DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語 (紅卵 由己)
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序章 ―掌の中の平和―
七月十二日――『朝のデジタルバトル』


この小説を読む前に、作者のページから活動報告を確認しておく事をお勧めいたします。

8月24日追記。

感想を参考に、ところどころに修正を加えました。


 

 

――ピピピピッ!! ピピピピッ!!

 

「……ぅん、ん~……」

 

 目覚まし時計の機械音声(アラーム)が響く、色々な物を()らかしている部屋の中。

 

 一人の青年が、室内に立ち込める蒸し暑さに(うめ)き声にも似た声を発しながら意識を覚醒させる。

 

 視界にモザイクが掛かってよく見えないまま、機械音声を発している目覚まし時計の上部のボタンを押す。

 

 音が止み気だるそうに体を起こすと、口から大きな欠伸(あくび)が出た。

 

「朝、か……」

 

 もっと寝ておきたいと言う睡眠欲(すいみんよく)を押さえ込み、青年は寝床(ベッド)から這うように出て茶色い箪笥(タンス)を開く。

 

 中には黒や緑といった様々な色のシャツやズボンが混ざった形で収納されており、青年はそこから適当に選んだ黄緑色(きみどりいろ)のTシャツと紺色(こんいろ)のジーンズを取り出すと、無作法に足で箪笥を閉めた。

 

 足元に散らかっているカードやプリントを踏ん付けてしまわないように注意をしながら、寝る際に来ていた青と黒の縞々模様(しましまもよう)が特徴のパシャマを脱ぎ捨て、取り出した二つの衣服に体を通す。

 

 衣服を外出可能な物に着替えた青年は、確認のために時計の針に目を向ける。

 

 時計にある二つの針はそれぞれ、六時(ろくじ)三十分(さんじゅっぷん)を指しており、青年は自宅から出発する時間までまだ余裕がある事を理解すると、自室のドアを開けてリビングに存在する台所へと足を運んだ。

 

(お母さんはまだ寝てるか……)

 

 青年はリビングの直ぐ隣の部屋でまだ寝ている母を尻目に、冷蔵庫の中にある鳥の唐揚げと書かれた冷凍食品の袋を開け、食器入れから取り出した一枚の皿に三個ほど乗せて電子レンジで加熱し始める。

 

(ただ待っているのは時間が勿体無いし、ニュースでも見るかな……)

 

 内心で青年はそう呟くと、リビングに設置されているテレビの電源を付け、リモコンを操作してニュース番組にチャンネルを合わせる。

 

 テレビにはアナウンス用のマイクを持った男性が映されており、その背後には大きなマンションが建てられているのが見えている。画面の右側にはテロップの表示で『原因不明の行方不明事件、再び犠牲者が』と書かれている。

 

『こちらのマンションでは―――に住んでいる十六歳の――――君が突然行方不明になってしまい、両親の――――さんと――――さんが、我が子の無事を切に願っています。これらの行方不明事件。発生原因も何も分からないままこれまでに何十人もの人達が犠牲になっており、解決の目処が立たない状態に陥っています』

 

 青年はニュースの内容に顔を(しか)める。

 

 数週間より発生している、子供や大人を問わず突如原因不明なまま行方不明になる事件。

 

 人為的な証拠も一切残っておらず、何が原因なのかも分かっていないらしい。

 

(本当に怖いな……何も分からないってのが、一番怖い)

 

『警視庁はこれらの事件を消失(ロスト)事件を呼称。事件の解決に乗り出すために、行方不明になった被害者の身元や人間関係などを調べ――』

 

 ニュースの内容に耳を傾けている中、電子レンジからチーンと音が鳴り、青年は加熱が済んだであろう鳥の唐揚げの乗った皿を電子レンジから取り出し、リビングに設置されているテーブルの上に乗せる。

 

 食器棚から茶碗を取り出し、炊飯器からしゃもじで白飯を確保。茶碗に放り込み、唐揚げを乗せた皿と同じようにテーブルの上に乗せる。

 

 その後、青年は唐揚げをおかずに米を頬張り始めた。テレビに映されたニュースに目を向けながら。

 

 

 ――不思議と、この日の唐揚げは普段より塩辛く感じた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 無情に輝く太陽の日差しが大地を熱し、通りすがる人物の片手には小さめの団扇(うちわ)が見られる夏の街。

 

 ふと上を向くと、綿菓子(わたがし)のような形の入道雲(にゅうどうぐも)が悠々と泳ぎ、青く美しい空を形成しているのが見える。

 

 建物の中には機械によって作られた冷たい空気が流れ、外の暑さが嘘のように涼しく心地よい空間が形成されている。

 

 月日は七月の十二日。時は十一時。

 

 この日、青年――紅炎勇輝(こうえんゆうき)は友達とある店で集まる約束をしていた。

 

 自転車を漕ぎ、風を感じながら坂道を突き進む。

 

 そのすぐ隣では車が通っており、エンジンの音が街中に響き渡っている。

 

 家を出て十五分(じゅうごふん)程度の距離に、目的の場所であるゲームショップはあった。

 

 休日だからかまだ午前にも関わらず、かなりの人だかりがある。

 

 勇輝はそれらにぶつかってしまわないように避けながら、視線の先に見える友達の方へと向かった。

 

 友達の背後にはアーケードゲーム用の機械(マシン)が見え、画面にはデモムービーが流れっぱなしになっている。

 

「お、来たな勇輝」

 

「あまり待たせるのは悪いと思ってな」

 

 互いに顔を会わせると、ポーチバッグから数枚のカードを取り出す。

 

 カードの端にはバーコードのような物があり、カードには何かのモンスターと思われるイラストと強さの基準となるステータスがテキストに書かれている。

 

「んじゃ、早速対戦するとするか」

 

「おっけぃ。こっちの準備は万端だ」

 

 ポーチバッグから財布を取り出し百円玉(ひゃくてんだま)を一つ投入すると、機体(マシン)の下部にあるカード取り出し口に一枚のカードが出てくる。取り出し口に手を突っ込み、取り出して内容を確認した勇輝はそれをジーンズのポケットの中に入れた。

 

 そして、ゲームのプレイヤーが操作出来るように画面が移り変わる。

 

 一人で遊ぶモードに二人で遊ぶモードなど、よくあるアーケードゲームに用意された選択肢から二人で遊ぶモードを選択するボタンを押すと、もう一つ百円玉を投入するように画面(モニター)から指示が出る。

 

 最初の百円玉は勇輝が入れているため、二つ目の百円玉は友達が投入した。最初に百円玉を入れた時と同じようにカードを取り出し、勇輝は左側に、友達は右側の方へ立つ。

 

 その間に再び画面が移り変わり、カードをスキャンするように画面から指示が出る。

 

「お前が使うのは……あ、やっぱりそれなのな」

 

「当たり前だろ。これが俺の好きな奴なんだから」

 

 勇輝が親指と人差し指で摘んだカードを機械の中央に空いている空間に通すと、カードのデータが読取(スキャン)され、画面に映された誰も居ない草原のようなフィールドに、一匹の生き物が現れる。

 

 その姿は上半身が機械(サイボーグ)化している深紅(しんく)色の(ドラゴン)だった。

 

「メガログラウモンねぇ……相変わらず、その中途半端に機械化したデザインはどうにかならなかったのか」

 

「うっさいわ。俺は好みなデザインだからいいんだよ」

 

 友達の呟きに唾を返しながら、勇輝は続けて三枚のカードを連続で赤外線を通して読み取らせる。

 

 すると、メガログラウモンの姿(シルエット)が画面の中で光り輝く演出と共に変化していき、やがて姿は明らかに竜とは違う、背中に深紅のマントを羽織り、胸部に刻印が刻まれている白銀の鎧を身に纏った騎士へと変貌する。

 

 その右手には一本の槍を、左手には紋章の描かれた大盾を装備していた。

 

「オプションは≪それでもへっちゃら!≫に≪生き残るために≫と……≪デジソウルチャージ≫か。思いっきり単騎でやる気満々だな。てか、やっぱり早速進化させるのな」

 

「まぁな。完全体だとやっぱり厳しいし……てか、そういう雑賀(さいが)はいつも究極体を即スキャンしてるじゃねーか」

 

「対戦ゲームは(パワー)数値(ステータス)が全てだ。さぁて、そっちがそいつならこっちはコイツでやらせてもらうぜ」

 

 互いにツッコミを入れながら、今度は友達――雑賀がカードを読取(スキャン)する。

 

 画面(モニター)に出現したのは、顔に両目と額の部分に穴が開いた仮面を被り、黒いジャケットのような服を着ており、腰の部分に爬虫類を想わせる尻尾を伸ばした両手に拳銃を携えた……バイクの似合いそうな魔王。

 

 そのデジモンの名を、自身が登場させた騎士の名と同じぐらいに勇輝はよく知っていた。

 

「お前明らかに狙ってるだろ……デュークモン対ベルゼブモンとか」

 

 騎士の名はデュークモン。

 

 魔王の名はベルゼブモン。

 

 それぞれ、あるアニメに登場し競演した実績を残している人気のキャラクター達である。

 

「狙ってるも何も、俺のフェイバリットはコイツなんだから仕方無いだろ。偶然だ偶然」

 

「……てか、ベルゼブモンってパワーキャラでは無かったような」

 

 勇輝のツッコミを無視しながら、雑賀は勇輝と同じように三つのカードを用意し、それを機械に読み込ませる。

 

 店内に響く宣伝ムービーの音声に気を取られる事は無い。

 

 何故なら、二人がやっているゲームの音声もそれなりに音量が高く、それが原因で周りの音に耳を傾ける事が難しいからだ。

 

 それでも互いに会話が出来ているのは、意識を向けているか向けていないかの問題だが。

 

「そういやさ、お前……例のニュース見たか?」

 

 カードの読み込みを終えた雑賀は突然、勇輝に話題を持ちかけた。

 

 例のニュースと言う語句を聞いた勇輝は、画面内で対戦が開始される中で雑賀の話に耳を傾ける。

 

「見た。全然解決の目処が立ってないらしいが」

 

「世界中で行方不明になってるのってのが不気味だよなぁ……」

 

 口で話題を交わしながら、手でボタンを押して技を選択する。

 

「ここ最近はあまり自然災害とか起きてなかったし、人がやってる事なんだろうけど……まるで神隠しだよな。お前の言う通り不気味だ」

 

拉致誘拐(らちゆうかい)とも考えにくいしなぁ……おっと、先手は貰ったぜ」

 

「早急に解決してほしいもんだ。願わくば被害者の無事を祈る……おのれェスピードの差で取られたか! だが聖盾イージスの防御力は伊達じゃぬぇ!!」

 

 話題に内容が真剣な物であるのにゲームの話題もちゃっかり忘れていない辺り何と言うか、この二人は色んな意味で駄目なのかもしれない。

 

 だが脳裏に過ぎった不安を忘れる、一種の逃避のための手段とも言えるのだろう。二人は確かに楽しんでいた。

 

 お互いの押すボタンが見えないように二人は両手で自分が押すボタンを隠しながら選択する。

 

「ははははは! ダブルインパクトだと思ったか? 残念ダークネスクロウでしたァ!!」

 

「畜生め、今度はこっちのターンだ。さぁグラムとイージスのどちらの必殺技を食らいたい? 暴食の魔王名乗ってるんだから、防御(ガード)せずに食らいやがれェェェ!!」

 

「だが断る。お前がそこで露骨にセーバーショットを使ってくる事はお見通しなんだよ!!」

 

「なん……だとッ……!?」

 

 どんどん口調(キャラ)が崩壊しているのだが、本人達は全く気にしない。

 

 これらの気分の高まりがあってこその娯楽(ゲーム)なのだから。

 

 幸いにも二人の青年の台詞は周りの雑音に掻き消され、他人には聞こえない。

 

 途中、勇輝が「悪魔に魂を売った者の銃弾など俺のデュークモンには当たらない!」と多少格好(カッコ)つけて言った直後に、雑賀のベルゼブモンの二つの銃弾(ダブルインパクト)が見事に炸裂するなど、第三者から見れば内心でほくそ笑むようなトークを交わす。

 

「それならお返しのファイナル・エリシオン……と見せかけてのロイヤルセーバーを喰らえや!!」

 

「ぬぉぉおお!?」

 

 口では喋って両手はボタンを押す事にしか使われていないが、実際に戦っているのが画面内で作られた電子(デジタル)のポリゴンで作られたキャラクター達。

 

 先ほどから、槍から輝くエネルギーを放出したりなど派手な演出(バトル)を繰り広げている。

 

 やがて片方のキャラが倒れ、勝敗が決すると勝者が決定した。

 

「ぐぬぬ、スピードの差はやっぱり厳しいか……」

 

「銃は剣より強し! ん~やっぱ名言だなこれは」

 

 結果のみを言えば、勇輝が出したキャラであるデュークモンが敗北し、雑賀の出したベルゼブモンが勝利を収めた。

 

 敗者の勇輝は悔しそうな声を上げるが、その表情はすぐに清々しい物へと変わる。

 

「やっぱお前は強いよなぁ……次は絶対に勝つし」

 

「あー、それは分かったが勇輝。とりあえず後ろに次の利用者(プレイヤー)が来てるんだから席を譲ろうぜ」

 

「へ? ……あっ」

 

 雑賀の指摘でようやく自分の後ろで番を待っている少年の存在に気付き、勇輝は少し済まなそうな表情を見せながら席を譲った。

 

 雑賀も同じく席を立ち、少年のプレイを後ろから傍観する事にしたようだ。

 

「お、エアドラモンとはまたマニアな奴を使うねぇ」

 

「まぁ、使うのは人の好み次第だし良いんじゃないか?」

 

 平和。

 

 それは一般的には安寧した状態の事を指す仏教用語だが、まさに今のような状態の事を指すのかもしれない。

 

 不安を紛らわすために茶化しているだけに過ぎないが、少なくとも彼等はこの小さな平和を、現在(いま)だけでも満喫したかった。

 

 それが例え、ただの平和ボケだと理解していても……しがみ付きたかったのだろう。

 

 その『当たり前の平和』に。




感想や質問などはいつでもお待ちしております。


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七月十二日――『昼間の余暇活動』

自分で言うのもなんですが、かなりリメイク前と比べて変わっていると思います。

8月24日追記。

感想を参考に、ところどころに修正を加えてみました。

10月8日追記。

他作品ネタになっていた部分と他にも気になった部分を修正、差し替えました。


 時刻は午後の一時。

 

 日差しが数時間前よりも強くなり始め、街中の市民の片手に見られるペットボトルとタオルの比率が高くなってきたようだ。

 

 これほどの日差しの強さと気温ならば、虫眼鏡でも使った暁には太陽光線を容易に生成出来る凶器にでもなるだろう。

 

 尤も、そんな事をせずとも既に人体の皮膚に焦げ色が出来る事ぐらい自然な事なのだが。

 

 それはともかく。

 

 ゲームセンターで娯楽(ゲーム)を満喫した二人の青年――勇輝と雑賀は、昼食を取るためにファーストフードを取り扱う大型チェーン店に立ち寄っていた。

 

 既にトレイの上には、二つの薄いパンの間に肉や味付けされた玉ねぎにケチャップソースが挟まっている食べ物……つまる所ハンバーガーがそれぞれ一つずつ、包み紙の上に置かれている。

 

 そしてその奥の方にはコーラの入った紙コップが置かれており、更にその手前にはフライドポテトが置かれている。

 

 二人合わせて総額六百四十円(ろっぴゃくよんじゅうえん)と、ファミリーレストランのメニューを入門するよりは安く済んだようだ。

 

 食事中、先に口を開いたのは雑賀だった。

 

「やっぱり思うんだよな。最近のアレって怪人か悪の秘密結社か何かがやったんだって」

 

「うん、とりあえず現実を見ようか」

 

 雑賀の言う「アレ」とは、無論勇輝も朝のニュースで確認した消失(ロスト)事件の事だ。

 

「でもよ、いくら何でもおかしいと思わね? 人間がやった事なら何か証拠が残っててもおかしく無いだろ。誘拐なら誘拐された時の目撃状況とか誰かから聞けててもおかしくないし」

 

「それもそうだけどさ、単に偶然が重なっただけで超スゴ腕の犯罪者って可能性もあるし。怪人とか悪の秘密結社だとか……非現実的すぎるだろ」

 

 本気(マジ)なのか冗談(ウソ)なのか分からない雑賀が告げた予想を、勇輝は呆れてため息を吐きながら即刻否定する。

 

 現実的に考えれば、勇輝の言う通り怪人や悪の結社などと言うバトル漫画のような悪者が、現実に居るわけが無いだろう。

 

 しかし、雑賀は興味からか、はたまた何か引っかかるのか勇輝の返答に対して更に返答する。

 

「この事件自体が非現実的くさいんだけどなぁ……だってさ、どんなにスゴ腕な犯罪者が仮に居たとしても、完璧な犯罪なんて存在しないだろ? 血跡も所持品も、この数ヶ月の内に一切見つから無いって時点で十分非現実的だろ」

 

「まぁ、確かにそれも一理無くはないけど……というかさ、別に身内が行方不明になってるわけじゃないんだし、そこまで詮索しなくてもいいんじゃないか? どうせ警察が無事に解決するだろ」

 

 そう言いながら、勇輝はトレイの上にあるフライドポテトを摘んで口に放り込む。

 

「お前さ……ちょっとは行方不明者の事を心配に思わないのか。死んでいるのか、生きているのかも分からんのに……薄情な奴だなぁ」

 

 その様子を見た雑賀はハンバーガーを一口食べると、現在進行形でフライドポテトを食べるスピードを速めている勇輝に嫌味を飛ばす。

 

 それを聞いた勇輝は顔を一気に真剣な物に変え、フライドポテトを摘む指を止めると共に雑賀の嫌味に返答する。

 

「そりゃ心配だけど、何も出来ないだろ。ペラペラ喋ってるだけで物事が変わんのか?」

 

「………………」

 

 無言でいる雑賀を見て、勇輝は言葉を紡ぐ。

 

「それに俺達は……まだあくまで学生だ。警察とか医者みたいに、誰かを救う事なんて出来やしないだろうが。馬鹿みたいに理想論を語る以外、何が出来るんだよ?」

 

「……分かった分かった。変な事を言って悪かったよ……」

 

「ったく……」

 

 何処か冷めたような目で返答をしてきた勇輝に雑賀は一言謝ると、残りのファーストフードを処理し始める。それに続くように勇輝は、雑賀と同じく残り物を地道に食し始めた。

 

『………………』

 

 それから二人は話のネタが尽きたのか、はたまた気まずいからか、店に居る間は一切の雑談を交えなかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ファーストフード店を出て、次に二人の青年が向かったのは……自宅から四十五分(よんじゅうごふん)ぐらいで到着する、数多くの紙札が並び売られているカードショップだった。

 

 辺りには二人と年が近そうな青年や少年等の姿が見え、フリースペースではカードを使った対戦が行われていたりもする。

 

 店内ではとある学生が「俺の嫁のあのデジモンのカードが既に在庫切れ、だとッ……!!」などと呟いていたり、他にも自分の財布に入っている金額とショーケースに入っているカードを見比べて、何やら葛藤をわざわざ口に出して呪詛のように呟いている学生がいたり、もう色々とヤバい状態になっているが、ショーケースを覗いているのは二人も同じだったりする。

 

「おぉぅ……ゴッドレア仕様のベルゼブモンBM(ブラストモード)の値段が、予想以上と言うか何と言うか、いろいろぶっ飛んでやがる……」

 

「こっちのデュークモンもだ。自力で引き当てる方が安く済むのか? 連コインも覚悟しないとな……」

 

 二人の視線の先に存在するカードには、黒い翼を生やして片腕に陽電子砲を装備した魔王のイラストと、深紅の色をした騎竜のような形をした機械に乗って盾を構える鎧騎士のイラストが描かれている。何気にその二枚を並べてみると、一枚の繋ぎ絵になるようにも見える。

 

 だがその値段はそれぞれ約五千円(ごぜんえん)近くと、トンでもない額になっていた。

 

 二人とも、欲しいと言う欲求を行動に移さない代わりに、奥歯を強く噛み締めている。

 

 まぁ、彼らは所詮高校生。私用に使える金額などそう多く無いのだから、買えなくても仕方が無いのである。

 

 ちなみに、二人の目の前で商品として飾られている金箔の入った二枚のカードのテキストにはそれぞれ。

 

 『デュークモン(グラニ搭乗)』、そして『ベルゼブモン・ブラストモード』とキャラ名が書かれており、そのショーケースの上側に書かれているキャッチコピーには『死神(デ・リーパー)の魔の手から世界を救え。箱舟(アーク)に導かれし勇者達と共に戦おう!!』と書かれている。

 

 どうやら正義の味方が悪を討つ系のよくあるストーリーらしい。

 

 店内ではそれらのカードゲームを元にしたアニメの映像が宣伝用に流されており、効果音や台詞などによって店の中を賑やかしている。

 

 カードと言う商品が売れるのは大方、イラストの元となった作品の面白さや発想(ネタ)の斬新さなどが主な要因となるが、彼らの目の前がやっているカードゲームの場合は前者である。

 

「ん~……仕方無いし、今回はあっちとこっちに抑えておくか。一応持ってないやつだし」

 

 そういう勇輝は、ショーケースとは反対側の方でUFOキャッチャーの景品のようにぶらぶらと吊らされているカードに手を伸ばしていた。

 

「お前さ、本当にゲームの守備範囲が幅広いよな……」

 

「まぁ、こっちも好きだからな」

 

 雑賀の言葉に対して当然のように軽口で返し、三枚ほどカードを取った勇輝はお店のレジの方へと向かう。値段は三つ購入した事で割引の条件を満たし、二百円で収まったようだ。

 

 雑賀は特に買おうと思える物が無いらしく、安物のカードの方に手を伸ばす事は無かった。

 

「……ん?」

 

 カードを買った後、お店の中を適当にふらついていると、二人の耳に不満そうな幼なそうな声が聞こえた。

 

 その声が自分達に対して向けられた物では無いのも分かってはいたが、気になった二人は声のした方を向くと、そこに居たのは上段に両手を伸ばしているが背が低くて標的のカードに手が届かずにいる、一人の10歳ぐらいかと思われる少年だった。

 

 興味本位でその少年の近くに寄り、二人は声を掛ける。

 

「君、何してんの?」

 

「あそこにあるのが取れなくて……」

 

 少年は声を掛けた雑賀に対してそう返答して上段の方にあるカードを指差すが、上部には他にもカードがあるため『どれ』を指しているのか二人には分からない。

 

「あそこって何だ……?」

 

「あそこっていったらあそこー!!」

 

 とりあえず。

 

 雑賀は子供の声を聞きながらぶら下がっているカード群に向き合って、指を動かしながら子供にとって正解のカードを探す事にしたようだ。

 

「これか?」

 

「違うよ、もっと上~」

 

「じゃあこっち?」

 

「違うってば。そこから二つ左~」

 

 そんなこんなで、雑賀がぶら下がっているカード達の中から確保したカードは、正確に言えばカードに書かれているキャラの名前はと言うと。

 

「……いや、その……コイツは……」

 

「あったあった、デクスドルグレモンのカード」

 

「どうしてこうなった。そいつそんなに子供向けなデザインだったか!? 原種じゃなくてデクスの方を選んだのは何かの間違いなの!? ちゃんと見ろ、イラストの50パーセントが真っ赤に染まってるじゃんか!?」

 

 子供には見せられないよ!! とでも言わんばかりにイラストに返り血のような彩色が為された、黒と赤の色が特徴的で蛇のような舌をだらりと出しているドラゴンのようだ。

 

 しかもイラストをよく見てみると、そのドラゴンから逃げ惑う可愛らしいキノコのような姿をしたキャラクターが()られ役扱いで書かれていたりする。

 

 とまぁ、人それぞれ好みが違うと言うのはまさにこういう事で。

 

「……え、えぇ~っと、こっちのサイバードラモンの方がカッコいいんじゃないかな~?」

 

「デクスドルグレモン」

 

「あっちのウイングドラモンとか」

 

「デクスドルグレモン」

 

「ウィルス種のメタルグレ」

 

「ほ~し~い~!!」

 

 右手に持ったグロテスクなイラストの中にドラゴンが書かれているカードを見て、変な汗をかいている雑賀に向かって少年はカードを掴もうとぴょんぴょん飛び跳ねている。

 

 雑賀はしばし考え、観念したようにカードを少年に渡す。

 

「……わ、分かった。分かったからシャツの(すそ)を掴んでのばそうとするのやめてくれ」

 

「わぁ~い!! お兄さん達ありがとう!!」

 

 少年はカードを受け取ると、うきうきした様子でレジの方へと向かって行った。

 

 よく耳を澄ますと、少年の履いているズボンのポケットの中から小銭がチャリチャリ鳴っているのが聞こえる。

 

 一応お小遣いは用意しているようだったが、買ったカードを見て少年の親はどんな表情を見せるのだろうか。

 

(頼むから……)

 

(次からは……)

 

((保護者同伴で来てくれ……))

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後も、カードショップに来ていた別の客と持参したカードやゲームで対戦したり雑談を混ぜたりと、満足のいくまで遊ぶ事が出来て、気付けば時刻は四時になっていた。

 

 店内の人だかりも時間的な都合で徐々に少なくなっているらしく、勇輝と雑賀の二人はもうこの日に外出してやっておきたい事を済ませた事から、用事の済んだカードショップを出て自分達の自転車に(またが)った。

 

 店の中に居た時には内部に冷風機(クーラー)が通っていたため感じなかったが、やはり季節が夏なだけあってまだ外には暑さが残っている。

 

 日もたいして落ちてはおらず、日光による熱も健在だ。

 

()っちぃ……」

 

 呟きながらペダルを漕ぎ、自転車を進ませる。

 

「明日からまた学校だな……はぁ、とっとと宿題済ませて自由になりたい」

 

「ま、確かに宿題が終われば夏休みはただのパラダイスになるな。お前は部活とか入っていないし」

 

「俺、夏休みに入ったら消化中のゲームを全部クリアするんだ……」

 

「おいやめろ。それはゲームする前に宿題でガメ(GAME)オベラ(OBER)になる馬鹿の言う台詞だ」

 

「誰が馬鹿だって?」

 

「お前だよ」

 

「なん……だと……?」

 

 愚痴や冗談を交わし、夏休みの予定に期待を膨らませながら二人は自宅への(みち)を進む。

 

 やがて、三十分(さんじゅっぷん)ほどの時間が立ち、目の前に二つの道に分岐した横断歩道が見えてきた。

 

「んじゃ、また明日な」

 

「ああ、またな」

 

 『また会おう』と別れの言葉を交わすと二人は互いに別々の横断歩道を渡って、まだ遠い位置に見える自宅を目指して自転車を漕いで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼等は気付かなかった。

 

「……そうか、あの子達が……」

 

 二人の事を、まるで得物を見るような眼で見る……夏と言う季節の温度には明らかに適していない濃い青色のコートを羽織った男の姿と、その視線に。

 

 物語の幕は既に開かれている。

 

 演者の意志に関係無く、傲慢で残酷な脚本家の悪意によって。




次の話で、人間側のプロローグが終われば……いいなぁ。


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七月十二日――『夕方・夜中間近の白い蛇』

今回のお話で、やっと人間側のプロローグが終わります。

8月24日追記。

感想を参考にして、修正をところどころに加えてみました。


「…………」

 

 まだ赤くはなっていない日に照らされた街。

 

 歩道を通る人並みは言うほど多くは無く、それと対照的に車道を通る車の数は多い。

 

 もう何度も通った事のある道なりだが、風景に楽しめる要素も無ければ愛着が湧いているわけでも無いため、ただ長いだけ道はただの消化作業のようにも思えてくる。

 

 そうなれば自宅に帰るまでの間、自身の退屈を紛らわせる事が出来るのは脳裏に過ぎる妄想や想像ぐらいだろう。

 

 勇輝は機械が同じサイクルの作業を行い続けるが如く、手と足で自転車を操りながら自宅への道を進んでいる。

 

 そんな中、頭の中の思考回路は平常運転だった。

 

(家に帰ったらどうすっかな……宿題は今の所余裕があるし、適当にBGMでも流しながらネトゲでもすっかな……)

 

 無意識の内に鼻で自分の好きなアニメの曲を歌い始める勇輝は、車道から聞こえる五月蝿(うるさ)いクラクションやエンジンの音に特に反応を示さない。

 

 市街に響く音は、常に車の音だと相場が決まっている。一々反応(リアクション)をしていては疲れるばかりだ。

 

(ホント、今思えばゲーム以外に休日にはやれる事が無かったな……)

 

 内心で自分自身に大して自嘲気味に呟く。

 

 大して疑問にも思っていなかった事で当然だとも思っていた事だが、それ自体が疑問を招じさせる問いだった。

 

(……だけど、他にやれる事が無いんだよな……)

 

 だが出来る事が無いかと自問自答を繰り返しても、決定的な答えが出る事は無かった。

 

 運動(スポーツ)や学問に興味を感じられない。

 

 毎朝液晶画面を眺めても、その先で起きている出来事はあくまでも他人事。

 

(退屈だなぁ……)

 

「……はぁ」

 

 変化の見えない日常。将来の夢が浮かばない自分。

 

 いくら頭の中で考えても、答えを得られない事が余計に不安を煽る。

 

(――――)

 

 不意に脳裏に思考が過ぎる。

 

「……ッ!?」

 

 思わず自分で考えてしまった事に、勇輝の思考回路は拒絶反応を起こしハッと正気に戻る。

 

 自分でも狂っていると思ったのだろう。

 

 その思考を瞬時に別の物に入れ替える事で、何とか誤魔化す。

 

 そんなわけが無いと自分に言い聞かせるが、彼は気付かない。

 

 無意識の内に、自転車を漕ぐスピードを上げている事に。

 

 まるで逃げるようにペダルを押す力を強めている事に。

 

(落ち着け……)

 

 外側の表情は変えずに、冷静に深呼吸をする事で自分の心を落ち着かせようとする。

 

 そんな彼の視界に、高校生になってからはあまり来る事の無くなった公園が見えてきた。

 

 少なくとも偶然とは思えない思考に、自然と自転車を自宅とは違う方向へと向ける。

 

(……別にちょっとぐらいいいよな。帰る時間が遅れても特に支障は無いわけだし)

 

 疲れた体と気分を少しでも癒すためか、それとも単なる気まぐれか。

 

 勇輝は自身の衝動にも近い思考に任せて、公園の中へと向かって行った。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 到着した公園は特徴と言える物体のある場所では無く、滑り台やブランコといった遊園用のオブジェクトがそれぞれ一つずつ設置された、いたって普通の公園だった。

 

 地面は草原が生えているわけでもなく、学校の体育などに使われるグラウンドのような砂地が広がっている。

 

 無造作に小型のゴミが捨てられていたり、タバコの吸殻が灰皿に置かれる事無く放置されていたり、あまり良い気分のする光景では無い。

 

 公園の周りには囲うような形で植えられた植林があり、それらが唯一公園を彩る植物だ。

 

 草花の姿はそれ以外にまるで見えない。

 

 こうして見ると、まるで小規模な砂漠の上に遊園用のオブジェクトを飾っただけのような場所だ。

 

 勇輝はそんな公園に二つ並んだ状態で設置された、茶色いベンチの一つに腰掛けていた。

 

 自問自答の思考を繰り返すものの、納得が出来る答えは得られずにいる。

 

「……無限大な夢の後の、何も無い世の中……か」

 

 昔の公園の風景と今の公園の風景を重ね合わせながら。他の誰も居ない、人気の無い公園でたそがれるように一人の青年が独り言を呟く。

 

「……分かんないな」

 

 それは何に対して言った言葉なのか、勇輝自身にも分からなかった。

 

「……はぁ」

 

 少ない間に何度したかも分からないため息を吐きながら、勇輝はポーチバッグからカードを取り出す。

 

 そのカードは、ゲームセンターで使用していた騎士のキャラクターのカードでは無く、赤い色をした恐竜のようなキャラクターのイラストが載ったカードだった。

 

「……もう、10年ぐらい前なんだっけな」

 

 そう呟いた勇輝の脳裏に映ったのは、まだ小学生だった頃に見たアニメの映像。

 

 今の自分からすれば笑いものの、フィクションとノンフィクションの判別が付かなかった少年時代。

 

 忘れたいと当時は思った事すら、今では楽しかったと思えている。

 

 だが、過ぎた時間は永遠に戻らない。

 

「ま、今更後悔したって仕方無いよな……」

 

 カードをバッグに戻し勇輝は立ち上がった。何かを振り切るように。

 

 気付けば、此処に座り込んでから結構な時間が経ったようだ。

 

 太陽も夕日に変わり、既にほとんど落ちかかっている。

 

 公園に来るまでは全く感じなかったが風の温度も冷たくなってきて、肌寒さも感じ始めてきた。

 

「……暗くなってきたし、そろそろ帰るか」

 

 自問自答の答えはいつか、これからの人生でそう遠くない未来で得られるだろう。

 

 そう内心で確信付けながら、勇輝はバッグの中身に不足している物が無いかを確認した後、自転車に向けて歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 ――その時。

 

「……君、ちょっといいかい」

 

 急に知らぬ声で背後から呼び止められ、一瞬驚いたものの平静を装いながら後ろに振り向いた。

 

 振り向いた先に居たのは、上半身から下半身までを覆い隠す厚めの濃い青色のコートを着た、背丈の大きめな黄色い瞳の色をした男性だった。

 

 この季節にその格好は、一体何を考えたチョイスなんだろうと勇輝は内心で疑問を覚えた。

 

「えっと……何ですか? 俺、一応急いでいるので用があるのなら早急にお願いしたいのですが」

 

 何処か不気味さを感じるその男性に対して知らず知らずの内に胸騒ぎを感じたが、きっと寒さの所為だろうと自分の中で納得させながら勇輝は一応返事を返した。

 

 男性の方は……勇輝の表情を見ると、微かに笑みを浮かべる。

 

 勇輝からすればほんの一瞬しか視認する事が出来なかったが……まるで、人間以外の何かを見るような残酷な目だった。

 

 思わず勇輝は、全身の毛がそそり立つような錯覚を覚えた。

 

 この男性は一体何者なのだろうか。

 

 その疑問を解決するために、男性に対して問いを飛ばすよりも早く……男性は口を開いた。

 

「突然呼び止めてすまない。少しこの辺りで、探している子が居てな。君はこの辺りで『ユウキ』と言う名の男の子を知らないか?」

 

「え?」

 

 勇輝は思わず、緊張を含んだ声を上げた。

 

 それもそうだろう。知り合った経験も無い人物に、苗字では無く名前を的確に当てられたら誰でも驚く。

 

「俺の名前も一応『勇輝(ユウキ)』なんですが……多分、こんな名前をした人はこの近くには居なかったと思います」

 

 しかし、何故だろうか。

 

 勇輝は疑問を覚えながらも、男性の問いに返答した。

 

 その返事を聞いた男性の表情が微かに歓喜の色を見せ始めているのは、気のせいだろうか。

 

 ……何故、勇輝の足は無意識の内に震えているのだろうか。

 

「そうか。では……君が紅炎勇輝(こうえんゆうき)君か?」

 

「……!?」

 

 男性の口から紡がれた台詞は……驚愕せざるも得ない物だった。

 

 何故この男性は、名前だけならまだしも苗字まで言い当てられたのだろうか。

 

 単なる偶然と片付けるには、あまりにも不自然すぎる。

 

(一体誰なんだこの人は……!?)

 

 知能を持った生物ならば誰しもが持っている、防衛本能が勇輝に呼びかける。

 

 

 

 

 

 ――『逃げろ』と。

 

 しかし、勇輝が後ろに一歩下がるのと同時に……男性の右腕が勇輝の左腕をガシッと掴んだ。

 

「ッ!?」

 

 その驚きは色々な疑問と驚愕が合わさったものだった。

 

 男性に腕を掴まれたのもそうだが、男性の手から伝わる温度が……とても、冷たかったからだ。

 

 その冷たさはそう、氷を掴んだ時と言うよりは……

 

「クッ……!!」

 

 防衛本能に従い、勇輝は男性の腹部に加減無しの蹴りを一撃見舞って、掴んだ手を強引に引き剥がした。

 

 そしてポケットに手を突っ込み、自転車のカギを取り出す。

 

 逃げなければ、何か取り返しのつかない事態になってしまうかもしれないと言う不安……いや、確信が勇輝の思考回路に過ぎり、思考から平常心を奪っていく。

 

『自転車に乗り、全力で漕いで逃げれば流石に追いついてはこれない』

 

 ……その思考を読み取ったと言うよりは、それ以外に手段が無い事を確信したような表情をしている青コートの男性は……一人、独白する。

 

「流石に運動能力は高いな。だが……」

 

 男性は自身の腕を野球のボールを投げるように曲げると、それを離れた距離に居る勇輝に対して振り抜いた。

 

 

 

 

 

(……なッ……!?)

 

 すると、男性のコートの裾から白い包帯のような物が勢い良く、、まるで蛇のようにしゅるしゅると伸びていき、その包帯は勇輝の右足を絡め取った。

 

「!!??」

 

 ただの包帯とは思えない強度に引っ張られる形で、勇輝は前のめりに転倒してしまう。

 

「ゲームオーバーだ」

 

「!!」

 

 そして、包帯に足を取られて動けない勇輝の首元に、男性は何処からか取り出した機械を当て……

 

 ――バチィ!!

 

 その意識を、狩り取った。

 

 

 

 

 

 

『先日、またもや消失(ロスト)事件の被害者が発生しました』

 

『今回の被害者は――――市在中の――――紅炎勇輝18歳』

 

「……嘘、だろ……」

 

 世界から人間が、また一人消失した。

 

 多くの謎や大きな悲しみ、そして恐怖を世界に撒き散らしながら。

 




感想や指摘・質問など、いつでもお待ちしております。


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電子世界にて――『偶然の大物釣り』

ねんがんの デジモンサイドのプロローグを 更新したぞ!!

と言う事で、今回からやっと……あの世界が登場します。

8月24日追記。

感想を参考に、ところどころに修正を加えてみました。


 デジタルワールド。

 

 数多の情報のデータが集まって形成されたその世界には、人工知能を持つデータの生物であるデジタルモンスター……略称『デジモン』が生息しており、様々な種が生まれ持った個性を活かして生きている。

 

 そのデジタルワールドのデータの大陸に存在する村の一つ――発芽の町。

 

 丘のある草原の上に建てられたこの村には、木造(きづくり)石造(いしづく)りの扉の無い建物が多く建っており、丘の最上部から湧き水が溝を沿うような形で流れ、滝と川が形成されている。

 

 村には動物や植物など、様々な物を模した姿をしたデジモンが多く住まっており、互いに協力し合いながら暮らしている。

 

 そんな発芽の町の真昼間(まっぴるま)

 

「……ハァ」

 

 片方の手に釣竿を、もう片方の手にバケツを持ち、赤と青の毛並みに九本の尻尾を持った哺乳類型のデジモン――エレキモンが、木造の建物の中に入った途端にため息をついていた。

 

「ぐぅぅぅぅ~……」

 

 彼の目の前には、黒に近いグレー色の毛皮を持つ小熊のような姿をした獣型のデジモン――ベアモンが、気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 

 彼からすれば見慣れた光景なのか、エレキモンは頭の痛さを装うように額に右の前足を当ててもう一度ため息を吐くと、ベアモンを起こしにかかった。

 

「おい!! 起きろ寝ぼすけ!!」

 

 最初にエレキモンは、ベアモンの体を揺すって直接意識を覚醒させようとする。

 

「ぐぅぅう~ん、あとごふぅ~ん……」

 

 しかし大して効果は無いようで、ベアモンは器用に寝言でエレキモンに返答しながら眠りの世界にしがみ付いていた。

 

「ったく……おい!! とっとと起きろ!! 約束を忘れて何昼寝してんだ!!」

 

「ぐぅぅ……う~ん」

 

 その様子を見たエレキモンは揺する力を更に強めると、ベアモンは寝ぼけて意識が完全に覚醒していないままで立ち上がった。

 

「やっと起きたか。いつもながら苦労させられる……ぜ!?」

 

 しかし、エレキモンの予想はベアモンが睡眠欲に負けて前のめりに倒れこむと言う形で、文字通り押し倒された。

 

 偶然にも、ベアモンの正面にエレキモンが居たためにエレキモンはベアモンに押し倒される。

 

「あたたかぁ~い……」

 

「こら!! お前には自前の毛皮があるだろうが!!」

 

「ふにゃぁ~……気持ちいい~」

 

 ――ブチッ。

 

 その瞬間、エレキモンは自分の頭の中で何かが切れる音を聞いた。

 

 それが何の音かはエレキモン自身理解出来ていたが、抑えるつもりは毛頭無かったらしい。

 

 よく見ると額に青筋が出来上がっており、体からバチバチ火花(スパーク)が発生しているのがその証拠。

 

「いい加減に……しろやあァァァ!!」

 

「ふぎゃぁぁぁあああ!?」

 

 次の瞬間には、エレキモンの体からゼロ距離で放たれた放電がベアモンに炸裂し、朝のモーニングコールよろしくベアモンは自業自得の悲鳴を上げていたのであった。

 

 流石に電撃を受けた事もあって意識は完全に覚醒し、ベアモンは目を覚ました……のだが、体の方は痺れてガクガクと震えている。

 

 毛皮の大部分から焦げ臭い黒い煙が出ているのは、きっと彼自身が全くの手加減をせずに放電したからだろう。

 

 やがて体が痺れながらも動かせるようになると、うつ伏せに倒れていた自分の体を起こす。

 

 それと共にエレキモンも脱出する事が出来た。

 

「……あ、エレキモンおはよ~」

 

「おはよ~……じゃねぇよ!? もう昼だ!!」

 

「ほぇ? そうなの……?」

 

「……ハァ」

 

 そして、電撃を受けながらもようやく眠りの世界から脱出したベアモンの第一声はと言うと……何とも緊張感の欠片も見えない朝の挨拶だった。

 

 電撃を受けても能天気に時間軸のズレた朝の挨拶が出来る辺り、元気ではあるようだが起こしたエレキモン自身は何処か疲れたような表情をしている。

 

 これがツッコミ役の宿命とでも言うのだろうか、とエレキモンは内心で思いながらもベアモンに状況を説明する。

 

「いいから起きろボケが!! 今日は昼間に釣りに行く約束をしてただろ!!」

 

「………………」

 

「……まさか、忘れていたのか?」

 

「……あっ」

 

 エレキモンの約束と言う言葉を聞いたベアモンの表情が、徐々に焦燥感を帯びていく。

 

 この時のベアモンの表情を例えるならば、前日に完璧に終わらせておいた宿題を、当日に学校へ持っていく事を忘れていた小学生の表情が当てはまる。

 

「……昨日、次の日に釣りをしに海辺へ行く約束をしていただろ。なのに今日、待ち合わせの場所で予定の時間になってもお前は来なかった。だからまさかと思ってお前の家に来たら……このザマかよ」

 

「あ~……」

 

「……何か言う事は?」

 

「……てへっ」

 

 ――カチッ。

 

 ベアモンの可愛い子ぶった返答を聞いたエレキモンの脳裏で、今度は何かのスイッチが入る音が聞こえた。

 

 堪忍袋の尾が切れているわけでは無いらしいが、何故か物凄く気持ちの良い笑顔を浮かべている。

 

 その表情を見たベアモンが本能的に危険を察知するも、既に手遅れだった。

 

 エレキモンは次の瞬間、全身からパチパチ音を立てながらベアモンに、とてもとても(おそろ)しい声で言い放った。

 

「四十秒で用意しな。ただでさえこっちは待ち惚け食らってるんだからな!! これ以上遅らせたら問答無用でスパークリングサンダーをブチかます!!」

 

「鬼!! 悪魔!! 禿(ハゲ)!! サディスト!!」

 

「のんきに昼寝して、一日前の約束を忘れるお前に言われたかねぇぇぇッ!!」

 

 ベアモンは木造の帽子掛けにかけておいた自分の帽子――アルファベットでBEARSと文字が書かれた青色の帽子を逆向きに被り、同じく青色の革で作られたベルトを左肩から右側の腰に、そして手を痛めないための防具として両手にはそれぞれ六つほど巻いていく。

 

 急いでいるせいか、かなりきつめに巻いている所もあれば緩く巻いている所も見える。

 

 そして、部屋の隅に置いてある釣竿を右手に、その隣に置いてあるバケツを左手に持つと共にベアモンはエレキモンと共に用の済んだ家を後に、村の入り口付近へと向かって走って行く。

 

 二匹が立ち去った後に木造の部屋に残されたのは、空洞の中のような静寂と木造の建物特有の木の匂いだけだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「うわぁ~……!!」

 

「いつ見てもすげぇ……」

 

 村を出て一時間ほどの場所に存在する浜辺のエリア。

 

 強い日光がブルーな海や岩肌を照らし、美しい自然の風景を二匹の目前に現していた。

 

 硬い甲殻に覆われた(かに)のような姿をしたデジモンや、ピンク色の硬い二枚貝のような姿をしたデジモンなど、この付近には水の世界に生きる野性のデジモン達が多く生息している。

 

「この辺りの砂浜ってガニモンとかシャコモンとか、成長期のデジモンが多いから危険な場所じゃないんだよね」

 

「だな。シードラモンとかが滅多に現れない場所だから、成長期の俺達からすれば絶好の釣りポイントだ」

 

 潮の流れる音をBGMに、二匹は持ってきたルアー付きの釣竿を振り被り……放つ。

 

 見事な放物線を描きながら、糸の通ったルアーは海の中に投下された。

 

 後は、得物が食い付くのを気長に待つのみ。

 

「それにしても、お前も中々粋なまねをするよな。普段は川釣りなのに、突然海釣りだなんて」

 

「最近は森の方でも嫌な噂が流れているでしょ? デジモンが狂暴化して、暴れているとか……」

 

「あ~、まぁ確かに物騒だな。でもそれだけじゃないんだろ?」

 

「バレた? 実は単に魚が調達したかっただけだったりするんだよね~」

 

「こいつぅ。まぁそういう事なら、別に何の不満も無いけどな」

 

 あはは、と二匹はニヤけ顔を見せながら笑う。

 

 エレキモンは自分の手に持っている竿を地味に微動させながら一度思考すると、気が変わったかのように話題を変える。

 

「ところでよ、お前は決めたのか?」

 

「決めたって何が?」

 

「これからの事だよ」

 

「??」

 

 エレキモンの問いを聞いたベアモンの頭上に、小さな疑問符が浮かんだ。

 

「聞いた話によると『アイツ』は『あの事件』以来、力を付けるための武者修行の旅に出たらしいじゃんか。お前はどうすんだ?」

 

「……エレキモンも、返答に困る質問をしてくるね~」

 

「気になってたからな」

 

 エレキモンは思った事をそのまま口に出して返答した後、ベアモンの答えを待った。

 

「……僕は、正直言って……ギルドに入ろうと思ってる」

 

「……そうか」

 

 ベアモンの返答を聞いたエレキモンは納得したように軽く頷くと、そのまま言葉を紡ぐ。

 

「お前、外の世界をもっと見てみたいって言っていたもんな。実は俺もギルドに入ろうと思ってる」

 

「え? そうだったの?」

 

「お前とは別件でな」

 

「ふ~ん……お、ひっかかった」

 

 会話の途中、ベアモンの竿にピクピクと反応が現れ、魚が喰い付いた事に気がついたベアモンは竿を持つ手に力を加える。

 

「どっ……せぇ~い!!」

 

 後ろに走りながら一気に竿を振り上げると、突発的な噴水に似た小さな水しぶきと共に魚が海の中から釣り上げられた。

 

「デジジャコかぁ……まぁ、当たったから良しとするかな」

 

 掛かった魚を見て魚の種類を判別すると、ルアーの針から魚を外し、持ってきていたバケツの中に放り込む。

 

 ベアモンの反応からして、目当ての魚と言うわけでは無いのは目に見えて明らかだ。

 

「まぁそんな事もあるさ。そういや狙いは?」

 

「デジサケ」

 

「やっぱりな~……お、こっちもか」

 

 ベアモンの狙っている魚の名称を聞いたエレキモンが予想通りと内心で呟くと、自分の方の竿にも掛かった事に気がついた。

 

「ぐぎぎ……ぐっしゃ~い!!」

 

 ベアモンとは違い、釣り竿を口に咥えて釣り上げるという変わった釣り方を披露したエレキモンは、釣り上げた魚を一目見ると直ぐにバケツへ投入した。

 

「ちぇっ、こっちもデジジャコかよ……」

 

「あはは、そっちもそっちだね」

 

「うるせ~やい」

 

 自分をからかうベアモンの発言に少々イラっと来ながらも、エレキモンは再度釣り竿を海へと投下する。

 

 釣り上げた魚の大きさや美味しさなどを話の草に、釣り上げてはまた釣り上げて、時々釣りのポイントを変えながら、二匹は徐々にバケツの中へと魚を増やしていった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 それから二時間後。

 

 二匹は場所を海水に濡れた岩肌のある地帯へと移っていた。

 

 同じサイクルを何度も繰り返していく内に、気がつくと二匹の持ってきたバケツの中は両方ともいっぱいになっていた。

 

 海水の入れられたバケツの中では魚達が窮屈そうに泳いでおり、後々の事を考えるとベアモンとエレキモンの口元に自然と(よだれ)がはみ出る。

 

「そろそろ帰らないか? もう大体釣れたんだし」

 

「いや。まだ僕はメインディッシュの魚を釣れていないから、もうちょっとやってみるよ」

 

 ベアモンはそう言い自分の好物が当たる事を願いながら、もう何回投下したか細かく覚えていない釣り竿のルアーを海へシュートする。

 

「雑魚ばっかりだもんなぁ。それでも数が多いから、飯には困らないわけだが」

 

「むぅ~……だけど、たったの一匹すら当たらないのはちょっとなぁ……」

 

「お前、引き運無いな」

 

「うるさいよ。このスカポンタン!! 見ててよ、君がびっくりするぐらいの大物を釣り上げてやるからさ!!」

 

 恐らく十回以上は魚を釣ったのにも関わらず、狙いの魚が当たらない事をネタにちゃっかりトゲを刺すエレキモン。そして、その毒に対して同じ毒で対抗するベアモン。

 

(ま、どうせ当たらないと思うけどな。ましてや大物なんて、そう簡単に……)

 

 

 

 

 

 ベアモンの粋がった台詞に対して、エレキモンがそう内心で呟いた時だった。

 

「うおおおお!! 何だか凄い引きだあああああ!!」

 

「……ってはやっ!! マジかよ、竿の方が先に折れたりしないよな!?」

 

 まるで誰かが仕組んだとすら思える見事なタイミングで、ベアモンの釣り竿が大きく(しな)り始めたのだ。

 

 引っかかった魚の引きが強いのか、それとも単に重いからか、腕力に自信があるベアモンでもかなり厳しそうだ。

 

「仕方ねぇ!! 逃がすよりはマシだから、俺が手伝ってやる!!」

 

 そんなベアモンに、エレキモンは文字通り手を差し伸べた。

 

 後ろからベアモンの体を引っ張り支え、大物と思われる魚を逃がさないために強力する。

 

 ベアモンも、それに呼応するように腕の力を強めた。

 

「どっ……こんじょぉぉぉ~!!」

 

 そして、気合の入った叫びと共に釣り竿を大きく振り上げた。

 

 ――バシャァ!!

 

 ――ガァン!!

 

 雑魚を釣り上げた時とは比較にならない水しぶきが上がり、釣り上げられた獲物は派手にベアモンとエレキモンの背後にある岩の方へと叩きつけられた。

 

 よっぽど大きく、そして重かったのか、反動でベアモンは岩肌に背中から倒れる。

 

 その際に後ろに居たエレキモンは、まるでドミノ倒しのように巻き込まれ、ベアモンと同じ姿勢で倒れた。

 

「痛てててて……エレキモン大丈夫?」

 

「俺も大丈夫だ。強いて言うなら、お前ちょっと重いぞ」

 

「ひどっ」

 

 ベアモンは立ち上がり、エレキモンはそれに順ずる形で立ち上がる。

 

 二匹は互いに安否を確認した後、後ろの方へ向けられている釣りの糸を辿ってその先に掛かっていると思われる魚を確認しようとする。

 

「……え? これって……」

 

「どう見ても魚じゃないよな……ってか、コイツって……」

 

 釣り針が刺さっていたのは魚の口では無く、赤色の恐竜を思わせる姿をした――

 

 

 

 

 

 

 

『……デジモン!?』

 

 ――デジモンの鼻の穴だった。

 

 返しの針が全国のサディスティックな人物がよくやりそうな鼻フックのようになっているため、見るからに痛々しいが、二匹からすれば疑問に思う事が多すぎて、思考が追いついていなかった。

 

「……死んではいないよな……?」

 

 エレキモンは恐ろしいものを見てしまったように腰引け気味ながらも、明らかに死んでいるように見えるデジモンの体の中央の部分を右の前足で触る。

 

 体温は……かなり冷たかった。

 

「……体が消滅してないって事は、まだ死んではいないって事だが……この様子だと、かなり危険な状態だな……」

 

「………………」

 

 エレキモンの告げた予測に、ベアモンは目の前で倒れているデジモンを可哀想と思った。

 

 だが同時に、疑問も浮かんだ。

 

 体の形を見るに、水棲型のデジモンでは無い。

 

 だが、自分が生きていた『森』の地域では見覚えも無いデジモンでもある。

 

 どちらかと言えば火山や荒地など、恐竜型のデジモンが生息する地域に適したデジモンにしか見えない。

 

 そんなデジモンが海の中から見つかるなど、どう考えても異常なのだ。

 

「……助けよう!!」

 

「え?」

 

 単に同情心からか、それとも正義感からの行動か。

 

 ベアモンは自身の両手をデジモンの胸の部分に当て、力いっぱい押す。

 

 すると、恐竜デジモンの口から海水が噴き出された。

 

「おい、そいつが何者なのかも分かんないのに助けるのか? もしも悪い奴だったらどうする?」

 

「仮にそうだとしても……見捨ててられないでしょ!! お願い、エレキモンも手伝って!!」

 

 自分の力だけでは助けられない。

 

 そう内心で理解したベアモンは、この場で手を借りられる唯一のデジモンであるエレキモンに、手伝いを要求した。

 

 エレキモンは一度「う~ん……」と深く俯きながら考えたが、やがて腹をくくったように声を上げた。

 

「……だ~!! 仕方ねぇな、やると決めたからには……絶対に助けるぞ!!」

 




やっとの事で登場。

今回登場したベアモンこそ、この小説で第二の主人公のベアモンです。

人間サイドのプロローグがシリアス一直線だったので、デジモンサイドぐらいはギャグを入れても良いよね!! 答えは聞いてない←←

さて、今回の話の最後に出た赤色の恐竜のようなデジモン。

一体何者なんだ……←←

次回も引き続き、デジモンサイドのプロローグをお送りします。

次回もお楽しみに。


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電子世界にて――『波音響く中での救助』

こういう話になると、どうしても話の長さが短くなる……それをカバー出来るぐらいのボリュームを、その分だけ次の話には求めないといけませんね。

8月24日追記。

感想を参考にして、ところどころに修正を加えてみました。


 ――長い夢を見ていた。

 

 周りで見知らぬ人物が不気味な笑みを浮かべ、自身の何かを作り変えられていく光景。

 

 自身の『外側』と『内側』の感覚がよく分からなくなり、もう二度と戻れなくなるような錯覚。

 

 そんな夢の内容を、彼は悪夢としか思えなかった。疲れた時によく見る悪夢だと、そう信じるしか無かった。

 

 何処で何をされ、何が起きたのかまるで分からない。

 

 まるで記憶に濃霧が掛かったかのように、全く思い出せなかった。

 

 ――何より、今自分が何処に居るのかすら分からなかった。

 

 周りの空間は視界が塞がっているのか真っ暗で、とにかく冷たい物に覆われているような感覚があった。

 

 寒い。

 

 冷たい。

 

 体温を感じられない。

 

 一体いつまで、この空間に居続けなければならないのだろうか。

 

 夢なら早く覚めてほしい。夏の風物詩であるホラーな夢など求めていない。

 

 それとも――

 

(俺は……死んだのか……?)

 

 彼――紅炎勇輝は何も見えない、何も聞こえず感じられないそんな空間の中で、再び意識を深い闇の中へと落としていった……。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 場所を岩肌地帯から最初の砂浜地帯へと移動し、赤い恐竜型のデジモンを砂浜の上に乗せた二匹は、恐竜デジモンを助けるために行動していた。

 

 ベアモンは恐竜デジモンの口を強引に開かせた後、力のある限り両手でデジモンの胴部を押し、海水を吐き出させる。

 

 しかし、恐竜デジモンの意識は戻らない。

 

 その様子を見たベアモンとエレキモンは、次の行動へと移行する。

 

「海水は全部吐き出させたな。次は……」

 

「体を温めたほうがいいんじゃないかな。ここは浜辺なんだし、砂を使って砂風呂みたいな物を作られないかな?」

 

 ベアモンは右手を帽子越しに頭に当てながら知恵を働かせ、エレキモンに提案した。

 

 しかし、その案を聞いたエレキモンは一瞬呆気に取られた顔をした後、その案に対して難点を突きつける。

 

「お前にしては悪くない発想だが、問題の砂をどうやって集める? 両手で掬い上げてるだけじゃ、全然効率的じゃないぞ」

 

 砂と言う物は基本的にサラサラしており、手で取ろうとすると量がどうしてもこぼれて、少なくなってしまう。

 

 両手で掬い上げた程度の砂を振りかけているだけでは、何分掛かるか知ったものではない。

 

 ならばどうすれば良いか。

 

「ここは、体温より先に意識を覚醒させた方がいい。体温なら後で対処出来るしな」

 

「……それならさ、エレキモンの電撃の応用で意識を覚醒させたり出来ないかな? 電気ショックとかで」

 

 意識を覚醒させるのに効果的な手段の一つが『刺激を与える』事だ。

 

 昼間の出来事でベアモンは電撃によって一気に意識が覚醒し、眠気の一切も吹き飛んでいる。

 

 だが、この案にも問題があった。

 

「お前を起こした時とは状況が違う。コイツは明らかにヤバイ状態だぞ、下手したら余計に死ぬ可能性が高くなるから、それは最終手段だ」

 

「それもそうかぁ……う~ん」

 

「酷いやり方だけど、こういう時には痛みを与えてやればいい。体にダメージを負わせる事無くやるなら、刺激を与える事も一つの方法だしな」

 

「痛みを与えるって……何だか、このデジモンが可哀想になってきたんだけど」

 

 ベアモンは恐竜デジモンに同情の念を送りながらも、それ以外の案が思いつかずに、結局恐竜デジモンの頭部にある羽のような形をした耳を掴むと。

 

「……ごめん!!」

 

 恐らくそのデジモンにとっての特徴と言える羽のような部位を、謝罪の言葉を呟きながらぎゅっと摘んだ。

 

 しかし、反応は特に見えない。

 

「その羽っぽいのは大して影響が無いんだな……次にいくか」

 

 次にエレキモンはそう言うと、自身の爪を恐竜デジモンの足の裏にチクっと浅く突き刺した。

 

 すると、僅かにビクっと反応を見せた。

 

(痛そうだなぁ……)

 

 内心で呟いていたベアモンが足の裏に痒みを感じたのは、きっと気のせいなのだろう。

 

「反応したな……意外とあっさり助けられそうだ」

 

 エレキモンはそんなベアモンの方を向いてから、自身の体に電気を蓄積させ始める。

 

「え? さっきエレキモン、電気ショックは最終手段だって言ってたような……」

 

「アレはコイツが本当に瀕死の状態だったらの話だ。こんぐらいで無意識に反応するんなら、電気ショックを使っても問題無い」

 

「そうなんだ……」

 

「ち~とビリっとするけど、勘弁してくれよ。荒療治だが列記とした治療法の一つなんだからな!!」

 

 そして恐竜デジモンに聞こえもしていないであろう台詞を吐きながら、恐竜デジモンの腹部に見える刻印を目印に、ダメージではなくショックを与えるための電気を放った。

 

「……んぅっ……?」

 

 恐竜デジモンは全身に感じた刺激に呻き声にも似た声を上げ、まぶたを開くと共に視界へ降り注いだ日光の眩しさに開けた目を少し細めながら、意識を覚醒させた。

 

「あ、起きた!!」

 

「ふぅ、やれやれだぜ……お前さん大丈夫か? 手荒に起こして悪かったな」

 

 その様子を見た二匹のデジモンは、無事に救助が出来た事にふぅと息を吐きながら胸を撫で下ろす。

 

 しかし、何やら助けられた恐竜デジモンの方は二匹の姿が視界に入るや否や目をこすり始めた。

 

 まるで、これは夢かと確認するアニメのキャラクターのように。

 

「………………」

 

 まず、恐竜型デジモンは無言で二匹を凝視する。

 

「……何をそんな驚いた顔してんだ? 驚かそうとした覚えはねぇぞ」

 

「君、大丈夫……?」

 

 流石に理由も無く、未確認生命体を見るような視線をされてはたまらないのか、エレキモンは恐竜デジモンに対して自分から問いを出した。

 

 一方のベアモンは、自分達に向けられている視線に対する疑問の答えを得ようとしていたが、結局思いつく事は無かった。

 

「…………で」

 

『で?』

 

 返って来たのはたった一文字の、意味を為さない言葉だった。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

「で、でででででデジモンッ!?」

 

 次の瞬間、赤い恐竜デジモンは口を大きく開け、腹の奥底から響き渡るようなシャウトをかましていた。

 

「……え?」

 

 その返答は流石に予想外だったのか、エレキモンとベアモンはほぼ同時に頭に疑問符を浮かべながら、一文字の言葉を無意識の内に吐いていた。

 

 だが、そんな彼らの疑問を解決する前に驚愕その物の表情で、恐竜デジモンは二匹に対してと言うよりはこの状況に対しての疑問を、そのまま口に出している。

 

「ななな、何でデジモンが!? 俺はデジタルワールドに転移(トリップ)でもしちまったってのか!?」

 

(とりっぷ……?)

 

 返答もせずに理解の出来ない独白を続ける恐竜デジモンにエレキモンは内心で『何だコイツ』と思い、内心で疑問を浮かべているベアモンを余所に、試極当然のように怪しい物を見るような目をしながら答えを返す。

 

「……よくわかんね~けど、デジタルワールドに決まってんだろ? お前もデジモンなんだから」

 

「……えっ?」

 

 エレキモンの何気も無く語った世界(デジタルワールド)の常識に、恐竜デジモンはまたもや意味を成さない一文字を口にする。

 

 一瞬だけ、思考が停止したように固まった後……今度は独白では無く、返事としての言葉を返す。

 

 

 

 

 

 

 

「……何言ってんだ、俺は人間だぞ……?」

 

「……お前さん、何を言ってんだ? どう見てもその姿はニンゲンじゃないだろ」

 

 互いに訳が分からなかった。

 

 エレキモンは、何故このデジモンが自分自身の事を人間――デジタルワールドで架空の物語として語られている存在であるはずの、人間だと言っているのかに対して。

 

 恐竜デジモンは、ただ単純にエレキモンの言葉に対してだ。

 

(……いや、まさか、そんな訳が無いだろ……)

 

 恐竜デジモンの思考に一つの不安が過ぎると、突然周りを見渡し、視界に入った青く広がる海の方へ向かって足早に駆け始めた。

 

「エレキモン、あのデジモン一体何なんだろ?」

 

「さぁな。一つだけ言える事は、明らかに頭がおかしい奴だって事ぐらいだ」

 

「ニンゲンって、御伽噺(おとぎばなし)とかに出てくるアレの事だよね?」

 

「だと思うが……絵本とかに出てくるニンゲンは、少なくともあんな姿じゃないだろ」

 

 ベアモンはエレキモンに対して素直に疑問を口にするが、エレキモンは恐竜デジモンを怪訝な想いで見ながら、ただ答えの無い言葉で応える以外に何も出来なかった。

 

 そして、海面を鏡代わりに自身の姿を視界に捉えた恐竜デジモンは――

 

 

 

 

 

 

 

「嘘……だろ……!?」

 

 目に映った現実を信じられないように、思考が拒絶反応を起こし、ただ疑問形の言葉を吐き出していた。

 

 鋭利で長い爪が生えた前足が、爬虫類のような獰猛な顔立ちが、腰元から生えて動揺と共に揺れる尻尾が、全身の紅色が。

 

 そして、腹部に見える危険の象徴とすら呼べる印が。

 

 今の自分の姿を物語っていたからだ。思わず彼は、その怪物の名を口に出す。

 

「俺が……ギルモンに成ってる……!?」

 

 気持ちの焦燥感を表すように、波の音が強くギルモンの耳を叩くのであった。




今回はデジモンサイドの物語なので『デジモンが見た場合』の三人称。

なので、突然自分の事を人間言う『彼』に対する反応は、むしろこれが当然だったり思います。

『人間にとっての常識』と『デジモンにとっての常識』は違いますし。


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電子世界にて――『自称人間の事情確認』

ただ会話をするだけの話なので、文字数がギリギリ3000字に到達しなかったでござる。

やっぱり四時間半程度で全部書き上げるなんて無理だったんだよ!!←←

場所も変わらず、会話だけの話になったので地の文がどうしても少なくなってしまう……もっと精進します。


 デジタルの太陽が強く光り、広大に広がる大海原がキラキラと光を映して美しい光景を作り出している浜辺のエリア。

 

 海面に映った自身の姿を見て、赤い恐竜のような姿をしたデジモンは言葉を失い、ただ立ち尽くしてるのを一匹は頭の上に疑問符を浮かべ、一匹は怪訝な表情を浮かべながら見ていた。

 

 エレキモンは内心で呟く。

 

『面倒な奴を助けちまったなぁ……』と。

 

 そもそも。

 

 この世界……デジタルワールドにおいて、ニンゲンとは絵本などで語られる架空の存在でしか無いのだ。それが実際に『現れる』事など考えも出来ない。

 

 何故なら、それがこの世界(デジタルワールド)の住人であるデジモン達にとっての常識なのだから。

 

(仮にあのデジモンが嘘を吐いているとして、何の目的でこのような見え見えの無い嘘を吐いてるんだ?)

 

 エレキモンは内心で疑問を呟く。

 

(……怪しいな)

 

 現状、赤色の恐竜デジモンの証言に関する判断材料が一切無いため、エレキモンが赤い恐竜型デジモンに大して疑心を浮かべる。

 

 分からない事が多い以上、警戒するに越したことは無い。

 

「ねぇ、君」

 

「……何だよ」

 

「え、ちょ、おいベアモン!?」

 

 尤も。

 

 そんなエレキモンの思考は勇気なのか、それとも無謀なのか、警戒もせず容疑者のデジモンに声を掛けたベアモンによって、一瞬で粉々に粉砕されたのだった。

 

 その行動に驚いたエレキモンは待てと言わんばかりに声を上げるが、張本人であるベアモンはそんな事はお構いなしに会話へ突入している。

 

「君って本当にニンゲンなの? 絵本とかで見た姿とは凄く違うけど……」

 

「……あぁ、確かにニンゲン()()()よ。だけど今じゃこんな姿だ」

 

「何があったか覚えてる? 記憶に残ってるの?」

 

「……いや全く。ニンゲンだった時の日々は鮮明に覚えてるんだが……この姿になるまでの過程が、全く記憶に入ってないんだ」

 

 どうやら本人曰く、記憶喪失と言うわけでは無いらしい。

 

 ベアモンはそれに対して嘘を吐いている気配を全く感じられず、それが本心なのだと信じて会話を続ける。

 

「てことはさ、自分が何で海中に溺れていたのかも知らなかったりするの?」

 

「ああ……」

 

「う~ん……それじゃあさ……」

 

「待て」

 

 ベアモンが次の質問を恐竜デジモンに問おうとした時、質問に被せるようにベアモンの後ろからエレキモンが制止の声を上げる。

 

 そして、そのまま自身の質問をぶつける。

 

「お前さんが人間なのか、そうでないのか。そっち方面の事は今はどうでもいいが、一つだけ聞かせろ」

 

「何だ」

 

「お前が敵じゃないかについてだ」

 

「エレキモン!?」

 

「ベアモンは黙ってろ。俺はコイツにどうしても聞いとかねぇといかないんだ」

 

 エレキモンは警戒心を解く事無く、見知らぬ恐竜デジモンを睨み付けながら質問を続ける。

 

「言っておくが、俺はお前自身が敵かそうで無いかを聞いてんだ。その自分が人間だったなんて言う嘘はともかく、そこが知れないとこちとら安心も出来ねぇんだよ」

 

「………………」

 

「早く答えな。沈黙は敵である事を自ら肯定していると見なすぜ」

 

「ちょっとエレキモンったら……」

 

 場の緊張感が高まり、普段は温厚な性格であるベアモンも流石にムードの悪さからエレキモンに制止の声を掛ける。

 

「この子は敵でも無いし、嘘も吐いていないと思うよ?」

 

「何?」

 

 ベアモンの告げた言葉に、エレキモンは何か根拠があるのかと問い返す。

 

 言葉を思考する事も無く、ベアモンは自身が思った事をそのまま口に出して伝える。

 

「だってさ、僕らがこの子の立場になってみ? いきなり別の世界に来て、知らない生き物を見たら誰でも驚くけど……敵意も向けていない相手を敵にすると思う?」

 

「それが演技って可能性もあるだろ」

 

「あの様子で、初対面の相手に嘘を吐こうと考えるとは思えないけど?」

 

 エレキモンを説得するベアモンの脳裏に過ぎるのは、数刻前に見た独白を続けながら驚愕の形相で海面に映った自身の姿を見る恐竜デジモンの姿。

 

「僕なら、目を覚ました時に目の前に知らないデジモンが現れてたら驚いて、壁に頭をぶつけると思うな」

 

「……お前って、ホントこういう時には信用性のあることを言うよな……」

 

 流石にここまで根拠を突きつけられては敵わないのか、エレキモンはベアモンに対して返答をした後、視線を恐竜デジモンの方へと向ける。

 

「まだ納得してねぇけど、とりあえずお前が敵じゃないって事だけは信じとく」

 

「ごめんね。エレキモンって、いつもこうやって確認しないと安心出来ない所があるから……」

 

「……お、おぅ……」

 

 二人の会話の原因となった存在はただ、そう返事を返すしか出来なかった。

 

 思考がマトモに機能していないのか、はたまた状況に付いていけていないのか、その表情は何処か二匹に対して恐怖を感じているようにも見える。

 

 その感情に気付く事も無く、エレキモンは恐竜デジモンに対し、改めて声を掛ける。

 

「……で、自称ニンゲンだったらしいお前さん。これからどうすんだ?」

 

「どうするって……」

 

「見た所、行く宛が無いんだろ? 何も持ってないみたいだし」

 

 エレキモンの問いを聞いた恐竜デジモンは考える。

 

 爬虫類のような顔立ちの小さな頭で考えて、考えて、考え抜いたが……結局の所。

 

「……ああ、行く宛も帰る宛も無いな」

 

「せっかく助けちまったし、お前さんは悪い奴じゃないと信じるから言わせてもらうぜ」

 

 エレキモンは一度緩急を付けてから、考えを言葉にする。

 

「お前、俺らの住んでる町に来ないか?」

 

「……え? いいのか?」

 

「良いんじゃないかな? 僕は賛成だよ!!」

 

 思わずそう問い返した恐竜デジモンだったが、その問いを返したのはエレキモンでは無く、ベアモンだった。

 

「……じゃ、じゃあ……とりあえずお前らの町に行くよ。色々調べたい事もあるし……」

 

「これで決まりだな」

 

「それじゃ、予定より結構遅れたけど……帰ろうか、僕等の町……発芽の町へ!!」

 

 ベアモンはそう言って、大量の魚が入った自分用のバケツを右手に持つと、この場所まで続いていた今まで来た道を引き返し始めた。

 

「よっと……さて、帰るか。ちゃんと付いて来てくれよ」

 

 エレキモンは恐竜デジモンに背を向け、ベアモンの進路と同じ方へ歩を進め始める。

 

「ちょっと待ってくれ!!」

 

 その途中、恐竜デジモンはベアモンとエレキモンに初めて自分から声を掛けた。

 

「何?」

 

「一応、俺には名前があるから……自己紹介ぐらいはさせてくれないか?」

 

「……そういえば、名前を聞いてなかったな」

 

「ちょうど良いし、互いに自己紹介しようよ!!」

 

 ふと、疑問をぶつけるばかりで恐竜デジモンの名前を聞いていなかった事に気がついたエレキモンは、一度立ち止まると恐竜デジモンの自己紹介に耳を傾ける。

 

 ベアモンも赤い恐竜デジモンの方に視線を向け、それを確認した恐竜デジモンは、自身の存在の証である名前を明かす。

 

 

 

 

 

 

「俺の名前はギルモン。人間としての名前はコウエンユウキだ……よろしく」

 

「僕の名前はベアモン。まだ個体としての名前は無いけど……よろしくね」

 

「俺の名前はエレキモン。以下同文だ」

 

 こうして、三匹は出会った。

 

 美しい海の景色が見える砂浜の上で、当たり前のように輝くデジタルの太陽に照らされながら。

 

 日常は非日常へ姿を変え始め、物語はゆったりとした軌道に乗り始める。




今回の話で戦闘をさせるか、させないか迷ったりしましたが、結局させない事に。

とりあえず今回の話で、プロローグは終了の予定です。次回から第一章に入ります。

最低限のラインをひとまずは超す事が出来てよかったです……ただ、今回の話……何処か雑な感じがしますので、いつか修正して書き直す可能性が高いです。

……てか、今回の話は三人称よりも一人称で書いた方が書きやすいと思った(子並感)


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電子世界にて――『そして一日が終わる』

前回で序章は終わりだと言いましたね。すまん、ありゃ嘘じゃ。




 もうじきに日が完全に落ち、昼型のデジモンは住処に戻り、夜行性のデジモンが行動を開始する、そんな夕方のデジタルワールド。

 

 海での釣りを終え、三匹のデジモン一行は自分達の暮らす発芽の村へ歩を進めている――

 

「あ~!! やっぱり美味しいなぁ」

 

「ま、釣り立てで新鮮な状態だしな。美味しくて当然だと思うぜ」

 

 ――はずなのだが、今は左右に林が見える獣道の上で食事中だった。

 

 食べている物はもちろん海で釣った魚で、バリボリと音を立てながらそれらを貪り食う姿はデジモン達からすれば普通の光景。

 

「………………」

 

 ニンゲンにとっては、動物園ぐらいでしか見る事の無い光景。

 

 うわぁ、とでも言わんばかりの表情で二匹を見ているのは、元は人間、現在は赤い恐竜のような姿をした爬虫類型デジモン――ギルモンのユウキ。

 

 人間だった頃から魚の生臭さに慣れていないのか、鼻をつまんで眉間(みけん)にしわを寄せている。

 

「ギルモ……ユウキ~? 魚食べたいなら、分けてあげるけど~?」

 

「い、いらない……」

 

 そんなギルモンの様子が視界に入ったベアモンが、自分のバケツにある魚を分けようと声を掛けるが、生魚を調理もせずにそのまま食べるという行為自体に、人間としての知性が拒絶反応を起こしてしまった。

 

 だが、デジモンとしての本能が口元からよだれを漏らすという形で出ている。

 

「口元からよだれが漏れてる奴の言う台詞では無いと思うぜ」

 

「こ、これはよだれじゃなくて……汗だ」

 

「へぇ~、お前は口から汗を出せるのか~、まぁ食いたくないなら仕方ないよな~」

 

 煽りも含めた棒読みの声でいじられ、ぐぎぎ、と歯軋りをする元一人の現一匹。

 

 実際の所、生魚をユウキが人間の理性の許容範囲で食べられる物に変える方法はあるし、その方法をユウキ自身も理解している。

 

 なら何故それをやらないのか、それもまた単純な理由で。

 

(元は人間だったのに、火の吐きかたなんで分かるわけないだろ……)

 

 火を吐けない竜などただのトカゲとは、まさにこの事だろう。

 

 自身の成っている種族の事をよく知っていてはするものの、それらを実際に行うにはどうすればいいのか、人間としてただ生きていただけのユウキには分からない。

 

 目の前で野菜スティックのように魚が処理されていく。

 

 必死に理性を振り絞ってガマンをしていたが。

 

「……ん?」

 

「おっ?」

 

「………………」

 

 二匹の視線がユウキに向けられる。

 

 より正確に言えば、空腹のサインを意味する音を鳴らした腹部へと。

 

 ただでさえ赤い体をしているのに、恥ずかしさでその顔を更に赤らめている辺り、空腹に対する自覚はあったようだ。

 

「腹、減ってんだろ?」

 

「………………」

 

「どういう暮らしをしていたかは知らないけどよ、空腹の時ぐらいそんな下らないプライドなんて捨てちまえ。ただ辛いだけだぞ?」

 

「……プライドとかそういう問題じゃねぇよ」

 

「? 何が」

 

 思わず問い返すエレキモン。そしてユウキは、その問いに対して自身の常識と言う名の答えを出す。

 

「……元は人間だったのに、簡単にデジモンの食習慣に馴染めるわけがないだろ。刺身でもないのに、生で魚を食べようとはとても思えない」

 

「要するに、食わず嫌いか? 味も知らないのに、そういう事を言うのは感心しねぇな」

 

「何とでも言えよ……とにかく、その状態の魚を食うつもりなんてないから放っておいてくれ……」

 

 思えば自分はデジモンに成る前、何をどのくらい食べてたのだろうか。

 

(……フライドチキンとか豚のしょうが焼きとか、もう食えないのかな……)

 

 自身の記憶を探っていくだけで、今まで食べた経験のある物のシルエットが脳裏に浮かび出てしまう。

 

 その度に、ユウキはただ深いため息をつく。

 

 すると。

 

「……むぐっ!?」

 

 突然ベアモンが自分のバケツから魚を一匹取り出し、ため息を吐いていたユウキの口に思いっきり突っ込ませる。

 

 そして、そのままベアモンはユウキの口を両手で閉じさせた。

 

「むぐぐ、ぐ~!?」

 

 ユウキは突然の行動に驚きながらも抵抗を見せる。

 

 それに対してベアモンは腕の力を強めながら、ただ一言だけ告げた。

 

「嚙んで」

 

「!!」

 

 やむを得ずベアモンの言う通り、口の中で魚を嚙み始める。

 

 味は海釣りの魚な事もあってかなり塩辛く、食感はあまり良い気分がしない生々しい感触。

 

 人間としての知性が、それら全てに対して不快感を表した。

 

 

 

 

 

 

 

(……あれ、旨い?)

 

 だが、実際は拒絶反応を起こすどころか不思議な事に、ユウキはそれらの要因を全て受け入れられていた。

 

 その理由をユウキ自身でも理解していなかったが、実際はデジモンに成った影響で味覚が変わっているのが原因だったりする。

 

 当のユウキはそれを理解する事も無く、ある程度嚙み解した魚を飲み込み終えた。

 

 それを確認したベアモンは、簡潔な質問をユウキに対して行う。

 

「どう? 美味しかったでしょ?」

 

「……あぁ」

 

「……お前、強引だなぁ。わざわざ直接食わせなくても良かったんじゃね?」

 

「結果オーライでしょ。喜んでもらえたみたいだしさ」

 

 予想に反して、それなりに満足感を得られたらしい。少し前のどこか苦しそうにしていた表情は、過去形のものとなって消し飛んでいた。

 

「……ベアモン」

 

「ん?」

 

 そして、今の気持ちを忘れない内に、ユウキはベアモンに知れた事を頼む。

 

「……もう少しだけ、貰ってもいいか?」

 

「……いいよ!!」

 

 バケツの中から、追加で二匹をユウキに手渡す。

 

 受け取ると共に、食欲のままダイレクトにかぶり付いた。

 

 バリッと骨を砕く音が聴覚に、肉を喰らうリアルな感覚が思考に伝わる。

 

 飲み込む度に、飢えていた食欲が満たされていく。

 

(……ここがデジタルワールドなんだとしたら、俺が元いた世界はいまどうなってるんだろう……)

 

 色々と考えるべき事は山ほどあるが、今はただ()える(うち)に食っておき、体力を(たくわ)えておくのが先決。

 

 二つのバケツにあった魚の量が最初の時から半分減った頃に、三匹は食事を終えたのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「もう暗いね~……」

 

「見ればわかるだろ。食事で以外と時間を食っちまったしな」

 

「うまい事言ったつもりなのかそれ……」

 

 食事を終えた後、三匹のデジモンは特に何事も無く村へと到着していた。

 

 デジタルの太陽は既に月に置き換わり、空は神秘的な星の輝きと万物を覆い隠す闇に包まれている。

 

「そういや村に帰ってこれたのはいいけど、ユウキはどうすんだ?」

 

「どうするって……え? 何か考えがあって連れて来てくれたんだと思ってたんだが」

 

「いや、村に住むって点はいいんだ。問題なのは、何処で寝るかって事だよ」

 

「……あ」

 

 さて。

 

 村に何事も無く帰ってきたのは良かったものの、問題はそれなりに残っていた模様。

 

 早速三匹は、よそ者であるデジモンを何処に住まわせるかと言う問題に直面した。

 

「長老の所にでも行ってみるか? 頭いいし、助けになってくれると思うぞ」

 

「長老かぁ……う~ん、もう時間も遅いし今日はやめておかない?」

 

「だがよ……俺はまだ会ったばかりの訳分からん奴を家に入れたくない。見知らぬ奴を何も言わずに受け入れてくれる家は、まず無いと思うぞ」

 

 よっぽど納得出来るほどの理由が無い限り、怪しい人物(デジモン)を住んでいる場所に同居させようと思う者はいないだろう。

 

 それは人間だろうがデジモンだろうが同じ事なのだ。

 

「う~ん……それならさ」

 

 だが、何事にも例外というのは存在するものでもある。

 

「ギルモンは僕の家に住んだらどうかな?」

 

「……え?」

 

「もうお前が馬鹿なのか図太いのか、分からんくなってきたよ」

 

 ベアモンの発言にユウキは思わず気の抜けた声を出し、彼の性格をよく知っているエレキモンも思わず頭を痛める。

 

 実際の所、ベアモン自身がユウキと同居する事を拒んでいるわけでも無かったため、驚くほどに早く問題が解決してしまった。

 

「ハァ、色々呆れちまうぜ」

 

(……何か、このエレキモンって色々と苦労してそうな感じがするな)

 

「じゃあこんな時間だし、俺はもう帰るわ……」

 

「おやすみ~」

 

 エレキモンはもうベアモンを止めるつもりが無いのか、告げ口をした後に四つ足で自分の家に向かって駆けて行った。

 

 もう昼型のデジモンは眠る時間なのだろう、空がまだ明るい時間の時には見えたデジモン達の姿が少なくなっており、逆に明るい時間には見なかったデジモン達の姿が徐々に見え始める。

 

 無論、ベアモンもギルモンも昼型のデジモンだ。

 

「じゃあユウキ、僕らもそろそろ寝ようか」

 

「あ、あぁ……」

 

 ユウキはベアモンに付いて行く形で歩を進める。

 

 ある程度歩き、僅か二分程度の時間が経った頃には目の前に一軒の木造で扉の無い家があった。

 

 これだけオープンにしているというのに、誰にも荒らされたり物と盗まれた経歴などが見えない辺り、村の住人の中に悪いデジモンがいるわけでは無いようだ。

 

(人間の世界なら、物の見事に空き巣に入られていただろうなぁ……)

 

「おじゃましま~す……」

 

「いや、これ僕の家だからそんなに畏まる必要無いんだけど」

 

 そう内心で勇輝は呟きながら、ベアモンと共に家の中へと御邪魔(おじゃま)した。

 

 内部には特に目立った特長が無いが、逆に言えばとても住みやすい快適な環境とも呼べる印象を持てる。

 

 テレビや冷蔵庫といった電化製品の姿は無い。あるのは申し訳程度の本が並べられている本棚と、帽子やベルトを掛けるためのオブジェぐらい。

 

 まぁ、このように自然(ナチュラル)な空間の中に機械(マシン)があったらそれはそれで違和感を感じるのだが。

 

 ベアモンは持っていた釣り竿とバケツを壁の端に置くと、自身の腕と肩に巻いていたベルトを外し始めた。

 

「ふぅ~、今日も釣れたなぁ」

 

(……ベアモンのベルトって、取り外しが出来たんだ……)

 

 ユウキが内心で意外そうにしている間に、ベアモンは肩から腰にかけて巻いていた最後のベルトを取り外す。

 

 ベルトを外した事で目にする事になったベアモンの手はユウキから見て、小さい肉球のような物が見える熊らしい手で、その手に秘めた力が見ただけでは把握出来ないような印象があった。

 

「くるくるくる~……よっ、と!!」

 

(え、投げんのか?)

 

 ベルトを全て外し終えたベアモンは、次に頭に被っていた帽子を片手の指で器用に回すと、そこからスナップを効かせて帽子を投げた。

 

 投げられた帽子は見事に帽子掛けに帰還し、ベアモンは満足そうに頷いた。

 

「ふわぁ~……もう眠いや」

 

 全ての装備を外したベアモンは、部屋の奥に見える自然で作られたベッドの上で横になると、その体制のままユウキに対して言葉を発する。

 

「ユウキは……とりあえず、僕と同じベッドで寝てもいいから~」

 

「ハァ!?」

 

 警戒心を欠片も感じられないベアモンのあくび交じりの言葉に、ユウキは思わず芸人のようなオーバーリアクションを無意識の内に披露しつつ、驚きの声を上げた。

 

 と言うのも、ベアモンが眠るベッドに自分の体が入るスペースがあるにはあるのだが、ベアモンとの距離が僅か数センチの密着状態になってしまうほどの狭さなのだ。

 

「お、おい、流石にそれだと色々と危なくない……か……?」

 

「ぐぅ~……」

 

「ね、寝てるゥゥゥゥッ!? たった数秒間の間に夢の中へダイブしやがった!?」

 

 色々な問題点を指摘する前に、ベアモンは既に眠りの中へと入っていた。

 

 後に残るのは、静寂と状況に取り残された一匹の爬虫類型デジモンのみ。

 

「……どうしてこうなった」

 

 夜中の発芽の町にて、一匹の元一人がただ自問自答をするように呟いた。

 

 こうして、波乱の一日は終わりを告げたのだった。

 

 数多くの疑問や謎、そして明日への不安を確かに残しながら。




実を言えば、どこまでを『序章』にしようか迷ってたりするんですよね……とりあえず、この話で切っても良いのですが……

ひとまず、作者の思考次第で序章がどこで終わるかは変わりますとだけ言っておきます。

もっとも、流石にこれで序章は終わりだと思っていますが。


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第一章 ―嵐の前の三日間 digital side―
電子世界にて――『安眠出来ない寝起きの朝』


最近、文字数が5000字に届かなくなってきました……物語はちゃんとナメクジレベルで少しずつ進んではいるんですが、やはり気にしてしまいますね。

今回は3500字ぐらいですし……むむむ。ところどころ地の文を加えられそうな所を探しているのですが。

と、いうわけで。

今回から後書きにちょっとした物を用意しました。




 月が太陽に置き換わり、自然の摂理のままに世界(デジタルワールド)の時刻は朝へと転じる。

 

 夜明けの光がベアモンの家の中を穏やかに照らし、それによってユウキは目を覚ます。

 

「……朝か」

 

 外の明るさを確認すると気だるそうに体を起こし、両手を上げて背伸びすると共に大きな欠伸(あくび)が出る。

 

 それらはユウキにとって、普段通りの動作で普段通りの日常の始まりを意味するものだった(・・・)

 

 ほんの、一日前までは。

 

「……夢オチじゃない、か……」

 

 夢ならば、今自分を取り囲んでいる状況にも納得する事が出来ただろう。

 

 だが、これは夢ではなく現実(リアル)

 

 ふと自分の後ろを見れば、自分に寝床を与えてくれたデジモンである、青み掛かった黒色の熊のような外見をした獣型デジモンのベアモンが、平和そうに鼻先からちょうちんを出しながら眠っているのが見える。

 

 思わず、深いため息が出た。

 

(至近距離に怪しい奴が居るってのに、バカっぽい奴だな……)

 

 ユウキはそう内心で呟くが、そんな事は幸せそうに笑顔まで浮かべて寝ているベアモンには関係無い。

 

 ふと、自分とベアモン以外この場に居ない事を思い出すと、ユウキは自分の体をじっくりと確認する。

 

 指はニンゲンのように肌色の五本指ではなく、三本の白く鋭い爪の生えたもの。不思議な事に、指のように細かく自分の意志で動かせる。

 

 試しに握り拳を作ろうと意識してやってみると、まるで百円で遊べるUFOキャッチャーのアームに少し似た形になった。殴打(パンチ)に使えるかどうかは実際にやってみなければ分からない。

 

 足は前に三本、後ろに一本の爪が生えているが、こちらは大して実用性があるわけでも無さそうだ。使えるとすれば踵落(かかとお)としぐらいだろう。

 

 尻尾に関しては、まだ慣れていないが多少は動かす事が出来るようだ。

 

(……とりあえずは、何とかなるもんだな)

 

 人間としての記憶による補助もあって、身体の動かし方は本能的に分かった。

 

 問題点があるとするなら、まだ(・・)デジモンとしての『攻撃手段』が格闘ぐらいしか使えない事だ。

 

(にしても、何でこうなったんだ? 昨日は色々ありすぎて考える余裕が無かったけど……)

 

 自分が何故デジモンと言う、人間からすれば架空上の存在に成ったのか。

 

 それに関しては現状だと調べようが無く、持っている知識から作り出される想像ぐらいしか手がかりと呼べそうなものは無かった。

 

 もしユウキの記憶にある『アニメ』と同じ理屈ならば、この世界に来た理由は『選ばれたから』で説明はつくだろう。

 

 だがその『アニメ』の中には必ず、ある『アイテム』が存在していた。

 

(……デジヴァイス)

 

 架空の設定上では、デジタルワールドに選ばれし者の証。

 

 闇を浄化する、聖なる力を秘めた情報端末(デバイス)

 

 それが今自分の手元に無い以上、自分が『選ばれて』来たわけで無い事は明確だった。

 

(そもそも、俺は公園であの青コートの奴に気絶させられたんだったよな。それが何で、異世界に転移なんて結果を招いてるんだ?)

 

 分からない、未知の部分が多すぎる。

 

 手がかりになりそうなのは、やはり最後に出会った人物ぐらいだが、青いコートを着ていたという事と肌が恐ろしいほどに冷たかった事ぐらいしか覚えていない。

 

(……訳が分かんない)

 

 自分は何故ここに居るのだろうか。

 

 この世界で何をすればいいのだろうか。

 

 両方の前足で頭を抑えながら自問自答するが、やはり納得のいく答えは得られない。

 

「……クソッたれが」

 

 ユウキはベアモンを起こさないように静かに、それでもキリキリと奥歯を噛み締めながら、苛立ちに満ちた声で呟く。

 

 その言葉に、自己満足以外の意味は含まれていない。

 

 続けて呟いた言葉が、彼の現状(いま)を物語っていた。

 

「やれる事が無い……」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 一方、エレキモンは赤色と青色が混ざった体毛を早朝の風に(なび)かせ、朝の眠気を残した呆け顔をしたまま、ベアモンの家に向かって哺乳類型デジモンの特徴とも呼べる四足を進めていた。

 

「ふぁ~、ねみ~……」

 

 まだ起きたばかりだからか、やはりまだ眠いようだ。

 

(……ったく、昨日面倒そうな奴を拾っちまったせいで面倒な事になったなぁ。村に来る事を提案したのは俺だけどよ……)

 

 内心で自分の行いに後悔しつつも、四足を止める事無く考える。

 

(確か、アイツの種族名はギルモンっつ~言ってたな……んで、個体名(コードネーム)はコーエンユウキねぇ……)

 

 種族としての名前だけでなく、個体としての名前も持っていて。

 

 自身の事をニンゲンと言い、何処かデジモンとしての違和感を感じる怪しいデジモン。

 

 村に来るように提案したのは単に助けるためだけでは無く、その危険性を実際に確かめるため。

 

個体名(コードネーム)を持つって事は、どっかの組織に所属してたって事なのかね……)

 

 この世界(デジタルワールド)において、個体名(コードネーム)とは組織や友達など信頼関係を持つ相手との(あいだ)で自身の一個体としての存在を示す暗号のような物である。

 

 種族としての名前は、デジモンならば誰もが生まれた時から知っている。

 

 だが自分の姿を見て、それを信じられないような反応を見せる相手を見たのは、エレキモンにとって初めての光景でもあった。

 

(……アイツ、マジでニンゲンなのか……?)

 

 先日ベアモンの言っていた通りならば、彼は本来デジモンではなく人間だった(・・・)と言う事にもなる。

 

 だがエレキモンの知る限り、人間がデジモンに成るなどと言う話は、伝説や神話などの御伽噺が書かれた文書でも見た事が無い。

 

(デジモンに『進化』する文書なら知ってるが、デジモンに『変わる』なんて出来事は文書ですら出て無いぞ……?)

 

 進化と変化。

 

 頭の文字以外は一致している似た言葉ではあるが、その意味はまったく異なる物だ。

 

(ベアモンは割とマジに、アイツの事をニンゲンだと信じちまってるが……判断材料が少なすぎる)

 

 疑問の原因となっている者が悩んでいるのと同じように、デジモンとしての常識を持つ彼も悩みに悩んでいた。

 

 だがその疑問を解決する事が出来るわけも無く、やはり答えは出ない。

 

(……とにかく、この事は町長にも聞いてみるか)

 

 内心でそう呟きながら、エレキモンは四足をベアモンの家に進めるのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ユウキはベアモンが起きるまでの間、ベアモンの家の中にある物を興味本位で見てまわる事で暇を潰していた。

 

 結局の所、一匹で考えていても何も解決しない事を悟ったのだろう。

 

(場所が場所なだけあって、自然の物から作られた物しか無いな……)

 

 周りにあるのは木で作られた物ばかりで、家の中というのにまるで外に居るような錯覚すら覚える。

 

 扉が無いのは単に素材不足なのか、それとも別の意図があるのか、はたまた面倒くさいだけなのか、元は人間だったユウキには分からない。

 

 そしてその家に住んでいるベアモンの心境も、全く理解する事が出来ない。

 

「……ハァ」

 

 思わずユウキは、この世界に来てから何回目になっただろうか覚える気も無いため息を吐いていた。

 

 そんな時、まるで救いの手を差し伸べるようなタイミングで家の入り口から一匹のデジモンが顔を見せる。

 

 それはエレキモンだった。

 

「う~っす、どっかのバカと違ってお前は早起きだな」

 

「心配事とか色々多すぎて、安眠出来なかったんだよ。正直あと一時間は寝ていたい気分だ」

 

「ふ~ん……ま、そういう気分になってるところ悪いけど、ちょいと俺と一緒に来てほしいんだが」

 

「……何でだ?」

 

 エレキモンの発言に対して、ユウキは率直な疑問を投げかける。

 

「お前がいつまで住むつもりなのかは知らないが、町に住む以上は町の長に顔を見せとかないとダメだろ」

 

「……要するに、顔合わせか」

 

 デジタルワールドでの足がかりとなる物が現状では無いため、しばらくはこの町にお世話になる。

 

 だが勝手に住まう事は流石に拙いのだろう。ユウキは面倒くさそうに思いながらも納得し、エレキモンの言う町の長の家へと向かう事にしたようだ。

 

「ところで、このベアモンはどうするんだ? まだ寝てるけど」

 

「あ~そっか、コイツは寝てるんだったな……まぁいいだろ」

 

「いいのか?」

 

「いいんだ。コイツを起こすだけでも時間が掛かるし」

 

 いまだに眠りの世界でお花畑な夢でも見ているのだろうベアモンを余所(よそ)に、ユウキはエレキモンと共に家の入り口と出口を兼ねた穴から外に出て行く。

 

「で、町の長の家ってのは何処に?」

 

「いちいち教えるよりは実際に行って見た方が早いと思うぜ。何より、滅茶苦茶分かりやすい目印があるからな」

 

「?」

 

 エレキモンの言葉の意味も分からないまま、発芽の町の町長であるデジモンと話をするために足をただ前に進ませる。

 

 今は先が見えない道でも、進むしか無いのだ。

 

 例えそれが自らを危険に晒すかもしれなくても、不確定要素だらけの迷路を確実に進むために。

 

 




本日のNG。

「ところで、このベアモンはどうすんだ? まだ寝てるけど」

「あ~そうか、コイツはまだ寝てるんだったな。……よし、ちょっと待ってろ」

 そう言ってエレキモンはベアモンの部屋に保管されていたのか、それとも自分で隠し持っていたのかガムテープを両手に準備し出す。

「……え、何をする気なんだ?」

「まぁ見てなって」

 明らかに悪戯が大好きそうな悪ガキの表情をしているエレキモンは、ガムテープをベアモンの閉じられているまぶたと口に貼り付ける。

 次に、またもや何処から取り出したのか分からないネズミ取りをベアモンの手元と足元の辺りに複数設置する。

「さて、行くか」

「……あ、あぁ……」

 二匹はベアモンが起きない内に、ひそやかに家の中を出る。





「ん~!!! ん~ッ!!!???」

(うわああああ何これ何も見えないよおおおお、って痛ったあああああ!? 何かが僕の手を挟んでる!! なぁにこれぇぇぇぇぇぇ!?)

 数分後、ベアモンの家から当然の如く悲鳴が聞こえたが、町長の家に向かったエレキモンは内心でガッツポーズを決めたのだとか。

「……どやぁ」

 
 NGその1『もしもエレキモンが公式設定通りの悪戯好きだったら』

 


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電子世界にて――『町で一番エラいデジモン?』

文字数が5000字に届かないのも問題ですが、なかなか物語が進まないのもまた問題。

ある意味、俺の小説の場合は『■話』とかではなく『■ページ』のような感じかもしれません。

それはともかく、10日近く執筆をサボっていてすいませんでした。


 ベアモンの家から出て、早数分後。

 

 二匹は発芽の町で最も大きな木造の家の前に来ていた。

 

 誰でもここが町長の家だという事が解るようにするためなのか、入り口の左側には大きく『ちょうちょうのいえ』と書かれた看板が設置されている。

 

 ひらがな表記なのは、まだ子供のデジモンにも解るようにするためなのか、それともこの町の町長の知能レベルがそういうレベルからなのか、ユウキには分からない。

 

 と言うか元は人間だったのだから、デジモン達の常識にツッこみを入れるだけ無駄だろう。

 

 内心で不安になりながら、エレキモンと共に町長の家らしき建物の中へ入り口から入る。

 

 中はベアモンの家と比較するとかなり広く、机や本棚といった人間界にも存在する木造の生活用品が揃いに揃っている、住む事に不足している要素が見当たらない家のようだ。

 

 二匹の視線の先には、大きな樹木のような外見に腕を生やしたような姿のデジモンが居た。

 

「町長」

 

 エレキモンは早速、数歩前に出てそのデジモンに声を掛けた。

 

 この発芽の町の町長と思われるデジモンはその声に反応すると、その手に持った木の杖を使って器用に体の向きを二匹の方へと向ける。

 

 後ろ姿だけでは分からなかったが、黄色い瞳の目を持った不気味な人面がそのデジモンには存在していた。

 

「……っ」

 

 ユウキにはそのデジモンの姿に覚えがあった。

 

(……ジュレイモン!?)

 

 町の長と言うだけあって強いデジモンである事はユウキにも予想出来ていたが、実際そうだったらしい。

 

 彼はベアモンやエレキモンといった『成長期』のデジモンより二段も上のランクに位置する『完全体』のデジモンだ。

 

 その姿をユウキはアニメぐらいでしか見た事は無いが、実際に目にしてみると存在感が明らかに違っていた。

 

 体の大きさもあるが何より、自分とは生きた時間のケタが違う事を、目にしただけで理解出来るほどの風格を放っていたからである。

 

 もっとも、外見からしても老人くさいのだから当然なのかもしれないが。

 

 ユウキは思わず息を呑むが、ジュレイモンはエレキモンの姿を見ると共に老人のような口を開いた。

 

「お主は……あぁ、ガレキモンじゃな」

 

「エレキモンです。ホントに居そうなのでその間違いはやめてください」

 

「……おぉ、そうじゃったな」

 

 外見通りにお年なそのジュレイモンが言い放った天然染みたボケに対して、エレキモンは電撃の如き早さでツッコミを入れる。

 

 そのツッコミで間違いに気付いたジュレイモンだったが、エレキモンはそのノリでコント染みた会話になってしまう前に自分の方から口を開く。

 

「今回はちょいと野暮用で来たんです。主に、俺の隣に居るコイツの事で」

 

「……む?」

 

 エレキモンはそう言うと共に振り向き、自分の斜め後ろで緊張した目をしていたユウキを前足で指差す。

 

 植物型デジモンは疑問の声を上げつつ、視線をエレキモンからギルモンのユウキへと向けた。

 

「そこのギルモンの事かの?」

 

「はい。名前(コードネーム)があるらしくて、コーエン・ユウキって言うらしいです」

 

「ふむ……それで?」

 

「ちょいと事情があって、コイツをベアモンの家で住まわせてほしいんです」

 

「……何故じゃ?」

 

 スラスラと並べられたエレキモンの言葉に、植物型デジモンは町長として当たり前の疑問を返す。

 

「コイツは昨日、俺達が海で釣りをしてた時に、溺死しかけの状態で偶然見つけたデジモンなんです。何とか救助したんですが、コイツは行く宛も帰る宛も無いらしく……一応怪しい奴では無いんで、ひとまずこの町で住まわせてやりたいんです」

 

「ふむ……それで、何故ベアモンの家を指定したのじゃ?」

 

「コイツを助ける事を真っ先に決めたのが、ベアモンだからですよ。アイツ自身もコイツを自分の家に迎え入れる事に異論は無いはずですし……」

 

 エレキモンの証言を聞いたジュレイモンは、一度目を閉じて思考をするような仕草を見せると、返答が決まったように目を開き言葉を発する。

 

「……深くは聞かないでおこうかの。良かろう、そのギルモンがこの町で暮らす事を許可する」

 

「あざっす」

 

「……ふぅ」

 

 ひとまず住む場所が確保出来たユウキは、安心したように胸を撫で下ろし、緊張感を吐き出すように深くため息を吐いた。

 

 尤も、まだ問題は山積みなのだが。

 

「……町長さん」

 

「……む? 何じゃ?」

 

 それ故に、ユウキは勇気を出してジュレイモンに声を掛ける。

 

 少しでも手がかりを得るために。

 

「『人間』について何かご存知無いですか?」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 一方、ギルモンとエレキモンが町長と話をつけていた頃、新たに一匹を迎え入れる事となる予定の家の持ち主はと言うと。

 

「いない……?」

 

 自分と一緒に眠っていたはずのデジモンが、家の中から消えている事に対して疑問形で呟いていた。

 

 眠そうにたれ下がった目蓋のまま、理由を予想するために思考を働かせる。

 

(……もしかして、エレキモンが連れていったのかな。僕も起こしてくれたら付いて行ったのに)

 

 眠っている間に物事は進んでいた事に気付いたベアモンは、不服そうにほっぺたを膨らませながら内心で呟く。

 

 当の本人達が町長の家に向かった事をベアモンは野性の勘で予想出来ていたのだが、だからといって自分が今向かった所で後の祭りだろう。

 

 ならば今の自分に出来る事とは何か。

 

 それを考えようとしていた、その時だった。

 

「……おなかすいた……」

 

 まるで思考を断ち切るように、ベアモンの腹から空腹を意味する効果音が鳴る。

 

 それと共にベアモンの視線は、昨日帰ってから部屋の隅に置いて放置していたバケツの方へと向けられる。

 

「…………」

 

 食欲のままにバケツの中を覗き込むと、眠そうにたれ下がっていた目蓋が一気に開かれた。

 

 思わず無言になったベアモンは、右手を自身の額に押し付けてから一言。

 

「……お~まいがぁ~……」

 

 釣っておいた魚が昨日の帰り道で、自分の分だけではなく赤色の大飯喰らいの分まで消費したおかげで、もうバケツの中には先日釣った魚の八割が胃袋(いぶくろ)逝きとなっていたのだ。

 

 また海に向かい、釣りをすれば魚を手に入れる事は然程難しい事では無い。

 

 だが、その海岸は発芽の町から一時間近くの時間を必要とする距離があり、現在ハングリーなお腹をしているベアモンには、そこまで向かおうと思える気力は存在していなかった。

 

 ベアモンはひとまず、バケツの中に僅かに残っていた雑魚を一匹、また一匹つまみ取り、少しでも空になった腹を満たす事に専念する。

 

 しかし、雑魚ではたった数匹食べた所で腹八分目にすら届くはずもなく、バケツの中に残っていた魚を全部食べたベアモンは自分のお腹に左手のひらを当てていた。

 

「……う~ん」

 

 困ったように声を出しながら、この事態をどうやって解決するかを考える。

 

 また空腹の脱力感が襲ってくる前に。

 

「……よし、昨日は海に行ったんだし、今日はそうしよう」

 

 やがて、ベアモンは方針を決めたように頷くと右手の爪を一本だけ地面に突き立て、何かを画くようになぞり始めた。

 

 気分をラクにするために、ポップなテンポの鼻歌を漏らしながら。

 

 やがて土をなぞり終えると、ベアモンは普段通りにベルトを両腕と肩に巻き、五文字のアルファベットが書かれた愛用の帽子を後ろ向きに被り、一度体慣らしをした後に家を出た。

 

「……美味しいのがあればいいな~」

 

 願望を呟きながら、腹ペコ子熊は食料を確保するために町の外へと出るのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「人間について、じゃと?」

 

「はい。何かご存知無いでしょうか?」

 

 ジュレイモンはユウキの問いに対して、当然の反応を見せていた。

 

 しかし、何か事情があるのだろうと察したジュレイモンは、特に考える事もなく即座に言葉を返す。

 

「存じているも何も、それはおとぎ話で活躍する伝説の勇者の種族の事じゃろう? それがどうしたのじゃ?」

 

 ジュレイモンの返答を聞いたユウキは、特に素振りを見せずに内心で思考を練ると、自分の最も聞きたかった質問をぶつける。

 

「……それじゃあ、その人間がデジモンに成った話とか、記録とかは無いんですか?」

 

 またもや意外な問いが来た事に大して、素直に疑問ばかりが脳裏に浮かぶジュレイモンだったが、返す言葉を選ぶとそれを淡々と告げ始める。

 

「……ふむ、面白い事を言うのう。じゃがワシは長生きした中でも、人間がデジモンに成ったという記録が記された書物を見た事も無ければ実際にそういう事があったと言う話も聞いた事が無い。仮にそのような事が出来る存在がおるとしても、それは神様ぐらいじゃろう」

 

「神様……?」

 

「そもそも、人間と言う生物自体が多くの謎に包まれておるのだから、ワシには理解しかねるのじゃよ。実際に会えるのならば、生きている内に一目見てみたいものじゃな」

 

「……そうですか」

 

「ワシから言える事はこれだけじゃ。ワシの家には色々なおとぎ話の書物が置いてあるから、気が向いたら読んでみるとよいじゃろう」

 

 そこまで言った所で、ユウキとジュレイモンの会話は終わった。

 

 エレキモンも家に来た時には町長であるジュレイモンに質問をしようと思っていたが、先に問いを出したユウキが自分の聞く予定だった事を大体聞いてしまっため、わざわざ自分も話題を出そうとは思えなかった。

 

 兎も角、この家に来た当初の目的は全て終えたため、二匹はもうこの家に居る必要も無い。

 

「それじゃあ町長、今回はありがとうございました」

 

「うむ。また何時でも来るといい」

 

 エレキモンは一度ジュレイモンに声を掛けた後に、ユウキは礼儀正しくおじぎをした後に、町長の家から外へと出た。

 

 望みどおりの回答も得られず、自分が人間からデジモンに成ってしまった原因を知る手がかりは大して掴めなかったが、ユウキの表情はそこまで暗くなってはいなかった。

 

 早々に手がかりが掴める事など無いと、薄々気付いていたからだ。

 

(……まぁ、生きている限り何か手がかりは掴めるだろ……生きている限りは)

 

 内心でそう呟いたユウキだが、やはり多少は残念なようで深いため息を吐く。

 

 そんなユウキに、同行者であるエレキモンは声を掛ける。

 

「なぁ、とりあえずベアモンの家に戻らないか? そろそろアイツも起きてるだろうし」

 

「……だな。用も済んだし、戻ろう」

 

 そう返事を返し、ユウキはエレキモンと共にベアモンの家へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それから約五分が経ち。

 

「……なんだこりゃ」

 

 ベアモンの家に戻ったユウキとエレキモンが目撃したのは、土の床に画かれた複数の記号だった。

 

 細長い四角の上に大きめの三角を乗せただけの物が複数書かれた、その単純な印の意味は、元人間のユウキにすら理解出来るほどに簡単で、何より自分の向かった先の事を示しているのならば、それ以外に思いつく場所は存在しなかった。

 

『……森?』

 

 

 

 




 本日のNG。

 町長の家へと向かう途中、エレキモンはどうしてもユウキに聞きたかった事を聞いていた。

「そういやお前さ、夜中でベアモンと一緒でなんとも無かったのか?」

「え? 特に何も無かったはずだけど、何か問題があったのか?」

(アレ? アイツって、寝る時に何かを抱き枕代わりにするクセがあったはずなんだが……)




「えへへへ~……もう食べられないよぅ……」

 自分の家の中で、何とも平和そうに夢を見ながら眠っているベアモンの口元から、意味深な言葉が漏れていたのはきっと気のせいだろう。

 NGその2『ベアモンの寝相』


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電子世界にて――『空腹は食欲に忠実?』

相変わらず5000字の壁が厚い。何で最近は越えられなくなったんだろ。

そして何より、一つの話でのストーリー進行度が圧倒的に短いッ!! 

もう連載再始動から一ヶ月以上経って、未だにリメイク前よりストーリーが進んでいないってどういう事なの……。

出したいキャラクターとか書きたい話が大量にあるのに、それを実行出来ないのがホントに苦痛。


 此処は、発芽の町から十分ほどで到着する小さな森の中。

 

 前後左右に茶色い(みき)の木々が多く並び、風が吹くと心地よい音が耳にささやき、緑色の落ち葉が低空を舞う。

 

 ベアモンは一匹、視界に映る緑色のグラフィックを楽しみ、鼻歌を交えながら歩を進めていた。

 

 獣型のデジモンである自分に最も適した環境に居るからか、とてもご機嫌な様子だ。

 

「ん~……やっぱり森の中はいいなぁ。気分が落ち着くし、果実は美味しいし」

 

 彼の掌には、森の中で拾ったのであろう赤色に熟された林檎(りんご)が、一部|欠けた状態で存在していた。

 

 視界を左右に泳がせて、食料となる果実を探しながら、彼は林檎を一口かじる。

 

 瞬間、林檎特有の甘酸っぱさが舌を通して味覚へ伝わり、それによる発生する満足感に表情を柔らかくしながらも「むしゃむしゃ」と食べ進める。

 

(早起きしてたらよかったなぁ。そしたら、ユウキやエレキモンも一緒に来れたかもしれないのに)

 

 つくづく自分の睡眠時間の長さに心の中でため息を吐くベアモンだが、睡眠という生理現象に対する解決策など、あるとすれば早寝早起きか、この世界には存在するかも分からない目覚まし時計というアイテムを使うぐらいしか存在しないだろう。

 

 寝なければいいじゃん、などという回答は当然ながらノーサンキューである。

 

 そのような事をしてみれば、きっと今は純粋な青少年の心を持っているベアモンが、昼型から夜型に変わってグレてしまうかもしれない。

 

 もしくは「寝ない子だぁれだ」と何処からか不気味な声が聞こえて、そのまま幽霊の世界に招待されてしまうかもしれない。

 

 前者はともかくして後者はとても考えられないが、何しろ物理法則も常識もひったくれも無いのがこの世界(デジタルワールド)なのだから、もしかするともしかするのかもしれない。

 

 まぁ、それはどうでもいい事なのだが。

 

 ベアモンは自分の手に持つ林檎を芯ごと噛み砕いて飲み込み終えると、ふぅ、と一息を入れる。

 

(そういやあの二人、もう僕の家に残しといた『アレ』を見てくれたのかな?)

 

 心の中でひっそりとベアモンは呟くが、彼自身は既に町長との会話を終えたユウキとエレキモンが、家の中に残された暗号を目撃している事を知らなかったりする。

 

(まぁ、ユウキっていうギルモンにはエレキモンが一緒に居るんだろうし、危険な所には行ってないでしょ)

 

 自分で出した問いに、自分なりのプラス思考で答えを出して解決させると、ベアモンは一度周囲を見渡し始めた。

 

 周りには樹木が並んでいるが、その殆どには食料となる果実が成っていない。

 

 空は普段通りに蒼く果てしなくて、白い綿のような雲が気ままなほどにゆったり流れている。

 

 平和だなぁ、とベアモンは内心で呟いていた。

 

 きっと自分が今まで見てきた青色の先には未知の景色が存在しているんだろうなぁ、と夢を描きながら。

 

(……そういえば、ニンゲンの世界ってどんな世界なんだろうなぁ……)

 

 ベアモンは思う。

 

 先日出会ったギルモンが本当に人間だったのなら、デジタルワールドとは別の、人間が住んでいる世界は実在するのだろうと。

 

 想像のままに風景や状況を妄想するだけでも、デジモンである彼の好奇心は強く刺激される。

 

(くぅ~!! やっぱりニンゲン界っていうのはおとぎ話じゃなくて、実際にあるのかなぁ……!!)

 

 考えが甘すぎるが、その理由は彼がまだ子供だからとしか言いようが無い。

 

 ニンゲンだろうがデジモンだろうが、子供という枠に収まっている間は夢を見る生き物な事に変わり無いのだから。

 

(帰ったら、あのユウキって子に色々聞いてみよっと)

 

 彼はゴム風船のように想像を膨らませながら、緑と茶の色が広がる森の中を進んでいった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ベアモンが食料調達をしているその一方で、帰宅後に質問ラッシュと言う名のイベントが待ち受けている事を一切知らない、赤色の大飯喰らいトカゲのユウキはと言えば。

 

「ベアモンの奴……昨日、森が最近物騒だって言った矢先に森に向かうなんてな……」

 

「対面して一日の俺が言うのもなんだけどさ、アイツって頭が悪いタイプなのか?」

 

 ベアモンの家で目撃した暗号と、エレキモンの思い当たりを宛にして森へと向かっていた。

 

 少しでもデジタルワールドでの知識を確保しておくために、自分とは違って生まれつきデジモンであるエレキモンと会話をこなしながら。

 

 実際のところ、家の持ち主が居ないとユウキがベアモンの家に住む事になった話とか、食べる物が無い自分はどうすればいいだとか、他にも色々と話さなくてはならない事がそれなりに多いため、仕方なくベアモンを捜索しにエレキモンと共に村の外へ出たというわけだ。

 

 ちなみに現状の話題は聞いての通り、これから同じ家で寝る事になるベアモンについての話題だったりする。

 

「いや、頭が悪いっつーか……どうだろうなぁ。アイツの考えてる事は俺にも理解出来ない時があるし」

 

「まぁ確かに、初対面の相手を即自宅に受け入れるなんて思考は理解出来ないな」

 

 ユウキのベアモンに対する第一印象は、それほど良いものとは呼べなかった。

 

 まぁ、初対面でいきなり躊躇する事も無く自宅に連れ込んだ上で、無防備に不審者を至近距離に寄せて寝るなどという人間からすれば非常識としか思えない行動を取られれば、そう思うのも仕方ないのだが。

 

 もし仮に、現在の状況を人間の世界で照らし合わせるなら……それはそれで、お茶の間のお子様諸君等にはとても見せられない図が容易に想像出来る。

 

「だろ? まったく苦労させられるよ……って、今回の場合は原因の一端にお前も居るんだが」

 

「そんぐらい自覚できてる。でもさ、それならお前の家に住まわせてくれれば良かったんじゃ?」

 

「あのな、俺はアイツほどお前の事を信用してねぇんだ。信用出来ない奴を、自宅に入れたりしたくない」

 

「ふ~ん、まぁ予想出来てたけど」

 

「予想出来てたんなら、わざわざ聞くなや……」

 

 そんな会話を交わしていたが、そのうち話題の内容に飽きを感じてきたのか、二人とも無言になる。

 

『………………』

 

 あまり良いものを感じられない空気が流れる中、別の話題を出そうと先に口を開いたのはエレキモンの方だった。

 

「あのさぁ、お前は結局の所……これからどうすんの?」

 

「どうするって言われても、何の事を聞かれてるんだそれは」

 

「これからの事だ。俺の予想だけど、お前は多分……自分がデジモンに成った手がかりとかを探すつもりなんだろ?」

 

 エレキモンの問いにユウキは「当然だ」と即答する。

 

 その返事を聞いたエレキモンも「やっぱりか」と言うと、そのまま言葉を紡ぐ。

 

「でも、俺が言うのもなんだが……町長でも解決出来なかったんだし、少なくともあの町の中では手がかりを掴む事は出来ない」

 

「……だろうなぁ。でも、だからって他に行く宛も無いし……独り旅をするのは流石に無謀だし」

 

 まだろくに戦う術も持たないのに、一匹でこの世界を渡り歩いていたら命がいくつあっても足りないだろう。

 

 強くなれば話は別だが、生憎一日前まで平和な世界で過ごしてきたユウキに戦闘経験などあるわけも無いので、トレーニングやら何やらで体を鍛える以外に出来る事は少ない。

 

 更に言えば、そんな事を毎日繰り返しているだけだと、一匹で最低限の安全を確保しながら旅するには何日かかるか分かったものでは無い。

 

「まぁ、そうだろうな……俺が言うのも何だが、無謀な独り旅は無条件の死亡フラグに変わり無いと思うぞ」

 

 何より……仮にこの広大な世界を旅をしたとして、手がかりを掴むまで何ヶ月かかるのだろう。

 

 独りで手がかりを掴める確率など、アニメや漫画でライオン顔のイケメンキャラクターが生き残る確立に等しいのだから、わざわざバッドエンドが予想出来る未来を選択しようとは思えない。

 

 だが、それなら何をどうすればいいのだろうか。

 

 今のユウキには、現状の打開策を思いつく事が出来ない。

 

 

 

 

 

 

「だけど、手が無いわけじゃない」

 

「……何?」

 

 そんなユウキに、エレキモンの言葉は希望とすら思えた。

 

「これはアイツと一緒の方が話しやすいから、今は言わないが……少なくとも、独りで旅するよりは数倍マシな手段だと思う」

 

「………………」

 

 思わず押し黙るユウキ。

 

 彼が手がかりを掴むための小さな希望を手にするのは、そう遠くない未来の話だったりする。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 それから数刻が経ち、現在進行形で森の中を食料調達という目的のために進んでいるはずのベアモンはと言うと。

 

「……あれは、もしかして?」

 

 またもや道端で拾ったのであろう緑色のキノコをもぐもぐと食しながら、およそ数十メートル先に見える樹木を見て静かに声を漏らしていた。

 

 ベアモンはキノコを一気に口へと放り込みながら、いち早く確認するために進行速度を歩きから走りへと変える。

 

「やっぱり……これはデジブドウの木だ」

 

 その木の枝の先には、紫色の小さな実が一つの房に大量に集まっている果物が多く見られ、それの味を知るベアモンにとっては素直に喜べる出来事だったりするようだ。

 

 ベアモンはどうやって、木の枝に成っている果物を採ろうと考える。

 

 木を登って採るというのも一つの手だが、彼は木登りがそんなに得意ではない。

 

 そんでもって下手をした結果、頭から落ちてギャグ漫画のように頭にタンコブを作るのも嫌なので。

 

「……よぉし、一発強いのをブチかますかな!!」

 

 そう言ってベアモンは一度深呼吸した後に自身の右手に握り拳を作り、そのまま腰を深く落とす。

 

 そして、木を貫くイメージを頭に浮かべながら、拳を前へと突き出した。

 

「子熊……正拳突きぃ!!」

 

 ドスッ!! と鈍い音が周辺に響き、正拳突きの威力で樹木が揺れる。

 

 それによって木に成っている果物の一部が根元近くに落ち、ベアモンはそれを一本回収……しようとした時だった。

 

「キィィィ!?」

 

「ん?」

 

 ベアモンの近くに、果物とは違う何かが悲鳴と共に落ちてきた。

 

 それは全身に稲妻の模様が刻まれた、幼虫のようなデジモンだった。

 

 どうやら枝の上に居たらしく、果実を取ろうとしたベアモンの行動のとばっちりを受けたようだ。

 

「………………」

 

 昆虫型デジモンの視線が、ベアモンを視界に捉えた。

 

 よく見ると、顔の部分にある稲妻の模様の形が少しずつ変化している。

 

「え、え~っと……」

 

 明らかにマズイ事をしたなぁ、と状況を察したベアモンが考え付いた謝罪の言葉は。

 

「……キィィィィィィィ!!」

 

 次の瞬間に響いた、昆虫型デジモンの悲鳴とも呼べる奇声によって掻き消されていた。

 

 そして、その奇声に反応したのだろう。

 

 周りの茂みや木から、まるで不法侵入者を見るような視線を一斉に感じる。

 

「……マジで?」

 

 周りの木から多くの視線を感じたベアモンは、自分自身に起きている危機的状況に冷や汗を流していた。

 




 本日のNG。

 ベアモンの周囲に、何十匹もの昆虫型デジモン(殆ど成長期)があらわれた!!

 この状況で、ベアモンが行える三つの選択肢はッ!!


 ①良い子のベアモンは起死回生のアイデアを思いつく。

 ②逃げる(しかし、まわりこまれた!!)

 ③ふるぼっこにされる。げんじつとはひじょうである。


「……あれ、詰んでる?」


 ベアモンは、めのまえがまっしろになった!! 

 NGその3「もんすたーはうす」


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電子世界にて――『虐待に見えなくも無い抵抗』





「ところでさ、ちょっと聞きたかったんだけど」

 

「何だ」

 

「お前、戦闘は出来るのか?」

 

 エレキモンがユウキにそんな問いを飛ばしたのは、森に入って数分ほどの時が経過した頃だった。

 

 突然の問いの内容に対して、少し考えてからユウキは返事を返す。

 

「殴る蹴るぐらいの事しか出来ない。マトモに戦ったことも無いし、あまり戦力にはならないと思う」

 

 嘘は吐いていない。

 

 ユウキ自身もギルモンという種族の持つ技を知っているため、戦闘における攻撃手段は理解している。

 

 だが、格闘ゲームを取扱説明書を見ずにプレイするのと同じように、技の『出し方』が分からないため、自分の意志で技を繰り出す事は出来ない。

 

 そして、彼自身が覚えている限り、実際の生物同士の戦いなど一切経験が無い。

 

 それ故にあまり期待されても困るので、ユウキは自分が『弱い』事を強調して返答した。

 

「そうか、最低でも格闘戦は出来るって事だな」

 

「何でいきなりそんな事を聞いたんだ? 大体の理由は察するけど、何か訳があるなら教えてくれないか」

 

 意味深な事を呟くエレキモンに、今度はユウキの方から問いを飛ばす。

 

 返事は、意外と直ぐに帰ってきた。

 

「いや、野性のデジモンに襲われた時とか、わざわざ俺が護ってやる必要があるのかと思ってな。格闘戦が出来るんなら、自衛ぐらいは出来るんだろ?」

 

「……まぁ、多少は」

 

「それならいい。自分の身ぐらいは最低限自分で守ってくれよ? オレは知り合いのために命張れるほど、お人よしじゃねぇんだから」

 

 エレキモンはそう言って話を閉めようとしたが、疑問に思う事があったのか、ユウキは自分から別の問いと飛ばす。

 

「……そういや、大丈夫なのか?」

 

「何がだ」

 

「この森の事は知らんけど、野性のデジモンが生息しているんだよな? もし仮にあのベアモンが、一度に多数のデジモンに出くわしたら、そんでもって戦いに発展したら、アイツは大丈夫なのか?」

 

 実際、現在進行形でそういう事態になっていたりするのだが、質問したユウキ自身も質問されたエレキモンにもそれは分かっていない。

 

 実際にあり得る事態とも思ったのか、その問いに対してエレキモンは、う~んと声を漏らす。

 

「……まぁ、大丈夫だろ……多分な」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 で、そんな二匹に不安を抱かせている主な要因であるベアモンはと言えば。

 

(う~ん、どうするかな。なんか僕の事を明らかに『敵』と認識しているみたいだし、話し合いとかでどうにかできる状況じゃあないよね……)

 

 意外にも、すごぶる余裕を持っていたりする。

 

 自分に敵意を向けて鳴き声を上げている幼虫型のデジモン――クネモン達に対して罪悪感を感じ、攻撃を躊躇う程度には。

 

 無論、そんな心情をまったく知らないクネモン達は、容赦無く『味方ではない』ベアモンに対して攻撃の態勢をとっており、一匹が自身のクチバシから幼虫らしく糸を吐き出そうとする。

 

「エレクトリックスレッド!!」

 

 だが、その放たれた糸は帯電しており、糸というよりは一種の電線に近かった。

 

 ベアモンは素早く横に動く事でそれを避けるが、今度は別のクネモンが木の上から避けた方向へと糸を放つ。

 

「くっ!!」

 

 咄嗟に地面を転がってそれをかわすが、逃がさないと言わんばかりに別のクネモンが時間差攻撃で糸を放つ。

 

 そのサイクルが連続して行われ、何とか避けているベアモンだったが、最早戦闘行為は避けられない状況に追い込まれていた。

 

 放たれた糸は地面にしつこく電気と共に残っており、足場を少しずつ狭めている。

 

 クネモンという種族が必殺技として吐き出す糸が帯びている電気には、成長期レベルのデジモンなら確実に気絶させる電力が備わっている。

 

 普段から日常生活の中で、ボケに対するツッコミという形でエレキモンの電撃をくらっているベアモンだが、触れてしまえば意識を刈り取られてしまう可能性のほうが高い。

 

(このままだとマズイなぁ……戦うのは嫌いだけど、甘い事を言えるラインは既に過ぎちゃってるし……やっぱり、戦闘力を奪う以外に安全策は無いか。逃げる事はこの状況だと厳しいし)

 

 ベアモンは糸を避けながら目を泳がせ、自分自身に敵意を向けているクネモンの数と位置を見直しだす。

 

(木の上には三匹、地上には四匹かぁ……)

 

 視界に映る合計七匹のクネモンが、時間差攻撃で自分に襲い掛かっている。

 

 それを知ったベアモンは、最早背中を見せて逃げる事は難しい事を察する。

 

(……仕方が無い)

 

 徐々にその目は闘志を示し始め、握る拳にも力が入り始める。

 

 視線で最初の標的(ターゲット)を定め、短時間で戦闘を終わらせるために頭の中で戦術を練る。

 

 そして、ある程度の未来設計を整えると、ベアモンは右足に力を入れ、一気に前方へと駆け出す。

 

「子熊正拳突き!!」

 

 視界に入っている帯電した糸を掻い潜って回避すると、ベアモンは上にクネモンが乗っている木の一本に向かって、()()()()の正拳突きをおみまいする。

 

「キィィィ!!」

 

 デジブドウを採った時以上の揺れが発生し、木の上にムカデのようにしがみ付いていたクネモンの一匹が、悲鳴を上げながら落ちてくる。

 

 ベアモンはその落ちてきたクネモンの頭部に向かって「ごめんね」と呟きながら拳骨を決めると、目と思われる部位のすぐ上にある触角らしき部位を両手で掴む。

 

「……悪いけど、相手の力量も理解せずに、本能のまま襲い掛かった君達にも非はあるからね?」

 

 頭の上でヒヨコがぐるぐる回っている状態のクネモンを、ベアモンは鈍器(ヌンチャク)を使うかのように軽々しく振り回しながら、今度は地上で今起きている状況に戸惑っているクネモン達に向かって突撃を開始する。

 

 クネモン達もそれに気付いて反撃しようとするが、直撃コースの糸のほとんどはベアモンが鈍器代わりに使っているクネモンの方へと絡まっていく。

 

 彼等自身はその電気を帯びた糸の上を進行出来るように、体に電気に対する耐性を持っているが、この場合は彼等自身にとって利点にはなっていない。

 

 電気を帯びた糸がベアモンの方に届く前に、自分達の同族が盾のように使われているせいで全く電気が効いていないのだから。

 

 振り回されている幼虫の稲妻模様が涙を表すようなカタチへと変化しているのは、きっと気のせいだろう。

 

「ほいさぁっ!!」

 

「ギィッ!?」

 

 両手でとにかく振り回し、ベアモンは地上にいるクネモン達をボカスカと無双感覚で蹴散らす。

 

「ちょいさぁっ!!」

 

「ギィィィ!!」

 

 そこから更に、ベアモンは両手に思いっきり力を入れると、木の上から攻撃しているクネモンの一体に向かって鈍器代わりにしていたクネモンを投げた。

 

 見事に縦回転を描きながら激突し、二匹のクネモンは茂みの中へと落ちる。

 

 ベアモンは地上でのびている別のクネモンを、再び鈍器代わりに掴むと、次の狙いを絞り始める。

 

 まさに、クネモン達にとっては地獄絵図だった。

 

 少し前まで自分達の方が優勢だったのに、いつのまにか狩る側と狩られる側が逆転していたのだから当然なのだが。

 

 ベアモンにクネモン達の心境は詳しく分かっていないが、少なくとも自分に恐怖している事だけは理解出来た。

 

 故に、確かな威圧感を含んだ声を視線でベアモンはクネモンに告げる。

 

「……まだやるなら、君等もこの子みたいにやってあげるけど、どうする?」

 

 既に戦闘可能なクネモンの数は最初の半分以下にまで減っており、残りは三匹。

 

 そして、ベアモンの手にはまた別のクネモンが鈍器として触角を掴まれている。

 

「キ、キィィ……」

 

 思わず、数少ない地上に残っていたクネモンが後ろにたじろぐ。

 

 流石に、逃げようとする相手に追い討ちを仕掛けるほどベアモンも鬼にはなれない。

 

 故に、立ち向かってこない限りは自分から手を出さない。

 

 だが、野生の世界はそう甘くない。

 

『キィィィィィィ!!』

 

「!?」

 

 追い詰められたクネモン達は突如、遠吠えのように奇声を発し始めたのだ。

 

 突然の高音量に思わず、ベアモンは耳を両手で塞ぎ目を細める。

 

 だが、クネモン達は奇声を発した後、ベアモンに背を向けて一目散に逃げていった。

 

「? 逃げた……?」

 

 ただの威嚇行動だったのか、それとも何か別の意図があったのか。

 

 ベアモンは疑問を覚えたが、ひとまず戦闘が終わった事に対して安堵のため息を吐いた。

 

「災難だったなぁ……これだと、デジブドウは諦めた方がいいかも」

 

 結局、味を楽しみにしていた果実を口に出来なかった事に対してベアモンは残念そうに俯くが、すぐさま立ち直ると果実の成っていた木に背を向け、また別の食料を探して歩き始めようとした。

 

「……ん?」

 

 だが、歩き出そうとしたベアモンの足が突然止まり、ベアモンは背後に振り返って耳を澄ませる。

 

 遥か遠くの林から、ブーンとノイズに似た雑音がベアモンの耳に入ったからだ。

 

 音の発生源が視界に入っていないため、ベアモンにはただ疑問を覚える以外に無かったが、やがて音がどんどん大きくなっていくと、ベアモンは額に冷や汗をかき始めた。

 

「……まさか」

 

 そう呟いた時、既にベアモンは半歩ずつ後ろに下がり始めていた。

 

(……ヤバイ。こればっかりは本気でマズイ)

 

「お~い!! ベアモ~ン!!」

 

「……ん?」

 

 ベアモンは雑音とは別の声がした方へ顔を向けると、そこにはベアモンの事を探しに来ていたと思われるエレキモンとギルモンのユウキが、駆け足で近づいてきているのが見えた。

 

 だが、ベアモンの表情は喜びというより困惑の色を示している。

 

「……あのさ、この状況で来てくれた事が幸運なのか不幸なのか、よく分からないんだけど」

 

「おいおい、せっかく探しに来たってのにその言い草かよ。何かあったのか?」

 

 ベアモンの言葉に対して、エレキモンは不満そうに返しながら質問する。

 

 だが、その質問に対して返答するよりも早く。

 

「……てか、何だ? 向こう側から何か……ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキがそう呟くのと、ほぼ同時に林の向こう側からノイズの発生源は姿を現した。

 

 その外見は蜂のようで、背中から四つの目のような模様がついた紫色の禍々しい羽を持ち、黄色と青の硬い外殻に守られ、大きな鉤爪と毒針を持った昆虫型のデジモン。

 

 その名は、フライモン。

 

 ベアモンやエレキモンといった『成長期』のデジモンよりも、一つ上の世代である『成熟期』に位置するデジモンの一体。

 

「げっ、コイツは……!!」

 

「フライモン……!!」

 

「ッ……!!」

 

 このフライモンは、どうやらクネモン達の虫の知らせによって来たようで、明らかに敵意を向けている事がベアモンにも、来たばかりのエレキモンとユウキにも嫌でも分かった。

 

 そして、縄張り意識以外の理由の無い容赦無き攻撃が、引き金を引くかのように速攻で放たれる。

 

「デッドリースティング!!」

 

「ッ……!! 避けろ!!」

 

 エレキモンの叫びと共に、唾を吐くようなスピードでフライモンの尻尾の先から毒針が放たれた。

 

 しかし、目の前の脅威に対する恐怖で、ユウキは一瞬だけ行動が遅れてしまう。

 

 そして、その一瞬が命取り。

 

「!!」

 

 ユウキはハッと我に返り、先の事を考えないまま横に倒れこむ。

 

 毒針はユウキの真横を過ぎていき、その後ろにあった木へと刺さる。

 

 木は毒針が刺さった場所から紫色に変色し始めており、毒針に含まれている毒の危険性を示しているように見える。

 

 仮に反応が更に遅れていたら、ユウキ自身に刺さっていた事は言うまでも無い。

 

「バカ!! 自分の身は自分で守れっつったろ!? とっとと起き上がれよ!!」

 

 ユウキの動きの鈍さを傍目で見ていたエレキモンは、思わず怒声をあげている。

 

 フライモンの尻尾の毒針は、弾丸を装填するかのようにいつのまにか生え変わっており、それはいつでも毒針を放つ事が出来る事を示していた。

 

 ユウキ自身も、フライモンというデジモンがどのような技を持っていて、どれだけ厄介なデジモンかどうかを知ってはいる。

 

 だが、目の前に突然現れた怪物の存在に、理性よりも先に恐怖心がこみ上げてしまう。

 

 自然と、情けなく手が小さく震える。

 

 動かないといけないという事が分かっているのに、体が言う事を聞かない。

 

「あ……」

 

 ふと視線をフライモンが居た方に向けた時には、既に毒針が迫ってきており、ユウキは不意に目を閉じていた。

 

 

 

 

 

「……?」

 

 だが、その時疑問が生まれた。

 

 痛みが来ないのだ。

 

 理由を調べるために、知る事に対する恐怖心を押さえ込みながら目を開ける。

 

「……んなっ……!?」

 

 デジタルワールドに来て、早二日目。

 

 突然の遭遇戦の中、ユウキが見たのは。

 

 

 

 

 

 

「ぐぅっ……!!」

 

 目の前で両手を広げ、自分が受けるはずだった毒針を右肩に受け、苦しそうに呻き声を上げるベアモンの姿だった。

 

 




今回は珍しく文字数が5000に到達しました。

まぁ、作者から言える事があるとするなら、今回の話での主人公を責めないでほしいって事ぐらいですかね。

だって、現実的に考えたら

・自分の体躯よりずっと大きな蜂が、

・不気味な羽を広げて高速で空を飛び、

・敵意むき出しに自分の方へと向かってくる

 って事ですもの。

 ……あれ、こうして考えると、やっぱりデジモンアニメの主人公達って凄くね? 精神面が。

 さて、今回はシリアスなのでNGを入れる余裕がありませんでした。

 早く書きたい話があるので、ガンガン進めていきたいです。


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電子世界にて――『悔しさという凶暴な炎』

やっとここまで進められた……他に言う事は無いので、お楽しみください。


(何……で……)

 

 目の前の光景を理解出来なかった。

 

 自分が死のうとしているわけでも無いのに、走馬灯のように背景がスローモーションに見える。

 

(何故……俺なんかのために……)

 

 まだ出会って一日程度の仲だったはずだ。

 

 まだ仲間ですら無いし、会話もロクに交わしていない相手のはずだ。

 

(代わりに……そんな目に遭わないといけない……?)

 

 理解出来ず、僅か一分にも満たない時間の間に起きた出来事に呆然とする事しかできない。

 

 体の震えが、更に大きくなる。

 

 動いて、何とかして助けないといけないのに、やはり動けない。

 

 まるで恐怖心や罪悪感が、四肢に鎖を巻き付けているようにすら感じられる。

 

(動け動け動け動けッ……動いてくれッ……!!)

 

 内心で叫び続けても、状況は変化する事無く進んでいく。

 

「ぐぅっ……!! ぐああああああっ……!!」

 

 毒針を右肩に受けたベアモンは、震える左手で強引に毒針を引き抜く。

 

 それと共に刺された部位から赤い血が漏れ出し、毛皮の一部を紅く染める。

 

「くっ……うっ!?」

 

 ベアモンは応戦しようと拳を構えようとしたが、右肩を自分の意志のまま動かす事が出来ず、右足もそれと同じく満足に動かせる状態では無くなっていた。

 

 ベアモンの体が、それによってバランスを崩して背中から倒れる。

 

 フライモンの毒針に付属された神経毒が、ベアモンの体の自由を奪ったからだ。

 

 本来なら全身を動けなくするほどの強力な毒だが、咄嗟のファインプレイで引き抜いたおかげで、毒が全身にまで回る事は無かったようだ。

 

 しかし、針自体が高い殺傷能力を持っている事もあり、毒が無くともベアモンが受けた損傷は決して少なくない。

 

 事実上、利き腕と片足を失ったベアモンは、誰が見ても戦闘不能と言わざるも得なかった。

 

「……!!」

 

 人間(ユウキ)は知っている。

 

 特に好きと言えるようなデジモンでは無かったが、ユウキの知識には様々なデジモンの『設定』が記憶(セーブ)されており、当然フライモンというデジモンについての詳細な情報も知ってはいる。

 

 故に分かってしまう。

 

 逃げられないと言う残酷な現実が、瞬間的に思考を過ぎり、絶望一色の思考では打開策も思いつかず、余計にそれが恐怖心を煽る。

 

「う……あぁ……」

 

 フライモンの羽から出るハウリングノイズに鼓膜を叩かれながら、ユウキは気付いた。

 

 次にフライモンは、エレキモンを狙ってくると。

 

 知性の有無は知りようが無いが、損傷が激しく戦闘行為を行えないベアモンよりも、敵意より恐怖心の方が勝っていて、相手からすれば脅威を感じない自分よりも、まだ戦闘行為を行えるであろうエレキモンの方が脅威だと、フライモン自身の本能が優先順位を決定するのだと予想した。

 

 そして、その予想は残酷にも外れなかった。

 

「ッ……!!」

 

 フライモンの視線が、真っ直ぐにエレキモンを捉える。

 

 その敵意にエレキモンは思わず後ずさりし、二匹とフライモンを交互に見る。

 

(……クソッたれが、見捨てられるわけねぇだろ!!)

 

 逃げたいと思う恐怖心と、知り合いと友達を見捨てたくないと思う人情の間で少しだけ葛藤したが、やがてエレキモンは自身の尻尾に電気を溜め始める。

 

 無謀にも、応戦するつもりなのだ。

 

(駄目……だ……)

 

 その応戦の先にある未来が、簡単に想像出来る。

 

 否定の言葉をただ心の中で呟くしか出来ず、悲しさと自分自身の無力さに対する悔しさで涙が流れ出す。

 

「スパークリングサンダー!!」

 

 エレキモンは尻尾の先に充填した青色の電撃を、フライモンに向けて一気に放出する。

 

 だが、フライモンは背中から生えている四つの羽を使って高速で飛行し、周囲に風と雑音を撒き散らしながらそれを回避する。

 

「チッ……!!」

 

 簡単に当たってはくれない事ぐらい分かっていたが、時間稼ぎにすら至らない結果に対してエレキモンは小さく舌打ちした。

 

 そして呟いている間にも、フライモンは鳴きながらエレキモンに向かって突撃して来る。

 

 体格差もあって、その突進を避ける事すらエレキモンには困難。

 

「ギィィィィ!!」

 

「んの野郎……」

 

 自分に向かって一直線に飛行して来るフライモンに対して、エレキモンが行った行動はとても単純だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ギィィィッ!?」

 

 四つの足で、逆にフライモンの方へ向かって突撃し、目をつぶって頭からぶつかったのだ。

 

 俗に言う頭突き攻撃は、フライモンの意表を突いた一撃を頭部へと炸裂させていて、予想外の出来事にフライモンは怯む。

 

 その間にエレキモンは頭に走る鈍い痛みに耐えながら、四足歩行で近くにあった木を素早く駆け登る。

 

「だああっ!!」

 

 そして、木の上からエレキモンはフライモンの体に飛び乗り、首元周りに見えるオレンジ色の毛と思われる物に前足でしがみ付く。

 

 羽から出るハウリングノイズで聴覚が使い物にならない状態だが、耳や頭の中に響く不快感を押さえ込み、エレキモンは尻尾に電気を溜め始める。

 

「ギィィィ!!」

 

「うおわっ!?」

 

 だが、そう簡単にいくわけも無い。

 

 フライモンは背中に乗ったエレキモンを振り落とすために、激しく暴れ出したのだ。

 

 視界が揺れ、前足が離れそうになるも、エレキモンは電気を更に溜める。

 

 フライモンも抵抗を見せるが、自慢の鉤爪も尻尾の毒針も、首元に届くはずも無い。

 

 そして、どんなに高速で動けても、攻撃が相手に到達するまでの距離がゼロならば、その状態から放たれる攻撃を避ける事は不可能。

 

 エレキモンは溜めた力を放出すると共に、自身の必殺技の名を叫んだ。

 

「スパークリング……サンダァァァァァ!!」

 

 バリバリバリバリッ!! と激しい火花のような音が、フライモンの悲鳴と共に辺りへと響く。

 

 その光景をただ見ていたユウキは、ただ一言だけ呟いた。

 

「……すげぇ」

 

 電撃がフライモンを痺れさせ、羽の動きが鈍くなるとフライモンの体は地面に落ちると、エレキモンはしがみ付いていた前足を放し、ユウキとベアモンの方に近寄る。

 

「おい、何モタモタしてんだ、早く村まで戻るぞ!!」

 

「……お、おぅ……」

 

 ベアモンの体が、右肩からほんの僅かに紫色に変色し始めているのを見て、このままだと命が危ない事を悟ったエレキモンはユウキに行動を急かさせ、ベアモンの体を持ち上げさせる。

 

「エ、エレキモン……解毒方法はあるのか?」

 

「そこは安心しとけ。町に行けば、解毒方法ぐらい簡単に見つかる。だから今は急いで戻る事だけを考えろ!!」

 

「あ、あぁ!!」

 

 質問を簡潔に答え、二匹はフライモンが痺れて動けない間に町へ一直線に走り出す。

 

 

 

 

 

 

 が、そんな二匹の背後から雑音が再び響き出した。

 

「チッ……時間稼ぎにすらならないってか……!?」

 

「そんな……倒せないのは解ってたが、こんな短時間で再起するなんて……!?」

 

 いかにも怒った様子のフライモンが、逃げようとしている三匹の獲物に対して敵意むき出しに向かって来たのだ。

 

 その動きは電撃で痺れていたとは思えないほどに、少し前より全く劣化しておらず、むしろ怒りによって更にスピードが上がっているようにすら見える。

 

 ベアモンを背負ったユウキにも、戦闘の影響で疲労しているエレキモンにも、そのスピードを退ける手段も時間は存在しなかった。

 

 怪物が猛スピードで向かって来る中、ユウキは突然ベアモンを背からおろした。

 

「おまッ……!?」

 

 その行動に対して驚くエレキモンを尻目に、ユウキはいつの間にか両手を広げて壁になるように立ちふさがっていた。

 

 自分が壁になっても、何の時間稼ぎにもならない事はユウキにも理解出来ている。

 

 だが、無意味と解っていてもそれ以外に出来る事が思いつかなかった。

 

 そして、それが正しい行動なのか、間違った行動なのか、ユウキには考える暇も無く。

 

(ゆうきぃ……っ……!!)

 

 ベアモンの心の叫びも虚しく、既にフライモンはユウキの目前にまで迫って来ていた。

 

 

 

 

 

 

 再び走馬灯のようにスローモーションになる背景の中、ユウキはただ悔しさと悲しみに身を焦がれる。

 

 このデジタルワールドに来てから、ベアモンとエレキモンの二匹には助けられた。

 

 食べ物も分けて貰ったし、寝る場所も与えてもらい、住む場所も与えてもらえるようにお願いもしてくれた。

 

 更には、役立たずである自分の命を自分の体を壁にしてでも救ってくれた。

 

 だが、彼自身は何か出来ただろうか。

 

 そして、このまま何も出来ずに死ぬ事を、はたして自分自身の心が許容出来るだろうか。

 

 答えは、言うまでも無かった。

 

(俺は……俺は!!)

 

 思考の全てが感情を強く激しく揺れ動かし、人間としての心を昂ぶらせる。

 

 その悲しみと悔しさは炎のように荒れ狂い、デジモンの存在の核である電脳核《デジコア》を急速に回転させる。

 

 感情の(うず)がユウキの体を軸に赤色の(まゆ)を形成し、向かって来たフライモンを弾き飛ばした。

 

「ギィィィ……」

 

 空中で体制を立て直したフライモンは、突然目の前に現れたエネルギーの繭に警戒心を強める。

 

 エレキモンも目の前でおきている出来事に驚く事しか出来ず、その繭をただ見つめる事にか出来ずにいる。

 

 ただ、その繭が何を意味しているかは不思議と解っていた。

 

(進化……!!)

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 繭の中でユウキの体が粒子に包まれる。

 

 周りにはデジタルワールドの文字や人間の住む現実世界の英語や片仮名など、様々な情報が取り巻いており、ユウキの脳裏に一瞬だけ翼の生えていない巨大な竜の姿が映る。

 

 電脳核から引き出された情報が洪水のように繭の中を埋め尽くし、身体を構成している情報を次々と書き換えていき、ユウキの思考・肉体・精神を『人間の紅炎勇輝』から別の物へと変えていく。

 

 多くの情報がギルモンと言う名の小さな器を満たしていき、その肉体をどんどん巨大にする。

 

 その過程で体を覆っていた外骨格(フレーム)が剥がれていき、新たな外骨格が貼り付けられる。

 

 それに伴う痛みは無い、と言うより既に感じられていない。

 

 全ては自我も無いまま進行していき、僅か十秒程度が経った後、自分を取り巻く繭を爆風と共に吹き飛ばしながら、ギルモンのユウキだったデジモンは姿を現した。

 

「「!?」」

 

 体はギルモンだった頃に比べて巨大になり、爪は更に鋭く強靭な物に、両腕の肘からは鮫の背びれのような形をした刃が生え、頭部からは二本の角と白い髪の毛が生えている。

 

 その名は、グラウモン。

 

 新たに出現した脅威に対して、フライモンは自身の防衛本能のままに敵意を向ける。

 

「ギィィィィィ!!」

 

「グウウウゥゥ……」

 

 フライモンは再び辺りにノイズを発生させながら、空中を高速で飛行しだす。

 

 グラウモンはそれを目で追おうともせずに、ただ唸り声を上げながら口の中に炎を溜め始める。

 

 聴覚を叩く音などには一切、気にも留めていない。

 

 そんな事を知っているはずも無いフライモンは既に、森の木よりも高い位置にまで上昇していた。

 

 フライモンはグラウモンの爪や牙を警戒し、格闘が届かない高度にまで上昇した後に、確実にグラウモンを仕留めるために再び尻尾から毒針を放とうとした。

 

 何処かに当たれば、それだけでもフライモンの勝ちは確定する。

 

 だが。

 

「グゥゥゥゥ……!!」

 

 そこでやっと、グラウモンの視線が毒針を発射直前のフライモンを真っ直ぐに捉えた。

 

「デッドリースティング!!」

 

 フライモンが毒針を放つよりも少し遅れて、グラウモンはその口を大きく開く。

 

「エギゾーストフレイム!!」

 

 瞬間、口の中に溜めていた炎が、レーザービームの如き熱線を形成しながら一直線にフライモンに向かって放たれた。

 

「ギィィィッ!?」

 

 熱線は放たれた毒針を灰すら残さず消し飛ばし、その射線に入っていたフライモンの羽を掠めた。

 

「ギィッ!! ギィィィィィィィィ!?」

 

 フライモンの紫色をした禍々しい羽は、熱線を掠めた事で引火し、その機能を容赦無く奪っていく。

 

 羽から伝わる炎の激痛にフライモンは悲鳴を上げ、消火しようと羽を高速で羽ばたかせようと奮闘するも、グラウモンの居る方とは逆の方向へある程度飛行した後に、羽は無残に焼け落ちる。

 

 飛行中の勢いのまま、フライモンはグラウモンのいる地点から遠く離れた場所に墜落した。

 

「………………」

 

 エレキモンはその光景を、呆然とした表情で見ていた。

 

 助かったという安心感よりも、目の前にいるグラウモンに対する恐怖心の方が今では高い。

 

 その理由として、グラウモンの目に理性の色があるように見えない事がある。

 

 フライモンという脅威を退けたとしても、万が一、グラウモンがエレキモン達を襲ってしまうような事があれば、間違い無くお陀仏だろう。

 

「!? んな……」

 

 だが、エレキモンの予想を裏切るかのように、グラウモンはその両手でエレキモンとベアモンを背に乗せ、ドスドスと音を鳴らしながら村の方へと進み出す。

 

 まさか理性があるのかとエレキモンは疑問に思ったが、彼が声を掛けてもグラウモンからは何の返事も返ってこなかった。

 

 疑問を覚えながらも、エレキモンは疲れたような目をして一つ呟いた。

 

 

 

 

 

 

「……意味が解んねぇけど、お前を助けたのは少なくとも損じゃなかったな」

 

 小さな森の中を、負傷している小熊(ベアモン)電気獣(エレキモン)を背負った深紅の魔竜(グラウモン)が、ただ一つの願いを叶えるために疾走するのだった。




感想・指摘・質問などいつでも待ってます。

シリアス展開続きでNGが書きたくても書けないッ……!!←←


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電子世界にて――『怪我モンは安静に』

ポケモンYのレーティングマッチの合間に何とか話を進めるために書いた回なので、正直言って雑な感じがぬぐえないです。

そして、今回の話もストーリー的にはあまり進行する事の無い話……

要するに、繋ぎの話です。それ以上でもそれ以下でも大気圏突破でもありませんが、早く書きたい話の所まで更新したい所。というかここまでの話数があるのにリメイク前で言うと三話程度しか進行していないってどういうことなの……


 グラウモンが発芽の町への進行を始めてから、早くも数時間の時が過ぎた。

 

 町に戻るまでの距離は、体長がギルモンだった頃に比べて遥かに大きくなり歩幅が広くなったからか、それともドスドスと地面に鳴る音のテンポが速いからか、視界が前へと進む速さも普通に歩く事と比べるとかなり速かった。

 

 ベアモンは出血と毒が残っているが意識を保っており、生きる事をまったく諦めていない。

 

 相変わらずタフな野郎だ、と呟くエレキモンの視界には、自分達の住む町の入り口が見えて来ている。

 

 一方で、グラウモンの口からは言葉としての意味を持たない唸り声しか出ない。

 

 獰猛な獣のように瞳孔が縦になっていて、理性はまったくと言っていいほどに感じられず、少しでも敵意を向けられれば直ぐにでも牙を剥くような殺気染みた雰囲気を纏っている。

 

 そんなデジモンの頭の上、正確に言えば髪の毛にしがみ付いているエレキモンの心情は、そんな雰囲気に当てられていても何処か安心感を得られていた。

 

 コミュニケーションを取れない事は問題だが、このグラウモンが自分とベアモンを襲ってくる事は無い。

 

 そう確信していたと言うより、エレキモンはそう思いたかった。

 

 自分の敵わなかった相手を瞬殺したデジモンが、自分やベアモンを襲ってくる事など考えたくも無いからだ。

 

 そんなエレキモンの疑問は、現状一点に絞られている。

 

(コイツ、元に戻れんのか?)

 

 本来、デジモンの『進化』とは存在の核である電脳核(デジコア)から引き出される情報によって発生する、肉体や精神も含めた構成データの書き換えの事を指す。

 

 進化の引き金となる要因は『経験』か『感情』のどちらかである事が多い。

 

 『経験』による進化はデジモンの『成長』そのものであり、一度それを遂げると滅多な事が無い限り、進化後の姿から進化前の姿に戻る事は無い。

 

 進化の要因となる経験は、生活の仕方や住まう環境の違いに戦闘経験など様々だ。

 

 その一方で『感情』による進化は特に戦闘の経験が無くとも可能だが、その消耗は激しく、進化後の姿を長時間維持する事はそれに見合う経験を積んでいないと難しい。

 

 何故なら『感情』を引き金とした進化は、本来なら戦闘経験などによって成長するという過程を無視して、デジモンのポテンシャルを今以上に発揮させるという手段だからだ。

 

 それ故に『感情』による進化は一時的な物でしか無く、成長とは呼べないイレギュラーな進化である。

 

 エレキモンの知る限りでは、ユウキは会ってから一度も戦闘を経験した事が無い。

 

 そのユウキが初の戦闘で進化を遂げ、今に至るまで進化は解除されていない。

 

(まさかだけど、コイツ実はかなり戦闘を重ねてたり……してないよな。あんなビビリな奴が戦闘をしてたら、命がいくつあっても足りやしねぇ。何か別の理由があんのか……?)

 

 疑問を解決したくて問い正そうとしても、その問いに対する返事は当然返ってこない。

 

 そして、頭の中に色々な疑問を浮かべていると、突然グラウモンの足が止まった。

 

 エレキモンが何事かと思いグラウモンの目線の先を見てみると、既に町の入り口へ到着している事が分かった。

 

 ベアモンの体を蝕んでいる毒も、まだ手遅れな領域にまで進行してはいない。

 

 これなら、まだ間に合う。

 

 そう、エレキモンが思ったその時だった。

 

「ん、なんだ……!?」

 

 突然グラウモンの体が赤く輝き出すと、地に倒れこみながらその体が小さくなり始める。

 

 まるで巨大な風船から空気が抜けていくように縮んでいき、五秒も経たない内にグラウモンの姿がギルモンの姿へと戻った。

 

 当然ながらグラウモンの頭の上に居たエレキモンは、ギルモンの姿に戻ったユウキの頭の上に馬乗りになっていて、ベアモンは背中合わせに倒れこんでいる。

 

 ユウキは瞳を閉じたまま気を失っていて、それを確認したエレキモンは呆れるように言う。

 

「……やっぱり、無理を通してたのか」

 

 予想通りと言わんばかりの出来事に、エレキモンは深くため息を吐く。

 

 それと同時に、町の方から自分達の事を心配に思ったのか、一部のデジモン達が駆け寄って来る。

 

「だけど、今回ばかりは本当に……ありがとな」

 

 気絶し、指一本も動かせないユウキに対して、エレキモンは感謝の言葉を伝える。

 

 まだ昼間の発芽の町は、三匹の成長期デジモンを治療するために早くも大忙しだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 それから数時間後。

 

「……つまり、そういう事があってアンタ達はボロボロな状態で発見されたってワケね」

 

「まぁ、つまる所そういう事だな」

 

 発芽の町にある一軒の家の中にてエレキモンは、黄緑色の体をしており、頭の上には南国の島を思わせる花が咲いていて、外見的にはどちらかと言うと爬虫類的に進化をしている植物型デジモン――パルモンに事情聴取をされていた。

 

 家の中には一部の箇所に、パルモンの趣味であるガーデニングによって植えられた色取り取りな花が咲いていて、椅子やテーブルといった家具の姿は見えていない。

 

 天井の一部分からは太陽の光が差し込めるように大きめの穴が空けられていて、何気にかなり工夫が成されているのが伺えた。

 

 エレキモンはそれらの何度か見た事のある風景には特に反応を見せず、パルモンとの話を続ける。

 

「アンタ達は運が良いのか悪いのか……野生のフライモンから逃げて、生きて町まで帰ってくるなんてね」

 

「まったくだ。最近の野生のデジモンが、やけに凶暴化しているって話はマジだったなんてな……」

 

「アンタ達が何か手を出したって事は無いわよね?」

 

「馬鹿を言うなよ。たかだか成長期のデジモンでしかない俺が、成熟期のデジモンに自分から喧嘩をふっかけると思うのか?」

 

「そうね。思わないけど……」

 

 パルモンはそう言って、部屋の隅っこで死んだように眠っているギルモンを指刺すと、質問の内容を変える。

 

「それよりもそこで眠っている赤色のデジモンはいったい誰なワケ? ここらでは見ない顔だけど」

 

「ギルモンっていうデジモンらしい。昨日、海で釣った」

 

「ごめん、状況が全然理解出来ないわ。その子明らかに海で見るような外見をしてないもの。何か隠しているわね?」

 

「隠している事があるのは事実だが、大した事でも無いし、コイツは野生のデジモンじゃあない」

 

 その『大した事でも無い事』と言うのは、ユウキが実は人間(なのかもしれないの)だと言う事だったりするのだが、その事に気付いているはずの無いパルモンは怪しい物を見るような目でエレキモンを見ている。

 

「突然地鳴りの音が聞こえたと思ったら、森の方から見慣れない大きなデジモンが来ていて、みんな驚いてたわよ? で。入り口まで来たら急に退化したし」

 

「一時的な進化だったみたいだからな。エネルギー切れって事だろ……そもそも初進化っぽいのに五分近くも進化を維持出来てた事が既に驚きだ」

 

「五分!? それは凄いわね……普通なら、二分も保てないはずなのに」

 

 ちなみに、数時間前の時には右肩部分に大きめの痛々しい刺し傷が刻まれ、右半身が麻酔にかかったように動けなかったはずのベアモンはと言えば。

 

(……やっぱりあのクネモン達に攻撃したのが原因なんだろうなぁ……)

 

 刺し傷のあった部位には薬草から作られた薬が塗られ、その上に包帯を巻き付けており、今は安静にするために家の隅っこで横になっていた。

 

 よく見ると、口元に何かを飲んだ跡が残っている。

 

(結果的に助かったからいいけど、二人には申し訳の無い事をしちゃったな……今度、何か詫びを入れないと)

 

 今に至るまでの過程を内心で呟いていたが、普段から口数は多い方であるベアモンが喋れる状態なのにも関わらず、口数が少なくなっている事に対して不思議に思ったエレキモンは、とりあえずベアモンに声を掛ける事にした。

 

「おいベアモン。珍しく無言になってるけど、どうかしたのか?」

 

「何でもないよ。ちょっと考え事をしてただけ」

 

「珍しいな。お前にも考えるという行動は出来たのか」

 

「君は僕の事を何だと思ってるのさ……一応、真面目な事を考えてたのに」

 

 体をエレキモンの方へ向けながら、呆れて不満そうにベアモンは返事を返すが、エレキモンは二秒も経たない内に早口で即答する。

 

「頭の中が青空とお花畑で、寝返りに見せかけて俺の毛皮でモフッとする事を狙っているド変態デジモン」

 

 普段のベアモンの生活を見ていたエレキモンからすれば、ベアモンに対してそういう印象を持ってしまっても仕方が無いのだが、その言葉を聞いたベアモンは途端に『ピキッ!!』と青筋を立てる。

 

「とりあえず僕はフザけた事をほざいている君を割りと本気で泣かせたいんだけど良いよね。というか今泣かせる絶対泣かせたる」

 

 そう言って左腕の力だけで強引に体を起こすと、麻痺して動かせない右腕の事は気にも留めず、器用にも左手からパキパキと音を鳴らし出す。

 

 その一方で、発言者のエレキモンはベアモンの明らかにまだ痺れが取れていない右足を見て、こう言った。

 

「へッ!! たかだか片腕しか使えない今のお前じゃあ、俺を捕まえるなんて一週間かけても無理だっつ~の」

 

「残念だけど、右腕が動かしにくくても右足は何とか使えるんだよね。というわけで逃がさないから大人しくさっきの発言を撤回してもらおうかな」

 

「やなこった」

 

「アンタ達さ、アタシの家で暴れようとしないでくれないかしら」

 

 パルモンの言葉を無視して、二匹はドタドタと走り回り出した。

 

 綺麗な花があちこちに植えてある、草原のような家の中を。

 

「………………」

 

 家の持ち主の額に青筋が立った数秒後。

 

 

「「ぎぃゃぁあああああああああああああああああ!?」」

 

 

 パルモンの家の中から凄まじい臭気と共に、まるでバトル漫画の悪役の断末魔のような悲鳴が響いた。

 

 そして、それから更に数分後。

 

「……ぅう……?」

 

 騒音に堪らず意識を取り戻し、気だるそうに欠伸を出しながら、目を開けたユウキが見た物は。

 

(……は? てか、クサッ!? 学校のマトモに掃除されていないトイレが可愛く思えるぐらいにクセェッ!!)

 

 白目を向き、口から白い泡を吹き出し、瀕死の昆虫のようにビクビクと悶絶している、ベアモンとエレキモンの姿だった。

 

 状況を飲み込めず、両手で鼻を摘みながら内心で『訳が分からない……』と呟いていると、現在進行形で家に充満している空気を換気しているパルモンが、ユウキに対して話しかけてくる。

 

「やっと目を覚ましたね。調子はどうだい?」

 

「………………」

 

 現在の状況と、今の心境を掛け合わせ、初見の相手に対してユウキは発言する。

 

「凄まじく最悪な気分だよ……」

 

 元人間のデジモンがこの世界(デジタルワールド)の現実に順応するには、まだまだ長い時間を要するようだった。

 




 本日のNG。

 ベアモンに『君は僕の事を何だと思っているのさ』と質問されたエレキモンは、少し思考すると回答する。

「頭の中が青空お花畑で【放送禁止】で、自分に向かって来た敵を【放送禁止】して【描写禁止】する、まぁ要するに外見によらず大魔王な奴だな」

「ちょっ……そんな事を冗談でも言わないでお願いだから。泣いちゃうよ? 割と本気で泣いちゃうよ? う、うぅぅぅ……」

 いや、ひょっとしたら、その可愛いマスコットキャラの顔の裏側には……? と思うエレキモンであった。


 NGその3「可愛いマスコットキャラクター?」


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電子世界にて――『協力体制・ただし条件付き』

第一章も残り少なくなってまいりました。

あと少しで一区切り付ける事が出来そうなので、頑張っていきたいと思います。


 まず、目が覚めたら辺りに色んな意味での死臭が漂っていた。

 

 それを認識した直後、初見の相手に突然声を掛けられた。

 

 返答したが、家の中に充満していた臭気が鼻の中に入ってくる事を本能的に恐れたために、両手の位置はしばらくの間固定されていた。

 

 換気が完全に終わり、少し前まで家の中の空間に漂っていた臭いとは別の甘い香りで上書きした所で、ようやくマトモに喋れるようになったユウキは、とりあえず目の前にいるこの家の持ち主であるパルモンに対して自己紹介……をしようしたのだが、どうやら気を失っている間にエレキモンから既にユウキの事は聞いていたらしく、自己紹介はあっさり終了した。

 

 その後、気絶しているバカ二匹を無視しつつ、ユウキとパルモンの間で情報交換が行われた。

 

 自分が行く宛も帰る宛も無いデジモンである事。

 

 偶然自分の事を見つけたベアモンの家に居候させてもらえる事になった事。

 

 そして今日、家の中から居なくなっていたベアモンを探しに森の中へと入り、フライモンに襲われた事など、ベアモンとエレキモンが自分を見つけてからここに至るまでの経緯をほとんど話した。

 

 話していない部分があるとするなら、自分が元は人間だったという事ぐらいだろう。

 

 しかし、その経緯を聞いたパルモンは何か引っかかるような疑問を覚えたように首を傾げると、ユウキに対して質問をした。

 

「今の口ぶりで気になったけど……アンタ、自分がフライモンを撃退してから町まで二人を運んで来た事を覚えていないのかい?」

 

 思わずユウキは『は?』と聞き返していた。

 

「エレキモンの話によると、アンタはフライモンとの戦闘で殺られそうになった時、突然一時的に進化を発動させて圧倒したらしいよ。アタシは見ていないから知らないけど、本当にアンタは自分がやった事を覚えていないのかい?」

 

 まったく記憶に無い出来事に対する言及だった。

 

 ユウキ自身、フライモンとの闘いで起きた事は途中までしか覚えておらず、進化したなどという実感は湧いていない。

 

 しかし、目を覚ましてからユウキは身に覚えの無い疲労感と頭痛を感じている。

 

 それが何よりの証明なのかもしれないと思ったが、やはりとても信じられない事だった。

 

 返す言葉に困っているユウキの反応を見たパルモンは、何かを確信したのか言葉を紡いでいく。

 

「覚えてなかったのね……町の入り口付近でアンタを目撃した時、アンタが進化したと思うデジモンの目に理性は感じなかった。多分その時のアンタは無意識だったか、本能的にやっていた行動だったんでしょうね。そんな状態の中でも、自分を助けてくれたそこの二人を助けたかった……勝手な推測だけど当たっているかしら?」

 

 その回答が本当に正解なのかは、言ったパルモンにも言われたユウキにも分からない。

 

 そもそも、進化後の自分の体を動かしていた意思が自分の物だったのか、それすら分からないのに誰がその答えを知っているのだろう。

 

 正しい答えを探そうとして、結局返事を返す事は出来なかった。

 

 そんな様子を見たパルモンは一度浅くため息を吐くと、一度仕切りなおしてから言葉を紡いでいく。

 

「まぁ、無理に考えなくてもいいと思うわよ。それよりもアンタはベアモンの家に居候するらしいけど、何か行動の方針は決まっているワケ?」

 

「それは……」

 

 その質問に、ユウキはまたもや言葉が詰まってしまう。

 

 ユウキの目的は『自分が人間からデジモンに成ってしまった理由』の解明だが、それを話すという事は、自分が元人間だという事に関する説明が必要となる。

 

 しかし、それを話すと余計に事が面倒な方向へと移行してしまうのが容易に想像出来る。

 

(……どうする。話すべきでは無いけど、下手に言い訳しても疑われそうだしな……)

 

 んー、と喉から音を鳴らしながら考え、ユウキは言葉を紡ぐ。

 

「とりあえず、この町で働いていこうと思う。いつまでになるかは分からないけど、どの道行く宛も無いから……」

 

「なるほどね。そういう事なら歓迎するけど……」

 

 ユウキは、ひとまず話題を切り抜けた事に内心で安堵した。

 

 その一方でパルモンはユウキの回答を聞くと、気絶しているベアモンとエレキモンの方へ視線を向ける。

 

 そして、何を思ったのか突然両手の先に見える爪をツタ状に伸ばし出した。

 

「まず、あのバカ二人を起こした方が良さそうね」

 

 そう言った次の瞬間。

 

 パルモンは両手から生えているツタを鞭のように扱い、ベアモンとエレキモンへと振り下ろした。

 

「ブバッ!?」

 

「ぎゃふんっ!?」

 

 バチィン!! と手のひらで頬っぺたを叩いた時のような乾いた音と同時に、本日二度目となる悲鳴のデュエットが家の中に響き、多少強引だがベアモンとエレキモンは意識を取り戻した。

 

 二人は叩かれた時の痛みで反射的に体を起き上がらせると、視線をそれぞれユウキとパルモンの方へと向かせる。

 

「パルモン……マジで痛いからその起こし方やめてくんねぇかな。額がマジでヒリヒリするんだわ……」

 

「ホントだよ。てか僕は怪我してるんだから手加減してもらっていいんじゃないかな?」

 

「確かにそうね。でも私は謝るつもり無いから」

 

 ひどっ!? と見事に二人の声がハモる。

 

 実際の所、数分前に二人が下らない動機で喧嘩を始めなければこんな事態にはならなかったとも言えるので、結局は二人の自業自得だったりするのだが。

 

 二人の弁解を無視してパルモンは話を進める。

 

「まぁそんな事は今はどうでもいいんだけどね。それより、彼の事でアンタ達と一緒に考える必要が出て来たから、真面目に話を聞きな」

 

「……ん? いや、僕達は話を聞けてないんだけど」

 

「だな。何を一緒に考える必要が出て来たんだ?」

 

「彼……ギルモンが、この町で暮らす上で行う仕事の事よ」

 

 その言葉にエレキモンと、珍しくベアモンが文字通り真面目な表情になった。

 

 この世界(デジタルワールド)の事を全然知らないユウキには、パルモンの言う『仕事』がどんなものかも想像がつかない。

 

 そして、ユウキが疑問符を頭の上に浮かべていると、先にエレキモンが口を開いた。

 

「森に向かう途中で言ったよな? 『手が無いわけじゃない』って」

 

「ああ……でも、それが何なのかは結局聞けてない。いったい何なんだ?」

 

「………………」

 

 エレキモンは一度無言になると、ベアモンに何かを耳打ちした。

 

 すると、エレキモンの代わりに怪我人であるベアモンが口を開いた。

 

 

 

「『ギルド』って言ってもユウキは分からないよね?」

 

 

 

「……ギルド?」

 

 思わず呆けた声でそう返してしまったが、ベアモンにはその反応が予想通りだったのか首を縦に振り、そのまま声を紡ぐ。

 

「ギルドって言うのはデジタルワールドに何個も別々に存在する組織の名称なんだけど、目的を具体的に言えば何かで困っているデジモンの依頼を受けてそれを遂行したり、時には町の資源となる物資を獲得するために冒険したり……まぁ、自由度の高い組織だよ。情報もかなり入ってくるし、行動する範囲はかなり広がると思う」

 

「………………」

 

 ユウキはベアモンの言う『ギルド』の内容を聞くと、表情を強張らせる。

 

 ベアモンは話を続ける。

 

「ただね。この組織に入るためには条件もあって、集団での行動を主にするからまずは『チーム』を作らないといけない。最低でも三匹のデジモンで構成された、実力もそれなりにある三匹によって構成されたやつをね」

 

 そこまで聞いた所で、ユウキは思った。

 

 チームを作る必要があるのは分かったが、よもやそんな組織にあっさり入れるはずが無い、と。

 

 考えた事をそのまま口にすると、ベアモンからは予想通りの答えが返って来た。

 

「その考えは間違っていないよ。確かに、『ギルド』に入るためにはその実力を知るための『試験』を突破しないといけない」

 

 だけど、とベアモンは言葉を付け加え、話を進める。

 

「実力と言っても色々あるからね。知識力に行動力に精神力に……戦闘力。野生のデジモンが横行する場所に向かう事が多いんだから、一番最後に言った部分はかなり重要だよ」

 

「………………」

 

 わざわざ強調して言った辺り、ベアモンも理解している事なのだろう。

 

 その重要な部分が明らかに足り無さすぎるのが現状のユウキだったりして、本人は流石に自覚があった事もあり、言葉のナイフで心を刺されたユウキは(精神的に)ヘコんでしまった。

 

 その光景を傍から黙って見ていた、エレキモンとパルモンはと言えば。

 

(……まぁ、あんなビビり状態じゃあなぁ……)

 

(……あら、進化したって言ってたけど……)

 

 可哀想とは思っていても、やはり内心で戦闘力の低さをフォロー出来てなかったりする。

 

 ユウキはマイナス思考のまま口を開く。

 

「……やっぱ俺には無理なやつじゃん……」

 

「そんな事ないよ」

 

 呟いた言葉をベアモンはバッサリ切り捨て、正直に思った事を次々と言葉にして放つ。

 

「確かに、森での闘いの時はハッキリ言って足手まといだったよ。だけどね、ユウキにとってはアレが初めての実戦で、しかもその相手が成熟期のデジモンだったんだし、仕方が無いでしょ」

 

「でも、俺があの時に動いていたら……ベアモンは右腕をやられたりしなかった」

 

「こんなのちゃんと治療すれば治るよ。肩から先が無くなってるわけじゃあるまいし」

 

「あのままだと右腕だけに留まらず、毒に体を蝕まれて死んでいたかもしれないんだぞ……」

 

「その時はその時だよ。そもそも、あの森が今危ないって事を知っていたのに向かった僕が悪いんだし……君が居たおかげで、僕もエレキモンも助かったんだよ? むしろ感謝するのは僕の方だよ」

 

「………………」

 

 ベアモンの優しさと自身の不甲斐無さが合わさり、思わずユウキは歯軋りする。

 

 優しさが心を癒すどころか、むしろ自身を惨めにしているようにすら思ってしまう。

 

「……ふざけんな」

 

 そして、ユウキはベアモンに向けて苛立ちを含んだ声で言った。

 

「何でだよ。何でベアモンはそんな風に、自分より他人の事ばっかり考えられるんだよ!! 俺はお前にとってそんなに価値のあるデジモンか!? 何も恩を返せて無いのに、こっちは与えてもらうだけで何も出来て無いだろ!! それに俺はお前の友達でも何でも無いんだぞ? ただの居候予定のちっぽけなデジモンだろうが!! 何でそんな俺のために命まで賭けられるんだよ!?」

 

 その言葉には苛立ちと悔しさしか含まれていない。

 

 正論かどうかなんてどうでも良くて、言う度に余計に苛立ちや悔しさは増えるばかりだ。

 

 そんなユウキの言葉に対して、ベアモンはかくも当然のように返す。

 

「……あのさ、じゃあ逆に聞くけど。恩とか価値とかが無いと、誰かを助けちゃ駄目なワケ?」

 

「それは……」

 

「そういう物が無いと何もしないの? 目の前に見える、自分が助けたいと思った誰かを助けちゃ駄目なの?」

 

「…………ッ」

 

 ベアモンの言葉は冷たく、鋭くユウキの苛立っていた心に突き刺さり、反論を許さなかった。

 

 言葉に詰まるユウキに構わず、ベアモンは言葉を紡ぐ。

 

「僕は『助けたい』と思ったから助けた。君はどうなの? 僕等の事を、恩とかそういう理屈抜きで本当に『助けたい』と思ったからでこそ、進化出来たんじゃないの?」

 

「……分からない」

 

「僕にも分からないよ。ユウキが何を考えているかなんてね」

 

 ベアモンがそう言った時、流石に喧嘩ムードとすら思える重い雰囲気に耐えかねたエレキモンが、改めて口を開いた。

 

「ったく、ベアモンお前言い過ぎだ。お前の性格は理解してっけどコイツの言う通り、お前は自分自身の被害を気にしなさすぎだ」

 

「……ごめんごめん。熱くなりすぎたよ」

 

 エレキモンはベアモンを宥めると、すっかり落ち込んでいるユウキに声を掛ける。

 

「わりぃな、ベアモンはこういう性格なんだ。お前の気持ちも分からなくは無いけどよ、落ち込んでても仕方が無いだろ」

 

「……まぁ、そうだけどさ」

 

「結局、どうする? 『ギルド』に俺達と一緒に入るか?」

 

「………………」

 

 ユウキは黙り込み、ベアモンが言っていた『ギルド』の事を考える。

 

 情報が集まりやすく、行動範囲が広がる事はユウキにとって、プラス以外の何者でも無い恩恵だ。

 

 しかし、ベアモンの言葉から察するに、これから闘いが頻繁に行われる事は確定だろう。

 

 そんな中で、自分は生き残る事が出来るのだろうか。

 

 そして何より、こんなにも自分より強いベアモンやエレキモンと一緒にやっていけるのだろうか。

 

「ユウキ」

 

 そんな事を考えていた時、ユウキはベアモンから改めて声を掛けられた。

 

「自分の弱さを気にしているのならさ、一緒に強くなろうよ。それでも力が足りないのなら、互いに力を合わせようよ」

 

「……!!」

 

 それは独りでしか考えなかった故に、至らなかった答えだった。

 

「それとも、僕等はそんなに頼り無い? 確かにエレキモンは腕っぷしも弱いけどさ」

 

「おいちょっと待て。何気に酷い事言って無いか」

 

「事実じゃん」

 

「ちょっと電撃でも食らわせてやろうか」

 

「あんた等……どうやら懲りてないみたいだね?」

 

「「ひっ!?」」

 

 ユウキは不思議と思った。

 

 彼等のようなデジモンと一緒なら、どんな困難な道でも一緒に歩んでゆけるかもしれない、と。

 

「……ははっ……」

 

 思わず笑みがこぼれる。

 

 最早、迷いはほとんど無かった。

 

 ユウキは、パルモンに現在進行形で『お願いだからその臭いだけはー!!』と懇願している二人が気付くように、わざと大声を上げる。

 

「ベアモン!! エレキモン!!」

 

「ん?」

 

「何?」

 

「俺決めたよ。『ギルド』に入る。色々不安だけど、立ち止まってたら何も始まらないしな。だから……」

 

 一度言葉を区切り、ユウキは二人に向かって言う。

 

「こんな俺でも良いのなら、仲間に入れてくれ。頼む!!」

 

 対するベアモンとエレキモンは、その言葉に笑みを浮かべて返答する。

 

「断ると思う? これからよろしくね!!」

 

「右に同じくだ。コイツだけじゃ色々不安だし? お前の事は少なくとも信用出来るからな」

 

 こうして三人は、友情を誓う握手を交わすのだった。

 

 まだ道のりは厳しいが、彼等が互いを信じている限り、歩みは決して止まらない。




シリアス一直線の話だった故に、NGとして弄れる台詞が無かったです。

それはともかく、今回の話ではようやく主人公二人の心理を多少は書けたと思います。まだ至らない部分も見えますが、やっぱりデジモンの作品では心理的な『成長』も書いていきたいものです。

それにしても、こんなに物語の進行スピードが遅いのに……お気に入り登録者数が30を超えていて驚きました。こんな小説でも応援してくれるお方がいると考えただけでも、執筆する意欲が湧いてきます。

では、次回もお楽しみに。感想や指摘など、いつでもお待ちしております。


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電子世界にて――『サポタージュな留守番係』

更新に二週間もかかったのに物語は相変わらず全然進まないという……

多分この書き方はこれからも変えないと思いますが、書きたい話とかいろいろあるのもあってぐむむ。

いやぁ、小説内での一日が本当に長い←←


 フライモンから受けた傷と毒をパルモンの家である程度治療してから、三十分ほどの時間が過ぎた。

 

 右足の感覚が未だに麻痺している所為で、歩行が難しい様子のベアモンの手を掴んで支えながら、ユウキはエレキモンと街道を歩いている。

 

 向かおうとしている場所はベアモンの家では無く、これから働く予定である『ギルド』と言う組織の拠点である建物。

 

 その理由はベアモンから口である程度の説明は受けたものの、どういう組織なのかを見学しておいた方が良いとエレキモンが判断したからだ。

 

 移動の途中で、最初にベアモンが口を開く。

 

「それにしても、ユウキが僕等と一緒に『ギルド』に入ってくれると言ってくれて良かったよ。僕とエレキモンだけじゃ、まだ二人だから試験を受けられないし……」

 

「そういや今更聞くのもアレだけど、何で俺を誘ってくれたんだ? 実力を持った三人じゃないと駄目って言ってたが、それはあのパルモンも当てはまるんじゃないのか?」

 

「パルモンは『ギルド』の仕事に興味が無いらしいからな。俺等と一緒に『ギルド』に入るはずだった奴が、前まではこの町に居たんだが……な」

 

「……?」

 

 返答の途中で難しげな表情を見せたエレキモンと、それに連動するかのように暗い非常を薄っすらと見せたベアモンに対してユウキは疑問を覚えたが、事情を知らない自分が踏み入るような事では無いという事だけは理解した。

 

 そして、重そうな空気を変えるためにユウキは話題を切り替える事にした。

 

「ところでベアモン、お前大丈夫か?」

 

「右肩の事? それなら明日まで安静にしていれば治ると思うけど」

 

「違う違う。右足の痺れとかもそうだけど、飯の事だ」

 

「……あ」

 

 そういえば、とベアモンは思い出すように口をポカンと開けた。

 

 恐らく自分が考えている事が当たっているのだろうと確信付け、ユウキは言う。

 

「お前の家にはもう食料が無いんだろ? 保存してたと思う魚はお前の朝食で消費して、それでも足りなかったからなのか、または新しく保存出来る食料を探しに森に行ったのかもしれないけど……結局フライモンに襲われて、食べ物にありつく事が出来なかったじゃん」

 

「………………」

 

「ついでに言えば、俺は朝から何も食べてない。まだ昼間だから時間はあるが、だからと言ってまたあの森の方に調達しに行くわけにもいかないし、本当にどうするんだ?」

 

 言葉を聞いたベアモンの表情が、口を開けたまま固まる。

 

 おそらく、どう返答しようか頭の中で思考しているのだろうが、それは要するに『忘れていた』という事をわざわざバラしているも当然なリアクションだった。

 

 そんなワケで、この状況で頼れる唯一の頭脳要員をユウキは頼る事にした。

 

「……エレキモン、どうすればいい?」

 

「何でお前らの食事情に俺が手を貸してやらないといけないんだ。大体お前らは一食の量が多すぎなんだよ。少しは節約を意識しろ」

 

「そんなに食べてるつもりは無いんだけど。昨日はあんまり釣れなかった上に、ユウキの分にも食料を割り振ったから少し足りなくなったわけで……」

 

「そういうワケだ。自分の食料ぐらい自分で確保しろ。『働かざる者食うべからず』って言葉があるんだし、そこの馬鹿を見習って頑張れ」

 

「まぁ、確かにそこのクソ野郎の言う通りだと思う。あっ、食料調達するなら僕の分もよろしくね。昨日五匹も分けてあげたんだから、お返しには少し色を付けてよね」

 

「少し前の仲間発言から一転して俺に味方が居なくなったんだが。大体ベアモン、お前のあの施しは無償じゃ無かったのかよ!?」

 

「そんな事を宣言した覚えは無いし、僕は聖者じゃないから食べ物を我慢出来るほど聡明でも無いよ。命を救ってくれたのは本当に感謝してるけど、それとこれは話が別だからそこの所よろしく」

 

「……おぅ……」

 

 この状況で唯一頼れる頭脳要員からは見捨てられ、更に少し前の時間で自分の味方をしていたはずのベアモンからケガをしている者としての特権を利用した断れない要求を投げ付けられたユウキは、一気に表情をげんなりとさせながら言葉を出していた。

 

 気持ちの落ち込みに連動してなのか、頭部に見える羽のような部位が垂れてもいる。

 

 そんな様子を見て、エレキモンは前足でユウキの左肩をポン、と叩く。

 

 慰めの言葉を掛けてくれるのか、と僅かながら期待したユウキだったが。

 

「いつか良い事あるって」

 

 そんな都合の良い言葉を掛けてくれるわけが無く、途端に別の意味で崩れ落ちそうになった。

 

 エレキモンの言葉が本当になるかは、結局ユウキ自身の努力と悪運次第なのかもしれない。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

発芽の町の住宅が多く建ち並ぶ道なりの中に存在する、一風変わった一軒の建造物。

 

 そこは町特有の木造で出来た、天井までの幅がおよそ7メートルはあるだろう広い空間の中に、カウンターや掲示板といった日曜的な物とは異なる家具が設置されている、普通の住宅とはそもそもの目的が違う印象を受ける建物で、主に『ギルド』と呼ばれる組織が活動の拠点としている場所だ。

 

 『ギルド』の主な活動内容は、第三者からの依頼を受け、それを遂行する事である。

 

 今日も依頼はそれなりの量が有り、掲示板には特殊な記号の文字が書かれた紙が複数貼られている。

 

 だが、それを受けようとするデジモン……否、受けられるデジモンは居ない。

 

 理由があるとすれば、それは人員不足の四文字に尽きる。

 

 この発芽の町に住むデジモンの数は『町』と言うには少ない150匹ほどで、のんびり平和に過ごしているデジモンも居れば、自らの手で作物を育てて食料もしくは物々交換の材料として扱うデジモンだって居る。

 

 だが、それらの仕事をギルドには決定的に違う所がある。

 

 『町』の『外』に。

 

 野生のデジモン達の縄張りを通って、この発芽の町とは違う別の『町』に向かわなければならない事だ。

 

 それには当然危険が伴うため、ほとんどのデジモンは好奇心よりも先に恐怖心を抱く事が多い。

 

 仮に好奇心によって『ギルド』に入ろうと考えるデジモンが居たとしても、『外』の世界で活動出来るほどの実力が無くては門前払いとなる。

 

 そして、この町には実力者のデジモンが少ない。

 

 不足している人員を少しでも補うために、この町の『ギルド』では構成員だけでは無く組織のリーダーすら依頼を受けて活動している事が多く、大抵の場合は建物の中に(おさ)のデジモンの姿が無い。

 

 それらの事情もあって、組織の中で留守番の役を任されている者が建物の中でずっと待機しているのだが、依頼をするデジモンが来るまでの間は特にやる事も無く待っているわけで。

 

「はぁ……ヒマだ。リーダー早く帰ってこねぇかな。ヒマなんだよ、退屈なんだよ、やる事がねぇんだよ。チクショー……」

 

 『ヒマだヒマだ超ヒマだ~』とでも言いたげな表情でカウンターの上に寝転がっている、三毛猫のような外見をした魔獣型のデジモンは、退屈を訴えるように独り言を呟いていた。

 

 現在、この建物の中には彼以外の姿は無い。

 

 留守番を任されている彼以外のメンバーが、この日も依頼を受注して活動を開始している所だからだ。

 

「そりゃあ最近は物騒な噂っつ~か、実際に野生のデジモンは荒れてっしなぁ。外に出ても力の無い奴は死ぬ確立の方が(たけ)ぇし、リーダーの判断も間違っちゃあいねぇと思うけどよ……雑用係ぐらいはスカウトした方がいいんじゃねぇかなぁ?」

 

 一人で言ってて空しくなるが、持ち場を離れるわけにもいかない。

 

 誰かが尋ねてくる可能性がある以上は、退屈だろうが待っていなければならない。

 

「……ったく、何かヒマを潰せる物を今度作ってみたほうがいいのかねぇ」

 

 ふと彼は建物の入り口から見える町の風景に顔を向ける。

 

 町に住んでいるデジモンが雑談をしてたり、道を真っ直ぐに歩いているのが見える。

 

 彼は思う。

 

(ほのぼのしてて平和だねえ。よく『大昔は戦争があった』だとか『世界が滅亡しかけた』とか、そういう出来事が過去にあったと言われてっけど、こういうのを見てると実際はどうなのか疑いたくなる)

 

 この世界(デジタルワールド)には様々な言い伝えがあるが、その目で見て確かめない限り真実なのか偽りなのかを理解する事は出来ない。

 

 大袈裟(おおげさ)に解釈された作り話の可能性もあれば、実際に起きた事実の可能性だってある。

 

(……ま、昔がどうあれ……今は平和なんだ。深く考える必要はねぇな)

 

 彼は内心で呟いてから眠そうに欠伸を出すと、一度頭を掻いてから起き上がる。

 

(……にしても暇だな。いっその事サボって、魚釣りにでも出かけるか?)

 

 そんな、後で絶対に怒られそうな事を考えている時だった。

 

「……ん」

 

 入り口の向こう側から、三匹の成長期と思われるデジモンの姿が見えたのだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ユウキはエレキモンに連れられて、とある建物の入り口前に到着した。

 

「これが『ギルド』の拠点なのか……思ってたのとちょっと違うな」

 

「何を想像していたのかは知らねぇけど、その通りだ。でかい建物だろ?」

 

「……まぁ、確かに『ここに来てから見た』建物の中では、かなり大きい方だな」

 

 そこは人間界で見てきたゲームやアニメに出てくる『集会所』を思わせる様々な内装があり、入り口には何処かで見た事があるような、(しずく)の中に二重の丸が書かれた紋章のような物が彫られた看板が飾られていて、やはり木造で作られていた建物だった。

 

 エレキモンやベアモンにとってはこの大きさでも『でかい建物』の判定に含まれるらしいが、人間界に存在するビルやマンションを知っているユウキからすれば、この程度の大きさの建物はそこまで大きな物に感じられなかった。

 

(この二人に『都市』の風景を見せたら、どんな顔をするんだろうな)

 

 先導して中に入ったエレキモンに続く形で、ベアモンの補助をしながらユウキは建物の中に入る。

 

 最初に目に入ったのは三毛猫のような外見をした獣型と思われるデジモンの姿だった。

 

「いらっしゃい。依頼は現在受けられる奴が居ないが、まぁゆっくりしていけ」

 

 そのデジモンはカウンターの上に体を横に倒した状態で、ユウキを含めた三人に対して言葉を放っている。

 

 体勢や口調などから、人間の世界ではよく見る40台ほどの年齢の男性を思い浮かべるユウキだったが、ベアモンからすれば特に気にする事が無いらしく。

 

「ミケモン久しぶり~」

 

「おう久しぶり……その右腕大丈夫か?」

 

「ちょっと色々あってね。治療したおかげで大丈夫だから気にしないで」

 

 ベアモンとエレキモンの知り合いの一人と思われるデジモン――ミケモンはベアモンの右肩に巻かれた包帯を見て一瞬目を細めたが、無事を確認すると『そっか。完治するまでは無理すんなよ』とだけ言っていた。

 

「アンタは相変わらず暇してるんだなぁ。朝とかは結構忙しいんだと思うけど」

 

「特に重要な物があるってワケじゃないと思うが、留守番係は必要だろ? チビ共にこういう役回りの奴の苦労は分からんだろうさ。あと少しで依頼に向かった連中が2チームぐらいは帰ってくると思うけどな」

 

 どうやらこのミケモンは、この『ギルド』で留守番係をしているデジモンらしい。

 

(『あのデジモン』に似てると思ったらミケモンだったか。記憶が正しければ頭が良くて、もの静かで大人しいデジモンだったような気がするけど……見ただけじゃとてもそうは見えないな。あんな体勢でさっきから寝転がってるし……)

 

「おいそこの赤色。初対面の相手に対して挨拶も無しか? 別に構わないけど」

 

 ユウキが内心で呟いていると、ミケモンは指差ししながら声を掛けて来る。

 

 言われてまだ一言も喋っていない事に気付いたユウキは、とりあえず怪しまれないように挨拶と自己紹介を行う事にした。

 

「俺の種族名はギルモン。色々と複雑な事情があって、今はそこのベアモンの家に居候させてもらってる」

 

「ふ~ん。その『複雑な事情』ってのが気になるけど、聞くだけ無駄だろうしいいか」

 

 そう言ってミケモンは体を起き上がらせて、グローブのような物がついている右手で頭を掻きながら自己紹介をする。

 

「オイラの種族名はミケモン。個体名(コードネーム)はレッサーだ。得意分野は情報収集と睡眠。よろしくな」

 

(得意分野が前者はともかく睡眠って……何?)

 

 互いに自己紹介を終えると、次に口を開いたのはミケモンだった。

 

「で。お前等は何でここに来たんだ? 依頼をしに来たようには見えんけど」

 

 その質問に対して、エレキモンは回りくどい言い方もせずに返答する。

 

「いや、ようやく『チーム』に最低限必要な頭の数が揃ったからな。そこのギルモンにこの建物の見学と、ベアモンのケガが治ったら俺等で試験を受けたいんだけど、良いか?」

 

「……なるほどな。分かった、リーダーには伝えておく」

 

 ミケモンはそう言うとベアモン、エレキモン、ユウキことギルモンの三体をそれぞれ見て。

 

「それにしても、中々面白いチームになりそうだな。こりゃあ楽しみだ」

 

 その後、ユウキはギルドの内装に一通り目を通してから、同行者二人と一緒に建物の外に出た。

 

 見学と言う目的が達成できた以上、いつまでもあの建物の中に居る必要は無いからだ。

 

 建物を出たユウキが次に成すべき事は、自分自身とベアモンに対する食料の確保。

 

 そして、その前にベアモンを家に送る事だ。

 

(……問題は山積みだな)

 

 ユウキはそう内心で呟いていたが、不思議とそこまで嫌な気持ちにはならなかったのだとか。

 

 空が夜の闇に包まれるまで、まだ時間は残っている。




 本日のNG。

「それにしても、中々面白いチームになりそうだな。こりゃあ楽しみだ」

「あと二人、黄色と青色のデジモンが加われば戦隊みたいになるね!!」

「その場合、主人公格であるレッドは誰がやるんだ?」

「どう考えても実力的に俺だろ。トカゲは引っ込んでな」

「ハッ!! 知ってるか? 俺の種族はとある物語じゃあ主人公格のデジモンなんだ。お前とは扱いの差ってのが明確に出ているんだよ!!」

「じゃあお前『ぎるるる~♪』とか『わ~いわ~いぎるもんぱ~ん!!』とか可愛らしく言ってみろ」

「なん……だと……ッ!?」

 エレキモンの台詞の意図を理解したユウキには、そんな事を言って自分の世界(キャラ的な意味)を壊す勇気は無かったらしい。

 NGその4「たった一つのネタのために自分のキャラを崩壊させる勇気はあるか?」


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電子世界にて――『食生活は計画的に』

 

 『ギルド』の見学を負え、怪我をしているベアモンを彼自身の家まで送ってから、およそ一時間と半が過ぎた。

 

 元人間のデジモンことギルモンのユウキは、あまり体を激しく動かす事が出来ない(と思われる)ベアモンと、何よりこの日の朝から何も口にしていない自分自身の食料を調達するために、先日自分が発見された海岸へエレキモンと共にやって来ていた。

 

 人間の世界と違い、何所かに時計が置いているわけでも無いので、現在の詳しい時刻は分からない。

 

 だが太陽が徐々に落ちはじめている所を見るに、夕方になるまでの時間はそこまで残っていないようだ。

 

 エレキモンから釣りのやり方をある程度聞いた後、早速ベアモンから許可を得て貸して貰った釣り竿を使い、魚が当たるのを長々とユウキは待っていた……のだが。

 

 岩肌の上に立ち、ルアーの付いた糸を海の中へ投下してから、早十分。

 

「………………」

 

 魚が一向に喰い付いて来ない。

 

 彼自身、人間だった頃は近くに海が無い地域に住んでいたため、そもそも『釣りをする』と言う行為そのものが初体験ではある。

 

 スーパーやコンビニでお金を使い、購入する事でしか食料を入手した事の無い人間が、いざ食料を自分で入手しようとすると、こうも旨くいかないものなのだろうか……と、元人間のデジモンは思う。

 

 冷静に考えれば十分しか経っていないが、夜になるまでに食料を確保して町に戻りたいユウキにとっては、一分すら惜しい時間と感じられてしまう。

 

 ふと砂浜の方に居るエレキモンの方に顔を向けると、何やら前足を使って砂を除けているのが見えた。

 

 その行動の意図を理解しようとはしないまま、ユウキは小さくため息を吐く。

 

(……食料を確保するだけで、こんなに手間をかける事になるなんてな……)

 

 思えば。

 

 ユウキは、これまで自分で直接食料を確保した事が無かった。

 

 現在社会では基本的に、食料はスーパーマーケットやコンビニなどで『お金を使えば簡単に手に入る』と認識をしている人間が多い。

 

 それ等の人間は漁師として海に出ているわけでも、農業を行って汗水を垂らしているわけでも無いからだ。

 

 ユウキもその一人であり、このような状況に遭遇しなければ考えもしなかったかもしれない。

 

 そもそも食料を『直接』確保する側の存在が無ければ、例え硬貨を持っていても食料を『間接的』に確保している側は食にありつけない可能性があるという事を。

 

(……こういう時になって、漁師さんとかに感謝する事になるとは思わなかったな)

 

 この世界で生きていくためには力だけで無く、生き抜くための知識も当然必要だ。

 

 人間で言う『社会』で生きるための能力は、デジモン達の生きる『野生』では殆ど役に立たない。

 

 それ等の事項を再度確認しようとするが、具体的にどうするのかはまだ決まらないし分からない。

 

(……まるで受験勉強みたいだな。違う所は、落選(イコール)死亡って事だが)

 

 自分の目的を叶えるために必要な能力は、たった一人で手に入れるには、あまりに多すぎる。

 

(……けど)

 

 今は一人では無い。

 

 自分よりも強いデジモンが二人、味方になってくれている。

 

 不安は拭い切れないが、それでも希望は見え始めている。

 

(大丈夫だろ。きっと……)

 

 そんな事を考えていると、両手で掴んでいる釣り竿が、ようやく(しな)り始めた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「……おっ、帰って来たかぁ?」

 

 所属している組織の拠点である建物の中で寝転がっていたミケモンは、外部から聞こえる音に耳を傾けながらそう呟いた。

 

 わざわざ体を起こして確認しに向かうまでも無いまま、建物の入り口から三体のデジモンが入って来た。

 

「……帰還した」

 

 一体は緑色の体毛に子ザルのような外見をしており、背中に自分の体ほどはあるであろう大きなYの字のパチンコを背負った獣型デジモン――コエモン。

 

「ういーっす」

 

 一体は鋭く長い爪を生やした前足を持ち、尻尾に三つのベルトを締めており、外見はウサギに似ているようで似ていない、二足歩行が出来る哺乳類型デジモン――ガジモン。

 

「ただいまもどりました~!!」

 

 一体は二本の触覚を頭から生やした黄緑色の幼虫のような姿をしている幼虫型デジモン――ワームモンだ。

 

 彼等の姿を見たミケモンは、最初に一言。

 

「チーム『フリーウォーク』……近隣の町までご苦労さん」

 

「マジで疲れたわ。というか、別に目的地までの距離に文句はねぇんだが……」

 

「……近隣とは言え、行きと帰りに数時間は掛かる。その上、道中に野生のデジモンにも襲われるのだから疲れないはずが無い」

 

「だけど無事に依頼は達成してきました~」

 

「ま、お前等の顔を見ていりゃ分かるさ。報酬も貰ってるのが列記とした証拠になってるし」

 

 そう言うミケモンの視線は、コエモンが右手に持っている布の袋に向けられている。

 

 彼等のチームが依頼を無事完遂した事を確認したミケモンは、続けて言う。

 

「今日は時間も押してきてるし、お前等は先に引き上げていいぞ」

 

 言われて最初に反応したのは、彼等の中ではリーダー格と思われるガジモン。

 

「アンタはどうするんだ? やっぱり留守番か?」

 

「やっぱりなんて言うな。他にも帰ってくるチームが居るんだし、何よりリーダーが帰って来ないと留守番を辞められない。勝手にサボったら説教食らいそうだしな」

 

 もっともそうな理由を述べると、今度はコエモンが冷静な声で言う。

 

「……いつも退屈そうに寝ている事は、説教されないのか……?」

 

「別に寝ていたりしねぇよ。ただ横になって、適当にボケ~っとしてるだけだ」

 

 それを聞いたワームモンは、あからさまに怪訝な視線を向けながら聞く。

 

「それって要するに寝ているんじゃ……」

 

「だから寝てねぇって言ってんだろ。そんなに言うならお前等が留守番係やれよ。俺だって外に出て開放感に浸りてぇんだけど、リーダーの指示なんだから逆らうワケにもいかねぇんだ。そりゃあ時折(ときおり)意識(いしき)が遠のいて色んなものを見るけどよ」

 

「……それを普通は『寝ている』と言うのではないか?」

 

 コエモンの言葉を聞いたミケモンは一瞬固まったように無言になり、そこからすぐに言葉を返そうとしたが。

 

「……ね、寝てねぇよ!!」

 

 結局、三体の子供(ガキ)に苦笑いされるミケモンだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 やがて時間は静かに経ってゆき、空はオレンジ色に彩られた夕焼けに変わる。

 

「……つ、疲れた……そんなに動いていたわけでもないのに、マジで疲れた……」

 

「お前、忍耐力無いなぁ」

 

 ギルモンのユウキは、一応この世界(デジタルワールド)での暮らしの先輩であるエレキモンと共に、食料となる海鮮類が詰め込まれたバケツを二つ持って発芽の町に戻って来た。

 

 ユウキが右手で持っているバケツの中には、初釣りで手に入れた魚が両手の指の数を少し超える程度の数だけあって、左手に持っているバケツにはアサリやハマグリといった貝類が多く入っている。

 

 当然前者はユウキが確保したもので、後者はエレキモンが集めたものだ。

 

「砂浜の所で手を動かしてて何をしてるかと思ってたら、潮干狩りだったのなアレ……てか、貝ってそんなにお腹が膨れるイメージが無いんだけど……」

 

「ま、俺の方はそれなりに食料が余っているし、たまには趣向を変えてな。」

 

「……大体、お前が持って来てたはずのバケツを、何で俺が持つハメになってるのかが理解出来ないんだが」

 

「だって俺、今日は戦闘とか色々あって結構疲れてるし~? あと、お前の方がこういう事には向いていると思った。それだけ」

 

「まぁ、別にいいけどさ……朝から何も食べていないから、腹と背中がくっ付きそうなんだよ」

 

「良かったじゃねぇか。()せれば素早くなれるぜ?」

 

「うん、その言葉から一切喜べる要素を感じないのは何でなんだろうな」

 

 そんな他人からはどうでもいい会話を交わしながら、ユウキとエレキモンはベアモンの家に到着した。

 

(……また暗号を残してどっかに行ってるなんてオチは無いよな?)

 

 嫌な未来図(ビジョン)を想像しながらも中に入る。

 

 幸いにもベアモンは安静を心がけていたらしく、ぐっすりと眠っていた。

 

(……俺、この世界に来てから色んな事に対して不安を浮かべてる気がするなぁ)

 

 内心でそう呟くユウキに対して、エレキモンは一度ベアモンの寝顔を確認してから声をかける。

 

「時間も時間だし、このまま寝かしとく方がいいだろうな。魚を必要な分だけ食って、残りはそいつの分として残しとこうぜ」

 

「……あ、あぁ」

 

 エレキモンの提案に同意したユウキはバケツの中から三匹の魚を掴み、目をつぶった状態でそれらを丸ごと一気に口の中へと放り込んだ。

 

 口の中で何度も嚙み続け、食欲を失いそうな絵図が頭に浮かぶ前に飲み込む。

 

 魚の苦味と旨味が舌に伝わる中で、ユウキは思った。

 

(……これ、昨日は特に考える余裕が無かったから思いもしなかったけど、口の中が血塗れになってないか……?)

 

 何せ、何の調理も行っていない魚を食しているのだ。

 

 火で内部までしっかり焼いた物ならそのような事は無いが、一度想像してしまうと生々しさから吐き気を感じてしまう。

 

 だが、この世界で生きる以上は、生物(なまもの)を食べる事を何度も容認する必要がある。

 

 少しでもこの気分の悪さを解消するためには、最低でも人間が食べる料理に近い形に調理出来るようになるか、野菜や果物などを主食にする以外に無い。

 

 そうなると、一番に思い浮かぶ調理方法は『火で(あぶ)る』事だろう。

 

 ユウキ自身何度も考えた事だが、改めて確信した。

 

 

 

 自身が成っている種族(ギルモン)の『必殺技』をモノにする必要がある、と。

 

 

 

「……おい、食い終わったのなら、ちょっと来てもらいたいんだけど、いいか?」

 

 そんな事を考えていると、横からエレキモンに話しかけられた。

 

 特に何も言わずに首だけ縦に振ると、エレキモンはベアモンの家から外へと向かい出す。

 

 もう一度だけベアモンの様子を確認した後に、ユウキはそれに付いて行くために家を後にした。

 

 空は、あと数時間ほどで夜の闇に包まれる。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ギルドの建物内。

 

 留守番係を任されているミケモンにも、時間の関係からか眠気を徐々に感じるようになっていた。

 

「……ふぁ~、ねみぃ」

 

 チーム『フリーウォーク』との会話の後から今に至るまでの間、依頼を達成したチームは次々と帰還している。

 

 しかし、まだ組織(ギルド)を治めているリーダーは帰って来ていない。

 

「……ったく、他のチームが受けきれていない依頼を()()行うためとはいえ、時間を掛け過ぎだっての」

 

 リーダーであるデジモンの強さはミケモンもよく知っている。

 

 決して短くはない付き合いなのだから当然だが、待たされている側の気持ちを少しは考えて欲しい、とミケモンは思いながら呟いた。

 

 空はもうすぐ夜になる。

 

 そうなると視界が悪くなり、夜行性のデジモンが出没するようになるため、決して安全では無くなる。

 

 それでもミケモンは心配しない。

 

「……ふわぁ~……あぁ、眠い」

 

 だが、やはりずっと動いていない状態だと眠気は容赦無く襲ってくる。

 

 夢と言う名の安らぎに意識が沈んでいく。

 

(どうせ帰ってくるまではやる事も無いんだし、いっそこのまま眠っていようかね)

 

 そう考えたミケモンは、睡魔に抵抗せずに瞳を閉じる。

 

 よほど疲れていたのか、退屈だったのか、数秒ともしない内に喉の奥から(いびき)が聞こえ出した。

 

 

 

 

 

 それから時間は更に経ち、空が夜の闇に包まれ出した頃。

 

 『ギルド』の拠点である建物の中に、とあるデジモンが入って来た。

 

 その姿は、暗闇に包まれている所為でよく分からない。

 

「………………」

 

 そのデジモンは眠っているミケモンを見るとため息を吐き、静かに右手を額に当てながら内心で呟く。

 

(……退屈なのは分かるが、重要な仕事なのだから真面目にやってもらいたいものなのだがな)

 

 やがて左手に持っていた複数の布袋をカウンターの上に乗せると、そのデジモンは建物の外に出る。

 

 体に月の光が当たり、姿が明らかになる。

 

 その姿は獅子(ライオン)と人間を掛け合わせたような獣人の姿をしていて、腰元には何らかの刃物を収納するための(さや)(たずさ)えられており、下半身には黒いジーンズが穿かれている。

 

 彼は(たてがみ)を夜風に靡かせながら、静かに、受けた依頼で向かった場所の事を思い出しながら、誰にも宛てていない言葉を内心で呟く。

 

(……この『平和』は、あとどのぐらい続いてくれるのだろうな……)

 




本日のNG。

 真夜中の発芽の町で、刀を携えた獣人型のデジモンが夜空を眺めながら、ふと何かを思い出したように呟いた。







「……何故、私の種族は『あるくしぼうふらぐ』などと呼ばれるのだろう?」

 答えは誰にも、多分誰にも分からないッ!!

 NGその5「俺、この戦いが終わったら(以下略)」


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電子世界にて――『ちょっとした恩返し』

二週間近く更新が滞っていましたが、ようやく更新です。




 どんな生物でも肌寒さを感じ始める夜中の町の路上にて、ユウキは先導するエレキモンに着いて行く形で歩いていた。

 

 朝や昼の時には活気を感じられていた街道からはデジモンの姿がほとんど薄まっていて、人間の世界では嫌というほど聞こえていた車の走行音の代わりに元人間(ユウキ)の耳に(ささや)くのは、空気の動きを意味する冷たい風の音。

 

 夜中が静かであるという点に関して言えば、人間の世界もデジモンが生きる世界も大して変わらないだろう。

 

 違う点があるとするなら、その『夜』の間から活発になる生き物がこの世界には多く存在する事ぐらいだろうか。

 

(……いや、変わらない)

 

 人間にだって、暗闇に姿を覆い隠されている時になって『自分の本性』を(さら)け出す者や、やってはならない事を他者から知られないように狡猾に行う者がいる。

 

 その中の一人には、ユウキを襲って来た人物も含まれている。

 

 今になって思えば、あの時は空もすっかり暗くなっていて、辺りには不自然なほどに人が居なかった。

 

 そんな状況だったからでこそ、何らかの『目的』を果たすために襲って来たのかもしれない。

 

 結局、あの男は何者だったのだろう。

 

 皮膚から伝わる異常な冷たさもそうだが、あの男の(すそ)から出た包帯も明らかに非現実的な要素の一つだった。

 

(……あれじゃあ、まるで……いや、でも、現実の世界でそんな事……)

 

 そこまで考えた所で、ユウキは思った。

 

 自分が行方不明になっている事は、現実の世界でどう報じられているのだろうか。

 

 家族は心配しているのだろうか。

 

 家族を含めた自分の関係者は皆、自分のような目に遭わずにいられているのだろうか。

 

 こうしている間にもひょっとしたら、自分と同じように行方不明になる人間は、日々増えてしまっているのだろうか。

 

 実際に人間の世界から行方不明になってしまった以上、そんな事を考えてもどうにもならない事はユウキ自身も理解している。

 

 だが、考えずには居られず、どうしても心配してしまう。

 

 そんなユウキの表情をチラっと見たエレキモンだが、その表情は心配してくれているというより『やれやれ……また考え事かよ』とでも言いたそうな、つまんなさそうな顔だ。

 

 そんなこんなで、夜中ということもあって特に会話も無いまま到着した場所は、子供が自由に遊ぶ事を目的とした平地の広がる公園だった。

 

 夜遊びをしているデジモンは見えないようだが、ユウキはまだエレキモンにこの場所に連れて来られた理由を聞いていない。

 

 到着した所でユウキが理由を聞こうとして、それよりも先にエレキモンが口を開いた。

 

「ここなら俺の家にも近いし、他の奴らの事を気にする事も無く話が出来るってわけだ」

 

「そんな事だろうとは薄々思ってたよ。何を話すんだ? わざわざこんな場所に来ないと話せない事なのか?」

 

「まぁ、少なくともベアモンの近くじゃ言えない事ではあるかもな」

 

 言ってから、エレキモンは続けて言葉を紡ぐ。

 

「お前、アイツ……ベアモンの事をどう思う?」

 

「え?」

 

 予想外な質問の内容に、思わず呆けた声を漏らしてしまったユウキだったが、考えるように『ん~……』と喉の奥から音を鳴らした後、回答した。

 

「まぁ……凄く優しい奴だって印象を受けたな。自分の危険も顧みずに俺の事を保護してくれたし、原因の内に俺の存在がある怪我に関しても咎める所か『あんな事』を言うんだし……ここに来てから会った中でも、一番信用が出来る奴だと思っている、かな」

 

 もっとも、昼の時に言ってた食料に関しての件でのセリフを除いてな、とユウキは言葉を付け加える。

 

 それらの言葉を聞き終えたエレキモンは、何かを言いずらそうにしばらく口を噤んでいたが、やがて一度溜め息を吐くと共に口を開く。

 

「ん~、まぁ俺も大体そう思うけど……俺から言わせてもらうと、今回のお前の足手まといっぷりは正直ブチ切れそうになった」

 

「……だろうな」

 

「アイツはお前の事を許してるみたいだが、俺はそんなに甘くない。結果的にお前が進化した事によって助かったが、俺は一言お前に言っておきたい事があったんだ」

 

 エレキモンは一呼吸を入れ、これから共に活動する事になるユウキに対して怒気を放ちながら、言う。

 

「……もしもお前が原因でベアモンが死んだら、その時はお前の事を殺すつもりでいるからな」

 

 仕方無い、とユウキは思う。

 

 実際、自分が原因でベアモンは死にかけたのだから、その友達と思われるエレキモンから、このような事を言われる事ぐらいは覚悟していた。

 

 むしろ、ベアモンの反応が普通に考えてもおかしいはずなのだ。

 

「………………」

 

 ただ、怖かった。

 

 ユウキがあの時動けなかった理由は、たったそれだけの事。

 

 故に言い訳などせずに、正直にユウキは頭を下げてから言う。

 

「……ごめん」

 

「本当に死んでいたら、謝って済むような問題じゃなかった。だから二度と……足を引っ張るんじゃねぇぞ」

 

「……ああ」

 

 今は、自分が弱かった所為で発生した出来事と結果を、成長するための糧にするしか無い。

 

 そう考えて受け止めるしか、今のユウキには方法が思いつけなかった。

 

(……人間は失敗して成長するって言うけど、その失敗を成功に繋げられないと意味がねぇ……)

 

 この『経験』は絶対に無駄にしない、とユウキは心の中だけで呟く。

 

 もしこれからも同じ事を繰り返してしまうのなら、結局目的を叶える過程で『敵』と遭遇にした時に何も出来ないのだから。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 話を終え、エレキモンと別れたユウキはベアモンの家に戻って来た。

 

 たった一日寝た程度の、愛着と呼べるような物も無い場所で、マンション住まいだったユウキにとっては良いと言える環境では無いが、今のユウキにとっては貴重な安全に眠れる場所であるため文句は無い。

 

 家の持ち主のベアモンの姿は、毛皮の色と暗闇で完全には見えないが、微かに寝息が聞こえるため眠っているのは間違いないようだ。

 

 それを確認したユウキは、あまり物音を立てないように注意を払いつつ、自然の産物を使って作られた寝床(ベッド)に体を預け、そのまま目を閉じる。

 

(……今日は、たった一日の出来事なのに、何だか凄く長いものに感じたな……)

 

 思えば一日の間に様々な事をした。

 

 起きてすぐに町を治めている長老と出会い、そこから戻って来ると家の主が居なくなっていて、それを探すために森の中へ足を踏み入れていたら怪物に襲われて、途中で意識が吹き飛んで、次に目を覚ましたら全く知らない場所で眠っていた事に気がついて、その後はベアモンやエレキモンと共に『チーム』を作る事になって――――とにかく色々な出来事が、たった一日の間に発生している。

 

(……九死に一生とはこの事か。ホント、これからは安心出来る時間が短くなるな)

 

 心の中でそう呟きながら、意識を夢の中に落とそうとした時だった。

 

「……んぅ……?」

 

 ベアモンに対して背を向けるように眠っていた所為で尻尾が当たったからのか、それとも気配を感じ取ったからなのか、言葉になっていない声を漏らしながらベアモンが目を覚ました。

 

「……ユウキ?」

 

「ごめん、起こしちゃったか?」

 

「いいよ別に。家に戻ってからほとんど寝ていたし、嫌な気分にもなってないから」

 

「……それは良かった。魚も一応ベアモンの分……用意しといた」

 

 暗闇と視界がハッキリしていない状態のまま、ユウキはバケツを置いていたはずの場所を適当に指差しながら、そう言った。

 

 ベアモンはそれを聞くと笑みを浮かべ、嬉しそうに小声で(ささや)く。

 

「ありがとう。これで貸し借りは無しだね」

 

「……ああ。()()()()()()()

 

「……命の方は、君が進化して助けてくれたんだし、既に借りは返されてると思うんだけど」

 

「自分の意志でやらないと、まるで他人に返してもらったような感覚になって嫌なんだよ」

 

 この部分だけは譲れないと言わんばかりにユウキは言う。

 

 対するベアモンの方からは、まるで小馬鹿にするような口調の言葉が返ってくる。

 

「意地っ張りだねぇ……その気合いは、もっと別の所に向けた方がいいと思うんだけどなぁ」

 

「む、じゃあどんな所に向けるべきなのか、言ってみてくれよ」

 

「それぐらいは自分で考えてほしいんだけど……まぁ、どうしても借りを返した気分になりたいのならさ……」

 

 ベアモンは案を言おうとして一度、何を言おうか迷ったように無言になる。

 

 何を言おうとしていたのか気になったユウキが、質問をするために口を開こうとした所で、やっとベアモンの方から一つの案が出た。

 

「……よし。じゃあ一回だけ、僕の言う事を()()()()聞いてくれる?」

 

「……ん? ごめん、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれ」

 

「だから、一回だけ僕の言う事を()()()()聞いてくれる? って言ったんだけど」

 

 思わず聞き返したユウキだったが、どうやら聞き間違いというワケでは無いらしい。

 

 今度はユウキの方が無言になり、考え始めた。

 

 このベアモンの性格から考えて、流石に『その場に土下座しろ』的な事や『お前の小遣い寄越せ』的な事といった危険な要求をする事は、無いと見ていいだろう。

 

 だが、言葉の一番最初に付いた『何でも』と言うキーワードがやけに引っかかる。

 

(……いや、別に大丈夫だろ。それに命を助けてくれたんだし、こんぐらいやってあげないとな……)

 

 そんな、無駄に空回りしているような正義感(プライド)を抱きつつ、ユウキは静かに答える。

 

「……分かった。その条件で頼む」

 

「……え? ホントにいいの?」

 

「あぁ。命を助けられたんだし、そのぐらいはな」

 

「……そっかぁ」

 

 ユウキは、ベアモンと背中合わせに寝転がっている所為で気付いていない。

 

 自分の発言を聞いたベアモンの表情が、まるで悪戯(いたずら)を思いついた子供のように、小悪魔的な笑みを浮かべている事を。

 

 そして、後々起こり得る出来事を想像する事も無く、ユウキはベアモンに対して、小さな声で気になっていた事の一つを聞く。

 

「……ところでベアモン。暗くて確認出来ないけど、怪我は大丈夫なのか……?」

 

 記憶に新しい、本来ならユウキが野生のフライモンから受けるはずだった大きな刺し傷。

 

 もしあの時、ベアモンが体を張って助けてくれなければこの刺し傷だけでは無く、毒によって体を蝕まれて命は無かっただろう、とユウキは実感している。

 

 当時その傷から漏れていた鮮血も生々しく、現実の物と受け取れる物だった。

 

(……あれが、戦いなんだよな……俺が想像していた物なんかより、ずっと恐ろしかった……)

 

 だが、その一方で。

 

「あぁ、それなら大丈夫。パルモンが作った薬のおかげで毒は消えてるし、明日になれば()()()()()()()

 

「……は?」

 

 恐らく、普通の人間よりも危険な目に遭って来た回数は多いであろう(と元人間は推測している)ベアモンからは、まるで怪我の痛みや辛さを感じさせない声調で返事が返ってきた。

 

 流石にそれは強がりだろうと思い、ユウキは追求する。

 

「い、いや、流石にあれほどの刺し傷を受けたら、治るまでにかなり時間もかかるんじゃないのか……?」

 

「まぁ僕自身でも理由は知らないんだけど、僕は()()()()()()()エレキモン達と比べても自然回復力が高いんだよね。だから、このぐらいの傷ならそれなりの時間眠っていれば修復しちゃうんだ」

 

「…………」

 

 思わず言葉を失った。

 

 この世界を生きるデジモン達が、成長期の時点でも人間(一部を除いて)よりもかなり高い能力を持つ事は知っている。

 

 免疫力や回復力も、確かに人間よりも高いのなら治りも速くて当然かもしれない。

 

 だが。

 

(いくら何でも、夕方直前の時間から明日になるまで眠っているだけで、あれほどの怪我が完全に治るなんて……それは流石におかしいんじゃないか!?)

 

 ひょっとしたらあのパルモンが作って飲ませていたらしい薬の中に、デジモンが受けた傷を癒す効果でも含まれていたのかもしれない。

 

 そう考える事も出来たのかもしれないが、まだこの世界(デジタルワールド)に順応出来ていないユウキには、その考えを頭の中に浮かべる事も出来なかった。

 

(……デジモンってすげぇんだな。今一度、それを再確認した気がする)

 

「ねぇ、何を無言になってるのさ。何も言う事が無いのなら、もう寝た方がいいと思うよ?」

 

「……あ、あぁ」

 

 デジタルワールドに来てからの生活の二日目は、間も無く眠りと共に終了する。

 

 だがそれは、あくまでも二日目。

 

 これから始まる三日目に何が起きるか、予想する事も想像する事も出来ない。

 

 だが、優先すべき事柄(ことがら)は定まったし、少なくとも一日前よりも状況は良い方向へと進んでいる。

 

 それだけは、確実に想像する事が出来た。




 本日のNG


「……分かった。その条件で頼む」

「……え? ホントにいいの?」

「あぁ。命を助けられたんだし、そのぐらいはな」

「……そっかぁ。じゃあもう使うけど……『百回僕の言う事を聞いて』!!」

「その発想はあったけど無かった……ッ!!」



 NGその6「ん? 今なんでもするって言ったよね?」


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電子世界にて――『浮かぶ疑念と実力の差』

大晦日とか正月に間に合わせようとしていたのに、ポケモンYで国際孵化なんてやってた結果がこれだよ!!

※ 色違いヒトカゲ H・A・B・S V おくびょう が無事に生まれたので無駄にはなりませんでしたが。黒いリザードンカッコいい。

そして、遅くなりましたが。

明けまして、おめデジとうございます!! (この挨拶流行らないかなぁ)

今年も『デジモンに成った人間の物語』の連載を頑張っていくつもりです。

では、新年最初の話は、デジタルワールド転移から三日目の朝から。


 

 

 

 

(……かなり早く目が覚めちゃったなぁ……)

 

 一日前に怪我をしてしまったため、普段よりも早い時間から眠り始めていたベアモンの目覚めの感想は、そういう物であった。

 

 外に見えるはずの日の光が微かにしか無い辺り、時刻は朝食を食べる時間としても少し早い朝らしい。

 

 ベアモンの隣では、現在居候中のギルモンことユウキが眠っている。

 

 よっぽど疲れているのか、試しにベアモンが(ひたい)に触れてみても反応を見せず、起きる気配は全く無い。

 

(……昨日は色々あったし、色々と疲れてたんだろうなぁ……)

 

 彼は昨日、初めて感情のエネルギーによる『進化』という強大な力を使った。

 

 森の中で襲い掛かってきたフライモンをその力で撃退し、その状態のまま自分とエレキモンを助けるために疾走している。

 

 それだけの無茶をやった時の疲労がまだ残っているとするなら、この熟睡っぷりも頷ける。

 

 もしくは、ただ単に安眠に対する欲求が高かったからかもしれないが。

 

(……にしても、進化……かぁ)

 

 ベアモンは静かに体を起こし、最初に右肩に巻いてある包帯を外して怪我の様子を確認した。

 

(……痛みがほんの少し残ってるけど、傷自体はほぼ完全に塞がっている。自分で言うのもなんだけど、こうして見ると不思議だなぁ)

 

 怪我の具合からも、活動に支障が出るレベルの物では無いと判断したベアモンは、部屋の隅っこの方に設置されているあまり本が収納されていない本棚から、一冊の本(借り物)を掴み取る。

 

 その本の表紙には、デジモンの言語で『人間とデジモンの冒険物語』と書かれていた。

 

 自分の読みたい部分のページまで一気に流し、あるページを開いたベアモンは眠っているユウキを起こさないように、口の中だけで静かに呟きだす。

 

(……人間の感情が生み出すエネルギーが、聖なるデバイスを通してパートナーであるデジモンに伝達され、『進化』が発動する、か。この理屈は僕たちデジモンが『感情のエネルギー』によって強くなるって事にも通じているけど、現実では人間や聖なるデバイスが存在していなくても『進化』は発動している)

 

 だけど、とベアモンは一区切りして。

 

(……進化に至るまでの過程は、年月レベルで必要なはず。この物語や他の物語のように『やろうと思えば』出来るほど、簡単じゃない……)

 

 だが実際、一度も戦闘を行っていないはずのユウキは、初めての戦闘で早速進化を行った。

 

 まるで、書物に登場している架空の『主人公(ヒーロー)』達のように、感情のエネルギーだけによって。

 

(……あの慣れていない感じの動きから考えても、ユウキは一度も命賭けの戦いを経験していないはず。だとしたら、やっぱりあの進化は『感情』だけで発生したと考えるべきかな……)

 

 ベアモンは一度、自分が普段から使っている寝床に横になっているユウキの方を見てから、再度書物の方に書かれている絵を見るが、その姿は書物に書いてある『人間』のシルエットとはかけ離れている。

 

 どう見てもデジモンの姿をしているのだから、当然と言えば当然なのだが。

 

(……考え過ぎなのかもしれない。けど、もし本当に、ユウキが人間だったのなら……)

 

 ベアモンの思考に一つの疑問点が浮かぶ。

 

 彼は手に持っている本を本棚へ横倒しになる形で戻すと、今度は別の本を取り出す。

 

(……もしこの書物に書いてある事が真実だとするんなら、人間がこの世界に来てもその姿を大きく変える事は無い。だとするなら……)

 

 もしも本当に、ユウキが人間だったとするなら、彼は人間からデジモンに『成った』のでも『進化』したのでも無く。

 

(……誰かに『変えられた』?)

 

 だが、仮にそうだとするなら、ユウキと言う名の人間をデジモンに変えた目的は何なのだろうか。

 

(ぶっちゃけ、そんな事をする理由が分からないんだよねぇ。そもそも人間の世界があったとして、そこからどうやってこの世界に来る事が出来たんだろ。物語に書いてあるように、聖なるデバイスの力で世界の壁を越えるとかそういう奴じゃないと思うし……)

 

 仮に、ある日突然『この世界とは違う世界から来ました!!』と言われても、実感が沸く事はまず無い。

 

 だがユウキが嘘を吐いている可能性に関しては、まず出会った時の(いじ)りようの無い本気(マジ)な反応を見る限り、無いと考えるべきだろう。

 

 そうベアモンは考えるが、当然ながら答えなど見つかるはずが無い。

 

 やがて、ベアモンは溜め息を吐いた。

 

(……これはユウキの問題だし、僕が興味本位に首を突っ込む事は間違ってるかもしれないよね)

 

 本を閉じ、元の場所に戻す。

 

 気持ちを切り替えるために、一度両手を大きく上げて背伸びをする。

 

 結局の所、今の彼に出来る事、知れる事など(たか)が知れているのだ。

 

 ふとベアモンは、視線を部屋の隅の方へと向ける。

 

(……とりあえず、せっかくだし食べさせてもらおうかな)

 

 部屋の隅に置いてあった一個のバケツの中には、ベアモンもよく食べている魚が数匹分入っていた。

 

 それは現在も眠っている居候が、先日頑張って夕方頃から釣ってくれた物で、その中にはベアモンの好物である種類の魚もある。

 

 ベアモンは眠っているユウキの方へと笑顔を向けた後、バケツの中に手を突っ込んで魚を取り出す。

 

 昨日あまり食べ物を口にする事が出来なかった所為で、朝っぱらからベアモンは空腹だった。

 

 それもあってか、バケツの中に入っていた食料は五分もしない内に全て無くなった。

 

(ふぅ、生き返った気分)

 

 腹を満たし終え、口元に付いた食べかす(赤)を手で拭った後、再び本棚の前に立って一つの本を取り出す。

 

 そしてベアモンは、眠っているユウキが起きるまでの間、静かに黙読を開始する。

 

(……もし仮に、ユウキをデジモンに変えてこの世界に送り込んだ奴が、下らない理由で僕の友達を巻き込み、傷付けたら……その時は)

 

 同時に、一人の運命を歪めた相手に対して、内心で言葉を唱え。

 

 

 

 

 

「……()()()()()()()

 

 誰にも聞こえないほどに小さく冷たい声で、そんな事を呟いていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 時間が経ち、太陽の光が街を明るくさせた頃。

 

 ようやくユウキが目を覚まし、友達であるエレキモンもいつものように家へとやって来た。

 

「なぁベアモン。本当に怪我は大丈夫なのか?」

 

 ベアモンの右肩に、昨日から巻かれていたはずの包帯が無い事に気付いたエレキモンは、率直な質問をぶつけた。

 

 対するベアモンは、世間話でもするかのような声調で返事を返す。

 

「戦闘と日常生活に支障が出る事が無いぐらいには大丈夫。それより昨日、僕考えたんだけどさ……」

 

「何だ? お前が考え事なんて、今日は雨でも降るのか?」

 

 エレキモンがそう言った直後、ベアモンは無言で清々しい笑顔をエレキモンに向け、両拳からポキポキと生々しい音を鳴らさせた。

 

 ベアモンは、エレキモンが弁解の言葉を述べる前に言う。

 

「次余計な事を言ったら、顔面を歪めるよ~? 物理的に」

 

「やめろ!! お前のパンチは冗談抜きでそうなりそうだから!!」

 

 下らない事でリアルファイトに突入するのはエレキモンも嫌なので、ベアモンの注意(脅し文句とも言う)を聞いた直後に謝罪した。

 

(……いやぁ、この二人はホントに仲が良いなぁ……)

 

 ユウキがそんな二人を他人事のように眺めながら欠伸を出すと、ベアモンはひとまず話を進めるために話題を仕切り直しした。

 

「昨日考えたんだけど、やっぱり現状だとユウキは足手まといなんだよね。今の状態で『ギルド』の試験を受けても、失敗しそうな気がするんだ」

 

「まぁ、今更自分が弱い事を否定したりはしないけど。それで?」

 

「一回、ユウキの実力を確かめたいからさ、僕と模擬戦をしてくれないかな?」

 

 ベアモンにそう言われ、ユウキは思わず聞き返す。

 

「いや、あのさ……模擬とは言え、怪我してるデジモンを相手にするのは……」

 

「さっきも言ったけど、もう戦闘や日常生活に支障が出ないぐらいには治ってるんだって。それに、飛び道具を主に使うエレキモンを相手にして、ユウキには自分が『勝てる』と思えるの?」

 

 ベアモンの率直な質問に、ユウキは一度エレキモンの方を見て戦った時の場面を想像したが。

 

「無理」

 

「即答かよ。まぁ俺も、お前に負けるとは微塵に思っていないけど」

 

「それに、僕とユウキの種族は『格闘戦が主体』っていう共通点があるでしょ? だから、僕が相手になった方が、ユウキがどのぐらいの実力を持っているのか分かるし」

 

 それでようやく納得出来たのか、ユウキは『仕方ないか』と一言呟くと、ベアモンに対して返事を返す。

 

「分かった。それじゃあ、その模擬戦は何処でやるんだ?」

 

「……そうだね。とりあえず、街から少しだけ離れた草原にしようか。下手して何かを壊したらマズイし」

 

「だな。平地でなら格闘戦もやりやすいだろうし、誰の邪魔も入らないだろ」

 

「オーケー分かった。別に勝負ってわけじゃないけど、怪我人相手に負けるほど俺は弱くないから覚悟しろよ」

 

 その会話で活動を決め終わり、三人のデジモンは目的の場所に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 そして、十分後。

 

 

 

 

 

 パシッ!!(ベアモンがギルモン(ユウキ)必殺技(ロックブレイカー)(と言う名の空手チョップ)を片手で受け止めた音)

 

 ゴスッ!!(ベアモンがもう片方の手でギルモン(ユウキ)の腹部に拳を捻じ込んだ音)

 

 ドスッ!!(技を受け止めた体制のまま一本背負いで地面に叩き付けた音)

 

 ドグシャァ!!(倒れたユウキに対して拳を振り下ろした音)

 

「ごふっ」

 

「勝負あり、でいいね?」

 

「……お前、身内にも容赦無いねぇ」

 

 ユウキとベアモンの初めての模擬戦(ラウンドワン)は、約十秒の間にベアモンがユウキのマウントを取って終了した。

 

 数分前にご大層な台詞を吐いていたユウキに対して、ベアモンは可哀想な人を見るような目を向けながら言い放つ。

 

「……あのさ、いくら何でもあんな見え見えな攻撃で来るのはどうかと思うんだけど」

 

「いや、確かに今思えばそうだけど!! だからって、冷静にカウンターで腹パンチと一本背負いと追撃の拳をお見舞いするのはどうかと思うんだが!? 背中と腹が凄く痛むし!!」

 

「その痛みを教訓に、今度はもっとマシな攻撃をしてくる事だね」

 

 一方で、倒れたユウキを物語に登場する『やられ役』のキャラを見るような目で眺めていたエレキモンは、こんな事を言った。

 

「……とりあえず、また食料でも調達しにいかねぇか?」

 

 残りの食料が底を尽きているベアモンにも、元々この日の分の食料を持ち合わせていないユウキにも、その言葉に対して異を唱える理由は無かった。

 

 早速ベアモンは街に戻り、釣り竿を取りに行こうとしたが、それを何故かエレキモンが静止させる。

 

「いつも魚とかばっかりだと飽きるし、たまには果実とかを食いに別の所に行かねぇか? 危険じゃなさそうな所に、特訓も兼ねて」

 

「えっ、昨日フライモンに襲われた直後なのに、何でだ?」

 

「流石にあの森には行かねぇよ。また襲われたらたまんねぇし」

 

「じゃあ何処に? 色々と候補はあるけど、食料とか危険性とかを考慮したら……」

 

 記憶にある地域を頭に浮かべ、ベアモンは言う。

 

「山か、湖がある小さな林?」

 

「前者は疲れるけど視界を広く確保出来るし、後者は到着まで時間はかかるけど色んな果実が手に入るな。どっちにするかは、結局まだ決めてないわけだが……」

 

 エレキモンは、そこで一度言葉を区切った。

 

「どうせ三人で行くんだし、多数決で決めないか? 昨日は相手が悪かったってのもあるんだし、少なくとも今回行く場所は両方ともそこまで危険なデジモンが居ない。約一名が足を引っ張らない限り、逃げる事は可能だ」

 

「なるほどね。じゃあ、エレキモンは何処に行きたいの?」

 

「俺は山かな。木に生っている肉リンゴを久しぶりに食いたいし」

 

「僕は林の方で。あっちの方には、オレンジバナナとか超電磁レモンとかがあるし」

 

 見事に意見が分かれ、残るユウキの意見に全てが託される。

 

(多数決ってことは、俺がどちらを選ぶかによってどちらに行くかが変わるのか……)

 

 ユウキにとっては、二人が言っている地域はどちらも未開の地。

 

 二人の視線が、悩むユウキに向けられる。

 

「…………」

 

 ユウキにとっては食料の種類は『食べられる物ならば』なんでも良いため、悩む理由は地域に生息している野生のデジモンの種族だったりする。

 

 どちらも安全は確保されていると言っているが、万が一襲われた時は状況次第で戦う事になるのだろう。

 

 エレキモンもベアモンも、それを既に理解している上で言っている。

 

「……じゃあ、俺は……」

 

 そして迷った末に、ユウキは選択した。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 目的地に向かう途中、ベアモンは少し気になった事をエレキモンに聞いた。

 

「それにしてもエレキモン、何で突然あんな事を言ったの?」

 

「森に行かなくなってから、食事のほとんどが海の食料だろ?」

 

「うん」

 

「海水ごと持ち帰っているから、その所為で家の中が魚とかで生臭い」

 

「……もしかして、それが本音だったりする?」




 新年早々ですが、今回はNGはありません。

 活動報告にてアンケートを設ける予定なので『ヒマだから一票入れてやんよ』的な寛大なお方がいたら、そちらの方にてご協力願います。

 間違っても感想の方でアンケートに答えたりはしませんようにお願いします。

 ……それにしても、第一章が予想以上に長くなってる……

 これ、現状考えてる物語の全体図で考えたら、完結まで100話は普通に超えそうなのですが……

 そして、デジモン小説なのに進化が全く出ない件について。

 出切る限りご都合な要素を無しにするために、自分でそうしている事は分かっているのですが、やはり読者の皆様からすれば退屈な話なのでしょうか。

 もしそうでしたら『すいません』としか言えないです。申し訳無い。

 では、次回の話も頑張って書いていきます。

 感想・質問などなど、いつでもお待ちしております。


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電子世界にて――『水音流るる山道にて』

最近、タイトルが適当気味になっている感じが否めないです。

第一章は間違い無く終盤に差し掛かっているのですが……今月中に終わる気がしない。

ちなみに今回の話には、にじファン時代の話を知っている人にはピンと来る要素が入っています。

そして、珍しく文字数が6000字に到達した話でもあります。




 

 発芽の街を出て、広大な緑色のカーペットが広がる草原を歩き、およそ一時間と半の距離に存在する山。

 

 そこは森林ほど緑に溢れているわけでは無い物の、ごく一般的にある普通の樹木が獣道に幾つか見え、一部の木の根元には熟した果実が落ちていたり、その落ちた果実を確保するために、色んな獣型デジモンが姿を現す事がある場所や、透明で綺麗な水が斜面をなぞるような形で形成された川から、水棲生物型のデジモンがひょっこりと顔を出す場所があり、凶暴な性格を持ったデジモンは居ないと言っても過言では無い場所だ。

 

 ギルモンのユウキとベアモンとエレキモンの三人は、周囲を見渡して食料を探しながら獣道の上を歩いていた。

 

「……エレキモン、本当に見つかるのか? その……肉リンゴって果実」

 

「何回もこの山には来た事があるし、その度に何個か食べた事がある。野生のデジモンによっぽど食い荒らされでもされてない限り、見つからないなんて事は無いと思うぞ」

 

「この辺りの野生のデジモンは、こっちの方から仕掛けない限りは襲ってくる事も無いんだよね。だからユウキ、昨日の件があったから緊張するのは分かるんだけど、警戒心は解いてくれないかな? 逆効果だから」

 

 言われてユウキは、辺りの風景を見渡し確かめてみた。

 

 確かに、道を歩いている間に見た野生のデジモンは皆、敵意や殺意などといった物騒な要素とはかけ離れた印象しか持っていないように見える。

 

 ユウキ自身、自分の視界が捉えているデジモンの姿を見て危険だとは思っていない。

 

「……お前の言う通り、解く事が出来るのなら気も楽なんだろうけどな」

 

 ならば何故、警戒心を強めて余計に安心感を遠ざけているのか。

 

 ユウキ自身、理由が分かっていてもどうしようも無い事だった。

 

(クソッ、今でも頭の中に嫌なイメージだけが浮かびやがる……)

 

「ひょっとしてユウキ、ビビってる?」

 

「……そういうわけじゃないけど」

 

「昨日の一件みたいに突然敵の襲撃に遭うのが怖いから、警戒心を強め、いつ襲撃に遭っても大丈夫なように心構えしてんだろ。まぁ、その考え自体は悪い事じゃないんだがよ……通常の会話でもピリピリしてんのはどうかと思うぞ」

 

 エレキモンにそう言われるが、それでも今のユウキに改善は出来ない。

 

 そして、ユウキが一向に警戒心を解く気が無いように見えたベアモンは、顔を向けて念を押すように言った。

 

「とりあえずユウキ、先に言っておくけど、野生のデジモンと遭遇しても手を出さないでね。一部を除いてこちらから仕掛けない限り、場合によっては襲ってこない確立の方がず~っと高いんだから」

 

「流石に自分から敵を作るような真似はしないって。大体、俺は別にビビってるわけじゃ……」

 

 ユウキがベアモンに対してそう言った直後。

 

 三人が立っている所の近くで、ガサガサッ、と茂みが揺れる音がした。

 

「!!」

 

 それとほぼ同時に、ユウキはボクシングでもするかのように両手を構え出す。

 

 だが、茂みの方からはそんな彼の緊張感をブチ壊しにするかのように、球状の体で犬や猫といった小動物を早期させる姿をした幼年期のデジモン――ワニャモンが通りすがるだけだった。

 

 たったそれだけでユウキの警戒心が恥ずかしさに変換され、ただでさえ紅い顔を更に赤くしてしまう。

 

「……幼、年、期……?」

 

「……ぷっ」

 

「くっ……くくく……!!」

 

「何笑ってんだ殴るぞ」

 

 思わず口から失礼な言葉を吹き出しそうになるベアモンとエレキモンと、全身を恥ずかしさで震わせながら威嚇するユウキ。

 

 何だかんだ言って、無意識に彼等はこの状況を楽しんでいるのかもしれない。

 

 まるで遠足にでも行っているような雰囲気のまま、彼等は目当ての食料を手に入れるために山を上っていく。

 

 日も完全に昇り、周りがよく見える時間の出来事だった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 早朝、発芽の街にある『ギルド』の拠点にて。

 

「……んぁ……朝かぁ?」

 

 この建物で留守番係を担っているミケモンのレッサーが、変な声を漏らしながら目を覚ました。

 

 喉の奥から欠伸を吐き出し、目元に出る涙を拭い、外の明るさから日が変わっている事を理解する。

 

 今の時間、建物の中には静寂のみが存在しているが、数時間程度経った頃にはこの建物に『依頼』を受注させに来る者、受注しに来る者が立ち寄る事になるだろう。

 

 留守番係であるレッサーは、組織の長が居ない時にそういった『依頼』を管理する立場でもある。

 

 彼は客が来るのを待つため、受付用のカウンターの上で体を横に倒した。

 

「おい」

 

 その動作と同時に、後ろから声が掛けられた。

 

 その声が、自分がよく知っている者の声である事を認識した直後、レッサーは倒していた体を起こして声がした方を向く。

 

 そこに居たのは、気高き金色の鬣を持った獣人型デジモン――レオモンだった。

 

 レッサーはその姿を視野に捉え、一度後頭部を右手の爪で掻いてから言う。

 

「……あ、帰って来てたのかリーダー」

 

「ああ……お前が眠っている間にな。随分と退屈そうな顔をしていたな」

 

「そりゃあな。やる事も話し相手も居ない時に、真剣な顔で留守番なんて出来るわけねぇだろ」

 

「……ふむ。まぁ予想通りだったが、仕事はこなしたのだろうな?」

 

「一応」

 

 一言でそう答え、今度はレッサーの方からレオモンに聞く。

 

「それより、リーダーの方はどうだったんだ?」

 

「当然、全て無事に終わっている。だが、ある噂を聞いたな」

 

「何だそりゃ?」

 

 そう聞くレッサーだったが、あまり良い噂では無い事だけはレオモンの表情から察する事は出来ている。

 

 このレオモンは何時(いつ)も真面目そうな表情を浮かべているが、嫌気の刺す話をする時だけは口元が微かに歪むクセがあるからだ。

 

 そしてその予想通り、質問に対する回答はロクな内容では無かった。

 

「レッサー。お前は『木の葉の里』については知っているか?」

 

「『木の葉の里』? 確か、このサーバ大陸で東方に位置する、隠密行動や刀剣の技術に長けたデジモン達を育成している里の事だったっけ? 聞いた話ぐらいしか知らねぇけど……」

 

「ああ。私も昔一度だけ、その里に行った事があってな。」

 

「……で、その里がどうかしたのか? まさか、内乱でも起きたとか?」

 

「その程度なら、ある意味マシだったのかもしれないがな」

 

「?」

 

 レッサーの頭の上に疑問符を浮かぶ。

 

 内乱という大規模な出来事(イベント)が『その程度』と言えるレベルで、更にロクでもない出来事《イベント》があるとすれば、よっぽどの事だろう。

 

 だが、当の発言者であるレオモンは言いづらいのか、口を噤んでしまった。

 

 そんなレオモンに対して、レッサーは『途中で終わらせんなよ』とでも言うような顔で睨みつけると、ようやくレオモンはその重々しい口を開いた。

 

 

 

 

 

「……壊滅した」

 

「……はぁ?」

 

「一夜の内に、あるデジモンの襲撃で里の全体が壊滅。住人のほとんどは命を奪われ、数少ない生き残った者達は散り散りとなって放浪しているらしい。あくまで聞いた話だから確信は持てないが、もし事実ならばとても悲しい事だ……」

 

「ちょっと待て」

 

 思わずレッサーは起き上がり、一度話を止めさせる。

 

 詳しい事情を知ってなくとも、レオモンが言った事はそれだけの衝撃を含んでいた。

 

 だが、同時に単純な疑問点も浮かぶ。

 

「俺はその里に行った事も無いから知らないけど、そこには一つの里を構成するだけの数のデジモンと、その数多いデジモン達を治める長が居たんだろ? この街の長老みたいに、かなり強いデジモンが……」

 

「ああ。私も一度手合わせさせてもらった事がある。カラテンモンと言う種族名のデジモンで、当時の私には一撃を与える事すら出来なかった。故に、この噂が本当とは思えん。あの里には長以外にも、強者の忍者デジモンが数多く居るからな」

 

「忍者って事は、闇の中で活動する事が得意なんだろ? だったら、尚更その噂って変じゃね?」

 

「ああ。だから妙な噂だと言った。どうせちょっとした(ガセ)だとは思うのだが、今思えば『ギルド』を立ち上げてからあの里に向かった事は一度も無くてな。その里へ、いつか遠征に向かおうと思っただけだ」

 

「……要するに、気になってるわけか?」

 

「それもあるが、出来るならあの里とは『連合(ユニオン)』を結びたい。彼等の情報収集能力は、とても頼りになるからな」

 

「なるほどな。じゃあその内、遠征に向かう事になんのか?」

 

「それが可能な物資と、そこに行く気があるデジモンが居ればな」

 

 そこで『噂』に関する話題は、レオモンの方から強引に切った。

 

 真偽の分からない暗い話をしている事に、自分で馬鹿らしく思った故の事だった。

 

 何より、今やるべき事は別にある。

 

「……さて、この話はここで終わりだ。お前には昨日留守番してもらった分、やってもらわないといけない事が山ほどあるのだからな」

 

「えっ、リーダーは?」

 

「今日は私が留守番を担おう。色々と手に入れた資料(じょうほう)を纏めなくてはならんし、お前は……やはり外で活動させた方が良さそうだ」

 

 そう言ってレオモンは、外出時の所得品(しょとくひん)収納用(しゅうのうよう)のリュックサックから、自分で書いた文章を記述している書物を取り出してカウンターの上に乗せる。

 

 同時に、ドサッと重い物を置いた時によく聞く音が聞こえたが、そちらの方には特に意識を向けずにレッサーは聞く。

 

「おっ、じゃあ今日は俺が依頼を受けるのか?」

 

「まだ、こんな時間に依頼は来ていないだろう? 今日はひとまず調査だ。『滝登りの山』に行ってこい」

 

「……あそこって、調査する要素あるか?」

 

「その『調査する要素』は、事前情報が無ければ調査の中で見つける物だろう? いつも通り、些細な事でも怪しいと思ったら報告しろ」

 

「へいへい。分かったよっと……」

 

 そう言ってレッサーはカウンターの上から降り、建物の出口に向かって歩き始める。

 

 そんな時、ふとレッサーは、一度レオモンの方を振り向いてこう言う。

 

「サボんなよ~?」

 

「……お前にだけは言われたく無いのだが?」

 

 溜め息を吐くような調子で、そんな言葉がレオモンから返って来ていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 山を登りだしてから、一時間近くの時間が経った頃。

 

 ベアモン達一行はエレキモンの提案で、少し離れた場所に多くの木々が見え、地面は大量の湿った石で形成された川原にて休憩している所だった。

 

 この場所は仮に襲撃を受けたとしても、身を隠せる木々や茂みから距離が離れているため、姿を現した敵に対して身構える事も、逃げる事も出来る。

 

 故に安心出来る空間のはずなのだが、ユウキだけは複雑そうな表情で川の方を見つめている。

 

 エレキモンが道端で拾った胡桃(くるみ)のような形の木の実を齧っている一方で、ベアモンはそんなユウキの方に近づいて話しかける。

 

「川を見つめてどうしたの? そんなに珍しい物でも無いと思うんだけど」

 

「……あ、いや。人間だった頃にこういうのを直接見た事が無かったからさ、新鮮だって思って……」

 

「ふ~ん……」

 

 ベアモンは意外そうな声を漏らした後、こう言った。

 

「もしかしてユウキって、こういう山に来るのは初めて?」

 

「初めてってわけじゃない。まだ小さかった頃に、ちょっとした遠足(イベント)で言った事はある」

 

「小さかった頃って、幼年期の事?」

 

「デジモンじゃないけど、ある意味で合ってはいる。年齢で言えば、人間だった頃の今の俺は成長期だけど」

 

「じゃあその『小さかった頃』に会ってたら、ユウキの姿は幼年期のデジモンだったのかな?」

 

「……可能性として無くは無いけど」

 

 ユウキがそう言った直後、突然ベアモンは少し何かを考えるような仕草を見せ、ユウキに背を向けた。

 

「……? 何だ、突然黙って……?」

 

 ユウキの方からそう話しかけると、ベアモンは振り向き、怪しい手草と何やら芝居臭い調子で口を開いた。

 

 

 

「……お~、よちよち、かわいい子でちゅね~♪ ぼくはきみのおにいちゃんでちゅよ~?」

 

「俺は赤ん坊じゃねぇッ!!」

 

 

 

 その一瞬で、額に青筋を立てるユウキ。

 

 まぁ、精神年齢が既に十五歳を超えている元人間(しかも血の繋がりは無い)に対してそんな事を言えば、よっぽど煽り耐性が無い限りは喧嘩(リアルファイト)に物事が派生してしまうのも仕方が無いのかもしれない。

 

 だが、この日の早朝に行った模擬戦でベアモンに完膚なきまでに敗北したユウキに、真正面から殴り合おうとする気が起きるわけも無いわけで。

 

「てか、俺からすれば赤ん坊っぽいのはお前の方なんだが!?」

 

「えっ!? 僕の何処が幼年期っぽいのさ!?」

 

「のほほんとした性格とか、呑気なその言動とか、とにかく色々だ!!」

 

「なんて事を言うの!? 赤ん坊じゃなくて、せめて純粋な子供って言ってよ!!」

 

 ただの会話から、口喧嘩(みにくいあらそい)に発展していく様を適当に眺めているエレキモンは、ふと内心で呟いた。

 

(……ぶっちゃけ、あんな風に感情を出してる時にはどっちもガキだよなぁ……)。

 

 あんな風に喧嘩をしても、よっぽど確執を作るキーワードを口に出さない限りは問題無いのだから、エレキモンの判断は間違っていなかったりする。

 

 実際、言う言葉が尽きる頃には二人の口喧嘩は終わり、先ほどまでの空気は何処へやら、川の方に足を踏み入れて水浴びをしていた。

 

 エレキモンは手元に残っていた木の実を飲み込んだ後、現在進行形で水遊びをしている(水を掛けている)ベアモンと(水を掛けられている)ユウキの方に声を掛ける。

 

「お~い、そろそろ休憩は終わりにしねぇか~?」

 

「え~? もうちょっと遊んでいこうよ~。真水は久しぶりなんだからさ~。ねぇユウキ?」

 

「いや、もう行こう……」

 

「え~?」

 

「いいから。十分水浴びは出来たから。とっとと行くぞ……」

 

 そう言って、ベアモンの手を三つの爪で引きながら、全身ずぶ濡れ状態のユウキは戻って来ようとする。

 

 そんな時だった。

 

「……ん?」

 

「どうしたベアモン?」

 

「何か、大きな足音が聞こえない? それと、何か変な感じが……」

 

「え……?」

 

 茂みの向こう側から、重々しい足音がどんどん近づいて来る。

 

 それが、野生のデジモンの物だと理解するのに時間は掛からなかった。

 

「……どうする?」

 

「どうするって言われても……この辺りに居る重量級のデジモンって、確か……」

 

 ベアモンが覚えのあるデジモンの名を思い出す前に、そのデジモンは姿を現した。

 

 四足歩行に適した竜の骨格をしており、鼻先からはサイのようなツノを生やしていて、そのツノを含めた体の半分が硬質な物質に覆われているデジモン。

 

 その姿を見て、ようやく思い出したベアモンは安心しながらデジモンの名を言う。

 

「あぁ、そうだった。モノクロモンだね。草食系で、おとなしい性格をしているデジモンだよ。怒らせない限りは襲ってこないから、安心してね」

 

 ベアモンはそう言って、少しだけ警戒心を解いたが。

 

「……何か、こっちに向かって来てね?」

 

「へっ?」

 

 離れた距離から、どんどんモノクロモンは三人に向かって突撃して来ている。

 

 それも、やけに興奮した状態で。

 

 目からも、ベアモンが言っていた『大人しい』性格の要素は見受けられない。

 

 迫り来る脅威に、選択肢は二つ。

 

 逃げるか、闘うか。




 
 NGは今回ありません。

 投稿時のUAが5000を突破していた……他にも素晴らしい小説があるのに、この小説を選んで読んでくれている方には頭が上がりません。本当にありがとうございます。

 まだ本格的な話にも突入していないこの小説ですが、いつか盛り上れるような展開を入れるつもりなので、これからも応援してくださると嬉しいです。

 でも、仮に記念の話とかをオーダーされても何も思いつかないので、その辺りはご了承ください。
 


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電子世界にて――『迫り来る重戦車の脅威』

前回の更新から約一ヶ月ちょいの間が開いてしまいました。

Pixivの方でやっている企画の進行といった都合もあったとは言え、ここまで更新が遅れてしまった事は本当に申し訳がありません。

それにしても人間は『追い詰められると物凄いパワーを発揮する』と言われてますけど、本当に凄いですよね。三時間ほどぶっ続けで書いてたら3000字近く書き終えれてしまいましたよ。

何で普段からこのぐらい書けないんですかね俺は(憤慨)。

……まぁそれはともかく、始まります。


 目の前から迫って来ていたモノクロモンは、ギルモンのユウキとベアモンとエレキモンの三人の姿を視認した事で、荒々しく地を踏み鳴らしていた四つの足を止めると共に威嚇の唸り声を上げた。

 

 普段は本当に大人しく、温厚な性格をしている(らしい)モノクロモンだが、今三人の目の前にいる個体は明らかに敵意を剥き出しにして、今にも襲い掛かって来そうなほどに興奮している。

 

 まるで、自分以外の存在が敵としか思えていないような目で。

 

「普段は僕とエレキモンが近くに寄っても何とも無かったのに……!?」

 

 何か理由があるのかと疑問に思うベアモンだったが、予想をするよりも前にモノクロモンの口が大きく開かれ、喉の奥に何か赤い物が見えた。

 

 それが何なのか、実際の体験として見るのが初めてのユウキにも理解する事が出来たが、既に左右へ分かれるように動いているベアモンとエレキモンよりも、ほんの僅か一秒だけ対応が遅れる。

 

「!!」

 

 焦りながら動こうとして、緊張と焦りから思わず足を躓いた直後。

 

 ユウキのすぐ後ろを、強大な熱を伴った火炎の球が通り過ぎた。

 

(げっ……!?)

 

 まるで少し前の水遊びで濡れた体が、一瞬で乾いたと錯覚するほどの熱気だった。

 

 ふと火炎弾が放たれた射線の先を覗き見てみると、先ほどまでユウキ達が居た位置よりも更に後ろの方に見えていた岩石が赤熱し、表面が少し融け始めていた。

 

 もしアレが自分の体に当っていたら、と想像するだけでも背筋に寒気が走る。

 

 昨日遭遇した大きく禍々しい翼を持つ毒虫とは、また違う『怖さ』を感じさせられた。

 

(……クソッ。昨日といい今日といい、成熟期のデジモンに立て続けにエンカウントするとか……!!)

 

 内心で忌々しく毒を吐きながらも、地に伏している体を両前足を使って起き上がらせる。

 

 だがその間にも、モノクロモンは今自分の視界に入っているデジモンを優先的に潰すつもりなのか、口から二発目の火炎を放とうとしていて。

 

「!!」

 

 立ち上がった時には、既に発射の準備は終わっていた。

 

 だが。

 

「スパークリングサンダー!!」

 

 モノクロモンの視界から消えていたエレキモンの電撃がモノクロモンの顔面に向かって放たれ、本能的にモノクロモンは攻撃をしてきたエレキモンの方を向き、ユウキへ放とうとしていた火炎をエレキモンの方に放った。

 

 エレキモンが余裕を保って避けると、火炎弾を放った直後の隙を突く形で、側面からベアモンがモノクロモンの懐に素早く潜り込み、腹部に向かって打ち上げる形で拳を捻じ込む。

 

「フンッ!!」

 

 硬質な物体に覆われていない部位を攻撃したからなのか、モノクロモンの苦痛の声が漏れる。

 

 反撃しようとモノクロモンはタックルで自分の体をベアモンに叩き付けようとするが、既にベアモンは後方に跳躍する事で攻撃の射程から退いていた。

 

「…………」

 

 それらの流れを、未熟者はただ傍観する事しか出来ない。

 

 今の自分に出来る事は何か、それすらも分からない状態で闇雲に介入した所で、足手纏いになって結局味方を傷付ける事になるかもしれない。

 

 そういった不安が、前に進もうとした足を留まらせる。

 

 仮に手伝おうにも、あのような怪物を相手にどういった攻撃をすれば有効なのかが分からない。

 

 ならむしろ、自分は引っ込んでいた方が良いのでは無いか。

 

 だが、ここで逃げたら昨日と同じように結局何も出来ていない事になる。

 

(……クソッたれが……)

 

 ユウキの目には考えている間にも、連携と身のこなしから一切の攻撃を受けずに自分達の攻撃だけを確実に当てているベアモンとエレキモンの姿が映っていた。

 

 攻撃は通用しているにも関わらず、モノクロモンの瞳は一切力を失っていない。

 

(……このままじゃ、いずれ消耗して……)

 

 戦闘不能になるまでのダメージを与えるための攻撃力が、足りない。

 

 それを想像する事は、デジモンの事をよく知るユウキにとって難しい事では無かった。

 

 モノクロモンの体には硬質な物質が鎧のように張り付いており、エレキモンの電撃もその鎧が付いていない場所にしか効いてはいない。

 

 ベアモンの拳は効果的なダメージを与えられているようだが、エレキモンと違ってベアモンという種族は飛び道具を使う事が出来ないため、危険性は遥かに高い。

 

 もしこのまま何の策も用いずに戦えば、モノクロモンが倒れる前に二人が倒れる。

 

「………………」

 

 逃げる事は当然考えた。

 

 だが、モノクロモンは四足歩行の骨格を持ったデジモンであるため、その頑丈そうな外見に見合わず走行速度は速い。

 

 少なくとも、逃げる三人を追いかけて追いつける程度には。

 

 茂みなどに隠れる事でやり過ごそうにも、今立っている場所からは少し距離が離れている。

 

(……クソッ、やってやる……)

 

 この状況では、もう戦う以外に生き残れる道は無いと思える。

 

 もしかしたらエレキモンもベアモンも、自分が今考えている事を既に理解していたからでこそ、素早い対応が出来たのかもしれない。

 

(やるしか……無いってんだろ!!)

 

 右前足の爪で不出来な握り拳を作ると、ユウキはモノクロモンが居る方に向かって走り出す。

 

 モノクロモンはベアモンとエレキモンの方を向いている所為か、ユウキの接近には意識が向いていないようだった。

 

 気付かれないように忍び足などやっている余裕は無い。

 

 一気に走り込み、ベアモンと同じように硬質な物質による鎧が存在していない部位を、思いっきり殴る。

 

 ドスッ、と手ごたえを感じさせる乾いた音が炸裂した。

 

「……ッ!!」

 

 だが、その攻撃でモノクロモンは標的を二人からユウキを変えたようで、怒りを感じさせる吠え声と共に尻尾で自身の周囲を薙ぎ払って来た。

 

 ユウキはそれを、ベアモンと同じように後ろに向かって跳ぶ事で避けようとしたが、運動性能と経験の差からなのか、避けられる距離に到達する直前にモノクロモンの尻尾がユウキの体を打ち飛ばした。

 

「が……っ!?」

 

「ユウキ!?」

 

 喉の奥から吸っていた空気が一気に抜き出て、打ち飛ばされた体は地面の上を摩擦音と共に滑り、膝に擦り傷が出来た時よりも激しい痛みが背中を駆け抜ける。

 

 その際ベアモンが心配するような声を上げていたが、ベアモン自身もそちらに意識を向けている場合でも無い。

 

 何故なら、息つく暇も無く、次の攻撃が襲い掛かろうとしているのだから。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「!!」

 

 尻尾での攻撃から間髪入れずに、モノクロモンは火炎弾を放っていた。

 

 ちょうどモノクロモンの顔面に向かって拳を叩き込むために走っていて、途中で吹っ飛ばされる仲間の姿を見て、迂闊にも余所見をしてしまったベアモンの方に向かって。

 

「ベアモン!!」

 

 一瞬遅れて反応したベアモンは走行の勢いを踵で殺し、右側――ギルモンのユウキが吹っ飛ばされた方向に跳躍しようとした。

 

「……っぁ……!?」

 

 だが避け切る事が出来ず、放たれた火炎弾はベアモンの左足を掠る。

 

 膨大な熱量を含んだ火炎弾は、直撃をさせずとも火傷を負わせるだけの効果があって、ベアモンの左足には黒く焦げ付いたような痕が残っていた。

 

「ぐ……!!」

 

 足から伝わる激痛に歯を食いしばって耐えながら、両手の力で立ち上がろうとするベアモンだったが、そんな都合の悪い時に敵が待っていてくれるわけも無く、モノクロモンは左の前足でベアモンを踏み潰そうとする。

 

 それを横に転がる事で回避するベアモンだが、今度は右の前足が振り下ろされる。

 

「くっ……!!」

 

 だがベアモンはもう一度同じ方向に転がる事で避け、その回転の勢いを止めずに数メートルほど距離を離した後に右の膝を地に着けた状態で立ち、体勢を立て直した。

 

 火傷の痛みに耐え、少し前まで遊びで入っていた場所の方を向きながら、ベアモンは内心で呟く。

 

(……火傷なら、水辺で応急処置は出来る。昨日と違って痛みを我慢さえすれば歩けるはずだし……問題なのは、この状況をどうやって切り抜けるかなんだ……まさかあのモノクロモンが、ここまでしてくるなんて……)

 

 ただ単に殴っているだけで、強力な鎧竜型デジモンであるモノクロモンに戦闘不能になるまでのダメージを与えられるとは思えない。

 

 エレキモンの電撃で神経を麻痺させて行動不能にする事も手段の一つだが、ただ普通に当てるだけで気絶させる事は難しいだろう。

 

(……水辺を利用してやろうにも、どうやって? あの巨体をどうやって川に誘き出せば……あの重量級のデジモンを投げ飛ばす事なんて今の僕にはとても無理だし……)

 

 考えても、好ましい結果を得られる打開策は浮かんできてくれない。

 

 一つだけ、たった一つだけこの状況を簡単に打破出来る可能性があるとすれば。

 

(……今、この場でユウキが先日行ったように『進化』を行う事)

 

 ユウキの種族であるギルモンが進化したデジモン――グラウモンのパワーがどれほどの物かを、ベアモンはあまり詳しくは知らない。

 

 モノクロモンの体表にある硬い物質は、ダイアモンドと呼ばれる鉱物と同じ硬さを持っているらしいのだが、森育ちのベアモンは銅とか銀とかの鉱物に関心を持った事が無いため、とりあえず『もの凄く硬い石』と認識している。

 

 故にベアモンの考えは、モノクロモンの体表に存在する硬い物質は熱にも強そうだが、進化前のギルモンの前足にある爪は、岩石すら砕く事が出来る(と言われている)から、成熟期に進化したらそれが更に強くなって太刀打ちが出来るだろう、といった物だった。

 

 だが、結局その可能性は前提条件として『ユウキが自発的に進化を出来る』事が必要となる。

 

 それに、その可能性を思考に浮かべたベアモン自身、それをあっさり肯定しようとは思わなかった。

 

(……また、ユウキにも無理をさせるわけにはいかない)

 

 それは単なる正義感からか、出会って二日程度の友達に対して向けている、傍から見ればちっぽけな友情からか。

 

 ベアモン自身も何故こういう場面に自分の身を考慮しないのか、とエレキモンに怒鳴られた事があったりした覚えがあり、それに対する返答もエレキモンからは『納得出来ない』と返されている。

 

(……僕が、守らないと)

 

 そう内心で呟いた時、電気のバチバチと鳴る音と共に、モノクロモンの視界の外からオレンジ色の電撃がモノクロモンの尻尾に直撃し、明らかに怒りの感情が混じった吠え声が響いた。

 

 モノクロモンの視界が、ベアモンの居る場所とは違う方向を向いた。

 

 先ほどからモノクロモン自身を一番攻撃している敵――エレキモンが居る方向を。

 

 エレキモンもそれに気付き、九つの尻尾を広げて威嚇をしながら安い挑発を送る。

 

「ほらほら!! かかってこいよデカブツ!!」

 

 案の定、モノクロモンはエレキモンの居る方目掛けて火炎弾を放ったが、エレキモンは四つの足で駆けて射線から外れる。

 

 火炎弾が当らない事に苛立ちでも感じたのか、モノクロモンはただ単に火炎弾を撃っているだけの攻撃パターンを中断し、四つの足を荒々しく動かしてエレキモンを追い駆け始めた。

 

 負傷しているベアモンを放置したまま。

 

(まさか……囮!?)

 

 エレキモンの行動の意図は簡単に掴めたが、それはベアモンからすれば一番受け入れ難い案だった。

 

 確かにエレキモンが逃げ続け、その間にユウキを連れて逃げる事が出来れば、ひとまずベアモンとユウキだけは助かる可能性が高い。

 

 だが、囮役のエレキモンがもしも逃げ延びる事が出来なければ……それはベアモンにとって、自分の願いを裏切られるも当然の結果になる。

 

(駄目だ……こんな時、どうすれば……!?)

 

「ヴォルケーノストライク!!」

 

 重戦車(モノクロモン)は走りながら口から火炎弾を放ち、駆けている子鼠(エレキモン)を仕留めんとする。

 

「ヴォルケーノストライク!!」

 

 ただしそれはそれまでの火炎弾と違い、種族としての必殺技の名を言いながら放たれた、一回り大きな火炎弾だった。

 

 それを避けようとしたエレキモンだったが、火炎弾はエレキモンのすぐ後ろの地面に着弾。

 

 爆発した。

 

「どわああああああ!?」

 

 直撃こそしなかったもののバランスを崩し、転倒するエレキモン。

 

 追撃とでも言わんばかりに、モノクロモンは倒れたエレキモンに対してもう一回火炎弾を放とうとする。

 

「ドジった……!!」

 

 今の状態では、あの大きな火炎弾を避け切る事が出来ない。

 

「エレキモンッ!!」

 

 ベアモンは左足から電流のように走る火傷の痛みにも構わず走り、手を伸ばすがそれが届く事は無い。

 

 どんなに早く走ったとしても、もう遅い。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「ヴォルケーノストライク!!」

 

 そして残酷にも、必殺の技の名と共に火炎弾は放たれた。

 

 エレキモンは自身に迫り来る死に対し反射的に目を瞑り、ベアモンの脳裏には最悪の未来図が脳裏に過ぎる。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 だが。

 

 来るはずだった死は、訪れなかった。

 

 火炎弾はエレキモンに直撃する前、射線上に割り込んで来た別のデジモンに直撃していた。

 

「………………」

 

 ベアモンにはそれが誰なのかを理解する事は出来たが、それをすぐに声として出す事は出来なかった。

 

 そして、自身に訪れるはずだった死が来ない事に疑問を抱いているエレキモンは目を開け、その姿を確認する。

 

「……ユウキ!?」

 

 つい先ほど、モノクロモンの尻尾に打ち飛ばされ倒れていたはずのデジモンだった。

 

 彼はモノクロモンの必殺技からエレキモンを身を挺して守れた事を確認すると、苦しそうな声で言葉を呟く。

 

「……だい、じょうぶ……か……?」

 

「大丈夫って、お前の方こそ大丈夫かよ……!?」

 

 だが、互いの安否を確認する間も無く、モノクロモンの角が迫る。

 

「!!」

 

 ベアモンはそれに気付くと、ユウキがそうしたように二人の盾となるように立ち塞がる。

 

(死なせてたまるか……!!)

 

 偶然にも先日、フライモンの奇襲から仲間を守った時と状況は似ていた。

 

 抱いている感情も、言葉だけで言えば同じ物。

 

(こんな所でッ……)

 

 死んでほしく無いから。

 

 願いはただ、それだけ。

 

(死なせて……)

     

 絶対に、守る。

 

 そのためなら自分の命を賭ける事に躊躇はしない。

 

 心に抱く願いと、それを叶える原動力となる意思は、ベアモンの電脳核を急激に回転させ、奇跡を起こす。

 

「たまる……かあああああああああッ!!」

 

 モノクロモンの角がベアモンに当たる直前。

 

 ベアモンの体を軸に、青空のように青いエネルギーの繭が形成され、モノクロモンの進行を防いだ。

 

 そしてその繭の中で、ベアモンの体は強く、逞しく成熟していく。

 

「まさか……ベアモンも……?」

 

 エレキモンの呟きと共に繭は内部から切り裂かれ、内部から一体のデジモンが現れる。

 

 青みがかった黒い毛皮に覆われた逞しき躯。

 

 殺傷能力を秘めた鋭い牙や爪。

 

 額には白く三日月のような模様が描かれ、両前足に『熊爪』を装備したデジモン。

 

「ベアモン進化…………」

 

 その名は。

 

「グリズモンッ!!」

 




 この状況でNGなんて書けるわけが無いッ……!!

 というわけで、今回はデジモンサイドの主人公ことベアモンの進化回でした。

 物語中ではあまり日数は経っていないのですが、この辺りで進化させてちょうど良いと判断したための進化回……なのですが、実を言うと当初の予定では『三体の成長期で成熟期を協力して倒す』って感じの話にする予定で、作者である俺自身がそれに至るための過程を描く事も出来なかった(当初はユウキとベアモンの渾身の同時攻撃で川に落としてから、エレキモンの必殺技で気絶させるって流れの予定でした)ので、ある意味俺自身の諦めという形で進化の回になったわけです。

 書いた後だと『ちょうど良かったかな』と思っているのですが、それでも書いてみたかったなぁ……ユウキとかユウキとかユウキが足を引っ張らなければそれも可能だったのに←←

 最近忙しいのもあって、ルビ等を振る余裕もありませんでした。

 次回はモノクロモンとの戦闘の決着になりますが、もうじき第一章は終わります。てか終わってほしいです(切実)。


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電子世界にて――『対するは守護の灰色熊』

 更新が安定すると思ってたらグリズモンの戦闘描写を試行錯誤し続けて、Pixivで行っている企画の進行と両立しながら一番良い感じの戦闘を書けたかもと思っていたら、卒業式やら何やら行事が忙しくなり、ここまで遅くなってしまいました。

 この小説を楽しみになさっている方には、本当に申し訳が立たないです。

 そして、何より無念なのが今回は3000字程度しか文字数がございません。

 


「………………」

 

 進化による大幅な身体情報の更新による影響なのか、左足に受けていた火傷の痛みは消え去っていた。

 

 四肢に力が漲り、痛みが無くなった影響からか思考がやけに冷静になる。

 

 先ほどまで脅威として映っていた敵が、今では恐れる必要も無い存在として視界に映る。

 

(……これが、進化……)

 

 少し前まで『成長期』のデジモンであるベアモンだった『成熟期』のデジモン――グリズモンは、進化に伴った自身の変化に対してそう呟くと、目を一度後ろの方へと向けた。

 

 彼の姿――と言うより『進化をした』という点について驚いているエレキモンと、背中に大きな火傷を負って倒れているギルモン――ユウキの姿が見え、その後改めて前を向くと、3メートル程離れた位置に襲撃者であるモノクロモンが熱の篭った息を荒立て、興奮しながら健在しているのが見える。

 

 進化をする直前には目前に居たのにも関わらず距離が離れているのは、進化の際に発生した膨大なエネルギーの繭によって弾き飛ばされたからだろう。

 

 突然目の前に現れたグリズモンの事を新たな敵として、それも一番の脅威として捉えているからなのか、警戒して自分の方から突っ込んで来るつもりは無いようだ。

 

(……この姿がどのぐらい維持出来るのかが分からない以上、モタモタしてる余裕は無い、か……)

 

 この状況でグリズモンにとって達成するべき勝利条件は二つ。

 

(……モノクロモンを戦闘不能にし、エレキモンもユウキもこれ以上は傷つけさせない)

 

 進化して一転、状況はただ好転しているわけでは無い。

 

 結局モノクロモンをグリズモンが倒せなければ、その時点で三人の命運が確定してしまうのだから。

 

 そして、その状況を理解しているからでこそ……グリズモンは、それ以上考えなかった。

 

「ヴォルケーノストライク!!」

 

 重戦車(モノクロモン)主砲(ひっさつわざ)が放たれる。

 

 グリズモンがその行動に対して起こした行動は、とても単純な事だった。

 

「ハアアアアアッ!!」

 

 赤色の防具が装備された両方の前足を縦に思いっきり振るい、火炎弾を真っ二つに両断したのだ。

 

 分断された火炎弾はグリズモンとその背後に居る二人の居る場所のすぐ横を通り過ぎ、水辺の向こう側にあった岩肌に当たる。

 

 赤熱されたそれを視認するまでも無く、グリズモンは攻撃と同時に地に付けた前足を使って四足歩行で駆ける。

 

 必殺技を放った反動からか、モノクロモンはグリズモンの接近に対して直ぐに対応する事は出来ず。

 

 迎撃しようと次の火炎弾を放とうとした頃には、既に森の武闘家(グリズモン)が自身の攻撃の有効射程内に辿り着いていた。

 

「フンッ!!」

 

 四足から二足歩行に転じたグリズモンの太く重い右前足が振り下ろされ、金属の鳴る音と共に、モノクロモンの顔面が顎から石だらけの地面に叩き付けられる。

 

 地に伏せるような体勢にされたモノクロモンは、反撃とでも言わんばかりにグリズモンの胴部目掛けてダイヤモンド並の硬度を持つ鼻先の角を突き立てるが、グリズモンは斜め後ろに半歩下がる事でそれをいなし、今度はアッパーカットのように左前足で顎を殴り上げ、右前足でもう一回同じ要領で打撃を加えた。

 

 すると、顎の下から突き上げる衝撃によってモノクロモンの上半身が宙に浮き、これまで狙う事が出来なかった部位が丸見えとなる。

 

 グリズモンは、そこで腰を深く落とす。

 

「……すぅ~っ」

 

 そして、狙い打つ。

 

 ベアモンの頃から愛用していた、必殺の正拳付きで。

 

樋熊(ひぐま)正拳(せいけん)()き!!」

 

 真っ直ぐ放たれた拳がモノクロモンの腹部へ突き刺さり、鈍い打撃音と共にモノクロモンの巨体が5メートル程先までブッ飛ばされる。

 

 重量級の体な故か、モノクロモンが着地した周辺の地が『ズゥン……!!』と響く。

 

「……すげぇ……」

 

 目の前の光景に、エレキモンはただ圧倒されていた。

 

「グゥォオオァァッ!! ガァッ!!」

 

 だが、渾身の一撃を加えて尚、モノクロモンは倒れない。

 

 今の連撃によって怒りが更に大きくなったのか、頭に血が上って更に荒々しくなっている。

 

 野生のデジモンが怒ると動きが荒々しくなる事はグリズモンも知っているが、彼からしてもこの怒りっぷりは異常と思える物として映っている。

 

(……やはり、これは普通じゃない……)

 

 だが、原因が分からない以上、戦う力を奪う事しか手段は無い。

 

 辺りの地を踏み鳴らしながら、堅き鎧の竜がこちらに向かって角を突き立てながら突進してくる。

 

 グリズモンはそれに対して真っ向から立ち塞がり、両方の前足で槍の如き角を受け止めた。

 

「……ぐっ……!!」

 

「グゥォオオオオオオ!!」

 

 事前に身構えていたにも関わらず、グリズモンの体が徐々に後ろの方へと押し出され始める。

 

 ザリッ、ジャリッ、と……少しずつ、自分の守りたいものが居る所へ。

 

 後ろ足で重心を支え必死に踏ん張るが、モノクロモンの重量と力は強大だ。

 

(負けるか……絶対にッ……!!)

 

 だが、グリズモンの闘志は折れない。

 

 むしろ、絶望的な状況が感情を更に激しく昂らせ、どんどん四肢に力が漲らせていた。

 

 彼は、自身の体の負担の事など一切考えもせずに、モノクロモンの鼻先の角を掴んでいる両方の前足に力を込め続ける。

 

 そして。

 

 グリズモンは前足を、進化と共に手に入れた力を一気に解放するように振り上げた。

 

「グッ……ウオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 咆哮と共に、モノクロモンの巨体が宙に投げ上げられる。

 

「グオオオオオオオッ!?」

 

 モノクロモンは足掻きとして前足と後ろ足をバタバタと動かすが、当然その行動は状況に何の変化も与えない。

 

 グリズモンは重力に従って地に落ちてくるモノクロモンを見据え、拳を当てる部位に狙いを定めてから、最後の一撃とでも言わんばかりに敵、そして自分自身に対して宣告する。

 

必倒(ひっとう)……!!」

 

 言った直後。

 

 落下してくる角度と垂直に森の武闘家の拳がモノクロモンの顎に炸裂し、轟音が響いた。

 

 巨体が、重戦車の如き重量を含んだ竜の体が吹き飛び、仰向けの状態で地面に落ちると共に地が鳴る。

 

 グリズモンは突き出した拳の力を少しずつ緩めながら、最後に言う。

 

「……当身返し」

 

 必殺とも言える一撃をその身に受けたモノクロモンは、仰向けになった状態からそれ以上起き上がってくる事は無かった。

 

 そして、モノクロモンが戦闘不能になった事をグリズモンが確信したと共に、グリズモンの体が再度青い光に包まれ、そのシルエットが少しずつ小さくなり始める。

 

 僅か数秒が経ち、収縮と光が収まると、グリズモンは進化する前の姿であるベアモンに戻っていた。

 

「……っはぁ……はぁっ……!!」

 

 よほど無理を通した反動が大きかったのか、地に片膝を着いて苦しそうに息を荒げている。

 

 回数を重ねていくごとに電脳核が馴染んでいき、やがて自分の意志で操る事が出来る力だと言われているが、体力に自信のあるベアモンでも、その強大さを十分に理解出来るほどに疲労していた。

 

 普段は活発に動く体が、今では鉛のように重く感じられる。

 

 これが、感情によって発現される『進化』の力。

 

 あまりにも疲労が激しく、ベアモンの体が地面に崩れ落ちそうになる。

 

 その時だった。

 

「……ったく、大丈夫か?」

 

 崩れ落ちそうになったベアモンの体を、何者かが受け止めたのだ。

 

 後ろから背中を眺めていたエレキモンと受け止められたベアモンは、この場に現れた新たな来訪者の姿を見ると、予想外とでも言わんばかりに驚きの表情で名を口走る。

 

「「……ミケモン!?」」

 

「……ようお前ら、よく頑張ったな。見直したぜ」

 

 何故このような場所に、ギルドで留守番等をしているはずのミケモンが居るのか。

 

 そう疑問を浮かべるベアモンとエレキモンだが、当の本人であるミケモンは言葉を紡ぐ。

 

「とりあえず、そこのギルモンの応急措置が先だな。腹も減ってるみたいだし……これ、食うか?」

 

 そう言うミケモンの片手には、齧り立ての果実が一つ。

 

 休憩のつもりが戦闘になり、そしてまた休憩の時間を取る必要が出て来たようだった。

 




本日のNG。

「……あ、あっぢぃ……」

 体を呈して仲間を守ったのに関わらず、今回台詞が一言も無かった主人公が一人。

 NGその7「主人公って誰だっけ」

 ◆ ◆ ◆ ◆

 今回は前回の続きなのですが、普段の回と比べるとプロローグ以来結構少なめの文字数です。

 というのも、今回投稿する話はまだ未完成で、グリズモンの戦闘シーンとその後の展開のみという内容からも分かる通り、いつかの話と同じように『繋ぎ』の話に位置しております。

 まぁ、もしかしたら2000字ほど別視点の話を(思いついたら)入れて、一度修正する可能性があり、それも濃厚なわけですが……あしからず。

 でも、こんな出来でも読んでくれて、UAが6000に到達している所を見ると嬉しく思います。

 こっちのUAやお気に入り登録者数もそうですが、Pixivにて行っている【D・D・D】という企画も、予想以上に参加者が居てくれて嬉しいです。楽しんでもらってるようですし、発案した甲斐がありました。

 では、次回はそろそろ第一章の終盤に差し掛かってきた感じの会話イベントです。多分。


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電子世界にて――『つかの間の休憩時間』

もう一ヶ月に一回の更新でいいんじゃないかなと思う今日この頃(白目)。

Pixivでやっている企画に、某大規模戦オンラインゲームに……やりたい事が増えすぎると、一つの事に集中出来なくなるんですよねぇ。両立って言葉で言うと簡単だけど、実際にやるのはとても難しいと思います。

そんなこんなで、もうそろそろ第一章も終わりに近づいてきました。

少なくとも、連載から一年経つまでには第一章を終わらせたいです(切実)。


 時は少し(さかのぼ)る。

 

 自身の所属する組織『ギルド』のリーダーであるデジモン――レオモンの命令を受け、個体名(コードネーム)『レッサー』のミケモンは水棲生物型のデジモンと共に多くの水源が目に映る山――滝登りの山へと、やって来ていた。

 

「……こっちも特に異常は無しっと」

 

 周囲の木々や生息しているデジモンの様子を見てミケモンはそう呟き、通り縋った際に木に成っている所を見つけた黄色い果実を齧りながら、獣道を坦々と歩く。

 

 歩いている最中に見られる風景は木々や草花といった自然界の産物のみで、特に異常を感じさせるような物体は見えない。

 

 野生のデジモン達も、特にいがみ合ったりなどの問題を起こさずに平和を満喫しているように見える。

 

 ここ最近は『凶暴化』だとか『崩壊』だとか、物騒な情報をよく耳にするが、とてもその情報が本当とは思えないほどに自然で平和な風景だとミケモンは思っていた。

 

「……ん?」

 

 少なくとも、前方の遠い地点から平和とは程遠い印象がある荒々しさを感じさせる吠え声を聞き取り、それによって生じた音の発生源を察知するまでは、特に疑問を抱く事も無くそう思えた。

 

 ミケモンのような、ネコ科の動物に似た一部の獣型デジモンの耳の形状は頭の上から立つ形のものであり、両方の耳を前方に向ける事で高い指向性を発揮する事が出来る。

 

 ただ歩いているだけでも周囲の音声情報を細かく取り入れる事が出来るため、ミケモンは自分の居る位置から遠い位置に居る標的との距離と方向を知る事が出来た。

 

 声の性質から判別して、何らかの竜型のデジモン。

 

 更に足音から判別して、重量級のデジモン。

 

「……?」

 

 そして、よく聞くとその荒々しい声を漏らしているデジモンの近くからは、三体ほどのデジモンの危機感の(こも)った声も聞こえる。

 

 最近会った事のある、自分自身が期待している三人組の声のように聞こえた。

 

「……マジかよ」

 

 思わずぼやくと、ミケモンは(かじ)っていた果実を(くわ)えたまま、前足を地に着けて疾走(しっそう)する。

 

 耳で得た情報を元にして素早く移動を続けていると、ミケモンの目は遠方にて3対1の戦闘を繰り広げているのデジモン達の姿を視界に捉えた。

 

 三体ほどのデジモンの正体は昨日『ギルド』の本部へ訪問して来た、ベアモン・エレキモン、初対面の何故か個体名(コードネーム)を所持していたギルモンで、荒々しい声を漏らしていたデジモンの正体は、鎧竜型デジモンのモノクロモン。

 

(……げっ!?)

 

 来た時には、既にその3対1の戦闘が終結しそうになっている時だった。

 

 ベアモンは左足に、ギルモンは背中に大きな火傷を負っており、唯一目立つほどの怪我が見えないエレキモンも、少し前に転倒でもしてしまったのか、直ぐに体勢を立て直せるような状態では無かった。

 

 そして今、襲撃者(と思われる)モノクロモンは、自身の角を前に突き出した状態で襲い掛かろうとしている。

 

 それからギルモンとエレキモンの二体を守ろうと、ベアモンが盾になるように立ち塞がる。

 

(この距離じゃ間に合わねぇ……!!)

 

 目に見えていても、ミケモンが走って間に合う距離では無かった。

 

 モノクロモンの角がベアモンの体を貫く未来図(ビジョン)が、容易に想像される。

 

「!!」

 

 しかしその時、ベアモンの体から蒼い色の光が溢れた。

 

 突進して来たモノクロモンを弾き飛ばしたその光は、デジモンなら誰もが知っている現象の合図。

 

(進化……か?)

 

 言っている間に光の繭は内部から切り裂かれ、中からベアモンよりも大きな獣型のデジモン――グリズモンが現れる。

 

 モノクロモンはグリズモンに対して必殺技である強力な火炎弾(ヴォルケーノストライク)を放つが、グリズモンはそれを爪の一閃で切り裂き左右に分け、そのままモノクロモンに対して上段から鉄槌のような打撃を決め、モノクロモンの顔面を地に叩き付ける。

 

 モノクロモンは角を突き立て必死の抵抗を心見たが、グリズモンはそれを軽くいなすとそこから更に連続で打撃を加え、シメに正拳突きを叩き込んだ。

 

(……あの格闘のキレ具合といい、身を挺してでも仲間を守ろうとする姿勢といい、やっぱり俺の知るあのベアモンか)

 

 グリズモンに殴り飛ばされたモノクロモンは更に気性を荒々しくさせ、再度グリズモンに向かって角を突き立てながら突進する。

 

(……にしても、あのモノクロモン……『狂暴化』してやがるな。何が原因なんだか……)

 

 辺りの地を鳴らしながら突進してくるモノクロモンの角を、グリズモンは両前足で掴む事によって受け止めるが、勢いと重量を殺しきる事が出来ていないのか徐々に後ろへと下がっている。

 

 だが。

 

(……勝ったな)

 

 グリズモンは四肢に力を命一杯注ぎ込み、重量級デジモンであるモノクロモンの巨躯を投げ上げた。

 

 空中で前足と後ろ足をバタバタと動かすモノクロモンの姿は、最早何の抵抗も出来ない事を示しているようでもあって、グリズモンは浮いて落下して来るモノクロモンにトドメを刺すために構えている。

 

 そして、決着は着いた。

 

 グリズモンの右前足による一撃がモノクロモンの顎へと炸裂し、轟音と共にモノクロモンの巨躯が吹き飛ばさせ、仰向けの状態となって倒れる。

 

 その喉からは、先程まで聞こえていた荒々しい竜の声など聞こえてはいなかった。

 

(最後まで諦めない意思……『感情』の力が、欠けたパズルのピースを埋め合わせるように、『進化』が発動するのに足りない『経験』を補う。あの小僧に、まさかここまでのポテンシャルがあったとはなぁ)

 

 命の危機にでも瀕する逆境に出くわさない限り、電脳核(デジコア)を急速回転させて『進化』を発動させるほどの『感情』のエネルギーは生まれない。

 

 だが、だからと言って、何の『経験』も積まずにただ『感情』だけを昂らせただけでは進化は発動しない。

 

 本当の意味で『進化(みらい)』を望み、切磋琢磨(せっさたくま)した者達にだけ、その奇跡は訪れるのだ。

 

(オイラの目に狂いは無かった。アイツ等は、鍛えれば十二分に面白い奴等になりそうだ)

 

 そんな思考をして、口に咥えていた果実を一口齧るミケモンだったが、目の前でグリズモンの体が光に包まれるのを見て、齧っていた果実を再び咥えながら疾走していた。

 

 そして、現在に至る。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「……まぁ、こんな感じだ」

 

「ふ~ん……なるほど。レオモンさんの命令で来たんだ」

 

 ミケモンからこの場に現れた経緯を聞いて、ベアモンは納得したようにそう言葉を返した。

 

「まぁ、この辺りは『ギルド』の情報でも安全と聞いてたんだがな。まさかこんな所で、暴走してるモノクロモンを目にするとは思わなんだ」

 

「僕も、何でなのか分からないんだけど……何で、モノクロモンが暴走して突然襲って来たんだろう」

 

「さぁな。少なくとも、お前等が悪いわけじゃないって事は確かだろ」

 

「さぁなって……まぁ、いつかは分かるかもしれないからいいけどさ。『ギルド』の情報網では分かってないの?」

 

「まだ、完全にはな」

 

 ミケモンはそう言ってから、聞き耳を川の方へと立てる。

 

 透明な水が心地良い音と共に流れる川の方では、先ほどの戦闘で背中に大きな火傷を負ったギルモン――ユウキが、エレキモンの手によって火傷の応急処置を行わされていた。

 

「痛っ!! 水かけぐらいもうちょっと優しく出来ないのかよ!?」

 

「つべこべ言うな。これ意外に治療法が無いんだし、その程度の火傷で済んだだけ良かったと思え」

 

「俺の種族は炎の属性に耐性を持ってるからな……っていうか、せっかく助けてやったんだから、もうちょっと愛想良く接せないのか?」

 

「……まぁ、確かに助けてくれた事には感謝してやるさ」

 

「おいおい、何だよそのツンの要素しか無い台詞。対して可愛げも無いお前がやってもちっとも価値無いし、普通に誠意ある言葉でほら、言ってみろよ」

 

「………………」

 

「何無言になって……痛ってぇ!? 何だよデレの一つも無しで常時ヤンかよせっかく体張ったのにィャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 何やら『ばしゃばしゃーっ!!』と水の弾けるような音と共に、馬鹿(ユウキ)の悲鳴と電撃の音が聞こえたが、ベアモンとミケモンは気にしないし目も向けない。

 

 二体の赤いデジモンの喧嘩を余所に、彼等は話を続ける。

 

「完全にって事は、何か分かっている事はあったりするの?」

 

「ここ最近の異変が、何らかの『ウィルス』によって引き起こされている物って事ぐらいだ。黒幕が居るのか、自然発生した産物なのか、そこまではまだ明確になってねぇ」

 

「そうなんだ……あんなのが自然発生してたら、町とかにも被害があると思うんだけど」

 

「だから、高い確立で黒幕が居ると俺達も見ている。だが、可能性は複数用意しておくに越した事は無いだろ」

 

 確かに、とベアモンは素直に思えた。

 

 この数日、自分の事を『人間』だと名乗る不思議なデジモンを釣り上げたり、お腹が空いたという理由で外出した先で命を奪われかけたり、そこで一度も戦闘を経験していないはずのデジモンが『進化』を発動させたり、そして今日、また命を失いかけた実経験を持つベアモンにとって、こういったトラブルに対する心構えは常に用意しておくべきだという事は嫌と言うほどに理解している。

 

 そうでなければ、様々な状況に応じて仲間を守る事など出来はしない。

 

 野生の世界では、泣いて叫ぶ者を命賭けで助けてくれるような味方(ヒーロー)など存在しないのだから、失いたく無い者が居るのなら、その場に居る『誰か』が味方(ヒーロー)として戦うしか無いのだ。

 

 ベアモンはそう思った所で、ミケモンに対してこう言った。

 

「ところでミケモン。僕等はこの後、食料調達を再会するわけなんだけど、そっちはどうするの?」

 

「どうするっつってもなぁ。オイラはお前等の戦闘する音を聞いて来たってだけで、やってた事はただの散歩(パトロール)だぞ? 丁寧に来た道を戻るのも面倒だし、このまま『メモリアルステラ』のある場所を確かめに行くさ」

 

 メモリアルステラ。

 

 デジタルワールドの各地形や環境といったデータの流れを、永続的に記録する一種の巨大な保存庫(ストレージ)の事で、覗き込むことが出切ればこの世界(デジタルワールド)の情報を全て握る事が出来ると言われている石版のような形状の物体の事で、それに何らかの異変が起きれば環境そのものにも影響が及ぶ可能性も秘めているらしい。

 

 ここ最近の異変に関係があるとするなら、確かに調べるのは得策だろう。

 

 もっとも、環境そのものに変化は見受けられないし、そんな変化があれば『ギルド』の情報網が既に情報を掴んでいるはずなので、何らかの情報が得られるとも思えない。

 

 だが。

 

「ねぇミケモン。もし良かったら、僕等もミケモンに着いて行っていい?」

 

「? 別にオイラは構わないが、何か理由でもあんのか?」

 

「ユウキに『メモリアルステラ』の事を見せてあげたいんだ。彼、色々と知識不足だから」

 

「……このデジタルワールドに生きていながら、アレの存在を知らないって事は無いと思うが……」

 

 ミケモンは当然と言わんばかりの反応を見せたが、発案者であるベアモンは普段通りの口調を崩さないままこう言った。

 

 

 

 

 

「彼、実は『記憶喪失』なんだ。自分の名前以外の事を覚えてなくて、デジタルワールドの常識にも乏しいんだ。だから、この機会に見せておきたくてね」

 

「……あぁ、前にあのギルモンが言ってた『複雑な事情』って、そういう事か」

 

 ベアモンの発言(大嘘)で合点がいったのか、気の抜けた声と共にミケモンはそう返す。

 

「大方、記憶が無くて行き場も無いから、お前の家に居候でもさせてもらったんだろ。それなら、まぁ納得がいく。オイラとしてもお前等が近くに居るってだけで守りやすいし、構わないぜ」

 

「ホント? 何から何まで、ありがとうね」

 

 どうやら、理由に納得する事が出来たらしい。

 

 ベアモンが言った事は当然その場で作った嘘に過ぎないが、事実ユウキには『デジタルワールドでの記憶』がほぼ無いに等しいため、半分は嘘では無い。

 

 ミケモンの『見回り』に同行する事が決まり、ベアモンは何だか静かになった川の方を向く。

 

 視線の先では話題にも上がっていたギルモンのユウキが、何故か川の上でうつ伏せのような体勢になっていた。

 

 よく見ると、何らかの電撃を受けてガクガクと痺れているのが分かる。

 

 わざわざ原因を調べるために考える必要も無かったので、ベアモンは漫画なら『ダッ!!』という擬音が付きそうなぐらいに素早い動きでユウキを川から引き戻し、言う。

 

「ちょっとおおおおおおお!? エレキモン、お前何してくれてんの!?」

 

「うん。ちょっとムカっと来たから、命に関わらないレベルの電撃を浴びせてやった。背中に水を当てる度にうるさい台詞を吐きやがるもんだから、多少は静かになって応急処置が楽になって良かったと思ってる」

 

「いや何冷静に、清々しいほどの笑顔でそんな事言ってんの!? ほら見てよ、ユウキの口から白い泡が漏れてるんだけど!! てかお前、さっきユウキに助けられたのに何でこんな事してるんだよ!?」

 

「……誰だったかなぁ。こんな言葉を言っていたデジモンが居たんだ」

 

「何? ってかそんなのどうでもいいから、水を吐き出させるのを手伝ってよ!?」

 

「……あぁ、思い出した……『昨日の友は今日の敵』」

 

「逆だからね!? あと別に昨日も今日も敵じゃなかったからね!?」

 

「少なくとも俺はそいつの事を完全に信頼してるわけじゃないから、あと友達って認めてるわけでも無いから、つい」

 

「『つい』!? 昨日あんな出来事があったのに、エレキモンとユウキの信頼関係は豆腐と同じぐらいに脆かったのか~!!」

 

 そんな二人の言葉の応酬を傍から見ているミケモンは、呟くようにこんな事を言っていた。

 

「……やっぱ、こいつ等……面白いな」

 

 




 本日のNG。

「ところで、どうして僕が進化して戦っている時に加勢してくれなかったの?」

「まぁ、オイラ単独でも止めようと思えば止められたんだがよ。あの状況で横槍入れても逆効果だろ?」

「……とか言ってるが、実は単に敵わなさそうだったんじゃねぇのか?」

 NGその8「Q『体格の差を覆すには?』A『頚動脈を裂けばいいと思うよ』」

 ◆ ◆ ◆ ◆

感想・質問・指摘など、いつでも待っております。


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電子世界にて――『記録を司る神秘の存在』

 流石に一ヶ月も経たなかったけど結局大分更新が遅れてしまいました。

 随分と久しい更新となりましたが、何とかここまで来れて良かったです。あと二ヶ月半ぐらいでこの小説も連載から一年となりますが、それまでにこの『第一章』は終わらせておきたいです。

 ※ここから帰宅後の追加文章。

 というか、まだぶっちゃけこの『第一章』はあくまでも『舞台作り』の一つに過ぎないわけでして、作者的に書きたい話はまだまだ先にあるわけで、登場させたいキャラの一人も二人もまだ出せていない状態です。いやぁ、23話も投稿しておきながらまだ序盤って、物語が本格的に動く(予定の)中盤までに何話かかるんでしょうね←←

 いやぁ、まだ先は遠いなぁ(白目)。


 ひと時の休息(と多少の電撃)を終え、三匹の成長期デジモンと一匹の成熟期デジモンは再び山を登り始めていた。

 

 歩く獣道の傾斜もほんの僅かだが角度が広くなっているような気がして、ふと横目に見える川の水が流れる速度や音も、山を登るにつれて増しているように見える。

 

 剥き出しの岩肌の上や緑の雑木林などに生息している、野生のデジモンの数は山の麓や中腹と比べてもそれなりに増えていて、土地の関係からか果実の成っている木の本数が多い事が理由なようだった。

 

 無論、そもそもの目的が『食料の調達』にあったギルモンのユウキ、ベアモン、エレキモンの三人は、進行中に見つけた木に成っていた果実を取って食べながら歩いている。

 

 それぞれが大自然の産物を吟味している中、ユウキは一人、黙々と思考を廻らせている。

 

 それを見て不思議に思ったのか、ベアモンが声を掛ける。

 

「ユウキ、何考えてるの?」

 

「……ん。いや、進化の事を考えてた」

 

「進化の事?」

 

「ああ。さっきの闘いで、お前は進化をしていたよな。お前等の情報曰く、俺も昨日は進化を発動させていたらしいが、俺はその時の実感が無い。お前には自我があったけど、俺は進化した時に理性が無かったらしいからな……違いが分からん」

 

「あ~……なるほど。僕もその辺りは分からないんだけどね」

 

 そこまで返事を返すと、先頭を歩いていたミケモンが唐突に話に割り込んで来た。

 

「進化の際に自意識が失われるってのは、そこまで珍しいもんでも無いぞ」

 

「? そうなの?」

 

 ミケモンは、何やら人生(というかデジモン生)の先輩的なポジション的な立ち回りが出来る事を内心で嬉しがっているのか、それとも単に『ギルド』の留守番で退屈だったからなのか、まるで喋りたかったかのように良い機嫌で喋る。

 

「どんなデジモンにも、潜在的に色んな性質が電脳核(デジコア)に宿ってる。癇に障る奴が居たら叩き潰したいと思う感情とか、その逆であまり戦いを好まずに出来る限り大人しくしていようとする感情とか、尊敬する誰かに仕えようとする感情とかな。だが、そういった感情が単純化され過ぎていて、ほとんど思考もせずに感情を表に出すタイプも存在する。脅威を感じた相手に対して反射的に威嚇したりする事とか、縄張りを侵されただけで理由とか考えず即座に排除しようとする事とかは、その極形だ」

 

 まるでよく吠える犬とあまり吠えない犬の違いみたいだな、なんて事を思って、他人事を聞いているような顔をしているユウキに対してミケモンは指を刺しながら。

 

「お前さんの種族はそういった『本能』の面が濃いんだよ。多分『感情』のエネルギーで進化したんだと思うが、念を押す意味でも言っておこう」

 

 ミケモンは一泊置いて。

 

「『感情』のエネルギーによって発動する進化は、発動したデジモン自身に強い感情を抱きながらも平静を保とうとするだけの『意思』が無いと制御出来ず、その時に昂った『感情』に呑まれる可能性がある。お前さんが進化をした時に自我を失っていたのは、お前さんが進化を発動させた時に有ったのが感情『だけ』で、それを制御しようとする自分の『意志』を持ってなかったからさ」

 

「……感情『だけ』?」

 

 ユウキが『う~ん……』と疑問に対して何らかの答えを出そうと言葉を作っていると、今度は彼の進化を間近で見ていたエレキモンが口を出してくる。

 

「要するに……あれか。あんまり考えずに突っ走った結果がアレって事か」

 

「一応『感情』を生み出す過程で何らかの『目的』と、それを果たすために必要な『方法』が頭の中にあったんじゃないか? そのギルモン――ユウキって奴が進化した時の状況をオイラは知らんけど」

 

「……言われてみれば」

 

 当時、フライモンとの闘いの際にユウキは進化を発動させて、成長期のギルモンから成熟期のグラウモンに成っていたが、その時のグラウモンには理性が感じられなかった。

 

 だが実際、理性が無いにも関わらず、グラウモンはフライモンを撃退した後にベアモンとエレキモンを背に乗せるという行動を起こし、更に間違う事も無く町に向かって走り出していた。

 

 最終的に町へ到達する目前でエネルギー切れを起こしたが、その行動には何らかの理性が宿っていたとしか思えない。

 

 理性の無い竜に明確な目的を与えたのは何か、考えると意外と簡単な事が分かっていく。

 

 当時、ベアモンを助ける方法を求めていたユウキに対してエレキモンはこう言っていた。

 

『町に行けば、解毒方法ぐらい簡単に見つかる』

『だから今は急いで戻る事だけを考えろ!!』

 

 この言葉で、進化が発動する前のユウキ――ギルモンの電脳核に、目的を達成するための『方法』が入力されたのだとして、その後にユウキを『進化』に至らせる要因となった『感情』は何か。

 

 つい最近の事でありながらおぼろげな記憶をなんとか掘り返し、ユウキは呟く。

 

「……『悲しみ』と『悔しさ』だ。多分、あの時に俺が抱いていた感情を表現するんなら、それが適切だと思う」

 

「どっちも処理の難しい感情だな……ウィルス種であるお前の電脳核(デジコア)は、そういった『負』の感情に同調しやすい性質を持ってる。ハッキリ言って危険だぞ。聞いた感じだとお前さんが進化した時の目的は『仲間を助ける』って所だったんだろうが……」

 

 念を押すように、刃物なんて比では無い危険な兵器の使い方を教えるように、ミケモンは言う。

 

「その『目的』が別の何か――例えば『敵の殲滅』とかになって、お前さんが『感情』を制御出来なかった場合、お前さんを止めに掛かった仲間すら『邪魔』と認識して傷を付けかねない。それどころか、殺しちまう可能性だって高いな」

 

「な……」

 

「言っておくが冗談じゃねぇぞ。過去にもそういった理由で、敵味方構わず皆殺しにしたデジモンが居るって情報はそう少なくない。ウィルス種のデジモンだと得にな」

 

 思わず絶句した。

 

 ユウキ自身、自分の成っている種族の危険性ぐらいは他の三人よりも理解しているつもりだった。

 

 一歩間違えれば、自分は核弾頭一発分に相当する破壊を何回も撒き散らす化け物に変貌してしまう可能性についても、別に考えてなかったわけでも無い。

 

 だが、それはあくまで『架空(フィクション)』の情報での予想と仮説に過ぎないわけで、しかもこの『世界(デジタルワールド)』の法則がどういう物なのかを理解しているわけでも無い。

 

 デジモンに成っている今、ミケモンから伝えられた事実は人間だった頃と変わらない『現実』で感じた物と同じ物として受け入れられ、そこから伝わる責任感や恐怖心は紛れも無く本心だ。

 

 まるで、見知らぬ誰かに重々しい火器を渡され、その引き金に指を掛けさせられているような錯覚すら覚える。

 

 銃口を向ける相手を間違え、引き金に込める力が一線を越えた瞬間、取り返しの付かない事態に成りかねないのだ。

 

 ユウキが自分自身で想像していた以上の恐怖心を抱いている一方で、ミケモンの言葉に何となく不安を覚えたベアモンが、思考に浮かんだ言葉をそのまま述べた。

 

「さっき僕も進化したけど、自我はちゃんとあったよ? 暴走なんてしてなかったし」

 

「そりゃあ、お前が抱いていた感情はそいつと明らかに違う物だっただろうし、そもそもお前みたいなワクチン種のデジモンは『負』の感情よりも『正義』の感情に同調しやすいからな。余程の事が無い限りは危険な事にもなり難いし、あとは単純に精神面での違いだろう」

 

 聞いて、またもやベアモンとの実力の差を実感し、溜め息を吐きながらユウキは言う。

 

「精神面……かぁ。俺って、そっちの面でもお前に負けてるのな」

 

「ふっふ~ん。君と違って、僕はそれなりに鍛えられているからね!!」

 

 誰かに勝っている部分がある事がよっぽど嬉しいのか、『えっへん!!』とでも言うように上機嫌で威張るベアモン。

 

 そんな彼を放っておいて、エレキモンはミケモンにこんな事を言った。

 

「随分と『感情』の『進化』について詳しいが、その知識はアンタ自身の経験からか?」

 

「いや? 当然、オイラ自身も『進化』の事に関してハッキリとまでは分かってない。今言ってた事も、所詮はヒマな時とかに読んだ書物とかからの引用が殆どだ」

 

「その書物は信用出来るものなのか?」

 

「歴史書とか図鑑とかそういう物は大抵、情報(データ)が集まり自然発生した物じゃなくて、過去に生きたデジモンが自分の記憶を未来まで知恵を残すために書き記されたもんだ。結構信憑性のある内容だし、俺は信じてる」

 

「ふ~ん……俺はそういう文献とかに興味が無いからなぁ。目にする事のある本なんて、ベアモンの家か長老の家にある面白い物語が書かれた本ぐらいだ。面白いのか? そういうの見てて」

 

「興味が沸いたりして面白いぞ? 暇潰しとかに厚めの本はもってこいだしな」

 

「……アンタ、留守番中に居眠りだけじゃなくて読書までしてんのか?」

 

「もう殆ど読み終わったから、最近は寝てる事が多いけどな」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そんなこんなで雑談を交わしながらも、一行はこの『滝登りの山』の頂上までやって来た。

 

 周辺の地形は斜面から平地に近くなり、周りの樹木が謎の材質で形成された石版のような物体を外部から覆い隠すように生えていて、その石版の周りには明らかに自然の産物とは言えない材質の台座が存在していた。

 

 明らかに他の空間から浮いているような印象しか受けない、それでいて神秘的な雰囲気すら思わせるこの物体こそ、この世界(デジタルワールド)の環境の情報が束ねられし保存庫――『メモリアルステラ』である。

 

 今、この場に来たメンバーの中で唯一この物体の事を知らないデジモンであるギルモン――ユウキに対して、ベアモンは質問する。

 

「アレが『メモリアルステラ』なんだけど……本当に見覚えは無い?」

 

「無いっていうか、初見だからな。遺跡とかにありそうな石版としか思えないが……」

 

 本人からすれば当然の反応をしたに過ぎないのだが、その一方でユウキの事情を(本当の意味では)知らないミケモンは、本当に驚いたかのようにこう言っていた。

 

「お前さん、本当に知らないんだな……こりゃあ重症だわ。常識が足りてないなんてな」

 

「?」

 

「あ~気にしなくていいから。そんな事より、始めてみるんだしもっと近づいてみてみない?」

 

「あ、あぁ」

 

 ベアモンに手(というか前足)を引っ張られる形で、ユウキは『メモリアルステラ』の近くまで近づいていく。

 

「……おぉ」

 

(……本当に初めて物を見る目だ)

 

 近くに寄ると遠くから見ている時点では神秘的に思えた物体が、不思議と近未来的な雰囲気を帯びた電子機器のようにも見える。

 

 ユウキは思わず関心の言葉を漏らし、そんな彼の横顔を見てベアモンが内心で呟いている。

 

 その少し後ろではエレキモンが二人の様子を眺め、ミケモンは『メモリアルステラ』の方へと視線を送っていた。

 

「まぁ、やっぱり見た感じ『メモリアルステラ』に異常は見られないな……平常稼動しているみたいだし、ここ最近の異変にアレは関連性が無いって事かねぇ……」

 

「となると、やっぱり何者かの仕業って事になるのか?」

 

「そう考えるのが妥当だろ。自然的な問題なら『メモリアルステラ』に異常が起きててもおかしくないし、まず何者かによる意図的な原因があるに違いねぇ。あのモノクロモンが異常なまでに興奮してるって時点で、そう考えるのが普通だろ」

 

「……チッ、本当に最近は災難続きだな……」

 

 だが、一日の中で流石にこれ以上の災難は起こらないだろう、とエレキモンは思う。

 

 というか、自分は一日に二回以上の災難に遭遇するぐらいに運の無いデジモンでは無いのだと、エレキモンは切実に思いたかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 まだ朝から昼へと変化していない時間。

 

 平和を思わせる青空に電子(デジタル)の太陽が輝く中。

 

 山の中に大量に存在する樹木の中の一本。

 

 それに寄り添うような形で、そして風景に溶け込むような形で『何か』が居た。

 

 周辺の野生のデジモンは、その『何か』に気付いていない。

 

「………………」

 

 ただ無言で山頂の方へと視線を向けている事すら、周りのデジモンは気付かない。

                ・・・・・・・・・・・・・

 そして、彼は何も言わないまま、手に持ったアサルトライフルの弾丸を装填する。

 

 視線を山頂から、山頂に近い位置に見える獣型のデジモンへと移す。

 

「…………」

 

 やはり、何も言わないまま、その長銃(アサルトライフル)に外部から取り付けられたと思われるスコープを覗き、やはり、表情すらも変えずに、引き金を引いた。

 

 一発の銃声が鳴る。

                    ・・・・・・

 射線上に見えるデジモンの首筋に、弾丸が埋め込まれる。

 

 そこまでの事があってやっと、周辺のデジモンは本能的に危険を察知し、逃げ出した。

 

 それに意識を向ける事も無く、彼はもう一回引き金を引いた。

 

 同じ銃声が鳴る。

                         ・・・・・・

 移した視線の先に居るデジモンの首筋に、再び弾丸が埋め込まれる。

 

 それを確認した後に、彼はこう呟いた。

 

「……さて、どうする」

 




 今回は『感情』の進化に視点を当てた話と、次の話の伏線を撒いて置きました。

 実際デジモン単体による進化で、しかもただ『感情』を強く抱くだけで進化出来るのなら誰でも苦労はしないだろって事で、前々からこのデメリットは思いついていました。

 作中の彼等の説明だとピンと来ない方もいるかもしれませんが、要するに『暴れ馬』を乗りこなせる技量を持った『乗馬者』が必要なのと同じです。

 短い後書きで、今回のNGも書けていませんが、前書きの通り、帰宅してから書き足します。

 では、次回もお楽しみに。





 たったあれだけの描写で最後に出てきたキャラが分かる人は本当にデジモンが好きな人だと思う。

 帰宅後、一番最後のアサルトライフルに関する描写を追加しました。


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電子世界にて――『三度目の絶体絶命』

 ここ最近更に忙しくなり、執筆する時間がなかなか取れなくなる事間違いなしな状況でしたが、何とか一ヶ月経つ前に書きあがりました。第一章ももうすぐ終わる予定(というか早く終わらせたい)なので、こんなペースですが楽しんでもらえているのでしたら出来る限りで頑張って、走り終わりたい所ですね。

 それにしても、必要と思った場面とかいろんな所をカットする事無く書き上げようと思うだけで、第一章がここまで長引くとは思っていませんでした。現在は『山』とか『森』とかが舞台なんですが、これが『海』とか『ジャングル』になったらどうなるんだこれ。てかもう24話も書いてるのに、これアニメだったら既に完全体進化イベントあっても可笑しく無いのに……。

 そんなこんなで最近他の方への感想をなかなか書きに行けない中、最新話をお送りします。


 

 色んな場所から水の流れる山の頂――『メモリアルステラ』のある神秘的な空間から出て、早五分。

 

 時刻も町に戻る頃には昼間へと突入するぐらいになり、ミケモンはこの山に来た目的を既に達成しているらしいため、偶然の邂逅もそろそろ終わりに近づいていた。

 

「……で、ベアモン。『メモリアルステラ』を見物出来たのはいいんだが、これからどうするんだ」

 

「どうするって……決まってるでしょ? 元々僕等がこの山に来た目的を忘れたわけでも無いでしょ」

 

 ユウキとベアモンとエレキモンの三人は、まだこの山に来た最優先の目的である『食料調達』をまだ満足に終えていないため、ミケモンと違ってこの山を降りる気は現時点で無い。

 

 というのも、昨日に引き続き危険なデジモンが居るからとか、もうそろそろ夜になって夜行性のデジモンが出没して危ないからとか、そういった理由でせっかく登った山をあっさり下ってしまうのもそれはそれで癪な上に、もしこのまま数日か最低でも一日は生計を保てるぐらいの果実(もしくは野菜)を入手出来なかった場合、ここ数日ずっと口にしている塩辛い魚介類をまた釣りにいかなくてはならなくなり、仮に第二希望としてベアモンが述べていた『湖のある林』まで行ったとしても、そこでまた『敵』と遭遇してしまう可能性も否めないわけで。

 

 まだ、三人はこの山を降りるつもりにはなれなかった。

 

 特に、ベアモンほど魚介類が好みの食料でも無いユウキと――――エレキモンは。

 

「まぁ、現時点の腹持ちは悪くないんだがな。もう二日間も魚とかしか口にしてないのが嫌だし、元々俺は果実の方が好きだし? とりあえず採取を続ける方向なのは確定だろ」

 

 ボロボロと本音のような何かを口から漏らすエレキモンだったが、そこでユウキは今更過ぎる考えを口にする。

 

「……てか、エレキモンもベアモンも、何でバケツを持ってこなかったんだ? アレでもあれば、ちっとは楽に採取した果実とかを持ち帰れるのに」

 

「あのな。昨日アレに魚を入れてたから知ってると思うが、海水浸しのバケツだぞ? そんなもんに入れたら、持って帰る間に果実が腐るだろ。そうでなくても塩っぽいのが付着して味が酷くなる」

 

「水で洗えばいいんじゃないか。それだけでも大分マシになるはずだし」

 

 言われて、エレキモンは怪訝そうな表情を浮かべると、溜め息を吐きながら言い返す。

 

「……お前、自分ではそういう納得の出来る事を言ってるが、そもそもバケツの中に入ってた海水を、ベアモンが魚を全部食い終わった後に処理してなかっただろ。その上、俺の方のバケツもまだ溜めておいた貝が結構入ってるから使えない。更に根本的な事から言えば、そもそも生物(なまもの)が入ってたバケツの中にリンゴとか入れる奴が普通いるか?」

 

「……それもそうか」

 

 エレキモンにそう言われ、ユウキは渋々納得したようにそう返した。

 

 そんな会話に先頭からミケモンが聞き耳を立てていたが、特に反応して面白そうな話題では無いと判断したのか、特に言葉を発したりする事は無かったようだった。

 

 山の下り道の途中でベアモンは視線を動かすと、ユウキに対してこんな事を言った。

 

「ユウキ。ちょっと採ってくるから、ちゃんとキャッチしてよね?」

 

「? キャッチってどういう……」

 

「見れば分かるレベルの事だし、細かい説明は必要無いでしょ」

 

 視線の先にあった木にベアモンが登ると、ベアモンは枝から赤色に熟された林檎(りんご)を取り外し、木の根元近くから見上げていたユウキの方に向けて、次々と落とし始める。

 

 何となくベアモンの言っていた言葉の意図を察したユウキは、上方から落ちて来る林檎を両方の前足で掴もうとする。

 

 人間の時のような『両手』による精密な動きは出来ないものの、二日間の間でデジモンとしての体の動かし方に少しは慣れてきたのか、取りこぼしも殆ど無い。

 

「意外とそういう事は上手なんだな。今度からそういうのを任せても大丈夫か?」

 

「よっ、ほっ。このぐらいならもうちょっとテンポを速くしても大丈夫――――ちょっ、待っ……ぐぇっ!?」

 

「……うわぁ」

 

 尤も、その言葉を聞いた途端に、林檎を落としてくる速度を本当に上げてきたベアモンの方を見上げようとしたユウキの額に、一回り大きめの林檎が直撃した事もあったが、エレキモンやミケモンの協力もあって無事に採取する事が出来た。

 

 量としては三人で分けて一食分、二人で分ければ二食分はカバー出来るぐらいだろうか。

 

 やはり、人間としての暮らしにしか慣れていないユウキからすれば、()(もの)(かご)やフルーツバスケットのように、食料を大量に納める事が出来る道具(モノ)が欲しくなる所だが、それ等を作れるほどの技術も無ければ素材も無い。

 

 結局の所、採取した林檎を町まで持ち帰るのには、ユウキとベアモンが林檎をそれぞれ抱え込んで運ぶしか無いわけである。

 

 ちなみに運んでいない面々について捕捉すると、エレキモンは一度に多くの物を抱えきれるほど前足が長いわけでは無いし、ミケモンはそもそも『手伝ってやる義理も無い』などとぼやいて現在進行形で面倒くさがっているのだ。

 

 ユウキもベアモンも、抱え運んでいる林檎を落とさないように慎重に歩いている。

 

 慎重に、歩いて、いたのだが。

 

「……っと!? あ、ちょっ!!」

 

「あ?」

 

 何の前触れも無くベアモンが抱えていた林檎の一つが落ちて、コロコロと坂道を転がり始めた。

 

 仕方なく、エレキモンが四足で駆けて林檎を確保しようとした、その時。

 

 彼等の居る場所からずっと遠い雑木林の向こう側で、ガサリと茂みの揺れる音と、四足の獣が大地を駆ける足音がした。

 

「やっぱり、何かカゴみたいな物を運べる道具が必要なんじゃないか?」

 

「……って言われてもねぇ。そういうのを作れるほど僕等って技術持ってないし……」

 

「てか、せめて一枚の布ぐらいは無いのか? 風呂敷として使えば、包み込んで運ぶ事ぐらいは出来るだろ」

 

 三人はその音の正体にも存在にも気がついていないのか、視線がコロコロと転がる林檎の方に向けられていた。

 

 もし、彼等の内の一人でも冷静に耳を澄ませていたならば、音の発生源がどんどん近づいて来ている事に気が付けたかもしれない。

 

 その音がどんな進路を辿って移動しているのか、予想するのも出来なくは無かったのかもしれない。

 

 もし、彼等の内の一人でも近づいて来る気配に気付く事が出切れば、その気配のする方を向いて警戒する事だって出来たかもしれない。

 

 気配の源が到達する前に声を出して、仲間に危険が迫っている事を伝える事だって出来ただろう。

 

 そして、音と気配を三人が同時に認識した時。

 

 そして、ベアモンの背筋に生存本能から来る寒気が奔った時。

 

 そして、黒い影のような何かが茂みの奥から林檎を抱えているベアモン目掛けて飛び掛ってきた所で。

 

 

 

 

 

「肉球パンチ!!」

 

 

 

 

 

 甲高い打撃音が、三人の直ぐ近くで炸裂した。

 

 それと共に襲撃者――鋭利な黒色の体毛をした狼のような姿をしたデジモンが、ミケモンの硬質化した肉球による横殴りの打撃を(ほほ)に受け、重心をズラされながらも、転倒する事もなく四つの脚を地面に着けた。

 

 襲撃者の着地した場所に目を向け視認した直後、エレキモンが嘆くように叫ぶ。

 

「ガルルモン……!? 今日はどういう日なんだ、またこういうのが襲い掛かってくるのかよ!!」

 

 同じ事を、ユウキも危機感を表に出した顔のまま内心で嘆くが、襲撃者であるガルルモンはこちら側の事情など知る由も無く、剥き出しの殺気を乗せた視線を獣特有の唸り声と共に向ける。

 

 その目に宿っている感情が何なのかまでは判別出来ないが、ガルルモンの目を見たベアモンが第一に浮かべた印象(イメージ)は、少し前に自分やユウキ、そしてエレキモンが戦った鎧竜型デジモンから感じた物と同じ――ただ単に凶暴になっていると言うよりも、冷静な判断能力すら失われた、狂気とも言える『怒り』の感情だった。

 

「……やっぱり、普通じゃないよ、こんなの……」

 

「だろうな」

 

 ミケモンの呟くと共にガルルモンの次の動きがあった。

 

 ガルルモンは両前足で素早く山道を駆けると、一度茂みの中へと姿を隠したのだ。

 

 辺りから茂みの揺れる音と共に、何かが通り良く切れる音が周囲から聞こえる。

 

「……ガルルモンの体毛は、伝説のレアメタル――『ミスリル』のように硬いって聞くが、マジみたいだな」

 

 ただ身を潜めて攻め時を待っているだけでは無く、その肩口から生えている体毛の刃で辺りの草木を切り裂く事で、些細な音を散らしながら駆け回っているようだ。

 

 ただ一直線に攻めてきたモノクロモンと比較しても、攻め方は明らかに違い、狂気の中でも獣型デジモン特有の当て逃げ(ヒット&アウェイ)戦法を本能的に行えている。

 

 何らかの違いでもあるのかと思ったが、結局襲い掛かってきている事に変わりは無いため、むしろ確実に獲物を仕留めようとするガルルモンの姿勢は、ユウキ達からすれば脅威を強めるマイナス要素でしか無い。

 

 故に、その違いは、ただ新たな恐怖として認識される。

 

 だが。

 

「……とにかく、コレは放り捨てとくぞ……」

 

 ユウキは冷静を出来る限り(よそお)いつつ、抱えていた林檎を纏めて近くの茂みに投げて避難させる。

 

 もう流石に、二日の間に何度も命の危機に見舞われた所為か、ある程度の脅威に対しては腰が抜けたりする事も無くなったようだった。

 

「仕方無い。後で回収できればいいんだけど……!!」

 

 ベアモンも同じように抱えていた林檎を茂みに放つと、拳を構えて臨戦態勢に入る。

 

 一方で、一番最初にガルルモンに攻撃してミケモンはと言うと。

 

(……チッ、音が断続し過ぎてて判別がつきにきぃな……)

 

 自身の長所である聴覚を惑わされ、ガルルモンの位置を特定することが難しくなっていた。

 

 何故なら、周囲から聞こえる音の種類が複数存在し、その中で最も重要な音を他の音が阻害しているのだ。

 

 この状況で最も聞き取る必要のある音とは――ガルルモンが地を駆ける際に生じている足音。

 

 本来ならそれを辿る事で動きを予測するのだが、ガルルモンが移動の際に通っている茂みがざわざわと揺れる際に発生する雑音が、ガルルモンの両肩から生えている希少金属レベルの硬度を持った体毛の刃が、周囲の木に傷を刻み込む際に発生する摩擦音が、足音の位置を特定しようとするミケモンの聴覚を邪魔している。

 

 だが、だからと言って目だけには頼れない。

 

 相手は四足歩行を基本とし、原型(モチーフ)である生物が肉食獣――――即ち、『獲物を追いかける』事を得意とするデジモンであり、体格の差から見ても走行速度はミケモンが四足で移動している時よりも上回っているのだ。

 

 当然、ミケモンは自身の攻撃を当てるために接近する必要があるのだが、普通に追いかけて殴ろうとしても避けられて隙を作るのがオチだろう。

 

 だが、ガルルモンが当て逃げ(ヒット&アウェイ)の戦法を行っている以上、接近して来た所を一気に叩く以外に勝算は無い。

 

 それも、現状ではガルルモン相手に狩られ兼ねない三人が、次にガルルモンが攻撃してくる可能性のある『標的』として存在している状態でだ。

 

 故に、ここで取るべき選択は一つ。

 

 速やかに現在居るメンバーを一箇所に集め、十分に迎撃出来る状態を整える事。

 

「おいエレキモン。そんな所に居たら恰好の獲物だぞ。早くこっちに合流しろ!!」

 

 実を言えば、一箇所に集まった所をガルルモンが種族特有の『必殺技』を使う可能性もあり、それを使われると、被害が個々の領域を越えて環境にすら影響を及ぼしかねない事もミケモンは知っていた。

 

 だが、あのガルルモンには本能的とはいえ『戦法』を行えるだけの理性が、当時ユウキ達を襲っていたモノクロモンとは違って、ある程度残されている可能性が高い。

 

 そして、野生が引き起こす本能は、決して『自分が危険に遭う選択』を取る事は無い。

 

 故に、この状況で『必殺技』を使ってくる可能性は、余程狂気に蝕まれていない限りは有り得ない。

 

「言われなくても分かってるっての……!!」

 

 苛立ちを含んだ声でエレキモンがミケモンに応えると、エレキモンは周囲を警戒しながらこちらに向かって四足で駆けて来る。

 

 後は、一度の迎撃につき複数の攻撃をくらわせてやれば、最小限の実害で事を済ませられる――はずだった。

 

「っ!?」

 

 突然、隣の茂みの方から太い棒状の何かが突き出され、エレキモンに向かって迫り来たのだ。

 

 エレキモンは何とか反応し、間一髪の所で後ろに跳躍する事で直撃を免れようとしたが、棒状の物体は突き出された状態から更に動き、その直ぐ横へ回避行動を取っていたエレキモンを叩き飛ばした。

 

「エレキモン!?」

 

 それを目撃したベアモンが叫び、思わずエレキモンの飛ばされた方へと走り出すが、同時に少し離れた場所で茂みが揺れる。

 

「!! ベアモン、左の後方から来るぞ!!」

 

 ミケモンが叫び終わった時にはエレキモンを狙って、ガルルモンが茂みの方から飛び掛ってきていた。

 

 エレキモンが飛ばされた方へ走っていたベアモンは、仲間思いな性格が原因で、その接近に気付く事に遅れてしまう。

 

「!? うわぁッ!?」

 

 ベアモンが半ば反射的に転ぶような体勢を取った事で、牙を剥き出しに飛び掛ってきたガルルモンはベアモンの体を飛び越える形になってしまったが、その直後、ベアモンは自分の行動に後悔を覚えた。

 

 何故なら。

 

 ベアモンが走っていた先では、謎の物体に叩き飛ばされたエレキモンが山道を転げ落ちている最中なのだ。

 

 当然、()()()()()()()()()()()()()()()()、ガルルモン――肉食獣をモチーフとされたデジモンが、目の前に見える格好の獲物を逃そうとする道理など無い!!

 

「ベア……ロールッ!!」

 

 ベアモンは、何らかの策を思考する間も無く、追い掛けるために走る途中で()()()転び、その勢いのまま丸くなる事で坂道を一気に下る。

 

 その場に取り残される形となったユウキとミケモンも、エレキモンを助けるために追いかけようとしたが、それは出来なかった。

 

 偶然にも、道を塞がんとする一体の大きなデジモンが、茂みの中からゆっくり現れていたからだ。

 

「……こんな時に……ッ!!」

 

 ユウキは思わず、歯を噛み締めていた。

 

 視界に入ったデジモンは、全身が枯れ果てた大木のような形状をしており、明らかな殺意をこちらに向けて襲い掛かろうとしている。

 

 早急に倒さなければ、ベアモンとエレキモンの身が危ない!!

 

「チッ……とっとと倒すかすり抜けるかして、アイツ等を助けに行くぞ!! そうしねぇとマジで危ない!!」

 

 一方の二人の目の前に存在する障害物の名はウッドモン。

 

 一方の二人を襲い掛からんとしている獣の名はガルルモン。

 

 状況は、過去最高級に切羽詰っていた。

 




 NG? こんな状態で書けるわけが無いじゃないですか←←

 と、いうわけで、第一章のボス(予定)となるガルルモンとウッドモンの同時エンカウントとなります。

 いやぁ、地域に合わせて自然なデジモンを登場させて、その地域を『本当に歩いている』ような描写を自然に入れるのは、ホントに難しいです。山道なんてまず歩いた経験が無いので、殆ど妄想で描写するしか無いわけですし。

 でも、環境とかを意識すると今度はキャラごとの心理描写が薄くなりがちに感じるジレンマ。こういうのは一話一話で『どちらか』に偏らせるべきなのか、それともやっぱりバランスを取るべきなのか……ぬぐぐ。

 出来るなら、第一章が終わった後に『第一章外伝』的な感じてギャグ短編を入れたい。本編ずっとシリアスだからギャグシーン入れようにも中々入れにくいですし。

 ……あ、後で活動報告にてちょっとした割と重要な意見を申そうと思うので、お時間のある時にでも案を入れてもらえればうれしいです。

 では、次回もお楽しみに。感想・質問・指摘など、こちらもいつでもお待ちしております。


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電子世界にて――『二回の経験から来る二つの成長』

うおおおおおおおお!! 何とか今月中に最新話を書き終えられたあああああああ!!

と、いうわけで色々と今月は大変でしたが、本編最新話です。めっさキツイです。

今回の話は、クオリティの向上を意識した結果、文字数が8000の大台に乗りました。

そして、今回の話は序盤で作者自身がかなり書きたかった話の一つです。見れば分かるかと思います。

では、前口上はこの辺にしておいて、本編をお楽しみください。


 山の斜面というのは、その山の高さと広さによって角度が成り立っている。

 

 この『滝登りの山』は、その名の通りに『滝』が形成される場所があり、中腹付近では単なる川がよく見受けられるものの、水が流れる元となった位置である頂上付近では、当然ながら山の大地の傾きが激しい部分も存在する。

 

 エレキモンが叩き飛ばされ、その勢いのままに転がり落ちている坂道は、少なくとも普通に歩いて登る事が出来るレベルの坂道。

 

 だが、それでも緩やかなものでは無く、打撃の威力と坂道の斜角は、ゴロゴロと転げ落ちるエレキモンの体に鈍い痛みとヒリヒリとした痛みを奔らせ、視界と意識をぐらぐら揺らす程度の勢いを与えるほどだった。

 

 冷静に思考する事も、強引に打開する事も出来ないままエレキモンは坂を転がり続け、やがて進行していたルートの先にあった一本の樹木に(思いっきり縦の回転をしながら)激突する形で、ようやくエレキモンの動きは止まった。

 

「っ……ぅあ……!!」

 

 後頭部に奔った鈍い痛みから蹲り、泣きそうなほどに弱弱しい呻き声を漏らすエレキモン。

 

 だが、その痛みが治まる間も無く、次の脅威が迫ってくる。

 

 明らかな敵意と、狂気に近いほどの殺意を含んで突然襲い掛かって来た、ガルルモンと言う名の黒く鋭利な体毛を持った一匹の獣だ。

 

 ここまで走って来た勢いのまま跳躍し、回転しながら自分に向かって来るガルルモンを見て、何とか反射的に横の方へエレキモンは回避運動を取る。

 

 間一髪で避ける事に成功したが、エレキモンの後方にあった樹木はノコギリによって斬られたかのような激しい音を発生させながら倒れ、辺りの地面を静かに揺らしていた。

 

 もし回避に成功していなかったら、エレキモン自身があの無慈悲な刃によって体を裂かれていたかもしれない。

 

 それを想像してしまい、ゾッとした冷たいものを背筋に感じてしまうエレキモンに、実行者であるガルルモンが狂気を宿した目を向ける。

 

 やはり、相手を『敵』としか認識していない目だった。

 

 間を空ける事も無くガルルモンは前足ごとエレキモンの居る方へと振り向き、獣特有の唸り声を漏らしながら近づいて来る。

 

 舌なめずりなどはせず、確実に『敵』を仕留めるために。

 

「っ……!!」

 

 何とか逃げるために足を動かそうとするが、体に奔る痛みがそれを阻害する。

 

 そもそも、ちょっと前に受けてしまった打撃の所為でエレキモンの体力は大分削られていた。

 

 四足で大地を駆けるガルルモンから逃げ切るだけのスピードを出す事など、どう考えても無理な話である。

 

「ふざけんな……まだ、俺は……!!」

 

 死にたくない。

 

 そう言おうとしたエレキモンを前足で押さえ込もうとするガルルモンだったが、そんな時。

 

 ガルルモンが通ってきた坂道の方から、まるで先ほどまでの自分自身を再現しているように、青に近い黒色の物体がゴロゴロと回転しながらやって来た。

 

 そしてそれ――ベアモンは、回転の勢いを止めないまま体を強く地面に打ち付ける事で跳躍し、ガルルモンの横っ腹に体当たりを直撃させた。

 

 体格差はそれなりにあったはずだが、その重量と坂道によって加速された速度が合わさる事で生まれた衝撃が、ガルルモンの体を3メートルほど突き飛ばした。

 

 それによって、エレキモンは九死に一生を得る。

 

「エレキモン、大丈夫!?」

 

「何とか、な……」

 

 ベアモンが、ボロボロになっているエレキモンを見て切羽(せっぱ)(つま)った表情になるが、今は多少の傷を意識している場合でも無い。

 

 突然の奇襲によって距離を置いたガルルモンも、視界に入ったベアモンを新たな『敵』として認識する。

 

「それよりどうすんだ……!! 何か策はあるのか!?」

 

 エレキモンの声色も、焦りと恐怖で自然と変わって来ていた。

 

 対するベアモンは、何も言わずに気を張り歯を食い縛る。

 

「おい、何か言ったら――!!」

 

 エレキモンが怒鳴るように問おうとした時、ベアモンの体が青色の輝きを伴うと共にエネルギーの繭に包まれた。

 

 それが『進化の光』である事を、既に進化する光景を二度も目の当たりにしているエレキモンは理解していた。

 

 だが、その進化の繭が膨張する速度は、明らかに遅かった。

 

 理由は単純で、エレキモンにもすぐに分かった。

 

(さっきぶりってレベルの時間しか経ってないのに、まだマトモに体を休ませる事も出来て無いのに、そんな状態でまた『進化』を発動したら……!!)

 

 不安が思考を過ぎる中、目の前でベアモンの体は大きくなっていく。

 

 幸いにも、目の前の現象を警戒してか、ガルルモンは襲ってくる様子も無い。

 

 そして、モノクロモンとの戦いの時と比較して倍近くの時間を経て、繭は砕かれた。

 

 中からはベアモンでは無く、その進化形態であるグリズモンが現れガルルモンと相対する。

 

「ベアモ……グリズモンッ!!」

 

 思わず友の名を叫ぶエレキモンの目の前で、グリズモンは一気にガルルモンの居る方へ向かって四足で駆け、両方の前足を使って押さえ付けようとした。

 

 だがそれは空を泳いだだけで、ガルルモンを捕らえる事は出来ず。

 

 逆に、後ろに跳躍する事でグリズモンと距離を置いたガルルモンが、隙を見せたグリズモンに向かって飛び掛ると共に、空中で回転する。

 

「ガルルスラスト!!」

 

 ガルルモンの技の一つ――両方の肩口から伸びているブレードを使って標的を寸断するその技を、グリズモンは両前足に装備された防具で受け止める。

 

 だが。

 

「……ッ!!」

 

 徐々に、グリズモンが装備している防具に鋭利なブレードによって多くの傷が付けられ、その耐久性をどんどん削られていた。

 

 まるでそれは、グリズモン自身の体力が限界に近づいている事を示しているようでもあって。

 

 今にも崩れ落ちそうな体を、気力で支え込んでいるだけに過ぎない事を示していた。

 

「こんの……ッ!! いい加減にしろおおおおッ!!!」

 

 グリズモンは吠えると共に力技で前足を振りぬき弾き飛ばすが、ガルルモンは回転しながらもあっさり四足で着地すると、即座に茂みのある方へと駆け出して行った。

 

 決して、グリズモンとエレキモンを見逃したわけでは無い事ぐらい、当たり前だった。

 

(……マズイ。このままじゃ、グリズモンでもガルルモンを退ける事が出来ねぇ……)

 

 同じ獣型のデジモンでも、双方ではそれぞれ特化した能力が違う。

 

 グリズモンは、爪や牙に秘められた殺傷性と、抜群の格闘センス。

 

 ガルルモンは、四足歩行の敏捷性と、獲物を確実に仕留める正確性。

 

 この状況においてグリズモンの能力が発揮されるには、ガルルモンとの距離を詰める以外に無い。

 

 だが、ガルルモンはそれを知ってか否か、それとも視界に入っている重量級の前足――『熊爪』を警戒してからか、奇襲するその時までグリズモンの攻撃範囲から大きく出ている。

 

 グリズモンには、万全の状態ならばどの方向から奇襲されても対応出来る能力が備わっている。

 

 だが、今の彼は万全の状態と言うには程遠く、あとどのぐらい『進化』を維持出来るかすら危うい状態なのだ。

 

 タイムリミットは、あと何十秒か、それとも数秒か。

 

 どの道、危険な状態である事に変わりは無かった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そんな危険な状態にある一方で、ミケモンとユウキはウッドモンと交戦していた。

 

 交戦とは言っても、この戦いで成すべき事はあくまでもウッドモンが立ち塞がっている(つもりで無くとも)先の道を進み、ガルルモンに襲われているエレキモンと、ガルルモンを追いかけて転がっていったベアモンの救援に行く事であり、ウッドモンを優先してまで倒す必要は何処にも無い。

 

 ミケモンだけなら、障害(ウッドモン)をすり抜ける事も難しくは無かっただろう。

 

 だが、この場に取り残されたもう一体――ユウキが突破する事は、現時点では難しい。

 

 ミケモンには野良猫のように身軽で素早い動きをする事が出来る体を持つのだが、ギルモンはその体形から見て分かる通り、四足歩行を行ったり二本の足を使って素早く動く事に適していないのだ。

 

 そして、ミケモンからしても置いていくわけにもいかないため、仕方なくウッドモンを『倒す』選択をしているわけである。

 

「とっとと行かねぇといけねぇんだ……悪いが押し通るぞ」

 

 早急に決着を付けなくてはいけない状況であるが故に、ミケモンはいちいち相手の出方を窺う事などはせず、即行で攻め始める。

 

 ミケモンの武器は、茶色のグローブに包まれた前足に備わっている硬い肉球に爪と、高い瞬発力を発揮させるための後ろ足。

 

 ウッドモンは自身の武器である棒状の腕をミケモンに突き出すが、ミケモンはそれを横移動で避けると一気にウッドモンの懐へ四足で接近し、顔面の部分に飛び掛るとそのまま前足に備わっている鋭い爪で引っ掻いた。

 

「ネコクロー!!」

 

 ザシュザシュザシュザシュッ!! と、まるで木工刀で削り取ったかのような音が連続する度に、ウッドモンの体を構成している樹木の体が削れていく。

 

 ウッドモンは苦痛の声を漏らしながらも、自分に取り付いているミケモンをもう片方の棒状の腕で叩こうとするが、ミケモンはウッドモンの体に爪をくい込ませると共に両腕に力を込め、地に足を付けていない状態でありながら、上に跳んだ。

 

 脚力の基点となるものが無いが故に大したジャンプ力は発揮されなかったが、それでもウッドモンの攻撃を避けられるぐらいの高度は跳べており、ウッドモンは自分自身の腕で自分の顔面を殴ってしまう。

 

 空中で回転しながら落下するミケモンは、再びその爪でウッドモンの顔面部分を引っ掻く。

 

 そして地に降り立つと、今度は爪ではなく硬い肉球で一撃。

 

「肉球パンチ!!」

 

 鈍い音と共に衝撃がウッドモンの目と目の間に炸裂する。

 

 反撃など許さない。思考する時間も与えない。無駄な行動を取らない。

 

 常に自分が『攻める側』に立ち続ける事こそが、戦いにおいて最も優勢に近い立場に居られる方法である事を、ミケモンはよく知っていた。

 

 だが。

 

「……やっぱり、ジリ貧だな」

 

 ミケモンの爪によって削り取られたり、衝撃によって小さな亀裂を生じさせていたウッドモンの体は、まるで擦り傷が治る光景を高速で見せられているかのように、失われた部分を内部から『成長』させる事で再生されていた。

 

 原型が樹木であるが故に、養分さえあれば最低限の傷は高速で修繕出来るのだろう。

 

 ただの引っ掻き攻撃やパンチだけでは、攻撃力が再生力を上回るのに時間が掛かってしまう。

 

 即座に思考を切り替え、一端ウッドモンと距離を取ったミケモンは、自分の戦闘に割り込むと邪魔になるとでも思ったいたのであろう――先ほどから攻めあぐねているギルモンのユウキに声を掛ける。

 

「おい、ユウキとか言ったな。手を貸せ、こいつを倒すぞ!!」

 

「やけに簡単に言ってくれるが、どうやって!!」

 

「お前の『必殺技』が必要だ。俺がこいつの『腕』を止めるから、最大級のをブチかませ!!」

 

 ギルモンの『必殺技』は、口から強力な火炎弾を放つというもの。

 

 実際、ウッドモンというデジモンはその体を構成しているデータが『樹木』であるが故に、火の属性を伴った攻撃には滅法弱い。

 

 ミケモンの判断は間違っていない。

 

 ただ一つ、ユウキが『必殺技』の『出し方』を分かっていない、という点を除いては。

 

「………………」

 

「……おいまさか、記憶喪失だから種族としての技の出し方すら分かってないなんて言わないよな?」

 

「…………はい」

 

 実際は記憶喪失などではなく本当に『知らない』だけなのだが、なんかもう申し訳なさ過ぎて、ユウキは思わず敬語で謝っていた。

 

 なんてこった、とミケモンは思わず天を仰ぎたくなった。

 

 ウッドモンの両腕が、ミケモンとユウキのニ体に向かってそれぞれ伸び突き出され、会話しながらもそれを何とか避けると、ミケモンは責める事も無くユウキに向かってこう叫ぶ。

 

「『でかい炎を吐き出す自分』をイメージしろ!! んで、それを実際にやる時、自分の『必殺技』の名前を叫べ!! それが種族として所有している『必殺技』を出すための『キーワード』になる!! 『必殺技』の名前は分かるか!?」

 

「そっちは何となく分かってるけど、この状況で明確なビジョンをイメージするなんて……!!」

 

「俺が時間を稼ぐ。だから遠慮せずにやれ!! お前の仲間の命運が掛かってんだからな!!」

 

「ッ!!」

 

 ミケモンはウッドモンの顔面に再び飛び掛ると共に引っ掻いて、ウッドモンの意識をユウキから外す。

 

 その間にユウキは、何とかしてイメージする。

 

 だけど。

 

(……そんなの、イメージ出来るわけがねぇだろ!!)

 

 ユウキは、元は人間『だった』デジモンだ。

 

 そんな彼の『経験』に、炎を吐き出すなどという物があるわけが無い。

 

 イメージを形成するには、材料が足りない。

 

 だが、そんな彼の思考を知っているわけもないまま、ウッドモンに攻撃を続けているミケモンは二つ目の言葉を放つ。

 

「イメージするのは、自分以外の物で例えてもいい!! とにかく頭で考えて、それを表に出す事だけに集中しろ!!」

 

「自分、以外の物……?」

 

「さっき戦ったデジモンの事を忘れたわけでも無いだろ!!」

 

 さっき戦ったデジモン。

 

 それがどんなデジモンであったか、ユウキはとてもよく覚えていた。

 

 何故なら、一時間程度しか時間の経っていない、新たな『経験』の元となったデジモンだったから。

 

(……モノクロモン!!)

 

 その戦いの記憶は、恐怖や痛みと共に根強く『経験』に刻まれている。

 

 力不足からほとんど傍観する事しか出来ず、力になろうとして無様に失敗した、苦い記憶。

 

 それを活かすべき時は、間違いなく今なのだろう。

 

 根強く残っている『実際の』記憶を掘り起こし、それと元としてイメージする。

 

 口を大きく開け、喉の奥から空気ではなく熱気を生成し、その時の感覚を記憶に取り入れながら。

 

 一度、口を閉じる。

 

 目の前の敵を一回でノックアウトさせるための、強大な一撃を放つための『溜め』の動作として。

 

 口の中に篭る熱気はどんどん膨張していき、鼻の穴からも蒸気に似た白く熱い空気が漏れる。

 

 人間の体だったならば、口中どころか顔中が大火傷となっていて大惨事の行為だっただろうが、ギルモンの体であるからか痛みは全くと言っていいほどに無かった。

 

 ただ、やはり呼吸をしない状態を継続しているため、息苦しくなる。

 

「グ……グ……!!」

 

 ミケモンは、ユウキが『必殺技』を放つ準備を終えた事を確信し、ウッドモンの目元付近を爪で引っ掻き削り取って直ぐに『必殺技』の射線から出る。

 

 ウッドモンは目元の痛みから腕を目元付近まで動かし、痛みを和らげようとしているのかは分からないが痛がる様子を見せ、更に大口を開けて苦痛に満ちた声まで上げている。

 

 いくら再生しようが、樹木そのものである自分の体を傷付けられて『痛み』を感じない事は無いのだ。

 

 そして、自分の体に走る『痛み』の方へと意識を向けているが故に。

 

 そして、結果的に腕を使って視界を封じてしまっているが故に。

 

 そして、ミケモン自身もその状態を狙っていたが故に。

 

「今だ。撃て!!」

 

(ファイアー……)

 

 ミケモンの声を聞いた直後、ユウキはずっと苦しそうに溜めていたものを解き放つように口を開ける。

 

 

 

「――――ボオオオオオオオオオオオオオオオルッ!!!!!」

 

 

 

 技の名を叫ぶと共に、ギルモンの口内に溜められていた火炎が一個の球を形成しながら放たれた。

 

 放たれた火炎球(ファイアーボール)は、真っ直ぐウッドモンの体――正確にはその大きく開けられた口の中に向かって突き進み。

 

 直後、火球がウッドモンの体の内部で爆ぜた。

 

 よほど火力が強かったのか、爆炎は凄まじい音を伴ってウッドモンの体を内部から焼き尽くし、口元から灰色の煙を噴出させる。

 

 自身の弱点である炎を食らい、ウッドモンは断末魔に似た叫び声を周囲に響かせると共にその場にへたり込んだ。

 

 戦意さえも炎によって灰にされたのか、技を放ったユウキにもミケモンにも抵抗しようとはしない。

 

 勝敗など、わざわざ問うまでも無かった。

 

「行くぞ」

 

「……あ、ああ!!」

 

 野生の世界は弱肉強食とは言え、やはり相応の罪悪感は感じてしまう。

 

 ユウキはミケモンにそう言われ、やるべき事を再認識した上でウッドモンのすぐ脇を通り、坂道を下り始めた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 時間がとにかく足りない。

 

 周囲に見える茂みのどこからガルルモンが襲って来るのか、目で追うだけでは判別出来ない。

 

 ただ待つだけでも、グリズモンのタイムリミットは迫ってくる。

 

「クッ……」

 

 自分自身のタイムリミットを意識するあまり、冷静に戦術を構成する事が出来ない。

 

 攻撃しようにも、その範囲は『技』で拡張しない限りは腕の長さと同じぐらいが限度だ。

 

 そしてこの時も、キョロキョロと周囲を見回すグリズモンの視界の死角からガルルモンが襲い掛かる。

 

「――――!!」

 

 グリズモンは気配に反応する形でガルルモンの方を向き、何も考えないまま右拳を突き出す。

 

 それが裏目になった。

 

「フリーズファング!!」

 

 ガルルモンは本能的に技の名を言うと共に、突き出された拳に向かって噛み付き牙を食い込ませる。

 

 すると技の効果なのか、グリズモンの拳がどんどん冷たくなっていき、やがて氷に包まれると共に動かなくなってしまった。

 

「ッ……ぅらあッ!!」

 

 腕から伝わる激痛に苦痛の声を漏らすグリズモンだが、反撃と言わんばかりにもう一方の左拳を突き出す。

 

 今度は、腕に牙を食い込ませていたがために、ガルルモンはその拳を避ける事が出来ない。

 

 しかし、グリズモンの拳にモノクロモンとの戦いの時のような力強さが宿る事も無い。

 

 ガルルモンは頬に拳を食らい、その威力でグリズモンの右腕から引き剥がされる。

 

 だが、それだけだった。

 

「ぐぅ……っ!!」

 

 利き腕である右前足から力を感じない。

 

 それどころか、全身からどんどん力が抜け落ちている。

 

 攻撃を受けてしまったのが拙かったのか、グリズモンの膝が地に付くと共に『進化』が解除され、元の姿であるベアモンに戻ってしまった。

 

 既に疲弊していた体を酷使したのだから、消耗した体力は既に気力で補っても補強出来ないレベルにまで削られているだろう。

 

 そして、視界から最も脅威を感じる『敵』が居なくなった事で、ガルルモンは茂みに隠れる事も無く近づいて来る。

 

 そんな光景を、エレキモンは見ている事しか出来なかった。

 

(くそ……っ)

 

 エレキモンは、悔しさのままに内心で嘆く。

 

(俺って奴は……ッ!! 何でまた守られてんだよッ!! 何でいつも、最終的には……!!)

 

 力が――度胸が――強さが。

 

 足りないからなのだろうか。

 

 ベアモンやユウキには有って、自分に無い物は何なのか。

 

(クソったれが……ッ)

 

 涙腺が悔しさに刺激される。

 

 頭の中が色んな感情に塗れていく。

 

 その全てが、今はどうでもよくなってくる。

 

 今求める物は、ただ一つの結果だけ。

 

(いつまでも守られてばかりなんてお断りだ……今度は、俺が……)

 

 ガルルモンが、今にも倒れ掛かっているベアモンを噛み砕こうとする。

 

 エレキモンは、ベアモンを守るために立ち塞がる。

 

 ガルルモンが構わずに飛び掛った、その時。

 

 

 

 

「俺が、こいつを守れるような俺になってやるッッッ!!」

 

 

 

 光が、煌めいた。

 

 エレキモンの全身が、火花に似たオレンジ色のエネルギーを纏って繭に包まれる。

 

 飛び掛ってきたガルルモンは、それに当たると共に弾かれ距離を離された。

 

 それは色こそ違う物の、ユウキやベアモンが『進化』を発動させる時に出てくる物と同じ物だった。

 

「エ……レ……キモン……?」

 

 繭の中で、エレキモンの姿が明確に変わっていく。

 

 全身の体毛は赤色から白色になり、孔雀のように広がっていた尻尾は先の方に赤を残して更に広がる。

 

 前足は飛ぶ事に適してなさそうな大きな羽に、後ろ足は体重を支えるための巨大に発達した脚に。

 

 首元では羽毛が一種の髭のように変化した物になり、頭部には薄黒い鶏冠(トサカ)が生える。

 

 そして上顎の部分は黄色く硬化し(くちばし)に、目は得物を射殺すかのような赤い瞳になった。

 

 ――――エレキモン、進化……!!

 

 繭が膨張し、卵に衝撃を加えた時のように亀裂を奔らせると、内部からエレキモン――だったデジモンが姿を現す。

 

 そして、進化した自分の存在を肯定するように、名乗る。

 

「コカトリモン!!」

 

 




ウッドモンの台詞が無いのは、ゴルゴムの仕業って事にしておいてください(投げ槍)。

というのも、元々の設定からウッドモンは狂暴で、台詞として書くとしても『ゴオオオオおオオオオ!!』とか『グギャアアアアア!!』とか何だか軽い台詞ぐらいしか思い当たらなかったので。今回は地の文のみで表現させていただきました。南無散。

と、いうわけで今回の話では、ユウキ――ギルモン念願の『ファイアーボール』習得と、エレキモンの進化の両方をお届けさせていただきました。

これに当たってこんな質問が来ると思っているので、ちょっと自問自答します。

Q「何でユウキはデジモンのアニメシリーズでギルモンが技を出すシーンを見ているはずなのに、明確にイメージ出来なかったの?」

A「あくまで架空《フィクション》としか認識しておらず、それもアニメの絵を見ただけであり、
現実《リアル》の動きと比べると印象に残りづらいから。そしてモノクロモンを選んだのは、同じ『火炎の球を放つ』という共通点があったから」

 アニメでカッコいい技を見ても、それを実際に真似出来るかと聞かれれば無理、ってのと似た理屈です。もしくは、ある日突然狼にされた人間が四足歩行のやり方を知らないから戸惑ったりするのにも似ています。

 そして、ある人なら気付いたかもしれませんが、この話にもあった技を『受けて』覚えるという部分に関しては『デジモンワールド リ・デジタイズ』の要素をイメージして書いていました。あのゲームは本当に面白いので、最新作であるデジモンストーリーの方も楽しみでなりません。

 そして、ある人はやっとという所でしょうか。本編中でのエレキモン初進化です。いかがだったでしょうか?

 エレキモンというキャラが本格的にカッコよくなるのはまだ先(だと思っています)が、やはり序盤の内でも彼の心境的なものを表に出さないとな~と思って、今回の進化回では色々と考えた結果、ユウキやベアモンとは違う方向の『感情』を出して進化をさせました。

 それが何なのか、読者の方々には分かりますか? 分かったら凄いと思います。

 では、次回。コカトリモンはどうやってガルルモンのスピードに対抗するのかをお楽しみに。

 


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電子世界にて――『決着、そして帰還と――』

何とか一ヶ月経つ前に更新出来ました。やったぜ←←

というか八月になると、もうこの作品も一周年なんですねぇ……マジで何か面白いネタを出した方が良いのかと考え出してしまうんですが、はてさてナニをどうするか……。

話題を変更すると、書いていて思ったんですが、森の中でコカトリモンって物凄く戦闘が書きにくい。理由はコカトリモンの戦闘を書いてる人にしか分からないと思います(小並感)。

敵としての登場が主なデジモンですが、アドベンチャーでは人間に化けてたりしてましたよね。あれどうやってるんだろ。

最初の1000字近くは必要性があるかも分からない解説話ですが、始まります。


 

 バジリスク、という名を持った架空(フィクション)上の生物がいる。

 

 現実に存在『する』情報として古代に製造された時点では、頭部に冠状のトサカがあり、その目で見ただけで死をもたらす蛇の王様と呼ばれていたが、中世に時代が移るごとに、コカトリスという別の架空生物の伝承と合流し、姿に鶏の要素が取り入れられるようになった。

 

 時が経つにつれ、蛇の王様という外見情報は頭に鶏冠を持った蛇だとか、八本足のトカゲなどに塗り替えられ、バジリスクの別称としてコカトリスが用いられるようにもなった。

 

 更に時代が進むにつれて、バジリスクという生物の危険性はどんどん大袈裟に語られるようになった。

 

 例えば、蛇なんて比にもならないレベルの大きな生き物とされたり、口から火を吹くようになったり、先に述べたように目を合わせた者が石に変えられたり、その声だけで生物を死に至らしめるなどとされたりした。

 

 だが、そもそも、現実にそこまで危険な生物が居るのだとすれば、実際に見た者は何の情報も伝える事さえ出来ずに死んでいるはずであり、かえってその情報は信じられなくなっていった。

 

 そして、現代に至る過程で、既にバジリスクは現実には存在『しない』生物として語られ、ファンタジーを舞台にする絵本や映画やゲームなどに強敵として登場するようになってしまった。

 

 その殆どで使われている要素は『猛毒を持つ』事と『視線で石化する』という点であり、バジリスクという架空の生物を現す有名なステータスとして認識されるようにもなった。

 

 そして、バジリスクとコカトリスという異なる名前を持った二つの生物の情報は混同されたまま、デジタルワールドへと反映された。

 

 デジタルワールドに生息しているデジモンの種は、大半が人間の生きている『現実世界』から送られる情報(データ)原型(インターフェイス)としたものであり、ガルルモンやグリズモンのように、『現実世界』に実在している動物を原型としたデジモンもいれば、グラウモンのように実在しない生物を原型としたデジモンもいる。

 

 エレキモンが進化したデジモンであるコカトリモンは、言うまでも無くコカトリス(バジリスク)という伝説の生物を原型としており、後者のグループにあたるデジモンである。

 

 そして、その能力も当然、伝説上の情報を元としている。

 

 エネルギーの繭を破って現れたコカトリモンの最初の行動は、ただ単純。

 

 その視線を真っ直ぐガルルモンへと向け、一度目を閉じて、それから大きく見開きながら『必殺技』の名を叫んだだけ。

 

「ぺトラファイアー!!」

 

 名を言った瞬間、コカトリモンの目から水色の炎のような物が光線のように放たれ、放たれる前に前兆を察知していたガルルモンは素早く横に跳躍する事で避けるが、先ほどまでガルルモンが居た場所のすぐ後ろの方の木の一部分が、まるで焼け跡のように灰色に変色――石化していた。

 

 技を放つ過程で視界が塞がるため、コカトリモンは回避後のガルルモンが襲ってくる方向を理解するのに時間が掛かり、気付いた時には既にガルルモンが真っ直ぐ飛び掛ってきていた。

 

 だが、コカトリモンは防御手段を取る事も無かった。

 

 次に行った行動も、ただ単純。

 

「ぅらあッ!!」

 

「ガ……ッ!?」

 

 強靭な脚力を秘めた両脚、その内の右で、飛び掛ってきたガルルモンの顎を思いっきり蹴り上げたのだ。

 

 ただ蹴っただけにも関わらず、ガルルモンの体が首ごと上向きになるほどに反り、その状態を狙ったコカトリモンの嘴がガルルモンの腹部に突き出される。

 

 ドスッ!! と、一点に力が集中された攻撃がガルルモンの体を容易く吹き飛ばし、激痛を奔らせる。

 

「ぐっ……」

 

 コカトリモンは間髪を入れずに再び『必殺技』を放とうと思ったが、突然体に疲労的な重みが圧し掛かり、集中を乱してしまう。

 

 元々、進化する前から彼は消耗しており、その上にコカトリモンの巨体を維持するだけのエネルギーが明らかに不足しているため、進化を維持するどころか、単に体を動かすだけでも相当な負担が掛かっているのだ。

 

 コカトリモンというデジモン自体がそもそも、エネルギーの消耗が激しい戦いを苦手としているため、ガルルモンとマトモに戦える時間もそう長くは無い。

 

 それを分かっているからでこそ、コカトリモンは少しでも当たれば動きを封じられる『必殺技』を使う事を常に視野に入れていたのだが、ただの一発を放つだけでも相当な消耗を強いられてしまった。

 

 だが、進化を解くだけにはいかない。

 

 ここで彼が戦う事を止めたら、間違い無く後ろに居るベアモンが殺されてしまうだろうから。

 

 自分一人でも、意地で守り抜いてみせる。

 

「ぺトラファイアー!!」

 

 目で標準を合わせ、気合いでもう一発『必殺技』を放つが、コカトリモンが集中を乱した間にガルルモンが態勢を立て直していたらしく、今度は跳んで避けられる。

 

 跳び掛ってきた所を『必殺技』で狙う事も、言葉で言うだけなら容易かもしれないが、技の予備動作の間に喉笛を嚙まれては元も子もない。

 

 強力な技であるが故の欠点か、放つまでの『溜め』が少し長いのだ。

 

 だからでこそ、ガルルモンに避けられるだけの隙を与えてしまう。

 

「ガルルスラスト!!」

 

 跳んで回避したガルルモンは、そのまま体を回転させ肩口のブレードでコカトリモンを切り裂こうとする。

 

 今度は蹴りによる返しは出来ない。

 

 後ろにベアモンが居るため、回避も出来ない。

 

 取れる手段は、退化している両翼を交差させる事による防御以外に無かった。

 

「ぐ…………ッ!!」

 

 当然、両翼は切り刻まれ、激痛がコカトリモンを襲う事になるが、それでも切断はされない。

 

 交差した両翼を強引に振り、ガルルモンを押し返す事に成功したコカトリモンは、三度目の『必殺技』を放つために一度目を閉じた。

 

 着地地点は予想が付いている。

 

 ガルルモンには空中で移動する、という回避手段が無いため、最も安定して狙えるタイミングは着地の寸前、地に脚が着く直前。

 

 後は冷静に狙いを定め、放つだけ。

 

 

「ぺト…………ッ!?」

 

 

 そう、思っていた。

 

 ただ、盲点だった。

 

 この状況で、この環境で使うわけが無いと思っていたからでこそ、その当たり前の反撃を予測する事が出来なかった。

 

 技を放とうとしたコカトリモンと襲ったのは、ガルルモンの口から放たれる青い炎――ガルルモンの『必殺技』だった。

 

「フォックスファイアー!!」

 

 そもそも使うわけが無い。

 

 そう思っていただけに、突然使われたそれの防御策などあるわけも無く。

 

 無防備なコカトリモンへ、青色の炎が牙を剥いて襲い掛かってきた。

 

「ぎっ、ああああああああああああああああああああ!!?」

 

「え、エレキモン……ッ!?」

 

 なまじ体が大きい所為か、炎は一切他の物に焼け移る事も無くコカトリモンの体を焼く。

 

 幸いなのは、コカトリモンの羽毛がそれなりに耐熱性を含んでいた事だろう。

 

 それが無ければ、間違い無くこの時点で死んでいた。

 

 体の大きさも、ベアモンを守るための盾代わりになってくれたと考えれば、そう悪い気もしなかった。

 

「ぐっ、くそっ……お構い無しかよ……ッ!!」

 

 このような森の中でも遠慮無く炎の技を使った、という事は、既にガルルモンの理性は殆ど失われていると見ていいだろう。

 

 『沸点』を超えさせてしまったのは、恐らくコカトリモンが顎に放った一発の蹴り。

 

 こうなると、もうガルルモンはコカトリモンを仕留めるまで攻撃を中断する事も、茂みの中に隠れて隙を突こうともしないだろう。

 

 だが同時に、冷静さを失ったガルルモンには、もう攻撃よりも回避を優先するほどの判断能力は残されていないだろう。

 

 ならば、これは残り僅かなチャンスだ。

 

「ガルルルルルルルルルルルル――――ッ!!」

 

(……やべぇ、すげぇ怖い)

 

 自分で怒らせといてなんだが、という話ではあるのだが、やはり剥き出しの殺意を向けられて怯まないほど彼の精神は強くない。

 

 それでも、負けられない。

 

 腹を括り、コカトリモンは次の行動に出る。

 

「ぺトラファイアー!!」

 

 四度目となる『必殺技』を放ち、視線を向けた先にある樹木や葉っぱを石化させる。

 

 ガルルモンはそれを上に跳んで避けると、口に再び炎を溜める。

 

 コカトリモンはそこで視線を空中のガルルモンへと移し、しかし『必殺技』は使おうともせずに身構える。

 

 ガルルモンは口から炎を吐き出した状態のまま回転し、文字通り火だるまのような姿のままコカトリモンを襲う。

 

 それに対してコカトリモンが行ったのは、またも単純な事だった。

 

 両肩口から伸びているブレード、高い切断能力を持ったそれが存在しない、中央の背中(すきま)へ。

 

 

 

 

 まるで体当たりでもするかのように、跳躍すると共に自身の嘴を突き出したのだ。

 

 接近した代償として両肩を切り刻まれ嘴に火傷を負うが、その一撃はガルルモンの体を打ち上げ、生じた衝撃の影響でガルルモンはバランスを崩し、ゆっくりとした回転で地面に落ちていく。

 

 そしてコカトリモンは、地に脚を付けるまで一切の抵抗も出来なくなったガルルモンの落下ルートに横槍を入れるかのように、その高い脚力のままに跳び掛かり、ガルルモンの腹部を全体重を乗せた嘴で突いた。

 

「ビーク……スライドォ!!!」

 

 その結果。

 

 鈍い音と共に、ガルルモンの体は押されるような形でその背後にあった灰色――石化した樹木へ、コカトリモンの巨体とサンドイッチになる形で激突し、辺りへ石が砕けるパラパラ細かい音を響かせた。

 

 数瞬後、コカトリモンの姿は輝き、羽根のような粒子が舞い散ると共に元の姿――エレキモンに戻る。

 

 そして、衝撃と共に意識を消失させたガルルモンが石柱のような木に寄り添う形で崩れ落ちる。

 

 

「へ……へっ……ざ、まぁ……ねぇな……」

 

 

 勝敗が決した事を確信したエレキモンの意識は、初となる『進化』を解除した事から来る凄まじい疲労感と虚脱感から薄らいでいき――――意識が途絶える瞬間感じたのは、親友の暖かい腕の感触だった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 戦いは終わった。

 

 周囲から『敵』の気配は感じられず、その場には静寂が訪れる。

 

 途中から戦いを見ている事しか出来なかったベアモンは、戦う力を根こそぎ奪われたガルルモンのそぐ傍で気を失った親友を腕に抱いていた。

 

 その瞳から、一粒一粒と涙が出てくる。

 

「……エレキモン……」

 

 結果的に、ベアモンは助かった。

 

 エレキモンの方だって、命には別状も無いはずだ。

 

 だけど、それでも、結局。

 

 ベアモンが、エレキモン守り抜けなかった事には変わりが無い。

 

 もっと自分が強ければ、ここまで危険な状況に至らせる事なんて無かったはずだ。

 

 そもそも、最初の時点で『敵』の奇襲にさえ気付けていれば、ここまで追い詰められる事だって無かったはずだ、と思ってしまう。

 

「……ごめん……」

 

 言葉を発しても、意識を持たない親友は返してくれないだろう。

 

 言い知れぬ不安を抱きながらその場で動かずにいると、坂道の方からニ体のデジモン――ガルルモンに襲われたベアモンとエレキモンを助けるために疾走していたミケモンと、それよりちょっと遅れてギルモンのユウキが、多少呼吸を(特に後者が)乱しながら近づいて来た。

 

 彼等はそれぞれ、気を失って倒れているエレキモンの姿と、彼を抱き抱えているボロボロなベアモンの姿を見て言葉を述べる。

 

「おい、大丈夫か!? 怪我とか……はある、な……」

 

「あんな事があったのに命があるだけ十分だろ。ホントなら、死んでてもおかしくなかったぞ」

 

「……ユウキ、ミケモン……」

 

 二人の顔を見て、ようやく安心を取り戻すベアモン。

 

 涙が出てくるのを止められないまま、彼は言う。

 

「……エレキモン、怪我も疲労も僕より酷くて……僕もガルルモンと戦ったんだけど、何も出来なくて……」

 

「何も言わなくていい。遠くの方からでも、お前等二人のものと思われる『進化の光』は確認出来たから、どういう事があったのかは大体予想がついてる。というか、明らかにお前の方が酷い有様だろうが」

 

 ミケモンはそう言うと、ベアモンの腕の中で気を失っているエレキモンを自分の腕で抱え上げる。

 

 疑問を浮かべたベアモンが、涙を拭いながらミケモンに対して質問する。

 

「……どうするの……?」

 

「お前もエレキモンも、ついでにユウキも、怪我と疲労が明らかに酷いからな。これ以上は俺も見過ごす事は出来ねぇよ。単刀直入に言うが、今からお前等は俺が町まで連れ返す。食料に関しては仕方ねぇから、俺の方から分けてやるよ」

 

「……うん、分かったよ……」

 

 ベアモンはそう言うと、エレキモンの事をミケモンに任せて立ち上がる。

 

 ユウキもミケモンの意見に異論を唱える事は無く、同意したように頷いていた。

 

 食料の問題はミケモンが援助してくれるだろうから、とりあえずは山の中で食料を求めて彷徨う必要が無くなったからだ。

 

 ただ、ユウキから見てもベアモンのショックは大きいらしく、ユウキも表情を曇らせている。

 

 そんな時、エレキモンを抱えたまま山を下り始めようとしたミケモンが、視線を行き先へ向けたまま、ベアモンに対して言葉を飛ばした。

 

「……気に病むな。こいつの怪我もお前の怪我も、どちらかと言えば保護者でもあるオイラに責任があんだから。それでも気にするんなら、せめてこの『経験』を次に活かす事を考えろ。自分だけに責任があると思ってんじゃねぇぞ」

 

 ユウキには、その言葉がベアモンやミケモンだけでは無く、自分自身にも宛てられているものに感じられていた。

 

 互いに言葉を交わしながらも、目的の無くなった彼等は山を下り、帰る場所へと戻る。

 

 幸運というよりは不自然なほどに、帰る途中『敵』との遭遇は一切無かった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ――――目を覚ました時、エレキモンの目が見たのは、よく見知った天井だった。

 

「……ん……」

 

 自分達は助かったのか。

 

 ベアモンやユウキはどうなった。

 

 そういった疑問は、自分が自分の住んでいる家で眠っていた、という事実によって収束された。

 

 眠っている間に何があったのかは知らないが、エレキモンの眠っている傍には明らかにリンゴとは違う食料――焼けた肉や、健康に良い果実として有名な超電磁レモンが皿代わりの葉っぱの上に置かれていて、いつの間にか空腹になっていたエレキモンは、食欲に身を任せるようにそれ等を口に運んでいた。

 

 こういった様々な食料が山で手に入ったとは思えない。

 

 間違い無く、ミケモン辺りの援助があったのだろう、とエレキモンは思っている。

 

 眠っている間に意外と時間が経っていたのか、視線を家の外へ向けるとオレンジ色の空――夕焼けが広がっているのが見えた。

 

「……戻って、これたのか」

 

 安心感の一方で、ベアモンやユウキが今どうしているのかが気になった。

 

 体を起こそうとするが、食料でエネルギーを補給した上でも体は重く感じられた。

 

 四つの脚で体を支える事さえ難しいのか、もしくは眠りから覚めたばかりで意識が覚醒しきっていないからか、エレキモンは寝床から起き上がる事も出来ずに横になる。

 

「……だりぃな……」

 

 そんな事をぼやいていると、入り口の方から来客があった。

 

 自分と同じくボロボロなはずのベアモンと、モノクロモンとの戦いの時には自分を守って背中に大火傷を負っているギルモンのユウキだ。

 

 彼等はエレキモンが目を覚ましている事に気付くと、早速声を掛けてきた。

 

「エレキモン、大丈夫……? まだ『進化』した時の消耗が回復しきれてないんだね……」

 

「……そういうお前はどうなんだ。お前なんて山の中で二回も『進化』を発動した挙句ぶっ倒れてたじゃねぇか」

 

「僕は大丈夫だよ。ここに来る前、町に戻ってからミケモンがくれた食料を食べたり昼寝したりで回復に専念してたから、本調子とまでは言えないけどずっとよくなってるし」

 

「お前ってホントに頑丈なのな……昨日といい、今日といい……」

 

 二日間の間に三回も成熟期のデジモンと戦っていながらもすぐに回復するベアモンに、呆れたような言葉を口にするユウキだが、ベアモン自身は自分の体の損傷よりも他人の体の損傷の方が心配の優先度が高いのか、気にせずにエレキモンに声を掛ける。

 

「大丈夫なようで何よりだよ……エレキモンがコカトリモンに進化した時は、本当に驚いたけど……やっぱりエレキモンは強いや。君がいなかったら、僕はあそこで死んでたよ」

 

「……へっ、何を言ってんだか。モノクロモンとの戦いの時、俺やユウキを助けてくれたのはお前だろうに」

 

「でも、僕一人じゃ無理だったという事実は変わらないよ。いつも一緒に居てくれてありがとう」

 

 互いに微笑ましい会話を交わす中、話題を切り出すようにユウキが言葉を投げ掛ける。

 

「ベアモン。褒めあうのは良い事だと思うんだけどさ、忘れてないか?」

 

「……あっ、うん。分かってるよ」

 

「? 何かあったのか?」

 

 どうやら、エレキモンが眠っている間に二人の方で何かがあったらしい。

 

 エレキモンの無事を確認し、ようやくベアモンも切り出すべき話題を口にする。

 

「あのね、落ち着いて聞いてね?」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 エレキモンが目覚める、少し前。

 

 周りを木造の壁に囲まれ、本棚や食料貯蓄庫といった設備が整った特別製を感じさせる部屋。

 

 『ギルド』の拠点である建物の奥で、組織のリーダーであるレオモンと、受付員(と言う名の留守番係)なミケモン――レッサーは互いに言葉を交わしていた。

 

 レッサーが山へ向かってから戻ってくるのに大分時間が掛かっていた事に疑問を浮かべていたレオモンだったが、遅れた事情とその後の言葉を聞いて、その表情を強張らせていた。

 

「……ふむ。狂暴化したデジモンによる二度の襲撃。それによって生じた負傷者の保護。まぁこういった事情があるのなら、戻ってくるのにここまでの時間が掛かったのも仕方無い、か……」

 

「そう思うだろ? ったく、あいつ等も不運なもんだよ。一日どころか、二日に三度も狂暴化したデジモンの襲撃を受けるなんてな」

 

「……全くだな。様々な野生のデジモンが生息しているにも関わらず、彼等だけが襲撃された。不運と例えるのも間違いでは無いだろう」

 

 元々、最近様々な地域で見られる野生デジモンの『狂暴化』は、発生条件も犯人も分かっていない。

 

 他と比べても比較的安全『だった』地域へミケモンを送ったつもりだったのだが、話を聞いた通り、見回りをさせた地域でも『狂暴化』の問題は発生している。

 

 当然、これについては他の地域の『ギルド』でも調べられているのだが、芳しい情報は得られていないと聞く。

 

 また、危険な可能性を秘めた地域が増えた。

 

 だが、レオモンが顔を強張らせている理由はそこ『だけ』ではない。

 

 彼はレッサーの目を真っ直ぐに見ながら、こう言ったのだ。

 

「……だが、正気か? 確かに成熟期のデジモン――それも狂暴化している個体を相手にして生存出来るほどの強さが本当ならば、『試験』で実力を確かめる必要も無いのは分かる。むしろ、この町の『ギルド』はメンバーも少ない方だからな。働き手は大抵歓迎する。だが……俺はまだ、その子達の事を知らない。『試験』も飛ばして『ギルド』に入団させるなど、すぐには決められん」

 

 一方で、レッサーは適当とも真面目とも言えない調子で言った。

 

「いいんじゃねぇの? オイラは少なくとも、アイツ等には大物になる可能性があると見てるぜ」

 

「……はぁ……」

 

 レオモンは思わず、溜め息を吐いた。

 

 ミケモンが嘘を言っているわけでは無い事ぐらいは分かっているのだが、まだ素性も見た事が無いデジモンを含めた『チーム』の結成など、安易には決められない。

 

 実力があるのは分かったが、それに見合う心構えはあるのか。

 

 レオモンは考え、そして言った。

 

「……分かった。だが、後で……夜でも構わない。一度俺の前に顔を出すように伝えてくれ。これから先やっていけるのか、見定める必要があるからな」

 

 大層な大義名分や大事な機密情報などを抱えているわけでも無いが、素性も何も知らないデジモンを無条件で受け入れるわけにはいかない。

 

 ミケモンのレッサーの事を疑っているわけでも無いが、どの道これは必要となる過程なのだ。

 

 そんな真面目くさい事を考えているレオモンに対して、レッサーは『へ~へ~、分かりましたよっと』なんていう面倒くさそうな言葉を漏らしながら、受付カウンターのある場所まで足を運ぶ。

 

 レオモンもまた、自らの役割を遂行するために文献――自らが書き記した情報に目を通す。

 

 昨日の時点で依頼を大分達成してきたからか、今日この『ギルド』に宛てられた依頼は比較的少なかったらしい。

 

 レオモンにはそれが、平和と言うより――嵐の前の静けさのように思えた。

 

 思わず、彼はこう呟いた。

 

「……()()()()()()()()()()()()……」





NG? あ、すいません後回しです←←

あと一話か二話でようやく第一章が終わりそうってか終わらせたいです。いやホント、予想よりも長引いて収拾どう付けようかと悩みに悩みましたが、ようやく落とし所に入れました。

何だか思いっきりカットしたなぁ、と思う方もいると思いますし、作者もそう思っていますが、ぶっちゃけこれ以上詰めに詰める必要が無かったというか発生するイベントも無かったんですよね。行動についても『山を降りた』と、町にいってからは『休んだ』と『食事をした』で説明出来るレベルで内容の薄い過程だったので、バッサリとカットさせていただきました。

必要な場面は全て書いているつもりなので、説明不足な点も少なく問題無いと思っています。

これでも問題などがあると感じられた場合は、感想やメッセージなどで指摘してもらえれば即座に修正いたします。

(まぁ、一番最後の台詞だけ違和感があったので帰宅後、四時四十五分ぐらいに修正したのですが)

とりあえず第二章をどうしようとか考えているのですが、まずは第一章を終わらせなくては……。

さて、次回は遂にユウキ以外の『個体名』が決定し、同時に『チーム』の名前も決定する予定です。

山に入ってから絶賛空気中の主人公の出番はいかに……ッ!!

では、次回をお楽しみに。


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電子世界にて――『戦いに赴くだけの理由と覚悟と』

 
 もうすぐ連載一周年という所で、遂に『第一章』も完結です!! 正直不安でしたが、やろうと頑張れば案外出来るもんですね。ずっと単調な話を見ていて退屈なお方もいると思いますが、それでも読んでくれている事には本当に感謝です。

 ようやくここまで来たかぁ……という所で、遂にずっと名無しだった彼等にも個体としての名前が付き、三人のチームとしての名前も!! いやぁ本当に書きたい話を書いた時って、気持ちが良くなりますね!! 何か色々と路線がズレた気がしますけど!!

 ぶっちゃけた話、ずっとシリアス続きだったので一気にギャグい空気を引き込んでます。アレですよ、発作的なアレですよ。シリアスなんて必要だと思った時だけに集中させて、他はギャグで纏めればいいんだと思っているんですよ!! 実際はそう上手くいくわけないですけど!!

 ……では、前置きはこのぐらいにして。

 『第一章』の最後を飾る話、始まります。




 と、いうわけで。

 

 要するに、とユウキの隣でベアモンが言葉を紡ぐ。

 

「ミケモン曰く、レオモンを信用させられるだけの言葉と、僕達の『個体名(コードネーム)』と、何より納得を得られるだけの目的を用意しておけだってさ」

 

「これまた唐突だな……。そりゃあ俺からしても『ギルド』に入団出来る事に越した事は無いけど、まさか『試験』を飛ばすなんてよ。そういう『特別』な事例って今まであったっけ?」

 

「あるんじゃない? そもそも『試験』の内容と実績が被っているんなら、そもそもそれまでの『経験』が『試験』の達成条件と混同したっておかしくないし。とは言ってもあくまで『実力』の面での『試験』が終わっただけで、多分リーダーであるレオモン――――『個体名(コードネーム)』は『リュオン』だっけ? どの道、もうすぐ向かう事になる所でレオモンに承諾してもらえないと、入団出来ない事に変わりは無いよ」

 

 ベアモンはそう言ってから視線を隣で立っていたユウキの方へと向け、それからエレキモンの方へ振り向き直すと、こう言った。

 

「……思わぬ出来事で入る事になったから、これから早速色々と決めておきたいんだ。僕等の『個体名(コードネーム)』と、僕等の『チーム』を指し示す『名前』を」

 

「……レオモンに俺達の事を承諾させられるだけの言葉の方は?」

 

「ぶっちゃけ考えるだけ無駄でしょ。僕等の『そのまま』をぶつける事でしか承諾しそうに無いし、こういう事は考えるよりも包み隠さずに言った方がいいと思うよ。ユウキもそう思うよね?」

 

「俺も、流石に考えぐらいはするけど、一言で納得を得られる都合の良い理由を出しても駄目だと思う。そういうのは下心を読まれただけで簡単に崩れ去る。そもそもの『ギルド』って組織に入りたい理由を、ベアモンの言う通り『そのまま』喋った方がいいんだと思う」

 

 実際の所、どんなに都合の良い理論武装をしても、簡単にあのレオモンを納得させる事は出来ないだろう。

 

 レオモンという種族名を聞いただけでも、その性格がどのような物であるかを大体予想出来たユウキからしても、ちゃんと芯の通った言葉をぶつけない限り納得を得るのは難しいと思っている。

 

 ならばベアモンの言う通り、自分達の思いをそのまま告げた方がいい。

 

 明確な『理由』が無いのなら、そもそも『ギルド』という組織に入ろうと思わないからだ。

 

「はぁ。ま、あのリーダーに包み隠された部分のある言葉が通用するとも思えないしな。優先すべきなのは、そっちの方か」

 

「そう思うよ? と、いうわけでカッコいい名前を決めちゃお~!!」

 

「結構大事なことだと思うのに軽いなオイ!!」

 

 この世界において大抵は仕事に使う二つ名だったり、それぞれの『個』を確立させるための物として使われる物が『個体名(コードネーム)』なのだが、どうやらベアモン自身もまだ自分の『個体名(コードネーム)』を決めていなかったらしい。

 

 ちなみにエレキモンも決まっておらず、とりあえずしっくり来そうな名前を(ベアモンが自分の家から持ってきた)絵本から摘出する事になったのだが、あまり進展はしていない。

 

「ユウキも手伝ってよ。元人間だったんだし、カッコいい名前ぐらい付けられるでしょ?」

 

「そんな無責任な」

 

 ベアモンにそう言われたユウキ自身も、テレビゲームの登場人物に付ける名前にどうしても時間を掛けてしまうタイプだったりして、ベアモンとエレキモンの名前を決め兼ねている。

 

 そうこうしている間に時間は過ぎていく。

 

「ん~、じゃあベアモン。『ブラオ』とかどうだ?」

 

「ちょっとそれは……う~ん、三文字なのはいい良いけど……しっくり来ないなぁ」

 

「俺も考えてみたんだが『ナックル』とかどうだ……?」

 

「流石にそれは……やだなぁ」

 

「直球すぎるだろ……。まんま『拳』って意味じゃねぇか」

 

 一応こんな形で案が出てくる事もあるのだが、どうも納得のいきそうなキーワードは出てこない。

 

 空の色も、どんどんオレンジ色から夜の闇色に染まり出していく。

 

 犬や猫といった獣の名前でも付けるのなら、適当にポチだとかなんだとか決められたかもしれないが、これから互いに協力し合う仲間の名前をこうして付けるとなると簡単には決められない。

 

 そうして、決めきれずに時間だけが過ぎていった。

 

「……駄目だ。というか、お前等……流石に何処かで妥協しろよ!?」

 

「って言われても……『グレイ』とか『ガーディン』とか、ユウキが変な名前を付けようとするんだから困惑するに決まってるじゃん」

 

「俺の方も『トニトゥルス』とか『ルベライト』とか、よく分からない名前だったしな。そっちからすれば理解出来るかもしれんが、俺たちがお前の言葉を全部理解出来るとは思うなよ」

 

「これでも色々頑張って考えたんだぞ!? 名前に使えそうな個性の少ないベアモンはともかく、エレキモンの方には色々と反映させてみたし!!」

 

 ただのデジモンであり、人間世界の言語に詳しくないエレキモンに知る由は無いが、どちらもエレキモンの特徴に関連した語句だったりする。

 

「それが分かりにくいんだって言ってんだ。ってか三文字ぐらいでいいだろ無駄に長いんだよ!!」

 

「唐突な三文字縛り!? お前いい加減にしてると一文字ネームにすんぞこの野郎!!」

 

「君らさ、意味も無く喧嘩しないでほしいんだけど……まぁ、語呂の良さってのもあるし、僕も二文字から四文字ぐらいで十分っていうか、要するに三文字で呼びやすい名前でお願い」

 

「……三文字だな? 確認するけど、本当にそれでいいんだな?」

 

「ユウキだって三文字だし、ね。ただ『グレイ』はやめてね。モンって付けただけで実在するデジモンの種族名になっちゃうから」

 

「何その下らない理由!? 意味も全く違うのに!!」

 

 そんなこんなで、夜になるまで名前の厳選は続いていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 この三日間の間、色々な出来事があった。

 

 元人間を自称するデジモンと、偶然遭遇した。

 

 現実として存在するはずの無い生き物と対面した。

 

 互いに素性も知らぬまま、元居た場所に一緒に帰った。

 

 地や木を這う大量の芋虫に襲われ、不本意ながらも戦った。

 

 低空を舞う巨大なる羽虫の怪物に奇襲され、生死の境を彷徨った。

 

 出会ったばかりの『友達』を守るため、狂暴な怪物のように戦い駆けた。

 

 条件を付けた上で、出会ってそう時間も経ってない者同士が、その手を繋いだ。

 

 その他にも色々な危機が襲って来たし、様々な『感情』が三人の役者を強くしている。

 

 

 

 この三日間の間、三人の思考には様々な思いが生まれていた。

 

 ある者は、自分の存在が別の何かに成り変わっていた事に困惑して。

 

 ある者は、『友達』の事を『被害者』にする『加害者』に対して怒りを覚え。

 

 ある者は、心を寄せる相手とさえ居られるのならどんな無茶をも厭わないと思った。

 

 

 

 前に進む事しか知らない子供達は順当に『成長』し、一歩一歩の感触を認識しながら進んでいる。

 

 先も見えないまま、ただ自分の目的の指す方だけを見つめ、それを当たり前のように思いながら。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 夜中になり、ユウキとベアモンと(何とか起き上がって歩けるようにはなった)エレキモンの三人は、『ギルド』の拠点である建物に訪問した。

 

 暗がりでも周囲をよく見えるようにするためなのか、内部の所処には小さな炎が付いているカンテラが設置されていて、それが不思議と夜風の冷たさを和らげているようにも見える。

 

 三人の事を待っていたのか、内装の一つである受付用カウンターの上には、ミケモンの『レッサー』が退屈そうに寝転がって待機していた。

 

「待ってたぞ。リーダーが裏の方で待ってる」

 

「「「………………」」」

 

 三人は、緊張の所為か無言になってしまいながらも歩いて、受付用カウンターの先にあるのだろう部屋を隠しているカーテンを手で退けて、その先へと足を踏み入れる。

 

 入った部屋の方もカンテラの明るさで視界が確保されており、部屋の奥ではミケモンと同じように三人が来るのを待っていたのだろう、この『ギルド』で最も位の高い存在が胡坐(あぐら)を掻いて待機しており、三人の姿を視界に入れると共に、確認するようにこう言った。

 

「来たか」

 

 そのデジモン――レオモンの姿を見た一同は、会話が出来る距離まで固い動きのまま近づく。

 

 彼が何らかの『気』を振りまいているわけでは無いのだが、それでもこの町の『ギルド』という一つの組織の長という事前情報と、彼そのものが纏っている風格から、なかなか緊張感を解く事が出来ない。

 

 そんな彼等を見て、軽く笑い微笑みながら、レオモンは言った。

 

「そう緊張しなくてもいい。せっかく座って話せる場を設けたのだからな。こちらとしても特別な扱いを受けるのは好ましくないからな」

 

「は、はい……」

 

 ベアモンとエレキモンは柔らかい言葉を告げられて緊張の糸を解き始めるが、ユウキだけは面接に(おもむ)く中学生みたいな姿勢でピタッと制止してしまっている。

 

 一度深く呼吸をするのを見て、二人だけでも冷静になったのを確認してから、レオモンの方から話題を切り出す。

 

「さて。ミケモンから君達の事は聞いているし、ミケモンから君達も、俺が聞きたい事ぐらいは聞いているだろうが……まずは自己紹介といこう。俺の種族名は見ての通りレオモンで、『個体名(コードネーム)』は『リュオン』だ」

 

「ベアモンです。多分、僕とは何度か会ってると思います」

 

「エレキモン。右に同じくって感じです」

 

「……ギルモン。個体名は『コウエン・ユウキ』。色々あってベアモンの家に居候させてもらってます」

 

「…………ふむ…………」

 

 自己紹介を終えると、ほんの数秒だが、レオモンはユウキの目を見つめながら思考していた。

 

 レオモンからすれば、ベアモンとエレキモンは多少の面識があっても、ユウキに限ってはこの辺りの地域ではあまり目にしない種族である上に、既に『個体名(コードネーム)』を保有している事が不思議に思えたのだろう。

 

 見つめられて、思わずユウキは息を呑む。

 

 そして思考が終わると、レオモンは次の話題を切り出した。

 

「では単刀直入に聞かせてもらうのだが。君達は『ギルド』に入るつもりなのだな?」

 

「はい。前々からこの組織で働いて、『外の世界』っていうのを見てみたかったので」

 

「俺もベアモンの理由とは別件だけど、同じように『ギルド』には入るつもりだったっす」

 

「……俺はベアモンに協力したいってのと、同じく別件の理由で入るつもりです」

 

 それぞれの回答を聞いて、レオモンは自己紹介の時と同じリアクションを起こす。

 

 小説とかで台詞の意味をそれなりに深く考えるタイプなのだろうか? なんて事を思うユウキだったが、思えばこれは自分達の事を試すための会話だった事と、この町における自分自身のイレギュラーっぷりを思い出し、即座にその思考を消し去る事にした。

 

 会話に一時(ひととき)が訪れ、それが過ぎると共にレオモンが口を開く。

 

「……分かった。前提となる情報の確認は、もういいだろう」

 

 そう言って、続けて言葉を紡ぐ。

 

「では、次の質問だ」

 

 どういう質問が来ても良いように、三人は心構えをする。

 

 ここからの質問に対する対応で、この会話から決定する事項が変わるかもしれないから。

 

 そして、来た。

 

 

 

「――――君達には、危険を(おか)してでもこの仕事をやるような理由(わけ)があるのか?」

 

 

 

 そもそもの前提に、答えを出すための質問が。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 様々なケースで戦いが頻繁に起きるこの世界(デジタルワールド)では、戦う理由も色々な物がある。

 

 生き残るために。

 

 求めているために。

 

 欲望を満たすために。

 

 信念を貫き通すために。

 

 衝動とも言える物のままに。

 

 守りたいものを守るがために。

 

 きっと、それを下らない事だとか、つまらない事だとか、罵る者だって居るかもしれない。

 

 だけど、例え否定されても進みたくて、それでも壁として立ちふさがる物があるのなら。

 

 一匹は知らぬ真実を求めるがために。

 

 一匹は手を伸ばして届かせたいがために。

 

 一匹は支え合いながら目指したい物のために。

 

 時に打ち壊してでも、回り道をしてでも、進みたい道があったっていいはずだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 最初に問いに答えたのは、ベアモンだった。

 

「確かに危険を冒してまでやるほどの物として、僕の『理由』っていうのはちっぽけかもしれない」

 

 まず、危険と願望を天秤に乗せてから。

 

「だけど、それでも僕は手を伸ばしたいんです。この『世界(デジタルワールド)』に存在してる、色んなデジモン達に出会いたい。色んな景色を見たい」

 

 ベアモンの『理由』は。

 

 子供でも抱く、ただの好奇心。

 

 だけど今は、それだけでは無かった。

 

「……最近は色々な問題が発生してて、のどかな風景がどんどん崩れてる。罪も無いはずのデジモンが被害に遭って悲しんで、それを分かっていながら何もしないのは嫌なんです。そして何より、そんな風に一方的に他者の幸せを奪っているような奴を放っておけない」

 

 その言葉に秘められた物は。

 

 間違い無く、ユウキが巻き込まれている問題も入っている。

 

「これが、僕の『理由』です」

 

「………………」

 

 次に、エレキモンが口を開いた。

 

「まぁ、俺はベアモンほど立派な『理由』を持ってるわけじゃないっすけど、あえて言うなら」

 

 別に重々しいわけでも無い、とても軽い口調で。

 

「コイツと一緒に……いやそうでも無いかもしれないけど、目指したい夢がある。その過程で危険が付き纏うんだとしても、それを諦めて何の感慨も無い生を過ごすのはゴメンってヤツですよ」

 

「………………」

 

 多くを語るのは苦手なのか、エレキモンはそれ以上『理由』を言う事が無かった。

 

 そして、ユウキの番がやってきた。

 

「……俺は……」

 

 頭の中で決めていた言葉を、ただ告げる。

 

「俺は、ベアモンやエレキモンの物とは違うんですけど……ただ、知りたい事があるんです」

 

「……知りたい事?」

 

「別にこの世の真実だとか、学者さんが求めそうな物じゃないですよ。ただ、自分が知らない真実っていうのを知りたい。それだけです」

 

「……本当に、それだけなのか?」

 

 最も不明な点が多い人物を相手にしているからか、途中途中にレオモンも問いを入れる。

 

「君の『理由』を否定するわけではないが、知らない方が幸せと言えるような真実も世の中には存在するだろう。何も知らないままで、平和に過ごしているだけという道もある。それを分かった上での選択なのか?」

 

「……正直、怖い所はありますよ」

 

 見えない恐怖に真っ向から立ち向かうように、言い放つ。

 

「だけど俺は、知らないといけない……そう思うんです。そりゃあもしかしたら辛い現実そのものが真実かもしれませんし、知ろうとした結果、命を落とすほどの危険に見舞われる事だってあるかもしれない……」

 

 自分自身が人間からデジモンに成った理由。

 

 この『世界(デジタルワールド)』にやって来た理由。

 

 何より、まだ人間だった頃の最後に会った青いコートの人物の目的。

 

「けど、覚悟ならもう決めました」

 

 それを知るまで、絶対に進む事を止める事は出来ない。

 

 力強く、挑むように宣言する。

 

「どんなに過酷な道でも進んで、真実を見つけ出す。その過程で戦う事になるとしても、仲間と一緒なら乗り切れると思えたから怖くない」

 

 それは、自分がまだ弱い事を知っているからでこそ、それを実感しているからでこそ、出せた答えだった。

 

「…………なるほどな」

 

 他者から聞いたら、他人任せな弱者の言葉とも受け取れるような言葉を聞いて。

 

「……まったく。ここまで堂々と返してくるとはな……ミケモンは言っていたが、君は本当に記憶喪失なのか?」

 

「事実としては間違ってないですよ。間違い無く俺の記憶には『知らない事』が合間に挟まってる。だから、それを探すために頑張りたい」

 

 そして、三人の『理由』を頭に入れた上で、レオモンはこう返答する。

 

 

 

「……合格だ。認めよう」

 

 

 

 短く告げられ、三人は率直に歓喜した。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 さて。

 

 『ギルド』への加入が認められたのは良いのだが、まだやり残している事がある。

 

「ではまず、君達の『個体名(コードネーム)』を決めなければならないな」

 

「そうだった。まぁ大丈夫なんだけどね~」

 

「そだな。さてユウキ君、決定した俺達の『個体名(コードネーム)』を発表しやがれください」

 

「お前ら結局俺にだけ名前の案を任せてたのかよ!! てかエレキモン、お前そんなキャラだったっけ?」

 

「やだなぁ。これから一緒に活動するんだから仲良くやるのは基本だろって事だからとっととしろ」

 

「そうだよ。もう決めてあるんでしょ?」

 

「早速この二人に信頼が持てなくなって来たけど、なんか後戻りが出来ないから言いますね」

 

「うむ。変なもので無い限りは大丈夫だ」

 

 ……三人が歓喜した瞬間、同時にシリアスな空気でも換気されたのだろうか?

 

 明らかに扱いがおかしいのにも関わらずレオモンは味方してくれないし、それどころかベアモンやエレキモンの言葉を止めてくれたりしない。

 

 もう何と言うか、この流れから脱する事の方が難しく思えたらしく、ユウキは言われるがままに言った。

 

「……ベアモンは『アルス』……帽子に書いてあるアルファベットの『BEARS』から後半の三文字――『A』と『R』と『S』を取った物。エレキモンは『トール』……まぁ、こっちは適当だけど」

 

「おい待て、適当ってどういう事だ電撃ぶつけんぞ」

 

 ユウキが(人間が書いた神話の事なんて言っても分からないだろうからという理由で)適当と述べたため、人間世界の文献までは知らないエレキモンには知る由も無いが、エレキモンに名付けられた名前の元となった対象はトンでも無い存在だったりする。

 

 何とか両方とも三文字で収められた辺りは、ユウキもそれなりに頭を使ったのかもしれない。

 

 ちなみにベアモンは、掴みが悪くないと感じたのか、特に苦情も無かった。

 

 三人分の『個体名(コードネーム)』が決まった所で、今度は三人の『チーム』の名前を決める事になる。

 

「では最後に『チーム』の名前を決めてもらおう。案は用意しているか?」

 

「あ、はぁい!! そっちは僕が考えてま~す!!」

 

「そっちは考えられたのに何で自分の方は決められて無かったんだ……」

 

 ユウキが何かを言っていたが、ベアモンはそっちの方に意識を向ける事は無く、エレキモンも特に反論を残そうとしなかった。

 

 ベアモンが、何処か誇らしげに宣言する。

 

 

 

 

 

「僕達の『チーム』の名前は……『挑戦者たち(チャレンジャーズ)』!!」

 

 

 

 

 

 どんな困難にも立ち向かい、道を切り開く。

 

 ベアモンの付けた名の意味は、単にそういう物だった。

 

 そしてレオモンは、その名の意味を理解した上で、最後にこう告げた。

 

「……では、改めて歓迎しよう……『挑戦者たち(チャレンジャーズ)』。この『ギルド』へようこそ。そして、これからはよろしく頼む」

 

 その言葉を区切りに、会話は終了した。

 

 三人は疲れを癒すために、それぞれの居場所に戻っていく。

 

 

 

 場に残ったレオモンが思考していると、部屋の中にミケモンが入ってきた。

 

 そして彼が、ニヤニヤとした笑顔でこう言ってきた。

 

「うっす。あいつ等、面白かっただろ?」

 

「…………さてな。ひとまず、信用に足り覚悟も備わった者達、という事は分かったさ」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ユウキ達が『チーム』を結成し、そして『ギルド』に入団した頃。

 

 変わらぬ清らかな水の音と、夜風が木の葉を揺らすような音が散らばる山にて。

 

 夜の闇に紛れるような形で、その環境からすると場違いな姿をした何者かが、独りで。

 

「…………はい」

 

 誰かと、話をしていた。

 

 その耳と思われる部分には、何らかの電波を発生させる事で会話を可能にする、夜の闇と色が同化した機械が押し付けられている。

 

 多少でも電子機械の事を理解している者ならば、携帯電話と言われているであろう物が。

 

 目に見えてさえ居れば誰もが違和感を抱くであろう光景だが、誰もその光景を視界に入れる事は出来ていない。

 

 迷彩のような何かによって視えていないのだから、当たり前ではあるのだが。

 

 何者かが、言葉を紡ぐ。

 

()()()()『紅炎勇輝』の『成長段階(レベル)』は上昇中。その仲間も、彼の影響を受けるような形ではありますが、成長しています。…………はい、はい。了解してます」

 

 その言葉の意味を理解出来る者は、この場には居ない。

 

 ただ、ただ、情の感じられない言葉だけが続く。

 

「……では、交信を終了します。次の交信は……そうですか。はい」

 

 この場に居ない相手との会話が終わったのか、彼は手に持っている機械の電源を切る。

 

「………………」

 

 ユウキにもベアモンにもエレキモンにも。

 

 戦うだけの理由(わけ)という物は確かに存在し、それのために戦う事は既に確定している。

 

 だが。

 

 何も、理由(それ)を持っているのは当然彼等だけでも無い。

 

 命を賭けて戦えるだけの理由を持っている者は、余程の事が無い限りは揺らぐ事も無いし、どんなに綺麗事を述べようが、それぞれはそれぞれの事情を抱いて戦いに赴き、いつかは潰し合う。

 

 これは、戦えるだけの『理由』を持っている者たちによる物語なのだから。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 




 終わったッ!! 『第一章』完ッ!!

 と、いうわけで終わった『第一章』ですが、いかがだったでしょうか?

 一年足らずぐらいでようやくここまで書けましたが、ぶっちゃけ怠慢さえしなければもっと早く走り抜けた事を考えると、何と言うか不甲斐無く思えなくも無いですね。だって、同じぐらいの話数で、話の構成次第では完全体まで主人公を進化させられそうですし。その上、予定では九章ぐらい書きそうだから心が既に折れそうなんだぜ←← だって書きたい話が山ほどあって妥協出来ないものばっかりなんですもん!!←←

 というか、主人公よりも当初では脇役予定だったエレキモンが凄い人気なのはどういう事なんや……そりゃあ主人公が台詞量少ない期間が長かったですし、どっちかと言えばベアモンの方が主人公的な事やってそうでしたし、台詞の量ではエレキモンの方が上かもしれませんけど、内心すごい複雑です。主人公の事をもっと見てあげて!!←←

 ベアモンとエレキモンの『個体名』についてですが、ベアモンについてはリメイク前の物をそのまま使う過程で、その由来を簡単に説明させていただきました。

 アルスって名前の勇者、何だか別のゲームでも居たような気がしますし、語呂が良いので扱い安いと思ったんですよね。ゲーム等では正当進化系であるマルスモンにも似せる事が出来ますし。まぁ、仮に究極体進化させるとしてもマルスモンにする事は絶対に無いでしょうけど(確定)。

 一方でエレキモンは、何と『北欧神話』にも登場している『雷を司る神』こと『トール』という名前に。関係無いけど別の作品のトール君って凄い良いキャラしてますよね。

 作中でユウキが案として出していた『トニトゥルス』と『ルベライト』の意味は、前者がどっかの語群で『雷』という意味で、後者が『紅電気石』と、実はちゃんとエレキモンの特徴を生かした名前だったりするんですよね。本人には意味が難しすぎてバッサリされましたが。

 ちなみにベアモンの方の『ブラオ』と『グレイ』は両方とも色の関連で、『ガーディン』は『守護者』の意味を成す『ガーディアン』から取りました。『オーディン』の方は関係ありません。やっぱりベアモンにとってはしっくり来なかったのですが。

 最後にチーム名である『挑戦者たち(チャレンジャーズ)』は、ぶっちゃけリメイク前と同じように『ブレイズハート』だとか何とかだとらしくないなぁと思い、現時点での彼等を示す名を付けました。

 ……先に出したチーム『フリーウォーク』にもルビ用の名前を付けた方が良いんだろうか……

 さて。このまま『第二章』に進みたいとも思えるのですが、その前に。

 『第一章外伝』として、あるお方とのコラボ回のこちら側での視点の話を書きたい思いもあるので、遅れる可能性が高いです。
              ・・・
 何より『第二章』の舞台を、人間界にするかデジタルワールドにするか、迷っているので……。


 『第一章』でようやくデジタルワールド側の土台が積み上げられたので、これから面白く出来たらなぁ。書きたい話がめっちゃ先の方にありすぎてブラストレーションがマッハだぜぇ……。


 それでは、次の章にて。

 感想・指摘・評価など、いつでもお待ちしております。

 


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第一章・外伝 
異世界にて――『突発的な救助と対面と』


デジモン新作アニメ発表で顔面バーストモード不可避。

8月25日追記。グラウモンが『彼』を助ける際の描写を一部消去修正しました。

『刻印のある腹』→→『グラウモンの腹部にはデジタルハザードの刻印がねぇ!?』。


 今更ではあるが、確認しておこう。

 

 紅炎勇輝は、デジモンに成ってしまった人間である。

 

 ひょんな出来事で犯罪者(私見)の目的に巻き込まれ、ひょんな出来事で架空の存在として認識していた存在と対面し、自身も同じ存在と化している事に驚愕したりするのはまだ序の口。

 

 その後に起きた突発的な出来事で、巨大な羽虫とエンカウントして死に掛けたり、食料の調達のために向かった山の中で鎧のような物質を纏った竜に奇襲された死に掛けたり、その帰り道でやはり死の危険に見舞われたり。

 

 ……そういった『経験』がある故に、彼は突発的なイベントに対する耐性が高い。

 

 人生とは偶然と理不尽の連続である、を地で行く『経験』は伊達では無く、戦闘能力も少しずつだが上がってきている。

 

 何より、今の彼には二匹の仲間がいる。

 

 一匹は、青に近い黒色の体毛を生やした子熊のような姿をしたデジモン――ベアモンのアルス。

 

 もう一匹は、赤い体毛にプラズマのような青色の筋が通った七本の尻尾を生やしたデジモン――エレキモンのトール。

 

 彼等(を含めた協力者)のお陰で生き延びられた事だってあるし、何より一人では無いという事実が何よりもユウキの心に安心感を与えてくれる。今はとある事情で別行動を取っており、食料の確保に向かっている所ではあるのだが。

 

 きっとこれから、どんな出来事があっても取り乱さない。

 

 仮にまた命に関わるような問題が発生しても、仲間と一緒なら乗り越えられる。

 

 そう、このポジティブ思考が大前提。

 

 さて、では視点を現実へと移行しよう。

 

 

 

 

 

 此処は、とある森の中。

 

 ギルモンのユウキの視線の向こうでは、正体未確定の物体――――というか、記憶上に存在しているシルエットによく似た竜のようなデジモンが上空を旋回していて、何の前触れも無く地上に落下を始めていた。

 

 いかにも、意識を失っているように。

 

「…………………………………………………」

 

 硬直。

 

 無想。

 

 そして一度、現実から目を背けるように目を閉じる。

 

 これはきっと夢だ、目を開ければそこには青く美しい空だけが見えているはず。

 

「…………………………………………………」

 

 そう思いながら目を開けたが、何だか目に映る落下中のシルエットに変化は見えない。

 

 まるで『おっかしぃなぁ、こんな所にあんなデジモンがいるわけ無いのに何でなんでなんや~』とでも口に出してしまいそうなほどに呆けた顔をしていたユウキだが、そこでようやく現実を直視する。

 

 よく見ると、落下しているシルエットがバーコードのような何かに一瞬包まれ、そこにはユウキがよく知る存在が見えているではないか。

 

 少なくとも爬虫類型とか獣型のデジモンには馴染みの無い衣服を着ていて、肌はとても見覚えのある色で、その額には同じく見覚えのあるゴーグルを装着している、そんな存在を示す一つの名をユウキは知っている。

 

 一週間近く『それ』と出会う事が無かった所為か、思わずその実感を忘れそうになるユウキだが、今はそれを考えている暇も無いらしい。

 

 そういうわけなので、思わずユウキは一言。

 

「……親方!! 空から人間がッッッ――――!!」

 

 あの高さから落ちたら、間違い無く大怪我では済まない。

 

 そしてよく見れば、ユウキの居る位置と『それ』の落下位置は明らかに離れている。

 

 つまり、この場合やるべき事は決まっていた。

 

「―――――――――――――――――!!!!!」

 

 落下位置に向かって走りながら、自分の中のスイッチを切り替えるように、喉の奥がはち切れんとするほどの声を上げる。

 

 それと共に鼓動が急加速、電脳核(デジコア)の回転も急加速。

 

 ついでに理性も吹き飛ばしてしまいながらも、ユウキはその身を変化させる。

 

 小さな赤色の恐竜のような姿のギルモンから、巨大で狂暴な銀髪を生やした竜――グラウモンの姿へと。

 

 当然『進化』を発動させる際に抱いていた『目的』は明確だったので、自我が無くともグラウモンは迷う事も無く落下予想地点へ向かう。

 

 途中に生えている樹木を邪魔だと言わんばかりに薙ぎ払いながらも進むその様は、救世主というよりは明らかに怪獣だったりして、温厚な野生のデジモンは本能的な恐怖から散らばるように逃げ出す者ばかり。

 

 グラウモンの視線は常に落下を続けている『人間』の方へと向けられている。

 

「グゥラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 いかにも『テメェ落ちてるんだからいい加減起きろこの馬鹿~!!』と言わんばかりに大きな声を出すが、やはり起きない。

 

 何らかの異常が起きて、意識が断絶しているのだろうか。

 

 そんな思考を抱けるだけの理性が無いが故に、叫ぶか走るかぐらいしかの事しかグラウモンには出来そうに無いのだが。

 

 それでも『目的』を第一の優先順位として並べているため、彼は落下中の人間を『助ける』ために、この状況で最も有効な手段を取ろうとする。

 

 彼は器用にも、スライディングでもするかのように後ろ足の方から滑り込み、落下地点が自身の腹の部分に来るような態勢になったのだ。

 

 そのお陰もあって『人間』の体は、竜種特有の腹がクッションになってくれたらしく、体に負担をかける事も無く危機を脱する事が出来た。

 

 尤も、その『人間』が本来味わうはずだった衝撃などは、クッション代わりとなっていたグラウモンが全て引き受ける事になっているわけで。

 

 腹に溜まっていた空気(と若干の火炎)が全て上向きに吐き出され、古いテレビが叩いて直されるように彼の自我が若干戻り、ようやく吸収し終える事が出来た。

 

 茂みの向こうから、同じものを目にしたからか、見知った顔が近づいて来る。

 

 『進化』による声帯周りの変化もあってか、野太くなった声で彼は呟く。

 

「…………ドウシテ、コウナッタ…………」

 

 説明しなければなるまい。

 

 何故、彼等がこのような状況に陥ってしまったのか、その経緯をッ!!

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 時は『ギルド』への入団を果たしてから、およそ五日が過ぎた頃だった。

 

 この日彼等――『挑戦者たち(チャレンジャーズ)』は、とある事情で普段は魚釣りのために向かう場所――町から一時間ほどの場所にある海岸に、手ぶらな状態でやって来ていたのだ。

 

 その事情は単純。

 

 彼――ギルモンのユウキの経緯に関する情報を少しでも獲得するために、そもそも彼が『偶然にも』この海岸に流れ着いた理由が、この海岸に残されているかもしれないからだ。

 

 幸いにも、食料などに関しては保存分の物で賄えるため、確保するための道具を持ち寄らずとも問題は無かった。

 

「……普通に考えれば異常なんだよな。何で、お前みたいなのが海で流れ着くんだよ」

 

「って言われてもな……俺も、ここで発見される『前』の出来事を知っているわけじゃないし……」

 

「とにかく調べよう。どうせ砂浜には何も無いだろうし、やっぱり探すとしたら海の中!!」

 

「あんまり深い場所までは行かないようにな。危険だから」

 

 そんなこんなで、初の水中探索である。

 

 ベアモンもエレキモンも不思議な事に泳ぎは普通に出来ていたし、ユウキ自身にも人間だった頃の経験から泳ぎは難しく無かった。

 

 人間から爬虫類型のデジモンに成ったからか、水中でゴーグルを付けずに目を開けていても痛くは無い。

 

 経験上から『敵』の襲撃に警戒を怠らずに、何か水中に『異常』な物が無いかを探索する。

 

 それを、一時間ほど続けていた時だった。

 

(……ん……?)

 

 ユウキが水中で、何か『異常』な物を発見した。

 

 黒くて、深くて、明らかにそれは『海』という環境においては『異常』として認識されるであろう色。

 

 その、発生点を。

 

(……調べてみる価値はありそうだな。どの道お先真っ暗なんだ。多少の危険は許容すべき……か)

 

 一度水上へと顔を出し、酸素を取り入れた後に。

 

 彼は、ちょっと深い場所に見える黒い渦らしき物の発生点に向かって潜行した。

 

 ベアモンとエレキモンは、一端ひと休みするために海岸で待機しながら、彼の居るであろう方向を見つめていた。

 

 そうしてユウキが、その『黒い渦』に接近し、ある程度の距離を詰めた、その時だった。

 

 まるで大きなプールからホースを抜いた時のような、凄まじい吸引力が渦を中心に発生したのだ。

 

(な……ッ!?)

 

 突然の出来事に、彼は反応する事が出来ても抵抗する事が出来なかった。

 

 必死に両腕を動かしてもがいても、状況が好転してくれる事は無い。

 

 何より『進化』を発動しても、圧倒的な水の力には逆らえない。

 

 精一杯の抵抗も空しく、彼は『黒い渦』の中へと吸い込まれていった。

 

 だが、それだけでは無く。

 

「ちょ……」

 

「何……!?」

 

 発生した巨大な歪みは海流を大きく乱し、津波のような物すら発生させ、海岸で待機していたベアモンとエレキモンを、一瞬にして飲み込んだ。

 

 そして彼等も『黒い渦』の中へと吸い込まれる。

 

 

 

 

 

 そして、目を覚ますと。

 

 彼等の目の前には、何故か広大な森の空間が広がっていたのだ。

 

 ふと上を見てみるが、水中で見つかった『黒い渦』は欠片も視界には映っていない。

 

 このような状況が初な彼等でも、これが『異常』な状況である事ぐらいは理解出来た。

 

 だから、この場にやって来た初日は安全確保と進路の決定も兼ねて特に大きな移動をせずに、野宿をして消耗した体を休めていた。

 

 次の朝になり、三人はそれぞれ朝の食料や周囲の地理を求めて別行動を取り。

 

 ふと、遠い目で空を眺めていると、大きな竜型のデジモンが辺りを見回すように旋回していて――――突然、人間に変化すると共に落下を始めているのを、別々の場所から三匹が確認していた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そして、今に至る。

 

 自我が一時的に戻り『目的』が達成された事もあってか、冷静になったグラウモン――ユウキは『進化』する前の姿であるギルモンへと戻っていた。

 

 ベアモンとエレキモンは、初めて見る『人間』に明らかな興味を示している。

 

「もしかして……その子が『人間』?」

 

「……ああ、間違いない」

 

「マジかよ……『人間』って本当に居たのか。おとぎ話だけの存在だと思ってたが」

 

 二匹の問いに多少答えながら、ユウキは助ける過程で『進化』に使った体力から疲れを感じる体を動かし、前足で『人間』の所有物の入っているのであろうポーチバッグの中をあさり出した。

 

 いかにも『人間』に馴染みの深い道具が入っているのを見て、ユウキは心の中に何処か懐かしさのような物を感じながらも、その中から白いふかふかとした布の一枚――タオルを取り出した。

 

 彼は、震える心を無理やりに押さえつけながら、ベアモンとエレキモンに対して言う。

 

「ベアモンとエレキモンは、この子のための食料を調達してきてくれ。俺は近くにあった川で、これを水に浸してくる」

 

「うん、分かったよ」

 

 状況が状況だからか、二匹とも異論を唱える事も無く従ってくれた。

 

 恐らく『人間』の事を自分達以上に知っているだろう、と思ったからだ。

 

 二人が食料の調達のために茂みの向こう側へ向かい始めるのと同時に、ユウキは水の音を頼りに見つけた近くの川にタオルを浸し、絞る。

 

 そして元の場所まで戻り、タオルを額に乗せる前に、意識の有無を確認した。

 

「おい、おい。俺の声が聞こえているか?」

 

 あまり大きな声を出しても意味が無いと思ったので、耳元に囁くように声を出してみた。

 

 すると、少しずつ『人間』の繭が動き出した。

 

 意識がある。

 

「……ふぅ」

 

 それを確認すると、ユウキは水で絞ったタオルを『人間』の額に向けて落とす。

 

 同時に『人間』の意識は回復し、彼はタオルを受け止めた。

 

 ユウキの事を視界に入れると、彼はシンプルな質問をした。

 

「もしかして、俺を助けてくれたのか?」

 

「助けたというより、落ちてきたのを拾ったんだけどな」

 

 ユウキはそう説明しながらも、思わず肩をすくめていた。

 

 実際には『進化』を発動させて、ギャオギャオバキバキとした荒事が入っていたのだろうからだ。

 

 一方で『人間』は、ユウキの事を怪しそうに見ている。

 

 ユウキも『人間』とは違う理由で、じっと見つめている。

 

 とりあえず話題を引き出すため、ユウキは『人間』に対してどうしても気になる事を質問した。

 

「二つ聞いていいか?」

 

「俺に答えられる質問ならな」

 

 ユウキが真剣な表情をしている事に気付いたからか、回答者の『人間』も背筋を伸ばす。

 

「お前、人間か? 人間にそっくりなデジモンとかじゃなくて、正真正銘の人間か?」

 

「ああ」

 

 多少疑問を残すような声で『人間』はそう返答した。

 

 そしてユウキは、その返答から示し出される僅かな可能性を問う。

 

「じゃあここは、人間の世界なのか!?」

 

「えっ? と、違う。ここはデジタルワールドだ」

 

「そうか……」

 

 まぁ、そもそもデジモンが存在している時点で、そうである事の予想は付いていたのだが。

 

 それでも、元居た場所に帰れた可能性の事を思うと、ユウキは少し残念そうな表情になった。

 

 ユウキからの二つの質問が終わり黙った事を確認した『人間』が、今度は自分の方から質問してくる。

 

「なあ、俺の方からも二つ聞いていいか?」

 

「俺に答えられる事ならな」

 

 さっきの質問の意味でも聞くのだろうかとユウキは思ったが、質問の内容は予想と大きく異なっていた。

 

「ついこないだまでここで戦いが起きてたって知ってるか?」

 

「いや、知らない」

 

 一つ目の質問に関しては本当に心当たりも無かった。

 

 自分達の来た事のある場所での戦いなら覚えているが、このような場所には来た事も無いからだ。

 

「じゃあ……二つ目。最近黒くてでかい、渦だか球だかみたいなものに吸い込まれなかったか?」

 

 二つ目の質問には、とても心当たりがあった。

 

 というか、ここに来た原因がそもそも『それ』なのだ。

 

「あぁ。二日くらい前にその黒い渦だか何だかに引きずり込まれたばかりだ。気が付いたら見覚えのない場所にいた」

 

 呆気に取られながらも、そう事実を述べるように告げた、直後だった。

 

「うわあぁぁぁぁ……」

 

 突如『人間』が喉の奥から絶望すら感じさせる呻き声を上げ、頭を抱えだした。

 

 そして、その姿勢のまま脳天を地面に押し付ける。

 

 突発的な出来事の次は突発的な土下座(未完成)である。

 

「おい、どうしたんだ!?」

 

 思わず、といった調子でユウキは『人間』の肩に前足を置く。

 

 すると『人間』がそれをガシッと掴み、勢い良く体を起こして、ユウキに向かってこう絶叫した。

 

 

 

 

 

「何で()()()()デジモンがまだここにいるんだーっ!! もう時空の歪み閉じちまったんだぞーっ!!」

 

 突然訳の分からない事を叫ばれ、困惑して気押されながらも『人間』の声に負けじと声を上げる。

 

「いきなり言われても何の事か全然わかんねえよー!!」

 

 ちょうど。

 

 そんな時に、森から食料調達を終えたのであろうベアモンとエレキモンが、それぞれ林檎(りんご)や魚を持ちながら足を止めていた。

 

 とりあえず、といった調子で一言。

 

「え? なにこれ?」

 

「直接ユウキに聞け。俺は知らない」

 

 ベアモンは本当に、言葉通りとでもいった風に。

 

 エレキモンは、あまりにも混乱を極めた状況に対して逃避するように、そう言っていた。

 

 そして、二匹の姿を確認した『人間』が、恐る恐る聞いてきた。

 

「……この二人もお前の仲間か?」

 

「あぁ」

 

 即答に、『人間』がまたもや地面に突っ伏した。

 

 とりあえず訳の分からない状況なので、現時点で唯一の希望なのが目の前に見える『人間』なのだが、とりあえず絶望顔から復帰しない限りはまだ話が出来そうになかった。

 




 と、いうわけで急いで書いたら思いの他早く完成しました。

 星流さんの、アメーバブログにて連載中の『デジモンフロンティア02―神話へのキセキ―』とのコラボ回の、こちら側の視点です。

 向こう側では詳しく書かれなかった状況を書いてみたら、ユウキが進化してまた環境破壊してたり、何と本編よりも先にグラウモンとしての言葉が出てきたり、と色々と展開が完成してしまいました。

 まだ見ていない人からすれば訳分からないと思いますが、今回登場した『人間』の正体。

 『デジモンフロンティア』というキーワードがあれば、予想もつく人が居るのでは?

 では、次回もお楽しみに。


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異世界にて――『一方通行な理解と知識』

コラボ回はこんなに書きやすいのに本編ときたら……というか、本編の話とこのコラボ回を書いた時のUAがおかしすぎる。たった数日で1000超えとか普段の物を見ていると絶対おかしいよレベルですよ。お気に入り登録数とかエラい増えっぷりになってますし。

これがデジモン原作アニメの効果ってやつですか……たまげましたなぁ。

……本編の話の大抵のUA『300~400』 コラボ回『1000~1700』。

何でしょう、この複雑な気分。見てくれるのは嬉しいんですが、その原因が自分の作品の面白さにあるように思えないこの感じ。むぐぐ。


「えっとまずは……助けてくれてありがとう、かな」

 

 少々の時間が過ぎてようやく冷静さを取り戻したのか、落ちてきた『人間』はバンピーなリアクションから一転して普通に礼を言ってきた。

 

 ようやく普通に接する事が出来そうだ、と認識したベアモンとエレキモンが『人間』の近くまで寄って座り、調達してきた食料を近くに置いた。

 

 魚に果実に、人間ならば前者の素材を焼いたりして食べる場面だろう。

 

「どういたしまして。君が空から落ちてきた時には驚いたけどね」

 

 実際は怪獣(ユウキ)が進撃し、辺りの環境に明確なダメージを与えながら助けたのだが、きっと知らない方が良いだろうと思ったので、ベアモンは詳しい状況を伝えたりはしなかった。

 

 代わりに、顔をずいっと『人間』に近づけながら、言った。

 

「ところで、君って『人間』だよね?」

 

「さっきも聞かれたけど、そうだ」

 

 事実を述べるように返って来た答えに、ベアモンは好奇心を揺さぶられたように笑顔を浮かべながら、言葉を紡ぐ。

 

「そっかぁ。やっぱりそうなんだぁ」

 

「……何だ?」

 

 その反応には『人間』だけではなく、ユウキの方も疑問を抱く。

 

 そんな彼等の疑問に対して答えを出すように、ベアモンは二人の異なる存在を見比べてから、あっさりと言った。

 

「ユウキも『人間』だった時は、こんなにかわいかったんだな~って」

 

 明らかにトップシークレットに近い、個人情報を。

 

 当然、『人間』と『元人間』なギルモンのユウキは声を上げる。

 

 だが、ユウキの気にした点は個人情報を漏洩した、という行いに対してでは無く。

 

「俺をどうしたら『可愛い』になるんだっ!?」

 

「今さらっと重要な事を言ったな!?」

 

 偶然にも声が重なったが、この場合正しい反応を残してくれているのは『人間』の方だろう。

 

 まぁ、人間だった頃の記憶が有るユウキからすれば、一人の男としてそのレッテルが受け入れ難い物だったのしれないが、この赤色爬虫類には自身のイレギュラーっぷりに関する自覚が足らないのだろうか。

 

 相手が『人間』とは言え、そもそも『デジモンに成った人間』なんて存在は異常として見られてもおかしくないのに。

 

 というか、このリアクションの発端であるベアモン自身は二人の反応を楽しんでいるようで、さっきから質問に対する返答を行おうとしない。

 

 そんなやり取りを横から見ていたエレキモンが、やれやれと言わんばかりにため息を吐きながら言う。

 

「お前らなぁ。コントより先にやる事があるだろ。自己紹介とか、情報交換とか」

 

 言っている事は真っ当なのに、前後の文脈を考えると責務を果たしていないと言えなくも無いような。

 

 もしくは、エレキモン自身もこの状況を楽しんでいたのだろうか。

 

 深刻なツッコミ不足の一例である。

 

 エレキモンの言葉を聞いて、真っ先にベアモンが手を上げた。

 

「じゃあ、僕から自己紹介をするよ。種族名はベアモン。見ての通り、ごく普通のベアモンだよ」

 

 ちなみに、そう言う自称『普通』のベアモンは、大怪我をした後でもその日が過ぎれば完治する、なんていうインチキ染みた自己再生能力を持っていたりする。

 

「ごく普通か……? 俺の種族名はエレキモン。正真正銘のごく普通のエレキモンだ」

 

 やけに『普通』を強調して言うエレキモンも、名付けられた『個体名(コードネーム)』がトンでもない存在をモチーフにされていたりしている。

 

「俺の種族名はギルモン。元は人間だったんだが、何故か今はギルモンになってる。人間としての名前は紅炎勇輝(こうえんゆうき)だ」

 

「ふ~ん、そうか。よろしくな」

 

 もはや説明不要なレベルで『普通』では無いギルモンの自己紹介に対しての『人間』の反応は、やけにあっさりとしていた。

 

 流石にそこにはユウキも拍子抜けしたらしく、ようやく自分のイレギュラーっぷりを再認識していた。

 

「俺が元人間って言っても、驚かないのか?」

 

 ベアモンもエレキモンも、その疑問は抱いている。

 

 ひょっとしたら、ユウキの同じ『元人間のデジモン』を知っているのだろうか。

 

 そんな事を予想していたのだが、答えは予想を九十度ほど急上昇して返って来た。

 

「ああ。人間がデジモンになるってよくあることだし」

 

 思わず。

 

 三人の目が点になり、一斉に『人間』の顔を凝視していた。

 

 何故なのだ? 何をどう考えれば、どんな経験をすれば、そんな風に『人間がデジモンに成る』事を『よくある事』と言ってのける事が出来るのだ? と、生まれつきデジモンなベアモンとエレキモンでも、予想だにしていなかった回答に目を丸くする事しか出来ない。

 

 同じく疑問を抱いていたユウキだが、二人と違って彼には『ある可能性』を脳裏に浮かべる事が出来ていた。

 

 そう、思えばこの『人間』は、見間違いではなく実際にデジモンに成っていたではないか。

 

 ユウキからすれば、そのデジモンの名も覚えているし、そのデジモンの最大の特徴も知っている。

 

 そして偶然にも、その予想を裏付けるかのように『人間』が自己紹介のために口を開いた。

 

「俺の名前は神原信也(かんばらしんや)。見ての通りの人間だ」

 

 ユウキの口は、思わず『か・ん・ば・ら?』と動いていた。

 

 とても聞き覚えがある名だ。

 

 だが、それはユウキの知る限り。

 

 アニメの中にしか居ないはずの『主人公』の苗字では無かったか。

 

 そして、この人間――神原信也の成っていたデジモンは……『彼』が本来ならば成っていたはずではないか。

 

 何より、()()()()とは。

 

「ひょっとして、お前、神原拓也の弟なのか?」

 

 そう呼ばれた彼はその質問を意外と思ったらしく、質問に質問で返してきた。

 

「ユウキは()()の知り合いか? ユウキの世界にも『神原拓也』がいるとか?」

 

 その返答だけで、証明は十分だった。

 

 彼は、ユウキも知る『デジモンフロンティア』と呼ばれる映像上の物語に出てくる主人公。

 

 神原拓也の弟――――神原信也なのだ。

 

 よく見れば、服装の色合いなど違いがあれど、そのゴーグルは確かに『主人公』の付けていた物とそっくりだった。

 

 アニメで知った、なんて事を言うのは失礼極まりないだろう。

 

 自分の生きている世界が『現実』と認識している者にとって、それを他者から『架空』の存在として認識されるのは我慢ならないだろう事ぐらい、ユウキにも分かっていたから。

 

 だから、彼はこう表現した。

 

「知り合いというか……俺が一方的に知ってるだけだ」

 

 嘘は言っていない。

 

 その名と姿を知っていても、現実に言葉を交わした経験など無いのだから。

 

 ごまかすために言った言葉とは言え、やはり感に障る所があったのか、彼――神原信也はその発言に対して質問をせず、簡潔に話題を切り出した。

 

「さて、情報交換だけど。ここはユウキ達のいた世界(デジタルワールド)とは別の世界(デジタルワールド)だ。最近まで俺()と敵が戦ってて、その影響で時空のゆがみができてた。ユウキ達はその一つに吸い込まれたってわけだ」

 

「ずいぶん詳しいんだな」

 

 エレキモンが林檎(りんご)(かじ)りながら言う。

 

 信也は軽く肩をすくめると、事実を述べるような調子で続けた。

 

「何度もあったからな。こうやって異世界のデジモンが迷い込んでくるの」

 

 どうやら、ユウキ達以外にも『黒い渦』のような物によってこの世界にやってきた者が居るらしい。

 

 言葉から察するに、その度に信也やその仲間は共に『敵』とやらと戦い、無事に帰っていったのだろう。

 

「一つだけ違うのは」

 

 だが、その過程から生じる希望を否定するように、信也はこう言った。

 

 

 

 

 

「お前達の帰る手段がないって事だっ!!」

 

 沈黙が走る。

 

 言った本人からしても大問題な事だったのだろう、彼も言う事を躊躇(ためら)っていた。

 

 だが、三人の返事は信也の予想を、スキー場のジャンプ台からK点を越えるレベルで超えてきた。

 

「そうか~。それは困ったねぇ」

 

 その1、ベアモンはのんきに魚を咥えていた。

 

「すぐに帰れないとなると、本格的に寝床を確保しないとだな。昨日みたいに野宿を続けるわけにもいかないし」

 

 その2、エレキモンは即座にこの世界での行動の方針を考えていた。

 

 どうやら、三人が『そんな……』とか言いながら崩れ落ちるとでも思ったいたらしい信也は、同じくあんまり驚いていないらしいユウキに顔を向ける。

 

 そして、問う。

 

「いつもこんな調子なのか? ユウキもあんまり驚いていないみたいだけど」

 

 その問いを聞いたユウキは、痒みでも生じた時のように頭を前足で掻きながら言った。

 

「う~ん、元居た世界でも、俺が人間世界に帰る方法は分かっていなかったし……正直、今までと変わった気がしない」

 

「そ、そうか」

 

 その3、実は一番絶望していそうな人物が平然としていた。

 

 と、まぁ、これはこれは『普通』とはかけ離れている三人の返事を聞いて。

 

 自分の心配が杞憂だった事を悟った信也は、肩の力を抜いた。

 

 そして、エレキモンの『寝床を確保しないと』という発言に対して、早速解決案を提示した。

 

「何か予想外な反応だったけど……とりあえず、俺の仲間達もいる『城』に向かわないか? 寝床もあるし、食事だって用意してくれると思うぞ」

 

 三人は断る理由なんて一つも無かったので、遠慮せずにその言葉に甘える事にした。

 

 目的地も決定し、向かう途中で信也はこっちの世界(デジタルワールド)の説明をしてくれた。

 

 

 

 

 

 途中、信也が勢いよく後ろの森へ振り返った。

 

「どうしたんだ?」

 

「……何でも無い」

 

 首を横に振って誤魔化す信也だが、他人の感情を読み取る事が得意でないユウキでも、それが嘘である事は理解出来ていた。

 

 むしろ、ユウキ自身も『それ』の視線を受けている事には、信也との自己紹介を終えた後から気付いていたからだ。

 

 だが、城というキーワードを聞いてワクワク状態なベアモンと、同じく期待を抱きながら歩いているエレキモンを見て。

 

 心配をさせないために、ユウキは抱いている物を表に出そうとしないようにした。

 

 信也と何気ない話を続けながら、三人は城へと続く森の道を進んでいく。

 




今回の話はコラボ元の話の関係から短くなりました。後4話ぐらいで星流さんとのコラボ回のこちら側の視点が終わるかと。

前の話と比べるとあんまり派手な部分とか書けなかったのが悔い残りですかね……展開上仕方無いとは言え、早く戦闘かギャグ展開を書きたいという欲求が増し増しです。

ちなみに作者がデジモンフロンティアで一番好きな進化バンクはヴリトラモンです。一度でいいから進化してみたい←←

星流さんのアメーバブログにて連載中『デジモンフロンティア02―神話へのキセキ―』は絶賛連載中。見るとかなり面白い設定が練りこまれてたり、星流さん自身のデジモンフロンティアという作品に対する愛情的なものが感じられてて面白いです。

では、次回もお楽しみに。


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異世界にて――『ファンタジーと若者を誘う甘い声』

ちょいと間を空けての次話投稿となりました。それでも本編に比べればずっと早いから良かった……。

今回の話でようやく半分を超したって所です(星流さんとのコラボ回の)。まぁこれが終わっても『とあるお方』とのコラボ回が待っているわけなのですが、とりあえず超速で書き進めて今月中にコラボ回は終わらせたい所。無論、クオリティを落とさないように。

星流さんに情報提供を求めても返事が無かったので一人で頑張ってみたら、思いの他書き上げられたスタイル。




 

 歩き続けて辿り着いた『城』は、七色の光を放つ水晶によって建てられたものだった。

 

 当然ながら『城』の中にはこちら側の世界のデジモンが住んでいるわけで、信也がユウキ達三人の事情を説明するのに多少の時間を食った。

 

 かつて、ユウキも現在移住している町に住む過程で長老(ジュレイモン)と会話した事もあったが、今回も『その時』と同じようにあっさりと承諾してもらえたようだ。

 

 一息をつくために用意してもらった客室に行く途中に視界に入ったデジモンの姿は、帽子を被った魔法使いや白い羽を持った天使といったファンタジー色の強いものが多く、いかにもこの『城』が神聖な場所である事を端的に示していた。

 

 ベアモンもエレキモンも、そして当然ユウキも、この『城』の風景には圧巻の一言だった。

 

「すげぇなホント……こんな所に来る事になるなんて、人間だった時は考えた事も無かったわ」

 

「凄くピカピカキラキラしてるよね。どうやって建てたんだろう?」

 

「魔法とか言うのを使ったんじゃねぇの? ウィザーモンに似たデジモンとか、結構その手の技術が使えそうなデジモンは多そうだし」

 

 実際の経緯が分かる事は無いだろうが、様々な推測が思考を飛び交っている。

 

 だが、ここに来た目的は見物では無いので、足だけは止めずに歩く。

 

 そうしている内に、彼等を迎え入れるために客室へと辿り着いた。

 

 内装には、ホテル等でしか見られないほどのベッドが複数あって、部屋としては当たり前な壁や窓からも、普段なら見る事も出来ないような豪華っぷりがオーラを成しているようにすら見えた。

 

 庶民(ユウキ)平民(アルス)にとって、天使や魔法使いが当たり前のように住んでいるこのファンタジー空間は、それぐらい凄まじい印象を残してしまう物だったのだ。

 

「うわぁふかふか~っ!! 何これ物凄く気持ち良いよ、何か一気に眠く……」

 

「おいこら、一息つくのは構わないけど、まだやらないといけない事がある事を忘れてないか……って、寝てる!? 早すぎるだろ!?」

 

「まぁ、こいつを起こすのは任せとけ。とりあえずベッドから引き摺り下ろすのが先だが」

 

 数十秒後。

 

 エレキモンによる目覚まし(強度のビリビリ込み)によって一気にベアモンは目を覚まし、その後ある程度の休憩を取ってから、ユウキ達は信也に付いて行く形で客室を出て行った。

 

「何処に行くんだ?」

 

「食堂。とりあえず、連絡を取りたいデジモンが居るからな」

 

 多少の会話を挟んでから、四人は客室と比べて広い部屋の中に長めのテーブルや複数の椅子が設置されている場所――食堂に入る。

 

 そこでは、信也とは違う別の『人間』が一人で何らかの準備を整えていたらしく、椅子に座っていた。

 

 容姿としては、白い制服に青色でチェックのネクタイを付けていて、信也と比べると大柄な物だった。

 

 恐らくは中学生だろうとユウキが推測を立てている内に、その『人間』――ユウキの記憶が間違っていなければ、おそらく神原拓也の仲間で『雷のスピリット』を受け継いだ『紫山順平』という名前なはずの彼が、信也に向けて口を開いた。

 

「信也、通信はもう少ししたら繋がるぜ」

 

「ありがとな。相談に乗ってもらった上に、通信の準備まで任せちゃって」

 

 信也がそう言うと、彼は通信に使うのであろう機械をいじりながら、右手をひらひらさせる。

 

「お前にお礼を言われるほどじゃないって」

 

 言っている間に調整が済んだのか、椅子から立ち上がった少年は信也やユウキ達の方を向く。

 

「それじゃ、俺はエンジェモンの部屋に戻るよ。通信が終わったら呼びに来てくれ」

 

「おう」

 

 互いに必要な分の言葉を交わすと、少年はユウキ達に軽く手を上げてから食堂を出て行った。

 

 信也が椅子に座って機械のボタンを押すと、機械に付いている液晶画面から映像が出現した。

 

 紫色の体毛をした、ウサギに似たデジモン――トゥルイエモンの姿が、それには映っていた。

 

「お待たせ、トゥルイエモン」

 

『信也に、その三人が異世界から来たというデジモンか』

 

 映像上のトゥルイエモンが、信也の横に移動していたユウキ達三人に目を向ける。

 

 説明のため、信也が順番に指し示す。

 

「ユウキと、ベアモンと、エレキモン。で、こっちも説明すると」

 

 途中、信也がユウキ達の方へ顔を向け、映像に映るトゥルイエモンの方を指し示した。

 

「仲間のトゥルイエモンだ。すっごく偉いデジモンの生まれ変わりで、デジモンデータの調査が得意なんだ」

 

 聞いたユウキに、一つの思考が過ぎった。

 

 それは信也の言う『すっごく偉いデジモン』の事だが、端的に言ってもその表現が出来るようなデジモンはユウキの知識上でも少なくない。

 

 そんな中で、トゥルイエモンという種族が一番の興味を(くすぐ)った。

 

 トゥルイエモンというデジモンの世代は成熟期で、その前の成長期の種族として最も該当されるのはロップモンという名のデジモン。

 

 そして、もう一つのキーワードである『生まれ変わり』の指し示す意味を考えれば、それだけで『誰が』生まれ変わったデジモンなのかを予測する事は、この世界の物語を『アニメ』という形で知っているユウキにとって難しくなかった。

 

「ロップモン、で今がトゥルイエモン。次がアンティラモンだから……おお」

 

 ユウキだけが、驚くように言いながらトゥルイエモンの方を向いていた。

 

 当のトゥルイエモンは『さて』と言いながら、まるでドッキリ箱の中身を言い当てられたかのように慌てながら座り直す。

 

 いかにも図星のようにしか見えないが、誰もツッこんだりはしない。

 

『ここ数日の時空のゆがみのデータは純平が送ってくれた。だがまず、君達自身の口から経緯を聞きたい。ゆがみに巻き込まれた時から信也に会うまでの出来事を話してくれ』

 

 まずは、そもそもの事情の聴取から始めたいらしい。

 

 ベアモンとエレキモンの視線が、一斉にユウキの方へ向けられる。

 

 ユウキは軽く息を吐いて、その後に吸ってから口を開く。

 

「そもそも俺が、海に行きたいって言ったのが始まりなんだ」

 

 頭の中で紡ぐ言葉を選びながら、冷静に事実を述べる。

 

 彼――ユウキがどうして海を漂流していたのかという疑問に、ベアモンとエレキモンが共感を示し、ユウキ自身が時間のある時に行きたいと懇願したのがそもそもの始まりである事をユウキ本人が述べ。

 

 海岸に到着し、探索を開始してから時間が経ち、泳ぎ疲れたベアモンとエレキモンが休んでいる間にユウキが『黒い渦』を発見し、それが生み出した急な海流に呑まれ、更に発生した高波によって海岸で待機していた二人が波に呑まれ、そのまま『黒い渦』の中に吸い込まれた事実をベアモンが紡ぐ形で言って。

 

 そして、目を覚ますと全く知らない風景が広がっていて、冷静に思考し対処法を模索するためにその場で野宿を決行し、次の日に周囲を探索していたら空から人間が降ってくるのを見たまでの経緯を、最後にエレキモンが背伸びしながら説明した。

 

 そこまで述べた後、次から次へと的確な質問がモニター越しに飛んできた。

 

『目が覚めた時、上空に黒い渦はあったか?』

 

「いや、何も見当たらなかった」

 

『目が覚めた時間は?』

 

「分からない。少なくとも、目が覚めた時点でお昼の終わりぐらいだったよ」

 

『野宿していた場所は?』

 

「目が覚めた地点。さっき言った通り、未知の場所で大きく動くと危険だからな。近くに川も見えてたから水には困らなかったし、食料も木に()ってるのを近くでよく見つけられたから、危惧していた問題も起きなかった」

 

 大体の事情を伝え終えると、横で見ていた信也がこんな事を言ってきた。

 

「なんか、刑事ドラマのアリバイ調査みたいだな」

 

「あぁ、俺も実はそう思った」

 

 残念ながら、刑事ドラマという単語すら知らないベアモンとエレキモンには、伝わらなかったようだが。

 

 その後も経緯などに関する質問が続き、具体的な情報をかき集める作業が続いた。

 

 そして、必要な分の情報を絞り終えたと判断したトゥルイエモンは、満足そうに頷いた。

 

『これだけ具体的に日時が分かれば十分だ。時空のゆがみの記録を元に、一時的なレールを敷けるだろう』

 

「レール?」

 

 その単語には、ベアモンとエレキモンだけでなく、信也やユウキも頭に疑問符を浮かべていた。

 

 レールと言えば、電車などが正確な道順をなぞるために必要な物の名称のはずだが、時空というキーワードに対してどうしてそのような物が話題に出てくるのかを察する事が出来ない。

 

 正解に至る答えを出せない一同を見て、トゥルイエモンは両手を組みながら言った。

 

『レールの上を何が走るのか、聞くまでもないだろう』

 

 言われて。

 

 同時に、二人が反応した。

 

「トレイルモンか!!」

「ああっ、トレイルモン!!」

 

 トレイルモン。

 

 その名の通り列車を原型としたデジモンで、基本的には多数のデジモンを乗せて世界(デジタルワールド)の大地を走る機能しか知られていないが、実際にはそれだけでは無い。

 

 走るための(レール)さえ『そこ』にあれば、宇宙空間だろうが人間の世界だろうが行く事が出来るのだ。

 

 無論、ユウキ達の住んでいる側の世界(デジタルワールド)だろうと。

 

『お互いの世界に負担をかけないため、長時間レールを敷くことはできないが。三人を帰すだけなら問題はない。二、三日待ってくれ』

 

「分かった。じゃあ待ってる間は……」

 

 ユウキの視線が信也に向けられ、その目が示す問いに信也は笑って頷く。

 

「今は敵もいないし、ゆっくり泊まってってくれよ」

 

「いいの!? うわぁ、お城のベッドにおいしいご飯かぁ」

 

「ベアモン。ベッドはさっき見たからともかく、食事の方は妄想入ってるぞ」

 

「え~。エレキモンは楽しみじゃないの?」

 

「楽しみじゃないと言ったら嘘になる」

 

 何故か、信也から歓迎の言葉を向けられたユウキではなく、ベアモンとエレキモンの方が先に喜んでいた。

 

 一瞬にして中学校の修学旅行みたいな空気になり、思うように喜べなくなったユウキは。

 

「……こんな一行だが、よろしく頼む」

 

 微妙な顔をしながら、そう言うぐらいしか無かった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そして、それから時が経ち。

 

 外がすっかり月明かりに照らされた夜の風景へと変貌した頃。

 

「あ~、もう食べれない!!」

 

 この『城』での食事でパンパンに膨れたお腹を抱えて、ベアモンは客室のベッドに横になっていた。

 

 そんな彼に対して呆れた視線を向けるのは、やはりエレキモン。

 

「食べるすぐ寝ると、チョ・ハッカイモンになるぞ」

 

 エレキモンの言葉が聞こえているのか聞こえていないのかは分からないが、ベアモンは今にも睡魔に呑まれそうなレベルで呟くだけだった。

 

 デジモンの知識にそこまで詳しく無い信也が、ユウキに対してシンプルな質問をする。

 

「なあ。チョハッカイって、孫悟空に出てくるあれか?」

 

「一応モチーフはそうらしいな。でもチョ・ハッカイモンはブタの着ぐるみ着た女子みたいな格好で、腹すかせるとキレて暴れる怖い奴、らしい」

 

 ユウキ自身、そのデジモンに関してはそこまで着目していたわけでも無いので、思わず曖昧な言葉で返していた。

 

 だが、何やら信也はその返事(特に後半部分)を聞いて、何か心当たりがあるような様子を見せていた。

 

 お腹を空かせると、キレて暴れる怖い女子。

 

 さて、それは誰だったかな、と頭の中でこの世界を題材にした物語の登場人物を思い出そうとするユウキ。

 

 そして、その答えはドアの向こう側から突然やってきた。

 

「失礼しま~す!!」

 

 その人物を視界に入れた信也が、ベッドから思わず飛び上がった。

 

 容姿は金髪で細めの体。

 

 服装は薄い紫色と白色の上着。

 

 白い帽子を頭に被っていて、首の方に青色の宝石が付いた首飾りをかけている。

 

 食堂で出会った順平と同じく、その女の子の姿はユウキの記憶の中にも存在していた。

 

 食事の時にも出会ったが、彼女は『風のスピリット』を継承している、織本泉という名前の子だったはず。

 

「男子部屋だぞ! ノックぐらいしろよな!」

 

「いいじゃない、別に。そもそも何でこの部屋の人じゃない信也が文句言ってるのよ」

 

 なるほど、確かにそういう場面もあったっけ、と思い出したように頷くが言葉には出さないユウキ。

 

 出したら最後、信也と共に『レディーに対して何を言ってるのよ~!!』的なリアクションから、流れでデンジャラスな体験をする事になりそうだからだ。

 

 端的な表現をするなら、風の闘士がヒステリックモードと化して襲ってくるだろう。

 

 口は災いの元なのだ。

 

「何かあったのか?」

 

 一方で、人間と違って男性と女性の概念が身についていないデジモンなエレキモンは、何やら急ぎの用があるのだと認識したらしく、背筋を伸ばして問いを出していた。

 

 違う違う、と言わんばかりに泉は笑って肩をすくめる。

 

「ううん。暇だしおしゃべりに来ただけ。食事の時は私達の話ばっかりで、あまりユウキ達の話聞けなかったし」

 

 誰も座っていない椅子の一つを引き、ユウキや信也と同じように座る。

 

 思えば、食事の時には『彼等』の話を中心に話題が展開されていて、ユウキ側から話題を切り出す事は無かった。

 

 それを思い出すと、ユウキは少し迷いながらも口を開く。

 

「あのさ、信也や泉が初めてデジモンになった時、どんな気分だった?」

 

 信也は空を巡回する際に、ヴリトラモンというインド神話に登場する火竜の呼び名を持ったデジモンに『進化』をしていた。

 

 それはユウキが人間からデジモンに『成った』のとは厳密に言えば違って、彼とその仲間はそれぞれが違う『スピリット』という伝説に登場する十闘士の力を宿したアイテムを所有しており、それと『デジヴァイス』と呼ばれる携帯端末を併用する事で『進化』をするらしい。

 

 ベアモンやエレキモンからすれば、伝説の十闘士と聞いただけでも驚きを隠せずにいた。

 

 その所為か、言葉を聞いた信也が思わず身を引いた事には、偶然にも誰も気付かなかったのだが。

 

 信也が何故か固まっている間に、泉が回答する。

 

「最初は変な感じがしたかな。自分なのに自分じゃなくなっちゃったみたいで」

 

 その言葉には、ユウキ自身も何処か覚えがあるので共感した。

 

 泉が返答したのを聞いて、何気ないフリをしながらも信也は会話に加わる。

 

「そうだなぁ。何がどうなってるんだかって気はしたけど。でも俺、兄貴に近づけたみたいで嬉しかった」

 

 何か思う所があるのか、ポケットの上から『進化』に使っていた端末に手を触れる。

 

 ユウキの知る限り、『スピリット』と呼ばれるアイテムには名と通ずるような意思がある。

 

 彼にとっては、自分を『進化』させてくれる『スピリット』達も仲間と同じか、それ以上に身近な存在なのだろう。

 

「俺はデジモンになれて良かったって思ってる。おかげで知らなかった世界を冒険できてるし、自分が成長していってるって思えるからさ」

 

 だが、信也とユウキの『デジモンに成った』というキーワードに対する認識は異なっている。

 

 一時的なものなのか、恒常的なものなのか、という点だ。

 

 もしかしたら、人間の世界には一生戻れないかもしれない、という不安が彼の中に無いわけが無い。

 

 だから。

 

「俺は……まだ分からない。なりたくてデジモンになったわけでもないし、なれて良かったかなんて……」

 

 その声色は、薄い。

 

 心の何処かで、自分の中の『人間性』が形を凶悪な物へ変わっていくような気がしてならない。

 

 信也も、そんなユウキに対して投げ掛けられる言葉を見つけられずにいる。

 

 そんな時、泉がふと立ち上がり、客室の窓際にあったカーテンを半分開け、窓も開いた。

 

 開いた窓から澄んだ夜風と森の香りが吹き込んでくる中、月明かりに照らされた森を背景に、彼女は振り返る。

 

「きっと、すぐには気持ちの整理なんてつかないわよ。もしかしたら、デジモンになった事を後悔する日もあるかも」

 

 それは、ユウキにも『いつか』はあるかもしれない未来の予想図の一つ。

 

 デジモンに成った事という事実以外にも、様々な不安は思考の中に存在する。

 

 泉が述べたのは、子供にとっては当たり前の前提と、暗い未来の予想図(ビジョン)そのもの。

 

「でも」

 

 だが、そこで泉は言葉を止めたりはしない。

 

 微笑み、優しく言葉を投げ掛ける。

 

「私は、ユウキが『デジモンになれて良かった』って思える日が来ると思うな。素敵な仲間もいるみたいだし」

 

 その言葉に、ユウキは返事を返す事が出来なかった。

 

 代わりに後ろを向くと、話を静観していたベアモンやエレキモンと目が合った。

 

 彼等と出会えたのも、思えばデジモンに成ったからだ。

 

 様々な不安もあるが、出会えたという偶然の運命には今でも感謝している。

 

 いつか、本当の意味でそんな時が来るのだろうか? 考えてみても、今は答えに辿り着けない。

 

 信じて進むしか無いのだろうか、なんて事を考えている時だった。

 

「兄貴!?」

 

 その声は、いつの間にか泉の横から窓の外――厳密には、その下方向に視線を落としていた信也のものだった。

 

 信也の弟と言えば、間違い無く神原拓也だろう。

 

 だが、彼は信也から聞いた話によると『オリンポス十二神のデジモンに連れ去られた』はずだ。

 

「拓也!? どこ!?」

 

「あそこだよ!! 森のそば!!」

 

 必死になって景色の一点を指差す信也。

 

 しかし、そこには誰もいないようにしか見えない。

 

 ()()()()夜風を吸いながら、ユウキも窓の方へ寄り。

 

 見てしまった。

 

(…………あ、れは…………)

 

 思わず邪魔だと言わんばかりに信也の体を真横に押しのけ、ユウキが窓の外を再度凝視する。

 

 そこに、居た。

 

 

 

 人間だった時の記憶の最後に遭遇した、夏の季節であるにも関わらず青い色のコートを羽織った男が。

 

 思わず、手に触れた時の冷たさを思い出して、血の気が引いた。

 

「あれは……まさか……!?」

 

 そこでようやく、言葉を口に出せた。

 

 自分の瞳が獣のような縦線を描いていて、何故か他の者には『それ』が見えていない事実になど、意識を向ける間も無かった。

 

 自分と同じく『何か』を見た信也と共に客室の扉を開け放ち、廊下を走り、外へと駆け出す。

 

「信也、待ってよ!!」

 

「二人してどうしたんだ!?」

 

「ちょ、ユウキ!?」

 

 追いかけてきたのか、後ろの方から順に泉とエレキモンとベアモンの声が響いてくる。

 

 振り返る事もせず、全力で走りながら叫ぶ。

 

「あいつだ!! 俺が、人間世界で最後に会った……何で……こんな所に……ッ!?」

 

 自分達を招く存在(ありえないかげ)に、意識が向いていたからか。

 

 その甘い夜風に混じった、女性の微かな笑い声に、二人は気付いていない。

 

 ベアモンとエレキモン、そして泉は。

 

 森の奥にあるのが罠だと理解した上でも、危険な夜の森に二人だけを行かせないために、追い掛けるしか無かった。

 




コラボ回の第三話となる話は、前回と比べると文量も少し多めになった繋ぎの話となりました。

デジモンフロンティアのキャラも、一応『デジモンに成っている』という共通点が存在しているので、それに対する気持ちの受け取り方の違いみたいな物を描いたつもりです。一時的な物なら変身ヒーローみたいに受け取れますが、恒常的なものの場合は、何か別の物になったというインパクトの方がデカいはずです。多分。

でもアレですよね。とりあえずデジモンに成ってみたいなぁって気持ちは一部の人にもあると思ってます。パートナーデジモンが現れてほしいって8月1日に願う人と同じように、そういう気持ちを抱いているようなお方も居ると思うんですよ。割とマジで。

この小説では結構暗い面を表に出していますが、作者自身も……そうですね、ギルモンかガブモンあたりに成ってみたいなぁなんて。

さて、次の話ではようやく戦闘が書けそうです。『彼女』を相手に彼等はどうするのか。

次回もお楽しみに。感想・質問など、いつでもお待ちしております。


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異世界にて――『亜麻布を纏う女神の誘いと幻』

この星流さんとのコラボ回のあとに『もう一人』とのコラボが待機状態なのでガンガン進めますよ~って事で最新話。

今回の話はコラボ回でようやくとなる戦闘回。どうしてもシリアスな話にしか出来ないので、ギャグを書くのが恋しいです(どうせみんなシリアスになる)。

……それにしても、コラボ回になった途端に更新速度が飛躍的に上昇したような。本編でもこんぐらい早ければなぁ。


 夜の森を一人の少年と一匹の竜が走る。

 

 辺りの木々がざわめいても、夜の闇が危険の色を示していても。

 

 それぞれが捜し求めていた相手、という存在の前には何の感慨も与えない。

 

「兄貴!! いるんだろ!!」

 

 窓の方から『何か』が見えていたはずの場所に来たが、信也が呼びかけても彼の知る人間の声は聞こえない。

 

「どこだ!! 隠れてないで出てこい!!」

 

 信也が生き別れの兄弟を探している一方で、ユウキは自分自身の『敵』に挑むように声を上げる。

 

 どうしてこのような場所に来ているのか、という疑問に、何故姿を見せないのかという疑問が追加される中、物音がした。

 

 森という環境を形成する、木々の中の一本-―その裏からだった。

 

 幹の影から姿を現したのは、紛れも無い『人間』の姿。

 

「兄貴!!」

 

 神原拓也。

 

 赤色の上着に青いズボンを着た、信也によく似た――というより信也がよく似た容姿のその少年を見て、信也の顔が(ほころ)ぶ。

 

 信也からすれば、ようやく再会した生き別れの兄弟の兄である拓也は、笑顔を見せながら口を開く。

 

「神原信也。神原拓也の弟にして、炎のスピリットを預かる者。兄を超えるのが目標のようですが、自分の力の伸びにまだ気づいていない様子」

 

 容姿に似合わぬ、大人の女性の声だった。

 

 ユウキにとっては聞き覚えも無い、信也からすれば聞き覚えのあるその声に、二人は理解出来ずに戸惑う。

 

 信也に向けて不気味に笑いかける拓也の姿が再び幹の影に消えると、今度は反対側の方から物音がした。

 

 そちらの方へ視線を向けると、そちらの方には名前も素性も分からない、あの青色のコートを羽織った男の姿が見えた。

 

「お前……ッ!!」

 

 思わず身構えるユウキに向かって、声が投げ掛けられる。

 

紅炎勇輝(こうえんゆうき)。正体不明の男の関与によりデジタルワールドへ飛ばされ、恒常的にデジモンの姿を取るようになっている。スピリットによるものでもないようですし、大変興味深い」

 

 拓也の時と同じ、女性の声だった。

 

 信也だけでなく、ユウキの本来の名前や細やかな事情も知るその声の主に対して、ユウキは目を細める。

 

「何でそこまで俺の事…………」

 

 ありもしないはずの出来事だったからか、違いを理解する事は難しく無かった。

 

 実際に会って恐怖を味わった事があるからでこそ、分かるのだ。

 

 気配に、自分の防衛本能が働かない。

 

「……あの男じゃないな。誰だ!!」

 

 その叫びに似た声に男はほくそ笑みながら、またも幹の陰に隠れる。

 

 二度に渡って現れた幻影は、それぞれが二人にとって重要な人物だった。

 

 第三者の視点から理解するには、二人の事をずっと観察している必要がある。

 

 つまり。

 

(……この幻影を作り出してる奴が、あの時の……!!)

 

 答え合わせをするかのように、木々のある方とは別の方からデジモンが現れる。

 

 今度こそ、まがい物の幻影では無く、正真正銘二人にとっての『敵』が、姿を現す。

 

 背は高く、両腕以外は白く大きな布で覆われていて、顔の上半分も同じく布に隠されて見えず、(すそ)には白い百合(ユリ)の刺繍がされ、右側には背中から張り出している孔雀の羽が見えている――と、神々しさを感じさせる人型のデジモンだった。

 

 そのデジモンの名前を、ユウキは知らなかった。

 

 だから、知っている信也の方が名前を言った。

 

「オリンポス十二神族の一人、ユノモンか」

 

 ユノモンと呼ばれたそのデジモンは否定もせず、布で隠れていない口で微笑んだ。

 

 オリンポス十二神という組織に属するデジモンの共通点として、原型となった情報が『ギリシャ神話』という文章から掘り起こされた物であり、属するデジモンの全てが進化の最高世代な上で『神人型』と呼ばれる種族に君臨している。

 

 ユウキの知る限り、まだ8体までしか情報が出ていなかったはずだが、どうやらこちらの世界では全ての席が埋まっているらしい。

 

 名前の元となった神は『ギリシャ神話』で『ヘラ』と呼ばれ、一方で『ローマ神話』では『ユノ』と呼ばれている存在だろう。

 

 推測を立てている内に、ベアモンやエレキモンと泉が追い着いてきて、ユノモンの姿に足を止めた。

 

 最初にベアモンが、警戒心と言う名の敵意を向けながら問う。

 

「君が、ユウキと信也をここに連れてきた張本人?」

 

「察しが良いですね。けれどそんな敵意のある目で見ないでいただけるかしら。あなた達三人をどうこうするつもりは無いのです」

 

()()()()()()、か」

 

 ユノモンの返答を、エレキモンが静かに復唱する。

 

 窓から見えた二種類の幻影は、信也とユウキにしか見えていなかった。

 

 見せていたユノモンの意図を考えても、どうやら信也とユウキ以外に手を出すつもりは無いらしい。

 

「つまり、狙いはユウキと俺って事か」

 

 信也がそう言うと、ポケットの中へ手を――伸ばそうとした所で、咄嗟に手を引っ込めた。

 

 その手に生じた浅い切り口を見た後、ふと地面を見てみれば孔雀の羽が一本刺さっているのが分かった。

 

 信也にもユウキにも、他の三人にも、あまりにも速いその攻撃に反応する事は出来なかった。

 

 首か眉間でも狙われていたら、殺傷能力の度合いから見てもそこで生が終わっていたかもしれない。

 

 そして、その攻撃――――と言うより制止に近い行動に出た当のユニモンは、信也に笑みを向ける。

 

「そう焦らなくても良いでしょう。しばし、お話しませんか?」

 

 人間や獣の敵意や都合など気にも留めていない、まさしく神と呼ばれる者に相応しい余裕と優先順位。

 

 興味を持たれているらしいが、明らかにナメられていた。

 

 信也は思わず奥歯を噛み締め、ユウキも無意識の内に唸り声に近い音を漏らしている、が。

 

 こちらの都合を通してもらわない限り、先ほど放った羽が肌をまた裂くぞと暗に言っているようにも思えて、仕方なく相手の意見に従うしか無かった。

 

「話って何だ? なぜ俺の事を知っている?」

 

 最初にユウキが問うと、ユノモンは当然の事のように答えを述べる。

 

「私は情報を蓄え続ける存在。あなた達がこの世界に落ちてきた時から、拝見していました」

 

「俺達が話してた事も全部聞いてたのか」

 

 その回答に、エレキモンは言葉を吐き捨てる。

 

 他人のくせに、興味本位だけで踏み込んでくるその姿勢が、どうしても気に入らない。

 

 神話や宗教における人間と神の関係性というのも、神は基本的に『天界』と呼ばれる場所から人間を傍観していて、人間は祈祷や舞踏などの行動によって神に『交渉』し、それに応えるのかそれを突っぱねるのかも神の意志によって決定される。

 

 時に、人間側の都合に合わせて災害や疫病から救う事もあれば。

 

 時に、神の都合に合わせて災害や疫病を(もたら)す場合だってある。

 

 ユノモンというデジモンの都合が『情報を蓄え続ける事』と設定されているのなら、信也やユウキに関する事で自分の知りたい事を知るためならば、本人達の都合より自分の都合を優先するのかもしれない。

 

 信也が、それを裏付ける問いを出す。

 

「あんた、前から……ユウキ達が来る前から、俺達の事、監視してたな」

 

 その事実に、信也だけではなくユウキですら胸焼けがした。

 

 ユノモンは問いを出した信也へ視線を向けながら、答えを返す。

 

「最初から全て見ていたわけではありませんが。戦闘は全部見ていましたし、この木のエリアにあなたが来てからは、そう、ずっと」

 

 信也は、疑問を覚えた。

 

 ユウキは、寒気を覚えた。

 

 ユノモンの視線は信也の顔に向けられたまま少しも動かず、その桃色の唇からは()()ない言葉だけが溢れる。

 

「ええ、神原信也、あなたです。自分では気づいていませんが、あなたはスピリットの力を引き出すことに非常に()けている。秘めている可能性は計り知れない。これほど相手の事を調べたくなったのは久しぶりです」

 

 信也は、思わず荒い息を吐いていた。

 

 自分以上に自分の事を知っている、という事実に息を詰まらせてしまう。

 

 ユノモンの視線が、今度はユウキの方にピタリと止まる。

 

「そして紅炎勇輝。異世界からの迷い人についても部下に調査させていましたが、あなたのような事例は初めてです。スピリットやデジモンの力にも頼らず、恒常的に人間がデジモンの姿を取っている。どうしたらそのような事象が起こりうるのか、興味をそそられます」

 

 ユウキの瞳の縦線が更に鋭くなり、口の中に篭る熱が強くなる。

 

 自分の心に、土足で踏み込まれた者が見せる怒りの表情だった。

 

「俺はお前の実験体(モルモット)じゃない……ッ!!」

 

 搾り出されたその言葉を聞いても、ユノモンの微笑みは変わらない。

 

「私はウルカヌスモンのような無粋な神ではありません。調査の為に無闇にあなたを傷つける真似はしませんよ。……その調査の中で、あなたが人間に戻る方法も分かるかもしれません」

 

 そんなわけが無い。

 

 そう分かっているつもりでも、言葉に対してユウキは目を見開いてしまった。

 

(……人間に戻る、方法……?)

 

 それが分かれば、今までの暮らしが戻ってきて、家族や友達とも再会出来るのか。

 

 甘い話だと理解していても、心はグラグラと揺れ動いてしまう。

 

 何が正しいのか、判断がつかなくなる。

 

 別世界の住人とはいえ、ユノモンの情報量は本物だ。

 

 数多に存在する情報の中から、人間に戻る――だけではなく、人間の世界に戻るための方法だって分かるかもしれない。

 

 少しずつ、思考が誘導されていく。

 

 敵意がどんどん萎んでしまう。

 

(……俺は……)

 

 

 

 

 

「ふざけるな!! 僕達を出刃亀(ストーカー)してた奴の言う事なんて、信じられるもんか!!」

 

 ベアモンの大声が聞こえた。

 

 眠気から覚めるように意識が正常へ傾き、冷静に思考するだけの機能が戻っていく。

 

「だな。敵であるはずのお前が、ユウキの世話を焼くはずがない」

 

 エレキモンが腰を落としながらそう言った。

 

 そう、考えてみれば、そんな甘い話があるはずが無いのだ。

 

 ユノモンが持っている情報は、あくまでも『こちら側』の世界でのみ手に入れた物。

 

 ユウキ達の生きる『あちら側』の世界の情報を持っていない以上、それは真実に至る事も無い。

 

 何より、仲間の目の前で、決めた事があるから。

 

 それまでの甘く救いの見える思考を振り払い、顔を引き締めて、ユウキは真っ向からユノモンを見据える。

 

「ああ。これ以上他人に俺の運命を左右されてたまるか。自分の謎は自力で解決する!!」

 

 泉が、信也の肩に手を乗せる。

 

「で、信也はどうするの?」

 

 問われた信也は大きく息を吸い、吐いた。

 

 その顔に不敵な笑みを浮かべながら、目の前の亜麻布を纏う女神を見据え、言う。

 

「俺は最初っから戦う気満々だ。それに、俺が強いって事は俺が一番よく知ってる」

 

「はいはい」

 

 泉は苦笑し、肩をすくめる。

 

 士気は高まり、一同が目の前にいる亜麻布を纏う女神と対峙する。

 

 しかし、当のユノモンの表情には一切の動揺も見えず、不気味にすら思える微笑みは変わらぬままだ。

 

(……『オリンポス十二神』って事は究極体。この『開拓地(フロンティア)』の世界では、完全体とか究極体の世代がイコール強さの基準に成り得る訳じゃなかったはず。余程の差が無ければ、経験で補える。だが俺達は所詮成長期クラスのデジモンだ。スペックの差で押し負ける可能性の方が遥かに高い……なら、今いるメンバーの中で一番ダメージを与えられる見込みがある奴は……)

 

 互いの様子を窺い、一時の静寂が過ぎる中、エレキモンが先陣を切った。

 

「スパークリングサンダー!!」

 

 エレキモンは尻尾の先端から火花の散る音と共に電撃を放つが、ユノモンはそれを自身の纏う布でいなす。

 

「ユウキ!!」

 

「無茶だけど……戦うしかないか!!」

 

 ギルモン(ユウキ)ベアモン(アルス)の成長期デジモン二体が、推測上では究極体クラスであろうユノモンに向けて駆け出す。

 

 一方は爪を、もう一方は拳を振るうが、ユノモンは布をひらめかせながら避ける。

 

 その動作の意図がダメージを恐れての物なのか、衣装を無駄に傷付けるのが嫌だからなのかまでは分からないが、ともかく究極体クラスのデジモンでありながらも成長期のデジモンの攻撃に対して『避ける』という動作を取った以上、攻撃が当たりさえすればダメージを与えられる可能性がある。

 

 攻撃を避けた際の隙を利用して、信也と泉は今度こそポケットの中から必要な物を取り出せた。

 

 それぞれ赤と紫をイメージカラーとした、彼等の『世界』で『進化』に使われる情報端末――デジヴァイスだ。

 

 信也と泉は、即座にデジヴァイスを持っていない空いた手の周りのバーコード状のデータを発現させると、それをデジヴァイスに擦り合わせるように交差させる。

 

「「スピリット・エヴォリューション!!」」

 

 何かを宣言するような、切り替えるようなその言葉と共に二人の周りから大量のバーコード状のデータが出現し、それぞれの身体を包み込む。

 

 内部で何か起きているのかは、ユウキ達の『進化』と同じように外部からは見る事が出来ない。

 

 しかし、ユウキだけは何が現れるのか分かっていた。

 

「アグニモン!!」

 

 信也が居た場所からは、赤い色の鎧を見に纏い、燃え盛る炎のような髪の毛を生やした人型(ヒューマン)のハイブリッド体デジモン――『火』の闘士ことアグニモンが。

 

「フェアリモン!!」

 

 泉の居た場所からは、目元や脚部などの各部位に薄い紫色の防具が取り付けられ、その名の通り妖精のような羽を背中から生やした、同じく人型(ヒューマン)のハイブリッド体デジモン――『風』の闘士ことフェアリモンが。

 

 それぞれ、太古に存在した原初の究極体デジモンの力の欠片を受け継いだ、強いデジモンだ。

 

「ユウキ、ベアモン、離れろ!!」

 

 アグニモンに『進化』した信也の声を聞いて、ユウキとベアモンが飛び退く。

 

 そして、二人が()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「サラマンダーブレイク!!」

 

「トルナード・ガンバ!!」

 

 アグニモンは全身に炎を纏った全力の回し蹴りを。

 

 フェアリモンは竜巻のように回転しながら放たれる猛烈な蹴りを。

 

 

 

 

 

 ――――それぞれ、ユウキとベアモンに向けて、放っていた。

 

「が……あああああッ……!?」

 

「ぐうううううっ……!?」

 

 少なくとも成熟期か完全体クラスの力を持つデジモンの技を受け、それぞれが呻き声に似た声を漏らす。

 

 予想外の角度から、予想外の攻撃に、予想以上の衝撃が全身を駆け巡る。

 

 何で自分達に向けて攻撃してきたのか、理由さえも想像出来ない。

 

 少なくとも、正常な思考でやった事とは思えない。

 

「なっ、大丈夫か!?」

 

 アグニモンもフェアリモンも、自分の意志で狙ったわけではない、と言っているような反応だった。

 

 思わず攻撃してしまった相手(ユウキ)を助け起こすアグニモン。

 

(あいつ等何をやってんだ……。目の前に、敵は見えてるはずだろ……!!)

 

 そして、エレキモンがこの現象を発生させた発端である()()()()()()()()()()、雷撃を放つ。

 

 電撃がユノモンの背中を貫くと、ユノモンの体が霧のように霧散して消え、代わりにアグニモンが攻撃を受けていた。

 

 そこでようやく事態を認識したエレキモンが、ハッとなったように目を見開く。

 

「悪い!! 今、そこにユノモンが……」

 

 事態を推測していたフェアリモンが、皆に聞こえるように声を出す。

 

「みんな、さっきのは幻よ!! ユノモンが私達を惑わしてるんだわ!!」

 

 その回答に応えるように、ユノモンの微かな笑い声が全員の聴覚を揺らした。

 

 いつの間にか、彼等が戦っている地点よりも離れた位置から傍観の体勢を取っていた。

 

 ふと考えてみれば、ユノモンはユウキと信也をこの場におびき寄せる過程で、視覚や五感に干渉する術を使っていた。

 

 同士討ちを誘発させる事など、朝飯前という事だろうか。

 

 このままでは、同じ事の繰り返しをするだけで戦いにすらならない。

 

「全員!! ここを動くなよ!!」

 

 そんな時、信也(アグニモン)が一声をかけた後、ユノモンに向かって駆け出した。

 

 たった一人で。

 

「アグニモン、危険だ!!」

 

「心配するな!! 十二神族一体なら、俺一人でも叩ける!!」

 

 ユウキが思わず手を伸ばして言葉を飛ばしたが、信也はそう返すだけで行動に揺らぎは出ない。

 

 明らかに、功績から自分の力を過信している者の台詞だった。

 

「くらえ、バーニングシュート!!」

 

 アグニモンはそう言って、サッカーの要領で右足に発生させた火炎の球を蹴り放つ。

 

 瞬間、炎がユニモンを飲み込まんと肥大化し、ユノモンの体を燃え上がらせた。

 

 だけど。

 

(……そんなに甘いわけがない……!!)

 

 ユウキの予想を裏付けるように、ユノモンの体の中へ炎が飲み込まれていく。

 

 同時に、全体的なシルエットが変貌を始める。

 

 ユノモン――――正確には、そう見えていたデジモンの声が、聴覚に干渉する。

 

 

 

 

 

「そんな攻撃で、俺を超えられると思っていたのか?」

 

 信也にとって、それはよく知った兄の声だった。

 

 ユウキにとって、それはこの世界における『主人公』の声だった。

 

 シルエットを覆い隠していた炎が消えると、そこにはアグニモンによく似た体形に、ヴリトラモンの羽や尻尾や武装を持たせたような、二つの特徴をまるまる一つに纏め上げたと言っていいデジモンの姿が見えていた。

 

 アグニモンの体が、思わず硬直する。

 

「アルダ、モン……」

 

 知識として持っていたその名を呟いた時には、既にアルダモンの巨体が彼の視界を埋め尽くしていて。

 

(まず……っ!!)

 

 ユウキがハッとなった時には、既にアルダモンが生み出した超圧縮された炎が爆ぜて、アグニモンの体を刺茂みの向こう側へと吹き飛ばしていた。

 

 見ている事しか、出来なかった。

 

「……しん、や……?」

 

 彼は一体どうなったのだ。

 

 何がどうなって、この結果を招いたのだ!?

 

「ッ……!!」

 

 考えた時には、既にユウキが信也の吹き飛ばされた方向に向かってた。

 

 ユノモンの目的を考えれば、生存はしているだろうけれど。

 

 それでも、目の前の悲劇を前に体は勝手に動いていた。

 

 




 
 ◆ ◆ ◆ ◆
 
 補足説明。

 今回の話に登場したユノモンは、実はコラボ作者さんである星流さんが『公式で登場する前にオリジナルで創作した』デジモンであり、デジモンクルセイダーに登場した個体とは大きく能力が異なっています。

 以下、星流さんの製作した詳細データのコピーです。

 ユノモン

 レベル:究極体
 型(タイプ):神人型 属性 ワクチン
 必殺技 『リリウム・カンディディウム』『マラカイト』
 プロフィール
『オリンポス十二神族の一人で、貞節と情報を司るデジモンである。白い布をゆったりと体に巻き、右の背に金属製のクジャクの羽を持つ。布で顔の上半分を覆っているため、表情は分からない。配下を使って敵味方のありとあらゆる情報を集めている。興味を持った相手については自分から出向いて調査する。その頭脳には今までに調べ上げた情報が全て収められている。

 必殺技の《リリウム・カンディディウム》は敵の五感を狂わせ、敵にとって最も意識している者、あるいは最も恐れる者の姿を見せるという。敵はその幻と戦い続け、自滅していく。クジャクの羽を飛ばす《マラカイト》で自ら攻撃する事もできる』

 とまぁ、こんな感じです。公式設定とは大きく異なっている事がよく分かると思います。ヒステリックモードなんてありません。

 今回の話は、ようやく戦闘になりましたが次の話で戦闘回は終わらせる予定です。

 それにしても、色々と詰め込んでみましたが、星流さんの所のユノモンの能力を三人称で書くと表現が難しいですね……。

 というか幻覚の表現って、三人称で書くと『違和感』とかをどう演出すればいいのか……。

 次回もお楽しみに。



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異世界にて――『それぞれの正しさを信じる者達』

次の話で戦闘が終わると言ったな。アレは嘘だ(迫真)。

…………オリジナルの展開を組み込もうとしたらものっそい文字数を使ってしまったでござる(涙目)。だって仕方無いんや!! 今回のボスの伴侶(ユピテルモン)さんから『我が妻の活躍を増やさないと罰するぞ』的なメッセージが電波を通して伝達された(ような気がする)んですもん!! 作者だってまだ死にたく無いんです!! 俺は悪くねぇ!! 俺は悪くねぇ!!(親善大使)。

そんな言い訳がましい事をのたうちながら始まる話は、第一章最終話でもキーワードになっていた『理由』を表に出してみたお話です。

8月27日朝、星流さんに指摘された点を追記修正しました。


 ユウキは走った。

 

 夜の闇の中を自分の勘だけを信じ、茂みの中を両腕で搔き分けながら、ただひたすらに。

 

 ユノモンが怖かった、という恐れの感情が無かったと言えば嘘になる。

 

 だがそれよりも、自分の目の前で知り合ったばかりの相手が危険に見舞われている事の方が、それを見ていながら何も出来ない事の方が、何倍も苦しいし悔しいと思った。

 

 今でも、自分を守って毒針を受け、悶え苦しんでいた時のベアモンの姿は目に焼きついている。

 

 結果として助かりはしたが、あの出来事は自分自身の臆病さが生み出した物だった。

 

「……信也……ッ!!」

 

 同士討ちのダメージもあってか、息遣いは荒い。

 

 ユノモンの目的を考えれば、生きているのが普通だと思えるだろう。

 

 だが、アルダモンの攻撃をモロに受けて、生きてはいても無事だとは思えなかった。

 

 何せ、距離が離れていて、尚且つ炎熱に対して強い耐性を持つギルモンの皮膚越しからでも。

 

 少なくとも、かつて戦ったモノクロモンの必殺技(ヴォルケーノストライク)を遥かに超える熱気を、模造の幻影でありながらも感じたのだから。

 

 信也が成っていたアグニモンというデジモンは『火』の属性を司っているため、並大抵の熱気によってダメージを受ける事はまず無いが、流石に太陽クラスの高温――――そしてそこから生じる大爆発の圧力に耐えられるほど頑丈では無い。

 

「クソッ……何なんだよ、(まぼろし)じゃねぇのかよ、あれじゃあまんま実体じゃねぇか……ッ!!」

 

 質量を持った幻。

 

 一言に述べられるその現象を形成するのに、どれだけの力量を要するのか。

 

 視覚や聴覚といった五感に干渉しているだけなら、アグニモンを物理的に吹き飛ばす事など不可能だ。

 

「ふざけやがって……ッ!!」

 

 だからでこそ、ユウキは苛立った。

 

 戦っているというよりも、ただ(もてあそ)ばれている。

 

 危険に身を投じて戦っている自分達の事を、嘲笑っているように思えたからだ。

 

「…………っ」

 

 そして、ユウキは見た。

 

 木々の合間を潜り抜けた先で、意識を失って倒れている信也の姿を。

 

「信也!!」

 

 傍に寄りかかって名を呼ぶが、意識は戻らない。

 

 吹き飛ばされた際、地面か何かに頭を強く打った所為だろうか。

 

「おい、起きろよ!! お前はこんな所で終わっていい奴じゃないだろ!!」

 

 胸倉を掴み、感情のままに言い続ける。

 

 暴力的で、とても高校生が小学生に言い放って良いような言葉なのは、ユウキ自身にも分かっていた。

 

「お前は……ッ、自分で言ってたじゃないか!! 『俺は強い』って!! だったらこんな所で寝てる場合じゃないだろ。ベアモンも、エレキモンも、泉も!! みんな必死に戦っているんだぞ!! 分かってるんなら目を覚ませよ、お前だって仲間が傷付く所を黙ってみていられるような奴じゃないんだから!!」

 

 だが、ユノモンを打倒出来得る可能性を現状で持つ者は、信也しか居ない。

 

 何より、信也自身からしても、自分が意識を失っている間に仲間が傷付けられていたとしたら、間違い無く心が傷付くだろう。

 

 かつてのユウキが、そうであったように。

 

 だからでこそ、意識を取り戻させるために手段は選ばない。

 

「……いい加減に起きろよ……」

 

 ユウキは、右前足で信也の肩を掴みながら。

 

「この、馬鹿野朗ッ!!」

 

 左前足の、爪の無い部分で信也の頬を叩いた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ベアモンとエレキモンと泉は、戦っていた。

 

 アルダモン――――否、それを含めてユノモンが生み出している、模造の幻と。

 

「くっ……!! よりにもよって、()()()その幻を生み出す!?」

 

 ベアモンがそう言いながら、エレキモンやフェアリモンと共に相手をしているのは。

 

「――――――!!!!!」

 

「……ったく!! アイツの暴れっぷりを再現するとか、ホントに勘弁してくんねぇかな……!!」

 

 ベアモンや(特に)エレキモンの記憶にも存在している、銀髪を生やした紅色の竜――深紅の魔竜(グラウモン)の幻。

 

 かつて、二人が敵わなかったフライモンを一撃で撃墜し、その直後にベアモンの命を救う足掛かりとなってくれた、記憶に新しい仲間の進化した姿。

 

 味方としては恐ろしさの中に頼もしさすら感じさせたその竜が、敵として全力をもって潰しに掛かって来ている事実に、幻と分かった上でも二人は恐怖しか感じられない。

 

 グラウモンの幻が勢いよく一歩を踏み出しながら尻尾で薙ぎ払おうとするのを見て、ベアモンとエレキモンは後方に下がり、フェアリモンは上方へ浮遊する事で回避を決行したが、グラウモンの幻は尻尾による回転攻撃の最中でありながらも、右肘から突出している刃物状の部位に青光りする電子(プラズマ)を纏わせていた。

 

「プラズマブレイド!!」

 

 一閃。

 

 右肘の刃に生じていた電子(プラズマ)が、あらゆる物質を両断する飛び道具と化して放出される。

 

「ブレッザ・ペタロ!!」

 

 それに対してフェアリモンは両手の指から真空の刃――カマイタチを形成させ、左手の五本だけを横凪ぎに振るう。

 

 高速で放たれた電子の刃は、真空の刃に阻まれると共にその形状を維持し続ける事が出来ずに霧散する。

 

 まだ振るわれていなかった右手のカマイタチで一本の太い真空の剣を形成すると、それをフェアリモンはグラウモンの幻に対して振り下ろす。

 

 幻だと分かっている以上、加減なんて微塵も無かった。

 

「てええぇぇぇい!!」

 

 気合いの入った声と共に振るわれた剣は、グラウモンの幻を左肩から斜めに切り裂いた。

 

 だが、流石にそれだけでは倒せない。

 

 何より、幻である以上は何度でも復活するため、叩くべきは創造者のユノモンなのだ。

 

 このままグラウモンの幻だけに付き合っていては、元凶である敵を倒す事なんて出来ない。

 

 しかしこの場には、一撃でユノモンに大ダメージを与えられる可能性が高かった信也や、ユウキの姿が無い。

 

 戦いを終わらせるための決定打が不足している。

 

 ならば、と思った所で。

 

「先に言っておきますが」

 

 ユノモンが、別人の借り物でもない本来の声で言う。

 

「既にこの辺り一帯の空間には幻術を施しています。助けを呼ぶために城に戻る事は出来ませんし、外部から事態に気付いて入り込もうとする事も出来ません。……精々(せいぜい)、自滅するまで精いっぱいの悪足搔きを」

 

「……くそっ、事実的に檻の中に閉じ込められたも当然って事かよ」

 

 幻を作る能力を知った時点で、この可能性が予想出来ていなかったわけでは無いが、状況が絶望的である現実を敵から突き付けられた事に対して、不快感を露にエレキモンは吐き捨てる。

 

 この状況で頼れるのは、同じく幻の檻の中に閉じ込められた仲間のみ。

 

 だが、それを探しに往くという事は。

 

(……ベアモンや泉に割り振られる危険の比率が増える事になる……)

 

 エレキモンにはそれが、彼等の事を『見捨てる』のと同義の行動に思えた。

 

 ユウキが向かった方向は記憶しているが、ユノモンが幻で見当違いの方向へ向かわせる可能性だってある。

 

 そうなれば、エレキモンがユウキと信也の事を探しに行くのは、無駄な行動にしかならない。

 

「……エレキモン、フェアリモン」

 

 そんな事を考えていた時、ベアモンがユノモンに目を向けたまま、エレキモンとフェアリモンに声を掛けてきた。

 

「ユウキと信也を探してきて。ここは僕が何とかしてみせるから」

 

「……何を言ってんだ。ユノモンだけじゃなく、グラウモンの事だって相手にするんだぞ。お前だけじゃ対等どころかマトモに戦う事さえ出来ないだろ」

 

「それでも、このまま三人で戦っただけじゃ打開策が無いよ。あの二人がまた加わるだけでも、流れは変わるはずだから……」

 

「…………っ」

 

 恐らく、ベアモン自身もこの状況が絶望的である事を理解していながら、何とかポジティブ思考で冷静さを維持しているつもりなのだろう。

 

 エレキモンだって、ユウキや信也が居なければこの状況を打破出来ない事ぐらい、分かっていた。

 

 泉も、その言葉には()()()()納得していた。

 

「……お願いだよ。探してきて。もうこれ以外に方法が見当たらないんだ……!!」

 

「……クソッ!!」

 

 その願いに、エレキモンは苦渋の決断を下すしか無かった。

 

 爆発に吹き飛ばされた信也をユウキが探しに向かった方へ、四つの足で脱兎のように駆け出す。

 

 しかし、フェアリモンだけはベアモンの言葉を聞いた上で残っていた。

 

「……どうして留まったの?」

 

「どうしても何も、ね。貴方も信也と同じで無茶をしてるようだし、ほっとけなかったからかな」

 

「無茶なのは分かってる上で言ったんだよ。別世界の住人である僕より、仲間であるシンヤを助けに向かった方がいいんじゃないの?」

 

「その別世界の住人であるユウキだって、信也の事を心配して一番最初に向かってくれたでしょ? それに、一人じゃ時間稼ぎも出来ないわよ。無茶はしないで」

 

 言われて、浅い溜め息を吐くベアモンだが、結果的に助かったと安堵していた。

 

 だが、そのやり取りを見ていたアルダモンは、小馬鹿にするように言う。

 

「お前達とは相手にしているだけ時間の無駄だな」

 

 やはり、本来の神原拓也の性格を考えれば、仲間に対して出てくるはずの無い言葉だった。

 

 アルダモンの幻は泉もよく知る人間の声でそう言うと、獲物を追い詰めるようにエレキモンの進行方向へ歩を進める。

 

 ベアモンがそれを阻止するために動こうとするが、グラウモンの幻がそれを阻む。

 

 手間取っている間に、アルダモンの幻が茂みの奥へと進んでいく。

 

「くっ……」

 

 ユノモンは、複数の幻を同時に動かす事が出来るらしい。

 

 それに『どうやって』実体を与えているのかまでは分からないが、厄介な事この上無い。

 

 せめてグラウモンに対抗するため、ベアモンは全身に力を込めながら吠える。

 

「ベアモン、進化――――ッ!!」

 

 宣言を切っ掛けに感情が一方向に集中され、ベアモンの体から青色のエネルギーが放出されると、それが繭の形を成して全身を包み込む。

 

 その中で体表の皮膚(テクスチャー)を剥がされ、その後に骨格(ワイヤーフレーム)情報(データ)を子熊の幼い体から更に成熟した逞しいものへと上書きさせ、その肉体に見合った皮膚(テクスチャー)が改めて貼り付けられる。

 

 その光景にユノモンはそれなりの興味を抱いたのか、ユウキや信也に向けていたのと同じ目を向ける。

 

「グリズモン!!」

 

 そして、繭を内側から打ち砕きながら、成長期(ベアモン)の進化した姿である成熟期(グリズモン)がその姿を現すと、グラウモンの幻は自身の右前足を瓦割りの要領で標的へと振り下ろす。

 

「その程度……!!」

 

 体格(サイズ)だけを見れば、グリズモンの方がグラウモンと比べると少し小さい。

 

 だが、そうでありながらも、グリズモンはその腕力で振り下ろされた右前足を自身の左前足で掴んで受け止め、続く左前足の一撃も右前足で掴んで受け止めた。

 

 互いに両手を使えない状況になり、グラウモンの幻は口の中に炎を溜め始める。

 

 グラウモンの必殺技――エギゾーストフレイムが放たれる前兆だ。

 

「フェアリモン!!」

 

「分かっているわ!!」

 

 それに気付いたグリズモンが声を上げて合図する前に、フェアリモンは上方に浮き上がっていた。

 

 そして、今まさに炎を放とうとするグラウモンの上顎に降下の勢いも合わさった踵落としを食らわせるのと同時、今度はグリズモンが掴んでいたグラウモンの両前足を放し、顎の下から突き上げるように拳を振り上げる。

 

 上下から来る重い打撃の威力で口を閉じさせられ、放たれようとした爆炎が口内で爆発し、鼻と口から火の粉の混じった黒い煙を咳き込むグラウモンの幻。

 

 生じた隙を見逃さず、グリズモンは腰を低く落としてから拳を真っ直ぐに放つ。

 

樋熊(ひぐま)正拳(せいけん)()きィ!!」

 

 成熟した熊の一撃がグラウモンの幻の腹部に突き刺さり、その威力にグラウモンの巨体が後方へ吹き飛び倒れる。

 

 手応えはあったはずだ。

 

 しかし、グラウモンの幻は消えない。

 

 幻だから、体力や疲れの概念が無いのだろうかと思った時、いつの間にか二人の背後に現れていたユノモンが口を開く。

 

「……ふむ。生まれた世界の違いで電脳核(デジコア)の性質も大きく異なるのですね。これまでの『異世界の住人』といい、いつ見ても『進化』とは興味深いです」

 

「……お前は情報を蓄積し続ける存在だと言っていたな。『人間』の事を、何処まで知っているんだ」

 

「貴方よりは、とだけ。言っても理解は出来そうにありませんしね」

 

 言われて、少々苛立ちを感じながらもグリズモンが更に問う。

 

「何でユウキを狙うんだ。別世界の住人である事を知っているのなら、ユウキが『デジモンに成った理由』を知るために『こちら側』の世界での情報を必要とする事ぐらい、分かっているはずなのに」

 

「確かにそうかもしれませんね。ですが、その答えが紅炎勇輝自身にあるのだとすれば、本人の事だけでも調査すれば『何か』が見えるでしょう。そこだけは確信出来ます」

 

 確かに、ユノモンの言う通りだった。

 

 ユウキが『デジモンに成った理由』は、そもそも『外』にあるのか『内』にあるのかさえ分かっていない。

 

 ユノモンが彼自身の事を調べ上げれば、少なくともそのどちらかである事は確定付ける事が出来る。

 

 だけど。

 

「……それで、信用しろって言うのは無理な話でしょ。信也を拓也の幻まで使って誘き寄せたりして、話をしたいだけと言いながら行いに関して謝りの一つも無いってどういう事なのよ」

 

「それは確かに、私も酷なことをしたと思っています。しかし私は私の為すべき事をしたのみ。謝罪などする必要がありません」

 

 一片の曇りさえ見えない、真っ直ぐな言葉だった。

 

 自分のやるべき事を分かっている故に、自分が間違った事をしてはいないという確信を持った目だった。

 

 神だから、という以前に、そこには確固たる意志があるように見えた。

 

 グリズモンでも、このユノモンというデジモンが『強い』事ぐらいは理解出来た。

 

 だけど。

 

「……だったらどうして、その力を『そんな事』にしか使えないんだ!!」

 

「『そんな事』?」

 

「それだけの凄い力があるのなら、どうしてこんな子供達に牙を剥くんだ!? 目的があるとしても、自分達のやっている事がどれだけ酷い事なのかって事ぐらい、分かっているはずなのに……ッ!!」

 

 詳しい事情も分からないが、罪も無い子供を襲ってまで達成すべき目的なんて想像出来なかった。

 

 何より、このデジモンが俗に言う『悪』のデジモンに見えない事もあった。

 

 ここまでの力を持ちながら、それだけの知識を保有していながら、何故このような行いに加担しているのか、グリズモンには分からなかった。

 

「そんな疑問ですか……」

 

 必死の呼び掛けに対して返って来たのは変わらぬ視線と、まるで馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりの声。

 

「まぁ、あなたは別世界の住人ですからね。説明を受けていないのなら知らなくて当然でしょう」

 

「何……?」

 

「自分の行いに自身を持つ者に、過程への言い訳など不要。あなたの言う『そんな事』が、私達にとってはこれ以上も無いほどに重要な目的に至るための過程でしか無い。達成出来るか出来ないかで、私を含めた『オリンポス十二神』の統治する方の世界と、そこに生きるデジモン達の生死が変わるぐらいにはデリケートな問題なのですよ」

 

 その言葉に。

 

 グリズモンは、何も返せなかった。

 

 ユノモンから聞くまで『オリンポス十二神』側の事情を知らなかった事もある。

 

 だが、何よりも、突然に語られた世界規模の問題に、思考が付いていけなかったのだ。

 

 思わず、フェアリモンの方を向く。

 

 その表情を見ただけでも、ユノモンの言っていた事が本当である事を理解出来てしまった。

 

「自分達の世界を守るためならば、手段を選ばぬのが統治者たる者の務めです」

 

 言っている事は明らかに重要なのにも関わらず、ユノモンの口調には一切の変化も見られない。

 

 このような事は為すべき事の再確認をするための作業でしか無い、とでも言わんばかりに。

 

「さて、この話はもういいでしょう」

 

 ユノモンは話題を締めると興味でも失ったのか、グリズモンとフェアリモンに背を向けその場から立ち去り始める。

 

「!! 待ちなさい!!」

 

 それを追いかけようとフェアリモンが空中からユノモンを狙おうとしたが、ユノモンの体は霧に溶け込むような形で消え、場にはグリズモンとフェアリモンとグラウモンの幻だけが残った。

 

 どうやら、最初から本体は別の場所へ移動していて、二人と会話していたのはユノモン自身の幻だったらしい。

 

「………………」

 

 嘘だと信じられれば、どんなに良かっただろう。

 

 だが、あそこまで当然のように語られた内容が嘘とは思えず、内容に含まれた重圧に押されてしまう。

 

 戦意が、揺らぐ。

 

 ユウキやエレキモンは守りたい。

 

 この世界で見知った『人間』達も守りたい。

 

 だが、その過程で別の世界が滅びると考えてしまうと。

 

 それが本当に正しい行いなのか、分からなくなって迷いが生じてしまう。

 

「グリズモン」

 

 自分の姿を保っている『感情』の柱が倒れそうになった時、隣からフェアリモンの声が聞こえた。

 

「もし、自分の行いが正しくないなんて思ってるのなら、それは絶対に違うわよ」

 

「………………」

 

「その姿はユウキやエレキモンを助けたくて成った姿なんでしょ? そりゃあ、いきなり世界の命運とか聞いたら、普通に困惑するとは思うけど。それでもあなたが『助けたい』と思う事は、決して間違った事なんかじゃない」

 

「……そうなのか?」

 

「そうよ。きっと、あなたは優しすぎるから、自分を取り巻いている輪の外まで気にしてしまってるんでしょ?」

 

 的を射るような言葉だった。

 

 否定する事なんて出来ないグリズモンに、続けてフェアリモンは言う。

 

「何を優先させるかなんて自分で考えるべき事だけど、この状況だからあえて言うわよ。あなたが優先するべきなのはこの『十闘士の世界』でも『十二神族の世界』でも無い。あなた自身が『助けたい』って思った相手を助ける事のはずよ」

 

「………………」

 

 その言葉を聞いて、グリズモンは思わず溜め息を吐いていた。

 

 世界なんてスケールの大きなキーワードを聞いただけで、自分の為すべき事を忘れていた事について、思わず馬鹿らしく思ったのだ。

 

「……柄にも無く、難しいことを考え過ぎてたみたいだ。ありがとう」

 

「どうしたしまして」

 

 互いにそう言いながら、起き上がってくるグラウモンの幻と相対する。

 

 ユウキとエレキモン、そして信也を助けに行くためにも、こんな所で立ち往生はしていられない。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 頬に一撃を見舞った結果、信也は目を開けたが同時に突き飛ばされた。

 

 どうやら、赤色という共通点から自身を吹き飛ばしたアルダモンの事を想起してしまったらしい。

 

「しっかりしろ!!」

 

 ユウキが信也の肩を掴むと、ようやく彼の姿を正しく認識してくれたらしい。

 

 意識が戻ったという事実から冷静になり、ユウキは『ふぅ』と一息吐いてから言った。

 

「だから言ったんだ。危険だって」

 

「……結局幻に騙されるからか?」

 

 馬鹿にされたように思われたのか、子供がそっぽを向いた時のような口調でそう言ったので、言葉の理由を説明する。

 

「違う。その、俺にも上手く言えないけど……一人で行こうとしたからだ」

 

「ユウキも、俺が弱いって言いたいのかよ」

 

 そう言って、信也は顔を伏せる。

 

 ユウキには、信也が何を思ってそんな言葉を漏らしたのか分からない。

 

 ただ、その姿にかつての自分を思い出し、ぽつりと言った。

 

「俺には、信也が弱いなんて言えない。そんな事言ったら全部自分に跳ね返ってくるからな」

 

 デジモンに成ってから僅か数日の間、ユウキは単独ではまともに戦うどころか生活する事さえ出来なかった。

 

 海で救われた時だって、フライモンと突然の遭遇をした時だって、モノクロモンの急襲された時だって、ウッドモンと戦った時だって、彼一人では確実に命を失っていた。

 

 いくら特別な存在だろうが、今の能力はちっぽけな物でしか無い。

 

 それは肉体的な面でも言える事であり、精神的な面でも言える事だ。

 

「俺はデジモンになったばかりで、戦いどころか日常生活も一人じゃやっていけない。ベアモンとエレキモンに頼ったり守ってもらったり、そんな状態だ」

 

「……つまり、足手まとい?」

 

「ハッキリ言うなよ。まぁ、エレキモン達にも同じ事言われたけど。でもさ、そんな俺にベアモンは一緒に『チーム』を組もうって言ってくれた。一緒に強くなろうって」

 

 挑戦者たち(チャレンジャーズ)

 

 その名が示すのは、どんな困難にも立ち向かい道を切り開くという意味。

 

 それも、一人ではなく仲間と共に。

 

「今はダブルスピリットできなくても、仲間と一緒に戦っていれば、強くなれるのか」

 

「多分な。今言ったのはほとんどベアモンの受け売りだし、俺もそうだったらいいなって思ってるだけだ」

 

 自分自身の言葉ではなく仲間の言葉であるため、ユウキは言った後に思わず自嘲気味に笑っていた。

 

 仲間と一緒なら乗り越えられる。

 

 そう信じている限り、心は折られない。

 

「確かにな。……じゃあ、俺もそう思っとく」

 

 信也が顔を上げ、ユウキも笑顔になった、そんな時だった。

 

 

 

 

 

「感動的シーンの最中悪いが、そろそろいいか?」

 

 声のした方向に首だけ向けてみると、そこには若干冷えた視線を向けるエレキモンの姿が。

 

 嫌な予感を感じたのか、ユウキはエレキモンに向き直った。

 

「エレキモン!! いつからいたんだよ!!」

 

 そして、額から汗を流しながら問う。

 

 エレキモンは適当な感じに回答する。

 

「まぁ、割と最初から」

 

「……ッ!! 色々と聞かれたら恥ずかしい事口走ってた気がするんだが」

 

「いや、むしろ笑いこらえるのに必死だった。心配するな」

 

「笑ってたのかよ!?」

 

「お前の気持ちは腹が痛くなるほどよーく分かった」

 

 なんと、ユウキと信也の会話は事実上の公開処刑状態となっていたらしい。

 

 ユウキの驚きと若干の怒りを込めたシャウトを軽く流すエレキモンだったが、その一方で何やら息が上がっているように見えた。

 

「戦闘は」

 

 信也が短く問うと、エレキモンは表情を引き締める。

 

「悔しいがやられっぱなしだ。ユノモンやデジモンの幻のせいで、こっちの攻撃が全く通らねぇ。助けを呼ぼうにも、城に戻れない。この辺一帯がユノモンの幻に包まれているらしい」

 

「つまり、俺達だけで戦うしかないって事か?」

 

「そうみたいだ……!?」

 

 エレキモンが言い終わる前に、その背後から木の軋み折れる音が聞こえた。

 

 音のした方を向くと、アルダモンの幻が追い着いてきて三人を見下ろしているのが見えた。

 

「ここにいたのか」

 

 神原拓也の声で、アルダモンの幻は呟く。

 

「信也やユウキはともかく、()()()は邪魔だな」

 

 その手に、へし折った樹木という名の鋭利な武器が。

 

 大きく振り上げたその下には、緊張と恐怖で震えるエレキモンの姿が。

 

 信也が手元から離れ落ちていたデジヴァイスを拾うのも、ユウキが『進化』を発動するのも、どちらも間に合わない。

 

「…………るか……」

 

 串刺しにされ、無残な死を遂げる、ほんの少し前。

 

 エレキモンの九本の尻尾が逆立ち、その青い瞳が意思を込めてアルダモンを睨んだ。

 

 

 

 

 

「たかが幻のお前なんかに、俺達が負けるかあああああッ!!」

 

 瞬間、オレンジ色の電撃(スパーク)が放たれ、アルダモンの手にあった即席の武器を弾き返し、放たれた電撃が繭状になってそのままエレキモンを包み込んだ。




向こう側のコラボ回で、台詞の少なかった印象のあるベアモンとユノモンの話を書いた結果がこれだよ!!

そんなわけで、今回の話で戦闘回を終えられなかった最大の理由、加筆シーンである『グリズモン&フェアリモンVSグラウモンの幻』と『神の奪う「理由」』。いかがだったでしょうか?

コラボ編って事で、まだ彼等が背負うには早すぎる『世界』規模の問題に直面した上で、『別世界の命運』と『友達や仲間の命』を天秤にかけ、『友達や仲間の命』を救う一方で『別世界の命運』を見捨てるのは正しい事なのか、という疑念をグリズモン(アルス)に抱かせてみました。

ぶっちゃけ第一章段階の彼に背負わせるには重過ぎる問題なので、ちょっと消化し切れていない感じですが、本編の中でもこのような疑問を彼等は抱く事になるでしょう。

今回の話を見ての通り、本編の中でベアモンは『……もし仮に、ユウキをデジモンに変えてこの世界に送り込んだ奴が、下らない理由で僕の友達を巻き込み、傷付けたら……その時は……ぶっ潰してやる』なんて台詞を漏らしているわけなのですが、この言葉は相手が『悪』である事を前提としていないと言えないんですよね。

もし少しでも『善』の部分を聞いて、それに『仕方無い』と思えなくなるほどの同情を覚えてしまったら、それだけで戦う力が半減してしまう程度の覚悟の言葉だったわけです。

今回の話の場合は『友達(ユウキとエレキモン等)』を守るためという動機で戦っていたわけですが、ユノモンの「私を含めた『オリンポス十二神』の統治する方の世界と、そこに生きるデジモン達の生死が変わるぐらいにはデリケートな問題」という言葉を聞いて、彼女の言う『オリンポス十二神が統治する世界のデジモン達の命』の事を考えてしまい、戦い邪魔をする事で生じる『奪ってしまう可能性』に戦意を折られそうになりました。

泉(フェアリモン)の言葉でギリギリ復帰出来ましたが、本編でも彼の善性は何度もこのような形で壁になってくるでしょう。

……まぁ、クネモン戦でのアクションとか、かなりエグい事をしてる面もあるのですが。

では、次回もお楽しみに。次の話で戦闘回は終わらせてみせます。


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異世界にて――『ぶつかり合う本物の炎と偽者の炎』

現在コラボってるお方とは別のお方が待機してるから急ぐつもりでいたけれど現実では思いっきりサボってました←←

 だって……Pixivの『企画』の進行だけならまだしもスマブラ3DSの発売日まであったんですよ。そんなの逆らえるわけが無いじゃないですか!!←←

 そんなこんなで大分遅れてしまいましたが、ようやくユノモン戦が終了となります。

 9時頃、違和感を感じた点を修正いたしました。


◆ ◆ ◆ ◆

 

「進化、なのか?」

 

 ――――エレキモン、進化…………。

 

 目の前で行われる『進化』の様子に、互いに違う世界の住人である信也が呟くと同時に、オレンジ色の電子によって形成されていた繭は破られた。

 

 内部から現れるのは白い羽毛に包まれ、頭部に薄黒いトサカを生やし、上顎が黄色を伴いながら硬化していき嘴となった、赤色の瞳を持つ巨鳥型のデジモン。

 

 彼はその四つの爪が生えた足で地面を踏み締め、頭を持ち上げ新たな自身の存在を肯定する。

 

「コカトリモン!!」

 

 その姿はユウキと信也の姿を覆い隠すほどに大きく、目の前に存在するアルダモンの幻に匹敵する三メートル近くはあるだろう大きさを誇っていた。

 

 ユウキと、当然ながら信也はエレキモンが進化する光景を見るのが初めてだったりしたので、思わず驚愕をそのまま顔に出した。

 

 そして、ユウキと信也はそれぞれ率直な感想を述べた。

 

「エレキモンが進化した!?」

 

「すげえ……でっかいニワトリ……」

 

 二人が目の前の出来事に驚いている一方で、アルダモンの幻は突然の変化にも一切焦る事も無いまま距離を取り、両腕に装着されている兵器――ルードリー・タルパナを展開し、そこから超が付くほどに高熱の球を高速で放とうとする。

 

 一方でコカトリモンは、近くに生えていた樹木の枝に噛み付き、そこから緑の葉を根こそぎ取った。

 

 それに構わず、アルダモンは技を放つ。

 

「ブラフマストラ」

 

 まるで、炎そのものを機関銃で連射しているような攻撃だった。

 

 対してコカトリモンは一度目を閉じ、開けると共にその赤い瞳を妖しい緑色に変え、同じく技を放つ。

 

「ペトラファイアー!!」

 

 光線、と言ってもいいような形で熱気が緑の色を伴って放たれる。

 

 射線上に存在していた緑は全て石のような灰色に変貌し、炎の弾丸は熱気と衝突した結果、コカトリモン達の所へ辿り着く前に霧散した。

 

 そして残った炎も、石と同等の性質に成った灰色の葉に遮られ、共に蒸発した。

 

 その結果に、アルダモンの幻は不機嫌そうに目を細める。

 

 ……本来のアルダモンが放つ熱量ならば、コカトリモンの使った手は通用する事も無かっただろう。

 

 しかし、所詮このアルダモンは『そのもの』では無く情報から再現したのみの幻に過ぎない。

 

 本来の力をそのまま再現出来ているわけが無いのだ。

 

 つまり。

 

(……俺達にも勝機はある!!)

 

 恐れを振り切るように内心でプラス思考へと切り替え、ユウキは戦う意思を取り戻す。

 

 この絶望的な状況において、アルダモンの幻に対抗し得るコカトリモンの存在は、勝機と言う名の希望を生み出してくれている。

 

 そして、生まれた希望は連鎖反応を引き起こす。

 

「いけるか?」

 

「ああ!!」

 

 ユウキの差し伸べた前足を掴み、離れ落ちていたデジヴァイスを拾った信也が立ち上がる。

 

 その瞳には燃えるような闘士が再び宿り、その手には三重のバーコード状のデータが浮かび上がる。

 

 アグニモンへと『進化』した時と同じように、彼はそれをデジヴァイスへと擦り合わせ、再び宣言する。

 

「スピリット・エボリューション!!」

 

 信也の全身を大量のバーコードが覆い隠し、その内部で『人間』という存在の表面に『デジモン』としての情報が新たに貼り付けられていく。

 

 進化しようとしているデジモンの力が凄まじいのか、獣の唸り声のような物が聞こえると、ガス抜きのように炎が排出されると共に内部から信也という『人間』だった『デジモン』が現れた。

 

 その全身各部には赤と金の色彩が目立つ鎧が装着されて有り、頭部には恐竜型を想起させる銀色の兜が装備されていて、両腕には目前に見えるアルダモンの両腕の武装と同じ物が存在しており、腰からは太く鈍器にもなり得る尻尾が生えている。

 

 それは、神話に登場する雷神の仇敵とされる火竜の名を継いだ存在だった。

 

「ヴリトラモン!!」

 

 全身から溢れ出るほどの熱気を放ちながら現れた信也だったデジモン――ヴリトラモンは、姿を現すと共に両腕の『ルードリー・タルパナ』を半回転、槍状に展開しながらアルダモンへ突撃。

 

 同じ形の、それでありながらデータ量は大きく異なる互いの武器がぶつかり合い、金属音を周囲に撒き散らす。

 

 火竜(ヴリトラモン)半人火竜(アルダモン)の幻が、力任せに鍔競り合いながらも視線を向け合う。

 

「同じ武器を使っていても、ビーストスピリットとダブルスピリットではエネルギー量が違う。単純な力攻めでは勝てるわけがない」

 

 そう言うアルダモンの力が増し、歴然たる差を現すようにヴリトラモンの体を押そうとする。

 

 確かにアルダモン――否、アルダモンの幻を創り出したユノモンの言う事は理に適った言葉ではある。

 

 ただし。

 

「それは、お前が()()()兄貴だったらの話だ!! 俺は、偽物(おまえなんか)に負けるほど弱くない!!」

 

 ヴリトラモンが歯を食いしばり、後方に押し出されていた足を屈せぬ意思で踏ん張る。

 

 すると、特別な理屈など何も無いにも関わらず、単なる馬力が徐々にアルダモンを押し返し始めた。

 

「そんな――スピリット単体でここまで戦えるはずは」

 

 これには流石に驚愕を露にしたのか、初めてアルダモンの幻が目を見開いた。

 

 その動揺を突き崩すように、ヴリトラモンが更に力を込める。

 

「うりゃああ!!」

 

 気合いの入った声と共に、ヴリトラモンの体重が乗った一撃がアルダモンを弾き飛ばす。

 

 アルダモンは冷静に着地したが、よほど効いたのか体勢が崩れている。

 

 即座にヴリトラモンは飛び退き、後方の頼れる仲間へ叫んだ。

 

「コカトリモン!!」

 

 名を呼ばれる前から、コカトリモンは既に必殺技の体勢に入っていた。

 

 その理由は単純で、アルダモンに打ち勝ったヴリトラモンと同じく何の複雑な理屈も無い。

 

 彼はただ、ヴリトラモンがアルダモンに明確な『隙』を作り出してくれる事を信じていただけなのだ。

 

「ペトラファイアー!!」

 

 再び赤から緑へ転じたその瞳から妖しい熱線が放たれ、射線上に存在していたアルダモンの体が灰色の石に変わる。

 

 だが、石と化した体表がどんどん赤い熱を帯びていくのを見て、コカトリモンは自身の技だけでは倒しきれない事を悟った。

 

 ……そう、自分の技だけなら。

 

「させるか!!」

 

 言ってコカトリモンの背から飛び出すのは、これまで攻勢に出る事も出来なかった赤色の竜。

 

 彼はその右前爪を大きく振りかぶり、瓦割りのように上方からアルダモンの形をした岩へと振り下ろす。

 

 皮肉にも、その状況に合致した技の名を叫びながら。

 

「ロックブレイカー!!」

 

 渾身の一撃は炸裂し、石像へ頭上から大きなヒビを入れた。

 

 ヒビは衝撃と共に全身へと行き渡り、アルダモンの形を成していた石像はその場に崩れ落ちる。

 

 技を繰り出したユウキが着地した頃には、石像はそのままデータの粒子へ還元されて消失していた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「やったな」

 

 ヴリトラモンがそう言いながら親指を立てる。

 

 紛れも無い功労者なコカトリモンとユウキは、それぞれ肩を竦めたり顔を綻ばせたりした。

 

 だが、まだ問題は解決していない。

 

 幻の作成者であるユノモンを撃破しない限り、まだ安心は出来ない。

 

「……ん?」

 

 そんな事を考えていた時、ふとユウキの視線が地面に落ちた。

 

 そこには、灰色を帯びてはいるものの、紛れも無い孔雀の羽が砕けずに落ちていた。

 

「これ、ユノモンのだよな」

 

 若干の熱を有していたそれを拾い上げながらユウキは言い、ヴリトラモンに手渡す。

 

 ヴリトラモンは渡された孔雀の羽を手のひらで受け取ると、顕微鏡で微生物を観察するような形で覗き込んだ。

 

 数秒経ってから、口を開く。

 

「多分、俺や兄貴から入手した記憶を保存してあるんだ。これを核にして幻を作っていたんだろう」

 

 なるほど、とユウキは納得出来た。

 

 現実世界にも、そういった『情報を保存する』ための小さな道具は存在しているからだ。

 

 例えば、デジタルカメラに写し取った情報を保存するSDカードや、パソコンの情報保存容量を別途で拡張してくれるUSBメモリだったり、テレビゲームで遊んだ際の情報を記録するメモリーカードとか。

 

 情報によって形成される世界(デジタルワールド)だからでこそ、そういった技術は特別不思議だと思わなかった。

 

 ヴリトラモンが握り締めると、容易く灰色の羽は手の中で粉々になる。

 

 と、突然コカトリモンの体が輝き光を帯びると、風船から空気が抜けるように小さく成っていき、数秒するとコカトリモンの姿から元のエレキモンの姿に戻った。

 

 やはり『進化』を維持するだけでも疲労が激しかったのか、彼は地面にへたり込む。

 

「やっぱり『進化』はキツいな……限界だ」

 

「十分だ。分かれて動くのは危険だし、ベアモン達に合流しよう」

 

 そう言ってヴリトラモンはユウキとエレキモンを手に抱えると、夕日のようなオレンジ色の翼を広げて飛翔した。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 数分もしない内に、ヴリトラモンとそれに抱えられて来たユウキとエレキモンは、ユノモンと最初に遭遇した森の外れに到着した。

 

 しかし、何故か誰も居なかった。

 

 ユノモンどころか、ベアモンもフェアリモンに進化している泉も。

 

(…………まさか、ユノモンにやられたのか……?)

 

「ユウキ!!」

 

 思わず危惧するユウキの不安を砕くように、彼等から見て左側の茂みからベアモンが姿を現した。

 

 安堵し、ヴリトラモンの手の中から滑り降りてユウキはベアモンに声を掛ける。

 

 が、そんな時。

 

「ダメ!! それは幻よ!!」

 

 今度は彼等から見て右側から、フェアリモンでは無く人間としての泉が走ってきた。

 

 その言葉にユウキは思わず動きを止め、ベアモン(と思われる者)は泉に向かって身構えた。

 

 それぞれ現れた二人は、言葉をぶつけ合う。

 

「僕はさっき泉に動かないでって言って戻ってきたんだ。だからここにいる泉の方が偽物だよ!!」

 

「私だって、ベアモンと二手に分かれて信也達を探そうって言ったばかりよ!!」

 

 三人の視線がベアモンと泉の姿を行き来する。

 

 どちらかは確実に偽者だと分かっていても、声と見た目は現実感を帯びていたからだ。

 

 それどころか、気配すらも。

 

 故にユウキにもエレキモンにも、どちらが偽者かなんて直ぐに判別する事は出来なかった。

 

 ただ一人、ヴリトラモン――『火』の闘士だけは、二人と違って深呼吸をした後に目を閉じていた。

 

 まるで、何かを感じ取ろうとしているように。

 

 そして。

 

「本物はそこだ!!」

 

 その目がカッと開かれると共に、ヴリトラモンは両腕の『ルードリー・タルパナ』から熱線を放った。

 

 放たれた熱線は真っ直ぐな軌道を通りながら、ベアモンと泉の間を通り抜け――――何も無いはずの虚空に着弾した。

 

 同時、女性の呻き声のような物が聞こえると、辺りの景色が丸ごと一変した。

 

 ベアモンと泉の姿は霧が掃われるように消え失せ、居た場所にはそれぞれ一つの羽が舞い落ちる。

 

 ヴリトラモンの放った熱線の着弾した地点には、激痛の走る鳩尾を手で押さえるユノモンの姿が現れた。

 

 根本的な部分が露見し、思わずユウキは吐き捨てるように言った。

 

「……ベアモンも泉も、両方幻だったわけか」

 

 言葉に、唯一ユノモンの居場所を見破ったヴリトラモンは頷く。

 

「二人には体温を感じなかった。その代わり、誰もいない場所に熱を感じた」

 

 それは、間違い無く『火』の闘士である彼にしか出来なかった事だろう。

 

 科学的に熱源を『色』で視ているわけでも無く、ただ純粋に周囲に存在する熱の源の位置を正確に感じ取る事など。

 

 ユノモンは痛みに耐えながら、それでも微笑んだ。

 

「私の『リリウム・カンディディウム』を破るとは、流石です。神原信也……あなたは私の予想を超える成長ぶりを見せている……」

 

 その言葉と共に、ユノモンのすぐ横側の空間が歪む。

 

(アイツ……ッ!! 逃げる気か!?)

 

 気付いたユウキが駆け出そうとするが、距離から見てもユノモンが歪みの中へ入る方が早い。

 

 その時、一陣の風が吹いた。

 

「子熊正拳突き!!」

 

 明らかに自然の物とは違う『何か』の力が働いた風に乗って来たのは、灰色の体毛を持つ子熊――ベアモン。

 

 彼は追い風に吹かれた勢いのままに、右拳の一撃をユノモンに対して見舞い、その体を傾かせる事で歪みへの侵入を阻止する。

 

 そんなベアモンの後から続くように、今度は紫色の防具がある妖精――フェアリモンが飛んでくる。

 

「おまたせ」

 

 彼女はユノモンに対して渾身の一撃を放ったベアモンの腕を掴むと、即座に飛んで離れる。

 

 逃げるというより、巻き込まれないように退いた事を理解したヴリトラモンはフェアリモンに向けて一度だけ笑顔を見せると、全身を燃焼させる事で鎧の隙間から炎を放出しながら跳躍した。

 

 そして、彼は自身の『必殺技』の名を強く言う。

 

「フレイムストーム!!」

 

 翼の羽ばたきと共に、その名が意味を指すような炎の竜巻がユノモンに喰らい付く。

 

 熱風が吹き荒れ、夜の森をざわめかせた。

 

 竜巻が収まると、そこには一同の目の前で一本のバーコード状のデータを円の形で浮かび上がらせるユノモンの姿があった。

 

 こちらの世界(デジタルワールド)において、それは死の直前と同義としても過言では無い現象だった。

 

 まるで、遺言のようにユノモンは口を開く。

 

 予想も出来ない力に対する負け惜しみか、はたまた命請いでもするのかとユウキは思ったが、その予想は大きく外れていた。

 

 

「……やはり私は、あなたの成長を最後まで見る事ができない。情報から導き出された予想通りです」

 

 

 予想通り。

 

 その四文字の言葉が指す意味に、少しの間ユウキにもベアモンにも、当然エレキモンにも疑問を抱く事しか出来なかった。

 

 名指しの言葉だったからか、いち早くそれに気付いたヴリトラモン――信也が信じられないように言った。

 

「お前、最初から倒されることが分かってて来たって言うのか!?」

 

 その事実には、当のユノモン以外の全員が驚きを隠せず。

 

 特に、ベアモンの動揺は最も大きかった。

 

「あなたの力を伸ばし、その情報を収集するのが私の役目……」

 

 言いながらユノモンは、自身の周りに存在していたバーコード状のデータに手をかけた。

 

 悲鳴のような高い声を張り上げるその光景には、まるで自分の心臓を『何か』に捧げているような印象を受ける。

 

「我が伴侶ユピテルモンよ!! この(からだ)情報(データ)に代え、あなたの元に送ります!!」

 

 まるで、一匹の蛇のようにバーコード状のデータが勝手に動き出し、空間の歪みへと吸い込まれていく。

 

 同時に、情報の抜け殻となったユノモンの肉体が足元から消失していく。

 

 目の前の『死』の光景に、ユウキもベアモンもエレキモンも何も口に出す事が出来ない。

 

「待て!!」

 

 単純な『死』だけしか残させないために、動いたのは信也だった。

 

 彼の持つ情報端末こと『デジヴァイス』には、一定以上のダメージを負ったデジモンから生じるバーコード状のデータを読み取り『浄化』する機能が備わっている。

 

 今すぐ使えば、まだ悲しいだけの結末は回避出来るはずだ。

 

 使うためには、現在成っている『(ヴリトラモン)』の姿から『人型(アグニモン)』の姿へ切り替える必要があるのだが、まだ間に合える。

 

 そう、ユウキが思った時だった。

 

 

 

 ――――!!!!!

 

 

 

 ノイズのような悲鳴のような何かが、ユウキの頭の中に響いた。

 

「…………ぇ…………」

 

 疑問を覚えるよりも先に、唐突な変化があった。

 

 ヴリトラモンの体が、前方に向けて力無く倒れ込みだした。

 

「ッ……!! 信也ぁっ!!」

 

「信也!?」

 

 いち早く気付いたユウキがヴリトラモンの体を受け止めたが、その表情は明らかに苦痛を帯びた物だった。

 

 その体に外見上の損傷が見えないのに、それはまるで、刃物で肌を深く切ってしまった時の鋭い痛みに耐えてでもいるように見えた。

 

 その痛みを最も味わっているのであろうヴリトラモンの体を構成するバーコード状のデータが、あたかも剥がれると、ヴリトラモンの居た場所には人間の姿に戻った信也の姿があった。

 

「……今のは……」

 

 自分でも原因が分かっていないのか、疑問そのものな声調で呟く信也。

 

 彼がどうにか立ち上がると、もう既に肉体を下から半分以上も失ったユノモンが語りかける。

 

「神原信也、あなたは先天的な才能に恵まれている。しかし、じきにそれがあなたの心を切り裂くのです」

 

「どういう意味だ!!」

 

 言葉の中に含まれた意味が理解出来ない。

 

 信也にも、当然ユウキやベアモン達にも。

 

 ユノモンはその言葉に答える事も無いまま、笑みだけを深くする。

 

「これは予想や予言ではありません。情報から導かれた、100パーセント起こる事実――」

 

 自分以外にまだ理解の追い着く事の無いその言葉を最後に。

 

 常に微笑みを絶やす事の無かった顔の全てが消え、この世界からユノモンは消失する。

 

 そして、ユノモン自身から浮かび上がっていたバーコード状のデータは、その場から痕跡一つも残さず空間の歪みと共に綺麗さっぱり無くなっていた。

 

 ユノモンの最後に遺した言葉に、信也は呆然とする事しか出来ない。

 

(……さっきのは……いや、今はそんな分からない事を考えるよりも……)

 

 そしてユウキも、別の理由で想う事があったが、すぐに思考を切り替えた。

 

「……とにかく、今は城に戻らないか?」

 

 言葉に賛成するように、重い雰囲気を振り払ってベアモンも明るい声を張り上げる。

 

「そうだね!! 僕の知らない間に色々あったみたいだし?」

 

「おい、事情聴取は明日にしてくれよ? 無茶苦茶疲れてるんだから……」

 

 ベアモンの興味津々な視線にエレキモンはぐったりとした声だけを漏らし、地面にのびる。

 

「さ、みんなも心配してるだろうし戻りましょう!!」

 

 泉が笑顔を見せながら信也の肩を叩く。

 

 それを合図に一同はこの場所に来るまでの道を戻り、水晶で構築された城へと歩き出す。

 

 誰も、ユノモンの言葉に触れたりはしないまま。

 

 夜中の風は、涼しいというより何処か寒気を感じさせていて。

 

 ユウキには、どうしても不吉な予感を拭えずにいた。

 

 

 

 




 ◆ ◆ ◆ ◆


  自分で書いていると結構加筆出来る所が多かったりして、色々と試してみたら予想以上の文字数になったでござるの巻。今回はオリジナルシーンとか全然無いに等しい回でしたが、いかがだったでしょうか?

 色々とツッコミたい所もあるのだとは想うのですが、ちゃんとした理屈が入っているのでご安心を。説明はネタバレ防止の事も考えてアメーバブログの方で描写するつもりなのですが……ん~、どうするべきか。

 というか今回の話でベアモンとフェアリモンがグラウモンの幻を倒すシーンを入れようかなとかも思いましたが。

 幻を撃破する→次の幻が襲ってくる!!→それも撃破する→ヴリトラモンがユノモンに攻撃当てるまで同じ戦いのループ。

 なので、書こうにも蛇足と思い(というか何故か思いつかなかった)、その加筆予定だったシーンはバッサリカットさせていただきました。というか『風に乗ってベアモンが飛んできた』の前の展開で『どうやってユノモンを見つけたのか』って疑問が残るかもしれませんが、これはそもそもユノモンの声とヴリトラモンの攻撃の直撃音があれば、十分に位置を特定出来ると思いますし(攻撃が当たると同時に幻全解除してる時点で目晦ましが無い)。

 まぁ、今になって思えば女性の姿をしたデジモンの腹部に容赦無く拳をブチ込むベアモンが結構サドい気もしたのですが、まぁデジモンには性別の概念が無いので男女平等どころか全部平等パンチなんですぜ←←

 後、風に乗った状態でどうやって『子熊正拳突き』を放ったかと聞かれると、描写から分かる人もいると思うのですがベアモンが放ったのは『ただのパンチ』だったりするのです。技の名を叫ぶことで気合いの入った一撃を誘発させるっていうか、どっかのカードゲームでどっかのキャラが『城■内ファイヤー!!』とか叫ぶのと同じ理屈です。多分。

 さて、『向こう側』のコラボ回だとこの次の話で終わるのですが……、













 まだコラボ編は終わらないぜェ!! 次の話はお城に戻ってからの男同士の風呂談話か寝起き出落ちな話――要するに『帰還』するまでに描かれなかった『異世界二日目』のお話じゃァ!! こっから先はシリアス塗れの星流さんの作品の世界からギャグ塗れのこちらの世界の流れに持ち込んでいくつもりでいくます!! とりあえず二話か三話は使いそうなので、もうちょっと『次のお方』には待ってもらう事になりますが、ご了承ください……。

 さて、本編ではずっとシリアスばっかりだったんではっちゃけるぞォ!!←←

「星流さんごめんなさい。マジでごめんなさい」

 では、次回もお楽しみに。万が一書けなかった場合はこのまま星流さんとのコラボ回の最終話までぶっ飛びます。
 


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異世界にて――『寝起きドッキリは青春と犯罪の色?』

書いている間に色々と矛盾が生じたりしてそれを修正するための色々文章を変更した結果生まれた最終的な産物。

とりあえず後でコラボ相手の作者さんに土下座する事は確定なので、もう何も怖くない。

そんな訳で、出落ちにも等しいお話――『異世界・二日目』の話が始動します。


 長い時間を、眠っていた気がする。

 

 意識が朦朧としている中、彼――ギルモンのユウキが一番最初に浮かべた言葉はそんなものだった。

 彼は一枚の布団とベッドに挟まれた空間にて、人間だった頃に味わっていた感触を久々に堪能していた。

 

(……んぅ、朝か……?)

 

 その内心での呟きが疑問形なのは、彼の体そのものが布団の中に埋もれている状態で視界が塞がれている上に、睡魔で視界がぼやけて見えるからである。

 

 デジモンに成ってから、ベアモンの家にある芝生の寝床で眠っていた所為なのか、お城のベッドのふかふかっぷりに気持ち良さと眠気が再起動しそうになる、元コンクリートジャングル在住な人間で現モリノナカノマチ在住なデジモンこと紅炎勇輝。

 

 眠気と格闘しようとして、不意に彼は人間だった頃に無かった部位である尻尾を動かす。

 

 

 何か、とても柔らかいものに当たったような感覚が尻尾を通して彼の五感に伝わった。

 

「………?………」

 

 流石に疑問を覚え、布団の中に入り込んでいたと思われる『何か』を探すために首だけを動かして布団の中を捜索してみようとするが、やはり視界がハッキリしていないため、正確に『それ』が何なのかは分からない。

 

 布団の中なのだから、両手を動かしただけでも掴み取る事が出来るだろ~といった軽い気持ちで、彼は意識が覚醒しないまま、とりあえず両前足で布団の中を弄ってみた。

 

 ぷにっ、と。

 

 また、何か柔らかいモノに触れたような気がした。

 

(……何だ、これ?)

 

 五感を二度も刺激してきた所為か、いい加減に意識が徐々に覚醒してきたユウキ。

 

 彼は、触れている物がただの小道具か何かでは無い事に気付くと、とりあえず布団から顔だけを出してみた。

 

 そして即、布団の中へ緊急離脱する。

 

(…………あ、あはは、おかしいな~)

 

 急速に覚醒していく意識の中で、ユウキは布団の外で視界に入れてしまったモノから必死に目を逸らそうとする。

 

 しかしこのままで居ても仕方が無いのも事実なので、もう一度事実確認に顔を出してみる。

 

 肌色が見えた。

 

 更に詳しく言えば、昨日に対面した『人間』によく似た寝顔が確かに見えた。

 

 布団の中へ、再びリバース。

 

(……いやいやそんな、こんな書店で売ってるライトノベル的展開なんて現実に在るわけないのですよ。現実はアニメとは違うのですよ。そんなわけだからこれはきっと夢。そうに違いないってか現実であってたまるかってばよ)

 

 とりあえず頬を前足の爪で抓って、視界に入る情報を夢から現実のものへと再認識させるユウキ。

 

 三度目の正直と言わんばかりにベッドの中から恐る恐る顔を出すが、見えたものが変わる事も状況が動く事も無かった。

 

 そこでようやく、彼はようやく事態を認識した。

 

 そして、ムンクの如き叫びを押し殺して内心で叫んだ。

 

(……何でだ。何でなんだよォォォォ!! どうして、なんか、昨日シリアスな雰囲気の戦闘を無事に乗り越えた次の日の目覚めに出落ちのトラップが待ち構えてやがるんだんだよォォォォ!! というか構図が色々とアウトすぎるじゃねぇかァァァァ!?)

 

 それはまさしく運命のいたずら、もしくは予測不能回避不可能な罠によって図られた状況だった。

 

 先日『オリンポス十二神』に属するユノモンと呼ばれるデジモンとの戦闘を無事に生き残り、戻ったお城の中で暖かいお風呂に入ったりした上で、何より何者の奇襲も無い安全完璧な状況で寝床に着く事が出来て、後は自分達が『元の世界』に戻るまでの間の『二日目』に何をどうするかじっくり考えるぐらいの問題しか残されてはずだったのだが、そんな予測は現在進行形で発生してしまった突発地雷イベントによってあっさり崩れ去ってしまった。

 

 さて、取り乱しているユウキが、現在置かれている状況を簡潔に説明しよう。

 

 知らぬ間にとてもとても気持ち良く眠っていたベッドでは、実はこの世界に来てから面識を得た唯一の女の子こと織本泉がパジャマ姿で眠っていましたとさ♪

 

(というか何がどうしてこうなった。昨日はちゃんと自分の分のベッドに入って寝たはずだぞ。出会って間もない相手のベッドに忍び込むような人格じゃないはずだし、多分これは俺自身が知らない間にこっちのベッドに侵入したって事だ。でも、そんな、眠っている間に女の子に対して欲情なんて抱くなんて事無いはずなのに、こんなの絶対におかしいぜ!?)

 

 前提の話ではあるが、あくまでも紅炎勇輝は健全に成長した(はずの)元人間な男子高校生である。

 

 いくら何でも、まだ『子供』の領域に入る15歳未満の女の子へ本能のまま手を出そうとか思うような性欲豚野朗では無いのだ。

 

 つまり、この状況は彼や他の面々が寝る『最初』の時点で形成されていた、と見ていい。

 

 だが、具体的に『どうやって』間違えたのだろうか。

 

 そもそも、目に見えた物を本来の形で見る事が出来ないなど、それではまるで先日戦ったユノモンの能力ぐらい――――

 

「………………」

 

 そこまで考えて、ふと思い出してみた。

 

 昨日、ユウキや信也といったユノモンと交戦した面々は、ユノモンが作り出した『五感に異常を促す』空間の中に長時間滞在していた。

 

 それ等の空間自体は、ユノモンがヴリトラモンの攻撃に直撃した事によって受けたダメージから解除され、ユノモン自身も先の戦闘の中で言葉を遺しながら命を絶った。

 

 だが、それで本当に幻覚の影響は収まっていたのだろうか。

 

 火竜が吐いた炎によって木が燃え、その元となった火竜が討たれたとしても鎮火するわけでは無いのと同じように、巻き込まれた者には爪痕のように何らかの『後遺症』が残っていてもおかしくは無い。

 

 例えば。

 

 全く知らない合間に、違和感も無いまま見当違いの場所に歩いてしまう、とか。

 

 五感の認識に影響を及ぼす『力』を受け続けていれば、そうなってしまってもおかしくは無いだろう。

 

 何より、五感を掻き乱された時点で人間の脳やデジモンの思考回路には何らかの異常が残っているはずだ。

 

 だとすれば。

 

 この状況を、意図的では無いとはいえ作り出した張本人は。

 

(……あ、あ、あンの孔雀婦人がアアアアアアアア!!!)

 

 しかし、今は亡きデジモンに向けて叫びを発していても仕方が無いのも事実なわけで。

 

 今は何とかしてこの状況を脱出し、本来自分が居眠るべきだったベッドへ何事も無かったかのように戻る必要がある。

 

 まず、そうしないと何となく至近距離の女の子がヒステリックモードと化して攻撃してくる可能性が高い。

 

 そういった予測から立てられる状況の危険度を言葉で説明すれば、現状は『スズメバチの生息地に無防備なまま侵入してしまったけど威嚇だけでまだ攻撃はしてこない。けど凄い近くで羽の音が聞こえる!!』クラスなのだ。

 

 冷静でいられる方がおかしいわけで、当然ながらユウキの電脳核(デジコア)が動揺によって異常なまでの回転を実行している。

 

(……冷静に、なるんだ。まずは冷静に、布団の中から泉を起こさないように出る事から始めないといけないんだ……)

 

「……ぁ…………はぁ……はぁ、ぁ……」

 

 寝汗なのか、はたまた別の理由による物なのか分からない雫を顎から垂らしながら、なんかもう聞かれたら完璧にアウトな荒い息を吐く高校生系爬虫類ことユウキ。

 

 彼は、あたかも本物のトカゲのようにベッドに体を擦り付かせながらも、ガサゴソといった音が出ないよう慎重な動きを心がける。

 

 ゴキブリのようなすばしっこい動きでは、まずベッドから這い出る前に何らかの気配か音に気付いた女の子が目を覚まして、う~んおはようって何してんのよキャ~ズゴドゴドグシャッッッ!! となる可能性が高い。

 

 確認しておくが、この女の子は『風』のスピリットを受け継いでおり、それを使って『進化』を行った際のスペックは恐らくグラウモンに進化したユウキよりも上回っている。

 

 その上、彼女はユウキの知る限りで『覗き』に対して凄まじいカウンターを放った経歴がある。

 

 具体的に言えば、部屋の中にある物体を手当たり次第に侵入者へ投げつけた経歴が。

 

 その時は相手が仲間だったし、その程度で済んだのだが、ユウキが思うに今回の場合はそうもいかない気がする。

 

 何せ、デジモンに成っているとはいえユウキが元は人間だったという情報は、既にこの城に居る人間達には周知の情報で、喋り口調からも元が男性である事は流石に理解されている。

 

 必要が無い情報だったので、ユウキが人間だった頃は高校生だった事までは伝えていないのだが。

 

 事実から考えて。

 

(……十八歳の男子高校生が、諸事情で仕方無いとはいえ全裸で中学生の女子のベッドに潜り込むなんて、もう完全に痴漢か何かの犯罪のニオイしか感じない……ッ!! ていうかそうだったよもう慣れた感じしてたけど今俺全裸なんだった!!)

 

 つまる所、バレてしまえば犯罪と認定されてもおかしくない状況なのだ(しかも『空気』なんて証拠に信憑性は無さそう)。

 

 気付かれれば、それで即刻風とか蹴りとかでフルボッコにされてデジモン一匹が『浄化』されかねない。

 

(……ベッドのシーツを、掴まずに這う。上から圧し掛かる布団を必要以上に押し上げないように、アニメとかの見様見真似だが軍人が行う匍匐前進をイメージする。脱出にかかる時間よりも、今は泉が目覚めないように音を最小限に留める事を第一にする。堪えろ俺。震えずにゆっくり進んでいればいいんだから……!!)

 

 多分、これまでの人生の中で最初で最も緊迫したスニーキング・ミッションだろうと思いながら、 呼吸はうっかり空気を吸う音が出ないよう口を開けたままで行いながら、ユウキは這う。

 

 布団の中は日の光があまり通っていないからか、薄い闇に包まれていたが、やがてユウキは直感する。

 

(……いける。ここまで来れば、下手踏んで同じく寝ているであろうエレキモンが寝言か何かの拍子に電撃ぶっぱなしたりしない限り、窓際から敵襲でもして来ない限り、これの中から脱出出来る。そうすればもう何も怖い事は無い。ベッドに俺が入っていた痕跡は泉自身の寝返りとかで説明出来るし、多分空いているだろう俺用のベッドに適当な痕跡を作って、起床した奴に適当な挨拶をしてやればいい。それで全部終わる。無事に乗り越えられる!!)

 

 ベッドの中をワニか何かのように腹這いした末に、遂にゴール地点であるベッドの外を目前に据えた彼は、まず前足からベッド近くの床に付ける事から始めようとする。

 

 その時だった。

 

 ピカーっ、と。

 

 本当に唐突なタイミングで、ベッドの中を這っていたユウキの体が紅色の輝きを放ち始めた。

 

(何故だし!? 別に今戦闘中でも命関連の危機でも……いやある意味ではあるけど!! まさか『無事に脱出する』って目的が『進化』に至るほどの感情エネルギーを作り出したってのか!? 何この凄まじい誤判定!? ええい、止まれ~!! ビービービーッ!!)

 

 そんな事を思っていても、ユウキの押さえ付けていた『恐怖心』という感情を受けて回転する電脳核(デジコア)は結構素直なようで、輝きを増していく。

 

 そして、ユウキ自身にも制御が出来ないまま、輝きは勝手に繭状の形を形成し、肥大していく。

 

 では問題。

 

 Q、この状況で『進化』を発動させた場合、どのような出来事が発生するでしょうか?

 

 A、普段と変わらない姿でギルモンという種族の進化体――『深紅の魔竜』ことグラウモンは姿を現す。

 

 ……愉快な爆音と共に、ベッドから布団と女の子を軽く壁際へ吹き飛ばしながら。

 

「……………………」

 

 明らかに必要性の無い『進化』を発動させてしまったユウキの脳裏には、そこから少しの間、周りの全方向に足を滑らせればそのまま奈落へ落ちるであろう真っ黒い崖が見えていたとか。

 

 時間と空間の関連性から明らかに断絶したそんな心象風景は、どこかの漫画に登場する一部のキャラが心の逃げ道を失って自我を崩壊させる直前か、最期の最後に見るものなのかもしれなかった。

 

 忘我。

 

 そして、ユウキ――グラウモンが現実を認識していくにつれて、その瞳から熱い水が垂れてくる。

 

 戦闘という緊迫した空間の中では無かった故か、理性を失う事は不思議と無かったらしいのだが、この場合は全然フォローになっていない。

 

 彼の視線は、自分の意志とは無関係とはいえ吹っ飛ばしてしまった女の子へと向けられたままだった。

 

 そして、彼は女の子の声を聞いた。

 

「…………うぅ、痛ったぁ……何なのよいったい……」

 

 地獄へのゲート☆オープン!!

 

 聞くと同時、ついにグラウモンの涙腺は防壁を破られたかのように決壊した。

 

「ウわァアあ!! もウ駄目ダぁ。モう無理!! モウ耐えらレなイ!! デモコんナ運命酷すぎるだろ。俺ガ一体何をしタってンだよォォォォ!?」

 

 これから始まるであろうカウンターアタックを想起し、恐怖のあまり野太い声質と素の声質が混った叫び(咆哮とも呼ぶ)を放つグラウモン。

 

 しかし、状況は彼の想像した方とは別の方へと向かい始めた。

 

「……ユウキ? というか、何? それ『進化』なの?」

 

 どうやらベッドの位置が(爆風の効果を伴った進化の繭が原因で)移動した事により、ユウキが泉の眠っていたベッドに入り込んでいた事はまったく知らない、というか状況を飲み込みきれていないらしい。

 

 とりあえず、涙を拭ってから質問に答えてみる。

 

「……ア、アあ。ナんか理由まデは分からなイけど、間違ってナい」

 

「……もう、やめてよね……こっちは昨日の戦いで大分疲れてるんだから……」

 

 投げやりな調子で目元を擦る泉。

 

 一体何が起きているのか? と、漫画やアニメ特有の覗きから問答無用の制裁的なフラグから遠ざかった事で、ようやくユウキの心情は冷静に近付きつつあった。

 

 が。

 

 忘れていた。

 

 彼は忘れていたのだ。

 

 織本泉という人物が関係する事柄に、強く敏感に反応を示すもう一人の人物がいた事に。

 

 あるいは、泉が『進化』する『風』の属性を司る闘士よりもずっと攻撃力が高い闘士に『進化』出来る存在が、先の爆風音で危機的な何かを察知し、近付いてくる可能性を。

 

 そして、実際にそれはドアの向こう側からやってきた。

 

「――泉ちゃん!! 何か爆発音が聞こえたけど何かあったのかい!?」

 

「―――――――ッッッ!!??」

 

 近い位置に雷でも落ちたかのように、グラウモンの体が不自然に痙攣する。

 

 本能的にも知識的にも、これは危険な状況だと警報が脳裏に響いている。

 

 部屋の中央には大きな恐竜(それなりに怖さがある)が一匹。

 

 壁際には頭を抑えた女の子が一人。

 

 この、たった二つの事実から他者が導き出す答えと、それによって発生する破壊力の規模は? 想像してみるに、これまで遭遇してきた野生のデジモンなんて軽く凌駕しているに違いない。

 

 現在はノックだけに留まっているが、やがて異変に気が付き扉の向こう側から雷鳴戦士ZYUNPEIが入ってくるだろう。

 

 そしてグラウモンの巨体では、窓から飛び降りて逃げる事も隠れる事も出来ない。

 

(……ど、どうしっ、どどどどうしよう!? アイツって泉があんな状態になってる事を知ったら、確実に疑われるのは明らかに変化が大きい俺だ。そしたらどっかのドワーフみたいなデジモンみたいに砲撃される!? いや待てよ、アイツって仲間意識は結構強いほうなんだよな。手加減……いや駄目だこの状況からそんな未来が全然見えない!!)

 

 あれよこれよと思考を張り巡らせている間に、審判へのカウントダウンは着々と時を刻んでいく。

 

 そして、ガチャッというドアノブを回す音が聞こえる前に。

 

「そォい!!」

 

 なんとグラウモンは、その体格に見合わぬ敏捷性で野球少年顔負けなヘッドスライディングを決行し、右前足の爪で、その体と比べると明らかに小さなドアノブをピンセット並みの精密さで抓み、順平がドアの向こう側から入室する事を封じたのだ。

 

 窮地に立たされた生物は、普段より明らかに飛びぬけた能力を発揮するらしい。

 

 実際、グラウモンの爪は小さなドアノブを確かに抓み、順平はドアの向こう側で疑問符を浮かべる事になった。

 

 一瞬だけは、

 

 別の理由で。

 

 直後、焦りから必要以上の脚力を発揮した状態でのヘッドスライディングなんて事をやらかしたグラウモンの頭部を中心に激突音が炸裂し、ドアどころかその周囲の壁を少し巻き込む形で吹っ飛ばしてしまった。

 

「………………」

 

「………………」

 

 危機一髪で吹っ飛ばされたドアを回避した順平と、その体格と危機管理能力によって今世紀最高クラスのバカをやらかしたグラウモンが少しの間だけ見つめ合う。

 

 グラウモンの額から顎にかけて垂れる汗を見て、順平は吹き飛ばされた壁の向こう側にある部屋の惨状を横目で覗く。

 

 そして彼は、部屋の中の惨状を目の当たりにし、その中に存在している要因から何らかの計算式でも組むかのような速度(片思い補正付き)で情報を分析すると、無言で再度グラウモンと目を見合わせる。

 

 しばしの静寂。

 

 そして、ようやく何かが動く。

 

 順平が左手でデジヴァイスを取り出し、右手に一巻きのバーコード状のデータを出現させた瞬間だった。

 

「何か弁解の言葉はあるか?」

 

「見逃しテくだサイ」

 

「無理」

 

 直後に『雷』の属性を宿す闘士と、危機管理能力から一気に戦闘モードに突入した『深紅の魔竜』が激突した。

 

 その数分後に『風』の闘士と『氷』の闘士の奮闘もあって、双方の戦闘行為は強制中断させる事が出来たが、睡眠によって回復した分の体力の一部が思いっきり無駄使いとなったのは変わらなかったとか。

 

 そんなこんなで、異世界の二日目は夜明けを告げた。

 




 というわけで、前述した通り今回は『二日目』の早朝の出来事という立ち位置の話になったのですが。

 どうして……俺はこんなに酷いタイトルと酷い展開を書いたのでしょうね(満足顔)。これはもう星流さんと星流さんが書いている作品に登場するヒロインに全力で土下座するしか無いわぁ……。

 ユウキが触れた部位に関しては何も触れませんが、強いて言うなら『柔らかい部位』とだけ言っておきます。

 フッ、全力でネタを詰め込んだ所為で寝起きの話でありながら7000字近くになってしまったぜ……← 次の話は朝から昼にかけてのお話となります。そう長くするつもりは無いのでご安心を。

 修正前との相違点などはアメーバブログの方に書き込んでいるので、知りたいお方はそちらの方を参照していただければ。

 関係無いけど、今回の話はとある小説を見てパッと閃いた事によって生まれた話でもあります。原因とかいろいろ異なってますけど。

 あぁ、それにしてもMH4Gやスマブラが楽しすぎて筆が進まない……。

(あと他のお方の小説の感想全然書きにいけてねぇ……(致命傷))

 感想・質問等、いつでもお待ちしております。

 


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異世界にて――『ひと時経ちては時間の有効活用』

 ギャグ要素を多めに振りまいておけば、後々遠慮無くシリアス要素を投与出来る(断言)。

 ここまで投稿が遅れてしまい、申し訳ございませんでした。

 ぶっちゃけた話、コラボ回のオリジナル展開に難産状態で、モンハンとかスマブラとかしてたのが関係無いレベルで執筆が進まなかったのです。

 何とか書き上げられたこの話は、またも『繋ぎ』に近い話なのですが、それでも自分で書けるだけの物は書いたつもりです。

 個人的に書きたい話はまだまだ先な上に、まだ『あと一人』コラボ回を書くお方が残っていて、本編の方はまだ『第二章』になっていないという大惨事な状態ですが、何とか頑張っていきたいです。

(いっその事『第二章』の最初辺りを先駆けで書いておいた方がいいんじゃないかなと思う今日この頃)

 では、始まります。

 ※同日九時半にて、星流さんの指摘で『雷』のスピリットの所有者であるあの少年の名前を間違えていたので修正しました。


 早朝の食堂。

 

 その一室の中に入っている『人間』達と一緒に『いただきます』とご丁寧に口頭で言ってから、朝食の一品であるイエローパンケーキなる料理を口の中に放り込んだ赤色の哺乳類型デジモン――エレキモンことトールは、気軽な口で何か言った。

 

「にしても、お前等『人間』ってのは不思議な生き物だよな。何て言うか、名称が異なってても存在自体はそんなに違う物には感じないっていうか」

 

「まぁ、この世界じゃ僕達もデータだからね。そう思われるのも仕方無いのかも」

 

 エレキモンと『氷』のスピリットを受け継ぐ少年――氷見友樹のそんな和やかさを感じるやり取りを、電撃ドゴビリやら伸縮自在の髪の毛によるたかいたか~いやらでズタボロ状態なユウキは朦朧とした意識の中で聞き取っていた。

 

 ぶっちゃけ、今は『人間』と『デジモン』がどうとかいう問答は本気でどうでも良いのだった。

 

 そんな事よりもうっかり壊してしまった寝室付近のドアと壁とか、未だに柴山純平との間に形成されている気まずい雰囲気の払拭とかをしたい所なのだが、寝起きに発生した突発的ラッキースケベイベントからの一連の出来事から受けた精神的ダメージの回復が追い着いていない所為か、一向に食欲が湧いてこない。

 

 結局、ユノモンから受けた幻覚攻撃の後遺症という事情こそは説明出来たのだが、起きた出来事がきっちり無くなったりするわけでも無い。

 

 傷付いた少年の心は容易に回復したりしないので、ギルモンという種族が持つ羽みたいな形の器官も力無く垂れていた。

 

 彼は本当に遠い目で天井を眺め、力なく口をカクカク動かしながら何かを呟いている。

 

「…………いやぁ、災厄(さいあく)。正直言って、倒したからこんな事になるような要因は無いと思って油断してたのもあるけど、こうも不幸ってのは連鎖するモンなのか。というか本当に最近は心に癒しが来るようなラッキーが少なすぎる。こりゃあその内、唐突にエンカウントした魔王クラスのデジモンにド級の威力な雷を落とされる日も遠くないんじゃないかな…………」

 

「何だかんだ言ってブリッツモンと対等に戦えてたあたり、お前って『進化』すると結構強かったのな。おかげで言葉の割に無事だし、まぁ良かったんじゃないか?」

 

「良くないよ。全ッ然良くないよ。おかげで変な誤解を植え付けられたかもしれないのに、こんな精神状態で飯が喉を通るか!!」

 

「んな事言っても、何か食わないと力が出せないのも事実だろ」

 

 椅子に座りながらも何も口に入れないユウキの切実な嘆きを余所に(スルーとも呼ぶ)、着々と赤色の炒飯を口に運んでいく『火』のスピリットを受け継ぐとある人物の弟こと神原信也。

 

 意気地になっていても体はとても正直で、今もユウキはお腹からぐ~ぐ~と音を鳴らしている真っ最中なのである。

 

 そして、そんな彼へと追い討ちをかける者の存在があった。

 

「ねぇユウキ、それ食べないのなら僕にくれない? 勿体無いし、すごく美味しそうだし~」

 

「渡さねぇよ!? 食欲が湧いてからヤケ食いするつもりなんだから…………おいコラ渡さないっつってんだろォが!!」

 

「だってまだお腹が空いてるんだもんね~!! 世の中早い者勝ちなのさ~!!」

 

「気が早くても迷惑だ!!」

 

 席が隣なのと絶賛放置中である事をいい事に、両手で海賊的強奪(バイキング)を実行しようとする灰色のテロリストことベアモンと、空腹ながらもベアモンの両手から料理を死守しようとする赤色のガーディアンことギルモンのユウキ。

 

 そう慌てなくても飯なら残ってるぞ~、という信也の言葉を余所に両手オンリーの格闘戦に傾れ込もうとする。

 

 食欲という感情が動きに補正をかけている所為か、二人とも普段とは比較にならないほどの手の動きを見せていたりするのだが、二人にそんな自覚は無い。

 

 一方で、そんな二人をサラリと無視するエレキモンは、信也に向けて声をかける。

 

「ところで、まだ俺達が帰るために必要な『レール』が敷かれるまで、あと一日か二日は必要なんだったよな? 俺達は今日何をして過ごせばいいんだ?」

 

「あ~。安全に城の中で過ごしてもらいたい、と言いたい所なんだが。やっぱり何かをしてもらう事になるかな……」

 

「何か、ね……」

 

 エレキモンは、テーブルの上に置いてある皿から冷野菜のサラダ(ドレッシング付け)を摘みつつ、言葉を紡ぐ。

 

「具体的には何すんだ? 労働関連とかならまだ分かるんだが」

 

「ん~、周囲の探索とか、その辺りは俺達の内の誰かがやるだけで済むからなぁ。やる事があるとするなら……」

 

 思考し、ステーキの一切れを口に運んで咀嚼してから、信也はこう言った。

 

「……これからの事を考えて、戦闘訓練(トレーニング)かなぁ……」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そんなわけで、朝食の後の運動という建て前による模擬戦のお時間であるのだが。

 

 バトルフィールド代わりに使う事になった城の外の森にて、エレキモンは率直な質問を信也に向けて飛ばす。

 

「なんて事を言ってたけど、お前確か『スピリット』を預けてる最中だったよな。信也、生身で戦えんの?」

 

「どっかの異世界から来たヤツじゃあるまいし無理。というか、武器も何も無い俺が戦うわけないだろ!!」

 

 先日、信也はユノモンとの対決の終盤にて起きた『異変』の原因を調べるため、城に戻ると共に天使の姿を成すデジモン――エンジェモンに、自身がデジモンに『進化』するために必要な『スピリット』を預けていた(ちなみに、ユノモンから受けた幻覚の『後遺症』が出たのはそれぞれ風呂に入った後なので、『そこまで』は信也を含めた一同の五感も正常だったらしい)。

 

 故に、今の信也にユウキやベアモンを相手に出来るだけの戦闘力は無い。

 

 そんなわけで、対戦相手となる別の『人間』も二人ほど同行する事になったのだ。

 

「まぁ、予想は出来たから俺や友樹が相手する事になったんだけど。誰が誰と戦うんだ?」

 

 そう言う少し太めの男の子は、今朝に激闘(笑)を繰り広げた『雷』のスピリットの継承者――紫山順平。

 

「僕はベアモンと戦ってみたいな。何と言うか、気が合いそうだから」

 

 一方で『氷』のスピリットの継承者こと茶色い帽子を被った少年――氷見友樹は、興味を示すような言葉を口にすると、精神年齢的には同等かそれ以下(断定)なベアモンは、訝しげにこんな事を言い出した。

 

「え~、トモキとかぁ……大丈夫なの? 『スピリット』で『進化』するのは分かってるけど、チビっ子相手に拳を握るのは気が引けるなぁ……」

 

「何だかすごく舐められてるようにしか思えない言葉なんだけど、というかチビっ子なのは君も同じだと思うよ?」

 

「何言ってるのさ~。僕から見ると、君や信也だけ背丈も小さいし、何と言うかひ弱そうに見えるよ? 何よりまだまだ幼さが抜けてな~い!!」

 

「それお前が言うの?」

 

 小学五年生(らしい)少年に対してエラそうに腕を組みながら語るベアモンだったが、そんな彼に向けて友樹はこう言葉を返した。

 

「う~ん。とりあえず僕、本当はサンタクロースなんていないって事を理解してるぐらいには君より成長してるよ?」

 

「な…………ッ!!??」

 

 唐突に告げられた言葉に、ベアモンは割と本気で呼吸を詰まらせる。

 

 彼は、何と言うか野生のデジモンと死闘を繰り広げている時みたいなシリアス顔で、反論した。

 

「う、嘘だ……雪の積もる冬の季節に出てくると言われてる『サンタモン』が本当は実在しない存在だって……? で、でもっ、寝床のすぐ傍に文字で書いた物が朝になったらちゃんと届いているのはどう説明するんだ!! 僕は認めないよ、赤い吹くを来てそれなりにスマートな体形の神獣型デジモンの引く『空飛ぶ(そり)』に乗ってやって来る、完全体の人型デジモンは実存するんだ!!」

 

 あれ、友樹の言っているのは現実世界のサンタの事であって、デジタルワールドのサンタの事じゃないんじゃね? と、論点がズレている事に内心でツッコむユウキの事などいざ知らず。

 

 ベアモンの反論を聞いた友樹は、表情を変えずに割と冷酷に現実を告げる。

 

「ベアモン達の住んでいる場所の事とかは知らないんだけど、多分それは『そういう』コスプレをしたデジモンが、真夜中に住んでいるデジモンがちゃんと眠っている事を確認してから家の中に入って、書かれている物を確認した後に頑張って用意して、秘密裏にプレゼントを置いてるだけだよ。事実、前にデジヴァイスで『サンタモン』って調べてみても情報は浮かばなかったし……ねぇ」

 

「…………」

 

 少年の告げた言葉に、どうやら『サンタクロースは実在するんだぜ』的な情報を本気で信じていたらしいベアモンは、両手と両膝を地に着けてがっくりと項垂れる。

 

(……ふ~ん、実在はしねぇのか。割と魔法使いとかが実在するこのデジタルワールドじゃ、その『サンタクロース』ってのが実在しててもおかしく無いと思ってたんだが……ま、特に困るもんがあるわけでもねぇし、いいか)

 

 ちなみにエレキモンはと言うと、ベアモンと違ってすごくどうでもいいような反応だったりした。

 

 なんと言うか、もうこの時点でどちらの方が『子供っぽい』のかは明確になってしまい、二重の意味でベアモンは負けているのだが。

 

 ここでベアモンは、何故か友樹に向けて明確な敵意を向けた。

 

 彼は言う。

 

「……キサマだけは絶対に許さんッッッ!!」

 

「え、え~っ!? どうしてそんな本気の怒りみたいな表情で睨んできてるの!? サンタクロースが実在しない事がそんなにショックだったの!?」

 

「うるさい!! 僕はこれでも夢見てた事があるんだよ……『サンタモン』は実在して、いつか僕が強くなったら家の中に入ってきた所をボコボコにして、橇の中にあるプレゼントを丸ごとゲット出来るんだって……!! 君はその夢をぶち壊しにした。絶対に許さ~ん!!」

 

「外道すぎる!? 純粋な願いだと思ってたら私欲満々じゃないか!! 善意でプレゼントに来たサンタさんをボッコボコにして強奪って、鬼ヶ島にやってきた桃太郎よりも容赦が無いと思うんだけど!?」

 

 完ッ壁に悪役モードに変貌したベアモンが戦闘態勢に入ったのを見て、友樹も何と言うか色々と諦めるしかなかった。

 

 彼は左手にバーコード状のデータを一本円の形で出現させると、右手に持った水色と緑色のダブルカラーな情報端末――デジヴァイスの一部分に接触して擦り合わせ、半分ヤケクソ気味に宣言した。

 

「スピリット・エボリューション!!」

 

 瞬間、友樹の周りに大量のバーコード状のデータが出現し、包み込む。

 

 その光景は先日信也が行っていた『進化』と瓜二つでありながら、抱く印象は燃え上がるような闘志というキーワードと対極な、凍て付くほどの冷たさを現しているように見えた。

 

 無論、その原因はスピリットに宿された『属性』にあり、信也の持っていたスピリットが『火』の属性を持つ一方で、友樹の持つスピリットが宿す属性が『氷』であるからであり、決して彼が冷徹な正確をした少年というわけではない。

 

(確か……友樹が『氷』のスピリットで進化できるデジモンはニ体だったよな)

 

 内部では、少年の体を前後からサンドイッチにするように闘士のデータが張り付いている頃だろう。

 

 ユウキが一人――というか一匹で思考していると、バーコード状のデータは役目を終えたかのように分離した。

 

 そして、少年の元居た場所から『人間』の姿は消え失せ、代わりに雪のように白く『人間』の面影を遺した『デジモン』が姿を現し、名乗る。

 

「チャックモン!!」

 

 チャックモンという名の友樹だったデジモンの姿は、心なしかベアモン――子熊に似た容姿を伴っていながらも人型の形をとっていて、雪で構成されたと言っても過言では無いほど白い全身の各部位には緑色の防具を装着していた。

 

 その姿を見て、ベアモンも拳を強く握り締める。

 

「……絶対に負けないから」

 

「その意気は良いんだけど、原因が原因だから呼応出来そうに無いよ」

 

 ベアモンが先手必勝と言わんばかりに一歩を踏み出すと同時に、チャックモンが右肩に砲門が四つもある砲塔(ランチャー)と、足元に雪原を滑るのに使われるスキーのボードを出現させる。

 

 あっと言う間に戦闘を開始させて森の方へ移動しつつある二人を横目に、一方でエレキモンはユウキに向けて当初の疑問を口に出した。

 

「で、結局どっちが順平と戦うよ?」

 

「俺はちょっと遠慮したいかな…………朝の件があるし」

 

「朝の件?」

 

「エレキモン。世の中には知らない方が良い事だってきっとあるから、その件に関しては何も聞かないでくれ」

 

「?」

 

 事情を知らないエレキモンには何の事なのかを察する事が出来なかったが、とりあえずユウキは順平と交戦するつもりは無いらしい。

 

 仕方無いので、エレキモンは視線を順平に向けて告げる。

 

「とりあえず俺が順平と戦うけど、いいか?」

 

「ああ、俺もそれで構わないぜ。俺もエレキモンに用があったしな」

 

「俺に?」

 

 唐突に告げられた言葉に疑問を浮かべるエレキモン。

 

 そんな彼に向けて、順平は続けて言葉を並べる。

 

「実はちょっと前に、これから戦う十二神族の対策として、今まで俺達がデジヴァイスで『スキャン』した十二神族のデータを元にデジモンの進化プログラムをエンジェモンが作ってくれたんだけどさ。俺達ってただの人間で、それぞれ持ってる『スピリット』でしか『進化』は出来ないんだよ。エンジェモン自身は先の出来事で負傷してるから戦いは出来ないし……」

 

「……それで、お城には闘士と対等に戦えるデジモンが少ないから、俺が試しに使ってみてほしいって事か?」

 

「そういう事だよ」

 

「そりゃあ……まぁ、模擬戦する事に異議は無いんだけどよ……」

 

 エレキモンは右前足で頭を軽く掻いてから、疑うように問う。

 

「十二神族って、お前等の敵なんだろ。そいつ等のデータを投与して、なにかマズイ事が起きたりしないだろうな? 具体的にはバグが生じて命を落とすとか、混じったデータに自我を乗っ取られるとか」

 

「その辺りは何とも言えない。少なくともあいつ等は『邪悪な力』を宿しているわけでも無いし、危険な事は起きないだろうけど、今までそのプログラムを投与したデジモンが居ないわけだからな」

 

「つまり、投与するかしないかは俺が決めろって事か?」

 

「ああ」

 

 話の途中、疑問を覚えたユウキが順平に質問する。

 

「その『進化プログラム』って、もしかして俺が使うとマズイのか? わざわざエレキモンを指定してきたって事は、そうした方が良い理由があるんだろ?」

 

「いや、ユウキが使っても条件にそこまで差は無いと思うけど、エンジェモン曰く『雷の属性を宿したデジモンが好ましい』んだってよ。理由までは分からないけど、エレキモンの方が『進化プログラム』を使うのに適したデジモンらしい」

 

「……俺も一応『進化』すれば電子(プラズマ)の力を使えるはずなんだけど、まぁエレキモンの方が扱いは上手か」

 

 結局の所、エレキモンに判断は委ねられている。

 

 彼は暫し思考し、やがて諦めたように言葉を口にした。

 

「……しゃあねぇな。仮に模擬戦の中でコカトリモンに進化したとしても、十闘士デジモンに敵うとは思えないし、何より俺自身もそれなりに興味があるから……その『進化プログラム』の実用性、試してやるよ」

 

「ありがとな。でも、身に異変が起きたと思ったら直ぐに言ってくれよ?」

 

 順平はそう言うと共に、自身の右手に持った情報端末(デジヴァイス)を左手で操作し始める。

 

 少しして彼の端末から、多重に練り塊り一個の果実のような形をしたバーコード状のデータが出現した。

 

 凝視して見ると『0』と『1』のデジタルな数字が複雑なパスワードでも描くように刻まれていて、それ等が元々はデジモンのデータであった事を示していた。

 

「それが例の『進化プログラム』か? 何か、イメージとは随分と異なってるな」

 

「ああ。エンジェモン曰く、十二神族と果実は中々に縁のある物だったらしくてな。こういう形に整ったらしい」

 

「神話とかでも、果実との関連性は割とあるからなぁ。確かに妥当かも」

 

「でも何と言うか、美味しそうではないなぁ……」

 

 そもそも『人間』が食べるための代物では無いんだが、なんてユウキのツッコミはさて置いて。

 

「じゃあ、どうやって投与するんだ? ていうか、投与した後はどうやって摘出すんだ? 俺のものにしちゃっていいの?」

 

「投与の方法は、果実って外見で分かると思うけどな。で、用が終わったらデジヴァイスで『スキャン』して回収するから。十二神族のデータは『こっち側』の世界としても重要だからな」

 

「そっか。まぁそういう『経験』が得られるってだけでも、俺からすれば十分に嬉しい事だけどな」

 

 エレキモンは順平に近付くと、後ろ足のみで立ち上がり、神人型デジモンのスキャンデータから創り出された果実を両前足で受け取った。

 

(…………すげぇ力を感じる…………)

 

 エレキモンは思わず躊躇したが、一度深く呼吸をした後にその果実を口にする。

 

 同時に、エレキモンの全身がバーコード状のデータで形成された繭の中に包み込まれた。

 

 果実に宿りし神人型デジモンのデータがエレキモンの電脳核に変革を与え、その存在の情報を上書き始める。

 

 コカトリモンに進化した時とは違う、未知の感覚が全身を駆け巡る。

 

 ――――エレキモン、進化……!!

 

 繭の内側で、四足歩行を基盤とした哺乳類のシルエットが、二足歩行を可能とする人型のシルエットに近付いていく。

 

 上半身の特徴は頭部から黒い三本の角が生えていて、首元には赤色のスカーフが巻かれていて、胴部には中心にのみ水色が入った赤色の特異な印が刻まれていて、両腕に装備されたグローブには光を反射し輝く水色の宝石を付けた金色の輪が付いていて、それ以外はただ白い頭髪の『人間の少年』そのもの。

 

 一方で、下半身には山羊のような黒い蹄を持つブラウン色の毛が生えた獣の脚が備わっていて、その足首にも赤色の布が巻きついている。

 

 そして、腰元からは太股を護るための白い防具が取り付けられていた。

 

 率直で語るならば、半人半獣。

 

 だが、その身に宿るのは神の力。

 

 繭の中から電撃を迸らせながら、エレキモンだったデジモンがその姿を現す。

 

「アイギオモン!!」

 

 アイギオモンと名乗ったそのデジモンは、全身を見回して自身の『進化』が無事に完了した事を確認すると、その目を対戦相手へと向けた。

 

 その視線から意図を読み取った順平が、信也や友樹と同じように左手にバーコード状のデータを円の形で出現させると、右手に持っていた青と黄のダブルカラーのデジヴァイスへと擦り合わせる。

 

「スピリット・エボリューション!!」

 

 これまで見てきたものと同じく、多重のバーコード状のデータに姿が覆い隠される。

 

 内部でどういった変化が起きているのか、外部から傍観するだけのアイギオモンには想像出来ないが、どこか身近にある物を感じ取れた。

 

 そう時間も立たない間に、渦状になっていたバーコード状のデータが役目を終え、少年『だった』存在から分離する。

 

 現れたのは、全身の各部位が青と金の色に染まった昆虫のような装甲に包まれていて、頭部からはカブトムシそのものと言っても過言では無い立派な角が存在する、巨体な『雷』の属性を担う闘士。

 

「ブリッツモン!!」

 

 彼は現れると共に、アイギオモンと視線を交える。

 

 互いに、意識の確認を取る。

 

「準備は良いんだよな?」

 

「ああ。子供が相手だからって遠慮はしないからな」

 

 偶然にも、ここにニ体の『雷』の属性を宿す人型を基盤としたデジモンが対峙する事になった。

 

 お互いに『違う世界』に住まう、闘士と神人型の戦闘が始まる。

 




 オリジナル展開って思いのほか筆が進まないや←←

 そんなこんなで登場した、この『コラボ編』限定のエレキモンの進化体ことアイギオモンなのですが、デジモン作品をアニメしか見ていない場合だと、このデジモンの存在を知っているお方は比較的少ないのではないでしょうか。

 彼はスマフォゲームの『デジモンクルセイダー』に登場する主人公的ポジションのデジモンなのですが、正規の進化系譜だと成長期のデジモンはエレキモンとなっているのです。

 そして、この件に関してコラボ相手の星流さんに色々とお伺いした所、登場させられる方法を提示してもらえたので、今回の展開に繋がりました。

 ……まぁ、ぶっちゃけた話、コラボ編で『ようやく』出せた事から察せる通り、本編ではエレキモンの進化ルートにアイギオモンを入れるつもりが無い(分岐含む)ので、このコラボ編を最後にエレキモンが進化したアイギオモンの出番はありません(断言)。

 設定的に『トール』という名前に一番ピッタリなデジモンではあるのですがね……いかんせん扱いにくいデジモンな上に、エレキモンがアイギオモンに進化出来るという設定を知ったのがコカトリモンに進化させた後だったので……(それでも採用したかと聞かれると微妙な線ですが)。

 ちなみに『氷』のスピリットの所有者こと氷見友樹が割と子供じゃなくなってるのは、フロンティア本編終了後の『02』的な物語だからです。詳しい話は星流さんの『デジモンフロンティア02―神話へのキセキ―』をご参照の事。

 では、次回は『雷』同士の対決と…………?




 あ、ベアモンとチャックモンの対決は描写しないと思います。


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異世界にて――『せめて笑顔で手を振って』

 
 新年あけましておめでとうございます!!(激遅)
 新年初の更新ですが、今回は第三章を始めるより先に何よりも優先して終わらせたかったお話―ーコラボ編の最後の話となります。
 次回より、現実世界で雑賀たちが頑張る第二章の話からデジタルワールドでユウキ達のお話となる第三章へと移り変わります。

 相変らずのつたない文章にはなりますが、どうかよろしくお願いします。


 

 対戦が開始されて間もなく。

 まず、エレキモンのトール――がプログラムによって進化した神人型デジモンことアイギオモンは、順平が進化した雷の闘士・ブリッツモンに真っ向から突っ込んで行く。

 山羊のそれにも似た獣の足、その膂力は雷の闘士との距離をすぐに詰め、互いにとっての絶好の間合いへと移行させる。

 互いに選択は迅速だった。

 

「スタンビートブロウ!!」

「ふんっ!!」

 

 必殺の言霊と共にアイギオモンは右の拳をブリッツモンの胴体目掛けて突き出し、対するブリッツモンは瞬時に両腕を交差させ防御の構えを取る。

 勢いを伴った打撃による鈍い音が森の中に響くが、ブリッツモンは僅かに後ずさりしながらも踏ん張り、アイギオモンの打撃の威力を受け止めきる。

 見れば、打撃を放ったアイギオモンの右拳には電気が迸っており、接触の際にブリッツモンの体に流れ込まんとしていた。

 電気に耐性の無い生物が受ければ、神経が麻痺して自由を封じられるもの。

 しかし、対するブリッツモンの両腕からもまた彼自身による高圧電流が放出されており、むしろ打撃と共に電気を流し込もうとしたアイギオモンの方こそが、ブリッツモンの高圧電流を流し込まれそうになっていた。

 雷、あるいは電気というものの扱いに関してはアイギオモンよりもブリッツモンの方に軍配が上がっているらしい。

 それを知覚すると同時、アイギオモンは咄嗟にブリッツモンから離れるが、ブリッツモンはそんなアイギオモンに向けて遠慮なく追撃を放つ。

 右手の中に雷の力を集束させ、解き放つという形で。

 

「ミョルニルサンダー!!」

「っおお!?」

 

 言霊と共に、エレキモンのそれとは比較にもならない規模の電撃が奔る。

 思わず驚きの声を漏らしながら、アイギオモンは素早く左右に跳ね回ることで放たれた電撃を辛うじて避けきっていく。

 コカトリモンの姿だったらヤバかったかも、と嫌が応でも冷や汗が出た。

 しかし恐れを抱いている場合では無いらしく、見ればブリッツモンの体から放出された電気の力は両者の間に特殊な磁場を形成させてしまっていた。

 バチバチバチ、と空気の弾ける音が響く中、今度はブリッツモンの方からアイギオモンへと肉弾戦を仕掛けにきた。

 

「おりゃあっ!!」

「!!」

 

 高速、そう付けざるも得ない速度でもって両腕を×の字に交差させたブリッツモンが真っ直ぐに飛び込んでくる。

 アイギオモンはすぐに真横へ体を転がらせることで回避するが、ブリッツモンは飛び込みの姿勢から体を回転させると樹木の側面に両脚を着け、回避をしたアイギオモンの位置を捉えると、足場とした樹木を蹴って再びアイギオモンに突っ込んでいく。

 全体重と雷の力を合わせたその攻撃手段は、単純ながらもマトモに受ければ一撃でアイギオモンをKOさせられてしまってもおかしくない威力を含んでおり、アイギオモンには回避以外の選択肢など無かった。

 が、回避する度にブリッツモンはその巨体に見合わぬ俊敏な動きでもって、何度でもアイギオモンを追撃しにかかる。

 その動きは、重力の影響を受けていないようにも見える。

 いや、見えるではなく実際に重力の影響は受けていない状態にあるのだろう――この場に形成された特殊な磁場の影響によって。

 

(……流石は十闘士……のスピリットの力ってことか……)

 

 現在進化しているアイギオモンという種族が、元々進化出来ていたコカトリモンの姿の時よりも強い力を持っているという事は、彼自身理解はしていた。

 しかし、その上で――戦いの相手であるブリッツモンと比べるとパワーもスピードも劣っている。

 流石は十闘士の力を受け継いだとされるデジモンだと、アイギオモンは素直に思う。

 歴史に関係する文献には『発芽の町』でベアモン共々ある程度目を通していて、その時に十闘士に関する伝説も知ってはいたが。

 それが具体的にどのぐらい強いのか、までの事はこうして対決するまで知る由も無かった。

 

 無論、これは命を賭けた死闘などではない。

 あくまでも性能調査、得がたい経験のための模擬戦に過ぎない。

 ブリッツモンも、その辺りはしっかり弁えて手加減をしてくれている。

 負けたとして何かが失われるわけでも、深刻な事態になるというわけでも無い。

 だが、

 

(それはそれとして、成す術も無くただ負けるのは性に合わねえんだよなぁ!!)

 

 アイギオモンの心に負けん気が沸き立つ。

 これは、単純なプライドの話。

 別にニンゲンという存在に嫌悪感を抱いているわけでも無ければ、目の前のブリッツモン――に進化しているニンゲンの事を格下だと見下しているわけでも無いが、あくまでも勝ち負けがあるだけの話であるのなら負けたくはないというだけの事。

 思考を回す。

 パワーもスピードも劣っている、であればそれ以外の能力でもって対抗する以外に無い。

 ブリッツモンの高速移動、その勢いのままに繰り出される攻撃を回避しながら、アイギオモンは素早く腰に提げた一つの笛を手に取り、そして吹いた。

 

「――アトラクトエコー!!」

「なに?」

 

 笛から放たれた不思議な音波がブリッツモンの聴覚に突き刺さる。

 途端に、ブリッツモンは目眩にも似た感覚に襲われた。

 咄嗟に片手と両脚を着けて地面に着地をし、冷静に状況を仕切り直そうと考えた時には、既に彼は術中にかかりつつあって。

 

(――っ、何だこれ――)

 

 音波の影響だろう。

 気付いた時、ブリッツモンの視界は決定的に歪んでいた。

 周りの風景は不細工な油絵のように見え始め、木々は木々として判別出来ず、仲間たちの姿も見えなくなり、一方でアイギオモンの姿だけがくっきりと見えているという、まるで夢の中にでもいるような視界。

 景色の歪みは笛の音を聞いている内にどんどん悪化していき、ブリッツモンの目には周りの景色がグチャグチャに絵の具を掻き混ぜた極彩色のキャンバスのようにしか見えなくなっていく。

 それがアイギオモンという種族が持つ技の一つである事を察し、ブリッツモンこと柴山順平は内心で素直に評価した。

 

(相手に自分だけを見せる技……か。一対一の戦いじゃなかったら、すごく便利な技だな……)

「隙ありぃ!!」

「――っと!! そうはいかないぞ!!」

 

 幸いにも、アイギオモンの姿自体は見えている。

 動きに勢いが無くなったのを見て好機と見たらしいアイギオモンの蹴りを右腕で受け止め、力任せに弾き飛ばす。

 しかし、弾き飛ばされたアイギオモンは空中で体勢を整えると、いつの間にか右手で掴み取っていた土の塊をブリッツモンの顔面目掛けて投げ放っていく。

 アイギオモンの姿以外のものを視認出来ない今のブリッツモンにはそれに気づくことは出来ず、あえなくその視界を更に阻害されることとなる。

 

「っ?」

「まだまだ!!」

 

 両脚と右手を地に着け着地をしたアイギオモンは、即座に次の行動に出た。

 自然の中であれば何処にでも落ちている小石、拾い上げたそれを左右に動き回りながら投げ放ったのだ。

 コツン、と。

 無論、腕力任せに投げられたそんなものが雷の闘士のダメージとなるわけも無いが、視界を阻害された今のブリッツモンの意識を逸らす程度の衝撃は与えられる。

 そして、ほんの僅かでもアイギオモンの位置を見誤らせることさえ出来れば、それは正真正銘の好機となる。

 素早く動き回り、視界を揺さぶり、そして必殺の一撃は炸裂する。

 

「アイアン――」

「!!」

「――トラスト!!」

 

 

 硬い蹄を備えた、獣足による鋭い蹴り――それをブリッツモンは咄嗟に左腕を構えることでガードしたが、初撃の際のそれとは異なり威力を殺しきれずに大きく後ずさってしまう。

 それでもバランスを崩すことなく、戦闘態勢を維持出来ている辺りは忍耐力、ひいては戦闘経験の差とでも言うべきか。

 ブリッツモンは負けじと視線をアイギオモンの方へと向け、その両手に雷の力を集束させようとして、

 

「っぅ……やるな。それならこっちも――」

「――そこまでだ!!」

「「!!」」 

 

 そこで制止が入った。

 模擬戦の行方を眺め見ていたユウキがアイギオモンとブリッツモンの二人に向けて声を放ち、次いでその足で駆け寄ってきたのだ。

 制止が間に合ったことにひとまず安堵の息を漏らしながら、ユウキは続けざまに言葉を紡ぐ。

 

「ここから先は本当の意味で戦いになりかねないし、やめとこう。というかトール、お前いろいろとガチりすぎだろ。石とか土とか投げるのはどうなんだ」

「えー。このぐらい普通だと思うんだが」

「実戦の話ならな。これ、あくまでもエンジェモンが作ってくれた『進化プログラム』の実践のための模擬戦だから。不必要に大怪我するわけにもいかないだろ? お互いに」

「まぁ、そうだな。……トール以外マトモに見ることが出来なくなって、流石にこのまま戦おうとするのは危ないと思ったし。どの方向に誰がいるのかがわからないまま技を使うわけにはいかないからな」

「シンヤが巻き添えを食いそうになったらユウキが盾になるから大丈夫だと思ったんだけどなぁ」

「ははは、殴るぞテメェこの野郎」

 

 ひとまずの戦闘終了に、緊張の糸が解けたせいか。

 言葉を交わしている間にアイギオモンの体から光がこぼれ、気付いた時には既にトールの姿はアイギオモンのそれからエレキモンとしてのそれへと戻ってしまっていた。

 元々が試作のアイテムに頼った進化だったのだから、コカトリモンへの進化と比較してもそう長く維持出来るものでは無かったのかもしれない。

 見れば、ブリッツモンもまたその体が瞬間的にバーコード状のデータに覆われて、ほぼ一瞬の間にその姿は人間・柴山順平としてのものに戻っている。

 互いに消耗の度合いは思ったよりも軽微なようで、特別息を切らしている様子は無い。

 ユウキに続いて駆け寄ってきた信也は、トールに対してこんな問いを投げていた。

 

「それで、どうだったんだ? その……戦った感じとか。十二神族のデータで作ったって順平は言ってたけど、進化したトール自身は……」

「そうだな。あの姿には初めて進化したはずなんだが、不思議と馴染んだというか……いや、やっぱり変な感じだったな。急にヒト型になんて進化するもんじゃねぇや」

「まぁ基本四足歩行してる奴が二足歩行になって殴る蹴る、なんてことになったらな」

「そう言う割りにはかなり動けてたように見えるんだけどなぁ」

 

 一方で、対戦相手を担っていた順平はというと、冷静にアイギオモンの能力から知見を得ていた。

 

「雷の力に加えて、あの腰についてた笛でユノモンがやってたみたいに幻覚を見せる技まで使えてたな。この辺りのを解析出来れば、打てる手が一つは増えるかもしれない」

「そっか。まぁ一苦労した甲斐があったのなら何よりだ」

「ああ。今回は手伝ってくれて助かったよ。……最後の蹴りはヒヤっとしたけど」

 

 と、

 順平がふと漏らした言葉にトールは「いやいや」と相槌を打つと、こんな言葉を返していた。

 

「お前の雷だって大概だっただろうが。マトモに食らったら死んでるんじゃないか俺?」

「いやトール、多分アレでも順平は手加減してたぞ。雷で手加減ってよくわからんけど」

「ユウキ、多分事実なんだろうが俺のプライドとかが傷付くだけだからその真実は言わなくて良かっただろ仲間として」

「現実を教えてやるのも仲間の務めだと思うんだ俺は。見ろザマァ」

「馬鹿野朗に痛い目見せて思い知らせるのも仲間の役目だよな」

「……お前達って仲が良いのか悪いのかよくわからなくなるよな。頻繁に……」

 

 とてもではないが、自身の知る『仲間同士』の間柄には見えないユウキとトールの会話に呆れ気味の言葉を漏らす信也。

 ともあれ、ひとまずの模擬戦は終わった。

 仮に、より詳細なデータの採取のための二回目をやるにしても、二人とも休憩を挟む必要があるだろう。

 我先にと対戦しに移動したアルスと友樹の二人が戻ってくるのを待っている間、何をしようかとユウキや順平が頭を捻っていると、

 

「――がくがくぶるぶる……」

「あ、こっちも終わったよー」

 

 いったいどんな戦闘が行われていたというのか。

 いつの間にかアルスの姿は成熟期たるグリズモンから成長期であるベアモンの姿に戻っており、チャックモンに進化している友樹の手で抱えられている状態にあった――明らかに寒さに凍えた様子で。

 チャックモンの声色に疲弊の色は無く、どうやらグリズモンに進化したアルスを相手に圧勝してきたらしいことが伺えて。

 そして、歯と歯がかみあっていない様子のアルスを目にした信也とユウキは、ひそひそとこんな事を呟いていた。

 

(……熊って寒さに弱いっけ……)

(……毛皮あるし弱くはないと重うけど、冬眠とかするし強くもないんじゃないか……?)

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 時は経って。

 エレキモンは雷の闘士との、ベアモンは氷の闘士との模擬戦を終えて。

 その後もいろいろあって、この日に出来ることはやり終えた(と思っている)ユウキとベアモンとトールの三名は、昨夜と同じく寝室に集っていた。

 寝室内には彼等の他にも、模擬戦に立ち会ってくれた神原信也と氷見友樹の二人がいる。

 なまじ昨日にオリンポス十二神の奇襲があったこともあり、嫌でも沸き立つ警戒心によって各々あまり寝付けなかったようだ。

 よって、それでも眠るべきだと心の片隅で思いながらも、彼等はベッドの上に腰掛けながら語らっていた。

 

「いやー、やられたよ。やっぱり伝説の十闘士のスピリットを受け継ぐだけのことはあるってことなのかな。すごかった」

「褒められて悪い気はしないね。ありがとう」

「いいなぁ……僕にもチャックモンが持ってたああいうカッコいいのがあったらなぁ」

「……あれ? 褒めてるのもしかして武器の方?」

「武器ってやつには憧れる年頃なんだろ」

「使いこなせるかは別としてな」

「なんかユウキもトールも冷たいんだけど」

「お前もなんか斬撃とか飛ばせるようになったらいいんじゃないか? クレッセントど~んっ!! って感じに」

「随分簡単に言ってくれるねトール。というか、そっちもそっちで苦戦したんじゃない?」

「……まぁ、確かにそこは否定しないがな」

 

 ベアモンにとってもエレキモンにとっても。

 伝説の十闘士デジモン、その魂を受け継いだとされるデジモン達の力を担う者たち、その実力は自分達よりもずっと上にあると認めるしかないと言えるものだった。

 悔しい、という気持ちは有りこそするが、それ以上に彼等の胸の内にあるのは人間という存在に対する興味だった。

 ベアモンとエレキモンの視線が、信也と友樹、そしてユウキの間を左右する。

 

「シンヤやトモキ、ジュンペイやイズミがあんなに強いことを考えると、ユウキもひょっとしたらもの凄く強くなったりするのかね」

「よせって。そりゃあ強くなりたいとは思うけど、いくらなんでも伝説のスピリットを受け継いだメンツと同じステージにはそうそう立てないって。俺がなってるの、別に伝説とかそういうのと絡んでない普通のデジモンだし」

「いや元がニンゲンって時点で何一つ普通じゃないよ僕から言わせればトモキ達とそんなに変わらないぐらい特別だよ」

「よくあることだと思う俺から見ても普通ではないとは言えるぞユウキ」

「トールはともかくアルスも信也も味方してくんないんだけどいつの間にお前たち意気投合したの」

 

 気付けばアブノーマル扱いが異世界伝染していて心底心外で俺ピンチな紅炎勇輝である。

 ちょっと真剣に人徳の欠如を考えだす赤トカゲに対し、ふとして思考した様子の友樹はこんな事を言いだした。

 

「……というか、僕たちはユウキがなってるデジモンのことはよく知らないんだけど、その姿は何かのスピリットの力で進化しているって可能性は無いのかな? その、十闘士以外のデジモンのスピリットがユウキ達の世界にはあるって前提の話にはなるんだけど」

「それ、俺も最初は思ったんだよな。

 

 人間の体からデジモンの体に変わっているという点で言えば、一時的な話とはいえ信也達のような十闘士のスピリットを継承した子供達とユウキの間には共通点があると言えなくもないだろう。

 だが、その上でユウキは友樹の提示した可能性を否定する。

 

「仮にそうだったとしたら、俺の中に俺とは別の『誰か』の意識が別に存在してないとおかしいと思うんだよ。シンヤ達が持ってるスピリットには、それぞれ意識というか心があるんだろ? 多分」

「うん」

「少なくとも俺はそう言えるものを認識したことが無い。……ただでさえ敵だったあのユノモンってやつの言葉なんて信じられたモンじゃないけど、言葉はともかく、部外者の俺にストーカーしてやがった以上、興味を持たれる程度には不思議なことになってることだけは事実だと思うんだよ」

 

 それに、と相槌を打って。

 ユウキは、ふとしてこんなことを言いだしてしまう。

 

「……いたらいたで何か、とり付かれてる感じがするし、いつか乗っ取られるかもとか考えたくもないし……」

「何だお前、ユーレイとか信じてるタイプだったのか。びびり~」

「いやトールお前現実にユーレイというか魂的なやつの力で進化してるのが目の前に二人いるわけだけど」

「スピリットって要するに魂のことだしそう思われても仕方がない気はするけど、チャックモンやブリザーモンに進化してる時の意識は紛れもなく僕のものだよ。そもそも二人とも優しいし、心配しないで」

「というかこんな夜中にユーレイがどうとか言わないでよ。昨日倒したユノモンのユーレイとか出たらどうするのさ。流石にユーレイと戦うなんて無理だよ僕」

「ユーレイ同士なら真っ向から殴りあえると思うし、十闘士たちがなんとかしてくれるんじゃね?」

「なるほど、ゴーストタイプ同士なら確かに効果はばつぐんだな」

「ユウキ、一応これお前の話なんだから流石にちょっと真面目になってくれ」

 

 古今東西、女性の幽霊というものは恐ろしいものでファイナルアンサーなのかもしれない――怪談話の筆頭として。

 話がおかしな方向に脱線してしまったので仕切り直し、トールはため息を漏らしつつも素直に疑問を口にした。

 

「……ま、実際どうなんだろなそこ。お前、進化した時に知性やら理性やらがあったり無かったりするしなぁ」

「うーん、話だけ聞くとビーストスピリットを制御出来なかった頃の僕達に近いように感じるけど……」

「ユウキが進化したやつ、朝っぱらに見た時は明らかに理性があったし、別人だとは思えなかったよな。デカかったけど特に危なそうには……」

「一応種族的には危険分子扱いなやつなんだけどな。ほら見ろ、この腹の紋様とか」

「当人がそう言うと途端に説得力がなくなるなオイ」

「それ褒めてるんだよなトール君?」

「呆れてんだよユウキ君」

「というか、ユウキはやけにデジモンに詳しいみたいだけど俺には腹のそれがタトゥーか何かにしか見えないぞ」

「人をヤクザ扱いしないでくれ???」

 

 が、当然ながら答えなど出るわけが無い。

 共通項こそあれど、結局は異なる世界の異なる事情の話なのだから。

 神原信也らの操るスピリットの力と、紅炎勇輝という人間をデジモンに変えた何か。

 それ等に違いがあるとすれば、それは――

 

「ユウキが、トモキ達と違って自分の意思で人間の姿に戻ることが出来ないってことだよね」

「……だな。試しに念じてみたこともあるけど、全然変化は無かった。この状態は『進化』によるものじゃないのかもしれない」

「うーん、これがスピリットの話なら、ひょっとしたら僕達のデジヴァイスにあるような浄化の力でどうにか出来たかもしれないけど……つくづく謎だね」

「まったくだ。自分のことを人間だと思い込んでるデジモン、とかならただの痛いやつで済むのにな」

「そういうデジモンって実際いるのかなぁ」

 

 解けぬ疑問を胸に抱いたまま、短くはない時間が経つ。

 各々、不安と言えるものを抱いたまま、それでも星は空を回って。

 そんなこんなで、この世界との別れの時が来た。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 森のターミナル。

 そう呼ばれる場所に連れて来られたユウキ達一行は、この世界で世話になったデジモンや人間達に一通りの挨拶を済ませ、元いた世界へ帰還するための準備が終わるのを待っていた。

 住まいと食事を提供してくれた城主ことエンジェモンも、翼の負傷をおして最後のあいさつにやって来てくれている。

 その様子に信也も目を剥いた様子だったが、当のエンジェモンは笑顔で返すのみ。

 

「エンジェモン! もう出てきていいのか!?」

「城の主がお客さんにあいさつしないのも失礼ですから」

「人の事より、信也は大丈夫なのか? 急に倒れたのに」

「ああ。あの後は全然なんともないんだ。だから気にしなくていいぜ!」

 

 ユノモンとの戦いの最後に倒れ、翌日も明らかに浮かない様子だった信也もエンジェモンに負けず劣らずの笑顔を見せてくる。

 それが空元気であることぐらい、気付けないほどユウキも馬鹿では無い。

 だけど、それを他の仲間達のいるこの状況で口にしてしまうのは酷だと思う。

 少なくとも、自分が信也の立場だったら、あまり触れてほしくはないとも。

 

「本当に平気なのか?」

 

 それでも、聞かずにはいられなかった。

 ユウキの言葉に、あるいはその心情を悟られていることを察してか、されど信也は大きく頷いてこう返していた。

 

「ああ。デジヴァイスとスピリットはエンジェモンに調べてもらってるし」

「……スピリットはまだ調査中です。信也さんの身に起こった事の原因が分かり次第、お知らせします」

「よろしくな! ポケットにデジヴァイスがないと、軽くて落ち着かないし!」

 

 信也も、その言葉と視線に応じたエンジェモンも、それ以上のことは言わなかった。

 これから先のことは、ユウキ達には関係も無く、そして関わることが許されないこと。

 嫌な予感を感じながら、ユウキはそれ以上の言葉を紡ぐことが出来なかった。

 そして、

 

「よし、準備完了だ! 客車に乗ってくれ!」

 

 トゥルイエモンのその言葉に、ユウキとベアモンとエレキモンの三人は足を急がせた。

 列車の前面に怪物を頭をくっつけたような姿をしたデジモン――トレイルモンことワームの体に乗り込んで、それぞれ客席沿いに張られた窓越しにこの世界の主人公たちへ視線を向ける。

 汽笛が鳴る。

 別れの足音が大きくなる。

 

 おそらく、もう二度と会うことは無い奇縁なる者たち。

 自分達が去った後も、世界を救うために奮闘することになるであろう子供たち。

 自分よりもずっと勇敢な『闘士』たち。

 彼等の今後は、そもそも事情を詳しく知らない三者には予想も想像も出来はしない。

 

「信也、泉、じゃあなー!」

「色々ありがとう!」

「頑張れよ!」 

 

「気をつけていけよ!」

「元気でね~!」

 

 だから、最後ぐらいは笑顔で別れよう。

 この出会いが良かったものだと、確かに思えるように。

 ただ、お互いに無事を祈って。

 

(……頑張れよ、神原信也……)

 

 景色が切り替わる。

 森は見えなくなり、未知の領域が色彩を塗り替える。

 ガタンゴトンと、車輪がレールをなぞる音しか周りからは聞こえなくなる。

 席に座って、元いた場所への到着を待ってしばらく経って。

 ベアモンは、こんな事を言っていた。

 

「ユウキ、エレキモン」

「? 何だ?」

「ベアモン?」

「会えて良かったよね」

「……ああ」

「まぁ、損した気はしないな」

 

 これは、本来ありえざる物語。

 彼等の旅路は、必要の無い道筋と代えの利かない縁を辿りながら、本来の居場所へ戻っていく。

 





 コラボ編、見直すと前の更新日から8年も経ってて流石に笑えねぇ……。
 ともあれ、デジモンフロンティアの世界を舞台とした二次創作作品とのコラボは、デジモンに成った人間の物語にとっても大きく得るものがあったと思ってます。
 コラボ回を書くことを許してくださった星流さんには変わらぬ感謝を。
 そして、前書きでも述べた通り、次回からは第三章の物語へと進んでいきます。

 次回をお楽しみに。


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第二章 ―撒いた種から芽吹くモノ human side―
七月十三日――『一夜が明けて動き出す』


ずっとコラボ回で飽き飽きしているお方が居るかもしれないので、個別で進行していく事にしました。

そんな訳で念願の『第二章』なのですが、現実世界を書くのがざっと一年ぶりという凄まじきブランクが原因で上手く書けてるかどうか……というか上手いこと学校が書けない所為で殆どカットじゃないですかやだ~!!

色々怪しい所とか新キャラとかガンガン出していくつもりですが、まだまだ隠している要素がたっぷりなのでそこまで出した気がしないという不思議。


 その空間には、人の気配が存在しない。

 

 辺りに存在するのは紛れもなく都会に数多く存在するコンクリートの壁であり、外側から内部を覗き見る事も出来うる窓も存在し、人間の能力に見合った数多くの機材だって数え切れないほど有るにも関わらず、その空間には人間と呼べる存在がただの一つも存在しておらず、建物として全く機能していないように『普通の人間には』見える。

 

 そんな、現実の世界(リアルワールド)でも電子の世界(デジタルワールド)でも無い『場所』に、来訪者が存在していた。

 

 上半身から下半身までを覆い隠すほどの蒼いコートを着た、紛れも無い『人間』の男性が。

 

 男性は室内に存在する一つの『一般的な』デスクトップパソコンの前に立ち、何も言わないまま電源を起動させると、そのまま液晶画面の傍にある端末へ手で触れる。

 

 それだけで、本来人間が電子上の情報に介入するために必要とする、キーボードもマウスも何も使っていないにも関わらず、液晶画面には男性が必要とする情報が自動で浮き出てきた。

 

 それは、本来厳重に管理されていて然るべきはずの個人情報(ステータスリスト)

 

 名前や年齢、経歴など様々な情報が記されているそれは、過言でも無く個人の強みや弱みを握りかねない代物だ。

 

 躊躇も無く情報を閲覧する男性は、ある一名の『人間』の情報を視界に入れると、表情を変えずに反応する。

 

「……ふむ」

 

 記述された個人情報の中には、証明写真を元とした『顔』も存在している。

 

 男性が見ている物には、肌の色はいかにも『一般的な』日本人のそれをしていて、黒色の髪を持ち、推測されるに歳は10代後半の男の子の顔が写されている。

 

 証明写真を撮る際の服装は基本的に正装である事が多く、身だしなみや顔立ちも大抵が『嫌なイメージを持たれないために』ある程度整えられているため、写真一枚で個人の特徴を読み取る事は難しい。

 

 そればっかりは、実際に会うぐらいしか確認する方法は無いのだ。

 

 七月の十二日の夕方――――紅炎勇輝と呼ばれる『人間』を捕まえた時と同じように。

 

(……現実世界では、紅炎勇輝が行方不明になった事が流石に報道されている頃か。まぁ、現実世界の技術で『我々』の犯行を調べ上げる事は難しいだろうから、気にする必要も無いのだが……)

 

 悩むような表情を見せる男性だが、実際に悩んでいるのか、そもそも何に悩んでいるのかまでは誰も分からない。

 

 そんな『彼』の手には、一つの白色がメインカラーな携帯電話があった。

 

 彼はその小さな液晶画面を立ち上げると、電話番号も入れないまま音声を発信及び受信するための発声器(スピーカー)に向けて――――より厳密には、自身の話相手に向けて声を出した。

 

「どうせ機関の情報か何かから知っているのだろうが、この数週間の間に、お前からのオーダーである『作業』を俺の方は必要な数だけやり終えた。そろそろ大題的に『組織』が活動を開始する時期に入ったと見て良いのか?」

 

『わざわざ問う必要も無いと思うのだがな。既に「種植え」は済んだのだから』

 

 聞こえたのは、異常なまでに透き通った邪な物を感じられない声だった。

 

 ドキュメント番組で表情をモザイクで隠した状態の人物の出す音声よりも、人間の声とは明らかにかけ離れた声。

 

 喜怒哀楽の全てを内包しているその言葉を聞いた男性は、軽くため息を吐いて言う。

 

「……まったく、やる事を大きさを考えれば理解も出来るが、随分な回り道を通っているものだな」

 

『「紅炎勇輝」が手順に必要な要素である事ぐらいは君も理解しているはずだが?』

 

「分かっている」

 

 声の主に向けて皮肉染みた声を漏らす男性は、一切の迷いも見えない表情のまま言葉を紡ぐ。

 

「役割は果たす。私自身の目的を果たすためにも、な」

 

 携帯電話の電源を切り、男性は窓の外へと視線を向ける。

 

 時は、七月十三日の午前九時を切った所だった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 友達の行方が『消失』した。

 

 先日、互いに顔を見合わせ、遊びあった友達――紅炎勇輝が事件に巻き込まれた事を知ったのは、本日の朝にニュースを確認した時だった。

 

 現在、白色のカッターシャツを黒色のズボンに入れ込み、革のベルトで固定させた一般的な学生の衣装をした少年――牙絡雑賀(がらくさいが)は、自分の通っている学校で科学の授業を受けている最中であるのだが、どうしてもモチベーションが上がらずにいた。

 

(……どうして、よりにもよってお前が巻き込まれるんだよ……)

 

 先日別れた後に何かがあったのか、推測しても何かが思い浮かぶわけでもない。

 

 実際に事件の現場に立ち会った事があるわけでも無く、外部から与えられた情報を元にしているだけな所為だ。

 

 テレビや新聞に自分自身が本当に納得を得られる情報は無いし、仮に納得が出来たとしても、それは友達が消えた事を『受け入れる』事になってしまう。

 

 それだけは、絶対にしたくない。

 

 してしまったら、彼は『友達を失った』という事実を本当の意味で飲み込むしか無くなってしまうから。

 

(大体、最近のこの事件は何なんだよ。こんな事が現実に存在してるんだったら、既に何か解決のための行動が行われて『手がかり』の一つぐらい掴めてるはずだ。犯人の意図は分からねぇけど、こんなの拉致と変わり無い。何十人かの子供とかを人質にでも取って、政府に交渉しようとでもしてんのか……?)

 

 それが今のところ、『消失』した人達が生存している事を前提とした現実味のある回答だとは思う。

 

 現実に『行方不明』が題となる事件での生存者は少なくて、大抵は見知らぬ場所まで連れられた後に『最悪な末路』を辿る事ばかりだとしても、今回の事件までそうだとは思いたくない。

 

 現実を飲み込むのは、実際に事件に巻き込まれた『被害者』の姿を確認した後でも遅くない。

 

 だけど。

 

(…………警察『だけ』で、本当にこの事件は解決出来んのか?)

 

 根本的な問題として、ただの一般人が何をしても事件を解決する事は出来ないだろう。

 

 だけど、身内という『関係者』であるにも関わらず、助けになるような情報に何一つ心当たりが無い事が、どうしてももどかしい。

 

 推理小説などで地の文にひっそりと隠されている『ヒント』も、何らかの形で描かれたダイイングメッセージのような『痕跡』さえも見つからないのがこの数ヶ月の間に続いている事件の特徴である事は分かっていても、何かが欲しい。

 

 警察が事実を隠蔽している可能性は低いだろう。

 

 何か『手がかり』さえ発見出来ているのなら、それだけでも市民が浮かべる不安を少しは払拭出来る。

 

 その効果を分かっていながら隠しているのならば、既に警察という機関が機能を発揮していないとも言える。

 

 市民の安全を守る事に重点を置いているはずの機関が、むざむざ捜査に手を抜いているとは思えない。

 

 思いたくない。

 

 結局、この事件を引き起こした人物は何を目的に様々な人の行方を『消失』させているのだろうか。

 

 殺戮から繋がり生まれる快楽のためか、もしくは拉致をした後に遠い場所まで居を移しての人身売買か。

 

 不思議と、雑賀にはそれ等すべてが間違っている気がした。

 

「…………はぁ」

 

 思考を繰り返している間に、マシンガントークのように教科の内容を口にしていた教師による授業が終わり、次の授業が始まるまでの休み時間を迎えていた。

 

 適当に一礼してから教室を出る。

 

 目的の教室まで歩を進めている途中、横合いから声を掛けられた。

 

「お~い雑賀。随分と沈んでるみたいだが大丈夫か~?」

 

「……なんだ、お前か」

 

 雑賀に話しかけてきた眠そうな目の人物の名は縁芽(ゆかりめ)苦郎(くろう)

 

 雑賀や勇輝と同じく高校三年生で、友達――――と呼べるような存在では無い知り合い程度の関係を持つ男だ。

 

「朝礼の時に先生からも言ってたし、お前だってもう知ってるだろ。勇輝のやつが事件に巻き込まれて行方不明になった事」

 

「あん? なんだ、そんな事で気落ちしてたのか。てっきり小遣い大量に吐き出したのに期待していた物が手に入らなかったとか、そういうもんだと思ってたのに」

 

「喧嘩売ってんの?」

 

「俺の性格は知ってるだろ。他人がどうなろうが、いちいち気にするほど慈愛に満ちちゃいないよ俺は」

 

「……だとするなら、俺に話しかけたのは何が理由だ? 用件も無く話し掛けて来るような奴じゃないだろお前は」

 

「あ~、それはアレだ。単純に言いたい事があるだけだ」

 

 苦郎は本当に退屈そうに欠伸を漏らしながら言う。

 

「別に強制はしねぇけど、そんな風に同じ場所で暗い雰囲気を撒き散らしてるとこっちの気分に害が出んの。少しは割り切ろうと努力しろ」

 

「……それがあっさり出来るのなら、ただの薄情者だな」

 

「学校にまで来て、割り切れずにうじうじしてるだけの奴もどうかと思うが」

 

 何も知らない癖に、知った風な口を利く。

 

 この苦郎という男と出会ってから、今まで一度も他者の出来事に対して大した反応を示した所を見た事が無い。

 

 今回のように生き死にに関わるほどのものであっても、対岸の火事やテレビの中のニュース程度の認識しか持とうとしない。

 

 表情からも声質からも、切迫とした色を感じない。

 

 ついでに、嫌味染みた悪意も。

 

(……それでいて()()なんだからタチが悪いんだよなぁ)

 

 ハッキリと言って、雑賀はこの男の事が苦手だった。

 

 こちらから何を言っても言葉を受け取っているのかどうかすら分からず、一方で自分の意見は堂々と言ってくる辺りが気に食わない。

 

 一応憎めない部分もあるので、嫌いと言う程では無いのだが……やはり苦手だ。

 

 そんな思考を雑賀がかべている事を知ってか知らずか(高確率で後者)、苦郎は歩きながら言葉を紡いだ。

 

「あ、そうそう。もう一つ言いたい事があったんだった」

 

「お前ともあろう奴が珍しいな。何なんだ?」

 

「そんなに『事件』が気になるんなら、自分の目と足で調べるこったな。他者から与えられる情報よりは信憑性のある物が得られるだろうし」

 

 好き放題言って、苦郎は歩き去ってしまった。

 

 雑賀は思わず呟く。

 

「……『安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)』か何かかよアイツは」

 

 学校に来る時以外はほとんど外に出かけたりしていないのにあんな言葉が出るのだから、やはり苦手な男である。

 

 しかし、言葉には頷けた。

 

 無知な状態から脱却するためにも、学校が終わったら何かしてみようと雑賀は心に誓った。

 

 ……尤も、具体的な案は何も無いのだが。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 その青年は、病院の一室で窓を眺めていた。

 

 寝床から掛け布団までも真っ白いベッドの上で横になり、その目で外だけを眺めていた。

 

「………………」

 

 憂鬱そうにしている青年は、溜め息すら吐いていなかった。

 

 そんな事をしても意味が無いという事を、きちんと理解しているからだった。

 

「………………」

 

 病院での生活も、何日経ったのかさえどうでも良い。

 

 時折、両親や友達が見舞いに来てくれる事はあっても、心境に変化は無かった。

 

「………………」

 

 青年は片手で布団の端を掴み、そのまま立ち上がろうとしてみた。

 

 だけど、()()()()()()()()()()()では、バランスを取る事も出来そうに無い。

 

 無駄な行為だと分かっていても、納得なんて出来るわけが無かった。

 

 奇跡的に命は助かっても、その先に自分の見ていた『夢』が見えなくなった。

 

 大らかに膨張させた表現などでも無く、青年は本当に『それ』を体験しているのだ。

 

 生きている心地なんてしていないし、このまま退院したとしても出来る事なんて高が知れていた。

 

 だから。

 

 自分のすぐ傍に『誰か』が近付いている事に気がついていても、驚いたような反応の一つさえ無かった。

 

「……ほぇ~、こりゃあ想像してたより思いっきり絶望してんなあ」

 

 知った風な口を利かれても、青年の知った事では無かった。

 

 ただ、事情を知っているのなら話相手ぐらいにはなるか、程度の認識を青年は持っていたらしく、首さえ動かさないまま後ろの『誰か』に声を掛けた。

 

「…………誰なんだ?」

 

「誰でもいいだろ。俺が来なくても、別の誰かが代わりに行くだろうし」

 

「?」

 

 どうやら、見舞い目的に来たわけでは無いらしい。

 

 その声質自体は三十台前半の大人のような雰囲気を感じるが、大前提として聞き覚えの無い声だった。

 

「なぁ。突然だが、お前の望みを叶える方法があるって言ったらどうする?」

 

「……望み?」

 

「お前が一番願ってるだろう事だよ。なぁに、方法はシンプルだ」

 

 その『誰か』は、わざととでも言わんばかりに悪意をチラ付かせながら、青年に向けて自分の告げたい事を告げた。

 

 言葉通り、望みを叶えるのにとてもとてもシンプルな方法を。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 第三時間目の授業科目は体育。

 

 そして、夏場の学校の名物と言えば水泳である。

 

 男子女子、それぞれがプールサイドにて学生指定の水着を着用しており、現在進行形で準備体操の真っ最中。

 

 当然その中には、別に水泳が好きなわけでも何でもない男子高校生こと雑賀の姿もある。

 

(…………水泳とはよく言うけど、ぶっちゃけこれって水遊びみたいなもんだよなぁ)

 

 学校で行われている水泳の授業をやっても泳ぎが上手くならないという話はよく聞くが、その原因はそもそも『泳げるようになるため』に練習するためでは無く、どちらかと言えば『水の中での運動』を意識しているからだという。

 

 その上で『泳ぎ』そのものを上手くしたい、もしくは選手を目指したいと思っている人物が、主に水泳の部活動に参加するらしい。

 

 プール特有のハイターを混ぜた水のようなニオイに慣れない雑賀だが、とりあえず教師の指示に従って泳ぐ。

 

 手のひらで水を搔き分け進んだ先には、当然ながら反対側の壁がある。

 

 基本的に生徒はプールの端から端まで足を床に付けずに泳ぎ切り、それを何回か繰り返すのだ。

 

(しんどいなぁ……そりゃあ、夏だからこういうのがあるってのは分かりきってるんだが……)

 

 ゴーグルのお陰で目に水は入らないが、泳ぐ途中で呼吸した際にうっかり水を飲んでしまう時だってあり、おまけに例の『消失』事件もあって、正直言って気分は良くなかった。

 

 正直、夏場の水泳というシチュエーションには飽きている。

 

 とっとと終わらせて調べ物に移行したいと思っているが、最低限の学業をすっぽかすわけにもいかなかった。

 

 途中、誰かと話す事も無いまま授業は終わり、それぞれは更衣室にて衣服を制服に戻す。

 

 『消失』事件の影響で、学習活動は一時間目から四時間目――午前中が終わると共に終わり、そのままそれぞれの教室にて終礼の時間となる。

 

 足りない分の学習量は、その分だけ量が増し増しとなった宿題によって補う事になっていて、一部の学生からすれば嬉しかったりも迷惑だったりもする話だった。

 

 尤も、理由が理由なのでそういった感情を表に出す人間は少ないのだが、雑賀にとっては好都合だった。

 

 学業を終え、彼は彼なりに事件の手がかりを追い始める。

 

 その先で、元の日常を取り戻せる事を願いながら。

 




最初っから重たい雰囲気撒き散らしすぎて別作品状態。

そりゃあデジタルワールドからリアルワールドに視点が変わったから作風も変わって当然なのですが、なんともまぁこの雰囲気を維持し続けられるものなのか……まだ『デジモン』が未だに登場していない状態なのですが、たまにはこんな話もアリですよね。

この『第二章』には、当然ですがギルモンのユウキやベアモンやエレキモンは登場しません。

なので、この『第二章』での主人公は今回フルネームが明らかになった『牙絡雑賀』という事になります。

どこにもここにも怪しい雰囲気を撒き散らしつつ、第二章の始まりとなるお話は終わりとなります。

では、次回もお楽しみに。

感想・指摘・質問等があればいつでも歓迎しております。


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七月十三日――『常識の中の迷路と釣り針』

予想以上に執筆が難航しててここまで遅くなりました。

既に様々な推理は『第一章』でもやってますし、ここは一つ展開を(飛ばしてはいけない物は書いた上で)ぶっ飛ばしてみました。ずっとグダグダな推理パートだけで数話も経過させるのもアレですしね。

今更なのですが、この小説には『デジモン化』というタグを導入しています。

Pixivとかではたまに見かけるトランスファー的な作品に付けられるタグなのですが、この作品における『デジモン化』は色々な意味合いを付けようと思ってます。

まぁ、その意味が公開されるのはいつなのか、全く未定なのですが(ぶっちゃけ話が長すぎる)。

皆さんは自分がデジモンに成れるのならどんなデジモンが良いのですかな?

この小説では割と影の薄いデジモンも登場させる予定なので、楽しみにして頂けると嬉しいです。




 

 自宅に帰って昼食を食べてから約三十分後、現在進行形で情報収集を開始する雑賀。

 

 結局の所、彼は自分の足で調べるよりも先に、他者の遺した情報を参考にする事しか思いつかなかった。

 

(……つーか、そもそも『犯人』の特定が出来ないんじゃあなぁ。現場には足跡が『被害者の物しか』残されていないらしいし、調べる事がそもそも出来ない。大体の話、どういう手段で『誰からも見つからずに』人間一人を連れ浚えるんだ……?)

 

 完全犯罪の手口は基本的に『手がかりを何も残させない』事にある、と雑賀は思っている。

 

 隠すとか、判別をつかなくさせるとか、そんなレベルでは無く『本当に』どうやっても見つけられない状態を作り出し、自身の『罪』に繋がるものを隠滅する。

 

 例えば、一人の人間を殺した犯人の場合、凶器に自分の指紋を付けないために手袋を装備するのもそうだが、凶器そのものを地中に埋めたり数多の残骸に変貌させたりゴミとして処理したりする。

 

 一方で、殺し終えた死体はどうするか。

 

 こちらの場合、方法は様々だが大前提として死体を『見つけられない場所に』隠すためには、警察や周辺の住民の目から逃れた状態で移動しなくてはならないわけで、警察でも捜せない道が必要になる。

 

 目の届かない場所にさえ来れば、後は重りを乗せて海底に沈めるなりなんなり出来る(と思う)。

 

 だが、この市街地には裏道と呼べるほどの路地はほとんど存在しない。

 

 仮に存在したとしても、そこはむしろ怪しさから警備の目が行き届いている場所だ。

 

 架空の物語(フィクションアニメ)のようにマンホールの下を通過しているとしても、どの道地上に出ないといけなくなり、出た所を見つかれば容疑者としての疑いは避けられなくなるので同じ事。

 

 まず『人の目に付く場所』はこの事件に結びつかない、と雑賀は思う。

 

 逃走に使っている『足』が何なのかも重要だが、そんなものは確定的に『車』の一択である。

 

(……と、なるとだ)

 

 その『車』のどこに人間を隠しているのだろうか。

 

 積み荷として運ぼうものなら、途中で警察が『捜査の一環』と口実を作るだけで発見出来る。

 

 眠っている『同乗者』として扱ったとしても、指名などを調べ上げれば直ぐに気付かれる。

 

 今時、特別待遇で検査を見逃してもらえるような人物なんていないだろう。

 

 自動車以外の移動手段として代表的な乗り物と言えば……。

 

(……電車は確かに大量の人込みに紛れる事が出来るし、一度に多くの距離を稼ぐ事が出来る。だけど、当然そこにも警備は存在する。調べる物を『人間大の荷物を運べる』物にだけ限定すれば他の客の迷惑にもならないし……第一、防犯カメラだってある。同じ理由で飛行機もアウトだ。だが、ああいうの以外に多くの人間の中に紛れる事が出来る『車』なんて……バスはバス停という『固定された目的地』に警備を設置するだけで見つかるし……)

 

 そうして考えている内に、雑賀はふと思った。

 

 そもそも、人込みの中に紛れる必要があるのか、と。

 

 ナンバープレートを換えた盗難車という手段だってあるが、もっと身近に『固定された目的地』以外の場所に移動する手段があったではないか、と。

 

(……まさか、タクシーか……?)

 

 有り得ない話でも無い。

 

 実際、タクシーはバスや電車のように『固定された目的地』に止まるのではなく、お客様の口頭指示などによって『どこまで』走って『どこで』止まるのかを決定出来る。

 

 その上、運転手は基本的に客の荷物を見ようともしないし、後ろの座席に乗っている時点で見る事も難しい。

 

 何より、タクシーの中に警察が同乗している、なんて話は聞いた事も無い。

 

 大きなトランクか何かにでも『人間』を積める事が出来れば、あるいは警察の目を誤魔化したまま移動出来るかもしれない。

 

 だとすれば、調べるべきなのは――――。

 

(……逃走ルート)

 

 あまり難しく考えるのでは無く、むしろそうしている事で視野から外れているその盲点。

 

(それさえ分かれば、犯人が何処に逃走して居を構えているのかの思考が開けてくる。少なくとも、今の何も知らずにウジウジ悩むしか出来ない状態からは抜け出せる。このまま無力なままで居てたまるかってんだ)

 

 せめて、一矢だけでも報いる。

 

 この蟠りを残したまま人生を送る事になるのは勘弁だし、どの道このまま何もしないままでは自分自身の安全さえ保障は出来ない。

 

 ……実際には、調べようとする動きを匂わせたり見せたりするだけでも危険を被る可能性は高い。

 

 だが、それを理解した上で、彼は手持ちのスマートフォンを無線でインターネットに接続する。

 

 使用する情報源は、何分間単位で情報が更新される掲示板。

 

 時折目にしたり写真に写したりしたものを即興で書き込めるそのサイトならば、憶測だろうが何だろうが『手がかり』を掴むのに事欠くことも無い。

 

 やはり『消失』事件に対する関心からかレス数は多く、ネットネームを使って話題を展開している住人の会話を見ていると、やはり推理を述べる人物はそれなりに居るようだった。

 

 だけど。

 

「……イマイチ、ピンと来る奴は無いなぁ……」

 

 率直に言って、信憑性を感じられる物はほとんど無かった。

 

 各地域から情報が集められているとは言っても、その殆どが『何故か納得の得られぬ物』としか受け取れない。

 

 車以外にも、下水道の中に何らかの空間を秘密裏に作ってそこに隠れているとか、路地から入れる秘密の通路を通って入ったビルの中イコール裏稼業を軸としている企業の所為だとか、何かのトラックの荷物に紛れて移動しているだとか、何と言うか現実味のあるような無いような推理が立ち上がっていたのだが、その全てが『別の地域』の出来事で、そもそもそんな事は不可能である。

 

 下水道で穴でも空けようと工事機具なんて使ったら生じる音であっさりバレるし、路地から入れる秘密の通路なんて実用性を考えても難しく、トラックの荷物なんて身を隠す事の出来る物は滅多に無い。

 

 何より、その全てが『実際に目で見て』調べた物じゃないという事実が信憑性を低下させている。

 

 当然の事ではあるし、雑賀自身も大きな期待を抱いていたわけでは無いのだが、やはり望む『手がかり』は遠い。

 

(苦郎の言ってたのはこういう事か。確かに、他者の情報から信憑性は引き出せない。こりゃあ本当に自分の足で調べに動くしか無いか……)

 

 かと言っても、何処から探索を開始するのかさえ決まっていない状態なので、思考を広げるぐらいしか出来る事が無い。

 

 自転車で行動出来る範囲には限度があるし、行動出来得る範囲を全て調べるには時間が掛かりすぎる。

 

 明確なタイムリミットなんて分かるわけも無いのだが、早急に【手がかり】を掴むのなら事件が起きてからそう時間が経っていない方が良いに決まっている。

 

 だからでこそ、どう動くべきかを考えなくてはならない。

 

 事件の現場であった公園は既に警察が調べに入っているために探せない。

 

 だとすれば、まずはその周辺の道順を辿ってみるべきだろうか…………と、思っていた時だった。

 

「……ん?」

 

 少し遠めの位置から、非常事態を意味するサイレンの音が響いて来た。

 

 音の発生源は確定的に道路の方からで、音の感じ方からするとパトカーでは無く救急車の物らしい。

 

 それ自体は然程珍しいとも思えない物なのだが、雑賀が疑問を浮かべたのはそこでは無い。

 

 救急車の向かったと思われる方角には、自分にとっても関連のある建物が存在している場所があったからだ。

 

 その場所の名を、疑問形で呟く。

 

「……水ノ龍高校(みずのたつこうこう)…?」

 

 それは、雑賀の通っている高校とは違う場所に存在する、一般的に何の問題点も耳にしない『普通の』高校だった。

 

 自分が通っているわけでは無いため詳しい事は分からないが、救急車が出動(でて)いるという事は、学校に通う生徒か教師の身に何かがあったという意味だろう。

 

 それも、命に関わるレベルで。

 

 現在の時刻は午後の二時四分――まだ日も十分過ぎるほどに登っていて、何者かが身を隠して犯行に及ぶには明るすぎる時間だ。

 

 自分が捕まる事を前提に『何か』をした、という可能性も無くは無いのだが。

 

「……まさか」

 

 これも『消失』事件と関係のある事なのだろうか。

 

 そう半信半疑で思いつつ、危機感を抱きながらも、雑賀は自転車の進行方向をサイレンの響く救急車の停車地点に向けた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 その人物――と言っていいのか分からない存在は、高い所がそれなりに好きだった。

 

 色々な場所を高い所から眺められるという状況だけでも、奇妙な高揚感を得られたからだ。

 

 彼は遠く離れた位置に視えている状況に対して、率直に言葉を漏らす。

 

「……ん、割と行動早いな。あのガキ」

 

 あまり期待をしていなかったスポーツの試合の展開に思わぬ面白さを見い出した時のような、気軽な声調。

 

 その瞳には獰猛な黄の色が宿っており、その視線から感じ取れるものは好奇心か悪意ぐらいしか無い。

 

 衣服は下半身のカットジーンズぐらいしか外部からは見当たらず、都会で見る容姿としては明らかに場違いな雰囲気を醸し出している。

 

 適当に高所から眺めていると、ジーンズのポケットに入っていた携帯電話が振動した。

 

 彼はそれに気付くと、右手で携帯電話を取り出して画面を立ち上げ、通話用のボタンを押す。

 

「どうした、経過報告か何かか? ちゃんと監視してるぜ~?」

 

『……お前の場合、気が付くと居場所が分からなくなるからこうして確認する必要があるんだろうが。まぁ、ちゃんと監視が出来ている事には関心して……』

 

「ギャグのつもりか? いやぁ、割とクール系なアンタもそんな事言うのなぁ」

 

『今度対面したら縛り込みでアームロックするがよろしいなよろしいね』

 

「マジでスイマセンでした、ハイ」

 

 彼は通話相手の言葉に危機感を覚えたのか、トラウマを思い出したような顔と声のまま謝罪したが、通話相手は無視して言葉を紡ぐ。

 

『で、そちらはどうなっている?』

 

「……あ~、病院で見つけたガキの伸びっぷりは思いのほか早い。才能の問題なのか何なのかは知らんけど、悪くはないんじゃねぇの? ていうか、アンタの方はどうなんだ」

 

『つい先ほど発見したが……どうなるかはまだ分からん。何せ、力を持った後の人間が行動に出るまでには、何らかの目的か計画が必要とされるからな。むしろ、そちらの動きが早いのは、既に「やりたい事」が決まっていたからだろう』

 

「あのガキは右腕と右足がキレーに無くなって数日は経ってたらしいしなぁ。『やりたい事』は大体想像つくがよ、一応はこれでいいのか? 正直俺の方は計画練るとかそういう分野じゃないからよ」

 

『構わない。「彼」がちゃんと目覚めてもらえればな』

 

「『彼』……()()()()()()()()()

 

 九階建ての高層ビルの屋上から一点を見下ろしている彼は、視線をそれまで向けていた位置から少しズラす。

 

 自転車を漕いで移動している、一人の青年の姿が視えていた。

 

 面倒くさそうに、彼は言葉を紡ぐ。

 

「つーか、しゃらくせぇな。(イベント)が起きて、それに探りを入れさせる形で巻き込ませる。そんな事しなくても、とっとと『仕掛けて』みればスムーズに進行出来るだろうに、どうしてこうも回りくどい方針にすんだ? 俺かアンタにも出来ない事では無いだろうに」

 

『私達が安易に介入した結果、何らかのイレギュラーが発生する可能性だってあるだろう。そもそも「彼」だけでは無いのだぞ? 計画に必要とされるピースは』

 

「つまり、あっちがあっちで『勝手に』成長してくれるのに期待して、俺達は変わらず『(うなが)す』事に集中しろって事か」

 

『そういう事だ。多少の「誘導」は「奴」がやってくれるだろう』

 

 聞いていながら、彼は気の抜けたように背筋を伸ばす。

 

 校長先生の話などが駄目なタイプなのか、もしくは睡魔でも襲ってきているのか、同時に欠伸も出てきた。

 

「……っだ~、退屈だわホントに」

 

 携帯電話越しに聞こえる声に、通話相手は呆れた風に言葉を漏らす。

 

 それは、明らかに、人間が話すような内容とは違うもので。

 

『お前の場合、下手すれば天災を呼び出してしまうだろう。むしろ今は何もするな』

 

「あ~? 天災とかご大層な表現するのはいいが、俺のはまだマシだろ。大体、このご時勢に火力自慢なんて何にもならねぇよ」

 

『こちら側の世界でも「あちらの世界」でも、十分天災クラスだろう。子供……ではあるかもしれないが我慢しろ』

 

「へいへい」

 

 そして、彼は通話の最後をこんな言葉で締めくくった。

 

「ま、しばらくは高い所から傍観するとしようかね。『脇役』がどんな風に力を使うのか、興味が無いわけでもないし」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 結論から言って。

 

 雑賀は救急車が向かった先の高校の敷地内へ入る事が出来ず、外部から被害者の状態を調べられずにいた。

 

(……そういやそうなんだった。普段は意識してなかったけど、基本的に学校ってのは『関係者以外立ち入り禁止』なんだよな。こりゃあどうすりゃいいかねぇ……)

 

 水ノ龍高校では無く、別のとある高校の生徒である雑賀は立場上この学校の敷地内には許可無く踏み込めない。

 

 本当ならば何らかの事件が起きたのであろう場所を警察よりも先に調べ、何か『手がかり』に繋がりそうな情報を得たかったものだが、思いっきり出鼻を挫かれてしまった。

 

 生徒が被害に受けた直後で仕方の無い事ではあるのだが、校門の外側から手を振って教師を誘導しようとしても、マトモに相手をしてもらえなかった。

 

 この分だと、病院の方でも意識不明となっているらしい被害者の生徒の件で忙しくなっているだろうから、救急車を追っても今は情報を入手出来ないだろう。

 

 そんなわけで、再び手詰まり状態となってしまった。

 

 結局、今頼りに出来そうなのは自分自身で得た情報でしか無さそうなのだが……。

 

(ネットの情報は現状だと信憑性が低い。地域別の『つぶやき』は事件解決に繋がる情報が薄いだろうし……やっぱり、ここに来る前に決めた方針で行くか……?)

 

 そんな風に、気持ちを切り替えて自転車をこぎ出そうとした時。

 

 唐突に、ポーチバッグの中に仕舞っていたスマートフォンがメールの着信音を鳴らした。

 

「あん?」

 

 思わず、疑問を含んだ声を漏らす雑賀。

 

 彼はスマートフォンを持っているが、メールのアドレスを登録している相手は家族の物ぐらいしか無い。

 

 この時間帯に家族からメールが来た覚えは無く、家族以外からメールを貰う事なんてまず無い。

 

 そのはずなのに、受信したメールは明らかに家族からの物では無かった。

 

 内容に、目を通す。

 

『FROM・お前の味方以外

 TO・牙絡雑賀(がらくさいが)

 SUB・ヒント

 本文/お友達の行方を知りたいんなら午後二時半以内に「タウン・オブ・ドリーム」一階のカフェに来い。来なかったら帰る』

 

 ………………………………………………………………………………………………。

 

「は?」

 

 またもや疑心に満ちた声を漏らす雑賀。

 

 それもそうだろう、全く未明の相手からのメールというのも当然の疑問を覚えたが、何より本文の内容が明らかにおかしすぎる。

 

 雑賀の本名を知った上で『お友達』なんて記述するのであれば、それは間違い無く紅炎勇輝の事。

 

 そして、その行方を知れる者は連れ去った張本人かその関係者ぐらいだ。

 

 その、人物が。

 

 何故、こんなメールを送ってくる?

 

(……誘導してんのか?)

 

 率直に考えても、罠の可能性はあまりにも濃厚だ。

 

 だって、あまりにもイレギュラーが過ぎる。

 

 犯罪者でありながら、身を隠さずにこんなメールを送ってくるなど、人情を利用した誘導策としか考えられない。

 

(……ただの迷惑メールか?)

 

 仮にそうだったとするなら、かなり手の込んだイタズラだろうと雑賀は思う。

 

 だが、互いに顔すら知らない関係でありながら、イタズラのために一個人の情報を入手しようとする者が居るとは思えない。

 

 このメールの発信者が『消失』事件に関する情報を握っている人物である確立は、低くないだろう。

 

 そして、その裏には確実に危険は待っている。

 

「………………」

 

 現在時刻、二時十二分。

 

 メールの贈り主が記述している事が本当なら、あと十八分で『手がかり』への道が閉ざされる。

 

 行けば少しだけでも『手がかり』は手に入るかもしれないが、身の危険も当然伴う。

 

 その二つの進路を頭に浮かべ、メールの送り主の危険性を感じつつ。

 

 彼は、言う。

 

 

 

「……舐めやがって。行くに決まってるだろうが……ッ!!」

 

 

 

 怒りを声に込め、犯罪者の笑みを脳裏にイメージしつつ、彼は自転車を目的の方角へと向けた。

 

 もしもイタズラだったらスパムメール扱いで通報してやる、と同時に決めながら。

 



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七月十三日――『平穏が失われるのは常に唐突』

おまたせしました。

去年十二月の更新以来、ニコニコの生主さんとスマブラ対戦したりモンハンしたりで時間が中々取れず、追撃の多忙コンボでここまで更新が遅れてしまいました。

なのでという訳ではありませんが、今回の話はちょっぴり文字数が多めになっております。ざっと8000字ぐらいでしょうか。

『第一章外伝』よりも先にこちらの方を更新した方が良いとも思ったので、前回の時点でそれなりに唐突な展開(想定内)が発生した『第二章』の続きを投稿するに至りました。

では、ずっと退屈な展開に微妙な反応しか出来なかったお方も居ると思いますが、今回の話は一種の通過点というかぶっちゃけこっちの方が『第二章』の始まりっぽいお話です。


 タウン・オブ・ドリーム。

 

 繁華街、商店街、地下街、海外の街――そういった『人と建物が集中する場所』を強引に一つの巨大な建造物の中に集約させた結果、様々な国の料理や衣服を専門とした売店が多彩に建ち並び、一種の遊園地と化した施設の名である。

 

 一説では近代化の第一歩として技術を結集させ、いずれは日本で一番科学の発展した観光名所とする予定だとか、各国との友好的関係を築くための巨大なシンボルだとか、トンでもない巨額を貯め込んだ資産家が土地を買い込んで孫のために巨大な遊び場を作ろうとした……だとか、噂話にも種類があったりするレベルでは『今の時代』の日本の中は有名な場所だったりする。

 

 実際、この施設には海外発案な興味をそそる料理だったり衣服だったり、それ以外にも単純に遊び目的でやって来る人間は多く、現にこの施設に足を運びに来た雑賀は、一般のデパートでもよく見る人込みの影響で思うように進む事が出来ずにいた。

 

 走って他人とぶつかってもアレなので、ひとまず早歩きで目的の場所に向かう。

 

(……にしても、そういや最近は来て無かったな。場所が比較的遠くて来るのが面倒なのもあったが、ちょっと見ない内にまた新しい要素でも取り入れてんのかね)

 

 この施設の変わった特徴に、公式発表の時点でまだ『未完成』であるらしいにも関わらず、有名な遊園地と同クラスかちょっと上レベルの人気を得ている点がある。

 

 単に様々な国の特色を取り入れているだけで無く、それを実現する過程で施された技術のレベルが日本という国の中でも最大級の物(だとテレビでは語られている)だからという理由もあるだろう。

 

 建物の中でありながら天井には立体映像で現実の物かと錯覚しそうな青空の動きが、新種のスポットライトかと錯覚するような巨大な電極(?)によって太陽の輝きが常に再現され、それ以外にもまるで幽霊のように実体を持たない形で様々なアニメや漫画の『キャラクター』が歩いている姿を目にする事が出来る……ように演出するための何らかの映像技術が実用されてたりなど。

 

 実際に『それ』に触ったり話しかけたりする事が出来ないとしても、一方的な自己満足に過ぎないとしても、二次元的な情報は人間の好奇心を刺激する。

 

 まるで、夢の中に入り込んだかのような……それでいて現実に確かに居ると認識出来るからでこそ、不思議な魅力を醸し出して客を寄せているのかもしれない。

 

(……つーか、一階のカフェとは書いてたが、具体的な店の名前までは書いてくれなかったのは……いやまぁ本当に誘拐犯の仲間なら、位置を特定されるような文面は控えるつもりだったのかもしれんけど)

 

 雑賀が歩いている『タウン・オブ・ドリーム』の一階……というか全階層に共通する事だが、やはり食品や衣服だけに限らず雑貨や書籍関連を含めて売店が多く、その中からピンポイントでメールの送り主の指す場所を特定するのは難しい。

 

 何より、実を言うと雑賀は今日までカフェと呼べるような店に立ち寄った経験がほとんど無い。

 

 コーヒーやスコーン等の上品さの漂う食品より、炭酸飲料とかスナック菓子やらを食らう事が多い『質より量』な思考の持ち主である彼からすると、カフェなんて大人になっても居酒屋とかと比べると立ち寄る可能性がかなり薄い場所だと考えていたのかもしれないが、それでも今回は友人の安否の確認などが掛かっているため、仕方なく来たのに変わりが無いのである。

 

 更に言えば、他の大半がこの『タウン・オブ・ドリーム』に娯楽や食事目的で来ているにも関わらず、明らかに焦燥感に襲われている雑賀の姿は風景から見ても浮いている。

 

 ふと携帯電話を開いてみると、液晶画面に表示された時刻は既に二時の二十七分に移行し、残り時間が三分を切った証拠を示していた。

 

(……ちくしょう、残り約二分……それまでに探せるのか)

 

 こうなれば人込みとか関係無く走って探すか、と思い始めた時だった。

 

 

 

「やあ」

 

 

 

 またも、唐突に。

 

 約十分前に突然流れたメールの着信音よりも緊張を奔らせる声が、背後から雑賀の耳に入り込んできた。

 

「………………」

 

 雑賀の想像している通りならば、わざわざこの『タウン・オブ・ドリーム』で知り合いも友達も引き連れずに来た自分に話しかけてくる人物は、偶然にも同じ道に通り縋った友達や知り合いか、もしくはメールを送り込んできた人物そのものぐらいだろう。

 

「いや~、カフェと明記したのはいいけど正確な名前までは書いてなかったとうっかりしてね。だから制限時間過ぎた頃にまたメールで制限時間の延長と店の名前を告げようと思ったんだけど、その前に適当に歩いてたらお前の姿が視界に入ったもんだから、逆にこっちから来ちゃったよ」

 

 恐る恐る、背後を振り向く。

 

 そこで、見たのは。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 友達のために奔走している者もいれば、自分の家で無難な生活を営んでいる者もいる。

 

 むしろ、下手に事件に関わろうとして二度と帰れなくなるより、安心を得られる団欒の場に居た方が安らいでいられるから……と述べるとかなり芯の通った理由に聞こえそうなものなのだが――――まるで、そんな事を思っていないであろうと思える人物を目の当たりにしている少女は、単刀直入に目の前の青年に向けて呆れた声で言った。

 

「……ねぇねぇ、何をしてやがるんだニート兄。宿題(レポート)は終わったの?」

 

「んあ……?」

 

 言った言葉の内容と言うよりは、言葉を発した制服姿の少女――縁芽好夢(ゆかりめこうむ)の声に反応したかのように、自室のベッドでこんな真昼間にパジャマで寝そべっていた青年――縁芽苦郎(ゆかりめくろう)は目を覚ます。

 

 彼は一度ベッドの上で背筋(というか体)を伸ばすと、その体制のまま言葉を返す。

 

「好夢か。元気っぽくて何よりだわぁ」

 

「だらけてないで質問に答えろや。というか、例の件で中学の時間が削られてるって事は苦郎にぃも知ってたでしょ? いつの話してんのよ」

 

「いやいや元気ってのはそっちじゃなくてな。やっぱりアレだわ。牛乳のお陰でちゃんと成熟してきデゴブブブーッッッ!!?」

 

 最後まで言い切る前に、苦郎は自身の妹である好務が反射的に放った踵落とし(一瞬パンツが見えそうだったが短パン装備である)を股間に頂戴して悲鳴に近い奇妙な声を漏らす事となった。

 

 股間を押さえて悶絶する兄に向けて、好夢は坦々と言葉を紡ぐ。

 

「……オトメの何処をイメージしてナニを言おうとしやがってんの?」

 

「どっ、おぉぅ…………そ、そりゃあ当然そのまな板みた」

 

「二発目いっくよ~」

 

「待って!! ガチで潰しに来られたら俺男性から女性にジョブチェンジしちまうからやめて!! 別に好夢が貧乳である事を兄であるワタクシは何も残念に思ってンゴォ!!??」

 

 全然懲りてないようなのでもう一発踵落としをブチ込み、もう本格的に泡とか吹きそうな苦郎に向けて今度こそ返答を促す。

 

「で、いったい全体何をやってるの? 昼飯は食べたみたいだけど、その後はただ寝てるだけ。この時間に宿題を早くやれとまでは言わないけど、とりあえず枕元にエロ本敷いて寝るのは止めろ。それも三次元じゃなくてニ次元の女物だし……何なの? 昼寝を趣味にしてたらいずれ何も出来ない人間になるよ?」

 

「ぉ……ぅ……ぇ、えぇとだな……それはアレだよ。昨日辺りに夜更かししてな……それで学校の中でも眠気がすげぇんだわ、これが。だから寝溜めしてんの。それと、そこの保険体育の参考書的なアレはそれで見れるかもしれない夢に影響を与えるためのアイテムな」

 

「……人間の体って睡眠時間を『溜める』事が出来ない仕組みになってなかったっけ? あと、やっぱりまた夜中までネトゲしてたのかこの兄は。そんなんだからリアルで友達が少ないんじゃないの?」

 

「現実で生きてくのに必要なのは友好じゃねぇ。一定以上のビジネスマナーと成績だ。それと友達(フレンド)って言える奴ならネットにそれなりに居るっての」

 

「典型的なダメ人間の図じゃん……まぁ、実際成績は良いらしいけど」

 

 苦郎が自室としている部屋の中は少し散らかっていて、少し目を向ける方向を変えてみるだけでも漫画やら小説やらゲームソフトやらが散らばっているのが見えている。

 

 それぞれのタイトルは『デジモンネクスト』だとか『フィギュアウォーズ』だとか色々だが、そういった割と小学生などにもウケそうなタイトルの物以外にも思春期の男子が好みそうな物まで混じっている。

 

 そして、そんな部屋の現状を作り出している張本人は、そんな事を気にしている感じも無く口を開く。

 

「で、俺にそういう事言うのはいいけど、何の用で部屋に入ってきたんだ?」

 

「苦郎にぃが最近本当にだらけきってて、それが見てられないから喝を入れに来た。それだけ」

 

「えぇ~……少しぐらいだらけてていいじゃんか~」

 

「ダメとまでは言わないけど、苦郎にぃの場合は度を過ぎてんの。昼に帰ってくるようになってから、苦郎にぃはその後の時間の殆どを昼寝して過ごしてるじゃん。ざっと二時間から三時間ぐらいは軽く。受験とかも想定するんなら、もう勉強とかに時間使うべき時期なんじゃないの?」

 

「ん~……勉強とか面倒くせぇし……てかもう殆どは覚えちまってるしなぁ……」

 

「その辺りの過信が受験落ちに繋がったら洒落にならないでしょ。いいから起きて、勉強以外でもいいからせめて何かしようよ」

 

「……………………」

 

 苦郎は、少し考えるような素振りを見せたが。

 

「……やっぱり無理。もう一時間ぐらい寝させて」

 

「い・い・か・ら!! 起きて何かしろグータラ兄貴がァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「いや本当に眠いんだから寝かせてよぉ!! つ~かどうしていつも俺が昼寝してると襲撃してくるわけ!?」

 

「アンタは現実に現れた何処ぞのメガネ小学生か!! 今日こそはその怠け腐り切った根性、物理的に叩き直してやるわーっ!!」

 

 えーっ!! 怠けはしても腐った覚えは一度も無いんですけどーっ!? と苦郎は弁解の叫びを上げるがもう遅く、怠け者の兄とは対極で努力家な上に柔道部所属な少女が極め技の体制に入る。

 

 世の中で、どういう状況を平穏と呼ぶべきなのかは判断の難しい所だが、少なくとも平和と呼べなくも無いかもしれない、そんな変わった兄弟のじゃれ合う光景は青年の「ギブ!! ギブだから許してっていうかそれ以上はマジでいけないーっ!!」という悲鳴と共に流れていくのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そこは、やけに自然の雰囲気が漂うカフェだった。

 

 いかにも高級な木材を使ってますよ~と言わんばかりの茶色いテーブルに椅子、そしてカウンターが設備されていて、入り口でも出口でもある道の両端には、二酸化炭素から綺麗な空気を生み出す事が出来る(らしい)観葉植物の一種が鉢と共に設置されている。

 

 割とこの手の飲食店(特にファーストフード店)では木造のテーブル等を取り扱う事は少ないらしく、明らかに森の中をイメージしたのであろうこのカフェでは、数多くの客が菓子を口にしながら世間話やら身内話やらの談笑をワイワイガヤガヤとまではいかないものの繰り広げている。

 

 その中に混じった二人の内の一人――――頭髪を若干金に近く染めていて、上に紺色のTシャツを着て下に黒色のジーンズを履きこんでいる現役高校生こと牙絡雑賀(がらくさいが)は、何かもう傍から見ても分かるレベルで呆けた顔をしていた。

 

 理由は単純。

 

 彼、雑賀自身が置かれている状況そのものである。

 

「……何これ?」

 

 彼の目の前のテーブルにはこのカフェで最近作り始めたらしいスポンジ記事系の菓子が置かれているが、正直そんな事はどうでもいい。

 

 問題なのは、自分と対する位置に居る茶色に染められた髪の毛にポニーテールの髪型で、衣服としては季節に合った半袖ではなく、生地は薄いようだが長袖でサツマイモみたいな色をした上着にオレンジ色のズボンを穿いている―‐女性の存在である。

 

 メールの事を知っているという事は、雑賀をこのカフェに呼び込んだのは間違い無くこの女性なのだろうが……何と言うか、明らかに物凄く秘密裏に動いてそうなのに関わらず、全身を黒服とかでカモフラージュしているわけでも何でも無く、いかにも『好きで着てますよー』な意味合いしか感じられていない。

 

 その女性は、思わず呟いた雑賀の言葉に疑問符を浮かべると、率直な意見を述べた。

 

「何って新商品らしいミルクティー味な紅茶ケーキだよ? うぅん、確かにそれっぽい味はするけど全体的にショートケーキの下位互換っぽい感じが拭えない。ていうか原材料が同じ乳製品って以外に茶葉以外の長所が見当たらない!! でもまぁ何だかんだ言っても美味しいから別にいいか」

 

「別にいいかじゃないよ馬鹿じゃねぇの!? 俺達!! 一応っ!! て・き・ど・う・し!! テーブル挟んで優雅にティータイムに突入している状況がおかしすぎるッ!!」

 

「なんだいなんだい、情報提供の過程で当然ながらゆっくり会話が出来る場が必要だから、こうして案内しただけじゃないか。こうして目の前でそれなりに成熟はしているつもりな女の子が居るんだから、もう少しゆっくりしててもいいのだが?」

 

「じゃあ何故に時間制限とか設けたし!? 後、もう外見から分かるけどお前、女の『子』と呼べる年齢は過ぎてるだろ!!」

 

「馬鹿を言うんじゃない。これでも私はまだ未成年の十七歳だ。それとも何だ、もしも私が背丈の小さい『お兄ちゃん♪』とか猫撫で声で喋ってくるような子だったら対応を変えていたのかな? 案外ロリコンだったのか。これは悪い事をしたと謝罪するべきだろうかね」

 

「人を変態みたいに呼ぼうとするなこんな公共の場所で!! ……ていうかさ」

 

 本当に『関係者』なら悪い事はやりまくっているだろ、とツッこむ気さえ起きなかったので、雑賀はここぞとばかりに話題を切り替えようとする。

 

 というか、早い所切り替えないとこのままでは貴重なチャンスを弄り話だけで過ごしてしまうかもしれないから、という懸念もあったのだが。

 

「率直に聞くけど、どうして俺を呼んだんだ? 本当にお前が例の事件を『引き起こした側』に居るんなら、もっと人気の少ない場所に呼んだ方が色々とやりやすかったんじゃないのか」

 

「おや?」

 

 雑賀の質問に、女性は意外な風に思ったような声を漏らす。

 

 その反応に他でも無い雑賀自身が怪訝な目を向けるが、女性はそのまま言葉を紡ぐ。

 

「あぁなるほど、まぁ仕方ないか。あくまで現代社会程度のスケールで考えてしまう気持ちが分からないわけでも無いし」

 

「何?」

 

「あんまり段取りとかを踏んでてもったいぶっても蛇足だし、まずは事実だけ率直に言おうか。その上で外堀りを埋めていく方が手っ取り早そうだ」

 

 サツマイモカラーなシャツの女性は、自分の側にも置いてあるコーヒーの注がれたカップを口に寄せ、一度苦い液体を口に含んでから言う。

 

 あっさりと。

 

 事実を。

 

 

 

「お前の友達……『紅炎勇輝』は今、この現実世界には存在しない。まぁ死んでいるわけじゃなく、今彼はデジタルワールドに居るのだが」

 

 

 その、常識を語るような言葉に。

 

 これまで考えてきた前提の全てが頭から抜けていない雑賀は、ただ呆然とする事しか出来なかった。

 

 ……この女は、いったい何を言っている?

 

「……何を言うかと思えば、痛々しい二次元の話かよ。現実とゲームを一緒くたにしても理論の理の字だって出てこねぇぞ」

 

「まぁ、信じるも信じないもお前次第なのだが」

 

 女性の雰囲気は変わらない。

 

「現に『紅炎勇輝』は、ギルモン……あ、一応種族設定は理解しているよな? それに『成って』電子情報の世界に居る。……おいおい、まさかどんな人間にもどんな機械にも存在を明かす事が出来なかった『私達』が、たかだか現実の理論『だけ』に留まった連中だとでも思っていたのか?」

 

「………………嘘だろ、そんなの現実に有り得るわけがねぇ。現にデジモンはホビーやら何やらで出てくる『架空《フィクション》』の存在だろうに」

 

「なら証明してみるといい。私が今語った、デジタルワールドが本当に『実在しない』という理由を。それが出来るのなら何もこれ以上は言わないし、それが君にとっての現実ならば仕方の無い事だ」

 

「………………」

 

 証明する以前に、否定する事だけなら簡単なはずだった。

 

 何故ならこの女の言っている事は、常日頃から見る液晶画面の中にも惑星と同等規模の『物理的な世界』があるのだと言っているような物なのだから。

 

 そんな物は、太陽の周りを今も巡っている火星や月ぐらいの物で、大きくても薄い液晶画面の面積には決して存在し得ない。

 

 だが。

 

「否定出来ないだろう」

 

「……っ」

 

 簡単なはずの返答が、口から出せない。

 

「どんな人間でも、心の何処かではこの地球……それだけに留まらず、月や火星などにも自分が暮らしていける、存在出来る『世界』は色々な所が在るものだと思っているものだ。例えば、死者の魂……現実で考えると在るのかも分からないものが向かうとされる『天国』やら『地獄』やら。それがどういう場所なのかを想像した事はあるだろう?」

 

 それは恐らく、現在の文明に浸って生きている人間の殆どに該当している事だろう。

 

 死んだ人間の精神が、生前の行いによって二通りの場所に連れられ、その後に新たな命として転生する……という、確証も事実も存在しないにも関わらず現在も『あるかもしれない』と認識されている世界、もしくは場所。

 

 それだけでは無く、人間は自分の頭でそれぞれ異なる世界を頭の中で想像し、時としてそれを文とし小説として売りに出す場合も多い。

 

 科学が存在せず、魔法やら王国やらによって成り立っていく世界。

 

 一部の人間が超能力とも呼べる特別な力を持ち、それを中心に動いていく世界。

 

 戦争の過程で科学が高度に発達し続けた結果、巨大なロボットが兵器として開発された世界。

 

 どれもこれも、あくまで空想上の産物や個人だけの現実に過ぎず、現実には存在しないはずの世界感。

 

 この女が言っているのは、そういった空想や想像が『実在』している世界が本当にあるという事だ。

 

 それほどまでに人間の常識が通用しない危険な世界に、親友が放り込まれているという事だ。

 

 真実が何処にあるか分からないまま、雑賀はただ問いを出す。

 

「……アイツは、今どうなっている」

 

「『彼』は私達の目的に必要なピースの一つだからな。私達『が』殺す事はまず無い」

 

「……お前等は何がしたくてこんな事をしやがった……」

 

「流石に目的まで漏らすほど優しくは無いよ」

 

「……結局お前は何を言いたいんだ……ッ!!」

 

「単純だよ」

 

 女性はフォークを使って紅茶のケーキを一定の大きさに割って刺して食べながら、気軽な調子に返答する。

 

「この、ある意味で一種の物語の登場人物の一人でもある君には、一応物語を自分の手で変える権利がある。多分何を言わずとも『巻き込まれる』可能性は高いのだが、下手に逃げられても困るからね。率直に言って、君には既にお友達を助ける事が出来るかもしれない『力』を宿しているんだよ」

 

「…………」

 

「だから、どうするのかを今ここで決めてみろ。今ここで聞いた事から目を背けて平穏を享受していくか、あるいは自分の身に危険が及ぶことを踏まえてでも戦いに身を投じるか。その返答次第で、こちらから有益な情報をお前に与えてやる」

 

「……返答する前に一つだけ確認させろ」

 

 雑賀は、真っ直ぐに女性と向き合う。

 

「お前は敵なのか? 味方なのか?」

 

「メールでも書いたはずだが、味方以外。直接的な敵になるつもりも無ければ、味方になるつもりも無い者だよ。一応、利害の一致で組織の一員的なポジションに身を置いているわけだし」

 

「…………」

 

 不安要素はまだ残っている。

 

 だが、それでも選ぶしか無い。

 

「……言っておくが、お前等の意思に『従って』選ぶんじゃねぇからな。自分の意志で動く。だから……」

 

 例え、この選択が相手の想像の範疇にあるのだとしても。

 

「……正直まだよく理解出来てはいねぇが、やってやるよ。だから教えろ、有益な情報ってヤツを」

 

「そうかい」

 

 対するサツマイモカラーの服を着た女性は、雰囲気を変えずに返答する。

 

 内面の心境を察する事は出来ないが、まるで祝福でもするかのように。

 

「では、ようこそ。この退屈な現実に貴重なスパイスを与えてくれる『登場人物(キャラクター)』の参戦を、私は歓迎する。例えどんな結果を生み出そうとも」

 

 




 物語の始まりはギャグ展開で始めるのが読みやすいだとか何処かの超絶恐ろしい執筆スピードなお方が言ってました。

 まぁだから今回の展開に至った、というわけでも無く、ちゃんと列記とした意味を持ったお話なのでご安心を。

 今回の話で何気に『この作品』の世界感の一種が露になりましたが、現実でも(馬鹿にならないレベルの費用が掛かるでしょうけど)ああいう一種の遊園地は作れそうですよね。某夢の国のアトラクションも物凄くキラキラしていますし、プラネタリウムとかで架空の星空だって作れる時代ですし。

 当初『タウン・オブ・ドリーム』という場所の別案の名前には『ドリームシティボックス』なる物もありましたが、それだとちょっと微妙だと思ってこちらの路線に向かわせる事にしました。銃を持っている事が普通だったり色々怖い部分もありますが、何だかんだ言っても外国の街並みってそそられますよね。

 では、また次回にて。

 ようやっと色々と出来るかもしれません。


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七月十三日――『普通とは何なのか//特別とは何なのか』

お待たせして申し訳ありませんでしたああああああああああああああああああ!!!!

いや~……そりゃあPixivでやっている企画の運営とかデジスト最新作とかスパロボ天獄篇とかあったとは言え、前話から2ヶ月も期間が空いてしまうとは……うわぁ本当に申し訳が無い!! ちくしょうもっと早く書けると思っていたのにしかも今回も物語的にはそんな進んでない気もするしうわあああああああああああああああ!!

……まぁ、そんなわけで最新話なわけですが、ようやくこの『デジモンに成った人間の物語』の設定で(主にネタバレ無しでコラボとかにも使えるものが)解禁出来そうなものが増えそうです。ずっとずっと暖めていた設定を解禁出来るというのは、こういう部分でも利益(自己満足)が出るのもあるので嬉しいです。

では、あまり多くを語っていると退屈だと思いますし、早急に前書きは終わりとしましょう。

では、最新話始まります。



 兄である縁芽苦郎の股間を蹴り潰したり関節技で徹底的に悲鳴を上げさせたりついでに(中学生にはとても見せられないレベルの)エロ本を没収したり……妹としてはある意味で一つの大仕事が終わり、兄の私室(寝室と言ってもいい)から出てきた縁芽好夢はそれでも不満が残る心情だったりした。

 

 彼女は自室に戻ると、残ったストレスを発散させるために布団を叩いたりぬいぐるみを抱きしめたり色々とやってみたのだが、やがてテンションが平常値まで低下しきったからかポツリと呟いてしまう。

 

「……空しい」

 

 兄と妹の関係、と聞くと中々に親しいものを想像してしまう人間は多いだろう。

 

 妹である好夢も当然、兄である苦郎の事を本当に好意的に想ってい()

 

 だからでこそだろうが、好夢はどうしても『現在の』苦郎の事を好意的に見る事が出来ない。

 

 朝は朝食を食べて歯を磨き学校に登校するだけ。

 

 昼は『消失』事件が始まる前の場合、昼食を学校で取っていたが、それだけ。

 

 夕方だろうが昼間だろうが、どの道家に帰宅した後は特に何かをする事も無く寝ているだけ。

 

(……前は、もっと……)

 

 いつからこうなったのか、どうしてそうなったのか、そんな理由を好夢は知らない。

 

 妹である自分にも分からないのだから、おそらく他人にも原因は知らされていないだろうと思える。

 

 『何か』を隠しているような気がするが、仮にそれがどんなものであっても、現在の腐った兄の姿を見るのは忍びない。

 

 気を紛らわせるためにスマートフォンを弄ろうとも考えたが、結局『何もしていない』ような気分になると思い、嫌になって中断した。

 

 こんな時、何をすれば良いのだろう?

 

(あの腐肉兄は寝ることに意識が向いてるだろうから、こっちの面倒を見てくれるとは思えない……というか、あんな状態の兄と絡んでたらこっちまでダラけ始めるような気もするし…………うぅ、部活動は例の『消失』事件のせいで夕方まで出来なかったし……)

 

 そこまで考えて。

 

 ふと、好夢は中学生なりにある事を思い付いた。

 

(……よくよく考えてみれば、この『消失』事件が解決されれば部活動の時間も元通りになるだろ~し……そもそも、苦郎にぃがあれだけダラけてるのなら、あたしが支えられるように頑張らないといけないんじゃないの?)

 

 ……いやいや、全体的にあのクソ馬鹿兄貴がダメなだけだろう。

 

 そんな思考が脳裏を過ぎったが、ともかく何をやるかの『切っ掛け』は作れた気がする。

 

(……確か、ニュースで見たけど勇輝にぃも居なくなっちゃったんだっけ……雑賀にぃも、ひょっとしたらもう行動してるかもしれない)

 

 少し考えて浮かび上がったのは、兄が通う学校繋がりで知り合った人達の中の二人。

 

 たまに会っては話もした事はあったし、友達と呼べるぐらいには親しくさせてもらった事もある。

 

 兄は(多分)殆ど意識していないと思うが、少なくとも何も思えないほどに感情が枯れている覚えも無い。

 

 なら、せめて自分にも出来る事をしよう。

 

「………………とは言うものの……」

 

 具体的に、どんな事をするべきだろうか?

 

 努力をする事に躊躇いは無いが、そこに何らかの意義を見い出せないのであればただの自己満足だとも思う。

 

 というか、こういう時にやるべき事は?

 

 周辺の人達への聞き込み――――はやっても然程意味が無く、既に身元調査などは警察が行っているはずだ。

 

 ……実は同じ事を当の雑賀自身も考えていた事に気付くわけもなく、何かをしないとやり切れない気持ちになっていた中学生は、こう結論付けた。

 

(……よし、兄貴をもう一度締め上げて少しは『協力』してもらおっか!! 見た感じあんなだけど、頭脳面では実際役に立ってくれるはずだし!! ここは妹としての立場をフル活用してでも頑張る場面なんだ!! うん、そう考えよう!!)

 

 そんなこんなで(割と一方的に)第一の方針を決定した好夢は、本日二度目となる直談判(本人にとってはご褒美である可能性もあるが)を行うために今一度(ガードの薄い)兄の部屋へと足を踏み入れる。

 

 兄を支えられるようにと思いながらも、何処か目的と手段が入れ替わっているような気がしないでもない。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

なんやかんやで『有益な情報』とやらを与えてくれるらしいサツマイモカラーな衣服の女は、先の流れで注文していたメニューを食べ終えたと思ったら今度は別の組み合わせで何かを注文してきた。

 

「……あの~、テメェ今度は何注文してんの? そもそもどうしてあのどシリアスな流れで新しいスイーツを摂取しようとしてんの? 何なの? 実はドヤ顔であんな事を言っていながら何も考えていなくてたった今になって話す内容を考えてたの? 馬鹿なの? というかなんだその赤色の塊は」

 

「だって何かを食べながらでないとわざわざ談話の場をカフェに設定した意味が無いだろう。何も食べずに会話だけしかしないのなら適当に近場の公園のベンチとかでも事足りるし。うるせぇなちゃんと考えているよ同窓会で一発ギャグ言うと宣言しといて何も言えず恥ずかしい思いをする公務員ではあるまいし。何ってフルーツトマトの焼きケーキだぞ。まぁ、パンやケーキの生地には色々と混ぜられて試される事は多いし、アリなんじゃないかな? 名前は少し違うが原理的にはホットケーキと大差無いし」

 

「もうそれチーズとか加えてマルゲリータで良くね?」

 

「だが割とイケるぞ。うん」

 

 何と言うか、好きで食べているというよりは、新発売だとか話題にもなる異色なメニューを食べる事に好奇心を働かせているのだろうか? 女性として摂取カロリーとかには気を配らないのか、あるいはデザートは別腹とか言うタイプなのだろうか。

 

 ふと、テーブル越しの椅子に座っている雑賀は視線を下へと向けて、何故か自分の方にも注文されていた…………何だろう? 相手側の赤色なトマトケーキも割と異色だとは思うが、こちら側にあるモノは……赤色というか、どちらかと言えば紫に近い色をしているが、どうも紫イモとは違う材料を盛り込んだらしいパウンドケーキだった。

 

 怪訝そうな目を向ける雑賀に気付いたのか、女は軽く解説する。

 

「それはドラゴンフルーツの赤い果肉な品種を使ったからそういう色になっているだけだ。割と『前』はレアだったらしいが、遺伝子技術の進歩で品種の固定化も安定してきてから、日本でも割りと見るようになっただろう?」

 

「……あ~、そういやそんなのもあったな。フルーツとか名付けられてるが、味はどっちかと言うと野菜系じゃなかったか?」

 

「糖度は高くて20度ぐらい。まぁ原産地が『日持ち』させる過程で速攻収穫してて、甘いものが中々出回らなかったからだろうな。その認識は」

 

 軽く食べてみたが、思ったよりも異色な味だった。

 

 少し食べてから女の方へ視線を戻すと、向こうの方も会話を進めるつもりらしく早々に口を開いた。

 

「……で、話を戻すが……えっと、何処まで話したっけ?」

 

「おい、何で忘れてるんだよ。勇輝の奴が『デジタルワールド』に居るとか言って、更には物語の登場人物だとかどうとか、俺にアイツを助けられるかもしれない『力』が宿っているだとか、極め付けに『有益な情報』とやらを引き換えに危険を承知で戦うかどうか決めろと聞いてきて、思いっきり返答した所じゃねぇか」

 

「……そんな分かり切っている事を聞いたわけでは無いんだがな……あぁ、まだ話してもいない状態だったな」

 

 聞いて、言って、そして女は本題を切り出す。

 

「適切な情報を与えるためにもある程度は聞いておくが、まず第一に、お前は自分自身が『普通』の人間と違うかもしれないと感じた事はあるか?」

 

 唐突な質問だった。

 

 予想もしなかった質問に多少戸惑ったが、雑賀は出来る限り情報を引き出すために意見で返す。

 

「……そもそも何をどう思って『普通の人間』って区分を出すんだ? それだと、まるで俺……いや、俺や勇輝とかの『一部の人間』と言うべきか。アニメやら漫画やらに出て来る『特別性』を含んだ人間って言ってるようなもんじゃねぇか」

 

「着眼点としては悪くない。実際、お前の言いたい『特別性』はお前――牙絡雑賀や紅炎勇輝、そして私も一応属している『組織』のメンバー以外にも……まぁ、その他にも大多数といった所か。宿している人間は少なくないぞ? 散歩でもすれば、数人ぐらいは見かけているかもしれないぞ」

 

「……そんなに大多数なら普通、誰かの目に触れられてるか何かあるんじゃねぇのか……? そもそもお前の言う『特別性』が何の事を指してるのかが、まだ検討も付かないんだがよ」

 

「仮に誰かが知っ言いふらしたとしても、現実的で物理的な証拠が無ければ実証も出来ず、やがて『普通の人間』に対する信憑性は無くなっていくだろう? 何より、確かに大多数存在するという風な言い回しこそしたが、その全員が決まって自身の力を『自覚』しているかどうかに関しては別問題だ。アレは普通に日常を満喫していられる人間が使える『力』では無いからな」

 

「何だそりゃ……」

 

 言っている事の意味を、ほとんど理解出来ない。

 

 いや、むしろ今は女の言葉の中からキーワードをかき集め、後で推理するべきなのだろうか?

 

 そうと分かっていても、言葉の中に潜む真意や意図を探ろうとしてしまうのは、自分自身が『特別性』とやらを欲しているからなのか。

 

「別に、俺自身は何か特別な事が出来るわけでも、特別な物が見えた事があるわけでも無いぞ。努力すれば他の奴にも出来るような事を『特別性』と言ってるわけじゃないんだろ。何のことなんだ?」

 

「これに関しては、口で言って理解出来るようなものでは無いと思っている。というか、そうか。やはりまだお前は『自覚』の段階か……これはやはり、危険と知りながら戦いに赴く覚悟の有無を聞いておいて正解だったな」

 

「……だから、何に対しての『自覚』なんだよ」

 

 そう問われると、女は唐突に自身の即頭部へ右の人差し指を突きつけて、

 

「これ」

 

「あ?」

 

「知的な生命体としては最も重要な部位。……漫画やゲームに出てくる超能力者だって、この部位に『普通』とは違う何らかの違いがあるから超状を引き起こせるものだろう? 本来使われる事が無い部分を使ったり、全く違う情報処理方法を会得して。つまりはそういう事だ」

 

「…………」

 

 女の言った事は単純で、それ故に雑賀でもあっさりと理解は出来た。

 

 だが、それでも思わず唖然とした風な声を漏らしていた。

 

「……まさか、脳だってのか……?」

 

 思考、慣れ、記憶……そういった情報を総括するメインサーバー。

 

 それが無ければ生きていく事も出来ない、思考判断する生命体としては心臓と同じかそれ以上の重要性を持つ臓器。

 

「……そりゃあお前が言う通り、フィクションに出てくるような『異能の力』ってのには少なからず脳ってのは関係を持ってるだろうさ。有名所なら念動能力《テレキネシス》やら精神感応《テレパシー》やら、空間跳躍《テレポート》やら……映画とかで話題になる物を上げれば、未来予知能力とかも入る。でも、仮にそういう物が現実に存在していたら、確実に話題になってるだろ。問題を拡大させないために情報統制されてる可能性もあるけれど、仮に脳の構造やら何やらを改造でもしちまったらどうなる? 確実に知的な部分だったり感覚的な部分だったりが『障害』を被るぞ。俺自身、あんまり病院のお世話になった覚えはないし、何よりお前の言う通りに脳が『特別性』を得る過程で何らかの変化をしちまってるんなら、とっくに俺は障害者扱いされても仕方の無い人格になってる。流石におかしいだろ」

 

「まぁ、そう思うのが妥当ではあるだろうな」

 

 女は変わらぬ調子で、それでいて既に理解している事を教える教師にでもなった風に。

 

「だが、現に私も含めた『一部の人間』の脳は『特別性』を獲得している。というか、個人個人の脳の構造を『目だった障害』も見当たらないのに、わざわざ専門の医師に相談して調べてもらう人物などそうそういないだろう。殆どは幼少期の中で医師から正常なのか障害を持っているかの検診を受けているものだが、それでも『その後』の変化に関しては本人が気付かない限り再検査する可能性も低い。第一にこの変化は、知的障害や感覚障害に繋がるものでも無いわけだし……多少それっぽい物があったとしても、医師からは些細な誤差程度にしか観測されないだろうさ」

 

「じゃあ、何で俺がお前の言う『特別性』ってのを宿している事に『気付いていた』んだ?」

 

「単純に『特別性』を獲得している事が『事前に』分かっていた紅炎勇輝の友達である、というのが第一の理由。同じ『組織』のとある人物から提供された情報が第二の理由。それだけではまだ推測でしか無かったわけだが、こうして面と向かって会ってみて直ぐに確信した。お前も既に『普通の人間』とは違う、という事をね」

 

「……ロボットアニメに出て来るキャラクターじゃあるまいし」

 

 特徴的なSE(サウンドエフェクト)の鳴る、見覚えがとても有ったアニメの事を思い出しながらも、雑賀は考える。

 

 やはりこの女の言う事は、まだ理解出来ないが、ホラを吹いているようにも思えない。

 

 思えないのは、自分が脳の深い部分で女の言葉が示す意味を『知っている』からなのか。

 

「まぁ、戦いを経験すれば、お前にも紅炎勇輝にもいつか分かる事だ。ここまで言っても思考が理解に届かない以上、現状では何を話しても意味は無いだろうし……手っ取り早く『有益な情報』を告げて話を終えるとするか」

 

「……こんだけ言っておいて、お前にとっては始まる前のチュートリアルに過ぎなかったってわけか」

 

「そもそも、この程度の事が『有益な情報』とは一言も言った覚えは無いぞ? 戦う覚悟を問いながら、戦闘イベントに発展するような話題を出さなかった時点で気付こうか」

 

 女は自身が所有しているのであろうスマートフォンを取り出し、その画面を雑賀の目の前で覗き見しながら、

 

「……さて、お前は水ノ龍高校という所を知っているか?」

 

 とてもとても、心当たりのあり過ぎる場所の名前を言った。

 

「……ついさっき行ってた場所だぞ。あまり他の学校とかに興味は無いが、都内の水泳大会とかで割りと名を上げているってぐらいはどっかで聞いた事があるぞ」

 

 つい少し前に何らかの『事件』が起き、誰かが被害を被ったであろう場所。

 

 そんな場所の名をピンポイントで告げてきた時点で、嫌な予感が雑賀の脳裏を過ぎり、

 

「簡潔に言うが、このままそこを放置していると人死にが発生する可能性が有る。同じ学校に在学している、とある『特別性』を獲得していた人間……いや、もしかしたらそうなくなっているかもしれない『彼』の牙によって」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 その青年は、勉強が不出来だった。

 

 別に、努力を怠っていたわけでも無く。

 

 きちんと不出来なりに努力を続けていたために、将来に不安が残るレベルは脱していたが。

 

 それでも、彼は勉強が不出来なのだと自分自身を戒め、誰に頼る事も無く成長を続けてきた。

 

 理由は、人によっては別に大した事でも無い。

 

 ただ、誰よりも身近な人に認められたかっただけ。

 

 そのために自分に出来る事を自分なりに見つけて、実際他者にはその才能を認められる事になった。

 

 だけど、自分が『認められたい』と願う人物以外の事を意識出来るぐらいの余裕も自分の中に作れていなかった彼の精神は、少しずつ磨耗し始めていた。

 

 少しでも友人を作ろうと思えば、誰かは手を差し伸べてくれたかもしれない。

 

 結局それは叶わず、彼は高校まで一人の友人も作る事無く成長を続けてきた。

 

 そんな彼の運命の分岐点となったのは、ひょっとすれば必要も無かった事だった。

 

 偶然、見知らぬ子供がトラックに轢かれそうになっている場面を、目撃してしまった。

 

 距離から考えて、その時は他の誰よりも自分の方が近かった、なんていう都合の合致した場面でも無い。

 

 だけど、見知らぬ誰かのために自分の命を張るだなんて、危険以前にこれまで考えた事も無い事だったから。

 

 もし見捨てたとしても、誰からか責められるわけでも無かったかもしれないけれど。

 

 それが何に繋がって、自分に何を与えてくれるのかも分からなかったけど。

 

 ただ、目の前で人が死ぬ所を見たいとも思わなかった。

 

 そんな、些細な感情の揺れでしかなかった。

 

 それだけだった。

 

 だから。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 現在時刻、三時二分。

 

 自転車を漕ぎながら、雑賀は『タウン・オブ・ドリーム』で遭遇した謎の女との会話を思い返していた。

 

司弩蒼矢(しどそうや)。それが今回の件で戦う事になる『特別性』を持った人間の名だ』

 

 どうしてそんな個人の名前を知っているのか、という疑問はもうしない事にした。

 

 どうせ、『普通の人間』がやらないような手段を用いて、自分や勇輝の個人情報を事前に獲得していたのと同じ事だろうから。

 

 そして、全てを知られていると理解した上で、同時に自分には何かを出来る可能性がある事を知ったから。

 

『今から数日以上前に交通事故で四肢の半分を損失し、病院で療養中の身ではあったんだが、最近『組織』のメンバーの一人が接触して何らかの動きを促したらしくてな。間違い無く『普通の人間』には出来ない事をやる事が出来るようになっている』

 

 恐らく、それを理解した上でも女の言う『組織』のメンバーが止めたりする可能性は薄いだろう。

 

 こうなる事を理解した上で『促した』のだとしたら、その人物が『特別性』とやらを獲得するのを助長する動きを見せるはずだから。

 

『そして「特別性」を持った人間だけが出来る、とある能力を使う事で病室から脱出する事は可能なのだが……そうなると厄介な事に、彼は高確率で人間の理性を失っているか、あるいは悪酔いのエキスパートな状態になっているかもしれない。まぁ、本人の人格次第で殺人事件にも傷害事件にもなりえるわけだが、放置しておくのも忍びないわけだ』

 

 女の意図は掴めないが、敵でも味方でも無いと公言している辺り、件の『組織』に対して全面的に協力しているわけでは無いらしい。

 

 よくそんな姿勢であんな風に自由に動けるな、と素直にサツマイモカラーな衣服の女の力に関しては評価せざるも得ない。

 

『彼の居場所は「水ノ龍高校」の何処かか、あるいは別の何処かか。止めるにせよ、居場所を突き止めるにしろ、お前には自身の「特別性」に目覚めてもらう必要がある』

 

 言っている事は間違ってもいない。

 

 友達を助けるにしろ、近くの誰かを助けるにしろ、力はこれから必要となる。

 

『覚えておけ。トリガーは「とある意思」だ。それだけ覚えていれば、後はお前次第の問題でしか無い』

 

「………………」

 

 だが、現在雑賀が思考している事は、それだけでは無い。

 

(……アイツは勇輝が、ギルモン……というかデジモンに『成って』電子情報世界――デジタルワールドに居ると言っていた)

 

 指し示される単純な事実。

 

 女が告げた事実が本当なら、女の言う『特別性』は紅炎勇輝も持っている事になる。

 

(……まさか、俺達の脳に宿っている『特別性』ってのは……)

 

 それは、つまり。

 

 

 

 

 

「……デジモンの、データ……?」

 

 




 ◆ ◆ ◆
 
 一年と半年近くかけてようやくこの小説の基盤となる設定が公開出来ました。やったぜ。

 そんなこんなで今回は『第二章』から出て来るこの小説を象徴(?)しそうな設定の排出に、ちゃっかり名前だけ登場の新キャラ(大体5人目?)に、縁芽兄妹の(別に入れなくても良かったかもしれない)じゃれ合いと、遅れた分を取り戻すべく舞台はあまり動いていませんが作品に与える影響量としてはそれなりに多めとした話でした。

 ……割とデジモンを軸とした作品でデジモンとの接点が生じる原因の大半は、『デジタルワールドの危機』だったりが多く、アニメ作品でも(テイマーズやセイバーズを除くと)ファンタジー色が強めな形でパートナーと出会ったりしてるイメージがあります。まぁ、第一話からデジタルワールドに直行するってのはアドベンチャーの二作とフロンティアとクロスウォーズ(漫画版含む)ぐらいだった気もしますし。

 そういう感じで『デジタルワールドが大変なんだ!! 助けて!!』とかいうパターンから大きく出て、思いっきりイレギュラーな路線へこの小説は流れ込ませる事をこの小説を書いていた最初期の頃から構想を練っておりました。

 デジモンは情報《データ》。この原点の設定があるからでこそ出来た設定でもありますが、まだ『本領』が何も出ていない以上、あんまり印象は強くないと自分でも思っております。

 でもまぁ、これに関してはまだもうちょい進めないと。我ながら書く事に時間が掛かる設定と話の構成をしていて申し訳が無いです。

 次の話で戦闘を勃発できれば御の字といった所でしょうか。戦闘に入るの早くね? と『第一章』の構成を見た後だと思うかもしれませんが、この『第二章』でやりたい事は他にも色々あるので。

 では、また次回。

 全く違う新しいものを見せられる事を祈りつつ、さり気無く感想や質問や指摘などを待ちながら、頑張っていきます。


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七月十三日――『行動を促すは最も単純な理由』

出来る限り本編を進行させたい理由があったので急いで書いてみても一週間半ぐらい掛かってしまったでござるの巻。新しいキャラの人物名を速筆で構想するのって意外と時間掛かりますね……一定のキーワードを交えた名前なので、構想は二日ぐらいかかりました。

そんなこんなで最新話ですが、まだ戦闘回ってわけじゃないです。

ええ、本当に。現実世界サイドでは物語を『戦闘』に持っていくのに敵か味方の『動機』が必要になってくる上、デジタルワールドサイドというかRPGゲームのように野生の敵とエンカウントするみたいな事は一切ありませんから、必然的に推理パートやらコメディパートが多くなるのです。

でも、それもあって各キャラの個性とか、事件や異変に対する心構えとかを綿密に書き上げられるので、悪いことばかりでもありませんね。デジモン作品なのにデジモンの出番ゼロな回が五回近くって時点でどうとも言えねぇがな!!(半ギレ)。

では、最新話始まります。今回の始まりは割と唐突に思われるかも……


 現在時刻、三時十七分。

 

 雑賀は『タウン・オブ・ドリーム』での対談を終え、自宅に戻って自室で少し仮眠を取ろうと思っていた。

 

 ほんの十数分で頭の中へと入ってきた情報が多すぎて、少し落ち着くためにも休みたい、と思ったからである。

 

(……確かに設定通りなら、デジモン――デジタルモンスターはあくまでも0と1の電子情報で構成された存在だ。脳の一部を切り取ってコンピューターに混ぜ込んで電気信号を促せば、半永久的に生きられるとかいう仮説だって存在する。人間の脳と電子情報で存在を構築されたデジモン。かみ合うかって聞かれたら、全否定も出来ないわな……人間に限らず殆どの生き物の体自体が、脳から発せられる電気信号をもってやっと『自分の意志』で動かせるものなんだし……)

 

 女の言っていた言葉を改めて思い返し、推測している内に自問自答の言葉は次々と出てくる。

 

 その度に、非現実的でありながらも、一部納得してしまっている自分がいる事に驚かされる。

 

(だけど、だからってそんな都合良く現実の物理法則に干渉出来るようなもんなのか? そんな理屈なら、超能力者なんて現実で既に発見されているはずだ。人体実験なんて思いっきり禁忌で表沙汰にやってるような所は無いだろうし、第一どんな風に脳を弄くれば能力が発現するかっていう点から探りを入れる過程で、どんだけの人間が犠牲になる? コストやらリスクやらを考えても、それをやろうとする人間が居るのかさえ怪しい……っていうか、現実にそんな科学者が居るなんてとても思えないしな。科学と魔術の交差するライトノベルでもあるまいし)

 

 だけど、結局は行き詰る。

 

 想像がある程度行き届いても、問いに答えを出すためのキーワードが足りていない。

 

 仮に告げられた言葉が真実だとすれば、教えられた事件に首を突っ込めば、足りないピースの欠片に手が届くのか。

 

「…………はぁ」

 

 そんな事を考えていても、埒は明かない。

 

 どうすればいいのかなんて、まるで全部を見通していたようなあの物言いの中に有りはした。

 

 後は、それに順ずる形で行動すれば良いのかもしれない。

 

 だけど。

 

(……『とある意思』って何だよ。俺はスーパーヒーローじゃないんだ。アイツを助けたいって意思なら既にあるのに、俺は何の『特別な力』も発現出来ていない。だとしたら別の何かだとは思うんだが、それはいったい何なんだよ)

 

 自分にどんな『力』が宿っているのか。

 

 友達はデジモンという人外の存在に成ったと聞いた。

 

 今、アイツはどんな気持ちで、どんな苦難を体験しているというのだろう。

 

(……あの女が言っていた……司弩蒼矢って言ってたか。そいつには有って、俺には無い物があるってのか。俺も自分で四肢の半分を切断しろってのかよ、ふざけやがって)

 

 最初はまだ、そこまでは考えていなかった。

 

 こんな、非現実的なロジックが絡んで来る事件だなんて。

 

 何らかの『手がかり』を見つけて、警察やらに通報して済む話だと考えていた。

 

(……ちくしょう)

 

 今更になって、得体も知らない恐怖が浮かび上がる。

 

 それに立ち向かおうと思っていた心が、無様にも引っ込んでしまう。

 

 たったそれだけで、自分のそれまでの威勢が虚勢に過ぎなかったのかもという疑念が浮かび、それは更に自分以外の人間に対しても危険な『何か』を突きつけられているような、ある意味自分自身がそうなる以上の不安が心理を覆う。

 

 目に見えない指先で首筋をなぞられているような、得体の知れない感覚。

 

 自分から『事件』に首を突っ込むのか、あるいは『事件』の方が自分を巻き込ませるのか。

 

 いずれにしてもこれまでの平和な日々は、平穏な空気は、永遠には続かない。

 

 無意味な想像を働かせているのも、所詮は自身が臆病である証以上の意味を持たない。

 

 あのような自由奔放な相手に対し、自分に何が出来た?

 

 力が無いからと言い訳するのは簡単で、それ自体も間違ってはいない。

 

 だけど、そんな言い訳を用意した所で何かが変わるわけでも無い。

 

 何かを変えるには、変わるしか無い。

 

 

 

「……で」

 

 そんな、明らかにどシリアスな心境で自宅へと帰還した雑賀だったのだが。

 

 靴を脱いで、即行で自分の部屋に足を運んだ彼は、開口一番にこう漏らした。

 

「……何で好夢ちゃんがうちに来てんの?」

 

 いつの間にか、雑賀の自室にて色々見回しながら滞在しているのは縁芽好夢。

 

 割と出会う回数も少なくは無い、以前は紅炎勇輝も一緒にオープンキャンパスも兼ねた『イベント』にて出会った、この日も学校で遭遇した眠気マックス男こと縁芽苦郎の妹――確か血は繋がっていなかったらしいから一応は義妹に属するらしい女の子である。

 

 ひょっとして、今も高確率で熟睡中かネトゲやらに没頭中と推測される兄の苦郎が全然かまってくれないから、暇になって遊びに来たのだろうか? と何度か遊んであげた経験もある雑賀は思っていたのだが、そんな推理を浮かべている事など知らないまま彼女は返答でこう言った。

 

「何でって、家で一緒に遊ぶことを口実に雑賀にぃのお母さんに電話で許可貰って、ちょっと穏便でも無さそうな話を聞きに来たに決まってるじゃん。雑賀にぃ、多分もう『消失』事件……何かもう被害の頻度から題名が変わってもおかしくなさそうな事件の事について、もう調べ始めてるんでしょ? いやぁ、苦郎にぃをちょいとシメて協力を仰ごうと思ってたんだけど、あの兄『あの件には関わらない方がいいって』とか明らかなメンドクサオーラ全開の一点張りでさ~。他に知っている人で頼れそうなので筆頭に上がったのが雑賀にぃだったから、こうしてやってきたの。もし何もしてなかったら本当に遊べばいいわけだしね。暇なのは事実だったし」

 

「いったい何処でそんな情報を!? 中学に進学して以来好夢ちゃんと会ったりする回数は減って、こうして出会うのも割と久しぶりなはずなんだけど?!」

 

「あれ? 正直あたしもあくまで可能性レベルでしか考えて無くて、実際そんなに期待してなかったんだけど、その反応見るにマジっぽいかな。いやぁ、出任せって言ってみるもんだね★」

 

「ちくしょう(はか)られた!?」

 

 この縁芽好夢。兄である縁芽苦郎とは雲泥の差と言っても過言では無いほどに人当たりが良く、雑賀の母こと牙絡栄華(がらくえいが)も彼女の事は割と気に入っているらしい。

 

 今時他人の家に遊びに行く事を許容する親というのも珍しい気もするが、母曰く『いや女の子の扱い方とか知るチャンスにもなるし可愛いし年上らしく遊んであげようぜ』などと言う面目もあるらしい。遠回しに馬鹿にされているような気もしたが、理屈としては通っているため拒否しようとも思えなかったのだ。

 

 まぁ、その辺りの事情は現状どうでもいい。

 

 重要なのは、このタイミングで彼女がよりにもよって『消失』事件に関係する情報を求めている、という事だ。

 

(……話すべきか? いや、でも危険な事と分かっていてそれに相乗りさせるってのは……)

 

「あのさ雑賀にぃ。急に意味深な沈黙を醸し出すとそれはそれで怪しまれるって分かってる?」

 

「別に。何して遊ぼうか考えてただけだ」

 

「あの流れで急に遊ぶ方向に持って行こうとするのも、普通に考えて逆効果なんだけど」

 

「…………」

 

 言い訳を用意しても、妙に勘を働かせて食いついてくる。

 

 これはどうも、下手に言い訳をするほど逃げ道が失われるパターンらしい。

 

 なので、雑賀はあえてこう答える事にした。

 

「じゃあ率直に言うけど、この件には本当に関わらない方がいい。本当に命を失う危険だってあるレベルの一件らしいんだ」

 

「……どゆこと?」

 

「言葉の通り。俺はついさっき、この『消失』事件を起こした犯人の関係者に呼び出されて、色々と聞いたんだ。正直よく分からないとは思うけど、多分に事実かもしれない事を」

 

「……犯人かもしれない人の言う事を信じてるの?」

 

「嘘を吐いて何のメリットがあったんだろうな。仮に俺を連れ去るなり何なりするんなら、怪しまれない場所にしても別の場所に設定するはずだ。防犯カメラも取り付けられない路地裏やら交番から遠い通り道やら。なのに、通報されるリスクもあったにも関わらず、そいつは『タウン・オブ・ドリーム』にあるカフェなんて場所に設定していた。完全に私情でな」

 

「犯人と無関係って可能性は? 不謹慎に犯人の仲間装って、面白がってイタズラしようと思ってたとかじゃなくて?」

 

「ただイタズラ目的なハッカーが人のメールアドレスと個人情報を盗るにしても、盗まれた当人に会うように言う奴はいない。大前提の時点で犯罪確定だし、まずそういうイタズラを生業としてるハッカーの方が珍しい」

 

「どうして通報とかしなかったの?」

 

「しても無駄だからだ。物的証拠も何も見当たらない。そんな状況で17歳らしい女の顔を指差して『こいつ犯人です!!』なんて言って信用してくれると思う? 多分、それを理解した上であんな真似したんだろうさ。完全に舐めきってる」

 

 言葉を紡ぐ度に好夢の目は細まっていく。

 

 言っている雑賀自身も『敵』の存在を改めて認識し、意識を切り替えようと努力する。

 

「好夢ちゃん。君が調べようとしている『事件』は、もしかしたらあくまでも『第一段階』に過ぎないのかもしれない。仮に『これ』を解決出来たとしても、根源的な部分では解決されていない。そして、そんな『第一段階』に過ぎない事件に踏み入ろうとするだけで、人間一人があっさりと消えるか命を失う可能性があるんだ。理解したか?」

 

「…………」

 

「これは多分、少なくとも『ただの』中学生である好夢ちゃんが触れるべき事じゃない。苦郎の野郎が言ってる事は、殆ど面倒くさそうに言ったかもしれないけど本当の事だと思う。多分、いくら『特別な力』を持っていたとしても、俺や勇輝は俗に言う『ヒーロー』じゃないんだからさ。正義の味方とかを『気取って』赴くべき問題じゃないよ」

 

「……じゃあ、雑賀にぃはどうするの?」

 

 真っ直ぐに、好夢は雑賀の目を見て。

 

「勇輝にぃがいなくなっちゃったのはあたしだって知ってる。だから、雑賀にぃが何か行動を起こしてると思って、それであたしにも何か出来る事を探そうと思って会いに来た。……本当に、何をどうしようと思ってるの? その女の人が言ってた事を飲み込んだ上で」

 

「そりゃあ、まぁ……」

 

 ここで何を言うかによって、自分の行動の路線が決定されるような感覚を雑賀は感じ、その上でこう言った。

 

 

 

「……何もしない、かな」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 牙絡雑賀との会話(と少しの娯楽)を終えた縁芽好夢は、現在進行形でご機嫌斜めだった。

 

 理屈として危険の度合いは理解したが、まさか自分の兄と同じ返答と答えを提示されるとは思わなかった。

 

(……そりゃあ、理屈としては分かるよ? 俗に言う『オトナの世界』に子供は安易に入り込んだらいけないっていうのと似た、絶対に越えられないというか越えたら死線越えるみたいなのは分かるよ? でもさ、何も教えずに何でもかんでも背負おうとするのは本当にイライラするわ!! ホントにもう、おにぃちゃん達は絶対何か抱えているのに誰にも『相談』には乗ろうとしないんだから!! がるぐるぎゃお~っ!!)

 

 彼女が通っているのは、都内ならば何処にでもありそうな高層な建物の並ぶ歩き道。

 

 怪しげな雰囲気も恐怖を煽る路地裏も殆ど無い、学生の通学路として不要な物が大して見当たらないような場所。

 

 茶色いポーチバッグに入れていたスマートフォンに目を向ければ、現在時刻は『16:12』と夕方の少し前ぐらいである事を示しており、大人たちがもうそろそろ帰宅するべきだと生真面目に言い始める時間だという事が分かる。

 

 理由はもちろん、最近頻繁に発生している『消失』事件に巻き込まれないように、という事なのだろうが……現実的に見れば、この時間にも外出している少年少女は割と居たりするわけで。

 

「お、こんな時間に会うなんて珍しい……何だ何だ? 彼氏にフラれて意気消沈中か?」

 

「……あたしに『そういう』人は居るわけじゃないって知ってて言ってるんだよね? リアルホルスタインめ」

 

「おうおう~、いくら何でも牛呼ばわりは無いと思うのだぜ? 私にはちゃんと捏蔵叉美《こぐらまたび》っていう名前があるんだし、そういう物言いは関心出来ないな~」

 

 捏蔵叉美。

 

 好夢が通っているのと同じ中学校に在学している同級生で、彼女自身が思考回路の食い違いからかどうにも仲良く出来ない人間の一人として認識している女の子だ。

 

 好夢が柔道部に所属している一方で、この捏蔵叉美は特に部活などには属せず、この街に噂される『都市伝説』とやらを独自に調べて推理する事を楽しみにしている、割とインテリ系の人物らしい。

 

 服装としては、まだカッターシャツに藍色のスカート(と短パン装備)の制服装備な好夢と違って自宅に戻ってからは着替えているのか、薄い赤色のYシャツに濃い目な桃色のショートパンツという年齢に見合わず女としての魅力に重点を置いたような装備だった。

 

 服装のチョイスに女としての思考の差異など、この二人の特徴を差別すれば他にも色々と浮かび上がる物はあるのだが、縁芽好夢が個人の問題として最も気に食わない点は、この叉美という女の子の首下に見える特徴的な物体にこそある。

 

 直球で説明してもアレなので、遠回しに説明しよう。

 

 ぼいんばい~ん!!

 

「何の用なの? つ~か、アンタはこんな所で何してんの? いつものオカルト探索?」

 

「一度に複数の質問をするなよ。順に答えるが、単に疲れてるのかイライラしてるのかその両方か分からんが興味深い表情をしていた君を見つけたから声を掛けてみただけ。もう一つに関しては、まぁ単純に散歩だよ。最近は最近で興味深い現象が度々起きているようだからね」

 

「つまりは平常運転ね。相変わらずだけど、どうしたら中学生の年齢でその大きさになんの……?」

 

「さぁ? 別に牛乳ガブ飲みとかしていた覚えは無いのだがな。遺伝子とかが絡むならどうしようも無いかな」

 

 巨乳派が貧乳派に向けて唐突な宣戦布告だと……ッ!? と好夢がわなわなしたが、発言者の叉美の方は気にする様子も無く話を更に展開する。

 

「それより珍しいな。何かあったか?」

 

「別に。ちょっとやる事見つけようと信頼出来る人の所に行ったら、結局得られたのは頭ごなしの教訓だけだったってだけ。苦郎にぃもあんなだし、頼れそうな人がいないってだけでもかなりきた」

 

「ふ~ん。日が落ちてきたら外を出歩くなとか、警察の目は路地裏にまで届くわけじゃないから近付くなとか、そっち系か? 別に間違った事は言ってないと思うがなぁ。つまらん事は事実だが」

 

「『消失』事件の件。知り合いの人が被害に遭ったのもあるけど、解決目指すつもりで調べようと思ってたの。アンタは何か知ってるの?」

 

「何か知っていればそこから色々推理出来るんだけどね。根も草も見当たらん」

 

 そう言って、おどけたように両手を肩の上に上げてから、叉美は言う。

 

「が、あるいは『消失』事件とは無関係かもしれないが、少しだけ『怪異現象』ならば見つけたかもしれないという自負はある」

 

「……ん? どして話題がオカルト系の方向に……?」

 

「『一般的な常識では考えられない』……そんな事件には、案外非現実的な事柄が絡んでいるとは思えないか? この街の防犯設備(セキュリティ)が痕跡を一切発見する事も出来ず、更に被害者はある日前触れも無く姿を消す……まるで『神隠し』と言っても過言では無いだろ」

 

 言われて、ほんの少し納得を感じながらも好夢は言葉を返す。

 

「まぁ確かにそうかもしれないけど。でも、そういうのって『神様』とか住まってるっていう山とか森とかで起きるって話じゃなかったっけ? 第一、疑うと悪いかもしれないけどその警察の人達自体が何か裏を潜めている、なんていう可能性も低くはないわけだし。今時、ちょっとの意識の緩みで警官でさえ犯罪起こしちゃう時代だよ」

 

「警官の個人個人にも住まう場所がある以上、人間を隠す事が出来る場所など限られると思うがな。第一、わざわざ警官として職を得ている人が人間を連れ去る理由がまず無い気もするのだが」

 

「……それもそうかな。今時、抱きやら殴りやら専門の奴隷にするとか、外道な欲望に手を出す野郎はいないと思うし」

 

 結局、叉美に納得させられる形で好夢は話を飲み込む。

 

 自分達のすぐ近くを複数の自転車が通り過ぎようとしていたので、二人はうっかり轢かれないように距離を置きながら会話を続行する。

 

「で、アンタの言う『怪異現象』って? 言うからには何かあるんでしょ?」

 

「まぁそう焦るな。ゆっくり話してやるから、まずは近場のデパートにでも」

 

「何優雅に女の子らしさを醸し出そうとしてんの。そういう題目はいいから。大丈夫、他人から痛い子っぽく見られるとしても損するのはアンタだけだし」

 

「はいはい……全く、何故私に対してはこうも風当たりが強いかな。嫌味など言った覚えは無いのだが」

 

「自分の一分ぐらい前の発言を思い出せこの野郎」

 

 叉美は何故か無意味に腕を組みながらも言う。

 

「簡潔に言えば、たまにこの街の空気は一部『違う』ような感じがするって感じだ。風景には何ら変化が無い『はず』なのに、どうにも『違和感』というか何と言うか。大人達には感じられないようだがな」

 

「それって建物の内装が限り無く近い形でも変わっているからとか、そういうのじゃなくて? 五感とかに作用してんの?」

 

「まぁ、本当に些細なものだから私も対して感じた事は無いのだがな。強いて言えば、その『違和感』を感じる場所でスマフォを弄ってみたら、何故か電波環境が少し悪くなっていたぐらいの変化しか見られなかった」

 

「単に携帯回線のアクセス集中とかじゃないの? ていうか、電波環境の変化なんて何か関係あるの?」

 

「まぁ、それだけなら確かに重要度は低いかもしれないが……その『違和感』は夜中の方が強かったな。理由は知らんが、以前マフラーの切れ端を試しに持ってきてみれば、静電気にでも反応したかのように毛の部分が立ち始めていた気がする」

 

「手のひらとの摩擦とかの影響じゃなくて? マフラーとか毛皮系が逆立つなんて、それこそ珍しい事でも何でもないでしょ」

 

「そういうものかな。単なる時差が理由なのかどうかは分からんが、そういう些細な物にほど『何か』が隠れているものだと私は思うぞ」

 

「…………どうかなぁ。そもそも、そんなに分かりやすい『違和感』なら別の人も気が付いてない? アンタが気付けるって事は、あたしも含めた別の人……特に夜間でも行動が制限されない大人とか、気付いてそうだと思うけど」

 

「そこを逆に考えよう。『大人』には感知出来ず、その一方で『子供』である私達はどうして感知出来るのかって部分を」

 

「…………」

 

 話がきな臭くなってきた。

 

 当然ではあるが、街を歩く人並みは興味も無いように好夢や叉美の方を向いたりしていない。

 

「……流石に非現実的じゃない? 童話の……ピーターパンだっけ? それに登場する『子供しか行けない国』じゃあるまいし」

 

「そう、それだ。単に気象の変化か空気中に散布されたナノサイズの『何か』が原因かは知らんが、少なくともこういう事は『非現実的』とどうしても口に出してしまう。本当に些細な事で、その上『大人』は気付かないから世間の目には触れられない。まぁ意図的に『隠している』という可能性もあるわけだが、いくら何でも度が過ぎていると思わないか? 偶然そのものに」

 

 確かに、それが事実であれば偶然にしては『出来すぎている』。

 

 子供には観測出来て、大人には観測出来ない『微弱な変化』など、それが本当であれば『異常』として認識しても何らおかしく無い。

 

 気に入らないながらも、この捏蔵叉美の発言には好夢もある程度の信頼を置いている。

 

 何だかんだ言っても、この女はこういう場面で『自分の推測』でしか物を言わないため、悪意を伴った嘘を吐く事が殆ど無いからだ。

 

 ふと、つい先ほどの牙絡雑賀とのやり取りを思い出してみる。

 

 少し調べを入れようとするだけで、人間一人が容易く消される事件。

 

 あくまでも『第一段階』に過ぎず、解決した所で根源的な原因には届かない。

 

 自身の兄である縁芽苦郎の発言はともかく、雑賀の発言は『事件を起こした』側(であるかも好夢は解らないが)の情報を元とした物で、信憑性としては高い方だった。

 

 ならば。

 

「……とりあえず理解した。一番の時間は夜中ってことになるわけ? そうなると、まずはどうにかしてお母さんやお父さんの目を掻い潜るか許可を得る必要があるなぁ……無断で七時以降の夜間外出してる事がバレたりしたら、割と本気で雷落ちそうだし……いや、第一に中高生って夜間外出に法律的な制限があったっけ? でもまぁ案外その辺りは緩かったりするしどうにもなるのかな」

 

「いや」

 

 だが、そこで叉美は否定した。

 

「今話したのはあくまでも『一つのケース』だ。現に昼間や朝方でも同じ反応が見られた日もあったし、何も『強い違和感』を感じるのに夜間である必要は無い。仮にこの『違和感』が誰かによるものである場合、高確率でそれは人為的に引き起こされているだろう。そして、一方で例の『消失』事件は何も夜間に限った話では無い。時間や明度に関係無く、常に少数だけが被害に遭っている。つまり」

 

「…………『犯人』はあたし達と同じ、未成年の子供である可能性もある、と?」

 

「そういう事になる」

 

 確か、雑賀が対話した女も未成年と聞いていた。

 

 だが、恐らく容疑者には『子供』だけでは無く、それを利用しようと考える『大人』も含まれるだろう。

 

 ただの子供が単独で誘拐なんて出来るわけが無いし、得られる利益も殆ど無いからだ。

 

「つまる所、君も活動するのなら夜中よりも今は視界も確保出来る昼間が一番妥当だ。だが、もう時間も押している。個人差だってあるかもしれないし、調べるとしてもそれぞれが独自に調べた方が良いかもしれない」

 

「……まぁ、確かにそうだけど」

 

「不便だな。未成年者……より厳密には18歳以上だったか? そのぐらいであれば夜間ある程度外出していても問題は無いと言うらしいが、中学生にはどだい難しい話だ」

 

「む~……」

 

 流石に法律が絡んで来ると、子供の正義感でどうとかなる問題ではなくなってしまう。

 

 既にギリギリだが18歳以上となっている雑賀や苦郎ならばどうともなったかもしれないが、まだ十歳前半な好夢では法律に引っ掛かっておまわりさんのお世話になってしまう可能性が濃厚だ。

 

「……仕方無いのかなぁ」

 

「流石に中学生の身分だと、非常事態でもない限りは難しいと思うぞ。夜間外出禁止令なんて、聞いた話では一部の外国ぐらいしか無い物だと聞いたが……両親達の心情だって尊重するとな」

 

「……まぁ、ありがと。珍しく良い話が聞けたよ」

 

 そう言って好夢は叉美から離れるように歩き始める。

 

 叉美もそれを追うような事はせず、自分で定めた進路を歩き出す。

 

 大人しく自宅へと戻り行く途中、今更ながら好夢は一つの可能性を導き出した。

 

(……雑賀にぃ、もしかして……)

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 時は経ち、時刻は午後の七時を回っていた。

 

 夕食を終えて、思考を練り終えて、親に『少しだけ』外出する事を告げて。

 

 街灯と車の照明などが闇を照らす夜の街を、高校生・牙絡雑賀は自転車に乗って駆ける。

 

(……そりゃあ、よりにもよって好夢ちゃんを巻き込むわけにはいかないしな)

 

 多分、自分が何らかの行動に踏み切る事を知れば、あの女の子はこちらが駄目だと言っても協力しようとしただろう。

 

 だからでこそ、あえて『行動に出ない』という言葉とそれを信じさせるための演技が、信憑性のある情報と共に必要となった。

 

 こんな未知だらけで危険性の度合いすら測りきれない用事に、まだ中学生の女の子を漫画やアニメのように巻き込むわけにはいかなかったから。

 

「……夏でもやっぱり夜中は風が冷たいなぁ」

 

 怖くないと言えば嘘になる。

 

 あえて目を瞑るという道もあっただろう。

 

 この一回を経験して、もう二度と『何か』を引き返す事は出来なくなるかもしれないけど。

 

 それでも、もういい加減に怖がり震えて何もしないのは嫌だった。

 ・・・・・・ ・・・ ・・・・・・

 そんな現実を、現状を、変えたかった。

 

 今はまだ『この世界』に居る別の友達や知り合いも巻き込まれてしまうかもしれないのなら、尚更だった。

 

(……あの女は、水ノ龍高校か『別の場所』に司弩蒼矢って奴が居るって言っていた)

 

 いつの間にか、何かが理解出来るようになっていた。

 

 本当に些細で、本当に微弱な風にしか感じられないが、確かな『違和感』を。

 

 それが有る場所に向かうという思考を浮かべただけで、明確な危険性を脳は訴えてくる。

 

 その上で、宣言するように、言った。

 

 

 

「……行くぜ、牙絡雑賀。世の中で最も単純な理由を持って、未知の領域に」

 

 

 

 




そんなわけで、縁芽好夢がかわいかったり縁芽好夢はかわいかったり縁芽好夢がかわいかったりした最新話でしたが……いかがだったでしょうか? あぁはい冗談です。結局のところ、最後はこの『第二章』のメインを担う牙絡雑賀が持っていった話でしたね。

ようやく次回からは明確に戦闘か何かのイベントに雑賀を『巻き込めそう』で嬉しいような遅さで悲しいような、複雑な気分です。戦闘回をずっと(Pixivでのコラボ企画ぐらいでしか)書けていないから禁断症状的なアレががが。

……さて、ちゃっかり最後の方で雑賀もちょっとだけ『特別性』の片鱗を覗かせていましたが、まだアレは少しもこの作品の特徴を伝えられていないので、次の話を書くのが今からわくわくしております。

……あ、関係無い話になりますが、自分は『成りたい』デジモンをランキング順で並べていくとこうなってます。

① ギルモン
② ブイモン(ブイドラモンルート)
③ ゴブリモン
④ ハックモン
⑤ ゴマモン

……どうしてゴブリモンにゴマモンが居るの? って質問が来そうですが、アレです。タイタモンとかヴァイクモンとか、あの辺りのデジモンの設定って好きなんですよね。前者も後者も、独自の社会を展開してた気がしますし。

あ、でも思えば殆どドラゴン系で埋まってますね。こいつと来たら←

では、次回もお楽しみに。




……とあるお方の小説に感想を書きに行きたいのに時間が取れない&感想の構想が終わらない(話が多すぎて)……Pixivでも大抵の小説には2000字か1000字ぐらいで感想書いてる悪い癖ががが……。



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七月十三日――『潜む蒼と闇//切り裂くは銀色』

GW中に急いで書き上げたおかげで無事に期間中に投稿出来ましたッ!! やったぜ。

正直に言うと今回の話に関して前書きで述べられる事は特にありませんが、強いて言うなら『ゼノブレイドクロス』というゲームを購入してそれが大分面白くてハマってしまっていたというか、アレこそ『大自然』というか。獣系もドラゴン系も大好きな自分としてはドツボにハマったゲームでやめられそうにありません。

何と言うか、シンプルですが『生き抜く』というキーワードはデジモンにも少なからず浅からず関係があるので、とても心に来るものがあるのですよね。やってるだけでまたゼヴォリューションを見たくなる不思議。ニコニコの方ではアドベンチャーの配信がありましたがね。

では、無駄話はこのぐらいにして、本編をどうぞ。


「……ふ~ん」

 

 『タウン・オブ・ドリーム』での対話を終えてから早四時間過ぎな頃、サツマイモカラーな衣服の女は街の中の何処かで、誰に対してでもなく一人で呟いていた。

 

 いや、正確に言えば、その場に対象の相手の姿が無いというだけで、女は明確に個人の顔を浮かべながら呟いている。

 

「まぁ、トリガーそのものは単純な物だから。あの意気込みが偽りでないのなら、脳に宿りし『力』は起動する。問題は、それを何処まで発揮し切れるかという点だが……やれやれ、少年漫画では無いが、正義感を持った人間はこういう場面になると不思議な程に力を発揮しようとしてくれるなぁ」

 

 別に、彼女自身は頭に浮かべた人物について特別な感情を抱いているわけでも無い。

 

 ただ単に、彼女は自身の知的好奇心に従って感情を処理し、思うがままに言葉に出しているだけ。

 

 人間は、自身の心に宿る欲望を叶えるため最適化された思考の中でこそ輝き、知的生命体としての格を上げていく。

 

 その中には当然彼女も、そして『彼等』も含まれているわけで。

 

「……で、こんな夜中にあなたレベルの人が私に何か用ですか?」

 

 彼女の眼前には、周囲の暗さの関係もあってか顔の部分がよく見えない状態ではあるが、それ以上に夏場ではある意味一番目立ちそうな上半身から下半身までを覆い尽す青色の厚めなコートを羽織った男が立っていた。

 

 一日前――即ち七月十二日に紅炎勇輝と接触した男であり、同時に彼女が(一応)属している『組織』の中でも高い位に立っている人物だ。

 

「『確認』をしに来ただけだ。牙絡雑賀の傾向はどうだった?」

 

 問われると、一つ溜め息を吐いてから女は適当交えに答える。

 

「ん~、別にアイツって『組織』の掲げる『計画』に必要不可欠ってほどの存在じゃない脇役って話だったでしょう? 何でそこまで気にかけているのかは知りませんが、正直な話どっちに転ぶかは『まだ』分かりませんよ。。私としては正直な所、友人助けるためにって面目で『組織』に入って裏世界にびっとり~みたいな感じでも面白そうで良かったんですが」

 

「……そうか。それぞれの宿す力は『光』と『闇』のどっちに転ぶかで大きく『変質(シフト)』するからな。一応、聞いておこうと思っただけだ。そろそろアイツの飯を作る必要もあるから、一度は居住している所に戻らなくてはならないんだ」

 

「なるほど。まぁ、牙絡雑賀にも大袈裟に説明しましたけど、結局この『力』も脳みそを軸にしてるから、食事や睡眠は必要不可欠なんですよねぇ。特に食事の方だと摂取すべきなのは糖分とか糖分とか糖分とか」

 

「……だからといってケーキをドカ食いするとかジュースをガブ飲みするとかはお勧めしないがな。下手すると血液がドロドロになって洒落にならん事になるぞ。いくら『力』を持っていても、自分の体が列記とした人間であるという事を無かった事にしていないか」

 

「あ~、食事の方にはちゃんと動物性脂肪とか少なめにしてるから大丈夫ですって。毎日食べまくってるってわけじゃないんですし、代わりに植物性脂肪なら多めにしてますから」

 

「……今時の女子供の価値観は分からんな」

 

 そこで行われている会話には、どう考えても『一般の常識』からかけ離れた内容が含まれていながらも、まるで緊張感も殆ど無い世間話レベルの雰囲気しか無い。

 

 いや、むしろこの普通とは掛け離れた会話の内容にこそ、彼等が『普通とは違う』事の証明となっているのか。

 

「そういや、噂の()()()()()はどこで何をしてるんです? 相変わらず『覚醒』間際の人の所で野獣スマイル全開? 私、あの野郎の事は好きになれないんですよねぇ……こう、生理的に」

 

「野獣というよりは野鳥と言ってあげろ。確かにあの笑みは私から見てもやり過ぎには思えるが、貢献度ではきっちり実績を残しているんだ。例え普段から半裸だったりして変態っぽく見えているとしても、あまり酷い事を言ってやらないでくれ」

 

「……っつーか、いくら『組織』が個人個人の意志を第一にしてるからって、好き放題やらせすぎじゃないです? あの野蛮度レベル上限値の男を放し飼いにしてて、不要な血とかが流れてたらそれはそれでまずいと思うんですが」

 

「その辺りに関しては大丈夫だ。奴はむしろ『そういうもの』を嫌っているから、下手に人間を殺す事が無い。それでいて行動力が『組織』の中でも秀でているからでこそ、あの役割を担っているという事を知らなかったのか?」

 

「知ってますよ。でもそれって、死ぬレベルじゃなければいくらでも傷付けるっていう意味じゃないんです? 下手するとそっちの方がゲス度合いは強いですよ」

 

「………………大丈夫、だろう。仮にそうなった時のために私が上に立っているとも取れる」

 

「現在進行形で動向を知らないじゃないですか……」

 

 呆れたように声を漏らすサツマイモカラー衣服な女と、表情こそ見えづらいが困ったように顔を少しだけ逸らそうとする青コートの男。

 

 もしこの会話を見れる第三者の存在がいれば、容姿はともかく一人の少女に軽く論されそうになる男の図はそれなりにシュールに見えたかもしれない。

 

 世の中、対等な立ち位置で話をしてみなければ分からない事もあるのだろう。

 

 会話は世間話から、本筋へと入っていく。

 

「まぁあの野郎の事は置いといて、司弩蒼矢くんの方はどうなってます? 確か、昼明け頃に病院から『力』を使う事で脱出(でて)からは、理性が例の如く暴走状態になってたと思いますけど。牙絡雑賀を彼にぶつけるつもりで話をしましたが、問題無さそうですかね?」

 

「……その点に関しては、彼自身が司弩蒼矢を見つけられた上でどんな行動に出るかに掛かっているがな。更に言えば、見つけられたとしてそこで彼が『目覚め』なければ一方的に殺されるだけで、ある意味何の収穫も無い事になる。何の問題も無いと言えば嘘になるな」

 

「そのぐらいの問題なら許容範囲です。そもそも何の苦難も無く『力』を手に入れるなんて、むしろそっちの方が『非現実的』ですよ。イレギュラーというか何と言うか、理に叶っていない。スポーツ選手が『普通とは違う』だけの量の鍛錬を自分で積み重ねた結果、何もしていないだけの人間よりも強い肉体を手に入れる。それと同じで、死に物狂いで手に入れた『力』によって未来を掴み取るみたいな話、私は大好きですからね。いやホント」

 

「…………」

 

 女の言葉を聞いた青コートの男は、呆れたように僅かだが息を吐く。

 

 言葉自体は確かに正しいし、聴いてみれば彼女の奥底にあるものが暖かいものに思えるだろう。

 

 だが、男は理解した上でこう言った。

 

「……その言葉が、単純な善悪から出たものならば良心的と言えるかもしれんが、君の場合は違うだろう。年相応に持つ純粋な知的好奇心。善悪(ぜんあく)ではなく好悪(こうお)で物事を判断し、『それ』を満たすためならば敵だろうが味方として扱えた相手だろうが利用する。私から見れば、君は『あの子』以上に恐ろしく思えるよ。今回、牙絡雑賀を扇動したのに関しても、実際は『組織』の思惑などどうでも良かったのだろう?」

 

「またまた大袈裟な。最低限人死にが出ないようには気を配ってますし、形式上では『組織』の思惑に沿っているでしょう。思いっきり私欲を交えている事は否定しませんが、私情も交えられない人間は『人間』ではありませんしね」

 

「…………」

 

「それとも」

 

 そこで、サツマイモカラーの衣服な女は、一度言葉を区切った。

 

 続く言葉は、親に向かって食事のメニューを問うかのように向けられる。

 

「今ここで、敵でも味方でも無い『私』を殺してみます?」

 

「…………いや、遠慮しておこう。殺し合いでなくとも君を相手取るのは少々骨が折れそうだ。殺そうとも痛めつけようとも思わないしな」

 

「残念。少しわくわくしてたんですがね」

 

 両者の合間に流れる空気は、冷徹性などの意味を含むかのように冷たいわけでもない。

 

 だがもしこの場で『戦闘』に発展した場合、どれだけの変化がこの場に訪れてしまうのか。

 

 そして何より、どちらがどれだけの損傷を負ってしまい、場合によっては命を落としてしまうのか。

 

 それを理解する事が出来る人物は、この場にこの二人しか居ない。

 

「『子供」だな。相変わらず」

 

「ええ、未成年ですから」

 

「やれやれ。君のような人間の席は、何年経っても確保されていそうだな」

 

「まぁともかく、野暮ったく横槍を入れたりなんてせず期待してましょうよ。あの二人……というより二匹と換算した方がいいんでしょうか? まぁ尊重して二人って事にしますが、どんな展開を作り上げてくれるのかをね」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そして牙絡雑賀は『違和感』を辿って街を自転車で駆けている内、ある一つの場所へと目を向けていた。

 

「……どうして、なんて疑問を挿んでても仕方無いんだろうなぁ」

 

 その名も、幻獣水流(モンスターストリーム)と呼ぶらしい。

 

 確か、夏場という絶好の売り込み時期にテレビのCMで宣伝されていた、水の遊園地(ウォーターパーク)の一種だったと雑賀は記憶している。

 

 売りに出していたのは東洋竜や北欧神話とかに出てくる(フェンリル)などを題材としたアトラクションで、キャッチコピーは『幻の生物的なアトラクションで神話な空気を擬似体験してみようぜ~っ!!』な感じだったと思う。

 

 尤も、製作こそ終わっていると公式で発表されてはいるが、同時に開業時期は七月の下旬ぐらい――つまりは今から一週間近く後となっており、本来であれば従業員の人達ぐらいしか入る事は無いはずなのだ。

 

 雑賀は近場にあったコンビニ付近(ふきん)に自転車を置き、その施設の外周を囲う金属製の(さく)越しに分析する。

 

(……夜間には作業していないのか。既にアトラクションの微調整は組み終わっているからなのか、あるいは早朝から夕方ぐらいまでが作業時間に設定されているのか……? どっちにしろ、こっちには好都合だな。『違和感』がここの内部から感じられるって事は、入るしかないわけだし……あんまり警察沙汰とかにはなりたくないし)

 

 防犯カメラが設置されているかどうかという点が疑問になるが、大抵設置されている場所には『そういう事』を意味する張り紙やら記述がそもそも犯罪を『させない』ため成されているので、恐らく無いだろうと推測出来る。

 

 大量の水を取り扱う場で、安易にそういった機械を剥き出しの状態で設置出来るかという問題だってある。

 

 プールの水を効率良く管理する機材や、非常時の警報だったりイベントのお知らせに使われる拡声器(スピーカー)ぐらいはあるだろうが、何より肌色比率が日常の50%近く急上昇している場面をカメラで覗かれるなど、客にとっては好ましく思えないだろう。

 

 よって、従業員が居ない時間帯であれば勝手に侵入した所で発見される可能性は案外薄い。

 

 雑賀は念のために持参しておいた黒色の帽子を被った後、(さく)をよじ登って施設の内部へと侵入する。

 

 開業時までに時間差での水質を検査しておくためなのか、当たり前のようにプールには薬品の臭いが混じった水が満杯状態となっていた。

 

(『違和感』を感じるのは…………あそこか?)

 

 まるで、微かな物音や妙な臭いに惹きつけられるように一方向へ歩き出す雑賀。

 

 一見すればそこには何も無いように見えるが、彼は夜の闇と水の透明感に紛れるように潜む『何か』の存在を感じ取れてしまっていた。

 

 不思議と夜の風が含む冷たさは更に濃くなっているように思え、それが今の雑賀にとっては逆に『違和感』の発生源の位置を教えてもらっているようなものだった。

 

 尤も、いくら『違和感』を感じられているとしても、視認出来る範囲に誰かが『視えている』わけでは無い。

 

 あくまでも、それ等の情報は砂場の足跡レベルの影響しか与えていないので、実際に発見するまではこの施設に何が居るのかすら分からないのだ。

 

(事前情報だと『司弩蒼矢』って奴が事件を起こしそうなんだよな。『違和感』を発生させているのが仮にそいつだった場合、ここに居るのは間違い無くそいつって事になるが……どうしてこんな場所に?)

 

 そして当然ではあるが、牙絡雑賀はサツマイモカラーな衣服の女から告げられた人物の事を何も知らない。

 

 事前情報としてはまず四肢の半分を失っていて、病院にて入院中だったというらしいが……現実問題、四肢の半分と言ったら『両腕』か『両足』のどちらかが無くなっているとすら言える数である。

 

 仮に『両腕』を失っている場合、足を使う事で走る事ぐらいは何とか出来るかもしれないが、転倒してしまった時に支えとなる物も無いと身動きさえマトモに取れなくなるし、根本的にそんな状態の人間を黙って見逃す人間がどれだけ居るのかも不明だ。

 

 仮に『両足』を失っている場合、貸し出された車椅子などを使えれば移動は出来るかもしれないが、そもそもそれを使って誰にもバレずに病院の中を出る事は出来ないだろう。

 

 もう一つの可能性としては、右か左の腕と足が一本ずつ失われているというものだが……。

 

(……どっちにしろ、普通ならそんな状態で病院の中を脱出するなんてどだい無理な話だ。だとするとあの女が言っていた『普通の人間には出来ない事』ってヤツが絡んで来るか。義手や義足でも生成する機能、もしくはテレポート……ぐらいは最低でも無いとマトモに移動も出来ないし……更に言えば、それと同時に『普通の人間には確認も出来ない状態』であるのも脱出可能な条件に入る……)

 

 そもそも、何故まだ開業もしていないウォーターパークに来る必要があるのか。

 

 四肢の半分を失っているのなら、普通に水を掻いて泳ぐ事だってまま成らないはずなのに。

 

 それとも、それ自体が目的なのか。あるいは、そもそも目的も何も無くウロウロしているだけなのか。

 

(…………溺死で自殺目的なんてわけは無いだろうけど、開業もされていないウォーターパークなんて襲ったとしても手に入る金なんて微々たるもんだろう。目的は絶対に金じゃない。こんな人の気も無い時間に出没したとしても誰かを殺したり出来るわけでも無いから、殺人が目的ってわけとも思えない。だとすると……でも、そんな程度の理由でそこまでするもんなのか……?)

 

 疑問が推理を生み、推理が疑問を生む。

 

 結局最終的には納得も出来ず、答えなど出なかったのだが。

 

(……どの道『本人』に聞けばいい話なんだろうけど、いったい何処に居やがるんだ……?)

 

 何がなんでも見つけて、もし体の状態が『言われた通り』なのであれば、病院に送り返さなければ。

 

 そう、心に決めた時だった。

 

 

 

 唐突に。

 

 広いプールの一ヶ所が、大きな水の柱を立てた。

 

 ……柱と例えているのも、あるいはおかしいのかもしれない。

 

 だが実際、まるで高所から巨大な岩でも落としでもしたかの如き大きな水柱が、吹き上がったのだ。

 

「…………」

 

 最初、雑賀にはその原因が何なのか、正確に判断する事は出来なかった。

 

 ただ、視界から外していたプールの方から水の弾かれる音が響いただけだったので、てっきり自分とは違う『誰か』がプールで泳いでいたのかと考えてしまったのだ。

 

 そして、その考えは直ぐに間違いだった事を認識するのに僅かだが数秒は掛かった。

 

 よくよく考えてみれば、もし『誰か』が泳いでいたのだとしたら体の動きで水が掻き上げられたりする際の音で、よほど遠く離れてでもしない限り姿が見えていなくとも気付けたはずである。

 

 だが、この施設に来てからどの程度の時間が過ぎたのだろうか。

 

 軽く二分か三分は経過しているはずだが、そんな時間をずっとプールの中に潜っていたのか。

 

 普通に考えても、それは不自然すぎる。

 

 酸素ボンぺ付きのゴーグルでも装備しているのであれば話は別だが……水柱が吹き上がった所から現れた『それ』のに目を向けた瞬間、雑賀はこの世で『普通に生きていたら』絶対に見られないであろうモノを目撃してしまった。

 

「……な、ん……」

 

 それは、まず体の色の時点で人間らしい小麦色では無く青緑色な上に、肌そのものも人間のそれとは大きく異なり東洋竜のそれに似た鱗が全身にの表皮として張り巡らされていて。

 

 下半身に歩いたり走ったりするのに使われる『足』のシルエットは無く、代わりに有るのは魚と蛇の面影を同時に想起させるような、先端に赤色の葉っぱに似た(ひれ)を伴った細長い尾があって。

 

 左手の指の間には水を効率良く掻くための膜が、首の下の部分から下半身の尾にかけては文字通りな蛇腹が生じており、顔の部分は人間の骨格のままだったが兜のように黄色の外殻に覆われていて。

 

 極め付けに何よりも異質だったのが、恐らくは右手『だった』と思われる部位――まるで生き物か何かのように生えている腕――否、鋭利な牙を有し人の頭ぐらいなら丸呑み出来そうなほどに大きく裂けた口を伴った、瞳の無い『蛇』があった。

 

 ……どれもこれもが『人間』と言うにはあまりにも掛け離れ過ぎていて、ある程度の面影こそ残っていても人としての知性や理性を持っているのかさえも怪しい容姿だった。

 

「――――――」

 

 視線が交差した。

 

 雑賀とその『怪物』の距離は軽く10メートル以上は離れていて、もし『怪物』がその右腕として生やしている『蛇』で雑賀を捕食しようとしたとしても、当然届きはしない。

 

 だから、雑賀は最初、無雑作に『怪物』が右腕の『蛇』を自分に向けてきても大丈夫だと思えた。

 

 そして、その安堵は直ぐに打ち砕かれる。

 

 右腕の『蛇』の口から何かが吐き出され、瞬時に凍り付いた水を矢のように高速で射出されるという形で。

 

「なっ」

 

 吹き矢の如き速度で放たれたそれに反応し、体を横方向に思い切り投げ出し避ける事が出来たのは偶然だった。

 

 ふと着弾地点をチラリと見てみれば、先ほどまで雑賀が立っていた場所の更に後方の地面に氷の矢が突き刺さり、プールサイドの地面を軽く削り取っていた。

 

 射線から考えても、もし完全に避けられていなければ雑賀の四肢の内のどれかが抉り取られていただろう。

 

 それほどの攻撃力を向けられた事を自覚した雑賀の背筋に、氷とは違う冷たい何かが駆け巡る。

 

(……いやいやいや、何だよアレ。まさかアレが、あの怪物が女の言っていた『司弩蒼矢』か!? 昭和の特撮番組に怪人役で出演してても違和感の無いレベルの異形だぞあんなの……!!)

 

 視界を通して知った事実に驚く雑賀だったが、襲い掛かって来る怪物は雑賀の事情など知った事では無いらしい。

 

 次に怪物は『蛇』の口にプールの水を大量に含ませると、それを内部で何らかの処理を行った後に高圧で噴射して来たのだ。

 

 それも、直線状に放つのでは無く、容易に避けさせないため左から右にかけて薙ぎ払う形で。

 

 ヤバイ、と危機感が思考を埋めた時にはもう遅く、まるで極太に肥大化させた鞭と化した水流で打ち付けられた雑賀の体は驚くほどに軽く吹き飛ばされ、その威力は背中がプールサイドの地面に着いてから更に二転三転転がった末に、ようやく納まった。

 

「ぐ……げはっ……!!」

 

 体を起き上がらせようとしただけで腹と背中が痛みを発し、胸の奥から吐き気がせり上がる。

 

 幸いにも骨が折れているわけでは無さそうだが、もしも今の一撃を直線状で放たれて、それに直撃してしまった時はこの程度で済まなかっただろう。

 

 尤も、『この程度』でも大分体力を削られているのだが。

 

 明らかに、対人間を想定した上での攻撃では無く、同じ『怪物』相手を想定した攻撃なのだから当然だった。

 

 纏っている衣服が、多分に水を吸い込んでだぶだぶになっている所為か異様に窮屈に感じられる。

 

(……ちく、しょう……)

 

 獲物の動きが鈍った事を確認したからなのか、水上に浮かび上がっていた『怪物』はゆっくりと近付いて来る。

 

 何をするつもりなのか、想像こそしてもロクな結末が思い付かなかった。

 

 ふと、脳裏に少し前まで仲良く遊んでいた友人の姿が過ぎる。

 

(……アイツも、こんな風な暴力に打ちのめされたってのか)

 

 考えただけで『犯人』の悪意に対する恐怖を覚え、恐怖の次に理不尽に対する怒りが湧き上がり、怒りは不条理な現実に対する反抗心を生み、反抗心は未熟さを介して正義感へと変わり、正義感は強大な敵に立ち向かう意思を生み出す。

 

 今更自分が何をしたって、既に過ぎ去った悲劇は何も変えられないけれど。

 

 それは、今も進行している惨劇や悲劇を見逃す理由になんてなりはしない。

 

(……やってやる)

 

 だから、抗う。

 

 例え無様でも、負け犬の遠吠えでも。

 

 下らない人情だと言われても、それを誇る自分に胸を張って。

 

 頭の中に潜むモノが何なのかは、いつの間にか理解出来るようになっていた。

 

(……あの野郎の姿を見るに、要は自分の脳に宿ってるデジモンのデータを介して、自分自身のDNAか何かを『変換(シフト)』してるって事なんだろう。デジモンの姿は当人の心次第で何にでも変質する。後は俺自身の意志次第だ!! 何も出来ない状況に甘んじるのはもう飽きた!! だから!!)

 

 負け犬の遠吠えでは無く、勝つための牙を。

 

 どんな悲劇が起きようとしても、駆けつけられる速さを。

 

「……絶対にお前も、元の居場所に戻してやる」

 

 そのためにも、変わる。

 

 自分自身を、丸ごと書き換える。

 

 頭のスイッチを切り替えるように、宣言する。

 

 

 

「――――情報変換(データシフト)!!」

 

 

 

 まず、昆虫が幼虫から成虫へと変ずる際に生じさせる物に似た青色の繭が生じ、その内部を0と1の電子情報が胎内の羊水のように埋め尽くし。

 

 そして、脳に宿った情報を原型とした肉体の『変換』が始まった。

 

 全身の毛穴から青と白と銀の色を伴った毛が吹き出され、それは肩口などの部位にて鋭利な刃の形を成しながらも、外敵から身を護るための強靭な毛皮を成し、纏っていた衣服はズボンの大部分をズタボロに残しながらもそれと同化していく。

 

 腰元からは細く先の方が二つに分かれた毛皮と同じ色の尻尾が生え、両足は人間がまずやらない獣の歩行方法に適する形に骨格を変化させていく。

 

 両手は人間としての面影を強く残しながらも指に鋭く紫色の爪を生じさせ、筋肉も前足としての役割も同時に担うためか人間のそれより強く逞しく変化していく。

 

 そして顔の部分は、正しく『狼』――誇り高さを現す孤高なる獣の象徴を成し、黒ずんだ鼻に肉を裂く牙を伴った口の部分は獣らしく前に突き出た物へと変化し、瞳は黄の色を宿す。

 

 それは『別の世界』において他者から恐れられた、極寒の地に住まう獣のデジモンとよく似た姿。

 

 窮屈な繭を内部から爪を用いて引き裂き、彼――牙絡雑賀はその姿を現す。

 

「うおおおおおおおおおおおお~っ!!」

 

 現実においてどの程度の時間が経過したのかは分からないが、目の前の相手から介入されることは無かったらしい。

 

 故に、牙絡雑賀は戦う意思を持った目を向けて、こう言った。

 

「――行くぜ。お前が『シードラモン』の力で俺を屠るつもりなら、俺はこの『ガルルモン』の力で思いっきり抗ってやる!!」

 




 連載およそ一年と半年過ぎでようやくタグとして使っていた『デジモン化』の伏線の二つ目を回収出来た……ッ!! というわけでおまたせの最新話です。

 見ての通り、今回は裏側の暗躍っぷりを(文字数稼ぎも兼ねて←)合間に挿んだ後、即刻この『第二章』の主人公こと牙絡雑賀が戦闘に移るお話となっております。

 ……肝心の『戦闘』が一方的だろって思うかもしれませんが、これは正直仕方無いと思ってます。だって、ただの人間がデジモンの力を得た相手に向かって殴りに行くなんて普通無理ですし…………デジモンに殴りかかる……兄貴……うっ、頭が……。

 そんなこんなで初公開の設定というか異能こと『情報変換《データシフト》』。

 脳内のデジモンのデータを原型とし、自身のDNAとか身体構成情報を『書き換え』る事で進化――というよりは変身する能力という感じですが、いかがでしょうか? 割と独自な設定なので、これに関してはかなり綿密に設定を組んでおりました。

 何しろ、パートナーと力を合わせて――が当たり前なデジモンの世界感において、パートナーの存在全否定っぽい設定ですからね。気をつける必要がありました。

 と、気をつけるべき場面でありながら割と重要だった『情報変換』時の衣服がどうなっているかという事に関する描写を忘れていたので加筆修正致しました。ファンタジーとかに出てくるオオカミ男とかって大概変身とかする際に体が発達膨張するからなのか、大概下着だけか全裸な状態で登場してますよね。自分としては後者の方が野生っぽくて好きですが(ぇ~)。

 さて、今回のお話を読んでくださったお方ならばもう知っての通り、牙絡雑賀に宿るデータは『ガルルモン』……本元主人公の紅炎勇輝が成長期の『ギルモン』である一方でこっちは最初から成熟期かよっていう突っ込みがあるかもしれませんが、これについてはまだ理由を述べるわけにはいきません。あしからず。

 今になって思うと『第一章』のラストバトルにガルルモンの黒バージョンを出したのは失敗だったかなぁと思う所もありましたが、こちらは『人間』の特徴を受け継いだ別パターンみたいなもの(ケルベロモンの人狼モードに近いかも)なので、全く違うものだと認識してもらえれば嬉しいです。

 一方で今回の相手こと司弩蒼矢に宿るデータは『シードラモン』。実を言えばこの対戦カードは狙っていたわけでもなく、ただ『これからどんな風に活躍するのか』を考慮した上でドラモン系統のデジモンの力を得たキャラを出したくて、次にこの話の開始時が夏場という『水泳』ムードな季節だったからというのが大きな理由でした。『情報変換』時の怪物的な姿は構想するのが非情に楽しかったです。片腕が怪物の顔で射撃に使える武器っていう部分に関しては『流星のロックマン』を少しオマージュしました。アレかっこいいですよね。シードラバスター!!(違う)。

 さてさて、偶然にもアドベンチャー3話と同じ対戦カードとなってしまいましたが、どちらが勝つのやら。

 では、ようやく本番が開始した『デジモンに成った人間の物語』。

『情報変換』の設定を公開出来たおかげでPixivの『企画』の方でも面白い事が出来そうです。

 かなり『デジモン』という作品を考えると異色な力を用いての戦闘を書く事になりますが、元々そうするつもりで書いてきたので頑張っていきたいと思います。

 また次回、感想や質問や指摘などをお待ちしつつも、お楽しみに。

 ……この設定はデジモンの『擬人化』というよりは人間の『擬デジモン化』ってニュアンスで考えると分かりやすいかも。


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七月十三日――『本能に従う者//理由に順ずる者』

今月中に何とか最新話の投稿が出来てすっきり。何よりも最近は更新ペースが安定しているような気がしててほっこり。スプラトゥーンも楽しくてもっこり(関係無い)。

今回は久しぶりの戦闘描写ですが、上手く書けてるかどうか……新要素ぶっこみなお話なので、割と描写には慎重になってます。


 少年少女に限らず、多くの人間を満喫させるために作られた施設(ウォーターパーク)の領地、そして水域は二体の怪物からしても広い。

 

 小麦色の柔らかい肌を有していた人間の姿から、生物としての構造が根本的に違うデジモン――『ガルルモン』を原型とした姿へと変じた牙絡雑賀は、まず自分自身の肉体の変化を離れた位置から様子を窺っている隻腕蛇腕の怪物と見比べながら、急ぎ分析していた。

 

(あの『シードラモン』もどきな姿の時点で想像は付いてたが、やっぱりこの力は完全にデジモン『そのもの』に成る物じゃねぇのか。あくまでも、脳に宿っているらしいデジモンを原型とした姿に、肉体を『強化』させるための能力…………全身の感覚が冴え渡り過ぎてるのもそうだが、まるで人狼(じんろう)にでもなった風な感じだ……)

 

 足の関節が人の物から獣特有の四足歩行に適した物に変じたためか、雑賀は足を伸ばして直立する事を長く継続させるのが難しくなり、自然と前屈みな体勢へと移行する。

 

 両手の指の本数こそ人と同じでありながら、両足の指の本数は獣と同じ。

 

 その、狼と人と混ぜ合わせたと言っても過言にはならない外観は、まさしく現代に現れた狼男(ワーウルフ)だった。

 

 尤も、童話やホラー作品に出てくるそれとは違い、明確な理性と知性を宿しているのだが。

 

(……一方で、あっちは俺と違って知性が無いのか)

 

 だからでこそ、自分と同じような怪物でありながら、内面まで怪物と化している目の前の相手との違いに気づく事が出来た。

 

 双方が宿している存在は、どちらも野生に生きる種族ではあるものの、その在り方は異なっている。

 

 一方は、その存在に相応しい激しい闘争本能を持ちながらも、自身が信じ、認めたものに忠実に従えるほどの高い知性を有した獣。

 

 だがもう一方は――――

 

(……『シードラモン』は、公式の設定通りなら元来『知性を持たない』デジモンだ。自らが生存するためか、あるいは考えずとも無意識下で求めているものを欲する『本能』に従って、ただ無心に泳ぎ回るだけのデジモン)

 

「――――――」

 

 海蛇を原型とした怪物の目が、本物の蛇のように生々しく動く。

 

 理性を失って見境も無く襲っているわけでは無いのは、せめてもの救いだろうか。

 

 あるいは、自分が抱いている『目的』以外がどうでもよくなっていて、考える事を放棄してしまったのか。

 

 その答えなのか、あるいは何らかの『本能』が働いたからなのか、様子見をやめた怪物が元は右腕があったはずの部位に生えた『蛇』を、無雑作に雑賀へと向ける。

 

 既に(ぶき)の『補充』が済んでいたのか、具体的な攻撃が行われるのに三秒も掛からなかった。

 

「――氷の吹き矢(アイスアロー)

 

 そんな小さな呟きが、発達向上した雑賀の耳に届いたのか否か。

 

 同時に『蛇』の口から水分を氷結化させた矢を、水上の『司弩蒼矢』は躊躇も無く放った。

 

 大きさこそ変わらないが、その速度は先の『一射目』が外れていたからか、更に速さを増していた。

 

 それこそ『ただの人間』の動体視力では、反応こそ出来ても体の動きの方が間に合わない、と言えるほどに。

 

 だが。

 

 今の雑賀は、少なくとも『ただの人間』と呼べるような存在でもない。

 

 だから。

 

 その矢が発射されるのとほぼ同時、雑賀は迷いも無く()()()()()()()()()()()()()()、斜線上から既に動けていた。

 

(……視えたってだけじゃねぇ。避けられた……!!)

 

 当然ではあるが、牙絡雑賀という人間に四足歩行の経験など赤ん坊の時を除けば殆ど無い。

 

 当たり前のように二つの足で歩き、走っている人間が咄嗟の四足歩行に順応出来るわけが無いはずだろう。

 

 だが、その脳に宿ったデジモンのデータが、知らぬ間に植え付けられていた知識が、人間の記憶の中でも運動の慣れなどを司る『手続記憶(てつづききおく)』として体の動作を補正してくれているのだ。

 

 何よりそれは、遭遇して直ぐに『右腕だった部位から氷の矢を発射する』などという『人間』の能力の領分をとっくに越した芸等を、まるで『何度かやった事がある』ように行使した目の前の怪物が証明している。

 

(むしろ、今の身体だと足の形が変わったからか四足歩行の方が楽に感じる。人外染みてると言われりゃそれまでだが、そんな事はどうでもいい。何より同じ『力』を使っていながら、人間の姿で当たり前のように過ごしていた女を見た後なんだ。『元に戻す』方法があると分かっている以上、限定的に人間を辞めることなんざ何も怖くねぇ)

 

「――水竜の息吹《ウォーターブレス》」

 

 続いて放たれたのは、先の『二射目』……即ち、横方向に薙ぎ払う形での高圧水流。

 

 再び振るわれた水の鞭に反応、即決し、今度は四足歩行で横に動くのではなく脚力の上がった二本の足で跳躍する。

 

 そうする事で避ける、までが思考の範疇だった。

 

 地面を蹴った途端、雑賀の身体が地上から軽く3メートル近くも()()()

 

「……はッ!?」

 

 とにかく攻撃を避けようとした一心で動いたため、加減など全く考えてはいなかった事に行動の後で気付く。

 

 視界が思っていた以上に速く動いたことに、自分でやった事とはいえ驚き、動揺を隠せない。

 

 自分の脚力が『どのぐらい』上がっているのか、想像が追い着いていなかった。

 

 だが当然、そんな隙だらけの状態を見て敵が何もしないわけが無く、直ぐに水上の怪物は空中の雑賀へ『蛇』を向ける。

 

 避けられない、という言葉が脳裏を掠めた時。

 

 そして、氷の吹き矢が再び放たれ、雑賀の身体に突き刺さろうとする瞬間。

 

「――んなろッ!!」

 

 咄嗟に雑賀は、左腕で氷の矢を半ば強引に弾き、その軌道を横へと逸らした。

 

 弾かれた氷の矢は施設の敷地内に落ち、今度はひび割れが生じて砕け散る。

 

 そして、勢いを殺さず、あえて雑賀は右腕を振り被る。

 

(今の自分の力が『どのぐらい』なのか分からないのなら、むしろ今まで出来なかったことを『出来る事』だと認識してやる。だから……)

 

「まずはさっきからの攻撃のお礼だ馬鹿野郎!!」

 

 予想以上の跳躍は、ただ水の鞭を回避するだけではなく、そのまま攻撃に転じる機会を雑賀に与えていた。

 

 水上の司弩蒼矢に向けて拳を振るい、それを後方に下がる事で避けられるが、予想の範疇。

 

 着地――というより着水と同時に床を蹴り、今度は上に跳ぶのではなく前へと踏み込む形で跳躍する。

 

 肉食獣が獲物の首に喰らい付かんとする勢いと共に、再び右の拳を振るうと、今度は見事に怪物の顔面へと直撃した。

 

 その全身の肌に張り巡らされた鱗によって、雑賀の放った打撃の威力はある程度殺されたが、それでも人間大の身体を飛ばすには十分な力が残っていたらしく、司弩蒼矢の身体は10メートル程の距離を殴り飛ばされる。

 

 まるで岩でも落としたかのような大きな水飛沫(みずしぶき)がプール上で弾け、司弩蒼矢の意識は大きく揺さ振られた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 今から何年か前の話になる。

 

 司弩蒼矢という人間が、まだ小学の6年生だった頃だ。

 

 彼には『現在』と同じように、大切な家族が――父と母と弟が居た。

 

 父はその少し前までは彼にも彼の弟にも接する事が出来たし、母も同様だった。

 

 特に仲が悪かったわけでも無く、何か悲劇的な事件に巻き込まれたわけでも無かった。

 

 ただ。

 

 時を重ねて、成長していくにつれて。

 

 父と母は、兄である蒼矢よりも弟の方ばかりを見るようになっていった。

 

(…………まだあいつも子供だから、仕方無いよね)

 

 気付いた最初の段階では、そう思っていた。

 

 だが中学生――未成年の時期に最も思考が激しく変動する時期に、彼はその理由を自己の解釈で察していた。

 

(……僕が、優秀じゃないから)

 

 子供が親に対して意識し、抱く感情は色々ある。

 

 その中でも一番の筆頭とも言えたのが『かまってほしい』と思うような感情である。

 

 『大人』になる過程で自立するに至る能力を得るがために、やがては必要ともしなくなる感情ではあるのだが、彼の場合は一般的に辿る過程の中で一つの時期を経験した事が無かった。

 

 いや、正確にはそれが有ったとしても、他者から『そう』であると認識されなかったと言うべきか。

 

 反抗期。

 

 親の意志や意向に、深く考えもせずに反抗しようと思い始める時期の事で、どんな家庭を営んでいたとしても確実に経験しているであろうそれを、まだ幼い頃の彼は辿ったことが無かったのだ。

 

 理由があるとすれば、家族に対して不満を覚えなかった、あるいは『考えもしなかった』事だろうか。

 

 だから、少しずつ無視されているように感じながらも、彼は決して不満を表に出すこともせずに過ごしていた。

 

 表に出さずにいた感情が、やがて大きな負の感情を放出してしまう事も知らずに。

 

 求めた物のためには努力を惜しむ事もせず、勉強や礼儀作法(ビジネスマナー)については、人一倍の時間を費やしていた。

 

 しかし不思議な事に、彼の努力は彼の望む形で実る事はほぼ無かった。

 

 勉学の成績こそ悪くは無かったが、彼の基準においては『良く』も無く、礼儀作法に関しても家の中で活用するような場面はまず存在しなかったからだ。

 

 彼は諦めなかったが、何度も何度も不出来な結果を経験していくにつれて、とある言葉に視点が向いた。

 

 才能。

 

 個人の得意不得意は、遺伝の関係からか両親の身体能力などによっても比例するらしく、それは現実にいくら努力したとしても『越えられない壁』という物を、知らぬ合間に構築してしまっているらしい。

 

 努力すれば不可能は無いとは言うが、もし違う遺伝能力で『同じ』だけの努力をした場合、差は明確に現れてしまう。

 

 ……事実、勉学の面ではいくら努力しても弟が得ている成績の方が上である事が多かった。

 

 そして、彼はいつの日かこう思ったのだ。

 

 ――――自分の『才能』を活かせるものは無いのか?

 

 と。

 

 ……その『才能』と、そうでないと思いながらも実は『考えもしなかった』事が多いという個人としての特徴そのものが、本能的に水中を泳ぎ続ける『シードラモン』に適したものだったのかもしれない。

 

 だが、まだ彼の口から本音は聞けていない。

 

 怪物とではなく、司弩蒼矢という名の『力』を持った人間との戦いは、まだ始まってすらいない。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 静寂が、訪れていた。

 

「………………」

 

 夜中とはいえ、水の透明感から水中の司弩蒼矢がまだ怪物に姿を変えた状態のままである事は確認出来る。

 

 しかし、

 

(……ただあの姿のまま気を失っただけなら、窒息なんて事にはならないはずだ。けど、この『力』の基盤が脳にあるんなら、気絶してしまったら確実にこの『変身』は解けちまう。そうなったら、急いで水中から引き出さねぇと死んじまう……)

 

 甘いと分かっていても、彼は近付いていた。

 

 悲劇と止めようと動いたのに、入水自殺などという悲劇を生み出してしまうわけにはいかなかったから。

 

 だが、彼が近付くよりも先に、明確な動きがあった。

 

 水中に潜んでいた怪物が、その姿勢のまま氷の矢を放って来たのだ。

 

 体勢の関係からか精度も甘く、咄嗟の反応のおかげで近距離でありながらも雑賀はそれを避ける事が出来た。

 

「……やっぱり、まだ気絶まではいかねぇか」

 

「………………」

 

 水中から怪物が這い出てくるのを確認すると、それまで向けて来た視線が何処か変わっている事に気が付く。

 

 獲物を屠る本能に身を任せていた怪物らしい視線から、人間らしい感情の(こも)り具合を想起させる視線へと、変わっていたのだ。

 

 知性が戻ったのか、と雑賀は思った。

 

「……お前は司弩蒼矢で合ってるんだよな?」

 

 そして、その推理は間違っていなかった。

 

「…………何でオレの名前を知っているかは知らないけど、その通りだ」

 

 初めて、人間らしい言葉が返って来た。

 

 少なくとも、知性も持たず本能のままに襲ってくる状態からは脱した、のだろうか。

 

 とりあえずといった調子で雑賀は更に会話を継続させる。

 

「俺の名前は牙絡雑賀(がらくさいが)。お前の名前は、お前がその『力』を得る前に会ったと思う奴の仲間から聞いた。経緯に関しては交通事故としか知らないけどな」

 

「……そうか」

 

 真っ先に自分自身の変化に対しては特に反応していない辺り、どうやらこの『力』を使ったのは最低でも一回だけでは無いらしい。

 

 つまり、既に誰かが実害を齎された可能性も否定は出来ない。

 

 例えば、水ノ龍高校に向かっていた救急車が運んだであろう顔も知らない怪我人、とか。

 

 それを視野に入れた上で、雑賀はこう尋ねる事にした。

 

「……お前は自分がやっている事に自覚はあったか?」

 

「……あった」

 

 意識が無いというよりは、本当に目的以外の事で『何も考えていなかった』のか。

 

 だとすれば、疑問は次の段階へと移行する。

 

「お前はどうしてこんな事をしてんだ」

 

「…………その『こんな事』とは、今こうして貴方と戦っている事か」

 

 司弩蒼矢は、その瞳を軽く細めながら、

 

「決まっている。こうでもしないと手に入らないものを、何としてでも手に入れるためだ」

 

「誰かを襲ってまで欲しい物ってのは何なんだ。知性を失ってまで、それは手に入れる価値があるもんなのか……?」

 

「……オレの経緯を知っているのなら、簡単に答えは出るはずだろう。まさか、それを想像出来ないほどに思考能力が無いのか?」

 

 交通事故。

 

 四肢の損失。

 

 その二つのキーワードだけでも、雑賀にはとある回答を見い出す事が出来た。

 

 だけど、

 

「……そんなの、手に入るわけが無いだろ」

 

 彼は『手に入れる』ために行動していると言った。

 

 少なくとも『手に入れる』と言っている以上、それは自分の四肢を損失させた交通事故の運転手に対する復讐などでは無いだろう。

 

 だけど、だとしたら何を?

 

 もし、彼に『求めているもの』があるとすれば。

 

 それは、かつての自分自身が『失ったもの』だと考えるのが道理。

 

 司弩蒼矢という人物の事前情報から一番に思いつくものは、

 

「……だって、そんなの無理に決まってる」

 

 察する事は出来ても、それを肯定する事は出来ない。

 

 何故なら『それ』は、奪う事は出来ても、文字通り手に入れる事が出来ないものなのだから。

 

「だって、そんなの無理に決まってる!! 他人の四肢を奪ったところで、どうやって『自分の部位(もの)』にするんだ。接合のために病院に奪った腕を渡したとしても、むしろ怪しまれるに決まってる。何の処置もせずにお前の独断で接合出来たとしても、内部に留まっている血液の『型』が違ったら拒絶反応を起こす!! 普通に考えれば分かる事のはずだろ!?」

 

「ああ、分かってる」

 

 司弩蒼矢は、一度肯定してから、

 

「だが、オレにこの『力』を説明した人物は言っていた。『オレ達』は自分自身を含めた身の回りにある物質の情報を『書き変える』能力を持っている、と。確かに『普通の方法』ならば無理だと思う。現実の法則に縛られない力を用いれば……もしかしたら、また戻れるかもしれない。だからこうして行動しているんだ」

 

「…………」

 

 その『書き変える』能力というものが、自分や蒼矢が使っている『力』の事である事を推察する事は容易かった。

 

 そして、非現実的な原理を用いれば、その願いも、あくまでも可能性の段階だが『出来ない』とまでは言い切れなかった。

 

 だけど、

 

「……でも、お前を知る人間は、お前が『四肢の半分を失った』事を知っているんだろ」

 

「………………」

 

「そんな人間が突然四肢の半分を取り戻したら、周りの人間は混乱するに決まってる。物事が物事なんだ。それは『神様の偶然』だとか『奇跡』だとか、そんな言葉では説明できない。仮にその願いが叶ったとしても、その過程で被害者……あるいは犠牲者になった人間が同時に出現したら、どんな風に考えられる? その願いが叶った先にあるのは、本当にお前が望んでいるものなのかよ!?」

 

「そんな事は、分からない」

 

 蒼矢の言葉には、明確な『先』の予想図が無い。

 

 もしかしたら、そこも『何も考えていない』というのだろうか。

 

「だが、それでもやる」

 

「何で……」

 

「例え、失ったものを取り戻した先の未来が、かつてのそれより変動するとしても、手に入れられなければオレに残されるものは何も無い。きっと、何も出来ない人間になっているオレを、母さんや父さんは見捨てるだろうから。無理するだろうから。必要とはしないだろうから。だからどんな手段を用いてでも、オレはかつて有ったものを取り戻す。それ以外の道に、望む未来なんて無いんだ」

 

「…………」

 

 その言葉に含まれた意味を、赤の他人である雑賀には読み取る事が出来ない。

 

 そして、彼自身も自分の求めるものがために『力』を使い、こうして法を守らない行動をしているのだから、司弩蒼矢の行動を咎める資格()無いと思う。

 

 だから、代わりにこう告げたのだ。

 

「……その台詞、お前自身が助けた子供の前でも言えるのか?」

 

「……何?」

 

「交通事故の情報ぐらい、ネットで氏名と一緒に検索すればヒットする。……お前がトラックに四肢の半分を持っていかれた理由が、見ず知らずの子供を咄嗟に車の通過ルートから押し退かせたからって事実ぐらい、もう知ってるさ」

 

「…………」

 

 蒼矢の表情が、微かに歪む。

 

 それに構わず、雑賀はただ言葉を紡ぐ。

 

「……そんな、アニメとかにしか出てこないヒーローみたいな事を現実にやってのけた人間を、無慈悲に見捨てる親なんているもんか。例えお前がその行動を後悔していたとしても、その行動のおかげで助かった子供は、お前に感謝してたに決まってる」

 

 世の中はそんなに無慈悲じゃないはずだ。

 

 こんな『力』を使わずとも、誰かに認められるような行動を既にやっていたのに、何でそれを理解する事が出来なかったんだ。

 

「……させないぞ」

 

「…………ッ」

 

「そんな人間を、下らない事件の犯人なんかにするわけにはいかない。お前の行いに、お前自身の手で泥を塗らせるわけにはいかない。偽善だろうが独善だろうが、何がなんでも、お前の凶行は今夜で止めてやる!!」

 

 互いに譲れない『理由』があった。

 

 されど、片方はそれを認めるわけにもいかなかった。

 

 戦いの理由など、ただそれだけだった。

 

 形こそ変われど、戦いは未だに継続中――――。




そんなわけで、戦闘回は前編後編に分かれるが常というか、まだまだ戦闘は継続中です。

今回の話では『身体能力の変化』などについて視点を向けた後、王道漫画っぽく対峙の構図を作ってみました。まぁ、流石に当人の自我とか意志とか無視して『実は意識が無かった』なんてオチはねぇなと思っているもんなので(主人公を見ながら)。『第一章』ラストでもチラっとそれっぽい地の文を書いてたと思いますが、これは二つの『理由』とか思想のぶつかり合い。『第一章』では敵として出てきた連中が全員野生のデジモンで、戦う『理由』なんて個々として無かったですが、一方で『第二章』ではこんな風に思いっきり私情とか丸出しな連中のぶつかり合い――――をメインにしていきたいと思っていますので。

ちなみに今回の戦闘描写を書くに至って、色々と考えた事はあったのですよ? 具体的に言うなら『狼男の身体能力ってなんぼよ?』とか、『いくら勢いが凄いからって空中での打撃ってそんなに威力出るの?』とか。

後者を考えるに至っては前者も同時に考えないといけなくなったわけですが、マジな話人間が人間を本気で殴り飛ばしたら3メートルぐらい飛ぶらしいですから。侮れませんわぁ。

で、狼の脚力と言えば……どのぐらいでしたっけ? 40Kmぐらい? 30Kmぐらいだったっけ……とにかく車より少し遅いぐらいですがものっそい速いらしいですね。ファンタジー物とかSF物とかでも狼に変身する人間ってのは出てますが、脚力よりも腕力とか牙の鋭さとかに視点が向いている気がします。そりゃあ獣人系って筋力の時点で色々ヤバいですけれど、イヌ科の脚力は凄いと思うんです。まぁイヌ科に限らず熊とかも人間より走るスピードは速いんですが。

さて、次回で戦闘が終われば御の字っていうか、次回よりも先まで続かせられるかどうかって思うところもあります。なので次で決着付くとは思ってます。どんな形かとまでは言いませんが。

では、また次回。

ちなみに自分は狼男も竜人も好きです(半ギレ)。


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七月十三日――『譲れない理由は誰にでも』

まさかこんなに早く続きの話を書き上げられるとは思ってなかったんだぜ。

今回は前回の話を見ての通り、牙絡雑賀と司弩蒼矢の異能バトルの後半戦となっております。この話を書くために色々と調べ上げたり知人に色々質問したりしたのは秘密です。

まぁ、本当なら分割する事で合計3部構成にするって手もあったんですが、無駄に間延びさせるわけにもいかず、結局二部構成(二つ前の話は『戦闘』として換算出来るか微妙なライン)になりました。

つまり、何が言いたいかと言うと……本編に続く!! というわけです。

ユウキ「いくら何でも放り投げすぎじゃね?」


 

 まず、大前提として。

 

 このウォーターパークという戦場で有利を取れるのは、圧倒的と言っても良いほどに司弩蒼矢――正確に言えば、彼に宿っている『シードラモン』というデジモンだろう。

 

 雑賀は様子を(うかが)いながらも、改めて状況を整理している。

 

(……多少でも知性を取り戻した以上、アイツはこれまでの単調な攻撃パターンから切り替えてくるはずだ。近づけさえすれば、勝機はあるんだが……)

 

 蒼矢も同様に、相対する相手の能力を推察している。

 

(……奴の力は姿を見るに、オオカミのそれに準じた物だろう。この場は万人に受け入れてもらえる事を想定し設計された巨大なプール。深さも広さも、学校のそれよりもずっと上だ。そんな環境科で、あくまでも地を蹴る事が主な移動の手段である以上、奴が速度を発揮するのには『跳躍』という手段以外に無い。それ以外は運動に対する水の『抵抗』によって殆ど抑制される)

 

 ……もしもこの状況を『普通の人間』が見て、それに至る事情も知り得る事が出来たら、何故この日に至るまで一度の『戦闘』もこなした事の無い者達が、この状況において思考を練り上げる事が出来ているのかという根本的な疑問を抱く者も居るかもしれない。

 

 だが、彼等に宿っている『デジモン』と呼ばれる存在は、元来から闘争本能が激しい『闘う種』と呼ばれる者たちなのだ。

 

 ここに至るまで脳に記録された知識は、戦況を分析するための力として機能する。

 

 普通ならば冷静でいるのも難しい状況でも、彼等はその空気にある程度順応出来てしまう。

 

 だから、思考を練り上げる速度も常人のそれよりも上だった。

 

(……水の浮力で前屈みにもならずに立ててるが、足元から首元のすぐ近くにまでが水に浸かってやがる。床に足を着いて『走る』事も、このままじゃ難しいな……しかも)

 

(……更に言えば、プールという場所には『目に見える汚れ』と『目に見えない汚れ』の両方を防止するため、消毒剤による処置が行われている。元々水場だから辿る事は出来ないだろうが、イヌ科特有の鋭い嗅覚は機能しないだろう。むしろ、鋭い嗅覚はそのまま奴自身を蝕むことになる)

 

 そして、

 

(一方で、この場は今のオレにとってホームグラウンドと言ってもいい所だ。あちらに有効な飛び道具が無い場合、取れる手は限られる。そして、一回の運動で動ける距離とスピードならば、水場に居る限りこちらが圧倒している。わざわざ奴の土俵に付き合う必要も無い。言葉の通りに止めるつもりだろうが、背を見せ逃げようとしても、どちらにしてもやる事は変わらない。確実に追い詰めてやる)

 

 だから、

 

(……当然、このプールに入った時点で『逃げ』は出来ない。言ってしまえば、海上で人間が肉に飢えたサメから泳いで逃げるぐらいに難しい。どちらにしたって、俺はコイツに勝たなくちゃならねぇんだ。自分でそう宣言したんだしな)

 

 互いに交わされた言葉は無い。

 

 言葉によって解決出来る段階は、既に踏み越えた。

 

 僅か数秒の様子見と思考は終わり、二体は非現実の力を持って激突する。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 最初に仕掛けたのは、獣人――つまりは牙絡雑賀の方だった。

 

 単純に考えても、地の利を活かしながら飛び道具で攻撃が出来る司弩蒼矢に対して真正面から立ち向かった所で、距離を取られるなり鈍い動きを狙撃されるなりされるので勝てるわけが無い。

 

 だから、彼の選択肢も簡潔だった。

 

 右足でプールを水を一気に蹴り上げ、水遊びの要領で司弩蒼矢に向けて飛ばしたのだ。

 

 当然、そんな事をした所でダメージなど入るわけも無いし、その眼も『水中での活動に適した』形で変化しているため、防ぐ必要も蒼矢には本来ならば無い。

 

 だが、それを頭で理解していながらも、彼は咄嗟に左腕で目元を覆っていた。

 

 覆って、しまっていた。

 

「……小賢しい真似をするな」

 

 イラついた感情を込めた言葉を呟く蒼矢。

 

 彼が無意味に目元を覆った一瞬に、雑賀は再び跳躍して接近を試みる。

 

(やっぱりな。いくらデジモンの力を持っているからと言っても、元々そうなる前は人間だったんだ。だとしたら、人間の頃にやっていた『反射的な行動』は、本能に近い部分で根付いている。プールの水遊びで目や鼻に水が入ってしまうのを嫌がって、咄嗟に『そう』してしまうようにな!!)

 

 確かに、水中と水上では陸上に特化した獣人の姿になっている雑賀に地の利は働かない。

 

 だが、彼が優位を取れる環境が全く無いというわけでも無いのだ。

 

 彼が脳に宿しているデジモンことガルルモンは、現実世界で言えば狼の性質を色濃く反映した種族。

 

 狼という動物の身体能力には、同じイヌ科の動物でも犬と比べて秀でた物が多い。

 

 例えば、時として時速70キロメートルもの速度で獲物を追いたて、時として3メートルほどの高さを持った柵さえも跳び越えられる脚力と、それを可能とする鋭く強固な爪とか。

 

 例えば、あらゆる獲物の肉を食い千切れる鋭い牙と、それを補助する頭蓋骨さえも噛み砕く顎の力とか。

 

 例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()視力とか。

 

 水飛沫を撒き散らしながら蒼矢の背後へと着水し、即座に振り向き、肉食獣のように両手を伸ばしながら一息に飛び掛る。

 

(……届け!!)

 

 蒼矢が振り向いて迎撃する速度を越えるつもりで、雑賀は跳んでいた。

 

 だが、

 

水竜の息吹(ウォーターブレス)

 

 その呟きと共に蒼矢は自身の背後へ()()()()振り向き、右腕だった部位である『蛇』の口から高圧の水流を放った。

 

 その射線上には、接近を試みて飛び掛かろうとしていた雑賀が居て、

 

「ぐぶっ!! お、おおおああああああああああああああああ!?」

 

 川の急流か何かにでも押し流されるかのように、人外と化している雑賀の身体は水流の直撃を受け、飛び掛かろうとしていた方向とは逆の方へと飛んでいかされる。

 

 そして、飛ばされた先もまたプールの領水内だった。

 

 盛大な水飛沫を三度撒き散らしながら、雑賀の身体は水場へと叩き付けられる。

 

 その結果を確認した蒼矢は、そこで攻撃の手を緩めたりはしない。

 

 射撃に使う『蛇』を、今度は斜め上方へと向ける。

 

氷の乱射矢(乱れアイスアロー)

 

 その口から連続して放たれた氷の矢は、一つの大きさこそ今までの物よりも比較的小さい物。

 

 しかし、その総数は軽く十本以上はあり、それ等は重力に引かれて地へと落ちてくる。

 

 水飛沫の舞った地点――つまりは雑賀の落ちた場へと。

 

(や……べっ……!?)

 

 一時的に水中へと沈んでいた雑賀自身も、偶然ではあるがその攻撃に気付く事は出来た。

 

 だが、その軌道を読み取るにしても、そして避けるために動こうにも。

 

 水面に激突して意識を揺さ振られ、ダメージを負った体は動きも若干鈍ってしまっている。

 

 起き上がるのでは間に合わない、と判断した雑賀は咄嗟に両足を交互に動かして自分の位置をズラそうとしたが、複数の地点へ落ちる事を狙って放たれた氷の矢が落ち――――雑賀の腹部に突き刺さった。

 

(――――ッ!!)

 

 運が良かったのか、あるいはその毛皮の強度からか、幸いにも深手には至らなかったが、突き刺さった部位から伝わる激痛と冷たさには震え悶えざるも得なかった。

 

 だが、そんな事は敵である蒼矢の知るところでも無い。

 

 次々と、それこそ次々と、雑賀の沈んでいる付近へ氷の矢は振ってくる。

 

(ちっく、しょうが……!! 何も考えずに数撃ちしやがって……!!)

 

 思わずといった調子で毒づく雑賀は、止むを得ず刺さった氷の矢を抜き取る。

 

 若干だが出血していたようで、赤い血がプールの水に混ざりながら漏れた。

 

 今度は軌道を確認し、何とか落ちてくる氷の矢の安全水域まで泳ぎ避ける。

 

(……水場に沈んでいても、奴には俺の位置が丸分かりか。そりゃ当然なのも分かってはいるが……)

 

 問題は、飛び道具を使い分け出来る上、水場を自由に動く事が出来るという点で雑賀自身が相手に劣っている事だ。

 

 接近さえ出来れば勝機はある、が、目晦ましをした上で背後から接近しても、その目論見自体を読まれてしまった。

 

 何か、普通とは違う方法で接近する事が出来れば、それで活路は開けてくるはずなのだが――。

 

(……ん……?)

 

 そんな思考を廻らせていた時だった。

 

 ふと、雑賀は疑問を覚えた。

 

 ただしそれは、浮かべていた思考とは全く違う物で。

 

(何だ……狙って飲んだわけじゃないが……プールの水って、こんなんだったか……? こんな、()()()()()()ような物だったか……!?)

 

 口に含んだ水の味に強烈な違和感を感じた後、喉の奥に痛みが奔る。

 

 同時に、そもそもこの場が市内に作られた人工の水場である、という根本的な事実が揺らいでいく。

 

 当然、学校の物だろうがウォーターパークにある物だろうが、プールに使われる消毒液を含んだ水が塩のような味を含んでいたなんて話は聞いた事も無い。

 

 だが。

 

 これでは、まるで海の中。

 

(何が……起きてやがる……!? そもそもプールの中に大量の岩塩を投げ入れたとしても、ここまでなるもんなのか……? これじゃ、まるで水質そのものを変えられたみたいじゃ……っ!!?)

 

 その、自分で浮かべた言葉に。

 

 つい先ほど、蒼矢の言っていた言葉が思い出される。

 

 そう。

 

『だが、オレにこの「力」を説明した人物は言っていた。「オレ達」は自分自身を含めた身の回りにある物質の情報を「書き変える」能力を持っている、と。確かに「普通の方法」ならば無理だと思う。現実の法則に縛られない力を用いれば……もしかしたら、また戻れるかもしれない。だからこうして行動しているんだ』

 

 特別な人間。

 

 情報の意図的な書き変え。

 

 現実――物理法則に縛られない力。

 

 シードラモンの力を宿した人間と、プールの水。

 

(まさか……)

 

 危機的な状況だからでこそ、思考は迅速に一つの答えを導き出した。

 

 現実ならば決してありえそうに無い、現実的な出来事を。

 

(あの野郎……この辺り一帯の『プールの水』を『海水』に変えやがったのか!?)

 

 それでどうなるのか、と答えを導いた後でも雑賀は想像する事が出来なかった。

 

 そして、その結果は直後に来た。

 

(やべっ……!!)

 

 ……よく、プールや風呂などに入った際、身体が浮いたような感覚を体験してる者は多いだろう。

 

 これは、何らかの『物体』を何らかの『液体』の中に入れると、その『物体』が押しのけた液体の重さに等しい浮力が発生する、という原理による物で。

 

 簡潔に述べれば、液体そのものの重量が重ければ重いほどに、人体を含めたあらゆる物体は入った瞬間に液体が発生させる『浮力』によって浮かび上がるのだ。

 

 つまり。

 

 プールの水が『海水』に変わった影響で、より正確に言えば塩やミネラルの元となる成分が意図的に発生した影響で。

 

 浸かっている水の重量が一気に上がり、それに応じる形で雑賀の体はそれまで以上に『水に浮きやすく』なる。

 

 ……雑賀の行動の起点となるプールの『床』に、変化した脚がギリギリ届かなくなってしまうほどに。

 

 そして、都合良く水面に浮かんできた雑賀の姿を、遠方の蒼矢は捕捉する。

 

(身動きが……取れ、ねぇ……ッ!!?)

 

 連射する必要が無いからか、今度は正確に狙う部位を撃ち抜くつもりらしい。

 

 左手で『蛇』を掴んで狙いを絞り、その裂けた口の内部に大きな氷の矢を装填していく。

 

 その姿は罠にかかった獣を仕留める狩人か、あるいは水中にて血の臭いを捕捉して肉を喰らう海の怪物か。

 

 どちらにしろ、次の一撃によって生じる傷は決して浅くはならないだろう。

 

 避けるためには、

 

(全力で泳ぐしか……無い!!)

 

 と雑賀自身考えているのだが、心で思っていても体の方が動作に追い着かない。

 

 その原因が周囲に落ちた氷の矢によって水温が低下し、少しずつ氷の膜を張りつつある、という事実にまで気付くまでには思考が追い着かず。

 

 そして、

 

氷の吹き矢(アイスアロー)

 

 今度こそ動けなくなった雑賀に向かって、(いく)つもの冷たい氷の矢が、凍て付いた吐息と共に放たれた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

(…………これで、終わるはずだ)

 

 仮の右腕として扱っている『蛇』から氷の矢を放つ瞬間、司弩蒼矢はそんな事を考えていた。

 

(動きはほぼ封じた。仮に避けられたとしても、奴にはもう打開策も無い)

 

 そもそも、地の利の時点で勝機など無かった。

 

 戦闘を有利に運べる材料を持っていない時点で、どう足掻こうともこの結果は見えていたはずだった。

 

 背後からの攻撃を読まれ、迎撃された時点でもう勝ちの目も全て潰れているのに。

 

(……何で、諦めようとしない)

 

 生きたいと思う意志ならば誰にだってあるだろう。

 

 だが、彼が疑問を覚え、そして理解の届かない事はそれでは無い。

 

 何で。

 

(……何で、そこまでしてオレを止めようとする……?)

 

 そもそも、ただ生きるための行動をするだけなら、攻める以前に逃げるための行動を優先するべきだったのだ。

 

 自身の背後を取ったあの跳躍を可能とする脚力があれば、背中を撃たれる事はあるかもしれないが、それでも逃げられる可能性が無いわけでは無かったのに。

 

 よりにもよって、牙絡雑賀という男は生き残れる可能性の低い方を選んでしまった。

 

 確かに、それが出来れば自分の行いによって生じる被害者、あるいは犠牲者の数を最小限に抑える事は出来るだろうけれど。

 

 それは、自分の命を賭けてまで果たすべき事なのか?

 

「………………」

 

 脳裏に、自分が助けてしまった女の子の姿が過ぎる。

 

 あの交通事故で四肢の半分を失った事で、自分の人生は崩壊したのだ。

 

 こんな事になるのなら、そもそも助けずに見捨てて、自分自身の幸せを優先するべきだった。

 

 自分の命を賭けてまで他人の命を守るなど、そんなのは警察官や消防署の役割であり、決して学生のやるべき事では無かった。

 

 あの時の自分が何を考えていたのかが思い出せない。

 

 助けた所で、自分が得たものはあったのか。

 

 仮にあったとしても、それは自分が失ったものに釣り合いが取れる物だったのか。

 

(……どの道、こうするしか無いんだ)

 

 顔も知らない誰かの事なんてどうでもいい。

 

 自分と、自分を支えてくれる家族だけでも幸せに出来ればいい。

 

 そう考えているはずの心の何処かに、痛みが発している事を理解出来ない。

 

(過去に戻る事は出来ないんだ。だったら、戻る事が出来なくても、せめて元あった物は何がなんでも取り戻す。そのためにも、そのためにも……ッ)

 

 何に対してここまで必死になっているのだろう。

 

 別に、戦況を見れば自分自身が追い詰められているわけでも無いのに、何故左腕が震えを発している?

 

 自分自身で放っている氷の冷たさからなのだろうか。

 

 そうだ、そうに決まっている。

 

(……殺してでも、奪い取る……)

 

 無駄な思考は放り出せ。

 

 ただ目的を果たす事だけを考えろ。

 

(……都合の良い救いなんて、無いんだ。自分の力でやるしか、無いんだよ……)

 

 ギリギリ、と。

 

 歯から響くそんな音と共に、決定的な力が『蛇』に込められる。

 

(……これで、終わらせる……ッ!!)

 

 そして。

 

 力を込めた『蛇』から、凍て付いた息吹と共に氷の矢が幾つもの数をもって放たれる。

 

 敵対者には回避など不可能で、それを分かっている上で彼はその技を放ったのだから、予想される未来図に狂いは無かった。

 

 だから。

 

 氷の矢は次々と牙絡雑賀の全身各部へ突き刺さり、息吹はその体の芯までが動けなくなるほどに凍て付かせ、生命の火を文字通り吹き消していった、

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 はずだった。

 

「…………」

 

 攻撃は確かに全て命中した。

 

 凍て付いたマイナスの温度は雑賀の体から体温を下げ、体を動かすための力を奪っている。

 

 なのに。

 

 なのに。

 

(……眼が、まだ死んでいない……)

 

 体毛が防寒の機能を発揮している、という線はある。

 

 だが、放った氷の矢は確かに突き刺さり、毛皮の奥にまで届いている。

 

 その上で、牙絡雑賀の戦意は未だに消えず、その眼は司弩蒼矢の方を見据えている。

 

「……何でだ……」

 

 思考に留めておくつもりの言葉が、思わず口から漏れて出てくる。

 

 まるで溜め込んでいた何かを、暴力の代わりに吐き出すかのように。

 

「何でお前はそこまで拘る!? 逃げればいいだろ。腕や足を奪われたくないのなら、文字通り尻尾でも巻いて逃げればそれで済む話だろ!! そんな状態になるまで闘う事に拘って、本当に死にそうになるまでの『理由』がお前にあるのか!?」

 

 暴力を放っている蒼矢自身、こんな事を言う資格が自分にあるのかなんて考えもしていない。

 

 加害者がどんな事を言ったところで、その行動を正当化される事などありえない。

 

「…………へっ」

 

 だが、その言葉を聞いても、雑賀は蒼矢の事を責めたりはしなかった。

 

 ただ、喉の奥から必死に声を搾り出し、不自然な笑みと共に言葉を届ける。

 

「……やっぱり、お前は優しい奴だと思うよ」

 

「……何を……」

 

「右腕と足を失ったとか、明らかに重たい事情を抱えていても……それを言い訳に人殺しを認めているわけじゃない。現に今放った攻撃の殆ども、俺に対しては外しようが無い状態なのに、実際は全部急所から外れていた。……お前は色々と『理由』を述べていたが、実際は心の何処かでそれを躊躇する気持ちがあったんだろ?」

 

「…………」

 

 そんなわけが無い。

 

 確かに急所への直撃は成されなかったが、それはあくまでも偶然の出来事だ。

 

 そう思考し、蒼矢は自己解決する。

 

「……そもそも、ただ片腕と片足を手に入れるだけなら、こんなプールでウロウロしている意味なんて無かっただろ。通っていた病院で眠っている患者とまでは言わないが、学校のプールで部活動に励んでいる同級生の物を狙っても良かったはずだ」

 

「……黙れ……」

 

「お前が掲げている『理由』は確かに重い。だけど、お前自身が心の何処かでは『そのために』誰かの物を奪ったりする事に納得していなかった。だから、誰も来ない開設前のプールで自分の気持ちを『発散』させて誤魔化していた。自分の欲求で誰かを傷つけてしまわないように、そんな事をしてしまうかもしれない自分を押さえ込むために!!」

 

「黙れ!!」

 

 ふつふつと、胸の奥から黒い感情が湧き出て来る。

 

 それは暴力的な言葉となって、怒声と共に吐き出される。

 

「人の事を好き勝手言うのもいい加減にしろ!! 現にお前はオレに傷付けられているんだぞ。どうしてそんな綺麗事を平然と言える!? 真っ当な思考で考えれば、そんな言葉は出てこないはずだ。狂っている。お前の方こそ、真っ当な思考で物を考えていないんじゃないのか!?」

 

「……だったら、そもそも『真っ当』な事ってのは何なんだよ」

 

「そんなの、この状況だったら加害者を糾弾する事に決まってる!! 確かにお前の方もオレと同じ側に立っていた可能性はあるが、今ではお前が被害者だろ!! いつまでそんな目を続けるつもりだ。それとも何だ、オレを止めれば親が認めてくれるとでも言うつもりか?!」

 

「…………」

 

 どんな言葉を叩き付けて見ても、雑賀の表情に変化は見えない。

 

 むしろ、その目には力が宿っているような気さえ感じられる。

 

 そして、

 

「……言いたい事はそれだけか?」

 

「……何を……」

 

「お前は言ったな。俺がここまでする『理由』は何なのかって」

 

 何かが、ひび割れていくような音が聞こえる。

 

 それに順ずる形で、雑賀の瞳に宿る力は増していく。

 

「答えを教えてやる。お前が『人間』だからだよ。人でなしの犯罪者でも、偶像に狂った思考の崇拝者ってわけでも無い。どんな力を持っていようが、どんな『理由』を持っていようが、誰かを助けようとするだけの善意を持った奴が自分から墜ちて行く光景なんて黙って見ていられるか。そして」

 

 同時、雑賀の全身を凍て付かせていた氷の膜と矢は一斉に弾け飛ぶ。

 

「『理由』ならもう一つある。俺はお前の凶行を止めてやると言ったんだ。自分で言った言葉を自分で『嘘』にしちまうのは、嫌なんだ。俺自身でもその『理由』は分からねぇが、冗談でもない限り自分で言った言葉は自分で証明する!! 思惑を廻らせているクソ野郎共に利用されている『アイツ』を助けるって宣言も、他の誰の意思でもなく自分の意志に従って動くって台詞も!! 俺は自分で言った事だけは絶対に裏切らないッ!!!」

 

「……だったら……」

 

 そこまで聞いて、蒼矢は諦めた。

 

 この男に逃げるという選択肢はそもそも存在しなかった。

 

 その『理由』を蒼矢には理解出来なかったが、それなりに重い物を背負っている、という事だけは伝わった。

 

 だったら、せめて。

 

「……せめて、これ以上苦しまないようにはさせてやる。腕を千切られる痛みなんて感じたくは無いだろうからな。動きを完全に止めた後、腕と足以外を完全に冷凍して仮死状態にしてやる。運が良ければ、同じ『力』を持った誰かに助けてもらえるかもな」

 

 それが、蒼矢にとっての慈悲だった。

 

 だから、それ以上の善意は抱かない事を決めていた。

 

 そして、雑賀の方も水に浮いた状態でありながら、無駄に両手を構えていた。

 

 次で、決める。

 

 ()()()()そう呟いた後、最後の攻防が始まった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 蒼矢の行動は至ってシンプルだった。

 

 それまでと変わらず『蛇』を標的に向け、氷の矢を放っただけ。

 

 避けられなければそれまでの話で、蒼矢はあくまでもそこから雑賀の行動を読み出している。

 

(……最初、奴は目晦ましをした後に底の床を蹴る事で高く跳躍し、背後を取っていた)

 

 その行動から身体能力の高さは窺えたが、それはあくまでも『地に足を着いた』時に限られる。

 

 プールの水質を『海水』と同じものへ変換している今、彼には跳躍という手段を取る事が難しくなっているはずだ。

 

 だとすれば、懸念するべきは。

 

(……その脚力を利用し、泳いだ時の速度)

 

 流石にそれだけでどうとでもなるわけでは無いが、万が一の事もある。

 

 警戒し、その眼で氷の矢に対する雑賀の動きを確認する。

 

 そして、明確な動きがあった。

 

 ただし、それは。

 

(……潜った、だと……?)

 

 横に泳いで逃げるのではなく、真下に向かって思いっきり潜る。

 

 当然、蒼矢は動きを見逃さないように、自分自身も水の中へ沈ませて動きを見る。

 

 そして、彼は見た。

 

 牙絡雑賀が、その強化された腕力で強引に水を掻き、生じる浮力をねじ伏せ、底に見える床へと両足を付けた瞬間を。

 

 直後、牙絡雑賀の体が上方へと跳び、そのまま蒼矢が居ると思われる場所に向かい始めた。

 

 それを見た蒼矢の瞳が、怪訝そうに細くなる。

 

(目晦ましもせず、ただ跳んだ……? 距離だって足りていない……なら、狙い撃つだけだ!!)

 

氷の吹き矢(アイスアロー)!!」

 

 空中ではどうやっても無防備になる、と判断した故の判断だった。

 

 そして、司弩蒼矢は『ガルルモン』というデジモンの能力を知らなかった。

 

 だから、次に起こる出来事を予測する事が出来なかった。

 

(……このタイミングしか無い!!)

 

 蒼矢の攻撃を空中で確認すると共に、雑賀は唐突に思いっきり息を吸う。

 

 それは、『ガルルモン』というデジモンの力を知っているからでこその行動だった。

 

 そして、その行動はそのまま『必殺技』を発動するための予備動作を完了させ、雑賀は思いっきり息を吐き出す。

 

 より正確に言えば、吐き出した物は二酸化炭素では無く、高熱を宿した()()()だった。

 

 その名も。

 

青狼炎(フォックスファイヤー)!!!」

 

「――――な、ぐ、ああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

 その放たれた青い炎は、雑賀に向かって飛んでいた氷の矢を容易に溶かし、プールから上半身だけを出していた蒼矢の体を容赦無く焼いていく。

 

 冷たい水と衝突した影響からか、炎が放たれた周囲には白く霧のような水蒸気が散らばり、蒼矢の視界を覆っていく。

 

 訳も分からずに痛みで暴れ出す蒼矢の近くへ雑賀は着水し、一切の迷いも無く接近する。

 

 大量の水蒸気は失われた水の量を現し、水かさが減った事によって、一時的ではあるが雑賀は両足を床に着けて駆け出す事が出来たのだ。

 

 そして、その状況と少しの時間さえあれば、今の雑賀にとっては十分だった。

 

 いつの間にか四足ではなく二足で駆け出している事に疑問を挟む事も無く、その右手で拳を形作る。

 

(……もう一度)

 

 一気に距離を詰め、

 

(……もう一度、自分の家族を信じてみろ)

 

 その『人間』の顔を正面に捉え、

 

「お前の両親に比べれば、全然大した事は無いだろうが……」

 

 右の拳に力を込めて振りかぶり、左の足に体重を乗せて。

 

「少しだけ『そこ』から救い上げてやる。もう一度やり直して来い、この大馬鹿野郎!!」

 

 轟音が、炸裂した。

 

 司弩蒼矢の変化した体が十数メートルは飛び、やがて彼が自由に動ける水域(プール)の端に激突すると、その衝撃は彼の意識を確実に奪い去る。

 

 戦いの決着の有無など、問うまでも無かった。

 





 そんなわけで『VS司弩蒼矢』は決着です。まぁ当然続きがあるわけなのですが、少なくともこの二人の戦いはこれでひとまず終わりの形を取る事になります。

 今回の戦闘を見ての通り、初戦闘でありながら牙絡雑賀の『情報変換』後の姿はその特性を活かした働きを『殆ど』出来ず、むしろ相手の司弩蒼矢の方が地の利もあってか大分圧倒していましたね。

 アニメ『デジモンアドベンチャー』ではガルルモンがシードラモンを圧倒している感じでしたが、今回の戦闘では『知性や理性が互いに平等な条件だったら?』という問いも含め、何より現実世界編の戦闘ではこういう戦略性とかを意識したかったもので、こういう内容になりました。(途中まで雑賀が格好つかない感じだった気がしますが)。

 後、何気に初めて披露した『情報変換』のもう一つの用途ですが……今回、司弩蒼矢は『プールの水』を『海水』に変換する事で雑賀を驚かせていましたね。

 ……『プールの水』が『海水』に変わってメリットとかあんの? って質問が来そうな感じもしますが、作中でも語った通り『水の重さ』や性質などの変化は、案外些細なところで効力を発揮しているのです。『浮力』の増加とか、単純に塩分過多による脱水症状狙いとか。同じ『水』でも、成分の違いだけで色々と変わるらしいです。『死海』とか検索してみたら中々面白い事を知る事も出来ましたし。

 まぁ、肝心の『変換』の条件に関しては……まだ述べるべきなのか迷いがちな所ですが、要するに分子構造とかその辺りが似ていれば出来るって感じに思って頂ければ分かりやすいかな~と。何より『シー(海)ドラモン』ですからね。

 ……こうなると牙絡雑賀にもこんな感じで何らかの物質に影響を及ぼす力とかがある感じになりそうですが、正直こっちは蒼矢ほどのインパクトを与えられるかどうか……。

 あと、これは『にじファン』時代の『デジモンに成った人間の物語』を読んでいたお方ならば覚えがあるかもしれませんが……牙絡雑賀の『自分の言葉は自分で証明する』ってスタンスは、当時の『主人公』が掲げていたものと同じだったりします。なので、雑賀のキャラクター性には『初代の主人公』を少し意識しているところもありました。

 良い感じに『とある作品』の台詞をオマージュする事も出来ましたし、自分としては割と満足して書けた話でした。

 では、感想・質問・指摘など色々お待ちしております。


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七月十三日――『台風は突然やって来る』

 ポッ拳とかファイエムIFとかやったり、ワンピースやポケモンの二次とか書いてて遅れました。

 今回の話自体は事前にリアルのメモ帳に書き溜めをしていたので、存外楽に書けてました。途中途中の表現とかには悪戦苦闘しましたが。




 真夜中のウォーターパークは静寂に包まれていた。

 

 少し前まで『シードラモン』と呼ばれるデジモンの特徴を取り入れ異形と化していた司弩蒼矢の肉体は『元の姿』に戻り、衣類として纏っていたのであろう薄く青い色の病院着に身を包んだ隻腕隻脚の少し痩せて引き締まった感じの体型な青年が、現在は『ガルルモン』と呼ばれるデジモンの特徴を取り入れ同じく化け物と化している牙絡雑賀のすぐ傍に倒れていた。

 

 情報変換(データシフト)――いっその事『変身』とでも言うべきじゃないかと思えたそれを解除させられた蒼矢には意識が無く、プールの領水内で放置すれば溺死させてしまうことは明らかだったので、そうなる前に雑賀は『ガルルモン』の特徴を取り入れ強化された脚力で急ぎ蒼矢をプールの水から脱出させた。

 

 脚力もそうだが腕力が強化されているのもあってか、人間の体はやけに軽く感じられた。

 

 意識を失ってすぐだったので、幸いにも彼自身の力によって海水と化していたプールの水を飲まずに済んだようだ。

 

 尤も、理屈はあまり分からないが、蒼矢自身の肉体と同じように情報変換(データシフト)の影響は当人の意識の消失と共に無くなりつつあるらしく、プールの方から海水特有の潮の香りが感じられなくなっていたのだが。

 

 そうして雑賀はプールサイドに戻り、体力を消耗した事を思い出したかのようにしながら言葉を発していた。

 

「……死ぬ、かと思ったし死なせる、かと思った……っていうか死んでないよな? マジで」

 

 すっかり本気モードになっていたから彼自身考えもしなかったが、雑賀が蒼矢に向けて放った最後の一撃は――ただの人間のそれならまだしも、デジモンの力で強化された腕力で放たれたもの。

 

 パンチで人を殺せる『人間』など現実では聞いた事が無いが、ゴリラの場合は軽く人間の頭部がマネキンのように『外れて』しまうのだと言われている。

 

 ……現実世界の動物とデジモンってどっちがつえ~の? と疑問を抱く者も居るだろうが、どちらにせよ人間と比べてケモノ側の方が強いに決まっているのだ。

 

 そして雑賀はこう思った。

 

 あれ? パンチ当たった時に物凄い音が響いてた気がするけど、色々と折れてないし砕けてないよね? と。

 

(……まぁ、かく言うコイツもデジモンの力を取り入れて『強化』されていたわけだし、内側も含めて打たれ強くなっているよな。顔の部分も含めて硬い鱗が張ってたわけだし)

 

 結論を半ば強引に導き出した後で、第二の問題が浮上する。

 

(……ところでコイツ、これからどうしようか……コイツ自身が『姿を晦ませている事』を他者に知られているのなら、安易に病院に送り返すとコイツ自身にも疑いが掛かっちまう。となると、最低でも他人からコイツが『病室から連れ去られた被害者』と見られるような場所に置いておく必要があるな。警察を騙すような形になるが、こうなったら仕方がねぇ)

 

 心の中で自分自身にも悪態を吐きつつも、それ以外に方法が無い所にまで来ているので止むを得ない。

 

 そうなると、根本的な問題として、現在気絶している『被害者』を自らの手でこの場から運び出す必要があるのだが……と、そこまで考えた所で、司弩蒼矢をどうするか以前に存在していた当たり前の問題を雑賀は今更ながら思いだした。

 

 そう。

 

 どうやって、この姿のまま誰かに見つからないように街の中を移動すればいいのだ?

 

(………………あれ? そういえばどうしよう)

 

 都会なので当然ではあるのだが、夜中の時間でも街灯や自動車の照明(ライト)によって殆どの区域に視界が確保されている。

 

 以前、雑賀自身『普通の方法』で調べようとしていたが故に知っている事だが、この市街地には路地と言えるような道が殆ど存在しない――というか、在ったとしても知りはしない。

 

 そんな中を、一人の人間を抱えた状態の、本来ならば二足歩行に適した骨格を有していないオオカミ男が、夜の闇に隠れて人の目から逃れながら駆け抜ける?

 

 もしかしたらと言えなくもない事だが、まず無理な話だろう。

 

 何故なら、牙絡雑賀はあくまでも『ただの高校生』であり、伝説の暗殺者だったり傭兵だったり、そんな実績と経験を持っているわけが無いからである。

 

 しかも、改めて振り返ってみると、戦闘中には色々と物騒な音が施設内に響いていた気がする。

 

 例えば、大量の水が高圧で放たれ、蛇口のそれを丸々激しくしたような音だったり。

 例えば、それを受けた際に上げた悲鳴というか絶叫のような声だったり。

 例えば、溢れ出る力と共に吐き出した遠吠えにも似た声だったり。

 例えば、二体の怪物が闘った際に生じた音だったり。

 

 ……順を追って思い返していくだけで、現在オオカミ男な雑賀の表情に脂汗が浮き出てくる。

 

 あれ? ひょっとしなくてもこれはドシリアスに会話も交えながら戦闘してたのが、もの凄くマズイ事態に派生しようとしていないか? と、

 

 そんな事を考えていた時だった。

 

「……………………」

 

 ふと、雑賀は思わずとでも言った調子で一つの方向へ視線を向けた。

 

 ()()()()()

 

 夜の闇に紛れて、コツンと鳴る足音を隠そうともせずに近付いて来ている事を、雑賀の耳は確かに感知していた。

 

(……やべぇ、この状況を『目撃』されるってだけでも致命的だぞ……!! そりゃあ、今の姿っていうか『異能の持ち主』が目撃される事で情報を開示させる事だって出来るかもしれねぇけど……ッ!!)

 

 それが誰だとしても、これはまずい。

 

 プールサイドには謎のオオカミ男と、それに連れ去られたと思われてもおかしくない病院着な青年が一人。

 

 目撃されれば、確実に『犯人』扱いされてもおかしくは無い。

 

 自分だけでも逃げるべきか、無視して蒼矢を連れ去るべきか、それとも……ッ!! と、切羽詰まった表情で思考した直後、牙絡雑賀が目撃したのは――

 

「よう、まずはハッピーバースデー……あるいはお誕生日おめでとう、とでも言うべきか? ガラクサイガ」

 

 ――衣装として見られるものが紫色のカットジーンズぐらいしか見当たらず、瞳には獰猛な黄の色を宿し、曝け出されている肌は褐色の男だった。

 

 第一の問題として、その男は現在の雑賀の姿を見ながら、牙絡雑賀という名前(フルネーム)まで知った上で、平然と言葉を切り出していた。

 

 その反応自体も明らかに『普通の人間』がやるような物では無いし、その格好自体も文明人と言うよりは野性児と言った方がしっくり来るほどだった。

 

 だが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何だ。

 

 こ   い    つ    は   何    だ     !!?

 

 疑問の前に、本能的な恐怖の方が思考を埋め尽くす。

 

 デジモンとしての『特徴(ちから)』を宿していても、いやむしろ『だから』なのか、直感的に雑賀の脳は一つの回答を導かざるも得なかった。

 

 コイツは、強い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ッッッ!!

 

「……あ、悪いな。つい『いつものクセ』で好奇心っていうか猟奇心ってのが前面に出ちまった。大丈夫だって、弱いモン虐めは趣味じゃねぇし、殺す予定も()()ねぇよ」

 

「………………お前、は………………」

 

「ん? あぁ、そういやこっちが名前を知ってるだけで、自己紹介の一つもしてないんだったな」

 

 そんな事を聞いているんじゃない、という声を出せない雑賀の目の前で、その男はこう名乗った。

 

 

 

「フレースヴェルグ。本名じゃねぇけど、まぁお前は尻尾を掴もうとしてる『組織』での呼び名みたいなモンだ。よろしくな?」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「はぁ――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………」

 

 牙絡雑賀や捏蔵叉美との対話を経て自宅に戻って来た縁芽好夢の心には、ポッカリとした穴が空いていた。

 

 全力で振り被ったバットがボールに当たらず空振った時のような悔しさとも、大量の小遣いを貢いで手に入れたカードやらのコレクションに時間が経つにつれて感じるような空虚さとも、それは何処か違うような気がしていた。

 

 ウサギは寂しいと死んでしまうらしいが、人間も退屈だと別の意味で死んでしまうらしい。

 

 事が事なので不謹慎としか言いようも無いが、好夢は実際のところ現在の立場に退屈しているのだ。

 

 役に立ちたい、誰かを助けたい……『そのため』に事件が起きてほしいなどとは流石に思えないが、現に事件は起きている。

 

 それに対して何らかのアクションを起こせない事が、どうしても納得出来ない。

 

(……雑賀にぃは多分『行動』してるんだろうけど、私はあくまでも中学生。叉美のヤツが言うように、出来る事にも限界がある、かぁ……)

 

 小学生だろうが中学生だろうが、一学年の差という物には何処か『絶対に越えられない壁』のような何かが感じられる。

 

 まして好夢が中学生である一方で、高校生の雑賀はチャラく薄い金髪に染めてすらいるし、兄である苦郎は(とても子供には見せられない感じの)本を平然を持っていたり、自分とは見ている世界が違う――と思わざるも得ない明確な差が存在しているのだ。

 

 どれだけ背伸びしようが、そこだけはどうしようも無い。

 

 現に、あの時の雑賀は自分を『巻き込ませないように』言葉を選んでいたようにしか思えなかった。

 

 守られている。

 

 その事実が、どうにも納得出来ない。

 

「……明日から、少しでも『何とか』してみせる」

 

 自分に言い聞かせるように、あるいは現状を誤魔化すかのように、寝包(ねくる)まっていた布団の中で宣言する。

 

 もうこの日、自分に出来る事は何も無い。

 

 それは、もう納得するしかない――――と、考えた後で今更ながらあまり考えなかった疑問が浮上した。

 

 朝に限らず昼間にも眠っているあの兄は、夜中には何をしているのだ?

 

(……正直気が引けるなぁ……ああいう趣味な以上、パソコンで変なサイトとかを見ている可能性だってあるし……)

 

 好夢からすれば、もうあんまり自分の兄のアブナイ姿を見たくは無かったのだが……実を言うと、彼女は苦郎が夜中に何をしているのか、詳しくは知らなかったりするのだ。

 

 大した期待こそ出来ないが、ひょっとすれば真面目に『何か』をしている兄の姿を見る事が出来る可能性だってある。

 

 現在時刻は七時を回っており、好夢が身に纏う衣類も学校の制服から薄いピンク色な寝間着(パジャマ)に変わっていて、大抵この時間になると眠る時間になるまではスマートフォンを弄ったり、パソコンを使って動画鑑賞をするのが主な行動なのだが。

 

 この日の好夢は、好奇心と言うより探究心が旺盛だった。

 

(……ちょっと、覗いてみるかな)

 

 そんなわけで、本日三度目となる苦郎の部屋へと入った好夢だったのだが。

 

「あれ、()()()?」

 

 予想外と言うよりは、意外だと思った。

 

 よくよく思い返してみると、家に帰宅した際に『ただいま』と言っても苦郎は特に何も言わないので、その時その時で部屋の中に居るのか居ないのか、若干不明な所もあったのだ。

 

 本当に部屋の中には苦郎の姿が無かったので、自分がいない間の家での苦郎を知っていると思われる義母へと問いを飛ばしてみる。

 

「お母さ~ん、苦郎にぃが何処に行ったのか知らな~い?」

 

「苦郎なら『()()()()()()()()()』とか言ってから、返事も聞かずに出て行ったよ。まぁいつも通りというか何と言うかなんだけど、この時期に外出するのは危ないでしょうに……まぁ、大丈夫だと思うけどね」

 

「外出……」

 

 予想通りとは言えた物の、義母の言う通り『消失』事件が横行している現状で外出するのは危険だとしか思えない。

 

 本当に『買い物』に行っているにしてもどっちにしても、既に『いなくなってしまった』人間がいる事を考えると不安を拭えない。

 

(……本当に、何をやってるんだろうなぁ……)

 

 夜闇の向こう側は街灯越しでも見えない。

 

 距離としては遠くないはずなのに、そこには無限大の『壁』があった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 フレースヴェルグ。

 

 そう名乗った男は自身を雑賀に情報を与えた『あの女』と同じ『組織』の一員だと言った。

 

 それがどういう意味なのかを推測する事は出来なかったが、一つだけハッキリしている事はあった。

 

 この男は、味方では無い。

 

 それを理解した雑賀は、搾り出すように声を発する。

 

「……何をしに来たんだ……? まさかだが、勇輝のヤツみたいにデジタルワールド送りにでもするつもりなのか……?」

 

「あ~、そう思われるのも仕方ねぇけど違う違う。え~っと……あぁ畜生、こういう説明は『あの人』が一番適してるんだがな。とりあえず俺が此処に来た目的はシンプルなモンだよ」

 

 ……事情説明に言葉が足りていない辺り、、本当にこの場へやって来たのは好奇心だけによる物だったのかもしれない。

 

 それが雑賀にとっては余計に恐ろしく思えた。

 

 好奇心に従い動く、と言葉で表せばそれは『自分に正直』だと言えて一軒裏表が無いように思えるが、それは逆に言えばどんな状況でも『他人の意志よりも自分の意志を尊重する』可能性を示しているのだから。

 

 何より、紅炎勇輝を連れ去った『組織』の一員である以上、決して真っ当な目的のために行動しているわけでは無いのだろうから。

 

 そして、フレースヴェルグは予想通りの言葉を吐いてきた。

 

「まぁ、簡潔に言えばソイツ……司弩蒼矢(しどそうや)って言うんだっけ? そいつを引き渡してくれねぇか。別に物騒な真似をするわけじゃねぇし、どうせ『これから』どうするのかなんてお前さんは思い付いてもいねぇんだろ?」

 

「…………」

 

「元々そいつの行動を促したのもオレだしなぁ。同じ『力』を持つ者同士で潰し合うのは大いに結構だし、その果てが死に繋がろうとも構いやしねぇんだが……お前さんがそいつを殺すつもりは無いのは明白だろ?」

 

「……当たり前だ。こいつは……家族のいる所に戻さないといけない。そうするべきなんだから」

 

「本当にか?」

 

 フレースヴェルグの口調は、まるで試しているような雰囲気さえ感じられていた。

 

「家族の元に送り返すのは確かに善の行動かもしれねぇ。だが、そいつ自身はどう思うんだろうな? 無事に、無罪で帰ってこられた。だけど結局取り戻したかった物は戻らず、しかも被害者であるお前からは見逃された。俺には理解しづらいが、罪悪感を抱いた人間にとってそれは喜べるものだと思うか?」

 

「それでも。あんなに苦しそうな顔で続けてたら、いつかこいつは心を閉ざしちまう。その前に、どんなに苦しい事になるんだとしても、家族と話をさせるべきだ。だって、こいつ自身は本来こんな事なんて望んでいなかったんだから!!」

 

「本当に望んでいるわけでも無いのに、結局攻撃する事は実行してたんだがな。こいつの心の中に、他者に対する嫉妬――負の念が無かったとでも?」

 

「確かにそれはあったのかもしれない。だけど、現にこいつは闘っている中でも赤の他人であるはずの俺の事を気にかけていた!! それに、こいつが四肢を半分失った理由だって……ッ!!」

 

「だったら余計に『元の居場所』には戻れないな」

 

 その言葉は蒼矢だけではなく自分にも、ひょっとすればこの場に居ない紅炎勇輝にも向けられたように雑賀は感じられた。

 

 そして、それを即断で否定する事も出来なかった。

 

「そいつの体を見ての通り、デジモンの力を得て変換された体は元の状態に戻る事も出来る……が、だからどうした? 結局の所、自分が『ただの人間』では無いって事実に変わりは無い。それを理解した上で、戻れるのか? 『ただの人間』の巣穴の中に」

 

「…………くっ」

 

「生き方なんて自由なモンだし勝手にすりゃあいいが、俺にはちょいと滑稽に見えてくるよ。強靭の牙があるにも関わらず、山羊の群れの中で生きるために、山羊と同じように振舞う狼って感じか。まぁ、実際にそういう生き方をしている奴がいないわけじゃねぇんだけど……『組織』に入るか、あるいは本当にデジタルワールドに行った方が幸せだと思うぜ俺は」

 

 フレースヴェルグの言う事は、もっともだった。

 

 同じ人間である、という理屈が通用する事は多分無いだろう。

 

 もし仮にそんな事を言えたとしても、秘めた異常性が自分で自分を差別の対象に入れ込んでしまう。

 

 人狼の姿と成っている雑賀自身こそ、それを皮肉ったような存在とも言えた。

 

 ()()()()()()()

 

「認めてたまるか……こいつの家族だって、こいつの事を心配してるに決まってるんだ。お前はこいつの意志だけじゃなく、そいつ等の意志だって無視して奪い去ろうとしてる!! そんなの認められるか。勇輝の奴も、いつデジタルワールドに行きたいなんて言った!? ふざけんじゃねぇ。結局お前等がやってる事は思想の押し売りと押し付けだろうがッ……!!」

 

「……へぇ」

 

 そこで、初めてフレースヴェルグは関心したかのような声を漏らした。

 

 その顔に明らかな笑みが宿る。

 

「自分が化け物だと知ってしまった。今までの居場所において自分が場違いとしか思えなかった。……だから、居心地の悪い場所を捨てて『同じ』になっちまえ。そう自分に言い訳しちまえば群れる畜生と何ら変わりも無い奴になっちまうのに、本当に!! お前の事を連中が『()()()』って呼んでる理由が分からないねぇわ!!」

 

「…………何が言いたいんだ」

 

「見て分からねぇのか? 嬉しいんだよ。お前が飼い主に尻尾を振り続ける犬じゃなくて、例え独りだろうが自分の意志で動こうと出来る狼だって事が分かってな。だからでこそ、いつかに狩り甲斐が出来る。こういう収穫をこの目で見られるモンだからこの役割も捨てられねぇ!! どんどん逆らってきな、俺を殺せる所までとっとと這い上がってきな!! 紅炎勇輝を助けるにしても、現実世界の事件を解決するにしても、これから力ってのは必要になってくるんだからな!!」

 

 歓喜と狂気だらけの、理解など出来もしない言葉の連続だった。

 

 牙絡雑賀には、フレースヴェルグの言っている事を理解する事が出来ない。

 

 何より、その狂った思考を理解しようなど最初から思えなかった。

 

「……そんな事はどうでもいい。俺はコイツを元の場所まで送り返す、自分でそう言ったんだ。それを邪魔するんなら、相手が誰だろうとぶっ潰す!!」

 

「やめとけって」

 

 笑みを崩す事も無く、雑賀の言葉に対してただ呟きだけがあった。

 

 そして、言葉が続く。

 

「今のお前に俺の相手はまだ早い。それと、今回はお前の意志を尊重させてもらうさ。今回の一件の勝者はお前なんだから、そいつの命をどうするかなんてお前が一任するべきだしな。喰らうにしても、生かすにしても」

 

「ふざけんな」

 

 雑賀の心には、もう恐怖心以前に怒りだけが湧き上がっていた。

 

 意思を尊重する? 勝者はお前? 命をどうするかなんてお前が一任するべき事? 

 

 ふざけてるのか、クソ野郎。

 

「そもそもお前が、お前等がこんな事ばっかりしてるからこいつも勇輝も、誰もが苦しめられてるんだ!! 特別性? デジモンの力? そんなモン関係あるかよ。お前等のやってる事はただの犯罪だ、ただの蹂躙だ。それで奪われた物が戻ってくるまでの間、どれほどの人間が悲しみに暮れてると思ってやがる。それを知った上でまだスカした台詞を吐くんなら、そんな台詞が言えなくなるまでお前をぶっ潰すッッッ!!!!!」

 

 秘められた能力との差も、自分自身の命の危機さえも無視して、狼の青年は一歩も引かずに吠えていた。

 

 その体毛が一部、いつの間にか()()を帯びようとしていた事に彼は気付かない。

 

 フレースヴェルグの方も、その言葉を聞いて笑みを更に深めていた。

 

 その態度が、余計に雑賀の怒りに油を注いでいた。

 

「笑みを浮かべんのも……大概にしろォォォおおおおおおおおおお!!」

 

 叫んだ後、あるいは同時に。

 

 ダッ!! とプールサイドを踏み抜き、真正面から一気に『それまで』を越えた速度で雑賀は突貫した。

 

 水場という機動性を阻害する要因が取り除かれた『ガルルモン』の脚力は、容易く人間のスペックを越えたスピードを実現させると、即行で雑賀の右手は手刀の形でフレースヴェルグの首元へと突き刺さろうとした、

 

 はずだった。

 

「悪いな」

 

 その言葉が聞こえたか否か、どちらにせよ。

 

 雑賀の右手は、フレースヴェルグの体に届きさえしていなかった。

 

「ッ……!!」

 

 その理由を、雑賀は理解出来たが、推測する事は出来なかった。

 

 風圧だった。

 

 フレースヴェルグに突貫しようとした瞬間、絶大な暴風にも似た風が圧力を宿して雑賀へぶつかって来たのだ。

 

「だから、言っただろうに」

 

 ふとフレースヴェルグの姿を確認してみれば、その姿はカットジーンズを履いた褐色の青年の姿ではなくなっていた。

 

 一見した時点で特徴を挙げれば、それは体毛の時点で現代では見られない容姿の『鳥人』だった。

 

 下半身から上半身までにかけて青色をメインカラーとし、頭部と羽根はマゼンダカラーで、後頭部から腰にあたる部分まで(たてがみ)のように存在する毛の色はライトグリーン。

 

 色だけでも三色と派手に見えるが、色以前に背中から生えている翼の大きさが尋常では無く、頭から脚までの体の大きさなど軽く越している。

 

 ――この風圧が、その『翼』による物だと推測する事は容易かった。

 

「まぁ、そいつはちゃんと病院に戻しておくから安心しろ」

 

 局地的に発生した暴風圏の中で、雑賀はバランスを保つだけでも精一杯だった。

 

 そして、いつの間にか、体が空中に浮いている事に気付いた時には、もう遅かった。

 

 最後の最後に、フレースヴェルグは翼を振り被ると、最後まで抵抗の意志を途絶えなかった狼に向けて、事後確認のように言葉を残す。

 

 

 

「俺の名はフレースヴェルグ。頭ん中に宿ってるデジモンの名前は『()()()()()』。お前がいつか強者として喰らいついてくる時を、高い所で待っているぜ?」

 

 

 

 直後に。

 

 どうしようも無い風の暴力が、牙絡雑賀の体を軽く吹き飛ばしていった。

 

 

 




 ……そういうわけで最新話でしたが、どうだったでしょうか? ユキサーンこと紅卵由紀です。

 今回の話は司弩蒼矢との対決が済んだ後――正確に言えばその直後の出来事で、またしても唐突な展開になりました。ずっと前から出したかったキャラことフレースヴェルグを登場させられたのは、個人的に嬉しかったです。(話の構成的にもこういう『何をしでかすのか予測出来ないキャラ』は突発イベントに投与しやすいw)。

 根本的な問題。司弩蒼矢をこれからどうするか。未知にして強大な敵の出現……など、殆ど会話メインに近いですがそれでも入れたい物はつめ込められたかなと思っています。

 今回の話を最後まで読んでくれたお方ならば理解出来る通り、フレースヴェルグの脳に宿るデジモンの種族は『オニスモン』。映画版フロンティアや漫画版クロスウォーズぐらいでしか出番が無く、割りと影が薄いような気がしないでもない種族なのですが、この小説ではこいつを強キャラとして投与しようかなと考えた末にフレースヴェルグというキャラが誕生しました。

 フレースヴェルグという名が出た時点では『伏線だけ』にして、オニスモンって名前を挙げるのは後にしようかなとも思ったんですが、敵の強大さとかを表に少し出すためにも今回で早速公開してみました。

 さてさて、今回なんとも『かませ犬』と言えなくも無い惨状だった雑賀くんですが、次回からは展開がシフトしますのでお楽しみに。


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七月十四日――『暗い密室で囁かれる事実』


 私は、八月一日に!! 何の小説も!! 更新出来ませんでしたァァァァ!!(心臓捧げよ)

 はい、そんなわけで更新ペースとしてはかなり早いですがデジモンファンとしてはむぐぐな日の更新です。住んでる地域的にもデジモンのフェスには当然行けませんでした。九州は無理ゲーやで……。

 さて、タイトルを見ての通りやっとこさ日時が変わります!! やったね好夢ちゃん、出番が増えるよ!!

 そんなこんなの最新話、始ります。


 声だけが聞こえていた。

 

 聞き覚えなんて無いはずなのに、それは何処か身近にさえ感じられる声だった。

 

 それが幻聴に過ぎない『夢』なのか、過去に体験したかもしれない『現実』なのかさえ判断出来ないまま、ただそれは響いていく。

 

 それは、息も絶え絶えしい唸り声と、溜め息混じりな呆れた声の、言い争い。

 

(はぁ……ぜぇ…………っ!!)

 

(……ったく、だから言っただろうが。いくら俺達みたいなのが嫌いだからって、相対する相手との『差』ぐらいは認識しとけ。そんな風に振る舞い続けるんなら命がいくらあっても足りねぇぞ)

 

(……うる、せぇ……っ!! 正義だの悪だの、そんな大義名分を掲げた奴の手で死んだ奴を、俺は何匹も見てきた……『アイツ』だって、本当だったら幸せに生きる権利ぐらいあったはずなんだ!! なのに……ッ!!)

 

(お前の言う『アイツ』が誰の事を指してるのかは知らんが……お前、天使とかに忌み嫌われる奴を同じように嫌ってる『種族』なんじゃないのか? そいつがどうなろうと、知った事じゃないってのが本音じゃねぇのか)

 

(……ハッ、種族の特徴? そんなモンは先に生まれた連中が勝手に付け加えた第一印象(レッテル)に過ぎねぇだろう。そんなモンに合わせる義理も理由もねぇ……)

 

(が、お前は現に『後悔』してんだろ。お前が本当に憎んでるのは『加害者』の方じゃねぇ。他でもない自分自身だろうに……)

 

(……お前に何が分かるってんだ。こんな世界で生きていく以上、どんな手段を用いてでも生き残ろうとするのはおかしいのか? 騙されるぐらいなら騙して、何でも利用出来るものなら利用して……そうでもしないと生き残れない弱者にどうしろと?)

 

(出たよ、負け犬特有の言い訳。自分の境遇に悲観して行いを正当化すんなよ。そもそも世の中における『弱者』ってのは、本当に能力だけで判定出来るモンだと思ってんのか? 言うとアレだが、今のお前より『強い』奴なら結構居ると思うぞ)

 

(…………っ…………赤の他人の分際で知った風な口を利きやがって。ああ解ってるよ。自分の弱さぐらい自覚してる!! いくら進化しても、根っこの部分で俺は何も変われてない……だから失ったって事も、何もかも!! だが、だったらお前には解るってのか。こんな俺に、この『負け犬』に、必要な物が何なのか!! それを理解した上で偉そうに語ってんのか!?)

 

(知るかよ、俺はお前じゃねぇんだ。自分の答えぐらい自分で見つけてみろ。他者の力を借りるのも勝手だが、何も信じられないのなら自分自身で探すしかねぇのが必然だろうに。いくら永く生きてるっつっても、そこまで俺は万能じゃない)

 

 その言葉に込められた意図も、その声を発している者が何者なのかも解らないまま。

 

 音だけが全てを表した夢は、呆気なく崩れ落ちる。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 視界が明滅していた。

 

 意識が朦朧とし、前後の記憶が把握出来なくなっていた。

 

「……ぅ……」

 

 目を開けても視界の明度が不安定で、牙絡雑賀は呻き声を上げる事しか出来なくなっていた。

 

 最初、彼に理解が出来たのは、自分が何か薄い布のような物に被せられた状態で横になっている事と、何より自分自身の体が鉛のように動かない――と言うより、金縛りにでも遭ったかのようにピクリとも動かす事が出来ない、そんなどうしようも無い事実。

 

 そもそも自分は何処に居て、何が原因でこうなったのか。

 

 そこまで雑賀は考えた時、あまり心地良さは感じられない清掃感を醸し出す消毒用のアルコールの匂いが鼻についた。

 

 いつの間にか纏っている衣服に関しても普段着ている寝間着とも違う感触で、強い違和感を感じられた。

 

 背中を預けている物からも少し硬い感触があり、それが自宅にあるベッドではなく、学校の保健室に置かれている物とほぼ同じパイプ構造のベッドである事を推測する事は鼻につく匂いからも推測する事は出来た。

 

 何より決定な物として、自分の口元には酸素供給用の機材(マスク)が。

 

 ……どうやら、病院に搬送されたらしい。

 

 現在時刻は分からないが、日の光が差し込んでいない所を見るに夜中なようだ。

 

 病院に勤めているはずの医者や看護婦の姿は首を頑張って動かしても見当たらず、室内には牙絡雑賀が独りだけ。

 

「…………」

 

 冷静に記憶のレールを辿ってみるも、現在の状況に至るまでの経緯が思い浮かばない。

 

 都内のウォーターパークにて『シードラモン』の力を行使していた司弩蒼矢との戦闘した後、フレースヴェルグと名乗る男と遭遇した後からの記憶を思い返そうとすると、何故かノイズ染みた物が頭の中を通り過ぎる。

 

 半ば強引にでも記憶を掘り起こそうと思考を練ってみた。

 

 確か、何か凄まじい風に吹き飛ばされたような――――

 

「…………ッ!!?」

 

 そこまで考えた所で、脳裏に過ぎる激痛の記憶と共に先の出来事が鮮明になっていく。

 

 そうだ、自分は確かフレースヴェルグという紅炎勇輝を連れ去りデジタルワールドに送ったらしい『組織』のメンバーらしく男と相対し、会話の中で思わず怒り、その感情のままに首を取ろうとして逆に返り撃ちに遭ったんだ……と、自分がやった事も自分の身に起こったことも勝手にフラッシュバックされ、事実を受け入れざるも得なくなる。

 

 その中でも一番驚いたのは、フレースヴェルグが行使した圧倒的な力、ではなく。

 

 相手が誰にしろ、『ただの』とは付かない相手だったのしろ、同じ『人間』を自分の手で殺めようとしていたという言い訳のしようも無い事実だった。

 

(……な、ん……)

 

 理解が出来なかった。

 

 自分が何をしようとしていたのかは理解出来ても、どうして『そこまで』やろうとしたのかが解らなかった。

 

 確かに、フレースヴェルグは悪党で、打倒するべき相手であるのは明白だった。

 

 だが、何も殺害しようとまでは思わなかった。

 

 そもそもフレースヴェルグは本当に退こうとしていたし、自分から攻撃する必要性など無かったはずだった。

 

 まるで、自分の意識が『別の何か』に切り替わったような……あるいは混ざり合ったかのような、これまで感じた事も無い異質な感覚だった。

 

(……司弩蒼矢が理性抜きで動いていたのと、同じ……なのか?)

 

 冷静になって異常さに気付けたものだが、実際のところ雑賀の意志はあの場面で殺害の方針へと向かっていた。

 

 それに違和感も覚えなかったし、実際にそれを実行しようともした。

 

 もしもあの時、本当にフレースヴェルグを殺せていたら……自分は、どうなっていたのだろう。

 

 考えたくは無いが、フレースヴェルグの言った通り、雑賀は二度と『元の居場所』に戻れなくなっていたのかもしれない。

 

 姿だけならまだしも、心の方まで怪物に成り果ててしまったら――もう、普通の人間と一緒には生きられない。

 

(……勇輝、お前は大丈夫なのか……)

 

 ふと思い返されるのは、自身がこうして事件に立ち向かう動機となってしまった友人の姿。

 

 先の『タウン・オブ・ドリーム』で対話した女の言葉が本当ならば、紅炎勇輝はデジタルワールドで『ギルモン』と呼ばれる種族のデジモンに成っている事になる。

 

 その種族の設定(プロフィール)は、ホビーミックスされた物でなら雑賀も知っている。

 

 だからでこそ、不安になった。

 

 司弩蒼矢のように理性を保てず怪物と成り果ててしまう可能性もあれば、自分のようにいつか誰かを殺してしまう可能性すらも否定が出来ない。

 

 比較しても、凶暴性の面では紅炎勇輝の成っているデジモンの方が圧倒的に上なのだ。

 

 もしも司弩蒼矢のようにデジモンの『特徴』を色濃く引き出してしまえば、どうなるか。

 

 何より、もしも紅炎勇輝が()()()()の世界に戻って来れたとしても、その心の方が既に人間のそれと異なる物になっていたら。

 

 彼は、本当に『元の居場所』に戻る事は出来るのか?

 

(……ちくしょう。踏んだり蹴ったりだ)

 

 手にした力の危険性を認識して、雑賀は思わず毒づいた。

 

(……だが、使いこなせないといけねえ。フレースヴェルグとかいう奴の言う通り、勇輝を助けるにしても事件を解決するにしてもこの『力』は必要なんだ。どんなに危険だろうと、戦いに赴くと決めた時点で覚悟なら決まってる……決めてねえといけないんだ)

 

 雑賀は自分の右手を動かそうとしてみたが、やはり金縛りに遭ったかのようにピクリとも動けない。

 

 ……そもそも、どうしてこうも体が動かせないのだろうか? という当たり前の疑問を今更ながら思い出すが、当然ながらその答えは推測の域を出ない。

 

 ここが病院であるのは間違いないのだが、だとすれば全身麻酔でも投与されているのだろか。

 

 全身大出血レベルの大怪我を負っていたのであれば、安易に麻酔を使うと危険性も増すのだが……そもそも感覚が無いのでどの部分が怪我をしているのか、それさえも解らない。

 

「……ったく、何なんだ本当に……」

 

 幸いにも首周りは動かせるので声も出せたのだが、話相手になれるような者はいない、

 

 

 

 ()()()()()

 

 

 

「まぁ、下手にあの鳥野郎に突っかかったお前も悪くはあるんだがな」

 

 声がした。

 

 夢の中の声ではなく、明らかに現実の、空気の振動から来る声が。

 

 より正確に言えば、雑賀が横になっているベッドの、すぐ傍から。

 

「…………!?」

 

 それがただの声なら、病院に勤めている医者が雑賀の視界の外に居たと考える事は出来たかもしれない。

 

 驚く必要など無く、ただ平常通りの反応をすればいいだけのはずだった。

 

 それでも、雑賀が驚かざるも得なかった理由は。

 

 それが、ここ最近()()()()()()()人物の声とそっくりであったからだった。

 

(……んな、馬鹿な事が……)

 

 信じられないように思いながらも、顔だけを声のした方へと向けると、そこに居たのは――――

 

 

 

「……()()……!?」

 

「……まぁ、初対面じゃねぇし解っちまうか」

 

 

 

 縁芽苦郎。

 

 まだ蒼矢と相対さえしていなかった時に自宅へとやってきた女の子――縁芽好夢の義理の兄であり、牙絡雑賀と同じ学校に通っていて、恐らく誰よりも事件という『面倒事』に首を突っ込もうとはしないと、雑賀自身考えていた青年の名だった。

 

 その容姿は白のカッターシャツに黒のズボン――ただ、それだけのシンプルな物。

 

 だが、その容姿から来る印象は、以前見た怠け癖の激しいものとは明らかに違う、全く『別人』にさえ見える物。

 

 その変化の大きさに戸惑いながらも、率直に雑賀は疑問を口にする。

 

「何でお前が此処に……? っていうか、こんな夜更けに何してんだ!?」

 

「おいおい。フレースヴェルグの野郎に吹き飛ばされて気絶し、更には大怪我まで負ったお前に救急車を呼んだのは俺だぞ……あと、俺が夜型な生活を営んでる事を知らなかったのか?」

 

 当然のように返された言葉にも疑問しか浮かばなかった。

 

 何故、縁芽苦郎は『組織』の一員らしいフレースヴェルグの名も、それと相対した雑賀が大怪我を負った事も、全て『知っている』のだ?

 

 夜型の生活を営んでいるなど、そのような発言以上の異常性が含まれているのは明らかだった。

 

 だから、様々な疑問を問う前に雑賀はこう切り出した。

 

「……お前はどこまで『知っている』んだ?」

 

「多分、お前よりはずっとな。だから、お前の疑問にはある程度答えを出せる」

 

 恐らくは、お見舞いに来た人物のために置かれているのであろう小さなパイプ椅子に、苦郎は腰掛けて。

 

「……それじゃ、大体お前の疑問は予測が付くから話すとするか――

 

 

 

 

 

 ――お前やフレースヴェルグ、そして()()含めた異能の持ち主……『デューマン』について」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 現在時刻、午前二時四十三分。

 

 もうとっくに『深夜』と呼べる時間へ突入した夜の街は静まり返り、人の気配も殆どしなくなっている。

 

 そんな夜の中、半裸にカットジーンズで黄色い瞳の男――フレースヴェルグは、とあるマンションの一室にて文字通り羽を休めていた。

 

 数時間――最低でも五時間近く前に『ガルルモン』の力を宿した牙絡雑賀を一蹴したその男は、何故か気だるい感じの声で言う。

 

「……あ~、キツかった。流石に夜勤も込みだと、このフレースヴェルグさんでも普通に疲れるんだっての……」

 

 彼の視線は、同じ一室に居る別の人物へと向けられている。

 

 上半身から下半身までを覆い隠せるほどの大きな青色のコートを着た、彼にとっては馴染みが薄くも無い人物。

 

 フレースヴェルグと同じく『組織』に属する一人であり、彼とはまた別のデジモンの力を宿している者。

 

「……まったく、何故勝手に牙絡雑賀と接触した? またいつもの衝動か?」

 

「いいじゃんかよ。俺が接触した所で何か問題起こるわけでもなし、それ以前に俺よりも先に『あの女』が接触して情報提供してる。今更俺の姿を見られたにしても問題はねぇだろ」

 

「……見られただけならまだいい。が、下手踏んで牙絡雑賀や司弩蒼矢を殺してしまったらどうするつもりだった? まさか『この程度で死ぬんならどの道必要無い』なんて言うつもりでは無いだろうな」

 

「まぁそういう本音もあるんだが、どっち道死なないようにはしたぞ。風力も手加減出来てたし、飛ばした方向には転落防止用のフェンスが取り付けられたビルだってあった。まぁ、見事にそれには引っ掛からなかったわけだが」

 

「『ただの人間』なら死んでもおかしくない高度と言っていいと思うがな。人間の頭蓋骨は数メートル程度の高度から落下しても砕けてしまう。いくらデジモンの力を宿していようが、脳をやられてしまえばどうしようも無いぞ」

 

「だからそこも考慮してたって。それに、アンタの言っている危険性は『頭から地面に落ちた場合』の話だ。腹か背中の方から落ちた場合は入らない」

 

「どっちにしても致命傷の可能性はあっただろうが。胸か背中の骨でも折れれば大惨事だぞ」

 

 溜め息混じりな声で話す青コートの男は、台所のガスコンロに火を付けて何らかの料理を作っていた。

 

 時刻から考えると何とも生活のリズムが噛み合っていないようにしか思えないが、わざわざ青コートの男がこのような時間に料理を作っているのには理由がある。

 

 フレースヴェルグが『腹減ったからメシを食わせろ~!!』と煩いのだ。

 

 そんなわけで、台所からは食欲を増し増しにさせる匂いが湧き出ている。

 

「まぁ、どっちにしろ大丈夫だって。救急車が二人のガキを搬送した所を確認してる。だから過ぎた事をいちいち愚痴みたいに言ってくんなよ~」

 

「………………」

 

「……あり? どしたんだアンタ。おい、ちょっと……ッ!?」

 

 結果論を語るフレースヴェルグに向けて、青コートの男は片手――正確にはコートの袖口を向けた。

 

 フレースヴェルグが言い訳を述べる前に、物理法則を無視してコートの袖口から蛇のように包帯が巻き付いて行く。

 

 数秒ほどで、室内には怪我をしているわけでも無いのに、全身包帯巻きでミイラみたいな姿になった元半裸の男が完成する。

 

 巻き付けた包帯に力を込め、フレースヴェルグの首を締め付けながら青コートの男が低い声を出す。

 

「……お前が楽しむのは勝手だが、その一方で俺の苦労を水増しさせるな。何度お前の所為で予定が狂いそうになったと思ってる? 『組織』の計画が頓挫したらどうしてくれるんだ」

 

「ぐ、ぐぇ……っ、首絞まる、首絞まるって……!!」

 

「締まっても構わん。というかお前は『組織』の方針から見ても、明らかに目立ち過ぎるし被害を与えすぎる。そもそも喧騒と争いを起こすのはお前ではなく『ラタトスク』の役割だろうが。本当に、どうして『組織』でお前のようなお調子者が監視役を担っている……?」

 

「ぐ、ぬぐぐっ……そ、それは俺が獲物を死角から見据える事が出来て、あまり目立たない動きも出来るから……だったような……」

 

「お前の元ネタは目立たない以前に『巨人』だろうが。そして『オニスモン』の体格も本来はかなりの物だ」

 

 そんなこんなでちょっと頭痛がした風に頭を押さえる青コートの男だったが、どうやら料理が完成したらしい。

 

 湯気が立ち上る鍋から食材と出汁を器に注いでいくと、リビングに設置されている木製のテーブルの上に置き、フレースヴェルグの拘束も解除した。

 

 くんくん、と反射的に匂いを嗅ぐフレースヴェルグは、率直に疑問を発した。

 

「……何作ったんだ?」

 

「肉の出汁が効いた鍋物」

 

「何でこのクソ熱い夏場に鍋物!? 氷でも入れて冷鍋(ひやなべ)にでもした方が絶対いいだろ!!」

 

「……逆に聞くが、どうして俺がお前のためにそんな気遣いをしなければならない? こんな時間に作ってやっただけでもありがたく思え」

 

「はぁ……まぁ熱い物を食うと逆に涼しさを強く感じられる、とか聞くしいいけどよ……ん?」

 

 ダルそうに体を起こし、割りと普通に椅子に座って料理の内容を見るフレースヴェルグだったが、そこで彼は怪訝そうな表情になった。

 

 再び、疑問にままに問う。

 

「……これ、何の肉を使ったんだ? ダンゴ状にした挽肉から作ったのは分かるが……」

 

 青コートの男は何も答えない。

 

 彼は仮眠でも取るつもりなのか、自室と思われる部屋へと歩み出した。

 

「……まぁいいか。豚か牛か知らないけど美味そうな匂いがするし、どっち道腹も空いてるから退く理由がねぇ」

 

 

 

 ……この時の彼は、思わず『それ』を考えないようにしていたからなのか、気付かなかった。

 

 青コートの男が製作した鍋の煮汁に使われている挽肉が、鶏の物である事を。

 

 そして、思いっきり共食いの構図になっている事も――――。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「……デューマン?」

 

 告げられたキーワードに怪訝そうな声を漏らす雑賀に対し、縁芽苦郎は言葉を紡いでいく。

 

「お前を含めた『異能の持ち主』の呼び方は色々ある。超能力者とか魔法使いとか、この辺りは一般的な例だな。お前やフレースヴェルグとかの場合、電脳世界の生命体――デジモンの力を行使するだろ? 一番使われている名前は、そこから文字った物だな」

 

「…………それは?」

 

「候補としては色々あったらしいが、最終的には漢字で『電脳力者(でんのうりょくしゃ)』と書いて『電脳力者(デューマン)』を呼ばれるようになった。語呂の良さもそうだが、一番単純で理解しやすかったんだろうな。デジモンの『デ』と人間の英語読みである『ヒューマン』を混ぜ込んだ、本当に単純な固有名詞だ」

 

 電脳力者(デューマン)

 

 それが牙絡雑賀や司弩蒼矢、そしてフレースヴェルグ等の『異能を宿した人間』の固有名称らしい。

 

「……それで、俺や蒼矢が使っていた『あの能力』は何なんだ? 俺は直球で『情報変換(データシフト)』って呼んでたけど……実際のところ、本当に司弩蒼矢が言っていた通り『自分自身を含めた身の回りの物質の情報を書き換える』能力なのか?」

 

「実際にはそこまで万能じゃないけどな。宿してるデジモンの属性や個性とか、そもそも『変換した後』の物質の情報を取り込んでいないと上手く作動はしない。俺は戦闘を見ていたわけじゃないから詳しく知らんが、司弩蒼矢って奴が宿してたデジモンの種族は知ってるか?」

 

「シードラモン」

 

「それなら多分、少なからず海……という『環境』の『原型情報(マターデータ)』が内包されたんだろうさ。アニメでの情報だが、デジタルワールドの陸上生物は『水の中では呼吸が出来ない』事を情報(データ)認識(はんだん)しているから濡れるし溺れちまう。だが、一方で『水の中では呼吸が出来ない』と認識(はんだん)出来ない機械とかは濡れも壊れもしなかっただろ」

 

「……一定の『環境』に順応出来るように、エラ呼吸の器官とかとは別に『水』の情報(データ)が組み込まれているから? だから、構造上『同じ情報(データ)』であるシードラモンとかは水で『溺れる』事が無いし、水を使った攻撃を使う事が出来たって事か」

 

「他のデジモンにも同じ事は言えるな。十闘士がそれぞれ宿す属性……『炎』『光』『風』『氷』『雷』『水』『土』『鋼』『水』『木』……そして『闇』。口から炎を出すとか、掌に光を纏わせるだとか、そういう事が出来る理由もそこにあるんだろうさ。そしてその過程には、多分デジモンが生息している『環境』の『原型情報(マターデータ)』が関わってる」

 

「シードラモンは基本『海』に生息するデジモン。だから『海水』のデータをある程度宿していて、それを介する事で『別の水』を『海水』に変換する能力を司弩蒼矢は使えたのか」

 

「まぁ、シードラモンって種族の特徴から考えても、本能の部分で『そうする事が出来る』って理解してたんだろうさ。電脳力者(デューマン)が何を何に変換出来るかなんて、結局は発想と確信による物が大きいし」

 

 まるで、というか確実に()()()()()()()情報として言葉を述べる苦郎の姿は、雑賀にとって何処か遠いようにも見えた。

 

 デジモンに関する知識も、多分に持っているようだ。

 

「……にしても、大丈夫なのか? こんなに普通に話してたら、誰かに聞こえちまうんじゃ……というか明らかにお前不法侵入じゃねぇか。何処から入って来た?」

 

「同じ理屈が数時間前のお前にも当てはまりそうなモンなんだが。まぁ、そこは大丈夫だ。『ただの人間』には覚醒した『電脳力者(デューマン)』の姿を捉える事は出来ないし」

 

「……どういう事だ?」

 

 思えば、前々から勃発している『消失(ロスト)』事件の実行者は一度たりとも姿を目撃されたことが無かったらしい。

 

 だが、現に牙絡雑賀はウォーターパークでの戦闘の後、フレースヴェルグと名乗る『組織』の一員を目撃している。

 

 同じ『電脳力者(デューマン)』に覚醒したから目撃出来たのかと雑賀は思ったが、そもそも縁芽苦郎は毎日家族に姿を見られているはずなのだ。

 

 そこには、間違い無く『別の理由』が存在する。

 

 そして、縁芽苦郎はその予想を一切裏切らなかった。

 

 暗い室内の中、雑賀どころか殆どの人間が知らないと思われる真実が更に告げられる。

 

 

 

「じゃ、お前の言う『情報変換(データシフト)』の疑問は後回しにして、次の話題に転換すっか……『デジタルフィールド』についてだ」

 

 

 





 ……というわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

 今回で遂に明らかになった……いやまぁ完全に明らかになったわけでは無いんですが、縁芽苦郎と『電脳力者《デューマン》』の存在。そして簡易的に『情報変換《データシフト》』に関する情報も書きなぐりましたね。

 苦郎が語ったのは『デジモンテイマーズ』の……32話あたりの展開を元にした説明です。デジタルワールドでは『水に溺れる』と認識していると溺れますが、一方で『水に溺れない』と認識していれば溺れない。なんかメタフィクションっぽい気もしますが、これも『デジモンがホビーミックスで認知されている』という世界観あってこその事かも。

 一方で前回強キャラ臭をプンプンさせたつもりのフレースヴェルグですが、まぁ、はい。悪党サイドだろうがギャグパートは入りますので、はい。構図見ると結構エグいですね、はい。

 まぁ、ただ闇雲にギャグパートを入れたわけでもないんですがね。構図で言えば『当たり前の日常』から離れようとしている少年達と、一方で『当たり前の日常』を過ごせている悪党達の差異って感じで(後者は『当たり前』と言えるかどうか……)。

 さて、ちゃっかり同じく異能の持ち主である事が発覚した縁芽苦郎ですが、皆さんにはどんなデジモンを宿しているのか予想出来ますでしょうか? 出来たらとりあえず握手しましょう(真顔)。

 では、また次回。

 『どうして姿も音も認識されていないのか?』という根本的な議題を突き詰めていきます。

 感想・ご指摘・要望などがあればいつでもどうぞ~。


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七月十四日――『悪魔の囁きは何を齎すのか』

 割りと早めに更新出来ました。ワンピの二次の方を優先しようと思ったのですが、メモ帳に残っていた文面が結構あったので、それを元に書き進めていたら累計六時間以上ぐらいで書き終わりました。

 今回も前回に引き続きの情報開示回ですが、よくよく考えてみると『第一章』では推理回こそあれど戦闘回とかそっち方面の方が多かったですし、現実世界サイドでは『デジモンがホビーミックスで普及している』という事実を利用した情報の開示回もそれなりに多くする事で、差別化出来ればいいなと思ってます。戦闘回も絶対に入れますけどね!!

 さてさて、それでは物語が再び動き出そうとしている流れな本編をどうぞ~。


 デジタルフィールド。

 

 その単語には、雑賀も『アニメ』で登場した設定としての理解があった。

 

「……確か、それアレだろ。『デジモンテイマーズ』で現実世界にデジモンが『実体化(リアライズ)』する際に生じる、個体によっては小規模な、濃霧の形をして生じる力場の事だろ? 外部からは内部の状況を観測する事は殆ど出来なくて、その位置はデジモンだけが感知出来るっていう……一方で、人間は『特別な情報端末(デジヴァイス)』を介さないと肉眼でしか捉える事が出来ないんだっけか? 全く視えないってわけじゃなかったよな」

 

「ああ。そっちではそうなってるな」

 

 苦郎は当然のようにそう返してから、

 

「それと似ているようで、ちょいと違うモンだ。連中が使っている名称だと『ARDS(アルディス)拡散能力場(かくさんのうりきば)』……ARDSはAnti(アンチ) real(リアル) digital(デジタル) shiht(シフト)の略だったか。そこは『ただの人間』には感知出来ず、仮に視界内に『本当は』存在していたとしても()()()()情報として処理、認識出来ない即席の場なんだ。仮に監視カメラを使ったとしても、そこに残っている映像に『怪しい人物』の姿は観測出来ない。別に古いテレビがザーザー鳴っているわけでもないのに、な」

 

「……それが、例の『消失』事件で明確な『犯人』の姿が観測されなかった理由……? そんな、犯罪者にとっては都合の良過ぎる情報隠蔽が可能なフィールドなんて……」

 

「おかしな話だろ? その中じゃ、仮に警察官が大勢でバリケードを張っていたとしても、そいつ等が『ただの人間』なら『犯人』は顔パスも何も無しに素通り出来るって寸法だ。ハッキリ言って、電脳力者(デューマン)絡みの事件じゃ警察なんてアテには出来んよ」

 

「………………マジかよ」

 

 言わんとしている事が、何となく理解出来た。

 

 死者の魂が向かう場所とされる天国に地獄や、似たように天使や神様が住まうとされている天界と、悪魔や魔王が住まうとされている『魔界』や『冥界』……そういった、名前だけは一般に浸透しているほどに知られていても『実在している光景』を見た事がある人間――正確に言えば、生きている人間はいない。

 

 そして、それと同じように。

 

 人間の目は赤外線や紫外線を見る事が出来ないし、耳で高周波や低周波を聞き取る事も出来ない。

 

 現実ではその強弱を専用の機械で測定し、天気予報という形で情報が世に広まってこそいるが、実際にそれを感知しているのは鉄と電子器具の詰め込まれた機械。

 

 宇宙へ飛び立つロケットで雲をブチ抜いても、天空に国が見えるわけでは無いように、仮に『異世界はある』と過程してみれば、人類がそれを見た事が無い理由が『高度』には無いことが解るのだ。

 

 つまり。

 

「……人間が、五感を介して『感じ取ることが出来ない領域』って事か。科学的に言えば赤外線を浴びた物質は熱を持つし、重力下のあらゆる物体は浮き上がるための力も足場も無ければ何処までも落ちる。それと同じで、人間の目や耳では感じ取れない『力』が何らかの膜を張った事で形成される特異なフィールドって事か……」

 

「ああ」

 

 あの時、雑賀は足しいかに何らかの『違和感』を感じ取っていた。

 

 どうして自分が気付けたのかという疑問に対しては、先のタウン・オブ・ドリームで遭遇した『組織』の女から聞いた『特別性』とやらが絡んでいると思って処理していたが、どうやら実際に『そういう』時条があったようだ。

 

 そして、そこまで考えれば、雑賀が感じ取った『違和感』の正体も明白になる。

 

 そう。

 

「……あの時感じた違和感そのものが、あのウォーターパークに発生していた力場(デジタルフィールド)だったわけか。だから、目や耳を使ったわけでも無いのに頭の方で感じ取れて、正確な位置さえも察知出来たんだな……」

 

「電能力者が『力』を行使した歳、本人の意志に関係無く発生されるわけだからな。俺は感知出来なかったが、お前には感知出来た。多分この辺りは宿ってるデジモンの五感ステータスが関係してるんだろうが、俺が感知出来たのはフレースヴェルグの野郎がお前をブッ飛ばした辺りだったな。要するに、奴が『オニスモン』の力を使った時。当然だがあそこでの出来事は『ただの人間』には誰にも知られなかったから、戦闘で発生した破壊痕の原因も突き止められないだろうな」

 

「……そうか……」

 

 ふざけた話だ、と雑賀は頭を押さえ付けたくなったが、金縛りの掛かった体は動く事も(まま)ならなかった。

 

 今でこそ誘拐事件で収まってこそ居るが、電脳力者(デューマン)は、法の番人たる警察の目の前ですら『何でも』出来るという事だ。

 

 人格によっては実行するであろう盗みも、冤罪の人為発生も、殺人さえも、笑顔のままに横行される。

 

 ……そんな事が毎日起きるような世界になってしまえば、もうおしまいだと言っていい。

 

 突然起きた出来事に混乱し、誰も彼も信用出来なくなる絵図が容易に想像出来てしまう。

 

 その不安を予想しきった上で、苦郎は言葉を紡いだ。

 

「まぁ、お前が危惧してる事は想像付くから先に言っておくが……『そうなる』事を望まない電脳力者だって居るのも事実だ。具体的に言えば、連中――あのフレースヴェルグって奴も入ってる組織に対抗するための枠組みって所か」

 

「……? アイツ等に対抗してる、別の電能力者がそんなにいるってのか?」

 

「中二っぽく言わせてもらうなら、光あらば闇あり、闇あらば光ありって所かね。あるいは、犯罪者に対する警備員か。ともかく、あの鳥野郎が属している組織に比べれば小規模だが、何も対抗してる勢力がいないわけじゃねぇって事だ」

 

 それを聞いた雑賀は、ほんの少しだけ安堵出来た。

 

 少なくとも、これから先たった一人で立ち向かわなければならないわけでは無いことが解ったからだ。

 

「……ちなみに、俺も俺なりの理由でその枠組みに入ってる。わざわざこんな時間に顔出しした理由の一つには、お前にもそれを伝えた上で選択してもらおうと思った事もあるのさ」

 

 雑賀自身、縁芽苦郎の人格を詳しく理解しているわけでは無いが、少なくとも悪人で無い事だけは信じている。

 

「……言いたい事は理解出来た」

 

 だが、抱く疑問はまだ残されている。

 

 それを払拭しない限り、安易に信じることは出来ない。

 

「だけど、お前が俺の事情を知っている一方で、俺はお前の事を知らない。知り合いレベルの付き合いがあるとしても、お前の言葉が本当だったとしても、簡単に首を縦に振る事は出来ない」

 

「……そうか」

 

「お前はさっき、俺やフレースヴェルグ……そしてお前自身の事を電能力者(デューマン)だと言った。俺が『ガルルモン』を宿しているように、フレースヴェルグが『オニスモン』を宿しているように、お前も脳に何かデジモンを宿してるんだろ」

 

「ああ」

 

「お前の目的はあえて聞かない。少なくとも、奴等と敵対関係にあるって事だけは信じられるしな。だから、お前が俺の事を知っているように、俺にもお前に関する事を教えてくれ……同じ枠組みに入るんなら、お互いの情報を認知し合っていても問題は無いはずだろ?」

 

「……そうだな」

 

 恐らく、その問いに関しても苦郎は予想出来ていたのだろう。

 

 自分だけが相手の事を知っていて、その相手は自分の事を何も知らず。

 

 そのような関係では、協力者としての信頼など得られるわけが無いからだ。

 

 溜め息を吐くような調子で肯定すると、やがて面倒くさそうに、本当に溜め息を吐いた。

 

「……先に『警告』しておくが、俺の事は間違っても好夢には言うなよ。それさえ守ってくれれば、他はどうでもいい。俺に関する情報なんて、どうせ奴等の一部には既に知られている事だしな」

 

 その言葉だけで、縁芽苦郎の『理由』は語らずとも理解するには十分だった。

 

 故に、雑賀もその『警告』には異論も疑問も無かった。

 

「解った」

 

 その返事を、確かに聞くと同時に。

 

 苦郎は雑賀の前の前で、その姿を当たり前な調子で変質させていく。

 

 何の予備動作も無く、何の無駄も無いその変容っぷりは、雑賀がこれまで想っていた苦郎のイメージを覆すほどで、まるで――いや確実に自分や縁芽好夢が『知らない場所』で戦い続けてきた証拠のようにも見えた。

 

 まず、制服の端から見える皮膚は全身にかけて濃い目の茶色(ブラウンカラー)を帯びていき、その体表の変化を基軸に頭部からは山羊のように歪曲した二本の角が。

 

 続けて、鋭い爪を生やした両腕の筋肉が発達するのに合わせて白い制服が粒子に分解され、両脚もまた間接が増えて獣のような形に変わると、履いていた黒いズボンや靴もまた必要だと判断された部分だけを残し粒子として吸収される。

 

 その瞳に赤色を宿し、二の腕や腰元には黒色の鎖が巻き付き、終いには背から紫色の膜を張らせた六枚の翼が生えて、彼の変貌は終了した。

 

「……おいおい……」

 

 その外見は悪魔と呼ぶに相応しい、欲望を醸し出す罪の象徴とさえ言えるもの。

 

 その種が司る力は凄まじく、時としては圧倒的な暴力へと変換されるもの。

 

 それを見た雑賀は思わずといった調子で、こう言った。

 

「……そりゃあ、ある意味においてはお前にピッタリと言えなくも無いかもだが……いくら何でも、そんな大物を抱えてやがるとか予想外だぞ」

 

「望んで宿したわけでも無いし、盛大な椅子取りゲームの結果としか言えん()()()()

 

 その口調もまた、その種に相応しい物へと変質しているように思えた。

 

 雰囲気も口調も何もかもが異なる彼に向けて、雑賀はその種の名を紡いだ。

 

 

 

「……()()()()()()の『()()()()()()』。こういう場合は頼もしいと言うべきか、それとも恐ろしいと言うべきなのか分からないな……」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 同じ頃、同じような状況と同じような部屋の中にて。

 

 とある青年の、深層にまで沈み込んでいた意識が回復し、その瞳が暗闇に開いていた。

 

 司弩蒼矢(しどそうや)

 

 つい数刻前まで、とある狼男と死闘(高確率)を繰り広げたバケモノに成っていた、隻腕隻脚の青年だった。

 

「……ぅ……」

 

 その意識は朦朧としていて、実を言えばその原因たる人物も同じような状況だった事を彼は知らない。

 

 状況を確認する前に消毒用のアルコールの匂いが鼻に付いたので、彼は自らが置かれた状況を瞬時に理解出来た。

 

 そして、自身が未だに隻腕と隻脚であるままこの場に居るという事が、どういう事を意味しているのかも。

 

(……僕は負けた、のか……)

 

 単なる競技でのそれとは、全く違う意味合いを持った二文字の言葉。

 

 それが、彼の頭に深く深く突き刺さっていた。

 

「………………」

 

 あれだけの有利条件が重なった場で、敗北(それ)に繋がる要素など考えられなかったのに。

 

 他でもない、自分自身の『これから』が掛かっていたのに、負けた。

 

 顔も見た事さえ無いであろう相手に、掲げていた理由も、闘う意思さえも否定された。

 

 何より、こうして生かされたまま病院に送られた。

 

「……くそっ……」

 

 悔しい、という感情が沸き立つ前に、根本的な部分で彼は苦悩していた。

 

 あの行動が『正しい』行いでは無い事ぐらいは明らかだった……が、それなら自分にどういう手段が残されていたのか?

 

 何事を行うのにも必要な腕も、地を蹴り歩を進めるための二本の脚も、それぞれ一つ失って。

 

 自分の個性を引き立たせる事で、その存在を認めさせるのも出来なくなって。

 

 病院で療養生活を送り続けていても、心中に不満は募り続けて。

 

 心の何処かでは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分に、何が、出来た?

 

 分からない。

 

「……牙絡、雑賀……」

 

 自身を打ち負かした相手の名を呟くが、そこにはもう敵意も殺意も無かった。

 

 まるで、全てを失って、意思も何もかもが霧散してしまったかのように。

 

 そんな状態だったからなのか、あるいは行動の起点となっていた理由さえも解らなくなっていたからなのか、今の彼に電脳力者(デューマン)としての力を行使する事は出来もしなかった。

 

 そして、行使しようとも思えなかった。

 

 彼の意識は、再び深海のように深き無想へと沈んでいく。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 雑賀で言う『情報変換(データシフト)』を解除したらしい苦郎は、その姿を元の制服姿へとあっさり戻していた。

 

「え、制服とかズボンとか、そういうのも戻るのか? 司弩蒼矢の時もそうだったが」

 

「身に纏っている衣類とかは、肉体を変化させる過程で邪魔だと判断された場合、あんな感じでデータの粒子に変換して『肉体の一部』として吸収されるのさ。よく、女の変身ヒーロー物とかでも衣類が丸ごと変わった後、変身を解除した時にはあっさり『元の形』に戻ってただろ? それと似た理屈だ」

 

「……ちょっと待て。『肉体の一部』として吸収されるって事は、つまるところ変身の後の姿で外傷とか受けた場合……」

 

「まぁ、確実に欠損するわな。お前みたいに『獣型』のデジモンの力を行使する場合、骨や肉とか皮膚の次に『身に纏っている物』が変換の対象になる。俺みたいな悪魔……いや『魔王型』に関しては、種によって変わるんだが……()()ぐらいは衣類とかを一部『巻き込んで』変換する事になるだろうな。現に、俺は腕とか脚とかの部分的な変化が大きいから、あんな感じで制服もズボンも粒子変換されてただろ」

 

「うわ、マジでか!? あの時の戦いの最後の辺りで、俺思いっきり氷の矢とか食らってたわけなんだけど!!」

 

 どうやら、原型となるデジモンの種族――そしてその骨格によって、身に纏う衣類にも影響は出るらしい。

 

 変身ヒーローの定番――と言えば簡単に思えるが、実際に『それ』が起きる事はまずありえないと言っていい。

 

 粒子だろうが量子だろうが、物体を粒状に変換して、また必要な時に『元の形』に修繕されることなど、実際はSFよりもファンタジー色の方が濃いぐらいだ。

 

 それならまだ、衣類の上からアーマーやら何やらを新たに纏っている方が、現実味があるレベルだろう。

 

「……つくづく不思議なもんだ。物理法則って何なの? アテに出来ないのは警察だけじゃないって事かよ」

 

「まずは『()()()()()()()()()()()()』って前提を受け入れてもらわないとな。現実世界だからイレギュラーっぷりが引き立ってるってだけで、デジタルワールドではそんなにおかしい事でも無いかもしれねぇし」

 

 雑賀には当然知る由も無い事だが、実際に彼の友である紅炎勇輝は『感情』を力に変換する事で危機を脱している。

 

 その仲間となったデジモンも、同じく。

 

 物理法則を越えた力を敵味方の両方が行使出来るという事は、これまでの常識をある程度捨て去る必要があるのだろう。

 

 既に体験しているからか、雑賀は『それ』に対して拒絶する事も無かった()

 

「……ところで、結局あのフレースヴェルグ……あと、勇輝を『ギルモン』としてデジタルワールド送りにした奴の属する『組織』ってのは何なんだ? 『タウン・オブ・ドリーム』で俺に情報提供した()()()曰く、勇輝の存在が重要になってるらしいが……」

 

 根本的に、敵となる『組織』の思惑は不透明だ。

 

 自分よりもこの手の問題に対面してきたであろう苦郎なら、何かを知っているかもと雑賀は期待したが、

 

「それについては俺も解らん。成った種族が『ギルモン』である事を考えると『デジタルハザード』の刻印が何か絡んでるのは確実だろうが、それで具体的に何をしようとしているのかまでは解らない。単純に世界崩壊とかを考えてるわけじゃないっぽいしな……」

 

 どうやら、その『組織』の目的は苦郎も把握してはいないらしい。

 

 だが、返事を返した直後に彼は言葉を紡いだ。

 

「ただ、その組織の名前はハッキリしてる。以前相対した時、割りとあっさり口を開いたからな」

 

「……俺と会話した時には『組織』としか言ってこなかったんだが」

 

「知らん。犯行前に予告状を送る怪盗でもあるまいし、その時には必要性を感じなかったからじゃないか? あるいは、お前が当時『未覚醒者』だったからか」

 

 そう言われると、どうにも反論出来そうにも無かったので黙り込む雑賀。

 

 それに構う事も無く、苦郎は既に知っていた情報として告げる。

 

「奴等の属する『組織』の名前はな――――」

 

 決定的な、それでいて不透明なその名を。

 

 

 

 

 

「――――『シナリオライター』。そう言うそうだ」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 対話が終わり、病室から出て行った縁芽苦郎は自宅に戻っていた。

 

 彼は半ば無断で病室に入っていた立場のだが、彼が居た痕跡は現実に残されてはいないだろう。

 

 牙絡雑賀との会話を開始する以前に、既に彼は電脳力者(デューマン)としての『力』を行使して情報を遮断していたのだから。

 

 尤も、閉じている扉や窓を開けたままにしたり、電気を付けたりすると『記録に残る物』はあるので、彼が侵入……そして脱出に使ったルートは自動ドアが存在するロビーでは無く、洗濯物を干したりドクターヘリを利用するのに使われているのであろう屋上だった。

 

 落下防止用に人の背丈と同程度の柵が設置されていたが、彼はそれをよじ登る事も無く、その体を雑賀の目の前で見せた『ベルフェモン』を原型とした物へと変異させると、六枚の翼を羽ばたかせて病院の敷地内から飛び立ったのだ。

 

 そうして、肉体を変異させたままマンションにある自宅の玄関前へと着地し、閉じられている扉に鍵をピッキングでもするかのように慎重に差し込み、彼自身が小規模に展開している力場(デジタルフィールド)の効力によって音も無く室内に入っていく。

 

 あくまでも『ただの人間』の範疇に入る親は目撃する以前に眠っており、当然この時間帯になると縁芽好夢も同じく寝床に着いていた。

 

 自室に戻った彼は、状況を確認し終えると肉体を変異させている『力』を解除する。

 

 

 

「……がふっ」

 

 

 

 途端に、彼は自身の()()の部分を左手で押さえ付け、口から出さざるも得なかった物を右手の中に吐き出した。

 

 その色は、()()()()

 

 だが、それを見ても彼は何の動揺も見せず、その吐き出した物をティッシュで即座に拭き取ると、何ら変わらない調子で寝床の上に横になった。

 

 つまる所、そんな生活を彼はずっと前から続けていた。

 

 それが、彼にとっては『()()()()の日常』となっていただけだった。




 
 ……さて、そんなこんなで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

 今回の話ではデジタルフィールド……この世界観では『ARDS拡散能力場』と呼ぶ事にしている、現実世界編において最重要となるデューマンの能力の片鱗(むしろこっちが本領かも)を説明してみました。

 デジモンテイマーズにおいてのアレとは異なり、根本的に力場そのものを電脳力者が自動で発生させているわけなので、今回の話の後半を見ての通り『移動し続ける力場』でもあり、当然ながら『ただの人間』に対しては情報のフィルタリングが掛かっているわけですが……勘の良い人なら、案外この設定だけで色々推理している人もいるかもしれませんね。いぇい。

 現実世界に電脳の力場を発生させるという点だけを見れば、実を言うとアニメ版のロックマンエグゼ……『アクセス』『ストリーム』『ビースト(+も)』の三作品に共通して登場している『ディメンショナルエリア』の設定と類似していますが、根本的に違う要素が絡んでいるのもあって、全く『別の代物』です。

 例題として『天国』や『地獄』とか、そういう物を挙げてみましたが、逆に解りにくくなってたら申し訳が有りません。



 それと、ちゃっかり雑賀に負けて病院送りになったもう一人こと蒼矢くんも早速再登場です。

 彼のこれからはどうなるのか、そもそも彼が『先』に進むためには家族とかそういう部分での『恐怖心』と向き合わなければならないのですが、はてさてそれはいつになるのやら……当然、このまま負け犬のまま捨てるつもりはございませんので、このキャラが好きなお方が居るのであればお楽しみに。



 そして終いにはって感じですが、もの凄くあっさりと開示された、縁芽苦郎に宿るデジモン――『ベルフェモン』。

 Pixivで取り扱っている『企画』を見てくださっているお方なら何となく知ってたかもしれませんが、自分はこの『ベルフェモン』というデジモンが結構好きでして。設定にも不透明な部分が多いだけに、この作品においてもレギュラー入りが確定しておりました。

 伏線は色々置いてました。『だらけきった態度』『昼間だろうがよく眠る』……何より、名前自体がカタカナ表記にすればかなりのヒントになりましたからね。文字を二文字取るだけであっさりです。

 ユカリメ・クロウ →→ ユカリメ・クロー →→ ユーカリ・クロー。

 ……ええ、はい。ベルフェモンの成長期の姿こと『ファスコモン』の必殺技『ユーカリクロー』が、縁芽苦郎の名を思いついた切っ掛けだったのです。実際に『縁芽』って苗字としてもアリだと思えましたしね。結構自信を持ったネーミングでした。

 

 ん? こんだけ情報を開示しておいて、謎のストックは枯渇気味なのでは、ですと?(幻聴)

 大丈夫です。縁芽苦郎に関してはまだ秘密にしている事がありますし、作中でも語られている通り『既に敵にも知られている情報』なので、わざわざ秘匿するレベルの情報でもなかったですし、何より彼の分類する『二つのモード』に関しても描写してませんし。

 さてさて、次回でやっと『七月十四日』は朝になります。長い夜だった……(文字数的な意味で)。

 では、感想・質問・要望などあれば、いつでもどうぞ~。



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七月十四日――『賑やかな朝、揺らぎ行く者は』

更新がここまで遅れて申し訳ありません!!

ポケダン小説とか色々書くものが増えたりした事を言い訳にしても、流石に三ヶ月も空けてしまったのは譲歩出来ないレベルって事で、何とか(後半が若干難産に思えながらも)更新出来ました。

皆さんはデジモンアドベンチャートライを見れましたか? 自分は見れてません(血涙)。

それでは、あんまり長い前書きにするのもアレなので、早速本編をどうぞ。


 七月十四日――その朝方。

 

 縁芽好夢は、今日もまた登校の時間だった。

 

 高校の基本的な登校時間が全日制の場合は八時頃、通信制の場合は九時頃を基準としており、中学生の基本的な登校時間と言えば前者に近い物だったりしている。

 

 そういうわけなので。

 

「うおおおおおおおおおお!!?」

 

 現在位置・自宅。

 

 何故かそんな時間になってから意識を覚醒させるに至ってしまった現役女子中学生こと好夢ちゃん(13さい)は、デジタル時計が刻んでいる『AM7:32』という絶望的な数字を目にすると同時、開口一番からムンクの叫びの如く大声を発していた。

 

 意識を覚醒させて間も無いという状況の時点で当然だが、彼女が現在見につけている物は未だにパジャマのまま。

 

 何もかもが初期装備状態の彼女が、このような状況に陥ってしまった理由はと言えば、

 

(……昨夜珍しく外出していた苦郎にぃがいつ頃帰ってくるのか軽く深夜まで耐久して、もう深夜近くになった辺りで寝落ちしちゃったんだ……っていうか目覚まし時計のスイッチ入れ忘れてるし!! わぁ、うわぁ、なんてこったーっ!!)

 

 まだ一般的な高校生レベルの成長さえしていない体な好夢に、深夜バージョンの睡魔に耐えうるほどの耐久力は無かったのだ。

 

 これは、規則正しい生活リズムで過ごして来た者が、いきなり不順な方向へシフトしようとした結果。

 

 そして、好夢は気になってある意味においての張本人が眠っているのであろう部屋の扉の前に立つ。

 

 居なかったら大変だ。居たら居たで眠っているかだらけているはずだ。

 

 そう思いながら扉を開けた彼女が目にした物は、

 

「……んぉ、珍しく起きるの遅かったな。おはよう」

 

 何と、いうか。

 

 征服は割りとキッチリ着られているし、洗顔でも済ませてきたのか、普段と比較すると眠気を感じさせない顔立ちだし、既に登校前の準備は済んでいるようだし、なんというか余裕ありすぎだし――――と、一見悪い部分が何も見受けられない状態の縁目苦郎の姿があった。

 

 好夢の知る普段の彼との差異もあり、本当ならば素直に感心か疑心でも抱くべき場面ではあるのだが、それでも好夢は問いを出していた。

 

「……なんで珍しく早起きしてると思ったら、今度はあたしの事を起こしてくれなかったの?」

 

 言っている自分自身、変だと思える言葉だった。

 

 対する苦郎の返答はシンプルな物で、

 

「いやぁ、正直好夢の部屋まで入って起こすのが面倒だったし、仮に起こしてたとしても俺が得する事も無かったし、まぁ要するにメンドくさかった。それだけ」

 

「薄情すぎる!! そりゃあ血を分けた関係じゃないのは解ってるけど、それにしたってそれが妹に対する兄の対応なわけ!?」

 

「対応なわけです。つーか、逆に聞くけど普段から早起きの好夢がどうして寝坊してんだ? 根本的な事を言うけど、それはお前の自業自得って奴だよ。ほら、さっさと用意しないと遅刻するぞ」

 

「うぐっ……」

 

 それを言われると反論が出来ない、といった顔で口篭る好夢。

 

 寝坊以前に夜更かしの理由が理由なので、これ以上食い下がろうとすると面倒な話題に発展しかねないからだ。

 

 しかし、それでも好夢には一つだけ聞いておきたいことがあった。

 

「……でも、実際のところ苦郎にぃは何処に行ってたの? 昨日、雑賀にぃの家から帰ってきたら、いつの間にか家からいなくなってたし……」

 

「あぁ、そんな事か」

 

 苦郎は一度、相槌を打ってからこう答えた。

 

「別に大した事はしてないさ。ちょいと使い過ぎたシャーペンの芯と、夜を更かす用にコーヒーの補充にコンビニに行って……まぁ、後は()()()()()()()()ってところだな」

 

「本当に? 隠してる事なんて無いよね?」

 

 そんな事を聞いてしまえば、思惑次第で嘘を吐くか、適当に返される事ぐらいは理解していた。

 

 そして、苦郎はさも当然のように、()()()()()()()こう言った。

 

「お前相手に嘘を吐く理由があるかよ。大体お前、俺が隠してたエロ本とか全部掻っ攫って行ったじゃねぇか。今更隠している事があるとすれば俺が実は清純なメイドっ()よりも墜天使染みたダーク系の衣装を着たタイプのが好みだって事ぐらいだよ」

 

 限り無く適当な声調な上に、果てしなくどうでもいい事だった。

 

 それだけならまだ踵を返すだけで済んだのだが、清純という言葉とは対極に位置するとしか思えないこの兄は更に余計な事を言いやがった。

 

「まぁ、夜遊びも程々にな。好夢に十八禁モノの世界は早すぎる。もうちょっと成長して、童貞の下半身ぐらいは起こせるようになってから」

 

「一生沈んでろ」

 

 そんなわけで。

 

 愚かにも会話の途中で視線を女性としての魅力が集約されるであろう部位即ちお胸サマの方へ向けながら地雷を踏み抜いたクソ野郎はそのまま好夢の(割りと本気な)右ストレートを受けて以下略なのだった。

 

 本当ならばそのまま連続で締め技の体勢に移行したかった所だが、生憎こんな事で時間を消費出来るだけの余裕も残されていないので、好夢はリビングで既に作り置きされていたトーストと温野菜のサラダと卵焼きを丸ごと物理的にサンドイッチにすると、さながら圧縮でもするかのように食べ、幸運にも先日の時点で用意を済ませていた荷物を手に、制服に着替えて出発する。

 

 縁芽好夢は、学校に向かう際に徒歩による通学を基本としていて、このような状況でそれを強行すればどんな事態に陥るか、理解もしている。

 

 つまるところ、食べて直ぐに運動をしているのに等しいわけなので、胃というか腹の中が痛かった。

 

(残り時間は……13分!! ショートカットなんてまず無いし、もうこれ全力で走っても間に合わないんじゃ…………いや、諦めない。遅刻なんて絶対にやだ!! そんな事になったら叉美のヤツに笑われる!!」

 

 とにかく限界とか痛みとかを無視して脱兎の如く疾走する。

 

 大きな事件が起きていようが何だろうが、今日も東京の人だかりに変化は無かった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ベッドの上で横になっている状態は、長く続くと安らぎではなく苦痛を覚える事があるらしい。

 

 窓際にかけられた真っ白なカーテンの隙間から日光が差し掛かってきた頃、牙絡雑賀は目を覚ますと同時にそんな感想を漏らしていた。

 

 体が普段よりも重く、肌寒さから防護するための布団や酸素供給用のマスクさえ窮屈に感じられてしまう。

 

 本当に苦しそうな、あるいは開放感を宿した声と共に上半身を起き上げさせ、口元のマスクを外すと不意に欠伸が出た。

 

 どれぐらい眠っていたのか――それを確かめようと周囲を見回していると、ちょうど背後の方に医者や患者の視点からも診見やすいようにするためか、やけに電波時計染みた機材が壁に設置されており、それが時刻や湿度の情報を記載していた。

 

(……病院ってのも、見ない内に近未来っぽくなってきたのかねぇ……)

 

 そうこう考えていると、何やら壮年の痩せ細った医者が一人、ドアを開けて部屋に入ってきた。

 

 縁芽苦郎との邂逅の際には体が金縛りの状態にあったため確認出来なかったが、どうやらこの病室は雑賀以外の病人がいない個室の空間だったらしい。

 

 漫画であれば横に線を引くだけで表現出来そうな目をしたその医者は、目を覚ました雑賀を見て開口一番からこう漏らしていた。

 

「ほっほーい、とりあえずは無事なようだね?」

 

「……色々すっ飛ばしてそんな事を問われても、反応に困るんですけど」

 

 自己紹介も、怪我人に対する気遣いの言葉も無し。

 

 いかにもマイペース一本道でやってますといった雰囲気に、割と最近は変人との絡みが増加気味の雑賀でも対応に困ってしまう。

 

 構わず、その医者は面白そうに言葉を紡ぐ。

 

「見た感じ目立った怪我も後遺症も無し。強いて言うなら、多少の打撲に出血ぐらい。救急車で担ぎこまれた当時は痙攣でもしたかのように身体機能が麻痺していたようだけど、全身にスタンガンを丹念に打ち込まれでもしたのかな?」

 

「そんな覚えは無いんですけど……っていうか、なんでそんな面白そうな顔してんですか」

 

「面白いかどうかと聞かれると、まぁ確かにね。何と言っても、とっくに診察時間を終えた深夜の頃に病院に搬送された子がいると聞いて診察してみれば、実際には頭蓋骨にヒビが入っているわけでも無かったわけだし? ヤクザか何かに絡まれたのなら、もっと酷い怪我になっているのではと思ってたよ。いやはや、通報した『誰かさん』が強かったのか、あるいは自作自演なのかな?」

 

「……自作自演で手術台に乗ろうとするヤツなんていないでしょうよ。つーか、通報したのって……」

 

 雑賀がそう問いを出すと、壮年の医者は『うん?』と首を傾げてから、

 

「ああ、救急車の運転手に聞いた話だと、通報を受けて駆けつけた時には気絶した君の姿だけだったとの事だよ? 肝心の通報者は近場の電話ボックスを使って居場所を伝えただけで、影も形も無かったようだし」

 

「………………」

 

 医者から告げられた内容に、雑賀は僅かに沈黙する。

 

 その意味を理解したのか、あるいはどうでも良い事なのか、医者はただ事後報告の言葉のみを残す。

 

「まぁ、体が無事なら入院までさせる必要は無いと判断するけど、頭に巻いた包帯はしばらく外さないようにね? 打撲はともかく、頭を強く打ったのか出血はあったのだから」

 

 言うだけ言って、その医者は病室から出て行った。

 

 言われて初めて頭に巻かれた包帯の存在に気が付いた雑賀は、ふと後頭部の方に右手を当ててみた。

 

 ズキリとした痛みが奔り、自分がどれぐらいの怪我をしたのか嫌でも実感させられる。

 

 フレースヴェルグに吹き飛ばされた後にどんな事があったのかは解らないが、少なくとも後頭部を強く打ち付けるような出来事があったのは間違いなかった。

 

 その上で、

 

(……骨は折れたりしてない。本当に、あの医者が言った通り無事なんだな……)

 

 生きている、という事実に少なからず驚いていた。

 

 人間の頭蓋骨は数メートルほどの高さから垂直に落とされただけで割れるらしいが、実際に落ちたことも無い状態から暴風に吹き飛ばされるという体験をした所為か、実際に起きたのであろう出来事に実感が湧かなかった。

 

 思えば、あの時は体が『情報変換(データシフト)』によって変化していたが――それも理由の一つなのだろうか。

 

 考えても答えは出せそうに無いので、雑賀はやがて考える事を止めてベッドから体を起こした。

 

 先日の出来事の全てが現実だと指し示すように、鈍い痛みが体の各部から感じられる。

 

「……っ……」

 

 少なくとも病院着のまま外出するわけにもいかないので、自分の衣服を回収したのであろう人の居る場所へ向かおう、と雑賀は行動の指針を決定する。

 

 ふと、脳裏には先日戦った男の姿が過ぎったが、

 

(……病院に居るか、居ないかを確認するだけにしよう。アイツの問題は、きっと俺がどうこうした所で解決出来るもんじゃない)

 

 ただでさえ、抱えている問題は多かった。

 

 それまでの事も、これからの事も、他ならぬ自分自身の事すらも。

 

 友達を助けたい――そう思っていながら、彼に他者の事を優先させられるほどの余裕は無かった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 野弧霧(のこぎり)中学校(ちゅうがっこう)

 

 それが日本の首都とされる東京の中に健在する中学校の一つで、縁芽好夢が通う学校の名前だった。

 

(……うぅ、滅茶苦茶お腹痛いし気持ち悪いわ……吐かないように意識しないと……)

 

 一時間目の授業を終え、束の間の休み時間に突入した頃、好夢の心境は最悪の一言だった。

 

 結果から言って、何とか遅刻は免れたのだが、食後五分もしない内に全力のダッシュを決行した結果として好夢の胃の中は軽くスパイラル状態になっていた。

 

 パン系の食べ物が割りと消化しやすい物である事は間違い無いのだが、今回は急ぎすぎた上にパリッパリに焼きが付いたトースト――それにサラダ(ドレッシング投入済み)を乗せ挟んで食べたため、流石に胃が許容出来る状況のラインを跳び越えていたのだ。

 

 その上、朝礼の時間を過ぎて一時間目の授業へ移ろうと指定の場所へと向かう途中、捏倉叉美から『おや? 何やら食欲をそそる香りが……おやおや、少女マンガのテンプレ展開よろしく食パンかサンドイッチでも口にしながら投稿したのかな。口元に食べカスとドレッシングが残ってるぞ』と絶対語尾には(笑)と付いているに違いない顔で言われてしまい、結局は恥をかく形になってしまう事に。

 

 もう、何というか踏んだり蹴ったりだった。

 

 一応、授業が始まる前に水道の水で最低限の洗浄は済ませたものの、過去に起きた事実は何も変わらないわけで。

 

(……あー畜生、慣れない事をした矢先にこれだよ。あの女、犬か何かみたいに鼻が効くっての……?)

 

 心の中で笑みを浮かべるドヤ顔女子に向けて毒を吐いてみるものの、現実では確実にカウンターを食らいそうだったので結局は空しく思えてくる。

 

 と、

 

「おう、ドジっ子キャラが似合わない系の好夢くん。調子はどうかね?」

 

「おかげさまで最悪だよクソったれ……」

 

 突如横合いから張本人に声を掛けられ、ほぼ反射的に思った事を口にする好夢。

 

 一方で余裕たっぷりといった表情の叉美は、そんな反応などどうでもいいといった調子で言葉を紡ぎ出す。

 

「案の定、今日も授業は午前中オンリーなわけだけど辛いねぇ。期末テストが迫っているのはいいよ。午後の授業が無い分として宿題が強化されるのもいいよ。例の事件があろうと無かろうと、ああいうイヤーな行事が残っている事も別にいいよ。でもなー、流石に『アレ』はどうかと思うのだよ?」

 

「……あー」

 

 叉美の言葉の内――特に『アレ』と呼んでいる物に対して、好夢は心当たりを思い返すかのように気の抜けた声を発した。

 

「そういやあんたって、運動音痴(うんち)なんだっけ?」

 

「単純に疲れる事をしたくないってだけだからその略し方はやめてくれないか。私は君みたいな運動会系ではなく、インテリ系の女なのだから」

 

「まぁ、あたしは『アレ』……別に嫌いじゃないけどなぁ。遊び心も入ってるし、擬似的な警察官の真似事と考えれば貴重な経験にもなるし」

 

「君からすればそうかもしれないが……うーむ、今回の『役』はどうなるのやら……」

 

「あたしは『追い回される』側に立ちたいなぁ……流石に、四時間目にもなれば調子も戻るだろうし」

 

「こういう時に限っては君が羨ましいよ。何というか、私は走り回ることに向いていない。抱えているモノが重いのもあるが、正直面倒だしなぁ……」

 

「……流れるように巨乳アピールしてんじゃないわよ潰すぞ」

 

 一瞬で声のトーンが低くなってヒロインというかお化け屋敷のスタッフみたいな声になった好夢を無視し、叉美はうんざりしたような声調で未来に起こるであろう事を口にする。

 

 あるいは、こんなご時世だからでこそ、突発的なアイデアで生み出された行事の名前を。

 

「……防犯オリエンテーション、かぁ……」





 ……と、いうわけで最新話ですが、いかがだったでしょうか?

 今回の話は、数話前のくらーい中で蠢いているって感じの雰囲気から一転、賑やかな『学生の日常』の一部を描かせていただきました。実際問題、リアルに食パン食べながら登校するような場面になる女の子っているんでしょうかね?

 そしてデジモンを原作に挙げた小説でありながら致命的と言っていいほどのデジモン要素皆無っぷり。仕方無いんや!! 特にデジモンとかに関係が薄い場面で急にデジモンの話題をキャラに切り出させても仕方ないし、肝心の雑賀や苦郎は隠し事してる流れですし……当然デジモンの要素も加えていくのは確定ですが、まだしばらく楽しい楽しい日常回になる事をご承知ください。

 それでは次回、とある作者さんのイメージキャラ(許可取得済み)が登場するかもしれないってのはともかく、楽しい楽しい『防犯オリエンテーション』の話です。

 お楽しみに。


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七月十四日――『見向きもされない暴力の袋格子』

一ヶ月ギリギリ間に合わず更新。かなーり難産気味のお話となっております。

デジモンワールド最新作、まさかのシャウトモン&ガムドラモン参戦はすげぇ嬉しいです。何だかんだ言ってクロウォはアニメ版のストーリーを除けば良い線行ってましたし、自分としてはかなり好きな部類だったり。漫画版とかもっと続いて欲しかった部類ですし、素材としては普通に良いと思うんですよ。

そんなわけで、実を言うとクロウォ勢のデジモンもこの作品で出る可能性が微レ存だったり。過度に出すとややこしくなるので今のところは未定の範囲ですが。

では、本編をどうぞ。


 

 病院の入り口付近にて。

 

 牙絡雑賀は、自分のスマートフォンを手にしたまま硬直していた。

 

 彼が着ているものはファンタジー物に出てくる魔法使いか何かが羽織っているローブにも似た病院着ではなく、白と黒が上下に分かれた一般的な学校の制服となっていて、頭部には止血のための包帯が少し厚めに巻かれている。

 

 何故元々着ていたシャツとズボンでは無いのか? と問われれば、戦闘を含めた諸々の出来事が原因で生地が血に染まった上に『もうそれってシャツというかインナーだよね?』級の大惨事となっていて、衣類としての役割を担う事などまず出来ない状態に陥っていたからに尽きる。

 

 その一方で、司弩蒼矢を探す際には持っていかなかった携帯電話や制服が病院側で用意されていたのは何故か。

 

 事情を知る看護婦さん曰く、

 

(昨日、母親のお方が知らせを聞いてやってきたんですよ。命に別状が無い事を確認すると、直ぐ自宅に戻って必要な衣類やスマートフォンを用意してくれたんです。あぁ、そうそう。牙絡様が『意識を取り戻して病院を出る時になったら』という条件で伝言をお願いされていまして。それが……)

 

(学校はいいからとりあえず家に帰ってきて、か。もう既に良い予感がしないんだが、行かなきゃダメだよなぁ……)

 

 先日の夜間に『すぐ帰ってくる』などと言っておきながら病院送りなのだから、確実に母親である牙絡栄華(がらくえいが)は激怒しているに違いない、と雑賀は考えるが、

 

(……だって、仮にも逃げたりでもしたらそれこそ逆効果だし……ていうか、色々と罪悪感が込みあがってくるし……腹も減ってるし……)

 

 激おこぶんぶん丸と化しているかもしれない母親の姿を想像して、もう全力で土下座の心構えを整えようとして、それでもやっぱり超こえーので私欲な事情を刷り込ませて納得しようとする雑賀。

 

 何だかんだ言っても、子供は親の怒声というものを潜在的に恐れる生き物らしい。

 

 不思議と、歩を進めようとする足の後ろに巨大な重石でも取り付けられているかのような錯覚さえ生まれている。

 

 朝の東京は相も変わらず車のエンジン音や人海の環境音で賑わっており、やはり件の『消失事件』の事など何処吹く風といった『平常』通りの街並みだった。一見何も変わっていないようにしか見えないし、一般の目線からすれば本当に何の変化も存在しないとしか思えていないのだろう。

 

 顔も知らない誰かが突然に行方不明になりました。へぇ、そりゃあまた物騒な話だね。それがどうかしたの? と他人事を言っている風な空気を感じる。

 

「…………」

 

 気付けないのはある意味においては普通だし、むしろ気付けている自分自身の方が異常なのは理解していた。

 

 だがそれでも、雑賀はいっそのこと苛立ちにも似た感情を抱いていた。

 

 本当にそんな事を考えているのかどうかまではともかく、視界に映る人間の大半が『明日もきっと同じ日が続くに違いない』と、まるで退屈でもしているように、安心しているかのような表情で過ごしているからだ。

 

 そう。

 

 たった今、雑賀が『情報変換(データシフト)』の力を使って、万が一にでも『その気』になってしまえば、簡単に大量殺人事件を発生させてしまえると他の誰でもない雑賀自身が思うほどに。

 

(……ちくしょう)

 

 自分にも出来る事は、当然『同じ力』を持った別の誰かにだって出来る事。

 

 その現実を認識しただけで、過去にも見慣れた風景は一変して無防備なる狩り場という印象に早変わりする。

 

 危険な要素なんて、目に見える範囲には無いはずだったのに、何かが起きる事を恐れて神経質になってしまっている自分の存在がえらく場違いに思えてくる。

 

(……平和ボケって奴じゃないんだとは思うけど、見ていて不安だ。同じ街の中で不規則に起きている出来事である以上、自分も当事者の一人であるっていう自覚が無いのか? 突然に巻き込まれちまう可能性だって十分あるのに……)

 

 いちいち不安を煽る話題に付きっ切りでいても仕方が無い――それに一理も無いわけでは無いのだが。

 

 疑問と戦いの一夜を過ぎた雑賀は、自分が普通の人間の五感では認識出来ないモノを認識、理解出来ることを知った。

 

 そして理解出来るからでこそ、一般の視野では確認出来ないイレギュラーの存在に対して神経質になってしまっている。

 

(……にしても、なんか変な感じが――)

 

 だからでこそ、だろうか。

 

 ふと、道路の十字交差点――その角の部分に建築されていた五階層ほどの簡素な造りのビジネスホテルから、より正確に言えばそれと隣接している高層ビルの間に存在する隙間――裏路地の方から、捨てられたゴミ袋とはまた違う不快な何かの『ニオイ』を感じ取れてしまったのは。

 

「…………」

 

 司弩蒼矢を探した『あの時』よりも鮮明に感じ取れる、それでいて根本的に『何かが違う』と判別出来るその雰囲気。

 

 周囲の人込みの中で、それに気が付いている人物の有無は不明だし、そもそも裏路地など興味心で覗き込もうとする人間は少ない。

 

 不意に雑賀の脳裏には縁芽苦郎――自分よりもずっと強い力を有した相手の存在が過ぎったが、思えばそもそも彼の電話番号は自前のスマートフォンに登録されていなかった気がするし、今から電話したところで苦郎が到着するより先に『ニオイの元』が何処かへ行ってしまう可能性がある。

 

 悩む事が出来るだけの余裕は、無かった。

 

(……行くしか、ねぇ)

 

 自身の安全を優先し、見て見ぬフリをするという選択肢もあるにはあった。

 

 それでも、

 

(……見逃したら、それ自体をいつか後悔する。そんなのは、イヤだ)

 

 この状況で『力』を使うと妙な騒ぎが起きそうなので、雑賀はひとまず人目が付かない場所へ移る事にした。

 

 周囲を見回し、ホテルから少し離れた位置に建築されていた立体駐車場を発見すると、彼は周りで行き交う人々の視線を下手に集めないように注意しながら移動する。

 

 駐車か運転ぐらいにしか使われないためか、多くの車が泊められている一方で人の姿は全く見えない。

 

 立体駐車場には車上荒しや不正駐車を防ぐための一環として監視カメラが設置されているが、大抵その位置は決まって天井――それも『死角』を無くすことに重点を置いてか空間の四隅の部分だったりする。

 

 それ故に、天井が存在しない屋上部分だけは何処にも監視カメラが存在せず、とても解りやすい『死角』となっていた。

 

(……まぁ、本当に天井が無いってだけで監視カメラが無いのかって点に関しては半信半疑だったが、まずは何とかなったな)

 

 勘が正しければ、ニオイの元である電脳力者(デューマン)は、まだ裏路地の中から動いていないようだ。

 

 どうやら短時間で終わる用件ではなく、それなりに時間をかける要件に『力』を使っているらしい。

 

 エレベーターを介して屋上に到着した雑賀は、ひとまず辺りを見回して誰もいない事を確認すると、瞳を閉じて意識を一点に集中させる。

 

 一度でも経験を積んだからなのか、自分自身を書き変える感覚自体は掴めていた。

 

 両手には獲物を引き裂く鋭い爪を、両足には素早く地を駆ける強靭な脚を、口には爪と同じ役割を担いながらもそれ以上に鋭利な牙を、そして何より全身には誇り高き狼の毛皮を――――そんなイメージを自分自身の肉体に投影させ、それを留めるよう努める。

 

 直後に鼻と上顎が自ら突き出しマズルを形成し始め、両腕は少しだけ太く発達し、手の方は指先に鋭い爪が生え始め、腰元から細長いライオンのそれにも似た尻尾が生え始め、両足は親指の位置が踝の近くにまで移動した上で間接も増えて獣らしい形に変わり、銀色の体毛が全身各部に刃を形作りながら生える――そんな感覚が全身を駆け巡り、瞬く間に雑賀の肉体は狼男にも似た異形へと変異し、纏っていた衣類は黒いズボンだけをズタボロに残して粒子に分解される。

 

 そして、それと同時に牙絡雑賀の存在は普通の人間の認識から乖離した。

 

 雑賀の意志とは関係無く、彼の周囲に特殊な力場――ARDS(アルディス)拡散能力場(かくさんのうりきば)が発生したからだ。

 

 力場が現実と非現実の境界線を歪め、認識のフィルターが彼の存在を隠蔽する。

 

「……出るのは鬼か、それとも……」

 

 視線の先には狭苦しそうな路地があった。

 

 行って、自らに降りかかる負の可能性を思考に浮かべた。

 

 直後に、彼は迷わず立体駐車場の屋上から裏路地のある方を目指して()()()

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 社会科教師のマシンガントーク染みた二時間目の授業を終え、縁芽苦郎は三時間目の授業が行われる教室へと歩を進めていた。

 

(……雑賀のやつ、そろそろ病院から出ている頃かね。()()()()()()()も効果は切れてるはずだし、あいつ自身が『待つ』より『行く』タイプだからなぁ)

 

 街が街なら学校も学校らしく、少年少女の群れが生み出す活気は小規模ながら衰えを知らない。

 

 壁に申し訳程度に貼り付けられている『廊下を走るんじゃねぇよボケバカコラ!!』とでも言いたげな旨のポスターの事などいざ知らず、目的地に誰が一番先に着くかどうかを競っているらしい男子生徒達の事を少々煩く思っていると、どうやら入れ替わりで自分達のいた教室へ移動しているらしい別のクラスの群れが一つ。

 

 そちらもそちらで先頭をリードしているのはダッシュで移動している者だったり、背丈に比例した脚の長さの関係で歩幅が広い者だったりしていて、それに少し遅れる形で友人と世間話をしながら歩く者もいた。

 

「――でさ、やっぱり思うのよ。夏と言えば海水浴だのキャンプだの色々と意見はあるけどさ、やっぱりトップは流しラーメンだって――」

 

「――ソーの方じゃないんかい。でもさぁ、夏の風物詩って割と食べ物方面に偏ってるよな。海の家とかバーベキューとか。食欲の季節って秋じゃなかったのかって感じ――」

 

「――そういえばまだ『タウン・オブ・ドリーム』でイベントがあるんだっけ? 特撮系のヒーローショーだとか何とか。ああいうのって子供っぽいとか言って忌避する連中もいるけどさ、よくあるCGとかワイヤーとか使わずにスーツアクターの人が『動く』所を見れるって普通に貴重――」

 

「――えぇ~。でもさぁ、生の徒手空拳もいいとは思うけどさぁ……やっぱり特撮の見所って気合の入ったCGとかじゃね? というか、本題はアクションよりも台本でしょ。どんなに動きが良くてもストーリーが駄目だったら批判モノだってのは世の中が証明して――」

 

 何人かの話し声が耳に入ったが、苦郎はさして気にするような素振りを見せる事なく歩き続ける。

 

 そして、世間話で賑わいを見せていた生徒達の最後尾――から更に後ろで歩を進めている者を目にすると、一度立ち止まってすれ違い際に言葉を漏らしていた。

 

「……()()()()()()()()?」

 

()()()()()()()()()

 

 何の脈路も無いにも関わらず、言葉に対する明確な意味を持った返事があった。

 

 その少年――鳴風(なるかぜ)羽鷺(はろ)は、ツンツンと栗のイガのように伸びた黒髪に、日光を遮る同色のサングラスを掛けていて、身長は平均的な160台――そして何より、苦郎と同じく電脳力者(デューマン)としての力と一面を隠し持つ人物だった。

 

 やる気どころか気力と呼べるものが存在するのかさえ解り難い無の表情で、彼は言葉を紡ぐ。

 

「何と言っても()()()ですよ? 情報を集める『だけ』ならまだしも、接近に感付かれでもしたらリスクがデカすぎます。正直に言うと、気が進みません」

 

「一応、情報は得たんだな?」

 

「まぁ何とか」

 

 羽鷺は一度言葉を区切ってから、

 

「『人食鬼(プレデター)』アイム・ハングギスタ。『無傷の殺人者』愛紫手(あいして)マスク。『灰の幽霊(ゴースト・アッシュ)暗路(あんじ)(まじな)。つい最近この東京に入り込んだ『危険性の高い相手』を並べるとこんな感じですね。まだ『個人』のレベルですが」

 

「まだ『集団』を作るには至ってないってわけだな。まぁ人殺しを趣味にしてるような連中だし、受け入れてくれるような連中も少ないとは思うが……実力は?」

 

「低く見積もっても『レベル1』。下手をすれば『レベル2』に到達してる奴もいると思います。少なくとも僕じゃ戦えませんよ。スペックが同レベルだとしても、まず『殺しを前提にした戦い』は彼等の方が技量を持ってますから」

 

「まぁ、真正面からの戦闘に関しては期待してないから構わねぇよ。活動区域の予測は出来るか?」

 

「殺人鬼だろうが電脳力者(デューマン)である以上は普通の人間からは身を隠す必要が無いと思います。言うまでも無い事ですが、彼等がこの街にいる『枠組み』の事を知っているのであれば、基本的に能力の行使を出来る限りは避けて、電脳力者(デューマン)から感知されることを防いでいる可能性が高いですね。人込みに紛れるぐらいはするでしょう」

 

「……てなると、やはり……」

 

「個人的、あるいは何者かの指示によって行動を『実行』に移す瞬間が感知可能なタイミングでしょう。そして何より、実行されるのは『他者に状況を確認されない状況』を生み出せる場所。順当に考えてホテルにあるような密室か、単純に裏路地ぐらいでしょう。遠慮が無ければトイレとかも十分ありえますね」

 

 不可視の犯行に対応するためには、事前の予測と対処が必要となる。

 

 そのぐらいは苦郎も理解しているし、それが出来なければ起こり得る出来事だって予想は付く。

 

 でも、

 

「……悪いな」

 

「事情は知ってますから、謝る必要も気負う必要も無いですよ」

 

「それは解ってるんだが、いつも後手に回る事しか出来ないってのは納得出来ないもんだ」

 

「それで闇雲に動いて倒れられても困るんですけどねー」

 

 それ以上は必要が無いと判断したのか、互いの会話はそこで打ち切られる。

 

 苦郎は羽鷺に対して振り向く事はしなかったが、代わりに『見慣れた』街の風景を映した窓の方へ視線を向けていた。

 

 ()()()()()()()()()()を眺める彼の、その表情に笑みは無かった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 裏路地という場所に不信感を抱く者は多い。

 

 監視カメラなど基本的に設置されておらず、大きな音や声、あるいは煙でも立ち込めていない限りは必要の無さや優先順位の関係から大抵見向きされず、一部の人間が放つ暴力の掃き溜め場所と化している事が多いからだ。

 

 というのも、裏路地には誰の物かも解らないゴミの不法投棄が行われている場合もあり、時と場合によっては角材や鉄パイプ――隣接している建物によってはダストボックスが置かれており、そのどれもが喧嘩の道具として『使われる』場合さえあるのだ。

 

 目を付けられにくいという事から解るように、トイレのように清潔感を重視されるような側面も薄い。

 

 空気の流れも表路地と比べると少し滞っており、ゴミや(ほこり)の臭いが沈殿し、不思議と灰色が似合いそうな無味乾燥の空間が構築されている。

 

 よくあるスポ根ドラマにおいても、多少のさじ加減こそあれ、良くて歯が折れ悪くて骨を折られ最悪の場合では撲殺事件に発展するような展開がある――そんな空間では現在、世にも奇妙な状況が生み出されていた。

 

 まず第一に、裏路地に佇んでいる者達は人――の形こそ保っていながら、人間の姿では無かった。

 

 ある者はドクロマークが描かれた両肩に黒く太い『角』が生えている上で全身が恐竜のような形に変異している緑色の巨体と化していたり、ある者はティラノザウルスの外見を多分に取り込んだ上で両腕が異常に発達した姿をしていて、またある者は白い獣毛を生やしたゴリラにそっくりな外見をしていながら右腕にはその外見に似つかわしくない機械の砲身を装備した姿となっていて――そして、そんな三体の異形が更に一体の異形を取り囲んでいる。

 

 強面な三体の怪物に取り囲まれた一体の異形の姿は、まず全身が人や獣のそれとは違う深緑色の甲殻で覆われていて、両の手足は間接部分がノコギリのような形にギザギザと尖っていた。

 

 頭部には各所に刺青のような赤い線が刻まれている上で昆虫が持つような――というか完全に昆虫の感知器官(センサー)である同色の触角が二本生えており、目元はカメラのそれとも違う生体のレンズが覆っていて、口元は他の部位と同じく甲殻に覆われ見えない状態になっていた。

 

 両足には三本の太い爪が生えており、獣で言う尻尾に該当される部位は(あり)の腹部にも似た部位が見えていた。そして何より、その全身に刃を生やしたかのような外殻以上に存在感を放っているのが、彼の両手に携えられた二本の刃物。

 

 まるでそれは、日本刀がその形を草狩り鎌のように歪曲させられたかのような、草どころか獲物の首を一息に刈り取るための役割を担う大きな鎌。

 

 一本だけでも不吉な印象を与える代物が、二本。

 

 全身を覆う昆虫質の外骨格も合わさり、その姿は取り囲んでいる三体とはまた違う異彩を放っていた。

 

 彼は開口一番に言う。

 

「……本当に、戦わないといけないのか?」

 

 対して、昆虫鎧の剣士を囲むチンピラ風味な三体の内、黒色の恐竜人間は喉の奥から唸るような調子でこう返す。

 

「舐めてんのか? 俺達に喧嘩を売っておきながらよくもまぁそんなクールぶった台詞が出るもんだ」

 

 続けざまに、両肩のドクロマークも合わさって暴走族っぽい印象な緑色の恐竜人間が言葉を発する。

 

「テメーの行為に対して、こちとら結構ムカっ腹が立ってんのよ。つーわけで黙って財布渡そうとしても逃げ出そうとしても命乞いしてもとりあえずボコるのは確定してる。いくら世の中のクソをブチのめす特別な力を持つ『同類』だとしても、正義の味方ぶったクール野郎は論外なの。状況解った?」

 

「………………」

 

 一見、刃物を持っているという点で囲まれている側の方が優位を取っているように見えなくも無いのだが、昆虫人間を取り囲んでいる面々は手に持った二本の大鎌を見ても動揺が無く、むしろ闘争心の方が前面に出て今にも襲い掛からんとしている様子だった。

 

 昆虫人間の方も、特に言葉を発する事はせずとも刃物を握る両手に力が込められつつある。

 

 荒野の決闘にも似た物騒な空気が裏路地に流れながらも、彼等の存在に気付き関わってくるような者は表路地にいなかった。

 

 ドグシャァッ!! と、勢い良く()()()()()()()()()()緑色の恐竜人間の後頭部へ飛び蹴りもどきを食らわせた第三者の狼人間――牙絡雑賀を除いて。

 

「ご……ぶっ!? な、何……」

 

「おっとごめんよ」

 

 突然の奇襲に驚きの声を漏らす恐竜人間に適当な声で返し、牙絡雑賀は軽めに跳んで路地に足を着ける。

 

 仲間を傷付けられた事に対してなのか、はたまた単に自分達の行いに水を挿されたように感じたからなのか、白色の獣毛を生やした近未来チックなゴリラ人間は真っ先に声を荒げた。

 

「……おう、おうおうおうおう。唐突に現れたと思ったらいきなりドタマに一撃とはいい度胸してんじゃねぇか。自分が誰に宣戦布告したか解ってんだろうな?」

 

「別に好きで喧嘩売りに来たわけじゃないし。変な『ニオイ』がすると思って飛び込んでみたら、なんかクソ下らない集団リンチの風景が見えたもんだから、つい……」

 

 そう言う牙絡雑賀は不良トリオに対する恐れの感情など全くと言っていいほどに無く、いっその事テキトーだと言えなくも無い調子さえ見せていた。

 

 舐められている、馬鹿にされている――そう認識したらしい両腕凶器な黒色の恐竜人間が、一度舌打ちをして鋭い歯を剥き出しにしながら言葉を発する。

 

「開口一番からニオイがどうだの……あぁ我慢出来ないわ。こんなヒーローぶったピエロ野郎はこの手でぶちのめさないと気が治まらねーわ。もう何も言わなくていいからとっとと路地の滲みにされろ」

 

「ふーん、まだ居たんだな。お前らみたいな漫画アニメに出てきそうなチンピラって。学校にも行かず、こんな場所でリンチに精を出すとは余程ヒマなんだなぁ」

 

()()()()()

 

「それで凄んでるつもりか。()()()()

 

 互いに言い合い臨戦態勢へ移って行く中、牙絡雑賀は(恐らくは被害者なのだと断定した)昆虫人間の方へ、視線を向ける事もせず声を掛ける。

 

「とりあえず加勢するが、お前は戦えるのか?」

 

「……自信は無いけど、ある程度は」

 

 状況は完成した。

 

 銀色の獣毛を生やした狼男と二本の大鎌を携えた昆虫剣鬼は互いに違う方向を向き。

 

 世間から見向きもされない裏路地にて、二体の怪物と三体の怪物が暴力を押し付けあう、フィクション染みた展開で。

 

 

 




 ……と、いうわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

 今回は『電脳力者』になった事で物の見方が少し変わった雑賀くんと、割と大先輩な苦郎の視点から学校の『日常』という物を描かせてもらい、世間から見向きもされないし気付かれない状況に雑賀くんが入り込んで戦闘勃発って話です。

 実際問題として『他の人には見えないものが視える』ってのは中々に孤立感を生み出しそうな要素だと思うのです。他の人には見えないけど自分には視える。何で他の人には見えないんだ。目の前で何か大変な事が起きようとしているのに何で誰も見向きもしないんだ。それなら自分が行くしか無い…………と、いう感じに、他の人には出来なくて、その状況において『自分だけが』状況を解決出来るかもしれないって場面に陥った時、どうするのか。本来頼りに出来るはずの『大人の力』を頼る事が出来ず、補助の無い世界で危険を背負ってしまう事を理解した上で、どんな選択をするのか。

 結局のところ『七月十三日編』での司弩蒼矢戦でもそうでしたが、この作品における現実世界の物語は『必要以上に力を持ってしまった子供達の物語』と言っても過言では無い物だったりするので、どうしても大人達が蚊帳の外に追いやられてしまうのです。さっさと帰って来い的な母親のメッセージを無視した今回の行動から、それを読み取ってもらえていたなら嬉しいです。

 そして、さり気無く新しい電脳力者《デューマン》を四体用意したのですが、描写の気合の入れっぷりから誰が主要と意識しているのか察するお方もいるかもしれません。昆虫と人間のミックス系はやっぱりカッコいいですよね。皆さんには今回登場した脳力者の宿しているデジモンの種族、わかりましたでしょうか?

 それでは、今回はここまでにして。

 次回は恐らく来年になるであろう事を思いながら。

 後書きを締めようと思います。感想・質問・指摘などはいつでもお待ちしております。


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七月十四日――『アスファルトの芝生にて獣が踊る』

大変お待たせ致しました。一ヶ月と半ぐらい近くぶりとなるデジストの最新話です。
いやほんと、一月に入ってからはニコニコ動画の方で動画投稿まで始めたり、小説面でもモンハンの小説を書き始めたりと何考えてんだお前状態でしたが、何とか綿密に書き続けて最新話が完成しました。

今回の話もまたストーリーの進行度的には殆ど進んでませんが、台詞の量以上に『動き』を意識した戦闘描写を色々組み込んでみました。色々な原作に詳しいお方なら、一部アクションの元ネタも把握出来るかも? です。

それでは、本編をどうぞ。


 狭苦しい裏路地には、逃げ道と言えるような道が基本的に前方と後方の二つにしか無い。

 身を隠し、飛び道具から身を守れるような遮蔽物も存在せず、喧嘩でも行われれば基本は殴り合いの一本道のみ。

 雑賀はこの場に居合わせた時点で、最低限状況の分析を済ませていた。

 目前と背後から殺気を飛ばす電脳力者(デューマン)が宿すデジモンの、その種族程度は。

 

(……目の前の奴は『ダークティラノモン』で、後ろのは『ゴリモン』と『タスクモン』か。ご丁寧に重量級のパワー系が揃ってやがるな……)

 

 目を見張るのは、取り囲んでいる相手の電脳力者(デューマン)の腕の部分。

 どれも『ただの人間』のそれとは明らかにかけ離れていて、一撃で人間の頭部ぐらいは吹き飛ばしかねない筋力を有している事は見るだけで察する事が出来る。

 同じ電脳力者(デューマン)として力を行使し、自らの体を異形へと変質させている雑賀でも、一撃を安易に受ければ怪我では済まされないかもしれない。

 狭苦しい路地では、自慢のスピードを活かしきれるほどの空間も無い。

 

 ふと、自分にとっては初戦となる司弩蒼矢との戦いが脳裏に過ぎった。

 思えば、あの場面でも地の利が自分には向いていない場所での戦いになっていた。

 人間の運とは平等な物で、その時その時で不幸な人は『溜め』の期間であるだけで、それが長くて苦しいものであるほど後々たっぷり幸運が待っているのよー……なんていう都市伝説もあった気がするが、現実を直視してみれば実際はこんな所である。

 幸運など、自分から求めるだけ無駄な物なのだと、牙絡雑賀はつくづく思い知らされた。

 

 だが、それでも幸運と言える物はあったのかもしれない。

 司弩蒼矢との戦いとは明確に違う、自分にとっては巨大なアドバンテージとなる要因。

 それは、今の牙絡雑賀は何の妨げも無い陸地に足を付けられている、という事。

 

 足に力を込め、駆け出したその瞬間。

 銀色の体毛を生やす狼男の雑賀は、黒い恐竜――ダークティラノモンの力を宿す電脳力者(デューマン)に肉薄する。

 元々、距離自体はそこまで離れてはいなかった。

 原型となっているデジモンの動体視力が優れているからか、黒色の恐竜人間はすぐ反応して異常発達した豪腕を振るおうとした。

 だが、それよりも先に、駆け出した勢いのままに雑賀は跳躍し、恐竜人間の顎下を右膝で蹴り上げる。

 

「ぐっ、へぇっ!!?」

 

 ゴッ!! と、重々しい打撃の音が路地に響く。

 恐竜人間の体が宙に浮き、反動で着地した雑賀はそのまま拳で連打する。

 上殴りの打撃が腹部に捻じ込まれる度に、恐竜人間の喉から胆でも吐き出すような声が漏れる。

 

 が、

 

(重っ……!?)

 

 外見は人間よりも少し大きい程度だが、それでも余程の重量があるのか、殴り付ける度に雑賀の腕に負担がかかり痛覚が警告を発する。

 更に言えば、仲間が攻撃されているこの状況――妨害の手が回ってこない方がおかしい。

 昆虫鎧の人物と相対していたゴリラ獣人な電脳力者(デューマン)が、その右腕に装備された砲口を雑賀の方へと向け、赤白い明らかに危険な臭いを漂わせるエネルギーを溜めて、

 

「くたばれッ!!」

 

 その体が秘める脚力を活かして高く跳躍し、黒い感情の篭った一言と共に凶弾を放つ。

 赤白いエネルギーが指向性を伴って雑賀の背中を目指して向かって行く。

 だが、その斜線上に重なるように、昆虫剣鬼が同じく跳躍し、

 

「させるか」

 

 その両手に交差させ携える大鎌(えもの)を振るい、その刃から発生した真空の刃によってエネルギーの砲弾を両断。

 一定の形を保てなくなった赤白いエネルギーは昆虫剣鬼の所へ届く間も無く霧散し、呆気なく風景から消滅する。

 と、そこで飛び道具を防がれた事を確認したもう一体――両肩から太長い牙を生やした緑色の恐竜人間が、迎撃のちに着地しようとする昆虫剣鬼に向けて突進を仕掛けようとした。

 無論、その突進の進行方向上にはまだ雑賀の姿がある。

 

 避けようとすれば、背中の方から確実に重量級の一撃を食らってしまうだろう。

 予想するまでも無くそれを理解した昆虫剣鬼は、再び両手の獲物を交差させて構える。

 

 鉄筋にハンマーを叩き付けたかのような甲高い音と、車両が急ブレーキした際に発するそれにも似た摩擦音が裏路地に響く。

 二本の牙の猛威を二本の刃で受け止めた昆虫剣鬼の足が、その威力によって数メートル近く押し出され、両脚の外殻がアスファルトの地面と擦れて音を立てたのだ。

 

「……ぐっ……!!」 

 

 擦れた影響で強い熱を発する外殻から痛みを感じているのか、あるいは突進の威力を無理に受け止めようとしているからか、昆虫剣鬼から篭った呻き声が漏れる。

 そして、痛みに意識を向けたその瞬間を見逃すわけも無かった。

 緑の恐竜人間が押し出す力をそのままに、太く発達した両腕を伸ばし、昆虫剣鬼の両腕を掴んだのだ。

 腕力の差異からか、抵抗しようにも動かす事も出来ない。

 無論、その場から退く事も。

 

「!!」

「捕まえたぜ……おい、抑えてやるから撃っちまいな!!」

「気が利くじゃねぇか。今度何かおごってやるよ」

 

 目の前で、緑の恐竜人間とゴリラ獣人による余裕を含んだ掛け合いがあった。

 ふと声のした方を確認してみると、右腕に砲口を携えたゴリラ獣人は裏路地の壁――即ちホテルの窓縁に左手を掴まらせ、上方から昆虫剣鬼と雑賀を狙い撃てる位置に居た。

 最初に雑賀を狙って放った射撃の際、同時に狙い撃てる位置で待機したのだろう。

 

 砲口に再び赤白いエネルギーが溜まり始める。

 斜線から考えて、砲弾が途中で曲がったりしない限りは誤射が発生する確率も低い。

 腕を掴まれている昆虫剣鬼には、再び自前の武器を振るって砲弾を霧散させる事も、避ける事も不可能。

 

 故に、状況を打破するのはもう一方――牙絡雑賀の方だった。

 サンドバックのように殴り続けていた黒い恐竜人間を右ストレートで打ち飛ばすと、彼は即座に振り返り、左右の壁を力強く連続で蹴り――ゴリラ獣人の居る方に向かって跳んで行く。

 ジグザグとした軌道で迫ってくる雑賀に気が付いたゴリラ獣人は、流石に予想外だったのか驚きの声を上げる。

 

「忍者か何かかよテメェは……!!」

「ウェアウルフだ。悪いか!!」

 

 昆虫剣鬼へ向けていた砲口を雑賀の方へと向け、二発目となる砲弾を撃ち出すゴリラ獣人だったが、雑賀は更に壁を蹴って上方へ向かう事でそれを回避し、そのまま跳び掛かる。

 咄嗟に、ゴリラ獣人は来るのであろう打撃を窓の縁を掴んでいない方の腕――即ち砲身を供えた右腕で顔を防御しようとしたが、雑賀の右拳は防御の行き届いていない腹部へと捻じ込まれた。

 鈍い音と共に窓の縁から手が離れ、使えるようになった左腕を足掻くように振り回そうとするゴリラ獣人だったが、その前に雑賀は落下の勢いのままに左の裏拳を叩き込む。

 そして、

 

「これで、ラストだっ!!」

 

 アスファルトの地面に激突する瞬間、ダメ押しと言わんばかりに踵落としが決まった。

 背中に落下の衝撃、腹部に踵落とし――そのダメージを同時に与えられたゴリラ獣人の口から紅い液体が漏れ、そのまま沈黙する。

 その一方で、打撃を加えたゴリラ獣人の体をクッション代わりにして安全に着地した雑賀は、目を細めながらこう呟く。

 

「……普通の人間なら致命傷だろうが、ダメージを受けたのがその体なら死にはしないだろ? 『ゴリモン』の力を使ってんだからな」

 

 気を失ったからなのか、ゴリラ獣人だった人物の体は光の繭に一瞬覆われたかと想うと、本来の姿なのであろう――上半身に真っ黒の布地の上にペンキでも使って塗りたくったらしい白色のドクロマークが描かれたTシャツを着た青年の男の姿に戻っていた。

 その衣装に若干の疑問こそ覚えたが、雑賀は意識を戦闘の方へと戻す。

 確認してみると、つい先ほどノックアウトした(つもりの)黒い方の恐竜人間が立ち上がろうとしていて、更に昆虫剣鬼の両腕を掴んでいる緑色の恐竜人間が怒りの形相を雑賀に向けていた。

 緑色の恐竜人間は昆虫剣鬼の両腕を掴んでいる両手と腕に力を込めると、そのまま力任せに昆虫剣鬼の体を雑賀の方へとブン投げる。

 予想の外にあった行動に雑賀の反応が遅れ、半ば受け止めようとしてみたがそのまま激突。

 鈍い痛みが体を伝い、衝突し合った二人の電脳力者(デューマン)が路地に転がる。

 

「ちっ……ピエロ野郎の分際で足掻きやがって。さっさと嬲らせやがれよ」

「……っ……誰がお前等みたいなのに黙って嬲られるもんかよ」

「同感だな」

 

 緑色の恐竜人間の勝手な台詞に適当な言葉で返しながら、狼男と昆虫剣鬼が立ち上がる。

 この瞬間、二人は背後に向かって走り出せば、裏路地から脱出出来る位置に居た。

 だが、彼等はこの場から『逃げ』ようとはしなかった。

 ここは自分達が戦わないといけない場面だと、ここで逃げたら自分達以外の誰かが被害を被る事になると、そう言い聞かせているように。

 あるいは、彼等に宿るデジモンの闘争本能がそうさせるのか。

 どちらにせよ、戦意に変わりは無い。

 

 彼等は相手に聞こえないように少しの言葉を交えると、まず雑賀の方が前へと駆け出していく。

 それに続く形で、昆虫剣鬼も両手に大鎌を携えたまま駆け出し始める。

 対する緑色の恐竜人間が人外のスピードで迫る雑賀の顔を鷲掴みにしようとしたが、雑賀は先の『黒い方』と同じように顎の下を思いっきり蹴り上げ、その威力でもって脳を揺らす。

 が、

 

「グッ……いってぇじゃねぇか糞犬が……!!」

「!?」

 

 威力が足りなかったからか、あるいは雑賀自身が想像していたよりもタフだったのか、緑色の恐竜人間は顎を蹴り上げられ脳を揺さ振られても倒れようとせず、そのまま雑賀の頭を本当に鷲掴みにした。

 そのまま持ち上げ、更に握り潰そうとでもしているのか、鷲掴みにした雑賀の頭部からミシミシと音が鳴り始める。

 

 思わず昆虫剣鬼は駆け出した足を止め、どうするべきか思考する。

 普通に自分の持つ武器で攻撃しようとすれば、味方である狼男の雑賀ごと斬ってしまう。

 自身は無いが、空中から飛び掛ってみるか――そう考えた時だった。

 

 雑賀が右手の指を真っ直ぐ後ろ――即ち昆虫剣鬼の方に向け、そのまま今度は指を上に向けたのだ。

 それを見た直後、昆虫剣鬼はその行動の意図の理解に時間が掛かった。

 上から行けと行っているのかと思ったが、数秒が経ってからようやく理解が出来た。

 彼は、暗にこう伝えているのだ。

 

 俺に構わず、こいつを斬れ。

 

 大きな疑問こそ残るが、この状況では信じてみる以外の方法が思い付かない。

 昆虫剣鬼は止めていた足を再び前へと駆け出させ、その最中に両手に持つ大釜を半分だけ回す。

 たったそれだけの動作で、獲物の首を捕らえ断ずる大鎌は、単純に様々な物を切り裂く役割を担う曲剣と化す。

 

(……こいつごと斬るつもりか?)

 

 一方で、緑色の恐竜人間もまた疑問を覚えたのか、雑賀の頭を鷲掴みにしたまま視線だけを昆虫剣鬼の方へ向けていた。

 恐らくは見知らぬ仲なのであろう事は、先のやり取りの中でも想像が付いている。

 見捨てたにしろどちらにせよ、好都合な展開だと思えた。

 

(こいつを盾にして、その後に今度はあの虫野郎を潰してやる)

 

 そこまで考えて、不敵に笑みまで浮かべて。

 ふと、自分が狼男の頭を鷲掴みにしている右手が、少し熱さを帯びたように感じた。

 そして、それに気が付いた時には全てが遅かった。

 

 瞬間、緑色の恐竜人間の右手が中から()()の炎によって焼かれ出す。

 

「あ、つぅ……ッ!! がああああっ!?」

 

 余程耐え難い激痛が襲いかかってきたのか、彼は殆ど反射的に雑賀の頭から手を離してしまう。

 開放された雑賀の口元からは青白い炎が吐息のように漏れ出ていて、それは彼が自身の持つ技を用いた事実を示していた。

 雑賀は着地した後すぐに上方へと跳び、入れ替わるように昆虫剣鬼が緑色の恐竜人間の懐に潜り込み――斜めの軌道に一閃。

 

 ダメージが許容量を越えたのか、緑色の恐竜人間は後方へ倒れ込んだ。

 斬られた部分が痛むのか、苦痛を帯びた声を漏らしながら左手で傷の部分を触っている。

 やがてその姿も『元の姿』へと転じ、先のゴリラ獣人に成っていた男と同じTシャツを着た別の人物の姿が露になる。

 これで、残る敵は一体――立ち上がった黒い恐竜人間だけ。

 

「……っ……」

 

 数の利で逆転された故か、黒い恐竜人間の表情には焦りの色があった。

 それでも逃げようとしないのは意地っ張りなのか、あるいは勝算でもあるのか――そう雑賀が考えた直後、黒い恐竜人間は大きく息を吸ったかと思えば猛烈な火炎を吐き出してきた。

 それは、ティラノモンとその亜種に該当されるデジモンが主に使う必殺の攻撃手段である。

 膨大な熱量を含んだ炎が迫り来るその時、着地していた雑賀が大きく息を吸い込んだかと思うと、思い切り地面に向けて吹き出した。

 すると、雑賀と昆虫剣鬼の目の前には瞬く間に大きな氷の壁が発生する。

 火炎は氷の壁に遮られ、焼くはずだった相手には届かない。

 

 ならばと言わんばかりに、黒い恐竜人間は口から火炎を吐き続ける。

 障害となる氷の壁を火炎で溶かし、そのまま壁の向こう側にいる雑賀と昆虫剣鬼を焼こうとしているらしい――が、それよりも先に別の出来事が起きた。

 圧倒的な炎に熱された氷の壁から大量の水蒸気が発生し、強い爆風と共に辺りを霧にも似た白い蒸気が覆っていったのだ。

 それに巻き込まれた黒い恐竜人間は吹き飛ばされこそしなかったが、唐突に発生した爆風に思わず目をつぶり、肺の中から空気が無い状態が長く続いた事もあってか息を過呼吸気味に吸い込み始める。

 

 それが、命取りだった。

 

 互いに相手の姿を捉える事は出来ず、距離感を計り切る事が難しいこの状況。

 視界を塞がれ、水蒸気に嗅覚さえ阻まれて――それでも尚、状況を正確に把握出来る者が一人だけ居たのだ。

 それは、全身を深緑色の甲殻で覆った昆虫の剣鬼。

 彼だけは頭部から生えている触角(センサー)によって気の流れや熱源などを感知し、狙う敵の位置も、狙う敵との距離感さえもしっかりと『理解』出来ていた。

 故に、裏路地に満ちた水蒸気など意に解せず、彼は真っ直ぐに狙うべき相手の元へと突っ走っていく。

 

 その両手に持った刃物の役割を、あくまでも曲剣のままにして。

 刃物を携えた両腕を上に振り被り、跳躍し、そして。

 

「――撫で斬り(シャープエッジ)!!」

 

 一閃。

 黒い恐竜人間の体を縦方向に大きく刻み、その体から戦う力を大きく削ぎ落とす。

 出血と共に発した鋭い痛みに黒い恐竜人間は絶叫を響かせ、瞳から小さな涙を垂らしながら尻餅を着いた。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 事実から言って、戦闘は終了した。

 仲間だったのであろうゴリラ獣人――『ゴリモン』と呼ばれるデジモンの力を宿した電脳力者(デューマン)と、緑色の恐竜人間――『タスクモン』と呼ばれるデジモンの力を宿した電脳力者(デューマン)は意識を失った上で戦闘不能となっており、意識こそ健在だが状態から考えて抵抗するだけの力が失われた黒い恐竜人間からは、悔しそうな表情こそ見受けられても戦意はそこまで感じられなかった。

 その上で『ガルルモン』の力を行使したままの雑賀は、地面に尻餅を着く形で座り込む黒い恐竜人間を見据えながら、こう言った。

 

「……終わりって考えても良さそうだな。この状況……お仲間さんが目覚めでもしない限り、どうにもなんないだろ」

「ナメてんのか。殺すのならさっさを殺せよ……唐突に現れて邪魔をしやがって。何なんだよお前は!!」

「カッコ付けで言ってるのバレバレだぞ。どうせ言うのならその震えを解いてからにしろ」

「……クソ野郎め……」

 

 言うだけ言ってから、雑賀は続けて昆虫剣鬼の方へと視線を向ける。

 戦いが終わったという事実も相まってか、何処かピリピリとしていた雰囲気も大分和らいでいるようだった。

 彼は、軽く溜め息を吐いてから言葉を切り出し始める。

 

「助けてくれた……って認識でいいんだな。ありがとう、正直危なかった」

「別にいいって。それより、俺も事情を知らないまま割り込んだわけだけど、こいつ等って一体何なんだ? どうしてお前の事を襲ってたんだ?」

「こいつ等が何なのかって点については俺も知らない。ただ、何で俺の事を襲って来たのかって点だけは察しがつくな」

 

 昆虫剣鬼は、その視線を黒い恐竜人間の方へと向けて、

 

「お前、多分少し前に俺が戦った連中の仲間だろ。()()()は具体的な事を知る事が出来なかったけど、俺が戦った連中もそこで倒れてる奴等と同じTシャツを着ていた。暴力団か何かか?」

「何でお前如きに喋らないといけな……」

 

 と、そこまで言いかけた黒い恐竜人間の口が唐突に止まった。

 その理由は単純――――首元に昆虫剣鬼が右手に持った刃物を『曲剣』の形で据えたからだ。

 彼は低い声でこう言い放つ。

 

「喋らないとノコギリに斬られる木材みたいな事にするぞ」

「っ……その外見といい、お前特撮とかだと絶対悪党側だろ……」

「別に正義の味方とか名乗ってるわけじゃないからオールオッケー」

 

 昆虫剣鬼と黒い恐竜人間がやり取りしている横では、狼男の姿な雑賀が内心で呟いていた。

 

(……まぁ、鎌で首を狩り取るぞーって脅迫するよりは想像のし易さから考えて効果的だわな)

 

 脅迫してる様子を見ながら関心している辺り、彼も彼で思考が残酷系なのかもしれない。

 下手をすればその辺のチンピラよりも悪党っぽい二人を前に、黒い恐竜人間の震えは更に強まっていく。

 

「で、結局お前等は何者なんだ。暴力団か何かか?」

「……ちっ、俺達は……」

 

 彼がそこまで言い掛けた時だった。

 

「……お前達。何をやっている……」

 

 裏路地に、第三者たる男の声が入り込んできた。

 その人物は先ほど戦ったゴリラ獣人――ほどでは無いが、一言で『大男』と呼称しても差し支えの無い体格に、少々生地が傷んでいる安物のジャケットを羽織っており、内側から力を加えればそれだけで弾け飛びそうな印象があった。

 一見破壊の権化のような姿だが、その口調は陰鬱な物。

 

 まだ牙絡雑賀を含めた三名ほどが姿を変えたままで、裏路地には周囲から存在を隠蔽する力場が発生している。

 その上で『気付いて』近付いてきた、という事は――――入り込んできたこの人物も、何らかのデジモンを脳に宿した電脳力者(デューマン)だという事。

 

「…………」

 

 裏路地に、再び緊張が走る。

 入って来た男が敵か味方かによって、雑賀達の運命も決定するかもしれない。

 一先ず雑賀が問いを飛ばそうとしたその時、何故か黒い恐竜人間が震えた口調でこんな言葉を漏らしていた。

 

「あ、アンタ……まさか浦瓦(うらが)()()か!? どうしてこんな所に……!!」

「……お前か。まだ、こんな事をしていたんだな……いい加減にやめたらどうだ……」

 

 どうやら、このチンピラな電脳力者(デューマン)達と知り合い――それも、親しかった仲らしい。

 言動から考えるに、どうやら雑賀達の敵というわけでも無いようで、その一方で黒い恐竜人間を含めた三人の味方というわけでもないようだ。

 彼は視線を雑賀と昆虫剣鬼の方へ向けて、

 

「……どうやらこいつ等が迷惑をかけたようだな。すまない……」

「突然謝られても困るんだが……アンタ、そいつ等の知り合いなのか?」

「……そんな所だ。少し付き合いがあった。過去の話だがな」

「?」

 

 何やら込み入った事情があるようだが、当然ながら雑賀にも昆虫剣鬼にも解らない。

 構わず、浦瓦と呼ばれたその男はこう告げた。

 

「……ひとまず、こいつ等については俺が通報しておこう。いくら『力』を使っている時に普通の人間から捕捉される事が無いとはいえ、そんな風に怪我をしてしまっている場面を発見されれば流石に病院行きは免れないからな」

「でも、こいつだけは普通に変身状態を維持してるぞ。そこはどうすんの?」

「頭でも叩いて気絶させれば早いだろうな」

 

 そこまで聞いて、居ても経ってもいられなくなったのか、黒い恐竜人間はこんな事を言ってくる。

 

「なあ、浦瓦の兄貴!! 昔のよしみで助けてくれよ!! 俺達、前は……」

「いいから寝てろ」

 

 が、その言葉を言い終えるよりも先に、雑賀がその足を恐竜人間の頭部へ落とし、その意識を刈り取る。

 すると、昆虫剣鬼は何を思ったのか顎に右手を当てて、

 

「通報してくれるのはいいんですけど、俺や……このオオカミ人間もどきは帰ってもいいんです? 正直、もうここでの用事というか面倒事は無くなったっぽいんで、立ち去りたいんですけど」

「ん。その辺りは自由だと思うが。俺は恐らく警察に事情聴取を受けるだろうが……君達の場合、むしろ加害者として疑われそうだから、どちらかと言えば去った方がいいだろう……」

 

 言われて、一礼した後に二人は裏路地から脱出する。

 残った浦瓦は、倒れて気を失っている三人の方へ目をやりながら、懐のポケットからスマートフォンを取り出して、民間の間では馴染みの深い電話番号を打ち出しながら、小さな声で呟いた。

 

 

 

「……過去は消せない、か……」

 

 

 

 裏路地から脱出した後、最寄の児童公園にて周囲に誰もいない事を確認した二人の電脳力者(デューマン)は、自身の肉体を元の人間の姿へと戻していた。

 そして、雑賀は軽く息を切らせていた。

 

「……だ、ダメだ。すげぇ疲れた。テレビゲームの見様見真似で壁キックとかするんじゃなかった。ぐああ足の筋肉超痛い!! 結局行使してんのは自分の体だもんなぁ……!!」

「普通あんな事したら筋繊維とかがブチッと鳴りそうだし、その程度で澄むだけマシじゃないか?」

「……つーかお前余裕だな。疲れてないように見えるんだけど気のせいか?」

「そりゃあ疲れてるけど、あそこまでハードに動き回ってたわけでも無いし。あるいは、単に基礎体力の問題じゃないかな」

「帰宅部の弊害がこんな所で来るかよ……」

 

 吐き捨てるような調子で苦言を漏らす雑賀の目前に居るのは、先ほどの戦闘の際に昆虫剣鬼な姿だった青年。

 身長にして百七〇メートル程はあり、髪の毛は特に何かで染めているわけでもないらしい黒色のツンツンヘアー。服装としては上半身には肌着無しのまま深緑色のTシャツ、下半身には一般的な灰色のハーフパンツ。昆虫鎧な姿の時には気付かなかったが、そのポケットは財布でも入っているのか目に見えて膨らんでおり、実は小金目当てで狙われたんじゃねぇの……? と雑賀は考えたが、あの『戦隊ヒーロー物なら全員揃ってグリーンポジション』なチンピラ三人組の言動から察するに、恐らく財布は『ついで』だったのかもしれない。

 

 ふと、思い出したかのように雑賀は言う。

 

「そういやお前、名前は? 俺は牙絡雑賀」

野入葉徹(やいばとおる)。多分、同じ『能力』を持った人間だと思う」

 

 通り縋っただけでも、合計五人の電脳力者(デューマン)と遭遇した。

 あるいは、自分が知らなかっただけで、他にも多くの『力』を宿す人間が潜んでいるのか。

 昆虫剣鬼――正確には『スナイモン』と呼ばれるデジモンの力を宿す青年と邂逅しながら、雑賀の心には拭いきれない不安が刻まれていた。

 





 ……と、いうわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

 今回の話はほぼ完全に戦闘描写オンリー。司弩蒼矢戦の時のような『感情のぶつけ合い』などサラサラ無く、殆ど『獣同士の殺し合い(片方は殺す気ほぼ無し)』って感じになりました。
 デジモン作品の戦闘描写は、割と『必殺技』とか『得意技』を前面に出して描写される事が多いと思うのですが、この作品の『現実世界サイド』ではその傾向がかなり薄いです。とにかく『動き』と『戦術』で見せる!! って感じを意識して書いてますが、読者の方々からの視点だとどう映ってるのやら。
 数の利で思いっきり不利が出ていた……ように見えますが、実を言うとバトルフィールドが狭苦しい『裏路地』だった所為で、敵『ダークティラノモン』『タスクモン』のデューマンは必殺技に該当される技を使えなかったのです。片や路地を直線状に焼く火炎放射(味方も巻き込む)。片や破壊力満載でも途中で止まる事は難しい突進攻撃(味方もひき殺しかねない)ですからね。その中でも、『ゴリモン』のデューマンの場合、その身体的な特徴を活かして上方から射撃が出来ていたので、実はこいつがキーマンだったのかもしれません。

 今回大立ち回りだった雑賀もそうですが、昆虫剣鬼――『スナイモン』のデューマンである野入葉(やいば)徹(とおる)の活躍も、かなりの物だったと思います。
 相手の飛び道具を真空の刃で断ち斬り、突進攻撃を(結構無茶しましたが)受け止め、その武器で実質的に二人をノックアウトさせたわけですからね。特に、最後の辺りは昆虫系の利点が最大源に活かせてたと思います。何というか、感知方法が多彩な奴はああいう場面でこそ強いですよね。

 ……仕方無いとはいえ、未だに『周囲の物質の上方を書き変える』という設定が活かされていないのが心残りですかね。まだ先の話になると思いますが、司弩蒼矢戦のような状況を早く書きたい……。

 次回でいよいよ(外伝含めると)50話目。お楽しみに!!


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七月十四日――『Q&Q 疑問は疑念を生んで』

長らく時間を掛けましたが、ようやく最新話の完成です。
いやぁ、ニコニコ動画の方でアップしてる動画の事もそうですが、流石に事件を掛け過ぎました。というか、最大の要因は『ポッ拳』かも……絶賛ハマりなうです。
今回の話ですが、相変わらずデジモンメインの小説なはずなのにデジモン関連の戦闘シーンが無い、という「お前いつになったら燃えさせてくれんの?」な話となっております。
でも、その上でも必要な話でもあるので、一種の導入回とでも認識してくれれば幸いです。
それでは、長ったらしく前書きを読ませるのもアレなので、本編をどうぞ。


 時刻が午前10時過ぎな頃。

 裏路地での割りと命賭けな戦いを終えた雑賀は、自宅のあるマンションの玄関前で嘆息していた。

 彼の眼前には鍵穴を差し入れる部分とは別に、3ケタの番号をボタンで打ち出す事で指定した一室へインターホンを流す、マンション特有の機械が設置されている。

 尤も、その機能は本来宅配便を届けに来た業者や遊びに来た知人などを含めた『来客』が主に使う物であり、マンションに住まっている人間は基本的に合鍵を保有しているので大抵の場合は出番が無い。

 そう、大抵の場合であれば。

 

「……やられた……」

 

 彼は現在、自宅に帰るために必要な合鍵を保有していないのだ。

 司弩蒼矢との戦いに出向いた時点では持っていたはずだが、病院で目覚めたその時点で彼が保有していたはずの合鍵はいずこへと消えていた。

 フレースヴェルグと名乗る男に文字通り吹き飛ばされる過程でポケットから抜けたのか、あるいは司弩蒼矢と戦っている中でプールの中に混入させてしまったのか――特に後者だと不法侵入罪に問われる可能性もあってとても拙いのだが、彼の頭には別の可能性が浮かばれていた。

 それは、

 

「……母さん、病院に来たのと同時に俺の履いていたズボンからカギを抜いてやがったな……」

 

 実際どうなのかまでは定かになっていないが、経験から最も可能性を感じられる答えだと雑賀は思っている。

 というのも、彼の母親こと牙絡栄華は抜け目や容赦が無い人間として家族の間では有名なのだ。

 隠し事でもしようとすれば、微かな違和感から怪しみ手がかりを探ろうとし、実際に見抜かれる。

 月間で配分される小遣い不満を覚え、こっそり財布から小銭を少しだけ抜き取って割り増しさせた次の日の朝には、抜き取った分どころか全ての残金を財布から堂々と抜き取ったり――その行動に思わず反発して手を出そうとすれば物理的な反撃でもって黙らされる。

 現在の時刻では仕事に向かっているのであろう父親の牙絡(がらく)大上(おおかみ)が酔って帰宅し、泥酔のノリで度を越えたスキンシップをやらかしてしまった際の出来事は、とてもでは無いが当時小学生だった頃の雑賀には恐怖心を刻み込むに十分な効果があったらしい。

 

「……懐かしいなぁ。今でも震えちまうわ……」

 

 とは言っても、別に当時の牙絡栄華は複雑な事をやったわけでは無い。

 単に、一本背負いよろしく床に叩き付けてマウント取って両方の拳で顔面を以下略――それを、気絶するまで繰り返し、その後『木材で作られていて背が三角形に尖った何か』に乗せ、色んな意味で殺そうとしただけである。

 そんなわけで、

 

(……帰ったら何らかの攻撃が来る事は確定。足狙いか胴狙いか顔狙いか……そこは反射的に見極める。大丈夫だ。俺はもうガキじゃない。少なくとも初撃を避けるかガードしてやり過ごすぐらいは出来るはずなんだから)

 

 そうこう思考を練っていると、機械に内蔵された小型カメラ越しに雑賀の顔を視認したのであろう母親は、何も言葉を発することも無いまま自動ドアを開かせた。

 雑賀は開いたドアを通り抜け、次にエレベーターに乗って六階にある自宅の扉の前に立つ。

 

(……司弩蒼矢との戦いにも勝てた。フレースヴェルグとか言う野郎には為す術も無いまま吹き飛ばされたけど、チンピラ三人組の時だってどうにか出来た。慢心してるわけじゃないけど、今の俺には力がある。こんな事で悩んでてどうするんだ)

 

 ……そもそもの問題として、自宅の前でラスボス手前の勇者様ご一行な雰囲気を醸し出している時点で何かが歪んでいるはずなのだが、ともあれ雑賀は自宅のインターホンを鳴らす。

 数秒経ってからドアが開かれ、雑賀の目の前には母親の姿があった。

 彼女は雑賀の表情を見るや、開口一番から呆れた口調でこう言った。

 

「……何でそんな警戒心剥き出しなの?」

「自分の過去を思い出して。こういう時はいつも恐ろしいんだよ!!」

「親が恐ろしく無い家庭なんて、子供に対する抑止力も皆無だと思うんだけどねぇ」

 

 言いながら彼女自身はリビングの方へと歩を進めていく。

 何事も無かった事が意外に思ったのか、雑賀は若干怪訝そうな目になりながらも家に入って靴を脱ぐ。

 手を洗ってからリビングに向かうと、さっそく栄華は雑賀に向けて問いを飛ばしてくる。

 

「で、まず当然の事から聞かせてもらうんだけど……何があったわけ?」

「……路地裏に連れて来られて不良にボコられた……」

 

 流石に『モンスターと化した人間を探しにプールへ不法侵入してました』なんて事実を口にするわけにもいかないので、それらしい事を言って誤魔化そうとする雑賀。

 尤も、発言した出来事自体は実際少し前に発生したわけで、半分ぐらいは嘘でも無いのだが。

 

「一応聞くけど、本当に?」

「この期に及んで嘘吐いてどうなんのさ」

「本当だったら今すぐにでもその不良共の住所とか特定して社会的に殺してやりたいんだけど」

「顔や衣類に関しては覚えてないよ。思いっきり後頭部を不意討ち食らったから」

「……そう。まぁ、冗談でそんな怪我をするとは思えないけど」

 

 栄華はそこまで言ってから、浅く息を吐いて、

 

「とりあえず、お帰り」

「…………」

 

 その言葉に対し、雑賀はどんな表情をすれば良いのか解らなかった。

 恐らく、遅れ気味だとしても食事を作ろうとしているのであろう牙絡栄華は、雑賀の身に『何か』があったのだと感付いている。

 その上で追求してこないのは、確信が無いからか、あるいは気遣いからなのか。

 どちらにせよ、自分から話して信じてもらえるような内容とは思えないし、そもそも話す勇気も無い。

 

「ただいま」

 

 どちらにせよ、雑賀にはそう言うしか無かった。

 そんな言葉しか、思い付かなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「おーい、もう朝だぞー。起きろ変温動物」

 

 病室にて深い眠りに就いていた司弩蒼矢の意識を現実へ引き戻したのは、そんな声だった。

 本心から鬱陶しく思いながら首だけを声のした方へと向けると、紫色のタンクトップを着たパンクヘアーな男の顔が見えた。

 司弩蒼矢は訝しげに目を細めながら口を開く。

 

「……またアンタか」

「そんな目を向けられてもなぁ。こうして会うのは一応二回目なわけだが、何か嫌われるような事したっけか……? 流石にそんな対応ばっかりだと傷付くと思うんだがどう思う?」

「疑問の言葉はこっちの台詞。あと馴れ馴れしい」

「かーっ、いくら自分が不幸だからってそういう対応はよくないと思うぞ。本能のままに飛び回る野鳥でさえ身内とのスキンシップとかはやんのによぉ」

 

 来る事を望んだ覚えも無ければ、呼んだ覚えすら無いにも関わらず馴れ馴れしいこの男の名前は、フレースヴェルグだったか――と、蒼矢はぼんやりと確証も無いような調子で思い出す。

 一日前、どうやら蒼矢に宿っている(らしいが詳しい事は何も知らない)デジモンの力に目を付け、接触を図ったのがフレースヴェルグと名乗る男だったのだが、当時の蒼矢からすれば自身に宿る力に関する事以外の情報はどうでも良いものでしか無く、詳しい事は覚えていなかったりする。

 いつの間にか窓を開けられていたのか、夏の暖かな風が肌を撫でた。

 

「まぁ、一部始終を眺めさせてもらってたわけだが……駄目だねぇ。お前さん」

「……何が言いたいんだ。先日の……牙絡雑賀とか言う名前の『同類』との戦いの事か?」

「それ以外に駄目だと言える部分はほぼ無いからな。ハッキリ言って、駄目すぎる。伸びしろが良い奴だなぁと思ってたんだが、アレならまだ本能のまま動いてた時の方がずっと良かったよ」

「…………」

 

 散々な言い分だったが、反論しようとも思えなかった。

 実際、先日の牙絡雑賀との戦いの際――自分は躊躇していたかもしれないのだから。

 フレースヴェルグの言葉は続く。

 

「……ったくよ。もしお前が、自分自身が負けた原因を能力の強弱だと思ってるのならドン引き物だな。戦いの場は完全にお前の方が有利だったんだぜ? お前自身が『しっかり』していれば、負ける要素なんてほぼ無しの状況だったんだ。こんなのは、何というか自業自得だ。色んな意味で」

「……随分な言い方だな……まぁ、解らなくも無いけど」

「お前、本当に自分が負けた原因を解ってるのか?」

「……何だって?」

「今さっきも言っただろ。本能のまま動いてた時の方がずっと良かったって」

 

 こんな事は解って当たり前だと、常識でも語るようなフレースヴェルグの言葉に、蒼矢は思わず疑問の声を漏らしていた。

 構わず、戦いの一部始終を眺めていた男は言葉を紡ぐ。

 

「本能のままに動くって事を理性ゼロの状態で戦うって解釈してるんなら、そいつは大きな間違いだ。本能ってのは生き物が生き物らしく動くための原点。虫だの犬だの大抵が『生きる』ために動く事が多いから勘違いされやすいが、人間以外の生物にも生存以外を目的に行動する本能がある。デジモンの場合は闘争本能ってやつが高いらしいが、こちらも同じだな」

「……デジモン……僕の中に宿っている存在の事か」

「一応子供のオモチャとか、そういうので普通の人間には知られてるらしいが、お前は知らないんだったか」

「そういう物に時間を費やす暇は無かったから。別に、必要の無い事だったし」

「これからの事を考えると、知っておいた方がいい事なんだけどな。……つぅか、お前さんは今のままでいいのか? そんなベッドの上で引き篭もったままで」

 

 その言葉には、蒼矢も思う所があったのか口篭る。

 現在の彼は、何も取り戻すことは出来なかったどころか、誰かを傷付けただけで止まっている状態。

 そこから何をどうするのか、まだ何も決めてもいなければ考えも出来ていない。

 失った四肢を他人の物を奪い取る事で取り戻す――独善ですら無いその行動を第三者に否定された時点で、彼からは戦うどころか動き出すための決定的な力が失われている。

 宿る怪物の力も、行使出来ない。

 それ等全ての状態に対しての、質問だった。

 

「……僕は……」

「自分でも解らない、か。自分で自分のやりたかった事を思い出せなくなるなんて、頭いいフリしてて実は馬鹿だったのか」

 

 言われ続けて流石に苛立ちを覚えたのか、蒼矢はそもそもの疑問でもって切り返す。

 

「そろそろ人の事を馬鹿にするのは止めろよ。そもそも、何で此処にアンタが居るのかって疑問に対しての回答がまだなんだけど」

「……あ、そうだっけ……?」

「まだ三分も経ってないはずのにもう忘れたのか……」

 

 案外、記憶力は高い方では無いのかもしれない。

 フレースヴェルグは寝起きの直後のように呆けた声を漏らしながら、思い出すような調子で口を開く。

 

「まぁ、簡潔に言うと勧誘だな。この世界に対して嫌気が差してるのなら、変えようとする者達の味方らしいウチの組織で働かないかって誘いに来たわけ。やっぱり、こういうのは本人の意志も聞いておかねぇとな。俺としては命賭けた奴の意思を尊重したかったんだが、上の野郎が最低限確認ぐらいしろと言い急かすもんでね」

「……あの後、何かあったのか……? あの、牙絡雑賀って人は……」

「怪我こそ()()()が死んではいねぇよ。もう病院には居ないらしいが、今頃家に帰ってるか何処かをフラついてるんじゃねぇの?」

 

 世間話でもするような調子の口調に多少の苛立ちを覚えながらも、蒼矢は質問を続ける。

 

「仮にだけど、その組織に入って何かメリットはあるのか」

「組織とは言っても、それに仕えたり従ったりするってより『目的を果たすための補助道具』ってイメージが強いかねぇ。全より個の意思とかが重視される。飴と言える要素も……まぁ『変える』事に関する補助とか、食う事や住む事に対する恩恵って感じだな。鞭と言える要素があるなら、別の個人の感に障るような事をしたら個人の手によって制裁される可能性があるって所かね。理解したか?」

「……それ、組織として機能してるのか……? 聞いてる限りだと、要するに全員が全員で好き勝手に力を使うだけって事に聞こえるんだけど」

「その『力を使う理由』で結合してる部分があるから、役割分担したり出来てるわけなんだがな。まぁ、好き勝手やってるって点は間違ってねぇよ。口頭で言える目的が同じでも、それぞれが考えてる最終的な目的は違う所にあるんだろうし」

「…………」

 

 蒼矢の表情が僅かに曇る。

 フレースヴェルグの言った事が本当であれば、彼の言う『組織』とは個人の意志が全てを決める、ある種独裁と言っても過言では無い一括りの事を指している。

 力を持った誰かが、別の力を持った誰かの意思を利用したりする可能性もある、一長にしても一短にしても悪意が混じり込む枠組み。

 普通の人間なら、悪人でも無い限りは拒否反応を起こしかねないだろう。

 だが、現実を変えようと思うほどの『理由』を持った人間なら、多少の躊躇を覚えたところで実行は出来る。

 現に蒼矢自身、近い過去にて自分の力で他社を傷付けてしまっているのだから、糾弾しようにもその資格があるとは思えなかった。

 だが、その上で、

 

「……家族は、母さんや父さん、弟はどうなるんだ」

「それについては何とも言えんな。俺やお前と『同じ力』を持った奴等が何かをしでかして、ぽっくり死んじまう可能性もあれば、何事も無い状態に出来る可能性もある。ここの部分に関しては、組織に入る入らないはそこまで関係無いな。どっち道、力の有無で全てが決まるわけだし。協力者の有無は……居ないとも言い切れないが、頼りにすべきじゃあ無いな」

 

 結局はお前次第だな、とフレースヴェルグは付け加える。

 実際問題、身内の安否に関しては彼からしても『確定的な』情報を提示しづらいのだろう。

 蒼矢に判断を委ねているのも、当の蒼矢自身ぐらいしか基本的に『怪物』から自分の家族を守る事が出来ない――より厳密に言えば、守ろうと思ってくれる人間がまず居ないのだと考えているからに過ぎない。

 自分と同じような力を持つ人間が悪意でもって家族に危害を加えようとした時、どうにか出来るのは大前提としてそれ以上の力を有している存在のみ。

 野生動物の『親』が『子供』を守ろうとする事に対する、殆ど逆のパターン。

 守られている側であるべき存在が、守る側のための身を削り、危険を冒す形。

 

 やがて、蒼矢は呟いた。

 

「……駄目だ、とてもじゃないけど決められない……」

「断りはしねぇんだな。その一方で入ろうとも思えない、と」

「…………」

「あの時のお前さんはかなり頑張れてたのにな。入るにしろ入らないにしろ、見てらんねぇよ。まだ夏なのに冬眠し始めの蛇みたいなツラしやがって」

「……ん」

 

 失望、あるいは落胆と形容出来る表情を込めたその声に、蒼矢は苛立ちを覚える前にふと疑問を覚えた。

 フレースヴェルグが何を思ってその言葉を発したのかは知らないが、忽然とした疑問点が蒼矢の頭の中で浮上する。

 

「ちょっと待ってくれ。あの時ってどの時だ? 記憶の限りだと、僕は開業前の市内プールの中で泳いでいた……んじゃ……? そこで、戦って……」

 

 言葉を発してから、蒼矢自身が自分自身に疑問を覚えた。

 何か、自分自身の見解と記憶が入れ違いになっているような、何か勘違いを起こしているような。

 そんな、疑問だらけの表情を浮かべる蒼矢に、フレースヴェルグはむしろ自分の方が訳解らんと言わんばかりの呆れ顔でこう言った。

 

「? 何言ってんだ。お前が最初に向かったのはそっちのプールじゃなくて、お前自身が通ってた学校のプールだろ。姿を変えて、力を思う存分に振るってただろ?」

「…………」

 

 言われて、蒼矢は先日の出来事を思い出そうとしてみた。

 お節介な狼男との対決の前――何をやっていたのか。

 そこまで考えて脳裏に浮かんだのは、

 

 学校のプールサイドで血を漏らし、理解不能の恐怖に脅えた表情で倒れ込む人間の姿だった。

 

「……あぁ、そうだった……」

「思い出したか。まったく、あんなにハッスルしてたのに忘れるなんてよ。宿ってるデジモンの特徴なんだろうが、知性が欠落するってのも考えものだな」

「……ははっ……」

 

 何かを諦めるような、笑いにも似た奇怪な声が漏れ出ていた。

 状況を詳しく見定めるまでも無く、記憶の中の人間が血塗れで倒れたのか――それを想像出来た。

 

「……これじゃあ、本当に化け物だと認めざるも得ないよなぁ……」

 

 目的が果たせるなら、どんな事でもする。

 そんな風に考えての行動は、結局この程度の結果しか生み出せなかった。

 確かに生き残る事は出来たし、家族と再会する事は出来る。

 だが、こんな事をしていながら、どんな表情で顔向けすれば良いのか。

 そもそも、()()()()()会う資格があるのか、それさえ解らない。

 

「……? おい、何でがっかり顔になってんだ。アレがお前の『やりたいこと』だったんだろ?」

「…………」

 

 違う、と言いたかった。

 だけど、現実に答えは出てしまっている。

 フレースヴェルグは、何を思ったのか自分の頭を右手で掻いていた。

 

「まぁ、夜頃にまた来るから、その時に答えを聞かせてくれや」

 

 すっかり落ち込んでしまった蒼矢の表情を見て、フレースヴェルグは面倒臭そうにそう言ってから病室を出て行った。

 後に残されたのは、海蛇の力を宿すちっぽけな青年だけ。

 彼は、自分自身に問いを出すように、ふと呟いていた。

 

「……僕は、何をしたかったのかなぁ……」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 風呂に入った。

 食事をした。

 自室に戻った。

 

 ……幾分簡素に聞こえるかもしれないが、自宅に帰ってから雑賀が体験した出来事を述べるとそれに尽きるわけで、実際特に何事も無いまま雑賀は日常へと帰還出来た。

 この、ちっぽけでこそあれど、大切な物だと実感出来る当たり前の日常こそが、彼の動機でもある。

 

「……はぁ」

 

 人外の力に目覚める以前でこそ平凡だと思えた日常に温かさを感じる辺り、ほんの僅かな時でありながらも非日常の方へと順応し始めているのかもしれない。

 帰りたかった場所へと帰ってきたはずなのに、安心感を抱く一方で不安を拭いきることが出来ない。

 いっそ、このまま平穏の中で過ごしていたほうが良いのではないか――そう思えば、同時に疑問が浮かんでくる。

 人智を越えた脅威に相対出来るだけの力があるかもしれないのに、自分だけが幸せでいていいのか、と。

 

 その疑問は無論、現実にその姿を消されたのであろう紅炎勇輝の件に対しても向けられる。

 少しでも可能性があるのなら、リスクを冒してでも助け出そうとするべきではないか。

 だがその一方で、下手に首を突っ込んだ挙句、家族へ危害が向けられる事は無いのか。

 疑問が疑問を浮かべ、疑心は戦いに赴く方向性を強め、臆病な心は結局決意出来ぬまま問答を寸止めさせる。

 

(……どうすりゃ、いいんだろうな……)

 

 縁芽苦郎は、シナリオライターと呼ぶらしい組織に対抗するための枠組みが存在する、と話していた。

 そして、その存在を伝えた上で『選択する』ように言葉を紡いでいた。

 その情報を聞いた時は、仲間と言える相手が居るかもしれないのだと一種の期待を抱く事が出来た。

 だが、心強い仲間が居るとしても、縁芽苦郎と同じ枠組みに入るということは、引く事の出来ない戦いの非日常へと赴く事を意味する。

 

(……そういや……)

 

 ふと、雑賀は先日の出来事を思い返す過程で、とある疑問を抱く。

 実際の所、司弩蒼矢との対決は開業前の市民プールこと幻獣水流(モンスターストリーム)で行われたのだが、そもそも司弩蒼矢の一件に関わる以前に彼は見過ごせないファクターを目にしていた。

 それは、

 

(……結局、昨日は救急車が水ノ龍高校に向かってたけど……被害者が発生したのなら、もう事件として報道されてるのか?)

 

 先日起きた出来事も、本日起きた出来事も――電脳力者(デューマン)が発生させる力場の影響によって、一般には認識されていない。

 だが、救急車が来たという事は、少なくとも怪我をしている状況を誰かに確認された――つまり、何かが起きた『後』の状況は現実の物として残されている。

 何も、その原因がまたも電脳力者(デューマン)による物であると限られているわけでは無いが、心に引っ掛かる何かを拭い切れず、彼は自室のパソコンを起動させて情報を検索し始める。

 この手の傷害に関する事件の情報は、大抵の場合が地域警察のホームページかネットニュースのサイトに記されている事が多いが、それ等のサイトを真っ先にアテにする前に、事件のあった場所を検索ワードに取り入れて調べた方が目的の記事を目にしやすい。

 10分も経たない短い時間で、それは見つかった。

 タイトルに『水ノ龍高校 男子生徒二名が重軽傷 加害者は生徒か』とある記事にマウスカーソルを合わせ、クリックする。

 

「…………」

 

 記事の内容を見て、雑賀は思わず怪訝そうな表情を浮かべていた。

 加害者の正体が不明である事は、苦郎から聞いたARDS(アルディス)拡散能力場(のうりきば)の事を考慮すれば、電脳力者(デューマン)の仕業である可能性を示唆出来る。

 救急車が走っていた時刻から考えれば、事件が起きた時に目撃者がいない可能性は低いのだから。

 だが、雑賀はそれ等の情報とは全く異なる部分に関して疑問を浮かべていた。

 あるいは、彼ぐらいしか気付けなかったかもしれない違和感に対して。

 口から、言葉が漏れる。

 

「……被害者の怪我は……()()()()()()()()()()……?」





 ……と、いうわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

 今回の話は二人のキャラ……まぁ見ての通り牙絡雑賀と、割とご無沙汰レベルで出番が無かったと思う司弩蒼矢くんを軸にしたお話となっております。主なテーマは『家庭』……いや『罪悪感』でしょうか? 自分でも定まっておりませんが、二人の視点で描写されている内容には割りと接点があるはずです。
 何というか、すっかり雑賀くんもグレ始めてるなーとか思ってます。主人公の一人なのにこんなんでいいのかと思えなくも無いような……まぁ『第二章』というか現実世界サイド自体が結構ダークな路線なので、適合してはいるんですけどねぇ。逆に言うと下手にギャグパートを押し込めないっていう。シリアス路線を突っ走った方が良いとも言えますけど。

 後、フレースヴェルグが現在進行形で悪役っぽくないのも少し問題ですなぁ。いやまぁ、彼自身が語ったように例の組織が個人の意志重視な時点で、フハハ我々の目的は世界征服だーっ!! な思惑も無く、どちらかと言えば『自由』な野郎かなーって感じなのですが、。善悪よりも好悪っつーか。

 さてさて、色々と思うところもあるでしょうが、疑問は推理する物。
 次回は、予定のままなら縁芽好夢の『防犯オリエンテーション』の話になる予定です。ていうかもっと早く出しても良かったかもですが、直ぐに出すと一日中の時系列で『抜け』が生じる可能性があったので、ここまで遅く……ぐぬぬ。

 それでは、次回もお楽しみに。
 感想・指摘・質問などはいつでもお待ちしております!!

 PS ただ、その前にもしかしたら座談会をやるかも(50回記念)。


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『累計執筆数50話記念』第一回座談会

今回の話自体は本編に一切関わりがありません。
関係のある情報こそ出てきますが、当然ながらメタ的な空間でのお話なので接続ゼロ。
そして、座談会に限りキャラ達の台詞は『台本形式』で描写していきますので、その辺りをご了承した上でご覧になってください。
あるいは、こんな茶番いらねーよ的なお方の場合はここでブラウザバックした方が賢明かと思われます。

それでは、初となる座談会。開始です。


ユウキ「累計五十話(外伝含む)連載記念」

 

ベアモン「デジモンに成った人間の物語キャラクターによる!!」

 

エレキモン「……ざだんかーい……」

 

ベアモン「テンション低ッ!? どうしたの最近出番無いからってグレちゃったのエレキm「そいっ」おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!?」

 

エレキモン「とりあえず俺に喧嘩を売ったと判断したから電撃な。もう数年近く本編での出番が無いのは普通に気にしてんだから言うんじゃねぇよ」

 

ユウキ「ま、まぁ【第二章】が終われば俺達にバトン回るらしいし、もう少しの辛抱だろ(メメタァ)。予定ではあと10話以内に終わるらしいし……」

 

エレキモン「逆に言えば、今の更新ペースでそれだけの話が投稿されるのを待たないといけないわけだな。あと何ヶ月掛かるんだって話」

 

雑賀「どうでもいいけど現在進行形で出番ゼロのお前等が出ても読者は『誰だこいつ等……』ってなるだけだから引っ込んでていいぞ」

 

二人「「誰が出番ゼロだ!! コラボ企画とかで出番あるわ!!」」

 

 

 

このトライフォースな野郎どもの出番は今しばらくお待ちください。

 

いやほんと、自分の更新速度に嫌気が差します。先はまだまだ長いのにこれじゃあ思いやられますぜ……。

 

では、今回は二つのお題のみで座談会をお送りします。

 

まず第一のお題はこちら。

 

 

その①『読者の方々からのお便り返信』

 

この座談会をやるにあたり、ハーメルン以外のサイトにて制限は本編ネタバレ要素ぐらいな質問を募集しておりました。予想よりもそれなりに数は溜まりまして、作者としてもかなり嬉しいもんです。それだけ読んでくれているお方が居るって意味ですし。

 

ではでは、まずは第一の質問から。

 

ペンネーム「最近のデジモンゲームの鳥デジモン不遇が訴訟レベル」さんより、三つの質問です。

 

一つずつ答えていきます。

 

『デジモンから人間になったら、一体どんな行動を取りますか?』

 

ベアモン「多分これは、デジタルワールド組限定の質問だね。それにしても、人間からデジモンにってパターンじゃなくてこっちで来るかぁ」

 

エレキモン「んー、作中参照と言いたいところだが、そもそも俺等の世界だと『人間』は御伽噺の中の存在に近いからなぁ。『それ』を軸に考えるなら……んー、普通に『発芽の町』で過ごすだけ、かなぁ。戦いとかになっても意欲的にはなれないと思う」

 

リュオン「人間になって、何かしなければならないのであれば話は変わるのだがな。俺の場合、元々人間に近い体をしているのだから……変わらない、かな」

 

レッサー「人間になったらというより、人間の世界に行ったらって話なら好奇心満タンで色々やると思うな」

 

ベアモン「僕も色々興味あるけど、自分自身がなるのは少しねぇ。体が人間みたいになるのって、ぶっちゃけ言えば『進化』でもそうなる可能性あるわけだし」

 

 

『得意料理はありますか?』

 

ユウキ「これは現実世界サイドと、元人間の俺に宛てられた質問……か?」

 

ベアモン「現状、デジタルワールドサイドでは料理らしい料理を作れる描写が無かったしね。魚は素食い。キノコも素食い。まぁ、後々それっぽいのは出るんだけど…………出るんだけど…………」

 

エレキモン「おいやめろ馬鹿。最初期の黒歴史を呼び起こすんじゃない。死者が出るぞ」

 

 

 

雑賀「俺は基本自炊はしてないなぁ。いつも母さんが作ってるし、得意と言えるかは微妙だけど、簡素なチャーハンとか汁物程度なら作れるかな」

 

苦郎「作中での態度的に俺が料理を作るとでも? というわけでパス」

 

好夢「あたしは大体作れるよ。目指してるものが目指してるものだから、美味しい料理は作れて損は無いし。得意な物は……そうだねぇ。クリームシチューとか? 米関連ならキャロットライスかな」

 

蒼矢「作中で絶賛欝状態なのでパス」

 

フレースヴェルグ「作ってもらってる側オンリーだからパス」

 

ユウキ「俺は……「あぁ、勇輝は俺と大体同じだからパスな」おい雑賀テメェ最近出番に恵まれてるからって調子乗ってるとジェノるのこのやr

 

『性格が悪いと思っている相手を一人(体)挙げて下さい』

 

ベアモン「(体)も入れてるって事は全員に対してだね。答えられるキャラから答えていくけど、僕としてはミケモンのレッサーかなぁ。時折優しいのは事実だけど、普段の態度とかちょっとねぇ」

 

エレキモン「俺も同じ意見だな。ユウキは……まぁ、お節介焼き程度に済ませれるレベルだし」

 

ユウキ「ちょっとふざけた事を言っただけで電撃を入れる奴が何を「黙ってろ脇役」……最近俺に対しての当たりキツくない?」

 

リュオン「ちなみに俺の場合は……まだ本編未登場のキャラである故に答えられない。すまないな」

 

レッサー「はいはーい!! 性格悪い筆頭はもちろん一匹に事務をまかせっきりでオーバーワークするリュオンだと思いm「あァ?」スイマセンデシタ」

 

 

雑賀「んー、俺の場合……フレースヴェルグは『相手』というより『敵』って感じだから除外すると、苦郎のヤツかな。根が悪いとは思わないけど、妹の好夢ちゃんに世話焼かせてたり……しててすげぇムカつくわ。アイツ絶対●起してやがるぜ」

 

苦郎「よし、お前は後で殺しに行く。俺の場合は、リュオンと同じく本編未登場のキャラが該当されるから返答不可。いやほんと、名前とかは言えないけどガチで嫌いなヤツがいるにはいるんだなこれが」

 

好夢「あたしのパートが少ないから覚えてる人が少ないと思うけど、捏倉叉美かな。いちいちムカつくというか、一つ一つの発言が神経を逆撫でさせてて、それを意図してるんじゃないかなぁとか思ってる」

 

蒼矢「現状回答不可」

 

雑賀「お前それ多いな」

 

それでは第二の質問。ペンネームは「竜帝で伝説を書きたい」さん。一つだけの質問です。

 

『「こっち」だと究極体に進化するまで最低でも30年かかるけど(長いと50年以上)そちらではどうですか?』

 

ユウキ「これはデジタルワールドサイドにしか答えられない質問だな。質問者は漫画形式でデジモンの作品を書いていて、その世界観では聖騎士団の年齢も最高で10000年レベルと凄まじいインフレ具合になっているんだ」

 

ベアモン「回答だけど……こればっかりは不明としか言えないね。周辺の環境だったり、戦闘回数だったり、感情だったり……作中でこそ『経験』と『感情』の話をしたけど、実を言うとそれだけじゃないんだよ。こっちの世界での『デジモンが強くなる方法』って」

 

エレキモン「原作デジモン作品をちゃんと見てる読者なら大まかな予想は出来ると思うが、ここでは伏せさせてもらう。でもまぁ、そもそもデジタルワールドの時間って現実世界と比較すると大分違うしな。俺達が『一年』と認識してる一方で実は『一日』しか経ってないなんて事もあるかもしれん」

 

実際問題、現実世界とデジタルワールドの『時間差』は作品によって変わると思います。アドベンチャーがあんなでしたが、テイマーズではほぼ時間が同期していましたし。

 

それでは第三の質問。ペンネームは「エメラルドの石言葉は満足と喜び」さんより。

 

『そっちのみなさんにとって、「命」や「強さ」はどういう物だと思いますか?』

 

ベアモン「哲学的なのが来たねー。この手の疑問って本編でやるべきだと思うんだけど、どうしよっか?」

 

エレキモン「俺に聞かれてもなぁ。俺達みたいな『第一章』のメンバーだとこの疑問には答えられんし、これは『第二章』のメンバーに任せようぜ」

 

 

 

雑賀「命や強さに『どういう物か』を問うこと自体がちょいとナンセンスな気もするな。命は当然かけがいの無いものだし、強さに関しては……結局のところ、他社より秀でていると感じれるものとしか言えんし」

 

フレースヴェルグ「命は命。強さは強さ。ぶっちゃけ曖昧なままだが、その言葉自体に意味を見い出すよりは『在り方』で判断すべきだと思うがねぇ」

 

まぁ、この手の哲学的な質問は答えにくい面々ですからねぇ。一番的を射てるのはフレースヴェルグという。

 

それでは第四の質問。ペンネームは「ラスボスくんですよろしくね★」さんより。

 

『そっちのキャラはそれぞれ何か依存してるものってあるか? こっちはパートナーに依存してる奴多いけど。あと趣味が知りたい』

 

ユウキ「これまた質問者の書いてる小説と比較しての質問だな」

 

ベアモン「依存している物、かぁ。僕は本編的な都合でまだ答えられないね」

 

エレキモン「(本編の描写見るにまるわかりなんだけどな)」

 

ユウキ「俺はそもそも依存してるものってのが無いなぁ。強いて言うなら、現実世界での暮らしか? 依存してるとは言えないレベルなんだよなぁ」

 

エレキモン「俺は……んー、ベアモンという『幼馴染』に依存してんのかなぁ。ぶっちゃけ、どのあたりで依存と認定されるかわかりにくいよな」

 

 

 

雑賀「俺は本編開始前だとちょい微妙だが、本編の時間軸なら『友達』『日常』かね。『家族』は……むしろ、依存するとしても限定的だからなぁ」

 

苦郎「俺は本編読んでもらってるなら言うまでも無いからパスで」

 

好夢「あたしも同じく」

 

蒼矢「家族、だね。更に厳密に言えば『親』かな? むしろ、この依存っぷりが『これから』の肝になりそうなんだよね」

 

フレースヴェルグ「美味い飯!!」

 

一同「「「「あぁ、うん。知ってた」」」」

 

 

 

 こうして見ると、依存と呼べるようなものがあるキャラって限定されてますなぁ。依存かどうかのギリギリラインな子もいますが、やはり第二章の現実世界サイドのキャラが多いか。

 

 というか、依存内容が一番マトモなのがフレースヴェルグってどゆこと……。

 

 では、第五の質問……お、同じお方から三通も来てますね。ペンネーム「まとりっくすえぼりゅーしょん!!」さんよりです。

 

1『ぶっちゃけ胸派? お尻派? あと清純なメイドっ娘と墜天使染みたダーク系の衣装を着たタイプならどちらが好き?

追記:RWサイドの男共全員に質問。雑賀は絶対答えるべし。蒼矢の趣味も知りたい(迫真)』

 

雑賀「それじゃあ俺はメシ落ちするからこれで」

 

ユウキ「逃げんな犬野郎。公開処刑が怖いからってバッくれは厳禁だぞ」

 

 

 

苦郎「んじゃ一応俺から。俺としてはやっぱ胸派かなぁ。ただ、あんまりデカすぎるとアレなんでGカップよりちょい下ぐらいが好み。後者の問いに関しては、まぁどっちも好きだがどちらかと言えばダーク系の衣装だな。ほら、俺魔王宿してるし」

 

ユウキ「一応俺も元はRWサイドだし答えたい……ところだけど、そもそも俺は女性ってのが苦手な部類なんでな。答えようにも好みとかそういうのが無いんだ。すまんね」

 

好夢「コラボ編では思いっきりヤってたくせに」

 

ユウキ「IFのストーリーに言及するのはNGなんだぜ好夢ちゃん」

 

蒼矢「言って僕もそういうのは……まぁ、どっちが女性らしさを出してるとかそういう話になると尻派になるわけなんだけど……まぁ、あんまり着飾った人は好きじゃないし、後者は清純な方がどちらかと言えば好みになるのかな」

 

フレースヴェルグ「俺は胸派かなぁ。いやまぁ、ぶっちゃけ女の『外見には』そこまで興味が無いから後者の回答は無理なんだが。ていうか、俺の場合はアレだよ。胸でも尻でもなくあっち派だよ。ほらあn

 

苦郎「おいやめろ馬鹿」

 

 

 

ベアモン「んじゃ、お待ちかねなわけだけどサイガー。回答決まったー?」

 

雑賀「うるっせぇ如何してこんな質問に答えないといけねェんだよ!! 本編でどシリアス路線一本道だってのに女の子の事とか考えられるわけ無いだろ!? そもそも何で一番真面目枠なはずだった蒼矢のヤツまで答えて……っ!!」

 

蒼矢「え。いやまぁ、特に苦心するような質問でも無かったですし」

 

好夢「そうそう。遠慮無くゲロっちゃって良いと思うよ。大丈夫だって、答えが二沢しか無い時点でどんな答えが来ても軽蔑する事は無いだろーし。ダイジョーブダイジョーブ」

 

雑賀「いやぁ!! 何処までもクリアな好夢ちゃんの視線が超怖い!! つーかおかしいよこの質問。質問者が書いてる小説ってどちらかと言えばすんげぇ綺麗ですんげぇ正道でこんなゲスい欲望丸出しの質問なんて出そうと思わないはずなのに……っ!! どうせならこの質問を質問者のところのキャラ達にも回答してもらいたいよ!! ダルマ落とし式でな!!」

 

エレキモン「解ったからさっさとゲロれ。主人公だろ早くしろ」

 

雑賀「いーやーだ!! 馬鹿野郎こんな公開処刑よろしくな質問に答えてられるか!! 俺は本編に戻るぞ!!」

 

好夢「苦郎にぃ」

 

 

 

< 特に前触れの無い拘束具が雑賀を襲う!!

 

 

 

雑賀「何故だし!? お前『力』を使ったら吐血するっぽい描写があったじゃん!! 何唐突にノーリスクで鎖出してんの!?」

 

苦郎(データシフト)「いやまぁ、これ座談会だし。ここ楽屋的便利空間だし。……つーわけで大人しく観念せよ」

 

雑賀「テメェ本編で覚えてろよ!!」

 

 そんなわけで、雑賀くんの好みは『尻派』『ダーク系の衣装』でした。こうして見ると蒼矢くんと衣装以外は好み一致してんのね……。

 

2『煽り耐性低そうなのを一人(体)挙げて!』 回答対象:全員

 

ユウキ「エレキモン。現に本編で冷静そうにしてながらふとすれば電撃放つ事は証明されてるしな!!」

 

エレキモン「はぁ。とりあえず俺はベアモンって回答しとくが、それはともかく傍に俺がいるって事を忘れてねぇ―――――――か?」

 

ユウキ「あわー!?」

 

ベアモン「ユウキ……と言いたいところだけど、付き合いの長さ的にもエレキモンかな。実際『そういう』行動を取る事は多かったし。まぁそんなツンツンしてるところも可愛さの一つだと考えればなんとも」

 

エレキモン「(無言の肩ポン)」

 

ベアモン「あっ」

 

レッサー「俺は……そうだな。煽りの角度にもよるがレオモンのリュオンも耐性は低い気がするな」

 

リュオン「そうでも無い。俺からすると、年齢からしても相応だろうがエレキモンが実際煽り耐性は低いだろうと思う。尤も、煽りを受けた上でもある程度冷静な判断が出来るあたり有能だが」

 

雑賀「俺は……そうだなぁ。やっぱり年齢的な問題もあるんだろうけど、好夢ちゃんが煽り耐性低い気がするな」

 

好夢「否定出来ないのが少し辛い。でも、あたしからすると雑賀にぃも煽り耐性低い気がするよ。本編の空気が空気だからかもだけど」

 

苦郎「ちなみに俺は好夢だと思ってる。理由は言うまでも無いな」

 

蒼矢「僕の場合、そもそも煽った経験もあんまり無いから回答しにくいね。強いて言えば雑賀さん?」

 

 現時点でメイン張ってる連中に回答させるとこうなりますね。案外煽り耐性が低いと思えるやつは絞られてる模様。

 

3『パートナーデジモンを持てるなら、どんなデジモンを連れて歩きたい?』

 

追記: 回答者はRWサイド全員。

 

雑賀「んー、俺としては……やっぱりインプモン辺りかね? 魔法関連で色々出来そうだし、究極体がロマン溢れるあいつだし。連れて歩くって点を加味しても安定かな」

 

好夢「テイルモン、かな。成熟期だから基礎的な部分も信頼出来るし、何より人並みに紛れていても野良猫扱いでどうにか出来そうだし。あと可愛い」

 

苦郎「ワイズモンかね。何というか、面倒事とかに下手に突っかかる事もせず、安定した関係を築けそうだから」

 

蒼矢「本編での状況を加味すると、ゴマモンかな。一緒に居て退屈しなさそうだし、後者は色々助けてもらえそうだし」

 

 ちなみに作者的に『連れ歩く』のなら、やはりベアモン辺りが妥当かなーとか思ってます。

 

 炎吐いたりとかそういう能力が無いですし、一番『ペット』として世間に溶け込めそうというか。

 

 以上で「まとりっくすえぼりゅーしょん!!」さんからの質問は終了です。

 

 それでは、まだまだ続きますという感じで次の質問者……ペンネーム「ランドセルって日本の職人が生み出した最高のバックパックだと思わない?」さんより、二つほどの質問です。

 

1『勇輝達(RW側に居た人間キャラ達)のお勧めの映画は何がありますか?』

 

雑賀「作者本人じゃなくて俺達に対して聞くのか(困惑)」

 

好夢「まぁいいんじゃないかな。あたしは『エンデュミオンの軌跡』ってサブタイトルの映画が好き。アニメ三期はやくー!!」

 

苦郎「俺自身そんなに映画とか見ないんで俺はパスで」

 

蒼矢「右に同じく」

 

雑賀「俺は……そうだな。『Zのフィルム』とかかね」

 

ユウキ「俺は『エリートのオブジェクト』だな。詳しい内容は(別作品的に)省かせてもらうわ」

 

 こいつ等が語ったタイトルには当然元ネタがありまして、そのどの作品も自分は大好きっす。

 

 解る人には解る、のかな?

 

2『勇輝達人間サイドの出会いはどんな感じだったんですか?』

 

ユウキ「これは……流石に答えづらいな。本編でも描写予定な内容だから、これは申し訳ないけど回答拒否にさせてもらう」

 

好夢「あたしと勇輝にぃ、雑賀にぃの出会う切っ掛けに関しては既に描写されてるんだけどね。オープンキャンバス」

 

 まぁキャラクターの過去に関する描写は重要な素材ですからね……本編で出すのが一番かと。

 

 なんか短めになってしまいましたが、次のお方の質問回答へ向かいます。

 

 ペンネーム「俺のローヤルマイスターが火を吹くぜ」さんより。

 

『電脳力者になって良かったこと、あるいは便利だったことは何でしょうか?』

 

雑賀「現状登場してる電脳力者が少数だから回答側も少数になるが、俺の場合は単純に力を得られた事で出来る事が増えるって所。便利だと思えた事は、嗅覚が発達した事による色んな『ニオイ』に感付ける能力かな。索敵能力ってのは重要だし」

 

苦郎「俺も大差は無いが、良かったと思えることは大切なモンを守れる力があるって所だな。尤も、『現在は』使うだけでデメリットを味わうハメになるわけだが……まぁ、無いよりはマシだわな。便利だったことは……頭使えば戦う手段がいくらでも出てくるってところかね。これは本編を楽しみにしててほしい」

 

蒼矢「僕の場合、現状は本編での状況を加味するとベッドから這い出て動ける事に尽きるかな。便利だったことは……特に思い付かないかな。水に関係する事なら色々出来るって事ぐらいしか……」

 

 最近登場したキャラを除くとこんな感じですね。メインキャラ三人。

 

 まぁ当然ながらメインで取り扱う電脳力者ことデューマンはこれからドンドン増えていくわけですが、現状でのメインはこの三人って事にさせていただきます。フレースヴェルグはともかく、徹や浦瓦に関してはまだ回答するには早いですし。

 

 ……まぁ、次のメインキャラデューマンが誰かは、結構予想しやすいでしょうけど。

 

 とりまこの質問で質問回答は終わりですね。回答出来てない質問があった場合は指摘してくれると助かります。

 

 では、続いて第二のお題へ。

 

その②『第三章の予定について』

 

 うん、流石に『第二章』が長続きしすぎな所為で待ち遠しいお方もいるかもなので、ほんの少しですが予定済みの『第三章』の情報を述べておこうかなと。述べたところでネタバレにならない程度の情報だと思うので、ここで『あらすじ』風に書いちゃおうかなーと。

 

 『第二章』自体は良くてあと10話ぐらいで終了すれば良いなーとか思っています。雑賀くん、蒼矢くん、そして『もう一人』の動きと決断が重要になる話なので、もうちょっとだけ続くんじゃ。

 

 ……というか真面目な話、完結まであと何年掛かるやら……。

 

あらすじ

 

元人間の一匹とノーマルな二匹が遭遇してから、一週間以上の時間が経った。

 

毎日のように『依頼』を受けて外出し、報酬を貰った後に発芽の町へと帰る。

 

そんな日々が延々と続く一方で、元人間――ギルモンのユウキの気分は優れなかった。

 

食事や住まいに困るような事態にはならなくなったが、何の『手がかり』も掴めていないからだった。

 

元の世界へ帰還する道標も、自分自身の事に関する情報も。

 

不安と焦燥を覚える中、チーム『挑戦者たち』の三匹はとある『依頼』を受ける事になる。

 

未だにちぐはぐな関係の三匹が受けた見知らぬデジモンからの依頼の内容は、海の近くに位置する和風都市『リュウ・グゥスカ』へ荷台一台分の『荷物』を届けるという物だったのだが……?

 

デジタルワールドを舞台に巻き起こる異能バトルアクション!!

 

雑賀「まぁ事前に語られている通り、『第三章』では再び勇輝たちの方へ視点が戻って、デジタルワールドが舞台になる。当然ながらデジモンが多数登場する事になり、リアル色よりファンタジーの色の方が強くなると思う」

 

ベアモン「でもって、作者って基本的に一部の重要な設定を除いてコロコロ変えるからねぇ。舞台ももしかしたら上記のと違う場所になる可能性もあるし、あらすじやってるのは上から六行ぐらいなんだよね(メメタァ)」

 

実際割りと『第三章』の舞台は色々な案があるので迷ってます。『章の間に起こさないといけないイベント』さえ起こせれば舞台も登場デジモンも何でもいいので(暴論)。

 

……そろそろ『聖騎士』も出したいなぁ(願望)。

 

さて、お題も大体出し終えて、座談会も終わりの流れに入りました。

 

今回は割りと短めだった気もしますが、その分本編を頑張るので許してください(迫真)。

 

制限こそあまり設けなかった『質問』ですが、結果としてあんまり満足のいく回答も出来ませんでしたしね。これはもっと本編を進めなければ……。

 

それでは、今回のご拝読ありがとうございました!!

 




本来は先日の時点で更新出来たかもですが、『例の地震』で震度4ぐらいの場所に住んでまして……おかげで眠ることが殆ど出来ず、次の日に風邪までひきまして。現在進行形で闘病ってました。大事にならなかっただけ全然マシな方ではあるのですが。

完全メタな会話でしたが、次やる場合は75話か100話到達記念って形になると思われます。それでは改めて、今回もありがとうございました。


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七月十四日――『人質役に犯人役に治安役』

更新に一ヶ月近く掛かってすいません!! ニコニコ動画の動画投稿だとかPixivの企画だとかで随分を遅れてしまいました……やっぱり両立って難しいですねぇ。
というか早くしないと『第二章』が始まってから軽く二年経っちゃいそうでやべぇわやべぇわーっ!! 一週間に一更新とか出来れば最高なんですがそうもいかないのが現実だっていう。
ともあれ、今回の話はようやっと数話前の伏線回収くさいお話になります。
デジタルモンスターが原作な話なのにデジモンが殆ど登場しない『第二章』も、ようやっと終点が見えてきた気がする中、実際にはあと何話続くか想像も出来ていない作者による最新話、それではどうぞー。


 時刻は午前十一時頃。

 学生であれば午前中最後の授業が始まっていて、自前の筆記用具を手にガリガリとしているべき時間だが、縁芽好夢は学校の敷地外――つまるところ自動車や宣伝広告(プロパガンダ)で風景が構築される街の中を歩いていた。

 平日、それも午前中に割りと名門らしい野弧霧中学校の生徒が街の中をぶらぶらしていると知られればアメリカン系のイケメン外語教師は崩れた日本語を乱発し、見た感じではお上品でも実際はスパルタ系な女性の体育教師は毛の色を金色に逆立てて少年バトル漫画ばりの瞬間移動でもして来そうな所業だったが、今回に関しては正当な理由が存在する。

 彼女がスカートの下に履いている(思春期な野獣どもからすると忌わしい)短パンのポケットから取り出したプリントには、こう書かれていた。

 

『地震!! 雷!! 火事!! 親父!! 防犯オリエンテーションのお知らせ。頻繁に発生している生徒の行方不明事件に対抗するため、此度の東京都の各小学校や中学校、及び高校では学校の垣根を取り払い、防犯に対する意識と能力を高める目的で野外でのロールプレイを実施しております。各自くじ引き等で決められた役割を演じる事でスタンプを与えられます。目指せスタンプカード制覇!! 制限時間の間に集めたスタンプの数に比例した内容の、イベント限定の学食メニューが貴方を待っています!!』

 

(……根本的に地震も雷も火事も親父も関係無さそうなんだけどなぁ……)

 

 ひょっとしたら、最初は放火犯対策で行われていた避難訓練が犯罪の増加に伴って肥大化し、結果として包括的に犯罪全般に対処するこの行事へ形を変えていったのかもしれない。

 プリントに表記されている宣伝文句(キャッチコピー)も、あるいは天災や人災を表現する言葉として使いやすかったのかもしれないし、単に過去にも使用した題材を使いまわしにしているだけかもしれないが。

 現在進行形で実施されているロールプレイの『役割』は、そんな文章の下に記載されていて、

 

『生徒の皆さんが演じることとなる役割は以下の三種類です。

 人質役、とにかく犯人役の生徒から逃げてください。二分間経過するごとにスタンプが一個貰えます。犯人役の生徒に捕まってしまった場合、そこまでの時点で集めていたスタンプは全て取り消しとなります。尚、治安役の生徒にタッチする事で任意の間だけ犯人役から身を守ってもらう事が出来ますが、その間はスタンプを1分間ごとに1個取り消しとなります。白色の(たすき)が目印です。

 犯人役、とにかく追い回してください。人質役の生徒にタッチする事で、人質役のスタンプを全て奪う事が出来ます。ただし、治安役の生徒にタッチされた場合はそこまでの時点で集めていたスタンプは全て取り消しとなります。赤色の(たすき)が目印です。

 治安役、犯人役の生徒を捕まえてください。犯人役の生徒にタッチする事で、犯人役の生徒からスタンプを全て奪う事が出来ます。また、人質役の生徒から保護の要請されている間は、1分間ごとにスタンプを一個押す事が出来ます。上記の人質役や犯人役と違い(たすき)は付けません。

 尚、学校の位が下の人質役を犯人役がタッチしても、犯人役と治安役がタッチしても、スタンプは奪う事が出来ないのであしからず。

 また、今回のイベントを利用して痴漢や暴行に走る生徒が居た場合は厳正に対処するのであしからず。ルールを守りながら犯罪に対する免疫力を高めましょう!!』

 

(……全体的に、これって要するに鬼ごっこよね)

 

 まぁ、実際問題何者かに『追い回される』状況をわかり易く作れる遊びの一つではあるのだが、学校の敷地だけではなく街の中まで含め、更には他の学校の生徒と合同で行うという発想の時点でスケールがぶっ飛んでいる気がする。住民に迷惑は掛からないのだろうか? という疑念を覚えなくも無い。

 ちなみに、くじ引きによって決められた好夢の役割は人質役。

 言ってしまうと、彼女は今回のイベントを楽しめてはいなかった。

 そもそも行事の方向性から考えても楽しむ楽しまないの問題では無いのだが、さしてロマンチックな話があるわけでも無く人死にやらえげつない法律やらがピックアップされる歴史の授業と同じで、善悪よりも好悪の方が優先されるのかもしれない。

 いかに欲しくなかった商品でも、期間だとか季節だとかに因んだ限定物というステータスを含んでいれば、それだけで大抵の人間は『欲する』ように思考を誘導されるものだが、彼女には全く別の方向に優先すべき事柄があったのだ。

 つまるところ、

 

(……結局、苦郎にぃや雑賀にぃが『隠していること』って何なのよ……?)

 

 そう。

 先日から今日にかけて、脳裏から離れることを知らない総合的な疑問。

 知ろうとすれば『らしい』言葉で受け流され、いかにも彼女を『何か』から遠ざけようとしている、そもそもの理由。

 それが、知ってしまえば何か取り返しのつかない出来事に発展してしまうかもしれないなんて事は、何となく勘付いていた。

 だけど、

 

(……それでも、知らないといけない……いや、知りたい。こんな願いは偽善でしかないのかもしれないのは解ってる。だけど、知ってる人がいなくなったんだ。あたしの学校の、同じクラスの子だって。もう、その時点であの『事件』は対岸の火事じゃない。雑賀にぃだって、そう考えたからもう動き出しているはずなんだから)

 

 自分に対して向けられている言葉が嘘である事は容易に想像が出来た。

 きっと、自分が同じ立場に立ったら、身近な人を巻き込まないように心掛けるだろうから。

 だから、知るためには自分から核心へ迫る必要がある。

 そういう意味では、この防犯オリエンテーションにおいて『追われる』事の無い治安役を望んでいたのだが、現に彼女は人質役として防犯オリエンテーションに参加している。

 役割を見分けることが出来るよう右腕に巻きつけられた白色の襷がその実情を表していた。

 ……見分ける材料として使われている襷の色が白と赤『だけ』な辺り、明らかに運動会で使う物を使い回ししている事が窺える。

 

「……うーん……」

 

 いっその事、スタンプの事など考えずに探りを入れるべきだろうか――と思わなくも無いが、それで犯人役に見つかってスタンプを全没収される事を考えると、何処か負けた気持ちになって癪なのだ。

 人間とは、期間限定の事象に弱い生き物である。

 街の中を擬似的な鬼ごっこの舞台として設定しているのは、恐らく突然の出来事に対する逃走ルートや道順を暗器しておく意味合いも含んでいる――そう考えると、()()()()()()()()()()()()()可能性が高い。

 逆に、そう考えて別の道を逃げ道に設定している生徒も多いかもしれないが、単純に一本道を走って逃げ切る事には相応の持久力を要する事となるため、どちらかと言えば逃げ道よりも隠れ場所を探す犯人役だって多いだろう。

 設定されたルールの上では、犯人役は人質役よりも遅れて行動を開始するようになっており、治安役もまた犯人役よりも後に行動を開始するようになっているからだ。

 追い回す事よりも先に、探す事。

 尤も、防犯オリエンテーション中に学校を除いた公共の建物内に入る事は禁じられており、そもそも隠れ場所があるかどうかも怪しくはあるのだが。

 スポーツ関連ならまだしも、かくれんぼや鬼ごっこといった幼子の道楽の経験に乏しい好夢には、そもそも隠れ場所なんて見当も付かないわけで、

 

(……げっ!!)

 

 街道の曲がり角の辺りにて、RPGゲームのランダムエンカウントよろしく赤い襷を腕に巻いた何処かの生徒――つまる所犯人役の男子生徒とバッタリ出くわしてしまう。

 何処かの、と曖昧な単語が付くのは、制服の柄からして野弧霧中学校の生徒ではないからだ。

 それも、何の因果か中学生。

 高校生であればルールにもあるハンデのような設定が適用され、被害を受ける事も無いのだが、中学生の生徒となると学年も含めて関係が無くなる。

 距離にして、十メートルあるか無いか程度。

 触れられれば終わる――スタンプが全部取り消され奪われるだけなのだが、それはそれで嫌だ。

 何だかんだ言って、彼女も期間限定という言葉には弱いらしい。

 

 でもって、逃走には裏路地を通る事も無く無事成功。

 突然の遭遇ではあったので驚きこそしたが、最初の時点で距離は離れていたからだ。

 運動系の部活に所属している事もあってか、数分しない内に彼女は追跡を振り切っていた。

 単に走る速さの差から諦めたという可能性も考えられるが、このような行事で相手の事情を考える必要は無い。

 

(……ったく……帰宅部なのかしら? 張り合いが無い。これならガチの変質者の方がスリルがあるわね)

 

 これが死角からの奇襲だったりしたならば話も変わったかもしれないが、追われる前から姿を確認出来た時点で何の問題も生じない。

 後は鬼ごっこと同じで、やる気と根気と走る速さの問題なのだから。

 さーてとりあえず逃げる事には成功したしスタンプでも押すか、と気を楽にする縁芽好夢だったが、

 

「……あれ?」

 

 思わず、怪訝そうな声が出た。

 ルールとしてプリントにも表記されている通り、人質役は二分間逃げ切るごとにスタンプを一つ習得出来る。

 言い直せば犯人役に捕まらない限り、防犯オリエンテーション開始から経過した時間を半分にした分だけ押す事が出来るわけで、時刻を確認するために彼女は白い襷とは別に腕に付けていたデジタルな腕時計に目をやったのだが、

 

(……何? 電波の状況でも悪いの?)

 

 時刻を表示するための電子文字が、何やらおかしなことになっていた。

 通常、デジタル時計は携帯電話と同じで電波の通じない場所では時刻を表示できないが、彼女の腕に巻かれた時計は一応の時刻が表示されている。

 ただしそれは、数秒ごとに数字の零と一をランダムに刻んでいる――そんな、下手しなくとも故障したとしか思えない異常な物だったのだが。

 

「…………」

 

 一種の妨害電波でもバラ撒いている奴でもいるのだろうか? と考えようとしたが、そこで好夢の脳裏に言葉が奔った。

 

 ――『事件とは無関係かもしれないが、少しだけ『怪異現象』ならば見つけたかもしれないという自負はある』

 先日前。

 ――『簡潔に言えば、たまにこの街の空気は一部『違う』ような感じがするって感じだ。風景には何ら変化が無い『はず』なのに、どうにも『違和感』というか何と言うか。大人達には感じられないようだがな』

 確か、捏蔵叉美が言ってなかっただろうか。

 ――『本当に些細なものだから私も大して感じた事は無いのだがな。強いて言えば、その『違和感』を感じる場所でスマフォを弄ってみたら、何故か電波環境が少し悪くなっていたぐらいの変化しか見られなかった』

 怪異現象。

 電波環境の悪化。

 ……そして、それ等とは無関係と言い難い違和感の存在。

 

「……まさか」

 

 好夢自身、半信半疑な情報ではあった。

 気に入らない相手の情報だからというわけでは決して無く、単に『そんなこと』が現実に起きるものなのかと疑心を抱いていたからだ。

 だが、現に怪異現象と例えてもおかしくない出来事は起きている。

 仮に妨害電波によるイタズラだとすれば、そもそも時刻は表示すらされず、画面には横線が並んでいるだけなはずなのだから。

 だとすれば、

 

(……『何か』が近くで起きているっていうの……?)

 

 犯人役の生徒から逃げて、好夢は現在ビルが立ち並ぶ街道から少しだけ離れた場所に居る。

 距離としては然程遠いというわけでも無く、歩きでも五分ほどで元の場所には戻れる程度だ。

 周囲を見渡す限りでは大きな建造物が見えるわけでも無く、強いて言えば橋の下に恐らくは下水道に直結しているのであろう川が見えているぐらい。

 街道から少し離れているからなのか、あるいは社会人は勤務中な頃だからなのか、辺りに人の数は少ない。

 視界に映っている限りでも犯人役である赤い襷を巻いた生徒の姿は見当たらず、周辺に見えるのは散歩に出ている老人や飼い犬、あるいは自分と同じ白い襷を巻いた人質役の生徒が何人か見えているだけ。

 ()()()()()()

 

「……何? この、感じ……」

 

 何か、()()()()()()()

 例えようの無い、あるいは人の気配とは何かが違う粘着質な視線のようなモノを。

 思わず鳥肌が立ち、場違いにも警戒でもするように周囲を見回してみると、

 

 ()()()()()()()

 

「……な……」

 

 信じられないモノでも見るような声が、少女の口より自然と漏れ出ていた。

 形相の時点で明らかに現実より乖離した『そいつ』は、縁芽好夢が立つ位置からほんの五メートル程度――本当に、目視など容易いはずの距離に居た。

 全身の体色は外国人だとか日焼けの経験が無いだとか、その程度の言い分では納得出来ないほどに白く。

 下半身からは六本ほどの脚――いや、用途から考えるとそれは腕と言うべきだろうか――が生えており、更に上半身からは体重を支えている六本の足とは異なる太く長い触手が四本生えている。

 顔は目付きの時点で凶悪そうな笑みを浮かべており、外回りの印象が明らかに人外な一方で、全体の中心とでも言うべき胸部から顔にかけてはやけに人間的な印象を残す外見だった。

 総じて言えば、イカ人間。

 体躯の時点で大人のそれを越している『そいつ』は、

 

「あん? 何だ、()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まるで、自分の予想を裏切られたかのような、それでいて期待半分とでも言うような声調で人間の言葉を発していた。

 重要そうな言葉を発していたが、目の前に迫る脅威に好夢の頭の中は警報を発するのみだった。

 

 逃げろ。

 立ち向かうな。

 捕まれば無事ではすまない。

 

「……ッ!!」

 

 咄嗟に踵を返して逃げようとしたが、イカ人間の方がずっと早かった。

 走ろうとした好夢の左足に向かって一本の触手を伸ばし、絡め取る事で転倒させてきたのだ。

 前方に倒れ込み、体に鈍痛が奔る。

 触手から伝わる感覚に、鳥肌が立つ。

 

「おいおい、ただの人間の足で逃げれると思ってんのか……?」

 

 イカ人間の方は、むしろ呆れたような声でそう言っていた。

 まるで、それが当然とでも言うように、常識でも語るような調子で。

 言葉に対する疑問を発するほどの余裕も無いのか、好夢には荒い息を吐く事しか出来ない。

 どうすればいいのか。

 ここからどう動けばいいのか。

 答えは出せる。実際には出来ない。現実。

 

「……ま、構わねぇか。やる事は変わらねぇしよ」

 

 そんな様子を見て何を思ったのか、その声には嗜虐心が宿る。

 何処へ連れて行くつもりなのか、イカ人間が無遠慮に好夢の足を触手で引き摺ろうとした、

 その直後の出来事だった。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 正しく、()()()と。

 斜め上の方向より現れた背中に黄色と茶色の混じった翼を生やした鳥人が、一本の日本刀で好夢を拘束していた触手を切断した。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆




 ……と、いうわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

 今回の話は見ての通り数話前にチラっと出した『防犯オリエンテーション』……をメインに添えると見せかけて、割とポジション的には重要キャラな感じの縁芽好夢視点の話となりました。
 この『第二章』の主軸となるキャラはこれまでの話を見て解る通り、牙絡雑賀、司弩蒼矢、そして彼女になるわけなのですが、彼女は前者の雑賀と同じく『知ろうとする』事に関しては積極的にも関わらず、なかなか事件の本質に立てていない何とも可哀想な子だったりしまして、今回でやっと『知る』事が出来る場面に出くわすことが出来たものの、雑賀や蒼矢と異なり黒幕属性なキャラから事前情報を与えてもらったわけでは無いので、対応手段など当然解るはずも無く……見ての通り、謎の鳥人くんの助けが無ければR-18物な展開になる可能性もありました。(紳士共ざまぁw)。

 サラっと告げられた情報もありますが、実際彼女がこれから『どう成る』のかは後々の展開を楽しみにしていただければなーと。追い詰められるだけで都合良く覚醒出来るなんて思わない事です。
 そして最後の最後にチラっと登場したズバッと解決しに来た鳥人――当然デューマンなわけですが、原型となってるデジモンの種族、何かわかりましたでしょうか? ヒントになるのが翼の色ぐらいしか無さそうなマイナーデジモンです。

 さて、それでは今回はこの辺で。また次回をお楽しみに。
 感想、質問、指摘などはいつでも待っております。
 言っておきますが、この小説はいつまでも健全ですのでご安心を。

 PS 日本刀ってロマンだよね。


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七月十四日――『切り変わる視点//切り替わる真実』

まーた一ヶ月更新だよ(呆)。
流石に自分でも更新ペースが遅すぎると思ってます。
そりゃエターなってないだけマシかもしれませんが、遅いからって他の作品が進んでいるってわけでもないのが問題なんですよね。動画投稿とかし始めたのが楽しくはあってもやはり足枷に……ぐぬぬ。だが楽しいからやめられない。

話は変わりますが、『デジモンユニバース アプリモンスターズ』が発表されましたね。二週間ぐらい前に。
自分の見解としては、かなり良い傾向だと思ってます。正統な後継作品というか。
ただ、現状では何か『妖怪ウォッチじゃんww』とか『デジモンっぽくない』とか後ろ向きな意見が多くて残念です。こんな事言うのもアレですけど、いくら根源的設定が同じだからとは言ってもアプモンとデジモンを同一視するのは馬鹿馬鹿しいと思います。具体的に言うとポケモンとデジモンと比べるぐらい変な事だと思います。『全く別の存在』なんですから、アプモンはアプモンとして認識して楽しむべきですよ。

では、本編をどうぞー。

PS 少し不自然な点を発見したので修正いたしました。


 

 数分ほど前の事である。

 鳴風羽鷺は、防犯オリエンテーションを割りと楽しんでいるらしい生徒達の事を無視して、高層ビルの屋上で何の比喩表現でも無く()()()()()()()

 

「……あー、やっぱり徹夜なんてするもんじゃなかったです……」

 

 朝食を米にするかパンにするかを迷ってでもいるような調子で呟く彼の姿は、縁芽苦郎とすれ違った時とは違い、人間の体のそれから電脳力者(デューマン)特有と言える人外の体へと変貌している。

 身長にして一七〇程はあるだろうか――服装として羽織に袴、そして頭には大きな笠を被っており、江戸時代に存在していたらしい侍を想起させるような風貌だが、その体表には両腕を除き肌色が存在せず、代わりに黄色い羽毛がほぼ全身を埋め尽くしていて、顔立ちや両脚は鷹のそれと大差が無い。

 極め付けに背中からは黄色だけで無く茶の色も宿した大きな翼が生えており、それは鳥という生物にとっての両腕に該当される部位であったが、彼には人間と同じ五指が揃った両手がある。

 鷹を模した侍――そう形容すべき姿だった。

 

(件の『殺人鬼』は、現状路上で姿を曝け出す事をしていない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 電脳力者(デューマン)電脳力者(デューマン)の存在を察知する能力には、基本的に生物が持つ五感が関係しており、何に秀でているかどうかは脳に宿すデジモンの性質と種族によって差異がある。

 例えば、イヌ科の動物が原型(ベース)となるデジモンの場合は嗅覚。

 ()()が自覚しているかしていないかは別として、それは『ニオイ』と言う名の大気中を漂っている情報を取り込む事で、電脳力者(デューマン)の位置やそれが宿すデジモンの性質を直感的に認識するというもの。

 その一方で、鳴風羽鷺のように鳥類を原型(ベース)としているデジモンを宿している場合に秀でているのは、視覚。

 電脳力者(デューマン)が放つ力場や携帯電話の電波など、普通(ただ)の人間の目では認識さえ出来ない情報を視認する事が出来て、種族によってはそれ以外にも身近に存在する何らかの情報を『視る』ことが出来るというものである(尤も、実際に『視る』事が出来ているものが何なのか、という点にまで自覚出来ているかどうかは、また別の問題になるのだが)。

 彼はその秀でた個性を活かし、目的の情報を獲得するため高い位置から探りを入れていたのだが、

 

「……闘ったりするのって好きじゃないんですけどねー……」

 

 休み明けの期末テストにうんざりするような調子で、羽鷺は独り事を口にする。

 広く視界を取れる高層ビルの屋上からは、距離に制限こそあれど色々なものがよく視える。

 視たいものも、()()()()()()()()

 事実から言えば、電脳力者が放つARDS(アルディス)拡散能力場(かくさんのうりきば)が見えていた。

 彼は別に正義の味方というわけでも無ければ、赤の他人のために体を張らなければならない責任を背負っているわけでも無いので、視界に映る状況がそれだけであれば無視するだけで済ませ、作業とも言える索敵を続けるつもりだった。

 だが、

 

(……アレって確か、苦郎さんの義妹の子だったような……?)

 

 視界に入った情報は、人外の力を行使している電脳力者(デューマン)の存在だけでは無かった。

 彼としても()()()()()がある縁芽苦郎の義妹が当の電脳力者(デューマン)の近くに居たのだ。

 まずい、と彼は率直に思った。

 状況の判断から行動へ移るのに、三秒も掛からなかった。

 彼は自前の(カバン)から、収まりきらずはみ出ている黒色の袋を手に取る。

 棒状の何かを収納しておくために存在するその黒色の布の正体は、剣道などで使われる竹刀を収納するための袋だ。

 彼は鞄を左手に、そして竹刀袋を右手に持ったままビルを飛び降りる。

 落下の勢いによって生じる風を翼が受け止め、速度をほぼ殺さずに標的の元へ向かう中。

 彼の右手に掴まれた竹刀袋はその中身に存在する竹刀ごと『変換』され、瞬く間に日本刀とそれを覆う鞘へと本質の全てが変わる。

 その流れの中に、マジックショーのようなタネや仕掛けの痕跡など存在しない。

 そして、そんな事は『力』を望んで使う者にとってはどうでもいい。

 彼は軟体生物のような複数の手足を生やした電脳力者(デューマン)の方へと高速で上方より迫り、

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そして、現在に至る。

 彼は一度鞄から手を放し、空いた左手で日本刀を鞘から引き抜くと、縁芽好夢の脚に絡みついていた触手を中間の部分から切断し、放置していれば()()()()()()()()()()()()()()現場へと躍り出た。

 痛みを感じているのか、あるいは単に邪魔をされたと認識してか、イカと人間を掛け合わせたような姿の電脳力者(デューマン)が舌打ちし、解り易い敵意を向けて来る。

 助けられた側である縁芽苦労の義妹は、状況に理解が追い着いていないのか、言葉さえ発していない。

 当の介入者こと鳴風羽鷺はと言うと、

 

(……これ、どういう状況なんでしょう……)

 

 危機感から状況に介入したものの、彼はどのような経緯で縁芽好夢が襲われるハメになったのか、詳しい事情を知らない。

 仮に理由を知っていたとしても、この少女が襲われているという状況そのものがマズイと感じられるため、どちらにせよ介入したのだが、一応事情を聞いておく必要はある。

 そう考え、彼は(くち)――が変化した(くちばし)を開く。

 

「……こんな所で何をしてい

「何モンだテメェ!! 突然現れたと思えば人の腕切り落としやがって!!」

 

 最後まで言い切る事すらさせてもらえなかった。

 怒声と共に敵意全開の視線を向けられ、思わず溜め息を吐く羽鷺。

 こんな面倒事に発展するぐらいなら冷静に近付いて話し合いでもするべきだったか? と考えられなくも無かったが、彼は構わず刀の刃先を標的へと向け、改めて言葉を紡ぐ。

 

「何モンだろーがどーでもいいので、さっさと手を引いてくださいませんか? 触手を切った事は謝りますので。ほら、どうせ生え変わるんでしょう?」

「……そういう問題じゃねぇんだよクソが!! どんな育ち方すりゃあ出会い頭に腕切るなんて発想になりやがるんだ!?」

「さぁ。少なくとも()()()()()()()はしてねーと思いますがね」

 

 じりじりと、刃先を向けながら近付き始める羽鷺。

 刃物という武器自体が触手を取り扱う電脳力者(デューマン)にとって相性が悪いのか、ただ刃物(それ)を視界に入れて近付くだけでも威嚇の行動にはなっているらしい。

 ただでさえ、触手の一本を切断された直後なのだ。

 無意識的だろうが何だろうが、植え付けられた恐怖心は後退という行動へ体を誘導させる。

 イカ――ゲソモンと呼ばれるデジモンの電脳力者(デューマン)は、

 

「……畜生が。()()といい今日といい……どうしてテメェみてぇなのが現れやがる……!!」

「狙った相手が原因なんじゃないですかー? というか、退くならさっさと退いた方がいいですよー。僕なんかよりずっと危険な、同じ『力』を持った人にバレた日には何が起こるか解らんもんですからー」

 

 出来の悪い生徒に教え込むような調子の台詞に、ゲソモンの電脳力者(デューマン)は舌打ちしてから、

 

「……チッ、覚えてやがれよ。お前()いずれ手篭めにしてやるからな……!!」

 

 言うだけ言うと、落下の防止として人間の胴部の高さに合わせて張られた鉄柵に触手を絡ませ、そのまま躊躇無く川へ身を投げ込んだ。

 小石を落としたと言うより、プールの飛び込み台から思いっきり飛び込んだ時に似た水の弾ける音が響き、念のため羽鷺は川の中へ撤退したゲソモンの電脳力者(デューマン)の姿を追うため鉄柵に身を乗り出してみたが、既に標的は羽鷺の視界から姿を晦ませていた。

 追跡を免れる意図を含んだ行動であれば、恐らくは下水道――より厳密に言えば洪水防止用に設けられた都市下水路の方へと向かったのであろう。

 ただでさえ、状況次第では『水』と言う名のフィルターが標的との間に存在し、更には日の光が届かない地下の空間。

 視覚を介して取り入れる情報を阻害される事を鑑みても、羽鷺はここでわざわざ標的の土俵へ踏み込もうとは思えなかった。

 が、逃がしたという事実を頭で理解した後になってから、彼の脳裏に一つの思考が過ぎる。

 

(……どうせなら、闘う力も根こそぎ奪うべきでしたかねー)

 

 羽鷺がこの場を去った後、再び戻って来たゲソモンの電脳力者(デューマン)が縁芽苦郎の義妹を襲いに来る可能性を考えてみると、標的が川の方へ逃げる前に触手を更に切断しておくべきだったか――と思わなくも無かった。

 尤も、初撃の後に状況分析のために思考した時点で追撃の機会を棒に振っており、その時点で追撃する場合には初撃の時と違い真正面から縁芽苦郎の義妹を守りつつ七本の触手に対応しなくてはいけなくなるわけで、

 

(……『二本目』まで使って汗水垂らすってのも面倒というか疲れますしー。戦わずに済むんならそれでいいでしょうなぁ)

 

 とりあえず、縁芽苦郎の義妹を危機から脱させる事は出来たと判断するべきだろう。

 これ以上この場に留まり続けていても何のメリットも無いため、羽鷺は自然落下の慣性から鉄柵付近に落としていた鞄を回収した後、背にある翼を広げて飛び去った――はずだったのだが。

 

「ねぇ」

 

 背後から聞こえた声だけなら、無視するだけで済ませられたかもしれない。

 だが、直後に直接的な変化があった。

 ガシィッ!! という擬音が聞こえてきそうな程の握力で、背後から尾羽を掴まれたのだ。

 

「ひゅわああああああっ!?」

 

 ほぼ反射的に素っ頓狂な声を上げる羽鷺。

 背後から尾羽を掴んできた張本人こと縁芽好夢は、そんなサムライ系鳥人の様子など気にも留めぬまま言葉を紡ぐ。

 あるいは、度胸でもって踏み出すように。

 

「やっぱり、仮装とかじゃないんだ。助けてくれて、ありがとうね」

「……え、えっとー……どういたしまして。とりあえず放してもらえますか?」

「それなら、こっちの質問にも答えてくれない? 助けてくれたって点に関してはあえて聞かないんだけど、こればっかりは絶対に聞いておきたいから」

 

 疑問に対する回答は無かった。

 ただ、一つの問いがあった。

 

「ねぇ。この街には、あなたみたいなのが他にもいっぱい居るの? さっきのイカ人間みたいに」

「……居るとは思います。ただ、あんまり関わらない方が身のためだと思いますけどねー」

「そう。いきなり掴んで悪かったわね。もういいわよ」

 

 言葉の通り本当に手を尾羽から放してもらえたので、羽鷺は直ぐにその場から飛び去るため翼を羽ばたかせる。

 羽鷺の体は宙に浮き、数秒もしない内に彼は荷物と刀を手に人気の無い場所を探し飛翔する。

 視線を左右に泳がせ、人気の薄く見渡しの良い場所を探しながらも、彼の脳裏には一つの疑問が浮かんでいた。

 それは、

 

(……あの子、どうして()()()()()()()()んでしょう……)

 

 答えは出ず、他に重要な事項が残っている事もあってか、興味もやがて薄れてきた。

 兄妹の問題であれば兄が解決するのが一番だと思う――そう結論付け、鳴風羽鷺は元の役割に戻る。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 そうして、サムライ系の鳥人間の姿が建物の影に隠れて見えなくなった頃。

 縁芽好夢は、自分が今どんな表情をしているのか解らなくなっていた。

 イカ人間に襲われた時には生理的嫌悪感と恐怖を真っ先に感じていたはずなのに、絶望と困惑が入り混じった顔はしていないという事を確信出来ていた。

 

「……ふ」

 

 笑みがこぼれる。

 心が自然と沸騰を始める。

 自分が、狂っているとは思いながらも。

 

(……あれが、苦郎にぃや雑賀にぃが見ていた景色なんだ。あたしに隠そうとしていた『何か』の実態)

 

 多分、この情報を知る事を彼等は望んでいなかっただろう。

 望んでいたのなら、もっと早々な時期から実際に証明して見せたはずだから。

 これが偶然にしろ必然にしろ、彼女は『秘密』を知る事が出来た。

 だから、

 

「別に、待ってなくてもいいよ」

 

 彼女は、自然とそう漏らしていた。

 心の中で留めておくのでもなく、口に出して。

 あるいは、たった一人で宣言でもするように。

 

「必ず『そこ』に追い着く。追い着いてみせる。望まれていなくてもいい。あたしはあたしがそうしたいからこうするだけ」

 

 あのイカ人間は、自分の事を『同類』だと言っていた。

 言葉の内容から推理してみるに、姿が見えているという時点で好夢にも『資格』はあるらしい。

 そして恐らく、自ら『事件』の全容を知ろうと動くだけで、自分は兄と同じ場所に立ち会える可能性が高くなる。

 

(……多分これで進路は間違いない。例えこの道を突き進んだ結果としてあたしも人間以外の何かになってしまうとしても、構わない。今の、人間の常識では理解の出来ないあいつ等みたいな連中を越えた先に、あたしの求める次のステージが待っている)

 

 危険に立ち向かうだけの理由は十分に揃っていた。

 以前から隠し事をしている身内の秘密と、現在進行形で起こっているらしい人間の消失事件。

 それを解決するための手助けがしたいという思いと、もう一つ。

 

「……お母さんの仇だって、きっと……」

 

 瞳に湛えているのは、何処か濁った光と暗い闇。

 きっと、この道を進む事を望んでいない者が居るとは理解していても。

 このまま、現実と言う名の行き止まりに留まろうとは思わなかった。

 輝かしい光を放つ太陽を薄い雲が隠し始める中、獰猛な笑みを浮かべる少女が一人。

 彼女は、自分の意志で、一歩踏み出す。

 一歩、一歩、一歩――踏み出す。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 時は流れて時刻十三時半頃。

 疲労から少々仮眠を取っていた牙絡雑賀も、また動き出そうとしていた。

 彼の衣装は病院から出た時の白と黒の学生服姿ではなく、赤色のTシャツと生地が薄めで黒色のズボンという組み合わせに変わっていた。

 ただでさえ帰宅する前に面倒なチンピラ三人組とエンカウントし、思いっきり汗水を垂らした服をいつまでも来ていたいとは思えなかったし、何よりこれからの事を考えるとある程度軽めの衣装で身を包んだ方が良いと感じたからである。

 母親との会話は済ませた。

 多くを語られたわけでもなく、交わした言葉も少なかったが、気持ちは多少理解出来た気がした。

 もしかしたら単に諦められているのかもしれないが、雑賀としてはあまり時間を掛けずに済んて良かった、と思えた。

 あまり多く会話をすると、決断を鈍らせる気がしたから。

 

 外出するにあたり、彼が荷物として用意した物は一つだけだった。

 現実(リアル)においてはただの玩具でしかない青色の機械――デジヴァイス。

 携帯電話や財布など、明らかに必要だと思える物を部屋に置き放しにしておきながら、何故かそれだけは持って行った方が良いと判断していた。

 何も起きない可能性の方が圧倒的に高いが、縁芽苦郎の言葉が妙に頭に残っていた。

 

「何が起きてもおかしくない、か」

 

 その言葉に込められた意味は今でも解らない。

 だが、解らずとも意味が存在しないわけでは無い。

 

「それなら、どんな奇跡が起きたってご都合主義なんて思わなくても良いよな」

 

 どの道、時間をかけ続けている事は出来ない。

 このまま平穏の中で安らぎに浸るという道もあったが、それも長くは続かないだろう。

 覚悟を決めて、事態と向き合うべきだ。

 自分の部屋を出て、母親の居る部屋まで向かい、一言。

 

「ちょっと外出してくる」

「アンタ、また危険な事に首突っ込むつもりじゃないでしょうね?」

「流石にこんな時間だし、不良に首根っこ掴まれるみたいな事は無いと思うけど」

「というか気になってたんだけど、自転車はどうしたの? アンタが見つかった場所の付近には無かったって話だけど」

「……うげ、もしかしたら俺を殴った奴等が回収したのかも。カギ付けたままだったし」

「ヘマをやらかしたねぇ」

 

 母こと栄華の言葉にぐぅの音も出ない雑賀。

 ……実際の話をすると、回収されたかどうかの確認はしておらず、そもそも先日の司弩蒼矢戦から今にかけて自転車の事をすっかり忘れていたのだが、詳しい情報まで口にすると雑賀が先日やった事まで感付かれる恐れがあったため、とてもではないが喋る事は出来なかった。

 ともあれ、

 

「それの確認も含めて用事があるから……」

「そんな調子で『少しだけ』外出するとか行った矢先に大怪我したのは誰だっけ?」

「流石にこんな短期間で二度もこんな事にはならないよ!! こんな昼間だし、不意を突かれる心配も無いし!! ちゃんと帰ってくるし!!」

「……そう。そう言うならいいけど」

 

 渋々ながら納得してくれたらしい。

 そう判断し、踵を返して靴を履き、家を出ようとした時。

 その時になって、牙絡栄華はこんな言葉を放って来た。

 

「ちゃんと、帰って来なさいよ」

「…………」

 

 込められた意味は単純な物だっただろう。

 常日頃から聞き慣れた声の、珍しくもないただの言葉。

 それに対し、牙絡雑賀もまた珍しくない普通の言葉で返す。

 

「解ってるよ」

 

 それだけだった。

 玄関のドアを閉め、彼は自分の居場所から出て行く。

 外の空気を吸う。

 

(……水ノ龍高校で起きた事件の被害者。怪我の内容は切り傷と肋骨の骨折などの重軽傷)

 

 こんな事は、ただの偽善かお節介なのは解っているつもりだった。

 

(情報源が正しければ、司弩蒼矢は事件当日あの学校に行っていた。アイツの宿しているデジモンは『シードラモン』で間違いない。だけど、あの体で出来る攻撃手段で……あの怪我の内容を再現出来るのか? アイスアローなんて撃ったら切り傷以上に凍傷が生じているはずだし、未遂だったにしろあの時点でのあいつの目的は四肢の強奪だった)

 

 自分が何かをやって、どうにかなるような問題だとも思えなかった。

 

(もしあいつが本当に学生を襲っていたとしたら、それで被害者を生んでいたら……怪我の内容はもっと別の物になるんじゃないのか? 技を行使していなかったのなら、それはそれで攻撃の手段が限定される。なら……)

 

 だけど、この一点だけは。

 一度戦った事のある自分だけにしか、伝えられないかもしれなかった。

 

(……昨日の事件。現場にはもう一人……別の電脳力者(デューマン)がいた? だとしたら……まさか!!)

 

 だから。

 

(あいつは高校に来た時、学生を襲ったんじゃない。もう一人の電脳力者(デューマン)から学生を守るため、覚えも無い内に戦っていたんじゃないのか? 被害者の怪我の原因は、その『もう一人』の方じゃないのか!?)

 

 牙絡雑賀は走る。

 あの哀れな怪物が優しい人間である事を知っているからでこそ、罪悪感に駆られて日常へ回帰出来なくなる前に真実を伝えなければならない。

 そして、もう一つ。

 もしも仮説が正しくて、司弩蒼矢と戦った『もう一人』が存在するのならば。

 その『もう一人』の人格次第では、彼を逆恨みで襲いに来る可能性がある。

 その時、もし彼が罪悪感に駆られてマトモに戦えない状態だったとしたら?

 

(……くそったれが。病院に居るって事を知られてなければいいが……!!)

 

 急がなければならない。

 場合によっては、取り返しのつかない事態に陥る可能性すらあるのだから。

 彼は肉体の情報を書き換え、狼男のような姿へ転じると、近辺に建てられている階層の少ないビルを足場に連続して跳ぶ。

 ビルからビルへ次々と飛び移り、つい数時間前には自分が運び込まれていた病院の前まで到達する。

 周りに人の視線が存在しない事を確認してから、彼は肉体の情報を元の状態へと戻す。

 急ぎ受付係(インフォメーション)のお姉さんへ、司弩蒼矢の部屋の番号を確認しようとしたが、

 

「司弩蒼矢さまなら、少し前に友達のお方と一緒に電動車椅子で外出しましたよ」

「えっ……何処に行ったのかは解りませんか?」

「念のため友達のお方に専用のGPS機能有りの携帯電話を持たせていますので、すぐに解ります。少々お待ちいただけますか?」

「出来る限り、早めにお願いします!!」

 

 焦り方か言動に圧が加わっている気がしたが、受付のお姉さんは意外とクールビューティーなタイプだったのか、雑賀とは対照的に冷静な態度で仕事をしてくれた。

 そして、情報は表示された。

 受付のお姉さんへお礼を言い、病院を出て視線の有無を確認した後再び肉体の情報を変換させる。

 

「……何事も無いでくれよ……!!」

 

 居場所は解った。

 だが、心の中の不安感が治まる事は無かった。

 何が起きてもおかしくない――その言葉に、妙な信憑性が宿っていた。




 ……と、そんなわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?
 
 今回は前回乱入した鳥系サムライデジモンのデューマン……の正体こと少し前に登場していた鳴風羽鷺の視点による話と、何か闇墜ち……いや病み墜ち? しそうな好夢ちゃんの独白っぽい話。そして、前々回辺りに疑念を生じさせた雑賀くん視点から決意っぽいシーンとか司弩蒼矢の問題とかって感じのお話でした。
 もうぶっちゃけ言ってしまいますが、気付いている人は気付いている通り、鳴風羽鷺の宿すデジモンの種族は『ブライモン』。初登場作品は『デジモンストーリー ロストエボリューション』です。かなりドマイナーなデジモンなのですが、デザインは秀逸だと思います。
 正直なところ戦闘はもっと書きたいところだったのですが、今回は状況的にも相手的にもあんまり面白い戦闘を書けると思えなかったのもあり、ほぼ戦闘描写ゼロ。ただ飛翔・降下しながら刀を出現させたぐらいしか見せ場が無かった……こ、今度登場する時には活躍しますから!!(震え声)。
 ちなみに、雑賀と戦った時の司弩蒼矢の姿は思いっきり元のデジモンの姿から掛け離れていましたが、ブライモンなど『人型』が骨格の原型に混じっている種族の場合、あんまり元のデジモンと外見面での変化は生じません。元々人間に近い形のデジモンですからね。変化が全く無いというわけでもありませんけど。

 サラっと縁芽好夢にも色々とフラグが付加されましたが、この辺りは色々想像してもらえればかなと。女性キャラでメイン張る子はヤンデレ化するってそれ一番言われてるから(小声)。
 
 でもって、ようやく司弩蒼矢関連のイベントも進み始め、『第二章』も終わりが見えて来た気がします。牙絡雑賀・縁芽好夢・司弩蒼矢。彼等が選ぶ道をしかと見届けてやってください。
 それでは、感想・質問・指摘などいつでも待っております。
 次回もお楽しみに。


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七月十四日――『気付けば痛みだけが残って』

もう月一更新でいいんじゃないかな(白目)。

んもーう!! すっかり更新遅れてるじゃないですかやだー!!
本当にすいません!! 第二章も割りと佳境なはずであと一週間ちょいでデジスト三周年だってのにここまで遅れて……!! ちくせうちくせう!!
そんでもって今回も話がそんなに進みません。重要な回ではあるのですが、相も変わらずのろのろ進行でございます。

それでは、長く語っていても仕方無いので本編をどうぞ。


 時刻は十二時過ぎ頃の事になる。

 司弩蒼矢は、病院の中庭に設備されている木製のベンチに座っていた。

 率直に言って、彼の心境は憂鬱そのものだった。

 その理由の一つとして挙げられるのが、彼の体に施されたとある処置にある。

 どのような処置が行われたかと聞かれれば、彼の体に失われていたはずの右腕と右脚が存在する、という事実が全てである。

 彼はフレースヴェルグが病室から去った後、医師の意向によって失われた手足を補うため、装具士の手で造られた義肢を装着されたのだ。

 こうして中庭に来たのも、装着された義肢の恩恵あってこその物なのだ。

 

(……本当に、どういう技術で造っているのやら)

 

 蒼矢自身は材質や製造工程などに関しての知識が無かったのだが、多少の違和感こそあれど外見は本物の手と相違が無く、機能面に関しても慣れていけば問題が無くなると思える代物だった。

 義肢の製作及び装着のための金は、彼が四肢の半数を失う原因となった交通事故で結果的に助けた(事になっていた)少女の親が主に負担してくれたらしい。

 義肢に関する情報が記憶に無かったのは、ずっと病室のベッドの上で不貞腐れて他者の話をマトモに聞いてもいなかった所為なのか、あるいは義肢に関する話自体がつい最近になって浮上したからなのか。

 どちらにせよ、蒼矢自身が知らない、あるいは知ろうともしていなかった義肢製作の件に関しては、交通事故のあった後日の時点で既に進んでいたとの事らしい。

 つまるところ、彼にはもう誰かの手足を捥ぎ取るという凶行に出るだけの動機が――無いとも言い切れないが、その動機のために誰かを攻撃する事を許容出来ない。

 彼の精神は燃え尽き症候群と言うより、後悔の波に呑まれて沈み込んでいた。

 

「…………」

 

 もし、最初から偽者とはいえ手足を与えてくれると知っていれば。

 何の罪も怨みも無い学生を襲ってしまう事も、夜間の市内プールで見ず知らずの相手を殺しかけてしまう事も無かったのか。

 そうじゃない、と彼は思う。

 そもそも、彼は思考の中から自然と除外してしまっていたのだ。

 自分なんかのために、誰かが救いの手を差し伸べてくれる可能性を。

 自分が、誰かから大切に思われていると信じられなかった故に。

 自分で自分という存在の価値を勝手に決め付けてしまっていたから。

 だから、

 

(……きっと、こんな気持ちになっているのも、ただの自業自得なんだ)

 

 その事実を認識すると、先日自分がやっていた事の全てが迷惑極まりない茶番のように思えてくる。

 確かに、作り物で偽者の手足と血肉の通った本物の手足のどちらが欲しいかと問われれば、迷わず後者を求めていただろう。

 だけど、求めた物を得るために他人の犠牲を要するのだと知って――自分は本当にそれを許容していたのだろうか。

 もしも許容が出来ず、それでも欲する事だけが思考に残っていたのならば――本能に飲み込まれ、自我も乏しいままに行動していた件が一種の禁断症状による物だったのなら。

 結局、これは自分の意思で招いた結果だったのではないか?

 

「…………ぅ」

 

 思わず、自分自身の手が震えを発していた。

 願望の重複が招いた禁断症状と、それによって生じた自分以外の傷跡。

 間違い無く自身の中に宿っている『力』が引き起こし、手綱を引き絞らなかった自分の浅はかさが招いた出来事だった。

 傷つけてしまった相手も、あの市内プールでの戦いの相手だった牙絡雑賀ぐらいしか正確には思い出せないが、恐らく自分が覚えようとしていなかっただけで実際の被害は更に広がっている。

 そして、そんな取り返しのつかない事をした当の本人はこうして無事に済まされ、失った物も不完全とは言え取り戻している。

 ……それで、本当に良いのだろうか?

 何の罪も何の言われも無いはずの者達がただ一方的に傷付けられ、傷つけた当人は失われていた物を楽に取り戻した上に平然と生き延びている。

 場合によっては死者が発生してもおかしく無かったはずなのに、本当に。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()?

 そんな事を考えている時だった。

 

「あ、あの……」

「…………ん?」

 

 耳の中に、とってもか細い声が入り込んできた。

 本当に小さな声だった故に空耳かと疑ったが、疑問のままに声がしたと思われる方へ視線を向けると、ほんの数メートルほど先におどおどした一人の少女が立っていた。

 服装はとても見覚えのある――というか間違い無く蒼矢が通っていた高校で女子が着ている制服で、その証拠として上半身に着ている白色の制服の胸ポケット付近には龍らしき生物の意匠が見えている。

 容姿の中で特徴と形容出来るのは、サラサラとした長い黒髪のみ――むしろ、特徴が無いのが特徴と言えなくも無く、世間を渡り歩く大抵の女の子のイメージとは異なり化粧や香水の匂いも無し。

 RPGゲームだったら職業は僧侶であろう風貌なその少女は、ベンチに座る蒼矢に対して遠い場所に見える物でも見るような視線を向けていた。

 

「えぇっと……その、私の事を覚えてますか……?」

「………………」

 

 一方で、蒼矢の方も少女の顔を眺めていた。

 同じ学校の生徒という事は、何らかの行事で顔合わせをしている可能性が非常に高い。

 そんな中、相手の方だけが知っていて、自分だけが知らない――と言うより覚えていない。

 思わず紫タンクトップの男ことフレースヴェルグの姿が脳裏にチラ付く辺り、自分に話しかけてくる人間を安易に信用する事が出来なくなりつつある気もしたが、何となくこの少女が『裏』と繋がっているとは思えなかった。

 きっと、知っている人物だろう――そう考え、司弩蒼矢は頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口に出した。

 

「誰だっけ?」

 

 特に何らかの異能が関わっているわけでもないのに、少女の姿が現在進行形で少年漫画風のモノクロデザインに変換されているような気がした。

 何か変な事でも言ったのかな? とでも言いたげに首を傾げる蒼矢には、原因が解っていないらしい。

 すると、何とか自力で(主に自分の精神面に)リカバリーを図ろうとしているらしい少女が、再び口を開く。

 

「わ、私は磯月(きづき)波音(なみね)って言います。よく水泳部の練習とかを見に来てました……」

「……あ、そうなんだ」

 

 さして興味も無いと言うより、本当に今初めて知ったかのような蒼矢の態度に、すっぴん少女こと磯月波音のシルエットが更に時代を逆行していく。

 理由をイマイチ理解出来ていない鈍感男こと司弩蒼矢は、頭上に疑問符を浮かべつつ、

 

「まぁ、見てくれていた事については別にいいんだけど。そんな事より、君はここに何をしに来たの? 誰かの見舞いとか?」

「……え、えぇっと……」

「それとも、君も入院……は無いとして、通院でもしてるのかな。見るからに顔色悪そうだし」

「い、至って健康ですっ!! ちゃんと朝ごはんも食べてますし!! ば、馬鹿にしているんですかっ!?」

 

 真面目に予想を立ててみたら少女のテンションが急上昇していた。

 女の子の考えている事はよく解らない――なんて事を内心で呟く蒼矢に向けて、波音は明確に言い放つ。

 

「蒼矢さんのお見舞いに来たんですよ!! 入院したって聞いて何度か来ていたんですけど、声掛けても何の反応も応答も無くて擬似的な面会謝絶状態で……それでやっと今日は普通に会話が出来ると思ってたら、本当に何も覚えてくれてないなんてーっ!!」

「いやだって僕別に賢者とかそういう部類じゃないんだから道行く人の顔とか名前とか全部網羅してるわけじゃないんだから……」

「う、うぅー……」

 

 事情を飲み込めないが、どうやらショックを与えてしまったらしい。

 何となく申し訳無い気持ちになったのか、蒼矢は自ら声を掛ける事にした。

 

「ごめんね。こんな僕のお見舞いに来てくれていたなんて、ちょっと信じられないけど……ありがとう」

「……い、いえ……こちらが勝手に来てただけですし……」

「呼んだ覚えが無いのは事実だけど、それでもだよ。声掛けに気付こうともしなかったのは僕の方だし、本当に来てくれてたのなら嬉しい。少なくとも、今はそう思うよ」

 

 そう言うと、少女の顔色はみるみる良くなっていく。

 頬の部分が少し赤くなっているように見えて、蒼矢は風邪でも引いているのかと疑ったが、

 

「……そ、そんな風に言われても、こちらからは女性器以外何も出せるものが……っ」

「出したら通報して檻に入れてもらうよ」

 

 一瞬の内に声色が冷たくなって告げる蒼矢。

 元気になってくれた事は良い事なので安心出来たのだが、いかんせんこの少女は気分の上がり下がりが激しすぎないか? と別の意味で心配してしまう。

 本当に、女の子の気持ちというのは解らない。

 ともあれ、見舞いに来てくれたという事に関しては、不思議と好意的に思う事が出来た。

 あるいは、そう感じるほどに人との関わりに飢えていたのだろうか。

 ただ、それに気付かなかっただけで。

 

(……本当に、何をやってたんだろう。僕は……)

「……はぁ」

 

 会話の最中であるにも関わらず、場違いな溜め息が漏れてしまう。

 加減など無いそれに波音が気付かないはずも無く、当然疑問を投げかけられる。

 

「……大丈夫ですか……?」

「……体調は悪くないよ。歩く事だって……」

「何だか、凄く疲れているように見えるんです……病院での暮らしの所為ですか?」

「……まぁ、それもあるかもね」

 

 実際には病院での暮らしなど大した事ではないと蒼矢自身は感じているのだが、本当の事情を口にするわけにもいかなかった。

 自分に宿る『力』についても、それを行使して何をしでかしたのかについても、知られる事はどうしても避けたいから。

 恐らく、この少女は何も知らない。

 だからでこそ、こうして安易に近付いて来ているし、自分に対して恐怖の感情だって抱いていない。

 正体が、異形の怪物であるにも関わらずだ。

 この会話だって、見方を変えればさぞ異常な光景に見えただろう。

 

(……なんだか、色んな事が嫌になってきちゃったなぁ……)

 

 この少女ともっと話をしたいと思う一方で、どうしてもマイナスのイメージを払拭出来ない。

 いっその事、何処かに消え失せてしまった方が楽になるのでは、という思考さえ浮かんだ時だった。

 すっぴん少女は、少し考える素振りを見せたかと思うとこんな提案をしてきた。

 

「……うーん。ちょっと気分転換でもしてみませんか?」

「……え。どういう事?」

「言葉通りの意味ですよ。えっと……ほら、落ち込んでいるのなら、何か楽しい事をしてですね……」

 

 確かに、発想自体は蒼矢としても悪くないものだったが、

 

「あの、僕見ての通り患者なんだけど。というか、楽しい事と言ったって……病院の中から出れないとあんまり選択肢も無いような……お医者さんがそんな事を許してくれるの?」

「うっ」

 

 実際の所、入院中の患者が無許可で外に出る事を医者が許すとは考え難い。

 そして、許可が必要という時点でそもそも医者からすれば安易に容認出来る事でも無い。

 確かに義手も義足もあるため、日常生活の範囲での歩行に支障が出る可能性も低いが、まだ義肢自体も装着して間もないのだ。

 確証が乏しい以上、そう易々と許可をくれる医者が居るはずが無いのだが、

 

「良いんじゃないかな。リハビリの一環としても悪くない」

 

 ふと声が聞こえたと思えば、少女の背後にいつの間にか白衣を着た糸目な壮年の男の姿があった。 

 確か、この病院内で結構高い権限を持つ人だったような――とうろ覚えの知識だけが脳裏を過ぎるが、そもそも他者との交流を殆ど(ないがし)ろにしており、病院内での出来事などベッドの上で不貞寝していた事ぐらいしか無い蒼矢としては解らない事の方が多かったりする。

 というか、

 

「え、良いんですか? 病院から出ても」

「感染の危険が有る、そうじゃなくても重度の病を発症している患者なら完全にアウトだけどね。君の場合はあくまで四肢の欠損だけが問題で、それを除けば基本的に健康体だったから、本当なら義肢を装着した時点で入院の理由はリハビリ以外に無くなるんだよ」

「……そ、そうなんですか……それじゃあ、お言葉に甘えさせても」

「ただし」

 

 その医者は一度言葉を区切ってから、

 

「まだ一応は入院中の身の上だからねぇ? 外出に関しても、あくまでメンタルケアと歩行機能に関するリハビリの一環だって建て前があるから許される事。ご両親に安心してもらうためにも、何らかの安全装置は常備しておいてもらわないと」

「……具体的には?」

「まぁ当然連絡と位置情報を知るための携帯電話を一つと、熱中症対策の飲料水を二本ほど。お目付け係としてはそこの子が居てくれると良いね。あと、義肢に万が一不具合が起きて君が行動不能になったら問題だから外出には電動車椅子を使う事。お婆さんやお爺さんが乗っている所ぐらいなら見た事があるんじゃないかな?」

「……わかりました。その程度で良いのなら……」

 

 そんなわけで、即実行。

 流石に病院着で外を出歩くのは外観的にも熱中症の危険性からもまずいらしく、許可をくれた壮年の医者に付き添ってもらう形で蒼矢は着替る事になった。

 着替えた後の彼の服装は、水色のYシャツ(肌着は無し)と下着の上に灰色のジーンズの三種という至って普通の組み合わせになった。

 携帯電話は黄緑色の物を手渡され、飲料水に関しては自動販売機で二本のミネラルウォーターを(医者の奢りという扱いで)手に入れ、最後に電動式の車椅子に座って準備は完了。

 一人の青年と一人の少女は病院から出て行くその直前に、壮年の医者からこんな言葉を投げ掛けられていた。

 

「うんうん。二人っきりで良い時間を過ごせるといいね」

 

 何だかよく解らないが、少女の方は無言で顔を赤らめていた気がする。

 そんなこんなで、司弩蒼矢は磯月波音と共に夏の東京を歩く事になるのだった。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 オレは自分の事が嫌いだった。

 意図も無いのに他者から怖がられる自分が嫌いだった。

 図体ばかりがどうしようも無く大きくて、力だけはあってもヒーローの真似事すら出来なくて、結果として何をやっても誰かを傷付け、何かを壊してしまう。

 嫌悪する事が日常だった。

 やめたいと思った時は少なくなかった。

 だけど、何をやってもどんなに頑張っても、望む結果は訪れてくれなかった。

 

 強い事が嫌だった。弱い奴等が羨ましかった。

 大きい事が嫌だった。小さい奴等が羨ましかった。

   と呼ばれる事が嫌だった。  と呼ばれている誰かが羨ましかった。

 この体が醜いことは承知の上。

 暗い海の中から出る事を望まれていない事だって解っている。

 だけど、こんなオレの力が必要とされる時が、いつかやってくるはずなんだ。

 だから、絶対に諦めない。

 どんなに強大な敵が相手でも、どんなに苦しい目に遭うのだとしても。

 オレは絶対に諦めないぞ。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆




 ……そんなわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

 実を言うともう一段落付け加えてから終わらせるという案もあったのですが、抱える問題が多くなりすぎて……ここで締めても次回の話に差支えが無いと思ったので、蒼矢が病院を出る所までを描かせていただきました。

 見ての通り、今回は蒼矢サイドの物語です。色々やらかしてしまって『人生』に自信を失いつつある彼の元に、何やら可愛らしいおどおど系少女がやって来たって感じですね。とりあえず初登場のキャラとしては『すっぴん』故に特徴が無さ過ぎるので、発言で存在感を保ってもらう以外に無かったのです(迫真)。
 こんなに文字数使ってるのにストーリー自体はそんなに進んでいないといういつもながらののろのろ進行です。次回で色々動かせそうですが、今回はその前の辻褄あわせと前準備って感じですね。
 最後の方に書いた文に関しては―まぁ色々推測してもらえればと。第二章中に明らかにするかしないか微妙なラインの情報ですので……もしかしたら回答が作中で遅れる可能性もありますけど。
 それでは、次回。
 蒼矢達の身に何かが起きるのか。色々妄想させる内容を刻みながら、お楽しみに。

 PS リア充爆発する?(疑問形)


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七月十四日――『潜む悪意//浮き出る疑心』

 もーう!! 動画更新までやってる所為か更新速度がすごぶる遅すぎる!!
 そして気付けばデジスト三周年。記念も何もやれてねぇぞオラァン!!
 とりあえず本編をどうぞ!!(ヤケクソ)。


 防犯オリエンテーションが終了し、一汗を掻いて昼飯を食する時間になった頃。

 全体の比率から見て弁当持参の生徒が少ない方なのか、あるいは単に行事で使われたスタンプカードにスタンプが溜まった事からか、食堂には数多くの生徒が集まっていた。

 辺りでは(一部は限定モノらしい)学食やらを食べながら雑談をする声が群がっており、無関係な人間が特に意識する必要は無いにしろ、少なくとも(『怠惰』を司る魔王デジモンを脳に宿している)縁芽苦郎にとっては居心地の悪い空間と化していた。

 

(……いつも思うが、あんな茶番劇を真面目にやつ奴もいるんだねぇ……)

 

 隠そうともせずに溜め息を漏らすが、当然それを気にかける者はいない。

 ちなみに縁芽苦郎の本日の昼食は購買で手に入れた『導火線握り』と言う名のギャンブル食で、安価な代わりに中身が何なのかを全く明かされていない(高確率で残り物の寄せ集めが入っている)大きめのおにぎりである。

 夜中になって半額のシールが貼られた惣菜に近い扱いな故に、コストを気にする一部の学生からは賛否両論な人気を得ているらしい。

 一口ずつじっくり食べていると、相対する席に座る者が居た。

 紫と黄色の縞模様な長袖上着と深緑色のズボンを履いた、何とも個性的な服装の女。

 そいつは、無遠慮に苦郎へ声を掛け始める。

 

「やぁ、縁芽苦郎くん。()()調()()()()()()()()?」

「……自称中立女」

「いくらなんでもその呼び方は無いんじゃないか? もっと捻ってくれないと困る」

「サツマイモ女。年齢詐称女。一番簡素なものだと腐れ女もあるが」

「……随分と嫌われてるようで残念だよ。いやはや……というか誰が年齢詐称だ」

 

 視線の先に見える女は、一日前に牙絡雑賀へ電脳力者(デューマン)の情報を囁いた人物だった。

 苦郎は特に表情を変えず、握り飯を貪りながら言葉を紡ぐ。

 

「何の用だ。『シナリオライター』への勧誘だったらお引取り願うが」

「いやいや、そんな事は鳥野郎や『ラタトスク』の役割だからやらないさ。私は単に雑談をしに来ただけだよ」

「……雑談、ねぇ……雑賀の奴もそんな風に(そそのか)したのか?」

「失礼な。至極普通に語ってあげただけだよ」

「あいつは普通の人間として過ごしていた。電脳力者(デューマン)としての情報なんて、マトモな認識を持った奴からすれば狂言と変わらない。……何でわざわざ促した。アイツは、紅炎勇輝と違って『シナリオライター』の目的に関連性は無いんじゃないのか」

 

 会話自体に嫌気が差しているのか、苦郎は苛立った口調で問いだした。

 日常の彼を知る者なら、あるいはその口調から伝わる響きに身をすくめていたかもしれない。

 紫と黄のサツマイモのような色合いの上着を来たその女は薄く笑ってから、

 

「関連性が無い……だからでこそ、とは考えないのかな? 計画の重要なピースと友人関係を持った人物。胸に抱く感情が何か大きなイレギュラーを生み出すかもしれない。私はそれが愉しみなんだよ」

「……確かに、アイツに電脳力者(デューマン)としての素養がある事はこちらも理解していた。だが、不可解な事がある」

「何がかな?」

「わざわざ特定した人物を最初に闘う相手として設定した事だ。アイツをただ覚醒させるってだけなら、あんな回りくどい方法を取らなくてもよかった。それこそ下らない事に力を使うチンピラ共に相手をさせるとかな」

「いきなり多人数と闘わる方が死ぬ可能性だって高いだろう? まぁ、それはそれで違う展開を見られたかもしれないし、私としても構わなかったのだが――」

「死ぬ可能性なんて最初から考えてなかったんだろう。少なくとも、優先順位が高い方は」

 

 苦郎は遮るように言葉を切り出して、断言する。

 

「雑賀の奴が闘う事になった司弩蒼矢って男。率直に言うが『シナリオライター』の計画に使えるピースの一つなんだろ。それも、何らかの『重大な要素』って奴を含んだ、な」

「否定も肯定もするつもりは無いが、それならキミはどう考えているのかな?」

「雑賀の奴はともかく、司弩蒼矢が宿しているデジモンはシードラモンなんて成熟期程度のデジモンじゃない。そういう事だろ」

 

 明確な情報は、無かった。

 あくまでも、直感を口にしているだけ。

 

「つーか、わざわざ組織の構成員が自身じゃなく他人の意志に従う形で、そいつ自身からすれば縁の無かった人物と接触したって時点で気付くに決まってる。接触を図った理由は? 四肢の半数を失った事も含めた事情で、感情がマイナスの領域に移行していたであろうこのタイミングを選んだ理由は? 何より、ただ電脳力者(デューマン)としての戦力が欲しいだけだったのなら、何故最初からもっと簡単な手段を取らなかったのは? 家族やら友達やら、解り易い『盾』を用意でもすれば汚れ仕事を押し付ける事が出来たはずなのに、こんな手間の掛かる流れを選んだ理由は?」

「…………」

 

 しかし、それでも苦郎は一つの推論に到達する。

 どのような『理由』があれば、行動は実行に移されるか――それを推理する形で。

 

「答えは簡単だ。『それ』を指示したヤツが想定しているデジモンを、厳密には宿している電脳力者(デューマン)を覚醒させ、あわ良くばその力を自分の組織に取り込むため。……余程その司弩蒼矢ってヤツが宿しているデジモンは強い力を持ってるらしいな? そして、その力を自らは手を下す事も無いまま覚醒させ、手中に収めようと考えているって辺り、バックには相当臆病なクズ野郎が潜んでいるのがよく解る」

「……ふむ」

 

 女は感心でもしたかのように声を漏らすと、いつの間にか自動販売機から購入していたらしい缶ジュース(ラベルには『煎り胡麻サイダー』とある)を一度口に含んでから、今度は自ら問いを出してきた。

 

「そこまで言うのなら、もうキミにも『正体』は掴めているのではないかな?」

「デジモンの事を知っていながら、この時点で気付かないのは馬鹿しかいないさ」

「それなら、何故キミは関わろうとしなかったのかな? キミほどの力を持つ者なら、今回の一件をより簡単に終わらせる事が出来ると思うのだが」

「ハッピーエンドかバッドエンドかは別としてな」

 

 苦郎は吐き捨てるような調子でそう言った。

 自身の『力』を理解している者の、忌々しげな言葉だった。

 

「そう言って『誘導』でもするために来たのか?」

「毎度毎度人聞きの悪い事だよ。君に恨まれるような事をした覚えは無いんだが」

「好きになる理由にも覚えが無い」

 

 あくまでも素っ気無い調子で言葉を口にする苦郎に対して、女はあくまでも薄く笑みを浮かべていた。

 この会話も、彼女にとっては娯楽の一種に過ぎないのだろう。

 それを理解しているからでこそ、付き合わされている苦郎からすれば不快感を感じずにはいられない。

 さっさと飯食って帰るか、と考えるぐらいにはイラついて来た頃、

 

「まぁ、残念な事にキミの推理には一つだけ間違いがあるわけだが」

「……へぇ」

 

 その指摘には何らかの興味を抱いたのか、苦郎はその言葉の先を促した。

 女はスラスラと原稿でも読むような調子で述べる。

 

「今回の一件は確かに『シナリオライター』の計画の平行線上に存在こそするし、司弩蒼矢くん自身が望むのなら加入させても構わなかったらしいけど、今回の一件を仕組んだのは別の組織だよ。まぁ、目的の規模から考えるとファーストフード並みに安っぽい組織なんだが」

「……その安っぽい組織が、わざわざ『アレ』を狙うのか? 制御出来なければ滅びるのは自分達だってのに」

「デメリットを考慮した上での行為なのか、あるいは欲望が先走りしてしまったのか、どちらなのかは知らないがね。まぁ、所詮は格下の組織だよ。『シナリオライター』からすれば、好きにしろって感じなんだろうね。結果的にその動きが計画の進行を早めているだけだし」

「誰かが事を起こせば、それに応じる形で電脳力者(デューマン)に覚醒する人間が増える。そうして力を得た人間が新たな事を起こし、また増える…………まぁ、お前等からすれば好都合だろうな。そんな風に火種を増やす連中の存在は」

「いやはや、近頃のチンピラグループといい、こうも簡単に組織化した枠組みが増えてくると勢力図がステンドグラスのように色分かれしそうだよね。面白い事になりそうだし、望むところではあるんだけど」

 

 実際のところ『シナリオライター』以外の組織も司弩蒼矢に宿るデジモンの力を狙っている、という情報は苦郎からしても初耳であったため、得にならない情報では無かった。

 尤も、肝心の『狙っている組織』の潜伏場所が解らない以上、潰すにしてもどうするにしても苦労しそうな話だが。

 これはどちらにせよ後で羽鷺の奴と情報の交換が必要だな、と内心で方針を決める苦郎だったが、

 

「あのね。他人事のように言っているが、その組織の中にはキミのお知り合いが居るんだよ?」

「………………」

 

 その言葉が、どのような意味を指していたのかは当人以外知る由も無い。

 少なくとも、苦郎の目は訝しげに細まっていた。

 まるで、悪夢か何かでも思い出すかのように。

 

「ついでに言えば、そのお知り合いの狙いは司弩蒼矢()()()()()()。そろそろ、休憩も終わりにした方がいいんじゃないかな? 『怠惰』のお兄さん?」

「……それが言いたくて痺れを切らせたわけか。下らねぇ」

 

 殆ど嚙む事もせず握り飯を頬張ると、苦郎は席を立ち食堂の出口に向かって歩き出す。

 紫と黄色の服を着た女もまた言いたい事を言い終えたためか、これ以上の言葉は必要無いと判断したためか、言葉でその足を止めようとはしなかった。

 雑踏も雑音も無視し、誰も彼も楽しげな日常を謳歌している中で。

 縁芽苦郎は、脳裏に非日常の現実を浮かべながら、呟いた。

 

「……休暇は終了だな……」

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 病院を出て約一時間ほど経過し、現在時刻は一時半過ぎ。

 磯月波音と共に、周囲にアスファルトやコンクリート製の建物が建ち並ぶ東京の街道を電動車椅子で進んでいた司弩蒼矢は、激しい運動をしていたわけでも無いにも関わらず絶大な疲労感を感じていた。

 その原因が何かと問われれば、人によっては好ましかったり好ましくなかったりする、雲が殆ど見えない青天の空と言う以外に無い。

 

「……暑い……」

 

 彼は、現在進行形で日光に焼かれていた。

 夏という季節の中では中旬に該当される七月の気温も、本番とも言える八月に比べれば幾分マシだと言われているらしいが、直射日光と言う名の凶器の前ではそんな言葉は何の気休めにもならない。

 所属している水泳部の部活動を行っている時を除くとインドアな生活スタイルの蒼矢は、本音を言えば夏の気温が苦手で、目的が無ければこんなクソ暑い日に外出などしたくは無かった。

 失踪事件の関係で下校時刻が調整されているため、街道には寄り道をしている制服姿の生徒が多く見られると思われたが、やはりこの季節――涼しい場所の方が好ましいためか、何らかの建物の中で暇を潰したり娯楽を営んだりする者の方が多いらしい。

 街道を歩いているのは単に何処かへ移動中の人間らしく、思ったほど人込みが形成されてはいなかった。

 街道を歩く人間が少ない事自体は蒼矢からしても好都合だったのだが、その一方で夏の気温は無言で彼の体力を削る。

 

「地球温暖化ってホントに対策とか実行されてるの……? 去年よりも暑い気がするんだけど……」

「うーん、田舎とかだと解らないですけど……扇風機よりはエアコンの方がよく使われていると思いますし、あんまりされてないと思いますよ……。まぁ、気温って一度上がるだけでも相当変わりますし、蒼矢さんはしばらく病院に居たわけですし……慣れてないだけかも、です」

「……根性論なんて当てにならないけどさ。慣れでどうにかなるものなの? これ」

 

 実際のところ、教科書を見ても解る通り生物は長い時間の中で環境に適応するため進化を果たしているらしいが、文明や科学が発展しなかったら人間は肉体的に進化出来たのか? と問われると怪しい所である。

 猿やらゴリラやらチンパンジーやら、人間と同じ霊長類に該当される生物は確かに存在するが、あれ等が寒冷地や砂漠に放り込まれて生き続けられるのかと聞かれれば首を横に振るしか無いのだから。

 現実の環境は、根性論でどうにか出来るほど都合良くは無い。

 

(……まぁ、僕や牙絡雑賀って人みたいに、実際どうにか出来てしまったパターンも有りはするんだけどね……暑さには全然対応出来てないと思うけど)

 

 尤も、ファンタジーの世界観でも極端な暑さと寒さの両方に適応出来る生物などそう居ないわけだが。

 喉が渇いたので事前に補充していたミネラルウォーターを口に含むと、大袈裟だが生き返ったかのような感覚があった。

 しかし、思ったよりも飲み過ぎてしまったのか、もう一本目のペットボトルの中身は底を尽き掛けていた。

 残る一本は残量に気を付けないとな、と内心で呟くと、何を考えていたのか波音が話しかけて来る。

 

「……ところで蒼矢さん。やっぱり、本当に、わたしの事は覚えてないんですよね……」

「さっきもそんな事を聞いたけど、覚えて無いよ。水泳部で練習してる時って、あんまり他人の事を意識してない事が多いし」

「……それは確かに残念なんですけど……うーん……」

 

 何かを言いたげにしながらも、実際には何か躊躇う理由でもあるのか口を噤んでしまう波音。

 頭上に疑問符を浮かべる蒼矢は、何とか自分の記憶と少女が一致する場面を想起しようとするが、やはり何も思い浮かばなかった。

 深く意識するような事でも無いとは思うのだが、有り得る可能性を蒼矢は口にしてみる事にした。

 

「……もしかしてだけど、君と僕ってずっと前に出会ってたりするの?」

「!! は、はい。そうなんですよ!!」

 

 とても解りやすく期待に満ちた声を上げる波音。

 あ、これは正解みたいだ、と確信した蒼矢は続けてこう言った。

 

「じゃあ、どんな事があったのかを教えてもらえないかな? どうしても思い出せないみたいだから」

「………………えーっと………………」

 

 すると、強く反応を示していた数秒前から一転、またも波音は口を噤んでしまい、更には顔を赤くしてしまう。

 どうにも少女が過去の出来事を口に出来ない事情が解らない蒼矢は、首を傾げるしか無い。

 ともあれ、特に何事も無いまま彼等は道を進めていた。

 会話の数こそ決して多くは無いが、不思議と不快感が拭われているような感覚を蒼矢は感じていた。

 明確な記憶こそ無いが、言われてみればこの少女と自分は何処かで()()()()()()()()()()()()――そんな考えすら浮かんでくる。

 と、何やら回答に困っているらしい少女は、何やら強引に話題を変えようとしているのか、こんな事を聞いて来た。

 

「……そ、そういえば、蒼矢さん。もう一つ聞いてもいいですか?」

「何だい?」

「蒼矢さんが何処に行こうとしているのか、聞かないままここまで付いて来ましたけど……何処に行くつもりなんですか?」

「……ああ、その事か」

 

 蒼矢自身、今になって気付いたようだった。

 思えば、ただ目的が気分転換というだけで、そのための目的地に関しては特に決めては無かった。

 元々娯楽施設に関心が乏しかった事もあり、その手の知識が殆ど無いという事情もあるのだが、言われてみれば目的地が設定されていない以上、このままではクソ暑い炎天下の中を電動車椅子まで使ってウロウロしているだけという始末になってしまう。

 ただでさえ広い東京の街で、自分が気分転換のために行きたい場所――それを少しだけ考えて、蒼矢は口にした。

 

「……水の見える場所、かな。自分でもよく解らないんだけど、水のある場所の近くに居ると何となく安心するんだよ」

「あ、それ解ります。わたしもプールに行くのが楽しみだったりするので……」

「ふーん……奇遇な事もあるものだね」

 

 蒼矢自身、水のある場所に近くに居ると安心出来る理由はもう解っている。

 水の中で主に生息しているのであろう怪物を、宿しているから。

 その環境が自分に最も好ましいものなのだと、宿る怪物と()()()()()認識してしまっているからだろう。

 だが、それを磯月波音に打ち明ける事は出来ない。

 そんな事を言ってしまえば、自分が化け物であるという事実を晒してしまうも当然なのだから。

 

(……まぁ、何となく安心するってだけで納得してくれたのが救いなのかな……)

「うーん……海も湖も流石にここからだと遠いですし、水面の見える場所となると……うーん、プールは今行っても仕方ですし……水族館にでもします?」

「何処でも良いよ。無駄に時間を使うより、面倒でも有意義に時間を使った方が良いと思うし」

 

 何にせよ、目的地は設定出来た。

 蒼矢からすると、水族館が今の自分にとって気分転換を出来る場所かと問われると確信出来ない一面もあったのだが、少なくとも炎天下の街よりはずっとマシだと思っての判断だった。

 波音は早速携帯電話のGPS機能を起動して目当ての水族館までの道順を調べ始め、蒼矢は回答が出るのを待つ間、無駄とは思いながらも自らに宿る力の事について考えた。

 

(……結局、僕に宿っている力……というか、怪物の『正体』は何なんだろう)

 

 ごく自然な疑問だった。

 実際のところ、司弩蒼矢は自らに宿る怪物の事を何も知らない。

 現時点で理解出来ているのは、淡水か海水かはさて置いて水の中を生息地としているという事と、体内に取り込んだ水分を氷結化させ無数の矢として放つ事が出来る能力に、自身に宿る怪物は『デジモン』と呼ばれる存在であるという事だけ。

 肉体を変化させている時でこそ自然に闘う事を出来てはいたが、そもそも『それ』自体がおかしい事だった。

 

(……取り込んだ水分を氷の矢に変換する。体の構造上でそれが出来るのだとしても、僕はそもそもその『やり方』を知らないはずなんだ。しかも、それを放ったのは失っていた腕を補う『蛇口』……当然そんな部位は人間に無いし、同じ理屈で僕は『やり方』を知らなかったはず)

 

 実際、司弩蒼矢はフレースヴェルグと名乗る男から、自分自身を含めた身の回りに存在する物質の情報を『書き変える』能力について聞かされた覚えはある。

 だが、そもそもその『やり方』を教えてもらってはいないし、そもそもあの男自身が蒼矢の目の前で『情報の変換』を実践していたわけでもない。

 資材が有っても設計図が無ければ立派な家を作る事が出来ないのと同じで、蒼矢が『情報の変換』を実際に行うには、そのための『やり方』を知っているという前提が必要になるはずなのだ。

 蒼矢に宿る力が現実に現れ、彼自身認識する事になったのはつい最近の事。

 そして何より、その『力』を初めて使った際の記憶は不明確。

 解っているのは、知らぬ間に自分が誰かを傷付けてしまったという事実のみ。

 

(牙絡雑賀って人は解らないけど、僕が生まれた時から人間とは違う存在だったなんて事は考えられない。少なくとも、『これ』はいつかの過去に後付けされた力だ。そうじゃなかったら、この年になるまで怪物――デジモンの力に覚醒する事が無かった理由が解らない。ただでさえ制御出来ていないんだから、何かの拍子に『暴発』してしまう可能性だって考えられるはずだ……)

 

 何らかの出来事があって、それが切っ掛けでデジモンを宿すようになった。

 宿ったデジモンの力は何らかの条件で覚醒し、人間を人外の存在へ変える。

 予想を立てる事は簡単だが、その原因は想像も出来ない。

 情報が、あまりにも足りていない。

 

(……一番最初に体を変える前……確かに頭の中で自然と『水の中を泳ぐ龍』のイメージが浮かんでいて、それを軸にして体が変わったけど、アレが怪物の正体なのか……? デジモンっていうのは、多分名前の事を指しているのでは無いと思うし……あれっ?)

 

 必死に頭の中から情報を引き出そうとしていると、また異なる疑問が過ぎった。

 牙絡雑賀と闘った時、よくよく考えてみれば『あの時』の自分には自我が確かに有った。

 肉体こそ人外と化していたが、頭では人間らしく思考を練りながら行動していたはずなのだ。

 にも、関わらず。

 

(……何であの時、僕は『氷の吹き矢(アイスアロー)』なんて言っていたんだ? まるで、ヒーローが必殺技の名前を言うみたいに。確かあの時は何気無く言っていた感じがするけど、これじゃあまるで……僕があの姿の元となったデジモンの『技』を知っていたようじゃないか……!?)

 

 その場の思い付きだったという可能性は、確かにある。

 だが、そもそも『蛇口』から放たれる飛び道具が『氷の吹き矢』である事を、何故あの時理性を取り戻した後の自分は攻撃を放つ前から知っていたのか。

 知っていなかったのなら、何故『アイスアロー』という技の名を口走ったのか。

 知らないはずなのに知っていた事があるというその事実に、本能という言葉が脳裏を掠めた。

 だが、行動はともかく本能というものは知識にまで作用されるものなのか……?

 

(……デジモンの力、だけじゃなくて……記憶や知識まで……宿っているのか……?)

 

 仮にそうだとしても、蒼矢の方から宿っているデジモンの記憶を閲覧する事が出来ない。

 そもそも、本当に自分の中に一体の怪物が宿っているのだとして。

 その、当の怪物自体はどのような形で『宿って』いるのか。

 寄生虫のように宿主と共生関係にあるのか、それとも言い方を小奇麗にしただけで実際は違うのか。

 どれもこれも、解らない事が多すぎる。

 

(……ダメだ。やっぱり答えを出す事が出来ない……知るためには、本当の事を知っている誰かに問い質すしか無いのか……)

 

 どう考えても答えは出ず、蒼矢は一旦考える事を止める事にした。

 そもそも、こんな事を考えても、過去に自身が惨劇を起こしたという事実は何も変わらない。

 ただ引っ掛かりを感じたというだけで、所詮は自己満足でしか無いのだから。

 

「蒼矢さん。蒼矢さん!! 大丈夫ですか?」

「……ん。いや、ちょっと考え事をしてただけで特に問題は無いけど……?」

「いや、近場の水族館までの道順がわかったので、声を掛けていたんですが……」

(……言葉に反応しなかったってわけか。解らない事なのに、余計な事を考え過ぎたかな……)

 

 どうやら自分で思った以上に熟考してしまっていたらしい。

 ふと波音の顔を視界に入れると、その表情がこちらを心配するような不安感を伴った物になっているのが見えた。

 その表情に、不思議と見えない傷を癒されているような錯覚を感じたが、それと同時にこのような表情を向けてもらう資格が無いという事実がその癒しを心から受け入れられない。

 もしかしたら、これを最後にこの少女とは出会わなくなるかもしれない――そんな予感さえする。

 その上で、蒼矢は思った。

 

(……それでも、それでもせめてこれは良い思い出として記憶に残したい。どうしようもない我が侭だけど、ほんの少しでも救われる気がするから。それさえ叶うのなら、もう僕の事はどうなったって構わないから……)

 

 何処まで突き詰めても我が侭な、糾弾されでも仕方の無い願い。

 無責任だというのは解っているが、今回の一件はきっと法で裁く事が出来ない。

 裁く事が出来ないという事は、法に守ってもらう事が出来ないという意味でもあるのだから。

 罰を受ければきっとロクな目に遭う事は無いだろうと思うが、罪を償う機会すら無いまま生きたまま腐り落ちるよりはマシだと思えた。

 だから、せめてこの時だけは。

 そう願い、目的地に向かうため電動車椅子を操作しようとした、その時だった。

 

 考え事をしていた所為か、背後から迫る異質な気配に気付くのが遅れ。

 首だけでも振り向こうとしてみたが、間に合わず。

 相手の顔を見る間も無いまま後頭部を鷲掴みにされ、そのまま前倒しに地面に叩き付けられる。

 鈍い痛みが炸裂し、視界がアスファルトの色に染まる。

 

(っ……なに、が……!?)

 

 抵抗しようと試みたが、押さえ付けてくるその手の力は、とても人間が抵抗出来るような物では無く。

 全ての判断が、対応が、遅すぎた。

 バチィッ!! と電流が迸る音を認識する間も無く、司弩蒼矢の意識は寸断される。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 数分もしない内に牙絡雑賀がこの場に到着したが、その場には司弩蒼矢の姿も彼の『友達』の姿も無かった。

 残されていたのは受付員が言っていた電動車椅子と、同時に携帯されていたのであろうミネラルウォーターのペットボトルと、居場所を示すはずだったGPS機能搭載の携帯電話――――そして、僅かながら足跡という形でこびり付いていたニオイ。

 その場で何があったのか、目撃する事を出来ていない牙絡雑賀は知らない。

 少なくとも、嫌な予感を感じずにはいられなかった。

 

「……くそっ。いったい何処に……!?」

 

 確かなのは、本来居るべき地点から司弩蒼矢がいなくなっているということ。

 本人の意志による事なのか、あるいは第三者の悪意によるものなのか、定かでは無いが。

 どちらにせよ、最悪の展開になってしまった事は確かだった。




 そんな訳で最新話ですが、お待たせして申し訳ありませんでした。

 今回は久方ぶりの苦郎視点と言う名の今回の一件に関する考察ですが、まぁあれですね。薄々感付いているお方も居たんじゃないか? と作者の視点からすると想います。

 何故、シナリオライターは司弩蒼矢を勧誘しようとしていたのか。何故、感情がマイナスの方向へ傾いている時を狙ったのか。……第一章の時にも語った通り、この作品の人物は『理由』を重視して動く傾向がありますからね。何事にも理由……あるいは思惑があるって事です。

 さて、そうなると重要なのは司弩蒼矢に宿っているデジモンの『正体』なわけですが、色々とヒントは残しています。というか、いっその事残しすぎた感じもするので、これで気付けないようなお方はそう居ないと思っています。

 ……割と精神がキツイ状態になっている彼ですが、彼が『どうなる』のか、次回以降の話をお楽しみに。

PS そういえば蒼矢くんサイドが際立ちすぎて好夢ちゃん出番無いな……。


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七月十四日――『忌むべき芽の在り処は』

まさかここまで更新が遅れるとは当時の自分も考えてなかったですぜ(白目)。

そういうわけで約六ヶ月ぶりの更新です。エターなってなんか無いですよ!! ただ動画上げてたりポケモンしてたりで忙しかっただけで!! すいません許してください頑張りますから!!
しかし、初期の頃はアプモンがあそこまで凄まじい能力を持った存在になるなんて考えて無かったですね。地球規模での精密駆除とはたまげたなぁ……グローバルの力ってすげー!! アプモンもいずれ二次小説が書かれると考えると胸が熱くなりますが、デジモンよりも絶対世界観を描くのが難しいでしょうなぁ……。

では、久々のデジスト……お楽しみください。


 表向きには防犯オリエンテーションが()()()終了したとされ、それぞれの学校に通う生徒達が各々自由に活動する中、縁芽好夢は家にも帰らず制服姿のまま街の中を徘徊していた。

 その表情からは喜びの感情が薄く浮き出ていて、第三者が顔を覗き見たら『イケメンのお金持ちからお茶会のお誘いでも受けたの?』だとか質問されてしまいそうである。

 つい数時間前、彼女は行事の関係で街の中を歩いている最中に遭遇したイカと人間を掛け合わせたかのような姿をしていた怪人と、人間の体に鳥類の要素を組み込んだ上で江戸時代の侍を想わせる衣装を着せたような姿をした怪人――それ等の非現実的な体を有した存在を目の当たりにしていた。

 街中を徘徊していれば何処かで話題に上がっていてもおかしく無いにも関わらず、実際には殆どの人物がその存在さえ認識していない存在。

 兄である縁芽苦郎が人知れず直面しているのかもしれない、そんな非現実との対面。

 正直に言って、縁芽好夢は刺激を求めていた。

 常識に縛られ、進んでいる道が正解か失敗かも判断出来ず、行き止まりに直面してしまっていた自分に新たな道を示してくれる、一種の光明とさえ言える刺激を。

 そういった意味では、例えあの場で鳥人の侍が文字通りの助太刀に来てくれなかったとしても、もしかしたらその後には喜びを感じてしまっていたかもしれない。

 そんな事を考えている自分自身が嫌になるが、もしもこのまま『進む』事も出来ないまま立ち往生し、何も出来ないまま安全圏でのびのびとしていたら。

 手を伸ばしても届かない場所に、数学的な距離など関係の無い『遠い』場所へと進んでしまう。

 その隣に立って、力になってあげたい――そんな願望を抱いているが故に、自らの現在の立ち位置に納得が出来ず、どうしても諦めきれなかった。

 

(……背中を追い駆けるための道順はわかった。後は、あたし自身が何かの切っ掛けで『覚醒』出来るように頑張ればいいだけ……)

 

 姿自体異質なものだったが、あの怪人達は人間の言葉で話す事ができ、実際に会話も出来ていた。

 自分を助けてくれたと思われる鳥人の侍の持ち物には、刀の他に市販の物と思われるカバンもあった。

 であれば、あのカバンも含めて非現実の産物で無い限り、あの怪人達は元々『普通の人間』だったと考えてもおかしくは無い。

 そして、件のイカ人間の言う事から推理しても、自分には『非現実の力』を得る資格がある。

 後は、それに『覚醒』するため何をするべきか。

 

(……あの変体イカ人間みたいな悪者もいれば、一方で鳥人間侍みたいに影ながら頑張るヒーローみたいな怪人だっている。もし苦郎にぃや雑賀も『力』を持っているのなら、間違い無く後者だとは思うんだけど……出会ったとしても誤魔化されるだろうし、やっぱりここは手当たり次第に『当たって』みるのが一番かな。悪い奴と対峙出来れば一発で『変身』出来るようになると思う。というか、思いたいんだけど……)

 

 つまるところ、危険を自ら冒しに向かう自傷行為。

 普段ならばまず通らないであろう道を選んでいるのも、その一環に過ぎない。

 故に、善人だろうが悪人だろうが、最低限『力』を行使出来るような人物と鉢合わせに出来れば良いと、縁芽好夢は不謹慎だと思いながらも考えていた。

 

 耳の中に、雑音混じりの絶叫のようなものが入り込んでくるまでは。

 思わず身をすくめると、頭の中が急速に冷静になっていく。

 自分がどれだけ都合の良い光明に頭を沸騰させていたのかを自覚する。

 

「……今のは、何……」

 

 音が何処から聞こえたものなのか、方向はすぐにわかった。

 音の発生源へ向かえば彼女の求める『何か』がある。そんな予感がする。行けば解る。行くための道がある。

 そんな、求めている要素を感じられる切っ掛けを認識出来たにも関わらず、好夢の心には少し前までの高揚感などは一切無く。

 心臓の鼓動が高鳴る一方で、得体の知れない緊張感と恐怖心が感情の大半を占めていた。

 

「…………」

 

 恐怖に従い、音のした方から離れる事こそが理性的な行動である事はわかっていた。

 だが、一方で。

 ここで逃げてしまうようならば、これから先このような機会に出くわす――いや、恵まれたとしても何の進展も有りはしないだろう。

 好夢からすれば、その結果に対する恐怖は未知の物と比べても強い。

 少なくとも、今は。

 

 故に、彼女は恐怖を押し殺して未知へと足を踏み入れる。

 感覚を頼りに人通りの少ない路地を進み、抜けた先で彼女が見たのは――

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

「……ぅ……」

 

 司弩蒼矢は口の中で小さく呻き声を発した。

 自分が何か硬く冷たいものの上でうつ伏せになって倒れている状態なのは理解出来たのだが、一方で前後の記憶が曖昧で、何故自分が倒れているのか、気絶してしまっているのか、そもそもここは何処なのか――そういった当然の疑問に対しての答えを得る事は出来ていない。

 朦朧とした意識の中、何処かから誰かの声が聞こえてきた。

 

「――終わってみればあっさりしてんなぁ。こんなクソ真面目そうなヤツが役に立つもんかねぇ?」

「――知らねぇよ。命令なんだから仕方無いだろ? 安易に断っても損するだけだぞ……っと」

 

 顔を見たわけでは無いが、声だけでも伝わる粗暴な印象には危険性を感じずにはいられない。

 何より、自分をこの状況に陥らせたのが声の張本人であるならば、まず間違い無く善人であるはずが無い。

 不幸中の幸いとでも言うべきか、危機感から思考能力が徐々に戻ってくる。

 

(……意識が、無い内に殺そうとしなかった、という事は……狙いは、僕自身……?)

 

 真っ先にそんな疑問を浮かべられたのは、気を失う直前に彼自身が自らに宿る怪物の事を考えていたからだろう。

 だが、その疑問から派生する形でもう一つ、忘れてはならない優先すべき疑問が浮上する。

 そう、

 

(……待て。それなら、あの子は……磯月波音さんは……!?)

 

 疑問から焦りが生まれ、薄かった呼吸が荒くなる。

 冷静に物事を見渡そうとする余裕など、一瞬で失われる。

 思わず腕に力を加えて起き上がろうとしたが、

 

「おっと」

「ぐっ!!」

 

 直後、背中に靴底を押し付けられ、地べたに縫い付けられてしまう。

 迂闊な行動だったと、後になって思い知らされた。

 呻き声を発する間も無いまま顔を上げさせられ、視界は地から正面の方へと向かされる。

 恐らくは声を出し、尚且つ蒼矢をこの場に引き摺り込んだ張本人であろう人物の姿が、瞳に映し出される。

 服装こそ黒と白の縞模様なポロシャツと灰色のズボン――と、一見すると普通な容姿をしているが、剥き出しの気配は対照的に異質なものとして認識された。

 つまり、

 

(……この男も、僕と同じような『力』を持っているのか……?)

「ようやくのお目覚めか。はじめまして……と言った方が良いんかね」

「……何者なんだ、お前達は……」

 

 簡単には答えてもらえないだろうと思いながら、それでも問いは出してみた。

 すると、意外な事に軽い調子で回答があった。

 

「ん……まぁ、アレだ。大体想像は出来てるんじゃないか? とある組織の構成員。んで、何か凄い力を持ってるらしいお前の事をボスが欲しがってて、まぁ仕事の流れでちょっと拉致らせてもらったってわけ。状況を少し理解したか?」

「……随分あっさり語るんだな」

「時間はあんまり取りたくないんでね。別の『組織』に先手を打たれる前にって話もあったし」

 

 組織という言葉に、蒼矢は警戒心を強めていた。

 背中に押し付けられる靴底の重さが、増した気がした。

 フレースヴェルグと名乗っていた男との会話を、ふと思い返す。

 

『……家族は、母さんや父さん、弟はどうなるんだ』

『それについては何とも言えんな。俺やお前と『同じ力』を持った奴等が何かをしでかして、ぽっくり死んじまう可能性もあれば、何事も無い状態に出来る可能性もある』

 

 家族の死。

 その言葉をなぞっただけでも、背筋に冷たい物が奔った。

 そんな蒼矢の心境などいざ知らずか、あるいは知った上でなのか、男はいきなり本題を切り出してくる。

 

「で、とりあえずだが……お前さんは『組織』に入るつもり、あるか?」

「…………」

 

 意思を汲み取らず強制するようなものではなく、意思を確かめる質問の形の言葉ではあったが、感じられる物は悪意以外に無かった。

 まず、間違い無く目前の男の背後にある『組織』は白では無いだろう。

 仮に『誰かの安全を守る』事を前提に据えた活動をするホワイトな枠組みであれば、まずこのような方法で目的の人物と接触を図ろうとはしないだろう、と蒼矢は思う。

 つまるところ、目的のために手段を選ばない類。

 返答次第では蒼矢と関係のある人物を人質に取る事も辞さないであろう事は、容易に想像出来る。

 

 質問にした理由も単純だろう。

 目の前の男、あるいはその背後にある『組織』は、蒼矢に自らの意思で『組織』に従う事を選ばせようとしているのだ。

 

「悩むのは事由だが、あんまり時間は掛けるなよ。仕事が滞るのは勘弁願いたいんだ」

「……答える前に、こちらからも質問をしていいかな……」

「?」

 

 恐らく、この状況で問う事が出来るのは一つだけだと思いながら、蒼矢は問いを出した。

 

「僕と一緒に居た、あの女の子はどうしたんだ……?」

「あぁ、その事か」

 

 さして気にしていなかったかのような、本当に適当な調子で相槌が打たれる。

 恐らく、無事に済ませてもらってはいないだろうと蒼矢は予想していた。

 

「おい、こっちに」

 

 男は視界の外に居るのであろう別の人物に対して声を掛けていた。

 やはり、事態に巻き込む形でこの場に磯月波音も連れ去って来たのだろう。

 場合によっては、家族以外の人質要員として利用される可能性も十分に考えられる。

 強引な伏せの状態に辛さを感じながらも、何とか首を動かし、男が声を掛けた人物の方へと振り向く。

 

 そこには、磯月波音がいた。

 目立った外傷などは見当たらず、まだ幸いにも乱暴な行為はされていないであろう事を理解した蒼矢は少しだけ安堵したが、

 

「…………」

 

 何か、猛烈な違和感があった。

 明るさというものを感じない表情に関してもそうだが、全体的な雰囲気が病院で会った優しい少女とは掛け離れているような気がする。

 姿勢を低くして蒼矢に要件を投げ掛けていた男は、ゆっくりと立ち位置を波音と入れ替える。

 会話の猶予を与えてくれた――そう認識した蒼矢は、疑念を浮かべながらも顔を上げて波音に声を掛ける。

 

「大丈夫? 乱暴な目に遭ったりしてない?」

「……この状況で、こちらの心配をしてくれてるんですね……」

「心配ぐらい……するに決まってるじゃないか。ほんの少しだろうと関わりがあるんだから」

「……そうですか」

「……ごめん。こんな事に巻き込んでしまって……」

 

 ただ、聞きたい事を聞いて、言いたい事だけを言う。

 ひょっとしなくとも、もっと掛けてあげるべき言葉はあったのではないかと思ったが、状況から考えてもこれが今の蒼矢にとっては限界だった。

 

「……蒼矢さんが謝るようなことじゃないですよ」

 

 波音は、首を横に振りながら平坦な声で返していた。

 気遣うようなその言葉を、蒼矢は否定しようとした。

 だが、その前にこんな言葉があった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 本当に、一瞬。

 自分が何を言われたのか、蒼矢は理解出来なかった。

 いいや、正確には信じられなかった――信じる事を拒んでしまっていた。

 視界がぐらつき、胸の中央に風穴でも空けられたような錯覚に陥る。

 そんな蒼矢の様子を気に留めてすらいないのか、少女は坦々と言葉を紡ぐ。

 

「ここまで簡単に誘導されてくれるとは思ってませんでしたよ。正直、最初に病院で会った時点で疑いを持たれて、そこで寸止めになるとも思ってたんですが……」

「…………」

「何と言っても病院ですからね。無許可で突然いなくなったりなんてしたら、間違い無く騒ぎになります。騒ぎになったら、別の『組織』……そうでなくとも物好きな人が出て来て邪魔してくる可能性も考えなければなりません。だから」

「……やめ、ろ……」

「何とかお医者さんの許可を得て、病院側にも『認知された上で』外出させる必要があったんです。後は、道案内をする流れの中で色々遣り繰りして、この通り。流れは飲み込めましたか?」

「もうやめろ!!」

 

 これ以上は聞きたくない。

 それ以上の言葉を紡いでほしくない。

 答えはもう解ってしまった。自分で考える間も無く。

 それでも、蒼矢は張り上げた声で反論する。

 

「君は……こんな事に加担するような人だったのか? いいや、そんなはずは無い。そんな事をする人間だとは思えない!! だって、だって……っ!!」

「そんなはずが無い、ですか……大して覚えてもいない相手なのに、不思議な事を言うんですね。わたしが、どういう人なのかも知らないのに」

「それは……」

 

 言われて、蒼矢自身も今になって気付かされた。

 自分自身、この磯月波音という人物の事を何も知らないという事を。

 最初に自分の事を覚えているかどうかを問われた事も、自身の視点から語った思い出も。

 全ては偽り。ほんの僅かでも親しみを得て、この状況に誘導するための疑似餌に過ぎなかった……っ!?

 

 そして、決定的な情報が蒼矢の視界に飛び込んで来る。

 裏切り者の少女は、懐から何か黒くて硬そうな物を取り出したのだ。

 テレビのリモコンのように平たく長い四角の先端に、数ミリ程度の短い電極がはみ出している『それ』の事を、世間では何と呼ばれていたか。

 

「これ、何なのか解りますよね?」

「……スタン、ガン……」

 

 様々な形で設計され、電極部を対象に押し当て電流を流す護身用の武器。

 少なくとも日常的に見られるような物ではなく、青少年による購入自体が基本的には制限されている代物なはずだが、やはり少し前まで蒼矢に声を掛けていた男の属する組織は法律も道徳もお構い無しなのだろう。

 もう、嫌でも事の成り行きに気付く事が気付く他になかった。

 気絶する前、蒼矢の意識を狩り取ったのは波音が持っているスタンガンで。

 そして、背後から突如として感じられた気配の発生源であり、振り向く暇さえ与えずに蒼矢の首筋を狙う事が出来た人物として挙げられるのは……

 

「……本当に、君なのか……」

「だから、言ったじゃないですか」

 

 そして、少女は笑顔を浮かべ、会話の最後をこう締めくくった。

 

「これがわたしの役目でしたから、と。信じていてくれて、本当にありがとうございました」

 

 善意を向けられる資格自体、とっくに失われていると思っていた。

 だから、例え自分が死ぬような事になったとしても、それ以上に酷い目に遭う事になったとしても、は当然の結末なのだろうと受け入れて納得する事が出来ると思えているつもりだった。

 向けられている善意が偽りのものであったとしても、平気でいられるのだとも。

 

 そんなわけがなかった。

 心に救いを与えていたはずの物が、失われるどころか鋭い痛みを与えるためのナニカへと変じ、それを頭で理解した瞬間に悲しみが心の中を埋め尽くす。

 そして、司弩蒼矢は絶叫した。

 嘆くようなその声を聞いても、少女は何の言葉も返さなかった。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 狼の獣人のような姿の牙絡雑賀は、現在進行形で焦っていた。

 率直に言って、嗅覚を頼りに探すのにも限界があったのだ。

 司弩蒼矢が拉致された現場と思われる場所から、明らかに人間のそれとは異なる臭いが『足跡』という形で察知出来はしたのだが、肝心の『足跡』が途中で途絶えてしまっていて、追跡に必要な情報が寸断されてしまっていた所為で。

 

(……くそっ……こうしている間にも、何か取り返すのつかない事になってるかもしれないってのに……!!)

 

 幸いにも、司弩蒼矢かその友達の携行品と思わしきミネラルウォーターのペットボトル(飲み残し)の表面に確かな臭いが残っていたため、足跡とは異なる捜索に必要な情報を一つは確保出来ている。

 だが、足りない。

 確かに同じ臭いを感知する事が出来れば確実に移動先を割り出す事が出来るだろうが、そもそも同じ臭いを殆ど感じ取る事が出来ていないのだから、どちらにせよ拉致した側との距離を道標も無しに詰められなければ意味が無い。

 

(……鼻は今のところ頼りに出来ない。だがそれ以外に関する情報が無い)

 

 こうなると、一度嗅覚に関する情報は頭の中から取り除いて考えてみる必要があるのかもしれない。

 運任せに都会を奔走してもどうにもならない事ぐらいは、流石に理解出来ていた。

 

(……拉致する側からすれば、司弩蒼矢が連れ去られたり危害を加えられたりする場面を、一般の人間に見られなければいいんだ。デジモンの力を使って、力場を発生させるだけで一般の人間から目撃される事はなくなる。だけど、これだけじゃ足りない。何かをして司弩蒼矢の身動きを封じられたとしても、徒歩での移動にするとどうやっても移動中を感知される。力場の存在は、同じ電脳力者に感知される可能性を増させるわけだからな)

 

 実際、牙絡雑賀は一度、裏路地から発生した力場を感知し、不良染みた風貌の電脳力者三人と対面している。

 無論、同じ電脳力者が現場に立ち会っていたとして、見ず知らずの司弩蒼矢を助けるため動き出すのかという疑問もあるのだが、デジモンの力を使った痕跡というものは臭いという形で残されていた。

 それが寸断されていたという事は、拉致を実行した電脳力者は途中からデジモンの力を使わずに司弩蒼矢を連れ去ったという事になる。

 デジモンの力を使っていない時には力場が発生しないため、一般人の目にも入る。

 状況を一目見て通報をする人間が居てもおかしくは無いが、事実として誰かが通報をしているようには見えない。

 普通の人間からも発見される状態の上で、自分達や司弩蒼矢の姿を都合良く隠し、短時間の間に大きな距離を離す事が出来る手段。

 シンプルに考えてみると、答えはとても単純な物でしかなかった。

 

(……車。単純だが、中の様子を外部から探られず、多人数で移動するのならこれしかない)

 

 ――次に、どのような車ならば目立たずに移動出来るかを考えてみた。

 

(……今は『消失』事件の対策で東京都の各地域で警戒態勢が敷かれていたはずだし、別の地域にまで移動している可能性は低いはず。スモークフィルムが張り付いた車なんて、規制が入った今の世の中じゃ逆に目立つ。運転席にでも貼り付けてたら、未成年の無免許運転を怪しんで警官が確認に乗り出す可能性だってある。フルスモークだったら尚更だ。拉致する側からしても運転者の視界は確保したいだろうし、スモークフィルムを使わずに車内を隠すとして、仮に逃走中に車そのものを力場で認識出来ないようにしたら間違い無く事故が起きるから論外。だとすれば、荷物という括りで『中身』を誤魔化せる大型のトラックか?)

 

 ――そして、移動出来たとしてそれがどのようなルートを辿るのかを考えてみた。

 

(大型のトラックなら人間を荷物扱いで乗せれば外部から視認される事も無くなるが、仕事に関係無いイレギュラーな道を進んでいたらやっぱり目立つ。だったら、移動区域はやっぱり街の中に絞られる。時間も関係無く、ルートが不規則でも目立たない、あるいは怪しく思われないもの。ネット通販なんて便利な物はあるが、運送業は無いな。決まった場所に決まった時間で向かう以上、ルートは絞られるから。だとすれば、エアコン絡みの専門業者か光ファイバーや高速無線回線を保守点検する電装業者業者。どちらも決まったルート自体が存在しないし、しっかりとした面目があるわけだから怪しまれない)

 

 後は、探すだけだった。

 広大な街の中で一つの車を探し当てる事自体が中々に難度の高いものだとは思うが、少なくとも探すべき目印を決められた事は捜索の進展の繋がるだろうと、思う。

 実際には、こうして深く考えてみれば自分は前に進めているのだと錯覚でき、不安を多少は打ち消せると思っての事に過ぎないのかもしれないが。

 

 と、当ての薄い捜索活動に再び走り出そうとした時だった。

 

「あ、いたいたー。ちょっとそこの人待ってくださーい」

 

 思いっきり棒読み染みた声が、雑賀の耳に入って来た。

 疑問を覚えながらも一応声のした方へ振り向いてみると、侍の容姿に似せた鳥人がいた。

 誰がどう見ても人外の類で、何らかのデジモンの力を行使している電脳力者なのだとすぐに理解した。

 

「……誰だ? その姿を見るに電脳力者みたいだが」

「あぁ、こちらからすると初対面ですよねー。僕、鳴風羽鷺って言います。縁芽苦郎さんのパシりって言えば、大体の立ち位置はわかると思うんですけどー」

 

 縁芽苦郎のパシり。

 言い方に疑問こそ浮かぶが、少なくとも敵同士の繋がりではない事は理解出来た。

 そして、この局面で接触を図ってきた以上、ただ挨拶に来たわけではないであろう事も。

 

「その苦郎のパシり君が何の用だ? 今かなり忙しいから要件は手短に済ませてほしいんだけど」

「その要件というのは、苦郎さんの言っていた司弩蒼矢という人物の事ですか?」

 

 コピー用紙を吐き出すような緊張感の無い口調だったが、発言自体は重要な意味を持つものだった。

 縁芽苦郎――ベルフェモンと呼ばれる『七大魔王』を宿す電脳力者が、司弩蒼矢について何か発言をしていた。

 彼が関心を持っているという事は、今回の事件には『シナリオライター』と呼ばれる組織が関わっている可能性が浮上する。

 

「……やっぱり、今回の件についてあいつも何か知っているのか?」

「その口ぶりからすると、既に状況が動いてしまってるみたいですねー」

「教えてくれ。何であいつが狙われたのか、あいつは何処へ連れて行かれたのか、知っている事を全体的に!!」

「うーん、まずは落ち着いてほしいんですけ……その顔で迫られると普通に怖いですってばぁ!?」

 

 よほど恐ろしい表情になっているのか、鳴風羽鷺と名乗る鳥人は一歩後ろに下がっていた。

 両手の掌を前に突き出し、落ち着くようジェスチャーで示しているようだ。

 それを理解した雑賀が何とか意識して表情を和らげなものにしてみると、多少はマシになったのか鳴風羽鷺は案件を喋りだした。

 

「まぁ、僕の方も苦郎さんからついさっき聞いたばかりなんですけど……まず、その司弩蒼矢って人を真っ先に狙うであろう組織の事です」

「……『シナリオライター』の事なら既に聞いてるんだが。まさか、ここに来て別の『組織』だなんて話じゃないだろうな」

「そのまさかなわけですけど。確か、苦郎さんは『グリード』って名称で呼んでましたよ。正直名称なんてどうでもいいですが、実際その組織は『シナリオライター』とは別の組織として扱うべきだって話らしいです」

「…………」

 

 正直なところ、疑問はいくつか浮かんでいた。

 確か、縁芽苦郎の話では『シナリオライター』という組織自体、どのような思惑でもって活動しているのか詳しく解っていないとの事だった。

 その言葉自体が嘘で本当は核心に迫っているという可能性も決して無いというわけでは無いが、それはそれで話さない理由があるのかという疑問が生じてしまうので、本当に知らないのだと雑賀は思う。

 一方で、鳴風羽鷺の口ぶりからすると、司弩蒼矢を狙っているのが『グリード』という組織であるという事に関しては、確信をもって言っているような気がする。

 更に言えば、わざわざ別の枠組みとして強調している辺り、むしろ『シナリオライター』以上に危険視さえしているような……?

 

「で、その『組織』の目的なんですけど、どうやら司弩蒼矢に宿っているデジモンの力を欲しているらしいです。苦郎さん曰く、何がなんでも『グリード』の手中に収められるのを避けたいんだとか」

「……それで、俺にあいつを助けに行けってか? それなら元からそのつもりだし、何というか取り越し苦労だな」

「あぁ、そういうわけじゃなくてですねー」

 

 率直に浮かんだ予想を否定され、思わず疑問符を浮かべる雑賀。

 そして、鳴風羽鷺は間延びした口調のままこう言った。

 

「どうせ『グリード』の手に渡るぐらいなら、殺して完全に無害化した方が確実。だから、今回の事件にあなたは首を突っ込まないでくれ、との事です」

 

 呼吸が、一瞬だが確実に止まった。

 言われた言葉の意味を、すぐには理解出来なかった。

 そして、理解が追い着いた途端に、急速に頭の中が沸騰し始めた。

 

「……おい、待ってくれ……」

「はい?」

「殺して、無害化……? それはつまり、そういう事なのか? 司弩蒼矢を、殺すって。あいつがそう言ったのか!?」

「確かに言ってましたよ。そうじゃなければ、別の案件だって抱えてるのにこうして伝言を伝えさせる理由が無いですし。多分、戦闘に巻き込みたくないとかじゃないですか?」

「そんな気遣いなんてどうでもいい!!」

 

 確かに、恐ろしくないと言えば嘘になるほどの力ではあったかもしれない。

 出会った当初は理性を失って本能に身を任せていたようだったし、視界に入った途端に攻撃を開始していた事を考えても危険性は否定出来ない。

 理性を取り戻した後も『失った四肢を取り戻す』という動機で戦闘を継続し、実際のところ死ぬか死なないかの寸前にまで追い詰められてはいた。

 だが、それにしたって。

 

「……何でだよ。その『グリード』って組織がどういう物で、どういう奴が仕切っているのかは知らないけど……何でその組織の利益になる力があるって『だけ』でアイツが殺されないといけない!? アイツには、殺されてもいい理由なんて……!! 何を考えてやがるんだあの野郎は!?」

 

 理由の納得など、出来るわけが無かった。

 人の命を奪うという事がそもそも容易に受け入れられるものでは無いのに、ましてや利益の阻止などという理由などで認める事など出来るわけが無い。

 狼狽する牙絡雑賀に鳴風羽鷺は困ったような表情こそ浮かべているが、そこから感情を読み取る事が出来ない。

 対岸の火事でも眺めているような、他人事の反応だった。

 だから、何の動揺も無く言葉を紡いでいた。

 

「うーん、何で殺されないといけないかって聞かれても、理由なら既に言ってますよ。宿っているデジモンの力を、『グリード』って組織の利益に繋がらせないため。要するに、司弩蒼矢という人自体が重要なんじゃなくて、宿っているデジモンの事が一番重要みたいですねー」

 

 宿っているデジモンの力が、敵である組織の利益に繋がるから。

 偶然宿ってしまったのであろう人間が誰かなど関係無く、ただ成り行きでそうなったから。

 思えば、病院で自身に宿るデジモンの事を雑賀に対して伝える際に、縁芽苦郎自身も言っていたではないか。

 これは、椅子取りゲームの結果だと。

 その言葉の意味が、ここに来て解ったような気がした。

 だが、そもそも。

 

「……それほどまでに、殺さないといけないような『力』じゃなかったはずだぞ。司弩蒼矢に宿っているのは、成熟期デジモンの『シードラモン』だったはずだ!! 確かに危険な力を持っているかもしれないが、苦郎の奴に宿っている『ベルフェモン』に比べればずっとマシなはずだろ……!!」

「それなんですけど、正確には現時点で『グリード』の利益になるデジモンの力を宿しているってわけじゃないみたいですね。いずれ危険視するようなデジモンの力を得る、あるいは力そのものが変質する可能性が高いから、未然に阻止する必要があるんだとか」

 

 確かに、本来デジモンとは『進化』というプロセスを経て、段階を繰り上げる形で個の更新を続ける存在だ。

 今でこそ宿している力は成熟期がベースの物だが、縁芽苦郎やフレースヴェルグのように究極体のデジモンの力を行使出来る電脳力者が実在する以上、雑賀自身も含めたあらゆる電脳力者の力には『進化』の可能性が存在するのは間違いない。

 そして、もし仮に宿しているデジモンの力が、ホビーミックスされ誇張表現すらされている『設定』とそう大差の無い物であれば、その脅威の度合いは確実に増す。

 つまりは、こういうことなのだろう。

 敵対する組織の益となり、脅威と考えるには十分な力をいずれ得る可能性があるから、その前に芽を摘んでしまおう、と。

 

「……ふざけんなよ。いったい何なんだ、その……危険視してるデジモンってのは」

 

 自分で問いを出しておきながら、話を聞いただけである程度の予測は出来てしまっていた。

 七大魔王という、悪性を担うデジモン達のトップランカーとさえ呼べるデジモンの力を持つ者からして、それでも脅威と呼べるようなデジモンなど、数が限られすぎたから。

 鳴風羽鷺は、あくまでも調子を崩さぬまま嘴を開いた。

 そして、最悪の答え合わせがやってきた。

 

「えっと、確か『リヴァイアモン』って苦郎さんは呼んでましたね。僕はそんなに詳しく知ってるわけじゃないんですけど、苦郎さんに宿っているのと同じ『七大魔王』って枠組みにあたるデジモンみたいです」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆




《後書き》

 ……というわけで久々すぎる最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

 今回の話はいよいよ縁芽好夢が『事件』に首を突っ込む!! という寸前と、知らない天井と床と裏切りと、そして事実上の死の宣告、といった全体的に明るい部分が殆ど無く、重々しい雰囲気がダラダラと続いた話でした。
 そんでもって、今回の話を最後まで読んでくださった方々なら解る通り、司弩蒼矢に宿っているデジモン(の素養?)の正体が『リヴァイアモン』である事を早速バラしてみました。ええ、『第二章』って話の立ち位置的にも間違い無く前半・序盤なはずなのにいきなりのフルブーストでございます。

 とは言っても、ちょいちょい伏線は残していたはずなので、わかる人には既にバレていたかも……まぁバレたらバレたで嬉しいですし、驚いてくれたら驚いてくれたでおいしいところではあるのですが。
 でもって、鳴風羽鷺を経由しての縁芽苦郎からの『伝言』。正直同じキャラを都合良く使いまわしすぎじゃね? と思われそうですが、飛行能力を持っているという時点で伝言役だったり助太刀要員だったりにしやすいので、今回も抜擢する事にしました。
 
 そして、縁芽苦郎からの実質的な殺害宣言に関してですが、リヴァイアモンというデジモンの事を知っている方ならお察しの通り、実際のところマジで『可能性』が『現実』になって、その上で暴れられたらアレです。問答無用でバッドエンドルート突入間違いなしです。ヤツの近くに居たらみんな死ぬしかないじゃない!!(大マジ)。
 色々な二次創作小説で『リヴァイアモン』というデジモンのキャラを見てますが、皆さん色々なキャラ付けしてるんだなーと思いました。完全に他者を見下してないと気がすまない奴だったり、ただの大喰らいキャラだったり、そもそも言語とかを使わせず完全に『障害』として扱っていたり……そういうものを見ていると、やはりキャラ被りだけはさせたくないと思ってます。尤も、ぶっちゃけた話として、このまま蒼矢くんが死んでしまって『過去編にしか登場を許されない美化されまくりなヒロイン枠』とか確保しちゃうと、頭の中で構想しているキャラクターなんて出す機会も無いままで終わるわけですが。
 マジな話として『覚醒する前に殺す』のが一番の安全策ではあるわけです。
 尤も、それでハッピーエンドと言えるのかと聞かれると、難しいところですが。

 というか、七大魔王と聖騎士団の扱いというのはデジモンの二次創作作品における一つの課題ですよね。イグドラシルやっぱクソだわみたいな雰囲気にすると聖騎士団を敵扱いにして七大魔王の一部を味方化な流れになったり、単純に七大魔王が悪さしてるからそれを止めるためにうんぬんかんぬんだとか……オリンポス十二神という変化球もありますがね。
 
 現時点で現実世界サイドに七大魔王デジモンの名前が二名出ちゃってるので、さぁ残る五体はどういう扱いになるのかとか色々と想像してくれると嬉しいです。
 
 では、今回の後書きはここまで。本当に更新が遅れまくりで申し訳ありません……DFFACの動画を上げたりポケモンだったり色々忙しくなりすぎて……。
 でも、間違い無く『第二章』はクライマックスに差し掛かっているので、これからも読んでくれると嬉しいです。

 次回は縁芽好夢の回!! ……になればいいなぁ。


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七月十四日――『それが無謀で愚かな事だとしても』

 もう遅れることが当然のような流れになっちゃってますが、無事更新です。
 色々書きたい事はあるのですが、とりあえず今回はさっさと本文の方に向かう事にしましょう。

 まだ不確定な部分もありますが、デジストハカメモにドラコモン系列参戦おめでとう。超おめでとう。


 少し、デジモンの『設定』というものについて考察を入れてみよう。

 数多く存在するデジモンの種族の大半は、現実世界で認知されているものが元となっている。

 獣型のデジモンならば犬や猫などの動物、ドラゴンや悪魔などの架空の生物ならば文献に絵など――その名残は種族の名前や姿に残されているため、知識さえあれば一目見ただけでも元となった情報は理解出来るのだ。

 元となった情報が大袈裟なものであるほど、そのデジモンの能力は強いものになる。

 投げても自動で持ち主の手に戻ってくる槍だとか唾液だけで川が築かれる狼だとか、そんな現実では有り得ないであろう情報ばかりが記述されている『神話』などの文献が元となったデジモンならば、その危険度は核兵器とは比べ物にならないだろう。

 

 七大魔王という名を冠する七種のデジモン達は、まさしくその『文献が元となったデジモン』の類である。

 彼等の力の象徴と言える情報は『七つの大罪』と呼ばれ、『七つの死に至る罪』という意味を含んだ宗教上の用語なのだが、正確には『罪』そのものではなく人間を罪に導く可能性が高いとされる感情や欲望の事を指しているらしい。

 七種の感情と欲望はそれぞれ「憤怒」「強欲」「暴食」「嫉妬」「色欲」「傲慢」「怠惰」と分けられ、後々になってからそれぞれに対応する『悪魔』や、外見から関連付けるためか『動物』の情報もまた設定されている。

 縁芽苦郎に宿る『ベルフェモン』というデジモンの元となった悪魔は『ベルフェゴール』という名を持ち、同時に熊や牛と関連付けされていることから、情報を反映させた結果として殆ど獣に近い姿になったのだろう。

 そして、鳴風羽鷺の口から告げられた『リヴァイアモン』というデジモンは、ベルフェモンと同じく七大魔王の一角を担う存在。

 ベルフェモンが『怠惰』に対応している一方で、リヴァイアモンが対応している罪源は『嫉妬』。

 対応する悪魔の名は『レヴィアタン』と呼ばれ、海中に住む巨大な怪物として旧約聖書にて登場したのが発祥とされている。

 伝統的には巨大な魚かクジラやワニなどの水陸両生の爬虫類で描かれており、デジモンとして創作されたリヴァイアモンの外見もまたワニのそれと殆ど相違が無く、あまりにもその体が巨大である事から旧約聖書の情報が元になったのだと思われる。

 だが、あくまでそれはレヴィアタンの一つの側面に過ぎず、悪魔としてのレヴィアタンは水を司り人に憑依する事が出来る大嘘吐きの怪物として描かれているらしい。

 司弩蒼矢の脳に宿っているその魔王は嘘吐きの悪魔なのか、それとも冷酷無情で凶暴な怪物なのか。

 そもそもリヴァイアモンが対応しているとされる『嫉妬』とは何なのか。

 あまりにも巨大過ぎる体を持ち、泳ぐだけで波を逆巻かせるほどの力を持ちながら、どんな事情でもって暗い感情を抱くのだろうか。

 

 さて。

 ここまで『リヴァイアモン』というデジモンについて語ってきたが、正直なところ私にも詳しい事は分からない。

 何しろ、ホビーミックスの一環で設定された情報自体が本当かどうか定かじゃないから。

 現実世界において聖書の中で設定されたものと、デジタルワールドに実在している『本物』が本当に同じものなのか。

 正しい事かもしれないし、正しくないのかもしれない。

 誰かさんがデータ化させた『図鑑』の情報は、あくまで第三者の視点で見聞きしただけの感想に過ぎない。

 魔物を率いる魔王も、人間から見れば悪者だが魔物から見れば優れた君主と見られるように、一つの視点だけで判断した情報で個の全てが語り尽くせるわけが無い。

 何が正しいのか。

 何が間違っているのか。

 正しいと思っている事が間違っているのか。

 間違っていると思っている事が正しいのか。

 リヴァイアモンという名の怪物は、確かに居るのかもしれない。

 そいつを宿している司弩蒼矢の脳も、その内侵されて文字通りの『怪物』になってしまうかもしれない。

 

 さてと。

 ここがターニングポイントなわけだが、運命は誰に味方するのか。

 可能性の芽にしろ何にしろ、まだ劇の幕は開いたばかりだ。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 リヴァイアモン。

 その名前を、牙絡雑賀は知っていた。

 その能力についても、危険性についても、知っているつもりだった。

 だからでこそ、その名前を告げられた瞬間、嫌でも目の前が真っ暗になってしまった。

 

(……何でだよ……)

 

 心の何処かで、考えていた事ではあった。

 縁芽苦郎のように、七大魔王デジモンを宿す電脳力者(デューマン)の一例が存在する以上、可能性の話として他の七大魔王デジモンを宿している電脳力者(デューマン)だって存在するかもしれない、と。

 敵として対面してしまう可能性だって、十分に考えられてはいた。

 だけど、

 

(……何で、よりにもよってアイツなんだよ……!? 何で、アイツの中に宿っているデジモンがよりにもよって『七大魔王』の一体なんだよ!? 何で、こんなピンポイントで最悪な答えに辿り着いてしまうんだよ……ッ!!)

 

 疑問に答えは出ない。

 そもそも、未明の事なのだ。

 雑賀自身、自分自身の脳に宿るデジモンの種族は今でこそ解っているが、そもそも何故その種族が宿る事になったのか、その『原因』は全くと言っていいレベルで解っていない。

 もしかしたら、自分の知らない内に第三者から『植え付けられた』のかもしれないし。

 あるいは、ARDS(アルディス)拡散脳力場(かくさんのうりきば)を放っている電脳力者(デューマン)と似たような理屈で姿が視えない状態のデジモン()()()()()、自らの意志で()()()()()()取り憑いてきたのかもしれない。

 椅子取りゲームだと縁芽苦郎は例えていたが、ゲームに使われる椅子は普通の人間。

 ただ一方的に居座られ、座られた椅子(にんげん)の価値も、座る側に依存させられる。

 そしてそれは、他の電脳力者(デューマン)にも言える事。

 司弩蒼矢もまた、自身に宿る『七大魔王』の存在を知らない。

 知っていて、その圧倒的な『力』を実際に行使されれば、そもそも牙絡雑賀は今生きていないのだから。

 憤りの感情が表に出ていたらしく、雑賀の反応を見た鳴風羽鷺は言葉を紡ぎだす。

 

「その反応を見るに、知っているみたいですね。『リヴァイアモン』というデジモンについて」

「……だったらどうした」

「知っているのなら話が早いって事ですよ。あなたの事については苦郎さんからも聞いてますが、まだ成熟期までの力しか使えないらしいじゃないですか。率直に言って、今回の件はあなたには荷が重い。後の事は苦郎さんに任せて、手を引いたほうが良いかと思いますよ~」

「…………」

 

 言っている事は、間違っていないだろう。

 事に究極体レベルの中でも最強クラスのデジモンの『力』が関わっている以上、それを求めて行動を起こす者の強さも、応じたものである可能性が高い。

 強制的に従わせるという形であれば、最低でも完全体クラスのデジモンの『力』を有した電脳力者(デューマン)か、それすら越える究極体クラスのデジモンの『力』を持った電脳力者(デューマン)が。

 確かに、実際の話として同じ『七大魔王』デジモンを宿す苦郎の力ならば、それ等を相手にしても無事に目的を達成出来るとは思える。

 だが、その成功は決してハッピーエンドには繋がらない。

 

「……本当に、殺すしか方法が無いのか。本当に、それ以外の方法は無いって苦郎の奴は言ったのか」

「殺す以外の方法は、無いとも言い切れないですよ」

 

 羽鷺は、特に考える素振りも見せずに即答した。

 

「でも、後の事を考えてるとそれが最善になるからそうする。無視出来ない可能性があるから、それを摘んでおきたい。要するに、そういうことなんじゃないですか? 苦郎さんぐらいの実力者なら、実際の問題として『グリード』とやらの一員に(さら)われた司弩蒼矢の身柄を確保する事は出来るかもしれません。ですが、確保したからと言ってそこで危険な可能性が潰えるわけじゃない。だから、()()()()()殺して確実な『安心』を得る。そういう事だと思いますよー」

 

 助ける事が出来るかもしれないのに、とりあえずの判断で見捨てる。

 縁芽苦郎本人が本当にそのような判断で行動しているのかはまだ解らないが、それでも雑賀は少なからず憤りを感じていた。

 反論の材料を探そうとして、そしてそこで気付いた。

 この場で見知らぬ相手に対して言葉を発していても、恐らく意味は無い。

 そもそも、こうしている間にも縁芽苦郎は行動を開始しているかもしれないのだ。

 この男に苦郎を説得してもらう――なんて事を試している時間も無いし、そもそもこの鳴風羽鷺が本当に縁芽苦郎の仲間なのかさえ解っていない以上、信用するには難しいものがある。

 

「……苦郎の奴は、もう居所を掴んでいるのか?」

「そこまでは知りません。知っていたとしても、基本的に非戦闘要員の僕に教えるとは思えませんしー」

「その二本の刀は飾りかよ」

「基本は護身用ですー」

 

 大した情報は持っていないらしい。

 だとすれば、これ以上の会話は必要無いだろう。

 ここからどう動くかは、自分自身の直感を信じて決める以外に無い。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 司弩蒼矢は、力無く地面に伏していた。

 より正確に言うならば、起き上がろうとする意思自体が潰されていた。

 まるで、頭の上から錘でも乗せられているかのような、胃袋の中に鉛でも詰められているような、その感覚。

 視界は地面の灰色に染まっているが、心という物が目に見えるのであれば自分の心はどんな色に染まっているのか、蒼矢には到底想像も出来ない事だった。

 

「…………」

 

 状況に対して思う事は色々ある。

 どうして、こんな事になってしまったのか。

 どうして、裏切りという事実にここまで苦痛を感じるのか。

 どうして、自分の中に得体の知れない化け物が根付いてしまったのか、とか。

 つい少し前までなら、この状況も罰の一環なのだと納得出来ていたつもりだった。

 罪の無い人間に怪物として牙を剥いた以上、もう人間と同じ扱いはされないであろう事も。

 結局、救われたいと思う気持ちが残っていたのだろうか。

 そんな資格、自分にはもう無いであろうに。

 

「さて、と」

 

 視界の外から男の声が聞こえる。

 まるで待ちくたびれていたかのような、この状況をいっそ楽しんでいるかのような調子の声だった。

 

「そんなわけだ。お前が善意をもって接してくれていたと思ってた女の子は、俺達の協力者だった。これ以上の説明は必要無いよな?」 

「…………」

 

 何か言い返そうと思えば、言い返せるはずだった。

 だが、蒼矢は何も言わなかった。

 善意を必死に信じようとしたところで、ただ苦しみが増すだけだと判断した。

 だが、

 

「まぁ、好意を持たれて良い気分になる気持ちは解らんでも無い。何せ、こんなに可愛い女の子なんだしな。望んで俺達の組織に入るってんなら、また『同じ』関係を築くことも出来ない事も無いぜ?」

 

 その言葉を聞いて、蒼矢の瞳に明確な意思が宿った。

 それが怒りと呼ばれる感情なのだと、彼は理解していただろうか。

 彼は顔を上げて、男に言葉を返す。

 

「……さっきから馬鹿にしてるのか。何でお前の言う『組織』に望んで入らないといけないんだ」

「ん? 別に望まないなら望まないなりに()()()()()()()()わけだが。良いのか? 洗脳よろしく()()()()()()()()()

「…………」

 

 到底馴染みの無い単語が飛んで来た。

 これが『力』を得る前の頃であれば冗談か何かだと聞き流す事も出来たかもしれないが、実際問題として出来ない事では無いと認識してしまっている以上、全く笑えない。

 男が言っている事は、要するにこういうことなのだろう。

 望んで力を貸して楽になるか、望まず力を貸して苦しむか。

 どちらにしてもロクな末路が想像出来ない。

 何とか抵抗出来ないものかと思案するが、

 

「……抵抗はしないほうがいいですよ。抗った所で、いつか心の方が折れる。あなたは優しいですから、家族を人質に取られるだけで何も出来なくなるのは解りきってます」

 

 女の子の囁くような声が聞こえた。

 裏切り者のクセに、やけに優しげな声だと思った。

 だが、この状況においてその妙な気遣いは、神経を焙る以外の効果を持たない。

 蒼矢もまた、この状況になって我慢する事はやめた。

 だから、

 

「……ああああああああああああああああああああっ!!」

 

 叫びと共に、蒼矢の体を中心に青白い光の繭が現れる。

 背中を押さえ付けていた別の誰かを吹き飛ばし、守ろうと思っていたはずの少女の目の前で彼の『力』が起動する。

 繭の中で彼の身体が人としての輪郭を残しながらも変じていく。

 身体の色は総じて小麦色から青緑色に、その質感は人肌から鱗のそれに。

 下半身は丸ごと魚と蛇の面影を同時に想起させるような、先端に赤色の葉っぱに似た(ひれ)を伴った細長い尾に。

 左手の指と指の間には水を効率よく掻くための膜が張られ、首の下から尾の先端にかけては蛇腹が生じ。

 顔の部分は人間の骨格のまま、さながら兜か仮面のように黄色の外殻に覆われ。

 極め付けに、義手として確かに存在していたはずの右手は、()()()と同じ異質の象徴――鋭利な牙を有し、人の頭ぐらいなら丸呑み出来そうなほどに大きく裂けた口を伴った瞳の無い『蛇』と化す。

 

(……結局……こうなってしまうのか……)

 

 そうして、司弩蒼矢は怪物と化す。

 この姿になる事を望んでいたわけではないのに、自然とこうなった。

 自分自身が『力』を制御出来ていないからなのか、あるいはこの姿が怪物に相応しい姿だからなのか。

 蒼矢の姿を見た縞模様の服の男は笑みを浮かべ、口笛を吹いた。

 

「へぇ、まさしく化け物って所か。人間らしい部位なんて殆ど無い。こりゃあ『組織』が欲するわけだ……」

「……何とでも言え……自分が怪物だという事ぐらい、もう解ってる……!!」

 

 本来は水の中を泳ぐために使われる尾びれで直立し、右腕から変じた『蛇』を男に向ける。

 その気になれば牙や氷の矢でもって赤い色を広げさせる事が出来るであろう凶器を向けられても、縞模様服の男は動じない。

 ただ一方的に、言葉を投げかける。

 

「大人しく従ってくれるんならそれで済むんだが、抵抗するんなら仕方無い……痛い目見てもらうぜ?」

 

 直後の出来事だった。

 男の身体が、瞬く間に灰色と黒色を混ぜ込んだような色の光の繭に包まれる。

 

(……これ、は……)

 

 これまで蒼矢は、自分以外の誰かが『力』を使って変化していく様を見た事が無かった。

 プールで戦った牙絡雑賀と名乗っていた男は、自我を取り戻した時点で既に『変化』した後で、覚えている限りではそれ以外の『力』を使った人間の姿を見た事が無い。

 それが『デジモン』と呼ばれる存在の力である事を知らない蒼矢には、目の前で生じている繭が『進化』を遂げるためのエネルギーの塊である事はわからない。

 だが、それでも直感した。

 

(……僕より、強い『力』なのか……!?)

 

 繭の中から、蒼矢とは異なる『力』を伴った怪物が現れる。

 それは、上半身が裸になっている事を除けば大半が人間の面影を残した姿だった。

 下半身が丸ごと海蛇の尾と化している蒼矢とは違い、男の下半身には元々穿いていた灰色のズボンから靴にかけて多少デザインが変わってこそいれど存在しているし、頭部にはしっかりと青い頭髪が生えている。

 異質の象徴と言える物は、上半身に集中していた。

 アクセサリーの一環としては明らかに付け過ぎだと言わんばかりに巻き付けられた鎖に、顔面を覆う形に取り付けられた鉄の仮面――極め付けに、全身から噴き出る青色の炎。

 繭から解き放たれたその瞬間に、自分が居る空間の気温が上がってきた気がする。

 それも、夏の蒸し暑さなど比類にもならないレベルで。

 

「……さァて、成熟期クラスの『力』で()()()クラスの力にどれだけ耐えれるやら」

 

 本能的な危険信号が頭の中で反芻する。

 可能性を思考する段階から、既に負ける未来図しか見えてこない。

 逃げた方が利口だと理解しても、足から変化したこの尾びれで逃げ切れる気がしない。

 そして、その考えは間違っていなかった。

 

 ズグギィッッッ!! と。

 右腕の『蛇』から氷の矢を咄嗟に放とうとする間も無く、怪物と化した蒼矢の体が、冗談抜きに香港映画のように吹き飛ばされ壁に激突する。

 ただ、拳を使った振り上げる形の一撃。

 それが蒼矢を襲った攻撃の内容だった。

 

「が……はっ!?」

 

 重力に引かれて地面に落ちようとした所で、次の動きがあった。

 蒼矢を殴り飛ばした炎の魔人が、自身の身体に巻き付けられた鎖を投げ放つ。

 その鎖がまるで意思を持っているかのような挙動で蒼矢の体に巻き付くと、魔人は投げ放った鎖を改めて握り直す。

 直後に、それは振るわれた。

 最早抵抗するだけの余裕も無いまま、蒼矢の体は鎖に縛られたまま地面に向かって叩き付けられる。

 頭部を丸ごと覆う兜のような甲殻が無ければ、即死してもおかしくない勢いだった。

 

「……ぐ……が……」

「おいおい、勢い余って殺しちまったりしないよな? 思いっきり頭蓋に入ったぞ」

「この程度で死ぬようなら、そもそも『組織』が必要としねェだろ。それに、流れで()()してくれるンなら都合が良いし」

 

 揺らぐ意識の中で黄色い声が微かに聞こえる。

 実の所、蒼矢はもうこの時点で戦おうとする意思を失っていた。

 

「そもそもの問題として水中戦、あるいは水上戦で真価を発揮するデジモンの『力』で、陸地が本場の相手に立ち向かえるわけが無いだろ。足も無いその姿が本当に()()()()()()()なのかは知らねェが、コイツは正しくまな板の上の鯉って奴だ」

 

 勝ち目が無いだけでは無く、そもそもこの魔人が『組織』に属しているのであれば、場合によっては増援がやってくる可能性さえある。

 ただでさえ目の前の一人にすら太刀打ち出来ないのに、これ以上新たな『敵』が増えてはどうしようも無い。

 いずれ、どこかで、折れる。

 そうとしか考えられなくなってしまいそうになる。

 

「…‥……っ」

 

 それでも戦おうとしているのは、はたして自分の意思によるものなのか、それとも怪物の意思によるものなのか。

 蒼矢には解らない。

 自分の中に宿っている怪物が何を考えているのかも、どう戦えばいいのかも。

 いっそ、自分を忘れて本能に任せて暴れてしまった方がいいのか。

 

(……嫌だ。それだけは、それだけは絶対に……!!)

 

 もしここで『折れて』しまえば、自分の力が何か別の目的に使われる。

 それも、恐らくは悪意を伴う内容だろう。

 

(……この力が、危険なものである事はわかってるんだ。こんな奴等(やつら)の好きにさせたら、駄目なんだ……!!)

「ギブアップはしねェのか。出来ればさっさと諦めてほしいんだが、なァ!!」

 

 倒れ伏したままの蒼矢が、サッカーボールでも扱うように腹を蹴られる。

 鈍い痛みが体を奔り、胃の中から何かを吐き出してしまうような声が漏れる。

 可哀想になぁ、と魔人の仲間である男は黄色い声を出しながらそれを傍観していて。

 この現状を生み出した少女は、無の表情のままそれを眺めていた。

 だから、その状況に変化をもたらしたのは、彼等にとっての不確定要素(イレギュラー)だった。

 

「……アンタ達、何をしてんの」

 

 視線が、痛めつけられている司弩蒼矢から別の方へと移される。

 痛めつけられていた蒼矢もまた、倒れ伏したまま声のした方へと目を向ける。

 建物の入り口らしき場所に立っていたその人物の姿は、いっそ場違いとも言えたかもしれない。

 そこに居たのは、どこにでもいそうな制服姿の女の子。

 怪物が二体存在するこの空間に、恐れ知らずにも踏み込んできた、学生。

 その介入に、面倒事が増えたと言わんばかりに魔人もその仲間も目を細めた。

 一方で裏切りの少女は、本当に驚いたように目を丸くしていた。

 

「……なんでまたこんな場面で一般枠が来ちまうかねェ。これはアレか? 目撃者は野放しで帰すなっていう流れ……」

「その()から離れなさいよ」

 

 その女の子は、魔人の言葉を遮る形で言葉を発していた。

 状況も経緯も解らないはずなのに、それでもある怪物を庇おうとする言葉を。

 思わず、魔人は呆気に取られたように笑い出した。

 

「……人? 人って言ったのか、この気持ち悪い化け物を。オイオイ良かったなァ、そんな姿でもまだ人だって認識してくれる奴が居てくれて!! 流石にこの反応はオレも予想してなかったわ!!」

「別におかしい事じゃないでしょ。つい少し前に()()()()()()にも出会ったし」

 

 一歩、また一歩踏み込んでいく。

 怪物の姿を認識出来ている時点で、魔人もその仲間もこの少女が『同類』である事は理解している。

 だが、仮にデジモンの『力』を使って戦えるのであれば、さっさと『肉体の変換』を実行しているはずだ。

 それ故に、彼等はすぐに気が付いた。

 この少女は、また自分の『力』を使()()()段階には至っていない、と。

 その事実は少女自身も理解しているはずだ。

 

「あんた達が何者かは知らない。その人が何でそんな目に遭わされてるのかも知らない」

「なら、どうして関わろうとする? 身の程ってのを理解してないタイプか」

 

 少女の言葉に、魔人の仲間が問いで返す。

 対する少女の答えは単純なものだった。

 

「身の程知らずだろうが何だろうが、ここで見捨てたら後悔しそうだったから」

「なら、今から後悔する事になるな」

「やってみろ」

 

 言葉と同時に、少女――縁芽好夢が駆け出し始める。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 そして、一方で。

 そんな少女の義理の兄である縁芽苦郎は、現在進行形で足取りを追っていた。

 当然、拉致された司弩蒼矢と拉致した連中の居所を、である。

 彼の姿は既に『ベルフェモン』と呼ばれる魔王型デジモンを原型とした姿へと変じており、彼はその六枚の翼でもって飛翔する事で移動を続けていた。

 無論、あまり高すぎる位置から探りを入れようとしても、手がかりも何も無いため見つかるわけが無い。

 が、鳴風羽鷺が視覚、牙絡雑賀が嗅覚を頼りにするように、縁芽苦郎の宿す『ベルフェモン』の力にも、捜索の際に頼りになる感覚が存在する。

 それは、視覚でも嗅覚でも触角でも味覚でも聴覚でもない――第六の感覚。

 第六感と呼ばれる、基本的には五感を超えて物事の本質を掴む心の働きである。

 それを最大源に発揮するためか、彼は飛びながらも瞳を閉じていた。

 

(……あっちか)

 

 悪魔型や魔王型に分類されるデジモンは、基本的に悪感情と関わりが深い。

 憤怒に憎悪、妬みに欲望――そういった悪意の吹き溜まりとも呼べる世界に住んでいるからだ。

 そして、そんな環境に適合する形で進化を果たしたデジモンは、悪感情を自らの力に変換する力を経ている。

 個体によっては自分自身の悪意だけでなく、他者の悪意までも。

 だからでこそ、悪魔型や魔王型のデジモンは他者の悪意に敏感で、それ自体が常識を凌駕した生体レーダーの役割を為す。

 

(……考えが正しければ、連中は『リヴァイアモン』の力を我が物にしようとしているはずだ。そして、連中の長と言える者は、それを可能とするだけの力と技術を有している。御せぬ力を手元に置いたところで、それは不発弾と大差無いであろうからな……)

 

 行動に出た組織こと『グリード』の構成員は、まず悪意でもって標的の『リヴァイアモン』の力を有する人間を追い詰めるはずだ。

 その方法にまでは想像が及ばないが、何にせよ結果として心が悪意ある方へ歪んでしまえば魔王の力が目覚める切っ掛けになる可能性が高い。

 

 今回の件で『グリード』が何のために『リヴァイアモン』の力を求めているのかは解らない。

 だが、悪意を伴った人間が持てば、いずれ大きな脅威となる可能性が高い。

 最悪、その『力』が暴走でもした場合、核弾頭以上の暴力が街を襲うハメになってしまう。

 それを阻止するためにも、あくまでも可能性の段階であろうと、不安要素は取り除くのが最優先の事項だ。

 即ち、現時点で『リヴァイアモン』を宿している可能性が高い人物――司弩蒼矢を殺す事。

 

「…………」

 

 人間が人間が意図して殺すのには、それを知らない者には想像も出来ないほどの覚悟が必要となる。

 殆どの人間は悪を貫こうとするだけで心が疲れ、擦り切れ、やがて動きを止める。

 もしかしたら何の罪も無いかもしれない誰かを殺すなど、罪悪感から出来ずともおかしくはないし、それを恥じる必要も無い。

 人を殺すという行為は、どう言葉を飾ろうとも悪行でしかない。

 だが、その行動が誰かを『守る』という善の結果に繋がると解ってしまえば、悪行だと理解した上でも出来てしまう。

 善は悪よりも強い。

 善に流れる事が簡単だとも言い換えることが出来る。

 

 だから、縁芽苦郎はあくまでも非情に徹する事を決めていた。

 殺す対象が、本当は恐るべき力を宿していなかったとしても、何の罪も犯していなかったとしても、最悪の可能性を叩き潰し、大切なものを『守る』ことが出来るのであれば。

 どんな罪であろうと被って進む。

 そんな意思も持てないのであれば、そもそもこんな生き方はとっくに止めている。

 

(……間違い無く、雑賀の奴は我を恨むだろう。この一件が切っ掛けで、仲間になる事を拒否するようになる可能性もあるが……仕方あるまい)

 

 思考――というより、覚悟の再確認が終わる。

 瞳を開き、第六感から五感に頼るべき感覚を切り替える。

 翼による飛翔を一度止め、視界に入っていた雑居ビルの一つに着地する。

 そこから真正面に視線を向けると、そこにはどこか廃れた雰囲気のビルが一件存在していた。

 

(……技術成長の弊害だな。一定以上の大きさを有した建物は、取り壊し自体が大きな危険と予算を伴う。故に放置され、必要とされなくなった建物は『隠れ家』として使われる。定番とさえ言っても良い、か)

 

 既に、目的の場所は目前にある。

 後は、ビルを倒壊させるなり直接殴り込みに向かうなりするだけ――のはずだった。

 

「…………」

 

 縁芽苦郎は、思わず目を細めていた。

 獣の耳が、その聴覚が、背後から自らを追う何者かの接近を感知する。

 第六感による生体レーダーでは感知出来なかった、悪意が比較的薄い電脳力者(デューマン)の存在を。

 そして振り返ると、そこで視界に入ったものを見て、溜め息を吐いていた。

 

「…ブライモンの電脳力者(デューマン)から伝言は聞かなかったのか?」

「聞いたさ。その上でここに来た」

 

 そこに居たのは、白と青の二種類の色を宿した狼男(ワーウルフ)

 獣型デジモン『ガルルモン』の力を宿す電脳力者(デューマン)……牙絡雑賀だった。

 

(……病室でこの姿を見せた際、その『ニオイ』でも記憶されていたか)

「何をしに来た」

「お前を止めに来た」

「止められると思うのか?」

「出来る出来ないの問題じゃねぇんだよ」

 

 それだけで十分だった。

 縁芽苦郎は牙絡雑賀の選択を理解した。

 どこか狂気の色を秘めた赤い瞳を細め、そして宣言する。

 

「ならば仕方が無い。今一度、お前には眠ってもらうとしよう」

 

 そうして、縁芽苦郎と牙絡雑賀の戦いが始まった。

 あるいは、互いに譲れない理由がある以上、争う事は必然であったのか。

 






 ◆ ◆ ◆ ◆




《後書き》

……というわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

毎度更新が遅れててアレなのですが、今回ばかりは遅れて正解だったかもしれません。何せ、もっと面白く出来ると確信出来る展開を思いつけたわけなので。

さて、今回の話でも話全体の動きとしてはそこまで動いて無いかもしれませんが、着実にクライマックスに向かって進んでいます。というか、雑賀サイドに至っては言ってしまうとこの章におけるラスボス戦に突入でございます。第一章では成長期or成熟期VS成熟期っていう普通すぎる展開が目立っていて、第二章でもここまでの流れがある種普通すぎたと自分自身思うところがあったので、思いっきり全力投球する事にしました。ついつい流れで魔王にケンカを売ってしまった雑賀くんの運命やいかに!!

そして一方で蒼矢くんですが、こちらの相手は完全体。描写から宿しているデジモンの正体に気付く人は多いと踏んでいるわけですが、さて実際気付いてくれたかどうか。

当然のことではあるのですが、世代だけでなく地形適正の面でも完全不利な『シードラモン』の力じゃ太刀打ち出来ないわけです。水中戦メインの奴が地上でも強いはずが無いですからね!!

そしてフルボッコ状態な蒼矢くんを(形で言えば)助けに来た縁芽好夢。上記の雑賀サイドもそうですが、こっちもこっちでモロに無謀な対面になっちゃってますね。死にそう(ぇ)。

さて、ここから一気に戦闘描写のお時間です。読者さんの予想を何処までブチ抜けるのか、自分自身挑戦の意味合いもあるので頑張ります。

さて、それでは今回の話はここまで。

次回、牙絡雑賀VS縁芽苦郎 あーんど、縁芽好夢VS『グリード』構成員!! お楽しみに!!

PS ハッカーズメモリーにサングルゥモン参戦おめでとう。マジでおめでとう。


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七月十四日――『その道は間違っているのだろうか』

 明けましておめでとうございます!!(激遅)
 ええ、はい。まさか自分でも次の話の更新までここまで時間を掛けてしまうとは思ってなかったですよ。怠けとかそういうレベルで済まされるのかというか、話自体は数ヶ月前の時点で一段落分は既に書き上げられていたはずなのに、気付けばこの有様ですよはい。
 もう少しで自分の誕生日になるのですが、この章で最も書き上げたい話にはもうあと一話だけ『間』を挟む必要がありそうでつらい。
 っつーか今回の話は割りと真面目に分割するべきだったのかも……?

 ガチで長い話になりますが、それでは前書きはここまでにしてどうぞご拝読を。


 正直に言って。

 縁芽好夢は、状況というものを詳しく把握出来てはいなかった。

 元々、現在の少女の目的は以前見かけたイカ人間や侍の鳥人が持っている『異能』の力に自分自身も覚醒する事であり、そのために危険だと察してながらも普段は通わない道や場所を歩き続けて、その中で『異能』の持ち主との対面を望んでいた。

 この場にやって来た理由も、何か絶叫染みた『声』が聞こえて、どうしても気になったからその方向を基準に走っていたら、偶然見つけた廃ビルの内部から似たようなものに覚えのある違和感を感じたのが、切っ掛けだったからに過ぎない。

 そして今、好夢の目前にはお目当ての『異能』の持ち主が二人――いや、まだ『異能』を行使していないだけで、恐らくは『異能』の持ち主であろうと思われる人物が合計四人居る。

 目的だけで語るのなら、まさしく好ましい展開だと言えたかもしれない。

 しかし、右腕が丸ごと蛇と化している鱗肌の半魚人の惨状を見た時、喜び以上に不快感の方があった。

 明らかにもう一人の『異能』を行使している何者か――鉄仮面に鎖に青く燃えている体が特徴な怪人――の手によって痛め付けられ、弱らせられている。

 そして、そんな惨状を傍観していながら、それを止めさせようともせず完全に他人事の視線を向けている男と、感情と言えるものがひたすらに枯渇しているような表情の女の姿を視界に捉えた時、もう好夢には我慢が出来なかった。

 不意討ちのメリットさえ無視してその場に躍り出たのも、結局のところ感情に従った結果に過ぎない。

 

(……苦郎にぃが見れば、感情的になってチャンスを逃すなんて馬鹿らしいとか言うだろうけど)

 

 自分が馬鹿な事をしているという事については、好夢自身自覚している事だ。

 行動の後になって、後悔の念が決して無いと言えば嘘にもなる。

 

「あんた達が何者かは知らない。その人が何でそんな目に遭わされてるのかも知らない」

「なら、どうして関わろうとする? 身の程ってのを理解してないタイプか」

 

 だけど、行動に対する答えはあった。

 だから、思ったことを口にすることに躊躇は無かった。

 

「身の程知らずだろうが何だろうが、ここで見捨てたら後悔しそうだったから」

「なら、今から後悔する事になるな」

「やってみろ」

 

 とはいえ。

 いくら度胸があろうと、現実的に考えて人間一人の力でこの状況を打破するのは難しい。

 鈍器や拳銃といった武器らしきものを持っていない事についても、人数の差と例の人外の力を考慮すると大して安心出来る要素でもない。

 当然ただ真正面から挑むだけではまず勝てない。

 いやそもそも、勝ち目なんて元から存在しないのだろう。

 ()()()()()()()()()

 

(……助けるんだ)

 

 その時、縁芽好夢の胸の内には一つの決心があった。

 状況は圧倒的に不利。助けなどが来る可能性には期待出来ない。

 そもそも何も解っていない。自分の行動が間違っている可能性すらある。

 

(あの半魚人が善い人なのかはわからない。だけど、それでも助けてみせる……絶対に……!!)

 

 だけど、それでも彼女は決めた。

 人間としての顔も名前も知らない――そんな相手だとしても、助けてみせると。

 決意が、少女に宿っていた『力』を目覚めさせる。

 その脳裏に、()()()()()()()()()()()()()の姿を焼き付ける形で、少女の体が駆け出す動作のまま光と共に変化していく。

 

 ――纏う制服の色が黄の色へと変じ、胸元の布地には『武闘』の二文字が刻まれる。

 ――耳の先端と口元には薄く白の、それ以外の全身各部には紫色の獣毛が生じ、額からは三本の短く尖った角が生える。

 ――極め付けに両耳が頭髪を巻き込みながら伸び、まるで鉢巻の帯のように靡く兎の耳へと変じた。

 

 黄色い制服を着た、紫色の兎の獣人。

 それが、縁芽好夢の変化した姿だった。

 そして変化が終わったと同時、駆け出す速度は一気に増す。

 

「おおおおおおおおおおおおおっ!!」

「!! チッ!!」

 

 これには暴漢の一人も思わず驚きの表情を浮かべ舌打ちし、咄嗟に眉間へ力を込めたかと思えば、その身を暗い黒色の光と共に異形へと変化させようとした。

 だがその直前、好夢は躊躇もせずに右の拳を男の顔面目掛けて突き出す。

 鈍い音が炸裂し、男の体が弧を描いて仰向けに転がる。

 その際に頭を強く打ってしまったのか、あるいは拳が脳を強く揺さ振ったからか、男はそのまま起き上がる様子も無いまま沈黙した。

 そこまでやってから、好夢は自分の体に起きた変化を実感する。

 紛れもない化け物の力を、突発的な出来事とはいえ発現出来た事を自覚する。

 

「……チッ、馬鹿が油断しやがって」

 

 呆気なく気絶させられてしまった男に対し、炎の魔人は容赦の無い悪態を吐く。

 彼等の間に仲間意識と呼べるものがあるのかは知らないが、どうやら助けようと動くつもりは無いらしい。

 事実上の戦闘不能となった男から視線を外し、好夢は炎の魔人へその視線を移す。

 が、炎の魔人はその視線を意に介さず、その視線をこの場に存在するもう一人の女の子へと向けた。

 まるで突き刺すかのように、言葉を発する。

 

「お前、こいつを見張ってロ。そこの似非(エセ)バニーガールは俺が始末してやル」

「…………」

 

 少女は特に返事を返さなかったが、魔人の指示には従う事にしたらしい。

 魔人は蒼鱗の爬虫類染みた容姿の怪人を押さえ付けていた足を退かし、少しずつ好夢の方へと歩み寄る。

 少女はそれと入れ替わる形で、怪人の隣に棒立ちする。

 

(……こいつは、強い)

 

 好夢は、素直に目の前の魔人の危険度をそう判断した。

 自分自身、明確に『力』を手に入れたからだろうか――あるいは、俗に言う防衛本能からか。

 自らに宿る『力』がどのような物なのかはまだ解らないが、少なくとも炎の魔人に対して優位に立ち回れるような部類の『力』ではない事は何となく理解出来ていた。

 

(……でも、やるしかない)

 

 自分に宿っている『力』がどのような方向で自分を強くしているのか、正確には解らない。

 だが、少なくとも脚力に腕力といった運動能力が飛躍的に上昇している、という事が解ったのは幸いだった。

 もしも自身に宿っている怪物が防犯オリエンテーションの時に遭遇したイカ人間や鳥人間のように『四肢以外にも動かせる部位がある』部類の怪物であれば、自分の体の動かし方すら理解出来ないまま嬲られてもおかしくはなかったが――人間と体の動かし方が大差無いのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 手札は揃っている。

 後は、それが何処まで通用するかどうか。

 好夢は、力で劣る事を察した上で、炎の魔人目掛けて真正面から突撃した。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 率直に言って。

 勝負にならないであろう事は、雑賀自身理解していた。

 そもそもの話として、牙絡雑賀が自身の脳に宿っている『力』として扱っている『ガルルモン』というデジモンは、進化の段階にして最上には程遠い成熟期に該当されるもの。

 対する縁芽苦郎の脳に宿っているのであろう『ベルフェモン』というデジモンは、デジモンの進化の到達点とも言える究極体――そして、その中で尚上位に該当される『七大魔王』と呼ばれる存在。

 魔王にとって、有象無象の獣などは『敵』という区分にさえ入らない。

 それほどまでに、成熟期と究極体の違いから生じる差は大きいのだ。

 獣が襲い掛かろうが尻尾を巻いて逃げようが、魔王はその生死を容易く選択出来る。

 そして、他ならぬ雑賀自身が明確に対峙する意志を示し、苦郎もまた出来る出来ないの問題を無視して雑賀のことを事態の解決を妨げる要因として認識した以上、排除しに掛かって来るのは解り切っていた事だ。

 だが、それにしたって苦郎の初動はあまりにもシンプルなものだった。

 

 ドン!! と。

 凄まじい足音と共に苦郎(ベルフェモン)は一瞬で雑賀(ガルルモン)との間合いを詰め、躊躇無く雑賀(ガルルモン)の胸の中央に右手の爪を突き立てて来たのだ。

 初手から、小手調べも様子見も何も無い一撃必殺の勢いだった。

 警戒していたはずなのに、動きに対応しようと身構えていたはずなのに――そんな考え自体を力技で踏み砕くかのような。

 刺された――そう遅れて認識した時には、雑賀の体を猛烈な倦怠感と痺れが蝕み始めていた。

 

「があ……っ!?」

(……これ、は……あの、病院で目を、覚まし、た時と同じ痺れ、か……っ!?)

 

 爪で刺されたのであれば、体を駆け巡るのは鋭い痛みであるのが当然なはずなのに、違和感しか感じられないその感覚に『毒』という単語が脳裏に過ぎる。

 すぐさま苦郎(ベルフェモン)の腹を蹴って距離を取ろうとする雑賀(ガルルモン)だったが、それより先に苦郎(ベルフェモン)雑賀(ガルルモン)の上げようとした足を自らの足でもって踏み潰す。

 釘を打ち付けるような一撃が、雑賀(ガルルモン)の足を強引に縫い止める。

 毒素に麻酔のような効果でも含まれていたのか、僅かながら痛みは緩和されていたが、むしろそれが自分の受けたダメージに対する理解を妨げてしまっていた。

 そして、人間とは危機的な状況において情報が不足していると、思わず情報を求めてしまう生き物である。

 よって、雑賀(ガルルモン)が思わず自分の足の方へ視線を移そうとしたのは、ある種自然な行いと言えたかもしれない。

 だが、それは至近距離の相手に対し、致命的な死角と隙を生む行為。

 雑賀(ガルルモン)が自身の足元――即ち真下に視線を落とした瞬間、死角となる真上から苦郎(ベルフェモン)が頭突きを振り下ろす。

 ガゴッッッ!! と。

 頭蓋を通して伝わる衝撃と激突音に、雑賀(ガルルモン)の意識が一気に途切れそうになる。

 

「……っ……ぁ……」

 

 足から力が抜け、立っている事すら難しくなり、崩れ落ちる。

 苦悶の声を漏らす雑賀(ガルルモン)に対し、苦郎(ベルフェモン)は威圧的な声で語りかけた。

 

「お前は(おれ)を止めると言ったな。(おれ)が、司弩蒼矢を……『リヴァイアモン』の力を宿している可能性を内包した電脳力者(デューマン)を殺そうとしている事を知った上で」

「……ったり前だ……そんな仮説のために、とりあえずの感覚で……人が殺されるのを見過ごせるか……っ!!」

「可否の問題は別として、それがどのような意味を持つのか考えた事はあるのか」

 

 声色は冷たく、言葉に含まれた感情は重い。

 住んでいる場所が違うというのは、正しくこのような人物を指す言葉なのだろうか。

 胃袋の底に掛かる重圧に耐えながらも、雑賀(ガルルモン)苦郎(ベルフェモン)に怒りを剥き出しにして吠える。

 

「……考えても、納得なんて出来るわけが無いだろ……!! アイツ自身に罪なんて無い()()だ。アイツの家族だって帰りを待っている()()なんだ!! それなのに、魔王(リヴァイアモン)を宿しているなんて話もあくまで『かもしれない』の話でしか無いのに、何で殺されなくちゃいけないんだ!!」

「ああ、この行動は決して『正しい』行動では無いのだろう。どんなに理由を掲げようが、やる事はただの人殺し。人としては明確に正道を外れる行為だ」

 

 意外にも、苦郎(ベルフェモン)は自身の行動の非を認めた。

 自身の行動は最も確実に危険な可能性を取り除けるが、一方で人間としては間違った解決手段であると。

 だが、それを肯定した上で苦郎(ベルフェモン)は言葉を紡いでくる。

 

「だが、それでも(おれ)は殺す。司弩蒼矢を、その脳に宿る魔王を」

「なんで……」

「解らんとは言わせぬぞ。お前は既にフレースヴェルグと対面し、究極体クラスのデジモンの力を扱う電脳力者(デューマン)を目撃している。電脳力者(デューマン)の戦闘能力が、宿している種族の能力を強く反映させたものになる事ぐらいは理解しているだろう」

「…………」

「リヴァイアモンは『七大魔王』という枠組みの中で最も解りやすい危険を秘めた存在だ。始末する以外に『確実に』危険な可能性を排除出来る方法は無い。まして、今回の案件に()()のような悪意を持つ者が絡んでいるのであれば尚更だ」

 

 言葉の一つ一つが、病室で会話をした時以上に雑賀(ガルルモン)の心に動揺を与えていた。

 日常の中に居たはずの怠け癖が目立つ知り合いの姿が、口を開く度に崩れていくのがわかる。

 あるいは、これが本来の顔なのか。

 友達が事件に巻き込まれ、結果としてデジモンの力を手に入れるまで――ずっと偽りの顔で回りの人間と接してきたのか。

 知り合いならまだしも、自身の家族にすらも。

 

「……どれだけ非情に見えようとも、そうする事で問題を解決に導けるのであれば。確実に、絶対に、安定して、安全というものを確保出来るのであれば。()()()()()の判断で殺しておくべきだ。友人でも無ければ知り合いでも無い赤の他人のために危険を許容出来るほど(おれ)は博愛主義では無い。まして、その危険の矛先が(おれ)以外にも向けられる可能性があるのであれば尚更だろうが」

 

 その言葉を受けて。

 雑賀(ガルルモン)は、苦郎(ベルフェモン)の真意を少しだけ理解した。

 結局のところ、苦郎(ベルフェモン)はただ失いたく無いだけなのだ。

 つい一日前まで、非日常とは縁の無い普通の人間として当たり前の日々を過ごして来た雑賀(ガルルモン)には曖昧な形でしか想像すら出来ないが、少なくともこの魔王(おとこ)にはこうして表と裏の世界を行き来しながら、雑賀(ガルルモン)の知らない所で今日まで戦ってきたのだろう。

 自分にとって大切なものを、当たり前でなくては困るものを、守り抜くために。

 ……病院の中でも、苦郎(ベルフェモン)雑賀(ガルルモン)に対してこう言っていたではないか。

 縁芽好夢(いもうと)に、自分の裏側の顔である魔王としての情報を伝えないでくれ、と。

 

(……あぁ)

 

 その選択に対する憤りは覚えるが、それでも狼男は目の前の魔王を恨めない。

 単に家族を含めた親しい誰かの安全を理由にされているからでも、自分よりも物事に対する危険性を認識しているから……といった理由だけではない。

 苦郎(ベルフェモン)の語る危険性の問題は、雑賀(ガルルモン)からしても他人事で扱う事は出来ないものだ。

 仮に、万が一にでも、司弩蒼矢に宿る魔王の力が悪い方向に流された場合、その矛先が雑賀(ガルルモン)の家族に向けられる可能性だってゼロとは言い切れない。

 ゲームやアニメ等の架空(フィクション)の情報でしか『魔王』を知らない雑賀(ガルルモン)と比べると、自らの力として現実に『魔王』が秘める危険性を認識している苦郎(ベルフェモン)の方が理解は深いのだろう。

 何より、この行動をただの人殺しだと自ら認めている辺り、ただ納得が出来ないという理由だけで首を突っ込んだ雑賀(ガルルモン)に比べ、ずっと責任感があると言えるかもしれない。

 

「それでも助けるつもりか? 司弩蒼矢を。たかだか一日前に対面した程度の縁だろう。それも敵としてだ。危険を承知の上で助けに向かう理由になるとはとても思えぬ。ここまで聞いてまだ瞳に意思を宿し抵抗を続けるつもりなら、(おれ)が抱えているものを台無しにするだけの理由があるのだろうな?」

「……確かに……」

 

 まず、最初に雑賀(ガルルモン)は認めた。

 目の前の魔王の行動が、正道ではなくとも間違いと言えない事を。

 

 

「……確かに、理由としては弱く見えるんだろうさ。一度だけ会って、殺されかけて、少し言葉をぶつけ合った程度のヤツを助けようなんて。思わず小便ちびってしまいそうなぐらい恐ろしい『魔王』が宿っているかもしれなくて、助けたとしても何かの切っ掛けで暴走して、結果として色んな人間を殺してしまうかもしれないって可能性だって『無い』とは決め付けられない。助けず殺してしまった方が合理的で、とりあえずは安全ってやつを守れるかもしれない。でも、だけど!!」

 

 認めた上で。

 毒に体と意識の両方を蝕まれながら、雑賀(ガルルモン)は自らの『理由』を真正面から言い放つ。

 

「もし本当に魔王を宿しているのだとしても、殺して安直に終わらせるより、友達になって輪の中に入れてしまった方が絶対に面白くなる!! とりあえずの感覚で輪から弾き飛ばしてしまうよりは毎日が楽しくなるに決まってる!! 合理的でなくても、危険な選択かもしれなくても、その方がみんな嫌な気分にはならないに決まってる!! それが俺の『理由』だ!!」

 

 その言葉に、魔王は思わずといった様子で目を丸くしていた。

 そして直後に、困惑の色を滲ませてこう言った。

 

「……『それ』で止めろと言うのは、流石に良心というものを信じすぎていないか?」

「信じてるから、言ったんだ」

「言葉の意味を理解しているのか。お前が言っている事は、あまりにも楽観視が過ぎる。友達になる? なれると思っているのか? 確かに宿主である人間の方にはそれだけの良心が存在するかもしれん。だが、宿っているデジモンは違うだろう。大罪となるほどの嫉妬を宿し、明確な悪意を持つ魔王だ。電脳力者(デューマン)の心は宿すデジモンの影響を強く受ける。今でこそ良心で御する事が出来ているとしても、いつか本当に()()()()()かもしれぬのだぞ」

「だったら」

 

 実際、雑賀自身も自分の心がデジモンの影響を受けているのか、そうでないのかなど判ってはいない。

 今でこそ『影響』が表に出ていないだけで、宿っているデジモンが本当は『悪い』デジモンであるという可能性だって否定は出来ない。

 だけど、

 

「お前は、どうなんだ。口調こそ確かに魔王っぽいし、態度だって目的の遂行を何より優先する機械みたいなものに見えるけど、本当に目的を遂行する事を優先するのならこうして俺と会話なんてする必要は無いはずだ……!!」

「…………」

「……本当はお前だって、殺したくなんてないんじゃないのか。接点なんて無くても、人殺しって行為には俺なんかには想像も出来ないぐらいに辛いものが絡んで来るはずだ。それを心から愉しむ悪党でもない限り、気乗りなんてするわけがない」

「……黙れ」

「だから、本当なら脅威になんて成り得ないと理解していながらも()()()した。魔王の危険性を理解しながら俺に矛先を向けているのは、つまりそういうこ」

「黙れと言っている」

 

 気付けば、苦郎(ベルフェモン)はその左手で雑賀(ガルルモン)の首を鷲掴みにし、躊躇を感じさせない手早さで宙に吊り上げていた。

 呼吸が滞り、更には時間の経過も重なり毒の効果が更に意識を蝕んでくる。

 両手を拳の形に変えようとしても、その感覚だって曖昧なものになりつつある。

 

「たかが気紛れの行動一つでつけ上がるな。(おれ)が殺す事を拒んでいるだと? そうしなければ身内の安全が損なわれると理解していながら? どこまでお目出度いやつなのだお前は」

 

 その手に加えられる力が一定のラインを超せば、首の骨は一息に圧し折られるだろう。

 だが、そんな確実に命を奪われかねない状況でありながら、雑賀(ガルルモン)は真っ直ぐに魔王の目を見据えて言い返す。

 

「……あいつもそんな感じだったよ。随分重たい事情を抱えていたけど、それを理由に人殺しを許容する事は出来ていなかった。そっくりなんだよ。今のお前は……あの馬鹿野郎と大して変わらない……!! 強がってんじゃねぇよ。正直に言いやがれ。お前は本当はどうしたいんだ!!」

「…………」

 

 その言葉には、苦郎(ベルフェモン)を沈黙させるだけの力があったらしい。

 例えその表情が氷のように固められていて、発する声に一切の震えが混じっていなくとも、その沈黙には大きな意味がある。

 事実として、雑賀(ガルルモン)の言葉を黙らせようと思えば、その首を掴む左手に力を更に加えて骨肉を潰してしまえば済むはずなのだ。

 そうすれば、邪魔者はいなくなり目的を確実に達成し、身内の安全を獲得する事がとりあえずは出来る。

 なのに、やらない。

 出来ないのではなく、やらない。

 あるいは、それが『怠惰』の大罪を司る魔王の性格による影響なのか。

 束の間の沈黙は、溜め息と共に破られた。

 

「……予想を遥かに越える馬鹿野郎だなお前」

 

 苦郎(ベルフェモン)は呆れた様子で雑賀(ガルルモン)の首から手を離していた。

 突然のことだった上に毒の影響で四肢がマトモに機能しなくなっていたため、吊り上げられた状態から着地した雑賀(ガルルモン)は仰向けに転倒してしまう。

 起き上がろうとしてみるが失敗し、意識を保つだけでも精一杯の状態だった。

 気にも留めずに苦郎(ベルフェモン)は言葉を紡ぐ。

 

「……確かにお前の言う通りだ。随分と無駄な時間を過ごしてしまったな」

「苦……郎……ッ!!」

 

 結局、言葉を尽くしてみても心は揺らがなかったのか。

 そう思い表情を険しくさせる雑賀(ガルルモン)だったが、直後に苦郎(ベルフェモン)はこう言った。

 

「確かに、会話などするべきではなかった……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言葉の意味を、雑賀(ガルルモン)はすぐには理解出来なかった。

 ドドドドドドドドドドドッ!! と、至近距離で多数の()()が響くまでは。

 音の発生源かと思わしき『何か』を、苦郎(ベルフェモン)が咄嗟に何らかの手段を用いて迎撃した――そう認識する事で、ようやく異常を認識出来た。

 

「なっ……」

 

 眠気を飛ばされ、首だけを何とか持ち上げて状況を確認する雑賀(ガルルモン)

 気付けば、苦郎(ベルフェモン)は倒れた雑賀(ガルルモン)など見てはいなかった。

 視線を追ってみると、遠方に何か異質な輪郭(シルエット)が見えてはいた。

 だが、その一方でニオイは感じ取れない。

 辛うじて姿を視認出来る程度の距離にいるにも関わらず、この瞬間になるまでその存在に()()()()()()出来なかった……っ!?

 この状況で『攻撃』してくる以上、司弩蒼矢に宿る(と思われている)魔王の力を狙った企みに加担している何者か――と考えるのが自然だといえる。

 明確な危機感を抱く雑賀(ガルルモン)だが、焦る心に反して動く事は出来ない。

 

「……な、何だよ今の……」

「見ての通り()()()()だが?」

 

 苦郎(ベルフェモン)の口からあっさりと告げられた単語に、雑賀(ガルルモン)は背筋を凍らせた。

 ミサイル――現代においてはとても聞き慣れた、狙いを定めた『目標』に向かって自らの推進装置によって飛翔していく()()()()の事だ。

 そう、兵器。

 少なくとも国家の許諾抜きでは放たれる事の無い、武器というカテゴリからも逸脱した、主に人を殺すために造られた代物。

 

(……()()()()()じゃない……)

 

 普通の人間には認識されなくなる電脳力者(デューマン)としての力を行使している二人に向けて放って来た以上、相手は同じ電脳力者(デューマン)という事になる。

 そして、その電脳力者(デューマン)誘導兵器(ミサイル)を自らの武器として『使える』デジモンの力を宿しているのだろう。

 現実の誘導兵器(ミサイル)を持ち出して来ている可能性もあったが、現実の誘導兵器(ミサイル)であれば爆発の規模がこの程度で済むはずが無いし、そうそう簡単に携行出来るとも思えない。

 遠方から確認出来る輪郭(シルエット)の特徴から見るに、その電脳力者(デューマン)が自身の肉体の変化の基準(ベース)としているデジモンは、

 

「あの体……『メガドラモン』をベースにしてやがるのか……!?」

「……まったく面倒な」

 

 本当に面倒臭そうな声を漏らす苦郎(ベルフェモン)だが、その瞳は明確に細まり、隠しようの無い敵意と警戒心を宿していた。

 メガドラモン――進化の段階としては成熟期(ガルルモン)以上で究極体(ベルフェモン)以下の『完全体』に該当される種族で、竜と機械を掛け合わせたサイボーグ型のデジモン。

 背に存在する翼による飛翔も可能で、主な攻撃手段は、機械の両腕の中心に空いた発射口から放たれる()()()()()()()()

 飛翔能力を持たず攻撃の射程も決して長くはなく誘導兵器(ミサイル)の威力に耐えられるほど体が頑丈ではない雑賀(ガルルモン)からすれば、勝てないと断言出来るほどの脅威を意味する名前だった。

 

「大方『見張り』か『足止め』の役を担っているのだろう。司弩蒼矢を捕らえた後、こうして目的の達成を邪魔しようとする者を処理するための」

 

 事実を改めて説明され危機感を覚える一方で、雑賀は疑問を覚えた。

 苦郎は視線の先のメガドラモンの電脳力者(デューマン)の役割を見張りか足止めと判断していたが、見張りはともかく足止めという役割は相手の進行を止めさせるための役割で、倒せない相手との交戦を前提とした後手の役だ。

 倒さずに平和的に解決――などと考える連中ならば、そもそも拉致の計画など企てない。

 仮に、本当にその推理が正しかった場合、苦郎が危険視している組織は完全体クラスのデジモンの力を用いても進行を阻止出来ないかもしれない相手を想定して今回の件を企てたはずだ。

 

「……おい待て。足止め、だと……?」

「ああ」

 

 そして、つい先日まで現実の日常しか知らなかった狼男より遥かに非現実の日常を知る魔王は、嫌な予感を的中させるようにこう付け加えた。

 

 

「格上の相手を想定しているのならば、たった一人で済むとは思えない」

 

 

 ふと周囲を見渡してみれば、視線を向けているのはメガドラモンの電脳力者(デューマン)だけではなかった。

 右手に三つ又の赤い槍を携え、高貴な黒い礼装に身を包んだ赤い顔の悪魔。

 そして、その背から鴉にも似た黒い羽を生やし、露出度が高く水着のように薄い黒の衣装を纏う女が、それぞれ別の角度から敵意ある視線を向けている。

 攻撃をして来ないのは、苦郎(ベルフェモン)の動きに対して警戒しているからか。

 だが、苦郎(ベルフェモン)雑賀(ガルルモン)のどちらかが動き始めれば、確実に攻撃を仕掛けてくるだろう。

 

「…………」

 

 麻酔で体の自由が利かず、そもそも能力の優劣の時点で勝ち目など無いに等しい雑賀(ガルルモン)とは違い、同じく飛翔能力を持ち能力値(スペック)の点から見ても劣る所の無い魔王(ベルフェモン)を宿す苦郎からすれば脅威とは成り得ない。

 それでも、苦郎(ベルフェモン)はすぐには動こうとしなかった――いや、厳密には動けなかった。

 自分一人にのみ戦力を向けられる状況であれば、苦郎(ベルフェモン)はその全てを無視して進行しただろう。

 だが、そう出来ない理由は……。

 

(……く……そ……)

 

 思わず歯噛みする雑賀(ガルルモン)

 ここに来て、事の重大性を認識しながら、苦郎(ベルフェモン)が動けない理由は一つしか思い当たるものが無い。

 敵対する三人の電脳力者(デューマン)に囲まれている構図の中に、雑賀(ガルルモン)も加わっているからだ。

 

(……俺、ただの足枷にしかなってねぇ……っ)

 

 この状況で敵対者を無視して進行した場合、彼自身が動けなくさせた相手を見捨てるという構図になる。

 守りたい人間の優先順位で言えば雑賀は間違い無く家族より下に該当されるはずだが、それでも苦郎はこの場で見捨てるという選択を躊躇っている。

 そこに、どのような心境の動きがあったのか。

 ただ後味の悪い選択をしたくないだけなのか、あるいはもっと別の理由からか――何にしても、自分が足を引っ張ってしまっているという状況である事は、嫌でも理解出来てしまった。

 その無力が悔しいのに、体の自由は利かない。

 食い縛っていた歯からも感覚が途切れ、辛うじて繋ぎ止めていた思考の糸が限界を迎えて、

 

(――――)

 

 そうして、雑賀(ガルルモン)の意識は深い闇の中に沈んでいった。

 脳に宿るデジモンの力なんて、青年の抱く願いなんて。

 何の役にも、立たなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 相性が悪すぎる――それが体の各部が当然のように燃焼している炎の魔人と、ウサギのように長い耳を生やした少女の戦いを倒れたまま眺めている司弩蒼矢の感想だった。

 炎の魔人が豪腕を横薙ぎに振るうと、巻きついていた鎖が連動して鈍器と化しながらウサギ耳の少女を襲う。

 ウサギ耳の少女は姿勢を低くしてそれを避けると、攻撃によって生じた隙を突くように懐に飛び込み拳を放つ。

 だが、腹部目掛けて放たれたその一撃が炎の魔人には大したダメージにはなっていないらしく、返す刀の裏拳が少女の側頭部に向かって振るわれる。

 咄嗟に打撃に使っていなかった左腕で防御する事は出来ていたが、明らかにその表情は苦痛の色を表していた。

 そして、即座に炎の魔人は腕に巻き付いている鎖を先の流れと同じように鈍器として振るい、少女はそれを避ける。

 

 距離を取って様子を見ていると鎖を用いた攻撃が振るわれる。

 近付いて打撃を加えたとしてもダメージは通らず、返す刀で与えた以上のダメージを確実に負う。

 いや、仮に返す刀が無かったとしても、その拳で殴り付けた際に浮かべた苦痛の表情を見るに、単純に『触れる』だけでも火傷という形で部分的なダメージは蓄積されていく。

 攻撃しても防御しても回避しても、少女の力が削られる状況なのだ。

 仮に、この状況での打開策があるとすれば……。

 

(……『触れず』に攻撃出来て、尚且つその体温を少しでも減らす事が出来る攻撃……)

 

 内心で言いながら、既に蒼矢の中で答えは見つかっていた。

 怪物として変化した自身の右腕――そこから放つ事が出来る水や冷気を用いた飛び道具。

 それを命中させる事が出来れば、あるいは魔人の体温を低下させた上でダメージを与える事が出来るかもしれない。

 だが、現在蒼矢の近くには見張りとして磯月波音が立っている。

 

「……くっ……」

 

 現在の状況やここまでの経緯から考えても、磯月波音が炎の魔人の仲間である事は間違いないのだろう。

 その時点で、彼女もまた蒼矢と同じく怪物の力を使う事が出来るのだと考えられる。

 ここで抵抗すれば、ほぼ確実に彼女とも戦う事になる。

 

(……どう、すれば……)

 

 分かっては、いるのだ。

 自分がこのような目に遭っている原因が、誰にあるかなんて。

 だけど、どうしてもその選択は選べない。

 向けられた言葉も、そこに込められた情も偽りで、全ては茶番に過ぎなかったとしても。

 実際に、少なくとも失意に暮れていたあの時に、ほんの少しとはいえ心に癒しを与えてくれた少女を、怪物の力で傷付けるなんて行為は許容出来ない。

 自分勝手だというのは百も承知だ。

 既に誰かを自分の都合で傷つけておきながら、今更そんな偽善が通るとも思わない。

 

 だがその一方で、眼前で戦っている少女は自分を助けるために戦ってくれている。

 自分勝手な偽善を通してその思いを無碍にしてしまうのか、あるいは善意を理由に癒しを与えてくれた少女を傷つけてしまうのか。

 どちらを選んだとしても、明確に傷跡を残す選択肢。

 

「……どうして」

 

 どちらも選べない、と言わんばかりに蒼矢は言葉を放つ。

 目の前で誰かが痛めつけられているのにも関わらず、その表情を一向に変えない薄情な少女に向けて。

 

「どうして、無関係の少女が傷つけられているのを見てそんな顔を出来るんだ。どうして、この状況に対して何も言おうとしないんだ。何とか言ってくれよ……」

「……話すことなんて、なにもありませんよ」

「……オレの事はもうどうなってもいい……オレが屈服する事で『解決』出来る問題だったら、そうする事で家族やあの少女の『安全』を確保出来るのなら……ここで、諦めるから……」

「……そういう事は、わたしじゃなくてあの人に言ってください」

「君には説得出来ないのか。君は、アイツの仲間じゃないのか?」

「…………」

 

 やはりと言うべきか、話は通じない。

 それどころか、会話という行為そのものをする気が無いと言わんばかりの態度だった。

 

 

「……頼むよ。君を傷つけたくないんだ……」

 

 

 遂には思わず俯いて弱音を漏らす蒼矢だったが、波音は返事を返さなかった。

 もう、諦めるしかないのか。

 諦めて、自分の都合で誰かを傷付ける選択をするしか無いのか。

 そう思い、歯を食い縛って顔を上げた時だった。

 

「…………?」

 

 見逃せない変化が生じていた。

 何に? 無表情を貫いている少女の表情に、だ。

 

(……なんだ、この感じ……)

 

 その変化に気付くまで、少女の表情に目立った表情は浮かんでいないように見えていた。

 苛立っているようにも悲しんでいるようにも喜んでいるようにも見えない、印象で言えば冷たいという例えが正しいと言ってしまえるほどに。

 だが、今の少女の表情は()()()()()()()()()明らかに違和感を覚えるものに変化していた。

 自分で自分の顔の筋肉をどう動かせばいいのか分からなくなっているように。

 感情を消そうとする事に、勝手に失敗しているように。

 

「……ぁ、ふ……笑わせないでください。わたしはあなたを騙していたのに。傷つけたくないなんておかしい話ですよ。嘘を吐くにしても少しはマシな……」

「嘘じゃない」

「……な……」

 

 殆ど反射的に言葉が出た。

 疑問の声が返ってきた。

 その声は震えていた。

 

「嘘じゃないって言っているだろ!!」

「…………」

「確かにオレは君に酷い事をされた。でも、その一方でオレは君に少しだけ救われていた。許す許さないの問題じゃないんだ。例え全てが嘘だったとしても、()()()救ってくれた君を傷付ける事なんて出来ない!!」

 

 いっそ怒号のような声が蒼矢の口から放たれる。

 少女は肩を震わせながらも無の表情を作ったが、今となっては無理をしているようにしか見えなかった。

 蒼矢の胸の中に、ズキリと痛みが走る。

 ここまでの反応まで含めて全てが演技だった――などとは考えない。

 明らかに、少女は何かを隠そうとしている。

 自分の心を押し殺してでも、必死になって守ろうとした何かがある。

 

(……いったい、何なんだ……)

「あァーあァー」

 

 疑問を抱いた直後の事だった。

 ウサギ耳の少女と戦闘中の炎の魔人が黄色い声を漏らした。

 次の言葉を紡ぐ間にも鎖が振るわれ、ウサギ耳の少女は回避のための動作を強要される。

 

「……結局は折れるのかヨ。もうちょっと頑張っテくれると思ってたンだがな」

「…………」

「まァ()()()()()()楽しめる方だったんダが、困るんだヨなァ。お前、()()()()()()()()()()()() この状況を作り出しテくれた時点で殆ど用済みではあルんだガ、ここまであっさりと折れちまったラ演出にならねェだろうがヨ?」

「……わたしは、別に、折れてなんか」

「ご苦労サン。モう黙ッててもイいぞ?」

 

 一方的過ぎる言葉だった。

 何かに、落胆したような声色だった。

 明確に、重要な意味を含む台詞だった。

 少女の表情が、決定的に歪む。

 炎の魔人は気にする様子も無く、蒼矢に向けて飄々とした態度で言葉を放つ。

 

「お前もお前で折れねェのナ。この状況なラ、お利口に仲間にナってくれると期待しテたんだガ」

「……彼女に何をした……」

「俺達の仲間になれば、欲しいモンは大抵手に入るんだゼ? なァーんでそンなに拒むのやら」

「彼女に何をしたと言っているんだ!!」

 

 その態度にも、その言葉の内容にも――怒りを覚えずにはいられなかった。

 ここまで来て、事情を少しも理解出来ないほど鈍い思考はしていない。

 彼女は、磯月波音は、利用されていたのだ。

 目の前の炎の魔人――あるいは、その属する『組織』の思惑に。

 

「何をシたって、勘違いさレちゃ困るナ。その女の行動はソの女が自分で決めタ事だぞ? この状況ダって、その女が選ばなければ回避出来た事だ」

「……病院にいたオレに対する言葉は、確かに拉致を成功させるための演技だったのかもしれない。実際はオレとは初対面で、これまで一度も会ったことなんて無かったのかもしれない。だけど、少なくとも今の行動は彼女自身が望んでやっている事だとは思えない!!」

「まァ、ドう考えヨうがお前の勝手なンだがな。正解が聞きたいンなら、その女に聞けばいいだろ」

 

 ただし、と炎の魔人は付け加えて。

 

「喋ろウが喋るまイが、どっチにしてモ俺達の『組織』に従ッた方が良い事に違イは無いけドな。お前にしてモ、そこの似非バニーガールにしても、素直に仲間になった方が自分のためになるぞ?」

「ふざけるな。誰がお前達の仲間になんか……」

「お前にソの気が無かろウと、何の問題も無いんダよ。その気ガ無いなら、ソの気にサせるだケだ」

 

 その声色には、余裕しか無かった。

 最初から、抵抗の意思など問題にもならないとでも言っているような。

 自分の心を文字通り鷲掴みにされているような不気味な感覚に、蒼矢は素直に恐怖を覚えていた。

 構わずに炎の魔人は言葉を紡ぐ。

 

「さァて、あンまり時間も掛けたクはねェし、さっサと決断しテもらおウか。()()()()()()()()()()()? 素直に『仲間』としテの勧誘を受け入れルか。大切ナ誰かを人質に据えラれて嫌々従うか……頭ン中を直接イジられて()()()()()()()()形で従うか」

 

 一つ目の選択肢は到底選ぼうと思えず。

 二つ目の選択肢は、元々蒼矢自身が危惧していた可能性で。

 三つ目の選択肢に至っては、方法もそれを許容出来る心理もまるで理解出来ない。 

 つい少し前の問答と同じ、悪意しか感じられない問い掛けだった。

 

「…………」

 

 仮に仲間になれば、最低でも家族の安全は保障されるのか。

 自分が怪物として『使われる』事を許容すれば、これ以上状況が悪化する事はないのか。

 自身に宿っている怪物の『力』を我が物にするため、周りの人間が望まない形で傷付けられるような事が。

 少しだけ、蒼矢は考えた。

 そして、素直な感情のままに答えた。

 

「いい加減にしろ」

「……へぇ……」

「最初からオレを本当に仲間として扱うつもりなら、彼女を巻き込む必要は無かったじゃないか。ただ誘いたかっただけなら、普通に病院に来て話をすれば良かったじゃないか。どんなに嘘に塗れた胡散臭い話だったとしても、家族を人質に取ったと脅し掛けて来たとしても……それで大人しく付いて来れたかもしれないのに。自分しか傷を負わずに済むのなら、それで良かったのに。どうして彼女までオレの『力』のために傷付けられないといけないんだ!! 人質に取る取らないの前に、最初から既に誰かを傷付ける事しか頭に無いじゃないか!! そんな事をする『組織』なんかのためにオレの『力』は使わせない!!」

「あくまデも従うツもりは無いンだな。コれでも親切心で教えテやッたつもりだったンだが、そコまで強情になるンなら仕方がねェ。お望み通り、傀儡にでも成り果てルがいいさ」

 

 炎の魔人が歩み寄ってくる。

 背を向けられたウサギ耳の少女は後頭部を狙おうとしたのか飛び掛かったが、それを予測した炎の魔人が振り向くと同時に放った裏拳で建物の壁際まで殴り跳ばされてしまう。

 蒼矢は右腕が変化した『蛇口』から炎の魔人に向けて高圧の水流を放ったが、水流は炎の魔人の体に触れると同時に殆どが蒸発し、ダメージを負わせる事などまるで出来ていなかった。

 それでも諦めるわけにはいかなかった。

 こんな悪党に自分の『力』を悪用されたら、きっと被害は自分が考えられる範囲を超えてしまう。

 家族が人質に取られて害を為される事も到底許せる事では無いが、最初から平気で誰かを傷付けようとする相手に真っ当な取引が成立するとは思えない。

 何としてでも、ここで阻止しなければならない。

 だが、今の蒼矢の力では鉄の仮面で顔を覆った炎の魔人の力には到底敵わない。

 高圧水流にしろ氷の矢にしろ、放つためには『溜め』が必要となる。

 既に炎の魔人は、それが許されない距離まで近づいて来ている。

 そもそも、放つ事が出来たとしてもそれだけで決定打に成り得るとは思えない。

 

(……駄目、なのか? 結局オレには……誰かを守ることなんて……)

 

 大層な決意があろうと、状況を打開出来るだけの力が無ければ何も為せない。

 地に這う事しか出来ない非力な怪物は、更に大きな力を持つ怪物に平伏させられるだけ。

 司弩蒼矢には、何も出来なかった。

 ウサギ耳の少女――縁芽好夢にも、何も出来なかった。

 ()()()

 

 

 

「……なンの真似だ」

 

 

 

 この場において初めて、明確に苛立った声を炎の魔人は漏らした。

 司弩蒼矢もまた、信じられないものでも見るように目を見開いていた。

 炎の魔人の進行を遮るように、磯月波音が両手を広げて立ち塞がっていた。

 まるで、司弩蒼矢を守ろうとしているように。

 

「……もう、やめてください」

 

 その声は震えていた。

 表情こそ見えないが、辛い気持ちになっている事ぐらいは容易に想像出来た。

 

「お願いだから、もうこれ以上あの子や蒼矢さんを傷付けないで……っ」

 

 炎の魔人は、少女の言葉になど気にも留めなかった。

 それ以前に、自分の進行を遮ろうと阻みに来た時点で笑みすら消しているようだった。

 

「なンの真似だッて聞いてンだヨ。自分の立場を忘れたノか? 逆らったラどうナるか解ってンのか?」

「…………」

「役立たズもここまで来ると笑えねェ。そもソも、今の状況を作り出すために協力してきたのは他ならぬお前自身だろうが。自分で裏切って傷付けた相手を、今度は守ろうって? ハッ、自作自演で都合良くハートを掴もうとは大したビッチだなオイ」

 

 駄目だ、と蒼矢は思った。

 少女の事は宿す力も含めて全く知らないが、それでも炎の魔人の進行を食い止める事など到底出来るとは思えない。

 懇願の言葉だって通用する相手では無いし、そもそもこの状況(タイミング)で『組織』に逆らう形で蒼矢の事を守ろうとしてしまったら……ッ!!

 

(……やめろ……)

 

 蒼矢には、まるで理解出来ない。

 こんな自分がどうして守られているのか、その理由の何もかもが。

 少女だって、きっと理解しているはずだ。

 守ろうとする行為が、自分自身の命を危険に晒す行為でしか無い事ぐらい。

 

「やめて、くれ……」

 

 全てを理解しているはずの少女の背中は、地に這う化け物に対して何も語らない。

 それを見過ごせば何が起きるのかを知っているのに、蒼矢には何も出来ない。

 そして、炎の魔人には少女の意思を尊重する理由など特に無かった。

 だから、

 

「やめ

 

 直後に、間近で鈍い音が炸裂した。

 炎の魔人がサッカーボールでも蹴るかのように放った鋭い蹴りが、少女の体を薙ぎ払った音だった。

 

(……あ)

 

 その瞬間から、司弩蒼矢の意識下で体感時間は狂っていたかもしれない。

 認識の速度から引き延ばされた時間の中で、何か水っぽい音が耳に残った。

 人外の蹴りを受けた腹部を中心にくの字に姿勢を曲げられた磯月波音の口から、何かが溢れていた。

 赤とも黒とも違う、独特の色彩を有したナニカが。

 その答えは解り切っているのに、どうしても空回りを続ける蒼矢はその単語を導き出せない。

 流れていく風景のように一瞬の中で視界から外れていく少女の顔は、笑っていた。

 決して喜びによって生まれた表情では無かった。

 

 司弩蒼矢はそこまで認識して、ようやっと手を伸ばそうとした。

 しかし、届かない。

 まだ人間らしい輪郭を残した左手も、怪物そのものと言える右手だったものも。

 どうしても、届かなかった。

 

 少女の体がゴロゴロと建物の床の上を転がって。

 その光景を、蒼矢は呆然と見送って。

 全ての時間もそこで戻って。

 

「『……あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』」

 

 思考が破裂した。

 人のような、獣のような、()()()咆哮があった。

 その絶望の叫びには、何故か蒼矢以外の『誰か』の声も混じっているようだった。

 

 炎の魔人の蹴りは、殺すためというよりは本当に邪魔なものを横に除ける程度の力しか込められていなかったのだろう。

 だが、それでも生身の人間にとっては致命傷と成り得る一撃である事を、怪物の姿で一撃を貰った蒼矢自身が体感していた。

 死んでいないはずだ。

 殺すつもりで放たれた蹴りではないはずだ。

 だから死んでいないはずだ。

 ……そう信じたいのに、少女の体は横転を止めてから動かない。

 その口元から漏れているであろう血の色が、嫌でも最悪のイメージを浮かばせてしまう。

 

 彼女は、磯月波音は、死ぬ。

 今の時点で死んでいるかもしれないし、死んでいないとしても間違い無くこのままでは死ぬ。

 

「もウ全体的に面倒臭ェし、さっサと終わらセるか……」

 

 炎の魔人の言葉など、頭に入っていなかった。

 頭の中を反芻するのは、ただただ目の前の現実に対する拒否の言葉ばかり。

 どうしてこうなった。

 何故あの少女が死ぬような目に遭わなければならないのだ。

 自分が下手に抵抗しようとした所為なのか。

 こんな事になる前に、自分で自分の命を絶っていれば良かったのか。

 全部、自分が。

 自分の『力』が招いた結果なのか。

 どうして自分には化け物の力が宿ってしまったのか。

 自分の弟に対する『嫉妬』に塗れた醜い心が招いてしまったのか。

 

 どんなに自問自答を繰り返しても、答えなんて出なかった。

 自分で自分の感情を制御する事が出来なくなっていた。

 頭の中を、血のように真っ赤な色彩が埋め尽くし。

 司弩蒼矢の意識は、心の深い場所へと落ちた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

  

 




 
 ……と、いうわけで最新話ですが、いかがだったでしょうか?
 久々の話で滅茶苦茶長いのにあんまりストーリー進んでないじゃん!! って自分でも書いてて思いました。キャラの心理描写を薄くすると物語の内容自体も薄くなるような気がして、必要なものは出来る限り書き上げているつもりなのですが、人によっては読むのが苦痛になるレベルの量かもこれ……。
 雑賀と蒼矢(と好夢)がそれぞれの視点で絶望的な状況に立ち向かった今回の話ですが、どちらも共通して『個人の善意を信じようとして』最終的には状況を悪くしてしまっているんですよね。
 結果として片や信頼したい相手の足を引っ張り、片や信じたかった相手の立場を悪くして最悪の展開を導き出してしまったり……どうにも都合良くいかないもんです。

 そして前回の話でも少しだけ戦闘描写を加えた例のへヴィーで炎な魔人の電脳力者ですが、本編を見ての通り司弩蒼矢からしても今回デジモンの力を覚醒させた縁芽好夢ちゃんからしても相性最悪な相手です。ある程度の距離が離れていても殴れて、触れる事がそもそもアウトで基礎スペックも高い……と。
 初登場なのに不利な体面ってのは雑賀も通った道ですが、世代差から見ても今回はもっと詰んでるかも……?
 
 牙絡雑賀と縁芽苦郎はどうなるのか。
 司弩蒼矢と磯月波音、そして縁芽好夢はどうなるのか。
 次回をお楽しみに。感想やら質問やら何やら、色々お待ちしております。


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七月十四日――『悪戦苦闘の縛られプレイヤー』

 縁芽苦郎(ベルフェモン)は焦っていた。

 繁栄の二文字から棄てられた建物の並ぶ景色の中に、敵と断言出来る電脳力者(デューマン)は三体。

 それぞれ苦朗からすれば格下と断言出来る相手ではあるが、彼の近くには気を失い倒れて人間の姿に戻ってしまっている牙絡雑賀がいる。

 

(……まずいな)

 

 敵の『組織』の目的は、司弩蒼矢に宿る『魔王』の力を引き出し手に入れる事。

 縁芽苦郎の目的は、司弩蒼矢を殺害してでもその目論見を阻止する事。

 目的の達成を最優先とするのであれば、苦朗は雑賀を見捨てて早急に司弩蒼矢の拉致された現場へと向かうべきなのだが、縁芽苦郎(ベルフェモン)はその選択を許容する事が出来ずにいる。

 そして、仮にこの状況に至る直前の状況を敵に見られていたとすれば、敵がこの状況において牙絡雑賀の事を縁芽苦郎にとって殺害を許容出来ない程度には『価値のある』相手だと認識してもおかしくはない。

 故に、最初の行動は嫌でも予測出来た。

 機械と竜を混ぜたような姿をした機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)が、その機械化した両手の中心に空いた穴から悪意の塊のような誘導兵器(ミサイル)を合計六発連続して解き放つ。

 無論、誘導先(ターゲット)機竜(メガドラモン)より格上の魔王(ベルフェモン)ではなく、デジモンの力が作用されていない生身で無防備な牙絡雑賀(にんげん)!!

 

(やはり……そう来るか!!)

 

 一発でも直撃を許せば、変化の原型となっているデジモンの身体能力(スペック)の関係で縁芽苦郎(ベルフェモン)には大した痛手にならずとも、生身の人間の骨肉を灰燼に帰す事ぐらいは容易いだろう。

 苦朗が即座に右手を突き出すと、右腕に巻き付いていた鎖が『()()()』ような形で複数の方向に伸び出し、黒色の炎を帯びながら誘導兵器(ミサイル)目掛けて直進する。

 鎖の指先は六発のミサイルを正確に貫き、あるいは掠め、損傷が一定のラインを超したのかミサイルは即座に起爆し、辺りに炎と風を撒き散らした。

 苦朗はいちいちその結果を確認したりはしなかった。

 突き出した右手を引き、飛び出させた鎖を一旦腕の中へと『収納』しながら、その視線を別の方向へと向ける。

 即ち、ミサイルの迎撃に意識を向けた隙を狙わんと別の電脳力者(デューマン)から放たれた真っ黒い蝙蝠の群れに。

 

(……奴等にとっては、時間さえ稼げれば十分なのだ。邪魔者である(おれ)を殺す事が出来ずとも、何の問題も無い……『本命』であるリヴァイアモンの電脳力者(デューマン)を組織の中に取り込む事が出来れば、それだけで形勢は変わる……)

 

 先に放たれたミサイルと比べると速度こそ見劣りするが、その蝙蝠の正体は有害極まる暗黒物質。

 迎撃自体は簡単に出来るが、その間に別の角度から新たな攻撃が放たれ、それに対して迎撃を行ってもまた別の角度から更なる攻撃が加えられる――受けに回る事しか出来ないそんな状況が続いても、状況は一向に好転しない。

 苦朗は即座に意識を切り替えた。

 足元で倒れ付している牙絡雑賀を左腕で肩に担ぎ上げ、暗黒物質の群れから逃れるように雑居ビルの上から身を投げ出す。

 その背に有る六枚の翼で、宙を翔ける。

 

(……せめて、雑賀が自分の足で奴等から逃げ切る事が出来るのであれば庇護する必要も無いのだが……そのためには体の中を蝕む毒を解毒し、意識を取り戻させ、その上で体力まで回復させなければならん。くそ、重要な場面で『怠惰』の性質に心を引っ張られてしまうとは……)

 

 根本的に牙絡雑賀が今人間の姿に戻されている原因は縁芽苦朗(ベルフェモン)がその体に神経毒を爪を介して直接注入した事にあり、経緯を考えれば自業自得と言う他に無い話ではあった。

 そして生憎、縁芽苦朗は自身が付与した神経毒を解毒するための手段を持ち合わせていない。

 元々、主に敵と呼べる相手に対してしか使う事が無い能力であるからという事情もあるが、何より『治療』と該当されるような力は魔王のようなウィルス種のデジモンの領分ではなく、全く真逆の立場にあるワクチン種のデジモンの領分なのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()……難しいな。仮に出来たとして、その後の状況が確実に良くなるとも限らん。下手をすると共倒れになる)

 

 敵は全員が飛翔能力を有しており、辺りは開けた路地だらけで身を隠せそうな場所は建物の中以外には見当たらない。

 だが、仮に近場の建物の中に身を隠せたとしても、機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)がミサイルによって建物を崩落させてしまえばその行動は無意味になる。

 離れる事も隠れる事も難しい状況。

 実のところ、敵を倒す事が最も確実に安全を確保出来る方法である事は間違いないのだが、ここで懸念されるのはベルフェモンというデジモンの有する圧倒的な攻撃力だ。

 現実世界のホビーミックスの一環においてデジモンの種族ごとの設定が記された『図鑑』ですら、単純な咆哮だけでも進化の段階が完全体以下のデジモンの体をデータ分解し即死させ、同列の究極体クラスのデジモンですらダメージを受けるほどの馬鹿力と説明されているほどに、ベルフェモンというデジモンは行動の一つ一つに対して生じる暴力の規模が尋常では無い。

 敵を倒す事以上に、被害を限定させる事の方が難しいのだ。

 拳や鎖を用いた『点』を突くような攻撃ではなく、広く『面』を制圧するような攻撃を放てば敵は一掃出来るかもしれないが、余程意識をして規模を限定させなければ真っ先に被害を被るのは庇うために左腕で担いでいる牙絡雑賀の体になってしまう。

 

(……一掃は難しい。であれば、やはり各個撃破が望ましいか……)

 

 敵の追撃に注意を払いながら左腕に巻き付いている鎖を再度伸ばし、左手ごと雑賀の体を覆う形で巻き付ける。

 瞬く間に鈍色の鎖が繭のような形を成して雑賀の体を縛り包み、その身を外部からの攻撃から遮る。

 防護――と言うより、いっそ拘束か束縛と称した方が正しいのかもしれない。

 ベルフェモンというデジモンの体に巻き付いている鎖は、本来自身や他者の防護のために存在するのではないのだから。

 苦朗自身、鎖で作られた(おり)で三人の電脳力者(デューマン)の攻撃を()()()防ぎきる事は出来ないと思っている。

 種族の特徴として鎖に帯びさせているはずの『黒い炎』による防壁(ファイヤーウォール)も、言うまでも無く束縛という形で雑賀の体を鎖に触れさせている状態では、構築した途端に一瞬で炎上させてしまうのがオチだろう。

 だから、所詮は応急措置。

 その防護性を頼りにし続ける事は出来ない。

 ()()()

 

(どの道時間は掛けていられん。逃げと守りに専念しているだけでは奴等の思う壺だ……!!)

 

 六枚の翼を羽ばたかせ、体に捻りを加える形で振り返る。

 飛翔の速度を意図して落とすと、苦朗の行動の意図に感付いた三体の電脳力者(デューマン)もまた飛翔の速度を落とし、追撃のために詰め過ぎた距離を一旦離そうとしていた。

 そのついでと言わんばかりにミサイルや暗黒物質の弾幕が放たれると、苦朗は即座に右手を振りかぶり、その五指の爪から黒ではなく薄く淡い緑色の炎を噴出させながら、

 

爪痕の闇(ギフトオブダークネス)

 

 横薙ぎの一閃。

 建物と建物の間の空間そのものを引き裂くかのように右手を振るったかと思えば、なぞった軌跡がそのまま炎の刃と化して路地の空間を横断した。

 進行を遮る有象無象の弾幕を纏めて塵芥に変え、そのままの速度を維持しながら敵対者の電脳力者(デューマン)へと一直線に襲い掛かるが、右手を振りかぶった時点で三体共に飛翔の軌道を変えたらしく、それぞれ斬撃の餌食になる事は回避していた。

 だが、回避される程度は予測の範囲内。

 故に、苦朗は右手を振るったと同時に六枚の翼に力を込め、三体の敵の中で最も厄介と言える者に向けて風を切って突撃していた。

 即ち、宿す種族の個性としてミサイルを無尽蔵に放つ事が出来る機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)に向けて。

 

「……ッ!!」

 

 接近に感付いた機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)は機械仕掛けの翼でもって後ろの方へと下がりながら両手からミサイルを放ち、接近してくる苦朗を迎撃しようとした。

 だが、苦朗はその前に右手を再度振るい、腕の鎖を鞭のように敵対者に向けて叩き付ける。

 右腕と左腕でそれぞれ力の伝導具合は調節(コントロール)してこそいるが、不意の事態を招かないために黒い炎を鎖に帯びさせてはいない。

 それでも究極体、それも上位の位に位置するデジモンの腕力を用いた一撃は、地に足を付けずとも十分な威力を有していた。

 ドッ!! と、鈍く短くも確かな暴力の音が路地に響き、防御の姿勢を取る間も無く鎖の一撃を身に受けた機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)の体が砲弾のような速度で建物の壁面に激突する。

 だが、

 

(……くっ、仕留め損なったか……!!)

 

 口から赤い液体が吐き出される程度のダメージは与えたようだが、まだ機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)の意識は途絶えていない――それを察した苦朗は追撃を仕掛けようとしたが、その寸前で視界の外から横槍が飛んで来た。

 貴族が着るような礼服に身を包んだ赤肌の悪魔――フェレスモンと呼ばれるデジモンを宿した電脳力者(デューマン)が、その手に持った長身の銃で苦朗の頭部目掛けて狙撃してきたのだ。

 瞬間的に反応して首を振り銃弾を回避するが、更にそこで露出度の高い黒の衣装に身を包んだ堕天使――レディーデビモンと呼ばれるデジモンを宿した電脳力者(デューマン)が肉薄してくる。

 苦朗から見て、左側の方向から。

 

「チッ……!?」

常闇の刺突(ダークネススピアー)!!」

 

 堕天使(レディーデビモン)電脳力者(デューマン)の左肘から手の部分にかけてを覆う黒衣が鋭利な形――棘のような形へと変化する。

 いくら位が上と言えど、流石に脇の下や眼球などの急所を狙われてしまえば、魔王(ベルフェモン)身体性能(スペック)でも致命傷を負わずに済むとは言い切れない。

 左手は腕の鎖で雑賀の身を防護するために鎖の檻で包んでいるため、肉弾戦には到底使えない。

 かと言って右手で対処しようとすれば、続く攻撃に対しての対処が間に合わなくなるかもしれない。

 そこまで可能性を視野に入れた苦朗(ベルフェモン)は、

 

(それでも間に合わせる!!)

 

 体を強引に捻り堕天使の姿を視界に捉え、右手で棘の先端を掴んで瞬時に砕く。

 物理的な肉体ではなく衣装が変化した武器であるため、砕かれたとしても痛みはまったく感じていないらしい――続けて鋭利な爪を生やした右手による二撃目が迫る。

 振るい切り裂くのではなく、突き出し刺し貫く形の「点」の攻撃。

 それに対し、苦朗(ベルフェモン)は咄嗟に口から強く息を吹きかけた。

 すると、堕天使の振るわんとしていた右手どころか体全体が、見えない何かに圧されたかのように弾かれる。

 

「なっ……!?」

 

 ()()()()()に吹き飛ばされるとは思っていなかったのだろう――堕天使の表情に驚愕の色が宿る。

 苦朗(ベルフェモン)は構わず右手を一旦引き、その五指で堕天使の胸部――より厳密に言えば心臓に狙いを定め――そこで再び赤膚の悪魔の手にある銃から発砲音が響き、銃弾が苦朗(ベルフェモン)目掛けて飛んで来た。

 今まさに堕天使の心臓を貫こうとしていた右手を使い、辛うじて銃弾を手の甲で弾く。

 だが、その僅かな間に堕天使は苦朗(ベルフェモン)の腹を蹴って距離を離してしまう。

 

(……今の銃弾……)

 

 変化させた肉体の性能を考えれば、ただの銃弾で苦朗(ベルフェモン)が致命傷を負う事は考えられない。

 堕天使を撃破出来る機会を先送りにしてでも銃弾の対処を優先したのには、ある理由があった。

 

(……『呪い』が付与されているな……)

 

 レディーデビモンやフェレスモン等の闇の種族(ナイトメアソルジャーズ)のデジモンを宿す電脳力者(デューマン)は、必殺技に用いるような(のろ)いの源となる毒素(ウイルス)を様々な形で『付与』する事が出来る。

 無論、呪いの手段や内容――その他にも付与した道具の相性によって呪いの効き目も変わってくるのだが――実を言うと、その中でも銃弾や刃物のような『凶器』の類の代物は相性が良い。

 何故なら、有名な例として挙げられる藁人形に釘を打つ行為がそうであるように、根本的に『呪い』とは対象を害しようという意志が起源となっているのだから。

 他人を害しようと考え振るう得物に、そういった悪意が宿らない方がおかしい。

 であれば、赤膚の悪魔の手にある銃――そしてそこから放たれる弾丸にもまた、害意と言う名の毒素(ウイルス)が付与されていると見るのが自然なのだ。

 幸いにも右手で銃弾を弾いた際には甲の部分を覆うように装備されていた武具が擬似的な盾となり、呪いの影響を受けずに済んでいるのだが、生身の部分で受けていた場合は少なからずその毒素に体を蝕まれていたかもしれない。

 

(フェレスモンというデジモンが得意とする技は……確か『ブラックスタチュー』という名前だったか。対象にした相手を黒い石像に変えるという効果だけが明らかになっている一方で、具体的な方法までは『図鑑』にも記載されていない……つまり電脳力者(デューマン)の解釈次第でいくらでも方法を変える事が出来る『未知』の技……)

 

 思考している間にも攻防は続く。

 正面からは黒衣を纏う堕天使が暗黒物質の群れを放ち、仕損じた機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)が背後から無数のミサイルで弾幕を張る。

 二種類の攻撃による前後の方向からの弾幕を上空へと飛翔することで回避する苦朗だったが、その動く先を読むように赤肌の悪魔が魔の弾丸を放ってくる。

 

「……チィッ!!」

 

 今度の弾丸は、六枚ある翼の中で右下の翼に命中したらしい。

 危惧していた通り、呪いの毒牙が被弾した部位である翼を蝕んできた。

 それも、徐々に翼の一枚どころか全体――いや、体全体を石化させようとする形で。

 当然、飛行能力にも重大な支障が出始める。

 

(……まずい、翼が思うように動かせん!! このままでは回避もままならぬ!!)

 

 銃弾に込められた石化の毒素(ウイルス)を、内部から自家生産の毒素(ウイルス)で『染めて』しまえば、すぐにでも赤肌の悪魔の呪いを打ち消す事は出来るだろう。

 だが、そのためには一旦意識を呪いの影響下にある部位へと向ける必要がある。

 当然の如く、堕天使と機竜の電脳力者(デューマン)苦朗(ベルフェモン)の動きを追うように上方へと飛び、追撃を仕掛けに来る状況でだ。

 

(間に合えッ!!)

 

 視界に、迫り来る誘導兵器と暗黒物質が映る中。

 強く念じ、体を黒く硬く重く染め上げようとする毒素を自家生産の毒素で塗り潰す。

 だが、翼の感覚が元の状態に戻った時点で、まず回避が間に合わない至近の距離に敵の攻撃が迫り来ている。

 咄嗟に左腕を動かし、雑賀を護る鎖の檻ごと背中の方へと回すのが精一杯だった。

 直後に、誘導兵器と暗黒物質――二種類の攻撃が魔王の体に着弾する。

 視界が、主にミサイルの起爆によって生じた黒い煙によって遮られる。

 

「くっ……」

 

 宿すデジモンの性能(スペック)の上では、まず致命傷に至ることは無い攻撃。

 それでも決してダメージが『無い』わけではなく、爆炎と闇の炎に焼かれる体の各部が痛みの感覚を発してくるが、そんな事はどうでも良かった。

 追撃を受けているこの状況で、煙に視界を遮られたという事実の方が重要だった。

 体勢を戻して六枚の翼を動かし、局所的な強風を生み出す事で煙を吹き飛ばすと、機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)が真正面――位置関係から見れば下方から迫り来る所だった。

 

究極の切断機(アルティメットスライサー)!!」

 

 ミサイルを放っていた機械の両手が、今度はあらゆる物質を切断出来る五指の爪でもって直接襲い掛かって来る。

 機械の両手を振るう動きは生身のそれと比較すると重く、速度自体も肉眼で十分に見切る事が出来る程度のもの。

 故に、それ自体は右手で素早く弾く事で対処する事が出来たのだが、

 

(もう片方は何処から……っ!?)

 

 視界に入っていたのは機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)だけだった。

 であれば、追撃を仕掛けてくるはずのもう片方――堕天使(レディーデビモン)電脳力者(デューマン)は今この瞬間視界の外にいるという事になる。

 だが、位置を特定しようにも、至近距離からの敵の攻撃を右手一本で対処しなければならない状況で別の方向に対して視線を投げるだけの余裕は無く。

  

常闇の刺突(ダークネススピアー)!!」

 

 ザシュッッ!! と。

 直後に、死角となった側面より必殺の一撃が右の脇腹に向けて突き立てられた。

 

「がっ……は!?」

 

 苦痛の声が、赤い血が、口から漏れる。

 暗黒物質やミサイルを受けた時とは比べ物にならない、焼け付くような激痛が意識を揺らす。

 眼球だけを動かして、攻撃してきた者の姿を見た。

 考えるまでも無く、苦朗(ベルフェモン)の脇腹を刺してきたのは、堕天使(レディーデビモン)電脳力者(デューマン)だった。

 

「――流石に効いたみたいね。あたしの一撃のお味はいかが?」

「……貴様等……」

 

 痛みに堪えながら、苦朗(ベルフェモン)は言う。

 

「……そんなにリヴァイアモンの力が魅力的か? 動作だけでも確実に多くを破壊してしまう怪物だぞ……」

「同じく『七大魔王』を宿している男とは思えない台詞だな。いや、むしろだからこそなのか?」

「ベルフェモンってデジモンの力が情報通りなら、咆哮を放たれるだけであたし達は皆殺しにされててもおかしくなかった。なのにそうなってないのは、周りを巻き込みたくないって考えが少なからずあるからでしょうしね。その鎖で護っている誰かさんとか」

「…………」

「正直、あたし達からすれば不安要素の除去って意味合いが強いわね。『七大魔王』……厳密にはそれに進化した経歴を持つ個体を宿した電脳力者(デューマン)は、あなた自身が解っている通り凄まじい力と素養を持っている。他の勢力に引けを取らないためには、どんな手段を使ってでも引き入れたりした方が得策ってこと。嫉妬の魔王(リヴァイアモン)電脳力者(デューマン)を引き入れられれば、うちの組織には魔王が()()いるって事になって、勢力図も傾くわけだし」

「……やはり、貴様等『グリード』司令塔(トップ)はあの野朗か……」

「聞くに()()()()という話だったな。俺達は全くの初対面なんだが」

 

 縁芽苦朗(ベルフェモン)は知っていた。

 目の前の敵対する電脳力者(デューマン)を率いている可能性が最も高く、尚且つ自分とは異なる大罪を司る『七大魔王』を宿す男の事を。

 知っていたからでこそ、二人の電脳力者(デューマン)の言葉を聞いて思った事は一つだった。

 ああ、相変わらずの()()なのか、と。

 

「……ヤツの企む事だ。今回の一件……目的はリヴァイアモンの電脳力者(デューマン)だけではなく……」

「そう。確実に邪魔しに向かって来るであろうあなたを、出来れば捕らえるか殺す。そんな指示も送られているわね。何せ……」

 

 そして、堕天使は言った。

 義理の妹にはもちろん、鎖の檻で護っている少年にも伝えていなかった、ある事実を。

 

 

 

「あなた、少し前に『シナリオライター』の構成員と戦って致命傷を負っていたらしいじゃない。どういう理由で戦ったのかまでは情報が行き届いてないけどね」

 

 

 

 縁芽苦朗(ベルフェモン)の目が細くなった。

 自分の触れられたくない部分に土足で踏み込まれた時のような、敵意ある変化だった。

 

「……何故、貴様等がその情報を持っている? あの時の出来事を、隠れて記録でもしていたのか」

「ある『情報屋』の筋とだけしか聞いてないわよ。……そして、今重要なのは情報の出所なんかじゃない。想定外の要因があったとはいえ、こうしてあたし達があなたを殺しかける所まで追い詰める事が出来たという事実だけよ」

「…………」

「選びなさい。あたし達『グリード』の仲間になるか、この場に死ぬか」

 

 いっそ模範(テンプレ)染みた、理不尽を極めた問い。

 苦朗は一秒も迷わずにこう答えた。

 

「死んでも断る」

「じゃあ死ね」

 

 簡潔な、いっそ軽ささえ感じる言葉の直後だった。

 堕天使は、苦朗(ベルフェモン)の脇腹を刺していた棘を引き抜いた。

 赤い血が漏れ出し、痛みに悶えて思わず動きを鈍らせてしまう苦朗(ベルフェモン)に対し、堕天使は脇腹に開いた刺し傷に向けて口から何か赤黒いものを吹きかけてきた。

 傷口に塩を塗る――などというレベルの話ではなかった。

 堕天使が吹きかけて来た赤黒いものは、傷口を通って苦朗(ベルフェモン)の体内に潜り込むと共に、瞬時に効果を発揮し始めた。

 

 ――レディーデビモンというデジモンには、二種類の必殺技がある。

 一つは暗黒物質を無数に放ち、触れた相手を焼き尽くす『ダークネスウェーブ』。

 そして、もう一つの必殺技――たった今苦朗(ベルフェモン)が受けてしまった赤黒い毒霧のような攻撃の名は『プワゾン』。

 その効果は、相手の持つ『(パワー)』を自らの闇の力と相転移させる事で相手を内側から滅殺するというもの。

 つまる所、相手が強ければ強いほどに効力を増す魔性の劇毒。

 それは、対象が格上で堕天使と同じく『闇』の属性を宿す魔王であろうと例外ではない――ッ!!

 

「――ぐっ、あああああ!!?」

 

 体中の血液が一斉に沸騰させられたかのような、圧倒的な激痛の波が苦朗(ベルフェモン)を襲った。

 単なる力の総量であれば、彼の力は堕天使の力を遥かに上回っているのだが、その内包している『力』の性質そのものを『自らの力』に相転移――変質させる『プワゾン』の効果によって、拒絶反応にも似た破壊の連鎖が体の内側で巻き起こっているのだ。

 痛みに反応している場合ではないと理解していて尚、悶えて動きを止めてしまうほどの痛み。

 そして当然、殺す事を選択した敵がそんな隙を見逃すわけが無く。

 

抹消の爆撃(ジェノサイドアタック)!!」

 

 機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)の両手から放たれる、至近距離でのミサイルの連射。

 痛みに悶え無防備な姿を晒してしまった苦朗(ベルフェモン)には、回避どころか防御すら出来るわけも無かった。

 着弾し炸裂した爆発の音を、果たして正しく認識出来たか否か。

 外側と内側――その両面から多大なダメージを受けた苦朗(ベルフェモン)は、六枚の翼で姿勢を維持する事さえ出来ず、重力に引かれ――頭から落ちる。

 それと同時に、牙絡雑賀の体を敵の攻撃から護っていた鎖の檻が(ほど)けだした。

 

「……ぐぅぅぅっ……」

(……雑、賀は……)

 

 意識を保とうとするだけで、体中を駆け巡る煮え滾るような痛みが襲い掛かってくる。

 それでも、彼は左腕の鎖に意識を集中させ、辛うじて鎖の檻が解けないようにしていた。

 

(……死なせて、たまるものか……)

 

 目的を重視するのであれば、率直に言って牙絡雑賀という男を見捨てるべきであった事ぐらい、彼自身理解はしていた。

 目的を果たせず最悪の事態に至った場合の、後に出る可能性がある被害の規模を考えれば、尚の事。

 それでも見捨てる事が出来なかった理由は、たった一つ。

 

(……こいつは、好夢の友達だ)

 

 彼は覚えている。

 ある少年が日常の中から『いなくなった』時。

 より正確に言えば、その情報がニュースという形で伝わった時。

 義理の妹が浮かべた、辛そうな表情を。

 

(……こいつが死んだり、会えなくなったりしたら……またあんな顔をさせてしまうんだろう)

 

 そんな顔をさせたくなかった。

 ずっと前から、義理の妹の幸せな日々を守ると心に決めていた。

 あの少女の周りの世界を、どれだけ不恰好であっても守り抜こうと決めていた。

 

(それだけは、絶対に認められん)

 

 ここで体勢を元に戻せたとしても、状況が絶望的なのは理解している。

 得意とする必殺の技も技術も用いる事は許されず、生身の人間を護るためにも被弾は極力最小限に留め、更にはそんな制約の上で早急に三人の電脳力者(デューマン)を撃破しなければならず。

 目論見の阻止に間に合わなかった場合、嫉妬の魔王(リヴァイアモン)の力に覚醒してしまった司弩蒼矢の無力化に深手を負ったまま挑まなければならない可能性さえ存在する。

 率直に言って、牙絡雑賀がただ目を覚まして自力で逃げてもらうだけではこの状況を打破する事は難しい。

 だから、彼は。

 怠惰の魔王ベルフェモンを宿す電脳力者(デューマン)、縁芽苦朗は。

 ()()()、無理難題を無理で通す決心をした。

 

(……()()()の経験がある。失敗は無い!!)

「ぐっ、おおおおおおおおおおおっ!!」

 

 彼の取った行動はシンプルだった。

 牙絡雑賀の体を覆う左腕の鎖の檻――それに右手で触れ、念じただけ。

 その瞬間、左腕の鎖の檻に淡い緑色の炎が灯り、燃え広がる。

 一見、内部にいる人間を焼き殺しかねない行為にしか見えないが――無論、そんな考えは毛頭ない。

 実のところ、ベルフェモンというデジモンが内包している二色の炎は、赤肌の悪魔が銃弾に込めているのと同じ『呪い』という枠組み(カテゴリ)に該当される力であり、その源は害意や悪意などの負の感情とされている。

 だが、仮の話として。

 実際に『呪い』という超常現象を現実に引き起こせる者の、誰かを害しようと思う感情が起源となり炎という形で様々なものを焼き焦がすのであれば。

 そんな超常現象を現実に引き起こせる可能性を持つ者が、害意とは異なる感情を起源として力を発揮した場合、同じ形であってもその効果は変わるのではないだろうか?

 

 例えば必殺技に用いている淡い緑色をした『地獄の炎』を、触れたもの全てを焼き焦がす(のろ)いとしてではなく、自らの力を分け与える(まじな)いとして機能させる事だって。

 その行為を、あるいはデジモンに関する架空(アニメ)の物語を知る者なら、こう言ったかもしれない。

 デジソウルチャージ、と。

 

 何かをしようとしている――そう判断したのであろう敵の電脳力者(デューマン)達が攻撃を仕掛けてくるが、その全てを無視して彼は自らの力をひたすらに牙絡雑賀へと注ぎ込んでいく。

 全ては、義理の妹の幸せな日々のため。

 そのためなら、彼は自らの命を削るような行為にだって躊躇はしない。

 彼は意識を焼くような痛みに苦しみながら、それでも尚意識を保ち続けて。

 歯を食い縛って。

 耐え続けて。  

 そして。 

 




 と、そんなわけで最新話でしたが……いかがだったでしょうか?
 途中で別の視点を入れ込む余地も無く一話丸々戦闘回だZE!! 防衛戦に空中戦に劣勢に縛りプレイに面倒臭すぎる要素がたっぷりな内容で、かーなーりー難産な話でしたわ。
 本当ならここから更に『もう一方』の視点も入れてってつもりだったのですが、流石に長引きすぎるのでここで一旦の区切り。
 
 七大魔王デジモンにも色々魔法攻撃メインだったり物理攻撃メインだったり何だかんだ『タイプ』ってのはあるわけですが、この作品におけるベルフェモンは今回の話を見ての通り『呪い(呪術)』という枠組みの力を用いているという扱いとなっています。他の大体の魔王は魔法陣とかその場で構築して攻撃する必殺技を使っているけど、どう見ても肉体派なベルフェモンの鎖の炎とかは何を起源にして生み出されているの? そもそも何で寝息にダメージ判定が生じているの? という疑問に対する一つの答えとして、害意によって超常を生み出す『呪い』という例を挙げさせていただきました。
 魔法や魔術といった例も無論あるにはあるのですが、ベルフェモンの場合はこっちかなぁと。

 同じく『呪い』の力を使う者として、敵側にはフェレスモンのデューマンを登場させました。銃弾に『ブラックスタチュー』の呪いを付与させて、ただ狙撃させるだけでもある程度の脅威は感じられる相手には出来たかなと。『呪い』の力に関する設定は、割と使い勝手が良くて闇の種族(ナイトメア・ソルジャーズ)のデジモンの脅威度を増す事にも一躍買いそうです。

 さて、次回は視点を変えて今回の事件の本筋である『あっち側』の視点の話になります。
 牙絡雑賀と縁芽苦郎はどうなるのか。
 司弩蒼矢と磯月波音、そして縁芽好夢はどうなるのか。
 それでは、次回もお楽しみに。


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七月十四日――『本心吐き出し扉を開け~Break up!~』

 磯月波音の家族は、自分を含めて父親と母親と弟の四人で構成された家族だった。

 母は幼い頃から優しく笑顔で接してくれて、おいしい料理を毎日作って食べさせてくれて。

 父は毎日働いて、家に帰ってくる時にはいつも疲れた様子だったけど、それが当然といった顔で頑張ってくれて。

 弟は気弱な自分とは対照的と言ってもいいぐらいに元気一杯で、大きくなったらサッカー選手になるんだと真っ直ぐな目で言っていて。

 ありふれたそんな日々が、ある日突然に奪われるだなんて、考えた事も無かった。

 結果から言えば、たった一日前――家族を奪われた。

 とある『怪物の能力』を有した悪党に、家族全員の意識を乗っ取られた所為で。

 異能によって齎された日常の変化は、少女にとって到底受け入れられないものでしかなかった。

 いくら声を掛けても返事は無く、まるで映画に出るゾンビのような挙動で顔を向けてくる母に父に弟。

 目の前にいるのは間違い無く自分の家族であるはずなのに、その眼差しも動作も――到底冗談(あそび)には思えなくて。

 何も言わず狂気染みた赤い光を宿した瞳のまま、じりじりと近寄って来る家族から逃げ出すように波音は家を飛び出した。

 その後、波音は逃げるように彷徨っていた街の中で、物知り顔で近寄って来る怪しげな男と遭遇した。

 

『お前が磯月波音だな?』

『……なんで、わたしの名前を……いや、まさか……』

 

 男は、波音の名前を知っているようだった。

 その事実で、波音も事情を察した。

 偶然ではない――この男は、恐らく波音が抱えている事情を知った上で接触してきている。

 家族の事についても、自分自身に宿っている『力』についても。

 そして、その予想は間違っていなくて。

 

『単刀直入に言おうか、俺達に協力してもらうぞ。家族の身の安全を保障してほしければな』

 

 殆ど脅迫と言っても過言ではない言葉だった。

 男が言うには、波音の家族は彼女自身が予想していた通り意識を乗っ取られている状態にあるらしい。

 乗っ取りの能力を有した組織の一員がその気になれば、家族全員の体を操り自殺させる事も、実の家族である波音さえ襲わせる事が出来るという。

 否定材料は無かった。

 事実として、彼女自身家族が『操られている』光景を目の当たりにしていたのだから、そんな事が出来るわけが無いと突っぱねる事も出来ない。

 

『いったい、何を協力しろって言うんですか』

『お前と同じように、あるデジモンの力を宿した人間がいてな。そいつを仲間にするのを協力してほしいわけだ』

『……誰の事ですか』

『その沈黙の時点で察しはついてるんじゃないのか? お前が今日()()()()()()の事件で遭遇した、成りそこないの人外の事だ。名前まではまだ知らんのだが、まぁ人外の特徴から考えるに片腕か片足……あるいはその両方を欠損してる患者辺りだろうな。すぐに調べはつく』

『…………』

 

 その情報は、少女にとって答えを言っているも当然のものだった。

 男が言う片腕や片足を欠損している患者とは、少女自身が心配になって毎日のようにお見舞いに向かっている相手の事で間違いない。

 事実として、後に男から伝えられた名前は、自分の知る人物と完全に一致していて。

 ただ従うしかなかった。

 嫌でも認めるしかなかった。

 他に取れる方法なんて無かった。

 家族を助ける事はおろか、悪者に抗えるだけの力なんて無かったから。

 超常の力によって引き起こされた出来事を前に、頼れそうな相手なんて心当たりも無かったから。

 そんな言い訳を重ねた所で、意味なんて無い。

 どんな事情を含んだところで、自分の都合で一人の少年を騙して弄んだ時点で、被害者面をして責任転換する事なんて許されない。

 他ならぬ少女自身が、そんな逃げを許したくないのだ。

 だから、少女はいっそ嫌われてしまおうと思った。

 死んでくれて清々したと思われるぐらいの悪党になりきる事で、後に自分がどうなろうと少年の心には傷が入らないようにしようと思った。

 だって、波音は知っているのだ。

 司弩蒼矢という人物が、とても優しい性格をしている事を。

 少女は今でも覚えている。

 まだ自分が小学生の頃、少女が同じクラスの子供からの無邪気な嫌がらせで傷ついていた時、ただ傍観するのではなく自分から助けに動いてくれた事を。

 成績が良かったわけでもなく、未来の自分自身上手に歌えているとは到底思えなかった詩も何も無い歌を、何だか青い色が浮かんできそうな気持ちがいい歌だね、と褒めてくれた事を。

 それっきり、あまり言葉を交わした事は無かったけれど、きっと見向きだってされなかったけれど。

 それでも少女だけは、その少年に救われた事を覚えている。

 傍から見れば大した事の無い出来事だとしても、少女にとっては大切な思い出だったから。

 だから、病院で自分の事を覚えていないと言われた時、連れ出す切っ掛けを作るために知り合いである事を必死に主張していた一方で、むしろ安心を覚えていた。

 裏切り者と関わっていた記憶なんて、少しでも残っていない方がいい。

 その方が、与える傷はきっと深くならない。

 ただでさえ、病室で見た時――傍から見るだけで胸が苦しくなるほどに、彼は傷ついていたのだから。

 これ以上の負担は与えてしまいたくない。

 あなたのためにわたしの家族が危ない目に遭っている――なんて絶対に言いたくない。

 

 だから。

 

 電話越しに悪党の指示を受け、スタンガンで少年を気絶させて、その体を悪党が車両に乗せる所を見ても。

 あるいは、物好きでもない限り目の届かない場所まで連れ去って、そこで裏切っていたという事実を突き付けて――本当に、心の底から痛みを感じたかのような少年の声を聞いても。

 どんなに苦しくても、どんなに間違っているとしても、絶対に被害者面して助けを請うような真似はしなかった。

 そんな事をしたとしても余計に少年を傷つけてしまうし、悪党に家族の命運を握られている時点でそんな真似は出来ないし、そもそもこうして自分の都合で裏切った時点でそんな資格は無い。

 救われようと思ってはいけないのだ。

 

 なのに。

 

『……頼むよ。君を傷つけたくないんだ……』

 

 どうして、あの少年はこの期に及んであんな言葉を漏らしたのだろう。

 どうして、あの少年は心から苦しみながら少女の事を糾弾しようとしないのだろう。

 どうして、救われない覚悟を決めていたはずなのに、その言葉で心がブレてしまったんだろう。

 

『確かにオレは君に酷い事をされた。でも、その一方でオレは君に少しだけ救われていた。許す許さないの問題じゃないんだ。例え全てが嘘だったとしても、()()()救ってくれた君を傷付ける事なんて出来ない!!』

 

 ……悪党達に洗脳の技術がある事について、この場で男の話を耳にするまで波音は知らなかった。

 だが、その話を耳にして、意志に関係無く大切な人の心が塗り潰されてしまう可能性を知っても、事実として少女はその行為を止めさせようと動く事さえしなかった。

 悪党の意志に逆らった結果として生じるリスクを恐れたからか、それともそんな事を出来るわけが無いと思わず都合の良い話に歪曲してしまっていたからなのか。

 家族を乗っ取られていた時点で、それが実現出来る可能性は示唆されていたのに。

 

 結局、この期に及んで少女には選ぶことが出来なかったのだ。

 自分の家族の安全のために大切な人を見捨てるか、あるいはその逆の選択をするか。

 どちらも認められなかったから、無駄だと解っていても炎の魔人の前に立ち塞がろうとしただけの事。

 だから、直後に生じた結果もまた、当然の報いだったのかもしれない。

 人外の蹴りを受けて少女は吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

「……ぐっ、はぁっ……」

 

 口から鉄の臭いがする液体が漏れ、体の底から力が抜けるような感覚があった。

 呼吸の調子がおかしくなって、喉の奥から更なる血の塊が吐き出される。

 体に加わったダメージの所為か、血を口から吐き出した所為か、意識が明滅する。

 死という一文字が、思考を過ぎる。

 こうなる事は、解っていた。

 こうなってほしくないと思いながらも、解りきっていた。

 こうなって当たり前だと思っていたのなら、仕方無いと納得して然るべきだった。

 だけど、

 

(……わたしのしていた事って、何だったんだろう……)

 

 悪党に家族を奪われて、失う事が怖かったから仕方なく言いなりになって。

 その中で、被害者面をするのが申し訳なくて、嫌われようとする事でせめて最終的な傷を減らそうと思って。

 けれど、結果はどうだった? いったい何の意味があった? 

 状況を打開するための行動は何一つ思い浮かべる事すら出来ず、ただでさえ傷付いていたのであろう思い人の心を余計に傷付け、家族と思い人のどちらを見捨てるかどうか選択する事さえ出来ず、今はこうして地面に転がっているだけ。

 出来た事なんて、それが一番良いと勝手に決め付けた傷付き方を相手に一方的に押し付けていただけの、下らない偽悪主義の茶番劇ぐらい。

 それも、一人の無関係な女の子を巻き込む形で。

 

 朦朧とする意識の中で、思い人の叫び声が聞こえた。

 怒りや悲しみといった負の側面が練り混ざったかのような声だと思った。

 まるで、司弩蒼矢という思い人だけではなく、別の『誰か』までもが叫んでいるような。

 

(……蒼矢、さん……)

 

 彼は今、どんな顔をしているのだろう。

 今の彼の姿は、悪党に抵抗しようとする過程で()()()()時のように人間の体の面影は殆ど失われている。

 体は全体的に青緑色の鱗に覆われ、下半身は魚や蛇の面影を想起させる尾鰭に変じ、首の下から尾の先端にかけては蛇腹が生じていて――骨格という形で人間の面影を感じられる顔の部分も、目の周りまでも覆う兜のような形の黄色い外殻に覆われている。

 その姿は、きっと彼に宿る怪物の姿を模したものなのだろう。

 炎の魔人と比較しても人とはかけ離れた姿をしていて、初めて見た時は理性の有無さえ疑ったほどに人らしさを感じられなかったけれど。

 叫び声に込められた感情は、人間のそれと変わらない気がした。

 内に宿る怪物と意志の疎通をする事が出来るのが、()()()()だけだとすれば。

 今の彼に力を貸してあげられるのは、逆に言えばその怪物だけなのだろう。

 

(……ごめん、なさい……ただでさえ、苦しませているのに……こんな事になって……)

 

 立ち上がろうとしても、手足にうまく力が入らない。

 肺の調子が悪いのか、思い人に届くような声は出せない。

 その瞼から、ボロボロと涙がこぼれていた。

 殴られた痛みではなく、死に対する恐怖でもなく、自分自身の無力がただただ悔しくて。

 

(……助けて……)

 

 少女はただ願う。

 力なく、倒れたまま。

 瞳に涙を浮かべて。

 

(……どうか、お願いします。わたしはどうなってもいいから……蒼矢さんと、あの女の子を、助けてください……)

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 闇の中だった。

 司弩蒼矢は、何も視えない暗闇の中に放り出されていた。

 それが現実的、物理的なものではなく、目の前で起きた出来事によって内より生じた感情の濁流によって、意識が現実の広がる外界から心象(イメージ)の風景のみで構築された内界へと流され溺れてしまっているのだと、彼自身に気付いている様子は無い。

 自分が真っ黒な闇の中に少しずつ『沈んでいる』事に気づくのに、数秒掛かった。

 

(……ここは)

 

 見覚えがあるような、無いような――奇妙な疑視感があった。

 睡眠中に見た光景がその後の未来で見た光景と被る、唐突に見る正夢にも似た何か。

 それでいて、まるで『そこ』に自分が存在していたかのような、他人事では済ませられない景色。

 

(……どこだ? 波音さんは、あの女の子は何処に……?)

 

 五感から伝わる冷たさは、水の中を想起させる。

 だが、記憶が正しければ自分は寂びれた雰囲気を閉じ込めた建物の中に居たはずだ。

 そして、そこには自分を連れ去った悪党を含め、自分以外の人間が何人か居たはずなのに。

 記憶に連続性が無い。

 どうしてこんな『海』の中に沈んでいるのか。

 そもそも、こうしている今自分の体は今どうなっているのか……?

 そういった当たり前の疑問が浮かんだ時だった。

 

 

「……よう。初めましてとでも言うべきか?」

 

 

 誰かの声が聞こえた。

 暗く何も見えないはずの『海』の中、遠鳴りのような音が響く。

 蒼矢がその声を認識した途端、暗がりの中に何か巨大な生き物のものかと想われる黄色い瞳が浮かび上がってきた。

 むしろ、何故この瞬間までその存在を認識出来なかったのか――そんな疑問が当たり前と言えるほどに、浮かび上がってきた『誰か』の存在感は圧倒的すぎた。

 あまりにも巨大過ぎるが故に全身を一度に視界に入れる事は出来ず、蒼矢に『視る』事が出来たのは瞳とその周囲に僅かに見えた赤いの鱗肌(うろこはだ)と黒光りする甲殻のようなものぐらいだった。

 瞳とその周囲のみが視界いっぱいに映るほどにその生き物が巨大なのか、あるいは自分自身がそう視えてしまうほど小さくなっているのか、真偽は定かではない。

 だが少なくとも、たった今自分に向けて言葉を発してきたのがこの巨大な生き物である事ぐらいは、何となく想像がついた。

 故に、咄嗟に思い浮かんだ言葉で返してみる。

 

「……お前は、誰だ」

「リヴァイアモン。()()()()()()()『悪魔獣』とも呼ばれていたが、あくまでも名前で答えるんならそれが俺の名前だな。察してるかもしれんが、俺がお前の中に宿っているデジモンだ」

 

 聞き覚えの無い名前なはずなのにも関わらず、聞き覚えがある名前だと感じた。

 この暗闇に覆われた風景に対して抱いた奇妙な疑視感と同じ、曖昧なその感覚に蒼矢は困惑する事しか出来ない。 

 何となく、この怪物が自分に宿っているモノの正体が目の前の瞳の持ち主である事は予想していた。

 だが、それがデジモンという名称で呼ばれる存在である事については何も知らなかったのだから、ただでさえ理解の追いつかない状況が更にややこしくなったとしか蒼矢には思えなかった。

 リヴァイアモンと名乗るその怪物(デジモン)は瞳をこちらに向けたまま言葉を発してくる。

 

「で、今度は俺から聞きたいんだが……お前は、今自分の体がどんな状態にあるのか解っているのか?」

「僕が……?」

 

 言われて初めて視界を動かし、蒼矢はまず自分の手のひらを確認する。

 たったそれだけの事で、誰でも異様さを理解出来るような変化が生じている事に気付かされた。

 視界に入った手のひらには見慣れた人間らしい肌色の皮膚も、人外の力を引き出した結果として変化していた青緑色の鱗肌さえも無く――何か、青色の線のようなものだけで構築された、生き物の体とさえ表現し難い何もかもが『剥き出し』の状態になっている奇怪な体表だけが見えていた。

 皮膚も爪も見えない手から続けて腕に肩、腹に足――となぞるように続けて確認してみても、見えたものは同じ。

 この分だと、顔も含めた全身が同じような状態になっているのだろう。

 自らの体を怪物の姿へと変化させた時、思えば自分の体の変化の過程を蒼矢自身目で見て確認した事は無かったのだが――変化の最中、体の構造を書き換える仮定でこのような姿になっていたのだろうか? 

 驚きを隠せない蒼矢に対し、リヴァイアモンはいっそ呆れた様子で、

 

「……お前、マジで気付いてなかったのか。まぁ俺もその体がどういう意味を示すのか詳しくは知らないんだが、少なくとも言える事は今お前が『進化』の真っ最中だって事ぐらいだな。多分、その姿はまだ『成りかけ』のものなんだろう」

「進化……成りかけ……?」

「要はまた『変わる』って事だ。流石に意味が伝わらないほど鈍くはないよな?」

「…………」

 

 その言葉に蒼矢は最初、異形と化した自らの姿を思い浮かべた。

 人間に蛇や魚の部位を混ぜ込んだかのようなあの異形から、また変わる。

 ただでさえ怪物としか言い様の無かった姿から、どんな姿に変わってしまうのか。

 想像するだけで、恐怖を覚えた。

 一日前の自分が、理由があったとはいえ何故こんな『力』を求めてしまったのか解らなくなるほどに――今では自らに宿っている異形の『力』が、怖い。

 

「……僕は、これからどうなるんだ」

「…………」

「変わった後の僕は、本当に僕のままでいられるのか。自我を失って、また誰かを傷付けてしまうんじゃないのか。もう、誰かを傷付けてまで得たいものなんて、僕には無いのに」

 

 こんな事を言っても、仕方の無い事だという事はわかっている。

 だけど、一度自分の思いを口にし始めたら、もう止まらなかった。

 

「ああそうだよ、自分の都合で自分の手足を取り戻そうと『力』を使って関係の無い人を傷付けた時点で、僕には被害者面をする権利なんて無いさ。だから罰を与えられたって文句は言えないし、糾弾されたってそれが当然の事だって言えるよ」

「…………」

「だけど、何で僕に対して向けられるはずの矛先が、あの子に向けられないといけないんだ!! あんな、まるで使い捨ての道具のような扱いを受けないといけないんだ!! あんな目に遭ったのが僕の所為だとしたら、あの子は僕を糾弾して見捨ててしまっても良かったのに、どうして身を挺してまでして守ろうとしたんだ!? 途中で乱入してきた女の子だって、身の危険を感じたのならすぐにでも逃げればいいのに、どうして見捨てようとしない!? あのプールで戦った牙絡雑賀って人もそうだった。一方的に傷付けようとしていたのは僕なのに、糾弾するどころか僕が『人間』だからって。誰かを助けようとするだけの善意を持った奴が自分から墜ちて行く光景なんて黙って見ていられないって。そんな事を言って、本当に命を賭けて僕の凶行を止めてくれた……」

「…………」

「けれど、僕の心にそんな善性があるなんて考えられない!! 腕と足を失うことになったあの事故の時だって、別に助けたかったから助けたわけじゃないんだ。ただ、あの幼い女の子が危ない目に遭う所を見たくなかったから。自分のためだったんだ。もしもあの時の行動の結果が先に解っていたとしたら、もしかしたら見捨てていたかもしれない。助けようと動く事にさえ躊躇したかもしれない!! 僕はそんな自分勝手な奴なんだよ。テレビや漫画の中にいるような憧れの対象とは違う!! 得意の水泳とは違って好きでも無い勉強を頑張っていた事だって、別に将来をより良くしたかったからとか、そんな立派な理由じゃない。ただ、褒められたかっただけ。自分はよくやっているんだって、頑張っているんだって……自分の事を認めてもらいたかったんだ。そうしないと、何か満たされない感覚があったから。僕なんかよりも才能がある弟の方ばかりを見ていた事が、どうしても気に掛かって……いつの間にか嫉妬していたんだ」

「…………」

「あの子が死ぬような目に遭うぐらいなら、自分勝手で醜い心を持った僕の方こそが死ぬべきだったんだ。咎を受けるべきだったんだ……なのに、なんで。どうしてあの子は笑っていたんだ。ああなる事が解っていて、自分がこうなるのも当然だって顔をして……あの子は何も悪くないのに。あの子は悪党に何かをされたから、仕方なく従うしか無かっただけで……そうとも知らず、僕はあの子を知らず知らずの内に追い詰めていた。本当はやりたくなかった事を強制されながらも耐えて、何かを守ろうとしたあの子の心を傷付けた!! 結局、僕は傷付けていただけじゃないか。自分で作った疑心暗鬼の檻に閉じ篭って、勝手に妬んで勝手に追い詰められて……多分、そんなどうしようもない心が引き金になって、僕は化け物になったんだ。そして、自我の有無に関わらず他人を傷付けた。自分勝手な理由で、暴力を使って!! ……もう、誰かを傷付けるだけの『力』なんて持ちたくない。傷付けるだけで、あの子の死を止められない『力』なんていらない。僕に出来る事なんて、もう答えは出てしまっているんだから。ここから僕の何かが変わったとして!! 傷付ける事しか出来なかった僕に!! いったい何が出来るって言うんだッ!!!!!」

 

 胸の中に溜め込んでいたものを噴き出すような言葉があった。

 リヴァイアモンと名乗るその存在は、それを黙って聞いていた。

 きっと、良い気持ちになる言葉ではなかっただろう。

 きっと、とても不快な気持ちになる言葉だっただろう。

 言葉の中には彼の事を遠回しに糾弾するような内容だって含まれていたのだ。

 彼もまた望んで司弩蒼矢という人間に宿っていたわけではないかもしれないのに。

 化け物だと、誰かを傷付ける事しか出来ない『力』だと、そう言って。

 なのに。

 

「……そうだな」

 

 肯定の言葉があった。

 他ならぬ、司弩蒼矢に宿る異形の『力』の源たる存在の声だった。

 

「お前の言う通り、俺の力は誰かを傷付ける事にしか使えない……いや、使えなかった。生きていた頃だってそうだった。誰かを助けようと動いても、むしろ助けた相手を怯えさせてしまった。誰かの役に立ちたいと思っても、むしろ何もしないでくれと頼まれるぐらいだった」

「……それって……」

「諦めたくないという気持ち自体はあった。誰かの役に立つ事が出来たら、自分の居場所はそこにあるんだと信じたかったから。地上で生きるデジモン達が羨ましかった。空を自由に飛べるデジモン達が羨ましかった。願いが叶うのなら、太陽の光に当たりながら生きているそんなデジモン達と同じ場所にいられる姿に進化したかった。『悪魔獣』や『七大魔王』なんて肩書きなんて、知らない誰かにまで恐れられるような名前なんて、欲しくも無かった」

 

 その言葉の裏に、蒼矢は自分では想像もつかないほどに暗いものを感じた。

 日の光も届かない、ただただ暗闇が広がる深海の世界。

 そこに独りで存在し、誰からも恐れられ、必要とされない日々。

 

「俺も、お前と同じだよ。誰かに必要とされたかった。自分の居場所が欲しかった。その想いがいつの間にか光を浴びて生きているデジモン達に対する妬みに変わっていたからか、いつしか俺はこの姿に成った。どうしようも無かった。何もしない事が最善だと自分でも理解出来てしまうぐらいに、俺の体は暴力に特化してしまった。誰かの所為じゃなくて、自分自身の心の所為で……」

 

 似ている、と蒼矢は素直に思った。

 怪物の口から語られる言葉の内容が、他人事だとは思えなかった。

 規模(スケール)にこそ大きすぎる差を感じるが、この怪物の願望そのものは蒼矢が抱いているものと大差の無いものだ。

 そして終いに、リヴァイアモンはこう言ってきた。

 

「……悪かった。お前がそんな嫌な気持ちになっているのも、あの人間が酷い目に遭わされたのも、全部俺がお前の中に宿っていた所為だ」

 

 その言葉を聞いて、蒼矢は咄嗟に首を振った。

 確かに、不幸の一因ではあったのかもしれないけれど。

 他人の不幸を望むような心を持っていたら、そんな言葉は出てこないはずだから。

 

「……望んでこうなったわけじゃないんだろ」

「…………」

「声を聞くだけでもそのぐらいは察するよ。悪気があって僕の中に宿ったんじゃない。ただ、偶然こうなってしまっただけ。そもそもお前の力を『使っていた』のは僕で、お前自身はただ『使われていた』だけなんだから、僕が嫌な気持ちになっている事についてお前に非があるわけが無い。……責められないよ。例えお前の力が僕に宿ってさえいなければ、今の状況に繋がる事も無くもっとマシな日々を過ごせていたかもしれないと思っても……それでも、僕には責められない。むしろ、謝るべきなのは僕の方だ。……ごめん。お前の事を何も知らずに、酷いことを言って。お前の力を、お前が望まない形で使ってしまって……」

「……そうか」

 

 リヴァイアモンはそれだけ言った。

 少なくとも、気休めぐらいにはなったのだろうか。

 しばし置いて。

 彼は、蒼矢に向けて言葉を発する。

 

「……俺にも、友達と呼べるデジモンが居た。歌を歌う事が上手くて、こんな俺とも繋がりを持ち続けてくれた変わり者なデジモンが」

「デジモンも、歌を歌うのか?」

「ああ、今でもあの()()()()()()()は覚えているさ。むしろ、そいつのお陰かもな。深海で引き篭もる事しか出来なかった俺が、それでも孤独をそこまで感じなかったのも。光を浴びて生きているデジモン達に対する嫉妬が、裏返せば俺が憧れているものはとてもすばらしいものなんだと信じる事が出来たのも。そんなキラキラ輝いている世界を、俺の手で壊したくなんて無いと思って我慢出来たのも」

「…………」

「だから、思うんだ。俺に、この憧れを捨てさせないでくれって。あの輝きに対する思いが間違いなんかじゃなかったと信じさせてくれって。……俺だって、認めたくない。あの人間がこれから死ぬなんて未来は、絶対に。だから、頼む。もし許してくれるのなら、俺の力であの人間を救ってくれないか。傷付ける事にしか役立てなかったこの力を、誰かを救うために使ってくれないか……」

 

 それは、紛れも無くリヴァイアモンというデジモンの願いなのだろう。

 望まざる境遇に置かれながら、望みを封じ込めねばならなかった怪物の善性を支える、一本の柱なのだろう。

 蒼矢は、その言葉を聞いた。

 その上で、こう返した。

 

「……いいや、駄目だ」

「…………」

「さっきも言ったはずだ。僕には、傷付ける事しか出来なかった。その上、あの子を助けようと動いても、あの悪党には到底敵わなかった。ただでさえ対抗する事が出来ない状態で、救う事なんて出来るわけが無い。傷付けるだけの力だけでも、足りないんだよ。あの子を救うには足りないものがあるんだ」

 

 だから、と一泊置いて。

 蒼矢は、一つの言葉をリヴァイアモンに向けて力強く言い放った。

 

 

 

「使うのでもない。使われるのでもない。()()()()()()()()()()。あの子達を救うために!! 僕一人では不可能だった事を、可能な事に変えるために!!」

 

 

 

 リヴァイアモンはしばし、その言葉を静かに噛み締めていた。

 自分に向けて浴びせ掛けられた言葉の意味を、考えているようだった。

 そして。

 やがて。

 彼は、いっそ『らしい』とさえ称する事が出来る獰猛な笑みを浮かべて、こう返してきた。

 

 

「お安い御用だ。そんな眩し過ぎる願い、断るわけが無いだろう……!!」

 

 

 今度こそ。

 分かれていた二つの心と力は、同じ望みを得て重なる。

 暗闇に閉ざされた深海の景色に蒼く輝く光が(ほとばし)り、彼等は今一度変わっていく。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

(く、そ……)

 

 縁芽好夢は現状に対して歯噛みしていた。

 彼女にはこの状況に至るまでの仮定や事情はおろか、自分や目の前の悪党の体を変化させているモノの正体さえも見えてはいないが、それでも一つだけ確信出来る事があった。

 悪党の企みを阻止出来ていない――そう思わざるも得ない何かが目の前で起きている事だ。

 

(あの……繭みたいな物は何なの……クソ野郎が一切動揺していないって事は、アレは悪党の目論見の範疇にある変化って事だろうけど……それにしたって、アレはいったい……)

 

 彼女の視線の先には、三つの無視出来ない要素が存在している。

 一つ目は言うまでも無く、行いからも態度からも悪党と確信出来る炎の魔人の姿。

 二つ目は、炎の魔人の前に立ち塞がった結果、魔人の脚力でもって蹴り飛ばされ致命傷を負ったと思わしき女の姿。

 そして三つ目は、そんな女の姿を見て絶叫した青緑色の半魚人が絶叫した直後、その体を覆う形で発生した赤黒い繭のような物体(ナニカ)

 どれもこれも、好夢の理解の外にある情報だ。

 変化の恩恵として得たウサギの耳で会話を聞く事が出来たとはいえ、事情の全てを理解する事は出来ない。

 それでも、解った事があるとすれば。

 

(……あの女の人には事情があって、悪党の企みに加担せざるも得なかった。だけどあの半魚人が傷付けられる姿を見て、耐えられなくなった結果行動した。そして、ああなった。それを見た半漁人に『何か』が起きた。そしてそれは、きっと悪党の企みの中の『想定内』にある変化……)

 

 総評して、思う。

 

(……くそっ、こんな話が現実にあるっていうの!? どう考えたって、あの女の人は半魚人の事が好きなんじゃない。それなのに、悪党の企みに加担するしか無くなるような事情を背負わされて……この分だと家族辺りが人質に取られているんでしょ。こんなの、救われなさすぎる!!)

 

 それほどまでの状況に追いやられながら、誰にも助けてはもらえなかった。

 悪党の思惑の外から助けに来てくれる、都合の良いヒーローは現れなかった。

 そして、あるいは悪党の『想定外』から来た自分自身こそがこの状況を打破出来る可能性を有していたのかもしれないが、明らかに自分の力は悪党を打倒するに足りていない。

 むしろ、助けるつもりが足を引っ張ってしまっている可能性すら頭に過ぎる。

 

(……どうすればいいの……あの野朗の体に、あたしの攻撃は通用しない。単に殴ったり蹴ったりするだけじゃ足りない。関節技を狙おうにも、あんな体に少しでも触れ続けたらそれだけで手や足を失いかねない。そうなったら嬲り殺しはほぼ確定。せめて、体の頑丈さに関係無くダメージを与える方法があれば……)

 

 (すが)るような思いで左右に視線を投げる好夢。

 この建物が廃棄された建物である事ぐらいは、彼女も予想出来ていた。

 構造だけ見てもどんな目的で造られた建物だったのか確信を持つ事は出来ないが、空間そのものは広く作られているらしい。

 やはりと言うべきか、廃棄されているだけあって何か武器として使えそうなものは落ちていない。

 せめて、脳天にぶつけて気絶を狙えるような何かでも落ちていないか――そう考えていたのだが、

 

(……あれは……)

 

 見過ごせないものがあった。

 それは、蹴り飛ばされて死んだように倒れこんでいる女の体の近くに落ちていた。

 遠くからではよく見えないが、黒くて硬そうな――リモコンに似た平たく長い四角の物体が。

 廃棄されているためテレビはもちろん机や椅子も無い部屋に、エアコンやテレビを操作するために使うリモコンが置き去りにされているとは少し考えにくい。

 もし、可能性があるとすれば……。

 

(……スタンガン?)

 

 位置の関係からか電極部分が見えていないが、だとすればこれは打開に繋がる重要なピースだ。

 拳と大差無いリーチの武器ではあるが、スタンガンであれば体の頑丈さに関係無く相手の意識を刈り取る事が出来る。

 誰が、何の目的でこの場に持ち込んだのかは知らないが、あるいは倒れている女が持ち込んでいた武器だったのかもしれない。

 

(……だとしたら、さっきの場面で不意討ちしなかった事が疑問ではあるけれど……家族を人質に取られている状況で、明確に『攻撃』する事は出来なかったと考えれば納得出来る。何にしても、アレは使える!!)

 

 炎の魔人の視線は今、赤黒い繭の方へと向けられている。

 今ならば、スタンガンを回収出来るはずだけのチャンスが残されている。

 そう考えた好夢は、建物の壁に背を寄せている体勢のまま足の調子を確かめる。

 ダメージの影響からか、想っていた以上に動作は重くなっている気がするが、それでもまだ動く事は出来るはずだ――そう信じる。

 

(……頼むから、見間違いなんてオチだけは勘弁してよね……)

 

 駆け出す前に気付かれては阻止されかねないため、靴底が床を擦る音を立てないように意識しながら、静かに立ち上がる。

 右脚に力を込めて、念のため一度だけ視線を炎の魔人に向けて、

 

(……なっ!?)

 

 駆け出すその直前、好夢は見た。

 炎の魔人の視線が、唐突に赤黒い繭から倒れている女の方へと向けられたのを。

 そして、魔人は歩き始めた。

 もう何も出来ないはずの女に向けて、まるでトドメでも刺しに向かおうとしているように。

 

(冗談じゃない……っ!?)

 

 自分で立ち上がる事すら難しくなるほどのダメージを受けた生身の人間に、また人外の力によって底上げされた身体能力てもって暴力を振るわれたら、間違い無く倒れている女は死ぬ。

 いやそもそも、既に死ぬ寸前なのかもしれない。

 最早スタンガンの事も、内部でどのような『変化』が生じているのかどうかも定かでは無い赤黒い繭の事も、考えられる余裕は無かった。

 ……だとしても、直後の行動に突撃を選択したのは失敗だったかもしれない。

 

「あン?」

 

 好夢の動きに気付いた炎の魔人が視線を向けて来る。

 風が唸るような音と共に炎の魔人が左腕を振るわれ、その動きに応じた鎖が鞭の役を担って好夢の即頭部を打った。

 鈍い音が炸裂し、衝撃に体勢を崩された好夢の体が汚い床に倒れ込む。

 

「……い……っあ……」

 

 意識が朦朧とする。

 打たれた部分に左手で振れてみると、やけに粘ついた触覚があった。

 出血してしまったらしい。

 

「……ッたく、面倒事を増やすンじゃねェよ。お前の事は後回しダ」

 

 鬱陶しそうな声と共に、炎の魔人が再び倒れた女の方へと歩み出す。

 あくまでも、戦闘能力を失っていない好夢よりも悪党の意向に逆らったあの女の方を優先するつもりらしい。

 

「やめ、ろ……っ」

 

 制止を呼び掛けても、聞く耳を持つような相手ではない。

 炎の魔人は、蹴ろうと思えばその場から移動せずとも可能となる距離にまで足を運ぶ。

 いったい、何をするつもりなのか。

 何をするとしても、あれほどの悪意の持ち主が救いのある選択をするとは思えない。

 そして、その悪意の進行を止められる者がこの場には存在しない。

 

(……お願い……)

 

 それでも、好夢は思う。

 

(起きてよ、奇跡(きせき)……)

 

 頭から血を流し、汚い床に転がりながら、無様だと自覚しながらも。

 縋るように、願って。

 

(……誰か、誰でもいいから、あの女の人と半魚人を……)

 

 願いが届くはずはなかった。

 炎の魔人の右足が、女の体を蹴り飛ばさんと振りかぶられ、

 そして。

 

 乾いた音が炸裂する。

 だが、それは炎の魔人が自らに逆らった女を蹴り飛ばした音ではなく。

 むしろ、炎の魔人の方こそが何らかの攻撃を受け、真横の方向へと吹っ飛ばされる音だった。

 

「うお……ッ!?」

 

 初めて、炎の魔人から驚きの混じった声が漏れた。

 その光景を眺めていた好夢でも、疑問符を浮かべざるも得ない出来事だった。

 気付けば、裏切り者の女のすぐ傍に、まったく見覚えのない誰かがいた。

 

(……あれは……!?)

 

 その瞳に宿す色は水の色。

 体を主に占める鱗の色は、怒りの情や炎を想起させる鮮やかな赤。

 背からは幾つかの(ひれ)と思わしき部位が生え、腰元からは先端が葉っぱのような形になっているとても長い尻尾が生えていて。

 間接部を含んだ体の各部を黄色い鎧のような外殻が覆っていて、その頭から顔は人間のような平たいものではなく前方に突き出した爬虫類を想起させるものになっていて、全身各部を覆っているものと同じ黄色い外殻が後頭部から鼻先までを覆い兜のような形を成している。

 極めつけに、右腕を覆う籠手(こて)のような形の外殻からは一本の雷のような形の刃が伸びていた。

 その、人と同じ五指の両手と獣のような逆間接に三本指の両脚が、顎の部分から胸・腹・股間・尻尾の裏側までをなぞるように生じている白い蛇腹が、竜人という単語を好夢の脳裏に過ぎさせる。

 ()()()()()()()その姿は、現代の価値観においても幻想的だと言えた。

 だが、そもそもこいつは何処から現れた?

 タイミングから見ても攻撃した相手からしても、好夢としては助けられたのだと信じたい一方で疑問を浮かべずにはいられなかった。

 故に、彼女は状況を確認しようと視界を左右に振ってみた。

 それだけで、全てを察する事が出来た。

 気付けば、炎の魔人が『想定内』と判断していた赤黒い色の繭が消失していたのだ。

 あの中には、悪党が身柄を狙っていると思わしき青緑色の鱗に覆われた半魚人が居たはずだ。

 その二つがこの場に見えなくなった代わりに、未知の介入者としてあの赤い竜人が現れた。

 だとすれば、どのような手段を用いたのかどうかはさておいて、炎の魔人を倒れている女から遠ざけるように吹っ飛ばした竜人の正体は――。

 

(あの半魚人の体が変化……いや、()()した姿……!!)

 

 我ながらトンでもない回答を出してるな、と好夢は思う。

 だが、きっとそれが正解なのだ。

 赤い竜人は自らが吹っ飛ばした(と思わしき)炎の魔人の事など気にも留めず、倒れている女に向けて口を開く。

 そこから発せられる言葉を、好夢は兎の両耳で確かに聞いた。

 

「……ごめん。気付く事が出来なくて……」

 

 謝罪の言葉があった。

 何に対しての謝罪かは、解りきっていた。

 好夢が倒れている位置からでは、女の表情も竜人の表情も見えない。

 けれど、思う。

 きっと、その一言だけで十分だったのだろう。

 竜人は次に、同じく倒れている好夢の方へと視線を投げてきた。

 

「……ありがとう。そんなになるまで、戦ってくれて……」

 

 想いもしなかった言葉だった。

 特に感謝を求めて介入したわけではないため、こうして礼を貰うと反応に困った。

 とりあえずの判断で立ち上がろうとした所で、竜人は改めて炎の魔人の方へと向き返り、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……随分と、自信あリげな台詞ヲ吐きやガる」

 

 直後に、応じるように苛立ちの篭った声が聞こえた。

 一度は体勢を崩して横転していた炎の魔人は、体勢を戻して赤い竜人の姿を見据えている。

 

「レベルが上がったようだが、そこで『魔王』に至らなかったンじゃ話にならねェ。同じ完全体のデジモンの力を使ッていヨうが、地の利はこちラにアる。状況が不利だッて自覚はあルか?」

「…………」

「つくづく思い通リにならねェ野朗だ。飽きモせずその女を守ろウと動くとはな。……やッぱ、その女の死体で手ッ取り早く『後押し』してヤるべきか。どウやら想像してイた以上に効果ガあるようダからなァ」

 

 ここまで、炎の魔人が自らの力を殆ど発揮していなかった事ぐらいは好夢も察していた。

 ただでさえ近付くだけでも火傷してしまいそうな程に高まっていた体温が、更に高まっていくのが空気越しにも伝わってくる。

 下手をすると、こうしている間に床さえも熱したフライパンのように加熱され続け、マトモに足踏みする事さえ出来なくなっていくのかもしれない。

 だが、赤い竜人は怯みもしなかった。

 悪意の全てを断ち切るように、その竜人は告げる。

 

「させないぞ」

 

 宣戦布告でもするように、真っ向から。

 右の手のひらを強く握り締め、拳の形を作り。

 その瞳に、抗う意思を込めて。

 

「これ以上、もう何も奪わせはしない」

 

 ここから先は、彼の出番。

 一人の救われない少女を救うために。

 閉じた心の扉を開き、赤き竜の戦士が立ち上がる。

  




……と、いうわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

苦節三年ぐらい……司弩蒼矢というキャラを登場させてから、ずっと書きたかった念願の覚醒回です。

まだ二章なのにもう完全体出すのかよ!? って疑問の声もあるのかもしれませんが、それ言うたらアドベンチャーと比べてテイマーズとかセイバーズは何話目に完全体出たよって話にもなり、何より想いのチカラさえあれば多少の無茶は道理として通るので何の問題もありません。

さて、見ての通り『メガシードラモン』の力が解禁されて二足で立てるようにもなって陸上戦闘解禁です。
彼の覚醒に一役買った今回初登場のリヴァイアモン……嫉妬っつっても色々あるわけで、劣等感がその中でも特筆してわかりやすい部類かもしれませんが、彼の場合は『憧れ』という形で様々な方向に羨ましさを感じてしまっている所為で色々と面倒くさい事になっています……それでも、醜さの象徴的な扱われ方をされる事が多い『嫉妬』という感情も、切り口を変えるとおもしろい見方が出来ると思っています。

ようやくこの『第二章』で自分が書きたかった話の一つを書き上げられて凄く嬉しいです。
それでは、次回の話をお楽しみに。
感想・指摘・質問などいつでも待っております。


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七月十四日――『轟く稲妻は深闇を貫く』

ようやっと書き終わりました……更新、完了です。


 冷静に考えて、戦闘能力を奪うだけなら簡単だろう。

 裸の上半身から青色の炎を迸らせている魔人――デスメラモンと呼ばれるデジモンの能力を行使している男は、そう考えながら、赤色の鱗に覆われた竜人――宿す力を一段階『進化』させた司弩蒼矢へと視線を向けている。

 誰がどう見ても化け物の類であろうに、倒れている女を背後に立つその姿はまるで正義の味方でも気取っているように見えた。

 

(……メガシードラモンか。まァ、シードラモンから一段階上がルとするト大体そうなるだろうが……くソッ、さっサと意識ヲ落とシてしまウべきだッたか。あの女余計な真似をしヤがって……)

 

 その滑稽な構図に冷めた表情を鉄の仮面の裏側で浮かべつつ、魔人は眼前の標的の能力を分析する。

 今、司弩蒼矢が行使しているのが魔人の同じ『完全体』クラスのデジモンの力なのは、右腕の外郭の籠手から『生えて』いる稲妻の形をした刃の存在から考えても間違いはない。

 メガシードラモン――シードラモンという水棲型のデジモンが進化を果たす種族の一つだ。

 表の情報として知る『図鑑』の通りであれば、本来その稲妻の形をした刃は頭頂部の外郭から生えていたはずだが、これもまた人間の体を原型(ベース)とした結果生じた変化の一つなのかもしれない。

 

(重要ナノは、メガシードラモンに進化シた事によッて電撃ヲ使えルようにナっていルって所だ。水や氷の攻撃だけナら問題は無いが、流石にそレばっカりは受けらレねェ。いクら体が硬かロうが感電しちャァ意味ねェからナ)

 

 軽く予想するに、赤い竜人が自らの力として攻撃に『使う』事が出来るものは冷気と水と電撃の三種類。

 魔人の知る情報が正しければ、メガシードラモンという種族はシードラモンだった頃から使う事が出来た冷気や水を放つ能力に加え、新たに備え付けられた稲妻の形をした刃から電撃を放つ能力を獲得しているはずだ。

 氷や水の攻撃はともかく、電撃の攻撃については注意が必要だろう。

 だが、逆に言えば電撃の攻撃以外に対しては然程警戒心を抱く必要が無い。

 確かに、進化の段階の話として赤い竜人は魔人と『同じ』領域に立ったが、そもそもの問題として発揮される性能(スペック)には明確な差が生じているはずだ。

 その理由として挙げられるのが、環境に対する適正。

 元々、シードラモンのような水棲型デジモンは文字通り水中で生きる事が基本とされる類の種族だ。

 人間の体を原型(ベース)とする事で二足歩行が可能になっていようと、肉体を変化させる過程で種族の性質を宿している以上、その運動性能は水場でなければ発揮されない。

 対して、デスメラモンというデジモンは火炎型と分類されながらも人型の特徴を元々併せ持つ種族。

 陸上での戦闘、まして夏の暖気が篭る空間ともなれば好条件だ。

 今も尚、体から溢れ出る熱気が建物の中を暖め続けており、赤い竜人にとっての苦しい状況は加速の傾向にある。

 つまるところ、

 

(サンダージャベリン。そレ以外の技を警戒スる必要はネぇ。そシて、ここガ水場じゃねェ以上、本領を発揮する事ガ出来ナい。オレに通用すルだけの水や氷の攻撃ガ使えン以上、刃の状態にさえ注意しとケば単ナる力のゴリ押シでも勝ツ事は容易イ)

 

 そう結論付け、魔人は右脚を前に出し、地面を踏みしめる。

 直後に、魔人は人外の膂力でもって赤い竜人に向けて走り出した。

 単なる一騎打ちであれば、赤い竜人にも回避という選択が出来たかもしれないが、その後ろには庇護の対象である少女が倒れている。

 一気に接近しようと一直線に走る魔人の進行を遮れなければ、どうなるかは明白。

 放つ攻撃を真っ向から受け止められたとしても、その護りごと吹き飛ばせるという確信がある。

 

充電(チャージ)すル暇なンて与えねェ。一撃デ吹き飛びヤがレ)

 

 恐れる理由は無かった。

 故に、電撃の攻撃を放てるだけの余裕も与えずに接近した魔人は、走りの勢いのままに青色の炎を帯びた右の拳を振るう。

 直後に。

 

 ガァン!! と、まるで金属と金属がぶつかり合ったかのような音が響いた。

 

 魔人の放った炎を帯びた右拳が、赤い竜人の右腕を覆う形で存在していた外殻の鎧に防がれた音だった。

 鉄の仮面の奥で、魔人の目が疑問に細まる。

 防がれた――それだけならば然程驚くほどの出来事ではなかった。

 問題なのは、攻撃を真正面から受けた赤い竜人の足が僅かにしか下がっていない事だ。

 少女の体に触れる寸前で、耐え切られている。

 

(……コいツ、勢いヲ付ケたオレの一撃を『受け』たッてのニ、耐エられタ、だト……?)

 

 根性論で説明出来る事だとは思えなかった。

 これがまだ、完全体の更に上――究極体の段階に至っているデジモンか、あるいは同じ完全体かつ重量級のデジモンの力を行使する相手であれば納得は出来る。

 だが、司弩蒼矢が現在行使しているのは『魔王』とは違う同じ完全体クラスのデジモン――それも、本来であれば手足を持たず水の中を『泳いで』活動する種族の力だ。

 陸地に『二本の足で立って』活動する事など、骨格の時点で想定出来る話ではない。

 重心の支えとなるものが尾鰭(おびれ)から二本足に変わったとしても、獣型デジモンほどの膂力は得られないはずだが……。

 疑問を覚える魔人に対し、拳を受け止めた赤い竜人が口を開く。

 

「……させないって、言ったはずだぞ……!!」

「カッコ付け野朗ガ……ッ!!」

 

 言葉と同時に聞こえた火花が散るような音に、魔人は悪態をつきながら後退する。

 赤い竜人が、警戒していた必殺技(サンダージャベリン)を使うための『充電』を行おうとしていると考えたからだ。

 予想通り、鎧から生える刃に膨大な青白い電気のエネルギーが溜まる所を肉眼で確認出来た。

 充電は終わった――であれば、次に意識すべきは刃の切っ先。

 恐らく、電撃を用いた技は切っ先を向けた方向に向けて放たれるはずだ。

 知っている情報とは異なり、実際は特に狙いも定めず電気を広範囲に放射するような攻撃だという可能性も否定は出来ないが、どちらにせよ距離を取っておくに越した事はなかった。

 

(電撃が届く速度なンて目で追エるモンじゃねェ。発射の予兆ガ見えタら横に動く……)

 

 跳躍しながら対応の方針を決め、即座に魔人は警戒の視線を向ける。

 判断そのものは、決して間違ったことではなかっただろう――しかし、赤い竜人の行動は再びそんな魔人の予想を裏切りに掛かって来た。

 赤い竜人は刃に電気のエネルギーを『充電』した状態のまま、咄嗟に後退した魔人に向かって自ら走り出したのだ。

 飛び道具では外してしまうと判断したのかもしれない――接近戦を試みようとする動きである事は明白だった。

 確かに、至近距離に近寄って直接刃を当てさえすれば、確実に感電させる事は出来るだろう。

 

(――つクヅく思い通リにイかねェ野朗ダ!!)

 

 魔人は着地し、両の手から腕までを青色の炎で覆い、真っ向から振るって来る赤い竜人に対して対応しようとする。

 赤い竜人はまるで忍者のように姿勢を低くしたまま走り、青白い稲妻を迸らせた刃をさながら侍の居合い切りのように振り抜く。

 

「グっ、おオおおオアッ!!」

「がああああああああっ!!」

 

 再び、金属と金属が衝突したかのような甲高い音が響く。

 赤い竜人の繰り出した稲妻の刃を、魔人は青い炎を纏った右の裏拳で受け止めていた。

 強い痺れの感覚が触れた拳を通じて全身を駆け巡るが、体を覆う青色の炎が電気の通りを阻害したのか、どうにか耐える事が出来た。

 

「調子に……乗ルなァ!!」

「――ッ!!」

 

 感電の影響で動きが鈍りそうになるが、右の拳で受け止めた刃を強引に弾き返し、体勢を崩した所へそのまま左の拳を抉るように振るう。

 狙いは、赤い竜人の腹部にあたる外殻の鎧に覆われていない蛇腹。

 鈍い音と共に赤い竜人の口から苦悶の声が漏れ、打撃の衝撃に押された体が後退する。

 

(チッ、痺れテたかラ上手ク力が入ラなかッたカ。ダが……)

「……十分効いテるみタイだなァ?」

「…………」

 

 拳に打たれた赤い竜人の腹部から、黒い煙が立っていた。

 振るう拳そのものの威力は抑えられてしまったが、その表面を覆う青い炎が竜人の蛇腹を拳の直撃と同時に焼いたのだ。

 その痕はしっかりと残っており、赤い竜人が火傷をしてしまった事は間違い無かった。

 痛みを感じているのか、その表情もまた苦いものに変わっている。

 

(……意外と電撃モ耐えラレるもンだな。こンな程度なラ、わザワざ下がル必要も無かッたか)

「あンま抵抗すッと、そノ女の命だケじゃ済まサねェゾ。こチトらそノ気になリャお前ともッと『近い』ヤツを狙ッてモいインだ」

「…………」

 

 言葉に、竜人は身構える。

 そんな事をさせるつもりは無いと、言外に告げるように。

 しかしその一方で、身構えるだけで具体的なアクションに入ろうとはしていない。

 単に魔人の動きを警戒しているのか、あるいはどうすれば魔人に有効打を加える事が出来るのかを思案しているのか、どちらなのかは当人にしか解らない話だが、どちらにせよ魔人がやる事は変わらない。

 赤い竜人――司弩蒼矢の脳に恐らくは宿っていると推測されている『魔王』の力を引き出させ、その力ごと自らが属する『組織』に取り込む。

 その目的を果たす過程で何らかの形で司弩蒼矢の精神に負荷を与え、その脳に宿る『魔王』への覚醒を促さなければならず、そのためには倒れている女こと磯月波音を殺す事が現状最も有用な方法となったのだが――当の司弩蒼矢が盾になるような形でそれを妨害してくるのは、率直に言って好ましく無い流れだった。

 何故なら、

 

(……洗脳すルには、悪意ヲ溜メ込ませル必要ガあル)

 

 そう。

 そもそもの問題として、彼の言う『組織』が用いる事が出来る洗脳という手段自体が、無条件で相手を従わせられる都合の良い方法では無いのだ。

 明確な条件が存在し、それを満たせなければまず成功しないもの。

 そして、その満たさなければならない条件の核こそが、人間なら誰しもが持ってて当たり前の感情――悪意だった。

 それは怒りや悲しみ、絶望や嫉妬のような負の念を抱くような出来事、あるいは要因と共に湧き上がるものだ。

 初対面の目で傍から見ても判るレベルで、間違い無く赤い竜人に成る前の司弩蒼矢はその条件を満たすに足りる程の悪意を溜め込んでいるはずだった。

 だが、今は違う。

 磯月波音という庇護の対象を得た事で、善悪の天秤が定位置――あるいは善性の方へと傾いてしまっている。

 こうなると、まず洗脳は成功しない。

 とはいえ、磯月波音を殺し司弩蒼矢に強い悪意を抱かせるためだけに時間を掛け過ぎると、突然乱入して来た兎耳の女のように予定外の障害(イレギュラー)が湧き出る可能性もある。

 手間を後回しにしてでも、この場を手短に済ませるべきだ。

 速やかに司弩蒼矢を一旦戦闘不能な状態にし、身柄を回収して『組織』の拠点へと向かう。

 車を用いて人気の無い建物にわざわざ寄ったのは、この一件を察知して動くかもしれない()()()()()()()を誘き寄せ、事前に待機している『組織』の戦闘要員達の手で対応させるために過ぎないのだから。

 司弩蒼矢の身柄さえ確保出来れば、このような寂れた場所に用事は無い。

 

(手負イとはいエ、縁芽苦朗ガ発揮しテいるノは『魔王(ベルフェモン)』の力。奴等が失敗すル可能性も否定ハ出来ねェ。サっさトこッチの用事ヲ済ませルべきだ)

 

 魔人は、無言で両腕の鎖を伸ばす。

 先の攻防で、竜人が取り扱う電気の力が、デスメラモンの能力で抵抗可能なものである事は理解出来た。

 現実世界においても炎と電気の関係性は未だ謎が含まれている所もあるが、デジモンが放っている攻撃が個々の属性に基づいたデータの塊だとすれば、炎と電撃という二種類のデータが互いに互いの侵入を拒み合った結果だと解釈する事も出来る。

 だとすれば、魔人はただ自らの火力を高く維持しておけば良い。

 電撃を皮膚で直接受けてしまうと痺れてしまうのであれば、燃える鎖を拳に巻き付けたりする事で間に挟んでしまえば良い。

 それだけで、赤い竜人が用いる攻撃のほぼ全てを確実に耐える事が出来る。

 

 ――そう結論付け、いざ駆け出そうとした時だった。

 

「――――」

 

 赤い竜人の口元が、小声でも漏らすように動いていた。

 その視線は確かに自分の方に向けられているにも関わらず、魔人には何か別の意図を感じずにはいられなかった。

 そして、その考えは間違っていなかった。

 直後に、動きがあったのだ。

 赤い竜人ではなく、その戦闘能力から脅威を感じていなかった兎耳の女の方に。

 その端役はダメージを感じさせない機敏な動きで赤い竜人の近くに寄ったかと思えば、その後ろで倒れている磯月波音の体を速やかに両腕に抱き抱える。

 ――この場から逃がすつもりだ。

 

(――チィッ!!)

 

 意図を読み取った魔人がようやくそこで駆け出したが、それよりも早く赤い竜人もまた魔人に向けて再び駆け出していた。

 走りの勢いのままに稲妻の刃と鎖で覆った拳が衝突し、その衝撃が音となって響く。

 その間に兎女は磯月波音を抱えたまま、建物の出口へ向かって行く。

 視線を魔人に向けたまま、赤い竜人は言葉を放った。

 

「彼女を頼む!! 何処か安全な場所まで逃げてくれ!!」

「頼まれたけど!! この人を悲しませたくないのなら、あなたも無事に帰って来るように!!」

 

 そう言葉を返し、兎女は磯月波音を抱えたまま建物の外へと出て行ってしまった。

 司弩蒼矢に悪意を抱かせるために使う予定だった要素(ピース)を見す見す逃がされ、魔人は苛立ちに火力を増していく。

 

「テメェ……何か口走っテルと思えバ……!!」

「もし聞こえてたら、間違い無くお前はあの子を連れ出す事を邪魔したはずだ。あの兎の長い耳なら、例え小声でも『聞き取って』くれると思ってたよ」

 

 至近距離で炎の熱に炙られているにも関わらず、赤い竜人の表情には微かに笑みさえ浮かんでいた。

 その表情は自分の狙い通りに事が進んだ事に対する喜びからか、あるいは苛立つ魔人に対する一種の強がりのようなものなのか。

 どちらにせよ、状況が赤い竜人の望む形に近付いている事に対し、本来悪意を抱かせようとしていた魔人の方こそが負の情を燃やしていく。

 その有り余る熱に、思わずと言った調子で悲鳴を漏らす者がいた。

 兎女の不意討ち染みた一撃によって気絶し倒れていた、魔人と同じ『組織』の一員である男だ。

 

「――(あつ)っ!! (あつ)ゥッ!! ちょっ、何がどうなって」

「よウやく起キヤがったか馬鹿野朗!! さッサと逃げタ女どモヲ追いやガれ!!」

「はぁ!? おまっ、逃げたってどういう」

「イいカラ行け!!」

 

 熱に叩き起こされて早々に怒りの声で鞭打たれ、男は半ば状況も把握出来ぬまま建物の出口へと向かって走り出す。

 それを見た赤い竜人は稲妻の刃を振るう腕の力を意図して弱め、腕力に押される形で魔一から一旦離れると、口からその体積には収まらないはずの量の水を高圧で素早く吹き出す。

 しかし、魔人がその体でもって竜人の放った水のブレスに素早く割り込み、兎女の追撃に向かう『組織』の男に届かせぬようそれを防いだ。

 魔人の体に直撃した水流は瞬時に水蒸気へと変じ、その間に男は建物の外へと走り去ってしまう。

 赤い竜人は目を細め、疑念交じりの声を漏らした。

 

「……二人掛かりで戦った方が良かったんじゃないか?」

「笑わセンな。今ノお前如き俺一人デ十分だ」

 

 棄てられた建物の中にて怪物が睨み合う。

 炎の魔人の熱気に景色が歪み、竜人の額からは汗が滴る。

 どちらの力が上かなど、目に見えて明らかだった。

 

「いイ加減に諦メやがレ。オ前の性能(スペック)じゃ俺にハ勝てねェ。あノ逃げた女共モ、追ッた仲間ガ確実に捕まえル……いヤ、そウなる前にあノ裏切り者ハ死んじマうかもなァ?」

 

 それが現実のはずだ。

 それは簡単に覆せる事実では無いはずだ。

 にも関わらず、赤い竜人は焦りの色を一向に見せない。

 

「……何ダ、その自信。何処かラ湧いテ来ヤガる……?」

 

 思わず疑問の声を漏らす魔人には、確かな違和感があった。

 追い詰めているはずなのに、逆に追い詰められているかのような、予感が。

 それは、あるいは単純に自分(デスメラモン)よりも性能の高いデジモンの力を行使している者を相手にしたとしても感じる事が無いであろう未知の感覚だったのかもしれない。

 赤い竜人は真っ向から言葉を返す。

 

「そんな事解らないし、解ったとしてもお前に教える理由は無い。ただ、あの子達に死んでほしくない。不幸な目に遭ってほしくない。それだけだ」

「だッタらお前ガさッサと諦めレば良かッたダろうに。無駄ニ足掻こウとした結果、アの女ハ二回モ裏切るハメにナったンだかラな」

「確かに、事の原因はこっちにあるのかもしれない。けれど、それはあの子がお前達に殺される事を許す理由になんかならない!!」

「あノ女ニ、そンナ風に身を削ル価値があるもンか? ソもそモそレだケの力を振るエルのなラ、もット楽に幸福っテやツを手に入レる事が出来タだロウにヨ。自分かラ苦しイ目に遭ウ道を選びヤガって」

 

 事前に、司弩蒼矢が病院送りになった原因は魔人も調べて知っていた。

 トラックに轢かれる所だった少女を助けるために身を乗り出し、結果として助ける事は出来たものの片腕と片足を潰されてしまった事を。

 正直に言って、馬鹿な事をしたという感想しか思い浮かばなかった。

 仮に助けた相手が知り合いか何かであったとしても、下手をすれば死んでいたかもしれないのに。

 デジモンの力に覚醒していたならまだしも、ただの人間の体のまま行うにはあまりに無謀で愚かな行動。

 理解も共感も称賛も出来ない。

 まして今、似たような理由で身を削ろうとしているのであれば尚更だ。

 思わず、嘲る言葉が漏れた。

 

「そンナに楽しイか?」

「……楽しい、だと……?」

「ヒーロー気取りガ、偽善が。他人のたメに犠牲になッて、苦しサや痛みヲ引き受けテ何になル? 世の中にハもッと楽しサを、幸福ヲ感じラレる事があルってノニ」

「…………」

「本当に馬鹿馬鹿しイな、お前。そンナだかラ腕と足ヲ潰されンだヨ。助けらレた奴かラ礼でモ言わレたか? そンな言葉だケで、失ッたもンと釣り合イガ取れタとでモ思ってンのか?」

「……思ってなかったさ」

 

 意外にも、竜人は問いに対して肯定の意を口にした。

 素性も知れない相手のために失ったものは、得たものと釣り合っていなかったと。

 だが、直後にこんな言葉を発してきた。

 

「思ってなかったから、()はあんな事をした。意識の有無に関わらず、関係の無い人を傷付けた。それはきっと許されない事だし、()自身許したくない事だ」

 

 それは、自らに対する懺悔であり。

 

「だけど、そんなどうしようも無い()を助けてくれた人がいた。優しく声をかけてくれた人がいた」

 

 それは、誰かに対する感謝であり。

 

「……だから、今度は()の番だ」

 

 それが、戦う事を選んだ竜人の決意だった。

 言葉が紡がれる度に、魔人の耳が電気の弾ける音を聞き取る。

 最初、それは必殺の技を放つ予兆かと思っていた。

 しかし、よく見ると稲妻の刃にのみ溜まっていくはずの青白い電光が、刃どころか竜人の体表からも生じ始めている。

 

(パワーヲ高めスぎテ、電力ノ制御に失敗しテイる……? いヤ、これハ……)

「何処かにいるのかもしれない正義の味方が間に合わないのなら、それほどまでに救いが無い所に引き摺り込まれているのなら」

 

 それは、まるで。

 ()()()()()()()()かのようだった。

 このような技能を有しているなど、事前に知る事が出来た情報の中にも存在しない。

 いいや、そもそもの問題として可能であると思えない。

 下手を踏めば、それは紛れも無い捨て身の手段だというのに……っ!?

 

「テメェ、ソの電気ノ使い方ハまさカ……ッ!?」

「助けてみせる。どんなに自分勝手でも、()()の力でだ!!」

 

 言葉の直後だった。

 竜人が一歩を踏み出したと思った時には、既にその体が視界いっぱいに広がっていた。

 接近して来る、と認識する間もなく肉薄されたのだ。

 

「――ッ!!?」

 

 振るわれる稲妻の刃を鎖の巻き付いた腕で咄嗟に遮ろうとするが、構えが間に合わない。

 刃が、魔人の左肩から右腰までをなぞるように切り裂く。

 受けた傷そのものは浅いが、確かな痛みと共に強い痺れを感じさせた。

 しかし、魔人からすれば受けた痛みよりも、竜人の動きに対応出来なかった事実に対する驚愕の方が強かった。

 

(速イ……っ!?)

 

 負けじと右の拳を竜人の顔面目掛けて放とうとするが、竜人は刃を振るった勢いを殺さず回転するように動く。

 遠心力に従い、その長い尻尾が稲妻の刃に続いて回し蹴りかのように腹部へ振るわれる。

 バチィン!! と、軽快ながらも強く鋭い音が響き、威力に押される形で魔人の体が強制的に後退させられる。

 その力強さと、動作の速さ。

 思い当たる節は一つしか無かった。

 

(コイツ……!! 刃だケじゃネぇ、()()()()()()()()()()()()()()()!?)

 

 世の中にはEMSという、筋トレに使われる器具(グッズ)がある。

 電気刺激によって筋肉を強制的に伸縮させ鍛える――基本的には肌に付ける事で効果を発揮する代物だ。

 恐らく、メガシードラモンの力を行使している司弩蒼矢の動作が急に速く、そして力強くなったのはそれと同じ原理だろう。

 元々、メガシードラモンという種族には『サンダージャベリン』という必殺技を実現させるため、頭部の外殻の内に発電装置が組み込まれているらしい。

 確かに、構造が同じであれば体の各部に存在する鎧にも同じように発電装置が組み込まれていてもおかしくはない。

 だが、もしも本当に同じ発電装置を用いている場合、今の司弩蒼矢は必殺技として用いられるレベルの電力を体に流し込んでいる事になる。

 そんなものに、筋肉は愚か内臓は耐えられるのか。

 サンダージャベリンはあくまでも、自身の生体電気ではなく『装置』という明らかに生物感の無い外付けの武装によって成り立っている必殺技のはずだ。

 メガシードラモンという、ただでさえ電気を通しやすい『海』の性質を宿した水棲型デジモンの生身の肉体そのものに、必殺技レベルの電気に対する耐性が存在するとでも言うのか……!?

 

(チィッ、こンナ情報『図鑑』にハ無かッたゾ!! さッキ不意打ちトハ言え吹っ飛バさレたのはアレガ原因か!!)

「調子に乗るナよ成り立テ風情がァ!!」

 

 憤怒の形相で共に魔人は両腕に巻き付いた鎖を伸ばし振るう。

 竜人は咄嗟に稲妻の剣で鎖を弾こうとするが、その対応が災いしてか左腕側の鎖が稲妻の剣に絡み付き、その動作を封じていた。

 それを確認した魔人は絡み取った左腕側の鎖を掴み竜人の動きを封じつつ、自らの必殺技を放つために一度息を吸おうとする。

 だが、直後に竜人は予想外の行動に出た。

 稲妻の剣に絡み付いている魔人の鎖を、帯びた炎で火傷する事にも構わず空いた左手で掴み取ったのだ。

 引き寄せ、もう一方の右手にも同じく鎖を掴み取らせる。

 そして、

 

「がああああああああああああああああっ!!」

 

 咆哮にも等しい叫び声が聞こえた、次の瞬間だった。

 魔人の体が、唐突に()()()

 

「――ッ!! 何ッ……だトッ……!!?」

 

 その原因を、魔人には信じられなかった。

 鎖を両手で掴んだ赤い竜人が、その膂力でもって鎖を伸ばし放った張本人たる魔人をハンマー投げでもするように振り回し始めたのだ。

 確かに体に電気を流す事で身体能力を向上させている事は既に予測がついていたが、それでも体内に溶けた重金属を蓄えた魔人の体重を鎖越しに振り回せるほどに強化されているとは思ってもいなかった。

 あるいは、魔人の方も両手で鎖を引こうとしていれば膂力の面で拮抗させる事は出来たかもしれないが、足が地から離れてしまった今となっては最早手遅れだ。

 渦でも描くような軌道で魔人の体を鎖越しに頭上で振り回すと、竜人はその勢いのまま鎖を振り下ろす。

 当然、魔人の体は地面に叩き付けられる。

 その衝撃は、落着した地点に広く亀裂が生じるほどだった。

 

「ぐ、ガァ……っ!!」

「……ぐっ、それだけ重いんだ。自分が与えた痛みぐらい、しっかり伝わっただろ」

 

 燃え続ける鎖を掴んだ事で火傷していると思わしき両手を放し、竜人はただ事実を告げる。

 辛うじて頭から落ちる事だけは避ける事が出来た魔人だったが、それでも自らの重さをそのまま攻撃力に転換したに等しい一撃を受けて、苦悶の声を漏らす事は避けられなかったらしい。

 実際、かなり堪えていた。

 皮肉にも、それは司弩蒼矢が赤い竜人に成る前の姿だった頃と殆ど真逆の形。

 屈辱だと感じ、魔人が更なる怒りを覚えるには十分な構図だった。

 

「仕返し、ノ……つもリかテメエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 体から噴き出ていた、あるいは漏れ出ていた青い炎の勢いが更に増す。

 人らしい肌色の部分も殆ど覆い隠され、炎の鎧は大気を焼き、生物が呼吸をする上で必要な酸素を奪う。

 酸素の損失は肉体的な構造が人間に近い魔人にとっても苦しさを覚える要因となるはずだが、怒りに身を焼く彼の意識はそちらの方にまで向かない。

 組織の目論見からも私情からも許し難い態度と行動を取った司弩蒼矢の希望を叩き潰す――そんな悪意が今の彼の燃料となっていた。

 

(馬鹿ニしやガって。イイ気にナりやがッて。潰しテやル。這イ蹲らセてヤる。くソ、何でこンな事にナってンだ。奴は明確に絶望しテたはズだッてのに。()調()すル切っ掛ケは作レていたハズだっタのニ。『魔王』の力ガ暴走しテ暴レたとカなラまだシも、俺ガあンな姿の力技で倒れサセらレるなンて。全テあノ女共の所為ダ。殺シてヤる。抗えナいようニした後、奴等の死体デ二度トそンな眼が出来ねェようニ心ヲ折ッてやル!!)

 

 思考は回る。

 今この状況で、司弩蒼矢の戦闘能力を奪うために最も有効で、尚且つ爽快感を得られる手段は何かと、彼の頭の中に根付いた悪意に基づいて行動が算出される。

 言葉の上では平静を装おうとしているが、現時点で竜人は最低でも両手と腹部の三箇所に火傷を受けており、それは今も尚鋭い痛みを発しさせ続けているはずだ。

 ここまで足掻くことが出来ている理由も、あくまで全身各部に存在する発電機能付きの外殻の鎧と、そこから流される電力の恩恵を受ける事で急加速的に能力を引き上げた脚力によるものだ。

 

(かと言ッて足ハ簡単にハ狙えねエ。鎖で叩いタり縛ッたリしよウとしてモ当たラナいなラ単なル隙にしカならン。……なラ、そモソも()()()()()()()()

 

 そこまで考えると、魔人は息を大きく吸い、

 

炎熱解鋼(ヘヴィーメタルファイアー)ァァァ!!」

 

 直後に魔人の口から放たれたのは、青色の炎のように見える何か。

 その正体は、体内に蓄えられた重金属を溶かした、ある種の溶岩にも等しいもの。

 デスメラモンという種族の代名詞たる必殺の攻撃方法。

 鋼鉄を容易に溶かす熱を伴ったそれを、魔人は自らの足元に向けて放っていた。

 灼け溶けた重金属は、さながらこぼれ落ちたジュースのような滑らかさで廃棄された建物の硬い床に広がっていく。

 

「――ッ!!?」

 

 それを見た赤い竜人は驚きの表情を浮かべると、すぐさま口から大量の水を吹き出し足の踏み場が奪われるのを阻止しようとする。

 だが、赤い竜人の放つ水の吐息(ブレス)は大量の水蒸気を発生させると共に重金属を液体から固体へと変じさせる事が出来ているものの、その行動によって青色の進攻を防ぐ事が出来るのは正面のみ。

 固まった金属の塊の左右からはその元の姿である青色の溶鉱が流れ、赤い竜人の陣地を確実に奪っていく。

 そして、魔人が青色の溶鉱を吐き出す事を止めた頃には、赤い竜人の足を付けられる場所が殆ど無くなっていた。

 左右に避け場は無く、逃げ場たる後方には建物の壁。 

 魔人の周囲には青い溶鉱が流れ込んでいて、下手に切り込もうとすれば足を火傷どころか炭化させかねない。

 最早魔人自身が手を下さずとも、肉を炙り尽くす環境そのものが赤い竜人の体力を確実に奪っていき、それを打破しようと力を振るえば魔人に対して隙を晒す事になる状況。

 実際問題、熱に晒されている赤い竜人は呼吸も荒く、苦しげな表情を浮かべていた。

 火傷の痛みもそうだが、熱に体力を奪われ続け、遂に疲れを自覚してきたのだろう。

 

(今度ハ油断しねェ。また鎖ヲ掴まレようガ、あンだけ疲労しテるなら膂力デ負けル要素も無い)

「終わリだ。そノ鎧のカラクリにハ驚いタが、どンなに速クなッても足場が無けレば意味ねェだロ?」

 

 後は飛び道具だけを警戒しつつ、鎖による攻撃で一方的に攻撃していけばいい。

 その事実に魔人は笑みを浮かべ、自らが放った青い溶鉱の上を歩き近寄っていく。

 自らの攻撃をしっかり命中させられるように。

 赤い竜人にはこれ以上、何も有効な手を打てない事を確信している故に。

 得意とする水や冷気を用いた技を用いても、魔人の火力の前には焼け石に水でしか無い。

 これまでの戦闘の内容からも、竜人は目で見て理解しているはずだ。

 不意打ちに等しい形で魔人に対して何度か攻撃を当てる事に成功こそしていたが、それでも水を用いた攻撃だけは大して通用していなかった事を。

 その結果を見れば、冷気を用いた攻撃がまず通用しない事も察しているに違いない。

 

「諦めロ。お前ニ味方すルもンはこれ以上誰モ、いヤ何もねェぞ?」

 

 司弩蒼矢は言葉で応じなかった。

 代わりに魔人に対して三度目の水の吐息を吹き掛けてくる。

 身体能力の強化の恩恵からか、水の勢い自体は強くなっているようだが、結局は魔人の青い炎の鎧に触れると同時に大量の水蒸気となって霧散するだけとなった。

 返す刃で魔人は炎を帯びた鎖を伸ばし、竜人の体を連続して打つ。

 竜人は稲妻の剣を用いて鎖の連撃を弾き、隙を見ては水の吐息(ブレス)を何度も放ち攻撃してくるが、結果は変わらない。

 やがて鎖の攻撃にも対応し切れなくなり、体から発せられていた青い電気も弱まり、遂には片膝を地に付け、息も絶え絶えな姿を晒していた。

 

「何ナら祈ッてみロよ。誰カが助けニ来てくレる事を。どウせまタ足手纏イだロうがナァ?」

 

 悦に浸った笑みと共に魔人は存分に嗤う。

 略奪者の、加害者の、悪党の愉悦がそこにあった。

 誰が見ても、最早勝敗など決まったと思える光景だった。

 なのに、

 

「……なら、本当に助けを求めてみるさ」

「――あン?」

 

 竜人は突如としておかしな事を口にした。

 その声に揺らぎは感じられない。

 まさかと思い、女達が逃げた建物の出口の方へ振り向いてみるが、誰の姿も見当たらない。

 ハッタリか、と結論付けて竜人の方へとすぐに振り返る。

 その時だった。

 

氷の吹き矢(アイスアロー)!!」

 

 不意打ち染みたタイミングで、竜人の口から技の名前が唱えられた。

 それは、竜人が今の姿に至る前の頃にも用いていた、口の中から冷気と共に氷の矢を放つ技だ。

 同系統の種族として、進化した後になっても使える事を元々予測は出来ていた。

 だが、水の息吹(ブレス)を放った時とは異なり、その狙いは魔人ではなく建物の天井に向けられていた。

 

(……何ダ、上……?)

 

 疑問を覚え、釣られるように魔人は上方に視線を動かす。

 そこで、彼は確かな異分子(イレギュラー)を目にした。

 

「……()、ダと……!?」

 

 廃棄された建物の、空など見えない天井(てんじょう)

 そこに、本来であれば空にしか見る事が無いはずの雲が形成されていた。

 

(馬鹿ナ……雲なンてこんナ場所ニ発生すルわけガねぇ。何だ、一体何ガ原因で……)

「驚くほどの事でもないだろ。雲なんて今時理科の実験でも作れるようなものだ」

 

 冷気を吐き出す事を止めた竜人が、疑問を生じさせた魔人に対して言葉を発する。

 

()自身物理学者じゃないから詳しくは知らないけど、雲っていうのは要するに大気中に固まって浮いた水滴や氷の粒の事。熱湯から出る湯気や氷から出てくる白い煙だって、ある種の雲と言ってもいいものだ」

「……まサ、か……」

「確かにこっちが放った水の攻撃は確かに水蒸気になって霧散した。けど、決してそれは『無くなった』わけじゃない。お前と言う焼け石に当たった後、あの天井に『溜まり』続けていたんだ。そして、お前は頼まれなくても勝手に熱気を作り、上昇気流を生み続けていた。その体だってそうだけど、何よりこの青い溶岩みたいなものがトドメになったよ。大量の水蒸気が上がった状態で、これだけの熱気。後は冷やすだけで条件は満たせる」

 

 そのために、竜人は冷気を上方に放っていた。

 確かに、魔人の言う通り、空に存在するほどに巨大なものは発生させられないが。

 広がる範囲を建物の天井に限定させれば、局所的と言えど『雲』を生み出す事は不可能ではない。

 そして、

 

「ある程度の大きさを伴った雲さえ浮かべば、()()()()

「……ッ!! テメェ!!」

 

 竜人の狙いに気付いた魔人が攻撃をしようとする。

 しかし、その前に竜人は口から再び冷気を雲に向け、素早く吹き掛ける。

 それが最後のピースとなった。

 魔人が鎖で竜人の体を打った時には手遅れだった。

 局所的に作られた雲に大量の細やかな氷の欠片が冷気と共に放り込まれ、雲の中の水滴を強制的に冷却させる。

 数多の水滴は瞬時に氷の欠片となり雲の中を落ちていくが、それ等は途中で全て魔人が生み出した溶鉱の熱気に溶かされ雨粒となり。

 結果として、これまで竜人が放ってきた水の攻撃と、大気中に存在していた水分全てが雨という形で降り注がれる事となる。

 自然現象としての雨に比べれば大した雨量にはならないが、それでもこの場に広がった青色の溶鉱を冷やし固めるには十分な量が降ることだろう。

 文字通り頭を冷やされた魔人が、声を漏らす。

 

「こレが、狙いダッたっテのカ……? 最初かラ、雲ヲ作るたメに水の攻撃ヲ……!?」

「……最初からではないさ。そもそもお前が辺り一面を青く燃やすまで、打開のためとはいえこんな回りくどいやり方はやろうとも考えなかった。ただ、闘っている内に作れる条件が勝手に揃ってくれていたから利用しただけだ」

 

 確かに、天井に浮かんだ『雲』を形成するための要素は戦闘の流れで自然と生じていったものだ。

 水の吐息(ブレス)から生じた蒸気と、魔人の体や溶鉱から吹き上がっていた上昇気流。

 あくまでも竜人はそこに冷気という最後のピースを放り込んだだけなのかもしれない。

 だが、足の踏み場を奪われた直後の攻撃に、電気による攻撃ではなく魔人に通用しないはずの水の吐息(ブレス)を選んでいた理由が、雨雲を作り出すための意図的なものであったのなら。

 この竜人は、ずっと早い段階で天井の水気に気付いていたという事になる。

 戦闘中、頭上に余所見をするような余裕を与えた覚えは無い。

 その目で見ることなく、大気中の水分を感知していたとでもいうのか?

 

「そンな、コんな……ゴ都合主義な事ガ……あッテ堪るカ!?」

 

 雨が降り注ぎ、場を支配していた熱気が薄れていく。

 大抵の水や氷を用いた攻撃を霧散させていた炎の力が、削ぎ落とされていく。

 どんなに協力な炎であろうと、大量の冷水の前にはその熱を殺されるのが定めだと言うように。

 焼け石に水という言葉にも、限度があると言うように。

 そして、一方で竜人は疲労し片膝をついていた様子から一変――まるで雨に活力を貰ったかのように立ち上がり、再びその身から青白い電光を迸らせる。

 静かに、告げる。

 

「……終わらせるぞ」

「もウ勝っタ気になッてンじゃねェ!! たかダか雨ヲ降らセた程度デいい気ニなりヤがッて!!」

 

 竜人の言葉を断ち切るように魔人は叫び、再び必殺の技を放つため呼吸をしようとする。

 しかし、その前に赤い竜人は魔人に向けて左手を翳し、次なる言葉を紡ぐ。

 

海を制する竜の威(メイルシュトローム)ッ!!」

 

 まるで呪文のような言葉が発せられた直後だった。

 建物の内部に降り注ぐ雨粒や、充満する蒸気――そういったこの場一帯の水気の全てが一つの水流と化すように渦を巻き、横向きの水の竜巻へと変じて魔人の体を一息に飲み込んだ。

 それは本来、水中戦でしか使えないはずの技だった。

 自らの意思でもって海流を操作し、荒波や渦潮を作り出す――メガシードラモンという種族が用いる事の出来るもう一つの技。

 ……そのカラクリを、あるいはかつて司弩蒼矢と闘ったお人好しの男であれば即座に看破出来たかもしれない。

 辺りに存在する全ての水――その性質を海水のそれへと一斉に変化させ、メガシードラモンの『海流』を操る技の条件を強制的に満たさせたのだと。

 

(馬鹿、な……ッ!!)

 

 水の竜巻に飲まれた魔人はまるで身動きが取れず、何とか地に足を着けて流れに抗おうと踏ん張るのが精一杯な状態になっていた。

 体から炎を吹き出し、竜巻を構成する水を霧散させようと試みるが、それも失敗する。

 一方で赤い竜人は水の竜巻の中へと自ら飛び込み、そのまま流れに身を任せ魔人に向かって突撃する。

 全身から雷光を輝かせ、稲妻の剣を正面に構え、さながら敵を貫く一本の矢と化す。

 最早、魔人には回避する事も防御する事も出来なかった。

 故に、これがこの闘いに決着を着ける一撃だった。

 竜人が叫び、魔人が意識を失う直前に聞いた、その必殺技の名は、

 

深闇貫く雷光の矢(スプライトアロー)ォォォッ!!!!!」

 

 稲妻が轟き、悲鳴すら掻き消えて。

 魔人の意識は、暗闇の中に沈没した。




……というわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

途中に段落を挟む間も無くぶっ通しで戦闘パートです!! いやまぁ実をいうと好夢が波音を抱えて逃げた辺りで切って別の視点を取り入れる案もあったのですが、せっかくの初陣。せっかくの覚醒直後の戦闘回。ここは流れを殺すことはせず、一つの戦闘を最後の最後まで描写し切ることにさせて頂きました。

縁芽苦朗視点の一対多の戦闘とは異なり、完全体同士の一騎打ち。メガシードラモンの力を宿した蒼矢くんの力を表に出していく関係で、今回の視点は悪党サイドにしました。押しては引いてを繰り返し、互いに打てる手を打ち尽くす……を意識して書いたのですが、結果としてせっかくのスピード感を殺してしまったかもしれません。特にEMSのくだりの辺り。評価が絶対分かれるやーつ。

話を見てくれた方にはわかる通り、蒼矢くん完全体仕様の戦闘能力はかなりオリジナルに寄らせてます。本来頭部にあったブレードは普通に武器として使い、発電装置は外殻の鎧が全身各部に存在するようになった事で新たな使い道が生まれ、シードラモンの頃に使えていた水冷系の技も完備……と。今回でこそ最後を除いて陸上戦闘だったのですが、これが水中戦になると更に性能が向上するので、普通に強キャラです。

……なので、対抗馬として視点を担わせたデスメラモンのデューマンも必然的に強キャラになりました。デューマンとしての『変換』の能力は大して活かされていないのですが、感情による火力のブーストなどもあって熱いわ硬いわで蒼矢くんにとってはマジで相手が悪い部類。ぶっちゃけ『雨雲を作る』という発想が浮かばなかったら足元潰された時点で殆ど詰んでましたからな!! 背後の壁をブチ抜いて逃げるしかねぇ!! 

さて、これでひとまず蒼矢くんサイドの戦闘は一段落なわけですが、まだ状況は終わってません。

逃げた好夢ちゃんや、縁芽苦朗と牙絡雑賀の話がまだ終わってませんし、そもそも磯月波音の問題だってまだ『解決』してませんからね。

次の視点が誰のものになるのか、時間は掛かるかと思われますが楽しみにしてくれると幸いです。


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七月十四日――『祈りよ、冷たき現実を照らせ』

 更新が遅すぎる(定番になってはいけない事実)。
 そんなわけで、今年初となるデジストの更新でございます。
 第二章もクライマックスに突入しているので更新はもっと早めないと……去年の内に終わらせたいと思っていたのにこの始末とか笑えないわー!!


 横方向に渦を巻いた水流が、電気を帯びて風船のように爆ぜる。

 大量の水が壁や床を叩く、雨にも似た音が屋内に響き渡る中、赤い竜人――司弩蒼矢は立っていた。

 彼が背後へと振り向くと、その視線の先には敵対者たる黒い礼服を身に包んだ『組織』の男が、意識を失い仰向けに倒れていた。

 その有様は、赤い竜人と炎の魔人の戦いの勝敗を明確に示していた。

 

「…………」

 

 雨音が途切れ、行使した技の影響で水浸しとなった屋内には静寂が訪れていた。

 敵対者である魔人が意識を失い、元々の姿であった人間の姿に戻るとほぼ同時に、彼の能力で辺りに満ちていた副産物たる冷え固まった鉄は最初から存在しなかったかのように消えていた。

 溶鉄を口から吐き出していた魔人が元に戻ったことによる影響だろうか。

 この分だと、竜人が元に戻った場合も同じように足元を浸している雨水が消えたりもするかもしれない。

 ……その事実自体も、あるいは重大な謎に関わる話なのかもしれないが、今の司弩蒼矢にとってはどうでもいい事だった。

 彼は魔人を倒しこそしたが、その姿を元の人間の姿に戻そうとはしない。

 まだ、この竜人の姿でやらねばならない事があるからだ。

 

(あの二人の安全を確保するまで、安心なんて出来ない。まずはどこに向かって逃げてくれているのか、調べて動かないと……)

『アテはあるのか?』

 

 蒼矢の呟きは思考という形でしかなかったのだが、応じる声が脳裏より在った。

 彼に宿っている(らしい)、リヴァイアモンと名乗る怪物の声だ。

 蒼矢はその声に対して、頭の中で自らの言葉を紡ぎながらも行動する。

 

(この男が本当に何らかの『組織』の一員として動いていたのなら、仲間と連絡を取るために電話ぐらいは持っているはずだ。まずはそれを……)

 

 蒼矢は目の前の、自らの技を受けて倒れ付す男の衣類に目をやると、それなりに高価に見える黒い礼服と同じく黒一食で薄そうな生地のズボン――そのポケットに右手を突っ込んでいく。

 その手が何か固いものに触れ、目当ての物が見つかったと判断した蒼矢は竜人の手でうっかり壊してしまわぬように『それ』をポケットから慎重に取り出す。

 取り出したものは、高校生として周りの人間達が手にしているのを見た事がある、割とありふれた型のスマートフォン。

 その画面を見て、空いた左手で触れると、蒼矢の表情が曇った。

 反応が無かったらしい。

 

(……壊れてる。無理も無いか……)

『正直機械に詳しくは無いんだが、あんだけの攻撃をぶっ放しておいてこんな薄っぺらい板みたいな物が何事も無いってのは考えにくいな』

 

 試しに電源キーを長く押し続けてみるが、電源が点く気配は無い。

 蒼矢自身予想していない可能性ではなかったが、魔人と化していた男が所持しているスマートフォンは既に壊れていた。

 戦闘の過程で魔人の体ごと水没させてしまったからか、魔人に向かって電気を用いた攻撃を直撃させたからか、あるいはそもそもずぶ濡れの手で触れてしまったからか――様々な可能性は考えられるが、恐らく濃厚なのは二番目の可能性だろう。

 近頃のスマートフォンは防水機能が付与されている機種が多く、むしろその機能を有さない機種を探す方が難しい。

 一方で、防電機能を備えたスマートフォン――及び機械など避雷器ぐらいしか聞き覚え自体が無い。

 そもそも常識の話として、10億ボルトの電圧を誇る自然の雷が電線に命中すると、充電中の携帯電話を含めたコンセントを繋いで機能させる家電製品が壊れてしまう可能性があるとさえ言われている。

 竜人自身、魔人を撃破するために全力で鎧の発電機能を行使していた。

 自然の雷と同じく10億ボルトとまでは言わなくとも、家電の許容量を超えた電圧・電流を有していた可能性は十分に考えられるだろう。

 他に手がかりとなりえる道具が無いかと辺りを見回すが、現時点で水浸し、少し前には一度溶鉱に一掃された建物内に『何か』が原型を留めて残されているとはそもそも考え難く、仮に『何か』が在ったとしてもそれが二人の少女の足取りに繋がるものである可能性は低い。

 むしろ、此処で微かな可能性を導き出そうとするよりは、外に出て実際に探しに向かった方が二人の少女の危機に『間に合う』可能性は高くなるだろう――そう考え、蒼矢は気絶した男を放置してひとまず建物の外に出る事にした。

 建物を出てすぐに、思わず内心で当然の疑問を呟いた。

 

(……何処だ、ここ……)

『少なくともお前が知ってる場所では無いだろうな』

 

 目の前に見えるのは、先ほどまで自分が連れ込まれていたものとは異なる建物がいくつも並んだ街並み。

 どの建物にも、焦げ痕か何かのように黒い色がちらほら見えている。

 足元に広がるのは、ひび割れすら所々に見える荒れたアスファルトの地面。

 率直に言って、都会――それも島国の首都の景色としては、昔に大規模な災害があってその跡地なのだと説明されても納得出来るほどに荒廃した有様だった。

 実際に起きたことが火災か地震かは知らないが、少なくとも真っ当に学生として生活していく上では立ち寄る必要すら無い場所に立っている事だけは蒼矢にも理解が出来た。

 ふと、自らが連れ込まれていた建物の方へと振り返ってみる。

 看板は見当たらなかった。外壁には他の建物と同じく黒い染みのような汚れが所々に見えていた。漂う臭気に好ましさは感じ取れなかった。

 ただ主観として、あるいは自分が生まれるよりも以前に存在していたと思わしき、何処かの企業が経済目的に建てていたものだと蒼矢は思った。

 戦いの場となった一階の空間自体、元は巨大な観葉植物か何かでも設置するためか、床から天井まで信号機の電柱程度の高さを有した空間が設けられていたためだ。

 ……仮にそうだとすると、戦いの終盤に魔人が吐き出した溶鉄が建物を支える柱を溶かし尽くしていた場合、機転を利かせて溶鉄を冷やし固めていなければ、いずれ建物が丸ごと倒壊してしまう可能性もあったのだろう。

 そうなった場合、溶鉄を放った魔人の男はともかく蒼矢は脱出する事が出来ず、崩落に飲み込まれていたかもしれない。

 

(……くそっ、どっちに向かったんだ……?)

 

 道標となるものが無い以上、どの方向へ進むかは直感で選ぶしか無い。

 だが、仮に兎の耳を生やしたあの少女が波音を担いで逃げた方とは違う方へと向かってしまった場合、少女達が魔人の属するらしい『組織』の者の手によって()()()になってしまう可能性は飛躍的に上がってしまう。

 少なくともあの少女は、自分の耳と足で『組織』が蒼矢を拉致した建物の場所を探り当てた以上、人気のある場所への逃げ道は理解しているはずだが、それでも人を担いだ状態ではあまり速く走る事は出来ないだろう。

 少女達が建物の外へと出たタイミングと、追跡者が建物の外へ少女達を追い出したタイミングも多少離れてこそいるが、逃げ切れるだけの十分な時間があったとは言い切れない。

 急がねばならない状況にありながらも、同時に間違えてはならないという事実が蒼矢の心に不安と焦りを募らせる。

 だが、それによって生じた躊躇は五秒にも満たなかった。

 

(……迷っていられる時間は無い)

 

 意識を研ぎ澄ますと同時、体の各部に存在する甲殻の鎧から――厳密にはその内部に組み込まれた発電装置から、蒼白い電光が迸る。

 それは速やかに全身内部に行き渡り、心拍を跳ね上げ五感を醒まし、全身の筋肉を強制的に伸縮させる事で運動機能を向上させる。

 まるで電気を纏ったかのような姿になった蒼矢は即断する。

 

(不足は文字通り足で補うしか無い。諦める理由に運なんて言葉を使ってたまるか……!!)

 

 駄目元で方向を決め、一息に駆け出そうとする。

 その、一歩目を踏み出す直前の事だった。

 

 ――突如として、右腕と右脚を除いた全身に鋭い痛みが生じた。

 

「――ッ!!?」

 

 まるで筋肉痛を何倍も悪化させたかのような、あるいは筋繊維の一本一本に針で穴を開けたかのような鋭い痛みに、思わずバランスを崩して右膝からくず折れる蒼矢。

 全身に纏っていた電気の勢いが衰え、口元から苦悶の声が漏れ出す。

 頭の中からリヴァイアモンの声が響く。

 

『……言わんこっちゃ無い。考えてみれば当然の事だぞ、痛いのは』

 

 その声もまた、少しだけ痛みに震えているようだった。

 肉体的にも精神的にも『共に在る』今、蒼矢が感じている痛みをリヴァイアモンもまた感じているのかもしれない。

 最初からこうなる事を理解していたかのような言い分に、蒼矢は思考で言葉を紡ぐ。

 

(……甲殻の中に仕込まれている装置によって電気の力を使えるって事を教えてくれたのは、リヴァイアモンじゃないか)

『それにしたって電気を自分自身の体に流しだすとかマジで正気を疑ったわけだが。ついでに頭にしか無かったはずの甲殻が鎧として体の色んなとこにくっ付いてるってのも、その全部に発電のための装置が仕込まれている事についても予想外だったわけだが。……何より、何で俺より先にお前がその事実に気付いてんの?』

(気合を入れたら勝手にああなってこうなっただけ。一から十まで解ってたわけじゃない)

 

 言葉を返しながらも蒼矢は膝を曲げた右脚を起点に立ち上がろうとするが、まるで麻痺でもしているかのように力が入らず、気付けば右脚だけでなく右腕もまた力が入りにくくなっていた。

 

 元々生身であった部位に対しての激痛、そして機械仕掛けと化していた部位の、痙攣にも似た感覚麻痺――原因はわざわざ問うまでも無い。

 

『いーしーえむ……だったか? それの理屈は知らんのだが、要は電気で無理やり動かしているわけだろ? 体を。ロクに加減もせずに敵殺せそうなぐらい全力全開の電気なんて流したら壊して当然だ。そりゃまぁ、多少の耐性は備わってるつもりだけどよ……』

(……こうでもしない限り、アイツを倒す事さえ出来なかったのも事実だろ)

『そこは認めざるも得ないが、もうちょい加減は出来なかったのかって話だ。最後の一撃の時に出してた電気の量だって、明らかに過剰だったしな。それで動く事も出来なくなったらそれこそ本末転倒だろうが』

 

 苦い表情を浮かべたまま立ち上がるが、体の内側から伝わる痛みは一向に途切れず、右脚と右腕の感覚は鈍いままだ。

 痛みは過度極まる筋肉の強制伸縮によって生じた筋肉痛と、炎と鎖を操る魔人との戦いによって受けたダメージによるものだと推測出来る一方で、右脚と右腕の感覚麻痺については不確定要素が多く、確証を持てるような回答を蒼矢には導き出せない。

 今の形に変わる前が人間の血肉ではなく機械仕掛けの擬肢であった事を考えると、莫大な電流に負荷が掛かり、人工の神経に障害が生じてしまっているのかもしれないが、そもそも変化する『前』の体の状態が何処まで変化した『後』の体に影響を及ぼすのかが解らないのだ。

 どちらの問題も、時間と金さえあれば解決出来なくも無い話ではあるのだろう。

 だが、今は痛みに悶えて立ち止まっていられるほどの時間も無ければ、動かしづらくなった義肢を修理するための金も場所も目に見える範囲には無い。

 少女達に迫る危機へ追い付くためには、全ての要因を飲み込んだ上で走るしか無い。

 痛みも不具合も承知の上で、改めて体に蒼色の電気を帯びさせる。

 

「……ぐうっ……!!」

 

 理解して尚、口から苦悶の声が漏れる。

 歯を食い縛って痛み耐えながら、路地を駆け出していく。

 だが、苦痛に耐える努力も空しく、駆ける速度は中々上がってくれない。

 不安と恐怖が、胸の内にただ募っていく。

 

(……くそっ、こうしている間にもあの子達が危険な目に遭ってるかもしれないのに……!!)

『気持ちは解ってるつもりだが、落ち着け。気合だけ先走って、先に体が壊れたら俺でもどうにも出来ないぞ』

 

 頭の奥から聞こえる怪物の声は、蒼矢とは対照的に焦りの色を感じさせないものだった。

 走ろうと奮闘しながらも、怪物の冷や水でも浴びせ掛けるような口ぶりに、蒼矢は苛立ちを覚えた。

 心の声で、思い浮かぶままの言葉を投げ掛ける。

 

(……どうして、そんなに冷静でいられるんだ)

『焦ってどうにかなる話じゃないからに決まってんだろ』

 

 真剣な声で、怪物はそう返していた。

 その言葉には、若干の苛立ちが込められているように思えた。

 

『本当に失敗したくないのなら、こういう時こそ冷静にならなきゃならない。今のお前のそれは全力とは言わねぇよ。ただの力任せだ』

(……けど、もっと速く走らないと、間に合わないかもしれない……)

『その前に辿り着けないだろ、そのままだと。疲れは気合でどうにか出来ても、体は気合だけで治せないってのは俺でも解る話だぞ。そりゃ一時的には馬鹿みたいな速さで動けるだろうが、それ以上は途中で体の方が駄目になるのがオチだ』

 

 そんな事は、言われるまでも無く解っているつもりだった。

 だが、怪物からの声でその事実を改めて認識して、ふと蒼矢は疑問を覚えた。

 もしかすると気付かぬ内に、自分は都合の良い方向に自らの行いを正当化しようとしていたのではないだろうか、と。

 例え自分の体が、与えて貰った機械仕掛けの手足が壊れてしまっても、それを許容さえすれば少女たちを救える可能性を見い出せるのなら構わない――と。

 実際はそこまで辿り着く事さえ出来ない可能性の方が高いというのに、そんな自己犠牲を前提とした理想論を前提に行動しようとしていた――その事実を、認識する。

 確実性を求めようとしているようで、自ら確実性を放棄しているようなものだと。

 心を落ち着かせ、体内に廻らせていた電気の力を弱めていきながら、彼は素直に怪物の知恵を頼る事にした。

 

(……だったら、どうすれば良い? ここは水場じゃないんだ。さっきやったように『海水』に変えた水を操作して擬似的に『海流』を作る、なんて芸当は出来ないと思うけど。その上で速く移動するための方法に心当たりは?)

『それなんだが、その電気の使い方と同じで、完全にお前のイメージに頼る形になるぞ』

(構わない。アイデアさえあれば、後はこっちで形にしてみせる)

 

 頭の中で意思を伝えると、怪物は真剣な声色でこう告げた。

 

『……確か、陸地だと氷ってのは「滑る」ものなんだよな?』

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 数分前、その身を兎と人間を混ぜ合わせた(それでいてバニーガールのそれとは異なる拳法着にも似た黄色い服に身を包んだ)獣人の姿に変えた縁芽好夢は、自分よりも年上と思わしき――彼女は知らないが磯月波音と言う名の少女の体を両腕で抱えながら走っていた。

 未知の力で身体能力を強化されているおかげか、その足取りは人間一人を抱えている割りには速い方だが、一方でその長い耳は確かに背後から迫る追跡者と思わしき存在の足音や息遣いを聞き取っている――距離を離すことに至っていない事は明白だった。

 逃げ始めた時点からひたすら勘を頼りに道は角に曲がったり、追跡者の目から逃れようと意識しているものの、芳しい結果には結びついていないようだ。

 

(……このままだと、追い付かれる)

 

 特撮番組にでも出演してそうな外見のイカの怪人、江戸時代の侍を思わせる風貌の鳥人、両腕に鎖を巻き全身を青く燃え上がらせた炎の魔人、片腕が『蛇』と化し脚が『尾』と化した青緑色の半漁人――そしてそれが『進化』したと思わしき、稲妻の剣を携え甲殻の鎧と赤い鱗に覆われた竜人。

 これまで見てきた、誰も彼もが何処かに『人間』の要素を含んだ姿をした異形は、外見の違いと同じくその身体能力にも明確な差異があった。

 こうして追い付いて来ている以上、恐らくは今の自分と同じ類の力を用いて異形と化しているであろう追跡者の足の速さは、最低でも少女を抱えて走っている自分を上回るものなのだろう――と好夢は走りながら確信する。

 実際問題、逃げる前に交戦した炎の魔人の力は明らかに自分が使っているそれより上で、その仲間であろう追跡者が宿す力もまた今の自分を上回っている可能性が高い。

 致命傷と言えるほどではないが、先の戦闘でダメージを受けている今、無防備な少女を守りながら追跡者と直接戦闘して勝てる確率は低いだろう。

 せめて何処か、身を隠せる場所があれば好ましいのだが……。

 

(……とは言っても、この辺りにどういう建物があるかなんてわからない。下手すると袋小路に迷い込む可能性だってある……)

 

 であれば、やはり人混みの賑わう表通りの方へと走り抜ける以外に逃げ切る方法は無い。

 これまで通ってきた道を辿るわけではないが、幸いにもどの方角に向かえば表通りに出られるかどうかはある程度予測が出来る。

 後は、うっかり行き止まりに向かってしまわない事を祈りつつ、走り続けるのみ。

 ……なのだが。

 

(……あーくそっ、あのファイヤー魔人(マン)の攻撃……思ったより体にキテるわね……骨は折れてないはずだけど、滅茶苦茶痛むし……)

 

 文字通り体を焼くような痛みに表情を歪ませる好夢。

 炎の魔人の攻撃を受けた部位は決して軽くは無い火傷を負っており、確実に好夢の走りを阻害していた。

 気持ちとしては痛みを堪えて全力で走っているつもりでも、実際問題背後から聞こえてくる重みのある足音は確実に近付いて来ている。

 そして、

 

「――デストロイ

「――――っ!!」

 ――キャノンッ!!」

 

 好夢が、その長い耳で不穏な単語を聞き取り、殆ど反射的に裏路地の一本道――その右の壁際に向かって動いた直後の事だった。

 彼女のすぐ隣――数瞬前まで好夢が立っていた場所を、何か得体の知れない黒いエネルギーのようなものが通り抜けて、

 

 ドギュゴッッッ!! という、爆竹や風船が破裂するそれとは異なる現実離れした爆音と共に、眼前に見えるアスファルトの路面の一部が砕け散った。

 

 心音が高鳴る。

 背筋に嫌でも冷たいものが走る。

 もう、すぐ背後に追跡者は来ている事を理解する。

 

 それでも、振り返る事はしない。

 砕け散った路面の上をそのまま駆け抜けていく。

 その行動に苛立ちでも募らせたのか、背後から男の声が強く響く。

 

「逃げんなウサギ女ァ!! 人のツラ殴り倒しておきながらお返しが無いとか思ってんじゃねぇぞ!!」

(――だぁうっさい!! っていうか追って来てたの、やっぱりあたしが一発でダウンさせた奴かよ!!)

 

 ドスドスドスドス!! と。

 背後から追い迫る怪物の、不必要なほどに重い足音には明らかに負の念が乗っていた。

 捕まった後の末路など考えたくも無かったが、こうもリアルに恨みを買った事実を目の当たりにしてしまうと、直接的に殺される事もそうだが、官能小説染みた展開も覚悟しなくてはならないのかもしれない――と、好夢は真剣に恐怖を覚え始めた。

 

(――あー、こういう妄想があっさり浮かぶのって、絶対苦朗にぃから没収したエロ本の中身を少し『確認』しちゃった影響なのかなぁ……あーもー割と自業自得っぽいのがムカつくっていうか何ていうか……!! ちょっと真面目に妄想の元凶っぽい苦朗にぃの事ブン殴りたい……!!)

 

 理不尽だと多少思いながらも、この場にはいない義兄に対して恨みの念を放つ好夢。

 しかし今は不穏な未来図に不安を覚えていられる余裕など無い。

 日陰しか無い裏路地を駆け抜け、日向の広がる錆びれた路道に出る。

 左右に視界を泳がせ、遠くの音を聞き取ろうと意識を一瞬でも研ぎ澄まそうとする。

 一つの結論を出す。

 

 ――これ以上は逃げ切れない。

 

(……仕方無い、か)

「――あん?」

 

 開けた路道で立ち止まる。

 突然の行動に疑問を浮かべたのだろうか――追跡者の足音が止まる。

 好夢は抱えていた少女の体を地べたにゆっくりと下ろす。

 振り返り、初めて追跡者の姿を視界に捉える。

 

 その姿を一言で説明するならば――黒毛の熊の人形。

 間接部に縫い糸が見え、内部には綿でも詰まっているのか少し膨らんで見えて、人型と言うには丸みを帯びた輪郭。

 腹は裂けており、その奥には底の知れない闇と覗き込む怪しげな光が見えていて、太い四肢の先端には灰色熊のそれを想わせる爪が人間の指と同じく五本存在している。

 そして、よく見てみると背中越しに赤色のマントが取り付けられていた。

 生物のようにも見えて、人形のようにも見える――生物として扱うべきか、無機物として扱うべきか、境界線がとても曖昧な身体。

 これまで見てきたもの全てとは異なる異形の姿がそこにあった。

 作り物にしか見えない両目を細めつつ、人間の身長など軽く超える体躯をした黒いテディベアは言葉を発する。

 

「諦めたのか、それとも立ち塞がってるつもりか。まぁ何にせよ一旦ボコるのは確定だがよ」

「勘違いしないで。諦めたりなんかしない」

 

 真っ向から言葉を返しつつ、好夢はすぐ背後で横になっている庇護対象の事を考える。

 

(……あんな蹴りを貰ったんだ。多分、何処かしらの内臓がヤバい事になってる……)

 

 冗談抜きに、命の危機だという事は素人目でも理解が出来た。

 一部始終を目の当たりにしていた好夢から見て、腹の辺りを蹴られていたように見えた事から、辛うじて心臓や肺に折れた場合刺さる危険のある肋骨は折られていないだろうと思う――思いたい。

 だが、それでも内臓に伝わっているダメージは甚大なものだろう。

 早急に病院まで搬送しなければならないが、手持ちの電話で連絡を取っていられるほどの余裕は無いし、そもそもイカの怪人や侍の鳥人と遭遇した時も急にデジタル表記な腕時計の調子が悪くなっていた事を考えると、携帯電話もマトモに使えるかどうか怪しまれる。

 

(……まずはこいつを倒す。どんな手を使ってでも。それ以外に道は無い!!)

「何だ、不意討ちもせず勝てるつもりなのか? そんな細腕で」

「……その細腕の一撃でダウンしてたヤツが言う台詞だとは思えないんだけど」

「そこはまぁ、言い返せねえが」

 

 力不足は理解している。

 難題である事など承知の上。

 それでも、誰かが立ち向かわなければこの危機は乗り入れない。

 黒い熊の人形が嗤う。

 身体を染める色が示すように、悪意が言葉として表れる。

 

「もう不意討ちが通るようなチャンスは与えねえ。そんな生意気な口が利けなくなるよう、しっかり痛めつけてやるよ」 

 

 後ろには一歩も引けない。

 攻撃だって一つも通させてはならない。

 故に少女は、意を決して真正面から熊人形の化け物に突撃する。

 

「はあああああああああああああっ!!」

 

 渾身の力を込めて駆け出し跳び、熊人形の顔面――より正確に言えば鼻にあたる部位に向かって足を放つ。

 防御も回避もされず、好夢の蹴りは確かに熊人形の顔面に突き刺さり、その威力でもって熊人形の体を少し後方へと圧し返した。

 マトモな人間であれば、下手をすると顔どころか首の骨が折れかねない一撃。

 だが、

 

「……その程度か?」

「――っ!!」

 

 人外の膂力でもって放たれた蹴りを受けた熊人形には、全くと言ってもいい程に堪えた様子が無かった。

 足を突き出した姿勢から空中で回転し、危なげなく両脚で着地をした好夢にとって、その反応は疑問を浮かばせるに十分なもの。

 蹴りを放った好夢自身からしても、放った足に伝わる感触は違和感を覚えるものだった。

 まるでそれは、布団かサンドバックでも殴っているかのような――確実に威力は伝わっているはずなのに、その全てが何事も無く吸収されているような、いっそ空しささえ覚える感触。

 事実としてダメージらしいダメージを与えられてはおらず、当の熊人形は痒そうに左手の熊の爪で蹴りを受けた鼻の辺りを擦るだけだった。

 

「まだだっ!!」

 

 好夢は走ると言うよりは跳ねるような形で駆け出し、熊人形の懐に潜り込んでいく。

 その速さは、磯月波音の体を抱えていた時と比べても二倍以上――常人の走行速度を軽く凌駕していた。

 勢いのまま、今度は地に足を着けて右の拳を腹部に向かってアッパーカットの形で放つ。

 ぼすっ、という音だけがあった。

 音は蹴りを放った時と同じく空しく、そして――

 

(――こいつの体、柔らかいくせに重い……!! 何よ、ガワの内側には鉛でも入ってんの……!?)

「おいおい、この程度じゃ話にならねぇぞ」

 

 言葉と共に無造作に振るわれる凶器の右手を、後ろに跳ぶ事で辛うじて避ける好夢。

 逃走中の一本道で放って来た飛び道具――それに用いていた力を掌か爪にでも込めていたのか、先ほどまで好夢の立っていたアスファルトの路道はあっさりと砕け散っていた。

 マトモに受けていれば、とても五体無事に済んでいたとは思えない有様だ。

 その威力もそうだが、拳で直に殴った時の感触でもって、改めて敵に宿っていると思わしき怪物の能力(スペック)を思い知らされる。

 

(……さっきの火炎男といい、相性が悪過ぎる……!! こんなの、燃やすか切り裂くかしない限り無理じゃない!!)

 

 熊人形の反応から見ても、単なる打撃が通用する身体ではないのかもしれない。

 仮にそうだとすれば、これまで目にしてきた怪物の力を振るう者たちとは異なり、四肢を用いた物理攻撃以外に攻撃の手段に心当たりの無い好夢には文字通り打つ手が無い。

 唯一の弱点と思わしきは裂けた腹部の奥に見える謎の『光る目』だが――それを視界に入れているだけで、得体の知れない恐怖が胸の内に湧き出てしまう。

 アレは、触れてはならないものだと。

 何故そう想ってしまったのか、好夢自身その理由は解らないが――実際に拒もうとする感情が止め処なく溢れてくるのだ。

 だが、だとすれば何処を狙えば良いというのか。

 答えを導き出す前に、熊人形が言葉を紡ぐ。

 

「さて、あまり時間を掛けられねぇんだ。手っ取り早く済まさせてもらおうか?」

「……何度も言わせないで。そう簡単に……」

「言い忘れてたんだがよ、痛めつけるってのは体もそうだが、()()()()()()()()()()

 

 意味の解らない言葉の直後だった。

 熊人形が右手の爪を、さながら拳銃のジェスチャーでも作るような調子で無造作に突き出すと、その先端に真っ黒な色をした何かが収束していく。

 それはやがて愛情や恋情を示すハートの形を成すが、形作られたハートには亀裂のようなものが生じている。

 最初、その謎の攻撃に対して警戒をしていた好夢は、よく見ると右手が自身ではなくその背後へ向けられている事を知り、目を見開いた。

 そう――熊人形の狙いは、好夢ではなく磯月波音――!!

 

「駄目ええええええええっ!!」

 

 熊人形の思惑は察していた。

 その黒いハートの形をした物体がどれほどの殺傷力を秘めているかは知らないが、それを使って好夢にとっては庇護対象である磯月波音を殺害出来ればそれで良し。

 仮に好夢がその狙いを阻もうと庇う選択をしたとしても、それはそれで邪魔者を排除出来る。

 どちらを選択したとしても、熊人形の思惑に沿う展開になる。

 そして、解っていても――それ以外の道を模索する時間など、無かった。

 好夢は咄嗟に熊人形の謎の攻撃の射線に飛び込んだ。

 申し訳程度に両腕を交差させ、防御の姿勢を取ろうとする

 そして、熊人形の口から言葉が紡がれた。

 

大失恋劇(ハートブレイクアタック)

 

 必殺技のような言霊の直後。

 亀裂の入った黒いハートが真っ直ぐに磯月波音へと向かい、それを遮らんとした好夢の体に直撃する。

 両腕を交差し作った防御が功を制したのか、黒く罅割れたハートは途端に砕け散った。

 謎の攻撃を受け止め、防ぎ切った。

 そう思った。

 だが、

 

「……っ、ぁ……」

 

 罅割れたハートを受け止めた好夢は、着地に失敗して尻餅をついていた。

 それだけならば空中でバランスを取る事に失敗した、だけで済ませられる話だったが――尻餅をついた好夢の身体は、小刻みに震えていた。

 今すぐにでも起き上がらなければならないというのに、腕にも足にも力が入っていない。

 何か、身体を動かすための柱とも呼べるものを折られたかのような様子だった。

 

「終わりだなぁ」

 

 熊人形が嘲るような口ぶりで喋る。

 神経を逆撫でる声を耳にしても、好夢は立ち上がれない。

 その瞳から光は失せ、漏れる言葉はどれもか細い。

 

(……何よ、この感じ……)

 

 身体はまだ動かせるはずなのに。

 背後で倒れている女性を助けたい、見捨てられないと思う気持ちは、間違い無く胸の内に在るはずなのに。

 抑え込んでいたはずの恐怖が――いや、それ以外にも現在の状況に対して自身が意識して抱く理由も無いはずの哀しさや寂しさなど――負の感情が、胸の内にあった闘志を丸ごと押し殺すほどに湧き出てしまっている。

 それは悔しさにも怒りにも変換出来ない。

 

(……怖いのは、解る。でも、何で哀しいの。何で寂しいの。心が、寒い。苦しい。やだ、こんなの……)

「イイ顔だ。こうして見ると中々可愛らしいじゃねぇか」

 

 気付けば、好夢の身体からノイズのようなものが生じていた。

 湧き出た恐怖によって削ぎ落とされつつあるのか、彼女の身体を変えていた力が徐々に薄れている。

 それを望んでいるわけでも無いはずなのに、ただの人間に戻ろうとしている。

 拒むように、好夢は口を開いた。

 

「……駄、目……まだ……闘わなくちゃ……ならないの……」

「あん? まだ完全には折れてないのか」

 

 どんな形でも良い。

 臆病で惰弱な自分自身に訴え続け、奮い立たせろ。

 マイナスの感情を抑え込むプラスの感情を、強引にでも再稼動させるために。

 だが、

 

「時間は掛けない方がいいんだが、まぁいいか――」

 

 再び熊人形の口元が悪意に笑みの形を作る。

 その両手の上にそれぞれ、黒く暗いエネルギーのようなものが収束していく。

 罅割れたハートの形を成し、浮遊する。

 直後に何がどうなるのか、予想は出来ても回避は出来ない。

 それだけのための力も、湧き出て来ない。

 

「倍プッシュだ。どこまで耐えられるか見物だな」

 

 黒く暗い力が、再び好夢の身体に当たり炸裂する。

 同時に、先に注入されたもの以上の負の感情が胸の内に更に注入される。

 許容量を超えた恐怖と哀しみと寂しさに、好夢の心と共に視界までもが黒く染まっていく。

 

「…………」

 

 言葉さえ出ない。

 耐え切れない感情の奔流に、思考も纏まらなくなる。

 熊人形の悪意ある言葉と、重みのある足音だけが、好夢の耳に嫌でも入ってくる。

 

「――ったく、部外者の分際で手間を取らせやがって。だがまぁ、思わぬ収穫って事にしておくかね」

 

 勝負は着いた、と言わんばかりの口ぶりだった。

 実際問題、今の好夢には最早熊人形と戦うだけの力は無い。

 情けなかった。無様だった。惨めだった。何の役にも立てなかった。

 その事実に沸き立ってくるはずの悔しさも、恐怖や哀しみに阻害されてぼやけてしまう。

 

(……あた、しは……)

 

 暗く冷たい心の激流に押し流される。

 五感の全てに嫌気が刺す。

 力が抜ける。

 

(……結局、あたしじゃ、駄目って事なのかな……)

 

 もう無理だ。

 これ以上、自分に出来る事は何も無い。

 体を熊人形の右手で掴み取られながら、流されるようにそう想っていた。

 人為的な圧迫感の中、嘲る声が再び耳を打つ。

 

「ご苦労さん。まぁ世の中そんな都合の良い救いなんて無いと諦めるんだな」

(――――)

 

 その言葉に、好夢の中で何かが揺さ振られた。

 ふつふつと、胸の内に何かが泡立っていく。

 

(――この世に、救いなんて、無い?)

 

 責められるだけなら構わない。

 自身の無力を嘲られるのはいい。

 が、その言葉だけは許せなかった。

 

「……ふざ、けんなっ……」

「あん?」

 

 胴体に密着した両腕に力を込める。

 当然、抵抗の意思がまだあると見なされ、体に加わる圧迫感は増した。

 作り物の指とは思えない力に握り潰されそうになりながら、それでも好夢は言葉を紡ぐ。

 

「……救いってのが、都合良く簡単に訪れるものじゃない事ぐらい知ってる……」

 

 骨肉を襲う痛みに歯を食い縛りながら。

 その瞳に光を宿し――だけど、と真っ向から睨み付ける。

 

「……救いはある。救われた事があるから解ってる!! 世の中の全ての人が救われる事が無いとしても、失われたものは絶対に戻らないとしても、それでも世の中の何処かには救いがあるんだって!!」

「現実ってやつを知らんガキだな。アニメの見すぎじゃねぇのか? 全ての悪党に対して本当に等しくヒーローがやってくるなんて、夢物語にも程がある」

「それでも、例え夢物語だとしても、実際にヒーローはやってきた!! あたしを頼りにしてくれたあの人は、必ずあの野朗に打ち勝つ。そして此処に救われないこの()()を救いに来る!! それこそ本当に、ご都合主義に溢れたアニメみたいに!!」

「――ぎゃあぎゃあ五月蝿いな。黙って凹んでろよ」

 

 鬱陶しいとでも言いたげな口ぶりの言葉と共に、手の平越しに黒い力が好夢の全身を包み、その心を蝕まんとする。

 三度目となる、冬の海の中に放り込まれるが如き冷たい感情の奔流。

 その渦中に三度流されそうになりながらも、好夢は怒りと共にこう思った。

 

(……こんな紛い物の苦しみなんかに、負けてたまるか……)

 

 与えられた紛い物ではなく、現実の苦しみの味を、少女は知っている。

 寂しさも哀しさも、それ等に対して抱く恐怖も――とっくの昔に。

 そして、その直後に与えられた現実の救いの味も、強く心に刻まれている。

 故に。

 

 都合の良い救いなんて有り得ない、なんて言葉を許すわけにはいかない。

 そんな言葉が罷り通ってしまうような、冷たい現実を認めるわけにはいかない。

 絶対に。

 

(……あたしに出来る事を、全力で……)

 

 心身共に抵抗する。

 華奢な身体を握り潰さんとする握力に。

 心を絶望で押し潰さんとする作り物の冷たい濁流に。

 無論、それだけで現実は変わらない。

 

 だから、自身の力不足を理解する少女は、苦しみに耐えながら祈り続けた。

 救いを、助けを、願いを、ただただ請いた。

 

 あるいは、今も尚炎の魔人と闘っているかもしれない赤き竜のヒーローに。

 あるいは、文明の発達と共に信仰こそ廃れど、何処かで人間達の営みを見守ってくれているかもしれない神様という存在に。

 あるいは、今の姿に成るための力を与えてくれたかもしれない、自分の中に宿る声も素性も知らない誰かに。

 

 早く護り手をバトンタッチしろ、と。

 心から救われない人に、どうか救いの手を与えてください、と。

 この冷たい現実を変えるための力を貸してくれ、と。

 

 声の無い訴えが何処に届いたのかは知らない。

 あるいは、それは弱い心が生んだ幻聴だったのかもしれない。

 それでも、救いを請う少女の脳裏に、一つの声が届いた。

 

 ――確かに、聞き届けたよ。

 

 気付いた時、少女の視界は真っ白に染まっていた。

 此処は何処だ、という疑問を解決する前に、眼前に見覚えの無い像が見えた。

 今の自分の姿の元になっていると思わしき兎の獣人とは、少し違う――だけど、何処か似ているような輪郭。

 

(……誰……?)

 

 当たり前の疑問があった。

 だが、それを解決するより前に、白い世界に佇むその存在に一つの動きがあった。

 自らの――人間のそれと比べるとあまりに大きな、あるいは翼のようにも見える右手を好夢に向かって差し出したのだ。

 握手を求めている――直感的にそう判断した好夢だったが、応じる前に変化は生じる。

 好夢の身体の内側に、何か暖かいものが満ちてきたのだ。

 それは心に巣食っていた紛い物の苦しみを瞬時に拭い去り、それだけには留まらず身体から失われた活力をある程度取り戻させていく。

 未知の力と、それによって与えられた癒し。

 誰がやったのかなど、わざわざ考えるまでも無かった。

 視線を、翼にも似た両手を有する存在へと向ける。

 表情も実態も解ったものではないが、不思議とその存在は悲しんでいるように見えた。

 

 ――()使()のクセに、この程度の助力しか出来なくて申し訳無いけど。

 

 男性のようにも、女性のようにも聞こえる声が響く。

 謝罪とも憤慨ともとれる声色に、決して少なくは無い優しさを見た気がした。

 

 ――それでも、与えられる限りの『光』は確かに託したよ。

 

 この、自身を『天使』と呼ぶ何者かが、自分に『変わる力』を与えた存在の正体なのだろうか。

 疑問は尽きず、聞きたい事は山ほどあれど、まるで夢から覚めるように『天使』の輪郭がぼやけてきた。

 

 ――強く、イメージして。輝くものを。それだけで、きっと使えるから。

 

 もう、話をするだけの時間も無いのだという事だけが解った。

 だから、ただ一言だけを好夢は伝えた。

 

 ――ありがとう。

 

 そうして少女の視界に現れた幻想は消える。

 視界は嫌になるほどの闇一色で、身体に加わる圧迫感が少女に現実を思い出させる。

 だが、その身体の内側には確かに力が(みなぎ)っていた。

 白い夢の中で『天使』に与えられた力は、決して幻想などでは無かったのだと、そう思った。

 故に、好夢は闇の中、一度だけ深呼吸をして、あるイメージを頭の中で固めていく。

 眼前の闇を払うほどに強く、そして暖かくて輝かしい『光』の力を。

 力を与えてくれた、あの『天使』の言葉に従って。

 言霊を、放つ。

 

「……輝いて……」

 

 直後の事だった。

 好夢の身体から、黄色く眩い閃光が爆発的に迸った。

 それは文字通り瞬く間に周囲を覆っていた闇を祓い、闇の向こう側で嘲る笑みを浮かべていた熊人形に届く。

 

「なッ、まぶ……!?」

 

 堪らずといった調子で、熊人形は右手で掴み取っていた好夢の身体を放していた。

 両脚で安全に着地をして、熊人形の拘束から開放された好夢は、空いた左の熊の手で自分の目元を覆う熊人形の懐に向かって即座に駆け出す。

 そして握り締めた右の拳を、輝きのイメージと共に裂けた腹の奥に見える『輝く目』に向かって突き出す。

 

「そこだああああっ!!」

「――ぎっ、がああああああああ!?」

 

 裂けた腹の奥が好夢の立ち位置からでは確認出来ないが、暗闇の奥に隠れた標的を捉えたらしい。

 ここに来て初めて、熊人形の口から明確な苦悶の声が漏れたのがその証拠。

 予想通り、熊人形の弱点はその裂けた腹の奥より見える『輝く目』であったらしい。

 そして、恐らくは『天使』が与えた輝く光によるものなのか、心を蝕んだ黒いエネルギーの源泉であるようにも見えていた得体の知れない暗闇に手を突っ込んでも、好夢の心は何の冷たさも感じず平常心を保てていた。

 

「て、めぇぇぇえええええええええ!!」

「っ!!」

 

 だが、一撃ではやはり足りなかったのか、熊人形は怒りの声と共に抵抗を見せた。

 鋭い爪を有した熊の両手を、至近距離にまで踏み込んだ好夢に向かって振り下ろしたのだ。

 巨腕でもって叩き潰すためか、あるいは凶爪によって引き裂くためか。

 どちらにせよ、好夢がとるべき行動は一つだけだった。

 即座に後方へと跳躍し、その勢いでもって裂けた腹に突っ込んでいた右腕を引き抜く。

 力加減などせずに跳躍してしまったため、好夢は磯月波音の体が前方に見える位置にまで後退してしまう。

 今、倒れている磯月波音に一番近い位置に立っているのは追跡者たる熊人形だ。

 余程先ほどの攻撃が堪えたのか、よろめきながら近付いて来る。

 

「よくもやりやがったな……一度ならず二度までも、痛手を負わせやがって……」

(ま……ずっ……!!)

 

 好夢はすぐさま前に駆け出そうとするが、その前に熊人形の右手が磯月波音の体を掴み取ってしまった。

 元々、追跡者の目的の優先順位としては部外者である好夢よりも磯月波音の方が高いはずだ。

 そして、この状況において、磯月波音の身柄は人質としての要素も孕む事になる。

 ただでさえ、体の中身がどうなっているのか定かではないのだ――少し握力を加えただけで、どうなるか解ったものではない。

 殺すも生きるも手の平の上に乗せられた以上、好夢はこれ以上抵抗する事が出来ない……!!

 

「だがテメェの抵抗もここまでだ。コイツを殺されたくなければ、大人しく……」

 

 だが、追跡者はこの瞬間失念していた。

 磯月波音を救おうと闘っているのは、好夢一人ではない事を。

 そして、好夢もまたこう発言していた。

 

 ――必ず打ち克つ。そして救いに来ると。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「――なッ!?」

 

 故に。

 これもまた、あるいは必然だった。

 咆哮の如き声と共に、赤い竜人が磯月波音の危機に辿り着く。

 背後から――右腕に装備された稲妻の形をした刃で熊人形の右肩を突き刺す形で。

 

「テメェ……!! まさか、アイツに勝ちやがったのか……!!」

「――当たり前だ。まだ僕達は諦めていないんだからな――頼む!!」

「りょーかい!!」

 

 好夢の応答を聞くと、すぐさま赤い竜人――司弩蒼矢は、容赦無く熊人形の右肩に見える人形の縫い痕らしき部分を稲妻の刃で力を込めて切り裂く。

 熊人形の右肩が半分ほど切れ、必然的に握力を失った右手から磯月波音の体が落ちる。

 その瞬間を逃さず、好夢は即座に駆け出し滑り込み、地面に当たる前に磯月波音の体を安全にその両腕で抱き留めた。

 即座に跳び退き、距離を取る。

 司弩蒼矢もまた着地をすると、すぐさま移動し好夢のすぐ横に並び立つ。

 よく見ると、その両脚はアイススケートで用いられるような靴――を模した形の白い氷で覆われていた。

 それだけで、少なくともどんな方法でここまでやってきたのかは簡単に想像出来た。

 

「……滑って来たの? アスファルトの上を?」

「今可能な範囲で、速さを得られる方法がこれしか無くて……遅くなってごめん」

「いいよ。少なくとも、まだ手遅れじゃなかったんだし」

 

 瞳と言葉を交わし、二人は共に視線を熊人形の方へと投げる。

 怒り心頭とでも言わんばかりの表情を浮かべる、追跡者の姿がそこにあった。

 

「クソったれが……好き勝手してくれやがって。そこまで痛い目を見ないと解らないってんなら、もう容赦はしねぇ。心身共に凹ませてやる……」

「随分負担をかけて申し訳無いけど、また走ってもらってもいいかな。コイツはこっちで食い止めるから」

 

 怒りの声を聞き流し、蒼矢は好夢に語りかける。

 その言葉を聞いて、好夢は即答した。

 

「すぐ戻るわよ」

「えっ」

 

 どうやら蒼矢からすれば意外な言葉だったようだが、好夢は気にせず間の抜けた声を漏らす蒼矢に対してこう言葉を返した。

 

「こっちもこっちで、アンタが来るまでボコられててね。お返しがたったの一発じゃ気に食わない。この人を少し離れた場所に寝かせてから、すぐ助けに来る」

「いや、でも君……大丈夫なのか?」

「少なくとも、目に見えて火傷だらけのアンタに言われたくはないわよ……っと!!」

 

 蒼矢の返答も待たず、迫り来る熊人形から退く形で好夢は飛ぶように駆け出す。

 裏路地を再度進み、一分も経たない距離に放棄されたものと思わしきコンビニを見つけると、好夢はガラスの割れた入り口からその内部に侵入し、本来は店員が立つレジの奥の方へと磯月波音の身柄を隠した。

 これで足取りを追われていない限り、この場所に追跡者はやってこないだろう。

 すぐさま踵を返し、司弩蒼矢の救援に向かわなければならないが、その前に好夢は意識も無く床に横になった磯月波音の手を掴み、念じた。

 きっと、声は届かないだろうけれど。

 白い世界の中で『天使』が自身に対してやったのと同じように、磯月波音の体に少しでも活力を与えるために。

 瞼を閉じて、黒に染まる視界に輝きを強く想起し、言霊と共に祈る。

 

「……どうか、助かって……」

 

 本当は意味なんて無かったのかもしれない。

 祈りなんて、願望なんて、現実を変えてくれはしないのかもしれない。

 それでも、事実として起きた奇跡を好夢は信じぬくと決めた。

 偶然と奇跡が生んだ新しい力を、それを与えてくれた存在の優しさを、決して否定はしないと。

 

「…………」

 

 瞼を開き、未だ幸福の訪れない女性から手を放す。

 踵を返し、救われぬ者を背にして、少女は戦場へ駆け出していく。

 悲劇では終わらせない――それだけを決意し、自らに言葉を投げ掛けながら。

 

「ここからが本番よ、縁芽好夢」

 




 ……そんなわけで最新話ですが、いかがだったでしょうか?
 
 今回は前回の話の途中、建物の中から磯月波音を抱えて逃走した縁芽好夢をメインに添えた話となりました。
 ぶっちゃけ、炎の魔人に全く歯が立って無かった時点で、今回の事件における縁芽好夢の役割ってかませ犬なの? って思った読者もいたかと思います。前回の話で助けるべき少女(好夢からすれば年上)を抱えて逃げた時も、あるいは釈然としない人もいたかもしれません。
 しかし、今回の話で彼女がどれだけ重要な役を担っていたのかを理解してもらえたと思います。今回の事件の事情もよく知らない部外者であり、更には力不足で足手纏いになりかねなかった彼女の役割……本編を読んだ方なら察してくれるかと。

 正直今回の話、2話に割った方が良いんでは? とも思ったのですが……何処で切ろうかな? 自称天使が登場する辺りか? でもそこで切ると正直後半の話が短くならねぇ? ってなってしまい、1話で済ませる事にしました。こんな無駄に長くしまくるからNEXTとかに投稿した話も企画に期限間に合わなかったりするんだよ己よ。

 前回の戦闘においても色々やっていた司弩蒼矢の能力もまだまだ可能性を見い出せるかなー? と少し模索してます。今回チラ見せした『氷の靴』のイメージは、某王国心の氷系鍵剣の第二変形だったり。アレ大好きです。

 随分と更新の期間が開いてしまいましたが、クライマックスに向けてどんどん更新していきたいです。いやマジで。ホントに。流石に長く続き過ぎてますし。そろそろデジタルワールド側の話も書きたいですわマジで。

 それでは、相も変わらず感想やら質問やらはいつでもお待ちしております。
 次回もお楽しみに。

 PS ハートブレイクされた辺りで暗黒進化ルートに入ると思ってた人は手を挙げてー。


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七月十四日――『其は、地獄の門を閉ざす者』

 一年ぶりの更新ッッッ!!!!!

 それ以外に何も言える事が無い……とりあえずアドコロは最高やなと。


 暗い。

 さながら眠りから覚めるように目を開いて、そうして視界に入った景色に対して、彼が抱いた第一の感想はそんなものだった。

 

(……ここは……?)

 

 彼を取り巻く世界にあるのは、夜闇のそれを世界全てに塗りこんだが如き真っ黒の景色。

 五感を介して感じられるものは、生きている心地を感じられない寒々しい風と、頭の先から何かに引き寄せられるような落下の感覚のみ。

 自分が何故こんな場所にいるのか、ぼんやりと思考をしてみて。

 そうして、前後の状況がさっぱり頭に思い浮かばない事に気付く。

 何か、忘れている気がする。

 何か探さないといけないものがあったような、何かやらないといけないと思った事があったような。

 霧がかかったように朦朧とした意識は、正しいと信じられる答えを導き出そうとしない。

 眠る前に何を起きていたのか、いやそもそも自分が何をやっていたのか。

 

(…………)

 

 何も浮かばない。

 寒々しい暗闇の中、光源の一つも見えない。

 自分以外の誰の声も聞こえない。

 誰もいないのだから、この状況を抜け出すためのヒントも何も無い。

 延々と続く落下の感覚と寒々しさが織り成す気味の悪さに、どうしようも無い不安ばかりが過ぎる。

 自分は死んでしまったのか。

 それとも、ただ単に夢を見ているだけなのか。

 夢だとして、この何も無い景色はいつになったら終わるのか。

 そうして疑問が疑問を生み、やがて寂しさと言える情感が湧き出てきた頃。

 

 

 ざ

                                ザ

 

 

 暗闇の中に、薄っすらと光が灯り始めた。

 長々と続いていた落下の感覚が消え、彼は現在の自分がうつ伏せの体勢で倒れている事に気付く。

 気だるげに四肢に力を加えて立ち上がろうとするが、思いの他うまく立ち上がれない。

 違和感を覚え、ふと首を動かし手から足までなぞるように確認してみると、彼は自分の体が人間のそれでは無くなっている事に気付く。

 ああ、そうだったなと思い出すように理解する。

 今の彼の体は、人間のそれとは違うものになっている。

 脳に宿っているらしいデジモンの力を用いた変換の能力を用いて、狼男のような姿に成っているのだ。

 ()()毛皮に身を包み、()()()()()()()()()()()()()()()()()()――

 

 ザザザ!!

 

                           ざざざざざっ!!

 

 

「――っ?」

 

 頭の中をかき乱すようなノイズがあった。

 まるで寝不足か何かのように、鈍い痛みが頭に集中している。

 殆ど反射的に目を閉じ、痛みを抑えつけようと獣のものと化した片手を頭に押し付けていると、やがて頭に集中していた痛みは鎮まった。

 改めて、彼は自分の体を確認する。

 青と白と銀の色を宿した、部分部分が刃物のようになっている毛皮に身を包んだ狼――ガルルモンと呼ばれるデジモンの体を原型とした、さながら人狼と呼んでも差し支えの無い姿。

 思うように立ち上がれなかったのも当然だ――人間のそれとは逆の間接を有し、二足歩行には基本的に向いていない構造をしているのだから。

 しかし、理解してしまえば話は簡単だ。

 二本の足だけではなく、二本の腕も支えとして立ち上がればいい。

 二足歩行ではなく、四足歩行の姿勢。

 ぎこちなさなどは特に無い慣れた様子でそれに移行すると、人狼は周りの景色を一望する。

 

 月明かりに照らされた、深緑の広がる森の中。

 少なくとも、都会の景色の中には存在しない規模の場所だった。

 毛皮を伝う夜風が不思議と心地良い。

 夢にしては随分と現実染みているが、本当に何がどうなっているのだろう。

 

 そんな風に考えていると、ふとして風が吹くような音が聞こえた。

 笛吹き(ホイッスル)の音のようにも感じられたそれは、深く茂る森の向こう側から発せられたものだった。

 誰かが呼んでいる、と人狼は判断した。

 ただでさえ理解の及ばない状況だったのもあってか、人狼は誰でも構わないから会いたいと思った。

 何の躊躇も無く四足で駆け出し、光源の乏しい森林の間を無我夢中に抜けていく。

 何処となく慣れた挙動でもってある程度の距離を進んだ先には、円を描くような形で存在する一つの湖があった。

 夜を照らす黄金の満月を映し出した、美しい湖面を中心とした景色。

 その中には、先客とも呼べるかもしれない一人――いや、一匹の姿が見える。

 今の自分の身を包んでいるものと同じ色の毛皮をフードのように被る、人間の五歳児ほどの小柄な背丈をした一本角のナニカ。

 見たところ草笛を吹いていたらしいそれは、デジモンの種族としてはとても有名なものだった。

 

「……ガブモン?」

 

 自分の現在の姿の原型たる、ガルルモンというデジモンに最も進化する可能性が高いとされる種族。

 何故自分の目の前にいるのかといった声色で、彼は呆然としたようにその名前を呟いていた。

 その声に反応してか、そのガブモンは自らが吹いていた草笛から口を放し、その顔を静かに人狼の方へと向ける。

 まるで、友人か何かに向けるような、穏やかな表情をしていた。

 目の前に現れた、人間ともデジモンとも呼べないかもしれない異形に対する恐怖や驚きなど、微塵も見当たらない。

 初対面である()()の自分に対して、何故そんな顔を向けてくるのか。

 疑問だらけの中、穏やかな表情をしたガブモンの口がゆっくりと、うご

 

 

 

 ざざざざざざざざざざざザザザザザザザ!!

                ザザザザザザザザザざざざざざざざざざざざ!!

 

 

 

「――ぁ、が……っ!?」

 

 先ほどよりも更に強く、頭の奥で雑音が響いた。

 タワシを擦り付ける音を何倍にも増幅させたような障りのある音に、人狼は耐え切れないといった様子で両の手を頭に押し付ける。

 二本の足で自重を支える事さえも出来ず、ガブモンの目の前で人狼は倒れ込んでしまう。

 頭が割れてしまいそうだった。

 思考が定まらず、見えていた森と湖の風景さえも()()()()()()になっていく。

 許容量を超えた痛みに耐え切れなくなったように、その目元から涙が溢れ出てくる。

 言葉らしい言葉も吐き出せず、ただただ呻き声だけが漏れて。

 色彩の奔流に呑み込まれるような形で、彼の意識は落下の感覚と共に再び閉じていく。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 率直に言って。

 熊の人形のような姿をした怪物の右肩に向かって刃を突き立て、その半分ほどを稲妻の刃でもって切り裂いてみせた司弩蒼矢の体力は限界に近付きつつあった。

 炎の魔人との戦いの中で受けた殴打と火傷のダメージは全く癒えておらず、擬肢である右腕と右脚を除いた生身の筋肉は過度極まる電気刺激の影響で疲労し、激しい痛みを断続的に発してしまっている。

 そして、今の竜人の姿に成る前は人工物で構成された作り物であった右腕と右脚についても、再度電気を流したりしたら痙攣程度では済まないレベルで使い物にならなくなるかもしれないと危惧するほどに、感覚が薄れてきている。

 正直な所、熊人形の右肩を半分切断する事が出来たのは幸運だったと言えた。

 刃を突き立てた時、自分の声にウサギ耳の少女が応え、磯月波音の体を受け止めてくれた事も含めて。

 本当に、あのウサギ耳の少女には感謝しか無いと蒼矢は思う。

 

(……だからこそ、本当に戻って来てほしくないんだけどなぁ……)

『そういう事は全部自分で何とか出来るようになってから言うべきだな』

 

 浮かべた思考に対して、宿りし怪物が呆れ気味な声色でそう漏らしていた。

 実際問題、眼前に見える熊人形の怪物は自分達の事を逃がす気はないだろし――二人の少女の事を想うのであれば、まず自分一人の力でどうにかしてみせるべきだろう。

 熊人形の怪物が、竜人と成った蒼矢を睨みつけながら忌々しげに言葉を吐きだしてくる。

 

「チッ……どうやってアイツに勝ちやがったのかは知らんが、面倒事を増やしやがって」

「そっちが色々と諦めてくれれば話は早いんだけど」

「やなこった。これから先、お前のような強大な力をもった戦力が必要になる場面は少なくねぇんだ。何が何でも、お前には仲間になってもらう」

「……少なくとも、こんな方法を取られた時点で仲間になるなんて絶対嫌だな」

 

 鱗の鎧を纏った赤き竜人と鋭利な爪を携えた黒い熊人形の怪物は、それぞれの獲物を構え出す。

 蒼矢はその腕に携えた稲妻の剣を、熊人形の怪物はその左手の携えた獣の爪を、腰元にまで寄せる形で。

 先に動き始めたのは熊人形の怪物の方だった。

 

「大人しく仲間にならなかった事、しっかり後悔させてやる――」

 

 呪詛のように害意の篭った言葉と共に、あからさまに構えた左手ではなく右の手が差し向けられる。

 見れば、熊人形の怪物の周囲に、明らかに物理現象によって発生したものとして説明出来ない未知の凶器が複数発生していた。

 

「――ヘルクラッシャー!!」

「っ!!」

 

 その個数を数える間も与えぬ形で怪物が言葉を吐き出し終えると同時、怒号の如き声と共に未知の凶器――紫色に燃え盛る禍々しい怨念染みた炎――が飛び道具として放たれる。

 同時、蒼矢は氷に覆われた両脚でアスファルトの地面を蹴り、素早く滑り出すことでそれを回避していく。

 紫色の炎の群れ、その一つ一つはとても大きく、蒼矢の半身を丸呑み出来てもおかしくない規模のものとなっており、下手に掻い潜ろうとすれば痛手を負いかねないほどに密度も高い。

 故に、求められる進路は遠回りの道なのだが、氷の特性を利用した移動手段では踏ん張りを利かせづらく、途中途中で紫色の炎に命中しそうになってしまう。

 その度に稲妻の剣を振るって紫色の炎を切り裂く事で直撃を免れようとするが、ただでさえ高速で動いている中で完璧な迎撃など出来るわけも無く、二回ほど紫色の炎に身を焼かれてしまう。

 鉄の面を被った炎の魔人が放っていた炎のような熱は感じられないが、命中した箇所からは血肉を炙られているかのような鋭い痛みが生じている。

 それに顔を歪めながらも、どうにか左手で右腕を押さえつけるようにしながら、稲妻の剣の先端を熊人形の怪物の方へと向け、

 

細工仕掛けの天罰(サンダージャベリン)ッ!!」

 

 必殺の意を有する言霊を口にする。

 直後に赤き竜人の右腕に存在する金色の外殻――に備え付けられた銀の刃から青白く輝く稲妻が迸り、それは瞬く間に熊人形の怪物の胴体を貫いていく。

 人体に対して放つものとしては膨大極まる電力の暴威――それに貫かれた以上、感電による神経系へのダメージは避けられないはずだが、雷撃に胴部を貫かれたはずの熊人形の怪物は明らかに平然としている様子だった。

 

「ハッ、この程度の電気が俺に効くかよ。せめて肉を焼き焦がせる程度の熱は持っとくんだ、なッ!!」

 

 そんな軽口を挟みながら、紫色の炎に続く形で熊人形の怪物は駆け出してくる。

 その挙動自体は少し前に対峙した炎の魔人と比べると鈍重と言えるものなのだが、なまじその巨体の歩幅は大きく、三秒もしない内に間合いを詰められてしまう。

 氷を纏った足で滑る竜人には咄嗟の回避を間に合わせられるだけの猶予など与えられず、止むを得ず赤き竜人は稲妻の剣を携えた右腕を左の腰元に動かす事で居合いの姿勢を取り、熊人形の怪物が振るいに掛かる熊の爪に対して真っ向から打ち合う。

 ガギンッ!! と金属の鳴る音が重く響き、二体の怪物の刃が鍔ぜり合いの構図を成す。

 右肩を半分切断されているにも関わらず、赤き竜人の腕に伝わってくる力はようやく拮抗出来ている、と言えるほどだった。

 疑問を覚えて右肩の方に視線を向けてみれば、切断されて()()綿()()()()()()()を露出させたはずの縫い目にあたる部分が、見えない何かに修繕されつつあった。

 詳しい理屈は解りようも無いが、この分だと熊人形の怪物の体は単純に切られる程度では根本的な欠損に繋がらない構造をしているのかもしれない。

 やがて、少しずつ圧す力が強まってくる。

 そして、

 

「――へっ」

「――っ!?」

 

 鍔迫り合いの、その最中に。

 熊人形の空いた左手が自身に対して差し向けられる。

 その、一見して無意味に思えなくも無い挙措に良からぬ意図を感じ取った赤き竜人は、熊人形の怪物の腕力に押されるようにして左側に向かって跳躍した。

 直後、熊人形の怪物の左手から、先ほどまで赤き竜人が立っていた位置に向かって、何やら黒いひび割れたハートの形をした何かが解き放たれていた。

 着地し、跳躍の慣性と足に纏った氷の特性に危うく転倒させられそうになりながらも、どうにか左手を地に着いてバランスを取った赤き竜人はたった今放たれた攻撃に目を細めていた。

 即座に彼は、思考の形で怪物の事情に詳しそうな――リヴァイアモンと名乗るその存在に対して問いを投げ掛ける。

 

(一応聞くけど、今のは?)

『深く考えるまでも無く触れたらまずいものだろうよ』

(……具体的には?)

『良くないウィルスの類が仕込まれてる可能性が高いって話だ。触れたら最後、体だけじゃなくて心まで蝕まれるかもな』

(……心? ちょっと待て、ウィルスでそんな事が……?)

『人間からすりゃ珍しいのかもしれんが、()()()()()()()()じゃ珍しくない話だ。そもそも奴等の目的はお前を仲間入りさせる事だろ。だったらそれを促すための力……例えば、()()()()の力を使える奴を起用して当たり前じゃあないか?』

 

 ロクでもない、それでいて耳を疑う返事が返ってきた。

 だが、デジモンと呼ぶらしい存在に関しては人間の自分よりも多くの知識を有しているであろうリヴァイアモンの回答は、恐らく正しいものだ。

 事実として、熊人形の怪物と協力し合う関係にあると思わしき炎の魔人は、蒼矢が現在の姿に至って抵抗の意思を見せると、恐らくは脅迫して操ってきたのであろう磯月波音を、今度は殺害しようとした。

 その言葉を真に受けるのであれば、蒼矢の心を自らの望む方向に傾けるために。

 絶望と諦観で染め上げて、あるいは屈服させるために。

 だが、そこまでの話を聞いて、事情を理解して。

 ふとして、赤い竜人――蒼矢は地に左手を着いた姿勢のまま、熊人形の怪物に対して問いを口にした。

 

「……どうしてだ?」

「あん?」

「心変わりを促す力なんてものがあるのなら、最初からそれを使って僕の心を弄くれば良かったんじゃないのか。あの子を利用して僕を誘導する、なんて方法は最初から取る必要が無かったんじゃないのか」

「何だ、そんなことが聞きたいのか? まぁ、こっちにも色々あるわけなんだが……」

 

 何より、と付け加えて。

 熊人形の怪物は、赤い竜人の問いに対してこう締めくくっていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――」

 

 その、何を当たり前の事を聞いているんだとでも言わんばかりの、軽い調子の言い分に。

 自然と、赤い竜人の口元から舌打つ音が漏れた。

 人生において始めてと言っても良い振る舞いだった。

 

(……本当に、ふざけてる……)

 

 納得など、共感など、理解など、出来るわけがない。

 この熊人形の怪物は、確かにこう言ったのだ。

 今回の案件において、磯月波音を利用したのは自らの愉しみのためだと。

 ひょっとしたら言葉にしていないだけで、何らかの都合や効率の話だって絡んでいるかもしれないが。

 もし、仮に理由が愉しみのためだけだとしたら。

 導かれる答えは一つ。

 司弩蒼矢を手に入れるための利用の対象が、磯月波音でなければならない理由なんて、何処にも無かった。

 あの少女はただ、この怪物どもの楽しみのための消費物とされたのだ。

 その理不尽に、怒りを覚えずにいられるはずが無かった。

 が、その時――怒りに煮え滾る頭の奥底から、宿りし怪物の声が響く。

 

『ちょっと代われ』

(……リヴァイアモン?)

()()()()()()()()って言ってんだ。多分出来るだろ? ちょいと、俺の方からも聞きたい事が出来たんだ』

(……解った……)

 

 自分の体を、自分では無い誰かに預けること。

 それは下手をすれば、自らの自由を失うかもしれない提案だったのだが、司弩蒼矢は特に躊躇などはしなかった。

 今この状況に至るまでの事を想えば、信頼を置くに足る存在である事は疑う余地も無かったから。

 無論、彼はスイッチでも切り替えるような体の主導権を変更する方法などは知らない。

 ただ彼は、心の中で今の姿に至る前に見た海の中を夢想した。

 そこに自分が潜り、代わりにあの巨大極まる赤色の鰐を、その心を浮き上がらせるようなイメージを抱いた。

 結果から言って、体の制御権の移行は完了したようだった。

 自分では無い存在が、実感でも確かめるように右手を握ったり開いたりしているのが、解る。

 声質こそ変わらないが、別人のような喋り方でもって、竜人の口が開く。

 

「おい、小僧」

「あん? 何だ、急に偉そうになりやがったな」

「一つだけ聞かせろ」

 

 そして。

 司弩蒼矢の肉体を借りた怪物は、熊人形の怪物に対してこんな問いを出した。

 

 

 

「お前達の()は『()()』の()()()()()か」

 

 

 

 その、質問というよりは、まるで答え合わせでもするような言葉に。

 熊人形の怪物は、疑問を覚えたように首を傾げ、こう返していた。

 

「……はぁ? そりゃあ、あながち間違いじゃねぇが……何だ? 急に偉そうになったと思えば、今度は知った風な口を利いて……いや、待て。テメェはまさか、()()()()か?」

 

 が、問いを出した当人の方は熊人形の怪物の問いには答えようとせず、代わりに心の中で言葉を漏らしていた。

 

『……やっぱりか。クソが、人間の世界でまで幅利かせてやがんのかあのジジイ……』

(話が掴めないんだが。バルバモンって、それもデジモンの名前なのか?)

『さっき心変わりの力の事を聞いただろ。俺の知る限りではそれを得意とする筆頭であり、欲しいモンのためなら何でもするってヤツだ』

(……まさかとは思うけど、知り合いなのか?)

『嫌な意味でのな』

 

 デジモンの事を詳しく知らない司弩蒼矢からすると、リヴァイアモンの言うバルバモンというデジモンがどういった存在なのか、イマイチ理解は及ばない。

 しかし、つい先ほどまで冷静な言葉を投げ掛けていたリヴァイアモンの声色が、明らかに嫌悪の混じったものになっている事は理解出来た。

 そんな事実には気付くわけも無く、熊人形の怪物は体の主導権が司弩蒼矢から宿る怪物の方に移っている事だけを察したらしい熊人形の怪物は、嬉々とした笑みでも浮かべるような調子で一つの提案を口にした。

 

「そうだ、()()は魔王なんだろ? だったら正義面してやがる()()()()と違って、俺達の仲間になってくれるか?」

「馬鹿を言え。七大魔王ってのが組織の名称じゃあなく、ただの称号に過ぎない事も知らねぇのか? 安易に同類扱いしてんじゃねぇよ吐き気がする」

「何だよ中身の魔王サマも正義面かよ。それとも『()()』の魔王だからか? 自分より偉そうにしてるヤツは誰であろうと気に食わないって所か? だったらまぁ、気を悪くして悪かったな」

「下らん媚び売るくらいならもう放っておけ。何者であれ、俺の力を利用しようとして俺以外の何かを貶めようとするような輩の要求に従う気はねぇんだからな」

「従えば、少なくともソイツの身内には手を出さない……と言ってもか?」

「約束を守ろうなんて善性が残っているようには見えんが?」

「……なぁるほど、筋金入りってわけか」

 

 心からの譲歩の意思など微塵も無い言葉の応酬があって。

 熊人形の平らにも見える右手が改めて赤い竜人に差し向けられ、先端に黒いハートの形をした力の塊が生じる。

 他ならぬリヴァイアモン自身が蒼矢に警告した、心変わりの力を使うつもりらしい。

 現在体を動かしているのは司弩蒼矢の意思ではなくリヴァイアモンと名乗る怪物の意思によるものだが、仮にあの攻撃を受けてしまった場合、どうなるのか解ったものではない。

 現在体を動かしているリヴァイアモンの精神が弄くられてしまうかもしれないし、逆に体を動かさず内的世界に精神を沈めている司弩蒼矢の精神が抉られてしまうかもしれないし、あるいはどちらに対しても何らかの効果が発揮されてしまうかもしれない。

 回避以外の選択肢は無かった。

 赤い竜人の体の主導権を担うリヴァイアモンは、右脚に力を込めて真横に力強く跳躍する事で放たれてくる黒色のハートを回避し、跳躍の勢いによって空中で回転した体勢のまま稲妻の剣の先端を熊人形の怪物に向ける。

 直後に空気が弾けるような音が炸裂し、稲妻の剣から蒼光りする雷撃が放たれ、それは熊人形の怪物の頭部を瞬きの間に貫いていく。

 が、どう考えても意識を断絶されて然るべき一撃を受けた熊人形の怪物は、返しの一撃にも大したダメージを受けた様子は無く、平然とした様子でその視線を赤い竜人の方へと向けていた。

 肩から地面に激突し、それでも殺しきれなかった運動量の分だけ転がった赤い竜人は、殆ど四つん這いに近い体勢になって熊人形の怪物を睨む。

 見方によってはトカゲのようにもなったその姿を見て、熊人形の怪物の口から嘲弄の声が漏れる。

 

「なんだぁ? カエルみたいにピョコピョコ跳ねるのが好きなのか? ハハッ、嫉妬の魔王サマの進化前は実はゲコモンだったってかぁ!? トノサマゲコモンもそういや赤かったっけなぁ!!」

「…………」

 

 あからさまに嘲弄された赤い竜人は、特に表情を変えたりはしなかった。

 熊人形の怪物の嘲弄などよりも、ずっと思考を必要とする話があったからだ。

 

(……頭を電気で貫かれて、平然としてるなんて……)

『この分だと「サンダージャベリン」は効かねぇみたいだ。おい人間、あの野朗の弱点とかに心当たりは無いか』

(僕は君達デジモンの事をそもそもよく知らない。着ぐるみみたいに見えはするけど……)

『キグルミって、何だ?』

 

 しかし、現在は戦闘の真っ只中。

 合間に挟める思考は、即座に敵対者の行動によって遮られるのが定め。

 熊人形の怪物は嘲弄の声を漏らしながらも、自らの周囲に複数の紫色の炎を出現させ、更には両の手の先端から再び黒いハートの形をしたエネルギーの塊を出現させていく。

 今度は逃がさない、とでも言いたげな布陣だった。

 それに対して嫉妬の魔王の意思で動く赤い竜人は、窮地の中にある状況を理解した上で、鼻で笑った。

 そして言う。

 

「手抜きなんて、狩る側としては三流もいいとこだな」

「これだって何も消費しないわけじゃねぇんだ。サービスしてやるから大人しく食らいなッ!!」

 

 宣言とも言える言葉が吐き捨てられ、闇の猛攻が迫る。

 赤き竜人は即座に両目を凝らし、回避のためにどの方向に跳び出すべきかと一瞬思案して、

 

 

 

「だあらっしゃあああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 直後の出来事だった。

 赤い竜人に対して猛攻を放つ所だった熊人形の怪物の後方より。

 聞き覚えのある少女の声が聞こえ、それに熊人形の怪物が気付いた時にはもう遅く。

 拳法着染みた黄色の衣装を身に纏った兎の獣人の右拳が、熊人形の怪物の背中に深く突き刺さっていた。

 これまでの攻防から単純に考えて、痛手になり得るとは思えない一撃。

 されど――少女が叩き込んだ拳は、ただの拳ではなかった。

 何か、黄色く眩い輝きが宿ったものだった。

 

「――ぐ、()()()()!?」

 

 故に、だろうか。

 熊人形の怪物に対して放たれたその一撃は、熊人形の口元から悲鳴を上げさせていた。

 集中力でも切れた影響なのか、周囲に出現していた禍々しい飛び道具は全てその形を崩して空気に溶けていく。

 

『――なるほどな。代わるぞ』

(え? わ、解った)

 

 位置の関係で状況を詳しくは読み取れなかったはずだが、熊人形の怪物の様子に赤い竜人は何かを察した様子で瞳を閉じて――体の主動権を、リヴァイアモンから司弩蒼矢へと戻した。

 突然の判断に戸惑いを覚えながらも、体の主導権を戻してもらった司弩蒼矢は四肢を地に着けた四つん這いの体勢から一転、右手に備えた稲妻の剣を支えとして素早く立ち上がる。

 気付けば、熊人形の怪物は赤き竜人の方など見てはいなかった。

 勢いよく背後へと振り返り、その視線を拳法着に兎耳の少女の方へと向けていた。

 彼の標的は間違い無く司弩蒼矢とそれに宿るリヴァイアモンの力であるはずにも関わらず、だ。

 

「てめぇ、このクソガキ……!!」

「さっき言ったでしょ。すぐ助けに来るって!!」

 

 返す刀として殺意をもって振るわれる鋭利な爪を避け、兎耳の少女は即座に赤き竜人のすぐ隣にまで足を運んでくる。

 必然的に熊人形の怪物の視界には赤き竜人と兎耳の少女の姿が入り、自らの置かれている状況かあるいは一向に抵抗を続ける彼等の振る舞いに苛立ちを増したらしい彼は、こんな言葉を発してきた。

 

「無駄な抵抗してんじゃねぇ!! こっちが『組織』だって事実を解ってんのか。仮に俺を倒せたとしても、お前等に気の休まる時なんか来ねぇんだよ!!」

 

 その言葉は、真実だろうと蒼矢は思う。

 今の姿に成る前にも考えた事だが、磯月波音を利用するにあたっての計画的な行動を考えても、彼等の所属する『組織』の戦力は少なくとも両手の指の数を超えている。

 炎の魔人に続き、目の前の熊人形の怪物を撃破出来たところで、また新たな襲撃者がやってくる可能性は決して低くない。

 他ならぬ被害者である磯月波音自身も、言っていたではないか。

 こいつ等は、家族を人質に取る事だって厭わない輩だと。

 今になって思えば、あの囁く形の言葉は彼女自身の状況を表してもいたのだろう。

 自分ではなく、自分にとって大切な誰かが命を狙われる状況。

 それは、決して独りの力では抗いようの無い現実だ。

 

(それでも、諦めるわけにはいかない)

 

 だが、その事実を理解した上で司弩蒼矢は屈する選択だけはしない。

 自分が屈するだけで全てが無事に済ませられる話では無いと、そう理解しているからだ。

 と、そこまで思考した時だった。

 拳法着に兎耳の少女が、疑問ある声色でこんな事を聞きだしたのだ。

 

「アンタさ、何か『組織』がどうの言ってるみたいだけどさ。それにしてはまったく増援が来る気配が無いんだけど? アンタ等の狙いだと思うヤツが逃げ出したのに。連絡を取ってないならまだしも、ただの一人も来ないってのは本当にどういう事なの?」

「解ってねぇな。俺達の狙いはリヴァイアモンだけじゃねぇんだ。別件があんだよ。そしてその別件さえ終われば、すぐにでも増援は――」

「つまり、アンタ達悪党と戦ってるのは私達だけじゃないって事よね」

 

 その言葉に。

 司弩蒼矢だけではなく、彼に宿る怪物もまた、息を呑んだ。

 戦っているのは、自分達だけではない。

 敵の敵は味方――なんて言葉がどこまで鵜呑みに出来たものかは解らないが、少なくとも熊人形の怪物の言う『組織』の意向に抗う形で戦っている誰かが、何処かにいる。

 顔も声も知らない、きっと自分と同じく怪物――デジモンの力を振るう人間が。

 

「アンタ達の企てたことの全容なんて知らないけど、アンタ達の行動を良く思わない人はいるんでしょ? そうじゃなかったら、こんな街外れ……目立たない場所に移動する必要なんて無いはず。コソコソやらないといけない事情が、少なからずあったはず。そして、それは多分……アンタ等を強さで超える正義の味方の存在よ」

「ハッ、嬢ちゃん。仮に正義の味方だったら何だってんだ? そいつが、魔王を宿してる化け物の味方になるとでも? むしろ逆だろ。正義ってやつを果たすために、全力でブチ殺しに掛かるだろうよ。わざわざ仲間にしようとしている優しい俺達とは真逆でなぁ?」

「アンタの言う通りなのかどうかなんて知らないけどさ」

 

 迷いの無い声で。

 赤き竜人の隣に立つその少女は、熊人形の怪物に対してこう告げる。

 

「少なくとも私はこの人を『助ける』側に回るわよ。絶対に、独りになんてさせてやらない」

 

 確証なんて無くとも、明確な希望なんて見えなくとも。

 初めて出会ったはずの、名前も顔も知らない相手を『助ける』ために戦うと、少女は宣言した。

 その姿に、司弩蒼矢が脳裏に真っ先に思い浮かべたのは、殆ど暴走状態にあった自分と夜中のプールで戦った、牙絡雑賀と名乗った狼男。

 自然と、胸中を蠢いていた不安が解きほぐされていく。

 独りではないという事は、助けてくれる誰かがいるという事は、こんなにも心強いのだと、理解する。

 であれば、自分の事を『助ける』と言ってくれた少女と、自分の事を想って犠牲の道を選んでしまった少女のために、彼が紡ぐ言葉も決まりきっていた。

 

「……行こう。僕達が帰るべきだと、きっと誰かが待っている場所に!!」

 

 そうして。

 最後の攻防が、始まった。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

「――――っ?」

 

 意識が覚めたその時には、全てが変わっていた。

 落下の感覚は唐突に途切れ、両脚は地面の感覚を確かに捉え、殆ど横倒しに近い状態にあった姿勢は何事も無かったかのような直立の姿勢に整えられている。

 体の方は変わらず人狼の姿だったが、殆ど発狂寸前にあった思考は知らず知らずに安定を取り戻していて、両の瞳はそれまで見えていた()()()()()()な景色それ自体が嘘であったかのように明確な風景を視界に映し出していた。

 夜闇と月の光に彩られた森の景色と、そこに存在していたはずのガブモンの姿の代わりにその視界に映し出されたのは、牙絡雑賀という人間にとっては見慣れた光景とも言える街中の裏路地。

 コンクリートのジャングルとも呼べるその場所を照らす光の色は、焼け付くような橙色。

 肌寒さを僅かに帯びる空気から察するに、時は黄昏時――学業を営む者たちにとっては放課後に該当される時間帯らしい。

 先ほどの自然溢れる深緑の光景とは真逆に、乾いた灰色が広がる汚れた景色。

 彼はそれに対して、不思議と懐かしさと覚えていた。

 霧がかかったように浮かび上がらずにいた思い出が、少しずつ浮かび上がってくる。

 

(……確か、ここって……)

 

 思考に合わせるように、裏路地の中に何人かの人間のシルエットが浮かび上がる。

 顔は黒く塗り潰されているかのように解りづらいが、構図を見ればどういった行いが為されているのかは明白だ。

 一対六の、男同士のケンカ――言ってしまえば、私刑(リンチ)の現場だ。

 獣人の口から、うんざりするようにため息が漏れた。

 

 解るのだ。

 この構図、この光景が示す意味が。

 これは、とある友人と出会う事になった、切っ掛けの光景だ。

 

 中学生の頃の話だ。

 彼が通っていた中学の生徒の間では、ある一つのグループが構築されていた。

 今となっては記憶がおぼろげだが、それなりに格好を付けた気になってそうな名前が付けられていた覚えがある。

 そのグループは、言ってしまえば暴力を誇示するための枠組みだった。

 ただ無邪気に、自分達がやりたいと思ったこと――気に入らないヤツを相手にした私刑を行ったり、そうして屈服させた相手に金銭を要求したりといった――を暴力に任せて遂行していく。そんな思考を持った学生が集った枠組み。

 それが生まれた最初の発端がどんなものだったのかは知らないし興味は無かったが、ある頃からそれは頭数を増やしていき、嫌が応でも彼という存在を巻き込んでいった。

 幸か不幸か――今となっては後者だと思えるが――彼は賢い人間だった。

 いつか標的にされてしまえば、一人の力ではどうしようも無い――そう危惧したからこそ、彼はそのグループの中に入り込む道を選んだ。

 具体的に言えば、リーダーの男に先んじて媚び諂い、その方針に従うよう動いたのだ。

 グループが標的と定めた、何の恨みも無い少年の顔面を殴ったりなどといった、私刑に対する加担という形で。

 グループのリーダーは、自分の定めたルールに同調する相手に対しては友好的な態度を取る人間だった。

 プライドや良心などを捨て去ってしまえば、取り入る事自体は簡単だったのだ。

 愛想笑いの作り方や、人の殴り方を体得するには、十分過ぎるほどの時間――彼は自分という存在を群れの中の一人として形作っていた。

 

 無論、学校の内外で行われたグループの目に余る行為は時として教師の耳にも入る事があった。

 しかし、当時の被害者からすると本当に不幸なことに、学校は被害者達が望むような形の対応を行ってくれなかった。

 停学や退学などといった「今後」のための対応は無く、申し訳程度の面談による注意という形に留めてしまったのだ。

 そして、そんな学校側の控えめな対応に付け上がる形で、グループの行いは更にエスカレートしていった。

 なまじ人数だけは多かったからこそ、場合によっては教師の力にも抗えるとでも思っていたのかもしれない――集団特有の心理だ。

 生徒達の間で、秩序などもう殆ど在って無いようなものだった。

 それは最早、暴力を司る一個人による独裁でしか無かった。

 

 確かに、結果として彼に対するグループの暴力が振るわれる事は無かった。

 だが、一方でそうした結果に対する安堵や喜びなんて無かった。

 自衛のための選択、そう言い訳したって胸の中には虚しさばかりが募っていた。

 

 自分のやっている事が悪い事だという事ぐらい、最初から理解はしていた。

 だけど、一人が正義に立ち上がったところで物事が解決に繋がるわけでは無いとも思っていた。

 無駄な痛みを背負うぐらいなら多数決の勝利に乗っかった方が、まだマシな話だとも。

 ただでさえ、彼が混じってからもグループという群れの規模はどんどん大きくなっていて、たったの一度でもその方針とは異なる行動に出てしまえば、どんな目に遭わされるかは解ったものではなかったから。

 

 どうせ、卒業さえしてしまえば半数近くは出会わなくなる相手だ。

 自分の人生に関わる可能性など、さして高いわけでも無い赤の他人なのだ。

 そんな相手のために、下手をすると一生モノになってしまうかもしれない傷を負う必要なんて無い。

 個人の意思なんて、プライドなんて、集団の力の前には何の役に立たない。

 自分が立っている世界とは、現実とは、所詮そういうものなのだから。

 不思議と長く感じられる月日の中、彼はそんな風に自分が加害者であるという現実を受け入れて日々を過ごすしかなかった。

 

 そう、ある日の裏路地で、とある少年がグループによる私刑の現場に独りで首を突っ込んで来るまでは。

 

「――――」

 

 その、現代においてはどこにでもいるような黒髪の少年の目は、怒りに染まっていた。

 自分自身が被害を被ったからではなく、単純に目の前の所業が許せないといった顔だった。

 どうも、その日の私刑の標的が裏路地に連れ込まれる所を目撃してしまったらしい。

 哀れな生け贄(スケープゴート)を救出するため、最初は言葉で暴力を止めるように訴えて、聞く耳を持たないといった様子のグループの顔を見て、腕づくで取り返しに掛かって。

 結果から言って、勝負になんてなっていなかった。

 そもそも根本的に、その少年の動きにはケンカ慣れしている様子さえ無かった。

 正義に燃えた少年は、当たり前のように集団の暴力でもって数々の痣を残される羽目になった。

 ボロボロに踏み躙られ、道端のゴミのような扱いを受けていくその様を、彼は加害者の視点から眺めていた。

 

 結局、これが現実なのだ。

 集団の力の前では、個人の力などこの程度のものでしか無い。

 どうせこいつもすぐに屈服する。

 そんな風に思いながら、冷えた心を胸に仕舞い込んだまま、暴力に加担して。

 そうして、何度も殴って何度も蹴って――それでも弱音を吐かない少年に対し、ふとして疑問を覚えたように彼はこんな問いを出したのだ。

 

 なんで首を突っ込んだのかと。

 勝ち目が無いと解りきっているはずなのに、何故一向に諦めようとしないのかと。

 ただただ、お前が損をするだけなんじゃないのか、と。

 そうして、自分で自分が虚しくなる言葉を吐き出し終えると、殆ど間を置かずにその少年はこう答えていた。

 

 ――許せないから。

 

 ――ただ、こうしたいと思ったから。

 

 ただの感情論だった。

 追い詰められた状況の中で吐き出されたその言葉の中には、勝算や利害、損得の話など微塵も臭わない純粋な思いが感じられた。

 きっと、少年自身にとっては当たり前の選択だったのだろう。

 正義の味方になった気になって、善性に酔っているわけはないとも思えた。

 後で知った事だが、標的とされた生徒自体も、その少年の友達でも知り合いでも何でも無かった。

 彼はただ「独りを多人数で痛めつける」この状況を見て、自分が何をしたいと思うのか――いっそ本能とも呼べるものに従っただけだったのだ。

 

 無論、どんなに綺麗事を口にしても、当然ながら現実は変わらない。

 集団の暴力は、個人の意思など容易く押し潰していくことだろう。

 たとえ心が折れなかったとしても、体の方はいつかロクに力が入らなくなる。

 そこまで理解して、そこまで想像して、そして。

 

 彼は。

 ただ、心からそうしたいといった調子で。

 彼は、少年の顔面を殴ろうとしたグループの一員の顔面を殴り飛ばしていた。

 

 突然の裏切りに戸惑うクソガキ共を一瞥すらせず、彼は仰向けに倒れ伏していた少年の手を掴んで引いた。

 彼の突然の行動に対して、集団だけではなく少年の方もまた驚いたような表情を浮かべていた。

 だが、きっと確認の言葉は必要ないと思ってくれたのだろう――少年は、彼の助けを経て立ち上がると、彼と共に改めて集団に立ち向かっていった。

 お互いに腕っ節が強い部類では無かったが、結果から言って二人の少年は集団をどうにか撃退する事に成功していた。

 撃退に成功した彼と少年からしても無我夢中の行いであったため、詳しい攻防の内容をいちいち覚えたりはしていなかったが、二人の抵抗によって集団が逃げるようにいなくなった頃には、二人揃って裏路地の汚い壁に背中を押し付けるような形で腰を下ろしていた。

 標的とされる所だった生け贄の少年は知らず知らずの内に逃げていたようで、時間経過によって影が濃くなってきた裏路地には二人の姿だけがあった。

 

 疲れきった様子の少年は、彼に対してこんな問いを出した。

 

 ――どうして、こっちの側に立って戦ってくれたんだ?

 

 対して、他ならぬ少年に暴力を振るった集団の内の一人だった彼は、こう返していた。

 

 ――多分、お前と同じ理由だ。

 

 加害者であった彼自身、どの口でほざいているのかとも思いはした。

 そもそも彼の立場を考えれば、今の行動は利口な判断とはとても呼べないものだ。

 まず間違いなく、彼の裏切りは暴力の集団に速やかに伝わっていくことだろう。

 なまじ最初から反抗していたのではなく、裏切りという形で集団の方針に抗ってしまった以上、標的としての優先度は高くなる。

 もう、標的にされる事は避けられない。

 人混みの中に紛れ込んだ人狼(うそつき)が、嘘の毛皮を被れなくなったらどうなるのかなんて明らかだ。

 今まで自分が助かるために他人に押し付けてきた暴力が、あるいはこれまで見てきたもの以上の害意を伴って襲い掛かってくる未来。

 そんな、自業自得とも言える未来を少しだけ想像して。

 それでいて、彼は薄く笑みを浮かべていた。

 

 ――お前、名前は?

 

 ――牙絡雑賀。お前の方は?

 

 ――紅炎勇輝。

 

 それはまるで。

 ずっと、お利口ぶって自分の心を偽ってきたのが馬鹿だったと。

 最初からこうしていれば、もっと話は簡単だったかもしれないのにと言わんばかりに。

 そして、そう思ってしまった時点で、彼は自分の本音を誤魔化す事など出来なくなっていた。

 後悔と、そう呼べる感情が湯水のように湧き出てくる。

 自業自得である事など百も承知だ。

 偽った気持ちのまま情けない行いを続けてきた過去は絶対に消せない。

 これからどうすれば良いのかなんて、すぐには思い浮かべられなかった。

 

 だから代わりに、彼はいっそ開き直るように、一つだけ自分に決意した。

 もう二度と、自分の気持ちを偽る事は止めよう、と。

 下らない後悔に塗れるぐらいなら、せめて自分で自分に誇れる選択をしよう、と。

 例えそれが、後に取り返しのつかない事態を招いてしまうかもしれなくとも。

 

(……ああ……)

 

 思考が纏まっていく。

 記憶が繋がり、自分がやるべき事を思い出す。

 彼は、自分と言えるものを取り戻す。

 同時、瞬きの間に黄昏時の裏路地の景色はまたも一変し、彼の視界いっぱいに黒が広がる。

 一番最初に見た時には、道標一つも見えなかった世界。

 ふと、その景色に移行するにあたって、落下の感覚が無かった事に疑問を抱いて。

 ふとして足元へ視線をやれば、彼自身が自分が何をやるべきなのか、何を目指したいと思っているのかを思い出したからなのか、淡い緑色の炎で形作られた一本の道が、三歩先の位置から遥か遠くに向けて姿を現していた。

 遠近感も何も無い世界にて発生した、安易に触れてしまえば足先から全身を炎上しかねない道。

 彼には、現実的とは言えないその存在が、自らに対してこう告げているように思えてならなかった。

 

 この先は地獄だぞ、と。

 一度踏み締めれば、()()()()はつかないぞ、と。

 彼自身も、何となくその通りかもしれないと思った。

 きっと、自分が向かう道程は地獄と呼べてしまう類のもので。

 そこに向かうという事は、避けようの無い危機を受け入れる事に他ならないのだと。

 まだ、今なら後戻りが出来るかもしれないそれを、受け入れるのか否か。

 そうした、炎の道からの暗示を受け、彼は誰に対して告げるでも無くこう答えた。

 

「……行くさ。行くに決まってる」

 

 背後を振り向く事はせず。

 彼は、その人狼は確かに両の手で闇を踏み締める。

 

「もう心に決めてんだ。司弩蒼矢だけじゃない。苦朗のヤツも勇輝のヤツも……俺が大切だと思える奴等は全員助けるって。助けるために全力を尽くすって」

 

 躊躇無く、駆け出す。

 当然のように、淡い緑色の炎が人狼の全身を燃え上がらせていく。

 三色を宿した美しい毛皮が、人間の頃から履いていたジーンズが、その輪郭を失う。

 人狼の全身が、緑色の火だるまになる。

 毛皮を失った獣人の五体が、炎の中で血のように鮮やかな赤色に染まる。

 

「たとえ、そのために向かう場所が、本物の地獄だったとしても――」

 

 だが、それでも。

 彼の四つ足は、決して前に――目指すと決めた場所に駆ける事を止めない。

 緑色の炎に包まれた彼の赤い体には、同時にこの世界を彩るそれと同じ黒の色を宿した鎧が纏われ始めていく。

 

「俺はもう、俺に嘘は吐かないって誓ってるんだッ!!!!!」

 

 地獄にも等しい世界の中。

 彼という人狼は、ただ一心不乱に炎の上を駆け続けて。

 そして、

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 ――ガルルモン、進化――!!

 

 荒れ果て、見捨てられた都会の残骸の上で。

 深い傷を負った縁芽苦朗(ベルフェモン)が、それでも強い願いと共に淡い緑色の炎を灯らせていた、左腕を中心に発生していた鎖の檻の中から。

 かくして、その存在は産声を上げ地に降り立つ。

 自らを縛り付けていた鎖を、それを構成していた物理を越えた何かを全て飲み込み、糧としながら現れたのは。

 堅牢な外殻に身を包み、両手の先に犬の頭のような形の火器を、両足から銀に煌めく鍵爪を携えた赤黒の獣人。

 其は、デジタルワールドにおいて地獄の番犬と称される魔獣。

 存在の根幹、ギリシア神話においてもまた死者の向かう先とされる冥府の入り口を守護しているとされる者。

 その名を、示される変化の形を、受け入れるように彼――牙絡雑賀は自らの名を告げる。

 

「ケルベロモンッ!!」

 

「――なっ!?」

 

 戦力外の存在だと思っていた存在が急に姿を変えて現れたその事実に、上空から誰かが驚きの声を漏らしたが、変化を遂げた牙絡雑賀(ケルベロモン)は気にも留めなかった。

 その視線を、地に降り立った自分のすぐ近くにて仰向けに倒れた状態の縁芽苦朗(ベルフェモン)に向けると、牙絡雑賀(ケルベロモン)は目を細めてこう問いだした。

 

「……おい、大丈夫か? なんかやべぇ事になってるみたいだが……」

「……誰の所為でこうなったと思っているんだこの馬鹿野朗……?」

 

 その怒り混じりの言葉に、牙絡雑賀(ケルベロモン)は自分の存在が本当に縁芽苦朗(ベルフェモン)の足を引っ張ってしまっていた事実を再認識する。

 完全体クラスのデジモンの力を振るう相手を三人も相手にしていたとはいえ、究極体――それも『七大魔王』というビッグネームを掲げる存在を原型とした力を振るう者が追い詰められてしまっているほどの重荷を、押し付けてしまっていたのだと。

 それを理解した上で、牙絡雑賀(ケルベロモン)は魔王を宿す男に対してこう続けた。

 

「……何だかんだ言って、俺のこと護ってくれてたんだな」

「やかましい、そして勘違いをするな。俺が護ると決めているものぐらい、お前は察しているだろうに」

「そうだな。悪い、今の台詞は忘れてくれ」

「馬鹿言う暇があったら敵を見ろ」

 

 互いに、つい先ほどまで意見の相違で衝突したとは思えない口ぶりだった。

 元々敵同士というわけでは無いのだから、あるいはこれこそが当然の振る舞いなのかもしれないが。

 そんな彼等の会話の内容など気にも留めないように、敵対者である三人の電脳力者(デューマン)が攻撃を仕掛けてくる。

 嵐の如き真っ黒い蝙蝠の群れが、生き物のように口を有した有機体系ミサイルが、上空から速やかに迫り来る。

 応じるように、牙絡雑賀は即座に両手に存在する犬の頭の形をした火器、その砲口を素早く向けていく。

 そして、必殺の言霊を口にした。

 

 

 

地獄の火炎(ヘルファイアー)ッ!!」

 

 

 

 言霊が口に出されると同時、犬の顔の形をした火器の砲口から膨大な量の熱が噴き上がった。

 その色は、縁芽苦朗(ベルフェモン)が必殺技のために用いていたものとよく似た、淡い緑色だった。

 その猛威は暗黒の蝙蝠の群れと有機体系ミサイルの群れを速やかに喰らい尽くし、灰も残さず消し去ってしまう。

 そんな圧倒的な炎を放ってきた牙絡雑賀(ケルベロモン)を排除するため、女悪魔と機竜の攻撃に注目を寄せて別方向の遠方より放たれていた呪いの弾丸を、仰向けの状態から立ち上がった縁芽苦朗(ベルフェモン)は即座に掴み取り握り潰してしまう。

 そうして、粉々に砕けたそれを見やる事なく、縁芽苦朗(ベルフェモン)牙絡雑賀(ケルベロモン)の隣に歩み寄る。

 互いに、互いを共闘相手と見なした上で、怪物に成った二人は告げた。

 

「せめて、足を引っ張った分ぐらいは役に立てよ。番犬」

「俺は俺で好きにやる。そっちも気張ってくれよ。魔王」

 



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七月十四日――『共に闘い、帰るべき場所へ』前編

 なんだよ……結構書けんじゃねぇか……(前回投稿からの経過日数を見て)

(更新)止まるんじゃねぇぞ……。


 気を引き締めるような宣言の直後に。

 息を強く吸い込んだ赤き竜人は、即座に熊人形の怪物の足元を目掛けて氷の吹き矢を数多に放出していく。

 雷撃は通用しない、であれば冷気の類は通用するのか――そんな疑問の元に放たれた攻撃。

 それは熊人形の怪物の体に確かに命中すると、熊人形の体を表面から凍結させんと氷の膜を形成し始める。

 が、それは熊人形の怪物が即座に自身の周囲に出現させた紫色の毒々しい炎によって見る見る内に消し去られてしまう。

 出現した紫色の炎は紛れも無く熊人形の怪物自身の体をも焼いているはずなのだが、熊人形の怪物の体は遠目から見ても焼け跡一つ見当たらない。

 返す刀で向かってくる紫色の炎の群れに対し、氷の靴を有する赤き竜人は兎耳の少女と共に動き出す。

 片や氷の力でもって滑りながら稲妻の刃を振るい、片や軽快に駆けながら暖かな輝きを纏った拳で紫色の炎を迎撃していく。

 何事も無いように見えるが、彼らは共に戦いの中で消耗している身。

 少しずつ、だが確実に――息は上がり始めていた。

 対照的に、熊人形の怪物の方はあまり戦闘の中では体を動かしていない所為か、特に息が上がったりなどはしていない様子だ。

 現在に至るまでに受けた攻撃の数を思えば、熊人形の怪物の方こそが消耗していて然るべきはずなのだが……? 明らかに生き物のそれとは異なる体の構造をしている相手に、真っ当な消耗や損傷を期待するほうが間違っているのだろうか、と赤き竜人たる司弩蒼矢は疑問を抱くが、当然ながら力の大元たるデジモンの事など知らない彼の頭では答えなど出ない。

 だから、司弩蒼矢は回避行動を取りながらも頭の中で自らに宿る怪物と言葉を交わしていた。

 

(訳知りな感じに()()したわけだけど、何か解ったの?)

『まず、あの子を援護するべきだってのは確かだな。何のデジモンの力か正確には知らんが、闇の種族に対して有効な「聖なる力」ってのを持ってるようだし』

(援護って、具体的には?)

()()()()()

 

 ある意味においては無駄の無い、解りやすい答えが飛んできた。

 故に、赤き竜人たる司弩蒼矢は悩む事を止めた。

 氷の靴を用いた滑りの軌道を鋭角に曲げ、紫色の炎の間を掠めるような軌道でもって、熊人形の怪物の方へと素早く向かっていく。

 稲妻の刃を構える彼目掛けて、熊人形の怪物は即座に獣毛を有する左腕を振り下ろしてくる。

 力で押し勝つ事は出来ない――それを理解した上で、赤き竜人は真っ向から熊のそれを想わせる鋭利な爪を稲妻の剣でもって受け止める。

 二度目となるつばぜり合い。

 ただでさえ消耗が重なっている故か、あるいは思い通りに目論見が進まない事に怒りでも感じている故か、赤き竜人の右腕を起点に圧し掛かってくる熊人形の怪物の腕力は更に強いものになっていた。

 氷を靴の形で纏っている両足は、押し潰されないように踏ん張るのが精一杯――今このタイミングで更に攻撃を重ねられてしまったら、一度目のつばぜり合いとは異なり跳躍で回避する事も出来ない。

 そうなるように、恐らく熊人形の怪物も強く圧力をかけてきているのだろう。

 一見万事休すの状況――されど、赤き竜人の表情に絶望の色は無い。

 今戦っているのは、自分だけではないと知っているからだ。

 

「ちっ……!!」

 

 熊人形の怪物が、素早く追撃の手を加えようとするその寸前。

 いつの間にか熊人形の怪物の右側面にまで移動していた兎耳に拳法着の少女が、熊人形の怪物の頭部目掛けて力強く跳躍した。

 無論、彼女の存在については熊人形の怪物の方も意識には入れていただろう。

 事実として、跳躍した兎耳の少女を阻むように、熊人形の怪物が発生させたと思わしき紫色の炎が進行方向上に存在しているのだから。

 だが、兎耳の少女は動じることなくその両手に暖かな輝きを纏わせると、跳躍した勢いをそのままに自らに向かってくる紫色の炎を殴り散らし、同じく輝きを纏っていたその右脚を熊人形の怪物の頭に叩き込んでいた。

 少女の脚に、かつて感じていた鉛のような重さが返ってくることは無く。

 棄てられ廃れた街の残骸の上に、肉が潰れる水っぽい音の代わりに、バレーボールかサンドバックでも打ち付けるような音が響いていく。

 

「ぐ、お……っ!?」

 

 先の流れにおいて通用する事の無かったその一撃は、輝きを伴ったことが影響してか、今度の今度こそ熊人形の怪物の口から呼吸の詰まるような声を漏らさせた。

 放たれた蹴りの威力、あるいはそれに纏わりついていた輝きの力、あるいはその両方の影響からか、熊人形の怪物の頭部が綿を漏らしたぬいぐるみのよう容易く凹み、直後にその巨体が嘘のように二転三転する。

 その姿を見やってから、足が地面に埋まるのではないかと思わんばかりの圧力から開放された赤き竜人は、両足と右手を地に着けて着地をした兎耳の少女と顔を見合わせ、互いに軽く頷いた。

 ひび割れたアスファルトに熊の爪を突き立てる事で体勢を整えた熊人形の怪物は、

 

「調子に乗るんじゃあねぇッ!!」

「「――っ!?」」

 

 怒声と共に、腹部に存在していた縫い糸を解けさせていた。

 毒々しい緑色の『目』だけを覗かせていた人形の、その(はらわた)とも呼べるものが曝け出される。

 一言で言えば、それは闇だった。

 人形の中身としてかくあるべき白綿などは形も見えず、代わりに不定形に蠢く闇が綿の代わりに人形の内側を満たしていた。

 その中心部――一般的な人間の身長で言えば胸部にあたる高さ――に見える緑色の『目』が、さながら心臓のように蠢いているのを見ると、綿のような形を得ているように見える闇もまた血管や神経のそれを想起させる。

 明らかに、現実の世界に存在する物質の類では無い。

 最初から理解していた事ではあるが、これは想像を遥かに超えた怪物だ。

 

(……あの目って、もしかして……)

『ヤツの核……あるいは、本体とでも言うべきものだろうな。胴体とかを雷撃でブチ抜いても何ともなかったのは、そもそもあの体が「操るもの」でしか無かったのと、あんな濃密な「闇」の力に覆われていたからだろう。相殺されたのか受け流されたのかは知らんがな』

(あんな滅茶苦茶が当たり前って……リヴァイアモン、いったいどんな世界で生きてたの?)

『デジタルワールドだっつってんだろ』

 

 見れば、中身を曝け出した腹部以外にも、熊人形の体に存在する他の縫い目の部分からも同じ闇色の綿が噴出しつつある。

 それには光を遮る効果でも含んでいるのか、赤き竜人の目には周囲が少しずつ薄暗くなってきているように見えた。

 ともあれ、リヴァイアモンの推理が正しければ、熊人形の怪物は自ら弱点を曝け出した事になる。

 意図は知らないが、この機会を逃す手は無い――即座に司弩蒼矢は稲妻の剣を構え、その先端から雷撃を放っていく。

 狙いは無論、曝け出された闇の中心に蠢き光る緑色の『目』だ。

 しかし放たれた雷撃が『目』に直撃する前に、熊人形を満たす闇がさながら繭のように『目』を外側から覆い隠してしまい、雷撃はその進行を闇に阻まれる形でかき消されてしまう。

 リヴァイアモンの言った通り、物理では説明出来ないあの『闇』の力には雷撃を防ぐほどの何かがあるらしい。

 そして、蒼矢の行動に応じるように、中身を曝け出した熊人形――を操る本体と言える『目』の持ち主――の方にもまた新たな動きがあった。

 飛び道具として周囲に出現させていた紫色の炎をそうしたように、中身を満たし弱点たる『目』を護るために生じさせていた『闇』を何らかの力で操り、縫い目や腹部より曝け出されたそれに先端が棘のように細い触手のような形を与えて、赤き竜人と兎耳の少女を襲わせ始めたのだ。

 

「ちょっ……何よ、第二形態とかそういうヤツ……!?」

「――っ!!」

 

 突然放たれる未知にしておぞましき攻撃手段に、二人の人外の背筋に嫌でも悪寒が走る。

 明らかに自由自在といった様子で伸縮し迫り来るそれに対し、赤き竜人は即座に口から氷の吹き矢を放つことで迎撃するが、次から次へと闇色の触手は熊人形の(はらわた)から新たに突き出てくる。

 いくら迎撃そのものが可能だとしても、このままではジリ貧になるとしか思えない。

 だが、赤き竜人はその場に踏みとどまり、氷の吹き矢と稲妻の剣から放つ雷撃でもって迫り来る闇色の触手を迎え撃つ事を選んだ。

 先んじて決めた方針に習うように。

 

(何にしても、あの子の力が倒すのに必要なら、無理やりにでも押し切るしかない……!!)

『ああ、それで正解だ。いちいちビビってんなよ、こっちがやるべき事は変わらねぇんだからな』

―――(たのむ)!!」

 

 回避のために動いても、どうせいつかは息が切れて追いつかれてしまう。

 逃げるだけでは、根本的に勝ちの目に繋がる道には繋がらない。

 むしろ、回避しきれないと解っているものを下手に回避しようとすればするほど、無駄に疲労は積み重なっていくばかりだ。

 今必要なのは、あくまでもあの『闇』の力に対する有効打を持つ兎耳の少女にとっての突破口。

 片方が迎撃に動く事で、もう片方にとっての突破口になるのであれば、迎撃の役を赤き竜人の方が担うのがこの場における最適解である事は間違い無い。

 赤き竜人の呟くような声を獣毛を帯びたその長い耳で聞き取った兎耳の少女は既にその意図を汲み取り、回避のために動き回りながらも赤き竜人が作ると信じた空隙へ跳び出す機会を伺っている。

 この日に会ったばかりの仲でありながら、 あるいは自分に出来ることを精一杯という一念で、窮地の中にある彼等は確かに信頼し合っていた。

 しかし、ただでさえ肉体的に追い詰められている彼等に対して、熊の人形を操る闇の怪物は更なる一手を打ってくる。

 

「オラァァァアアアアアア!!」

「っ!?」

 

 殆ど咆哮染みた声が飛んできたかと思えば、熊人形の――獣毛と鋭爪を携えた――左腕が千切れていたのだ。

 その内側から漏れ出た『闇』によって縫い目が解かれる形で。

 一見したその時点では、膨大な力を制御出来ずに自分で自分の得物を放棄してしまっただけのようにも見えたが。

 縫い目から漏れ出ていた『闇』が千切れた左腕を覆い始めた事で、二人はその意図を知った。 

 先に放たれた闇色の触手を見れば解る通り、怪物が操る『闇』は伸縮自在の産物だ。

 わざわざそれを用いて、千切れた左腕を繋ぎ合わせたということは。

 即ち、

 

『――()()()()()()()!!』

 

 赤き竜人の頭の中で、リヴァイアモンが警告の声を発した直後、彼の言葉通りの出来事があった。

 粘ついた闇に全体を覆われ、関節と言えるものがそもそも不定形になってしまったその左腕が真横になぞるような軌道でもって振るわれる。

 熊人形の挙動に合わせてか鞭のようなしなりが加わったそれは、棄てられた建物の外壁をガガガガッ!! と削り砕きながら赤き竜人と兎耳の少女を薙ぎ払わんと急速に襲い来る。

 伸縮自在なそれに対して、後方にただ跳躍するだけでは避けきれるとも限らない。

 彼等に取れる選択は一つ――精一杯の力で跳び、縄跳びの要領でもって左腕を回避する事だった。

 

 しかし、実際に跳んで回避した直後――まさに、彼等が地から離れたそのタイミングを狙っていたかのように、熊人形の腹部から生じる闇色の触手が伸びてくる。

 着地は間に合わない。

 殆ど反射的に口から氷の吹き矢を放ち迎撃しようとするが、咄嗟の行動故か精度が甘くなり、結果として撃ち漏らしてしまった二本の闇色の触手が赤き竜人の左肩と右脚にそれぞれ突き刺さってしまう。

 

「ぐっ……?」

 

 鋭利な見た目をしていた割に、焼け付くような痛みは無かった。

 が、ここに来て何の害も無いものを突き立てに来るとは思えない――着地しながらもそう思った赤き竜人は、即座に引き抜こうと稲妻の剣を携えた右手で闇色の触手を掴み取ろうとして、

 

 

 

「――が、ぁ……っ!?」

 

 

 

 寸前で、その手が止まった。

 赤き竜人の裂けた口から、息が詰まるような声が漏れる。

 その体が、痺れでも感じているように得体の知れない震えを発していた。

 速やかに闇色の触手を引き抜きたい、そんな彼の判断に反した体の動きだった。

 

(……これ、は……!!)

『……おいおい、マジかよ……』

 

 赤き竜人自身、体を動かそうと意識はしているのだ。

 しかし、その意思に反して体はただ震えるばかり。

 闇色の触手を突き立てられた直後の、明らかな異常。

 その正体を、宿りし怪物は速やかに看破し言葉とする。

 明らかに、その事実に焦りを覚えた声色で。

 

『あの獣染みた体が、操るためのモノでしかなかったって解った時点でまさかとは思ったが……アイツ、あの野朗……闇のエネルギーを使って()()()()()()()()()ってのか……!?』

 

 最悪な回答がそこにあった。

 自分の体に突き立てられた黒い触手、その真意に赤き竜人の背筋が急激に凍り付く。

 明らかに自分の体の内部へと入り込んでいる触手の先端、その実態がどうなっているのかは全く解らないが、もしかすると現在進行形で植物の根のように張り巡らされているのかもしれない。

 鋼鉄をも容易く溶かす炎よりも、それは遥かに恐怖というものを感じさせるものだった。

 右手が、それに備え付けられている稲妻の剣が、竜人の意思とは関係無しに動き出す。

 

(まず、い……っ!!)

 

 体の自由が利かないというだけでも致命的。

 まして、相手の意のままに操られてしまうともなれば、嫌な予感は爆発的に膨らんだ。

 熊人形を操る闇の怪物、それが所属しているらしい『組織』の目的は、司弩蒼矢の身柄の確保もそうだが彼の心変わりにこそあるらしい。

 実際、先に戦った炎の魔人は彼が現在も護りたいと思っている少女――磯月波音を殺すことで『後押し』するとまで言っていた。

 その言葉が適当に吐き出されたものではなく、更に目の前の闇の怪物の能力がリヴァイアモンの推測通りであれば、件の『組織』が司弩蒼矢に望んでいる心変わりが絶望や悲しみといった負の方面の意味を含んだものである事は明らかだ。

 確かに現在、件の『組織』が司弩蒼矢の感情を負の方向に『後押し』させるために命を狙う磯月波音の身柄については、兎耳の少女が動いてくれたおかげで戦いに巻き込まれない場所に隠されてはいる。

 しかし、何も磯月波音を殺害する事だけが絶望を抱かせる方法とは限らない。

 例えば、何の事情も知らずにいながら純粋な善意で助けに来てくれた兎耳の少女を殺害されてしまう、とか。

 それだって、心中に強い絶望を落とすには十分な案件だ。

 意図が解りきっていても、そんな悲劇に耐えられる自信など司弩蒼矢は持ち合わせていない。

 そもそも目の前で起きた悲劇を否定したいと思ったからこそ、決起したのだから。

 まして、自分という存在が無ければあるいは『組織』に狙われることも無く平和に過ごせたかもしれない無関係の少女が死ぬという現実が、他ならぬ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――っ!!」

 

 そう思考した時点で、赤き竜人に取れる選択肢は一つだけだった。

 目立った前触れも無く、赤き竜人の全身から青白い電光が迸り始め、脚を靴の形で覆っていた氷が速やかに弾け飛ぶ。

 自らの体の各部に備え付けられた甲殻の鎧――それに内臓されている発電装置を、一斉に起動させたことで。

 炎の魔人と戦った際には、その強靭な身体能力に対抗するために、全身の筋肉を電気刺激によって強制的に伸縮させ身体能力を飛躍的に向上させるために行った手段。

 それを今度は、自らの体内に現在進行形で潜り込んで来る闇色の触手を駆逐するために用いているのだ。

 実際問題、その対応自体は決して間違いでは無かったのかもしれない。

 一泊を置いて、彼の体内に潜り込んでいた闇色の触手の影響が消えたのか、彼の体が得体の知れない震えを発することは無くなり、自らに突き立てられていた闇色の触手を引き抜くことにも成功したのだから。

 しかし、直後に――その全身を激痛が貫いた。

 闇の怪物が何かをしたわけではない。

 これは、この場に来るより先んじて予見されていた話。

 氷の靴など作って、滑って追いつかなければならなくなったそもそもの事情。

 苦悶の表情を浮かべ、呻き声を漏らし、全身を痛みに奮わせる赤き竜人の脳裏に、焦りの色を含んだ怪物の言葉が走る。

 

『――っ、馬鹿野朗ッ!! お前、俺がさっき言った事を忘れたのか!? そんな必殺技レベルの電気を体に流したら、体の方が途端に駄目になっちまうぞ!!』

(それで構わない!! 今ここで、僕があの子を攻撃してしまうようになるよりは……!!)

『体がいっそ駄目になってしまえば操られないって思ったのか? 馬鹿、あの野朗は元々中身があるかも定かじゃないガワを操ってたんだぞ!? 体が駄目になった所で、ヤツがお前の事を操れなくなるなんて確証が何処にあった!?』

(だったら、体が動かせなくなる前に決着を付ければいい……!! たとえ、もう二度と手足が動かせなくなるかもしれなくても、今ここで彼女達が殺されてしまうよりはずっとマシだッ!!)

『……っ……!!』

 

 司弩蒼矢とリヴァイアモン。

 彼等の思考は、あるいはどちらも間違ってはいなかったのかもしれない。

 ただ、安全と言える選択肢が存在しなかっただけで。

 リスク抜きでは打開が出来ないほどに追い詰められてしまった故の、結果でしか無いのだから。

 

「っ、ぐぅっ……!!」

「――っ、ちょっとアンタ、大丈夫なの!?」

 

 痛みを背負う事は覚悟していた。

 だが、どれだけ激痛を背負っても体の動きはどこかぎこちなく。

 とても、動き回って戦うなんて事は出来ないような状態になっていた。

 そして、そんな彼に対して――闇の怪物は、容赦をしなかった。

 

「――ははっ!! わざわざ自滅してくれるとはなぁ!!」

 

 彼が操る熊の人形――その頭部に存在する口が、闇色の綿のようなものを開いた腹の前方に漏らしながら生物的に開く。

 見る見る内に、漏れ出た闇色の綿の外側から少しずつ紫色の炎が生じ、やがてそれは全体的な形を球体の形に整えられながら肥大化していく。

 司弩蒼矢の目には、それが爆弾、あるいは砲弾のように見えた。

 結果的に動きが鈍くなってしまった自分の抵抗するための力を、決定的に叩き折るためのものだとも。

 

「させ――っ!?」

「……っ!!」

 

 マトモに動けない蒼矢の姿と、口から何か恐ろしい攻撃を放とうとしている熊人形を交互に見て、即座に兎耳の少女は熊人形の頭部目掛けて跳び出そうとした。

 しかし、その直前に一度振り切られた熊人形の闇の左腕が再度動き出し、目の前の危機に視野を狭めてしまった兎耳の少女の体を一薙ぎしてしまう。

 鈍い音と共に、少女の体が強く打ち飛ばされる。

 

「いい加減目障りなんだよ、メスガキ風情が」

 

 その様に目を見開いた赤き竜人が手を伸ばそうとしたが、体は思い通りには動いてくれず、結果として兎耳の少女の体は赤き竜人のすぐ傍にまで転がり込む事になってしまった。

 ここに来て、その位置関係が偶然のものであるなどとは考えない。

 恐らく、熊の人形を操る闇色の怪物は、赤き竜人に対して放つ攻撃に兎耳の少女を巻き込むために、わざと赤き竜人のすぐ傍に吹き飛ばしたのだ。

 

「くっ……」

 

 痛烈な一撃を受けた直後で、痛みに悶える兎耳の少女はすぐには動き出せない。

 可能であれば赤き竜人がすぐさま少女を担いで動けば良いだけの話なのだが、重度の電気刺激によって決定的にダメージを蓄積させている足ではそもそも自分一人で移動する事さえ難しい。

 迎撃以外の選択肢など、無いに等しかった。

 歯を食い縛り、痛みに震える腕を動かし、稲妻の剣を構える赤き竜人の目の前で。

 その体躯の三分の二ほどの大きさはあろう、黒いハートの形を成した砲弾を作成した怪物が、冷徹な声色で告げる。

 

「さぁて、これで最後だ……心身共に折れやがれ――再起不能の大失恋(オーバーフロー・ハートブレイク)ッ!!」

 

 暗黒の心臓が、殆ど真正面に近い角度から飛来する。

 それに対して赤き竜人は稲妻の剣の剣先を向け、真っ向から必殺の言霊と共に対抗した。

 

細工仕掛けの天罰(サンダージャベリン)ッ!!」

 

 稲妻の剣から放たれた青白い雷撃が、心臓でも模したような暗黒の砲弾の中心――より僅かに下方を捉える。

 が、稲妻は暗黒の砲弾を散らす事も貫く事もなく、少しずつではあるが暗黒の砲弾の方が雷撃を掻き消しながら赤き竜人の立つ方へと近づいて来ている。

 

「ぐおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 己を奮い立たせるように、赤き竜人が獣のように咆哮する。

 その全身各部に備え付けられた甲殻の鎧から、雷撃と同じ青白い電流が漏れる。

 同時、彼の闘志に応えるかのように、稲妻の剣より放出される電流がより太いものになる。

 

 だが、それでも足りない。

 巨大な暗黒の砲弾に対抗するには、足りていない。

 暗黒の砲弾は、確実に標的への着弾までの距離を縮めつつあった。

 

 全身を、引き裂くような激痛が苛む。

 これ以上は止めろと、他ならぬ彼の体の方が訴えてくる。

 それでも、赤き竜人はその場から一歩も退かず、全身に迸る力を一本の槍とした雷を放ち続ける。

 

(それでも……それでも、今ここで諦めるわけにはいかないんだ!!)

 

 何故なら、彼のすぐ傍には倒れ伏した少女の姿がある。

 少し前にも、彼は同じような状態に追い込まれた少女の姿を見ていた。

 だから、

 

(誰も……誰一人も……!!)

 

 絶対に許容するわけにはいかない。

 ここで、屈してしまうわけにはいかない。

 例え、どんなに重い代償を払う事になるとしても。

 

「傷付けさせて……たまるかァァァあああああああああああああ!!!!!」

 

 しかし、現実は非常だった。

 どんなに強い思いを胸に抱いていても、結果として暗黒の砲弾はジリジリと詰め寄ってくる。

 折れてしまうわけにはいかないと思っていても、勝手に右の膝が折れて地に着いてしまう。

 せめて逃げてくれと、赤き竜人は声も無く至近の少女に祈っていた。

 彼女さえ無事に済めば、あの闇の怪物を打倒出来る可能性はあると考えられて。

 一方で、自分()の力ではもう太刀打ち出来ないと、心のどこかで諦め始めてしまっていたから。

 

 そうして、暗黒の砲弾は迫り続け。

 最早、間合いにして5メートルも無くなって。

 無理か、と自らの無力さに歯を食い縛って。

 そして、直後に。

 

 

 

「ぐっ、おおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 至近で、叫び声が聞こえた。

 次いで、自らの右腕に何かが触れる感触があった。

 赤き竜人は、決して逸らさぬべきだと決めて暗黒の砲弾へと向けていた視線を逸らし、右腕の感触の正体を確かめた。

 そして、赤き竜人は息を詰まらせた。

 膨大な電気を帯びた赤き竜人の右腕に触れたものの正体――それは、痛みに悶えて倒れ伏していたはずの兎耳の少女の、その両手だった。

 見れば、彼女は赤き竜人と同じく片膝を地に着けた状態で、闘志を宿した目をこちらに向けている。

 赤き竜人には、まず彼女の行動が信じられなかった。

 砲弾の攻撃範囲の外に逃げているのなら理解が出来た。

 だが、砲弾の攻撃範囲から逃げもせず、ましてや人間発電機状態の赤き竜人の体に触れようなどとは、流石に理解を得ることが出来なかった。

 追い詰められた状況も忘れて、赤き竜人は兎耳に拳法着の少女に言葉を放つ。

 

「ちょっ……駄目だ!! 見て解らなかったのか!? 今の僕の体には電気が通ってて……!! それに、君がこんな近くにいたらアレに巻き込まれるんだぞ!?」

「わかってる、わよ……そんなこと!!」

 

 応じる声には、苦悶の色が混じっていた。

 明らかに、腕伝いに流れてくる電流に苦痛を感じている様子だ。

 しかし、彼女は自らの痛みにも構わず言葉を紡いだ。

 

「アンタは言った!! 自分達が帰るべきだと、きっと誰かが待っている場所に行こうって!! だったら自己犠牲なんて絶対に考えるんじゃないわよ!! 吐いた唾を呑んでんじゃないわよ!! そうやって取り残された人は、寂しく泣いて生きていくしか無いんだから!!」

「っ」

 

 その言葉には、明らかな実感が篭っていた。

 取り残される寂しさを、失う悲しさを、知っている声だと思った。

 自分なんかよりもずっと辛く苦しい目に遭った事があるに違い無いとも、思った。

 そして、

 

「そしてあたしも言った。絶対、独りになんてさせないって!!」

 

 その言葉の直後に、変化があった。

 赤き竜人の右腕を掴む少女の両手に輝きが灯り、それは瞬く間に赤き竜人の右腕を伝い全身までも包み込み始める。

 恐らくは、リヴァイアモンが『聖なる力』と呼んだものと同じもの――それが、赤き竜人の体に伝播していく。

 心地良さ、と言えるものを感じる。

 少しずつ、全身の痛みが緩和されていくのが解る。

 

『これは……確かに「聖なる力」なはずだが、治癒の効果も混じってる……のか?』

「……君は……」

「だから、この手は離さない。絶対に!! 手を繋ぐって、ただそれだけの事で救えるものがある事を、私は知ってるんだから!!」

 

 実のところ。

 少女は自分が行使している力の事を、詳しくは理解していなかっただろう。

 自身の手足から生じる光が、司弩蒼矢に対してリヴァイアモンが語った『聖なる力』であるという事さえも。

 あくまでも、目の前の敵が用いる『闇』に対して有効だという事ぐらいしか、理解は及んでいない。

 だが、それでも――少女は祈っていた。

 この光輝く力が、悪党を倒すためだけのものじゃなくて、傷付いた誰かを助けられるような優しい力でありますようにと。

 結果として、少女の祈りに力は応えた。

 暖かな光は、自らの力でもって傷付いていた赤き竜人の体を癒し、治していく()()()()()()()()、赤き竜人の全身を伝う青白い雷と混ざり合っていく。

 青と白の色彩が、闇を祓うが如き朝焼けの色彩に転じる。

 二人の力が一つに合わさり成果を成す。

 

「……ごめん、つい弱気になってた」

「解ったら、力を合わせるのよ。具体的な理屈なんて知らない。だけどきっと、信じればどうにかなるから!!」

「ああ!!」

 

 暗黒の砲弾に距離を詰め寄られつつある状況の中、司弩蒼矢は思わず笑みを浮かべていた。

 つい少し前に自分が言い放った決意を、いくら追い詰められたからって簡単に曲げそうになってしまっていたなんて、根性無しにも程がある。

 心変わりの力を持つ怪物が作り出した闇色の触手を、一時的にでも体に突き立てられていた影響だろうか――強く奮い立たせていたはずの心が、無意識の内に少し脆くなってしまっていたのかもしれない。

 暗く落ち込みかけた心は、少女の光が照らされ明るさを取り戻す。

 聖なる力を有する兎耳の少女を巻き込んだ雷の力の奔流は、暗黒の砲弾と僅かに拮抗し――やがて、押し返し始めた。

 

「な――ッ!?」

 

 ここに来て。

 自らの力が押し負け始めたという事実に、闇の怪物は絶句していた。

 彼が用いる『闇』の――厄や呪いとも呼べる――力は、言ってしまえば怒りや悲しみといった負の感情、もしくは悪意を燃料とした力であり、自らの思い通りにいかない現実に対する苛立ちを起点としたその力は戦いの中で自然と増大していくものだった。

 負けるわけが無い。

 つい少し前に力を得たばかりの、()()()()の二人に劣る要素など何処にも無いはずだ。

 

 なのに。

 なのに!!

 なのに!!!!!

 

「馬鹿な……あんな、ガキ共に……俺が負けるってのか……っ!?」

 

 暗黒の砲弾が、少しずつ歪められていく。

 黒と紫の闇に染め上がった球体に朝焼けの色が混じり、輝きが暗黒を侵略する。

 そして、

 

 

 

「「いけえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」」

 

 

 

 少年と少女の叫びが響いたと同時。

 暗黒は拓かれ、閃光が闇の怪物の『目』を貫いた。

 絶叫さえも雷鳴に掻き消され、闇の怪物の意識は光に溶けていく。

 



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七月十四日――『共に闘い、帰るべき場所へ』後編


 まさか更新まで約2年も掛かってしまうとは……というか前回の更新の時もめちゃくちゃ間を空けての投稿だったし申し訳無いです……。
 遅れた分いろいろ濃密にしたつもりです。久方ぶりの『デジモンに成った人間の物語』……どうか楽しんでもらえれば。


 新たな進化、不確定要素の追加。

 その事実によって齎される優劣の変化を、縁芽苦朗(ベルフェモン)を仕留めるために攻撃を仕掛けていた機械混じりの暗黒竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)邪衣を纏いし墜天使(レディーデビモン)電脳力者(デューマン)、そして悪魔の貴公子(フェレスモン)電脳力者(デューマン)はそれぞれ計算していた。

 元々、彼等は七大魔王たる『ベルフェモン』の力を宿す縁芽苦朗一人との交戦を想定して『組織』のメンバーの中から選出された者たちだった。

 空中戦が出来ることは当然、情報通りであれば致命傷を負ったらしい縁芽苦朗を捕縛する、それが出来ずとも別働隊が『リヴァイアモン』の電脳力者(デューマン)を仲間に引き入れるまでの間、十分な足止めが出来るだけの能力を有した戦闘要員。

 牙絡雑賀という不確定要素こそあれど、彼等が介入を開始したその時点でそれはむしろ縁芽苦朗(ベルフェモン)にとっての枷となるものでしかなくなっていて、彼等にとってそれは都合の良い要素でしか無かった。

 事実として、彼等は鎖に巻かれた牙絡雑賀を巻き込むように攻撃を仕掛ける事によって、確かに縁芽苦朗(ベルフェモン)を追い詰めることが出来たのだから。

 

(――イイ感じに攻めきれる所だったのに……)

 

 縁芽苦朗という男が、不要な破壊行為を好まない性格をしていることは事前に知らされている。

 魔王の力に任せた大規模な広範囲攻撃などは、体調の良し悪しに関わらずあまり使うことが無く。

 ベルフェモンという魔王――にかつて進化した個体――のデータが思考にどれだけの影響を及ぼしているかどうかはともかく、少なくとも縁芽苦朗という人間は、自らの力によって予期せぬ被害を齎すことを好しとしないと。

 故に、損耗の度合いから考えても、彼等の優位が崩される可能性は低いと考えられた。

 手間取っている間に目的が達成されれば、自分達の勝利は揺るがないと、そう思っていた。

 牙絡雑賀が電脳力者(デューマン)として地獄の番犬(ケルベロモン)の力を覚醒させた、その時までは。

 

(――チィッ、あと少しで仕留められた所を……この犬っコロ……!!)

 

 この状況において、戦力が一人増える事に対する意義は大きい。

 先の同時攻撃を一掃してみせた火炎放射の存在を考えても、近距離にしろ遠距離にしろ仕掛けることが容易ではなくなったことは間違い無いのだから。

 彼等の主な役割は時間稼ぎであり、それを果たすためには攻撃を仕掛け続けることで『無視出来ない』状態を作り出す必要がある。

 それ自体は難しい話ではない――これまで通り、基本は飛び道具で牽制し続ければ良いのだから。

 だが一方で、ここまで追い詰めておきながら時間稼ぎだけで済ませてしまうほど、役割と目的をお行儀よく遂行してやれるほど、彼等は欲が浅くも無かった。

 致命傷を受けているはずの縁芽苦朗(ベルフェモン)を殺し、その邪魔をしようとする苛立たしい端役も殺す。

 そのつもりで動くと既に心に決めている。

 

(……あたし達と同じ、完全体クラスの種族の力。スペックの面では侮れないだろうけど、ケルベロモンは見た目通り、空を飛べる種族では無い。いくらあたし達の攻撃をかき消すことが出来るとしても、あたし達を直接仕留めることは難しいはず)

 

 空を飛べぬ身で、されど空飛ぶ者たちに嚙みつかんと下手に跳び出しに来れば、そこにはただただ身動きの取れない無防備な犬畜生がいるだけだ。

 先の展開から考えても縁芽苦朗(ベルフェモン)が庇おうと動くだろうが、それはそれで優位な状況に持ち込む余地となりえる。

 そもそもの話として牙絡雑賀(ケルベロモン)が、他ならぬ縁芽苦朗(ベルフェモン)の手で消耗させられていた事は彼等も目撃していた。

 より強い力に覚醒したからと言って、体力まで回復しているはずが無く。

 性能で劣る身であっても、優位性が崩れることは無い。

 とにかく空中から一方的に、それでいて複数の角度から攻撃を仕掛け続ければ、いずれ相手の方からボロを出す――そんな確信があった。

 

「ダークネスウェーブ!!」

「ジェノサイドアタック!!」

 

 だから、安定択を取って飛び道具を継続して放つ事にした彼等には、牙絡雑賀(ケルベロモン)の次の行動を予想することなど出来なかった。

 彼は火炎を吐き出す両腕の獣頭――のように見える機械染みた何か――を飛び道具の方へと向ける事すらせず、自らの足元に向かってそれを押し付けると、

 

「行くぞ!!」

 

 掛け声と同時に、牙絡雑賀(ケルベロモン)の足元が爆発し、彼の体がさながらロケットのような勢いを伴って勢いよく上方へカッ飛んだのだ。

 見れば、牙絡雑賀(ケルベロモン)の両手の獣頭から火炎が吹き出ている――どうやら彼は、火炎放射機として扱える両手の獣頭をある種の推進機(ブースター)とする事で、体を飛ばしているらしい。

 本来の『ケルベロモン』という種族では考えられない、いや考えられたとしても到底無理のある方法。

 それを可能としたこと自体が、あるいは人間の体を軸とした別物である証明なのか。

 自らに向かって降り注ぐ凶器の雨、その外に出るように空へ飛び出した異形の魔獣は自らを浮かす獣頭の角度を僅かに変え、すぐさま方向転換――自らに攻撃を仕掛けた機竜(メガドラモン)の電脳力者と女墜天使(レディーデビモン)の電脳力者の方へ突撃しにかかる。

 後方へ火炎を噴出させながら飛来するその様は、ロケットというよりミサイルの類だ。

 どうやって仕掛けるつもりかどうかは知らないが、近付けさせて良い事は無い――そう判断した機竜が再びミサイルを両腕から多量に発射して魔獣を撃墜しようとするが、

 

「――おおおおッ!!」

「何ッ!?」

 

 直進の最中に魔獣は体をひねると、そのまま小規模に火炎を噴き出す事で反動を生じさせ、上下左右に軌道を変えていく。

 空中を飛ぶというよりは、跳ねているとでも言わんばかりの挙動でもって自らに向かい来るミサイルの雨を掻い潜り、その勢いのまま機竜の眼前へと迫り。

 

 そして、別の建造物の屋上に移動することで放たれた飛び道具を回避していた縁芽苦朗(ベルフェモン)もまた、即座に別の角度から二体の電脳力者(デューマン)に肉薄しにかかる。

 その軌道を遮るようにして遠方より貴公子(フェレスモン)の電脳力者がその手に携えたライフルから弾丸を何発か放ってくるが、弾丸が空を切った頃には既に魔王が墜天使との間合いを詰めている。

 回避は間に合わない――そう判断した墜天使は強く舌打ちし、

 

「死に体の分際で!!」

 

 そうして二つの衝突が起きた。

 魔獣はさながらサッカーのオーバーヘッドキックでもするように機竜の顔面目掛けて右脚に備わった鉤爪を振り下ろし、機竜もまた両腕の鋼爪を交差させて鉤爪の一撃を真っ向から迎え撃つ。

 

「――サーベラスイレイズ!!」

「――アルティメットスライサー!!」

 

 グァギィン!! と。

 金属と金属が打ち合い、互いを抉り合う耳障りな音が響き渡る。

 片や両腕による、片や片足による一撃。

 翼を有している点から考えても、機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)の優位は明白であるはずだった。

 だが拮抗する。

 姿勢を支えるものなど無いにも関わらず、魔獣の膂力は機竜の機械の腕力を抑え留め――直後に、双方共に弾き飛ばされる。

 

「ガァッ……!!」

「グルゥ……ッ!!」

 

 互いに一撃の威力に圧され、唸り声と共に向けられる眼差しはまさしく怪物のそれ。

 互いを敵だと断定しているからこそ遠慮は無く、言葉を交える瞬間があるとすればそれは無知を埋めるためのものか、そうでなければ大抵の場合、

 

「ヘルファイアー!!」

「ジェノサイドアタック!!」

 

 相手を倒すための、必殺技と言う名の言霊を吐き出す瞬間ぐらいだろう。

 互いの攻撃の威力に弾き飛ばされると同時、魔獣と機竜は共に自らの放てる飛び道具を打ち出していた。

 魔獣は左腕の獣口から業火を、機竜は鋼鉄の腕からミサイルを。

 撃ち出された業火とミサイルは真っ向からぶつかり合い、生じる爆発によって音と炎と黒煙とを撒き散らす。

 爆炎によって遮られた視界に敵の姿は見えなくなり、迂闊に突っ込むわけにもいかずに様子見を余儀なくされる――かと思えば、魔獣は両腕の獣口から炎を噴出させ、爆炎と黒煙の向こう側目掛けて突っ込んでいく。

 姿などロクに見えてはいないはずなのに、その視線は正確に機竜(メガドラモン)の電脳力者《デューマン》の位置を捉えていた。

 

(今なら解る。生き物のニオイだけじゃあない。悪意ってヤツのニオイがよく解る……!!)

 

 デジタルワールドの地獄を駆け回り、悪たるモノを逃がさないために発達した、番犬としての機能。

 目に見えずとも、耳に聞こえずとも、その種に刻まれた感覚でもって訴える形で。

 ケルベロモンと呼ばれたデジモンの力が、牙絡雑賀に敵の位置を知らせてくれているのだ。

 

「おおおおおおおおおおッ!!」

「!? チッ……!!」

 

 獣口より噴出される火炎によって加速した魔獣の両脚が、それに備わった爪が、黒煙の向こう側から様子を伺っていた機竜の化け物を再び襲う。

 まさか間髪入れずに攻め込んでくるとは考えていなかったのか、僅かに反応が遅れながらも機竜は翼を広げて後方へと飛びながら、両腕の鋼爪で防御体制を取る。

 ガガガガガガガガガガッ!! と、蹴りの形で突き出される魔獣の鉤爪が機竜の鋼爪に傷を付けていく。

 フィクション上の『設定』に曰く、ケルベロモンの四肢に生えている鉤爪は、最強の生体合金であるクロンデジゾイドでさえ純度の低いものであれば切断するに足る硬度を有しているという。

 実際にもその通りなのであれば、人間と混ざり合ったような在り方機竜の両腕の鋼爪を傷付けることぐらい、造作も無いだろう。

 だが、機竜もただただ攻め込まれるだけにはならない。

 連続した攻撃の速度に慣れてきたのか、ただ防ぐだけには留まらず、魔獣の鉤爪を所々で見切れるようになってきている。

 その適応力は人間としての才覚か、それともデジモンとしてのスペックに起因するものか。

 どうあれ、結果として――直後に反撃があった。

 連撃の隙間を突く形で、機竜の鋼爪が魔獣の胴体に向けて鋭く突き出されたのだ。

 

「オラァ!!」

「グウッ!?」

 

 情報の話において、あらゆる物質を切り裂くことが出来る、とされる爪。

 その一撃は確かに魔獣の全身を覆う黒き装甲を穿ち、苦悶の声と共に口から血を吐き出させた。

 激痛のショックで両腕の獣口から噴出されていた炎が途切れ、一撃の威力に圧される形で魔獣の体が後方へと吹き飛ばされる。

 強固な装甲に覆われているとはいえ、炎を用いた加速によって体重を乗せてしまった上で受けた一撃のダメージは決して少なくはなく、空中でバランスを崩した事も相まってその呼吸は乱れていく。

 

 そもそもの話、彼も彼で消耗を重ねている状態だった。

 今の姿に至る過程で縁芽苦朗(ベルフェモン)から(必要最低限の範囲とはいえ)痛めつけられて体力を削がれ、現在は空飛ぶ敵に対抗するために必殺技に用いる火炎を推進機として常に放ち続けている。

 人間が運動の際にエネルギーを消費するように、デジモンもまた必殺技を用いる際に何かを消費している。

 本来、夏場のエアコンのように適当に使い放しにしてしまって良いものでは無いのだ。

 火炎を放射させるごとに、その威力と時間に応じて必然的に消費は発生する。

 対等の状態で追い詰めているように見えて、戦いの前提の時点で牙絡雑賀は追い詰められていた。

 

(く……そっ……!!)

 

 どんどん、敵との距離が離れていく。

 たった一撃で自分のことを仕留めた――などと楽観してくれるほど甘い敵では無い。

 見れば、機竜(メガドラモン)電脳力者(デューマン)墜天使(レディーデビモン)電脳力者(デューマン)と交戦している縁芽苦朗の方へと視線を向けていた。

 あくまでも、この戦闘において重要なのは究極体のデジモンの力を振るっている彼の方なのだ。

 敵からすれば、雑賀のことなど放っておいて、魔王を集中攻撃して無力化させてしまいたいのだ――その目的からしても、最優先で。

 本来であれば究極体――それも最上位クラスのデジモンの力を操っている縁芽苦朗が、進化の段階で劣る完全体のデジモンの力で襲い掛かってきている刺客を相手に苦戦することなど無いはずだが、彼は詳しい経緯を知らない雑賀から見ても不調な様子だった。

 究極体のデジモンが、数で勝るとはいえ完全体のデジモンに苦戦してしまう状況――そんなものを見てしまうと、自分という人間が――此処に来ることで、どれだけ足を引っ張ってしまったのかを考えずにはいられない。

 今この時に至るまでに、彼がどれだけの負担を背負ってきたのかを想わずにはいられない。

 

(負け、ねぇ……っ!!)

 

 解ってはいる。

 そもそもの話、縁芽苦朗がこの場にやって来たのは、嫉妬の魔王リヴァイアモンを宿すとされる司弩蒼矢のことを追って殺すためだった。

 それを止めようと動いた自分の選択が間違っていた、などとは思わない。

 でも、だけどだ。

 何も、命の危機に瀕することで足を止めてほしい、などと考えたことは無かった。

 かもしれない、に過ぎない可能性の話のためにあの入院患者を殺してしまうぐらいなら、いっそ死んでほしいだなんて思うわけも無い。

 求めるものはただ一つ。

 友達と馬鹿みたいに笑って明日を迎えられる、ありふれた日常だけだ。

 

(この程度で……こんな、程度で、諦めちまうのなら……)

 

 両手の獣口が再び点火する。

 それまでより強く、咆哮のように、より激しく。

 

(そもそもこんな世界に!! 首なんか突っ込まねえだろ牙絡雑賀!!)

「お前の相手は――」

 

 魔獣はその身を敵対者である機竜の方に向かって飛翔させていく。

 決して逃がすまいと、決してその脅威を他に向けさせはしないと、告げるように。

 

「この、俺だろうがああああああああああああああっ!!!!!」

 

 無論、魔獣の動きを機竜は爆炎の音と方向によって知覚していた。

 だからこそ即座に振り返り、動きを見切って迎撃をしようと考えた。

 だが、

 

(――更に速くなりやがったッ!?)

 

 その速度は、それまで機竜が目撃したそれよりも更に上がっていて。

 振り向いた時には既に、魔獣の姿が眼前に迫って来ていて。

 咄嗟に凶器の鋼爪を振るったが、それが魔獣の体を捉えることは無く。

 隙を晒した機竜の下方から、右手の獣口を機竜の方へ、左手の獣口をその反対方向に向け――魔獣は再び火炎を放つ。

 

「ヘル!! ファイアアアァァァーッ!!」

「グ、オオオオオアアアアアッ!?」

 

 至近距離から解き放たれた地獄の火炎。

 それは機竜の電脳力者の体を瞬く間に焼き焦がし、意思に関係無く苦悶に染まった絶叫を響かせる。

 並大抵の生命でさえば肉体を炭化させて焼死、そうでなくともショック死は免れないほどの熱量。

 それを受けておいて原形を保ち、生命活動を維持している――その時点で異形の姿の根本たるメガドラモンというデジモンの頑丈さが見て取れるものだが、死なないからと言って苦痛の程度が抑えられているわけも無く。

 

(こい、つ……コイツコイツコイツゥゥゥッ!!!!!)

 

 体以上に、その思考が一気に煮え上がっていた。

 予定には無いイレギュラー、結果的に魔王の枷となっていた端役。

 そんなモノが自分に牙を剥き、しつこく食い下がり、あまつさえ自分の力を上回る気でいる。

 そのような現実を許容出来るほど彼の沸点は低くは無く、精神は容易く激昂へと至り、

 

(殺す……殺す殺す殺す絶対絶対ここでコロシテヤルッ!!!!!)

「ガァァァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 野獣の咆哮という形で、その怒りは噴出した。

 自らの体が焼かれている事実など気にも留めず、機竜は魔獣に向かって突撃してくる――地獄の業火を真っ向から突っ切る形で。

 

「ッ!?」 

 

 炎の奔流から逃れようとするならまだ解るが、まさか炎の中からそのまま襲い来るとは予想出来なかったのだろう。

 自らの攻撃そのものが死角となってしまい、反応が遅れてしまった魔獣は機竜の鋼爪による一撃を側頭部へモロに受けてしまう。

 歯を食いしばって耐え、両腕の獣口からの炎の噴出が途絶えることだけは阻止するが、機竜の攻撃はそこで終わらなかった。

 その場で自らの体を縦に回転させ、炎の噴射によって空中に浮き続けている魔獣目掛けて長く太い尻尾を振り下ろしたのだ。

 咄嗟に避けることなど出来るわけもなく、鈍く重い音が響き、魔獣の体が地上の廃墟目掛けて勢いよく墜落する。

 

「グゥッ……!!」

 

 どうにか両脚で屋上に着地することは出来たが、鋼爪と尻尾による攻撃のダメージからか苦悶の声を漏らす雑賀。

 痛がっている場合では無いと視線を機竜の方へと向けるが、そこで彼の表情に驚きの色が混じる。

 

「■■■■■■!!」

 

 見れば、つい先ほど縁芽苦朗の方を狙おうとしていたはずの機竜は、明らかに雑賀の方に向かって来ていた――言語化不能の怒号を上げ、両腕の鋼爪から数多のミサイルを発射しながら。

 素早く別の建造物に向かって跳躍することでミサイルの雨を回避し、すぐに振り返って機竜の姿を目視した魔獣は、そこで驚くべきものを目の当たりにする。

 

(――何だありゃ……)

 

 注目がこちらの方へ向けられる、というだけなら望む所であり、驚くことは無かった。

 それでも驚愕したのは、機竜の電脳力者の姿に明らかな『変化』が起きていたからだった。

 即ち、

 

(……なんで、デカくなってやがるんだ……!?)

 

 心なしか、機竜の体が少し大きくなっていた。

 一般的な成人男性ほどの体格から、その五倍は越す巨体へと、その体積が増している。

 しかもよく見れば、頭から尻尾にかけて殆どの部位が大きくなっている一方で、メガドラモンという種族に本来存在していない両脚の方は大きくなっておらず、むしろ大きくなった尾の中に埋もれたかのようにその姿を消していた。

 まるで、最初からそのような形であったかのように。

 人間の面影、とでも呼ぶべきものを取り除いた代わりに、宿しているデジモンにより近しい姿へと変わっているその事実に、雑賀の背筋に嫌なものが奔る。

 その有り様に、一つ心当たりがあったのだ。

 

(……あんなの、まるであの時の司弩蒼矢じゃねぇか……!!)

 

 そっくりだった。

 かつて夜中のウォーターパークで戦った、シードラモンと呼ばれるデジモンの特徴を有した異形へと変じていた、あの男の姿に。

 デジモンに近しい姿に変化した電脳力者の姿は、司弩蒼矢との戦いの後に乱入してきたオニスモンの電脳力者ことフレースヴェルグ、現在共闘しているベルフェモンの電脳力物である縁芽苦朗以外にも、裏路地の一件でチンピラの集団と交戦したことでそれなりに確認してきたが、総合的に見て一つの共通点が見受けられていた。

 宿しているデジモンが本来持たない部位であろうと、基本的には誰も彼も人間と同じ骨格の手足を有している点だ。

 デジモンという怪物の要素を含んでいようと、あくまでもその姿形は人型の域を出ないもので。

 唯一、司弩蒼矢だけは腰から下が完全に尾の形を取り、片腕も丸ごと蛇のようになっていたが、それはあくまでも彼が片腕と片足を失った人間としては不完全な状態であったからだと考えられていた。

 だが、目の前の敵の変化はその前提を崩すものだ。

 

 両腕が鋼で形作られた三本爪になっていようと、辛うじて人型という形を維持していたその姿は――もはや、人の一文字が入り込む余地がほとんど無い竜の姿へと、変じていた。

 ケルベロモンの電脳力者として魔獣と化している雑賀のことを見据えるその目には、人間らしい理性や知性の色を窺い知ることは出来ない。

 見て解るのはただ、怪物らしい凶暴な面構えと殺意と、その全身から漏れ出ている紫色の靄のような何かぐらいで……。

 

(――ってオイ待て、何だアレは?)

 

 それ以上の疑問を挟む余地は無かった。

 正真正銘、暗黒竜とでも呼ぶべきカタチを成した電脳力者が、上方からその右腕を振りかぶりながら雑賀に迫る。

 巨大な体躯に至りながらも鈍重さを感じさせないその猛威に、真っ向から打ち合うべきではないと即座に判断した雑賀が咄嗟に建造物の屋上から飛び退いた直後。

 

 振り下ろされた機竜の右腕によって、一秒前に雑賀が立っていた建造物が真っ二つに割れて倒壊した。

 

 

 

 

 一方で、縁芽苦朗もまた苦戦を強いられていた。

 牙絡雑賀がメガドラモンの電脳力者に肉薄したのとほぼ同時、彼も彼でベルフェモンの力を宿した体の身体能力に任せて墜天使を撃破せんとしていた。

 が、見れば両腕を組んで防御の姿勢に移っていた墜天使の纏う黒衣が、墜天使と魔王の間で大盾の形を成しており、およそ架空の物語では語られる事さえないその変容が、魔王の重く鋭い一撃を受け止めていた。

 威力を殺しきれなかったのか、墜天使の体が大盾ごと後方へと押し出され、僅かに墜天使の口から苦悶の声が漏れたりしたが、その結果を見た魔王の表情は苦々しいものだった。

 

(――確かに、言う通りかもしれんな)

 

 位にして上位に位置するとはいえ、所詮は完全体クラスのデジモンの力を引き出しているに過ぎない相手に、究極体――それも最高クラスのデジモンの身体能力を引き出しておきながら、その一撃を受け止めるという行為が成立している事実。

 それは紛れもなく彼という魔王の現状を表すものだ。

 今の彼は、咆哮一つで消し去れる程度の相手を一息に戦闘不能に出来ないほどに消耗している、と。

 考えられる理由は、先に墜天使から指摘された事実に加えてもう一つ。

 

(ブワゾンの毒素が体内に残っている今、下手に力を使えば俺の体は内側から確実に蝕まれ死に近付いていく。ランプランツスもギフトオブダークネスもロクに使えないとなると、リヴァイアモンが覚醒した時、太刀打ちすることは難しくなるだろう)

 

 相手の宿すエネルギーが強ければ強いほど、相手を確実完全に内より滅殺する闇の猛毒。

 その影響は魔王の身を以ってしても容易に消し去れるものではなく、今もなお現在進行形で縁芽苦朗(ベルフェモン)の体内を苛んでいた。

 戦闘中でも無ければ影響が残らないように毒素を中和することは出来る自信があるが、ただでさえ狙われている今そんな余裕があるわけも無い。

 猛毒の影響を強めないように、単純な身体能力で戦闘することぐらいしか今の彼に取れる安全策は無く、その肝心の身体能力も消耗に伴って衰えを見せている。

 その事実は、当然ながら墜天使も知覚していることだった。

 

「フン……!! まだそれだけ動けるだなんてね。息をするだけでも辛いんじゃないかしら? マトモに戦うことも出来ないのなら、さっさと楽になればいいものを!!」

 

 だから彼女は言っているのだ、力を十分に行使出来ない今の縁芽苦朗(ベルフェモン)は実質的に死に体当然であり、これ以上抵抗しても無駄に終わると。 

 そもそも敵がこの墜天使と機竜と貴公子の三人だけとも限らない。

 ここぞという場面で援軍が仕掛けにくる可能性だって十分に考えられる――それだけの戦力が無ければ別働隊など構築出来るわけが無いのだから。

 が、

 

「なめるな、生ゴミ」

 

 吐き棄てるような言葉の直後だった。

 肉球のついた魔王の右手の上に、まるで最初から存在していたかのように――何の拍子も無く浮かび上がるものがあった。

 薄く、あるいは厚く、幾つもの紙を金具で固定し束ねた、学生であれば誰でも持ちうるもの。

 すなわち、

 

「なっ」

「――リヴァイアモンの電脳力者と対峙するより前に、消費したくは無かったが」

 

 それは、一言で言えば『学習ノート』だった。

 小学生や中学生、高校生や更には社会人までにさえ利用されている、学んだことを書き記すための道具。

 縁芽苦朗という名の学生には関係があっても、ベルフェモンという名のデジモンには無縁の、まして戦いの場に持ち出すこと自体が論外の代物。

 

「もはや温存の余地など無い事も、また事実。まったくもって最悪だ。ツケは払ってもらうぞ?」

 

 それを彼は、様々な命運の掛かったこの窮地に、さながら切り札を開示するかのような素振りで手の上に乗せたのだ。

 まるで、それこそが自らの――自らに宿すデジモンの本当の武器であると知らしめるように。

 見れば、知らぬ間に腰から足元までが赤錆色の袴のようなものに覆われていて、さながら古き世の侍、あるいは架空の存在でしかない魔法使いのそれを想起させる格好になっていた。

 女墜天使、そして遠方より狙撃の体勢を維持している貴公子の電脳力者の怪訝な視線など気にも留めず、在り様を変えた魔王は言霊を告げる。

 

「――事象摘出(ダイアログ)物象再現(ダウンロード)

「っ!?」

 

 言霊が紡がれたその直後だった。

 パラパラパラパラ、と風向きを無視してひとりでに開かれた『学習ノート』のページ、そこに描かれた記号の羅列が闇色の光を放ち、0と1の数字の羅列を浮かび上がらせる。

 それは瞬く間に色を宿し、形を伴った塊を成し――青い鞘に収められた同色の柄を有する二振りの刀となって実体を得て、縁芽苦朗の腰元に携えられる。

 おおよそ『ベルフェモン』という種族が携えていた情報など無い、未知のもの。

 だが、それよりも女墜天使の意識が向いたのは、たった今彼がとった行動そのものについての事。

 

(本を媒体とした、情報の実体化(リアライズ)……それに今の単語。まさか……!!)

「……あなた、その能力は!!」

「…………」

(……この反応、力を得てそう長くは経っていないようだな。電脳力者(デューマン)の力の本質も理解していないその上で、このレベルの戦闘能力となると……)

 

 返答は無かった。

 魔王はあくまでも、冷徹に女墜天使の反応から素性を分析しており。

 そして女墜天使の方もまた、未知の能力に危機感でも覚えたのか――僅かな時間、様子見を余儀なくされて。

 ほんの僅かな油断と隙が命取りとなる、その認識がより強固なものになる。

 故にこそ、先に仕掛ける側がどちらなのかは、決まりきっていた。

 

 右腰に携えた刀の柄を左手で持ち、左腰に備えた刀の柄を右手で持ち、獲物を見据えて――魔王が沈黙を破る。

 

「ツバメ――」

「っ!?」

「――二枚返し」

 

 直感に任せて女墜天使が体を後方へと動かし、黒衣の大盾を形作った直後に。

 刀を握った手に力が込められ、凶器は振るわれる。

 刀剣の軌道は見えず、速度は到底女墜天使に反応出来るものでは無かった。

 ただ結果として、その左肩と胸元に浅い切り口が生じる。

 咄嗟に回避しようと動いていなければ、左腕か首のどちらかは両断されていたであろう事は想像に難くなかった。

 そして、先に仕掛けた側としての優位をそこで途絶えさせるほど縁芽苦朗は優しくない。

 自らの攻撃が命に至らなかったことを認識すると、再び二本の刀を手に攻め立てに掛かる。

 

「――ィッ、この……っ!!」

 

 女墜天使は刀による連続攻撃を、黒衣を変化させて形作った武具などによって受け止めながら、自らの予測に確信を得る。

 実のところ、刀自体の鋭さ自体は大したものでは無く、女墜天使の黒衣で十分受け止められる程度のものでしか無かった。

 女墜天使から見て、おそらく『勉強ノート』に記載された情報を媒体として実体化した二振りの刀、その原型となっているものは成熟期の鳥人型デジモンである『ブライモン』が持っているものだ。

 だからその殺傷能力も、完全体デジモンであるレディーデビモンの扱う黒衣と比べて劣る程度にしかなく、だからこそベルフェモンとしての力を振るっているはずの縁芽苦朗の攻撃を『受け止める』という選択が成立している。

 

 事実だけを見て考えれば、魔王の方が手加減しているようにも見えたかもしれない。

 だが、実際の話としてそれは有効な手加減だった。

 何しろ、今の縁芽苦朗の体は女墜天使の放った猛毒の影響で、強い力を行使すればするほど命を内より蝕まれるようになっているのだから。

 行使する力が弱ければ弱いほど、猛毒の効力は強くなれない。

 そしてそもそも、女墜天使の予想が正しければ、この行為に伴ったエネルギーの消費は殆ど存在しないのかもしれない。

 これは現在の努力の成果ではなく、過去の努力の結果そのもの。

 ただ単に、今より前の時間に存在していたものをタイムカプセルのように保存し、現在に取り出して利用しているだけなのだから。

 次々と『学習ノート』のページはめくられる。

 物象ではなく、今度は現象が摘出される。

 

事象摘出(ダイアログ)現象再現(アップロード)――シャドーウィング」

「っあ、ぐあああっ!!」

 

 至近距離から、まるで銃口でも向けるように。

 女墜天使の方に向けて開かれた『勉強ノート』のページから、見えざる力が解き放たれる。

 恐るべき速度を宿したそれは女墜天使の体に命中すると同時に破裂、各部を切り刻みながらその体を強く吹き飛ばしていく。

 シャドーウィング――それは『ガルダモン』と呼ばれる完全体鳥人型デジモンが有する必殺技の名だった。

 超速で真空の刃を放つ事で敵を切り刻み、時に空気との摩擦熱によって炎の鳥と化すともされる技。

 全く異なるデジモンの武器だけではなく、必殺技まで再現しているというその事実が女墜天使に確信を与える。

 つまる所、

 

(コイツ、確実に『ワイズモン』の力も同時に使っている……!!)

 

 インターネット上に記載されているデジモンの『図鑑』に曰く。

 『本』を通じてあらゆる時間と空間に出現し、『本』が繋がる時空間のどこにでも姿形を変えて出没するため、本体は別次元に存在するのではないかと言われている摩訶不思議なデジモン。

 両手に『時空石』と呼ばれるアイテムを持ち、その機能によってデジタルワールドのあらゆる事象や物象を時空間に保存しており、それによって時空間に保存していた敵の放った攻撃さえも手中に収めるとされる――らしい存在。

 縁芽苦朗は、魔王ベルフェモンの力だけではなく間違い無くその種族――ワイズモンの力を行使している。

 

 通常、デジモンは進化に伴って進化する以前に有していた能力や特徴を削ぎ落とす構造となっており、故にこそデジモンの力を行使して戦う電脳力者(デューマン)もまた、成っている種族の力以外は行使出来ないのが自然であるはずなのに。

 女墜天使はその疑問に対して正しい解を得ることが出来ない。

 縁芽苦朗もまた、わざわざ戦闘中に敵対者に知恵を施すような愚行を犯しはしないだろう。

 だから女墜天使はこう考えるしか無い。

 徹底的に痛めつけて、魔王を宿す者としては死に体となるほどのダメージを与えておきながら、それでも――追い詰められているのは自分達の方であると。

 認めるしか無いその現実に、女墜天使の苛立ちが膨らんでいく。

 

(ふざけんな……ふざけんな……っ!!)

 

 あと一息で仕留められる所まで追い詰めたはずだった。

 予定外のイレギュラーの存在もあったとはいえ、追う側であった時は間違い無く優勢だった。

 どれだけ平静を装っていても、強者殺しの猛毒たる『ブワゾン』を傷口越しに注ぎ込まれた以上、縁芽苦朗の体はとっくに致命的に損壊しているはずで、こうして戦闘行為を継続出来ていること自体がおかしい事であるはずなのに。

 究極体のデジモンの力など、満足に使えなくなっていて当たり前なのに。

 

 女墜天使が苦し紛れに放つ暗黒の力の奔流も、遠方より貴公子の電脳力者が様々な角度から放っている呪いの銃弾も。

 それぞれ避けられるか、あるいは二本の刀や『勉強ノート』から解き放たれる現象によってその身に届く前に処理されてしまう。

 攻め手があと一つあれば防戦を強要させることも出来たかもしれないが、機竜メガドラモンの電脳力者は魔獣ケルベロモンの電脳力者の相手に手一杯で加勢には移れそうになかった。

 それどころか、見れば機竜の電脳力者は魔獣の電脳力者が放った火炎によってその身を燃やされてしまっていた。

 それだけでやられてしまうほどヤワな怪物では無いはずだが、仮に機竜が戦えなくなった場合、確実に魔獣の電脳力者は自分か貴公子の電脳力者を襲うであろうことは、女墜天使にも容易に考えられた。

 

(何で殺せてないのよ……何で殺されそうになってんのよ……)

 

 隠し玉の存在など関係無く。

 自らの思い通りにいかない要因の全てを、女墜天使の理性が理不尽だと憤る。

 あまりにも身勝手な、それを悪いとさえ思わない我欲が。

 何もかもがうまくいかない、そんな現実を許せない。

 だから、

 

「いいからさっさと……私達に殺させなさいよッッッ!!!!!」

「!!」

 

 ヒステリックな絶叫と共に、女墜天使の体から――毒々しい、紫色の靄のような何かが生じたことも、あるいは必然だったのかもしれない。

 縁芽苦朗は僅かに目を見開くと、突如として女墜天使から繰り出された『何か』を後方に飛び退く事で回避する。

 そう――究極体デジモンの力を振るっている彼でさえ、直感的に回避の必要性を感じられるほどの攻撃を女墜天使は放っていた。

 間合いを取った直後に、貴公子が抜け目無く背後から放ってきた呪いの銃弾を刀の一振りで捌いてから、苦朗は改めて女墜天使の姿を見据える。

 そして、彼もまた『敵』の明確な変容を見た。

 

(……レディーデビモンに、あんな武装あったか……?)

 

 それまでの女墜天使は、インターネットにも掲載されている『レディーデビモン』という種族と大して変わりの無い在り方をしていた。

 強力無比な闇の力を帯び、時には左腕と共に槍にすら形を変える黒き衣に身を包み、コウモリに似た暗黒の飛翔物を無数に放って歯向かう者を焼き尽くす暗黒の墜天使――という『設定』通りの容姿と力。

 

 それがどうだ。

 背中から生えている黒い翼はマントのような優雅さを得て、身に纏う黒き衣はより動きやすくなるよう戦闘に特化した造形となり、頭上では小さな腕を生やした使い魔とでも呼ぶべき存在が邪悪な笑みを浮かべている。

 確かに『レディーデビモン』という種族が身に纏う黒き衣には意思が宿っているかのように『顔』が浮かんでいる部分が存在していたが、ここまでの存在感は無かった。

 

 そして、元々右腕から胴体までに飾りとして巻きついていたチェーンは、その長さを伸ばして武器としての役を得て。

 時に槍と化す左腕の鋭い爪は乖離し、身の丈ほどはあろう規模の巨大な爪の武装として女墜天使の左腕に寄り添う形で浮いていて。

 極め付けに、その頭に被さった悪魔染みた造形の黒い頭巾に刻まれていたのは、

 

(……「X」の一文字……。しかもこの、異常なまでの闇の力の発露……そういう事か)

 

 デジタルモンスターという存在を、それに纏わる大きな事象の一つを知覚していれば。

 それがどれだけ重要な事実を示すものか、あるいは気付ける者もいただろう。

 そして、縁芽苦朗は気付ける側の存在であり、彼からすればそれだけの事実さえあれば確信を得るのに十分すぎた。

 その頭脳は瞬時に女墜天使に宿っているモノの正体を看破する。

 

「――貴様等、バルバモンの電脳力者から闇の力を与えられていたんだな」

 

 考えてみれば、だ。

 牙絡雑賀に対して縁芽苦朗が力を注ぎ込む事で、結果として新たな力を目覚めさせたように。

 同じような事を、同等の力を持つ魔王を宿す者が行えない道理など無かったのだ。

 その気になれば、必要となる事情が絡めば、自分自身が出向くこと無く目的を果たせる確立を上げられるのであれば、むしろその選択こそ当たり前だと言える。

 

 バルバモン――『強欲』の大罪を司る、七大魔王が一体。

 インターネットに記載された、基本的に大袈裟に描かれがちな『図鑑』に曰く、それは世界一つを構成するに足るほどの力を自在に操ることが出来るほどの力を持っているらしいのだから。

 どの程度の力を与えたのかは知らないが、こうして戦ってみれば嫌でも解ることがある。

 

(……確かに、これだけの力を発揮させられるともなれば、足止めとしては十分だろう。俺が死に体であることを加味すれば、尚の事だ……)

 

 縁芽苦朗の知る限り、闇の力は怒りや悲しみといった負の感情の発露に伴って増大するものだ。

 急に女墜天使が新たな力を発揮しだした理由も、大方思い通りに事が進まないことに対する憤りなどであることは容易に想像がついた。

 どう考えても幼稚な、自らの研鑽不足や倫理観など微塵も勘定に入れていない『子供の理屈』に過ぎないが、それだけでここまで容易く強い力を発揮してしまうのだから闇の力というものは本当にタチが悪い。

 こんな邪悪な力を持った者が増えていったら、どれだけの実害が現実にもたらされるか――縁芽苦朗は考えたくもなかった。

 そして、その嫌な想像を現実のものにするが如きタイミングで、もう一つの『変化』が生じていた。

 

 ――■■■■■■!!

 

「――――」

 

 ふと、人間らしからぬ声が耳を突き、横目で声の聞こえた方を見てみると、先ほどまで『メガドラモン』という種族の特徴を有しながらも人間に近しい体躯で戦っていたはずの電脳力者が、女墜天使と同じく紫色の靄のようなものを噴出させながら――辛うじて人型と呼べていた姿形を捨て去っているのが見えた。

 その目に宿った色を見ても、理性が保っているようには到底見えない。

 まさしく『図鑑』が語る通りの暗黒竜がそこにいた。

 恐らくあの在り様も、バルバモンの電脳力者から与えてもらった闇の力の影響だろうが、

 

(……あそこまでデジモンに近い形に、自らを変えることが出来ている、だと……!?)

 

 それにしたって人間をやめ過ぎている、と。

 縁芽苦朗もまた、牙絡雑賀と同じ疑問を抱いていた。

 電脳力者に関係する事柄に長らく関わってきた彼からしても、あれほどの変容は今まで見た事が無かったのだ。

 

 なんとなく。

 リヴァイアモンの電脳力者をどうするか、なんて場合では無い、それ以上に見落としてはならない重大な何かが起きているような、そんな悪寒があった。

 が、そんな事はどうでもいいとでも言わんばかりに、女墜天使はこんな言葉を漏らす。

 

「――あァ、五月蝿いわね……どいつもこいつも本当にイラつくわ……!!」

 

 その言葉に含まれる感情は、まさしく憎悪一色。

 魔王だろうが何だろうが、自分の思い通りにならないものを消し去りたいという、残虐性の表れ。

 とにかくまずはこの場を処理しなければならない――と、そこまで考えた所で、苦朗は自らの体が思うように動かしづらくなっている事に気付いた。

 呪いの銃弾を受けて、体が石化しかかっているというわけでは無い。

 動かせはするが、全身にギブスでも取り付けたように動きそのものを抑制されている感覚があったのだ。

 目下、最も原因と推測出来るものは一つ。

 

(あの使い魔の能力か……)

 

 石化の呪いに加えて、金縛りの呪い。

 動きを制限させ、確実に仕留める布陣もここまで徹底されるといっそ関心するが、猛毒に犯されている身としてはやはり笑えない。

 片方だけならまだしも、二つの呪いを同時に受けてしまえば致命的な隙を晒すことになるだろう、と魔王は自らの能力を過信せず判断する。

 動きが鈍くなったその間を逃さずに、変容した女墜天使がその左腕を一度苦朗に向けて突き出すと、巨大な爪の武装は女墜天使の傍を離れ魔王目掛けて突っ込んでくる。

 どうやら爪の武装は女墜天使の左腕の動きと連動しているらしく、女墜天使が左腕を乱雑に動かすと、爪の武装もまた乱雑な軌道でもって苦朗の体を切り裂きにかかってきていた。

 どうにか二刀で捌きこそ出来ているが、流石に成熟期デジモンの武器で何の対策も無しに完全体デジモンの武装と打ち合うのは無理があるらしく、刀は少しずつ欠け始めていた。

 

「――死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ、死ねェッ!!!!!」

(……チッ、マトモに相手してもらちが明かないな……)

 

 前方の狂爪、後方の魔弾。

 魔王としての能力を存分に発揮出来る状態ならまだしも、発揮するわけにはいかない状況ともなれば捌き続けるだけでも精一杯となる。

 その上、敵はこの二体だけではない。

 衝動のままに兵器を放ちまくっている機竜の電脳力者もまた、苦朗からすれば無視するわけにはいかない存在だ。

 もし、体躯の巨大化に伴って放たれるミサイルの破壊力も上がっているのならば、ただの一発でも都市の方へ撃ち込まれてしまったら最後、民間人にいったいどれだけの被害が出るか。

 対峙している牙絡雑賀の方もそれは理解しているらしく、ミサイルを放つ鋼腕が廃墟から都市圏の方へ向けられないよう人気の無い方角に動き続けることで狙いを絞らせているようだが、状況が好転する兆しも無い。

 仮にリヴァイアモンの電脳力者の件が無かったとしても、これ以上戦いに時間をかけるわけにはいかなかった。

 

(ならば)

「フンッ!!」

 

 狂爪と打ち合う二刀を、それを収める二つの鞘を咄嗟に投げ放つと同時、六枚の翼を動かし地上に向けて頭から急降下していく。

 

「うざいッ!!」

 

 無論、女墜天使は狂乱しながらも反応し、投げ放たれた二本の刀と鞘を爪の武装によって切り裂き飛沫と化していく。

 怠惰の魔王の腕力という支えさえ無ければ、所詮は成熟期の武器ということだろうー―完全体のデジモンの必殺の一撃で簡単に消し去れる程度の強度しか無い。

 より増した殺意のままに女墜天使が追撃に動き、対照的に『フェレスモン』の電脳力者はあくまでも冷静に呪いの魔弾の狙いを補正していく。

 そして地上――の廃墟の屋上の一つに向かって急降下した苦朗は、

 

「雑賀!!」

「!!」

 

 メガドラモンの電脳力者の殺意を一身に引き受けていた魔獣に向けて、声を放った。

 それだけで意図は伝わったらしい。

 魔獣は自らを追い立てて来る機竜ではなく、苦朗を追い詰めようとする墜天使に対してその視線を向けて。

 魔王は、翼を僅かに動かす事で降下の軌道を魔獣を追い立てる機竜に重なるように補正して。

 そして、

 

事象摘出(ダイアログ)現象再現(アップロード)――」

「――ヘルファイアー!!」

「――ヴォルケーノストライクS!!」

 

 二つの獣口から、魔王に追従する『学習ノート』から、二人の視線の先にある『敵』に向けて色こと異なれど膨大な熱を含んだ火炎が解き放たれる。

 

「――チィッ!!」

「――っ!!」

 

 女墜天使は爪の武装でもって炎を両断し、貴公子は体をひねって回避をすることが出来たが、機竜は回避などせずに真正面から火炎弾に直撃する。

 当然のように悲鳴が上がるが、竜の肉体に目立った損傷は無い。

 炎そのものが、紫色の靄のようなもの――バルバモンが分け与えた『力』に相殺されているように苦朗には見えた。

 

「――グルルルルルルルッ!!」

(……やれやれ、憎悪一つでここまで力が跳ね上がるとはな……)

 

 空中で軽く体を回し、縁芽苦朗は廃墟の上に両脚をつけて着地をする。

 ちょうど、女墜天使と貴公子を再び牽制した牙絡雑賀と背中合わせとなる位置だった。

 

 彼等はそれぞれ理解している。

 それまで相対していた敵と戦い続けるだけでは、この状況を打開出来ないと。

 殺意のまま、考え無しとさえ呼べる早さで襲いかかってくる敵を前に、作戦会議などやっていられる暇は無い。

 

 そして必要も無い。

 理解が前提にある以上、言葉など一つで事足りる。

 

「やれるか」

「そっちこそ」

 

 それだけで十分だった。

 怠惰の魔王の電脳力者はその標的を『メガドラモン』へと変更し、魔獣の電脳力者もまた標的を女墜天使と貴公子の方へと変える。

 敵にとってもまた、攻撃を受けたことが切っ掛けにはなったのだろう。

 殆ど憎悪に身を任せている女墜天使はその標的を魔獣砲へと変え、同じような状態にある『メガドラモン』の電脳力者の矛先もまた、簡単に魔獣から魔王の方へと切り替わっていた。

 目の前の存在が魔王の力を内包していることなど些事だと言わんばかりに鋼爪を向け、咆哮と共にミサイルを連射してくるのを見て、縁芽苦朗は右手の上に新たに二冊目の『学習ノート』を出現させる。

 その意思に添うように勝手にページがめくられ、幾多の文字が浮かび上がり、超常が顔を出す。

 

事象摘出(ダイアログ)現象再現(アップロード)――サンダークラウド」

 

 成熟期魔人型デジモン『ウィザーモン』の操る魔法の雷撃が、魔王の前方で網のように広がりを見せる。

 機竜の放った数多の有機生体ミサイルは雷撃の網に絡め獲られ、感電し爆発し炎と煙を撒き散らす。

 

「■■■■■■■■ッ!!」

(――やれやれ、こっちもこっちで最早闘牛の類だな)

 

 その結果を見ても安心など出来るわけが無く、間髪入れずに爆煙を突き抜けて機竜が力任せに鋼爪を振り下ろしてくる。

 当然のように、苦朗は怯まなかった。

 瞬間的に機竜の懐に向かって跳躍し、逆に機竜の胴部目掛けて右の肘を打ち据える。

 グォリィッ!! と肉が骨を打つ音が高く響くと同時、機竜の肉体が後方へと圧され仰け反る。

 流石に究極体デジモンの身体能力に基づいた一撃は女墜天使同様に効いているらしく、機竜の喉の奥から血を含んだ吐瀉物が反射的に吐き出されるが、ダメージはそれだけだ。

 むしろ、闇の力の象徴と思わしき体を覆う紫色の靄がその規模を増しているようにさえ見える。

 この調子だと一撃受ける度に――最悪、一撃避ける度にも――機竜の怒りは増し、それに伴ってバルバモンの電脳力者から与えられた闇の力が増大し、余計にしぶとくなっていくことだろう。

 一撃必殺を求めるのならば、やはり『ワイズモン』の力で攻撃するのではなく、魔王『ベルフェモン』としての力を本格的に用いる他に無いが、それは今となっては自分自身が戦闘不能となる可能性も視野に入れなければならない選択肢。

 

「……ぐぅっ……」

(……あの女の格好が変化してから、体の痛みがどんどん増している。バルバモンの闇の力に『ブワゾン』の毒が、あるいは同じく魔王として在る俺自身が、共鳴してしまっているのか? 今のままだと、必殺技は一回使うのが限度と見ておくべきか……)

 

 自らの状況を知覚し、分析し、そうして苦朗は一つの回答を得る。

 

(……チャンスは、作れて一度……)

 

 そして。

 

「があああああああああああっ!!」

「はあああああああああああっ!!」

 

 魔獣と女墜天使の攻防は、初撃から熾烈を極めていた。

 両腕の獣口からの炎の噴射によってひたすらに女墜天使に肉薄する魔獣は、その両脚から生えた鉤爪を半ばがむしゃらに振るい、女墜天使もまたその左腕から生じている巨大な爪の武装を振るう事で鉤爪による連撃に対抗する。

 息つく暇など互いに無く、そもそも与える気も無い。

 女墜天使は、眼前の魔獣を殺したい気持ちで頭の中がいっぱいになっていて。

 魔獣は、縁芽苦朗が自分に目の前の敵を任せたその意味に、思わず背中を押されていたから。

 

 今になって、いくら『怠惰』の大罪を宿す魔王の力を使っているとはいえ、縁芽苦朗が面倒臭さを理由に戦う相手を変えるなどと牙絡雑賀は考えない。

 必ず理由は存在し、こうする事が打開に繋がると思ったからこそ彼は相手を変えた。

 それが解るからこそ、魔獣は攻撃を止めない。

 女墜天使を倒す、その一心で力を尽くそうとする。

 だが、

 

「邪魔よおッ!!」

「ぐ、おらぁっ!!」

 

 おそらくはバルバモンから与えられた力の影響。

 そして、魔獣自身の体力の限界が近付いているその弊害だろう。

 魔獣が振るう両脚の爪の威力よりも、憎悪に身を任せた女墜天使の左腕の先にある武装の威力の方が、上回っている。

 故に、魔獣の体は女墜天使の凶爪によって弾かれ、間合いが開く。

 間合いが開いたという事は、用いるべき手も互いに変わるということ。

 間髪入れずに女墜天使は魔獣目掛けて無数の暗黒の飛翔物を飛ばし、魔獣はバランスを崩しながらも両手のの獣口から火炎を放ち対抗しようとする。

 

「――っ!?」

 

 と、直後に魔獣の背筋を悪寒が奔り、魔獣は左手の獣口を無造作に振るった。

 すると何かが獣口の装甲に弾かれる固い音が響き、見れば魔獣が左手を振るった方向には『フェレスモン』の電脳力者がライフル銃の銃口を向けてきていた。

 どうやら弱い方を先に潰せばいいとでも考えたのか、ここにきて縁芽苦朗ではなく雑賀に向けて呪いの銃弾を放ってきたらしい。

 装甲に覆われた部位で弾けていなければ、下手をすると石化の呪いに体を蝕まれていたかもしれない――が、対抗の対価として元々空中で体勢を崩されていた魔獣の体勢は更に崩れることになり、女墜天使の方へ狙いを定めていた獣口がその向きを変える。

 結果、放たれた緑色の火炎は女墜天使どころか暗黒の飛翔物にさえ当たることなく、見当違いの空間を過ぎ去るに終わる。

 そして、蝙蝠の群れが如き暗黒の飛翔物が魔獣の体に喰らいついてきた。

 

「ぐがああああああああああっ!!」

 

 想像を絶するほどの痛みがあった。

 体を覆う硬質な生体外殻越しでさえ覚える灼熱、骨肉を焼き焦がす暗黒の熱量。

 それは『バルバモン』の力を付与されている事も相まってか、地獄の番犬たる『ケルベロモン』の力を身に宿してなお、牙絡雑賀を絶叫させるに足るだけの害悪を含んでいた。

 

「ぐ……くそっ……!!」

 

 意識が煮え、視界が揺れる。

 推力となる炎を絶やさず、歯を食いしばって耐える魔獣だったが、当然敵は待ったりしなかった。

 女墜天使はその大きな爪を振りかぶりながら魔獣に迫り、貴公子もまた女墜天使とは違う方向から魔獣に接近して銃の狙いを定めていく。

 

「死ぃねえええええええええええええッ!!!!!」

「!!」

 

 先と同じ攻撃内容、元よりどちらか片方しか捌けなかった状況。

 どちらの攻撃も受けるわけにはいかないと解っていても、敵の位置を両腕の獣口から声なき声で伝達されていても、元より空中で自由の利かない魔獣の身一つでは二体の怪物に対応しきれるわけが無い。 

 だから。

 

 

「■■■■■■■■ッ!!」

「――ふっ!!」

 

 

 打開の一手は、その共闘相手こそが握っていた。

 彼が行った行動は、言葉にしてみればシンプルなものだった。

 機竜『メガドラモン』そのものと言っても差し支えの無い姿となった電脳力者、その鋼の両腕から発射された巨大な有機体系ミサイルを、

 

「――受け、取れぇ!!!!!」

 

 右の手と鎖で掴み取り、そのままブン投げたのだ。

 今まさに、死角から魔獣を呪いの弾丸で石化させようとしていた『フェレスモン』の電脳力者に向かって。

 僅かな力加減を誤れば、いやそうでなくとも掴み取ったその時点で起爆していて当たり前の兵器を、まるでキャッチボールでもするかのように。

 

「なっ――」

 

 正確な投擲だった。

 同時に、誰も予想だにしなかった手段だった。

 貴公子が苦朗の叫びを聞き取り振り向いたその時には、既にミサイルは彼の目の前にあって。

 

「――ぐっ、おおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 気付いた時には遅すぎた。

 投げ放たれたミサイルは貴公子の背中に命中し、起爆――貴公子の体を遠くへと吹っ飛ばしていく。

 無論、他の二体と同じく『バルバモン』の電脳力者から力を付与されている可能性が高い以上、これだけで死に至ることは無いだろうことはミサイルを投げ放った縁芽苦朗自身も察しがついていた。

 故にそれは、敵を仕留めるための行動ではなく、

 

「――受け、取ったあっ!!」

 

 絶対絶命の状況に陥られていた魔獣に、反撃の機会を与えるための行動に他ならない。

 魔獣は両腕の獣口から炎を噴出させ、咆哮と共に魔王の言葉に応じる。

 どの方向に向かって避けるべきか、などいちいち考えない。

 女墜天使の有する巨大な爪の武装、その脅威から逃れ次の手を考える――などと回り道をするつもりはもう無い。

 直感しているのだ。

 これが、魔王に与えてもらったこの状況こそが、今の自分にとっての最後の勝機であると。

 今この瞬間!! 勝つために取るべき行動は一つしか無いと!!

 

「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「ッ!!」

 

 即ち、直進。

 自らに向かって突っ込んで来る女墜天使に対し、同じく真正面から仕掛けるという一手。

 恐らく、女墜天使が予想だにしていなかった選択肢。

 事実、真正面から突っ込んできた魔獣に対し、女墜天使は戸惑いを覚えてしまった。

 振りかぶった爪の武装、それを振るう絶好のタイミングを僅かに遅らせてしまった。

 そして、その僅かな誤差こそが結果を変える。

 炎の噴射によってロケットのように加速した魔獣は、直後に炎の噴射を止め、慣性に身を任せたまま両腕の獣口を前方に構える。

 剥き出しの牙、開きっぱなしの顎。

 人間の頭蓋など容易く丸呑みに出来る規模はあろう二つの獣口は、魔獣が女墜天使に肉薄すると同時――振り下ろさんとした爪の武装と女墜天使自身の胴部にそれぞれ喰らいつく。

 

「ぎっ、アアアアアアアアアアアアア!?」

 

 絶叫。

 文字通り獣の大顎に喰らい付かれている状態となった爪の武装は微弱にしか動かず、牙を胴部に食い込まされた女墜天使自身はその咬合力と激痛に耐え切れないと言わんばかりに悲鳴を響かせた。

 半ば圧し掛かる形になったことで魔獣の体重が加わり、浮力を維持出来なくなった女墜天使の体が落下をはじめる。

 やった、と内心に呟きがあった。

 この状況から巻き返されることは無い、最悪このまま地面に激突させてしまえば確実に戦闘不能に出来る、と。

 だが、甘かった。

 彼が喰らいついた怪物は、この程度で戦う力を損なう存在では無かった。

 

「舐めるんじゃ……ないわよォッ!!」

「な――っ!?」

 

 獣口に胴体を喰らいつかれ、もうマトモに身動きも取れないはずの女墜天使の口から、怒号が響いた直後のことだった。

 女墜天使の右腕から伸びていた真っ黒な鎖が、突如として魔獣の胴体に巻きつき――そのまま体の中へ沈み込んだのだ。

 直後に、

 

「――グレイエム!!」

「ガア……ッ!?」

 

 激痛。

 体を構成する数多の細胞が爆発でも起こしたかのような、臓器や血管を串刺しにでもされているかのような、圧倒的な痛みの奔流が脳髄を駆け上がる。

 牙絡雑賀の知る『レディーデビモン』というデジモンには、およそ存在した覚えの無い攻撃手段だった。

 喉の奥から多量の血が吹き出る。 

 頭の上に見える使い魔の力なのか、体を動かすための力が損なわれているのが嫌でも解る。

 消耗が許容量を超え、思考がまとまらず、意識が明滅していく。

 そんな中――至近距離で吐き捨てるような怒号が聞こえた。

 

「――死ね!! さっさと死になさい!! 目障りなのよッ!!」

「――っ――」

「リヴァイアモンの力は私達が手に入れる。アンタ達はその邪魔をした。だから死んで当たり前なのよ、地獄に墜ちて当然なのよ!! だからさっさと墜ちやがれッ!!」

 

 言葉が紡がれる度に痛みが増した。

 体の中で破壊が巻き起こっているのが解る。

 同時に、魔獣の中に沸き立つものが生じていく。

 

(――そうだ。こいつ等は敵だ。司弩蒼矢の力を狙って、そのために邪魔者である苦朗や俺を殺すつもりで、こうして殺すためにデジモンの力を使っている――)

 

 もしかしたら、無意識の内に躊躇してしまっていたのかもしれない。

 どんなに言い訳をしたところで、目の前の存在が元は自分と同じ人間である事に変わりはないから。

 怪物の力で強くなっているからある程度は大丈夫などと自らに言い聞かせる事で、戦いに対する迷いを打ち消そうとしていただけで。

 超えてはならない一線というものがある意識は、常にあった。

 それが自分自身に対する甘えである事を、今更のように思い知る。

 

(――放っておいたら、こいつ等は勇輝を攫った奴等と同じように好き放題する。色んな奴を、暴力で苦しませる――)

 

 夜中の病院の中で、縁芽苦朗からも伝えられていた事だ。

 ただの人間では、デジモンの力を我が物とする電脳力者に抗う事なんて出来ない。

 人間であろうとする限り、怪物の理不尽から何かを守ることなど出来ない。

 

(――大切な当たり前を、壊す――)

 

 であれば。

 どうするべきか。

 そんな事はもう明らかだった。

 

(――なら――)

「――そんなに地獄が好きだというなら、お前達だけで、勝手に行ってろッ!!」

「ふざけ――グアッ!?」

 

 体中を駆け巡る痛みを無視し、女墜天使の胴体に喰らいつく左の獣口に力を込める。

 肋骨が軋みを上げ、骨肉の悲鳴が魔獣の耳に届くが、こんなものはあくまでも前準備に過ぎない。

 喰らう、だけで留める気などもう無い。

 この怪物は、この墜天使は、この害悪は、今ここで確実に――仕留めるべきだと、魔獣は決断した。

 胴体に噛み付く左の獣口、その口内に緑色の炎が瞬く間に蓄積される。

 その熱に、女墜天使は今更のように恐怖という感情を思い出したが、

 

「や、やめ――!!」

 

 一度下された決断は、もはや覆りようも無く。

 地獄の番犬と称された怪物は、その種に刻まれた必殺の言霊を解き放った。

 

 

 

「――インフェルノディバイド!!」

 

 

 

 言霊と共に魔獣が放った攻撃は、実にシンプルなものだった。

 胴体に噛み付かせた左の獣口から、そのまま地獄の業火を弾の形で解き放ったのだ。

 それも――何発も何発も、さながら機関銃の連射の如く。

 炎弾が一発一発放たれるごとに、女墜天使の体が緑色に燃え上がっていく。

 まるで、その存在の全てを喰らいつくさんとでも言うように。

 叫びも怒りも抵抗も何もかも――その全ては爆炎と牙によって無為と化す。

 黒き衣も死人のような白い肌もそれ以外も何もかも、ぱらぱらとしたものへと変じていって。

 そして、

 

「ガアアアアアアアアアアアアアーッ!!!!!」

 

 魔獣が咆哮すると同時、胴体に噛み付いていた獣口が――完全に閉じる。

 バキリ、と枯れ木を折るような音が空しく響き、女墜天使の肉体が上下に砕ける。

 魔獣が片膝をついて廃墟の上に着地をした頃には、全てが灰となって何処かへと消えていた。

 

 

 

 そして。

 その事実は目撃こそせずとも、魔王も体の感覚で認識していた。

 

(――痛み自体はあるが、やはり奴が死んだ事で『ブワゾン』の効力は消えたようだな。ならば――)

「終わらせる」

 

 元より。

 縁芽苦朗が『メガドラモン』の電脳力者を含め、完全体のデジモンの力を振るう電脳力者達に遅れを取っていた理由は、その本来の力を発揮することに対してリスクを付随させられていたからだった。

 たった一度『ベルフェモン』としての力を行使しただけで、体内の猛毒が活性化し命を奪われる、そんなリスクを。

 

事象摘出(ダイアログ)物象再現(ダウンロード)

 

 そしてたった今、猛毒を行使した張本人たる女墜天使が死んだことによってリスクは消え去った。

 であれば、もはや今の彼に枷は無し。

 つまる所、今回の戦いはそういうものだった。

 彼が存分に力を発揮出来る状況さえ整えば、敗北してしまう事のほうが難しい戦い。

 

「■■■■■■■■ッ!!」

「スパイダースレッド――」

 

 言霊を紡いだ直後、魔王の手の上にあった『学習ノート』のページの一つから数多の赤い糸のようなものが噴出し、本能のままに鋼爪を振るわんと迫る『メガドラモン』の電脳力者を取り囲んでいく。

 

 

「――エンチャット・ランプランツス」

 

 直後の事だった。

 機竜の周囲に展開された赤い糸に、黒い色の炎が薄く纏わり付いていく。

 血の如き赤は漆黒の黒に染まり、その攻撃性もまた本来のそれより高く引き上げられる。

 そして、縁芽苦朗はその右手を機竜に向かって翳し、

 

「消えろ」

 

 一息に握り締めた。

 その意に添うように周囲の黒い線の全てが『メガドラモン』の電脳力者に殺到する。

 巻き付くとか締め上げるとか、そんなレベルでは済まなかった。

 そもそもの話、最初に放った赤い糸のようなもの――ワイヤーは、敵対者を切り刻むためにとある完全体デジモンが用いるものであり。

 それに『ベルフェモン』の力を付与した以上、齎される結果は明白で。

 たとえ『バルバモン』の電脳力者から力を付与されていようが、関係無かった。

 

 機竜の全身を数多の黒い線が通り抜ける。

 骨肉を絶つ音が響き渡った時には機竜の体は声を上げる間も無く細切れになり、残った残骸もまた黒い炎が覆っていく。

 もはや消え行くしか無い怪物の末路を前に、魔王は目を細めて内心で呟いた。

 

 

 

(……やはり、この変わり様も織り込み済みなのか? 『シナリオライター』は……)



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七月十四日――『撒かれた種の芽吹く先』前編

 

 実のところ。

 牙絡雑賀と縁芽苦朗、そして彼等を襲う三体の電脳力者による激闘。

 それが繰り広げられていた事実は、離れた位置で別の敵――熊人形の怪物と交戦して辛うじて撃破した赤い竜人姿の司弩蒼矢と拳法着を着た兎の獣人姿の縁芽好夢も知覚していた。

 各々の話し声までは聞こえずとも、戦闘に伴った爆音や咆哮などはしっかり届いていたためだ。

 特に、兎の長い耳を有する縁芽好夢の耳には、聞こうと意識するまでも無く。

 

「……多分、戦いだよね。この音は……」

「…………」

 

 今更、自分の身の周りで起きている出来事が偶然であるなどとは考えられない。

 まず間違い無く、遠方で繰り広げられているであろう戦闘は自分の存在、あるいは磯月波音を利用して自分を無理やり連れ去った者達と関わりのある事だろうと蒼矢は思った。

 争っているという事は、少なくともそこには蒼矢を連れ去った連中の思惑を良しとしない者がいるのだろう。

 それはあるいは正義の味方と呼べる者なのかもしれないし、また別種の悪党の類かもしれない。

 願わくば前者であってほしいが、戦闘音だけでは何も判別する事が出来ない。

 ただでさえ知らない事が多すぎる今の彼等にとって、遠方で巻き起こっている戦闘の構図は知っておくべき事ではあるのだろう。

 だが、

 

「……悪いけど、今は波音さんを連れて逃げる事を優先しよう……」

「……うん……」

 

 今の彼等には優先事項がある。

 悪意ある者達に利用された挙句に蹴り捨てられた磯月波音を、急ぎ病院に運び出すことだ。

 何せ、時間的猶予が見えない。

 炎の魔人の人外の脚力によって放たれた蹴りが、ただの人間の肉体にどれほどのダメージを与えているのかどうか――医者でも何でも無い彼等には診断のしようが無い。

 素人目で見て解ることは、とにかく急を要する容態であることだけ。

 少なくとも、肋骨が折れて内臓が損傷している可能性は十分に考えられたが、それが命のタイムリミットをどれだけ削ぎ落としているのかどうかが解らない。

 であればこそ、他の事柄は切り捨てておくべきなのだ。

 たとえ景色の向こう側に大いなる真実が存在していようが、そんなものは後回しにしてしまった構わない。

 命を救える可能性を損なってまで得たいものなど、今の彼等には存在しないのだ。

 無論、司弩蒼矢の内に宿る怪物――リヴァイアモンもまた同意見だった。

 

『確かめようと覗き込んだ所でバレるかもしれねぇし、気配とか感知されたら接触は免れねえ。お前の方針が今回は正解だよ』

(……ありがとう。薄情なヤツだとか言わないでくれて)

『馬鹿、あんな今にも死にそうな奴を放っておく方がよっぽど薄情だろうが』

 

 結論は出た。

 蒼矢は軽く頷くとその視線を好夢の方へと移し、問うべきことを口にした。

 

「それで、波音さんは何処に? 安全な場所に隠したんだよね」

「……それなんだけど……その……」

 

 と、そこで奇妙な反応があった。

 磯月波音を安全な場所に隠していた縁芽好夢の方から、歯切れの悪い言葉が返ってきたのだ。

 

「? どうしたの?」

 

 疑問をそのまま口に出すと、こんな回答が返ってくる。 

 

「……あの人を隠した場所、あの戦闘音のする廃屋の辺りなんだよね……」

『「え?」』

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 二人の電脳力者の死によって、状況は決した。

 二人の電脳力者をその力でもって討ち滅ぼした魔獣と魔王を、たった一体の――特別力で勝っているわけでもない――電脳力者がどうこう出来るわけも無い。

 苦朗が投げ放ったミサイルの爆発を受け遠くへ吹っ飛ばされた『フェレスモン』の電脳力者は、女墜天使と機竜の末路を遅れて認識するや否や、表情を僅かに曇らせながら何処かへと飛んでいってしまった。

 縁芽苦朗に、追撃の意思は無い。

 それが、他に優先するべきことがあるからであることは、事情を知る者からすれば容易に察せられる。

 故に、女墜天使をその牙と炎でもって殺めた『ケルベロモン』の電脳力者――牙絡雑賀は、すぐさま『ベルフェモン』の電脳力者たる縁芽苦朗の近くに跳び込み視線を向けていた。

 縁芽苦朗もまた、横目に視線を返す。

 その赤い瞳には親しみの情など微塵も宿っていない。

 つい先ほどまで共闘していた間柄に生じるものとはとても思えない、重い空気が満ちる。

 先に口を開いたのは、意外にも苦朗の方だった。

 

「……だから、来てほしく無かったんだ」

「…………」

「解っていた事だ。お前は、お前のようなお人好しは、俺のする事を知ったら必ず足を引っ張りに来る。なまじ電脳力者としての力が目覚めてしまった所為で、物理的に追いつくための足さえ手に入れてしまったのだからな」

 

 彼にとっても雑賀にとっても、やるべき事はまだ終わっていない。

 それでも言葉を吐き出すのは、あるいはそれが必要な事だと感じたからかもしれない。

 だから、雑賀もまた苦朗の言葉に対して思ったことを口にした。

 

「来てほしくなかったのなら、あのトリ侍に伝言なんて頼まなければ良かった。あるいは、伝言させるにしたって、偽の情報でも伝えさせてしまえば、この件に関わらせない事だって出来た。それでも、嘘の無い情報を提示したのは……お前自身、そんな事をしたくないと思っていたからじゃないのか? 殺さずに済ませるための方法を、模索しようとしたからじゃないのか?」

「……いつもこうだ。『怠惰』を司る魔王としての性質か、あるいは呪いか……やるべき事は解っているのに、ついつい自分が楽になれる道筋を探ってしまう。それが致命的な『大罪』になると理解していても。……忌々しいものだ」

「……それは『怠惰』と呼ぶべきものじゃないだろう」

「結果が伴わなければ同じ事だ」

 

 もし、自分が縁芽苦朗と同じ立場だったらどうしただろうと雑賀は思う。

 特別恨みを抱いているわけでも無ければ悪人でも無いかもしれない赤の他人を殺さなければ、家族や友人といった大切な者たちを失ってしまうかもしれないという、命の天秤。

 そんなものを提示されて、一切の迷いなく選択することが出来るか。

 なまじ知識があるからこそ、現実に危機感を強く知覚出来る立ち位置にあったからこそ、恐怖は強かったはずだ。

 それでも、彼はほんの僅かでも迷ってくれた。

 司弩蒼矢という人間が、最悪の結末に至らないための道筋を、考えてくれた。

 

(……もしかしたら……)

 

 自分よりもずっと多くの知見を有する彼のことだ。

 あるいは、こうも考えていたのかもしれない。

 

 もし仮に、司弩蒼矢の心が悪の力に染め上げられてしまったとしても。

 リヴァイアモンの力が最悪の形で目覚めてしまったとしても。

 たった一度、されど明確に一人、戦って言葉を交わした人間であれば。

 その心に触れられる機会があった、人物の言葉であれば。

 殺すことなく済ませられる道筋を、描くことが出来る可能性があるかもしれないと。

 であれば、返すべき言葉はただ一つだった。

 

「俺も手伝う。アイツ……司弩蒼矢を助けるためならな」

「……助けないのならまた足を引っ張る、というわけだ」

 

 魔王の口から深いため息が漏れる。

 彼等は共に大きく消耗しており、争っていられる余裕も無い。

 故に、決断は早かった。

 

「……あぁくそ、解った。思っていた以上に強情なやつだな……」

「!! それじゃあ」

「ああ。可能性を見い出せる内は、俺もまた司弩蒼矢を殺さずに済ませられるよう努めよう。これ以上の面倒はコリゴリだからな」

 

 言うだけ言うと、苦朗は静かに目を閉じた。

 こんな時に精神統一でもしているのかと雑賀が疑問を覚えていると、苦朗の方から問いが投げ掛けられた。

 

「一応聞くが、お前は司弩蒼矢のニオイとか記憶しているか? 犬らしく」

「犬らしくは余計だ馬鹿。悪いが初対面の場所がプールだったし、嗅ぎ取れてなんていないぞ。ここまで来るのに辿ったのは病院で覚えたお前のニオイの方だ」

「そうなると、やはり勘に頼る事になるか」

「? というか、お前はそもそも蒼矢が連れ去られた場所を知ってて動いてたのか?」

「そんなもの知っていたら魔術で爆撃でもしている。俺は魔王として邪念……というかさっきの連中が発するような悪意の類に敏感なだけだ。少し集中すれば、クソ野郎共の位置は把握出来る。お前が解らないのなら、面倒だが俺が感知する他にあるまい」

 

 要するに、縁芽苦朗は『ベルフェモン』としての第六感に頼る事にしたらしい。

 人間としての常識で考えれば、非現実的な捜索手段だろう。

 だが、目の前に存在するのは不思議な力を用いる存在の筆頭とも言える存在――その最強格だ。

 デジモンという存在を知る身として、雑賀もそれは可能であると考えられた。

 故に、特に疑うことはせずに精神を集中させた様子の魔王を眺めていたが、

 

「――む?」

「見つかったのか?」

「逆だ。周囲の邪念が先ほどまでより薄すぎる。リヴァイアモンの力が覚醒してしまっていないにしても、先ほどの連中の仲間が潜んでいるはずだが……」

「……単にうまいこと邪念を消しているだけって可能性は? そういうものを感じ取れる奴が敵だって解っているのなら、そのぐらいはすると思うが……」

「その可能性は無いでも無いが……邪念というものは簡単に消せるものではない。ましてや『組織』のトップの電脳力者から力を与えられている場合、先の奴等のように場合によっては悪意を制御しきれていない可能性の方が高いはずだ。実際、つい少し前までは奴等以外の悪意を感じ取ることが出来ていたしな」

 

 言葉に疑問を覚え、牙絡雑賀もまた『ケルベロモン』としての嗅覚でもって悪意の類を嗅ぎ取ろうとした。

 だが、苦朗の言った通り――悪意や邪念の類と思わしきモノを感じ取ることは出来たが、先ほど戦った者達と比べずともそれは圧倒的に『薄い』と直感出来る程度のものだった。

 建物にこびり付いた染み付き、あるいは残滓とでも言うべきもの。

 確かに苦朗の言う通り、気付けば辺りから邪念の類は殆ど消えていた。

 

「奴等の仲間のものと思わしき邪念が薄れていて、リヴァイアモンの力が暴走している様子も無い。……となると……」

 

 その事実が何を意味するのか。

 なんとなく、雑賀には答えが解った気がして。

 釈然としない様子の苦朗に対し、雑賀はこんな言葉を切り出した。

 

「司弩蒼矢が自力で敵を倒して逃げたんじゃないか?」

「……いやいや、それは流石に無いだろう。お前が戦った……つまり昨日の夜中の時点では成熟期の力までしか使えていなかったんだろう? 先の奴等を基準に考えても、司弩蒼矢を洗脳なり何なりするために完全体相当のデジモンの力を扱う電脳力者が複数ついていたはずだ。お前のように土壇場で完全体デジモンの力に目覚めたと仮定しても厳しいぞ……?」

「でもお前曰く魔王の力を宿してるんだろ? 蒼矢のやつ。要するに滅茶苦茶強い力を秘めてる」

「……そりゃあそうだろうが……」

「ていうか、お前という優しい魔王がいる時点で……蒼矢もそうなる可能性があるわけだし……」

「とりあえずテメェこのクソ犬は現実の話をしような?」

 

 到底、苦朗には信じられない可能性だった。

 だが魔王としての第六感も回答を出し続けている――三体の電脳力者と戦う以前と比べて、邪念の類が半分以上かき消えている、と。

 この場に飛んで来るまでに掛かった時間、そして戦いの中で経過した時間、そして司弩蒼矢の心を自分達の都合に合う形に変貌させて『リヴァイアモン』の力を覚醒させるために『組織』が用いるであろう手段を加味すると、もうとっくの昔に辺り一帯に邪念の類が撒き散らされていて然るべきはずなのに。

 追っ手などが迫っているのであれば尚更だ。

 信じられないが、事実から考えても信じるしか無い。

 

「……しかし、だとしたら司弩蒼矢は何処に――」

 

 そこまでの言葉を吐き出した、その直後のことだった。

 ふと何処からか、獣の聴覚を震わす声があった。

 

 ――急いで急いで!! 戦いがあったのならいつ崩落してもおかしくないんだ!!

 

 ――解ってるわよ!! あーもう、よりにもよってこんな所で別の戦いが起きるとか……!!

 

 片方は、雑賀にとって聞き覚えのある声だった。

 もう片方は、苦朗にとって聞き間違いを信じたくなる声だった。

 ぎぎぎぎぎ、とゼンマイ仕掛けの玩具のようなぎこちなさで二人の首が動く。

 

「「………………」」

 

 恐る恐るといった様子で、彼等は屋上の端から自分達の立っているものとは向かいの方に見える別の廃墟――元は賃貸マンションの類だったらしく、一階の部分がコンビニになっている――の下層を見る。

 ちょうど、明らかに急いだ様子の拳法着装備の兎の獣人と、体の各部に黄土色の甲殻の鎧を纏った赤色の竜人がコンビニの中から出て来たところで。

 見れば、赤い竜人の両腕の中には見覚えの無い女の子がお姫様抱っこの形で担がれており、担がれている女の子に意識は無い様子だった。

 

 ――こっちこっち!! 街にさえ出れば迷いはしないわよ!!

 

 ――い、急ごう……!! 正直、もうかなりキツい……!!

 

 屋上の端から覗き見ている雑賀と苦朗の存在になど気付くことも無く、彼等は廃墟の立ち並ぶ悪党達の『隠れ家』から、見慣れた街並みの方に向かって駆け出していく。

 あまりの状況に、雑賀も苦朗も理解を得るのに七秒は掛かった。

 どうにか冷静に、事実をゆっくり飲み込んでいく。 

 

「……おい、あの子ってもしかしなくても……好夢ちゃんだったよな? 声が記憶通りならもう一人は司弩蒼矢で、明らかに協力して動いてるっぽかったが……」

「いや本当に待ってくれ。何でよりにもよってウチの好夢がこんな所に来てる? どういう経緯でヤツと一緒にいる? いつの間にかアイツら交友の関係にあったの? しかもあの姿は……」

 

 いつも落ち着いた様子を見せていた苦朗でも、流石に動揺を隠せないようだった。

 無理も無い、と雑賀は素直に思う。

 交友関係があるとはいえ、家族としての関係まで持っているわけではない自分さえ、驚きを隠せないのだ。

 義理とはいえ兄妹の関係を持ち、護ろうと必死になっている相手が、いつの間にかデジモンの力を使って事態の中心人物――それも、当初は殺すつもりだった相手――と協力して動いている事を知って、落ちついていられる事のほうが不自然だ。

 とはいえ、今は戸惑っていられる状況でも無い。

 動揺した様子の苦朗に対し、雑賀は確認のためにこんな問いを出した。

 

「……お目当ての野朗が見つかったわけだが、お前はどうする気なんだ? 前言撤回してでも殺す気はあるか?」

「……人質でも取られた気分だ。間違っても、アレを見て殺す気などもう起きんよ……」

「そうか。じゃあ、俺は行かせてもらうよ」

 

 言うだけ言うと、雑賀はその両手の獣口から炎を噴き出させ、駆け出していった二人の方に向かって飛んでいった。

 その背中を眺める縁芽苦朗に、言葉は無く。

 代わりに一つ深いため息が漏らすと、彼は姿を元の人間のそれに戻してズボンのポケットからスマートフォンを取り出していた。

 

 

 

 そして、牙絡雑賀は。

 

(多分、あの抱えてる女の子が病院の人が言っていた友達なんだよな。一緒にいたって事は確実に巻き込まれてああなったってワケだ……)

 

 目の前で駆けている赤い竜人――その、懸命に友達を助けようとする姿を見て。

 

(二人の焦りっぷりから考えても危険な状態である事は確実。急いで病院に送ってやらないといけないんだろう)

 

 拳法着を纏った兎の獣人――その、事情を知らずとも力を尽くしてくれた献身に感謝をして。

 

(……やっぱり、お前は優しい奴だったって事だな。司弩蒼矢……)

「おおーい!! お前達ー!!」

「「――っ!?」」

 

 久しぶりに会った旧友に対して発するような呼びかけをした直後、

 

 

 

「――だぁッ!!」

「――はぁっ!!」

「ぶぐへぇ!?」

 

 

 

 縁芽好夢が反射的に放った回し蹴り、そして赤い竜人と化している司弩蒼矢の長い尻尾の一撃が左右から顔面に直撃し、あえなく撃墜された。

 あんまりと言えばあんまりな反応だが、そもそもの話として彼女は電脳力者としての牙絡雑賀の姿を知らないし、司弩蒼矢もまた彼の『ケルベロモン』を原型とした姿を知らない。

 そして、彼女達から見ても『ケルベロモン』を原型とした雑賀の姿は、どちらかと言えば悪党面で。

 故に、総合的に見ればこの対応は当然なものだと言えて。

 彼女達が疑問を覚えたのは、ドグシャァッ!! と反射的に一撃を見舞った直後のことだった。

 

「――え? 待って、その声まさか……」

「……グ、グゥ。こ、好夢ちゃん。いくらなんでもその反応は酷すぎると思うんだ……俺だよ、雑賀だよ」

「ちょ、えぇー!? さ、雑賀にぃ!?」

「え? さ、サイガって、まさか……え? あの時の!?」

 

 え? と好夢と蒼矢は互いに顔を見合わせる。

 どちらの表情も「え? コイツと知り合いだったの?」と言外に語っていた。

 

「ごっ、ごごごごごごめん雑賀にぃ!! てっきり悪党の手先だと思って……」

「ぼ、僕も……全体的に黒いし怖いし……敵の追っ手かと……」

(え、初見であいつ等の仲間扱いされるぐらいに怖いの今の俺の姿!?)

 

 あまりにもあんまりな言い草に半泣きしそうになりながらも、ちょっと不細工になった犬面は両腕の獣口を支えに顔を上げる。

 今は互いの事情説明などしている場合ではないのだ。

 

「……は、話は後だ。その子、病院に運ばないといけないんだろ? だったら俺に乗れ。二人とも、見た感じもう走るだけでもキツいみたいだしな」

「いや雑賀にぃも雑賀にぃで明らかに疲れてるみたいだけど……」

「そうだよ。というか、両手も塞がってて僕と同じぐらいの体格なのにどうやって……」

「こうする」

 

 言葉の直後だった。

 成り行きで四つん這いの姿勢になっていた牙絡雑賀の姿に、更なる変化が生じる。

 ガゴン!! と機械の駆動するそれにも似た音と共に両腕の先端にあった獣口が開き、まるで服の袖を捲くるかのように雑賀の両肩に向かってその位置を移す。

 そうして露となった両手は、五指に鋭利な鉤爪を生やした『前足』とも呼べるものに変わっていた。

 見れば、両脚の関節はそれまでより四足歩行に適した形に近付き、体格が少し大柄になって尻尾も伸びている。

 人狼とでも呼ぶべきだったその姿は、よりその姿の基となった魔獣の名に相応しいカタチに寄ったものに成っていた――人間を二人ほど乗せて駆ける程度は可能かもしれないと思える程度には。

 驚いた様子の二人を横目に、

 

(……まさかとは思ったが……我ながら便利な体になったもんだな)

 

 自分自身驚きながらも、雑賀は急かすように言葉を紡ぐ。

 

「好夢ちゃんはともかく、お前は義肢に頼ってる身だろ。デジモンの力を使って誤魔化しているみたいだが、実はもう限界が近いんじゃないか」

「……それは……」

「議論してる時間も惜しい。適材適所ってやつだよ。どちらにしたって俺はお前達についていく気だからな」

「……解りました。お願いします」

 

 司弩蒼矢は渋々とそう回答すると、磯月波音を担いだまま魔獣の背に跨っていく。

 乗馬などの経験を持たない蒼矢としては特別良いとは言えない乗り心地だったが、それはそれとして磯月波音の体を左腕で抱えたまま彼は体重を前に倒し、右手で魔獣の両肩にある内の右の獣頭を掴みバランスを取る。

 準備が整ったと認識した雑賀が四肢に力を込め、駆け出そうとした直前、縁芽好夢はこんな事を聞いていた。

 

「ねぇ、ちなみに私は?」

「定員オーバーだ。好夢ちゃんがもう少し軽そうなら頑張れるんだが」

「雑賀にぃ。事態が事態だから了承するけど流石に怒るよ」

 

 言うだけ言って、赤き竜人と重傷の少女を背負った魔獣と拳法着を身に纏った兎の獣人が向かうべき場所へと向かう。

 いつかに壊れて荒れた街並み、廃墟だらけの悪党どもの『隠れ家』を駆け抜け、彼等は揃って人の気を感じられる世界へと帰還する。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 結果から言って。

 牙絡雑賀、縁芽好夢、そして磯月波音を抱えた司弩蒼矢――彼等は何事も無く病院へと到着した。

 人目のつかない場所で各々は元の人間の姿に戻り、磯月波音を連れて入り口の自動ドアを過ぎると、彼等の姿を見た病院の看護師達は迅速に動いてくれた。

 いっそ、事前に誰かが連絡を取っておいてくれたのだと言われた方が納得出来る手早さで、全員それぞれ異なる医者の下で診察を受ける事になり、応急措置も行われた。

 戦いの傷を体に残した雑賀と好夢、そして意外にも蒼矢は奇跡的にも応急処置で事足りる程度の怪我だったが、磯月波音の怪我は比べ物にならないほど酷かった。

 折れた骨が肺を傷付けかねない危険な状態にあり、他の三人とは異なり即刻の手術を余儀なくされていた。

 故に、現在彼等は磯月波音の手術室――その手前側に設置されている簡易ソファの上に腰掛け、手術の終わりを待っていた。

 

「…………」「…………」「…………」

 

 重々しい空気だけが、空間に満ちる。

 磯月波音の怪我の度合いを詳しくは知らなかった雑賀は当然のこと、他の二人もまた――目的地に辿り着いていながら、まったく安心なんて出来なかった。

 特に蒼矢は気が気ではなかった。

 今にも泣き出しそうな顔を隠すように俯き、祈るように合わせた両手を力いっぱい握り締めている始末だ。

 どんな言葉を投げ掛けてやればいいのか、雑賀にも好夢にも検討がつかず、しばし沈黙の時間が続く。

 最初に言葉を発したのは、意外にも蒼矢の方だった。

 

「牙絡、雑賀さん」

「……何だ」

「あの子を運ぶのを手伝ってくれて、ありがとうございます。あなたの言う通り、あの時点で僕の体……特に足は殆ど限界だった。多分、ここまで走り続けることなんて出来なくて、その……ウサギの子に運んでもらうしかなくなっていた……」

「……気にするな。一番頑張ってたのは、お前と好夢ちゃんだろう。俺はただ偶然、一番オイシイ所を持って行っちまっただけなんだ」

「……あなただって、頑張ってたんでしょう。戦いの音は僕達にも聞こえていた。……波音さんを利用して僕を連れ去った、あいつ等の仲間と戦っていたのは、あなただったはずだ」

「…………」

 

 気付かれている、その事実に雑賀は軽口一つ返せなかった。

 気まずくなって視線を泳がせると、縁芽好夢がこちらに視線を向けている事に気付く。

 その表情は、暗にこう語っていた。

 

 ――あんなタイミングで現れておいて、バレないとでも思ってたの?

 

(……とはいえ、あそこで介入しない選択は無かったよな……)

 

 彼女達がどこまで雑賀の行動に気付いているのか、そこまでは解らない。

 だが、返答次第では逆に怪しまれることは確実だと言えた。

 一度デジモンの力を行使して対峙した司弩蒼矢だけならまだしも、縁芽好夢は雑賀自身が過去に明確な嘘の言葉を吐いた相手であり、吐いた言葉の嘘もこうして行動に出た事で露呈してしまっているのだから。

 下手に嘘を吐けば、逆に怪しまれてしまうことは容易に想像がつく。

 牙絡雑賀は彼女の義理の兄である縁芽苦朗から『警告』を受けている身であり、今となっては『警告』が無くとも心情的には彼女に苦朗の事情を知ってほしくないと思っている。

 だからこそ、どう答えるべきか悩んだ。

 が、そんな雑賀の気持ちを知ってか知らずか、蒼矢はこんな事を聞いてきた。

 

「どうして、僕なんかを助けようとしたんですか?」

「? どうしてって……」

「何も、今回だけじゃない。あなたはプールで初めて会った時だって、加害者だった僕を『助ける』ために戦っていた。関わりなんて一度も無くて、そんな気持ちが浮かび上がる切っ掛けなんて殆ど無くて……そっれなのに、あなたは力を尽くしてくれた。一度ならず、二度までも」

「それについては既に答えたはずなんだがな。お前が『人間』だからだって。自分自身の言葉を『嘘』にはしたくなかったからだって」

「……正直に言うと、今でも信じられないんです。お金を貰えるからとか人を傷付ける悪者を許せないからとか、今となっては僕を連れ去った奴等と同じように僕の中の『リヴァイアモン』の事を狙っていたからとか……そういうことが理由ならまだ納得が出来た。けど、きっとその全部が間違いだった。あなたは本当に、助ける事だけを目的に戦っていた」

「…………」

「あなたの事を、僕は何も知らない。だから改めて聞くんです。あなたは――」

 

「――あなたはどうして、顔も声も知らない誰かを助けるために戦おうと、そう思えたんですか?」

 

「……友達が、いたんだ」

「!!」

「気のいいやつでさ、趣味も合ってて、よく絡んで……一緒に何度も馬鹿をやった」

「……雑賀にぃ……」

「……そいつが、少し前にいなくなった。何処の誰がやらかしたのかも解らない、ただ自分の知ってる世界から『消失』したって事実だけが遅れて伝えられる、そんな『事件』に巻き込まれて」

 

 一度言葉にしてしまったら、もう止まらない。

 次々と、言葉に乗せて生の感情が漏れ出てくる。

 

「……助けたかった。取り戻したかった。そう思って行動した。だけど、何にもならなかった。的外れな推理を打ち立てて、全く関係の無い場所を駆け回って……結局、俺はアイツを見捨てたわけじゃないんだって、自分に言い聞かせようとしていただけなんだって思い知った。訳知りなヤツから突然呼び出されて話を聞くまで、俺は何一つ……アイツを助けるための行動なんて出来てはいなかった」

「…………」

「なりたかったんだ。どんな方法を用いてでも、どんなに危険な道を進むことになるのだとしても……つもりじゃなくて本当の意味で、誰かを助けることが出来る自分ってやつに。だから俺はあの時……お前一人助けられないようじゃ、アイツを助けられる自分になることなんて出来ないって、そう思ったんだ」

「……それが、あなたの本当の理由ですか」

「本当の、というのは語弊があるな。それが一番最初の理由だっただけだ」

 

 行動の始点。

 人ならざる力を受け入れるようになった切っ掛け。

 決して綺麗なものばかりではない本音。

 

(……誰かを助けることが出来る自分、か……)

 

 その返答は、司弩蒼矢にとってあまりにも眩しいものだった。

 本音で理由を答えてくれた以上、自分もまた理由を答えるべきだと――解っていながらも躊躇してしまう程度には。

 怖くなったのだ。

 だって、大切な友達を救うためという理由に対して――自分の最初の理由は、あまりにも自己中心的でどうしようもなくて、軽蔑されたっておかしくないものだったから。

 軽蔑される事が怖くなる相手が出来るなんて、今まで考えもしなくて。

 少しの間、蒼矢は沈黙していた。

 そうしてやがて、彼は自分の意思で口を開いた。

 あるいは、本音を打ち明けられる程度には牙絡雑賀と縁芽好夢のことを信じられるようになったのか。

 

「……僕は、あなたほど立派な事は考えられなかった」

「…………」

「僕はただ、認められたかった。父さんや母さんに、褒めてもらいたかった。そのために苦手な勉強も頑張って、満点とまではいかなかったけどそれなりに高い点数を貰えもしてた。……だけど、いつからか誰も僕の頑張りに見向きしなくなった。学年を重ねるごとに反応は薄くなって……代わりに弟に対する褒め言葉ばかりが多くなって……」

 

 蒼矢自身、醜い告白だと思った。

 今更自分のやってきた事が帳消しになるわけでも無いのに、わざわざ言葉にする意味があるのかとも。

 だけど、彼もまた雑賀と同じく、と紡ぐ口を止められなかった。

 

「……頑張りが足りないんだって、もっと優秀に出来ないといけないんだって思った。だけど、それまで以上に勉強を頑張っても、大して成績は伸びなかった。母さんと父さんの反応も変わらなかった。だから、どうにか得意分野だった水泳だけでもすごいと言われるような結果を残そうって、そう思っていた。だけど……」

「そんな時に、交通事故の一件があったわけか」

「……結果として失ったものを、許容する覚悟が無かった。手足を一本ずつ失って、水泳なんてまず出来なくなって……その事実を受け入れられなかった。あの選択は、他の誰でもない僕自身のものであったはずなのに……もう二度と母さんや父さんの期待に応えることは出来ないんだって、もう僕を気にかけてくれはしないんだって、絶望してしまった」

 

 そんな時に、彼は怪物の導きに従ってしまった。

 フレースヴェルグと名乗る男の言う方法を、結果として実行してしまった。

 文字通り、怪物と化して。

 

「デジモンの力のことを教えられて、それを使えば失ったものを取り戻せるかもしれないと言われて……その時の僕には躊躇っていられるだけの余裕が無かった。どんな手を使ってでも、どんな力に頼ってでも元の自分を取り戻すって、それ以外のことは考えられなかった。……実際はこうして、元通りとまではいかずとも補うための方法があったのに」

「……義手と義足、か。両方付けてるやつを実際に見るのは初めてだな」

「……あのプールで止められて、最初はもう終わりなんだなと思いました。だけど違った。僕を大切にしてくれる人は、確かにいた。僕自身がそれに気付こうとしなかっただけで、答えを知る事を恐れてしまっていただけで……たったそれだけの事で、許されない事をしてしまったんだって思い知った」

 

 人間は、いったいどういった瞬間に怪物になってしまうのだろうと雑賀は考える。

 得体の知れない力で姿形も変わってしまった時か、それとも理性や知性を失って獣のように振舞うようになった時か。

 どちらも、生物学的には人間ではなくなったと言って差し支えの無い回答ではあるのかもしれない。

 だが、少なくとも今の牙絡雑賀は――誰かを頼ろうと考える事すら出来ず、誰も助けてくれないと思い込んで、心が一人ぼっちになってしまった時にこそ人間は怪物になってしまうのだと、そう感じた。

 

「……ずっと、僕は僕自身のことしか考えられなかった。何度もお見舞いに来てくれた家族の優しさにも、すぐ近くで僕の事を大切にしてくれていた波音さんの苦しみにも、気付こうとさえしなかった。もっと早く気付いていたら、何かは変わっていたかもしれないのに」

 

 実際、今の司弩蒼矢のことを雑賀も好夢も怪物だとは思わなかった。

 完全体デジモン『メガシードラモン』を原型とした赤い竜人の姿を見た時から、その印象に変わりはなかった。

 今の彼は間違い無く、誰かを助けるために戦える『人間』なのだと。

 

「……僕のせいで、学校の生徒も……磯月波音さんも……」

「それは違う」

 

 だから、その言葉だけは紡がせまいと雑賀は声を上げた。

 突然の言葉に疑問の表情を浮かべる蒼矢に構わず、彼は言葉を叩き付ける。

 

「水ノ龍高校で生徒が襲われた事件は、確かにニュースでも取り上げられていた。お前自身が行動を……あの学校に向かった事を自覚している以上、お前があの事件に関わっていたことは確かだろうよ。だけどな、俺には生徒を傷付けたのがお前だとは思えないんだよ」

「……何を根拠に……」

「生徒達の怪我の内容だよ。お前が仮に、プールで会った時の姿で行動に出ていたのなら、使っていたのは『シードラモン』の力だったはずだ。だが、生徒達の怪我は切り傷でしかなかったんだ、明らかに、あの時の姿のお前が出来る傷付け方じゃない。ついでに言えば『シードラモン』に切り傷を作れるような攻撃手段はそうそう無い。凍傷か嚙み痕、あるいは絞めつけの痕。お前がやったんだとしたら、最低でもそういった痕跡が無ければおかしいんだ」

 

 言われて、蒼矢は戸惑っていた。

 フレースヴェルグから教えられた事実、そこから薄っすらと思い出した光景から、自分の通っている学校の生徒達が傷付けられ怯えていた件は、デジモンの力を本能に引っ張られるような形で行使していた自分の行動によるものだと思い込んでいた。

 思い込んで、正確な情報に触れる機会も余裕も無かったために、具体的にどのような怪我をさせられたのかまでは知らなかったのだ。

 雑賀の言葉に、蒼矢の頭の中から声が響く。

 あるいは、当時から蒼矢と見識を同じくしていたかもしれない魔王の声が。

 

『――確かに、考えてみればおかしいな。アイスアローをブッ放したわけでも、牙を剥いて噛み付いたわけでも、尾で絞めつけたわけでも無いってなると……俺にも見当がつかん。ソーヤ、プールサイドってトコには切り傷が出来そうなものって置かれてるのか?』

(そんなものは無いよ。転んで擦り傷が出来るか出来ないかってぐらい。鋭く尖ったりしてるような所も……多分無かったはず)

『……俺もその時は自我も何もかも色々曖昧だったからな……むしろその影響でお前も理性とか失ってたののかもしれねぇが、結果として俺は記憶なんてロクに出来てなかったし、だからこそお前の見解についても疑問は無かった。だが、こうなると……確かにツジツマが合わねえな。本当に切り傷だけだってんなら、少なくとも使われたのは刃物か……あるいは爪とかであるはずだ』

 

 原因が他にある。

 生徒を傷付けたのは、別の誰かである可能性がある。

 だが、記憶が曖昧な今はその誰かの姿さえ思い浮かべることが出来ない。

 発言者である雑賀もまた、当事者でない以上は見覚え一つ無い。

 だが――加害者が自分ではない可能性、という情報に少なからず安心は得たのか、二人の会話を静観していた好夢には蒼矢の表情から僅かにだが陰りが消えたように見えた。

 言葉を挟むなら今だ、と意を決して彼女もまた口を開く。

 

「それに、波音さんがあんな事になったのはあなたのせいじゃないでしょ。悪いのは全部、あの人の事を利用した挙句に暴力までしでかしたクソ野郎たち。あなたが言葉や暴力であの人を傷付けたわけでもなし、その事で自分のせいなんて言うのは筋違いよ。そんな事、波音さんだって思ってほしいわけがないじゃん」

「…………」

「戦って、護って、運んで……出来る事は全部やったの。後はお医者さんと……生きて済むという幸運を信じるしかない。だから……自分を責めるなんて馬鹿なことはやめてよ。みんな頑張って、やっとここまで来たんだから……」

「!!」

 

 好夢の言葉に、蒼矢は目を見開いた。

 彼女の言う通りだと、確かにそう感じたからだ。

 今この場にいる誰もが、皆で助かり助けるために頑張った。

 誰か一人でも欠けていたら、そもそも磯月波音を病院に運ぶ事も何も出来なかった。

 にも関わらず自分のせいだ、などと――それは他の二人の努力を無駄だったと嘲るのに等しい言葉だ。

 

「……ごめん」

「解ればいいの」

 

 それっきり、蒼矢からは一言も無かった。

 好夢も、雑賀に対して問いたい事がたくさんありはしたが――何を思ったのか、それを口にはしなかった。

 そして雑賀もまた、これ以上の言葉は無いとでも言うように口を閉ざしていた。

 

 そうして、短くはない時間が過ぎて、

 手術中であることを示す、手術室入り口上部のランプから光が消えた。

 扉が開き、手術室の中から磯月波音を乗せた手術台が複数の医者と看護師の手で運び出され、その中に雑賀と蒼矢にとって見覚えのある老人の医者の姿が見えた。

 ほぼ反射的に手術台の上の磯月波音の様子を覗きこもうとする蒼矢を老人は片手で制すと、何処か朗らかに笑って――手術の結果をこう告げた。

 

 

 

「――もう、大丈夫じゃよ」

 

 

 

 その言葉が示す意味を、ゆっくり噛み締めて。

 緊張の糸が解けた司弩蒼矢は、その場にくず折れていた。

 その表情から痛みの色は抜け、代わりに喜びの色を浮かばせて。

 抑え込んでいたものを吐き出すように、彼は泣き出した。

 本当に、嬉しそうに嬉しそうに――泣いていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 磯月波音の手術が終わって、一時間ほどが経過して。

 少しずつ青空がオレンジ色に焼け始めた頃、司弩蒼矢はようやくの休息に安心を覚えていた。

 

(……本当に、良かった……)

 

 磯月波音の容態は、もう安定した。

 手術を監督していたらしい老人曰く、本当に奇跡的な状態であったらしい。

 骨の折れ方が少しでも違えば、病院に運び出すのがもう少し遅れていたら……肺以外にも内臓のいくつかが深く傷付いて、まず助からなかったと。

 当然、命の危機が去ったとは言っても、三人と同じようにすぐ外を出歩ける状態にはならない。

 最低でも折れた骨が治るまでは医者の許可なく動くことは許されないし、意識が戻るまでは見舞いだって出来やしない。

 とはいえ、どうあれ命が繋がったことに変わりはなく。

 色々安心した司弩蒼矢は今、自分の病室に戻って来ていた。

 

(……リヴァイアモン)

『何だ』

(ありがとう。波音さんを助けるために、一緒に戦ってくれて)

『よせやい。こうなったのはお前自身の頑張りの成果でもあるだろ』

(それもそうだけど、だよ)

『……ったく……』

 

 デジモンの力を使って炎を操る怪物をぶっ倒したり、廃墟だらけの場所を駆け回ったりしていようが、現実には彼もまだ入院患者の一人でしかないのだ。

 退院するその時まで、人間としての彼の居場所はまだ此処であり。

 故にこそ、彼は病室のベッドの上に座り込んでいる。

 デジモンの力を行使して戦ったその影響か、あるいは病院に戻って来てからメンテナンスを受けたお陰か、義手と義足の扱いに関しては生活に支障が出るものではなくなっていた。

 満足に動ける状態であることを提示出来れば、そう遠くない未来に退院出来るはずだ。

 そうなったら今度は、蒼矢の方がお見舞いをする側になる。

 満足に退院出来るその時まで毎日――傷付いた磯月波音の心に寄り添う事を、彼は既に決意している。

 

(ところで、あの時は状況が状況だから聞けなかったんだけどさ。リヴァイアモンの言う『デジタルワールド』ってどういう世界なの?)

『ん? んー、どういう世界かって聞かれてもな……俺って殆ど海の底の底で引き篭ってたからそこまで地上のことに詳しくはないっつーか……知ってる事にしたって嫌な事ばかりというか……』

(それでもいいよ。これからの事を考えても、出来る限りのことは知っておいた方がいいみたいだし)

『……まぁ、誰でも知ってる常識レベルの話なら、いいか……』

 

 もう戦いの場にいるわけではない、という状況も手助けにはなっているのだろう。

 自分を狙う『組織』の追撃がいつ来るかどうか、警戒心こそ忘れずにいるが、今の彼は自らの内に宿る存在と気軽に会話していられる程度には落ち着きを取り戻せていた。

 これから先、デジモンの力を使う限り付き合っていく事になる相手――リヴァイアモン。

 当人曰く、過去には『悪魔獣』だの『七大魔王』だのと呼ばれていたようだが、蒼矢からすればこの自分の中に宿っているデカいワニのような何かがそんな存在だとは考えにくかった。

 

(悪魔っぽくも魔王っぽくも無いし)

『それ褒めてんのか貶してんのかどっちだよ』

 

 それに、仮に彼が悪性を秘めていたとしても、それと向き合う事はその力を宿している自分のやるべき事でもある。

 お互いに、お互いの事をよく知らない間柄ではあるけれど、それだけは既に心に決めていた。

 そんな風に考えていると、ふとして蒼矢の病室のドアが開き、部屋の中に牙絡雑賀と縁芽好夢が入って来た――いくつかのレジ袋を手に。

 

「……えぇと、雑賀さん。これは?」

「差し入れに決まってるだろ。どうあれこういう疲れた時には美味いもんとか食べて気持ちを切り替えるのが大事なんだ。ちょっとコンビニまで飛ばして買ってきた。話しがてら一緒に食おうぜ」

「しそ味のサイダーとあずき味のコーヒーとしょうが味のコーラと、それの付け合わせでサイドメニューのチキンとかポテトとか肉まんとか、色々買ってるよー。蒼矢さんは何がいい?」

「すいません何で飲み物が全部ゲテモノ仕様なんですか???」

 

 言いながら、総じて味に期待が持てないラインナップの中から蒼矢はコーラとチキンを受け取り、次いで雑賀はサイダーと肉まんを、そして好夢はコーヒーとポテトを手に取り、看護師や見舞い客が座るために用意された簡素な椅子に二人はそれぞれ腰掛けていく。

 最初に口を開いたのは雑賀だった。

 

「まずは一つ聞いておきたいんだが、具合はどうだ?」

「もう大丈夫です。完全に元通り、とはいきませんが……生活する分には問題無いかなと」

「じゃあ次の質問に移るが、デジモンの力についてどのぐらい理解してるんだ? お前の中に宿ってるデジモンが何なのか、知っているのか?」

「デジモン……って存在のことはまだよく解ってませんけど、僕の中にいるやつなら自分で『リヴァイアモン』って名乗ってましたよ。知ってるんですか?」

「とてつもなく有名なデジモンだよ。七大魔王って枠組みに位置するデジモンの一体で、七つの大罪の内の『嫉妬』を司る存在だ。全てのデジモンの中で一番と言っていいぐらいにデカくて、現実なら多分東京まるまる一個分ぐらいは大きいと思う」

「……東京一個分……」

「雑賀にぃ、いくら何でもそれは盛りすぎじゃない? 東京と同じ大きさの生き物って、食べ物とかどうするのさ」

「そんな事を俺に言われてもなぁ……」

 

 東京一つ分の大きさ、という告げられた情報に現実味が無さすぎて、とりあえずの感覚で蒼矢は己の内の当人に聞くことにした。

 

(……リヴァイアモン、そんなに大きいの?)

『まぁ、そうだな。島一個分ぐらいはフツーに越すな。自分で言うのも何だが』

(……もしかして、引き篭ってるから肥ったとか……)

『ソーヤ君、テメェ一言多いとか言われた事無い?』

 

「……あ、本人にも聞いたけど本当みたいだよ好夢ちゃん」

「えぇ……マジなの……? 正直信じられない……」

 

 何やら不機嫌そうな声色が返ってきたような気がしたが、聞き流して蒼矢は好夢に回答する。

 蒼矢自身、己の内の『リヴァイアモン』に質問している事についても、それを口に出していることについても、特に疑問は無かった。

 が、そんな蒼矢の言葉に雑賀は目を丸くしていて、直後に驚いた様子で問いを出してくる。

 

「……ちょっと待て。お前、今何て言った? 本人? 名乗った? え?」

「? はい、夢の中で赤いワニみたいな生き物が『リヴァイアモン』って名乗ってたんですよ。で、今の雑賀さんが言ってたことについても直接聞いてみて……」

「話せている、のか? 自分の中に宿っている、デジモンと……?」

「……? はい、そうですけど。これってデジモンを宿している人の共通の事ではないんですか?」

「少なくとも俺は話したことなんて無いぞ……え、まさかだがお前、こうしている間にも話とか出来てるのか? イマジナリーフレンドとかそういうのじゃなくて!?」

「は、はい。一応、意識とか交代することもしたことがありますよ。ヤツ等と戦ってた時の事ですけど……」

 

 蒼矢の言葉に驚きを隠せない様子の雑賀を見て、好夢もまた自らの心当たりを口にする。

 

「……自分の中の別の誰かって話なら、わたしにも覚えがあるよ。兎の耳みたいなの生やした天使みたいな……よく見えなかったし名乗ったりもしてくれなかったけど、あの天使さんもすごいデジモンだったのかな。なんかピカピカした力をくれたし」

「――あぁ、うん。多分『リヴァイアモン』と同じぐらいビッグネームだと思う……」

 

 明らかに動揺した様子の雑賀に、好夢の目が僅かに細くなる。

 だが、彼女の眼差しを無視して雑賀はその視線を改めて蒼矢に向け、こんなことを言い出した。

 

「……蒼矢、お前さえ良ければの話にはなるんだが……『リヴァイアモン』と直接話をさせてもらえないか? いろいろと聞きたい事が色々あるんだ」

「……ちょっと待ってください」

 

 雑賀の申し出に、蒼矢はすぐさま己の内の存在へ言葉を飛ばした。

 

(頼んで大丈夫?)

『別に構わないが……あ、食い物ちょっと貰ってもいいか?』

(別にいいよ)

 

「大丈夫みたいです」

「そうか。じゃあ頼むよ」

 

 僅かに疑問を含むような声色だが、リヴァイアモンは雑賀との対話を了承したらしい。

 静かに目を閉じ、自らを深い海の底に沈み込ませるイメージを思い抱く。

 すると体の感覚が曖昧になり、蒼矢の意識の代わりにリヴァイアモンの精神が意識の表層へと浮上する。

 瞼が開かれた時、その瞳は黄色く獰猛な獣の色を宿していた。

 右手をチキンの袋に伸ばしつつ、司弩蒼矢という人間の声帯を介してリヴァイアモンが牙絡雑賀に対して問いを返す。

 

「――俺に何が聞きたいんだ?」

「『デジタルワールド』の事。具体的に言えばその地獄とでも呼ぶべき『ダークエリア』の事についてだ」

 

 ダークエリア。

 戦闘で死亡したデジモンのデータの行き着く先だとされている、デジモン達にとっての『あの世』とでも言うべき名前。

 そこは現実の、ホビーミックスの形で語られた『設定』の中においても、リヴァイアモンを含めた『七大魔王』の住まう場所とも語られる領域のことである。

 蒼矢の体を借りたリヴァイアモンには、それを自らに問う理由も察しがついていた。

 ずばり、

 

「……なるほど、要は『七大魔王』である俺なら詳しい話を知ってると踏んだわけだ」

「話が早くて助かるよ。インターネット上に掲載されてるような『設定』が、本当のことを指してるのか俺には解らないからな」

「だが、何故よりにもよって『ダークエリア』の事が知りたいんだ? 死んだ後の心配でもしているのか」

「そういうわけじゃない」

 

 死んだデジモンのデータの行き先、それに関わる情報の提供。

 それを求める理由を、雑賀はサイダーの味に首を傾げつつこう語っていた。

 

「俺の友達……紅炎勇輝を攫ったヤツと繋がりと持ってるらしい女が言ってたんだ。勇輝は今、ギルモンになって『デジタルワールド』にいるって。勇輝を助けるためには、まず大前提としてこっちの方から『デジタルワールド』への通り道を作る必要がある。それも、ちゃんと行きと帰りが出来る通り道を」

「……まぁ、それが道理ではあるな。それで?」

「さっきの姿を見てくれたら解るように、俺は今『ケルベロモン』としての能力を使えるようになってる。それを使えば、とりあえず『ダークエリア』に向かう事は出来る……と思ってるんだが……」

「……人間の世界でその力を使って、ちゃんと『ダークエリア』に向かう事が出来るのかって事か」

 

 今回の一件において雑賀が結果として手にしたケルベロモンという種族には、他のデジモンには無い特殊な能力が備わっている。

 即ち、現世と地獄――デジタルワールドとダークエリアを繋ぐ『門』を作り出す能力だ。

 まだ一度も試してこそいないが、もしもそれを使う事で現実世界からダークエリアに移動することが出来るのであれば、ケルベロモンの能力は雑賀にとってとても大きな意味を持つ。

 魔王は少しだけ考え込むような素振りを見せると、直後に回答する。

 

「実例に乏しい話だから憶測になるが、まず『ダークエリア』に向かう事自体は可能なはずだ。現世だの地獄だの、こっちの世界における言い方がどうあれ『ケルベロモン』ってデジモンが紐付けられているのはあくまでも『ダークエリア』でしか無い。それ以外の異世界と繋がる『門』を作れる可能性はまず無いと見ていいだろう」

「……『デジタルワールド』と『ダークエリア』は繋がってるんだよな? どうにかして『ダークエリア』から『デジタルワールド』に行く事は出来るか?」

「可能ではある。力をもった魔王型デジモンとかがむしろ頻繁に行き来して厄介事を撒き散らしてるわけだしな」

 

 その見解については、雑賀も映像作品として世に広まっている『アニメ』を介して察していた。

 デジタルワールドとダークエリアは、確かに繋がっており、力を持つ者でさえあれば二つの世界を跨ぐことは不可能では無い、と。

 デジタルワールドにいるとされる友人、それを助け出すための足掛かりを得たその事実に、雑賀は思わず笑みをこぼす。

 しかし、そこでリヴァイアモンが言葉を挟んできた。

 

「が、ここまで告げておいてなんだが、懸念すべき事がある」

「……懸念すべき事?」

「お前に宿っている『ケルベロモン』の力、それに紐付けられている『ダークエリア』が、はたしてお前の友達が連れ去られていった『デジタルワールド』と繋がっている『ダークエリア』なのか、という点だ」

 

 その言葉に、雑賀は表情を一変させる。

 リヴァイアモンの言葉は、それまで抱いていた雑賀の希望を限り無く打ち砕くものだったからだ。

 しょうが味らしいコーラを口に含みながら、人の身を借りた魔王は冷徹に事実を告げる。

 

「お前が知っていたかは知らないが、そもそも『デジタルワールド』と『ダークエリア』はそれぞれ無数に存在する。そして、一つ一つの『ダークエリア』と繋がっている『デジタルワールド』は一つだけ。……ここまで言えば解るな? お前に宿っている力が開く『門』の行き先が、お前の友達とまったく無関係の『デジタルワールド』にしか繋がっていない可能性があるんだ」

「……マジかよ……」

「真偽を知るためには、当然ではあるが辿り着いた『デジタルワールド』を隅から隅まで調べて回る必要がある。だが、一つの世界の中を探し回るだけでもどれほどの時間と危険を要するかわかったもんじゃねぇし、お前が聞いた話によると、お前の友達はギルモンに……少なくとも人間の姿ではなくなってるんだろ。同じ姿のヤツが何体も存在するなんて『デジタルワールド』じゃ当たり前の話だし、ピンポイントでお前の友達が『なった』ヤツを見つけ出すってのは……正直、かなり無理難題だぞ」

「…………」

「一応、全ての『デジタルワールド』と繋がっている『ダークエリア』の最深部――コキュートスと呼ばれる領域を介してなら、別のデジタルワールドに行くことも出来るらしい。だが、これについてはやめておけ。邪悪に身を墜としたりしたデジモン達を閉じ込めておくための牢獄でもあり、俺みたいな魔王クラスのデジモンの根城にもなっている領域だ。完全体デジモンの力を使える程度でそうそう生き残れる場所じゃあない。仮に運よく生き延び、通り抜ける事が出来たとしても――その先から向かった『デジタルワールド』がアタリだと確定するわけでも無い以上、推奨は出来ない」

 

 デジタルワールドが複数ある、という話までは解っていた。

 だが一方で、その同数もダークエリアが存在するというのは、初めて聞いた話だった。

 嫉妬の魔王の言う事が本当であれば、確かに今のまま『ケルベロモン』の能力でダークエリアに向かうのは失敗の確立が圧倒的に高いギャンブルでしかない。

 デジタルワールドに転移させられた紅炎勇輝がどんな目に遭っているのか、彼をデジモンに変えたと思わしき『シナリオライター』という組織の目的は何なのか。

 それ等の懸念を考慮しても、探すのであれば確実性のある方法を取るべきだろう。

 ハズレを引いた結果、どれほどの時間を無為にすることになるのか――そしてその経過時間で『手遅れ』になってしまわないか――わかったものではないのだから。

 雑賀は気持ちを切り替えるために肉まんを一口頬張ってから、率直に問いを出した。

 

「どうすればいい?」

「確実に友達を見つけ出したいのなら……やはり、当事者やその関係者から情報を手に入れるしか無いだろうな。わざわざデジモンに変えておいて、特に理由も無く別の世界へ放棄するなんてことはまず考えにくいし、きっとそいつ等が転移させた世界には、お前の友達をデジモンに変えた上で送り出さないといけない理由があったんだ。だからこそ、友達のいる『デジタルワールド』に向かう方法を知るには、お前の友達を連れ去ったヤツが使ったものと同じ手段を手に入れるしかない」

「……でもさ、その、世界がどうとかよくわかってないんだけど……勇輝にぃを攫った犯人が別の世界に勇輝にぃを送ったのなら、犯人も勇輝にぃが送られた世界に行ってるってことは無いの?」

「その可能性もあるが、現にヤツ等が起こしていると思わしき『消失』事件は今日のニュースでも新しい被害者を生んでいた。勇輝以外にも、何人か。少なくとも、事件の知らせが続く限り実行犯はこの世界に残っているはずなんだ――俺や蒼矢が会った、フレースヴェルグとかいうヤツの関係者が」

 

 そうなると、手がかりを探すためには『シナリオライター』と接触する必要がある。

 彼等の目的がどうあれ、紅炎勇輝を助けようとする雑賀に対して、無償で情報を提供してはくれないだろう。

 突然メールで呼び出して甘味を口にしながら談笑感覚で驚くべき情報ばかりを提供した、サツマイモ色の服装の女が稀有な存在であったというだけで。

 恐らく、戦って屈服させるなりして情報を引き出すことになる。

 しかし、そもそもの話として雑賀は彼等の拠点とでも呼ぶべき場所も、組織構成も何も知らない。

 現状では関係者一人を探しだすだけでも四苦八苦することは確実だ。

 どうしたものかと雑賀が思考を巡らせ、蒼矢の体を借りたリヴァイアモンがそんな彼の表情を黙って見つめ、好夢は会話の内容に疑問符が止まらずポテトをどんどん口に放り込みだして。

 そんな時、一つの言葉が病室内に一陣の風を吹かせた。

  

 

 

「――よう、俺の事を呼んだか~?」

 

 

 

 その声を、雑賀は覚えていた。

 その声を、蒼矢もまた覚えていた。

 縁芽好夢だけが、その声を知らなかった。

 

 声の聞こえた方へ、三人は視線を向ける。

 見れば病室の開かれた窓、その縁の上に猛禽のように足を乗せた状態で、話題の男――フレースヴェルグが来訪していた。

 

「ッ!?」

 

 雑賀は残った肉まんを一気に飲み込んで臨戦態勢を整え、

 

「…………」

 

 蒼矢の体を借りたリヴァイアモンは静かに目を細め、

 

(だ、誰……この人……)

 

 好夢はフレースヴェルグの雰囲気に更なる疑問符を重ねていた。

 

「おいおい、何も戦いに来たわけじゃねぇって。そう殺気立つなよ小僧」

 

 明らかな余裕の態度で、フレースヴェルグは雑賀に対して軽口を吐く。

 その内に宿るデジモンの名を(あくまでも当人の自己申告に過ぎないが)知る雑賀からすれば、今この場に彼がいるという時点で気が気ではなくて。

 意識の内か無意識の内か、気付いた時には牙絡雑賀の姿は再び『ケルベロモン』を原型とした姿に変貌していた。

 一触即発の空気、病室の中に嫌でも緊張が奔る。

 そんな中、人の身を借りたリヴァイアモンは確かに心からの言葉を聞いた。

 

『……代わって。そいつとは僕が話さないといけない』

(――解った。ヤバいと感じたらすぐ力を使えよ)

 

 返答の直後、表層に浮上していたリヴァイアモンの精神が司弩蒼矢の心の奥底へと沈み込み、入れ替わるように司弩蒼矢の意識は元の位置へと帰還する。

 体の感覚を軽く確かめてから、彼はフレースヴェルグに口火を切る。

 

「……用があるのは僕?」

「いろいろあったみたいだからなぁ。様子を見に来たのと、重要な確認ってやつだ」

「……そうか。雑賀さん、今は何もしないでください。少なくともこいつは、今は危害を加えようとしないと思います」

「お前、解ってるのか? そいつは……」

「解ってますが、どうあれコイツと話をつけないといけないのは僕の方ですから」

「……グゥ……」

 

 蒼矢の言葉に、納得のいかない様子ながらも魔獣は一歩後ろに下がる。

 今この場で戦いになったらどうなるか、それを理解しているからこそ――戦わずに事が済むならそれに越した事は無いと判断出来たために。

 とはいえ、目の前の男が味方と呼べる存在でも無いことは事実。

 だから蒼矢も『今は』と前置きしたのだろう――必要になれば、彼もまた戦う気であることは明白だった。

 そんな彼等の思考に興味も無い様子で、フレースヴェルグはあくまでも調子を変えずに言葉を紡ぐ。

 

「しばらくお前達の戦いを観察させてもらってたが、どうあれ生き残れて良かったな。次の段階に進んだというか、しっかり成長してくれやがって、俺としても嬉しいもんだ」

「……観察? いつからだ」

「一応、お前の動向を観測しとけって『上』に言われてるんでな。お前が病院を出てからの事、上空から可能な限り眺めていたさ」

 

 その言葉に、雑賀は思わず息を呑んだ。

 彼は縁芽苦朗と共に、司弩蒼矢を狙う『組織』の者と空中戦を繰り広げていた身だ。

 しかし、戦っている間にフレースヴェルグの姿を見た覚えは無い。

 ただでさえ究極体デジモンの力を宿しているのだ――その力を発揮していたのなら、その存在は嫌でも戦場の電脳力者に感付かれていたはずだ。

 ホビーミックスの『設定』にて語られている通りであれば、身隠しはおろか気配を隠すなどという行為が不可能だと言える程度には――この男が宿す『オニスモン』というデジモンは、巨体であるはずなのだから。

 誰の目も意識も届かぬほどの高さ――雲の浮かぶ高度から観察していたとでもいうのだろうか?

 

「……じゃあ、波音さんが危険な状態になっていた時も、何もしなかったって事だな」

「波音さん……って、お前とそこの……なんかやけに胸が小せぇお嬢ちゃんが運んでた女のことか?」

 

 誰の胸が貧相だゴラァ!? と条件反射的に殴りかかろうとした好夢の動きを雑賀が右の獣口で必死に甘嚙みして抑えている間にも、次々と言葉が紡がれる。

 

「……きっと僕なんかよりずっと強いくせに、何で助けようとしてくれなかったんだ」

「んー、あの時点だと俺から見てもあの女は『グリード』の連中の手先だと思ってたしなぁ。事情がどうあれ助けてやる理由も無ければ義理も無い。助けたいと思ってるやつが助ければそれでいいだろ。まぁ、そもそもお前が連れ去られた事にしたってあの女の行動が原因だったわけだし、俺からすればあの女をお前が助けようと動いた事が不思議だったわけだが」

「波音さんは何も悪くない。あの子にはどれだけ嫌だと思っていても、アイツ等に従うしか無い理由があったんだ!! お前は見ていただけで話を聞いてなかったから知らないだろうけど、あの子は土壇場で僕の事を庇おうともしてくれたんだ……!!」

「へぇ、それはまぁ……可哀想ではあるな。だからといって俺が出向く理由にはならねぇけど」

「可哀想だと思っていながら、何で……!!」

「何度も言わせるな。俺にはあの嬢ちゃんを助ける理由も道理も無いし、そもそも『上』の命令があった。役目を放棄するのも色々面倒だし。ガキの火遊びに首を突っ込んでられるほど暇じゃあない」 

 

 それとも、と前置きして。

 フレースヴェルグは静かに、憤る蒼矢に対してこう返していた。

 

「――本当に、俺のやり方で『解決』しちまって良かったのか?」

「……それは、どういう……」

「――蒼矢。悔しいがこればっかしはこのクソ野郎の言う事が正しい」

「雑賀さん……?」

 

 デジモンのことをまだ詳しくは知らないからか、蒼矢は疑問と共に雑賀の方を見た。

 元々デジモンの事を知っていて、尚且つ一度対面したことがあるからこそ、この男が戦闘に介入してくるそのリスクを雑賀はこの場の誰よりも理解していた。

 最悪の事態、そう呼べる『もしも』の話を彼は告げる。

 

「コイツが宿してると自己申告してたデジモン――『オニスモン』の力は、あまりにも大きい。翼を一振りしただけで暴風を巻き起こせるほどに。コイツが、もし本当に高高度から俺達の戦いを観測していて、それを終わらせようと考えて『必殺技』なんて使っていたら……あの廃墟だらけの場所を一瞬で壊滅させられたはずなんだ。その場にいた、俺達を丸ごと消し飛ばしながら……」

「な……」

「そうでなくとも、デジモンの力を使ったこいつの存在は歩く台風みたいなモンだ。仮に悪党共だけを狙って仕掛けてくれたとしても……周りへの影響は計り知れない。地上をマトモに移動することだって出来なくなってたかもしれないんだ。あの急ぎの状況で、それは絶対にまずかった」

『――オニスモン……古代に存在し、天空の覇者と呼ばれていた伝説のデジモンか。確かに、その人間がそいつの戦闘能力を自在に操れるのなら、あの辺りを消し飛ばすことぐらい容易かっただろうな。見方によっちゃ、俺と同じぐらい危険な種族だ』

(……もし、本当にそんな事になっていたら、あの状態の苦朗が対処出来たかどうか……)

 

 雑賀と、己の内のリヴァイアモンの言葉に蒼矢は言葉も無かった。

 フレースヴェルグと名乗るこの男が、今の自分よりも強いことはなんとなく察していたが。

 そこまで危険な力を扱っているとは、想像も出来ていなかったのだ。

 それも、当人曰く島一つを越える体躯を持つリヴァイアモンが、自らも『同等』と評価する力の持ち主であるという。

 確かに、それほどの力をあの廃墟だらけの場所で行使されていたら、デジモンの力を使って強くなっていた三人だけならまだしも、ただでさえ大怪我をしていた磯月波音はまず助からなかったことだろう。

 蒼矢は当然、予測を口にした雑賀も傍から話を聞いていた好夢も悪寒が止まらなかった。

 対照的に、フレースヴェルグは自らに対する評価など気にも留めていない様子で、話題の主導権を奪っていく。

 

「さて、話が脱線しちまったが、元気なのは確認出来たし……確認といくか」

「……確認って、何のことだ」

「決まってる。司弩蒼矢、お前……俺達の仲間になる気はあるか?」

「ッ!?」

「…………」

 

 その問いに緊張を奔らせたのは、問いを受けた蒼矢ではなくむしろ雑賀の方だった。

 それだけは認められない、と言わんばかりの声色で彼は言う。

 

「おいッ、お前……!! 蒼矢を監視してたのはやっぱり……!!」

「お前には聞いてないぞ」

「……雑賀さん。落ち着いてください」

「これが落ち着けるか!! いいか、コイツは……」

「お願いします。これは、僕が僕の意思で決めないといけない事だと思うので」

「……っ……」

 

 そう言われると、雑賀には何も言えなかった。

 確かに、蒼矢が『シナリオライター』への仲間入りをするかどうかの話は、あくまでも彼が自分の意思で決めるべきことであって。

 雑賀がそれを拒みたがるのは、あくまでも雑賀の事情に過ぎないのだから。

 納得出来ない感情は、歯軋りという形で表れる。

 すぐ隣で話を聞いていた好夢も、不安に染まった表情で成り行きを見守るしかなかった。

 蒼矢はフレースヴェルグを睨みつけ、そしてこう言った。

 

「一つだけ聞く。雑賀さんの友達を……紅炎勇輝って人を連れ去ったのは、お前の仲間か」

「ああ」

「それ以外の人間も含めて、ニュースで語られる『消失』事件は……お前が属している組織が起こした事か」

「俺自身は特に何もしてないし、全てが俺達によるものってわけじゃあないが、そうだな」

「そうか。それなら、答えは一つだ」

 

 そして。

 蒼矢は自分の意思で、目の前の暴威の化身に向けてこう告げた。

 

 

 

「――僕もリヴァイアモンも、お前達の味方になんかならない。絶対に」

 

 

 

 静寂があった。

 嵐の前の前触れ――今となってはそうとしか思えない、不自然な沈黙が。

 フレ^スヴェルグは蒼矢の返答に何故か口角を上げると、どこか楽しそうな声色で改めて問いを出した。

 

「……一応、理由を聞いておこうか。何でだ?」

「お前達が雑賀さんの敵である事に間違いは無いみたいだからだ。それに、ハッキリ言ってお前達のやっている事は僕だって認められない」

「ふーん。具体的に、何が認められないんだ?」

「自分達の都合で、誰かの当たり前を奪っている事だ」

 

 何も知らなかった頃の自分に、絶望しきって全てを諦めていた自分に可能性を伝えてくれた、見方によっては恩人と呼べなくも無い相手に向けてそう告げる蒼矢の表情には、既に明確な敵意が宿っていた。

 彼は既に、目の前の男だけに留まらず、男の所属する組織そのものを敵として認識していた。

 あるいは、最初から言い出したくて仕方がなかったとでも言わんばかりに――言葉が次々と紡がれる。

 

「紅炎勇輝って人や、他の連れ去られた人達が攫われた時どんな事を想ったのかは知らない。もしかしたら『デジタルワールド』って所に送られて、喜ぶ人だっているかもしれない。……だけど、嫌だと思う人だっている。家族や友達と強制的に離れ離れにさせられて、知らない世界に勝手に送り込まれて、お前達の都合ばかり押し付けられて……そこまでされておいて良かったなんて思えるわけが無いと思う。少なくとも、僕はそうだ」

「…………」

「僕は家族と一緒にいられる、ありふれた今を手放したくなんてない。そりゃあいつかは一人立ちしないといけないけれど、それがこんな形であっていいはずが無いんだ。そして、僕と同じことを考えている人が、攫われて『デジタルワールド』に送り込まれた人達の中にいるとしたら……僕は、お前達の行いを許せない」

「その当たり前ってやつを、少し前はお前も奪おうとした側だったわけだがな」

「それは否定しない。あの選択は他の誰でもない僕のもので、絶対に許されていい事じゃなかった。だけど、たとえ僕が赦されない罪を犯した人間であるとしても、それは誰かを助けることを諦めないといけない理由になんかならない。僕を助けてくれた人達に、僕を大切に想ってくれた人達に、立派に胸を張れるように……僕はこの力を、誰かを助けるために使ってみせる」

「そうかい」

 

 明確な拒絶、ある種の宣戦布告の言葉を受けて。

 フレースヴェルグはあくまでも不快さを表さず、楽しげな笑みのままこう返した。

 

「面白い、望む所だ。せいぜい『上』の筋書きを書き換えられる程度には暴れ回るといいさ。俺としても、お前達のようなヤツが敵である方が好ましいし」

 

 彼としては、元々蒼矢には敵であってほしかったらしい。

 思えば過去にウォーターパークの中で会った時も、彼は自分を殺せる所まで這い上がって来いとまで言っていたが、ある種の戦闘狂とでも呼ぶべき人種なのだろうかと雑賀は思った。

 そんなヤツを監視役として従わせている者が、彼が『上』だと呼ぶ存在がいる事実が、雑賀と蒼矢に超えるべきハードルの高さを認識させる。

 無論、彼等に今更折れる気は無かったが。

 問うべき事の返答を聞いた以上、フレースヴェルグにとってこれ以上の会話の必要は無い。

 雑賀も蒼矢も好夢も、彼に聞きたい事が山ほどあるのは事実だが、それを今ここで聞くことは難しいと思った。

 今でこそ彼は監視の役割に徹していて、故にこそ自らの能力を戦闘のために行使することは無いようだが、その気になれば彼はこの場の全員を皆殺しに出来るのだ。

 力ずくで聞き出そうとすることなど無理無茶無謀。

 そして、明確に『敵』となった以上、無償で益となる情報を与えてくれるわけも無い。

 今は、彼がこの場で何もせずに去ってくれる事を、幸運だと考えるしかない。

 ……そう、三人は思っていたのだが。

 

「しっかしまぁ――」

 

 蒼矢に視線を向け、フレースヴェルグは順序も関係無しにこんな事を口走っていた。

 

「――お前さん、もしかしてあの女の事好きなのか?」

 

 今更、彼の言う『あの女』が誰のことを指しているのかに気付かぬほど、蒼矢も間抜けではない。

 故に、問いの意味を理解した途端に顔を真っ赤にした。

 

「――は、はぁ!? 何でお前にそんな事を教えないと……」

(いや、まぁ……アレはどう見てもなぁ……)

(滅茶苦茶心配してたし。助かったと解った時に泣いてたし。アレはどう見ても脈アリでしょ)

「二人とも、そんな訳知りな顔で僕のことを見ないで!? い、いや確かに僕の事を想ってくれてたし助けようともしてくれたし大切な人であることは間違いないけど好きである事と大切である事はまた別の話であって」

 

 問いを出したフレースヴェルグではなく、味方であるはずの雑賀と好夢から無言のままに追い詰められてしまう司弩蒼矢。

 どれだけ親の期待に応えようとするために勉強や水泳ばかりに専念していようが、そのためにロクに同級生ともコミュニケーションを取れていなかろうが、彼もまた青春を生きる男子学生の一人――男女の好き嫌いの話に鈍感になれるほどご都合な認知はしていなかったのである!!

 面白い具合に慌てふためく蒼矢に対し、発言者のフレースヴェルグは更に言葉を紡いでいく。

 

「だってなぁ。事情があったにしろ自分を騙して誘き出しやがった相手を、見捨てるならまだしも助けるってのはなぁ。見た目やら性格やら、何かしらの理由が無いと流石に不自然だと思うんだよなぁ」

「うるさいな!? 何度も言うけどあの子は僕を助けてくれようとしたんだぞ!! だったら助け返しても別に不自然じゃないじゃないか!?」

「いやまぁそれにしたって結果として二回も助けるってのはどう見てもなぁ。いつ合体する予定なんだ?」

「ぶふっ!? が、がったいって、何のこと!?」

「ジョグレス進化だろ」

「雑賀さん適当なこと言ってないで――」

 

 そこまで言って。

 蒼矢はそこで、フレースヴェルグの言葉の中に聞き流していられない言葉が混じっている事に気付いた。

 それまでの慌てっぷりは何処へやら、疑問一色の表情で彼は問う。

 

「――ちょっと待て。お前今、何て?」

「いや、だからいつ合体する予定なんだって」

「そっちじゃない!! 二回? 僕が、波音さんを……二回助けたって……?」

「事実だろ。今回のことだけに留まらず、お前は前にもあの嬢ちゃんを助けていた。前にも言ったじゃねぇかよ。あの学校のプールで、存分に力を振るっていたって。その時の事も思い出したってお前自身言ってただろ」

「いや、言ったけどそこまで具体的な事は……というか、助けたって事はその時の僕って……」

「ん? あそこの女学生とかに襲い掛かってた……なんだっけな。イカみてぇな見た目のヤツを相手に戦ってたな。お前が戦ってなかったら、まぁ気に入られたヤツからひん剥かれてたんじゃねぇの? いやー、あの時の暴れっぷりときたらそそったなぁ」

「「「……………………」」」

 

 牙絡雑賀、司弩蒼矢、縁芽好夢はそれぞれ異なる理由で言葉を失っていた。

 

(……いや、そりゃあずっと監視してたって事は知ってて当たり前だろうけど……)

 

 雑賀は思わぬ形で真実を知った衝撃に、

 

(……学校の生徒を襲っていたのは、僕じゃなかった……?)

『……いやー、マジかー……』

 

 蒼矢は自分の通っている学校に本当に襲撃者が出ていたという事実に、

 

(……イカみたいな見た目のヤツって、もしかしなくても防犯オリエンテーションの時に襲ってきたアイツ……)

 

 そして縁芽好夢は記憶にも新しい出来事を想起したことによって。

 三人揃って沈黙してしまったことに対して疑問を覚えたらしく、フレースヴェルグは珍種の動物でも見るかのような眼差しになって声を掛けた。

 

「どうしたんだお前達? 俺、そんなに変な事は言ってないはずなんだが」

 

 返事を返すまで、数秒掛かって。

 当事者である蒼矢が、やや呆然とした様子で問いを飛ばしていた。

 

「いや、あの。何でそんな重要な事を話してくれなかったんだ?」

「だって聞かれなかったし」

「学校の生徒が傷付けられたのは僕の所為だと思ってたんだけど。襲撃者がいるなんて全く知らなかったんだけど。雑賀さんを傷付けてしまった事は間違いないけど、その事についてはお前が話してくれてたら罪悪感を覚える事も無かったと思うんだけど」

「だって覚えてないとは思わなかったし」

「あの、この気持ちどうすればいいの?」

「うーん」

 

 そして。

 空前絶後の罪悪感の空回りを実感する羽目になって呆然としてしまう蒼矢の問いに対し、全くもって悪びれた様子の無い監視者はこう総評した。

 

「……ドンマイ?」

「「ドンマイで済むかぁ!!!!!」」

 

 いっそ意図的ではないのかと疑わんばかりの情報伏せの事実にブチ切れる蒼矢と雑賀だったが、フレースヴェルグは軽い調子で「はいはい悪い悪い」と返すだけだった。

 興でも冷めたのか、彼は再度首を鳴らすと一言も残さずに窓の外へと飛び出していってしまった。

 無論、その姿を『オニスモン』を原型とした鳥人のものに変えていきながら。

 背から生える一対の大きな翼の羽ばたきによって彼の姿は一気に空に向かっていき、必然的に生じた強風が病室内を駆け巡り、雑賀と好夢が用意していた食べ物が辺りに散乱していってしまう。

 

「ねぇ雑賀にぃ、あの野朗本当に何だったの……?」

「知らないよもうクソ野郎って事でいいだろ」

「……なんか……色々疲れました……」

『ある意味もう会いたくねぇヤツだったなぁ』

 

 究極体デジモン『オニスモン』の電脳力者、フレースヴェルグ。

 突然現れて突然爆弾発言をし、終いには余計な置き土産までしやがるはた迷惑な台風野郎であった。

 

 

 

 そんなこんながありながら。

 風が止み、散乱してしまった食べ物を拾い集める羽目になった三人は、先の会話を思い返しながら思い思いに話をしていた。

 

「それにしても蒼矢、まさかあの野朗相手にあそこまで言い切るとはなぁ」

「……正直、断るとしてもあそこまで言うことは無かったなぁと後悔してます。恥ずかしい……」

「正直見直したよ蒼矢さん。今のは波音さんにも見せたかったなぁ」

「やめてよホントに……!? ああもう、いくら何でもカッコつけすぎだろ僕……!!」

「で、結局いつ合体するんだ?」

「雑賀さん、それ以上は罪悪感無しでぶっ飛ばしますからね!?」

 

 脚本家とでも呼ぶべき『組織』への、実質的な反抗の宣言。

 大切だと思うものを護り、助けるために戦うと決めて。

 彼等は既に『仲間』と呼ぶべき間柄になっている。

 

「……断っておいてなんですけど、家族についてはこれからどう護ればいいんでしょう……」

「出来る事をやっていくしかないだろ。誰かの助け……もっと言えば信用出来る『組織』を探してその力を借りるとか、狙ってくるような奴を先に倒すとか、そもそもそんな事を考えなくなるぐらいに強くなるとか。どっち道、手前の都合で拉致とかやらかすような連中を頼りには出来なかっただろ」

「まぁ、それもそうなんですが……」

「……これから大変だよね。いや、元々大変だった事にようやく気付けたと言うべきなのかな。今まで気付けなかっただけで、きっとずっと前からこういう戦いは起こってたんだろうし……」

「そうだな」

 

 蒼矢のフレースヴェルグに対しての言葉が、実のところ感情のままに吐き出しただけの何のアテも打算も無いものである事など、二人は当然気付いていた。

 そして、それでも構わないと思った。

 たとえ合理的でなくとも、あの男の背後にある組織の誘いは断らなければならなかったのだと、理解しているから。

 これからどうすればいいのかなんて、解らない。

 そもそも敵として戦うことになる『組織』は一つではない。

 先のフレースヴェルグが所属している『シナリオライター』とは別に、今回蒼矢の内に宿る『リヴァイアモン』の力を狙って磯月波音を利用した悪党達の組織――『グリード』の存在もまた決して無視出来るものではない。

 むしろ、後者については今回の件で、雑賀も蒼矢も好夢も明確な障害となりえることを行動で示してしまっている。

 こうしている今も、危機に立たされる可能性は存在しているのだ。

 それでも、彼等が笑いあえるのは。

 

「きっと、誰もが当たり前の日常を過ごせるように、戦ってくれた奴等がいたんだ。誰かを助けるために戦っているのは、俺達だけじゃないんだ」

「……そうですね」

「俺達は、自分一人だけで戦わないといけないわけじゃない。誰かと助け合って戦ってもいい。それが解っただけでも、俺は希望が持てると思う」

「……まぁ、嘘吐いてカッコつけて自分一人で何でもかんでも背負おうとしてた馬鹿野朗の雑賀にぃが言っても、説得力無いけどねー♪」

「い、いや俺はそんな言われる筋合いは――ひゃっ!?」

「というか、何で食べ物拾うのにその両腕が頭になってる姿のままなの? その頭からも食べる事が出来るの? 金髪染めだったのに銀髪になってるし、犬っぽいのにさわっても全然もふもふしてないし……あぁでもこのちょこっと伸びた尻尾はかわいいし赤い筋肉の質感もイイ感じだし……おー……」

「やめてくんない!? 戻るの忘れてたとはいえ一応今の俺って地獄の番犬だからね!? そんな好意的な目であちこち見たり触ったりするべきもんじゃ……ちょ、やだ好夢ちゃん何処触って!? あぉ!?」

(……下手すると僕もああなってたのかな……)

『さぁ?』

 

 きっと、自分が一人ではないという当たり前を、確かに知る事が出来たからかもしれない。

 七月十四日、あと一週間もしない内に多くの学生が夏休みに移行する頃。

 三人の学生はそれぞれ異なる苦難を越え、進化を果たしたその先で、新たなる戦いを予感しながらそれでも希望を抱いていた。



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七月十四日――『撒かれた種の芽吹く先』後編

 読者の皆様がた、大変長らくお待たせしました。
 これにて第二章、完結です。


 

 無事に戦いは終わった。

 司弩蒼矢、縁芽好夢、そして牙絡雑賀は戦う決意を胸に抱き、それぞれ帰るべき場所へと足を進め始めた。

 

「で」

 

 ……と、何もかも都合よく進むわけが無いのが世の中だったりするわけで。

 司弩蒼矢の病室にてフレースヴェルグと遭遇し、司弩蒼矢と縁芽好夢の二人共々いろいろなものを掻き乱されて、散乱した食べ物などを片付け終えて、そうして話すべき事も終えて、トイレに行くと口実をつけて足早に帰ろうとした途中で――牙絡雑賀は(激戦で大怪我をしているので当然と言えば当然だが)病院に来ていた縁芽苦朗と遭遇するのだった。

 流れ流れに屋上へ連れられると、彼は振り向かぬまま一つの質問を投げてくる。

 

「一応聞くが、尾行とかはされてないだろうな?」

「されてない……と思うけど。好夢ちゃんのニオイはもう覚えたし」

「そうか」

 

 苦朗の問いに雑賀は嘘偽りなくそう答える。

 不本意な流れの中での事とはいえ、雑賀は『ケルベロモン』の力を行使した状態で縁芽好夢と隣接していた――同じ部屋にいた司弩蒼矢共々、そのニオイは魔獣の嗅覚によって記憶に焼き付けていた。

 少なくとも病室を出て屋上に来るまでの間、二人のニオイは感じなかったと彼は判断している。

 確認事項を終えると、苦朗は振り向きながらこう言った。

 

「……まったく、次から次へとヒヤヒヤさせられたぞ。あの『グリード』の連中との戦いの時といい、さっきのフレースヴェルグが来た時といい……」

「……ニオイで何となく解ってたけど、やっぱり近くにはいたのか」

「急に風が強くなったんでな。奴が来たのだと潜んでみれば案の定だ。お前も好夢も、そして司弩蒼矢も……つくづく心臓に悪いことばかりしてくれやがるよ」

「というかお前もお前で体は大丈夫なのか?」

「大丈夫だと思うか? こちとらお前を庇って脇腹刺されるわ傷口に『ブワゾン』されるわで散々だ。応急処置は済ませたが、まぁ今の状態でフレースヴェルグの野朗と戦うのはキツいな」

「……悪い」

「気にするな。結果論ではあるがお前が止めに来た事で想定以上の成果があったのも事実だしな。こいつは借りにしておく」

 

 そう語る苦朗の表情は、どこか疲労を感じさせるものだった。

 苦朗からしても、司弩蒼矢が『シナリオライター』に加入することも無く、どちらかと言えば雑賀や好夢の味方として立つことを選んでくれた事――そしてそんな相手を殺そうと必死になっていた事――について、思う所が無いわけでは無いのだろう。

 とても、今の状態であの二人と面と向かって会うことは難しいと言外に語られている。

 だが、動機がどうあれ彼が現場に駆けつけ、結果として雑賀と共に敵を打ち破ったことで彼等の手助けになっていたこともまた事実。

 司弩蒼矢の決意も、苦朗の非情も、雑賀の選択も、好夢の偶然も――今回の決着には必要な要因だった。

 とはいえ、

 

「で、そんな事を言うためだけに呼んだわけじゃないんだろ」

「まぁな」

 

 どれだけ事態が丸く収まったように見えても、実際のところ何も解決などはしていないのだ。

 司弩蒼矢は明確に『グリード』という組織に反抗し、その力を欲される限り狙われ続ける身となっている。

 彼が逃げるために協力した者の顔がどれほど割れているのかは知らないが、生き残りのメンバーの口から最低でも自分の事は喋られるだろうと雑賀も思う。 

 そして、司弩蒼矢を誘い込むために利用された磯月波音の家族の身柄だって無事だと確認出来てはいないのだ。

 今のままでは、日常に戻ったところで安心など出来るわけが無い。

 その事は、雑賀や蒼矢などよりもずっと以前から電脳力者という存在と関わってきた苦朗の方が理解していることだろう。

 彼は何よりもまず、警告をしに来たのだ。

 これから雑賀や蒼矢、そして知らず知らずに好夢もまた敵として戦うことになるであろうものについて。

 

「今回、司弩蒼矢を狙ってきたあの連中が所属している組織は、フレースヴェルグの奴が所属している『シナリオライター』ともまた異なる組織。強欲の大罪を司る魔王バルバモンのデータを宿す電脳力者がトップに立ち管理している『グリード』と呼ぶ組織だ」

「…………」

「宿している大罪、そして組織の名前からまぁ察するだろうが、欲張りだらけの集団だ。人員だろうが資源だろうが心だろうが何だろうが、欲するものを手に入れるためならどんな事だってする。今回も司弩蒼矢を、その内に宿るリヴァイアモンの力を手に入れるために磯月波音を人質まで用意して利用していたようにな。一応調べはつけさせてるが、恐らくあの子の家族は既に手の届かない場所に捕らえられてることだろうな」

「……何でそう言い切れるんだ?」

「結果として重傷を負わせられてたが、欲張りな連中の考える事だ。あの子の事だって司弩蒼矢と一緒に仲間か……あるいは道具として引き込むつもりだったんだろう。そして、奴等のトップにそういう欲がまだ残っているのなら、人質はいくらでも役に立つ。あの子に対する交渉材料としてな」

「……クソったれ。用済みだから開放する、なんて話にはならないのか……」

「司弩蒼矢があの子に好意を寄せている事を知ったら、下手をするとそっちに対する人質としても機能するかもしれない。利用価値は高いほうだろうよ。忌わしい話だがな」

 

 日常に帰還する事が出来た者もいれば、出来ずにいる者もいる。

 磯月波音はその内の一人であり、そして彼女を助けようとするであろう司弩蒼矢もまた、完全な意味で日常に帰還したとは言えないのだろう。

 磯月波音の家族が助けられない限り、二人が安心して日常を過ごせる時は来ない。

 助けるためには、今後は『シナリオライター』以外に『グリード』の足掛かりも追わなければならない。

 しかし、当然ながら雑賀にも蒼矢にも身一つで組織の力に対抗出来るほどの力は無く、頼れる相手にも心当たりがあまり無い。

 つまり、

 

「単刀直入に聞こう。身内を守り、好き勝手やる連中の企みを食い止める。そんな思惑で集った組織があるとしたら、お前は入るのか?」

「それが、お前みたいな信用に足る奴がいる枠組みならな」

「後で司弩蒼矢もお前から誘っておけ。同類の助けがいる状況で強がる馬鹿では無いんだろう」

 

 縁芽苦朗もまた、勧誘に来たのだ。

 以前にも彼は言っていた。

 デジモンの力を用いた不可視の犯罪、理不尽な暴力が横行する事を望まない者たちの枠組みがあると。

 小規模ながら『シナリオライター』の行いにも対抗しようとしている勢力があると。

 そして、縁芽苦朗もまた己の理由でその勢力に入っている、とも。

 

「一応聞くんだが、好夢ちゃんはどうするんだ?」

「……ああして『グリード』と戦った以上、いずれ事態に巻き込まれる事は確定している。であれば組織の中で力を蓄えてもらった方が身を護れるだろうよ。というか、無知を埋めるために闇雲に調べをつけようと動き回られた方が危険だ」

 

 確かに、と雑賀は素直に思った。

 経緯を聞いた限り、好夢が蒼矢の窮地に駆けつけたのは偶然の事らしい。

 絶叫じみた声が聞こえて、それの聞こえた方向に足を進めていくと違和感を感じ、その感覚を頼りにした結果だという。

 聴覚が優れているとか強い力を持つデジモンが宿っているとか、そんな事が問題なのではない。

 そもそもその自発的な行動力、危険を顧みず知りたい事のために動くその意思こそが、野放しにしておくと取り返しのつかない事態を招く可能性を引き上げる。

 彼女にもまた、誰かの助けを得られる環境というものは必要なのだと――彼女を危険に晒したくない一心で戦ってきた彼ですら、判断したのだ。

 とはいえ、

 

(……何にせよ、コイツの口からそれを言わせるのは……酷だよな)

 

 適当な言い訳を用意して、蒼矢と同じく俺の方から誘っておこうと雑賀は心の中で付け加える。

 デジモンの力を用いての争いに、義理の関係らしいとはいえ兄の方から妹を誘おうとするなど、あってほしくないと思ったために。

 どうあれ、縁芽苦朗が所属している組織であれば、少なくとも『グリード』や『シナリオライター』よりは信用出来ることだろう。

 勢力としては小規模だと苦朗は語っていたが、それでも現在に至るまで他の勢力の手で潰されていないという事実がある以上、構成員の強さについても期待が出来る。

 ふと、この日に会った一人の男のことが脳裏に過ぎり、雑賀は問いを出した。

 

「そういえば、あの……自称お前のパシりとかいうトリ侍もその組織に入ってるのか?」

「ああ、アイツはウチの情報収集係の一人だ。基本的に気の抜けた奴だが、腕は確かだから今のお前よりは強いと思うぞ」

「……え、マジで?」

「マジで。当人は疲れるからとあまり力を振るう事をしないが、普通に完全体の力も使える」

 

 それなら何故先の『グリード』の電脳力者たちとの戦いにおいて加勢させなかったのか、と雑賀は疑問を口に出そうとしたが、寸でのところで思い留まる。

 そもそも苦朗が戦闘において利用している『ベルフェモン』の力は、手加減しなければ巻き添えを増やさない事の方が難しい類のものだ。

 本来であれば単独での戦闘が好ましく、結果としてそうはならなかったが、彼は『リヴァイアモン』の力が悪用されることを前提として現場に向かっていた。

 仮に『グリード』の想定通りに『リヴァイアモン』の力が悪用されてしまっていたら、完全体の力を扱える程度で太刀打ちが出来る状況ではなくなってしまう。

 であればこそ、魔王の戦いで無駄に巻き添えを食うリスクを含んでまで、情報収集の役回りを放棄させるべきでは無いと判断したのか。

 他のメンバーについても同様の理由か、あるいは情報を伝える暇が無かったのか。

 何にしても、情報を掴んだその時点で猶予など殆ど無かったのであろう事は、想像がついた。

 

「あの抜けてるっぽいのまで完全体の力を使えるって、まさか他の奴もそのぐらい強いのか」

「弱いやつだらけなら、一つの勢力として生き残れていないからな。少々変わったヤツもちらほらいるが…………………………まぁ、少なくとも強さについては信用して大丈夫な部類だ」

「何だよその含みのある言い方と間は」

「大丈夫大丈夫、多分きっと仲良くなれるから。多分」

「何で二回言ったし」

 

 どうあれ、この男が信用している相手ならきっと頼りになることだろうと雑賀は結論付ける。

 多少の疑念こそあれど、今は無理やりにでも前に進まなければならないのだから。

 

「ちなみに、その組織って名前とか拠点とかはあるのか?」

「一応はな。シンプルな名前と、そこまで大題的ではないが集まるための場所がある。お前も組織に加わる以上、ちゃんと顔は出せよな。情報だってそこに蓄えてんだから」

「解ってるって。俺だって情報には飢えてる方なんだ、頼りになるものならいくらでも頼っていくさ」

「……お前はやけにこっちを信用してくれてるようで何よりだが、お前もお前で信用されるよう立ち回れよ? 俺から見てもなんかイマイチ信用しきれないからなお前」

「そういう割りには連中との戦いであの女を倒す役を俺に託してたわけだが」

「戦闘能力についての信用と一個人としての信用は別だ馬鹿」

 

 課題は山ほどある。

 デジタルワールドに転移させられた友達を助けるために、そして欲望を満たすために手段を選ばない者達に対抗するためには、牙絡雑賀にも司弩蒼矢にも縁芽好夢にも力を高めていく必要がある。

 それこそ、未知の話ではあるが、究極体相当のデジモンの力を使えるようにならなければ――望みを叶えることなど出来そうにない。

 どうすれば力を高める事が出来るのかなんて解らない。

 だが、やるしかない。

 

「で、そのシンプルな組織の名前って何なんだ?」

「『専守防衛《セキュリティ》』だ。特撮のヒーローじゃあるまいし、変に気取った名前になんてする必要は無いからな」

「もしかしてお前発案?」

「何だどうしたロイヤルナイツとか名乗りたかったのかカッコつけ」

「今でこそ色々複雑な気分だけど俺はどちらかと言えば七大魔王デジモンが推しだからそんな名乗りする気はねぇよ!!!!!」

「……え、まさかだがお前、司弩蒼矢を助けようとしてたのって……え、色々キモっ……」

「どういう勘違いだよ!!!!!」

 

 病院の屋上に強い風が吹く。

 一つの戦いが終わったと安堵した時には、既に新たな戦いが芽吹き始めている。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 同じ頃、病室の司弩蒼矢と縁芽好夢は言葉を交わしていた。

 牙絡雑賀の方は話すべき事も無くなったために出て行ってしまったが、二人の間にはまだ解消出来ていない疑問があったのだ。

 それはすなわち、

 

「……そういえば、結局私たちってデジモンの事をよく知らないよね」

「そう、かな。雑賀さんは当然のように知ってたみたいだけど、確かに僕もあまり詳しくは知らない。リヴァイアモンの説明を聞いただけだと、デジタルワールドって所のこともうまくイメージ出来ないし」

『そりゃ断片的な聞き話と専門用語だけじゃあな。むしろ何でアイツはあそこまでデジモンの事を知ってたんだ? ダークエリアや七大魔王の事も知ってたみたいだしよ』

 

 彼等は共に、デジモンという存在についての知見が浅い。

 牙絡雑賀や敵対者である『グリード』の電脳力者たちが当たり前のように語り、その力を頼りきりにしている存在のことを殆どと言っていいレベルで知らない。

 デジタルワールド? 七大魔王? ダークエリア? 何だそれは? といった状態なのだ。

 学業においては何一つ役に立つ気がしない情報だとは思うが、今後の戦いにおいてはそうした情報が必要になってくることは間違いない。

 なので、

 

「確か、アニメとか漫画とかになってる『作品』だったと思うから、スマホで調べればいろいろ解ると思う」

「アニメや漫画かぁ………………ははは、勉強ばかりでロクに見てなかったな僕」

『急に闇深そうな事言うなし』

「今から見ればいいでしょ。とりあえず検索ワードはシンプルに『デジモン』っと……うわ色々出た」

「……これを今から全部知らないといけない、の……?」

 

 検索結果を表示したスマートフォンの画面を好夢にも見せられ、自らもまた自前のスマートフォンで検索をかけ、結果として開いたウェブサイトの内容に思わずげんなりとする蒼矢。

 主に子供が見るアニメや漫画となっている『作品』だけでも片手の指の本数では収まらない数があり、それ等に登場しているのであろうデジモンの事が記載された『図鑑』にはたくさんの種族の名前がある。

 文字情報だけではぼんやりとしたイメージしか浮かべられないため、最低でもアニメを視聴して映像としての情報は得ておくべきだろうが、それをするにも一作一作の確認に要する時間が途方も無い。

 一話につき約25分、それが一作につき約50話分。

 流石にある程度の要点を絞らせてほしいと切に願いたくなる話だった。

 これでは勉学はおろか自由時間などしばらく取れそうに無い。

 

「……雑賀さんに聞いたら何処に見ればいいかとか教えてくれるかな」

「無理じゃないかな……雑賀にぃって割とオタクっぽい所あるし……開口一番から『全部観ろ』とか言い兼ねない気がする」

「いやいやまさかそんな……え、雑賀さんってそういう人なの……?」

「蒼矢さんは知らないみたいだけどね。グッズとかカードとか集めて部屋に飾ってた覚えがあるよ。前に遊びに行った時に見たもん。金髪に染めてるのだってその趣味由来じゃない?」

「駄目だ一気に頼りなくなった!! それ完全にオタクじゃん!!」

 

 どちらかと言えば知りたくない話ではあった。

 蒼矢の中で、どちらかと言えばヒーローのようなイメージがあった男の印象ががらりと崩れていく。

 実際、リヴァイアモンの言う通りあんまりな言い方ではあるのだが、一般人の視点から見たオタクのイメージなどロクなものが無いのだ。

 変な服着てて、好きなモノを語る時には変に早口で、変な笑い方をする。

 いやそんな事は、そんな事は無いはずだと頭の中で言い聞かせても、頭の中で『キャラ物のTシャツを着てデカいリュックサックを背負ってペンライトを振り回すノリノリの牙絡雑賀』のイメージ映像が流れるのを止められない。

 と、思わず頭を抱える蒼矢に向けて、彼の内に宿るリヴァイアモンは突然こんな事を言った。

 

『ソーヤ』

(……何、リヴァイアモン)

『いやな、そもそもの疑問なんだけどよ。何で人間の世界で俺達デジモンの事が書かれてるんだ?』

(? それってどういう……)

 

 思わず疑問を覚えた蒼矢に向けて、頭の中でリヴァイアモンは語る。

 

『確かに俺達の世界においても、人間って存在の事は伝えられていた。御伽噺の形でな。だがそれはデジタルワールドが人間の世界からデータを流入されて発展してきた世界だからだ。だが、デジモンのデータが……俺達に関するデータが人間の世界に流れ込むなんて話は聞いた事が無い。そんな「通り道」は無かった気がするんだ』

(……人間の世界のデータがデジタルワールドに流入してるのなら、その逆もあるって事じゃないの?)

『あのなぁ。もし仮にそんな事になってるのなら、とっくの昔に生命体としてのデジモンが現れてるはずだろ。文字情報とかそんなレベルじゃなくてよ。そりゃあまぁ、この世界だと存在を維持出来ないとか、そういう制約があるのかもしれないが……それにしたって「図鑑」なんてものを作れてるのはおかしいだろ』

(…………)

 

 リヴァイアモンの言わんとしている事が、蒼矢にはなんとなく理解が出来た。

 そう、彼は考えてみれば疑問を覚えて然るべき、一つの難問に直面していたのだ。

 つまり、

 

『こういう「作品」とか「図鑑」やらを作ったヤツは、いったいどういう経緯でデジモンの事を知ったんだ?』

 

 大前提。

 デジモンという存在が、デジタルワールドという世界が、人間の世界に認知されて『作品』を作るまでになった理由、その在り処。

 

『偶然の一致か? それとも人間の世界の方で誰かにこういう「設定」が思いつかれて、そのデータが広まったから俺達デジモンは「その通り」に生まれ存在することになったのか? もしそうじゃなかったら、何をどうすれば人間の世界にデジモンやデジタルワールドの事を伝えるなんて事が出来る?』

 

 方法は解りきっている。

 だが、それが真実だとして、どのような目的が宿る事になるのか。

 解らぬまま、されど蒼矢は魔王の問いに回答した。

 

(……デジタルワールドから人間の世界に、デジモンの事を伝えた「誰か」がいる……って事?)

『それが何者で、何の意味があるかは知らないけどな。だが、明らかに意図を含んでるのは間違いないだろう。デジモンとしての能力で好き放題出来るのなら、人間達にはむしろその存在自体を知られない方が都合がいいはずだし。人間の世界でデジモンの事を知られる事、それが生命として確かに存在すると伝える事、それ自体に誰かの思惑があるようにしか思えない』

 

 不吉な予感を感じずにはいられない話だった。

 その声の聞こえ方に、リヴァイアモンもまた危機を感じているのだという事がハッキリ解る。

 聞いた話の通りであれば島一つを越す巨駆を有する怪物が、恐れている。

 

『偶然の一致で済む話ならまだいい。だが、かつて死んだはずの俺の魂……っていうかデータがこうしてお前の中に宿っている事、そして同じように人間の中に宿っているデジモンが少なからずいる事……それに誰かの意図が絡んでないとは考えづらいんだよ。偶然にしては出来すぎている』

(……というか、今更だけど死んでいるんだね。君みたいな強そうなデジモンも、死んでしまう事があるんだ)

『本当に今更だな。そして当たり前だ』

 

 自分を含めた多くの人間達の現在が、人間達に宿るデジモン達の現在が、誰かによって意図されたものだったとしたら。

 それは果たして善意によるものか、あるいは悪意によるものか。

 解らない、何もかも。

 解らないからこそ、恐ろしい。

 と、そこまで考えていたところで声が掛かった。

 

「――蒼矢さん? 蒼矢さんってば、何を急に深刻そうな顔になってるの?」

「……あ、ごめん。少し考え込んでたんだ」

「もしかして、蒼矢さんに宿ってるリヴァイアモンってデジモンと話してたの?」

「まぁそんな所だけど……」

 

 素直に答えると、好夢はその両手を腰に当てながらこう言った。

 蒼矢に対してではなく、その内に宿る存在に向けて。

 

「もう、急に蒼矢さんを不安にさせたりなんてしたら駄目でしょ? 島ぐらい大きいのなら、大きいなりにもっと度量も大きくないと」

『……まさかこんな小っこい子に叱られる事になるとは思わなんだ……』

「……今、リヴァイアモンが私の胸が小さいって言わなかった?」

『「言って無いけど!?」』

 

 聴覚が発達しているなんて次元じゃない地獄耳に揃って慄く二人。

 頭の中での言葉に過ぎないのに、何をどうしたら聞こえるのだろうか。

 結果的に話題が脱線したため、蒼矢は好夢に対して一つの疑問を投げ掛ける事にした。

 

「ねぇ、好夢ちゃん」

「何?」

「君は、自分の中にデジモンが宿っているのが、誰かのせいだとしたらどう思う?」

「……うーん」

『…………』

 

 聞いた蒼矢自身、リヴァイアモンに対して悪感情は特に覚えていない。

 リヴァイアモンだって好きで自分の中に宿る事になったわけではないだろうし、今に至るまで何度も自分の事を助けようとしてくれたから。

 だが、だからこそ聞きたかった。

 目の前の少女は、自らが知らず知らずの内に宿すことになった存在について、どう考えているのか。

 その見解を。

 少し考える素振りを見せた後、少女はこう回答した。

 

「……知らず知らずの間に、変な事してくれたなーとは思うけれど……でも、デジモンの方が自分の意思で好きで宿ったわけじゃないのなら、少なくとも私の中に宿ってる天使さんや蒼矢さんの中に宿ってるリヴァイアモンは何も悪くないってことでしょ? それならまぁ、別に怖くはないかな……なんて」

「…………」

「まだ蒼矢さんみたいに話せてはいないんだけど、私は私の中にいる天使さんが悪いやつだとは思えないの。だって、危なくなった時に助けてくれたから。助けるための力を、貸してくれたから。そうなる事を、変な事をしたやつが目論んでたのだとしても……それで天使さんの事を邪険にするのは、間違ってるように思う」

「――そうだね」

 

 それは、決して履き違えてはならない事だった。

 たとえ今の自分が、誰かの手で歪められたものだとしても。

 それで力を貸してくれたデジモン達の事を悪く思ったりするのは、間違っている。

 

「雑賀さんに宿って、力を貸してくれているデジモンだって、悪いヤツじゃないと思う」

「きっとそうだよ。見た目は怖いけど、雑賀にぃと似て優しいワンちゃんだと思う」

『……ダークエリアの番犬をかわいい扱い、ねぇ……当人が聞いたらどう思うやら……』

 

 経緯がどうあれ、望まざる形であれ、彼等はこれから共に戦うパートナーなのだから。

 と、意図せず蒼矢にとって納得のいく回答を口にした好夢は、何かを思い出したような口ぶりでこんな言葉を紡いでいた。

 

「そういえばさ、蒼矢さん」

「ん?」

「リヴァイアモンって、種族としての名称なんだよね?」

「当人はそう言ってたと思うけど」

「だったらさ、名前とかつけたらどうかな? 蒼矢さんと一緒にいる、パートナーとしての名前」

 

 蒼矢自身考えもしなかった提案に、魔王からも反応があった。

 

『……な、名前……種族じゃなくて個体としてのか……?』

「なんかリヴァイアモン凄く動揺してるみたいだけど」

「え、これだけの事で?」

『……デジモンが個体としての名前を持つなんて事は基本無いんだよ。種族としての名前一つあれば事足りるからな』

「デジモンにとってはかなり珍しい事みたい」

「ふーん……で、蒼矢さんどうするの?」

 

 うーん、と両腕を組んで首を傾げる蒼矢。

 よくよく考えてみると、以前リヴァイアモンは自らが「悪魔獣」と呼ばれていたと告げていて。

 その事について、彼は善く思っていない節がある。

 もしかしたら自分自身がそんな風に呼ばれてしまう種族である事自体、彼からすれば忌憚の対象でもあるのかもしれない。

 であれば、

 

(一応聞くけど、いいの? 僕が決めても)

『別にいいが……必要な事か?』

 

 これからは「悪魔獣」などと呼ばれるような存在ではなく、共に戦うパートナーであると考えてもらうためにも。

 新しい名前は、必要なものだと蒼矢は思った。

 

「名付けるよ。きっとその方がいい」

「そっか。それで、どんな名前にするの?」

『(ごくり)』

 

 まるでプレゼント箱の紐を解く時のような、一幕の緊張が走る。

 暫し考え、思い悩み、そして蒼矢はこう言った。

 

 

 

「デカワニ!!」

「ひどい」

『流石にありえねえ』

「二人揃って駄目出しされた!? 特徴押さえたのに!!」

『特徴だけでただの感想になってるじゃねぇか』

 

 

 

 あまりにもあんまりな提案と感想があった。

 好夢とリヴァイアモンの落胆の声に足りない頭を捻って案を出していくが、

 

「ジョニー!!」

「ありがち」

 

「ベニ!!」

『色じゃん』

 

「ポチ!!」

「ペットの名前じゃん」

 

「あぁもう、だったら何がいいのさ!! これでも気軽に話しかけられるように頑張って考えたつもりなんだけど!!」

「『あんた(お前)のセンスにはガッカリだよ』」

 

 ボロクソだった。

 名前をつけると決意したものの、そんな行為は彼にとって初めてのことで、彼は彼なりに良さそうだと思った名前を口にしてみていたわけだが、どれもこれも二人には不評な様子。

 もしかしたら自分にはネーミングセンスが無いのかもしれない、と知りたくもなかった真実に蒼矢は軽めにショックを受けてしまう。

 とはいえ、これは自分のパートナーの話である。

 他の誰かに任せるのは何かが違う気がする。

 変に凝った名前にしようと考えない方がいいと思い直し、改めて蒼矢はこんな提言をした。

 

「……じゃあ、タイヨウとか……どうかな……」

『――ん? 太陽?』

「蒼矢さん、それは……確かに先の四つよりはずっとアリだとは思うけど、どうして?」

「……前にリヴァイアモン自身が言ってた気がするんだ。輝きが好きだとか何とか。で、思いつく限り一番輝いてるものって言ったら……基本は太陽でしょ?」

 

 それに、と一度言葉を区切ってから、蒼矢はこう言葉を紡いでいた。

 

「それに、よくよく考えてみると、僕にとってリヴァイアモンはそういうものかなと思って」

「『…………』」

「……ん? どうしたの?」

 

 てっきりまた辛口コメントが飛び出てくると思い込んでいた蒼矢は、急に沈黙した一人と一匹の様子に疑問符を浮かべていた。

 少しの間を置いてから、改めて名付けられたリヴァイアモンが口を開く。

 

『……お、おう。そうかよ……』

「?」

 

 何やら戸惑った様子だった。

 次いで何かに納得した様子で好夢がこう言った。

 

「……なんか、波音さんが蒼矢さんの事を好きになった理由が解ったかも」

「? やっぱり、別のが良かった?」

「いやそれでいいから!! むしろそれしか無いから!! リヴァイアモンもそう言うんじゃないかなぁははは!!」

『そ、そうそう。タイヨウねタイヨウ。いいと思うぜタイヨウ。うんうん解ったよそれでいいぜよろしくなソーヤははは』

「ふたり揃って笑い出してどうしたのさ。変な感じだなぁ」

『げふん』

 

 よくわからないが、今回の名付けは成功したらしい。

 リヴァイアモン改めタイヨウと呼ばれる事が決まったデジモンは、何かを誤魔化すように咳払いをすると、この話はもう終わりだと言わんばかりに話題を切り替えてくる。

 

『名前の事はもういいから、さっさと色々見ておこうぜ。知識はあればあるだけ得だからな』

(……それもそうだね、タイヨウ)

『…………』

(了承したくせにいちいち黙らないで)

 

 タイヨウの言う通り、今は少しでも時間が惜しい。

 知るべき事は多く、要点も解らない以上、とにかくがむしゃらに見ていくしかないのだ。

 意を決してスマホの画面をなぞり、ひとまずは『図鑑』の確認から始めていく蒼矢。

 レベル、属性、タイプなど検索の設定に用いられる用語に疑問符を浮かべながらも、ひとまずは今日遭遇した敵が成っていたと思わしきデジモンの事を調べてみようと考えて、

 

『……ん? ちょっと待ってくれソーヤ』

(? どうしたの)

『そこ、そこに見える……アルフォースブイドラモンって名前のところを調べてみてくれ』

(あるふぉーす……?)

 

 突然タイヨウの口から申し出が来たと思えば、確かに『図鑑』を開いてすぐ表示された名前の中には言われた名前が存在していた。

 ア行の名前から最初に出るタイプなのか、と内心で呟きながら言われた通りに調べてみる。

 名前をタッチして数秒経つと、何やら『V』のアルファベットの形をした胸当てが特徴的な蒼い鎧を身に纏った竜人のようなデジモンの画像と、それに関する詳細が記載されているのが見えた。

 見れば、詳細の中には『ロイヤルナイツ』という組織の名前らしい単語も記されている。

 また何か重要な事を聞けるのかな、などと思っていた矢先に、内なるモンスターはこんな事を言い出した。

 

 

 

『――マジか。うわーマジか!! こっちでも知られてるのか、俺の憧れの聖なる騎士ー!!!!!』

「うわぁうるさい!? ちょ、ちょっとどうしたのタイヨウ!!」

「……頭の中で叫ばれるって、相当キツそうだなぁ」

 

 突然脳内に響き渡る歓喜の声に不快感を表す蒼矢と、その様子に思わず同情してしまう好夢。

 よくわからないが、インターネット上の『図鑑』に掲載されたこの『アルフォースブイドラモン』というデジモンはタイヨウにとって憧れの対象であるらしい。

 しかし、それにしたって、

 

(聖なる騎士……このデジモンが?)

『カッコいいだろ? アルフォースブイドラモン、ネットワークの最高位である聖騎士団《ロイヤルナイツ》に所属する十三体のデジモンの内の一体だ。いやー、絵になっても本当にかっけぇなぁ本物はもっとかっけぇと思うと尚更昂ぶるなぁ!!』

「助けて好夢ちゃん!! タイヨウが急に手がつけられない状態に!!」

「助けてって言われてもどうしようも無いんだけど……」

 

『なぁなぁ!! ちょっと他のナイツの事も名前教えるから調べてみてくれよ!! どうせ後々必要になってくる情報だと思うしさぁ!!』

(解ったからいちいち大声出さないでってば頭が痛くなる!! 何なのさ急に早口にもなって……)

 

 どうにも疑問を差し込む余裕など無いらしかった。

 言われるがままに名前を検索にかけ、その度に画面越しに出て来た名前に触れてページを開く。

 オメガモン、デュークモン、ドゥフトモン、スレイプモンなど、それぞれ個性的な姿をしたデジモンの姿や詳細を見る度に、頭の中で悪魔獣と呼ばれていたらしいワニが興奮してうるさくなる。

 何が彼をそうさせるのか、ロイヤルナイツと呼ばれているらしいこのデジモン達は、人間の世界で言うところのアイドルか何かなのか。

 少なくともデジモンという存在に触れて僅かの蒼矢や好夢からすれば、ロイヤルナイツという存在に対する印象などその程度のもので。

 ふと、こんな言葉が出てきてしまうのも仕方のないことだったりした。

 

「……蒼矢さん。色々と騎士っぽくないのがちらほら見えるんだけど……この、ガンクゥモンとか」

『は?』

「……なんだろうね。騎士ってアレだよね。馬に乗って剣とか槍とか振るう人の事だったような……武器持たずに拳で戦う騎士ってアリなの?」

『あ???』

「うーん……というかこれどう見てもただのおじさ……」

『ん?????』

 

 そしてゼロ距離どころかマイナス距離で圧をかけられた蒼矢はもう無理だった。

 

「タイヨウさっきから怖いんだけど!! いや仕方無いじゃん。明らかに騎士っぽくないのが混じってるじゃん!! 好夢ちゃんが言ったガンクゥモンもそうだけどこのエグザモンってデジモンとか!!」

『何処が騎士っぽくねぇんだ何処からどう見ても立派な騎士だろ!! ったくお前らってば意外と視野が狭いというか節穴というか何も解ってねぇというか……』

「というか何で急にそんな盛り上がってるのさ。ロイヤルナイツって、君にとって何なの?」

『進化したかったデジモンベスト13。あと殺されるならこのデジモンがいいベスト13!!』

「色々と重いっ!!!!!」

「蒼矢さーん、誰と話してるのかは解るけど普通の人から見ると変な人にしか見えないって自覚は持とうよ? 具体的に言うとうるさい」

 

 どうやら、自分のパートナーとなる相手も相手で中々に変わり者らしい。

 超えてはならないラインを知らず知らずに超えてしまったらしく、それまでの冷静沈着な思考は何処へやら、ヒートアップした……というか童心に帰った様子のタイヨウは蒼矢の頭の中でこんな言葉を飛ばしてきた。

 

『よぉし解った。こっちの世界でも認知されてるって事は、その「作品」の中にはロイヤルナイツのデジモンが出てるものも何個かはあるだろう。さっさと観ようぜ!! ちゃんと聖騎士の活躍を見ればその間違った認知を修正出来るだろ!!』

「いや活躍も何もフィクションだよね? 架空の話だよね? 少なくともこっちの世界における『作品』については」

『架空の話だったら尚更解りやすく脚色されてるだろ。なんかこうドロドロとした感情とかは無い、子供に人気のヒーローみたいな感じに。そしてお前らみたいなニワカにはそれでちょうどいい』

「……うーん、あまりイメージはしづらいんだけど」

 

 そして最後に聖騎士オタクのワニ(年齢不詳)はこうも言い切っていた。

 

『大丈夫だって!! ちゃんと聖騎士である事は認知されてるみたいだし悪役にはならないだろ!! もしロイヤルナイツが悪役として書かれたりなんてしてたら 俺が覚えてる限りの恥ずかしい秘密の一つや二ついくらでも暴露しちゃっても構わないぜ?』

 

 必然として。

 あるいは、わざわざ言うまでも無いことかもしれないが。

 後に人間の世界におけるデジモン関係の『作品』のとある一作を蒼矢と共に視聴したタイヨウは、感情の消えた声でこう言い残したという。

 

 

 

 ――シナリオ考えたヤツを呼べ、今すぐ。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 同日、夜中。 

 牙絡雑賀も司弩蒼矢も縁芽好夢も、それぞれが帰るべき場所へと帰った後。

 一時は戦場ともなった廃墟の群れ、その内の一つの上に佇む一人の男性がいた。

 青いコートを身に纏った、数日前に紅炎勇輝と接触した男、その人である。

 

「…………」

 

 彼は感情の読めない目で、辺り一帯の建物を見ていた。

 かつては誰かが住んでいた、あるいは勤めの場所としていた、その残骸。

 人の気配も無く、夜の闇に彩られたその街並みは、ある種のゴーストタウンのようにも見える。

 されど静寂は続かなかった。

 何を思いてか独り佇む彼の近くに、闇夜に紛れて一人の女が現れたことで。

 

「おや、こんな所で何をやっているんです?」

「特に何も。かく言う君こそ今夜は何を?」

「夜中に気になる気配があったもので、つい」

 

 サツマイモの皮のように紫色な衣装を身に纏った女――牙絡雑賀に情報を伝えていた女だった。

 彼女は青コートの男の傍に近寄ると、気楽な調子で問いを投げる。

 

「こんな廃れた場所に思い入れでも?」

「あると言えばある。君に言う気は無いがね」

「おや冷たい。貴方がたの目論見を手伝ってあげているのに」

「君に何か弱みでも知られると、後が恐ろしいからな……」

「ひどい言い草ですねぇ。私の何が恐ろしいと?」

 

 互いの手が互いに届く間合い。

 見方によっては親密そうでありながら、されど微塵も気を許さぬ様子の青コートの男に対し、あくまでも女は調子を変えずに言ってのける。

 

「というか、だな」

 

 故にこそか、男もまた女に向けて素直に回答した。

 一つの真実を。

 

「『グリード』に縁芽苦朗の受けた傷の事を教えたのは、どうせ君だろう?」

「ええ」

「その上で縁芽苦朗に司弩蒼矢の情報を伝え、互いに衝突するように仕向けた。牙絡雑賀が居合わせる事になった事まで想定通りかは知らないが、結果として君の言葉を引き金にこの二日間の間に彼等は戦わざるも得なくなった。これで恐れるなという方が難しいだろう」

「ですか」

 

 あるいは、この場に関係者の一人でもいれば、怒りを買って当たり前の事実だった。

 されど仮にこの場に友達や義理の妹がいたとしても、女は問われれば平然と答えていたことだろう。

 男の言葉はあくまでも答え合わせ。

 だからこそ、女もまた特に驚きはせず、

 

「まぁ、結果としては良かったじゃないですか。戦いを経て牙絡雑賀は一気に完全体の力を手にし、その気になればダークエリアへの門を開く力すら得た。司弩蒼矢は内に宿る力を暴走させることもなく、街は海の暴威に飲み込まれたりせずに済んだ。全体的に見て、組織の目的には沿えていると思いますが?」

「…………」

「それに、苦朗君の事について私の事を責める気ならお門違いでしょう。そもそも……」

 

 変わらぬ調子でこう言ってのける。

 

「彼に致命的なダメージを与えたのは、結果的にそうなるに至った戦闘を繰り広げていたのは、あなたですし」

「必要な事ではあった」

 

 男もまた平然としていた。

 自らの行い、その結果に疑問など抱いていない様子だった。

 

「彼は間違い無く怪物の類だ。今回は一度目の戦いであったから私の勝ちとなったが、二度目ともなれば話も変わる。ベルフェモン……だけではなく、ベルフェモンに至る前の姿だったのだろう種族の力まで使える高レベルの電脳力者である以上、一度戦った相手の対策などいくらでも取れる。まだ殺すわけにはいかないが、あのぐらいダメージは与えておく必要はあった」

「あのぐらい、なんて言えるレベルでは無いと思いますけどね。結果的に面白い展開にはなりましたが」

「私も私で力不足を痛感させられたよ。このコートを着て、包帯を操ってみせれば私に宿っているデジモンがマミーモンである……などと偽れると思ったのは浅はかだった。侮っていたつもりは無かったが、手札をある程度切らされてしまった」

 

 言葉とは裏腹に、青コートの男の声に苦痛の色は無い。

 怠惰の魔王、それを宿す人間に打ち勝つ力を有する男の表情は窺い知れない。

 偽りを身に纏うその男は誰に告げるでもなく経過事項を振り返る。

 

「牙絡雑賀は短期間の間に戦闘を重ね、電脳力者としてのレベルを上げた。司弩蒼矢は護りたいものを見つけ、魔王の力を暴走させずに済んだ。縁芽苦朗はそんな二人を新たな戦力として手に入れた。一見、彼等は十分な成果を得られたように見える。だが『グリード』が成果を得られぬまあ黙っているわけも無い。勢力としては未だに『グリード』は解りやすく強大で、仕掛ける事に対するリスクをいちいち考えるほど利口な集まりでも無い以上、次の衝突は近い」

「何せ欲張りの集まりですからねぇ。我慢というものを知らないから、痛い目を見ても方針を変えたりしない。それでいて悪知恵は働くんですから、欲される側からすればたまったものではないでしょう」

「この街に入り込んだ殺人鬼も、おそらくは『グリード』の下につく事だろう。欲を満たしたいと願う者にとって、バルバモンの電脳力者である彼が管理するあの組織の環境は理想的であるわけなのだから」

「彼等は対抗出来ますかねぇ」

「出来てもらわなければ困る。あまり一般の人間を殺され過ぎるわけにもいかないのだからな。場合によっては私達も出向かなければならなくなる」

「おや、意外と博愛主義。少し前に何も知らない学生を拉致ったのと同じ人だとは思えませんね」

「彼をデジタルワールドへ送る事は必要な事だからな」

 

 此度の戦いはあくまでも、彼等にとって物語の1ページ。

 多少のイレギュラーこそ交えながらも、それ等全てはアドリブとして許容可能な範囲の話に過ぎず、本筋そのものが変更を余儀なくされたわけでもなく。

 結論からして、牙絡雑賀の成長も司弩蒼矢の改心も何もかも、シナリオライターと呼ばれる組織にとっては何の痛手にもならないものに過ぎず。

 その前提に基づいた脚本家の言葉は、まさしく予言に他ならない。

 

「戦いはこれから激しくなる」

「激しくなるほど『シナリオライター』の目的は達成に近付く、ですね」

「聡明な苦朗君辺りは気付いているだろう。だが『グリード』のような枠組みがある限り、力を振るう事を止める事は出来ない。それは大切なものを失うことを容認するも同然の選択であるのだから」

 

 命を賭した闘争も、自らを害しかねない成長も、その意味も何もかも。

 彼等にとってはある種の糧に過ぎない。

 誰かが前に進む度に同じ、あるいはそれ以上の速度で筋書きを先へ進めていく。

 

 もっとも。

 彼等の描く筋書きが、全て同じ未来を見据えてのものかどうかは、別の話であるのだが。

 

「種植えは完了し、芽吹きの時は遠からず来る。この世界でもデジタルワールドでも……争いは必ず起き、それに伴った変化が起きる」

 

 世界の行き先を描く脚本家、その一員でもある男はその視線を都市の方へと向け、終いにこんな言葉を吐き捨てる。

 

「――誰がどのような筋書きを描いていようが知った事か。私は必ず目的を成し遂げる」

 

 夜の帳が上がり、朝のひばりが鳴いた時、物語は次のページへと移り変わる。

 現実世界でもデジタルワールドでも、その摂理に変わりは無く。

 デジモンという存在に選ばれた、あるいは呪われた者達もまた、逃れられぬ運命に導かれるようにして新たな一歩を踏み出すしかなくなっている。

 牙絡雑賀も、司弩蒼矢も、縁芽好夢も、縁芽苦朗も。

 

 そして、デジタルワールドにいる紅炎勇輝や、彼と共にいるベアモンもエレキモンの下にも。

 新たな戦いの種は、とっくの昔に芽吹きつつあった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そして。

 所変わって、夜のデジタルワールドにて。

 とある森林地帯の中で、とある二匹のデジモンが息を荒げていた。

 

「……大丈夫か? まだ歩けるか?」

 

 そう問いを出す片方は、銀色の毛並みを有し二足で立つ、狐の獣人。

 女性的な声質を有するそのデジモンの問いに、もう片方が返答する。

 

「――は、はい。どうにか……僕は、大丈夫です……」

 

 赤い羽毛に身を包み、二足で立つ小柄な、鷹にも似た鳥。

 気弱そうな声で、されど礼儀正しく返答するそのデジモンは、明らかに疲れた様子で返答していた。

 彼の様子に僅かに表情を曇らせながらも、銀の狐は言葉を紡ぐ。

 

「あと少し頑張れば、リュオン殿のいる町に着く。どうにかそれまで辛抱してほしい」

「…………」

「……里の事は気にするな。あの程度の襲撃で潰えたりはしないはずだ」

「……そうだと、いいのですが……」

「必要なら進化して運ぼう。少しの間にはなるが、時間の短縮にはなるだろう」

「いえ、大丈夫ですから!! 僕のことはお構いなく……!!」

「……そう言うのなら、そうするが……あまり気負わないでほしい。あの方も、お前のそのような顔をしてもらうために私を侍らせたわけでは無いはずなのだから」

「……ハヅキさん……」

 

 ハヅキ、と。

 そう鷹に名を呼ばれた狐は、優しげな笑みを浮かべながら姿勢を低くする。

 鷹と目線を合わせ、改めて告げる。

 

「さぁ往こう。辿り着くまで安心は出来ない」

「……はい……」

 

 返答し、鷹は狐と共に歩き続ける。

 じきに夜の帳が上がり、朝のひばりが鳴く頃。

 その表情はいつまでも、不安げに暗かった。

 

 人間とデジモン。

 現実世界とデジタルワールド。

 二つの存在と世界とを巻き込んだ物語は、これより第三の幕を上げる。

 



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第三章 ―業火と呪眼と忍者と聖騎士と digital side―
序節①「残痕」Side:ベアモン


 今回から第三章。
 あんま濃密にしようと意識しすぎて更新滞るのもあれなので、今回の章から試しに小出しでいこうと思います。


 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 ゆめをみる。

 

 いつもいつも、まぶたをとじるとおもいだす。

 

 あかいほのお、ひめいとわらいごえ、なにかがくずれるおと。

 

 

 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 きぼうなんてなかった、だれもたすけてはくれなかった。

 

 かなしいきもちばかりがわきたった。

 

 だれにも、あんなことになっていいりゆうなんてなかったのに。

 

 

 

 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 やめてっていったけど、やめてはくれなかった。

 

 にげようとするこどもたちも、ていこうしたみんなも、きえていった。

 

 どうして、なんでってかんがえても、こたえなんてでなかった。

 

 

 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 せかいのどこかにひーろーといわれるそんざいはいるのだとおもう。

 

 そうじゃなかったらえほんにかかれたりなんてしないはずだから。

 

 ただ、いまこのときにまにあってはくれなかったというだけで。

 

 

 

 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 なんどもなんども、あたまのなかでひびいてる。

 

 おこるこえ、かなしむこえ、たすけをもとめるこえ。

 

 もう、そのこえがじっさいにきこえることはないのに、きこえてる。

 

 

 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 みんなにためにできることをしないとって、おもった。

 

 みんなをまもれるとくべつなそんざいに、せいぎのひーろーにならないとって、ずっとまえから。

 

 ぼくには、ぱーとなーといえるあいてなんていないし、せかいをすくうなんてたいやくがにあうようなやつだとはおもえないけれど。

 

 おこられることからも、きらわれることからも、いたいことからもにげたいとおもってしまう、ただのおくびょうなこどもでしかないけれど。

 

 それでも、とくべつにならないと。

 

 とくべつなだれかになって、みんなのやくにたたないと。

 

 

 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 ぼくは、よわくちゃいけない。

 

 つよくないと、みんなにみとめられない。

 

 だって、ぼくは■■■だから。

 

 ■■■のぼくをみんながすきになってくれるためには、なるしかない。

 

 

 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 こわくない、いたくない、ふるえてなんていけない。

 

 こわいこともいたいことも、もうなれてるんだ。

 

 たちむかわないと、このてでみんなをたすけてみせないと。

 

 

 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 ておくれだってことぐらい、もうわかってる。

 

 これはわるいゆめ、いつかのできごとをぼくがかってにおもいかえしているだけ。

 

 けっきょく、あのときもぼくはなにもできずに、たおれていた。

 

 

 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 それからのことを、ぜんぶおぼえているわけではないけど。

 

 だれかがたすけてくれた、ということだけはわかってる。

 

 ひーろーはいる、まにあわないときがあるだけで、ぜったいにいる。

 

 そのことを、ぼくはしっている。

 

 

 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 だからがんばらないと。

 

 やっと、ぼくにもにんげんのぱーとなーができたんだから。

 

 ちょっと、いやかなり、すごく、しょうじき、おもってたのとはちがったけど。

 

 いっしょにすごして、いろいろとはなしもして、そうだったらいいなって、いまならおもえるから。

 

 にんげんのことはよくしらないけど、すくなくともゆうきはとてもやさしいとおもう。

 

 それこそ、ぼくがえほんでよんだものがたりにでてくるものと、そっくりだとおもえなくもないぐらいには。

 

 

 たすけて、たすけて、たすけて。

 

 

 きらわれたくないなぁ、とこころのそこからおもう。

 

 こんどこそ、まちがえないようにしないと。

 

 こわがったらだめだ、いたがったらだめだ、ないたらだめだ、ぼくの■■■なところをみせたらだめだ。

 

 えほんにでてくるひーろーみたいに、りっぱにならないと。

 

 

 

 つよくて、りっぱなぼくでいるから、おねがいだから。

 

 ぼくのことを、きらわないで。

 

 

 

 

 

 

「……っ……」

 

 

 ふとして目が覚めてしまう。

 

 外はまだ真っ暗で、誰もが眠って静かなままだ。

 

 すぐ隣には、同居して今は眠っているギルモン――ユウキが一人だけ。

 

 

(……いつも、こうだよ……)

 

 

 

 最近はあまり見なかった夢だった。

 

 見たいとは思わないのに、見てしまう呪いのような夢。

 

 幸せな気持ちでいる時も、嫌な気持ちでいる時も、眠るといつも同じ景色を見る。

 

 疲れを癒すためにも、迷惑をかけないためにも、眠らないといけないということは解っているけれど。

 

 いつもいつも、見たくも無い悪夢に夜な夜な起こされる。

 

 あんなものをわざわざ見せられなくても、忘れることなんてありえないのに、しつこくしつこく。

 

 

(……せっかく、どちらかと言えば良い気分でいたのに……)

 

  

 

 幸いにも、隣で寝ているユウキに起きる兆しは無い。

 

 このまま静かに、横になって、眠ってしまえば誰にも迷惑はかけない。

 

 明日も……というか今日も、ギルド所属のチームの一員――ベアモンのアルスとしての活動があるのだから、ちゃんと疲れは癒しておかないといけない。

 

 僕が、みんなの足を引っ張るなんてことはしてはいけないし、したくない。

 

 もうすっかり眠くなくなってても、眠らないと。

 

 

(……朝、辛いなぁ……)

 

 

 そう思って、蹲って、まぶたを閉じ続ける。

 

 暗闇の支配する夜の時間は、僕には不思議と長く感じられていて。

 

 眠ろうという意識とは正反対に、意識がやけにハッキリとしてしまっていた。



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序節その②「牛歩」Side:エレキモン

 

 変わり者の、自分のことをニンゲンだと言うギルモンことコーエン・ユウキを町に連れ帰って、チームとして一緒に活動するようになってから、早いものでもう二週間ほどの時間が経った。

 最初は何もかもがぎこちない、進化した時以外は足を引っ張ることのほうが多かったアイツも、チームとしての活動――というか『ギルド』からの依頼をこなしていく内に随分とマシになってきている。

 元がニンゲンだったって話についても未だに疑う余地を残してこそいるが、まぁそんなことで嘘を吐いて何かしら得をするとも思えないし、少なくとも嘘を吐いているわけではないと俺も思う。

 多分だがお人好しのベアモンも同じ考えだろう。

 

 むしろ、疑うべきはアイツと一緒に行動するようになってから、以前にも増して狂暴化したデジモン達と遭遇するようになったという点だ。

 ユウキが何かをしたわけでも無いのに、まるでアイツの存在に引き付けられるように、何度も何度も厄介事が滑り込んできやがる。

 依頼を受けて外出する度に、一体ならまだしも複数体遭遇することさえあるそれを、俺は偶然だと思えない。

 ニンゲンという存在のことについては詳しく知らないが、少なくともデジモンを狂暴化させる力を持っているなんて話に覚えは無いし、現実的に考えるならユウキに原因があるわけでは無いんだろう。

 とはいえ、謎は残る。

 仮にデジモンを狂暴化させることが出来る『誰か』がいるとして、そいつがユウキやベアモン、そして俺に狂暴化デジモンをけしかける理由はなんなのか。

 殺すつもりだというのならもっと数多くのデジモンを狂暴化させて襲わせれば確実だろうに、遭遇する狂暴化デジモンは大抵決まって一体から三体までの成熟期の個体。

 いやまぁ、進化出来なかったら普通に死ぬやつだし、実際に以前死にかけた時もあったわけだが。

 それでも俺は、意図を感じずにはいられない。

 これじゃあ、殺させる事が目的なのではなく、戦わせることそのもの――戦いによって生じる成長そのものが目的みたいだ。

 事実、度重なる戦いによってユウキは着実に強くなっている。

 いろいろ不安定ではあるが、進化の力も短時間なら発揮出来るようになりつつあるし、出会った頃の貧弱っぷりは何処へやらといった調子だ。

 プライドの話として認めたくはないが、頼りには出来るようになっている。

 

 あぁ。

 恐らくこの成長を意図した野朗からすれば余分なことだろうが、当然戦いに巻き込まれてる俺やベアモンも成長はしている。

 今では短時間なら成熟期の姿に自分の意思で進化出来るようになっているし、もしかしたらそのうち成熟期の姿が一時的なものではなくなって、完全な意味でエレキモンからコカトリモンへと進化の階段を登ることになるのかもしれない。

 もちろん、それはベアモンやユウキにも当てはまる事になる話だ。

 どんな経緯があれデジモンである以上、いつまでも進化しないままではいられない。

 成長と進化は一方通行、望む形であれ望まない形であれ、それを止めることは基本できない。

 俺はエレキモンではなくなり、ベアモンはグリズモンになる。

 唯一、元はニンゲンだったというユウキの行き先が気にかかるところではあるが、進化が出来るという時点で例外だとは思えない。

 戦い続けていけば、いつかグラウモンとしての姿が当たり前になるはずだ。

 

 尤も、デジモンとしての姿はあいつにとって本来の姿ではないんだろう。

 進化した先の姿が当たり前になることを、あいつはどんな風に想っているのか。

 よりニンゲンの体に戻れなくなりつつある、なんて風に悪く考えてしまってるんだろうか。

 ニンゲンの世界に戻りたいと願っていたり、デジモンになっていた事に対してショックを受けていた辺り、デジモンとして進化していくことに良く思えているとは考えにくいが、実際どうなんだか。

 デジモンである俺には、ニンゲンの価値観なんてわからない。

 そうじゃないと生きていられない、というのなら理解も出来るが、ニンゲンの姿だろうがデジモンの姿だろうが生きていくのに不都合無い状態でいられるのなら、どっちの姿でも大差は無いんじゃないかと思う。

 仮に、ニンゲンという存在がデジモンよりも弱っちぃ体をしているとしたら、尚の事。

 ニンゲンだろうがデジモンだろうが、弱ければ簡単に死んでしまうんだから、強くなって死ににくくなるのならそれに越したことは無いはずだ。

 それでもニンゲンの姿と世界に固執するのなら、あいつにとってそれ等はただ生きていく事以上に大事なことを含むものである、ということになる、のか。

 

 まったく。

 狂暴化デジモンのことにしろユウキのことにしろ、何もかもわからない事だらけだ。

 ただ一つ解る事があるとすれば、俺たちは想像以上に面倒臭い事に巻き込まれている、ということぐらい。

 こちとらまだ成長期の身の上なんだから、もう少しぐらい物事は簡単にしてくれないもんだろうか。 

 

(ま、やるしか無いならやるだけだが)

 

 そんなこんなで。

 今朝もまたいつも通り、俺ことエレキモンはベアモンとユウキの住まいに向かう。

 発芽の町の朝は早いもので、畑仕事だの行商の荷運びだの、元気に活動しているデジモン達の姿が多く見られる。

 基本的にのどかな町だが、自分の仕事を持つやつに限ってはいつも朝は忙しげだ。

 まぁ、今となっては俺達もその枠組みに入っている身の上なわけだが。

 ぶらぶらと町の様子に目を見やりながらベアモン達の住まいに向かっていると、道中に声がかかる。

 

「おぉ、エレキモン。おはようさんだな」

「ん、ギリードゥモンのおっさん」

 

 森林の景色に擬態するカモフラージュ用の衣装に身を包んだ完全体デジモンことギリードゥモン。

 こいつは手先が器用なやつで、そこいらで集めた素材を用いて作った小道具や香などを、余所で商いとして売り捌いているデジモンだ。

 戦い――というか、狩猟の話になるとその背に携えた武器で標的を確実にしとめる、高い技量の持ち主でもある。

 究極体に進化出来るとも噂される長老のジュレイモン、そしてギルドのリーダーを勤めるレオモンことリュオンと並んで、この町で実力者と称されるデジモンの一体。

 仕事では確か、モーリモという個体名を用いていたっけか。

 売り物を載せていると思わしき屋根付きの荷車を引き摺る足をわざわざ止めたおっさんに対し、俺は適当な調子で言葉を返す。

 

「おっさんはこれから出発か?」

「そうだなー。最近はいろいろ物騒だが、出来ることはしっかりやっとかんと。お前さんは友達のベアモンとギルモンとでギルド仕事か?」

「ギルド仕事はそうだけど別にあいつ等とは友達なんて間柄じゃねぇよおっさん」

「そうなのか? あんないつも仲良くしてるのになぁ。素直じゃないのは得しないぞお?」

「うっせぇやい、別に俺はいつだって素直だっつの」

「ん~。まぁ、険悪になってないんならいいんだが。お前達はまだちょっとだけ成熟期になれるようになっただけなんだから、お互いに力を合わせてくことを意識しないと駄目だ。ケンカはほどほどにな?」

「ケンカも別にしてねぇってば。理由もねぇし」

「そうか~?」

 

 これもまた、いつもの事ではあるのだが。

 ギリードゥモンのおっさんは、俺やベアモンみたいな成長期のデジモンによく世話を焼くやつでもあり。

 毎度毎度、生き残るための知恵や、近辺地域の情報を教えてくれたりもしている。

 食料を安全に確保出来る場所――ユウキのやつを釣り上げたあの砂浜――を最初に俺やベアモンに教えてくれたのも、ギリードゥモンのおっさんだった。

 言い換えれば、それほどの知識を有するデジモンでもあるということ。

 少しだけ鬱陶しいのがたまに傷ってやつだが、その知識は参考に値するものだ。

 

「……というか、おっさんこそ大丈夫なのか? 最近物騒って、おっさんだって他人事じゃないんだが」

「急がば回れという名台詞に従えば大丈夫だったさ」

「狂暴化したデジモンに襲われたりはしてないってことか?」

「鼻がイイやつにはたまにバレるが、まぁ大事にはならんようにしてるさ。基本的には一度寝かしたりくたびれさせれば落ち着くやつ等だからなぁ」

「あぁ、そういえば俺達が戦ったのも大体そんな感じだったっけ……」

 

 ギリードゥモンの言う通り、狂暴化したデジモン達は一度気絶させたり戦う力を削いでやると元の平静さを取り戻す傾向にあった。

 相手が野生化デジモンであるため詳しい聞き取りはあまり出来なかったが、おそらく何かしらの原因で沸きたてられた衝動を発散し終えられたからだろうとギルドのリーダーのレオモンやミケモンは推測していた。

 本当のところはどうなのかわからないが、殺さずに済ませられるのならそれに越したことは無いから、俺もそれ以上の疑問は挟まないことにしている。

 今のところは、だが。

 

「……んじゃ、オレっちはそろそろ行くとするよ。お前達も無理はしないようにな」

「少なくとも俺は堅実なタイプだしアイツ等と一緒にされたら困るんだってば」

「ヤケクソになって頭突きとかしてる内は堅実とは言えないぞ~」

「いくらなんでもヤケクソにまではなったことねぇよ」

 

 言うだけ言って、ギリードゥモンは荷車を引きながら町の外に向かっていく。

 レオモンとミケモンの中間ぐらいの体躯しか無いのに、大量の売り物を載せた荷車を軽々と引いているところを見ていると、つくづく体の大きさなんて基準にならないことを思い知らされる。

 成熟期に進化したら、必然的に今度はあのおっさんや長老のジュレイモンと同じ領域を目指すことになるんだが、果たしてそれはいつになることやら。

 そして、進化するとして俺はコカトリモンから、ベアモンはグリズモンから、ユウキはグラウモンから――いったいどんなデジモンに進化することになるのか。

 

 基本的に、どんなデジモンであれ自分が進化する先を決めることは出来ない。

 順当に考えれば俺はより強い鳥のデジモンに、ベアモンはより強い獣のデジモンに、ユウキはより強い竜のデジモンに進化すると考えられはするが。

 そんな前提なんて、アテにはならない。

 獣のデジモンだったやつが何の前触れも無く竜のデジモンに進化する、なんてこともデジモンの進化にはよくある話なんだから。

 なりたい自分になれる、なんてのは夢物語に過ぎない。

 現に俺自身、別にコカトリモンに進化したいなんて特に思ってはいなかったのに、コカトリモンに進化してしまったわけだし。

 

 ぶっちゃけ同じ鳥のデジモンでも、せめて空を飛べるやつに進化したかったというか。

 バードラモンとかアクィラモンとかシーチューモンとか、そういうのが良かったというか。

 ガルルモンに襲われてたあの状況で空を飛べたところでどうにかなってた未来は想像できねぇけど、なんというかまぁ、微妙なのに進化しちまったなぁというか。

 空を飛べないならもっとこう、何か無かったのかというか。

 俺にだって選り好みぐらいあるし、ハヌモンとかバルクモンとか、そういうのが良かったというか。

 ベアモンとユウキが順当に強くなった姿に進化出来てる中で、俺だけ飛べない鳥ってどうなんだっていうか。

 

(電気も使えなくなってるしなぁ……)

 

 いくら戦いまくってるとはいえ、まだまだ先の話だとは思うが。

 完全体に進化する時は、せめてもっとマシなのに進化したいなと切に願う。

 そんな風に思いながら、ベアモンの家の前に辿り着いた俺の目に飛び込んできた光景はと言えば、

 

「――うぅ~ぐ~……」

「――!! ――!!」

 

 何やらうなされた様子のベアモンが、ユウキの首に両腕を回して思いっきり抱きついている光景であった。

 当然ユウキは窒息しかかって何かを訴えるように床をバンバンと叩いているが、寝ぼすけのベアモンに起きる兆しは見えない。

 そして、俺の存在に気付いたユウキが床を叩いていた右前足をこっちに向けてくる。

 その視線はこう語っているように見えた。

 

(エレキモーン!! 頼むからベアモンのやつを起こしてやってくれえええええ!! 死ぬ、これマジで死ぬーっ!!)

 

 まぁ、なんだ。

 戦いの時はたまに頼りになるのにそれ以外の時にはとことん頼りにならないやつだなぁとつくづく思う。

 仕方がない。

 もはや定番になりつつあるが、いつものやり方で馬鹿共を起こしてやるとしますか。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 直後に、空気の弾ける音と悲鳴が響く。

 チーム・チャレンジャーズの朝はいつも騒がしい。



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序節その③「空隙」Side:ユウキ

 序節はここまで、次回から第一節へと移行します。


 

 知らぬ間にギルモンになってデジタルワールドにやってきて、はや二週間。

 未だにわからない事だらけで、ほぼ毎日のように働き詰めになっているが、ベアモンやエレキモン、そして優しい村の住民たちの援助もあってどうにか生きられている。

 思い返してみても、こうして生存出来ていること自体が奇跡のようにしか思えない。

 経緯は知らないが、ベアモンに釣り上げられるまで俺は海の中を漂流していたらしいし、デジモンになって二日目の時には野生のフライモンに襲われて、三日目にはモノクロモンにウッドモンにガルルモン……と、成長期のデジモンとして存在している俺じゃあとても太刀打ち出来そうに無い格上の相手ばかり強いられていた。

 ベアモンとエレキモンの二人とチーム『チャレンジャーズ』を結成することになってからも、身に及ぶ危険の度合いが変わることは無く、ほぼ毎日のように格上のデジモンと戦う羽目になっている。

 そんなことばかりだったから、気付けば進化だって出来るようになっていた。

 初めての時――フライモンに襲われた時――には意識なんて無かったし、今だってどこか頭の中がボーッとして何を考えてるのかわからなくなる時があるけど、それでもベアモンやエレキモンとみんなで無事に生き残るために必要な力であることぐらい、俺も解ってる。

 

 俺はどうして、よりにもよってギルモンになったのか。

 アグモンとかブイモンとか、他にもいろいろデジモンの種族はあるだろうに、どうしてよりにもよってこの種族なのか。

 俺を拉致したのだろう青コートが望んだからこうなったのだろうか――まさか俺がギルモンというデジモンのことを好いていたからこうなったわけでもあるまいし。

 不思議な感覚だった。

 デジモンという存在について、俺は少なくともフィクションの話としては凄く好きなものだ。

 特にギルモンの進化系、その到達点の一つであるネットワークの最高位『ロイヤルナイツ』所属するデュークモンって種族については、ゲームでもよく育てたり愛用したりしていた。

 だけど、実際になってみて喜びがあるかと考えてみると、複雑な気持ちになった。

 好きだからこそ、同時に知っているんだ。

 ギルモンにグラウモン、ひいてはデュークモンも含めてその進化の系譜に該当されるデジモン達には、デジタルハザードという刻印がきざまれていて、それは世界から「お前は危険だ」と宣告されている証に他ならないと。

 フィクションの話であれば、あるいはそれも調味料の一種として魅力的に受け取れただろう。

 そんな危険性を宿しながらも世界を守る側に立っているからこそ、デュークモンという種族が大好きになったのだと言えなくも無いんだから。

 だが、これは今の俺にとってリアルの話だ。

 場合によっては身近な存在の安否に直結する、まず魅力的には受け取れない話だ。

 もし、自分のせいでベアモンやエレキモンが、町のいいデジモン達が取り返しのつかないことになってしまったらと思うと、怖くて怖くて仕方がない。

 このまま進化していったら、自分はどうなるんだろう。

 アニメの主人公とそのパートナーのように、デュークモンに進化出来るのか。

 それとも、そうじゃない方に進化してしまうのか。

 別に、どちらの進化が正しいだとか間違ってるだとか、そんなくだらない議論に付き合う気は無いし、どっちも力の使い方次第だろと言えはするけれど。

 それでも、怖いという気持ちは無くならない。

 好きなものになれた嬉しさが微塵も無いわけではないが、それ以上に俺の心は不安ばかりだ。

 

 現実世界では今どうなっているのか。

 アニメのようにデジタルワールドと現実世界の間に経過時間の違いがあるのなら、現実世界ではどれだけの時間が経ってしまっているのか。

 雑賀や好夢ちゃん、母さん達は無事なのか。

 

 デジタルワールドで行動することになって、早2週間ちょい。

 結局、俺がデジモンになった理由も、デジタルワールドにやって来てしまう羽目になった詳しい経緯も何もかも、わからないことだらけのまま、いつも通りとさえ呼べるようになりつつある朝を迎えることになる。

 

「で」

「……う……」

 

 時刻は早朝、場所は発芽の町と呼ばれる町にあるベアモンの家の中。

 考えるべきことは山積みだが、それはそれとして居候の俺にとっての家主でありチームメンバーである(反省を示すように正座している)ベアモンに向けて、俺は両腕を組みながらこう言った。

 

「ベアモン、とりあえず離れて寝るようにしないか? 俺頑張って地べたでも寝てみせるからさ」

「うわー待ってー!! 僕が悪かったのは重々わかっているし反省もしているからそんな遠回しな『嫌いになりました』宣言はやめてー!!!!!」

「嫌いにはなってないよ。ただ熊の腕力で首を責められると人死にが出るというだけの話だよ」

「ごべんなざいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! ユウキを硬い地面の上に寝かすなんてそんなことさせたくないよせっかく家の中だってこうして色々と整えたりもしたのにー!!」

「ちなみに俺を抱き枕にしやがった感想は?」

「そういう意図も意識も無かったけどそれはそれとして幸せ!!」

「そうか。エレキモン、今日からお前の家で寝させてもらっていいか?」

「俺に迷惑かけないなら別にいいが」

「ヴぁー!?」

 

 よくわからんが危機感を覚えたらしいベアモンから(何かえぐい)悲鳴が漏れる。

 出会ってから今に至るまでで初めて見たと思うマジの涙目の表情に、流石に罪悪感が湧き出てきたので、珍しい機会にはなったがベアモンいじりはここまでにしておくことにした。

 が、それはそれとして。

 

「あのなぁ、いったいどんな夢を見てたんだよ。オバケが出る夢でも見たのか?」

「ちーがーうーよー!! そもそも僕は別にオバケとか平気だしー!! 出会ったとしてもこの拳で一発だしー!!」

「じゃあ何見たんだよ。いくらなんでもあの腕の力は寝返りにしちゃ度を越してると思うし、よっぽど酷いの見たと思ってるんだが」

「ユ、ユウキには関係無いじゃないか……」

「いやチームなんだから関係大有りだろ。そもそも俺はお前の寝返りで窒息しかけてんだからな!?」

「うぐっ、それは……そうだけど……」

 

 問い詰められて、何かを隠すように口ごもるベアモン。

 やがて彼は右手で即頭部をくしゃくしゃと掻きながら、こんな回答をした。

 

「……あぁもうっ、フライモンに刺された時の夢を見てたんだよ。あの毒かなり苦しかったからさ……」

「うぐあっ」

「いやお前がダメージ受けてどうすんだよユウキ」

 

 予想外ながら、しかし言われてみて悪夢の最悪っぷりとしては納得の出来る内容に思わず俺は胸を痛ませた。

 そもそもの話としてベアモンがフライモンの毒針で刺されることになってしまった原因は俺にあるし、結果として俺自身が進化したことによって無事に生還出来たとはいえ、それはそれとして痛みの記憶が抜け落ちたわけではないのだ。

 そりゃあ、その時の痛みを夢の中でとはいえ掘り起こされてしまったのなら、今回のような寝返りを打ってしまうのも仕方のないことだろう。

 少なくとも俺はそう思い、ベアモンの言葉に納得した上でこう返した。

 

「……その、ごめんな。重ね重ね、あの時は……」

「――ぁ、いや、大丈夫だって。アレは僕が勝手にやったことだから……」

「もう足は引っ張らない。あの時みたいな間抜けは晒さないから。またアイツが襲ってきた時は、また俺が倒してやるからな」

「……う、うん。頼もしいね……ははは……」

 

 俺の言葉に、ベアモンは苦笑いしていた。

 解ってはいた。

 まだまだ俺はベアモンやエレキモンほど、上手に戦えているわけではない。

 進化出来るようになっているとはいえ、未熟者であることに変わりは無い俺の言葉に、信憑性なんてあるわけがないんだ。

 もちろん、嘘を言ったつもりも無いが。

 そんなことを考えていると、ふとしてエレキモンが退屈げにこんな事を言い出した。 

 

「……ユウキ、ベアモンも、とりあえず朝飯食べないか? お前ら絶対まだ何も食べてないだろ」

「「あ」」

 

 言われてみれば、だった。

 寝返りの一件があまりにも問題だったからそれを最優先にしていたが、そもそも今の俺達は『ギルド』に所属するチームであり、朝はさっさと拠点である建物の方へ向かって依頼を受けなければならない。

 働かざるもの食うべからず、という言葉があるように、この町では食料は働きの報酬として受け取るか、あるいは仕事で稼いだ通貨で購入するか、それが出来ないのなら町の外で直接確保するのが基本とのことだった。

 まぁ、言われているわりには頻繁に、町の住民は食料をおすそ分けしてくれる事もあって、飢え死ぬような状況に追い込まれることはまず無いらしいのだが――厚意だけをアテに生活するのは流石にどうかと思うわけで、ベアモンもエレキモンも俺も真面目に働いているわけだ。

 ここ最近の襲撃されっぷりを考えると、農作業とか手伝って稼いだほうがもっと安全だとは思うのだが、俺が人間に戻って現実世界にも帰れるようになるためには、デジタルワールドの色んな場所を巡ってみる必要があるのも変わらぬ事実であるわけで。

 そして、それが危険だと解っている以上、活力はしっかり養っておく必要があるわけだ。

 

「悪い、ちょっと軽く作るから待っててくれるか?」

「わーい!! ユウキの料理おいしいから大好きー!! 手間掛かるけどー!!」

「そりゃ生魚をダイレクトに食うのと手間を比べられたらな」

 

 相次ぐ襲撃、苦労の連続にうんざりしてはいるし、俺自身のことについて進歩らしい進歩は殆ど無いけれど。

 生活の一点に限っては、明確に進歩したことがある。

 

「というか、俺からすればフライパンとかの器具があんな格安な事実に驚きだよ。デジモンって料理しないのか?」

「それを仕事や趣味にしてるやつならしてると思うけど、フクザツだし素のままでもお腹は膨れるからねー。そもそも火を使うのが危ないわけだし」

「……つーか、ニンゲンってそんな手間かけないとメシにもありつけないんだな。不便なこった」

「別に何でもかんでも料理しないと無理ってわけじゃないけどな。リンゴとかの果実ならナマでもイケるし」

 

 あくまでもベアモンの家の備えという位置付けではあるが、依頼で向かった先の地域で料理道具を入手することに成功した。

 流石にガスコンロや電子レンジなどは売られているわけもなく、手に入ったのはまな板や鍋など基本的なものぐらいだったが、火は自前のものを用意すれば良かったし、食材についても既に十分なラインナップを手に入れられていたため、大きな問題は無かった。

 唯一、コンロもどきの設備を用意するのには少し手間が掛かったが。

 

 鍋は良い。

 どんな料理下手でも、材料をだいたいの大きさに切って好みの飲み物と一緒に沸騰させちまえば、雑でも美味い食い物になるんだから。

 そんなこんなで、備蓄していたキノコだの魚だのを水やトマトと一緒に鍋に入れて煮て、いわゆるブイヤベースとかミネストローネっぽく(そんな上品に言えた見栄えでも無いが)仕上げてみる。

 ベアモンもエレキモンも、料理などに手をつけるタイプでは無いらしかったので、いつもこの工程を興味深く見ていた。

 ふと、ベアモンがこんな事を聞いてくる。

 

「ユウキって、ニンゲンだった頃から料理してたの?」

「いや、自分一人ではそこまで。母さんが作るのを時々手伝ってたぐらいだな」

「カアサン?」

「? ああ、デジモンには父さんとか母さんとかないんだっけ? 家族のことなんだけど」

「うーん、知らないや。その、カゾクっていうのはニンゲンにとって大切なものなの?」

「俺どころか、殆どの人間にとって大事なものだよ。自分の事をずっと育ててくれた人なんだからな」

「……そっか。ニンゲンは自分を育ててくれた相手のことを大切にするんだね」

「? ベアモンはそうじゃないのか?」

 

 何か。

 少し、引っかかりを覚えて、ベアモンに今度は俺のほうから疑問を投げ掛けていた。

 問いに対して、ベアモンは俺に笑顔を向けながらこう返してくる。

 

「――ははは、もちろん大切だよ。大切に決まってるじゃないか……」

 

 ……思い返せば。

 その時の言葉が、心の中でどこか引っかかっていた。

 それはどこか、自分自身に言い聞かせているかのような口ぶりで。

 今にも溢れ出しそうな何かを、必死に抑えこんでいるように聞こえたから。

 

 でも、この時の俺は何も知らなかったし気付けなかった。

 ただ優しくて、ただ勇敢で、ただ強くて、ちょっとだけ間抜けなデジモン。

 俺はベアモンの事を、そんな風にしか思っていなかった。

 少しも、理解しようとしていなかった。

 

 出来上がった料理を食べて、さぁ今日も仕事だなと二人と一緒に『ギルド』の拠点に向かっていく俺には、自分のこれからのことを考えるだけで精一杯で。

 自分が何を言ってしまったのかなんて、ほんの少しも考えられなかった。

 ほんの、少しも。

 



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第一節「積もる疑念、来訪の忍」①

 

 食事を終えたユウキは、ベアモンとエレキモンの二人と共に足早に『ギルド』の拠点へと向かっていく。

 朝の街並みも今ではすっかり見慣れたもので、わっせわっせと道の上を歩くデジモン達の顔ぶれも覚えてきた。

 必然、同時にそれはユウキという名の余所者の存在を町の住民にも既に広く知られているということでもあり。

 

「おぉ、おはよう。ギルモンにベアモンにエレキモン。今日もお仕事かい?」

「バブンガモンおはよう。ああ、今から『ギルド』に行くとこ」

「バブンガモンはこれから何しに行くの? そんなデカい木材を引いて」

「狂暴化したやつ等のあれこれで折れた橋があるらしくてね。みんなとその修繕をしないと」

 

 こんな会話は当たり前のものになり、

 

「よう、赤と青と赤の三匹。今日は何処に行くんだ?」

「あのさガジモン。二人が赤なのはとりあえずわかるけど僕そんなに青い???」

「エレキモンが黄色だったら見栄え的に完璧だったんだけどな」

「何の話だよオイ。ユウキお前が黄色になれ」

「データ種で橙色のにしかなれる可能性はねぇよ」

「それも何の話???」

 

 こうした与太話も既に日常のものとなっている。

 

「にいちゃんたちおはようー!!」

「おはよー!! がむっ!!」

「ん、おはようカプリモン。それにトコモンも」

「きょうはどこいくのー? ベアモンおにいちゃん」

「あはは、まだ決まってはいないよ。依頼をまだ受けてないからね」

「……もう慣れたからいちいち突っ込まないし我慢もするけどさ。なんでこのトコモン君ってば出会う度に俺の尻尾に嬉々としてかぶりつきに来るのかね」

「うまそうだからじゃね?」

「ユウキに懐いてるんでしょ」

「泣いていい?」

「「駄目」」

 

 最初の頃は、不安もあった。

 長老のジュレイモンや『ギルド』の主要メンバーらしいミケモンやレオモン、そしてベアモンやエレキモンこそ受け入れてくれているが、かと言って他の住民もそれ等と同じだとは限らない。

 住民の誰かしらは自分のことを怪しんだり、毛嫌いしたりするだろう。

 せめて問題は起こらないように、下手にケンカに発展したりはしないよう勤めよう――などと考えていた時期があった。

 

 が、実際はそんなことは一切無かった。

 町の住民たちは余所者のユウキのことを(少なくとも表面から窺い知れる限りでは)疎んじたりはしなかったし、それどころか気のいい隣人のような態度で接してくれていた。

 朝に顔を合わせれば当たり前におはようと言ってくるし、仕事を終えて帰ってくればお帰りと労ってもくれる。

 流石に家族ほどではないが、居心地の良さを覚えるには十分なほどに町のデジモン達は優しかった。

 

 無論。

 自分が元は人間である、という事までは流石に告白する気になれないし。

 人間として親に付けられた名前ではなく、デジモンの種族としての名前で呼ばれることについては、未だに心に引っかかりを覚えてはいるが。

 それはそれとして、今日までの生活に不満は無く、充実に近しいものがあるのもまた事実だった。

 

 そうして、道中に住民との会話がいろいろありながらも、ユウキとベアモンとエレキモンの三人は『ギルド』の拠点である建物に到着する。

 建物内に設備されたカウンターの上では、ここが俺の定位置だと言わんばかりにミケモンのレッサーが雑魚寝していた。

 彼はユウキ達の存在に気付くと、顔だけを向けながら気さくに話しかけてくる。

 

「おーっす、今日も来たなチーム・チャレンジャーズのチビ共」

「いつも思うけどミケモンの方と僕等の背の高さはそんなに変わらないじゃん。何でチビ呼ばわり?」

「だってお前らまだ成長期じゃん。俺は成熟期~」

「俺達も一時的にならなれるんだけどな」

「フッ、そんな風にすぐ反論している内はまだまだガキなのさ。ユウキ、アルス、トール。お前達が俺やリュオンの領域に立てるのはまだまだ先の話よぉ」

「無駄に威張る暇あるならカウンターの上で横になるのをやめろ、レッサー」

「痛てぇっ!?」 

 

 三毛猫のドヤ顔が一瞬にして崩れ消える。

 気付けば雑魚寝していたレッサーの、より厳密に言えばカウンターの向こう側から、この『ギルド』のリーダーであるレオモンのリュオンが姿を現していた。

 一応は『ギルド』の副リーダー的なポジションらしいミケモンことレッサー氏、獅子獣人のチョップで一撃必殺気味に悶絶させられるの巻である。

 脳天に出来たたんこぶをさすりながら抗議の視線を向けてくるレッサーのことなど放っておいて、リュオンはユウキ達三人に対して声をかけてくる。

 

「おはよう、チーム・チャレンジャーズ。此処での仕事にも慣れてはきたか?」

「うん。ユウキもエレキモンも、そして僕も強いからね。よく襲われてるけど大丈夫だよ」

「事実っちゃ事実なんだろうが、めっちゃ強調するなお前。さっきマジ泣きしていたくせに」

「ちょっ!! その話を今ここでするのエレキモン!?」

「ユウキはともかく俺に遠慮する理由は無いし。第一、強いんなら毎朝寝坊すんのやめろ。起こすのめんどい」

「あのなエレキモン、めんどいからって電撃で起こすのはやめてくんない? 朝のアレだってせめてベアモンだけを狙ってさぁ」

「そんな器用な真似が出来るか」

「というかしれっと見捨てられてるんだけど僕」

「ははは、まぁ自信を失ってはいないようで何よりだ」

 

 三人のやり取りを軽く笑い飛ばしていると、頭頂部の痛みに悶絶していたレッサーが口を挟んできた。

 

「つーか襲われてる時点で大丈夫ではないだろ。前に山で会った時から思ってたがお前ら何かと運が無いな? 日頃の行いが悪いんじゃねぇの?」

「レッサー?」

「すいません調子乗りました二撃目は勘弁しやがれください。……でも、運が悪いのは事実だろ。いくらなんでも依頼でどこかに行く度に狂暴化したデジモンに襲われるって、理由無しには片付けられねぇって。そりゃあ、狂暴化とか関係無く襲われる時は襲われるだろうがよ」

「……まぁ、そこはそうだな。他のチームの報告内容と比較しても、チャレンジャーズが狂暴化デジモンと交戦した回数はここ最近で明らかに多い。偶然だとは考えにくいな。君たちの方で何か心当たりはあるか?」

「「「…………」」」

 

 問われ、三人はそれぞれ暫し考え込む。

 当然と言えば当然だが、思考はそれぞれ異なっており、沈黙の理由もそれぞれ違っていた。

 

(……いきなり聞かれてもな……いくら何でも情報が足りなすぎるし……適当言うわけにも……)

(……うーん、ユウキが元は人間であることは流石に関係無い、のかな。ユウキと会うより前から狂暴化したデジモンは現れていたわけだし……)

(……流石にリュオンさんやレッサーさんも気付いてはいるか。それで尤も、コイツが元は人間だったってことにまでは気付くわけも無いし、関連性も付けられはしないだろうが……どう答えたもんかねこりゃ)

 

 誰も回答を口に出せないまま十秒ほどが経つと、三人より先にリュオンの方が言葉を紡いでくる。

 

「……まぁ、答えが出なくても仕方の無い事だ。レッサーの言う通り運が悪かっただけなのかもしれないし、そうじゃなかったとしても君たちに落ち度があったわけでは無いだろう」

「……実際のところ、リュオンさんやレッサーはどう思ってるんですか?」

「俺たちがどう思っているか、か……確かに、それは伝えておく必要があるな」

「つーかエレキモン、オイラだけ呼び捨てかよ。まぁいいが」

 

 どうやらチョップの痛みが和らいできたらしいレッサーが、リュオンと共に自らの見解を述べる。

 

「前にも言ったと思うが、狂暴化の原因はどこから出たのかもわからん『ウィルス』だ。自然発生したものか、それとも何処かの誰かさんが生み出したものか、出所は不明。狂暴化してたデジモンの体を軽く調べてみても、痕跡らしい痕跡は無し。黒幕がいるとオイラ達は踏んでいるが」

「結局のところ、その存在すると過程している黒幕は足取りさえ追えてはいないんだ。少なくとも、いるとすれば狂暴化させられたデジモンとそう遠くない位置にはいるはずなのだが……」

「多分、俺達みたいなのが狂暴化したやつに対応している間にどっかに逃げてるんだろうな。それも、姿を誰にも見られることなく、残す足跡だって他のデジモンのそれに重ねて特定されないようにして」

「……姿を消せるデジモンが犯人ってことですか? その、カメレモンみたいに透明になってるとか」

「断定は出来ない。単純に気配や足取りを隠すのが上手いだけ、という可能性もあるからな。そういうデジモン達に、俺は心当たりがある」

 

 レッサーとリュオンの回答に、ユウキとエレキモンは表情を曇らせる。

 自然発生したのか、誰かが作ったのかも不明な、詳細不明の『ウィルス』によって引き起こされるデジモンの狂暴化。

 その実態を、自分たちよりもよっぽど情報を獲得しているであろう二名も掴みきれていないという事実に、今後も狂暴化デジモンとの交戦は頻発するだろうと思うしか無かったためだ。

 が、ふとベアモンは回答の中に引っかかるものを感じたのか、リュオンに対してこんな問いを返していた。

 

「……あれ? ちょっと待って。その、リュオンさんが心当たりのあるデジモンが犯人って可能性は無いの?」

「やろうと思えば出来るだろうが、俺は可能性は低いものだと考えている」

「どうして?」

「そのデジモン達にはやる理由、やる必要性が存在しないからだ。むしろ、彼等こそこの狂暴化の件については調べている事だろう。遠出にはなるが、近い内に直接情報を共有しに向かおうとも思っていた」

「……そのデジモン達って? リュオンさんの友達?」

「友達、か……。私が彼等にそう呼ばれるほどの者だとは考えにくいが、そうでありたいな」

 

 ベアモンの問いに対し、リュオンは困ったように願望で返す。

 自分達の所属する組織のリーダーと、少なくとも信を含んだ繋がりを持つ相手――その存在に、ユウキもベアモンもエレキモンも、ある程度の興味を抱いていた。

 善悪や立場など知る由は無いが、少なくともリュオンがその技量を認めるデジモン達。

 それはいったい、どんなデジモンなのだろう、と。

 

「――そう言ってくださるとは、光栄でござる」

 

 しかし、その存在を口にしたリュオン自身も予想はしていなかったのだろう。

 ギルドの拠点である建物の入り口に、聞きなれぬ語尾と共に、そのデジモンが姿を現すことなど。

 声に、リュオンだけではなくレッサーやユウキ、ベアモンとエレキモンもまた建物の入り口の方へと視線を向けた。

 見れば、声の主は銀の体毛を有し二足で立つ狐の獣人――レナモンの、いわゆる亜種にあたる個体だった。

 その姿を見るや否や、リュオンは驚きの表情と共に言葉を発していた。

 

「――ハヅキ!?」

「リュオン殿、お久しぶりでござる。此度は突然の来訪、お許し頂きたい」

((((……ござる?))))

 

 どうやら、互いに個体名で呼び合うことが出来る程度には既知の仲らしい。

 ハヅキと呼ばれた銀のレナモンは、その独特な語尾に頭上に疑問符を浮かべる他の四名の視線など気にも留めぬ様子でカウンターに寄って来る。

 リュオンは目を細め、率直に疑問を口にした。

 

「……どうしたんだ? 君たちシノビが里の方からわざわざこの町に来るなんて」

「その件についての説明は、後ほど。今は私のことなどよりも、優先すべき事柄があるのでござる」

「聞こう」

 

 そして。

 銀のレナモンはその視線を後方へと移し、建物の入り口の端から警戒心マックスで顔だけを覗かせる赤い羽毛の鳥型デジモン――ホークモンのことを指さしながら、こんな要望を告げた。

 

「単刀直入に言うのでござる。ホークモン……あの子を、私と共に『ユニオン』のある都の方にまで安全に護衛していただきたい」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 同時刻。

 発芽の町より遠く離れた山脈地帯にて、一つのあくびが漏れた。

 

「……ふぁぁ~……」

 

 あくびを漏らすそのデジモンは、両前足の上に下顎を乗せたその姿勢から気だるげに立ち上がると、その銅の色に彩られた体をさながら猫のように伸ばす。

 眠たげなまま、一切の挙動も無しに眼前に一つのウインドウを出現させると、そこに表示された内容に表情を濁らせる。

 

「……げ!! もう時間過ぎてるや……」

 

 嫌々そうな言葉を漏らしつつ、右前足でウインドウに触れる。

 ポチポチポチ、と獣の前足ながら慣れた素振りで操作を続け、約十秒。

 彼にとっては予想通りの言葉が、窓枠の向こう側から轟いてくる。

 

『――遅いッ!!!!!』

「はいごめんなさいでしたッ!!」

 

 一喝。

 ウインドウ越しに発せられた大音響はその周囲の茂みに紛れていたデジモン達を驚きで散らし、怒られる対象である四つ足のデジモンから反抗の二文字を一瞬で取り上げた。

 声の主――ウインドウによって繋がっているそのデジモンは、怒り心頭といった様子で続けざまに言葉を放ってくる。

 

『本当に貴様は毎度毎度……朝の定時報告の時間は伝えているだろうが!! それともまさか手負いの状態なのか?』

「……あー、はい。別に手負いというわけじゃないんだけどただちょっと調べものに没頭してたというか」

『……まぁ貴様らしいと言えば貴様らしいか……で、成果は?』

「やっぱりこの山の肉リンゴは美味しい!! 野生デジモン達の気性もそう荒くないし、風も日差しも気持ちがいいし、平和そのもの~。そりゃあ思わず眠っちゃっても仕方無いですよねっ!!」

『――要するにサボっていたわけだな? のどかな環境に、自分の立場とかガン無視して。更に挙句の果てに熟睡していたわけだな?』

「サボりじゃないですサボってたとしてもそれは休憩と言う名の業務です」

『ようし了解した。次会ったら即殴る』

「……え、えぇと、右前足で? それとも後ろ足で?」

『ニフルヘイムで』

「死!!!!!」

 

 わりと本気の悲鳴を上げる四つ足のデジモン。

 その腰元から生えている白い翼も尻尾の丸いボンボンも震えている辺り、本気で声の主が恐ろしいのかもしれない。

 声の主はため息を漏らしつつ、更に言葉を重ねていく。

 

『……こちらの収穫も目ぼしくない。ここ最近確認されている次元の壁の痕跡、そして大陸各地の性質変化。その根本的な原因を解明するには至らずだ』

「僕の方でも色々調べましたけど、少なくともメモリアルステラに異常らしい異常は確認出来ませんでしたよ。闇の勢力――今代の七大魔王と関係を持つデジモンの姿も無い。基本的に世界の異変とまで言えるものは観測出来てないですよ」

『この手の問題は、目に見えて危険な場所よりも平和な所にこそ元凶が潜んでいる。そう踏んだからこそお前をその地域の担当にしたわけだが……ここまで何も無いとなると、そろそろ別の地域に飛ばすべきか悩ましいな……お前がサボっていなければ、という前提の話だが』

「だからサボりじゃないですってば!! 変な『ウイルス』が混じってないか食べ物を毒見して確認したりしてそのついでに平和を堪能してるだけ!!」

『モノは言い様だな、本当に。毒見と言えばただ食欲に負けただけの馬鹿野朗も忠臣扱いになるのだから』

「とことん信用が無い!!」

『信用を得たければ真面目に仕事しろ。いかに新入りであろうと、ロイヤルナイツとなった以上は手緩くは扱わん。……先代に顔向け出来る程度には、頑張ることだな』

 

 聞くべき事を聞いて、言いたい事を言うだけ言って。

 ウインドウからの音声は途絶え、通信を終えた事実を認識した彼の眼前でウインドウは消失する。

 告げられた言葉をしばらく頭の中で反芻していると、どんどん憂鬱になって、気付けば彼は横倒しの姿勢になってため息まで漏らしていた。

 

「……はぁ……」

 

 自分の立場。

 任された役割と受け続ける期待。

 自らを取り巻くそれら全てが重苦しいと言わんばかりの声色で、彼はこう呟いていた。

 

 

 

「……やっぱり、僕なんかが聖騎士であるべきじゃないよなぁ……」

 



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第一節「積もる疑念、来訪の忍」②

 

「そのホークモンを『ユニオン』がある都へと護衛……か」

「それを依頼したいのでござる」

「受領はするが、本当に何があったんだ? 君達の技術であれば、わざわざ俺達『ギルド』に依頼などするまでもなく、自力で保護も護衛も完遂出来ると俺は見ているわけだが」

「そう評価していただけるのは光栄でござるが、残念ながら今は頭領も上忍も別の問題の対応に追われている状況。一人を安全に護衛する、それだけの事にさえ人員を割くのが難しい状態なのでござる」

「君達の里に何かあったのか? まさか……」

「ご安心を。良からぬ事があったのは事実でござるが、リュオン殿が危惧するような事にはなっていないはずでござるよ」

「それもそうか。つまり、そこのホークモンは君達がその身を挺してでも護らなければならないと、そう判断するほどの『何か』を有するデジモンというわけだな」

「察しが良くて助かるのでござる」

 

 明らかな訳知り顔のリュオンと来訪者のレナモンの会話に、ユウキもベアモンもエレキモンも、そしてレッサーも言葉を滑り込ませる余地は無かった。

 というか、会話の内容にしろ何にしろ、いろいろとノンストップ過ぎてどこから疑問を投げつけるべきか思考が追いついていなかった。

 ともあれ、どうやら銀毛のレナモンことハヅキの依頼を受領する事にしたらしい、リーダーであるレオモンことリュオンに向けてまず最初にユウキが疑問を投げ掛けた。

 

「……えぇと、その……『ユニオン』ってなんですか?」

「? あぁ、そういえば君はあまり世間の事を知らない身だと長老が言っていたな」

「ユウキ、メモリアルステラの事も知らなかったもんね。まぁかく言う僕も『ユニオン』の事は知らないんだけどさ」

「どっちもどっちじゃねぇか」

(俺も知らないんだけど馬鹿と思われたくねぇし黙っとこ)

 

 どうやらユウキだけではなくベアモン(と沈黙しているエレキモン)にとっても初耳の単語だったらしく、レッサーのツッコミを皮切りに三人は『ユニオン』の説明を受けることになるのだった。

 リュオンが言うには、

 

「『ユニオン』とは、俺達のようなデジモンが住むような町や村よりもずっと文明が発展した場所……ハヅキも言っている都と呼ばれるレベルの環境で作られた組織のことだ。依頼を受領する側という点では、俺達が管理している『ギルド』とそう大差無いな」

「? 大きな違いも無いのなら、どうしてわざわざその『ユニオン』ってとこの方に用事があるの?」

「重要なのは組織そのものと言うより、それがある環境の方だな。組織の規模は、その住まいの文明がどれだけ発展していて、住まい……言い方を変えれば縄張りとして強固であるのかを指すものだ。『ギルド』がある村や町よりも『ユニオン』がある都や国に匿ってもらった方が確実に安全だと考えたということだろう。それ以外にも理由はありそうだが」

「……おい、しれっと匿うとか安全とか言ってるけど……要するに追われてるのか? 敵に?」

「ああ。レナモン……ハヅキとあのホークモンは、敵に追われている身なんだろう。それも、自分達の元の居場所から抜け出さざるもえない状況に追いやられた上で。故に、せめて敵をどうにか出来るまでは安全な場所に置いておきたい。だが『ユニオン』がある場所は遠く、昨今の狂暴化デジモンの出現などもあり、二人で向かうには危険だと判断した。だからこの『ギルド』を頼りに来た。そんなところだろう」

「ご明察。相変わらず、多くを語らずとも理解を得るその賢さは尊敬に値するものでござるな」

 

 要するに田舎のおまわりさんに匿ってもらうよりは都会の警察機関に保護してもらったほうが安全ってことか、と内心でリュオンが口にした言葉の意味を人間社会の言語へ勝手に当てはめて一人納得しようとするユウキ。

 というか、短時間に一気に出て来た多くの情報を、一つ一つの言葉を飲み込むだけでも。

 具体的な背景こそ部外者であるユウキやベアモン、そしてエレキモンには頭の中で映像化することも出来ないが、どうにかこうにか噛み砕くに、銀毛のレナモンことハヅキの事情はこのようなものらしい。

 

 一つ、敵の襲撃により住まいから脱せざるも得ない状況に追いやられ、今もなお元凶の脅威は迫ってきている。

 二つ、それからホークモンを逃すために、通称『ユニオン』と呼ばれる組織が存在し、文明のレベルからも安全性を確約出来る『都』へと向かいたい。

 三つ、そのためにリュオンが管理する『ギルド』の援助を受けに来たというか、受けないとあまりにもリスクが大き過ぎるので、助けてほしい。

 

 ――そこまでの情報を時間をかけて知覚し、真っ先に口を開いたのはベアモンだった。

 

「……ちょっと待って。敵に追われて住まいをって、もしかして故郷をやられたってこと!? 大丈夫なの、まさか皆殺しにされたり……!!」

「既にリュオン殿にも告げている事でござるが、心配は無用。故郷を離れることになるのは心苦しいが、命を懸けるほどのものでもなし。各々無事に逃げ果せているはずでござるし、里はまた作れば良いだけの話でござるよ」

「……そ、そうなんだ……」

 

 ハヅキの回答に、心の底から安堵したような息を吐き出すベアモン。

 ユウキもユウキで内心で安堵していると、ハヅキはユウキやベアモン、エレキモンとレッサーの4名をそれぞれ見やり、そして今更のように問いを口にした。

 

「……ところで、先ほどから無視していたわけではないのだが、君達は『ギルド』の構成員でござるか? それとも単に依頼しに来た者?」

「構成員だよ。俺もベアモンも、そこのエレキモンも」

「そうだったのでござるか。リュオン殿が既に述べてくれたが、私の個体名はハヅキと言う。以後、よろしく頼むでござる」

「お、おう……よろしく。そんで、お前が護衛してほしいと頼んでる、あのホークモンは……」

「……っ……」

 

 何か面食らった様子のエレキモンが、会話中ずっと建物の入り口で顔だけを覗かせているホークモンの方を指差すと、ホークモンは何やら怯えた様子で顔を隠してしまう。

 見ず知らずの相手に怖がられたという事実にちょっぴりショックを受けた様子エレキモンに対し、どこか申し訳なさそうにハヅキはホークモンの事について口にした。

 

「申し訳無い。彼は人見知りというか、誰かと言葉を交わすのが苦手な部類でな。君が怖がられているのは、君が悪いわけではないから気にしないでくれ」

「そ、そうなのか。なんていうかまぁ、俺も気にはしてないから……オイ馬鹿共何か言いたげだな」

「いや、まぁ、なんというか……ねぇ? ユウキ?」

「まぁ、うん。事あるごとに電撃浴びせてくるドS鬼畜生のエレキモンにもそういう側面はあるんだなぁって」

「うんうんなるほどな。後で覚えとけよクソ共」

 

 どうあれ。

 どんなに唐突な話であろうと、断る理由は特に無く。

 基本的に、余程悪どいことでも無ければ援助するのが『ギルド』の方針らしく。

 

「チーム・チャレンジャーズ」

「「「…………」」」

「考えもしなかった事態だが、どうあれこれが依頼である以上、無視出来る話でも無い。彼等が元々いたであろう忍び里、それを襲った者達の正体も襲ってきた理由も何もかも現時点では不明。これから追加でいろいろ情報を聞き出すつもりではあるが、全てを知ることは出来ない。そして目的地を考えると、これは今まで君達が受けてきた依頼のそれを越える遠出になる。それらの事実を前提として、聞かせてもらう」

 

 そして現在、他の『ギルド』の構成員はそれぞれ別の依頼で既に出払っている状態で。

 手が空いているのは、寝坊やら朝食やらで他のチームより出遅れたチーム・チャレンジャーズと、リーダーのリュオンや副リーダーのレッサーぐらいで。

 事情を鑑みると、あまり来訪者をこの町に留まらせ過ぎるのも、双方にとってよろしくなくて。

 何をどう考えても、決断は早急に行う必要があった。

 

「ユウキ、アルス、トール。各自可能な限りの準備をした後、レッサーと共にこの大陸にある中で最も近い『ユニオン』持ちの都――ノースセントラルCITYへとハヅキとホークモンを護衛するこの依頼、受けてくれるか?」

「「受けるっ!!」」

「お前ら揃って安請け合いし過ぎだろ」

「ま、リーダーの言う事なら別にいいけどよ」

 

 ユウキとベアモンはほぼ同時にリュオンの問いに回答しており、エレキモンは呆れた風な言葉を漏らしながらも方針を違えることはなく、レッサーは大して悩む様子もなく同行を容認する。

 そもそもの話、この場にいるデジモン達はどちらかと言えばお人好しの部類なのだった。

 

(事情がどうあれ、助けを求められてるのなら断るのは嫌だしな)

(とても放っておけない。本当に故郷を追われてしまったのなら、絶対安心出来るところまで連れていってあげないと……)

(まぁ、どうあれこいつ等を放っておく理由にはならないからな)

 

 でもって。

 方針が決まって、すぐに出立の準備をしようとユウキとベアモンが踵を返して『ギルド』の拠点から出ようとした、そのタイミングで。

 エレキモンは、今更の確認事項としてリュオンに対してこう聞いていた。

 

「――ところで、そのノースセントラルなんとかってのは、どのぐらい遠いんだ?」

 

 実際のところ。

 日本横断なんてやったことがあるわけも無いユウキは当然として、発芽の町から数時間で到着出来る程度の場所にしか日常的に出向いた経験が無いベアモンとエレキモンにも。

 こうして問うまで、ユウキとベアモンとエレキモンの中では、自分が立っている場所が大陸のどの辺りの位置なのかとか、そもそもこの大陸がどのぐらいの広さを有しているのか、端から端までを横断するのにどのぐらいかかるのかなんて、ぼんやりとも考えられてはいなかった。

 直後に、返答がこう来た。

 

「大陸の端にあるこの町から、大陸の中心近くにまで行くわけだからな。徒歩になる以上は途中にある山や森なども視野に入れて……軽く見積もっても、行きだけで五日は見積もるべきだろうな」 

「「「五日ぁ!?」」」

 

 真剣な表情で告げられた目的地への遠さに、善意で安請け合いした二名と世話焼きの一名から思わず驚嘆の声が漏れる。

 行きだけで五日もかかる、なんてことは考えもしなかったのであろう声色だった。

 それもそのはず。

 今の今まで、チーム・チャレンジャーズは「朝出発して、夕日が落ちる頃には戻れている」程度の距離の移動で済む場所の依頼しか受けたことは無かったのだから。

 今更依頼を受けたことを後悔などはしないが、それはそれとして楽をしたいと思ってしまうのが仕事をする者の心理というわけで。

 

「エレキモン!! 今からでもバードラモンとかに進化出来ない!? 空飛べればすぐでしょ!!」

「唐突に気にしてる事を突きやがってっ……!! ユウキ、お前こそ何か飛べるようにならねぇの!?」

「そこで何で俺に振るんだか!? というか成熟期に進化出来るようになったばかりの俺がそんなすぐにメガロれるわけが無いだろ!?」

 

「……リュオン殿。このお三方、本当に大丈夫でござるか?」

「……まぁ、レッサーもついていくのだから大丈夫だろう。少なくとも足手纏いには……ならないはずだ……」

「一気にオイラの責任重くなったなオイ。つーかメガロれるって何?」

 

 前途多難なやり取りがありながらも、各々は準備を進めていく。

 護衛の依頼というよりは、一種の冒険あるいは遠征とでも呼ぶべきもの。

 その先にあるものを何も知らぬまま、彼等は運命に片足を突っ込んだ。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆



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第二節「一日目:出発進行:始点に暗がり」①

 色々あって遅れましたが、ようやくユウキ達の出発でございます。


 

 護衛依頼、もとい都市へ向けての冒険の準備は徹底的に行われた。

 空を長く飛び続けたり、地上をマッハの速度で駆け抜ける事が出来る種族でもない限り、いかにデジモンが優れた戦闘能力を有する存在であろうと、何の備えもないまま長距離を移動し続けることは出来ない。

 必ずどこかでエネルギーを補充する手段、言い換えれば空腹を満たす食べ物が要るし、それ以外にも個々が適応出来ない地形に対応するための道具だって必要になる。

 そういった、依頼の遂行に必要なものは『ギルド』の方から多く支給されており、今回も目的地であるノースセントラルCITYへ向かう上で、リュオンが到着に掛かる日数として見積もった五日間を目安とした量の食べ物とそれを詰め込めるだけの人数分のかばん、その他にも方角を見失わないためのコンパスや大陸の地形と要所を書き留めた地図など、様々な道具を必要最低限に集めたある種のサバイバルキットとでも呼ぶべきものを、チーム・チャレンジャーズは支給されている。

 そのため、消費がよっぽど過剰にならない限り道中で確保出来るであろう分と合わせて、少なくとも成長期五名と成熟期一体のデジモンたち各々の腹を満たす分には事足りるだろう――と、少なくともこれまでの経験から腹持ちの程度を一行は知覚している。

 基本的に考えるべきは、道中で遭遇することになるであろう狂暴化デジモンの存在。

 護衛の依頼である以上、どうあれ護衛対象であるホークモンについては絶対死守、戦いからは遠ざける方針だというのが共通認識であった。

 そんなこんなで、護衛対象であるホークモンの左右には依頼主のレナモンのハヅキと、一行の中で進化の段階が最も上のミケモンのレッサーが侍り、ギルモンのユウキとベアモンのアルスとエレキモンのトールの三名が前方の警護を任されることになった。

 

「しっかし、何にしてもいきなりだよな……」

「まぁな。まさかこんな唐突に都に向かうことになるとか、俺も考えなかった」

 

 見れば、彼等の首元には深緑色のスカーフが巻かれていた。

 これは発芽の町の『ギルド』に所属するデジモン全てに支給されているもので、同時に『ギルド』に所属していることを証明するためのシンボルでもあるので、つまるところ『ギルド』の構成員は依頼の際に体のどこかにこれを巻きつけておくことを義務付けられている。

 現実世界にしろデジタルワールドにしろ、身だしなみが重要視されるのは変わらないということなのか――と当時のユウキは意外な事として思ってもいたのだが、慣れとは早いもので今となっては特に不思議に思わなくなりつつあるのだった。

 

「トールは都に行ったことあるのか?」

「いや無い。行きたいと思う理由も特別無かったし」

「うーん、理由がやけに生々しい」

「あのなぁ、お前は町住まいの俺にどんな返事を期待したんだよ」

「んー、出世してエラいデジモンになりたい、とか?」

「少なくともお前よりはエラいと思うよ俺」

「どゆこと?」

 

 現在地は森林地帯。

 通称『開花の森』とも呼ばれ、発芽の町から少し離れた位置にある森の中を『ギルド』の一行は歩き続けている。

 デジモンの狂暴化、などという現象がいたる所で起きているわりには静かなもので、森の中で聞こえる音は基本的に風の音と、風に揺られる木々の音ぐらい。

 それ自体は自然な事であり、誰かが困ったりするような話ではないのだが、では常に緊張感を保ったまま歩き続けられるかと聞かれると、一部の除いてそこまで堅物でもないわけで。

 当然とでも言うべきか、白羽の矢は現時点で最も沈黙している者に立った。

 

「で、さっきからやけに黙り込んで、どうしたんだアルス?」

「……ん? 何、エレ……トール」

「いや、お前にしては珍しく黙ってるなと思ってよ。依頼の時だろうが何だろうが、こうして歩いてる時はいつも世間話の一つぐらいはしようとしてただろ。何だ、珍しく真面目になれたのか」

「まるで僕がいつも真面目じゃないみたいに聞こえるんだけど」

「真面目なやつは寝坊で約束すっぽかしたりしないし、世間話で突然『昨日、どのぐらい大きなウンチ出た~?』とか聞いたりしねぇよ」

「えー。約束のことはごめんだけど世間話についてはそこまで言われることなくない?」

(聞いた事は否定しないんかい)

 

 アルスの返答に内心でツッコミを入れながら、ユウキはユウキでアルスの素振りに感じるものがあった。

 確かに、トールの言う通り今回のアルスは普段の様子と異なっている。

 普段のアルスであれば、依頼の中でも大抵の状況に対して余裕と自信をもって振舞っていた。

 気になる事や世間話は頻繁に口に出していたし、狂暴化したデジモンと遭遇してしまった際も「僕もいるから大丈夫」と問題が起きる度に口にして、ユウキやトールを――特にユウキを――安心させようとしていた。

 だが、今回の依頼――何やらワケ有りらしいホークモンを指定の都にまで送り届ける――を受けてからの事、何があったのか自分からは一言も口を開こうとしない。

 当然、依頼に際しての持ち物の相談など、必要な会話については頻繁に口を開いてくれるのだが――どこか、真面目すぎるように見えた。

 それが悪いというわけではないし、それだけ事態に集中してくれているという事実は確かに頼もしく思えるのだが、それはそれとして気になった。

 気になったので、今更のようにユウキは一つの質問を投げ込んだ。

 

「そういえばなんだけど、アルスとトールっていつから一緒なんだ?」

「? いつからって……」

「いや、よくよく考えてみると俺は俺の事は出来る限り教えたけど、俺はお前たちの事を何も聞いてないと思ってさ。同じ町に住んでて、俺と会った時も二人一緒だったけど、別々の家に住んでるわけだし。仲良しなのはわかるんだが、それ以外のことはよくわからないままなんだよな。幼馴染とかだったりするのか?」

「仲良しは否定させてもらうとして、確かに俺達だけ何も喋らないのは不公平か……」

「いやそこは否定しないでよ。ユウキから見ても仲良しみたいだし」

 

 アルスの訴えを無視して、トールは歩きながら語りだした。

 

「俺とアルスは、別に幼馴染ってわけじゃない。そもそもあの町で最初っから生まれ育ったわけじゃないしな」

「え、そうなのか?」

「ああ。俺やアルスは、元々流れのデジモンだったんだよ。行くアテもなくこの辺りの森を通りがかったところで、町の長……ジュレイモンに招かれて、町の住民として家持ちになった。アルスとはその後で会ったんだ」

「そうそう、僕も放浪してる内にあの町に辿り着いたんだよね。長老のジュレイモン、町の周りの森のことはだいたい知ってるというか、解っちゃうみたいで。迷い込んできたデジモンに声を飛ばしたり、無事に町に到着出来るように誘導したり出来るんだって」

「へぇ……」

 

 ジュレイモンという種族の事は、ユウキも知っていた。

 完全体のデジモンであり、現実世界で『図鑑』に記述された情報によれば、

 

『樹海の主と呼ばれ、深く暗い森に迷い込んでしまったデジモンを更に深みに誘い込み、永遠にその森から抜け出せなくしてしまう恐ろしいデジモン』

 

 と語られる程度には危険性の高いデジモンであり、事実として『アニメ』でも主に敵役として登場することが多かった。

 が、結局のところ力は使いようということだろう。

 森に迷い込んだデジモンを更に深く迷い込ませるために用いる幻覚の霧を、ある種のガイドとして利用することによって、迷い込んだデジモンが逆に森の中を無事に抜けられるように誘導する。

 もしくは、あの町こそを『森の深み』として定義付ける事によって、安全地帯に招き入れる。

 アルスの口から語られたその情報は、ユウキが発芽の町にやって来たその翌日に会った際の印象とも合致するが、それはそれとして「そんなことが出来るんだなー」とユウキを関心させるものだった。

 が、同時に一つの疑問が生まれる。

 

「……流れのデジモンってことは、お前ら何処から来たんだ?」

「あぁ、そういやオイラもそれは聞いた事なかったな。あの町には流れ者がよく住み着くから興味無かったし」

 

 ユウキの言葉に、後ろの方から話を聞いていたレッサーもまた興味を示す。

 その言葉は、端的にユウキという余所者が町にあっさりと受け入れられた理由を語ってもいた。

 問われて、トールはこんな風に返してくる。

 

「何処から、か……んー。遠いところにある山脈……としか言えないな」

「すげぇ大雑把だなオイ」

「元は野生だったんだよ俺。今でこそあの町で家持ちだが、そうなるまではどこにでもいる一匹に過ぎなかった。生まれ故郷に愛着とかあったわけでもねぇし、行く宛とか目的とかがあったわけでもない。ただただ、適当にぶらりふらりしてる内にあの町に着いて、住民になっただけだ」

「……野生のデジモンだったって割には、理知的に見えるんだが」

「あのなぁ。野生のデジモンの全部が全部、グルグルガアガア吠えるしか能が無いってわけじゃねぇんだよ。普通に言葉を交わせるやつだっているし、町での暮らしに飽きて自分から野良に生きようとするやつもいる。まぁ、最近は狂暴化したやつとばかり遭遇してるから、野生デジモンに偏見持っても仕方ねぇけど」

 

 何かにうんざりするように、トールの口からため息が一つ。

 野生のデジモンというものに対する偏見に呆れたのか、あるいは狂暴化デジモンが頻繁に現れる近頃のバイオレンス具合に嫌気を覚えているのか。

 恐らくは両方だろうな、と内心でユウキは予想した。

 そうしてトールの返答が終わると、彼とユウキの視線はもう一人――アルスの方へと移っていく。

 何かを考えるように沈黙してから、アルスはこう言った。

 

「僕は遠くの村で生まれて、そこで暮らしてたよ。色々あって旅に出ることにして、トールと同じような感じで町に着いて、長老から住むことを許されて今に至るって感じ。特に変わったこととかは無い、かな」

 

 その回答に、ユウキとトールはそれぞれ「うーん」と唸ってから、

 

「なんか普通」

「お前にしては普通だな」

「君達さ、聞いておいて流石に薄情すぎない? そりゃあ僕にだって、あったらいいなーって夢見た出来事とか色々あるから、サプライズが欲しくなる気持ちもわかるけどさぁ」

「夢見たって、例えばどんなの?」

「ある日突然デジメンタルとかスピリットとか、そういうナニカの継承者になって悪者と戦うとか」

「異世界で生まれ変わったらそうなるといいね」

「慰めるにしても他の言い方無かったのかな???」

 

 デジモンにも、ヒーローに憧れる時期はあるようだ。

 あるいは、フィクションとして眺める側でしかなかった人間よりも、それが有り得るデジタルワールドという現実に生きているアルスのようなデジモンの方が、そういう欲求は強いのかもしれない。

 

「デジメンタルにスピリット、ねぇ……前者はともかく後者はおとぎ話でしかマトモに聞かないが、夢のある話だよな。かつて死んだ……十闘士と呼ばれてるデジモン達の魂が、分割されて存在してるって話だろ? 普通のデジモンならまず考えられない話だよなぁ」

「そりゃあな。死んだデジモンの魂がそんなホイホイ残ってたら、世界はスピリットだらけになっちまうよ。あくまでもアイテムの類らしいデジメンタルのほうがまだ信じられるってもんだ」

 

 デジメンタル、そしてスピリット。

 どちらも、デジモンを特殊な進化段階へ移行させる効能を有した代物であり、その存在はどうやらこのデジタルワールドにおいても『伝説』の類として認知されているものらしい。

 以前、ユウキも『発芽の町』に存在する文献のいくつかに目を通してみたが、デジメンタルやスピリットについては、ユウキ自身がホビーミックスの範囲の話として知覚しているものよりも情報が欠けている印象を受けた。

 特に、デジメンタルについては特に重要な『奇跡のデジメンタル』と『運命のデジメンタル』の二種類の記述が確認出来ず、その点についてユウキは疑念を抱かずにはいられなかった。

 何故なら、

 

(……ロイヤルナイツはちゃんと存在するみたいなんだよな。アルスもトールも、会ったことは無いみたいだけど……普通のデジモンに認知されてるぐらい有名なら、メンバーの一体であるマグナモンの事も知られているもんなんじゃ……?)

 

 ロイヤルナイツ。

 ユウキが大好きなデュークモンを含めた聖騎士型に該当される、合計13体のデジモン達によって構成されたネットワーク最高位の守護者たち。

 その一員として数えられ、とある『古代種』に該当されるデジモンが『奇跡のデジメンタル』を用いることによって進化するとされる聖騎士型デジモン――それこそがマグナモンだった。

 そして、そうした聖騎士たちの名前はアルスもトールも少なからず認知しているようで、その事実はこのデジタルワールドにおいてもロイヤルナイツという組織が有名で強大な存在として君臨している事実を物語っている。

 にも関わらず、デジメンタルについての情報は欠けている。

 単に『発芽の町』に存在する文献には記載されていないというだけで、他の町やこれから向かおうとしている都に存在する文献には記載されている可能性も、単に悪用の危険性を考えて情報を秘匿されているだけという可能性も考えられはするのだが。

 それはそれで、少し気懸かりではあった。

 そこまで考えたところで、ふとしてユウキは視線を後方へと移した。

 視線の先には、俯きながらも歩き続けている今回の依頼の護衛対象のホークモンがいる。

 

(……そういや、デジメンタルと言えば……)

「ハヅキさん、一応聞くんですけど……ホークモンはデジメンタルって持ってるんです?」

 

 ユウキの問いは単純な疑問でありながら、同時にいざと言う時に戦えるかどうかの可否を問うものだった。

 そして回答は、ホークモン自身ではなく彼の傍に侍るレナモンのハヅキの口から紡がれる。

 

「残念ながらこの子は持っていないのでござる。持っていればいざと言う時の自衛に使えるかもしれないが、基本的に戦力にはならないものと考えてもらいたい」

「……ぅ……役立たずでごめんなさい……」

「……え、いや、そんな風に言ったつもりは……」

「そもそも僕なんかがデジメンタルに選ばれるとは思えないし……選ばれたとしてもどうせずっこけのデジメンタルとか根暗のデジメンタルとか……」

「未知へのアーマー進化やめろ」

 

 わざわざ護衛してもらう相手にまで戦闘能力を秘匿する意味は無い。

 護衛対象のホークモンに、いざと言う時の自衛手段は無いというハヅキの言葉は真実だろう。

 というか、あまり言いたくはないが当人の言う通り、このホークモンがデジメンタルに選ばれるような光景を現時点では想像しづらい。

 可能性はゼロではない――と信じたいが、何よりデジメンタルそのものを所持しておらず、それが何処にあるのかもわからない現状、自衛手段が無いという事実が揺らぐ可能性は薄い。

 自衛手段が無い、誰かを頼ることしか出来ない。

 案外、そんな現状に最も苦しみを覚えているのは、ホークモン自身なのかもしれない。

 少なくともユウキはそう思った。

 が、

 

「大丈夫だよ」

 

 ホークモンの反応を聞いて、アルスはそんな言葉を口にしていた。

 いったい何を想っての言葉なのか、普段よりも強い口調で。

 

「ユウキもトールも、僕もいる。どんな事があっても、君の事は必ず護る。だから心配しないで」

「……う、うん……ごめんなさい……」

「何も悪いことしてないのに謝らなくていいから!! ほら、どうせならもっと楽しい話をしようよ。嫌な事ばかり考えてても仕方無いんだから」

「……お前はお前でさっきまで黙ってただろ(ボソッ)」

「ユウキうっさい」

「急に辛辣!!」

 

 気懸かりな事こそあれ、普段やる気がよくわからないヤツがやる気に満ちているのは悪い話ではない。

 ユウキとトールはひとまずそう受け止め、より真面目に依頼を完遂しようと意識する事にした。

 というか本音として、脈路も何もなく突然ウンチのデカさを聞いてくるヤツよりもダメなやつだと後方の上司や依頼主に評価されたくはないのだ。

 こう、プライドの話として。

 

「お前等、雑談はいいが気は引き締めとけ。そろそろ安心安全とは言えなくなるぞ」

 

 そうこう喋っている内に、一行の視界に一つの通過点が映る。

 広大な森を抜けた先に見えるもの、普段の依頼では向かう事の無い進路。

 木々が視界を覆う森よりも、更に視界が狭められる通り道。

 通称『彩掘の風穴』と呼ばれる、大きなトンネルだった。



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第二節「一日目:出発進行:始点に暗がり」②

 ようやっとの更新。
 今回で第二節はおしまい。どんどんストーリーを先に進めていきたいですね。


 

「あー、やっぱこういう時は火を吐けるのって便利だな」

「だなぁ。いやー、火付け係ご苦労ユウキ君。後で肉リンゴとかも焼いてくれね?」

「いやあの、事情に納得はしてるけど、努力をそんな雑い扱いされると普通にムカつくんだが???」

 

 言葉を交えながらトンネルの中を進む一行の手には、紅い炎を先端に灯したたいまつが握られていた。

 薄暗く、日の光がろくに通っていない場所を通る都合、当然ながら灯りとなるものが必要となるため、トンネルの中に入る前に全員分の太めの木の枝を採取し、ギルモンであるユウキが火をつけて作成したものである。

 デジタルワールドにやってきて数週間、火加減を覚えられる程度にはギルモンとしての体の使い方にようやく慣れてきたユウキとしては努力の成果でもあるのだが、自らの固有の能力を扱えることが当たり前なデジモン達からすれば、特に評価に値する話ではないらしい。

 

(そりゃまぁ、戦い以外ではチャッカマン程度の価値しか無いのは事実だけども)

 

 雑に「便利」の一言で片付けられ、若干肩を落としつつもユウキはトンネルの壁を見る。

 衣食住に困らない現代、人間が作った現実の中に生まれた者であれば、好奇心以外の動機で行くことはまず無い野生の暗所。

 その景色とニオイには、多少覚える高揚感があったが、一方で疑念を抱かせるものもあった。

 入り口付近から現在の地点に至るまで、全ての壁に刻まれている傷跡。

 自然現象などではなく、何か人工的なもので掘り進められたような痕跡に、ふとしてユウキはレッサーにこう切り出した。

 

「レッサーさん、ここってドリモゲモンとかいるんですか?」

「ああ。そもそもこのトンネル自体、ドリモゲモンが闇雲にあれこれ掘り進んだ結果として形成されたものだからな。住処にしているやつはいる」

 

 ドリモゲモン。

 鼻先がドリルになったモグラのような姿の獣型デジモンであり、容姿通りとでも言うべきか、地中に穴を開けることに適した能力を有する種族だ。

 当然、鼻先のドリルは戦闘でも用いられるものであり、殺傷能力はまず楽観出来るレベルのものではないわけで、トンネルというある種閉所の環境においては脅威の筆頭として挙げられる。

 が、そんなことはこのルートを選んだレッサーも承知の上なのだろう、彼は間を置かずにこう返した。

 

「が、まぁ奇妙なことに、今までドリモゲモンの中に狂暴化した個体は確認されてない。そもそもそんなのがいたら辺りの環境がもっとドえらい事になってるだろうし、そうなってないって事は、いるとしても普通の……ちょいと恥ずかしがりやなやつぐらいだ。少なくとも殺意をもって襲ってくる可能性は低いさ」

「ふーん……そういうモンなんですか」

「警戒しておくに越したことは無いけどな。そもそもドリモゲモンだけがこの辺りを縄張りにしてるってわけでもねぇんだし……あ、そこは右な」

 

 レッサーの言葉を念頭に置きつつ、紅い炎を灯りにトンネルの中を進み続けていくと、先の道が三つに分かれているのが見えた。

 が、経路として選ぶだけあって道順を覚えているのか、あるいは穴を抜ける風音から望む道筋を導き出しているのか、特に迷う様子はなく、レッサーは分かれ道を前にする度に進む方向を口に出していく。

 そうして進み続けている内に、いつしか一行は少し開けた空間に足を踏み入れていた。

 その空間には、橙色や緑色といった色取り取りな鉱石が壁際にいくつも突き出ていて、松明の明かりに照らされたそれ等は宝石にも等しい煌めきを抱いていた。

 そうそう目にした覚えの無いキラキラした光景に、トールが素直に問いを口にする。

 

「あれは?」

「このトンネル……というかそれが形成されているこの山は、鉱石がよく生成されている場所でな。グリーンマカライトだのパープルクンツァーだの、まぁ色々と価値が高いモノが多くあるんだ。一応言っておくが、この手のヤツを採取すんのは今回の俺達の仕事じゃあない。採りたくても食べたくても、我慢しろよ?」

「いや、採るならまだしも食べる奴なんているのかよ。歯とかボロボロになるしそもそも飲み込めねぇだろ……」

「そう思うのが自然でござろうが……トール殿。ドラコモンやバブンガモン、あとはゴグマモンなど……石を主食とする種族は少なからず存在し、一部の恐竜型デジモンが小粒ながら飲み込んでいる所も確認されているのでござるよ」

(デジモンにも胃石の概念があるのな)

 

 ハヅキの回答に「マジで?」と驚いた様子のトールとは対照的に、そうしたデジモンの事を知りえているユウキは別の事に関心を寄せていた。

 やはり、実際に見るデジモン達の生態は現実世界で設定されている話に留まるものではないのだろう。

 今後のことを考えても、デジモンに関する知見は深めて損は無い――そんな風に思いつつ色とりどりな鉱石の数々を見回していると、ふとして奥のほうから音が聞こえだした。

 自分達以外の誰かの存在――それを示す足音が、隠す気も無い勢いで近付いてくるのを察知し、一行からそれまでの余裕ある雰囲気が消え去り、代わりに警戒心が浮上する。

 どすんどすん、と多少の重量を感じさせる音と共に、その主は姿を現した。

 

「――あん? 何だ、同業者か?」

「?」

 

 それは、知性ある言葉を介するデジモンだった。

 少なくとも、狂気に呑まれて視界に入ったもの全てを手当たり次第になぎ倒すような相手には見えない。

 ユウキ達と同じく松明を手にしたそのデジモンは、見れば背後に複数の子分と思わしきデジモンを侍らせている、集団のリーダーと思わしき者で。

 茶色の体色と機械化した左手を有し、頭部が闘牛のそれとなっている――ミノタルモンと呼ばれる種族だった。

 大柄な体格の成熟期デジモンである彼は、松明を手に立つ一行の姿を見るや否や、何かを吟味するように視線を動かし、

 

「まぁいい。とにかく色々持ってるのは間違いないっぽいし――おい、お前たち」

「……何だ?」

「身ぐるみ置いてけ。痛い目見たく無かったらな」

 

 一方的に要求を告げた。

 それを受け、すぐ後ろからレッサーが指示を飛ばしてくる。

 

「野盗か。お前等、とりあえずボコっちまうぞ」

「話し合いとかしないのな」

「いやまぁ、明らかに話し合いが通用するやつじゃねぇし、賊の要求なんざ飲めんし」

 

 言葉の通りであった。

 一行の表情から従う気が無いことを察したらしいミノタルモンは、手下らしいゴツモンやマッシュモンといった成長期のデジモン達に向けて号令を発する。

 

「――お利口さんでは無し、と。よぉし野朗共、全部奪っちまうぞ!!」

「「「「「やっはー!! 奪えー!!」」」」」

「ひぃっ」

 

 殺意や敵意を含んでいるというよりは、お祭りでも始まったかのような楽しげな声がトンネル内部の開けた空間に響き渡り、ハヅキの傍で縮こまるホークモンの怯えの声を押し潰す勢いで野盗の群れが襲い掛かってくる。

 一見すれば、体格においても数の利においても劣る構図。

 が、護衛役として最前線に立つユウキとベアモンとエレキモンは、大して怯む様子も無いまま野盗の群れを前に身構え、こう返していた。

 

「「「邪魔だよ」」」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 デジモン達の喧騒がトンネル内に響き渡る。

 殴る蹴るの打撃音、放たれる飛び道具の衝突音。

 喚声に悲鳴、そして怒号などなど。

 戦闘種族と称されるデジモン達にとって、日常の一部とも呼べる状況の中。

 野盗を相手に数の利で劣るチーム・チャレンジャーズ達は、

 

「うわっ、何だこいつ等強くね!?」

「僕達と同じ成長期だよな!? くそっ、もっとどんどん攻撃だぁ!! アングリーロック!!」

「ポイズン・ス・マッシュ!!」

「パラボリックジャンク!!」

「攻めろ攻めろーっ!! やっつけろーっ!!」

 

 特に悲鳴などを上げることも無く、群れを成す成長期のデジモン達を圧倒していた。

 それもそのはずで、彼等は今日まで依頼をこなす中で格上である成熟期のデジモンと戦っていた。

 ほぼ毎日、望まぬ事ではあったが、その経験値は確実に蓄積されているわけで。

 くぐった修羅場の数の差か、あるいはもっと別の理由か、何にせよ。

 ただの成長期のデジモンを相手取ることなど、狂暴化した成熟期のデジモンを相手取ることに比べれば、造作も無かった。

 

「はい、次!! 泣かされたい奴から早く来なよ!!」

「言い方なんとかならねえのかなアルス君!?」

「どっちがワルなのかわかんねぇなこれ……っと!!」

 

 竜がその前爪で敵対者の頭を殴り、悶絶させたところを右脚で蹴り飛ばし。

 子熊が拳を振るい、体当たりで吹き飛ばし、時には自らに放たれた飛び道具の類を掴んで投げ返し。

 電撃獣が電撃を放ち、飛び道具を放つ後衛のデジモンを狙って無力化させる。

 

「トール、後詰めを!!」「おうよ!!」

「ユウキ、よろしくっ!!」「はいはいどいてろよ!!」

「アルス、寝てんなよっ!!」「僕の扱いっ!!」

 

 数の差など関係無い。

 単純な戦闘能力でもって、三匹は群れを圧倒していく。

 ユウキが前に出てきたゴツモンを群れに向かって蹴り飛ばせばトールが群れごと巻き込むように電撃で追撃し、アルスが殴り飛ばしたマッシュモン目掛けてユウキが口部に形成した炎の塊を噴き放って軽く爆破し、トールが電撃で痺れさせた相手をアルスが足元にあった石を眉間目掛けて投げ放って意識を刈り取っていく。

 圧倒されている野盗の側もタフなもので、倒れた者の中には気合たっぷりに声を上げて二度三度再起する者もいたが、当然何度でも殴られ蹴られ痺れてでノックアウトさせられる。

 

 そして、その一方で。

 野盗のリーダーであるミノタルモンの相手は、今回同じ成熟期のデジモンであるミケモンのレッサーが担当していた。

 ベアモンやエレキモンと大差無い程度の背丈しか無い彼は、されど倍以上の体格を有する闘牛を相手に、いっそ遊びにさえ見える動きでもって翻弄していた。

 

「チッ、ちょこざいな!!」

「やーい、こっちこっち――だぜッ!!」

 

 ミノタルモンがレッサーの姿を目で追い、右手で鷲掴みにしようとしたり、機械化した左手を振るって渾身の一撃を見舞おうとする度に。

 レッサーは跳ねる、跳ねる、とにかく跳ねる。

 地面を、壁を、トンネルの天井を。

 跳ねて跳ねて、そして視界の外からミノタルモンに肉薄し、その五体に爪や足を振るっていく。

 右膝に左肩に後頭部――と、関節部や急所となりえる部位を集中的に狙い、ヒット&アウェイで着実にダメージを与えていくレッサーの姿は、可愛げのある猫のそれではなく、むしろ熊に襲いかかる狼のようにも見えた。

 

「肉球パンチッ!!」

「んごっ!! この野朗!!」

 

 あるいは、子分達の援護があればレッサーの動きをある程度制限し、ミノタルモンがレッサーの動きを捉えられる可能性もあったかもしれないが、ユウキ達の相手で精一杯な子分たちにそんな余地は無い。

 ミノタルモンも、その子分も頑丈ではあるらしかったが、レッサーのスピードによって持ち前のパワーを思うように発揮出来ない実情、体力を削られ続けている事実に変わりは無かった。

 そうしてやがて、元気な子分達の頭数が半分以下に減り、ミノタルモンが自らの疲れを自覚した頃。

 ミノタルモンは強く舌打ちし、自らの子分達にこんな号令を飛ばした。

 

「お前等退け!! 一旦諦めるぞ!!」

「えー!!」「まだ頑張れるよー!?」「これで終わりとか悔しいってば!!」

「駄々捏ねんな!! さっさとのびた奴等を抱えて逃げろ!!」

 

 どうやら粗暴な印象に似合わず、損得を判断する程度の知性は宿していたらしい。

 ミノタルモンの号令を受けて、チーム・チャレンジャーズの一行の手で倒されていたゴツモンやマッシュモン、その他ジャンクモンやガジモンといった成長期のデジモン達はそれぞれ近い位置にいた仲間に担がれ、通ってきた道をそのまま引き返していく。

 そして、手下達の逃げる姿を横目にミノタルモンは機械化した左手を振り上げた。

 レッサーの目の色が変わる。

 

「おい待て、逃げるんなら別に追う気は

「味方じゃねぇ奴の言葉を鵜呑みにしてられる立場でもねぇんだよ――ダークサイドクエイク!!」

「!!」

 

 直後に、ミノタルモンの機械化した左手――デモンアームが地面に向かって打ち付けられた。

 凄まじい衝撃と振動がトンネルの空間を駆け巡り、咄嗟に自ら地に伏せたレッサーを除いた全員の姿勢が崩れる。

 振動は長く続き、揺れが静まった頃にはミノタルモンも、その子分達もその場からいなくなっていた。

 

「……何だったんだ? あいつ等……」

「レッサーの言った通り、野盗の類でしかないだろ」

「ユウキにとってどうかはともかく、珍しくはないよ。ああいうの」

「マジか。物騒だなオイ」

 

 戦闘の邪魔になるため足元に落としていた、ミノタルモンの子分が持っていた松明をユウキとベアモンとエレキモンは拾い上げる。

 どうあれ、厄介払いが済んで誰も怪我をしていないというのは喜ばしい結果だろう。

 そう思うチーム・チャレンジャーズの三名だったが、対照的にレッサーやハヅキの表情は曇っていた。

 

「ちっ、あんにゃろ余計な置き土産を……おい、走るぞ!!」

「……急ぐべきでござろうな」

「? 二人ともどうしたの……?」

 

 急かしの言葉を口にした二人に対しベアモンが疑問を投げ掛けた、その直後のことだった。

 ズズン……!! と、何かが揺れ動くような音が、周囲から聞こえ出したのだ。

 そこでユウキもエレキモンも事態に気がつき、表情を強張らせる。

 走り出すレッサーと(ホークモンを抱きかかえた)ハヅキの背中を追い、松明を手に同じく走り出す。

 

「おいおいおいおい、マジの話かこれ!!」

「……まさか、今のミノタルモンの一撃で山の地層がズレでもしたのか? オイオイ、あんな事出来るんなら何で戦いの中では使わなかったんだ!?」

「違う、この程度で崩落は起きない。というか、そんなレベルの振動を起こしたらあいつ等だってタダじゃ済まないだろうよ」

「じゃあこれは!?」

「大方、この辺りで大人しくしてたドリモゲモンがパニくって地層を掘り進んじまってんだろうよ!! ったく、逃げるだけならあんな事しなくてもいいだろうに!!」

 

 ただでさえ、山の中のトンネル――いわゆる地中にいる状況下の話なのだ。

 もしもこの地震が切っ掛けでトンネルが『崩落』してしまったら、最悪生き埋めになってしまってもおかしくはない。

 それを避けるためにも、一行は灯りを手に暗闇の向こうにどんどん身を乗り出していく。

 地鳴りの音が響き続ける中、いつしか行く道は下り坂のような形に変わっていて、駆ける足並みは自然と速くなっていった。

 何かしらの目印でも発見したのか、最前を駆けるレッサーが言葉を紡ごうとした。

 

「大丈夫だ、もう出口は近い。この先の道を右に――ッ!?」

「嘘でしょオイ!!」

 

 が、その言葉は最後まで続かない。

 一行の背後から、突如として激流が流れ込んできたことで、全員揃って足を取られてしまった事で。

 ドリモゲモンの掘り進んだ地層の近くに、水源でも混じっていたのだろう――結果的に形成された自然のウォータースライダーによって、一行の体は抵抗の余地もなく下り道を流されていく。

 頼りだった松明の灯りが次々と消え、暗さと共に混乱がやってくる。

 

「鉄砲水か……っ!?」

「ぎゃー!! オイラ泳げねぇんだよーっ!?」

「うわぁこんな時に知りたくなかった意外な弱点!?」

「ユウキそんな事言ってる場合じゃ……わぶっ!?」

「ちょ、お前ら手を――がぼぼぼ!!」

「わあああーっ!!」

 

 どうしようもなかった。

 アルスとレッサー、そしてハヅキとホークモンの四名が予定通りの右の道に流される一方で。

 ユウキとトールの二名は、予定とは異なる左の道に流されていってしまう。

 漏れ出る叫び声さえ泡となり、上下左右の方向感覚さえ掴めなくなっている内に一つの出口へと押し出され、二名のデジモンは陽の光の下に出る。

 ばしゃーっ!! という水の音を知覚した時、ユウキとトールの視界に入ったものはと言えば。

 

 見渡す限りの木々の群れと。

 野生の個体と思わしき炎を纏う巨鳥デジモンことバードラモンの群れからの、珍生物でも見るかのような視線と。

 いつもより大きく見える、白い雲。

 

((……くも?))

 

 瞬間、ユウキとトールは真顔で下方へ視線を送った。

 とてもとても遠い位置に森が見えていて、特に足を動かしてはいないのに森の景色が自分達に近くなっていく。

 なんか風が凄く強く感じられる。

 というか、どう考えても落ちてますわよこれ。 

 

「「――――」」

 

 現実を理解する。

 流れ流れにどういったルートを通ったのかは知りようもないが、ユウキとトールが流されたルートは、さながら間欠泉のように強く上方に向かって吹き上がるものだったらしい。

 へぇー、デジモンの体ってこんなに軽いんだー♪ 重力の概念どうなってんだこりゃー♪ と現実逃避するユウキ、約一秒で恐怖をぶちまけるの巻であった。

 

「キャーッ!! 待って助けておれ高所恐怖症なのーっ!!!!!」

「こんな時にクソどうでもいい弱点漏らすんじゃ……いやマジでたかーい!?」

 

 デジモンの体は人間のそれよりも頑丈なのだろうが、いくら何でも山の山頂を少し越える高さから地面に叩きつけられて生きていられる自信など無かった。

 というか、普段から落ち着いたイメージのあるトールですら慌てふためいてる辺り、ガチでヤバい状況であることに違い無いわけで。

 恐怖から絶叫しながら墜落することしか出来そうにないユウキとは異なり、全力で生還出来る方法を見い出そうとしていた。

 命の危機に陥ると、思考というものは恐ろしいほど加速度的に回るらしい――トールは少し考えて、声を上げた。

 

「クソッ!! こんなんで死んでたまるかっ!! おいユウキ俺に抱きつけ!!」

「何だどうした急に変な趣味に目覚めたのお前そういうキャラだっけ!?」

「真面目に見捨てるぞこの野朗!! うおおおっ、エレキモン進化ぁーっ!!!!!」

 

 叫びと共にトールの体が輝きを纏い、一時的に繭の形を取ったかと思えば即座に弾け、内側から白い羽毛に包まれた巨鳥型デジモン――コカトリモンが姿を現す。

 トールという個体の、成熟期の姿。

 言われるがままにその背にあたる部分に抱きついているユウキは、コカトリモンに進化したトールを見て思わず目を輝かせる。

 そう、コカトリモンは鳥のデジモンなのだ。

 鳥ということは翼があるわけで、たとえその背にお荷物があろうと、空を飛ぶことだって不可能では無いッ!!

 

「おおっ!! もしかして飛べるのお前!? 不思議パワーで完全体に進化するフラグかこれ!?」

「おうお望み通り飛んでやらぁ!! 見てろよ、俺は今ッ!! 鳥に成るッ!!!!!」

 

 ぶわさぁ!! と両翼を広げて気合の入った声を上げるコカトリモン。

 コカトリモン進化ーっ!! という叫び声が風の音に乗って響く。

 煌めく風に乗って、その姿は奇跡的に完全体の姿に、

 

 

 

 なるわけが無かった。

 

 

 

 コカトリモンの体はちっとも光らねえし、その翼が風を掴むことも無い。

 そもそもの話、生物学的にも退化しているニワトリの翼では羽ばたかせてみても飛べるわけがねぇ。

 非情な現実を知覚し、トールとユウキは走馬灯でも見ているような和やかな声で言う。

 

「――うん、まぁ。そんな都合の良いこと起きるわけないよなー」

「そっかー。俺って主人公じゃなかったかそっかー。デジヴァイスも無いもんなー」

「「あははははー!!」」

 

 もはや諦めの境地であった。

 二人揃って和やかに笑って、涙目になり。

 重力に引き摺り下ろされながら、そして最後に叫ぶ。

 

「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああー!!!!!」」

 



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第三節「一日目:予期せぬ邂逅、戸惑いの樹海」①

 

 青い空と白い雲を覆い隠す深緑、聳え立つ大木の数々に、透き通った太い直線。

 森林というよりどちらかと言えば樹海と呼ぶべき領域にて、一体のデジモンが一息つくように河の水を飲んでいた。

 

「……ぷはぁ……」

(水質とかに異常は無し、と……まぁ辺りのデジモン達を見れば当然か)

 

 全身各部にブラウンカラーの鎧を纏い、頭部から金色の髪を、腰元からは白い翼を生やした丸い尻尾の四足獣。

 気品漂うその存在に自ら近寄ろうとする者はおらず、一方で茂みの奥からひそひそと様子を伺う者は数多く、その視線には少なからずの畏怖が混じっていることを、当の獣自身は嫌と言うほど理解している。

 獣はそちらの方へ、意識を向けることこそあれど視線を向けることは無い。

 望まない感情の向けられ方である一方で、自身がそうなっても仕方の無い存在であることを知覚しているためだ。

 なにも、このような視線を向けられたのはこの樹海だけでもない。

 つい少し前に出向いた山脈地帯も含め、どんな場所に出向いたところで、向けられる視線のパターンはある程度決まりきっていて、そのどれもが彼にとって好ましいものではなかった。

 居心地が良いと思える場所など、そうそうあったものではない。

 そして、そう思いつつも自らのやるべき事を放棄するわけにもいかず、彼は今日もまたやるべき事のためにこの森林地帯を歩き回っていた。

 

(……イグドラシルの観測情報だという以上、異常そのものはあるはずなんだけど……)

 

 世界を隔てる『次元の壁』に生じた痕跡と、同時期に起きているらしい大陸各地の性質変化。

 その真相を確かめ解決するための、大陸各所の環境の調査。

 特に、野生化デジモン――文明ある都市のデジモン達からはワイルドワンと呼称されている――の生息する大自然の区域の調査こそが、彼の担当することになった役割だった。

 実際問題、他の『同胞』たちと自分のどちらがこの環境の調査に適しているかという話になれば、自分の方が適しているということは理解しているし、この配置について間違いは無いと彼自身も思っている。

 

(……先輩方は、もう何かしら発見出来たのかな……見つけられてないのは、僕だけなのかな……)

 

 が、こうして広大な樹海をくまなく歩き回ったところで、成果らしい成果は無い。

 食物は美味しいし、河の水によくないものが混じっているようには感じられないし、生息しているデジモン達は自然体そのものだ。

 それ自体は喜ばしいことであり、望ましいことではある。

 だが、そうした領域に自分の居場所が無いことも、同時に理解させられる。

 自分は異常を解決するための手がかりを掴むためにやってきているのであって、ありふれた平和に安堵していい立場ではないのだと。

 異常が確認出来たほうが望ましく、平和しか確認出来ないことを疑わしく思わなければならない。

 自分は、そうした世界の危機を解決しなければならない存在なのだから。

 そういう役割を、託されたのだから。

 

(……何で、僕なんかに聖騎士の座を……)

 

 ふと、湖面に自分自身の表情が映っているのが見えた。

 他ならぬ彼自身が『らしくない』と言えてしまう表情だった。

 見ていられないと言わんばかりに目を逸らし、視線を青空へと向ける。

 生き物の姿一つ無い自然の原風景を前に、ついやりきれない気持ちが呟きとして出てしまう。

 

「……どうして僕が生き延びて、あなたが……」

 

 今の自分の在り方に、寂しさを覚えていないわけではない。

 だからと言って、放棄するわけにもいかない役割だった。

 逃げてしまうぐらいならば、即座に自死すべきだと、そう思える程度には。

 

(……ああくそ、いちいちへこたれてる場合じゃないよな……)

 

 止まっていられる立場ではない。

 任された事を果たせるように、出来ることをやらねば。

 が、そんな風に自らを奮い立たせようとした直後のことだった。

 突如として、彼の耳に届く音があった。

 

 ――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――

 

「?」

 

 キョトンとした様子で最初に疑問。

 聞こえたのは明らかに環境音のそれではない、誰かの声と呼べるもの。

 というかこれは、

 

(悲鳴?)

 

 ――ぁぁぁぁぁぁぁぁああああ――

 

 次いでも疑問。

 悲鳴となるとこの辺りで考えられるのは弱肉強食、もとい弱いものいじめ。

 残酷だと思いつつも、それが自然の営みであるのならば感情で介入するべき話ではないのだが、それも何か違う気がする。

 

(縄張り争い? いや何か聞こえ方がおかしいような……どんどん上から近付いて……)

「――って、ちょぉっ!?」

「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」

 

 気付いて振り向いた時には、全てが遅かった。

 超高高度から流星の如く落ちてきた白と赤、もといコカトリモンのトールとそれに抱き付いたギルモンのユウキ、その一塊が絶叫と共に四足獣に向かって斜めに墜ちて来て。

 見事に獣の顔面と鶏のクチバシが正面衝突、首の(あまり良くない)異音と共に四足獣は押し出され、勢い余った白と赤と一緒に河にドボン&ドンブラコ。

 あまりにも唐突な人身事故を前に、森の住人達は目が飛び出す思いだったという。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その頃。

 鉄砲水によって別のルートに流されてしまったもう一方――ベアモンのアルスとミケモンのレッサー、そして依頼主であるレナモンのハヅキとホークモン――は、それぞれ足を早めていた。

 トンネルから水で押し流された先に広がるのは、それまで歩いていた森林地帯のそれとは似て非なる樹海。

 気温に湿度、生息しているデジモンの種族とそれに伴う危険の度合いなどなど、一つの山を境に環境の濃さは様変わりしている。

 依頼でも来たことの無い領域を前に、明らかな焦燥を帯びた声でベアモンが叫ぶ。

 

「ユウキ!! トール!! 生きているのなら返事をしてーっ!!!!!」

「……うぅ、なんでこんなことに……」

 

 仲間が突然いなくなった。 

 予想外に予想外が重なった事態に対応しきれず、つい少し前まで傍にいたユウキとトールの二名は彼等の知見の外に出てしまった。

 急いで探そうと、トンネルの出口が見える周辺を回ってみたが、痕跡の一つさえ見えていない。

 最悪の予感を消し去れず、ベアモンは普段のそれとは相反する険しい表情を浮かべていた。

 

(二人ともいったい何処に……っ!?)

「おいアルス、焦る気持ちはわかるが依頼主を放置して何処か行こうとすんなよ。今ここで別行動とか取ったら本格的に詰むぞ」

「……っ……解ってるよ……」

「……アルスさん……」

 

 レッサーの言葉が図星だったのか、何かに耐えるように歯軋りの音を漏らすアルス。

 もし指摘されなかったら、ホークモンの事をレッサーに任せて走り出していたと、言外に示すも当然の反応だった。

 理屈として解ってはいても、焦る気持ちは抑えられない。

 二人のことを探そうと周囲を見回すアルスのことを見ながら、ハヅキは思案するように右手を口元に寄せながら疑問を口にした。

 

「レッサー殿、貴殿ら『ギルド』にこういった状況への備えはあるのでござるか?」

「あると言えばあるが、もう試した。アルス、スカーフからは何も聞こえないんだよな?」

「……聞こえてない。今も」

 

 アルス達のように『ギルド』に所属するデジモン達に各々配られる特別製のスカーフには、彼等の間で『ひそひ草』と呼称されている特殊な草が織り込まれている。

 その草はごく小さな声だけを吸い込み、同じ根から伸びた同種の草と共鳴、遠方で発せられたものと同じ声を囁くのだ。

 大声や普通の喋り声などには反応しないそれを織り込まれたスカーフもまた同様の性質を有しており、口元に寄せて囁き声を発すれば、その内容が同じチームのスカーフを通して囁かれる仕組みになっている。

 故にアルスも、トンネルを出てユウキ達の不在を知覚したその時点で、すぐスカーフに囁き声を発して『確認』を取っていた。

 スカーフの機能については『ギルド』のメンバー全てに伝えられていることであり、ユウキもトールも今までの依頼の中でその機能を頼りにした事がある。

 だからこそ、無事であればすぐにでも応じる囁きが返ってくるはずだが、反応は無い。

 それが示す意味は、単に囁き声に気付いていないか、あるいは応対出来る状況にないということ。

 少なくとも、安全と呼べる状況に無いことだけは確実と言えた。

 

「……レッサーなら、二人は何処に行ったと思う?」

「こちら側の出口周りにいないとなると、先のほうに進んでると考えるべきだな。出発する前にも言っただろ? もし仲間とはぐれたら、はぐれた側は基本的には引き返すより目的地の方角に向かって進めって」

「それは承知しているのでござるが、トンネルの中に取り残されているという線は無いのでござるか?」

「その可能性も考えはしたが、あのトンネルが形作られた経緯を考えても、まず行き止まりは無い。少なくとも外には出ているはずだ。どの出口からどんな風に出てきたのかがわからないだけで、樹海のどこかにはいるんだろう。まぁ、何で応対出来ないのかまでは解らないんだが。水に押し出された拍子に頭でもぶつけたか?」

「……レッサー、お願いだから真面目に考えて」

「真面目だが?」

 

 ひとまず、依頼と合流のためにも先に進むことが決まって、一行は青空さえ緑が覆い隠す樹海へと足を踏み入れる。

 踏みしめる土の質感からしてアルスやレッサーの住まう『発芽の町』周辺の森のそれとは異なり、ジトジトとした湿気を含みながらもどこか硬質で、地中に伸びることが出来なかったのであろう木の根が土の上に張り巡らされていた。

 急いで合流したい一心で前に前に進もうとする度に、苔だらけの巨大な倒木に行く手を遮られ、迂回に迂回を重ねてみてもまた倒木。

 森と同じ木々の生い茂る環境でありながら、受ける印象は全く違っている。

 歩きにくいし進みにくいし、気を抜けば迷いそうだとアルスが素直に感じていると、すぐ近くでホークモンが木の根に足を取られて転んでいた。

 アルスがそれに気づいて振り返った時には、既にハヅキが屈み込み、ホークモンの手を握って身を案じていた。

 

「大丈夫か?」

「……は、はい。このぐらいなら……」

「疲れたり、体に異常を感じたのならすぐに言え。蓄えにはまだ余裕がある」

「い、いや! 大丈夫です! まだ疲れてもいないし元気いっぱいなのでッ!!」

「そうか、ならいい」

「…………」

 

 力のある誰かが、力の無い誰かを案じる構図。

 正義の味方を描く物語であれば、どんなものにでも仕込まれているであろう瞬間。

 そんな光景に、アルスは胸の内に微笑ましさとは真逆の暗いものを感じていた。

 

(……突然の出来事だったから、なんて言い訳でしかない。ユウキもトールも、僕がもっと強ければ……あの時ちゃんと手を掴めていれば……離れ離れになんて……)

 

 もしも、このままスカーフから応答の一つも無かったら?

 もしも、レッサーの見解が間違っていて本当はトンネルの中に取り残されていたら?

 もしも、助けてくれなかった事を恨まれていたら?

 

 沈黙した分だけ不安は増幅する。

 自分自身の力不足を、その結果を、嫌でも心に叩きつけられる。

 

「アルス、耳はしっかり澄ませとけよ。仲間の声にしても、敵の声にしても」

「……え、あ……そのぐらい解ってるよ……」

「……ユウキとトールの事が心配なのは解るが、不安を覚えたところで何にもならないぞ。今から覚悟しとけとまでは言わんが、いつまでも肩を落としてんじゃねぇ」

「解ってるって言ってるでしょ。それに、心配なんてしてない。ユウキもトールも強いんだ。応答出来ないのだって、スカーフを何かの拍子になくしちゃったからかもしれないし」

「そうかい。アイツ等のこと、ちゃんと信頼してんだな」

「当たり前だよ。同じチームなんだから」

 

 ……嘘だ、誤魔化しだと、口に出した言葉とは相反する思考が頭の奥で反芻される。

 確かにユウキとトールの強さについては、アルスも疑いはしていない。

 スカーフをなくした可能性についても、当事の状況から十分考えられはする。

 

 だけど、本当に信頼しているのなら不安なんて覚えない。

 スカーフをなくしただけという可能性についても、推測というよりどちらかと言えば願望の類だ。

 早く、とにかく早く、二人のことを見つけ出したい。

 安全を確認したい、無事な姿を見たい、いつも通りであってほしい。

 ……そうした願望を口にしたら最後、自分自身が強くいられないと感じて、弱音を押し殺す。

 

 だって、今ここで弱音を吐いてしまったら、悲しい気持ちになるのは自分だけじゃない。

 今回の依頼における護衛対象のホークモンだって、今までの振る舞いから考えても、自分の事を護ろうとしてきた相手がどんな形であれいなくなってしまったら、何の悲しみも覚えないとは考えにくい。

 少なくとも、自分がホークモンの立場なら、そんな状況には耐えられない。

 どんな状況であっても、自分は頼りになる自分であり続けないと――そう思って、アルスは無理やり言葉を捻り出す。

 

「ホークモンも心配はしないで。二人共、絶対に無事だから」

「……そうだと、いいんですけど……あ、いや……そうですよね!!」

「そうだよ。そりゃあ何度も危ない目に遭ったけど、何度も打ち勝ってきたからね。僕たち」

 

 その事実だけが、支えだった。

 それ以外に支えに出来るものなんて、少なくとも今の彼の頭の中には浮かばなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そして、当のユウキはと言えば。

 

 ――がぼぼ、がぼぼぼぼぼぼ!!

 

 絶賛大パニック、もとい溺れてしまっていた。

 超高高度からコカトリモンに進化したトールと共に墜落し、何かにぶつかった勢いのままに河の中へ入水――その衝撃でコカトリモンからエレキモンの姿へと退化したトールと、姿をよく見れていない初対面の誰かさんはすっかり気を失い、河の流れに身を任せるままとなってしまった。

 辛うじて意識を保つことが出来たユウキだったが、どんなに手足を動かしてもがいてみても、思うように水面に浮上出来ない。

 コンクリートジャングル在沖の人間だったギルモンこと紅炎勇輝氏、テレビのニュースで山の川での水難事故の類を視る度に「え、水かさそんなに高くないよな……?」などと浅い認識で疑問を抱いていたものだったが、こうして自分が事故に遭う側になると嫌でも納得させられるの巻である。

 感想なんて述べてる場合じゃねぇ。

 

(冗談じゃねぇって……っ!!)

「――くはぁ!! げはっ!! ごふっ……!!」

 

 どうにかもがき続けて、顔だけ水面から出して、辛うじて呼吸をするユウキ。

 身の回りの環境なんていちいち確認していられず、大きく息を吸い込むと改めて河の中に潜っていく。

 衝撃で気を失っているトールに向かって泳ぎ進み、腹回りを右腕で抱き留める。

 次いで運悪く激突してしまった哀れなデジモンの方を視界に捉えようとして――突如、浮遊感がユウキを襲った。

 水の中にいる感覚は薄れ、代わりに背中越しに強い風を感じる。

 とても身に覚えがあるというか、つい直前に味わったばかりの感覚に、いっそユウキは口をぽかんと開けていた。

 

「――は?」

 

 水の流れに乗った先にあるもの。

 ユウキの視線の先には、下方に向かって流れ落ちる大量の水があり――つまる所、それは滝であるらしく。

 滝があるという事は、即ちそこにはそれが形作られるに足る高さの段差、もとい崖があるわけで。

 気付けばユウキは、再び高高度から落ちる羽目になっていた。

 

「またかよおおおおおおおおおおお!?」

 

 上空からのダイブに比べればマシ、などと納得出来るわけも無い。

 河の流れから出た際の慣性によって、ユウキとトールの落下位置は滝壺から僅かに逸れている。

 視界に入った景色から、このままいけば河の浅い部分か、最悪そばの地面に頭から落ちることになると察したユウキだが、どうにもならない。

 彼の体には、空中で軌道を変える術など無いためだ。

 

「くそっ……飛べ!! 飛べよッ!! このままだと……!!」

 

 焦りがそのまま口に出る。

 地面との激突まで時間は残り僅か。

 必死になって進化を試みるが、間に合わない。

 落下死、という単語が頭を過ぎり、悲鳴が漏れた。

 

「くっ……そおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 その時だった。

 ユウキの視界の外で、動きがあった。

 

「――ぅ――っ!?」

 

 その、コカトリモンに進化していたトールと頭から激突していた四つ足のデジモンは、声に気付いてか目を覚ますと――視界に入った光景から、即座に行動していた。

 大地の代わりに流れ落ちる滝の表面から駆け出すと、さながら一本の線となって落下中のユウキに追い着き、その背でしっかり受け止める。

 そのまま勢いを殺さずに降下――地面に着地し、事なきを得る。、

 それ等全ての行動が終わるまで、実時間にして五秒も掛かったか否か。

 安心したという様子で、四つ足のデジモンは自らが背に乗せたユウキに対して目を向け、次いで声を掛けてくる。

 

「君達だいじょ……ごほん。お前達、無事か?」

「――――」

 

 結果として自分とトールを地面激突の危機から救った相手。

 その姿、というか顔を見た瞬間――ユウキはいっそ放心していた。

 口をポカンと開けたユウキの様子に、茶色の鎧を身に纏った四つ足のデジモンは困った様子で声をかけ続ける。

 

「……おーい、何事も無いのならちゃんと返事をしろ。ぼk……私が困るんだからなー」

(……マジ、で……?)

「……えぇとその、怖くないよー? ねぇちょっと、流石にデュークモン先輩よりは怖くないでしょ。ねぇってば……!!」

 

 そのデジモンの種族名は、いわゆるビッグネームの類であった。

 茶色の鎧を身に纏い、金の髪を風に靡かせ、時には人の、時には獣の姿をとって戦場を駆ける聖騎士型デジモン。

 ネットワークの最高位組織、ロイヤルナイツにおける戦略家。

 その名は、

 

「……ドゥフト……モン……?」

「あ、やっと返事をした。経緯や素性はよく知らないけど、君たち随分と大変な目に遭ったみたいだね」

「……ぅ……ん? ここ、は……?」

「お、こっちも起きたね。とりあえず、まずは落ち着いて話でもしようか」

 

 予期せぬ大物との邂逅。

 それも、個性豊かな騎士達の中でも知性に長けた者。

 元は人間のデジモンなんて、どう考えても不穏分子と判断されかねない――そう考えたユウキは、助けられていながら明確な安心を得られずにいたのであった。



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第三節「一日目:予期せぬ邂逅、戸惑いの樹海」②

 

 かくかくしかしか、ふにふにうまうま。

 突然の遭遇に驚きながらも、ユウキとトールの二人は聖騎士ドゥフトモン(けもののすがた)に、自分達の素性を話せる範囲で話した―ー下手に嘘を吐いて不審を買うべきではないと判断したために。

 自分たちが『ギルド』の構成員であり、護衛の依頼を受けて目指している場所があること。

 その道中で野党の類と遭遇し、色々あってトンネル内に鉄砲水が生じ、結果としてこの樹海までぶっ飛ばされ、更には溺れかけたことを。

 静かな様子で二人の言葉を聞いていたドゥフトモンは、僅かに考えるような素振りを見せた後、こんなことを言った。

 

「……なるほどな……」

「…………」

「『ユニオン』ほどではない小規模ながら、民間の組織があることは知っていたが……まさか君たちのような成長期の子供でも、困ってる誰かのために頑張っているとはな。立派なことだ」

 

 ユウキとトールの二人にとっては意外なことに、ドゥフトモンは『ギルド』という組織とそれに所属する二人について称賛の言葉を吐いていた。

 本当に、感心するように。

 意外と話しやすい相手なのかもしれない? と思い、トールとユウキはそれぞれ言葉を紡いでいく。

 

「一応、俺もそこのギルモン……ユウキも成熟期までは少しの間進化は出来るぜ。まぁ、究極体……それもロイヤルナイツのアンタからすればだから何だって感じだと思うが」

「子供ならそのぐらいの力が当たり前。むしろ成熟期に一時的にでも進化できるなんてすごい事だろう。産まれて間も無いのに完全体やら究極体やらに進化してる子がいたら、それはそれで恐ろしい我が侭が現れるだけだ」

「……その、どうしてロイヤルナイツの戦略家さんがこんな所にいるんですか? しかもその姿って……もしかして魔王か何かと戦う前とか……」

「違う違う、姿については気にしないでいい。ずっと人型の姿でいないといけない理由が特別あるわけではなく、長距離を移動するのにはこっちの方が長けているからそうしているまでの事。……別にあっちの姿でいるのが嫌だとか気が重いとかそういう情けない理由ではないんだ。いいね?」

「何だどうしたアンタ自爆が趣味なの?」

「げふん」

 

 何かを誤魔化すように咳払いをするドゥフトモン。

 話しやすいのは望ましいことなのだが、それはそれとして『聖騎士』という存在とはどこか異なる印象を感じられてしまう。

 本物か? などと疑ってしまう程度には。

 

((なんかイメージと違う))

「……言いたいことがあるなら言ってみたらどうかな?」

 

 どうやら疑心が顔に出てしまっていたらしい。

 思いの他厳しくはなさそうなので、ユウキとトールはそれぞれ正直に回答した。

 

「ぶっちゃけ『力こそが正義!!』とか言いながら見下してくるイメージはありました」

「だよな。なんかエラくて? 聖なる騎士で? 戦略家っつーんだから? まぁ『君たちは救いようも無いド低能だなハハハ』とか素で言うイメージはあった」

「これがいわゆるヘイトスピーチ……ッ!? え、最近の若い子ってロイヤルナイツのことそんな風に思ってるの? 憧れの存在とかじゃなくて? 斜に構えすぎじゃないかな流石に?」

「……えっ。自分で自分の事を憧れの存在扱いするとか、恥ずかしくならないんかねコイツ……」

「ちょ、ロイヤルナイツのデジモンは他にも」

「言うなトール。どんなにイメージと異なっていようと、ドゥフトモンである以上は偉大なるロイヤルナイツってことなんだ。どんなに現実に残念でも威厳を感じられなくてもそれを口に出したらいけない。こういうのもギャップがあって良いって思う程度には懐を深くだな……」

「出てるよ!! 口に思いっきり出てるよ!!」

 

 成長期二名から受けた素直な感想に余程ショックを受けているのか、俯いて足元に『の』の字を書き始めるドゥフトモン。

 戦略家の聖騎士にしては意外なことに、センチメンタルらしい。

 威厳を取り繕うことすらやらなくなったのを見て、流石に言い過ぎたというか、可哀想になってきたのでユウキとトールは話題を切り替えることにした。

 

「ところでロイヤルナイツがこんな所で何を?」

「……調査だよ。最近、大陸中でデジモンの狂暴化とか色々起きてるのは知ってるよね? その原因が何にあるかを調べてる。まったく進展らしい進展は無いけどね」

「? ロイヤルナイツが出張るほどヤバいことなんですか?」

「君が言いたいことは解るよ」

 

 デジモン達にとっての常識、そして人間の世界においてユウキが知り得ている『設定』の話において。

 ロイヤルナイツとは、デジタルワールドにおける神もといホストコンピューターであるイグドラシルの命を受けて活動するとされている聖騎士達だ。

 戦闘能力が全てのデジモン達の中でも抜きん出ている一方で、その力が実際に振るわれるケースはそう多くはなく、自らの正義を貫くためか、世界の危機を打破するためにしか表舞台で動くことは無い。

 何故なら、その力はあまりにも強大すぎるのだ。

 森や都市の一つや二つ、焦土に変えてしまうことなど造作もない。

 進化の段階の話としては同じとされる究極体デジモンでも、太刀打ち出来る者はそうそういない。

 そして、それ等を理解しているからこそ、彼等は無闇にデジモン達の営みに介入しようとはしない。

 自らの行いによって、守ろうとしている『秩序』が乱れてしまわないように。

 少なくとも、それがエレキモンからも伝えられた『このデジタルワールド』におけるデジモン達の一般の認識であった。

 にも関わらずこうして調査に出向いているということは、デジモンの狂暴化はロイヤルナイツとそれに命令を下すイグドラシルからしても見過ごせない話であったりするのか……?

 疑問に対し、ドゥフトモンは誤魔化しなどせずにこう返してきた。

 

「巷だと原因不明の自然現象みたいに語られてはいるけど、広範囲に人為的に引き起こされている以上、デジモンの狂暴化は一つの『技術』だよ。誰かが、何かのために、出来るようにしたもの。少なくともそれはイグドラシルが識るものではないし、使い方次第では未曾有の厄災を招きかねない。……何せ、要は一個体の怒りの感情を爆発的に増大させてるわけだからね」

「怒りの感情を……?」

「言い方を変えればストレスとも言うのかな。生きていれば誰もが背負うことになる負荷とそれに伴う感情……」

 

 初めて耳にする情報だった。

 ユウキとトールが『ギルド』の拠点の中でレッサーから聞いたのは、狂暴化の原因が『ウイルス』であり、人為的に引き起こされている事柄である以上は黒幕が何処かにいるという話だけで。

 具体的に、デジモンが『ウイルス』によってどのような異常を引き起こされ、狂わされてしまっているのかまでは、把握していなかったはずだ。

 やはりというべきか、ネットワークの最高位とされるだけあってロイヤルナイツの情報収集能力は並のそれを凌駕しているのか。

 そんな風に思っている内に、ドゥフトモンはどんどん言葉を重ねていく。

 

「ここを含めた各大陸を調査していく中で、狂暴化してたデジモンを鎮めて、その後にどうにか一度話しあおうとしてみたことがあるんだ。口を利けないデジモンもそれなりに多かったけどね」

「……それで?」

「気狂いを起こしてたデジモンが言うには、いきなりムカムカして、暴れたくなったんだって。理由としてはありふれてるし安直だとは思うけど、複数の当事者がほぼ同じ事を言ってる以上は『それ』が気狂いの根本だろうと思ったんだ。どんなことをしてるのかは知らないけど、その『技術』を持っている者は、誰かを過剰に怒らせる事によって何らかの目的を果たそうとしてるんだと思う。理由も無しに『技術』は生み出されないからね」

「怒らせるのが……目的?」

「例えば、各大陸に存在する四聖獣の方々が怒りに狂ったら天災が巻き起こる。神域《カーネル》を守護する三大天使なら即墜天。ロイヤルナイツなら……まぁ、有名所を軽く例に挙げて雑に想像してみても、ロクなことにはならない事だけは断言出来るよ」

 

 僕自身が受けたことは無いから、我慢出来るかどうかもわからないしね――とドゥフトモンは言う。

 怒りの感情をピンポイントに増大させるもの。

 それが、今ユウキやトールが歩いている大陸とは別の大陸でも誰かの手で利用されている事実に、ユウキは思わず身震いした。

 確かにこれは、ロイヤルナイツが動いてもおかしくない案件であると。

 

「そこまで解ってて、進展が無いってことになるんですか?」

「現象だけが解っても、根絶に繋がるもの……例えば『技術』の持ち主とか、その居所とか。その手掛かりさえ掴めてないんだ。進展と言うには流石に不十分だよ。ちょっと前に怒り狂ったデジモンの近くに嗅ぎ慣れないニオイがあったから、それを辿ってもみたけど……何も見つけられなかったし」

「そう、なんですか」

 

 自分に厳しい方なんだな、とユウキは思った。

 どんな経緯でロイヤルナイツになったのかは知る由も無いが、言動に威厳を感じられない一方で、問題に対する意識の向け方には強い責任感のようなものを感じたから。

 と、そんな風に考えていると、ふと隣のトールがこんなことを言ってきた。

 

「……なぁユウキ、俺も俺で色々一気に起こりすぎてすっかり忘れてたんだがよ」

「? 何だ?」

「ベアモン……アルス達と連絡取ってなくね? 俺達が無事……いやまぁ無事とは言い難いが、生きてるってことを伝えないとまずいんじゃね? 死んでると思われかねないぞ」

「あっ」

「……そういえば、仲間と一緒に来たと言っていたね。連絡を取れるなら早くしたほうがいいよ」

 

 言われて、自らの首に巻かれたびしょ濡れのスカーフの存在を思い出すユウキ。

 突然の鉄砲水、突然のフリーフォール、突然の桃太郎、突然のロイヤルナイツ――などなど。

 短時間の間に多過ぎる出来事に直面したことで意識から抜けていたが、こうして分断されてしまった以上、最優先すべき行動はロイヤルナイツとの対話ではなく仲間との意思疎通であったはずだ。

 我ながら有名人に会った時みたいに浮かれてたんだな、と自らを戒めつつ『ひそひ草』が仕込まれたスカーフにボソボソと囁き声を立てる。

 

(……アルス、そっちは無事か?)

(――っ――)

 

 返事は、すぐには無かった。

 六秒ほどが経って、何かあったのかと不安を覚えたそのタイミングで、スカーフ越しにチームメンバーの安否を示す言葉が返ってくる。

 

(――やっと出た……。ユウキこそ、大丈夫? トールもそっちにいるの?)

(ああ、俺もトールも無事だ。そっちに……みんないるのか?)

(――うん。レッサーも、ハヅキとホークモンも無事だよ。二人を探すのを兼ねて樹海を進んでるところだけど、二人は今どこにいるの?)

(どこに、か……ちょっと待て)

 

 スカーフ越しに聞こえたアルスの問いに、ユウキは辺りを見渡してみる。

 遥か上方にまで伸びる滝と、それによって形作られたと思わしき湖に、どこか熱気を帯びた巨大な樹木に倒木。

 アルスが言う『樹海』と景色のイメージは合致する。

 少なくとも全く異なる地域に墜落したなんてことは無さそうだが、滝から落ちているという事実がある以上、地面の高さについては同じではないのかもしれない。

 

(――そっか……滝から落ちた……って、それで本当に無事だったの? そこまで高くはなかったとか?)

(いやめっちゃ高い。そもそもここには空から落ちて滝からも落ちてきたわけだし)

(――え、空? ユウキ何言ってるの?)

(マジなんだって。俺だってあの時のことはうまく説明出来ないけど、事実だけを言うとロイヤルナイツのドゥフトモンに偶然助けてもらったんだ。だから無事)

(――は? ロイヤルナイツが、こんなところに?)

(ああ)

 

 囁き声の形ではあるが、ユウキの語った事実にアルスは少なからず驚いているようだった。

 実際、ユウキもトールもこれまでの出来事に十分驚かされているため、気持ちはわからなくも無かった。

 が、今はビッグネームの存在にいつまでも注目している場合ではない。

 その事を、あるいは二人を必死に探そうとしているアルスの方こそ理解しているのだろう――ドゥフトモンについての事より先に、今後の方針についてのことを口にした。

 

(――とりあえず、合流するために何か目立つところに集まろう。ユウキ達は僕達より低い位置にいるかもしれないんでしょ? だとしたら滝を探すのが一番ってことになりそうだけど……見つけたとして僕達がそこまで降りられるか、ユウキ達がこっち側に戻ってこられるかは正直難しい話だし……)

(だな……トールがコカトリモンに、俺がグラウモンに進化したところでこの崖を登りきることは出来ない。ドゥフトモンに運んでもらえないか頼んでみようとは思うけど……)

(――それがいいと思うよ。正義の味方なんだし、一度助けてくれたのなら二度助けてくれてもおかしくはないはず。助けてくれなかった時は……その時にまた考えよう)

 

 そこまで囁いて。

 少しの間を置いて、アルスはこんな言葉を付け足してきた。

 心なしか、それまでの囁き声よりも更に小さな声で。

 

(――ユウキ、聞いたりしたの?)

(何を?)

(――ドゥフトモンに、ユウキ自身が知りたいことを。ネットワークの最高位であるロイヤルナイツなら、人間の世界のことについて何か知ってるんじゃないかと思うんだけど……)

(……それは……)

 

 ユウキ自身、考えてみた事ではあった。

 相手はネットワークの最高位、今の自分が知れないことも数多く知っているに違い無い。

 しかし、同時の正義の執行者でもある。

 デジモンでありながら、元は人間であると記憶しているユウキの存在を、果たしてどのような存在として認識するか。

 不穏分子として受け取られたら最後、自分と繋がりを持つトールやアルス達がどうなるのかは解らない。

 ユウキ自身、自分という個体がデジモンとして何の危険性も持たないという確証も無い。

 フィクション上の存在として、作品のキャラクターとしてどれほど好きであっても。

 今ここに在るデジモン達は、紛れも無いノンフィクションであり、自分の意思を持つ存在なのだ。

 ここまで、思いのほか話が通じやすい相手だと感じられてはいるが、全てが理想通りなんてありえない。

 得難い機会ではあるが、無視できないリスクがある。

 ――そうしたユウキの不安を知ってか知らずか、アルスはこんな言葉を紡いできた。

 

(――当然、判断はユウキに任せるけれど。ロイヤルナイツと出会うなんて、滅多に無いことだよ。少なくとも僕は一度も会ったことが無い。聞ける機会は、もしかしたら今しか無いかもしれない)

(……だけど……)

(――別に、相手がロイヤルナイツだろうと話したくない事まで話さなくてもいいでしょ。全部言わないといけないルールなんて無いんだから)

(…………)

 

 その言葉に、ユウキは背中を押されているように感じて。

 不安を覚えつつ『ひそひ草』のスカーフから耳を遠ざけ、その視線を(何やら興味深そうにこちらを見ていた)ドゥフトモンに向けた。

 そして言う。

 

「……一度助けてもらっておいてなんですが、一つお願いと聞きたいことが……」

「……聞きたい事って?」

「人間の世界への……行き方とかご存知じゃないでしょうか」

 

 その問いに。

 ドゥフトモンは、疑心そのものといった表情でユウキの顔を見つめていた。

 彼は答える。

 

「……ニンゲンの世界も何も……実在するの? そんなのが」

 

 それは、ユウキからすれば重大な意味を含む回答だった。

 この世界のロイヤルナイツ――全員が全員そうだと確定したわけではないが――は、アルスやトールと同じく人間という存在をフィクション上のものとしか認知していない、と。

 現にドゥフトモンは、実在するという前提で問いを出したユウキに、珍種の生物でも見るような眼差しを向けてしまっていた。

 

「マジか。ロイヤルナイツも人間の世界のことは知らないのか」

「流石に、ロイヤルナイツであっても実在するかも定かじゃないものは知れないよ。僕も御伽噺の形でなら知ってるけど……実在のものとして聞いたことは無かったと思う。逆に聞くけどユウキとトール、君達は知っているのか? というか、何で知りたがっているんだ?」

「……人間の世界に興味があるから、です」

「あー、そういう感じか……まぁ、人間のパートナーになってみたいって言う子はたまに見かけるけどさぁ」

「俺達はチーム『チャレンジャーズ』なんで。何にでも挑戦するチームなんで」

「ヘーソウナンダー」

((あ、これ全然信じられてないな))

 

 威厳もクソも無い棒読みボイスであった。

 この様子だと、ユウキとトールの訴えも本気では受け取られていないだろう――最低でも、自分が元は人間であるという事実さえ察せられなければ問題無いので、これで良かったとも言えるが。

 受け取られ方がどうあれ、聞くべきことは聞けたので、ユウキはドゥフトモンに改めて頼み込んだ。

 

「じゃあ、聞きたいことは聞けたので……崖の上までお願いします」

「はいはい。それはいいけど、荷物とかなくしてないのかい?」

「え?」

「空から落ちて、川でも流されて滝から落ちて……それだけのことがありながら手荷物が何もなくなってないなんて、余程の幸運の持ち主でも無い限りありえないと思うんだけどね。君達がどの程度の準備をしてきたのかは知らないけれども」

「「…………」」

 

 うっかり忘れパート2であった。

 連絡に用いる『ひそひ草』のスカーフが無事で、肌身離さず持ち歩いていた鞄も一見無事なように見えていたが、中身まではまだ確認していなかったことを思い出す。

 というか、重量感が明らかに減っている事実に今更のように気付く。

 慌てて中身を覗きこんでみれば、鞄の中身を食料どころかサバイバルキットの一部までも何処かに放流されてしまった事実を知るのにそう時間は掛からなかった。

 ユウキとトールが持つ鞄は、人間の世界で販売されているそれと比較しても密閉が完璧ではない。

 落下の慣性と空気の抵抗を考えれば、この損失は当たり前の話だったかもしれない。

 わりと今後の生死に関わる損失を目の当たりにして立ち尽くすユウキとトールを哀れんでか、ドゥフトモンはため息混じりにこんな提案を出してくる。

 

「……はぁ。まぁ調査のついでとしてなら、食べ物探しぐらいは手伝ってあげるよ。ここで見捨てるのは寝覚めも悪いし……」

 

 全体的に赤い二名は即座に食いついた。

 この非常時に、プライドとか申し訳なさとかいちいち考えている場合なわけがねぇのだ。

 

「よっ!! 太っ腹ナイツ!!」

「デブ!!」

「そろそろ子供相手でも怒っていいと思うんだ僕」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 流れ流れで、民間組織所属の二匹と行動することになって。

 途中途中、無知故に食べないほうがいいものを手に取ろうとした子に軽く指摘をして。

 その度に、軽めの感謝をされながら。

 

 不思議な子達だと思った。

 ロイヤルナイツに対しての偏見がやけに強いのはさておいて。

 過度な畏怖も尊敬も含まないある種『普通』の態度で会話を試みようとするその姿勢は、近すぎず遠すぎずで僕からすれば望ましい接し方だった。

 僕のようなロイヤルナイツは、どの地域に姿を見せても向けられる感情は決まって極端だ。

 彼等のように、会話が出来る相手として扱ってくれるデジモンはそう多くない。

 これがイマドキの子供達なのかと思うと少しだけ心が和らぐ気はしたが、それとは別に大きな疑問が浮かびもした。

 主に、コーエン・ユウキという個体名らしいギルモンが、首に巻いた『ひそひ草』のスカーフを介して仲間と囁き合っていた時の、その内容。

 獣の姿を持つ騎士として発達した僕の聞き取る力は、それを確かに知覚していた。

 望んで盗み聞きをしたつもりは無いが、僕にとって彼等の内緒話は筒抜けでしかなかった。

 そして、聞き取った内容は彼等に対して疑いを抱くのに十分なものだった。

 

 ――ユウキ、聞いたりしたの?

 

 ――ドゥフトモンに、ユウキ自身が知りたいことを。ネットワークの最高位であるロイヤルナイツなら、ニンゲンの世界のことについて何か知ってるんじゃないかと思うんだけど……。

 

 ――当然、判断はユウキに任せるけれど。ロイヤルナイツと出会うなんて、滅多に無いことだよ。少なくとも僕は一度も会ったことが無い。聞ける機会は、もしかしたら今しか無いかもしれない。

 

 ――別に、相手がロイヤルナイツだろうと話したくない事まで話さなくてもいいでしょ。全部言わないといけないルールなんて無いんだから。

 

 直感したことは軽く分けて三つ。

 一つ目。

 コーエン・ユウキが(実在も定かでは無い)人間の世界へ行こうとしている理由は、決して冒険心によるものではないということ。

 二つ目。

 コーエン・ユウキには、ロイヤルナイツである僕に対して『話したくない事』があるということ。

 三つ目。

 コーエン・ユウキにとって、ニンゲンの世界に行けるかどうかの話は深刻な『悩み』であるということ。

 

 僕自身、ニンゲンの世界なんて説明した通り、空想の産物としか認識していなかった。

 他のロイヤルナイツの方々にとっても、今のデジタルワールドに生きる一般のデジモン達からしても、大方同じ見解だと思う。

 だが、目の前のギルモンは違う。

 

 声の調子一つ取っても、それはニンゲンの世界が在ればいいな、などという願望ではないのが解った。

 在るという前提で、ロイヤルナイツである僕に質問をしていた。

 ニンゲンの世界への生き方を。

 

 怪しい、と思った。

 彼は、コーエン・ユウキは僕が考えるに少なくとも普通のデジモンでは無い。

 何故なら、ニンゲンの世界というものが仮に実在するとして、そこに行きたいという考えは――即ち、デジタルワールドから出て行きたいという思いが確かに存在しなければ、浮かばないはずだからだ。

 興味本位で、ちょっとした旅行感覚で人間の世界に行きたいと口にするデジモン達とは、考えの切迫さが違う。

 でも、どうしてそんな事を考えるのだろう。

 今の世界にそれほどまでの嫌悪感を抱いているのか、僕の考え過ぎで本当に単なる興味本位なのか、それとも――心の底から、人間の世界が自分のいるべき場所だとでも認識しているのか。

 

(……まさかニンゲン……って、そんなわけが無いよな……)

 

 文献上の、架空の一例として。

 僕が知るニンゲン関係の御伽噺の中に、ニンゲンからデジモンに進化をした個体というものは確かに描写されている。

 伝説の十闘士のスピリットを継承し、ハイブリッド体のデジモン達に進化して世界の平和を取り戻す――そんな物語が、確かにこの世界にも存在はする。

 このギルモンが実は元はニンゲンで、ニンゲンからギルモンに進化を果たした個体である、と言葉にすることは出来る。

 だが、そもそもが架空の話であり、実際にそうした事実があった証拠などは何処にも確認されていない。

 しかも、仮にその架空の話を現実の出来事とするなら、トンでもない可能性が生まれてしまう。

 

 それは、伝説の十闘士のスピリットとは別に、ギルモンのスピリットとでも呼ぶべきものが発生していて、彼という元はニンゲンであった存在はそれを用いてギルモンに進化しているという可能性。

 

 論外と言う他に無い。

 スピリットと呼ばれるものが生じる条件自体が今なお不明であり、古代に死した十闘士と呼ばれたデジモン達の力を継いだものしか観測されていない。

 そもそもの話、死んだデジモンのデータは次代としてデジタマに還元される。

 仮にそうじゃない時代があったとしても、今はそういう時代であり、事実としてスピリットという例外が生じたケースはこの世界において観測されていない。

 

 だが、事はニンゲンの世界に関係するかもしれない話だ。

 そもそも僕が調査に出向くことになった理由、スレイプモン先輩も述べていた、次元の壁に残されていた【痕跡】の存在がある。

 もし、本当にこのギルモンが元はニンゲンであったとしたら、どのタイミングでデジモンになったにしろ、彼の存在自体がニンゲンの世界からこのデジタルワールドにやってきた存在がいるという証明になる。

 それも、複数。

 別世界から別世界への移動なんて、普通に考えて【痕跡】の生じる理由としては十分だ。

 無論、そもそも彼が元はニンゲンであるかもしれないという話の時点で、眉唾ではあるけれど。

 

 何となく、無関係では無いような気がする。

 近頃問題になっている例の『ウイルス』の話もあるし。

 どうあれ確証が無い以上、この憶測を他のロイヤルナイツや一般のデジモン達に口外する気はないけど。

 このギルモンの事を、ひいてはその仲間となっているデジモン達のことを、もう少し見ておいた方がいいのかもしれないと感じた。

  

(……悪い子たちでは無さそうなんだけどなぁ……)

 

 もしも。

 この子達に悪意が無かろうと、世界の秩序を揺るがしかねない存在であるとイグドラシルが判断したら、秩序を護るロイヤルナイツとして僕は彼等を処断する命を受ける事になるかもしれない。

 こんな、まだ25年程度も生きていなさそうな子達を、生意気ながらもちょっぴり親しみが生まれつつある相手を。

 そう考えると、途端に気が重くなった。

 

 ロイヤルナイツが、悪ではないはずの者を殺す。

 そんな出来事、もう二度と起きてほしくないと思っていたのに。

 コーエン・ユウキがニンゲンか、それともデジモンか。

 そして、秩序を揺るがしかねない異分子として、イグドラシルは判断するか。

 

 頭が痛くなる話だ。

 この憶測は妄想が行き過ぎた考え過ぎであってほしいと、僕は彼等の手伝いをしながら願うしか無かった。

 

 





《後書き》

 自己評価クソ低い、メンタルも強くはない、威厳も無い、けれど推理力はズバ抜けている。
 そんなドゥフトモン(レオパルドモード)との邂逅が、ユウキ達一行に何を齎すのか。そしてそもそもユウキ達はアルス達と合流して無事に樹海を突破出来るのか。
 なんかメンタル不調っぽいアルスと一行に護衛されているホークモンは大丈夫なのか。
 なんか色々増え過ぎたしそろそろキャラクター紹介ページ作ったほうがよくない? そんな風に進行していった第三節、いかがだったでしょうか。
 
 久しぶりの後語り。余計な事書いてる気もするしぶっちゃけいらなくね? と思ってしばらく書いて無かったのですが、他の物書きさん普通にやってるし別にいいかなとなって再起動。
 せっかく第三章になってデジタルワールド編に戻ったのに第一章の時ほど戦闘全然起きねぇなーと思わなくも無いのですが、まぁどんな道筋なぞろうと起きる時は起きるし挫折する時は挫折するので、ヨシ!! の感覚で書いてます。RPGの道中の雑魚戦みたいな扱いの戦いとかいちいち精緻に書いてられん。
 
 今月25日発売のデジカ新弾『アニマルコロシアム』ではX抗体版がSRで実装されて、なんやかんやドゥフトモン。連打のレオパルドと値切り派遣にバウンスのX抗体、どっちもそれぞれ異なる強みがあるのでX抗体が出たからと言ってレオパルドはお役御免なんてことにはならなそうですが、同時実装のリヴァイアモンが完全にドゥフトモンというか緑メタになってるので、どう転ぶやら。

 アニマルコロシアム、楽しみですねぇ。
 ひとまずスーパーレアの12枠が『アポロモン』『ディアナモン』『メタルガルルモンX抗体』『ドゥフトモンX抗体』『メルクリモン』『バンチョーレオモン』『へヴィーレオモン』『ミタマモン』『メタルエテモン』『アヌビモン』『リヴァイアモン』『X抗体PF(プロトフォーム)』と埋まり、シークレットレアは『ファンロンモン』が確定している一方でもう一体は不明なままと(多分投稿日の夜八時に公開される)なってますが……無難にグレイスノヴァモンか、あるいは大穴でアポロモンウィスパードか。ウィスパード君、お前ここで出番貰えなかったら公式図鑑入りのチャンスはもう無いと思えよ。
 今回の弾、いろいろデッキ組みたい連中は多いのですが特に注目しているのがリヴァイアモン。この作品においては味方な魔王の一体ですが、なかなかおもろいというかベルフェモンデッキに組み込んでも全然イケる性能で来たので、これはベルフェリヴァイアデッキ構築待った無しですぜぇ……もう未実装の魔王、バルバモンだけになっちまいましたな。お前ちゃんリナとブイブイにボコられたり超クロスウォーズでは敗北者ったりデジモンネクスト個体以外いろいろ散々だけど最近元気?

 まぁ自分としては既に推し魔王が二体とも出ている現状があるのでヒゲジジィがどんなに出番遅れようと問題は無いのですが(ぇー)、デジカの販売ペースは本当に末恐ろしい。アニマルコロシアムの次はアポカリモンとかヴァンデモン新規とかダークマスターズ新規とかが実装のエクシードアポカリプス。こんなんじゃゆきさんの財布、ダークネスゾーンに突入しちまうよ……。

 そんなこんなで、次回はアルス達の方のお話。なんか赤いのはひとまず放っておいて、樹海でのお話はもうちょっと続くんじゃ。

 PS ディアナモンがあの性能で許されるのなら友樹の制限解除駄目すか。


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第三節「一日目:予期せぬ邂逅、戸惑いの樹海」③

 

 ユウキから『ひそひ草』のスカーフを介して安否の確認が行われて。

 最終的に、色々あって損なった食料などをロイヤルナイツのドゥフトモンと一緒に回収してから、樹海の目立つ場所で合流する――という方針で妥協することになって。

 僕の口からレッサーやハヅキ、そしてホークモンに向けて状況を伝えられると、僕達の中では一番リーダーの立ち位置にあるレッサーはユウキとトールの扱いについて、こう言っていた。

 

「孤立した状況で言ってる以上、少なくともあいつ等の言葉に嘘は無いだろう。こんなところであのロイヤルナイツのドゥフトモンがいるってのは驚きだが、手助けしてくれるってんならありがたい。数分置きに連絡を取り合いながら、こっちはこっちの心配をしながら進もうぜ。メモリアルステラがある場所辺りなら、合流地点としては目立つ方だろう」

 

 ひとまず。

 ロイヤルナイツのドゥフトモンが二人と一緒にいる、という事実については信じる事にしたらしい。

 実際問題、レッサーの言う通り孤立した状況であの二人が嘘を言うとは思えないし、ドゥフトモンと一緒にいることは本当なんだと僕も思う。

 思いは、するんだけど……。

 

(いくらなんでも状況がはちゃめちゃ過ぎるでしょ……)

 

 トンネルの中から鉄砲水で押し出されたら、トンネルの出口への角度の関係か知らないけど空までぶっ飛んで、そこから河に落ちて滝からも落ちて。

 そんな状況を奇跡的にドゥフトモンに助けられて、そのドゥフトモンは理由こそ知らないけどユウキ達が僕達と合流するために色々と手伝ってくれる。

 確かにロイヤルナイツはデジタルワールドで最も有名な正義の味方のデジモン達だけど、それがこんな――野生化デジモンしかいないと思う樹海にやって来ていて、見ず知らずのデジモンである二人を助けてくれるなんて、偶然にしては出来すぎているようにも思える。

 いっそ、ロイヤルナイツとは関係の無いデジモンが化けていて、ユウキ達を騙して何かをしようとしているって考えたほうがまだ納得出来るぐらいだ。

 

 僕がユウキに人間の世界のことを聞くように訴えたのは、それも理由だった。

 ネットワークの、この世界の最上位であるロイヤルナイツならきっと人間の世界のことは詳しいはずだし、知らないというのならそれだけで本物かどうか疑わしく思える。

 少しでもその疑いを持つことが出来れば、最悪の予感が当たっていたとしても二人なら死なずに済むはず。

 まぁ、本当の本当にユウキの言っていた通りに落ちて死にかけていたのなら、相当腕の立つデジモンじゃないと助けるなんてことは出来ないと思うし、僕の考え過ぎな気もするんだけど。

 どちらにしても、あまりのんびりはしていられない。

 レッサーの言う集合地点――この樹海にも存在する、地域ごとの情報をメモリアルステラを目指すため、僕達は僕達で歩きなおす。

 

 その途中。

 これまでの道程で怯える時ぐらいしか口を開かなかったホークモンが、ようやく何処か安心した様子で言葉を発していた。

 

「良かった……です。本当に、その、まだ見て確認出来たわけじゃないのだとしてもっ、お二人が無事みたいで……」

「そうでござるな。正直、死んでいてもおかしくないと思っていたのでござるが」

「言ったでしょ~? 二人共絶対に無事だって。いやまぁロイヤルナイツに助けられてるなんてのは予想外だったけど、きっとそういうのが無かったとしても大丈夫だったよ。二人とも強いからね!!」

 

 咄嗟に笑顔を向けながら、僕はホークモンとハヅキの二人に言葉を返してみせる。

 ……内心落ち着いていられなかったなんて、今も不安を覚えているなんて、とても告げられないし告げてはいけない。

 そう思っていつも通り表情を取り繕っていると、ふとしてホークモンはこんな『質問』を飛ばしてくる。

 

「……本当に、すごいです。あんな事があったのに、その……どうしてそんなに強いんですか?」

「? どうしてって」

「やっぱりアレなんですか? 鍛え方が違うとか、そういうの。岩を砕いたり引いたりとか、メイソウとかしてたり……」

「――あははは……ホークモンは想像豊かなんだね。そんな事しなくても、出来る事を重ねていけば自然と強くなれるよ。まぁ僕やユウキならそのぐらいは出来そうだけども……」

「えぇ~、俺お前の修行風景とか一度たりとも見た事ねぇんだけど。出来ることを重ねるも何も、エレキモンと一緒に釣り行ったり山で食い物採ったり、そういうのばっかじゃねぇか」

 

 なんか突然レッサーが口を開いてきた。

 流石に誤解を招きかねない言葉だったし、ちょっぴりムカついたから僕は僕で意地になって言い返してしまう。

 

「それはレッサーがギルドで殆ど昼寝してて僕の事あんまり見てないからそう思うだけでしょー!? 僕だって反復木登りとか丸太割りとか、そういう最低限の鍛錬ぐらいはしてるし!!」

「はぁん? オイラだってずっと昼寝してるわけじゃねぇわ!! リーダーが留守というか遠出しない間は普通に依頼こなしてるし、つい少し前まで無職だったオメーらガキとは一日ごとの貢献の度合いも苦労の度合いも桁違いなんだが!! おら、その手の肉球触らせてみろそれで鍛錬の度合いは測れるからよぉ!!」

「ばっ!! ちょ、こんな時だけマジ速度の間合い詰めとか……っ!! やめてよして馬鹿こらキモチワル」

「……お二人の背景に興味が無いわけではないのでござるが、今は無意味に戯れている場合ではないのでは……?」

 

 どちらかと言えば被害者の僕、レッサーともどもハヅキに叱られるの巻。

 正論だし異論はないんだけど、なんか釈然としないなぁ――なんて風に考えた後になって、僕はそんなことを思っている場合ではない事実を知った。

 

 ドシンドシン、と。

 耳を澄ましてみれば、樹海の奥のほうから激しい音が聞こえる。

 樹木が倒れる音、刻まれる音、嵐のような音、そして野生の証明とも言える吠え声。

 何か、強い力を持つデジモンがこっちに近付いてきている――そう知覚した僕は、既に事を察知していたらしいレッサーが近くにあった大木の影に隠れ、ハヅキもまた即座にホークモンを右腕で抱えて素早く隠れ身をした。

 ここまで歩いてきた限り、この樹海に生きるデジモンも、進んで害を加えようとする類ではないように感じた。

 温厚だからというより、他者に関心が無いというか、マイペースというか、自然体というか。

 じゃあ、遠方からこっちに向かって駆けてきていると思わしきデジモンもそうなのか。

 答えは、地鳴りの主であると思わしき暴れん坊の眼を見れば明白だった。

 

「――ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

(……マジで?)

 

 金色の獣毛、肘から伸びた翼のような突起、狂気を帯びた赤い瞳。

 獣型デジモンであれば誰もが秘めている獰猛さを、野生の本能を旋風という形で表に出した完全体デジモン。

 種族名をラモールモンと呼ぶそのデジモンが、視界に入った全ての樹木をその爪で抉り、更には腰元に携えた二振りの刃で切り裂いていた。

 

(……よりにもよって、こんなところにラモールモン……!?)

 

 発芽の町の住民の間でも、危険な野生デジモンの一体として噂されているデジモン。

 噂では、視界に入ったデジモンに即座に飛び掛かり、息の根が止まるまで叩き潰し続ける、直情的で自制のきかない衝動を持つ危ないヤツだって話だった。

 最近になって森で見るようになったとは聞いてたけど、よりにもよってユウキ達と分断された今の状況で、少なくともマトモじゃない様子で目にすることになるなんて。

 僕の首にある『ひそひ草』のスカーフは、ミケモンが同じく巻いているそれとは繋がっていないから、言葉で判断を伺うことは出来ない。

 

(……怖い、けど……我慢しないと……)

 

 ひとまず息を殺し、嵐が過ぎ去るのを待つべきか。

 そんな風に考えながら木陰に潜んでいる内に、ラモールモンがそれぞれ隠れ身している大木を過ぎ、僕達のことになんて気付きもせず、見向きもしないまま真っ直ぐに駆け去ろうとする。

 その時だった。

 その荒々しい姿を、目で追った直後――駆け去ろうとしていたラモールモンの足が、急に止まった。

 嫌な予感がして、それは実際正解だった。

 ラモールモンが、何かを感じ取ったように振り返り、木陰でやり過ごそうとしていた僕達の姿をしっかり目視したんだ。

 

「――グルルルルルルルル……」

「ひっ」

 

 ラモールモンの視線が、僕でもレッサーでもハヅキでもなく、見るからに怯えた様子のホークモンへと向けられる。

 野生のデジモンが標的を選ぶ優先順位にはいろいろあるけど、ラモールモンの場合は『自分を恐れている相手』が最優先となるらしい――そうじゃなければ、一番近い位置にいる僕のほうが真っ先に標的に選ばれるはずだ。

 まずい、と僕を含めてみんな危機感を覚えるのは早かったと思う。

 殆ど反射的に、意識を集中させて――変わっていた。

 

「ベアモン進化!!」

「レナモン進化!!」

 

 意識と鼓動が加速する。

 色が剥がれてカタチが変わり、大きく強く膨れ上がる。

 外から見れば一瞬、自分自身からすればどこか膨大な時間が過ぎ、進化が完了する。

 

 僕は小柄なベアモンの姿から、大柄なグリズモンの姿に。

 ハヅキは、二足で立っていたレナモンの姿から、変わらない銀の獣毛を生やした九本の尾を生やして四つ足で立つデジモン――キュウビモンの姿に変わっていた。

 町を出立する前に『出来ること』を事前にある程度聞いてたからそれに進化出来るのは知っていたけど、実際に見るのは初めてで、どこか不思議な雰囲気を感じられた。

 

 僕も含めて、これで成熟期デジモンが3体。

 完全体デジモンと戦うにはどう考えても分が悪すぎる状況だけど、ラモールモンの足から逃れられるとは思えないし、どうにか戦って切り抜けるしか無い。

 そんな風に、意を決して構えを取ると、ラモールモンも視線をホークモンから僕のほうへと向け直していた。

 

「――グアアアアッ!!」

「ぐッ!!」

 

 敵意はそのまま行動に直結する。

 視線を向け直した直後、ラモールモンは僕に向けて両手の鋭い爪を振るってきた。

 構えから見て横殴りの軌道、それを察知した僕は咄嗟に両前足の『熊爪』をラモールモンの爪の軌道に重ねて受けとめようとする。

 直撃した瞬間、猛烈な風が僕の全身をなぞり、体のあちこちに切り傷を生じさせた。

 たった一撃では終わらず、ラモールモンは連続して爪を振るってきていて、僕はどうにか致命傷を受けないよう捌き続けるしか無い。

 単純に攻撃の速度が速くて、当身返しを放つ隙なんて探す余裕は無かった。

 

(っ、痛い……防御は出来ているけど、なんて馬鹿力……!!)

 

 ただ爪を振るっただけで、刃物と同等の鋭さを有した風を吹かせる力。

 それなりに頑丈なはずの『熊爪』すら傷付けるその暴力は、成長期のデジモンがマトモに受けたら全身を細切れにされたっておかしくない。

 そう思うと恐ろしいって感じる気持ちが強くなって、気のせいかラモールモンからの攻撃の勢いがより増した気がした。

 独りだったら絶望的な攻防、だけど先にも述べた通りこの戦いは三対一だ。

 期待通り、必殺の言葉が後ろの方から聞こえてきた。

  

「鬼火球!!」

 

 キュウビモンの九本の尾から放たれる、藍色の炎球が生き物のような挙動でもってラモールモンを襲う。

 熱気か、あるいは敵意を感じ取ったのか、狂暴化しておかしくなっているにしては鋭い直感でもって等モールモンは腰元に携えていた刃物の一本を右の逆手で掴むと、力任せに振り回して火球の全てを切り払って。

 

「ネコクロー!!」

「グアア!?」

 

 その間に、小柄な体格を活かしてラモールモンの死角に移動していたレッサーが、恐るべき速さでラモールモンの足元目掛けて飛び込んでいく。

 ザシュザシュッ、と。

 小さい、肉を掻き切る音と共にラモールモン自身の口から漏れ出た苦悶の声が傷の程度を示していて。

 そして、痛みでバランスを崩したその瞬間は――肉薄させられている僕からすれば隙以外の何でも無くて。

 僕はラモールモンの腕の力が弱まったのを感じた直後、即座に弾いて胸の中央を拳で突いた。

 

「――当身返し!!」

「ガ――――!!」

 

 加減なんかしていられる相手じゃない。

 文字通りの本気で、僕は『熊爪』の一撃をラモールモンの胴部に見舞っていた。

 けど、

 

(――浅い……!!)

 

 想像以上に、ラモールモンは頑丈だった。

 突き出した拳の威力は分厚い獣毛に吸われ、腕に返って来る反動もそこまで重くない。

 ダメージらしいダメージに繋がっていない――そう直感した僕は、殆ど反射的にラモールモンの懐に飛び込んだ。

 二人が作ったチャンスを無駄には出来ない、ホークモンに危険が及ぶ理由を早く無くさないと。

 そんな考えも、あったかもしれない。

 

「ガトリン

「――ガアアアアアッ!! 禍災爪ッ!!」

 

 後になってみれば、不正解な判断と言わざるも得なかった。

 僕が、成熟期のグリズモンが、完全体のデジモンであるラモールモンより素早く動けるわけがなくて、そんな前提の上で直前に深追いしても、敵の反撃が間に合ってしまうのは当然の話。

 仰け反っていたラモールモンの、刃物を持っていない方の腕が動いていた。

 受け止めるためではなく、パンチのために拳を構えていた僕にそれを防ぐ準備は出来ていなかった、

 

 グシュッ、と。

 音にしてみれば覚えが強い、肉を抉り裂く音が耳の奥を突く。

 音源は僕の顔面。

 厳密に言えば、僕の右の頬と眼の辺り。

 右側の景色が真っ暗になった――どうやら、右目を切り裂かれてしまったらしい。

 すごく、痛い。

 

「――っぐ!!」

「アルス殿!?」

「アルスさんッ!!」

 

 情けなくも声が漏れた。

 少し離れた所からハヅキとホークモンの悲鳴が聞こえる。

 聳え立つ木々が真横に生えているように見える事実に、引っ掻きとそれに伴った風の威力で横倒しに転倒させられたという事実に遅れて気がついて、立ち上がろうとする直前――左目の視界に今まさに両手に刃を携え飛びかかろうとするラモールモンの姿が映し出された。

 

(――やば)

 

 右目が潰された今攻撃されたら、今度は防御さえ難しくなる。

 だけど、僕がラモールモンの注意を引けなければ、その脅威がホークモンに向けられる可能性が強まっちゃう。

 頑張らないと、立ち上がらないと、護らないと。

 

 でも、体は心で願うほど早くは動いてくれない。

 今更怖くなったって仕方がないのに、そんな臆病は僕にあってはいけないのに。

 痛い、苦しい――と、そんな言葉だけを奔らせてしまった。

 

「――どっ、りゃあああああ!!」

「グ!?」

 

 だから、僕が助かるとすれば僕以外の誰かのおかげであるのは決まりきってて。

 事実、ラモールモンを阻止したのは、今まで見たことも無い勢いで駆けて来たレッサーの飛び蹴りで。

 僕が倒れた状態から立ち上がれたのは、それを見届けてからのことだった。

 飛び蹴りの威力に飛びかかりの軌道を曲げられて、勢いそのままに離れた位置にあった大木の幹に激突するラモールモンのことを睨みつけながら、レッサーは僕に対してこんな言葉を投げ掛ける。

 

「――そう先走るな。アイツを倒す事が最優先事項ってわけじゃねぇんだからよ」

「……っ……」

「――フー……!!」

 

 それだけを言うと、レッサーは突然呼吸を荒くした。

 というか、よく見るとその両手につけたグローブから赤い血が滴っていた。

 ラモールモンの足を引っ掻いた時についたものか、あるいは僕がラモールモンに右目をやられた時に出たものか。

 何にせよ、いつになく興奮した様子でレッサーはこう告げた。

 

「――ミケモン、進化!!」

 

 直後のことだった。

 とてもとても見覚えのある光がレッサーの体から迸り始め、それは瞬く間に渦を巻いて繭のような形を成していく。

 進化の光だと知覚した頃には、既に繭には亀裂が生じ、中からレッサーの見た事が無い――ミケモンとはまったく違う――姿が現れて、自分自身の在り方を改めるように名乗っていた。

 

「――バステモン!!」

 

 レナモンのハヅキと大差無い、ラモールモンや長老のジュレイモンと『同じ』進化の段階にあると言われても、信じるやつは少ないように思える体格。

 ミケモンによく似た耳と赤く長い髪の毛、気ままにくねくねする二股の尾。

 いくつも点々と色付いている黒が特徴的な獣の手足と、その先端に備えたピンクのような色の長い爪。

 そして、それ等全てを彩る宝石と金の飾り。

 それが今の今まで見たことの無い、レッサーの完全体としての形――バステモンの姿だった。

 多分、僕を含めてハヅキやホークモンも、姿の変貌っぷりに少なからず驚いたと思う。

 だから僕は、確認の意味も込めてこう聞いていた。

 

「――進化、出来たんだ……?」

「生憎、気楽になれるモンではないのですわ。さて――」

 

 喋り方も声の質も、ミケモンのそれから明らかに変わっていた。

 進化して変貌したレッサーは、その鋭い爪を供えた右手を口元に寄せて笑みを浮かべると、可愛げに見える表情とは相反して明らかに敵意を含んだ声色で、理性も無さげな敵に向けてこう告げていた。

 

「私の可愛い後輩にここまで血を流させたのです。きっちりケジメはつけさせなければ……ね」

「………………」

 

 正直に言おう。

 きっと、僕だけではなくホークモン辺りも同じ感想だと思うけれど。

 味方であることに変わりは無くて、助けてもらっているという事も解ってはいるんだけども。

 今のレッサー、すっごい、こわい。

 

 そして。

 その所感は、ある意味において間違いではなかった。

 

「――グガアアアアアアアッ!! 風牙烈巻迅ッ!!」

 

 ラモールモンがバステモンに進化したレッサーに対し、敵意を剥き出しにして両手に刃物を振るい、巨大な風の刃を飛ばしてくる。

 見るからに必殺の一撃、避けないと危ないのだと解りきっている脅威。

 それを前に、レッサーは口元に寄せていた右手を頭上に振り上げ、

 

「――(シャ)ッ――!!」

 

 縦に、一閃。

 それだけだった。

 たったそれだけの、必殺技でも何でも無さそうな行為一つで、ラモールモンの武器から生まれた風の刃は四散し、無害なただの風に成り果てた。

 赤い髪を風に靡かせながら、レッサーは恐るべき速さでラモールモンの眼前へと迫り――その左足を横薙ぎに振りぬいていた。

 まるで、小石か何かでも蹴り飛ばしたかのような調子でラモールモンの体が転がり、別の大木の幹にぶち当たる。

 体格差を考えればどう考えても異様な光景。

 ラモールモンは立ち上がり、自らに攻撃をしたレッサーに対して向き直ると、即座に跳躍――二本の刃を恐るべき速度で振り回しながら突っ込んでくる。

 刃の鋭さを宿した風が吹き乱れ、レッサーはそれを両手の爪で切り裂かざるも得なくなるが、その動作にはどこか余裕があった。

 

「――へルタースケルター」

「ガア……ッ!?」

 

 無駄が無い、と言い換えてもいい。

 ラモールモンとの間合いが刃そのものが届くぐらいにまで詰まり、風の刃に続いて鋼鉄の刃に襲われることになっても、その動きに乱れは無い。

 合間合間に円を描くその様は、まるで踊っているかのよう。

 いっそ、ラモールモンの方こそがわざと刃を外しているように、レッサーの意のままに動いているかのように見えてしまいそうなほど、レッサーの動きは避けられている結果自体が不思議にしか思えないものだった。

 左目の視界だけで動きの全てを知ることは出来ないけれど、知れる範囲だけでも僕からすれば驚くしかない。

 目を凝らしてみれば、いつの間にかレッサーとラモールモンの周囲には何か薄い紫の霧のようなものが巻き起こっていて、ある種の領域を形成していた。

 多分、バステモンとしてのレッサーが持つ技の一つ。

 その影響か、最初に相対した時は元気いっぱいに暴れ回っていたラモールモンの動きがどんどん鈍くなり、疲れの色が見えるほどに衰えていた。

 状況は決したと判断したのか、レッサーはおもむろに距離を取り、言葉が届くかも怪しい相手に向けてこう告げていた。

 

「理性があるならまだしも、怒るがままに攻撃する事しか出来ないのでは話になりませんわ。その荒れ様が種族元来のものか、それとも件の『ウィルス』によるものかは知らねぇのですが――」

「グゥ、ガアアアア!!」

「――まぁ何にせよ、変なモノが混じってるかもしれない血を啜る趣味はありませんの。幻とでも舞い踊って、自分から枯れていただきましょう」

 

 レッサーが距離を離したにも関わらず、ラモールモンはその場に留まったまま闇雲に刃を振るっていた。

 まるで、そこに敵がいると見えているかのように。

 前後左右、所構わずに刃を振るうその様は、あるいは一種の踊りのようにも見えるけど、それはきっとラモールモン自身からすれば望まない動き。

 刃を振るう――その、攻撃のために必要な動作一つも、過剰に重なれば疲労に直結する。

 まして呼吸する間もなくやっているのなら尚更だ。

 疲れて、息がどんどん絶え絶えになってきて、足取りがおぼつかなくなってきて、そうして体を動かすエネルギーが無くなっていって。

 十分に衰えさせた、とでも判断したかもしれないレッサーがハヅキに目配せをすると、ハヅキはその意図を察すると共に上へ高く跳んだ。

 そのまま縦に回転し、九本の尾から青い炎を生じさせると、それはやがてハヅキの全身を覆い一体の竜のカタチを作り出し、ラモールモン目掛けて突っ込んでいく――。

 

「――狐炎龍ッ!!」

「ギッ――ガアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 当然、直撃だった。

 素の状態ならまだしも、疲弊に疲弊を重ねた身に、獣毛では防ぎようのない炎の力。

 それはラモールモン自身が纏っていた旋風を喰らってより強大になり、その全身を青く染めあげる。

 獣の絶叫が、樹海に木霊する。

 だいたい十秒ぐらい、時間をかけて何もかもを焼かれて、ようやくラモールモンは力尽きて倒れ伏す。

 同時に青い炎が消え、辺りに光が飛び散ったかと思えば、ラモールモンがいたはずの場所には代わりに白い獣毛を全身からボーボー生やした毛むくじゃらの成熟期デジモン――モジャモンがのびていた。

 事情を察したらしいレッサーが、進化前の態度を知ってると頭がバグりそうになる口調で語る。

 

「なるほど。件の『ウイルス』によって感情に強い負荷をかけられて、いわゆる暗黒進化を促されていたというわけですわね。ただイライラしただけでここまでになるとは、改めて見ても『ウイルス』の件は軽視出来る話ではなさそうですわ」

「……ねぇ、その喋り方……」

「? 喋り方は別に何もおかしくないはずですわよ?」

「マジかよ素なのこれ?」

 

 姿に相応しい喋り方だとは思う一方、面影が無さすぎて別モンすぎて頭が痛くなる。

 僕たちデジモンが、進化に伴って性格がいわゆる「オトナ」に近付いていくって話は聞いたことがあるけど、僕やエレキモン、そしてユウキがいつかこんな風になるかもしれないって考えちゃうと進化を素直に喜びにくくなる。

 僕が想像してた「オトナ」は、少なくともコレジャナイ。

 僕のフクザツな気持ちを余所に、改めて見るとすごい格好をしてるバステモンことレッサーは、僕の顔を覗き込みながらこう聞いてくる。

 

「……それより、あなたやけに平然としていますけれど、その目の痛みは大丈夫なのかしら? 急いで治したほうが良いかと思いますけれど」

「そうでござるな。今後のことを考えても、急ぎ薬を塗って対処すべきダメージでござる。まずは安全に身を潜められる場所を探すべきかと」

「いや、そんなことより……」

 

 今重要なことはそれじゃない。

 自然とそう思って、実際に口を出そうとした、その時だった。

 

「そんなこと、なんて言っていいことじゃないですっ!!!!!」

「!!」

 

 突然の叫び声。

 声の主は、さっきまでラモールモンのせいで怯えに怯えていたはずのホークモンだった。

 彼は本当に、今まで見たことの無い表情で近寄ってきて、怒りながらこう続けた。

 

「怪我をしたのならすぐに治さないと駄目じゃないですか!! しかも目なんて、換えが効くものじゃないでしょう!? すごく痛いはずだし、そんな風に遠慮なんてしたら駄目です!!」

「あ、えと、ちょっと落ちt

「ハヅキさん!! 僕のことはいいので、先に行って何処か安全に休める場所を探してきてください!! ニンジャならそういうアレの目星つけられますよね!?」

「あ、あぁ……了解した……」

「レッサーさん!! アルスさんの体を抱えて走れますか!!」

「余裕とは思いますが、ともあれ退化してくれたほうが好ましいですわね。護衛対象であるあなたを置き去りにするわけにもいきませんし」

「なるほどそうですねではアルスさんクマモンさんベアモンさん退化してください早く元に戻ってくださいさぁほら可愛いのにリバースしてくださいリラックマしてくださいさぁさぁさぁさささささ!!!!!」

「いつになく圧が怖いっ!?」

 

 物凄い形相で迫られたからか、単純に戦いの疲れを自覚してきたのか、今更のように僕は体が萎むような感覚を覚えた。

 それもそのはずで、気付けばグリズモンとしての僕の体はどんどん粒のようになって解けだして、進化する以前のベアモンとしての体の感覚が戻ってきつつあったんだ。

 眠気にも似たダルさを覚えながら、僕はいきなり白熱しだしたホークモンの勢いに負けて、思わず言いそびれていたことを内心で呟いていた。

 

(……というか、退化の拍子に進化中のキズって無くなってたような……)

 

 仮に今回はそうじゃなかったとしても、大丈夫だと僕は本気で考えてた。

 ユウキと始めて出会った翌日、フライモンの毒針に刺された後の時と、同じように。

 この手の痛みには慣れてたし、放っておいても治ってたから。

 治ってほしくないと思っていても、治っちゃってたから。



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第四節「一日目:片鱗、未だ眠りて」①

 別のサイトにはとっくの昔に投稿してたのにこちらには投稿し忘れていたの巻。


 

 ベアモン達がラモールモンと遭遇したりして四苦八苦している頃。

 聖騎士ドゥフトモンと共に食料の再確保がてら樹海の下層を進み、合流地点として指定された場所へ向かっていくギルモンとユウキとエレキモンのトール。

 彼等は彼等で、道中に野生のデジモンに襲われたりしていた。

 当たり前と言えば当たり前の話で、樹海には温厚なデジモンもいれば『ウィルス』の影響など関係無しに元々凶暴な性質を有するデジモンだっているのだ。

 そうしたデジモン達からすれば、ユウキ達もドゥフトモンも、あくまでも自らの縄張りを侵す侵入者でしか無い。

 来てほしくない、そこにいるのが気にいらない、持ってる食べ物が欲しい――理由はそれぞれ似たようなもので。

 生かすにしろ殺すにしろ、排除のために行動されるのは不可避だった。

 とはいえ、こちらにはデジモンの進化の段階の最終到達点ともされる究極体、その最高クラスとも称される聖騎士たちの一人が同伴してくれている。

 ので、とりあえず万事オッケーだろうとタカを括っていたのだが……。

 

「シザーアームズ!!」「うお危ねえ!?」「ぺトラファイヤー!!」

「シャドウシックル!!」「おおぅ!?」「プラズマブレイドォ!!」

「パンチ!!」「ギィィィ!!」「蹴り!!」「GUOOO!!」「尻尾っ!!」

「ブレイブシールド!!」「え――ぐへぇ!?」「ビークスライドォ!!」

 

 ユウキがグラウモンに、トールがコカトリモンに進化をして。

 殴って蹴って、斬られそうになったり挟まれそうになったり、体当たりしたりされたり、てんやわんやあって。

 野生のデジモン達――主にウッドモンのような植物型、フライモンのような昆虫型のデジモン達の群れをどうにか追い払って。

 深い息を吐き、光と共にそれぞれ成長期の姿に戻った二人は、ほぼ同時に後方へ声を飛ばす。

 

「「――って、アンタは手伝ってくんねぇのかよッッッ!!」」

 

 二人の視線の先で、四足獣の姿の聖騎士は座りの姿勢を取って二人のことを見ているだけだった。

 野生デジモンとの戦闘中、彼は一切の手出しをすることなく、いつの間にやら自分の手で採取していたらしい果実を前足で器用に掴んで食べていたのだ。

 さながら見世物か何かのように扱われたことに憤った二人に対し、当の聖騎士は心外だという風な調子でこう返してくる。

 

「いや、そりゃキミたち。ロイヤルナイツが自然の出来事にまで過度に干渉するのはよくないし、戦いの経験をあんまり横取りするのもアレだと思うよ。望まない事だろうとちゃんとこなして、せめて成熟期の姿に一時的にじゃなくて恒常的になっていられるようにならないと、その方がよっぽど危険でしょ。大丈夫、本気で危険な事になったらちゃんと助けてあげるからもぐもぐ」

「高名な聖騎士様が下々の働きをサカナに肉リンゴつまんでるのはどうかと思うんですけどぉ!?」

「くそっ、本当に腹が太くなってデブになっちまえばいいのに。何でこんな怠けてるヤツが究極体にまで進化出来てんだよ!! 俺もちょっとぐらい楽して進化したいわー!!」

「つーかトール!! 何しれっと俺のこと身代わりにしてんだよこの悪党!! なぁにがブレイブシールドだお前うまい事言ったつもりか!! センスゼロ!!」

「うるせぇ悪党じゃねぇわ適材適所ってやつですぅー!! 大体ユウキこそなんで進化するとあんなに体がデケえんだよコカトリモンの俺の2倍はあるじゃねぇか!! そりゃ意図せずとも盾になるわ、ばーか!!」

「……えぇと、とりあえず本人というか持ち主の前ではそういう事言わないようにね? 特に黒い方はその手のイジりにも容赦無いぐらいには恐ろしいって風評だから……」

 

 わーわーぎゃーぎゃーと憤りの言葉を漏らす二人の姿を見ながら、ドゥフトモンはドゥフトモンで内心で感想を漏らす。

 

(――うーん、戦闘能力自体はパッと見フツーの子達だなぁ。怪しいと感じたユウキについても特に変わったところは見当たらない。ニンゲン? というものを僕がよく知らないのもあるけど、ただのギルモンにしか見えないな……)

 

 ユウキとトールに対して告げた理由も決して嘘では無いが、野生デジモンとの戦闘を傍観していた最たる理由は一つ。

 もしかしたらデジモンではなく、ニンゲンと呼ぶべき存在である可能性を秘めた、不審者のギルモン。

 同世代のデジモンとの戦いになれば、少しは普通のデジモンと異なる部分が見えるかもしれない――そう考えて見に徹してみたが、戦闘中の動きも発揮されている能力も、イレギュラーの域に達するほどのものではなかった。

 強いて言うならば、進化後のグラウモンという種族については思いのほか理性的というか、過去に見覚えのあるそれ等と比較すると凶暴さは薄いように感じたが、ドゥフトモンはその点については異常とは捉えない。

 個々が種族の風評通りに振舞わないといけないルールなど無いし、目に見えて知覚出来る善であることは間違い無く好ましいことであるために。

 故にこそ、痛むものもあったが。

 

(……はぁ、自分で言っておきながらひどい口実だ。強くなる機会がどうとか、ロイヤルナイツの立場がどうとか、僕が言える事かよ……)

「……で? ロイヤルナイツから見て、俺達の戦いはどうだったんだ? 課題山盛りか?」

「……そうだね。技の精度とかはおいておくとして、複数の敵と向き合う場合、最低限角度は意識したほうがいいよ。さっきトールがユウキを盾代わりにしてたアレを、敵のデジモンの体でやるイメージ。味方の体でやるのは余程頑丈な相手でもない限り論外だけど、敵の体を盾にするのはそれなりに効率的だからね。そこさえ改善出来るなら、もっと上手に戦えると思うよ」

「あの、聖騎士とは思えないぐらい悪っぽいというか汚い戦法だと思うんですけど、あの」

「え、多勢で攻めてくる相手のほうが構図としてはよっぽど悪っぽく見えない? そもそも戦いで綺麗さを優先するのって、個としての強さが前提にある話でしょ。善性それ自体は褒められても、それで強弱が変わるわけじゃない。綺麗さを優先してカッコよく勝ちたいなら、それこそ鍛錬を重ねるとかして個として強くなることだね」

「うぅん、思ったよりドライな指摘でござった。もうちょっとこう手心をといいますかですじゃな」

「ユウキ、お前はお前で口調どうしたよ」

 

 現実的に考えればドゥフトモンの言う通りなのだろうが、現代まで生き残ったニンジャが知らぬ間に手裏剣やくないではなくフツーに拳銃とか使い出したのを見て幻想をぶち殺されてしまったかのような錯覚に陥っておかしくなるユウキ。

 夢見がちなヤツに変に時間を取られたくない、といった様子でトールが言葉を紡ぐ。

 

「で? メモリアルステラのある場所がひとまずの合流地点だって伝えたわけだけど、本当にこの道で合ってんの?」

「立場の都合、ここには何度か来てるから覚えてるよ。この先の崖を上がれば、後は直進するだけで到着出来たはず。そしてそこまで行ければ、夜になる頃にはあと少しで此処を抜けられるぐらい進めてると思う」

 

 その言葉に、真っ先に驚きの声を上げたのはユウキだった。

 元は人間、そして少なくともアウトドアな野郎ではない彼にとって、今でこそ多少慣れはしたが、数時間単位で継続して森を歩き続けることはとにかく疲れるものだ。

 元より『ギルド』のリーダーであるレオモンことリュオンから五日は掛かると聞いていたが、それはそれとしてコンクリートジャングル在住の一般ピーポーメンタルのギルモンには堪えに堪える。

 樹海って長く見積もっても二時間で抜けられるもんじゃないの? というかこれ最早ジャングルじゃない!? とでも言いたげな調子で彼は言う。

 

「夜になる頃って……えっ!? まだ全然日が照ってますけども!? 『ギルド』から出た時は準備込みでもまだ朝だったんですが!!」

「……いやいや、樹海なんてどこもそんなもんでしょ。走ってたわけでも、まして大木の上から飛んでいたわけでもあるまいし。町からここまでずっと、体力温存も兼ねて歩いて行ってる以上はどうしても時間が掛かるよ。ただでさえ、君達の歩幅って成長期相応なんだから」

「……っつーか、夜になったらヤバいな。此処って安全に眠れる場所とかあんのか? 寝首を掻かれるのは勘弁だぞ」

「まぁ、何処かで寝るにしても見張りはつけないといけないだろうね。夜行性のデジモンは此処にもそれなりにいるわけだから、場合によっては寝てる所をガブっと……」

「うおー!! 文字通りお先真っ暗じゃないですかやだー!! 明らか経験則っぽくて全然冗談に聞こえないから一睡も出来ねえ!!」

「ユウキ、君って情緒不安定とか言われたこと無い?」

「安心してくれ聖騎士サマ。こいつはいつもこんな感じだ」

「パニくりまくってる自覚ぐらいはあるが少なくともいつもじゃねえわ!!」

 

 実際問題、ただでさえ視界の開ける場所の少ないこの樹海で夜を越すのはかなり危険だろう。

 合流を果たしたら足早に動くことを意識するべきか、と考えていたユウキは、そこでふと何かを思い出したような素振りと共に口を開いた。

 

「そういえば、樹海を抜けられるのはいいけど、先に何があるのか俺達は何も知らないよな」

「確かに。初めて向かう方向だしな……聖騎士サマってばなんか知らねえの?」

「セントラルノースCITYへ向かう道のりでの話だよね? それなら、湖の上に築かれた町である『天観の橋』が次の経由先になると思う。そこで可能な限り道具や食べ物の補給をして、次は峡谷地帯『ガイアの鬣』を抜けることになる」

「……町で、橋……? てか次は峡谷!? え、もしかしなくても崖とかあったり……」

「そりゃまぁ……あるだろうね。局所的に強い風が吹く地でもあるし、幼年期のデジモンぐらい体重が軽いとあっという間に真っ逆さまじゃない? まぁ進化できるぐらい鍛えてるなら成長期でも最低限大丈夫とは思うし、なんなら成熟期に進化して進めばいいけど……」

「うわおー! ついさっき落ちたばっかなのにまーた落下のリスクあんのかよ!! 次また高高度から落ちる場面があったらどんな状況だろうとお漏らししちまうからな俺!!!!!」

「ぶっ殺してやるからなとでも言いそうな鬼気迫るテンションの割にめちゃくちゃ情けないこと言ってるんだけどエレキモンこの子ホントに大丈夫?」

「大丈夫、こいつはやるときにはやるし漏らす時には例えアンタの背の上であろうと漏らすだけのクソ野郎だ。安心していいぞ」

「……マジでそれやったらその場で振り落とすぞ君達……って、おや?」

 

 若干の呆れを滲ませた言葉の直後、ドゥフトモンは何やら疑問符の声を漏らしていた。

 ぎゃーぎゃー喚いていたユウキとトールもその様子に疑問を覚え、視線を追ってみれば、視線の先の倒木の影に鋼鉄で作られたと思わしき刀剣が野放しとなっていた。

 およそ樹海という環境には似つかわしくない人工物。

 それを見て、ドゥフトモンはこんなことを口にした。

 

「……珍しいな。アーティファクトじゃないか」

「アーティファクト?」

「あぁ、君達は初見になるのかな。僕が言ってるのはアレのことだよ、あの、倒木の影に落っこちてる剣のこと」

 

 アーティファクト、と呼ぶらしいそれのことを、ドゥフトモンは興味深そうに見ながら説明する。

 

「僕を含めて、デジモンは進化する度に姿も心も変わって、基本的にはそこから元に戻ることはない……んだけど、そうした変化の際に進化後の自分にとって不要となるデータを無意識のうちに廃棄してるんだ。廃棄されたそれらは微小も微小なデータの粒に過ぎなくて、自然に溶け込むようにして消えるのが殆どなんだけど、稀に集ってカタチを得ることがある。武器や防具、それ以外にもデジモンの面影を宿した見た目であることが多いけど、そうしたものの総称を世間ではアーティファクトと呼んでるんだ」

「……ってことは、この剣も何らかのデジモンが進化の過程で棄て去ったデータの集合体ってことですか?」

「だと思うよ。デジモンの武器は持ち主が死ぬと後を追うように消滅するから、消滅せず野放しになってるってことは、少なくともこれはアーティファクトの類であるはず。構成の元になったデジモンが何なのかまでは判別出来ないけどね。鋼鉄の剣を使うデジモンなんて、それこそ数多くいるし」

 

 進化の過程で棄て去られたもの、他ならぬ自分自身がもういらないと定めたもの、その集積体。

 デジモン絡みの単語について『アニメ』の範囲でならば知っていたユウキにとっても、未知の領域にあるもの。

 話を聞いて、ドゥフトモンと同様に興味深そうな視線を向けるユウキを横目に、武器というものに縁の無い体躯なエレキモンのトールはこんな事を聞いた。

 

「ふーん……ちなみにだが、見かけ通り武器として使えるのか? いやまぁ俺は無理だろうけどよ」

「使えるよ。都市や町で取引されてるような武具と同様に、技術的な適正さえあればね。僕は自分の剣があるからいらないし、使えなかったとしても価値を解ってる店にでも売れば足しにもなるわけだから、試しに使ってみれば? ユウキ」

「はぁ。剣とかロクに使ったことないんですけども……」

 

 愚痴りながらも、ユウキは野放しの鉄の剣がある場所まで近寄り、言われるがままに右の三本の爪で掴み取ってみせる。

 実のところ、ギルモンの前爪と人間の五指とでは物を掴む感覚も大きく異なってしまっているが、仲間と暮らす中で料理を作るようになって、その過程で得た慣れが地味に活きた。

 料理で使う包丁や、図工のノコギリなどとは明らかに異なる規模の刃物。

 ギルモンとしての自分の頭から足まではあるように見える長さと、腕の二倍はあろう太さの、どこか歪さを残した刀身。

 デジモンの種族、そして個々が扱う武器についてはそれなりに知識を持つユウキだったが、この武器の基となった種族は自分の知識と照らし合わしても見当がつかなかった。

 

(……ディノヒューモンの剣か? いや、ムシャモンの……いや、うーん……?)

「ユウキ、考え込んでねぇでとりあえず振ってみてくれよ」

「――あ、あぁ。適当でいいよな?」

「すっぽ抜けて聖騎士サマの頭にブッ刺さらないようにしなけりゃ何でもいいよ」

「何なのエレキモンってば一日に十回は誰かイジらないと死ぬ病気なの???」

 

 ともあれ一度握ったからには、一歩間違えると危険であると頭の片隅で察した上で、カッコ良い素振りをしたくなるのが男のサガである。

 適当と前置きしつつも、ユウキは頭の中で今まで見聞きした『アニメ』や遊んだ『ゲーム』のキャラクターが剣を振るう様を想起させ、出来る限りそれっぽく形を寄せていく。

 右の三本爪で掴んでいだ剣を腰の低さまで下ろし、右だけではなく左の三本爪も剣の塚を重ねて握り締めさせ、体の右側にて構えを取る。

 思いの他しっくりとくる感覚を覚えながら、両の腕を振り上げ、身の丈ほどはある大きな剣を振り上げる。

 その、むしろぎこちなさの薄い挙動にドゥフトモンが目を丸くしたことに気付くことなく、ユウキは掛け声と共に振り上げた剣で何も無い空間を斬り付けた。

 

「――てりゃぁっ!!」

 

 本当に、ただ縦に振るっただけ。

 覚えのある作品のキャラクターのそれをなぞる形で、ちょっとカッコつけてみたかっただけ、だったのだが。

 

(――えっ)

 

 直後の事だった。

 剣を振るった瞬間、突如として刀身が炎を帯び、剣の軌道そのものの形を成してユウキの眼前で飛び出したのだ。

 ゴウッ!! と、真下にあった草花を焼き焦がしながらそれは一本の倒木に直撃し、若干深めの真っ黒な炭の傷跡を残すに留まった。

 そんなつもりは無かった、といった様子で目を見開いたユウキは、ギギギとロボット染みた挙動で視線をドゥフトモンとトールの方へ向ける。

 見れば、彼等も彼等で目の前で起きた出来事に目を見開いているようで。

 数秒の沈黙のち、なんと言えば良いのかわからなくなった赤トカゲは以下のように述べた。

 

「――それでも俺はやってない。真実はそんなモンだと思うんですよ」

「いやいや通るわけないでしょ余裕で現行犯だよこれ」

「自分で適当っつっただろーが!! 何だよ今の明らかにぶっ殺す気満々の炎の斬撃!!」

 

 トールの言う事はもっともであったが、何だよと聞きたいのはユウキの方でもあった。

 ただ剣を振るっただけで、必殺技のファイアーボールと同等か――それ以上かもしれない熱量の炎が出た。

 現実の物理法則では到底ありえない出来事だし、非現実がまかり通るデジタルワールドでの出来事であるという前提で考えても、疑問は浮かぶ。

 これはアーティファクトと呼ばれる代物の秘める力なのか、それとも別の要因による出来事なのか――と。

 

「……あぁ!! そういえば流れ流れで言ってなかったね。アーティファクトの中には、元になったデジモンの技のデータが含まれているものもあるんだ。大方、その剣にはモノクロモン辺りのデータでも色濃く含んでたんじゃないかな」

「……モノクロモンと剣って、関係無くね?」

「そういう可能性が無いとは言い切れないでしょ? 形状がどうあれ、技のデータも内臓したアーティファクトがあるのは事実だよ。適性によっては自分の技として行使することも出来る。とにかく、火事とかにならなくて良かった良かった」

 

 ドゥフトモンがアーティファクトについての追加の情報を口にするが、それを聞いたユウキはどこか安心出来なかった。

 アーティファクトが、元となったデジモンの技のデータを内臓していて、持ち主はそれを自分のものとして引き出すことが出来る――という話は本当のことかもしれないが。

 それはそれとして、ドゥフトモンの口ぶりに違和感を覚えたのだ。

 それまでの言葉と比較しても明らかに強い、否定の色を含んだその言葉は、まるで、

 

(……なんか、無理やり理屈をずらずら並べて、不安に蓋をされたような気がする……)

 

 気遣われていると、感じた。

 それは裏を返せば、ユウキ自身に対して少なからず疑惑を覚えているということ。

 ロイヤルナイツの中でも戦略家――つまり最も思考の冴えた騎士である相手に、疑われているということ。

 ユウキ自身、ギルモンとしての自分の体のことについての疑問を拭えずにいる。

 答えが出ないまま数秒が経ち、どこか重い沈黙に嫌気でも差したのか、トールが口を開いた。

 

「まぁ、強力な武器が手に入って、実際に使えるのなら、使うに越したことは無いんじゃねぇの? 今のやつ、敵に使えばファイアーボールよりも効きそうだし、運が良いと思っておこうぜ」

「……いいんかね、こんな物騒な武器持ってて。なにかの拍子に炎を吐き出す剣とか、よりにもよってこんなとこで持ち歩いて……」

「あのなぁ。今のが武器から引き出された力であれお前自身の力であれ、結局は使い方だろ? 誰かが傷付いたわけでもなし、お前含めて誰も予想できなかった事である以上、一度目は仕方ねえの一言で片付けていいだろ」

「流石に適当……というか無責任過ぎないか? 火事になったらごめんなさいじゃ済まないだろ」

「その時はその時だろ。お前、何にビビって何を悩んでやがんだ? 火なんて、料理の時に毎回利用してるだろうに」

「それとこれとではレベルが……」

「はい、二人共そこまで」

 

 会話が言い争いのレベルに達しようとしたタイミングで、ドゥフトモンが双方の言葉を切る。

 聖騎士として二名の成長期デジモンとは比べものにならないであろう経験を積んでいるのであろう先達は、僅かに沈黙してからユウキに向けてこんな言葉を投げ掛ける。

 

「所感を口にさせてもらうけど、どちらにせよ危ないと感じるのなら捨ててもいいとは思うよ。けど、それなら君は考えておかないといけない。成長出来る可能性を享受するのか、放棄するのかを」

「……成長……」

「それがどんな力であれ、使わないままじゃあ『自分のもの』にすることは出来ない。今の炎の出どころが、僕の予想通りアーティファクトにあるのなら棄てればそれで済むけど、そうじゃなくて君自身の能力だとするなら、剣を棄てたところでまた同じようなことが起きないとは限らない。制御する術を知らなければ、それこそ君の不安の通りになる確率は上がるよ」

「……それは」

「多分、そのデジタルハザードの刻印が示す通り、危険な力ではあるんだと思う。けど、ロイヤルナイツだからこそ言わせてもらうよ。平和のために使えている前例は、あるんだ。それは君も知っていることなんじゃないのか?」

 

 ドゥフトモンが前例と述べているものが何を指しているのか、ユウキにとっては考えるまでもなかった。

 

(……デュークモン……)

「……解りました。とりあえず、しばらくは使ってみます」

「素直なのはいい事だよ」

 

 方針が決まって、不思議と表情が柔らかくなったユウキを見て、ドゥフトモンもまた和らかに笑んでいた。

 しかし内心では、喜びとは相反する感情がふつふつと湧き立ちつつあった。

 

(……普通のギルモンじゃない。そう確信できる部分を、見ちゃった……)

 

 アーティファクトに秘められた力について語ったことは、嘘ではない。

 実際、そうした前例をドゥフトモンは観測したことがある。

 だが、

 

(今の炎の斬撃の熱量、成熟期レベルのデジモンが発揮出来るレベルじゃなかった)

 

 放たれた炎から感じた熱量とそれによって倒木に刻まれた真っ黒な斬撃痕は、ドゥフトモンから見ても『強力』と評価せざるも得ないものだった。

 ユウキは火事になったら大変だと言っていたし、実際その通りではあるのだが、この樹海の木々はそう安々と火が燃え広がったりはしない。

 樹皮の表面が焼けることこそあれ、それがどこまでも燃え広がったりすることは無いし、時間が経てば燃え痕すら無くなっていることさえある。

 それほどまでに強固なのだ、この樹海の自然環境は。

 モノクロモンのヴォルケーノストライクやティラノモンのファイアーブレスを一発を受けたとて、それほど被害は広がらない。

 そうでもなければ、縄張り争いの度に樹海の何割かが大火事に見舞われていることだろう。

 その事実は、この樹海に何度も出向き、縄張り争いの類を遠目に眺めてきたドゥフトモンだからこそ理解していた。

 そして、そうした前提を踏まえて考えれば、ユウキが倒木に炭化した斬撃痕が、どの程度の火力によって導き出された結果なのか、大まかに推理することは難しくなかった。

 

(剣の振り方だってそうだ。ぎこちなさこそ感じるけど、今のは明らかに誰かの剣術を真似しようとしている挙措だった。ゴブリモンやオーガモンのようにただ力任せに振ったんじゃない。わざわざ両方の手を使って足の配置にも気を配って構えも取ってたし、今のユウキの頭の中には型の参考に出来る何かがあった。今の今まで剣を振るったことが無い子なのは違いなさそうだけど、だったら尚更その知識はどこで手に入れたんだって話になる。まさか、一発目から我流を見い出したなんて偶然はないだろうし……)

 

 このまま不信な点が見つからなければ、樹海を出るのを見届けてはいさよならで済んだ所に、思わぬ凶兆を目にしてしまった。

 使って技術として会得することを勧めておきながら、反面勧めないほうが良かったのではないだろうかという思考が混じりこむ。

 本当にこのまま、樹海を抜けると同時に関わりを断って良いのだろうか。

 ロイヤルナイツとしての任務を放棄するわけにはいかないが、目の前の凶兆を黙って見過ごしても良いかと聞かれると悩む。

 自分に出来ることは無いだろうか、とふと思考を回し、そうしてドゥフトモンは決断する。

 

(……きっと、これが今は正しい選択ですよね。先代様……)

「……うん、ロイヤルナイツは世界を護る騎士だからね。世界を滅ぼすかもしれない存在を、そうじゃない存在に成れるように手伝うのも務めだよ多分」

「「……多分?」」

 

 突然独り言じみたことを口にしたドゥフトモンの様子を見て、ユウキとトールは揃って疑問符を浮かべた。

 

 なにか、雲行きが怪しくなってきた。

 そんな風に予感したユウキとトールの思考は、結果として正しいものだった。

 ドゥフトモンは一度咳払いをすると、二人に向けていきなりこう切り出したのだ。

 

「じゃあ、そういうわけだから。本当ならこの樹海を抜けた後は赤の他人な関係になる所というかそうあるべきなんだけど、こうして世界規模のナントカに関わるかもしれない可能性に触れたからには、これからしばらくは気が向いたら特訓してあげるよ。君達にとっての先生として、ね」

「「えっ」」

「――何さその微妙な反応……」

「いや、いろいろ話が急すぎるんですけど……」

「つーか先生ってなんだよ。俺達は依頼で遠出してる真っ最中だぞ? ジュギョーなんて受けてられる暇は……」

「大丈夫大丈夫。依頼の後でもいいし、君達だって途中で休んだりする必要はあるでしょ? その時の時間を拝借すれば大丈夫だよ。それに、知識の補強だけなら運動は必ずしも必要じゃない。読み物一つ、最低でも会話の機会一つ用意するだけでも事足りるし」

「……要するに……勉強……ってコトですかぁ!? メンドクサ!!」

「こらっ!! 君らも子供なら学びの機会を逃さないの!! ちゃんと勉強して賢さを養わないと中身スッカスカのスカルグレイモンとかに進化しちゃうかもしれないんだからね!! そうなってから後悔したってお先は頭わるわる害悪なんだから!! もし本当にそうなったら僕は務めとして倒さないといけなくなるぞいいのか!?!?!?」

「うわあ急に荒ぶるな!!」

 

 流石はレオパルドモードとでも呼ぶべきか、駆ける速度も疾ければ決断も早く、止まることを知らないらしい。

 使命感とは別の、何か喜びに近い感情でも湧き出てきたのか、彼はどこかルンルンとした様子でこう続けてしまう。

 

「剣に力を纏わせたりするコツなら僕も色々教えられるからね。いやまぁ本当はあんまりなりたくない姿なんだけど責任をもって教えるためなら仕方無い。君をきっと、デュークモン先輩みたいに……はなれずとも立派な騎士に成長させてみせるよ!! ふふふ、ようやっと僕にもガンクゥモン先輩みたいに先達らしい役回りがやってきたぁ……!!」

「……ユウキ、責任はお前だけが取れよ。ベンキョーとか俺は付き合わないからな」

「そんなぁ、俺達は仲間だろ快く巻き添えになってくれよ!?」

 

 ロイヤルナイツの獅子騎士ドゥフトモン氏、初対面の相手(子供)にいきなり先生を名乗る不審者となるの巻であった。

 実のところドゥフトモンからすればそれなりに考えた末の決断なわけだが、そんな思考知ったことじゃねえユウキとトールからすれば何もかもが唐突で、向けられる視線には光栄さなど微塵も無く。

 そんなことは知ったこっちゃねぇ、怪しさ抜け切らない謎のギルモンを監視する大儀名分が出来たぞぅ!! あと僕にも遂に先生としていろいろ教えられる生徒が出来たかもしれないぞぉ!! と勝手にお祭り騒ぎになっちゃってる聖騎士を前に、二人は揃ってこんな風に呟きあっていた。

 

(……つーか、教授してくれる分にはありがたいと思うんだが、何でそんな拒否ってんの?)

(……だって色々と恐縮だろ。迷惑かけることにもなるだろ。相手はロイヤルナイツなんだぞ……? アルスと鍛錬するのとはワケが違う……)

(……お前、つくづく変な所で畏まるやつだな……)

 

 



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第四節「一日目:片鱗、未だ眠りて」②

 

 所変わって、樹海の中に見つけ出したらしい安全地帯にて。

 一匹の子供が涙目になっていた。

 

「いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたーっ!!!???」

「こらっ! 強いんですから塗り薬一つ程度で暴れないでくださいっ!! 痛いのはきちんと染みて効き目が出ている証拠なんですよ!!」

「痛いモンは痛いんだってばぁ!? なんなのこの新感覚の痛みっ、これならフライモンに刺された時のほうがマシ――あ待って目にまでやるのは聞いてないってもう大丈夫だから唾でもつけてれば勝手に治るからそれ以上――ぎゃーっ!!!!!」

 

 目がー!! 目がー!! と痛みに悶え暴れるベアモンをハヅキが羽交い締めにして封じ込め、彼が持参していたらしい塗り薬をホークモンが爪に乗せてベアモンの傷口に塗りたくっていく。

 ラモールモンから受けたダメージはベアモンの想像していた以上に酷いもので、彼の予想に反して退化程度で「無かったこと」にはならなかったのだ。

 目を含めた顔面の右半分に3本の線として大きく刻まれた裂傷、カマイタチによって幾度となく付けられた全身各部の切り傷は、ベアモンの姿に戻ってなお残っていて、元通りになって何事も無しとするつもりだったベアモンは言い逃れも出来ない状態になってしまったわけで、怪我人扱いは必然だった。

 薬が染みる痛みに悶えながらも、ハヅキによる羽交い締めから開放された彼は内心で呟く。

 

(うぅ……毎回ここまでの傷を負うことは無いから過信してた。退化で無かったことにならない傷もあるんだ……ガルルモンと戦った後の時だってここまでは残らなかったのに……)

「しかしまぁ、見事なまでにザックリやられてますわね目玉。クスリ一つで回復させられるのでしょうか」

「問題ないでござるよ、これは個々が持つ再生力を活性化させる薬。塗って少し時間が経てばアルス殿自身の再生力が勝手に治してくれるはずでござる。痛いのはまぁ、良薬は口に苦しという言葉を信じて我慢してもらう他に無いのでござるが」

「苦くないというか痛くない薬とか無いの!?」

「あるわけが無いでござろう砂糖やハチミツを塗っても呑ませても傷が治るわけではあるまいし」

「正論も痛いッ!!」

 

 ベアモンがぐだぐだ言っていると、ハヅキは少し思案するように左手を口元に寄せ、直後にその三指の間から(どこに隠し持っていたのか)銀に光る針を出し、こう告げた。

 

「ふむ、それほど薬が嫌だというのであれば仕方ないでござるな。薬の制作ほど得意ではないのでござるが、ちょっと全身の傷口を十数本ほどの針で縫うとし」

「もう痛くないたい!! お薬ありがとうねッッッ!!!!!」

「どんだけ刺されたくないのですかあなた」

 

 そりゃあただでさえ塗られた薬が傷に染みて痛いってのに追加で針を刺しますなんて言われたら効能がどうあれ拒否したくなるのは当たり前なのであった。

 自分が大丈夫であることをアピールしたいのだろう、やせ我慢の笑顔を向けるベアモンの様子に呆れ顔になったバステモンことレッサーは、彼のことを一旦放っておいてこんなことを口にする。

 

「しかし、まさかラモールモンと出くわすなとわ思いませんでしたわね。犠牲が出なくて何よりですわ」

「本当ですよ。正直、こうして生きていられてるのが不思議なぐらいです。『ギルド』の依頼って、いつもこんな感じなんですか?」

「流石に、ここまで深い樹海に足を運ぶことは滅多にありませんわね。命の獲りあいという意味であれば、別に珍しくもありませんが」

「……その、怖くはないんですか? 死んでしまうのとか……」

 

 突然物騒な、されど現状を考えれば自然な想起がホークモンの口から出る。

 問われたレッサーは僅かに思案するように沈黙してから、こう返した。

 

「そりゃあ私も怖くないわけがありませんわよ。生きてやり遂げたい事の一つや二つぐらい、あるのですから」

「危険なのが解っていたのに、どうして護衛の依頼を受けてくれたんですか?」

「私にとってはこれもやりたい事の一つだから、とでも言えばあなたは納得しますの?」

「…………」

「まぁ、事情は知りませんが、あなたも大変な目に遭った様子ですし。死というものに敏感になるのも無理は無いでしょうけど……今は私達のことより自分の心配を第一になさいな」

 

 返事を聞いたホークモンの視線がレッサーからベアモンの方へと移る。

 向けられたその目には少し暗いものが滲んでいるように、ベアモンには見えていた。

 

「ベアモンさんも、同じ考えなんですか?」

「……そりゃあそうでしょ。君は護衛対象で、僕達は護衛なんだよ? 怪我の一つや二つで心配されても困るよ。信じられてないんだって思っちゃう」

「二つでも一つでも怪我は良くないんですよ。そんな風に自分の命を軽んじられるのは、その……気分が良くないんです」

「…………」

 

 その言葉にベアモンは僅かに沈黙した。

 心配をされている、ということを察せられないほど彼もニブくは無い。

 自然と、こんな考えが浮かんだ。

 

(……僕が弱いから、不安にさせちゃったな……)

 

 ラモールモンを相手に無傷で倒せるほどに強くなっていれば。

 そこまででなくとも、目に傷を負うなんて大怪我をしないぐらいに強ければ。

 そう思うだけで自身の未熟を、非力さを思い知らされる。

 なまじ自分よりも頼りになる相手が目の前にいるのだから、より重く感じられる。

 

 自分が知らなかっただけで、レッサーは自分よりもずっと強かった。

 ラモールモンを相手に、いっそ遊ぶかのような振る舞いで、無傷で戦闘不能に追い込んでみせた。

 自分にもあのぐらい出来れば、きっと心配させる余地なんて無かった。

 あんな風に出来たいと、思った。

 

(……こんな時、主人公なら……絵本に描かれてるような、カッコいいヒーローなら……)

「……心配させたのは、ごめん。次はもっと上手くやるよ」

「次が無いことを願います」

 

 弁明の言葉は、果たしてホークモンにとって信じるに値したかどうか。

 どうあれ応急処置は済み、直近の出来事に対する問いかけも終わり、再出発の時間がやってくる。

 数分経って塗り薬の効果が浸透しきったのか、右目の傷の痛みも収まってきたベアモンは『ひそひ草』のスカーフに囁き声を流す。

 

(ユウキ、少し連絡遅れたけどそっちは大丈夫? ドゥフトモンに話は聞けた?)

『――あ、ああ。その辺りはたぶん大丈夫だ。なんか面倒なことになりもしたけど、諸々のことは合流してから話す。メモリアルステラまでそっちはあとどのぐらいだ?』

(もうそこまで遠くはないはずだよ。……あ、こっちが大丈夫だったし、そっちはドゥフトモンが一緒にいるなら尚更大丈夫だとは思うけど、完全体のデジモンが襲ってもきたからユウキもトールも気をつけてね)

『……わかった。それじゃあ、また後でな』

 

 必要最低限の情報交換をユウキと済ませ、ベアモン達は改めて歩きだす。

 幸運にもラモールモンのように狂暴化した完全体のデジモンと二度遭遇するようなことにはならず、特に不都合なども無いまま、てくてくと樹海の中を進んでいく。

 途中、おかしなことがあったとすれば、

 

「あ、戻りましたねレッサーさん」

「僕達のと比べても随分と長く進化をしていたみたいだけど、大丈夫? いやまぁ一番大丈夫か心配したいのは言葉遣いとかのほうなんだけども」

「――だー!! やめろー!! バステモンの時のことは言うんじゃねぇよ!! ただでさえこうして退化する度に自分が自分で恥ずかしくなっちまうってのに!!」

「……もしや、無理して口調を変えていたのでござるか? 何の意味があって?」

「意味なんかねぇよ。あの姿の時は正気じゃねぇだけだよ。正気ならあんな口調にわざわざするか!! 誰も得しねぇだろ!!」

「良かった、あの元の振る舞いとかから考えるとふざけてるとしか思えない喋り方ってやっぱり元のレッサーにとっても正気じゃなかったんだ。僕はてっきりオトナになるってああいうものなのかなと思ってたよ。ユウキやトールまで完全体に進化したらあんな風になっちゃうのかなとか考えたら恐ろしくて恐ろしくて……」

「アルス殿、結構失礼なことを言ってる自覚はお有りでござるか?」

 

 進化が解けて元の姿――成熟期のミケモンの姿に戻ったレッサーが、顔を赤らめながら震えてしまっていた事ぐらいか。

 そうして一行は歩き続けて、そして、

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 結果から言って、二組の集団として分断されていた一行は、無事に合流を済ませることが出来た。

 彼等が集ったのは、神秘的な雰囲気を醸し出す板状の物体――メモリアルステラが鎮座、辺り一帯に光の線が奔っている樹海の奥地。

 ギルモンのユウキ、エレキモンのトール、ベアモンのアルス、ミケモンのレッサー、依頼主であるレナモン(銀)のハヅキとホークモン。

 離れ離れだった六名は互いの無事を実際にその目で確認出来たことに安堵し、自然と寄り添い合って。

 そして、予想通りと言えば予想通りの時間がやってきた。

 

「「「「…………」」」」

「……その、とりあえずその目やめてくれないかな……?」

「……本当にロイヤルナイツに助けてもらっていたのでござるな。いやはや……どんな天運でござるかコレ」

「運ってわからんもんだよな。オイラもアルスから聞きはしてたけどよ、どんなモノ食ってたらあの状況からブッ飛んで聖騎士サマに墜落して助けられるなんてトンでもない成り行きに至るワケ? レッサーさんもビックリだぜ」

「まぁうん、ユウキってば出会った時もいろいろアレだったし、なんかそういう星の下に生まれてきたんじゃないかなと思ったことが無くも無いんだけど……何なの? これがそのお腹の印の効力だったりするの? 今度は七大魔王とかに激突したりするの? 知らない間に剣なんて拾っちゃってさ」

「言うと本当になりそうだからやめてくんない???」

 

 これである。

 長くはなくとも同行していた時間があり、その(威厳がロクに感じ取れない)精神性を知れる機会があった分、ユウキとトールの二名だけは少しずつ慣れ始めこそしたが。

 やはり、ロイヤルナイツが一体、獣騎士ドゥフトモン(けもののすがた)と偶然出くわして、こうして合流するまでの間を協力してくれた上でこうして目の前にいる――などという事実は、普通のデジモンからすればそれなりの衝撃を受けるものだったらしい。

 こうしてデジモンになってデジタルワールドに来てしまうまで、フィクションのキャラクターとしてロイヤルナイツのデジモンを認知していたユウキでさえ緊張したのだ。

 人間で言えば突然目の前に有名なスポーツ選手か何かが現れて自分に話しかけてきた、ぐらいに相当するんだろうなとぼんやり思いながら、当事者なユウキは視線をドゥフトモンの方へと向ける。

 一身に注目を浴びるハメになった獣騎士は、一つため息を漏らすと、こう言葉を紡いだ。

 

「君達がユウキとトールの仲間、そして依頼主だね。始めまして。見ての通り、ロイヤルナイツ所属のドゥフトモンだよ。今後ともよろしく」

「……お、おう。オイラは『ギルド』所属なミケモンのレッサー。今後ともって、オイラ達の『ギルド』に何か用事でも?」

「あぁ、故あってユウキ君の先生をする事になってね。時間が取れたら色々教えに来るつもりなんだ。今は君達にも依頼があり、僕にも重要任務があるわけだから、すぐにとはならないけどね」

「――へ?」

 

 真っ先に反応を示したのは、意外にもベアモンだった。

 

「……えっ、ちょっ、ロイヤルナイツが、ユウキの先生に……!? そ、それは……」

「えぇと、何か不都合でもあったのかな。ベアモン君?」

「い、いや。すごいなーって思っただけだよ。そっかぁ、すごいなぁユウキ。ロイヤルナイツが先生になってくれるなんてさ!!」

「お、おう……完全に勢いで押されただけでどちらかと言えば断りたいけどな……(ボソッ)」

「何か言ったかな不良生徒くん」

「うわあ地獄耳!?」

 

 断れると思うなよ、と遠回しに言われて戦慄するユウキを尻目に、ドゥフトモンはベアモンの反応に一つの思考を過ぎらせた。

 

(……なるほど、この子か。ユウキと『ひそひ草』のスカーフで通話していたのは。大方、いきなりの好待遇が変に思えて、ロイヤルナイツである僕がユウキのことを怪しんでると察して不安を覚えちゃったってトコかな。実際怪しんでて監視目的でもあるんだけど……はぁ……当然だけど信じられてないね……)

 

 当然、監視の建前としてもそれ以外の心境としても、ユウキとその仲間達の信頼を得られない流れは好ましくない。

 なので、ドゥフトモンは即断即決で提案してみることにした。

 

(予定に無いけど、そういうデジモンだって信じてもらうためには仕方ないか)

「……何ならベアモン君も生徒になってみるかい? トール君には断られたけれど」

「――え、それはまぁ願ったり叶ったりで是非ともお願いすることではあるけど……トール、断ったの?」

「だってベンキョーとかメンドくさいし。今から急いで学びたいことがあるわけでもねぇし。そういうのはユウキとお前に全部丸投げするよ」

「テキトーすぎない!? ロイヤルナイツの生徒だよロイヤルナイツの!! 生きてる内に一回あるか無いかのチャンスじゃないのこれって!?」

「そうだぞ。せっかくの機会なんだからどうせならお前も巻き添えになれトール」

「負け組のルートに俺まで巻き込もうとするんじゃねぇよ殺すぞユウキ」

「出会った時から思ってたんだけど君達失礼すぎというか実は僕達ロイヤルナイツのことナメてるだろ」

「失礼だな!! 俺とユウキは礼儀正しく敬意を込めてお前だけをナメてるわ!!」

「お前もお前で巻き添え狙うな殴るぞ」

「……三人共……そろそろ真面目に話をしようね……?」

「「「ごめん」」」

 

 話題が脱線に脱線を重ねそうになった所で、色々と混乱しながらもベアモンがちょっと苛立った口調で馬鹿ニ名と騎士一名を諭す。

 ロイヤルナイツ所属デジモンの生徒になれる、という(一般のデジモンにとっては)トンでもねえ好待遇に困惑こそするが、どうあれドゥフトモンの「今後とも」発言の意図を理解したレッサーはこんな事も聞いた。

 

「まぁ、こっちの事情を汲んでくれてるのなら別にいい。オイラ達の『ギルド』がある発芽の町の場所は知ってるのか?」

「知らないけど、民間組織のパイプラインが通ってる町なんだろう? それなら少し調べれば知れることだろうし、少なくともユウキとトールのニオイについては覚えたからね。ちゃんと足は運べるさ」

「随分と優秀なこって。そんな優秀な聖騎士サマに質問なんだが、デジモンの狂暴化について何か知らねえの?」

「二人に対して既に答えてるんだけど、まったくだね。技術を用いて人為的に引き起こされてる出来事ってことぐらいしか解ってない。一応ここを調べてる最中なんだけど、進展らしい進展も無し……ってところさ。何か解ったら、ユウキ達の授業のついでに伝えはするよ」

「そりゃありがたい。うちの方でも狂暴化の話は迷惑を被りまくってるからな。あのロイヤルナイツの一人、それも戦略家のドゥフトモンが情報提供してくれるってんなら、これ以上の贅沢はそうそうねぇだろうよ」

 

 ひとまず、偶然の出会いながらもパイプラインを繋げる事になったらしいドゥフトモンの扱いが、当事者の納得の有無に関係無く決まったところで。

 ホークモンの護衛任務中な一行の視線はこの場で最も光を灯らせている物体ことメモリアルステラ――ではなく、その裏手側に見える景色へと向けられた。

 紆余曲折あったが、そもそも一行がこの場に集ったのは合流が目的であり、それを済ませた以上、この場に留まっておく理由は特に無いのだ。

 ユウキはドゥフトモンに視線を向けると、改めての質問をする。

 

「ここまで来たらあと少しって話でしたっけ」

「うん。メモリアルステラがあるここまで来れば、あとは一時間程度歩けば町に着くはず。トラブルの有無によってある程度遅延はするかもだけど……」

 

 返答しつつ、ドゥフトモンは空の色を見る。

 ユウキとベアモンも、それにつられて同じ景色を見た。

 気付けば少し前まで青色が広がっていた空には夕焼けの色が滲み出ていて、あとニ時間程度も経てば夜の帳が下りるであろうことは容易に想像がつくようになっていた。

 僅かに目を細めると、聖騎士はこのように言葉を紡いだ。

 

「――思ってたよりも夜になるのが遅いみたいだし、まぁその気になれば今日中に抜けられるんじゃないかな。安全な場所を見つけられるのなら、一度眠って夜を過ぎた上で再出発するのもアリだと思うけど」

「んー。オイラもその案は考えたが、抜けられるなら抜けちまったほうがいいだろうな。樹海と町、寝るとしてどっちが安全かなんて、考えるまでもねえし……」

「それが君達の判断なら、僕からこれ以上言う事は無いかな。ここまで来れるぐらいの強さがあるなら、御守りの必要はないと思うし」

「御守りも何もアンタ俺達が野生デジモンと戦ってるとき見てるだけだったけどな」

「見守ってあげてたんだってば。助けもしたでしょ」

 

 言うだけ言ったところで、ドゥフトモンはユウキ達一行に背を向け、彼等の行き先とは異なる方向に向かって歩き出す。

 ユウキ達に目的地があるように、ドゥフトモンにも優先すべき任務がある。

 その上で助けてくれて、その上で気遣って、その上で今後も関わってくれると言ってくれた。

 威厳の無さに突然の生徒扱いなどなど、色々と複雑な心境になりながらも、それ等の事実に感謝をしていないわけがなく。

 ユウキは思わず呼び止めて、こう言った。

 

「あの」

「……何かな?」

「助けてくれて、ありがとうございました。その、またいつか会いましょう」

「……うん。その内ね」

 

 静かに、どこか微笑んだのような声色でそう言い残し、ドゥフトモンはその場から姿を消した。

 単純な膂力でもって駆け出しただけと理解していても、そのスピードには驚かされる他無かった。

 見届けた一行は、確保しておいた食料である程度腹を満たしてから、メモリアルステラのある場所から再び樹海の中を歩き始める。

 合流を果たし、戦闘要員が増えた都合、戦闘において不足を覚えるようなことはなく、幾度か襲撃を受けながらも大事なく先へと進むことが出来ていた。

 それまでの緊張を解すように談笑する程度の余裕が出来た頃、ふとしてレッサーはベアモンに対してこう言った。

 

「しっかし、幸運なモンだなベアモン。まさかロイヤルナイツの教えを受けられる立場になるなんてよ」

「……あ、うん。そうだね」

「……なんか妙なテンションだな。気にかかることでもあったか? 偽物の疑惑とか? まぁ色々と都合良すぎるもんな」

「いやいや。そういうことは考えてないよ。嬉しいことは嬉しいし、ロイヤルナイツに鍛えてもらえるのなら究極体に到れるのもそう遠くないかもなーとか考えてただけだよ」

「思ってた以上にご都合だったわ」

 

 レッサーの問いに、ごく自然なテンションでそう答えながら。

 ベアモンは、言葉とは裏腹に疑惑の思考を奔らせていた。

 

(……本当に、ただ教えたいってだけの動機でユウキの先生になるって言ってたの? あっちの事情はよくわからないけど、ロイヤルナイツとしての自分の務めを後回しにしてでも……?)

 

 信じられなかった。

 ベアモン自身、ロイヤルナイツなどというビッグネームなデジモンと顔合わせするのは初めてで、ロイヤルナイツという組織がどういうものなのかまで詳しく知っているわけではない。

 あくまでも、一般的なデジモンが知れる範囲――世界の秩序と平和を守る聖なる騎士たちであるということぐらいしか、知見には無い。

 心の底から優しいデジモンかなんて、わからない。

 解ることは、ユウキという元は人間であったデジモンが、その存在が世界の秩序という観点から見ると、どうしても怪しいと判断されてしまうであろうことぐらい。

 

(ユウキや僕等が口を滑らせない限りは、基本的にバレないはずだけど、相手はロイヤルナイツ……楽観なんて出来ない……)

 

 デジモンではなく、人間としての姿でこの世界に立っているならまだ物語にもある範囲での話だった。

 自分のことを人間だったと思いこんでいるだけの正真正銘のデジモン、なんて話だったとしてもそれはそれで大事にはならない。

 だが、元は人間であったデジモン、なんて存在はどう考えても今までに無い話だ。

 

 特別も特別。

 なんならベアモン自身、ユウキという元人間のデジモンに何の危険性も無いのかと聞かれたらマトモな反論を出来る自信が無い。

 幸運にも、今まで大事に至ったことこそ無かったが、何も起きてなかったからこそわからないままの事も多いのだ。

 証明材料が無ければ、潔白さなんて誰にも示せない。

 

(……成り行きで僕も関われるようになった以上、ちゃんと見ておかないと。もしかしたら、なんか凄い謎の力とかなんかでユウキの正体か何かしらに感づいてるかもしれない。僕はユウキのことを信じてるからいいけど、ロイヤルナイツまで都合良くユウキのことを大丈夫なやつだと信じてくれるとは限らない。少しでも怪しいと思われたら、良くないことになるかもしれない。だって……)

 

 自分にとって信じるに値するものが、他者にとってもそうであるとは限らない。

 その事を、ベアモンはよく知っていた。

 痛いほどに、知っていた。

 

(――トクベツなやつは、ただトクベツであるだけで、フツウのやつに怖がられるから――)

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 考え事をするほどに、時間が経つのはあっという間に感じられる。

 気付けば、夜の帳は下りていた。

 冷たい風が長く伸びた草を撫でる中、静寂に包まれた獣道の上を松明片手にユウキ達一行は歩き続け、そしてようやく待ち望んだ光景を目の当たりにする。

 

「……やーっと抜けられたのか……」

 

 周囲に巨木や倒木は無く、土は乾いていて、広大な夜空は視界いっぱいに広がっている。

 樹海の閉じた深緑から平原の開けた黄緑に景色は移り、樹海を抜けたその事実を認識して、一行はほぼ同じタイミングで大きく安堵の息を吐いていた。

 当たり前と言えば当たり前の感想を、疲れきった様子のユウキが述べる。

 

「……いくらなんでもあの樹海広すぎだってマジで……今までの依頼はもちろんモノクロモンとかと戦ったあの山を登った時と比べても何倍も時間掛かってる気がするんだけども」

 

 その愚痴を皮切りに、各々の言葉が飛び交った。

 

「流石にそれは気のせいでしょユウキ。色々起こりすぎて感覚が麻痺してるってだけで、いつも今か今より少し前ぐらいには町に戻れてたじゃん。倍は無い。違うのは、ここまでがまだ目的の場所までの通過点でしか無いってことぐらいで……」

「アルス、そういちいち細かく言ってやんなって。ユウキはトールともども、あんなハチャメチャな体験までしてんだ。疲れもたっぷり溜まっている事だろうし、愚痴の一つや二つは出て当たり前だろ」

「愚痴ばかり言ってても仕方無いでしょ。そもそも護衛の依頼なんだからもっと真剣にさぁ……」

「今日のお前はやけに真面目だなぁ。いっつも昼前ぐらいまで寝て約束をすっぽかしたりしてたクセに、どのクチが真面目ぶってんだ」

「ちょっ!! トール、ホークモンとハヅキの前でそんな本当の事言わないでよっ!!」

「……ふむ、ご心配なされるな。眠気覚ましの手段については得手がある。アルス殿であれ誰であれ、寝坊などさせることは無い」

「――えぇと、その手段って?」

「香か、その材料が無ければコブシでござるが」

「起きる!! ちゃんと早起きするから!!」

「えぇと、ハヅキさん。別に熟睡は健康的に悪いことじゃないはずだからそういう物騒なのは……」

「無論、半分は冗談でござる」

「……どちらかもう半分は本気って事じゃん!?」

 

 行く先には広大に広がる湖と、その上に築かれた橋――そしてその上に建てられたらしい町『天観の橋』がある。

 ベアモン達の暮らす『発芽の町』と比べても明らかに建造物の数が多く、規模も数倍以上。

 月明かりに照らされた湖の美しさも相まって、ユウキはその景色に外国へ旅行にでも出たような錯覚がを覚えた。

 ここがデジタルワールドである以上、それこそ現実世界の外国の観光スポットか何かの情報が元になっている可能性もあるだろうが、それにしたって大規模なものである。

 

「宿は機能しているのでござろうか」

「流石に一部屋ぐらいは空いてるだろ。全員分空いてなかったらホークモンとハヅキ以外の一部は地面で寝てもらう事になると思うが」

「そっか。じゃあ厚意に甘えて俺達は宿で寝るんでレッサーは屋根の上とかで寝ててくれな」

「お、どうしたトール。オイラも誰もお前やアルスやユウキにベッド独占したいから出て行けなんて言う気は無かった気がするんだが」

「レッサーはアレだよね。いっつも『ギルド』の拠点で台の上とかで寝てるし、地面の上でも屋根の上でも変わらないよねきっと」

「アルス? いくらオイラでも夜中にまであんな風に寝ることは無いんだぞ?」

「何でもいいけど剣持ったまま入って大丈夫なのかねこれ。ドゥフトモンとのあれこれもあるから捨てるわけにはいかないんだけども……」

 

 誰もが安心していた。

 ひとまず今日の困難は突破したのだと、ゆっくり休むことが出来るのだと。

 

 

 そんな時だった。

 最初に、その音を感じ取ったのはレッサーだった。

 

「――ん?」

 

 何かが強く風を起こしているかのような。

 鳥デジモンが飛翔するそれとは異なる、そんな音にふとして視線を上に上げる。

 月光のみが視界を開く夜闇に紛れ、何かが見えた。

 よく見えず、目を凝らしてみた頃、次いでハヅキがその音を知覚した。

 二秒ほど経って、その表情は安堵していたそれから一変――青ざめる。

 

「――まさ、か……」

「ハヅキさん?」

 

 傍らのホークモンがハヅキの様子の変化に疑問の声を漏らすが、ハヅキから応じる言葉は無かった。

 そしてユウキ、ベアモン、エレキモンの三名もまた、遅れてその音を知覚する。

 

 ごおおおう、ごおおおう、と。

 さながら猛獣の低い唸り声にも似た上方から聞こえる音に、ユウキの表情が変わる。

 そうして皆が、同じ方向へ視線を送り、その飛翔を見た。

 

「――な、なんじゃありゃ!?」

「おいおい……何でこんなトコにあんなモンがあるんだよ!?」

 

 エレキモンとミケモンが、それぞれ驚きの声を漏らす。

 遥か先の夜空から轟音を伴って近付いてくる、魚か何かを想起させる輪郭と頭部を有する飛翔体。

 その造形は、ユウキにとってあまりにも見覚えのあるものだった。

 即ち、それは『アニメ』においても数多くの視聴者に大きな衝撃を与えた『間違いの象徴』。

 二つの作品を跨いで繰り出され、分類としては現代社会において最も恐れられる攻撃手段。

 すなわち、

 

(――スカルグレイモンの、必殺技の……グラウンド・ゼロ!?)

「各々方!! 急ぎこの場から逃げ――ッ!!」

 

 レナモンのハヅキはそれまでの堂々とした態度から一変、ホークモンの体を咄嗟に抱きかかえて走り出しながら、声を荒げて呼びかけてくる。

 が、軌道を確認する余地はおろか、考える時間も無かった。

 咄嗟に脅威を背を向けて走り出した直後、夜空を掻き裂いた弾頭は獰猛な笑みのままに着弾する。

 

 爆音が響く。

 その衝撃は、地響きと共に離れた位置にいたはずのユウキ達を転ばせる。

 何かが砕け、壊れる音、そして悲鳴と怒号とが連続する。

 

 

 

 ――同じ爆発が、同じ衝撃を伴って、続けて二回撒き起こった。

 

 

 

 急いで逃げるべきだとか他の誰々は無事なのかとか、そういった事を考えられる余裕など無かった。

 そうして結果的に伏せた姿勢のまま十数秒ほどが経過し、爆発音が響かなくなったのを知覚して、恐る恐るといった様子で転んだ状態から起き上がり。

 そうして改めて、元々見ていた方向を見た一行の視界に映し出されたのは、

 

「――何だよ、これ……」

 

 地獄。

 そう言う他に無いほどに壊され、火の海と化した『天観の橋』の姿がそこにあった。

 数多く築かれ、あるいは住民たるデジモン達が居としていたかもしれない建造物が壊れ、石材や木材が火炎を帯び、大火事の中で怒号と悲鳴が幾多にも重なっていく。

 ギルモンのユウキは、呆然とするしか無かった。

 ただの火災なら、まだ現実の世界でも見たことがあった。

 だが、その殆どはテレビのニュースで見るような、文字通り対岸のものばかりで。

 こんな間近で、ましてや町一帯全てが燃え上がるようなものを、見たことなんて無かった。

 受ける衝撃も、抱く恐怖も、浮かんだ嫌悪も――それまでに見てきたものとは桁違い。

 原因、というか元凶と言える存在が何であるかを察してながら、それでも思わず呟いてしまっていた。

 何だこれは、と。

 これは本当に現実に起きている事なのか、と。

 

 そして。

 衝撃を受けているのは、ユウキだけではなかった。

 

「――あ、あ――」

 

 その声に、ユウキは振り向いた。

 今日この時に至るまで、見たことの無い表情があった。

 自分やエレキモンの前では、一度たりとも見せなかった顔があった。

 

 ベアモンは。

 アルスは、震えていた。

 体どころか口元や瞳さえも震わせ、恐怖していた。

 そして、他の事になど意識一つ向いていないような様子で、こう叫んでいた。

 

「……う、あああああっ!! ダメだああああああああっ!!」

「ッ!? 待てベアモンッ!!」

「は? おい馬鹿っ!? お前が行ったところで……ッ!!」

「――!? ま、待つでござるアルス殿!! ユウキ殿!! トール殿ッ!!」

 

 彼はそう言うと、自ら大火事の巻き起こっている『天観の橋』に向かって走り出していた。

 その前進に戸惑いを覚えて二秒、遅れてユウキとエレキモンも後を追い始めて。

 結果的に、大火事巻き起こる町の方へとあっという間に向かって行ってしまった三人の背中を見て、ハヅキは明確に焦燥を帯びた表情でこう告げていた。

 

「レッサー殿ッ!! 急ぎアルス殿達を連れ戻し、この場から退かねば!!」

「……アレについて、何か知ってるのか!?」

「私の予想通りであれば、あの凶器を町に放ったのは……」

 

 問いに対し、速やかな返答があった。

 今まで以上の震えを見せるホークモンの傍ら、忍びの里から依頼に来た銀の狐はこう述べたのだ。

 

「……私達の里を壊滅させた、未知の化け物どもでござる!! 今あの町に下っ端であれ何であれ、関係する者が来ているのだとすれば、それはまずマトモに太刀打ちしていい相手ではないッ!!」

 

 直後にレッサーも遅れて駆け出していく。

 誰も彼も、樹海を踏破した疲れも癒えず、重い足取りのまま。

 弾頭の炎に照らされた夜闇の中を、進んでいく。

 



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