ぐっと堪えて紺田さんについて行く。

 

 「ハイッ。皆様いらっしゃいますでしょうか?これより手荷物預かりの手続きを済ませました後、出発待ちのラウンジへ向かいます。搭乗開始は(ひと)(きゅう):(まる)(まる)ですので、しばしラウンジで待機となります。時刻になりましたら、わたくしからお声かけさせていただきますので、なるべく搭乗口に近いところにて待機をお願い致します」

 「っしゃあ!いよいよハワイだぜ!アガってきたあ!」

 「まだ空港着いただけなのにテンション上がりすぎだろ」

 「雷堂くんはいつも飛行機乗ってるから分からないのよ。飛行機に乗るっていうだけでワクワクしちゃうものなのよ。ね、鉄くん」

 「ん…お、おう。そうだな。飛ぶ原理は分かるんだが…心配だ」

 「原理が分かれば心配など不要だ。いざというときにも俺様たちには立派なパイロット様がいるのだから心配あるまい。なあ、雷堂(勲章)?」

 「それただのプレッシャーにしかなってないから。っていうかアンタ、旅行なんだから角立たせんのやめなよね」

 「ケンカしちゃダーメ♡みんなスマイルだよ♬にこっ♡」

 「みなさん、いいですからはやくいきましょうよ」

 「あんたずっと鉄お兄ちゃんに肩車してもらってんだからえらそーに言うな!誰もたまちゃんの荷物持ってくれないとか、ほんと信じられない!アタシたまちゃんだよ!?」

 「だったら俺が運んでやってもいいぞ。現金はこの際いらねーよ」

 「それは現物支給を匂わせてるよねえ。そういえば換金もしとかなきゃいけなかったねえ」

 「それは直前でいいだろう。空港内でもレストランやカフェがある」

 「フフフ…タイミングには気を付けなければな。円高の今の内になるべく多くドルに替えておき、機を見て円安のときに再度換金。これぞまさに現代の錬金術と言えよう」

 「何言ってっか分かんねえけど怖えぞ荒川。んなことより、機内食は何が出るんだ?調味料は持ち込みできたっけか」

 「ハワイまで飛行機でどれくらいっすかね!?何時間も座りっぱなしなんて自分の性に合ってないんすよ!もしアレだったら日本での走り納めってことで、1つ走ってきてもいいっすか!?」

 「空港なんだから走っちゃだめだよ皆桐君…あれ?相模さんは?」

 「いよーっ!すみません!遅くなりました!1つ言い訳をばさせて頂きます!先程からいよは唯普通に歩いているだけなのですが、何度も異邦の方々に握手と御写真を求められるのです!ああ復です!城之内さん通訳を!」

 「皆様楽しみにされているのがよく分かりました。なので早いところお荷物を預けましょうね。こちらです。ハイッ」

 

 紺田さんの旗について行って、カウンターでそれぞれの荷物を預けていく。はじめてだからよく分からないけど、ここで荷物を預けたらあっちの空港で出てくるわけだ。自分の体重を量ってるわけじゃないけど、みんなより重たい荷物だとちょっと恥ずかしいな。ともかく、特にトラブルもなく無事に終わった。

 

 「下越、何してんだ」

 「ん?何って体重量ってんだよ。飛行機がちゃんと飛べるように体重量っとくんだろ?」

 「受付のお姉さんの困り顔が見えてねえのかよお前。荷物の重さを量るんだよ」

 「荷物だけでいいのかよ!?ぜってえオレの方が重てえぞ!?」

 「飛行機のパワーなめんな!お前ひとりぐらい余裕で積載(はこ)べるわ!」

 

 なんかやってるけど無事終わった。

 


 

 シーン4『いざハワイへ 飛行機編』

 手荷物を預けた後は金属チェックとかパスポートの提示とか色々な手続きをした。飛行機に乗って外国に行くのってこんなに大変なんだね。城之内君とたまちゃんが金属チェックゲートでアクセサリーを没収されてたり、パスポートの検査で荒川さんが髪の毛で片目隠れてるのと虚戈さんの袖が余ってるのと裸足なのを怒られてたりしたけど、ひとまず全員パスしてロビーまで辿り着いた。搭乗開始まであと30分以上あったけど、紺田さんは思ったより時間がかかったって言ってた。

 

 「さすがは希望ヶ峰学園に通う“超高校級”の皆様です。個性的な方ばかりで出発ロビーに辿り着くだけで一苦労でした。ハイッ」

 「ごめんなさーい♣」

 「私の髪の毛は不審なのか…なぜ今まで誰も言ってくれなかったのだ」

 「いやどう見ても不審だろそれは。不審さの塊だろ」

 「ちくしょー、チェーン取られるんだったら付けてこなけりゃよかったぜ。なんとか学園に送ってもらうってことでケリ付けたけどよ」

 「たまちゃんのおかげでしょ。っていうかマジ信じられない!あの指輪はイカサマ用だっての!誰があんなもんでハイジャックなんかするか!できるか!」

 「没収されて然るべきものだねえそりゃあ」

 「凡俗のくせに俺様を待たせるとは…まあいい。話している時間が無駄だ。俺様は用を足してくる」

 「星砂様、お一人で行くのはご遠慮くださいませ。搭乗開始まで残り30分でございますので、皆様5分前にはこちらに集合していただき、それまでは各自ご自由にお過ごしください」

 「ボクもRestroom(トイレ)いきます!」

 「いよーっ!お土産物も沢山御座いますね!何れも此も目を惹く物ばかりで目移りしてしまいます!」

 「日本のお土産だから、相模ちゃんは買わなくていいんじゃないの?」

 「成る程!」

 

 紺田さんのOKが出た途端に散り散りになるのもどうかと思うけど、みんなそれぞれに残りの時間を楽しみ始めた。私もお手洗いには先に行っておこうっと。

 お手洗いから帰ってきても、まだ搭乗開始時刻までは時間があった。これからハワイという非日常へ旅立つ空気感のせいか、どことなくみんな浮き足立ってた。見た目に感情が出にくい納見君も、いつもはクールな極さんも、ハワイのパンフレットを穴が開くほど見つめていた。そんな中でひとりだけ、いつもと変わらない──それは別に落ち着いてるってわけじゃないけど──雰囲気でいる人がいた。

 

 「雷堂君」

 「ん?なんだ研前?」

 「なんだか雷堂君だけ、いつもと雰囲気変わらないなって思って。スニフ君とか虚戈さんとか、すごくテンション上がってるから。やっぱり飛行機慣れてると空港の雰囲気にも慣れてるんだ?」

 「まあ…慣れてるっちゃ慣れてるな」

 「ふーん。前の学校では、こういう本物の空港で授業したりしたの?」

 「課外授業で来ることはあるけど、見学だけだな」

 「じゃあハワイは?はじめて?」

 「ああ。はじめてだ」

 「そうなんだ。じゃあ、前の高校の修学旅行はどこ行ったの?」

 「いや…その修学旅行の途中で、例のほら、事件に巻き込まれて…」

 「ああ、『コナミ川の奇跡』!じゃあ、修学旅行は中学校ぶりなのかな?」

 「これって修学旅行なのか?」

 「クラスみんなで行くんだから、修学旅行でいいんじゃない?」

 「んまあ、研前がそう思うんならいいけど…」

 

 雷堂君とお話しようと思っても、基本こっちの質問に答えるだけでちっとも話が広がっていかない。そういうところだよ、雷堂君。確かにこの旅行って私が福引きで当てたから、修学旅行って言っていいかは微妙だけど、そんな細かいところどうでもいいじゃない。みんないるからきっと楽しいよ。

 半端に余っちゃった時間を、その辺りをふらふらしたりお土産物を眺めたりして過ごした。時間の流れが早くなったような気がして、いつの間にか搭乗開始時刻がすぐそこまで来ていた。

 

 「ハイッ!それでは希望ヶ峰学園ご一行様!搭乗開始時刻になりましたので、集合ください!」

 「おいてんちゃん!相模が外人客に捕まってまだトイレ行けてねえぞ!」

 「いよーっ!何方かお助けをォーーー!!」

 「なんとかして参りますので、みなさまお先にご搭乗くださいませ。ハイッ」

 

 写真をたくさん撮られて目を回してる相模さんのもとに、紺田さんと城之内君が駆けていった。日本にいてこの有様なのに、現地に着いたらもっと大変なことになっちゃいそう。大丈夫かな、相模さん。

 

 搭乗は案外スムーズで、四角い通路を歩いて行くといつの間にか飛行機が目の前に来ていた。さすがに他のお客さんと一緒だったからあんまりはしゃげなかったけど、はじめて乗る飛行機に興奮していつもより目が開いてた気がする。と思ってたら、後ろで虚戈さんが子供みたいにはしゃいでいた。

 

 「すごいすごーい♡マイム飛行機のこっち側ははじめて乗るよ♬広いねー大きいねー♬」

 「もう、マイムさんってばChildish(子供っぽい)ですね。あたりまえですよ」

 「おいお前ら。もういい加減静かにしろよ。楽器ケースに詰めて密輸(はこ)ばれてえか?」

 「「びくっ!!」」

 

 須磨倉君が一発で大人しくさせてた。すごいな。後ろにいた雷堂君はものすごく苦い顔をしてたけど、どうしたんだろう。

 手荷物は上の棚に入れておいて、自分の席に座った。窓際だけど真っ暗だから飛行機のライトや空港の灯りしか見えない。隣は茅ヶ崎さんで、席に着くなりフットレストを降ろして座席を後ろに倒した。注意事項のところに、離陸のときに全部元に戻すって書いてあるのに。

 

 「今はまだ搭乗中だからいーの」

 「えー、たまちゃん3人席の真ん中やだー!窓際がいい!」

 「ふう…!大丈夫だ、堕ちるはずがない。雷堂もいる。大丈夫…!」

 「いよーっ!寄席が聴けるのですか!素晴らしいですね!大変素晴らしい!」

 「わくわくするっすね!そろそろ飛ぶっすか!?もう行くっすか!?」

 「皆様、大変賑やかでよろしいですが、一般のお客様もいらっしゃいますので、お静かにお願いしますよ!」

 「こいつらの同行者だと思われることが恥ずかしい…」

 「全くだな。たかが飛行機ごときに浮つきおって」

 「お前は素で格好が恥ずかしい」

 

 どたばたするみんなを、紺田さんがなんとか席に着かせて、CAさんと一緒に荷物を棚に上げるお手伝いをしたり、席を元に戻させたりして回った。茅ヶ崎さんもしっかり席とフットレストを戻させられてた。全員の搭乗が終わるとすぐに飛行機は動き出して、その間にCAさんが緊急時の脱出方法の説明なんかしてる。

 

 「あんなの聞かなくても、“超高校級の幸運”の研前ちゃんがいるんだから大丈夫だよね」

 「あはは…」

 

 茅ヶ崎さんは冗談めかして言うけれど、自分の幸運の性質を知ってる私は愛想笑いも乾ききってしまった。それが精一杯だった。

 説明が終わって飛行機も滑走路にスタンバイできたらしく、いよいよ離陸の段階になった。ゆっくり動いていた飛行機がぴたりと止まった。なんだか緊張してくる。妙に時間が長く感じた。いつ飛ぶんだろうと思った矢先、エンジンが一機に回転しだした。

 

 「キャーッ!?」

 「うるせえな!エンジンだろただの!」

 「びっくりしました…!」

 「真横でガキんちょの悲鳴なんか聞かされ続けたら耳がイカレちまうだろ。お前離陸のときに騒ぐなよ」

 「I'll do good(善処します)

 

 スニフ君と城之内君がなんか言ってた。でも、スニフ君が驚くのも無理ないくらいのすごい音だった。そのあと飛行機が動き出したかと思うと、一気に加速する。座席に押しつけられるような感覚があった。そして、今まで体を支えていたものが消えたような…地面から車輪が離れたのを確かに感じた。

 

 「あっ、飛んだ」

 

 隣で茅ヶ崎さんがそう呟いたのが聞こえた。ふわっとした浮遊感。そのあとすぐに落ちる感覚。でも地面に着く前にまた下向きに押さえつけられる上昇感。そのまま一気に飛行機は暗い夜空に飛んでいった。

 

 「…!くっ…!おあっ!」

 「く、鉄さん大丈夫っすか!?ひじ掛け握りつぶす勢いっすけど!?」

 「皆桐くんどいて。鉄くんの上腕二頭筋見えない」

 「〜〜〜!!」

 「お前悲鳴こらえすぎて泣きそうじゃねえかよ!日本来るときにも飛行機乗ったんだろ!?苦手だったら先にそう言えよ!」

 「離陸しただけなのにみんな大層だねえ」

 「でも──ン゛アッ!!こんな浮いたり落ちたりしてたらしんぱ──オ゛オ゛ッ!!なんなんだよ!!ちゃんと飛ばせや!!」

 「意外と悲鳴が野太いな。キャラに合わんぞ」

 「っさい!!っていうかアンタひじ掛け両方使うな!!一個はたまちゃんのでしょ!!」

 「早い者勝ちだ。ふはは」

 「あれ?エルリだいじょーぶ?」

 「私は乗り物に弱いんだ…酔い止めもしっかり飲んでおいたが、少々気分が悪い…」

 

 離陸して飛行機が体勢を整えるまでの間に、みんなもうがやがや話し出した。どうなることかと思ったけど、案外みんな平気そう。シートベルト着用サインが消えると、みんなベルトを外してなんとなくくつろぎ始めた。相模さんはお待ちかねの寄席ラジオを聞き始めて、茅ヶ崎さんもシートとフットレストをめいっぱい倒した。

 

 「ハワイまでどれくらいだっけ?」

 「フライトは7時間18分おあるって。機内食で晩ご飯食べて、ちょっと寝て、今日の朝に着くの」

 「…え?今日の朝?」

 「ここに出てるよ。時差の影響で、いま向こうは今日になったばかりの深夜なんだって。だから着くのは今日の朝」

 「なんかタイムスリップしてるみたい。じゃあ1日得するんだ!」

 

 なんか時差の計算の仕方とか勉強したような気がするけど、もう忘れちゃったみたい。とにかく、私たちは今日の夜に日本を出発して、今日の朝にハワイに着く。だから私たちは、今日という日を2回過ごすことになるんだ。なんだか不思議だな。

 

 「ハイッ!茅ヶ崎様、研前様。機内食のご案内ですよ。お魚と鶏肉どちらがお好みですか?」

 「私は魚。研前ちゃんは?」

 「お腹空いちゃったから両方ほしいな」

 「えっ」

 「えっ」

 「では交渉してみます。ハイッ」

 

 茅ヶ崎さんには驚かれたけれど、紺田さんは笑顔で応対してくれた。そうやって紺田さんはみんなのために機内食の好みまで聞いてくれてるんだ。私のところにはお盛んと鶏肉の機内食が2つやってきた。紺田さんとCAさんがいっぱい喋ってたけど、どうも下越君も二つとも頼んだらしい。

 

 「へ〜っ!機内食っつってもなかなか色んなもんがそろってんだな!空の上で食べるってのもオツなもんだ!」

 「お前、何年前の人間だよ。冷凍食品だってあんだけ種類あるんだから、機内食だって同じようなもんだぞ」

 「なぜ雷堂が得意そうにしている」

 「エルリー♬CAさん来たよ♡ごはんいる?」

 「私は遠慮しておく…。スープだけください…」

 「じゃあエルリの分はマイムがもらうね☆」

 

 CAさんが呆れ顔で何か言った。城之内君とスニフ君だけ噴き出してたから、たぶん英語なんだろうな。虚戈さんったら、CAさん困らせちゃダメなのに。

 機内食も無事に食べおわって、気が付いたら飛行機の揺れはそれほど気にならなくなってた。慣れちゃったのか、操縦が上手いからほとんど揺れてないのか、分からないけど、これなら快適に練られそう。配られたBlanketを広げて、窓は日よけを閉めた。なんだかみんなと一緒に飛行機の中で寝るなんて、すごく特別な体験をしてるみたいで、すぐには寝られそうにない。機内が消灯して、私たちは目を閉じて眠った。

 


 

 シーン5『ハワイ到着!いざホテルへ!』

 「ALOHA!!」

 「アロハー♡」

 「アローーーハーーー!!」

 「皆様、アロハでございます。こちらがハワイの玄関口、ホノルル空港です!ハイッ」

 「やって来たぜ!!ハワァイィーーー!!」

 「YEAH!!」

 「寝起きでテンション高え…」

 

 私たちは、広い空港のど真ん中に立っていた。行き交う人たちはみんな旅行者で、そのほとんどは外国人だ。電光掲示板も、案内板も、全部アルファベット。聞こえてくるアナウンスや雑談も英語ばかり。肌で感じる空気が違う。私たちはようやく、ハワイにやってきた。

 

 「っしゃあ!!とうとう着いたぜハワイ!!おうてんちゃんよ!!こっからどうすんだ?海か?ビーチか?水着の女かぁ!!?」

 「まずはホテルへ参ります。まだこちらは朝の7:00を過ぎたところですので、あまりトバしすぎないようにしてくださいね。ハイッ」

 「確かにこの荷物を持って移動はできないっすね」

 「あちらにバスをご用意しておりますので、皆様ついて来てください。特にスニフ様と相模様ははぐれませんように」

 「ボクはだいじょぶですよ!いよさんの方がたいへんです!」

 「いよーっ!聞き捨てなりませんな!いよとてもう高校生でありますれば、異国の地に一人残されたとて何とでも成りましょう!スニフさんの様な子供こそ大変です!」

 「どっちもどっちだから早く来いよ」

 

 紺田さんの先導で、私たちは空港のバスターミナルに移動し始めた。スニフ君の大荷物は相変わらず鉄君が持ってあげて、相模さんはすぐに外国人観光客に写真をせがまれるから、城之内君と極さんと雷堂君がSPみたいに周りを固めて移動した。当の相模さんはそんなことに気付きもせず、外国の飾りやアルファベットが珍しいのか、空港のあちこちを眺めて目を輝かせていた。

 私もはぐれないようにしっかりついて行った。荒川さんはまだ気持ち悪そうにしてるのを、正地さんと皆桐君が支えてあげてた。下越君はレストランガイドがちっとも読めなくて、茅ヶ崎さんに読むのを手伝ってもらってる。

 

 「それでは皆様、参りましょう!バスにご乗車ください!ハイッ」

 

 空港のロータリーに停まっていたのは、希望ヶ峰学園のシンボルマークがラッピングされた観光バスだった。私たち17人のためだけにこんな大型のバスをチャーターできるなんて、一体どこからそんなお金が出て来てるんだろう。添乗員さんは紺田さんがやってるけどドライバーは現地の人っぽくて、紺田さんは英語でドライバーさんと話して荷物を積んで貰ってた。私たちの大荷物もバスのお腹に詰め込んで貰った。

 

 「ホテルまで長くはかかりませんので、少々お待ちください」

 「わくわくしてきた!ねえねえてんちゃん!ホテルにダーツバーとかあるのかな!たまちゃん久し振りにダーツやりたい!」

 「バーだとたまちゃん様はご入場いただけないかと」

 「こっちだと何歳から酒飲んでいいんだっけ?」

 「確か21歳だったな」

 「日本より厳しいじゃねえか!ちくしょう!堂々と晩酌してやろうと思ったのによ!」

 「堂々とっていうことは、下越くんいつもしてるの?」

 「鉄氏と須磨倉氏だったら21歳でも通用するんじゃあないかい?」

 「危ない橋は渡らないに限る…。修学旅行で羽目を外した愚か者の末路は…フフフ、想像するに心良い…」

 

 下越君の問題発言も気になるけど、荒川さんの言う通りわざわざ修学旅行でそんな危険を冒すことはないよね。お酒は確かに興味あるけど。

 

 「ところで皆様」

 

 バスが走り出して間もなく、紺田さんが神妙な声と面持ちで切り出した。急なテンションの変化に、私たちはみんな自然と耳を傾けた。

 

 「ホテルのお部屋割りの方ですが、一点皆様にご相談がありまして」

 「部屋割りとかあるんだ。てっきり大部屋で雑魚寝かと思ってた」

 「ハワイで雑魚寝したくねー」

 「今回の旅行では計4部屋とっておりまして、5人部屋が3つ、3人部屋が1つとなっております」

 「5人部屋が3つと3人部屋1つ…ん?ここには18人の人間がいるな?男も女も9人ずつ…」

 「Umm(あれ)?どうやってもわけらんないですよ」

 「はい。ホテルの方に何度も確認したのですが、お部屋はそれしかないとのことでした。私もいくつか通りの方法を試したのですが、どうしても“男女混合”のお部屋が1部屋出てしまいまして」

 「──!」

 

 後ろの方で誰かが椅子を鳴らした気配がする。たぶん城之内君だ。男女今後脳部屋が出るって…いやいやいや、そんなまさか、いくらなんでもそんなことは…。でもスニフ君がどうやっても分けられないって言うんだったら、たぶん無理なんだろう。頭の中で私もシミュレーションしてみるけど、やっぱりスニフ君の言う通りだった。

 

 「なにそれ!どうすんのよ!たまちゃん野郎と一緒の部屋なんかヤだよ!」

 「ですので、まず男女で分けてお部屋割りをお伝えします。女子の皆様は4−5に分かれて5人部屋でのご宿泊。男子の皆様は3−5−1と分かれて3人部屋5人部屋、あとのお一人は女子4人に混ざってのご宿泊となります」

 

 それを聞いた瞬間、男子たちの席がにわかに色めき立つのが分かった。

 

 「男子ひとりで女子の部屋…!?そ、そんな恐ろしいことになるのか…!?」

 「何言ってんだ鉄!うらやましいの間違いだろ!?マジかよてんちゃん!サイコーの旅行になりそうだなこりゃ!」

 「お前はぜってえ女子部屋行かせちゃダメなヤツだろ」

 「気持ちは分かるけどねえ」

 「ななな!何言ってるっすかてんちゃんさん!そういうのはまだ自分たちには早いっすから!いいいいいまからでも部屋とれたりとかないんすか!?」

 「騒ぐな凡俗共。ここは俺様が適役だろう。貴様らを女子部屋に投入して間違いが起きては困るからな」

 「そういうお前も間違いは起こしそうだけどな。もともと色々なことが間違ってるけども」

 「Nmm(うぅ)…」モジモジ

 「バカばっかだね。うちの男子」

 「あはは…」

 

 呆れ顔で茅ヶ崎さんが言う。修学旅行で男女が同じ部屋なんて、本当だったらあり得ないことなんだけどね。紺田さんが言うには部屋の変更や新しく予約するなんてこともできないらしくて、どうしてもその部屋割りになってしまうらしい。私は、男女が逆になるよりはいっか、くらいの気持ちで考えてた。

 

 「ですので、女子グループにまじる1名様を女子の皆様に決めていただこうかと。こういうのは信頼がないと成り立ちませんので」

 「さんせ〜♡」

 「まあ、変な人が来ちゃうよりはいいかもね…」

 「フフフ…選ぶ側で良かった。本当に良かった…」

 「いよっ?荒川さんは何を左様に深く胸をなで下ろしておりますので?」

 「こちらの紙にお名前を書いてお渡し下さい。角が立たないように秘密選挙制にします」

 「宣誓!オレ城之内大輔は、女子に一切手ェ出しません!だから選んでくれ!頼む!」

 「そういうこと言うから余計に選ばれなくなるんだよアンタ。黙って座っとけ」

 「ぐはっ!」

 

 スケッチブックから切り出した1枚を8つに千切って、紺田さんが女子みんなに渡す。男子が覗き見ないように見張っててもらい、紺田さんの帽子を容れ物代わりにして投票した。

 

 「それでは、票数の開示も無粋なので、結果のみ確認してお伝えしますね」

 「うおおおっ!!頼む!神よ…!オレの願いを聞き入れてくれ…!」

 「そんな下世話な願いを聞き入れる神はイヤだ。まあ…ちょっとドキドキするけど」

 「雷堂氏も好きだねえ」

 「バッ!?ちげ、バッ!?なに言っ…ちげーよ!」

 「お前ら恥ずかしくねえのかよ…。見てみろ、あそこの3人の視線。同じ男子とは思えない目してるぞ」

 

 須磨倉君が指さした先では、スニフ君と皆桐君と下越君が呆れと恥ずかしさと軽蔑の混じったじっとりとした目で城之内君たちを見ていた。城之内君の気持ちは分からないでもないけど、やっぱりあの3人の方が信頼できちゃうもんね。

 

 「ハイッ!結果が出ました。女子と一緒にお泊まりになるのは…」

 「こいっ!こいっ!」

 「満場一致でスニフ様です♬ハイッ」

 「チクショーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 「うるさい」

 「ぐほあっ!?」

 「わあああああああっ!!?城之内ィィイイイイイ!!?」

 「バックハンド・エルボーだ」

 

 当然の結果だった。下越君も皆桐君も安心だとは思ったけど、さすがにちょっとね。スニフ君ならまだ子供だから安心だし。でも私以外のみんなもそう考えてるなんてちょっと意外だったな。茅ヶ崎さんとか、雷堂君の名前書きそうだと思ったのに。

 一方で指名されたスニフ君は顔を真っ赤にして戸惑ってる。まだ小学生なのに、まったくおませさんなんだから。

 

 「ボ、ボクですかあ!?あうぅ…!」

 「わーいスニフ君とおんなじ部屋だー♬恥ずかしがっちゃってカーワイー♡」

 「はわわ…」

 「スニフくんなら安心だわ。ちゃんとお利口にしていられるわよね」

 「はあ」

 「では部屋割りですが、スニフ様と一緒のお部屋になる方はどのように決めましょう」

 「はいはいはーい♡マイムはスニフ君と一緒がいいー♬」

 「私も少年と同じ部屋にしてもらおう。女子部屋の雰囲気は…正直あまり得意ではないからな」

 「じゃあ私もスニフ君と一緒の部屋にしようかな」

 「私はスニフを出汁に男子が良からぬことを企てないよう、見張り役を兼ねてそちらの部屋に泊まろう」

 「おいおいなんだいスニフ氏。モテモテだねえ」

 「ヒューヒュー!」

 「///」

 「ではそれ以外の女子の皆様は、私と一緒ということで」

 「男子の部屋割りはどうする?3人部屋と5人部屋だったよな」

 「くじ引きでテキトーに決めっか。紺田からもらった予定(はこ)びじゃ、別に部屋にいるのなんて寝るときくらいだろ?」

 「そこが修学旅行で楽しいところだろ何言ってんだ須磨倉!正気か!?」

 「スケベに命懸けて神頼みまでしだすヤツに言われたくない」

 

 男子は男子で部屋割りを決めてた。女子チームはなんだかなんだであっさり決まったけど、スニフ君がひとりいるだけでこんな簡単に決まるなんて、もしかしてスニフ君ってモテるのかな?虚戈さんの愛情表現はなかなか危ない領域にいってる気もするけど。

 

 「ハイッ!皆様、そろそろ目的地のホテルが見えて参りましたよ!右手をご覧ください!」

 「おっ!どんなんだ!?」

 「民泊とかじゃねえの?」

 「飯が美味けりゃなんだっていいぜオレは」

 「一番高いのが中指でございます」

 「「ズコーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」」

 「お約束です。お付き合いいただきありがとうございます!ハイッ!では改めて。バスの左側をご覧くださいませ」

 

 バスがひっくり返るんじゃないかって勢いでみんながずっこけた。私もついノっちゃった。ハワイは島っていうだけあって、空港からバスを走らせると10分そこらであっという間に街中に出て、目的のホテルに着いた。目的地が近付いてくるにつれて、窓から見える景色は白い砂浜から高級そうな高層ホテルの数々に変わってきていた。期待がどんどん高まってくる。

 

 「Wow(わーお)!!ボクたちのStay(泊まる)するHotel(ホテル)ここにありますか!?GREAT(ヤッベエ)!!」

 「おいおいおいおい…マジかよ。こんなことだったらウチのチビたち連れてくりゃ良かった…。なあてんちゃんさ、ここの飯とかタッパに入れて空輸(はこ)んじゃダメか?」

 「そういったことはちょっと…ホテルレストランのレトルトなどをご購入されては?」

 「いやあ…うん、まあ正論だ」

 「…そう落ち込むな須磨倉。私が少しカンパしてやろう」

 「いーや!味覚えてオレが作ってやるよ!」

 「お前ら…!俺はいいダチ持ったなあ…!」

 

 明らかに肩を落とした須磨倉君に、極さんが優しい言葉をかける。さらに今度は下越君が元気付ける。須磨倉君は涙目になりながら二人を抱きしめようとして、極さんに関節極められてた。タッパに入れてって、タッパ持って来てるの?ハワイに?でも確かに、美味しいご飯が出てきそうなホテルだった。

 

 「ハイッ!到着でございます!みなさまロビーにてお待ちください!」

 

 ゆっくり停車したバスから降りて、ホテルの大きな自動ドアの前に立つ。青い空によく映える真っ白な壁。ところどころに走る金色の装飾はきらびやかなのに上品だ。植え込みの周りには枯れ葉一つ落ちてなくて、レンガ造りの道が公道からホテルの敷地内に延びていた。

 

 「いよおおおおおおっ!!?なんですかこれはああああああ!!」

 「はしゃぐな凡俗。これしきのホテルで」

 「そう言いながら早足になってんよアンタ」

 「ここロビーだろ!?なんで噴水があるんだよ!?」

 「エレベーターがスケスケよ…上から降りるとき怖いかも…」

 「The big chandelier(超デカいシャンデリア)!!Golden statue(黄金の像)!!ここはDream()ですか!?」

 「修学旅行で来るレベルを超えてないかい…?なんでこんなホテルに泊まれるんだい?」

 「こなたがラッキーだったからだよねー♬ありがとこなた♡ちゅっ♡」

 「サンキューな研前!」

 「い、いやあ…それほどでもないよ…」

 

 ロビーに一歩入った瞬間に、みんなのテンションが一気に上がったのを感じた。あまりの豪華さに須磨倉君は豪華酔いしたみたいでふらふらしてるし、相模さんは今までにないくらい目を丸くしてた。極さんや鉄君も口をポカンと開けて、私たちはロビーの真ん中でぽつんと立っているだけだった。すぐに後からやってきた紺田さんが、私たちの前に立ってにこっと笑った。

 

 「ハイッ、注目です。こちらがこの度、皆様がご宿泊される、『ホテル ベ・ラボータ・ケーナ』でございます。中でも皆様のお部屋は、高層フロアのファミリースイートでございます」

 「ファミリースイート…高層フロア…?なんだそれは。いつの間に私たちはセレブの仲間入りをしたんだ…?」

 「お部屋にもシャワールームはございますが、ホテル内に温泉やスパがございます。プールにトレーニングジム、ボウリング場やダーツ・ビリヤードなどができる遊技場、地下にはカジノと映画館があり、中層にはコンサートホールや図書館などのスロウアクティビティ施設もございます。また、ホテル内に飾られた絵画や彫刻はどれも各国の巨匠によるマスターピースばかり。もちろん、グランドフロアのレストランで腕を振るうのは三ツ星シェフばかりです」

 「至れり尽くされ過ぎて逆に怖えわ!!なんだよここ!?どういうテンションで泊まればいいんだよ!?」

 「こ、こここ、こんなところろろろろろろ!?泊まっていいんすかあ!?自分みたいなもんが…うおおおおおおおんっ!!研前さん!!ありがとうございます!!このご恩は一生忘れないっす!!」

 「大袈裟だってみんな…」

 「絶対お前のリアクションの薄さの方がおかしいからな」

 「それでは皆様、お部屋に参りましょう」

 


 

 シーン6.『お部屋チェーック!』

 紺田さんの案内で、私たちはホテルの奥に進んだ。フロントでは城之内君とスニフ君が紺田さんの手伝いをして、スムーズにチェックインしてくれた。やっぱり外国だとこの二人は頼りになる。雷堂君と星砂君も英語はちょっと喋れるって言ってたのに、いざ現地で話す機会がくると大人しくなっちゃう。頼りないんだから、もう。

 エレベーターの中はこれでもかってくらいゴージャスを詰め込んだような内装で、ピカピカに磨かれた金色の壁に私たち全員の姿が映ってる。音もなく、だけど一気に上昇したせいで耳の奥がツンとなるあれがやってきた。

 

 「耳が痛いよー×」

 「あーん!耳がいたいですよー!」

 「耳抜きするといいっすよ!こうやって鼻をつまんで、フンッてやるんす!」

 「フンッ♂」

 「言うんじゃなくて、鼻から息を出すのよ」

 「ン〜〜〜!あ!治った♬治ったよー♬」

 「飛行機ではならなかったのかこいつら…!?」

 「というか、これどこまで上がるんだ…?耳抜きが必要なほど高層ってことだよな?」

 「到着でございます」

 

 かすかな浮遊感。音もなくドアが開くと、一気に太陽光が入り込んできた。正面に広がるのは、まさに南の楽園の景色だった。キラキラ光る青い海がどこまでも広がっていた。白い砂浜ときらびやかなホテル群、そして山と木々が繊細な色合いで島を覆っている。小さく動いているのはきっと私たちと同じ観光客たちだ。まだこっちは朝だから、これからこの島は動き出すんだと思うと、なんだかわくわくしてくる。

 

 「すっげええええええええっ!!!これ現実か!!?夢か!!?」

 「いよっ」

 「いだだだだだだっ!!?なんだよ相模!!」

 「城之内さんが、此の南禅寺から見る春の眺めも斯くやの絶景を夢と疑われていたので、紛うことなき現実であるとお教えしようかと」

 「おいそこ、いちゃつくなよ」

 「いちゃついてねえよ!!」

 「このフロアはファミリースイートのみなので、貸し切り状態です。お部屋の配置はこのようになっております。皆様、お荷物を置いて、またこちらのエレベーターホールに集合くださいませ」

 

 紺田さんがそう言うと、ホールのガラス窓にへばり付いていたみんながひとり、またひとりと離れて部屋に向かって行った。そっちもすごく気になる。荷物も多いから、一旦降ろしたい気分だったから私も部屋に向かった。えっと、ルームメイトは極さんと虚戈さんと荒川さんとスニフ君だ。なんだかすごく個性的な人が集まっちゃった気がするなあ。

 部屋のドアを開けると、まず現れたのはゆったりとしたリビングルームだった。ガラスのローテーブルの周りにはふかふかのソファやひじ掛け椅子が設置されていて、奥には全面ガラス張りの窓が部屋とテラスを仕切っていた。そのテラスからの景色は、エレベーターホールより一層キレイだった。きっと他の島も見える角度だからだ。

 

 「うわ…!すごっ…!」

 「マイムおトイレいくー×あれ?ここトイレ?トイレだ!ひろっ!?おふろもあるよー♡」

 「ダイニングテーブルとキッチン、食料庫まであるのか…」

 「景色を眺めながら入れるジャグジー…100インチのテレビモニター…照明つきのシーリングファン…寝室には間接照明とアロマキャンドルか…フフフ。映え殺されそうだ」

 「なんだその頭の悪そうな死因は」

 「うぅ…」

 「見てみてスニフ君!景色すっごくきれいだよ!」

 「恥ずかしがっているのか?フフフ…そんな必要はない。私たちは全員、少年と同じ部屋になることを自ら志願した者たちだ。せっかくの豪華なこの旅行、楽しまねば損というものだろう」

 「そういうことじゃないと思うんですけど…」

 「マイムはスニフ君とおんなじベッドでねるもんねー♬スニフ君子供体温で温かいから湯たんぽがわり♡」

 「うええっ!?そ、それはあ!」

 「ベッドは1人1つだ。そういうことをしないために私はこっちの部屋に来たのだ」

 「ベッドルームも二部屋あるのか。3人と2人、ふむ…」

 

 スニフ君は自分の荷物を抱えたまま部屋に入ってすぐのところでモジモジしてた。やっぱり女の子のグループに入るのは恥ずかしいのかな。取りあえず紺田さんが待ってることだし、簡単に荷下ろししておきたいけど、ベッドルームの割り振りをどうするのか相談になった。虚戈さんがスニフ君と2人部屋になりたいと言いだしたけど、さすがにそれはNGが出た。

 

 「虚戈は私と同じ部屋にしてもらうぞ。あとの3人で向こうの部屋を使うといい」

 「うえーん☂なんでそんないじわるするのさー×」

 「以前から思っていたが、お前のスニフに対する態度は愛玩の域を超えている。2人部屋など言語道断だ」

 「ゴンゴドーダンってなんですか?」

 「とにかくダメってことだよ。私も賛成かな。いくらスニフ君だからって、2人部屋に男の子と一緒にはちょっと…ね。そういうのはスニフ君には早いよ」

 「そういうのってなんですか?」

 「そういうのはそういうのだよ」

 「うむ。少年の貞操がこんな形で奪われては、教育によくない」

 「テイソーってなんですか?」

 「ダイソーだよ」

 「みんなマイムのことなんだと思ってるのさー!怒っちゃうぞー!」

 

 虚戈さんは最後までぶーぶー言ってたけど、極さんに抵抗できるはずもなくあっさり連行された。私とスニフ君と荒川さんで3人部屋のベッドルームを使って、スニフ君が真ん中、私と荒川さんで端っこを使うことにした。荷物を広げて、ケータイの充電器をコンセントに繋いで準備OKだ。これから気温が高くなるだろうから、ローファーからデザインヒールに履き替えて帽子も出す。これで取りあえずお出かけ準備完了だ。

 

 「スニフ君と荒川さんも準備できた?」

 「はい!ボクGlass(サングラス)もってきました!Aloha shirt(アロハシャツ)もあります!どうですか?」

 「うん、似合う似合う。かわいいよ」

 「やはりモンゴロイドよりアングロサクソンの方がこういう格好が似合うのだな」

 「ふふーん!」

 「ねえねえ早く行こーよ…きゃーっ♡スニフ君かわいい♡なにそれー♬」

 「むぎゅう」

 「少し目を離すとすぐこれだ。お前たちも準備できたなら行くぞ」

 「はーい」

 

 極さんはいつもの厚手の服から、ラフで軽やかな服に着替えてた。サングラスをかけると大人の女性って感じがしてかっこいい。虚戈さんはやっぱり派手な服装だけど、半袖でシルクハットの飾がハイビスカスに変わってた。荒川さんもさすがに白衣にはなってなくて、落ち着いた色のワンピースに着替えていつもと雰囲気がガラッと変わってた。あと水着を入れたバッグも持ってる。みんなせっかくの機会だからいつもと違う格好したいんだね。

 エレベーターホールでは男子みんなと紺田さんが私たちを待ってた。自分の荷物はもう運び込んで、荷ほどきも終わったらしい。服装もさっきまでより軽装になってて、手荷物も少ない。旅行慣れしてるし、手際がいいんだなあ。男子は着替えもそこそこに、適当に荷物を広げて戻って来たらしい。

 

 「ハイッ、それでは皆様揃いましたね!それではこの後のスケジュールを発表いたします!まずはパンケーキレストランで朝食を摂りまして、その後はビーチで海水浴です!みなさま水着はご準備いただいてますか?」

 「はーい!」

 「うひょー!ビーチだ!水着だ!おいスニフ!ナンパ行くぞ!」

 「Wow(わーお)Nampa(ナンパ)!」

 「スニフにヘンなこと教えるんじゃねえよ。てかガキんちょ連れてたら口説(はこ)べるもんも口説(はこ)べねえぞ!」

 「ガキんちょじゃないです!たのしそうだからボクもNampa(ナンパ)行きたいです!」

 「スニフ君。そういうのはよくないと思うよ」

 「ダイスケさん!Nampa(ナンパ)なんてサイテーです!」

 「どっちだよ!」

 「もうたまちゃんお腹空いたよー!早くご飯食べに行こうよー!」

 「自分ももうペコペコっす!」

 「ホテルからすぐですので、歩いて参りましょう。ハイッ」

 

 到着したエレベーターに乗って、私たちは地上まで下りて行った。いよいよこれから本格的にハワイ旅行が始まるんだって思ったら、なんだかわくわくしてきた。どんな旅行になるか楽しみな気持ちもあるけど、私もなんだかお腹空いてきちゃった。ハワイのパンケーキが楽しみすぎて、お腹がぐうと鳴った。誰にも聞かれてないといいな。




一応やることは決めてありますけど、ハワイはこんないいところがあるよ!って方は活動報告のコメントで教えていただけるとありがたいです。
感想欄で意見を募ったりアンケート行為をするのは規約に引っかかる場合があるとのことなので、そちらはご遠慮ください。くれぐれも。


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1日目編

シーン7『ハワイの朝はパンケーキ!』

 紺田さんの案内がスムーズとはいえ、うちのクラスは何かと騒がしくてとにかく団体行動に向いてないと思う。だからホテルからパンケーキ屋さんまではあるいてそんなに距離はないのに、その間に皆桐君がホテルに忘れ物を取りに行ったり、荒川さんが陽射しに当てられたり、相模さんと鉄君がやたらと現地の人に声をかけられたり、時間がかかった。その度に紺田さんは笑顔で対処してくれて、さすがは“超高校級”だと思った。

 パンケーキ屋さんは海沿いの大通りに面していて、おいしそうなパンケーキのイラストと弾むようなフォントの看板に、柱から床から天井から何もかもが明るい緑にペイントされてるのが特徴的だった。席は、ストリート越しにビーチと海が眺められる広いテラス席と、おしゃれな壁紙と活気のある雰囲気、そして何より涼しい店内席に分かれていた。紺田さんがテラス席を貸し切り予約してくれてたみたいで、18人の大所帯でもすんなり通してくれた。二人掛けのテーブルが9組。なんだかすごい光景だ。

 

 「ハイッ!皆様、こちらメニューになります。お好きなパンケーキをご注文くださいね。ドリンクもセットでついてきます」

 「紺田さん、これ何枚頼んでもいいの?」

 「いや研前ちゃん。回転すしじゃないんだから」

 「座席の都合で、2皿まででお願いします。もちろん、完食できる分だけをですが」

 「むむむ…英語ばっかでどれがなんだかさっぱり分からねえ…。これなんだ?」

 「Honey&Creamだろ。さすがに読めろよ」

 「ボクOrder(注文)とりますよ。みなさんおしえてください」

 「ううん。写真がないからどんなサイズなのか分からないからねえ。油断したら痛い目みそうだよお」

 「俺様はWaffle fruits & Ice cream tripleにHot coffeeをつけてもらおうか」

 「さっそく痛い目をみる人がひとり確定したっすよ!?トリプルなんかはいらないっすよ絶対!?」

 「英語のとこだけ発音良いのが癪に障るな」

 「お、俺はベーコンアンドエッグのシングルにしておく。飲み物は牛乳で」

 「甘くないものもあるのか。紺田、はちみつがかかってないのはどれか分かるか?」

 「ねえたまちゃん。せっかくだから二人で大きいの頼みましょうよ」

 「いいよ♬余ったの正地お姉ちゃんが全部食べてくれるならね」

 

 普通のプレーンパンケーキ以外にも、チョコや酢鳥ベリーみたいな味付きのパンケーキ、あとはワッフルやクレープにも変更できるし、トッピングはフルーツ、チョコソース、アイスに生クリーム、ベーコン、目玉焼き、キャベツにステーキなんてのもある。枚数も3枚まで増やせるんだ。ドリンクメニューも豊富で、たった一枚のメニュー表なのに注文のしかたは自由自在だ。全部試したくなっちゃうけど、紺田さんに2皿までって言われたし悩むなあ…。

 

 「研前ちゃん、決めた?あたしはもう決めたけど…」

 「う〜ん…ねえ茅ヶ崎さん」

 「うん?」

 「茅ヶ崎さんの1皿もらっていい?」

 「え゛…研前ちゃん、機内食も2人前食べてたじゃん…」

 「昨日の夜のことでしょ。もう朝だしお腹空いちゃったんだもん」

 「別にいいけどさ…」

 「うん!じゃあ決まり!すいません…あっ、エクスキューズミー!」

 

 目をぱちくりさせる茅ヶ崎さんに構わず、私は店員さんを呼んで注文した。他のテーブルのみんなもそれぞれ注文してたみたいだけど、私のときだけ店員さんが大袈裟にリアクションしてた。やっぱり外国の人たちは明るいな。茅ヶ崎さんはちょっとだけ恥ずかしそうにしてたけど。

 

 「それにしても、茅ヶ崎さんの恰好かなり大胆だよね。オフの日はいつもそんな感じなの?」

 「まあ…海いるときはね。今日も海行くんだし、ハワイだったら別にアリかなって」

 「おいおい茅ヶ崎よぉ!んなエロいかっこしてたらその辺のヤツが黙ってねえぜ!?こっちはグイグイくるヤツ多いんだからよ!」

 「アンタが言うと説得力あるね。まあ、忠告として受け取っておくけど」

 

 小さいテーブルで茅ヶ崎さんと膝をつき合わせると、正直目のやり場に困る。今日の茅ヶ崎さんはそんな恰好だ。下は紫色のジャージでデザインサンダルを履いてるラフな恰好。上はビキニを着て、その上から派手な黄色のパーカーを羽織ってるだけだ。それもかなり生地が薄いヤツ。海辺だったらおかしくないけど、これで街中やホテルを歩けるのは、神経が図太いというかなんというか…。健康的に日焼けした肌だし、メリハリのある体型してるから、なんかこう…朝から見るには刺激的すぎると言うか。

 

 「ほとんどすっぱだかだよねー♡」

 「いよーっ!旅の恥はかき捨てなんてぇ事を昔の人は仰いましたが、裸体の恥はかき捨てるに余るかといよは存じます!」

 「裸じゃない!ちゃんと下に水着着てるから!」

 「やめろ茅ヶ崎。写真を撮られているぞ」

 

 テラス席だからストリートから私たちの話し声がよく聞こえるみたい。ハワイでも茅ヶ崎さんの恰好はかなり珍しいみたいで、通りすがりの陽気な男の人が茅ヶ崎さんを写真に撮ってた。極さんに忠告されて、茅ヶ崎さんは真っ赤になってパーカーの前を閉めた。そんなに恥ずかしがるなら着てこなければいいのに。

 パンケーキより先にセットで注文したドリンクが出てきた。私はトロピカルスムージーで、茅ヶ崎さんはラテだ。熱い陽射しの下で飲むひえひえシャリシャリのスムージーは格別においしい。パイナップルやアセロラなんかの南国フルーツの味が舌から喉まで染み渡るようで、見た目もカラフルで可愛いし、これ選んで大正解だった。しばらくして順番にパンケーキも届いた。私のところだけ台車に乗せて3皿持って来てくれた。

 1皿目はベーコン&スクランブルエッグ&チーズ&ソーセージにグリルソースをかけたワッフルダブルサイズ。香ばしい湯気が鼻をくすぐってお腹をぐうぐう鳴らす。ベーコンやソーセージから漏れ出した肉汁をワッフルの生地が吸って、ジューシーなのにしつこくなくて食べやすい。シンプルな塩味に仕上がったふわふわのスクランブルエッグと濃厚なコクと風味の強いとろとろチーズが、味や食感に変化を付けてボリューミーなのに飽きが来ない。気付いたら最後の一口になってた。

 

 「はふっ、はふっ。あっつあっつ。おいしいよこれ!」

 

 2皿目はフルーツ十種盛りにビターチョコスプレーをまぶしたミルクパンケーキのダブルサイズ。イチゴにオレンジにバナナにサクランボ、新鮮で見た目にも瑞々しいフルーツが山盛りになってて、素朴ながらもミルクの甘みをほのかに感じるパンケーキ生地との相性が抜群にいい。ビターチョコスプレーのほろ苦さがパンケーキの味を一層引き立ててる。これだけでもいけちゃうくらい。パンケーキの間にフルーツを挟んで食べると、なんだかすごい贅沢をしてる気分になる。あっという間になくなっちゃった。

 

 「すっごいこれ…!クセになりそう…!」

 

 3皿目は生クリームトルネード&レモンフレーバーアイスダブルをキャラメルソースでデコレーション舌プレーンパンケーキのトリプル。積み上がったパンケーキから生クリームの竜巻があがってるような見た目のインパクトもさることながら、てっぺんにちょこんと乗ったミントの葉やパンケーキの熱で溶け出したアイスが三段重ねのパンケーキを流れ落ちていく様が、見て楽しめる1皿にしてる。生クリームにキャラメルソース、プレーンパンケーキっていう王道の組み合わせだけに、一口頬張れば幸せの味が口いっぱいに広がる。ほどよい甘さ、ほどよい固さの生クリームの風味が鼻に抜けて、キャラメルソースの甘苦医味がバターテイストのパンケーキと絡み合って奇跡のマリアージュを生み出している。ザ・パンケーキって感じ!実はこれハワイに来る前からずっと食べたいと思ってたんだ!

 

 「ん〜〜〜♡しあわせ〜〜〜♡」

 

 最後の一口が名残惜しいけど、それでも口に運ばずにはいられないおいしさだった。きれいに食べてスムージーも飲み干したあとは、口を拭いて一言。

 

 「ごちそうさまでした♬」

 「ひ、久し振りに見るとすごい迫力ね…研前さんの本気の食事…」

 「いい食べっぷりじゃねえか研前!ここのパンケーキマジで美味いもんな!」

 「あのほっせえ体のどこに嚥下(はこ)んでんだマジで…」

 「こなたさんがしあわせそうでなによりです」

 「なんか自分、研前さんのお食事見てたら泣けてきたっす…」

 「おいまたギャラリー増えてんぞ」

 「へ?うわっ!ど、どうしたのこの人たち?有名人でも来てるの?」

 「来てるっていうか、今まさに発見されたって感じかな…」

 

 3皿目を食べおわって気付いたけど、さっき茅ヶ崎さんが上着を脱いだときよりももっとたくさんの人たちがスマホを持ってテラス席に寄ってきてた。ストリート側どころか、お店の中のお客さんや店員さんまでなんだか興奮してるみたいで、私が小さく手を振るとあちこちで歓声が上がった。希望ヶ峰学園に入学が決まったときに高校の朝礼でスピーチさせられたけど、そのときよりも盛り上がってた。なんだか照れちゃうな。そして帰国した後、SNSでこのときの私の動画がとんでもなく拡散されてたのはまた別のお話。

 みんなは私が3皿食べてる間に自分の分を食べおわってたみたい(星砂君は青い顔をしていた)で、紺田さんにお会計をお願いして私たちはそそくさとお店を出た。ちなみにこの旅行は希望ヶ峰学園が紺田さんの“才能”を伸ばすカリキュラムの一環として企画したものでもあるから、旅行中のホテル代や食事代は全部学園が負担してくれるらしい。せっかくだから食後のスープにクラムチャウダーでも頼んでおけばよかったかな。そう呟いたら、鉄君がすごい顔で私を見てきた。セコいと思われちゃったかな。

 


 

シーン8『ワイキキビーチ!!!!!』

 「ハイッ、皆様。こちらが世界的に有名なハワイ随一のレジャースポット──」

 「「ワイキキビーチだーーー!!!」」

 

 熱い陽射しに抜けるような青い空。漂う雲と風に揺れるヤシの木。どこまでも続く砂は波打ち寄せる波の音。ここがかの有名なワイキキビーチ!あちこちに観光客らしき人たちが海で遊んでる姿が目に入る。パラソルを広げたりビーチチェアに寝そべってトロピカルジュースを飲んだり、シートに寝そべって日焼けしてる人もいる。外国の人たちはみんな水着姿が絵になるなあ。私じゃあちょっと恥ずかしいかも…。

 

 「いや〜!やっぱ外国はいいよな!日本人とは比べものにならねえぜ!何がとは言わねえがナニがとは!」

 「ゲスめ」

 「男だってあんたらみたいなモヤシより、逞しくてかっこいい人たち多いもん」

 「むきむきマッチョマ〜ン♂マイムはスマートな人の方が好きだけどなあ♡」

 「待て皆桐。波打ち際を走ろうとするな。まだだ」

 「うずうず!」

 「午前中はビーチで自由行動になります。ビーチ周辺なら海に入るなりビーチに留まるなりご自由にしていただけますが、ビーチから出るのはご遠慮ください。コンビニなどに行くときは必ず私、てんちゃんまでお声かけを」

 「「はーい!!」」

 「っしゃー!ナンパ行くヤツこの指とまれ!」

 「ふんっ!」

 「ごああああっ!!?」

 「せいっ」

 「あごしっ!?あだだああだあだだだだだだだだだだあだあだだだだだ!!!」

 「な、なんて素早い腕ひしぎ十字だ…!俺様でなければ見逃していた…!」

 「残りの日数を病院で過ごしたいか。あるいは今晩帰国するか?」

 「わかったわかったわかったたたたたたたたたた!!!」

 「楽しそうだねえ」

 

 城之内君が高々と指を掲げたと思ったら、次の瞬間には極さんとくんずほぐれつになって地面に倒れていた。どこがどう痛いのかよく分からないけど、とにっかうものすごく痛いらしい。冗談だと思ってたけど、この感じだと本気でナンパに行くつもりだったんだ、城之内君。なんかもう、逆にすごいね。

 結局、ナンパをあきらめた城之内君と須磨倉君と鉄君がパラソルとビーチチェアと遊び道具をいくつか借りてきてくれて、ビーチに拠点を作ってから本格的に遊ぶことにした。城之内君は性懲りもなく日焼け止めオイルに手を伸ばそうとしたところを、今度は極さんにまたがられてヘンな技をかけられてた。

 

 「逆エビ固めだ」

 「アポォ」

 

 結局、オイルは一番上手な正地さんに塗ってもらうことにした。下越君はビーチに来てからずっとそわそわして、逃げ込むように海に突撃していった。それを見た皆桐君と虚戈さんとスニフ君も、待ちきれなくなってオイルを塗る前に海に飛び込んじゃった。茅ヶ崎さんもホテルのサービスで持って来てもらったサーフボードを持ってうずうずしてたから、先にオイルを塗ってもらって波に繰り出していった。私もちょっと遊ぼうかな。

 


 

 ばしゃばしゃ波をかけあったり、砂まみれになってべたべたになるなんて、たまちゃんには似合わないもんね。誰かが借りてきたおっきい浮き輪を浮かべて、両手両脚を投げ出してぷかぷか波に浮かぶ。陽射しはちょっと熱いけど、海の冷たさとか心地よい風のおかげでつらくない。耳に入るのは波が浜に打ち付ける音と耳元で小さな波がちゃぷちゃぷする音だけ。優雅にハワイの海をただようなんて、たまちゃんも来るところまで来たって感じだよね。セレブっぽい。空多角ではカモメがクゥクゥ鳴きながら旋回して、たまちゃんの上に影を落とす。

 

 「はあ〜、気持ちいい…」

 

 今このハワイの海のすべてが、たまちゃんを癒すためだけに存在しているような満足感に包まれる。普段からぶりっ子キャラやってキモオタ共に媚びたり、生意気なガキんちょや偉そうなじじババ相手に愛想良くしてるんだから、これくらいのご褒美があって然るべきだよね。むしろ今までなんでなかったのかが不思議なくらい。みんなは2泊3日で帰るけど、たまちゃんだけもうちょっと残ろうかな。事務所に電話すれば滞在費くらいなんとかしてくれるだろうし、マネージャーに指示すればスケジュールだって空けさせられるし。はーホント、あたしってまさに成功者って感じ…。

 

 「ファイヤー!っていうかウォーター!」

 「Firrrrrrrre(撃てェーーー)!!」

 「ぶばーーーっ!!?」

 

 っはあ!!?いきなりナニ!!?てか鼻いった!!海水入った海水!!しょっぺ!!何もう!!?あークッソ!!誰だっていうか今の声でもう分かるわ!!

 

 「Enemy defeated(敵兵撃破)です!マイムCaptain(隊長)!」

 「よくやったスニフ二等兵♬このハワイの海はマイムたちの制圧下におかれた☆そんじゃまお次はビーチに侵攻だー♡」

 「Sir(サー), yes sir(イエッサー)!」

 「おいコラァ!!そこのガキふたり!!何すんのよ!!」

 「わー×たまちゃんが怒ったー×」

 「わっ!わっ!マイムさんおいてかないでくださいよぅ!」

 「待てぃ!!」

 

 アホみたいなコントしてると思ったら、ふたりとも水鉄砲と水中ゴーグルで軍隊ごっこしてる。誰が敵兵だ!人がのんびりしてるとこに集中攻撃してきやがって!ただのゲリラじゃねーか!

 

 「ハワイの海に沈めてやらあ!!」

 「きゃーっ♡ミッドウェ…っぷわ×」

 「うひゃーっ!!あぶぶぶぶぶ…!」

 「おんどりゃーーー!!」

 

 その辺に浮いてたビート板で思いっきりでかい波作ってふたりにぶつける。虚戈はなんか喜んでるけどスニフ君はあっという間に沈んでいった。あのピンク色がきゃっきゃ喜んでるのが気にくわないから追撃する。

 

 「沈みなさい!」

 「ひえ〜×」

 


 

 「ぶくぶく…」

 

 マイムさんとNavy(海軍)ごっこしてたら、たまちゃんさんにおこられた。僕はあわてて海の中ににげたけど、マイムさんはにげおくれてたまちゃんさんにおいかけられてどっか行っちゃった。Goggles(ゴーグル)つけててよかった。

 

 「Wow(あっ)!」

 

 さすがHawaii(ハワイ)の海はとってもClear(透明)で、浅いところだからBottom of sea(海底)もよく見える。僕は下の方までもぐれないけど、ハルトさんたちが何かしてるのが見えた。なんだかCoral(サンゴ)とかRocky area(岩場)のあたりをごそごそして、そのうちテルジさんがあがってきた。

 

 「ぶはーっ!っしゃあ!獲ったどー!」

 「Wow(うわーっ)!テルジさんなんですかそれ!」

 「サザエだ!なかなかいいデカさがじゃねえか!炙って醤油つけるだけで最高だぜこれ!」

 「これ食べられるんですか?」

 「外国でだって貝食べるだろ。っていうかカタツムリだって食べるだろ。似たようなもんだ」

 「それと見ろ。こっちはワカメだ。新鮮だから味噌汁よりもサラダだな!レモン系のドレッシングなんかかけたらしゃきしゃきでうっめえぞ!」

 「ほあ」(・q・)(ジュルリ)

 

 そしたら今度はアクトさんが上がって来た。また手に何か持ってる。

 

 「獲ったどーー!!」

 「Aaaah(ぎゃーっ)!アクトそれそれなんですか!?」

 「あ!スニフさんいたっすか!見てくださいよこれ!カニっすよ!でっかいでしょう?」

 「Crab(カニ)って…なんでHawaii(ハワイ)にそんなおっきいのいるんですかあ?」

 「さあ…あそこの岩場をごそごそしてたんすよ」

 「カニかあ。新鮮だけどあったけえ海だと身が締まってねえから、ここは味噌と身を使って焼きでいくのがいいな!バターとチーズでカニグラタン!うめえぞ!」

 「へあ」(・q・)(ジュルリ)

 

 なんて言ってたら次はハルトさんが上がって来た。今度は何をとってきたんだろう。

 

 「獲っっったどーーー!!!」

 「どわーっ!?なんか色々持って来たーーー!!」

 「もはや漁じゃないっすか!いつの間に網袋なんか用意してたんすか!?」

 「見ろお前ら!俺が漁業(はこ)んだ成果!」

 「Yikes(うひょー)Octopus(タコ)Lobster(ロブスター)!」

 「なんだそのでっけえ貝!?」

 「シャコ貝だな。引っぺがすの苦労したぜ」

 「大漁も大漁じゃないっすか!!くうぅ…!カニ一匹獲るぐらいしか息が続かないなんて…!自分、不甲斐ないっす!うおおおおおおおんっ!!」

 「泣くな泣くな。海水と涙が混ざるだろ」

 「シャコ貝ってのはどうやって食べたらいいんだ?まあ貝だし、取りあえず網焼きにしてバター醤油か。タコもロブスターもやりようはいくらでもあるからな!腕が鳴るぜ!」

 「ふあ」(・q・)(ジュルリ)

 「うーし!今日の昼飯はこいつらで決まりだ!頼むぜ下越!」

 「任せとけ!顎はずれるくらい美味いハワイアン海鮮作ってやんよ!」

 「楽しみっすね!でも18人もいるんすよ。これだけじゃ足らないっすよ。もっともっと獲るっすか?」

 「だったら本格的に道具とか準備(はこ)んでこねえとだな。一旦浜にあがろうぜ」

 「おいスニフ、これ持って行くの手伝え」

 「はーい」

 

 ハルトさんたちがとってきたたくさんの海の幸を持って、僕たちは一旦Beach(浜辺)に戻った。Beach(浜辺)ではてんちゃんさんたちがおっきいParasol(パラソル)の下で休んでた。きっとこれみたらおどろくぞ、とおもって、テルジさんのとってきたサザエをもってかけてった。

 

 「てんちゃんさん!見てくださいこれ!サザエですよサザエ!」

 「あら、スニフさん。おっきいですね。どうされたんですかそれ」

 「Bottom of sea(海底)にあったのもってきました!」

 「いや獲ったのオレだぞそれ」

 「おーい、見ろよお前ら!」

 「ずいぶんな成果だな。全部お前たちが獲ってきたのか?」

 「へへーん!どうっすかこれ!大漁っすよ!ハワイの海はきれいっすからね!取り放題っすよ!」

 「これでLunch(お昼ご飯)にしましょう!」

 

 Beach chair(ビーチチェア)にすわってBook()をよみながらDrink(ドリンク)を飲むレイカさんが、Glasses(サングラス)を外しておどろいたかおをしてた。とってきたOctopus(タコ)はまだうねうねしてボクの足につかまってきそうだし、Lobster(ロブスター)のひげがちろちろしてる。それをみたてんちゃんさんはちょっと困ったかおをしてから言った。

 

 「私の説明不足で申し訳ないのですが…」

 「ん?なんだよ?」

 「これ密漁です」

 「「…あ゛っ!!」」

 「みつりょー?」

 「要するに泥棒のようなことだ」

 「Whaaat's(なんですとぉ)!?」

 「なので、元あった場所にお戻しくださいませ。ハイッ」

 「うおおおおおんっ!!気付いてなかったんす!!悪気があったわけじゃないんす!!許してほしいっす!!ごめんなさいいいいいいいいっ!!」

 「うるせえな!!海に返せばいいんだろ。ちぇっ、絶対うまいのになこいつら」

 「法律ですので」

 

 せっかくハルトさんたちがとってきたけど、このままじゃThief(泥棒)になっちゃう。Hawaii(ハワイ)にきてJail(豚箱)なんか行きたくないから、もってたサザエを海にむかって思いっきりなげすてた。そしたら、たべものをそまつにするなってテルジさんにおこられた。たべられないのに。

 


 

 穏やかな海面に角が立ち始める。緩やかな波が次第に大きくなって、あっという間に背丈を超える。逆巻く水しぶきを背中に浴びながら水の斜面にボードを滑らせると、波の勢いに合わせて動き出す。

 

 「よっ」

 

 軽く重心移動しつつ、波の動きに合わせてボードの先を波と並行に合わせる。くねくね蛇行しながら波を駆け上ったり一気に駆け下りたり、激しく水しぶきを立てて跳んだり、波の下をくぐったり。一瞬一瞬で波の特性を見極めて、どうすればクリアできるかを判断する。

 

 「!」

 

 ひときわ大きな波が来た。見上げるほどの大波だ。迫ってくる水の壁を見ると心臓が早鐘を打つ。まずは勢いに∴波に乗る。チャンスは一瞬。白く水煙をまとった波の角が降ってくる。波面と波の角の間に、ボードを滑り込ませた。

 

 「キタァッ!!グリーンルーム!!」

 

 昇る波と落ちる波の隙間。陽の光を受けて水がエメラルドグリーンに輝く特等席。ボードと一体になるほど体をかがめて、一気に加速する。ほほにかかる冷たい海水のしぶき。一緒に駆け抜ける爽快な風。耳に心地よい水がはじける音。まぶしいくらいの太陽。今この瞬間、波の全部をこの身で感じてる。めちゃくちゃ気持ちよい!!サイコー!!

 

 「あ〜〜〜!チョーきもちい!ワイキキビーチ最高!」

 

 ビーチに近付くと勢いを失ったボードが緩やかに陸に乗り上げる。空のてっぺんにある太陽と足下の砂から照り返しでじりじり肌が焼ける感覚にすら、今は気持ち良さを覚える。ものすごくいい気分。思いっきり強い炭酸のソーダ飲んで体の内側もリフレッシュしたい気分。

 

 「Hello(よう), mermaid(そこのお嬢ちゃん)〜!Yo, cool board,(イカしたボード) huh(じゃん)?」

 「Exactly(ほんとほんと)!」

 「へ?なに?だれ?」

 

 いきなり英語で話しかけられてテンパった。ちょっと年上かなってくらいの外国人の男の二人組が、目の前に立ってた。距離がやけに近いのは、文化の違いとかってレベルじゃないよね…?一応、なんかほめられてる?

 

 「Came for a surf(サーフィンしに来たの)Say(てか), where ya from(どっから来たの), sis?I’m Timothy by the way(オレ、ティモシーね。なにちゃん)?」

 「Philip here(フィリップだよ〜)Whatcha name(知りたいな〜) ?」

 「え、ちょっ、ねえちょっと待ってよ。ウェイトウェイト。ア、アイキャントスピークイングリッシュだから!」

 「Man(おっ), you speak English(英語話せるじゃん) !」

 「Awesome(これイケるぜ)!」

 「なになにわけわかんないから!あっち行ってよ!」

 「Yo, we were goin’ to grab some snacks(ちょうど今ランチ行くところなんだけどさ)Why don’t cha come with us(一緒に行こうよ)!」

 「Man(キミ), she’s hot as heck(きゃわうぃーねー)!」

 「きゃっ!ちょ、やめてよ!」

 

 ただでさえわけわかんないのに、ボードにべたべた触られた上に腕とか触られそうになる。なにこれナンパ!?ってか英語わかんないっつってんだから英語で話しかけてこないでよ!いっこも分かんないし!けどボード掴まれてるし、普通に考えて男二人組に勝てるわけないし、どんどん頭の中が白くなってくる。ヤバいかも…!

 

 「What’s wrong(いーじゃん)Come on(こっち来なよ)!」

 「Tee-hee(ひゃっはー)!」

 「Oh(おい), pardon me, gentlemen(そこのにーちゃんたちよぉ). Did my girl disturb you guys(オレの女になんか用か)?」

 「Huh()?」

 「えっ?…あっ」

 

 よく分かんないけど雰囲気的にヤバいことを察した。握られた手首に痛みを感じたとき、ホントに泣きそうになった。でもそのとき、また違う誰かの英語が聞こえた。その声は、何言ってるかはやっぱり分からなかった。でもなんだか、聞き慣れた声だった。

 

 「Not good with girls, aren’t you(女の扱いが分かってねーな)Not ladies’ men, I assume(お前らモテねーだろ)?」

 

 こんな状況じゃなかったら絶対思わないけど、今は城之内が来てくれてすごく嬉しかった。ビーチに着いた時にはダサいと思ってた水着も、普段と違って後ろの結んだ長めの髪の毛も、意外としまった体つきも、なんかちょっとだけかっこよく見える。さっきとは別の意味で、ちょっとヤバいかも。

 

 「 Mind your own business, kid(なんだいアンタ). You’re her partner or something(この娘の彼氏)?」

 「Hey sis, you definitely deserve someone better(付き合うならもっといい男がいるぜ)!」

 「Piss off and go fuck yourself(サカってんじゃねーよ), softboi(“イワシ”くん)

 

 なんか言ってるけど、やっぱり意味は分からない。けど、ナンパ男の態度からしてなんか悪口言ってるらしいことだけは分かる。ボードやアタシから手は離さないまま、男たちは城之内をにらみつけてる。城之内が来てくれてちょっと安心したけど、冷静に考えたら城之内ひとりで男二人に敵うわけないじゃん──。

 

 「も、もういいだろう…その辺で」

 

 ──と思ったら、いきなり男の手がアタシを離した。というより、優しくて大きな手に引っぺがされた。城之内に気を取られて気付かなかったけど、男たちを挟み撃ちにするみたいに、城之内と反対側に鉄がいた。

 

 「Ow,ow,ow,ow(いだだだだだあっ)!!?Wha-()... A friggin’ giant(なんだこいつ、巨人)!?」

 「What the(えっ)-!?The heck is with this dude(な、なんだお前はあ)!?」

 「あっ、いや、すまない。英語は…城之内、通訳してくれないか」

 「“手の平が痒いからかいてくれ”ってさ」

 「絶対違うと思うが…これでいいのか?」コチョコチョコチョリ

 「|Congrats, this guy’ll be escorting you guys for her《その娘の代わりにそこのナイスガイが相手してやるぜ》, till you can’t get up for a couple of days, that is(三日間はタてなくなるまでな)

 「Eeeee(ひえええええっ)!!」

 「Hey, where do ya think you’re goin’(おい待てよ)Hold on a sec(待てってば)!」

 

 最後に城之内がなんか言うと、男たちは鉄を見て真っ青になって逃げて行った。そりゃこんなでっかいムキムキのヤツににらまれたら逃げるよね。城之内は腹抱えて笑ってるけど、あいつ英語だからって何かとんでもないこと言ったりしてるんじゃねーの。てか間違いなく言ってるわ。

 助かって安心したからか、城之内に呆れる余裕も出てきた。そこで、さっきまで乱暴に握られてた手を、鉄がすごく優しく遠慮がちに握ってることに気付いた。

 

 「あっ…ありがと鉄。もう大丈夫だよ」

 「ん?おあっ!す、すまん…!忘れていた…!痛くなかったか…?」

 「ううん、大丈夫…助けてくれてありがとう」

 「だから言ったじゃねーかよ!お前パンケーキ屋からマークされてたんだって!オレが助けに来なきゃヤバかったぜ?」

 「うん、じゃあ城之内もありがとう」

 「じゃあってなんだよ!?」

 「いやだって、ぶっちゃけ城之内いなくても鉄が来てくれたからあいつら逃げてただろうし」

 「いやいやいや!オレの英語スキルがあってこそだろ!?っつーか鉄がいなくたってもしものときはオレがぶっ飛ばしてやるし!」

 「あははっ、ジョーダン。うん。ちょっと怖かったから…ホントに助かった。サーフィンに夢中になって、ひとりになっちゃった。油断してたのかも」

 「日本人が多いとは言え、油断ならないということだな。むしろ、日本人は狙われやすいとも聞く」

 「ま、オレと極の目が黒いうちはよっぽど大丈夫だろうけどな!」

 「確かに、大将がまだいたな」

 

 軽く冗談を言いながら、アタシは城之内と鉄に護衛されながら拠点まで戻った。やっぱり英語ができることとか、単純に体が大きいこととかって、海外だとすごく頼りになるんだ。あと、ちゃんと英語勉強しよ。

 


 

 「ハイッ!雷堂様・研前様チーム、マッチポイントです!」

 「いよつ?燐寸(まっち)?」

 「あと1点でヤツらの勝利と言うことだ。ビーチバレーだけに、まさに背水の陣だな」

 「敢えて追い込まれたみたいに言ってるけど、普通にお前たち動き悪くて弱いぞ」

 「いくよー!」

 

 研前(アンテナ)が軽くボールを投げ、手の平で叩く。軽やかに放物線を描くカラフルな球体は、相模(きもの)の目の前にゆっくり落ちていく。さすがに何度も繰り返したことだ。運動の苦手な相模(きもの)と言えど、レシーブくらいはできるようになった。高く真上に跳ね上がったボールに向けて、俺様も跳ぶ。一瞬のうちに、敵陣の配置を目視しその隙を探った。

 

 「後ろががら空きだぞ雷堂(くんしょう)!」

 「おあっ!」

 「あっ、あっ、きゃっ!」

 「うわっ!?」

 

 対角線上に配置している研前(アンテナ)雷堂(くんしょう)の手が届かないエリアに向け、ボールを叩く。遊び用のものでは大したスピードは出ないが、虚を突かれた凡俗二人にとっては十分に対処不可能な球だ。慌てて雷堂(くんしょう)が仰け反って球に手を伸ばし、研前(アンテナ)はヘッドスライディングで球を受け止めようとする。そうすれば必然、二人の頭が空中でかち合った。

 そこから先のことは、これを表現する日本語はまだないらしく、どうとも言い難かった。結論、寝そべった雷堂(くんしょう)の上に研前(アンテナ)が覆い被さる形になった。研前(アンテナ)が両肘と片膝でなんとかバランスを保っている。密着こそ避けているものの、研前(アンテナ)の髪が雷堂(くんしょう)の横顔を隠す程度には至近している。

 

 「…はっ!?な、な、なにして…!」

 「あっ、えっとこれは…!そうじゃなくてその…!」

 「いよーっ!?じ、事故です!事故発生です!」

 「ほほう。制服の上からでは分からなかったが、研前(アンテナ)は安産型の良いし──」

 「いよーっ!!天誅!!」

 「ほぶっ!!?」

 「研前さん!然様な端ない御姿を衆目に晒すものではありませんよ!」

 「え…きゃっ!あっ、ちょ、ちょっと待って…!」

 「いたたたたたたっ!!相模!!踏んでる踏んでる!!そこはダメなとこだから!!」

 「いよよよよよよよよよォ!!!」←パニック

 「あらあら…」

 「のんきなものだな、紺田(ガイド)。止めに入らんのか」

 「皆様、楽しんでいらっしゃるようなので。ちょっとしたアクシデントも、旅行の中では楽しみのひとつになってしまうのですよ。ハイッ」

 「ちょっとしたアクシデントとするには、些か物理法則に反しているような…。まあ、構わんが」

 

 相模(きもの)に後頭部をどつかれたせいで、その後のことは見ていなかったが、どうにもしっちゃかめっちゃかになったらしいことだけはとてもよく分かった。これでもかとばかりに尻を目の前に突き出されて反応しない不健全な男子はいない。

 倒れた研前(アンテナ)相模(きもの)が助け起こし、雷堂(くんしょう)も気まずそうに立ち上がった。こんな漫画のような展開を目の当たりにするとは思わなかった。

 

 「バレーボールは」

 「もういいでしょう。お怪我はありませんか。雷堂様。研前様」

 「あ、ああ…大丈夫だ」

 「私も。うん、なんともない」

 「なぜなんともないのだ」

 「御無事なら何よりです。運動はもうこの辺で御開きにして、傘下の憩いに交わりましょう」

 「そうしましょう。ハイッ」

 

 不意のアクシデントほど盛り下がることはない。すっかりバレーボールを続ける気をなくし、さっさとビーチパラソルの下に戻ることになった。まだ若干体を動かし足りないが、まだ明日もあることだし、今日はこのあたりで勘弁してやるとしよう。

 拠点に戻ると、納見(ぎっちょう)荒川(かため)が傘の陰で砂いじりをしていた。(もりがみ)はトロピカルジュースを飲みながら本を読み、正地(エプロン)は濡れ布巾を額に乗せて寝そべっていた。顔は赤く呼吸が乱れている。日射病か?

 

 「いよっ?正地さん、御体の具合でも悪いのですか?」

 「あへ…えへへえへ…」

 「な、なんか様子おかしくないか?どうしたんだよ」

 「心配いらん。ビーチを歩いている屈強な男たちに見惚れすぎて熱が出ただけだ」

 「幸せそうならいいんじゃないかな。極さん、そのトロピカルジュース、どこで売ってたの?」

 「向こうの売店だが…紺田。すまないが研前の買い物に付き添ってやってくれないか。これ以上目立たれては困る」

 「ハイッ!かしこまりました!では研前さん、参りましょう」

 「おおげさだなあ極さんは」

 

 絶対に(もりがみ)の判断は正しい。さっきのパンケーキ屋でただでさえこの周囲一帯で顔が知られているのに、ジュースなんぞでも同じ様なことになれば、この修学旅行のスケジュールに大きな影響を与えかねない。あんな小娘が俺様よりも目立つことがそもそも気に食わんのだ。少し大人しくしておいてもらうとしよう。

 

 「で、貴様らは実に大人しく何をしているのだ」

 「おれはもともとインドア派だからねえ。日焼けすると痛くなるんだよお。一応日焼け止めは塗ってもらったけどお、あんまり陰から出たくないかなあ」

 「私も同様だ。フフフ…それよりなにより、私は自分の体について自覚があるからなこんな姿でワイキキビーチの景観を損なうこともないだろう」

 「全く以てその通りだな荒川(かため)!俺様ほどではないが、さすがは言わずと知れたワイキキビーチと言ったところか!実に良い景観だ!俺様によく似合う!」

 「極端な自信過剰と極端な卑屈で会話が合うってのは不思議なもんだねえ」

 「少し目を離した隙にとんでもないことになっているな…なんだそれは」

 「フフフ…原案・デザイン、“超高校級の錬金術師”。作、“超高校級の造形家”。タイトルは『地獄の門〜ワイキキ革命〜』だ」

 

 ただの砂いじりかと思えば、どうやらその辺の砂を水で固めて砂像を造っていたようだ。おそろしく細かな装飾と、やたらと禍々しいデザインなのは荒川(かため)の趣味か。実に満足そうに見ているが、遊びでこのクオリティを造ってしまうのは納見(ぎっちょう)も“超高校級”と呼ばれるだけのことはあるということか。だが、甘いな。

 

 「フンッ、俺様ならばそれと同じものを同じ時間であと2つ造れるわ」

 「いや、ひとつあればいいだろ。ひとつで勘弁してくれよ」

 「恐れ入りますが、此方の方が余程景観を損なっていると、いよは思いますが…」

 「おれの仕事は荒川氏のイメージを形にするところまでだからねえ。これをどうするかは荒川氏次第だよお。写真でも撮るかい?」

 「いや、その辺でフナムシを捕まえてきた。これと先程下越たちが獲ってきたナマコを使って──フフフ…フフフフフ…!!」

 「納見、壊せ」

 「はい」

 「ぬあああああああああああああああっ!!!?なぜだ極!!!」

 「明らかに良からぬことを考えていたからだ。悪魔召喚でもしそうな勢いだった」

 「悪魔ではない!!」

 「いや、つっこみがおかしい」

 「ぉあ゛ッ…!三角筋から上腕三頭筋のライン…!えぅえぅ…」

 「気持ちが悪い」

 

 (もりがみ)の命令で納見(ぎっちょう)がついさっきまで自分が造っていた砂像を壊した。今の荒川(かため)の雰囲気は、確かに怪しい気配を感じた。修学旅行でハワイのビーチに来て、海で泳ぐこともなく何をするかと思えば、虫を捕まえてきて…どうなっているのだ、こいつの感性は。呆れながら正地(エプロン)の隣に腰掛けて後ろ手をつけば、俺様の腕の筋肉を見て何やら呻く。このブルーシート、逃げ場がないぞ。

 

 「いよぉ…正地さんは折角素敵な水着を御召しになっているのに、此の有様では海遊びが出来ませんね」

 「だが幸せそうだぞ。本人がいいのならいいのではないか」

 「はあぁん…腹斜筋からの鼠蹊部だけで私もう【 自 主 規 制 】る…」

 「いよっ?【 自 主 規 制 】るとは?」

 「やめろ!!正地は一旦寝ろ!!」トンッ

 「ヒガフッ」( ˘ω˘ )(スヤァ)

 「しゅ、手刀で気絶させるところはじめて見た…!」

 「相模、今聞いたことは忘れろ。いいな?」

 「いよ?何の事でしょう?いよは何も聞いていません」

 「早い…!」

 

 この女、あまりの興奮で理性が働いていないのか?修学旅行でテンションが上がり、興奮しまくって体調を崩している女の譫言とは言え、それはさすがにヒく。痛みを感じさせていないようだが、(もりがみ)が女に手をあげているところをはじめて見た。まあ、まだ時間はある。昼食までには興奮を冷めていよう。

 


 

シーン9『お昼は海鮮レストラン』

 「ふぅ、ごちそうさま」

 

 お昼が近付いてきて、陽射しは一段と強くなってきた。傘の陰にいても砂浜からの反射だけで真っ黒になっちゃいそう。汗ばんだ体をフローズントロピカルフルーツドリンクでさっぱり爽やかにクールダウンさせて一休みする。サーフィンに行ってた茅ヶ崎さんが、城之内君と鉄君を引き連れて戻って来た。海で遊んでたスニフ君たちも、海遊びに満足した様子で戻って来た。

 

 「やあ、みんな一気に戻って来たねえ」

 「あっはは〜♬たまちゃんにびしょびしょにされちゃった♡楽しいねー♡」

 「あんた覚えときなさいよ…っぷわ!砂かけんな!おらっ!」

 「うきゃーっ×砂だらけだよー×」

 「たまちゃんさん、虚戈さんにえらい懐かれてるっすね」

 「ただいまです!あれ?セーラさんだいじょぶですか?」

 「ほっとけ」

 「おう、おかえり茅ヶ崎。楽しかったか?」

 「気持ちよかったよ。やっぱハワイはいいわー!」

 「よく言うぜ。ナンパされて泣きべそかいてたんだぜこいつ」

 「こら!それ言うな!」

 「ナンパ?外国人の男の人に?茅ヶ崎さん海外でもモテるんだね」

 「こなたさんこなたさん!ボクもForeigner(外国人)ですよ!」

 「そうだね」

 「やめとけスニフ。そういうこっちゃねえから」

 「いよーっ!海遊びされていた方は御体をお拭きなすって!青茣蓙が濡れるでしょうが!」

 「あお…なに?」

 「相模様はブルーシートが濡れると仰っておいでです。ハイッ、こちらにタオルをご用意しました」

 「さすがツアコンだな。準備(はこ)びがいい」

 「恐れ入りますが、ツアコンではなく添乗員です!そこはお間違えなきよう!」

 「なんかプライドがあるっすね」

 「お、おい荒川?なぜそっちでいじけてるんだ?」

 「いじけてない」ムスッ

 

 なんだかみんなが一気に戻ってくると、ブルーシートが狭くなったように感じた。海で遊んでた人たちもそうじゃない人たちも、ワイキキビーチを存分に満喫して一息つきたくなったみたい。ちょうどいいタイミングだから、紺田さんに聞いてみた。

 

 「紺田さん。そろそろお昼ご飯かな?」

 「研前…それをお前が聞くのか」

 「え?ヘンかな?」

 「こなたさんはいっぱい食べるんです!Lunch(お昼ご飯)のじかんですよ!」

 「ハイッ!やはり皆様、ハワイに来たら新鮮な海の幸をご所望かと思います。なので、海鮮バーベキューをご用意しております」

 「BBQ!!Yeah(わーい)!!」

 「バーベキューってことは自分で焼くのか?なら海鮮以外にもいろいろできそうだな」

 「バーベキュー場は徒歩3分ほどの場所にありますので、皆様、移動のご準備をお願いします。ハイッ」

 「おーいセーラー?起きてー♬置いてっちゃうよー×」

 「んぅ…あ、あれ?みんなまだいたの?海で遊んでいらっしゃいな」

 「もう遊んできた。これから昼食会場に向かうところだ」

 「そ、そうなの…?なんだかすごく筋肉質な夢を見ていたような気がするんだけど…」

 「正地、立てるか?」

 「ホワアアアアアアアアアアアアアッ!!!く、鉄くんまって…!いきなりそんな…ムリだから…!ガクッ」

 

 正地さんはまた寝ちゃった。飛行機だとあんまり寝られなかったのかな。仕方が無いから鉄君がおんぶして連れて行くことになった。下は水着のままだけど、今は水着姿のまま歩いてる人が多い。ホテルから着てきた普段着を上に羽織れば、街中を歩いてもそんなに違和感がなかった。

 紺田さんの案内で、バーベキュー場にはあっという間に着いた。ワイキキビーチよりも少し高台にあるレストランのテラスに食材も網も鉄板も炭ももう用意されてて、後は焼いて食べるだけになってた。白いテラスが陽を反射してて、目の前に広がる青い海はどこまでも続いていた。ロケーションは最高だ。

 

 「うほ〜〜〜!!うまそーーー!!」

 「見たことない魚ばっかだ・・・沖縄の魚市場みたいになってんな」

 「エービ♬エービ♬カーニ♬カーニ♬」

 「サーモンにタコにイカ・・・これは?」

 「バラマンディって白身魚だな!うめえぞ!オレが捌いてやる!」

 「こうして食材を前にすると、食欲がそそられるな。早速焼いていくか」トングカチカチ

 「レイカさんまちきれないですか?」トングカチカチ

 「お〜い正地。着いたぞ起きろ〜」

 

 一応みんなの分の席は用意してあるけど、みんな鉄板の周りに集まってて、まだ寝てる正地さん以外は誰も座ってない。火を点けて鉄板が温まってきたところにバターを敷いて、早速みんな好き勝手に食材を鉄板に乗せていく。身が焼ける軽快な音がテラスを包み込んだ。

 

 「いよーーーっ!!風に薫る潮よりも芳しいですね!いよはもう我慢できません!生食できる食材はありませんか!」

 「いやバーベキューなんだから我慢しとけよ!」

 「焼けるまでまだちょっとあるから先に乾杯すっか!おい荒川!ジュース注いでくれ!」

 「私は水でいい。他にジュース以外を飲む者はいるか?コーラにジンジャーエールに緑茶、各種フルーツジュースにフレッシュミルクもあるが」

 「オレはコーラ!なみなみ頼むぜ!」

 「いよは緑茶を!」

 「エルリさん、ボクおてつだいします」

 

 大きなエビを真っ二つに割って焼いたり、まあまあおっきい魚を丸ごと焼いたり、後は下越君が小さい鉄板付きキッチンで色んなものを作ってる。みんなのためって言うより自分が楽しいからやってるみたいで、なんだかいつもより目が輝いて見える。

 

 「じゃあ乾杯の音頭は・・・星砂、頼むよ」

 「俺様か?」

 「こういうときには普段声が大きいのが役に立つからねえ」

 「よかろう!では聞けぃ凡俗共!こうしてハワイに修学旅行に来られたというのは、紛れもなくそこの研前(アンテナ)の幸運によるものだ!それについては感謝するがいい!」

 「なんでハイドがえらそーなの?」

 「こうして俺様が乾杯の音頭を任されるということは、とうとう貴様ら凡俗共も俺様の神童たる由縁であるこの高貴さを理解し──」

 「ぁ乾杯!!」

 「かんぱーーーーい!!」

 「おい!」

 

 待ちきれなくなった相模さんが、星砂君のスピーチをぶった切って叫んだ。みんなもそれにつられて乾杯しちゃって、星砂君がひとりでずっこけてた。

 熱い陽射しの下で、キンッキンに冷えたコーラを喉に流し込む。甘いコーラの味が口いっぱいに広がって、強めの炭酸が口中で弾けてさっぱりした後味にしてくれる。食道から全身にコーラが染み渡るような感覚がして、ひんやりしたミントの風味が鼻から抜ける。

 

 「うん!おいしいこれ!」

 「やっぱアメリカのコーラはものがちげーな!サイッコー!」

 「そんなこと言って、どうせ違いなんかろくに分からないくせに」

 「固いこと言いっこなしだよお、たまちゃん氏。ほらあ、そろそろ魚が焼ける頃合いじゃあないかい?」

 「切り身ならもういいだろ!エビと魚はひっくり返してもうちょっと置いとけよ!」

 「ええい!はじめの一切れくらい俺様によこせ!」

 「どこが高貴なんだか」

 

 鉄板に食材の乗せたときに薫ってきた海の香りは、いつの間にか香ばしいバターと海鮮の香りに変わっていた。トングでひっくり返してみると、魚は良い感じに火が通ってて旨味の詰まった出汁が身から溢れてきた。エビは殻が真っ赤に色づいて焦げたバターの色合いが食欲を強く掻き立てる。切り身の方はもうだいたい食べられるようになって、星砂君が一番にお箸を伸ばした。そのまま何も付けずに口に放り込む。

 

 「ん・・・んっまあああああああああああああああああああいっ!!!」

 「うん!おいしい!素材の味だけで十分いけるよ!」

 「レモンハーブサーモンは・・・うむ。安定の美味さだ。そっちの大きい白身魚はなんだ?」

 「えっと・・・マヒマヒのトマトソースだってさ。マヒマヒってなんだ?」

 「2mくらいある魚だよ。日本だとシイラって名前の」

 「いただき!美味けりゃなんでもいいだろ!おおう!!クッソうめえ!!」

 「ハイッ!どれも新鮮一番!産地直送のハワイを代表する海の幸ばかりですので!」

 「こっちもガーリックシュリンプできたぞ!あとはホラ、スニフ。これ混ぜとけ」

 「なんですかこれ」

 「ポキっつうハワイの料理だ。オレなりにアレンジしてあっけどな」

 「Nm()〜!Yammy(おいしいです)!」

 

 ガーリックシュリンプや、ポキっていうアボカドとかサーモンの混ぜ物や、パイナップルとかパプリカが入ったカラフルなハワイアンチャーハンが下越君の鉄板から私たちのテーブルの方にどんどん運ばれてくる。色鮮やかで見ても楽しい、食べて美味しい、そんな理想的なハワイ海鮮のフルコースが始まった。

 

 「う・・・あら?ここは・・・ワイキキビーチじゃないの?」

 「起きたか正地。もう昼食会場に着いてな。たった今、食べ始めたところだ。まずは水でも飲め」

 「はっ、あ、ありがと鉄くん・・・。え?私どうやってここまで?」

 「仕方がないから俺が負ぶってきたんだ」

 「・・・ン゛〜〜ッ、そ、そうなのね・・・。ごめんなさい、重かったでしょう?」

 「いや。スニフを負ぶるのとそう変わらなかったぞ」

 「あら、意外に女の子の扱いを心得てるのね」

 「ま、まあな(幣葉にしこたま叱られたからな・・・)」

 

 ずっと幸せそうな顔で寝てた正地さんも、美味しそうな海鮮の香りで目が覚めたみたい。寝起きでいきなり海鮮はキツいからって鉄君がお水を飲ませてる。なんだかイチャイチャしてるように見える。もしかしてあの二人、良い感じなのかも。

 

 「むふふ♬」

 「どったの研前ちゃん?そんなに美味しい?」

 「美味しいけどそうじゃないよ。ねえ茅ヶ崎さん。今晩、女子のみんなで部屋に集まってお話しない?」

 「いいけど、そっちの部屋スニフ君いるでしょ。どうすんの?」

 「城之内君に遊んでもらえばいいよ。いくらスニフ君でもガールズトークには入って来られないだろうから」

 「ふ〜ん、ま、いいよ。じゃあ同じ部屋の子たちにも声かけとくね」

 

 焼きそばをすすりながら茅ヶ崎さんが言う。ハワイの楽しみがまたひとつ増えた。鉄板の上には大きなカニや貝が並んで、色とりどりの野菜も蒸し焼きになって瑞々しさと甘みが増して、淡白な海鮮の味に変化を加えていた。小さい器の中ではクラムチャウダーやコンソメスープが湯気を立ててて、主食からスープまで一揃いの豪華な食事が出来上がってた。

 

 「いや〜、やっぱ下越の飯は美味いな。紺田も飲み物とか皿とか気配りサンキューな」

 「なんだよ須磨倉!当たり前のこと言うなって!」

 「私もいただいていますので。皆様が楽しまれるのが私の楽しみですので、私にはお気遣いなくお楽しみくださいませ。ハイッ!」

 「あっちの海鮮とかも持参(はこ)んできてやろうか?炒めんのなら俺もちったあできるぜ?」

 「んじゃせっかくだからやってもらうかな!紺田もあのデカいカニ食いに行こうぜ!」

 「あ〜・・・せっかくのご厚意ですので、甘えさせていただきますね。ありがとうございます須磨倉様!」

 「おう!腹一杯食ってこい!」

 

 気付いたら、須磨倉君が下越君の代わりにヘラを振るってた。下越君と紺田さんは私たちのテーブルの方の大きい鉄板の上にあるカニを次々捌いては口に運んでいく。その他にも、ウニやサーモンやバラマンディ、タコにホタテにトウモロコシ。どんどん食べて行く。

 

 「けぷーっ!マイムもうおなかいっぱいだよ♡」

 「ボクもです。ごちそうさまでした!」

 「あっという間だ。成長期すごいな・・・」

 

 焼き上がったものからどんどん食べて行って、人気の具も渋チョイスの具も、みんなすっかり食べて鉄板の上をきれいにしていく。使い終わった紙コップと紙皿と割り箸がどんどんゴミ袋の中に溜まっていって、エビの殻とかも積み上がったくらいでみんながまったりしてきた。スニフ君なんかまさに成長期だからいっぱい食べるんだろうね。

 

 「研前・・・本当に、お前のその腹のどこにあれだけの量が入って行くのだ?本気で解剖してみたいのだが」

 「怖いこと言わないでよ荒川さん。お腹減ってたからいっぱい食べただけだって」

 「朝食のパンケーキとトロピカルスムージーはどこに消えた・・・!?」

 「いよも大満足です。紺田さん!お次は如何なる予定でしょう!」

 

 お昼ご飯を食べおわって、まだ高い太陽の陽射しを避けてみんな日陰で一休みする。海でたくさん遊んで体には知らず知らずのうちに疲れがたまっていて、その上お腹いっぱいにもなって、なんだか眠たくなってきた。このままみんなでお昼寝するのも気持ちいいと思うけど、せっかくハワイに来たんだしまだ一日目だし、この後にもまだ紺田さんはスケジュールを組んでるはずだ。相模さんが高らかな声でみんなの気を引いて、目を覚まさせた。

 

 「ハイッ。この後は貸し切りバスをご用意しております。そちらでこのハワイ最大の島、オアフ島を巡るバスツアーに出掛けます!ここでしか買えないお土産もありますので、買うならこのタイミングです!ハワイ初日でテンションが上がっている内に、普段ならあり得ないようなグッズを買ってしまいましょう!」

 「なんかお金の臭いがする・・・でも楽しそう!バスツアーだって!」

 「また乗り物か・・・酔い止めを飲まなければ」

 「バスはホテル前に参りますので、まずはホテルまで戻って皆様休憩を取りつつ、着替えなどを済ませるという段取りになります。それでは皆様、ホテルまで一度戻りましょう!」

 

 たまちゃんがなんだか怪しげな臭いを感じ取ったみたいだけど、こういうときにする非日常的なショッピングなんかも旅行の魅力だよね。ホテルにはベルボーイさんがいるしバスだから荷物の心配はそんなにいらなそうだ。旅行の費用は全部希望ヶ峰学園持ちだし、旅行のお小遣いとして実家から仕送りも来た。たくさん買い物しちゃおうかな。

 紺田さんの案内について行って、私たちはまた来た道を戻った。お腹いっぱいになって気持ちよくなっちゃったのか、スニフ君と虚戈さんはすやすや眠ってた。鉄君と須磨倉君がまた背中に負ぶって、一旦ホテルに戻った。海に入ったせいで体がちょっとベタつくのを、部屋のシャワーを浴びて流す。なんだかだいぶ長いこと遊んでたように思えるけど、まだ時刻は13時30分を少し回ったころ。時差の影響もあるけど、それにしたってまだまだたくさん遊べると思うと、疲れなんか吹き飛んじゃう。

 


 

シーン10『バスで市内観光』

 紺田さんの案内で、ホテルの前に駐車してあったバスに乗り込んだ。それもただのバスじゃなくて、観光用に作られたオープントップバスだ。私たちは全員2階の席に通されて、それぞれ好きな席に座った。私は海側の景色がよく見える外側の席だ。スニフ君と虚戈さんは落ちないように、内側の席に座らされてた。私たちもしっかりシートベルトを締めたことを確認して、紺田さんがマイクを持って正面に立った。

 

 「アテンションプリーズ、皆様。午前中はパンケーキにワイキキビーチに海鮮BBQと、お楽しみいただけましたでしょうか?」

 「おう!楽しんだぜ!いいもの見れたしな!」

 「なんでこっち見んのよ」

 「なんだ?城之内と茅ヶ崎なんかあったのか?」

 「いや何もないから!」

 「これより当バスはホノルル市内の有名観光地を2ヵ所周り、最後に隠れ家的なお土産屋に寄りまして、午後16:30頃にベ・ラボータ・ケーナホテルに戻って参ります。ハワイのお土産は最終日のショッピングやホテル・空港などでもお求めいただけますが、この後参りますお店でしか手に入らないアイテムもご用意しております。日本に帰ってからハワイ通として周囲のご友人方から一目置かれたい皆様は、是非こちらで特別なお土産をご購入いただければと思います」

 「いよーっ!紺田さん!名調子!」

 「ありがとうございます、相模様。相模様も流石は弁士の名家、相模家の御息女。完璧な間合いでのお囃子でございます」

 「いよっ・・・其程でもある様な無い様な・・・」イヨイヨ

 「ストレートに褒められると照れるのか」

 「さ、それではこれよりバスは出発いたします。私はガイドをいたしますが、こちらはオープントップバスにつき、走行中は着席する決まりになっております。走行中のガイドは座ったままで行いますことをご了承ください」

 「安全第一だからねえ」

 「それでは出発進行です!張り切って参りましょう!」

 

 紺田さんの号令とともに、バスはゆっくり動き出した。ちょっと進むと流れる風が頬にあたり、屋根の下から出て陽射しの下に出ると一気に汗が噴き出してくる。でもその汗も軽やかな風に乗ってどこかへ消えていき、いくら見ても飽きない青い海にまた心晴れやかになった。

 

 「風チョーきもちいーーーーーーーーーーーー!!!」

 「ぬあああああっ!!!とぶうううう!!とばされるううううっ!!」

 「なんでこの風の中でも片目隠れてんだい」

 「きもちー!天気もいいしこれバエるんじゃない!」

 「おい写真撮るぞー!入れ入れ!」

 「ちょっ!どさくさに紛れてどこ触ってんのよ!」

 「背もたれだろ!」

 「須磨倉様、お写真なら私がお撮りしますよ」

 「お、そうか?んじゃ頼む」

 

 走行中は立てないとか言ってたけど、紺田さんはシートに膝立ちして後ろを向きながらカメラを構えた。なるほど、立ってはないね。みんなでカメラの方に向かってピースしたり変な顔したりして、気持ちいい風の中で何枚も写真を撮った。

 

 「じゃあ紺田さんも、はい、ピースして」

 「ハイッ。ピース♡」

 「きゃーっ♡てんちゃんかわいい♡マイムてんちゃんと一緒に撮るー♬」

 「私も紺田さんと一緒に写りたいわ。鉄くん、撮ってちょうだい」

 「これも旅の思い出だな」

 「あるあるだねえ」

 「だから走行中は立つなって言ってんのに」

 「隙あり!」

 「んぇ?」

 「だっははは!!雷堂の油断した顔いただき!!口開けてアホみてー!!」

 「変な顔してやんの!」

 「やめろよ!下越だってさっき風で顔しわしわになってただろ!」

 「ボクのPicture(写真)の方がキレイですよ」

 「ふはは!冗談を言え子供(スニフ)!俺様の方が高い視点から撮影できる!すなわちより角度を付けて広角に撮れる!」

 「あっ!ズルい!」

 

 ハワイの海の景色とかオープントップバスからの眺めを撮ろうと思ってたのに、なんだかいつの間にかバスの上で写真撮影大会が始まってた。みんな可愛く撮ったりかっこつけて撮ったり、油断したところを盗み撮りしたり景色と一緒に何かに映えそうな写真を撮ったり、凝り出すと止まらなくなる。そうやってみんなで騒ぎながら過ごす時間はすぐに過ぎて、最初の目的地に着いた。

 

 「ハイッ!皆様、そろそろ目的地に到着いたします」

 「え、もう?早くね?」

 「すぐそばですので。皆様、カメラのフィルムは残っておりますでしょうか?」

 「今時フィルム式のカメラ使ってるヤツなんかいんのか」

 「いよっ!あと10枚あるのでまだまだ撮れますよ!」

 「いた!!」

 「これから参りますのは、私有の公園になりますので、皆様私が注意するまでもないとは思いますが、ポイ捨てや写真などのマナーについては重々ご注意をお願い致します。ハイッ」

 

 バスが目的地に着く頃合いになって、紺田さんが目的地での注意事項を話してくれた。私有地の公園って、海外の人はやっぱりスケールが大きいな。そこにお邪魔させてもらう立場になるから、マナーに気を付けてほしいってことだったけど、私たちの中にポイ捨てする人なんていないよね。

 次の目的地については、それ以上のことは教えてもらえなかった。私有公園で、毎年の恒例行事のお祭り会場になってるっていうことくらい。それから、ハワイに来たら是非訪れたい観光スポットでもあるらしい。

 

 「てんちゃーん。ここ何があるの?」

 「それは見てのお楽しみです。日本から来られる方に是非オススメのスポットです」

 「ボクにはおすすめですか?」

 「スニフ様は・・・もしかしたらピンと来ないかも知れないですね」

 「???」

 

 なんだろう。スニフ君はピンと来なくて、私たちだったら分かるハワイの観光地なんてあるのかな。考えてるうちにバスは目的地に着いて、私たちはしっかりまとまって紺田さんの案内で公園に入っていく。さっき強めに注意事項を説明されたからか、ホテルから出て来たときよりみんなちょっとだけ緊張感が漂ってた。

 

 「ハイッ、皆様こちらです!」

 

 そう言って紺田さんが斜め前を指した。清々しいほどの青芝が広がっていく中をたくさんの人たちが散歩したりお昼寝したりしてた。そんな人たちの奥に佇む緑色を見つけたとき、私たちの心はひとつになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「この木なんの木の木だァ〜〜〜!!!?」」

 「なんのき?」

 

 きっと今この瞬間、私たちの頭の中には全く同じメロディと同じフレーズが流れてるはずだ。私はそう信じたい。いや、信じていいはずだ。

 広い青芝の庭のど真ん中に、キレイな山なりに緑が広がって柔らかな影を落としていた。普段テレビで見るのとは違うアングルからだけど、遠目でもその存在感と見覚えのある形はすぐに分かった。しかも、私たちと同じように観光に来てるらしい人たちがそこで写真を撮ってる。やっぱりこれはアレなんだ。

 

 「この木は、皆様一度は聞いたことがあると思います、例のあの映像のロケ地となっています」

 「すげー!ぶっちゃけこの公園にそんな期待してなかっただけに、なんかすげー感動した!」

 「っていうかアレ、ロケ地ハワイだったんだ・・・。はじめて知った」

 「いよぉ・・・頭の中に勝手に彼の旋律が流れてくる・・・!これが洗脳・・・!?」

 「というか刷り込みだな」

 「マイムもこれ見たことあるよー♬てんちゃーん♡これってなんの木ー?」

 「そう言えばなんの木と問うているのに名前も知らない木だな。この木はなんの木なのだ?」

 「皆様、ご案内しておきながら申し訳ありませんが、あまり連呼されないように。コピーライト的な問題が生じてしまいますので」

 「ここの会話でそんな問題起きるのか?」

 「文字になると・・・」

 「何のはなししてますか?」

 

 なんだかよく分からないけど、あんまり歌ったりしない方がいいみたい。周りの人の迷惑になっちゃうかも知れないしね。それにしても、こんなところであのお馴染みの木に出会うなんて思わなかった。こんなに広い公園なのに、その木に人が集まってる。見たことはあるけど名前も知らないし人が集まる木なんだね。

 

 「この木はアメリカネムノキという木でして、南アメリカ原産の外来植物です。ネムノキという植物のグループは、日の出とともに葉を開き、その後葉を閉じて眠る習性が特徴的で、この木も同様の性質を持っています。また、雨の日の前日にも同じように葉を閉じることから、レインツリーという名前も付いております。そしてもちろん、花も咲きます」

 「なるほど!見たこともない花が咲くのだな!」

 「寄せるなよ!」

 「5月頃と11月頃に開花し、様々な色の花を咲かせます。1つの木から様々な色の花が咲く光景は、確かに日本で日頃見かける光景ではないので、見たこともない花の景色ではあるかも知れませんね」

 「さっきっから散々っぱら言ってっけど、オレら大丈夫だよな?使用料とか取られねえよな?」

 「なんの?」

 

 紺田さんがこの木の解説をしてくれた。テレビでは何度も見た木だけど、本当に名前も知らないしどんな木なのかも知らなかった。はじめて生で見たときはびっくりしたし感動したけど、紺田さんの解説を聞くとなんだか違った風に見えてくる気がする。

 

 「そんじゃ記念写真を撮るっすよ!入って入って!」

 「皆桐様、ここは私が」

 「ハーイみんな集まってー♡」

 

 さっきと同じように、紺田さんがカメラ係になって私たち全員で木の前に立って集合写真を撮った。みんなでピースしたり木が伸びるおまじないポーズしたり、木の下で転げ回ったり逆立ちしたり走り回ったり、なんだかテンション上がってひたすら遊び回った。

 

 「このきはなんのき♬きがかりきー♬」

 「きがかりきー♬」

 「なんだスニフ。もう歌えるようになったのか」

 「マイムさんにおしえてもらいました。Japan(日本)ではFamous(有名)な木なんですね」

 「まあみんな知ってんな!」

 「サイクローの頭に葉っぱついてるよ♬きゃっきゃっ♡」

 「外国でもこのサイズの人は滅多にいないから目立つっすね」

 「それだけじゃないような気もするけど・・・」

 

 日本人にとっては馴染み深い木だけど、そうでない人にとってもこの大きな木は観光名所になってるみたい。そんなところに鉄君みたいに目立つ人がいるのもそうだけど、さっきから日本人っぽい人たちが私たちのことをチラチラ見てる気がする。特に、城之内君とたまちゃんとかが。

 

 「さて、それでは次のスポットに参りましょう。あまり長居すると周りの方にもご迷惑がかかってしまいそうですので」

 「え、この木以外は見なくていいの?」

 「色々名所や観光スポットはあるのですが、伝わりやすさが違いますので。気になる方はご自分でご旅行されるのが良いかと」

 「誰に向けて言ってんだい?」

 

 さっきから紺田さんが誰に向けて話してるのか分からない瞬間がある。疲れてきたのかな。考えてみれば、今日ずっと遊びっぱなしだし、紺田さんは私たちのためにあちこち案内したり気遣いしてくれたりしてるから、私たちよりずっと疲れてるはずだ。今日の夜ホテルに戻ったら労ってあげよう。

 


 

 「お次の観光スポットはこちらです!ハイッ」

 「あれ?いま時空がとん──」

 「ハワイに来ましたらやはりこの銅像を見ずに帰れないと思います。みなさん御存知でしょう」

 「えー?誰この人?たまちゃん知らなーい」

 「南の島の大王は?」

 「カメハメハ大王だー!これがか!?」

 「ふむ。ハワイ統一の大王でも後世に残る銅像はこのサイズか。しかし肖像画と顔かたちが少々違うように見えるが」

 「なんで肖像画の方が印象強いんだよお前」

 「ハイッ、さすがでございます。星砂様。こちらはカメハメハ大王の像ではありますが、モデルとなったのは像が造られた当時の王朝の名も無きハンサムでございます」

 「名も無きハンサムなんて日本語あったんだ」

 「ちなみにこちらの像、ここオアフ島以外にもカメハメハ大王の出生地と言われておりますハワイ島の方にも2体建てられています。いずれもカメハメハ大王に縁のある土地でございます」

 「どんどんハワイに詳しくなっていくな。さすがだ、紺田」

 「恐縮です、極様!」

 

 さっきのアメリカナンノキとは違って、こっちは街中にあるのと世界的に有名な人だからか、日本人以外の人たちも写真を撮ったり見物したりしてる。紺田さんによれば、当時バラバラだったハワイの島々を統一して王朝を建てた、まさに南の島の大王らしい。すぐ目の前にハワイの街、後ろにビーチがあって、なんだかこのハワイを見守ってるように見えた。拝んどこ。

 

 「では皆様、ここでクエスチョンです!」

 「急にどうした」

 「カメハメハ大王の名前は、彼が活躍した時代に話されていたハワイ語に由来しています。区切るポイントとしてはカ・メハメハとなって、〇〇な人という意味になるのですが、それは次のうちどれでしょう?次の4つの中からお選びください」

 「な、流れるように小さいホワイトボードとマーカーを全員の手に・・・」

 「俺様でなければ見逃してしまうな」

 「見逃すほど早かったら受け取れないだろ」

 「①偉大な人 ②賢い人 ③孤独な人 ④恐ろしい人 ではお考えください!」

 「え・・・全然分からん・・・」

 「普通に考えたら①偉大な人だけど・・・クイズにするってことは引っかけかしら?」

 「ポジティブな言葉とネガティブな言葉が2つずつか。ニュアンスから絞る方法は難しそうだ」

 「ガチかよお前ら!?こんなもん分かるわきゃねーんだからテキトーにだな」

 「ただのクイズじゃ燃えねえからさ!罰ゲームかなんか決めようぜ!」

 「そうですね。では今日の夕飯はステーキなのですが、正解の方にはワンプレートプラスしましょう。もちろん、学園のお金ですのでお気兼ねなさらず」

 「よっしゃ!!星砂!!頼むぞ!!なんとか当ててくれ!!」

 「ひっつくな馬鹿(下越)。なぜ俺様頼みだ」

 「星砂君・・・!私、今はじめて星砂君のことが頼もしく見える・・・!必ず、当てて・・・!」

 「ええい手を握るなアンテナ(研前)!考えているだろうが!」

 「食べ物のことになったらあの二人はホントに・・・」

 「てんちゃ〜ん♡たまちゃん分からないからヒント欲しいな〜♡」

 「あ!たまちゃんさんズルいですよ!ボクもHint(ヒント)ほしいです!」

 「いよも頼み申します!」

 「そうですね・・・カメハメハという名前には実は2つの意味がありまして、1つはこの問題の答えですのでお教えできません。が、もう1つの意味は、静かな人、です」

 「静かな人・・・?」

 「ではお答えください!」

 「ちいとも分かりません!!いよーっ!!」

 

 せっかくの紺田さんのヒントを聞いてもさっぱり分からない。こうなったら私たちの晩ご飯は星砂君にかかってる。こういうときに正解できそうな人と言ったら、やっぱり星砂君しかいない。そうこうしている内に制限時間が来て、まだ星砂君の答えが出てないのに私も自分の答えを書いた。無回答よりマシだ。

 

 「それでは答え出揃いました!一斉にオープン!」

 「いよーっ!」

 

 全員が一斉にホワイトボードをひっくり返した。まあ見事に、解答がばらけた。

 

 「スニフ様、下越様、虚戈様、極様が①偉大な人と解答でございますね」

 「ちっくしょー、星砂と答え違うじゃねーか」

 「王様の名前だからやっぱりこうじゃないかなー♡」

 「ちっともわかりませんでした」

 「おそらく引っかけだと思ったが・・・裏の裏をかいてみた」

 「続きまして、須磨倉様、納見様、相模様、正地様、雷堂様、荒川様は②賢い人という解答ですね」

 「①じゃなかったらもうこれしか可能性なかったもんな。出題(はこ)び方までうめえから全部怪しく思えた」

 「おれも①はダミーだと思ったからねえ。子供に名前付けること考えたら②かなあって」

 「いよっ!いよは山勘です!一先ず無回答は避けようと!」

 「私はみんなみたいに難しいことは考えてないわ。直感で・・・ね」

 「やっぱハワイの王様だし、外交力もあったんじゃないかと思ってさ。頭使ってるイメージだから」

 「フフフ・・・静かな人、という意味があるなら、そこから連想して賢いという意味合いがあってもおかしくないだろうと思ってな」

 

 意外と①を答えてる人も結構いたけど、やっぱりみんな②が正解だと思ってるんだ。だけど私は、①をダミーと見せかけて②もダミーだと踏んだよ。王様の名前で偉大な人じゃなかったら賢い人って普通は思うけど、名前を付ける段階で王様になるなんて思わないもんね。

 

 「なるほどなるほど。それでは続いて③孤独な人とお答えになったのが、研前様、たまちゃん様、星砂様、茅ヶ崎様ですね」

 「2択まではいったけど、あとは分からなくて・・・。でも、恐ろしい人なんて名前はまずつけないと思ったから」

 「たまちゃんは一番なさそーなの選んだだけだから。逆に」

 「フッ、王とは孤独なものでもあるのだ。恐ろしい王、賢い王、偉大な王、色々あろうが、孤独という根底の部分は覆しようがないのだ」

 「え、これそういう話なの?アタシも裏かいて一番なさそうなの選んだんだけど」

 「そして皆桐様、鉄様、城之内様が④恐ろしい人という解答」

 「自分は全く分からないんで!フィーリングっす!」

 「静かな人は・・・怖いからな・・・」

 「統一したっつっても要は周りの島の征服だろ?征服される側からしたら十分恐ろしいヤツじゃんか」

 「ハイッ!皆様それぞれにお考えがあっての解答と思います!それでは正解発表です!」

 

 紺田さんの持ってるタブレットからドラムロールの音が聞こえてくる。晩ご飯が一皿増えるかどうかの大事な1問、私と下越君以外はあんまり前のめりになってないみたいだけど、正解発表の瞬間が近付くとドキドキしてくる。そして、運命の正解発表・・・!

 

 「正解は──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「③孤独な人、です!」

 「やったーーーー!!」

 「あーっ!!チクショウ!!!」

 「へー、そうなんだ」

 

 やった!!あんまり自信なかったけど合ってた!!ワンプレートいただき!!

 

 「やったよ雷堂君!」

 「え、なんで俺にふるんだよ・・・。よかったな」

 「リアクション薄くない?茅ヶ崎さんも、当たったよ!やったね!」

 「うん、まあそれは普通にやったと思うけど、二人のリアクションがデカ過ぎてちょっと引いてる」

 「そ、そんなにリアクション大きかったかな・・・」

 「相当」

 「ただでさえたまちゃん目立っちゃうのに、さらに目立たせないでよ。恥ずかしい」

 「正解者は研前様、たまちゃん様、星砂様、茅ヶ崎様の4人です!皆様には今晩のディナーでワンプレートサービスいたします」

 「いいなー♢」

 

 これで今日の晩ご飯はちょっぴり豪華になった。他のみんなには悪いけど、私たちだけで特別なワンプレートを堪能しちゃおうっと。

 

 「それでは最後に記念撮影をしましょう!やはりここは定番のあのポーズで!」

 「Hey(なあ), Ten-chan(てんちゃん)Shall I take some pictures(おっちゃんが撮ったろか)?」

 「え」

 「おう!てんちゃんもこっち来い来い!お前も半分旅行みてえなもんなんだからよ!」

 「てんちゃんさんとボクもPicture(写真)とりたいです!」

 「は・・・Thank you(ありがとうございます), Danny(ダニー)

 「Not at all(ええんやで)

 「あの運転手ダニーってんだ」

 

 また紺田さんがカメラ係をしようとしたら、バスのドライバーさんが声をかけてくれた。紺田さんは私たちの写真を撮ってばっかりで自分があまり写ろうとしなかったから、ドライバーさんが気を遣ってくれたんだろう。ちょっと照れながら、紺田さんは私とスニフ君の間に来て、一緒にカメラの方を向いた。

 

 「では皆様!せーのでいきますよ!」

 「いよ・・・?何の恰好ですか此は?」

 「いいから合わせときゃいいんだよ。最後は思いっきり叫べよ!」

 「恥ずかしい・・・」

 「いきますよー!せーの!」

 「か〜め〜は〜め〜波ァァアアアアアアアッ!!!」

 

 後でこの写真見るのが楽しみでもあり、恥ずかしくもあり。そんな一枚にきっとなった。

 


 

シーン11『ディナーはステーキ!』

 バスはゆっくりホテルの入口に着いた。午後になってからは時間の流れがゆっくりになったり早くなったりで一定せず、気が付けばもう18時前だった。まだ日暮れには時間があるけれど、傾いた太陽は赤く輝いていた。もうそんなに時間が経ったんだ。

 

 「皆様、お疲れ様でした!この後19:00からはホテル内のステーキレストランでディナーとなります。それまではホテル内でお過ごしください。お部屋にいらしても構いませんし、カジノなどのレジャースポットにいらしても構いません」

 「さ、さすがに疲れたぜ・・・ちょっと部屋で寝るわ」

 「私も。考えてみたら昨日の朝から起きっぱなしだったわ」

 「昨日ではない。私たちは通常通り起床して希望ヶ峰学園で1日過ごしてから時差を利用して11時間ほど過去に戻ったようなものなのだ。つまり、1日が35時間ほどになったということだな」

 「マジか!?オレらタイムスリップしてんのかよ!?いつの間に!?」

 「うっさいもう・・・バカの大声だけで疲れる・・・」

 「バカって言うな!」

 「オレ1日がもっと長ければって二度と言わねえ・・・キッちぃ・・・」

 「皆さんお疲れっすね。てんちゃんさん!ホテルの周りを走ってくるのはダメっすか!?」

 「人通りも多いですし、ご迷惑になるのでご遠慮ください。皆桐様はジムのルームランナーをご利用になってはいかがでしょう。宿泊客なら24時間いつでも利用可能です」

 「ボクObservatory(展望台)いきたいです!」

 「マイムもー!」

 「はいはい。じゃあスニフ君と虚戈さんは私と一緒に行こうね」

 「では私と荒川は先に部屋に戻っている。キーは持っているな?」

 「うん、大丈夫だよ」

 「子供は元気だなオイ・・・35時間ノンストップかよ」

 

 バスを降りてロビーに着くと、何人かの人たちはソファに倒れ込んだ。荒川さんが言うように、考えてみれば私たちは、飛行機内で仮眠をとったとはいえ、丸1日以上の時間活動していた。くたくたになってベッドに倒れ込んでもおかしくないけど、この後のディナーのことを考えたらそんなもったいないことできるわけない。

 疲れなんか微塵も感じさせずに、スニフ君と虚戈さんはぴょんぴょん跳ねて展望階行きのエレベーターに乗り込む。ガラス張りになったエレベーターからはハワイの海と島の様子が一望できて、最初にこのホテルに着いたときとは違って見える。今日はワイキキビーチとモアルアナ・ガーデンを観光したから、その辺りはやけに細かいところまで見渡せるような気がした。

 

 「そろそろSunset(日没)ですね。Good timing(グッドタイミング)です!」

 「こらスニフ君。エレベーターの中でジャンプしちゃダメって言ったでしょ。言いつけ守らないと部屋に戻るよ」

 「あうっ、ごめんなさい・・・」

 「スニフ君はしょうがないんだからもー♡マイムお姉さんが押さえつけちゃうんだぞ♡」

 「ふぎゅっ」

 「虚戈さん、暑くないの?」

 「だっていつものトレーナーじゃないもん☆暑くなんかないよ♬」

 「トレーナーじゃなくても引っ付いたら暑いと思うけど?」

 

 外の景色を見て興奮気味のスニフ君を、虚戈さんが後ろからがっしりホールドした。これでもう暴れられないだろう。エレベーターは耳が痛くなる高さを越えて、私たちの宿泊フロアも越えて、最上階にある展望フロアに着いた。開いた扉の向こう側は、360度全部が窓ガラスになってて、エレベーターを降りてすぐのところに受付カウンターがあって、一段高くなったフロアの床は高級そうなマットが敷かれてた。

 柱のない広々としたフロアに望遠鏡や景観案内パネルが並び、一人掛けの柔らかそうなソファにローテーブルがあって、シアタースクリーンやチェスボード、大迫力のテレビモニターなんかが完備されてた。一目見てここは、私たちが来ちゃいけないところだって分かった。

 

 「Hello(ごきげんよう), Welcome to the observation deck(展望デッキへようこそ)

 「あっ、えっと・・・」

 「Are you staying here(当ホテルにご宿泊の方でしょうか)May I ask your room number and name(ルームナンバーとお名前を伺っても)?」

 「あうあうっ」

 「こなたー?マイム英語ちっとも分かんないよ?」

 「ソ、ソーリー、え〜っと」

 「Hi(ハーイ)We're guests here, of course(ちゃんと泊まってるよ)We've enjoyed Hawaii today(今日1日ハワイを満喫してきたところさ)Our room is(ルームナンバーはね) ──」

 「あっ」

 

 英語で話しかけられてもうダメだと引っ込もうと思ったら、スニフ君が虚戈さんの腕をすり抜けてカウンターの上にひょっこり顔を出した。と思ったら、流暢な英語で受付の人となんだか楽しげに会話して、最後に小さくハイタッチしてマットに着地した。

 

 「あっちのSofa(ソファ)ならすわっていいですって。Guest(宿泊客)にはワンドリンクサービスもあります。なにがいいですか?」

 「え・・・じゃ、じゃあ冷たいお茶」

 「マイムはフレッシュミルクー♬冷たいのー♬」

 「Barley tea(麦茶), fresh milk(フレッシュミルク) and() orange juice(オレンジジュース), please. All cold, please(全部とびっきり冷たくしてね)

 「Sure(かしこまりました). Good luck with you(頑張ってね), boy(坊や)

 「Thanks(ありがとうございます)!」

 

 宿泊フロアから見えた外の景色も絶景だったけど、ここはもう格が違う感じがした。展望フロアだからか、オアフ島だけじゃなく周りの他の島々もよく見えて、望遠鏡を使えばそこにいる人たちの一挙手一投足まで見えそうなくらい、遮るものが何もなく広々と見渡せた。

 

 「すっごーい♡ワイキキビーチもモアルアナガーデンも見えるよー♬」

 「あっちはカウアイアイランド、こっちはマウイアイランド、あれがハワイアイランドですね」

 「スニフ君、よく知ってるね」

 「Ahem(えっへん)!」

 「ここにあるパネル読んでるだけだもんね☆英語で書いてあるけどそれくらいマイムだって分かるよ」

 「あうっ、バレた・・・」

 「ふふふ、じゃあ日本はどっちかな?」

 「こっちかなー?」

 「Sunset(日没)があっちですから、Opposite(反対側)のあっちですよ。It's elementary(初歩的なことですよ)

 「見えるかな?」

 「見えないよ×」

 

 東側のガラス窓を覗いて見るけど、水平線の縁にうっすらした影すら見えない。改めて、自分がいる場所が日常からどれくらい遠く離れてるのかを感じた。ついさっきも、スニフ君がいなかったら私はまともに話すこともできなくて、こんな景色も見られないまますごすごと部屋に帰ってたところだ。

 もっとちゃんと英語の勉強して、拙くったってがんばって意思疎通ができるくらいにはならないと。きっと紺田さんや城之内君、星砂君に雷堂君も、それくらいの英語力はあるんだろうな。すらすら話せたらかっこいいもんね。

 

 「ぷはー♡こなたー♬フレッシュミルクおいしいよー♬」

 

 私が窓の外の景色を見ながら物思いに耽っている間に、いつの間にか虚戈さんはソファに戻ってサービスドリンクを飲んでいた。麦茶なんて無茶言っちゃったかなって思ったけど、キンキンに冷えて暑い体に染み渡る美味しい麦茶が出て来て驚いた。やっぱり一流のホテルは一流のおもてなしのために、なんでも揃えてるんだな。

 

 「こなたさんこなたさん、あっちの空みてください。もうStar()が見えてきてますよ」

 「あ、ホントだね。ハワイで見える星って日本とは違うのかな」

 「ハワイの星空って言ったらマウナケア火山だよね♬マイムそっちも行きたいなー♢」

 「明日は班に別れて観光だったよね。楽しみだな」

 「あのぅ、Constellation(星座)はつまんないですか?」

 「つ、つまんなくなんかないよ!スニフ君星座の説明できるんだ!?聞きたいなあ」

 「マイムはねー・・・忘れちゃった♣何座だっけ???」

 「えっとですね。あれがデネブ、アルタイル、ベガ・・・」

 「まだそんなに見える時間帯じゃないでしょ?」

 

 高い建物がないおかげで空が丸く見える。水平線の向こう側に沈む太陽の赤い光と、反対側の水平線から昇ってきた星空がまじって、夕方から夜へのコントラストを描いている。その空の色は赤いようで青いようで、不思議な色をしていた。私たちが毎日暮らしてる町にも、きっとこの空はあったはずなのに、ハワイに来なかったらずっと気付かないままだった。

 

 「なんだか、得した気分だね」

 「うん♬マイムこんなおいしいミルク初めて飲んだよー♢」

 「そっち?」

 「Ah(あっ)!あそこになんかいますよ!Whale(クジラ)じゃないですか!?」

 「えーどれどれー?」

 

 スニフ君と虚戈さんは窓ガラスに引っ付いて海を眺める。なんだか柔らかいソファに座ってたら一日の疲れがどっと押し寄せてきて、私は麦茶を飲みながらゆったり落ち着いていた。それにしてもこのソファ柔らかいなあ。なんだか体がどんどん沈み込んでいくような・・・ソファとひとつに、なっちゃいそうな・・・くらい・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「コラー!こなたー!」

 「んっ・・・きゃあっ!?こ、虚戈さん!?」

 「こなたまだ寝ちゃダメでしょ!ここはマイムたちのお部屋じゃないよ♠」

 「マイムさん。こなたさんだっておつかれさまなんですよ」

 

 なんだかゆさゆさ揺れるなって思ったら、虚戈さんが私に馬乗りになってた。顔をもみくちゃにされてたみたいで、なんだか変な感じ。気が付いたら私、寝ちゃってたみたいで、虚戈さんは口をぷっくり膨らませて怒ってた。スニフ君がそれを後ろから引っ張って止めようとしてるけど、全然関係なかった。

 

 「ご、ごめんごめん・・・いつの間にか寝ちゃってた・・・」

 「キボーガミネからずっとですからね。もうDinner(晩ご飯)のじかんになりますから、Restaurant(レストラン)いきましょう。みなさんいると思います」

 「あ、もうご飯の時間?そんなに寝てたんだ」

 「あのねあのね、こなたが寝てる間にあっちの海にクジラが出て来たんだよ!潮ぶっしゃーって☆」

 「すごかったですねー」

 「そうなんだ。見たかったなあ」

 「こなた幸運なのにツイてないね♬」

 

 クジラは見てみたかったけど、晩ご飯の時間ってことなら今はそれどころじゃない。確か紺田さんが言ってたのは、今日の晩ご飯はステーキらしい。それに私はお昼のクイズに正解したからワンプレートサービスだ。そうと聞いたら寝てなんかいられないよ。お腹いっぱい食べて、シャワー浴びてすっきりして寝ようっと。

 

 「一眠りしたらなんだかお腹空いてきちゃったね。よーし、食べるぞ!」

 「こなたさんのおなかってBlackhole(ブラックホール)なんですか・・・?」

 「マイムもいっぱい食べるー♬」

 

 いい具合にお腹も減ってきたところだから、私たちは残ったドリンクを飲み干してまたエレベーターに乗った。帰りがけにスニフ君がカウンターのお兄さんと何か話してたけど、英語だからやっぱり分からなかった。

 


 

シーン12『ディナーはステーキ!!』

 「肉だ!!」

 「お肉だ!!」

 「うるさいぞお前たち・・・恥ずかしい」

 「パーティーラウンジを貸し切っておりますので、多少羽目を外されても問題ありません。それと、ディナーはコースになっております。ハイッ」

 「よっしゃー!食うぞー!」

 「張り切るのはいいけど、テーブルマナーくらいしっかりしとけよ。下手なことして希望ヶ峰学園が来年からここ出禁になったら、後輩から恨まれるぞ」

 「ボクちゃんとできますよ!アクトさん、これDrinking water(飲み水)じゃないですからね」

 「それくらい自分だって知ってるっすよ!?これ、あれっすよね!指洗うヤツ!」

 「フィンガーボウルよ」

 「それっすね!」

 「それボクのです!」

 「フッ、凡俗は一流の店でのマナーも分からないのか。こういうときは座して静かに待つのだ」

 「マナー云々言うならコートくらい脱いだらどうだい?ていうか暑くないのかい?」

 「フハハッ!こんなこともあろうかとこのコートの内には小型扇風機が搭載されているのだ!おかげで通常よりだいぶ重い!暑い!」

 「本末転倒だし意味成してないし普通にうるさいし・・・ダメな例の模範解答かお前は」

 「極さんは落ち着いてるね。こういうお店来たことあるの?」

 「まさか。ただヤツらのように騒いでいないだけだ。それに、私もそれなりに浮ついている」

 「極ちゃん浮ついてんの?そうは見えないけど?」

 「テーブルや壁の調度品、食器の意匠ひとつひとつに、この店のこだわりや美意識が垣間見える。食事だけでなくこうした部屋の雰囲気も含めて、この店は客に楽しんでもらおうという気概を感じると、ただの水もまた違った味わいを感じることができる・・・と私は思う」

 「なんだ極!お前そういうのガッツリ語れんのかよ!ただの怪力女じゃなぐしばれごはっ!!?」

 「ッ!!?」

 「地獄突きを5発入れた。6発目が入っていたら前歯を失っていた」

 「これから飯食うのに歯奪いに来てんじゃねえよ!?」

 「この店に免じて5発で勘弁してやる」

 「いよぉ・・・!免じきれてないのでは・・・!?」

 「免じきれてないなんて日本語あったんだ」

 

 私たちがレストランフロアまで降りてきたときには、もうみんな集まってた。紺田さんの案内でお店の奥の個室まで通されて、そこは私たち18人が全員座れるくらい大きなテーブルに、燭台や花飾りや、見たこともないようなナイフにフォークに、きれいなお皿の数々が並べられていた。壁にかけてある絵もなんだか高そうだし、高級店の雰囲気をむんむんに感じて、普段着で来ちゃったのがなんだか恥ずかしくなってきた。

 でも席に座るともうそんなことは関係なくて、みんなこれから最高級ステーキが食べられることに興奮してテンションもだいぶ上がってた。私ももうお腹ペコペコだけど、お水でお腹を膨らせるのももったいないから、ぐっと我慢してた。

 

 「それではまず、アミューズでございます。本日のアミューズはこちらです」

 「んおっ!?パイナップル丸ごと!?」

 「マジか・・・肉が来る前に満腹になるんじゃないのか・・・?」

 「須磨倉様、雷堂様、ご心配なく。こちらはほんのアミューズですので、軽く味わっていただく程度のものになります」

 「なんだよアミューズって?石鹸か?」

 「ちげーよ。アミューズってのはコース料理の最初に出す小皿だよ。まあ、突き出しみてえなもんだな。これでそのシェフの腕とかセンスが分かるから結構面白えんだぜ」

 「ほう、なるほど。やはり下越は料理のことになると詳しいのだな」

 「料理のこと()()()、ね」プークスクス

 「どんなもんだい!」

 「ここは褒め言葉としておこうか」

 「3人で1つらしいぞ。おいスニフ、これ奥まで回せ」

 「はい!サイクローさんパスです!」

 「ああ。ありがとう」

 

 ワゴンに丸ごとのパイナップルが6個も載ってきたのにはびっくりしたけど、突き出しみたいなものって、そんな分量じゃないと思うけど?でもよく見ると、ちょうど真ん中辺りに線が入ってる。ははあ、これ上下に割れて容れ物になってるんだ。こんなおしゃれなことするなんて、今って日曜の夕方だったっけな。

 

 「では皆様、オープンしてください!」

 「オープ〜ン♡」

 「あ!エビだ!あとこれ・・・アスパラガス?」

 「下にパイナップルが敷いてあるな。なかなか面白いではないか」

 「海老に鳳梨(おおとりなし)竜髭菜(たっしな)・・・合うのですか?」

 「なんて言ったっすか?」

 「それでは皆様、取り分けましたら両手を合わせてくださいませ」

 

 なんだか意外な組み合わせの料理が出て来た。相模さんが言うように食べ合わせが気になるけど、海老は見ただけで分かるくらいぷりっぷりで身が引き締まってるし、アスパラも芯まで鮮やかな黄緑色に染まってて美味しそう。パイナップルはその下で黄金色にきらめいてて、まるで宝石みたいな一皿だ。

 みんなが自分のお皿にひとつずつ取り分けて、紺田さんに倣って両手を合わせた。

 

 「それでは、いただきます!」

 「「いただきまーす」」

 

 日本人のお客さんのためにお箸も用意してあったけど、ここは現地の人に合わせてフォークで食べよ。3つの具材をまとめて刺して、そのまま口に運んだ。舌の上に乗ると、パイナップルの爽やかな酸味と海老のほのかな味わいが同時にやってきた。ぷりっぷりの食感としゃきしゃきのアスパラガスの食感が交互にやってきて面白いし、アスパラの苦みはほとんどない。それどころかいい塩梅に塩味が付いて、パイナップルの甘みがより引き立てられてる。気が付くと、あっという間に飲み込んでた。

 

 「はぁっ・・・!おいしい・・・!」

 「そ、そんなにおいしい?」

 「うん。なんかこう、南国って感じがして・・・日本じゃ味わえない味だよ・・・!」

 「あむっ♡おいしーい♬」

 「ホントっすね!パイナップルが全然果物って感じじゃないっす!なんかこう、海老とアスパラを引き立てるドレッシングみたいな!」

 「果物ってのはこういうポテンシャルもあるんだぜ。あんまし知られてねえから、ゲテモノ扱いされっけどな」

 「意外だ・・・」

 

 みんなおそるおそるだったけど、私や皆桐君が美味しく食べてるのを見てどんどん口に運んでいく。前菜だからさっぱりしてるけど、思った以上の美味しさにみんなびっくりしてるみたいだった。私たちがそうやって見たことない料理に驚いてる間も、色鮮やかな季節のスープとサラダが来て目にも舌にも楽しい一時があって、ガーリックライスとガーリックトーストを選んでその香りに食欲を刺激されて、温野菜の柔らかい甘さと全身に染み渡る栄養分をお腹の底で感じて、まだまだお腹に余裕はあるけど、なんだか食べることを楽しんでるって感じがしてた。

 

 「すごいわねこのお店・・・。どれもこれもすっごく美味しいわ」

 「ハイッ!気に入っていただけているようで何よりでございます!」

 「ねえ、今までのも十分美味しかったんだけどさ、たまちゃん早くお肉食べたいんだけど!まだー?」

 「そうだな。この調子で次々来られたらメインの前に満腹中枢が刺激されてしまいそうだ」

 「そう仰る頃合いかと思いました。ですがご安心ください!次はメインディッシュでございます!」

 「おっ!いよいよだな!」

 「いよーっ!」

 

 確かに、みんなやっぱりメインのステーキを楽しみにしてたから、そろそろ待ちきれなくなってくる頃合いだ。その雰囲気を感じ取った紺田さんが手元のベルを鳴らすと、おっきなワゴンが個室に入ってきた。今まで静かに入ってきたのとは違って、鉄板の上で油が跳ねる音が幾重にも響き合って、同時に香ばしく芳醇な熱気を運んできた。

 

 「うおおおおおおおおおおっ!!遂に来た!!!」

 「Steak(ステーキだー)!!Steak(ステーキだー)!!」

 「本日のメインディッシュは、プレミアムT-ボーンステーキでございます!」

 「うんまそーーーーー!!」

 

 テーブルに並んだ鉄板には、みんなの顔より大きなステーキがどっしり構えていた。Tの字に伸びた骨の周りに絶妙な焼き加減で食欲をそそる色合いになったお肉がついてて、切れ目から見えるちょっとだけ赤い身がそのお肉の新鮮さと高級さを見せつけるようだった。付いてきたソースを一回しかけると、熱せられたソースが湯気を立てて食卓の空気を彩った。

 

 「おお〜!こりゃあすごい迫力だねえ。全部食べきれるかなあ」

 「残すんならマイムがもらっちゃうよ♬」

 「や、やわらけえ・・・!こんないい肉食べていいのか・・・!?マジでいいのか・・・!?」

 「須磨倉は何にそんな怯えているのだ」

 「でもやっぱ、ここは研前ちゃんが最初に食べるべきじゃない?ハワイ来られてるのも、研前ちゃんが福引きで当ててくれたからなんだし」

 「そ、そう?じゃあ遠慮なく」

 

 骨からお肉を切り離すために刺したフォークからも、そのお肉の柔らかさが伝わってきて、溢れ出して止まらない肉汁とか、香り立つソースとか、油が跳ねて鉄板を叩く音とか、五感全部でこのステーキを味わってるって感じだ。ナイフは抵抗もまるでなくすんなりお肉と骨を切り離して、口元に持って来たお肉の厚さにまた喉が鳴る。

 

 「いただきまーす」

 

 分厚くて、焼きたてで、芳醇で、最上級のお肉を、口の中に入れた。舌の上に置いた瞬間から、身から溢れた肉汁が口中に広がった。一度噛むごとに旨味の詰まった脂が何度も飛び出してきて、熱々のお肉が立てる湯気は味と香りを伴って喉の奥から鼻に抜けていく。柔らかいお肉はあっという間に飲み込めてしまうけど、しっかりした後味を、だけどくどくなく、その存在した証を残していく。

 止めどない旨味の波に、熱ささえ美味しさに変える良質のお肉とソースの絡み合い、食べおわった後でもしっかり残る味の思い出・・・。これってまさに・・・。

 

 「味のワイキキビーチだ・・・!」

 「なんて?」

 「えっ、あっ、う、ううん!おいしいよおいしい!すっごくおいしい!こんなステーキ今まで食べたことない!学食のSステーキ定食の何倍も美味しいよ!」

 「マジかよ!?あれ相当レベル高えぞ!あれの何倍もかよ!?」

 「なあ研前、味のワイキキ──」

 「ほら雷堂君も食べてよ!このソースばっちり合ってるからさ!ね!?ね!?」

 「お、おう?」

 「おいしいわ〜♡須磨倉くんじゃないけど、こんなの食べちゃっていいのかしら!他のクラスのみんなに悪いわね!」

 「土産にここのマグネット買っていってやろうぜ」

 「後味がくどくないのはいいな。私は人より食が細い自負があるのだが・・・それでも、フフフ、手が止まらんぞ・・・!」

 「あれ?須磨倉さんはどうしたっすか?」

 「ステーキが美味すぎてひっくり返ってんぞ」

 「弟と妹(あいつら)にも食わせてやりてぇ・・・!!」

 「学園からお土産代も預かっておりますので、ご用意致します。ハイッ」

 「なんで希望ヶ峰学園がそんなにこの旅行に前のめりなんだろね。アタシはともかく、別にみんなの“才能”磨くための旅行でもないのに」

 「都合でございます。お気になさらず」

 

 こんなに贅沢させてもらえるなんて、希望ヶ峰学園はやっぱり太っ腹だな。だったら目一杯食べて飲んで楽しまなくっちゃ損だよね。ステーキの右側はヒレで、口に入れると脂の少ない柔らかい肉質の食感とお肉の強い味ががつんと来るけど、後味はさっぱりして食べ応えがすごい。左側のサーロインも柔らかいけど、こっちはよりお肉が大きくて深い味わいになってる。一度で二度美味しいなんて、まさにステーキの王様って感じ。

 

 「米が進むぜェェエエエエエ!!ガーリックライスおかわり!!」

 「オレも!!」

 「そんなにいそいで食べなくてもSteak(ステーキ)はにげないですよ」

 「うっぷ。こんなにボリューム満点だとは思わなかったなあ」

 「ヤスイチいっぱい残してる♠いらないの?」

 「私も少々満腹気味かも知れん・・・舌はまだ求めているのだが、胃袋が受け付けん・・・」

 「じゃあマイムもらっちゃうね♡わーい♡」

 「ところで、研前たちのボーナスのワンプレートはまだ出てこないのか?」

 「ご用意しております!お持ちしてよろしいですか?」

 「うん、持って来て!」

 

 また紺田さんがベルを鳴らすと、新しいワゴンがやって来た。5枚のお皿を乗せて、その上には明らかにお肉とは違う、何かが乗ってた。見たことあるようなないような・・・でも食べたことは絶対にない。

 

 「こちら、スペシャルプレートの最高級アワビのステーキでございます」

 「アワビィッ!!?」

 「うおおおおおおっ!!?すげえええええッ!?マジかよお前!?アワビ食えんの!?」

 「は、はじめて本物見た・・・すご・・・!超高級食材じゃん・・・!」

 「あれ?でも研前おねーちゃんと茅ヶ崎おねーちゃんと白髪とたまちゃんと・・・あと一皿は?」

 「私の分でございます。ハイッ」

 「なんでてんちゃんの分があるの!?」

 「コンダクター権限でございます。どうせ希望ヶ峰学園のお金ですし、使い道は私の一存に任されておりますので。私も少しくらい贅沢してもバチは当たらないでしょう」

 「まあいいけどよ」

 

 白磁のお皿にでんと構える大きなアワビにフライドガーリックチップスが乗って、琥珀色のソースで彩られて、緑色のパセリが横に添えられてる。もう食べやすい大きさにカットされてて、焼き色が付いた表面部分と切断面から見える新鮮なアワビの色合いのコントラストがより一層食欲をそそる。

 

 「うっわ〜!ぷりっぷりだ!」

 「ほあ」(´・p・`)

 「こんな肉厚のアワビ・・・あのクイズぜってえ正解しなきゃいけねえヤツだったのかよチックショウ!!」

 「そんなに食べたいなら私のちょっとあげよっか?」

 「マジで!?いいのかよ茅ヶ崎!?」 

 「甘やかすな茅ヶ崎(はんら)。クイズに正解できなかった下越(ばか)が悪い」

 「自分は正解したからって偉そうに!」

 「残念ながら不正解されてしまった皆様は、ガーリックライスとガーリックトーストならおかわり自由ですので、そちらをどうぞ」

 「正解もしてないくせに!」

 

 肉厚なアワビのこりこりした食感と湧き出す旨味で顎が止まらない。口に入れた瞬間のこの味がずっと続けばいいのにとさえ思ってしまう。お肉食べに来たんだけどな。でもこんな思いがけない形でアワビを食べられたら、その虜になってしまったような。なんかもう、日本に帰ってからアワビまた食べたくなっちゃったらどうしようとか思ったり。

 

 「あれ?エルリさん何してますか?それSteak(ステーキ)Bone()ですよ」

 「Tボーンステーキの骨はアクセサリーにもなるのだ。きちんと洗ってネックレスになったり・・・他にも、単純にこれは生物の骨だからな。色々と使えるのだ・・・フフフ」

 「そうなのか?鉄、知ってるか?」

 「あっ、ああ。まあ、荒川が言うように言っても骨だから、あまり普段遣いにする人はいないが・・・アクセサリーに加工する店も、今日町を見ていて何件か見かけたな」

 「鉄ってホントにジュエリーデザイナーだったんだ・・・」

 「マジか。結構イカすかもな!オレも骨もらっとこ!」

 

 立派な骨を拭きながら、荒川さんが目を輝かせる。あんまり私にはよく分からないけど、城之内君にはちょっと似合うかも知れないな。そんな会話をしてる側で、星砂君がこっそり骨を拭いて懐にしまうのを見逃さなかった。星砂君もああいうの好きなんだっけ。

 ステーキをひとしきり楽しんだ後は、食後のスープとデザートが運ばれてきた。あっさり味の温かいスープが口の中に残った肉の脂を全部洗い流して、優しい味わいと飲みやすい温かさが胃の負担をすごく軽くしてくれたような、飲むだけで健康になりそうなスープだった。

 そしてデザートは簡単なミルクアイスだったけど、これも日本で同じ物を食べようと思ったら小さいカップで500円くらいしそうな、濃厚でさっぱりしたアイスだ。軽く振りかけられたレモンフレーバーも、濃厚なミルクの味をしつこくなくしてくれてる。どのお皿も、コックさんのこだわりと気遣いが感じられるすごく美味しくてステキなコースだった。

 

 「皆様、いかがでしたでしょうか。本日のディナー」

 「満足満足!大満足です!斯様に贅を極めた晩餐、いよは初めてです!」

 「美味かったー!ここの飯代が全部学園持ちとか、やっぱ人の金で食う肉が一番美味えな!」

 「ゲスいなお前。でもマジで美味かった。後で土産見て行くわ」

 「自分も!お世話になった人たちに配る用のお肉買っていくっす!」

 「こちらのお肉はレストラン側で販売しております。ですが、最終日にもお土産を買う機会はありますので、あまりお手荷物が重くすぎないようご注意くださいませ」

 「今日はこの後なんかあんのか?」

 「本日の予定は以上になります。明日は9:00にフロント集合で、そこから夕方までは班行動で、選択いただきました体験コースに参加していただきます。朝食は6:30からホテルレストランのバイキングがご利用いただけます」

 「あと12時間くらいあんな。寝る時間考えても5時間は遊べるぜ?」

 「まだ遊ぶのかい?おれはもう眠くてしょうがないよお」

 「俺もだ。今日はもうこのくらいにして、お開きか」

 「ふわぁ」

 「ハイッ!では皆様、ハワイ旅行一日目、お疲れ様でございました!また明日、目一杯ハワイを楽しみましょう!」

 

 やっと1日が終わる。通算で40時間ぐらい起きて遊んでたのかな。よく分かんないや。でも納見君と鉄君があくびしてるのを見たら、私もなんだか眠たくなってきてあくびが出た。

 お腹いっぱいで全身くたくたで、軽くシャワーを浴びたらすぐに寝ちゃいそうだ。うっかりそのまま寝ちゃわないように、まだ頑張れるうちに早く部屋に戻ろう。明日のためにも、まだ体力残しておかないと。

 

 「それでは皆様、手と手を合わせまして」

 「「ごちそうさまでした!!」」

 

 明日はもっと楽しくなるよね。ハワイ諸島。

 

 「Burp(けぷっ)




久し振りの更新です。
三作目をただいま作成中です。キャラクター造形はできてるんです。
でも肝心なのは話の内容。長いこと経つけど出来てないよ。
作業が全く進みませんから皆さんに謝るすみません。イエア

英語の会話部分に関してご助力いただいた方々に、この場で感謝いたします。あざす


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2日目前編

 

 シーン13『2日目の朝はホテルバイキング』

 

 はっ、と自然に眼が覚めた。なんだかすごく幸せな気持ちだった。微睡みながら昨日のことを思い出していた。みんなでハワイに来て美味しいもの食べてビーチで遊んで観光して・・・全部が1日の出来事とは思えないくらい充実してて、全部夢だったんじゃないかと思えてくる。だけど、ふかふかのベッドと見慣れない天井のおかげで、あれが現実なんだって実感が持てた。

 今、何時だろう。集合時間は何時だったっけ。ちょうど良い感じにクーラーが効いた寝室で、雲みたいなベッドの上で寝てると、簡単に二度寝してしまいそうになる。まだ時間早そうだし、このまま二度寝しちゃおうかな。そう思って寝ようとした瞬間──。

 

 「朝だぞ起きろー!!」

 「っ!ふんっ!」

 「うげっ!?ぎゃーっ!!あでえ!!」

 「な、なになになに!?」

 

 いきなり虚戈さんの楽しそうな声が聞こえてきたと思ったら、次の瞬間には私の頭上を虚戈さんが吹っ飛んで壁に激突してた。虚戈さんが飛んできた方を見たら、ベッドの上で極さんが片足と両手を挙げてて、すぐに立ち上がって虚戈さんに向き合った。なんでファイティングポーズ取ってるの?

 

 「なんだ、虚戈か。紛らわしいことをするな」

 「レイカひどいよー♠マイムは起こそうとしただけなのにー♠」

 「寝込みを襲われたら誰だって応戦する」

 「寝込みを襲われて巴投げできる人なんか世界中でレイカだけだよ♣」

 「何事だ朝から・・・騒々しい」

 「Mumble(むにゃむにゃ)・・・」

 

 どうやら先に起きてた虚戈さんが極さんに飛びついて起こそうとしたのを、極さんが咄嗟に巴投げした瞬間に私が起きたらしい。朝一番から情報量が多い。二人のごたごたで川の字になって寝てた荒川さんとスニフ君も起きて、結局この騒ぎでみんなすっかり眼が覚めた。

 

 「スニフ君おはよー♡寝起きのスニフ君あったかーい♨」

 「むぎゅう」

 「今は何時だ?」

 「まだ6時だよ。虚戈さんずいぶん早起きだね」

 「もうマイムはビーチで朝のダンスをしてきたんだもんね☆見てこれ!ダンスしてたらお小遣いもらったから、コンビニでスパムおにぎり買ってきたよ♬」

 「早朝に人数分のスパムにぎりを買えるほど稼ぐお前のダンスはなんなんだ」

 「今日はハワイだからフラダンスにしたんだよ♬アロハ・オエ〜♡」

 「ほらスニフ君。今寝ちゃったら時間までに起きられないよ。顔洗おうね」

 「あうぅ」

 

 極さんたちがパジャマから着替えてるうちに、私とスニフ君は洗面所に向かった。シャワーを浴びてすぐに寝たせいで、みんな髪の毛がぼさぼさになってた。私も髪を整えてるけど、てっぺんのクセっ毛だけはもう諦めてる。

 

 「あばばばば・・・ぶぅ」

 「こらスニフ君!顔びしょびしょのまま行かない!こっち来て」

 「むがむが」

 「ちゃんと起きて自分で拭いてよ」

 「グッモー・・・です」

 

 冷たい水で顔を洗ったおかげで、ちょっと目が覚めたみたい。普段のスニフ君は朝から元気なんだけど、昨日はよっぽど疲れたのか、今日はまだ眠たいみたい。ようやく自分で顔を拭き始めたから、私が後ろ髪を整えてあげた。スニフ君の髪は柔らかくてサラサラしてる。少し濡らして櫛を通すと簡単に整ってうらやましい。

 

 「スニフくーん♡こなたー♬お着替え終わったよー♬」

 

 いつものだぼだぼセーターとは違う、半袖に蝶ネクタイの飾りがついたシャツを着た虚戈さんが洗面所に駆け込んできた。入れ替わりで私がベッドルームで着替えて、スニフ君はリビングルームの方で着替えた。今日は1日外で遊ぶ予定のはずだから、麦わら帽子でも被って行こうかな。着替えを終えると時計は6時20分を少し過ぎたあたりだった。そう言えば、ホテルの朝ご飯が6時半からって紺田さんが言ってたっけ。

 

 「ねえみんな、朝ご飯食べに行こうよ」

 「研前と行くと注目の的になるから恥ずかしいのだが・・・」

 「そう?確かに日本人の高校生は珍しいかも知れないけど、そこまで見られるかな?」

 「自覚がないのか」

 「ボクもBreakfast(朝ご飯)たべに行きたいです!」

 「じゃあマイムもー!」

 「仕方ない。我々も一緒に行くぞ、荒川」

 「くれぐれも自重してくれ。頼むぞ、研前」

 「何を?」

 

 極さんと荒川さんはなんだか気が進まないみたい。寝起きであんまり食欲がないのかな。私はもうぐっすり寝てお腹ペコペコだから、すぐにでも朝ご飯にしたい。

 エレベーターホールから見える朝のハワイは昨日観た夕景とは違って、でもこれもまたいい景色だった。昇ったばかりの太陽は眩しくていかにも暑そうだけど、早朝の景色はなんとなく色が淡くなったような、爽やかな雰囲気があった。エレベーターで1階に降りると、朝早くからジョギングや散歩をしてきた人たちがレストランの前に群がってた。ちょうど開店するタイミングで来たから、窓際の景色がよく見える席を確保できた。

 

 「早朝からサーフィンしてる人たちがいるよ。茅ヶ崎さんいるかな?」

 「昨日あれだけ遊び回ったのだ。まだ寝ているだろう」

 「私が席で待っているから、お前たちで先に取りに行ってこい」

 「Lady(女性)ひとりじゃあぶないですよ!ボクもいます!」

 「気遣いはありがたいが、ホテルの中だから大丈夫だ。それにスニフがいたらもしもの時に守りながら戦わなければならない」

 「極はなぜそんなに壮絶な事態を想定しているのだ・・・」

 「じゃあマイム一番乗りしちゃおーっと♬」

 「マイムさん!走っちゃダメですよ!」

 

 席の番を極さんに任せて、私たちは早速ご飯を取りに行った。ツタみたいにうねる金色の装飾に小さいライトが付いてて、ホットプレートや大きな丸皿に乗ったたくさんの料理を美味しそうに照らしてた。

 まずはサラダゾーンだ。粒の大きいコーンやぷっくり膨らんだミニトマト、絵の具で塗ったみたいに鮮やかな色のレタス、どれも瑞々しくて美味しそう。マヨネーズで和えたマカロニやカリカリのオニオンチップス、それから多種多様なドレッシングで野菜の味にアクセントを付ける。あとはブラックペッパーがかかったしっとりふわふわのポテトサラダ。こんなの自分じゃ作れないや。

 次はいい色に茹で上がったソーセージや照り焼きミートボール、フグ刺しみたいに並べられたハムが並ぶお肉ゾーン。その奥にはスクランブルエッグやゆでたまご、卵焼き、シェフがその場で焼いてくれるオムレツもある。ミニハンバーグからは肉汁が溢れてお鍋の底にたまってた。あれにパンを浸けて食べたら美味しいだろうなあ。そんなことを考えながらお皿に盛りつけてたら、もういっぱいになっちゃった。一旦席に持って帰って置いといたら、極さんが頭を抱えてた。そんなにお腹空いてるなら私が持ってきたの食べてもいいよって言ったけど、ただ静かに首を振った。

 お肉・卵ゾーンの次は和食ゾーンだ。やっぱり日本人の観光客が多いからこういうのもあるんだ。やっぱり朝は豆腐の入ったお味噌汁に塩鮭だよね。ご飯もお茶碗にいっぱい盛って、味付け海苔も忘れちゃいけない。3袋くらいかな。意外にぬか漬けはあったけど、納豆はなかった。お味噌汁に入れて納豆汁にしても美味しいと思ったんだけどな。冷や奴も食べよ。大豆だし。

 その後はいよいよパンゾーンだ。柔らかそうな食パンに始まり、サクサクのフランスパンにベーグル、クロワッサンにくるみパンにドーナツにプレッツェルまである。どれも美味しそうで食べ逃したくないから、スニフ君にホテルからバケットを借りてきてもらって、そこに一個ずつ入れていった。街のパン屋さんもこういう風にできたらいいのに。プレートだと乗り切らなくていつも大変なんだよね。

 最後にフルーツとヨーグルト、ゼリー、コーンフレークとかがあるデザートゾーンが待っていた。近付くだけでフルーツの甘酸っぱい香りが漂ってきて、宝石みたいに輝くゼリーにつられてつい手が伸びちゃう。ヨーグルトソースもたくさんあって、お皿が何枚あっても足りない。

 あとは忘れちゃいけない。暑いハワイの朝にはフルーツフレーバーのスムージーが欠かせない。和食があるから緑茶も欲しいし、牛乳も持って行こう。

 

 「こうなるから研前とバイキングに来るのは嫌だったんだ・・・」

 「朝からこの量を食べるのか・・・見ているだけで胃もたれしそうだ」

 「山盛りだー♡」

 「ぜんぶもってきたんですか?」

 「食べ逃したくなくて・・・ちょっと取りすぎちゃったかな」

 

 朝からこんなにたくさん美味しそうなのが食べられるなんて思わなかった。どれから手をつけていいか迷っちゃうくらい、いろんな種類の食べ物が目の前にある。こんな幸せなことないよ。

 

 「それじゃ、いただきまーす」

 

 朝はやっぱりお味噌汁からかな。しっかりお味噌と出汁がきいてて、味の染みたお麩が寝起きの胃袋を優しく広げていく。うん、決めた。最初は和食からいこう。ベジダブルファーストで、まずは小松菜のお浸しから。醤油と鰹節が、控えめながらじんわり滲み入る味わいをしっかり主張してる。続けて白米、シャケの切り身、味付け海苔、冷奴と、繊細で上品な和食で畳み掛ける。どれもこれも美味しくてお箸が止まらない。気がつくとあっという間になくなってた。もうちょっとずつ取ってくればよかったかな。

 

 「そのペースで食べ進めるのか」

 「またギャラリーが・・・頼むから研前は腹八分目までで抑えてくれ」

 「だいたいこれで八分目じゃないかな?」

 「ならせめて四分目にしてくれ」

 「ずっとお腹ペコペコになっちゃうよ!?」

 

 自分の分を取って浮かない表情をして戻ってきた極さんが、いきなりとんでもない提案をしてきた。今日1日は思いっきり遊ぶんだから・・・あれ?ご飯食べるんだったっけ?でもお昼までの分を食べておかないといけないのに。和食を全部食べて、次は少し味が濃いお肉と卵に手をつける。その後は一旦胃袋を休ませるためにサラダ、スムージーでさっぱりしたら、その後はパンで仕上げにかかる。

 

 「あ、みんなおはよ・・・研前ちゃん、朝からやってんね・・・」

 「どんだけ食うんだよ!?」

 「あれ、たまちゃんどこ行くの?」

 「恥ずかしいから他人のふり」

 

 食べ始めて少ししてから、他の部屋のみんなもレストランに来始めた。みんなバイキングの品数の多さに驚いてたみたいだった。それにしても、景色がいいのにどうしてみんな私たちのテーブルから離れて座るんだろう。

 

 「みなさま、おはようございます」

 「あ、紺田さん。おはよう」

 「研前様は今朝もすこぶるお元気そうで、結構なことでございます。ハイッ」

 「バイキングで全種類食べて元取ろうとする人いるけど、天然で実行するってもう人外の所業だと思うんだけど・・・」

 「福引の景品旅行だから元も何もないんだけどね。でもせっかくだから食べ逃したくないじゃん」

 「分かるけどできないのが人間なんだがな」

 

 みんなはみんなで好きな物を取ってきて朝ご飯を食べてるみたいだった。皆桐君は朝からがっつり揚げ物やお肉をいくつも取ってきてがっついてたし、鉄君や相模さんははやっぱり和食でキレイにまとめてた。正地さんはサラダやヨーグルトみたいな栄養バランスに気を遣った朝の胃に優しいメニューだったし、雷堂君はパンひときれとコーヒー一杯ってすごく簡素だった。あれでお腹減らないのかな。下越君はここぞとばかりに見慣れない南国のフルーツだとか、よく分からない料理を楽しそうに味わってる。いくつかのメニューを組み合わせて新しい料理を作ったりもしてる。

 みんなの食事も気にしつつ、最後にデザートのゼリーをつるんと食べおわってから、おかわりに立とうとしたら極さんに黙って止められた。なんだか悲しそうな目で見てきたから、ご飯のおかわりは止めて紅茶のおかわりを取ってきた。

 

 「おいしいねー♬」

 「Yummy(おいしいおいしい)

 「スニフ君、口にケチャップ付いてるよ。こっち向いて」

 「フフフ・・・少年はずいぶんと朝に弱いようだな。普段より年相応な部分が出ているのではないか?」

 「()()()()です」

 「たまたま、でしょ?」

 「それでした」

 「スニフ、お前それわざとじゃないか?」

 「わざとじゃないです!」

 

 他のみんなが食べおわるのを、紅茶を飲みながらのんびりと待つ。こうやって朝にゆったりとした時間を過ごせるのも、旅行に来たからこそだ。学園だったらいつも夜遅くまで課題に追われてるから、こんな時間にこんなに優雅な朝食は摂れない。いつもの食堂で朝ご飯定食を急いで食べて教室に向かってるはずだ。

 

 「ふぅ。バイキングなど久し振りだったが、腹八分目で止めるはずが九分目くらいまでは食べてしまうな」

 「もうおなかいっぱいです。Room(部屋)もどってねましょう」

 「食べてすぐ寝たら牛になっちゃうぞ♬スニフ君が牛になったらマイムがさばいて食べちゃうからね♡」

 「なんですかそれ?」

 「行儀が悪いからやめろという戒めだ」

 

 お腹いっぱい食べたら、まだ朝早いせいかちょっと眠たくなってきたかも。紅茶も飲んだんだけどな。今はまだ7時半前。紺田さんが昨日言ってた集合時間まで1時間以上ある。食後の運動と眠気覚ましに、ちょっとホテルの周りを散歩してくるのもいいかも。そんなことを提案してみる。

 

 「それはいいが、早朝とはいえ海外でひとりだけは危険だ。私もついて行く」

 「じゃあボクも行きます!」

 「私は遠慮しておこう。部屋で酔い止めと日焼け止めと胃薬と・・・」

 「エルリそんなにお薬飲んでるの?」

 「ハワイなど初めて来たからな。何があるか分からんから一通りのものは持って来た」

 「虚戈さんは?散歩行く?」

 「マイムはお部屋でもうちょっと寝よっかな☆」

 

 そういうわけで、私とスニフ君と極さんでホテルの周りを散歩することにした。おかわりをしに行ったスニフ君と虚戈さんが食べおわるのをゆったりと待って、私たちは一旦部屋に戻った。お皿を片付けに来たウェイターの人が目を丸くしてた。使いすぎたかも知れないけど驚くほどかな。

 部屋に戻ってポーチにハンカチとか財布を入れて、散歩用の軽い荷物を作る。スニフ君はカンカン帽を被って、極さんは日傘を準備して、それぞれ準備を終えていた。薬を飲んでる荒川さんと、もうベッドでいびきをかいてる虚戈さんを部屋に残して、私たちはホテルを出た。朝のハワイはまだ暑すぎないのが気持ちよくて、キラキラ光る海とこれから1日が始まるという街の雰囲気で、なんだかわくわくしてくる。集合時間まで、あともうちょっとだ。

 


 

 シーン14『登場!ハワイ三銃士!』

 

 「ハイッ!それではみなさま、揃いましたね!」

 「ビーチをひとっ走り行ってきたっすよ!朝の浜辺は気持ちいいっすね!」

 「マイムも朝のダンスしたよー♬ハワイはたのしーねー♡」

 

 昨日紺田さんに言われた集合時間、ホテルのロビーに私たちはいた。2日目は班行動で島のあちこちに別れて行動するから、それぞれがそれぞれの予定に合わせた荷物を準備してきてた。

 

 「本日は皆様が学園で選ばれた4つのコースに別れて行動いたします。ご自分の選ばれたコースはご確認いただいていますでしょうか?」

 「今から変更はできるのかい?」

 「もう予定を組んでしまっていますので、直前での変更は承りかねます」

 「まあ変えるつもりもないけどねえ」

 「ところで紺田(ガイド)

 「なんでしょう星砂様」

 「四班に分かれて行動と言うが、お前はどうするつもりだ?まさか4つの班全てを引率するわけでもあるまい」

 「“超高校級のツアーコンダクター”ともなれば分身ぐらいできんじゃね」

 「おいマジかよ!?すげーなてんちゃん!」

 「Wow(わお)!ニンジャですか!?」

 「残念ながら私は忍びの者ではありませんので、1つの班だけ引率いたします」

 「じゃあ他の3班はどうするの?」

 「私の代わりに皆様を案内する、現地在住のコーディネーターがおります」

 「ここに来てまさかの新キャラ・・・」

 

 紺田さんが指を鳴らすと、ロビーのソファに座って楽しげに会話していた3人の外国人の男の人たちが立ち上がってこっちに来た。どうやらこの人たちがそうらしい。なんだかみんな体が大きくて怖そうな雰囲気がある。タトゥー入ってる人もいるし。でも、紺田さんが自分の代わりにって連れてきた人たちなら、信用してもいい、のかな。

 

 「本日皆様に各コースをご案内する、ハワイ三銃士を連れて参りました」

 「ハワイ三銃士!?」

 「ビーチとスポーツの専門家、ハワード」

 「うっす。よろしく」

 「山と自然の専門家、ワグナー」

 「がんばります。よろしく」

 「グルメの専門家、イカロス」

 「よっす、どうも」

 「この三名にそれぞれ案内していただきます。ハイッ」

 

 ハワードさんは肩から腕にかけておっきな花のタトゥーが入ったガタイの良いの黒人で、坊主頭にサングラスをかけてるから見た目がすごく怖いけど、笑顔が人懐っこくて面白そうな人だ。ワグナーさんはきれいな金髪とエラの張った輪郭が特徴的な白人で、短パンの下に伸びる脚がムキムキで正地さんがすごい顔で見てた。イカロスさんは他の二人より背が低くて恰幅がいいアジア系の顔立ちの人で、鼻の下の整った髭が印象的だ。そして、みんな日本語がすごく上手い。

 

 「オレたちみんな日本に住んでたことあるから、日本語ペラペラなんだぜ」

 「ハイッ。ですから皆様ご安心ください。この三人が通訳も兼ねておりますので」

 「なら安心だな。凡俗に言語が通じないストレスは辛いだろうからな。俺様のいる班では全く問題ないが!」

 「昨日からお前が英語で活躍してるシーン一個もなかったけどな」

 「それでは、まずは海三昧チームの方!ハワードの方へ!」

 

 マリンスポーツ班の皆がハワードさんの周りに集まる。茅ヶ崎さんはサーフボードまで持ってもうやる気まんまんだ。城之内君はハワードさんと英語で二言三言交わして握手の進化バージョンみたいなヤツをやってる。いつもは背が高く見える雷堂君も、ハワードさんと並ぶと普通の高校生くらいに見える。どれだけ遊ぶつもりなのか、大荷物を持った星砂君が雷堂君にいくつかバッグを持たせてた。

 

 「続いて、山登りチームの方!ワグナーの周りにお集まりください!」

 

 これから山登りをするということもあって、しっかりした服装と荷物の皆がワグナーさんの元に集まった。須磨倉君と皆桐君はやっぱり健脚っていうこともあって、割と軽装でストレッチなんかしてた。極さんは日除けの帽子に長袖長ズボンで完全にハイキングにいくおばさんみたいになってた。暑くないのかな。最後に極さんに負けず劣らずおばさんみたいな恰好をした荒川さんが、ちょっと不安げについて行った。本当に、いつも運動なんかしない荒川さんが山登りなんかして大丈夫かな。ワグナーさんがちょっと考えるような顔してるけど。

 

 「文化学習チームの方は私が引率いたします!こちらへ!」

 

 文化体験ということもあって、ここが一番統一感のない班になった。正地さんは夏らしい薄手のワンピースに帽子を被った涼しげな恰好で、鉄君は色の薄い明るい甚兵衛で、虚戈さんはフリルやリボンがついた可愛い派手派手な服装にアクセサリーも付けてる。相模さんは見慣れた和装でホテルの人たちからもサムズアップされてたし、たまちゃんはいつもより大人しめな服装だけど日傘にサングラスに日焼け止めクリームべったりだった。やっぱりステージに立つ人はああいうの気にするのかな、と思いかけたところで虚戈さんが見えたからその考えは消えた。

 

 「最後にハワイ食い倒れチームの方々はイカロスのところへ!」

 

 あとは私とスニフ君と下越君とたまちゃんが集まった。下越君は分かるけど、スニフ君とたまちゃんも食い倒れツアーなのは意外だった。たまちゃんに聞いたら、なるべく外を歩かないでゆっくりできるから選んだみたい。文化体験ツアーは全然興味ないって。相変わらずさっぱりしてるなあ。スニフ君にも聞いたけど、もじもじしてて理由はよく分からなかった。美味しいものいっぱい食べたいのは恥ずかしいことじゃないよ。

 

 「それでは班分けも滞りなく済んだところで、班行動開始です!ハイッ!」

 

 紺田さんの号令に合わせて、ハワイ三銃士の人たちも各班に今日の行程表が載ったパンフレットを配って説明を始めた。私たちの班のパンフレットは美味しそうな料理の写真がたくさんあって、なんだかお腹が鳴りそうだ。

 

 「テンコから聞いたぞ、お嬢ちゃん?びっくりするほど食べるそうだな!」

 「そんなことないですよ。普通です」

 「朝飯食べてすぐにメシの写真食い入るように見るヤツが言うか」

 「それじゃあランチまでに腹を減らしとかないといけないな!まずは街まで軽くランニングといこう!」

 「え゛」

 「なにそれ!?バス移動じゃないの!?」

 「街まで大した距離じゃないし、腹ぺこは最高のスパイスなんだぜアケビちゃん!」

 「その名前で呼ぶな!たまちゃんだろうが!」

 「だろうがって・・・」

 

 いきなり思惑が外れたたまちゃんが怒るけど、イカロスさんは全然気にしてない風で、陽気にランニングコースの説明なんかしだす。一回街と反対方向に行ってから大回りでレストランに行くって・・・割と本気のランニングだ。なんかいきなり思ってたのと違う・・・。

 


 

 シーン15『海三昧チーム①』

 

 「ハワイと言ったら!海・三・昧!」

 「なにそのポーズ?」

 「そいじゃまずはワイキキビーチを通って港に行くぜ!ついといで!」

 「港?ビーチで遊ぶんじゃねーの?」

 「今日は一日無人島を貸し切りだから、まずは島に渡るところからだ」

 「班行動の一部で無人島貸し切りって・・・希望ヶ峰学園ってマジですごいんだな・・・」

 「いや、学内福引でハワイ旅行の時点で普通じゃないから」

 「Let's go(いくぜ)!」

 

 ハワードの引率で、あたしたちはまずワイキキビーチのすぐ近くにある港まで歩いた。完全にビーチで遊ぶつもりだったから結構荷物が多かったけど、それは先に車で送ってくれるらしい。だったらあたしたちもその車に乗って行きたいんだけどな。

 ビーチの近くを歩くと、もう海水浴客でいっぱいだった。確かにこれだけ混んでたら遊ぶのも色々制限がかかりそう。だからってそのために無人島借りちゃうのもすごいけど。

 

 「星砂お前、いつもの格好どうした」

 「阿呆か。こんな暑い中で黒コートなど着ていられるか。城之内(ゴーグル)こそ貴様、あのゴテゴテした格好はどうした」

 「潮風で錆びるから置いてきたわそんなもん!ていうかお前、ろくに腕相撲も勝てねえくせにマリンスポーツなんかできんのか?」

 「はっ!これだから凡俗は!マリンスポーツだろうが潮干狩りだろうが、腕相撲以外で俺様が凡俗に遅れをとることなどないわ!」

 「逆になんで腕相撲だけ遅れを取ってんのかが分からねえ・・・」

 「なんだいホワイトヘッド!腕相撲がどうしたって?」

 「He's proud of strength(自信ありだってよ)!」

 「Don't bullshit(でたらめ言うな), you(貴様)!」

 

 歩きながら前でバカ三人が盛り上がってる。ムキムキのハワードが星砂に筋肉を見せつけて、城之内が笑ってる。三人とも日本語も英語も話せるから、ところどころ何を話してるか分からない。でもなんだか楽しそうだからいっか。

 

 「星砂のヤツ、なんだかんだ楽しそうだよな」

 「へっ!?あ、そ、そう・・・だね」

 

 いきなり雷堂に話しかけられてドキッとした。いつの間に隣にいたんだろう。ていうか同じ班だから隣にいるのは当たり前か・・・。あの三人が楽しく話してると、自然とあたしたちが二人きりになるってわけか・・・。城之内、グッジョブ。昨日から引き続きアンタには借り作りっ放しだわ。日本帰ったら学食くらい奢ってあげよ。

 

 「最初は同じクラスのヤツらともまともに話そうとしなかったのに、よくあそこまで打ち解けたよな」

 「・・・雷堂は、星砂のことよく気にしてるよね。そんな仲いいの?」

 「特別そういうわけじゃないな。まあ、悪くもないけど。あいつが俺以外のヤツと話してるところあんま見なかったから、ちょっと心配だっただけだ」

 「そっか。あ、あのさ・・・全然話違うんだけど」

 「ん?」

 「雷堂、なんでいんの?」

 「・・・え?ご、ごめん・・・」

 「あっ!違う!違うから!そうじゃないから!」

 

 なに今の!?あたし感じ悪っ!?なんでいんのって選んだからに決まってんだろ!そうじゃないし!なに焦ってんのあたし!?緊張してんの!?はあ!?

 

 「お、おい茅ヶ崎?なんか・・・大丈夫か?」

 「違うから!大丈夫だから待って!あ、あの、雷堂がこのコース選んだのがちょっと意外だと思ったから、なんでかなって思って言っただけだから・・・ごめん、変なこと言って」

 「ああ・・・あ、そういうことか」

 「(あ〜、もう最悪!はっず!)」

 「別に、ハワイ来たら海だろってなんとなく思っただけだよ。茅ヶ崎や城之内みたいに、なにか明確な目的があったわけじゃないし」

 「城之内もなんか目的あったの?」

 「水着美女のナンパでもしようと思っただけだろ」

 「ナンパ・・・」

 

 昨日のことを思い出して、なんとも言えない気持ちになった。あいつに助けてもらったけど、あいつも逆にあの二人組みたいなことしようと思ってたのかな。いや、さすがに修学旅行に来てあそこまでやらないか。

 

 「あ、いや!俺はそういうの興味ないからやらないぞ!?」

 「分かってるよ。あんたにそんな意気地ないでしょ」

 「え〜・・・いやまあ、そうなんだけど」

 「・・・ごめん」

 

 雷堂がそこら辺の水着着た金髪美女に鼻の下伸ばしてるところを想像してみたらなんだかむかっ腹が立ったから、つい言葉がキツくなった。なんでこうなるかなあ。一応謝ったけど聞こえてるか微妙だな。そう分かっていながら言い直せない自分が嫌になる。

 

 「HEY!着いたぜBoys&girl!こいつがお前たちを無人島までエスコートしてくれるアルバトロス号だ!」

 「ホバークラフト!?マジかよイカす!!」

 「名前はともかくロマンがあるではないか!名前はともかく!」

 「アルバトロスって?」

 「アホウドリ」

 「やっぱり男子なら一度は憧れるよな!ホバークラフト!水陸両用!高速航行!後ろの謎のプロペラ!これで高まらねえヤツァ男じゃあねえ!!」

 「うおおおおおっ!!サイコーだハワード!!」

 「なんか俺もテンション上がってきた・・・!まさかホバークラフト乗れるなんて・・・!」

 「なにこれ?ついて行けないあたしが悪いの?」

 

 ホバークラフトは意外だったし乗ってみたいとは思ってたけど、なんで男子はこんなテンション上がってんだろ。みんなでハワードのこと胴上げしてる。恥ずかしいからあたしはその真横をスルーしてさっさと乗り込んだ。中は意外と広くって、たった4人の高校生が島を移動するために使うには豪華過ぎるような気がした。ていうか内装の趣味が全体的に海賊っぽくて、ハワードの趣味全開って感じ。

 

 「眼帯とフックグローブつけるヤツ!」

 「俺様しかいるまい!ふははは!この船のキャプテンは俺様だ!ヨーソロー!」

 「オレ操舵手やるぜ!舵輪まで付いてるたあハワード分かってんな!雷堂もなんかやれよ!」

 「えっと、じゃあ俺は航海士とかかな。“才能”的にも」

 「雷堂はシャイだな!ごっこ遊びも満足にできないようじゃ、マリンスポーツを全力で楽しめんのか!?」

 「それとこれとは別だろ」

 「ていうか、ごっこ遊びはいいから早く島連れてってよ」

 

 男子のアホなノリに付き合ってたらとんでもない大火傷するのが目に見えてるから、あたしは一歩引いたところでただ見てた。雷堂もその気配を感じ取って、でも心の底では参加したい気持ちもあって、その間で揺れ動いてた。

 ハワードが操縦室に入ると、すぐにホバークラフトは船体の下から空気を噴射して動き出した。思ったより揺れて椅子から転げ落ちそうになった。でも男子はその不安定さにもテンションが上がってるみたい。

 

 「いっけー!全速前進!」

 「目標は無人島!面舵いっぱいだ凡俗(やろう)ども!」

 「残念、直進だ」

 

 船体の下から空気が噴き出しながら移動してるせいか、下から伝わる振動と窓から入ってくる音が物凄い。でも普通の船より加速も走力も上回ってて、窓の外を流れる景色からホノルル本島が消えて、あっという間に海だけになっちゃった。

 

 「はえー!すげー!」

 「おいハワード。どこの島向かっているのだ?」

 「正面に見えてるだろう?あそこだ!」

 

 操縦席の後ろから前の景色を見ると、小さい島が正面に見えた。全体的になだらかで、岩山の上に森があるけど浜辺の辺りはかなり開けてる。本島からは船で10分程度ってところか。今日は晴れて波と風のコンディションもいいから、いい波乗れそう。

 

 「お嬢ちゃん、サーファーの目になってるね」

 「当然。乗りに来たんだから」

 

 ホバークラフトは浜辺の近くに設置されてた桟橋に付くように停泊して、ハワードが積み込んだ荷物を次々と浜辺に下ろしていった。あたしたちの荷物もあったけど、それ以外にバーベキュー用の器具とかマリンレジャー用の水上バイクなんかもあった。な、なんか多くないかな?今日一日で遊び尽くせるのか心配になるくらいだ。

 

 「着いたー!!上陸!!」

 「俺様が一番乗りだ!!ここをハイド島と名付けよう!!」

 「いつまでそのノリなのよ」

 「お前たち荷物運ぶの手伝ってやれよ」

 

 桟橋の下に見える海は思わず見惚れちゃうくらいに透明で、浅瀬だから泳いでる魚の姿まではっきり見える。遠浅の沖合の方に目をやると、サンゴ礁っぽい影が見える。たぶん軽く潜っただけでもいろんな魚が見えるんだろうな。

 浜辺の方も、高くなった日差しを受けて細かい砂が白く輝いてて、浜辺全体が光ってるみたい。打ち寄せる碧い波が耳に気持ち良い音を規則的に届けてくれる。なんだかこの島を見てたら、私もテンション上がってきた。

 

 「うん!この島すごくいい!」

 「茅ヶ崎の目が輝いてる・・・」

 「よーし!こっからランチまではフリータイムだ!浜辺で遊ぶもよし!マイボードで波に乗るもよし!希望があれば船も出してやるぜ!」

 「ハワード最高かよ!オレはまず普通に泳ぐからシュノーケル貸してくれ!」

 「俺様も泳ぐぞ!みよこの肉体美!」

 「ガリガリじゃねーか。てかいつの間に脱いだ」

 「俺もまずは泳ぐかな。昨日はビーチバレーしかしてないし」

 「お嬢ちゃんはどうする?」

 「当然!サーフィンするに決まってるでしょ!」

 

 サンゴ礁があるエリアからは離れた場所は、大きめの波がどうどう音を立てて浜に打ち寄せてきてる。超いい感じ!早く乗りたい!早速たくさんの荷物から自分のボードを出して、上着を脱いで浜辺に畳んでおく。

 

 「ちぇっ、なんだよ。もう下にウェットスーツ着てんじゃねえか」

 「なに期待してんだスケベ野郎!」

 「ぶわっ!ぶへーっ!!砂飲んじまった!!ぺっぺっ!」

 「昨日だけでも見直して損した」

 「ん?なんかあったのか?」

 「なんも!じゃ、あたしあっちで好きなようにやってるから!」

 「たくよー、冗談通じねえヤツだな」

 「さっきのは貴様が言うと冗談に聞こえんのだ」

 「Hey guys!せっかくだったらシュノーケリングよりウェイクボードしねえか!?」

 「おっ!それも楽しそうだな」

 「シュノーケリングは午後にしようか。茅ヶ崎ひとりだけ離れた場所に行かすのは心配だしさ」

 「いいだろう!ならば昼食の肉をかけてウェイクボード耐久秒数勝負といこう!」

 「望むところだ!おいハワード!できるだけ荒っぽく頼むぜ!Get rough(めちゃくちゃしたれ)!」

 

 

 

 ボードに乗って沖までパドリングで出る。やっぱり船の上から見るのと、実際に海に出風と波の具合を肌で感じるのとでは全然違う。海面を見るだけじゃ分からない大きな水の力を体全体で感じて、次にどんな波が来るのかを察知して、いい波が来るまでいくつもの波をやり過ごす。

 深い水底から突き上げてくる巨大なうなりを感じたらボードの先を浜辺に向けて、タイミングを合わせてテイクオフする。動き出したら勢いを殺さず、流されず、フィンに当たる波を感じながら重心を調整する。希望ヶ峰学園のプライベートビーチで練習してるときはいつも無意識でやってることだけど、新しい場所でやるときは必ず意識するようにしてる。そうした方が、その海、その浜、その波の特徴や癖を掴めるような気がする。ここの波とは仲良くできそう。

 

 「やっぱりイイ感じ・・・!!超イイ感じ!!」

 

 緩やかに浜辺近くまで戻って来て、だいたい波の感じが分かった。たぶんもう少ししたら風が出て来て、波も大きくなってくる。そしたら、もっと色んな乗り方ができるようになるはず。これならお昼まで退屈しなさそう。男子どもはあっちの方で遊んでるはずだから、ちょっとくらいハメ外してもいいかな。

 

 「おーい茅ヶ崎ー!」

 「ん?」

 

 と思ったら、あのスケベの声が聞こえてきた。しかも海の方から。何かと思ったら、ハワードが運転する水上バイクの後ろで水飛沫をあげながら海面を滑ってた。ウェイクボードやっとる!!楽しそう!!ズルい!!

 

 「シュノーケリングは午後に一緒にやることになったから気兼ねなくサーフィン楽しぼらばさばはッ!!!」

 「余所見するからだ!!」

 「あっははは!!大丈夫かあいつ!?」

 「99秒!!ふはは!!その程度か!!」

 「あ〜、なるほどね」

 

 ウェイクボードの耐久でもしてるんだ。また男子のノリか。確かに激しいけど、あれくらいだったらあたしが入ると勝負にならないから、むしろ男子たちだけでやっててよかった。海からあがってきた城之内は長い髪の毛がべったりくっついて妖怪みたいになってる。そのまま船までハワードに乗せてもらって、次は雷堂だ。

 

 「100秒がんばればいいんだな。よっしゃ。飛行訓練で鍛えたバランス感覚みせてやる」

 

 40秒もたなかった。

 

 「情けないな雷堂(勲章)

 「人のこと笑っといて半分もこらえてねえじゃねえかよ!」

 「ぶくぶく・・・」

 「やっぱアホだ」

 

 へっぴり腰だからあっという間にボードから引っぺがされて海面を引きずられてた。面白かったけど、それよりも海でめちゃくちゃにされてる雷堂見てたらなんか、ちょっと興奮してきた。あいつの分もサーフボード持って来て、海でひっくり返してやりたくなってきた。

 

 「よーっしゃ、次はお前だ星砂!あんだけ人のこと笑ったんだから見せてくれよな!」

 「当然だ!穴という穴をかっぽじってよく見ておけ!」

 「死んだかと思った・・・」

 「訓練でなにやってたんだよお前は」

 「じゃあ行くぜホワイトヘッド!」

 

 10秒もたなかった。

 

 「口ほどにもなさ過ぎてひく」

 「かっぽじり損だ」

 「ごぼごぼ・・・」

 「アホがアホなことしてる・・・」

 

 船から離れた瞬間から足下がガタガタしてて、結局動き出した瞬間に頭から海に落ちてた。城之内と雷堂はさすがに落ちるのが早すぎて笑ってもないし、ハワードは落ちたとも思ってなくて明後日の方向に走って行ってる。星砂がカナヅチだったら死んでたな。ていうかあいつがはちゃめちゃになっててもちっとも興奮しない。

 

 「お前・・・やったことないのによくあんな自信満々で・・・」

 「理屈は分かった。体験して要領も掴んだ。次こそは1時間乗ってやる」

 「10秒もたなかったヤツの台詞とは思えない不遜さだ」

 「何がどうなったら10秒未満が1時間超えになるんだよ!っていうか結局オレが最長じゃねえか!」

 「いや、まだだ。おい茅ヶ崎(半裸)!お前もやってみろ!」

 

 結構遠いところからだけど、周りに人がいないのと星砂の声がデカいからはっきり聞き取れる。あたしはもうちょっとここの波に乗りたいんだけど、せっかくだったら普段できないこともしてみようかな。

 

 「まさかパドリングでここまで来るとは」

 「言えばハワードが迎えに行ったのに」

 「これくらい余裕だって。海に関しちゃあんたたちよりずっとエキスパートなんだからね」

 「なんだ。結局お嬢ちゃんもやるのか。いいぜ!乗りな!」

 「女には少々難しいだろう。コツを教えてやろうか」

 「10秒で海の藻屑になるコツか」

 

 自前のボードよりちょっと小さいけど、バランスをとるのには問題ない。素足にかかる優しい波が気持ちよくて、前を行くハワードの水上バイクについていく飛沫がちょっと顔にかかるのもまた気持ち良い。なんか今あたし、夏の海を満喫してる!って感じ。

 

 「そいじゃスタートするぜHot girl(かわいこちゃん)!」

 

 1時間くらい乗ってやった。お昼ご飯が遅くなるって男子たちから泣きが入って終わった。

 

 「なあ雷堂、星砂」

 「どうした」

 「昼飯の肉の賭けさ、なかったことにしようぜ」

 「うむ」

 「そうだな」

 


 

 シーン16『山登りチーム①』

 

 「っしゃー!そんじゃあ今からバスでトレイルコースの入口まで移動だ!キリキリ乗りな!」

 「輸送(はこ)ばれる囚人かよ」

 

 俺たち山登りチームはワグナーの引率で、まずはキラウエア火山のトレイルコース近くの駐車場まで移動するらしい。なんでもキラウエアは火山活動が活発になってきてて、もともとたくさんあるトレイルコースや展望台のいくつかが閉鎖されてるらしい。火口付近にあったとある展望台は崩落したとか。大丈夫なのかよそれ。

 

 「だ、大丈夫なんすか!?いきなり噴火したりしないっすか!?爆発したりしないっすか!?」

 「キラウエアは頻繁に噴火活動を繰り返している活火山として有名だ。溶岩流で集落を消滅させたこともあるが、爆発的な噴火は稀だ。溶岩の粘性も小さく、ハワイ式と呼ばれる特徴的な噴火活動が見られるのも魅力の1つだ。ちなみにキラウエアという名前はハワイ語で“噴き出す”という意味があるそうだ」

 「そういう解説チックなことはオレの仕事だから取らないでくれるかな。インテリジェンスリケジョガール」

 「頭痛が痛いみたいなこと言うな」

 「よく調べて来てるな荒川」

 「すごいっすね荒川さん!物知りっす!尊敬するっす!」

 「ただでさえ山登りなどというチームを選んでしまったのだ。それも活火山という危険地帯なのだから、入念な下調べをしなくては心の平穏を保てないだろう」

 「なんでこのチームを選んだんだお前」

 

 活火山ってことで俺と皆桐は心配気味になって、一番よく調べてるらしい荒川が一番不安そうにしてて、極はめちゃくちゃ落ち着いてた。ワグナーは自分の仕事が取られてしょんぼりしてたけど、そこから駐車場に着くまでは車内を盛り上げるためにゲームとか歌とかでテンションあげにきてた。皆桐は楽しそうにしてたけど、極も荒川もそんなタイプじゃねえし、俺もいまいちノりきれなくて、微妙に気まずい空気のまま、バスはキラウエア火山のトレイルコースの駐車場に着いた。

 

 「さあ着いたぞ!今日のキラウエアはずいぶんとご機嫌なようだぜ!」

 「は?」

 

 バスから降りるとキラウエア火山が目の前にどんと居座ってた。トレイルコースらしい山道がうっすら見える。良い天気なのになんでちょっと薄暗いんだと思ったら、火口付近から雲みたいな灰が噴き出してきてた。空から降ってくるような、地面から突き上げられるような、バカデカい震動と爆発音が一定間隔で繰り返されてる。

 

 「思いっきりななめじゃねえかご機嫌!!」

 「このコンディションで登っていいのか・・・?」

 「火口に近付かなきゃ大丈夫だ。ま、この後火山活動が激しくなって溶岩流が出始めたら一巻の終わりだけどな!」

 「中止だ中止!ホテルに戻らせてくれ!」

 「大丈夫だって。痛みはないから」

 「そんな心配してないっすよ!!」

 

 溶岩らしいものとか、炎とか、飛んでくる石とか、明確に危ないもんは見えねえけど、この火山活動がこの後どう変動(はこ)んでいくかなんか誰にも分からねえのに、なんでワグナーはこんな余裕なんだよ。いくら噴火が日常茶飯事っつったってこれはさすがにやべえだろ。

 

 「ジャパンにもちょいちょい噴火する火山があるだろ?しかも街の近くに」

 「ああ、桜島か。そういえばそうだな」

 「納得するんすか極さん!?噴火してる桜島に登る人なんかいないっすよ!?」

 「退避コースはたくさんある。溶岩流より速く走れれば問題ないから」

 「ああ、なるほどっす」

 「お前もそれで納得するのかよ!」

 「ダメだ。既に多数決で負けている。我々がいくら言っても結局登るぞこれは」

 「それでいいのか荒川も!」

 

 まあ、マジでヤバかったらそもそもこの駐車場に入れるわけもねえんだし、いざとなったら俺はひとりでも逃げ切れる自信があるから、別にいいんだけどよ。気が休まらなくてゆっくり登山なんか楽しめんのかよ。

 

 「トレイルのときはマナーをしっかり守るんだぞ。ゴミのポイ捨てや自然破壊はもちろん厳禁だ。すれ違うグループには一声かける。コースを外れたときはまずどこのコースでもいいから戻って下山。どんなときでも冷静に、だ。守らねえと火口にぶん投げるぞ」

 「今日に限ってはそのジョークがシャレになってねえんだよ」

 「山頂までダッシュするのはいいっすか!?」

 「それ用のコースはあるが、今日は普通に歩くだけだ。またの機会にしな、ブカツボーイ」

 「自然破壊ではないが、研究用サンプルの採取は認められるか?」

 「ちゃんと当局に許可を得てからでないと無理だからやめとけよ。リケジョガール」

 「何しに来たんだお前ら」

 

 山登り前に入念なストレッチで体を温めて、トレイル中の注意事項を確認する。観光客が気軽に登れる山とはいえ、自然をナメてかかったら人間なんか簡単に捻り潰される。よっぽど大丈夫だとは思うが、ワグナーの指示には素直に従っておいた方がよさそうだ。

 

 「よし!じゃあ行くぞ!」

 

 やたら張り切ってるワグナーの後に続いて、トレイルコースを登り始めた。なだらかな山肌だから行く道は結構遠くまで見えてる。こりゃよっぽどのことがない限り迷うことはなさそうだ。足下には思ったより草がたくさん生えてて、うっかり色んな花を踏んだり枝を折ったりしちまいそうだ。荒川が俯きながら歩いてるからテンション低いのかと思ったら、物欲しそうにあちこちの草を見てた。どっちかっていうとあがってんのかこれ?

 

 「ワグナー、頂上までどのくらいだ?」

 「ゆっくり行っても一時間くらいだぜ!あそこに見える展望台から火口を見学して、その後は公園の博物館で火山岩やこの辺の植物の見学をする予定だ」

 「質問っす!昼ご飯はどこで食べるっすか!?」

 「展望台にレストランがあるが、持ち込みも自由だ。そこで噴き出すマグマを見ながら世界一ダイナミックなランチと行こうぜ!」

 「思ったより道が平坦で歩きやすいな。私もこれなら無理なく行けそうだ」

 「健脚自慢におすすめっつってたけど、荒川が大丈夫なら誰でも大丈夫だよな」

 

 他にトレイルコースを歩いてる人を見ると、明らかに観光客っぽい子供連れとか、その辺に住んでる人っぽいサンダルに短パンとタンクトップのおっさんとかがいる。公園って名前がついてるんだし、本当にここは気軽に来られる場所だったのか。噴火活動が活発っつっても、そこまで深刻な雰囲気が出てないのは、やっぱりその程度ってことなのか。

 登山っていうよりは散歩みたいなペースで、ゆったりした坂道をまったり登っていく。頭の上を飛んでいく野鳥や、よく分からない道端に咲いてる花に、ワグナーはいちいち解説を入れてその度に足が止まる。絶対これ頂上まで一時間じゃきかねえだろ。

 

 「フフフ・・・想像以上に楽しめるな、このツアーは。採取禁止の取り決めさえなければ、大量のサンプルが得られただろうことだけが惜しいが」

 「サンプルを得たところで、税関で没収されるだろう」

 「須磨倉」

 「断る!」

 「まだ何も言ってない!」

 「どうせ俺に密輸(はこ)ばせようってんだろ!そんな勝算のねえ話にのれるか!」

 「勝算があったらやるっすか」

 「金次第でな」

 「冗談だと思うから見逃してるけども、なまじ実行できそうな悪巧み大声で話さないでね」

 

 本気でやるっつうなら、税関はともかくここから持ち出すことくらい訳ねえけど、リスクがデカ過ぎるのと俺が旨味を感じるくらいの金を荒川が出せるとは思えない。確かにやろうと思えばやれるから、疑われそうなことは言わねえ方がいいか。日本語分かるヤツもそんないないだろうけど。

 

 「こんな公園でそんなことはないだろうが、私やお前はただでさえトラブルに巻き込まれやすい“才能”なのだ。無駄に危険を冒すようなことはするなよ、須磨倉」

 「分かってるよ。俺だって密輸(はこ)ぶリスクも分かってるし、そんなに成功させる自信ねえよ」

 「う〜ん、なんかおかしいんすよね・・・。やろうと思えばできる感じが」

 「しかし本当にこの公園の環境は興味深い。希望ヶ峰学園ではこれほど火山に近付く体験はなかなかできなかったからな。外国の自然に触れるのもはじめてだ」

 「リケジョガールは自然が好きなんだな!」

 「自然というか、素材、だな」

 「素材?」

 「詳しく聞くな。正気度が減る」

 

 相変わらず怪しげなことを言う荒川にそれ以上は話させないようにしながら、代わりにワグナーのハワイの自然解説を聞いていた。麓にはこの自然を利用したお土産なんかも売ってるらしくて、それなら日本に持って帰ることもできるらしい。弟と妹(あいつら)にも何か買って帰ろうかな。

 

 「さっきから、走って行く人もいるっすね。ここランニングコースにもなってるっすか?」

 「あれはああいうスポーツだ。トレイルランニングっていうな。まあここはそんなに険しい道でもないし、彼らにとってはジョギングと変わらないのかも知れないな」

 「自分も走っていいっすか!?」

 「やめろ。そもそも山道は走るところではない。それに狭い山道を走るのは他の登山客の迷惑になるし、単純に危険だ」

 「あだだだだ!!な、なんで腕の関節キめるんすか!?言っただけっすよ!?」

 「む。すまん。いつものクセで」

 「どんなクセだ。城之内にプロレス技かけすぎなんだよお前は」

 「Oh・・・キミはあれだ。バイオレンスガールだな」

 「なんでもいいが」

 

 皆桐の気持ちも分からないでもないけどな。登り始めてから、何人かダッシュしてる人たちとすれ違ったり追い抜かれたりした。これくらいの山なら走って登るのも楽しそうだ。日本の山じゃこうはいかないだろうからな。

 こんな感じで皆桐が極に間違って間接決められたり、荒川の話で全員の正気度がちょっとずつ削られたり、俺も俺で弟と妹(あいつら)のことばっか考えててワグナーの話が右から左だったりで、ときどき聞こえてくる火山活動の音で気持ちが引き締まったり緩んだりを繰り返してたら、気付いたら目的地の展望台まで辿り着いてた。

 

 「お、もう頂上かよ」

 「いつの間にこんなに登っていたのか・・・平らと言えど山は山だな。海と街がある良い眺望だ」

 「ここからなら火口もよく見えるな。見えてはいけないような赤色も実によく見える」

 「やっほー!!」

 「響かねえよ?」

 「山に登ったら言うもんじゃないっすか!?」

 「反響するもんが周りにないだろ」

 「何言ってるっすか須磨倉さん!山には山彦って妖精がいて、自分たちの声を真似して遊んでるんすよ!」

 「お前が何を言ってんだ」

 

 日本の山ならまだしもキラウエアに登ってやっほーなんて言うヤツ、皆桐以外にいなくて恥ずかしい。極の言う通り、比較的高いところまで来たからか、登ってきたコースだけじゃなくて昨日言ったビーチや、海水浴チームが行ったらしい無人島までちょっとだけ見えてた。こりゃいい景色だ。

 

 「ちょうど雲が流れていってるな」

 「気持ちいい天気になってきたっすねー!火口の周りをひとっ走りしたい気分っす!」

 「トレイルロードはあるが、今は火山活動が活発になってるから立ち入り禁止だ。諦めなダッシャーボーイ。よーしみんなそこに並べ。写真撮るぞー!」

 「しゃ、写真!?そんな陽のイベントに参加してもいいのか・・・!?後から心霊写真だなんだと嗤ったり・・・」

 「しない。寄れ」

 

 ワグナーがカメラを構えた途端に焦りだした荒川の襟首を極が掴んで引き寄せる。悪さしたネコか。どんな人生送ってきたらそんなマイナーな発想が出て来るんだ。走り出しそうにうずうずしてる皆桐を引き寄せて、極と俺で火口を背にしてしゃがみこむ。

 

 「はい、チーズ」

 

 ワグナーがシャッターを押す瞬間に、背後でまたドデカい爆発音がした。大丈夫かこの写真。

 

 「シャバ僧にヤキ入れたヤンキーのプリクラみたいだな」

 「使いどころのない日本語が堪能すぎるな」

 「めちゃくちゃいかつい写真になってるっすよ!?なんでヤンキー座りなんすか二人とも!?」

 「なんかとっさに座ったら自然にこうなっちまった」

 「こんな写真を親に見られたらグレたと思われてしまう・・・ヤンキーと一緒に映るなんて・・・」

 「誰がヤンキーだ。須磨倉はまだしも私は極めて普通の女子高生然としているだろう」

 「普通の女子高生は髪の毛そんな盛り盛りにしねえ」

 

 撮れた写真は、マジでシャバ僧にヤキ入れたヤンキーのプリクラみたいな感じになってた。後ろで爆発が起きてるところがより厳つさを増してる。ハワイで撮ったって言っても誰も信じてくれねえよこれ。学園のスタジオで撮れるわ。

 

 「さてと、ちょいと早いが、この辺でランチにしようか。あっちの、海と火口がよく見えるデッキに行こう」

 

 いい具合に陽が差してきて、(ひさし)がある展望デッキは気持ちいい日光といい景色が同時に堪能できる絶好の昼飯スポットになってた。皆桐がダッシュで場所取りをしてきてくれたおかげで、5人全員が並んで座れる。目の前は噴火口があって、その先に海、頭の上から差す陽はグリーンカーテンが和らげて、納涼床みたいになってた。

 

 「いい場所っすね!サイコーっす!」

 「微かに潮風が薫るな。ところで、ここはただの展望台のようだが、ランチはどうするんだ?」

 「オレがちゃーんと買ってきてあるぜ!ハワイで山登りと言ったらこれしかないだろ!」

 「なんだこれ?」

 

 ワグナーがリュックサックから、発泡スチロールのトレイを2つ重ねた容れ物を人数分出して来た。一緒に箸もついてるけど、なんだこれ。開けてみると、見るからに食欲をそそる良い色の唐揚げがごろごろ入ってた。専用のソースも一緒に付いてるし、マヨネーズも準備してあった。

 

 「わーい唐揚げ!自分唐揚げ大好きっす!」

 「ちっちっち。ただの唐揚げじゃないんだぜダッシャーボーイ。こいつの衣は餅粉さ」

 「もちこ?」

 「うっまあああああああああ!!?なんじゃこりゃあ!!?」

 

 一口食べた瞬間、ざっくざくの衣の食感の奥から飛び出してくるジューシーな鶏肉の旨味で口の中が飽和した。ほんのり香る醤油の風味と、油っこさがないだけじゃなく歯に心地良い感触の衣。自分でも気付かない内にどんどん口に放り込んでいって、はっと手を止めたらあと一個だけになってた。6個くらい入ってなかったか?

 

 「餅粉で揚げるだけでこんなに美味いんすか!?美味くて感動っす!!うおおおおおんっ!!」

 「美味い・・・!はじめて知ったぞこんなもの・・・!」

 「おっ?バイオレンスガールも気に入ったかい?そりゃよかった!はじめてちょっと笑ったな!」

 「え、極が笑った・・・!?」

 「笑うぞ、私も」

 

 なんでも餅粉チキンって言うらしい。餅粉で鶏肉を揚げたからだそうだ。そのままだな。それにしても、この発泡スチロールのトレイで、山の上で良い景色を見ながらだと、2倍増しで美味く感じる。餅粉さえあれば作れるなら、弟と妹(あいつら)にも作ってやろうかな。ワグナーに聞いたら普通にその辺で売ってるらしい。土産(はこ)んでやるか。

 

 「さて、餅粉チキンもいいが、登山と言ったら日本じゃあれしかねえよな!」

 「あれって?」

 「おにぎり!!」

 「そんなことない!!」

 「残念ながら、梅干しや昆布やおかかみたいなお馴染みの具は持って来てないんだ。悪いな」

 「なんでだよ!!自信満々だっただろ!!」

 「私はネギトロがいい」

 「イレギュラー出してくるなよ」

 「だが!ハワイが誇る最高のおにぎりを用意したぜ!!」

 

 やたら勿体付けて、ワグナーがリュックサックをまさぐる。そこから出て来たのは、日本のコンビニおにぎりとは比べものにならないくらいデカいおにぎりだった。四角く切った肉の塊が、卵寿司みたいに海苔で固定されてた。

 

 「スパムおにぎり〜〜〜!!」

 「スパム!の!?」

 「おにぎり!?」

 「顎砕けるほど美味いぞ!」

 「だったら食べたくない!顎砕きたくない!」

 

 聞いたことあるヤツだ。スパムってあの、缶詰に入ってる塩漬け肉だろ。あれをおにぎりにしたのか。絶対美味いヤツじゃんか。

 

 「美味いいいいいい!!スパムの塩気と肉の旨味が米と綯い交ぜになって見事に調和がとれている!!ずっしり手に感じる重さなのにひとつくらいぺろりといけてしまいそうなほど美味い!!」

 「なんすかその解説めいた感想。荒川さんテンションあがってるっすね」

 「いやしかし、無理もないぞ。本当に美味い。グルメチームでなくてもこれほどのものが味わえるとは、得した気分だ」

 「コーラ飲むか?」

 「ワグナー最高かよマジで。一時はどうなることかと思ったけど、このチーム選んでよかったわ」

 「胃袋に正直なヤツだ」

 

 いやマジで煙吐いてるキラウエア見たときは生きて帰れる気がしなかったけど、実際登ってみたら思ったよりしんどくないし、飯は美味いし、景色も良いし、良いこと尽くめだ。なんか他の班のヤツらに申し訳なくなってくるな。

 

 「自分、スパムおにぎりもう一個もらっていいっすか!?」

 「食べ過ぎて動けなくなるぞダッシャーボーイ」

 「大丈夫っす!自分食べてすぐ走ってもお腹痛くならないっすから!」

 「病院行け」

 

 どうやらスパムおにぎりがよっぽど気に入ったらしく、皆桐がワグナーのリュックサックをまさぐってスパムおにぎりを探し出した。ぐるぐる巻きになってるラップを剥こうとしたとき、おにぎりが皆桐の手から溢れた。

 

 「おっとっと」

 「おい何してんだよ皆桐」

 「っとっとっと」

 「皆桐。そっちは柵がないぞ。気を付け──」

 「っと──」

 「皆桐が火口に落ちたあああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 転がってったおにぎりを追いかけて皆桐が展望台から落ちやがった!!柵無いの分かっててなんであんな何の疑問もなく落ちれるんだよ!!?

 

 「皆桐いいいいいいいいいいいいいい!!大丈夫かあああああああああああああ!!」

 「おにぎり取ったっす!!ラップしてたから大丈夫っすよ!!」

 「そんな心配していない!!」

 「おい待て。なんか音がしないか?」

 「なんだ?この地響きのような音は?」

 「まずい!!ダッシャーボーイ!!すぐに上がってこい!!噴火するぞ!!」

 「急展開が過ぎる!!」

 「上がるって言ってもこんな壁みたいな火口登れないっすよ!!」

 「なんとかして戻って来い皆桐!修学旅行で死人はシャレにならん!」

 「目の前で死ぬな!寝覚(はこ)びが悪くなる!」

 「そんなところで死んだらこの辺りの生態系に甚大な影響が出るだろ!」

 「誰も自分の心配はしてくれないっすか!?」

 

 ついさっきまでおにぎりが美味えだの唐揚げが美味えだの言ってたのに、なんで生き死にの話になってんだ!?なんて思ってたら火口の中心辺りがなんだか赤くなってきたし、煙もさっきより増えてる気がする。けど皆桐がいる場所からここまではジャンプした程度じゃ届かないくらいの高さがあって、しかも壁がちょっと反り立ってる。すぐにワグナーがレスキューに電話してるけど、それより絶対噴火の方が早い。

 

 「おい皆桐いいのかそれで!お前それでいいのか!」

 「なんで急に全否定してくるんすか!?ちょっ、助けてーーー!!」

 「お前のダッシュで登れないのかー!?」

 「壁登りなんてできないっすよー!!うおおおおおおんっ!!」

 

 いつもはわけわからん理由で泣いてるけど、このときの涙はガチだな。けどここにはロープもはしごもないし、持って来る時間はないし──。

 

 「っておい!危ねえぞ皆桐!」

 「へっ──うおおおっ!!?熱っ!?」

 「走れ!とにかくどこでもいいから火口からトレイルルートに戻れ!」

 「うあああああああああああああっ!!!」

 

 火口から噴き出してきた煙や水蒸気が皆桐に襲いかかる。見てるだけでめちゃくちゃ熱そうだ。ワグナーが咄嗟に走って逃げろと言ったことに反応して、皆桐は猛烈なダッシュで逃げ出した。落ちた壁を登ることはできなくても、火口の周りを走ることはできるみたいだ。眼から湧き出す涙が流れ星の尾っぽみたいになってる。

 

 「いやあいつどこまで行くんだよ!?火口の反対側まで走る気か!?」

 「んっ?いや、いいぞ皆桐!そのまま走れ!走り続けろ!」

 「どうした荒川。あのまま走ってもいずれ疲れ果てて溶岩に落ちるだけだぞ」

 「バイオレンスガールの発想が悪魔だ」

 「いや。よく見てみろ。あのまま走り続ければ、皆桐はここに戻って来られる」

 

 やけに冷静に眼鏡をクイッと上げる荒川の言う通り、皆桐が走る軌跡に目を凝らす。走ったところは岩が崩れて分かりやすい。最初に走り出したところから、火口の8分の1くらいを走った辺りまでは特に変化はない。けど、そこから先はなんだか火口の中心から距離が離れてるように見える。いま、皆桐はちょうど火口の反対側辺りを全力ダッシュしてるけど、ここから落下ポイントまでの半分くらいの高さまで上がってきてるのが目に見えて分かった。

 

 「おおっ!?マジで!?なんで!?」

 「フフフ・・・火口に沿って走ることで遠心力が発生し、下へ向かう重力とぶつかることで皆桐の体全体にかかる力の向きが火口の斜面に垂直になる。そうすることで──」

 「難しいことはいいから救助の準備だ。皆桐がここに戻って来たところを捕まえるぞ」

 「よっしゃ!ナイスティーチボーイとオレでダッシャーボーイを捕まえるから、リケジョガールとバイオレンスガールは人を集めて、オレたちをしっかり支えておいてくれよ!」

 「壁走りならぬ火口走りかよ。あいつの“才能”もずいぶんブッ飛んでんな」

 「──これは物理学の初歩中の初歩の考え方の応用であるが、理屈で説明するよりも現実は難しくだな」

 「いつまで解説してんだよ!人を呼べっての!」

 「無茶を言うな!コミュ障をなめるな!」

 「ただの人見知りだろ!」

 

 得意分野と苦手分野で態度が極端に違う荒川のケツを引っぱたいて、俺とワグナーは柵の無い展望台に腹這いになって皆桐を待ち構える。もう火口の四分の三までは上がって来てて、だいぶ火口の縁に近いところまで来てる。まだ泣いてるけど、皆桐も自分の状況とこっちの意図は理解したみたいで、完全にこっちに目掛けて走って来てる。

 けどどんどん溶岩も上がって来てて、ちょっとでも気を緩めたらマジでマグマの中に落ちてしまうくらいには危険な状態だ。

 

 「うおおおおおおおおおおおんっ!!!みなさあああああああああああああん!!!」

 「走れ皆桐!!絶対に下を見るな!!」

 「ダッシャーボーイ!!手を出せ手を!!」

 

 火口を走り続けて、いつの間にか皆桐の体は地面とほぼ平行になってる。それにも気付かないほど全力でダッシュしてきた皆桐が、助けを求めるように両手を出した。俺とワグナーがそれを片方ずつしっかり掴む。

 

 「上げるぞ!跳べ皆桐!」

 

 三人で息を合わせて皆桐の体を引き揚げる。皆桐のダッシュの勢いに引っ張られて、飛び上がった皆桐の体ごと斜め後ろに吹っ飛ぶ。俺の体を押さえていた荒川とその辺の観光客たちにだけは当たらないように、体を捻って皆桐を展望台の腰掛け台に落とした。

 

 「うげえっ!!?」

 「だああああああっ!!!いってえ!!!肩よじれた!!!」

 

 木の床を転げ回ったせいで体中が痛い。極度の緊張感で一瞬のうちに全身から汗が噴き出して、それがひいてくと薄ら寒さすら感じた。けど、とにかく皆桐は無事みたいだ。死ぬほど肩で息してるけど、死ぬよりマシだ。

 

 「ぜーっ!ぜーっ!ぜーっ!」

 「み、皆桐・・・!大丈夫か!」

 「・・・り」

 「え?」

 「スパムおにぎり・・・落としたっす・・・!ぐすっ」

 

 何か喉まで出かかったけどぐっと堪えた。とにかく助かってよかった。おにぎりは後でコンビニで買ってもらえ。

 


 

 シーン17『文化学習チーム①』

 

 「ハイッ!それでは出発です!ホテルのすぐ近くが中心街になっていますが、まずはバス移動でございます!」

 「紺田さんが案内してくれるなら安心だわ。やっぱり初対面の人の引率って怖いもの。ね、鉄くん」

 「ああ・・・そうか?」

 「その割には正地氏、ハワイ三銃士の体を結構まじまじ見てたよねえ」

 「いよーっ!?異国の殿方は矢張り惹かれる物が在ると!?然うなのですか正地さん!?」

 「や、やあねえ。そんなことないわよ。変なこと言わないで!」

 「うごっ」

 

 私たち文化学習チームを引率してくれるのは紺田さんだった。ハワイ三銃士も紺田さんが連れてきたんだから心配いらないと思うけど、ハワードさんなんかイロイロ見てみたかったけど、チーム分けは日本にいる時にもう済ませちゃったから仕方ないわよね。

 

 「で、まずはどこへ行くの?」

 「まずは皆様、ハワイの文化に触れようということで、お昼ご飯を食べにポリネシアン文化センターに参ります。そちらはステージイベントもありますので、ディナーショーならぬランチショーですよ!ハイッ!」

 「おお!いきなり素晴らしそうな行程!いよはなんだか胸が高鳴って参りました!」

 「ステージイベントってなんだい?」

 「それは着いてからのお楽しみでございます!」

 

 熱い陽射しが照り返す道を、日陰を選びながら歩いて行く。ビーチから聞こえてくるはしゃぎ声や波のさざめきがちょっとだけ暑さを和らげてくれてるような、そんな気がする。紺田さんが言ってたポリネシアン文化センターまでは距離があるから、ホテルから少し離れたところに待機してたリムジンバスに乗って、島の反対側の方まで行く。とは言ってもそんなに時間もかからず、どんなイベントがあるのか楽しみだっていう話で車中は盛り上がった。

 

 「ポリネシアン文化センターってそもそも何なのかしら?」

 「ポリネシアン文化のセンタ〜だろお?」

 「ぽりねしあんとは?」

 「インドネシアの近くじゃないのか?」

 「オセアニア地域の一部の名称でございます。ハワイ、ニュージーランド、イースター島を含む三角形のエリアを指します」

 「広っ!?イースター島!?」

 「ポリネシアン文化センターは、その中に根付く文化を再現した村が6つも存在し、そこで彼らの文化を体験できる施設です。お土産屋さんやカヌーツアーなどもございます!ハワイにお越しの際は是非お立ち寄りください!」

 「誰に言ってんの?」

 

 私たちにパンフレットを配りながら、紺田さんがそんな説明を簡潔にしてくれる。パンフレットには、カラフルな民族衣装に身を包んだ人たちや、大きなカヌーで川を進んでる楽しそうな光景が収められた写真が載っていた。村の名前はトンガとかタヒチとか、名だたる常夏のリゾート地が名を連ねてる。見ているだけでわくわくしてきて、1日だけじゃ遊び尽くせなさそうなくらい。

 

 「楽しそうなところだねえ」

 「本日は、民族楽器の体験と水で落とせるタトゥー体験、やり投げ、古代のボードゲーム大会などを予定しております」

 「目白押しね。文化系から体育系から」

 「いよーっ!刺青を入れるので御座いますか!?」

 「お湯に浸ければ簡単に落ちるので、お風呂で落とせます。ご安心ください」

 「いざとなったら極氏に頼めばなんとかしてくれるさあ。鉄氏なんかはガタイがいいからタトゥ〜似合いそうだねえ」

 「何言ってるの!鉄くんの体はこれで完成なの!パーフェクトなの!分かってないわね!」

 「おおぅ、ごめんよお・・・」

 「何故鉄さんより正地さんの方が躍起になっていらっしゃる?」

 「風呂で落とせるならやってみたくはあるが」

 

 納見くんの軽率な発言を諫めて、だけど鉄くんの体にタトゥーを入れるならどこにするかをあれこれ妄想(イメージ)してるうちに、いつの間にかバスはポリネシアン文化センターに到着してた。狭い島とはいえ、バスでそれなりに時間がかかるはずだったんだけど、案外近いところにあるのね。

 

 「それでは皆様、まずはバスを降りて入口前に集まってください。ここで記念撮影をします」

 「魂取られる!?」

 「昨日普通に写ってたでしょ」

 「大きいところだねえ。なんだか賑やかな音が聞こえてくるねえ」

 「一般のお客様方もいらっしゃいますので、くれぐれも団体行動を乱さずに男女交互に並んでください」

 「なんで交互?」

 

 紺田さんに言われた通り男女で交互にバスを降りて、センターの入口前に集まった。神様か何かの、大きな彫像が両脇にある背の高い門には、ポリネシアンカルチャーセンターと書いてあった。門を守ってる神様的な何かの彫像は、顔は怖いけどいかにも南国の守り神って感じがする。

 

 「てんちゃんも一緒に写りましょうよ!ほらこっち来て!」

 「は、はい!ありがとうございます正地様!」

 

 カメラはタイマーにしておいて、5人で記念写真を撮った。やっぱりこのメンバーだと鉄くんが頭3つ分くらい抜きん出てて、ギネスブックの写真みたいになっちゃった。その後は早速文化センターの中に入って、まずは民族楽器の体験をしに行った。

 

 「まずはこちら、フィジー村で民族楽器の体験をします!ハイッ!」

 「フィジー、聞いたことはあるが、どんなところなのか全く知らないな・・・」

 「フィジーはポリネシアとメラネシアの境に近いところにある、300以上の島々からなる諸島国家です。特徴的なのはヤシの木などの植物繊維による縫製技術で、船や家を作る際に用いられています。こちらの家は全て手作りですね」

 「手作り・・・なるほどねえ。やろうと思えばこれだけのことができるってことだあ」

 「いよーっ!?是も植物を編んで作ったのですか!?天女の衣は縫い目が無いとは申しますが、此方も相当に緻密な出来映え!いよっ!」

 「楽器というのも、植物を使ったものなのか?」

 「ハイッ!こちらの、デルアという竹製の打楽器です!こちらのテントの中で、体験していただきます!」

 

 村に入るといきなり、村長さんの家があった。全部フィジーの伝統技術で作られたらしくて、木と葉っぱだけでできているらしい。大人が何人入ってもビクともしない頑丈な作りになってて、とても植物だけでできてるとは思えない。それに、どうして切り取った木や葉っぱが傷まないのかしら?

 てんちゃんに通されたテントの中には、周りよりほんの少しだけ高くなった小さいステージがあって、そこにマイクとスピーカーが設置されていた。そのステージに向き合う形で、たくさんのパイプ椅子が並べられていて、もうたくさんの人たちが座って待っていた。年齢も人種も色々で、色んな国から集まって来てるのが分かった。

 

 「こちらが皆様のデルアです。周りにぶつけてしまわないようご注意くださいませ」

 「長い・・・どうやって演奏するんだ?」

 「地面に叩きつけて演奏します。あまり強く叩きすぎると壊れてしまうので、力加減にはお気をつけを」

 

 てんちゃんが、私たちにそれぞれデルアを配る。背が高い鉄くんにはとっても長くて太くて大きいヤツが来た。楽器というより、竹をそのまま切り取ったみたいだった。でも端っこを削った上に何かの塗料を塗って、叩きつけても壊れにくくしてあった。

 

 「さて皆様、そろそろ演奏会が始まりますよ」

 

 ステージに、日焼けしたアロハシャツのおじさんが上がって来た。おじさんもデルアを持ってる。マイクで何か色々話すけど、ところどころは聞き取れるけど通して何を言ってるのか分からない。困って納見くんと鉄くんを見るけど、二人も首を傾げてる。相模さんに至っては最初の挨拶から聞き取れなかったらしくて、首を傾げすぎて頭が痛くなっちゃったみたい。なんだか周りの人たちはくすくす笑ってるらしいから、取りあえず愛想笑いだけしておく。

 

 「ご心配なく。必要なことは私が訳しますので。ちなみに今は傑作のハワイアンジョークを披露されたところでして・・・おっと、早速練習ですよ」

 「ハワイアンジョ〜クが気になるなあ」

 「リズムに合わせてデルアで地面を叩いてください、まずは先生のお手本です」

 「あのおじさん先生なの?」

 

 てんちゃんが話した直後から、トロピカルなゆったりとした音楽が流れてきて、それに合わせてステージのおじさんがデルアで足下の地面を叩き始めた。まずは一定のリズムでトントントン。ちょっとアップテンポでトトトントトトントットトトン。次が難しくてトントコトントコトットトトトン。

 

 「む、難しくないか・・・?覚えられん・・・」

 「鉄氏は音楽の成績悪いからねえ。好きなように叩けばいいんじゃあないかい?」

 「よく分かりませんが、楽しそうですね!いよは斯うした遊戯は得意ですよ!」

 「それではやってみましょう。先生の合図でスタートですよ。せーのっ」

 

 また同じ音楽が鳴り出して、お客さんみんながデルアを持ち上げる。さっき聞いた音楽に合わせて、できるだけついて行けるように集中する。

 

 「むっ、おっ、おおっ・・・?あっ、んう」

 「いよっ♬いよっ♬いよっ♬いよよいよっと♬」

 「こんなに違う?」

 「鉄氏は周りとズレるしデカいしでよく目立つねえ」

 「・・・参った」

 

 全然ついていけないであたふたしてる鉄くんと、リズムに乗って器用にデルアを扱う相模さん。そして何より場数を踏んでるおかげでプロ顔負けの技術を見せるてんちゃん。私と納見くんは普通に楽しみながらも、三人の力量差を見て楽しんでいた。

 

 「思った以上に鉄氏の音楽センスがないことが分かったよお」

 「んん・・・」

 「鉄くんはそういうことじゃないからいいのよ」

 「いよは大変楽しませて頂きました!(さて)、お次は何でしょう?」

 「お湯で落とせるタトゥー体験をします!同じくフィジー村内で行いますので、あちらの建物までどうぞ」

 「どんなタトゥ〜があるんだい?」

 「タトゥーシールですので、現在の在庫状況によりますね。伝統的な文様や動物、船などを模したものが多いです。人気なのは動物ですね」

 

 デルア体験の後は、タトゥー体験をしに別の建物に移動した。先に体験をしてる人たちがたくさんいて、みんな腕とか胸とか肩とか、色んなところにシールを貼っていた。背中一面に貼ったりほっぺにやる人もいた。あんまり落としにくいところはちょっと困るかな・・・。

 

 「シールなので皆様ご自分でも貼っていただけます。背中など貼りにくいところは他の方が貼ってあげても構いません」

 「閃いた!鉄くん!」

 「正地氏、ほどほどにねえ」

 「鉄くん!背中に大きいタトゥー入れてみたくない!?入れてみたいわよね!胸元とか、太ももとか、脇とか腰とかうなじとか!」

 「い、いや、俺はそんなには・・・。というか、どんどん目に入りにくいところになっていってるが・・・」

 「広背筋ー腹直筋ー外腹斜筋のラインにおっきなタトゥーを入れたらきっとカッコイイわよ!脇のところとか腿にこういうの入れたらもうそれはエッ」

 「正地様。自重を」

 「いよぉ・・・親から頂いた大事な体に斯様なものを貼り付けるのは抵抗が・・・」

 「大丈夫だよお。ちゃんとお湯で落ちるって言っただろお」

 「ではいよは控えめに。是を首元に貼ったらお洒落でしょうか?以前に城之内さんに教わりまして」

 「それはちょっと相模氏にしては刺激的過ぎるかなあ。城之内氏を信用し過ぎだよお」

 

 最初は鉄くんのキレイに鍛えられた体にタトゥーを入れるなんて考えられなかったけど、いざ目の前にたくさんのタトゥーシールが並んで、それを鉄くんの体につけているところを妄想(イメージ)したら、なんだかすごく色んなところが熱くなってきた。もう全部あちこちにつけてあげたいと思ったけど、貼った数だけお金かかるみたいなのと、鉄くんがあんまり乗り気じゃなかったから自重した。

 

 「俺はこの小さいヤツを腕にしておこうか」

 「あーーー、逆にアリ。アリ寄りのアリ」

 「ただのアリじゃないかあ。おれはちょっと頑張って鎖骨に貼ってみようかなあ」

 「納見くんがそんなのしてもダメよ。細くて白いのに」

 「筋肉差別がひどい」

 「正地様はどうなさいますか?」

 「私はこれだけでいいわ」

 「いよっ?随分控えめですね」

 「相模さんは可愛いの選んだわね」

 

 相模さんがおしゃれでかわいいタトゥーシールをてんちゃんと選んでたのに対して、私は手元にあった羊のタトゥーシールを選んだ。ちょっと可愛いけど、雰囲気が部族的でちょっと怖い。でも絵柄がどれもそんな感じだ。てんちゃんと相模さんはそれでも、上手いこと組み合わせておしゃれに決めてる。鉄くんばっか見てないでこっちに参加すればよかった。

 シールを貼るのは簡単で、水で濡らしたシールを肌に直接乗っけておいて、少ししたらもう完成だった。ちょっと際どいところに貼る人もいるから、男女でカーテンを隔てた場所で貼るようになってた。さすがにこれをめくってまで鉄くんの体を見に行くほど尊厳は捨ててない。見に行きたかったけど。

 

 「正地様・・・ずいぶん際どいところに貼りましたね」

 「そう?こういうところにあるのがおしゃれじゃない?」

 「いよ・・・腋はいよも抵抗が有りますね」

 「若い女の人のお客さんで、こういうところに入れてる人が多いのよ」

 「ほとんどの方は腕や手の甲に入れたりしますね。私は仕事柄、遠慮させていただいていますが」

 「いよは一の腕に!此の様に!いよっ!と見得を切ると映えるのです!」

 「いつ見得を切るのよ」

 「日頃から!」

 「三人ともお〜?終わったかい?」

 

 納見くんと鉄くんもタトゥーを貼り終わったみたいで、カーテンの向こうから声をかけてきた。早速出来上がったのを見せあいっこした。私のを見せたら鉄くんと納見くんは赤くなってた。さすがにちょっと攻め過ぎちゃったかな、と思ったら私まで恥ずかしくなってきた。

 

 「俺はこんな感じだ」

 「ン゛ァッ!!」

 「どうした正地!?」

 「唐突な上腕二頭筋は心臓に悪いわよ・・・もはや歩く18禁だわ」

 「何を仰ってますでしょうか?」

 「いいのいいのお。おれも鎖骨は止めてお腹に貼ってみたよお」

 「いよーっ!締まりのないお腹ですね!」

 「放っといておくれよお」

 

 いきなり鉄くんの力こぶを見せつけられて、心臓がきゅってなった。辛うじて膝をつくだけで済んだけど、もうちょっと鉄くんは自分の肉体美を自覚するべきだわ。不用心過ぎてどっかのよからぬ輩に狙われて返り討ちにしたりしないかしら。

 

 「いよぉ。真似事と申しても刺青が入るだけで何やら浮ついた気持ちに成りますね」

 「ホテルに帰ったらみんなに自慢したいねえ」

 「納見様はともかく、鉄様は本気に取られてしまうかも知れませんね」

 「気を付けよう」

 「さて、そろそろお昼ご飯の時間ですが、その前にやり投げ体験で汗を流しましょう。タヒチ村の方に移動します」

 「フィジーからのタヒチ・・・贅沢な旅行みたいだ」

 

 タトゥー体験でひとしきり盛り上がった後は別の村に移動になった。タヒチ村っていうところは、パッと見た感じではフィジーとの違いはよく分からなかったけど、なんとなく建物が平屋で背の高いヤシの木が目立つように生えてるのが印象的だった。

 

 「タヒチは元フランス領で、現在では周辺諸島を含んだ委任統治領の首都となっております。フランス料理はございませんが、こちらの村ではセンター内で最もアクティブな村となっております」

 「風が気持ち良いですね!常夏の楽園とは此処の事ですか!いよっ!」

 「やり投げ体験はあちらの広場です!他の方の槍が飛んでくることがありますがありますので、十分お気を付けください」

 「槍飛んでくるの!?怖い!」

 「命に別状はございませんのでご安心を」

 「死ななきゃいいわけじゃないぞ・・・冗談だよな?」

 「やり投げは伝統的な狩猟技術が発展したスポーツです。こちらでは島原産の植物を加工した特別な槍を使って、飛距離を競います。男女で基準が違いますので、基準をクリアしたら豪華景品がございます!」

 「豪華景品って?」

 「お昼ご飯が一皿増えます!」

 「てんちゃん氏それ好きだねえ。こっちには鉄氏がいるから期待できるねえ」

 「できるだけのことはしよう。さっきはみっともないところを見せてしまったからな・・・」

 

 もう何人かの人たちが体験してて、びゅんびゅん槍が飛んでる。扇形に整えられた広場に飛距離のラインが引かれてて、赤い基準値ラインの周りに槍が乱立してる。結構クリアしてる人も多いから、鉄くんじゃなくても私たちも頑張ってみたらいけるかも。

 

 「それではまずは女子から参りましょう」

 「てんちゃんさん!御手本を是非見せて頂きたい!いよは槍投げは初体験故に!」

 「私も見たいわ。てんちゃん、こういうツアーを案内してたらやる機会もあったんじゃない?」

 「おれたちにやらせてばかりだからてんちゃん氏のも見てみたいねえ」

 「せっかくだ。紺田も楽しんでくれ」

 「私にやらせるとなったら急に連携が・・・かしこまりました。これでも“超高校級のツアーコンダクター”、旅行のノリで無茶振りをされたり現地のパフォーマンスに巻き込まれることもあろうかと、行程中に何が起きても対処できるよう特別な訓練を積んでいるのです」

 「あれ、なんか変なスイッチ入っちゃったこれ?」

 

 相模さんが悪気無しにてんちゃんにふったのを私がちょっとイタズラのつもりで言ったら、納見くんと鉄くんもノってきててんちゃんもやる気出し始めちゃった。私も悪気はないのよ。でもてんちゃん、日本からガイドしっぱなしだし、なんだかんだ昨日も一緒に写真撮ったりするときに嬉しそうだったから、これも楽しんでくれるんでしょう。腕まくりして、ヒールと靴下を脱いで素足で芝に立ってるし。本当に本気だわ。

 

 「槍は真ん中よりやや先端よりを、指で引っかけるように握ります。力任せに投げるのではなく、助走の勢いを乗せて腰を捻り、全身を風車のように使って投げます。腕を動かすと槍の飛ぶ方向がブレて飛距離が出ませんので、肘や手首の角度は固定です。射出角度は風向きによっても変わりますが、45度を意識すると良いでしょう」

 「本気の説明が始まったわ」

 「普通にやっても飛ぶんだよな・・・?」

 「せっかくですから、一番飛んだ人にはさらに一皿追加することにしましょうか」

 「てんちゃんさんの其の一皿追加する権限は何処から来るのです?」

 「鉄氏の勝ちに決まってるからそれはいいよお」

 「果たしてそうですかね」

 

 そう言うと、てんちゃんは槍を持ったまま後ろに反った変な恰好になった。私たちがそれに突っ込むより先に一陣の風が会場を吹き抜け、その風に乗るようにてんちゃんは助走をつけ、槍を投げた。

 

 「ヌぇい!!」

 「ヌえい!?」

 「いよーっ!?破茶滅茶に飛んだ!?」

 

 槍が空気を貫く音がしたかと思うと、その影はあっという間に視界の奥に飛んでいって、何メートル先かもよく見えない地点にきれいに刺さった。てんちゃんは投げた勢いをしっかり足で受け止めて、一戦交えた後のレスラーみたいなポーズで佇んでた。

 

 「てんちゃん大丈夫!?体弾け飛びそうな勢いで投げたわよ!?」

 「いえ・・・えへへ、照れますね。少し本気を出してしまいました」

 「最強クラスの台詞!」

 「記録は・・・約55m!?」

 「どれくらいすごいのかよく分からないけど取りあえずおれたちの手が届く領域じゃあないことは分かったよお」

 「皆様、やり方は分かりましたか?」

 「投げ方よりてんちゃんさんを見ておりました・・・。いよーっ!いよも頑張ります!」

 「ここまではやらなくていいと思うぞ」

 

 計測係の人が記録を伝えるとどよめきが起きてたから、取りあえずこれがすごいらしいことは分かった。取りあえず、てんちゃんが投げる前に言ってたことを思い出しながら、できるだけ遠くに飛ぶように私たちもやってみた。でも相模さんが約7m、私が10mちょっと。鉄くんは30mを超える大記録だけどてんちゃんの後だから霞んじゃったし、納見くんは投げ損ねた槍が足下に刺さって一回転して尻餅をついて記録なしだった。

 

 「あいたたた・・・」

 「いよーっ!鉄さんも流石ですが、てんちゃんさんの記録が改めて凄まじい物と見えました!」

 「お見苦しいところを・・・」

 「まあ、なんだ。意外だったが、良い特技だと思うぞ」

 「たくさん運動したからなんだかお腹が減ったわ。いま何時?」

 「正地様の体内時計はとても正確ですね。ちょうどお昼ご飯のお時間です。あちらにレストランがございますので、そちらに移動しましょう」

 

 やり投げも一回じゃなくて何回も投げさせられたせいで、終わってみたらどっと疲労が押し寄せてきた。一息ついたらお腹がぐうと鳴って、いつの間にか結構な時間が経ってたことに気付いた。てんちゃんはさすがに手際が良くて、私たちがお腹を空かせるだろうタイミングを見計らって、きちんとレストランに席を用意していたらしい。しかもこのレストラン、ランチとディナーにはハワイアンショーが見られるらしくて、それを見ながらポリネシア料理を楽しめるっていうところだった。

 レストランはステージを要に扇形に広がった客席に、四人掛けの四角いテーブルが等間隔に並べられていて、松明風の照明や南国っぽい観葉植物が飾られていた。天井はあるけど壁はなくて、明るい陽射しや軽やかな風が外からレストランの中に入り込んでくる。気温は暑いはずだけど、じめじめした気持ち悪さは感じない。むしろ気持ち良いくらい。

 

 「皆様のお席はこちらです。恐れ入りますが、後ろのテーブルにもお客様がいらっしゃいますため、鉄様はこちらのお席におかけくださいませ」

 「ああ、そんなことまで。すまん」

 「いよーっ!鉄さんの正面は威圧感が凄まじいですね!正地さん!代わっていただけませんか!」

 「ダメよ。正面に鉄くんがいたら、ステージに余所見してる場合じゃなくなっちゃうわ」

 「ステージは余所見になりませんので、ハイッ」

 「お料理はコースになっておりますので、ドリンクのみオーダーをお願い致します」

 「おれはウ〜ロン茶がいいなあ」

 「じゃあ、私はココナッツミルクにしようかしら」

 「いよは蕃石榴果汁飲料(ばんざくろかじゅういんりょう)を!」

 「俺は炭酸水にしようか」

 「かしこまりました!」

 

 席につくとてんちゃんが店員さんに代わってドリンクの注文を取った。私たちの注文を流暢な英語で店員さんに伝えるのを見ると、やっぱりかっこいいなって思う。ところで、相模さんのばんざくろなんとかで分かったのかしら。

 

 「相模氏、ばんざくろってなんだい?」

 「ふふん!納見さん、若しや御存知無い?南国の果実にて御座います!赤い其の実から絞った果汁を甘味飲料にすると美味なのですよ!」

 「蕃石榴はグァバのことだ。あまり馴染みがないと思うのだが、よく知っていたな」

 「以前、城之内さんにこういったお店に連れて行っていただいたので!」

 「しれっとデートしてること暴露してるわよ」

 「いよぉ///照れますねえ///」

 

 いきなり相模さんが城之内くんとデートしたときの話をし出した。仲良いと思ってたし、城之内くんが相手ならデートくらいするわよね。相模さんがどう思ってるか知らないけど。

 

 「さて皆様。お飲み物が運ばれてきましたよ。お料理とショーももうまもなく始まりますので、乾杯しましょう」

 

 フラダンスの恰好をした人が飲み物を運んできた。もう本当にこの空間は隅から隅までポリネシアン文化に染まっていて、もともと異国の地だけど、また違うところに飛んできちゃったみたいな感覚になる。最初のフルーツサラダが運ばれてきてすぐ、ステージの方に火の点いた棒を持った裸の男の人たちが出て来た。ファイヤーダンスをやるみたい。

 

 「それでは、ショーとランチを楽しみましょう。乾杯!」

 「かんぱ〜〜い!!」

 


 

 シーン18『食い倒れチーム①』

 

 「はふっ!はふっ!」

 「うおォン!俺はまるで人間火力発電所だ!」

 「うぅ・・・こんなチーム選ぶんじゃなかった。恥ずかしい・・・」

 「たまちゃんさんダイジョブですか?あーんします?」

 「するか!スニフ君はされる側でしょ!」

 「はむっ」

 「よく食べるなキミたち。胃袋に穴でも空いてるんじゃないか?」

 

 オレたち食い倒れチームは、イカロスの案内でホテルの近くにある繁華街にやってきた。ここはハワイ料理はもちろん、日本料理や中華、アメリカンもイタリアンもフレンチもトルコ料理もなんでもアリな、まさに食い倒れストリートらしい。さすがに全部の店は回れねえから、イカロスがセンスで選んだ店を回ることになった。今は最初のステーキハウスで、ドデカいステーキにかぶりついてるところだ。

 

 「やっぱりSteak(ステーキ)はおいしいですね。Good(ステキ)です」

 「料理の美味しさよりも、隣でこいつらが勝手にフードファイトするのが恥ずかしいよ」

 「こんなに美味しいんだからいっぱい食べなきゃ損だよ、たまちゃん」

 「そうだぜ。しっかし柔らけえな。肉汁もどばどば溢れてくる。どうやったらこんな風になるんだ?」

 「厨房見学もできるけど・・・行ってみるかい?」

 「食べおわってからな!食事中に席を離れるなんてマナーがなってねえぞイカロス!」

 「ごめん・・・」

 「謝っちゃった。あんたガイドなんだったらちゃんとこいつら止めてよね!」

 

 昨日の晩飯でもステーキは出て来たが、あのときは食べられなかった部位もあるし、ラムチョップとかカジキマグロなんて珍しい肉のステーキもあるんだ。この後の予定も考えながら、それでも全部制覇しねえと“超高校級の美食家”の名が廃るぜ。

 

 「ていうか、一発目からステーキってどうなの」

 「本当はここのロコモコが美味いから、それのミニを最初に味わってもらおうかと思ったんだけどな」

 「ロコモコか!それもいいな!スニフ注文!」

 「私も食べてみたいな。大盛りにしてね」

 「は、はい!」

 「話聞いて」

 

 なんだよイカロスのヤツ!ここのロコモコが美味いなんて初めて聞いたぜ!早速スニフに注文してもらったけど、たまとスニフとイカロスはいらねえらしい。もったいねえことするな。スニフが注文したら店員がオレと研前のことを丸い目で見てきてた。まあ自分が作った料理を美味そうに食べられてるの見たら嬉しいよな。

 

 「ちなみにこの後ってどういう予定なの」

 「繁華街の方を街ブラしながら、おすすめの食べ歩きスナックを食べる予定だ。マラサダとか、おにぎりとか」

 「もぐ。マラサダって、もぐもぐ、なんだったっけ?」

 「インド風の辛いサラダ?」

 「なにそれ?」

 「ハワイ風の甘いドーナツだよ。中にホイップクリームが入ってて、周りに砂糖がまぶしてあって、パン生地はさっくさくなんだぜ」

 「ごくり・・・ボクそっちの方が食べたいです」

 「それと、おにぎり?ハワイに来ておにぎりなんて食べるの?」

 「スパムおにぎりってのが有名だぜ。塩漬け肉を巻いてあるヤツ」

 「それもいいが、食べるのはシンプルな塩にぎりだ。ハワイには日本にも負けないおにぎりの名店があるんだぜ」

 「じゅるり・・・食べたいです」

 「けどなあ。アンテナガールとポニテボーイが満腹になったら予定を変えなくちゃいけないかも知れないな」

 「うん?全然大丈夫だけど?」

 「自分の腹具合も分からねえで美食家なんか名乗れねえぜ!これくらいじゃまだ満腹にはならねえぜ?」

 「あんたたちホント、いい加減にしなよ。メニュー全制覇するつもり?世にも奇妙なストーリーか」

 「そうだな。ロコモコ食ったら次行くか」

 

 そんなこと言ってたら、すぐにロコモコもやってきた。ほかほか飯の上にぷっくり膨らんだ肉汁たっぷりのハンバーグと黄金色の目玉焼き、新鮮なしゃきしゃきレタスにパプリカも乗ってる。やっぱりハワイに来たらこれ食べねえとな!いやー美味そうだ!

 

 「この店はこれでおしまいか。名残惜しいぜ」

 「いただきます・・・!」

 「散々食べてきてなんでそんな新鮮な気持ちになれるのよ」

 「こなたさんこなたさん、早く次のお店行きましょうよぅ」

 「いま食べるところだから。静かにしててスニフ君」

 「ぴえん」

 

 いくらロコモコが美味そうだからって、そんな無碍にするもんじゃねえぞ。スニフだって早く次の店のマラサダ食べたいんだよな。マラサダにはどんな飲み物が合うだろうかな。っと、いけねえ。まずは目の前のロコモコに向き合わねえとな。

 デッカいハンバーグに箸を通すと、水風船が割れたみたいに肉汁が溢れて真っ白な米に染み込んでいく。ケチャップベースのオリジナルソースをかけて、目玉焼きの黄身を絡めてレタスの葉で米ごと巻く。そのままかっ込むのも魅力的だが、どんぶり物の真髄は自分なりの食べ方をそれぞれが追求できることにある。まずはレタス巻きだ!

 

 「あ〜、幸せ・・・♡」

 「このソース美味しいね。ミニロコモコだけどもっと食べたくなっちゃう」

 「Yummy(うんまー)!」

 「そんで後はひたすらかっ込む!!」カカカカカカカカッ

 「ボクも!!」カカカカカカカカッ

 「お行儀悪いよ二人とも」

 

 やっぱどんぶり物はこうやってかっ込むに限るな!ふわっふわハンバーグの肉感と酸味溢れるオリジナルソースが重なった複雑な味わい!熱々の米と卵がその強い刺激を受け止めてマイルドにしてくれるお陰でくどくなくて、レタスの清涼感が後味をさっぱりとさせてくれる!めちゃくちゃうめーぞこのロコモコ!ここマジでステーキハウスか!?もったいねー!!

 気付いたらあっという間にどんぶり一杯を食べ尽くしてた。最後に水をコップ一杯あおって、この店の食事はそこで終わりになった。さすがにこれ以上食べたら次の店から何も入らなくなっちまう。まだまだこれからカロリーもヘビー級な食事が続くはずだからな。セーブしておかねえと。

 

 「ごちそうさまでした!」

 「本当だよ」

 「どうする?次の店本当に行く?」

 「もちろん!マラサダ食べたい!おにぎりも!」

 「キミたちが食い倒れる前に希望ヶ峰学園の資産が倒れるかも知れないな」

 「ここでの食事代も全部学園が持ってくれるっていうんだから太っ腹だよね。おかげで遠慮無く食べられるよ」

 「たまちゃんたちに遠慮してよ。あんたたちと一緒にいると視線が集まって恥ずかしいんだよ」

 「でもたまちゃんさん、Idol(アイドル)ですよね。見られるのヘーキじゃないですか?」

 「アイドルに向ける目とびっくり人間に向ける目は違うでしょ」

 「はあ」

 

 イカロスが束になった伝票を持ってレジに行って、山ほどレシートを持ち帰ってきた。あれを丸ごと希望ヶ峰学園に送らねえといけねえらしい。大変だな、ガイドってのは。

 オレはこの店で腹4分目くらいまでいった。最初の店だからってちょっと張り切り過ぎたかな。ステーキもロコモコもあるってんだから、まあ今の所はこれくらいでいいか。これから歩いてく中で減ってったりもするだろ。

 

 「研前はいま腹何分目くらいだ?」

 「う〜ん、いっ・・・2分目くらいかな」

 「人間か?」

 「あんたが言うな」

 「じゃあ次のお店に行こうか、みんな。しばらく食べ歩きするから、常識的な量にしてね」

 「もちろんですよ?お腹いっぱいになって食べられないなんてもったいないですからね。ちゃんとお腹と相談して決めます」

 「たまちゃんたちと相談しなさいよ」

 

 店を出るとまだ昼前だった。いつもだったら間食でステーキとロコモコンなんてあり得ねえけど、まあ今日ばかりはいいだろ。その後はイカロスの案内で繁華街の方に歩いて行った。暑くて汗がだらだら出て来て、それだけで腹が減りそうだ。熱中症にならないよう塩を混ぜた水を飲みながら、人混みの中をすり抜けるように歩いて行く。やっぱりシーズンってだけあって、ハワイは混んでるな。

 

 「スニフ君、迷子になっちゃダメだよ」

 「だいじょぶですよ。まいごになってももどってこられますから」

 「下越の方が迷子になったら終わりだよね。研前は幸運だし、たまちゃんだって英語ちょっとくらいできるから」

 「下越君、迷子になっちゃダメだよ」

 「ガキかオレは!」

 

 馬鹿にしやがって!オレだって英語くらい分からあ!Aが「あ」でIが「い」だろ!しかしまあ、離ればなれになって合流するためにあくせくするのも時間がもったいねえし、イカロスの案内がねえとさすがにどこがどこだか分からねえし、迷子にならないように気を付けるに越したことはねえか。当然だが。

 

 「次の店にもう着くけど、本当にキミらお腹大丈夫か?」

 「うん!マラサダって何種類あるのかな」

 「さっきの今でコンプしようとするな!恥ずかしいっつってんだろ!」

 「ここの店だ」

 

 繁華街の海側に、浜辺が見えるように壁が抜けてる店があった。マラサダ専門店っつうより、南国スイーツ全般を扱ってるらしい。マラサダのディスプレイもあるし、フルーツが並んだ八百屋みたいなスペースもあるし、シャーベットやかき氷やハロハロまで置いてある。

 

 「ここではマラサダだけ食べるんだよ。それ以外は経費で落ちないからね」

 「自腹を切ればいくらでも食べていいってこと?」

 「マラサダ以外に手を出すなってことだよ!いい加減わかれ!」

 「ボクこのStrawberry(イチゴ)のがいいです!」

 「私はレモンチーズクリームのマラサダにしようかな。あと」

 「一個だけにして。お願いだから」

 「色んなフレーバーがあるんだな。オレはシンプルなヤツにしとく」

 「たまちゃんはチョコ!」

 

 さすがにここでまた時間を食うのは困るらしく、イカロスが研前にストップをかけてた。マラサダ美味いけど、そう何個も食うもんじゃねえからな。まあ繋ぎに軽くいっとくか。

 店の中はスイーツのディスプレイで全体的にキラキラしてて、控えめなBGMと波の音が混ざって耳に入ってくるから、なんとなく居心地が良い雰囲気になってた。ドデカい氷の塊も店の真ん中に設置してあって、店の中はひんやり涼しかった。ビーチがよく見える席に陣取って、イカロスが注文したマラサダを持って来てくれた。頼んでないジュースまで来たけど、それはサービスらしい。ハワイは観光客に優しいな。

 

 「これがマラサダか〜。確かにドーナツみたい。日本にもあるよね。ムッシュドーナツ」

 「あまァーーーーーーーーい!!」

 「ん?なんかいま懐かしい気配がした」

 「Yummy, yummy(ウマウマ)

 「もっと懐かしい気配がした」

 「揚げたてはやっぱり美味しいね。いくらでもいけちゃいそう」

 「ちなみに本来のマラサダは中にクリームは入ってないシンプルなドーナツなんだ。お土産にするならそっちの方がいいよ」

 「生クリームはさすがに持って帰れねえからな。いくらか買って行こうか」

 「ほらスニフ君、口の周りにクリームと砂糖ついてるよ」

 「むぐむぐ」

 

 外側の生地はカリサクっとして口当たりが良くて、まぶしてある砂糖が口の中で強烈な甘さに変わる。油が染み出てくるようなふわっふわの中の生地が、固めにホイップされたクリームと混ざって、砂糖の甘さを和らげて深みのある味わいにしてる。これは可愛らしい見た目に似合わずジャンキーだ。

 

 「すっごいカロリー爆弾の予感・・・」

 「たまちゃん、カロリーとか気にしてるの?」

 「当ったり前でしょ!たまちゃんはアイドルなんだから、体型維持とか体力作りとか、その辺の運動部より頑張ってんの!」

 「それにしちゃあテレビで見るときは『ボウリング球より重たいもの持てな〜い』とか言ってたような」

 「大概のもの持てるんじゃない?」

 「あんなのキャラ造りに決まってんでしょ。どうせ間に受けてる馬鹿なんかいないんだから、可愛く見せるテクニックは全部駆使するの。そういうもんなの」

 「もぐもぐ」

 「スニフ君、砂糖こぼしてる」

 「むあ」

 

 スニフの小さい口ででっかいマラサダを無理して食べるもんだから、口の周りはベトベトになるしズボンに砂糖はこぼれるし、研前が自分の口は止めないままあれこれ世話してやってた。マラサダばっかで喉が渇いてマラサダがつっかえそうになったから、無料のジュースを飲んでみた。かなり薄味だったけどほんのり酸っぱくて、甘ったるいマラサダによく合った。南国っぽいし雰囲気もばっちりだ。

 

 「こっちのはなんのジュースだ?」

 「ドラゴンフルーツって知ってるかい?ピタヤとも言うんだけど、あそこに並んでる赤い果物さ」

 「見た目は結構エグそうだけど、飲んでみると爽やかで美味しいね」

 「ごくごく」

 「スニフくんもよく食べるしよく飲むね。さすが子供は甘いもの好きだね」

 「子供だからじゃないです!ここのがおいしいからですよ!」

 「はいはい。そういうのはもうちょっとキレイに食べられるようになってから言いなよ」

 「むすっ。たまちゃんさんがいじわるです」

 「いや、実際こぼしすぎだぞ。アロハシャツ砂糖まみれじゃねえか」

 

 美味いマラサダに美味いジュース、ひんやり涼しい空気にときどき吹いてくる熱気混じりの風。絶えず聞こえてくる波の音。やっぱりハワイは最高だぜ。まだ午前中で昼飯前だってのに、このままずっとここにいたい気分になってくる。まだ出会ってないハワイ名物がわんさかあるってのに。

 

 「この後はどういう予定だっけ?」

 「おにぎり屋でおにぎりを食べて、その後レストランで昼食の予定」

 「いや、おかしい」

 「食い倒れツアーだからね。というか最初の店であんな馬鹿食いするとは思ってなかったから、まだ満腹の心配なんかしてなかったんだけど」

 「おにぎり一個くらいなら食べられるけど、それとマラサダとロコモコ丼食べて、そこからお昼ご飯なんて食べられるかな」

 「でも昼食はハワイ名物のカルアポークだよ。豚肉とキャベツを崩せるくらい柔らかくなるまで煮込んで、パンに挟んでサンドウィッチにしたり、プレートでライスと一緒に食べても美味しいんだ」

 「ごくり・・・!カルアポークか!美味そう!」

 

 肉ならさっきもステーキを食ったけど、今度は豚肉か。しかも柔らかくなるまで煮込んだとあっちゃあ、ステーキとはかなり違うもんになりそうだ。サンドウィッチなら軽食程度に食えそうだし、まだまだ胃袋は余裕そうだ。晩飯もあることだし、きちんと調整しねえとな。

 

 「おい研前。ちゃんと晩飯食えるようにしとけよ。あんまり馬鹿食いばっかしてっと、晩飯の時間はトイレに引っ込むことになるぞ」

 「え?なんで?まだまだお腹ペコペコだよ」

 「マラサダおかわりしといて言う台詞じゃねえ・・・」

 「自腹切ってでもまだ食べたかったんだ」

 「おいしいですね!こなたさん!」

 「うん。おいしいね」

 「ちょっとアンタ。引率なんだからちゃんと注意しなさいよ」

 「いやあ、なんかここに水差すのもどうかと」

 

 前から研前の大食いっぷりには冷や汗かかされたこともあったけど、学園が全部持ちの旅行ってだけあって、いよいよこいつの化け物っぷりが本気出してきた。マジで、こいつが食い倒れるのが先か、ハワイ中の食べ物が食べ尽くされるのが先かみたいになってきた。ほとんど災害だろこんなの。

 

 「あんたが言うな」

 

 頭で考えてるだけだったのに、たまに突っ込まれた。心が読めるのか。

 

 「さ、そろそろレストランに行こうか。またここから少し歩くよ」

 「もーたまちゃん暑い中歩きたくないー!バス乗りたいよー!」

 「なるべく日陰歩くから」

 「ちょっとアンタ、日傘貸すから差しときなさい。引率なんだからそれくらいしてよね」

 「え、引率ってそういうことかな・・・」

 「こなたさんもSun burn(日焼け)したらたいへんです!ボクのStrawhat(麦わら帽子)かしたげます」

 「クリームいっぱい塗ってきたから大丈夫だよ。スニフ君が被ってた方が似合ってるよ」

 「じゃあかぶってます!」

 「単純だな」

 「テルジさんに言われたくないです」

 「なんでだよ!」

 

 食器をカウンターに返却して、オレたちは次の目的地に向かって歩き出した。と言ってもハワイは施設が近いし、繁華街は日陰も多いから、たまが言うほど陽射しの下は歩かないで済みそうだ。でもイカロスは気圧されて律儀に日傘を差してた。貧乏くじ引かされたみたいな顔してたような気がしたけど、特に気にしないことにした。さーて、次は昼飯か!楽しみだ!




ハワイ編の更新です。思ったより長くなってしまったので前後編に分けました。
ハワイ行きたい。


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2日目後編

 

シーン18『海三昧チーム②』

 

 暑い陽射しの真下、白い砂浜と青い海のコントラストのその中で、炭火がもうもうと煙を噴き上げる網で肉を焼く。湧き出た脂が滴り一瞬の炎が上がり、高温で焼かれた肉が香ばしい匂いを漂わせて食欲をそそる。だがこれは戦いだ。肉を焼き、野菜を焼き、海鮮を焼き、焼きすぎず、生焼けにもせず、頃合いを見て一気に奪い去る。目を離せば空腹に脳を支配された凡俗共がありったけ食い散らかしてしまう。

 

 「とあっ!!」

 「ああああっ!!それアタシが焼いてた肉!!返せこの野郎!!」

 「うめー!茅ヶ崎の焼いた肉は一入に美味えな!」

 「テキトーなこと言うなよ。アンタの肉も一枚もらうから」

 「じゃがいももほくほくだ。バターの塩気とコクがたまらないぞこれ」

 「ふはは!焼いた海鮮を盛り盛りにしてバーベキュー海鮮丼だ!これぞ勝者の食事!」

 

 伊勢エビにホタテにサーモン、生イクラをかけて焦がし醤油を一回し。肉で脂っこくなった口でもしっかり味わえる海の幸と、その出汁と焦がし醤油のマリアージュが白米を極上の脇役に仕立て上げている。美味い!!たまらなく美味い!!圧倒的!!

 ビーチでのバーベキューは全員が大満足のうちに終わった。後片付けをハワードに全て任していたが、俺様たちがあまりに美味そうに食べるから、にこにこしながらやっていた。うむ、“才能”のない凡俗にしてはよくやった方だろう。俺様たちはハワード特製アイスをデザートに、ビーチでゆったりと食後の休憩をしていた。

 

 「あ〜、美味しかった〜!てゆーか最高に気持ちいい!海でいっぱい遊んでめちゃ美味いバーベキュー食べて、天気も良いし最高!」

 「まだ午後にも何かあるんだろ?」

 「午後は少し沖に出てシュノーケリングだ。この辺りは遠浅で珊瑚礁が広がっているらしい。もちろん俺様はここら一帯に生息している熱帯魚は全て頭に入れているがな!」

 「なんでそんなことしてんだよ」

 「熱帯魚は毒を持っている種類もいるだろう。どんな魚がいてどんな部位に毒があるか、全部ネットで調べてきた」

 「先に見ちゃったのかよ・・・」

 「毒があるかどうかくらいはアタシも知ってるけど・・・シュノーケリングって基本魚には触らないし、自分から刺してくるような種類も少ないからあんま意味ないような」

 「今言うな」

 

 昨日覚えたことを全て忘れようと努めた。いつもだったら一晩くらいであっさり忘れてしまうのに、忘れようとすればするほど忘れがたくなってくる。おのれ茅ヶ崎(半裸)め、そんなこと今言わなくていいではないか。

 

 「おい城之内、くれぐれもサンゴ傷付けたり折ったりするなよ。マジで」

 「なんで名指しだ!オレだってそれくらいの常識あるわ!でもま、サンゴのアクセとかは欲しいんだよな。イカすじゃんか」

 「サンゴの土産だったら本島の方にあったぞ。戻ったら買いに行くか」

 「よーしBoys&Girls!!片付けも済んだしスキューバの準備もできたぞ!行くか!」

 「「行くーーー!!」」

 

 ハワードの号令で俺様たちは全員ビーチチェアから跳び起き、用意された船に乗り込んだ。酸素ボンベを背負うため、ウェットスーツを着る必要があるそうだ。なにやら窮屈で着にくいし、背中のチャックに手が届かない。仕方なく雷堂(勲章)に閉じさせる。

 

 「いたたた!!おい雷堂(勲章)!髪を挟むな!」

 「後ろ髪が邪魔くさいなもう」

 「髪が長えヤツはちゃんと縛るんだぜ。ヘアゴム使うか?」

 「なんでアンタがヘアゴム携帯してんの・・・キモい」

 「悪態吐かれるいわれが無さ過ぎる」

 「ボンベは意外と重いからひっくり返らないように気を付けなよyou!」

 

 ざばざばと碧い海を掻き分けて進む船の上で、俺様たちはスキューバダイビングの準備を進める。ウェットスーツに身を包み、重いボンベを背負い、脚ヒレを付けて船の上で待機する。岸から離れた浅瀬で、船はゆっくりと白波の中に留まった。潮の香りがする風が船の上を通り過ぎ、穏やかな波の下に色とりどりの魚とサンゴがきらめいている。

 

 「ポイントに着いたぜ!ひとりずつ、背中からダイブしていってくれ!落ち着いてやれば大丈夫だからな!」

 「アタシやったことあるから、お手本見せようか?」

 「頼む。背中からとか怖すぎる」

 「ふはっ!手本とは言ったものだな茅ヶ崎(半裸)!俺様の前でそんなことを言えるとは大した度胸だ!」

 「止めとけって。お前サーフィンでボロ負けだったの忘れたのかよ」

 「それはそれ!これはこれ!」

 「どっからそんな自信が湧いてくるんだよ!?」

 「いい?一番大事なのは、水中でちゃんと姿勢を保つこと。海の中は支えがないし波もある、ウェットスーツで関節が動きにくくなってたり、酸素ボンベの重さで普段とは全然感覚が違うから、初心者はまずそこでつまづく」

 

 言いながら、茅ヶ崎(半裸)はテキパキと準備を進める。本物のインストラクターのように、水中に入ってから姿勢を保つコツを伝授してくる。

 

 「人の体はなにもしなくても基本的に浮くの。焦って力むと沈んでいって波に揉まれてひっくり返ったりするから、適度に力を抜くのがコツだよ」

 

 流れるように入水し、海面から顔を出してぷかぷかと浮いている。背中にこんなにも重いボンベを背負っているとは思えん。しかしコツさえ分かれば俺様にできないことなどない。早速、茅ヶ崎(半裸)に続いて海に入る。浮力が働くせいか背中に背負った器材どころか自分の体さえもが軽くなったようで、穏やかな波にも簡単に煽られて流されそうだ。教えのとおり、全身を脱力すると自然と姿勢が安定した。

 

 「ばぶぼぼぼ(なるほど)・・・ぼえばばば(これはいい)・・・」

 「まだ顔は水に浸けなくていいだろ」

 「うおおっ!結構これ体勢保つのむずいな!」

 「さすが海のスペシャリストと神童ってところか・・・」

 「って言いながら雷堂もできてんじゃねえか!お前そんなセンスあったのか!」

 「俺は着水訓練でスーツのまま泳いだりしてるから。でも浮きもなくてってのは初めてだ」

 

 城之内(ゴーグル)だけが無様に海面に飛沫を立てて、なんとか姿勢を保っている。しかし既に足下には色とりどりの熱帯魚が息づく雄大な珊瑚礁が広がっているのだ。城之内(ゴーグル)に姿勢の保ち方を教えている茅ヶ崎(半裸)雷堂(勲章)を捨て置き、俺様は一足先にスキューバダイビングを堪能することにした。

 

 「ぶばばば(ふははは)ぶばばっびいべべば(素晴らしい景色だ)!」

 

 海面に浮かぶ泡が薄い影を海底に落とす。透きとおる陽光が海中に線を描き、波に合わせて視界の全てがきらきらと揺れていた。眼下に広がる珊瑚礁は色彩豊かで、まるでパレットをひっくり返したようだ。その青緑に海中とカラフルな珊瑚礁の間を縫うように、青や赤や黄色、折り紙のように鮮やかな色の魚たちが泳いでいる。遠くの深い海には銀色の塊が悠々と渦を巻き、暗い穴ぐらからは鋭い牙の生えた魚が辺りの様子を伺っている。砂地に隠れた魚が、一瞬のうちに小魚に食らいついた。今まさに、俺様の目の前でこの海は生きていた。

 

 「ぶぶぶ(うつくしい)・・・!」

 「ぼあ(こら)ー!ばっべんぼぼぼば(勝手に一人で行くな)!」

 「ぼぼぼ(うお)!!ばばばっば(なんじゃこりゃ)(すげ)ー!」

 「べばべばべべば(めちゃめちゃきれいだ)・・・!ぼぼぼばばばばばばぶば(心が洗われるな)

 「ぼぼぼーぼぼーぼぼ(何言ってんだか)

 

 遅れていた凡俗たちが次々と俺様の後に続いて潜ってきた。目の前の圧倒的な大自然に気圧されてしまったようだ。無理もあるまい。この俺様ですら感動したのだからな。俺様は人類の最高傑作故に、人間の行いに感動することは少ないが、人間の手にはあまる大自然の光景には素直に感動するのだ。意外とか言うな。

 

 「ほら、これがエサだ。これを持ってると魚が寄ってくるぜ」

 「ほれほれ。寄ってこい寄ってこい」

 

 ハワードが持って来たエサが水でホロホロと崩れていく。口の小さな熱帯魚たちは、海中に漂うそのエサをちょんちょんと啄んだり吸い込んだりして、徐々に俺様たちの手元に集まってくる。がっと手を素早く動かせば掴めてしまいそうな距離だ。というかさっきから体にガンガン当たっている。

 

 「かわいい〜♡いいなあ。持って帰りたいなあ」

 「一度に色んな法律に抵触するからなあ。縁日の金魚じゃないんだから」

 「須磨倉に頼めばワンチャン・・・!?」

 「さすがにアイツだってその辺のモラルはあるだろ。できなくはなさそうだけど」

 「密輸(はこ)ぶのは十八番だろう」

 

 凡俗どもとは違い不平不満を漏らさず、エサには素直に食いつき、見た目にも鮮やかで癒やしをもたらす。なんとも愛いヤツらではないか。一匹や二匹とケチ臭いことを言わず、珊瑚礁ごと持ち帰りたい気分だ。日本に帰ったらアクアリウムにでも挑戦してみるか。それにしても、この辺の魚たちも見飽きてきたな。もう少し離れた場所も見てみようか。

 

 「エサが足りなくなってきたな。一旦船に取りに戻るから、ここを離れるんじゃないぞ。沖合にはサメも出るからな」

 「はーい」

 「サメって・・・大丈夫なのか?」

 「今年に入ってからはまだ死亡事故までいってないから大丈夫だ」

 「安心できそうで全然安心できない情報じゃねーか!」

 

 ハワードが何やら言っていたが、ボンベを付けているせいで何を言っているかいまいち分からん。まあ構わんだろう。何かあればすぐに戻ってくればいいのだ。体勢を維持するコツも教わったし、水泳などコツを教わるまでもなく簡単なものだ。凡俗どもの目を盗んで、岩だらけの岬を挟んでビーチと反対側へと泳いでいく。珊瑚礁がなだらかな斜面へと変わり、海の色が変わる程度の深さがある場所まで来た。珊瑚礁から離れると一気に小さな魚は姿を消し、大きな渦をなしている青魚の群れがいくつか見えるばかりだ。

 

 「ふむ。この辺りはあまり魚がいないな」

 

 しかしその分だけ、ゆったりと遊泳を楽しむことができる。酸素量もまだまだ問題ない。ウェットスーツのみではあまり深い場所までは潜れないが、20mくらいなら問題ないだろう。もう少し深い海底にはどんな生物がいるのか探ってみるのも面白いだろう。珍しい魚でも捕まえてきて凡俗どもに見せつけてやるか。

 なだらかに下る斜面に沿って海を潜っていく。少しずつ辺りから生物の気配が消え、サンゴが岩に変わり、砂地に変わる。太陽の光が届かない深い青の中へ、果敢に潜っていく。凡俗どもには真似できまい。何もない海中を泳いでいるのは、相変わらず群れをなす青魚ばかりだ。だが海底近くの砂地には、名前も分からない小魚がちょろちょろと泳いでいる。この辺りの魚は浅い海に比べて地味だな。何やらパカパカ動く貝もいる。

 

 「ふうむ。昼間のバーベキューで食べられそうなものもいるな。焼いてバター醤油をつけたら美味そうだ」

 

 一瞬、砂が舞った。砂地に隠れていた中型魚が、小魚を仕留めたらしい。派手なヒレを持つカサゴのような魚は、そんな命のやり取りなどどこ吹く風とばかりに我が物顔で海底を泳ぐ。しかし今、この砂地で最も強い生物はこの俺様だ。こうしてただ泳いでいるだけだが、どの魚も俺様の威厳を前にして逃げていく。ふはは、人類最高傑作であるこの俺様は、人間でない生物に対してさえ威厳を発してしまうか。罪なものよの。

 それにしても、先ほどから脚ヒレの先に何かが引っかかるような気がしてならない。何か固いものを弾いているような。魚の群れでも近くにいるのか──。

 

 「・・・?」

 

 ふっ、と後ろが気になり振り返る。その瞬間、()()()()()。光のない真っ黒な目だ。両の眼の間からにゅっと突き出た鼻先が、どうやら俺様が先ほどから蹴っていたものらしい。その下には、幾つもの命を貪ってきたであろう鋭い牙が無数に並んでいた。黒みを帯びた深い青の中で、その白い腹は殊更にその存在感を示していた。まるで、この海の王者は自分だと言い張るかのように。それがなんであるかを明確に理解するより先に、本能的に俺様は感じ取った。

 

 「終わった」

 

 口が大きく開く。反射的に脚を引っ込めるがそれだけでは避けられない。上昇か?下降か?すぐに動けるのは上昇だ!無我夢中で砂地を離れ水を蹴る。さっきまで俺様がいた場所を、巨大サメの牙が貫いた。

 

 「ぬああああああああああああっ!!?」

 

 一心不乱に足をばたつかせる。サメは迷うことなく、真っ直ぐに浮上してきて俺様を狙う。なぜだ!迷え!いくら装備は万全といえど、海中で人が魚に泳ぎで勝てる道理などない。直線勝負では数秒後に間違いなく海の藻屑となっているだろうから、ジグザグに泳いで逃げる。猛スピードで向かってくるサメは案の定、俺様が方向転換するたびに顎で空を噛む。しかし一定の距離は常に保ち、決して見失わない。くそう、やはりワニとは違うか。

 

 「(海中では上下も左右もあってないようなものだ!とにかく凡俗どもの元に戻らねば!)」

 

 ジグザグに逃げるのはワニに追いかけられたときの対処法だ!こういうときはどうしたらいい!?ええい、サメに関する知識はないのか!やる気を出せ俺様の脳!サメの知識サメの知識!

 ゴキブリやシーラカンスと同じく太古の時代からその姿をほとんど変えずに生き残っている!どうでもいい!サメの肝臓は大量の油を抱えており浮き袋を必要としない!何の意味がある!チョウザメはサメではない!チョウザメならよかったのに!役に立たん知識ばかり無駄に蓄えおってからに!!

 サメの鼻先はロレンチーニ器官と言って微弱な電気を感じ取る!これだ!サメの弱点は鼻先だ!ここを押さえられるとサメは混乱しひっくり返るとかなんとか・・・!よし、サメの鼻先を押さえつけ──!!

 

 「できるか!!!」

 

 鼻を押さえるなんてことできるか!サメの目と鼻の先ではないか(なかなか上手い)!失敗した瞬間にデッドエンドではないか!よしんば押さえられたとしてその後どうにもならん!いや待て。なにも直接手で押さえつけなくとも、電池や永久磁石の放つ微弱な電流でさえサメには効果があるらしい。電池ひとつで命が助かるのなら安いもの・・・!!

 

 「持ってるか!!!」

 

 どこのどいつがスキューバダイビングに電池や永久磁石を携帯するのだ!実用性のない机上の空論ばかり覚えてどうしようもない!死ぬぞ!?本当に死ぬぞ!?ハワイ旅行で調子に乗って沖合に出たらサメに襲われたなんて、こんな間抜けな死に方があるか!俺様が死ぬときは多くの凡俗たちの前で!盛大に!勇壮に!偉大に死んでいくのだ!今はそんなことはどうでもいい!

 

 「死んでたまるかあああああああああああっ!!!」

 

 この時の俺様の迫力たるや、後の人生でも類を見ないだろう。まるで一国の命運を背負っているかの如き気概だったと思う。なぜそう思ったのかは俺様にもよく分からないが。ともかく俺様は襲い来るサメを躱し続け、這々の体で浅瀬近くまで戻って来た。海面に浮上すると、少し離れた場所に凡俗たちが乗ったボートが見えた。

 

 「ぬあっ!!」

 「おい星砂だ。何やってんだよお前よー!ひとりで勝手にどっか行きやがって!」

 「単独行動するなっつったでしょうが!死にたいの!?」

 「ん?お、おい!あれ!星砂の後ろ!」

 

 どうやら雷堂(勲章)が俺様の後ろからついてくるものに気付いたらしい。必死に船へと泳ぎながら後ろを振り向くと、お手本のような背びれが海面から突き出ていた。どこからともなく謎の重低音が響いてくるような気がした。

 

 「でええええ!?マジかよ!?おい網だ網!」

 「んなもんでなんとかなるか!だからひとりでどっか行くなって言ったのに・・・ハワード!サメ避け用の浮き輪ある?」

 「もちろんだぜHot girl(お嬢ちゃん)!」

 「これに掴まれー!」

 

 茅ヶ崎(半裸)が投げた浮き輪が、見事な放物線を描き俺様の前に落ちた。一見ただの浮き輪だが、どうやら永久磁石の仕掛けがしてあるらしい。なんとかしてそれに掴まると、凡俗たちが一気に引き揚げた。後ろからついてくるサメは磁石から発される電気を嫌がったらしく、或いは海が浅くなりすぎたせいか、急旋回して遠くの海へと去っていった。

 我ながらよくやったと思う。深い海の底で真後ろについたサメから命殻が逃げおおせ、へとへとになっていた。そのまま凡俗どもにされるがまま、船に揚げられた。陸に上がると浮力が消えて、ボンベや全身の重さで潰れそうになる。それだけ疲労もたまっているということだ。

 

 「ぜえ・・・はあ・・・!ぜえ・・・はあ・・・!」

 「おい大丈夫か星砂!?どっか囓られたりしてないか!?」

 「囓られる程度で済む相手じゃねえだろ!いやマジで大丈夫かよ!?よく魚相手に海中で逃げ切れたな!」

 「ふ、ふふ・・・!人類史上最高傑作である俺様にかかれば・・・!サメから逃げ泳ぐことなど、造作も・・・!」

 「バーカ。強がんなって。小さいサメっつったって、この辺で普通に死亡事故も起きてんだから。これに懲りたらもう単独行動なんてしないことだね」

 

 重いボンベを降ろし、ウェットスーツを開いて思いっきり酸素を吸う。激しく脈打つ心臓によって酸素を豊富に含んだ血液が全身へと送られ、失われた体力を回復せんと末端の細胞まで酸素を届ける。働け細胞。

 

 「ふ、はは・・・!ふははは!これに懲りたら、か!やはり凡俗は分かっていないな!この世には絶対の理というものがある・・・!それを知っていれば、慌てることも、そんな馬鹿げたことを口にすることもないのだ・・・!」

 「お、おい?もう起き上がって大丈夫なのかよ?」

 「今落ちたら次こそ助からねえぞ。大人しくしとけって」

 「やはり貴様らは分かっていないようだ」

 「絶対の理ってなんなの?」

 

 旋回して岸へ戻るボートの先端に脚をかけ、俺様は凡俗に振り返る。

 

 「イケメンは死なない」

 

 茅ヶ崎(半裸)に蹴り落とされた。今度こそ死ぬかと思った。

 


 

シーン19『山登りチーム②』

 

 山頂で大注目を浴びた私たちはいたたまれなくなり、休憩もそこそこに火口を離れて、キラウエア国立公園の博物館を訪れた。ここにはハワイ固有の生物や植物、火山帯における自然のあれこれを展示してあるらしい。実に興味深い場所だが、どうやら私以外にとっては退屈な場所らしい。フフフ・・・これだから文系と体育会系は。

 

 「動物園ならまだしも、剥製や動かねえ植物や岩みてて面白えのか?」

 「面白いぞ。動きはしないが、植物の生態にはその土地特有の環境や昆虫類の生態系が如実に反映されている。なぜそのような植生を持つに至ったのか、それを考えるだけで大自然が育んできた歴史とロマンを感じることができる。火山岩もただの岩ではなく・・・」

 「いつになく饒舌だな。これだから理系は」

 「バイオレンスガール。キミは見て回らなくていいのかい?」

 「皆桐がくたくただからな。私もあまりこういったものを見て楽しむタイプではない。今は皆桐に付き添ってやる」

 「ぐがー」

 

 博物館のロビーに用意された大きいソファで、ワグナーと極は座って休んでいる。その極の膝の上には、火口を信じられない速さで全力疾走していた皆桐の頭が転がっていた。誤解の無いように言っておくが、きちんと首も繋がっている。あまりに急激な運動をしたせいで疲労が溜まっていたのだろう。今はぐっすり眠っていた。

 

 「ちぇっ。ちゃっかり膝枕なんかしてもらいやがって」

 「須磨倉・・・お前、皆桐が羨ましいのか?極の膝だぞ?私なら緊張して一睡も出来ない」

 「別に極だからってわけじゃねえよ。女子に膝枕してもらうなんて、なかなかない経験だろうから、いいなと思っただけだ。俺はおふくろにもしてもらったことねえしな」

 「だが、極だぞ?正地や研前ではなく、極だぞ?怖くないのか?」

 「荒川は私のことをなんだと思っているのだ」

 「俺は何も言わないぞ」

 

 そうか。男子はそういうものか。誰であっても膝枕・・・いや、体が密着するような体勢であれば喜ぶものか。ふむ、そうか。

 

 「なんだよ。膝枕したいヤツでもいるのか?」

 「まさか。私にそんな相手がいると思うのか?フフフ・・・いないさ・・・」

 「自分で言って自分で落ち込むなよ面倒臭いな」

 「やはり私の味方は理系学にしかないのだ。数字と実験室だけが友達さ・・・フフフ」

 「そんな悲しいパンマンはいやだ」

 「だからそんな私にとってこの博物館は大変に楽しいところなのだ。もっとゆっくり見させてくれ」

 「見るのはいいけど、怪しげなこともほどほどにしとけよ」

 

 本当なら現地の素材も採集して帰りたいと思ったのだが、やはりそれはワグナーに止められてしまった。須磨倉に頼もうかとも思ったが、それも取り合ってくれないだろう。危ない橋は渡らないに限る。

 火山の展示コーナーでは、ハワイ諸島の模型と海底火山の模型が並んでいて、電飾や音響を利用して噴火の様子を再現している。マグマ溜まりからぐつぐつと沸き立つ溶岩が一気に吹き上がり、火山岩や火山礫を辺りに撒き散らしながら溶岩が裾野を飲み込んでいく。ハワイの火山は楯状火山ばかりだから、ここまで激しいものはないのだがな。現に、先ほど皆桐があわや呑まれかけた噴火も、比較的穏やかなものだった。この規模の噴火だったら皆桐はもちろん、私たちも助かってはいなかっただろう。

 

 「運が良いのやら悪いのやら」

 「何がだよ」

 「皆桐が火口に落ちたことだ。ハワイでまだよかった」

 「何言ってんだお前」

 「もしここが雲仙だったら、私たちは今頃溶岩に飲み込まれてハワイ島の一部になっていただろう」

 「こえーこと言うなよ!お前な、そういうところだぞ!何考えてっか分からねえ上に突拍子もないこと言うから怖いんだよ!」

 「怖いとは心外な。私は科学と黒魔術の深遠なる世界を探求し、論理的に思考しているだけだ。日本の科学教育が遅れているばかりに、私のような人間は理解されずに迫害される一方だというのか・・・」

 「だから何言ってんだって。何考えるかは自由だけど、周りのヤツがどう思うか考えて喋れってことだよ。そしたら多分今よりマシになるし、友達もできると思うぜ」

 「ウッ・・・ト、トモダチ・・・?」

 「なんでそのフレーズが刺さったんだよ」

 「今までそんなことを恥ずかしげもなく言ってくれる人間が周りにいなかったから・・・急にリアルに言われると心臓に悪い・・・!」

 「お前も大概こじらせてんな。自分のせいなのか周りのせいなのか分からねえけど」

 

 なぜハワイ旅行に来て、私にとって最大の楽しみであろう場所で嫌な記憶を掘り起こされなくてはならないのだ。自然な形ですっかり忘れていたのに。忘れていたことすら忘れていたのに。意識してしまうと忘れたくても忘れられなくなる。この辛い記憶を抽出して燃やし尽くしてしまえればいいのに。

 

 「私が科学と黒魔術を好むのは元々だ。中学生時分の子供にとって、こんな根暗な女がそんなものに夢中になっている姿は気味悪く映ったのだろう。子供とは、そういうものだ」

 「・・・いや、なんか悪いな。やなこと思い出させちまって。そんなつもりはなかったんだが」

 「人が楽しんでいるところに余計な口を挟んできたのはお前だ。責任をとって慰めろ」

 「いや、まあ、いいけどよ・・・」

 「子供は人間の動物たる本能を社会的に発揮する。異質なものは排除するのみだ。ただ、ヤツらの価値観にそぐわない。それだけで私は排除され、攻撃された。私は何もしなかった。正しさなどない、理不尽に私は排斥されたのだ」

 「うん、まあ、そうだな。分かる。しんどいよな。ガキってのはそういうもんだ。野良犬だとでも思えばいいんだ」

 「野良犬なら駆除しても構わないよな?」

 「そういうこと言うからじゃねーの!?駆除すんなよ!」

 「ヤツらが本能に従って理不尽な攻撃をしてくるのなら、私も同様のことをして何が悪い?多勢に無勢、ならば武装しかあるまい。私が何度、パソコンで不穏な言葉を検索して家族会議になったことか」

 「悲しいエピソードが止まらねえなオイ!ハワイに来てまでお前のセツバナ(※切ない話)聞きたくねえよ!」

 「お前が踏み抜いた地雷だろう!最後までちゃんと処理しろ!私だって辛いんだ!」

 「だったら話さなくていいよ!」

 

 なぜ私はハワイの博物館で、今まで大して話したこともない同級生に自分の悲しい話をして、剰えそれを露骨に嫌がられなくてはならないのだ!こんなはずではなかったのに!もっと楽しい場所だと思ってたのになんだここは!なんだこの展開は!

 

 「おのれ須磨倉・・・!このままでは済まさんぞ・・・!お前の顔は覚えたからな!」

 「今か!?」

 「日本に帰ったら無事でいられると思うなよ。私の黒魔術でお前を呪ってやる!私のこの辛さをお前にも背負わせてやる!」

 「なんだよ呪いって!なんで俺がお前の辛さを半分持たなきゃならねえんだよ!」

 「何を言っている。辛さは二人で背負ったところで半分にはならないぞ。倍になるだけだ」

 「だから嫌なんだよ!呪いとかこえーだろ!やめろよ!」

 「タンスの角に足の小指を逐一ぶつける呪いとか、傘を差して歩いてるのに肩や足下がずぶ濡れになる呪いとか、USBが絶対に一発では上手く刺さらない呪いとか」

 「地味だなオイ。しかも今更呪うまでもないこともあるし」

 「強すぎる呪いは術者本人にも返ってくるからな。地味で細々した呪いなら返ってきても私は耐えられる。フフフ・・・伊達に6・3・3で12年辛い学生生活を過ごしてきてはいない・・・!」

 「学習机みたいに言うな。誇ることでもねえし」

 「そうと決まれば善は急げだ。ワグナー!土産物を見に行こう!日本にはない特殊な呪具が、ハワイなら大量に手に入るだろう。フフフ・・・俄然楽しくなってきた」

 「え、もういいの?」

 「私と皆桐はもう少しここにいる。何かあったら連絡してくれ」

 

 日本とは異なる宗教体系や生態系が存在するハワイでは、単なる植物や火山岩を利用した土産ものや文化を反映した土産物も、珍しいアイテムとなる。既にある呪術にこういった外来品を取り入れることで、新たな技術を開発してしまうかも知れない。フフフ・・・楽しい!楽しいぞ!

 

 「ヘンなオーラが出てる気がする・・・大丈夫かリケジョガール?」

 「もちろんだ。深淵が私を呼んでいる」

 「大丈夫か?」

 「こいつはだいたいこんな感じなんだ。いいから連れて行ってくれ。俺はもうこれ以上荒川の相手はできない」

 

 なんだか面倒な子供のような扱いを受けているような気がするが、構わん。フフフ、帰りは荷物が多くなってしまうかな。そうなったら須磨倉に運ぶのを頼めばいいか。ふむ、そう考えたら呪うのはよしておこう。

 


 

 「がーっ!ふがーっ!ふんがーっ!んごっ?」

 「む。起きたか、皆桐」

 

 ふっと目が覚めると、ピンク色の眼鏡越しに極さんと目が合った。自分はいま寝てたっすか?そのまま眼を開けて目が合う。しかも頭には何か適度な固さと柔らかさを感じる・・・。

 

 「ぬわあああああああっ!!き、極さん!?すみません!!」

 「どうした。なぜ謝る」

 「い、いや・・・膝枕してもらって・・・っていうか自分、ハワイ旅行に来てたと思うっすけどどうして寝てなんか・・・?」

 「記憶がなくなってる・・・!?お前、キラウェアの火口に落ちて全力ダッシュで戻って来たんだよ。疲れて寝てたんだ」

 「あっ、須磨倉さん。おはようございます。火口・・・なんかそんなこともあったような気がするっす。夢だと思ったんすけど夢じゃなかったんすかね?」

 「悪い夢みたいな出来事だったのは間違いないな。別に膝枕は気にすることではない。私がやろうと思ってやったことだ。ソファにそのまま寝かせておくのはあまりに忍びなかったのでな」

 「意外だな。お前はそういうの嫌いそうだったんだが。城之内だったら放置してただろ」

 「ヤツは下心があるからだ。問題ないと判断したからこそした、それだけだ」

 「あれ?荒川さんとワグナーさんはどこ行っちゃったっすか?」

 「荒川が土産を見たいって言って、ワグナーに付き添ってもらってるんだ。なんか怖えこと言いながら興奮してたな」

 「いつものことだ。荒川の言うことを真に理解しようとすると正気が削られる」

 「なんだかよく分からないっすけど・・・自分のせいで皆さんに多大なご迷惑をおかけしてしまったようっす・・・!!せっかくのハワイ旅行の思い出にドロを塗りたくるようなことをして・・・!!大変!!申し訳なかったっす!!うおおおおおおんっ!!」

 「いや、お前のせいでもあるようなないような・・・」

 

 つい先ほどまで、火口に落ちて生きるか死ぬかのやり取りをしていたとは思えないほど、皆桐は一眠りして回復したようだ。いつもの調子でよく分からない理由に大粒の涙を流している。一応博物館なのだから静かにしろ。これもまたいつも通り皆桐はすぐに落ち着いて、ソファを使って脚のストレッチをしていた。

 

 「それにしても、噴火から逃げ切るほどの速度が出たなんて、自分でもびっくりっす。今なら世界記録狙えるっすかね!?」

 「どうだろうな。火口ダッシュなんて競技がありゃ、今んとこ間違いなく世界一だ」

 「それに火口を何周もするスタミナも、皆桐の中には眠っていたということだな。瞬発力がある反面、スタミナが続かないのが課題だと前に言っていただろう」

 「そう言えばそうっすね!死ぬ気になってやれば意外とできるもんすね!自分、出来る子だったんすね!」

 「あそこまで追い込まれなきゃできないんだったらできないで良いだろ」

 

 実際の競技の場面において、火山の噴火に比肩する危機が後ろから迫っていれば、今日のような走りも出来るだろうが、そんなことは実際にはあり得ないわけだ。しかし、一度できることが証明されたことは、本人にとって大きな励みになるだろう。やはりこのハワイ旅行、ただの旅行では終わりそうにない。

 

 「てか極よ。お前は楽しめてんのか?荒川はさっきの通りだし、皆桐はこの調子だろ。俺もなんだかんだで弟と妹(あいつら)にいい土産話が披露(はこ)べそうで満足してる。山登りして美味い飯食って、アクシデントもあったけどいい景色見られて、お前的には十分なのか?」

 「・・・正直に言えば、私はまだ行きたいところが1つある」

 「どこっすか?自分が連れてってあげるっすよ!」

 「同伴( )ぶんなら俺の仕事だろ。どこだよ?言ってみろ」

 「タトゥーショップ」

 「「あーね」」

 

 なんだその、そう言えばそうだったわこいつ、と言いたげなリアクションは。タトゥーショップの見学があるのなら文化学習チームもいいと思ったが、どうやらそういう行程でもなさそうだから、こっちにしただけだ。もちろん、タトゥーショップの見学など、仮にも教育機関の希望ヶ峰学園がプログラムに組み込めるわけがないが。

 

 「日本ではまだまだタトゥーに対する偏見が根強い。それは私も理解しているし、理不尽だとは思わない。何より私自身、陽の下で大手を振って歩けるような出自ではないしな」

 「それはそれっすけどね。極さんは見た目と違って優しい人っすから」

 「見た目と違っては余計だろ」

 「だからこそ、海外のタトゥー文化に直に触れたいのだ。昨日街を歩いたときも、今日山を登っているときも、やはりタトゥーは1つのファッションとして浸透していることを感じた。日本をそうしたいわけではないが・・・彫師として私が成長するためには、必要なことだと思うのだ」

 「お前、そんなに“才能”に真摯なヤツだったか?」

 「“才能”として認められたのだ。向き合うしかないだろう。それに、私には他に誇るべきものも特技もないしな」

 「いつもの城之内さんをとっちめる技は見事っすけどね!」

 「だったら、この後まだ時間に余裕あるっぽいし、ワグナーに頼めばそれくらいやってくれるんじゃねーか?」

 「いや、いいんだ」

 

 須磨倉と皆桐の気遣いはありがたい。確かにまだ時間に余裕があるから、荒川さえ了承すれば、ワグナーは予定を変更してタトゥーショップに連れて行ってくれるだろう。だが、そうでなくていいのだ。

 

 「なんでっすか?」

 「考えてもみろ。普通の女子高生が、修学旅行でタトゥーショップを見学に行きたいなどと言うか?ハワイに来てまで」

 「う〜ん・・・言うか?言わねえか」

 「言わないっすね!」

 「私はな、普通の女子高生らしい生活を送りたいのだ。彫師という“才能”である以上、卒業後の私の進路は決まっている。決して堅気の世界では生きられない。普通の人生は歩めない。だからこそ、希望ヶ峰学園にいる間は、普通の女子高生らしい、普通の高校生活を送りたいのだ」

 「希望ヶ峰学園が普通の高校生活かどうかって言われると微妙だけどな・・・。まあでも気持ちは分からんでもない。学問系の“才能”でもなけりゃ、学園の卒業生で進学するヤツなんてそうそういねえだろうしな」

 「そうっすね!自分も卒業後はバリバリ走るつもりっすよ!でも・・・それって普通の人生じゃないんすかね?」

 「ん?」

 「自分はスプリンターとして学園に入学できたっすけど、それより前から陸上やってたっすし、学園がゴールでもないっす。それにアスリートにとって卒業高って大して意味無いっすからね。要は結果が残せるかどうかっすから!」

 「そりゃお前はそうかも知れねえけど」

 「彫師という仕事はな、得てして偏見を持たれるものだ。真っ当にやっているところもあるが、私はそうではない」

 「そんなもんすかねえ。でもせっかくハワイまで来たんすから、行きたいところ行って、やりたいことやらないと損っすよ!自分のやりたいことやるのって、普通のことじゃないっすか?」

 「そりゃそうだな。うん、皆桐にしてはずいぶん良いこと言うじゃんか」

 

 上手くはないが、皆桐なりに私を励まそうとする気持ちは伝わってきた。私がこれまでどんな人生を送ってきたか、これからどんな人生を送るか、それは堅気の・・・須磨倉は少しこちら側かも知れんが、二人には想像がつかないことだ。血腥い、暴力と見栄と人間関係が渦巻く世界だ。今はそのことは忘れていたいが・・・。

 

 「ふふっ、そうかも知れないな」

 「えっ?乗るのかお前?」

 「せっかく皆桐がそう言ってくれているのだ。行ってみようか」

 「いいっすね!そしたら早速ワグナーさんと荒川さん呼んでくるっす!」

 「いや待て。二人は置いて行こう」

 「え、なんでだよ」

 「こっそり抜け出す方が普通の女子高生っぽいだろう」

 「そうかなあ・・・」

 「そうっすかね?」

 「行きたいところに行って、やりたことをやるのだろう。ならばここから先は私が主導する。二人には置き手紙を置いていけばいいだろう」

 「LINEとかにしないところが普通じゃないな」

 

 須磨倉と皆桐はきょとんとしているが、私はもう気分が乗ってきたぞ。こうなったら午後は私のやりたいことを好き放題やらせてもらおう。まずはワグナーの引率を抜け出して、勝手にタトゥーショップに行くところからだ。須磨倉がメモ帳を持っていたから、そこに抜け出す旨を書いてソファに捨て置いた。

 

 「よし、行くぞ!」

 「「不安しかない」」

 


 

シーン20『文化学習チーム②』

 

 お昼の腹拵えを終えました!南国の彩り豊かな果実や野菜と海産物と肉の数々!是ぞ至極の御馳走とばかりに次々と運ばれてきては口に運ぶ程に、甘美なる味わいにいよの舌は絡まって玉結びになってしまいそうでした!其の最中、舞台上に於いては、如意棒を華麗に捌く孫悟空の如く、両端で炎が煌々と燃え盛る棒を激しく操る踊りを鑑賞しておりました!布哇(ハワイ)名物、ふぁいやあだんす、なるものだそうで、いよは食事中はしたなくも興奮しっぱなしで御座いました!いよっ!

 

 「いやあ、お腹はいっぱいだしすごいパフォーマンスも見られたしい、最高だねえ」

 「素晴らしい演舞で御座いました!是はいよも斯様な席に着いている許りで居られませんね!一つお集まりの皆様に小咄を一献!」

 「相模様、英語はお話になるのですか?」

 「ちいとも!」

 「ではお楽しみいただけないかと」

 「目から鱗ですね!」

 「噺家なら一番最初にぶつかる壁だと思うけど・・・」

 「随分ゆっくりしているが、午後の予定は大丈夫なのか?紺田」

 「ハイッ、実は不肖紺田添、少々困っております」

 「なんでだい?」

 

 食後のお茶を飲みながら、鉄さんがてんちゃんさんに午後の予定を確認なさいました。然う言えば、てんちゃんさんは午後にも予定があると仰っていましたが、先ほどから何やらお電話を繰り返している様子。明らかに何かあったのでしょう。

 

 「実は午後も文化センター内で体験イベントを行う予定だったのですが、予想以上の来客で時間と場所の確保が難しいと。なんとかできないかと今掛け合っているところです」

 「そうなのね。午後の予定はなんだったかしら?」

 「ハワイ諸島に伝わる古来からのボードゲームを体験し、その後はホテル近くの繁華街に戻ってマッサージ体験とお土産ショッピングの予定でございました」

 「だったら、午後はマッサージとショッピングにすればいいんじゃないかしら?マッサージ体験はじっくり時間かけたいもの」

 「いよー!正地さん名案ですね!いよん・・・否、異論ありません!」

 「俺もだ」

 「いいんじゃあないかなあ」

 「皆様・・・申し訳ありません。ではそのように調整致しますので、今しばらくお待ちを。すぐに移動のバスを手配いたします」

 「てんちゃんって私たちと同じ高校生なのに、しっかりしてるわよね」

 

 布哇古来の盤上遊戯なるものも気にはなりますが、他の皆様が賛同なさるのならいよは敢えて異論を投じる理由がありません!按摩体験や土産物を見物するのも楽しみなもの。道中の紛擾(ふんじょう)もまた旅の醍醐味の一つです!其れから間もなく、てんちゃんさんが手配した乗合車が到着しました。此の手際の良さ、流石は“超高校級”です!

 

 「それではこれより、予定を変更して繁華街に戻りまして、そちらでマッサージ体験とお土産ショッピングを致します。この度は予定が変更になりまして、皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 「迷惑だなんて思ってないわ。紺田さんが悪いんじゃないもの」

 「そうだよお。おれはボードゲーム苦手だからむしろ大歓迎さあ」

 「俺もだ」

 「いよーっ!そうですよ!此の修学旅行はてんちゃんさんも参加者の一人!なればいよたちに頭を垂れるなどと他人行儀なことは無しにして、共に楽しみましょう!よいではないかー!よいではないかー!」

 「皆様、ありがとうございます。まずはマッサージ体験に参りますので、そちらのご説明をさせていただきます」

 「はい質問!鉄くんのマッサージを私がやってもいいですか!」

 「それじゃあいつもと変わらないじゃあないかあ」

 「体験中は正地様もマッサージを受ける側なので、ご遠慮ください」

 「あっ、そうだったわ」

 

 正地さんは本当に按摩が好きなのですね。敢えて凝っていそうな鉄さんを希望するとは、ご自分の“才能”に真剣なのですね。

 

 「ハワイ伝統のマッサージ方法は様々ありまして、部族や島によって細かな部分が変わったり、手法が全く異なったりします。ですがその多くに共通するのは、現地で取れる植物オイルを使ったオイルマッサージや、特殊な器具を使った大胆なものです」

 「ふむふむ」

 「今回は男子と女子でコースを分けさせていただきました。男子は全身の凝りを解すスペシャルマッサージです。小顔になりますよ」

 「小顔!?」

 「女子は足つぼマッサージとオイルマッサージ、そしてホットヨガを含んだリラックスコースです」

 「足つぼ!?」

 「いよ?よが、とは?聞いたことはありますが」

 「どのようなものになるかは着いてからのお楽しみです。このマッサージで、皆様が日頃“才能”を鍛えるために酷使していらっしゃるであろうお体をゆっくり癒していただけることでしょう」

 

 足腧(あしつぼ)とは、何やら不穏な言葉が聞こえた様な気がします。其れと、よが、なる物もいよは此からやらされるのですか。確か印度の方から伝来した何かだと聞いていますが、はてさて、其れだけでは分かりませんな。てんちゃんさんの説明から然程時も待たず、乗合車は繁華街の中へと戻り来れば、相も変わらず水平線まで遮る物の無い爽快な海の景色を眼前に構えた、南国情緒溢るる按摩屋の前にて停まりました。

 

 「到着です!こちらでマッサージを受けましょう!ハイッ!」

 「良い景色だわ」

 「マッサージだけじゃなくてえ、この景色を見ながらゆっくりするだけでもかなり癒されそうだねえ」

 「まずはマッサージ用のウェアに着替えますので、男子のお二人は奥の更衣室までお進みください。女子は手前に」

 「ウェア!?男子はほとんどパンツ一丁じゃないあんなの!死んじゃうわ!」

 「なぜ正地が声を荒げるんだ・・・」

 「鉄氏のせいじゃあないかなあ」

 「いよっ?専用の召し物が有るのですか?」

 「ハイッ!ではお着替えタイムです!」

 

 てんちゃんに案内されるが儘に更衣室に入ると、既に三人分の着替えが用意されて御座いました。乳房を締める胸当てと肌袴・・・。

 

 「いよーっ!?なんですかこれは!?此らを着て按摩を受けるのですか!?」

 「そうよ?動きやすいし、解す場所も分かりやすいでしょ?オイルを塗ったりするし、こっちの方が良いのよ」

 「ですが下着ですよ!?こんな恰好で殿方の前にて肌を晒すのですか!?いよは阿婆擦れではありません!」

 「これを着たからと言ってアバズレだと思う方はいらっしゃいませんよ。下着のように見えますが、専用のユニフォームですので、気になさらないでください」

 「ですが・・・いよよ・・・」

 「いいから早く着替えるの!てんちゃん!脱がすわよ!」

 「ハイッ!では相模さん!御免!」

 「あ〜〜〜れ〜〜〜!」

 「よいではないかー!よいではないかー!」

 「い〜〜〜よ〜〜〜!」

 

 正地さんの合図と同時にてんちゃんさんが背後に回る。気付いたときには帯を外され、ぐるぐると回されて着物がはだけていく。なんとか体勢を立て直そうにも目が回って真面に物も見えません。唯々正地さんとてんちゃんさんに服を脱がされ体を弄られあれよあれよと言う間に着替えさせられて・・・!

 

 「さっきのタトゥーがセクシーね」

 「いよ・・・ですから此は情欲を煽る為では無く見得を切った時に此の様に・・・!」

 「だから見得なんて切る場面無いでしょ」

 

 漸く目が回るのも収まって、気が付くといよは既に按摩用下着に着替えさせられていました。ううっ・・・まさか斯様な恰好で人前に出る事になろうとは・・・!正地さんもてんちゃんさんも何の気なしに同じ恰好に着替えておりますし、此が珍妙な事では無い事は理解できましたが・・・!

 

 「相模様、目に見えてしゅんとしてしまいましたね」

 「慣れてないのね。でも大丈夫よ。マッサージを受けてたらそんなことどうでもよくなるから。きっと気持ちいいわ」

 「いよ・・・然うでしょうか・・・」

 「こちらはハワイでも有名なお店ですので、旅行で来られる方は皆様施術を受けていかれますし、この場限りです。あまり合わないと感じたら施術を止めてご休憩いただくこともできますので、大丈夫ですよ」

 「誘い文句が危ない薬と全く同じなのですが」

 「もう!いいから行くわよ!いつまでも更衣室に籠もってたら鉄くんの体・・・もといマッサージ技術を見学する時間が減るでしょ!」

 「正地様はまだ誤魔化すおつもりなのでしょうか」

 「いよよよよよ!!こ、心の準備が・・・!!」

 

 やけに張り切っている正地さんに手を引かれ、いよ達は更衣室を出て施術場にやって来ました。矢張り男子は着替えが早く、既に洋褌一丁になった鉄さんと納見さんが、大きくて柔らかそうな椅子に腰掛けて待っていました。正地さんはいよの手を引いていた事も忘れて、真っ赤になって鉄さんの前で卒倒しました。

 

 「あ、二人ともおまああああああああああああああああッ!!!」

 「ど、どうした正地!!?大丈夫か!!?」

 「鉄氏はそろそろ慣れたらどうだい?」

 「キレてる・・・!キレてるよ鉄くん・・・!肩にちっちゃい重機乗ってるよぅ・・・!」

 「いよぉ、確かに鉄さんの鍛えられた体は逞しく男性的ではありますが・・・然う叫ばれる程ですか?」

 「いえ、普通にボディビルダー級ですよ。ハイッ。それでは男子のお二人はあちらの部屋へ。相模様、正地様を運ぶのを手伝ってくださいませ」

 「合点承知の助です!」

 

 蕃茄の様に顔を真っ赤にした正地さんを、いよとてんちゃんさんで両脇から抱えて運ぶ。病床の様な施術台の上に乗せ、いよ達もそれぞれに寝そべりました。間もなく施術師の方々が入ってきて、てんちゃんさんに何やら英語で話しかけていました。

 

 「それではみなサン、Massageはじめていきマス」

 「いよっ!?日本語!?」

 「ハワイは日本人の観光客も多いので、日本語を話される方も多いのです。こちらのマッサージ師さんたちは、日本語をお話になりますよ。相模様も問題なく話せるかと」

 「心遣い痛み入ります!」

 「おじょーサン。どうしてまっかっかですカ?」

 「お気になさらず。正地さん、お望みの布哇式按摩術体験ですよ」

 「・・・はっ!そうぼうき──、あ、あれ?ここは・・・!」

 「意識が戻って開口一番に絶対出て来ない単語が聞こえた気がします」

 「マッサージのお時間ですよ、正地様。それではお願いします」

 「いよおっ!?冷たい!!」

 

 正地さんも正気に戻って、てんちゃんの合図で施術が始まりました。其の途端、背中に何やら冷たくてどろりとした粘っこい液体が垂らされました!其れをいよの全身に広げる様に、施術師の方が強過ぎず弱過ぎず、滑る様な押し込む様な力加減で揉み込まれて行きます。

 

 「これはノニオイルっていいマス。ノニはハワイで昔から食べられてるゥ、Superfoodで、健康、病気しない、Moisture、色んな効果あります」

 「和名を八重山青木と申します。日本でも沖縄ではノニジュースを飲む文化があり、このオイルを塗ることで日焼け止めや健康増進、病気予防、保湿効果など様々な作用が得られます」

 「根っこを染料の原料にしていることでも有名ですね」

 「有名じゃないわよそんなこと・・・。あっ、でも・・・んっ、なんだか、気持ちイイ・・・かもっ」

 「淫靡な声を出しなさんな」

 「だっァ、てぇん・・・!気持ちいぃ・・・!だもっぉん・・・!」

 「わざとでは?」

 「いよっ・・・!い、いよよ・・・!いよ〜〜〜!!」

 「相模様もわざとでは?」

 

 油で滑らかに動く施術師の方の手で、全身にオイルが塗りたくられていく。背中だけでなく、首元から足先まで、体の表も裏も、ありとあらゆる場所を弄られる。なんだかだんだんくすぐったくなってきました。正地さんもてんちゃんさんも気持ちよさそうに施術台の上で蕩けていますが、他人に体を触られている感覚がいよは今ひとつ慣れず、なんだかくすぐったいやら落ち着かないやら気持ち良いやら恥ずかしいやらで、よく分からない感覚になってしまいました。

 

 「気持ち良いわね〜」

 「あなたもMassageやりますカ?」

 「はい。日本では按摩師って言うのよ。これでもお得意さんたくさん持ってるんだから」

 「すごいですネ〜」

 「てんちゃんも凝ってますネ」

 「一昨日からツアーの引率で体が張りますので」

 「こっちの和ガールは首と肩が凝ってますネ。目が悪いのに無理してないですカ?」

 「いよっ・・・実は・・・」

 「相模さんって目悪かったの?眼鏡とかかけないの?」

 「いよぉ・・・眼鏡はあまり気が進みません。ですがいよは其の分、目を斯うしてカッ!と見開く事で見えない物を見ようとしているのです!」

 「だから首と肩が疲れるのでは?」

 「この辺とか気持ち良いデショ?」

 「いよぉ〜〜〜〜♡極楽極楽〜〜〜〜♡」

 

 施術師の上手な按摩術で、みるみるうちに全身の凝りが解されていきます。だんだん気持ちも良くなってきて、なんだかこのまま豆腐のように蕩けていってしまいそうな・・・。

 

 「では足つぼいきマス」

 「いよっ?い゛よ゛ぉ゛!!?」

 「きゃああっ!!いたたたたっ!!?」

 「ひえーっ!!」

 

 極楽も斯くやと許りの心地良さに惚けていると、突然足を持ち上げられ、其の刹那に激しい痛みに襲われました!!まるでごつごつの砂利道を素足で歩く様な、足の裏の痛点という痛点を重たい金鎚で思い切り打たれた様な、然う言った痛みでした!

 

 「凝ってますネ〜」

 「いよよよよよよおおおぉぉ!!!あ、足が潰れるゥぅうううう!!」

 「き、きくぅ〜〜〜!!なにこれ・・・!!」

 「SilverとRhodiumでできたMassage goodsですヨ。足つぼを細かく刺激できて、とってもスッキリしますヨ〜」

 「つぼって言うか・・・!!擦ってるわよねこれ・・・!!」

 「効率的に足の裏全体を刺激することができる、こちらのお店の名物マッサージ器具でございます。ハイッ!」

 「平然と解説できるてんちゃんがすごいわ・・・」

 「ぬあああああああっ!!」

 

 先程迄の心地良さとは打って変わって、凝りが解れる様な気持ち良さは感じつつも、其れと同時に波の様に襲い来る痛みに身悶えが止まりません!施術であると分かっていても、どうにも体は防御反応を執ってしまいます!何時の間にやら金具擦りは足の裏から踝を上って脛にも達する勢い!其処は皮が薄い部位ですから危険です!!いよよよよよよよぉ!!

 

 「みなサーン。男子たちの施術もできましたヨー」

 「いよっ!?男子!?いよぉ・・・見ないでおくんなまし・・・!悶えるいよ達を・・・!」

 「二人は何をしてたのかしら?」

 「では納見様、鉄様。どうぞー!」

 「うっ!?」

 

 洋帳(カーテン)の向こう側に人影二つ。細長い影は納見さん、背の高い筋骨隆々の影は鉄さんですね。ですが鉄さんは兎も角、納見さんも頭が丸くなっているような。刈ったのでしょうか?然んなことを考えていたら、洋帳が開いてお二人がお目見えしました。其の異様な姿に、いよと正地さんは思わず声を漏らしました。

 下は洋褌一丁の儘、お二人は両腕を少し体から浮かせた体勢で、目線は何処か虚空を眺めておりました。其れもその筈、お二人は全身を真っ白の包帯に包まれ、噂に聞きし埃及の怪異、木乃伊が如し容貌になっておられました!何とも奇怪なる其のお姿!此が布哇式按摩術の極意という事でしょうか!?

 

 「な、なにこれ・・・!?何やってるの二人とも・・・!?」

 「なぶらかわははらうぃをん(なんだか分からないよお)

 「ろぶぼぼへっぺんもんぶぶうぶうふぁみ(何の説明もなくグルグル巻きに)

 「何言ってるか分からないわ」

 「此が小顔の施術ですか?」

 「小顔効果もありますし、新陳代謝が促されて全身の余分な水分や老廃物が流れ出して行きます。施術が終わったらお手洗いへどうぞ」

 「まぶばっば(なんだいそりゃあ)

 

 見えない所で此の様な施術を行っていたとは。布哇式按摩術は奥が深いですね。何時の間にかいよ達の施術は再び油塗りに戻り、全身を熱い布巾で拭いて仕上げとなって参りました。最後によが、なる印度式体操術をするそうで。

 

 「男子のお二人は、私たちのヨガが終わるまでその状態でお待ちいただきます」

 「ぶぶぶぶぶぶぶ(なるべく早く頼む)

 「鉄さんは口元を少々緩めて貰った方が良いのでは?呼吸は出来ていますか其れ?」

 「でもこうして包帯でグルグル巻きになった筋肉っていうのも、乙なものね・・・!これを見ながらヨガをするなんて、なんか新しい扉開いちゃいそう・・・!」

 「もぶぶえいばぶぶばっぴええん(もう既にだいぶ新しいところにいるけどねえ)

 「ぼめぼめ(閉じておいてくれ)

 

 全身を拭き終わったら、よが専用の毛氈が敷かれてあるので、其の上にそれぞれが座ります。按摩師の方が前でやる姿勢を真似して、いよ達もゆっくりと腕や脚の筋を伸ばしていきます。まず日常生活ではあり得ないような姿勢のせいか、あっという間に両手両脚が攣りそうになります。

 

 「いぃぃぃいいいいぃいぃいぃいぃ・・・よぉ・・・!!つ、攣る・・・!!」

 「それでは次はァ・・・タカのポーズ」

 「のああああああっ!!」

 「相模様は体が固いのですね。日々運動をされてはいかがでしょう」

 「日頃から運動をしていないのは正地さんもゝでしょうにぃ・・・!正地さんは何故其の様に苦も無く出来るのですか・・・!!」

 「体が柔らかいのが自慢なのよ。でも・・・!筋が伸びて気持ちいいわね・・・!」

 「ハイッ」

 「い゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛・・・!!」

 

 正地さんもてんちゃんさんも、いよには到底出来ない事を平然とやってのけます。あまり激しく無い緩やかな伸び運動と聞いていましたが、此の様な奇天烈な格好を長く続けて居るのは、見た目以上に辛いものでした。早くもいよは先生の姿勢を其の儘真似る事も叶わず、只管に痛みに呻きを漏らし乍ら、頑張っている振りだけを見せるという、何とも侘しい物となってしまいました。

 

 「びばびべべえ(しかしあれだねえ)ぼぼび(鉄氏)

 「ぼば(なんだ)?」

 「|ぼばばんぼばぼばっへばわわぺんもうままっぺんもあ《女の子が頑張って体を捻ってるってのはあ》・・・びびばびばべ(良い景色だねえ)

 「びびでばびでぶう(いいかも知れないな)

 「こら!其処な男子!いかがわしい目でいよ達を見るな!!分かって居るぞ!!」

 「ぶんぶんぶぶぶん(す、すまん)・・・」

 「私は別に・・・。男の子ってそういうものでしょ?それに私は気にし(てないことはないけど人のこと言え)ないわよ」

 「ハイッ!私も見られ慣れていますので!」

 「いよぉっ!?風紀が乱れる!!」

 

 指一本真面に動かす事も能わぬ間抜けな格好ではありますが、其の包帯の下から覗く助平心に塗れた視線は見逃さないぞ!!いよは兎も角正地さんとてんちゃんの尊厳を守る為にも、いよは声をあげました!然し真逆の正地さんもてんちゃんさんも意外な事に、然程見られる事を気にして居ない様子!!

 

 「ハイッ!ではこれで、ヨガも終わりです。お疲れ様でした!」

 「ふぅ〜♡気持ち良かった。日本に帰っても毎日やりたいわ」

 「ぜひ続けてくだサイね。それでは男子の二人も包帯取りましょう」

 「ばっぽぽえう(やっと取れるう)〜」

 「ホントはもっと長い時間やるんだけど、今回はこのくらいで勘弁してあげましょう。喋りにくそうだし」

 「じゃあ外していきますネ〜」

 「ぱうっ・・・ふぅ、やっと普通に喋れ──いたたたたたたたあっ!!?か、髪剥がれてるからあ!!」

 「んっ。少しすっきりしたような・・・蒸し風呂にでも入ったような気分だ」

 「ふぁああああああああっ!!!く、鉄くんの体すっごいスッキリしてるよぅ・・・!!輝いてるよぅ・・・!!えぅえぅ」

 「またですね」

 「いよっ!さて、スッキリした体でお次は何処へ向かいますか!?」

 「ハイッ。この後はお土産ショッピングです!アクセサリーやハワイ伝統工芸品などを見ていきましょう!」

 「やったあ」

 

 漸く此処からは体を使った催し物ではなく、純粋に買い物を楽しめるようです!いよと納見さんは思わず万歳をして喜んでしまいました!それでは早速乗合車に戻りましょう!直に戻りましょう!

 


 

 「ハワイの伝統工芸品と言えば、ひとつ有名なのはティキですね」

 「ティキ?」

 「こちらのバスにも一体置いてありますね。ティキはハワイを初めとするポリネシア地域に伝わる神なのですが、その神性や権能、つまり何の神様か、ということですが、それも様々です。神に近いものですが、地上最初の人類と伝わっている地域もございます」

 「要するになんだかよく分からないってことだねえ」

 「ですが多くは守り神のような、良き神として信仰されています。このように手乗りサイズのものから1mを超える置物サイズまで、整った顔立ちのものから禍々しい顔まで、非常に多様性に満ちたお土産があるのも特徴ですね」

 

 マッサージ屋から土産物を買うために、俺たちは一度バスで繁華街の反対側に移動した。なんでも紺田おすすめのショッピング街があるらしい。バスの中で、ハワイの土着信仰についての講義を受ける。そういった要素を持ったアクセサリーはその地域の人たちだけでなく、土産物としても好まれるから、造り手側としてはなかなかに興味深い話だった。そんなとき、すっかり姉の支配下に収まってしまった自分に気付いてしまい、なんともやるせない気持ちになる。

 

 「あとはこのようなアクセサリーが人気ですね」

 「なんだいそりゃあ?」

 「いよっ!釣り針の飾りですね!」

 「ハイッ。こうした釣り針型のアクセサリーは、幸せを釣り上げる、ということで縁起物として好まれています。海と共に生きるハワイの人々ならではの考え方ですね」

 「かわいいわね。それに色んなバリエーションがありそう」

 「これら以外にも定番のお土産から意外なヒット商品まで、多数取り揃えているショッピング街です!人手が多いので、皆様くれぐれもはぐれないようにお願いしますね!」

 「それは気を付けるが、最悪、歩いてホテルまで戻れるだろう?」

 「いえ。この辺りは観光客が多い反面、治安があまり良いとは言えないエリアでもあるのです。よっぽどなことがない限り命の危険はありませんが、観光客と見られるとお金を狙われるかも知れません」

 「然様な修羅の街に!?いよぉ・・・恐ろしや」

 「団体行動をしていれば心配ありませんので、ご安心ください」

 

 なにやらとんでもないところに連れて行かれるようだ。あまり目立たないようにしたいところだが、如何せん俺のこのたっぱでは嫌でも目立つ。せめてはぐれないように気を付けよう。不安で心臓が激しく鳴り始めてきたころに、バスは目的地に着いた。

 

 「こちらはお土産屋さんもありますし、カフェレストランや釣具屋、写真屋などたくさんのお店が並んでいます。裏路地にもお店はありますが、あまり良い店ではないので、覗き込んでトラブルを招かないように」

 「矢張り修羅の街ですか!?何の如くですか!?」

 「大丈夫よ相模さん」

 「ではこちらのアクセサリーショップに参りましょう」

 

 紺田が入ったのは、ショッピング街の入口から少し入った所にあるアクセサリーショップだった。ハワイアンな店作りとアロハ音楽、店員はアロハシャツを着た少し強面の男と、陽気そうな女、柄が悪いわけではないが、少し距離を置きたくなる雰囲気だった。店には所狭しとアクセサリーや、さっき紺田が言っていたティキの置物が並ぶ。

 

 「面白そうな店だねえ」

 「イラシャイ!ハワイみやげたのしいヨー!」

 「いよーっ!綺麗な飾りが沢山ですね!目移りしてしまいます!」

 「あ。これさっき言ってた釣り針型のアクセサリーね。これくらい小さいと可愛いわね」

 「ですが少々高いですよ。いよの小遣いの半分です」

 「Oh(おーっ)This one has three diamonds in it(これ3つもダイヤが入ってるのよ)You see(どうかしら)!」

 「ダイヤモンド?」

 

 正地と相模が小さな釣り針型の飾りがついたネックレスに興味を示すや否や、女の店員が近付いていって何か英語で捲し立てる。俺にはほとんど聞き取れないが、どうやらあれにはダイヤモンドが使われているということらしい。納見はティキをしげしげと眺めて、紺田と何か話している。俺は正地と相模が気になって、近付いてみた。

 

 「It's called a pink diamond(これピンクダイヤモンドよ)! |They sell these for a much expensive price in Japan than here, don’t they《日本よりずっと安いわよ》?I’ll lower it by $5 if you want(あと5ドル安くしてもいいわ)!」

 「えっと・・・エクスキューズミー?ちょっとそれ見せてくれ」

 

 受け答えもできず気圧されている正地と相模の前に立って、女の店員からアクセサリーを取り上げる。薄透明のピンク色をした宝石が、3つ埋め込まれている。アクセサリー自体の大きさは大したことはないが、その宝石は0.1カラットほどはありそうだ。もしこれが、本当にダイヤモンドなら。

 

 「いや、これはダイヤモンドじゃない。ガラス玉か何かだろう」

 「え?そうなの?」

 「鉄さん、お分かりになるのですか!?」

 「まあ、見慣れてはいるからな。ピンクダイヤモンドはなかなか見ることはないが、それでもこれは粗雑だ。俺でなくても、少し詳しい人間なら簡単に──」

 「オニーサン?チョット」

 

 話している途中だったが、男の店員の方に肩、の少し下にある肩甲骨あたりを叩かれた。振り返ると、顔は朗らかだが、明らかに目が笑っていない。その瞬間、まずいことをしたと理解し、同時に戦慄した。いや、このままでは正地と相模が大損をさせられるところだったのだが、こうなると今度は俺の身が危ない。

 

 「いや、待ってくれ・・・そんなつもりでは」

 「イコウネイコウネ」

 「く、鉄くん!?」

 「いよーっ!てんちゃんさん!鉄さんが!」

 「あ、いや・・・いい。ここは俺がなんとかするから、大事にしないでくれ。余計にマズいことになる」

 

 もしここで騒ぎになれば、おそらくこの男の仲間が集まってくるだろう。やむを得ず実力行使になったとしても、俺ひとりでは何人も相手にできない。そうなれば今度は俺だけじゃなく、他の4人も巻き込まれてしまう。だからここは、俺ひとりが相手をするのが最善だった。とは言っても、めちゃくちゃ怖い。

 レジの奥にあるカーテンをくぐって、店の奥に連れて行かれた。案の定そこには、柄の悪そうな連中がたむろしていた。テレビには地元の歌番組か何かが映っていて、その灯りに照らされて、さっきピンクダイヤモンドと言い張っていたものと同じガラス玉が、ダンボールの中でキラキラ輝いていた。

 

 「Hey, Tony(おいトニー). What are you messing around with(何やってんだよ)-and who the heck is that(誰だそいつ)?」

 「He seems to have a complaint about our products(ウチの商品にいちゃもん付けられましてねェ), so I was about to silence this young gentleman(ちょっと話つけてやろうかと思って)

 「Wait(やめとけ), |We’ll get in hot water if the cop knows about this, don’t you see《警察沙汰にされたらめんどくせえぞ》?」

 「I know(分かってますって). |I won't let him run into the cops《警察に駆け込まれるようなことはしませんよォ》」

 「Just do it quickly(じゃあぱっぱとやれよ). |There are customers other than the front side of the store today《今日は表以外にも客がいるんだ》」

 

 やっぱり英語で話してるから何を言ってるか分からない。だが、非常にまずいことになっていることは確からしい。奥の部屋にいた連中は俺のことには興味がない、というよりも、俺に構っている余裕がないという様子だった。もしかして、このグループのボスでも来るのだろうか。そうなるといよいよ表にいる4人もマズいことになる。なんとかして逃げるように合図を送れないか・・・。

 

 「Then, hey you(じゃあ、おいアンタ). Sit down there(そこ座りなよ)

 「し、しっだん・・・?あ、座れってことか」

 「Huh, you're being a good little boy aren't you(えらく素直だな)?|Now, you seem to have complained about our product《アンタ、ウチの商品になんか文句あったみたいだけど》. You've got something to say(なんか言いたいことあるわけ)?」

 「いや・・・えっと、アイキャントスピークイングリッシュ・・・」

 「Well then, somebody needs to say sorry about it, you see(だったら謝らないと)What does a Japanese do when they apologize(日本人は謝るときどうするんだ)?ドゲザ?」

 「土下座?・・・前後が分からないから全く話が見えない・・・」

 

 英語で捲し立てられても意味が分からない。雰囲気は伝わるが、それだけでは怖がっていいのかなんなのかも分からない。なぜ座らされたのかさえも謎だ。なんとなく気圧されている中で、土下座という言葉が聞こえたが、謝れということだろうか。しかし、謝るもなにも、不正をしているのはこの連中だ。俺もあまり人に胸を張れる稼業をしていないが・・・。

 

 「Tony, she's here(トニー、来たぞ). Leave him alone(そいつは一旦置いとけ)

 「Gimme a sec(ちっ). Wait. Here. Got it(待っとけよ)? |If you show any sign of running away you'll wish you've never been born《逃げたらひどいぞ》」

 「ん?」

 

 この中のリーダーらしき男が声をかけると、俺に捲し立ててきていた男は舌打ちして、俺に何か釘を刺してきたようにして背を向けた。どことなく緊張感の漂う雰囲気に、いよいよただ者ではない誰かが登場する気配を感じ取った。俺以外にもここに連れて来られた者がいるのだろうか。

 店の奥から裏口に繋がる暗い道。カーテンで目隠しがされたその場所から、その客はやってきた。薄暗いバックヤードに似つかわしくない、眩しくて、ド派手で、危うくしたら男たちの陰に隠れて見えなくなってしまいそうなほど小さい、女だった。そしてその眼は・・・俺と同じ色をしていた。

 

 「はっ!!?」

 「Hey you noisy brat(うるさいぞガキ)Be quiet(静かにしろ)!」

 「うん?へっ?えっ!クーじゃん!?」

 「へ・・・幣葉・・・!?」

 

 あり得ない。ここに現れるはずがない人間が現れた。しかもそれは、ここにいる男たちがどれだけすごむよりも、ただそこにいるだけで俺の全身を凍り付かせるような、俺が最も恐怖する相手だとは。これなら殴られる方がまだマシだ。こんなところで、幣葉に出会うなんて・・・。

 

 「ん〜?クーあんた、ここどこか分かってんの?ハワイだよ?何してんのよ」

 「い、いや・・・俺は、その・・・修学旅行で・・・」

 「修学旅行?何それ。お姉ちゃん聞いてないんだけど!」

 「急に決まったんだ。そうでなくても、普段からそんな話しないだろう」

 「あっそ。さすが、天下の希望ヶ峰学園は修学旅行も超高校級ってワケね。ふーん、羨ましー」

 「幣葉だって来てるだろう・・・」

 「アタシは仕事よ、し・ご・と。取引先がハワイにあるっていうから着いてきてみたら、忙しくてちっとも観光なんかできやしないし!アタシもパンケーキ食べてスキューバやってワイキキビーチでのんびりしたーい!クーだけずーるーいー!」

 「社長。あまり子供みたいなこと言わないでください・・・」

 「祖場さん・・・すみません」

 「I’m(あの)・・・ and what will happen to our deal(俺たちとの取引の話は)・・・?」

 

 幣葉は幣葉で仕事でハワイに来ているらしい。基本的に俺は学園を離れることはないし、幣葉とまめに連絡を取るわけでもないから、俺がハワイに来ていると知らずにこうやって鉢合わせになることも・・・まあ、なくはないか。秘書の祖場さんまで来ているのだから、どうやら仕事というのは本当らしい。

 子供のようにふて腐れる幣葉は、本来の目的などすっかり忘れて俺にばかり構っている。たまりかねた店の男たちが、遠慮がちに幣葉に声をかけた。その瞬間、幣葉は雰囲気を一片させ、男たちを睨み付ける。

 

 「|I'm talking to my brother you dim-witted moron《いま弟と喋ってんだろうが、ツブすぞナス野郎》」

 「Eek(ヒエッ)

 「You()・・・what(ええ)・・・!? Y, you're saying that HE's my young brother(お、弟だと)・・・!?」

 「な、なんだ?」

 「なんでもないの。アンタはこっち側だけど、こっち側の事情は知らなくていいんだよ。そっちの方が萌える(ギャップ)んだから」

 「はあ・・・」

 「で、ハワイにいるのはいいとして、なんで()()にいるのよ。アンタ、そのナリでなんでトラブってるわけ?」

 「い、いやそれは・・・その・・・」

 「答えにくい?じゃあ今の質問には答えなくていいや」

 「・・・」

 「こっちの質問に答えてよ。()()()()()()()()()()()()?」

 「!」

 

 幣葉も目が笑ってない。そうだ。今ここに俺がいることは、幣葉にとっては計算外。しかもそのせいで幣葉の仕事は完全に止まっている。裏稼業とはいえ、幣葉は大企業のトップに君臨する社長の立場だ。分刻みのスケジュールの中で動いているのに、身内であろうと俺が邪魔をすることは許されない。いや、まさか、この場で俺に何かするとは思わないが、日本に帰ってから何があるか分からない。

 

 「じ、実は・・・」

 

 俺は素直に白状した。この店に来て数分の内に起きたことだから、全てを説明するのに時間はかからなかったし、簡単なことだった。要するに俺は、この男たちの阿漕な商売の邪魔をしたわけだ。そのせいで落とし前を付けさせられそうになっている。呆れ返るほど単純で、理不尽なことだ。

 

 「なるほどね〜。ふふん、ノミの心臓のアンタがそんなことするなんて。どしたの?好きな子の前でかっこつけたかったとか?」

 「そういうのじゃないが・・・なんとなく、不正を見過ごせなかったんだ」

 「どの口が言ってんだか。ニッシシシ♬ま、でもだいたい分かったわ。要するに、クーと友達が安全に旅行できるようにすればいいんでしょ?」

 「は?」

 

 いや、そんなことは一言も言ってないが。と言おうとした俺を無視して、幣葉は壁際に整列していた男たちの中のリーダー格を座らせ、唐突に胸ぐらを掴んだ。

 

 「What were you tryin' to do with my brother(アンタ、アタシの弟に何するつもりだったの)?」

 「No, nothing(い、いや)・・・I have nothin' to do with this(俺は何も)・・・it's him(あいつだよ)Tony, he's the one that has all to do with this(全部トニーがやったんだ)・・・」

 「Hey(おい)Don't say weird things(ヘンなこと言うなよ)!」

 「Yeah(あっそ). Well, Tony(おいトニー)?」

 

 やはり幣葉は()()()()の人間に顔が利くらしい。大の大人が、こんな小さい女子高生を相手に完全に気後れしてしまっている。トニーと呼ばれた男は、顔を青くしながら幣葉に指図された通り、しゃがむ。幣葉はその顔をゆっくり近付け、耳元で何か囁く。

 

 「What were you trying to do(アンタ、何しようとしてた)Say it(言ってみろよ)

 「・・・!」

 「You can't tell(言えない)Then do you want me to TEACH you(だったらアタシが教えてやろうか)?」

 

 幣葉がコートの端を持ち、開いて内側を見せた。そこに何があるか、俺からは死角になっていたが、真正面にいたトニーの表情はよく見えた。暑いバックヤードにもかかわらず、トニーが流していた汗は明らかに冷や汗だった。

 

 「Just kidding(冗談だよ)!|Why are you, a grown up man, freaking out at such a weak, innocent girl like me, Mister《なにこんな小娘にガチビビりしてんだよ大の男が》!」

 「・・・」

 

 破顔一笑、とばかりに幣葉は笑うが、その場にいる他の誰一人笑っていない。

 

 「Then can you guys do me a favor(じゃあアンタらにひとつ働いてもらおうか)?」

 「F, favor(は、働く)?」

 「Tell your lads around here(この辺にいるアンタらの仲間に伝えな); |If you do something or even touch a single finger to any Japanese high school students, especially from Hope's Peak《日本の高校生、特に希望ヶ峰学園の生徒にもしものことがあったら》, you're all fish bait(アンタら全員魚のエサだからって). Capiche()♬」

 

 造り物のような笑顔で、幣葉が言った。何を言っているのかは分からないが、その言葉は決して冗談や虚言ではなく、本気のはずだ。そうやって相手を黙らせる雰囲気が、幣葉にはあった。男たちは幣葉の言葉に縮み上がり、逃げるように店の外へと走り出て行った。すっかり人気の消えた店のバックヤードで、幣葉は改めて俺に向き直り、そっと手を頭の上に乗せた。

 

 「よし♬これでクーとクーの友達はこの辺で絡まれることはないから。万が一なんかあったら、すぐお姉ちゃんに言うんだよ」

 「ど、どうするつもりだ・・・?」

 「さあ?ハワイがちょっとだけキレイになるんじゃない?」

 

 要するに、そんなことをしたヤツらはいなくなるということだ。まさか俺たちの中で、さっきのようなヤツらと関わり合いになるようなことをする者はいないだろうが、この修学旅行中はこの辺りで快適に過ごせるようになるということだ。そこまでしてもらいたかったわけではないのだが、素直に感謝しておいた方がよさそうだ。

 

 「あ、ああ・・・ありがとう・・・?」

 「あとこれ」

 「え・・・な、なんだこの金は?」

 「えっと。マカデミアナッツは外せないでしょ。ナッツ詰め合わせでしょ。ココナッツミルク缶でしょ。マルセイバターサンドでしょ。エッグスシングスのパンケーキミックスは5箱!アクセサリー・・・はいいや、どうせウチのより質がいいのなんかないし。あ、ティキは一番デカいのね。あと首振り人形とコナコーヒーと・・・」

 「待て幣葉・・・そんなにたくさん覚え切れないぞ」

 「ご安心を、祭九郎様。こちらにメモしております。私は絵はがきを10枚ほど。祭九郎様のセンスで」

 「勘弁してください祖場さん・・・」

 

 いきなり幣葉に持たされたのは、100ドル札の束だった。これ、確か1枚が一万円くらいじゃなかったか?ということはこれ一束で一体いくらになるのか・・・考えたくもない。

 

 「ウチの会社の住所に贈ってくれればいいから。余ったらクーが好きに使っていいよ。友達に美味しいステーキでも奢ってあげな」

 「・・・」

 


 

 「あっ!鉄くん!だいじょ・・・何その大金!?何があったの!?」

 「いよーっ!?ま、まさか鉄さん!店の奥でさっきの破落戸達と怪しげな取引を!?」

 「いや・・・えっとその・・・」

 「Don't worry, don't worry(いいんだいいんだ気にするな)You were looking at this accessory, right(お嬢ちゃんこのアクセサリー見てたよね)Take it with you, then(持ってっちゃっていいから)It's a present(あげるよ)!」

 「ど、どういう風の吹き回しでしょうか・・・?」

 「鉄氏の体にビビったのかなあ?」

 「も、もうこの店は出よう!そのアクセサリーはいらん。どうせガラス玉だ」

 

 店の中に戻ると、4人が心配そうに俺に駆け寄ってきた。かと思えば俺が札束を持って、しかも店員を従えて現れたものだから、もうワケが分からなくなっているようだ。あまり長居して妙な勘繰りを受けるのも困るし、どの道この店で買うものなどない。幣葉に言われたお使いをさっさと終わらせるため、俺は4人を連れて店を出た。この大金を裸で持ち歩くのが恐ろしくてしょうがない。その上そんな無防備なヤツが物盗りに避けられるのだから、余計に質が悪かった。

 


 

シーン21『食い倒れチーム②』

 

 イカロスさんに連れられてやって来たのは、見るからに美味しそうな看板をでかでかと掲げるお店だった。布哇名物のカルアポークっていうものを食べられるお店っていうことに加えて、日本人観光客向けにアレンジ和食もあるし、イタリアンに中華にアメリカンもある。日本で言うファミレスみたいに、ノンジャンルのメニューを置いてるみたい。

 

 「ここも食べ応えがありそう!う〜ん!お腹が鳴るね!」

 「腕みたいに鳴らすな」

 「一応カルアポークを食べに来たってコトだから、他のメニューは・・・ほどほどにしてね」

 「譲歩すんなよ!こいつらそれを良いことに注文しまくるぞ!」

 「ボクもおなかいっぱいたべたいです!」

 「食うぞー!だりゃー!」

 

 店の外まで香ってくる豚肉の焼ける香ばしい匂いに誘われて、私たちはお店の中に入っていった。板張りの壁はメニューや絵画や落書きで埋め尽くされて、椅子とテーブルがあちこち好き勝手に並んでて、その隙間を縫うように席に案内された。店の奥の、角のテーブルだ。

 今まではビーチに臨む景色の良いテラス席が多かったから、こういう異国情緒溢れるお店の奥まったところでご飯を食べるっていうのも、これはこれでいいものだなんて思う。旅情というか、ハワイに来たぞって感じがする。

 

 「やっぱハワイに来たらカリフォルニアロールも食わねえとだな!」

 「ハワイアンヌードルっていうのも気になるね。ラーメンっぽいけど、これ豚骨かな?」

 「んと、んと、ボクプリン食べたいです!」

 「メニュー見るなり目的のもの以外で盛り上がるんじゃねえよ!ウェイター!カルアポーク!5!あとウォーター!」

 「おい勝手に頼むなよたま。追加注文は面倒だろ」

 「前提で話すな!大食いの店でもないのにアンタらと飯食ったら恥ずかしいんだよ!」

 「デザートくらいは許してあげようよ」

 

 こうやってメニューを見ながら、どんな料理か、どんな味かを想像して注文を決めるのも楽しみの一つなのに、たまちゃんがさっさと注文しちゃったからそれも中断されちゃった。そんなにお腹減ってたのかな。でもイカロスさんが気を利かせてくれて、一人一つだけデザートなら頼んでいいことになった。

 

 「Pudding a la mode(プリン・ア・ラ・モード)!」

 「私アサイーボウルがいいな」

 「じゃあオレはゴマ団子!」

 「たまちゃんはダイエット中だから杏仁豆腐がいいな。こんなとこにあるのかな?」

 「なんでもあるよここには!せっかくだからココナッツミルクも飲んでみたらどうだい?」

 「いいね!それも一人一杯ずつ頼もうか!」

 「お前がそういうことすっからこいつらが図に乗って頼みすぎるんだろうが!」

 「いたっ!普通にぶたれた!」

 

 結局このお店で頼んだのはカルアポークとドリンクとデザートが一品。一食分には十分な量だけど、せっかくハワイまで来たんだからメニュー一通り食べるくらいはしておきたかったなあ、なんて。でも、考えてみれば今日は朝から一日中ずっと食べてて、晩ご飯もちゃんとあるんだよね。大丈夫かな。太っちゃわないかな。でもせっかく出されたものを残すわけにはいかないもんね。しょうがないなあ。

 

 「しっかしキミたち本当によく食べるね。見てるこっちが胃もたれしそうだよ」

 「胃袋は日頃から鍛えてっからな!まだまだイケるぜ!」

 「Stomach(胃袋)ってきたえられるんですか?」

 「こいつら人間じゃないから」

 「私もまだまだお腹ペコペコだよ。ねえ、この後はどこのお店行くの?」

 「これから昼ご飯食べるのによくその後のご飯の話ができるね・・・まあ、もちこチキンとかスパムおにぎりとかポキとか食べに行く予定だけど・・・」

 「もちこチキンってなんだろ?鶏肉?」

 「もちこっていう衣で揚げた唐揚げだ。オレは知ってるけどうめーぞ!」

 「それってこれじゃないですか?ここにもありますよ!」

 「もうアンタらメニューよこせ!たまちゃんが預かるから他の話してろや!」

 

 とうとうたまちゃんにメニュー表まで没収されちゃった。他の話って言ってもレストランに来たらどんな料理が来るかとか、どんな食べ物が好きかっていう話しかないでしょ。今日はこの後もずっとご飯を食べるわけだし。

 

 「さあ、まずはココナッツミルクが来たよ」

 「真っ白!牛乳みたい!」

 「これがCoconuts(ココナッツ)の中に入ってるんですか?こんな甘くておいしいのが?」

 「何言ってんだよそんなわけねえだろ!スニフはガキだから頭ン中メルヘンだなあ」

 「スニフ君がすごく“お前が言うな”って眼をしてる・・・」

 「ココナッツミルクは、内側の白い実を漉して作るんだよ。甘さとかは砂糖で後から付けてるもんだから、ココナッツの美味さっつったらこの香りとかコクとか、そういうところだな。もちろん甘みもあるけど」

 「う〜ん!甘くてコクがあって濃厚なのに、ココナッツの風味も爽やかであっさりしてる!美味しい!何杯でもいけそう!」

 「本当に何杯もいこうとするなよ。今度は殴るぞ」

 「たまちゃんさん、キャラがくずれすぎてます。いくらなんでも」

 「スニフに窘められてちゃしょうがねえな、たま!」

 「アンタ・アトデ・サス」

 「カタコトになるほどかよ!?」

 

 ココナッツミルクにみんなで楽しく舌鼓を打っていると、まもなくしてカルアポークが運ばれてきた。おっきな丸くて平たいお皿が、青とか黄色とかみんなそれぞれ可愛い色でテーブルをカラフルに飾り立てた。そのお皿の上に、ドーム型のこんもりしたご飯と、シンプルに塩胡椒で炒められたキャベツやプチトマトとかの彩り野菜が添えられて、メインのカルアポークを引き立ててた。

 じんわり濃厚なソースの香りが湯気に乗って鼻の奥まで染み渡ってくる。細かくほぐされた豚肉はお皿の上に小さな山を作って、自分から溢れ出た肉汁に浸ってる。一目見た瞬間から、これはもう絶対に美味しいヤツだって確信した。

 

 「うあ〜〜〜!!おいしそぉ〜〜〜!!」

 「これはもうアレだろ!丼にしてかっこむヤツだろ!」

 「Rice(ごはん)もいいですけど、Sandwitch(サンドイッチ)にしてもおいしそうです」

 「あれだけ食べといてなんでそんな新鮮なリアクションができるんだか・・・アンタら見てるとたまちゃんまでお腹減ってくるよ」

 「このキャベツがいいな!しんなりし過ぎず生焼けでなく!しゃきしゃきの歯ごたえを残したまま肉を邪魔しないよう控えに回るあっさり塩味!」

 「この豚肉も全然固くない!ホロホロに崩れていくのに噛めば噛むほど味が染み出してくる!ソースも濃厚だけどお肉の味を引き立てて、キャベツと一緒に食べると後味までさっぱりして最高〜〜〜♡」

 「Yammy, yammy(うまうま)

 「誰に解説してんだろね」

 「それは気にしないことになってっから」

 

 一皿しか食べられないのがもったいなく感じるくらいに美味しい!この肉汁を吸ったご飯もとか千切りキャベツもすっごい美味しいし、プチトマトの酸味と甘みでお口直しをしたらまたいくらでもいけちゃう!じっくり味わいながら、でも下越君の言う通りご飯とお肉を一緒に掻っ込んでも絶対おいしい。気付いたらあっという間にあと一口になっちゃった。

 

 「たっ、足りねえ・・・!こんなんじゃあちっとも足りねえよお!!」

 「あうう。たまちゃあん・・・お願い・・・!次で最後・・・最後にするからぁ・・・!」

 「依存性でもあんのかこの飯。ダメに決まってんだろ!アンタらは一皿許したら三十皿はいく!」

 「ゴキブリみたいに言うな!」

 「ふたりともちょっとこわいです」

 「スニフ君!これサンドイッチにしたら絶対美味しいよね!?そう言ったもんね!?食べたいよねそれ!?食べたいでしょ!?食べたいって言いなさい!」

 「あーん!こんなこなたさんヤです!ボクたまちゃんさんの方にはんたいのさんせーのはんたいです!」

 「スニフがこうなるんじゃよっぽどだな」

 

 そんな・・・!スニフ君はいつでも私の味方をしてくれる良い子だって信じてたのに・・・!だったらせめて大盛りにして頼めばよかった。これっぽっちじゃせっかくやる気になった胃袋に申し訳が立たないよ・・・。あっという間にデザートタイムに突入して、私が頼んだアサイーボウルが運ばれてきた。紫色のスムージーの上に、ベリー系のフルーツとバナナが乗って、ヨーグルトソースがかかってて見た目にも南国っぽくて美味しそう!スプーンを入れるとスムージーのシャクシャク感と新鮮なフルーツの水分たっぷりな重みが指先に伝わってきた。

 

 「はわああ〜〜〜♡おいしそう〜〜〜♡」

 「うっ・・・デザートにしては量が多くない?そのアサイーボウル」

 「デザートじゃなくって、日本で言うコーンフレークみたいなものだからね。十分あれで一食済ませられるんだけど」

 「こなたさんはいっぱいたべるからいいんです」

 「スニフ君は将来、女の子を甘やかすダメな彼氏になりそう」

 「ダメじゃないです!」

 

 カルアポークを欲しがる胃袋を誤魔化すように、アサイーボウルをどんどん掬っては口に運ぶ。濃厚なバナナの甘みとアサイーの酸味、それからヨーグルトソースのまろやかな味わいがまとまって、後味はスッキリしてる。うん、おいしい!ときどきスムージーに混ざったオートミールが心地良い歯ごたえを感じさせて、ずっと食べてても飽きない。まだこんなに美味しいものを隠してたなんて、ハワイはいくら食べても食べ尽きることがないよ!

 

 「ここだけ見ると普通の食べ盛りの女の子なんだけどなあ」

 「ここの前にステーキとロコモコとマラサダ食ってるからね」

 「あと普通にホテルバイキングもアホほど食ってたよな」

 「いっぱいたべるこなたさんがいいです」

 

 アサイーボウルも、気付いたらあと一口になってた。ちょっと物足りないくらいがちょうどいいなんて話を聞いたこともあるけど、やっぱり物足りないままじゃいやだよ。ここは早く食べ終えて、次のところに行ってまたお腹いっぱいになるまで食べたい。アサイーボウルを一気に掻っ込んで、お冷やを喉に流し込んだ。やっぱりまだ物足りないし惜しい気持ちはあるけど、このお店はここでおしまい!私は早く次のお店で、もっと色んなハワイグルメを楽しみたいんだ!食べるんだ!

 

 「ごちそうさまでした!イカロスさん!次のお店どこ!」

 「あの子は、“超高校級のフードファイター”だっけ?」

 「“Ultimate Lucky(超高校級の幸運)”です!」

 「むしろ本職のフードファイターの人が面目ツブされるわこんなの・・・」

 「同期にそんな“才能”のヤツがいなくてマジでよかったな。オレとちょっと被るし」

 

 食べ終わったらすぐに次のお店に移動しないと、いつまでもだらだらしてたら満腹中枢が刺激されてお腹いっぱいになっちゃう。そしたら食べられるものも食べられなくなっちゃう!もったいない!

 

 「この後はもう、この商店街を食べ歩きでもしようと思ってたんだ。ほら、そこのお店でもちこチキンを売ってるよ」

 「ホントに唐揚げみたい。日本で食べるのとそんな変わらないんじゃないの?」

 「7パックください!」

 「7?何の数だよ?」

 「ひとりいっことこなたさんはあとふたつ食べるんです。こなたさんはいま“たれさがり”なんです」

 「“食べ盛り”でしょ?もう過ぎたよ。美味しいものが好きなだけだって」

 「以心伝心かよ」

 

 出店のフライヤーからは湯気が立ち上って、カリッと揚がったもちこチキンが山となっていた。見るだけで胃袋をつつかれてお腹がなりそうな、油ギッシュなのにてっぺんからかぶりつきたくなるような、そんな山だった。注文するとお店のおじさんはひょひょいと7パック作って、渡してくれた。手に持った感覚で分かる。おいしいやつだ!

 

 「おい見ろよ!スパム握りが安いぞ!研前いくつ食う?」

 「いくつも食べるヤツじゃないだろ!そんなデカいおにぎり!」

 「ボクもいっこ食べたいです」

 「キミは食べないのかい?」

 「冗談でしょ。あいつらと同じペースで食べてたらとっくに胃袋裂けて死んでるよ。それにたまちゃんはアイドルだから急に体型変わるような暴飲暴食できないの」

 「へー、アイドル。さすが希望ヶ峰学園には色んな“才能”の子がいるんだなあ」

 「ふふん!こんな可愛いアイドルと一緒にハワイの街を歩けるなんて、ファンが知ったら刺されても文句言えないくらいの幸せなんだからね!感謝しな!」

 「それでさっきから日本の観光客がキミのことを指さしたり写真撮ったりしてたのか。嫌じゃないのかい?」

 「気にしてる方が疲れるからいいんだよ。変にコソコソしたり愛想悪くした方が今時は厄介なことになりやすいの。それに、対処するのはたまちゃんじゃないから」

 「ん?じゃあ誰が?」

 「事務所。その辺の管理はきっちりしてるからね。たまちゃんの印象は良くしといて、事務所に汚れ役任せとけば、一番角が立たないの」

 「アイドルっていうのは大変な仕事なんだね」

 「イカロスさん!たまちゃんさん!ガーリックシュリンプどーぞ!」

 「にんにく臭っ!いつの間にそんなの買ってんだよ!」

 「もうあんまり買いすぎて、テルジさんとこなたさんにまわりのお店の人がDelicatessen(食べ物)もってきてるんです」

 「うめえ!よし次!」

 「う〜ん♡これもとってもおいしい!ごちそうさま!あっ、こっちもなんか可愛い!」

 「何やってんだアンタら!!」

 「この街のボスみたいになってるね」

 

 通りの真ん中に座って色んなものを食べてたら、あちこちのお店からあれも食べていいよこれも食べていいよってどんどんサービスされちゃった。あんまりにも私たちの食べっぷりが気持ち良くて美味しそうに食べるから、後からお客さんが増えるんだって。なんかそういう神様みたいになっちゃってる?

 

 「もうホント恥ずかしい・・・!たまちゃんホテル帰る・・・」

 「Hey!Hot girl(そこのかわいこちゃん)Would you my takoyaki snack(キミもウチのたこ焼き食べてかない)!?オイシイヨ!」

 「ハワイ来てまでたこ焼きなんか食うかこのタコジジイ!!ツボ詰めて沈めんぞ!!」

 「Eek(ヒエッ)

 「たまちゃんさんがAnger(怒り)でことばのかべをこえました!」

 


 

シーン22『ホテルへの帰還 〜ハワイ最大のお土産〜』

 

 ハワイのあちこちに散らばってそれぞれの行程を楽しんできたみんなが、同じ時間にホテルに戻って来た。くたくたでバスの中で寝ちゃってたチームもいれば、どっさりお土産を抱えてきたチームもいる。何人かはホテルのロビーにあるソファに倒れ込んで、たまってたものを吐き出すみたいに深いため息を吐いた。

 

 「えらい目に遭った・・・!」

 「マジで最悪・・・。ずっと恥ずかしかったし変なとこ写真撮られるし・・・」

 「ふっ・・・はは・・・情けない凡俗共よ。俺様の体験した波瀾万丈な出来事に比べれば・・・」

 「星砂さんもみなさんもお疲れ様っす・・・!自分ももう動けないっすよ」

 「なんで鉄氏たちはあんなことになってんだい?」

 「さあ?遊びすぎて疲れたんじゃねーの?」

 「わーいスニフ君なんか久し振りー♡」

 「わむっ!マイムさん」

 「あれ?虚戈さん今、ホテルの奥から来なかった?」

 「そーだよ☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だってマイム今日、ずっとホテルにいたもん♬」

 「はああああああああっ!!?」

 

 いきなりスニフ君に飛びついてきた虚戈さんは、疲れなんか知らないみたいに元気だった。いや、そもそも疲れるようなことをしてなかった。朝は確かにみんなと一緒に班分けに参加してたのに、気付いたときにはもうホテルで1日を過ごしていたらしい。

 

 「忘れ物してお部屋に取りに帰ったら、もうみんないないんだもん♣てんちゃんひどいよー♠」

 「くっ・・・!不肖紺田添、まさかツアーのお客様が一人足りないことに気付かず、そのまま1日を過ごしてしまうとは・・・!!虚戈様!!大変申し訳ありません!!斯くなる上は、私のツアコン生命を以てお詫びをォ・・・!!」

 「わー!!わー!!やめなって紺田ちゃん!!すぐに連絡しなかった虚戈ちゃんも悪いんだから!!そこまでしなくても!!」

 「いよっ!!てんちゃんさんの御覚悟、確と受け止め申した!!然れば此の方の介錯、此の相模いよが仕り候!!いよよよっ!!」

 「フフフ・・・なんという隠密スキル。普段やかましいほどの虚戈がこうなるとは、誰が予想し得ただろうか」

 「むしろ虚戈ひとりだったのに、何もトラブルがなくて良かっただろう。トラブルと言えば・・・あのタトゥーショップではトラブルどころか、やたらと優遇されたな。私たちが希望ヶ峰学園の生徒だと知るや、態度をがらりと変えてきた」

 「俺はマジで極が地元のやべえヤツらとケンカになる展開(はこ)びだと思って冷や汗かいたけどな。なんだったんだろな」

 「う゛」

 

 荒川さんの言う通り、普段から賑やかで騒がしい虚戈さんがいないことに、丸1日気付かないなんて、不思議なこともあるもんだな。紺田さんももう私たちを引率して2日目だし、みんな個性が強くてまとめるのも一苦労だし、きっと疲れてたんだね。虚戈さんも何も困ったことになってないようで、特に機嫌を悪くしてるようにも見えない。まあ結果オーライってことで。

 

 「それでね♡マイム今日1日ヒマだったから、ホテルの中で遊んでたんだ♬はいこれ!」

 「なんですかこれ?」

 「お札!んっとねー・・・いくらか忘れちゃった♬」

 「虚戈さんこれどうしたの?」

 「ルーレットでいっぱいいっぱいい〜〜〜っぱい勝ったんだよ♡きっと置いて行かれて可哀想なマイムに神様がプレゼントしてくれたんだね☆」

 「どげえっ!!?なんだこの量!!?札束単位でも数え切れねえぞ!!アタッシュケースいくつ分だよ!!?」

 「勝つにしたって限度があるわ・・・。虚戈さん、ギャンブラーの“才能”もあるの?」

 「イカサマでもしたんじゃあないかい?」

 「マイムはたまちゃんじゃないからそんなことしないよ♠ちゃんとした正当な利益です☆」

 「人聞きの悪いこと言うな。こういうチェックの厳しそうなホテルカジノでやるわけないでしょ」

 「場所によってはやるって言ってるようなもんだぞそれ」

 「今日の晩ご飯はマイムがみんなにご馳走してあげるよ♬だからてんちゃん、いいお店紹介してよ♡それからみんなにお小遣いあげるね☆」

 「めっちゃ羽振りいいなオイ!?絵に描いたような成金じゃねえか!」

 「どうだ明るくなったらう☆」

 「ろうって読むんだよアレ」

 

 虚戈さんがどこからか取り出したお金は、あまりに多すぎて目が眩むのも通り越して、もはやお金と認識できないほどの量だった。100ドルがだいたい一万円としても、要するにこの量の一万円札があるってことだから・・・うん、分かんない。アタッシュケースひとつで一億円だっけ?何個分だろうこれ?国でも買うつもりなのかな。

 

 「須磨倉さん、この量運べるっすか?」

 「いやさすがにこんなの運べるわけねえだろ!国営カジノの金庫丸ごと盗み出したわけでもあるまいし!」

 「こんなもの持ってたら物盗りだって遠慮するわ。どうにかならないの?」

 「フロントで小切手に換えてきます!ハワイ三銃士!運ぶのを手伝ってください!」

 「アロハーッ!!」

 「まだいたのかよ三銃士!!?」

 

 紺田さんが合図すると同時に、観葉植物の裏からハワードさんとワグナーさんとイカロスさんが飛び出してきて、山のようなお金を次々とホテルのフロントまで運んで行った。フロントのお兄さんがびっくりして支配人を呼びに逃げ出してて、ちょっと可哀想だった。

 数えるだけで何十分かかかったから、その間それぞれが部屋に戻ってディナーに行くための身支度を整えたり、軽く仮眠を取ったりしてきた。特にへとへとになってた皆桐君と星砂君は、正地さんのマッサージを受けて元気回復してた。

 

 「ハイッ!全部こちらのカードに移していただきました!冗談みたいな金額になりましたが、虚戈さんご自分で管理されますか?」

 「わーい♡」

 「ダメダメダメ!!こんな思考回路ガキんちょのヤツにそんなおもちゃみたいな大金持たせちゃ!!たまちゃんが預かるから!!」

 「たまが持ってた方が危ねえだろ!金だぞ!こういうのは鉄みてえな腕っ節の強そうなヤツが持ってた方が安全なんだよ!!」

 「鉄くんがこんな大金のプレッシャーに耐えられるわけないでしょ!!雷堂くんみたいな責任感の強い人が持ってた方が、ちゃんと管理してくれるわ!!」

 「いいやあ。ここはやっぱり須磨倉氏みたいなお金にうるさいケチぃ人の方が無駄遣いしないし大事にするんじゃあないかなあ」

 「お、俺たちの意思は関係ないのか・・・?」

 「大金の詰まったカードをそんなに奪い合って・・・フフフ、なんと浅ましき人間の性根か」

 「種類が違うように思うが」

 「みなさんきいてください!」

 

 お金の価値ってなんだろうって疑問が湧いてくるような大金が入ったカードを巡って、みんなが誰に託すかを争う。お金に汚いっていうよりある意味みんな真剣に考えてるのに、なんでか世知辛く見えてくるのはなんなんだろう。カードを巡ってもみくちゃになるグループと、それを遠巻きに眺めて呆れ返るグループに分かれてると、その間にスニフ君が立って叫んだ。

 

 「つまるところ、みなさんそのCard(カード)なくしたくないですよね?」

 「そりゃそうだ。せっかく虚戈が稼いだ金だしな」

 「分けて貰った金とはいえ、誰かにただでくれてやるのは癪だし」

 「だったらこなたさんです!“Ultimate Lucky(超高校級の幸運)”のこなたさんならなくすわけないです!」

 「えええっ!!」

 「そうだな。研前だったらなくすこともないだろうし、もし盗られても最終的に戻って来そうだ」

 「幸運なら誰の責任にもできないし、いいんじゃないかしら」

 「虚戈はどうなんだ?」

 「いいよー♡こなたに持たしたげる♬」

 「え、ええ・・・ど、どうしよう・・・」

 

 何を叫ぶかと思えば、虚戈さんが稼いだ大金を私の幸運に任せるなんて言い出した。私の幸運はそういう幸運とは違うんだけど・・・でも、確かに私がこれを大事に思えば、ただ盗まれるなんてことはないだろうな。でもやっぱりこんなものを持ってるプレッシャーに耐えられる自信はない。なのにみんなはそれで解決みたいな空気出してるし。

 

 「それでは皆様!ディナーをいただくレストランに参りましょう!虚戈様のご厚意に甘えまして、メニューは豪華にしましょう!」

 「昨日の晩飯も十分豪華だったのにな。あれ以上豪華になるってどんなだ」

 「きっとご満足いただけるかと!」

 

 紺田さんの引率で、みんなぞろぞろとホテルを出て行く。私はポケットに忍ばせたカードが心配で心配で、鉄君の側を離れられなかった。とはいえ、なぜか私たちが固まって歩いてると、地元の人たちが道をあけてくれるから、物盗りどころか観光客らしき人たちとすれ違うこともなかった。鉄君だけが恥ずかしそうに俯いてたけど、なんなんだろ。

 太陽はすっかり沈んで、海と空の境が分からなくなる夜が来た。頭の上には月と星がキラキラきらめいて、ハワイ最後の夜を彩っている。煌々とした街の灯りに吸い寄せられるように、人々は色々なお店やホテルに入っていく。私たちはハワイの大通りに面した、建物全部を使った美味しそうなお店の前に着いた。ここが、ハワイのラストディナーを食べるレストランみたいだ。

 

 「またステーキかよ!?」

 「いや、鉄板焼きじゃないか?ほら、OKONOMIYAKIとか書いてあるぞ」

 「ハワイで鉄板焼き?」

 「鉄板焼きと言っても色々です!ステーキからお好み焼きからなんでもございます!そしてやはりハワイですから、今回は店内ではなく、ビーチで食べましょう!」

 「ビーチで!?鉄板焼きを!?」

 「専用のテーブルと鉄板をビーチに用意しております。夜の海というのも乙なものですよ!波の音をBGMに極上の鉄板焼きフルコースと参りましょう!そして虚戈様のご厚意によりまして・・・みなさまのお好きなメニューをひとり2つまでオーダー可となります!ステーキをもう1枚食べるもよし、スープやライスなど付け合わせを楽しむもよし、ちょっぴりいつもと違う雰囲気のドリンクを頼むもよし。虚戈様!ありがとうございます!」

 「ありがとうございまっす!!しっかりじっくり味わわせていただくっす!!」

 「いいよー♡」

 

 お店の奥に連れて行かれるのかと思いきや、紺田さんはそのまま店内を素通りして、ビーチまで出た。ゴミひとつ落ちてないビーチは、微かな月明かりを浴びた波と砂がキラキラと反射して、それだけでもう宝石箱みたいになってた。そこに、大きなテーブルに鉄板が嵌め込まれた席が4つ用意されてた。セットされた松明の明かりが、夜の海の雰囲気を壊さないようにビーチを照らしていた。待機してるシェフも4人。どの人のコック帽もすっごく長かった。

 

 「5〜6人がけとなっております。お好きな席にどうぞ。どのシェフもこのお店を代表する一流シェフでございます!」

 「Thank you!!Crown girl!!」

 「イエーイ♡」

 「三銃士まだいたのかよ。っていうか晩飯も食うつもりか」

 「いいよいいよ♬マイムが全部奢ってあげるからたくさん食べなよ☆」

 「すっごーい!!ハワイの海を目の前に眺めながらディナーなんて、最高の贅沢だよ!!てんちゃんやるぅ!!」

 「現金なヤツだな」

 

 みんながそれぞれ席について、シェフが軽く挨拶して鉄板に火を点ける。今夜は風も穏やかで雲も少ない、外でご飯を食べるにはベストコンディションだ。シェフがテーブルの下から固形の油を取り出して、温まってきた鉄板に広げていく。金属のヘラを器用に扱いながら、新鮮で色の濃い野菜を次々刻んでいく。その華麗な手捌きを見ているだけで時間を忘れて、みんなが頼んだドリンクが運ばれてくるまでの時間もあっという間に感じた。

 

 「それでは皆様、ハワイ最後のディナー、乾杯の音頭は、虚戈様にとっていただこうと思います」

 「はーい!それじゃあみんなグラスは持った?おトイレは大丈夫?」

 「そんな話しなくていいよ」

 「今夜はマイムがみんなにご馳走してあげるから、みんなは日本に帰ってからマイムにいっぱい尽くしてね♬かんぱーい♡」

 「この期に及んで新しい交換条件出て来た!?」

 「かんぱーい!」

 

 高級なレストランなのに、虚戈さんはマナーもへったくれもなく椅子の上に素足で立って、みんなに見えるように大きくグラスを掲げた。4人のシェフはそんな虚戈さんのびっくりマナーに目もくれず、何事もなかったかのように前菜の野菜を炒めていく。

 ざく切りにしたキャベツは火を通すと黄緑が鮮やかに色づいて、人参もパプリカもどんどんきれいになっていく。輪切りにした玉ねぎは真ん中をくり抜いて上に重ねて、中に油とソースを入れる。沸騰したソースが積み重なったてっぺんから噴き出して火山みたいになった。

 

 「どわーーーっ!!なんじゃこりゃ!!?」

 「WOW(ワーオ)!!VOLCANOOOOO(火山だーーーー)!!」

 「甘辛いソースで炒めた玉ねぎと、塩でシンプルに味付けしたパプリカとキャベツと人参、ぜひご賞味ください」

 「美味そ〜〜〜!!」

 「アンタたち、今日一日、散々食ってたじゃんか。なんでまだそのテンションで食指が動くのよ」

 「美味しいものは別腹なんだよ」

 「ずっと美味かったんじゃねえのかよ」

 「常夏のハワイで育った上質な牛のステーキや、海で取れた新鮮なアワビやマグロのステーキ、そして最高級フォアグラを使った今日しか味わえないステーキもございます!まさに、ハワイの陸海空すべてを食べ尽くしましょう!」

 「食い倒れチームは本当にどういう胃袋してるんだ」

 「たまちゃんはこいつらと違うから!普段よりちょっと多いくらいしか食べてないから!勘違いすんなよ!」

 「なんでそこ譲れないんだよ」

 

 鉄板の上でお肉が焼ける音。優しい波が浜辺をなぞる音。街の中心から聞こえてくる人や車の賑やかな音。今日、この夜、この浜辺が、ハワイで一番幸せな場所だ。目の前に並んだ豪華なステーキの数々を見て、心からそう思った。いよいよ明日は帰国の日。思い残すことがないように、じっくり味わって食べなくちゃ。

 

 「それでは皆様!お手を合わせて」

 「「いっただっきまーーーす!!」」




お久し振りです。今回はあり得ない事件が起きてしまいました。ラスト付近を書いてるときにはじめて気付いて自分でびっくりしました。でも前編で誰も指摘してこなかったので、読者の皆様もお互い様ということで


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最終日編

 

シーン23『3日目の朝はまたホテルバイキング』

 

 昨日の夜はとことん楽しかった。ビーチで焼きたてのステーキをお腹いっぱい食べて、お酒を飲んで酔っ払ったハワイ三銃士がファイヤーダンスを見よう見まねでやったら服に引火して、慌てて海に飛び込んだらそのまま帰って来なかったことがあったけど、夜寝る前くらいに紺田さんが安心した様子で電話をしてたから、たぶんどこかの防波堤に引っかかってたんだと思う。

 私たちは昼間の疲れもあって、お腹いっぱいのままホテルに帰ってシャワーを浴びたらすぐにベッドに入った。本当は修学旅行定番のお部屋でトークとかもしたかったけど、そんな元気もなくなっちゃうくらいに昨日は楽しみ切った。

 

 「んん・・・」

 

 部屋に戻ってきてからの記憶が曖昧だ。荒川さんは食い倒れて極さんに肩を借りてた気がする。虚戈さんはテンションがあがってスニフ君を胴上げしながら帰ってきてたかも知れない。カーテンを閉めたりバスルームの換気扇を付けることも、何もしないままベッドに倒れ込んだ。

 壁に掛けてある時計をふと見る。昨日の夜、紺田さんは次の日の朝、何時集合って言ってたっけな。飛行機の時間があるから、厳守でって言われてたけど。

 

 「起きろォ!!遅刻だ!!」

 「わあっ!?」

 「きゃっ」

 

 いきなり横から聞こえてきた大声に、ベッドの上で飛び上がってそのまま床まで落ちちゃった。その勢いで虚戈さんとスニフ君と荒川さんも床に落ちた。寝起きのせいで声がいつもの調子と少し違うけど、リビングルームから髪を下ろしたままの極さんが寝室に怒鳴り込んできてた。

 

 「うっかり二度寝してしまった・・・私としたことが。急いで荷物をまとめて出るぞ!飛行機に乗り遅れるぞ!」

 「なん・・・だと・・・!?」

 「うわーん!まだ眠たいよー♣」

 「ハワイに取り残されたいヤツは残れ。私はお前たちを見捨ててでも日本に帰る」

 「朝っぱらからすごい大事になってきた」

 「ま、待て・・・メガネメガネ・・・」

 

 昨日の朝も虚戈さんのせいでてんやわんやだったけど、今朝もてんやわんやだ。時計を見ると、紺田さんが教えてくれたロビーの集合時刻の3分前だった。まだ寝起きで頭が上手く回らなかったけど、それがまずいことだけはなんとなく分かった。

 

 「なんで誰も目覚まし時計をかけてなかったんだ!」

 「昨日はみんな疲れてたから忘れて寝ちゃったんだね♢」

 「レイカさんどーしてもっと早くおこしてくれないんですか!」

 「起こそうと思ったのだが、余裕があったからリビングでうたた寝してしまっていた・・・」

 「うたた寝っていうか二度寝なんじゃ・・・」

 「いいから早く準備しろ!」

 

 大慌てでその辺にうっちゃってた服をかき集めて、洗面所に行って顔を洗って髪を梳かして服を着替えてちょっとスマホを・・・。

 

 「置いて行くぞ!!」

 

 慌ててるはずなのに、ついいつものクセでのんびりしちゃいそうになる。ハワイでこんなに忙しなくなるなんて思いもしなかった。結局、紺田さんに言われた時刻を10分くらい過ぎちゃってから部屋を出た。これでも髪はボサボサのままだったし、コーディネートもその辺にあったものを適当に合わせただけのものだし、こんなんで人前に出るのちょっと恥ずかしい・・・。でも飛行機に遅れちゃうよりはマシだ。

 


 

 「皆様、昨夜は遅くまでお楽しみだったようで、皆様が一番乗りでございます。仕方がないので、集合時刻は1時間ほど遅らせて、その間に朝ご飯としましょう。飛行機は余裕を持ってスケジューリングしておりますので、ご心配なく。ハイッ」

 「睡眠時間を返してほしい」

 「・・・なんかすまん」

 「極さん、今日はなんかもうボロボロだね。まだ疲れてるんじゃない?」

 「そうかも知れん・・・私はもうひと眠りして来る」

 「朝ご飯は急遽ですので、昨日と同じバイキングになります」

 「うーん、なんだか寝起きで胃袋が開いてないけど、何か入れておこ」

 「完全なフリだねこれー♬」

 

 極さんは頭を抱えながら、荷物を持って部屋に戻っていった。私たちは紺田さんから渡されたチケットを持ってバイキングに行って、昨日と同じようにご飯を食べた。私たちがレストランに入ったら、ウェイターさんが真っ青になってシェフの人たちがどかどかと厨房に入って行ったけど、これから混む時間帯なのかな?

 

 「Juice(ジュース)おいしいです」

 「朝はパーン♡パパンがパン♬」

 「和食まで用意されているのはやはりありがたい・・・叩き起こされて弱った胃袋に味噌汁の出汁の味が染み渡る・・・」

 「今日はちょっと控えめにしておこうかな」

 「3皿はひかえめですか?」

 「それも全部山盛りー♡」

 「忘れていた・・・研前とバイキングに来ると大恥をかくというのを忘れていた・・・。極め、体よく逃げたな」

 

 コーンポタージュからゆっくり飲んで、徐々に体を目覚めさせていく。食道から胃に落ちたポタージュの温もりが、指先までほぐすように体全体を温めていく。新鮮なサラダで口の中をさっぱりとさせてから、味の薄いおかずやご飯から食べて徐々に味覚を本調子にしていく。しょっぱいおかず、甘いおかず、辛いおかず、旨味深いおかず、さっぱりしたおかず、コクのあるおかず、色んな味が次から次へとお皿から口に運ばれていく。うん、だんだん調子出て来た。

 私たちが朝ご飯を食べおわる頃、ようやく他の部屋のみんなと極さんが降りてきた。みんな昨日の夜は疲れ果ててそのまま寝ちゃったらしい。むしろ私たちは早く起きた方だ。極さんが叩き起こしてなかったら、たぶんみんなと同じくらい遅くまで寝てたんだろうな。朝ご飯を食べ損ねるところだった。

 

 「ハイッ!皆様、よくお眠りになりましたか?いよいよハワイも本日で最終日。飛行機の時間までまだ余裕がありますので、最後にお土産ショッピングをしに参りましょう」

 「やったー!お土産ショッピング!」

 「ここは自腹だからな。あんまり無茶な買い物できないぞ」

 「いよ・・・然し此の様な海外旅行が出来ぬ様に為る日が若しや来るやも知れません。今の内に思い残しの無い様、又日本に帰った後に布哇の思い出を思い起こす事が出来る様に、良いお土産を選びたいものです」

 「いや、いつでも来られるだろ。授業終わりでも間に合うぜ?」

 「やっぱりお土産と言えばマカダミアナッツだよねー」

 「てんちゃんオススメのお土産も教えてほしいわ」

 「ハイッ!それでは皆様、バスにお乗りください!お土産ももちろんですが、これから参りますはこのハワイ最大のショッピングセンター!世界中の一流ブランドが軒を連ねるまさに観光客にとっての理想郷!行き先はもちろん、アラモアナショッピングセンターでございます!」

 「わーい舌噛みそうな名前ー♡」

 

 がっつり寝たおかげで、みんなしっかり英気を養って元気いっぱいだ。私たちはお腹いっぱい朝ご飯を食べられたけど、他のみんなは紺田さんがホテルのバイキングからもらってきたパンにバターやジャムを塗って、バスの中で食べてた。私もちょっともらった。

 


 

シーン24『アラモアナショッピングセンター!!!・・・そして帰国』

 

 これから今日1日は着替えや旅行用品がたくさん入ったスーツケースと一緒に行動するから、お土産選びも気を付けなくちゃいけない。両手に大荷物を持ってさらにスーツケースもあるんじゃ、財布を出すのも一苦労だ。そういう隙を狙ったスリもいるって聞く。荷物は少ないに越したことはない。

 そんなことを考えているうちに、バスはすぐにアラモアナショッピングセンターに到着した。荷物をバスに残して貴重品だけを持って、私たちはバスを降りる。紺田さんの案内でショッピングセンターに入ると、ひんやりと涼しい空気が顔から全身を包み込む。ちょっと肌寒く感じるくらいだ。

 

 「うっひょーーー!!でっけーーー!!」

 「すご・・・!これ全部お店?」

 「中庭もあるぞ!!ヤシの木がめっちゃ生えてる!!」

 「最終日までよく晴れて、本当によかったな」

 「皆様に一枚ずつ智頭をお渡しします。お土産物ショップはこちらのエリアにございます。高級ブティックや時計店など、高価なものが並ぶエリアもありますから、みなさま身の振り方にご注意を」

 「さり気なく見下されてる?」

 「そんなことはありません。高級店の雰囲気にあてられてワケの分からない買い物をしてしまう観光客が後を絶ちませんので。もちろん、その場では正式な取引のため、私はお止めできませんのであしからず」

 「アンタみたいなヤツがそうなんのよ」

 「オレより野干玉の方だろ!」

 「集合は13:00にこちらの広場にしましょう。ショッピングをしてからお昼ご飯を食べて、その後空港に向かいます。本当にハワイで最後に訪れる場所になるので、思い残しをしませんように」

 「「はーーーい!!」」

 「散ッ!!」

 「周りの迷惑にならないようにお願いします!!」

 

 紺田さんが言う集合時間までは、だいたい2時間くらいだ。それまでにいいお土産を見繕って、予算内に収めなくちゃいけない。お土産を買うのには十分なくらいは残してるけど、こうやって色んなお店が並んでるとどこで何を買おうかすごく迷う。定番のお土産や簡単な民芸品なんかはきっと空港でも買える。だからここでしか買えないものを買いたいけど、何がいいかな。

 

 「見て研前さん、ここジュエリーショップよ」

 「うわあ・・・きれい・・・」

 「鉄氏的にここはどうなんだい?信頼していいところかい?」

 「当たり前だ・・・。ここにある店はどれも真っ当な商売をしてる。昨日のところと一緒にしたら失礼だぞ」

 「どれもすっごい値段だね。さすがにこれは予算内に収まらないよ」

 「高級店が並ぶエリアだからねえ。店員さんに声かけられる前に早いとこ退散した方がいいよお」

 「ねえ、ジェラート食べない?」

 「おい・・・予算が減るぞ」

 「お腹が減ってるんだよ」

 「さっきパン食べたでしょ。お昼まで我慢なさい」

 「こなたさん、ガマンです」

 「おいしそうなのに・・・」

 

 ジュエリーショップやブティックやブランドショップ、時計店まで、ここにある0全部でいくつあるんだろう、なんてことを考えてしまうくらい高級な品物が並んで、目が回ってくる。納見君が言うように、早いところ離れないと金銭感覚が狂ってきそうだ。慌ててお土産物エリアまで移動すると、今度は色んなものに目移りして仕方ない。

 サーバーの中でかき混ぜられてる色取り取りのスムージーや、ショーケースの中に並んだカラフルなジェラートの数々、香ってくるクレープの甘い香りに、艶やかなフルーツたち。民芸品の人形があちこちで首を振ったり手を振ったり、踊ったりして存在をアピールしてくるし、天井近くの壁には怖い顔のお面や置物がじっとこっちを見つめている。かと思えば目線の高さには、ハワイの観光地を模したマグネットやフラダンス人形のくっついたボールペンがずらりと並んでいた。ペナントに絵葉書にサングラス・・・なんだか、さっきまで高級店エリアにいたせいで、すっごくチープに感じる。これはこれで金銭感覚が狂いそう。

 

 「スニフくんスニフくん」

 「なんですか──」

 「ばあっ!」

 「Yikes(きゃっ)!!」

 「あははっ、驚き過ぎよ。ただのお面よ」

 「ティキで遊ぶな正地・・・それを買うのか?」

 「こういうのがあると部屋の雰囲気がグッと変わるのよね。ハワイアンマッサージを突き詰めるなら、こういうのを買うのもありかも」

 「どうやって持って帰るつもりだい?」

 「・・・鉄くん、お願い」

 「それはさすがに断らせてくれ」

 

 ティキっていうハワイの守り神らしい木彫りの像やお面があちこちにあって、正地さんに驚かされたスニフ君はそこら中のティキと目が合っては飛び上がってた。意外にも正地さんがこういう民芸品的なヤツの中でもあんまり買って帰らないヤツを気に入ってる。納見君は無難にお菓子や置物を見てるけど、徐々にティキの複雑な作りに興味津々になっていった。これは二人ともティキ買う流れだ。

 鉄君とスニフ君はティキから離れて、お菓子の試食やガラス細工やハワイの観光地を模したマグネットなんかを手にとって見る。私もそっちの方に行こうっと。お菓子食べたいし。

 

 「マカダミアナッツにクッキー、バターにハチミツ、ハワイアンコーヒーも。選り取り見取りだね」

 「あ。ティキ・・・」

 「え?」

 「すまん、研前。スニフを見ていてくれ。俺もティキを買うんだった」

 「え!?なんで!?急にどうしたの鉄君!?」

 「やめたほうがいいですよサイクローさん!よるにWC(トイレ)いけなくなりますよ!」

 「止めてくれるな。俺にはやらなければならない理由がある」

 「何を背負ってお土産選んでるの・・・?」

 「ああ、そうだスニフ。ひとつ英語を教えてくれ」

 「なんですか?」

 「“この店で一番大きなティキをください”って何て言うんだ?」

 「Are you sure(気でもふれたか)?」

 

 スニフ君に丁寧に英語を教えてもらった鉄君は、ぶつぶつ復唱しながらお店の奥に向かって行った。たぶん家まで配送してもらうんだろうけど、鉄君までティキを欲しがるなんて・・・。もしかしてティキって結構メジャーなお土産だったりするのかな?知らない私の方がおかしいのかな?

 

 「こなたさん!こなたさんはティキいらないですよね!?ティキらないですよね!?」

 「大丈夫だよスニフ君。私はさすがにティキらないから。それに私のお小遣いじゃ、ティキったら他に何も買えなくなっちゃうから」

 「よかったです。こなたさんまでティキったらボクいやでした」

 「結構ティキってるお店が多いみたいだから、他のみんなももしかしたらティキってるかも知れないね・・・」

 「ボクそんなのヤです。みなさんティキってても、ボクたちはティキらないでいましょうね」

 「うん、そうだね」

 

 ティキるってなんだろう。

 


 

 「いよーっ!金銀宝石雨霰!!玉手箱をひっくり返したかの様な煌めく玉の数々!!素晴らしいですね!!城之内さん!!」

 「ったりめーだ。ハワイ最大のショッピングモールだぞ?さてと、なんかおもしれーもんねーかな。リスナープレゼントだろ。スタッフ用だろ。出待ちファン用だろ。それからそれから・・・」

 「いよ?城之内さんは随分と沢山お土産を買われるのですね」

 「ハワイうろついてるのファンに見られちまったからなー。見られたからにゃなんかプレゼントがねえとファンが羨ましがってしょうがねえからさ」

 「いよも父上、母上、父方の祖父母、母方の祖父母、その他親戚ご近所さんに先生方お弟子さん方諸々等々」

 「お前も十分多いじゃねえか!配送料幾らになるんだよ!」

 「然しいよは布哇土産については何が良いのかとんと見当が付きません。城之内さんも一緒に選んで頂けませんか?」

 「いいぜ!お前らの親戚がブッ飛ぶようなモン選んでやるよ!」

 「相模ちゃん、やめといた方がいいと思う」

 「俺も」

 「んだよ!入ってくんじゃねーよ!」

 

 ショーケースにへばり付いて目を輝かせる相模に、城之内が怪しく近付いて行く。まあその気になればちゃんとしたものも選べそうだけど、今のは完全にネタに走る感じだった。相模の家のことはあんまり知らないけど、たぶんそういう冗談が通じる相手じゃない。相模がいざ城之内に言われるがまま土産を持って帰ったら、マジで全員ひっくり返りそうだ。

 

 「おい茅ヶ崎!ちょっとこっち来い!」

 「な、なんだよ」

 「せっかく俺がお前と雷堂を二人っきりにしてやろうと思って、相模の相手をしてやってんだろ。ちゃんと空気読んで引っ張っていけよ。雷堂にゃ絶対分からねえんだからよ」

 「なっ・・・!!よ、余計なお世話だッ!!別にアタシはそういうつもりで来てねーし・・・普通にハワイ楽しむつもりだっただけだし・・・」

 「お前なあ、普段の学園生活で言い出せねえヤツが、修学旅行で海外来てこれ以上のチャンスなんかねえぞ?あったとして次のチャンス卒業式だぞ?いや、それより前に紺田とか、カリキュラム近いヤツに取られるかも知れねえぞ?」

 「うぅ・・・そ、そりゃ紺田さんは肌白くてキレイだし・・・背筋も伸びてしゃっきりしてて、なんか雷堂の隣が似合ってるけど・・・」

 「なんでこんなに奥手かねえ。カッコはヤr──ほばっ!!?」

 「き、極ちゃん!?」

 「不埒の気配がした。大丈夫か茅ヶ崎」

 「だ、だいじょぶ・・・」

 「うわーっ!?城之内が吹っ飛んだと思ったら極がいた!?なんだ今の!?必殺技かよ!?」

 「ただの掌底だ。それより、何の騒ぎだ」

 「お前が一番の騒ぎだこんにゃろう!!いてえな!!」

 「うわっ!生きてた!」

 

 一瞬目を閉じたと思ったら、開けたときには城之内のいた場所に手を付きだした極がいた。吹っ飛ばされた城之内は店の商品の隙間に器用に倒れ込んで、俺と茅ヶ崎と相模は呆気にとられるばかりだった。首をヘンな方向に曲げながら城之内は極に抗議する。なんだこの状況。

 

 「お、おい極。いきなりどこ行ったかと思ったらこんなところで何してんだよ・・・ってなんだ。雷堂たちじゃねえか」

 「須磨倉。お前が極と一緒なんて珍しいな」

 「いやあ、まあな。妹に買ってく土産を選んでもらってたんだ。俺には女のチビが喜びそうなものなんか分からないからさ」

 「私も須磨倉の頼みを受けるのに吝かではないが、この輩を放置しておくのは気が引ける。いつ相模と茅ヶ崎に手を出すか分からん」

 「出さねえよ!!オレはファンとそういうのはしねえ主義だ!!」

 「誰がファンだ!!」

 「なんでもいいけどよ。あんま騒ぐと紺田に叱られんぞ。それよか極。早く行こうぜ」

 「二人とも、何かあったらすぐに私の名前を呼べ」

 「どこのヒーローだ」

 

 相変わらず極は城之内に手厳しい。ていうか、極の本気の技を受けてぴんぴんしてる城之内の頑丈さも大したもんだ。案外相性がいいのかも知れないな。

 

 「あ〜くっそ、なんの話だったか忘れた」

 「アンタ、まだ首ヘンだよ。絵本の挿絵みたいな角度になってるよ」

 「逆になんで折れてないんだ・・・正地に治してもらいに行ってこいよ」

 「ああ、そうする。おい相模。歩くの手伝ってくれ。このままじゃ真横しか見えねえんだ」

 「いよーっ!お安い御用!では参りましょう!おいっちに!おいっちに!」

 

 頼まれた相模は意気揚々と城之内の手を引いて、正地を探しに行った。前に同じようなことになったときに正地の施術を見たけど、見てるだけで首のあたりがざわつく治し方だった。極にどつかれて正地に治されて、そのうち城之内の首、一周するようになるんじゃないかな。

 と、気付いたら茅ヶ崎と二人になってた。参ったな。茅ヶ崎はこうなるとなんだか言葉数が少なくなるし、目も合わせてくれなくなるんだよな。たぶん嫌われてんのに、俺なんかと二人きりになったら気分悪いよな。

 

 「・・・なあ茅ヶ──」

 「ら、雷堂!!」

 「うおっ!?な、なんだ・・・?」

 「お、お土産・・・選ぼうか!」

 「え・・・ああ。そ、そうだな。選ぶか・・・」

 

 やけに鼻息荒くして、茅ヶ崎は海産物を使った土産物がたくさん並んでる店に入っていった。何を緊張してんだろ。ああ、高い買い物するからか。荷物持ちくらいはしてやらないと、さすがに悪いな。俺なんかと一緒に土産物選びしてくれる上に、無理して会話までしてくれてんだから。別に無理しないで城之内と一緒に行けばよかったのに。

 


 

 うおおおおおおおおおおっ!!自分はハワイの超特急SLっす!!どこまでも!!どこまでも突っ走っていくっすよ!!うおおおおおおおっ!!

 

 「たまちゃんさん!!ダチョウのカバン買ってきたっす!!お釣りどーぞ!!」

 「オストリッチのバッグって言いな。釣りはあげる。お駄賃」

 「ありがとうございます!!次はどこまで走ったらいいっすか!?」

 「じゃあ今度は行列のできる限定クレープでも買ってきてもらおうかな。アイスが溶けないうちに、崩れないように全速力で丁寧に持って来てよ」

 「無茶苦茶言うなよ!?」

 「行ってくるっす!!」

 「皆桐ーーー!!なんでお前はそんなに素直なんだ!!」

 

 たまちゃんさんに言われるがまま、自分はアラモアナショッピングセンターのあちこちを走り回って、キレイな宝石とか豪華なカバンとか、クレープにアイスにアクセサリーに、色んなものを買ってきてるっす。色んなお店が並んでて歩いてる人たちも色んな国の人がいて、こんなに走ってて飽きない場所はないっす。もちろん、紺田さんに迷惑をかけないよう言われてるっすから、人混みを避けて間を縫うようにステップを踏んでるっす。ちゃんと身体的距離もとってるっすよ。皆桐は急には止まれないっすから!

 たまちゃんさんに言われた人気のクレープ屋さんは、お昼前だからかちょっと人気が少なかったっすけど、店の前に並んだクレープのサンプルはどれもこれもキラキラしてて美味しそうっす!どれにするか迷うっすね。そういえばたまちゃんさんに何味を買って来ればいいか聞き忘れたっす!どうしよう!

 

 「ん〜。やっぱここはハワイらしくココナッツミルク入りのパインクレープじゃねえか?」

 「いいや。ヌバタマはストロベリークレープが好きだ。いかにもイチゴが好きそうではないか。そうは思うわんか、皆桐(日焼け)

 「そうっすねえ・・・あれえ!?なんで下越さんと星砂さんがいるっすか!?じ、自分、もしかしてお二人に追いつかれるくらいのスピードしか出てなかったっすか!?」

 「最短距離と反対方向に走って行ったからだろうが。まったく、俺様たちが最短距離を歩いて着くより先に最長距離を走って到達しおって。どんな脚をしているんだ」

 「地図ぐらい見ろよお前・・・」

 「な、なんと!!自分の直感は間違ってたんすか!?うおおおおおおんっ!!自分、まだまだっす!!」

 「アラモアナショッピングセンターを直感で走るなよ」

 

 改めて地図を確認してみたら、なるほど、自分は確かにクレープ屋さんの反対方向に走って行ってたみたいっす。直感で最短距離を見つけられないなんて、自分はまだまだ未熟っすね。

 

 「で、たまちゃんさんにはどれ買って行ったらいいっすかね?」

 「オレはこっちのアップルシナモンもいいと思うけどなあ。ハワイならココナッツは外せねえしなあ」

 「ヌバタマはともかく、俺様はレモンミントを買うぞ」

 「自分たちの買い物してるじゃないっすか!?あ、そうだ。せっかくだから荒川さんにも買って行きましょう」

 「荒川は・・・なんだろうな。チョコって感じでもねえし」

 「アサイーなんかもよさそうっすよ」

 「チョコバナナでいいだろう」

 

 自分にはどれも美味しそうに見えて、どれを買って行っても喜んでもらえそうな気がするっすけど、食べ物のプロの下越さんと、たまちゃんさんとよく一緒にいる星砂さんの意見を聞いて、ココナッツミルククリームにイチゴトッピングのチョコソースをかけたヤツをたまちゃんさんに買って、荒川さんにはベタに生クリームとチョコバナナのヤツを買ったっす。自分たちもそれぞれ好きなのを買って、こぼれそうなクリームを舐めながらゆっくり戻りました。

 

 「アンタたち遅かったじゃん・・・って、なんでアンタらもクレープ食ってんだよ!」

 「せっかくだからな。なかなか美味いぞ」

 「あたしの金だろうが!!」

 「荒川さんにも買ってきたっすよ。どうぞ」

 「おお、気が利くな。ありがとう」

 「普通に4人分奢らされとる!この野郎皆桐!金返せ!」

 「細かいことを言うなヌバタマ。こう考えてみろ。さっきまで渡していたお駄賃で買ったと思えばいいのだ」

 「・・・・・・いや、クレープ代渡してるし!」

 「騙されなかったか」

 「騙されるヤツがいるのか?」

 

 案の定たまちゃんさんは勝手にみんなの分のクレープを買ったことに怒ったっすけど、星砂さんがいいからいいからって言うもんすから、てっきり自分の考え過ぎかと思ったら、特に考えも無しに言ってたっすね。

 

 「ところでたまちゃんさんのお土産はたくさん買ったっすけど、皆さんはいいんすか?」

 「私の土産はこういうところでは手に入らないからな。ワグナーに頼んで市場まで買いに行ってもらっている。飛行機の時間には間に合うだろう」

 「どうせまた怪しげな薬品やら気色の悪い民芸品をたんまり買い込むのだろう」

 「税関通らなくてもたまちゃん知らないよ」

 「フフフ・・・問題ない。こちらには須磨倉がいる」

 「密輸(はこ)ばせる気だ・・・!!」

 「オレも土産は空港でいいや。ハワイ飯の味は舌が覚えてっから、そっちの方がいい土産だしな」

 「そういう皆桐はどうなのだ?お前もここに来てまだクレープしか買ってないだろう」

 「ふーん・・・そうっすね。せっかくだからシャツとか見てみるっす!さっきココヤシのポシェット見つけたんすよ」

 「なんちゅうもん欲しがってんだ」

 


 

 「さて、皆様!お土産はしっかり買われましたか?」

 「「はーい!」」

 

 紺田さんに言われた集合時刻に、紺田さんに言われた場所にみんな集まった。解散したときと違って、みんなたくさん紙袋やビニール袋を抱えて、なんだか一気に旅の終わりって雰囲気が出て来た。

 集合したフードコートは18人分の席が用意してあって、もう既に呼び鈴みたいなブルブル震えるやつが置いてあった。私たちの名前が書いてあるプレートも並んでる。

 

 「お料理は既に注文しております。きっと皆様お気に召すかと」

 「えー、自分で選ぶんじゃないの?」

 「希望ヶ峰学園が旅費を出しているので、その都合です」

 「うちの学園、アラモアナショッピングセンターと提携してんのかよ・・・!?」

 「それでは持って参ります。須磨倉様、下越様、鉄様。お手伝いいただけますか?」

 「よしきた」

 

 希望ヶ峰学園って本当にすごい学園なんだな。特に詳しい説明をしてくれないのがなんだかちょっと不安だけど、ご飯を食べるくらいだから心配いらないよね。紺田さんたちがおっきなプレートに乗せて持って来たのは、できたての証拠に湯気を立てて、それと一緒に鼻の奥をくすぐる芳醇な香りを醸し出す魅惑の一皿。

 

 「ハワイアンカレーです!」

 「ハワイアンカレー?なんだよ?ハワイってカレーが有名なのか?」

 「そういうわけではありませんが、これも希望ヶ峰学園のためと思って、召し上がってください」

 「え?たまちゃんたち何に巻き込まれてんの?」

 「どうぞどうぞ。細かいことはお気になさらず。食べてしまえばどうでもよくなりますから」

 「何か混ぜてんのか!?」

 

 やっぱりカレーを前にすると一気にカレーの口になる。スパイスの香りとつやつやのお米、細かく切ってある野菜とごろっとしたお肉、一緒に運ばれてきたラッシー風ココナッツジュースはよく冷やしてあって汗をかいてる。ごくりと喉が鳴った。ハワイアンカレー。はじめて聞くしはじめて見る食べ物だ。たぶん実際にはないし(?)。

 

 「では皆様、手を合わせまして」

 「「いただきまーす」」

 

 スプーンで、ライスとルーをちょうどいい割合ですくう。溢れそうなほど乗っかったルーがライスに染み込んで、見た目の時点ですでにかなりのマリアージュを生み出している。口元に持ってくる瞬間にカレーの香りが一層強くなって、まるでカレールーの中に浸かってるみたい。微かに漂ってくるフルーティな香りは、ハワイのフルーツかな?

 

 「さっきの紺田の態度見てて、よく普通にいけるな研前」

 「美味しそうなんだもん。美味しい食べ物の誘惑には逆らえないよ」

 

 若干ひいてるみんなの視線を独り占めしながら、私はハワイアンカレーを口に含んだ。

 

 「・・・ど、どうですか?おいしいですか?」

 「うん・・・!おいしい!なんか知ってるカレーと違う感じ。コクがあって辛いんだけどすっきりしてて・・・ちょっと甘い。たぶんフルーツだよこれ。ルーもゆるくって、スープみたい」

 「米もよく見たら日本のと違えな。パラパラだ」

 「どっちかってえと雑炊だねこりゃあ」

 

 私が一口食べたのを見てみんな安心したらしく、一口ずつ試してみる。心配したような怪しげなものは入ってなくて、でも想像してたカレーとはずいぶん違う味と食感にちょっとだけ驚いた。一緒に運ばれてきたガラムマサラを降ったり、甘みを足すために特製ソースを入れたり、みんなそれぞれにアレンジもし始めてる。なんかこう、このままでも美味しいんだけど、工夫次第でどんどん美味しくなっていきそうな、可能性を感じる一皿だ。

 

 「いかがでしょうか?今後、希望ヶ峰学園が事業の一環で発売する予定の、その名も希望カレーです!」

 「なんで私立高校がカレー出すんだよ・・・意味分からん」

 「レトルトカレーなんてものは名前つけてしまえば中身はなんでもよろしいのです。ハイッ」

 「そんなことねえよ!!企業努力ナメんな!!」

 「しかもハワイで売るってますます意味ふー♡おいしいけど♢」

 「せめて下越とかご飯関係の“才能”の人とやればいいのに・・・」

 「そうすると卒業後に作れなくなってしまいますので」

 「フフフ・・・カレーを作って売らなければならないほど学園の経済は危機的状況・・・ということだな?」

 「そもそも日本で食べられるわよね、これ」

 「みなさま気に入っていただけたようで」

 「いよっ!?何を如何して聞けば其の結論に!?」

 「有無を言わせない圧力を感じる。深く聞かない方がよさそうだぞ」

 「め、目から光が消えている・・・」

 

 もしかして紺田さん、学園から何か言付けられてるのかな。分かんないけど、取りあえずこのカレーは美味しい。ひとしきり食べた後は、紺田さんから“ナンノヘンテツモナイアンケートヨウシ”が配られて、ハワイ旅行とカレーの感想を書かされた。特にカレーの感想を重点的に。

 

 「旅行の最後に何をさせられたんだオレたちは」

 「考えない方がいいわ」

 「そう言えばこの旅行の費用、ほとんど学園が出してるんだった」

 「まだ空港にも着いてないけど、一気に現実に引き戻された気分がするね」

 「それでは皆さま!空港に参りましょう!楽しかったハワイ旅行も、いよいよ最後の移動となります!バスへどうぞ!」

 

 美味しいご飯と微妙な空気のまま、私たちは空港行きのバスに乗り込んだ。これからまた長い空の旅が始まる。茅ヶ崎さんたちと思い出話をたくさんしたいけど、バスに揺られるうちに、いつの間にか寝ちゃってたみたいだ。気がつくと、もうバスは空港の目の前に来ていた。

 

 「それでは皆様、お忘れ物のないようにしてくださいね。荷物が多くて大変かと思いますので、まずは手荷物預かりカウンターに参りましょう」

 「う〜ん・・・」

 「ねむ」

 「ここに来て旅の疲れがどっと出たねえ」

 「3日間遊び通しだもの。そりゃ疲れるわよ」

 「ぐーすかぷー♨」

 「いよっ!?虚戈さん!?寝ながら歩いている・・・否ッ!!歩きながら寝ている!?」

 「危ないからちゃんと起きて歩きなさいね」

 「んごっ」

 「しっかしまあよくこんなに買ったな。空港はいいとして、日本着いてから持って帰れるのか?」

 「日本にも送迎用の観光バスを用意しております。空港から希望ヶ峰学園までの専用直通バスですよ」

 「至れり尽くせりも極まれりだな。人をダメにする修学旅行か?」

 

 虚戈さんほどじゃないけど、私も寝起きで瞼が重たかったから、半分目を閉じた状態で空港の中を歩いてた。スニフ君は鉄君におんぶされてて、背中でぐっすり眠ってる。こういうとき、体が小さい子供は羨ましい。荷物預かりカウンターで、行きより数倍重たくなった荷物を丸ごと預けて、貴重品と身の回り品だけを持って税関を通る。案の定荒川さんと須磨倉君が小部屋に連れて行かれて、荒川さんがバツの悪そうな顔をして出て来た。須磨倉君が半べそかきながら出て来たのは、その30分後だった。

 

 「“超高校級の運び屋”ともあろう者が、こうもあっさり捕まってしまうとは。見損なったぞ」

 「あのな!ふつう密輸(はこ)ぶときってのは入念な準備と下調べをして、場合によっちゃあ金を渡したりして突破するもんなんだよ!ついさっき渡されたもんを急に密輸(はこ)べったってそりゃ無茶だ!しかも英語でよ!城之内の通訳がなかったらこんなもんじゃ済まなかったぞ!」

 「まあそう泣くなって。むしろ30分で済んでよかったじゃねえか。危うく日本に帰れねえところだったぞ?あ、いや、強制送還か?」

 「いずれにせよ碌な結果にならないだろ。荒川も反省しろ」

 「くっ・・・これだから税関は嫌いだ・・・!」

 「密輸。ダメ、ゼッタイ♠」

 「ホントだよ」

 

 普通に犯罪だけど、こんなあっさり許してもらえたのは城之内君の英語スキルのおかげか。それとも希望ヶ峰学園っていうバックの存在か。前者だと思いたいけど、たぶん後者なんだろうなあ。相変わらず外国の人たちに囲まれてる相模さんを助けに行った紺田さんが、事情を聞いて頭を抱えていた。今までなんとか弱みを見せずにいた紺田さんがこんなことになるなんて、いよいよ“超高校級”の人たちってメチャクチャなんだなって思った。

 

 「いよいよハワイ旅行も終わりか・・・なんか、長かったようで短かったような気がするね。楽しかったこともあったし大変だったこともあったし」

 「うん。それも、ここにいる皆とだからだと思うよ。皆とじゃなかったら、きっとこんなに楽しくなかったと思う」

 「そうかな・・・うん、そうかも」

 

 私たちが搭乗する飛行機が、ゆっくり頭を回転させて搭乗口の方へやってくる。疲れ切った皆がそれをなんとなく眺めて、傾き始めた太陽がより一層眠気を誘う。きっと飛行機に乗ったらすぐ寝ちゃうよ。

 

 「それでは皆様、お忘れ物のないように。ご搭乗ください」

 

 紺田さんにそう言われて、私はソファから立ち上がった。最後に忘れ物がないか、自分が座っていた場所をよく確認する。きっとこれが、ハワイで見る最後の光景になるんだな、と思うと、なんでもないソファもなんだかすごく名残惜しくなってくる。

 まだハワイに残っていたいような、早く希望ヶ峰学園のベッドに横になりたいような、わがままな気持ちを抱えたまま、私は搭乗口に向かった。きっとこんなに楽しいことは、もうしばらくはないだろう。

 希望ヶ峰学園の皆と、“超高校級”の皆と、一緒に来られた楽しい旅行。こんなに贅沢で豪華で賑やかなハワイ旅行は、他の誰もしたことがないだろう。だから、これは“超高校級のハワイ旅行”だ。

 

 「ふふっ」

 

 日本に帰ったら、皆とハワイの思い出話がしたいな。




ハワイ旅行編、完結です。
いつもならQQ解説編を載せる番なんですが、間違って消してしまったのでこちらを。
たぶんこれが年内最後の更新ですね。先に言っておきます。
みなさん、あけましておめでとうございます。


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