DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語 (紅卵 由己)
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序章 ―掌の中の平和― 七月十二日――『朝のデジタルバトル』

この小説を読む前に、作者のページから活動報告を確認しておく事をお勧めいたします。

8月24日追記。

感想を参考に、ところどころに修正を加えました。


 

 

――ピピピピッ!! ピピピピッ!!

 

「……ぅん、ん~……」

 

 目覚まし時計の機械音声(アラーム)が響く、色々な物を()らかしている部屋の中。

 

 一人の青年が、室内に立ち込める蒸し暑さに(うめ)き声にも似た声を発しながら意識を覚醒させる。

 

 視界にモザイクが掛かってよく見えないまま、機械音声を発している目覚まし時計の上部のボタンを押す。

 

 音が止み気だるそうに体を起こすと、口から大きな欠伸(あくび)が出た。

 

「朝、か……」

 

 もっと寝ておきたいと言う睡眠欲(すいみんよく)を押さえ込み、青年は寝床(ベッド)から這うように出て茶色い箪笥(タンス)を開く。

 

 中には黒や緑といった様々な色のシャツやズボンが混ざった形で収納されており、青年はそこから適当に選んだ黄緑色(きみどりいろ)のTシャツと紺色(こんいろ)のジーンズを取り出すと、無作法に足で箪笥を閉めた。

 

 足元に散らかっているカードやプリントを踏ん付けてしまわないように注意をしながら、寝る際に来ていた青と黒の縞々模様(しましまもよう)が特徴のパシャマを脱ぎ捨て、取り出した二つの衣服に体を通す。

 

 衣服を外出可能な物に着替えた青年は、確認のために時計の針に目を向ける。

 

 時計にある二つの針はそれぞれ、六時(ろくじ)三十分(さんじゅっぷん)を指しており、青年は自宅から出発する時間までまだ余裕がある事を理解すると、自室のドアを開けてリビングに存在する台所へと足を運んだ。

 

(お母さんはまだ寝てるか……)

 

 青年はリビングの直ぐ隣の部屋でまだ寝ている母を尻目に、冷蔵庫の中にある鳥の唐揚げと書かれた冷凍食品の袋を開け、食器入れから取り出した一枚の皿に三個ほど乗せて電子レンジで加熱し始める。

 

(ただ待っているのは時間が勿体無いし、ニュースでも見るかな……)

 

 内心で青年はそう呟くと、リビングに設置されているテレビの電源を付け、リモコンを操作してニュース番組にチャンネルを合わせる。

 

 テレビにはアナウンス用のマイクを持った男性が映されており、その背後には大きなマンションが建てられているのが見えている。画面の右側にはテロップの表示で『原因不明の行方不明事件、再び犠牲者が』と書かれている。

 

『こちらのマンションでは―――に住んでいる十六歳の――――君が突然行方不明になってしまい、両親の――――さんと――――さんが、我が子の無事を切に願っています。これらの行方不明事件。発生原因も何も分からないままこれまでに何十人もの人達が犠牲になっており、解決の目処が立たない状態に陥っています』

 

 青年はニュースの内容に顔を(しか)める。

 

 数週間より発生している、子供や大人を問わず突如原因不明なまま行方不明になる事件。

 

 人為的な証拠も一切残っておらず、何が原因なのかも分かっていないらしい。

 

(本当に怖いな……何も分からないってのが、一番怖い)

 

『警視庁はこれらの事件を消失(ロスト)事件を呼称。事件の解決に乗り出すために、行方不明になった被害者の身元や人間関係などを調べ――』

 

 ニュースの内容に耳を傾けている中、電子レンジからチーンと音が鳴り、青年は加熱が済んだであろう鳥の唐揚げの乗った皿を電子レンジから取り出し、リビングに設置されているテーブルの上に乗せる。

 

 食器棚から茶碗を取り出し、炊飯器からしゃもじで白飯を確保。茶碗に放り込み、唐揚げを乗せた皿と同じようにテーブルの上に乗せる。

 

 その後、青年は唐揚げをおかずに米を頬張り始めた。テレビに映されたニュースに目を向けながら。

 

 

 ――不思議と、この日の唐揚げは普段より塩辛く感じた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 無情に輝く太陽の日差しが大地を熱し、通りすがる人物の片手には小さめの団扇(うちわ)が見られる夏の街。

 

 ふと上を向くと、綿菓子(わたがし)のような形の入道雲(にゅうどうぐも)が悠々と泳ぎ、青く美しい空を形成しているのが見える。

 

 建物の中には機械によって作られた冷たい空気が流れ、外の暑さが嘘のように涼しく心地よい空間が形成されている。

 

 月日は七月の十二日。時は十一時。

 

 この日、青年――紅焔勇輝(こうえんゆうき)は友達とある店で集まる約束をしていた。

 

 自転車を漕ぎ、風を感じながら坂道を突き進む。

 

 そのすぐ隣では車が通っており、エンジンの音が街中に響き渡っている。

 

 家を出て十五分(じゅうごふん)程度の距離に、目的の場所であるゲームショップはあった。

 

 休日だからかまだ午前にも関わらず、かなりの人だかりがある。

 

 勇輝はそれらにぶつかってしまわないように避けながら、視線の先に見える友達の方へと向かった。

 

 友達の背後にはアーケードゲーム用の機械(マシン)が見え、画面にはデモムービーが流れっぱなしになっている。

 

「お、来たな勇輝」

 

「あまり待たせるのは悪いと思ってな」

 

 互いに顔を会わせると、ポーチバッグから数枚のカードを取り出す。

 

 カードの端にはバーコードのような物があり、カードには何かのモンスターと思われるイラストと強さの基準となるステータスがテキストに書かれている。

 

「んじゃ、早速対戦するとするか」

 

「おっけぃ。こっちの準備は万端だ」

 

 ポーチバッグから財布を取り出し百円玉(ひゃくてんだま)を一つ投入すると、機体(マシン)の下部にあるカード取り出し口に一枚のカードが出てくる。取り出し口に手を突っ込み、取り出して内容を確認した勇輝はそれをジーンズのポケットの中に入れた。

 

 そして、ゲームのプレイヤーが操作出来るように画面が移り変わる。

 

 一人で遊ぶモードに二人で遊ぶモードなど、よくあるアーケードゲームに用意された選択肢から二人で遊ぶモードを選択するボタンを押すと、もう一つ百円玉を投入するように画面(モニター)から指示が出る。

 

 最初の百円玉は勇輝が入れているため、二つ目の百円玉は友達が投入した。最初に百円玉を入れた時と同じようにカードを取り出し、勇輝は左側に、友達は右側の方へ立つ。

 

 その間に再び画面が移り変わり、カードをスキャンするように画面から指示が出る。

 

「お前が使うのは……あ、やっぱりそれなのな」

 

「当たり前だろ。これが俺の好きな奴なんだから」

 

 勇輝が親指と人差し指で摘んだカードを機械の中央に空いている空間に通すと、カードのデータが読取(スキャン)され、画面に映された誰も居ない草原のようなフィールドに、一匹の生き物が現れる。

 

 その姿は上半身が機械(サイボーグ)化している深紅(しんく)色の(ドラゴン)だった。

 

「メガログラウモンねぇ……相変わらず、その中途半端に機械化したデザインはどうにかならなかったのか」

 

「うっさいわ。俺は好みなデザインだからいいんだよ」

 

 友達の呟きに唾を返しながら、勇輝は続けて三枚のカードを連続で赤外線を通して読み取らせる。

 

 すると、メガログラウモンの姿(シルエット)が画面の中で光り輝く演出と共に変化していき、やがて姿は明らかに竜とは違う、背中に深紅のマントを羽織り、胸部に刻印が刻まれている白銀の鎧を身に纏った騎士へと変貌する。

 

 その右手には一本の槍を、左手には紋章の描かれた大盾を装備していた。

 

「オプションは≪それでもへっちゃら!≫に≪生き残るために≫と……≪デジソウルチャージ≫か。思いっきり単騎でやる気満々だな。てか、やっぱり早速進化させるのな」

 

「まぁな。完全体だとやっぱり厳しいし……てか、そういう雑賀(さいが)はいつも究極体を即スキャンしてるじゃねーか」

 

「対戦ゲームは(パワー)数値(ステータス)が全てだ。さぁて、そっちがそいつならこっちはコイツでやらせてもらうぜ」

 

 互いにツッコミを入れながら、今度は友達――雑賀がカードを読取(スキャン)する。

 

 画面(モニター)に出現したのは、顔に両目と額の部分に穴が開いた仮面を被り、黒いジャケットのような服を着ており、腰の部分に爬虫類を想わせる尻尾を伸ばした両手に拳銃を携えた……バイクの似合いそうな魔王。

 

 そのデジモンの名を、自身が登場させた騎士の名と同じぐらいに勇輝はよく知っていた。

 

「お前明らかに狙ってるだろ……デュークモン対ベルゼブモンとか」

 

 騎士の名はデュークモン。

 

 魔王の名はベルゼブモン。

 

 それぞれ、あるアニメに登場し競演した実績を残している人気のキャラクター達である。

 

「狙ってるも何も、俺のフェイバリットはコイツなんだから仕方無いだろ。偶然だ偶然」

 

「……てか、ベルゼブモンってパワーキャラでは無かったような」

 

 勇輝のツッコミを無視しながら、雑賀は勇輝と同じように三つのカードを用意し、それを機械に読み込ませる。

 

 店内に響く宣伝ムービーの音声に気を取られる事は無い。

 

 何故なら、二人がやっているゲームの音声もそれなりに音量が高く、それが原因で周りの音に耳を傾ける事が難しいからだ。

 

 それでも互いに会話が出来ているのは、意識を向けているか向けていないかの問題だが。

 

「そういやさ、お前……例のニュース見たか?」

 

 カードの読み込みを終えた雑賀は突然、勇輝に話題を持ちかけた。

 

 例のニュースと言う語句を聞いた勇輝は、画面内で対戦が開始される中で雑賀の話に耳を傾ける。

 

「見た。全然解決の目処が立ってないらしいが」

 

「世界中で行方不明になってるのってのが不気味だよなぁ……」

 

 口で話題を交わしながら、手でボタンを押して技を選択する。

 

「ここ最近はあまり自然災害とか起きてなかったし、人がやってる事なんだろうけど……まるで神隠しだよな。お前の言う通り不気味だ」

 

拉致誘拐(らちゆうかい)とも考えにくいしなぁ……おっと、先手は貰ったぜ」

 

「早急に解決してほしいもんだ。願わくば被害者の無事を祈る……おのれェスピードの差で取られたか! だが聖盾イージスの防御力は伊達じゃぬぇ!!」

 

 話題に内容が真剣な物であるのにゲームの話題もちゃっかり忘れていない辺り何と言うか、この二人は色んな意味で駄目なのかもしれない。

 

 だが脳裏に過ぎった不安を忘れる、一種の逃避のための手段とも言えるのだろう。二人は確かに楽しんでいた。

 

 お互いの押すボタンが見えないように二人は両手で自分が押すボタンを隠しながら選択する。

 

「ははははは! ダブルインパクトだと思ったか? 残念ダークネスクロウでしたァ!!」

 

「畜生め、今度はこっちのターンだ。さぁグラムとイージスのどちらの必殺技を食らいたい? 暴食の魔王名乗ってるんだから、防御(ガード)せずに食らいやがれェェェ!!」

 

「だが断る。お前がそこで露骨にセーバーショットを使ってくる事はお見通しなんだよ!!」

 

「なん……だとッ……!?」

 

 どんどん口調(キャラ)が崩壊しているのだが、本人達は全く気にしない。

 

 これらの気分の高まりがあってこその娯楽(ゲーム)なのだから。

 

 幸いにも二人の青年の台詞は周りの雑音に掻き消され、他人には聞こえない。

 

 途中、勇輝が「悪魔に魂を売った者の銃弾など俺のデュークモンには当たらない!」と多少格好(カッコ)つけて言った直後に、雑賀のベルゼブモンの二つの銃弾(ダブルインパクト)が見事に炸裂するなど、第三者から見れば内心でほくそ笑むようなトークを交わす。

 

「それならお返しのファイナル・エリシオン……と見せかけてのロイヤルセーバーを喰らえや!!」

 

「ぬぉぉおお!?」

 

 口では喋って両手はボタンを押す事にしか使われていないが、実際に戦っているのが画面内で作られた電子(デジタル)のポリゴンで作られたキャラクター達。

 

 先ほどから、槍から輝くエネルギーを放出したりなど派手な演出(バトル)を繰り広げている。

 

 やがて片方のキャラが倒れ、勝敗が決すると勝者が決定した。

 

「ぐぬぬ、スピードの差はやっぱり厳しいか……」

 

「銃は剣より強し! ん~やっぱ名言だなこれは」

 

 結果のみを言えば、勇輝が出したキャラであるデュークモンが敗北し、雑賀の出したベルゼブモンが勝利を収めた。

 

 敗者の勇輝は悔しそうな声を上げるが、その表情はすぐに清々しい物へと変わる。

 

「やっぱお前は強いよなぁ……次は絶対に勝つし」

 

「あー、それは分かったが勇輝。とりあえず後ろに次の利用者(プレイヤー)が来てるんだから席を譲ろうぜ」

 

「へ? ……あっ」

 

 雑賀の指摘でようやく自分の後ろで番を待っている少年の存在に気付き、勇輝は少し済まなそうな表情を見せながら席を譲った。

 

 雑賀も同じく席を立ち、少年のプレイを後ろから傍観する事にしたようだ。

 

「お、エアドラモンとはまたマニアな奴を使うねぇ」

 

「まぁ、使うのは人の好み次第だし良いんじゃないか?」

 

 平和。

 

 それは一般的には安寧した状態の事を指す仏教用語だが、まさに今のような状態の事を指すのかもしれない。

 

 不安を紛らわすために茶化しているだけに過ぎないが、少なくとも彼等はこの小さな平和を、現在(いま)だけでも満喫したかった。

 

 それが例え、ただの平和ボケだと理解していても……しがみ付きたかったのだろう。

 

 その『当たり前の平和』に。




感想や質問などはいつでもお待ちしております。


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七月十二日――『昼間の余暇活動』

自分で言うのもなんですが、かなりリメイク前と比べて変わっていると思います。

8月24日追記。

感想を参考に、ところどころに修正を加えてみました。

10月8日追記。

他作品ネタになっていた部分と他にも気になった部分を修正、差し替えました。


 時刻は午後の一時。

 

 日差しが数時間前よりも強くなり始め、街中の市民の片手に見られるペットボトルとタオルの比率が高くなってきたようだ。

 

 これほどの日差しの強さと気温ならば、虫眼鏡でも使った暁には太陽光線を容易に生成出来る凶器にでもなるだろう。

 

 尤も、そんな事をせずとも既に人体の皮膚に焦げ色が出来る事ぐらい自然な事なのだが。

 

 それはともかく。

 

 ゲームセンターで娯楽(ゲーム)を満喫した二人の青年――勇輝と雑賀は、昼食を取るためにファーストフードを取り扱う大型チェーン店に立ち寄っていた。

 

 既にトレイの上には、二つの薄いパンの間に肉や味付けされた玉ねぎにケチャップソースが挟まっている食べ物……つまる所ハンバーガーがそれぞれ一つずつ、包み紙の上に置かれている。

 

 そしてその奥の方にはコーラの入った紙コップが置かれており、更にその手前にはフライドポテトが置かれている。

 

 二人合わせて総額六百四十円(ろっぴゃくよんじゅうえん)と、ファミリーレストランのメニューを入門するよりは安く済んだようだ。

 

 食事中、先に口を開いたのは雑賀だった。

 

「やっぱり思うんだよな。最近のアレって怪人か悪の秘密結社か何かがやったんだって」

 

「うん、とりあえず現実を見ようか」

 

 雑賀の言う「アレ」とは、無論勇輝も朝のニュースで確認した消失(ロスト)事件の事だ。

 

「でもよ、いくら何でもおかしいと思わね? 人間がやった事なら何か証拠が残っててもおかしく無いだろ。誘拐なら誘拐された時の目撃状況とか誰かから聞けててもおかしくないし」

 

「それもそうだけどさ、単に偶然が重なっただけで超スゴ腕の犯罪者って可能性もあるし。怪人とか悪の秘密結社だとか……非現実的すぎるだろ」

 

 本気(マジ)なのか冗談(ウソ)なのか分からない雑賀が告げた予想を、勇輝は呆れてため息を吐きながら即刻否定する。

 

 現実的に考えれば、勇輝の言う通り怪人や悪の結社などと言うバトル漫画のような悪者が、現実に居るわけが無いだろう。

 

 しかし、雑賀は興味からか、はたまた何か引っかかるのか勇輝の返答に対して更に返答する。

 

「この事件自体が非現実的くさいんだけどなぁ……だってさ、どんなにスゴ腕な犯罪者が仮に居たとしても、完璧な犯罪なんて存在しないだろ? 血跡も所持品も、この数ヶ月の内に一切見つから無いって時点で十分非現実的だろ」

 

「まぁ、確かにそれも一理無くはないけど……というかさ、別に身内が行方不明になってるわけじゃないんだし、そこまで詮索しなくてもいいんじゃないか? どうせ警察が無事に解決するだろ」

 

 そう言いながら、勇輝はトレイの上にあるフライドポテトを摘んで口に放り込む。

 

「お前さ……ちょっとは行方不明者の事を心配に思わないのか。死んでいるのか、生きているのかも分からんのに……薄情な奴だなぁ」

 

 その様子を見た雑賀はハンバーガーを一口食べると、現在進行形でフライドポテトを食べるスピードを速めている勇輝に嫌味を飛ばす。

 

 それを聞いた勇輝は顔を一気に真剣な物に変え、フライドポテトを摘む指を止めると共に雑賀の嫌味に返答する。

 

「そりゃ心配だけど、何も出来ないだろ。ペラペラ喋ってるだけで物事が変わんのか?」

 

「………………」

 

 無言でいる雑賀を見て、勇輝は言葉を紡ぐ。

 

「それに俺達は……まだあくまで学生だ。警察とか医者みたいに、誰かを救う事なんて出来やしないだろうが。馬鹿みたいに理想論を語る以外、何が出来るんだよ?」

 

「……分かった分かった。変な事を言って悪かったよ……」

 

「ったく……」

 

 何処か冷めたような目で返答をしてきた勇輝に雑賀は一言謝ると、残りのファーストフードを処理し始める。それに続くように勇輝は、雑賀と同じく残り物を地道に食し始めた。

 

『………………』

 

 それから二人は話のネタが尽きたのか、はたまた気まずいからか、店に居る間は一切の雑談を交えなかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ファーストフード店を出て、次に二人の青年が向かったのは……自宅から四十五分(よんじゅうごふん)ぐらいで到着する、数多くの紙札が並び売られているカードショップだった。

 

 辺りには二人と年が近そうな青年や少年等の姿が見え、フリースペースではカードを使った対戦が行われていたりもする。

 

 店内ではとある学生が「俺の嫁のあのデジモンのカードが既に在庫切れ、だとッ……!!」などと呟いていたり、他にも自分の財布に入っている金額とショーケースに入っているカードを見比べて、何やら葛藤をわざわざ口に出して呪詛のように呟いている学生がいたり、もう色々とヤバい状態になっているが、ショーケースを覗いているのは二人も同じだったりする。

 

「おぉぅ……ゴッドレア仕様のベルゼブモンBM(ブラストモード)の値段が、予想以上と言うか何と言うか、いろいろぶっ飛んでやがる……」

 

「こっちのデュークモンもだ。自力で引き当てる方が安く済むのか? 連コインも覚悟しないとな……」

 

 二人の視線の先に存在するカードには、黒い翼を生やして片腕に陽電子砲を装備した魔王のイラストと、深紅の色をした騎竜のような形をした機械に乗って盾を構える鎧騎士のイラストが描かれている。何気にその二枚を並べてみると、一枚の繋ぎ絵になるようにも見える。

 

 だがその値段はそれぞれ約五千円(ごぜんえん)近くと、トンでもない額になっていた。

 

 二人とも、欲しいと言う欲求を行動に移さない代わりに、奥歯を強く噛み締めている。

 

 まぁ、彼らは所詮高校生。私用に使える金額などそう多く無いのだから、買えなくても仕方が無いのである。

 

 ちなみに、二人の目の前で商品として飾られている金箔の入った二枚のカードのテキストにはそれぞれ。

 

 『デュークモン(グラニ搭乗)』、そして『ベルゼブモン・ブラストモード』とキャラ名が書かれており、そのショーケースの上側に書かれているキャッチコピーには『死神(デ・リーパー)の魔の手から世界を救え。箱舟(アーク)に導かれし勇者達と共に戦おう!!』と書かれている。

 

 どうやら正義の味方が悪を討つ系のよくあるストーリーらしい。

 

 店内ではそれらのカードゲームを元にしたアニメの映像が宣伝用に流されており、効果音や台詞などによって店の中を賑やかしている。

 

 カードと言う商品が売れるのは大方、イラストの元となった作品の面白さや発想(ネタ)の斬新さなどが主な要因となるが、彼らの目の前がやっているカードゲームの場合は前者である。

 

「ん~……仕方無いし、今回はあっちとこっちに抑えておくか。一応持ってないやつだし」

 

 そういう勇輝は、ショーケースとは反対側の方でUFOキャッチャーの景品のようにぶらぶらと吊らされているカードに手を伸ばしていた。

 

「お前さ、本当にゲームの守備範囲が幅広いよな……」

 

「まぁ、こっちも好きだからな」

 

 雑賀の言葉に対して当然のように軽口で返し、三枚ほどカードを取った勇輝はお店のレジの方へと向かう。値段は三つ購入した事で割引の条件を満たし、二百円で収まったようだ。

 

 雑賀は特に買おうと思える物が無いらしく、安物のカードの方に手を伸ばす事は無かった。

 

「……ん?」

 

 カードを買った後、お店の中を適当にふらついていると、二人の耳に不満そうな幼なそうな声が聞こえた。

 

 その声が自分達に対して向けられた物では無いのも分かってはいたが、気になった二人は声のした方を向くと、そこに居たのは上段に両手を伸ばしているが背が低くて標的のカードに手が届かずにいる、一人の10歳ぐらいかと思われる少年だった。

 

 興味本位でその少年の近くに寄り、二人は声を掛ける。

 

「君、何してんの?」

 

「あそこにあるのが取れなくて……」

 

 少年は声を掛けた雑賀に対してそう返答して上段の方にあるカードを指差すが、上部には他にもカードがあるため『どれ』を指しているのか二人には分からない。

 

「あそこって何だ……?」

 

「あそこっていったらあそこー!!」

 

 とりあえず。

 

 雑賀は子供の声を聞きながらぶら下がっているカード群に向き合って、指を動かしながら子供にとって正解のカードを探す事にしたようだ。

 

「これか?」

 

「違うよ、もっと上~」

 

「じゃあこっち?」

 

「違うってば。そこから二つ左~」

 

 そんなこんなで、雑賀がぶら下がっているカード達の中から確保したカードは、正確に言えばカードに書かれているキャラの名前はと言うと。

 

「……いや、その……コイツは……」

 

「あったあった、デクスドルグレモンのカード」

 

「どうしてこうなった。そいつそんなに子供向けなデザインだったか!? 原種じゃなくてデクスの方を選んだのは何かの間違いなの!? ちゃんと見ろ、イラストの50パーセントが真っ赤に染まってるじゃんか!?」

 

 子供には見せられないよ!! とでも言わんばかりにイラストに返り血のような彩色が為された、黒と赤の色が特徴的で蛇のような舌をだらりと出しているドラゴンのようだ。

 

 しかもイラストをよく見てみると、そのドラゴンから逃げ惑う可愛らしいキノコのような姿をしたキャラクターが()られ役扱いで書かれていたりする。

 

 とまぁ、人それぞれ好みが違うと言うのはまさにこういう事で。

 

「……え、えぇ~っと、こっちのサイバードラモンの方がカッコいいんじゃないかな~?」

 

「デクスドルグレモン」

 

「あっちのウイングドラモンとか」

 

「デクスドルグレモン」

 

「ウィルス種のメタルグレ」

 

「ほ~し~い~!!」

 

 右手に持ったグロテスクなイラストの中にドラゴンが書かれているカードを見て、変な汗をかいている雑賀に向かって少年はカードを掴もうとぴょんぴょん飛び跳ねている。

 

 雑賀はしばし考え、観念したようにカードを少年に渡す。

 

「……わ、分かった。分かったからシャツの(すそ)を掴んでのばそうとするのやめてくれ」

 

「わぁ~い!! お兄さん達ありがとう!!」

 

 少年はカードを受け取ると、うきうきした様子でレジの方へと向かって行った。

 

 よく耳を澄ますと、少年の履いているズボンのポケットの中から小銭がチャリチャリ鳴っているのが聞こえる。

 

 一応お小遣いは用意しているようだったが、買ったカードを見て少年の親はどんな表情を見せるのだろうか。

 

(頼むから……)

 

(次からは……)

 

((保護者同伴で来てくれ……))

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後も、カードショップに来ていた別の客と持参したカードやゲームで対戦したり雑談を混ぜたりと、満足のいくまで遊ぶ事が出来て、気付けば時刻は四時になっていた。

 

 店内の人だかりも時間的な都合で徐々に少なくなっているらしく、勇輝と雑賀の二人はもうこの日に外出してやっておきたい事を済ませた事から、用事の済んだカードショップを出て自分達の自転車に(またが)った。

 

 店の中に居た時には内部に冷風機(クーラー)が通っていたため感じなかったが、やはり季節が夏なだけあってまだ外には暑さが残っている。

 

 日もたいして落ちてはおらず、日光による熱も健在だ。

 

()っちぃ……」

 

 呟きながらペダルを漕ぎ、自転車を進ませる。

 

「明日からまた学校だな……はぁ、とっとと宿題済ませて自由になりたい」

 

「ま、確かに宿題が終われば夏休みはただのパラダイスになるな。お前は部活とか入っていないし」

 

「俺、夏休みに入ったら消化中のゲームを全部クリアするんだ……」

 

「おいやめろ。それはゲームする前に宿題でガメ(GAME)オベラ(OBER)になる馬鹿の言う台詞だ」

 

「誰が馬鹿だって?」

 

「お前だよ」

 

「なん……だと……?」

 

 愚痴や冗談を交わし、夏休みの予定に期待を膨らませながら二人は自宅への(みち)を進む。

 

 やがて、三十分(さんじゅっぷん)ほどの時間が立ち、目の前に二つの道に分岐した横断歩道が見えてきた。

 

「んじゃ、また明日な」

 

「ああ、またな」

 

 『また会おう』と別れの言葉を交わすと二人は互いに別々の横断歩道を渡って、まだ遠い位置に見える自宅を目指して自転車を漕いで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼等は気付かなかった。

 

「……そうか、あの子達が……」

 

 二人の事を、まるで得物を見るような眼で見る……夏と言う季節の温度には明らかに適していない濃い青色のコートを羽織った男の姿と、その視線に。

 

 物語の幕は既に開かれている。

 

 演者の意志に関係無く、傲慢で残酷な脚本家の悪意によって。




次の話で、人間側のプロローグが終われば……いいなぁ。


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七月十二日――『夕方・夜中間近の白い蛇』

今回のお話で、やっと人間側のプロローグが終わります。

8月24日追記。

感想を参考にして、修正をところどころに加えてみました。


「…………」

 

 まだ赤くはなっていない日に照らされた街。

 

 歩道を通る人並みは言うほど多くは無く、それと対照的に車道を通る車の数は多い。

 

 もう何度も通った事のある道なりだが、風景に楽しめる要素も無ければ愛着が湧いているわけでも無いため、ただ長いだけ道はただの消化作業のようにも思えてくる。

 

 そうなれば自宅に帰るまでの間、自身の退屈を紛らわせる事が出来るのは脳裏に過ぎる妄想や想像ぐらいだろう。

 

 勇輝は機械が同じサイクルの作業を行い続けるが如く、手と足で自転車を操りながら自宅への道を進んでいる。

 

 そんな中、頭の中の思考回路は平常運転だった。

 

(家に帰ったらどうすっかな……宿題は今の所余裕があるし、適当にBGMでも流しながらネトゲでもすっかな……)

 

 無意識の内に鼻で自分の好きなアニメの曲を歌い始める勇輝は、車道から聞こえる五月蝿(うるさ)いクラクションやエンジンの音に特に反応を示さない。

 

 市街に響く音は、常に車の音だと相場が決まっている。一々反応(リアクション)をしていては疲れるばかりだ。

 

(ホント、今思えばゲーム以外に休日にはやれる事が無かったな……)

 

 内心で自分自身に大して自嘲気味に呟く。

 

 大して疑問にも思っていなかった事で当然だとも思っていた事だが、それ自体が疑問を招じさせる問いだった。

 

(……だけど、他にやれる事が無いんだよな……)

 

 だが出来る事が無いかと自問自答を繰り返しても、決定的な答えが出る事は無かった。

 

 運動(スポーツ)や学問に興味を感じられない。

 

 毎朝液晶画面を眺めても、その先で起きている出来事はあくまでも他人事。

 

(退屈だなぁ……)

 

「……はぁ」

 

 変化の見えない日常。将来の夢が浮かばない自分。

 

 いくら頭の中で考えても、答えを得られない事が余計に不安を煽る。

 

(――――)

 

 不意に脳裏に思考が過ぎる。

 

「……ッ!?」

 

 思わず自分で考えてしまった事に、勇輝の思考回路は拒絶反応を起こしハッと正気に戻る。

 

 自分でも狂っていると思ったのだろう。

 

 その思考を瞬時に別の物に入れ替える事で、何とか誤魔化す。

 

 そんなわけが無いと自分に言い聞かせるが、彼は気付かない。

 

 無意識の内に、自転車を漕ぐスピードを上げている事に。

 

 まるで逃げるようにペダルを押す力を強めている事に。

 

(落ち着け……)

 

 外側の表情は変えずに、冷静に深呼吸をする事で自分の心を落ち着かせようとする。

 

 そんな彼の視界に、高校生になってからはあまり来る事の無くなった公園が見えてきた。

 

 少なくとも偶然とは思えない思考に、自然と自転車を自宅とは違う方向へと向ける。

 

(……別にちょっとぐらいいいよな。帰る時間が遅れても特に支障は無いわけだし)

 

 疲れた体と気分を少しでも癒すためか、それとも単なる気まぐれか。

 

 勇輝は自身の衝動にも近い思考に任せて、公園の中へと向かって行った。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 到着した公園は特徴と言える物体のある場所では無く、滑り台やブランコといった遊園用のオブジェクトがそれぞれ一つずつ設置された、いたって普通の公園だった。

 

 地面は草原が生えているわけでもなく、学校の体育などに使われるグラウンドのような砂地が広がっている。

 

 無造作に小型のゴミが捨てられていたり、タバコの吸殻が灰皿に置かれる事無く放置されていたり、あまり良い気分のする光景では無い。

 

 公園の周りには囲うような形で植えられた植林があり、それらが唯一公園を彩る植物だ。

 

 草花の姿はそれ以外にまるで見えない。

 

 こうして見ると、まるで小規模な砂漠の上に遊園用のオブジェクトを飾っただけのような場所だ。

 

 勇輝はそんな公園に二つ並んだ状態で設置された、茶色いベンチの一つに腰掛けていた。

 

 自問自答の思考を繰り返すものの、納得が出来る答えは得られずにいる。

 

「……無限大な夢の後の、何も無い世の中……か」

 

 昔の公園の風景と今の公園の風景を重ね合わせながら。他の誰も居ない、人気の無い公園でたそがれるように一人の青年が独り言を呟く。

 

「……分かんないな」

 

 それは何に対して言った言葉なのか、勇輝自身にも分からなかった。

 

「……はぁ」

 

 少ない間に何度したかも分からないため息を吐きながら、勇輝はポーチバッグからカードを取り出す。

 

 そのカードは、ゲームセンターで使用していた騎士のキャラクターのカードでは無く、赤い色をした恐竜のようなキャラクターのイラストが載ったカードだった。

 

「……もう、10年ぐらい前なんだっけな」

 

 そう呟いた勇輝の脳裏に映ったのは、まだ小学生だった頃に見たアニメの映像。

 

 今の自分からすれば笑いものの、フィクションとノンフィクションの判別が付かなかった少年時代。

 

 忘れたいと当時は思った事すら、今では楽しかったと思えている。

 

 だが、過ぎた時間は永遠に戻らない。

 

「ま、今更後悔したって仕方無いよな……」

 

 カードをバッグに戻し勇輝は立ち上がった。何かを振り切るように。

 

 気付けば、此処に座り込んでから結構な時間が経ったようだ。

 

 太陽も夕日に変わり、既にほとんど落ちかかっている。

 

 公園に来るまでは全く感じなかったが風の温度も冷たくなってきて、肌寒さも感じ始めてきた。

 

「……暗くなってきたし、そろそろ帰るか」

 

 自問自答の答えはいつか、これからの人生でそう遠くない未来で得られるだろう。

 

 そう内心で確信付けながら、勇輝はバッグの中身に不足している物が無いかを確認した後、自転車に向けて歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 ――その時。

 

「……君、ちょっといいかい」

 

 急に知らぬ声で背後から呼び止められ、一瞬驚いたものの平静を装いながら後ろに振り向いた。

 

 振り向いた先に居たのは、上半身から下半身までを覆い隠す厚めの濃い青色のコートを着た、背丈の大きめな黄色い瞳の色をした男性だった。

 

 この季節にその格好は、一体何を考えたチョイスなんだろうと勇輝は内心で疑問を覚えた。

 

「えっと……何ですか? 俺、一応急いでいるので用があるのなら早急にお願いしたいのですが」

 

 何処か不気味さを感じるその男性に対して知らず知らずの内に胸騒ぎを感じたが、きっと寒さの所為だろうと自分の中で納得させながら勇輝は一応返事を返した。

 

 男性の方は……勇輝の表情を見ると、微かに笑みを浮かべる。

 

 勇輝からすればほんの一瞬しか視認する事が出来なかったが……まるで、人間以外の何かを見るような残酷な目だった。

 

 思わず勇輝は、全身の毛がそそり立つような錯覚を覚えた。

 

 この男性は一体何者なのだろうか。

 

 その疑問を解決するために、男性に対して問いを飛ばすよりも早く……男性は口を開いた。

 

「突然呼び止めてすまない。少しこの辺りで、探している子が居てな。君はこの辺りで『ユウキ』と言う名の男の子を知らないか?」

 

「え?」

 

 勇輝は思わず、緊張を含んだ声を上げた。

 

 それもそうだろう。知り合った経験も無い人物に、苗字では無く名前を的確に当てられたら誰でも驚く。

 

「俺の名前も一応『勇輝(ユウキ)』なんですが……多分、こんな名前をした人はこの近くには居なかったと思います」

 

 しかし、何故だろうか。

 

 勇輝は疑問を覚えながらも、男性の問いに返答した。

 

 その返事を聞いた男性の表情が微かに歓喜の色を見せ始めているのは、気のせいだろうか。

 

 ……何故、勇輝の足は無意識の内に震えているのだろうか。

 

「そうか。では……君が紅炎勇輝(こうえんゆうき)君か?」

 

「……!?」

 

 男性の口から紡がれた台詞は……驚愕せざるも得ない物だった。

 

 何故この男性は、名前だけならまだしも苗字まで言い当てられたのだろうか。

 

 単なる偶然と片付けるには、あまりにも不自然すぎる。

 

(一体誰なんだこの人は……!?)

 

 知能を持った生物ならば誰しもが持っている、防衛本能が勇輝に呼びかける。

 

 

 

 

 

 ――『逃げろ』と。

 

 しかし、勇輝が後ろに一歩下がるのと同時に……男性の右腕が勇輝の左腕をガシッと掴んだ。

 

「ッ!?」

 

 その驚きは色々な疑問と驚愕が合わさったものだった。

 

 男性に腕を掴まれたのもそうだが、男性の手から伝わる温度が……とても、冷たかったからだ。

 

 その冷たさはそう、氷を掴んだ時と言うよりは……

 

「クッ……!!」

 

 防衛本能に従い、勇輝は男性の腹部に加減無しの蹴りを一撃見舞って、掴んだ手を強引に引き剥がした。

 

 そしてポケットに手を突っ込み、自転車のカギを取り出す。

 

 逃げなければ、何か取り返しのつかない事態になってしまうかもしれないと言う不安……いや、確信が勇輝の思考回路に過ぎり、思考から平常心を奪っていく。

 

『自転車に乗り、全力で漕いで逃げれば流石に追いついてはこれない』

 

 ……その思考を読み取ったと言うよりは、それ以外に手段が無い事を確信したような表情をしている青コートの男性は……一人、独白する。

 

「流石に運動能力は高いな。だが……」

 

 男性は自身の腕を野球のボールを投げるように曲げると、それを離れた距離に居る勇輝に対して振り抜いた。

 

 

 

 

 

(……なッ……!?)

 

 すると、男性のコートの裾から白い包帯のような物が勢い良く、、まるで蛇のようにしゅるしゅると伸びていき、その包帯は勇輝の右足を絡め取った。

 

「!!??」

 

 ただの包帯とは思えない強度に引っ張られる形で、勇輝は前のめりに転倒してしまう。

 

「ゲームオーバーだ」

 

「!!」

 

 そして、包帯に足を取られて動けない勇輝の首元に、男性は何処からか取り出した機械を当て……

 

 ――バチィ!!

 

 その意識を、狩り取った。

 

 

 

 

 

 

『先日、またもや消失(ロスト)事件の被害者が発生しました』

 

『今回の被害者は――――市在中の――――紅炎勇輝18歳』

 

「……嘘、だろ……」

 

 世界から人間が、また一人消失した。

 

 多くの謎や大きな悲しみ、そして恐怖を世界に撒き散らしながら。

 




感想や指摘・質問など、いつでもお待ちしております。


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電子世界にて――『偶然の大物釣り』

ねんがんの デジモンサイドのプロローグを 更新したぞ!!

と言う事で、今回からやっと……あの世界が登場します。

8月24日追記。

感想を参考に、ところどころに修正を加えてみました。


 デジタルワールド。

 

 数多の情報のデータが集まって形成されたその世界には、人工知能を持つデータの生物であるデジタルモンスター……略称『デジモン』が生息しており、様々な種が生まれ持った個性を活かして生きている。

 

 そのデジタルワールドのデータの大陸に存在する村の一つ――発芽の町。

 

 丘のある草原の上に建てられたこの村には、木造(きづくり)石造(いしづく)りの扉の無い建物が多く建っており、丘の最上部から湧き水が溝を沿うような形で流れ、滝と川が形成されている。

 

 村には動物や植物など、様々な物を模した姿をしたデジモンが多く住まっており、互いに協力し合いながら暮らしている。

 

 そんな発芽の町の真昼間(まっぴるま)

 

「……ハァ」

 

 片方の手に釣竿を、もう片方の手にバケツを持ち、赤と青の毛並みに九本の尻尾を持った哺乳類型のデジモン――エレキモンが、木造の建物の中に入った途端にため息をついていた。

 

「ぐぅぅぅぅ~……」

 

 彼の目の前には、黒に近いグレー色の毛皮を持つ小熊のような姿をした獣型のデジモン――ベアモンが、気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 

 彼からすれば見慣れた光景なのか、エレキモンは頭の痛さを装うように額に右の前足を当ててもう一度ため息を吐くと、ベアモンを起こしにかかった。

 

「おい!! 起きろ寝ぼすけ!!」

 

 最初にエレキモンは、ベアモンの体を揺すって直接意識を覚醒させようとする。

 

「ぐぅぅう~ん、あとごふぅ~ん……」

 

 しかし大して効果は無いようで、ベアモンは器用に寝言でエレキモンに返答しながら眠りの世界にしがみ付いていた。

 

「ったく……おい!! とっとと起きろ!! 約束を忘れて何昼寝してんだ!!」

 

「ぐぅぅ……う~ん」

 

 その様子を見たエレキモンは揺する力を更に強めると、ベアモンは寝ぼけて意識が完全に覚醒していないままで立ち上がった。

 

「やっと起きたか。いつもながら苦労させられる……ぜ!?」

 

 しかし、エレキモンの予想はベアモンが睡眠欲に負けて前のめりに倒れこむと言う形で、文字通り押し倒された。

 

 偶然にも、ベアモンの正面にエレキモンが居たためにエレキモンはベアモンに押し倒される。

 

「あたたかぁ~い……」

 

「こら!! お前には自前の毛皮があるだろうが!!」

 

「ふにゃぁ~……気持ちいい~」

 

 ――ブチッ。

 

 その瞬間、エレキモンは自分の頭の中で何かが切れる音を聞いた。

 

 それが何の音かはエレキモン自身理解出来ていたが、抑えるつもりは毛頭無かったらしい。

 

 よく見ると額に青筋が出来上がっており、体からバチバチ火花(スパーク)が発生しているのがその証拠。

 

「いい加減に……しろやあァァァ!!」

 

「ふぎゃぁぁぁあああ!?」

 

 次の瞬間には、エレキモンの体からゼロ距離で放たれた放電がベアモンに炸裂し、朝のモーニングコールよろしくベアモンは自業自得の悲鳴を上げていたのであった。

 

 流石に電撃を受けた事もあって意識は完全に覚醒し、ベアモンは目を覚ました……のだが、体の方は痺れてガクガクと震えている。

 

 毛皮の大部分から焦げ臭い黒い煙が出ているのは、きっと彼自身が全くの手加減をせずに放電したからだろう。

 

 やがて体が痺れながらも動かせるようになると、うつ伏せに倒れていた自分の体を起こす。

 

 それと共にエレキモンも脱出する事が出来た。

 

「……あ、エレキモンおはよ~」

 

「おはよ~……じゃねぇよ!? もう昼だ!!」

 

「ほぇ? そうなの……?」

 

「……ハァ」

 

 そして、電撃を受けながらもようやく眠りの世界から脱出したベアモンの第一声はと言うと……何とも緊張感の欠片も見えない朝の挨拶だった。

 

 電撃を受けても能天気に時間軸のズレた朝の挨拶が出来る辺り、元気ではあるようだが起こしたエレキモン自身は何処か疲れたような表情をしている。

 

 これがツッコミ役の宿命とでも言うのだろうか、とエレキモンは内心で思いながらもベアモンに状況を説明する。

 

「いいから起きろボケが!! 今日は昼間に釣りに行く約束をしてただろ!!」

 

「………………」

 

「……まさか、忘れていたのか?」

 

「……あっ」

 

 エレキモンの約束と言う言葉を聞いたベアモンの表情が、徐々に焦燥感を帯びていく。

 

 この時のベアモンの表情を例えるならば、前日に完璧に終わらせておいた宿題を、当日に学校へ持っていく事を忘れていた小学生の表情が当てはまる。

 

「……昨日、次の日に釣りをしに海辺へ行く約束をしていただろ。なのに今日、待ち合わせの場所で予定の時間になってもお前は来なかった。だからまさかと思ってお前の家に来たら……このザマかよ」

 

「あ~……」

 

「……何か言う事は?」

 

「……てへっ」

 

 ――カチッ。

 

 ベアモンの可愛い子ぶった返答を聞いたエレキモンの脳裏で、今度は何かのスイッチが入る音が聞こえた。

 

 堪忍袋の尾が切れているわけでは無いらしいが、何故か物凄く気持ちの良い笑顔を浮かべている。

 

 その表情を見たベアモンが本能的に危険を察知するも、既に手遅れだった。

 

 エレキモンは次の瞬間、全身からパチパチ音を立てながらベアモンに、とてもとても(おそろ)しい声で言い放った。

 

「四十秒で用意しな。ただでさえこっちは待ち惚け食らってるんだからな!! これ以上遅らせたら問答無用でスパークリングサンダーをブチかます!!」

 

「鬼!! 悪魔!! 禿(ハゲ)!! サディスト!!」

 

「のんきに昼寝して、一日前の約束を忘れるお前に言われたかねぇぇぇッ!!」

 

 ベアモンは木造の帽子掛けにかけておいた自分の帽子――アルファベットでBEARSと文字が書かれた青色の帽子を逆向きに被り、同じく青色の革で作られたベルトを左肩から右側の腰に、そして手を痛めないための防具として両手にはそれぞれ六つほど巻いていく。

 

 急いでいるせいか、かなりきつめに巻いている所もあれば緩く巻いている所も見える。

 

 そして、部屋の隅に置いてある釣竿を右手に、その隣に置いてあるバケツを左手に持つと共にベアモンはエレキモンと共に用の済んだ家を後に、村の入り口付近へと向かって走って行く。

 

 二匹が立ち去った後に木造の部屋に残されたのは、空洞の中のような静寂と木造の建物特有の木の匂いだけだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「うわぁ~……!!」

 

「いつ見てもすげぇ……」

 

 村を出て一時間ほどの場所に存在する浜辺のエリア。

 

 強い日光がブルーな海や岩肌を照らし、美しい自然の風景を二匹の目前に現していた。

 

 硬い甲殻に覆われた(かに)のような姿をしたデジモンや、ピンク色の硬い二枚貝のような姿をしたデジモンなど、この付近には水の世界に生きる野性のデジモン達が多く生息している。

 

「この辺りの砂浜ってガニモンとかシャコモンとか、成長期のデジモンが多いから危険な場所じゃないんだよね」

 

「だな。シードラモンとかが滅多に現れない場所だから、成長期の俺達からすれば絶好の釣りポイントだ」

 

 潮の流れる音をBGMに、二匹は持ってきたルアー付きの釣竿を振り被り……放つ。

 

 見事な放物線を描きながら、糸の通ったルアーは海の中に投下された。

 

 後は、得物が食い付くのを気長に待つのみ。

 

「それにしても、お前も中々粋なまねをするよな。普段は川釣りなのに、突然海釣りだなんて」

 

「最近は森の方でも嫌な噂が流れているでしょ? デジモンが狂暴化して、暴れているとか……」

 

「あ~、まぁ確かに物騒だな。でもそれだけじゃないんだろ?」

 

「バレた? 実は単に魚が調達したかっただけだったりするんだよね~」

 

「こいつぅ。まぁそういう事なら、別に何の不満も無いけどな」

 

 あはは、と二匹はニヤけ顔を見せながら笑う。

 

 エレキモンは自分の手に持っている竿を地味に微動させながら一度思考すると、気が変わったかのように話題を変える。

 

「ところでよ、お前は決めたのか?」

 

「決めたって何が?」

 

「これからの事だよ」

 

「??」

 

 エレキモンの問いを聞いたベアモンの頭上に、小さな疑問符が浮かんだ。

 

「聞いた話によると『アイツ』は『あの事件』以来、力を付けるための武者修行の旅に出たらしいじゃんか。お前はどうすんだ?」

 

「……エレキモンも、返答に困る質問をしてくるね~」

 

「気になってたからな」

 

 エレキモンは思った事をそのまま口に出して返答した後、ベアモンの答えを待った。

 

「……僕は、正直言って……ギルドに入ろうと思ってる」

 

「……そうか」

 

 ベアモンの返答を聞いたエレキモンは納得したように軽く頷くと、そのまま言葉を紡ぐ。

 

「お前、外の世界をもっと見てみたいって言っていたもんな。実は俺もギルドに入ろうと思ってる」

 

「え? そうだったの?」

 

「お前とは別件でな」

 

「ふ~ん……お、ひっかかった」

 

 会話の途中、ベアモンの竿にピクピクと反応が現れ、魚が喰い付いた事に気がついたベアモンは竿を持つ手に力を加える。

 

「どっ……せぇ~い!!」

 

 後ろに走りながら一気に竿を振り上げると、突発的な噴水に似た小さな水しぶきと共に魚が海の中から釣り上げられた。

 

「デジジャコかぁ……まぁ、当たったから良しとするかな」

 

 掛かった魚を見て魚の種類を判別すると、ルアーの針から魚を外し、持ってきていたバケツの中に放り込む。

 

 ベアモンの反応からして、目当ての魚と言うわけでは無いのは目に見えて明らかだ。

 

「まぁそんな事もあるさ。そういや狙いは?」

 

「デジサケ」

 

「やっぱりな~……お、こっちもか」

 

 ベアモンの狙っている魚の名称を聞いたエレキモンが予想通りと内心で呟くと、自分の方の竿にも掛かった事に気がついた。

 

「ぐぎぎ……ぐっしゃ~い!!」

 

 ベアモンとは違い、釣り竿を口に咥えて釣り上げるという変わった釣り方を披露したエレキモンは、釣り上げた魚を一目見ると直ぐにバケツへ投入した。

 

「ちぇっ、こっちもデジジャコかよ……」

 

「あはは、そっちもそっちだね」

 

「うるせ~やい」

 

 自分をからかうベアモンの発言に少々イラっと来ながらも、エレキモンは再度釣り竿を海へと投下する。

 

 釣り上げた魚の大きさや美味しさなどを話の草に、釣り上げてはまた釣り上げて、時々釣りのポイントを変えながら、二匹は徐々にバケツの中へと魚を増やしていった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 それから二時間後。

 

 二匹は場所を海水に濡れた岩肌のある地帯へと移っていた。

 

 同じサイクルを何度も繰り返していく内に、気がつくと二匹の持ってきたバケツの中は両方ともいっぱいになっていた。

 

 海水の入れられたバケツの中では魚達が窮屈そうに泳いでおり、後々の事を考えるとベアモンとエレキモンの口元に自然と(よだれ)がはみ出る。

 

「そろそろ帰らないか? もう大体釣れたんだし」

 

「いや。まだ僕はメインディッシュの魚を釣れていないから、もうちょっとやってみるよ」

 

 ベアモンはそう言い自分の好物が当たる事を願いながら、もう何回投下したか細かく覚えていない釣り竿のルアーを海へシュートする。

 

「雑魚ばっかりだもんなぁ。それでも数が多いから、飯には困らないわけだが」

 

「むぅ~……だけど、たったの一匹すら当たらないのはちょっとなぁ……」

 

「お前、引き運無いな」

 

「うるさいよ。このスカポンタン!! 見ててよ、君がびっくりするぐらいの大物を釣り上げてやるからさ!!」

 

 恐らく十回以上は魚を釣ったのにも関わらず、狙いの魚が当たらない事をネタにちゃっかりトゲを刺すエレキモン。そして、その毒に対して同じ毒で対抗するベアモン。

 

(ま、どうせ当たらないと思うけどな。ましてや大物なんて、そう簡単に……)

 

 

 

 

 

 ベアモンの粋がった台詞に対して、エレキモンがそう内心で呟いた時だった。

 

「うおおおお!! 何だか凄い引きだあああああ!!」

 

「……ってはやっ!! マジかよ、竿の方が先に折れたりしないよな!?」

 

 まるで誰かが仕組んだとすら思える見事なタイミングで、ベアモンの釣り竿が大きく(しな)り始めたのだ。

 

 引っかかった魚の引きが強いのか、それとも単に重いからか、腕力に自信があるベアモンでもかなり厳しそうだ。

 

「仕方ねぇ!! 逃がすよりはマシだから、俺が手伝ってやる!!」

 

 そんなベアモンに、エレキモンは文字通り手を差し伸べた。

 

 後ろからベアモンの体を引っ張り支え、大物と思われる魚を逃がさないために強力する。

 

 ベアモンも、それに呼応するように腕の力を強めた。

 

「どっ……こんじょぉぉぉ~!!」

 

 そして、気合の入った叫びと共に釣り竿を大きく振り上げた。

 

 ――バシャァ!!

 

 ――ガァン!!

 

 雑魚を釣り上げた時とは比較にならない水しぶきが上がり、釣り上げられた獲物は派手にベアモンとエレキモンの背後にある岩の方へと叩きつけられた。

 

 よっぽど大きく、そして重かったのか、反動でベアモンは岩肌に背中から倒れる。

 

 その際に後ろに居たエレキモンは、まるでドミノ倒しのように巻き込まれ、ベアモンと同じ姿勢で倒れた。

 

「痛てててて……エレキモン大丈夫?」

 

「俺も大丈夫だ。強いて言うなら、お前ちょっと重いぞ」

 

「ひどっ」

 

 ベアモンは立ち上がり、エレキモンはそれに順ずる形で立ち上がる。

 

 二匹は互いに安否を確認した後、後ろの方へ向けられている釣りの糸を辿ってその先に掛かっていると思われる魚を確認しようとする。

 

「……え? これって……」

 

「どう見ても魚じゃないよな……ってか、コイツって……」

 

 釣り針が刺さっていたのは魚の口では無く、赤色の恐竜を思わせる姿をした――

 

 

 

 

 

 

 

『……デジモン!?』

 

 ――デジモンの鼻の穴だった。

 

 返しの針が全国のサディスティックな人物がよくやりそうな鼻フックのようになっているため、見るからに痛々しいが、二匹からすれば疑問に思う事が多すぎて、思考が追いついていなかった。

 

「……死んではいないよな……?」

 

 エレキモンは恐ろしいものを見てしまったように腰引け気味ながらも、明らかに死んでいるように見えるデジモンの体の中央の部分を右の前足で触る。

 

 体温は……かなり冷たかった。

 

「……体が消滅してないって事は、まだ死んではいないって事だが……この様子だと、かなり危険な状態だな……」

 

「………………」

 

 エレキモンの告げた予測に、ベアモンは目の前で倒れているデジモンを可哀想と思った。

 

 だが同時に、疑問も浮かんだ。

 

 体の形を見るに、水棲型のデジモンでは無い。

 

 だが、自分が生きていた『森』の地域では見覚えも無いデジモンでもある。

 

 どちらかと言えば火山や荒地など、恐竜型のデジモンが生息する地域に適したデジモンにしか見えない。

 

 そんなデジモンが海の中から見つかるなど、どう考えても異常なのだ。

 

「……助けよう!!」

 

「え?」

 

 単に同情心からか、それとも正義感からの行動か。

 

 ベアモンは自身の両手をデジモンの胸の部分に当て、力いっぱい押す。

 

 すると、恐竜デジモンの口から海水が噴き出された。

 

「おい、そいつが何者なのかも分かんないのに助けるのか? もしも悪い奴だったらどうする?」

 

「仮にそうだとしても……見捨ててられないでしょ!! お願い、エレキモンも手伝って!!」

 

 自分の力だけでは助けられない。

 

 そう内心で理解したベアモンは、この場で手を借りられる唯一のデジモンであるエレキモンに、手伝いを要求した。

 

 エレキモンは一度「う~ん……」と深く俯きながら考えたが、やがて腹をくくったように声を上げた。

 

「……だ~!! 仕方ねぇな、やると決めたからには……絶対に助けるぞ!!」

 




やっとの事で登場。

今回登場したベアモンこそ、この小説で第二の主人公のベアモンです。

人間サイドのプロローグがシリアス一直線だったので、デジモンサイドぐらいはギャグを入れても良いよね!! 答えは聞いてない←←

さて、今回の話の最後に出た赤色の恐竜のようなデジモン。

一体何者なんだ……←←

次回も引き続き、デジモンサイドのプロローグをお送りします。

次回もお楽しみに。


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電子世界にて――『波音響く中での救助』

こういう話になると、どうしても話の長さが短くなる……それをカバー出来るぐらいのボリュームを、その分だけ次の話には求めないといけませんね。

8月24日追記。

感想を参考にして、ところどころに修正を加えてみました。


 ――長い夢を見ていた。

 

 周りで見知らぬ人物が不気味な笑みを浮かべ、自身の何かを作り変えられていく光景。

 

 自身の『外側』と『内側』の感覚がよく分からなくなり、もう二度と戻れなくなるような錯覚。

 

 そんな夢の内容を、彼は悪夢としか思えなかった。疲れた時によく見る悪夢だと、そう信じるしか無かった。

 

 何処で何をされ、何が起きたのかまるで分からない。

 

 まるで記憶に濃霧が掛かったかのように、全く思い出せなかった。

 

 ――何より、今自分が何処に居るのかすら分からなかった。

 

 周りの空間は視界が塞がっているのか真っ暗で、とにかく冷たい物に覆われているような感覚があった。

 

 寒い。

 

 冷たい。

 

 体温を感じられない。

 

 一体いつまで、この空間に居続けなければならないのだろうか。

 

 夢なら早く覚めてほしい。夏の風物詩であるホラーな夢など求めていない。

 

 それとも――

 

(俺は……死んだのか……?)

 

 彼――紅炎勇輝は何も見えない、何も聞こえず感じられないそんな空間の中で、再び意識を深い闇の中へと落としていった……。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 場所を岩肌地帯から最初の砂浜地帯へと移動し、赤い恐竜型のデジモンを砂浜の上に乗せた二匹は、恐竜デジモンを助けるために行動していた。

 

 ベアモンは恐竜デジモンの口を強引に開かせた後、力のある限り両手でデジモンの胴部を押し、海水を吐き出させる。

 

 しかし、恐竜デジモンの意識は戻らない。

 

 その様子を見たベアモンとエレキモンは、次の行動へと移行する。

 

「海水は全部吐き出させたな。次は……」

 

「体を温めたほうがいいんじゃないかな。ここは浜辺なんだし、砂を使って砂風呂みたいな物を作られないかな?」

 

 ベアモンは右手を帽子越しに頭に当てながら知恵を働かせ、エレキモンに提案した。

 

 しかし、その案を聞いたエレキモンは一瞬呆気に取られた顔をした後、その案に対して難点を突きつける。

 

「お前にしては悪くない発想だが、問題の砂をどうやって集める? 両手で掬い上げてるだけじゃ、全然効率的じゃないぞ」

 

 砂と言う物は基本的にサラサラしており、手で取ろうとすると量がどうしてもこぼれて、少なくなってしまう。

 

 両手で掬い上げた程度の砂を振りかけているだけでは、何分掛かるか知ったものではない。

 

 ならばどうすれば良いか。

 

「ここは、体温より先に意識を覚醒させた方がいい。体温なら後で対処出来るしな」

 

「……それならさ、エレキモンの電撃の応用で意識を覚醒させたり出来ないかな? 電気ショックとかで」

 

 意識を覚醒させるのに効果的な手段の一つが『刺激を与える』事だ。

 

 昼間の出来事でベアモンは電撃によって一気に意識が覚醒し、眠気の一切も吹き飛んでいる。

 

 だが、この案にも問題があった。

 

「お前を起こした時とは状況が違う。コイツは明らかにヤバイ状態だぞ、下手したら余計に死ぬ可能性が高くなるから、それは最終手段だ」

 

「それもそうかぁ……う~ん」

 

「酷いやり方だけど、こういう時には痛みを与えてやればいい。体にダメージを負わせる事無くやるなら、刺激を与える事も一つの方法だしな」

 

「痛みを与えるって……何だか、このデジモンが可哀想になってきたんだけど」

 

 ベアモンは恐竜デジモンに同情の念を送りながらも、それ以外の案が思いつかずに、結局恐竜デジモンの頭部にある羽のような形をした耳を掴むと。

 

「……ごめん!!」

 

 恐らくそのデジモンにとっての特徴と言える羽のような部位を、謝罪の言葉を呟きながらぎゅっと摘んだ。

 

 しかし、反応は特に見えない。

 

「その羽っぽいのは大して影響が無いんだな……次にいくか」

 

 次にエレキモンはそう言うと、自身の爪を恐竜デジモンの足の裏にチクっと浅く突き刺した。

 

 すると、僅かにビクっと反応を見せた。

 

(痛そうだなぁ……)

 

 内心で呟いていたベアモンが足の裏に痒みを感じたのは、きっと気のせいなのだろう。

 

「反応したな……意外とあっさり助けられそうだ」

 

 エレキモンはそんなベアモンの方を向いてから、自身の体に電気を蓄積させ始める。

 

「え? さっきエレキモン、電気ショックは最終手段だって言ってたような……」

 

「アレはコイツが本当に瀕死の状態だったらの話だ。こんぐらいで無意識に反応するんなら、電気ショックを使っても問題無い」

 

「そうなんだ……」

 

「ち~とビリっとするけど、勘弁してくれよ。荒療治だが列記とした治療法の一つなんだからな!!」

 

 そして恐竜デジモンに聞こえもしていないであろう台詞を吐きながら、恐竜デジモンの腹部に見える刻印を目印に、ダメージではなくショックを与えるための電気を放った。

 

「……んぅっ……?」

 

 恐竜デジモンは全身に感じた刺激に呻き声にも似た声を上げ、まぶたを開くと共に視界へ降り注いだ日光の眩しさに開けた目を少し細めながら、意識を覚醒させた。

 

「あ、起きた!!」

 

「ふぅ、やれやれだぜ……お前さん大丈夫か? 手荒に起こして悪かったな」

 

 その様子を見た二匹のデジモンは、無事に救助が出来た事にふぅと息を吐きながら胸を撫で下ろす。

 

 しかし、何やら助けられた恐竜デジモンの方は二匹の姿が視界に入るや否や目をこすり始めた。

 

 まるで、これは夢かと確認するアニメのキャラクターのように。

 

「………………」

 

 まず、恐竜型デジモンは無言で二匹を凝視する。

 

「……何をそんな驚いた顔してんだ? 驚かそうとした覚えはねぇぞ」

 

「君、大丈夫……?」

 

 流石に理由も無く、未確認生命体を見るような視線をされてはたまらないのか、エレキモンは恐竜デジモンに対して自分から問いを出した。

 

 一方のベアモンは、自分達に向けられている視線に対する疑問の答えを得ようとしていたが、結局思いつく事は無かった。

 

「…………で」

 

『で?』

 

 返って来たのはたった一文字の、意味を為さない言葉だった。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

「で、でででででデジモンッ!?」

 

 次の瞬間、赤い恐竜デジモンは口を大きく開け、腹の奥底から響き渡るようなシャウトをかましていた。

 

「……え?」

 

 その返答は流石に予想外だったのか、エレキモンとベアモンはほぼ同時に頭に疑問符を浮かべながら、一文字の言葉を無意識の内に吐いていた。

 

 だが、そんな彼らの疑問を解決する前に驚愕その物の表情で、恐竜デジモンは二匹に対してと言うよりはこの状況に対しての疑問を、そのまま口に出している。

 

「ななな、何でデジモンが!? 俺はデジタルワールドに転移(トリップ)でもしちまったってのか!?」

 

(とりっぷ……?)

 

 返答もせずに理解の出来ない独白を続ける恐竜デジモンにエレキモンは内心で『何だコイツ』と思い、内心で疑問を浮かべているベアモンを余所に、試極当然のように怪しい物を見るような目をしながら答えを返す。

 

「……よくわかんね~けど、デジタルワールドに決まってんだろ? お前もデジモンなんだから」

 

「……えっ?」

 

 エレキモンの何気も無く語った世界(デジタルワールド)の常識に、恐竜デジモンはまたもや意味を成さない一文字を口にする。

 

 一瞬だけ、思考が停止したように固まった後……今度は独白では無く、返事としての言葉を返す。

 

 

 

 

 

 

 

「……何言ってんだ、俺は人間だぞ……?」

 

「……お前さん、何を言ってんだ? どう見てもその姿はニンゲンじゃないだろ」

 

 互いに訳が分からなかった。

 

 エレキモンは、何故このデジモンが自分自身の事を人間――デジタルワールドで架空の物語として語られている存在であるはずの、人間だと言っているのかに対して。

 

 恐竜デジモンは、ただ単純にエレキモンの言葉に対してだ。

 

(……いや、まさか、そんな訳が無いだろ……)

 

 恐竜デジモンの思考に一つの不安が過ぎると、突然周りを見渡し、視界に入った青く広がる海の方へ向かって足早に駆け始めた。

 

「エレキモン、あのデジモン一体何なんだろ?」

 

「さぁな。一つだけ言える事は、明らかに頭がおかしい奴だって事ぐらいだ」

 

「ニンゲンって、御伽噺(おとぎばなし)とかに出てくるアレの事だよね?」

 

「だと思うが……絵本とかに出てくるニンゲンは、少なくともあんな姿じゃないだろ」

 

 ベアモンはエレキモンに対して素直に疑問を口にするが、エレキモンは恐竜デジモンを怪訝な想いで見ながら、ただ答えの無い言葉で応える以外に何も出来なかった。

 

 そして、海面を鏡代わりに自身の姿を視界に捉えた恐竜デジモンは――

 

 

 

 

 

 

 

「嘘……だろ……!?」

 

 目に映った現実を信じられないように、思考が拒絶反応を起こし、ただ疑問形の言葉を吐き出していた。

 

 鋭利で長い爪が生えた前足が、爬虫類のような獰猛な顔立ちが、腰元から生えて動揺と共に揺れる尻尾が、全身の紅色が。

 

 そして、腹部に見える危険の象徴とすら呼べる印が。

 

 今の自分の姿を物語っていたからだ。思わず彼は、その怪物の名を口に出す。

 

「俺が……ギルモンに成ってる……!?」

 

 気持ちの焦燥感を表すように、波の音が強くギルモンの耳を叩くのであった。




今回はデジモンサイドの物語なので『デジモンが見た場合』の三人称。

なので、突然自分の事を人間言う『彼』に対する反応は、むしろこれが当然だったり思います。

『人間にとっての常識』と『デジモンにとっての常識』は違いますし。


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電子世界にて――『自称人間の事情確認』

ただ会話をするだけの話なので、文字数がギリギリ3000字に到達しなかったでござる。

やっぱり四時間半程度で全部書き上げるなんて無理だったんだよ!!←←

場所も変わらず、会話だけの話になったので地の文がどうしても少なくなってしまう……もっと精進します。


 デジタルの太陽が強く光り、広大に広がる大海原がキラキラと光を映して美しい光景を作り出している浜辺のエリア。

 

 海面に映った自身の姿を見て、赤い恐竜のような姿をしたデジモンは言葉を失い、ただ立ち尽くしてるのを一匹は頭の上に疑問符を浮かべ、一匹は怪訝な表情を浮かべながら見ていた。

 

 エレキモンは内心で呟く。

 

『面倒な奴を助けちまったなぁ……』と。

 

 そもそも。

 

 この世界……デジタルワールドにおいて、ニンゲンとは絵本などで語られる架空の存在でしか無いのだ。それが実際に『現れる』事など考えも出来ない。

 

 何故なら、それがこの世界(デジタルワールド)の住人であるデジモン達にとっての常識なのだから。

 

(仮にあのデジモンが嘘を吐いているとして、何の目的でこのような見え見えの無い嘘を吐いてるんだ?)

 

 エレキモンは内心で疑問を呟く。

 

(……怪しいな)

 

 現状、赤色の恐竜デジモンの証言に関する判断材料が一切無いため、エレキモンが赤い恐竜型デジモンに大して疑心を浮かべる。

 

 分からない事が多い以上、警戒するに越したことは無い。

 

「ねぇ、君」

 

「……何だよ」

 

「え、ちょ、おいベアモン!?」

 

 尤も。

 

 そんなエレキモンの思考は勇気なのか、それとも無謀なのか、警戒もせず容疑者のデジモンに声を掛けたベアモンによって、一瞬で粉々に粉砕されたのだった。

 

 その行動に驚いたエレキモンは待てと言わんばかりに声を上げるが、張本人であるベアモンはそんな事はお構いなしに会話へ突入している。

 

「君って本当にニンゲンなの? 絵本とかで見た姿とは凄く違うけど……」

 

「……あぁ、確かにニンゲン()()()よ。だけど今じゃこんな姿だ」

 

「何があったか覚えてる? 記憶に残ってるの?」

 

「……いや全く。ニンゲンだった時の日々は鮮明に覚えてるんだが……この姿になるまでの過程が、全く記憶に入ってないんだ」

 

 どうやら本人曰く、記憶喪失と言うわけでは無いらしい。

 

 ベアモンはそれに対して嘘を吐いている気配を全く感じられず、それが本心なのだと信じて会話を続ける。

 

「てことはさ、自分が何で海中に溺れていたのかも知らなかったりするの?」

 

「ああ……」

 

「う~ん……それじゃあさ……」

 

「待て」

 

 ベアモンが次の質問を恐竜デジモンに問おうとした時、質問に被せるようにベアモンの後ろからエレキモンが制止の声を上げる。

 

 そして、そのまま自身の質問をぶつける。

 

「お前さんが人間なのか、そうでないのか。そっち方面の事は今はどうでもいいが、一つだけ聞かせろ」

 

「何だ」

 

「お前が敵じゃないかについてだ」

 

「エレキモン!?」

 

「ベアモンは黙ってろ。俺はコイツにどうしても聞いとかねぇといかないんだ」

 

 エレキモンは警戒心を解く事無く、見知らぬ恐竜デジモンを睨み付けながら質問を続ける。

 

「言っておくが、俺はお前自身が敵かそうで無いかを聞いてんだ。その自分が人間だったなんて言う嘘はともかく、そこが知れないとこちとら安心も出来ねぇんだよ」

 

「………………」

 

「早く答えな。沈黙は敵である事を自ら肯定していると見なすぜ」

 

「ちょっとエレキモンったら……」

 

 場の緊張感が高まり、普段は温厚な性格であるベアモンも流石にムードの悪さからエレキモンに制止の声を掛ける。

 

「この子は敵でも無いし、嘘も吐いていないと思うよ?」

 

「何?」

 

 ベアモンの告げた言葉に、エレキモンは何か根拠があるのかと問い返す。

 

 言葉を思考する事も無く、ベアモンは自身が思った事をそのまま口に出して伝える。

 

「だってさ、僕らがこの子の立場になってみ? いきなり別の世界に来て、知らない生き物を見たら誰でも驚くけど……敵意も向けていない相手を敵にすると思う?」

 

「それが演技って可能性もあるだろ」

 

「あの様子で、初対面の相手に嘘を吐こうと考えるとは思えないけど?」

 

 エレキモンを説得するベアモンの脳裏に過ぎるのは、数刻前に見た独白を続けながら驚愕の形相で海面に映った自身の姿を見る恐竜デジモンの姿。

 

「僕なら、目を覚ました時に目の前に知らないデジモンが現れてたら驚いて、壁に頭をぶつけると思うな」

 

「……お前って、ホントこういう時には信用性のあることを言うよな……」

 

 流石にここまで根拠を突きつけられては敵わないのか、エレキモンはベアモンに対して返答をした後、視線を恐竜デジモンの方へと向ける。

 

「まだ納得してねぇけど、とりあえずお前が敵じゃないって事だけは信じとく」

 

「ごめんね。エレキモンって、いつもこうやって確認しないと安心出来ない所があるから……」

 

「……お、おぅ……」

 

 二人の会話の原因となった存在はただ、そう返事を返すしか出来なかった。

 

 思考がマトモに機能していないのか、はたまた状況に付いていけていないのか、その表情は何処か二匹に対して恐怖を感じているようにも見える。

 

 その感情に気付く事も無く、エレキモンは恐竜デジモンに対し、改めて声を掛ける。

 

「……で、自称ニンゲンだったらしいお前さん。これからどうすんだ?」

 

「どうするって……」

 

「見た所、行く宛が無いんだろ? 何も持ってないみたいだし」

 

 エレキモンの問いを聞いた恐竜デジモンは考える。

 

 爬虫類のような顔立ちの小さな頭で考えて、考えて、考え抜いたが……結局の所。

 

「……ああ、行く宛も帰る宛も無いな」

 

「せっかく助けちまったし、お前さんは悪い奴じゃないと信じるから言わせてもらうぜ」

 

 エレキモンは一度緩急を付けてから、考えを言葉にする。

 

「お前、俺らの住んでる町に来ないか?」

 

「……え? いいのか?」

 

「良いんじゃないかな? 僕は賛成だよ!!」

 

 思わずそう問い返した恐竜デジモンだったが、その問いを返したのはエレキモンでは無く、ベアモンだった。

 

「……じゃ、じゃあ……とりあえずお前らの町に行くよ。色々調べたい事もあるし……」

 

「これで決まりだな」

 

「それじゃ、予定より結構遅れたけど……帰ろうか、僕等の町……発芽の町へ!!」

 

 ベアモンはそう言って、大量の魚が入った自分用のバケツを右手に持つと、この場所まで続いていた今まで来た道を引き返し始めた。

 

「よっと……さて、帰るか。ちゃんと付いて来てくれよ」

 

 エレキモンは恐竜デジモンに背を向け、ベアモンの進路と同じ方へ歩を進め始める。

 

「ちょっと待ってくれ!!」

 

 その途中、恐竜デジモンはベアモンとエレキモンに初めて自分から声を掛けた。

 

「何?」

 

「一応、俺には名前があるから……自己紹介ぐらいはさせてくれないか?」

 

「……そういえば、名前を聞いてなかったな」

 

「ちょうど良いし、互いに自己紹介しようよ!!」

 

 ふと、疑問をぶつけるばかりで恐竜デジモンの名前を聞いていなかった事に気がついたエレキモンは、一度立ち止まると恐竜デジモンの自己紹介に耳を傾ける。

 

 ベアモンも赤い恐竜デジモンの方に視線を向け、それを確認した恐竜デジモンは、自身の存在の証である名前を明かす。

 

 

 

 

 

 

「俺の名前はギルモン。人間としての名前はコウエンユウキだ……よろしく」

 

「僕の名前はベアモン。まだ個体としての名前は無いけど……よろしくね」

 

「俺の名前はエレキモン。以下同文だ」

 

 こうして、三匹は出会った。

 

 美しい海の景色が見える砂浜の上で、当たり前のように輝くデジタルの太陽に照らされながら。

 

 日常は非日常へ姿を変え始め、物語はゆったりとした軌道に乗り始める。




今回の話で戦闘をさせるか、させないか迷ったりしましたが、結局させない事に。

とりあえず今回の話で、プロローグは終了の予定です。次回から第一章に入ります。

最低限のラインをひとまずは超す事が出来てよかったです……ただ、今回の話……何処か雑な感じがしますので、いつか修正して書き直す可能性が高いです。

……てか、今回の話は三人称よりも一人称で書いた方が書きやすいと思った(子並感)


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電子世界にて――『そして一日が終わる』

前回で序章は終わりだと言いましたね。すまん、ありゃ嘘じゃ。




 もうじきに日が完全に落ち、昼型のデジモンは住処に戻り、夜行性のデジモンが行動を開始する、そんな夕方のデジタルワールド。

 

 海での釣りを終え、三匹のデジモン一行は自分達の暮らす発芽の村へ歩を進めている――

 

「あ~!! やっぱり美味しいなぁ」

 

「ま、釣り立てで新鮮な状態だしな。美味しくて当然だと思うぜ」

 

 ――はずなのだが、今は左右に林が見える獣道の上で食事中だった。

 

 食べている物はもちろん海で釣った魚で、バリボリと音を立てながらそれらを貪り食う姿はデジモン達からすれば普通の光景。

 

「………………」

 

 ニンゲンにとっては、動物園ぐらいでしか見る事の無い光景。

 

 うわぁ、とでも言わんばかりの表情で二匹を見ているのは、元は人間、現在は赤い恐竜のような姿をした爬虫類型デジモン――ギルモンのユウキ。

 

 人間だった頃から魚の生臭さに慣れていないのか、鼻をつまんで眉間(みけん)にしわを寄せている。

 

「ギルモ……ユウキ~? 魚食べたいなら、分けてあげるけど~?」

 

「い、いらない……」

 

 そんなギルモンの様子が視界に入ったベアモンが、自分のバケツにある魚を分けようと声を掛けるが、生魚を調理もせずにそのまま食べるという行為自体に、人間としての知性が拒絶反応を起こしてしまった。

 

 だが、デジモンとしての本能が口元からよだれを漏らすという形で出ている。

 

「口元からよだれが漏れてる奴の言う台詞では無いと思うぜ」

 

「こ、これはよだれじゃなくて……汗だ」

 

「へぇ~、お前は口から汗を出せるのか~、まぁ食いたくないなら仕方ないよな~」

 

 煽りも含めた棒読みの声でいじられ、ぐぎぎ、と歯軋りをする元一人の現一匹。

 

 実際の所、生魚をユウキが人間の理性の許容範囲で食べられる物に変える方法はあるし、その方法をユウキ自身も理解している。

 

 なら何故それをやらないのか、それもまた単純な理由で。

 

(元は人間だったのに、火の吐きかたなんで分かるわけないだろ……)

 

 火を吐けない竜などただのトカゲとは、まさにこの事だろう。

 

 自身の成っている種族の事をよく知っていてはするものの、それらを実際に行うにはどうすればいいのか、人間としてただ生きていただけのユウキには分からない。

 

 目の前で野菜スティックのように魚が処理されていく。

 

 必死に理性を振り絞ってガマンをしていたが。

 

「……ん?」

 

「おっ?」

 

「………………」

 

 二匹の視線がユウキに向けられる。

 

 より正確に言えば、空腹のサインを意味する音を鳴らした腹部へと。

 

 ただでさえ赤い体をしているのに、恥ずかしさでその顔を更に赤らめている辺り、空腹に対する自覚はあったようだ。

 

「腹、減ってんだろ?」

 

「………………」

 

「どういう暮らしをしていたかは知らないけどよ、空腹の時ぐらいそんな下らないプライドなんて捨てちまえ。ただ辛いだけだぞ?」

 

「……プライドとかそういう問題じゃねぇよ」

 

「? 何が」

 

 思わず問い返すエレキモン。そしてユウキは、その問いに対して自身の常識と言う名の答えを出す。

 

「……元は人間だったのに、簡単にデジモンの食習慣に馴染めるわけがないだろ。刺身でもないのに、生で魚を食べようとはとても思えない」

 

「要するに、食わず嫌いか? 味も知らないのに、そういう事を言うのは感心しねぇな」

 

「何とでも言えよ……とにかく、その状態の魚を食うつもりなんてないから放っておいてくれ……」

 

 思えば自分はデジモンに成る前、何をどのくらい食べてたのだろうか。

 

(……フライドチキンとか豚のしょうが焼きとか、もう食えないのかな……)

 

 自身の記憶を探っていくだけで、今まで食べた経験のある物のシルエットが脳裏に浮かび出てしまう。

 

 その度に、ユウキはただ深いため息をつく。

 

 すると。

 

「……むぐっ!?」

 

 突然ベアモンが自分のバケツから魚を一匹取り出し、ため息を吐いていたユウキの口に思いっきり突っ込ませる。

 

 そして、そのままベアモンはユウキの口を両手で閉じさせた。

 

「むぐぐ、ぐ~!?」

 

 ユウキは突然の行動に驚きながらも抵抗を見せる。

 

 それに対してベアモンは腕の力を強めながら、ただ一言だけ告げた。

 

「嚙んで」

 

「!!」

 

 やむを得ずベアモンの言う通り、口の中で魚を嚙み始める。

 

 味は海釣りの魚な事もあってかなり塩辛く、食感はあまり良い気分がしない生々しい感触。

 

 人間としての知性が、それら全てに対して不快感を表した。

 

 

 

 

 

 

 

(……あれ、旨い?)

 

 だが、実際は拒絶反応を起こすどころか不思議な事に、ユウキはそれらの要因を全て受け入れられていた。

 

 その理由をユウキ自身でも理解していなかったが、実際はデジモンに成った影響で味覚が変わっているのが原因だったりする。

 

 当のユウキはそれを理解する事も無く、ある程度嚙み解した魚を飲み込み終えた。

 

 それを確認したベアモンは、簡潔な質問をユウキに対して行う。

 

「どう? 美味しかったでしょ?」

 

「……あぁ」

 

「……お前、強引だなぁ。わざわざ直接食わせなくても良かったんじゃね?」

 

「結果オーライでしょ。喜んでもらえたみたいだしさ」

 

 予想に反して、それなりに満足感を得られたらしい。少し前のどこか苦しそうにしていた表情は、過去形のものとなって消し飛んでいた。

 

「……ベアモン」

 

「ん?」

 

 そして、今の気持ちを忘れない内に、ユウキはベアモンに知れた事を頼む。

 

「……もう少しだけ、貰ってもいいか?」

 

「……いいよ!!」

 

 バケツの中から、追加で二匹をユウキに手渡す。

 

 受け取ると共に、食欲のままダイレクトにかぶり付いた。

 

 バリッと骨を砕く音が聴覚に、肉を喰らうリアルな感覚が思考に伝わる。

 

 飲み込む度に、飢えていた食欲が満たされていく。

 

(……ここがデジタルワールドなんだとしたら、俺が元いた世界はいまどうなってるんだろう……)

 

 色々と考えるべき事は山ほどあるが、今はただ()える(うち)に食っておき、体力を(たくわ)えておくのが先決。

 

 二つのバケツにあった魚の量が最初の時から半分減った頃に、三匹は食事を終えたのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「もう暗いね~……」

 

「見ればわかるだろ。食事で以外と時間を食っちまったしな」

 

「うまい事言ったつもりなのかそれ……」

 

 食事を終えた後、三匹のデジモンは特に何事も無く村へと到着していた。

 

 デジタルの太陽は既に月に置き換わり、空は神秘的な星の輝きと万物を覆い隠す闇に包まれている。

 

「そういや村に帰ってこれたのはいいけど、ユウキはどうすんだ?」

 

「どうするって……え? 何か考えがあって連れて来てくれたんだと思ってたんだが」

 

「いや、村に住むって点はいいんだ。問題なのは、何処で寝るかって事だよ」

 

「……あ」

 

 さて。

 

 村に何事も無く帰ってきたのは良かったものの、問題はそれなりに残っていた模様。

 

 早速三匹は、よそ者であるデジモンを何処に住まわせるかと言う問題に直面した。

 

「長老の所にでも行ってみるか? 頭いいし、助けになってくれると思うぞ」

 

「長老かぁ……う~ん、もう時間も遅いし今日はやめておかない?」

 

「だがよ……俺はまだ会ったばかりの訳分からん奴を家に入れたくない。見知らぬ奴を何も言わずに受け入れてくれる家は、まず無いと思うぞ」

 

 よっぽど納得出来るほどの理由が無い限り、怪しい人物(デジモン)を住んでいる場所に同居させようと思う者はいないだろう。

 

 それは人間だろうがデジモンだろうが同じ事なのだ。

 

「う~ん……それならさ」

 

 だが、何事にも例外というのは存在するものでもある。

 

「ギルモンは僕の家に住んだらどうかな?」

 

「……え?」

 

「もうお前が馬鹿なのか図太いのか、分からんくなってきたよ」

 

 ベアモンの発言にユウキは思わず気の抜けた声を出し、彼の性格をよく知っているエレキモンも思わず頭を痛める。

 

 実際の所、ベアモン自身がユウキと同居する事を拒んでいるわけでも無かったため、驚くほどに早く問題が解決してしまった。

 

「ハァ、色々呆れちまうぜ」

 

(……何か、このエレキモンって色々と苦労してそうな感じがするな)

 

「じゃあこんな時間だし、俺はもう帰るわ……」

 

「おやすみ~」

 

 エレキモンはもうベアモンを止めるつもりが無いのか、告げ口をした後に四つ足で自分の家に向かって駆けて行った。

 

 もう昼型のデジモンは眠る時間なのだろう、空がまだ明るい時間の時には見えたデジモン達の姿が少なくなっており、逆に明るい時間には見なかったデジモン達の姿が徐々に見え始める。

 

 無論、ベアモンもギルモンも昼型のデジモンだ。

 

「じゃあユウキ、僕らもそろそろ寝ようか」

 

「あ、あぁ……」

 

 ユウキはベアモンに付いて行く形で歩を進める。

 

 ある程度歩き、僅か二分程度の時間が経った頃には目の前に一軒の木造で扉の無い家があった。

 

 これだけオープンにしているというのに、誰にも荒らされたり物と盗まれた経歴などが見えない辺り、村の住人の中に悪いデジモンがいるわけでは無いようだ。

 

(人間の世界なら、物の見事に空き巣に入られていただろうなぁ……)

 

「おじゃましま~す……」

 

「いや、これ僕の家だからそんなに畏まる必要無いんだけど」

 

 そう内心で勇輝は呟きながら、ベアモンと共に家の中へと御邪魔(おじゃま)した。

 

 内部には特に目立った特長が無いが、逆に言えばとても住みやすい快適な環境とも呼べる印象を持てる。

 

 テレビや冷蔵庫といった電化製品の姿は無い。あるのは申し訳程度の本が並べられている本棚と、帽子やベルトを掛けるためのオブジェぐらい。

 

 まぁ、このように自然(ナチュラル)な空間の中に機械(マシン)があったらそれはそれで違和感を感じるのだが。

 

 ベアモンは持っていた釣り竿とバケツを壁の端に置くと、自身の腕と肩に巻いていたベルトを外し始めた。

 

「ふぅ~、今日も釣れたなぁ」

 

(……ベアモンのベルトって、取り外しが出来たんだ……)

 

 ユウキが内心で意外そうにしている間に、ベアモンは肩から腰にかけて巻いていた最後のベルトを取り外す。

 

 ベルトを外した事で目にする事になったベアモンの手はユウキから見て、小さい肉球のような物が見える熊らしい手で、その手に秘めた力が見ただけでは把握出来ないような印象があった。

 

「くるくるくる~……よっ、と!!」

 

(え、投げんのか?)

 

 ベルトを全て外し終えたベアモンは、次に頭に被っていた帽子を片手の指で器用に回すと、そこからスナップを効かせて帽子を投げた。

 

 投げられた帽子は見事に帽子掛けに帰還し、ベアモンは満足そうに頷いた。

 

「ふわぁ~……もう眠いや」

 

 全ての装備を外したベアモンは、部屋の奥に見える自然で作られたベッドの上で横になると、その体制のままユウキに対して言葉を発する。

 

「ユウキは……とりあえず、僕と同じベッドで寝てもいいから~」

 

「ハァ!?」

 

 警戒心を欠片も感じられないベアモンのあくび交じりの言葉に、ユウキは思わず芸人のようなオーバーリアクションを無意識の内に披露しつつ、驚きの声を上げた。

 

 と言うのも、ベアモンが眠るベッドに自分の体が入るスペースがあるにはあるのだが、ベアモンとの距離が僅か数センチの密着状態になってしまうほどの狭さなのだ。

 

「お、おい、流石にそれだと色々と危なくない……か……?」

 

「ぐぅ~……」

 

「ね、寝てるゥゥゥゥッ!? たった数秒間の間に夢の中へダイブしやがった!?」

 

 色々な問題点を指摘する前に、ベアモンは既に眠りの中へと入っていた。

 

 後に残るのは、静寂と状況に取り残された一匹の爬虫類型デジモンのみ。

 

「……どうしてこうなった」

 

 夜中の発芽の町にて、一匹の元一人がただ自問自答をするように呟いた。

 

 こうして、波乱の一日は終わりを告げたのだった。

 

 数多くの疑問や謎、そして明日への不安を確かに残しながら。




実を言えば、どこまでを『序章』にしようか迷ってたりするんですよね……とりあえず、この話で切っても良いのですが……

ひとまず、作者の思考次第で序章がどこで終わるかは変わりますとだけ言っておきます。

もっとも、流石にこれで序章は終わりだと思っていますが。


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第一章 ―嵐の前の三日間 digital side― 電子世界にて――『安眠出来ない寝起きの朝』

最近、文字数が5000字に届かなくなってきました……物語はちゃんとナメクジレベルで少しずつ進んではいるんですが、やはり気にしてしまいますね。

今回は3500字ぐらいですし……むむむ。ところどころ地の文を加えられそうな所を探しているのですが。

と、いうわけで。

今回から後書きにちょっとした物を用意しました。




 月が太陽に置き換わり、自然の摂理のままに世界(デジタルワールド)の時刻は朝へと転じる。

 

 夜明けの光がベアモンの家の中を穏やかに照らし、それによってユウキは目を覚ます。

 

「……朝か」

 

 外の明るさを確認すると気だるそうに体を起こし、両手を上げて背伸びすると共に大きな欠伸(あくび)が出る。

 

 それらはユウキにとって、普段通りの動作で普段通りの日常の始まりを意味するものだった(・・・)

 

 ほんの、一日前までは。

 

「……夢オチじゃない、か……」

 

 夢ならば、今自分を取り囲んでいる状況にも納得する事が出来ただろう。

 

 だが、これは夢ではなく現実(リアル)

 

 ふと自分の後ろを見れば、自分に寝床を与えてくれたデジモンである、青み掛かった黒色の熊のような外見をした獣型デジモンのベアモンが、平和そうに鼻先からちょうちんを出しながら眠っているのが見える。

 

 思わず、深いため息が出た。

 

(至近距離に怪しい奴が居るってのに、バカっぽい奴だな……)

 

 ユウキはそう内心で呟くが、そんな事は幸せそうに笑顔まで浮かべて寝ているベアモンには関係無い。

 

 ふと、自分とベアモン以外この場に居ない事を思い出すと、ユウキは自分の体をじっくりと確認する。

 

 指はニンゲンのように肌色の五本指ではなく、三本の白く鋭い爪の生えたもの。不思議な事に、指のように細かく自分の意志で動かせる。

 

 試しに握り拳を作ろうと意識してやってみると、まるで百円で遊べるUFOキャッチャーのアームに少し似た形になった。殴打(パンチ)に使えるかどうかは実際にやってみなければ分からない。

 

 足は前に三本、後ろに一本の爪が生えているが、こちらは大して実用性があるわけでも無さそうだ。使えるとすれば踵落(かかとお)としぐらいだろう。

 

 尻尾に関しては、まだ慣れていないが多少は動かす事が出来るようだ。

 

(……とりあえずは、何とかなるもんだな)

 

 人間としての記憶による補助もあって、身体の動かし方は本能的に分かった。

 

 問題点があるとするなら、まだ(・・)デジモンとしての『攻撃手段』が格闘ぐらいしか使えない事だ。

 

(にしても、何でこうなったんだ? 昨日は色々ありすぎて考える余裕が無かったけど……)

 

 自分が何故デジモンと言う、人間からすれば架空上の存在に成ったのか。

 

 それに関しては現状だと調べようが無く、持っている知識から作り出される想像ぐらいしか手がかりと呼べそうなものは無かった。

 

 もしユウキの記憶にある『アニメ』と同じ理屈ならば、この世界に来た理由は『選ばれたから』で説明はつくだろう。

 

 だがその『アニメ』の中には必ず、ある『アイテム』が存在していた。

 

(……デジヴァイス)

 

 架空の設定上では、デジタルワールドに選ばれし者の証。

 

 闇を浄化する、聖なる力を秘めた情報端末(デバイス)

 

 それが今自分の手元に無い以上、自分が『選ばれて』来たわけで無い事は明確だった。

 

(そもそも、俺は公園であの青コートの奴に気絶させられたんだったよな。それが何で、異世界に転移なんて結果を招いてるんだ?)

 

 分からない、未知の部分が多すぎる。

 

 手がかりになりそうなのは、やはり最後に出会った人物ぐらいだが、青いコートを着ていたという事と肌が恐ろしいほどに冷たかった事ぐらいしか覚えていない。

 

(……訳が分かんない)

 

 自分は何故ここに居るのだろうか。

 

 この世界で何をすればいいのだろうか。

 

 両方の前足で頭を抑えながら自問自答するが、やはり納得のいく答えは得られない。

 

「……クソッたれが」

 

 ユウキはベアモンを起こさないように静かに、それでもキリキリと奥歯を噛み締めながら、苛立ちに満ちた声で呟く。

 

 その言葉に、自己満足以外の意味は含まれていない。

 

 続けて呟いた言葉が、彼の現状(いま)を物語っていた。

 

「やれる事が無い……」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 一方、エレキモンは赤色と青色が混ざった体毛を早朝の風に(なび)かせ、朝の眠気を残した呆け顔をしたまま、ベアモンの家に向かって哺乳類型デジモンの特徴とも呼べる四足を進めていた。

 

「ふぁ~、ねみ~……」

 

 まだ起きたばかりだからか、やはりまだ眠いようだ。

 

(……ったく、昨日面倒そうな奴を拾っちまったせいで面倒な事になったなぁ。村に来る事を提案したのは俺だけどよ……)

 

 内心で自分の行いに後悔しつつも、四足を止める事無く考える。

 

(確か、アイツの種族名はギルモンっつ~言ってたな……んで、個体名(コードネーム)はコーエンユウキねぇ……)

 

 種族としての名前だけでなく、個体としての名前も持っていて。

 

 自身の事をニンゲンと言い、何処かデジモンとしての違和感を感じる怪しいデジモン。

 

 村に来るように提案したのは単に助けるためだけでは無く、その危険性を実際に確かめるため。

 

個体名(コードネーム)を持つって事は、どっかの組織に所属してたって事なのかね……)

 

 この世界(デジタルワールド)において、個体名(コードネーム)とは組織や友達など信頼関係を持つ相手との(あいだ)で自身の一個体としての存在を示す暗号のような物である。

 

 種族としての名前は、デジモンならば誰もが生まれた時から知っている。

 

 だが自分の姿を見て、それを信じられないような反応を見せる相手を見たのは、エレキモンにとって初めての光景でもあった。

 

(……アイツ、マジでニンゲンなのか……?)

 

 先日ベアモンの言っていた通りならば、彼は本来デジモンではなく人間だった(・・・)と言う事にもなる。

 

 だがエレキモンの知る限り、人間がデジモンに成るなどと言う話は、伝説や神話などの御伽噺が書かれた文書でも見た事が無い。

 

(デジモンに『進化』する文書なら知ってるが、デジモンに『変わる』なんて出来事は文書ですら出て無いぞ……?)

 

 進化と変化。

 

 頭の文字以外は一致している似た言葉ではあるが、その意味はまったく異なる物だ。

 

(ベアモンは割とマジに、アイツの事をニンゲンだと信じちまってるが……判断材料が少なすぎる)

 

 疑問の原因となっている者が悩んでいるのと同じように、デジモンとしての常識を持つ彼も悩みに悩んでいた。

 

 だがその疑問を解決する事が出来るわけも無く、やはり答えは出ない。

 

(……とにかく、この事は町長にも聞いてみるか)

 

 内心でそう呟きながら、エレキモンは四足をベアモンの家に進めるのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ユウキはベアモンが起きるまでの間、ベアモンの家の中にある物を興味本位で見てまわる事で暇を潰していた。

 

 結局の所、一匹で考えていても何も解決しない事を悟ったのだろう。

 

(場所が場所なだけあって、自然の物から作られた物しか無いな……)

 

 周りにあるのは木で作られた物ばかりで、家の中というのにまるで外に居るような錯覚すら覚える。

 

 扉が無いのは単に素材不足なのか、それとも別の意図があるのか、はたまた面倒くさいだけなのか、元は人間だったユウキには分からない。

 

 そしてその家に住んでいるベアモンの心境も、全く理解する事が出来ない。

 

「……ハァ」

 

 思わずユウキは、この世界に来てから何回目になっただろうか覚える気も無いため息を吐いていた。

 

 そんな時、まるで救いの手を差し伸べるようなタイミングで家の入り口から一匹のデジモンが顔を見せる。

 

 それはエレキモンだった。

 

「う~っす、どっかのバカと違ってお前は早起きだな」

 

「心配事とか色々多すぎて、安眠出来なかったんだよ。正直あと一時間は寝ていたい気分だ」

 

「ふ~ん……ま、そういう気分になってるところ悪いけど、ちょいと俺と一緒に来てほしいんだが」

 

「……何でだ?」

 

 エレキモンの発言に対して、ユウキは率直な疑問を投げかける。

 

「お前がいつまで住むつもりなのかは知らないが、町に住む以上は町の長に顔を見せとかないとダメだろ」

 

「……要するに、顔合わせか」

 

 デジタルワールドでの足がかりとなる物が現状では無いため、しばらくはこの町にお世話になる。

 

 だが勝手に住まう事は流石に拙いのだろう。ユウキは面倒くさそうに思いながらも納得し、エレキモンの言う町の長の家へと向かう事にしたようだ。

 

「ところで、このベアモンはどうするんだ? まだ寝てるけど」

 

「あ~そっか、コイツは寝てるんだったな……まぁいいだろ」

 

「いいのか?」

 

「いいんだ。コイツを起こすだけでも時間が掛かるし」

 

 いまだに眠りの世界でお花畑な夢でも見ているのだろうベアモンを余所(よそ)に、ユウキはエレキモンと共に家の入り口と出口を兼ねた穴から外に出て行く。

 

「で、町の長の家ってのは何処に?」

 

「いちいち教えるよりは実際に行って見た方が早いと思うぜ。何より、滅茶苦茶分かりやすい目印があるからな」

 

「?」

 

 エレキモンの言葉の意味も分からないまま、発芽の町の町長であるデジモンと話をするために足をただ前に進ませる。

 

 今は先が見えない道でも、進むしか無いのだ。

 

 例えそれが自らを危険に晒すかもしれなくても、不確定要素だらけの迷路を確実に進むために。

 

 




本日のNG。

「ところで、このベアモンはどうすんだ? まだ寝てるけど」

「あ~そうか、コイツはまだ寝てるんだったな。……よし、ちょっと待ってろ」

 そう言ってエレキモンはベアモンの部屋に保管されていたのか、それとも自分で隠し持っていたのかガムテープを両手に準備し出す。

「……え、何をする気なんだ?」

「まぁ見てなって」

 明らかに悪戯が大好きそうな悪ガキの表情をしているエレキモンは、ガムテープをベアモンの閉じられているまぶたと口に貼り付ける。

 次に、またもや何処から取り出したのか分からないネズミ取りをベアモンの手元と足元の辺りに複数設置する。

「さて、行くか」

「……あ、あぁ……」

 二匹はベアモンが起きない内に、ひそやかに家の中を出る。





「ん~!!! ん~ッ!!!???」

(うわああああ何これ何も見えないよおおおお、って痛ったあああああ!? 何かが僕の手を挟んでる!! なぁにこれぇぇぇぇぇぇ!?)

 数分後、ベアモンの家から当然の如く悲鳴が聞こえたが、町長の家に向かったエレキモンは内心でガッツポーズを決めたのだとか。

「……どやぁ」

 
 NGその1『もしもエレキモンが公式設定通りの悪戯好きだったら』

 


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電子世界にて――『町で一番エラいデジモン?』

文字数が5000字に届かないのも問題ですが、なかなか物語が進まないのもまた問題。

ある意味、俺の小説の場合は『■話』とかではなく『■ページ』のような感じかもしれません。

それはともかく、10日近く執筆をサボっていてすいませんでした。


 ベアモンの家から出て、早数分後。

 

 二匹は発芽の町で最も大きな木造の家の前に来ていた。

 

 誰でもここが町長の家だという事が解るようにするためなのか、入り口の左側には大きく『ちょうちょうのいえ』と書かれた看板が設置されている。

 

 ひらがな表記なのは、まだ子供のデジモンにも解るようにするためなのか、それともこの町の町長の知能レベルがそういうレベルからなのか、ユウキには分からない。

 

 と言うか元は人間だったのだから、デジモン達の常識にツッこみを入れるだけ無駄だろう。

 

 内心で不安になりながら、エレキモンと共に町長の家らしき建物の中へ入り口から入る。

 

 中はベアモンの家と比較するとかなり広く、机や本棚といった人間界にも存在する木造の生活用品が揃いに揃っている、住む事に不足している要素が見当たらない家のようだ。

 

 二匹の視線の先には、大きな樹木のような外見に腕を生やしたような姿のデジモンが居た。

 

「町長」

 

 エレキモンは早速、数歩前に出てそのデジモンに声を掛けた。

 

 この発芽の町の町長と思われるデジモンはその声に反応すると、その手に持った木の杖を使って器用に体の向きを二匹の方へと向ける。

 

 後ろ姿だけでは分からなかったが、黄色い瞳の目を持った不気味な人面がそのデジモンには存在していた。

 

「……っ」

 

 ユウキにはそのデジモンの姿に覚えがあった。

 

(……ジュレイモン!?)

 

 町の長と言うだけあって強いデジモンである事はユウキにも予想出来ていたが、実際そうだったらしい。

 

 彼はベアモンやエレキモンといった『成長期』のデジモンより二段も上のランクに位置する『完全体』のデジモンだ。

 

 その姿をユウキはアニメぐらいでしか見た事は無いが、実際に目にしてみると存在感が明らかに違っていた。

 

 体の大きさもあるが何より、自分とは生きた時間のケタが違う事を、目にしただけで理解出来るほどの風格を放っていたからである。

 

 もっとも、外見からしても老人くさいのだから当然なのかもしれないが。

 

 ユウキは思わず息を呑むが、ジュレイモンはエレキモンの姿を見ると共に老人のような口を開いた。

 

「お主は……あぁ、ガレキモンじゃな」

 

「エレキモンです。ホントに居そうなのでその間違いはやめてください」

 

「……おぉ、そうじゃったな」

 

 外見通りにお年なそのジュレイモンが言い放った天然染みたボケに対して、エレキモンは電撃の如き早さでツッコミを入れる。

 

 そのツッコミで間違いに気付いたジュレイモンだったが、エレキモンはそのノリでコント染みた会話になってしまう前に自分の方から口を開く。

 

「今回はちょいと野暮用で来たんです。主に、俺の隣に居るコイツの事で」

 

「……む?」

 

 エレキモンはそう言うと共に振り向き、自分の斜め後ろで緊張した目をしていたユウキを前足で指差す。

 

 植物型デジモンは疑問の声を上げつつ、視線をエレキモンからギルモンのユウキへと向けた。

 

「そこのギルモンの事かの?」

 

「はい。名前(コードネーム)があるらしくて、コーエン・ユウキって言うらしいです」

 

「ふむ……それで?」

 

「ちょいと事情があって、コイツをベアモンの家で住まわせてほしいんです」

 

「……何故じゃ?」

 

 スラスラと並べられたエレキモンの言葉に、植物型デジモンは町長として当たり前の疑問を返す。

 

「コイツは昨日、俺達が海で釣りをしてた時に、溺死しかけの状態で偶然見つけたデジモンなんです。何とか救助したんですが、コイツは行く宛も帰る宛も無いらしく……一応怪しい奴では無いんで、ひとまずこの町で住まわせてやりたいんです」

 

「ふむ……それで、何故ベアモンの家を指定したのじゃ?」

 

「コイツを助ける事を真っ先に決めたのが、ベアモンだからですよ。アイツ自身もコイツを自分の家に迎え入れる事に異論は無いはずですし……」

 

 エレキモンの証言を聞いたジュレイモンは、一度目を閉じて思考をするような仕草を見せると、返答が決まったように目を開き言葉を発する。

 

「……深くは聞かないでおこうかの。良かろう、そのギルモンがこの町で暮らす事を許可する」

 

「あざっす」

 

「……ふぅ」

 

 ひとまず住む場所が確保出来たユウキは、安心したように胸を撫で下ろし、緊張感を吐き出すように深くため息を吐いた。

 

 尤も、まだ問題は山積みなのだが。

 

「……町長さん」

 

「……む? 何じゃ?」

 

 それ故に、ユウキは勇気を出してジュレイモンに声を掛ける。

 

 少しでも手がかりを得るために。

 

「『人間』について何かご存知無いですか?」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 一方、ギルモンとエレキモンが町長と話をつけていた頃、新たに一匹を迎え入れる事となる予定の家の持ち主はと言うと。

 

「いない……?」

 

 自分と一緒に眠っていたはずのデジモンが、家の中から消えている事に対して疑問形で呟いていた。

 

 眠そうにたれ下がった目蓋のまま、理由を予想するために思考を働かせる。

 

(……もしかして、エレキモンが連れていったのかな。僕も起こしてくれたら付いて行ったのに)

 

 眠っている間に物事は進んでいた事に気付いたベアモンは、不服そうにほっぺたを膨らませながら内心で呟く。

 

 当の本人達が町長の家に向かった事をベアモンは野性の勘で予想出来ていたのだが、だからといって自分が今向かった所で後の祭りだろう。

 

 ならば今の自分に出来る事とは何か。

 

 それを考えようとしていた、その時だった。

 

「……おなかすいた……」

 

 まるで思考を断ち切るように、ベアモンの腹から空腹を意味する効果音が鳴る。

 

 それと共にベアモンの視線は、昨日帰ってから部屋の隅に置いて放置していたバケツの方へと向けられる。

 

「…………」

 

 食欲のままにバケツの中を覗き込むと、眠そうにたれ下がっていた目蓋が一気に開かれた。

 

 思わず無言になったベアモンは、右手を自身の額に押し付けてから一言。

 

「……お~まいがぁ~……」

 

 釣っておいた魚が昨日の帰り道で、自分の分だけではなく赤色の大飯喰らいの分まで消費したおかげで、もうバケツの中には先日釣った魚の八割が胃袋(いぶくろ)逝きとなっていたのだ。

 

 また海に向かい、釣りをすれば魚を手に入れる事は然程難しい事では無い。

 

 だが、その海岸は発芽の町から一時間近くの時間を必要とする距離があり、現在ハングリーなお腹をしているベアモンには、そこまで向かおうと思える気力は存在していなかった。

 

 ベアモンはひとまず、バケツの中に僅かに残っていた雑魚を一匹、また一匹つまみ取り、少しでも空になった腹を満たす事に専念する。

 

 しかし、雑魚ではたった数匹食べた所で腹八分目にすら届くはずもなく、バケツの中に残っていた魚を全部食べたベアモンは自分のお腹に左手のひらを当てていた。

 

「……う~ん」

 

 困ったように声を出しながら、この事態をどうやって解決するかを考える。

 

 また空腹の脱力感が襲ってくる前に。

 

「……よし、昨日は海に行ったんだし、今日はそうしよう」

 

 やがて、ベアモンは方針を決めたように頷くと右手の爪を一本だけ地面に突き立て、何かを画くようになぞり始めた。

 

 気分をラクにするために、ポップなテンポの鼻歌を漏らしながら。

 

 やがて土をなぞり終えると、ベアモンは普段通りにベルトを両腕と肩に巻き、五文字のアルファベットが書かれた愛用の帽子を後ろ向きに被り、一度体慣らしをした後に家を出た。

 

「……美味しいのがあればいいな~」

 

 願望を呟きながら、腹ペコ子熊は食料を確保するために町の外へと出るのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「人間について、じゃと?」

 

「はい。何かご存知無いでしょうか?」

 

 ジュレイモンはユウキの問いに対して、当然の反応を見せていた。

 

 しかし、何か事情があるのだろうと察したジュレイモンは、特に考える事もなく即座に言葉を返す。

 

「存じているも何も、それはおとぎ話で活躍する伝説の勇者の種族の事じゃろう? それがどうしたのじゃ?」

 

 ジュレイモンの返答を聞いたユウキは、特に素振りを見せずに内心で思考を練ると、自分の最も聞きたかった質問をぶつける。

 

「……それじゃあ、その人間がデジモンに成った話とか、記録とかは無いんですか?」

 

 またもや意外な問いが来た事に大して、素直に疑問ばかりが脳裏に浮かぶジュレイモンだったが、返す言葉を選ぶとそれを淡々と告げ始める。

 

「……ふむ、面白い事を言うのう。じゃがワシは長生きした中でも、人間がデジモンに成ったという記録が記された書物を見た事も無ければ実際にそういう事があったと言う話も聞いた事が無い。仮にそのような事が出来る存在がおるとしても、それは神様ぐらいじゃろう」

 

「神様……?」

 

「そもそも、人間と言う生物自体が多くの謎に包まれておるのだから、ワシには理解しかねるのじゃよ。実際に会えるのならば、生きている内に一目見てみたいものじゃな」

 

「……そうですか」

 

「ワシから言える事はこれだけじゃ。ワシの家には色々なおとぎ話の書物が置いてあるから、気が向いたら読んでみるとよいじゃろう」

 

 そこまで言った所で、ユウキとジュレイモンの会話は終わった。

 

 エレキモンも家に来た時には町長であるジュレイモンに質問をしようと思っていたが、先に問いを出したユウキが自分の聞く予定だった事を大体聞いてしまっため、わざわざ自分も話題を出そうとは思えなかった。

 

 兎も角、この家に来た当初の目的は全て終えたため、二匹はもうこの家に居る必要も無い。

 

「それじゃあ町長、今回はありがとうございました」

 

「うむ。また何時でも来るといい」

 

 エレキモンは一度ジュレイモンに声を掛けた後に、ユウキは礼儀正しくおじぎをした後に、町長の家から外へと出た。

 

 望みどおりの回答も得られず、自分が人間からデジモンに成ってしまった原因を知る手がかりは大して掴めなかったが、ユウキの表情はそこまで暗くなってはいなかった。

 

 早々に手がかりが掴める事など無いと、薄々気付いていたからだ。

 

(……まぁ、生きている限り何か手がかりは掴めるだろ……生きている限りは)

 

 内心でそう呟いたユウキだが、やはり多少は残念なようで深いため息を吐く。

 

 そんなユウキに、同行者であるエレキモンは声を掛ける。

 

「なぁ、とりあえずベアモンの家に戻らないか? そろそろアイツも起きてるだろうし」

 

「……だな。用も済んだし、戻ろう」

 

 そう返事を返し、ユウキはエレキモンと共にベアモンの家へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それから約五分が経ち。

 

「……なんだこりゃ」

 

 ベアモンの家に戻ったユウキとエレキモンが目撃したのは、土の床に画かれた複数の記号だった。

 

 細長い四角の上に大きめの三角を乗せただけの物が複数書かれた、その単純な印の意味は、元人間のユウキにすら理解出来るほどに簡単で、何より自分の向かった先の事を示しているのならば、それ以外に思いつく場所は存在しなかった。

 

『……森?』

 

 

 

 




 本日のNG。

 町長の家へと向かう途中、エレキモンはどうしてもユウキに聞きたかった事を聞いていた。

「そういやお前さ、夜中でベアモンと一緒でなんとも無かったのか?」

「え? 特に何も無かったはずだけど、何か問題があったのか?」

(アレ? アイツって、寝る時に何かを抱き枕代わりにするクセがあったはずなんだが……)




「えへへへ~……もう食べられないよぅ……」

 自分の家の中で、何とも平和そうに夢を見ながら眠っているベアモンの口元から、意味深な言葉が漏れていたのはきっと気のせいだろう。

 NGその2『ベアモンの寝相』


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電子世界にて――『空腹は食欲に忠実?』

相変わらず5000字の壁が厚い。何で最近は越えられなくなったんだろ。

そして何より、一つの話でのストーリー進行度が圧倒的に短いッ!! 

もう連載再始動から一ヶ月以上経って、未だにリメイク前よりストーリーが進んでいないってどういう事なの……。

出したいキャラクターとか書きたい話が大量にあるのに、それを実行出来ないのがホントに苦痛。


 此処は、発芽の町から十分ほどで到着する小さな森の中。

 

 前後左右に茶色い(みき)の木々が多く並び、風が吹くと心地よい音が耳にささやき、緑色の落ち葉が低空を舞う。

 

 ベアモンは一匹、視界に映る緑色のグラフィックを楽しみ、鼻歌を交えながら歩を進めていた。

 

 獣型のデジモンである自分に最も適した環境に居るからか、とてもご機嫌な様子だ。

 

「ん~……やっぱり森の中はいいなぁ。気分が落ち着くし、果実は美味しいし」

 

 彼の掌には、森の中で拾ったのであろう赤色に熟された林檎(りんご)が、一部|欠けた状態で存在していた。

 

 視界を左右に泳がせて、食料となる果実を探しながら、彼は林檎を一口かじる。

 

 瞬間、林檎特有の甘酸っぱさが舌を通して味覚へ伝わり、それによる発生する満足感に表情を柔らかくしながらも「むしゃむしゃ」と食べ進める。

 

(早起きしてたらよかったなぁ。そしたら、ユウキやエレキモンも一緒に来れたかもしれないのに)

 

 つくづく自分の睡眠時間の長さに心の中でため息を吐くベアモンだが、睡眠という生理現象に対する解決策など、あるとすれば早寝早起きか、この世界には存在するかも分からない目覚まし時計というアイテムを使うぐらいしか存在しないだろう。

 

 寝なければいいじゃん、などという回答は当然ながらノーサンキューである。

 

 そのような事をしてみれば、きっと今は純粋な青少年の心を持っているベアモンが、昼型から夜型に変わってグレてしまうかもしれない。

 

 もしくは「寝ない子だぁれだ」と何処からか不気味な声が聞こえて、そのまま幽霊の世界に招待されてしまうかもしれない。

 

 前者はともかくして後者はとても考えられないが、何しろ物理法則も常識もひったくれも無いのがこの世界(デジタルワールド)なのだから、もしかするともしかするのかもしれない。

 

 まぁ、それはどうでもいい事なのだが。

 

 ベアモンは自分の手に持つ林檎を芯ごと噛み砕いて飲み込み終えると、ふぅ、と一息を入れる。

 

(そういやあの二人、もう僕の家に残しといた『アレ』を見てくれたのかな?)

 

 心の中でひっそりとベアモンは呟くが、彼自身は既に町長との会話を終えたユウキとエレキモンが、家の中に残された暗号を目撃している事を知らなかったりする。

 

(まぁ、ユウキっていうギルモンにはエレキモンが一緒に居るんだろうし、危険な所には行ってないでしょ)

 

 自分で出した問いに、自分なりのプラス思考で答えを出して解決させると、ベアモンは一度周囲を見渡し始めた。

 

 周りには樹木が並んでいるが、その殆どには食料となる果実が成っていない。

 

 空は普段通りに蒼く果てしなくて、白い綿のような雲が気ままなほどにゆったり流れている。

 

 平和だなぁ、とベアモンは内心で呟いていた。

 

 きっと自分が今まで見てきた青色の先には未知の景色が存在しているんだろうなぁ、と夢を描きながら。

 

(……そういえば、ニンゲンの世界ってどんな世界なんだろうなぁ……)

 

 ベアモンは思う。

 

 先日出会ったギルモンが本当に人間だったのなら、デジタルワールドとは別の、人間が住んでいる世界は実在するのだろうと。

 

 想像のままに風景や状況を妄想するだけでも、デジモンである彼の好奇心は強く刺激される。

 

(くぅ~!! やっぱりニンゲン界っていうのはおとぎ話じゃなくて、実際にあるのかなぁ……!!)

 

 考えが甘すぎるが、その理由は彼がまだ子供だからとしか言いようが無い。

 

 ニンゲンだろうがデジモンだろうが、子供という枠に収まっている間は夢を見る生き物な事に変わり無いのだから。

 

(帰ったら、あのユウキって子に色々聞いてみよっと)

 

 彼はゴム風船のように想像を膨らませながら、緑と茶の色が広がる森の中を進んでいった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ベアモンが食料調達をしているその一方で、帰宅後に質問ラッシュと言う名のイベントが待ち受けている事を一切知らない、赤色の大飯喰らいトカゲのユウキはと言えば。

 

「ベアモンの奴……昨日、森が最近物騒だって言った矢先に森に向かうなんてな……」

 

「対面して一日の俺が言うのもなんだけどさ、アイツって頭が悪いタイプなのか?」

 

 ベアモンの家で目撃した暗号と、エレキモンの思い当たりを宛にして森へと向かっていた。

 

 少しでもデジタルワールドでの知識を確保しておくために、自分とは違って生まれつきデジモンであるエレキモンと会話をこなしながら。

 

 実際のところ、家の持ち主が居ないとユウキがベアモンの家に住む事になった話とか、食べる物が無い自分はどうすればいいだとか、他にも色々と話さなくてはならない事がそれなりに多いため、仕方なくベアモンを捜索しにエレキモンと共に村の外へ出たというわけだ。

 

 ちなみに現状の話題は聞いての通り、これから同じ家で寝る事になるベアモンについての話題だったりする。

 

「いや、頭が悪いっつーか……どうだろうなぁ。アイツの考えてる事は俺にも理解出来ない時があるし」

 

「まぁ確かに、初対面の相手を即自宅に受け入れるなんて思考は理解出来ないな」

 

 ユウキのベアモンに対する第一印象は、それほど良いものとは呼べなかった。

 

 まぁ、初対面でいきなり躊躇する事も無く自宅に連れ込んだ上で、無防備に不審者を至近距離に寄せて寝るなどという人間からすれば非常識としか思えない行動を取られれば、そう思うのも仕方ないのだが。

 

 もし仮に、現在の状況を人間の世界で照らし合わせるなら……それはそれで、お茶の間のお子様諸君等にはとても見せられない図が容易に想像出来る。

 

「だろ? まったく苦労させられるよ……って、今回の場合は原因の一端にお前も居るんだが」

 

「そんぐらい自覚できてる。でもさ、それならお前の家に住まわせてくれれば良かったんじゃ?」

 

「あのな、俺はアイツほどお前の事を信用してねぇんだ。信用出来ない奴を、自宅に入れたりしたくない」

 

「ふ~ん、まぁ予想出来てたけど」

 

「予想出来てたんなら、わざわざ聞くなや……」

 

 そんな会話を交わしていたが、そのうち話題の内容に飽きを感じてきたのか、二人とも無言になる。

 

『………………』

 

 あまり良いものを感じられない空気が流れる中、別の話題を出そうと先に口を開いたのはエレキモンの方だった。

 

「あのさぁ、お前は結局の所……これからどうすんの?」

 

「どうするって言われても、何の事を聞かれてるんだそれは」

 

「これからの事だ。俺の予想だけど、お前は多分……自分がデジモンに成った手がかりとかを探すつもりなんだろ?」

 

 エレキモンの問いにユウキは「当然だ」と即答する。

 

 その返事を聞いたエレキモンも「やっぱりか」と言うと、そのまま言葉を紡ぐ。

 

「でも、俺が言うのもなんだが……町長でも解決出来なかったんだし、少なくともあの町の中では手がかりを掴む事は出来ない」

 

「……だろうなぁ。でも、だからって他に行く宛も無いし……独り旅をするのは流石に無謀だし」

 

 まだろくに戦う術も持たないのに、一匹でこの世界を渡り歩いていたら命がいくつあっても足りないだろう。

 

 強くなれば話は別だが、生憎一日前まで平和な世界で過ごしてきたユウキに戦闘経験などあるわけも無いので、トレーニングやら何やらで体を鍛える以外に出来る事は少ない。

 

 更に言えば、そんな事を毎日繰り返しているだけだと、一匹で最低限の安全を確保しながら旅するには何日かかるか分かったものでは無い。

 

「まぁ、そうだろうな……俺が言うのも何だが、無謀な独り旅は無条件の死亡フラグに変わり無いと思うぞ」

 

 何より……仮にこの広大な世界を旅をしたとして、手がかりを掴むまで何ヶ月かかるのだろう。

 

 独りで手がかりを掴める確率など、アニメや漫画でライオン顔のイケメンキャラクターが生き残る確立に等しいのだから、わざわざバッドエンドが予想出来る未来を選択しようとは思えない。

 

 だが、それなら何をどうすればいいのだろうか。

 

 今のユウキには、現状の打開策を思いつく事が出来ない。

 

 

 

 

 

 

「だけど、手が無いわけじゃない」

 

「……何?」

 

 そんなユウキに、エレキモンの言葉は希望とすら思えた。

 

「これはアイツと一緒の方が話しやすいから、今は言わないが……少なくとも、独りで旅するよりは数倍マシな手段だと思う」

 

「………………」

 

 思わず押し黙るユウキ。

 

 彼が手がかりを掴むための小さな希望を手にするのは、そう遠くない未来の話だったりする。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 それから数刻が経ち、現在進行形で森の中を食料調達という目的のために進んでいるはずのベアモンはと言うと。

 

「……あれは、もしかして?」

 

 またもや道端で拾ったのであろう緑色のキノコをもぐもぐと食しながら、およそ数十メートル先に見える樹木を見て静かに声を漏らしていた。

 

 ベアモンはキノコを一気に口へと放り込みながら、いち早く確認するために進行速度を歩きから走りへと変える。

 

「やっぱり……これはデジブドウの木だ」

 

 その木の枝の先には、紫色の小さな実が一つの房に大量に集まっている果物が多く見られ、それの味を知るベアモンにとっては素直に喜べる出来事だったりするようだ。

 

 ベアモンはどうやって、木の枝に成っている果物を採ろうと考える。

 

 木を登って採るというのも一つの手だが、彼は木登りがそんなに得意ではない。

 

 そんでもって下手をした結果、頭から落ちてギャグ漫画のように頭にタンコブを作るのも嫌なので。

 

「……よぉし、一発強いのをブチかますかな!!」

 

 そう言ってベアモンは一度深呼吸した後に自身の右手に握り拳を作り、そのまま腰を深く落とす。

 

 そして、木を貫くイメージを頭に浮かべながら、拳を前へと突き出した。

 

「子熊……正拳突きぃ!!」

 

 ドスッ!! と鈍い音が周辺に響き、正拳突きの威力で樹木が揺れる。

 

 それによって木に成っている果物の一部が根元近くに落ち、ベアモンはそれを一本回収……しようとした時だった。

 

「キィィィ!?」

 

「ん?」

 

 ベアモンの近くに、果物とは違う何かが悲鳴と共に落ちてきた。

 

 それは全身に稲妻の模様が刻まれた、幼虫のようなデジモンだった。

 

 どうやら枝の上に居たらしく、果実を取ろうとしたベアモンの行動のとばっちりを受けたようだ。

 

「………………」

 

 昆虫型デジモンの視線が、ベアモンを視界に捉えた。

 

 よく見ると、顔の部分にある稲妻の模様の形が少しずつ変化している。

 

「え、え~っと……」

 

 明らかにマズイ事をしたなぁ、と状況を察したベアモンが考え付いた謝罪の言葉は。

 

「……キィィィィィィィ!!」

 

 次の瞬間に響いた、昆虫型デジモンの悲鳴とも呼べる奇声によって掻き消されていた。

 

 そして、その奇声に反応したのだろう。

 

 周りの茂みや木から、まるで不法侵入者を見るような視線を一斉に感じる。

 

「……マジで?」

 

 周りの木から多くの視線を感じたベアモンは、自分自身に起きている危機的状況に冷や汗を流していた。

 




 本日のNG。

 ベアモンの周囲に、何十匹もの昆虫型デジモン(殆ど成長期)があらわれた!!

 この状況で、ベアモンが行える三つの選択肢はッ!!


 ①良い子のベアモンは起死回生のアイデアを思いつく。

 ②逃げる(しかし、まわりこまれた!!)

 ③ふるぼっこにされる。げんじつとはひじょうである。


「……あれ、詰んでる?」


 ベアモンは、めのまえがまっしろになった!! 

 NGその3「もんすたーはうす」


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電子世界にて――『虐待に見えなくも無い抵抗』





「ところでさ、ちょっと聞きたかったんだけど」

 

「何だ」

 

「お前、戦闘は出来るのか?」

 

 エレキモンがユウキにそんな問いを飛ばしたのは、森に入って数分ほどの時が経過した頃だった。

 

 突然の問いの内容に対して、少し考えてからユウキは返事を返す。

 

「殴る蹴るぐらいの事しか出来ない。マトモに戦ったことも無いし、あまり戦力にはならないと思う」

 

 嘘は吐いていない。

 

 ユウキ自身もギルモンという種族の持つ技を知っているため、戦闘における攻撃手段は理解している。

 

 だが、格闘ゲームを取扱説明書を見ずにプレイするのと同じように、技の『出し方』が分からないため、自分の意志で技を繰り出す事は出来ない。

 

 そして、彼自身が覚えている限り、実際の生物同士の戦いなど一切経験が無い。

 

 それ故にあまり期待されても困るので、ユウキは自分が『弱い』事を強調して返答した。

 

「そうか、最低でも格闘戦は出来るって事だな」

 

「何でいきなりそんな事を聞いたんだ? 大体の理由は察するけど、何か訳があるなら教えてくれないか」

 

 意味深な事を呟くエレキモンに、今度はユウキの方から問いを飛ばす。

 

 返事は、意外と直ぐに帰ってきた。

 

「いや、野性のデジモンに襲われた時とか、わざわざ俺が護ってやる必要があるのかと思ってな。格闘戦が出来るんなら、自衛ぐらいは出来るんだろ?」

 

「……まぁ、多少は」

 

「それならいい。自分の身ぐらいは最低限自分で守ってくれよ? オレは知り合いのために命張れるほど、お人よしじゃねぇんだから」

 

 エレキモンはそう言って話を閉めようとしたが、疑問に思う事があったのか、ユウキは自分から別の問いと飛ばす。

 

「……そういや、大丈夫なのか?」

 

「何がだ」

 

「この森の事は知らんけど、野性のデジモンが生息しているんだよな? もし仮にあのベアモンが、一度に多数のデジモンに出くわしたら、そんでもって戦いに発展したら、アイツは大丈夫なのか?」

 

 実際、現在進行形でそういう事態になっていたりするのだが、質問したユウキ自身も質問されたエレキモンにもそれは分かっていない。

 

 実際にあり得る事態とも思ったのか、その問いに対してエレキモンは、う~んと声を漏らす。

 

「……まぁ、大丈夫だろ……多分な」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 で、そんな二匹に不安を抱かせている主な要因であるベアモンはと言えば。

 

(う~ん、どうするかな。なんか僕の事を明らかに『敵』と認識しているみたいだし、話し合いとかでどうにかできる状況じゃあないよね……)

 

 意外にも、すごぶる余裕を持っていたりする。

 

 自分に敵意を向けて鳴き声を上げている幼虫型のデジモン――クネモン達に対して罪悪感を感じ、攻撃を躊躇う程度には。

 

 無論、そんな心情をまったく知らないクネモン達は、容赦無く『味方ではない』ベアモンに対して攻撃の態勢をとっており、一匹が自身のクチバシから幼虫らしく糸を吐き出そうとする。

 

「エレクトリックスレッド!!」

 

 だが、その放たれた糸は帯電しており、糸というよりは一種の電線に近かった。

 

 ベアモンは素早く横に動く事でそれを避けるが、今度は別のクネモンが木の上から避けた方向へと糸を放つ。

 

「くっ!!」

 

 咄嗟に地面を転がってそれをかわすが、逃がさないと言わんばかりに別のクネモンが時間差攻撃で糸を放つ。

 

 そのサイクルが連続して行われ、何とか避けているベアモンだったが、最早戦闘行為は避けられない状況に追い込まれていた。

 

 放たれた糸は地面にしつこく電気と共に残っており、足場を少しずつ狭めている。

 

 クネモンという種族が必殺技として吐き出す糸が帯びている電気には、成長期レベルのデジモンなら確実に気絶させる電力が備わっている。

 

 普段から日常生活の中で、ボケに対するツッコミという形でエレキモンの電撃をくらっているベアモンだが、触れてしまえば意識を刈り取られてしまう可能性のほうが高い。

 

(このままだとマズイなぁ……戦うのは嫌いだけど、甘い事を言えるラインは既に過ぎちゃってるし……やっぱり、戦闘力を奪う以外に安全策は無いか。逃げる事はこの状況だと厳しいし)

 

 ベアモンは糸を避けながら目を泳がせ、自分自身に敵意を向けているクネモンの数と位置を見直しだす。

 

(木の上には三匹、地上には四匹かぁ……)

 

 視界に映る合計七匹のクネモンが、時間差攻撃で自分に襲い掛かっている。

 

 それを知ったベアモンは、最早背中を見せて逃げる事は難しい事を察する。

 

(……仕方が無い)

 

 徐々にその目は闘志を示し始め、握る拳にも力が入り始める。

 

 視線で最初の標的(ターゲット)を定め、短時間で戦闘を終わらせるために頭の中で戦術を練る。

 

 そして、ある程度の未来設計を整えると、ベアモンは右足に力を入れ、一気に前方へと駆け出す。

 

「子熊正拳突き!!」

 

 視界に入っている帯電した糸を掻い潜って回避すると、ベアモンは上にクネモンが乗っている木の一本に向かって、()()()()の正拳突きをおみまいする。

 

「キィィィ!!」

 

 デジブドウを採った時以上の揺れが発生し、木の上にムカデのようにしがみ付いていたクネモンの一匹が、悲鳴を上げながら落ちてくる。

 

 ベアモンはその落ちてきたクネモンの頭部に向かって「ごめんね」と呟きながら拳骨を決めると、目と思われる部位のすぐ上にある触角らしき部位を両手で掴む。

 

「……悪いけど、相手の力量も理解せずに、本能のまま襲い掛かった君達にも非はあるからね?」

 

 頭の上でヒヨコがぐるぐる回っている状態のクネモンを、ベアモンは鈍器(ヌンチャク)を使うかのように軽々しく振り回しながら、今度は地上で今起きている状況に戸惑っているクネモン達に向かって突撃を開始する。

 

 クネモン達もそれに気付いて反撃しようとするが、直撃コースの糸のほとんどはベアモンが鈍器代わりに使っているクネモンの方へと絡まっていく。

 

 彼等自身はその電気を帯びた糸の上を進行出来るように、体に電気に対する耐性を持っているが、この場合は彼等自身にとって利点にはなっていない。

 

 電気を帯びた糸がベアモンの方に届く前に、自分達の同族が盾のように使われているせいで全く電気が効いていないのだから。

 

 振り回されている幼虫の稲妻模様が涙を表すようなカタチへと変化しているのは、きっと気のせいだろう。

 

「ほいさぁっ!!」

 

「ギィッ!?」

 

 両手でとにかく振り回し、ベアモンは地上にいるクネモン達をボカスカと無双感覚で蹴散らす。

 

「ちょいさぁっ!!」

 

「ギィィィ!!」

 

 そこから更に、ベアモンは両手に思いっきり力を入れると、木の上から攻撃しているクネモンの一体に向かって鈍器代わりにしていたクネモンを投げた。

 

 見事に縦回転を描きながら激突し、二匹のクネモンは茂みの中へと落ちる。

 

 ベアモンは地上でのびている別のクネモンを、再び鈍器代わりに掴むと、次の狙いを絞り始める。

 

 まさに、クネモン達にとっては地獄絵図だった。

 

 少し前まで自分達の方が優勢だったのに、いつのまにか狩る側と狩られる側が逆転していたのだから当然なのだが。

 

 ベアモンにクネモン達の心境は詳しく分かっていないが、少なくとも自分に恐怖している事だけは理解出来た。

 

 故に、確かな威圧感を含んだ声を視線でベアモンはクネモンに告げる。

 

「……まだやるなら、君等もこの子みたいにやってあげるけど、どうする?」

 

 既に戦闘可能なクネモンの数は最初の半分以下にまで減っており、残りは三匹。

 

 そして、ベアモンの手にはまた別のクネモンが鈍器として触角を掴まれている。

 

「キ、キィィ……」

 

 思わず、数少ない地上に残っていたクネモンが後ろにたじろぐ。

 

 流石に、逃げようとする相手に追い討ちを仕掛けるほどベアモンも鬼にはなれない。

 

 故に、立ち向かってこない限りは自分から手を出さない。

 

 だが、野生の世界はそう甘くない。

 

『キィィィィィィ!!』

 

「!?」

 

 追い詰められたクネモン達は突如、遠吠えのように奇声を発し始めたのだ。

 

 突然の高音量に思わず、ベアモンは耳を両手で塞ぎ目を細める。

 

 だが、クネモン達は奇声を発した後、ベアモンに背を向けて一目散に逃げていった。

 

「? 逃げた……?」

 

 ただの威嚇行動だったのか、それとも何か別の意図があったのか。

 

 ベアモンは疑問を覚えたが、ひとまず戦闘が終わった事に対して安堵のため息を吐いた。

 

「災難だったなぁ……これだと、デジブドウは諦めた方がいいかも」

 

 結局、味を楽しみにしていた果実を口に出来なかった事に対してベアモンは残念そうに俯くが、すぐさま立ち直ると果実の成っていた木に背を向け、また別の食料を探して歩き始めようとした。

 

「……ん?」

 

 だが、歩き出そうとしたベアモンの足が突然止まり、ベアモンは背後に振り返って耳を澄ませる。

 

 遥か遠くの林から、ブーンとノイズに似た雑音がベアモンの耳に入ったからだ。

 

 音の発生源が視界に入っていないため、ベアモンにはただ疑問を覚える以外に無かったが、やがて音がどんどん大きくなっていくと、ベアモンは額に冷や汗をかき始めた。

 

「……まさか」

 

 そう呟いた時、既にベアモンは半歩ずつ後ろに下がり始めていた。

 

(……ヤバイ。こればっかりは本気でマズイ)

 

「お~い!! ベアモ~ン!!」

 

「……ん?」

 

 ベアモンは雑音とは別の声がした方へ顔を向けると、そこにはベアモンの事を探しに来ていたと思われるエレキモンとギルモンのユウキが、駆け足で近づいてきているのが見えた。

 

 だが、ベアモンの表情は喜びというより困惑の色を示している。

 

「……あのさ、この状況で来てくれた事が幸運なのか不幸なのか、よく分からないんだけど」

 

「おいおい、せっかく探しに来たってのにその言い草かよ。何かあったのか?」

 

 ベアモンの言葉に対して、エレキモンは不満そうに返しながら質問する。

 

 だが、その質問に対して返答するよりも早く。

 

「……てか、何だ? 向こう側から何か……ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキがそう呟くのと、ほぼ同時に林の向こう側からノイズの発生源は姿を現した。

 

 その外見は蜂のようで、背中から四つの目のような模様がついた紫色の禍々しい羽を持ち、黄色と青の硬い外殻に守られ、大きな鉤爪と毒針を持った昆虫型のデジモン。

 

 その名は、フライモン。

 

 ベアモンやエレキモンといった『成長期』のデジモンよりも、一つ上の世代である『成熟期』に位置するデジモンの一体。

 

「げっ、コイツは……!!」

 

「フライモン……!!」

 

「ッ……!!」

 

 このフライモンは、どうやらクネモン達の虫の知らせによって来たようで、明らかに敵意を向けている事がベアモンにも、来たばかりのエレキモンとユウキにも嫌でも分かった。

 

 そして、縄張り意識以外の理由の無い容赦無き攻撃が、引き金を引くかのように速攻で放たれる。

 

「デッドリースティング!!」

 

「ッ……!! 避けろ!!」

 

 エレキモンの叫びと共に、唾を吐くようなスピードでフライモンの尻尾の先から毒針が放たれた。

 

 しかし、目の前の脅威に対する恐怖で、ユウキは一瞬だけ行動が遅れてしまう。

 

 そして、その一瞬が命取り。

 

「!!」

 

 ユウキはハッと我に返り、先の事を考えないまま横に倒れこむ。

 

 毒針はユウキの真横を過ぎていき、その後ろにあった木へと刺さる。

 

 木は毒針が刺さった場所から紫色に変色し始めており、毒針に含まれている毒の危険性を示しているように見える。

 

 仮に反応が更に遅れていたら、ユウキ自身に刺さっていた事は言うまでも無い。

 

「バカ!! 自分の身は自分で守れっつったろ!? とっとと起き上がれよ!!」

 

 ユウキの動きの鈍さを傍目で見ていたエレキモンは、思わず怒声をあげている。

 

 フライモンの尻尾の毒針は、弾丸を装填するかのようにいつのまにか生え変わっており、それはいつでも毒針を放つ事が出来る事を示していた。

 

 ユウキ自身も、フライモンというデジモンがどのような技を持っていて、どれだけ厄介なデジモンかどうかを知ってはいる。

 

 だが、目の前に突然現れた怪物の存在に、理性よりも先に恐怖心がこみ上げてしまう。

 

 自然と、情けなく手が小さく震える。

 

 動かないといけないという事が分かっているのに、体が言う事を聞かない。

 

「あ……」

 

 ふと視線をフライモンが居た方に向けた時には、既に毒針が迫ってきており、ユウキは不意に目を閉じていた。

 

 

 

 

 

「……?」

 

 だが、その時疑問が生まれた。

 

 痛みが来ないのだ。

 

 理由を調べるために、知る事に対する恐怖心を押さえ込みながら目を開ける。

 

「……んなっ……!?」

 

 デジタルワールドに来て、早二日目。

 

 突然の遭遇戦の中、ユウキが見たのは。

 

 

 

 

 

 

「ぐぅっ……!!」

 

 目の前で両手を広げ、自分が受けるはずだった毒針を右肩に受け、苦しそうに呻き声を上げるベアモンの姿だった。

 

 




今回は珍しく文字数が5000に到達しました。

まぁ、作者から言える事があるとするなら、今回の話での主人公を責めないでほしいって事ぐらいですかね。

だって、現実的に考えたら

・自分の体躯よりずっと大きな蜂が、

・不気味な羽を広げて高速で空を飛び、

・敵意むき出しに自分の方へと向かってくる

 って事ですもの。

 ……あれ、こうして考えると、やっぱりデジモンアニメの主人公達って凄くね? 精神面が。

 さて、今回はシリアスなのでNGを入れる余裕がありませんでした。

 早く書きたい話があるので、ガンガン進めていきたいです。


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電子世界にて――『悔しさという凶暴な炎』

やっとここまで進められた……他に言う事は無いので、お楽しみください。


(何……で……)

 

 目の前の光景を理解出来なかった。

 

 自分が死のうとしているわけでも無いのに、走馬灯のように背景がスローモーションに見える。

 

(何故……俺なんかのために……)

 

 まだ出会って一日程度の仲だったはずだ。

 

 まだ仲間ですら無いし、会話もロクに交わしていない相手のはずだ。

 

(代わりに……そんな目に遭わないといけない……?)

 

 理解出来ず、僅か一分にも満たない時間の間に起きた出来事に呆然とする事しかできない。

 

 体の震えが、更に大きくなる。

 

 動いて、何とかして助けないといけないのに、やはり動けない。

 

 まるで恐怖心や罪悪感が、四肢に鎖を巻き付けているようにすら感じられる。

 

(動け動け動け動けッ……動いてくれッ……!!)

 

 内心で叫び続けても、状況は変化する事無く進んでいく。

 

「ぐぅっ……!! ぐああああああっ……!!」

 

 毒針を右肩に受けたベアモンは、震える左手で強引に毒針を引き抜く。

 

 それと共に刺された部位から赤い血が漏れ出し、毛皮の一部を紅く染める。

 

「くっ……うっ!?」

 

 ベアモンは応戦しようと拳を構えようとしたが、右肩を自分の意志のまま動かす事が出来ず、右足もそれと同じく満足に動かせる状態では無くなっていた。

 

 ベアモンの体が、それによってバランスを崩して背中から倒れる。

 

 フライモンの毒針に付属された神経毒が、ベアモンの体の自由を奪ったからだ。

 

 本来なら全身を動けなくするほどの強力な毒だが、咄嗟のファインプレイで引き抜いたおかげで、毒が全身にまで回る事は無かったようだ。

 

 しかし、針自体が高い殺傷能力を持っている事もあり、毒が無くともベアモンが受けた損傷は決して少なくない。

 

 事実上、利き腕と片足を失ったベアモンは、誰が見ても戦闘不能と言わざるも得なかった。

 

「……!!」

 

 人間(ユウキ)は知っている。

 

 特に好きと言えるようなデジモンでは無かったが、ユウキの知識には様々なデジモンの『設定』が記憶(セーブ)されており、当然フライモンというデジモンについての詳細な情報も知ってはいる。

 

 故に分かってしまう。

 

 逃げられないと言う残酷な現実が、瞬間的に思考を過ぎり、絶望一色の思考では打開策も思いつかず、余計にそれが恐怖心を煽る。

 

「う……あぁ……」

 

 フライモンの羽から出るハウリングノイズに鼓膜を叩かれながら、ユウキは気付いた。

 

 次にフライモンは、エレキモンを狙ってくると。

 

 知性の有無は知りようが無いが、損傷が激しく戦闘行為を行えないベアモンよりも、敵意より恐怖心の方が勝っていて、相手からすれば脅威を感じない自分よりも、まだ戦闘行為を行えるであろうエレキモンの方が脅威だと、フライモン自身の本能が優先順位を決定するのだと予想した。

 

 そして、その予想は残酷にも外れなかった。

 

「ッ……!!」

 

 フライモンの視線が、真っ直ぐにエレキモンを捉える。

 

 その敵意にエレキモンは思わず後ずさりし、二匹とフライモンを交互に見る。

 

(……クソッたれが、見捨てられるわけねぇだろ!!)

 

 逃げたいと思う恐怖心と、知り合いと友達を見捨てたくないと思う人情の間で少しだけ葛藤したが、やがてエレキモンは自身の尻尾に電気を溜め始める。

 

 無謀にも、応戦するつもりなのだ。

 

(駄目……だ……)

 

 その応戦の先にある未来が、簡単に想像出来る。

 

 否定の言葉をただ心の中で呟くしか出来ず、悲しさと自分自身の無力さに対する悔しさで涙が流れ出す。

 

「スパークリングサンダー!!」

 

 エレキモンは尻尾の先に充填した青色の電撃を、フライモンに向けて一気に放出する。

 

 だが、フライモンは背中から生えている四つの羽を使って高速で飛行し、周囲に風と雑音を撒き散らしながらそれを回避する。

 

「チッ……!!」

 

 簡単に当たってはくれない事ぐらい分かっていたが、時間稼ぎにすら至らない結果に対してエレキモンは小さく舌打ちした。

 

 そして呟いている間にも、フライモンは鳴きながらエレキモンに向かって突撃して来る。

 

 体格差もあって、その突進を避ける事すらエレキモンには困難。

 

「ギィィィィ!!」

 

「んの野郎……」

 

 自分に向かって一直線に飛行して来るフライモンに対して、エレキモンが行った行動はとても単純だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ギィィィッ!?」

 

 四つの足で、逆にフライモンの方へ向かって突撃し、目をつぶって頭からぶつかったのだ。

 

 俗に言う頭突き攻撃は、フライモンの意表を突いた一撃を頭部へと炸裂させていて、予想外の出来事にフライモンは怯む。

 

 その間にエレキモンは頭に走る鈍い痛みに耐えながら、四足歩行で近くにあった木を素早く駆け登る。

 

「だああっ!!」

 

 そして、木の上からエレキモンはフライモンの体に飛び乗り、首元周りに見えるオレンジ色の毛と思われる物に前足でしがみ付く。

 

 羽から出るハウリングノイズで聴覚が使い物にならない状態だが、耳や頭の中に響く不快感を押さえ込み、エレキモンは尻尾に電気を溜め始める。

 

「ギィィィ!!」

 

「うおわっ!?」

 

 だが、そう簡単にいくわけも無い。

 

 フライモンは背中に乗ったエレキモンを振り落とすために、激しく暴れ出したのだ。

 

 視界が揺れ、前足が離れそうになるも、エレキモンは電気を更に溜める。

 

 フライモンも抵抗を見せるが、自慢の鉤爪も尻尾の毒針も、首元に届くはずも無い。

 

 そして、どんなに高速で動けても、攻撃が相手に到達するまでの距離がゼロならば、その状態から放たれる攻撃を避ける事は不可能。

 

 エレキモンは溜めた力を放出すると共に、自身の必殺技の名を叫んだ。

 

「スパークリング……サンダァァァァァ!!」

 

 バリバリバリバリッ!! と激しい火花のような音が、フライモンの悲鳴と共に辺りへと響く。

 

 その光景をただ見ていたユウキは、ただ一言だけ呟いた。

 

「……すげぇ」

 

 電撃がフライモンを痺れさせ、羽の動きが鈍くなるとフライモンの体は地面に落ちると、エレキモンはしがみ付いていた前足を放し、ユウキとベアモンの方に近寄る。

 

「おい、何モタモタしてんだ、早く村まで戻るぞ!!」

 

「……お、おぅ……」

 

 ベアモンの体が、右肩からほんの僅かに紫色に変色し始めているのを見て、このままだと命が危ない事を悟ったエレキモンはユウキに行動を急かさせ、ベアモンの体を持ち上げさせる。

 

「エ、エレキモン……解毒方法はあるのか?」

 

「そこは安心しとけ。町に行けば、解毒方法ぐらい簡単に見つかる。だから今は急いで戻る事だけを考えろ!!」

 

「あ、あぁ!!」

 

 質問を簡潔に答え、二匹はフライモンが痺れて動けない間に町へ一直線に走り出す。

 

 

 

 

 

 

 が、そんな二匹の背後から雑音が再び響き出した。

 

「チッ……時間稼ぎにすらならないってか……!?」

 

「そんな……倒せないのは解ってたが、こんな短時間で再起するなんて……!?」

 

 いかにも怒った様子のフライモンが、逃げようとしている三匹の獲物に対して敵意むき出しに向かって来たのだ。

 

 その動きは電撃で痺れていたとは思えないほどに、少し前より全く劣化しておらず、むしろ怒りによって更にスピードが上がっているようにすら見える。

 

 ベアモンを背負ったユウキにも、戦闘の影響で疲労しているエレキモンにも、そのスピードを退ける手段も時間は存在しなかった。

 

 怪物が猛スピードで向かって来る中、ユウキは突然ベアモンを背からおろした。

 

「おまッ……!?」

 

 その行動に対して驚くエレキモンを尻目に、ユウキはいつの間にか両手を広げて壁になるように立ちふさがっていた。

 

 自分が壁になっても、何の時間稼ぎにもならない事はユウキにも理解出来ている。

 

 だが、無意味と解っていてもそれ以外に出来る事が思いつかなかった。

 

 そして、それが正しい行動なのか、間違った行動なのか、ユウキには考える暇も無く。

 

(ゆうきぃ……っ……!!)

 

 ベアモンの心の叫びも虚しく、既にフライモンはユウキの目前にまで迫って来ていた。

 

 

 

 

 

 

 再び走馬灯のようにスローモーションになる背景の中、ユウキはただ悔しさと悲しみに身を焦がれる。

 

 このデジタルワールドに来てから、ベアモンとエレキモンの二匹には助けられた。

 

 食べ物も分けて貰ったし、寝る場所も与えてもらい、住む場所も与えてもらえるようにお願いもしてくれた。

 

 更には、役立たずである自分の命を自分の体を壁にしてでも救ってくれた。

 

 だが、彼自身は何か出来ただろうか。

 

 そして、このまま何も出来ずに死ぬ事を、はたして自分自身の心が許容出来るだろうか。

 

 答えは、言うまでも無かった。

 

(俺は……俺は!!)

 

 思考の全てが感情を強く激しく揺れ動かし、人間としての心を昂ぶらせる。

 

 その悲しみと悔しさは炎のように荒れ狂い、デジモンの存在の核である電脳核《デジコア》を急速に回転させる。

 

 感情の(うず)がユウキの体を軸に赤色の(まゆ)を形成し、向かって来たフライモンを弾き飛ばした。

 

「ギィィィ……」

 

 空中で体制を立て直したフライモンは、突然目の前に現れたエネルギーの繭に警戒心を強める。

 

 エレキモンも目の前でおきている出来事に驚く事しか出来ず、その繭をただ見つめる事にか出来ずにいる。

 

 ただ、その繭が何を意味しているかは不思議と解っていた。

 

(進化……!!)

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 繭の中でユウキの体が粒子に包まれる。

 

 周りにはデジタルワールドの文字や人間の住む現実世界の英語や片仮名など、様々な情報が取り巻いており、ユウキの脳裏に一瞬だけ翼の生えていない巨大な竜の姿が映る。

 

 電脳核から引き出された情報が洪水のように繭の中を埋め尽くし、身体を構成している情報を次々と書き換えていき、ユウキの思考・肉体・精神を『人間の紅炎勇輝』から別の物へと変えていく。

 

 多くの情報がギルモンと言う名の小さな器を満たしていき、その肉体をどんどん巨大にする。

 

 その過程で体を覆っていた外骨格(フレーム)が剥がれていき、新たな外骨格が貼り付けられる。

 

 それに伴う痛みは無い、と言うより既に感じられていない。

 

 全ては自我も無いまま進行していき、僅か十秒程度が経った後、自分を取り巻く繭を爆風と共に吹き飛ばしながら、ギルモンのユウキだったデジモンは姿を現した。

 

「「!?」」

 

 体はギルモンだった頃に比べて巨大になり、爪は更に鋭く強靭な物に、両腕の肘からは鮫の背びれのような形をした刃が生え、頭部からは二本の角と白い髪の毛が生えている。

 

 その名は、グラウモン。

 

 新たに出現した脅威に対して、フライモンは自身の防衛本能のままに敵意を向ける。

 

「ギィィィィィ!!」

 

「グウウウゥゥ……」

 

 フライモンは再び辺りにノイズを発生させながら、空中を高速で飛行しだす。

 

 グラウモンはそれを目で追おうともせずに、ただ唸り声を上げながら口の中に炎を溜め始める。

 

 聴覚を叩く音などには一切、気にも留めていない。

 

 そんな事を知っているはずも無いフライモンは既に、森の木よりも高い位置にまで上昇していた。

 

 フライモンはグラウモンの爪や牙を警戒し、格闘が届かない高度にまで上昇した後に、確実にグラウモンを仕留めるために再び尻尾から毒針を放とうとした。

 

 何処かに当たれば、それだけでもフライモンの勝ちは確定する。

 

 だが。

 

「グゥゥゥゥ……!!」

 

 そこでやっと、グラウモンの視線が毒針を発射直前のフライモンを真っ直ぐに捉えた。

 

「デッドリースティング!!」

 

 フライモンが毒針を放つよりも少し遅れて、グラウモンはその口を大きく開く。

 

「エギゾーストフレイム!!」

 

 瞬間、口の中に溜めていた炎が、レーザービームの如き熱線を形成しながら一直線にフライモンに向かって放たれた。

 

「ギィィィッ!?」

 

 熱線は放たれた毒針を灰すら残さず消し飛ばし、その射線に入っていたフライモンの羽を掠めた。

 

「ギィッ!! ギィィィィィィィィ!?」

 

 フライモンの紫色をした禍々しい羽は、熱線を掠めた事で引火し、その機能を容赦無く奪っていく。

 

 羽から伝わる炎の激痛にフライモンは悲鳴を上げ、消火しようと羽を高速で羽ばたかせようと奮闘するも、グラウモンの居る方とは逆の方向へある程度飛行した後に、羽は無残に焼け落ちる。

 

 飛行中の勢いのまま、フライモンはグラウモンのいる地点から遠く離れた場所に墜落した。

 

「………………」

 

 エレキモンはその光景を、呆然とした表情で見ていた。

 

 助かったという安心感よりも、目の前にいるグラウモンに対する恐怖心の方が今では高い。

 

 その理由として、グラウモンの目に理性の色があるように見えない事がある。

 

 フライモンという脅威を退けたとしても、万が一、グラウモンがエレキモン達を襲ってしまうような事があれば、間違い無くお陀仏だろう。

 

「!? んな……」

 

 だが、エレキモンの予想を裏切るかのように、グラウモンはその両手でエレキモンとベアモンを背に乗せ、ドスドスと音を鳴らしながら村の方へと進み出す。

 

 まさか理性があるのかとエレキモンは疑問に思ったが、彼が声を掛けてもグラウモンからは何の返事も返ってこなかった。

 

 疑問を覚えながらも、エレキモンは疲れたような目をして一つ呟いた。

 

 

 

 

 

 

「……意味が解んねぇけど、お前を助けたのは少なくとも損じゃなかったな」

 

 小さな森の中を、負傷している小熊(ベアモン)電気獣(エレキモン)を背負った深紅の魔竜(グラウモン)が、ただ一つの願いを叶えるために疾走するのだった。




感想・指摘・質問などいつでも待ってます。

シリアス展開続きでNGが書きたくても書けないッ……!!←←


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電子世界にて――『怪我モンは安静に』

ポケモンYのレーティングマッチの合間に何とか話を進めるために書いた回なので、正直言って雑な感じがぬぐえないです。

そして、今回の話もストーリー的にはあまり進行する事の無い話……

要するに、繋ぎの話です。それ以上でもそれ以下でも大気圏突破でもありませんが、早く書きたい話の所まで更新したい所。というかここまでの話数があるのにリメイク前で言うと三話程度しか進行していないってどういうことなの……


 グラウモンが発芽の町への進行を始めてから、早くも数時間の時が過ぎた。

 

 町に戻るまでの距離は、体長がギルモンだった頃に比べて遥かに大きくなり歩幅が広くなったからか、それともドスドスと地面に鳴る音のテンポが速いからか、視界が前へと進む速さも普通に歩く事と比べるとかなり速かった。

 

 ベアモンは出血と毒が残っているが意識を保っており、生きる事をまったく諦めていない。

 

 相変わらずタフな野郎だ、と呟くエレキモンの視界には、自分達の住む町の入り口が見えて来ている。

 

 一方で、グラウモンの口からは言葉としての意味を持たない唸り声しか出ない。

 

 獰猛な獣のように瞳孔が縦になっていて、理性はまったくと言っていいほどに感じられず、少しでも敵意を向けられれば直ぐにでも牙を剥くような殺気染みた雰囲気を纏っている。

 

 そんなデジモンの頭の上、正確に言えば髪の毛にしがみ付いているエレキモンの心情は、そんな雰囲気に当てられていても何処か安心感を得られていた。

 

 コミュニケーションを取れない事は問題だが、このグラウモンが自分とベアモンを襲ってくる事は無い。

 

 そう確信していたと言うより、エレキモンはそう思いたかった。

 

 自分の敵わなかった相手を瞬殺したデジモンが、自分やベアモンを襲ってくる事など考えたくも無いからだ。

 

 そんなエレキモンの疑問は、現状一点に絞られている。

 

(コイツ、元に戻れんのか?)

 

 本来、デジモンの『進化』とは存在の核である電脳核(デジコア)から引き出される情報によって発生する、肉体や精神も含めた構成データの書き換えの事を指す。

 

 進化の引き金となる要因は『経験』か『感情』のどちらかである事が多い。

 

 『経験』による進化はデジモンの『成長』そのものであり、一度それを遂げると滅多な事が無い限り、進化後の姿から進化前の姿に戻る事は無い。

 

 進化の要因となる経験は、生活の仕方や住まう環境の違いに戦闘経験など様々だ。

 

 その一方で『感情』による進化は特に戦闘の経験が無くとも可能だが、その消耗は激しく、進化後の姿を長時間維持する事はそれに見合う経験を積んでいないと難しい。

 

 何故なら『感情』を引き金とした進化は、本来なら戦闘経験などによって成長するという過程を無視して、デジモンのポテンシャルを今以上に発揮させるという手段だからだ。

 

 それ故に『感情』による進化は一時的な物でしか無く、成長とは呼べないイレギュラーな進化である。

 

 エレキモンの知る限りでは、ユウキは会ってから一度も戦闘を経験した事が無い。

 

 そのユウキが初の戦闘で進化を遂げ、今に至るまで進化は解除されていない。

 

(まさかだけど、コイツ実はかなり戦闘を重ねてたり……してないよな。あんなビビリな奴が戦闘をしてたら、命がいくつあっても足りやしねぇ。何か別の理由があんのか……?)

 

 疑問を解決したくて問い正そうとしても、その問いに対する返事は当然返ってこない。

 

 そして、頭の中に色々な疑問を浮かべていると、突然グラウモンの足が止まった。

 

 エレキモンが何事かと思いグラウモンの目線の先を見てみると、既に町の入り口へ到着している事が分かった。

 

 ベアモンの体を蝕んでいる毒も、まだ手遅れな領域にまで進行してはいない。

 

 これなら、まだ間に合う。

 

 そう、エレキモンが思ったその時だった。

 

「ん、なんだ……!?」

 

 突然グラウモンの体が赤く輝き出すと、地に倒れこみながらその体が小さくなり始める。

 

 まるで巨大な風船から空気が抜けていくように縮んでいき、五秒も経たない内にグラウモンの姿がギルモンの姿へと戻った。

 

 当然ながらグラウモンの頭の上に居たエレキモンは、ギルモンの姿に戻ったユウキの頭の上に馬乗りになっていて、ベアモンは背中合わせに倒れこんでいる。

 

 ユウキは瞳を閉じたまま気を失っていて、それを確認したエレキモンは呆れるように言う。

 

「……やっぱり、無理を通してたのか」

 

 予想通りと言わんばかりの出来事に、エレキモンは深くため息を吐く。

 

 それと同時に、町の方から自分達の事を心配に思ったのか、一部のデジモン達が駆け寄って来る。

 

「だけど、今回ばかりは本当に……ありがとな」

 

 気絶し、指一本も動かせないユウキに対して、エレキモンは感謝の言葉を伝える。

 

 まだ昼間の発芽の町は、三匹の成長期デジモンを治療するために早くも大忙しだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 それから数時間後。

 

「……つまり、そういう事があってアンタ達はボロボロな状態で発見されたってワケね」

 

「まぁ、つまる所そういう事だな」

 

 発芽の町にある一軒の家の中にてエレキモンは、黄緑色の体をしており、頭の上には南国の島を思わせる花が咲いていて、外見的にはどちらかと言うと爬虫類的に進化をしている植物型デジモン――パルモンに事情聴取をされていた。

 

 家の中には一部の箇所に、パルモンの趣味であるガーデニングによって植えられた色取り取りな花が咲いていて、椅子やテーブルといった家具の姿は見えていない。

 

 天井の一部分からは太陽の光が差し込めるように大きめの穴が空けられていて、何気にかなり工夫が成されているのが伺えた。

 

 エレキモンはそれらの何度か見た事のある風景には特に反応を見せず、パルモンとの話を続ける。

 

「アンタ達は運が良いのか悪いのか……野生のフライモンから逃げて、生きて町まで帰ってくるなんてね」

 

「まったくだ。最近の野生のデジモンが、やけに凶暴化しているって話はマジだったなんてな……」

 

「アンタ達が何か手を出したって事は無いわよね?」

 

「馬鹿を言うなよ。たかだか成長期のデジモンでしかない俺が、成熟期のデジモンに自分から喧嘩をふっかけると思うのか?」

 

「そうね。思わないけど……」

 

 パルモンはそう言って、部屋の隅っこで死んだように眠っているギルモンを指刺すと、質問の内容を変える。

 

「それよりもそこで眠っている赤色のデジモンはいったい誰なワケ? ここらでは見ない顔だけど」

 

「ギルモンっていうデジモンらしい。昨日、海で釣った」

 

「ごめん、状況が全然理解出来ないわ。その子明らかに海で見るような外見をしてないもの。何か隠しているわね?」

 

「隠している事があるのは事実だが、大した事でも無いし、コイツは野生のデジモンじゃあない」

 

 その『大した事でも無い事』と言うのは、ユウキが実は人間(なのかもしれないの)だと言う事だったりするのだが、その事に気付いているはずの無いパルモンは怪しい物を見るような目でエレキモンを見ている。

 

「突然地鳴りの音が聞こえたと思ったら、森の方から見慣れない大きなデジモンが来ていて、みんな驚いてたわよ? で。入り口まで来たら急に退化したし」

 

「一時的な進化だったみたいだからな。エネルギー切れって事だろ……そもそも初進化っぽいのに五分近くも進化を維持出来てた事が既に驚きだ」

 

「五分!? それは凄いわね……普通なら、二分も保てないはずなのに」

 

 ちなみに、数時間前の時には右肩部分に大きめの痛々しい刺し傷が刻まれ、右半身が麻酔にかかったように動けなかったはずのベアモンはと言えば。

 

(……やっぱりあのクネモン達に攻撃したのが原因なんだろうなぁ……)

 

 刺し傷のあった部位には薬草から作られた薬が塗られ、その上に包帯を巻き付けており、今は安静にするために家の隅っこで横になっていた。

 

 よく見ると、口元に何かを飲んだ跡が残っている。

 

(結果的に助かったからいいけど、二人には申し訳の無い事をしちゃったな……今度、何か詫びを入れないと)

 

 今に至るまでの過程を内心で呟いていたが、普段から口数は多い方であるベアモンが喋れる状態なのにも関わらず、口数が少なくなっている事に対して不思議に思ったエレキモンは、とりあえずベアモンに声を掛ける事にした。

 

「おいベアモン。珍しく無言になってるけど、どうかしたのか?」

 

「何でもないよ。ちょっと考え事をしてただけ」

 

「珍しいな。お前にも考えるという行動は出来たのか」

 

「君は僕の事を何だと思ってるのさ……一応、真面目な事を考えてたのに」

 

 体をエレキモンの方へ向けながら、呆れて不満そうにベアモンは返事を返すが、エレキモンは二秒も経たない内に早口で即答する。

 

「頭の中が青空とお花畑で、寝返りに見せかけて俺の毛皮でモフッとする事を狙っているド変態デジモン」

 

 普段のベアモンの生活を見ていたエレキモンからすれば、ベアモンに対してそういう印象を持ってしまっても仕方が無いのだが、その言葉を聞いたベアモンは途端に『ピキッ!!』と青筋を立てる。

 

「とりあえず僕はフザけた事をほざいている君を割りと本気で泣かせたいんだけど良いよね。というか今泣かせる絶対泣かせたる」

 

 そう言って左腕の力だけで強引に体を起こすと、麻痺して動かせない右腕の事は気にも留めず、器用にも左手からパキパキと音を鳴らし出す。

 

 その一方で、発言者のエレキモンはベアモンの明らかにまだ痺れが取れていない右足を見て、こう言った。

 

「へッ!! たかだか片腕しか使えない今のお前じゃあ、俺を捕まえるなんて一週間かけても無理だっつ~の」

 

「残念だけど、右腕が動かしにくくても右足は何とか使えるんだよね。というわけで逃がさないから大人しくさっきの発言を撤回してもらおうかな」

 

「やなこった」

 

「アンタ達さ、アタシの家で暴れようとしないでくれないかしら」

 

 パルモンの言葉を無視して、二匹はドタドタと走り回り出した。

 

 綺麗な花があちこちに植えてある、草原のような家の中を。

 

「………………」

 

 家の持ち主の額に青筋が立った数秒後。

 

 

「「ぎぃゃぁあああああああああああああああああ!?」」

 

 

 パルモンの家の中から凄まじい臭気と共に、まるでバトル漫画の悪役の断末魔のような悲鳴が響いた。

 

 そして、それから更に数分後。

 

「……ぅう……?」

 

 騒音に堪らず意識を取り戻し、気だるそうに欠伸を出しながら、目を開けたユウキが見た物は。

 

(……は? てか、クサッ!? 学校のマトモに掃除されていないトイレが可愛く思えるぐらいにクセェッ!!)

 

 白目を向き、口から白い泡を吹き出し、瀕死の昆虫のようにビクビクと悶絶している、ベアモンとエレキモンの姿だった。

 

 状況を飲み込めず、両手で鼻を摘みながら内心で『訳が分からない……』と呟いていると、現在進行形で家に充満している空気を換気しているパルモンが、ユウキに対して話しかけてくる。

 

「やっと目を覚ましたね。調子はどうだい?」

 

「………………」

 

 現在の状況と、今の心境を掛け合わせ、初見の相手に対してユウキは発言する。

 

「凄まじく最悪な気分だよ……」

 

 元人間のデジモンがこの世界(デジタルワールド)の現実に順応するには、まだまだ長い時間を要するようだった。

 




 本日のNG。

 ベアモンに『君は僕の事を何だと思っているのさ』と質問されたエレキモンは、少し思考すると回答する。

「頭の中が青空お花畑で【放送禁止】で、自分に向かって来た敵を【放送禁止】して【描写禁止】する、まぁ要するに外見によらず大魔王な奴だな」

「ちょっ……そんな事を冗談でも言わないでお願いだから。泣いちゃうよ? 割と本気で泣いちゃうよ? う、うぅぅぅ……」

 いや、ひょっとしたら、その可愛いマスコットキャラの顔の裏側には……? と思うエレキモンであった。


 NGその3「可愛いマスコットキャラクター?」


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電子世界にて――『協力体制・ただし条件付き』

第一章も残り少なくなってまいりました。

あと少しで一区切り付ける事が出来そうなので、頑張っていきたいと思います。


 まず、目が覚めたら辺りに色んな意味での死臭が漂っていた。

 

 それを認識した直後、初見の相手に突然声を掛けられた。

 

 返答したが、家の中に充満していた臭気が鼻の中に入ってくる事を本能的に恐れたために、両手の位置はしばらくの間固定されていた。

 

 換気が完全に終わり、少し前まで家の中の空間に漂っていた臭いとは別の甘い香りで上書きした所で、ようやくマトモに喋れるようになったユウキは、とりあえず目の前にいるこの家の持ち主であるパルモンに対して自己紹介……をしようしたのだが、どうやら気を失っている間にエレキモンから既にユウキの事は聞いていたらしく、自己紹介はあっさり終了した。

 

 その後、気絶しているバカ二匹を無視しつつ、ユウキとパルモンの間で情報交換が行われた。

 

 自分が行く宛も帰る宛も無いデジモンである事。

 

 偶然自分の事を見つけたベアモンの家に居候させてもらえる事になった事。

 

 そして今日、家の中から居なくなっていたベアモンを探しに森の中へと入り、フライモンに襲われた事など、ベアモンとエレキモンが自分を見つけてからここに至るまでの経緯をほとんど話した。

 

 話していない部分があるとするなら、自分が元は人間だったという事ぐらいだろう。

 

 しかし、その経緯を聞いたパルモンは何か引っかかるような疑問を覚えたように首を傾げると、ユウキに対して質問をした。

 

「今の口ぶりで気になったけど……アンタ、自分がフライモンを撃退してから町まで二人を運んで来た事を覚えていないのかい?」

 

 思わずユウキは『は?』と聞き返していた。

 

「エレキモンの話によると、アンタはフライモンとの戦闘で殺られそうになった時、突然一時的に進化を発動させて圧倒したらしいよ。アタシは見ていないから知らないけど、本当にアンタは自分がやった事を覚えていないのかい?」

 

 まったく記憶に無い出来事に対する言及だった。

 

 ユウキ自身、フライモンとの闘いで起きた事は途中までしか覚えておらず、進化したなどという実感は湧いていない。

 

 しかし、目を覚ましてからユウキは身に覚えの無い疲労感と頭痛を感じている。

 

 それが何よりの証明なのかもしれないと思ったが、やはりとても信じられない事だった。

 

 返す言葉に困っているユウキの反応を見たパルモンは、何かを確信したのか言葉を紡いでいく。

 

「覚えてなかったのね……町の入り口付近でアンタを目撃した時、アンタが進化したと思うデジモンの目に理性は感じなかった。多分その時のアンタは無意識だったか、本能的にやっていた行動だったんでしょうね。そんな状態の中でも、自分を助けてくれたそこの二人を助けたかった……勝手な推測だけど当たっているかしら?」

 

 その回答が本当に正解なのかは、言ったパルモンにも言われたユウキにも分からない。

 

 そもそも、進化後の自分の体を動かしていた意思が自分の物だったのか、それすら分からないのに誰がその答えを知っているのだろう。

 

 正しい答えを探そうとして、結局返事を返す事は出来なかった。

 

 そんな様子を見たパルモンは一度浅くため息を吐くと、一度仕切りなおしてから言葉を紡いでいく。

 

「まぁ、無理に考えなくてもいいと思うわよ。それよりもアンタはベアモンの家に居候するらしいけど、何か行動の方針は決まっているワケ?」

 

「それは……」

 

 その質問に、ユウキはまたもや言葉が詰まってしまう。

 

 ユウキの目的は『自分が人間からデジモンに成ってしまった理由』の解明だが、それを話すという事は、自分が元人間だという事に関する説明が必要となる。

 

 しかし、それを話すと余計に事が面倒な方向へと移行してしまうのが容易に想像出来る。

 

(……どうする。話すべきでは無いけど、下手に言い訳しても疑われそうだしな……)

 

 んー、と喉から音を鳴らしながら考え、ユウキは言葉を紡ぐ。

 

「とりあえず、この町で働いていこうと思う。いつまでになるかは分からないけど、どの道行く宛も無いから……」

 

「なるほどね。そういう事なら歓迎するけど……」

 

 ユウキは、ひとまず話題を切り抜けた事に内心で安堵した。

 

 その一方でパルモンはユウキの回答を聞くと、気絶しているベアモンとエレキモンの方へ視線を向ける。

 

 そして、何を思ったのか突然両手の先に見える爪をツタ状に伸ばし出した。

 

「まず、あのバカ二人を起こした方が良さそうね」

 

 そう言った次の瞬間。

 

 パルモンは両手から生えているツタを鞭のように扱い、ベアモンとエレキモンへと振り下ろした。

 

「ブバッ!?」

 

「ぎゃふんっ!?」

 

 バチィン!! と手のひらで頬っぺたを叩いた時のような乾いた音と同時に、本日二度目となる悲鳴のデュエットが家の中に響き、多少強引だがベアモンとエレキモンは意識を取り戻した。

 

 二人は叩かれた時の痛みで反射的に体を起き上がらせると、視線をそれぞれユウキとパルモンの方へと向かせる。

 

「パルモン……マジで痛いからその起こし方やめてくんねぇかな。額がマジでヒリヒリするんだわ……」

 

「ホントだよ。てか僕は怪我してるんだから手加減してもらっていいんじゃないかな?」

 

「確かにそうね。でも私は謝るつもり無いから」

 

 ひどっ!? と見事に二人の声がハモる。

 

 実際の所、数分前に二人が下らない動機で喧嘩を始めなければこんな事態にはならなかったとも言えるので、結局は二人の自業自得だったりするのだが。

 

 二人の弁解を無視してパルモンは話を進める。

 

「まぁそんな事は今はどうでもいいんだけどね。それより、彼の事でアンタ達と一緒に考える必要が出て来たから、真面目に話を聞きな」

 

「……ん? いや、僕達は話を聞けてないんだけど」

 

「だな。何を一緒に考える必要が出て来たんだ?」

 

「彼……ギルモンが、この町で暮らす上で行う仕事の事よ」

 

 その言葉にエレキモンと、珍しくベアモンが文字通り真面目な表情になった。

 

 この世界(デジタルワールド)の事を全然知らないユウキには、パルモンの言う『仕事』がどんなものかも想像がつかない。

 

 そして、ユウキが疑問符を頭の上に浮かべていると、先にエレキモンが口を開いた。

 

「森に向かう途中で言ったよな? 『手が無いわけじゃない』って」

 

「ああ……でも、それが何なのかは結局聞けてない。いったい何なんだ?」

 

「………………」

 

 エレキモンは一度無言になると、ベアモンに何かを耳打ちした。

 

 すると、エレキモンの代わりに怪我人であるベアモンが口を開いた。

 

 

 

「『ギルド』って言ってもユウキは分からないよね?」

 

 

 

「……ギルド?」

 

 思わず呆けた声でそう返してしまったが、ベアモンにはその反応が予想通りだったのか首を縦に振り、そのまま声を紡ぐ。

 

「ギルドって言うのはデジタルワールドに何個も別々に存在する組織の名称なんだけど、目的を具体的に言えば何かで困っているデジモンの依頼を受けてそれを遂行したり、時には町の資源となる物資を獲得するために冒険したり……まぁ、自由度の高い組織だよ。情報もかなり入ってくるし、行動する範囲はかなり広がると思う」

 

「………………」

 

 ユウキはベアモンの言う『ギルド』の内容を聞くと、表情を強張らせる。

 

 ベアモンは話を続ける。

 

「ただね。この組織に入るためには条件もあって、集団での行動を主にするからまずは『チーム』を作らないといけない。最低でも三匹のデジモンで構成された、実力もそれなりにある三匹によって構成されたやつをね」

 

 そこまで聞いた所で、ユウキは思った。

 

 チームを作る必要があるのは分かったが、よもやそんな組織にあっさり入れるはずが無い、と。

 

 考えた事をそのまま口にすると、ベアモンからは予想通りの答えが返って来た。

 

「その考えは間違っていないよ。確かに、『ギルド』に入るためにはその実力を知るための『試験』を突破しないといけない」

 

 だけど、とベアモンは言葉を付け加え、話を進める。

 

「実力と言っても色々あるからね。知識力に行動力に精神力に……戦闘力。野生のデジモンが横行する場所に向かう事が多いんだから、一番最後に言った部分はかなり重要だよ」

 

「………………」

 

 わざわざ強調して言った辺り、ベアモンも理解している事なのだろう。

 

 その重要な部分が明らかに足り無さすぎるのが現状のユウキだったりして、本人は流石に自覚があった事もあり、言葉のナイフで心を刺されたユウキは(精神的に)ヘコんでしまった。

 

 その光景を傍から黙って見ていた、エレキモンとパルモンはと言えば。

 

(……まぁ、あんなビビり状態じゃあなぁ……)

 

(……あら、進化したって言ってたけど……)

 

 可哀想とは思っていても、やはり内心で戦闘力の低さをフォロー出来てなかったりする。

 

 ユウキはマイナス思考のまま口を開く。

 

「……やっぱ俺には無理なやつじゃん……」

 

「そんな事ないよ」

 

 呟いた言葉をベアモンはバッサリ切り捨て、正直に思った事を次々と言葉にして放つ。

 

「確かに、森での闘いの時はハッキリ言って足手まといだったよ。だけどね、ユウキにとってはアレが初めての実戦で、しかもその相手が成熟期のデジモンだったんだし、仕方が無いでしょ」

 

「でも、俺があの時に動いていたら……ベアモンは右腕をやられたりしなかった」

 

「こんなのちゃんと治療すれば治るよ。肩から先が無くなってるわけじゃあるまいし」

 

「あのままだと右腕だけに留まらず、毒に体を蝕まれて死んでいたかもしれないんだぞ……」

 

「その時はその時だよ。そもそも、あの森が今危ないって事を知っていたのに向かった僕が悪いんだし……君が居たおかげで、僕もエレキモンも助かったんだよ? むしろ感謝するのは僕の方だよ」

 

「………………」

 

 ベアモンの優しさと自身の不甲斐無さが合わさり、思わずユウキは歯軋りする。

 

 優しさが心を癒すどころか、むしろ自身を惨めにしているようにすら思ってしまう。

 

「……ふざけんな」

 

 そして、ユウキはベアモンに向けて苛立ちを含んだ声で言った。

 

「何でだよ。何でベアモンはそんな風に、自分より他人の事ばっかり考えられるんだよ!! 俺はお前にとってそんなに価値のあるデジモンか!? 何も恩を返せて無いのに、こっちは与えてもらうだけで何も出来て無いだろ!! それに俺はお前の友達でも何でも無いんだぞ? ただの居候予定のちっぽけなデジモンだろうが!! 何でそんな俺のために命まで賭けられるんだよ!?」

 

 その言葉には苛立ちと悔しさしか含まれていない。

 

 正論かどうかなんてどうでも良くて、言う度に余計に苛立ちや悔しさは増えるばかりだ。

 

 そんなユウキの言葉に対して、ベアモンはかくも当然のように返す。

 

「……あのさ、じゃあ逆に聞くけど。恩とか価値とかが無いと、誰かを助けちゃ駄目なワケ?」

 

「それは……」

 

「そういう物が無いと何もしないの? 目の前に見える、自分が助けたいと思った誰かを助けちゃ駄目なの?」

 

「…………ッ」

 

 ベアモンの言葉は冷たく、鋭くユウキの苛立っていた心に突き刺さり、反論を許さなかった。

 

 言葉に詰まるユウキに構わず、ベアモンは言葉を紡ぐ。

 

「僕は『助けたい』と思ったから助けた。君はどうなの? 僕等の事を、恩とかそういう理屈抜きで本当に『助けたい』と思ったからでこそ、進化出来たんじゃないの?」

 

「……分からない」

 

「僕にも分からないよ。ユウキが何を考えているかなんてね」

 

 ベアモンがそう言った時、流石に喧嘩ムードとすら思える重い雰囲気に耐えかねたエレキモンが、改めて口を開いた。

 

「ったく、ベアモンお前言い過ぎだ。お前の性格は理解してっけどコイツの言う通り、お前は自分自身の被害を気にしなさすぎだ」

 

「……ごめんごめん。熱くなりすぎたよ」

 

 エレキモンはベアモンを宥めると、すっかり落ち込んでいるユウキに声を掛ける。

 

「わりぃな、ベアモンはこういう性格なんだ。お前の気持ちも分からなくは無いけどよ、落ち込んでても仕方が無いだろ」

 

「……まぁ、そうだけどさ」

 

「結局、どうする? 『ギルド』に俺達と一緒に入るか?」

 

「………………」

 

 ユウキは黙り込み、ベアモンが言っていた『ギルド』の事を考える。

 

 情報が集まりやすく、行動範囲が広がる事はユウキにとって、プラス以外の何者でも無い恩恵だ。

 

 しかし、ベアモンの言葉から察するに、これから闘いが頻繁に行われる事は確定だろう。

 

 そんな中で、自分は生き残る事が出来るのだろうか。

 

 そして何より、こんなにも自分より強いベアモンやエレキモンと一緒にやっていけるのだろうか。

 

「ユウキ」

 

 そんな事を考えていた時、ユウキはベアモンから改めて声を掛けられた。

 

「自分の弱さを気にしているのならさ、一緒に強くなろうよ。それでも力が足りないのなら、互いに力を合わせようよ」

 

「……!!」

 

 それは独りでしか考えなかった故に、至らなかった答えだった。

 

「それとも、僕等はそんなに頼り無い? 確かにエレキモンは腕っぷしも弱いけどさ」

 

「おいちょっと待て。何気に酷い事言って無いか」

 

「事実じゃん」

 

「ちょっと電撃でも食らわせてやろうか」

 

「あんた等……どうやら懲りてないみたいだね?」

 

「「ひっ!?」」

 

 ユウキは不思議と思った。

 

 彼等のようなデジモンと一緒なら、どんな困難な道でも一緒に歩んでゆけるかもしれない、と。

 

「……ははっ……」

 

 思わず笑みがこぼれる。

 

 最早、迷いはほとんど無かった。

 

 ユウキは、パルモンに現在進行形で『お願いだからその臭いだけはー!!』と懇願している二人が気付くように、わざと大声を上げる。

 

「ベアモン!! エレキモン!!」

 

「ん?」

 

「何?」

 

「俺決めたよ。『ギルド』に入る。色々不安だけど、立ち止まってたら何も始まらないしな。だから……」

 

 一度言葉を区切り、ユウキは二人に向かって言う。

 

「こんな俺でも良いのなら、仲間に入れてくれ。頼む!!」

 

 対するベアモンとエレキモンは、その言葉に笑みを浮かべて返答する。

 

「断ると思う? これからよろしくね!!」

 

「右に同じくだ。コイツだけじゃ色々不安だし? お前の事は少なくとも信用出来るからな」

 

 こうして三人は、友情を誓う握手を交わすのだった。

 

 まだ道のりは厳しいが、彼等が互いを信じている限り、歩みは決して止まらない。




シリアス一直線の話だった故に、NGとして弄れる台詞が無かったです。

それはともかく、今回の話ではようやく主人公二人の心理を多少は書けたと思います。まだ至らない部分も見えますが、やっぱりデジモンの作品では心理的な『成長』も書いていきたいものです。

それにしても、こんなに物語の進行スピードが遅いのに……お気に入り登録者数が30を超えていて驚きました。こんな小説でも応援してくれるお方がいると考えただけでも、執筆する意欲が湧いてきます。

では、次回もお楽しみに。感想や指摘など、いつでもお待ちしております。


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電子世界にて――『サポタージュな留守番係』

更新に二週間もかかったのに物語は相変わらず全然進まないという……

多分この書き方はこれからも変えないと思いますが、書きたい話とかいろいろあるのもあってぐむむ。

いやぁ、小説内での一日が本当に長い←←


 フライモンから受けた傷と毒をパルモンの家である程度治療してから、三十分ほどの時間が過ぎた。

 

 右足の感覚が未だに麻痺している所為で、歩行が難しい様子のベアモンの手を掴んで支えながら、ユウキはエレキモンと街道を歩いている。

 

 向かおうとしている場所はベアモンの家では無く、これから働く予定である『ギルド』と言う組織の拠点である建物。

 

 その理由はベアモンから口である程度の説明は受けたものの、どういう組織なのかを見学しておいた方が良いとエレキモンが判断したからだ。

 

 移動の途中で、最初にベアモンが口を開く。

 

「それにしても、ユウキが僕等と一緒に『ギルド』に入ってくれると言ってくれて良かったよ。僕とエレキモンだけじゃ、まだ二人だから試験を受けられないし……」

 

「そういや今更聞くのもアレだけど、何で俺を誘ってくれたんだ? 実力を持った三人じゃないと駄目って言ってたが、それはあのパルモンも当てはまるんじゃないのか?」

 

「パルモンは『ギルド』の仕事に興味が無いらしいからな。俺等と一緒に『ギルド』に入るはずだった奴が、前まではこの町に居たんだが……な」

 

「……?」

 

 返答の途中で難しげな表情を見せたエレキモンと、それに連動するかのように暗い非常を薄っすらと見せたベアモンに対してユウキは疑問を覚えたが、事情を知らない自分が踏み入るような事では無いという事だけは理解した。

 

 そして、重そうな空気を変えるためにユウキは話題を切り替える事にした。

 

「ところでベアモン、お前大丈夫か?」

 

「右肩の事? それなら明日まで安静にしていれば治ると思うけど」

 

「違う違う。右足の痺れとかもそうだけど、飯の事だ」

 

「……あ」

 

 そういえば、とベアモンは思い出すように口をポカンと開けた。

 

 恐らく自分が考えている事が当たっているのだろうと確信付け、ユウキは言う。

 

「お前の家にはもう食料が無いんだろ? 保存してたと思う魚はお前の朝食で消費して、それでも足りなかったからなのか、または新しく保存出来る食料を探しに森に行ったのかもしれないけど……結局フライモンに襲われて、食べ物にありつく事が出来なかったじゃん」

 

「………………」

 

「ついでに言えば、俺は朝から何も食べてない。まだ昼間だから時間はあるが、だからと言ってまたあの森の方に調達しに行くわけにもいかないし、本当にどうするんだ?」

 

 言葉を聞いたベアモンの表情が、口を開けたまま固まる。

 

 おそらく、どう返答しようか頭の中で思考しているのだろうが、それは要するに『忘れていた』という事をわざわざバラしているも当然なリアクションだった。

 

 そんなワケで、この状況で頼れる唯一の頭脳要員をユウキは頼る事にした。

 

「……エレキモン、どうすればいい?」

 

「何でお前らの食事情に俺が手を貸してやらないといけないんだ。大体お前らは一食の量が多すぎなんだよ。少しは節約を意識しろ」

 

「そんなに食べてるつもりは無いんだけど。昨日はあんまり釣れなかった上に、ユウキの分にも食料を割り振ったから少し足りなくなったわけで……」

 

「そういうワケだ。自分の食料ぐらい自分で確保しろ。『働かざる者食うべからず』って言葉があるんだし、そこの馬鹿を見習って頑張れ」

 

「まぁ、確かにそこのクソ野郎の言う通りだと思う。あっ、食料調達するなら僕の分もよろしくね。昨日五匹も分けてあげたんだから、お返しには少し色を付けてよね」

 

「少し前の仲間発言から一転して俺に味方が居なくなったんだが。大体ベアモン、お前のあの施しは無償じゃ無かったのかよ!?」

 

「そんな事を宣言した覚えは無いし、僕は聖者じゃないから食べ物を我慢出来るほど聡明でも無いよ。命を救ってくれたのは本当に感謝してるけど、それとこれは話が別だからそこの所よろしく」

 

「……おぅ……」

 

 この状況で唯一頼れる頭脳要員からは見捨てられ、更に少し前の時間で自分の味方をしていたはずのベアモンからケガをしている者としての特権を利用した断れない要求を投げ付けられたユウキは、一気に表情をげんなりとさせながら言葉を出していた。

 

 気持ちの落ち込みに連動してなのか、頭部に見える羽のような部位が垂れてもいる。

 

 そんな様子を見て、エレキモンは前足でユウキの左肩をポン、と叩く。

 

 慰めの言葉を掛けてくれるのか、と僅かながら期待したユウキだったが。

 

「いつか良い事あるって」

 

 そんな都合の良い言葉を掛けてくれるわけが無く、途端に別の意味で崩れ落ちそうになった。

 

 エレキモンの言葉が本当になるかは、結局ユウキ自身の努力と悪運次第なのかもしれない。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

発芽の町の住宅が多く建ち並ぶ道なりの中に存在する、一風変わった一軒の建造物。

 

 そこは町特有の木造で出来た、天井までの幅がおよそ7メートルはあるだろう広い空間の中に、カウンターや掲示板といった日曜的な物とは異なる家具が設置されている、普通の住宅とはそもそもの目的が違う印象を受ける建物で、主に『ギルド』と呼ばれる組織が活動の拠点としている場所だ。

 

 『ギルド』の主な活動内容は、第三者からの依頼を受け、それを遂行する事である。

 

 今日も依頼はそれなりの量が有り、掲示板には特殊な記号の文字が書かれた紙が複数貼られている。

 

 だが、それを受けようとするデジモン……否、受けられるデジモンは居ない。

 

 理由があるとすれば、それは人員不足の四文字に尽きる。

 

 この発芽の町に住むデジモンの数は『町』と言うには少ない150匹ほどで、のんびり平和に過ごしているデジモンも居れば、自らの手で作物を育てて食料もしくは物々交換の材料として扱うデジモンだって居る。

 

 だが、それらの仕事をギルドには決定的に違う所がある。

 

 『町』の『外』に。

 

 野生のデジモン達の縄張りを通って、この発芽の町とは違う別の『町』に向かわなければならない事だ。

 

 それには当然危険が伴うため、ほとんどのデジモンは好奇心よりも先に恐怖心を抱く事が多い。

 

 仮に好奇心によって『ギルド』に入ろうと考えるデジモンが居たとしても、『外』の世界で活動出来るほどの実力が無くては門前払いとなる。

 

 そして、この町には実力者のデジモンが少ない。

 

 不足している人員を少しでも補うために、この町の『ギルド』では構成員だけでは無く組織のリーダーすら依頼を受けて活動している事が多く、大抵の場合は建物の中に(おさ)のデジモンの姿が無い。

 

 それらの事情もあって、組織の中で留守番の役を任されている者が建物の中でずっと待機しているのだが、依頼をするデジモンが来るまでの間は特にやる事も無く待っているわけで。

 

「はぁ……ヒマだ。リーダー早く帰ってこねぇかな。ヒマなんだよ、退屈なんだよ、やる事がねぇんだよ。チクショー……」

 

 『ヒマだヒマだ超ヒマだ~』とでも言いたげな表情でカウンターの上に寝転がっている、三毛猫のような外見をした魔獣型のデジモンは、退屈を訴えるように独り言を呟いていた。

 

 現在、この建物の中には彼以外の姿は無い。

 

 留守番を任されている彼以外のメンバーが、この日も依頼を受注して活動を開始している所だからだ。

 

「そりゃあ最近は物騒な噂っつ~か、実際に野生のデジモンは荒れてっしなぁ。外に出ても力の無い奴は死ぬ確立の方が(たけ)ぇし、リーダーの判断も間違っちゃあいねぇと思うけどよ……雑用係ぐらいはスカウトした方がいいんじゃねぇかなぁ?」

 

 一人で言ってて空しくなるが、持ち場を離れるわけにもいかない。

 

 誰かが尋ねてくる可能性がある以上は、退屈だろうが待っていなければならない。

 

「……ったく、何かヒマを潰せる物を今度作ってみたほうがいいのかねぇ」

 

 ふと彼は建物の入り口から見える町の風景に顔を向ける。

 

 町に住んでいるデジモンが雑談をしてたり、道を真っ直ぐに歩いているのが見える。

 

 彼は思う。

 

(ほのぼのしてて平和だねえ。よく『大昔は戦争があった』だとか『世界が滅亡しかけた』とか、そういう出来事が過去にあったと言われてっけど、こういうのを見てると実際はどうなのか疑いたくなる)

 

 この世界(デジタルワールド)には様々な言い伝えがあるが、その目で見て確かめない限り真実なのか偽りなのかを理解する事は出来ない。

 

 大袈裟(おおげさ)に解釈された作り話の可能性もあれば、実際に起きた事実の可能性だってある。

 

(……ま、昔がどうあれ……今は平和なんだ。深く考える必要はねぇな)

 

 彼は内心で呟いてから眠そうに欠伸を出すと、一度頭を掻いてから起き上がる。

 

(……にしても暇だな。いっその事サボって、魚釣りにでも出かけるか?)

 

 そんな、後で絶対に怒られそうな事を考えている時だった。

 

「……ん」

 

 入り口の向こう側から、三匹の成長期と思われるデジモンの姿が見えたのだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ユウキはエレキモンに連れられて、とある建物の入り口前に到着した。

 

「これが『ギルド』の拠点なのか……思ってたのとちょっと違うな」

 

「何を想像していたのかは知らねぇけど、その通りだ。でかい建物だろ?」

 

「……まぁ、確かに『ここに来てから見た』建物の中では、かなり大きい方だな」

 

 そこは人間界で見てきたゲームやアニメに出てくる『集会所』を思わせる様々な内装があり、入り口には何処かで見た事があるような、(しずく)の中に二重の丸が書かれた紋章のような物が彫られた看板が飾られていて、やはり木造で作られていた建物だった。

 

 エレキモンやベアモンにとってはこの大きさでも『でかい建物』の判定に含まれるらしいが、人間界に存在するビルやマンションを知っているユウキからすれば、この程度の大きさの建物はそこまで大きな物に感じられなかった。

 

(この二人に『都市』の風景を見せたら、どんな顔をするんだろうな)

 

 先導して中に入ったエレキモンに続く形で、ベアモンの補助をしながらユウキは建物の中に入る。

 

 最初に目に入ったのは三毛猫のような外見をした獣型と思われるデジモンの姿だった。

 

「いらっしゃい。依頼は現在受けられる奴が居ないが、まぁゆっくりしていけ」

 

 そのデジモンはカウンターの上に体を横に倒した状態で、ユウキを含めた三人に対して言葉を放っている。

 

 体勢や口調などから、人間の世界ではよく見る40台ほどの年齢の男性を思い浮かべるユウキだったが、ベアモンからすれば特に気にする事が無いらしく。

 

「ミケモン久しぶり~」

 

「おう久しぶり……その右腕大丈夫か?」

 

「ちょっと色々あってね。治療したおかげで大丈夫だから気にしないで」

 

 ベアモンとエレキモンの知り合いの一人と思われるデジモン――ミケモンはベアモンの右肩に巻かれた包帯を見て一瞬目を細めたが、無事を確認すると『そっか。完治するまでは無理すんなよ』とだけ言っていた。

 

「アンタは相変わらず暇してるんだなぁ。朝とかは結構忙しいんだと思うけど」

 

「特に重要な物があるってワケじゃないと思うが、留守番係は必要だろ? チビ共にこういう役回りの奴の苦労は分からんだろうさ。あと少しで依頼に向かった連中が2チームぐらいは帰ってくると思うけどな」

 

 どうやらこのミケモンは、この『ギルド』で留守番係をしているデジモンらしい。

 

(『あのデジモン』に似てると思ったらミケモンだったか。記憶が正しければ頭が良くて、もの静かで大人しいデジモンだったような気がするけど……見ただけじゃとてもそうは見えないな。あんな体勢でさっきから寝転がってるし……)

 

「おいそこの赤色。初対面の相手に対して挨拶も無しか? 別に構わないけど」

 

 ユウキが内心で呟いていると、ミケモンは指差ししながら声を掛けて来る。

 

 言われてまだ一言も喋っていない事に気付いたユウキは、とりあえず怪しまれないように挨拶と自己紹介を行う事にした。

 

「俺の種族名はギルモン。色々と複雑な事情があって、今はそこのベアモンの家に居候させてもらってる」

 

「ふ~ん。その『複雑な事情』ってのが気になるけど、聞くだけ無駄だろうしいいか」

 

 そう言ってミケモンは体を起き上がらせて、グローブのような物がついている右手で頭を掻きながら自己紹介をする。

 

「オイラの種族名はミケモン。個体名(コードネーム)はレッサーだ。得意分野は情報収集と睡眠。よろしくな」

 

(得意分野が前者はともかく睡眠って……何?)

 

 互いに自己紹介を終えると、次に口を開いたのはミケモンだった。

 

「で。お前等は何でここに来たんだ? 依頼をしに来たようには見えんけど」

 

 その質問に対して、エレキモンは回りくどい言い方もせずに返答する。

 

「いや、ようやく『チーム』に最低限必要な頭の数が揃ったからな。そこのギルモンにこの建物の見学と、ベアモンのケガが治ったら俺等で試験を受けたいんだけど、良いか?」

 

「……なるほどな。分かった、リーダーには伝えておく」

 

 ミケモンはそう言うとベアモン、エレキモン、ユウキことギルモンの三体をそれぞれ見て。

 

「それにしても、中々面白いチームになりそうだな。こりゃあ楽しみだ」

 

 その後、ユウキはギルドの内装に一通り目を通してから、同行者二人と一緒に建物の外に出た。

 

 見学と言う目的が達成できた以上、いつまでもあの建物の中に居る必要は無いからだ。

 

 建物を出たユウキが次に成すべき事は、自分自身とベアモンに対する食料の確保。

 

 そして、その前にベアモンを家に送る事だ。

 

(……問題は山積みだな)

 

 ユウキはそう内心で呟いていたが、不思議とそこまで嫌な気持ちにはならなかったのだとか。

 

 空が夜の闇に包まれるまで、まだ時間は残っている。




 本日のNG。

「それにしても、中々面白いチームになりそうだな。こりゃあ楽しみだ」

「あと二人、黄色と青色のデジモンが加われば戦隊みたいになるね!!」

「その場合、主人公格であるレッドは誰がやるんだ?」

「どう考えても実力的に俺だろ。トカゲは引っ込んでな」

「ハッ!! 知ってるか? 俺の種族はとある物語じゃあ主人公格のデジモンなんだ。お前とは扱いの差ってのが明確に出ているんだよ!!」

「じゃあお前『ぎるるる~♪』とか『わ~いわ~いぎるもんぱ~ん!!』とか可愛らしく言ってみろ」

「なん……だと……ッ!?」

 エレキモンの台詞の意図を理解したユウキには、そんな事を言って自分の世界(キャラ的な意味)を壊す勇気は無かったらしい。

 NGその4「たった一つのネタのために自分のキャラを崩壊させる勇気はあるか?」


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電子世界にて――『食生活は計画的に』

 

 『ギルド』の見学を負え、怪我をしているベアモンを彼自身の家まで送ってから、およそ一時間と半が過ぎた。

 

 元人間のデジモンことギルモンのユウキは、あまり体を激しく動かす事が出来ない(と思われる)ベアモンと、何よりこの日の朝から何も口にしていない自分自身の食料を調達するために、先日自分が発見された海岸へエレキモンと共にやって来ていた。

 

 人間の世界と違い、何所かに時計が置いているわけでも無いので、現在の詳しい時刻は分からない。

 

 だが太陽が徐々に落ちはじめている所を見るに、夕方になるまでの時間はそこまで残っていないようだ。

 

 エレキモンから釣りのやり方をある程度聞いた後、早速ベアモンから許可を得て貸して貰った釣り竿を使い、魚が当たるのを長々とユウキは待っていた……のだが。

 

 岩肌の上に立ち、ルアーの付いた糸を海の中へ投下してから、早十分。

 

「………………」

 

 魚が一向に喰い付いて来ない。

 

 彼自身、人間だった頃は近くに海が無い地域に住んでいたため、そもそも『釣りをする』と言う行為そのものが初体験ではある。

 

 スーパーやコンビニでお金を使い、購入する事でしか食料を入手した事の無い人間が、いざ食料を自分で入手しようとすると、こうも旨くいかないものなのだろうか……と、元人間のデジモンは思う。

 

 冷静に考えれば十分しか経っていないが、夜になるまでに食料を確保して町に戻りたいユウキにとっては、一分すら惜しい時間と感じられてしまう。

 

 ふと砂浜の方に居るエレキモンの方に顔を向けると、何やら前足を使って砂を除けているのが見えた。

 

 その行動の意図を理解しようとはしないまま、ユウキは小さくため息を吐く。

 

(……食料を確保するだけで、こんなに手間をかける事になるなんてな……)

 

 思えば。

 

 ユウキは、これまで自分で直接食料を確保した事が無かった。

 

 現在社会では基本的に、食料はスーパーマーケットやコンビニなどで『お金を使えば簡単に手に入る』と認識をしている人間が多い。

 

 それ等の人間は漁師として海に出ているわけでも、農業を行って汗水を垂らしているわけでも無いからだ。

 

 ユウキもその一人であり、このような状況に遭遇しなければ考えもしなかったかもしれない。

 

 そもそも食料を『直接』確保する側の存在が無ければ、例え硬貨を持っていても食料を『間接的』に確保している側は食にありつけない可能性があるという事を。

 

(……こういう時になって、漁師さんとかに感謝する事になるとは思わなかったな)

 

 この世界で生きていくためには力だけで無く、生き抜くための知識も当然必要だ。

 

 人間で言う『社会』で生きるための能力は、デジモン達の生きる『野生』では殆ど役に立たない。

 

 それ等の事項を再度確認しようとするが、具体的にどうするのかはまだ決まらないし分からない。

 

(……まるで受験勉強みたいだな。違う所は、落選(イコール)死亡って事だが)

 

 自分の目的を叶えるために必要な能力は、たった一人で手に入れるには、あまりに多すぎる。

 

(……けど)

 

 今は一人では無い。

 

 自分よりも強いデジモンが二人、味方になってくれている。

 

 不安は拭い切れないが、それでも希望は見え始めている。

 

(大丈夫だろ。きっと……)

 

 そんな事を考えていると、両手で掴んでいる釣り竿が、ようやく(しな)り始めた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「……おっ、帰って来たかぁ?」

 

 所属している組織の拠点である建物の中で寝転がっていたミケモンは、外部から聞こえる音に耳を傾けながらそう呟いた。

 

 わざわざ体を起こして確認しに向かうまでも無いまま、建物の入り口から三体のデジモンが入って来た。

 

「……帰還した」

 

 一体は緑色の体毛に子ザルのような外見をしており、背中に自分の体ほどはあるであろう大きなYの字のパチンコを背負った獣型デジモン――コエモン。

 

「ういーっす」

 

 一体は鋭く長い爪を生やした前足を持ち、尻尾に三つのベルトを締めており、外見はウサギに似ているようで似ていない、二足歩行が出来る哺乳類型デジモン――ガジモン。

 

「ただいまもどりました~!!」

 

 一体は二本の触覚を頭から生やした黄緑色の幼虫のような姿をしている幼虫型デジモン――ワームモンだ。

 

 彼等の姿を見たミケモンは、最初に一言。

 

「チーム『フリーウォーク』……近隣の町までご苦労さん」

 

「マジで疲れたわ。というか、別に目的地までの距離に文句はねぇんだが……」

 

「……近隣とは言え、行きと帰りに数時間は掛かる。その上、道中に野生のデジモンにも襲われるのだから疲れないはずが無い」

 

「だけど無事に依頼は達成してきました~」

 

「ま、お前等の顔を見ていりゃ分かるさ。報酬も貰ってるのが列記とした証拠になってるし」

 

 そう言うミケモンの視線は、コエモンが右手に持っている布の袋に向けられている。

 

 彼等のチームが依頼を無事完遂した事を確認したミケモンは、続けて言う。

 

「今日は時間も押してきてるし、お前等は先に引き上げていいぞ」

 

 言われて最初に反応したのは、彼等の中ではリーダー格と思われるガジモン。

 

「アンタはどうするんだ? やっぱり留守番か?」

 

「やっぱりなんて言うな。他にも帰ってくるチームが居るんだし、何よりリーダーが帰って来ないと留守番を辞められない。勝手にサボったら説教食らいそうだしな」

 

 もっともそうな理由を述べると、今度はコエモンが冷静な声で言う。

 

「……いつも退屈そうに寝ている事は、説教されないのか……?」

 

「別に寝ていたりしねぇよ。ただ横になって、適当にボケ~っとしてるだけだ」

 

 それを聞いたワームモンは、あからさまに怪訝な視線を向けながら聞く。

 

「それって要するに寝ているんじゃ……」

 

「だから寝てねぇって言ってんだろ。そんなに言うならお前等が留守番係やれよ。俺だって外に出て開放感に浸りてぇんだけど、リーダーの指示なんだから逆らうワケにもいかねぇんだ。そりゃあ時折(ときおり)意識(いしき)が遠のいて色んなものを見るけどよ」

 

「……それを普通は『寝ている』と言うのではないか?」

 

 コエモンの言葉を聞いたミケモンは一瞬固まったように無言になり、そこからすぐに言葉を返そうとしたが。

 

「……ね、寝てねぇよ!!」

 

 結局、三体の子供(ガキ)に苦笑いされるミケモンだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 やがて時間は静かに経ってゆき、空はオレンジ色に彩られた夕焼けに変わる。

 

「……つ、疲れた……そんなに動いていたわけでもないのに、マジで疲れた……」

 

「お前、忍耐力無いなぁ」

 

 ギルモンのユウキは、一応この世界(デジタルワールド)での暮らしの先輩であるエレキモンと共に、食料となる海鮮類が詰め込まれたバケツを二つ持って発芽の町に戻って来た。

 

 ユウキが右手で持っているバケツの中には、初釣りで手に入れた魚が両手の指の数を少し超える程度の数だけあって、左手に持っているバケツにはアサリやハマグリといった貝類が多く入っている。

 

 当然前者はユウキが確保したもので、後者はエレキモンが集めたものだ。

 

「砂浜の所で手を動かしてて何をしてるかと思ってたら、潮干狩りだったのなアレ……てか、貝ってそんなにお腹が膨れるイメージが無いんだけど……」

 

「ま、俺の方はそれなりに食料が余っているし、たまには趣向を変えてな。」

 

「……大体、お前が持って来てたはずのバケツを、何で俺が持つハメになってるのかが理解出来ないんだが」

 

「だって俺、今日は戦闘とか色々あって結構疲れてるし~? あと、お前の方がこういう事には向いていると思った。それだけ」

 

「まぁ、別にいいけどさ……朝から何も食べていないから、腹と背中がくっ付きそうなんだよ」

 

「良かったじゃねぇか。()せれば素早くなれるぜ?」

 

「うん、その言葉から一切喜べる要素を感じないのは何でなんだろうな」

 

 そんな他人からはどうでもいい会話を交わしながら、ユウキとエレキモンはベアモンの家に到着した。

 

(……また暗号を残してどっかに行ってるなんてオチは無いよな?)

 

 嫌な未来図(ビジョン)を想像しながらも中に入る。

 

 幸いにもベアモンは安静を心がけていたらしく、ぐっすりと眠っていた。

 

(……俺、この世界に来てから色んな事に対して不安を浮かべてる気がするなぁ)

 

 内心でそう呟くユウキに対して、エレキモンは一度ベアモンの寝顔を確認してから声をかける。

 

「時間も時間だし、このまま寝かしとく方がいいだろうな。魚を必要な分だけ食って、残りはそいつの分として残しとこうぜ」

 

「……あ、あぁ」

 

 エレキモンの提案に同意したユウキはバケツの中から三匹の魚を掴み、目をつぶった状態でそれらを丸ごと一気に口の中へと放り込んだ。

 

 口の中で何度も嚙み続け、食欲を失いそうな絵図が頭に浮かぶ前に飲み込む。

 

 魚の苦味と旨味が舌に伝わる中で、ユウキは思った。

 

(……これ、昨日は特に考える余裕が無かったから思いもしなかったけど、口の中が血塗れになってないか……?)

 

 何せ、何の調理も行っていない魚を食しているのだ。

 

 火で内部までしっかり焼いた物ならそのような事は無いが、一度想像してしまうと生々しさから吐き気を感じてしまう。

 

 だが、この世界で生きる以上は、生物(なまもの)を食べる事を何度も容認する必要がある。

 

 少しでもこの気分の悪さを解消するためには、最低でも人間が食べる料理に近い形に調理出来るようになるか、野菜や果物などを主食にする以外に無い。

 

 そうなると、一番に思い浮かぶ調理方法は『火で(あぶ)る』事だろう。

 

 ユウキ自身何度も考えた事だが、改めて確信した。

 

 

 

 自身が成っている種族(ギルモン)の『必殺技』をモノにする必要がある、と。

 

 

 

「……おい、食い終わったのなら、ちょっと来てもらいたいんだけど、いいか?」

 

 そんな事を考えていると、横からエレキモンに話しかけられた。

 

 特に何も言わずに首だけ縦に振ると、エレキモンはベアモンの家から外へと向かい出す。

 

 もう一度だけベアモンの様子を確認した後に、ユウキはそれに付いて行くために家を後にした。

 

 空は、あと数時間ほどで夜の闇に包まれる。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ギルドの建物内。

 

 留守番係を任されているミケモンにも、時間の関係からか眠気を徐々に感じるようになっていた。

 

「……ふぁ~、ねみぃ」

 

 チーム『フリーウォーク』との会話の後から今に至るまでの間、依頼を達成したチームは次々と帰還している。

 

 しかし、まだ組織(ギルド)を治めているリーダーは帰って来ていない。

 

「……ったく、他のチームが受けきれていない依頼を()()行うためとはいえ、時間を掛け過ぎだっての」

 

 リーダーであるデジモンの強さはミケモンもよく知っている。

 

 決して短くはない付き合いなのだから当然だが、待たされている側の気持ちを少しは考えて欲しい、とミケモンは思いながら呟いた。

 

 空はもうすぐ夜になる。

 

 そうなると視界が悪くなり、夜行性のデジモンが出没するようになるため、決して安全では無くなる。

 

 それでもミケモンは心配しない。

 

「……ふわぁ~……あぁ、眠い」

 

 だが、やはりずっと動いていない状態だと眠気は容赦無く襲ってくる。

 

 夢と言う名の安らぎに意識が沈んでいく。

 

(どうせ帰ってくるまではやる事も無いんだし、いっそこのまま眠っていようかね)

 

 そう考えたミケモンは、睡魔に抵抗せずに瞳を閉じる。

 

 よほど疲れていたのか、退屈だったのか、数秒ともしない内に喉の奥から(いびき)が聞こえ出した。

 

 

 

 

 

 それから時間は更に経ち、空が夜の闇に包まれ出した頃。

 

 『ギルド』の拠点である建物の中に、とあるデジモンが入って来た。

 

 その姿は、暗闇に包まれている所為でよく分からない。

 

「………………」

 

 そのデジモンは眠っているミケモンを見るとため息を吐き、静かに右手を額に当てながら内心で呟く。

 

(……退屈なのは分かるが、重要な仕事なのだから真面目にやってもらいたいものなのだがな)

 

 やがて左手に持っていた複数の布袋をカウンターの上に乗せると、そのデジモンは建物の外に出る。

 

 体に月の光が当たり、姿が明らかになる。

 

 その姿は獅子(ライオン)と人間を掛け合わせたような獣人の姿をしていて、腰元には何らかの刃物を収納するための(さや)(たずさ)えられており、下半身には黒いジーンズが穿かれている。

 

 彼は(たてがみ)を夜風に靡かせながら、静かに、受けた依頼で向かった場所の事を思い出しながら、誰にも宛てていない言葉を内心で呟く。

 

(……この『平和』は、あとどのぐらい続いてくれるのだろうな……)

 




本日のNG。

 真夜中の発芽の町で、刀を携えた獣人型のデジモンが夜空を眺めながら、ふと何かを思い出したように呟いた。







「……何故、私の種族は『あるくしぼうふらぐ』などと呼ばれるのだろう?」

 答えは誰にも、多分誰にも分からないッ!!

 NGその5「俺、この戦いが終わったら(以下略)」


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電子世界にて――『ちょっとした恩返し』

二週間近く更新が滞っていましたが、ようやく更新です。




 どんな生物でも肌寒さを感じ始める夜中の町の路上にて、ユウキは先導するエレキモンに着いて行く形で歩いていた。

 

 朝や昼の時には活気を感じられていた街道からはデジモンの姿がほとんど薄まっていて、人間の世界では嫌というほど聞こえていた車の走行音の代わりに元人間(ユウキ)の耳に(ささや)くのは、空気の動きを意味する冷たい風の音。

 

 夜中が静かであるという点に関して言えば、人間の世界もデジモンが生きる世界も大して変わらないだろう。

 

 違う点があるとするなら、その『夜』の間から活発になる生き物がこの世界には多く存在する事ぐらいだろうか。

 

(……いや、変わらない)

 

 人間にだって、暗闇に姿を覆い隠されている時になって『自分の本性』を(さら)け出す者や、やってはならない事を他者から知られないように狡猾に行う者がいる。

 

 その中の一人には、ユウキを襲って来た人物も含まれている。

 

 今になって思えば、あの時は空もすっかり暗くなっていて、辺りには不自然なほどに人が居なかった。

 

 そんな状況だったからでこそ、何らかの『目的』を果たすために襲って来たのかもしれない。

 

 結局、あの男は何者だったのだろう。

 

 皮膚から伝わる異常な冷たさもそうだが、あの男の(すそ)から出た包帯も明らかに非現実的な要素の一つだった。

 

(……あれじゃあ、まるで……いや、でも、現実の世界でそんな事……)

 

 そこまで考えた所で、ユウキは思った。

 

 自分が行方不明になっている事は、現実の世界でどう報じられているのだろうか。

 

 家族は心配しているのだろうか。

 

 家族を含めた自分の関係者は皆、自分のような目に遭わずにいられているのだろうか。

 

 こうしている間にもひょっとしたら、自分と同じように行方不明になる人間は、日々増えてしまっているのだろうか。

 

 実際に人間の世界から行方不明になってしまった以上、そんな事を考えてもどうにもならない事はユウキ自身も理解している。

 

 だが、考えずには居られず、どうしても心配してしまう。

 

 そんなユウキの表情をチラっと見たエレキモンだが、その表情は心配してくれているというより『やれやれ……また考え事かよ』とでも言いたそうな、つまんなさそうな顔だ。

 

 そんなこんなで、夜中ということもあって特に会話も無いまま到着した場所は、子供が自由に遊ぶ事を目的とした平地の広がる公園だった。

 

 夜遊びをしているデジモンは見えないようだが、ユウキはまだエレキモンにこの場所に連れて来られた理由を聞いていない。

 

 到着した所でユウキが理由を聞こうとして、それよりも先にエレキモンが口を開いた。

 

「ここなら俺の家にも近いし、他の奴らの事を気にする事も無く話が出来るってわけだ」

 

「そんな事だろうとは薄々思ってたよ。何を話すんだ? わざわざこんな場所に来ないと話せない事なのか?」

 

「まぁ、少なくともベアモンの近くじゃ言えない事ではあるかもな」

 

 言ってから、エレキモンは続けて言葉を紡ぐ。

 

「お前、アイツ……ベアモンの事をどう思う?」

 

「え?」

 

 予想外な質問の内容に、思わず呆けた声を漏らしてしまったユウキだったが、考えるように『ん~……』と喉の奥から音を鳴らした後、回答した。

 

「まぁ……凄く優しい奴だって印象を受けたな。自分の危険も顧みずに俺の事を保護してくれたし、原因の内に俺の存在がある怪我に関しても咎める所か『あんな事』を言うんだし……ここに来てから会った中でも、一番信用が出来る奴だと思っている、かな」

 

 もっとも、昼の時に言ってた食料に関しての件でのセリフを除いてな、とユウキは言葉を付け加える。

 

 それらの言葉を聞き終えたエレキモンは、何かを言いずらそうにしばらく口を噤んでいたが、やがて一度溜め息を吐くと共に口を開く。

 

「ん~、まぁ俺も大体そう思うけど……俺から言わせてもらうと、今回のお前の足手まといっぷりは正直ブチ切れそうになった」

 

「……だろうな」

 

「アイツはお前の事を許してるみたいだが、俺はそんなに甘くない。結果的にお前が進化した事によって助かったが、俺は一言お前に言っておきたい事があったんだ」

 

 エレキモンは一呼吸を入れ、これから共に活動する事になるユウキに対して怒気を放ちながら、言う。

 

「……もしもお前が原因でベアモンが死んだら、その時はお前の事を殺すつもりでいるからな」

 

 仕方無い、とユウキは思う。

 

 実際、自分が原因でベアモンは死にかけたのだから、その友達と思われるエレキモンから、このような事を言われる事ぐらいは覚悟していた。

 

 むしろ、ベアモンの反応が普通に考えてもおかしいはずなのだ。

 

「………………」

 

 ただ、怖かった。

 

 ユウキがあの時動けなかった理由は、たったそれだけの事。

 

 故に言い訳などせずに、正直にユウキは頭を下げてから言う。

 

「……ごめん」

 

「本当に死んでいたら、謝って済むような問題じゃなかった。だから二度と……足を引っ張るんじゃねぇぞ」

 

「……ああ」

 

 今は、自分が弱かった所為で発生した出来事と結果を、成長するための糧にするしか無い。

 

 そう考えて受け止めるしか、今のユウキには方法が思いつけなかった。

 

(……人間は失敗して成長するって言うけど、その失敗を成功に繋げられないと意味がねぇ……)

 

 この『経験』は絶対に無駄にしない、とユウキは心の中だけで呟く。

 

 もしこれからも同じ事を繰り返してしまうのなら、結局目的を叶える過程で『敵』と遭遇にした時に何も出来ないのだから。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 話を終え、エレキモンと別れたユウキはベアモンの家に戻って来た。

 

 たった一日寝た程度の、愛着と呼べるような物も無い場所で、マンション住まいだったユウキにとっては良いと言える環境では無いが、今のユウキにとっては貴重な安全に眠れる場所であるため文句は無い。

 

 家の持ち主のベアモンの姿は、毛皮の色と暗闇で完全には見えないが、微かに寝息が聞こえるため眠っているのは間違いないようだ。

 

 それを確認したユウキは、あまり物音を立てないように注意を払いつつ、自然の産物を使って作られた寝床(ベッド)に体を預け、そのまま目を閉じる。

 

(……今日は、たった一日の出来事なのに、何だか凄く長いものに感じたな……)

 

 思えば一日の間に様々な事をした。

 

 起きてすぐに町を治めている長老と出会い、そこから戻って来ると家の主が居なくなっていて、それを探すために森の中へ足を踏み入れていたら怪物に襲われて、途中で意識が吹き飛んで、次に目を覚ましたら全く知らない場所で眠っていた事に気がついて、その後はベアモンやエレキモンと共に『チーム』を作る事になって――――とにかく色々な出来事が、たった一日の間に発生している。

 

(……九死に一生とはこの事か。ホント、これからは安心出来る時間が短くなるな)

 

 心の中でそう呟きながら、意識を夢の中に落とそうとした時だった。

 

「……んぅ……?」

 

 ベアモンに対して背を向けるように眠っていた所為で尻尾が当たったからのか、それとも気配を感じ取ったからなのか、言葉になっていない声を漏らしながらベアモンが目を覚ました。

 

「……ユウキ?」

 

「ごめん、起こしちゃったか?」

 

「いいよ別に。家に戻ってからほとんど寝ていたし、嫌な気分にもなってないから」

 

「……それは良かった。魚も一応ベアモンの分……用意しといた」

 

 暗闇と視界がハッキリしていない状態のまま、ユウキはバケツを置いていたはずの場所を適当に指差しながら、そう言った。

 

 ベアモンはそれを聞くと笑みを浮かべ、嬉しそうに小声で(ささや)く。

 

「ありがとう。これで貸し借りは無しだね」

 

「……ああ。()()()()()()()

 

「……命の方は、君が進化して助けてくれたんだし、既に借りは返されてると思うんだけど」

 

「自分の意志でやらないと、まるで他人に返してもらったような感覚になって嫌なんだよ」

 

 この部分だけは譲れないと言わんばかりにユウキは言う。

 

 対するベアモンの方からは、まるで小馬鹿にするような口調の言葉が返ってくる。

 

「意地っ張りだねぇ……その気合いは、もっと別の所に向けた方がいいと思うんだけどなぁ」

 

「む、じゃあどんな所に向けるべきなのか、言ってみてくれよ」

 

「それぐらいは自分で考えてほしいんだけど……まぁ、どうしても借りを返した気分になりたいのならさ……」

 

 ベアモンは案を言おうとして一度、何を言おうか迷ったように無言になる。

 

 何を言おうとしていたのか気になったユウキが、質問をするために口を開こうとした所で、やっとベアモンの方から一つの案が出た。

 

「……よし。じゃあ一回だけ、僕の言う事を()()()()聞いてくれる?」

 

「……ん? ごめん、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれ」

 

「だから、一回だけ僕の言う事を()()()()聞いてくれる? って言ったんだけど」

 

 思わず聞き返したユウキだったが、どうやら聞き間違いというワケでは無いらしい。

 

 今度はユウキの方が無言になり、考え始めた。

 

 このベアモンの性格から考えて、流石に『その場に土下座しろ』的な事や『お前の小遣い寄越せ』的な事といった危険な要求をする事は、無いと見ていいだろう。

 

 だが、言葉の一番最初に付いた『何でも』と言うキーワードがやけに引っかかる。

 

(……いや、別に大丈夫だろ。それに命を助けてくれたんだし、こんぐらいやってあげないとな……)

 

 そんな、無駄に空回りしているような正義感(プライド)を抱きつつ、ユウキは静かに答える。

 

「……分かった。その条件で頼む」

 

「……え? ホントにいいの?」

 

「あぁ。命を助けられたんだし、そのぐらいはな」

 

「……そっかぁ」

 

 ユウキは、ベアモンと背中合わせに寝転がっている所為で気付いていない。

 

 自分の発言を聞いたベアモンの表情が、まるで悪戯(いたずら)を思いついた子供のように、小悪魔的な笑みを浮かべている事を。

 

 そして、後々起こり得る出来事を想像する事も無く、ユウキはベアモンに対して、小さな声で気になっていた事の一つを聞く。

 

「……ところでベアモン。暗くて確認出来ないけど、怪我は大丈夫なのか……?」

 

 記憶に新しい、本来ならユウキが野生のフライモンから受けるはずだった大きな刺し傷。

 

 もしあの時、ベアモンが体を張って助けてくれなければこの刺し傷だけでは無く、毒によって体を蝕まれて命は無かっただろう、とユウキは実感している。

 

 当時その傷から漏れていた鮮血も生々しく、現実の物と受け取れる物だった。

 

(……あれが、戦いなんだよな……俺が想像していた物なんかより、ずっと恐ろしかった……)

 

 だが、その一方で。

 

「あぁ、それなら大丈夫。パルモンが作った薬のおかげで毒は消えてるし、明日になれば()()()()()()()

 

「……は?」

 

 恐らく、普通の人間よりも危険な目に遭って来た回数は多いであろう(と元人間は推測している)ベアモンからは、まるで怪我の痛みや辛さを感じさせない声調で返事が返ってきた。

 

 流石にそれは強がりだろうと思い、ユウキは追求する。

 

「い、いや、流石にあれほどの刺し傷を受けたら、治るまでにかなり時間もかかるんじゃないのか……?」

 

「まぁ僕自身でも理由は知らないんだけど、僕は()()()()()()()エレキモン達と比べても自然回復力が高いんだよね。だから、このぐらいの傷ならそれなりの時間眠っていれば修復しちゃうんだ」

 

「…………」

 

 思わず言葉を失った。

 

 この世界を生きるデジモン達が、成長期の時点でも人間(一部を除いて)よりもかなり高い能力を持つ事は知っている。

 

 免疫力や回復力も、確かに人間よりも高いのなら治りも速くて当然かもしれない。

 

 だが。

 

(いくら何でも、夕方直前の時間から明日になるまで眠っているだけで、あれほどの怪我が完全に治るなんて……それは流石におかしいんじゃないか!?)

 

 ひょっとしたらあのパルモンが作って飲ませていたらしい薬の中に、デジモンが受けた傷を癒す効果でも含まれていたのかもしれない。

 

 そう考える事も出来たのかもしれないが、まだこの世界(デジタルワールド)に順応出来ていないユウキには、その考えを頭の中に浮かべる事も出来なかった。

 

(……デジモンってすげぇんだな。今一度、それを再確認した気がする)

 

「ねぇ、何を無言になってるのさ。何も言う事が無いのなら、もう寝た方がいいと思うよ?」

 

「……あ、あぁ」

 

 デジタルワールドに来てからの生活の二日目は、間も無く眠りと共に終了する。

 

 だがそれは、あくまでも二日目。

 

 これから始まる三日目に何が起きるか、予想する事も想像する事も出来ない。

 

 だが、優先すべき事柄(ことがら)は定まったし、少なくとも一日前よりも状況は良い方向へと進んでいる。

 

 それだけは、確実に想像する事が出来た。




 本日のNG


「……分かった。その条件で頼む」

「……え? ホントにいいの?」

「あぁ。命を助けられたんだし、そのぐらいはな」

「……そっかぁ。じゃあもう使うけど……『百回僕の言う事を聞いて』!!」

「その発想はあったけど無かった……ッ!!」



 NGその6「ん? 今なんでもするって言ったよね?」


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電子世界にて――『浮かぶ疑念と実力の差』

大晦日とか正月に間に合わせようとしていたのに、ポケモンYで国際孵化なんてやってた結果がこれだよ!!

※ 色違いヒトカゲ H・A・B・S V おくびょう が無事に生まれたので無駄にはなりませんでしたが。黒いリザードンカッコいい。

そして、遅くなりましたが。

明けまして、おめデジとうございます!! (この挨拶流行らないかなぁ)

今年も『デジモンに成った人間の物語』の連載を頑張っていくつもりです。

では、新年最初の話は、デジタルワールド転移から三日目の朝から。


 

 

 

 

(……かなり早く目が覚めちゃったなぁ……)

 

 一日前に怪我をしてしまったため、普段よりも早い時間から眠り始めていたベアモンの目覚めの感想は、そういう物であった。

 

 外に見えるはずの日の光が微かにしか無い辺り、時刻は朝食を食べる時間としても少し早い朝らしい。

 

 ベアモンの隣では、現在居候中のギルモンことユウキが眠っている。

 

 よっぽど疲れているのか、試しにベアモンが(ひたい)に触れてみても反応を見せず、起きる気配は全く無い。

 

(……昨日は色々あったし、色々と疲れてたんだろうなぁ……)

 

 彼は昨日、初めて感情のエネルギーによる『進化』という強大な力を使った。

 

 森の中で襲い掛かってきたフライモンをその力で撃退し、その状態のまま自分とエレキモンを助けるために疾走している。

 

 それだけの無茶をやった時の疲労がまだ残っているとするなら、この熟睡っぷりも頷ける。

 

 もしくは、ただ単に安眠に対する欲求が高かったからかもしれないが。

 

(……にしても、進化……かぁ)

 

 ベアモンは静かに体を起こし、最初に右肩に巻いてある包帯を外して怪我の様子を確認した。

 

(……痛みがほんの少し残ってるけど、傷自体はほぼ完全に塞がっている。自分で言うのもなんだけど、こうして見ると不思議だなぁ)

 

 怪我の具合からも、活動に支障が出るレベルの物では無いと判断したベアモンは、部屋の隅っこの方に設置されているあまり本が収納されていない本棚から、一冊の本(借り物)を掴み取る。

 

 その本の表紙には、デジモンの言語で『人間とデジモンの冒険物語』と書かれていた。

 

 自分の読みたい部分のページまで一気に流し、あるページを開いたベアモンは眠っているユウキを起こさないように、口の中だけで静かに呟きだす。

 

(……人間の感情が生み出すエネルギーが、聖なるデバイスを通してパートナーであるデジモンに伝達され、『進化』が発動する、か。この理屈は僕たちデジモンが『感情のエネルギー』によって強くなるって事にも通じているけど、現実では人間や聖なるデバイスが存在していなくても『進化』は発動している)

 

 だけど、とベアモンは一区切りして。

 

(……進化に至るまでの過程は、年月レベルで必要なはず。この物語や他の物語のように『やろうと思えば』出来るほど、簡単じゃない……)

 

 だが実際、一度も戦闘を行っていないはずのユウキは、初めての戦闘で早速進化を行った。

 

 まるで、書物に登場している架空の『主人公(ヒーロー)』達のように、感情のエネルギーだけによって。

 

(……あの慣れていない感じの動きから考えても、ユウキは一度も命賭けの戦いを経験していないはず。だとしたら、やっぱりあの進化は『感情』だけで発生したと考えるべきかな……)

 

 ベアモンは一度、自分が普段から使っている寝床に横になっているユウキの方を見てから、再度書物の方に書かれている絵を見るが、その姿は書物に書いてある『人間』のシルエットとはかけ離れている。

 

 どう見てもデジモンの姿をしているのだから、当然と言えば当然なのだが。

 

(……考え過ぎなのかもしれない。けど、もし本当に、ユウキが人間だったのなら……)

 

 ベアモンの思考に一つの疑問点が浮かぶ。

 

 彼は手に持っている本を本棚へ横倒しになる形で戻すと、今度は別の本を取り出す。

 

(……もしこの書物に書いてある事が真実だとするんなら、人間がこの世界に来てもその姿を大きく変える事は無い。だとするなら……)

 

 もしも本当に、ユウキが人間だったとするなら、彼は人間からデジモンに『成った』のでも『進化』したのでも無く。

 

(……誰かに『変えられた』?)

 

 だが、仮にそうだとするなら、ユウキと言う名の人間をデジモンに変えた目的は何なのだろうか。

 

(ぶっちゃけ、そんな事をする理由が分からないんだよねぇ。そもそも人間の世界があったとして、そこからどうやってこの世界に来る事が出来たんだろ。物語に書いてあるように、聖なるデバイスの力で世界の壁を越えるとかそういう奴じゃないと思うし……)

 

 仮に、ある日突然『この世界とは違う世界から来ました!!』と言われても、実感が沸く事はまず無い。

 

 だがユウキが嘘を吐いている可能性に関しては、まず出会った時の(いじ)りようの無い本気(マジ)な反応を見る限り、無いと考えるべきだろう。

 

 そうベアモンは考えるが、当然ながら答えなど見つかるはずが無い。

 

 やがて、ベアモンは溜め息を吐いた。

 

(……これはユウキの問題だし、僕が興味本位に首を突っ込む事は間違ってるかもしれないよね)

 

 本を閉じ、元の場所に戻す。

 

 気持ちを切り替えるために、一度両手を大きく上げて背伸びをする。

 

 結局の所、今の彼に出来る事、知れる事など(たか)が知れているのだ。

 

 ふとベアモンは、視線を部屋の隅の方へと向ける。

 

(……とりあえず、せっかくだし食べさせてもらおうかな)

 

 部屋の隅に置いてあった一個のバケツの中には、ベアモンもよく食べている魚が数匹分入っていた。

 

 それは現在も眠っている居候が、先日頑張って夕方頃から釣ってくれた物で、その中にはベアモンの好物である種類の魚もある。

 

 ベアモンは眠っているユウキの方へと笑顔を向けた後、バケツの中に手を突っ込んで魚を取り出す。

 

 昨日あまり食べ物を口にする事が出来なかった所為で、朝っぱらからベアモンは空腹だった。

 

 それもあってか、バケツの中に入っていた食料は五分もしない内に全て無くなった。

 

(ふぅ、生き返った気分)

 

 腹を満たし終え、口元に付いた食べかす(赤)を手で拭った後、再び本棚の前に立って一つの本を取り出す。

 

 そしてベアモンは、眠っているユウキが起きるまでの間、静かに黙読を開始する。

 

(……もし仮に、ユウキをデジモンに変えてこの世界に送り込んだ奴が、下らない理由で僕の友達を巻き込み、傷付けたら……その時は)

 

 同時に、一人の運命を歪めた相手に対して、内心で言葉を唱え。

 

 

 

 

 

「……()()()()()()()

 

 誰にも聞こえないほどに小さく冷たい声で、そんな事を呟いていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 時間が経ち、太陽の光が街を明るくさせた頃。

 

 ようやくユウキが目を覚まし、友達であるエレキモンもいつものように家へとやって来た。

 

「なぁベアモン。本当に怪我は大丈夫なのか?」

 

 ベアモンの右肩に、昨日から巻かれていたはずの包帯が無い事に気付いたエレキモンは、率直な質問をぶつけた。

 

 対するベアモンは、世間話でもするかのような声調で返事を返す。

 

「戦闘と日常生活に支障が出る事が無いぐらいには大丈夫。それより昨日、僕考えたんだけどさ……」

 

「何だ? お前が考え事なんて、今日は雨でも降るのか?」

 

 エレキモンがそう言った直後、ベアモンは無言で清々しい笑顔をエレキモンに向け、両拳からポキポキと生々しい音を鳴らさせた。

 

 ベアモンは、エレキモンが弁解の言葉を述べる前に言う。

 

「次余計な事を言ったら、顔面を歪めるよ~? 物理的に」

 

「やめろ!! お前のパンチは冗談抜きでそうなりそうだから!!」

 

 下らない事でリアルファイトに突入するのはエレキモンも嫌なので、ベアモンの注意(脅し文句とも言う)を聞いた直後に謝罪した。

 

(……いやぁ、この二人はホントに仲が良いなぁ……)

 

 ユウキがそんな二人を他人事のように眺めながら欠伸を出すと、ベアモンはひとまず話を進めるために話題を仕切り直しした。

 

「昨日考えたんだけど、やっぱり現状だとユウキは足手まといなんだよね。今の状態で『ギルド』の試験を受けても、失敗しそうな気がするんだ」

 

「まぁ、今更自分が弱い事を否定したりはしないけど。それで?」

 

「一回、ユウキの実力を確かめたいからさ、僕と模擬戦をしてくれないかな?」

 

 ベアモンにそう言われ、ユウキは思わず聞き返す。

 

「いや、あのさ……模擬とは言え、怪我してるデジモンを相手にするのは……」

 

「さっきも言ったけど、もう戦闘や日常生活に支障が出ないぐらいには治ってるんだって。それに、飛び道具を主に使うエレキモンを相手にして、ユウキには自分が『勝てる』と思えるの?」

 

 ベアモンの率直な質問に、ユウキは一度エレキモンの方を見て戦った時の場面を想像したが。

 

「無理」

 

「即答かよ。まぁ俺も、お前に負けるとは微塵に思っていないけど」

 

「それに、僕とユウキの種族は『格闘戦が主体』っていう共通点があるでしょ? だから、僕が相手になった方が、ユウキがどのぐらいの実力を持っているのか分かるし」

 

 それでようやく納得出来たのか、ユウキは『仕方ないか』と一言呟くと、ベアモンに対して返事を返す。

 

「分かった。それじゃあ、その模擬戦は何処でやるんだ?」

 

「……そうだね。とりあえず、街から少しだけ離れた草原にしようか。下手して何かを壊したらマズイし」

 

「だな。平地でなら格闘戦もやりやすいだろうし、誰の邪魔も入らないだろ」

 

「オーケー分かった。別に勝負ってわけじゃないけど、怪我人相手に負けるほど俺は弱くないから覚悟しろよ」

 

 その会話で活動を決め終わり、三人のデジモンは目的の場所に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 そして、十分後。

 

 

 

 

 

 パシッ!!(ベアモンがギルモン(ユウキ)必殺技(ロックブレイカー)(と言う名の空手チョップ)を片手で受け止めた音)

 

 ゴスッ!!(ベアモンがもう片方の手でギルモン(ユウキ)の腹部に拳を捻じ込んだ音)

 

 ドスッ!!(技を受け止めた体制のまま一本背負いで地面に叩き付けた音)

 

 ドグシャァ!!(倒れたユウキに対して拳を振り下ろした音)

 

「ごふっ」

 

「勝負あり、でいいね?」

 

「……お前、身内にも容赦無いねぇ」

 

 ユウキとベアモンの初めての模擬戦(ラウンドワン)は、約十秒の間にベアモンがユウキのマウントを取って終了した。

 

 数分前にご大層な台詞を吐いていたユウキに対して、ベアモンは可哀想な人を見るような目を向けながら言い放つ。

 

「……あのさ、いくら何でもあんな見え見えな攻撃で来るのはどうかと思うんだけど」

 

「いや、確かに今思えばそうだけど!! だからって、冷静にカウンターで腹パンチと一本背負いと追撃の拳をお見舞いするのはどうかと思うんだが!? 背中と腹が凄く痛むし!!」

 

「その痛みを教訓に、今度はもっとマシな攻撃をしてくる事だね」

 

 一方で、倒れたユウキを物語に登場する『やられ役』のキャラを見るような目で眺めていたエレキモンは、こんな事を言った。

 

「……とりあえず、また食料でも調達しにいかねぇか?」

 

 残りの食料が底を尽きているベアモンにも、元々この日の分の食料を持ち合わせていないユウキにも、その言葉に対して異を唱える理由は無かった。

 

 早速ベアモンは街に戻り、釣り竿を取りに行こうとしたが、それを何故かエレキモンが静止させる。

 

「いつも魚とかばっかりだと飽きるし、たまには果実とかを食いに別の所に行かねぇか? 危険じゃなさそうな所に、特訓も兼ねて」

 

「えっ、昨日フライモンに襲われた直後なのに、何でだ?」

 

「流石にあの森には行かねぇよ。また襲われたらたまんねぇし」

 

「じゃあ何処に? 色々と候補はあるけど、食料とか危険性とかを考慮したら……」

 

 記憶にある地域を頭に浮かべ、ベアモンは言う。

 

「山か、湖がある小さな林?」

 

「前者は疲れるけど視界を広く確保出来るし、後者は到着まで時間はかかるけど色んな果実が手に入るな。どっちにするかは、結局まだ決めてないわけだが……」

 

 エレキモンは、そこで一度言葉を区切った。

 

「どうせ三人で行くんだし、多数決で決めないか? 昨日は相手が悪かったってのもあるんだし、少なくとも今回行く場所は両方ともそこまで危険なデジモンが居ない。約一名が足を引っ張らない限り、逃げる事は可能だ」

 

「なるほどね。じゃあ、エレキモンは何処に行きたいの?」

 

「俺は山かな。木に生っている肉リンゴを久しぶりに食いたいし」

 

「僕は林の方で。あっちの方には、オレンジバナナとか超電磁レモンとかがあるし」

 

 見事に意見が分かれ、残るユウキの意見に全てが託される。

 

(多数決ってことは、俺がどちらを選ぶかによってどちらに行くかが変わるのか……)

 

 ユウキにとっては、二人が言っている地域はどちらも未開の地。

 

 二人の視線が、悩むユウキに向けられる。

 

「…………」

 

 ユウキにとっては食料の種類は『食べられる物ならば』なんでも良いため、悩む理由は地域に生息している野生のデジモンの種族だったりする。

 

 どちらも安全は確保されていると言っているが、万が一襲われた時は状況次第で戦う事になるのだろう。

 

 エレキモンもベアモンも、それを既に理解している上で言っている。

 

「……じゃあ、俺は……」

 

 そして迷った末に、ユウキは選択した。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 目的地に向かう途中、ベアモンは少し気になった事をエレキモンに聞いた。

 

「それにしてもエレキモン、何で突然あんな事を言ったの?」

 

「森に行かなくなってから、食事のほとんどが海の食料だろ?」

 

「うん」

 

「海水ごと持ち帰っているから、その所為で家の中が魚とかで生臭い」

 

「……もしかして、それが本音だったりする?」




 新年早々ですが、今回はNGはありません。

 活動報告にてアンケートを設ける予定なので『ヒマだから一票入れてやんよ』的な寛大なお方がいたら、そちらの方にてご協力願います。

 間違っても感想の方でアンケートに答えたりはしませんようにお願いします。

 ……それにしても、第一章が予想以上に長くなってる……

 これ、現状考えてる物語の全体図で考えたら、完結まで100話は普通に超えそうなのですが……

 そして、デジモン小説なのに進化が全く出ない件について。

 出切る限りご都合な要素を無しにするために、自分でそうしている事は分かっているのですが、やはり読者の皆様からすれば退屈な話なのでしょうか。

 もしそうでしたら『すいません』としか言えないです。申し訳無い。

 では、次回の話も頑張って書いていきます。

 感想・質問などなど、いつでもお待ちしております。


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電子世界にて――『水音流るる山道にて』

最近、タイトルが適当気味になっている感じが否めないです。

第一章は間違い無く終盤に差し掛かっているのですが……今月中に終わる気がしない。

ちなみに今回の話には、にじファン時代の話を知っている人にはピンと来る要素が入っています。

そして、珍しく文字数が6000字に到達した話でもあります。




 

 発芽の街を出て、広大な緑色のカーペットが広がる草原を歩き、およそ一時間と半の距離に存在する山。

 

 そこは森林ほど緑に溢れているわけでは無い物の、ごく一般的にある普通の樹木が獣道に幾つか見え、一部の木の根元には熟した果実が落ちていたり、その落ちた果実を確保するために、色んな獣型デジモンが姿を現す事がある場所や、透明で綺麗な水が斜面をなぞるような形で形成された川から、水棲生物型のデジモンがひょっこりと顔を出す場所があり、凶暴な性格を持ったデジモンは居ないと言っても過言では無い場所だ。

 

 ギルモンのユウキとベアモンとエレキモンの三人は、周囲を見渡して食料を探しながら獣道の上を歩いていた。

 

「……エレキモン、本当に見つかるのか? その……肉リンゴって果実」

 

「何回もこの山には来た事があるし、その度に何個か食べた事がある。野生のデジモンによっぽど食い荒らされでもされてない限り、見つからないなんて事は無いと思うぞ」

 

「この辺りの野生のデジモンは、こっちの方から仕掛けない限りは襲ってくる事も無いんだよね。だからユウキ、昨日の件があったから緊張するのは分かるんだけど、警戒心は解いてくれないかな? 逆効果だから」

 

 言われてユウキは、辺りの風景を見渡し確かめてみた。

 

 確かに、道を歩いている間に見た野生のデジモンは皆、敵意や殺意などといった物騒な要素とはかけ離れた印象しか持っていないように見える。

 

 ユウキ自身、自分の視界が捉えているデジモンの姿を見て危険だとは思っていない。

 

「……お前の言う通り、解く事が出来るのなら気も楽なんだろうけどな」

 

 ならば何故、警戒心を強めて余計に安心感を遠ざけているのか。

 

 ユウキ自身、理由が分かっていてもどうしようも無い事だった。

 

(クソッ、今でも頭の中に嫌なイメージだけが浮かびやがる……)

 

「ひょっとしてユウキ、ビビってる?」

 

「……そういうわけじゃないけど」

 

「昨日の一件みたいに突然敵の襲撃に遭うのが怖いから、警戒心を強め、いつ襲撃に遭っても大丈夫なように心構えしてんだろ。まぁ、その考え自体は悪い事じゃないんだがよ……通常の会話でもピリピリしてんのはどうかと思うぞ」

 

 エレキモンにそう言われるが、それでも今のユウキに改善は出来ない。

 

 そして、ユウキが一向に警戒心を解く気が無いように見えたベアモンは、顔を向けて念を押すように言った。

 

「とりあえずユウキ、先に言っておくけど、野生のデジモンと遭遇しても手を出さないでね。一部を除いてこちらから仕掛けない限り、場合によっては襲ってこない確立の方がず~っと高いんだから」

 

「流石に自分から敵を作るような真似はしないって。大体、俺は別にビビってるわけじゃ……」

 

 ユウキがベアモンに対してそう言った直後。

 

 三人が立っている所の近くで、ガサガサッ、と茂みが揺れる音がした。

 

「!!」

 

 それとほぼ同時に、ユウキはボクシングでもするかのように両手を構え出す。

 

 だが、茂みの方からはそんな彼の緊張感をブチ壊しにするかのように、球状の体で犬や猫といった小動物を早期させる姿をした幼年期のデジモン――ワニャモンが通りすがるだけだった。

 

 たったそれだけでユウキの警戒心が恥ずかしさに変換され、ただでさえ紅い顔を更に赤くしてしまう。

 

「……幼、年、期……?」

 

「……ぷっ」

 

「くっ……くくく……!!」

 

「何笑ってんだ殴るぞ」

 

 思わず口から失礼な言葉を吹き出しそうになるベアモンとエレキモンと、全身を恥ずかしさで震わせながら威嚇するユウキ。

 

 何だかんだ言って、無意識に彼等はこの状況を楽しんでいるのかもしれない。

 

 まるで遠足にでも行っているような雰囲気のまま、彼等は目当ての食料を手に入れるために山を上っていく。

 

 日も完全に昇り、周りがよく見える時間の出来事だった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 早朝、発芽の街にある『ギルド』の拠点にて。

 

「……んぁ……朝かぁ?」

 

 この建物で留守番係を担っているミケモンのレッサーが、変な声を漏らしながら目を覚ました。

 

 喉の奥から欠伸を吐き出し、目元に出る涙を拭い、外の明るさから日が変わっている事を理解する。

 

 今の時間、建物の中には静寂のみが存在しているが、数時間程度経った頃にはこの建物に『依頼』を受注させに来る者、受注しに来る者が立ち寄る事になるだろう。

 

 留守番係であるレッサーは、組織の長が居ない時にそういった『依頼』を管理する立場でもある。

 

 彼は客が来るのを待つため、受付用のカウンターの上で体を横に倒した。

 

「おい」

 

 その動作と同時に、後ろから声が掛けられた。

 

 その声が、自分がよく知っている者の声である事を認識した直後、レッサーは倒していた体を起こして声がした方を向く。

 

 そこに居たのは、気高き金色の鬣を持った獣人型デジモン――レオモンだった。

 

 レッサーはその姿を視野に捉え、一度後頭部を右手の爪で掻いてから言う。

 

「……あ、帰って来てたのかリーダー」

 

「ああ……お前が眠っている間にな。随分と退屈そうな顔をしていたな」

 

「そりゃあな。やる事も話し相手も居ない時に、真剣な顔で留守番なんて出来るわけねぇだろ」

 

「……ふむ。まぁ予想通りだったが、仕事はこなしたのだろうな?」

 

「一応」

 

 一言でそう答え、今度はレッサーの方からレオモンに聞く。

 

「それより、リーダーの方はどうだったんだ?」

 

「当然、全て無事に終わっている。だが、ある噂を聞いたな」

 

「何だそりゃ?」

 

 そう聞くレッサーだったが、あまり良い噂では無い事だけはレオモンの表情から察する事は出来ている。

 

 このレオモンは何時(いつ)も真面目そうな表情を浮かべているが、嫌気の刺す話をする時だけは口元が微かに歪むクセがあるからだ。

 

 そしてその予想通り、質問に対する回答はロクな内容では無かった。

 

「レッサー。お前は『木の葉の里』については知っているか?」

 

「『木の葉の里』? 確か、このサーバ大陸で東方に位置する、隠密行動や刀剣の技術に長けたデジモン達を育成している里の事だったっけ? 聞いた話ぐらいしか知らねぇけど……」

 

「ああ。私も昔一度だけ、その里に行った事があってな。」

 

「……で、その里がどうかしたのか? まさか、内乱でも起きたとか?」

 

「その程度なら、ある意味マシだったのかもしれないがな」

 

「?」

 

 レッサーの頭の上に疑問符を浮かぶ。

 

 内乱という大規模な出来事(イベント)が『その程度』と言えるレベルで、更にロクでもない出来事《イベント》があるとすれば、よっぽどの事だろう。

 

 だが、当の発言者であるレオモンは言いづらいのか、口を噤んでしまった。

 

 そんなレオモンに対して、レッサーは『途中で終わらせんなよ』とでも言うような顔で睨みつけると、ようやくレオモンはその重々しい口を開いた。

 

 

 

 

 

「……壊滅した」

 

「……はぁ?」

 

「一夜の内に、あるデジモンの襲撃で里の全体が壊滅。住人のほとんどは命を奪われ、数少ない生き残った者達は散り散りとなって放浪しているらしい。あくまで聞いた話だから確信は持てないが、もし事実ならばとても悲しい事だ……」

 

「ちょっと待て」

 

 思わずレッサーは起き上がり、一度話を止めさせる。

 

 詳しい事情を知ってなくとも、レオモンが言った事はそれだけの衝撃を含んでいた。

 

 だが、同時に単純な疑問点も浮かぶ。

 

「俺はその里に行った事も無いから知らないけど、そこには一つの里を構成するだけの数のデジモンと、その数多いデジモン達を治める長が居たんだろ? この街の長老みたいに、かなり強いデジモンが……」

 

「ああ。私も一度手合わせさせてもらった事がある。カラテンモンと言う種族名のデジモンで、当時の私には一撃を与える事すら出来なかった。故に、この噂が本当とは思えん。あの里には長以外にも、強者の忍者デジモンが数多く居るからな」

 

「忍者って事は、闇の中で活動する事が得意なんだろ? だったら、尚更その噂って変じゃね?」

 

「ああ。だから妙な噂だと言った。どうせちょっとした(ガセ)だとは思うのだが、今思えば『ギルド』を立ち上げてからあの里に向かった事は一度も無くてな。その里へ、いつか遠征に向かおうと思っただけだ」

 

「……要するに、気になってるわけか?」

 

「それもあるが、出来るならあの里とは『連合(ユニオン)』を結びたい。彼等の情報収集能力は、とても頼りになるからな」

 

「なるほどな。じゃあその内、遠征に向かう事になんのか?」

 

「それが可能な物資と、そこに行く気があるデジモンが居ればな」

 

 そこで『噂』に関する話題は、レオモンの方から強引に切った。

 

 真偽の分からない暗い話をしている事に、自分で馬鹿らしく思った故の事だった。

 

 何より、今やるべき事は別にある。

 

「……さて、この話はここで終わりだ。お前には昨日留守番してもらった分、やってもらわないといけない事が山ほどあるのだからな」

 

「えっ、リーダーは?」

 

「今日は私が留守番を担おう。色々と手に入れた資料(じょうほう)を纏めなくてはならんし、お前は……やはり外で活動させた方が良さそうだ」

 

 そう言ってレオモンは、外出時の所得品(しょとくひん)収納用(しゅうのうよう)のリュックサックから、自分で書いた文章を記述している書物を取り出してカウンターの上に乗せる。

 

 同時に、ドサッと重い物を置いた時によく聞く音が聞こえたが、そちらの方には特に意識を向けずにレッサーは聞く。

 

「おっ、じゃあ今日は俺が依頼を受けるのか?」

 

「まだ、こんな時間に依頼は来ていないだろう? 今日はひとまず調査だ。『滝登りの山』に行ってこい」

 

「……あそこって、調査する要素あるか?」

 

「その『調査する要素』は、事前情報が無ければ調査の中で見つける物だろう? いつも通り、些細な事でも怪しいと思ったら報告しろ」

 

「へいへい。分かったよっと……」

 

 そう言ってレッサーはカウンターの上から降り、建物の出口に向かって歩き始める。

 

 そんな時、ふとレッサーは、一度レオモンの方を振り向いてこう言う。

 

「サボんなよ~?」

 

「……お前にだけは言われたく無いのだが?」

 

 溜め息を吐くような調子で、そんな言葉がレオモンから返って来ていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 山を登りだしてから、一時間近くの時間が経った頃。

 

 ベアモン達一行はエレキモンの提案で、少し離れた場所に多くの木々が見え、地面は大量の湿った石で形成された川原にて休憩している所だった。

 

 この場所は仮に襲撃を受けたとしても、身を隠せる木々や茂みから距離が離れているため、姿を現した敵に対して身構える事も、逃げる事も出来る。

 

 故に安心出来る空間のはずなのだが、ユウキだけは複雑そうな表情で川の方を見つめている。

 

 エレキモンが道端で拾った胡桃(くるみ)のような形の木の実を齧っている一方で、ベアモンはそんなユウキの方に近づいて話しかける。

 

「川を見つめてどうしたの? そんなに珍しい物でも無いと思うんだけど」

 

「……あ、いや。人間だった頃にこういうのを直接見た事が無かったからさ、新鮮だって思って……」

 

「ふ~ん……」

 

 ベアモンは意外そうな声を漏らした後、こう言った。

 

「もしかしてユウキって、こういう山に来るのは初めて?」

 

「初めてってわけじゃない。まだ小さかった頃に、ちょっとした遠足(イベント)で言った事はある」

 

「小さかった頃って、幼年期の事?」

 

「デジモンじゃないけど、ある意味で合ってはいる。年齢で言えば、人間だった頃の今の俺は成長期だけど」

 

「じゃあその『小さかった頃』に会ってたら、ユウキの姿は幼年期のデジモンだったのかな?」

 

「……可能性として無くは無いけど」

 

 ユウキがそう言った直後、突然ベアモンは少し何かを考えるような仕草を見せ、ユウキに背を向けた。

 

「……? 何だ、突然黙って……?」

 

 ユウキの方からそう話しかけると、ベアモンは振り向き、怪しい手草と何やら芝居臭い調子で口を開いた。

 

 

 

「……お~、よちよち、かわいい子でちゅね~♪ ぼくはきみのおにいちゃんでちゅよ~?」

 

「俺は赤ん坊じゃねぇッ!!」

 

 

 

 その一瞬で、額に青筋を立てるユウキ。

 

 まぁ、精神年齢が既に十五歳を超えている元人間(しかも血の繋がりは無い)に対してそんな事を言えば、よっぽど煽り耐性が無い限りは喧嘩(リアルファイト)に物事が派生してしまうのも仕方が無いのかもしれない。

 

 だが、この日の早朝に行った模擬戦でベアモンに完膚なきまでに敗北したユウキに、真正面から殴り合おうとする気が起きるわけも無いわけで。

 

「てか、俺からすれば赤ん坊っぽいのはお前の方なんだが!?」

 

「えっ!? 僕の何処が幼年期っぽいのさ!?」

 

「のほほんとした性格とか、呑気なその言動とか、とにかく色々だ!!」

 

「なんて事を言うの!? 赤ん坊じゃなくて、せめて純粋な子供って言ってよ!!」

 

 ただの会話から、口喧嘩(みにくいあらそい)に発展していく様を適当に眺めているエレキモンは、ふと内心で呟いた。

 

(……ぶっちゃけ、あんな風に感情を出してる時にはどっちもガキだよなぁ……)。

 

 あんな風に喧嘩をしても、よっぽど確執を作るキーワードを口に出さない限りは問題無いのだから、エレキモンの判断は間違っていなかったりする。

 

 実際、言う言葉が尽きる頃には二人の口喧嘩は終わり、先ほどまでの空気は何処へやら、川の方に足を踏み入れて水浴びをしていた。

 

 エレキモンは手元に残っていた木の実を飲み込んだ後、現在進行形で水遊びをしている(水を掛けている)ベアモンと(水を掛けられている)ユウキの方に声を掛ける。

 

「お~い、そろそろ休憩は終わりにしねぇか~?」

 

「え~? もうちょっと遊んでいこうよ~。真水は久しぶりなんだからさ~。ねぇユウキ?」

 

「いや、もう行こう……」

 

「え~?」

 

「いいから。十分水浴びは出来たから。とっとと行くぞ……」

 

 そう言って、ベアモンの手を三つの爪で引きながら、全身ずぶ濡れ状態のユウキは戻って来ようとする。

 

 そんな時だった。

 

「……ん?」

 

「どうしたベアモン?」

 

「何か、大きな足音が聞こえない? それと、何か変な感じが……」

 

「え……?」

 

 茂みの向こう側から、重々しい足音がどんどん近づいて来る。

 

 それが、野生のデジモンの物だと理解するのに時間は掛からなかった。

 

「……どうする?」

 

「どうするって言われても……この辺りに居る重量級のデジモンって、確か……」

 

 ベアモンが覚えのあるデジモンの名を思い出す前に、そのデジモンは姿を現した。

 

 四足歩行に適した竜の骨格をしており、鼻先からはサイのようなツノを生やしていて、そのツノを含めた体の半分が硬質な物質に覆われているデジモン。

 

 その姿を見て、ようやく思い出したベアモンは安心しながらデジモンの名を言う。

 

「あぁ、そうだった。モノクロモンだね。草食系で、おとなしい性格をしているデジモンだよ。怒らせない限りは襲ってこないから、安心してね」

 

 ベアモンはそう言って、少しだけ警戒心を解いたが。

 

「……何か、こっちに向かって来てね?」

 

「へっ?」

 

 離れた距離から、どんどんモノクロモンは三人に向かって突撃して来ている。

 

 それも、やけに興奮した状態で。

 

 目からも、ベアモンが言っていた『大人しい』性格の要素は見受けられない。

 

 迫り来る脅威に、選択肢は二つ。

 

 逃げるか、闘うか。




 
 NGは今回ありません。

 投稿時のUAが5000を突破していた……他にも素晴らしい小説があるのに、この小説を選んで読んでくれている方には頭が上がりません。本当にありがとうございます。

 まだ本格的な話にも突入していないこの小説ですが、いつか盛り上れるような展開を入れるつもりなので、これからも応援してくださると嬉しいです。

 でも、仮に記念の話とかをオーダーされても何も思いつかないので、その辺りはご了承ください。
 


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電子世界にて――『迫り来る重戦車の脅威』

前回の更新から約一ヶ月ちょいの間が開いてしまいました。

Pixivの方でやっている企画の進行といった都合もあったとは言え、ここまで更新が遅れてしまった事は本当に申し訳がありません。

それにしても人間は『追い詰められると物凄いパワーを発揮する』と言われてますけど、本当に凄いですよね。三時間ほどぶっ続けで書いてたら3000字近く書き終えれてしまいましたよ。

何で普段からこのぐらい書けないんですかね俺は(憤慨)。

……まぁそれはともかく、始まります。


 目の前から迫って来ていたモノクロモンは、ギルモンのユウキとベアモンとエレキモンの三人の姿を視認した事で、荒々しく地を踏み鳴らしていた四つの足を止めると共に威嚇の唸り声を上げた。

 

 普段は本当に大人しく、温厚な性格をしている(らしい)モノクロモンだが、今三人の目の前にいる個体は明らかに敵意を剥き出しにして、今にも襲い掛かって来そうなほどに興奮している。

 

 まるで、自分以外の存在が敵としか思えていないような目で。

 

「普段は僕とエレキモンが近くに寄っても何とも無かったのに……!?」

 

 何か理由があるのかと疑問に思うベアモンだったが、予想をするよりも前にモノクロモンの口が大きく開かれ、喉の奥に何か赤い物が見えた。

 

 それが何なのか、実際の体験として見るのが初めてのユウキにも理解する事が出来たが、既に左右へ分かれるように動いているベアモンとエレキモンよりも、ほんの僅か一秒だけ対応が遅れる。

 

「!!」

 

 焦りながら動こうとして、緊張と焦りから思わず足を躓いた直後。

 

 ユウキのすぐ後ろを、強大な熱を伴った火炎の球が通り過ぎた。

 

(げっ……!?)

 

 まるで少し前の水遊びで濡れた体が、一瞬で乾いたと錯覚するほどの熱気だった。

 

 ふと火炎弾が放たれた射線の先を覗き見てみると、先ほどまでユウキ達が居た位置よりも更に後ろの方に見えていた岩石が赤熱し、表面が少し融け始めていた。

 

 もしアレが自分の体に当っていたら、と想像するだけでも背筋に寒気が走る。

 

 昨日遭遇した大きく禍々しい翼を持つ毒虫とは、また違う『怖さ』を感じさせられた。

 

(……クソッ。昨日といい今日といい、成熟期のデジモンに立て続けにエンカウントするとか……!!)

 

 内心で忌々しく毒を吐きながらも、地に伏している体を両前足を使って起き上がらせる。

 

 だがその間にも、モノクロモンは今自分の視界に入っているデジモンを優先的に潰すつもりなのか、口から二発目の火炎を放とうとしていて。

 

「!!」

 

 立ち上がった時には、既に発射の準備は終わっていた。

 

 だが。

 

「スパークリングサンダー!!」

 

 モノクロモンの視界から消えていたエレキモンの電撃がモノクロモンの顔面に向かって放たれ、本能的にモノクロモンは攻撃をしてきたエレキモンの方を向き、ユウキへ放とうとしていた火炎をエレキモンの方に放った。

 

 エレキモンが余裕を保って避けると、火炎弾を放った直後の隙を突く形で、側面からベアモンがモノクロモンの懐に素早く潜り込み、腹部に向かって打ち上げる形で拳を捻じ込む。

 

「フンッ!!」

 

 硬質な物体に覆われていない部位を攻撃したからなのか、モノクロモンの苦痛の声が漏れる。

 

 反撃しようとモノクロモンはタックルで自分の体をベアモンに叩き付けようとするが、既にベアモンは後方に跳躍する事で攻撃の射程から退いていた。

 

「…………」

 

 それらの流れを、未熟者はただ傍観する事しか出来ない。

 

 今の自分に出来る事は何か、それすらも分からない状態で闇雲に介入した所で、足手纏いになって結局味方を傷付ける事になるかもしれない。

 

 そういった不安が、前に進もうとした足を留まらせる。

 

 仮に手伝おうにも、あのような怪物を相手にどういった攻撃をすれば有効なのかが分からない。

 

 ならむしろ、自分は引っ込んでいた方が良いのでは無いか。

 

 だが、ここで逃げたら昨日と同じように結局何も出来ていない事になる。

 

(……クソッたれが……)

 

 ユウキの目には考えている間にも、連携と身のこなしから一切の攻撃を受けずに自分達の攻撃だけを確実に当てているベアモンとエレキモンの姿が映っていた。

 

 攻撃は通用しているにも関わらず、モノクロモンの瞳は一切力を失っていない。

 

(……このままじゃ、いずれ消耗して……)

 

 戦闘不能になるまでのダメージを与えるための攻撃力が、足りない。

 

 それを想像する事は、デジモンの事をよく知るユウキにとって難しい事では無かった。

 

 モノクロモンの体には硬質な物質が鎧のように張り付いており、エレキモンの電撃もその鎧が付いていない場所にしか効いてはいない。

 

 ベアモンの拳は効果的なダメージを与えられているようだが、エレキモンと違ってベアモンという種族は飛び道具を使う事が出来ないため、危険性は遥かに高い。

 

 もしこのまま何の策も用いずに戦えば、モノクロモンが倒れる前に二人が倒れる。

 

「………………」

 

 逃げる事は当然考えた。

 

 だが、モノクロモンは四足歩行の骨格を持ったデジモンであるため、その頑丈そうな外見に見合わず走行速度は速い。

 

 少なくとも、逃げる三人を追いかけて追いつける程度には。

 

 茂みなどに隠れる事でやり過ごそうにも、今立っている場所からは少し距離が離れている。

 

(……クソッ、やってやる……)

 

 この状況では、もう戦う以外に生き残れる道は無いと思える。

 

 もしかしたらエレキモンもベアモンも、自分が今考えている事を既に理解していたからでこそ、素早い対応が出来たのかもしれない。

 

(やるしか……無いってんだろ!!)

 

 右前足の爪で不出来な握り拳を作ると、ユウキはモノクロモンが居る方に向かって走り出す。

 

 モノクロモンはベアモンとエレキモンの方を向いている所為か、ユウキの接近には意識が向いていないようだった。

 

 気付かれないように忍び足などやっている余裕は無い。

 

 一気に走り込み、ベアモンと同じように硬質な物質による鎧が存在していない部位を、思いっきり殴る。

 

 ドスッ、と手ごたえを感じさせる乾いた音が炸裂した。

 

「……ッ!!」

 

 だが、その攻撃でモノクロモンは標的を二人からユウキを変えたようで、怒りを感じさせる吠え声と共に尻尾で自身の周囲を薙ぎ払って来た。

 

 ユウキはそれを、ベアモンと同じように後ろに向かって跳ぶ事で避けようとしたが、運動性能と経験の差からなのか、避けられる距離に到達する直前にモノクロモンの尻尾がユウキの体を打ち飛ばした。

 

「が……っ!?」

 

「ユウキ!?」

 

 喉の奥から吸っていた空気が一気に抜き出て、打ち飛ばされた体は地面の上を摩擦音と共に滑り、膝に擦り傷が出来た時よりも激しい痛みが背中を駆け抜ける。

 

 その際ベアモンが心配するような声を上げていたが、ベアモン自身もそちらに意識を向けている場合でも無い。

 

 何故なら、息つく暇も無く、次の攻撃が襲い掛かろうとしているのだから。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「!!」

 

 尻尾での攻撃から間髪入れずに、モノクロモンは火炎弾を放っていた。

 

 ちょうどモノクロモンの顔面に向かって拳を叩き込むために走っていて、途中で吹っ飛ばされる仲間の姿を見て、迂闊にも余所見をしてしまったベアモンの方に向かって。

 

「ベアモン!!」

 

 一瞬遅れて反応したベアモンは走行の勢いを踵で殺し、右側――ギルモンのユウキが吹っ飛ばされた方向に跳躍しようとした。

 

「……っぁ……!?」

 

 だが避け切る事が出来ず、放たれた火炎弾はベアモンの左足を掠る。

 

 膨大な熱量を含んだ火炎弾は、直撃をさせずとも火傷を負わせるだけの効果があって、ベアモンの左足には黒く焦げ付いたような痕が残っていた。

 

「ぐ……!!」

 

 足から伝わる激痛に歯を食いしばって耐えながら、両手の力で立ち上がろうとするベアモンだったが、そんな都合の悪い時に敵が待っていてくれるわけも無く、モノクロモンは左の前足でベアモンを踏み潰そうとする。

 

 それを横に転がる事で回避するベアモンだが、今度は右の前足が振り下ろされる。

 

「くっ……!!」

 

 だがベアモンはもう一度同じ方向に転がる事で避け、その回転の勢いを止めずに数メートルほど距離を離した後に右の膝を地に着けた状態で立ち、体勢を立て直した。

 

 火傷の痛みに耐え、少し前まで遊びで入っていた場所の方を向きながら、ベアモンは内心で呟く。

 

(……火傷なら、水辺で応急処置は出来る。昨日と違って痛みを我慢さえすれば歩けるはずだし……問題なのは、この状況をどうやって切り抜けるかなんだ……まさかあのモノクロモンが、ここまでしてくるなんて……)

 

 ただ単に殴っているだけで、強力な鎧竜型デジモンであるモノクロモンに戦闘不能になるまでのダメージを与えられるとは思えない。

 

 エレキモンの電撃で神経を麻痺させて行動不能にする事も手段の一つだが、ただ普通に当てるだけで気絶させる事は難しいだろう。

 

(……水辺を利用してやろうにも、どうやって? あの巨体をどうやって川に誘き出せば……あの重量級のデジモンを投げ飛ばす事なんて今の僕にはとても無理だし……)

 

 考えても、好ましい結果を得られる打開策は浮かんできてくれない。

 

 一つだけ、たった一つだけこの状況を簡単に打破出来る可能性があるとすれば。

 

(……今、この場でユウキが先日行ったように『進化』を行う事)

 

 ユウキの種族であるギルモンが進化したデジモン――グラウモンのパワーがどれほどの物かを、ベアモンはあまり詳しくは知らない。

 

 モノクロモンの体表にある硬い物質は、ダイアモンドと呼ばれる鉱物と同じ硬さを持っているらしいのだが、森育ちのベアモンは銅とか銀とかの鉱物に関心を持った事が無いため、とりあえず『もの凄く硬い石』と認識している。

 

 故にベアモンの考えは、モノクロモンの体表に存在する硬い物質は熱にも強そうだが、進化前のギルモンの前足にある爪は、岩石すら砕く事が出来る(と言われている)から、成熟期に進化したらそれが更に強くなって太刀打ちが出来るだろう、といった物だった。

 

 だが、結局その可能性は前提条件として『ユウキが自発的に進化を出来る』事が必要となる。

 

 それに、その可能性を思考に浮かべたベアモン自身、それをあっさり肯定しようとは思わなかった。

 

(……また、ユウキにも無理をさせるわけにはいかない)

 

 それは単なる正義感からか、出会って二日程度の友達に対して向けている、傍から見ればちっぽけな友情からか。

 

 ベアモン自身も何故こういう場面に自分の身を考慮しないのか、とエレキモンに怒鳴られた事があったりした覚えがあり、それに対する返答もエレキモンからは『納得出来ない』と返されている。

 

(……僕が、守らないと)

 

 そう内心で呟いた時、電気のバチバチと鳴る音と共に、モノクロモンの視界の外からオレンジ色の電撃がモノクロモンの尻尾に直撃し、明らかに怒りの感情が混じった吠え声が響いた。

 

 モノクロモンの視界が、ベアモンの居る場所とは違う方向を向いた。

 

 先ほどからモノクロモン自身を一番攻撃している敵――エレキモンが居る方向を。

 

 エレキモンもそれに気付き、九つの尻尾を広げて威嚇をしながら安い挑発を送る。

 

「ほらほら!! かかってこいよデカブツ!!」

 

 案の定、モノクロモンはエレキモンの居る方目掛けて火炎弾を放ったが、エレキモンは四つの足で駆けて射線から外れる。

 

 火炎弾が当らない事に苛立ちでも感じたのか、モノクロモンはただ単に火炎弾を撃っているだけの攻撃パターンを中断し、四つの足を荒々しく動かしてエレキモンを追い駆け始めた。

 

 負傷しているベアモンを放置したまま。

 

(まさか……囮!?)

 

 エレキモンの行動の意図は簡単に掴めたが、それはベアモンからすれば一番受け入れ難い案だった。

 

 確かにエレキモンが逃げ続け、その間にユウキを連れて逃げる事が出来れば、ひとまずベアモンとユウキだけは助かる可能性が高い。

 

 だが、囮役のエレキモンがもしも逃げ延びる事が出来なければ……それはベアモンにとって、自分の願いを裏切られるも当然の結果になる。

 

(駄目だ……こんな時、どうすれば……!?)

 

「ヴォルケーノストライク!!」

 

 重戦車(モノクロモン)は走りながら口から火炎弾を放ち、駆けている子鼠(エレキモン)を仕留めんとする。

 

「ヴォルケーノストライク!!」

 

 ただしそれはそれまでの火炎弾と違い、種族としての必殺技の名を言いながら放たれた、一回り大きな火炎弾だった。

 

 それを避けようとしたエレキモンだったが、火炎弾はエレキモンのすぐ後ろの地面に着弾。

 

 爆発した。

 

「どわああああああ!?」

 

 直撃こそしなかったもののバランスを崩し、転倒するエレキモン。

 

 追撃とでも言わんばかりに、モノクロモンは倒れたエレキモンに対してもう一回火炎弾を放とうとする。

 

「ドジった……!!」

 

 今の状態では、あの大きな火炎弾を避け切る事が出来ない。

 

「エレキモンッ!!」

 

 ベアモンは左足から電流のように走る火傷の痛みにも構わず走り、手を伸ばすがそれが届く事は無い。

 

 どんなに早く走ったとしても、もう遅い。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「ヴォルケーノストライク!!」

 

 そして残酷にも、必殺の技の名と共に火炎弾は放たれた。

 

 エレキモンは自身に迫り来る死に対し反射的に目を瞑り、ベアモンの脳裏には最悪の未来図が脳裏に過ぎる。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 だが。

 

 来るはずだった死は、訪れなかった。

 

 火炎弾はエレキモンに直撃する前、射線上に割り込んで来た別のデジモンに直撃していた。

 

「………………」

 

 ベアモンにはそれが誰なのかを理解する事は出来たが、それをすぐに声として出す事は出来なかった。

 

 そして、自身に訪れるはずだった死が来ない事に疑問を抱いているエレキモンは目を開け、その姿を確認する。

 

「……ユウキ!?」

 

 つい先ほど、モノクロモンの尻尾に打ち飛ばされ倒れていたはずのデジモンだった。

 

 彼はモノクロモンの必殺技からエレキモンを身を挺して守れた事を確認すると、苦しそうな声で言葉を呟く。

 

「……だい、じょうぶ……か……?」

 

「大丈夫って、お前の方こそ大丈夫かよ……!?」

 

 だが、互いの安否を確認する間も無く、モノクロモンの角が迫る。

 

「!!」

 

 ベアモンはそれに気付くと、ユウキがそうしたように二人の盾となるように立ち塞がる。

 

(死なせてたまるか……!!)

 

 偶然にも先日、フライモンの奇襲から仲間を守った時と状況は似ていた。

 

 抱いている感情も、言葉だけで言えば同じ物。

 

(こんな所でッ……)

 

 死んでほしく無いから。

 

 願いはただ、それだけ。

 

(死なせて……)

     

 絶対に、守る。

 

 そのためなら自分の命を賭ける事に躊躇はしない。

 

 心に抱く願いと、それを叶える原動力となる意思は、ベアモンの電脳核を急激に回転させ、奇跡を起こす。

 

「たまる……かあああああああああッ!!」

 

 モノクロモンの角がベアモンに当たる直前。

 

 ベアモンの体を軸に、青空のように青いエネルギーの繭が形成され、モノクロモンの進行を防いだ。

 

 そしてその繭の中で、ベアモンの体は強く、逞しく成熟していく。

 

「まさか……ベアモンも……?」

 

 エレキモンの呟きと共に繭は内部から切り裂かれ、内部から一体のデジモンが現れる。

 

 青みがかった黒い毛皮に覆われた逞しき躯。

 

 殺傷能力を秘めた鋭い牙や爪。

 

 額には白く三日月のような模様が描かれ、両前足に『熊爪』を装備したデジモン。

 

「ベアモン進化…………」

 

 その名は。

 

「グリズモンッ!!」

 




 この状況でNGなんて書けるわけが無いッ……!!

 というわけで、今回はデジモンサイドの主人公ことベアモンの進化回でした。

 物語中ではあまり日数は経っていないのですが、この辺りで進化させてちょうど良いと判断したための進化回……なのですが、実を言うと当初の予定では『三体の成長期で成熟期を協力して倒す』って感じの話にする予定で、作者である俺自身がそれに至るための過程を描く事も出来なかった(当初はユウキとベアモンの渾身の同時攻撃で川に落としてから、エレキモンの必殺技で気絶させるって流れの予定でした)ので、ある意味俺自身の諦めという形で進化の回になったわけです。

 書いた後だと『ちょうど良かったかな』と思っているのですが、それでも書いてみたかったなぁ……ユウキとかユウキとかユウキが足を引っ張らなければそれも可能だったのに←←

 最近忙しいのもあって、ルビ等を振る余裕もありませんでした。

 次回はモノクロモンとの戦闘の決着になりますが、もうじき第一章は終わります。てか終わってほしいです(切実)。


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電子世界にて――『対するは守護の灰色熊』

 更新が安定すると思ってたらグリズモンの戦闘描写を試行錯誤し続けて、Pixivで行っている企画の進行と両立しながら一番良い感じの戦闘を書けたかもと思っていたら、卒業式やら何やら行事が忙しくなり、ここまで遅くなってしまいました。

 この小説を楽しみになさっている方には、本当に申し訳が立たないです。

 そして、何より無念なのが今回は3000字程度しか文字数がございません。

 


「………………」

 

 進化による大幅な身体情報の更新による影響なのか、左足に受けていた火傷の痛みは消え去っていた。

 

 四肢に力が漲り、痛みが無くなった影響からか思考がやけに冷静になる。

 

 先ほどまで脅威として映っていた敵が、今では恐れる必要も無い存在として視界に映る。

 

(……これが、進化……)

 

 少し前まで『成長期』のデジモンであるベアモンだった『成熟期』のデジモン――グリズモンは、進化に伴った自身の変化に対してそう呟くと、目を一度後ろの方へと向けた。

 

 彼の姿――と言うより『進化をした』という点について驚いているエレキモンと、背中に大きな火傷を負って倒れているギルモン――ユウキの姿が見え、その後改めて前を向くと、3メートル程離れた位置に襲撃者であるモノクロモンが熱の篭った息を荒立て、興奮しながら健在しているのが見える。

 

 進化をする直前には目前に居たのにも関わらず距離が離れているのは、進化の際に発生した膨大なエネルギーの繭によって弾き飛ばされたからだろう。

 

 突然目の前に現れたグリズモンの事を新たな敵として、それも一番の脅威として捉えているからなのか、警戒して自分の方から突っ込んで来るつもりは無いようだ。

 

(……この姿がどのぐらい維持出来るのかが分からない以上、モタモタしてる余裕は無い、か……)

 

 この状況でグリズモンにとって達成するべき勝利条件は二つ。

 

(……モノクロモンを戦闘不能にし、エレキモンもユウキもこれ以上は傷つけさせない)

 

 進化して一転、状況はただ好転しているわけでは無い。

 

 結局モノクロモンをグリズモンが倒せなければ、その時点で三人の命運が確定してしまうのだから。

 

 そして、その状況を理解しているからでこそ……グリズモンは、それ以上考えなかった。

 

「ヴォルケーノストライク!!」

 

 重戦車(モノクロモン)主砲(ひっさつわざ)が放たれる。

 

 グリズモンがその行動に対して起こした行動は、とても単純な事だった。

 

「ハアアアアアッ!!」

 

 赤色の防具が装備された両方の前足を縦に思いっきり振るい、火炎弾を真っ二つに両断したのだ。

 

 分断された火炎弾はグリズモンとその背後に居る二人の居る場所のすぐ横を通り過ぎ、水辺の向こう側にあった岩肌に当たる。

 

 赤熱されたそれを視認するまでも無く、グリズモンは攻撃と同時に地に付けた前足を使って四足歩行で駆ける。

 

 必殺技を放った反動からか、モノクロモンはグリズモンの接近に対して直ぐに対応する事は出来ず。

 

 迎撃しようと次の火炎弾を放とうとした頃には、既に森の武闘家(グリズモン)が自身の攻撃の有効射程内に辿り着いていた。

 

「フンッ!!」

 

 四足から二足歩行に転じたグリズモンの太く重い右前足が振り下ろされ、金属の鳴る音と共に、モノクロモンの顔面が顎から石だらけの地面に叩き付けられる。

 

 地に伏せるような体勢にされたモノクロモンは、反撃とでも言わんばかりにグリズモンの胴部目掛けてダイヤモンド並の硬度を持つ鼻先の角を突き立てるが、グリズモンは斜め後ろに半歩下がる事でそれをいなし、今度はアッパーカットのように左前足で顎を殴り上げ、右前足でもう一回同じ要領で打撃を加えた。

 

 すると、顎の下から突き上げる衝撃によってモノクロモンの上半身が宙に浮き、これまで狙う事が出来なかった部位が丸見えとなる。

 

 グリズモンは、そこで腰を深く落とす。

 

「……すぅ~っ」

 

 そして、狙い打つ。

 

 ベアモンの頃から愛用していた、必殺の正拳付きで。

 

樋熊(ひぐま)正拳(せいけん)()き!!」

 

 真っ直ぐ放たれた拳がモノクロモンの腹部へ突き刺さり、鈍い打撃音と共にモノクロモンの巨体が5メートル程先までブッ飛ばされる。

 

 重量級の体な故か、モノクロモンが着地した周辺の地が『ズゥン……!!』と響く。

 

「……すげぇ……」

 

 目の前の光景に、エレキモンはただ圧倒されていた。

 

「グゥォオオァァッ!! ガァッ!!」

 

 だが、渾身の一撃を加えて尚、モノクロモンは倒れない。

 

 今の連撃によって怒りが更に大きくなったのか、頭に血が上って更に荒々しくなっている。

 

 野生のデジモンが怒ると動きが荒々しくなる事はグリズモンも知っているが、彼からしてもこの怒りっぷりは異常と思える物として映っている。

 

(……やはり、これは普通じゃない……)

 

 だが、原因が分からない以上、戦う力を奪う事しか手段は無い。

 

 辺りの地を踏み鳴らしながら、堅き鎧の竜がこちらに向かって角を突き立てながら突進してくる。

 

 グリズモンはそれに対して真っ向から立ち塞がり、両方の前足で槍の如き角を受け止めた。

 

「……ぐっ……!!」

 

「グゥォオオオオオオ!!」

 

 事前に身構えていたにも関わらず、グリズモンの体が徐々に後ろの方へと押し出され始める。

 

 ザリッ、ジャリッ、と……少しずつ、自分の守りたいものが居る所へ。

 

 後ろ足で重心を支え必死に踏ん張るが、モノクロモンの重量と力は強大だ。

 

(負けるか……絶対にッ……!!)

 

 だが、グリズモンの闘志は折れない。

 

 むしろ、絶望的な状況が感情を更に激しく昂らせ、どんどん四肢に力が漲らせていた。

 

 彼は、自身の体の負担の事など一切考えもせずに、モノクロモンの鼻先の角を掴んでいる両方の前足に力を込め続ける。

 

 そして。

 

 グリズモンは前足を、進化と共に手に入れた力を一気に解放するように振り上げた。

 

「グッ……ウオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 咆哮と共に、モノクロモンの巨体が宙に投げ上げられる。

 

「グオオオオオオオッ!?」

 

 モノクロモンは足掻きとして前足と後ろ足をバタバタと動かすが、当然その行動は状況に何の変化も与えない。

 

 グリズモンは重力に従って地に落ちてくるモノクロモンを見据え、拳を当てる部位に狙いを定めてから、最後の一撃とでも言わんばかりに敵、そして自分自身に対して宣告する。

 

必倒(ひっとう)……!!」

 

 言った直後。

 

 落下してくる角度と垂直に森の武闘家の拳がモノクロモンの顎に炸裂し、轟音が響いた。

 

 巨体が、重戦車の如き重量を含んだ竜の体が吹き飛び、仰向けの状態で地面に落ちると共に地が鳴る。

 

 グリズモンは突き出した拳の力を少しずつ緩めながら、最後に言う。

 

「……当身返し」

 

 必殺とも言える一撃をその身に受けたモノクロモンは、仰向けになった状態からそれ以上起き上がってくる事は無かった。

 

 そして、モノクロモンが戦闘不能になった事をグリズモンが確信したと共に、グリズモンの体が再度青い光に包まれ、そのシルエットが少しずつ小さくなり始める。

 

 僅か数秒が経ち、収縮と光が収まると、グリズモンは進化する前の姿であるベアモンに戻っていた。

 

「……っはぁ……はぁっ……!!」

 

 よほど無理を通した反動が大きかったのか、地に片膝を着いて苦しそうに息を荒げている。

 

 回数を重ねていくごとに電脳核が馴染んでいき、やがて自分の意志で操る事が出来る力だと言われているが、体力に自信のあるベアモンでも、その強大さを十分に理解出来るほどに疲労していた。

 

 普段は活発に動く体が、今では鉛のように重く感じられる。

 

 これが、感情によって発現される『進化』の力。

 

 あまりにも疲労が激しく、ベアモンの体が地面に崩れ落ちそうになる。

 

 その時だった。

 

「……ったく、大丈夫か?」

 

 崩れ落ちそうになったベアモンの体を、何者かが受け止めたのだ。

 

 後ろから背中を眺めていたエレキモンと受け止められたベアモンは、この場に現れた新たな来訪者の姿を見ると、予想外とでも言わんばかりに驚きの表情で名を口走る。

 

「「……ミケモン!?」」

 

「……ようお前ら、よく頑張ったな。見直したぜ」

 

 何故このような場所に、ギルドで留守番等をしているはずのミケモンが居るのか。

 

 そう疑問を浮かべるベアモンとエレキモンだが、当の本人であるミケモンは言葉を紡ぐ。

 

「とりあえず、そこのギルモンの応急措置が先だな。腹も減ってるみたいだし……これ、食うか?」

 

 そう言うミケモンの片手には、齧り立ての果実が一つ。

 

 休憩のつもりが戦闘になり、そしてまた休憩の時間を取る必要が出て来たようだった。

 




本日のNG。

「……あ、あっぢぃ……」

 体を呈して仲間を守ったのに関わらず、今回台詞が一言も無かった主人公が一人。

 NGその7「主人公って誰だっけ」

 ◆ ◆ ◆ ◆

 今回は前回の続きなのですが、普段の回と比べるとプロローグ以来結構少なめの文字数です。

 というのも、今回投稿する話はまだ未完成で、グリズモンの戦闘シーンとその後の展開のみという内容からも分かる通り、いつかの話と同じように『繋ぎ』の話に位置しております。

 まぁ、もしかしたら2000字ほど別視点の話を(思いついたら)入れて、一度修正する可能性があり、それも濃厚なわけですが……あしからず。

 でも、こんな出来でも読んでくれて、UAが6000に到達している所を見ると嬉しく思います。

 こっちのUAやお気に入り登録者数もそうですが、Pixivにて行っている【D・D・D】という企画も、予想以上に参加者が居てくれて嬉しいです。楽しんでもらってるようですし、発案した甲斐がありました。

 では、次回はそろそろ第一章の終盤に差し掛かってきた感じの会話イベントです。多分。


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電子世界にて――『つかの間の休憩時間』

もう一ヶ月に一回の更新でいいんじゃないかなと思う今日この頃(白目)。

Pixivでやっている企画に、某大規模戦オンラインゲームに……やりたい事が増えすぎると、一つの事に集中出来なくなるんですよねぇ。両立って言葉で言うと簡単だけど、実際にやるのはとても難しいと思います。

そんなこんなで、もうそろそろ第一章も終わりに近づいてきました。

少なくとも、連載から一年経つまでには第一章を終わらせたいです(切実)。


 時は少し(さかのぼ)る。

 

 自身の所属する組織『ギルド』のリーダーであるデジモン――レオモンの命令を受け、個体名(コードネーム)『レッサー』のミケモンは水棲生物型のデジモンと共に多くの水源が目に映る山――滝登りの山へと、やって来ていた。

 

「……こっちも特に異常は無しっと」

 

 周囲の木々や生息しているデジモンの様子を見てミケモンはそう呟き、通り縋った際に木に成っている所を見つけた黄色い果実を齧りながら、獣道を坦々と歩く。

 

 歩いている最中に見られる風景は木々や草花といった自然界の産物のみで、特に異常を感じさせるような物体は見えない。

 

 野生のデジモン達も、特にいがみ合ったりなどの問題を起こさずに平和を満喫しているように見える。

 

 ここ最近は『凶暴化』だとか『崩壊』だとか、物騒な情報をよく耳にするが、とてもその情報が本当とは思えないほどに自然で平和な風景だとミケモンは思っていた。

 

「……ん?」

 

 少なくとも、前方の遠い地点から平和とは程遠い印象がある荒々しさを感じさせる吠え声を聞き取り、それによって生じた音の発生源を察知するまでは、特に疑問を抱く事も無くそう思えた。

 

 ミケモンのような、ネコ科の動物に似た一部の獣型デジモンの耳の形状は頭の上から立つ形のものであり、両方の耳を前方に向ける事で高い指向性を発揮する事が出来る。

 

 ただ歩いているだけでも周囲の音声情報を細かく取り入れる事が出来るため、ミケモンは自分の居る位置から遠い位置に居る標的との距離と方向を知る事が出来た。

 

 声の性質から判別して、何らかの竜型のデジモン。

 

 更に足音から判別して、重量級のデジモン。

 

「……?」

 

 そして、よく聞くとその荒々しい声を漏らしているデジモンの近くからは、三体ほどのデジモンの危機感の(こも)った声も聞こえる。

 

 最近会った事のある、自分自身が期待している三人組の声のように聞こえた。

 

「……マジかよ」

 

 思わずぼやくと、ミケモンは(かじ)っていた果実を(くわ)えたまま、前足を地に着けて疾走(しっそう)する。

 

 耳で得た情報を元にして素早く移動を続けていると、ミケモンの目は遠方にて3対1の戦闘を繰り広げているのデジモン達の姿を視界に捉えた。

 

 三体ほどのデジモンの正体は昨日『ギルド』の本部へ訪問して来た、ベアモン・エレキモン、初対面の何故か個体名(コードネーム)を所持していたギルモンで、荒々しい声を漏らしていたデジモンの正体は、鎧竜型デジモンのモノクロモン。

 

(……げっ!?)

 

 来た時には、既にその3対1の戦闘が終結しそうになっている時だった。

 

 ベアモンは左足に、ギルモンは背中に大きな火傷を負っており、唯一目立つほどの怪我が見えないエレキモンも、少し前に転倒でもしてしまったのか、直ぐに体勢を立て直せるような状態では無かった。

 

 そして今、襲撃者(と思われる)モノクロモンは、自身の角を前に突き出した状態で襲い掛かろうとしている。

 

 それからギルモンとエレキモンの二体を守ろうと、ベアモンが盾になるように立ち塞がる。

 

(この距離じゃ間に合わねぇ……!!)

 

 目に見えていても、ミケモンが走って間に合う距離では無かった。

 

 モノクロモンの角がベアモンの体を貫く未来図(ビジョン)が、容易に想像される。

 

「!!」

 

 しかしその時、ベアモンの体から蒼い色の光が溢れた。

 

 突進して来たモノクロモンを弾き飛ばしたその光は、デジモンなら誰もが知っている現象の合図。

 

(進化……か?)

 

 言っている間に光の繭は内部から切り裂かれ、中からベアモンよりも大きな獣型のデジモン――グリズモンが現れる。

 

 モノクロモンはグリズモンに対して必殺技である強力な火炎弾(ヴォルケーノストライク)を放つが、グリズモンはそれを爪の一閃で切り裂き左右に分け、そのままモノクロモンに対して上段から鉄槌のような打撃を決め、モノクロモンの顔面を地に叩き付ける。

 

 モノクロモンは角を突き立て必死の抵抗を心見たが、グリズモンはそれを軽くいなすとそこから更に連続で打撃を加え、シメに正拳突きを叩き込んだ。

 

(……あの格闘のキレ具合といい、身を挺してでも仲間を守ろうとする姿勢といい、やっぱり俺の知るあのベアモンか)

 

 グリズモンに殴り飛ばされたモノクロモンは更に気性を荒々しくさせ、再度グリズモンに向かって角を突き立てながら突進する。

 

(……にしても、あのモノクロモン……『狂暴化』してやがるな。何が原因なんだか……)

 

 辺りの地を鳴らしながら突進してくるモノクロモンの角を、グリズモンは両前足で掴む事によって受け止めるが、勢いと重量を殺しきる事が出来ていないのか徐々に後ろへと下がっている。

 

 だが。

 

(……勝ったな)

 

 グリズモンは四肢に力を命一杯注ぎ込み、重量級デジモンであるモノクロモンの巨躯を投げ上げた。

 

 空中で前足と後ろ足をバタバタと動かすモノクロモンの姿は、最早何の抵抗も出来ない事を示しているようでもあって、グリズモンは浮いて落下して来るモノクロモンにトドメを刺すために構えている。

 

 そして、決着は着いた。

 

 グリズモンの右前足による一撃がモノクロモンの顎へと炸裂し、轟音と共にモノクロモンの巨躯が吹き飛ばさせ、仰向けの状態となって倒れる。

 

 その喉からは、先程まで聞こえていた荒々しい竜の声など聞こえてはいなかった。

 

(最後まで諦めない意思……『感情』の力が、欠けたパズルのピースを埋め合わせるように、『進化』が発動するのに足りない『経験』を補う。あの小僧に、まさかここまでのポテンシャルがあったとはなぁ)

 

 命の危機にでも瀕する逆境に出くわさない限り、電脳核(デジコア)を急速回転させて『進化』を発動させるほどの『感情』のエネルギーは生まれない。

 

 だが、だからと言って、何の『経験』も積まずにただ『感情』だけを昂らせただけでは進化は発動しない。

 

 本当の意味で『進化(みらい)』を望み、切磋琢磨(せっさたくま)した者達にだけ、その奇跡は訪れるのだ。

 

(オイラの目に狂いは無かった。アイツ等は、鍛えれば十二分に面白い奴等になりそうだ)

 

 そんな思考をして、口に咥えていた果実を一口齧るミケモンだったが、目の前でグリズモンの体が光に包まれるのを見て、齧っていた果実を再び咥えながら疾走していた。

 

 そして、現在に至る。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「……まぁ、こんな感じだ」

 

「ふ~ん……なるほど。レオモンさんの命令で来たんだ」

 

 ミケモンからこの場に現れた経緯を聞いて、ベアモンは納得したようにそう言葉を返した。

 

「まぁ、この辺りは『ギルド』の情報でも安全と聞いてたんだがな。まさかこんな所で、暴走してるモノクロモンを目にするとは思わなんだ」

 

「僕も、何でなのか分からないんだけど……何で、モノクロモンが暴走して突然襲って来たんだろう」

 

「さぁな。少なくとも、お前等が悪いわけじゃないって事は確かだろ」

 

「さぁなって……まぁ、いつかは分かるかもしれないからいいけどさ。『ギルド』の情報網では分かってないの?」

 

「まだ、完全にはな」

 

 ミケモンはそう言ってから、聞き耳を川の方へと立てる。

 

 透明な水が心地良い音と共に流れる川の方では、先ほどの戦闘で背中に大きな火傷を負ったギルモン――ユウキが、エレキモンの手によって火傷の応急処置を行わされていた。

 

「痛っ!! 水かけぐらいもうちょっと優しく出来ないのかよ!?」

 

「つべこべ言うな。これ意外に治療法が無いんだし、その程度の火傷で済んだだけ良かったと思え」

 

「俺の種族は炎の属性に耐性を持ってるからな……っていうか、せっかく助けてやったんだから、もうちょっと愛想良く接せないのか?」

 

「……まぁ、確かに助けてくれた事には感謝してやるさ」

 

「おいおい、何だよそのツンの要素しか無い台詞。対して可愛げも無いお前がやってもちっとも価値無いし、普通に誠意ある言葉でほら、言ってみろよ」

 

「………………」

 

「何無言になって……痛ってぇ!? 何だよデレの一つも無しで常時ヤンかよせっかく体張ったのにィャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 何やら『ばしゃばしゃーっ!!』と水の弾けるような音と共に、馬鹿(ユウキ)の悲鳴と電撃の音が聞こえたが、ベアモンとミケモンは気にしないし目も向けない。

 

 二体の赤いデジモンの喧嘩を余所に、彼等は話を続ける。

 

「完全にって事は、何か分かっている事はあったりするの?」

 

「ここ最近の異変が、何らかの『ウィルス』によって引き起こされている物って事ぐらいだ。黒幕が居るのか、自然発生した産物なのか、そこまではまだ明確になってねぇ」

 

「そうなんだ……あんなのが自然発生してたら、町とかにも被害があると思うんだけど」

 

「だから、高い確立で黒幕が居ると俺達も見ている。だが、可能性は複数用意しておくに越した事は無いだろ」

 

 確かに、とベアモンは素直に思えた。

 

 この数日、自分の事を『人間』だと名乗る不思議なデジモンを釣り上げたり、お腹が空いたという理由で外出した先で命を奪われかけたり、そこで一度も戦闘を経験していないはずのデジモンが『進化』を発動させたり、そして今日、また命を失いかけた実経験を持つベアモンにとって、こういったトラブルに対する心構えは常に用意しておくべきだという事は嫌と言うほどに理解している。

 

 そうでなければ、様々な状況に応じて仲間を守る事など出来はしない。

 

 野生の世界では、泣いて叫ぶ者を命賭けで助けてくれるような味方(ヒーロー)など存在しないのだから、失いたく無い者が居るのなら、その場に居る『誰か』が味方(ヒーロー)として戦うしか無いのだ。

 

 ベアモンはそう思った所で、ミケモンに対してこう言った。

 

「ところでミケモン。僕等はこの後、食料調達を再会するわけなんだけど、そっちはどうするの?」

 

「どうするっつってもなぁ。オイラはお前等の戦闘する音を聞いて来たってだけで、やってた事はただの散歩(パトロール)だぞ? 丁寧に来た道を戻るのも面倒だし、このまま『メモリアルステラ』のある場所を確かめに行くさ」

 

 メモリアルステラ。

 

 デジタルワールドの各地形や環境といったデータの流れを、永続的に記録する一種の巨大な保存庫(ストレージ)の事で、覗き込むことが出切ればこの世界(デジタルワールド)の情報を全て握る事が出来ると言われている石版のような形状の物体の事で、それに何らかの異変が起きれば環境そのものにも影響が及ぶ可能性も秘めているらしい。

 

 ここ最近の異変に関係があるとするなら、確かに調べるのは得策だろう。

 

 もっとも、環境そのものに変化は見受けられないし、そんな変化があれば『ギルド』の情報網が既に情報を掴んでいるはずなので、何らかの情報が得られるとも思えない。

 

 だが。

 

「ねぇミケモン。もし良かったら、僕等もミケモンに着いて行っていい?」

 

「? 別にオイラは構わないが、何か理由でもあんのか?」

 

「ユウキに『メモリアルステラ』の事を見せてあげたいんだ。彼、色々と知識不足だから」

 

「……このデジタルワールドに生きていながら、アレの存在を知らないって事は無いと思うが……」

 

 ミケモンは当然と言わんばかりの反応を見せたが、発案者であるベアモンは普段通りの口調を崩さないままこう言った。

 

 

 

 

 

「彼、実は『記憶喪失』なんだ。自分の名前以外の事を覚えてなくて、デジタルワールドの常識にも乏しいんだ。だから、この機会に見せておきたくてね」

 

「……あぁ、前にあのギルモンが言ってた『複雑な事情』って、そういう事か」

 

 ベアモンの発言(大嘘)で合点がいったのか、気の抜けた声と共にミケモンはそう返す。

 

「大方、記憶が無くて行き場も無いから、お前の家に居候でもさせてもらったんだろ。それなら、まぁ納得がいく。オイラとしてもお前等が近くに居るってだけで守りやすいし、構わないぜ」

 

「ホント? 何から何まで、ありがとうね」

 

 どうやら、理由に納得する事が出来たらしい。

 

 ベアモンが言った事は当然その場で作った嘘に過ぎないが、事実ユウキには『デジタルワールドでの記憶』がほぼ無いに等しいため、半分は嘘では無い。

 

 ミケモンの『見回り』に同行する事が決まり、ベアモンは何だか静かになった川の方を向く。

 

 視線の先では話題にも上がっていたギルモンのユウキが、何故か川の上でうつ伏せのような体勢になっていた。

 

 よく見ると、何らかの電撃を受けてガクガクと痺れているのが分かる。

 

 わざわざ原因を調べるために考える必要も無かったので、ベアモンは漫画なら『ダッ!!』という擬音が付きそうなぐらいに素早い動きでユウキを川から引き戻し、言う。

 

「ちょっとおおおおおおお!? エレキモン、お前何してくれてんの!?」

 

「うん。ちょっとムカっと来たから、命に関わらないレベルの電撃を浴びせてやった。背中に水を当てる度にうるさい台詞を吐きやがるもんだから、多少は静かになって応急処置が楽になって良かったと思ってる」

 

「いや何冷静に、清々しいほどの笑顔でそんな事言ってんの!? ほら見てよ、ユウキの口から白い泡が漏れてるんだけど!! てかお前、さっきユウキに助けられたのに何でこんな事してるんだよ!?」

 

「……誰だったかなぁ。こんな言葉を言っていたデジモンが居たんだ」

 

「何? ってかそんなのどうでもいいから、水を吐き出させるのを手伝ってよ!?」

 

「……あぁ、思い出した……『昨日の友は今日の敵』」

 

「逆だからね!? あと別に昨日も今日も敵じゃなかったからね!?」

 

「少なくとも俺はそいつの事を完全に信頼してるわけじゃないから、あと友達って認めてるわけでも無いから、つい」

 

「『つい』!? 昨日あんな出来事があったのに、エレキモンとユウキの信頼関係は豆腐と同じぐらいに脆かったのか~!!」

 

 そんな二人の言葉の応酬を傍から見ているミケモンは、呟くようにこんな事を言っていた。

 

「……やっぱ、こいつ等……面白いな」

 

 




 本日のNG。

「ところで、どうして僕が進化して戦っている時に加勢してくれなかったの?」

「まぁ、オイラ単独でも止めようと思えば止められたんだがよ。あの状況で横槍入れても逆効果だろ?」

「……とか言ってるが、実は単に敵わなさそうだったんじゃねぇのか?」

 NGその8「Q『体格の差を覆すには?』A『頚動脈を裂けばいいと思うよ』」

 ◆ ◆ ◆ ◆

感想・質問・指摘など、いつでも待っております。


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電子世界にて――『記録を司る神秘の存在』

 流石に一ヶ月も経たなかったけど結局大分更新が遅れてしまいました。

 随分と久しい更新となりましたが、何とかここまで来れて良かったです。あと二ヶ月半ぐらいでこの小説も連載から一年となりますが、それまでにこの『第一章』は終わらせておきたいです。

 ※ここから帰宅後の追加文章。

 というか、まだぶっちゃけこの『第一章』はあくまでも『舞台作り』の一つに過ぎないわけでして、作者的に書きたい話はまだまだ先にあるわけで、登場させたいキャラの一人も二人もまだ出せていない状態です。いやぁ、23話も投稿しておきながらまだ序盤って、物語が本格的に動く(予定の)中盤までに何話かかるんでしょうね←←

 いやぁ、まだ先は遠いなぁ(白目)。


 ひと時の休息(と多少の電撃)を終え、三匹の成長期デジモンと一匹の成熟期デジモンは再び山を登り始めていた。

 

 歩く獣道の傾斜もほんの僅かだが角度が広くなっているような気がして、ふと横目に見える川の水が流れる速度や音も、山を登るにつれて増しているように見える。

 

 剥き出しの岩肌の上や緑の雑木林などに生息している、野生のデジモンの数は山の麓や中腹と比べてもそれなりに増えていて、土地の関係からか果実の成っている木の本数が多い事が理由なようだった。

 

 無論、そもそもの目的が『食料の調達』にあったギルモンのユウキ、ベアモン、エレキモンの三人は、進行中に見つけた木に成っていた果実を取って食べながら歩いている。

 

 それぞれが大自然の産物を吟味している中、ユウキは一人、黙々と思考を廻らせている。

 

 それを見て不思議に思ったのか、ベアモンが声を掛ける。

 

「ユウキ、何考えてるの?」

 

「……ん。いや、進化の事を考えてた」

 

「進化の事?」

 

「ああ。さっきの闘いで、お前は進化をしていたよな。お前等の情報曰く、俺も昨日は進化を発動させていたらしいが、俺はその時の実感が無い。お前には自我があったけど、俺は進化した時に理性が無かったらしいからな……違いが分からん」

 

「あ~……なるほど。僕もその辺りは分からないんだけどね」

 

 そこまで返事を返すと、先頭を歩いていたミケモンが唐突に話に割り込んで来た。

 

「進化の際に自意識が失われるってのは、そこまで珍しいもんでも無いぞ」

 

「? そうなの?」

 

 ミケモンは、何やら人生(というかデジモン生)の先輩的なポジション的な立ち回りが出来る事を内心で嬉しがっているのか、それとも単に『ギルド』の留守番で退屈だったからなのか、まるで喋りたかったかのように良い機嫌で喋る。

 

「どんなデジモンにも、潜在的に色んな性質が電脳核(デジコア)に宿ってる。癇に障る奴が居たら叩き潰したいと思う感情とか、その逆であまり戦いを好まずに出来る限り大人しくしていようとする感情とか、尊敬する誰かに仕えようとする感情とかな。だが、そういった感情が単純化され過ぎていて、ほとんど思考もせずに感情を表に出すタイプも存在する。脅威を感じた相手に対して反射的に威嚇したりする事とか、縄張りを侵されただけで理由とか考えず即座に排除しようとする事とかは、その極形だ」

 

 まるでよく吠える犬とあまり吠えない犬の違いみたいだな、なんて事を思って、他人事を聞いているような顔をしているユウキに対してミケモンは指を刺しながら。

 

「お前さんの種族はそういった『本能』の面が濃いんだよ。多分『感情』のエネルギーで進化したんだと思うが、念を押す意味でも言っておこう」

 

 ミケモンは一泊置いて。

 

「『感情』のエネルギーによって発動する進化は、発動したデジモン自身に強い感情を抱きながらも平静を保とうとするだけの『意思』が無いと制御出来ず、その時に昂った『感情』に呑まれる可能性がある。お前さんが進化をした時に自我を失っていたのは、お前さんが進化を発動させた時に有ったのが感情『だけ』で、それを制御しようとする自分の『意志』を持ってなかったからさ」

 

「……感情『だけ』?」

 

 ユウキが『う~ん……』と疑問に対して何らかの答えを出そうと言葉を作っていると、今度は彼の進化を間近で見ていたエレキモンが口を出してくる。

 

「要するに……あれか。あんまり考えずに突っ走った結果がアレって事か」

 

「一応『感情』を生み出す過程で何らかの『目的』と、それを果たすために必要な『方法』が頭の中にあったんじゃないか? そのギルモン――ユウキって奴が進化した時の状況をオイラは知らんけど」

 

「……言われてみれば」

 

 当時、フライモンとの闘いの際にユウキは進化を発動させて、成長期のギルモンから成熟期のグラウモンに成っていたが、その時のグラウモンには理性が感じられなかった。

 

 だが実際、理性が無いにも関わらず、グラウモンはフライモンを撃退した後にベアモンとエレキモンを背に乗せるという行動を起こし、更に間違う事も無く町に向かって走り出していた。

 

 最終的に町へ到達する目前でエネルギー切れを起こしたが、その行動には何らかの理性が宿っていたとしか思えない。

 

 理性の無い竜に明確な目的を与えたのは何か、考えると意外と簡単な事が分かっていく。

 

 当時、ベアモンを助ける方法を求めていたユウキに対してエレキモンはこう言っていた。

 

『町に行けば、解毒方法ぐらい簡単に見つかる』

『だから今は急いで戻る事だけを考えろ!!』

 

 この言葉で、進化が発動する前のユウキ――ギルモンの電脳核に、目的を達成するための『方法』が入力されたのだとして、その後にユウキを『進化』に至らせる要因となった『感情』は何か。

 

 つい最近の事でありながらおぼろげな記憶をなんとか掘り返し、ユウキは呟く。

 

「……『悲しみ』と『悔しさ』だ。多分、あの時に俺が抱いていた感情を表現するんなら、それが適切だと思う」

 

「どっちも処理の難しい感情だな……ウィルス種であるお前の電脳核(デジコア)は、そういった『負』の感情に同調しやすい性質を持ってる。ハッキリ言って危険だぞ。聞いた感じだとお前さんが進化した時の目的は『仲間を助ける』って所だったんだろうが……」

 

 念を押すように、刃物なんて比では無い危険な兵器の使い方を教えるように、ミケモンは言う。

 

「その『目的』が別の何か――例えば『敵の殲滅』とかになって、お前さんが『感情』を制御出来なかった場合、お前さんを止めに掛かった仲間すら『邪魔』と認識して傷を付けかねない。それどころか、殺しちまう可能性だって高いな」

 

「な……」

 

「言っておくが冗談じゃねぇぞ。過去にもそういった理由で、敵味方構わず皆殺しにしたデジモンが居るって情報はそう少なくない。ウィルス種のデジモンだと得にな」

 

 思わず絶句した。

 

 ユウキ自身、自分の成っている種族の危険性ぐらいは他の三人よりも理解しているつもりだった。

 

 一歩間違えれば、自分は核弾頭一発分に相当する破壊を何回も撒き散らす化け物に変貌してしまう可能性についても、別に考えてなかったわけでも無い。

 

 だが、それはあくまで『架空(フィクション)』の情報での予想と仮説に過ぎないわけで、しかもこの『世界(デジタルワールド)』の法則がどういう物なのかを理解しているわけでも無い。

 

 デジモンに成っている今、ミケモンから伝えられた事実は人間だった頃と変わらない『現実』で感じた物と同じ物として受け入れられ、そこから伝わる責任感や恐怖心は紛れも無く本心だ。

 

 まるで、見知らぬ誰かに重々しい火器を渡され、その引き金に指を掛けさせられているような錯覚すら覚える。

 

 銃口を向ける相手を間違え、引き金に込める力が一線を越えた瞬間、取り返しの付かない事態に成りかねないのだ。

 

 ユウキが自分自身で想像していた以上の恐怖心を抱いている一方で、ミケモンの言葉に何となく不安を覚えたベアモンが、思考に浮かんだ言葉をそのまま述べた。

 

「さっき僕も進化したけど、自我はちゃんとあったよ? 暴走なんてしてなかったし」

 

「そりゃあ、お前が抱いていた感情はそいつと明らかに違う物だっただろうし、そもそもお前みたいなワクチン種のデジモンは『負』の感情よりも『正義』の感情に同調しやすいからな。余程の事が無い限りは危険な事にもなり難いし、あとは単純に精神面での違いだろう」

 

 聞いて、またもやベアモンとの実力の差を実感し、溜め息を吐きながらユウキは言う。

 

「精神面……かぁ。俺って、そっちの面でもお前に負けてるのな」

 

「ふっふ~ん。君と違って、僕はそれなりに鍛えられているからね!!」

 

 誰かに勝っている部分がある事がよっぽど嬉しいのか、『えっへん!!』とでも言うように上機嫌で威張るベアモン。

 

 そんな彼を放っておいて、エレキモンはミケモンにこんな事を言った。

 

「随分と『感情』の『進化』について詳しいが、その知識はアンタ自身の経験からか?」

 

「いや? 当然、オイラ自身も『進化』の事に関してハッキリとまでは分かってない。今言ってた事も、所詮はヒマな時とかに読んだ書物とかからの引用が殆どだ」

 

「その書物は信用出来るものなのか?」

 

「歴史書とか図鑑とかそういう物は大抵、情報(データ)が集まり自然発生した物じゃなくて、過去に生きたデジモンが自分の記憶を未来まで知恵を残すために書き記されたもんだ。結構信憑性のある内容だし、俺は信じてる」

 

「ふ~ん……俺はそういう文献とかに興味が無いからなぁ。目にする事のある本なんて、ベアモンの家か長老の家にある面白い物語が書かれた本ぐらいだ。面白いのか? そういうの見てて」

 

「興味が沸いたりして面白いぞ? 暇潰しとかに厚めの本はもってこいだしな」

 

「……アンタ、留守番中に居眠りだけじゃなくて読書までしてんのか?」

 

「もう殆ど読み終わったから、最近は寝てる事が多いけどな」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そんなこんなで雑談を交わしながらも、一行はこの『滝登りの山』の頂上までやって来た。

 

 周辺の地形は斜面から平地に近くなり、周りの樹木が謎の材質で形成された石版のような物体を外部から覆い隠すように生えていて、その石版の周りには明らかに自然の産物とは言えない材質の台座が存在していた。

 

 明らかに他の空間から浮いているような印象しか受けない、それでいて神秘的な雰囲気すら思わせるこの物体こそ、この世界(デジタルワールド)の環境の情報が束ねられし保存庫――『メモリアルステラ』である。

 

 今、この場に来たメンバーの中で唯一この物体の事を知らないデジモンであるギルモン――ユウキに対して、ベアモンは質問する。

 

「アレが『メモリアルステラ』なんだけど……本当に見覚えは無い?」

 

「無いっていうか、初見だからな。遺跡とかにありそうな石版としか思えないが……」

 

 本人からすれば当然の反応をしたに過ぎないのだが、その一方でユウキの事情を(本当の意味では)知らないミケモンは、本当に驚いたかのようにこう言っていた。

 

「お前さん、本当に知らないんだな……こりゃあ重症だわ。常識が足りてないなんてな」

 

「?」

 

「あ~気にしなくていいから。そんな事より、始めてみるんだしもっと近づいてみてみない?」

 

「あ、あぁ」

 

 ベアモンに手(というか前足)を引っ張られる形で、ユウキは『メモリアルステラ』の近くまで近づいていく。

 

「……おぉ」

 

(……本当に初めて物を見る目だ)

 

 近くに寄ると遠くから見ている時点では神秘的に思えた物体が、不思議と近未来的な雰囲気を帯びた電子機器のようにも見える。

 

 ユウキは思わず関心の言葉を漏らし、そんな彼の横顔を見てベアモンが内心で呟いている。

 

 その少し後ろではエレキモンが二人の様子を眺め、ミケモンは『メモリアルステラ』の方へと視線を送っていた。

 

「まぁ、やっぱり見た感じ『メモリアルステラ』に異常は見られないな……平常稼動しているみたいだし、ここ最近の異変にアレは関連性が無いって事かねぇ……」

 

「となると、やっぱり何者かの仕業って事になるのか?」

 

「そう考えるのが妥当だろ。自然的な問題なら『メモリアルステラ』に異常が起きててもおかしくないし、まず何者かによる意図的な原因があるに違いねぇ。あのモノクロモンが異常なまでに興奮してるって時点で、そう考えるのが普通だろ」

 

「……チッ、本当に最近は災難続きだな……」

 

 だが、一日の中で流石にこれ以上の災難は起こらないだろう、とエレキモンは思う。

 

 というか、自分は一日に二回以上の災難に遭遇するぐらいに運の無いデジモンでは無いのだと、エレキモンは切実に思いたかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 まだ朝から昼へと変化していない時間。

 

 平和を思わせる青空に電子(デジタル)の太陽が輝く中。

 

 山の中に大量に存在する樹木の中の一本。

 

 それに寄り添うような形で、そして風景に溶け込むような形で『何か』が居た。

 

 周辺の野生のデジモンは、その『何か』に気付いていない。

 

「………………」

 

 ただ無言で山頂の方へと視線を向けている事すら、周りのデジモンは気付かない。

                ・・・・・・・・・・・・・

 そして、彼は何も言わないまま、手に持ったアサルトライフルの弾丸を装填する。

 

 視線を山頂から、山頂に近い位置に見える獣型のデジモンへと移す。

 

「…………」

 

 やはり、何も言わないまま、その長銃(アサルトライフル)に外部から取り付けられたと思われるスコープを覗き、やはり、表情すらも変えずに、引き金を引いた。

 

 一発の銃声が鳴る。

                    ・・・・・・

 射線上に見えるデジモンの首筋に、弾丸が埋め込まれる。

 

 そこまでの事があってやっと、周辺のデジモンは本能的に危険を察知し、逃げ出した。

 

 それに意識を向ける事も無く、彼はもう一回引き金を引いた。

 

 同じ銃声が鳴る。

                         ・・・・・・

 移した視線の先に居るデジモンの首筋に、再び弾丸が埋め込まれる。

 

 それを確認した後に、彼はこう呟いた。

 

「……さて、どうする」

 




 今回は『感情』の進化に視点を当てた話と、次の話の伏線を撒いて置きました。

 実際デジモン単体による進化で、しかもただ『感情』を強く抱くだけで進化出来るのなら誰でも苦労はしないだろって事で、前々からこのデメリットは思いついていました。

 作中の彼等の説明だとピンと来ない方もいるかもしれませんが、要するに『暴れ馬』を乗りこなせる技量を持った『乗馬者』が必要なのと同じです。

 短い後書きで、今回のNGも書けていませんが、前書きの通り、帰宅してから書き足します。

 では、次回もお楽しみに。





 たったあれだけの描写で最後に出てきたキャラが分かる人は本当にデジモンが好きな人だと思う。

 帰宅後、一番最後のアサルトライフルに関する描写を追加しました。


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電子世界にて――『三度目の絶体絶命』

 ここ最近更に忙しくなり、執筆する時間がなかなか取れなくなる事間違いなしな状況でしたが、何とか一ヶ月経つ前に書きあがりました。第一章ももうすぐ終わる予定(というか早く終わらせたい)なので、こんなペースですが楽しんでもらえているのでしたら出来る限りで頑張って、走り終わりたい所ですね。

 それにしても、必要と思った場面とかいろんな所をカットする事無く書き上げようと思うだけで、第一章がここまで長引くとは思っていませんでした。現在は『山』とか『森』とかが舞台なんですが、これが『海』とか『ジャングル』になったらどうなるんだこれ。てかもう24話も書いてるのに、これアニメだったら既に完全体進化イベントあっても可笑しく無いのに……。

 そんなこんなで最近他の方への感想をなかなか書きに行けない中、最新話をお送りします。


 

 色んな場所から水の流れる山の頂――『メモリアルステラ』のある神秘的な空間から出て、早五分。

 

 時刻も町に戻る頃には昼間へと突入するぐらいになり、ミケモンはこの山に来た目的を既に達成しているらしいため、偶然の邂逅もそろそろ終わりに近づいていた。

 

「……で、ベアモン。『メモリアルステラ』を見物出来たのはいいんだが、これからどうするんだ」

 

「どうするって……決まってるでしょ? 元々僕等がこの山に来た目的を忘れたわけでも無いでしょ」

 

 ユウキとベアモンとエレキモンの三人は、まだこの山に来た最優先の目的である『食料調達』をまだ満足に終えていないため、ミケモンと違ってこの山を降りる気は現時点で無い。

 

 というのも、昨日に引き続き危険なデジモンが居るからとか、もうそろそろ夜になって夜行性のデジモンが出没して危ないからとか、そういった理由でせっかく登った山をあっさり下ってしまうのもそれはそれで癪な上に、もしこのまま数日か最低でも一日は生計を保てるぐらいの果実(もしくは野菜)を入手出来なかった場合、ここ数日ずっと口にしている塩辛い魚介類をまた釣りにいかなくてはならなくなり、仮に第二希望としてベアモンが述べていた『湖のある林』まで行ったとしても、そこでまた『敵』と遭遇してしまう可能性も否めないわけで。

 

 まだ、三人はこの山を降りるつもりにはなれなかった。

 

 特に、ベアモンほど魚介類が好みの食料でも無いユウキと――――エレキモンは。

 

「まぁ、現時点の腹持ちは悪くないんだがな。もう二日間も魚とかしか口にしてないのが嫌だし、元々俺は果実の方が好きだし? とりあえず採取を続ける方向なのは確定だろ」

 

 ボロボロと本音のような何かを口から漏らすエレキモンだったが、そこでユウキは今更過ぎる考えを口にする。

 

「……てか、エレキモンもベアモンも、何でバケツを持ってこなかったんだ? アレでもあれば、ちっとは楽に採取した果実とかを持ち帰れるのに」

 

「あのな。昨日アレに魚を入れてたから知ってると思うが、海水浸しのバケツだぞ? そんなもんに入れたら、持って帰る間に果実が腐るだろ。そうでなくても塩っぽいのが付着して味が酷くなる」

 

「水で洗えばいいんじゃないか。それだけでも大分マシになるはずだし」

 

 言われて、エレキモンは怪訝そうな表情を浮かべると、溜め息を吐きながら言い返す。

 

「……お前、自分ではそういう納得の出来る事を言ってるが、そもそもバケツの中に入ってた海水を、ベアモンが魚を全部食い終わった後に処理してなかっただろ。その上、俺の方のバケツもまだ溜めておいた貝が結構入ってるから使えない。更に根本的な事から言えば、そもそも生物(なまもの)が入ってたバケツの中にリンゴとか入れる奴が普通いるか?」

 

「……それもそうか」

 

 エレキモンにそう言われ、ユウキは渋々納得したようにそう返した。

 

 そんな会話に先頭からミケモンが聞き耳を立てていたが、特に反応して面白そうな話題では無いと判断したのか、特に言葉を発したりする事は無かったようだった。

 

 山の下り道の途中でベアモンは視線を動かすと、ユウキに対してこんな事を言った。

 

「ユウキ。ちょっと採ってくるから、ちゃんとキャッチしてよね?」

 

「? キャッチってどういう……」

 

「見れば分かるレベルの事だし、細かい説明は必要無いでしょ」

 

 視線の先にあった木にベアモンが登ると、ベアモンは枝から赤色に熟された林檎(りんご)を取り外し、木の根元近くから見上げていたユウキの方に向けて、次々と落とし始める。

 

 何となくベアモンの言っていた言葉の意図を察したユウキは、上方から落ちて来る林檎を両方の前足で掴もうとする。

 

 人間の時のような『両手』による精密な動きは出来ないものの、二日間の間でデジモンとしての体の動かし方に少しは慣れてきたのか、取りこぼしも殆ど無い。

 

「意外とそういう事は上手なんだな。今度からそういうのを任せても大丈夫か?」

 

「よっ、ほっ。このぐらいならもうちょっとテンポを速くしても大丈夫――――ちょっ、待っ……ぐぇっ!?」

 

「……うわぁ」

 

 尤も、その言葉を聞いた途端に、林檎を落としてくる速度を本当に上げてきたベアモンの方を見上げようとしたユウキの額に、一回り大きめの林檎が直撃した事もあったが、エレキモンやミケモンの協力もあって無事に採取する事が出来た。

 

 量としては三人で分けて一食分、二人で分ければ二食分はカバー出来るぐらいだろうか。

 

 やはり、人間としての暮らしにしか慣れていないユウキからすれば、()(もの)(かご)やフルーツバスケットのように、食料を大量に納める事が出来る道具(モノ)が欲しくなる所だが、それ等を作れるほどの技術も無ければ素材も無い。

 

 結局の所、採取した林檎を町まで持ち帰るのには、ユウキとベアモンが林檎をそれぞれ抱え込んで運ぶしか無いわけである。

 

 ちなみに運んでいない面々について捕捉すると、エレキモンは一度に多くの物を抱えきれるほど前足が長いわけでは無いし、ミケモンはそもそも『手伝ってやる義理も無い』などとぼやいて現在進行形で面倒くさがっているのだ。

 

 ユウキもベアモンも、抱え運んでいる林檎を落とさないように慎重に歩いている。

 

 慎重に、歩いて、いたのだが。

 

「……っと!? あ、ちょっ!!」

 

「あ?」

 

 何の前触れも無くベアモンが抱えていた林檎の一つが落ちて、コロコロと坂道を転がり始めた。

 

 仕方なく、エレキモンが四足で駆けて林檎を確保しようとした、その時。

 

 彼等の居る場所からずっと遠い雑木林の向こう側で、ガサリと茂みの揺れる音と、四足の獣が大地を駆ける足音がした。

 

「やっぱり、何かカゴみたいな物を運べる道具が必要なんじゃないか?」

 

「……って言われてもねぇ。そういうのを作れるほど僕等って技術持ってないし……」

 

「てか、せめて一枚の布ぐらいは無いのか? 風呂敷として使えば、包み込んで運ぶ事ぐらいは出来るだろ」

 

 三人はその音の正体にも存在にも気がついていないのか、視線がコロコロと転がる林檎の方に向けられていた。

 

 もし、彼等の内の一人でも冷静に耳を澄ませていたならば、音の発生源がどんどん近づいて来ている事に気が付けたかもしれない。

 

 その音がどんな進路を辿って移動しているのか、予想するのも出来なくは無かったのかもしれない。

 

 もし、彼等の内の一人でも近づいて来る気配に気付く事が出切れば、その気配のする方を向いて警戒する事だって出来たかもしれない。

 

 気配の源が到達する前に声を出して、仲間に危険が迫っている事を伝える事だって出来ただろう。

 

 そして、音と気配を三人が同時に認識した時。

 

 そして、ベアモンの背筋に生存本能から来る寒気が奔った時。

 

 そして、黒い影のような何かが茂みの奥から林檎を抱えているベアモン目掛けて飛び掛ってきた所で。

 

 

 

 

 

「肉球パンチ!!」

 

 

 

 

 

 甲高い打撃音が、三人の直ぐ近くで炸裂した。

 

 それと共に襲撃者――鋭利な黒色の体毛をした狼のような姿をしたデジモンが、ミケモンの硬質化した肉球による横殴りの打撃を(ほほ)に受け、重心をズラされながらも、転倒する事もなく四つの脚を地面に着けた。

 

 襲撃者の着地した場所に目を向け視認した直後、エレキモンが嘆くように叫ぶ。

 

「ガルルモン……!? 今日はどういう日なんだ、またこういうのが襲い掛かってくるのかよ!!」

 

 同じ事を、ユウキも危機感を表に出した顔のまま内心で嘆くが、襲撃者であるガルルモンはこちら側の事情など知る由も無く、剥き出しの殺気を乗せた視線を獣特有の唸り声と共に向ける。

 

 その目に宿っている感情が何なのかまでは判別出来ないが、ガルルモンの目を見たベアモンが第一に浮かべた印象(イメージ)は、少し前に自分やユウキ、そしてエレキモンが戦った鎧竜型デジモンから感じた物と同じ――ただ単に凶暴になっていると言うよりも、冷静な判断能力すら失われた、狂気とも言える『怒り』の感情だった。

 

「……やっぱり、普通じゃないよ、こんなの……」

 

「だろうな」

 

 ミケモンの呟くと共にガルルモンの次の動きがあった。

 

 ガルルモンは両前足で素早く山道を駆けると、一度茂みの中へと姿を隠したのだ。

 

 辺りから茂みの揺れる音と共に、何かが通り良く切れる音が周囲から聞こえる。

 

「……ガルルモンの体毛は、伝説のレアメタル――『ミスリル』のように硬いって聞くが、マジみたいだな」

 

 ただ身を潜めて攻め時を待っているだけでは無く、その肩口から生えている体毛の刃で辺りの草木を切り裂く事で、些細な音を散らしながら駆け回っているようだ。

 

 ただ一直線に攻めてきたモノクロモンと比較しても、攻め方は明らかに違い、狂気の中でも獣型デジモン特有の当て逃げ(ヒット&アウェイ)戦法を本能的に行えている。

 

 何らかの違いでもあるのかと思ったが、結局襲い掛かってきている事に変わりは無いため、むしろ確実に獲物を仕留めようとするガルルモンの姿勢は、ユウキ達からすれば脅威を強めるマイナス要素でしか無い。

 

 故に、その違いは、ただ新たな恐怖として認識される。

 

 だが。

 

「……とにかく、コレは放り捨てとくぞ……」

 

 ユウキは冷静を出来る限り(よそお)いつつ、抱えていた林檎を纏めて近くの茂みに投げて避難させる。

 

 もう流石に、二日の間に何度も命の危機に見舞われた所為か、ある程度の脅威に対しては腰が抜けたりする事も無くなったようだった。

 

「仕方無い。後で回収できればいいんだけど……!!」

 

 ベアモンも同じように抱えていた林檎を茂みに放つと、拳を構えて臨戦態勢に入る。

 

 一方で、一番最初にガルルモンに攻撃してミケモンはと言うと。

 

(……チッ、音が断続し過ぎてて判別がつきにきぃな……)

 

 自身の長所である聴覚を惑わされ、ガルルモンの位置を特定することが難しくなっていた。

 

 何故なら、周囲から聞こえる音の種類が複数存在し、その中で最も重要な音を他の音が阻害しているのだ。

 

 この状況で最も聞き取る必要のある音とは――ガルルモンが地を駆ける際に生じている足音。

 

 本来ならそれを辿る事で動きを予測するのだが、ガルルモンが移動の際に通っている茂みがざわざわと揺れる際に発生する雑音が、ガルルモンの両肩から生えている希少金属レベルの硬度を持った体毛の刃が、周囲の木に傷を刻み込む際に発生する摩擦音が、足音の位置を特定しようとするミケモンの聴覚を邪魔している。

 

 だが、だからと言って目だけには頼れない。

 

 相手は四足歩行を基本とし、原型(モチーフ)である生物が肉食獣――――即ち、『獲物を追いかける』事を得意とするデジモンであり、体格の差から見ても走行速度はミケモンが四足で移動している時よりも上回っているのだ。

 

 当然、ミケモンは自身の攻撃を当てるために接近する必要があるのだが、普通に追いかけて殴ろうとしても避けられて隙を作るのがオチだろう。

 

 だが、ガルルモンが当て逃げ(ヒット&アウェイ)の戦法を行っている以上、接近して来た所を一気に叩く以外に勝算は無い。

 

 それも、現状ではガルルモン相手に狩られ兼ねない三人が、次にガルルモンが攻撃してくる可能性のある『標的』として存在している状態でだ。

 

 故に、ここで取るべき選択は一つ。

 

 速やかに現在居るメンバーを一箇所に集め、十分に迎撃出来る状態を整える事。

 

「おいエレキモン。そんな所に居たら恰好の獲物だぞ。早くこっちに合流しろ!!」

 

 実を言えば、一箇所に集まった所をガルルモンが種族特有の『必殺技』を使う可能性もあり、それを使われると、被害が個々の領域を越えて環境にすら影響を及ぼしかねない事もミケモンは知っていた。

 

 だが、あのガルルモンには本能的とはいえ『戦法』を行えるだけの理性が、当時ユウキ達を襲っていたモノクロモンとは違って、ある程度残されている可能性が高い。

 

 そして、野生が引き起こす本能は、決して『自分が危険に遭う選択』を取る事は無い。

 

 故に、この状況で『必殺技』を使ってくる可能性は、余程狂気に蝕まれていない限りは有り得ない。

 

「言われなくても分かってるっての……!!」

 

 苛立ちを含んだ声でエレキモンがミケモンに応えると、エレキモンは周囲を警戒しながらこちらに向かって四足で駆けて来る。

 

 後は、一度の迎撃につき複数の攻撃をくらわせてやれば、最小限の実害で事を済ませられる――はずだった。

 

「っ!?」

 

 突然、隣の茂みの方から太い棒状の何かが突き出され、エレキモンに向かって迫り来たのだ。

 

 エレキモンは何とか反応し、間一髪の所で後ろに跳躍する事で直撃を免れようとしたが、棒状の物体は突き出された状態から更に動き、その直ぐ横へ回避行動を取っていたエレキモンを叩き飛ばした。

 

「エレキモン!?」

 

 それを目撃したベアモンが叫び、思わずエレキモンの飛ばされた方へと走り出すが、同時に少し離れた場所で茂みが揺れる。

 

「!! ベアモン、左の後方から来るぞ!!」

 

 ミケモンが叫び終わった時にはエレキモンを狙って、ガルルモンが茂みの方から飛び掛ってきていた。

 

 エレキモンが飛ばされた方へ走っていたベアモンは、仲間思いな性格が原因で、その接近に気付く事に遅れてしまう。

 

「!? うわぁッ!?」

 

 ベアモンが半ば反射的に転ぶような体勢を取った事で、牙を剥き出しに飛び掛ってきたガルルモンはベアモンの体を飛び越える形になってしまったが、その直後、ベアモンは自分の行動に後悔を覚えた。

 

 何故なら。

 

 ベアモンが走っていた先では、謎の物体に叩き飛ばされたエレキモンが山道を転げ落ちている最中なのだ。

 

 当然、()()()()()()()()()()()()()()()()、ガルルモン――肉食獣をモチーフとされたデジモンが、目の前に見える格好の獲物を逃そうとする道理など無い!!

 

「ベア……ロールッ!!」

 

 ベアモンは、何らかの策を思考する間も無く、追い掛けるために走る途中で()()()転び、その勢いのまま丸くなる事で坂道を一気に下る。

 

 その場に取り残される形となったユウキとミケモンも、エレキモンを助けるために追いかけようとしたが、それは出来なかった。

 

 偶然にも、道を塞がんとする一体の大きなデジモンが、茂みの中からゆっくり現れていたからだ。

 

「……こんな時に……ッ!!」

 

 ユウキは思わず、歯を噛み締めていた。

 

 視界に入ったデジモンは、全身が枯れ果てた大木のような形状をしており、明らかな殺意をこちらに向けて襲い掛かろうとしている。

 

 早急に倒さなければ、ベアモンとエレキモンの身が危ない!!

 

「チッ……とっとと倒すかすり抜けるかして、アイツ等を助けに行くぞ!! そうしねぇとマジで危ない!!」

 

 一方の二人の目の前に存在する障害物の名はウッドモン。

 

 一方の二人を襲い掛からんとしている獣の名はガルルモン。

 

 状況は、過去最高級に切羽詰っていた。

 




 NG? こんな状態で書けるわけが無いじゃないですか←←

 と、いうわけで、第一章のボス(予定)となるガルルモンとウッドモンの同時エンカウントとなります。

 いやぁ、地域に合わせて自然なデジモンを登場させて、その地域を『本当に歩いている』ような描写を自然に入れるのは、ホントに難しいです。山道なんてまず歩いた経験が無いので、殆ど妄想で描写するしか無いわけですし。

 でも、環境とかを意識すると今度はキャラごとの心理描写が薄くなりがちに感じるジレンマ。こういうのは一話一話で『どちらか』に偏らせるべきなのか、それともやっぱりバランスを取るべきなのか……ぬぐぐ。

 出来るなら、第一章が終わった後に『第一章外伝』的な感じてギャグ短編を入れたい。本編ずっとシリアスだからギャグシーン入れようにも中々入れにくいですし。

 ……あ、後で活動報告にてちょっとした割と重要な意見を申そうと思うので、お時間のある時にでも案を入れてもらえればうれしいです。

 では、次回もお楽しみに。感想・質問・指摘など、こちらもいつでもお待ちしております。


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電子世界にて――『二回の経験から来る二つの成長』

うおおおおおおおお!! 何とか今月中に最新話を書き終えられたあああああああ!!

と、いうわけで色々と今月は大変でしたが、本編最新話です。めっさキツイです。

今回の話は、クオリティの向上を意識した結果、文字数が8000の大台に乗りました。

そして、今回の話は序盤で作者自身がかなり書きたかった話の一つです。見れば分かるかと思います。

では、前口上はこの辺にしておいて、本編をお楽しみください。


 山の斜面というのは、その山の高さと広さによって角度が成り立っている。

 

 この『滝登りの山』は、その名の通りに『滝』が形成される場所があり、中腹付近では単なる川がよく見受けられるものの、水が流れる元となった位置である頂上付近では、当然ながら山の大地の傾きが激しい部分も存在する。

 

 エレキモンが叩き飛ばされ、その勢いのままに転がり落ちている坂道は、少なくとも普通に歩いて登る事が出来るレベルの坂道。

 

 だが、それでも緩やかなものでは無く、打撃の威力と坂道の斜角は、ゴロゴロと転げ落ちるエレキモンの体に鈍い痛みとヒリヒリとした痛みを奔らせ、視界と意識をぐらぐら揺らす程度の勢いを与えるほどだった。

 

 冷静に思考する事も、強引に打開する事も出来ないままエレキモンは坂を転がり続け、やがて進行していたルートの先にあった一本の樹木に(思いっきり縦の回転をしながら)激突する形で、ようやくエレキモンの動きは止まった。

 

「っ……ぅあ……!!」

 

 後頭部に奔った鈍い痛みから蹲り、泣きそうなほどに弱弱しい呻き声を漏らすエレキモン。

 

 だが、その痛みが治まる間も無く、次の脅威が迫ってくる。

 

 明らかな敵意と、狂気に近いほどの殺意を含んで突然襲い掛かって来た、ガルルモンと言う名の黒く鋭利な体毛を持った一匹の獣だ。

 

 ここまで走って来た勢いのまま跳躍し、回転しながら自分に向かって来るガルルモンを見て、何とか反射的に横の方へエレキモンは回避運動を取る。

 

 間一髪で避ける事に成功したが、エレキモンの後方にあった樹木はノコギリによって斬られたかのような激しい音を発生させながら倒れ、辺りの地面を静かに揺らしていた。

 

 もし回避に成功していなかったら、エレキモン自身があの無慈悲な刃によって体を裂かれていたかもしれない。

 

 それを想像してしまい、ゾッとした冷たいものを背筋に感じてしまうエレキモンに、実行者であるガルルモンが狂気を宿した目を向ける。

 

 やはり、相手を『敵』としか認識していない目だった。

 

 間を空ける事も無くガルルモンは前足ごとエレキモンの居る方へと振り向き、獣特有の唸り声を漏らしながら近づいて来る。

 

 舌なめずりなどはせず、確実に『敵』を仕留めるために。

 

「っ……!!」

 

 何とか逃げるために足を動かそうとするが、体に奔る痛みがそれを阻害する。

 

 そもそも、ちょっと前に受けてしまった打撃の所為でエレキモンの体力は大分削られていた。

 

 四足で大地を駆けるガルルモンから逃げ切るだけのスピードを出す事など、どう考えても無理な話である。

 

「ふざけんな……まだ、俺は……!!」

 

 死にたくない。

 

 そう言おうとしたエレキモンを前足で押さえ込もうとするガルルモンだったが、そんな時。

 

 ガルルモンが通ってきた坂道の方から、まるで先ほどまでの自分自身を再現しているように、青に近い黒色の物体がゴロゴロと回転しながらやって来た。

 

 そしてそれ――ベアモンは、回転の勢いを止めないまま体を強く地面に打ち付ける事で跳躍し、ガルルモンの横っ腹に体当たりを直撃させた。

 

 体格差はそれなりにあったはずだが、その重量と坂道によって加速された速度が合わさる事で生まれた衝撃が、ガルルモンの体を3メートルほど突き飛ばした。

 

 それによって、エレキモンは九死に一生を得る。

 

「エレキモン、大丈夫!?」

 

「何とか、な……」

 

 ベアモンが、ボロボロになっているエレキモンを見て切羽(せっぱ)(つま)った表情になるが、今は多少の傷を意識している場合でも無い。

 

 突然の奇襲によって距離を置いたガルルモンも、視界に入ったベアモンを新たな『敵』として認識する。

 

「それよりどうすんだ……!! 何か策はあるのか!?」

 

 エレキモンの声色も、焦りと恐怖で自然と変わって来ていた。

 

 対するベアモンは、何も言わずに気を張り歯を食い縛る。

 

「おい、何か言ったら――!!」

 

 エレキモンが怒鳴るように問おうとした時、ベアモンの体が青色の輝きを伴うと共にエネルギーの繭に包まれた。

 

 それが『進化の光』である事を、既に進化する光景を二度も目の当たりにしているエレキモンは理解していた。

 

 だが、その進化の繭が膨張する速度は、明らかに遅かった。

 

 理由は単純で、エレキモンにもすぐに分かった。

 

(さっきぶりってレベルの時間しか経ってないのに、まだマトモに体を休ませる事も出来て無いのに、そんな状態でまた『進化』を発動したら……!!)

 

 不安が思考を過ぎる中、目の前でベアモンの体は大きくなっていく。

 

 幸いにも、目の前の現象を警戒してか、ガルルモンは襲ってくる様子も無い。

 

 そして、モノクロモンとの戦いの時と比較して倍近くの時間を経て、繭は砕かれた。

 

 中からはベアモンでは無く、その進化形態であるグリズモンが現れガルルモンと相対する。

 

「ベアモ……グリズモンッ!!」

 

 思わず友の名を叫ぶエレキモンの目の前で、グリズモンは一気にガルルモンの居る方へ向かって四足で駆け、両方の前足を使って押さえ付けようとした。

 

 だがそれは空を泳いだだけで、ガルルモンを捕らえる事は出来ず。

 

 逆に、後ろに跳躍する事でグリズモンと距離を置いたガルルモンが、隙を見せたグリズモンに向かって飛び掛ると共に、空中で回転する。

 

「ガルルスラスト!!」

 

 ガルルモンの技の一つ――両方の肩口から伸びているブレードを使って標的を寸断するその技を、グリズモンは両前足に装備された防具で受け止める。

 

 だが。

 

「……ッ!!」

 

 徐々に、グリズモンが装備している防具に鋭利なブレードによって多くの傷が付けられ、その耐久性をどんどん削られていた。

 

 まるでそれは、グリズモン自身の体力が限界に近づいている事を示しているようでもあって。

 

 今にも崩れ落ちそうな体を、気力で支え込んでいるだけに過ぎない事を示していた。

 

「こんの……ッ!! いい加減にしろおおおおッ!!!」

 

 グリズモンは吠えると共に力技で前足を振りぬき弾き飛ばすが、ガルルモンは回転しながらもあっさり四足で着地すると、即座に茂みのある方へと駆け出して行った。

 

 決して、グリズモンとエレキモンを見逃したわけでは無い事ぐらい、当たり前だった。

 

(……マズイ。このままじゃ、グリズモンでもガルルモンを退ける事が出来ねぇ……)

 

 同じ獣型のデジモンでも、双方ではそれぞれ特化した能力が違う。

 

 グリズモンは、爪や牙に秘められた殺傷性と、抜群の格闘センス。

 

 ガルルモンは、四足歩行の敏捷性と、獲物を確実に仕留める正確性。

 

 この状況においてグリズモンの能力が発揮されるには、ガルルモンとの距離を詰める以外に無い。

 

 だが、ガルルモンはそれを知ってか否か、それとも視界に入っている重量級の前足――『熊爪』を警戒してからか、奇襲するその時までグリズモンの攻撃範囲から大きく出ている。

 

 グリズモンには、万全の状態ならばどの方向から奇襲されても対応出来る能力が備わっている。

 

 だが、今の彼は万全の状態と言うには程遠く、あとどのぐらい『進化』を維持出来るかすら危うい状態なのだ。

 

 タイムリミットは、あと何十秒か、それとも数秒か。

 

 どの道、危険な状態である事に変わりは無かった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そんな危険な状態にある一方で、ミケモンとユウキはウッドモンと交戦していた。

 

 交戦とは言っても、この戦いで成すべき事はあくまでもウッドモンが立ち塞がっている(つもりで無くとも)先の道を進み、ガルルモンに襲われているエレキモンと、ガルルモンを追いかけて転がっていったベアモンの救援に行く事であり、ウッドモンを優先してまで倒す必要は何処にも無い。

 

 ミケモンだけなら、障害(ウッドモン)をすり抜ける事も難しくは無かっただろう。

 

 だが、この場に取り残されたもう一体――ユウキが突破する事は、現時点では難しい。

 

 ミケモンには野良猫のように身軽で素早い動きをする事が出来る体を持つのだが、ギルモンはその体形から見て分かる通り、四足歩行を行ったり二本の足を使って素早く動く事に適していないのだ。

 

 そして、ミケモンからしても置いていくわけにもいかないため、仕方なくウッドモンを『倒す』選択をしているわけである。

 

「とっとと行かねぇといけねぇんだ……悪いが押し通るぞ」

 

 早急に決着を付けなくてはいけない状況であるが故に、ミケモンはいちいち相手の出方を窺う事などはせず、即行で攻め始める。

 

 ミケモンの武器は、茶色のグローブに包まれた前足に備わっている硬い肉球に爪と、高い瞬発力を発揮させるための後ろ足。

 

 ウッドモンは自身の武器である棒状の腕をミケモンに突き出すが、ミケモンはそれを横移動で避けると一気にウッドモンの懐へ四足で接近し、顔面の部分に飛び掛るとそのまま前足に備わっている鋭い爪で引っ掻いた。

 

「ネコクロー!!」

 

 ザシュザシュザシュザシュッ!! と、まるで木工刀で削り取ったかのような音が連続する度に、ウッドモンの体を構成している樹木の体が削れていく。

 

 ウッドモンは苦痛の声を漏らしながらも、自分に取り付いているミケモンをもう片方の棒状の腕で叩こうとするが、ミケモンはウッドモンの体に爪をくい込ませると共に両腕に力を込め、地に足を付けていない状態でありながら、上に跳んだ。

 

 脚力の基点となるものが無いが故に大したジャンプ力は発揮されなかったが、それでもウッドモンの攻撃を避けられるぐらいの高度は跳べており、ウッドモンは自分自身の腕で自分の顔面を殴ってしまう。

 

 空中で回転しながら落下するミケモンは、再びその爪でウッドモンの顔面部分を引っ掻く。

 

 そして地に降り立つと、今度は爪ではなく硬い肉球で一撃。

 

「肉球パンチ!!」

 

 鈍い音と共に衝撃がウッドモンの目と目の間に炸裂する。

 

 反撃など許さない。思考する時間も与えない。無駄な行動を取らない。

 

 常に自分が『攻める側』に立ち続ける事こそが、戦いにおいて最も優勢に近い立場に居られる方法である事を、ミケモンはよく知っていた。

 

 だが。

 

「……やっぱり、ジリ貧だな」

 

 ミケモンの爪によって削り取られたり、衝撃によって小さな亀裂を生じさせていたウッドモンの体は、まるで擦り傷が治る光景を高速で見せられているかのように、失われた部分を内部から『成長』させる事で再生されていた。

 

 原型が樹木であるが故に、養分さえあれば最低限の傷は高速で修繕出来るのだろう。

 

 ただの引っ掻き攻撃やパンチだけでは、攻撃力が再生力を上回るのに時間が掛かってしまう。

 

 即座に思考を切り替え、一端ウッドモンと距離を取ったミケモンは、自分の戦闘に割り込むと邪魔になるとでも思ったいたのであろう――先ほどから攻めあぐねているギルモンのユウキに声を掛ける。

 

「おい、ユウキとか言ったな。手を貸せ、こいつを倒すぞ!!」

 

「やけに簡単に言ってくれるが、どうやって!!」

 

「お前の『必殺技』が必要だ。俺がこいつの『腕』を止めるから、最大級のをブチかませ!!」

 

 ギルモンの『必殺技』は、口から強力な火炎弾を放つというもの。

 

 実際、ウッドモンというデジモンはその体を構成しているデータが『樹木』であるが故に、火の属性を伴った攻撃には滅法弱い。

 

 ミケモンの判断は間違っていない。

 

 ただ一つ、ユウキが『必殺技』の『出し方』を分かっていない、という点を除いては。

 

「………………」

 

「……おいまさか、記憶喪失だから種族としての技の出し方すら分かってないなんて言わないよな?」

 

「…………はい」

 

 実際は記憶喪失などではなく本当に『知らない』だけなのだが、なんかもう申し訳なさ過ぎて、ユウキは思わず敬語で謝っていた。

 

 なんてこった、とミケモンは思わず天を仰ぎたくなった。

 

 ウッドモンの両腕が、ミケモンとユウキのニ体に向かってそれぞれ伸び突き出され、会話しながらもそれを何とか避けると、ミケモンは責める事も無くユウキに向かってこう叫ぶ。

 

「『でかい炎を吐き出す自分』をイメージしろ!! んで、それを実際にやる時、自分の『必殺技』の名前を叫べ!! それが種族として所有している『必殺技』を出すための『キーワード』になる!! 『必殺技』の名前は分かるか!?」

 

「そっちは何となく分かってるけど、この状況で明確なビジョンをイメージするなんて……!!」

 

「俺が時間を稼ぐ。だから遠慮せずにやれ!! お前の仲間の命運が掛かってんだからな!!」

 

「ッ!!」

 

 ミケモンはウッドモンの顔面に再び飛び掛ると共に引っ掻いて、ウッドモンの意識をユウキから外す。

 

 その間にユウキは、何とかしてイメージする。

 

 だけど。

 

(……そんなの、イメージ出来るわけがねぇだろ!!)

 

 ユウキは、元は人間『だった』デジモンだ。

 

 そんな彼の『経験』に、炎を吐き出すなどという物があるわけが無い。

 

 イメージを形成するには、材料が足りない。

 

 だが、そんな彼の思考を知っているわけもないまま、ウッドモンに攻撃を続けているミケモンは二つ目の言葉を放つ。

 

「イメージするのは、自分以外の物で例えてもいい!! とにかく頭で考えて、それを表に出す事だけに集中しろ!!」

 

「自分、以外の物……?」

 

「さっき戦ったデジモンの事を忘れたわけでも無いだろ!!」

 

 さっき戦ったデジモン。

 

 それがどんなデジモンであったか、ユウキはとてもよく覚えていた。

 

 何故なら、一時間程度しか時間の経っていない、新たな『経験』の元となったデジモンだったから。

 

(……モノクロモン!!)

 

 その戦いの記憶は、恐怖や痛みと共に根強く『経験』に刻まれている。

 

 力不足からほとんど傍観する事しか出来ず、力になろうとして無様に失敗した、苦い記憶。

 

 それを活かすべき時は、間違いなく今なのだろう。

 

 根強く残っている『実際の』記憶を掘り起こし、それと元としてイメージする。

 

 口を大きく開け、喉の奥から空気ではなく熱気を生成し、その時の感覚を記憶に取り入れながら。

 

 一度、口を閉じる。

 

 目の前の敵を一回でノックアウトさせるための、強大な一撃を放つための『溜め』の動作として。

 

 口の中に篭る熱気はどんどん膨張していき、鼻の穴からも蒸気に似た白く熱い空気が漏れる。

 

 人間の体だったならば、口中どころか顔中が大火傷となっていて大惨事の行為だっただろうが、ギルモンの体であるからか痛みは全くと言っていいほどに無かった。

 

 ただ、やはり呼吸をしない状態を継続しているため、息苦しくなる。

 

「グ……グ……!!」

 

 ミケモンは、ユウキが『必殺技』を放つ準備を終えた事を確信し、ウッドモンの目元付近を爪で引っ掻き削り取って直ぐに『必殺技』の射線から出る。

 

 ウッドモンは目元の痛みから腕を目元付近まで動かし、痛みを和らげようとしているのかは分からないが痛がる様子を見せ、更に大口を開けて苦痛に満ちた声まで上げている。

 

 いくら再生しようが、樹木そのものである自分の体を傷付けられて『痛み』を感じない事は無いのだ。

 

 そして、自分の体に走る『痛み』の方へと意識を向けているが故に。

 

 そして、結果的に腕を使って視界を封じてしまっているが故に。

 

 そして、ミケモン自身もその状態を狙っていたが故に。

 

「今だ。撃て!!」

 

(ファイアー……)

 

 ミケモンの声を聞いた直後、ユウキはずっと苦しそうに溜めていたものを解き放つように口を開ける。

 

 

 

「――――ボオオオオオオオオオオオオオオオルッ!!!!!」

 

 

 

 技の名を叫ぶと共に、ギルモンの口内に溜められていた火炎が一個の球を形成しながら放たれた。

 

 放たれた火炎球(ファイアーボール)は、真っ直ぐウッドモンの体――正確にはその大きく開けられた口の中に向かって突き進み。

 

 直後、火球がウッドモンの体の内部で爆ぜた。

 

 よほど火力が強かったのか、爆炎は凄まじい音を伴ってウッドモンの体を内部から焼き尽くし、口元から灰色の煙を噴出させる。

 

 自身の弱点である炎を食らい、ウッドモンは断末魔に似た叫び声を周囲に響かせると共にその場にへたり込んだ。

 

 戦意さえも炎によって灰にされたのか、技を放ったユウキにもミケモンにも抵抗しようとはしない。

 

 勝敗など、わざわざ問うまでも無かった。

 

「行くぞ」

 

「……あ、ああ!!」

 

 野生の世界は弱肉強食とは言え、やはり相応の罪悪感は感じてしまう。

 

 ユウキはミケモンにそう言われ、やるべき事を再認識した上でウッドモンのすぐ脇を通り、坂道を下り始めた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 時間がとにかく足りない。

 

 周囲に見える茂みのどこからガルルモンが襲って来るのか、目で追うだけでは判別出来ない。

 

 ただ待つだけでも、グリズモンのタイムリミットは迫ってくる。

 

「クッ……」

 

 自分自身のタイムリミットを意識するあまり、冷静に戦術を構成する事が出来ない。

 

 攻撃しようにも、その範囲は『技』で拡張しない限りは腕の長さと同じぐらいが限度だ。

 

 そしてこの時も、キョロキョロと周囲を見回すグリズモンの視界の死角からガルルモンが襲い掛かる。

 

「――――!!」

 

 グリズモンは気配に反応する形でガルルモンの方を向き、何も考えないまま右拳を突き出す。

 

 それが裏目になった。

 

「フリーズファング!!」

 

 ガルルモンは本能的に技の名を言うと共に、突き出された拳に向かって噛み付き牙を食い込ませる。

 

 すると技の効果なのか、グリズモンの拳がどんどん冷たくなっていき、やがて氷に包まれると共に動かなくなってしまった。

 

「ッ……ぅらあッ!!」

 

 腕から伝わる激痛に苦痛の声を漏らすグリズモンだが、反撃と言わんばかりにもう一方の左拳を突き出す。

 

 今度は、腕に牙を食い込ませていたがために、ガルルモンはその拳を避ける事が出来ない。

 

 しかし、グリズモンの拳にモノクロモンとの戦いの時のような力強さが宿る事も無い。

 

 ガルルモンは頬に拳を食らい、その威力でグリズモンの右腕から引き剥がされる。

 

 だが、それだけだった。

 

「ぐぅ……っ!!」

 

 利き腕である右前足から力を感じない。

 

 それどころか、全身からどんどん力が抜け落ちている。

 

 攻撃を受けてしまったのが拙かったのか、グリズモンの膝が地に付くと共に『進化』が解除され、元の姿であるベアモンに戻ってしまった。

 

 既に疲弊していた体を酷使したのだから、消耗した体力は既に気力で補っても補強出来ないレベルにまで削られているだろう。

 

 そして、視界から最も脅威を感じる『敵』が居なくなった事で、ガルルモンは茂みに隠れる事も無く近づいて来る。

 

 そんな光景を、エレキモンは見ている事しか出来なかった。

 

(くそ……っ)

 

 エレキモンは、悔しさのままに内心で嘆く。

 

(俺って奴は……ッ!! 何でまた守られてんだよッ!! 何でいつも、最終的には……!!)

 

 力が――度胸が――強さが。

 

 足りないからなのだろうか。

 

 ベアモンやユウキには有って、自分に無い物は何なのか。

 

(クソったれが……ッ)

 

 涙腺が悔しさに刺激される。

 

 頭の中が色んな感情に塗れていく。

 

 その全てが、今はどうでもよくなってくる。

 

 今求める物は、ただ一つの結果だけ。

 

(いつまでも守られてばかりなんてお断りだ……今度は、俺が……)

 

 ガルルモンが、今にも倒れ掛かっているベアモンを噛み砕こうとする。

 

 エレキモンは、ベアモンを守るために立ち塞がる。

 

 ガルルモンが構わずに飛び掛った、その時。

 

 

 

 

「俺が、こいつを守れるような俺になってやるッッッ!!」

 

 

 

 光が、煌めいた。

 

 エレキモンの全身が、火花に似たオレンジ色のエネルギーを纏って繭に包まれる。

 

 飛び掛ってきたガルルモンは、それに当たると共に弾かれ距離を離された。

 

 それは色こそ違う物の、ユウキやベアモンが『進化』を発動させる時に出てくる物と同じ物だった。

 

「エ……レ……キモン……?」

 

 繭の中で、エレキモンの姿が明確に変わっていく。

 

 全身の体毛は赤色から白色になり、孔雀のように広がっていた尻尾は先の方に赤を残して更に広がる。

 

 前足は飛ぶ事に適してなさそうな大きな羽に、後ろ足は体重を支えるための巨大に発達した脚に。

 

 首元では羽毛が一種の髭のように変化した物になり、頭部には薄黒い鶏冠(トサカ)が生える。

 

 そして上顎の部分は黄色く硬化し(くちばし)に、目は得物を射殺すかのような赤い瞳になった。

 

 ――――エレキモン、進化……!!

 

 繭が膨張し、卵に衝撃を加えた時のように亀裂を奔らせると、内部からエレキモン――だったデジモンが姿を現す。

 

 そして、進化した自分の存在を肯定するように、名乗る。

 

「コカトリモン!!」

 

 




ウッドモンの台詞が無いのは、ゴルゴムの仕業って事にしておいてください(投げ槍)。

というのも、元々の設定からウッドモンは狂暴で、台詞として書くとしても『ゴオオオオおオオオオ!!』とか『グギャアアアアア!!』とか何だか軽い台詞ぐらいしか思い当たらなかったので。今回は地の文のみで表現させていただきました。南無散。

と、いうわけで今回の話では、ユウキ――ギルモン念願の『ファイアーボール』習得と、エレキモンの進化の両方をお届けさせていただきました。

これに当たってこんな質問が来ると思っているので、ちょっと自問自答します。

Q「何でユウキはデジモンのアニメシリーズでギルモンが技を出すシーンを見ているはずなのに、明確にイメージ出来なかったの?」

A「あくまで架空《フィクション》としか認識しておらず、それもアニメの絵を見ただけであり、
現実《リアル》の動きと比べると印象に残りづらいから。そしてモノクロモンを選んだのは、同じ『火炎の球を放つ』という共通点があったから」

 アニメでカッコいい技を見ても、それを実際に真似出来るかと聞かれれば無理、ってのと似た理屈です。もしくは、ある日突然狼にされた人間が四足歩行のやり方を知らないから戸惑ったりするのにも似ています。

 そして、ある人なら気付いたかもしれませんが、この話にもあった技を『受けて』覚えるという部分に関しては『デジモンワールド リ・デジタイズ』の要素をイメージして書いていました。あのゲームは本当に面白いので、最新作であるデジモンストーリーの方も楽しみでなりません。

 そして、ある人はやっとという所でしょうか。本編中でのエレキモン初進化です。いかがだったでしょうか?

 エレキモンというキャラが本格的にカッコよくなるのはまだ先(だと思っています)が、やはり序盤の内でも彼の心境的なものを表に出さないとな~と思って、今回の進化回では色々と考えた結果、ユウキやベアモンとは違う方向の『感情』を出して進化をさせました。

 それが何なのか、読者の方々には分かりますか? 分かったら凄いと思います。

 では、次回。コカトリモンはどうやってガルルモンのスピードに対抗するのかをお楽しみに。

 


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電子世界にて――『決着、そして帰還と――』

何とか一ヶ月経つ前に更新出来ました。やったぜ←←

というか八月になると、もうこの作品も一周年なんですねぇ……マジで何か面白いネタを出した方が良いのかと考え出してしまうんですが、はてさてナニをどうするか……。

話題を変更すると、書いていて思ったんですが、森の中でコカトリモンって物凄く戦闘が書きにくい。理由はコカトリモンの戦闘を書いてる人にしか分からないと思います(小並感)。

敵としての登場が主なデジモンですが、アドベンチャーでは人間に化けてたりしてましたよね。あれどうやってるんだろ。

最初の1000字近くは必要性があるかも分からない解説話ですが、始まります。


 

 バジリスク、という名を持った架空(フィクション)上の生物がいる。

 

 現実に存在『する』情報として古代に製造された時点では、頭部に冠状のトサカがあり、その目で見ただけで死をもたらす蛇の王様と呼ばれていたが、中世に時代が移るごとに、コカトリスという別の架空生物の伝承と合流し、姿に鶏の要素が取り入れられるようになった。

 

 時が経つにつれ、蛇の王様という外見情報は頭に鶏冠を持った蛇だとか、八本足のトカゲなどに塗り替えられ、バジリスクの別称としてコカトリスが用いられるようにもなった。

 

 更に時代が進むにつれて、バジリスクという生物の危険性はどんどん大袈裟に語られるようになった。

 

 例えば、蛇なんて比にもならないレベルの大きな生き物とされたり、口から火を吹くようになったり、先に述べたように目を合わせた者が石に変えられたり、その声だけで生物を死に至らしめるなどとされたりした。

 

 だが、そもそも、現実にそこまで危険な生物が居るのだとすれば、実際に見た者は何の情報も伝える事さえ出来ずに死んでいるはずであり、かえってその情報は信じられなくなっていった。

 

 そして、現代に至る過程で、既にバジリスクは現実には存在『しない』生物として語られ、ファンタジーを舞台にする絵本や映画やゲームなどに強敵として登場するようになってしまった。

 

 その殆どで使われている要素は『猛毒を持つ』事と『視線で石化する』という点であり、バジリスクという架空の生物を現す有名なステータスとして認識されるようにもなった。

 

 そして、バジリスクとコカトリスという異なる名前を持った二つの生物の情報は混同されたまま、デジタルワールドへと反映された。

 

 デジタルワールドに生息しているデジモンの種は、大半が人間の生きている『現実世界』から送られる情報(データ)原型(インターフェイス)としたものであり、ガルルモンやグリズモンのように、『現実世界』に実在している動物を原型としたデジモンもいれば、グラウモンのように実在しない生物を原型としたデジモンもいる。

 

 エレキモンが進化したデジモンであるコカトリモンは、言うまでも無くコカトリス(バジリスク)という伝説の生物を原型としており、後者のグループにあたるデジモンである。

 

 そして、その能力も当然、伝説上の情報を元としている。

 

 エネルギーの繭を破って現れたコカトリモンの最初の行動は、ただ単純。

 

 その視線を真っ直ぐガルルモンへと向け、一度目を閉じて、それから大きく見開きながら『必殺技』の名を叫んだだけ。

 

「ぺトラファイアー!!」

 

 名を言った瞬間、コカトリモンの目から水色の炎のような物が光線のように放たれ、放たれる前に前兆を察知していたガルルモンは素早く横に跳躍する事で避けるが、先ほどまでガルルモンが居た場所のすぐ後ろの方の木の一部分が、まるで焼け跡のように灰色に変色――石化していた。

 

 技を放つ過程で視界が塞がるため、コカトリモンは回避後のガルルモンが襲ってくる方向を理解するのに時間が掛かり、気付いた時には既にガルルモンが真っ直ぐ飛び掛ってきていた。

 

 だが、コカトリモンは防御手段を取る事も無かった。

 

 次に行った行動も、ただ単純。

 

「ぅらあッ!!」

 

「ガ……ッ!?」

 

 強靭な脚力を秘めた両脚、その内の右で、飛び掛ってきたガルルモンの顎を思いっきり蹴り上げたのだ。

 

 ただ蹴っただけにも関わらず、ガルルモンの体が首ごと上向きになるほどに反り、その状態を狙ったコカトリモンの嘴がガルルモンの腹部に突き出される。

 

 ドスッ!! と、一点に力が集中された攻撃がガルルモンの体を容易く吹き飛ばし、激痛を奔らせる。

 

「ぐっ……」

 

 コカトリモンは間髪を入れずに再び『必殺技』を放とうと思ったが、突然体に疲労的な重みが圧し掛かり、集中を乱してしまう。

 

 元々、進化する前から彼は消耗しており、その上にコカトリモンの巨体を維持するだけのエネルギーが明らかに不足しているため、進化を維持するどころか、単に体を動かすだけでも相当な負担が掛かっているのだ。

 

 コカトリモンというデジモン自体がそもそも、エネルギーの消耗が激しい戦いを苦手としているため、ガルルモンとマトモに戦える時間もそう長くは無い。

 

 それを分かっているからでこそ、コカトリモンは少しでも当たれば動きを封じられる『必殺技』を使う事を常に視野に入れていたのだが、ただの一発を放つだけでも相当な消耗を強いられてしまった。

 

 だが、進化を解くだけにはいかない。

 

 ここで彼が戦う事を止めたら、間違い無く後ろに居るベアモンが殺されてしまうだろうから。

 

 自分一人でも、意地で守り抜いてみせる。

 

「ぺトラファイアー!!」

 

 目で標準を合わせ、気合いでもう一発『必殺技』を放つが、コカトリモンが集中を乱した間にガルルモンが態勢を立て直していたらしく、今度は跳んで避けられる。

 

 跳び掛ってきた所を『必殺技』で狙う事も、言葉で言うだけなら容易かもしれないが、技の予備動作の間に喉笛を嚙まれては元も子もない。

 

 強力な技であるが故の欠点か、放つまでの『溜め』が少し長いのだ。

 

 だからでこそ、ガルルモンに避けられるだけの隙を与えてしまう。

 

「ガルルスラスト!!」

 

 跳んで回避したガルルモンは、そのまま体を回転させ肩口のブレードでコカトリモンを切り裂こうとする。

 

 今度は蹴りによる返しは出来ない。

 

 後ろにベアモンが居るため、回避も出来ない。

 

 取れる手段は、退化している両翼を交差させる事による防御以外に無かった。

 

「ぐ…………ッ!!」

 

 当然、両翼は切り刻まれ、激痛がコカトリモンを襲う事になるが、それでも切断はされない。

 

 交差した両翼を強引に振り、ガルルモンを押し返す事に成功したコカトリモンは、三度目の『必殺技』を放つために一度目を閉じた。

 

 着地地点は予想が付いている。

 

 ガルルモンには空中で移動する、という回避手段が無いため、最も安定して狙えるタイミングは着地の寸前、地に脚が着く直前。

 

 後は冷静に狙いを定め、放つだけ。

 

 

「ぺト…………ッ!?」

 

 

 そう、思っていた。

 

 ただ、盲点だった。

 

 この状況で、この環境で使うわけが無いと思っていたからでこそ、その当たり前の反撃を予測する事が出来なかった。

 

 技を放とうとしたコカトリモンと襲ったのは、ガルルモンの口から放たれる青い炎――ガルルモンの『必殺技』だった。

 

「フォックスファイアー!!」

 

 そもそも使うわけが無い。

 

 そう思っていただけに、突然使われたそれの防御策などあるわけも無く。

 

 無防備なコカトリモンへ、青色の炎が牙を剥いて襲い掛かってきた。

 

「ぎっ、ああああああああああああああああああああ!!?」

 

「え、エレキモン……ッ!?」

 

 なまじ体が大きい所為か、炎は一切他の物に焼け移る事も無くコカトリモンの体を焼く。

 

 幸いなのは、コカトリモンの羽毛がそれなりに耐熱性を含んでいた事だろう。

 

 それが無ければ、間違い無くこの時点で死んでいた。

 

 体の大きさも、ベアモンを守るための盾代わりになってくれたと考えれば、そう悪い気もしなかった。

 

「ぐっ、くそっ……お構い無しかよ……ッ!!」

 

 このような森の中でも遠慮無く炎の技を使った、という事は、既にガルルモンの理性は殆ど失われていると見ていいだろう。

 

 『沸点』を超えさせてしまったのは、恐らくコカトリモンが顎に放った一発の蹴り。

 

 こうなると、もうガルルモンはコカトリモンを仕留めるまで攻撃を中断する事も、茂みの中に隠れて隙を突こうともしないだろう。

 

 だが同時に、冷静さを失ったガルルモンには、もう攻撃よりも回避を優先するほどの判断能力は残されていないだろう。

 

 ならば、これは残り僅かなチャンスだ。

 

「ガルルルルルルルルルルルル――――ッ!!」

 

(……やべぇ、すげぇ怖い)

 

 自分で怒らせといてなんだが、という話ではあるのだが、やはり剥き出しの殺意を向けられて怯まないほど彼の精神は強くない。

 

 それでも、負けられない。

 

 腹を括り、コカトリモンは次の行動に出る。

 

「ぺトラファイアー!!」

 

 四度目となる『必殺技』を放ち、視線を向けた先にある樹木や葉っぱを石化させる。

 

 ガルルモンはそれを上に跳んで避けると、口に再び炎を溜める。

 

 コカトリモンはそこで視線を空中のガルルモンへと移し、しかし『必殺技』は使おうともせずに身構える。

 

 ガルルモンは口から炎を吐き出した状態のまま回転し、文字通り火だるまのような姿のままコカトリモンを襲う。

 

 それに対してコカトリモンが行ったのは、またも単純な事だった。

 

 両肩口から伸びているブレード、高い切断能力を持ったそれが存在しない、中央の背中(すきま)へ。

 

 

 

 

 まるで体当たりでもするかのように、跳躍すると共に自身の嘴を突き出したのだ。

 

 接近した代償として両肩を切り刻まれ嘴に火傷を負うが、その一撃はガルルモンの体を打ち上げ、生じた衝撃の影響でガルルモンはバランスを崩し、ゆっくりとした回転で地面に落ちていく。

 

 そしてコカトリモンは、地に脚を付けるまで一切の抵抗も出来なくなったガルルモンの落下ルートに横槍を入れるかのように、その高い脚力のままに跳び掛かり、ガルルモンの腹部を全体重を乗せた嘴で突いた。

 

「ビーク……スライドォ!!!」

 

 その結果。

 

 鈍い音と共に、ガルルモンの体は押されるような形でその背後にあった灰色――石化した樹木へ、コカトリモンの巨体とサンドイッチになる形で激突し、辺りへ石が砕けるパラパラ細かい音を響かせた。

 

 数瞬後、コカトリモンの姿は輝き、羽根のような粒子が舞い散ると共に元の姿――エレキモンに戻る。

 

 そして、衝撃と共に意識を消失させたガルルモンが石柱のような木に寄り添う形で崩れ落ちる。

 

 

「へ……へっ……ざ、まぁ……ねぇな……」

 

 

 勝敗が決した事を確信したエレキモンの意識は、初となる『進化』を解除した事から来る凄まじい疲労感と虚脱感から薄らいでいき――――意識が途絶える瞬間感じたのは、親友の暖かい腕の感触だった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 戦いは終わった。

 

 周囲から『敵』の気配は感じられず、その場には静寂が訪れる。

 

 途中から戦いを見ている事しか出来なかったベアモンは、戦う力を根こそぎ奪われたガルルモンのそぐ傍で気を失った親友を腕に抱いていた。

 

 その瞳から、一粒一粒と涙が出てくる。

 

「……エレキモン……」

 

 結果的に、ベアモンは助かった。

 

 エレキモンの方だって、命には別状も無いはずだ。

 

 だけど、それでも、結局。

 

 ベアモンが、エレキモン守り抜けなかった事には変わりが無い。

 

 もっと自分が強ければ、ここまで危険な状況に至らせる事なんて無かったはずだ。

 

 そもそも、最初の時点で『敵』の奇襲にさえ気付けていれば、ここまで追い詰められる事だって無かったはずだ、と思ってしまう。

 

「……ごめん……」

 

 言葉を発しても、意識を持たない親友は返してくれないだろう。

 

 言い知れぬ不安を抱きながらその場で動かずにいると、坂道の方からニ体のデジモン――ガルルモンに襲われたベアモンとエレキモンを助けるために疾走していたミケモンと、それよりちょっと遅れてギルモンのユウキが、多少呼吸を(特に後者が)乱しながら近づいて来た。

 

 彼等はそれぞれ、気を失って倒れているエレキモンの姿と、彼を抱き抱えているボロボロなベアモンの姿を見て言葉を述べる。

 

「おい、大丈夫か!? 怪我とか……はある、な……」

 

「あんな事があったのに命があるだけ十分だろ。ホントなら、死んでてもおかしくなかったぞ」

 

「……ユウキ、ミケモン……」

 

 二人の顔を見て、ようやく安心を取り戻すベアモン。

 

 涙が出てくるのを止められないまま、彼は言う。

 

「……エレキモン、怪我も疲労も僕より酷くて……僕もガルルモンと戦ったんだけど、何も出来なくて……」

 

「何も言わなくていい。遠くの方からでも、お前等二人のものと思われる『進化の光』は確認出来たから、どういう事があったのかは大体予想がついてる。というか、明らかにお前の方が酷い有様だろうが」

 

 ミケモンはそう言うと、ベアモンの腕の中で気を失っているエレキモンを自分の腕で抱え上げる。

 

 疑問を浮かべたベアモンが、涙を拭いながらミケモンに対して質問する。

 

「……どうするの……?」

 

「お前もエレキモンも、ついでにユウキも、怪我と疲労が明らかに酷いからな。これ以上は俺も見過ごす事は出来ねぇよ。単刀直入に言うが、今からお前等は俺が町まで連れ返す。食料に関しては仕方ねぇから、俺の方から分けてやるよ」

 

「……うん、分かったよ……」

 

 ベアモンはそう言うと、エレキモンの事をミケモンに任せて立ち上がる。

 

 ユウキもミケモンの意見に異論を唱える事は無く、同意したように頷いていた。

 

 食料の問題はミケモンが援助してくれるだろうから、とりあえずは山の中で食料を求めて彷徨う必要が無くなったからだ。

 

 ただ、ユウキから見てもベアモンのショックは大きいらしく、ユウキも表情を曇らせている。

 

 そんな時、エレキモンを抱えたまま山を下り始めようとしたミケモンが、視線を行き先へ向けたまま、ベアモンに対して言葉を飛ばした。

 

「……気に病むな。こいつの怪我もお前の怪我も、どちらかと言えば保護者でもあるオイラに責任があんだから。それでも気にするんなら、せめてこの『経験』を次に活かす事を考えろ。自分だけに責任があると思ってんじゃねぇぞ」

 

 ユウキには、その言葉がベアモンやミケモンだけでは無く、自分自身にも宛てられているものに感じられていた。

 

 互いに言葉を交わしながらも、目的の無くなった彼等は山を下り、帰る場所へと戻る。

 

 幸運というよりは不自然なほどに、帰る途中『敵』との遭遇は一切無かった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ――――目を覚ました時、エレキモンの目が見たのは、よく見知った天井だった。

 

「……ん……」

 

 自分達は助かったのか。

 

 ベアモンやユウキはどうなった。

 

 そういった疑問は、自分が自分の住んでいる家で眠っていた、という事実によって収束された。

 

 眠っている間に何があったのかは知らないが、エレキモンの眠っている傍には明らかにリンゴとは違う食料――焼けた肉や、健康に良い果実として有名な超電磁レモンが皿代わりの葉っぱの上に置かれていて、いつの間にか空腹になっていたエレキモンは、食欲に身を任せるようにそれ等を口に運んでいた。

 

 こういった様々な食料が山で手に入ったとは思えない。

 

 間違い無く、ミケモン辺りの援助があったのだろう、とエレキモンは思っている。

 

 眠っている間に意外と時間が経っていたのか、視線を家の外へ向けるとオレンジ色の空――夕焼けが広がっているのが見えた。

 

「……戻って、これたのか」

 

 安心感の一方で、ベアモンやユウキが今どうしているのかが気になった。

 

 体を起こそうとするが、食料でエネルギーを補給した上でも体は重く感じられた。

 

 四つの脚で体を支える事さえ難しいのか、もしくは眠りから覚めたばかりで意識が覚醒しきっていないからか、エレキモンは寝床から起き上がる事も出来ずに横になる。

 

「……だりぃな……」

 

 そんな事をぼやいていると、入り口の方から来客があった。

 

 自分と同じくボロボロなはずのベアモンと、モノクロモンとの戦いの時には自分を守って背中に大火傷を負っているギルモンのユウキだ。

 

 彼等はエレキモンが目を覚ましている事に気付くと、早速声を掛けてきた。

 

「エレキモン、大丈夫……? まだ『進化』した時の消耗が回復しきれてないんだね……」

 

「……そういうお前はどうなんだ。お前なんて山の中で二回も『進化』を発動した挙句ぶっ倒れてたじゃねぇか」

 

「僕は大丈夫だよ。ここに来る前、町に戻ってからミケモンがくれた食料を食べたり昼寝したりで回復に専念してたから、本調子とまでは言えないけどずっとよくなってるし」

 

「お前ってホントに頑丈なのな……昨日といい、今日といい……」

 

 二日間の間に三回も成熟期のデジモンと戦っていながらもすぐに回復するベアモンに、呆れたような言葉を口にするユウキだが、ベアモン自身は自分の体の損傷よりも他人の体の損傷の方が心配の優先度が高いのか、気にせずにエレキモンに声を掛ける。

 

「大丈夫なようで何よりだよ……エレキモンがコカトリモンに進化した時は、本当に驚いたけど……やっぱりエレキモンは強いや。君がいなかったら、僕はあそこで死んでたよ」

 

「……へっ、何を言ってんだか。モノクロモンとの戦いの時、俺やユウキを助けてくれたのはお前だろうに」

 

「でも、僕一人じゃ無理だったという事実は変わらないよ。いつも一緒に居てくれてありがとう」

 

 互いに微笑ましい会話を交わす中、話題を切り出すようにユウキが言葉を投げ掛ける。

 

「ベアモン。褒めあうのは良い事だと思うんだけどさ、忘れてないか?」

 

「……あっ、うん。分かってるよ」

 

「? 何かあったのか?」

 

 どうやら、エレキモンが眠っている間に二人の方で何かがあったらしい。

 

 エレキモンの無事を確認し、ようやくベアモンも切り出すべき話題を口にする。

 

「あのね、落ち着いて聞いてね?」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 エレキモンが目覚める、少し前。

 

 周りを木造の壁に囲まれ、本棚や食料貯蓄庫といった設備が整った特別製を感じさせる部屋。

 

 『ギルド』の拠点である建物の奥で、組織のリーダーであるレオモンと、受付員(と言う名の留守番係)なミケモン――レッサーは互いに言葉を交わしていた。

 

 レッサーが山へ向かってから戻ってくるのに大分時間が掛かっていた事に疑問を浮かべていたレオモンだったが、遅れた事情とその後の言葉を聞いて、その表情を強張らせていた。

 

「……ふむ。狂暴化したデジモンによる二度の襲撃。それによって生じた負傷者の保護。まぁこういった事情があるのなら、戻ってくるのにここまでの時間が掛かったのも仕方無い、か……」

 

「そう思うだろ? ったく、あいつ等も不運なもんだよ。一日どころか、二日に三度も狂暴化したデジモンの襲撃を受けるなんてな」

 

「……全くだな。様々な野生のデジモンが生息しているにも関わらず、彼等だけが襲撃された。不運と例えるのも間違いでは無いだろう」

 

 元々、最近様々な地域で見られる野生デジモンの『狂暴化』は、発生条件も犯人も分かっていない。

 

 他と比べても比較的安全『だった』地域へミケモンを送ったつもりだったのだが、話を聞いた通り、見回りをさせた地域でも『狂暴化』の問題は発生している。

 

 当然、これについては他の地域の『ギルド』でも調べられているのだが、芳しい情報は得られていないと聞く。

 

 また、危険な可能性を秘めた地域が増えた。

 

 だが、レオモンが顔を強張らせている理由はそこ『だけ』ではない。

 

 彼はレッサーの目を真っ直ぐに見ながら、こう言ったのだ。

 

「……だが、正気か? 確かに成熟期のデジモン――それも狂暴化している個体を相手にして生存出来るほどの強さが本当ならば、『試験』で実力を確かめる必要も無いのは分かる。むしろ、この町の『ギルド』はメンバーも少ない方だからな。働き手は大抵歓迎する。だが……俺はまだ、その子達の事を知らない。『試験』も飛ばして『ギルド』に入団させるなど、すぐには決められん」

 

 一方で、レッサーは適当とも真面目とも言えない調子で言った。

 

「いいんじゃねぇの? オイラは少なくとも、アイツ等には大物になる可能性があると見てるぜ」

 

「……はぁ……」

 

 レオモンは思わず、溜め息を吐いた。

 

 ミケモンが嘘を言っているわけでは無い事ぐらいは分かっているのだが、まだ素性も見た事が無いデジモンを含めた『チーム』の結成など、安易には決められない。

 

 実力があるのは分かったが、それに見合う心構えはあるのか。

 

 レオモンは考え、そして言った。

 

「……分かった。だが、後で……夜でも構わない。一度俺の前に顔を出すように伝えてくれ。これから先やっていけるのか、見定める必要があるからな」

 

 大層な大義名分や大事な機密情報などを抱えているわけでも無いが、素性も何も知らないデジモンを無条件で受け入れるわけにはいかない。

 

 ミケモンのレッサーの事を疑っているわけでも無いが、どの道これは必要となる過程なのだ。

 

 そんな真面目くさい事を考えているレオモンに対して、レッサーは『へ~へ~、分かりましたよっと』なんていう面倒くさそうな言葉を漏らしながら、受付カウンターのある場所まで足を運ぶ。

 

 レオモンもまた、自らの役割を遂行するために文献――自らが書き記した情報に目を通す。

 

 昨日の時点で依頼を大分達成してきたからか、今日この『ギルド』に宛てられた依頼は比較的少なかったらしい。

 

 レオモンにはそれが、平和と言うより――嵐の前の静けさのように思えた。

 

 思わず、彼はこう呟いた。

 

「……()()()()()()()()()()()()……」





NG? あ、すいません後回しです←←

あと一話か二話でようやく第一章が終わりそうってか終わらせたいです。いやホント、予想よりも長引いて収拾どう付けようかと悩みに悩みましたが、ようやく落とし所に入れました。

何だか思いっきりカットしたなぁ、と思う方もいると思いますし、作者もそう思っていますが、ぶっちゃけこれ以上詰めに詰める必要が無かったというか発生するイベントも無かったんですよね。行動についても『山を降りた』と、町にいってからは『休んだ』と『食事をした』で説明出来るレベルで内容の薄い過程だったので、バッサリとカットさせていただきました。

必要な場面は全て書いているつもりなので、説明不足な点も少なく問題無いと思っています。

これでも問題などがあると感じられた場合は、感想やメッセージなどで指摘してもらえれば即座に修正いたします。

(まぁ、一番最後の台詞だけ違和感があったので帰宅後、四時四十五分ぐらいに修正したのですが)

とりあえず第二章をどうしようとか考えているのですが、まずは第一章を終わらせなくては……。

さて、次回は遂にユウキ以外の『個体名』が決定し、同時に『チーム』の名前も決定する予定です。

山に入ってから絶賛空気中の主人公の出番はいかに……ッ!!

では、次回をお楽しみに。


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電子世界にて――『戦いに赴くだけの理由と覚悟と』

 
 もうすぐ連載一周年という所で、遂に『第一章』も完結です!! 正直不安でしたが、やろうと頑張れば案外出来るもんですね。ずっと単調な話を見ていて退屈なお方もいると思いますが、それでも読んでくれている事には本当に感謝です。

 ようやくここまで来たかぁ……という所で、遂にずっと名無しだった彼等にも個体としての名前が付き、三人のチームとしての名前も!! いやぁ本当に書きたい話を書いた時って、気持ちが良くなりますね!! 何か色々と路線がズレた気がしますけど!!

 ぶっちゃけた話、ずっとシリアス続きだったので一気にギャグい空気を引き込んでます。アレですよ、発作的なアレですよ。シリアスなんて必要だと思った時だけに集中させて、他はギャグで纏めればいいんだと思っているんですよ!! 実際はそう上手くいくわけないですけど!!

 ……では、前置きはこのぐらいにして。

 『第一章』の最後を飾る話、始まります。




 と、いうわけで。

 

 要するに、とユウキの隣でベアモンが言葉を紡ぐ。

 

「ミケモン曰く、レオモンを信用させられるだけの言葉と、僕達の『個体名(コードネーム)』と、何より納得を得られるだけの目的を用意しておけだってさ」

 

「これまた唐突だな……。そりゃあ俺からしても『ギルド』に入団出来る事に越した事は無いけど、まさか『試験』を飛ばすなんてよ。そういう『特別』な事例って今まであったっけ?」

 

「あるんじゃない? そもそも『試験』の内容と実績が被っているんなら、そもそもそれまでの『経験』が『試験』の達成条件と混同したっておかしくないし。とは言ってもあくまで『実力』の面での『試験』が終わっただけで、多分リーダーであるレオモン――――『個体名(コードネーム)』は『リュオン』だっけ? どの道、もうすぐ向かう事になる所でレオモンに承諾してもらえないと、入団出来ない事に変わりは無いよ」

 

 ベアモンはそう言ってから視線を隣で立っていたユウキの方へと向け、それからエレキモンの方へ振り向き直すと、こう言った。

 

「……思わぬ出来事で入る事になったから、これから早速色々と決めておきたいんだ。僕等の『個体名(コードネーム)』と、僕等の『チーム』を指し示す『名前』を」

 

「……レオモンに俺達の事を承諾させられるだけの言葉の方は?」

 

「ぶっちゃけ考えるだけ無駄でしょ。僕等の『そのまま』をぶつける事でしか承諾しそうに無いし、こういう事は考えるよりも包み隠さずに言った方がいいと思うよ。ユウキもそう思うよね?」

 

「俺も、流石に考えぐらいはするけど、一言で納得を得られる都合の良い理由を出しても駄目だと思う。そういうのは下心を読まれただけで簡単に崩れ去る。そもそもの『ギルド』って組織に入りたい理由を、ベアモンの言う通り『そのまま』喋った方がいいんだと思う」

 

 実際の所、どんなに都合の良い理論武装をしても、簡単にあのレオモンを納得させる事は出来ないだろう。

 

 レオモンという種族名を聞いただけでも、その性格がどのような物であるかを大体予想出来たユウキからしても、ちゃんと芯の通った言葉をぶつけない限り納得を得るのは難しいと思っている。

 

 ならばベアモンの言う通り、自分達の思いをそのまま告げた方がいい。

 

 明確な『理由』が無いのなら、そもそも『ギルド』という組織に入ろうと思わないからだ。

 

「はぁ。ま、あのリーダーに包み隠された部分のある言葉が通用するとも思えないしな。優先すべきなのは、そっちの方か」

 

「そう思うよ? と、いうわけでカッコいい名前を決めちゃお~!!」

 

「結構大事なことだと思うのに軽いなオイ!!」

 

 この世界において大抵は仕事に使う二つ名だったり、それぞれの『個』を確立させるための物として使われる物が『個体名(コードネーム)』なのだが、どうやらベアモン自身もまだ自分の『個体名(コードネーム)』を決めていなかったらしい。

 

 ちなみにエレキモンも決まっておらず、とりあえずしっくり来そうな名前を(ベアモンが自分の家から持ってきた)絵本から摘出する事になったのだが、あまり進展はしていない。

 

「ユウキも手伝ってよ。元人間だったんだし、カッコいい名前ぐらい付けられるでしょ?」

 

「そんな無責任な」

 

 ベアモンにそう言われたユウキ自身も、テレビゲームの登場人物に付ける名前にどうしても時間を掛けてしまうタイプだったりして、ベアモンとエレキモンの名前を決め兼ねている。

 

 そうこうしている間に時間は過ぎていく。

 

「ん~、じゃあベアモン。『ブラオ』とかどうだ?」

 

「ちょっとそれは……う~ん、三文字なのはいい良いけど……しっくり来ないなぁ」

 

「俺も考えてみたんだが『ナックル』とかどうだ……?」

 

「流石にそれは……やだなぁ」

 

「直球すぎるだろ……。まんま『拳』って意味じゃねぇか」

 

 一応こんな形で案が出てくる事もあるのだが、どうも納得のいきそうなキーワードは出てこない。

 

 空の色も、どんどんオレンジ色から夜の闇色に染まり出していく。

 

 犬や猫といった獣の名前でも付けるのなら、適当にポチだとかなんだとか決められたかもしれないが、これから互いに協力し合う仲間の名前をこうして付けるとなると簡単には決められない。

 

 そうして、決めきれずに時間だけが過ぎていった。

 

「……駄目だ。というか、お前等……流石に何処かで妥協しろよ!?」

 

「って言われても……『グレイ』とか『ガーディン』とか、ユウキが変な名前を付けようとするんだから困惑するに決まってるじゃん」

 

「俺の方も『トニトゥルス』とか『ルベライト』とか、よく分からない名前だったしな。そっちからすれば理解出来るかもしれんが、俺たちがお前の言葉を全部理解出来るとは思うなよ」

 

「これでも色々頑張って考えたんだぞ!? 名前に使えそうな個性の少ないベアモンはともかく、エレキモンの方には色々と反映させてみたし!!」

 

 ただのデジモンであり、人間世界の言語に詳しくないエレキモンに知る由は無いが、どちらもエレキモンの特徴に関連した語句だったりする。

 

「それが分かりにくいんだって言ってんだ。ってか三文字ぐらいでいいだろ無駄に長いんだよ!!」

 

「唐突な三文字縛り!? お前いい加減にしてると一文字ネームにすんぞこの野郎!!」

 

「君らさ、意味も無く喧嘩しないでほしいんだけど……まぁ、語呂の良さってのもあるし、僕も二文字から四文字ぐらいで十分っていうか、要するに三文字で呼びやすい名前でお願い」

 

「……三文字だな? 確認するけど、本当にそれでいいんだな?」

 

「ユウキだって三文字だし、ね。ただ『グレイ』はやめてね。モンって付けただけで実在するデジモンの種族名になっちゃうから」

 

「何その下らない理由!? 意味も全く違うのに!!」

 

 そんなこんなで、夜になるまで名前の厳選は続いていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 この三日間の間、色々な出来事があった。

 

 元人間を自称するデジモンと、偶然遭遇した。

 

 現実として存在するはずの無い生き物と対面した。

 

 互いに素性も知らぬまま、元居た場所に一緒に帰った。

 

 地や木を這う大量の芋虫に襲われ、不本意ながらも戦った。

 

 低空を舞う巨大なる羽虫の怪物に奇襲され、生死の境を彷徨った。

 

 出会ったばかりの『友達』を守るため、狂暴な怪物のように戦い駆けた。

 

 条件を付けた上で、出会ってそう時間も経ってない者同士が、その手を繋いだ。

 

 その他にも色々な危機が襲って来たし、様々な『感情』が三人の役者を強くしている。

 

 

 

 この三日間の間、三人の思考には様々な思いが生まれていた。

 

 ある者は、自分の存在が別の何かに成り変わっていた事に困惑して。

 

 ある者は、『友達』の事を『被害者』にする『加害者』に対して怒りを覚え。

 

 ある者は、心を寄せる相手とさえ居られるのならどんな無茶をも厭わないと思った。

 

 

 

 前に進む事しか知らない子供達は順当に『成長』し、一歩一歩の感触を認識しながら進んでいる。

 

 先も見えないまま、ただ自分の目的の指す方だけを見つめ、それを当たり前のように思いながら。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 夜中になり、ユウキとベアモンと(何とか起き上がって歩けるようにはなった)エレキモンの三人は、『ギルド』の拠点である建物に訪問した。

 

 暗がりでも周囲をよく見えるようにするためなのか、内部の所処には小さな炎が付いているカンテラが設置されていて、それが不思議と夜風の冷たさを和らげているようにも見える。

 

 三人の事を待っていたのか、内装の一つである受付用カウンターの上には、ミケモンの『レッサー』が退屈そうに寝転がって待機していた。

 

「待ってたぞ。リーダーが裏の方で待ってる」

 

「「「………………」」」

 

 三人は、緊張の所為か無言になってしまいながらも歩いて、受付用カウンターの先にあるのだろう部屋を隠しているカーテンを手で退けて、その先へと足を踏み入れる。

 

 入った部屋の方もカンテラの明るさで視界が確保されており、部屋の奥ではミケモンと同じように三人が来るのを待っていたのだろう、この『ギルド』で最も位の高い存在が胡坐(あぐら)を掻いて待機しており、三人の姿を視界に入れると共に、確認するようにこう言った。

 

「来たか」

 

 そのデジモン――レオモンの姿を見た一同は、会話が出来る距離まで固い動きのまま近づく。

 

 彼が何らかの『気』を振りまいているわけでは無いのだが、それでもこの町の『ギルド』という一つの組織の長という事前情報と、彼そのものが纏っている風格から、なかなか緊張感を解く事が出来ない。

 

 そんな彼等を見て、軽く笑い微笑みながら、レオモンは言った。

 

「そう緊張しなくてもいい。せっかく座って話せる場を設けたのだからな。こちらとしても特別な扱いを受けるのは好ましくないからな」

 

「は、はい……」

 

 ベアモンとエレキモンは柔らかい言葉を告げられて緊張の糸を解き始めるが、ユウキだけは面接に(おもむ)く中学生みたいな姿勢でピタッと制止してしまっている。

 

 一度深く呼吸をするのを見て、二人だけでも冷静になったのを確認してから、レオモンの方から話題を切り出す。

 

「さて。ミケモンから君達の事は聞いているし、ミケモンから君達も、俺が聞きたい事ぐらいは聞いているだろうが……まずは自己紹介といこう。俺の種族名は見ての通りレオモンで、『個体名(コードネーム)』は『リュオン』だ」

 

「ベアモンです。多分、僕とは何度か会ってると思います」

 

「エレキモン。右に同じくって感じです」

 

「……ギルモン。個体名は『コウエン・ユウキ』。色々あってベアモンの家に居候させてもらってます」

 

「…………ふむ…………」

 

 自己紹介を終えると、ほんの数秒だが、レオモンはユウキの目を見つめながら思考していた。

 

 レオモンからすれば、ベアモンとエレキモンは多少の面識があっても、ユウキに限ってはこの辺りの地域ではあまり目にしない種族である上に、既に『個体名(コードネーム)』を保有している事が不思議に思えたのだろう。

 

 見つめられて、思わずユウキは息を呑む。

 

 そして思考が終わると、レオモンは次の話題を切り出した。

 

「では単刀直入に聞かせてもらうのだが。君達は『ギルド』に入るつもりなのだな?」

 

「はい。前々からこの組織で働いて、『外の世界』っていうのを見てみたかったので」

 

「俺もベアモンの理由とは別件だけど、同じように『ギルド』には入るつもりだったっす」

 

「……俺はベアモンに協力したいってのと、同じく別件の理由で入るつもりです」

 

 それぞれの回答を聞いて、レオモンは自己紹介の時と同じリアクションを起こす。

 

 小説とかで台詞の意味をそれなりに深く考えるタイプなのだろうか? なんて事を思うユウキだったが、思えばこれは自分達の事を試すための会話だった事と、この町における自分自身のイレギュラーっぷりを思い出し、即座にその思考を消し去る事にした。

 

 会話に一時(ひととき)が訪れ、それが過ぎると共にレオモンが口を開く。

 

「……分かった。前提となる情報の確認は、もういいだろう」

 

 そう言って、続けて言葉を紡ぐ。

 

「では、次の質問だ」

 

 どういう質問が来ても良いように、三人は心構えをする。

 

 ここからの質問に対する対応で、この会話から決定する事項が変わるかもしれないから。

 

 そして、来た。

 

 

 

「――――君達には、危険を(おか)してでもこの仕事をやるような理由(わけ)があるのか?」

 

 

 

 そもそもの前提に、答えを出すための質問が。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 様々なケースで戦いが頻繁に起きるこの世界(デジタルワールド)では、戦う理由も色々な物がある。

 

 生き残るために。

 

 求めているために。

 

 欲望を満たすために。

 

 信念を貫き通すために。

 

 衝動とも言える物のままに。

 

 守りたいものを守るがために。

 

 きっと、それを下らない事だとか、つまらない事だとか、罵る者だって居るかもしれない。

 

 だけど、例え否定されても進みたくて、それでも壁として立ちふさがる物があるのなら。

 

 一匹は知らぬ真実を求めるがために。

 

 一匹は手を伸ばして届かせたいがために。

 

 一匹は支え合いながら目指したい物のために。

 

 時に打ち壊してでも、回り道をしてでも、進みたい道があったっていいはずだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 最初に問いに答えたのは、ベアモンだった。

 

「確かに危険を冒してまでやるほどの物として、僕の『理由』っていうのはちっぽけかもしれない」

 

 まず、危険と願望を天秤に乗せてから。

 

「だけど、それでも僕は手を伸ばしたいんです。この『世界(デジタルワールド)』に存在してる、色んなデジモン達に出会いたい。色んな景色を見たい」

 

 ベアモンの『理由』は。

 

 子供でも抱く、ただの好奇心。

 

 だけど今は、それだけでは無かった。

 

「……最近は色々な問題が発生してて、のどかな風景がどんどん崩れてる。罪も無いはずのデジモンが被害に遭って悲しんで、それを分かっていながら何もしないのは嫌なんです。そして何より、そんな風に一方的に他者の幸せを奪っているような奴を放っておけない」

 

 その言葉に秘められた物は。

 

 間違い無く、ユウキが巻き込まれている問題も入っている。

 

「これが、僕の『理由』です」

 

「………………」

 

 次に、エレキモンが口を開いた。

 

「まぁ、俺はベアモンほど立派な『理由』を持ってるわけじゃないっすけど、あえて言うなら」

 

 別に重々しいわけでも無い、とても軽い口調で。

 

「コイツと一緒に……いやそうでも無いかもしれないけど、目指したい夢がある。その過程で危険が付き纏うんだとしても、それを諦めて何の感慨も無い生を過ごすのはゴメンってヤツですよ」

 

「………………」

 

 多くを語るのは苦手なのか、エレキモンはそれ以上『理由』を言う事が無かった。

 

 そして、ユウキの番がやってきた。

 

「……俺は……」

 

 頭の中で決めていた言葉を、ただ告げる。

 

「俺は、ベアモンやエレキモンの物とは違うんですけど……ただ、知りたい事があるんです」

 

「……知りたい事?」

 

「別にこの世の真実だとか、学者さんが求めそうな物じゃないですよ。ただ、自分が知らない真実っていうのを知りたい。それだけです」

 

「……本当に、それだけなのか?」

 

 最も不明な点が多い人物を相手にしているからか、途中途中にレオモンも問いを入れる。

 

「君の『理由』を否定するわけではないが、知らない方が幸せと言えるような真実も世の中には存在するだろう。何も知らないままで、平和に過ごしているだけという道もある。それを分かった上での選択なのか?」

 

「……正直、怖い所はありますよ」

 

 見えない恐怖に真っ向から立ち向かうように、言い放つ。

 

「だけど俺は、知らないといけない……そう思うんです。そりゃあもしかしたら辛い現実そのものが真実かもしれませんし、知ろうとした結果、命を落とすほどの危険に見舞われる事だってあるかもしれない……」

 

 自分自身が人間からデジモンに成った理由。

 

 この『世界(デジタルワールド)』にやって来た理由。

 

 何より、まだ人間だった頃の最後に会った青いコートの人物の目的。

 

「けど、覚悟ならもう決めました」

 

 それを知るまで、絶対に進む事を止める事は出来ない。

 

 力強く、挑むように宣言する。

 

「どんなに過酷な道でも進んで、真実を見つけ出す。その過程で戦う事になるとしても、仲間と一緒なら乗り切れると思えたから怖くない」

 

 それは、自分がまだ弱い事を知っているからでこそ、それを実感しているからでこそ、出せた答えだった。

 

「…………なるほどな」

 

 他者から聞いたら、他人任せな弱者の言葉とも受け取れるような言葉を聞いて。

 

「……まったく。ここまで堂々と返してくるとはな……ミケモンは言っていたが、君は本当に記憶喪失なのか?」

 

「事実としては間違ってないですよ。間違い無く俺の記憶には『知らない事』が合間に挟まってる。だから、それを探すために頑張りたい」

 

 そして、三人の『理由』を頭に入れた上で、レオモンはこう返答する。

 

 

 

「……合格だ。認めよう」

 

 

 

 短く告げられ、三人は率直に歓喜した。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 さて。

 

 『ギルド』への加入が認められたのは良いのだが、まだやり残している事がある。

 

「ではまず、君達の『個体名(コードネーム)』を決めなければならないな」

 

「そうだった。まぁ大丈夫なんだけどね~」

 

「そだな。さてユウキ君、決定した俺達の『個体名(コードネーム)』を発表しやがれください」

 

「お前ら結局俺にだけ名前の案を任せてたのかよ!! てかエレキモン、お前そんなキャラだったっけ?」

 

「やだなぁ。これから一緒に活動するんだから仲良くやるのは基本だろって事だからとっととしろ」

 

「そうだよ。もう決めてあるんでしょ?」

 

「早速この二人に信頼が持てなくなって来たけど、なんか後戻りが出来ないから言いますね」

 

「うむ。変なもので無い限りは大丈夫だ」

 

 ……三人が歓喜した瞬間、同時にシリアスな空気でも換気されたのだろうか?

 

 明らかに扱いがおかしいのにも関わらずレオモンは味方してくれないし、それどころかベアモンやエレキモンの言葉を止めてくれたりしない。

 

 もう何と言うか、この流れから脱する事の方が難しく思えたらしく、ユウキは言われるがままに言った。

 

「……ベアモンは『アルス』……帽子に書いてあるアルファベットの『BEARS』から後半の三文字――『A』と『R』と『S』を取った物。エレキモンは『トール』……まぁ、こっちは適当だけど」

 

「おい待て、適当ってどういう事だ電撃ぶつけんぞ」

 

 ユウキが(人間が書いた神話の事なんて言っても分からないだろうからという理由で)適当と述べたため、人間世界の文献までは知らないエレキモンには知る由も無いが、エレキモンに名付けられた名前の元となった対象はトンでも無い存在だったりする。

 

 何とか両方とも三文字で収められた辺りは、ユウキもそれなりに頭を使ったのかもしれない。

 

 ちなみにベアモンは、掴みが悪くないと感じたのか、特に苦情も無かった。

 

 三人分の『個体名(コードネーム)』が決まった所で、今度は三人の『チーム』の名前を決める事になる。

 

「では最後に『チーム』の名前を決めてもらおう。案は用意しているか?」

 

「あ、はぁい!! そっちは僕が考えてま~す!!」

 

「そっちは考えられたのに何で自分の方は決められて無かったんだ……」

 

 ユウキが何かを言っていたが、ベアモンはそっちの方に意識を向ける事は無く、エレキモンも特に反論を残そうとしなかった。

 

 ベアモンが、何処か誇らしげに宣言する。

 

 

 

 

 

「僕達の『チーム』の名前は……『挑戦者たち(チャレンジャーズ)』!!」

 

 

 

 

 

 どんな困難にも立ち向かい、道を切り開く。

 

 ベアモンの付けた名の意味は、単にそういう物だった。

 

 そしてレオモンは、その名の意味を理解した上で、最後にこう告げた。

 

「……では、改めて歓迎しよう……『挑戦者たち(チャレンジャーズ)』。この『ギルド』へようこそ。そして、これからはよろしく頼む」

 

 その言葉を区切りに、会話は終了した。

 

 三人は疲れを癒すために、それぞれの居場所に戻っていく。

 

 

 

 場に残ったレオモンが思考していると、部屋の中にミケモンが入ってきた。

 

 そして彼が、ニヤニヤとした笑顔でこう言ってきた。

 

「うっす。あいつ等、面白かっただろ?」

 

「…………さてな。ひとまず、信用に足り覚悟も備わった者達、という事は分かったさ」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ユウキ達が『チーム』を結成し、そして『ギルド』に入団した頃。

 

 変わらぬ清らかな水の音と、夜風が木の葉を揺らすような音が散らばる山にて。

 

 夜の闇に紛れるような形で、その環境からすると場違いな姿をした何者かが、独りで。

 

「…………はい」

 

 誰かと、話をしていた。

 

 その耳と思われる部分には、何らかの電波を発生させる事で会話を可能にする、夜の闇と色が同化した機械が押し付けられている。

 

 多少でも電子機械の事を理解している者ならば、携帯電話と言われているであろう物が。

 

 目に見えてさえ居れば誰もが違和感を抱くであろう光景だが、誰もその光景を視界に入れる事は出来ていない。

 

 迷彩のような何かによって視えていないのだから、当たり前ではあるのだが。

 

 何者かが、言葉を紡ぐ。

 

()()()()『紅炎勇輝』の『成長段階(レベル)』は上昇中。その仲間も、彼の影響を受けるような形ではありますが、成長しています。…………はい、はい。了解してます」

 

 その言葉の意味を理解出来る者は、この場には居ない。

 

 ただ、ただ、情の感じられない言葉だけが続く。

 

「……では、交信を終了します。次の交信は……そうですか。はい」

 

 この場に居ない相手との会話が終わったのか、彼は手に持っている機械の電源を切る。

 

「………………」

 

 ユウキにもベアモンにもエレキモンにも。

 

 戦うだけの理由(わけ)という物は確かに存在し、それのために戦う事は既に確定している。

 

 だが。

 

 何も、理由(それ)を持っているのは当然彼等だけでも無い。

 

 命を賭けて戦えるだけの理由を持っている者は、余程の事が無い限りは揺らぐ事も無いし、どんなに綺麗事を述べようが、それぞれはそれぞれの事情を抱いて戦いに赴き、いつかは潰し合う。

 

 これは、戦えるだけの『理由』を持っている者たちによる物語なのだから。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 




 終わったッ!! 『第一章』完ッ!!

 と、いうわけで終わった『第一章』ですが、いかがだったでしょうか?

 一年足らずぐらいでようやくここまで書けましたが、ぶっちゃけ怠慢さえしなければもっと早く走り抜けた事を考えると、何と言うか不甲斐無く思えなくも無いですね。だって、同じぐらいの話数で、話の構成次第では完全体まで主人公を進化させられそうですし。その上、予定では九章ぐらい書きそうだから心が既に折れそうなんだぜ←← だって書きたい話が山ほどあって妥協出来ないものばっかりなんですもん!!←←

 というか、主人公よりも当初では脇役予定だったエレキモンが凄い人気なのはどういう事なんや……そりゃあ主人公が台詞量少ない期間が長かったですし、どっちかと言えばベアモンの方が主人公的な事やってそうでしたし、台詞の量ではエレキモンの方が上かもしれませんけど、内心すごい複雑です。主人公の事をもっと見てあげて!!←←

 ベアモンとエレキモンの『個体名』についてですが、ベアモンについてはリメイク前の物をそのまま使う過程で、その由来を簡単に説明させていただきました。

 アルスって名前の勇者、何だか別のゲームでも居たような気がしますし、語呂が良いので扱い安いと思ったんですよね。ゲーム等では正当進化系であるマルスモンにも似せる事が出来ますし。まぁ、仮に究極体進化させるとしてもマルスモンにする事は絶対に無いでしょうけど(確定)。

 一方でエレキモンは、何と『北欧神話』にも登場している『雷を司る神』こと『トール』という名前に。関係無いけど別の作品のトール君って凄い良いキャラしてますよね。

 作中でユウキが案として出していた『トニトゥルス』と『ルベライト』の意味は、前者がどっかの語群で『雷』という意味で、後者が『紅電気石』と、実はちゃんとエレキモンの特徴を生かした名前だったりするんですよね。本人には意味が難しすぎてバッサリされましたが。

 ちなみにベアモンの方の『ブラオ』と『グレイ』は両方とも色の関連で、『ガーディン』は『守護者』の意味を成す『ガーディアン』から取りました。『オーディン』の方は関係ありません。やっぱりベアモンにとってはしっくり来なかったのですが。

 最後にチーム名である『挑戦者たち(チャレンジャーズ)』は、ぶっちゃけリメイク前と同じように『ブレイズハート』だとか何とかだとらしくないなぁと思い、現時点での彼等を示す名を付けました。

 ……先に出したチーム『フリーウォーク』にもルビ用の名前を付けた方が良いんだろうか……

 さて。このまま『第二章』に進みたいとも思えるのですが、その前に。

 『第一章外伝』として、あるお方とのコラボ回のこちら側での視点の話を書きたい思いもあるので、遅れる可能性が高いです。
              ・・・
 何より『第二章』の舞台を、人間界にするかデジタルワールドにするか、迷っているので……。


 『第一章』でようやくデジタルワールド側の土台が積み上げられたので、これから面白く出来たらなぁ。書きたい話がめっちゃ先の方にありすぎてブラストレーションがマッハだぜぇ……。


 それでは、次の章にて。

 感想・指摘・評価など、いつでもお待ちしております。

 


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第一章・外伝  異世界にて――『突発的な救助と対面と』

デジモン新作アニメ発表で顔面バーストモード不可避。

8月25日追記。グラウモンが『彼』を助ける際の描写を一部消去修正しました。

『刻印のある腹』→→『グラウモンの腹部にはデジタルハザードの刻印がねぇ!?』。


 今更ではあるが、確認しておこう。

 

 紅炎勇輝は、デジモンに成ってしまった人間である。

 

 ひょんな出来事で犯罪者(私見)の目的に巻き込まれ、ひょんな出来事で架空の存在として認識していた存在と対面し、自身も同じ存在と化している事に驚愕したりするのはまだ序の口。

 

 その後に起きた突発的な出来事で、巨大な羽虫とエンカウントして死に掛けたり、食料の調達のために向かった山の中で鎧のような物質を纏った竜に奇襲された死に掛けたり、その帰り道でやはり死の危険に見舞われたり。

 

 ……そういった『経験』がある故に、彼は突発的なイベントに対する耐性が高い。

 

 人生とは偶然と理不尽の連続である、を地で行く『経験』は伊達では無く、戦闘能力も少しずつだが上がってきている。

 

 何より、今の彼には二匹の仲間がいる。

 

 一匹は、青に近い黒色の体毛を生やした子熊のような姿をしたデジモン――ベアモンのアルス。

 

 もう一匹は、赤い体毛にプラズマのような青色の筋が通った七本の尻尾を生やしたデジモン――エレキモンのトール。

 

 彼等(を含めた協力者)のお陰で生き延びられた事だってあるし、何より一人では無いという事実が何よりもユウキの心に安心感を与えてくれる。今はとある事情で別行動を取っており、食料の確保に向かっている所ではあるのだが。

 

 きっとこれから、どんな出来事があっても取り乱さない。

 

 仮にまた命に関わるような問題が発生しても、仲間と一緒なら乗り越えられる。

 

 そう、このポジティブ思考が大前提。

 

 さて、では視点を現実へと移行しよう。

 

 

 

 

 

 此処は、とある森の中。

 

 ギルモンのユウキの視線の向こうでは、正体未確定の物体――――というか、記憶上に存在しているシルエットによく似た竜のようなデジモンが上空を旋回していて、何の前触れも無く地上に落下を始めていた。

 

 いかにも、意識を失っているように。

 

「…………………………………………………」

 

 硬直。

 

 無想。

 

 そして一度、現実から目を背けるように目を閉じる。

 

 これはきっと夢だ、目を開ければそこには青く美しい空だけが見えているはず。

 

「…………………………………………………」

 

 そう思いながら目を開けたが、何だか目に映る落下中のシルエットに変化は見えない。

 

 まるで『おっかしぃなぁ、こんな所にあんなデジモンがいるわけ無いのに何でなんでなんや~』とでも口に出してしまいそうなほどに呆けた顔をしていたユウキだが、そこでようやく現実を直視する。

 

 よく見ると、落下しているシルエットがバーコードのような何かに一瞬包まれ、そこにはユウキがよく知る存在が見えているではないか。

 

 少なくとも爬虫類型とか獣型のデジモンには馴染みの無い衣服を着ていて、肌はとても見覚えのある色で、その額には同じく見覚えのあるゴーグルを装着している、そんな存在を示す一つの名をユウキは知っている。

 

 一週間近く『それ』と出会う事が無かった所為か、思わずその実感を忘れそうになるユウキだが、今はそれを考えている暇も無いらしい。

 

 そういうわけなので、思わずユウキは一言。

 

「……親方!! 空から人間がッッッ――――!!」

 

 あの高さから落ちたら、間違い無く大怪我では済まない。

 

 そしてよく見れば、ユウキの居る位置と『それ』の落下位置は明らかに離れている。

 

 つまり、この場合やるべき事は決まっていた。

 

「―――――――――――――――――!!!!!」

 

 落下位置に向かって走りながら、自分の中のスイッチを切り替えるように、喉の奥がはち切れんとするほどの声を上げる。

 

 それと共に鼓動が急加速、電脳核(デジコア)の回転も急加速。

 

 ついでに理性も吹き飛ばしてしまいながらも、ユウキはその身を変化させる。

 

 小さな赤色の恐竜のような姿のギルモンから、巨大で狂暴な銀髪を生やした竜――グラウモンの姿へと。

 

 当然『進化』を発動させる際に抱いていた『目的』は明確だったので、自我が無くともグラウモンは迷う事も無く落下予想地点へ向かう。

 

 途中に生えている樹木を邪魔だと言わんばかりに薙ぎ払いながらも進むその様は、救世主というよりは明らかに怪獣だったりして、温厚な野生のデジモンは本能的な恐怖から散らばるように逃げ出す者ばかり。

 

 グラウモンの視線は常に落下を続けている『人間』の方へと向けられている。

 

「グゥラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 いかにも『テメェ落ちてるんだからいい加減起きろこの馬鹿~!!』と言わんばかりに大きな声を出すが、やはり起きない。

 

 何らかの異常が起きて、意識が断絶しているのだろうか。

 

 そんな思考を抱けるだけの理性が無いが故に、叫ぶか走るかぐらいしかの事しかグラウモンには出来そうに無いのだが。

 

 それでも『目的』を第一の優先順位として並べているため、彼は落下中の人間を『助ける』ために、この状況で最も有効な手段を取ろうとする。

 

 彼は器用にも、スライディングでもするかのように後ろ足の方から滑り込み、落下地点が自身の腹の部分に来るような態勢になったのだ。

 

 そのお陰もあって『人間』の体は、竜種特有の腹がクッションになってくれたらしく、体に負担をかける事も無く危機を脱する事が出来た。

 

 尤も、その『人間』が本来味わうはずだった衝撃などは、クッション代わりとなっていたグラウモンが全て引き受ける事になっているわけで。

 

 腹に溜まっていた空気(と若干の火炎)が全て上向きに吐き出され、古いテレビが叩いて直されるように彼の自我が若干戻り、ようやく吸収し終える事が出来た。

 

 茂みの向こうから、同じものを目にしたからか、見知った顔が近づいて来る。

 

 『進化』による声帯周りの変化もあってか、野太くなった声で彼は呟く。

 

「…………ドウシテ、コウナッタ…………」

 

 説明しなければなるまい。

 

 何故、彼等がこのような状況に陥ってしまったのか、その経緯をッ!!

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 時は『ギルド』への入団を果たしてから、およそ五日が過ぎた頃だった。

 

 この日彼等――『挑戦者たち(チャレンジャーズ)』は、とある事情で普段は魚釣りのために向かう場所――町から一時間ほどの場所にある海岸に、手ぶらな状態でやって来ていたのだ。

 

 その事情は単純。

 

 彼――ギルモンのユウキの経緯に関する情報を少しでも獲得するために、そもそも彼が『偶然にも』この海岸に流れ着いた理由が、この海岸に残されているかもしれないからだ。

 

 幸いにも、食料などに関しては保存分の物で賄えるため、確保するための道具を持ち寄らずとも問題は無かった。

 

「……普通に考えれば異常なんだよな。何で、お前みたいなのが海で流れ着くんだよ」

 

「って言われてもな……俺も、ここで発見される『前』の出来事を知っているわけじゃないし……」

 

「とにかく調べよう。どうせ砂浜には何も無いだろうし、やっぱり探すとしたら海の中!!」

 

「あんまり深い場所までは行かないようにな。危険だから」

 

 そんなこんなで、初の水中探索である。

 

 ベアモンもエレキモンも不思議な事に泳ぎは普通に出来ていたし、ユウキ自身にも人間だった頃の経験から泳ぎは難しく無かった。

 

 人間から爬虫類型のデジモンに成ったからか、水中でゴーグルを付けずに目を開けていても痛くは無い。

 

 経験上から『敵』の襲撃に警戒を怠らずに、何か水中に『異常』な物が無いかを探索する。

 

 それを、一時間ほど続けていた時だった。

 

(……ん……?)

 

 ユウキが水中で、何か『異常』な物を発見した。

 

 黒くて、深くて、明らかにそれは『海』という環境においては『異常』として認識されるであろう色。

 

 その、発生点を。

 

(……調べてみる価値はありそうだな。どの道お先真っ暗なんだ。多少の危険は許容すべき……か)

 

 一度水上へと顔を出し、酸素を取り入れた後に。

 

 彼は、ちょっと深い場所に見える黒い渦らしき物の発生点に向かって潜行した。

 

 ベアモンとエレキモンは、一端ひと休みするために海岸で待機しながら、彼の居るであろう方向を見つめていた。

 

 そうしてユウキが、その『黒い渦』に接近し、ある程度の距離を詰めた、その時だった。

 

 まるで大きなプールからホースを抜いた時のような、凄まじい吸引力が渦を中心に発生したのだ。

 

(な……ッ!?)

 

 突然の出来事に、彼は反応する事が出来ても抵抗する事が出来なかった。

 

 必死に両腕を動かしてもがいても、状況が好転してくれる事は無い。

 

 何より『進化』を発動しても、圧倒的な水の力には逆らえない。

 

 精一杯の抵抗も空しく、彼は『黒い渦』の中へと吸い込まれていった。

 

 だが、それだけでは無く。

 

「ちょ……」

 

「何……!?」

 

 発生した巨大な歪みは海流を大きく乱し、津波のような物すら発生させ、海岸で待機していたベアモンとエレキモンを、一瞬にして飲み込んだ。

 

 そして彼等も『黒い渦』の中へと吸い込まれる。

 

 

 

 

 

 そして、目を覚ますと。

 

 彼等の目の前には、何故か広大な森の空間が広がっていたのだ。

 

 ふと上を見てみるが、水中で見つかった『黒い渦』は欠片も視界には映っていない。

 

 このような状況が初な彼等でも、これが『異常』な状況である事ぐらいは理解出来た。

 

 だから、この場にやって来た初日は安全確保と進路の決定も兼ねて特に大きな移動をせずに、野宿をして消耗した体を休めていた。

 

 次の朝になり、三人はそれぞれ朝の食料や周囲の地理を求めて別行動を取り。

 

 ふと、遠い目で空を眺めていると、大きな竜型のデジモンが辺りを見回すように旋回していて――――突然、人間に変化すると共に落下を始めているのを、別々の場所から三匹が確認していた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そして、今に至る。

 

 自我が一時的に戻り『目的』が達成された事もあってか、冷静になったグラウモン――ユウキは『進化』する前の姿であるギルモンへと戻っていた。

 

 ベアモンとエレキモンは、初めて見る『人間』に明らかな興味を示している。

 

「もしかして……その子が『人間』?」

 

「……ああ、間違いない」

 

「マジかよ……『人間』って本当に居たのか。おとぎ話だけの存在だと思ってたが」

 

 二匹の問いに多少答えながら、ユウキは助ける過程で『進化』に使った体力から疲れを感じる体を動かし、前足で『人間』の所有物の入っているのであろうポーチバッグの中をあさり出した。

 

 いかにも『人間』に馴染みの深い道具が入っているのを見て、ユウキは心の中に何処か懐かしさのような物を感じながらも、その中から白いふかふかとした布の一枚――タオルを取り出した。

 

 彼は、震える心を無理やりに押さえつけながら、ベアモンとエレキモンに対して言う。

 

「ベアモンとエレキモンは、この子のための食料を調達してきてくれ。俺は近くにあった川で、これを水に浸してくる」

 

「うん、分かったよ」

 

 状況が状況だからか、二匹とも異論を唱える事も無く従ってくれた。

 

 恐らく『人間』の事を自分達以上に知っているだろう、と思ったからだ。

 

 二人が食料の調達のために茂みの向こう側へ向かい始めるのと同時に、ユウキは水の音を頼りに見つけた近くの川にタオルを浸し、絞る。

 

 そして元の場所まで戻り、タオルを額に乗せる前に、意識の有無を確認した。

 

「おい、おい。俺の声が聞こえているか?」

 

 あまり大きな声を出しても意味が無いと思ったので、耳元に囁くように声を出してみた。

 

 すると、少しずつ『人間』の繭が動き出した。

 

 意識がある。

 

「……ふぅ」

 

 それを確認すると、ユウキは水で絞ったタオルを『人間』の額に向けて落とす。

 

 同時に『人間』の意識は回復し、彼はタオルを受け止めた。

 

 ユウキの事を視界に入れると、彼はシンプルな質問をした。

 

「もしかして、俺を助けてくれたのか?」

 

「助けたというより、落ちてきたのを拾ったんだけどな」

 

 ユウキはそう説明しながらも、思わず肩をすくめていた。

 

 実際には『進化』を発動させて、ギャオギャオバキバキとした荒事が入っていたのだろうからだ。

 

 一方で『人間』は、ユウキの事を怪しそうに見ている。

 

 ユウキも『人間』とは違う理由で、じっと見つめている。

 

 とりあえず話題を引き出すため、ユウキは『人間』に対してどうしても気になる事を質問した。

 

「二つ聞いていいか?」

 

「俺に答えられる質問ならな」

 

 ユウキが真剣な表情をしている事に気付いたからか、回答者の『人間』も背筋を伸ばす。

 

「お前、人間か? 人間にそっくりなデジモンとかじゃなくて、正真正銘の人間か?」

 

「ああ」

 

 多少疑問を残すような声で『人間』はそう返答した。

 

 そしてユウキは、その返答から示し出される僅かな可能性を問う。

 

「じゃあここは、人間の世界なのか!?」

 

「えっ? と、違う。ここはデジタルワールドだ」

 

「そうか……」

 

 まぁ、そもそもデジモンが存在している時点で、そうである事の予想は付いていたのだが。

 

 それでも、元居た場所に帰れた可能性の事を思うと、ユウキは少し残念そうな表情になった。

 

 ユウキからの二つの質問が終わり黙った事を確認した『人間』が、今度は自分の方から質問してくる。

 

「なあ、俺の方からも二つ聞いていいか?」

 

「俺に答えられる事ならな」

 

 さっきの質問の意味でも聞くのだろうかとユウキは思ったが、質問の内容は予想と大きく異なっていた。

 

「ついこないだまでここで戦いが起きてたって知ってるか?」

 

「いや、知らない」

 

 一つ目の質問に関しては本当に心当たりも無かった。

 

 自分達の来た事のある場所での戦いなら覚えているが、このような場所には来た事も無いからだ。

 

「じゃあ……二つ目。最近黒くてでかい、渦だか球だかみたいなものに吸い込まれなかったか?」

 

 二つ目の質問には、とても心当たりがあった。

 

 というか、ここに来た原因がそもそも『それ』なのだ。

 

「あぁ。二日くらい前にその黒い渦だか何だかに引きずり込まれたばかりだ。気が付いたら見覚えのない場所にいた」

 

 呆気に取られながらも、そう事実を述べるように告げた、直後だった。

 

「うわあぁぁぁぁ……」

 

 突如『人間』が喉の奥から絶望すら感じさせる呻き声を上げ、頭を抱えだした。

 

 そして、その姿勢のまま脳天を地面に押し付ける。

 

 突発的な出来事の次は突発的な土下座(未完成)である。

 

「おい、どうしたんだ!?」

 

 思わず、といった調子でユウキは『人間』の肩に前足を置く。

 

 すると『人間』がそれをガシッと掴み、勢い良く体を起こして、ユウキに向かってこう絶叫した。

 

 

 

 

 

「何で()()()()デジモンがまだここにいるんだーっ!! もう時空の歪み閉じちまったんだぞーっ!!」

 

 突然訳の分からない事を叫ばれ、困惑して気押されながらも『人間』の声に負けじと声を上げる。

 

「いきなり言われても何の事か全然わかんねえよー!!」

 

 ちょうど。

 

 そんな時に、森から食料調達を終えたのであろうベアモンとエレキモンが、それぞれ林檎(りんご)や魚を持ちながら足を止めていた。

 

 とりあえず、といった調子で一言。

 

「え? なにこれ?」

 

「直接ユウキに聞け。俺は知らない」

 

 ベアモンは本当に、言葉通りとでもいった風に。

 

 エレキモンは、あまりにも混乱を極めた状況に対して逃避するように、そう言っていた。

 

 そして、二匹の姿を確認した『人間』が、恐る恐る聞いてきた。

 

「……この二人もお前の仲間か?」

 

「あぁ」

 

 即答に、『人間』がまたもや地面に突っ伏した。

 

 とりあえず訳の分からない状況なので、現時点で唯一の希望なのが目の前に見える『人間』なのだが、とりあえず絶望顔から復帰しない限りはまだ話が出来そうになかった。

 




 と、いうわけで急いで書いたら思いの他早く完成しました。

 星流さんの、アメーバブログにて連載中の『デジモンフロンティア02―神話へのキセキ―』とのコラボ回の、こちら側の視点です。

 向こう側では詳しく書かれなかった状況を書いてみたら、ユウキが進化してまた環境破壊してたり、何と本編よりも先にグラウモンとしての言葉が出てきたり、と色々と展開が完成してしまいました。

 まだ見ていない人からすれば訳分からないと思いますが、今回登場した『人間』の正体。

 『デジモンフロンティア』というキーワードがあれば、予想もつく人が居るのでは?

 では、次回もお楽しみに。


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異世界にて――『一方通行な理解と知識』

コラボ回はこんなに書きやすいのに本編ときたら……というか、本編の話とこのコラボ回を書いた時のUAがおかしすぎる。たった数日で1000超えとか普段の物を見ていると絶対おかしいよレベルですよ。お気に入り登録数とかエラい増えっぷりになってますし。

これがデジモン原作アニメの効果ってやつですか……たまげましたなぁ。

……本編の話の大抵のUA『300~400』 コラボ回『1000~1700』。

何でしょう、この複雑な気分。見てくれるのは嬉しいんですが、その原因が自分の作品の面白さにあるように思えないこの感じ。むぐぐ。


「えっとまずは……助けてくれてありがとう、かな」

 

 少々の時間が過ぎてようやく冷静さを取り戻したのか、落ちてきた『人間』はバンピーなリアクションから一転して普通に礼を言ってきた。

 

 ようやく普通に接する事が出来そうだ、と認識したベアモンとエレキモンが『人間』の近くまで寄って座り、調達してきた食料を近くに置いた。

 

 魚に果実に、人間ならば前者の素材を焼いたりして食べる場面だろう。

 

「どういたしまして。君が空から落ちてきた時には驚いたけどね」

 

 実際は怪獣(ユウキ)が進撃し、辺りの環境に明確なダメージを与えながら助けたのだが、きっと知らない方が良いだろうと思ったので、ベアモンは詳しい状況を伝えたりはしなかった。

 

 代わりに、顔をずいっと『人間』に近づけながら、言った。

 

「ところで、君って『人間』だよね?」

 

「さっきも聞かれたけど、そうだ」

 

 事実を述べるように返って来た答えに、ベアモンは好奇心を揺さぶられたように笑顔を浮かべながら、言葉を紡ぐ。

 

「そっかぁ。やっぱりそうなんだぁ」

 

「……何だ?」

 

 その反応には『人間』だけではなく、ユウキの方も疑問を抱く。

 

 そんな彼等の疑問に対して答えを出すように、ベアモンは二人の異なる存在を見比べてから、あっさりと言った。

 

「ユウキも『人間』だった時は、こんなにかわいかったんだな~って」

 

 明らかにトップシークレットに近い、個人情報を。

 

 当然、『人間』と『元人間』なギルモンのユウキは声を上げる。

 

 だが、ユウキの気にした点は個人情報を漏洩した、という行いに対してでは無く。

 

「俺をどうしたら『可愛い』になるんだっ!?」

 

「今さらっと重要な事を言ったな!?」

 

 偶然にも声が重なったが、この場合正しい反応を残してくれているのは『人間』の方だろう。

 

 まぁ、人間だった頃の記憶が有るユウキからすれば、一人の男としてそのレッテルが受け入れ難い物だったのしれないが、この赤色爬虫類には自身のイレギュラーっぷりに関する自覚が足らないのだろうか。

 

 相手が『人間』とは言え、そもそも『デジモンに成った人間』なんて存在は異常として見られてもおかしくないのに。

 

 というか、このリアクションの発端であるベアモン自身は二人の反応を楽しんでいるようで、さっきから質問に対する返答を行おうとしない。

 

 そんなやり取りを横から見ていたエレキモンが、やれやれと言わんばかりにため息を吐きながら言う。

 

「お前らなぁ。コントより先にやる事があるだろ。自己紹介とか、情報交換とか」

 

 言っている事は真っ当なのに、前後の文脈を考えると責務を果たしていないと言えなくも無いような。

 

 もしくは、エレキモン自身もこの状況を楽しんでいたのだろうか。

 

 深刻なツッコミ不足の一例である。

 

 エレキモンの言葉を聞いて、真っ先にベアモンが手を上げた。

 

「じゃあ、僕から自己紹介をするよ。種族名はベアモン。見ての通り、ごく普通のベアモンだよ」

 

 ちなみに、そう言う自称『普通』のベアモンは、大怪我をした後でもその日が過ぎれば完治する、なんていうインチキ染みた自己再生能力を持っていたりする。

 

「ごく普通か……? 俺の種族名はエレキモン。正真正銘のごく普通のエレキモンだ」

 

 やけに『普通』を強調して言うエレキモンも、名付けられた『個体名(コードネーム)』がトンでもない存在をモチーフにされていたりしている。

 

「俺の種族名はギルモン。元は人間だったんだが、何故か今はギルモンになってる。人間としての名前は紅炎勇輝(こうえんゆうき)だ」

 

「ふ~ん、そうか。よろしくな」

 

 もはや説明不要なレベルで『普通』では無いギルモンの自己紹介に対しての『人間』の反応は、やけにあっさりとしていた。

 

 流石にそこにはユウキも拍子抜けしたらしく、ようやく自分のイレギュラーっぷりを再認識していた。

 

「俺が元人間って言っても、驚かないのか?」

 

 ベアモンもエレキモンも、その疑問は抱いている。

 

 ひょっとしたら、ユウキの同じ『元人間のデジモン』を知っているのだろうか。

 

 そんな事を予想していたのだが、答えは予想を九十度ほど急上昇して返って来た。

 

「ああ。人間がデジモンになるってよくあることだし」

 

 思わず。

 

 三人の目が点になり、一斉に『人間』の顔を凝視していた。

 

 何故なのだ? 何をどう考えれば、どんな経験をすれば、そんな風に『人間がデジモンに成る』事を『よくある事』と言ってのける事が出来るのだ? と、生まれつきデジモンなベアモンとエレキモンでも、予想だにしていなかった回答に目を丸くする事しか出来ない。

 

 同じく疑問を抱いていたユウキだが、二人と違って彼には『ある可能性』を脳裏に浮かべる事が出来ていた。

 

 そう、思えばこの『人間』は、見間違いではなく実際にデジモンに成っていたではないか。

 

 ユウキからすれば、そのデジモンの名も覚えているし、そのデジモンの最大の特徴も知っている。

 

 そして偶然にも、その予想を裏付けるかのように『人間』が自己紹介のために口を開いた。

 

「俺の名前は神原信也(かんばらしんや)。見ての通りの人間だ」

 

 ユウキの口は、思わず『か・ん・ば・ら?』と動いていた。

 

 とても聞き覚えがある名だ。

 

 だが、それはユウキの知る限り。

 

 アニメの中にしか居ないはずの『主人公』の苗字では無かったか。

 

 そして、この人間――神原信也の成っていたデジモンは……『彼』が本来ならば成っていたはずではないか。

 

 何より、()()()()とは。

 

「ひょっとして、お前、神原拓也の弟なのか?」

 

 そう呼ばれた彼はその質問を意外と思ったらしく、質問に質問で返してきた。

 

「ユウキは()()の知り合いか? ユウキの世界にも『神原拓也』がいるとか?」

 

 その返答だけで、証明は十分だった。

 

 彼は、ユウキも知る『デジモンフロンティア』と呼ばれる映像上の物語に出てくる主人公。

 

 神原拓也の弟――――神原信也なのだ。

 

 よく見れば、服装の色合いなど違いがあれど、そのゴーグルは確かに『主人公』の付けていた物とそっくりだった。

 

 アニメで知った、なんて事を言うのは失礼極まりないだろう。

 

 自分の生きている世界が『現実』と認識している者にとって、それを他者から『架空』の存在として認識されるのは我慢ならないだろう事ぐらい、ユウキにも分かっていたから。

 

 だから、彼はこう表現した。

 

「知り合いというか……俺が一方的に知ってるだけだ」

 

 嘘は言っていない。

 

 その名と姿を知っていても、現実に言葉を交わした経験など無いのだから。

 

 ごまかすために言った言葉とは言え、やはり感に障る所があったのか、彼――神原信也はその発言に対して質問をせず、簡潔に話題を切り出した。

 

「さて、情報交換だけど。ここはユウキ達のいた世界(デジタルワールド)とは別の世界(デジタルワールド)だ。最近まで俺()と敵が戦ってて、その影響で時空のゆがみができてた。ユウキ達はその一つに吸い込まれたってわけだ」

 

「ずいぶん詳しいんだな」

 

 エレキモンが林檎(りんご)(かじ)りながら言う。

 

 信也は軽く肩をすくめると、事実を述べるような調子で続けた。

 

「何度もあったからな。こうやって異世界のデジモンが迷い込んでくるの」

 

 どうやら、ユウキ達以外にも『黒い渦』のような物によってこの世界にやってきた者が居るらしい。

 

 言葉から察するに、その度に信也やその仲間は共に『敵』とやらと戦い、無事に帰っていったのだろう。

 

「一つだけ違うのは」

 

 だが、その過程から生じる希望を否定するように、信也はこう言った。

 

 

 

 

 

「お前達の帰る手段がないって事だっ!!」

 

 沈黙が走る。

 

 言った本人からしても大問題な事だったのだろう、彼も言う事を躊躇(ためら)っていた。

 

 だが、三人の返事は信也の予想を、スキー場のジャンプ台からK点を越えるレベルで超えてきた。

 

「そうか~。それは困ったねぇ」

 

 その1、ベアモンはのんきに魚を咥えていた。

 

「すぐに帰れないとなると、本格的に寝床を確保しないとだな。昨日みたいに野宿を続けるわけにもいかないし」

 

 その2、エレキモンは即座にこの世界での行動の方針を考えていた。

 

 どうやら、三人が『そんな……』とか言いながら崩れ落ちるとでも思ったいたらしい信也は、同じくあんまり驚いていないらしいユウキに顔を向ける。

 

 そして、問う。

 

「いつもこんな調子なのか? ユウキもあんまり驚いていないみたいだけど」

 

 その問いを聞いたユウキは、痒みでも生じた時のように頭を前足で掻きながら言った。

 

「う~ん、元居た世界でも、俺が人間世界に帰る方法は分かっていなかったし……正直、今までと変わった気がしない」

 

「そ、そうか」

 

 その3、実は一番絶望していそうな人物が平然としていた。

 

 と、まぁ、これはこれは『普通』とはかけ離れている三人の返事を聞いて。

 

 自分の心配が杞憂だった事を悟った信也は、肩の力を抜いた。

 

 そして、エレキモンの『寝床を確保しないと』という発言に対して、早速解決案を提示した。

 

「何か予想外な反応だったけど……とりあえず、俺の仲間達もいる『城』に向かわないか? 寝床もあるし、食事だって用意してくれると思うぞ」

 

 三人は断る理由なんて一つも無かったので、遠慮せずにその言葉に甘える事にした。

 

 目的地も決定し、向かう途中で信也はこっちの世界(デジタルワールド)の説明をしてくれた。

 

 

 

 

 

 途中、信也が勢いよく後ろの森へ振り返った。

 

「どうしたんだ?」

 

「……何でも無い」

 

 首を横に振って誤魔化す信也だが、他人の感情を読み取る事が得意でないユウキでも、それが嘘である事は理解出来ていた。

 

 むしろ、ユウキ自身も『それ』の視線を受けている事には、信也との自己紹介を終えた後から気付いていたからだ。

 

 だが、城というキーワードを聞いてワクワク状態なベアモンと、同じく期待を抱きながら歩いているエレキモンを見て。

 

 心配をさせないために、ユウキは抱いている物を表に出そうとしないようにした。

 

 信也と何気ない話を続けながら、三人は城へと続く森の道を進んでいく。

 




今回の話はコラボ元の話の関係から短くなりました。後4話ぐらいで星流さんとのコラボ回のこちら側の視点が終わるかと。

前の話と比べるとあんまり派手な部分とか書けなかったのが悔い残りですかね……展開上仕方無いとは言え、早く戦闘かギャグ展開を書きたいという欲求が増し増しです。

ちなみに作者がデジモンフロンティアで一番好きな進化バンクはヴリトラモンです。一度でいいから進化してみたい←←

星流さんのアメーバブログにて連載中『デジモンフロンティア02―神話へのキセキ―』は絶賛連載中。見るとかなり面白い設定が練りこまれてたり、星流さん自身のデジモンフロンティアという作品に対する愛情的なものが感じられてて面白いです。

では、次回もお楽しみに。


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異世界にて――『ファンタジーと若者を誘う甘い声』

ちょいと間を空けての次話投稿となりました。それでも本編に比べればずっと早いから良かった……。

今回の話でようやく半分を超したって所です(星流さんとのコラボ回の)。まぁこれが終わっても『とあるお方』とのコラボ回が待っているわけなのですが、とりあえず超速で書き進めて今月中にコラボ回は終わらせたい所。無論、クオリティを落とさないように。

星流さんに情報提供を求めても返事が無かったので一人で頑張ってみたら、思いの他書き上げられたスタイル。




 

 歩き続けて辿り着いた『城』は、七色の光を放つ水晶によって建てられたものだった。

 

 当然ながら『城』の中にはこちら側の世界のデジモンが住んでいるわけで、信也がユウキ達三人の事情を説明するのに多少の時間を食った。

 

 かつて、ユウキも現在移住している町に住む過程で長老(ジュレイモン)と会話した事もあったが、今回も『その時』と同じようにあっさりと承諾してもらえたようだ。

 

 一息をつくために用意してもらった客室に行く途中に視界に入ったデジモンの姿は、帽子を被った魔法使いや白い羽を持った天使といったファンタジー色の強いものが多く、いかにもこの『城』が神聖な場所である事を端的に示していた。

 

 ベアモンもエレキモンも、そして当然ユウキも、この『城』の風景には圧巻の一言だった。

 

「すげぇなホント……こんな所に来る事になるなんて、人間だった時は考えた事も無かったわ」

 

「凄くピカピカキラキラしてるよね。どうやって建てたんだろう?」

 

「魔法とか言うのを使ったんじゃねぇの? ウィザーモンに似たデジモンとか、結構その手の技術が使えそうなデジモンは多そうだし」

 

 実際の経緯が分かる事は無いだろうが、様々な推測が思考を飛び交っている。

 

 だが、ここに来た目的は見物では無いので、足だけは止めずに歩く。

 

 そうしている内に、彼等を迎え入れるために客室へと辿り着いた。

 

 内装には、ホテル等でしか見られないほどのベッドが複数あって、部屋としては当たり前な壁や窓からも、普段なら見る事も出来ないような豪華っぷりがオーラを成しているようにすら見えた。

 

 庶民(ユウキ)平民(アルス)にとって、天使や魔法使いが当たり前のように住んでいるこのファンタジー空間は、それぐらい凄まじい印象を残してしまう物だったのだ。

 

「うわぁふかふか~っ!! 何これ物凄く気持ち良いよ、何か一気に眠く……」

 

「おいこら、一息つくのは構わないけど、まだやらないといけない事がある事を忘れてないか……って、寝てる!? 早すぎるだろ!?」

 

「まぁ、こいつを起こすのは任せとけ。とりあえずベッドから引き摺り下ろすのが先だが」

 

 数十秒後。

 

 エレキモンによる目覚まし(強度のビリビリ込み)によって一気にベアモンは目を覚まし、その後ある程度の休憩を取ってから、ユウキ達は信也に付いて行く形で客室を出て行った。

 

「何処に行くんだ?」

 

「食堂。とりあえず、連絡を取りたいデジモンが居るからな」

 

 多少の会話を挟んでから、四人は客室と比べて広い部屋の中に長めのテーブルや複数の椅子が設置されている場所――食堂に入る。

 

 そこでは、信也とは違う別の『人間』が一人で何らかの準備を整えていたらしく、椅子に座っていた。

 

 容姿としては、白い制服に青色でチェックのネクタイを付けていて、信也と比べると大柄な物だった。

 

 恐らくは中学生だろうとユウキが推測を立てている内に、その『人間』――ユウキの記憶が間違っていなければ、おそらく神原拓也の仲間で『雷のスピリット』を受け継いだ『紫山順平』という名前なはずの彼が、信也に向けて口を開いた。

 

「信也、通信はもう少ししたら繋がるぜ」

 

「ありがとな。相談に乗ってもらった上に、通信の準備まで任せちゃって」

 

 信也がそう言うと、彼は通信に使うのであろう機械をいじりながら、右手をひらひらさせる。

 

「お前にお礼を言われるほどじゃないって」

 

 言っている間に調整が済んだのか、椅子から立ち上がった少年は信也やユウキ達の方を向く。

 

「それじゃ、俺はエンジェモンの部屋に戻るよ。通信が終わったら呼びに来てくれ」

 

「おう」

 

 互いに必要な分の言葉を交わすと、少年はユウキ達に軽く手を上げてから食堂を出て行った。

 

 信也が椅子に座って機械のボタンを押すと、機械に付いている液晶画面から映像が出現した。

 

 紫色の体毛をした、ウサギに似たデジモン――トゥルイエモンの姿が、それには映っていた。

 

「お待たせ、トゥルイエモン」

 

『信也に、その三人が異世界から来たというデジモンか』

 

 映像上のトゥルイエモンが、信也の横に移動していたユウキ達三人に目を向ける。

 

 説明のため、信也が順番に指し示す。

 

「ユウキと、ベアモンと、エレキモン。で、こっちも説明すると」

 

 途中、信也がユウキ達の方へ顔を向け、映像に映るトゥルイエモンの方を指し示した。

 

「仲間のトゥルイエモンだ。すっごく偉いデジモンの生まれ変わりで、デジモンデータの調査が得意なんだ」

 

 聞いたユウキに、一つの思考が過ぎった。

 

 それは信也の言う『すっごく偉いデジモン』の事だが、端的に言ってもその表現が出来るようなデジモンはユウキの知識上でも少なくない。

 

 そんな中で、トゥルイエモンという種族が一番の興味を(くすぐ)った。

 

 トゥルイエモンというデジモンの世代は成熟期で、その前の成長期の種族として最も該当されるのはロップモンという名のデジモン。

 

 そして、もう一つのキーワードである『生まれ変わり』の指し示す意味を考えれば、それだけで『誰が』生まれ変わったデジモンなのかを予測する事は、この世界の物語を『アニメ』という形で知っているユウキにとって難しくなかった。

 

「ロップモン、で今がトゥルイエモン。次がアンティラモンだから……おお」

 

 ユウキだけが、驚くように言いながらトゥルイエモンの方を向いていた。

 

 当のトゥルイエモンは『さて』と言いながら、まるでドッキリ箱の中身を言い当てられたかのように慌てながら座り直す。

 

 いかにも図星のようにしか見えないが、誰もツッこんだりはしない。

 

『ここ数日の時空のゆがみのデータは純平が送ってくれた。だがまず、君達自身の口から経緯を聞きたい。ゆがみに巻き込まれた時から信也に会うまでの出来事を話してくれ』

 

 まずは、そもそもの事情の聴取から始めたいらしい。

 

 ベアモンとエレキモンの視線が、一斉にユウキの方へ向けられる。

 

 ユウキは軽く息を吐いて、その後に吸ってから口を開く。

 

「そもそも俺が、海に行きたいって言ったのが始まりなんだ」

 

 頭の中で紡ぐ言葉を選びながら、冷静に事実を述べる。

 

 彼――ユウキがどうして海を漂流していたのかという疑問に、ベアモンとエレキモンが共感を示し、ユウキ自身が時間のある時に行きたいと懇願したのがそもそもの始まりである事をユウキ本人が述べ。

 

 海岸に到着し、探索を開始してから時間が経ち、泳ぎ疲れたベアモンとエレキモンが休んでいる間にユウキが『黒い渦』を発見し、それが生み出した急な海流に呑まれ、更に発生した高波によって海岸で待機していた二人が波に呑まれ、そのまま『黒い渦』の中に吸い込まれた事実をベアモンが紡ぐ形で言って。

 

 そして、目を覚ますと全く知らない風景が広がっていて、冷静に思考し対処法を模索するためにその場で野宿を決行し、次の日に周囲を探索していたら空から人間が降ってくるのを見たまでの経緯を、最後にエレキモンが背伸びしながら説明した。

 

 そこまで述べた後、次から次へと的確な質問がモニター越しに飛んできた。

 

『目が覚めた時、上空に黒い渦はあったか?』

 

「いや、何も見当たらなかった」

 

『目が覚めた時間は?』

 

「分からない。少なくとも、目が覚めた時点でお昼の終わりぐらいだったよ」

 

『野宿していた場所は?』

 

「目が覚めた地点。さっき言った通り、未知の場所で大きく動くと危険だからな。近くに川も見えてたから水には困らなかったし、食料も木に()ってるのを近くでよく見つけられたから、危惧していた問題も起きなかった」

 

 大体の事情を伝え終えると、横で見ていた信也がこんな事を言ってきた。

 

「なんか、刑事ドラマのアリバイ調査みたいだな」

 

「あぁ、俺も実はそう思った」

 

 残念ながら、刑事ドラマという単語すら知らないベアモンとエレキモンには、伝わらなかったようだが。

 

 その後も経緯などに関する質問が続き、具体的な情報をかき集める作業が続いた。

 

 そして、必要な分の情報を絞り終えたと判断したトゥルイエモンは、満足そうに頷いた。

 

『これだけ具体的に日時が分かれば十分だ。時空のゆがみの記録を元に、一時的なレールを敷けるだろう』

 

「レール?」

 

 その単語には、ベアモンとエレキモンだけでなく、信也やユウキも頭に疑問符を浮かべていた。

 

 レールと言えば、電車などが正確な道順をなぞるために必要な物の名称のはずだが、時空というキーワードに対してどうしてそのような物が話題に出てくるのかを察する事が出来ない。

 

 正解に至る答えを出せない一同を見て、トゥルイエモンは両手を組みながら言った。

 

『レールの上を何が走るのか、聞くまでもないだろう』

 

 言われて。

 

 同時に、二人が反応した。

 

「トレイルモンか!!」

「ああっ、トレイルモン!!」

 

 トレイルモン。

 

 その名の通り列車を原型としたデジモンで、基本的には多数のデジモンを乗せて世界(デジタルワールド)の大地を走る機能しか知られていないが、実際にはそれだけでは無い。

 

 走るための(レール)さえ『そこ』にあれば、宇宙空間だろうが人間の世界だろうが行く事が出来るのだ。

 

 無論、ユウキ達の住んでいる側の世界(デジタルワールド)だろうと。

 

『お互いの世界に負担をかけないため、長時間レールを敷くことはできないが。三人を帰すだけなら問題はない。二、三日待ってくれ』

 

「分かった。じゃあ待ってる間は……」

 

 ユウキの視線が信也に向けられ、その目が示す問いに信也は笑って頷く。

 

「今は敵もいないし、ゆっくり泊まってってくれよ」

 

「いいの!? うわぁ、お城のベッドにおいしいご飯かぁ」

 

「ベアモン。ベッドはさっき見たからともかく、食事の方は妄想入ってるぞ」

 

「え~。エレキモンは楽しみじゃないの?」

 

「楽しみじゃないと言ったら嘘になる」

 

 何故か、信也から歓迎の言葉を向けられたユウキではなく、ベアモンとエレキモンの方が先に喜んでいた。

 

 一瞬にして中学校の修学旅行みたいな空気になり、思うように喜べなくなったユウキは。

 

「……こんな一行だが、よろしく頼む」

 

 微妙な顔をしながら、そう言うぐらいしか無かった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そして、それから時が経ち。

 

 外がすっかり月明かりに照らされた夜の風景へと変貌した頃。

 

「あ~、もう食べれない!!」

 

 この『城』での食事でパンパンに膨れたお腹を抱えて、ベアモンは客室のベッドに横になっていた。

 

 そんな彼に対して呆れた視線を向けるのは、やはりエレキモン。

 

「食べるすぐ寝ると、チョ・ハッカイモンになるぞ」

 

 エレキモンの言葉が聞こえているのか聞こえていないのかは分からないが、ベアモンは今にも睡魔に呑まれそうなレベルで呟くだけだった。

 

 デジモンの知識にそこまで詳しく無い信也が、ユウキに対してシンプルな質問をする。

 

「なあ。チョハッカイって、孫悟空に出てくるあれか?」

 

「一応モチーフはそうらしいな。でもチョ・ハッカイモンはブタの着ぐるみ着た女子みたいな格好で、腹すかせるとキレて暴れる怖い奴、らしい」

 

 ユウキ自身、そのデジモンに関してはそこまで着目していたわけでも無いので、思わず曖昧な言葉で返していた。

 

 だが、何やら信也はその返事(特に後半部分)を聞いて、何か心当たりがあるような様子を見せていた。

 

 お腹を空かせると、キレて暴れる怖い女子。

 

 さて、それは誰だったかな、と頭の中でこの世界を題材にした物語の登場人物を思い出そうとするユウキ。

 

 そして、その答えはドアの向こう側から突然やってきた。

 

「失礼しま~す!!」

 

 その人物を視界に入れた信也が、ベッドから思わず飛び上がった。

 

 容姿は金髪で細めの体。

 

 服装は薄い紫色と白色の上着。

 

 白い帽子を頭に被っていて、首の方に青色の宝石が付いた首飾りをかけている。

 

 食堂で出会った順平と同じく、その女の子の姿はユウキの記憶の中にも存在していた。

 

 食事の時にも出会ったが、彼女は『風のスピリット』を継承している、織本泉という名前の子だったはず。

 

「男子部屋だぞ! ノックぐらいしろよな!」

 

「いいじゃない、別に。そもそも何でこの部屋の人じゃない信也が文句言ってるのよ」

 

 なるほど、確かにそういう場面もあったっけ、と思い出したように頷くが言葉には出さないユウキ。

 

 出したら最後、信也と共に『レディーに対して何を言ってるのよ~!!』的なリアクションから、流れでデンジャラスな体験をする事になりそうだからだ。

 

 端的な表現をするなら、風の闘士がヒステリックモードと化して襲ってくるだろう。

 

 口は災いの元なのだ。

 

「何かあったのか?」

 

 一方で、人間と違って男性と女性の概念が身についていないデジモンなエレキモンは、何やら急ぎの用があるのだと認識したらしく、背筋を伸ばして問いを出していた。

 

 違う違う、と言わんばかりに泉は笑って肩をすくめる。

 

「ううん。暇だしおしゃべりに来ただけ。食事の時は私達の話ばっかりで、あまりユウキ達の話聞けなかったし」

 

 誰も座っていない椅子の一つを引き、ユウキや信也と同じように座る。

 

 思えば、食事の時には『彼等』の話を中心に話題が展開されていて、ユウキ側から話題を切り出す事は無かった。

 

 それを思い出すと、ユウキは少し迷いながらも口を開く。

 

「あのさ、信也や泉が初めてデジモンになった時、どんな気分だった?」

 

 信也は空を巡回する際に、ヴリトラモンというインド神話に登場する火竜の呼び名を持ったデジモンに『進化』をしていた。

 

 それはユウキが人間からデジモンに『成った』のとは厳密に言えば違って、彼とその仲間はそれぞれが違う『スピリット』という伝説に登場する十闘士の力を宿したアイテムを所有しており、それと『デジヴァイス』と呼ばれる携帯端末を併用する事で『進化』をするらしい。

 

 ベアモンやエレキモンからすれば、伝説の十闘士と聞いただけでも驚きを隠せずにいた。

 

 その所為か、言葉を聞いた信也が思わず身を引いた事には、偶然にも誰も気付かなかったのだが。

 

 信也が何故か固まっている間に、泉が回答する。

 

「最初は変な感じがしたかな。自分なのに自分じゃなくなっちゃったみたいで」

 

 その言葉には、ユウキ自身も何処か覚えがあるので共感した。

 

 泉が返答したのを聞いて、何気ないフリをしながらも信也は会話に加わる。

 

「そうだなぁ。何がどうなってるんだかって気はしたけど。でも俺、兄貴に近づけたみたいで嬉しかった」

 

 何か思う所があるのか、ポケットの上から『進化』に使っていた端末に手を触れる。

 

 ユウキの知る限り、『スピリット』と呼ばれるアイテムには名と通ずるような意思がある。

 

 彼にとっては、自分を『進化』させてくれる『スピリット』達も仲間と同じか、それ以上に身近な存在なのだろう。

 

「俺はデジモンになれて良かったって思ってる。おかげで知らなかった世界を冒険できてるし、自分が成長していってるって思えるからさ」

 

 だが、信也とユウキの『デジモンに成った』というキーワードに対する認識は異なっている。

 

 一時的なものなのか、恒常的なものなのか、という点だ。

 

 もしかしたら、人間の世界には一生戻れないかもしれない、という不安が彼の中に無いわけが無い。

 

 だから。

 

「俺は……まだ分からない。なりたくてデジモンになったわけでもないし、なれて良かったかなんて……」

 

 その声色は、薄い。

 

 心の何処かで、自分の中の『人間性』が形を凶悪な物へ変わっていくような気がしてならない。

 

 信也も、そんなユウキに対して投げ掛けられる言葉を見つけられずにいる。

 

 そんな時、泉がふと立ち上がり、客室の窓際にあったカーテンを半分開け、窓も開いた。

 

 開いた窓から澄んだ夜風と森の香りが吹き込んでくる中、月明かりに照らされた森を背景に、彼女は振り返る。

 

「きっと、すぐには気持ちの整理なんてつかないわよ。もしかしたら、デジモンになった事を後悔する日もあるかも」

 

 それは、ユウキにも『いつか』はあるかもしれない未来の予想図の一つ。

 

 デジモンに成った事という事実以外にも、様々な不安は思考の中に存在する。

 

 泉が述べたのは、子供にとっては当たり前の前提と、暗い未来の予想図(ビジョン)そのもの。

 

「でも」

 

 だが、そこで泉は言葉を止めたりはしない。

 

 微笑み、優しく言葉を投げ掛ける。

 

「私は、ユウキが『デジモンになれて良かった』って思える日が来ると思うな。素敵な仲間もいるみたいだし」

 

 その言葉に、ユウキは返事を返す事が出来なかった。

 

 代わりに後ろを向くと、話を静観していたベアモンやエレキモンと目が合った。

 

 彼等と出会えたのも、思えばデジモンに成ったからだ。

 

 様々な不安もあるが、出会えたという偶然の運命には今でも感謝している。

 

 いつか、本当の意味でそんな時が来るのだろうか? 考えてみても、今は答えに辿り着けない。

 

 信じて進むしか無いのだろうか、なんて事を考えている時だった。

 

「兄貴!?」

 

 その声は、いつの間にか泉の横から窓の外――厳密には、その下方向に視線を落としていた信也のものだった。

 

 信也の弟と言えば、間違い無く神原拓也だろう。

 

 だが、彼は信也から聞いた話によると『オリンポス十二神のデジモンに連れ去られた』はずだ。

 

「拓也!? どこ!?」

 

「あそこだよ!! 森のそば!!」

 

 必死になって景色の一点を指差す信也。

 

 しかし、そこには誰もいないようにしか見えない。

 

 ()()()()夜風を吸いながら、ユウキも窓の方へ寄り。

 

 見てしまった。

 

(…………あ、れは…………)

 

 思わず邪魔だと言わんばかりに信也の体を真横に押しのけ、ユウキが窓の外を再度凝視する。

 

 そこに、居た。

 

 

 

 人間だった時の記憶の最後に遭遇した、夏の季節であるにも関わらず青い色のコートを羽織った男が。

 

 思わず、手に触れた時の冷たさを思い出して、血の気が引いた。

 

「あれは……まさか……!?」

 

 そこでようやく、言葉を口に出せた。

 

 自分の瞳が獣のような縦線を描いていて、何故か他の者には『それ』が見えていない事実になど、意識を向ける間も無かった。

 

 自分と同じく『何か』を見た信也と共に客室の扉を開け放ち、廊下を走り、外へと駆け出す。

 

「信也、待ってよ!!」

 

「二人してどうしたんだ!?」

 

「ちょ、ユウキ!?」

 

 追いかけてきたのか、後ろの方から順に泉とエレキモンとベアモンの声が響いてくる。

 

 振り返る事もせず、全力で走りながら叫ぶ。

 

「あいつだ!! 俺が、人間世界で最後に会った……何で……こんな所に……ッ!?」

 

 自分達を招く存在(ありえないかげ)に、意識が向いていたからか。

 

 その甘い夜風に混じった、女性の微かな笑い声に、二人は気付いていない。

 

 ベアモンとエレキモン、そして泉は。

 

 森の奥にあるのが罠だと理解した上でも、危険な夜の森に二人だけを行かせないために、追い掛けるしか無かった。

 




コラボ回の第三話となる話は、前回と比べると文量も少し多めになった繋ぎの話となりました。

デジモンフロンティアのキャラも、一応『デジモンに成っている』という共通点が存在しているので、それに対する気持ちの受け取り方の違いみたいな物を描いたつもりです。一時的な物なら変身ヒーローみたいに受け取れますが、恒常的なものの場合は、何か別の物になったというインパクトの方がデカいはずです。多分。

でもアレですよね。とりあえずデジモンに成ってみたいなぁって気持ちは一部の人にもあると思ってます。パートナーデジモンが現れてほしいって8月1日に願う人と同じように、そういう気持ちを抱いているようなお方も居ると思うんですよ。割とマジで。

この小説では結構暗い面を表に出していますが、作者自身も……そうですね、ギルモンかガブモンあたりに成ってみたいなぁなんて。

さて、次の話ではようやく戦闘が書けそうです。『彼女』を相手に彼等はどうするのか。

次回もお楽しみに。感想・質問など、いつでもお待ちしております。


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異世界にて――『亜麻布を纏う女神の誘いと幻』

この星流さんとのコラボ回のあとに『もう一人』とのコラボが待機状態なのでガンガン進めますよ~って事で最新話。

今回の話はコラボ回でようやくとなる戦闘回。どうしてもシリアスな話にしか出来ないので、ギャグを書くのが恋しいです(どうせみんなシリアスになる)。

……それにしても、コラボ回になった途端に更新速度が飛躍的に上昇したような。本編でもこんぐらい早ければなぁ。


 夜の森を一人の少年と一匹の竜が走る。

 

 辺りの木々がざわめいても、夜の闇が危険の色を示していても。

 

 それぞれが捜し求めていた相手、という存在の前には何の感慨も与えない。

 

「兄貴!! いるんだろ!!」

 

 窓の方から『何か』が見えていたはずの場所に来たが、信也が呼びかけても彼の知る人間の声は聞こえない。

 

「どこだ!! 隠れてないで出てこい!!」

 

 信也が生き別れの兄弟を探している一方で、ユウキは自分自身の『敵』に挑むように声を上げる。

 

 どうしてこのような場所に来ているのか、という疑問に、何故姿を見せないのかという疑問が追加される中、物音がした。

 

 森という環境を形成する、木々の中の一本-―その裏からだった。

 

 幹の影から姿を現したのは、紛れも無い『人間』の姿。

 

「兄貴!!」

 

 神原拓也。

 

 赤色の上着に青いズボンを着た、信也によく似た――というより信也がよく似た容姿のその少年を見て、信也の顔が(ほころ)ぶ。

 

 信也からすれば、ようやく再会した生き別れの兄弟の兄である拓也は、笑顔を見せながら口を開く。

 

「神原信也。神原拓也の弟にして、炎のスピリットを預かる者。兄を超えるのが目標のようですが、自分の力の伸びにまだ気づいていない様子」

 

 容姿に似合わぬ、大人の女性の声だった。

 

 ユウキにとっては聞き覚えも無い、信也からすれば聞き覚えのあるその声に、二人は理解出来ずに戸惑う。

 

 信也に向けて不気味に笑いかける拓也の姿が再び幹の影に消えると、今度は反対側の方から物音がした。

 

 そちらの方へ視線を向けると、そちらの方には名前も素性も分からない、あの青色のコートを羽織った男の姿が見えた。

 

「お前……ッ!!」

 

 思わず身構えるユウキに向かって、声が投げ掛けられる。

 

紅炎勇輝(こうえんゆうき)。正体不明の男の関与によりデジタルワールドへ飛ばされ、恒常的にデジモンの姿を取るようになっている。スピリットによるものでもないようですし、大変興味深い」

 

 拓也の時と同じ、女性の声だった。

 

 信也だけでなく、ユウキの本来の名前や細やかな事情も知るその声の主に対して、ユウキは目を細める。

 

「何でそこまで俺の事…………」

 

 ありもしないはずの出来事だったからか、違いを理解する事は難しく無かった。

 

 実際に会って恐怖を味わった事があるからでこそ、分かるのだ。

 

 気配に、自分の防衛本能が働かない。

 

「……あの男じゃないな。誰だ!!」

 

 その叫びに似た声に男はほくそ笑みながら、またも幹の陰に隠れる。

 

 二度に渡って現れた幻影は、それぞれが二人にとって重要な人物だった。

 

 第三者の視点から理解するには、二人の事をずっと観察している必要がある。

 

 つまり。

 

(……この幻影を作り出してる奴が、あの時の……!!)

 

 答え合わせをするかのように、木々のある方とは別の方からデジモンが現れる。

 

 今度こそ、まがい物の幻影では無く、正真正銘二人にとっての『敵』が、姿を現す。

 

 背は高く、両腕以外は白く大きな布で覆われていて、顔の上半分も同じく布に隠されて見えず、(すそ)には白い百合(ユリ)の刺繍がされ、右側には背中から張り出している孔雀の羽が見えている――と、神々しさを感じさせる人型のデジモンだった。

 

 そのデジモンの名前を、ユウキは知らなかった。

 

 だから、知っている信也の方が名前を言った。

 

「オリンポス十二神族の一人、ユノモンか」

 

 ユノモンと呼ばれたそのデジモンは否定もせず、布で隠れていない口で微笑んだ。

 

 オリンポス十二神という組織に属するデジモンの共通点として、原型となった情報が『ギリシャ神話』という文章から掘り起こされた物であり、属するデジモンの全てが進化の最高世代な上で『神人型』と呼ばれる種族に君臨している。

 

 ユウキの知る限り、まだ8体までしか情報が出ていなかったはずだが、どうやらこちらの世界では全ての席が埋まっているらしい。

 

 名前の元となった神は『ギリシャ神話』で『ヘラ』と呼ばれ、一方で『ローマ神話』では『ユノ』と呼ばれている存在だろう。

 

 推測を立てている内に、ベアモンやエレキモンと泉が追い着いてきて、ユノモンの姿に足を止めた。

 

 最初にベアモンが、警戒心と言う名の敵意を向けながら問う。

 

「君が、ユウキと信也をここに連れてきた張本人?」

 

「察しが良いですね。けれどそんな敵意のある目で見ないでいただけるかしら。あなた達三人をどうこうするつもりは無いのです」

 

()()()()()()、か」

 

 ユノモンの返答を、エレキモンが静かに復唱する。

 

 窓から見えた二種類の幻影は、信也とユウキにしか見えていなかった。

 

 見せていたユノモンの意図を考えても、どうやら信也とユウキ以外に手を出すつもりは無いらしい。

 

「つまり、狙いはユウキと俺って事か」

 

 信也がそう言うと、ポケットの中へ手を――伸ばそうとした所で、咄嗟に手を引っ込めた。

 

 その手に生じた浅い切り口を見た後、ふと地面を見てみれば孔雀の羽が一本刺さっているのが分かった。

 

 信也にもユウキにも、他の三人にも、あまりにも速いその攻撃に反応する事は出来なかった。

 

 首か眉間でも狙われていたら、殺傷能力の度合いから見てもそこで生が終わっていたかもしれない。

 

 そして、その攻撃――――と言うより制止に近い行動に出た当のユニモンは、信也に笑みを向ける。

 

「そう焦らなくても良いでしょう。しばし、お話しませんか?」

 

 人間や獣の敵意や都合など気にも留めていない、まさしく神と呼ばれる者に相応しい余裕と優先順位。

 

 興味を持たれているらしいが、明らかにナメられていた。

 

 信也は思わず奥歯を噛み締め、ユウキも無意識の内に唸り声に近い音を漏らしている、が。

 

 こちらの都合を通してもらわない限り、先ほど放った羽が肌をまた裂くぞと暗に言っているようにも思えて、仕方なく相手の意見に従うしか無かった。

 

「話って何だ? なぜ俺の事を知っている?」

 

 最初にユウキが問うと、ユノモンは当然の事のように答えを述べる。

 

「私は情報を蓄え続ける存在。あなた達がこの世界に落ちてきた時から、拝見していました」

 

「俺達が話してた事も全部聞いてたのか」

 

 その回答に、エレキモンは言葉を吐き捨てる。

 

 他人のくせに、興味本位だけで踏み込んでくるその姿勢が、どうしても気に入らない。

 

 神話や宗教における人間と神の関係性というのも、神は基本的に『天界』と呼ばれる場所から人間を傍観していて、人間は祈祷や舞踏などの行動によって神に『交渉』し、それに応えるのかそれを突っぱねるのかも神の意志によって決定される。

 

 時に、人間側の都合に合わせて災害や疫病から救う事もあれば。

 

 時に、神の都合に合わせて災害や疫病を(もたら)す場合だってある。

 

 ユノモンというデジモンの都合が『情報を蓄え続ける事』と設定されているのなら、信也やユウキに関する事で自分の知りたい事を知るためならば、本人達の都合より自分の都合を優先するのかもしれない。

 

 信也が、それを裏付ける問いを出す。

 

「あんた、前から……ユウキ達が来る前から、俺達の事、監視してたな」

 

 その事実に、信也だけではなくユウキですら胸焼けがした。

 

 ユノモンは問いを出した信也へ視線を向けながら、答えを返す。

 

「最初から全て見ていたわけではありませんが。戦闘は全部見ていましたし、この木のエリアにあなたが来てからは、そう、ずっと」

 

 信也は、疑問を覚えた。

 

 ユウキは、寒気を覚えた。

 

 ユノモンの視線は信也の顔に向けられたまま少しも動かず、その桃色の唇からは()()ない言葉だけが溢れる。

 

「ええ、神原信也、あなたです。自分では気づいていませんが、あなたはスピリットの力を引き出すことに非常に()けている。秘めている可能性は計り知れない。これほど相手の事を調べたくなったのは久しぶりです」

 

 信也は、思わず荒い息を吐いていた。

 

 自分以上に自分の事を知っている、という事実に息を詰まらせてしまう。

 

 ユノモンの視線が、今度はユウキの方にピタリと止まる。

 

「そして紅炎勇輝。異世界からの迷い人についても部下に調査させていましたが、あなたのような事例は初めてです。スピリットやデジモンの力にも頼らず、恒常的に人間がデジモンの姿を取っている。どうしたらそのような事象が起こりうるのか、興味をそそられます」

 

 ユウキの瞳の縦線が更に鋭くなり、口の中に篭る熱が強くなる。

 

 自分の心に、土足で踏み込まれた者が見せる怒りの表情だった。

 

「俺はお前の実験体(モルモット)じゃない……ッ!!」

 

 搾り出されたその言葉を聞いても、ユノモンの微笑みは変わらない。

 

「私はウルカヌスモンのような無粋な神ではありません。調査の為に無闇にあなたを傷つける真似はしませんよ。……その調査の中で、あなたが人間に戻る方法も分かるかもしれません」

 

 そんなわけが無い。

 

 そう分かっているつもりでも、言葉に対してユウキは目を見開いてしまった。

 

(……人間に戻る、方法……?)

 

 それが分かれば、今までの暮らしが戻ってきて、家族や友達とも再会出来るのか。

 

 甘い話だと理解していても、心はグラグラと揺れ動いてしまう。

 

 何が正しいのか、判断がつかなくなる。

 

 別世界の住人とはいえ、ユノモンの情報量は本物だ。

 

 数多に存在する情報の中から、人間に戻る――だけではなく、人間の世界に戻るための方法だって分かるかもしれない。

 

 少しずつ、思考が誘導されていく。

 

 敵意がどんどん萎んでしまう。

 

(……俺は……)

 

 

 

 

 

「ふざけるな!! 僕達を出刃亀(ストーカー)してた奴の言う事なんて、信じられるもんか!!」

 

 ベアモンの大声が聞こえた。

 

 眠気から覚めるように意識が正常へ傾き、冷静に思考するだけの機能が戻っていく。

 

「だな。敵であるはずのお前が、ユウキの世話を焼くはずがない」

 

 エレキモンが腰を落としながらそう言った。

 

 そう、考えてみれば、そんな甘い話があるはずが無いのだ。

 

 ユノモンが持っている情報は、あくまでも『こちら側』の世界でのみ手に入れた物。

 

 ユウキ達の生きる『あちら側』の世界の情報を持っていない以上、それは真実に至る事も無い。

 

 何より、仲間の目の前で、決めた事があるから。

 

 それまでの甘く救いの見える思考を振り払い、顔を引き締めて、ユウキは真っ向からユノモンを見据える。

 

「ああ。これ以上他人に俺の運命を左右されてたまるか。自分の謎は自力で解決する!!」

 

 泉が、信也の肩に手を乗せる。

 

「で、信也はどうするの?」

 

 問われた信也は大きく息を吸い、吐いた。

 

 その顔に不敵な笑みを浮かべながら、目の前の亜麻布を纏う女神を見据え、言う。

 

「俺は最初っから戦う気満々だ。それに、俺が強いって事は俺が一番よく知ってる」

 

「はいはい」

 

 泉は苦笑し、肩をすくめる。

 

 士気は高まり、一同が目の前にいる亜麻布を纏う女神と対峙する。

 

 しかし、当のユノモンの表情には一切の動揺も見えず、不気味にすら思える微笑みは変わらぬままだ。

 

(……『オリンポス十二神』って事は究極体。この『開拓地(フロンティア)』の世界では、完全体とか究極体の世代がイコール強さの基準に成り得る訳じゃなかったはず。余程の差が無ければ、経験で補える。だが俺達は所詮成長期クラスのデジモンだ。スペックの差で押し負ける可能性の方が遥かに高い……なら、今いるメンバーの中で一番ダメージを与えられる見込みがある奴は……)

 

 互いの様子を窺い、一時の静寂が過ぎる中、エレキモンが先陣を切った。

 

「スパークリングサンダー!!」

 

 エレキモンは尻尾の先端から火花の散る音と共に電撃を放つが、ユノモンはそれを自身の纏う布でいなす。

 

「ユウキ!!」

 

「無茶だけど……戦うしかないか!!」

 

 ギルモン(ユウキ)ベアモン(アルス)の成長期デジモン二体が、推測上では究極体クラスであろうユノモンに向けて駆け出す。

 

 一方は爪を、もう一方は拳を振るうが、ユノモンは布をひらめかせながら避ける。

 

 その動作の意図がダメージを恐れての物なのか、衣装を無駄に傷付けるのが嫌だからなのかまでは分からないが、ともかく究極体クラスのデジモンでありながらも成長期のデジモンの攻撃に対して『避ける』という動作を取った以上、攻撃が当たりさえすればダメージを与えられる可能性がある。

 

 攻撃を避けた際の隙を利用して、信也と泉は今度こそポケットの中から必要な物を取り出せた。

 

 それぞれ赤と紫をイメージカラーとした、彼等の『世界』で『進化』に使われる情報端末――デジヴァイスだ。

 

 信也と泉は、即座にデジヴァイスを持っていない空いた手の周りのバーコード状のデータを発現させると、それをデジヴァイスに擦り合わせるように交差させる。

 

「「スピリット・エヴォリューション!!」」

 

 何かを宣言するような、切り替えるようなその言葉と共に二人の周りから大量のバーコード状のデータが出現し、それぞれの身体を包み込む。

 

 内部で何か起きているのかは、ユウキ達の『進化』と同じように外部からは見る事が出来ない。

 

 しかし、ユウキだけは何が現れるのか分かっていた。

 

「アグニモン!!」

 

 信也が居た場所からは、赤い色の鎧を見に纏い、燃え盛る炎のような髪の毛を生やした人型(ヒューマン)のハイブリッド体デジモン――『火』の闘士ことアグニモンが。

 

「フェアリモン!!」

 

 泉の居た場所からは、目元や脚部などの各部位に薄い紫色の防具が取り付けられ、その名の通り妖精のような羽を背中から生やした、同じく人型(ヒューマン)のハイブリッド体デジモン――『風』の闘士ことフェアリモンが。

 

 それぞれ、太古に存在した原初の究極体デジモンの力の欠片を受け継いだ、強いデジモンだ。

 

「ユウキ、ベアモン、離れろ!!」

 

 アグニモンに『進化』した信也の声を聞いて、ユウキとベアモンが飛び退く。

 

 そして、二人が()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「サラマンダーブレイク!!」

 

「トルナード・ガンバ!!」

 

 アグニモンは全身に炎を纏った全力の回し蹴りを。

 

 フェアリモンは竜巻のように回転しながら放たれる猛烈な蹴りを。

 

 

 

 

 

 ――――それぞれ、ユウキとベアモンに向けて、放っていた。

 

「が……あああああッ……!?」

 

「ぐうううううっ……!?」

 

 少なくとも成熟期か完全体クラスの力を持つデジモンの技を受け、それぞれが呻き声に似た声を漏らす。

 

 予想外の角度から、予想外の攻撃に、予想以上の衝撃が全身を駆け巡る。

 

 何で自分達に向けて攻撃してきたのか、理由さえも想像出来ない。

 

 少なくとも、正常な思考でやった事とは思えない。

 

「なっ、大丈夫か!?」

 

 アグニモンもフェアリモンも、自分の意志で狙ったわけではない、と言っているような反応だった。

 

 思わず攻撃してしまった相手(ユウキ)を助け起こすアグニモン。

 

(あいつ等何をやってんだ……。目の前に、敵は見えてるはずだろ……!!)

 

 そして、エレキモンがこの現象を発生させた発端である()()()()()()()()()()、雷撃を放つ。

 

 電撃がユノモンの背中を貫くと、ユノモンの体が霧のように霧散して消え、代わりにアグニモンが攻撃を受けていた。

 

 そこでようやく事態を認識したエレキモンが、ハッとなったように目を見開く。

 

「悪い!! 今、そこにユノモンが……」

 

 事態を推測していたフェアリモンが、皆に聞こえるように声を出す。

 

「みんな、さっきのは幻よ!! ユノモンが私達を惑わしてるんだわ!!」

 

 その回答に応えるように、ユノモンの微かな笑い声が全員の聴覚を揺らした。

 

 いつの間にか、彼等が戦っている地点よりも離れた位置から傍観の体勢を取っていた。

 

 ふと考えてみれば、ユノモンはユウキと信也をこの場におびき寄せる過程で、視覚や五感に干渉する術を使っていた。

 

 同士討ちを誘発させる事など、朝飯前という事だろうか。

 

 このままでは、同じ事の繰り返しをするだけで戦いにすらならない。

 

「全員!! ここを動くなよ!!」

 

 そんな時、信也(アグニモン)が一声をかけた後、ユノモンに向かって駆け出した。

 

 たった一人で。

 

「アグニモン、危険だ!!」

 

「心配するな!! 十二神族一体なら、俺一人でも叩ける!!」

 

 ユウキが思わず手を伸ばして言葉を飛ばしたが、信也はそう返すだけで行動に揺らぎは出ない。

 

 明らかに、功績から自分の力を過信している者の台詞だった。

 

「くらえ、バーニングシュート!!」

 

 アグニモンはそう言って、サッカーの要領で右足に発生させた火炎の球を蹴り放つ。

 

 瞬間、炎がユニモンを飲み込まんと肥大化し、ユノモンの体を燃え上がらせた。

 

 だけど。

 

(……そんなに甘いわけがない……!!)

 

 ユウキの予想を裏付けるように、ユノモンの体の中へ炎が飲み込まれていく。

 

 同時に、全体的なシルエットが変貌を始める。

 

 ユノモン――――正確には、そう見えていたデジモンの声が、聴覚に干渉する。

 

 

 

 

 

「そんな攻撃で、俺を超えられると思っていたのか?」

 

 信也にとって、それはよく知った兄の声だった。

 

 ユウキにとって、それはこの世界における『主人公』の声だった。

 

 シルエットを覆い隠していた炎が消えると、そこにはアグニモンによく似た体形に、ヴリトラモンの羽や尻尾や武装を持たせたような、二つの特徴をまるまる一つに纏め上げたと言っていいデジモンの姿が見えていた。

 

 アグニモンの体が、思わず硬直する。

 

「アルダ、モン……」

 

 知識として持っていたその名を呟いた時には、既にアルダモンの巨体が彼の視界を埋め尽くしていて。

 

(まず……っ!!)

 

 ユウキがハッとなった時には、既にアルダモンが生み出した超圧縮された炎が爆ぜて、アグニモンの体を刺茂みの向こう側へと吹き飛ばしていた。

 

 見ている事しか、出来なかった。

 

「……しん、や……?」

 

 彼は一体どうなったのだ。

 

 何がどうなって、この結果を招いたのだ!?

 

「ッ……!!」

 

 考えた時には、既にユウキが信也の吹き飛ばされた方向に向かってた。

 

 ユノモンの目的を考えれば、生存はしているだろうけれど。

 

 それでも、目の前の悲劇を前に体は勝手に動いていた。

 

 




 
 ◆ ◆ ◆ ◆
 
 補足説明。

 今回の話に登場したユノモンは、実はコラボ作者さんである星流さんが『公式で登場する前にオリジナルで創作した』デジモンであり、デジモンクルセイダーに登場した個体とは大きく能力が異なっています。

 以下、星流さんの製作した詳細データのコピーです。

 ユノモン

 レベル:究極体
 型(タイプ):神人型 属性 ワクチン
 必殺技 『リリウム・カンディディウム』『マラカイト』
 プロフィール
『オリンポス十二神族の一人で、貞節と情報を司るデジモンである。白い布をゆったりと体に巻き、右の背に金属製のクジャクの羽を持つ。布で顔の上半分を覆っているため、表情は分からない。配下を使って敵味方のありとあらゆる情報を集めている。興味を持った相手については自分から出向いて調査する。その頭脳には今までに調べ上げた情報が全て収められている。

 必殺技の《リリウム・カンディディウム》は敵の五感を狂わせ、敵にとって最も意識している者、あるいは最も恐れる者の姿を見せるという。敵はその幻と戦い続け、自滅していく。クジャクの羽を飛ばす《マラカイト》で自ら攻撃する事もできる』

 とまぁ、こんな感じです。公式設定とは大きく異なっている事がよく分かると思います。ヒステリックモードなんてありません。

 今回の話は、ようやく戦闘になりましたが次の話で戦闘回は終わらせる予定です。

 それにしても、色々と詰め込んでみましたが、星流さんの所のユノモンの能力を三人称で書くと表現が難しいですね……。

 というか幻覚の表現って、三人称で書くと『違和感』とかをどう演出すればいいのか……。

 次回もお楽しみに。



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異世界にて――『それぞれの正しさを信じる者達』

次の話で戦闘が終わると言ったな。アレは嘘だ(迫真)。

…………オリジナルの展開を組み込もうとしたらものっそい文字数を使ってしまったでござる(涙目)。だって仕方無いんや!! 今回のボスの伴侶(ユピテルモン)さんから『我が妻の活躍を増やさないと罰するぞ』的なメッセージが電波を通して伝達された(ような気がする)んですもん!! 作者だってまだ死にたく無いんです!! 俺は悪くねぇ!! 俺は悪くねぇ!!(親善大使)。

そんな言い訳がましい事をのたうちながら始まる話は、第一章最終話でもキーワードになっていた『理由』を表に出してみたお話です。

8月27日朝、星流さんに指摘された点を追記修正しました。


 ユウキは走った。

 

 夜の闇の中を自分の勘だけを信じ、茂みの中を両腕で搔き分けながら、ただひたすらに。

 

 ユノモンが怖かった、という恐れの感情が無かったと言えば嘘になる。

 

 だがそれよりも、自分の目の前で知り合ったばかりの相手が危険に見舞われている事の方が、それを見ていながら何も出来ない事の方が、何倍も苦しいし悔しいと思った。

 

 今でも、自分を守って毒針を受け、悶え苦しんでいた時のベアモンの姿は目に焼きついている。

 

 結果として助かりはしたが、あの出来事は自分自身の臆病さが生み出した物だった。

 

「……信也……ッ!!」

 

 同士討ちのダメージもあってか、息遣いは荒い。

 

 ユノモンの目的を考えれば、生きているのが普通だと思えるだろう。

 

 だが、アルダモンの攻撃をモロに受けて、生きてはいても無事だとは思えなかった。

 

 何せ、距離が離れていて、尚且つ炎熱に対して強い耐性を持つギルモンの皮膚越しからでも。

 

 少なくとも、かつて戦ったモノクロモンの必殺技(ヴォルケーノストライク)を遥かに超える熱気を、模造の幻影でありながらも感じたのだから。

 

 信也が成っていたアグニモンというデジモンは『火』の属性を司っているため、並大抵の熱気によってダメージを受ける事はまず無いが、流石に太陽クラスの高温――――そしてそこから生じる大爆発の圧力に耐えられるほど頑丈では無い。

 

「クソッ……何なんだよ、(まぼろし)じゃねぇのかよ、あれじゃあまんま実体じゃねぇか……ッ!!」

 

 質量を持った幻。

 

 一言に述べられるその現象を形成するのに、どれだけの力量を要するのか。

 

 視覚や聴覚といった五感に干渉しているだけなら、アグニモンを物理的に吹き飛ばす事など不可能だ。

 

「ふざけやがって……ッ!!」

 

 だからでこそ、ユウキは苛立った。

 

 戦っているというよりも、ただ(もてあそ)ばれている。

 

 危険に身を投じて戦っている自分達の事を、嘲笑っているように思えたからだ。

 

「…………っ」

 

 そして、ユウキは見た。

 

 木々の合間を潜り抜けた先で、意識を失って倒れている信也の姿を。

 

「信也!!」

 

 傍に寄りかかって名を呼ぶが、意識は戻らない。

 

 吹き飛ばされた際、地面か何かに頭を強く打った所為だろうか。

 

「おい、起きろよ!! お前はこんな所で終わっていい奴じゃないだろ!!」

 

 胸倉を掴み、感情のままに言い続ける。

 

 暴力的で、とても高校生が小学生に言い放って良いような言葉なのは、ユウキ自身にも分かっていた。

 

「お前は……ッ、自分で言ってたじゃないか!! 『俺は強い』って!! だったらこんな所で寝てる場合じゃないだろ。ベアモンも、エレキモンも、泉も!! みんな必死に戦っているんだぞ!! 分かってるんなら目を覚ませよ、お前だって仲間が傷付く所を黙ってみていられるような奴じゃないんだから!!」

 

 だが、ユノモンを打倒出来得る可能性を現状で持つ者は、信也しか居ない。

 

 何より、信也自身からしても、自分が意識を失っている間に仲間が傷付けられていたとしたら、間違い無く心が傷付くだろう。

 

 かつてのユウキが、そうであったように。

 

 だからでこそ、意識を取り戻させるために手段は選ばない。

 

「……いい加減に起きろよ……」

 

 ユウキは、右前足で信也の肩を掴みながら。

 

「この、馬鹿野朗ッ!!」

 

 左前足の、爪の無い部分で信也の頬を叩いた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ベアモンとエレキモンと泉は、戦っていた。

 

 アルダモン――――否、それを含めてユノモンが生み出している、模造の幻と。

 

「くっ……!! よりにもよって、()()()その幻を生み出す!?」

 

 ベアモンがそう言いながら、エレキモンやフェアリモンと共に相手をしているのは。

 

「――――――!!!!!」

 

「……ったく!! アイツの暴れっぷりを再現するとか、ホントに勘弁してくんねぇかな……!!」

 

 ベアモンや(特に)エレキモンの記憶にも存在している、銀髪を生やした紅色の竜――深紅の魔竜(グラウモン)の幻。

 

 かつて、二人が敵わなかったフライモンを一撃で撃墜し、その直後にベアモンの命を救う足掛かりとなってくれた、記憶に新しい仲間の進化した姿。

 

 味方としては恐ろしさの中に頼もしさすら感じさせたその竜が、敵として全力をもって潰しに掛かって来ている事実に、幻と分かった上でも二人は恐怖しか感じられない。

 

 グラウモンの幻が勢いよく一歩を踏み出しながら尻尾で薙ぎ払おうとするのを見て、ベアモンとエレキモンは後方に下がり、フェアリモンは上方へ浮遊する事で回避を決行したが、グラウモンの幻は尻尾による回転攻撃の最中でありながらも、右肘から突出している刃物状の部位に青光りする電子(プラズマ)を纏わせていた。

 

「プラズマブレイド!!」

 

 一閃。

 

 右肘の刃に生じていた電子(プラズマ)が、あらゆる物質を両断する飛び道具と化して放出される。

 

「ブレッザ・ペタロ!!」

 

 それに対してフェアリモンは両手の指から真空の刃――カマイタチを形成させ、左手の五本だけを横凪ぎに振るう。

 

 高速で放たれた電子の刃は、真空の刃に阻まれると共にその形状を維持し続ける事が出来ずに霧散する。

 

 まだ振るわれていなかった右手のカマイタチで一本の太い真空の剣を形成すると、それをフェアリモンはグラウモンの幻に対して振り下ろす。

 

 幻だと分かっている以上、加減なんて微塵も無かった。

 

「てええぇぇぇい!!」

 

 気合いの入った声と共に振るわれた剣は、グラウモンの幻を左肩から斜めに切り裂いた。

 

 だが、流石にそれだけでは倒せない。

 

 何より、幻である以上は何度でも復活するため、叩くべきは創造者のユノモンなのだ。

 

 このままグラウモンの幻だけに付き合っていては、元凶である敵を倒す事なんて出来ない。

 

 しかしこの場には、一撃でユノモンに大ダメージを与えられる可能性が高かった信也や、ユウキの姿が無い。

 

 戦いを終わらせるための決定打が不足している。

 

 ならば、と思った所で。

 

「先に言っておきますが」

 

 ユノモンが、別人の借り物でもない本来の声で言う。

 

「既にこの辺り一帯の空間には幻術を施しています。助けを呼ぶために城に戻る事は出来ませんし、外部から事態に気付いて入り込もうとする事も出来ません。……精々(せいぜい)、自滅するまで精いっぱいの悪足搔きを」

 

「……くそっ、事実的に檻の中に閉じ込められたも当然って事かよ」

 

 幻を作る能力を知った時点で、この可能性が予想出来ていなかったわけでは無いが、状況が絶望的である現実を敵から突き付けられた事に対して、不快感を露にエレキモンは吐き捨てる。

 

 この状況で頼れるのは、同じく幻の檻の中に閉じ込められた仲間のみ。

 

 だが、それを探しに往くという事は。

 

(……ベアモンや泉に割り振られる危険の比率が増える事になる……)

 

 エレキモンにはそれが、彼等の事を『見捨てる』のと同義の行動に思えた。

 

 ユウキが向かった方向は記憶しているが、ユノモンが幻で見当違いの方向へ向かわせる可能性だってある。

 

 そうなれば、エレキモンがユウキと信也の事を探しに行くのは、無駄な行動にしかならない。

 

「……エレキモン、フェアリモン」

 

 そんな事を考えていた時、ベアモンがユノモンに目を向けたまま、エレキモンとフェアリモンに声を掛けてきた。

 

「ユウキと信也を探してきて。ここは僕が何とかしてみせるから」

 

「……何を言ってんだ。ユノモンだけじゃなく、グラウモンの事だって相手にするんだぞ。お前だけじゃ対等どころかマトモに戦う事さえ出来ないだろ」

 

「それでも、このまま三人で戦っただけじゃ打開策が無いよ。あの二人がまた加わるだけでも、流れは変わるはずだから……」

 

「…………っ」

 

 恐らく、ベアモン自身もこの状況が絶望的である事を理解していながら、何とかポジティブ思考で冷静さを維持しているつもりなのだろう。

 

 エレキモンだって、ユウキや信也が居なければこの状況を打破出来ない事ぐらい、分かっていた。

 

 泉も、その言葉には()()()()納得していた。

 

「……お願いだよ。探してきて。もうこれ以外に方法が見当たらないんだ……!!」

 

「……クソッ!!」

 

 その願いに、エレキモンは苦渋の決断を下すしか無かった。

 

 爆発に吹き飛ばされた信也をユウキが探しに向かった方へ、四つの足で脱兎のように駆け出す。

 

 しかし、フェアリモンだけはベアモンの言葉を聞いた上で残っていた。

 

「……どうして留まったの?」

 

「どうしても何も、ね。貴方も信也と同じで無茶をしてるようだし、ほっとけなかったからかな」

 

「無茶なのは分かってる上で言ったんだよ。別世界の住人である僕より、仲間であるシンヤを助けに向かった方がいいんじゃないの?」

 

「その別世界の住人であるユウキだって、信也の事を心配して一番最初に向かってくれたでしょ? それに、一人じゃ時間稼ぎも出来ないわよ。無茶はしないで」

 

 言われて、浅い溜め息を吐くベアモンだが、結果的に助かったと安堵していた。

 

 だが、そのやり取りを見ていたアルダモンは、小馬鹿にするように言う。

 

「お前達とは相手にしているだけ時間の無駄だな」

 

 やはり、本来の神原拓也の性格を考えれば、仲間に対して出てくるはずの無い言葉だった。

 

 アルダモンの幻は泉もよく知る人間の声でそう言うと、獲物を追い詰めるようにエレキモンの進行方向へ歩を進める。

 

 ベアモンがそれを阻止するために動こうとするが、グラウモンの幻がそれを阻む。

 

 手間取っている間に、アルダモンの幻が茂みの奥へと進んでいく。

 

「くっ……」

 

 ユノモンは、複数の幻を同時に動かす事が出来るらしい。

 

 それに『どうやって』実体を与えているのかまでは分からないが、厄介な事この上無い。

 

 せめてグラウモンに対抗するため、ベアモンは全身に力を込めながら吠える。

 

「ベアモン、進化――――ッ!!」

 

 宣言を切っ掛けに感情が一方向に集中され、ベアモンの体から青色のエネルギーが放出されると、それが繭の形を成して全身を包み込む。

 

 その中で体表の皮膚(テクスチャー)を剥がされ、その後に骨格(ワイヤーフレーム)情報(データ)を子熊の幼い体から更に成熟した逞しいものへと上書きさせ、その肉体に見合った皮膚(テクスチャー)が改めて貼り付けられる。

 

 その光景にユノモンはそれなりの興味を抱いたのか、ユウキや信也に向けていたのと同じ目を向ける。

 

「グリズモン!!」

 

 そして、繭を内側から打ち砕きながら、成長期(ベアモン)の進化した姿である成熟期(グリズモン)がその姿を現すと、グラウモンの幻は自身の右前足を瓦割りの要領で標的へと振り下ろす。

 

「その程度……!!」

 

 体格(サイズ)だけを見れば、グリズモンの方がグラウモンと比べると少し小さい。

 

 だが、そうでありながらも、グリズモンはその腕力で振り下ろされた右前足を自身の左前足で掴んで受け止め、続く左前足の一撃も右前足で掴んで受け止めた。

 

 互いに両手を使えない状況になり、グラウモンの幻は口の中に炎を溜め始める。

 

 グラウモンの必殺技――エギゾーストフレイムが放たれる前兆だ。

 

「フェアリモン!!」

 

「分かっているわ!!」

 

 それに気付いたグリズモンが声を上げて合図する前に、フェアリモンは上方に浮き上がっていた。

 

 そして、今まさに炎を放とうとするグラウモンの上顎に降下の勢いも合わさった踵落としを食らわせるのと同時、今度はグリズモンが掴んでいたグラウモンの両前足を放し、顎の下から突き上げるように拳を振り上げる。

 

 上下から来る重い打撃の威力で口を閉じさせられ、放たれようとした爆炎が口内で爆発し、鼻と口から火の粉の混じった黒い煙を咳き込むグラウモンの幻。

 

 生じた隙を見逃さず、グリズモンは腰を低く落としてから拳を真っ直ぐに放つ。

 

樋熊(ひぐま)正拳(せいけん)()きィ!!」

 

 成熟した熊の一撃がグラウモンの幻の腹部に突き刺さり、その威力にグラウモンの巨体が後方へ吹き飛び倒れる。

 

 手応えはあったはずだ。

 

 しかし、グラウモンの幻は消えない。

 

 幻だから、体力や疲れの概念が無いのだろうかと思った時、いつの間にか二人の背後に現れていたユノモンが口を開く。

 

「……ふむ。生まれた世界の違いで電脳核(デジコア)の性質も大きく異なるのですね。これまでの『異世界の住人』といい、いつ見ても『進化』とは興味深いです」

 

「……お前は情報を蓄積し続ける存在だと言っていたな。『人間』の事を、何処まで知っているんだ」

 

「貴方よりは、とだけ。言っても理解は出来そうにありませんしね」

 

 言われて、少々苛立ちを感じながらもグリズモンが更に問う。

 

「何でユウキを狙うんだ。別世界の住人である事を知っているのなら、ユウキが『デジモンに成った理由』を知るために『こちら側』の世界での情報を必要とする事ぐらい、分かっているはずなのに」

 

「確かにそうかもしれませんね。ですが、その答えが紅炎勇輝自身にあるのだとすれば、本人の事だけでも調査すれば『何か』が見えるでしょう。そこだけは確信出来ます」

 

 確かに、ユノモンの言う通りだった。

 

 ユウキが『デジモンに成った理由』は、そもそも『外』にあるのか『内』にあるのかさえ分かっていない。

 

 ユノモンが彼自身の事を調べ上げれば、少なくともそのどちらかである事は確定付ける事が出来る。

 

 だけど。

 

「……それで、信用しろって言うのは無理な話でしょ。信也を拓也の幻まで使って誘き寄せたりして、話をしたいだけと言いながら行いに関して謝りの一つも無いってどういう事なのよ」

 

「それは確かに、私も酷なことをしたと思っています。しかし私は私の為すべき事をしたのみ。謝罪などする必要がありません」

 

 一片の曇りさえ見えない、真っ直ぐな言葉だった。

 

 自分のやるべき事を分かっている故に、自分が間違った事をしてはいないという確信を持った目だった。

 

 神だから、という以前に、そこには確固たる意志があるように見えた。

 

 グリズモンでも、このユノモンというデジモンが『強い』事ぐらいは理解出来た。

 

 だけど。

 

「……だったらどうして、その力を『そんな事』にしか使えないんだ!!」

 

「『そんな事』?」

 

「それだけの凄い力があるのなら、どうしてこんな子供達に牙を剥くんだ!? 目的があるとしても、自分達のやっている事がどれだけ酷い事なのかって事ぐらい、分かっているはずなのに……ッ!!」

 

 詳しい事情も分からないが、罪も無い子供を襲ってまで達成すべき目的なんて想像出来なかった。

 

 何より、このデジモンが俗に言う『悪』のデジモンに見えない事もあった。

 

 ここまでの力を持ちながら、それだけの知識を保有していながら、何故このような行いに加担しているのか、グリズモンには分からなかった。

 

「そんな疑問ですか……」

 

 必死の呼び掛けに対して返って来たのは変わらぬ視線と、まるで馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりの声。

 

「まぁ、あなたは別世界の住人ですからね。説明を受けていないのなら知らなくて当然でしょう」

 

「何……?」

 

「自分の行いに自身を持つ者に、過程への言い訳など不要。あなたの言う『そんな事』が、私達にとってはこれ以上も無いほどに重要な目的に至るための過程でしか無い。達成出来るか出来ないかで、私を含めた『オリンポス十二神』の統治する方の世界と、そこに生きるデジモン達の生死が変わるぐらいにはデリケートな問題なのですよ」

 

 その言葉に。

 

 グリズモンは、何も返せなかった。

 

 ユノモンから聞くまで『オリンポス十二神』側の事情を知らなかった事もある。

 

 だが、何よりも、突然に語られた世界規模の問題に、思考が付いていけなかったのだ。

 

 思わず、フェアリモンの方を向く。

 

 その表情を見ただけでも、ユノモンの言っていた事が本当である事を理解出来てしまった。

 

「自分達の世界を守るためならば、手段を選ばぬのが統治者たる者の務めです」

 

 言っている事は明らかに重要なのにも関わらず、ユノモンの口調には一切の変化も見られない。

 

 このような事は為すべき事の再確認をするための作業でしか無い、とでも言わんばかりに。

 

「さて、この話はもういいでしょう」

 

 ユノモンは話題を締めると興味でも失ったのか、グリズモンとフェアリモンに背を向けその場から立ち去り始める。

 

「!! 待ちなさい!!」

 

 それを追いかけようとフェアリモンが空中からユノモンを狙おうとしたが、ユノモンの体は霧に溶け込むような形で消え、場にはグリズモンとフェアリモンとグラウモンの幻だけが残った。

 

 どうやら、最初から本体は別の場所へ移動していて、二人と会話していたのはユノモン自身の幻だったらしい。

 

「………………」

 

 嘘だと信じられれば、どんなに良かっただろう。

 

 だが、あそこまで当然のように語られた内容が嘘とは思えず、内容に含まれた重圧に押されてしまう。

 

 戦意が、揺らぐ。

 

 ユウキやエレキモンは守りたい。

 

 この世界で見知った『人間』達も守りたい。

 

 だが、その過程で別の世界が滅びると考えてしまうと。

 

 それが本当に正しい行いなのか、分からなくなって迷いが生じてしまう。

 

「グリズモン」

 

 自分の姿を保っている『感情』の柱が倒れそうになった時、隣からフェアリモンの声が聞こえた。

 

「もし、自分の行いが正しくないなんて思ってるのなら、それは絶対に違うわよ」

 

「………………」

 

「その姿はユウキやエレキモンを助けたくて成った姿なんでしょ? そりゃあ、いきなり世界の命運とか聞いたら、普通に困惑するとは思うけど。それでもあなたが『助けたい』と思う事は、決して間違った事なんかじゃない」

 

「……そうなのか?」

 

「そうよ。きっと、あなたは優しすぎるから、自分を取り巻いている輪の外まで気にしてしまってるんでしょ?」

 

 的を射るような言葉だった。

 

 否定する事なんて出来ないグリズモンに、続けてフェアリモンは言う。

 

「何を優先させるかなんて自分で考えるべき事だけど、この状況だからあえて言うわよ。あなたが優先するべきなのはこの『十闘士の世界』でも『十二神族の世界』でも無い。あなた自身が『助けたい』って思った相手を助ける事のはずよ」

 

「………………」

 

 その言葉を聞いて、グリズモンは思わず溜め息を吐いていた。

 

 世界なんてスケールの大きなキーワードを聞いただけで、自分の為すべき事を忘れていた事について、思わず馬鹿らしく思ったのだ。

 

「……柄にも無く、難しいことを考え過ぎてたみたいだ。ありがとう」

 

「どうしたしまして」

 

 互いにそう言いながら、起き上がってくるグラウモンの幻と相対する。

 

 ユウキとエレキモン、そして信也を助けに行くためにも、こんな所で立ち往生はしていられない。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 頬に一撃を見舞った結果、信也は目を開けたが同時に突き飛ばされた。

 

 どうやら、赤色という共通点から自身を吹き飛ばしたアルダモンの事を想起してしまったらしい。

 

「しっかりしろ!!」

 

 ユウキが信也の肩を掴むと、ようやく彼の姿を正しく認識してくれたらしい。

 

 意識が戻ったという事実から冷静になり、ユウキは『ふぅ』と一息吐いてから言った。

 

「だから言ったんだ。危険だって」

 

「……結局幻に騙されるからか?」

 

 馬鹿にされたように思われたのか、子供がそっぽを向いた時のような口調でそう言ったので、言葉の理由を説明する。

 

「違う。その、俺にも上手く言えないけど……一人で行こうとしたからだ」

 

「ユウキも、俺が弱いって言いたいのかよ」

 

 そう言って、信也は顔を伏せる。

 

 ユウキには、信也が何を思ってそんな言葉を漏らしたのか分からない。

 

 ただ、その姿にかつての自分を思い出し、ぽつりと言った。

 

「俺には、信也が弱いなんて言えない。そんな事言ったら全部自分に跳ね返ってくるからな」

 

 デジモンに成ってから僅か数日の間、ユウキは単独ではまともに戦うどころか生活する事さえ出来なかった。

 

 海で救われた時だって、フライモンと突然の遭遇をした時だって、モノクロモンの急襲された時だって、ウッドモンと戦った時だって、彼一人では確実に命を失っていた。

 

 いくら特別な存在だろうが、今の能力はちっぽけな物でしか無い。

 

 それは肉体的な面でも言える事であり、精神的な面でも言える事だ。

 

「俺はデジモンになったばかりで、戦いどころか日常生活も一人じゃやっていけない。ベアモンとエレキモンに頼ったり守ってもらったり、そんな状態だ」

 

「……つまり、足手まとい?」

 

「ハッキリ言うなよ。まぁ、エレキモン達にも同じ事言われたけど。でもさ、そんな俺にベアモンは一緒に『チーム』を組もうって言ってくれた。一緒に強くなろうって」

 

 挑戦者たち(チャレンジャーズ)

 

 その名が示すのは、どんな困難にも立ち向かい道を切り開くという意味。

 

 それも、一人ではなく仲間と共に。

 

「今はダブルスピリットできなくても、仲間と一緒に戦っていれば、強くなれるのか」

 

「多分な。今言ったのはほとんどベアモンの受け売りだし、俺もそうだったらいいなって思ってるだけだ」

 

 自分自身の言葉ではなく仲間の言葉であるため、ユウキは言った後に思わず自嘲気味に笑っていた。

 

 仲間と一緒なら乗り越えられる。

 

 そう信じている限り、心は折られない。

 

「確かにな。……じゃあ、俺もそう思っとく」

 

 信也が顔を上げ、ユウキも笑顔になった、そんな時だった。

 

 

 

 

 

「感動的シーンの最中悪いが、そろそろいいか?」

 

 声のした方向に首だけ向けてみると、そこには若干冷えた視線を向けるエレキモンの姿が。

 

 嫌な予感を感じたのか、ユウキはエレキモンに向き直った。

 

「エレキモン!! いつからいたんだよ!!」

 

 そして、額から汗を流しながら問う。

 

 エレキモンは適当な感じに回答する。

 

「まぁ、割と最初から」

 

「……ッ!! 色々と聞かれたら恥ずかしい事口走ってた気がするんだが」

 

「いや、むしろ笑いこらえるのに必死だった。心配するな」

 

「笑ってたのかよ!?」

 

「お前の気持ちは腹が痛くなるほどよーく分かった」

 

 なんと、ユウキと信也の会話は事実上の公開処刑状態となっていたらしい。

 

 ユウキの驚きと若干の怒りを込めたシャウトを軽く流すエレキモンだったが、その一方で何やら息が上がっているように見えた。

 

「戦闘は」

 

 信也が短く問うと、エレキモンは表情を引き締める。

 

「悔しいがやられっぱなしだ。ユノモンやデジモンの幻のせいで、こっちの攻撃が全く通らねぇ。助けを呼ぼうにも、城に戻れない。この辺一帯がユノモンの幻に包まれているらしい」

 

「つまり、俺達だけで戦うしかないって事か?」

 

「そうみたいだ……!?」

 

 エレキモンが言い終わる前に、その背後から木の軋み折れる音が聞こえた。

 

 音のした方を向くと、アルダモンの幻が追い着いてきて三人を見下ろしているのが見えた。

 

「ここにいたのか」

 

 神原拓也の声で、アルダモンの幻は呟く。

 

「信也やユウキはともかく、()()()は邪魔だな」

 

 その手に、へし折った樹木という名の鋭利な武器が。

 

 大きく振り上げたその下には、緊張と恐怖で震えるエレキモンの姿が。

 

 信也が手元から離れ落ちていたデジヴァイスを拾うのも、ユウキが『進化』を発動するのも、どちらも間に合わない。

 

「…………るか……」

 

 串刺しにされ、無残な死を遂げる、ほんの少し前。

 

 エレキモンの九本の尻尾が逆立ち、その青い瞳が意思を込めてアルダモンを睨んだ。

 

 

 

 

 

「たかが幻のお前なんかに、俺達が負けるかあああああッ!!」

 

 瞬間、オレンジ色の電撃(スパーク)が放たれ、アルダモンの手にあった即席の武器を弾き返し、放たれた電撃が繭状になってそのままエレキモンを包み込んだ。




向こう側のコラボ回で、台詞の少なかった印象のあるベアモンとユノモンの話を書いた結果がこれだよ!!

そんなわけで、今回の話で戦闘回を終えられなかった最大の理由、加筆シーンである『グリズモン&フェアリモンVSグラウモンの幻』と『神の奪う「理由」』。いかがだったでしょうか?

コラボ編って事で、まだ彼等が背負うには早すぎる『世界』規模の問題に直面した上で、『別世界の命運』と『友達や仲間の命』を天秤にかけ、『友達や仲間の命』を救う一方で『別世界の命運』を見捨てるのは正しい事なのか、という疑念をグリズモン(アルス)に抱かせてみました。

ぶっちゃけ第一章段階の彼に背負わせるには重過ぎる問題なので、ちょっと消化し切れていない感じですが、本編の中でもこのような疑問を彼等は抱く事になるでしょう。

今回の話を見ての通り、本編の中でベアモンは『……もし仮に、ユウキをデジモンに変えてこの世界に送り込んだ奴が、下らない理由で僕の友達を巻き込み、傷付けたら……その時は……ぶっ潰してやる』なんて台詞を漏らしているわけなのですが、この言葉は相手が『悪』である事を前提としていないと言えないんですよね。

もし少しでも『善』の部分を聞いて、それに『仕方無い』と思えなくなるほどの同情を覚えてしまったら、それだけで戦う力が半減してしまう程度の覚悟の言葉だったわけです。

今回の話の場合は『友達(ユウキとエレキモン等)』を守るためという動機で戦っていたわけですが、ユノモンの「私を含めた『オリンポス十二神』の統治する方の世界と、そこに生きるデジモン達の生死が変わるぐらいにはデリケートな問題」という言葉を聞いて、彼女の言う『オリンポス十二神が統治する世界のデジモン達の命』の事を考えてしまい、戦い邪魔をする事で生じる『奪ってしまう可能性』に戦意を折られそうになりました。

泉(フェアリモン)の言葉でギリギリ復帰出来ましたが、本編でも彼の善性は何度もこのような形で壁になってくるでしょう。

……まぁ、クネモン戦でのアクションとか、かなりエグい事をしてる面もあるのですが。

では、次回もお楽しみに。次の話で戦闘回は終わらせてみせます。


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異世界にて――『ぶつかり合う本物の炎と偽者の炎』

現在コラボってるお方とは別のお方が待機してるから急ぐつもりでいたけれど現実では思いっきりサボってました←←

 だって……Pixivの『企画』の進行だけならまだしもスマブラ3DSの発売日まであったんですよ。そんなの逆らえるわけが無いじゃないですか!!←←

 そんなこんなで大分遅れてしまいましたが、ようやくユノモン戦が終了となります。

 9時頃、違和感を感じた点を修正いたしました。


◆ ◆ ◆ ◆

 

「進化、なのか?」

 

 ――――エレキモン、進化…………。

 

 目の前で行われる『進化』の様子に、互いに違う世界の住人である信也が呟くと同時に、オレンジ色の電子によって形成されていた繭は破られた。

 

 内部から現れるのは白い羽毛に包まれ、頭部に薄黒いトサカを生やし、上顎が黄色を伴いながら硬化していき嘴となった、赤色の瞳を持つ巨鳥型のデジモン。

 

 彼はその四つの爪が生えた足で地面を踏み締め、頭を持ち上げ新たな自身の存在を肯定する。

 

「コカトリモン!!」

 

 その姿はユウキと信也の姿を覆い隠すほどに大きく、目の前に存在するアルダモンの幻に匹敵する三メートル近くはあるだろう大きさを誇っていた。

 

 ユウキと、当然ながら信也はエレキモンが進化する光景を見るのが初めてだったりしたので、思わず驚愕をそのまま顔に出した。

 

 そして、ユウキと信也はそれぞれ率直な感想を述べた。

 

「エレキモンが進化した!?」

 

「すげえ……でっかいニワトリ……」

 

 二人が目の前の出来事に驚いている一方で、アルダモンの幻は突然の変化にも一切焦る事も無いまま距離を取り、両腕に装着されている兵器――ルードリー・タルパナを展開し、そこから超が付くほどに高熱の球を高速で放とうとする。

 

 一方でコカトリモンは、近くに生えていた樹木の枝に噛み付き、そこから緑の葉を根こそぎ取った。

 

 それに構わず、アルダモンは技を放つ。

 

「ブラフマストラ」

 

 まるで、炎そのものを機関銃で連射しているような攻撃だった。

 

 対してコカトリモンは一度目を閉じ、開けると共にその赤い瞳を妖しい緑色に変え、同じく技を放つ。

 

「ペトラファイアー!!」

 

 光線、と言ってもいいような形で熱気が緑の色を伴って放たれる。

 

 射線上に存在していた緑は全て石のような灰色に変貌し、炎の弾丸は熱気と衝突した結果、コカトリモン達の所へ辿り着く前に霧散した。

 

 そして残った炎も、石と同等の性質に成った灰色の葉に遮られ、共に蒸発した。

 

 その結果に、アルダモンの幻は不機嫌そうに目を細める。

 

 ……本来のアルダモンが放つ熱量ならば、コカトリモンの使った手は通用する事も無かっただろう。

 

 しかし、所詮このアルダモンは『そのもの』では無く情報から再現したのみの幻に過ぎない。

 

 本来の力をそのまま再現出来ているわけが無いのだ。

 

 つまり。

 

(……俺達にも勝機はある!!)

 

 恐れを振り切るように内心でプラス思考へと切り替え、ユウキは戦う意思を取り戻す。

 

 この絶望的な状況において、アルダモンの幻に対抗し得るコカトリモンの存在は、勝機と言う名の希望を生み出してくれている。

 

 そして、生まれた希望は連鎖反応を引き起こす。

 

「いけるか?」

 

「ああ!!」

 

 ユウキの差し伸べた前足を掴み、離れ落ちていたデジヴァイスを拾った信也が立ち上がる。

 

 その瞳には燃えるような闘士が再び宿り、その手には三重のバーコード状のデータが浮かび上がる。

 

 アグニモンへと『進化』した時と同じように、彼はそれをデジヴァイスへと擦り合わせ、再び宣言する。

 

「スピリット・エボリューション!!」

 

 信也の全身を大量のバーコードが覆い隠し、その内部で『人間』という存在の表面に『デジモン』としての情報が新たに貼り付けられていく。

 

 進化しようとしているデジモンの力が凄まじいのか、獣の唸り声のような物が聞こえると、ガス抜きのように炎が排出されると共に内部から信也という『人間』だった『デジモン』が現れた。

 

 その全身各部には赤と金の色彩が目立つ鎧が装着されて有り、頭部には恐竜型を想起させる銀色の兜が装備されていて、両腕には目前に見えるアルダモンの両腕の武装と同じ物が存在しており、腰からは太く鈍器にもなり得る尻尾が生えている。

 

 それは、神話に登場する雷神の仇敵とされる火竜の名を継いだ存在だった。

 

「ヴリトラモン!!」

 

 全身から溢れ出るほどの熱気を放ちながら現れた信也だったデジモン――ヴリトラモンは、姿を現すと共に両腕の『ルードリー・タルパナ』を半回転、槍状に展開しながらアルダモンへ突撃。

 

 同じ形の、それでありながらデータ量は大きく異なる互いの武器がぶつかり合い、金属音を周囲に撒き散らす。

 

 火竜(ヴリトラモン)半人火竜(アルダモン)の幻が、力任せに鍔競り合いながらも視線を向け合う。

 

「同じ武器を使っていても、ビーストスピリットとダブルスピリットではエネルギー量が違う。単純な力攻めでは勝てるわけがない」

 

 そう言うアルダモンの力が増し、歴然たる差を現すようにヴリトラモンの体を押そうとする。

 

 確かにアルダモン――否、アルダモンの幻を創り出したユノモンの言う事は理に適った言葉ではある。

 

 ただし。

 

「それは、お前が()()()兄貴だったらの話だ!! 俺は、偽物(おまえなんか)に負けるほど弱くない!!」

 

 ヴリトラモンが歯を食いしばり、後方に押し出されていた足を屈せぬ意思で踏ん張る。

 

 すると、特別な理屈など何も無いにも関わらず、単なる馬力が徐々にアルダモンを押し返し始めた。

 

「そんな――スピリット単体でここまで戦えるはずは」

 

 これには流石に驚愕を露にしたのか、初めてアルダモンの幻が目を見開いた。

 

 その動揺を突き崩すように、ヴリトラモンが更に力を込める。

 

「うりゃああ!!」

 

 気合いの入った声と共に、ヴリトラモンの体重が乗った一撃がアルダモンを弾き飛ばす。

 

 アルダモンは冷静に着地したが、よほど効いたのか体勢が崩れている。

 

 即座にヴリトラモンは飛び退き、後方の頼れる仲間へ叫んだ。

 

「コカトリモン!!」

 

 名を呼ばれる前から、コカトリモンは既に必殺技の体勢に入っていた。

 

 その理由は単純で、アルダモンに打ち勝ったヴリトラモンと同じく何の複雑な理屈も無い。

 

 彼はただ、ヴリトラモンがアルダモンに明確な『隙』を作り出してくれる事を信じていただけなのだ。

 

「ペトラファイアー!!」

 

 再び赤から緑へ転じたその瞳から妖しい熱線が放たれ、射線上に存在していたアルダモンの体が灰色の石に変わる。

 

 だが、石と化した体表がどんどん赤い熱を帯びていくのを見て、コカトリモンは自身の技だけでは倒しきれない事を悟った。

 

 ……そう、自分の技だけなら。

 

「させるか!!」

 

 言ってコカトリモンの背から飛び出すのは、これまで攻勢に出る事も出来なかった赤色の竜。

 

 彼はその右前爪を大きく振りかぶり、瓦割りのように上方からアルダモンの形をした岩へと振り下ろす。

 

 皮肉にも、その状況に合致した技の名を叫びながら。

 

「ロックブレイカー!!」

 

 渾身の一撃は炸裂し、石像へ頭上から大きなヒビを入れた。

 

 ヒビは衝撃と共に全身へと行き渡り、アルダモンの形を成していた石像はその場に崩れ落ちる。

 

 技を繰り出したユウキが着地した頃には、石像はそのままデータの粒子へ還元されて消失していた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「やったな」

 

 ヴリトラモンがそう言いながら親指を立てる。

 

 紛れも無い功労者なコカトリモンとユウキは、それぞれ肩を竦めたり顔を綻ばせたりした。

 

 だが、まだ問題は解決していない。

 

 幻の作成者であるユノモンを撃破しない限り、まだ安心は出来ない。

 

「……ん?」

 

 そんな事を考えていた時、ふとユウキの視線が地面に落ちた。

 

 そこには、灰色を帯びてはいるものの、紛れも無い孔雀の羽が砕けずに落ちていた。

 

「これ、ユノモンのだよな」

 

 若干の熱を有していたそれを拾い上げながらユウキは言い、ヴリトラモンに手渡す。

 

 ヴリトラモンは渡された孔雀の羽を手のひらで受け取ると、顕微鏡で微生物を観察するような形で覗き込んだ。

 

 数秒経ってから、口を開く。

 

「多分、俺や兄貴から入手した記憶を保存してあるんだ。これを核にして幻を作っていたんだろう」

 

 なるほど、とユウキは納得出来た。

 

 現実世界にも、そういった『情報を保存する』ための小さな道具は存在しているからだ。

 

 例えば、デジタルカメラに写し取った情報を保存するSDカードや、パソコンの情報保存容量を別途で拡張してくれるUSBメモリだったり、テレビゲームで遊んだ際の情報を記録するメモリーカードとか。

 

 情報によって形成される世界(デジタルワールド)だからでこそ、そういった技術は特別不思議だと思わなかった。

 

 ヴリトラモンが握り締めると、容易く灰色の羽は手の中で粉々になる。

 

 と、突然コカトリモンの体が輝き光を帯びると、風船から空気が抜けるように小さく成っていき、数秒するとコカトリモンの姿から元のエレキモンの姿に戻った。

 

 やはり『進化』を維持するだけでも疲労が激しかったのか、彼は地面にへたり込む。

 

「やっぱり『進化』はキツいな……限界だ」

 

「十分だ。分かれて動くのは危険だし、ベアモン達に合流しよう」

 

 そう言ってヴリトラモンはユウキとエレキモンを手に抱えると、夕日のようなオレンジ色の翼を広げて飛翔した。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 数分もしない内に、ヴリトラモンとそれに抱えられて来たユウキとエレキモンは、ユノモンと最初に遭遇した森の外れに到着した。

 

 しかし、何故か誰も居なかった。

 

 ユノモンどころか、ベアモンもフェアリモンに進化している泉も。

 

(…………まさか、ユノモンにやられたのか……?)

 

「ユウキ!!」

 

 思わず危惧するユウキの不安を砕くように、彼等から見て左側の茂みからベアモンが姿を現した。

 

 安堵し、ヴリトラモンの手の中から滑り降りてユウキはベアモンに声を掛ける。

 

 が、そんな時。

 

「ダメ!! それは幻よ!!」

 

 今度は彼等から見て右側から、フェアリモンでは無く人間としての泉が走ってきた。

 

 その言葉にユウキは思わず動きを止め、ベアモン(と思われる者)は泉に向かって身構えた。

 

 それぞれ現れた二人は、言葉をぶつけ合う。

 

「僕はさっき泉に動かないでって言って戻ってきたんだ。だからここにいる泉の方が偽物だよ!!」

 

「私だって、ベアモンと二手に分かれて信也達を探そうって言ったばかりよ!!」

 

 三人の視線がベアモンと泉の姿を行き来する。

 

 どちらかは確実に偽者だと分かっていても、声と見た目は現実感を帯びていたからだ。

 

 それどころか、気配すらも。

 

 故にユウキにもエレキモンにも、どちらが偽者かなんて直ぐに判別する事は出来なかった。

 

 ただ一人、ヴリトラモン――『火』の闘士だけは、二人と違って深呼吸をした後に目を閉じていた。

 

 まるで、何かを感じ取ろうとしているように。

 

 そして。

 

「本物はそこだ!!」

 

 その目がカッと開かれると共に、ヴリトラモンは両腕の『ルードリー・タルパナ』から熱線を放った。

 

 放たれた熱線は真っ直ぐな軌道を通りながら、ベアモンと泉の間を通り抜け――――何も無いはずの虚空に着弾した。

 

 同時、女性の呻き声のような物が聞こえると、辺りの景色が丸ごと一変した。

 

 ベアモンと泉の姿は霧が掃われるように消え失せ、居た場所にはそれぞれ一つの羽が舞い落ちる。

 

 ヴリトラモンの放った熱線の着弾した地点には、激痛の走る鳩尾を手で押さえるユノモンの姿が現れた。

 

 根本的な部分が露見し、思わずユウキは吐き捨てるように言った。

 

「……ベアモンも泉も、両方幻だったわけか」

 

 言葉に、唯一ユノモンの居場所を見破ったヴリトラモンは頷く。

 

「二人には体温を感じなかった。その代わり、誰もいない場所に熱を感じた」

 

 それは、間違い無く『火』の闘士である彼にしか出来なかった事だろう。

 

 科学的に熱源を『色』で視ているわけでも無く、ただ純粋に周囲に存在する熱の源の位置を正確に感じ取る事など。

 

 ユノモンは痛みに耐えながら、それでも微笑んだ。

 

「私の『リリウム・カンディディウム』を破るとは、流石です。神原信也……あなたは私の予想を超える成長ぶりを見せている……」

 

 その言葉と共に、ユノモンのすぐ横側の空間が歪む。

 

(アイツ……ッ!! 逃げる気か!?)

 

 気付いたユウキが駆け出そうとするが、距離から見てもユノモンが歪みの中へ入る方が早い。

 

 その時、一陣の風が吹いた。

 

「子熊正拳突き!!」

 

 明らかに自然の物とは違う『何か』の力が働いた風に乗って来たのは、灰色の体毛を持つ子熊――ベアモン。

 

 彼は追い風に吹かれた勢いのままに、右拳の一撃をユノモンに対して見舞い、その体を傾かせる事で歪みへの侵入を阻止する。

 

 そんなベアモンの後から続くように、今度は紫色の防具がある妖精――フェアリモンが飛んでくる。

 

「おまたせ」

 

 彼女はユノモンに対して渾身の一撃を放ったベアモンの腕を掴むと、即座に飛んで離れる。

 

 逃げるというより、巻き込まれないように退いた事を理解したヴリトラモンはフェアリモンに向けて一度だけ笑顔を見せると、全身を燃焼させる事で鎧の隙間から炎を放出しながら跳躍した。

 

 そして、彼は自身の『必殺技』の名を強く言う。

 

「フレイムストーム!!」

 

 翼の羽ばたきと共に、その名が意味を指すような炎の竜巻がユノモンに喰らい付く。

 

 熱風が吹き荒れ、夜の森をざわめかせた。

 

 竜巻が収まると、そこには一同の目の前で一本のバーコード状のデータを円の形で浮かび上がらせるユノモンの姿があった。

 

 こちらの世界(デジタルワールド)において、それは死の直前と同義としても過言では無い現象だった。

 

 まるで、遺言のようにユノモンは口を開く。

 

 予想も出来ない力に対する負け惜しみか、はたまた命請いでもするのかとユウキは思ったが、その予想は大きく外れていた。

 

 

「……やはり私は、あなたの成長を最後まで見る事ができない。情報から導き出された予想通りです」

 

 

 予想通り。

 

 その四文字の言葉が指す意味に、少しの間ユウキにもベアモンにも、当然エレキモンにも疑問を抱く事しか出来なかった。

 

 名指しの言葉だったからか、いち早くそれに気付いたヴリトラモン――信也が信じられないように言った。

 

「お前、最初から倒されることが分かってて来たって言うのか!?」

 

 その事実には、当のユノモン以外の全員が驚きを隠せず。

 

 特に、ベアモンの動揺は最も大きかった。

 

「あなたの力を伸ばし、その情報を収集するのが私の役目……」

 

 言いながらユノモンは、自身の周りに存在していたバーコード状のデータに手をかけた。

 

 悲鳴のような高い声を張り上げるその光景には、まるで自分の心臓を『何か』に捧げているような印象を受ける。

 

「我が伴侶ユピテルモンよ!! この(からだ)情報(データ)に代え、あなたの元に送ります!!」

 

 まるで、一匹の蛇のようにバーコード状のデータが勝手に動き出し、空間の歪みへと吸い込まれていく。

 

 同時に、情報の抜け殻となったユノモンの肉体が足元から消失していく。

 

 目の前の『死』の光景に、ユウキもベアモンもエレキモンも何も口に出す事が出来ない。

 

「待て!!」

 

 単純な『死』だけしか残させないために、動いたのは信也だった。

 

 彼の持つ情報端末こと『デジヴァイス』には、一定以上のダメージを負ったデジモンから生じるバーコード状のデータを読み取り『浄化』する機能が備わっている。

 

 今すぐ使えば、まだ悲しいだけの結末は回避出来るはずだ。

 

 使うためには、現在成っている『(ヴリトラモン)』の姿から『人型(アグニモン)』の姿へ切り替える必要があるのだが、まだ間に合える。

 

 そう、ユウキが思った時だった。

 

 

 

 ――――!!!!!

 

 

 

 ノイズのような悲鳴のような何かが、ユウキの頭の中に響いた。

 

「…………ぇ…………」

 

 疑問を覚えるよりも先に、唐突な変化があった。

 

 ヴリトラモンの体が、前方に向けて力無く倒れ込みだした。

 

「ッ……!! 信也ぁっ!!」

 

「信也!?」

 

 いち早く気付いたユウキがヴリトラモンの体を受け止めたが、その表情は明らかに苦痛を帯びた物だった。

 

 その体に外見上の損傷が見えないのに、それはまるで、刃物で肌を深く切ってしまった時の鋭い痛みに耐えてでもいるように見えた。

 

 その痛みを最も味わっているのであろうヴリトラモンの体を構成するバーコード状のデータが、あたかも剥がれると、ヴリトラモンの居た場所には人間の姿に戻った信也の姿があった。

 

「……今のは……」

 

 自分でも原因が分かっていないのか、疑問そのものな声調で呟く信也。

 

 彼がどうにか立ち上がると、もう既に肉体を下から半分以上も失ったユノモンが語りかける。

 

「神原信也、あなたは先天的な才能に恵まれている。しかし、じきにそれがあなたの心を切り裂くのです」

 

「どういう意味だ!!」

 

 言葉の中に含まれた意味が理解出来ない。

 

 信也にも、当然ユウキやベアモン達にも。

 

 ユノモンはその言葉に答える事も無いまま、笑みだけを深くする。

 

「これは予想や予言ではありません。情報から導かれた、100パーセント起こる事実――」

 

 自分以外にまだ理解の追い着く事の無いその言葉を最後に。

 

 常に微笑みを絶やす事の無かった顔の全てが消え、この世界からユノモンは消失する。

 

 そして、ユノモン自身から浮かび上がっていたバーコード状のデータは、その場から痕跡一つも残さず空間の歪みと共に綺麗さっぱり無くなっていた。

 

 ユノモンの最後に遺した言葉に、信也は呆然とする事しか出来ない。

 

(……さっきのは……いや、今はそんな分からない事を考えるよりも……)

 

 そしてユウキも、別の理由で想う事があったが、すぐに思考を切り替えた。

 

「……とにかく、今は城に戻らないか?」

 

 言葉に賛成するように、重い雰囲気を振り払ってベアモンも明るい声を張り上げる。

 

「そうだね!! 僕の知らない間に色々あったみたいだし?」

 

「おい、事情聴取は明日にしてくれよ? 無茶苦茶疲れてるんだから……」

 

 ベアモンの興味津々な視線にエレキモンはぐったりとした声だけを漏らし、地面にのびる。

 

「さ、みんなも心配してるだろうし戻りましょう!!」

 

 泉が笑顔を見せながら信也の肩を叩く。

 

 それを合図に一同はこの場所に来るまでの道を戻り、水晶で構築された城へと歩き出す。

 

 誰も、ユノモンの言葉に触れたりはしないまま。

 

 夜中の風は、涼しいというより何処か寒気を感じさせていて。

 

 ユウキには、どうしても不吉な予感を拭えずにいた。

 

 

 

 




 ◆ ◆ ◆ ◆


  自分で書いていると結構加筆出来る所が多かったりして、色々と試してみたら予想以上の文字数になったでござるの巻。今回はオリジナルシーンとか全然無いに等しい回でしたが、いかがだったでしょうか?

 色々とツッコミたい所もあるのだとは想うのですが、ちゃんとした理屈が入っているのでご安心を。説明はネタバレ防止の事も考えてアメーバブログの方で描写するつもりなのですが……ん~、どうするべきか。

 というか今回の話でベアモンとフェアリモンがグラウモンの幻を倒すシーンを入れようかなとかも思いましたが。

 幻を撃破する→次の幻が襲ってくる!!→それも撃破する→ヴリトラモンがユノモンに攻撃当てるまで同じ戦いのループ。

 なので、書こうにも蛇足と思い(というか何故か思いつかなかった)、その加筆予定だったシーンはバッサリカットさせていただきました。というか『風に乗ってベアモンが飛んできた』の前の展開で『どうやってユノモンを見つけたのか』って疑問が残るかもしれませんが、これはそもそもユノモンの声とヴリトラモンの攻撃の直撃音があれば、十分に位置を特定出来ると思いますし(攻撃が当たると同時に幻全解除してる時点で目晦ましが無い)。

 まぁ、今になって思えば女性の姿をしたデジモンの腹部に容赦無く拳をブチ込むベアモンが結構サドい気もしたのですが、まぁデジモンには性別の概念が無いので男女平等どころか全部平等パンチなんですぜ←←

 後、風に乗った状態でどうやって『子熊正拳突き』を放ったかと聞かれると、描写から分かる人もいると思うのですがベアモンが放ったのは『ただのパンチ』だったりするのです。技の名を叫ぶことで気合いの入った一撃を誘発させるっていうか、どっかのカードゲームでどっかのキャラが『城■内ファイヤー!!』とか叫ぶのと同じ理屈です。多分。

 さて、『向こう側』のコラボ回だとこの次の話で終わるのですが……、













 まだコラボ編は終わらないぜェ!! 次の話はお城に戻ってからの男同士の風呂談話か寝起き出落ちな話――要するに『帰還』するまでに描かれなかった『異世界二日目』のお話じゃァ!! こっから先はシリアス塗れの星流さんの作品の世界からギャグ塗れのこちらの世界の流れに持ち込んでいくつもりでいくます!! とりあえず二話か三話は使いそうなので、もうちょっと『次のお方』には待ってもらう事になりますが、ご了承ください……。

 さて、本編ではずっとシリアスばっかりだったんではっちゃけるぞォ!!←←

「星流さんごめんなさい。マジでごめんなさい」

 では、次回もお楽しみに。万が一書けなかった場合はこのまま星流さんとのコラボ回の最終話までぶっ飛びます。
 


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異世界にて――『寝起きドッキリは青春と犯罪の色?』

書いている間に色々と矛盾が生じたりしてそれを修正するための色々文章を変更した結果生まれた最終的な産物。

とりあえず後でコラボ相手の作者さんに土下座する事は確定なので、もう何も怖くない。

そんな訳で、出落ちにも等しいお話――『異世界・二日目』の話が始動します。


 長い時間を、眠っていた気がする。

 

 意識が朦朧としている中、彼――ギルモンのユウキが一番最初に浮かべた言葉はそんなものだった。

 彼は一枚の布団とベッドに挟まれた空間にて、人間だった頃に味わっていた感触を久々に堪能していた。

 

(……んぅ、朝か……?)

 

 その内心での呟きが疑問形なのは、彼の体そのものが布団の中に埋もれている状態で視界が塞がれている上に、睡魔で視界がぼやけて見えるからである。

 

 デジモンに成ってから、ベアモンの家にある芝生の寝床で眠っていた所為なのか、お城のベッドのふかふかっぷりに気持ち良さと眠気が再起動しそうになる、元コンクリートジャングル在住な人間で現モリノナカノマチ在住なデジモンこと紅炎勇輝。

 

 眠気と格闘しようとして、不意に彼は人間だった頃に無かった部位である尻尾を動かす。

 

 

 何か、とても柔らかいものに当たったような感覚が尻尾を通して彼の五感に伝わった。

 

「………?………」

 

 流石に疑問を覚え、布団の中に入り込んでいたと思われる『何か』を探すために首だけを動かして布団の中を捜索してみようとするが、やはり視界がハッキリしていないため、正確に『それ』が何なのかは分からない。

 

 布団の中なのだから、両手を動かしただけでも掴み取る事が出来るだろ~といった軽い気持ちで、彼は意識が覚醒しないまま、とりあえず両前足で布団の中を弄ってみた。

 

 ぷにっ、と。

 

 また、何か柔らかいモノに触れたような気がした。

 

(……何だ、これ?)

 

 五感を二度も刺激してきた所為か、いい加減に意識が徐々に覚醒してきたユウキ。

 

 彼は、触れている物がただの小道具か何かでは無い事に気付くと、とりあえず布団から顔だけを出してみた。

 

 そして即、布団の中へ緊急離脱する。

 

(…………あ、あはは、おかしいな~)

 

 急速に覚醒していく意識の中で、ユウキは布団の外で視界に入れてしまったモノから必死に目を逸らそうとする。

 

 しかしこのままで居ても仕方が無いのも事実なので、もう一度事実確認に顔を出してみる。

 

 肌色が見えた。

 

 更に詳しく言えば、昨日に対面した『人間』によく似た寝顔が確かに見えた。

 

 布団の中へ、再びリバース。

 

(……いやいやそんな、こんな書店で売ってるライトノベル的展開なんて現実に在るわけないのですよ。現実はアニメとは違うのですよ。そんなわけだからこれはきっと夢。そうに違いないってか現実であってたまるかってばよ)

 

 とりあえず頬を前足の爪で抓って、視界に入る情報を夢から現実のものへと再認識させるユウキ。

 

 三度目の正直と言わんばかりにベッドの中から恐る恐る顔を出すが、見えたものが変わる事も状況が動く事も無かった。

 

 そこでようやく、彼はようやく事態を認識した。

 

 そして、ムンクの如き叫びを押し殺して内心で叫んだ。

 

(……何でだ。何でなんだよォォォォ!! どうして、なんか、昨日シリアスな雰囲気の戦闘を無事に乗り越えた次の日の目覚めに出落ちのトラップが待ち構えてやがるんだんだよォォォォ!! というか構図が色々とアウトすぎるじゃねぇかァァァァ!?)

 

 それはまさしく運命のいたずら、もしくは予測不能回避不可能な罠によって図られた状況だった。

 

 先日『オリンポス十二神』に属するユノモンと呼ばれるデジモンとの戦闘を無事に生き残り、戻ったお城の中で暖かいお風呂に入ったりした上で、何より何者の奇襲も無い安全完璧な状況で寝床に着く事が出来て、後は自分達が『元の世界』に戻るまでの間の『二日目』に何をどうするかじっくり考えるぐらいの問題しか残されてはずだったのだが、そんな予測は現在進行形で発生してしまった突発地雷イベントによってあっさり崩れ去ってしまった。

 

 さて、取り乱しているユウキが、現在置かれている状況を簡潔に説明しよう。

 

 知らぬ間にとてもとても気持ち良く眠っていたベッドでは、実はこの世界に来てから面識を得た唯一の女の子こと織本泉がパジャマ姿で眠っていましたとさ♪

 

(というか何がどうしてこうなった。昨日はちゃんと自分の分のベッドに入って寝たはずだぞ。出会って間もない相手のベッドに忍び込むような人格じゃないはずだし、多分これは俺自身が知らない間にこっちのベッドに侵入したって事だ。でも、そんな、眠っている間に女の子に対して欲情なんて抱くなんて事無いはずなのに、こんなの絶対におかしいぜ!?)

 

 前提の話ではあるが、あくまでも紅炎勇輝は健全に成長した(はずの)元人間な男子高校生である。

 

 いくら何でも、まだ『子供』の領域に入る15歳未満の女の子へ本能のまま手を出そうとか思うような性欲豚野朗では無いのだ。

 

 つまり、この状況は彼や他の面々が寝る『最初』の時点で形成されていた、と見ていい。

 

 だが、具体的に『どうやって』間違えたのだろうか。

 

 そもそも、目に見えた物を本来の形で見る事が出来ないなど、それではまるで先日戦ったユノモンの能力ぐらい――――

 

「………………」

 

 そこまで考えて、ふと思い出してみた。

 

 昨日、ユウキや信也といったユノモンと交戦した面々は、ユノモンが作り出した『五感に異常を促す』空間の中に長時間滞在していた。

 

 それ等の空間自体は、ユノモンがヴリトラモンの攻撃に直撃した事によって受けたダメージから解除され、ユノモン自身も先の戦闘の中で言葉を遺しながら命を絶った。

 

 だが、それで本当に幻覚の影響は収まっていたのだろうか。

 

 火竜が吐いた炎によって木が燃え、その元となった火竜が討たれたとしても鎮火するわけでは無いのと同じように、巻き込まれた者には爪痕のように何らかの『後遺症』が残っていてもおかしくは無い。

 

 例えば。

 

 全く知らない合間に、違和感も無いまま見当違いの場所に歩いてしまう、とか。

 

 五感の認識に影響を及ぼす『力』を受け続けていれば、そうなってしまってもおかしくは無いだろう。

 

 何より、五感を掻き乱された時点で人間の脳やデジモンの思考回路には何らかの異常が残っているはずだ。

 

 だとすれば。

 

 この状況を、意図的では無いとはいえ作り出した張本人は。

 

(……あ、あ、あンの孔雀婦人がアアアアアアアア!!!)

 

 しかし、今は亡きデジモンに向けて叫びを発していても仕方が無いのも事実なわけで。

 

 今は何とかしてこの状況を脱出し、本来自分が居眠るべきだったベッドへ何事も無かったかのように戻る必要がある。

 

 まず、そうしないと何となく至近距離の女の子がヒステリックモードと化して攻撃してくる可能性が高い。

 

 そういった予測から立てられる状況の危険度を言葉で説明すれば、現状は『スズメバチの生息地に無防備なまま侵入してしまったけど威嚇だけでまだ攻撃はしてこない。けど凄い近くで羽の音が聞こえる!!』クラスなのだ。

 

 冷静でいられる方がおかしいわけで、当然ながらユウキの電脳核(デジコア)が動揺によって異常なまでの回転を実行している。

 

(……冷静に、なるんだ。まずは冷静に、布団の中から泉を起こさないように出る事から始めないといけないんだ……)

 

「……ぁ…………はぁ……はぁ、ぁ……」

 

 寝汗なのか、はたまた別の理由による物なのか分からない雫を顎から垂らしながら、なんかもう聞かれたら完璧にアウトな荒い息を吐く高校生系爬虫類ことユウキ。

 

 彼は、あたかも本物のトカゲのようにベッドに体を擦り付かせながらも、ガサゴソといった音が出ないよう慎重な動きを心がける。

 

 ゴキブリのようなすばしっこい動きでは、まずベッドから這い出る前に何らかの気配か音に気付いた女の子が目を覚まして、う~んおはようって何してんのよキャ~ズゴドゴドグシャッッッ!! となる可能性が高い。

 

 確認しておくが、この女の子は『風』のスピリットを受け継いでおり、それを使って『進化』を行った際のスペックは恐らくグラウモンに進化したユウキよりも上回っている。

 

 その上、彼女はユウキの知る限りで『覗き』に対して凄まじいカウンターを放った経歴がある。

 

 具体的に言えば、部屋の中にある物体を手当たり次第に侵入者へ投げつけた経歴が。

 

 その時は相手が仲間だったし、その程度で済んだのだが、ユウキが思うに今回の場合はそうもいかない気がする。

 

 何せ、デジモンに成っているとはいえユウキが元は人間だったという情報は、既にこの城に居る人間達には周知の情報で、喋り口調からも元が男性である事は流石に理解されている。

 

 必要が無い情報だったので、ユウキが人間だった頃は高校生だった事までは伝えていないのだが。

 

 事実から考えて。

 

(……十八歳の男子高校生が、諸事情で仕方無いとはいえ全裸で中学生の女子のベッドに潜り込むなんて、もう完全に痴漢か何かの犯罪のニオイしか感じない……ッ!! ていうかそうだったよもう慣れた感じしてたけど今俺全裸なんだった!!)

 

 つまる所、バレてしまえば犯罪と認定されてもおかしくない状況なのだ(しかも『空気』なんて証拠に信憑性は無さそう)。

 

 気付かれれば、それで即刻風とか蹴りとかでフルボッコにされてデジモン一匹が『浄化』されかねない。

 

(……ベッドのシーツを、掴まずに這う。上から圧し掛かる布団を必要以上に押し上げないように、アニメとかの見様見真似だが軍人が行う匍匐前進をイメージする。脱出にかかる時間よりも、今は泉が目覚めないように音を最小限に留める事を第一にする。堪えろ俺。震えずにゆっくり進んでいればいいんだから……!!)

 

 多分、これまでの人生の中で最初で最も緊迫したスニーキング・ミッションだろうと思いながら、 呼吸はうっかり空気を吸う音が出ないよう口を開けたままで行いながら、ユウキは這う。

 

 布団の中は日の光があまり通っていないからか、薄い闇に包まれていたが、やがてユウキは直感する。

 

(……いける。ここまで来れば、下手踏んで同じく寝ているであろうエレキモンが寝言か何かの拍子に電撃ぶっぱなしたりしない限り、窓際から敵襲でもして来ない限り、これの中から脱出出来る。そうすればもう何も怖い事は無い。ベッドに俺が入っていた痕跡は泉自身の寝返りとかで説明出来るし、多分空いているだろう俺用のベッドに適当な痕跡を作って、起床した奴に適当な挨拶をしてやればいい。それで全部終わる。無事に乗り越えられる!!)

 

 ベッドの中をワニか何かのように腹這いした末に、遂にゴール地点であるベッドの外を目前に据えた彼は、まず前足からベッド近くの床に付ける事から始めようとする。

 

 その時だった。

 

 ピカーっ、と。

 

 本当に唐突なタイミングで、ベッドの中を這っていたユウキの体が紅色の輝きを放ち始めた。

 

(何故だし!? 別に今戦闘中でも命関連の危機でも……いやある意味ではあるけど!! まさか『無事に脱出する』って目的が『進化』に至るほどの感情エネルギーを作り出したってのか!? 何この凄まじい誤判定!? ええい、止まれ~!! ビービービーッ!!)

 

 そんな事を思っていても、ユウキの押さえ付けていた『恐怖心』という感情を受けて回転する電脳核(デジコア)は結構素直なようで、輝きを増していく。

 

 そして、ユウキ自身にも制御が出来ないまま、輝きは勝手に繭状の形を形成し、肥大していく。

 

 では問題。

 

 Q、この状況で『進化』を発動させた場合、どのような出来事が発生するでしょうか?

 

 A、普段と変わらない姿でギルモンという種族の進化体――『深紅の魔竜』ことグラウモンは姿を現す。

 

 ……愉快な爆音と共に、ベッドから布団と女の子を軽く壁際へ吹き飛ばしながら。

 

「……………………」

 

 明らかに必要性の無い『進化』を発動させてしまったユウキの脳裏には、そこから少しの間、周りの全方向に足を滑らせればそのまま奈落へ落ちるであろう真っ黒い崖が見えていたとか。

 

 時間と空間の関連性から明らかに断絶したそんな心象風景は、どこかの漫画に登場する一部のキャラが心の逃げ道を失って自我を崩壊させる直前か、最期の最後に見るものなのかもしれなかった。

 

 忘我。

 

 そして、ユウキ――グラウモンが現実を認識していくにつれて、その瞳から熱い水が垂れてくる。

 

 戦闘という緊迫した空間の中では無かった故か、理性を失う事は不思議と無かったらしいのだが、この場合は全然フォローになっていない。

 

 彼の視線は、自分の意志とは無関係とはいえ吹っ飛ばしてしまった女の子へと向けられたままだった。

 

 そして、彼は女の子の声を聞いた。

 

「…………うぅ、痛ったぁ……何なのよいったい……」

 

 地獄へのゲート☆オープン!!

 

 聞くと同時、ついにグラウモンの涙腺は防壁を破られたかのように決壊した。

 

「ウわァアあ!! もウ駄目ダぁ。モう無理!! モウ耐えらレなイ!! デモコんナ運命酷すぎるだろ。俺ガ一体何をしタってンだよォォォォ!?」

 

 これから始まるであろうカウンターアタックを想起し、恐怖のあまり野太い声質と素の声質が混った叫び(咆哮とも呼ぶ)を放つグラウモン。

 

 しかし、状況は彼の想像した方とは別の方へと向かい始めた。

 

「……ユウキ? というか、何? それ『進化』なの?」

 

 どうやらベッドの位置が(爆風の効果を伴った進化の繭が原因で)移動した事により、ユウキが泉の眠っていたベッドに入り込んでいた事はまったく知らない、というか状況を飲み込みきれていないらしい。

 

 とりあえず、涙を拭ってから質問に答えてみる。

 

「……ア、アあ。ナんか理由まデは分からなイけど、間違ってナい」

 

「……もう、やめてよね……こっちは昨日の戦いで大分疲れてるんだから……」

 

 投げやりな調子で目元を擦る泉。

 

 一体何が起きているのか? と、漫画やアニメ特有の覗きから問答無用の制裁的なフラグから遠ざかった事で、ようやくユウキの心情は冷静に近付きつつあった。

 

 が。

 

 忘れていた。

 

 彼は忘れていたのだ。

 

 織本泉という人物が関係する事柄に、強く敏感に反応を示すもう一人の人物がいた事に。

 

 あるいは、泉が『進化』する『風』の属性を司る闘士よりもずっと攻撃力が高い闘士に『進化』出来る存在が、先の爆風音で危機的な何かを察知し、近付いてくる可能性を。

 

 そして、実際にそれはドアの向こう側からやってきた。

 

「――泉ちゃん!! 何か爆発音が聞こえたけど何かあったのかい!?」

 

「―――――――ッッッ!!??」

 

 近い位置に雷でも落ちたかのように、グラウモンの体が不自然に痙攣する。

 

 本能的にも知識的にも、これは危険な状況だと警報が脳裏に響いている。

 

 部屋の中央には大きな恐竜(それなりに怖さがある)が一匹。

 

 壁際には頭を抑えた女の子が一人。

 

 この、たった二つの事実から他者が導き出す答えと、それによって発生する破壊力の規模は? 想像してみるに、これまで遭遇してきた野生のデジモンなんて軽く凌駕しているに違いない。

 

 現在はノックだけに留まっているが、やがて異変に気が付き扉の向こう側から雷鳴戦士ZYUNPEIが入ってくるだろう。

 

 そしてグラウモンの巨体では、窓から飛び降りて逃げる事も隠れる事も出来ない。

 

(……ど、どうしっ、どどどどうしよう!? アイツって泉があんな状態になってる事を知ったら、確実に疑われるのは明らかに変化が大きい俺だ。そしたらどっかのドワーフみたいなデジモンみたいに砲撃される!? いや待てよ、アイツって仲間意識は結構強いほうなんだよな。手加減……いや駄目だこの状況からそんな未来が全然見えない!!)

 

 あれよこれよと思考を張り巡らせている間に、審判へのカウントダウンは着々と時を刻んでいく。

 

 そして、ガチャッというドアノブを回す音が聞こえる前に。

 

「そォい!!」

 

 なんとグラウモンは、その体格に見合わぬ敏捷性で野球少年顔負けなヘッドスライディングを決行し、右前足の爪で、その体と比べると明らかに小さなドアノブをピンセット並みの精密さで抓み、順平がドアの向こう側から入室する事を封じたのだ。

 

 窮地に立たされた生物は、普段より明らかに飛びぬけた能力を発揮するらしい。

 

 実際、グラウモンの爪は小さなドアノブを確かに抓み、順平はドアの向こう側で疑問符を浮かべる事になった。

 

 一瞬だけは、

 

 別の理由で。

 

 直後、焦りから必要以上の脚力を発揮した状態でのヘッドスライディングなんて事をやらかしたグラウモンの頭部を中心に激突音が炸裂し、ドアどころかその周囲の壁を少し巻き込む形で吹っ飛ばしてしまった。

 

「………………」

 

「………………」

 

 危機一髪で吹っ飛ばされたドアを回避した順平と、その体格と危機管理能力によって今世紀最高クラスのバカをやらかしたグラウモンが少しの間だけ見つめ合う。

 

 グラウモンの額から顎にかけて垂れる汗を見て、順平は吹き飛ばされた壁の向こう側にある部屋の惨状を横目で覗く。

 

 そして彼は、部屋の中の惨状を目の当たりにし、その中に存在している要因から何らかの計算式でも組むかのような速度(片思い補正付き)で情報を分析すると、無言で再度グラウモンと目を見合わせる。

 

 しばしの静寂。

 

 そして、ようやく何かが動く。

 

 順平が左手でデジヴァイスを取り出し、右手に一巻きのバーコード状のデータを出現させた瞬間だった。

 

「何か弁解の言葉はあるか?」

 

「見逃しテくだサイ」

 

「無理」

 

 直後に『雷』の属性を宿す闘士と、危機管理能力から一気に戦闘モードに突入した『深紅の魔竜』が激突した。

 

 その数分後に『風』の闘士と『氷』の闘士の奮闘もあって、双方の戦闘行為は強制中断させる事が出来たが、睡眠によって回復した分の体力の一部が思いっきり無駄使いとなったのは変わらなかったとか。

 

 そんなこんなで、異世界の二日目は夜明けを告げた。

 




 というわけで、前述した通り今回は『二日目』の早朝の出来事という立ち位置の話になったのですが。

 どうして……俺はこんなに酷いタイトルと酷い展開を書いたのでしょうね(満足顔)。これはもう星流さんと星流さんが書いている作品に登場するヒロインに全力で土下座するしか無いわぁ……。

 ユウキが触れた部位に関しては何も触れませんが、強いて言うなら『柔らかい部位』とだけ言っておきます。

 フッ、全力でネタを詰め込んだ所為で寝起きの話でありながら7000字近くになってしまったぜ……← 次の話は朝から昼にかけてのお話となります。そう長くするつもりは無いのでご安心を。

 修正前との相違点などはアメーバブログの方に書き込んでいるので、知りたいお方はそちらの方を参照していただければ。

 関係無いけど、今回の話はとある小説を見てパッと閃いた事によって生まれた話でもあります。原因とかいろいろ異なってますけど。

 あぁ、それにしてもMH4Gやスマブラが楽しすぎて筆が進まない……。

(あと他のお方の小説の感想全然書きにいけてねぇ……(致命傷))

 感想・質問等、いつでもお待ちしております。

 


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異世界にて――『ひと時経ちては時間の有効活用』

 ギャグ要素を多めに振りまいておけば、後々遠慮無くシリアス要素を投与出来る(断言)。

 ここまで投稿が遅れてしまい、申し訳ございませんでした。

 ぶっちゃけた話、コラボ回のオリジナル展開に難産状態で、モンハンとかスマブラとかしてたのが関係無いレベルで執筆が進まなかったのです。

 何とか書き上げられたこの話は、またも『繋ぎ』に近い話なのですが、それでも自分で書けるだけの物は書いたつもりです。

 個人的に書きたい話はまだまだ先な上に、まだ『あと一人』コラボ回を書くお方が残っていて、本編の方はまだ『第二章』になっていないという大惨事な状態ですが、何とか頑張っていきたいです。

(いっその事『第二章』の最初辺りを先駆けで書いておいた方がいいんじゃないかなと思う今日この頃)

 では、始まります。

 ※同日九時半にて、星流さんの指摘で『雷』のスピリットの所有者であるあの少年の名前を間違えていたので修正しました。


 早朝の食堂。

 

 その一室の中に入っている『人間』達と一緒に『いただきます』とご丁寧に口頭で言ってから、朝食の一品であるイエローパンケーキなる料理を口の中に放り込んだ赤色の哺乳類型デジモン――エレキモンことトールは、気軽な口で何か言った。

 

「にしても、お前等『人間』ってのは不思議な生き物だよな。何て言うか、名称が異なってても存在自体はそんなに違う物には感じないっていうか」

 

「まぁ、この世界じゃ僕達もデータだからね。そう思われるのも仕方無いのかも」

 

 エレキモンと『氷』のスピリットを受け継ぐ少年――氷見友樹のそんな和やかさを感じるやり取りを、電撃ドゴビリやら伸縮自在の髪の毛によるたかいたか~いやらでズタボロ状態なユウキは朦朧とした意識の中で聞き取っていた。

 

 ぶっちゃけ、今は『人間』と『デジモン』がどうとかいう問答は本気でどうでも良いのだった。

 

 そんな事よりもうっかり壊してしまった寝室付近のドアと壁とか、未だに柴山純平との間に形成されている気まずい雰囲気の払拭とかをしたい所なのだが、寝起きに発生した突発的ラッキースケベイベントからの一連の出来事から受けた精神的ダメージの回復が追い着いていない所為か、一向に食欲が湧いてこない。

 

 結局、ユノモンから受けた幻覚攻撃の後遺症という事情こそは説明出来たのだが、起きた出来事がきっちり無くなったりするわけでも無い。

 

 傷付いた少年の心は容易に回復したりしないので、ギルモンという種族が持つ羽みたいな形の器官も力無く垂れていた。

 

 彼は本当に遠い目で天井を眺め、力なく口をカクカク動かしながら何かを呟いている。

 

「…………いやぁ、災厄(さいあく)。正直言って、倒したからこんな事になるような要因は無いと思って油断してたのもあるけど、こうも不幸ってのは連鎖するモンなのか。というか本当に最近は心に癒しが来るようなラッキーが少なすぎる。こりゃあその内、唐突にエンカウントした魔王クラスのデジモンにド級の威力な雷を落とされる日も遠くないんじゃないかな…………」

 

「何だかんだ言ってブリッツモンと対等に戦えてたあたり、お前って『進化』すると結構強かったのな。おかげで言葉の割に無事だし、まぁ良かったんじゃないか?」

 

「良くないよ。全ッ然良くないよ。おかげで変な誤解を植え付けられたかもしれないのに、こんな精神状態で飯が喉を通るか!!」

 

「んな事言っても、何か食わないと力が出せないのも事実だろ」

 

 椅子に座りながらも何も口に入れないユウキの切実な嘆きを余所に(スルーとも呼ぶ)、着々と赤色の炒飯を口に運んでいく『火』のスピリットを受け継ぐとある人物の弟こと神原信也。

 

 意気地になっていても体はとても正直で、今もユウキはお腹からぐ~ぐ~と音を鳴らしている真っ最中なのである。

 

 そして、そんな彼へと追い討ちをかける者の存在があった。

 

「ねぇユウキ、それ食べないのなら僕にくれない? 勿体無いし、すごく美味しそうだし~」

 

「渡さねぇよ!? 食欲が湧いてからヤケ食いするつもりなんだから…………おいコラ渡さないっつってんだろォが!!」

 

「だってまだお腹が空いてるんだもんね~!! 世の中早い者勝ちなのさ~!!」

 

「気が早くても迷惑だ!!」

 

 席が隣なのと絶賛放置中である事をいい事に、両手で海賊的強奪(バイキング)を実行しようとする灰色のテロリストことベアモンと、空腹ながらもベアモンの両手から料理を死守しようとする赤色のガーディアンことギルモンのユウキ。

 

 そう慌てなくても飯なら残ってるぞ~、という信也の言葉を余所に両手オンリーの格闘戦に傾れ込もうとする。

 

 食欲という感情が動きに補正をかけている所為か、二人とも普段とは比較にならないほどの手の動きを見せていたりするのだが、二人にそんな自覚は無い。

 

 一方で、そんな二人をサラリと無視するエレキモンは、信也に向けて声をかける。

 

「ところで、まだ俺達が帰るために必要な『レール』が敷かれるまで、あと一日か二日は必要なんだったよな? 俺達は今日何をして過ごせばいいんだ?」

 

「あ~。安全に城の中で過ごしてもらいたい、と言いたい所なんだが。やっぱり何かをしてもらう事になるかな……」

 

「何か、ね……」

 

 エレキモンは、テーブルの上に置いてある皿から冷野菜のサラダ(ドレッシング付け)を摘みつつ、言葉を紡ぐ。

 

「具体的には何すんだ? 労働関連とかならまだ分かるんだが」

 

「ん~、周囲の探索とか、その辺りは俺達の内の誰かがやるだけで済むからなぁ。やる事があるとするなら……」

 

 思考し、ステーキの一切れを口に運んで咀嚼してから、信也はこう言った。

 

「……これからの事を考えて、戦闘訓練(トレーニング)かなぁ……」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そんなわけで、朝食の後の運動という建て前による模擬戦のお時間であるのだが。

 

 バトルフィールド代わりに使う事になった城の外の森にて、エレキモンは率直な質問を信也に向けて飛ばす。

 

「なんて事を言ってたけど、お前確か『スピリット』を預けてる最中だったよな。信也、生身で戦えんの?」

 

「どっかの異世界から来たヤツじゃあるまいし無理。というか、武器も何も無い俺が戦うわけないだろ!!」

 

 先日、信也はユノモンとの対決の終盤にて起きた『異変』の原因を調べるため、城に戻ると共に天使の姿を成すデジモン――エンジェモンに、自身がデジモンに『進化』するために必要な『スピリット』を預けていた(ちなみに、ユノモンから受けた幻覚の『後遺症』が出たのはそれぞれ風呂に入った後なので、『そこまで』は信也を含めた一同の五感も正常だったらしい)。

 

 故に、今の信也にユウキやベアモンを相手に出来るだけの戦闘力は無い。

 

 そんなわけで、対戦相手となる別の『人間』も二人ほど同行する事になったのだ。

 

「まぁ、予想は出来たから俺や友樹が相手する事になったんだけど。誰が誰と戦うんだ?」

 

 そう言う少し太めの男の子は、今朝に激闘(笑)を繰り広げた『雷』のスピリットの継承者――紫山順平。

 

「僕はベアモンと戦ってみたいな。何と言うか、気が合いそうだから」

 

 一方で『氷』のスピリットの継承者こと茶色い帽子を被った少年――氷見友樹は、興味を示すような言葉を口にすると、精神年齢的には同等かそれ以下(断定)なベアモンは、訝しげにこんな事を言い出した。

 

「え~、トモキとかぁ……大丈夫なの? 『スピリット』で『進化』するのは分かってるけど、チビっ子相手に拳を握るのは気が引けるなぁ……」

 

「何だかすごく舐められてるようにしか思えない言葉なんだけど、というかチビっ子なのは君も同じだと思うよ?」

 

「何言ってるのさ~。僕から見ると、君や信也だけ背丈も小さいし、何と言うかひ弱そうに見えるよ? 何よりまだまだ幼さが抜けてな~い!!」

 

「それお前が言うの?」

 

 小学五年生(らしい)少年に対してエラそうに腕を組みながら語るベアモンだったが、そんな彼に向けて友樹はこう言葉を返した。

 

「う~ん。とりあえず僕、本当はサンタクロースなんていないって事を理解してるぐらいには君より成長してるよ?」

 

「な…………ッ!!??」

 

 唐突に告げられた言葉に、ベアモンは割と本気で呼吸を詰まらせる。

 

 彼は、何と言うか野生のデジモンと死闘を繰り広げている時みたいなシリアス顔で、反論した。

 

「う、嘘だ……雪の積もる冬の季節に出てくると言われてる『サンタモン』が本当は実在しない存在だって……? で、でもっ、寝床のすぐ傍に文字で書いた物が朝になったらちゃんと届いているのはどう説明するんだ!! 僕は認めないよ、赤い吹くを来てそれなりにスマートな体形の神獣型デジモンの引く『空飛ぶ(そり)』に乗ってやって来る、完全体の人型デジモンは実存するんだ!!」

 

 あれ、友樹の言っているのは現実世界のサンタの事であって、デジタルワールドのサンタの事じゃないんじゃね? と、論点がズレている事に内心でツッコむユウキの事などいざ知らず。

 

 ベアモンの反論を聞いた友樹は、表情を変えずに割と冷酷に現実を告げる。

 

「ベアモン達の住んでいる場所の事とかは知らないんだけど、多分それは『そういう』コスプレをしたデジモンが、真夜中に住んでいるデジモンがちゃんと眠っている事を確認してから家の中に入って、書かれている物を確認した後に頑張って用意して、秘密裏にプレゼントを置いてるだけだよ。事実、前にデジヴァイスで『サンタモン』って調べてみても情報は浮かばなかったし……ねぇ」

 

「…………」

 

 少年の告げた言葉に、どうやら『サンタクロースは実在するんだぜ』的な情報を本気で信じていたらしいベアモンは、両手と両膝を地に着けてがっくりと項垂れる。

 

(……ふ~ん、実在はしねぇのか。割と魔法使いとかが実在するこのデジタルワールドじゃ、その『サンタクロース』ってのが実在しててもおかしく無いと思ってたんだが……ま、特に困るもんがあるわけでもねぇし、いいか)

 

 ちなみにエレキモンはと言うと、ベアモンと違ってすごくどうでもいいような反応だったりした。

 

 なんと言うか、もうこの時点でどちらの方が『子供っぽい』のかは明確になってしまい、二重の意味でベアモンは負けているのだが。

 

 ここでベアモンは、何故か友樹に向けて明確な敵意を向けた。

 

 彼は言う。

 

「……キサマだけは絶対に許さんッッッ!!」

 

「え、え~っ!? どうしてそんな本気の怒りみたいな表情で睨んできてるの!? サンタクロースが実在しない事がそんなにショックだったの!?」

 

「うるさい!! 僕はこれでも夢見てた事があるんだよ……『サンタモン』は実在して、いつか僕が強くなったら家の中に入ってきた所をボコボコにして、橇の中にあるプレゼントを丸ごとゲット出来るんだって……!! 君はその夢をぶち壊しにした。絶対に許さ~ん!!」

 

「外道すぎる!? 純粋な願いだと思ってたら私欲満々じゃないか!! 善意でプレゼントに来たサンタさんをボッコボコにして強奪って、鬼ヶ島にやってきた桃太郎よりも容赦が無いと思うんだけど!?」

 

 完ッ壁に悪役モードに変貌したベアモンが戦闘態勢に入ったのを見て、友樹も何と言うか色々と諦めるしかなかった。

 

 彼は左手にバーコード状のデータを一本円の形で出現させると、右手に持った水色と緑色のダブルカラーな情報端末――デジヴァイスの一部分に接触して擦り合わせ、半分ヤケクソ気味に宣言した。

 

「スピリット・エボリューション!!」

 

 瞬間、友樹の周りに大量のバーコード状のデータが出現し、包み込む。

 

 その光景は先日信也が行っていた『進化』と瓜二つでありながら、抱く印象は燃え上がるような闘志というキーワードと対極な、凍て付くほどの冷たさを現しているように見えた。

 

 無論、その原因はスピリットに宿された『属性』にあり、信也の持っていたスピリットが『火』の属性を持つ一方で、友樹の持つスピリットが宿す属性が『氷』であるからであり、決して彼が冷徹な正確をした少年というわけではない。

 

(確か……友樹が『氷』のスピリットで進化できるデジモンはニ体だったよな)

 

 内部では、少年の体を前後からサンドイッチにするように闘士のデータが張り付いている頃だろう。

 

 ユウキが一人――というか一匹で思考していると、バーコード状のデータは役目を終えたかのように分離した。

 

 そして、少年の元居た場所から『人間』の姿は消え失せ、代わりに雪のように白く『人間』の面影を遺した『デジモン』が姿を現し、名乗る。

 

「チャックモン!!」

 

 チャックモンという名の友樹だったデジモンの姿は、心なしかベアモン――子熊に似た容姿を伴っていながらも人型の形をとっていて、雪で構成されたと言っても過言では無いほど白い全身の各部位には緑色の防具を装着していた。

 

 その姿を見て、ベアモンも拳を強く握り締める。

 

「……絶対に負けないから」

 

「その意気は良いんだけど、原因が原因だから呼応出来そうに無いよ」

 

 ベアモンが先手必勝と言わんばかりに一歩を踏み出すと同時に、チャックモンが右肩に砲門が四つもある砲塔(ランチャー)と、足元に雪原を滑るのに使われるスキーのボードを出現させる。

 

 あっと言う間に戦闘を開始させて森の方へ移動しつつある二人を横目に、一方でエレキモンはユウキに向けて当初の疑問を口に出した。

 

「で、結局どっちが順平と戦うよ?」

 

「俺はちょっと遠慮したいかな…………朝の件があるし」

 

「朝の件?」

 

「エレキモン。世の中には知らない方が良い事だってきっとあるから、その件に関しては何も聞かないでくれ」

 

「?」

 

 事情を知らないエレキモンには何の事なのかを察する事が出来なかったが、とりあえずユウキは順平と交戦するつもりは無いらしい。

 

 仕方無いので、エレキモンは視線を順平に向けて告げる。

 

「とりあえず俺が順平と戦うけど、いいか?」

 

「ああ、俺もそれで構わないぜ。俺もエレキモンに用があったしな」

 

「俺に?」

 

 唐突に告げられた言葉に疑問を浮かべるエレキモン。

 

 そんな彼に向けて、順平は続けて言葉を並べる。

 

「実はちょっと前に、これから戦う十二神族の対策として、今まで俺達がデジヴァイスで『スキャン』した十二神族のデータを元にデジモンの進化プログラムをエンジェモンが作ってくれたんだけどさ。俺達ってただの人間で、それぞれ持ってる『スピリット』でしか『進化』は出来ないんだよ。エンジェモン自身は先の出来事で負傷してるから戦いは出来ないし……」

 

「……それで、お城には闘士と対等に戦えるデジモンが少ないから、俺が試しに使ってみてほしいって事か?」

 

「そういう事だよ」

 

「そりゃあ……まぁ、模擬戦する事に異議は無いんだけどよ……」

 

 エレキモンは右前足で頭を軽く掻いてから、疑うように問う。

 

「十二神族って、お前等の敵なんだろ。そいつ等のデータを投与して、なにかマズイ事が起きたりしないだろうな? 具体的にはバグが生じて命を落とすとか、混じったデータに自我を乗っ取られるとか」

 

「その辺りは何とも言えない。少なくともあいつ等は『邪悪な力』を宿しているわけでも無いし、危険な事は起きないだろうけど、今までそのプログラムを投与したデジモンが居ないわけだからな」

 

「つまり、投与するかしないかは俺が決めろって事か?」

 

「ああ」

 

 話の途中、疑問を覚えたユウキが順平に質問する。

 

「その『進化プログラム』って、もしかして俺が使うとマズイのか? わざわざエレキモンを指定してきたって事は、そうした方が良い理由があるんだろ?」

 

「いや、ユウキが使っても条件にそこまで差は無いと思うけど、エンジェモン曰く『雷の属性を宿したデジモンが好ましい』んだってよ。理由までは分からないけど、エレキモンの方が『進化プログラム』を使うのに適したデジモンらしい」

 

「……俺も一応『進化』すれば電子(プラズマ)の力を使えるはずなんだけど、まぁエレキモンの方が扱いは上手か」

 

 結局の所、エレキモンに判断は委ねられている。

 

 彼は暫し思考し、やがて諦めたように言葉を口にした。

 

「……しゃあねぇな。仮に模擬戦の中でコカトリモンに進化したとしても、十闘士デジモンに敵うとは思えないし、何より俺自身もそれなりに興味があるから……その『進化プログラム』の実用性、試してやるよ」

 

「ありがとな。でも、身に異変が起きたと思ったら直ぐに言ってくれよ?」

 

 順平はそう言うと共に、自身の右手に持った情報端末(デジヴァイス)を左手で操作し始める。

 

 少しして彼の端末から、多重に練り塊り一個の果実のような形をしたバーコード状のデータが出現した。

 

 凝視して見ると『0』と『1』のデジタルな数字が複雑なパスワードでも描くように刻まれていて、それ等が元々はデジモンのデータであった事を示していた。

 

「それが例の『進化プログラム』か? 何か、イメージとは随分と異なってるな」

 

「ああ。エンジェモン曰く、十二神族と果実は中々に縁のある物だったらしくてな。こういう形に整ったらしい」

 

「神話とかでも、果実との関連性は割とあるからなぁ。確かに妥当かも」

 

「でも何と言うか、美味しそうではないなぁ……」

 

 そもそも『人間』が食べるための代物では無いんだが、なんてユウキのツッコミはさて置いて。

 

「じゃあ、どうやって投与するんだ? ていうか、投与した後はどうやって摘出すんだ? 俺のものにしちゃっていいの?」

 

「投与の方法は、果実って外見で分かると思うけどな。で、用が終わったらデジヴァイスで『スキャン』して回収するから。十二神族のデータは『こっち側』の世界としても重要だからな」

 

「そっか。まぁそういう『経験』が得られるってだけでも、俺からすれば十分に嬉しい事だけどな」

 

 エレキモンは順平に近付くと、後ろ足のみで立ち上がり、神人型デジモンのスキャンデータから創り出された果実を両前足で受け取った。

 

(…………すげぇ力を感じる…………)

 

 エレキモンは思わず躊躇したが、一度深く呼吸をした後にその果実を口にする。

 

 同時に、エレキモンの全身がバーコード状のデータで形成された繭の中に包み込まれた。

 

 果実に宿りし神人型デジモンのデータがエレキモンの電脳核に変革を与え、その存在の情報を上書き始める。

 

 コカトリモンに進化した時とは違う、未知の感覚が全身を駆け巡る。

 

 ――――エレキモン、進化……!!

 

 繭の内側で、四足歩行を基盤とした哺乳類のシルエットが、二足歩行を可能とする人型のシルエットに近付いていく。

 

 上半身の特徴は頭部から黒い三本の角が生えていて、首元には赤色のスカーフが巻かれていて、胴部には中心にのみ水色が入った赤色の特異な印が刻まれていて、両腕に装備されたグローブには光を反射し輝く水色の宝石を付けた金色の輪が付いていて、それ以外はただ白い頭髪の『人間の少年』そのもの。

 

 一方で、下半身には山羊のような黒い蹄を持つブラウン色の毛が生えた獣の脚が備わっていて、その足首にも赤色の布が巻きついている。

 

 そして、腰元からは太股を護るための白い防具が取り付けられていた。

 

 率直で語るならば、半人半獣。

 

 だが、その身に宿るのは神の力。

 

 繭の中から電撃を迸らせながら、エレキモンだったデジモンがその姿を現す。

 

「アイギオモン!!」

 

 アイギオモンと名乗ったそのデジモンは、全身を見回して自身の『進化』が無事に完了した事を確認すると、その目を対戦相手へと向けた。

 

 その視線から意図を読み取った順平が、信也や友樹と同じように左手にバーコード状のデータを円の形で出現させると、右手に持っていた青と黄のダブルカラーのデジヴァイスへと擦り合わせる。

 

「スピリット・エボリューション!!」

 

 これまで見てきたものと同じく、多重のバーコード状のデータに姿が覆い隠される。

 

 内部でどういった変化が起きているのか、外部から傍観するだけのアイギオモンには想像出来ないが、どこか身近にある物を感じ取れた。

 

 そう時間も立たない間に、渦状になっていたバーコード状のデータが役目を終え、少年『だった』存在から分離する。

 

 現れたのは、全身の各部位が青と金の色に染まった昆虫のような装甲に包まれていて、頭部からはカブトムシそのものと言っても過言では無い立派な角が存在する、巨体な『雷』の属性を担う闘士。

 

「ブリッツモン!!」

 

 彼は現れると共に、アイギオモンと視線を交える。

 

 互いに、意識の確認を取る。

 

「準備は良いんだよな?」

 

「ああ。子供が相手だからって遠慮はしないからな」

 

 偶然にも、ここにニ体の『雷』の属性を宿す人型を基盤としたデジモンが対峙する事になった。

 

 お互いに『違う世界』に住まう、闘士と神人型の戦闘が始まる。

 




 オリジナル展開って思いのほか筆が進まないや←←

 そんなこんなで登場した、この『コラボ編』限定のエレキモンの進化体ことアイギオモンなのですが、デジモン作品をアニメしか見ていない場合だと、このデジモンの存在を知っているお方は比較的少ないのではないでしょうか。

 彼はスマフォゲームの『デジモンクルセイダー』に登場する主人公的ポジションのデジモンなのですが、正規の進化系譜だと成長期のデジモンはエレキモンとなっているのです。

 そして、この件に関してコラボ相手の星流さんに色々とお伺いした所、登場させられる方法を提示してもらえたので、今回の展開に繋がりました。

 ……まぁ、ぶっちゃけた話、コラボ編で『ようやく』出せた事から察せる通り、本編ではエレキモンの進化ルートにアイギオモンを入れるつもりが無い(分岐含む)ので、このコラボ編を最後にエレキモンが進化したアイギオモンの出番はありません(断言)。

 設定的に『トール』という名前に一番ピッタリなデジモンではあるのですがね……いかんせん扱いにくいデジモンな上に、エレキモンがアイギオモンに進化出来るという設定を知ったのがコカトリモンに進化させた後だったので……(それでも採用したかと聞かれると微妙な線ですが)。

 ちなみに『氷』のスピリットの所有者こと氷見友樹が割と子供じゃなくなってるのは、フロンティア本編終了後の『02』的な物語だからです。詳しい話は星流さんの『デジモンフロンティア02―神話へのキセキ―』をご参照の事。

 では、次回は『雷』同士の対決と…………?




 あ、ベアモンとチャックモンの対決は描写しないと思います。


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第二章 ―撒いた種から芽吹くモノ human side― 七月十三日――『一夜が明けて動き出す』

ずっとコラボ回で飽き飽きしているお方が居るかもしれないので、個別で進行していく事にしました。

そんな訳で念願の『第二章』なのですが、現実世界を書くのがざっと一年ぶりという凄まじきブランクが原因で上手く書けてるかどうか……というか上手いこと学校が書けない所為で殆どカットじゃないですかやだ~!!

色々怪しい所とか新キャラとかガンガン出していくつもりですが、まだまだ隠している要素がたっぷりなのでそこまで出した気がしないという不思議。


 その空間には、人の気配が存在しない。

 

 辺りに存在するのは紛れもなく都会に数多く存在するコンクリートの壁であり、外側から内部を覗き見る事も出来うる窓も存在し、人間の能力に見合った数多くの機材だって数え切れないほど有るにも関わらず、その空間には人間と呼べる存在がただの一つも存在しておらず、建物として全く機能していないように『普通の人間には』見える。

 

 そんな、現実の世界(リアルワールド)でも電子の世界(デジタルワールド)でも無い『場所』に、来訪者が存在していた。

 

 上半身から下半身までを覆い隠すほどの蒼いコートを着た、紛れも無い『人間』の男性が。

 

 男性は室内に存在する一つの『一般的な』デスクトップパソコンの前に立ち、何も言わないまま電源を起動させると、そのまま液晶画面の傍にある端末へ手で触れる。

 

 それだけで、本来人間が電子上の情報に介入するために必要とする、キーボードもマウスも何も使っていないにも関わらず、液晶画面には男性が必要とする情報が自動で浮き出てきた。

 

 それは、本来厳重に管理されていて然るべきはずの個人情報(ステータスリスト)

 

 名前や年齢、経歴など様々な情報が記されているそれは、過言でも無く個人の強みや弱みを握りかねない代物だ。

 

 躊躇も無く情報を閲覧する男性は、ある一名の『人間』の情報を視界に入れると、表情を変えずに反応する。

 

「……ふむ」

 

 記述された個人情報の中には、証明写真を元とした『顔』も存在している。

 

 男性が見ている物には、肌の色はいかにも『一般的な』日本人のそれをしていて、黒色の髪を持ち、推測されるに歳は10代後半の男の子の顔が写されている。

 

 証明写真を撮る際の服装は基本的に正装である事が多く、身だしなみや顔立ちも大抵が『嫌なイメージを持たれないために』ある程度整えられているため、写真一枚で個人の特徴を読み取る事は難しい。

 

 そればっかりは、実際に会うぐらいしか確認する方法は無いのだ。

 

 七月の十二日の夕方――――紅炎勇輝と呼ばれる『人間』を捕まえた時と同じように。

 

(……現実世界では、紅炎勇輝が行方不明になった事が流石に報道されている頃か。まぁ、現実世界の技術で『我々』の犯行を調べ上げる事は難しいだろうから、気にする必要も無いのだが……)

 

 悩むような表情を見せる男性だが、実際に悩んでいるのか、そもそも何に悩んでいるのかまでは誰も分からない。

 

 そんな『彼』の手には、一つの白色がメインカラーな携帯電話があった。

 

 彼はその小さな液晶画面を立ち上げると、電話番号も入れないまま音声を発信及び受信するための発声器(スピーカー)に向けて――――より厳密には、自身の話相手に向けて声を出した。

 

「どうせ機関の情報か何かから知っているのだろうが、この数週間の間に、お前からのオーダーである『作業』を俺の方は必要な数だけやり終えた。そろそろ大題的に『組織』が活動を開始する時期に入ったと見て良いのか?」

 

『わざわざ問う必要も無いと思うのだがな。既に「種植え」は済んだのだから』

 

 聞こえたのは、異常なまでに透き通った邪な物を感じられない声だった。

 

 ドキュメント番組で表情をモザイクで隠した状態の人物の出す音声よりも、人間の声とは明らかにかけ離れた声。

 

 喜怒哀楽の全てを内包しているその言葉を聞いた男性は、軽くため息を吐いて言う。

 

「……まったく、やる事を大きさを考えれば理解も出来るが、随分な回り道を通っているものだな」

 

『「紅炎勇輝」が手順に必要な要素である事ぐらいは君も理解しているはずだが?』

 

「分かっている」

 

 声の主に向けて皮肉染みた声を漏らす男性は、一切の迷いも見えない表情のまま言葉を紡ぐ。

 

「役割は果たす。私自身の目的を果たすためにも、な」

 

 携帯電話の電源を切り、男性は窓の外へと視線を向ける。

 

 時は、七月十三日の午前九時を切った所だった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 友達の行方が『消失』した。

 

 先日、互いに顔を見合わせ、遊びあった友達――紅炎勇輝が事件に巻き込まれた事を知ったのは、本日の朝にニュースを確認した時だった。

 

 現在、白色のカッターシャツを黒色のズボンに入れ込み、革のベルトで固定させた一般的な学生の衣装をした少年――牙絡雑賀(がらくさいが)は、自分の通っている学校で科学の授業を受けている最中であるのだが、どうしてもモチベーションが上がらずにいた。

 

(……どうして、よりにもよってお前が巻き込まれるんだよ……)

 

 先日別れた後に何かがあったのか、推測しても何かが思い浮かぶわけでもない。

 

 実際に事件の現場に立ち会った事があるわけでも無く、外部から与えられた情報を元にしているだけな所為だ。

 

 テレビや新聞に自分自身が本当に納得を得られる情報は無いし、仮に納得が出来たとしても、それは友達が消えた事を『受け入れる』事になってしまう。

 

 それだけは、絶対にしたくない。

 

 してしまったら、彼は『友達を失った』という事実を本当の意味で飲み込むしか無くなってしまうから。

 

(大体、最近のこの事件は何なんだよ。こんな事が現実に存在してるんだったら、既に何か解決のための行動が行われて『手がかり』の一つぐらい掴めてるはずだ。犯人の意図は分からねぇけど、こんなの拉致と変わり無い。何十人かの子供とかを人質にでも取って、政府に交渉しようとでもしてんのか……?)

 

 それが今のところ、『消失』した人達が生存している事を前提とした現実味のある回答だとは思う。

 

 現実に『行方不明』が題となる事件での生存者は少なくて、大抵は見知らぬ場所まで連れられた後に『最悪な末路』を辿る事ばかりだとしても、今回の事件までそうだとは思いたくない。

 

 現実を飲み込むのは、実際に事件に巻き込まれた『被害者』の姿を確認した後でも遅くない。

 

 だけど。

 

(…………警察『だけ』で、本当にこの事件は解決出来んのか?)

 

 根本的な問題として、ただの一般人が何をしても事件を解決する事は出来ないだろう。

 

 だけど、身内という『関係者』であるにも関わらず、助けになるような情報に何一つ心当たりが無い事が、どうしてももどかしい。

 

 推理小説などで地の文にひっそりと隠されている『ヒント』も、何らかの形で描かれたダイイングメッセージのような『痕跡』さえも見つからないのがこの数ヶ月の間に続いている事件の特徴である事は分かっていても、何かが欲しい。

 

 警察が事実を隠蔽している可能性は低いだろう。

 

 何か『手がかり』さえ発見出来ているのなら、それだけでも市民が浮かべる不安を少しは払拭出来る。

 

 その効果を分かっていながら隠しているのならば、既に警察という機関が機能を発揮していないとも言える。

 

 市民の安全を守る事に重点を置いているはずの機関が、むざむざ捜査に手を抜いているとは思えない。

 

 思いたくない。

 

 結局、この事件を引き起こした人物は何を目的に様々な人の行方を『消失』させているのだろうか。

 

 殺戮から繋がり生まれる快楽のためか、もしくは拉致をした後に遠い場所まで居を移しての人身売買か。

 

 不思議と、雑賀にはそれ等すべてが間違っている気がした。

 

「…………はぁ」

 

 思考を繰り返している間に、マシンガントークのように教科の内容を口にしていた教師による授業が終わり、次の授業が始まるまでの休み時間を迎えていた。

 

 適当に一礼してから教室を出る。

 

 目的の教室まで歩を進めている途中、横合いから声を掛けられた。

 

「お~い雑賀。随分と沈んでるみたいだが大丈夫か~?」

 

「……なんだ、お前か」

 

 雑賀に話しかけてきた眠そうな目の人物の名は縁芽(ゆかりめ)苦郎(くろう)

 

 雑賀や勇輝と同じく高校三年生で、友達――――と呼べるような存在では無い知り合い程度の関係を持つ男だ。

 

「朝礼の時に先生からも言ってたし、お前だってもう知ってるだろ。勇輝のやつが事件に巻き込まれて行方不明になった事」

 

「あん? なんだ、そんな事で気落ちしてたのか。てっきり小遣い大量に吐き出したのに期待していた物が手に入らなかったとか、そういうもんだと思ってたのに」

 

「喧嘩売ってんの?」

 

「俺の性格は知ってるだろ。他人がどうなろうが、いちいち気にするほど慈愛に満ちちゃいないよ俺は」

 

「……だとするなら、俺に話しかけたのは何が理由だ? 用件も無く話し掛けて来るような奴じゃないだろお前は」

 

「あ~、それはアレだ。単純に言いたい事があるだけだ」

 

 苦郎は本当に退屈そうに欠伸を漏らしながら言う。

 

「別に強制はしねぇけど、そんな風に同じ場所で暗い雰囲気を撒き散らしてるとこっちの気分に害が出んの。少しは割り切ろうと努力しろ」

 

「……それがあっさり出来るのなら、ただの薄情者だな」

 

「学校にまで来て、割り切れずにうじうじしてるだけの奴もどうかと思うが」

 

 何も知らない癖に、知った風な口を利く。

 

 この苦郎という男と出会ってから、今まで一度も他者の出来事に対して大した反応を示した所を見た事が無い。

 

 今回のように生き死にに関わるほどのものであっても、対岸の火事やテレビの中のニュース程度の認識しか持とうとしない。

 

 表情からも声質からも、切迫とした色を感じない。

 

 ついでに、嫌味染みた悪意も。

 

(……それでいて()()なんだからタチが悪いんだよなぁ)

 

 ハッキリと言って、雑賀はこの男の事が苦手だった。

 

 こちらから何を言っても言葉を受け取っているのかどうかすら分からず、一方で自分の意見は堂々と言ってくる辺りが気に食わない。

 

 一応憎めない部分もあるので、嫌いと言う程では無いのだが……やはり苦手だ。

 

 そんな思考を雑賀がかべている事を知ってか知らずか(高確率で後者)、苦郎は歩きながら言葉を紡いだ。

 

「あ、そうそう。もう一つ言いたい事があったんだった」

 

「お前ともあろう奴が珍しいな。何なんだ?」

 

「そんなに『事件』が気になるんなら、自分の目と足で調べるこったな。他者から与えられる情報よりは信憑性のある物が得られるだろうし」

 

 好き放題言って、苦郎は歩き去ってしまった。

 

 雑賀は思わず呟く。

 

「……『安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)』か何かかよアイツは」

 

 学校に来る時以外はほとんど外に出かけたりしていないのにあんな言葉が出るのだから、やはり苦手な男である。

 

 しかし、言葉には頷けた。

 

 無知な状態から脱却するためにも、学校が終わったら何かしてみようと雑賀は心に誓った。

 

 ……尤も、具体的な案は何も無いのだが。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 その青年は、病院の一室で窓を眺めていた。

 

 寝床から掛け布団までも真っ白いベッドの上で横になり、その目で外だけを眺めていた。

 

「………………」

 

 憂鬱そうにしている青年は、溜め息すら吐いていなかった。

 

 そんな事をしても意味が無いという事を、きちんと理解しているからだった。

 

「………………」

 

 病院での生活も、何日経ったのかさえどうでも良い。

 

 時折、両親や友達が見舞いに来てくれる事はあっても、心境に変化は無かった。

 

「………………」

 

 青年は片手で布団の端を掴み、そのまま立ち上がろうとしてみた。

 

 だけど、()()()()()()()()()()()では、バランスを取る事も出来そうに無い。

 

 無駄な行為だと分かっていても、納得なんて出来るわけが無かった。

 

 奇跡的に命は助かっても、その先に自分の見ていた『夢』が見えなくなった。

 

 大らかに膨張させた表現などでも無く、青年は本当に『それ』を体験しているのだ。

 

 生きている心地なんてしていないし、このまま退院したとしても出来る事なんて高が知れていた。

 

 だから。

 

 自分のすぐ傍に『誰か』が近付いている事に気がついていても、驚いたような反応の一つさえ無かった。

 

「……ほぇ~、こりゃあ想像してたより思いっきり絶望してんなあ」

 

 知った風な口を利かれても、青年の知った事では無かった。

 

 ただ、事情を知っているのなら話相手ぐらいにはなるか、程度の認識を青年は持っていたらしく、首さえ動かさないまま後ろの『誰か』に声を掛けた。

 

「…………誰なんだ?」

 

「誰でもいいだろ。俺が来なくても、別の誰かが代わりに行くだろうし」

 

「?」

 

 どうやら、見舞い目的に来たわけでは無いらしい。

 

 その声質自体は三十台前半の大人のような雰囲気を感じるが、大前提として聞き覚えの無い声だった。

 

「なぁ。突然だが、お前の望みを叶える方法があるって言ったらどうする?」

 

「……望み?」

 

「お前が一番願ってるだろう事だよ。なぁに、方法はシンプルだ」

 

 その『誰か』は、わざととでも言わんばかりに悪意をチラ付かせながら、青年に向けて自分の告げたい事を告げた。

 

 言葉通り、望みを叶えるのにとてもとてもシンプルな方法を。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 第三時間目の授業科目は体育。

 

 そして、夏場の学校の名物と言えば水泳である。

 

 男子女子、それぞれがプールサイドにて学生指定の水着を着用しており、現在進行形で準備体操の真っ最中。

 

 当然その中には、別に水泳が好きなわけでも何でもない男子高校生こと雑賀の姿もある。

 

(…………水泳とはよく言うけど、ぶっちゃけこれって水遊びみたいなもんだよなぁ)

 

 学校で行われている水泳の授業をやっても泳ぎが上手くならないという話はよく聞くが、その原因はそもそも『泳げるようになるため』に練習するためでは無く、どちらかと言えば『水の中での運動』を意識しているからだという。

 

 その上で『泳ぎ』そのものを上手くしたい、もしくは選手を目指したいと思っている人物が、主に水泳の部活動に参加するらしい。

 

 プール特有のハイターを混ぜた水のようなニオイに慣れない雑賀だが、とりあえず教師の指示に従って泳ぐ。

 

 手のひらで水を搔き分け進んだ先には、当然ながら反対側の壁がある。

 

 基本的に生徒はプールの端から端まで足を床に付けずに泳ぎ切り、それを何回か繰り返すのだ。

 

(しんどいなぁ……そりゃあ、夏だからこういうのがあるってのは分かりきってるんだが……)

 

 ゴーグルのお陰で目に水は入らないが、泳ぐ途中で呼吸した際にうっかり水を飲んでしまう時だってあり、おまけに例の『消失』事件もあって、正直言って気分は良くなかった。

 

 正直、夏場の水泳というシチュエーションには飽きている。

 

 とっとと終わらせて調べ物に移行したいと思っているが、最低限の学業をすっぽかすわけにもいかなかった。

 

 途中、誰かと話す事も無いまま授業は終わり、それぞれは更衣室にて衣服を制服に戻す。

 

 『消失』事件の影響で、学習活動は一時間目から四時間目――午前中が終わると共に終わり、そのままそれぞれの教室にて終礼の時間となる。

 

 足りない分の学習量は、その分だけ量が増し増しとなった宿題によって補う事になっていて、一部の学生からすれば嬉しかったりも迷惑だったりもする話だった。

 

 尤も、理由が理由なのでそういった感情を表に出す人間は少ないのだが、雑賀にとっては好都合だった。

 

 学業を終え、彼は彼なりに事件の手がかりを追い始める。

 

 その先で、元の日常を取り戻せる事を願いながら。

 




最初っから重たい雰囲気撒き散らしすぎて別作品状態。

そりゃあデジタルワールドからリアルワールドに視点が変わったから作風も変わって当然なのですが、なんともまぁこの雰囲気を維持し続けられるものなのか……まだ『デジモン』が未だに登場していない状態なのですが、たまにはこんな話もアリですよね。

この『第二章』には、当然ですがギルモンのユウキやベアモンやエレキモンは登場しません。

なので、この『第二章』での主人公は今回フルネームが明らかになった『牙絡雑賀』という事になります。

どこにもここにも怪しい雰囲気を撒き散らしつつ、第二章の始まりとなるお話は終わりとなります。

では、次回もお楽しみに。

感想・指摘・質問等があればいつでも歓迎しております。


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七月十三日――『常識の中の迷路と釣り針』

予想以上に執筆が難航しててここまで遅くなりました。

既に様々な推理は『第一章』でもやってますし、ここは一つ展開を(飛ばしてはいけない物は書いた上で)ぶっ飛ばしてみました。ずっとグダグダな推理パートだけで数話も経過させるのもアレですしね。

今更なのですが、この小説には『デジモン化』というタグを導入しています。

Pixivとかではたまに見かけるトランスファー的な作品に付けられるタグなのですが、この作品における『デジモン化』は色々な意味合いを付けようと思ってます。

まぁ、その意味が公開されるのはいつなのか、全く未定なのですが(ぶっちゃけ話が長すぎる)。

皆さんは自分がデジモンに成れるのならどんなデジモンが良いのですかな?

この小説では割と影の薄いデジモンも登場させる予定なので、楽しみにして頂けると嬉しいです。




 

 自宅に帰って昼食を食べてから約三十分後、現在進行形で情報収集を開始する雑賀。

 

 結局の所、彼は自分の足で調べるよりも先に、他者の遺した情報を参考にする事しか思いつかなかった。

 

(……つーか、そもそも『犯人』の特定が出来ないんじゃあなぁ。現場には足跡が『被害者の物しか』残されていないらしいし、調べる事がそもそも出来ない。大体の話、どういう手段で『誰からも見つからずに』人間一人を連れ浚えるんだ……?)

 

 完全犯罪の手口は基本的に『手がかりを何も残させない』事にある、と雑賀は思っている。

 

 隠すとか、判別をつかなくさせるとか、そんなレベルでは無く『本当に』どうやっても見つけられない状態を作り出し、自身の『罪』に繋がるものを隠滅する。

 

 例えば、一人の人間を殺した犯人の場合、凶器に自分の指紋を付けないために手袋を装備するのもそうだが、凶器そのものを地中に埋めたり数多の残骸に変貌させたりゴミとして処理したりする。

 

 一方で、殺し終えた死体はどうするか。

 

 こちらの場合、方法は様々だが大前提として死体を『見つけられない場所に』隠すためには、警察や周辺の住民の目から逃れた状態で移動しなくてはならないわけで、警察でも捜せない道が必要になる。

 

 目の届かない場所にさえ来れば、後は重りを乗せて海底に沈めるなりなんなり出来る(と思う)。

 

 だが、この市街地には裏道と呼べるほどの路地はほとんど存在しない。

 

 仮に存在したとしても、そこはむしろ怪しさから警備の目が行き届いている場所だ。

 

 架空の物語(フィクションアニメ)のようにマンホールの下を通過しているとしても、どの道地上に出ないといけなくなり、出た所を見つかれば容疑者としての疑いは避けられなくなるので同じ事。

 

 まず『人の目に付く場所』はこの事件に結びつかない、と雑賀は思う。

 

 逃走に使っている『足』が何なのかも重要だが、そんなものは確定的に『車』の一択である。

 

(……と、なるとだ)

 

 その『車』のどこに人間を隠しているのだろうか。

 

 積み荷として運ぼうものなら、途中で警察が『捜査の一環』と口実を作るだけで発見出来る。

 

 眠っている『同乗者』として扱ったとしても、指名などを調べ上げれば直ぐに気付かれる。

 

 今時、特別待遇で検査を見逃してもらえるような人物なんていないだろう。

 

 自動車以外の移動手段として代表的な乗り物と言えば……。

 

(……電車は確かに大量の人込みに紛れる事が出来るし、一度に多くの距離を稼ぐ事が出来る。だけど、当然そこにも警備は存在する。調べる物を『人間大の荷物を運べる』物にだけ限定すれば他の客の迷惑にもならないし……第一、防犯カメラだってある。同じ理由で飛行機もアウトだ。だが、ああいうの以外に多くの人間の中に紛れる事が出来る『車』なんて……バスはバス停という『固定された目的地』に警備を設置するだけで見つかるし……)

 

 そうして考えている内に、雑賀はふと思った。

 

 そもそも、人込みの中に紛れる必要があるのか、と。

 

 ナンバープレートを換えた盗難車という手段だってあるが、もっと身近に『固定された目的地』以外の場所に移動する手段があったではないか、と。

 

(……まさか、タクシーか……?)

 

 有り得ない話でも無い。

 

 実際、タクシーはバスや電車のように『固定された目的地』に止まるのではなく、お客様の口頭指示などによって『どこまで』走って『どこで』止まるのかを決定出来る。

 

 その上、運転手は基本的に客の荷物を見ようともしないし、後ろの座席に乗っている時点で見る事も難しい。

 

 何より、タクシーの中に警察が同乗している、なんて話は聞いた事も無い。

 

 大きなトランクか何かにでも『人間』を積める事が出来れば、あるいは警察の目を誤魔化したまま移動出来るかもしれない。

 

 だとすれば、調べるべきなのは――――。

 

(……逃走ルート)

 

 あまり難しく考えるのでは無く、むしろそうしている事で視野から外れているその盲点。

 

(それさえ分かれば、犯人が何処に逃走して居を構えているのかの思考が開けてくる。少なくとも、今の何も知らずにウジウジ悩むしか出来ない状態からは抜け出せる。このまま無力なままで居てたまるかってんだ)

 

 せめて、一矢だけでも報いる。

 

 この蟠りを残したまま人生を送る事になるのは勘弁だし、どの道このまま何もしないままでは自分自身の安全さえ保障は出来ない。

 

 ……実際には、調べようとする動きを匂わせたり見せたりするだけでも危険を被る可能性は高い。

 

 だが、それを理解した上で、彼は手持ちのスマートフォンを無線でインターネットに接続する。

 

 使用する情報源は、何分間単位で情報が更新される掲示板。

 

 時折目にしたり写真に写したりしたものを即興で書き込めるそのサイトならば、憶測だろうが何だろうが『手がかり』を掴むのに事欠くことも無い。

 

 やはり『消失』事件に対する関心からかレス数は多く、ネットネームを使って話題を展開している住人の会話を見ていると、やはり推理を述べる人物はそれなりに居るようだった。

 

 だけど。

 

「……イマイチ、ピンと来る奴は無いなぁ……」

 

 率直に言って、信憑性を感じられる物はほとんど無かった。

 

 各地域から情報が集められているとは言っても、その殆どが『何故か納得の得られぬ物』としか受け取れない。

 

 車以外にも、下水道の中に何らかの空間を秘密裏に作ってそこに隠れているとか、路地から入れる秘密の通路を通って入ったビルの中イコール裏稼業を軸としている企業の所為だとか、何かのトラックの荷物に紛れて移動しているだとか、何と言うか現実味のあるような無いような推理が立ち上がっていたのだが、その全てが『別の地域』の出来事で、そもそもそんな事は不可能である。

 

 下水道で穴でも空けようと工事機具なんて使ったら生じる音であっさりバレるし、路地から入れる秘密の通路なんて実用性を考えても難しく、トラックの荷物なんて身を隠す事の出来る物は滅多に無い。

 

 何より、その全てが『実際に目で見て』調べた物じゃないという事実が信憑性を低下させている。

 

 当然の事ではあるし、雑賀自身も大きな期待を抱いていたわけでは無いのだが、やはり望む『手がかり』は遠い。

 

(苦郎の言ってたのはこういう事か。確かに、他者の情報から信憑性は引き出せない。こりゃあ本当に自分の足で調べに動くしか無いか……)

 

 かと言っても、何処から探索を開始するのかさえ決まっていない状態なので、思考を広げるぐらいしか出来る事が無い。

 

 自転車で行動出来る範囲には限度があるし、行動出来得る範囲を全て調べるには時間が掛かりすぎる。

 

 明確なタイムリミットなんて分かるわけも無いのだが、早急に【手がかり】を掴むのなら事件が起きてからそう時間が経っていない方が良いに決まっている。

 

 だからでこそ、どう動くべきかを考えなくてはならない。

 

 事件の現場であった公園は既に警察が調べに入っているために探せない。

 

 だとすれば、まずはその周辺の道順を辿ってみるべきだろうか…………と、思っていた時だった。

 

「……ん?」

 

 少し遠めの位置から、非常事態を意味するサイレンの音が響いて来た。

 

 音の発生源は確定的に道路の方からで、音の感じ方からするとパトカーでは無く救急車の物らしい。

 

 それ自体は然程珍しいとも思えない物なのだが、雑賀が疑問を浮かべたのはそこでは無い。

 

 救急車の向かったと思われる方角には、自分にとっても関連のある建物が存在している場所があったからだ。

 

 その場所の名を、疑問形で呟く。

 

「……水ノ龍高校(みずのたつこうこう)…?」

 

 それは、雑賀の通っている高校とは違う場所に存在する、一般的に何の問題点も耳にしない『普通の』高校だった。

 

 自分が通っているわけでは無いため詳しい事は分からないが、救急車が出動(でて)いるという事は、学校に通う生徒か教師の身に何かがあったという意味だろう。

 

 それも、命に関わるレベルで。

 

 現在の時刻は午後の二時四分――まだ日も十分過ぎるほどに登っていて、何者かが身を隠して犯行に及ぶには明るすぎる時間だ。

 

 自分が捕まる事を前提に『何か』をした、という可能性も無くは無いのだが。

 

「……まさか」

 

 これも『消失』事件と関係のある事なのだろうか。

 

 そう半信半疑で思いつつ、危機感を抱きながらも、雑賀は自転車の進行方向をサイレンの響く救急車の停車地点に向けた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 その人物――と言っていいのか分からない存在は、高い所がそれなりに好きだった。

 

 色々な場所を高い所から眺められるという状況だけでも、奇妙な高揚感を得られたからだ。

 

 彼は遠く離れた位置に視えている状況に対して、率直に言葉を漏らす。

 

「……ん、割と行動早いな。あのガキ」

 

 あまり期待をしていなかったスポーツの試合の展開に思わぬ面白さを見い出した時のような、気軽な声調。

 

 その瞳には獰猛な黄の色が宿っており、その視線から感じ取れるものは好奇心か悪意ぐらいしか無い。

 

 衣服は下半身のカットジーンズぐらいしか外部からは見当たらず、都会で見る容姿としては明らかに場違いな雰囲気を醸し出している。

 

 適当に高所から眺めていると、ジーンズのポケットに入っていた携帯電話が振動した。

 

 彼はそれに気付くと、右手で携帯電話を取り出して画面を立ち上げ、通話用のボタンを押す。

 

「どうした、経過報告か何かか? ちゃんと監視してるぜ~?」

 

『……お前の場合、気が付くと居場所が分からなくなるからこうして確認する必要があるんだろうが。まぁ、ちゃんと監視が出来ている事には関心して……』

 

「ギャグのつもりか? いやぁ、割とクール系なアンタもそんな事言うのなぁ」

 

『今度対面したら縛り込みでアームロックするがよろしいなよろしいね』

 

「マジでスイマセンでした、ハイ」

 

 彼は通話相手の言葉に危機感を覚えたのか、トラウマを思い出したような顔と声のまま謝罪したが、通話相手は無視して言葉を紡ぐ。

 

『で、そちらはどうなっている?』

 

「……あ~、病院で見つけたガキの伸びっぷりは思いのほか早い。才能の問題なのか何なのかは知らんけど、悪くはないんじゃねぇの? ていうか、アンタの方はどうなんだ」

 

『つい先ほど発見したが……どうなるかはまだ分からん。何せ、力を持った後の人間が行動に出るまでには、何らかの目的か計画が必要とされるからな。むしろ、そちらの動きが早いのは、既に「やりたい事」が決まっていたからだろう』

 

「あのガキは右腕と右足がキレーに無くなって数日は経ってたらしいしなぁ。『やりたい事』は大体想像つくがよ、一応はこれでいいのか? 正直俺の方は計画練るとかそういう分野じゃないからよ」

 

『構わない。「彼」がちゃんと目覚めてもらえればな』

 

「『彼』……()()()()()()()()()

 

 九階建ての高層ビルの屋上から一点を見下ろしている彼は、視線をそれまで向けていた位置から少しズラす。

 

 自転車を漕いで移動している、一人の青年の姿が視えていた。

 

 面倒くさそうに、彼は言葉を紡ぐ。

 

「つーか、しゃらくせぇな。(イベント)が起きて、それに探りを入れさせる形で巻き込ませる。そんな事しなくても、とっとと『仕掛けて』みればスムーズに進行出来るだろうに、どうしてこうも回りくどい方針にすんだ? 俺かアンタにも出来ない事では無いだろうに」

 

『私達が安易に介入した結果、何らかのイレギュラーが発生する可能性だってあるだろう。そもそも「彼」だけでは無いのだぞ? 計画に必要とされるピースは』

 

「つまり、あっちがあっちで『勝手に』成長してくれるのに期待して、俺達は変わらず『(うなが)す』事に集中しろって事か」

 

『そういう事だ。多少の「誘導」は「奴」がやってくれるだろう』

 

 聞いていながら、彼は気の抜けたように背筋を伸ばす。

 

 校長先生の話などが駄目なタイプなのか、もしくは睡魔でも襲ってきているのか、同時に欠伸も出てきた。

 

「……っだ~、退屈だわホントに」

 

 携帯電話越しに聞こえる声に、通話相手は呆れた風に言葉を漏らす。

 

 それは、明らかに、人間が話すような内容とは違うもので。

 

『お前の場合、下手すれば天災を呼び出してしまうだろう。むしろ今は何もするな』

 

「あ~? 天災とかご大層な表現するのはいいが、俺のはまだマシだろ。大体、このご時勢に火力自慢なんて何にもならねぇよ」

 

『こちら側の世界でも「あちらの世界」でも、十分天災クラスだろう。子供……ではあるかもしれないが我慢しろ』

 

「へいへい」

 

 そして、彼は通話の最後をこんな言葉で締めくくった。

 

「ま、しばらくは高い所から傍観するとしようかね。『脇役』がどんな風に力を使うのか、興味が無いわけでもないし」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 結論から言って。

 

 雑賀は救急車が向かった先の高校の敷地内へ入る事が出来ず、外部から被害者の状態を調べられずにいた。

 

(……そういやそうなんだった。普段は意識してなかったけど、基本的に学校ってのは『関係者以外立ち入り禁止』なんだよな。こりゃあどうすりゃいいかねぇ……)

 

 水ノ龍高校では無く、別のとある高校の生徒である雑賀は立場上この学校の敷地内には許可無く踏み込めない。

 

 本当ならば何らかの事件が起きたのであろう場所を警察よりも先に調べ、何か『手がかり』に繋がりそうな情報を得たかったものだが、思いっきり出鼻を挫かれてしまった。

 

 生徒が被害に受けた直後で仕方の無い事ではあるのだが、校門の外側から手を振って教師を誘導しようとしても、マトモに相手をしてもらえなかった。

 

 この分だと、病院の方でも意識不明となっているらしい被害者の生徒の件で忙しくなっているだろうから、救急車を追っても今は情報を入手出来ないだろう。

 

 そんなわけで、再び手詰まり状態となってしまった。

 

 結局、今頼りに出来そうなのは自分自身で得た情報でしか無さそうなのだが……。

 

(ネットの情報は現状だと信憑性が低い。地域別の『つぶやき』は事件解決に繋がる情報が薄いだろうし……やっぱり、ここに来る前に決めた方針で行くか……?)

 

 そんな風に、気持ちを切り替えて自転車をこぎ出そうとした時。

 

 唐突に、ポーチバッグの中に仕舞っていたスマートフォンがメールの着信音を鳴らした。

 

「あん?」

 

 思わず、疑問を含んだ声を漏らす雑賀。

 

 彼はスマートフォンを持っているが、メールのアドレスを登録している相手は家族の物ぐらいしか無い。

 

 この時間帯に家族からメールが来た覚えは無く、家族以外からメールを貰う事なんてまず無い。

 

 そのはずなのに、受信したメールは明らかに家族からの物では無かった。

 

 内容に、目を通す。

 

『FROM・お前の味方以外

 TO・牙絡雑賀(がらくさいが)

 SUB・ヒント

 本文/お友達の行方を知りたいんなら午後二時半以内に「タウン・オブ・ドリーム」一階のカフェに来い。来なかったら帰る』

 

 ………………………………………………………………………………………………。

 

「は?」

 

 またもや疑心に満ちた声を漏らす雑賀。

 

 それもそうだろう、全く未明の相手からのメールというのも当然の疑問を覚えたが、何より本文の内容が明らかにおかしすぎる。

 

 雑賀の本名を知った上で『お友達』なんて記述するのであれば、それは間違い無く紅炎勇輝の事。

 

 そして、その行方を知れる者は連れ去った張本人かその関係者ぐらいだ。

 

 その、人物が。

 

 何故、こんなメールを送ってくる?

 

(……誘導してんのか?)

 

 率直に考えても、罠の可能性はあまりにも濃厚だ。

 

 だって、あまりにもイレギュラーが過ぎる。

 

 犯罪者でありながら、身を隠さずにこんなメールを送ってくるなど、人情を利用した誘導策としか考えられない。

 

(……ただの迷惑メールか?)

 

 仮にそうだったとするなら、かなり手の込んだイタズラだろうと雑賀は思う。

 

 だが、互いに顔すら知らない関係でありながら、イタズラのために一個人の情報を入手しようとする者が居るとは思えない。

 

 このメールの発信者が『消失』事件に関する情報を握っている人物である確立は、低くないだろう。

 

 そして、その裏には確実に危険は待っている。

 

「………………」

 

 現在時刻、二時十二分。

 

 メールの贈り主が記述している事が本当なら、あと十八分で『手がかり』への道が閉ざされる。

 

 行けば少しだけでも『手がかり』は手に入るかもしれないが、身の危険も当然伴う。

 

 その二つの進路を頭に浮かべ、メールの送り主の危険性を感じつつ。

 

 彼は、言う。

 

 

 

「……舐めやがって。行くに決まってるだろうが……ッ!!」

 

 

 

 怒りを声に込め、犯罪者の笑みを脳裏にイメージしつつ、彼は自転車を目的の方角へと向けた。

 

 もしもイタズラだったらスパムメール扱いで通報してやる、と同時に決めながら。

 



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七月十三日――『平穏が失われるのは常に唐突』

おまたせしました。

去年十二月の更新以来、ニコニコの生主さんとスマブラ対戦したりモンハンしたりで時間が中々取れず、追撃の多忙コンボでここまで更新が遅れてしまいました。

なのでという訳ではありませんが、今回の話はちょっぴり文字数が多めになっております。ざっと8000字ぐらいでしょうか。

『第一章外伝』よりも先にこちらの方を更新した方が良いとも思ったので、前回の時点でそれなりに唐突な展開(想定内)が発生した『第二章』の続きを投稿するに至りました。

では、ずっと退屈な展開に微妙な反応しか出来なかったお方も居ると思いますが、今回の話は一種の通過点というかぶっちゃけこっちの方が『第二章』の始まりっぽいお話です。


 タウン・オブ・ドリーム。

 

 繁華街、商店街、地下街、海外の街――そういった『人と建物が集中する場所』を強引に一つの巨大な建造物の中に集約させた結果、様々な国の料理や衣服を専門とした売店が多彩に建ち並び、一種の遊園地と化した施設の名である。

 

 一説では近代化の第一歩として技術を結集させ、いずれは日本で一番科学の発展した観光名所とする予定だとか、各国との友好的関係を築くための巨大なシンボルだとか、トンでもない巨額を貯め込んだ資産家が土地を買い込んで孫のために巨大な遊び場を作ろうとした……だとか、噂話にも種類があったりするレベルでは『今の時代』の日本の中は有名な場所だったりする。

 

 実際、この施設には海外発案な興味をそそる料理だったり衣服だったり、それ以外にも単純に遊び目的でやって来る人間は多く、現にこの施設に足を運びに来た雑賀は、一般のデパートでもよく見る人込みの影響で思うように進む事が出来ずにいた。

 

 走って他人とぶつかってもアレなので、ひとまず早歩きで目的の場所に向かう。

 

(……にしても、そういや最近は来て無かったな。場所が比較的遠くて来るのが面倒なのもあったが、ちょっと見ない内にまた新しい要素でも取り入れてんのかね)

 

 この施設の変わった特徴に、公式発表の時点でまだ『未完成』であるらしいにも関わらず、有名な遊園地と同クラスかちょっと上レベルの人気を得ている点がある。

 

 単に様々な国の特色を取り入れているだけで無く、それを実現する過程で施された技術のレベルが日本という国の中でも最大級の物(だとテレビでは語られている)だからという理由もあるだろう。

 

 建物の中でありながら天井には立体映像で現実の物かと錯覚しそうな青空の動きが、新種のスポットライトかと錯覚するような巨大な電極(?)によって太陽の輝きが常に再現され、それ以外にもまるで幽霊のように実体を持たない形で様々なアニメや漫画の『キャラクター』が歩いている姿を目にする事が出来る……ように演出するための何らかの映像技術が実用されてたりなど。

 

 実際に『それ』に触ったり話しかけたりする事が出来ないとしても、一方的な自己満足に過ぎないとしても、二次元的な情報は人間の好奇心を刺激する。

 

 まるで、夢の中に入り込んだかのような……それでいて現実に確かに居ると認識出来るからでこそ、不思議な魅力を醸し出して客を寄せているのかもしれない。

 

(……つーか、一階のカフェとは書いてたが、具体的な店の名前までは書いてくれなかったのは……いやまぁ本当に誘拐犯の仲間なら、位置を特定されるような文面は控えるつもりだったのかもしれんけど)

 

 雑賀が歩いている『タウン・オブ・ドリーム』の一階……というか全階層に共通する事だが、やはり食品や衣服だけに限らず雑貨や書籍関連を含めて売店が多く、その中からピンポイントでメールの送り主の指す場所を特定するのは難しい。

 

 何より、実を言うと雑賀は今日までカフェと呼べるような店に立ち寄った経験がほとんど無い。

 

 コーヒーやスコーン等の上品さの漂う食品より、炭酸飲料とかスナック菓子やらを食らう事が多い『質より量』な思考の持ち主である彼からすると、カフェなんて大人になっても居酒屋とかと比べると立ち寄る可能性がかなり薄い場所だと考えていたのかもしれないが、それでも今回は友人の安否の確認などが掛かっているため、仕方なく来たのに変わりが無いのである。

 

 更に言えば、他の大半がこの『タウン・オブ・ドリーム』に娯楽や食事目的で来ているにも関わらず、明らかに焦燥感に襲われている雑賀の姿は風景から見ても浮いている。

 

 ふと携帯電話を開いてみると、液晶画面に表示された時刻は既に二時の二十七分に移行し、残り時間が三分を切った証拠を示していた。

 

(……ちくしょう、残り約二分……それまでに探せるのか)

 

 こうなれば人込みとか関係無く走って探すか、と思い始めた時だった。

 

 

 

「やあ」

 

 

 

 またも、唐突に。

 

 約十分前に突然流れたメールの着信音よりも緊張を奔らせる声が、背後から雑賀の耳に入り込んできた。

 

「………………」

 

 雑賀の想像している通りならば、わざわざこの『タウン・オブ・ドリーム』で知り合いも友達も引き連れずに来た自分に話しかけてくる人物は、偶然にも同じ道に通り縋った友達や知り合いか、もしくはメールを送り込んできた人物そのものぐらいだろう。

 

「いや~、カフェと明記したのはいいけど正確な名前までは書いてなかったとうっかりしてね。だから制限時間過ぎた頃にまたメールで制限時間の延長と店の名前を告げようと思ったんだけど、その前に適当に歩いてたらお前の姿が視界に入ったもんだから、逆にこっちから来ちゃったよ」

 

 恐る恐る、背後を振り向く。

 

 そこで、見たのは。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 友達のために奔走している者もいれば、自分の家で無難な生活を営んでいる者もいる。

 

 むしろ、下手に事件に関わろうとして二度と帰れなくなるより、安心を得られる団欒の場に居た方が安らいでいられるから……と述べるとかなり芯の通った理由に聞こえそうなものなのだが――――まるで、そんな事を思っていないであろうと思える人物を目の当たりにしている少女は、単刀直入に目の前の青年に向けて呆れた声で言った。

 

「……ねぇねぇ、何をしてやがるんだニート兄。宿題(レポート)は終わったの?」

 

「んあ……?」

 

 言った言葉の内容と言うよりは、言葉を発した制服姿の少女――縁芽好夢(ゆかりめこうむ)の声に反応したかのように、自室のベッドでこんな真昼間にパジャマで寝そべっていた青年――縁芽苦郎(ゆかりめくろう)は目を覚ます。

 

 彼は一度ベッドの上で背筋(というか体)を伸ばすと、その体制のまま言葉を返す。

 

「好夢か。元気っぽくて何よりだわぁ」

 

「だらけてないで質問に答えろや。というか、例の件で中学の時間が削られてるって事は苦郎にぃも知ってたでしょ? いつの話してんのよ」

 

「いやいや元気ってのはそっちじゃなくてな。やっぱりアレだわ。牛乳のお陰でちゃんと成熟してきデゴブブブーッッッ!!?」

 

 最後まで言い切る前に、苦郎は自身の妹である好務が反射的に放った踵落とし(一瞬パンツが見えそうだったが短パン装備である)を股間に頂戴して悲鳴に近い奇妙な声を漏らす事となった。

 

 股間を押さえて悶絶する兄に向けて、好夢は坦々と言葉を紡ぐ。

 

「……オトメの何処をイメージしてナニを言おうとしやがってんの?」

 

「どっ、おぉぅ…………そ、そりゃあ当然そのまな板みた」

 

「二発目いっくよ~」

 

「待って!! ガチで潰しに来られたら俺男性から女性にジョブチェンジしちまうからやめて!! 別に好夢が貧乳である事を兄であるワタクシは何も残念に思ってンゴォ!!??」

 

 全然懲りてないようなのでもう一発踵落としをブチ込み、もう本格的に泡とか吹きそうな苦郎に向けて今度こそ返答を促す。

 

「で、いったい全体何をやってるの? 昼飯は食べたみたいだけど、その後はただ寝てるだけ。この時間に宿題を早くやれとまでは言わないけど、とりあえず枕元にエロ本敷いて寝るのは止めろ。それも三次元じゃなくてニ次元の女物だし……何なの? 昼寝を趣味にしてたらいずれ何も出来ない人間になるよ?」

 

「ぉ……ぅ……ぇ、えぇとだな……それはアレだよ。昨日辺りに夜更かししてな……それで学校の中でも眠気がすげぇんだわ、これが。だから寝溜めしてんの。それと、そこの保険体育の参考書的なアレはそれで見れるかもしれない夢に影響を与えるためのアイテムな」

 

「……人間の体って睡眠時間を『溜める』事が出来ない仕組みになってなかったっけ? あと、やっぱりまた夜中までネトゲしてたのかこの兄は。そんなんだからリアルで友達が少ないんじゃないの?」

 

「現実で生きてくのに必要なのは友好じゃねぇ。一定以上のビジネスマナーと成績だ。それと友達(フレンド)って言える奴ならネットにそれなりに居るっての」

 

「典型的なダメ人間の図じゃん……まぁ、実際成績は良いらしいけど」

 

 苦郎が自室としている部屋の中は少し散らかっていて、少し目を向ける方向を変えてみるだけでも漫画やら小説やらゲームソフトやらが散らばっているのが見えている。

 

 それぞれのタイトルは『デジモンネクスト』だとか『フィギュアウォーズ』だとか色々だが、そういった割と小学生などにもウケそうなタイトルの物以外にも思春期の男子が好みそうな物まで混じっている。

 

 そして、そんな部屋の現状を作り出している張本人は、そんな事を気にしている感じも無く口を開く。

 

「で、俺にそういう事言うのはいいけど、何の用で部屋に入ってきたんだ?」

 

「苦郎にぃが最近本当にだらけきってて、それが見てられないから喝を入れに来た。それだけ」

 

「えぇ~……少しぐらいだらけてていいじゃんか~」

 

「ダメとまでは言わないけど、苦郎にぃの場合は度を過ぎてんの。昼に帰ってくるようになってから、苦郎にぃはその後の時間の殆どを昼寝して過ごしてるじゃん。ざっと二時間から三時間ぐらいは軽く。受験とかも想定するんなら、もう勉強とかに時間使うべき時期なんじゃないの?」

 

「ん~……勉強とか面倒くせぇし……てかもう殆どは覚えちまってるしなぁ……」

 

「その辺りの過信が受験落ちに繋がったら洒落にならないでしょ。いいから起きて、勉強以外でもいいからせめて何かしようよ」

 

「……………………」

 

 苦郎は、少し考えるような素振りを見せたが。

 

「……やっぱり無理。もう一時間ぐらい寝させて」

 

「い・い・か・ら!! 起きて何かしろグータラ兄貴がァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「いや本当に眠いんだから寝かせてよぉ!! つ~かどうしていつも俺が昼寝してると襲撃してくるわけ!?」

 

「アンタは現実に現れた何処ぞのメガネ小学生か!! 今日こそはその怠け腐り切った根性、物理的に叩き直してやるわーっ!!」

 

 えーっ!! 怠けはしても腐った覚えは一度も無いんですけどーっ!? と苦郎は弁解の叫びを上げるがもう遅く、怠け者の兄とは対極で努力家な上に柔道部所属な少女が極め技の体制に入る。

 

 世の中で、どういう状況を平穏と呼ぶべきなのかは判断の難しい所だが、少なくとも平和と呼べなくも無いかもしれない、そんな変わった兄弟のじゃれ合う光景は青年の「ギブ!! ギブだから許してっていうかそれ以上はマジでいけないーっ!!」という悲鳴と共に流れていくのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そこは、やけに自然の雰囲気が漂うカフェだった。

 

 いかにも高級な木材を使ってますよ~と言わんばかりの茶色いテーブルに椅子、そしてカウンターが設備されていて、入り口でも出口でもある道の両端には、二酸化炭素から綺麗な空気を生み出す事が出来る(らしい)観葉植物の一種が鉢と共に設置されている。

 

 割とこの手の飲食店(特にファーストフード店)では木造のテーブル等を取り扱う事は少ないらしく、明らかに森の中をイメージしたのであろうこのカフェでは、数多くの客が菓子を口にしながら世間話やら身内話やらの談笑をワイワイガヤガヤとまではいかないものの繰り広げている。

 

 その中に混じった二人の内の一人――――頭髪を若干金に近く染めていて、上に紺色のTシャツを着て下に黒色のジーンズを履きこんでいる現役高校生こと牙絡雑賀(がらくさいが)は、何かもう傍から見ても分かるレベルで呆けた顔をしていた。

 

 理由は単純。

 

 彼、雑賀自身が置かれている状況そのものである。

 

「……何これ?」

 

 彼の目の前のテーブルにはこのカフェで最近作り始めたらしいスポンジ記事系の菓子が置かれているが、正直そんな事はどうでもいい。

 

 問題なのは、自分と対する位置に居る茶色に染められた髪の毛にポニーテールの髪型で、衣服としては季節に合った半袖ではなく、生地は薄いようだが長袖でサツマイモみたいな色をした上着にオレンジ色のズボンを穿いている―‐女性の存在である。

 

 メールの事を知っているという事は、雑賀をこのカフェに呼び込んだのは間違い無くこの女性なのだろうが……何と言うか、明らかに物凄く秘密裏に動いてそうなのに関わらず、全身を黒服とかでカモフラージュしているわけでも何でも無く、いかにも『好きで着てますよー』な意味合いしか感じられていない。

 

 その女性は、思わず呟いた雑賀の言葉に疑問符を浮かべると、率直な意見を述べた。

 

「何って新商品らしいミルクティー味な紅茶ケーキだよ? うぅん、確かにそれっぽい味はするけど全体的にショートケーキの下位互換っぽい感じが拭えない。ていうか原材料が同じ乳製品って以外に茶葉以外の長所が見当たらない!! でもまぁ何だかんだ言っても美味しいから別にいいか」

 

「別にいいかじゃないよ馬鹿じゃねぇの!? 俺達!! 一応っ!! て・き・ど・う・し!! テーブル挟んで優雅にティータイムに突入している状況がおかしすぎるッ!!」

 

「なんだいなんだい、情報提供の過程で当然ながらゆっくり会話が出来る場が必要だから、こうして案内しただけじゃないか。こうして目の前でそれなりに成熟はしているつもりな女の子が居るんだから、もう少しゆっくりしててもいいのだが?」

 

「じゃあ何故に時間制限とか設けたし!? 後、もう外見から分かるけどお前、女の『子』と呼べる年齢は過ぎてるだろ!!」

 

「馬鹿を言うんじゃない。これでも私はまだ未成年の十七歳だ。それとも何だ、もしも私が背丈の小さい『お兄ちゃん♪』とか猫撫で声で喋ってくるような子だったら対応を変えていたのかな? 案外ロリコンだったのか。これは悪い事をしたと謝罪するべきだろうかね」

 

「人を変態みたいに呼ぼうとするなこんな公共の場所で!! ……ていうかさ」

 

 本当に『関係者』なら悪い事はやりまくっているだろ、とツッこむ気さえ起きなかったので、雑賀はここぞとばかりに話題を切り替えようとする。

 

 というか、早い所切り替えないとこのままでは貴重なチャンスを弄り話だけで過ごしてしまうかもしれないから、という懸念もあったのだが。

 

「率直に聞くけど、どうして俺を呼んだんだ? 本当にお前が例の事件を『引き起こした側』に居るんなら、もっと人気の少ない場所に呼んだ方が色々とやりやすかったんじゃないのか」

 

「おや?」

 

 雑賀の質問に、女性は意外な風に思ったような声を漏らす。

 

 その反応に他でも無い雑賀自身が怪訝な目を向けるが、女性はそのまま言葉を紡ぐ。

 

「あぁなるほど、まぁ仕方ないか。あくまで現代社会程度のスケールで考えてしまう気持ちが分からないわけでも無いし」

 

「何?」

 

「あんまり段取りとかを踏んでてもったいぶっても蛇足だし、まずは事実だけ率直に言おうか。その上で外堀りを埋めていく方が手っ取り早そうだ」

 

 サツマイモカラーなシャツの女性は、自分の側にも置いてあるコーヒーの注がれたカップを口に寄せ、一度苦い液体を口に含んでから言う。

 

 あっさりと。

 

 事実を。

 

 

 

「お前の友達……『紅炎勇輝』は今、この現実世界には存在しない。まぁ死んでいるわけじゃなく、今彼はデジタルワールドに居るのだが」

 

 

 その、常識を語るような言葉に。

 

 これまで考えてきた前提の全てが頭から抜けていない雑賀は、ただ呆然とする事しか出来なかった。

 

 ……この女は、いったい何を言っている?

 

「……何を言うかと思えば、痛々しい二次元の話かよ。現実とゲームを一緒くたにしても理論の理の字だって出てこねぇぞ」

 

「まぁ、信じるも信じないもお前次第なのだが」

 

 女性の雰囲気は変わらない。

 

「現に『紅炎勇輝』は、ギルモン……あ、一応種族設定は理解しているよな? それに『成って』電子情報の世界に居る。……おいおい、まさかどんな人間にもどんな機械にも存在を明かす事が出来なかった『私達』が、たかだか現実の理論『だけ』に留まった連中だとでも思っていたのか?」

 

「………………嘘だろ、そんなの現実に有り得るわけがねぇ。現にデジモンはホビーやら何やらで出てくる『架空《フィクション》』の存在だろうに」

 

「なら証明してみるといい。私が今語った、デジタルワールドが本当に『実在しない』という理由を。それが出来るのなら何もこれ以上は言わないし、それが君にとっての現実ならば仕方の無い事だ」

 

「………………」

 

 証明する以前に、否定する事だけなら簡単なはずだった。

 

 何故ならこの女の言っている事は、常日頃から見る液晶画面の中にも惑星と同等規模の『物理的な世界』があるのだと言っているような物なのだから。

 

 そんな物は、太陽の周りを今も巡っている火星や月ぐらいの物で、大きくても薄い液晶画面の面積には決して存在し得ない。

 

 だが。

 

「否定出来ないだろう」

 

「……っ」

 

 簡単なはずの返答が、口から出せない。

 

「どんな人間でも、心の何処かではこの地球……それだけに留まらず、月や火星などにも自分が暮らしていける、存在出来る『世界』は色々な所が在るものだと思っているものだ。例えば、死者の魂……現実で考えると在るのかも分からないものが向かうとされる『天国』やら『地獄』やら。それがどういう場所なのかを想像した事はあるだろう?」

 

 それは恐らく、現在の文明に浸って生きている人間の殆どに該当している事だろう。

 

 死んだ人間の精神が、生前の行いによって二通りの場所に連れられ、その後に新たな命として転生する……という、確証も事実も存在しないにも関わらず現在も『あるかもしれない』と認識されている世界、もしくは場所。

 

 それだけでは無く、人間は自分の頭でそれぞれ異なる世界を頭の中で想像し、時としてそれを文とし小説として売りに出す場合も多い。

 

 科学が存在せず、魔法やら王国やらによって成り立っていく世界。

 

 一部の人間が超能力とも呼べる特別な力を持ち、それを中心に動いていく世界。

 

 戦争の過程で科学が高度に発達し続けた結果、巨大なロボットが兵器として開発された世界。

 

 どれもこれも、あくまで空想上の産物や個人だけの現実に過ぎず、現実には存在しないはずの世界感。

 

 この女が言っているのは、そういった空想や想像が『実在』している世界が本当にあるという事だ。

 

 それほどまでに人間の常識が通用しない危険な世界に、親友が放り込まれているという事だ。

 

 真実が何処にあるか分からないまま、雑賀はただ問いを出す。

 

「……アイツは、今どうなっている」

 

「『彼』は私達の目的に必要なピースの一つだからな。私達『が』殺す事はまず無い」

 

「……お前等は何がしたくてこんな事をしやがった……」

 

「流石に目的まで漏らすほど優しくは無いよ」

 

「……結局お前は何を言いたいんだ……ッ!!」

 

「単純だよ」

 

 女性はフォークを使って紅茶のケーキを一定の大きさに割って刺して食べながら、気軽な調子に返答する。

 

「この、ある意味で一種の物語の登場人物の一人でもある君には、一応物語を自分の手で変える権利がある。多分何を言わずとも『巻き込まれる』可能性は高いのだが、下手に逃げられても困るからね。率直に言って、君には既にお友達を助ける事が出来るかもしれない『力』を宿しているんだよ」

 

「…………」

 

「だから、どうするのかを今ここで決めてみろ。今ここで聞いた事から目を背けて平穏を享受していくか、あるいは自分の身に危険が及ぶことを踏まえてでも戦いに身を投じるか。その返答次第で、こちらから有益な情報をお前に与えてやる」

 

「……返答する前に一つだけ確認させろ」

 

 雑賀は、真っ直ぐに女性と向き合う。

 

「お前は敵なのか? 味方なのか?」

 

「メールでも書いたはずだが、味方以外。直接的な敵になるつもりも無ければ、味方になるつもりも無い者だよ。一応、利害の一致で組織の一員的なポジションに身を置いているわけだし」

 

「…………」

 

 不安要素はまだ残っている。

 

 だが、それでも選ぶしか無い。

 

「……言っておくが、お前等の意思に『従って』選ぶんじゃねぇからな。自分の意志で動く。だから……」

 

 例え、この選択が相手の想像の範疇にあるのだとしても。

 

「……正直まだよく理解出来てはいねぇが、やってやるよ。だから教えろ、有益な情報ってヤツを」

 

「そうかい」

 

 対するサツマイモカラーの服を着た女性は、雰囲気を変えずに返答する。

 

 内面の心境を察する事は出来ないが、まるで祝福でもするかのように。

 

「では、ようこそ。この退屈な現実に貴重なスパイスを与えてくれる『登場人物(キャラクター)』の参戦を、私は歓迎する。例えどんな結果を生み出そうとも」

 

 




 物語の始まりはギャグ展開で始めるのが読みやすいだとか何処かの超絶恐ろしい執筆スピードなお方が言ってました。

 まぁだから今回の展開に至った、というわけでも無く、ちゃんと列記とした意味を持ったお話なのでご安心を。

 今回の話で何気に『この作品』の世界感の一種が露になりましたが、現実でも(馬鹿にならないレベルの費用が掛かるでしょうけど)ああいう一種の遊園地は作れそうですよね。某夢の国のアトラクションも物凄くキラキラしていますし、プラネタリウムとかで架空の星空だって作れる時代ですし。

 当初『タウン・オブ・ドリーム』という場所の別案の名前には『ドリームシティボックス』なる物もありましたが、それだとちょっと微妙だと思ってこちらの路線に向かわせる事にしました。銃を持っている事が普通だったり色々怖い部分もありますが、何だかんだ言っても外国の街並みってそそられますよね。

 では、また次回にて。

 ようやっと色々と出来るかもしれません。


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七月十三日――『普通とは何なのか//特別とは何なのか』

お待たせして申し訳ありませんでしたああああああああああああああああああ!!!!

いや~……そりゃあPixivでやっている企画の運営とかデジスト最新作とかスパロボ天獄篇とかあったとは言え、前話から2ヶ月も期間が空いてしまうとは……うわぁ本当に申し訳が無い!! ちくしょうもっと早く書けると思っていたのにしかも今回も物語的にはそんな進んでない気もするしうわあああああああああああああああ!!

……まぁ、そんなわけで最新話なわけですが、ようやくこの『デジモンに成った人間の物語』の設定で(主にネタバレ無しでコラボとかにも使えるものが)解禁出来そうなものが増えそうです。ずっとずっと暖めていた設定を解禁出来るというのは、こういう部分でも利益(自己満足)が出るのもあるので嬉しいです。

では、あまり多くを語っていると退屈だと思いますし、早急に前書きは終わりとしましょう。

では、最新話始まります。



 兄である縁芽苦郎の股間を蹴り潰したり関節技で徹底的に悲鳴を上げさせたりついでに(中学生にはとても見せられないレベルの)エロ本を没収したり……妹としてはある意味で一つの大仕事が終わり、兄の私室(寝室と言ってもいい)から出てきた縁芽好夢はそれでも不満が残る心情だったりした。

 

 彼女は自室に戻ると、残ったストレスを発散させるために布団を叩いたりぬいぐるみを抱きしめたり色々とやってみたのだが、やがてテンションが平常値まで低下しきったからかポツリと呟いてしまう。

 

「……空しい」

 

 兄と妹の関係、と聞くと中々に親しいものを想像してしまう人間は多いだろう。

 

 妹である好夢も当然、兄である苦郎の事を本当に好意的に想ってい()

 

 だからでこそだろうが、好夢はどうしても『現在の』苦郎の事を好意的に見る事が出来ない。

 

 朝は朝食を食べて歯を磨き学校に登校するだけ。

 

 昼は『消失』事件が始まる前の場合、昼食を学校で取っていたが、それだけ。

 

 夕方だろうが昼間だろうが、どの道家に帰宅した後は特に何かをする事も無く寝ているだけ。

 

(……前は、もっと……)

 

 いつからこうなったのか、どうしてそうなったのか、そんな理由を好夢は知らない。

 

 妹である自分にも分からないのだから、おそらく他人にも原因は知らされていないだろうと思える。

 

 『何か』を隠しているような気がするが、仮にそれがどんなものであっても、現在の腐った兄の姿を見るのは忍びない。

 

 気を紛らわせるためにスマートフォンを弄ろうとも考えたが、結局『何もしていない』ような気分になると思い、嫌になって中断した。

 

 こんな時、何をすれば良いのだろう?

 

(あの腐肉兄は寝ることに意識が向いてるだろうから、こっちの面倒を見てくれるとは思えない……というか、あんな状態の兄と絡んでたらこっちまでダラけ始めるような気もするし…………うぅ、部活動は例の『消失』事件のせいで夕方まで出来なかったし……)

 

 そこまで考えて。

 

 ふと、好夢は中学生なりにある事を思い付いた。

 

(……よくよく考えてみれば、この『消失』事件が解決されれば部活動の時間も元通りになるだろ~し……そもそも、苦郎にぃがあれだけダラけてるのなら、あたしが支えられるように頑張らないといけないんじゃないの?)

 

 ……いやいや、全体的にあのクソ馬鹿兄貴がダメなだけだろう。

 

 そんな思考が脳裏を過ぎったが、ともかく何をやるかの『切っ掛け』は作れた気がする。

 

(……確か、ニュースで見たけど勇輝にぃも居なくなっちゃったんだっけ……雑賀にぃも、ひょっとしたらもう行動してるかもしれない)

 

 少し考えて浮かび上がったのは、兄が通う学校繋がりで知り合った人達の中の二人。

 

 たまに会っては話もした事はあったし、友達と呼べるぐらいには親しくさせてもらった事もある。

 

 兄は(多分)殆ど意識していないと思うが、少なくとも何も思えないほどに感情が枯れている覚えも無い。

 

 なら、せめて自分にも出来る事をしよう。

 

「………………とは言うものの……」

 

 具体的に、どんな事をするべきだろうか?

 

 努力をする事に躊躇いは無いが、そこに何らかの意義を見い出せないのであればただの自己満足だとも思う。

 

 というか、こういう時にやるべき事は?

 

 周辺の人達への聞き込み――――はやっても然程意味が無く、既に身元調査などは警察が行っているはずだ。

 

 ……実は同じ事を当の雑賀自身も考えていた事に気付くわけもなく、何かをしないとやり切れない気持ちになっていた中学生は、こう結論付けた。

 

(……よし、兄貴をもう一度締め上げて少しは『協力』してもらおっか!! 見た感じあんなだけど、頭脳面では実際役に立ってくれるはずだし!! ここは妹としての立場をフル活用してでも頑張る場面なんだ!! うん、そう考えよう!!)

 

 そんなこんなで(割と一方的に)第一の方針を決定した好夢は、本日二度目となる直談判(本人にとってはご褒美である可能性もあるが)を行うために今一度(ガードの薄い)兄の部屋へと足を踏み入れる。

 

 兄を支えられるようにと思いながらも、何処か目的と手段が入れ替わっているような気がしないでもない。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

なんやかんやで『有益な情報』とやらを与えてくれるらしいサツマイモカラーな衣服の女は、先の流れで注文していたメニューを食べ終えたと思ったら今度は別の組み合わせで何かを注文してきた。

 

「……あの~、テメェ今度は何注文してんの? そもそもどうしてあのどシリアスな流れで新しいスイーツを摂取しようとしてんの? 何なの? 実はドヤ顔であんな事を言っていながら何も考えていなくてたった今になって話す内容を考えてたの? 馬鹿なの? というかなんだその赤色の塊は」

 

「だって何かを食べながらでないとわざわざ談話の場をカフェに設定した意味が無いだろう。何も食べずに会話だけしかしないのなら適当に近場の公園のベンチとかでも事足りるし。うるせぇなちゃんと考えているよ同窓会で一発ギャグ言うと宣言しといて何も言えず恥ずかしい思いをする公務員ではあるまいし。何ってフルーツトマトの焼きケーキだぞ。まぁ、パンやケーキの生地には色々と混ぜられて試される事は多いし、アリなんじゃないかな? 名前は少し違うが原理的にはホットケーキと大差無いし」

 

「もうそれチーズとか加えてマルゲリータで良くね?」

 

「だが割とイケるぞ。うん」

 

 何と言うか、好きで食べているというよりは、新発売だとか話題にもなる異色なメニューを食べる事に好奇心を働かせているのだろうか? 女性として摂取カロリーとかには気を配らないのか、あるいはデザートは別腹とか言うタイプなのだろうか。

 

 ふと、テーブル越しの椅子に座っている雑賀は視線を下へと向けて、何故か自分の方にも注文されていた…………何だろう? 相手側の赤色なトマトケーキも割と異色だとは思うが、こちら側にあるモノは……赤色というか、どちらかと言えば紫に近い色をしているが、どうも紫イモとは違う材料を盛り込んだらしいパウンドケーキだった。

 

 怪訝そうな目を向ける雑賀に気付いたのか、女は軽く解説する。

 

「それはドラゴンフルーツの赤い果肉な品種を使ったからそういう色になっているだけだ。割と『前』はレアだったらしいが、遺伝子技術の進歩で品種の固定化も安定してきてから、日本でも割りと見るようになっただろう?」

 

「……あ~、そういやそんなのもあったな。フルーツとか名付けられてるが、味はどっちかと言うと野菜系じゃなかったか?」

 

「糖度は高くて20度ぐらい。まぁ原産地が『日持ち』させる過程で速攻収穫してて、甘いものが中々出回らなかったからだろうな。その認識は」

 

 軽く食べてみたが、思ったよりも異色な味だった。

 

 少し食べてから女の方へ視線を戻すと、向こうの方も会話を進めるつもりらしく早々に口を開いた。

 

「……で、話を戻すが……えっと、何処まで話したっけ?」

 

「おい、何で忘れてるんだよ。勇輝の奴が『デジタルワールド』に居るとか言って、更には物語の登場人物だとかどうとか、俺にアイツを助けられるかもしれない『力』が宿っているだとか、極め付けに『有益な情報』とやらを引き換えに危険を承知で戦うかどうか決めろと聞いてきて、思いっきり返答した所じゃねぇか」

 

「……そんな分かり切っている事を聞いたわけでは無いんだがな……あぁ、まだ話してもいない状態だったな」

 

 聞いて、言って、そして女は本題を切り出す。

 

「適切な情報を与えるためにもある程度は聞いておくが、まず第一に、お前は自分自身が『普通』の人間と違うかもしれないと感じた事はあるか?」

 

 唐突な質問だった。

 

 予想もしなかった質問に多少戸惑ったが、雑賀は出来る限り情報を引き出すために意見で返す。

 

「……そもそも何をどう思って『普通の人間』って区分を出すんだ? それだと、まるで俺……いや、俺や勇輝とかの『一部の人間』と言うべきか。アニメやら漫画やらに出て来る『特別性』を含んだ人間って言ってるようなもんじゃねぇか」

 

「着眼点としては悪くない。実際、お前の言いたい『特別性』はお前――牙絡雑賀や紅炎勇輝、そして私も一応属している『組織』のメンバー以外にも……まぁ、その他にも大多数といった所か。宿している人間は少なくないぞ? 散歩でもすれば、数人ぐらいは見かけているかもしれないぞ」

 

「……そんなに大多数なら普通、誰かの目に触れられてるか何かあるんじゃねぇのか……? そもそもお前の言う『特別性』が何の事を指してるのかが、まだ検討も付かないんだがよ」

 

「仮に誰かが知っ言いふらしたとしても、現実的で物理的な証拠が無ければ実証も出来ず、やがて『普通の人間』に対する信憑性は無くなっていくだろう? 何より、確かに大多数存在するという風な言い回しこそしたが、その全員が決まって自身の力を『自覚』しているかどうかに関しては別問題だ。アレは普通に日常を満喫していられる人間が使える『力』では無いからな」

 

「何だそりゃ……」

 

 言っている事の意味を、ほとんど理解出来ない。

 

 いや、むしろ今は女の言葉の中からキーワードをかき集め、後で推理するべきなのだろうか?

 

 そうと分かっていても、言葉の中に潜む真意や意図を探ろうとしてしまうのは、自分自身が『特別性』とやらを欲しているからなのか。

 

「別に、俺自身は何か特別な事が出来るわけでも、特別な物が見えた事があるわけでも無いぞ。努力すれば他の奴にも出来るような事を『特別性』と言ってるわけじゃないんだろ。何のことなんだ?」

 

「これに関しては、口で言って理解出来るようなものでは無いと思っている。というか、そうか。やはりまだお前は『自覚』の段階か……これはやはり、危険と知りながら戦いに赴く覚悟の有無を聞いておいて正解だったな」

 

「……だから、何に対しての『自覚』なんだよ」

 

 そう問われると、女は唐突に自身の即頭部へ右の人差し指を突きつけて、

 

「これ」

 

「あ?」

 

「知的な生命体としては最も重要な部位。……漫画やゲームに出てくる超能力者だって、この部位に『普通』とは違う何らかの違いがあるから超状を引き起こせるものだろう? 本来使われる事が無い部分を使ったり、全く違う情報処理方法を会得して。つまりはそういう事だ」

 

「…………」

 

 女の言った事は単純で、それ故に雑賀でもあっさりと理解は出来た。

 

 だが、それでも思わず唖然とした風な声を漏らしていた。

 

「……まさか、脳だってのか……?」

 

 思考、慣れ、記憶……そういった情報を総括するメインサーバー。

 

 それが無ければ生きていく事も出来ない、思考判断する生命体としては心臓と同じかそれ以上の重要性を持つ臓器。

 

「……そりゃあお前が言う通り、フィクションに出てくるような『異能の力』ってのには少なからず脳ってのは関係を持ってるだろうさ。有名所なら念動能力《テレキネシス》やら精神感応《テレパシー》やら、空間跳躍《テレポート》やら……映画とかで話題になる物を上げれば、未来予知能力とかも入る。でも、仮にそういう物が現実に存在していたら、確実に話題になってるだろ。問題を拡大させないために情報統制されてる可能性もあるけれど、仮に脳の構造やら何やらを改造でもしちまったらどうなる? 確実に知的な部分だったり感覚的な部分だったりが『障害』を被るぞ。俺自身、あんまり病院のお世話になった覚えはないし、何よりお前の言う通りに脳が『特別性』を得る過程で何らかの変化をしちまってるんなら、とっくに俺は障害者扱いされても仕方の無い人格になってる。流石におかしいだろ」

 

「まぁ、そう思うのが妥当ではあるだろうな」

 

 女は変わらぬ調子で、それでいて既に理解している事を教える教師にでもなった風に。

 

「だが、現に私も含めた『一部の人間』の脳は『特別性』を獲得している。というか、個人個人の脳の構造を『目だった障害』も見当たらないのに、わざわざ専門の医師に相談して調べてもらう人物などそうそういないだろう。殆どは幼少期の中で医師から正常なのか障害を持っているかの検診を受けているものだが、それでも『その後』の変化に関しては本人が気付かない限り再検査する可能性も低い。第一にこの変化は、知的障害や感覚障害に繋がるものでも無いわけだし……多少それっぽい物があったとしても、医師からは些細な誤差程度にしか観測されないだろうさ」

 

「じゃあ、何で俺がお前の言う『特別性』ってのを宿している事に『気付いていた』んだ?」

 

「単純に『特別性』を獲得している事が『事前に』分かっていた紅炎勇輝の友達である、というのが第一の理由。同じ『組織』のとある人物から提供された情報が第二の理由。それだけではまだ推測でしか無かったわけだが、こうして面と向かって会ってみて直ぐに確信した。お前も既に『普通の人間』とは違う、という事をね」

 

「……ロボットアニメに出て来るキャラクターじゃあるまいし」

 

 特徴的なSE(サウンドエフェクト)の鳴る、見覚えがとても有ったアニメの事を思い出しながらも、雑賀は考える。

 

 やはりこの女の言う事は、まだ理解出来ないが、ホラを吹いているようにも思えない。

 

 思えないのは、自分が脳の深い部分で女の言葉が示す意味を『知っている』からなのか。

 

「まぁ、戦いを経験すれば、お前にも紅炎勇輝にもいつか分かる事だ。ここまで言っても思考が理解に届かない以上、現状では何を話しても意味は無いだろうし……手っ取り早く『有益な情報』を告げて話を終えるとするか」

 

「……こんだけ言っておいて、お前にとっては始まる前のチュートリアルに過ぎなかったってわけか」

 

「そもそも、この程度の事が『有益な情報』とは一言も言った覚えは無いぞ? 戦う覚悟を問いながら、戦闘イベントに発展するような話題を出さなかった時点で気付こうか」

 

 女は自身が所有しているのであろうスマートフォンを取り出し、その画面を雑賀の目の前で覗き見しながら、

 

「……さて、お前は水ノ龍高校という所を知っているか?」

 

 とてもとても、心当たりのあり過ぎる場所の名前を言った。

 

「……ついさっき行ってた場所だぞ。あまり他の学校とかに興味は無いが、都内の水泳大会とかで割りと名を上げているってぐらいはどっかで聞いた事があるぞ」

 

 つい少し前に何らかの『事件』が起き、誰かが被害を被ったであろう場所。

 

 そんな場所の名をピンポイントで告げてきた時点で、嫌な予感が雑賀の脳裏を過ぎり、

 

「簡潔に言うが、このままそこを放置していると人死にが発生する可能性が有る。同じ学校に在学している、とある『特別性』を獲得していた人間……いや、もしかしたらそうなくなっているかもしれない『彼』の牙によって」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 その青年は、勉強が不出来だった。

 

 別に、努力を怠っていたわけでも無く。

 

 きちんと不出来なりに努力を続けていたために、将来に不安が残るレベルは脱していたが。

 

 それでも、彼は勉強が不出来なのだと自分自身を戒め、誰に頼る事も無く成長を続けてきた。

 

 理由は、人によっては別に大した事でも無い。

 

 ただ、誰よりも身近な人に認められたかっただけ。

 

 そのために自分に出来る事を自分なりに見つけて、実際他者にはその才能を認められる事になった。

 

 だけど、自分が『認められたい』と願う人物以外の事を意識出来るぐらいの余裕も自分の中に作れていなかった彼の精神は、少しずつ磨耗し始めていた。

 

 少しでも友人を作ろうと思えば、誰かは手を差し伸べてくれたかもしれない。

 

 結局それは叶わず、彼は高校まで一人の友人も作る事無く成長を続けてきた。

 

 そんな彼の運命の分岐点となったのは、ひょっとすれば必要も無かった事だった。

 

 偶然、見知らぬ子供がトラックに轢かれそうになっている場面を、目撃してしまった。

 

 距離から考えて、その時は他の誰よりも自分の方が近かった、なんていう都合の合致した場面でも無い。

 

 だけど、見知らぬ誰かのために自分の命を張るだなんて、危険以前にこれまで考えた事も無い事だったから。

 

 もし見捨てたとしても、誰からか責められるわけでも無かったかもしれないけれど。

 

 それが何に繋がって、自分に何を与えてくれるのかも分からなかったけど。

 

 ただ、目の前で人が死ぬ所を見たいとも思わなかった。

 

 そんな、些細な感情の揺れでしかなかった。

 

 それだけだった。

 

 だから。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 現在時刻、三時二分。

 

 自転車を漕ぎながら、雑賀は『タウン・オブ・ドリーム』で遭遇した謎の女との会話を思い返していた。

 

司弩蒼矢(しどそうや)。それが今回の件で戦う事になる『特別性』を持った人間の名だ』

 

 どうしてそんな個人の名前を知っているのか、という疑問はもうしない事にした。

 

 どうせ、『普通の人間』がやらないような手段を用いて、自分や勇輝の個人情報を事前に獲得していたのと同じ事だろうから。

 

 そして、全てを知られていると理解した上で、同時に自分には何かを出来る可能性がある事を知ったから。

 

『今から数日以上前に交通事故で四肢の半分を損失し、病院で療養中の身ではあったんだが、最近『組織』のメンバーの一人が接触して何らかの動きを促したらしくてな。間違い無く『普通の人間』には出来ない事をやる事が出来るようになっている』

 

 恐らく、それを理解した上でも女の言う『組織』のメンバーが止めたりする可能性は薄いだろう。

 

 こうなる事を理解した上で『促した』のだとしたら、その人物が『特別性』とやらを獲得するのを助長する動きを見せるはずだから。

 

『そして「特別性」を持った人間だけが出来る、とある能力を使う事で病室から脱出する事は可能なのだが……そうなると厄介な事に、彼は高確率で人間の理性を失っているか、あるいは悪酔いのエキスパートな状態になっているかもしれない。まぁ、本人の人格次第で殺人事件にも傷害事件にもなりえるわけだが、放置しておくのも忍びないわけだ』

 

 女の意図は掴めないが、敵でも味方でも無いと公言している辺り、件の『組織』に対して全面的に協力しているわけでは無いらしい。

 

 よくそんな姿勢であんな風に自由に動けるな、と素直にサツマイモカラーな衣服の女の力に関しては評価せざるも得ない。

 

『彼の居場所は「水ノ龍高校」の何処かか、あるいは別の何処かか。止めるにせよ、居場所を突き止めるにしろ、お前には自身の「特別性」に目覚めてもらう必要がある』

 

 言っている事は間違ってもいない。

 

 友達を助けるにしろ、近くの誰かを助けるにしろ、力はこれから必要となる。

 

『覚えておけ。トリガーは「とある意思」だ。それだけ覚えていれば、後はお前次第の問題でしか無い』

 

「………………」

 

 だが、現在雑賀が思考している事は、それだけでは無い。

 

(……アイツは勇輝が、ギルモン……というかデジモンに『成って』電子情報世界――デジタルワールドに居ると言っていた)

 

 指し示される単純な事実。

 

 女が告げた事実が本当なら、女の言う『特別性』は紅炎勇輝も持っている事になる。

 

(……まさか、俺達の脳に宿っている『特別性』ってのは……)

 

 それは、つまり。

 

 

 

 

 

「……デジモンの、データ……?」

 

 




 ◆ ◆ ◆
 
 一年と半年近くかけてようやくこの小説の基盤となる設定が公開出来ました。やったぜ。

 そんなこんなで今回は『第二章』から出て来るこの小説を象徴(?)しそうな設定の排出に、ちゃっかり名前だけ登場の新キャラ(大体5人目?)に、縁芽兄妹の(別に入れなくても良かったかもしれない)じゃれ合いと、遅れた分を取り戻すべく舞台はあまり動いていませんが作品に与える影響量としてはそれなりに多めとした話でした。

 ……割とデジモンを軸とした作品でデジモンとの接点が生じる原因の大半は、『デジタルワールドの危機』だったりが多く、アニメ作品でも(テイマーズやセイバーズを除くと)ファンタジー色が強めな形でパートナーと出会ったりしてるイメージがあります。まぁ、第一話からデジタルワールドに直行するってのはアドベンチャーの二作とフロンティアとクロスウォーズ(漫画版含む)ぐらいだった気もしますし。

 そういう感じで『デジタルワールドが大変なんだ!! 助けて!!』とかいうパターンから大きく出て、思いっきりイレギュラーな路線へこの小説は流れ込ませる事をこの小説を書いていた最初期の頃から構想を練っておりました。

 デジモンは情報《データ》。この原点の設定があるからでこそ出来た設定でもありますが、まだ『本領』が何も出ていない以上、あんまり印象は強くないと自分でも思っております。

 でもまぁ、これに関してはまだもうちょい進めないと。我ながら書く事に時間が掛かる設定と話の構成をしていて申し訳が無いです。

 次の話で戦闘を勃発できれば御の字といった所でしょうか。戦闘に入るの早くね? と『第一章』の構成を見た後だと思うかもしれませんが、この『第二章』でやりたい事は他にも色々あるので。

 では、また次回。

 全く違う新しいものを見せられる事を祈りつつ、さり気無く感想や質問や指摘などを待ちながら、頑張っていきます。


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七月十三日――『行動を促すは最も単純な理由』

出来る限り本編を進行させたい理由があったので急いで書いてみても一週間半ぐらい掛かってしまったでござるの巻。新しいキャラの人物名を速筆で構想するのって意外と時間掛かりますね……一定のキーワードを交えた名前なので、構想は二日ぐらいかかりました。

そんなこんなで最新話ですが、まだ戦闘回ってわけじゃないです。

ええ、本当に。現実世界サイドでは物語を『戦闘』に持っていくのに敵か味方の『動機』が必要になってくる上、デジタルワールドサイドというかRPGゲームのように野生の敵とエンカウントするみたいな事は一切ありませんから、必然的に推理パートやらコメディパートが多くなるのです。

でも、それもあって各キャラの個性とか、事件や異変に対する心構えとかを綿密に書き上げられるので、悪いことばかりでもありませんね。デジモン作品なのにデジモンの出番ゼロな回が五回近くって時点でどうとも言えねぇがな!!(半ギレ)。

では、最新話始まります。今回の始まりは割と唐突に思われるかも……


 現在時刻、三時十七分。

 

 雑賀は『タウン・オブ・ドリーム』での対談を終え、自宅に戻って自室で少し仮眠を取ろうと思っていた。

 

 ほんの十数分で頭の中へと入ってきた情報が多すぎて、少し落ち着くためにも休みたい、と思ったからである。

 

(……確かに設定通りなら、デジモン――デジタルモンスターはあくまでも0と1の電子情報で構成された存在だ。脳の一部を切り取ってコンピューターに混ぜ込んで電気信号を促せば、半永久的に生きられるとかいう仮説だって存在する。人間の脳と電子情報で存在を構築されたデジモン。かみ合うかって聞かれたら、全否定も出来ないわな……人間に限らず殆どの生き物の体自体が、脳から発せられる電気信号をもってやっと『自分の意志』で動かせるものなんだし……)

 

 女の言っていた言葉を改めて思い返し、推測している内に自問自答の言葉は次々と出てくる。

 

 その度に、非現実的でありながらも、一部納得してしまっている自分がいる事に驚かされる。

 

(だけど、だからってそんな都合良く現実の物理法則に干渉出来るようなもんなのか? そんな理屈なら、超能力者なんて現実で既に発見されているはずだ。人体実験なんて思いっきり禁忌で表沙汰にやってるような所は無いだろうし、第一どんな風に脳を弄くれば能力が発現するかっていう点から探りを入れる過程で、どんだけの人間が犠牲になる? コストやらリスクやらを考えても、それをやろうとする人間が居るのかさえ怪しい……っていうか、現実にそんな科学者が居るなんてとても思えないしな。科学と魔術の交差するライトノベルでもあるまいし)

 

 だけど、結局は行き詰る。

 

 想像がある程度行き届いても、問いに答えを出すためのキーワードが足りていない。

 

 仮に告げられた言葉が真実だとすれば、教えられた事件に首を突っ込めば、足りないピースの欠片に手が届くのか。

 

「…………はぁ」

 

 そんな事を考えていても、埒は明かない。

 

 どうすればいいのかなんて、まるで全部を見通していたようなあの物言いの中に有りはした。

 

 後は、それに順ずる形で行動すれば良いのかもしれない。

 

 だけど。

 

(……『とある意思』って何だよ。俺はスーパーヒーローじゃないんだ。アイツを助けたいって意思なら既にあるのに、俺は何の『特別な力』も発現出来ていない。だとしたら別の何かだとは思うんだが、それはいったい何なんだよ)

 

 自分にどんな『力』が宿っているのか。

 

 友達はデジモンという人外の存在に成ったと聞いた。

 

 今、アイツはどんな気持ちで、どんな苦難を体験しているというのだろう。

 

(……あの女が言っていた……司弩蒼矢って言ってたか。そいつには有って、俺には無い物があるってのか。俺も自分で四肢の半分を切断しろってのかよ、ふざけやがって)

 

 最初はまだ、そこまでは考えていなかった。

 

 こんな、非現実的なロジックが絡んで来る事件だなんて。

 

 何らかの『手がかり』を見つけて、警察やらに通報して済む話だと考えていた。

 

(……ちくしょう)

 

 今更になって、得体も知らない恐怖が浮かび上がる。

 

 それに立ち向かおうと思っていた心が、無様にも引っ込んでしまう。

 

 たったそれだけで、自分のそれまでの威勢が虚勢に過ぎなかったのかもという疑念が浮かび、それは更に自分以外の人間に対しても危険な『何か』を突きつけられているような、ある意味自分自身がそうなる以上の不安が心理を覆う。

 

 目に見えない指先で首筋をなぞられているような、得体の知れない感覚。

 

 自分から『事件』に首を突っ込むのか、あるいは『事件』の方が自分を巻き込ませるのか。

 

 いずれにしてもこれまでの平和な日々は、平穏な空気は、永遠には続かない。

 

 無意味な想像を働かせているのも、所詮は自身が臆病である証以上の意味を持たない。

 

 あのような自由奔放な相手に対し、自分に何が出来た?

 

 力が無いからと言い訳するのは簡単で、それ自体も間違ってはいない。

 

 だけど、そんな言い訳を用意した所で何かが変わるわけでも無い。

 

 何かを変えるには、変わるしか無い。

 

 

 

「……で」

 

 そんな、明らかにどシリアスな心境で自宅へと帰還した雑賀だったのだが。

 

 靴を脱いで、即行で自分の部屋に足を運んだ彼は、開口一番にこう漏らした。

 

「……何で好夢ちゃんがうちに来てんの?」

 

 いつの間にか、雑賀の自室にて色々見回しながら滞在しているのは縁芽好夢。

 

 割と出会う回数も少なくは無い、以前は紅炎勇輝も一緒にオープンキャンパスも兼ねた『イベント』にて出会った、この日も学校で遭遇した眠気マックス男こと縁芽苦郎の妹――確か血は繋がっていなかったらしいから一応は義妹に属するらしい女の子である。

 

 ひょっとして、今も高確率で熟睡中かネトゲやらに没頭中と推測される兄の苦郎が全然かまってくれないから、暇になって遊びに来たのだろうか? と何度か遊んであげた経験もある雑賀は思っていたのだが、そんな推理を浮かべている事など知らないまま彼女は返答でこう言った。

 

「何でって、家で一緒に遊ぶことを口実に雑賀にぃのお母さんに電話で許可貰って、ちょっと穏便でも無さそうな話を聞きに来たに決まってるじゃん。雑賀にぃ、多分もう『消失』事件……何かもう被害の頻度から題名が変わってもおかしくなさそうな事件の事について、もう調べ始めてるんでしょ? いやぁ、苦郎にぃをちょいとシメて協力を仰ごうと思ってたんだけど、あの兄『あの件には関わらない方がいいって』とか明らかなメンドクサオーラ全開の一点張りでさ~。他に知っている人で頼れそうなので筆頭に上がったのが雑賀にぃだったから、こうしてやってきたの。もし何もしてなかったら本当に遊べばいいわけだしね。暇なのは事実だったし」

 

「いったい何処でそんな情報を!? 中学に進学して以来好夢ちゃんと会ったりする回数は減って、こうして出会うのも割と久しぶりなはずなんだけど?!」

 

「あれ? 正直あたしもあくまで可能性レベルでしか考えて無くて、実際そんなに期待してなかったんだけど、その反応見るにマジっぽいかな。いやぁ、出任せって言ってみるもんだね★」

 

「ちくしょう(はか)られた!?」

 

 この縁芽好夢。兄である縁芽苦郎とは雲泥の差と言っても過言では無いほどに人当たりが良く、雑賀の母こと牙絡栄華(がらくえいが)も彼女の事は割と気に入っているらしい。

 

 今時他人の家に遊びに行く事を許容する親というのも珍しい気もするが、母曰く『いや女の子の扱い方とか知るチャンスにもなるし可愛いし年上らしく遊んであげようぜ』などと言う面目もあるらしい。遠回しに馬鹿にされているような気もしたが、理屈としては通っているため拒否しようとも思えなかったのだ。

 

 まぁ、その辺りの事情は現状どうでもいい。

 

 重要なのは、このタイミングで彼女がよりにもよって『消失』事件に関係する情報を求めている、という事だ。

 

(……話すべきか? いや、でも危険な事と分かっていてそれに相乗りさせるってのは……)

 

「あのさ雑賀にぃ。急に意味深な沈黙を醸し出すとそれはそれで怪しまれるって分かってる?」

 

「別に。何して遊ぼうか考えてただけだ」

 

「あの流れで急に遊ぶ方向に持って行こうとするのも、普通に考えて逆効果なんだけど」

 

「…………」

 

 言い訳を用意しても、妙に勘を働かせて食いついてくる。

 

 これはどうも、下手に言い訳をするほど逃げ道が失われるパターンらしい。

 

 なので、雑賀はあえてこう答える事にした。

 

「じゃあ率直に言うけど、この件には本当に関わらない方がいい。本当に命を失う危険だってあるレベルの一件らしいんだ」

 

「……どゆこと?」

 

「言葉の通り。俺はついさっき、この『消失』事件を起こした犯人の関係者に呼び出されて、色々と聞いたんだ。正直よく分からないとは思うけど、多分に事実かもしれない事を」

 

「……犯人かもしれない人の言う事を信じてるの?」

 

「嘘を吐いて何のメリットがあったんだろうな。仮に俺を連れ去るなり何なりするんなら、怪しまれない場所にしても別の場所に設定するはずだ。防犯カメラも取り付けられない路地裏やら交番から遠い通り道やら。なのに、通報されるリスクもあったにも関わらず、そいつは『タウン・オブ・ドリーム』にあるカフェなんて場所に設定していた。完全に私情でな」

 

「犯人と無関係って可能性は? 不謹慎に犯人の仲間装って、面白がってイタズラしようと思ってたとかじゃなくて?」

 

「ただイタズラ目的なハッカーが人のメールアドレスと個人情報を盗るにしても、盗まれた当人に会うように言う奴はいない。大前提の時点で犯罪確定だし、まずそういうイタズラを生業としてるハッカーの方が珍しい」

 

「どうして通報とかしなかったの?」

 

「しても無駄だからだ。物的証拠も何も見当たらない。そんな状況で17歳らしい女の顔を指差して『こいつ犯人です!!』なんて言って信用してくれると思う? 多分、それを理解した上であんな真似したんだろうさ。完全に舐めきってる」

 

 言葉を紡ぐ度に好夢の目は細まっていく。

 

 言っている雑賀自身も『敵』の存在を改めて認識し、意識を切り替えようと努力する。

 

「好夢ちゃん。君が調べようとしている『事件』は、もしかしたらあくまでも『第一段階』に過ぎないのかもしれない。仮に『これ』を解決出来たとしても、根源的な部分では解決されていない。そして、そんな『第一段階』に過ぎない事件に踏み入ろうとするだけで、人間一人があっさりと消えるか命を失う可能性があるんだ。理解したか?」

 

「…………」

 

「これは多分、少なくとも『ただの』中学生である好夢ちゃんが触れるべき事じゃない。苦郎の野郎が言ってる事は、殆ど面倒くさそうに言ったかもしれないけど本当の事だと思う。多分、いくら『特別な力』を持っていたとしても、俺や勇輝は俗に言う『ヒーロー』じゃないんだからさ。正義の味方とかを『気取って』赴くべき問題じゃないよ」

 

「……じゃあ、雑賀にぃはどうするの?」

 

 真っ直ぐに、好夢は雑賀の目を見て。

 

「勇輝にぃがいなくなっちゃったのはあたしだって知ってる。だから、雑賀にぃが何か行動を起こしてると思って、それであたしにも何か出来る事を探そうと思って会いに来た。……本当に、何をどうしようと思ってるの? その女の人が言ってた事を飲み込んだ上で」

 

「そりゃあ、まぁ……」

 

 ここで何を言うかによって、自分の行動の路線が決定されるような感覚を雑賀は感じ、その上でこう言った。

 

 

 

「……何もしない、かな」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 牙絡雑賀との会話(と少しの娯楽)を終えた縁芽好夢は、現在進行形でご機嫌斜めだった。

 

 理屈として危険の度合いは理解したが、まさか自分の兄と同じ返答と答えを提示されるとは思わなかった。

 

(……そりゃあ、理屈としては分かるよ? 俗に言う『オトナの世界』に子供は安易に入り込んだらいけないっていうのと似た、絶対に越えられないというか越えたら死線越えるみたいなのは分かるよ? でもさ、何も教えずに何でもかんでも背負おうとするのは本当にイライラするわ!! ホントにもう、おにぃちゃん達は絶対何か抱えているのに誰にも『相談』には乗ろうとしないんだから!! がるぐるぎゃお~っ!!)

 

 彼女が通っているのは、都内ならば何処にでもありそうな高層な建物の並ぶ歩き道。

 

 怪しげな雰囲気も恐怖を煽る路地裏も殆ど無い、学生の通学路として不要な物が大して見当たらないような場所。

 

 茶色いポーチバッグに入れていたスマートフォンに目を向ければ、現在時刻は『16:12』と夕方の少し前ぐらいである事を示しており、大人たちがもうそろそろ帰宅するべきだと生真面目に言い始める時間だという事が分かる。

 

 理由はもちろん、最近頻繁に発生している『消失』事件に巻き込まれないように、という事なのだろうが……現実的に見れば、この時間にも外出している少年少女は割と居たりするわけで。

 

「お、こんな時間に会うなんて珍しい……何だ何だ? 彼氏にフラれて意気消沈中か?」

 

「……あたしに『そういう』人は居るわけじゃないって知ってて言ってるんだよね? リアルホルスタインめ」

 

「おうおう~、いくら何でも牛呼ばわりは無いと思うのだぜ? 私にはちゃんと捏蔵叉美《こぐらまたび》っていう名前があるんだし、そういう物言いは関心出来ないな~」

 

 捏蔵叉美。

 

 好夢が通っているのと同じ中学校に在学している同級生で、彼女自身が思考回路の食い違いからかどうにも仲良く出来ない人間の一人として認識している女の子だ。

 

 好夢が柔道部に所属している一方で、この捏蔵叉美は特に部活などには属せず、この街に噂される『都市伝説』とやらを独自に調べて推理する事を楽しみにしている、割とインテリ系の人物らしい。

 

 服装としては、まだカッターシャツに藍色のスカート(と短パン装備)の制服装備な好夢と違って自宅に戻ってからは着替えているのか、薄い赤色のYシャツに濃い目な桃色のショートパンツという年齢に見合わず女としての魅力に重点を置いたような装備だった。

 

 服装のチョイスに女としての思考の差異など、この二人の特徴を差別すれば他にも色々と浮かび上がる物はあるのだが、縁芽好夢が個人の問題として最も気に食わない点は、この叉美という女の子の首下に見える特徴的な物体にこそある。

 

 直球で説明してもアレなので、遠回しに説明しよう。

 

 ぼいんばい~ん!!

 

「何の用なの? つ~か、アンタはこんな所で何してんの? いつものオカルト探索?」

 

「一度に複数の質問をするなよ。順に答えるが、単に疲れてるのかイライラしてるのかその両方か分からんが興味深い表情をしていた君を見つけたから声を掛けてみただけ。もう一つに関しては、まぁ単純に散歩だよ。最近は最近で興味深い現象が度々起きているようだからね」

 

「つまりは平常運転ね。相変わらずだけど、どうしたら中学生の年齢でその大きさになんの……?」

 

「さぁ? 別に牛乳ガブ飲みとかしていた覚えは無いのだがな。遺伝子とかが絡むならどうしようも無いかな」

 

 巨乳派が貧乳派に向けて唐突な宣戦布告だと……ッ!? と好夢がわなわなしたが、発言者の叉美の方は気にする様子も無く話を更に展開する。

 

「それより珍しいな。何かあったか?」

 

「別に。ちょっとやる事見つけようと信頼出来る人の所に行ったら、結局得られたのは頭ごなしの教訓だけだったってだけ。苦郎にぃもあんなだし、頼れそうな人がいないってだけでもかなりきた」

 

「ふ~ん。日が落ちてきたら外を出歩くなとか、警察の目は路地裏にまで届くわけじゃないから近付くなとか、そっち系か? 別に間違った事は言ってないと思うがなぁ。つまらん事は事実だが」

 

「『消失』事件の件。知り合いの人が被害に遭ったのもあるけど、解決目指すつもりで調べようと思ってたの。アンタは何か知ってるの?」

 

「何か知っていればそこから色々推理出来るんだけどね。根も草も見当たらん」

 

 そう言って、おどけたように両手を肩の上に上げてから、叉美は言う。

 

「が、あるいは『消失』事件とは無関係かもしれないが、少しだけ『怪異現象』ならば見つけたかもしれないという自負はある」

 

「……ん? どして話題がオカルト系の方向に……?」

 

「『一般的な常識では考えられない』……そんな事件には、案外非現実的な事柄が絡んでいるとは思えないか? この街の防犯設備(セキュリティ)が痕跡を一切発見する事も出来ず、更に被害者はある日前触れも無く姿を消す……まるで『神隠し』と言っても過言では無いだろ」

 

 言われて、ほんの少し納得を感じながらも好夢は言葉を返す。

 

「まぁ確かにそうかもしれないけど。でも、そういうのって『神様』とか住まってるっていう山とか森とかで起きるって話じゃなかったっけ? 第一、疑うと悪いかもしれないけどその警察の人達自体が何か裏を潜めている、なんていう可能性も低くはないわけだし。今時、ちょっとの意識の緩みで警官でさえ犯罪起こしちゃう時代だよ」

 

「警官の個人個人にも住まう場所がある以上、人間を隠す事が出来る場所など限られると思うがな。第一、わざわざ警官として職を得ている人が人間を連れ去る理由がまず無い気もするのだが」

 

「……それもそうかな。今時、抱きやら殴りやら専門の奴隷にするとか、外道な欲望に手を出す野郎はいないと思うし」

 

 結局、叉美に納得させられる形で好夢は話を飲み込む。

 

 自分達のすぐ近くを複数の自転車が通り過ぎようとしていたので、二人はうっかり轢かれないように距離を置きながら会話を続行する。

 

「で、アンタの言う『怪異現象』って? 言うからには何かあるんでしょ?」

 

「まぁそう焦るな。ゆっくり話してやるから、まずは近場のデパートにでも」

 

「何優雅に女の子らしさを醸し出そうとしてんの。そういう題目はいいから。大丈夫、他人から痛い子っぽく見られるとしても損するのはアンタだけだし」

 

「はいはい……全く、何故私に対してはこうも風当たりが強いかな。嫌味など言った覚えは無いのだが」

 

「自分の一分ぐらい前の発言を思い出せこの野郎」

 

 叉美は何故か無意味に腕を組みながらも言う。

 

「簡潔に言えば、たまにこの街の空気は一部『違う』ような感じがするって感じだ。風景には何ら変化が無い『はず』なのに、どうにも『違和感』というか何と言うか。大人達には感じられないようだがな」

 

「それって建物の内装が限り無く近い形でも変わっているからとか、そういうのじゃなくて? 五感とかに作用してんの?」

 

「まぁ、本当に些細なものだから私も対して感じた事は無いのだがな。強いて言えば、その『違和感』を感じる場所でスマフォを弄ってみたら、何故か電波環境が少し悪くなっていたぐらいの変化しか見られなかった」

 

「単に携帯回線のアクセス集中とかじゃないの? ていうか、電波環境の変化なんて何か関係あるの?」

 

「まぁ、それだけなら確かに重要度は低いかもしれないが……その『違和感』は夜中の方が強かったな。理由は知らんが、以前マフラーの切れ端を試しに持ってきてみれば、静電気にでも反応したかのように毛の部分が立ち始めていた気がする」

 

「手のひらとの摩擦とかの影響じゃなくて? マフラーとか毛皮系が逆立つなんて、それこそ珍しい事でも何でもないでしょ」

 

「そういうものかな。単なる時差が理由なのかどうかは分からんが、そういう些細な物にほど『何か』が隠れているものだと私は思うぞ」

 

「…………どうかなぁ。そもそも、そんなに分かりやすい『違和感』なら別の人も気が付いてない? アンタが気付けるって事は、あたしも含めた別の人……特に夜間でも行動が制限されない大人とか、気付いてそうだと思うけど」

 

「そこを逆に考えよう。『大人』には感知出来ず、その一方で『子供』である私達はどうして感知出来るのかって部分を」

 

「…………」

 

 話がきな臭くなってきた。

 

 当然ではあるが、街を歩く人並みは興味も無いように好夢や叉美の方を向いたりしていない。

 

「……流石に非現実的じゃない? 童話の……ピーターパンだっけ? それに登場する『子供しか行けない国』じゃあるまいし」

 

「そう、それだ。単に気象の変化か空気中に散布されたナノサイズの『何か』が原因かは知らんが、少なくともこういう事は『非現実的』とどうしても口に出してしまう。本当に些細な事で、その上『大人』は気付かないから世間の目には触れられない。まぁ意図的に『隠している』という可能性もあるわけだが、いくら何でも度が過ぎていると思わないか? 偶然そのものに」

 

 確かに、それが事実であれば偶然にしては『出来すぎている』。

 

 子供には観測出来て、大人には観測出来ない『微弱な変化』など、それが本当であれば『異常』として認識しても何らおかしく無い。

 

 気に入らないながらも、この捏蔵叉美の発言には好夢もある程度の信頼を置いている。

 

 何だかんだ言っても、この女はこういう場面で『自分の推測』でしか物を言わないため、悪意を伴った嘘を吐く事が殆ど無いからだ。

 

 ふと、つい先ほどの牙絡雑賀とのやり取りを思い出してみる。

 

 少し調べを入れようとするだけで、人間一人が容易く消される事件。

 

 あくまでも『第一段階』に過ぎず、解決した所で根源的な原因には届かない。

 

 自身の兄である縁芽苦郎の発言はともかく、雑賀の発言は『事件を起こした』側(であるかも好夢は解らないが)の情報を元とした物で、信憑性としては高い方だった。

 

 ならば。

 

「……とりあえず理解した。一番の時間は夜中ってことになるわけ? そうなると、まずはどうにかしてお母さんやお父さんの目を掻い潜るか許可を得る必要があるなぁ……無断で七時以降の夜間外出してる事がバレたりしたら、割と本気で雷落ちそうだし……いや、第一に中高生って夜間外出に法律的な制限があったっけ? でもまぁ案外その辺りは緩かったりするしどうにもなるのかな」

 

「いや」

 

 だが、そこで叉美は否定した。

 

「今話したのはあくまでも『一つのケース』だ。現に昼間や朝方でも同じ反応が見られた日もあったし、何も『強い違和感』を感じるのに夜間である必要は無い。仮にこの『違和感』が誰かによるものである場合、高確率でそれは人為的に引き起こされているだろう。そして、一方で例の『消失』事件は何も夜間に限った話では無い。時間や明度に関係無く、常に少数だけが被害に遭っている。つまり」

 

「…………『犯人』はあたし達と同じ、未成年の子供である可能性もある、と?」

 

「そういう事になる」

 

 確か、雑賀が対話した女も未成年と聞いていた。

 

 だが、恐らく容疑者には『子供』だけでは無く、それを利用しようと考える『大人』も含まれるだろう。

 

 ただの子供が単独で誘拐なんて出来るわけが無いし、得られる利益も殆ど無いからだ。

 

「つまる所、君も活動するのなら夜中よりも今は視界も確保出来る昼間が一番妥当だ。だが、もう時間も押している。個人差だってあるかもしれないし、調べるとしてもそれぞれが独自に調べた方が良いかもしれない」

 

「……まぁ、確かにそうだけど」

 

「不便だな。未成年者……より厳密には18歳以上だったか? そのぐらいであれば夜間ある程度外出していても問題は無いと言うらしいが、中学生にはどだい難しい話だ」

 

「む~……」

 

 流石に法律が絡んで来ると、子供の正義感でどうとかなる問題ではなくなってしまう。

 

 既にギリギリだが18歳以上となっている雑賀や苦郎ならばどうともなったかもしれないが、まだ十歳前半な好夢では法律に引っ掛かっておまわりさんのお世話になってしまう可能性が濃厚だ。

 

「……仕方無いのかなぁ」

 

「流石に中学生の身分だと、非常事態でもない限りは難しいと思うぞ。夜間外出禁止令なんて、聞いた話では一部の外国ぐらいしか無い物だと聞いたが……両親達の心情だって尊重するとな」

 

「……まぁ、ありがと。珍しく良い話が聞けたよ」

 

 そう言って好夢は叉美から離れるように歩き始める。

 

 叉美もそれを追うような事はせず、自分で定めた進路を歩き出す。

 

 大人しく自宅へと戻り行く途中、今更ながら好夢は一つの可能性を導き出した。

 

(……雑賀にぃ、もしかして……)

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 時は経ち、時刻は午後の七時を回っていた。

 

 夕食を終えて、思考を練り終えて、親に『少しだけ』外出する事を告げて。

 

 街灯と車の照明などが闇を照らす夜の街を、高校生・牙絡雑賀は自転車に乗って駆ける。

 

(……そりゃあ、よりにもよって好夢ちゃんを巻き込むわけにはいかないしな)

 

 多分、自分が何らかの行動に踏み切る事を知れば、あの女の子はこちらが駄目だと言っても協力しようとしただろう。

 

 だからでこそ、あえて『行動に出ない』という言葉とそれを信じさせるための演技が、信憑性のある情報と共に必要となった。

 

 こんな未知だらけで危険性の度合いすら測りきれない用事に、まだ中学生の女の子を漫画やアニメのように巻き込むわけにはいかなかったから。

 

「……夏でもやっぱり夜中は風が冷たいなぁ」

 

 怖くないと言えば嘘になる。

 

 あえて目を瞑るという道もあっただろう。

 

 この一回を経験して、もう二度と『何か』を引き返す事は出来なくなるかもしれないけど。

 

 それでも、もういい加減に怖がり震えて何もしないのは嫌だった。

 ・・・・・・ ・・・ ・・・・・・

 そんな現実を、現状を、変えたかった。

 

 今はまだ『この世界』に居る別の友達や知り合いも巻き込まれてしまうかもしれないのなら、尚