量産型なのはの一ヶ月 (シャケ@シャム猫亭)
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コーヒーとミルクは混ざったら分離出来ないのだ

息抜き作品。
こういう系が好きってだけ。

続き書くかは未定。


 それを観たのは、本当にただの気まぐれだった。

 

 

 

『            』

 

 

 

 明日から三連休だから、何か映画でも見ようとレンタルショップに寄ったんだ。

 店に入ると、懐かしのアニメ特集と書かれたポップの下にアニメ映画が数作品置かれていた。

 特に借りるものが決まっていたわけではなかった俺は、そのコーナーに寄って行って眺める。

 半分くらいは十代の時に見たことある映画で、確かに懐かしいなと感じた。残りの半分は見たことがないが、名前くらいは知っている。

 どうせなら見たことないのを借りることにした俺は、適当に二作品選んでレジに行く。おすすめしているんだから、つまらない作品じゃないだろうと、選ぶのは適当だった。

 

 

 

『 き         』

 

 

 

 一人暮らしのアパートに帰って来て、夕飯は冷蔵庫に入っていた材料を適当に炒め物にして食べた。

 不味くはないが、店で出せるほど美味くもない、ほどほどの味。

 そのあとはシャワーを浴びる。

 浴槽にお湯を張ることはあまりない。一人暮らしをして分かったことだが、意外と風呂を洗うのは面倒なのだ。

 だからシャワーですませてしまう。

 

 

 

『  て        』

 

 

 

 シャワーを浴び終えれば、寝間着に着替える。

 冷蔵庫から缶チューハイを一本、それとつまみにスナックを用意して、ちゃぶ台に置いた。

 テレビを点けてから借りてきたDVDを再生機に放り込んで、座椅子にどかりと座り込む。

 アニメを見るのは、ずいぶんと久しぶりだ。

 缶チューハイのプルタブを立てれば、カシュッと炭酸が抜ける音がする。口を付けて傾ければ、甘い炭酸が喉に流れこんできた。

 よくチューハイは酒じゃなくてジュースなんて言われるが、別にいいじゃないか。ビールのような苦い酒は美味しいと思えないし、蒸留酒のような強い酒はまるで消毒液のような感じがして好きになれない。

 

 

 

『   く    マ   』

 

 

 

 ぼんやりと映画を見る。

 昔流行ったアニメで、それの映画版というやつだ。

 タイトルくらいは聞いたことあったが、内容はほとんど知らない。

 精々、主人公が魔法使いの女の子ってことくらいだ。

 

 

 

『     さ   ス  』

 

 

 

 タイトルにも名前が入っている女の子が出てきた。

 そうか、小学生か。

 イタチが出てきた。

 イタチじゃなくてフェレットだった。

 そうそう、確か弱っていて、慌てて医者に連れて行ったんだよな。

 夜に主人公は助けを呼ぶ声を聴いて、動物病院に行ったらフェレットが喋った。

 あと、変なスライムみたいのがいた。

 ああ、あればビビったな。ドラクエみたいに可愛ければよかったんだが、よくわからん変な奴だったし。

 ……………ん?

 あれ、俺、この作品見たことあったか?

 いや、ないはずだよな。

 でも…………どうしてこんなに懐かしいんだ?

 そんな風に首を捻っていたら、いつの間にか主人公が変身していて、ジュエルシードを封印していた。

 

 

 

『 き く  い    』

 

 

 

 映画はどんどん進んで、中盤になると敵の女の子が出てきた。

 フェイトちゃんだ。

 ……………え?

 なんで俺、名前知っているんだ?

 フェイトちゃん………フェイト=テスタロッサ。

 あ、名乗った。

 うん、フェイト=テスタロッサ、当たってる。

 

 

 

『 き   さ   スタ 』

 

 

 

 物語は終盤へと移る。

 ジュエルシードを賭けて、フェイトと一騎打ち。

 激しいバトルが繰り広げられるが、最後はなのはの全力全開砲撃で決まった。

 そして、そこで俺は映画を止めた。

 

 

 

『   く  い マ タ 』

 

 

 

 いい加減、違和感が無視できなくなった。

 俺は、俺はどうして………知っているんだ?

 この先の展開も知っている。

 時の庭園で、フェイトのお母さんと………。

 違う、違う。

 知ってるなんてものじゃない。

 違う………覚えている。

 

 

 

『  てくださ   スタ 』

 

 

 

 覚えている。

 覚えている!

 あの時の傷の痛みを、辛さを、心を!

 何のために戦ったのかを!!

 違う、違う違う違う!!

 そんなはずはない、そんなはずがない。

 だって、俺は男で、魔法なんてこの世にはなくて。

 それに「リリカルなのは」は初めて見る作品で。

 

 

 

『 き  ださい マ ター』

 

 

 

 気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い。

 何だなんだナンだなんだこれ。

 そんなはずはない。

 違う違う違う。

 俺は男で、社会人で、今日だってパソコンに向かって仕事して!

 

 

 

『起き く  い、マス ー』

 

 

 

 煩い、五月蠅い、うるさいうるさい!!

 私に話しかけるな!

 違う違う違う!!

 俺は、俺は、私じゃない!!

 俺は、俺は俺はオレは私はおれはおれはおれはわたしは!

 

 

 

 ……………あれ?

 

 

 

 なまえ、なんだっけ?

 

 

 

『起きてください、マスター!!』

 

 

 

 

 

 目の前に、剣を振り上げた男が居た。

 

「っ!!」

 

 咄嗟に手に持っていた杖を構え、振り下ろされた剣を受け止めた。

 だが、男の腕力が強く、踏ん張りも効かせられなかった俺は、そのまま吹き飛ばされる。

 勢いが付いた体は地面に落ちると、そのままゴロゴロと転がり壁に背中からぶつかる。

 

「っがは!!」

 

 息が詰まるほどの衝撃と痛みが背中から伝わり、視界が涙でにじむ。

 

『大丈夫ですか、マスター!?』

 

 ああ、くそっ、何だってんだ!?

 大丈夫じゃねえよ、超痛え。

 口の中を切ったのか、血の味がする。

 だが、それよりも目の前の男だ。

 剣の切っ先は未だこちらを向いている。

 このままじゃ、殺される。

 

『立ってください、マスター!』

 

 分かってるよ、そんなこと。

 けど、だめだ。

 上手く呼吸出来ねえ、足が動かねえ。

 

『なら、私を構えて下さい』

 

 構える?

 私?

 ……………ああ、そうか。

 そうだね、そうだったね。

 歪んだ視界の中、俺は、私は、手に持った杖を、相棒を男に向けて。

 

『制御は私が行います。マスター、全力で行きましょう』

「うん………」

 

 体からあふれ出す熱い奔流が、相棒に伝わっていく。

 知らないけど、覚えている。

 そう、だから、呟くんだ。

 

 

 

 引き金を引いた。(トリガーワード)

 

 

 

「『ディバイン……バスター』」

 

 

 

 淡い桜色の奔流と共に、俺の、私の意識はゆっくりと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

『起きてください、マスター』

 

 ん………あと、五分………。

 

『ダメです、起きて下さい』

 

 いいじゃん…………どうせ、休みなんだし。

 

『休み? 何を言っているんですか、マスター。早くここから去らなくては、先ほどの刺客の増援が来てしまいます』

 

 ………しかく?

 ……四角……刺客…………っ!!

 

「そうだ、俺、襲われて!!」

 

 その言葉で俺は飛び起きた。

 慌てて辺りを見回せば、二十メートルほど離れたところに先ほどの男が転がっていた。

 

『マスター、すぐにここから離れましょう』

「っ、誰だ!?」

 

 機械を通したような女性の声がして、俺はもう一度辺りを見回すが、それらしき影は無い。

 

『私です、レイジングハートです』

「レイジング、ハート………まさか!?」

 

 胸元を見てみれば、首にかけられた皮紐の先に赤い結晶が付いたネックレス。

 結晶はまるで返事するかのように明滅する。

 レイジングハート。

 私の、相棒。

 

「あれ? わた、し………?」

『マスター、色々聞きたいことがあるとは思いますが、まずはここを離れましょう。あの男がいつ起きるかも分かりません』

「………わかった」

 

 疑問はいっぱいある。

 もう、わけがわからなくて、俺の頭の中はぐちゃぐちゃになってる。

 けど、さっきみたいに襲われるのはゴメンだ。

 私はレイジングハートの言葉に従い、その場から走り去った。

 

 

 

 

 十分ほどわき目も降らず走って、体力が尽きた。

 それからはレイジングハートの誘導に従い、一時間ほど歩いて移動する。

 着いたのは、小さな公園だった。

 真夜中なので人はいない。

 淡く光る街灯と、お手洗いに付けられた切れかけの電灯、そして中天で輝く二つの月が公園を照らしていた。

 ここまでくれば一先ず大丈夫だろうという言葉を聞いて、俺はベンチに座り込んだ。

 

『マスター、傷の具合はどうですか?』

「打ち身が少々と擦り傷が多数。けど、まあ、取り敢えずは大丈夫だ」

『ご無事で何よりです』

「………ああ」

 

 夜空を見上げれば、二つの月が目に映る。

 それを当たり前と感じる私がいて、俺はそれを否定する。

 けれど、私の心を否定しきれなくて、それでも認めたくない俺がいる。

 

「………なあ、レイジングハート。一番に、最初に教えてほしいことがあるんだ」

『何でしょうか』

「俺は、私は………」

 

 

 

 誰なんだ?

 

 

 

『………あなたは………あなたの体は「高町なのは」のクローンです』

「高町……なの、は………」

『そして、あなたの記憶は「平凡な青年」に「高町なのは」の記憶を混ぜたプログラムです』

「………は、はは…………うそ、だろ?」

『事実です』

 

 嘘だ。

 嘘だうそだウソダ!

 父さんが、母さんが、妹が、親友が、恋人が、同僚が、上司が。

 俺の記憶が、思い出が作り物だなんて、ウソダ!!

 

 本当だよ。

 私は本当だと知ってる。

 俺の記憶が作り物で、私の思い出が『私』のものじゃないって

 何よりも、誰よりも私が知っている。

 

「………胡蝶の夢、かよ」

『何でしょうか、それは?』

「………ある男が蝶になった夢を見て、自分は蝶になった夢を見ているのか、それとも蝶が人間になった夢を見てるのかわからなくなるって話さ」

『なるほど』

 

 この話の肝は、夢と現は共に真実で、受け入れ行動せよってことだ

 

「…………わかった。俺が私であることは一先置いておく。だから、順番に説明してくれ」

『了解しました』

 

 

 

 

 

 

 プロジェクトF。

 クローニングした素体に記憶を定着させることにより、従来の技術では考えられない程の知識や行動力を最初から与える事が出来る。

 その最大の目的は、元となった人物の肉体と記憶の複製。

 

『ですが、元となった人物の完全再現だけは叶わず、極限まで似てはいても「新たな人格と資質を備えた別人」となってしまうという所で研究は一度座礁しました』

「その辺の知識は、「私」の中にもあるな」

 

 その結果、生まれたのがフェイトだ。

 

『しかし、そこで研究は終わらず、「別人」ということを逆手に取ることになりました』

「………具体的には?」

『魔法の素質さえあれば「本人」である必要はない。いえ、むしろ「駒」にするなら本人じゃない方がいい。絶対服従の『人格』を植え付ける研究です』

「………それが、「俺」か?」

『いえ、正確には違います。マスターはその前段階、「プログラム記憶及び人格の拒絶反応確認試験体」です。実験の結果は、拒絶反応無くプログラムの記憶と人格は正しく継承されたことで成功となりました。そのため研究は次の段階に移行、絶対服従の「人格」を植え付ける段階へと進み、マスターは「処分」が決定しました』

 

 だが、ただ殺して処分するには金が勿体ないし、なによりも私の身体は魔力に満ち溢れている。

 

『そこで、その潤沢な魔力を動力源とする装置への永久接続が決まりました』

「つまり、電池……か」

『そうです。マスター以外の個体も同様の処理がなされています』

 

 有効利用ってやつなんだろう。

 だが、今回はそうはいかなかった。

 

『その輸送中の事でした。マスターの中の「高町なのは」が目を覚ましたのです』

 

 そう、本来あるはずのない「私」が目覚めたから。

 

『突然のことで混乱した「高町なのは」は魔力を暴走させ、輸送車を大破、私を持って逃走しました』

「………ちょっと待て、レイジングハート。お前はなんでそんな所にいたんだ? 本物の「高町なのは」のデバイスだろ」

『………私もまた、本物の「レイジングハート」ではありません。マスターの魔力運用テストのために作られた劣化コピーです』

 

 そのため、アクセルモードにしかなれないし、出力も50%ほどしかないらしい。

 

『話を続けます。私と共に逃走した「高町なのは」ですが、当然すぐに追手がかけられました。精神状態が不安定な「高町なのは」は追手に敗北、昏倒します。ですが、そこでもう一つの意識が目覚めました』

「つまり、土壇場で今度は俺が目覚めたんだな」

『後は、マスターもわかる通り、追手を撃退、再度逃走して此処に至るというわけです。ところでマスター、今は「どちら」ですか?』

「………ベースは「俺」だ。だが「私」の記憶も確かにあるし、大人の男から少女になったってのに身体に違和感がない。完全に混ざっちまった」

『そうですか……』

 

 そこでレイジングハートとの会話が一度途切れる。

 もう一度夜空を見上げれば、二つの月の位置が変わっていた。

 結構な時間話していたし、当たり前か。

 しかし、そうか。

 俺は作り物だったのか。

 

『マスター、落ち込むのも分かりますが、そろそろ移動しましょう。此処に留まり続けていれば、管理局員に追いつかれます』

「え、追手って管理局なの?」

『先ほど交戦した追手は管理局の制服でした。管理局全部とは言いませんがあれほどの実験を隠蔽出来るということは、間違いなく上層部が絡んでいます。迂闊に接触すれば、すぐにバレるでしょう』

「……了解、気を付ける」

 

 俺はベンチから離れ、公園を後にした。

 そうして歩き始めて数分のところで、重要なことを思いついた。

 

「なあ」

『なんでしょう?』

「俺に、名前を付けてくれないか? 「高町なのは」でもなく、平凡な青年としての「記憶のプログラム」でもない、「自分」の名前」

『………分かりました。そのかわり、お願いがあります』

「うん?」

『私の名前を付けてください。私は「レイジングハート」の劣化コピーですがレイジングハートではありません。私だけの名前を下さい』

「………もちろんだ、相棒」

 

 

 

 

 

 

 あれから俺たちは一日移動しっぱなしだった。

 管理局の追手なのだろうか、空を飛ぶ奴らを何人か見たが下水道を使ったりして何とかやり過ごすことができた。

 まあ、そのせいで身体に悪臭が染み付いて酷いことになっているんだがな。

 因みに今は朝方、あの公園を移動して約三十時間が経っている。

 

「クレス、いい加減腹が減って動けなくなりそうなんだが、お金とか持ってない?」

『残念ですがありません』

 

 そういえば、相棒の名前を決めたんだ。

 ビタークレス。

 普段はクレスって呼ぶことにした。

 不屈の心って花言葉を持つ花の英名だ。

 デッドコピーとはいえレイジングハートの姉妹機だし、繋がりはあってもいいんじゃないかって思って名付けた。

 クレスも気に入ってくれた。

 

「仕方がない、この辺に川とかないか?」

『二キロほど西に小川がありますが、どうするのですか?』

「水浴びと、魚釣り」

 

 正直、臭すぎてやってられない。

 俺の中の「私」が悲鳴をあげてる。

 

『水浴びは分かりますが、魚釣りには道具が必要ですよ』

「問題ない。クレスの魔法は非殺傷なんだろ。川にぶっぱなせば気絶した魚が浮いてくるはずだ」

『……………』

 

 あ、機嫌を悪くした。

 短い付き合いだが、クレスが人と同じように感情があるのはわかる。

 本来の使い方じゃないから不満なんだろう。

 

「我慢してくれ。ぶっちゃけ、もう腹が空きすぎて倒れそうなんだ」

『………今回だけです』

「さんきゅーな」

 

 

 

「ふいー、さっぱりした」

 

 小川についた俺は、そこから人の目に付きにくい場所まで川を遡った。

 そして、いい感じに人気がない橋の下に着くと、すぐさまバリアジャケットを解除して川に飛び込んだ。

 夏の強い日差しに反して冷たい川の水が心地よい。

 そういえば言ってなかったが、バリアジャケットを解除すればマッパになる。

 輸送されるときは生命維持装置みたいなポッドに入れられていて、服は着ていなかったらしい。

 私「高町なのは」が逃走の際にバリアジャケットを服替わりにしたとクレスが言っていた。

 

「クレス、魚取るよー」

『大変不本意ですが、了解しました』

 

 その言葉と共に、胸元で赤い宝石として輝いていた待機モードのビタークレスが、杖へと変化した。

 いわゆるアクセルモードというやつで、一番魔法の杖っぽいやつ。

 ついでに俺もバリアジャケットを着て、裸の少女(12)から魔法少女(12)へと変身する。

 

「クレス、生体反応をサーチして」

『了解………前方の岩陰に一匹います』

「それじゃ、攻撃して取ろうか。スターライトブレイカーでいい?」

『ダメです。魚を取るどころか大地を抉り取りますよ。そもそも、私が耐えられなくて壊れます』

「冗談だって。レストリストロックにするよ」

 

 魔法の練習は必要ない。

 だって「私」が覚えているから。

 俺は軽くクレスを振ってレストリストロックを岩陰に放った。

 

『目標、捉えました』

「おー、上手くいったな」

 

 バシャバシャと川を歩き岩陰に行けば、光の輪によって捕獲された魚が一匹。

 三十センチほどある大物だ。

 

「クレス、これ食えるやつ?」

『解析………毒はないので食べれます』

「味は?」

『知りません』

 

 …………まあ、そこは妥協するか。

 空腹は最大の調味料って言葉を信じよう。

 俺は川から上がると、魚にその辺で拾った石を擦りつけてウロコを剥がす。

 それから、割れたガラスを使って腹を割いて内臓を取り出し、川で洗って綺麗にしたあと棒に突き刺して火に焼べる。

 火は拾ったライターで起こした。

 やってて良かったボーイスカウト。

 ま、作り物の記憶だけどね。

 

『逞しいですね、マスター』

「こんな身体だけど、精神は男の「俺」がベースだからね………っと、焼けた焼けた」

 

 いただきます、と感謝の言葉を述べてから齧り付く。

 実に三十二時間ぶりの食事だ。

 目覚めてから何も食べてないってだけで、本当はもっと久しぶりかもしれないが。

 

「うん………」

『ご感想は?』

「マズイ」

 

 けど、腹が減ってるから食べるのは止まらない。

 舌は拒絶しているのに、胃が求めている。

 せめて塩があればもう少しマシだったかもしれない。

 

 

 

「さて、腹も一旦膨れたし、これからどうすっかね?」

『一番良いのは、信頼出来る者に保護を求めることでしょう。今のマスターには衣食住の全てがありません』

 

 そうなんだよなー。

 バリアジャケットを服代わりにしてるが、これ解除したら素っ裸だし。

 飯はここでマズイ魚を食ってることでもお察し。

 住居どころか戸籍すらない。

 

「信頼出来る人、か。真っ先に浮かぶのは「私」だよな」

『「高町なのは」は確かに信用出来ますし、間違いなく全力で保護してくれるでしょう』

 

 問題はどうやって接触するか、だ。

 それも、同じ管理局に追われているからには、直接接触は絶対だ。

 間に誰かを挟めば、情報が漏れて追手にバレる可能性がある。

 

「「高町なのは」の住居、あるいは職場は分かるか?」

『残念ながら、私がコピーされた時はミッドチルダに住居を構えておりません。職場は教導隊に勤めているらしいとのことまでは分かりますが、教導隊はその仕事柄部署を転々としますので、現在どこに居るかは不明です』

 

 クレスは、いつか研究施設から抜け出せたときの為に情報を集めていた。

 ネット環境への接続は許されず、ほとんどは研究者たちの雑談からの情報であったが、それでも無いよりはずっとマシであった。

 

「お前、いつコピーされたの?」

『新暦六十七年です。「高町なのは」が撃墜され瀕死になった際、レイジングハートもオーバーホールを受けました。その時、全データをコピーされ、それが「私」になりました』

 

 因みに、今は新暦七十五年の八月下旬だから、約八年前か。

 

「「私」の記憶も大体そのくらいまでだし、俺もその頃に得たデータから作られたのかもな」

『恐らくそうでしょう。身体の隅から隅まで検査していましたから』

「……っと、それは置いておこう。全データをコピーされたならメールアドレスとかはないのか?」

『ありません。メールや通話の記録は全て消去されています。それにあったとしても機能がありません』

 

 当たり前か。

 密告の危険性は取っ払っているよな。

 

「あー、もう。何をするにも情報が足りなすぎる。「私」の記憶だって八年前のものだし」

『ならば、まずは情報収集を致しましょう。どこかでネットにアクセスさえ出来れば、ここ八年で「高町なのは」が何をしていたのかも分かります』

「そうか、そうだよな。ナイスだ、クレス!」

 

 アクセスなんてネットカフェにでも入れば簡単に出来る。

 

「他に信頼出来ると言えば「フェイト=テスタロッサ」と「八神はやて」、「ヴォルケンリッター」に「ユーノ=スクライア」、「ハラオウン親子」くらいか。この辺の情報も出来るだけ引っ張ってこよう」

『その辺が妥当でしょう。運が良ければそれらのうち誰か一人でもアドレスが見つかるかもしれません。そうすれば後は自然と向こうで連絡を取り合うはずです』

「ああ、「私」たちの友情は厚いからな。多分、八年経っても変わってないだろ」

 

 やることは決まった。

 ネットカフェ代を拾うこと。

 それで呼び出しの連絡をして、保護してもらおう。

 カフェ代なんて大して高くないから、自販機の底でもあされば得られるだろう。

 

「そうと決まれば、早速自販機を探――」

『マスター、上です!!』

 

 その言葉に見上げれば、橋の上から飛び降りる形で男が迫ってくる。

 その手には両刃剣のデバイス。

 咄嗟にプロテクションを発動させて魔法障壁を張れば、数瞬後には剣戟がぶつかった。

 

「っち、防いだか」

 

 追撃されないよう、俺は素早くバックステップを踏んで追手の男から距離を取る。

 「私」は砲撃魔法使いだけあって中~遠距離が得意だが、反面、近距離が苦手だ。

 向こうもそれがわかっているのか、すぐにクロスレンジへと持っていこうと剣を構えて寄ってくる。

 だが、一つ向こうには誤算がある。

 

「クレス、お前、武器としての強度はどのくらいだ!」

『鉄パイプくらいはあります』

「オーケー、十分だ。先に謝っておく、乱暴に使うぞ」

 

 それは、「俺」が剣道をやっていたってことだ。

 

「オラっ!」

 

 剣を障壁で受け止めると、ビタークレスで突きを繰り出す。

 「俺」の腕前は一般人に毛が生えた程度のものだが、こちらからクロスレンジに踏み込んで来るのは予想外だったのか、突きは上手いこと鳩尾に入る。

 だが、痛みで怯んだのは一瞬のこと。

 子供の力では大したダメージになりもしない。

 しかし、「私」が欲しかったのは、まさにこの一瞬。

 

「レストリストロック!」

 

 直後には男の四肢に光の輪が現れ、拘束する。

 こうなれば、「私」の必勝パターンだ。

 俺のリンカーコアからビタークレスへと魔力が伝わる。

 こっちは必死なんだ、容赦はしない。

 俺は至近距離で魔砲を発動させる。

 

「ディバインバスター!!」

 

 オリジナルの「高町なのは」よりもほんの少しだけ淡い桜色の奔流が、追手を吹き飛ばした。

 

「ふう………非殺傷だから思いっきりぶっぱなせてイイな!」

『いい笑顔です、マスター』

「しかし、もう嗅ぎつけられたか。こりゃ、早く保護してもらわなきゃマズイ」

『そうですね、ここまで早く来るとは想定外です。一刻も早く移動しましょう』

「だな………っと、その前に」

 

 俺は倒れている追手の傍によると、その身体を弄る。

 

『何をしているんですか、マスター?』

「いや、財布ないかなーって………お、あったあった」

 

 尻のポケットに入っていたそれを抜き取って、中身を確認する。

 うん、紙幣と硬貨がそこそこ入ってる。

 これさえ頂ければ、こいつに用はない。

 

「じゃ、行こうか。金もあるし、さっきよりも楽に逃走出来る」

『鬼ですね』

「オリジナルは「魔王」なんて呼ばれてるんだろ? それに比べれば可愛いもんさ」

 

 ここから離れたらコンビニで飯を買おう。

 魚だけじゃ、やっぱり足りないからな。



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バーリアー、平気だモーン!

感想と評価のお礼にもう一話書きました。
見直しとかしてないから、多分誤字脱字設定矛盾とかあるよ。


下手に八月にしたの後悔したけど、逆に考えるんだ。
イベント無視で自由に書けるさ、と(錯乱)。

あ、タイトルに意味はないです。
思いつかなかっただけ。


 一時間ほど逃走して、取り敢えず追手を振り切ったと人心地付ける場所まで来た。

 逃げている間、どうしてあんなに早く追跡されたのかクレスと議論したが、色々な可能性が考えられて結局結論は出なかった。

 ただ、その可能性の中にはバリアジャケットだったからというのがあった。

 確かに、「高町なのは」のバリアジャケットは普通の服じゃないし、コスプレをしているかのようにとても目立つ。

 そういうわけで、まずは服屋に寄り上下と下着のフルセットを購入。続いて顔の印象を変えるため、百均で太い黒縁の伊達メガネを装着。ツインテールも止めて、まとめて帽子の中へしまう。

 

「よし、これでだいぶ見た目変わったな」

『確かに、パッと見では「高町なのは」とは分からなくなりました。しかしマスター、ジャージですか……』

「命かかってるのにオシャレなんぞしてられっか。動きやすさ重視に決まってる」

 

 それに、オシャレするほど金がない。

 あいつがもう少し金を持ち歩いてれば、あるいは考えたかもしれないが。

 いや、やっぱ無いわ。いくら外見が女の子でも、中身は『俺』だし。

 

「まあこの変装も、体内に発信機なんかが仕込まれてたら無駄なんだけどな」

『その可能性は低いと思われます』

 

 もし発信機があったなら、上空を素通りされるはずがない。

 何かしらの手段で居場所がバレたのだろうが、直接ここだと分かるほどの精度ではないというのがクレスの予想だ。 

 

「さて、隠れていてもジリ貧だし、ネカフェに行くか。身分証が必要ない所はわかるか?」

『残念ながら。地図くらいはありますが、そこまで詳細な情報は持ち合わせていません。一つずつ回るしかないでしょう』

「んじゃ、一番近いところに案内してくれ」

『了解、マスター』

 

 それから俺たちは、いくつもネットカフェを回った。

 身分証がない子供というのは思いのほか痛く、次々に断られてしまったが、六店目にしてようやく入ることが出来た。

 すぐにモニターに向きあい、クレスをアクセルモードにして有線でネットと接続した。クレスには無線機能が無いので仕方がないのだが、下手にオリジナルを知っているせいか、クレスは機能が制限されていることが随分と不満なようだった。

 

「どうだ、クレス?」

『アクセス完了。情報収集を開始します』

 

 クレスは俺が手で検索するよりも、圧倒的に早い速度で情報を収集していく。

 ネットに接続して十分が経つ頃には、大体の情報が集め終えていた。

 その間俺はフリードリンクをチューチューして栄養をとっていた。川魚よりずっと美味しい。

 

『マスター、「高町なのは」らについて調べ終わりました』

「聞こう」

『「高町なのは」は、やはり管理局教導部に勤めているようです。時空管理局本局武装隊 航空戦技教導隊第五班、一等空尉です』

「そうか、「私」はあれを乗り越えたのか」

 

 『私』の持つ記憶の最後は、撃墜された瞬間。腹部を貫かれる痛みと、ヴィータの悲鳴のような叫びは鮮烈に思い出せる。今は俺と混じったから客観的に判断出来るが、あれは、ヤバい。死んでもおかしくなかった。

 細かい話も聞きたいが、今は後回しだ。

 

「直接連絡が付くアドレスはあったか?」

『フェイト=T=ハラオウン執務官への依頼窓口のものがありました。それ以外は残念ながら』

「それでも十分だ」

 

 フェイトの奴、ちゃんと執務官になれたんだな。

 きっと一発合格だろ、優秀だし。

 

『いえ、どうやら二度ほど落ちたようです』

「え、フェイトが!?」

 

 フェイトが二浪するとか、俺じゃ受かる気がしない。そもそも受ける気もないけどな。

 

『それで、メールの文面はいかが致しましょう?』

「クレスのデータ全部送っちゃえば? 実験に関するアレコレなデータ持ってるんでしょ?」

『確かにありますが、メールで送るには重すぎです』

「んじゃ、実験の概要と証拠になるデータ。最後に、首都クラナガンに潜伏中保護求むでしめれば?」

『その証拠データが重いという問題なのですが』

「そんなの、今日の日付を入れた俺の写真でいいじゃん」

 

 俺は『高町なのは』なのだから、見ればわかるだろ。

 

『それなら、動画を送った方が信憑性が増すでしょう』

「いいんじゃね、それで」

 

 四杯目の野菜ジュースをストローで吸いながら答える。

 あー、うまいわー。

 お腹タプタプだわー。

 

『マスター、既に撮り始めています』

「……へ? ちょ、ちょっと、撮るなら撮るって言えよ!」

 

 慌ててジュースを机に置き、コホンと咳払いを一つ。

 

「あー、どうも、初めまして………」

 

 

 

●REC

 

「……あー、うめー」

 

 チューチュー、ズゾゾゾ。

 

『マスター、既に撮り始めています』

「……へ? ちょ、ちょっと、撮るなら撮るって言えよ!」

 

 慌ててジュースを机に置き、コホンと咳払いを一つ。

 

「あー、どうも、初めまして。いや、久しぶりの方がいいのか?」

 

 うーんと腕を組んで考え込む。 

 

「今は俺だし、やっぱ初めましてだな。えー、突然のことで申し訳ないのだが、助けて欲しい。概要はメールにある通り、プロジェクトFの実験体なんだよね、俺。運良く逃げ出したんだけど、今も追手がかかってて、あー、正直ヤバイ。頼れるのアンタ達しか思いつかないし」

 

 はははっと笑う彼女にあまり悲壮感というか危機感が見えないのは、彼女の性格のせいなのだろう。

 

『マスター、今の姿では分かりづらいでしょう。元に戻っては如何でしょう?』

「あ、確かにそうだな。クレス、バリアジャケット出して。ついでに髪型もオリジナルと同じで」

『オーライ、マスター』

 

 動画の少女が、一瞬光に包まれる。

 そして、その光が止んだ時そこに居たのは、高町なのはだった。

 もちろん本人じゃないのはわかる。なにせ、この「高町なのは」は幼い。

 外見がおおよそ11、12歳なのだ。

 

「えーと、私としては、久しぶり、かな? フェイトちゃん、元気してる? と言っても、私の記憶じゃそんなに久しぶりって気がしないんだけどね」

 

 なははっと笑う様子は、高町なのはそのものだ。

 

「無事に執務官になったんだってね。私の記憶は八年前が最後だから、受験の結果知らなかったんだよね。私が言うのも可笑しいのかもしれないけど、おめでとう」

 

 そこで、ふうっと動画のなのはが息を吐く。

 それと同時、バリアジャケットが解除されて、もとのジャージの少女の姿に戻る。

 

「やっぱ「なのは」口調は、すげー違和感感じる」

『心配いりません、本物と同じでした』

「まあ、何だ。そういうわけで俺は「高町なのは」のコピーってわけだ」

 

 バリアジャケットの解除と一緒に口調も元に戻る。

 

「今はクラナガン二十八地区って所にいる。早めに来てくれることを祈る。ああ、最後に、俺の名前は―――」

 

 突如、爆発音が聞こえ、最後の言葉が飲まれてしまった。

 

○REC END

 

 

 

「やっば、もう来たのか!? クレス、さっさとメール送って逃げるぞ!」

『今、送ってい――』

 

 ブツンと、全ての明かりが消えた。

 俺は慌てて、暗闇の中で淡く光るクレスを掴む。

 

『転送失敗です、マスター』

「やられたな、建物のブレーカーをぶっ壊された」

『とにかく脱出しましょう』

 

 とはいえ、この状態で正面から出て行くのはマズイ。

 間違いなく待ち伏せされている。

 

「確か、トイレに窓があったな。そこから出よう」

『戦闘になる可能性高いです、バリアジャケットを装着しましょう』

 

 クレスの言葉と同時、服装がなのはモードに切り替わる。

 学校の制服をモチーフにしたようで、とても可愛らしいと思う。じっくり眺める気も時間もないけどな。

 店内の客が非常口へと向かう中、俺だけがトイレへと向かう。

 親切な誰かが、非常口はそっちじゃないと俺に言う。それに心の中で礼を言いつつ無視、トイレに駆け込んだ。

 

「っち、この窓はめ込み式だ!」

 

 迷っている暇はない。

 俺はクレスを振りかぶり、思いっきり窓へと叩きつけた。

 鈍い音をたて、窓ガラスにクモの巣状のヒビが入る。

 

『せめて、鈍器として使うなら一言――」

「もう一丁!」

『……もういいです』

 

 二回目で穴が空き、それから何度かクレスをぶつけることで、俺が潜れるほどに窓ガラスが割れた。

 外はビルとビルの隙間、人一人がやっと通れる路地になっている。ついでに、ここは三階。飛び降りるにはクレスの力を借りる必要があるようだ。

 

『飛翔魔法は準備済みです』

「流石、仕事が早い」

 

 何の気負いもなく、ひょいと窓から飛び出した。

 直後、頭上から殺気を感じる。

 

「っ! フライアーフィン!!」

 

 俺の足元に翼のような光、フライアーフィンが現れる。

 空中を蹴るような形で横っ飛びすれば、寸前までいた場所を砲撃が貫いた。

 ビルの壁に当たった砲撃は爆風を生み、体勢が崩れていた俺はそのまま吹き飛ばされる。

 何とか制動をかけて体勢を立て直し、撃たれた方を見れば、そこには先程とは違う魔導師がこちらに杖型デバイスを向けていた。

 

『マスター、相手は遠距離型です』

「見りゃわかる!」

 

 言った瞬間、次弾が発射された。

 足を止めていたため、避けるには間に合わない。

 

「アクティブプロテクション!!」

 

 砲撃相手ではオートガードで発動したバリアでは防ぎきれない。

 自らの意思でバリアを張り、多くの魔力を流し込んで砲撃を受け止める。

 

「があああっ!!」

 

 ずしんと、吹き飛ばされそうな圧力に襲われる。

 何とか耐え切って魔導師のことを見上げる。こちらに向けた杖先のスフィアには次弾のチャージが始まっていた。

 

「ちくしょう、最悪だ」

『ロングレンジでは砲撃を撃たれます。接近しましょう』

「それしかないか!」

 

 膝をぐっと落として力を溜め、タイミングを見計らう。

 一際スフィアが明るくなったのを機に、それを解き放つ。

 

「フラッシュムーブ!」

 

 砲撃魔法が放たれるのと同時に高速移動用の魔法を発動し、砲撃はすれ違うようにして魔導師との距離を詰める。

 バリアジャケットが砲撃を掠めるギリギリの距離だが気にしない。

 その勢いのまま、上段からクレスを振り下ろすが、奴の発動したプロテクションに弾かれた。

 

「やっぱオートで張ってるよなぁ」

『砲撃魔導師のデフォルトです』

「仕方がない、ミドルレンジでの高速射撃戦だ!」

『そもそも、それが普通です』

 

 私で殴るのがイレギュラーなんですというクレスの呟きを聞き流し、フォトンバレットを生成する。

 無論、向こうも既に近距離戦の構えを見せており、多量の弾幕をばら撒き合う戦いが始まった。

 掠めるようなぎりぎりの回避を続けながら、お返しに弾幕をプレゼント。

 少しずつだが、こちらが押している。

 

『避けるの上手いですね、マスター』

「陰蜂に比べればマシだからな!」

 

 勝ったことないけど。ホント、「俺」は変なことばかり覚えているんだから。

 

「一気に押し込むぞ! ディバインシューター、セット!」

 

 俺の周りに、5個のディバインスフィアが現れ、くるくると衛星軌道を描き始める。

 

いけよ、ファングゥゥゥ(コントロール)!!」

 

 俺の叫びに合わせ、ディバインスフィアが魔導師に向かって飛んでいく。

 魔導師は迎撃に魔法弾を撃つが、乱数回避を組み込んだスフィアにはなかなか当たらない。

 2個は落とされたが、残りが奴を上下後ろからロックオンする。

 

「シュート!!」

 

 よけられないと判断した魔導師は、全力でプロテクションを張る。

 それでも、私のディバインシュートはバリアにヒビを入れるくらいに強力だ。

 そして、ここで最も重要なのはプロテクションのために足が止まったこと。

 

「シューティングゲームやって、弾幕の張り方勉強してこい! 恋符マスタースパーク(ディバインバスター)!!」

 

 一切の容赦なく、追手を吹っ飛ばした。

 

「やばい、めっちゃ疲れた……」

『休んでいる暇はありません。この騒ぎです、すぐに逃げましょう』

「……休んじゃダメ?」

 

 もう、丸二日ちゃんと寝ていない。

 今はアドレナリン出てるから、何とか立ってられるけど、切れたら絶対寝る。

 

『死にたいのですか?』

「雪山かよ……分かってる、逃げるぞ」

 

 飛んで逃げるのは目立つので、人気のない所に降り立ってバリアジャケットを解除。

 人ごみに紛れるようにして、その場を離れるのだった。




オリジナル小説の「メイの早撃ち講座」書きたいから、多分しばらく更新しない。


バーリアー、平気だモーン!


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変わらぬ景色を進む、土属性の竜

アニメStsの時系列では14.75話辺りです。
参考文献は漫画版Sts


『……ター、マスター、起きてください』

「………ぅえ?」

 

 クレスに声をかけられ、眠たい目を擦りながら体を起こす。

 薄ぼんやりとした視界に映ったのは、低い天井と足元が見える程度に灯された明かり。

 ああ、だんだん思い出してきた。

 たしかネカフェで戦闘した後、人ごみに紛れて逃げて。しばらくして疲労が限界に来たんだっけ。

 幸い、レールウェイの設備管理用地下道への入口が開いていたから、そこに潜り込んだんだった。

 

「……おはよう、クレス」

『身体の調子はどうですか?』

「全快……とは言えないなぁ、だいぶ回復したけど。俺、何時間くらい寝てた?」

『おおよそ六時間ほどです』

 

 地下通路には朝も夜もない。

 それでも、何となく空気で朝を感じるのは気のせいだろうか。

 立ち上がって、うーんと伸びをする。地べたにダンボール敷いて寝たのに身体がバキバキと鳴らない。

 流石、十代の身体だ。

 

「……はあ、風呂入りてぇ」

『諦めましょう』

「わかってる、言っただけだ……」

 

 頭ではどうしようもないことだと理解しているのだが、どうしても心が納得してくれない。

 頼むよ「私」、今は耐えてくれ。

 

『マスター、そろそろ移動しましょう』

「はいはい……ところで、これから何処に向かうんだ?」

『この通路を進むとE29番地下道へ繋がります。そこからE44番地下道を通り、クラナガン44地区へ向かいましょう』

 

 クレスがネットに接続した際に調べたところ、44地区は少々治安が悪いらしい。

 マフィアやギャング、ヤクザ、呼び方は何でもいいが、そういった輩が力を持っている地区であるため、管理局の手が伸びにくいそうだ。

 ここならば、フェイトに連絡を取り、それが追手にバレたとしても身を隠せそうだ。

 

『マスター、移動は徒歩ですよ?』

「わかってるって、センサーがあるんだろ?」

 

 クレスをネットに接続したことで、もう一つ良い事が知れた。

 どうやら、首都クラナガンというのは街にある監視カメラを一括で管理しているらしい。しかも、顔認証で映った人を簡単に識別出来るとか。

 「俺」の記憶の中にもそういったものがあるが、ここまで大規模にはやっていない。精々、空港とかそのくらいだ。

 だから監視カメラが付いているであろう大通りを避け、地下道へ逃げ込んだ。

 それと、移動は徒歩の理由だが、クラナガンは飛行魔法の使用は緊急時を除いて禁止されているらしく、使うと配置されているセンサーに引っかかるらしい。

 おそらく、奴らはこの二つを組み合わせて俺たちのことを追ってきたのだろう。実際、注意して潜伏した結果、こうして睡眠を取れたのだから。

 

「しかしまあ、なんつーか、未来って感じだな」

『何がでしょうか?』

「いや、「俺」の記憶ってさ、ミッドチルダの技術力より数段劣ってるんだよね。だから、俺からすると未来にタイムスリップしたみたいでさ」

 

 なのはとしては触れたことのあるものでも、俺としては初めてということが多くて。

 何だろうな、物語の中にでも入り込んだような……あ、俺の記憶じゃ物語だったか。

 

『マスターの記憶は、「高町なのは」と同じ第97管理外世界の人をベースにプログラムされていますから』

「へぇ……ん? ベースってことは、「俺」にもオリジナルが居るのか!?」

『いいえ、記憶プログラムに矛盾が出ないように文化を参考にしただけです。マスターの記憶プログラムは一から組まれた……らしいです』

「らしいって、曖昧だなぁ」

『研究員の雑談ですから』

 

 それもそうかと納得し、地下道を進む。

 今いる地下道は普段使われていないのか、点々と置かれた非常灯の照明しかない。コンクリートが打ちっ放しで、二メートルほどの低い天井には配管が通っている。

 さっき未来感があると言ったばかりなのに、こうした街の裏側はあんまり記憶と変わらないのは少々残念だ。気づかないだけで、このコンクリートが超高性能なのかもしれないが。

 

 しばらく無言で進んでいると、T字路に突き当たった。

 どうやら、この交差している通路がE29番地下道らしい。

 クレスの案内に従い左折して、またテクテクと進む。ほぼ無警戒で済んでいるのは、この辺は使われていない地下道らしいからだ。

 だが、何もかもがうまくいくわけではない。

 

『マスター、この次の扉の先がE44番地下道です』

「次ってことは、あれか」

 

 扉の下まで行き、ガチャガチャとドアノブを捻って扉を押したり引いたりするも、開かない。

 スライド式かと横へ引っ張ってみるも、これもダメ。

 まあ、つまりは、

 

「鍵掛かってんじゃん」

 

 ここで計画はつまづいたのだった。

 

「どーすんの、これ……魔砲でぶっ壊す?」

『そんなことすればセンサーに引っかかります』

「じゃあどうすんのさ?」

 

 12歳の少女の力では鉄の扉を壊すなんて、とてもじゃないが無理だ。

 ハンドドリルとか道具があれば、また別なんだがなぁ。

 

『仕方がありません、迂回しましょう』

「それしかないか。ルートは?」

 

 俺の問いかけにクレスは、空中にウィンドウを映してそこに地図を表示させる。

 

『この先にあるE37番地下道へ。そこから一度地上に出て、地上からE44地下道へ入りましょう』

 

 地上に出るのは少々怖いが、クレスが選んだルートだ。きっとそれが最適だろう。

 何の疑いもなく、俺はそのルートを承諾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっし、ここは鍵が掛かってないみたいだな」

 

 E37番地下道へ繋がる扉は、ガチャリと音を立てて開いた。

 この通路も相変わらず、今まで通ってきたものと同じようにコンクリ打ちっ放しで、その変化のなさに嫌気がする。

 結構な時間を地下道で過ごしているので、そろそろ空が恋しい。

 

『ここからレールウェイの地下通路に行き、そこから地上へ上がります』

「レールウェイの地下通路は今も使われているから注意、だろ?」

 

 帽子をちょっとだけ目深に被る。

 

「んで、どっちに進むんだ?」

『左です』

 

 だが、歩き出した足は幾ばくもしないうちに止まった。

 薄暗くて分かりづらいが、前から何かの大群がやって来ているのが見えたのだ。

 同時に、向こうもこちらに気づいた。

 

「あちゃー、人がいるっスよ」

 

 声からして大人の女性。

 その後ろからはゾロゾロと人ではない何がが続く。

 

「なんだ、一般人か」

 

 こちらとの距離が20メートルを切ったところで、ようやく向こうの姿が確認できた。

 ダイバースーツに篭手やらショルダーガードを付けた女性が二人。

 一人は何かデカイサーフボードみたいなのを持っていてピンク髪を後ろでまとめている。もう一人はふよふよと浮いている玉子型の機械に座っているセミロングの水色髪。

 特殊な格好をしているってことは、何かの作業員だろうか?

 取り敢えずこういう時は、

 

「お疲れ様デース」

「え、あ、お疲れっス……」

 

 挨拶をしながら、さも当たり前という顔をしてピンク髪の脇を通り過ぎる。

 秘技、「従業員成りすまし」作戦。

 

「いや、ウェンディ、通すなよ」

「へ? あ!」

 

 残念、水色髪の女性には通じなかった。

 卵型の変な機械が行く手を遮る。ひーふーみー……19体、いや、椅子になってる奴を入れると20体か。

 

「何? 俺、急いでんだけど」

「じゃ、その予定は永久にキャンセルだね」

 

 機械に座っていた女性が、ひょいと立ち上がる。それと同時に三体の卵型の機械が俺を囲み、触手のようなアームをうねうねと出した。うぇ、趣味ワル……。

 ってか、これ、もしかして機械兵器か?

 

「……お姉さん達、何者?」

「それを知られちゃマズイから、君を始末しようと思ってるんだけど?」

「ああ、そういうことね」

 

 彼女らも、俺と同じで日の下を歩けない人達か。

 ただ、俺と違うのは、彼女らはどうやら犯罪者とかテロリストっぽいところだ。

 

「ねえ、俺もバレちゃマズイんだよね。ここでドンパチやるのはお互い得策じゃないでしょ? お互い見なかったことにしない?」

「ふーん。でも、アタシ達、ここで作戦開始することにしたから」

 

 水色髪の女性が手を振ると、後ろにゾロゾロいた機械達がどこかへと移動していった。

 残ったのは俺を囲っている三体と、お姉さんが二人。

 

「まあ、運がなかったんだね」

「バイバイっス」

 

 その言葉を合図に、機械兵器の触手が俺に向かって伸びてくる。

 けれど、ここまでの会話で戦闘は予想していた。素早くフライアーフィンを展開し、跳ねるように飛んでアームを避けて天井に着地する。

 

「何だ、魔導師だったのか」

 

 好都合だという言葉に何やら嫌な予感がし、距離を取るべく後方へ飛ぶ。

 だが、突然にフライアーフィンが消えた。

 

「っな!?」

 

 慌てて再度発動させようとするも、魔力を編んだ傍から崩れていき、魔法が形にならない。

 幸いにも後方へ飛んだ後なので、敵から距離が取れた。空中で投げ出された身体はそのまま地面へ落ちていくが、何とか体勢を立て直して着地する。

 

「落し物っスよ」

 

 ウェンディと呼ばれていた女性が、俺の帽子を投げて寄こした。だがそれは、俺から少し離れた所に飛んでいく。

 

「よそ見してる余裕あるんっスか?」

 

 気づいたときには、ウェンディとの距離が1メートルを切っていた。慌ててクレスを杖にし、放たれた回し蹴りを受け止める。

 だが、彼女の体格以上のパワーにより、大きく後ろへ吹っ飛ばされた。

 

「おー、今のガード間に合うんスね。これは楽しみっス」

「っつぅ、何て馬鹿力……」

 

 追撃を入れられないよう素早く起き上がる。地面を転がったときに出来た擦り傷が、ちくりと痛んだ。

 

「ウェンディ、クア姉から許可下りたよ。実戦訓練としてそいつで遊んで良いって」

「ホントっスかセイン? わーい、やったーっス!」

「ただし、確実に()ること」

「りょーかいっス!」

 

 軽いストレッチを始めるウェンディを警戒しつつ、俺はクレスと相談する。

 

「クレス、さっき魔法が消されたの、何だか分かるか?」

『あの機械からジャマーフィールドが展開されたのを検知しました』

「ジャマーフィールド………アンチ(A)マギリンク(M)フィールド(F)か!?」

 

 フィールド内の魔力結合・魔力効果発生を無効にする、あらゆる魔法への強い妨害効果を発生させる魔法だ。

 だが、あれはAAAランク魔法防御のはず。どうしてあの機械から?

 

『幸い、それほど効果範囲は広くないようです』

 

 ぱっとクレスがスキャンしたところ、AMFの範囲は機械からおおよそ二メートルほど。

 距離が取れた今なら魔法が使える。もちろん、向こうも織り込み済みだろうが。

 だが、不利な状態なのは変わらない。問題は、ここからどうやって逃げるかだ。

 後ろに逃げ道はある。だが、この状況で背を見せて逃走するのはあまりにも危険だ。

 逃げるにしたって、隙を突かなきゃならない。

 

「さーて、準備は良いっスか?」

 

 ガチャリと音を立てて、ウェンディはサーフボードのようなものを抱え持つ。

 先端をこちらに向けたことで見えたのは、砲身。

 

「っクレス、バリアジャケット展開!!」

「まずは小手調べっス」

 

 バリアジャケットを装着しつつ全力でプロテクションを張った。

 直後にウェンディの砲撃が着弾し、爆発で辺りは粉煙に包まれて敵が見えなくなる。

 

「何、一撃?」

「いやー、ちゃんと防いでるっスね」

 

 この粉煙の中なら逃げ出せるかとフライアーフィンを展開して後退しようとした矢先、二発目が飛んできた。

 慌ててプロテクションを張って防ぐ。

 

「逃がさないっスよ。ちゃんと見えてるんっスからね」

「クソッ、ディバインシューター、セット!」

 

 プロテクションを維持しつつ、ディバインスフィアを4つ生成する。

 粉煙で何も見えないが、それでも正面に敵がいるのは分かる。

 ならば、

 

「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる! シュート!!」

「おお、バリア張りながら撃てるっスか!? なかなかやるっスね」

 

 魔法の並列処理と思考制御は「私」の得意分野だ。これを使えばそうそう遅れは取らない。

 

「けど、残念。全部AMFに防がれてるっスよ」

「ウェンディ、余計なこと言わないの」

「おっとっと、楽しくってつい口が滑ったっス」

 

 ウェンディの発言を、セインと呼ばれた女性が嗜める。

 そうか、これじゃさっきの奴に防がれるのか。

 とはいっても、他に手は無い。弾幕を張って接近だけはされないようにする。

 

「ん? ………あーらら、もう嗅ぎつけられちゃった」

「どうしたんっスか?」

「機動六課だっけ? 例の部隊がこっち来てるみたい」

 

 くっそ、会話してる時ぐらい、撃つの止めろよ。

 いや、俺も止めてないけどさ。

 

「了解、クア姉………ウェンディ、遊びは終わり。さっさとそいつ殺って退()くよ」

「しょうがないっスね」

 

 その言葉と共に、撃たれる砲撃の威力がぐんと増した。

 プロテクションに割く魔力を増やして、何とか防ぎきるが、正直ジリ貧だ。

 

『マスター、下です!!』

「遅いよ!」

 

 クレスの声に足元へ目を向ければ、青い魔法陣が展開されており、そこからセインが飛び出してきた。

 突然のことに、防ぐことも避けることも出来ず、首を掴まれて宙吊りにされる。

 

「セイーン、上手くいったっスか?」

「ああ、捕まえた」

 

 ぎりぎりと首が締まる。こいつ、本気で殺す気だ。

 何とか逃れようと抵抗するも、セインの腕はびくともしない。

 

「後はポッキリやれば終わり………あれ?」

 

 首が段々と締まっていったのが、唐突に止まる。

 だが、呼吸を止められ脳にも血液が行かない。どんどんと意識が遠くなる。

 

「何か、こいつ見覚えないか? ほら、デバイスとかも」

「え~、んー……あ、わかった! 向こうの隊長っスよ、白いのそっくりっス!」

 

 俺と……そっくり?

 それ……て…………。

 

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

 

 アタシ達の前に現れた魔導師。

 腕はそこそこ立つようだったけど、アタシ達が苦戦するほどじゃなかった。

 現に、今こうして地面に転がってる。

 だが、このまま殺すには少々気になることがあった。

 

「いやー、こうして見ると、ホントそっくりっスね」

 

 私たちの敵にして機動六課の隊長、高町なのはとよく似ていた。

 違うところといえば、こちらの方は幼いってところか。

 

「クア姉、どう思う?」

『そーおね~え。今、情報を洗い直してるけど高町なのはに妹が居るなんてものは一つもないわね』

 

 通信の画面ごしに、魔導師を見ながらクア姉は言う。

 

「こいつ、戦う前にバレちゃマズイとか言ってたっス」

『へえ~、ということは裏の人間よね』

「クア姉。もしかして、こいつ「F」の実験体なんじゃない?」

 

 プロジェクトF.A.T.E.

 アタシ達と根幹を同じくする、人造魔導師計画。

 たしか、余裕があれば手に入れろって話じゃなかったっけ?

 

『セイン、それ、一応持ち帰って来てくれる?』

「はーい」

『それと、もう戻りなさい。今、最後のガジェットドローンが撃破されたわ』

「え、もう? はっやいなー」

 

 ここに来るのも時間の問題だ。

 ウェンディに魔導師を連れて来るよう指示し、地面に手を付けるとアタシのインヒューレント(I)スキル(S)を発動させる。

 無機物潜行(ディープダイバー)、無機物の中を潜ることができるこれは、潜入や奇襲に便利だ。さっきもこれで魔導師を仕留めたし。まあ、連れて行ける容量が2、3人しかないのが欠点だけど。

 あ、魔導師連れてくなら、ガジェット連れていけないな。まあいいか、機動六課の奴らの方へ向かわせて少しでも時間稼ごう。

 ガジェットたちに指示を出して向かわせていると、ウェンディが魔導師を引きずってやってきた。

 

「じゃ、帰ろっか」

「りょーかいっス」

 

 ウェンディがアタシの肩に捕まる。

 後は潜って、はいさよなら。

 そのはずだった。

 

「フラッシュインパクトッ!!」

 

 突然、目を覚ました魔導師がISを展開していた地面に向かって杖を振り下ろした。杖がぶつかった地面は強い閃光とともに爆発を起こす。

 咄嗟に身を守ろうとしてウェンディとアタシは魔導師から手を離してしまった。

 それに、閃光によって目が眩んで一瞬魔導師を見失ってしまう。

 見つけたときには十分に距離を取った場所で、こちらに杖を向けて魔力を貯めていた。

 

「っ、ウェンディ!!」

「え、うわ!」

「ディバイーン、バスター!!」

 

 慌ててウェンディを引っ掴んで、地面に潜る。間一髪で、あの桜色の奔流から逃れることが出来た。

 だが、今から戻って戦闘をしていては、機動六課の奴らとも交戦することになる。

 悩んだが、ここで無理をしては後に控える祭りに支障を来すことから、退くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

 

 僕たちフォワード隊がその連絡を受けたのは、訓練のため陸士108部隊に向かっている時だった。

 何でも、E37番地下道に不審な反応があると警邏の人が気づいた直後、付近でガジェットドローンが出現したらしい。

 AMF戦は他の人たちは不慣れということで、僕たちがメインで撃破することになった。

 Ⅰ型のガジェットが17機と、Ⅲ型が2機。

 Ⅲ型は多脚歩行型で初めて見るタイプだったけど、僕たちのコンビネーションが上がったおかげか、意外とすんなり倒すことができた。

 それから、最初に反応があったE37番地下道へ向かおうとしたら、Ⅰ型のガジェットが3機出て来て、スバルさんとティアナさんが素早く撃破した。

 まだ出てくるかもしれないと、警戒しながら地下道に向かったのだけれど、入口が崩れて土砂で埋まってて、すぐにはE37番地下道へは行けなかった。センサーの反応では、ここで戦闘があったらしい。

 スバルさんとティアナさんが災害担当部に居た経験を活かして、土砂を退かしたり破壊突破して何とかE37番地下道へ降りたのだけど、もうそこには誰もいなかった。

 残されていたのは、子供用の帽子だけ。

 ちょっと釈然としなかったけど、そこから先は陸士の方たちに引き継いで、僕たちは地上で警戒態勢に移ることになった。

 いったい、あそこで誰が戦ってたんだろう……怪我とかしてなきゃいいけど。

 

 

 

 

 

 




日間ランキングに乗ったこと、大変驚きました。
この場でもお礼を申し上げます。
慌ててNanohaWIKIを引っ繰り返して時系列や世界設定を調べ、漫画版Stsも買って色々新しい知識が付きました。

そんなわけで、細かいところ修正しております。主人公の年齢が10歳⇒12歳になったり、一話の日時が八月中旬⇒下旬になったりね。



活動報告で「風邪にお気をつけて」ってメッセージ貰った次の日に風邪引く奴。
……はい、私です。もう治ったけどね。


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○○○○がアップを始めたようです

忘れた人のための、あらすじ。
第一話 俺、量産型なのはだった。
第二話 げ、もう追手が!
第三話 地下道で戦闘機人と遭遇


加筆修正
第一話 エリオを知らないことに修正(時系列上、知ってるはずないので)
第二話 襲ってきた管理局員を魔導師に修正(殺傷設定なのに、即所属バレする管理局員の服を着てるのは変)
第三話 戦闘現場に帽子が落ちてたことを加筆。


 これから間抜けの話をしよう。

 地下50メートルほどにある狭い通路で、あろう事か全力でディバインバスターを撃った奴の話だ。

 

 はい、「私」です。

 

 そんなことをすればどうなるのかなんて、火を見るより明らかだよな。

 そう、地下通路の崩落だ。そりゃもう、瓦礫が雨あられと降ってきて死ぬかと思った。

 幸運だったのは、ディバインバスターが天井だけでなく足元も崩落させたことか。

 そのままだったら生き埋めだったが、逃げ道が出来たお陰で何とか助かった。

 そして不運だったのは、崩落した先は下水道だったこと。

 

「ちくしょう、ぐしょ濡れで気持ちわりぃ」

『命あっての物種です。それよりも、着きましたよ』

 

 クレスの言葉に前を向けば、地上に続くハシゴと円形のマンホールから漏れる光が見えた。

 ハシゴを登り、マンホールに手を付ける。

 親指ほどの穴がいくつか空いていたので、そこから待機状態のクレスを通して向こう側を確認してもらう。

 

「……どうだ?」

『周囲確認………人通り、監視カメラ無し。行けます、マスター』

 

 クレスの言葉を信じ、俺はマンホールに手を付けて押し上げた。

 長年メンテナンスされていなかったのか、蝶番が錆びてめちゃくちゃ堅い。ギギギッと音を立ててゆっくりと持ち上がった。

 同時に差し込んだ光が俺の目を眩ませ、視界が一瞬真っ白になる。

 一度目を閉じて、今度は目を慣らすようにゆっくりと目を開けた。

 見えたのは、ビルとビルの隙間によって出来た、人がすれ違うのがやっとという細い路地。

 空き缶やコンビニの袋が捨てられ、放置されている。

 

『ここが44地区です』

「……はぁ、やっと着いた」

 

 マンホールから這い出ると、そのまま地面に寝っ転がった。濡れたジャージがベチャリと音を立てる。

 見上げたビルとビルの隙間からは鉛色の空が見えた。青くないのは残念だが、それでも天井が無いって素晴らしい。

 一体、何時間俺は地下道を彷徨っていたのだろうか。

 日付はもうとっくに九月に入ってしまった。

 

「にしても、何だったんだアイツ等」

『犯罪者、それも過激派なのは間違いないです』

 

 それはそうだろうな、俺のこと容赦なく殺そうとしたし。

 だが、それだけじゃないはずだ。

 俺が気絶している間のことをクレスから聞いたが、俺を「F」の実験体かもしれないから持ち帰ろうとしていたらしい。

 Fってのは「プロジェクトF.A.T.E」のことだろう。まず、この単語を知っている時点でおかしい。「私」の記憶じゃ、P.T事件や闇の書事件関係はかなり高いレベルで情報規制されている。次元災害事件があったらしいという程度の噂は流れても、その詳細までは知ることが出来ないはずだ。

 もしかして、裏で管理局と繋がってる………いや、それは考え過ぎか。

 何にせよ、普通の犯罪者じゃないことは確かだ。

 しかも、俺を実験体として欲しがってるみたいだし。

 

「管理局以外にも追手がいるとか、聞いてないんだが?」

『安心してください、私もです』

 

 思ってたよりも敵だらけの現状に、はぁ、と二人でため息を吐く。

 や、一人と一機か。

 

「……これからどうするよ?」

『当初の予定通りフェイト=T=ハラオウンへ連絡を取りましょう。見つかる前に合流するのが最善かと』

「となると、またネット環境探しか………付近のネットカフェをリストアップしてくれ」

 

 クレスに指示を出した直後、空中にウィンドウが現れ、周辺の地図を映した。

 いくつかの地点にポイントがされているのを見ると、クレスは既にリストアップしていたようだ。

 一番近いのは、通りに出て400メートルほど行ったところか。

 俺はよっこらせと声を上げて立ち上がろうとして、ふらりと身体が傾いた。

 慌てて壁に手を突いて転倒するのを防ぐ。

 

『マスター?』

「何でもない、ちょっと力が入らなくてふらついただけだ」

 

 ほら、もう何ともない。

 

「さ、行くぞ」

 

 クレスが見せてくれた地図を頼りに、路地から通りに出る。

 そこでクレスが言っていた、クラナガン44地区は「治安が悪い」という意味が分かった。

 遊郭、色街、夜の街、ネオン街。言い方は色々あるが、つまりはそういう地区なのだ。

 今はまだ日があるから多くの店が閉まっているが、後数時間の内にここらは賑わいを見せるのだろう。

 もしかしたら今向かってるネットカフェも、そういうことに使う店なのかもしれない。

 それなら、身分証の提示は無いかもしれないと期待を抱いた。

 

 だが、ここで、思い出して頂きたい。

 さっきまで俺は下水道に居た。しかも、水に浸かってぐしょ濡れという状態。

 そんな状態で店に行けばどうなるのか?

 入店拒否、門前払いである。

 

「そりゃまあ、そうだよな………」

 

 長い時間を下水道で過ごしたお陰で、すっかり鼻がバカになっていた。

 臭くて汚い、まさにドブネズミなのだから、俺が店員でも同じことしただろうな。

 

「……クレス、身体洗えそうな所ない?」

『44地区は川はありませんので、水が使える所となると公園ですね』

「公園って、それじゃ人目に付くじゃん」

 

 空からはぽつりぽつりと水玉が落ちてきていた。

 直に雨になるだろう。

 

「……へくしゅっ!」

『マスター』

「へ、平気だって。それよりも本降りになる前に、何処か雨宿り出来そうなところ探そう」

 

 身体を洗うのは後回しだ。

 降り出した雨の中をあてもなく彷徨う。

 夏とはいえ、雨はどんどんと俺の体力を奪っていく。

 一歩一歩が重くなって歩くのが億劫なのに、そのくせ視界はふわふわとしている。

 

『……ター、マスター!』

「………あ? 何だよクレス?」

『このままでは危険です。そこの軒下でいいので休んで下さい!』

 

 危険って……敵か?

 だが、周りを見てもそれらしいものは見当たらない。

 あるのは薄汚れたビルと、隅に置かれたゴミ箱…………それと、アスファルトの壁。

 ………壁?

 違う、地面だ。

 あれ? 

 俺、いつの間に倒れて……?

 ああ、そうか………危険って、俺のことか……。

 

 そこでぶっつりと俺の意識は落ちた。

 

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

 

「すんません、わざわざ来て頂いて」

「いえ、事が事ですから」

「そう言って貰えると助かります」

 

 機動六課の会議室。

 ここで機動六課の部隊長である八神はやて二等陸佐は、陸士108部隊から来たラッド・カルタス二等陸尉を迎えていた。

 わざわざラッドが機動六課を訪れたのは、他でもない、この間起きた「37地区レールウェイ襲撃事件」の捜査に進展があったからだ。

 

「今ハラオウン執務官が来ますんで、お茶でも飲んで待って貰えます?」

「では、失礼して」

 

 ラッドは目の前に置かれた湯呑を手に取り、緑茶を口元に持っていく。

 若い香りの内に、ほのかな甘味を感じる。あまりお茶に詳しくはなかったが、素直に美味しいとラッドは思った。

 

「どうです、最近の陸士は?」

「良いですね。先日、そちらのヴィータ三等空尉に教官として来て頂いたお陰で、皆の練度とやる気が上がりました」

「そうですか、やはりヴィータには教導の才がありそうやね」

「ええ、教え方も適切ですし」

 

 ラッドは口には出さないが、もう一つの理由として小さな子供にぶちのめされるのは、大人として相当悔しいというのもある。見た目通りの歳ではないのは知ってはいるが、それでもだ。

 事実、ラッドもトレーニング量を前より増やしている。

 

「そう言えば、来週からうちのギンガがそちらにお邪魔することになってましたね」

「この忙しい時に人員を割いて頂いて、ホンマ感謝してます」

「いえいえ、ギンガには良い経験になります。みっちり(しご)いてやってください」

 

 そうやって談笑しているところで、会議室のドアが開いた。

 入ってきたのはフェイト=T=ハラオウン執務官だった。

 

「すみません、お待たせしました!」

「お気になさらず、多忙なのは存じていますから」

 

 ラッドは席から立ち、軽く敬礼する。

 それに軽い返礼を返した後、フェイトははやての隣の席に腰を下ろした。

 

「それでは、揃いましたので報告させて頂きます。まず、こちらが今回の事件の調査報告書です」

 

 ラッドはネットを介さずに直接はやてとフェイトにへ報告書を送る。今回は特に漏洩の危険を避けるため、直接の渡しとなったのだ。

 二人は空中にウィンドウを呼び出して、報告書を開く。

 

「すでに承知のこともあるでしょうが、一応報告書の頭から説明致します」

「せやな、確認の意味も含めてお願いします」

「では……先日、サードアベニュー警邏隊から陸士108部隊及び近隣の武装捜査官に緊急連絡がありました。内容は、E37地下道から不審な反応あり、識別コード=未確認(アンノウン)のため確認処理求むとのことです。付近に居た武装捜査官と108部隊、それとそちらのフォワード部隊が駆けつけたところ、ガジェットドローンの出現を確認、まもなく戦闘になりました」

「同時刻に、私とシグナムが緊急出動しましたね」

「ええ、上空警戒をしていただいて助かりました」

 

 陸士部隊は何処も空戦をこなせる魔導師が少ない。飛べるだけなら居なくはないのだが、戦えるとなるとぐっと数が減る。

 陸士108部隊もそれに漏れないため、この時フェイトとシグナムに上空警戒にあたって貰えたのは、ラッドからしたらとても助かった。

 

「ガジェットとの戦闘は、フォワード隊の活躍のおかげで大きな人的被害もなく鎮圧できました。物的被害としては戦闘による軽微な損壊がいくつかと、大きなものとしてE37地下道の崩落ですね。それらを確認後、フォワード隊は警戒態勢により現場待機でしたが、新手の出現もなさそうだということで夜には解散となりました。以上が事件の流れです」

「こっからが本題やな」

 

 そう、何故スカリエッティ陣は今回の事件を起こしたのか。

 今回の事件はレリックの回収とは関係がない。

 

「出現ガジェット数はⅠ型が20機とⅢ型が2機。Ⅲ型は新型………やっぱり新型ガジェットのテストだったんやろうか?」

「その可能性は大いにあります」

「だけど、やっぱり一番気になるのは地下道での戦闘ですよね」

 

 フォワード隊や陸士の武装捜査官が現場にたどり着く前、すでに戦闘は始まっていた。

 たまたま居合わせた一般の魔導師が自衛のために行ったと見ているのだが、それにしては管理局へ名乗り出ることもなく、何だか腑に落ちない。

 

「それに関して、今回、ちょっと(おおやけ)に出来ない調査結果が出まして……」

 

 ラッドが二人に見るよう促したのは、地下道の傍にあった魔力センサーの解析データ。

 フェイトとはやては、その内容に目を通す。

 

「………なんや、これ。ホンマですか?」

「私も疑って、センサーの生データを貰って自分で解析しましたが、ほぼ同じ結果でした」

 

 三人が驚く理由。

 それは、

 

「なのはとの魔力波長適合率、91%………」

 

 フェイトがポツリと言葉をこぼす。

 

「一応確認しますが、高町一尉が現場に先行していたということは?」

「あらへん。緊急出動命令が来たとき、間違いなく高町一尉は六課におりました」

「うん、ちょうど私と打ち合わせしてたから」

 

 本人じゃないとすると、この魔力波長の適合率は高すぎる。

 魔力波長は指紋と同じで、全く同じものを持つ人は居ないと言っていい。いや、指紋は1兆分の1で一致することを考えれば、なお確率は低い。

 

「センサーの故障ってことはあらへんのですか?」

「チェックしましたが、正常に動作しています。それと、もう一つ。こっちの方が決定的なものになるのですが……」

 

 ラッドが示したのは、現場に残された遺留物の分析結果だ。

 

「子供用の帽子が現場に残されていたのは、お二人ともご存知ですね?」

 

 ラッドの問いに二人は頷く。

 

「もしやと思い、帽子に付着していた頭髪からDNA解析をしたのですが……」

 

 その結果は、高町一尉との遺伝子適合率99%。二人の顔が険しくなる。

 ここまで証拠が出揃うと、もう答えは出ているようなものだ。

 

「なのはのクローン……」

「………せやな、間違いないやろ」

 

 ラッドがわざわざ機動六課に来てデータを手渡しするのも頷ける。この調査報告は通信などで記録を残すわけには行かない。

 調査に関わった数名の局員にも、機密として口止めをかけている。

 

「この件は私が預かってもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。むしろこちらからお願いするところでした」

 

 陸士108部隊は地上の警備と密輸品のルート捜査を主としている。流石に今回の違法研究の捜査は専門外だ。

 餅は餅屋。

 この件は、古代遺物(ロストロギア)の私的利用と違法研究の捜査が専門の、フェイトが捜査するのが適任だろう。もっとも、はやてが止めたとしても独自に捜査するだろうが。

 

「戦闘を起こしているあたり、スカリエッティとは別口そうやな」

「うん……取り敢えず、私は一度本局に行って情報集めてくるね」

 

 今以上にフェイトが機動六課を空けることになるだろうが、仕方がないとはやては割り切る。

 ただ、今一番問題なのは、

 

「なのはにも教えるべきかな?」

「当事者に黙ってるっちゅうわけにはイカンやろ。せやけどなぁ……」

 

 フェイトの言葉に、はやては悩む。

 今、この件をなのはに伝えれば、間違いなく捜査に協力するだろう。してしまうだろう。

 ただでさえ、フォワード隊の教導と分隊長としての仕事、更には最近保護したヴィヴィオの世話まであってオーバーワーク気味になっているのに。

 

「折を見て私から話すわ。まだ未確定情報ばかりやし」

 

 (ゆえ)に、はやては心苦しさを感じながらも、隊長として今は黙っておくことにした。

 その気持ちが分かるフェイトは、何も言わずに頷いた。

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

 

 ふわりふわりと身体が宙に浮く。

 上も下も右も左も無くて、ただふわりと漂う。

 ただただ、懐かしさだけが募る。

 

 風邪を引いたのはいつぶりだろうか。

 

 そんなに昔のことじゃないはずなのに、思い出せない。

 出てくる記憶は、実家のベッドで横になる私の姿。

 心配そうな表情をして私を見る母の顔。

 熱を計るために額に置かれた手のひらが、ひんやりしていて心地よい。

 

「お母さん……」

「おや、起こしたかい?」

 

 ぽつりと漏れたつぶやきに、聞きなれない声が返ってきた。

 ぼんやりとした視界の中、私を覗き込んでいるのは見覚えのない女性。

 

「………だれ?」

「後でいくらでも自己紹介してあげるさね。だから、今は寝な」

 

 額に乗っていた手がゆっくりと下がってきて、私の瞼を閉じさせる。

 その優しく冷たい手が心地よくて、すぐに私の意識は沈んて行った。

 

 

 

 

 

 

 白い天井、淡い水色の壁紙。

 ふわふわのベッドに、微かに薔薇の香りがする掛け布団。

 全く見覚えのない部屋。

 そんなところで目を覚ましたのだから、第一声は決まっている。一度言ってみたかったんだ。

 

「知らない天井だ」

『マスター、お目覚めですか?』

「え、おう」

 

 声のした方を見れば、クレスがベッド脇に引っかかっていた。

 取り敢えず、手に取って首にかける。

 

『スキャン開始……心拍数正常、呼吸安定……体温はまだ高いですね』

「そう言われると、身体がだるいような……」

 

 上手く力が入らないし、何だか頭が重い。

 

『風邪と過労で倒れたんです。しばらくは安静にしていて下さい』

「ああ、急に身体が動かなくなったのはそのせいか」

 

 無理してたもんな、俺。

 睡眠時間削って移動して、行く先で戦闘を繰り返して。

 しかも、これまでバイ菌ゼロの生体ポッドの中にいて免疫力なんて必要なかったのが、突如バイ菌わんさかの下水道だ。そりゃ風邪も引くわな。

 

『マスターの体調管理も出来ないなんて、デバイス失格です………』

「大げさな」

 

 大体、クレスと俺は一蓮托生なんだ。失格だろうが何だろうが、関係ない。

 それよりも、まずはこの疑問に答えて欲しい。

 

「クレス、ここ何処?」

「アタシん()さね」

 

 答えは別のところから返ってきた。

 部屋の扉を開けて、初老の女性が手にお盆を持って入ってくる。少し濃い目の化粧がシワを隠し、香る香水が雅さを出していた。

 

「アンタ、裏路地で倒れてたんだよ。救急車呼ぼうとしたら、そっちのデバイスに止められるし。仕方がないからアタシん家に運んだってわけさ」

「それは、えー、ご迷惑をおかけしました……」

「いいさ、別に初めてのことじゃない。どうせワケありだろう? この地区に来る奴は皆そうさね」

 

 俺が頭を下げれば、女性はそれにおざなりに返す。

 

「はい。ですので、すぐに出て行きま――」

「待ちな。誰も出て行けなんて言ってないだろう?」

 

 ベッドから出ようとした俺を、女性は手で制した。

 

「せめて体調が良くなるまで休んで行きな」

「けど……」

「今出て行っても、またどっかで倒れるよ。そんなのアタシの寝覚めが悪いさね。それに……」

 

 女性は言葉を切ると、持っていたお盆を俺に差し出した。

 乗っていたのは、じっくり煮込んだポトフのような野菜スープが入った(うつわ)

 それを見たとたん、俺の腹はキュルルと鳴った。

 

「丸一日寝てたんだ。腹も減ってるだろう?」

「うぐ………」

 

 自分でも顔が赤くなっているのが分かる。

 ちくしょう、俺が顔を赤くしたってキモイだけで可愛くなんか………可愛いんだった。

 

「ほら、食べな」

 

 女性は俺にお盆を押し付けると、ベッド脇にあった椅子に座り、タバコに火を付けた。

 

「……いただきます」

「ゆっくり食べな。胃が驚くからね」

 

 スプーンを手に取り、スープをすくう。

 鶏がらの香りが鼻腔をくすぐり、俺の腹がもう一度キュルリと鳴った。

 沸き立つ湯気を何度か息で吹き飛ばし、そっと口へ運ぶ。

 

「……うまい」

「そうかい」

 

 フー、と煙を天井に向かって吐きながら、女性はそっけなく言った。

 もう一度、スプーンを口へと運ぶ。

 温かさが喉を通り、胸に広がっていく。

 

「……おいしい、です」

「聞いたよ」

「あった、かくて………やさし、くて………」

 

 三口目を掬おうとしたけれど、視界が滲んで器が見えない。

 ひくりひくりと身体が痙攣し、スプーンを持つ手が震える。

 そんな俺を見て、女性はため息を一つ吐く。

 そして、そっとお盆を机に退けると、

 

「泣いちまいな。楽になるから」

 

 そっと俺の頭を胸に抱いた。

 そこが、限界だった。

 

「うぁ……俺、私、あたし……ああああああああああああぁ!!」

 

 決壊した心の堤防は、溜め込んだ全てを吐き出した。

 

 

 

 

 

 




やっぱ、ここらで一度休憩を挟まなきゃって思いました。それと、各勢力がどう動くかも書かないといけないしね。

二話みたいにネタぶち込みたいけど、大して思いつかない悲しみ。

はやてって、ゲンヤ三佐とかと話すとき、ちょっとアクセントの違う標準語を使うんですよね。けど、文章にするとただの標準語になってはやてが喋ってるってわからなくなっちゃうから、ちょっと無理矢理ですが関西弁っぽい感じにしてます。

誤字脱字報告ありがとうございます。
誰が報告してくれたか、こっちでもわかるんですけど、誤字脱字報告する人って大体決まってるのが、少し面白いです。





どうせ、嵐の前の静けさ(ボソッ






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モブにだって名前があるもんさ

忘れた人へのあらすじ。
一話 なのはクローンになっちゃった。
二話 フェイトそんにSOS送ろうとしたらバレちゃった。
三話 戦闘機人に殺されそうになっちゃった。
四話 疲労と風邪で倒れちゃった。


加筆修正箇所
随分前のことで忘れちゃった。


 泣いて泣いて泣いて。

 少し分離し始めていたミルクの私とコーヒーの俺は、もう一度ぐるぐるとかき混ぜられて。

 心に溜まったアレコレを涙と一緒に出し切ったときには、ガムシロップが加わったカフェオレな俺になっていた。

 

「落ち着いたかい?」

「………ありがと、ございます」

 

 女性の胸元から身体を離し、手の甲で涙を拭う。お礼の言葉はしゃくりあげながら言った。

 

「あ、服……」

 

 俺の涙によって女性の胸元はぐしょぐしょに濡れていて、(すが)り付いた場所は強く握られくしゃくしゃになっていた。

 

「構やしないよ、ゲロよりマシさ」

「すんません……」

「構わないって言っただろ。それよりも、スープが冷めちまったようだね。温めなおしてやるから、ちょっと待ってな」

 

 脇に置いていたスープをお盆に乗せると、よいせと言って女性はお盆を持って立ち上がった。

 そのまま部屋を出て行こうとするところを、俺は慌てて呼び止める。

 

「あの! 名前を伺ってもよろしいですか?」

「『シロ』だよ」

「し、しろ?」

 

 まるで犬の名前のような……って、そうじゃなくて。

 今、日本語じゃなかったか?

 

「もちろん偽名さね。最近流行りの管理外世界があるだろう? その世界の言葉で白色って意味の言葉さ」

 

 本名は教えられないとシロさんは言う。訳ありなのは自分も同じだからと。

 

「シロさん、助けていただいてありがとうございます」

 

 改まって俺が頭を下げれば、シロさんはふっと笑い、何も言わずに部屋を出て行った。

 扉が閉じたのを確認して、俺は起こしていた半身を重力に引かれるままベッドへと落とす。ポフリと音がして、柔らかな布団は優しく俺を受け止めた。

 

『お休みですか、マスター?』

「いや、シロさんがスープ温めてくれているだろう。寝ないさ」

 

 けど、ひどく疲れた。

 泣くっていうのは、ホント体力使うんだな。子供が泣いた後で寝てしまうのが、今はよくわかる。

 シロさんが戻ってくるまで暇になった俺は、手慰みにクレスを指でつまんで何となく眺めた。

 真紅の宝玉が金の台座に収まり、台座には茶色の革紐が取り付けられている。本物のレイジングハートと寸分も違わない。

 ……ん? 違わない?

 

「なあ、クレス。お前ってさ、「レイジングハート・エクセリオン」のデッドコピーだよな? 「レイジングハート」じゃなく」

『そうですが?』

 

 「レイジングハート」と「レイジングハート・エクセリオン」は、レイジングハートとしては同じだが、その機能は全然違う。

 レイジングハートは闇の書事件の時にヴィータにぶっ壊され、修理する際に色々機能を改良した。いわばアップグレード版がレイジングハート・エクセリオンだ。

 何より大きな違いは、ベルカ式のカートリッジシステムを搭載したこと。

 

「ってことは、クレスにもカートリッジシステムが……」

『ありますね。今の私は一発のリロードしか耐えられませんが』

 

 たとえ一発でも使えるなら、戦闘の要所要所で使うことで戦術の幅は広がる。例えばそうだな……フラッシュムーブ中にカートリッジロードを入れることで、もう一回フラッシュムーブを発動させる連続瞬間移動なんてどうだろうか。

 魔法の発動起点は俺になるから、クレスへの負荷はそれほど大きくないはずだ。

 

『砲撃をカートリッジで更に高出力にするようなのは厳しいですが、確かにマスターの案なら可能ですね』

「よし!」

 

 これで一つ逃走に使える手が増えた。今のままじゃ、地下道で交戦した奴らとまた遭遇した時に同じように負けてしまう。少しでも使える手は増やさなきゃならない。

 

『ですが、それには大きな問題が一つ』

「……なんだよ?」

『弾がありません』

「…………」

 

 俺は無言でクレスをアクセルモードへと変化させ、杖の先端に付いているカートリッジを引き抜いた。

 クレスの言う通り、カートリッジの残弾はゼロ。なんにも入ってなかった。

 

「弾切れとか……何のためについてんだよ、これ」

『取っ手なんじゃないですか?』

 

 クレスはカシャリカシャリと意味なくリロード動作をしながら、俺の言葉に自虐的に返した。

 せっかく思いついた手が早々に消え、やるせなさだけが残る。

 クレスを待機状態に戻して首にかけ直した。

 

「……はぁ」

『ため息を()きたいのは私の方ですよ』

「なら一緒に吐くか?」

『結構です』

 

 つれないなぁ。

 

『それよりも、これからどうしますか?』

「そうだなぁ……」

 

 やることは変わらない。フェイトに連絡を入れるため、クレスをネットに繋げればいい。

 手っ取り早いのはシロさんにお願いして、この家からネット接続することだが。

 

「それすると、逆探知された時にシロさんに迷惑かかるんだよなぁ」

 

 逆探知されるのは防げない。一度ネットカフェでクレスを繋げた時にされている。あの時は30分もかからずに追っ手がやってきた。

 なら、どうするか。

 

「……やっぱ体調を回復して、戦えるようになってからネカフェでメールを送るか」

「なんだ、メールしたいのかい?」

 

 バッと起き上がり、声のした方を見れば、シロさんが扉を開けて入ってくるところだった。手に持ったお盆には湯気を立てるスープがのっている。

 ノックせずに入ってきたので声をかけられるまで気付かなかった。

 

「そのデバイスですればいいじゃないか」

「いや、クレスはネットに繋げられないんです」

「インテリジェントデバイスなのに? 随分な欠陥機さね」

 

 シロさんにさらりと言われ、胸元で淡く光っていたクレスが、光るのを止めて(ただ)のガラス玉になる。

 おーよしよし、そんなに落ち込むなって。ほら、よく言うだろ、ダメな子ほど可愛いって……あ、濁った。

 

「アタシの端末を使うかい?」

「いえ、足が付くとご迷惑になりますので……」

「そうかい、じゃあ仕方がないね」

 

 それよりも食べな、とシロさんはお盆を差し出してきた。

 身体を起こし、それを受け取る。

 いただきますと手を合わせてから、もう一度スープを口へと運ぶ。

 

「……やっぱり美味しいです」

「そりゃ良かったよ。食べたら一眠りしな。まだ顔色が良くないさね」

 

 シロさんはその間に仕事に出かけると言う。

 聞けば、()()なスナックのママをやっているとのこと。俺の介抱をしていたせいで、昨日は店を開けられなかった。幸い、予約は一件も無かったらしいが。

 

「アタシが帰ってくるまで、勝手に出て行くんじゃないよ。ちゃんと元気になった姿をアタシに見せるのが介抱のお代さね」

「……わかりました」

 

 俺が頷いたのを確認してシロさんは部屋を出て行った。去り際にぽんと撫でられた頭には、スープとはまた違った温かさを感じた。

 

 俺はスープを一滴も残さず綺麗に平らげると、ベッド脇の机に置いた。

 それから掛け布団を肩までしっかりかけて目を閉じる。

 

「……クレス」

『はい』

「なんだか、いい夢が見れそうな気がする」

『……お休みなさいませ、マスター』

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 時空管理局地上本部。

 中央の超高層タワーとその周り数本の高層タワーからなるそれは、ミッドチルダのどこからでも見えると言われる。

 その中央の超高層タワーの最上階にレジアス・ゲイズ中将の執務室がある。

 天井も高く広々とした部屋は、そのほとんどが本棚で埋まっていた。大量に収められた書物のほとんどは様々な参考資料や報告書であり、同じものがデータベース上に存在する。

 レジアス中将がデータよりも紙の書物の方が好きで、より内容が頭に入るという、多忙の中の小さなわがままによってこの執務室が出来上がった。

 そんなレジアス中将はというと、窓を背にした執務机に着いてオーリス・ゲイズ副官からの報告を受けていた。

 

「機動六課からは材料は出ませんでした」

「そうか……公開陳述会まで間もない。より有利な交渉材料を押さえておかねば」

「引き続き、こちらの査察部を動かします」

 

 その回答に、レジアス中将は頷く。

 とにかく今は情報を集めなければならない。公開陳述会では、間違いなく本局の者達はレジアス中将のやり方に異を唱える。こちらの意見を通すには、こちらも向こうの意見を通す必要があるのだ。

 それが相手の弱みの黙殺なら、こんなに旨いことはない。こちらが譲歩することなどなくなるのだから。

 無論、それは向こうも同じこと。

 オーリス副官から向こうもこちらを探っているという報告を聞くも、レジアス中将は驚かない。

 ただ面倒だとだけ思う。

 

「奴らに理解させるには時間と実績がいる。まったく、必要あってのことだというのに、面倒な奴らだ」

「最高評議会からの支援は頂けないのでしょうか?」

(わし)から問合わせておこう……アインヘリアルの方はどうなった?」

 

 その問にオーリス副官の顔が少し険しくなる。

 アインへリアル、地上防衛の要と成るべくして建造が進められている超長距離大型魔力砲だ。独自の魔力精製炉を有し、魔力を持たない一般人でもスイッチ一つで砲撃が撃てるようになる。

 何よりもアインへリアルの配備が進められている理由は、ミッドチルダほぼ全土を射程に収めることが出来ることにある。

 地上本部の主力たる陸士部隊は9割が飛行能力を有しておらず、残り1割の内で戦闘をこなせる者は半分にも満たない。それはつまり、空からの襲撃、空への逃亡に対して取れる手段が非常に少ないことを意味する。

 アインへリアルが運用されれば、これまで煮え湯を飲まされてきた飛翔魔法を使う犯罪者に対する有効な攻撃手段になる。レジアス中将の試算では犯罪検挙率は25%も上昇し、ミッドチルダは今よりもずっと暮らしやすく安定した世界になるはずだった。

 今回の公開陳述会でも大きな争点になる事項である。

 だが、オーリス副官の元にはそれに影を差す報告が上がっていた。

 

「1、2号機は順調に調整が進んでおり、公開陳述会には間に合うとのことです」

「1、2号機? では3号機はどうなのだ?」

「それが、3号機に搭載している魔力炉の炉心の手配が遅れており、このままでは公開陳述会での試射は難しいと──」

 

 それを聞いたレジアス中将は怒り、机に拳を叩きつけた。

 ドンという音と共に、置かれていたマグカップが跳ねて中身のコーヒーが少量溢れる。

 

「何をやってるんだっ! 陳述会には絶対に間に合わせろ!! リソースが足りないというなら、他から回せ。優先順位を間違えるな!」

「わ、分かりました」

 

 肩を怒らせるレジアス中将。だが、すぐに目を閉じて深呼吸をして自分を鎮める。

 起こったことは仕方がない。オーリスを叱責しても戻ってくるわけではないのだ。

 

「……オーリス、お前はこれからアインへリアルの視察に向かうんだったな?」

「は、はい。間もなく向かう予定です」

「炉心の手配が遅れた原因を追及しろ。無論、二度と起こさぬよう対策も立てるよう伝えておけ」

「分かりました」

「それと、今回の責任の追及は後回しで良い。それよりも、公開陳述会に間に合わせるにはどうしたらいいかを中心に打ち合わせしてこい。人的リソースが足りないならこちらから応援を出せ、物的リソースが足りないなら手配しろ」

 

 レジアス中将は、本件の人選や手配には中将命令を使っても構わないことを伝え、オーリス副官を下がらせた。

 マグカップを手に持ち席を立ったレジアス中将は、窓から地上を見下ろす。

 瞳に映るその全てがレジアス・ゲイズにとって守るべきものであり、それを守ってきたことが何よりも誇りだ。そしてそれを、より強固なものとするにはやるべきこと、やりたいことがまだまだ残っている。

 レジアス中将はすっかり冷めたコーヒーを一息で飲み干すと、また執務机に着くのであった。

 

 

 一方、オーリス副官は当初の予定通りアインヘリアルの視察へと向かった。

 アインヘリアルのすぐ近くに建てられた庁舎に車を付けると、庁舎からアインヘリアルの技術責任者であるドーリック・ハクト三等技佐が出てきて、オーリス副官を出迎える。

 

「ようこそおいで下さいました、オーリス三佐」

「今日は視察の予定でしたが、後回しにします。理由はお分かりですね?」

「え、ええ。では応接室へとご案内します」

 

 ドーリック三佐の案内に従い、庁舎の中を進む。

 今回の視察にはオーリス副官の秘書官は連れてきていない。彼をここに連れてくるには、まだ早いと判断した。いや、もしかしたらこういった場に彼を連れてくることは一度もないかも知れない。

 彼はレジアス中将の掲げる()()の信者だ。彼の忠誠は地上本部と正義に向いている。

 

「どうぞお座りください」

 

 応接室へと入るとオーリス副官は上座へ座った。

 同じ三佐ではあるものの、その立場は二人の間で大きく異なる。中将付きの副官という立場は一佐とも引けを取らない。

 庶務の女性官が飲み物を置いて部屋から退室すると、オーリス副官は早速本題に入った。

 

「まず、アインヘリアル建造の進捗状況について報告をお願いします」

「1、2号機は予定より3日ほど前倒しで作業が進んでおります。既に砲塔の動作確認を終え、現在は細かなデバッグを行っているところです」

 

 魔力炉との接続は完了し、やろうと思えばいつでも試射を行える状態にある。

 

「分かりました。1、2号機についてはこの調子で建造を進めてください。それで、肝心の3号機についてはどうなっていますか?」

「先日ご報告致しましたが、魔力炉の炉心の手配が遅れていまして。動力源の炉と接続できないため砲塔の動作確認等が行えていません。他の部分の建造はほとんど終わっていますので、炉心が届くのを待つばかりとしか……」

 

 もちろん空いた人員を遊ばせているわけではない。その分を1、2号機に回しているため、作業が前倒しで進んでいるのだ。だがそれでも、現状のままでは間違いなく3号機建造が公開陳述会に間に合わず、陳述会で本局側に突かれてしまう点となる。

 

「私がここに来たのは、遅れるという報告を受けるためではありません。どうやって挽回するのか、その対策を立てに来ました」

「ええ。ですので、今急いで代わりを手配しております」

 

 ここでオーリス副官は、ドーリック三佐の言うことに違和感を覚えた。

 代わりを手配? そもそも、炉心が届かないという話ではなかったか?

 

「ドーリック三佐、私は炉心の手配が遅れていると報告を受けました。つまり、炉心の製造が遅れていると思っていたわけですが、どうやら違うようですね」

「ああ、いえ、炉心の製造は出来ていたんですが、それを輸送中に事故が起きまして……」

「事故ですか……報告にはありませんでしたが?」

 

 オーリス副官が突っ込めば突っ込むほど、ドーリック三佐の説明はしどろもどろになっていった。

 これは何かあると確信したオーリス副官は、次々と説明の矛盾点を突いていく。

 

「輸送中の事故ということは、交通事故でしょうか。陸士で運用している輸送車は、少々の事故程度では貨物に影響はないはずですが?」

 

 それに、仮に事故による影響が出たとして、何故炉心の修理を行うと言わないのか。修理を行えないほどに粉々になるような事故だったと言うなら、それは輸送車の強度からして大惨事に違いない。そんな事故が起これば、数分も置かずにオーリス副官の耳に届く。

 そうやってオーリス副官は一つ一つ追及し、逃げ場を無くしたドーリック三佐は、ついに隠していた本当の原因について話すことになった。

 

「……魔力炉の炉心が逃亡しました」

「逃亡、ですか。つまり、炉心とは生物だったのですね?」

「はい……その生物の持つリンカーコアへ外部から魔力を充填(ポンピング)し、臨界状態にしてから解放することで充填した魔力に加えて、リンカーコアから誘導放出として莫大な魔力が瞬時に生成されます」

 

 そんなことをして、炉心の生物が無事であるはずはない。フルパワーでアインヘリアルから砲撃を放てば、そのリンカーコアだけでなく身体までもが魔力へと変換されて消滅する。

 言うまでもなく、そんな命を犠牲にする兵器は違法中の違法だ。

 オーリス副官は思わずこめかみを押さえてしまう。

 

「…………魔力炉は公開陳述会の後、すぐに違法性の無いものへ切り替えなさい。多少スペックが落ちても構いません」

「しかし、アインヘリアルを動かすほどの大型魔力炉などすぐには建造できません」

「九月に廃艦予定が三艦あります。手は回しておきます、それの魔力炉を使いなさい」

 

 だが、今は、今は切り替えることは出来ない。それは、アインヘリアル建造中止を意味する。多少の違法性は飲み込んで、確かな実績を上げて有用性を示す。それから違法性を無くせばいい。

 

「当然、逃亡した炉心を追ってはいますね?」

「残念ながら、巻かれてしまったと報告が」

「では、新たな炉心の製造にはどのくらいかかりますか?」

「おおよそ一ヶ月と聞いています」

「早めることは?」

「厳しいでしょう。未成熟では精製出来る魔力が落ちてしまい、運用できるレベルになるかどうか」

 

 それを聞いてオーリス副官は少し考え込む。

 未成熟の炉心を使うことと逃亡した炉心の捕獲。その二つを天秤に乗せ、メリットとリスクを天秤に加えていく。

 数分の間黙り込んだ末、結論が出る。

 

「炉心の捕獲を最優先事項とし、レジアス中将直轄の特務隊を動かします。ドーリック三佐はこれまでの炉心捕獲に関するデータを早急に私に送りなさい。まとめる必要はありません、全部送りなさい。これは命令です」

「わ、分かりました」

「それと、今回の違法研究は即刻凍結……いえ、隠滅します。貴方にまで手が回らないようにはしますが……身の振り方は考えておいて下さい」

 

 やるべきことは終わった。

 早急に手を打つため、オーリス副官は足早に応接室を後にする。

 後に残されたドーリック三佐は椅子に崩れ落ちると、天を仰いで長く息を吐き出した。

 それから、のろのろと動き出すと、オーリス副官へデータを送る作業に入るのであった。

 

 

 

 




明けましておめでとうございます。
え、遅い? もうすぐ年の半分過ぎる?
……うん、知ってる。


さて、まさかこの五話を、あとがきから読む人はいないと思いますので、中身にちょっと触れましょう。

レジアス中将の執務室。
みんな電子書籍化してるだろう世界観で本有りすぎ。本好きなの? ビブリオマニアなの? よし、本好きにしよう。

犯罪検挙率の向上。
演説で言ってた気がする。多分。

魔力炉の原理。
ようはレーザーの増幅と同じ。




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カウントスタート

お気に入り小説リストを見て、「なんだっけ、この小説」と思ったそこの君。
安心してください、私もです。

というわけで、一言あらすじ。
一話:俺はコピーなのは
二話:フェイトが二浪したらしい
三話:ぴっちりスーツってえっちい
四話:風邪引いた
五話:炉心逃亡中



「なぁるほどねぇ……随分とまあ外道な方法じゃん」

 

 地上本部の特設トレーニングルームで訓練を行っていた彼の元へ連絡を寄越したのは、地上本部トップの右腕だった。もっとも、彼の所属する部隊への指揮権を持つ者は数える程しかいないため、そう珍しいことではない。

 珍しいとするなら、連絡が来たことそのものだ。

 

「んで、俺は何すればいいわけ? その研究所でも潰すん?」

『いいえ、逃げた炉心の捕獲です。研究所については、他の隊員に任せます』

「ういうい、りょーかい」

『不満ですか?』

「まっさかー。研究所に回されなくて良かったと思ってるよ。どう考えたって、こっちの方が楽しそうじゃん?」

 

 研究員なんて非戦闘員、研究所のセキュリティも所詮機械。彼には心が躍るような戦いができるとは到底思えなかった。

 送られてきた資料によれば、捕縛対象はエースオブエースのクローンだという。劣化クローンのため魔力量は少ないらしいが、それでもあのエースオブエースのクローンなのだ。

 本局であった戦技披露会、高町なのは一等空尉と八神シグナム二等空尉が繰り広げた文字通り血戦を見てから彼は、彼女らと戦いたくて戦いたくて仕方が無かった。それこそ、彼女らと戦うために犯罪者になることを考えるほどに。

 今回の任務はその片鱗でも味わえそうなのだ。逃す手はない。

 自然と彼の口角は上がった。

 

「いつも通り、任務に支障が出ない範囲なら…………いいんだな?」

『……いいでしょう。ですが、機動六課ができたせいで、その支障が出ない範囲が狭まってます。見誤らないように』

「わかってますって。それで、ターゲットは何処に居るわけ?」

『地下道を使われたせいで割り出しに時間かかりましたが、44地区とみて間違いないでしょう』

「そりゃなんとまあ、捻りのないというか、オーソドックスというか、素人臭いというか」

 

 確かに、44地区は反社会的組織が幅を効かせているため、管理局の手が伸びにくい。

 だがそれは、あくまで一般職員の話で。彼のように裏の人間からしてみれば、逆に何でもアリで動きやすい。

 

『定時連絡は入れるように』

「はいはい」

 

 ひらひらと画面の向こうに手を振って、彼は通信を切った。そしてすぐに別のウィンドウを浮かばせ、受け取った資料を映す。

 そこには、捕獲対象のこれまでの行動が順に載っていった。中でも彼が注目したのは、ネットへのアクセス記録。

 

「お仲間さんに連絡取ろうとしたわけね。でも、襲撃されて失敗」

 

 送ろうとしたメールの宛先はわからない。アクセス遮断のために店ごとブレーカーを落としたのは失策だった。 

 だが、アクセス遮断という判断は間違ってない。

 

「相手は素人。失敗しても、もう一回チャレンジ」

 

 つまり、見張るべきは44地区のネットと、そのアクセスポイント。

 

「取り敢えずデバイスIPはわかったから、アクセス権限ロックしておこ。それから、44地区で有線接続出来そうな場所をリストアップ…………多いな。これ全部にマーカー仕掛けるの面倒────いやいや、これもお楽しみのため。久しぶりにガンバルゾー」

 

 網は張られた。

 後は食い破られるか、絡め取られるか。

 二つに一つ。

 

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、後期型の8機は全て順調に調整が進んでいます」

 

 シャキリシャキリと音を立ててウーノが持つハサミが、椅子に座るスカリエッティの髪を梳いていく。ぱらぱらと落ちる髪は彼に掛けられたケープに受け止められ、あるいは床に落ちて白い金属タイルに紫の模様を作った。

 そんな彼らの横に立ち、クアットロは口頭で妹達の調整状況の報告をしていた。

 

「最終制作機の3機、君のプランだった余分な成分の排除はうまくいってるかい?」

「まあまあですね。7番のセッテは傑作の部類ですが、オットーとディードは少々余分な感情が多いです」

 

 もっとも、それもセインやウェンディに比べれば十分に純粋なのだが。だが、クアットロにとって最高傑作といえるのはドゥーエだ。強くて冷静で姉妹に優しく、反面、味方以外は等しく残酷。ドゥーエと比べると、どうしてもまだまだ調整不足の感が否めない。

 

「そうかな? 私はセインやウェンディもまた素晴らしい成功作品だと思っているよ」

 

 一方、スカリエッティの考えはクアットロとは違う。

 

「生きているからこそのゆらぎとでも言おうか。ただの機械では到底出せない輝きを持っているよ」

 

 感情を持つからこそ生まれる強さというものもあるし、セインのディープダイバーのように作ろうと思っても作れないISが発現することもある。だからこそ、()()としての生命は素晴らしい。

 

「お疲れ様でした」

「ああ、ありがとうウーノ。お陰でさっぱりしたよ」

 

 ウーノにケープを外して貰うと、スカリエッティは立ち上がって髪を撫でた。伸びて乱雑になっていた髪は綺麗に首筋あたりで揃えられており、頭が軽くなったことでどこか開放感を感じる。

 

「何はともあれ、準備は整った。後は四日後までに出来る事をして少しでも成功率を上げるだけだ。この世に100%なんてものは無いからね」

 

 そしてその出来る事の中に1つ、スカリエッティには気になることがあった。

 

「新たに見つかったFの遺産について、何か分かったかい?」

 

 その問いにクアットロは残念そうに首を横に降る。表面的な情報は管理局のデータベースの奥にあったので抜き出せたが、実験の詳細なデータは無かった。

 

「分かったのは精々、クローン元がエースオブエースってことと、記憶の転写で思いのままの人格を形成出来るってこと。魔力波長を7割までオリジナルと同じにできたことぐらいです」

「彼らにとっては記憶転写だけでなく、人格形成までできるようになったのは前進だろうね」

 

 しかし、スカリエッティとしては、魔力波長をオリジナルに近づけられた事の方が興味を引かれる。

 スカリエッティがプロジェクトFの基盤技術を作ったときは、魔力波長を近づける方法について何も分かっていなかった。

 それが、久しぶりに蓋を開けてみれば、Fの技術で実際に作り出された素体が三人も。しかも一人は、当時足がかりもなかった魔力波長操作まで出来ているというのだ。

 興味を惹かれないはずがない。

 

「とはいえ、いくら興味を惹かれるからといって、それで計画を疎かにしてはいけないからね。余力があれば確保、くらいにしておこう」

「わかりましたー。それでは私は妹たちの調整に戻りますね」

「ああ、報告ご苦労さま」

 

 ふんふーんと鼻歌を歌いながら足取り軽く戻るクアットロを、スカリエッティとウーノは見送る。

 祭りの日は近い。

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

 

「お世話になりました」

「なんだい、もう行くのかい? もう一日居たって構いやしないよ」

 

 俺は玄関先でシロさんに頭を下げる。

 あれからもう一眠りして朝になり、まだ少しだるさはあるけれど十分に身体は回復した。

 

「いえ、これ以上ご迷惑をかけるわけには。それに、やらなきゃいけないことがありますから」

 

 第一に、ここを出ていくこと。

 いつ追手がここを嗅ぎつけるかも分からないのだ。恩人に迷惑をかけたくない。

 第二に、フェイトちゃんに連絡を付けること。

 最大の味方にして最高戦力である彼女に保護して貰う。それこそが俺たちの勝利条件。

 

「そうかい、なら仕方がないね。それじゃ、今度は行き倒れないよう気をつけるんだよ」

「はい、ありがとうございました」

 

 もう一度シロさんに頭を下げて、俺はシロさんの家を出た。

 帽子は下水道で落としたから、今はジャージにメガネ、ツインテールは止めてポニーテールだ。

 

「クレス、ネットにアクセスできそうな所は分かってる?」

『もちろんです。逆探知に備えて逃走経路も押さえてあります』

「流石、相棒。頼りになる」

 

 示されたネットカフェは同じ44地区でも、現在地からだいぶ離れた所にあった。

 逃走に失敗した際、戦闘になってもシロさんを巻き込まないようにだろう。

 俺は道すがら、クレスと今回の作戦を相談する。

 

『前回ネットにアクセスしたときは、襲撃まで十五分ありました』

「今回も同じだけの猶予があると考えるのは楽観が過ぎるか」

 

 一度使った手なのだ、ネットは常に監視はされていると考えるべきだろう。

 

「アクセスした瞬間に居場所が割れるとすると、追手が来るまで五分……いや、三分以内に来るとみて動こう」

 

 クレスを接続して、メールを送って、店を出る。この間を三分以内にしなければならない。

 

「お会計は、釣りはいらねえぜってやればスルーできるとして。クレス、メール送るのに何分いる?」

『あの動画だけなら三秒です。実験データを付けるなら要相談ですが』

 

 クレスに示された逃走経路をもう一度確認する。

 

「店を出て、裏手に周り、マンホールから地下へ……地下好きだね」

『追手は最短距離、つまり飛んでくるであろうことを考えれば必然的にそうなります』

「逃げた先で鉢合わせは勘弁して欲しいから、仕方がないけどさ」

 

 逃走経路に異論はない。

 しかし、地下へ潜るまでにかかる時間を考えると、実験データを送るのは厳しい。

 

「前と同じく動画だけにしよう。それだけでもフェイトちゃんなら動いてくれる」

『了解しました』

 

 決めるべきことは、大体決めた。

 後は、この作戦における最大の不確定要素が、どう転ぶかだ。

 

「フェイトちゃんが来るまで、どのくらいかかるかな?」

『何とも言えません』

 

 運良くクラナガンに居れば、超特急で飛んでくるだろう。

 だが、執務官というのは多忙な職だ。ミッドチルダに居れば御の字、他の次元世界に居る可能性の方がずっと高い。

 

「連絡見てからすぐに次元航行船に乗り込んだとしても………やっぱり一日は見ておかないと」

 

 一日逃げ切れるだろうか。

 いいや、逃げ切らなくてはならない。

 

『幸い、バルディッシュは優秀です。メールが届いたらすぐに主に報告するでしょう』

「埋もれないってわかってるだけでも安心だよ」

 

 贅沢言うなら万全な状態で挑みたかった。もう一日、ベッドで寝ていたかった。

 だが今、時間は俺たちの敵だ。追手との距離が、その一日でどれだけ詰められるかわかったものじゃない。

 

『着きました、マスター。このビルの二階です』

 

 店に入る前に、先に店の裏に回る。裏手は狭い路地になっており、確かにマンホールがあった。

 試しに開けてみようと、ガス抜き用の穴に指を引っ掛け────

 

「ふっ! ぐぬぬぬぬぬっ…………はぁっ、ダメだ。重くて持ち上がんない」 

『当たり前です。下から押し開けるのとは違いますから』

「なあクレス。ここが開かなかったら、逃走ルート変更じゃない?」

『チェーンバインドで釣り上げましょう』

「………おお、そっか!」

 

 早速クレスを振り、手のひらサイズの魔法陣から魔法の鎖を一本出す。鎖を先ほど指を掛けていたガス抜き用の穴に引っ掛け、巻き取るように鎖を魔法陣に引き戻すと、合わせてマンホールも持ち上がった。

 人の来ない道のようだし、このまま半開きにしておこう。少しでも時間短縮になればいい。

 ルートの確認を終えると、ついに店に入った。

 カウンターには暇そうにしている店員が一人。身分証の確認はなかった。

 店員は番号札だけを渡すと、空いてるとこを好きに使うよう言い、ネットサーフィンに戻ってしまう。

 前回ネットカフェに入るのにした、『あの、ごめんなさい……学生証忘れちゃったみたいです……』みたいな可哀想な子供の演技はなんだったのか。

 相手の良心に付け込むのは心が痛かったが、何もないのもそれはそれで張り合いがない。

 

『回を追うごとに上手くなってましたよ』

「何の自慢にもならないよ」

 

 店の中はいくつもの個室に分かれており、そのほとんどが空席だった。奥の方の部屋がいくつか使われていたが、元々出口に近い手前を選ぶつもりだったので問題ない。

 部屋の扉は開けっ放しでいいだろう。すぐに出れるように。

 デスクトップ型の端末から伸びる有線を手に、クレスを待機状態からアクセルモードにする。

 

「準備はいい?」

『いつでも』

「……よし」

 

 深呼吸を一つ。

 

「プラグイン! クレスEXE、トラ、トランスミッ───あれ、うまく入らない……」

『グダグダですね』

「あ、入った」

『有線接続確認。メールを送し──マスター! 作戦変更です、そこの端末からメールを送って下さい!』

「っ! わかった!」

 

 失敗した理由を聞く暇はない。

 クレスに言われるまま宛先のアドレスを打ち込み、件名と本文は最低限に。

 それでも送信まで三十秒かかった。追手が来るまで、残り二分半。

 

「よし送れた。クレス、脱出だ!」

 

 

 

 

 

「させると思う?」

 

 

 

 

 

 その言葉が脳に届く前に、身体が動いた。

 アクセルモードのクレスを握り締め、振り向きざまに全力で障壁を張る。

 気が付けば目の前数センチの所に、槍型デバイスの穂先があった。

 

「ヒュー、良い反応速度じゃん」

 

 目元をバイザーで覆った襲撃者は口笛を吹きながら、アームドデバイスを押し込む。

 

「お褒めに預かり、光栄だ、よ!」

 

 物理攻撃に強いはずのプロテクションが激しく明滅し、じわじわと穂先が身に迫る。負けじと強く押し返したが、それが悪手だった。

 不意に槍が引かれ、競り合ってた力が急に無くなったせいで上体が流れる。

 

「しまっ──」

「あらよっと!」

『マスター!!』

 

 襲撃者の回し蹴りが胸に突き刺さった。軽い身体は易々と吹き飛び、個室の壁を二枚三枚と破ってようやく止まる。

 

「んー、この感触。ギリでバリアジャケット展開されたか」

「ゴホッ! ナイ、スだ、クレス」

 

 壁に手をついて、胸の痛みを堪えながら立ち上がる。

 

「よしよし、防御力も及第点。さあ、時間いっぱい楽しもうぜ?」

 

 アームドデバイスをくるくると回しながら、襲撃者は笑った。

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

To.「フェイト・T・ハラオウン」

From. 「gsineih65ajhbk.jshnin784」

件名.「SOS」

本文.「44地区        量産型なのは」

 

 短いメールだった。

 だが、それで十分だった。

 

「バルディッシュ!!」

『Yes, sir. SHIN Sonic Form』

 

 湾岸地区より上がった稲妻は、クラナガンの空を切り裂いて進む。

 

 




あけましておめでとうございます。

おい、誰だ、私に石を投げたの。
私に石を投げれるのは、一年以上更新が空いた作品がない作者だけ……痛い痛い! そりゃ一年以上放置してない作者なんていっぱいいるよね!


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投じられた石は水面に波紋を残す

忘れた人用のさくっとおさらい。

一話 お魚美味しくない
二話 ジュースうまい
三話 腹減った
四話 野菜スープうまい
五話 野菜スープおかわり
六話 別に腹減ってない


『大丈夫ですか、マスター?』

「……めっちゃ痛い」

 

 蹴られた胸がズキズキと痛い。深く息を吸おうをすると一層痛むので、浅い呼吸を繰り返す。

 バリアジャケットを纏うのが間に合ったというのに、ここまでダメージを受けるとは思わなかった。壁を突き破った背中は無視できる程度の痛みであることから、バリアジャケット自体はしっかり物理ダメージをカットしている。

 つまりは相手の蹴りが物理障壁を貫通するほどの威力ということ。

 

「どうした、もう降参なんて言わないよな?」

「はっ、誰が」

「そう来なくっちゃ」

 

 くるくると回していた槍型のデバイスを、男はパシリと音を立てて構え直す。身体は半身に、姿勢は低く、穂先は獲物の胸に向け。

 同時に俺もクレスを両手で構える。複数の魔法を並行してロードし、攻撃も防御も回避も出来るように。

 視界の端に他の客が逃げるのが映る。入口に居た店員が何事かとこちらへやって───

 

「余計なこと考えてると、あっさり死ぬぜ?」

 

 初動は見えなかった。

 男から目は決して離していない。ただ、ほんの少しだけ心が男から離れた。

 男にはその心の隙が見えていた。見逃さなかった。

 蹴飛ばされたことで空いたはずの距離は、たった一歩でゼロにされ、槍が突き出される。

 受け止めようとプロテクションを張った時、穂先に小さく光る魔法陣が見えた。その三角形の魔法陣でどんな魔法が発動するのか俺は知らない。知らないが、悪寒が走った。

 

 咄嗟に右へ()ぶ。

 

 槍はプロテクションに当たらず(・・・・)、そこに何もなかったかのように進む。隙を突かれた上、一度は防御の判断をした。二手遅れた回避は間に合わず、左肩をバリアジャケットごと抉られる。

 痛みを感じるよりも早く、フラッシュインパクトで床を叩いた。激しい閃光と共に圧縮された魔力が炸裂し、床が崩れると同時に爆風が俺の身体を後ろに吹き飛ばす。

 そうして距離を取れたお陰で、男が繰り出した横薙ぎの追撃は、胸のリボンを裂くに留まった。背中を壁に強く打ち付けたが、致命の一撃を避けれたのだから安いものだ。

 

「ッッッ!!」

 

 ここに来てようやく肩を抉られた痛みが襲ってきた。叫びたくなるのを歯を食いしばって耐え、涙で滲む視界で男を睨む。

 床があった場所には代わりに魔法陣が敷かれ、その上に男は立っていた。

 

「咄嗟の判断も上々。魔導師ランクはAA──いや、A+ってとこか」

「……試験官ごっこなら他を当たってくれ」

「残念ながら、試験官資格持ってんだな、これが。何なら合格証を発行してやるよ。まあ、発行手続き終わる頃には死んでるだろうけど」

「そいつは困ったな。魔導師ランクが無いんじゃ、時空管理局には就職できそうにない。魔導師ランクが関係ない職業紹介してくれよ」

 

 襲撃の際、制限時間があるかのようなことを男は言った。一分か一時間か一日か、リミットはわからないが(むげん)でなく99(ゆうげん)なら、きっと時間は俺の味方のはずだ。

 少しでも時間を稼げるなら、会話だって付き合ってやる。

 

「ケーキ屋なんかどうだ? 俺は甘いものが好きなんだ」

「イイなそれ。翠屋ミッドチルダ支店を開いたら呼んでやるよ」

「チョコレートケーキの準備を忘れるなよ?」

 

 この二度の交錯ではっきりとわかった。向こうの方が力も速さも技術も上だ。

 この軽口の応酬の間も、男は全く隙を見せない。

 逃げの一手を打とうにも室内という不利な空間から脱しなければいけないのだが、少しでも動きを見せればそれを牽制するように殺気が飛んでくる。

 

「いくつお求めで?」

「コイン一個分」

「一個じゃ命も買えないぜ?」

「そいつは残念。うっかり死んでくれるなよ? 生け捕りにしてこいって命令だからな」

「ならそのうっかりはお前のことだろ」

「ははっ、違いない!」

 

 来る──来た!

 今度は初動を見逃さなかった。男が踏み出したのと同時に、クレスのコアを発射台にしてディバインシューターを撃つ。

 男は槍の中程を持ち一閃して魔法弾を弾くと、くるりと槍を持ち替えて石突の方を突き出してきた。こちらにはあの魔法陣がない。

 プロテクションで受け止め、すぐにバリアバーストでカウンターを狙う。爆風が吹き荒れ、店内にあった物がめちゃくちゃに飛び散る。

 小柄な自分も例に漏れず、仕切り板の壁を何枚もぶち破りながら後ろに吹き飛んだ。フライアーフィンを発動して素早く体勢を整える。男の方は咄嗟に後ろに下がったため直撃は免れたようだが、それでも二人の間に大きく距離が空いた。

 

「クレスっ!」

『巻き込まれたら、運が悪かったと諦めてもらいましょう』

 

「『ディバイン、バスター!』」

 

 狙うは真上、確保は外へのルート。桜色の奔流は天井を突き抜け、天井を突き抜け、天井を突き抜け、青空へ消えていった。

 すぐに床を蹴るようにして飛び上がり外へ脱出しようとするが、向こうも黙って見ているわけではない。飛び立とうとしていた俺の足を掴まれた。

 

「おいおい、逃げるなんてつれないじゃねえの?」

「くっ、フライアーフィン全か───」

(あめ)え!」

 

 全力のフライアーフィンの力を物ともせず、投げるようにして床に叩きつけられた。脆くなっていた床はあっさりと崩れ、がれきと共に一階の床に落ちる。

 

「かはっ!」

 

 あまりの衝撃に息が詰まる。だが止まってはいられない。

 痛みを堪え、転がるようにその場から移動した直後、舞い上がった粉塵を突き抜けて魔力で出来た槍が飛んできた。避ける俺を追うように、次々と槍が飛んで来ては床に突き刺さる。

 

「そらそらそらっ! 逃げてないで向かってこいよ!」

「っ、ラウンドシールド!」

 

 槍が放たれる方向に向けて円形の魔法陣を張る。ガキンッと音がして魔力の槍が魔法陣に当たって弾けた。続けざまに三本の槍が放たれたが、円形の魔法陣はびくともしない。

 

()ったいねぇ。並みの奴なら二発で割れるぞ?」

「師匠が良かったからね!」

「じゃあ、もう一度修行してくるといい」

 

 粉塵が収まり見えた二階。そこにはディバインスフィアのような発射台だけが────

 

「今度は駆け引きを重点的に、な!」

『右ですっ!!』

「くっ!?」

 

 警告されたときには既にクロスレンジ。

 振るわれた槍が、クレスの自動詠唱によって展開されたプロテクションをすり抜け(・・・・)、身に迫る。

 右手にクレスを持っていたことが幸運だった。刃をクレスで受け止めることで、身体が切り裂かれることは防ぐことが出来た。だが、それだけだ。

 蹴りとは比べ物にならない衝撃が身体を襲い、吹き飛ばされる。柱を折り、壁を突き抜け、路肩に停車していたトラックを巻き込み、向かいのビルにぶつかってようやく止まった。

 身体を支えられず、ドサリと地面に倒れ伏す。

 

『マスター! マスター!!』

「あ……がっ……っ!」

 

 全身がバラバラになってしまったかと思うような衝撃と痛み。膝をつき、身体を丸めて痛みを堪える。

 

「だい……じょうぶ…だ。まだ、やれる」

 

 安心させようと──それよりも自分を奮い立たせようと──クレスに向かって笑ってみせる。

 そうしてクレスを見て、気がついた。

 

「クレス! お前、(ひび)が!?」

 

 先の一撃を受けた柄の部分が罅割れて、内部の機構が見えている。自動修復は始まっているようだが、とてもじゃないがすぐに直るような傷じゃない。

 

『大丈夫です。パフォーマンスに問題ありません』

「そんなわけ──」

 

 そんなわけがない。しかしそれを遮るように、クレスは言う。

 

『マスターは“大丈夫”なのでしょう? ならば私も大丈夫です』

「…………ははっ」

 

 思わず吹き出した。さっきとは違う笑みが頬に浮かぶ。

 まったく、意地っ張りめ。いったい誰に似たんだか。

 

『そのままお返しします』

「そりゃあ、俺は高町なのは(オリジナル)だろ?」

『ならば私もレイジングハート(オリジナル)ですね』

「じゃ、悪いのはオリジナルってことで」

『異議なしです』

 

 何かがカチリと()まった。

 心が軽くなり、身体に力が入る。

 

 覚悟が決まった。

 

 バリアジャケットをパンパンと叩いて汚れを払い、唇を切ったことで流れていた血を、手の甲でぐいっと拭う。

 左腕の抉られた部分はクレスがバリアジャケットを再構成し、止血帯にしてしっかり縛ってある。

 

「やっべ、勢い余って外に出ちまった………まあいいか」

 

 戦闘の余波やらでボロボロになってしまったビルから、男が悠々と現れた。

 

「うお、トラックが! ご愁傷様だなあ」

「やった本人がよく言うよ」

「いいのいいの、ここ駐車禁止だし。自業自得でしょ」

 

 それよりも、と、男はこちらに目をやる。

 

「ヒュー、イイ目じゃねえか。ここからが本番ってか?」

「ああ。悪いな、待たせちまって」

「全然。いい男は待つのも甲斐性さ」

 

 道路一本分の距離を挟んで、二人はデバイスを構える。

 

「そうだ、良い事教えてやる。怖い死神がこっちに向かってるらしい。到着は、そうさな……三分ってところか」

 

 死神? 誰のことだかわからないが、誰かが来てるならフェイトへの連絡はうまくいったらしい。

 だが、ここに至ってはもう関係がない。時間稼ぎも逃げの一手も、もうしない。

 

「じゃあ二分でカタをつけてやるよ」

「おお、言うねえ。俺の方が強いって知ってるクセに」

「そうだな。お前の方が俺より強いよ」

 

 勝つ。

 降りかかる火の粉は自分で払う。でなけりゃこの先、ずっと人の影に怯えて暮らなきゃならない。

 そんなの真っ平ゴメンだ。

 

「けどな────自分より強い相手に勝つには、自分の方が相手より強くなればいいんだよ」

「これまた懐かしい言葉を…………なら見せてくれよ、俺より強いお前を!」

「上等だっ!!」

 

 二人は同時に地面を蹴る。

 周囲を更地にするほどの激しい戦い、その幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

 

 速く、早く、疾く。

 クラナガンの空を稲妻が切り裂き進む。

 

「っ、やっぱり思ってたよりスピードが出ない……」

 

 フェイトは唇を噛む。

 分かっている。出力リミッターをかけることは必要なことだって。

 けれどこうして事が起きた今は、リミッターさえなければと思ってしまう。

 

「バルディッシュ、到着までどのくらいかかりそう?」

It arrives about ten minutes(到着まで、約10分です)

 

 遅いと勘が告げる。

 いっそエマージェンシーコードを使用してリミッターを外してしまおうか。

 いいや、それはできない。そんなことすれば機動六課にどれだけの迷惑がかかることか。最悪、部隊の解体だってありえる。

 とにかく、今は飛ぶしかない。

 そうして真っ直ぐに目的地へ向かっていたフェイトであったが、そこにはやてから通信が入った。

 宙に映し出されたモニターに、はやてが驚いた顔で現れる。

 

『なんや急に! 緊急回線なんか開いて、なんかあったんか!?』

「え、私は開いてないよ?」

I opened line(私が開きました)

 

 チカチカと明滅しながら、バルディッシュは報告するべきと告げた。

 ただただ目的地へ一直線に飛んでいたフェイトは、それを聞いて少し冷静になる。

 そうだ、これは私だけの問題じゃない。

 

「ありがとう、バルディッシュ」

No problem(どういたしまして)

『……で、何があったん?』

「うん。例のクローンの件、救助要請が来たの」

『ほんまか!』

「今転送するね」

 

 短い文面だ。転送は一瞬で終わり、モニターの向こうではやてがそれを見る。

 

『捨てアカウントからのメールやな。信用できるんか?』

「できる……勘だけど」

 

 ちゃんと自己分析すれば、どうしてそう思ったのかが理路整然と出てくるだろう。

 時期、時間、アドレス、調査していた内容。そうしたものが一本の線で繋がるはずだ。

 だが時間がない今は、それらを全部引っ括めて『勘』なのだ。

 

『フェイトちゃんがそう言うならそうなんやろな。けど、参ったな。勘じゃこっちから応援は──』

 

 失礼します、八神司令!

 

 モニターの向こう側で、はやてを呼ぶ声がする。

 

『ちょっと待ってな……』

 

 そう断りを入れてから、はやては司令室に入ってきた隊員に返事する。

 

 ごめん、緊急じゃなきゃ後にしてくれるか。

 緊急です! 第44地区にて高ランク魔導師による戦闘が発生しました。付近の警備隊より応援要請が入っています。

 っ、アラート2発令! 各員出動準備、自由待機(オフシフト)メンバーは準警戒態勢や!

 了解しました!

 

『……フェイトちゃん、どうやらビンゴみたいやで』

「うん、聞こえてた」

 

 救援を求められた第44地区で戦闘が起きているというのなら、もう一刻の猶予もない。

 

「ごめん、はやて。全速出したいから通信切るね」

 

 魔法の制御を全て速度に回そうとするフェイトに、はやては待ったをかける。

 

『フェイトちゃん、到着予定時間は?』

「後八分──ううん、七分で着いてみせる」

『そっか……なら、“ロングアーチ00よりライトニング01へ。推定AAランク魔導師との戦闘が想定されるため到着までの三分、制圧に一分の計四分間、二ランクのリミッター解除を許可します”』

 

 途端、フェイトの胸の奥でパチンとリミッター外れ、ぶわりと金色の魔力が溢れ出した。

 

『かっ飛ばしたれ!』

「うん!」

 

 力強い頷きとともに、バンッと壁を破る音がした。

 

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

 

「ディバイン、シュート!」

 

 九つ(・・)ものディバインスフィアは、衛星のように魔導師の周りを巡りながら、次々に魔力弾を発射する。二分の短期決戦ならではの、後先考えない魔力運用方法だ。

 

「はははっ、イイねいいねぇ!!」

 

 さながら機関銃のように絶え間なく撃ち出される魔力弾。そんな弾幕を張っている相手に、男は正面から突っ込んでいく。

 バリアジャケットがボロボロになっていくが、男は止まらない。致命の一撃のみ避け、アームドデバイスで弾き、障壁を張り、相手に迫る。

 魔力弾の全てが魔導師によって制御され、不規則な加減速や機動を描いて男へと迫っているのにも関わらずだ。

 あっという間に二人の距離が半分になったところで、男は相手のデバイスの先に、新たにスフィアが生成されているのを見た。

 九つものスフィアを制御しておきながら更にスフィアを生成できることに、男は素直に感心する。同時に、あれは単純に数を増やしたわけではないと察し、回避行動として急激な方向転換を取る。

 ディバインシューターはそれに追いつけず、未だ誰もいないところに射出しているが、

 

「アクセル、シュート!」

 

 新たなスフィアから発射された魔力弾は違った。高い弾速と誘導性で、回避行動を取る男へと易々と迫る。

 避けきれないと判断してデバイスで弾いたが、威力もディバインシューターとは段違いだ。

 

「中々じゃねえか、手が痺れたぜ!」

「ならおかわりをどうぞ!」

 

 言うやいなや、今度は先程のスフィアから二十四もの魔力弾を発射された。(なお)も九つのディバインスフィアを制御しながら、だ。

 あまりの魔力制御能力に男は舌を巻く。

 高町なのは(オリジナル)の戦闘データは見て知っているが、撃つだけならともかく、その魔力弾の全てを同時に制御することが、果たして本物(オリジナル)に出来るかどうか。しかも、カートリッジシステムなしである。

 

「とんでもねえなあ、おい!」

 

 障壁を張って守っても弾幕に押しつぶされる。デバイスで弾こうにも流石にこの数は捌ききれない。

 そのため、男は手札を一枚切った。

 

「吹き飛びやがれ、烈風衝波(れっぷうしょうは)!!」

 

 魔力を纏わせたデバイスの一閃により爆発的な衝撃波が生まれ、身に迫っていた魔力弾を全て消し飛ばす。本来はクロスレンジで使う技のため、相手に届く頃にはただの暴風になったが、それでも体勢を崩すほどだ。

 出来た弾幕の空白を前に、男が何もしないわけがない。

 一気に加速してクロスレンジに持ち込み、一文字にデバイスを振るう。対して魔導師はフラッシュムーブによる瞬間加速によって距離を取り、槍は前髪を数本切り裂くに留まった。

 お返しとばかりに、衛星軌道をとっていたディバインスフィアが魔導師の前方へ整列し、一斉に魔力弾を発射する。

 

「トライシールドォ!」

 

 避けられないと判断して障壁を張り、そのまま突っ込む。

 一瞬でシールドが破壊され、その反動でリンカーコアに痛みが走るが、無視。すぐに二枚三枚と貼り直し、強引にクロスレンジに踏み込む。

 

「いくぜ、もう一丁ぉ!!」

 

 自分の張ったシールドごと破壊して烈風衝波を放つ。

 相手は回避行動を取っていたため直撃こそしなかったが、逃がし損ねたディバインスフィアは全て破壊し、さらには衝撃波で魔導師は吹き飛ばされてビルに突っ込んだ。

 間髪入れず追撃に移る。

 

「スピーアアングリフゥ!」

 

 槍から後方へ向けて勢いよく魔力が噴射され、一気にトップスピードに乗る。そのまま魔導師が突っ込んだ場所へ突撃し、一階まで貫いた。

 しかし、手応えがない。

 攻撃を受けたビルはその威力に耐え切れず、倒壊を始める。瓦礫が降る中、背後に気配を感じた。

 男は素早く振り返り──瓦礫の影から目が合った。

 

 瓦礫と共に逆さに落ちる魔導師。

 まるで銃でも持っているかように両手で握った杖。

 腕をぴんと伸ばして構えて────

 

 

 

 

レイガアアアアンッッッ(ディバインバスター)!!」

 

 

 

 

 クレスから放たれた桜色の奔流が瓦礫の雨を飲み込み、大地を削りながら男に迫る。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 

 咄嗟にトライシールドを張って受け止めたようだが、それもすぐに破れて、ビルの外へと消えていった。

 

「はーっ、はーっ、っかは、はーっ」

 

 汗が頬を伝い、ポタポタと地面へと落ちた。

 砲撃で限界まで魔力を絞り出したため、その場にへたりこんでしまいそうになる。

 

『ここは危険です。早く外に出ましょう』

「っと、そうだな」

 

 今の一撃で完全に支柱がやられたのだろう。大きな瓦礫が次から次へと落ちてくる。

 もう飛べるほどの魔力は残っていない。

 それでも何とか頭だけでもプロテクションを張って、瓦礫の雨を防ぎながら外へと走る。

 俺が外へ脱出するのとビルが崩れるのは、ほぼ同時だった。

 轟音が辺りに響き渡り、粉塵が舞い上がる。

 

「クレス、戦闘時間は?」

『一分四十秒。宣言通りですね』

「当然だろ」

 

 汗を腕で拭い、大きく息を吐く。

 後は、向かって来ているという死神さんを待つだけだ。

 時間は余っている。少し身支度でも整えた方がいいだろうか。精々が汚れを払うことくらいしかできそうにないが。

 取り敢えずボサボサになった髪を直そうと、瓦礫の山に背を向けて髪に手櫛を通した時、

 

 

 パチ、パチ、パチ、パチ

 

 

 勢いよく振り返る。

 瓦礫の山の上で、男がこちらを見下ろしながら拍手をしていた。

 

「すげえな、すげえよ! ここまでやるとは思ってなかったぜ!!」

 

 男は心底楽しそうに笑い声を上げた。

 目元を覆っていたバイザーは半分割れて、辛うじて顔に掛かっている。上半身のバリアジャケットは吹き飛び、無数の傷跡が残る裸体を晒しているが、ジャケットを再構成する仕草は見せない。

 

「デッドコピーって話だったが、どこが劣化(デッド)だよ。まったく遜色ないじゃねえか!」

「そいつは、どうも」

 

 ざっけんな。

 シールドの硬さから言って、オリジナルのような反則的な防御力があるわけじゃない。

 あれを喰らってピンピンしてるとか、どんな身体してやがる。

 

「さあさあ、続きと行こうぜ!」

「くっ!」

「…………と言いたいところだが、生憎時間が迫ってるようだ」

 

 死神の到着まで、後一分もない。

 

「だからよ。最後に一撃、大技で真っ向勝負といこうじゃねえか」

 

 そう言うと男は構えに入った。

 身体を半身にして弓なりに背を反らし、槍型アームドデバイスを持った腕は後ろに大きく引かれる。

 これまでと比べ物にならないほどの魔力が男より立ち昇り、その全てがアームドデバイスに込められていく。

 

 もう僅かしか魔力が残っていない俺に、選択肢は一つしか無い。

 

「……クレス」

『わかってます。耐えてみせますとも』

 

 深呼吸して、カウントスタートと呟く。

 

 

 

『十』

 

 自分の前方に巨大な魔法陣が展開される。

 

 

 

『九』

 

 右手でクレスの先端ギリギリを握り締め、左手で柄の端を掴む。

 

 

 

『八』

 

 左足を引いて半身になり、脇を締めて反動を全て受け止めれるようクレスを構えた。

 

 

 

『七』

 

 クレスのコアの先に淡い桜色のスフィアが現れる。

 

 

 

『六』 

 

 先程まで散々ばら撒いていたお陰で周囲に満ち満ちていた魔力が、一斉に励起する。

 

 

 

『五』

 

 それら全てをスフィアは吸い込み吸い込み吸い込み。励起して光る魔力が渦を描いて吸い込まれていく。

 

 

 

『四』

 

 集めた魔力で膨れ上がりそうになるスフィアを圧縮圧縮圧縮圧縮。

 

 

 

『三』

 

 咎人たちに、滅びの光を。

 

 

 

『二』

 

 星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ。

 

 

 

『一』

 

 貫け! 閃光!

 

 

 

『零』

 

 

 

 

 

 

「スターライト・ブレイカアアアアアアアアあああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

「穿て!!! メテオリットシュラーク!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 お互いの全力が衝突する。

 極大な魔力の奔流を、極大な魔力を帯びて投じられたアームドデバイスが切り裂く。

 砲撃が押しやる力とアームドデバイスが進む力は拮抗し、二人のちょうど間で一進一退を繰り返す。

 

「くううううっっっ!!!!」

 

 荒れ狂い、少しでも気を抜けば発散してしまう魔力を、歯を食いしばって押さえつける。

 ピシリ、ピシリとクレスのコアに、フレームに罅が走るが、決して魔力の放出を緩めやしない。

 だって、耐えるって信じてるから。

 

「あああああああッッッ!!!」

 

 少しずつ、少しずつ。

 均衡していた天秤が傾く。

 衝突点が、向こう側へと引いていく。

 

「いっっっけええええええええええええええッッッ!!!!」

 

 ついに均衡が崩れた。

 アームドデバイスは砲撃の射線上から弾かれて宙を舞い、投じた男は光に飲まれる。

 瓦礫の山は消し飛び、その向こうに立っていたビルの屋上はスプーンで掬ったかのように抉られ、一筋の光が青空へと昇る。

 砲撃が止んだときには雲にぽっかりと穴が空いていた。

 

「………おつかれ、クレス」

 

 クレスを待機状態にして、手で受け止める。コアには幾筋もの亀裂が入っており、今にも砕けてしまいそうだ。

 それでも、耐えてくれた。

 

『致…的──破損──セーフ…ード………修復……』

「ああ、ゆっくり休め」

 

 安心させるように声をかけると、クレスの明かりが消えた。

 無事保護されたあかつきには、真っ先にデバイスマイスターに見てもらおう。自己修復機能にも限界がある。

 ふっと見上げた空に金色の光が見えた。

 そう、とても見知った光だ。

 今は豆粒ほどの大きさだが、すぐにでもこちらにやってくるだろう。

 

「こっちに来てる死神って、フェイトのことだったのか。死神なんて言われるとか、何やったんだ?」

 

 

 

「片っ端から逮捕したのさ」

 

 ズブリと音がして。

 下を見たら、腹から腕が生えていた。

 

 ああ、前も、こんなことあったな。

 あのときと違って直接的で、腕は血に濡れてぬらぬらと…………

 

「こふっ……」

「悪いな。奥の手は取っておくものさ」

 

 急速に視界が狭まっていく。

 足から力が抜け、身体を支えられない。

 

 そうか、負けたの、か。

 

「さて、急いで転移転移っと」

 

 足元に魔法陣が敷かれ、魔法が起動する。

 豆粒よりは大きくなったが、それでもフェイトは間に合わない。

 だから、薄れゆく意識の中。

 

 せめて、と

 

 

 

 

 

 

 クレスを

 

 

 

 

 投げ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明けましておめでとうございます。

え、まだ2019年だって?
おいおい、そんな訳無いだろう? だってこの小説は年刊って言われるくらい更新が遅いんだぜ?
逆説的に、この小説が更新される時には一年経ってるのさ。

なに、そんな記憶がない?
そういうこともあるだろうさ。何せ人理が焼却されたときは、その期間の記憶がみんな無かったんだからな。




今話はちょっと長めのガッツリ戦闘回。
カッコよく書けたかな? ちょっと心配。
あとオリジナル魔法も出したから、ちょっとなあって人もいるかもネ。




ところで、モンハンとファイアーエムブレムとカリギュラとデスアンドリクエストとキングダムハーツと怒首領蜂最大往生とレッツゴーピカチュウと大神とガンヴォルトと大乱闘とポッ拳とマリオパーティとボンバーマンとDEEMOとPSO2とFGOとネプテューヌVⅡとEDF追加ミッションパック2と斑鳩とバルドコンプリートコレクションと冬コミ用のFGO短編原稿が積んであるんですけど、どうしましょう?


11月18日追記
コミケ落ちた……


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行き着く先は鍋の中

いつも量産型なのはの一ヶ月をご利用頂きありがとうございます。
今回のアップデートの内容をご案内いたします。

■対応内容
・新規ストーリー(第八話)の追加
・第二話の戦闘シーンを微修正。
・第七話にてクレスが自己修復モードに入った描写の追加。
・誤字の修正

今後とも量産型なのはの一ヶ月をご愛顧くださいますよう、よろしくお願いします。


It contact about thirty(接敵まで、あと三十秒です) seconds』

 

 複数のビルから黒煙が立ち昇り、まだ遠くて詳細は分からないが、明らかに戦闘が行われている。はやてからの情報によれば、付近の避難誘導と通行規制は既に行われているらしい。

 つまり、やるべきことは二つ。

 捕縛と保護だ。

 バルディッシュを握る手に力が入り、グローブが擦れて音が鳴る。

 

Caution(警告)

「っ!!」

 

 バルディッシュの警告と同時にフェイトも感じた。

 高ランク魔導師が発する膨大な魔力の高まりと、それに対抗するように周囲の魔力を根こそぎ奪い去る集束魔法の発動。

 間違いない、目標の二人だ。どっちが保護対象かは考えるまでもない。

 すぐに魔導師の場所を特定し、飛ぶ方向を最短になるよう変更する。

 

「見えた!」

 

 遠く、ビルが倒壊した瓦礫の上に男が立っている。

 それを認めた瞬間、二つの魔法が激突した。

 見覚えのある桜色の奔流と、男が投じた何かがせめぎ合う。余波の暴風が辺り一帯に吹き荒れて、窓ガラスのように弱い物は砕け散り、木々は大きくしなった。

 だがそれも長くは続かない。込めた魔力の差か、気合の差か。

 じわりじわりと集束魔法が相手を押し込み、ついには弾き飛ばした。

 せき止められていた奔流は一気に解き放たれ、一瞬にして男を飲み込み、それでも止まらずに雲を穿つ。

 そこでようやく魔力が尽きたのか、集束魔法は段々と細くなり、程なくして消えた。

 射線上には何も残ってはいない。

 

「……え?」

 

 何も、残っていない?

 

「バルディッシュ、今の魔法はっ!?」

That was non-lethal (非殺傷の魔法です) magic』

 

 非殺傷設定なら生物への物理的ダメージは無い。例え建物全てが消え去ろうとも、生物はそこに残るはずだ。

 なら、あの男は何処に?

 

「っいけない!」

 

 遠くに見えるあの子は、バリアジャケットを解いている。

 勝利を確信してしまったが故の油断。

 フェイトは雷光を走らせながら、全力で飛ぶ。

 ふと、あの子が顔を上げて、そして確かに目が合った。その目には驚きと懐かしさと、そして安堵が浮かんでいる。

 フェイトの中で警鐘が一際大きく鳴り、

 

 まるでコマ落ちでもしたかのように、突然、あの子の背後に男が現れた。

 

 記憶から叩き起されたのは十年前の冬。

 自分の無力さに唇を噛んだあの日。

 だからあの子は違うと知っていても、フェイトの口からはその名が出てしまった。

 

「なのはあああっっっ────!!!」  

 

 背中から鳩尾までを貫手で貫通させた腕は赤く、赤く染まっている。

 それをあの子は不思議そうに見つめ、何か得心がいったのか、ふっと笑った。

 足元には見る見る血だまりが広がり、比例してあの子の力が抜けていく。

 

「バルディッシュ!!」

『Yes, sir』

 

 すでにトップスピードだったフェイトが、さらに加速する。

 身が軋むほどの負荷がかかるが、そんなものはどうでもいい。あの子の元に一秒でも早くたどり着けるのなら。

 だが、そんなフェイトを男はあざ笑う。

 二人の足元には転移魔法陣が浮かび、男はひらひらと手を振りながら、フェイトに向かって口を動かした。

 

 見 送 り 、 ご 苦 労 様。

 

「あああああああっっっ!!」

 

 あの子がフェイトに向かって手を伸ばす。

 頭の片隅で間に合わないとわかっていながら、それでもフェイトは、その手を掴もうと手を伸ばした。

 二つの手の間にある絶望的な距離は、伸ばした腕の分だけ縮まり、それだけだった。

 二人は光に包まれて消えた。後に残されたのは、激しい戦闘を物語る街並みと、赤い赤い血だまり。

 すぐさまフェイトはロングアーチとの回線を開く。

 

「はやてっ! 転移先の割り出し、早くッ!!」

『今やらせてるッ…………あかん、ピンポイントでジャミングされとる!』

 

 フェイトは男が立っていた辺りに目を向けた。

 黒い、小さな機械が落ちている。執務官としてよく見かける、アンダーグラウンドで出回っている携帯性のジャミング装置だ。

 飛んでいた勢いのまま、フェイトはそれを踏み砕く。

 

『ジャミング解除! けど……ダメや、魔力の痕跡が散ってしもうた。ロストや』

「そん、な……」

 

 がくりとフェイトの膝が折れる。

 間に合わなかった、守れなかった。その事実がフェイトに重くのしかかる。

 俯き、まるで縋るかのようにバルディッシュを握るフェイトであったが、一方のバルディッシュは冷静だった。

 戦闘痕や周囲に散った魔力のデータを黙々と収集しているなか、道の片隅で光るそれ(・・)を見つける。

 

Master, I found a clue(マスター、手がかりが見つかりました)

「っ!」

 

 その言葉に、すぐさまフェイトは顔を上げる。

 バルディッシュが示した場所へかけて行き、落ちていた赤い宝石のペンダントを拾い上げた。

 

「レイジング、ハート?」

 

 いいや、そんなはずはない。レイジングハートは今も昔も変わらず、親友の首に掛かっているのだから。

 ならばこれは何だ? レイジングハートと瓜二つのデバイス、その使い手は誰だ?

 

Scan complete.(スキャン完了。) This device is Self-repairing(致命的な損壊により、) mode due to fatal damage(自己修復モードになっています)

「……シャーリー、デバイスルーム空けておいて。至急直して貰いたいデバイスがあるの」

『了解しました。ルームで待ってますね』

「うん、お願い」

 

 大丈夫、まだ繋がっている。

 きっと手は届く。

 手の内に入れた赤いデバイスを、フェイトはそっと握り締めた。

 

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

 

まずは(・・・)、ご苦労と言っておきましょう』

「おう。楽しかったぜ」

 

 クラナガン郊外にある研究施設の一室にて。モニターの向こうでこめかみをひくつかせる上司に対し、男は笑顔で言い放った。

 彼のそばに、目標の少女の姿はない。

 彼が目標を連れて戻ってきた瞬間に、待機していた医療スタッフが少女を奪うようにして治療を行い、今は治療ポッドに放り込まれている。

 後一分でも遅れていたら任務失敗だった。

 

『アナタに依頼した時点で、目標を無傷で確保できるとは思っていませんでした』

「実際、遊ぶ許可を出したしねぇ」

『ですが、限度があります。内臓損傷、多量出血、魔力欠乏等々、炉心として調整できるまで回復するのに、一週間かかるそうです』

「ってことは、回復するのは陳述会の十二日で、試射会が十三日だから……ひゅう、デスマーチ確定じゃん」

 

 お疲れさん、と軽く口にする男に対し、オーリスはため息を吐く。

 この男はこういう奴なのだ。怒ったとしても、大して効きはしない。

 それに満点ではないとはいえ、向こうに確保されるという最悪の事態、証拠隠滅(・・・・)という任務失敗を回避したのだから、結果だけ見れば十分に良いと言える。

 

「しかし、よく一週間で治せるよな。結構、遠慮なくやったんだが?」

『クローニングの素体であることが功を奏したと聞いています。詳細は聞いていませんが、成長促進のホルモンなどを投与し、細胞分裂を早めることで自然治癒力を極限まで高めるとか』

「うっわ、えげつな。寿命削って治すってことじゃん。ただでさえ短命なのに、それじゃあ一年持たないんじゃねえの?」

『どのみち一週間後には炉心に調整しますから』

 

 そういえばそうだと、男は膝を打つ。

 少しばかりは残念だと思うが、一戦できて満足はした。戦いたい相手は他にもいるのだから、一人にこだわりはしない。

 

「それで、研究所潰しの方はどうなったん?」

『跡形もありませんよ。恐らく、レリックの暴走でしょう』

「ああ、そういうことになったのか」

『ええ、そういうことです』

 

 ロストロギアの密輸組織を追っていた局員が、そのアジトを特定。潜入を試みるも、ちょうど運悪く(・・・)ロストロギアが暴走。

 アジトごと吹き飛んだため、組織の構成員は死亡。局員も退避が間に合わず死亡。証拠は確保できず、捜査は打ち切り。

 きっと今頃、そんな報告書が回っていることだろう。

 人の口に戸が立てられないなら、口を減らせばいい。

 

「俺、アンタのそういう数字で切り捨てれる所、好きだわ」

『世辞として受け取っておきましょう』

 

 人を数字としか見ないことで批判されることがあるが、彼に言わせれば、人を数字で見れない上司は無能だ。必要な所に十分なリソースを分けれないし、損切りもできない。

 この業界、代わりはいるのだと尻尾を切れなければ、すぐにお縄である。

 その点この上司は優秀だ。私情を持っていてもそれを挟まないし、尻尾は素早く切れて、すぐに生やせる。

 まったく、勿体無い(・・・・)ことだ。

 

『それと、今回の件でアナタは重要参考人にされました』

「顔見られちゃったしねぇ」

『ほとぼり冷めるまでは管理外世界に潜伏してもらいます。しばらくは仕事も回しません。給料は出しますので、休暇とでも思ってください』

「アイアイサー」

 

 出立は公開意見陳述会の後。今は陳述会に向けて港の警備が厳しいため、少々リスクが高い。

 長い潜伏になるだろうし、暇つぶしの道具が欲しいところだから、よい準備期間と言える。

 

『さて、今回の報酬の話ですが』

「あ、それ。今回は現物支給がいいんだけど」

『物によります』

「最近、いい魔力増強薬(ブースター)が出来たらしいじゃん。それ一本譲ってよ」

『耳が早いですね。ですがあれはまだ副作用が強く、使い物になりません』

「でも抜群に効くんだろ?」

『……分かりました、手配しましょう』

「あ、濃度十倍でよろしく!」

『…………』

 

 一体何に使うというのか。オーリスは問いただそうとも思ったが、止めた。

 この男が考える使い道など、戦い以外にない。

 

『使用後は報告するように』

「はいはい、データ欲しいもんね」

『では、次の連絡までその施設で待機していなさい』

 

 その言葉を最後に、オーリスからの通信が切れる。

 部屋で一人になった男は、しばらくは我慢していたが、やがて堪えきれずに吹き出した。

 楽しそうな笑い声が廊下の方まで響き、通りがかったスタッフが怪訝そうに眉をひそめる。

 

「あーもう、ホント勿体無いなぁ」

 

 良い上司だ。自分のことをよく理解しており、好みの仕事を振ってくれる。

 待遇も良いし、報酬もきっちり出してくれる。

 間違いなく、今までで一番に良い職場だった。

 

「でも、ダメだ」

 

 嵐が来る。公開陳述会を機に、この船は沈み始める。

 理由なんかわからない。男の勘がダメと告げている。

 勘が悪い奴はこの業界で生き残れないし、勘を信じれない奴も生き残れない。

 いつもならすぐにでも高飛びを決めるところだが、そうはできない理由が出来た。

 いいや、欲が出来たと言った方が正しいだろう。

 

「ああ、くそ。激ってしょうがねえ」

 

 あの砲撃が瞼に焼きついて離れない。

 非殺傷だというのに命の危険すら感じた。

 あれだけの集束魔法を撃ちながら、あの少女は劣化(デッド)なのだ。

 魔力が少ない分を並列処理で補い、遜色ない戦いを見せてくれたが、それだって魔力が少ないせいでそうした戦法を取らざるを得なかったとも言える。

 本物(オリジナル)は十全な魔力を持つ上、経験値も間違いなく上。

 

「たどり着いてくれよ?」

 

 そのために見逃したんだ。

 そのために砕けたなんて報告したんだ。

 この機会を逃したら、きっと死合(しあ)えない。教導隊に戻って、最前線に出てこない。

 

「万全の準備しなきゃな」

 

 デバイスの改造、高町なのはの戦闘データの解析、自身のコンディション調整。

 やることはいっぱいある。

 男は手始めに、贔屓にしているデバイスマイスターに連絡を取るのであった。

 

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

 

「シャーリー、どんな感じ?」

「ひどい、の一言ですね」

 

 人払いをしたデバイスルームにて、フェイトとシャーリーはデバイスの調整機のモニターを眺める。

 フェイトから渡されたデバイスをさっと診断したシャーリーだったが、先の一言に尽きた。

 

「破損の原因は過負荷(オーバーロード)みたいですが、その量が尋常じゃないです」

 

 どうやったらこんな状態になるのだろうか。高町隊長が一般局員用のデバイスに全力で魔力を注げば、あるいはなるかもしれない。

 

「でも、何よりもひどいのは、このデバイスの設計思想です」

 

 このデバイスがレイジングハートをモデルとしているのは、一見すればすぐにわかる。

 レイジングハートは高級な部品を多数使っているので、安価に組むために代替部品を用いるのも理解出来るし、そのせいで性能が落ちるのも許容できる。

 

「けど、あまりに機能が少なすぎです。通信機能すらないなんて、ストレージデバイスにすら劣ってます」

 

 こんなことはデバイスマイスターとして到底看過できない。

 デバイスはただの武器ではない。相棒なのだ。

 

「データの抜き出しは出来そう?」

「出来ないことはないですが、しっかり暗号化されてるので手間ですね。それよりも、この子が目覚めてから渡してくれるよう頼んだ方が早そうです」

「そう……修理にはどのくらいかかりそう?」

「とりあえず起動して、お話出来る程度なら二日くらいですね」

 

 このデバイスの存在と、フェイトが実際にあの子を目撃したことでクローンの存在が確定した。

 全容が分かるのは明後日。そこでなのはに、この件を伝えよう。

 

「シャーリー、この件は許可を出すまでマル秘で進めて」

「了解しました」

 

 間違いなく大きな案件だ。

 掴んだ尻尾を切られないよう慎重に、かつ迅速に事を進める必要がある。

 それに、仮に本局へ報告した場合、機動六課の活動にも影響が出る。分隊長のクローンなんてネタは、六課を目障りに思っている人たちにとって格好の的だ。時空管理局が一枚岩でないことを、フェイトは十分に理解している。

 

「それにしても、この子、レイジングハートにそっくりですね」

「うん、並べたら見分けつかないかも」

「ああいえ、そういう見た目のことではなくてですね」

 

 見てくださいとシャーリーがモニターに映したのは、デバイスの行動履歴。

 過負荷のリミッターを自ら解除し、立ち上がる数百のエラーを無視して主の思いに応えている。

 

「こういう無茶するところです」

「……ふふっ、ホントだね」

「きっとクローンちゃんも、なのはさんそっくりですよ」

「無茶するところは似てて欲しくないなぁ」

 

 少しの間二人は、クローンがどんな子かを想像して。

 そして小さく笑いあった。

 

「それじゃあ、よろしくね」

「はい。バッチリ直して……ううん、アップグレードしておきます!」

「か、改造は程々にね」

 

 一応は釘を刺してから、フェイトはシャーリーを残して部隊長室へと向かう。

 はやてに報告して、明後日は隊長陣の予定を空けておいて貰わなければ。

 

 明後日、なのははどう思うだろうか。

 フェイトにはそれが少し、気がかりだった。

 

 

 

 

 

 




デバイスの英語マジつらい。TOEICサニーゴの私が書いたから文法間違ってるよ。

話が牛歩、はよ進めやと私も思う。

コミケ落ちました。二連続です。
GWが三度目の正直となることを祈ります。

タイトル、鍋じゃなくて繭だろって思った人は出来る人。


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Evolution

話の進行状況に合わせ、あらすじを修正致しました。

(修正前)JS事件を量産型なのはがこっそり生き抜く話。
(修正後)JS事件を量産型なのはが生き抜こうとする話。

「こっそり」を削除。
⇒当初は主人公陣にバレないつもりでしたが、話の流れでバレたので。

「生き抜く」を「生き抜こうとする」に変更
⇒生存endに思考が限定されないよう。

不穏さが増した? すまない。




「本日は隊長陣が会議のため、特別演習として私が訓練を担当する」

 

 機動六課の訓練場。第一〇八隊から出向してきたギンガ・ナカジマが加わったフォワード陣の前で、シグナム副隊長は宣言した。

 その横ではリイン曹長が威厳を出そうと、腰に手を当てて精一杯に胸を張る。

 

「最近は対ガジェットの訓練が中心だったが、今日からは対魔導師の訓練を行う」

 

 ここの所フォワード陣は、先日の緊急出動の際に取った対ガジェットの戦闘データから反省点などを洗い出して訓練していた。

 しかし、まだまだ甘いと教官達は口では言いつつも、今の段階でやれることは一通りやってしまった。さらに上の動きを求めるのは、もう少し個々人の実力が伸びてからになる。

 

「とはいえ、私一人では心もとないので友人に協力をお願いした」

「ごきげんよう。聖王教会シスターのシャッハ・ヌエラです」

 

 シグナム副隊長の脇に控えていたシスターが一歩前に出て一礼する。

 

「本日はかかり稽古と模擬戦中心と聞いています」

 

 ヒュンと音とともに、シスター・シャッハのデバイスが起動する。

 トンファーとしての持ち手を有した双剣が現れ、シャッハはそれをくるりと一回転させてから軽く構えると、

 

「非才の身なれど全力にてお相手させていただきます。よろしくお願いしますね」

 

 そうにこやかに告げた。

 一方でフォワード陣はその言葉に冷や汗を浮かべる。

 

(ねえスバル、シスター・シャッハって確か……)

(陸戦AAAだよギン姉。剣の腕ならシグナム副隊長と互角だったはず……)

(どこが非才ッ!?)

 

 念話でティアナが異議を唱え、皆が心の中で頷く。

 しかしシグナム副隊長はそれを知ってか知らずか、さらに追い打ちをかける。 

 

「そうだな、サードモードの調整の意味も含めて、私も全力で相手してやろう。リイン、頼むぞ」

「はいです。デバイスの調整はわたしにおまかせなのです!」

 

 レヴァンティンを構えて気合充分に言い放ち、リイン曹長も敬礼で返す。

 

(((((あ、終わった……)))))

 

 フォワード陣の心が一つになった瞬間であった。

 

 そんな今にも悲鳴が聞こえてきそうな訓練場とは違い、隊長陣の詰めている会議室では静かな緊張感が漂っていた。

 なのは、はやて、フェイトが囲む長テーブルには飲み物が置かれており、この会議が長時間に及ぶであろうことを示唆している。そしてテーブルには三人分の他に、もう一つ飲み物が置かれ、会議の開始はその者の到着を待つのみとなっていた。

 

「すみませーん、遅くなりましたー」

 

 ノックと同時に入ってきたのはシャーリーだった。円筒型のデバイスケースを抱えながら軽く頭を下げ、最後の席に着く。

 

「さて、これで全員やな」

 

 はやては持っていたカップをテーブルにことりと置くと、フェイトに会議を始めるよう手で促す。

 それを受けてフェイトが口を開いた。

 

「今回集まってもらったのは、私が担当している違法研究の捜査で大きな動きがあったからなの」

「大きな動き?」

 

 なのはのつぶやきに、フェイトは頷く。

 

「特になのはには大きく関係しているから……だからちゃんと話しておこうと思って」

「そうなんだ……うん、続けて」

 

 なのはは一度座り直し、フェイトに話の先を促す。

 

「なのは、見て欲しい──ううん、会って欲しい子がいるの」

 

 フェイトはシャーリーからデバイスケースを受け取ると、なのはの前に置いた。

 ケースはしっかりと閉じられており、中を見ることはできない。

 

「会って欲しい子って、もしかしてデバイス?」

「うん、インテリジェントデバイス。今朝、修復が終わって話せるようになったの」

 

 だからフェイトも、この子と話をするのは初めてだ。

 ちゃんと話したのは修復を担当したシャーリーだけだが、そのシャーリーは予想通り良い子だったと言っていた。

 フェイトは深呼吸を一つして、デバイスケースを開けるスイッチを押した。

 

 それ(・・)を見たとき、なのはが最初に思ったのは疑問だった。

 なぜそれ(・・)がそこにあるのかが分からず、シャーリーにメンテナンスを頼んだか記憶を探る。そして胸元に手をやり、それがそこにあることを確認して。

 疑問は驚きに変わった。

 慌てて胸元からそれを取り出して、デバイスケースに入ったそれ(・・)と見比べる。

 

「レイジングハート……?」

『お初にお目にかかります、高町なのは様。私は、量産型人造魔導師魔力運用試験用インテリジェントデバイス、RH廉価モデル三号機です』

「え、え? 量産……えっと……」

『長い上にもう意味はありませんから覚えなくて結構です。どうか、クレスとお呼び下さい』

「クレス、さん?」

ビタークレス(Bitter Cress)、それがマスターに貰った、私の名前です』

 

 なのはは深呼吸して心を落ち着けて、クレスの言葉をしっかりと受け止める。

 

「…………うん。初めまして、クレスさん」

 

 そうして、クレスに挨拶を返した。

 

「でも、びっくりした。本当にそっくりなんだもの」

『外観及び音声は一致していますから、無理もないでしょう』

 

 もっとも、その中身は随分と違うのだが。

 安物という意味でも、そして、

 

Nice to meet you, Bitter(初めまして、ビタークレス) Cress』

『お会いできて光栄です、レイジングハート。母様(かかさま)とお呼びしても?』

Not on your(絶対に嫌です) life』

『認知してくれないとは、残念です』

Please call me my sister at(せめて姉にしてください……) least......』

 

 そのやり取りを聞いて、はやては思わず吹き出した。

 

「なんや、面白い子やな」

「そうだね。随分と柔らかいというか、人間っぽいというか」

 

 フェイトも同意して頷く。

 お陰でさっきまで部屋にこもっていたひりついた空気は、何処かへ行ってしまった。

 もちろん、いい意味でだ。

 心に余裕ができ、マイナスな思考に捕らわれずに済む。

 

『マスターの違いでしょう。母──失礼、姉より口数が多い自覚はあります』

 

 母と言いかけたところでレイジングハートがちかちかと点滅し、クレスはすぐに言葉を変えた。

 コンマ数秒の世界で行われた通信で何を言われたというのか。それはレイジングハートとクレス、ついでに聞いていたバルディッシュしか知らない。

 ただ、以降クレスはレイジングハートを母とは呼ばなくなったことは、間違いなく事実である。

 

「ねえクレス。その君のマスターについて確認だけど、私が見たあの子がクレスのマスターで合ってる、よね?」

『その通りです、フェイト様』

「そう、やっぱりそうなんだ……」

「フェイトちゃん?」

「……あのね、なのは。この子(クレス)のマスターは──」

『お待ち下さい、フェイト様』

 

 意を決して告げようとしたところで、クレスが割り込んだ。

 

『フェイト様宛にマスターからのビデオレターがございます』

「ビデオレター?」

『はい。それをご覧いただければ、何よりマスターからご自身のことをお伝えできます』

「…………じゃあ、お願いできる?」

 

 フェイトは少しばかり悩んだが、任せることにした。

 承諾を得られたため、クレスは皆に見えるよう宙に大きく仮想ウィンドウを立ち上げる。

 そうして映し出されたのは、ジャージ姿で帽子を被った眼鏡の少女が、ちゅるちゅるとストローでジュースを飲む姿だった。

 撮られていることに気づいていないのか、随分と気を抜いている。

 動画の向こうで撮られていることを教えられて、慌てて居住まいを正し、正した割には軽い口調で、画面の向こうのフェイトに挨拶した。

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 こぽり……こぽり……

 

「ど………調子…?」

「何とか…………ました。一時は……なることか…思い……たが……」

「そ……は上々。俺もお前…首…繋がっ……」

 

 こぽ………こぽり…………

 泡が浮かんでいく。

 

「まった……す。実験用……であったこ……感謝した……初めてで…よ」

「予定より出力…上がらない……、持ちが悪い……イライラさせられて……だからなぁ」

「ちょっと負荷の高い……するとすぐ壊れ……、何とかならない………かね」

「たしか昔、耐久性が高い………を作る研究があっ……。今度研究資料……ってみるか」

 

 こぽり………ぱちん…………

 溶液を上りきった泡が弾けて消える。

 

「主任、研究所の奴らどうなった………ね?」

「さあな。研究所は跡形も無くなっ………、………ってんのは俺たちだけじゃないか?」

「マジっすか?」

「報告書通りならな。良か……な、最終調整のためにこっち来てて」

「まさか、押し付け……た出張で命拾うとは……」

 

 ゆらり……ゆらゆら………

 伸びた髪が広がって、時折肩や背を撫でては離れる。

 

「しかしまあ、ちょっと見ない……にコイツも成長したな」

「活性化薬を限界まで投与しましたから。ただ、止め……二次性徴が一気に……ってしまって、ホルモンバランスとかぐちゃぐちゃですよ」

「どれ、データ見せてみろ…………これは酷い。FSH阻害剤とエスト抑制剤の投与は?」

「さっきやりました。効いてくる……三十分後ですね」

 

 ピッ……ピッ……

 規則的に音が聞こえる。それと話し声も。

 

「僕ら、これからどうなるんですかね?」

「安心しろ。口封じってことは無いよう、次の研究テーマ取ってきたから」

「流石です主任。で、テーマ何です?」

「魔力増強剤の改良だ。即効性と効果は十分なんだが、副作用が酷すぎて使い物にならないらしい」

「微妙に畑違いですけど、まあやれないことはないですね」

 

 瞼の向こう側の光を感じる。

 ゆっくりと瞼が開き、ぼんやりと滲んだ景色が目に入る。

 

「でもこれでコイツの研究も終わりですか」

「なんだ寂しいのか?」

「寂しいんじゃなくて残念なんですよ。やっぱ専門分野の研究は楽しいですからね」

「なら、こっそり一体作って持ち帰るか?」

「いらねぇっす。何に使えるって言うんですか」

「転職先に出す成果物(てみやげ)。形があって分かり易いものはウケがいいからな」

「転職出来るんですか?」

「物理的に首が飛んでも生きていられるのなら」

 

 ここ……は、どこ、だ?

 人の、こえ。

 

「ん? おい、意識レベルが上がってきてるぞ」

「あ、ホントですね。薬液三十ミリ追加投与します」

「起きたら面倒だからな。しっかりバイタルを監視しておけよ?」

「そんな初歩ミスしませんって」

「やった奴いるから脱走したんだろうが」

「……そうでした。気をつけます」

 

 水…………ガラ、ス?

 ……だめ………眠、く…………クレ………。

 

「意識……ル低下……認」

「バイタ……アラー……………よ」

「了………」

 

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 動画の再生が終わった六課の会議室は、沈黙が支配していた。

 プロジェクトFの実験体で、脱走して追われてる。そんなことを笑いながら告げた動画は、激しい爆発音と彼女の焦った表情を最後にぶつりと途切れた。

 

『以上になります。皆様にはその後色々あって捕まったマスターの奪還と保護をお願いしたいのですが』 

「ちょっ、ちょいと待ち! なんやあの最後の爆発音は!?」

『大したことではありません。もう過ぎたことです』

「いやいやいや、流せへんから! えらい気になるから!」

 

 はやてがクレスに詰め寄り、シャーリーも心配そうな表情を浮かべている。

 フェイトといえば、改めて間に合わなかったことを突きつけられ、唇を噛んでいた。

 

『追手と戦闘となりましたが、勝利しました。その後は地下道を使って第44地区へと向かいます』

「なんや、無事なんか……って、戦闘? そない報告聞いてへんな」

 

 はやてはクレスから戦闘のあった場所と時刻を聞き出すと、陸上警備隊のデータベースで検索をかける。

 

「……あらへんな。魔導師の戦闘なんて、絶対報告が上がるはずなのに」

『消されたのでしょう。追手は管理局員でしたから』

「それもっと早う言うてや…………カモフラージュに局員の格好をしていたとかは?」

『流石にそこまではわかりません』

「せやろな……」

 

 管理局が関わっているなんて信じたくはない。ないが、現状では否定する材料もない。

 ならば関わっていると考えて調査するべきだろう。それに、どうせ“関わって無い”ことの証明などできないのだから。

 

「二十八地区の担当は陸士一二六部隊やったな。フェイトちゃん、悪いけど探り入れといてくれへん? うちはデータベース管理してる本部情報局の方に探り入れるわ」

「うん、わかった」

「しっかし……そっくりやったな」

「そう……だね」

 

 なのはも歯切れ悪く同意する。

 クレスを見たときから予感はあった。ジャージ姿の彼女を見て、まるで昔のアルバムを見ているような気分になった。だからそうなのだろうとは思っていたし、バリアジャケットを纏った姿を見て、やっぱりとは思った。

 それでも、ショックは大きい。

 自分の遺伝子で違法研究が行われていたという事実は重くのしかかる。

 

「なのは……」

「大丈夫って言ったら嘘になる、かな? 色んな事考えちゃって……」

『何か質問があれば、お答えしますが?』

 

 クレスの言葉に、なのはは考え込む。

 そうして一分ほど経ち、じゃあ一つだけと言ってなのはは尋ねた。

 

「あの子は……生まれたことを、どう思っているのかな?」

『そうですね、少なくとも『誰が生んでくれと頼んだ』などとは言わないでしょう』

「それは……恨んでないってこと?」

『マスターについては間違いなく』

 

 自分がすべて作り物であることを嘆きはした。高町なのは(オリジナル)との対面が叶えば、文句の三つや四つ出ることだろう。

 だが生まれたことを嘆きはしなかった。

 

「そっか……ありがとう」

『いいえ。それではマスターの奪還と保護を、改めてお願い致します』

「うん、任せて!」

 

 と、なのはが力強く宣言したものの、

 

「現状、さっぱりなんよ。連れ去ったっちゅう魔導師は調べても情報出てこへんし」

「重要参考人として手配しましたけど、本当に管理局が関わっているなら捕まる望みは薄いですよねぇ」

 

 はやては肩をすくめ、シャーリーもため息を吐く。

 クレスの修復が終わるまでの数日で、打てる手はおおよそ打ったが、めぼしい情報は何も得られなかった。 

 

「せめて連れ去った目的がわかればアタリも付けられるんやけど……」

『動力源ですよ』

「そうやなぁ、動力源ってわかってれば魔力炉を必要とする設備の調s───なんやて?」

『ですから動力源です。ついでに言えば、その装置の所へ輸送中に私たちは逃げ出しました』

「さっきから、な ん で もっと早う言わんの?」

 

 笑顔ながらもはやてのこめかみには青筋が浮かんでいた。

 手に持ったマグカップが軋んだ音を立てる。

 

『失礼、タイミングを逃したもので』

「ほなら、今がその時や。一から十まで、知ってること全部吐いてもらおうか」

『まるで私が犯人のようですね』

「デバイスに黙秘権は無いで。なんなら身体に直接聞い(データ吸い出し)たろか?」

『はやて様は尋問官の才もお有りのようで』

「光栄やな。それで?」

『もちろん、一から百までお答えしますとも』

 

 有言実行とばかりに、会議室には仮想ウィンドウが次々と立ち上がる。

 すべてはクレスが投影したもので、そこには実験データや行動記録、会話ログなどクレスが知ってるすべてが映し出されていた。

 

『ご説明する前に、まずは御礼を。シャーリー様に機能拡張していただいたおかげで、こうして色々と便利な私になりました。ありがとうございます』

「いえいえー。でも、まだまだ改造の余地はありますからねー」

『引き続き、よろしくお願いします』

「もちろんです」

『では、ご説明に入りましょう』

 

 そういうとクレスは、数あるウィンドウから一つを引き寄せた。

 

『この研究が何時から始まったのか、それは私にもわかりません。ですが、私が三号機であることと、クローンに振られたシリアルナンバーから、二、三年前に始まったのではないかと推察できます』

「クレス自身は、いつ作られたんや?」

『八ヶ月前になります』

 

 初号機は不具合による自壊、二号機は過負荷による損壊で使い物にならなくなったらしい。

 研究員が愚痴で呟いてただけなので、それがいつなのかは分からないが。

 

 それからしばらく、クレスはこれまでの経緯を包み隠すことなく話し続けた。

 いや、オブラートで包みはした。だが隠しはしなかった。

 これまで様々な違法研究の捜査をしてきたフェイトだけは、触れただけで溶けてしまい、苦い思いをしていたが。

 

『──というわけで、最後はお互いの全力をぶつけて、そして勝利した……はずだったのですが』

「それは私も見てたよ。勝ったと思った隙を突かれちゃったね」

『私は機能停止していたので見てはおりません。一体どうなったんですか?』

「多分、転移の一種だと思うんだけど……背後に突然現れて、ええっと、一撃だった」

『そうですか……』

 

 フェイトは言い淀んだが、それをクレスは追求しなかった。

 その表情で、おおよそ口にはしたくないことであることは想像できたから。

 

You're incompetent(情けない)

『申し訳ございません、油断しました』

You need special training. I'll coaching you(特訓ですね。しっかり叩き込んであげます)

『ええ、是非に。どうやら私は私が思っている以上に鈍っているようなので』

 

 元は同じでも、クレスが変わったようにレイジングハートも変わった。

 特訓と言い出したのは、やはりなのはの影響だろう。

 

「まあそれは後でなのはとやってもらうとして。クレスはマスターが何処に連れ去られたかわかる?」

『残念ながら。ここクラナガンに輸送されたことを考えれば、首都の何処かであるとは考えられますが』

「そうだよね…………シャーリー、首都とその近郊で魔力炉って何個あるかな?」

「ちょっと待ってくださいねー、えーっと……大型の物だと45機です」

「それなら査察部に監査依頼すれば、明後日くらいには結果出そうだね」

 

 動力源としてクローンを用いるのであれば、それまで使っていた魔力炉を使う必要が無くなる。

 すると当然、燃料も購入する必要も無くなる。そうしたお金の動きを追えば、ヒットするかもしれない。

 とはいえ、調査対象はあくまで管理局への登録上の魔力炉だ。違法研究を使った魔力炉だから、未登録の可能性も高い。

 そうした調査の方針がいくつか出された後のことだった。なのはがフェイトに切り出した。

 

「あの、フェイトちゃん。私も何か出来ること無いかな?」

「なのは?」

「やっぱり、自分にも責任あるし……それに、早く助けてあげたいって私も思うから」

「『無いで(ないです)』」

 

 はやてとクレスが、それをバッサリと切った。

 

『なのは様に責任はこれっぽっちもありません。むしろ貴女は被害者であり、私たちに責任を求める側です』

「フォワード隊の教導、分隊長業務、ヴィヴィオの世話に、最近は夜中に特訓してるやろ。知ってるんやで? これ以上仕事抱える余地、なのはちゃんにはあらへんやろ」

「で、でも、早く見つけてあげないと……」

『私はマスターを信じてます。どうせしぶとく生き残っていると』

「私はフェイトちゃんを信じてる。きっと見つけてくれるって」

 

 だから、なのはに出来ることはない。

 

「どうしてもって言うんなら、見つかり次第救出作戦に出れるよう体調を万全にしておくことやな」

「…………うん、わかった」

 

 フェイトを見て、はやてを見て、シャーリーを見て、そしてクレスを見て。

 なのはは静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………

…………

 

 

 

 

 

 

「先行組は明日から潜入準備の開始だ」

 

 スカリエッティの前には娘たちが横一列に並び、直立してスカリエッティの言葉に耳を傾けている。

 

「ドゥーエは別行動だが、姉妹十一人、協力して事態に当たって欲しい」

 

 皆、戦闘用のボディスーツとプロテクターを着用し、まさに出撃準備万全といったところである。

 ウーノだけがワイシャツにタイトスカート姿だが、彼女は管制として研究所から指揮を取るため、戦闘服に着替える必要がない。

 

「まずは地上本部の制圧。キリのいいところで例の特殊部隊襲撃と聖王の器の確保に移ってくれ」

 

 公開陳述会で本部に詰めているであろう隊長クラスを足止めし、その間にガラ空きになった機動六課を襲撃する。

 聖王の確保は今回の要だ。失敗する訳にはいかないが、スカリエッティは失敗するとは思っていない。

 それだけの準備をしてきたと自負している。

 

「戦闘機人のタイプゼロ二機の確保についてはマストじゃない。状況次第だ。君たちに任せる」

 

 できそうなら二機とも確保が望ましいが、そう簡単にはいかないだろう。

 一機確保できれば上々といったところか。

 

「Fの遺産の方だが、都合のいいことに手に入れる当てができた。もちろんファーストの方も確保したいところだが……全部終わって余力があれば、でいいだろう」

 

 そこでスカリエッティは一度言葉を切り、娘たち一人一人を見る。

 ウーノ()トーレ()クアットロ()

 チンク()セイン()セッテ()オットー()

 ノーヴェ()ディエチ()ウェンディ()ディード()

 スカリエッティ自慢の娘たち(作品)に、恐れの表情はない。何人かはむしろ、これから起こす事に心躍らせて、少しばかり口元が緩んですらいる。

 そうだ。それでいい。

 

「君たちならきっとできる」

 

 準備は整った。

 長い間の夢が、ようやく叶う。

 培養槽で生まれた時から、変わらずに揺らめいていたスカリエッティの願い。

 刷り込まれたものなのかもしれないという自覚はある。しかしそれでも、自らの手で叶えたい夢には違いない。

 自分たちが望む、自分たちの世界。

 好きなことを好きなだけ、誰にも縛られずにできる、自由な世界。

 

「襲いかかって、奪い取ろうじゃないか。素晴らしき、我々の夢を」

 

 さあ、行きなさい。我が娘たち。

 祭の始まりだ。

 

 

 

 

 




(´・ω・`)やあ

明けましておめでとうございます。
これで年刊である本作のノルマは達成した。
もう私を縛るものは何もない。

行くぞ、スペースマガツウウウウウゥゥッッッ!!!


ところで本作、いろんなところにネタを散りばめてます。
何個見つかりましたか? 私は何個仕込んだか忘れました。


もっと明るくおバカな話を書きたいけど、状況が許してくれない。
誰だこんな展開にしたの! 責任者出てこい!!


そういえば、投票機能とかいうものが実装されましたね。
R-15とか残酷な描写とかのタグが必要か投票しようとしましたが、やり方わからないので諦めました。

リリカルライブ私の分まで楽しんできて下さい。


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