異世界って聞いたら、普通、ファンタジーだって思うじゃん。 (たけぽん)
しおりを挟む

日常編
1. 世界が目覚めた日


はじめまして。初投稿になります。
私は「異世界モノ」と「日常モノ」の作品が大好きなのですが、本屋でそのどちらかを選ばなくてはいけないとなると非常に悩んでしまいます。
そうだ。ならば両方を一度に楽しめる作品があればいいじゃん!と思い本作品を書くことにしました。
皆さんに楽しんでいただければ幸いです。


プロローグ

 

 

 ―――突然だが、人は死んだらどうなるのだろう。これは人なら誰しも一度は思ったことであろう。大抵の人間は、天国だとか地獄だとか、生まれ変わるとか言うだろう。ところが、ある一定のイタイ人種は、死んだあと異世界に転生して、その世界で大活躍し、ハーレムを築こうなどと考えている。かく言う俺もそんな妄想をしょっちゅうしていた。だがよく考えてほしい、異世界に転生して大活躍とは具体的にどういうことだろうか。

 

――RPGの世界で魔王でも倒すか?

 

――オンラインゲームの世界に転生してデスゲームでもするか?

 

――全ての能力を底上げされて、ハーレムでも築くか?

 

 大抵は自分の好きなジャンルの世界に転生するのが理想だろう。だが、もしそんな選択権がなかったら? 自分のことは自分で決めるべきだと大人は言う。だが自分で決められることには限界がある。人生など所詮、敷かれたレールを歩いていく出来レースなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、俺は真っ黒な空間にいた。しっかりと見回して確認するが、どこまでも黒が広がっている。……あれ、おかしいな。俺は確か遊戯王の映画のDVDを借りにツタヤへ行く最中だったような…。少し前の記憶を辿ろうとするも、目覚めたばかりで頭の回りが遅い。……ふと視線を目の前に戻すと、ん? 誰だ。

目の前で幼女が何か言っている。しかもその幼女の背中に生えているのは……羽か?

 

「突然ですが、問題です!ここはどこでしょうか!」

「……」

「ねぇ、無視する男はモテないわよ?って、もう死んでるんだから関係ないか~テヘペロ」

 

なんだこのあざとい幼女は……。一色いろはでもここまでではないぞ……。ってちょっと待て……今、こいつは何と言っただろうか……たしか……。

 

「死んで……いる?」

 

いやいやそんな馬鹿な。もし死んでるなら、今ここに俺が存在してるわけないじゃないか。考えればすぐに分かることだろうがまったく。

 

「いや、死んでるから。現実逃避する人間マジでうざい。もっかい死んで」

 

なんだこのうざい幼女は……てか、今、俺は口に出してしゃべっていただろうか?

 

「ふっふーん。ティアは神様だからね!テレパシーくらいお茶の子さいさいだよ~ん」

 

その年で既に中二病かよ……かわいそうに。高校生くらいになったら相当後悔するんだろうな……ソースは俺。

 

「中二病じゃないもん!ティアホントに神様だもん!あーもうめんどくさい!いい?あなたは外を歩いてたら、車に轢かれて死んだの!思い出した??」

 

思い……出した……。俺はツタヤに行く途中に車に轢かれたんだ。え? じゃあ何? ホントに死んだのか? まだ遊戯王の映画見てないのに? まだ童貞のままなのに?

 

「悔むところがおかしいでしょ……」

 

幼女は呆れた目で俺を見ている。

 

「で?俺はどうなる?地獄か?hellか?」

「あんた、妙に落ち着いてるわね……てかそれ一択じゃないの……」

 

実際、俺は落ち着いている。何故だか死んだことにホッとしている。生前のことが関与しているのだろうか。

 

「というわけで、あんたは異世界行きよ」

「へ?」

 

異世界!? つまりは遊戯王の世界で小鳥ちゃんと……。

 

「キモ。てか、あんたごときが勝手に行き先を決めれるわけないでしょ」

 

なん…だと…。というか1つ気になることがある。

 

「異世界行きというのは死んだらみんなそうなるのか?」

「あんたは特例よ」

 

特例? どういうことだ。

 

「あんたが死んだのはこっちのミスなの」

 

なん…だと…。(2回目) おれはミスで殺されたのか……。

 

「そ、ホントはあの事故では、あんたじゃなくて道路に飛び出した猫が死ぬはずだったの。でも手違いであんたが死んだの」

 

神様ガバガバスギィ!

 

「さて、そろそろ時間ね。すでにあんたの転生の準備は出来てるから」

「……そうか」

「……だからなんでそんなに落ち着いてるのよ。異常だわ。あ、あとあんたの元の名前は転生先じゃ使えないから。新しい名前はあんたに任せるけど?希望はある?」

「そうだな……武哉。望月武哉にしてくれ」

「あいあいさー」

 

ほんと適当だなぁこの幼女。こいつ自分のことをティアとか言ってたか。とりあえず、名前ぐらいは覚えておいてやろう。

 

「で?俺の行く異世界とは?」

「そ・れ・は~行ってからのお楽しみ~。では、アデュ~望月武哉くん!」

 

…………。

 

そこで俺の意識は消えた。

 

 




初回は導入です。
次回から武哉の異世界生活が始まります!
お楽しみに~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2. 日常

今回から、次回予告を入れていきます。キャラ崩壊してますが気にしないでください。


 

 ピピピピピピピピピピピピ。

アラームを止めて俺は起き上がる。……なんだ。やっぱり夢だったのか。けっこうリアルな夢だったな。寝起きで体が硬いので体を伸ばしてみる。

 

「ん~……あれ?」

 

目をこすって意識を覚醒させると、そこには知らない天井、知らない部屋があった。

 

「マジかよ……」

 

いや、まだ確証はない。とりあえず周りを調べてみよう。俺は布団から起き上がり、部屋の探索をすることにした。

 ……机があるし、身長からして学生だろう。生前は大学生だったわけだが、こっちではどうだろうか。机の上を確認すると、カレンダーと財布があった。順番に見ていこう。

 

――現在は西暦で2017年4月。

 

どうやら現代らしい。学生証も確認してみようか。

 

――札幌市中雲(なかぐも)高校1年生、望月武哉。住所は北海道、札幌市中雲区と。

 

高校生って……マジで転生したのか……。

 

 

……流石にドッキリにしては凝りすぎている。そう思い恐る恐る、部屋にある姿見の前に立ってみることにした。

 

「これはもう言い訳できないな……」

 

 どうやら転生前と転生後で別人の姿になったというわけではないらしいが、あきらかに大学生の頃の俺の風貌ではない。高校生ってこんなに肌つやつやだっけ。それに身体の大きさも違うな。これは若返っただけとみていいのだろうか。しかし、俺の見た目が大幅に変化しているという事実が、“異世界ではないかもしれない”という僅かな可能性にとどめを刺した。これは認めざるを得ない。女神との会話含め、ここまで全部が夢だというなら別だが。あとは、世界観も把握しとくべきか……。

 

 

 

 

 

 ……とりあえずこの世界は俺の住んでいた世界と外観は同じようだった。札幌市に住んでいるのも生前と変わらない。だが、違う点も多々あった。まずこの家には俺しかいない。つまりは家族がいない。そして中雲区なんてものも生前の札幌市にはない。……まぁ少なくとも日本であることは確かか。いや待て、中雲なんて知らない土地があるんだ、この目で確認するまでは日本かどうかも疑ったほうがいいかもしれないな。とそこで、

 

―――ぐぅ~

腹の虫が鳴った。考えることは山ほどあるが、まずは飯にしよう。腹が空いてはなんとやらだ。

 

 

 空腹を満たした後、妙に疲れていた俺はすぐに眠ってしまった。転生するのにもやっぱり体力いるのかねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピンポーン。チャイムの音で目が覚めた。時計を見ると午後4時を回っていた。さっき起きたのが午前7時だったから、実に9時間も寝ていたことになる。ピンポーン。ああ、はいはい。今出ますよっと。

ドアを開けると、そこにはセーラー服に身を包んだ、俗に言うJKが立っていた。もう少し言うと、身長は一般的な女子高生より少し低め、顔は整っていて、髪型はポニーテール。体型はそうだな……これも一般的な女子高生よりも少し痩せめだ。

 

「望月武哉くん……だよね?」

 

綺麗な声がする。

 

「そうだけど……?」

「体調、悪かったの?」

「へ? いや、特には?」

「……今日、入学式だったのは知ってるよね?」

 

しまった。迂闊だった。今は4月、そして俺は高校一年生。つまりはそういうことだ。

 

「今日だったのかよ……」

「……ぷっ、あはははは!」

 

JKは笑い出した。

 

「入学式忘れるって……ぷっ、あはははは!面白すぎだよ~!」

 

話題を逸らそう。女子に笑われるとかトラウマぶり返しちゃうって。え? なんのトラウマかって? いやいや……察して? ね?

 

「で?君は誰で何しにここへ?」

「あーそうだった。えっと、あたしはあなたと同じ一年B組の沢渡ひなです。ここまで言えば何しに来たかは分かるよね?」

 

なるほど、おそらくは連絡もなしに入学式をさぼった俺の様子を確認しろとでも言われてきたんだろう。そのボランティア精神に敬礼。

 

「入学式忘れて何してたの?」

「いや……別に……」

「まあ元気ならよかった。じゃあ明日からはちゃんと学校行くんだよ?」

「あ。ちょっと待ってくれ」

 

彼女を呼び止める。そう、俺は大事なことを忘れていた。

 

「しばらく一緒に学校に行って欲しいんだが。」

 

何故なら、俺はこの辺一帯の地理が分からない。中雲区なんて生前は無かったからな。だが何故か彼女の反応は、

 

「ふぇ!?……えっと……その……えっと」

 

なんでこの子こんなに動揺してるんだ? 俺と学校行くってそんなに嫌か? 転生してすぐにショックで死んじゃうかも。と思っていると彼女が口を開いた。

 

「何で……急に?それに……あたしなの?」

 

ああ……これはあれですね、チョロインですね。まあ俺の言い方が悪かったか。てかそれにしてもちょろい。少し意味深なこと言われるだけで勘違いとか中学生か……。

 

「俺はここに来たばかりで土地勘がないんだ。それにわざわざクラスから君が選ばれてここまで来たってことは家が近所だったりするんだろう?」

「まあ、近所というか、隣の部屋だけどね」

「……」

 

言い忘れたが、俺の転生先の宿はどこぞの高級マンションだった。あのウザ女神の最大限の配慮なのだろう。

 

「なら話は早いな。じゃあ明日迎えに来てくれ。じゃまた明日。」

「あ、うん……」

 

 半ば強引に話を終わらせ、俺は部屋に戻った。さてと、明日の学校の準備をするか……。この世界がどうなっているのか知るには、しばらくここで高校生をやっていたほうがいいだろう。学園異能バトル系なのか……デスゲーム系なのか……まあその辺だろう。

 

こうして俺の望月武哉としての異世界高校生活が始まった。

 

 




次回予告



武哉「というわけで始まったな。『異世界って聞いたら、普通、ファンタジーだって思うじゃん』」

ひな「そうだねー。いったいどんな話になるんだろう?」

武哉「作者は最近『俺ガイル』や『よう実』にはまってるみたいだからそんな感じじゃないか、多分。典型的な陰キャの妄想が炸裂しそうだ」

ひな「も、望月君……あんまり言ったら読者がいなくなっちゃうよ……」

武哉「てかタイトル長すぎだろ。略称とかないのか?」

ひな「作者は『いせファン』って呼んでるみたいだけど……」

武哉「何か聞いたことある略し方だな……たしか『異世界はスマ…』」

ひな「わー!それ以上いったら本当に読者いなくなっちゃうから!じ、次回!『登校』!」

武哉「お楽しみに」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3. 登校

キャラが増えていきますが、そんなにたくさんは出ないので、覚えてもらえると嬉しいです。


 

 ピピピピピピピピピピピピピ。

アラームを止めてベッドから起き上がる。洗面所へ行き身支度をし、キッチンで適当に飯を作り、ニュースなどを見ながら食べていた。特に変わったニュースはやってないな……。本当に何の世界なんだここは……。

 

ピンポーン  チャイムの音。玄関を開ける。

 

「お、おはよう望月君……」

「おはよ」

 

説明しなくても分かるだろうが沢渡ひなだ。

 

「じゃあ行きますかね。」

「望月君はこっちに越して来たばかりなんだよね?前はどこに住んでたの?」

 

通学中、沢渡ひなはそんなことを聞いてきた。

 

「白石区」

 

嘘ではない。生前は本当に札幌市白石区に住んでいたのだから。

 

「ひなは?」

 

何か墓穴を掘る前に俺は聞き返す。

 

「ふぇ!?」

 

昨日から思ってはいたが“ふぇ”って驚き方するやつ見たことないぞ……。二次元以外では。

 

「なんだよ、そんなに驚くことか?」

「お、おおおどろくよ!だって出会って昨日の今日で名前呼びとか!」

 

あーなるほど。確かに高校生ならそんなもんか。大学ではみんな名前呼びだったからなあ。まぁみんなと言ってもそんなに友達いなかったけどね。だがここで急に名字で呼んでは負けた気がする。

 

「ひなは自分の名前呼ばれただけで驚くんだな。」

「ま、また……」

「別に気にすんなよ。なんだったら俺も武哉でいいぞ?」

「よ、呼ばないし!絶対呼ばないし!」

「さいで……」

 

とか何とか言っていたら、中雲高校が見えてきた。なるほど、これは……なかなか立派だな。

玄関で靴を履き替え一年B組の教室へ向かう。ドアを開けるとそこにはTHE・高校というような風景が広がっていた。

 

「おはよーひな!」

 

教室へ入ってすぐ、メガネをかけた女子がひなに話しかける。

 

「おはよう。瑠璃ちゃん。」

「ん?」

 

瑠璃と呼ばれた彼女は俺に気付く。

 

「ややっ!?ひな、もう彼氏ができたの!?」

 

とかいう爆弾発言を投下しながら。

ざわ……ざわ……と教室がざわめく。そりゃそうだ。声、デカいんだもん。

 

「ち、ちちちちがうよ!家が隣で、道が分かんないって言うから一緒に来ただけだから!ホントだから!」

 

 ひなは見事に動揺していた。なにこれ、リアルギャルゲシチュエーション? まあ、こいつらは放置でいいだろう。人の噂も七十五日だ。……さて、俺の席はっと。見た感じ空いているのは、窓際、最後尾のあの席だろう。一応、確認はとっておくか。俺は隣の女子に話しかける。

 

「望月武哉の席はここで合ってるか?」

「そこで合ってるよ。……ん?ということは、君が昨日、入学式をサボった望月君だね?しかも、彼女とイチャイチャ登校してくるとは、もう完全にマンガだね!」

 

なんだこいつ。外見は普通だが中身は普通じゃないタイプだなこれは。

 

「俺が主人公だったら即打ち切りだろうよ。言わせんな悲しい。で、君は?」

「私は赤坂しおり、よろしく。打ち切り主人公くん♪」

「赤坂って……この座席、五十音順じゃないのか?」

 

てっきり望月が一番端だから五十音順だと思っていたぞ……。

 

「うん、なんかクラス委員長が『諸君!最初の座席が五十音順という他人に敷かれたレールの上でいいのか!?我はここに席替えを宣言するぞおおおお!』ってさ。それでこうなったの。君は余ったからそこな訳。」

 

何その暑苦しい厨二くさい委員長。ていうか……、

 

「結局、その委員長様の敷いたレールの上を走って席替えしてんじゃねーか」

 

といった瞬間、急に近寄ってきた男がいた。

 

「貴様あああ!我の行為をそのように言うとは……見下げ果てたぞ!」

 

誰だよこいつ。てか何そのしゃべり方。材木座かよ。

 

「そのうえ彼女と登校だと!?ふざけやがって!イラっとするぜ!」

 

出た! シャークさんの激おこコンボだ! 受けて立つぜ! 俺のターン!

 

「彼女は……彼女ではない(無言の腹パン軽め)」

「ぐほっ!き、貴様も遊戯王民か……」

 

へー、この世界にも遊戯王があったのか。ま、それはさておき、一連の発言からしてこいつが例の委員長だろう。

 

「委員長、うるさい、うざい、本当にうるさい。あとうるさい。」

 

赤坂しおりの怒涛の罵倒に委員長は

 

「シュン……すまない……危うく封印が解けるところだった……」

 

とか何とかほざいてる。まあ、高校生活を潤滑に進めるためにも、委員長とかとは仲良くしておいたほうがいいだろう。

 

「俺は望月武哉。よろしく委員長。えっと、名前は?」

「気安く話しかけるなリア充!!爆ぜろ!ジャッジメント!」

「どこのゲイヤールだお前は。先に話しかけてきたのはそっちだろ。」

 

なるほど、ヴァンガードもあるのか。これはカードゲーム系の異世界の可能性もあるな。

 

「っく……はめられた……この我がっ!」

「委員長、早く名乗らないとホームルーム始まるよ? あとキモい」

 

赤坂しおりのナイスフォロー。そして委員長へのあたりが強いな。

 

「ウエッホン。いいか、よく聞けええ!我が名は城之内亜季斗!この一年B組の委員長にして、いずれこの世の全てを手に入れるものなり!!」

 

と,ビシイっとくそダサイポーズと共に城之内亜季斗がキメたところでチャイムが鳴った。

ホームルームか……どんな先生が担任なのかオラワクワクすっぞ。

 

ガラガラ

「ういーっす、おはよう。」

 

入ってきたのは黒髪の天然パーマで腐った目、そして眼鏡。(3年Z組銀八先生の銀八、もとい坂田銀時の黒髪版をイメージして欲しい。)そして声は杉○だった。

銀さんんんんんん!?なんだこれ……ここは銀魂の世界だったのか?

 

「さて……おっ。今日は全員揃ってるようだな。では早速、望月武哉ア!起立!」

「ふぇ!?」

 

おい、何だ今の俺のリアクションは、ひなじゃあるまいし……。それはそうと俺は起立させられた。もしかしなくても入学式をさぼったことだろう……。

 

「てめー朝職員室の窓から見てたら、女子と登校してきやがったなア!?なんだおい。ここ数年彼女いない俺へのあてつけか!?」

 

全く違った。てかおれこのネタでキレられすぎだろ……。

 

「何黙ってんだ……早く俺の納得いく理由を説明しろやア!」

 

はあ……これ何言っても怒られるやつだ。隣を見ると、しおりが笑いをこらえている。悔しい。ふと、ひなの席を見るとメッチャこっちを見てた。こわい。てか、ひなだけでなくクラスメイト全員が俺を凝視している。くっ、こうなったらあれを使おう。バイト先、学長室などで俺が使い続けてきた必殺技……。

 

「一身上の都合で……」

 

ふっ……完璧だ。こう言われれば誰も何も返せまい。下手に聞くと地雷を踏み抜いてしまうかも、という恐怖感を与えつつ何かしらの事情があることを証明する最強必殺技。ガルガンチュアパニッシャーもびっくりの威力だぜ!さすが牙王くん。

と思っていたが何やら周りの様子がおかしい。

 

「えっ、なに、一身上の都合で沢渡さんと登校ってこと?」

「まさか朝帰りか!?」

「ひょっとして同棲してるとか!?」

 

うん。地雷を踏んだのは俺だったわ。ドルベもびっくりの自爆だった。そりゃまあ高校生なら容赦なく突っ込んでくるよな!おれの考えが甘かった!

 

「望月ィ……あとで生徒指導室こいやああああ!!」

 

というわけで、俺は放課後、生徒指導室で説教……もとい先生の与太話を聞かされた。合コン行ってもはずればっかりだとかなんとか言っていたような気がするが、興味がないから忘れた。覚えているのは先生の名前。藤堂豊、だそうだ。坂田銀時はかすりもしなかった。

 

はあ。初日からこれで、このあと大丈夫なのか俺……。

 

 




次回予告


武哉「というわけで次回予告だ」

亜季斗「今回のゲストはこの我!B組委員長!城之内亜季斗だ!フハハハハハハハハハ!」

武哉「いや、まじでうるせえ。予告ぐらい自重しろ」

亜季斗「す、すまぬ……」

武哉「にしてもキャラの名前が城之内だったり無言の腹パンやったり、作者がカードオタクなのがバレバレだな」

亜季斗「ちなみに主要キャラの名前は作者の好きなアニメキャラから名字、知り合いから名前をとっているらしいぞ?」

武哉「え、じゃあ沢渡ひなの沢渡ってまさか……」

亜季斗「沢渡さん!まじ凄すぎっすよ!」

武哉「次回『本音』」

亜季斗「ルールを守って楽しくデュエル!」

武哉「やめろ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4. 本音

 

 俺がこの世界に来てからしばらく経った。とりあえず、学校生活はそこそこといったところだろうか。ひなとの疑惑も完全に消えたわけではないが、高校生は常に最新の獲物を求める。そんな訳で周りは少し静かになった。

 

「つまりい!一月一日生まれの我は原初にして創始者!世界を掌握する力を持っているのだあああああああああああ!」

 

 嘘です。うるさいです。亜季斗まじうるさい。今、俺は放課後の教室で宿題の作文をしていた。別に出し忘れたとかではなく、今日出た課題をさっさと済ませようと思っただけだ。テーマは『中学での思い出と高校でやりたいこと』。そんな勤勉な俺の机の周りは騒がしい。

 

「いや、委員長うるさいから。これそういう占いじゃないから。あとうるさい」

 

しおりか。こいつ、いつも亜季斗罵倒してるな。

 

「まあまあ、しおりーそんなにいったらそのうち委員長ハートブレイクしちゃうよ?」

 

瑠璃か。どういうわけか、瑠璃、しおり、亜季斗は休み時間や放課後、俺の近くにいる。

 

「望月君は?」

 

あとひなもいる。……ん?俺、今呼ばれたか? いや、気のせいだろ、作文作文と……。

 

「ねえ、望月君ってば!」

「!?な、なんだ!?」

「もっちー聞いてなかったねえ?愛しのひなたんのお話を!」

「ちちちちちょっと瑠璃ちゃん!何言ってるのさあ!」

 

このやりとりはもう既に何度も繰り返されているので気にはしていない。ひなは気にしまっくているが。チョロインすぎ。

 

「聞いてなかった。何の話だ?」

「誕生日占いだよ。モテ月くん♪」

 

しおりに名前を意図的に間違えられた気がするが気のせいだろう。で、なんだ? 誕生日占いだって?

 

「俺は占いに興味はない。大体、誕生日占いなんて一番当てにならん。4月生まれは温厚ですと書かれていようが4月生まれの凶悪犯罪者なんてざらだろう」

 

と持論を展開してみると、

 

「うわ、でた、望月のひねくれ理論。」

 

としおりに一蹴され、

 

「ふぅん。ロマンの分からん凡骨が」

 

と亜季斗に海馬っぽく言われ、

 

「よっ!ひねくれエンペラー!」

 

と瑠璃に褒められた。もうやめて! 俺のライフはゼロよ! ひな……お前は何も言うなよ?

 

「望月君……あくまで占いだから、必ず当たるわけじゃないんだよ?みんなで楽しむのが大事なんだよ?」

 

ぐはっ。ド正論で返された……。

 

「あーもう分かった分かった。てかお前らいると課題できんわ。もう帰ろうぜ。」

 

論点をすり替える作戦で行こう。

 

「ん?そうだな。すでに日も落ちた……我はこれより帰宅し政府へ報告をせねば……」

「委員長、何言ってんの?あとうるさい」

 

計画通り……(ゲス顔)。てかうるさくはなかっただろ……。そういうことで、俺たちは帰ることにした。ちなみに、作文は一文字も書けていない。

 

 

 俺とひな以外のメンバーは正門を出てから帰り道が逆方向なので、必然的に二人きりになる。そりゃ噂もされるわな。というわけで俺はそれを避けるために、

 

「俺、晩飯のおかず買いにスーパー行くから」

 

よし。完璧だ。ところが帰ってきた答えは……

 

「あ!あたしもおつかい頼まれてたんだ!!思い出せてよかった~」

 

なん……だと……。いやいや待て待て。二人でスーパーに行って買い物して一緒に帰るとか流石に見る人が見たら絶対に誤解される。よし、作戦プランB(急増)に移行する!

 

「あーでも冷蔵庫に昨日の残り物あったっけ。なら大丈夫か」

 

よし。完璧だ。(二回目)。あれ、なんかこれいやな予感が……。

 

「そっか……」

 

 ひなはうつむき、寂しそうな表情を浮かべている。マズい……流石にこの状況で一人で帰れるほどの度胸は俺にはない。何よりも、このことがもし瑠璃の耳に入ったら……うん。よし……ここはどこぞの省エネ主人公に倣うことにしよう。

 

「はあ……分かったよ。可処分エネルギーは残ってる。それに明日の分のおかずがないしな」

 

やらなければいけないことなら手短に。便利だな、ほうたる。さて、ひなの反応はどうだろう。

 

「……よ、よかった!それじゃ、駅前のスーパーだね!今日あそこ特売日なんだよ!ほらほら早く!」

 

チョロすぎるだろ……。そんなこんなで駅前のスーパールートに変更されましたとさ。

 

 

スーパーで特売の野菜やら肉やらを少々買い、両手に重い荷物を持ちながら帰路についていた。何故、少々買っただけなのに両手に重い荷物を持っているかというと、

 

「ごめんね望月くん……。ちょっと買い過ぎちゃって……。」

 

ということである。俺とスーパーに行くのがそんなに嬉しかったのか、テンションがリミットブレイクしたひなは、黙示録の雷のような速さで店内をめぐり、特売品を買い込んだのである。その容量は小柄な女子が持つにはキャパオーバーであり、俺が持つことにした。

 

「くぅ……流石に買いすぎだ……」

「ご、ごめん!重いよね!やっぱりあたしが持つよ!!」

 

と、言われても……

 

「駄目だ。こんな重いもん持って歩いてたら、次の下り坂で転ぶかもしれないだろ?そうなると俺が困る」

「望月くん……」

「だってめんどくさいだろ?」

「うんうん……って、なにそれ!あたしを気遣ってくれたんじゃないの!?もう、望月君のバカ!」

 

はいはい。はあ、まったく。異世界に転生したはずなのにやってることが地味過ぎるだろ。本当にここは何の世界なんだか……。

 

「んじゃあ、またな。」

 

なんとか家の前まで到着。頑張った、俺は頑張った……帰ったらすぐに寝よう。

 

「うん……荷物持ってくれてありがと……それから……」

 

うん? あとは「またね」で解散の流れじゃないのか。流石にこれ以上は俺のHPが持たない。

 

「その……おやすみ!」

 

バタン! そう言ってひなは家に入った。

 

「返事くらい待てないのか……」

 

まあいいや。俺も寝るか。

 

 

 

 

 

――――――『中学での思い出と高校でやりたいこと』、作文のテーマだ。俺が今日、作文を一文字も書けなかったのは別に周りがうるさかったからじゃない。何も思いつかなかったからだ。いや、違う。何もなかったからだ。中学の思い出と言われても、俺はこの世界では高校生からのスタートなのだから、そんなものは存在しない。それに、だ。前の世界での中学での出来事……あれを思い出とは言えない。思い出というのは思いがないと思い出とは呼べない。逆に言えば、つらかろうが楽しかろうが思うところがあれば思い出と呼べるのだ。

俺は……あの頃には何も思うところがない。いや、思うことに疲れてしまったのかもしれない……。

 




武哉「高校生活ってのも大変なんだな……」

瑠璃「何言ってんのもっちー!まだ始まったばかりだよ!お楽しみはこれからだ!」

武哉「そうだよな、文化祭やテスト……それに彼女ができればクリスマスなんかも……」

瑠璃「次回はラブコメパートらしいよ?」

武哉「なにっ!?それは気を引き締めていかねーとな!」

瑠璃「いいよもっちー!その調子♪」

武哉「次回『休日』」

瑠璃「もっちーのラブコメじゃないみたいだけどね♪」

武哉「」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5. 休日

今回から武哉の実力が見え隠れします。


 そんなこんなで、本日は晴天なり、そして本日は休日なり。今までの休日はもっぱら家で新聞やニュースをチェックしてこの世界のことを探っていた。が、しかし、変わったものは何もなかった。ならば外に出て情報を集めるべきだろう。そう思い出かける準備をしていると……家の電話が鳴った。朝の六時に電話とは非常識な。

 

「はい、望月です」

「……」

 

何だ? イタ電か? 朝から暇な奴もいたもんだな。さっさと切って出掛けよう。

 

「切りますよ」

 

一応そう言って受話器を下ろそうとすると、

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

と慌てた声がする。

 

「何か用か、ひな」

「ふぇ!? な、なんであたしだって分かったの!?」

 

 いつものリアクションだな。そりゃあ分かるでしょうよ。俺の家の電話番号を知っている人間なんて限られてくる。なんせ、ひなとその周辺の人間以外とは全く交友関係は無いし、そもそも俺の個人情報を知っているとすれば学校ぐらいしかない。つまり、間違い電話やイタ電でない限りは必然的に学校関係者ということになる。しかし、休日の六時なんて起きているかも分からない時間にはかけてこないだろう。そして、入学式のあの日、俺の電話番号を学校から聞けた人物が一人いるはずだ。おそらくは俺が不在の場合に留守電を入れるために聞いたのだろうが、その日、俺はそいつと出会っている。つまりはひなである。

 

「んで?土曜の朝6時から何の用だ?」

 

……まあ、何となくここからの展開は想像できるんですけどね。

 

「きょ、今日さ……用事とかあるかな?なかったら、その……」

 

 まあ、休日に知り合いからかかってくる電話なんて一般的にはそんなもんだよな。俺はそんな電話受けたことないけど。まあ、そんなことより聞かれたことには答えよう。んじゃあせっかくのお誘いに対しての俺の答えは、

 

「悪い。今日は出掛けるから。」

 

こっちの世界について調べる以上、一人のほうが都合が良い。ひなには悪いが断ることにした。

 

「そっか……うん、分かった。朝早くにごめんね?」

 

そう言って、ひなは電話を切った。はあ、これも解決しとかないとなあ……。

 駄女神、もといティアは、俺は“異世界行き”だと、確かにそう言った。だが転生してしばらく経っても何も起こる様子はない。具体的に言えば、世界滅亡の危機とか他次元からの来訪者とか。そういった理由から俺が導き出した答えは……

 

「日常系……だよな」

 

 そう、日常系。ラノベやアニメのジャンルの一つであり、普通の世界で普通の人間が普通の世界ならではの面倒ごとや青春ラブコメをこなしていくものである。何が言いたいかというと俺の送り込まれたこの世界は日常系の異世界である、ということである。そしてこの世界が何らかのアニメや小説の世界の一部だとしたら。

 

 ……そう思った俺がやって来たのは札幌市中央区の繁華街、狸小路のアニメイトである。そう、しばらく忘れていたがここは札幌市なのだ。中雲区から札幌駅、そして街の中心部へはJRで4駅、割と近いほうだ。そして何故、俺がアニメイトに来たかということなのだが、それは、この世界に存在しない二次元作品がこの世界と関わっているのでは?という可能性に思い至ったからである。しかも、日常系ってとこまで絞れている。多少は楽だろう。さて、さっそく取り掛かりますかね……。

 

「大体、あーちゃんが悪いんじゃない!」

「い、いや……我は別にそんなつもりじゃ……」

 

……ん? 喧嘩か? どうせ、その辺のカップルが痴話喧嘩してるんだろ。ざまぁ。そのまま別れちゃったりしたら今日のご飯6杯はいける……。

 

「我は無実だアアアアアアアア!」

 

というか、このうるさくて中二病チックなしゃべり方を俺は聞いたことがある。……それ以前にこんなしゃべり方をする奴なんて一人しかいないだろ。

 

「ん……? あそこにいるのは……」

 

やべ……。

 

「武哉アアアアア!ナイスタイミングマイフレンド!&ヘルプミイイイイイイイ!」

 

はあ、もう仕方ないなこれは……。

 

「亜季斗、TPOをわきまえてくれ、周りのお客さん困ってんだろ」

「おっとそうであったな……皆の者すまぬ!多少取り乱してしまったように見えるがこれも我の予知していた未来のひとつなのだ!安心して買い物を続けてくれたまへ!!」

 

 おいバカやめろ。なんでこいつは赤の他人だらけの環境でこんなに自信満々にしゃべれるの? 羞恥心ないの? WHERE IS YOUR 羞恥心? 羞恥心だけ日本語なのは仕様です。べ、別に羞恥心って単語がわからなかった訳じゃないぞ……。

 

「で?お前何してんの?」

 

ていうか俺の聴覚が正しければ男女の声がしたんだが……。

 

「えっ、も、望月?」

 

聞いたことのある声のほうに目をやると、女優帽に白のワンピース、巻いた髪がとても可愛らしい……え? いや、でも、まさか……でもやっぱり、

 

「……しおりか?」

「う、うん」

 

 オーマイゴットまさかの大正解。教室にいる時とは全く違う、というか真逆の見た目の赤坂しおりがそこにいた。えーと、どういうことだ? 状況を整理しよう。ここはアニメイト、そして城之内亜季斗がかなりおめかしした赤坂しおりと一緒にいる。そして先ほどの会話。なるほど。謎はすべて解けた!

 

「ごめんな二人とも。俺は見なかったことにしてとらのあなでも行くわ。じゃな。」

「ちょちょちょっと待て望月!」

 

しおりに首根っこを掴まれて制止させられた。くるしい……。

 

「あんた勘違いしてるって! むしろどう勘違いしたか聞こうか!」

「いや、痴話喧嘩だろ?」

「ちっがーーーーーーーーう!!!!」

 

しおりの叫び声がアニメイトにこだまする。

 

 

 

 んで、俺はしおりの弁解を聞かされるために、亜季斗ともども近くのマックに入店した。ちなみに俺の注文した商品はチキンクリスプ、ハンバーガー、コーラのSサイズ。たった300円そこらでこんなに食べられるマックはやっぱり凄い。

 

「なるほど、二人は幼馴染だったのか」

「そう!だから二人で買い物とかはよくあることなの!別に特別なことじゃないの!」

 

だそうだ。まあそれにしたってそんなオシャレしてくるあたり特別じゃないとは思えないんだが。

 

「で?さっきは何で騒いでたんだ? 亜季斗」

 

黙々とビッグマックをほおばる亜季斗に尋ねてみる。

 

「むぐ!んっんん!ごほん。実はだな、今日、我がアニメイト馳せ参じたのは最近、全話視聴を終えた『さくら荘』シリーズを全巻買う目的だったのだ」

 

まじかよ……『さくら荘』シリーズって短編集ふくめ13冊だぞ?帰りどうすんだよ……あきらか荷物じゃねーか。

 

「で?今の話とさっきの状況がどう関係するんだよ?」

「それはあーちゃ……じゃなくて委員長が『さくら荘』の真のヒロインは優子だっていうのよ!どう考えても千尋先生でしょ!?」

「待ていしおり!お主は妹キャラの重要性をなんら理解しておらん!だいたいあんなものぐさ教師など……!」

「何よ!先生と空太のあの絶妙な関係が良いんじゃない!」

 

あーなるほどね。推しキャラについてのヒロインポジ争奪戦だったのね。てか教師に妹って、どっち選んでも主人公大変だな……。

 

「武哉(望月)はどう思う!?」

 

おいおい、なぜか俺に矛先が向いたぞ……めんどくせえ。

 

「あのな、ラノベの女キャラは人によって見方も思い入れも違うもんだ。そもそも他人の推しキャラを批判するのはマナー違反だからな。」

 

ちなみに俺はななみん推しである。というか、しおりって結構オタクなんだな。まあ亜季斗と幼馴染ならあり得ないことでもないか。

 

「確かに武哉の言うことも最もだな……しおり、すまぬ。我は多少言いすぎた……」

「いや、別にあーちゃんが謝ることないよ!わたしこそごめん!」

 

ふう、なんとか丸く収まったな。とそこで、

 

―― サガシニユクンダ、ソコヘ〜 ――

ん、なんだ? 着信音? 俺ガイルとは良いセンスだな。

 

「おっと!我の携帯だな!おそらくはバイト先……もとい組織からだな!少し席を外すぞ!」

 

そう言って亜季斗は外へ向かった。てかあいつバイトしてんだな。

 

「なんかごめんね望月」

 

しおりが謝ってくる。うん。その言葉、もうちょい早く聞きたかった。それにしても、

 

「しおりは亜季斗のことが好きなんだな」

 

しおりは一瞬フリーズする。だがすぐに、

 

「ななな、何い、い言ってんの!何でわわわわ私が委員長なんて!」

 

と慌てまくって怒鳴ってくる。

 

「おまえが亜季斗を好きだって分析を3つしてやる」

「いや、何で PLAY MAKER なのさ……」

「ひとつ。休日に、お前にとっては特別でもないと言っている用事にとても気合いの入った格好で来ている。メイクまでして」

「そ、それはたまたまで……」

「ふたつ。先ほどの慌て様。普通に何とも思っていないなら、あんなに感情的にはならない」

「え、えっと……」

「みっつ。亜季斗のことを学校では委員長と呼んでいるのにプライベートではあーちゃんと呼んでいる。特に意識していないなら学校で呼び方を変える必要性は薄い」

「ぐはっっ」

「以上だ。なにか間違いがあるか?」

「……ない……です。」

 

しおりがうつむく。少しやりすぎたな。亜季斗も戻ってこないし。このまま沈黙ってのも困る。

 

「そういう望月はひなとどうなのさ?」

 

反撃のつもりか、しおりから話題を作ってきた。俺が動揺すると思っての話題選択だろうなこれは。まあ聞かれた以上は多少まじめに答えるか。

 

「あいつは俺のこと好きだろうな。でも俺にとっては友達以外の何でもない」

 

と、ありのまま回答すると、

 

「はああああ!?」

 

しおりはものすごく驚いてた、お前が動揺してどーすんだ。

 

「あんた、ひながあんたのこと好きだって知ってたの!?」

「まあな、言動もろもろで分かるだろ。現にお前も知ってんだろ?」

 

淡々と返すとしおりは半ば呆れた様子で、

 

「あんたってもっと鈍感だと思ってた。人の気持ちを読み取れるなんて……」

 

なんて言ってきた。まあ、自分でも人の感情には敏感なほうだと思ってる。というか“敏感にならざるを得なかった”からな。

 

「で、どうすんの?あんたは友達と思ってても、ひなはあんたのこと好きなわけだよ?」

「別にどうもしない。時間が解決する」

 

 そう。沢渡ひなが俺に抱いている感情は間違いなく恋だ。だがなぜそうなったか? 確かに第一印象や会話も要因の一つだろう。だが、一番の原因は初登校のあの日、そして今に至るまでの周りの噂や冷やかしに他ならない。つまるところ、沢渡ひなという人物が俺に向けている感情は周りによって作られたある種の勘違いでしかない。だから、しばらくすれば消えてゆくものだ。

 

「はあ、まあ他人の恋愛事情にはあまり介入しないほうがいいだろうしここでやめとくわ」

 

しおりはそこで話を切った。なので「亜季斗遅いなー」と発言しようとした。だがちょうどその時、

 

「望月君?」

 

呼ばれて振り返るとそこにはひながいた。

 

「え、なんでしおりちゃんと一緒なの? 今日は出かけるって……え?」

「いや、違うのひな。別にそういうのじゃなくて……」

 

しおり、その発言は駄目だ。正解は、亜季斗もいるよ、だ。

「ううん!いいの!ごめん邪魔しちゃって!誰にも言わないから!」

 

そう言ってひなは出口へ走っていった。

 

「ちょ、望月!追いかけなさいよ!」

「追いかけてどうする。今、捕まえて事情を説明してもあいつ信じないぞ。冷静になってからのほうがいい」

 

俺の発言に一理あると思ったのかしおりはそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして亜季斗が戻ってきた。組織からの任務についての指示がどうとか言ってたが、つまりはバイト先からのシフトの確認かなんかだろう。

 

「それで、武哉は今日は何しにここへ来たのだ?」

 

そういやアニメイトでこの世界について探りに来たんだった。しかし、なんだかやる気が下がってきたな。なんか手っ取り早くやる方法は……ん? 待てよ……。

 

「なあ亜季斗、お前ラノベやアニメはどれくらい見てる?」

「なんだ藪からスティックに。そうだな、我は物心ついたときからオタクだったからな。例外もあるがほとんどの人気作は網羅しているぞ!」

「しおりはどうだ?」

「わたしもまあ、大抵は見てるかな。」

 

こいつは都合がいいな。こいつらに聞いて行けば答え出るんじゃないか?

 

「実はな、知り合いがネット小説を書こうとしてて、それが二次元作品に転生モノなんだが、何の作品に転生させるかで悩んでるらしいんだ。そこで二人の意見が聞きたい」

「ほう、それはなかなかに興味深いな!して、ジャンルは?」

 

流石ガチオタク、話がはやい。

 

「日常物だ。舞台は日本」

「ふむ、ならばやはりハルヒではないか?日常要素も非日常要素もあってなかなかに良い作品だと思うぞ?」

 

これでハルヒの可能性は消えたな。よかった~エンドレスエイトなんて御免だからな、ホントに。

 

「しおりはどうだ?」

「う~ん。氷菓とか?ラノベではないけど。」

 

嗚呼、さよならえるたそ……。

その後も二人に問い続けたがほとんどの作品がこの世界に存在していることが分かった。というか亜季斗の情報量はびっくりだわ……。

 




次回予告

しおり「というわけで次回予告!いよいよ私の番ね!」

武哉「そうだな……」

しおり「テンション低っ!どうしたのさ?」

武哉「今回の俺の言動、屑すぎないか?」

しおり「好意を抱いているとわかっている相手を放置したり、それは気のせいだって言ったり?」

武哉「作者は俺をどうしたいんだ……」

しおり「どうやら望月の言動は大半が伏線らしいよ?」

武哉「次回『兆し』」

しおり「ちょっと!何勝手に終わらせてんのよ!」

武哉「お楽しみに」

しおり「私の話を聞けえええ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6. 兆し

今回から伏線多めです。注意しながら読むとより楽しめるかもしれません。


 

 そんなこんなで、俺の土曜日は何も掴めないまま終わった。いや、とりあえず亜季斗たちと話したことで多少は掴めたといえるだろうか。亜季斗とて流石にすべての二次作品を網羅しているわけではない。だからこの世界が何らかの作品の世界である可能性もないわけじゃない。だが、よく考えると北海道の札幌が舞台なんてのは相当、絞られるし中雲市なんて街を作る必要性も感じられない。そもそも、あの駄女神がいくら駄女神だとしても死者である俺を何の意図も目的も意味もなく超マイナー作品の世界になんぞ転生させるわけがない。だからと言ってこの世界の正体のヒントにはならないか。結局、まだ情報が少ない。それが事実だ。土曜日ももう終わりそうな11時半、そんなことを考えながらベッドに横たわっていると携帯が振動した。

 

「げ……」

 

思わず声が漏れた。それは瑠璃からのLINEだった。内容は一言。

 

『少し電話しない?(笑)』

 

絶対笑ってないだろこいつ……まあ、内容はだいたい察しがつく……。

 

『おけ』

 

と返すと数秒で電話がかかってきた。

 

「もしもし」

「どういうことかな?」

 

ちょ、怖っ!なにこの冷たい声。どっから出るのこんな声……。

 

「何の話だ?……ってのは通用しないよな」

「もちろん♪」

 

おそらくはマックでの話をひなから聞いたのだろう。それで俺に真実を確認するために電話してきたのだろう。

 

「しおりとは何もないし、席を外してはいたが、あの場には亜季斗も来ていた。つまり完全な誤解だ」

 

「そんなことを聞きたいんじゃないの」

 

瑠璃は静かに、冷たく、しかしどこか怒りを感じさせる口調でそう答えてきた。

 

「なんでそれをひなに言わなかったの?なんで追いかけなかったの?」

 

それはしおりからも投げかけられた質問だった。

 

「あそこで追いかけて捕まえて話してあいつはそれを信じたか?あんなに動揺していたのに?」

 

俺はあの時と同じ回答をした。これでいいだろう。

 

「じゃあ聞くけど、あの後、ひなには言ったの?家は隣だよね?」

 

 

 予想外のカウンターが帰ってきた。そう、俺のあの回答は事が起きた直後は有効だったがそこから数時間も経過した今はもう全くの無力だったのだ。だからこそ、瑠璃はこの時間にそれを聞いたのだろう。

 

「その感じだと、言ってないんだね?」

「そう……だな」

「ひなが君をどう思ってると思う?」

 

その類の話は本日2回目なんだが。

 

「まあ、控え目に言って恋愛対象だな」

「どこを控えてるのそれ?ま、とりあえず現状把握はしているみたいだね。」

「まあ一応はな」

「もっちーは人の感情を読み取るのは得意みたいだね」

「そういうお前もこの短期間で俺をよく分析してるじゃないか」

「でもね、もっちー。君が読み取っているのは感情の表面だけで、その裏までは読めてないよ」

 

感情の裏……ねぇ。

……瑠璃のその言葉で、一瞬、忌まわしい記憶が甦ったのを、俺は気にしない。

 

 

 

 

 瑠璃との電話はそれで終わり、土日は特にそれ以上何もなく過ぎ月曜がやってきた。今日から5月になるわけで、ここら一帯の地理も把握できた。つまり、俺がひなと登校する理由はなくなっていた。それに土曜のこともあったし、今日は一人で登校、そう思っていた。

 

「あー眠い……」

 

俺がマンションのエレベーターを降りながらそんなことを呟いていると、ロビーに人影が見えた。いや、まさかね……そんなことあるわけない。

 

「お、おはよう……」

 

と思っていた時期が私にもありました。人影と声の主はひなだった。おい、どーすんのこれ。

 

「おはよ」

 

そう返し俺がロビーを出るとひなが着いてきた。というか学校に行くんだから着いてきたわけでもないか。やだ、俺ったら自意識過剰。 

 

「ちょっと、なんで先に行こうとするのさ」

 

本当に着いてきてた。なんだよ、数秒前の俺がかわいそうじゃねーか。

そして歩き出したわけだが無言。仕方ない、さっさと土曜のことを言っておくか。

 

「土曜のことだが、俺としおりはお前の思っているような関係じゃない。席は外していたが亜季斗もいたしな」

 

よし。完璧だ。要点を簡潔にまとめた素晴らしい文章だ。

 

「そうなんだね。うん。わかったよ。ごめんね、変な勘違いしちゃったみたいで」

 

と、ひなは納得した『ような』ことを言っていた。はあ、まあとりあえずこれで半分解決したってところか。

 

「そういえば望月君、期末テストの勉強とかしてる?」

 

今度はひなから話題だった。

 

「期末とはずいぶん先だな、まずは中間じゃないのか?」

「え?」

 

あれ、なんかおかしいこと言ったか? 期末への見通しが甘いとかそういうことか?

 

「中雲高校には中間テストはないよ?」

「え?」

 

なにそれ、楽園かよ。いや、でもたった一回のテストで一学期の成績がつくってことでもあるな。

 

「その様子だと特別点のことも知らないの?」

「特別点?」

「えっとね、中雲高校は北海道でも有数の進学校なんだけど、個人の実力を重んじる校風で、中間テストがないのは期末の難易度が高めなのと個人の学習意欲を上げるためなの。それで、期末テストで上位10人以内に入ると順位に応じて特別点がもらえて、成績や推薦で有利になったりするの。」

 

 なるほど、つまりは個人の実力によって他の生徒より進路において優位に立てるってことか。ようこそ個人実力至上主義の学校へ、ってことね。てか進学校だったのか……確かに授業のレベルは高めだったが。ったく、あの駄女神。俺がまったく授業について行けなかったらどうするつもりだったんだ……。それはそれで俺を馬鹿にしてくる駄女神の姿が目に浮かぶ……。

 

 

 

 

 

 

 

 なんて話をしながら登校し、朝のホームルームが始まった。先生は気だるげにしゃべっていたが、俺はほとんど聞かずに窓の外を見ていた。だが、突然先生のしゃべり方が変わったので俺の意識は引き戻された。

 

「あー、知ってるとは思うが来月に体育祭がある。我が校の体育祭は期末テスト同様、結果に応じて特別点が与えられる。気を引き締めて取り組むように」

 

ほう、体育祭があるのは知ってたが、そこでも特別点が入るのか……文武両道ってやつだな。

 

「んで、体育祭実行委員を各クラスから男女一人ずつ出すことになった。つーわけで一時間目の俺の授業の時間で決めてくれ。つーわけで城之内、後任せた」

 

先生は亜季斗に丸投げすると、教室の後ろで椅子に座って官能小説らしきものを読み始めた。ブックカバーくらいしろよ……。

そして一時間目。

 

「ウエッホン!では体育祭実行委員を決めて行くぞ!まずは女子から、立候補はあるか!?」

 

教室は沈黙した。おい、亜季斗かわいそうだろ。誰か発言してやれよ、俺はしないけど。

 

「ええい!ならば推薦でも構わん!適任だと思う者はおらぬか!」

 

亜季斗のやつ、やはり委員長だけあって進めるのが上手いな。なんて感心していると、一人の男子が手を挙げた。

 

「おっ!池内氏!何かね!」

 

池内と呼ばれた男子は立ちあがり発言しようとする。気のせいか近くの席の男子がそわそわしている気がする。

 

「沢渡さんがいいと思います!ほら、頭いいし!期末テストも一位は沢渡さんかD組の渋谷だって言われてるし!」

 

池内はひなを推薦してきた。そういや瑠璃がひなは入試全教科満点でトップだとか言ってたな。もしそれが本当だとして、そんなひなと競れるD組の渋谷とかいうやつすごいな。

 

「なるほど!ご意見感謝するぞ!して、沢渡氏、どうかね?」

 

亜季斗がひなに意思確認するとひなは、

 

「ふぇ!?いや、でもあたし自信ないし……」

 

とやりたくない様子だった。

 

「いや、沢渡さんならできるって!」

「行ける行ける!」

「余裕っしょ!」

 

と池内の周りの男子が発言する。あーなるほど、そういうことね。

 

「わ、分かった。やってみます……!」

 

ひなは押し切られ、女子の実行委員はひなに決まった。

 

「では次に男子の委員! 立候補はいるか!」

「「「「はい!」」」」

 

 池内含めた何人かの男子が手を挙げた。つまるところ、彼らがひなを推薦したのは、自分が委員になることでひなと仲良く、あわよくば付き合おうと思っていたからだ。もうあれだね、ザ・男子高校生って感じ。

 

「俺がやるって!」

「バッカ、お前より俺のほうが頭良いんだから俺だろ!」

「いや!ここは野球部期待の新人の俺がやるべきだ!」

 

おい、本当にここは進学校なのか……隣を見るとしおりがゲテモノを見るような眼で彼らのほうを見ていた。

 

「なるほど!諸君らの気持ちは分かったぞ!だがここは、沢渡氏に誰とやりたいか決めてもらおう!彼女の決定なら諸君らも文句はあるまい!」

 

亜季斗がそういうとクラスの視線がひなに集まった。

 

「えっと……その……」

 

男子たちはもうひなをガン見していた。ものすごい期待の眼差しだ。

 

「じ、じゃあ望月君……お願いできるかな?」

「へ?」

 

俺は何とも間抜けな声を出してしまった。今度は俺に視線が集まる。

 

「だ、そうだぞ武哉!どうするのだ?」

 

男子の視線が痛い……ここで譲ってあげてもいいのだが、俺は、

 

「分かった。」

 

と返事した。

 

 

 

 昼休み。購買でパンを買った俺は、駐輪場の段差に腰かけランチタイムを満喫していた。この駐輪場に来る人は少なく。先程の委員決めで教室に居づらくなった俺は八幡をリスペクトしこの場所へ来たというわけだ。

 

「さて、どうするかね……」

「何をどうするのかな?」

 

振り向くと、瑠璃が鬼のような笑みを浮かべ立っていた。てか鬼のような笑顔ってなんだよ。笑ってんの? 怒ってんの? 来年の話でもしたの?

 

「何か用か、瑠璃」

「そりゃあ、ものぐさでひねくれ者のもっちーが実行委員を引き受けた理由を聞きにきたに決まってるじゃん♪」

 

俺の印象悪すぎないですかね……。

 

「誤解を完全に解くためだ」

「なるほどね、半分しか解けなかったんだね」

 

そう、俺が実行委員を引き受けたのはひなと関わる機会を増やし、その上で、この間の誤解を解くためだ。

 

「あの子は純粋だから、そうなっちゃうよね」

 

 瑠璃は空を見上げてそうつぶやいた。

そう。沢渡ひなは純粋だ。それはもう曇り一つない純粋さなのだ。だからこそ彼女にとって自分が見たものは絶対なのだ。他人から事実を聞いても、それが無意識に作用し完全に信用できない。だからこそ今朝、彼女は納得した『ような』ことを言っていたのだ。だからこそ俺はそれを破り事実を真実にしなければならない。出来る出来ないではなく、やらなくてはいけない。じゃないと瑠璃に殺されるかもしれないし。

 

「なあ、なんでお前はひなのためにそんなに頑張るんだ?」

 

ふと思ったことを瑠璃に問いかける。

 

「そんなの、友達だからに決まってるじゃん♪」

 

そういった瑠璃の表情はこころなしか暗かった。

 

 

 ……俺の瑠璃に対する初対面の印象は、ひなと特別仲の良い女友達、メガネ女子、というごく普通のものだった。だが、こうして改めて接してみると、ひなに対して何か特別な感情を持っているようにも感じる。それが、どういうものなのかはまだハッキリしないが。まぁ、出会ってからまだ日も浅いし、あまりポッと出の俺が関わることでもないだろう。

 

 

 

さてと、そろそろ昼休みも終わりだな……。

 

「にしてもお前の観察力には参る。まさかこの場所が分かるなんてな」

 

そう言って立ち去ろうとすると瑠璃は不思議そうな表情をしながら

 

「え?ただつけてきただけだよ?」

 

と答えてきた。

聞かなかったことにしよう。そうしよう。

 

 




次回予告

藤堂「次回予告の時間だ」

武哉「うわっ!なんで先生がここに!?」

藤堂「作者に『誰も真面目に次回予告してくれないんです……』って言われてな。あーめんどくせえ」

武哉「先生こそ予告でめんどくせえとか言わないで下さいよ……」

藤堂「次回、『始動』」

武哉「ちょ、雑!一番真面目にやってないのはあんただろ!」

藤堂「次回からはシリアス路線だ、楽しみにしとけよ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育祭準備編
7. 始動


体育祭準備編スタートです。ストックの都合で更新ペースが落ちますが、失速しないように善処します。


 

 数日後の放課後。今日から体育祭実行委員の活動が始まるので、俺は会議室に来ていた。中雲高校は一学年4から5クラス程度なので実行委員の総数は大体30人である。まだ会議は始まっていないので室内はざわついている。

 

「ねえ、望月君」

 

隣に座っていたひなが話しかけてくる。え、何だろう。こういう時に女子と会話すると大抵、一言二言で終わるのが目に見える……。

 

「どうして、その……委員を引き受けてくれたの?」

 

なるほど。すごく自然な質問だな。だが俺の目的を伝えると面倒なことになるのは火を見るよりファイアーなので、とりあえず誤魔化しておこう。

 

「委員の活動でも特別点が貰えるらしいからな。そのためだ」

 

まあ、これが一番自然な理由だろう。と思ったが、

 

「本当に?」

 

ひなは納得していない様子だった。

 

「あーその……」

 

俺がどうしようか迷っているとドアが開いた。入ってきたのは藤堂先生と変わらないくらいの年齢に見える女性だった。

 

「揃っているようだな。では実行委員会議を始める」

 

室内が一瞬で静かになった。いや、凍り付いたというべきか。そうさせるほどの圧力をその女性は放っていた。

 

「私は2年C組の担任の木崎恵里香だ。同時に、この体育祭実行委員の監督役を務める」

 

木崎先生はそう言うと室内を見回した。目が合ったような気がしたが、たぶん、気のせいだろう。

 

「が、私はあくまで監督役だ。実行委員長が決まった後は、その生徒の力量に任せる。それがこの体育祭実行委員会の方針だ。」

 

本当に実力至上主義だな……まあ俺は目的を果たせれば委員長なんてどうでもいいが。

 

「そしてこの体育祭は一年生にとっては初の大きな行事だ。例年、実力を測るため一年生に委員長、副委員長をやってもらっている。もちろん、特別点も与えられる。特に委員長は他の者より良い待遇になる」

 

一年生がざわつく。そりゃそうだ。

 

「では実行委員長をやりたい者はいるか?」

 

すると一人の女子が手を挙げた。見たことがないので他クラスのやつだな。

 

「発言を許可しよう」

 

木崎先生がそう言うとその女子は話し始めた。

 

「一年D組の井川です。立候補ではないんですが、私はやっぱり実行委員長をやるからには頭の回転もよく、人気のある人がいいと思います。なので、沢渡さんにお願いしたいです」 

 

井川はそう言って席に座った。てか、立候補を募ってるのに推薦とかありなのか。だが、他に手を挙げようとするものはいない。

 

「沢渡、そう言われているがお前はどうだ?」

 

見かねた先生がひなに問う。ひなは一瞬、俺のほうを見てから、

 

「分かりました。やります」

 

と返事した。

 

 

 

「そ、それじゃあ副委員長を決めたいと思います。立候補はありますか?」

 

 ひなを委員長に据え、会議が本格的にスタートした。木崎先生は宣言通り何も言わず、後ろのほうで笑みを浮かべながら本を読んでいた。ブックカバーがされているが、いやいや……まさかね?

さて、副委員長だったか? 委員長決めのことを考えると立候補は出ないだろうな……。

 

「僕やります」

 

と思っていた時期が(以下略)。井川の隣の男子が手を挙げた。おいおい、またそういうことなのか?

 

「ありがとう!えっと、組と名前をお願いします!」

 

「一年D組、泉 忠則です。D組では委員長を務めています」

 

泉と名乗った男子はすらすらと名乗った。見た感じひなを狙っていた池内達とは違う感じがするが……。

 

「おいおいマジかよ……泉って入学試験で渋谷と僅差で3位だったあの泉かよ……」

「一年トップの沢渡と3位の泉……秀才二人が重役とかもうこれやべえな」

 

俺の後ろに座っていたおそらく上級生と思われる男子が、そんなことを言っていた。泉にも、その言葉が聞こえたのか、3位と言う言葉にムッとしていた。……なるほど、エリート意識が強いタイプらしいな。

 

「それじゃあ、泉君に任せてもいいでしょうか?」

 

拍手が起こる。それはつまり承認ということだろう。

 

「それじゃあ、次の話に移ります。まずは……」

 

 

 ひなの進行は見事だった。最初は戸惑っていたが、会議中盤からは迷いなくみんなをまとめていた。亜季斗と同じくらいひなのリーダーシップは自慢してもいいほどだろう。本人は自慢なんてしないだろうが。今日決まったこととしては、各学年の大まかな仕事割、スローガンと種目のアンケート制作が主だろうか。しかし、今日の事は俺にとっては誤算でもあった。ひなが委員長をやる以上、ヒラの委員の俺と関わる時間は減るだろう。そうなると俺の目的である誤解の完全解消は難しくなる。かといって副委員長なんてポストに就くほどの器量も俺には無い。まあ、なんとかするしかないな……。

 

 

翌日、五時間目の体育の前に更衣室で着替えていると、

 

「おーっす望月!」

 

と聞きなれない声がした。振り向くとそこには見覚えのある生徒が立っていた。確か……、

 

「山内……じゃなくて池内か。何か用か?」

 

普通に間違ってしまった。今まで話したこともないし、しょうがない。向こうは俺の名前を覚えてたけど。

 

「お前今間違えたたな!?全く失礼なやつだなー」

 

しかし池内は怒っているようには見えない。それどころがなぜかニヤニヤしている。

 

「昨日はどうだったんだよ?」

「どうって?」

「誤魔化すなよ~沢渡さんと委員会で仲睦まじくしてたって、A組のやつから聞いたぜ?」

 

何だそれ。昨日は会議中全く発言しなかったんだが。……ああ、会議前に話してたからかな。それにしても男子高校生ってその手の話題ホント好きだよなー。

 

「別に普通だ。仲睦まじくはしてないぞ」

「ヘー。てかさ、お前って沢渡さんの事どう思ってんだよ?」

 

気付くと池内の表情からはニヤニヤが消えていた。なるほどこれはつまり牽制か。友好的に接して話しやすくした後で俺の気持ちを確認ってわけか。

 

「普通に友達だな。それ以上でもそれ以下でもない」

 

まあ、正直に言っておこう。

 

「ホントか?」

 

池内は真顔で念を押してきた。

 

「ああ」

「ほっ。そうか!それはそれは!いやー変なこと聞いて悪かったな!お礼に何か情報やるよ。何か言ってみ?俺これでも情報通なんだぜ?」

 

それは知らなかった。というか池内を知らなかった。まあ適当になんか聞けば満足してくれるだろう。

 

「D組の井川って知ってるか?」

「え?誰それ?」

 

おい、情報通じゃねーのかよ。

 

「じゃあ泉って知ってるか?」

「ああ泉なら知ってるぜ! D組の委員長で入試成績3位のあのイケメンだろ?なんだよ、恋敵か?」

 

その情報全部知ってるんだけど……。

と思っていると思わぬほうから声がした。

 

「泉だろ?アイツ、うちの部でもうレギュラー取りやがってよ!ほんとムカつくぜ!」

 

声の主は委員決めの時に池内と一緒に発言していた……確か……野球部期待の新人とか言ってたな。

 

「マジかよ!なんだよ、頭も良くてイケメンでその上スポーツも出来るって!本当にむかつくな!」

 

池内は激しく怒りを募らせているようだった。

 

 

 ……文武両道とはすげーな泉。俺が実際に見た印象も、まさにエリートって感じだったし、ああいうやつがモテるんだろうなぁ。……ってかそんな奴なら真っ先に実行委員長に立候補しそうなものだが。まぁ、どうやらひなは同学年の界隈では成績優秀で有名らしいし、泉もひなの顔を立てたのかもしれんな。彼にも色々な事情があるのだろう。

 

 

 

「そろそろ体育始まるぞー」

 

そう呼ばれて俺は更衣室を出た。

 




次回予告

木崎「いよいよ始まった体育祭準備。はたして武哉は目的を達成できるのか?ひなは委員長をやり遂げられるのか?そんな中、とある出来ごとによって不穏な空気が流れ始める。
はたして体育祭はどうなるのだろうか。次回『異変』。お楽しみに」

武哉「さて、次回予告だな……ってあれ?なんでもう終わってんの?どういうことだよ!責任者出てこい!」

木崎「言い忘れていたが私はこうみえてもナレーション有段者だ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8. 異変

今回から少し書き方を変えてみました。読みやすくなっていたら良いのですが…。


 そして次の会議がやってきた。今回の議題はこないだのアンケートの集計と種目決めについてだろうか。まあヒラが気にすることでもないか。

 

「泉君遅いねー」

 

 前の席の女子たちがそんなことを言っていた。泉って人気高いみたいだな……別に羨ましがってたりはしないが。絶対に。いや本当にマジで。本気と書いてマジだから。

しばらくすると木崎先生が入ってきた。おい、泉完全に遅刻じゃねーか。

 

「連絡事項が一点。泉は肺炎でしばらく休むようだ。以上」

 

 以上って。おいマジか。真実とかいてマジか。

室内がざわめく。それはそうだ。秀才で人気も高い副委員長が長期欠席なんて非常事態だ。しかし、木崎先生は前回同様後ろで本を読み始めた。

 

「新しい副委員長を立てたほうが良いんじゃないか?」

 

上級生が発言する。そりゃそうだな。至極真っ当な意見だ。

 

「でもさあ、せっかくやるって言ってくれたのにそれって泉君に悪くない? それに誰か泉君の代役できるの?」

 

 井川か。確かに、学年3位で人気もある泉の代役、しかも学年1位のひなの補佐。かなりのプレッシャーだ。俺がやってもよかったのだが、この状況で大した実績の無い俺が出ても却下されるだろう。

 

「だ、大丈夫!あたしが頑張りますから!泉くんがいつ戻ってきてもいいようにやりましょう!」

 

ひなのこんな大きな声は初めて聞いたかもしれない。

 

「流石、沢渡委員長!すごい責任感!頼りになるなあ……憧れちゃうなあ!」

 

井川はとても嬉しそうだ。泉人気もさることながら、ひなの人気も大したものだ。学力が物を言うってのはどこの世界も同じなんだな。

 

「それじゃあ会議を始めます!今日は最初にスローガンを決定して、その後、種目アンケートの集計をします。」

 

そんなこんなでアンケートで出されたスローガン候補が黒板に書き出されていく。

 

 『文武両道! 受け継ぎし体育祭!』

いや、固すぎるだろ・・言いたいことは分かるけどさ…。

 

 『天元突破! 終末の体育祭(ラグナロク)』

いてててててててて。書きそうな奴に心当たりがあるのが情けない…。

 

 『リア充爆発! 俺たちの体育祭!』

おいおい随分と過激だな・・・でも少し良いかも…

 

 『リア充抹殺! 血塗られた体育祭! M月コロス』

怖っ! 過激すぎ! てかM月って俺か!? もうちょっと穏やかに行こうよ…。

 

 『みんな集まれ! フレンズたちの体育祭だにゃん♡』

穏やか過ぎるわ! 脳みそ溶けかけてんじゃねえか! けもフレに謝れ!

 

・・・・・・・・・・。

 

その後も良さげな物からネジ一つ抜けたような物まで20個のスローガンが出てきた。てか、ネジ一つ抜けたのが半数占めてるんだが…何だこれ、本当に進学校かよ。

 

「なんか、今一つパっとしないのばっかりじゃない?」

 

何言ってんだ井川、全部個性的だろ、主張が強すぎて使えないのばっかりだけどさ!

 

「そうだね…ちょっとまとめるのが大変かも…」

 

ひなも困惑している。

 

「もう私たちで一から作っちゃった方が良くない?」

 

それにしても井川はよく発言するな…同じクラスの泉が出られないからってことだろうか。

 

「それは時間もかかるし厳しいんじゃないのか?」

 

後ろの上級生がそう発言したが、

 

「でも、この中から選ぶのもねぇ?それとも何かアイデアありますか?」

 

井川がそう言うと上級生は黙ってしまった。井川の圧力パねえ。

 

「そ、それじゃあ、井川さんの言う通りに、みんなで考えましょう!」

 

 空気が悪くなっているのを察したのか、ひなはまた大きな声でそう言った。

みんなで一から考えるのは効率が悪いとは思うが、それを言ってしまうとせっかくひなが立て直した空気を壊すことになる。俺は黙って見ていることにした。

 

 

 

そんなこんなでなんとかスローガンが決まった。かなり難航したな。一時間は経ったか。

 

「それじゃあ次は種目アンケートの集計を…」

 

 ひながそう切り出そうとするとチャイムが鳴ってしまった。それは委員会の終了を示すものだった。

だが、スケジュール的にアンケート集計を次回に回すわけにもいかない。

 

「アンケート集計はあたしがやっておきますから、今日は終わりにしましょう!」

 

 責任を感じたのかひなはすべてを引き受けるつもりらしい。

委員会の面々はホっとしたような顔をして、「沢渡さんありがとう」とか「無理しないでね」などと言っていた。まあ多分そんなことは1ミリも思ってない奴が大半だろうけどな。

 

 

 外の自販で飲み物を買った俺はコンピューター室へ向かった。

中に入ると目的の人物を見つける。だが向こうは作業に集中していてこちらに気づかない。なので自販で買ったコーヒーの缶を頬に付けてやった。

 

「ふぇ!?何!?」

 

ひなは想像通りのリアクションをしてくれた。

 

「も、望月君!?帰ったんじゃないの?」

「流石に全校生徒分のアンケートを一人に任せて帰るわけにはいかないだろ。ほら、コーヒー飲みな。」

 

そう言ってひなにコーヒーを差し出す。

 

「ありがとう。いくらだった?」

「一生懸命働いてる委員長様から金は取れねえよ。ほら、さっさと終わらせるぞ。」

 

 そう言ってコーヒーを強引に渡し隣の席に座る。ひなからアンケート用紙を半分くらい受け取って俺は作業を始めた。

種目アンケートはリレーや100メートル走などの定番ものから玉入れや大玉転がしなどの準備に手間のかかる種目計70種類から全校生徒に一人五種目ずつ選んでもらい上位15種目を体育祭での種目とするようになっている。つまり普通なら二人でやる作業じゃない。

まあ、しかし、やらなくてはいけない。仕事とは辞めることはあっても終わることはないと誰かが言っていたがまさにその通りだ。なんて考えながら作業を進める。なんだよ、やけにバラけてるな…めんどくせえ。

 

「ねえ、望月君」

 

その声で作業から引き戻された。

 

「なんだ?」

「手伝ってくれてありがとね。やっぱり望月君って優しいね」

 

ひなのその言葉は嘘偽りのない感謝の気持ちだった。そんな純粋な気持ちを伝えられたのはすごく久しぶりな気がする。

 

「気にするな。どうせほっといたらもっとたくさん仕事しなきゃいけなくなるしな」

「またそうやってひねくれたこと言う…。えへへ…」

 

ひなは心から嬉しそうだ。

 

「ほら、さっさと作業に戻るぞ」

 

 そう言って俺は作業に意識を戻した。

それから数時間。ついに学校が閉まる時間になってしまった。作業はまだ半分しか終わっていない。

 

「ありがとう望月君。後は家でやるから」

「いや、それは無理だろ…二人でやってこの進み具合だぞ…」

「大丈夫!望月君のおかげで半分終わってるし!その気持ちだけで十分だよ!」

 

うちにパソコンが無いのが悔やまれるな…今度買おう。

そうして俺たちは帰宅した。

 




次回予告

武哉「実行委員の仕事って大変なんだな」

ひな「確かに。なんだか思ってたよりしんどいよね」

武哉「作者は中学、高校とぼっちだったから、リアルな委員会活動を全く知らないらしいぞ」

ひな「そ、そうなんだ・・・。でも小説だから少しくらいおかしくても大丈夫だよ!」

武哉「フォローになってないぞ・・・」

ひな「う・・・。じ、次回!『依頼』!」

武哉「お楽しみに」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9. 依頼

今回は、少し『よう実』のパロ要素多めです(笑)


 翌日、ひなは欠席した。どうやら風邪を引いてしまったようだ。当然だが、会議も欠席である。委員長と副委員長が欠席ということで今日の会議は中止になった。

なので、俺は真っすぐ帰宅することにした。はずだった……。

 

「望月。話がある」

 

玄関で木崎先生に呼び止められてしまった。

 

「何ですか。俺、今日は見たいテレビがあるんですけど」

「そんなものは後で動画サイトで見ろ。いいからついてこい」

 

抵抗もむなしく俺は従うことになってしまった。

 

 

 

連れてこられたのは屋上だった。この学校の屋上は日当たりが悪く昼休みにいちゃつくカップルも一人飯のぼっちも寄り付かないらしい。(亜季斗談)

 

「何の用ですか?」

「藤堂からお前の噂は聞いているぞ」

 

おい、会話しろよ。なんだこいつデュエリストかよ。話って? ああ!

 

「ロクな噂じゃなさそうですね。どんなこと言ってました?」

「かなり有能だと言っていたぞ」

 

なんじゃそりゃ。

 

「俺は平凡な生徒ですし、藤堂先生の前でも特に変わったことはしてないですよ?」

「あいついわく、教師の勘。らしい」

 

何だそれ、あの先生の勘なんて胡散くさすぎるだろ。教室で官能小説読む先生だぞ…

 

「私は藤堂と長い付き合いだが、あいつの勘が外れたことは無い」

 

さいで。もう面倒だからそういうことにしておこう。

 

「本題に移ろう、お前も既に気づいているのだろう?」

「先生が美人だってことですか」

「言い忘れていたが私はこれでも空手の有段者だ」

 

怖っ! 脅し方露骨すぎるだろ!

 

「……実行委員の仕事が露骨に偏っている。しかも作為的に」

「その通りだ。流石、良い目をしているな」

「まさか、俺にそれを何とかしろって言うんじゃないでしょうね?」

「よく分かってるじゃないか」

 

おいおいマジかよ。真剣と書いてマジかよ。いや、それはガチだな。

 

「俺にメリットがありませんね。言っておきますが、俺は特別点やそれ関連のものには興味ありませんよ」

 

すると木崎先生は笑みを浮かべ、

 

「メリットは無い。だがこのままでは沢渡ひなは壊れるぞ。それはお前にとってデメリットではないのか?」

 

と言い放った。

俺は返答に詰まる。

 

「言い忘れていたが私はこれでも柔道の有段者だ」

 

追い打ち怖すぎだろ

 

「……わかりましたよ。あまり期待はしないでくださいね」

 

そう答えるしかないだろう。最悪、この場で技をかけられる可能性もあったし。

 

「ところで先生」

「なんだ?」

「今の光景、全部あの監視カメラに映ってるんじゃないですか?」

 

俺は屋上のドアの上を指さす。そこには監視カメラがあった。

 

「残念だが、その監視カメラは作動していない。人員不足で管理する者がいないのでな」

 

ちくせう……。

 

「じゃあ、カメラが壊れてたりするわけではないんですね?」

「そうだな。もっとも、無駄に高性能でお前には操作できんだろうがな」

 

さっき俺の事、有能とか言ってなかった?

 

「じゃあ用が終わったなら帰りますよ」

「それにしてもお前は変わっているな。普通なら特別点を要求されても文句は言えないほどの依頼なのだがな」

 

だから会話しろって…

 

「会議中にニヤニヤしながら官能小説を読んでる人ほど変わってませんよ。俺は」

 

そう言って俺は屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 そして数日後、ひなは学校に来た。風邪は完治していないようだが、会議にも参加している。だが、明らかにおかしい。きちんと割り振った仕事は遅れているし、何より、士気が下がっている。井川が発言したりすることでなんとか保たれている、といったところだろうか。

 

 

「はあ…だるい…」

 

 そう言いながら、俺は目の前に積まれた資料の内容をパソコンに打ち込んでいる。コンピューター室はエアコンも付いており、かなり良い環境ではある。

だが、環境が良いのと仕事の量は無関係だ。何故、俺がこんなに仕事しているかと言うと、俺とひなが同じクラスで仲が良いという建前で、ひなに流れてくるはずの仕事を押し付けられているからだ。だが、別に俺は仕事ができるわけでもパソコンが得意なわけでもない。そのため、まだ全体の半分も終わっていなかった。

 

「あれ、望月じゃん」

 

名前を呼ばれたので振り向くと、そこには分厚い本を持ったしおりがいた。

 

「何してんの?こんな時間まで」

「実行委員の仕事だ。お前は?」

「まあ…勉強」

 

そのための本ってわけね。何の本かは知らんけど。

 

「さいで。……くそ、このファイル開かねえな…」

 

何をやっても開かない。これは詰んだか? まだ半分もやってないんだけどな…。

 

「どれ?見せてみなさいよ」

 

そういってしおりは俺を押しのけパソコンを触りだした。

 

「あーこれね。これはこうしてっと……はい、開いたわよ」

 

画面を見るとファイルの中身が表示されていた。なにこれ怖い。

 

「すげえなしおり。お前パソコン得意なのか?」

「まあ一応ね。今日もその勉強に来たわけだし」

 

そう言って俺に本の表紙を見せる。『プログラミング応用論  テンペスト攻撃について』と書かれていた。なるほど、解らん。

 

「ひょっとしてハッキングとかもできちゃうのか?」

 

冗談半分で聞いてみるとしおりは真面目な顔で、

 

「ある程度ならね」

 

と言ってきた。すごいな、異世界の進学校……。

 

「それ、手伝おうか?」

 

しおりは俺の前の資料を指さした。

 

「いや、でもお前勉強しに来たんだろ?悪いよ」

「別にいいって。見た感じ、捗ってないみたいだし」

 

そこを突かれると痛いな…俺は素直に助けてもらうことにした。

 

 

速い。それにしても速い。何が速いってしおりの作業が。

もう半分も終わっている。もう、こいつが実行委員で良くね?

 

「てか、上級生は何してんのよ。こういうときこそ腕の見せ所なんじゃないの?」

 

作業をしながらしおりは問いかけてきた。

 

「上級生は動かないだろうな」

「どういうこと?」

 

しおりは作業を止め、俺の方を向いた。

 

「考えられる理由は二つ。一つは上級生も一年生の実力を測っている可能性。もう一つは発言力の無い上級生が集められている可能性。どちらかだろう」

「一つ目は分かるけど、もう一つはどういうこと?」

 

しおりは首をかしげる。

 

「体育祭実行委員は例年、一年生の実力を測るために開かれる。つまり裏を返せば二、三年生の実力を測る場ではないってことだ」

 

しおりはまだ分からないようなので説明を続ける。

 

「つまり、上級生の委員はクラスでも成績の低い2名が選ばれるってことだ」

 

実際、上級生たちの働きはとても進学校のエリートのものには見えないし、彼らからは負の感情が読み取れた。

 

「あんた本当に鋭いわね…本当に何者よ…」

 

しおりは目を丸くしている。

 

「話は変わるが、亜季斗って他のクラスでも有名だったりするか?」

「何よ、突然。まあ委員長は有名だと思う。良くも悪くも。クラスで目立つ人は大体、外でも目立ってるかな。」

「そうか……おっと喋りすぎたな」

 

作業再開。

 

 

 

 

 

30分後。作業は全て終わった。

 

「おお…すげえ…」

「大げさね、私にかかればこんなものよ」

 

しおりは得意気だ。そりゃあもう凄い働きだったからな。

 

「じゃあ私は行くね。そろそろバイトだから」

 

そういってしおりは荷物を片付ける。

 

「なあ」

「何?」

「何で手伝ってくれたんだ?」

 

そう聞くとしおりは笑顔で、

 

「友達だからに決まってるじゃん」

 

と言った。その言葉に迷いは無かった。

 

「また力を借りるかもしれん。そのときはよろしく頼む」

「はいはい。」

 

しおりはそう言ってバイトへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9.5 ――だからこそ、望月武哉は考える――

 

 

 

「ピースは揃ったな」

 

 

 帰り道、そう言いながら俺は考えていた。

今持っているピースを繋ぎ合わせれば、体育祭実行委員を成功に導ける。

木崎先生からの依頼の解決も、俺の目標の達成も、ひなの救済もすべて片付くだろう。

だが、俺の中には一つの不安があった。

 

『また、失うんじゃないだろうか』

 

俺の行動によって救われる者は多いだろう。だが俺はまた、全てを失ってしまうのではないだろうか。あのときのように。

 

 

 

俺の動く理由はなんだ?

 

 

 

瑠璃は言った。ひなのために動くのは『友達だから』だと。

 

 

 

しおりは同じ理由で俺を助けてくれた。

 

 

 

木崎先生は、ひなが壊れるのは俺にとってデメリットではないかと言った。

 

 

 

では、俺は。

 

 

 

俺はどうするべきだ?

 

 

 

 

俺はどうしたい?

 

 

 

 

考えたのち、俺はある人物に電話をかけた。

 

 

 

 




次回予告

武哉「体育祭準備編もそろそろ終わりか―」

瑠璃「木崎先生の依頼とか、ひなの誤解とか何も解決してないように見えるけど、きっともっちーがなんとかするんだろうね♪」

武哉「それは解らんが、作者は準備編の後に本番編を予定しているらしいぞ」

瑠璃「体育祭引っ張るねー。もうネタ切れなのかな?」

武哉「作者の中では文化祭とかクリスマスも考えてるみたいだけどな」

瑠璃「それまで続くといいけどね」

武哉「次回『解決』」

瑠璃「お楽しみに♪」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10. 解決

今回は物語の一つの山場になっています。シリアスな描写は難しかったですが、書いていて楽しかったです。


 

 「先週言った通り、今日は月一の設備点検がある。午前で終わるが寄り道せずにさっさと帰れよ~。以上。」

 

翌日の帰りのホームルーム。体育祭までちょうど3週間を切った6月のある日。俺は落ち着かなかった。だが、決して迷ったり怖気づいているわけではない。はずだ。

 

「起立。礼」

 

日直のあいさつでホームルームは終わった。さてと…行くか。

 

「望月」

 

しおりに呼び止められた。

 

「その…まあ、しっかりね」

 

 そう言うとしおりは足早に教室を出て行った。

しっかり、ねえ…。まあ、しっかりしようがしまいが、誰かがやらなくてはいけないことだ。たまたまそれが俺だっただけなんだ。

 

「行くか」

 

俺は鞄を持ち、屋上へ向かった。

 

 

 

 

 設備点検のための午前授業なのでそんなに遅くまでは残れない。

時間との勝負だ。

そんなことを考えていると屋上のドアが開いた。

 

「泉…え?誰…?」

 

やってきた人物は俺を見てそう言った。俺が目的の相手ではないからだ。

 

「俺は一年B組、望月武哉。体育祭実行委員の一員で、沢渡ひなの友人だ。」

 

ひなの名前を聞いたとき、そいつの表情が歪んだのを俺は見逃さなかった。

 

「それで?あんたは何してるわけ?午前授業なんだからさっさと帰りなさいよ」

「それはお前もだろ。お前こそこんなところに何しに来たんだ?そんなに息を切らして。ひょっとして誰かと会う約束でもしてたのか?例えば泉とか」

「馬鹿馬鹿しい。私は帰るわ。」

 

彼女はドアに手をかける。

 

「いいのか?このまま帰ればお前は後悔することになるぞ?」

 

ドアノブにかけた手が止まる。

 

「どういうこと?」

「少し、俺の話を聞いていけ」

 

向こうは周りを見渡す。誰か隠れていないか確認しているのだろう。

 

「他には誰もいないぞ、ここには」

 

俺の言葉を信じたのか、それとも誰もいないことを確信したのか、彼女はこちらを見つめている。

 

「で、何?」

 

俺は大きく息を吸い込む。そして相手に聞き取れるようにゆっくり話し始めた。

 

「単刀直入に言う。お前が体育祭実行委員会に対して行っている妨害をやめろ」

「はあ?急に何の話?」

 

向こうは俺の言葉に対して意味が分からないという素振りだ。だが、さっさと帰らないのは俺の話を聞く気があるということだろう。

 

「最初におかしいと思ったのは、泉が副委員長に立候補したときだ。委員長決めのときは何も発言しなかったあいつが、副委員長のときは問いかけのすぐ後に手を挙げた。まるで最初から副委員長をやるつもりだったように」

 

「だからっ、何言って……」

 

「委員会活動は働きに応じて特別点が貰える。特に委員長は他より多く、副委員長はヒラの委員と同じ査定だ。学年でトップクラスの成績でクラス委員長、それでいてエリート意識の高い泉が、それでも尚、副委員長にこだわるのは不自然だ。しかも、その後すぐに肺炎になるってのもおかしな話だ」

 

「次に、アンケート。スローガンのアンケートは明らかに採用されないような案ばかりだったし、種目アンケートはやけに回答がバラけていた。集計が大変だったよ。そして何より、それらのほとんどが一年D組から提出されたアンケートだった。まるで、意図的に差し替えられたように」

 

だが、それでも彼女は表情を崩さない。

 

「そして最後に、井川だ。ひなを委員長に推薦したのはあいつだし、その後も真面目に意見を出しているようで、その実、会議の進行を遅らせていた。もっとも疑問だったのはそこまで発言力のある井川が他クラスの生徒には全く知られていないこと。そこから考えられるのは、井川が体育祭実行委員に入ってから、あのキャラを演じているということだ。よくもまあD組は非協力的なことで」

 

「そんなことがあったんだ。でも何のためにそんなことしたんだろうね」

 

あくまで知らないフリか…。

 

「今回の妨害の意味は、3つある。一つ目は沢渡ひなの信頼を下げること。学年トップクラスの人間が委員長をやれば期待も大きいだろう。だが同時に、失敗したときの失望も大きい。」

 

「二つ目は過剰な量の仕事で沢渡ひなのコンディションを崩すこと。現にひなは風邪を引いて、今も完治していない。」

 

「三つ目は沢渡ひなの心を不安定にすること。言っちゃ悪いがあいつはかなり純粋でかつ豆腐メンタルだ。みんなの足を引っ張るのはかなりの苦痛だろうよ。」

 

「それで?結局、目的が分からないんだけど?」

 

「一学期中盤の行事で学年1位の人物を妨害する目的はただ一つ。期末テストでひなを追い抜き、学年一位になるためだ。」

 

彼女の表情がまた歪んだ。

 

「テストの妨害、泉や井川の不自然な行動、D組のアンケートのすり替え……ここまでくればお前に辿り着くのは難しくない。そうだろう?」

 

俺は再び息を大きく吸い、静かに彼女の名前を呼ぶ。

 

「渋谷ミサ」

 

―――――――――――――――――

 

 

渋谷ミサはものすごく動揺しているようだ。余裕の表情は完全に崩れている。

 

「でも、あんたの言う目的なら2位以下の人なら誰が犯人でもおかしくないじゃない」 

 

それでもなお平静を装っている。

 

「良く考えてみろ。例えば学年10位の奴が1位を目指すには標的は9位より上の人間全員だ。ひな一人を狙ってもお前や泉がいる。つまり、1位のみを標的にするのは2位の人間しかいない。」

 

「でも、それってあんたの想像じゃないの?」

 

おお、予想通りの言葉だな。なんて考えながら俺は鞄から先日購入したノートパソコンを取り出す。

 

「これを見ろ」

 

映し出された映像には泉と渋谷が映っていた。

 

 

 

『そういうわけで、あんたが副委員長になってすぐに長期欠席、あいつに頼んで委員会の進行を遅らせる。いいわね?』

 

『了解した、任せておけ』

 

『これで沢渡ひなもお終いね』

 

『だが、テストでは俺が勝っても文句は言うなよ?』

 

『分かってるわよ』

 

 

 

渋谷は顔を真っ青にしている。

 

「そんな…なんで?」

 

「監視カメラの映像だ。ドアの上にあるだろ?」

 

 そう、この監視カメラは作動していないと木崎先生は言っていた。だが、壊れてはいない。ならば設備点検で動作確認しないはずがない。そして、設備点検は4月から毎月行われている。つまり、先月も。渋谷たちは午前授業で誰もいないと思いここで作戦を確認していたのだ。

 

だからこそ俺はしおりに頼んでカメラのシステムをハッキングし、映像を入手した。そして泉のケータイもハッキングし、渋谷を呼び出した。

 

「今もあのカメラは作動している。この会話もばっちり録画されているだろうな」

「そんな…嘘だ…」

「お前が妨害をやめ、体育祭が成功すればこのデータはパソコンから消してやるよ。だが、そうしなければ映像を学校中に拡散する」

 

我ながらとんでもないことやってるな…脅迫だろこれ。

 

「何でこんなことしたんだ?危ない橋を渡るより正攻法で1位を目指せばよかったじゃないか」

 

我ながらよくこんな思ってもいないことを言えたもんだな。

 

「――――――」

「――――――――」

 

静寂を破るように、渋谷は静かに言葉を紡ぎ始めた。

 

「全部…全部あの女が悪いのよ……入試全教科満点で余裕で合格して…私なんて、友達と遊んだりせずに頑張って勉強してるのに!なのにあいつの目には、私も泉も映ってない!」

 

学年1位のひなは凄い人なのだろう。だが、2位だって凄いことだ。それでも、圧倒的な差は努力では埋められないこともある。その葛藤が今回の妨害の動機なのだろう。

 

『下校時間です。生徒の皆さんは帰宅してください。繰り返します。下校時間です。生徒の皆さんは……』

 

ふう、なんとか時間内に終わったな…。

俺はパソコンを片づけ、立ち去ろうとした、

 

「何で…部外者のくせに邪魔すんのよ…」

 

渋谷は俯いたまま俺に怒りをぶつけてきた。

 

「ひなは友達だからな。友達を助けるのは当たり前のことだろ」

 

そう言って俺は屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育祭まで残り4日。泉も復帰し、体育祭実行委員は体育祭の準備を完全に終え、本番を待つのみになった。ひなの体調も回復し、全てが上手く回っている。俺はと言うと、普通に実行委員の仕事をして、普通に帰って、普通に寝る。とにかく普通の日々を送っていた。

 

「それじゃあホームルームは終わりだ、気をつけて帰れよ~」

 

今日の授業も終わり、帰ろうとしていると、

 

「望月、ちょっと来ーい」

 

藤堂先生に呼び止められた。

 

「何ですか、俺今日は見たいテレビがあるんですけど」

「んなもん後で動画サイトで見ろ。それより、実行委員はどうだったよ?」

 

この野郎、白々しいな…。

 

「誰かさんの差し金でとんでもなく面倒でしたよ」

「誰だよそいつは、俺が今度殴っておいてやろうか?」

 

もうほっといて帰ろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

下駄箱の前で、目的の人物の姿を確認した。

 

「呼び出して悪かったな」

「ほんとにね。いったい何の用?」

「結局お前の行動の理由だけ解らなかったんだよ、井川」

「なるほどね。渋谷の計画を看破したのは君だったってわけだ」

 

そう、俺には井川がキャラを作ってまで渋谷に加担した理由がどうしても分からなかった。だからこそ、彼女に確認しようと思ったのだ。

 

「望月君は、口は堅いかの?」

 

急に井川の口調が変わった。どういうことだろう。

 

「まあ、おしゃべりではないな」

 

慎重に言葉を返す。

……すると、彼女はまるで“別人 “のようにしゃべり始めた。

 

「うちはな、何でも屋なんじゃ。生徒の依頼を実行し、報酬を得るためなら喋り方も性格も変えてしまうんじゃ。」

 

まじかよ…高校生でそんなことする奴がいるなんて全く思ってなかった。

ってか語尾が「じゃ」って。

 

「今のお前が本当のお前ってことか?」

「さあな。いろんなキャラをやってきたから、どれが本当の自分かなんて覚えてないのじゃ。」

「気味の悪い奴だなあ」

「おぬしも似たようなものだと思うがな」

「何のことだかさっぱりだ」

 

こいつ、瑠璃に負けず劣らずの分析力だな…。

 

「まあ、縁があればまた会うこともあるじゃろう。それじゃあの」

 

そう言って井川は去っていった。

 

 

 

 

帰り道。久しぶりにひなとの下校だ。

 

「望月君、ありがとね」

 

ずっと黙っていたひなが急に話しかけてきた。

 

「何のことだ?」

「木崎先生が教えてくれたの。望月君が助けてくれたって」

 

あの冷徹教師め…。

だが、ひなの表情からして渋谷のことは聞いていないようだ。

そう思ったが、ひなの言葉から疑念は無くなっていた。俺の目的が達成されたということだろう。

 

「なんで助けてくれたの?」

「………」

 

俺は沈黙してしまった。

 

「や、やっぱりいいや!また今度聞くから!」

 

ひなは何か勘違いしたのか顔を赤くして黙ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10,5. ――再び、望月武哉は考える――

 

 

 

なぜ俺は沈黙した?

 

 

 

なぜあのとき言えたことが今言えなかったんだ?

 

 

 

『友達だから』じゃなかったのか?

 

 

 

果たして、俺が失うリスクを負ってまで動いた本当の理由はなんだったのだろうか。

 

 

 




次回予告

しおり「体育祭準備編完結!イエーイ!」

武哉「しおりも後半、大活躍だったな」

しおり「赤坂って名字のキャラは基本天才プログラマーなのよ!どう?恐れ入ったか!」

武哉「次回、『練習』」

しおり「ちょっと!次回予告での私の扱い雑すぎない!?あんなに活躍したのに!」

武哉「お楽しみに」

しおり「聞けええええええ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育祭準備編(舞台裏) 
11. 練習


準備編の裏話って感じです。本編に関わるエピソードも入っています。


 

 

 

時は体育祭実行委員が決まった日(6.兆し)まで遡る…。

 

 

 

 朝の6時。目覚ましの音で、あたし、沢渡ひなの一日は始まる。でも正直、今日は始まってほしくなかった。いつもなら彼と登校することを心の底から楽しみにしているのに、今日は彼に会うのが怖い。

そう思いながらも顔を洗ってシャワーを浴び、髪を乾かし、ご飯を食べて歯を磨き、制服に着替えて家を出た。彼とはいつもマンションの一階のロビーで待ち合わせているから、今日もそこで待つことにした。でも、彼は来るだろうか。あたしが会うのを怖がっているように、彼も私に会うのは気まずいかもしれない。

 

「あー眠い…」

 

エレベーターの方から聞こえた声にあたしの心臓は跳ね上がる。彼だ。

 

「お、おはよう…」

 

勇気を振り絞りあいさつする。

あたしがいたことに驚いたのか、普段あまり感情を表さない彼が珍しく驚いた表情をしていた。

 

「おはよ」

 

そう言って彼、望月武哉君はロビーから出ていく。

あたしは急いで彼の後を追った。

 

 望月君と初めて会ったのは入学式の日。欠席した彼の様子を見てくるように担任の藤堂先生に言われたのがきっかけだった。彼はなんと入学式を忘れていたらしく、あたしは大笑いしてしまった。そして、中雲区に引っ越してきたばかりで周辺の地理が解らない彼と一緒に登校することになった。

 当然周囲の人たちにあらぬ噂や冷やかしをうけて、あたしはものすごく恥ずかしかった。でも、望月君は全く動じていなかった。それを見て、あたしは彼に興味を持った。

 そして、マンションの部屋が隣という理由であたしたちは下校も一緒だった。

友人の高松瑠璃ちゃんとお喋りしたことや、図書館で見つけた本のことを話をしたり、一緒にスーパーで買い物して荷物を持ってもらったりもした。望月君は笑いこそしなかったが、あたしが話しやすいように相槌を打ってくれた。あたしはいつしかそんな彼に好意を抱いていた。

 

 でも、こないだの土曜日。彼が友人の赤坂しおりちゃんと飲食店にいるのを見てしまった。それが、あたしが彼に会うのが怖いと思った理由だった。

そう思いながら歩いていると、望月君が口を開いた。

 

「土曜のことだが、俺としおりはお前の思っているような関係じゃない。席は外していたが亜季斗もいたしな」

 

それは土曜のことの説明だった。あたしは安堵した。良かった。

 

 

 

でも、なぜかあたしの心は完全に晴れてはいなかった。

 

 

 

 そして、その日の一時間目、クラスでの話し合いの結果、あたしと望月君は体育祭実行委員会に所属することになった。

その日の3時間目は体育だった。

 

「あー、今日から体育祭のための練習を始める。最初に説明しておくが、体育祭では全校で優秀な成績を収めた者には学校側の判断で特別点が与えられる。また、体育祭はクラス対抗で行われる。上位三つのクラスの中から優秀な成績を収めた者を一人ずつ選び、その生徒にも特別点が与えられる。というわけでしっかり練習して臨んでくれ。以上!」

 

 体育の武藤先生の説明の後、練習が始まった。

練習と言っても、実行委員会が始まっていない今の状況では種目は決まっていない。

なので、今日はおおまかな体力測定をすることになっている。

 

「次の組、準備しろー」

 

まずは百メートル走。体育祭では定番の競技。

笛が鳴り、あたしたちの組がスタートした。

自慢ではないが、あたしは成績が良いほうだ。主要五科目はどれも面白いので、勉強は苦じゃないし、美術や音楽も練習すれば成果が出るから成績評価は高かった。

ただ、体育は別だった。生まれつき運動音痴なあたしは、どれだけ練習しても成果が出ない。だから体育は苦手意識が強かった。

 

 

 息を切らしながら、あたしはゴールした。タイムは19秒46。かなり遅いほうだ。

次の組を見てみると、瑠璃ちゃんの姿があった。瑠璃ちゃんは小学校のときから陸上をやっているため、凄く足が速い。あたしとは雲泥の差だ。

しばらくして、ゴールした瑠璃ちゃんがこっちへ歩いてきた。

 

「お疲れ、瑠璃ちゃん。やっぱり速いね!」

「いやーでも自己ベスト更新はできなかったよ。残念残念♪」

 

 走り終わった後でこんなに元気に喋れるのは、やっぱり凄いと思う。

あたしたちはグラウンドの端のベンチに座った。ふと、長距離走の練習をしている男子のほうを見ると、走っている望月君の姿があった。見たところ、彼は速くも遅くもない。平均的な走りだと思う。平均でもあたしよりずっと上なんだよなあ…。

 

「ひなってば、そんなにもっちーを見つめちゃって、相変わらず妬けちゃうなあ♪」

「るるる瑠璃ちゃん!?ち、違うよ?別に望月君を見てたわけじゃなくて…」

 

長い付き合いの瑠璃ちゃんにはあたしの気持ちは筒抜けで、昔からこんな風にからかわれていた。でも、不思議とあたしは嫌じゃなかった。

 

「動揺しちゃって、可愛いなあ♪」

「も、もう!からかわないでよ!」

 

ところが瑠璃ちゃんは急に真剣な表情になった。

 

「土曜日のこと、どうだった?」

 

あたしはまた、モヤっとするのを感じた。でも、相談に乗ってくれた瑠璃ちゃんには事実を伝えるべきだと思い、

 

「あたしの勘違いだったみたい」

 

と答えた。瑠璃ちゃんは一瞬間を開けた後、

 

「そう。ならよかったじゃん♪」

 

と言ってくれた。

 

「次―、女子は握力測定だぞー。並べー。」

「行こっか、瑠璃ちゃん」

 

体力測定の結果は散々だった。もう少し頑張ろう…。

 

 数日後。今日は五時間目に体育がある。お昼ご飯の後に体育なんて地獄だなあ…。

一時間目は藤堂先生の現代国語。藤堂先生って凄くいい加減に見えるけど授業は凄く分かりやすいんだよなあ。そういうところがあってなのか、藤堂先生は女子に人気がある。

 

「えー、つまりこの文章では主人公の葛藤が強く強調されており…って望月ィ!寝てんじゃねえぞコノヤロー!」

「ん…ああ、すみません。ちょっとごんぎつねの世界に行ってました」

「感動的な夢だなァおい!」

 

 別に現国だけじゃなく、望月君は授業中ぼーっとしたり寝てたりすることが多い。それを見ながら授業を受けるのがあたしの楽しみでもある。ただ、藤堂先生の授業は寝ていると必殺のサンダルが飛んでくることがあるともっぱらの噂で寝る人は望月君しかいない。

本当に肝が据わってるなあ…。

 

「キャー!また藤堂先生と望月君の熱い絡みが!やっぱり『たけ×ゆた』は至高ね!」

近くの子がそんなことを言っていた。確かに絡んでるけど、タケユタって何だろう?

 

「んじゃ、今日の授業はここまで。しっかり復習しとけよ~。あと、こないだの小テストの順位をクラスごとに掲示板に貼っておいた。つっても名前が出てるのは上位10人だけだけどな。」

「起立。礼」

 

授業が終わると瑠璃ちゃんが私の方に来た。

 

「ひな!テストの結果見に行こう!」

 

藤堂先生の授業は早めに終わることが多いので、時間はかなりある。あたしは見に行くことにした。

 

 

 

「やっぱりひなが一位かー!あたしは六位だったよー。って、ひな?どしたの?」

 

あたしが驚いたのは二位の欄だった。

 

 

二位  望月武哉  92点

 

 

「武哉あああああ!どういうことだ!なぜ授業で寝てばかりいるお前がこんなに高得点なのだあああああ!」

 

大きな声の主は城之内亜季斗君。うちのクラスの委員長で望月君とはマンガやアニメの趣味が合うらしく。仲が良い。

 

「いや、うるせえから。あと、肩ゆすんな。いい加減にしろ」

 

仲…良いよね?

 

「別に…小説を読むことが多いから国語は比較的得意ってだけだ。」

 

 それにしたって授業を聞いていないと解けないような問題も何個かあったはず。望月君って頭いいのかな? でも、こないだの数学の小テストの掲示には名前が無かったような…。

本人の言うように国語が得意ってだけなのかな? 今度、塾に誘ってみようかな?

そんなことを考えていたら休み時間も残り少なくなっていた。

 

「そろそろ戻ろうか」

「そうだね」

 

掲示板から立ち去るとき、掲示板を凝視している人がいるのが目に入った。

確かD組の渋谷さんと泉君だっけ。何をそんなに見ているんだろう?

 

 そして五時間目。今日の体育は男女混合二人三脚の練習だ。まだ種目は決定していないけど、この競技はなぜか毎年行われるらしい。

更衣室から出てグラウンドへ向かおうとすると、ちょうど望月君も更衣室から出てくるところだった。中では池内君が大きな声でなにか喋っているようだった。

 

「望月君!」

「ひなか。どうかしたか?」

 

望月君は相変わらず表情一つ変えずにこちらを向いた。

 

「グラウンドまで一緒にいこ。」

「わかった」

 

更衣室からグラウンドまでは少し遠い。なのであたしは望月君に話しかけることにした。

 

「体育祭の練習、本格的になってきたね。望月君は運動好き?」

「別に、普通だ。特に身体能力が高いわけじゃないからな。そういうひなは運動に苦手意識があるみたいだな」

 

その言葉にあたしはおどろいた。

 

「な、なんでわかったの!?」

「強いて言うなら表情だな。練習が本格的になってきたって言ったとき、嫌そうな顔してたからな」

「嘘!そんなに顔に出てた?」

「…さあな」

望月君は答えたくなさそうだった。なにか変なこと言ったかな?

 

グラウンドに武藤先生の姿はなく、なぜか藤堂先生がいた。

 

「あー、体育の武藤先生がぎっくり腰になったため、不本意ながら今日の練習は俺が監督する。まあ適当にやっといてくれ」

武藤先生大丈夫かな? と思っているのはあたしだけのようで他の人たちはすでに準備運動を始めていた。

 

 

まずはペアを組むことになった。

 

「「「「「さささ沢渡さん!俺と組んでください!!」」」」」

 

なぜかあたしの周りに男子が押し寄せてきた。ど、どうしよう。

 

「あんたたち、やめなさいよ。ひなが困ってんじゃん」

 

しおりちゃんが助け舟を出してくれた。

 

「なんだよ赤坂!邪魔すんなよ!」

「そもそも男子の人数のほうが多いんだから男子同士で組みなさいよ。それともひなじゃないと駄目な理由でもあるの?」

「う……」

 

男子たちは言葉に詰まり、去っていった。

 

「ありがとうしおりちゃん」

「別にいいよ。あ、でもこれだとひな余っちゃうね。私はもう決まってるし…」

 

ペア決めで余ることって本当にあるんだ…。

それよりもどうしようかな。このままやらないわけにもいかないし。

 

「あ!望月!あんたも余ってるなら、ひなと組みなさいよ!」

「ふぇ!?」

 

しおりちゃんの予想外の発言に変な声が出てしまった。

 

「いやいやいやいや!いいよ!あたし足引っ張っちゃうし!」

「別に構わないぞ。どのみち組む相手いないし、やらないってわけにもいかないだろ」

 

望月君と二人三脚!?足を結ぶの!?ドどどどっどどどどうしよう!過去最高に緊張する!

 

「じゃあ決まりね!二人とも頑張ってねー」

しおりちゃんはそう言うと去っていってしまった。

 

 

「じゃあ足結ぶぞ」

「う…うん…」

 

望月君冷静すぎ! あたしはもうすでに走り終わったくらい疲弊してるよ!

「よし、結べた。じゃあ歩いてみるか」

 

肩を組む。ち、近い!望月君から洗剤のいいにおいがする…。

ってことはあたしのにおいも向こうに伝わってるってことだよね!?スプレーしといてよかった…。

 

「左足から出してくれ。いくぞ?」

「うん…」

「いち、に。いち、に…」

 

なんとか歩けるけど、これ走っても大丈夫かな?

 

「次、沢渡と望月のペア走れー」

 

藤堂先生は本当にめんどくさそうだ。

笛が鳴ってスタートした。

な、なんとか走れてる! やった!なるほど、こうやって走るんだ…。

隣を見ると望月君と目があった。それに驚いたせいかあたしはバランスを崩した。やばい、転ぶ!

 

 

…と思った。完全に転ぶと思っていたのに、あたしたちは走り続けていた。なんで? 望月君が何かしたようには見えなかったけど・・・

 

 

ゴールした後、足のひもをほどいているとき、藤堂先生がこちらを、というよりは望月君のほうを見ていた。なんだろう?

 

 

 

そうして、体育祭の準備をしながら日々は過ぎていく。

 

 

 




次回予告

武哉「体育祭準備編は終わったと言ったな。あれは嘘だ。」

ひな「嘘予告なんて、世界の破壊者しかやらないと思ってたのに…。しかもなんであたし目線なの?」

武哉「作者いわくリフレッシュらしい。しばらく主役は任せたぞ、ひな」

ひな「理由が適当すぎるよ…。でもわかったよ。あたし頑張る!」

武哉「次回『依頼(舞台裏)』」

ひな「お楽しみに」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12. 依頼(舞台裏)

乙女チックな文章がうまく書けません…。陰キャの考える女子高生視点です。ご了承ください(笑)


 

 

 

 そんなある日、あたしは風邪を引いてしまった。

実行委員の仕事と練習で疲労が溜まっていたうえに、徹夜でアンケートを集計してそのまま寝落ちしてしまったのが原因だろう。

アンケートの集計結果は木崎先生に送っておいたので大丈夫なはず。

 

「はあ…やっちゃったなあ…」

 

ただでさえ委員会の仕事が遅れているのに委員長のあたしが欠席だなんて、みんなに申し訳ない…。

とりあえず薬を飲んで寝ることにした。昔から学校を休んだことは無かったため、とても落ち着かない。

はあ…望月君に会いたいな…ってもう! これじゃあ寝れないよ! 落ち着こう、素数を数えるんだ…。

 

 

 

 どのくらい寝ていただろう。チャイムの音で目が覚めた。誰だろう。両親は共働きなのでまだ帰ってこないはず。

も、もしかして望月君がお見舞いに来てくれたとか…。

重たい体を動かし玄関へ向かいドアを開けた。

 

「やっほーひな。体調はどう?」

 

瑠璃ちゃんだった。そ、そうだよね。望月君なわけないよね…。

 

「もっちーじゃなくてがっかりした?」

「ちちちちちち違うよ!そんなこと無いって!」

 

本当に瑠璃ちゃんには見透かされてるなぁ…。

 

「薬のおかげで熱は下がったけど、まだだるいかな」

「そっか…ちょっと上がってもいい?」

「いや、でも風邪うつるかもしれないし」

「ちょっとやそっとで風邪引くほどヤワじゃないよ私は」

 

瑠璃ちゃんは半ば強引に家の中に入ってきた。

お茶を入れ、適当にお菓子をお盆にのせリビングへ持っていった。

 

「はい、お茶」

「悪いね。ありがと」

 

瑠璃ちゃんはお茶を少し飲むと鞄を開け、何かを探していた。

 

「はいこれ、今日の授業のプリント」

「ありがとう!すごく助かるよ!」

 

こんなやり取りも風邪を引かなければ体験できないことだろう。少し新鮮な気もしたが、実行委員会の事を考えると素直に喜べなかった。

 

「そんなに気にしない♪仕事のしすぎで倒れたんだから誰も責めないって」

 

瑠璃ちゃんはそれを言いたかったのだろう。少し心が軽くなった。

 

「望月君は今日どうだった?」

「本当に妬けちゃうなあもう。もっちーはいつも通り適当に授業受けてたよ」

 

瑠璃ちゃんはからかいつつも答えてくれた。そっか、いつも通りか。あたしのことは特に気にしてないのかな…。少し悲しい気もするけど望月君らしいかな。

 

「そういえば、ひなが集計したアンケートの結果が配布されたよ。私は100メートルとリレー、あと二人三脚を中心に出ようと思ってるんだ」

 

良かった。木崎先生がちゃんとやってくれたようだ。

 

「そういえば二人三脚のことなんだけど、こないだの授業で望月君とあたしが走ったの見てた?」

「見てたよ。それがどうかしたの?」

「あたし、バランスを崩して転びそうだったんだけど、なぜか転ばなかったの。なんでだろう?」

「え?見た感じ転びそうにはなってなかったけど…」

 

おかしいな。陸上経験者の瑠璃ちゃんが転びそうになったことに気付かないなんて。

あたしの気のせいだったのかな?

ふと、瑠璃ちゃんのほうを見ると、なぜか笑みを浮かべていた。

 

「どうかしたの?」

「ううん。なんでもない。そろそろ帰るね」

 

そう言って瑠璃ちゃんは帰る準備を始めた。

 

「ひな。もしかしたら、良いことが起きるかもね♪」

 

どういう意味かは分からなかったけど、まあいいかな。瑠璃ちゃんと話せたおかげで心なしか元気が出たような気がするし。

 

 

 

 そうしてまた時間は過ぎ、時計を見ると11時を過ぎていた。もう寝ないと。

そう思っていると携帯が鳴った。画面を見ると『望月武哉』と表示されていた。

ええ! 望月君から電話!? なななななななんだろう…。

ドキドキしながら通話ボタンを押す。

 

「も、もしもし…」

「望月だ。体調大丈夫か?」

 

その声を聞いて心が凄くやすらいだ。たった一日会えなかっただけなのに、彼の声を懐かしく感じた。

 

「うん。大丈夫。心配してくれてありがとう」

「そうか。ならよかった」

……あれ?会話終わっちゃった? どうしよう。せっかく望月君と電話してるのに!

 

「で、話ってなんだ?」

「え?」

 

なんのことだろう。

 

「ひなが話があるから電話しろって瑠璃に言われたんだけど」

瑠璃ちゃん…。良いことってこういうことか。たしかに嬉しいけど何を話せば…。

 

「その様子だと、瑠璃が勝手に言ったみたいだな」

「うん…ごめんね」

 

本当に申し訳ない。

 

「アンケート集計、あまり力になれなくて悪かったな」

 

珍しく、望月君から話題を作ってくれた。

 

「ううん。あたしの進行が悪かったせいだから、気にしないで」

「そんなに責任を感じなくても大丈夫だ。俺なんて会議じゃ何の役にも立ってない」

 

望月君の口調はいつも通りだったけど、優しさを感じた。

その後、何気ない会話をした後、あたしは眠りについた。

次の日、風邪は悪化していた……しょぼん。

 

 

 

 




次回予告


ひな「次回予告の時間だね。あれ?望月君がいない?」

しおり「望月なら今日はオフらしいよ。なんでも木崎先生と焼き肉に行くとかなんとか」

ひな「木崎先生と?珍しい組み合わせだね?」

瑠璃「教師と生徒の禁断の愛ってやつかもね!」

ひな・しおり「それはない」

瑠璃「まあ、もっちーだしね。次回、『解決(舞台裏)』」

ひな「お楽しみに」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13. 解決(舞台裏)

最近、投稿ペース落ちてますが、私は元気です。2話連続投稿するので許してください。何でもしま(ry


 

 

 数日後、風邪は完治していないけれど、あたしはなんとか学校へ行った。実行委員の仕事が心配だったからだ。

 

「委員長。書類できました」

「委員長。各クラスの種目参加者のリストが集まりました」

「ポスターこんな感じでいいですか?」

 

 あたしがいないあいだも井川さんが進めてくれていたようで、作業は進んでいる。

でも、このペースだと本番に間に合わないかもしれない。やっぱり泉君の欠席が響いているのだろうか。

 

 

「沢渡、少し話がある」

 

基本的に委員会中は発言しない木崎先生が生徒を呼ぶなんて珍しいな。何だろう。

先生に連れられて体育館の渡り廊下までやってきた。

 

「実行委員の仕事が遅れているようだな」

 

木崎先生は怒っているわけでも悲観しているわけでもなく、冷静にそう言ってきた。

 

「す、すみません。あたしが休んじゃったから…」

「別に責めているわけではない。体調不良は誰にでもある」

「で、でも…」

「心配はいらない。望月が何とかすると言っていたぞ」

 

望月君が? 本当だろうか。悪口ではないが望月君は自発的に何かに取り組んだりするような性格じゃない。なんで急にそんなことを言い出したんだろう?

 

「話は以上だ。お前は自分でできる範囲で頑張ればいい」

 

そうは言われても、どうしたらいいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな心配をしていたら、不思議なことが起こった。

泉君が学校に来たのだ。どうやら体調が治ったらしく、ものすごい速さで仕事をしてくれている。肺炎ってそんなにすぐ治るっけ?

 

「お疲れさま、泉君」

「ああ、お疲れ様。委員長」

「もう体調は大丈夫なの?」

 

泉君は少し間をあけた後、

 

「大丈夫です。心配をおかけしてすみません」

 

と答えた。

 

「そっか。体育祭までもう少しだけど。頑張ろうね」

「はい」

 

あたしが作業に戻ろうとすると、急に泉君が立ち上がり、望月君の方を見て、あたしに問いかけてきた。

 

「望月武哉…あいつはいつもあんな調子なのか?」

「え?あんなって?」

 

あんな調子ってどういうことだろう。物静かってことかな。一緒に作業してて気まずかったとか。問いかけの意味がわからないでいると

 

「いえ。なんでもありません。忘れてください」

 

 そう言って、泉君はいつもの調子に戻り、また作業を始めた。

きっと、共同で作業していると色々なすれ違いがあったりするのだろう。けど、そうやってクラスのみんなが仲良くなっていくのが、学校イベントの準備の醍醐味だよね。そんなことを考えながら、あたしも作業に戻ることにした。

 

 

 

 作業しながら周りの様子を見ていると、あたしが休む前よりも明らかに作業全体の進行が良くなっていることが分かる。

これら全てを望月君が何とかしたのだろうか。当の望月君は普通に作業をしている。

 でも、委員会の雰囲気が良くなっているのは真実だ。

ああ、あたしはバカだなあ。こんなに一生懸命助けてくれた望月君を、あのときからずっと疑っていたなんて。彼の言葉を心のどこかで疑っていたなんて。

ふと、望月君と目があった。一瞬望月君が笑ったように見えたけど、多分、気のせいだろうなあ。

 

 

――――でも、あたしはいつか望月君の“本当の笑顔 ”がみたいな。

 

 

 




次回予告

武哉「これで体育祭準備編は終わりだ」

亜季斗「終わったのだな…。本当に終わったんだよな?この後別視点でもう一回とかないよな?」

武哉「ない。本当に終わりだ」

亜季斗「やったぞおおおお!これで次からは日常パートだな!出番が増えるぞ!イイイイイイイイヤッッッッッッホウウウウウウウウ!」

武哉「どこのプロだお前は。っとそうだった。お前に言うことがあったんだよ」

亜季斗「む?」

武哉「いつから日常パートが再開すると錯覚していた?」

亜季斗「ひょ?」

武哉「次回『開幕』」

亜季斗「哀れな我に、魂の救済を!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育祭本番編
14. 開幕


なんでもするとは言ってない。


 

――――― 記憶 ―――――

 

 

 

誰かに認めてほしかった。必要とされたかった。

 

 

役に立たない人間を世界は排除しようとするから。

 

 

だから俺は力を手に入れた。

 

 

そこには平和が広がっていた。誰もが俺を必要としてくれた。

 

 

だが、いつからか俺の力は疎まれた。

 

 

特質的な力を世界は認めなかった。

 

 

だから、力を使うことをやめた。

 

 

そこには平和があったが、俺は少し違和感を抱いた。

 

 

その世界から俺が消えたとき。俺は安堵した。

 

 

だが、新しい世界は再び俺に力を求めた。

 

 

俺は迷った。

 

 

力を使うか 使わないか。

 

 

結局俺は選んでしまった。

 

 

 

―――それは正しい選択だったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ものすごい不快感に襲われ目を覚ます。すっかり見慣れた部屋の風景を確認し俺は安堵した。

 

「はあ…またか」

 

 ここ最近、具体的に言うと、渋谷と話した日から俺は悪夢を見るようになっていた。内容は覚えていないが、とても嫌な夢だったことだけははっきり覚えている。

嫌な汗をシャワーで流し、朝食と身支度を済ませる。これが望月武哉としての俺の朝だ。

机の上の財布と携帯をポケットに入れる。ふと、近くにあったカレンダーを見る。

基本的に俺のカレンダーには予定などは記入されていない。だが、今日の欄にはしっかりと予定が書かれていた。

 

「行くか」

 

そう呟き、俺は家を出た。

 

 

 

 

 

 

「好機は熟考することによってしばしば消滅する」

 

 プブリウス・シュルスという人の言葉である。簡単に言うと、考えすぎるとチャンスを失うという意味だ。だが良く考えてほしい。考えすぎるとチャンスを逃すということは、逆説的にチャンスを掴んだ人間はたいして考えていないということではないか。だからこそ、チャンスを掴んだ芸能人なんかはネットで炎上したり、リア充は些細なことで喧嘩して別れたりするのだ。このように、対して考えずに動くことは一時は栄光を掴めるが、その後で身を滅ぼすことになるのだ。人間は考える葦だというのなら、ろくに考えないでチャンスを掴む者は人間ではない。チャンスを逃しやすい者こそ、真に人間だと言えるのだ。

だからこそ、派手なイベントで好成績を収める奴なんてのはろくな奴じゃない。むしろ派手なイベントという好機を逃す者こそが人間なのだ。

つまり、何が言いたいかと言うと

 

「体育祭、めんどくせえ…」

 

 

 

 

 6月某日。第64回中雲高校体育祭の日であり、俺にとっては地獄の日だ。

大半の生徒は特別点を得るために一生懸命に取り組むのだろうが、特別点なんてものに興味の無い俺としては本当に地獄だ。しかも、今日に限って太陽サンサン、キュアサニーでも出てきそうな快晴だ。全く、なぜ体育祭は自由参加じゃないんだ…。

 

『間もなく開会式が始まります。生徒の皆さんはグラウンドに集まってください』

アナウンス御苦労様。誰がやってるかは知らんが。

生徒がグラウンドに集まってきた。といっても俺は競技で使う備品の最終チェックのためにすでにグラウンドにいるのだが。実行委員なんて引き受けるんじゃなかった。

 

「望月君、そっちはどう?」

 

ひなも体育祭はあまり好きではないはずだが、実行委員長という肩書があるため頑張って準備していた。

 

「こっちは問題無いぞ」

「そっか。それじゃあみなさん。今日まで準備お疲れさまでした。そして、今日は選手として、実行委員として頑張りましょう!」

 

ひなの言葉に実行委員の面々は「おー」だの「ウェーイ」だの返事した。

ああ、本当に始まってしまうのか、まじで帰りてえ。

 

「望月」

 

呼ばれたので振り返る。

 

「なんだ、泉」

 

学業優秀、スポーツ万能の副委員長が俺に話しかけてくるなんて普通は無いことだろう。普通は。

 

「例の約束は覚えているな?」

「ああ。体育祭が無事に終わればパソコンのデータはお前の前で消すよ」

「ならいい。」

 

 と言っても体育祭本番で泉たちができる妨害なんて無いだろうがな。

体育祭はクラス対抗なので、グラウンドをクラスの数で割りブルーシートを敷き座席を示している。一年B組は体育館倉庫の前を座席としている。グラウンドの中で数少ない日陰をとれたのは不幸中の幸いってやつだな。

 

「ふはははははは!どうした武哉!戦いを前にそんな顔をしていては勝利の女神はほほ笑まんぞ!」

「委員長うるさい。ただでさえ暑いんだから自重して」

 

 しおりと亜季斗のやり取りはいつも通りだな。二人とも運動は得意ではないはずだがそれでも、いつもよりテンションが高そうだ。祭りの空気ってやつか。

それはさておき、暑い…水がほしい…。

 

「どこ行くのよ望月」

「まだ時間あるし、飲み物買ってくる」

 

 

体育館の前の自販機でポカリにしようかいろはすにしようか熟考していると、近くで声がした。とりあえずアクエリアスを買って声のほうへ近づいてみる。

 

「いいか高松!今日の体育祭、俺がお前より多く特別点をとったら俺と付き合ってもらうぜ!」

 

なんと、告白の現場だったようだ。しかも今、高松って言った?

 

「残念だけど、私は負けないよ。だから君と付き合う未来はナッシングだね♪」

 

やっぱりお前か、瑠璃。

しかし、どういう経緯かは知らないが告白の現場に他人が居ていいわけもない。立ち去ろう。

と思ったら、運悪く落ちていた空き缶を蹴飛ばしてしまった。清掃員とジャック仕事しろ。

 

「だれだ!」

 

気付かれますよねそりゃあ。

仕方ないので正体をあらわす。

 

「いやすまんな瑠璃、別に誰にも言わないから安心してくれ」

 

瑠璃に告白していた男子が一瞬もの凄く驚いたような顔をしていた。

 

「なんだ、もっちーか。脅かさないでよもう♪」

 

またもや男子が驚いた顔をする。

 

「る、瑠璃にもっちーだとぉ!き、貴様何者だ!俺の高松とそんなに親しげにしやがって!」

 

どうやらあらぬ勘違いをされたようだ。さっさと誤解を解いておこう。

 

「おーい安藤!開会式始まるぞ!」

 

どうやら目の前の男子が呼ばれたのだろう。ってさっさと誤解解かねえと。

 

「今行く!おい、お前、名前は?」

 

「望月だけど…」

 

「そうか、言っとくがな望月、お前に高松は渡さないからな!」

 

そう言って安藤とやらは走っていった。おい、話聞けよ。木崎先生といい、この学校デュエリスト多すぎだろ。

 

「いやあごめんねもっちー。変なことに巻き込んじゃって」

「ホントだよマジで。で、さっきの誰?」

「同じ陸上部の先輩。悪い人じゃないんだけど、ちょっとズレてる人でね」

「さっきの様子だと告白されたのはこれが一回目じゃないみたいだな」

 

告白という場なのに緊張感もないし、そもそも二人とも慣れている風に見えた。

 

「まあね。きっかけは私が100メートル走で彼の記録を抜いちゃったからなんだけど。それからなにか競うことがあるたび、あんな感じかな」

 

ってことは全部勝ったのか。瑠璃が凄いのか安藤先輩が弱いのかは知らんが、まあ恋心を抱くには十分なエピソードだろう。

 

「でも、悪い人じゃなさそうだぞ?お前に勝負を挑むってことは運動もできるほうだと思うし、容姿もいいほうだ。優良物件じゃないか」

「まあ、そうかもね…」

 

なんとなく察しがついたので俺はそれ以上聞かないことにした。

 

 

 

「ではこれより、第64回中雲高校体育祭を開催します」

 

 校長の言葉によって地獄の体育祭、略して地獄祭が始まった。あれ、体育要素消えちゃったな。そんなことを考えていると木崎先生が壇上に上がった。まあ一応、実行委員の監視役なので役割があるのだろう。手に持ったメガホンと本人との違和感が凄い。

 

「体育祭は基本的に各クラス対抗で行われ、競技の勝敗や順位による点数でクラスの順位が決まる。そして、全校生徒の中から総合的に優秀だった生徒に学校の判断で特別点が与えられる。また、上位3位に入ったクラスの中から一人ずつ、最もクラスに貢献したものにも特別点が与えられる。個人技はもちろん、集団での立ち回りなども評価の対象となる。また、競技においての選手交代は基本認めていない。やむをえない場合は担任に申請すること。以上」

 

まあ大体は体育祭前から伝えられていたことの確認だった。

はあ、帰りたい…。

 

 




次回予告

武哉「ついに始まったな体育祭」

瑠璃「やっとだね」

武哉「そして次回は高松瑠璃と陸上部の先輩の恋の行方に進展が!」

瑠璃「ない」

武哉「次回、『恋と陸上はラブハリケーン』」

瑠璃「だからないって」

武哉「少しくらいノッってくれてもいいんじゃないか」

瑠璃「改めて次回、『面倒』」

武哉「ラブハリケーンのほうが面白そう…。お楽しみに」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15. 面倒

 現在、1話から順に随時、追記・修正を入れていってます。既に読んでいただいた話数でも細かい内容が追加されてる場合があるので、もう一度読んでみても面白いかもしれません。


 

 体育祭では全15種目の中から一人3種目以上の参加を義務付けられている。

俺は100メートル走、棒倒し、借り人競争の3種目に参加することになっている。正直一つも出たくなかった。まあ瑠璃なんかは9種目も出る訳だが、やはり適材適所ということだろう。俺の適所は座席だな。

 

 

『男子100メートル走に参加する選手はトラック前に集まってください』

 

100メートル走を選んだのも、一番最初に終わるからだ。その後の競技までゆっくり休める。

さて、俺の順番は6番目か。暇だなあ。

 

「望月!さっそくお前との勝負とはな!」

 

聞きなれない声だと思ったら、それもそのはず、ついさっき知り合った人物だった。

 

「安藤先輩…でしたね、言っておきますが俺と瑠璃は……」

「貴様、また高松を名前で……!絶対に俺が勝つからな!」

 

このデュエリストガチ勢が…。そもそも帰宅部の俺と陸上部の安藤では勝負にならないだろ。まあ、勝てば満足してくれるだろう。適当に流すか。

 

「次―6組目準備しろー」

 

やっとか、てか安藤、俺の事睨みすぎだろ。めんどくせえ。

適当にクラウチングスタートらしき体勢をとりスタートの合図を待つ。速く終わらねーかな。

しばらくして合図が鳴った。俺はそこそこ気張ってスタートした。まあ分かってたことだが、俺は選手の中で大体真ん中の順位を走る。となりのレーンからスタートした安藤はきれいなフォームで前方を走っている。

 

 

 

なんとか走り終えた。本当に疲れた。順位は3位。まあ6人中の3位ってことは平均的だな。俺らしい。

 

「ふん。どうだ望月!思い知ったか!」

 

ああはいはい。安藤は一位だった。凄い凄い。

さっさと座席という名のオアシスに戻ろう…。

 

 

ぼーっと競技を眺めていると隣に居たひなが話しかけてきた。

 

「次、瑠璃ちゃんが200メートル走に出るんだよ。一緒に応援しよ!」

 

さっきの競技にも出ていた気がするが、陸上部の実力ってやつか。

瑠璃の順番まで時間があるし、何か適当な話題でも無いかな。

 

「なあ、やっぱり人を名前で呼ぶのって変わってるかな?」

「え?うーん確かにちょっと抵抗あるかな。小学校の時は特に気にしてなかったけど。おかしな話だよね」

 

 やはり、高校生になって名前で相手を呼ぶことは何か特別感があるのだろう。そういえばひなも最初に俺が名前で呼んだ時、驚いていたな。しかも瑠璃の場合、俺をあだ名で呼んでいるのだから、安藤のように勘違いする奴がいても不思議じゃない。

 

「でも望月君ってあたしや瑠璃ちゃんたちは名前で呼ぶけど池内君とかは名字で呼ぶよね?どうして?」

「距離が近い人間は名前で呼んだほうが気分が良いからだ。池内とかは対して親しいわけじゃないしな」

 

 そんなことを言ってはみたが、実際のところ前の世界で高校生になった頃から俺は他人を名前で呼ぶことが増えた。理由はいろいろあるが、それを言ってもひなには伝わらないだろう。

 

「そっか……距離が近い、か……。えへへ」

 

相変わらずのチョロイン具合だな。敬礼。

 

「そろそろ瑠璃の番じゃないか?」

「え?あ、ホントだ!瑠璃ちゃん頑張って―!」

 

 200メートル走は男女それぞれでひと組ずつ交互に走る。瑠璃のグループは今走りだした男子の次だ。

ふと、トラックに目をやると安藤が走っていた。さっきも走ってたよな。ひょっとして瑠璃の出る競技すべてに出るのだろうか。それにしても速い。特にコーナーが。

 

 そして瑠璃の組が走りだした。トップはやはり瑠璃。速いなあ。

200メートル走も終わり、俺は飲み物が無くなったのでまた自販へ買いに行った。家から持ってくればよかったかな…。

オレンジジュースにしようかアクエリアスにしようか悩んでいると木崎先生がやってきた。

 

「体育祭は楽しんでいるか?」

「楽しんでるように見えますか?」

 

生意気に返すと木崎先生は笑みを浮かべていた。そんなに面白かったか?

 

「何か用ですか?」

「実行委員の件ではよくやってくれた。それを言いに来たのと、お前に一つ質問があってな」

「教師が生徒に質問とは珍しいですね。答えられる範囲ならお答えしますよ」

 

本当はさっさと戻りたいのだが、どうせまた合気道有段者だとか脅してくるだろうから応じることにした。

 

「なぜ犯人を学校側に告発しなかった?」

 

ああ、あの事か。木崎先生の言う告発とは、体育祭の準備期間に起こった渋谷たちの一件についてだろう。

 

 渋谷たちを告発しなかったのは、流石にハッキングで手に入れた証拠を学校に提示するわけにはいかなかったからだ。木崎先生なら上手くやってくれたかもしれないが、先生の目がしおりに向くのもしおりに悪い気がする。それに、変に告発するよりも、渋谷や泉を証拠で脅したほうが体育祭の準備をスムーズに進められると考えた。

 

 他にも理由はある。俺には、事件を起こした彼女たちの苦悩が少しだけだが分かる気がした。努力して手に入れた自分の力を他者に否定される苦しみが。その否定に意図があったか、なかったかは関係ない。

しかし、それら全てを話すのは面倒なので、

 

「先生からの依頼は仕事の遅れを解消することだったので」

 

と返しておいた。

 

「……そうか。まぁいい」

「ところで、実行委員の監視役がこんな場所でうろついてて良いんですか?」

「ふっ。本当に面白いなお前は。今度、私のお勧めの本を貸してやろう」

 

いらねえよ。どこの世界に生徒に官能小説を貸す教師がいるんだ。ああ、この世界か。

ウーロン茶を買ってその場から退散した。逃げるは恥だが役に立つんだな。

 

 

 そんなこんなで午前の競技は終わり昼食の時間になった。一年B組は瑠璃の活躍もあってかなり上位だ。弁当を広げて楽しそうに話しながら食事をとっている生徒もいるが、生憎、俺は弁当なんて持ってきていない。なので購買に行くことにした。

 

「……とりあえずサンドウィッチでいいかな」

 

弁当派が多いので購買は人が少なかった。俺はツナサンドを買ってグラウンドへ戻ろうとしたが、ある人物と目があったのでそちらへ行くことにした。

 

「何?別に呼んでないけど」

「ものすごい視線でこっちを見てただろうが。何の用だ渋谷」

 

渋谷と言葉を交わすのはあの時以来だ。最近よく見る悪夢と関係があることは明らかなので話しかけた次第だ。

 

「なんで何もしないの?」

「何のことだ?」

「カメラの映像で脅せるでしょ。体育祭でも泉に八百長を要求したり出来るじゃない」

 

確かに、他クラスでスポーツの得意な生徒を封じ込めるのはクラスの勝利へつながる。渋谷はそれを危惧していたのだろう。

 

「別に、俺は体育祭で勝利したい訳じゃないしな。特別点には興味が無いんだ」

「あんた、何のためにこの学校に入学したのよ…」

「さあな」

 

流石に「転生したら勝手に入学してました」なんて言えんよな…。

渋谷は完全に呆れている

 

「あの時は凄いキレ者だと思ったけど、こうして話すと凡人って感じね、あんた。小テストの結果をみると国語は得意みたいだけど」

 

 凡人…か。おそらくひなの得点を確認するときに俺の得点を見たのだろう。だが、俺から見ても渋谷はある意味で普通の高校生だ。こうして話しているとますますそう思う。よくもまあ実行委員を“妨害しよう”なんて思ったもんだ。妬みってのは人に“行動力”まで与えちまうのか。

 

それ以上は特に話すこともなく、渋谷との会話を終えて、俺はグラウンドの座席へ戻った。

 

「も、望月君……。あたしお弁当作りすぎちゃってさ……良かったら食べない?」

 

ひな、弁当のおすそわけは嬉しいが場を考えてくれ…。池内たちの視線が痛い。どうしよう。だが、ここで断るのは失礼だろう。もらっておくか。

 

「何がお勧めだ?」

「えっと、望月君が好きそうなのは唐揚げ、とかかな」

「よく俺が唐揚げ好きだって知ってたな」

 

何気なくそう返したが

 

「え!?それは、その……何となく。べ、別に望月君のお昼ごはんを毎日見てたとかでは無くて…」

 

毎日見られていたのか……。少しヤンデレっぽいが、まあ女子には色々あるのだろう。

ふむ、この唐揚げ美味しいな。やはり頭が良いと料理も上手だったりするのだろうか。

 

「瑠璃、勝負の調子はどうだ?」

 

近くにいた瑠璃に全容は伏せて質問する。

 

「今のところ良い調子って感じかな♪」

「さいで。まあ頑張れよ」

 

 なんて会話していると、後ろからものすごい視線を感じた。振り向くと通りかかった安藤だった。もうめんどくさいから俺は特にアクションを起こさないことにした。私は石、私は石、私は石……。

 




次回予告

武哉「次回予告の時間だ。今回のゲストは…」

泉「1年D組、泉忠則です」

武哉「……」

泉「……」

武哉「あーその……」

泉「次回はかなり重要な出来事が起こるとか」

武哉「そ、そうなんだよ!いやー楽しみだな!」

泉「……」

武哉「……次回、『実力』」

泉「お楽しみに」(気まずい……)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16. 実力

気づいたらお気に入りが20人突破していました。ありがとうございます。これからももっと面白い話を書けるように頑張ります!


 

 

 

 そんなこんなで午後の種目が始まった。

最初の種目は借り人競争。昼飯のすぐ後の競技なんてまっぴらごめんだが、じゃんけんで負けてのだから仕方ない。あの時チョキを出していれば…。

 

「ひと組目、準備しろー」

 

しかも最初の列とかマジでついてない……。

しかも不幸なことに、またもや安藤と同じ組である。もう作為的な何かを感じるよ……。

 

「望月!次も勝たせてもらうぞ!」

 

面倒なので適当に会釈しておく。安藤はまだ何か言っていたが聞かないことにした。

 

そしてスタート。トラックの途中でお題のカードを引き、その内容に属した人を座席から連れてゴールするのが借り人競争だ。

さて、お題は……。

 

『眼鏡をかけた女の子』

 

おい、なんだこれは。なぜ眼鏡? いやそれよりなぜ女子限定?

眼鏡だけなら亜季斗を連れていったのだが……。

俺の連れていける人物で、眼鏡、そして女子。一択じゃねーか。よりにも寄って安藤と同じ組でとは、つくづく不幸だ。

座席まで行って目的の人物を見つける。

 

「まさか私だとはねー」

「すまんな瑠璃。他に該当者を知らなくてな」

 

座席から瑠璃を連れ出しゴールへ走る。結果は3位。またもや平均だ。

だが、問題はそこでは無い。

 

「望月ぃい!またお前は高松と……!」

 

こうなることは確定的に明らかだった。いや、でも知らない人連れていけないじゃん?

安藤を適当にかわし、俺たちは座席に戻った。

 

「本当にお前にご執心だな。あの先輩」

「本当にね。どこがそんなにいいのやら」

「運動もできて、容姿の整った女子が好かれるのは当然だろ」

「へー。じゃあもっちーも私のこと好きなの?」

 

何を言ってるんだこいつは。よくもまあ思ってないことを堂々と聞けるよな。図太い。

 

「あくまで一般論だ。それにお前はそんなこと聞かなくても分かるだろ」

「そうだね。もっちーは良くも悪くも変り者だからね♪」

 

俺からすればこの学校の人間はどいつも変わった奴だがな。

 

 

 それから、棒倒しを終えた俺は実行委員の仕事として備品を片付けていた。体育祭も競技は残りわずかだ。なんか馬鹿でかい電光掲示板があるんだけど、何に使うのこれ? まあいいや。

えっと。たしかこれは体育館倉庫だったな。カラーコーンを持って歩いていると、何やらうちのクラスが騒がしい。

 

「すまん高松。足をひねっちまって」

 

たしかあれは、野球部期待の新人だったか。あいつは確か、二人三脚で瑠璃と組んでいたはずだ。

 

「仕方ないよ、運動すれば怪我だってするって」

「でも瑠璃ちゃん、どうするの?」

「確かやむを得ない場合は先生に申請すれば代役を立てられるんじゃなかった?」

 

そういえばそんなルールもあったな。しおりの奴、よく覚えてたな。

 

「でもよぉ、急に高松と走ってついていける奴なんているのかよ?」

 

池内の言うことももっともだ。野球部期待の新人も、瑠璃のスピードに合わせるのには苦労していた。結局、瑠璃が合わせることでなんとかなってはいたが。

 

「代役なら適任がいるよ♪」

 

瑠璃には策があるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうしてこうなった」

 

何故か俺は瑠璃と一緒に二人三脚のために待機していた。もう一度言おう。どうしてこうなった。

 

「仕方ないじゃん。背丈的にももっちーが適任だったし」

「それはそうだが……」

 

仕方ない。適当に終わらせるか……。

 

足を結んでスタートラインでバトンを待つ。っておい、またか。

 

「よう望月、これが最後の勝負だな!高松の目の前でお前を葬ってやるぜ!」

 

安藤。今日何回こいつと走るんだ俺は。

これで3回目だな。そんなに多くなかったわ。

 

「安藤先輩、悪いけど私は負けないよ?」

「ふん。悪いがそれは無理だな高松!なぜなら、お前のパートナーである望月は凡人程度の実力しかないからだ!そんな奴をパートナーにしたのが運の尽きだったな!体育祭が終わったら俺のパートナーになってもらうぜ!」

 

散々な言われようだな。まあ気にはしてないが。瑠璃も瑠璃で、なんでこんな終盤まで自信たっぷりなんだ。トッポかよ。

 

「ねえもっちー」

「なんだ」

「安藤先輩に負けたらさっきもっちーに口説かれたこと、ひなに言っちゃうよ?」

 

なんて奴だ。やはり天才か……。別に口説いたわけではないが、借り人競争の後の発言は軽率だったか。瑠璃の事だから携帯で録音とかしててもおかしくない。

 

「……善処する」

「頼んだよ♪」

 

バトンを持った組が近づいてくる。なので俺は最後に瑠璃に話しかけた。

 

「最初から本気でいいぞ」

 

バトンが渡った。

 

 

 

 

「嘘だろ!?」

 

観客席から驚きの声が上がる。

 

 

 二人三脚とは、文字通り二人で三本の脚で走る競技だ。基本的に背丈や体格の近いものが組むのが理想とされている。だが、この男女混合二人三脚ではそれを揃えるのは難しい。つまり、必要とされるのは二人の連携だ。

能力が高い者と低い者が組む場合、低いほうに合わせるのが暗黙の了解だ。しかし、これは俺個人の見解だが、低いほうが高いほうに合わせる方法もいくつかある。その中の一つは、相手の動き、考え、そして感情を読むことだ。それができれば低いほうの能力はある程度向上する。

 

そして、俺にはそれを可能にするだけの『力』がある。

 

最初のコーナーを通過した時点で俺たちは2位。安藤たちが1位だ。

 

「瑠璃、スピードを上げてくれ」

「了解♪」

 

 見ていた限り、安藤はコーナーが得意なタイプだ。コーナーで安藤と競っても勝つのは不可能だ。だが、瑠璃は直線が得意だ。ならば、勝つために取れる手は一つ。直線で瑠璃にトップスピードに乗ってもらうことだ。

 

そして、俺たちは二人三脚とは思えないスピードで安藤組を抜き去り、1位でゴールした。

 

 

 

「よくやったぞ武哉ァ!さすが我が見込んだ男!すばらしい働きだ!」

 

お前は最初、ものすごく不安そうにしてただろ、亜季斗。

 

「なんだよ望月!お前足速かったのか!?」

 

別に足が速いわけじゃない。単に速い奴に合わせることが出来るだけだ。パートナーが瑠璃じゃなかったらこうは行かない。だが、それを言っていいのだろうか。

池内からの問いに答えられないでいると、

 

「ごめんねもっちー。私が引っ張りすぎちゃって。足痛くない?」

 

瑠璃が助け船を出してくれた。

とりあえず瑠璃が凄いということでその場はおさまった。

 

 

 

 

 




次回予告


ひな「二人とも、二人三脚すごかったね!」

瑠璃「もっちーの主人公補正のおかげだね♪」

武哉「補正ゆーな。主人公特有のユニークスキルだ。二刀流みたいなもんだ」

ひな「そのスキルの使い手は、ファンからチート扱いされてたような…」

瑠璃「結局主人公補正だね」

武哉「べ、別にいーじゃん!俺だって主人公なんだから、補正くらいあっても!」

瑠璃「メタい話はこれくらいにして予告しようか」

ひな「次回、『閉幕』」

武哉「お楽しみに」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17. 閉幕

 

 

 

 

 

「ではこれより、閉会式を始めます」

 

 やっと終わりか、耐えて耐えて耐えたぞおおおおおお!

うん。このテンションを体育祭にぶつければ良かったんじゃないかな。反省反省♪

生徒たちはすっかり疲れた様子で、校長の話なんて誰も聞いていなかった。俺だけピンピンしてるなんて、校長にも他の生徒にもなんだか罪悪感があるな……。いや、無いな。

 

「ではこれより、クラスの順位と特別点獲得者を発表する」

 

木崎先生の言葉に、生徒たちの雰囲気がガラっと変わる。まあ今日一番大事なところだしな。

 

「総合結果による特別点については、一週間以内に学校で審議ののち該当者に通達する。なのでこの場では、クラスの順位とその中の獲得者を発表することになる」

 

ということはこの場では瑠璃と安藤の勝敗は分からないということか。クラスに関しては……どうでもいいか。

 

「では結果表を提示する。」

 

そう言うと大きな電光掲示板が運ばれてくる。何に使うものなのか分からなかったが、ここで使うものだったのか。

数秒して電光掲示板が点灯した。生徒の目は上位3位にくぎ付けになる。

 

 

3位 2年C組  安藤 直樹

 

2位 1年B組  望月 武哉

 

1位 1年D組  泉 忠則

 

 

「……は?」

 

 思わず声に出してしまった。安藤が3位なのは分かる。かなりの好成績だったし。泉が1位なのも評判通り、流石野球部レギュラーだ。だが2位は? 1年B組ならどう考えても瑠璃が獲得者のはずだ。だがそこには俺の名前が表示されている。何かの間違いだろうか。

 

「以上で特別点の発表を終わる」

 

え、終わり? 詳しい内訳とか説明無いの? もうボクワカラナイヨ。タイイクサイワカラナイヨ。

 その後、特に何も無く閉会式は終わってしまった。

その瞬間、俺のところにクラスメイト達が押し寄せてきた。なんだこれ、一躍時の人だな、俺。

 

「おいおいすげーな望月!なんだ?何がそんなに評価高かったんだ?」

「やっぱ二人三脚はお前が何かしたんだろ!?」

「望月君すごーい!隠れた天才ってやつ?」

 

め、めんどくせえ……。その後、しばらくクラスメイトたちは俺にあれやこれや聞いてきたが、瑠璃が打ち上げを提案するとすぐさまそっちへ興味を移した。助かった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はようやくクラスメイトから解放され、グラウンドの端のベンチに座った。色々と面倒なこともあったが、なんとか終わったな……。そうして感傷に浸っていると、見知らぬ人物がこちらへやってきた。誰だ? 見る限り上級生のようだが。そしてそいつは俺の横に座り、おもむろに話しかけてきた。

 

「――監視カメラの映像なんてどうやって手に入れたんだ?」

 

……突然だな。だが、なるほどな、ようやくあの時の答え合わせができるわけだ。

 

「なんのことだかさっぱりだ」

「とぼけんなよ、泉から話はきいてるぜ?渋谷ミサの計画を看破した奴がいるってな」

「泉の話が真実って確証もないだろ」

「確かに。だが今日の二人三脚。あれを見て確信した。お前がペアの女の表情や走り方、そして感情を読み取ることで、動きを上手く合わせてあの結果を出したってことがな。実行委員の中で渋谷の計画を見破れたとしたらお前しかいない」

 

 こいつ、かなりのキレ者だな。そして何より不気味なのは、こいつからは一切感情が読み取れないことだ。顔だけを見れば楽しんでいるように見えるが、それが仮面であることは明らかだ。こんな奴に会ったのは初めてだ。

 

「俺からも聞くが、渋谷たちをけしかけたのはあんただな?」

「そう思った理由を聞こうか」

「実行委委員が始まったのは5月の途中だ。だがカメラの映像によると5月の早い段階で渋谷たちは実行委員での妨害を考えていた。ひなが実行委員になるなんてことはあの時点では他クラスに知れ渡ってはいないはずだ。何より、俺が対面した渋谷ミサはカメラの話を出すまではなんとか平静を保っていた。そこから明確な証拠が出ない限り事実を隠ぺいできるほどの力を持ち、鋭い洞察力がある奴がバックにいると確信した」

 

 それに、渋谷の動機は妬みによるものだった。それにしては、計画はしっかりと練られていた。そこに一番、違和感があった。

そう言った後、相手の表情を伺ったがやはり何も感じられない。

 

「さすがだな。その少ない情報から俺の存在まで予想していたとは。もはや洞察力とかそんなレベルじゃねえ。とんだ大物だ。その通り。渋谷には沢渡ひなが実行委員になることを教えてやった。後はあいつが考えてやったことだがな」

「そしてもう一つ。俺が策を看破するのもあんたの予定通りだった。そうだろ?」

「ふっ。それに関しては今気づいたって顔だな」

「あんたの意図を聞こうか」

「何、簡単なことさ。俺は自分を最大限高められるゲーム相手が欲しかったんだ。そのための餌にお前は引っかかったってことさ」

 

……とんだ大物はどっちだよ。

 

 

「悪いが俺はあんたとゲームで遊ぶつもりはないぞ」

「ふっ。すぐにお前もその気にさせてやるよ」

 

さいで。もうこれ以上話しても意味はなさそうだな。

 

「……悪いが、見たいテレビがあるんだ。俺は帰らせてもらう」

「せめて名乗らせろよ。2年C組、月島海聖だ。よろしく頼むぜ、望月武哉」

 

いや、聞いてないから。

そのとき、やっと感情が感じられた。それは、喜びに似てはいるがなんとも表現できない。そんなおぞましいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ話って」

「なんだよじゃありませんよ、あんたが小細工したんでしょ。藤堂先生」

 

 夕暮れ時。俺は人気のない教室で藤堂先生に尋ねた。この先生は以前、木崎先生に俺の事を有能だと吹き込んだ事実がある。そして木崎先生と長い付き合いがあるらしいので、あの結果はこの男の仕業だと確信していた。

 

「なんのことだ?」

「俺に嘘が通じないのは分かってるでしょうよ」

 

おそらくは二人三脚の練習でひなと走った時から、この男は俺の『力』に気付いていたはずだ。

 

「なら分かってるだろ?二人三脚の結果を加味してやったんだよ」

「それだけですか?」

「後は企業秘密だ。まあ、ヒントを出すなら、この学校が道有数の進学校だってことかな」

 

ものぐさ教師のくせに企業秘密とは矛盾もいいところだ。これ以上話しても無駄だろうし帰るか……。

 

「望月」

「なんですか、家で録画したドラゴンボールが待ってるんですけど」

「お前の“それ”は劇薬だ」

 

……全く、恐ろしい先生だな。

こうして、体育祭は幕を閉じた。

 

 




次回予告

武哉「終わったな、体育祭」

ひな「……」

武哉「長かったな」

ひな「……」

武哉「どうした?ひな」

ひな「どうしたじゃないよ!何なの今回!ライバルみたいな人出たり、『力』とか意味深な言葉使ったり!異世界日常物語じゃなかったの?これじゃあ異世界異能学園黙示録になっちゃうよ!」

武哉「それに関しては作者から一言あるそうだ」

ひな「なんて?」

武哉「『今では反省している』だそうだ」

ひな「嘘だ!絶対反省してないよね?しかもそのネタ知ってる人そんなにいないでしょ!」

武哉「次回『試験』」

ひな「まだ話は終わってな……」

武哉「次回『試験』」

ひな「お楽しみに……ってそのゴリ押しは流石に無理があるよ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

期末テスト編
18. 試験


 

「期末テストまで後2週間ってことでテスト範囲を配布するぞー。前から回してくれ」

 

 体育祭も終わり、本格的に夏になってきた7月のある日。藤堂先生の言葉は生徒たちに重くのしかかる。夏休みという楽園の前の大きな壁、期末テストが近づいてきた。

特に、体育祭で特別点が獲得できなかった生徒にとっては一学期最後のチャンスである。

しかも中間テストが無いため範囲は一学期全体。かなりの難易度だ。

 

「それじゃあしっかり勉強しとけよー」

「起立、礼」

 

帰りのホームルームが終わるとひながこちらへやってきた。

 

「望月君、その……もうすぐテストだね」

「そうだな。後2週間だ」

 

ひなは何だか落ち着かない様子だ。まるで告白の前のような感じだが、流石に教室でそんな大胆なことはしないだろう。となると要件は多分あれだろう。

 

「勉強会、したほうがいいかもな」

「え……う、うん、そうだね!」

 

テスト前に勉強会とは、青春学園物の風物詩だな。別にテストで高得点を取りたい訳でもないが、この暑い中、家に一人で居るのも退屈だ。

 

「じゃあ、場所どうしようか?」

「そうだな、確かテスト前は図書館の開放時間が延びるらしいしそこでいいんじゃないか」

 

この学校の図書館はかなり大きく、何と二階建てだ。ラノベなんかも置いてあり、俺もたまに利用している。エアコンもあるし、勉強にはもってこいの環境だ。

 

というわけで図書館にやってきた。結構人がいたが、なんとか席を確保できた。

 

「じゃあ、始めよっか」

「そうだな。でも具体的に何すればいいんだ?」

 

今まで真面目にテスト勉強なんてしたことが無いのでそこのところが良く分からない。

 

「そうだね……。望月君、入試の点数はどのくらい?」

 

入試の点数と言われても、俺は入試なんて受けてないから分からない。だが、なんて説明すればいいんだろう。

 

「えっと……忘れちまった」

「そっか。じゃあちょっと携帯出してくれる?」

 

 

言われる通り携帯を出す。

 

「学校のホームページから、生徒の個人ページに飛んで、成績照会ってところを見たら載ってるよ」

 

そんなシステムがあったとは。個人ページを開いてみると、時間割やこないだの体育祭の特別点なんかが表示されていた。便利だな。

 

「えっと、これが入試の得点らしい」

 

ひなに画面見せる。

 

「どれどれ……へえ、結構点数高いね。特に国語」

 

そうなのか。画面を見てみると国語は90点で、後は70点前後だった。まあ、確かに前の世界の高校の試験はこんなもんだったかな。

 

「なるほど……とすると数学が低いな」

「じゃあ数学からやって、最後に国語だね。あたしの問題集コピーしてあげるよ」

 

そう言ってひなはコピー機の方へ向かっていった。

 

入試を受けてないのに点数が存在するのはおそらくティアの仕業だろう。初めてあの駄女神に感謝したような気がする。いや、初めてでも無いか。

 

「おまたせー。とりあえず範囲分コピーしてきたから練習問題やってみよ?」

「了解した」

 

さっそく問題に取り掛かる。なるほど、進学校だけあって難しいな。だが、最初のほうは理解できるな。

 

「ねえ、望月君」

半分くらいまで進んだところで、ひなが話しかけてきた。

 

「なんだ?」

「望月君、塾とか行ってる?」

「いや、生まれてから一度も学校以外で勉強を教わったことは無いな。それがどうかしたか?」

 

するとひなは一枚のチラシを差し出してきた。

 

「これ、あたしが通ってる塾なんだ。今はテスト前で忙しいんだけど、よかったら夏期講習に来ない?」

 

塾か、ひなが通っているということはかなり名の知れた塾なのだろう。昔から進研ゼミも塾も縁が無かったし、かなり新鮮ではあるな。

 

「テスト終わったら考えてみるよ」

「そっか。じゃあこのチラシ渡しとくね」

 

そして10分後、練習問題を解き終わり、ひなに採点してもらった。

 

「えっと、意外に点数いいね」

「意外だったか……」

「い、いや、そうじゃなくて!望月君って授業中は寝てることが多いから、そういう意味でだよ」

 

そんなに目立っていたのか。確かに藤堂先生の授業で寝てるのを注意されたとき、なんだかざわざわしていた気もするな。

 

「とりあえず、望月君の苦手な範囲は分かったから、そこを中心にやっていこうか」

 

たったこれだけの練習問題で俺の苦手が分かるのか。流石は学年1位だな。

 

「……ん?」

「どうしたの?」

「いや、何でも無い」

 

何でも無くは無いが大したことでもないので俺は勉強に意識を戻した。

 

 

 

そして、放課後のひなとの勉強会は続き、金曜日を迎えた。

帰りのホームルームも終わり、いつも通り図書室で勉強を始めようとした、その時。

 

「武哉ァァァァア!こんな所に居たのか!探したぞ!」

おい、何でこいつはいつもいつも公共の場で俺の名を叫ぶんだ。周囲の視線が痛い……。

 

「亜季斗、図書館では静かにって小学校で言われなかったか?」

「おっと、すまぬ。お前を見つけてついテンションが上がってしまってな!」

 

こいつ、俺の事好きすぎるだろ。腐女子にカップリングとかされてないよな?大丈夫だよな?

 

「委員長、TPOって知らないの?一緒にいる私も恥ずかしいからやめて」

 

そういう割にはいつも自分から一緒に行動してますよね、しおりさん。やべ、なんか睨まれてんだけど。嫉妬ってやつ? モテる男はつらいなあ(棒)

 

「城之内くんとしおりちゃんも勉強しにきたの?」

 

ひなのおかげで話が進む。仮にひながいなかったらグダグダだったろうな。

 

「そうなの、そろそろ勉強したほうがいいかなと思ってさ」

 

範囲が配られた時点で勉強始めるのが普通じゃないのか……。まあ、俺もひなに誘われなきゃやって無いだろうし人の事は言えんよな。

 

「じゃあ、一緒にやる?」

「え、いや、でも私たちお邪魔じゃない?ねえ、望月?」

 

ひなの気持ちを知っているしおりからすれば、二人で勉強しているところに水を差すのは気が引けるのだろう。だからと言って俺に聞かれても、どうしろと言うんだ。

 

「え?別に邪魔なんかじゃないよ?ねえ、望月君?」

 

 対するひなはこういう時に限ってものすごく鈍感だった。チョロインとか言ってすみませんでした。しかも決定権を俺に回してきた。どっちを選んでも面倒なことになりそうだな。

 

「亜季斗、お前はどうしたいんだ?俺に話しかけてきたのは、一緒に勉強しようってことだったんじゃないのか?」

 

パスをパス。サッカー選手顔負けの華麗なパス回しで、俺は回避した。

 

「ま、まあそうだな!互いに協力し合い試練を乗り越える、それが仲間というものだからな!」

 

さいで。まあそういうわけで亜季斗としおりも勉強会に参加することになった。

 

「それじゃあ、二人の入試結果を見せてもらってもいい?」

 

俺の時と同じように、入試結果から得意科目と苦手科目を判別するやり方だな。

 

「えっと……」

「う、うむ……」

 

なんだか二人は気が進まないようだが、そんなに悪い点数なのか? いや、でもここは進学校なんだし、そんなに悪いなら合格しないはずだよな?

 

「わ、我は推薦入学なのでな!」

「え?この学校は推薦でも一応試験するはずだったと思うけど……」

 

推薦でも試験があることもそうだが、亜季斗が推薦だったのも驚いた。いや、亜季斗の委員長としての活動から考えればそうでもないか。

 

「「これです……」」

 

二人とも観念したのか、個人ページを見せてきた。

 

「これは……」

 

ヒドいな。ほとんどが40点前後。しおりに関しては理数は高得点だが、あとは壊滅的だ。この学校の合格ラインどうなってんだよ。

 

「も、望月!なに呆れた顔してんのよ!どうせあんただってこんなもんでしょ!」

「そ、そうだぞ!お前も点数を見せるがいい!」

 

言われた通り個人ページを見せる。

 

「そんな……望月が私より頭いいなんて……」

「国語以外20点ぐらいだと思っていたのに……」

 

おい、失礼すぎるだろ。ていうか国語以外20点だったら絶対合格して無いだろ……。まあ、そもそも試験受けてないんだけど。

 

「今日だけだと時間足りない……かな」

 

ひなは遠慮がちだ。その優しさ、多分切れ味抜群だろうな。スターバーストストリーム!くらい。

 

「まあ、とりあえず出来るとこまでやろうぜ」

 

 一応助け船を出しておく。そうして、勉強会は始まった。全てが壊滅的な亜季斗はひなが基礎から教え、文系が壊滅的なしおりには俺が教えることになった。ていうか、俺も数学途中なんだけど……。

 

「望月に勉強を教わるなんて……。屈辱だわ」

「本当に失礼だな。おい、そこ接続詞、間違ってるぞ。『しかし、ゲームしよう』ってどんな状況だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、図書館の閉館時間が近づいてきた。

 

「今日はここまでだね」

「……」

「……」

 

信じられるか? これ、寝てるんだぜ?

 

「おい、二人とも起きろ。図書館閉まるぞ」

 

二人の肩を叩いて起こす。

 

「お、終わったの……?」

「ぐ、グハっ……。数式が目の前を飛んでいる……」

 

なあにこれえ。こいつらはどれだけ勉強に耐性が無いんだ。

 

「だ、大丈夫?二人とも」

「う、うん。ひなのおかげで理解はできたから」

 

お前に教えてたのは俺だろうが。あくまで俺にお礼はしたくないんですね。

 

「じゃあ、また月曜日にやるってことでいいかな?」

「ま、待ってくださいひな様!月曜まで今日の内容を覚えてる自信がありません!」

 

しおりのキャラが崩壊している。勉強って怖いな。

 

「でも、明日は学校開いてないし……」

「誰かの家とかは?」

 

おい、まじか。明日もやるのか。流石に明日は休みたかったんだが……。

 

「あたしの家は、親が休みたいだろうし、無理かなあ」

「うちも、パソコンの線とか散らかってるしし、望月が来るのは嫌だし」

「わ、我の家も、狭いので無理だ……」

 

 視線が俺に向く。見るな、そんな目で俺を見るなあ!

俺の家は無駄に広いし、俺以外誰もいない。散らかってもいないし、家に入れたくない人もいない。条件はクリアしている。え、でも本当にやるの? しかし、断るための理由も無い。八方塞がりってやつか……。

 

「……分かった。うちでやろう。ただし、午後からにしてくれ。午前中は寝たい。」

「決まりね!じゃあ昼から望月の家で!」

 

 




次回予告

武哉「もう期末テストの時期か」

ひな「そうだね!」

武哉「あの二人はテスト大丈夫なのだろうか」

ひな「大丈夫だよ!私がみんなにしっかり教えるから!」

武哉「テストを楽に乗り越える超能力とかないものかね」

ひな「ダメだよズルしちゃ!」

武哉「というか全く異世界要素が出てこないからここが異世界ってことも忘れそうになる」

ひな「望月くん、何の話?」

武哉「次回、『自宅』」

ひな「ねえってば!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19. 自宅

リアルでデュエマやってたら投稿がものすごく遅れてしまいました。これからもデュエルマスターズをよろしくお願いします。モルネク強すぎ。


 

 ピンポーン

目が覚めた。もう12時か。休日だからって寝すぎたな。まあ、休日だし二度寝としゃれこむか。

ピンポーン。

なんだ? 宅配便か? 何も頼んだ覚えは無いんだけどな。

ピンポーン。

うるせえな、なんだよ。

意識を半分覚醒させ、玄関へ向かう。

ロックを外し、扉を開ける。

 

「こんにちは、望月君」

「……は?」

「ここがお前の家か!なかなかに豪華ではないか!」

「ほら、さっさと入れなさいよ」

「もっちー、寝ぐせひどいね」

 

なんでこいつらがいるんだっけ?

あ、そういえば今日勉強会するとか言ってたな。なぜかあの場にいなかった瑠璃もいるが。

 

「お、おう。待ってたぞ」

「いや、絶対寝てたでしょ」

 

やっぱり誤魔化せないですよね。とりあえずひな達を家に上げ、部屋に招いた。

 

「それにしても広いな。一人で住んでいるのか?お前にはもったいないな!ふはははは!」

 

寝起きで亜季斗のテンションについて行くのは至難の技だな。

 

「まあ、そうだな」

「ご両親は?」

 

なんて答えればいいんだ。この世界に親なんて存在しないぞ。

 

「海外に仕事に行ってる」

 

何だそれは。エロゲの主人公かよ。自分で言ってて苦しい嘘だと思う。

 

「なによそれ、完全にエロゲの主人公じゃない」

 

やっぱりそう思うよな。

 

「さて、勉強会始めるか」

 

話題をゴールにシュウウウウウウウッ!超!エキサイティング! そして新たな話題をキックオフ!完璧な流れだな。

 

 各自が勉強道具を用意している間に台所にお茶を入れに向かう。

この家は4人程度の家族で住むことを前提に作られているので廊下も広いし、使ってない部屋が4つもある。このダイニングとリビングに関しても冷蔵庫 戸棚、テーブル、ソファ、テレビを置いてもスペースが余る。当然家賃も相当高いのだが、水道光熱費も含め全てが謎の口座から引き落とされている。食費に関しても、その口座に毎月振り込まれている。おそらくはティアの力だろう。絶妙に無駄遣い出来ない金額なのもリアルだ。

人数分のコップを出し、一応洗っておく。2個目を洗い終わった時、瑠璃がやってきた。

 

「迷わなかったか?」

「ひなの家と造りが同じだから問題なし♪」

 

そう言って瑠璃は洗い終わったコップを拭きだした。

 

「で、何か用か?単に洗い物手伝いに来たわけじゃないんだろ?」

「一応、体育祭の結果報告をしようと思ってね」

 

安藤との勝負のことか。

 

「どうだった」

「もちろん勝ったよ」

 

まあ、負けたなら今頃、安藤と付き合ってるわけだし、そんな様子は見られなかったからな。知ってた。

 

「なんだか勿体無いことしたな、とか思わないのか?」

「全く」

 

安藤、乙。

 

「俺にはひなと向き合うように仕向けるのに、自分は向き合って無いように感じるんだが」

「流石だねもっちー。でもその話は出来ないね。もっちーも両親の話はしたくないでしょ?」

 

流石なのはお前だろ。転生なんてことは思って無いだろうが両親について俺が言えないことがあるってことは分かったみたいだな。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

武哉「次回予告の時間だ」

月島「よう、楽しそうなことやってんじゃねえか」

武哉「え、だれ?」

月島「17話で名乗っただろうが……頭沸いてんのか?」

武哉「いや、でも一週間以上空いてるし覚えてなくてもおかしくないだろ」

月島「チッ。まあいい。これからの俺の活躍を見てやがれ」

武哉「いや、しばらく出番ないぞ、あんた」

月島「」

武哉「次回『貸借』」

月島「……」

武哉「……やれやれ。お楽しみに」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20. 貸借

 

 

 

「だからね、ここで公式をつかうと…」

「だ、だめだ……理解不能っ!」

 

相変わらず亜季斗は苦戦している。

俺はといえば、

 

「だから、このグラフが必要になってくる訳だよ」

 

瑠璃に数学を教えてもらっていた

 

「なによ望月、こんな初歩的な問題も分からないの?」

 

このアマ、理数が得意だからって調子に乗りやがって…

 

「ていうか、お前こそパソコンとか使うなら英語は使うんじゃないのか?」

 

パソコンは詳しくないが、ドラマとかのハッキングシーンでは良く分からない数字や英語が表示されていた気がする。それともドラマと実際のハッキングは違うのだろうか。

 

「い、いやその……。翻訳ソフト使ってるから……ね?」

 

ね? って言われても何と返せばいいんだ。答えに詰まったので再び数学に意識を戻す。

 

「そういや、瑠璃って入試の成績どれくらいなんだ?」

 

ふと気になったので聞いてみたら、急に部屋が沈黙した。

 

「武哉が、他人について聞いただと……?」

「あ、あり得ないわ…」

「も、望月君、体調悪いの?」

 

なんだこいつら、俺が他人に興味を持つのがそんなに異常だとでも言うのか。

 

「もっちー。成長したんだね……。うんうん……私は嬉しいよ。グスッ」

 

こいつが一番失礼だ。もういい。さっさと問題を解こう。

 

「あー、望月君、いじけちゃった?」

「別に」

「いや、それ絶対いじけてるでしょ」

 

なんだこいつら、めんどくさすぎるだろ。ツンデレってやつ? どっちかと言うとDV男みたいな感じだけど。

 

「瑠璃ちゃんはあたしと望月君の間くらいの点数だったかな」

 

ようやく俺に悪いと思ったのか、ひなが教えてくれた。最初からそうしてほしかった。さっきのやり取り丸々無駄だったろ。ネット小説ならひどい字数稼ぎと解釈されそうだ。

 

「へー。じゃあこの中だとひなが1番で瑠璃が2番。私が3番で望月と委員長が4番ね」

 

いや、俺お前より点数高かっただろ。しかもなんで亜季斗と同率なんだ。主観丸出しのご都合主義すぎるだろ。

 

「なによ、理数ならあんたなんて足元にも及ばないんだからね」

 

俺の視線から言いたいことを察したらしい。今、全教科勉強してるのは何のためだと思ってるんだよ……。まあ、しおりも俺が嫌いだから言っている訳ではないのは知っているのでそこまで気にはしていないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、それにしても頭を使ったせいで腹が減ってしまったな!」

「何言ってんだ、始めてからまだ2時間しか経ってないぞ」

 

そうツッコミを入れた矢先、俺の腹が鳴った。

 

「そういえば、起きてから何も食ってなかった……」

「何か作ろうか?望月君?」

「いや、冷蔵庫がすっからかんだ」

 

今日の晩飯分くらいしか残って無い。

 

「じゃあ、買い出しじゃんけんだね♪」

 

良く分からないが、じゃんけんをして負けた奴が買い出しに行くというゲ―ムをやるらしい。

 

「いくよー?ジャーンケーン」

「「「「「ぽん!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言って、俺と亜季斗が負けた。なので俺たちは、最寄りのスーパーへ向かっていた。

 

 

「なあ、武哉よ」

「なんだ?」

 

どうせ大した話ではないだろうが、歩いている間は暇なので応じることにした。

 

「明日は暇か?」

「まあ、暇だな」

「ならば……」

「断る。明日こそ一日中寝るんだからな」

 

どうせ明日もうちで勉強したいとか言うんだろうし、断る一択だな。

 

「ま、まってくれ!せめて話を聞いてくれたまへ!」

 

あーもううるせえな。仕方ない。聞いてやるか。

 

「実は明日、サッポロファクトリーで『PSかあにばる』というイベントがあってだな」

 

聞いたことはある。某ゲーム会社主催のゲームイベントで、発売前の作品やハードを試遊出来ることで有名だ。

 

「実はな、男女のペアで入場するとスペシャルアイテムが貰えるのだ!」

「知るか。しおりと行けばいいだろ」

「い、いや!もちろんしおりとは行くが、そのアイテムが複数ほしくてだな!」

「俺に誰かと入場しろってことか?」

「そのとうり!!」

 

正直ゲームイベントには興味がある。だが、問題なのは男女のペアで入場しなければならないことだ。女子の知り合いなんて片手で数えられる程度だし、誘えそうなひなや瑠璃はゲームには興味が無さそうだ。

 

「武哉ぁぁ……」

「何でアイテムが複数必要なんだ?」

「実はな、ペアひと組につきアイテムは一つしかもらえないのだ……。しおりは我に譲ってくれると言うのだが、申し訳なくてな……」

 

なるほど、そういうことか。

 

「……分かった。だが、あまり期待はするなよ?」

 

しおりには体育祭の時の借りがあるし、引き受けてやるとするか。

 

「センキューマイフレンド!これで心おきなく遊べるぞおおおお!」

 

 

こんなに暑いのに元気なもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーパーで適当に買い物を済ませ、自宅へと戻った。

廊下を歩いていると、部屋のほうからどたばたと音がした。

 

「おおお帰り!二人とも早かったじゃない!」

「ただいま」

 

女子たちはものすごく慌てた様子だ。

 

「お菓子と飲み物買ってきたぞ。それと部屋漁っても何も面白いものは無いぞ」

「ギクッ!」

 

瑠璃はいつも通りだがひなとしおりは分かりやすい反応をしてくれた。こいつらは泥棒には向いてないな。

 

「あと、食材を冷蔵庫に入れるんだが、だれか手伝ってくれないか?」

「あ、じゃあ、あたし手伝うよ!」

 

台所で冷蔵庫を開け、食材をいれていく。

 

 

「も、望月君……。勝手に部屋漁ったりしてごめんね……」

「別にいいさ。特になにもないからな」

 

反応から見て、言いだしっぺはしおりだろうしな。

 

「なあ、ところで明日って何か用事あるか?」

「ふぇ!?い、いや、その……ってごめん。明日は塾のテスト対策講座があるから忙しいかな……」

 

一人目。勧誘失敗。

 

「で、でも!また今度誘ってね!」

「あ、ああ。そういえば瑠璃も同じ塾とかだったりするか?」

「うん。そうだけど?」

 

二人目。勧誘する前に失敗。

まあ、まだ手は残されているし、諦めるのは早いか。

 

 

 

 

そうして、時間は流れ時計を見ると既に5時を過ぎていた。亜季斗としおりは集中力が切れ、スマホでゲームをしている。

 

「今日はここまでにしよう。月曜からまたやるってことでいいか?」

 

いい加減、眠いしな。昼まで寝てただろって? 知らん、そんなことは俺の管轄外だ。

 

「そうだね、じゃあまた月曜日ってことにしようか」

 

こうして勉強会は今日のところは幕を閉じた。

 

 

 

夕食を終え、テレビを見ているとメールが来た。

差出人は『赤坂しおり』。どうやら言った通りやってくれたようだ。

これも含めて、明日帳消しにしよう。

 

俺は、目的の相手に電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

しおり「次回予告ね。今回こそちゃんと喋るわ」

武哉「気合十分だなそれじゃあ次回……」

しおり「いや、さすがに酷過ぎるでしょ!最早まともな会話すら許してくれないわけ!?」

武哉「冗談だ。次回はあのキャラが再登場するぞ」

しおり「え?誰だろう……。木崎先生とか?」

武哉「さあ、誰だろうな」

しおり「なにそれ、すごく気になるんだけど」

武哉「詳しくは次回、『意外』で明かされるぞ。お楽しみに」

しおり「何とか予告できた……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21. 意外

 

 サッポロファクトリーは札幌市中央区にある複合商業施設で、大きな敷地内に一条館、フロンティア館、道路を挟んで2条館、アトリウム、3条館、レンガ館、西館がある。俺も何回か足を運んだことはあったが、この世界で訪れたことは無かった。

 

日曜日、時刻は11時20分。俺は約束の場所、レンガ館の敷地にある大きな煙突のある建物に向かっていた。

10分前だし、相手はまだ来てないだろうな。はい、到着っと。

 

「遅かったわね」

 

あれれ―、おっかしいぞー? 余裕を持ってきたはずなのに、既に待ち合わせ場所には彼女の姿が。

 

「お前が早いの間違いじゃないのか?渋谷」

「遅れたら何されるか分からないからよ」

 

待ち合わせ相手、渋谷ミサはニコリともしない。ものすごく嫌そうな表情で俺を見ている。

何故、渋谷が来たかというと、話は昨日の夜まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しおりから体育祭の時にハッキングした泉の携帯のデータから、渋谷の電話番号を送ってもらい、その番号に掛ける。

 

『もしもし』

「よう、久しぶりだな」

『……誰?』

 

そういえば俺の携帯から渋谷に連絡するのは初めてだったな。

 

「俺だ、望月だ」

『……は?ちょっと、なんで私の携帯番号知ってるの?ストーカー?』

「渋谷、明日午後11時半にサッポロファクトリーに来い。」

『いや、意味分からないんだけど…』

「ああすまん。『psかあにばる』ってイベントに一緒に参加してほしいんだ」

『そういうことじゃ無くて、てか行かないわよ。テスト勉強するんだから』

 

学年2位でもやはりテスト勉強は必要なんだな。しかし、断られたか。まあ、当然だよな。じゃあ、今からあなたを脅迫します。

 

「断ってもいいが、それなら監視カメラの映像を拡散するぞ」

『はあ!?あの映像は泉の前で消したでしょ!?体育祭が終わったら消すって約束したのはあんたじゃない!』

「俺は、パソコンのデータを消すとは言ったが、原本を消すとは言って無いぞ」

『……清々しいほどの屁理屈。でも、確かに……』

「さあどうする? A、ファクトリーに来る。 B,断って映像を拡散される。賢いお前なら、どっちが賢明か分かるよな?」

 

 

 

 

 

 

という訳で、俺は渋谷の脅迫に成功した。

 

「何ぼーっとしてんのよ、まだイベントまで時間あるけど、どうすんの?」

「ああ、すまん。私服のお前が新鮮だったんでな」

 

 もちろんそんなことは思って無い。むしろ、言った後で渋谷の私服に眼をむけた。

ゆるっとしたデニムに、ゆるっとしたシャツをフロントだけインしている。客観的に分析してみたが、これがオシャレなのかは俺には分からない。

 

「じろじろ見ないで、ストーカー」

 

冤罪だが、そう言われても仕方ないな。普通、ハッキングしたデータから電話番号を漁られたなんて思わないだろうし。

 

「ちょっと、なんか言いなさいよ。帰るわよ?」

「とりあえず、昼飯だな。イベントは12時過ぎからスタートだし、ゆっくり食えそうだ」

 

 

そういうわけで、フロンティア館のフードコートへ向かった。適当にケンタッキーでチキンを買い、席に着く。

 

「お前は何にすんの?」

「こんなところでしかもあんたなんかと食事する気になんてならないわ」

 

さいで。映像を隠し持っていたことを相当恨まれてるみたいだな。まあ、向こうが食べなくてもいいと言っているし、お茶で水分は補給してるみたいだしいいか。

 

「体育祭」

「ん?」

 

二つ目のチキンに手を伸ばしたとき、渋谷が急に話しかけてきた。

 

「あんたが足速いとは思って無かった」

 

二人三脚のことか。この分だと大分噂になってるんだろうな。

 

「あれはちょっとした裏技だ。俺の実力じゃない」

「そのちょっとした裏技が、あんたの実力なんじゃないの?」

 

しまった。チキンが美味すぎてついいらんことを言ってしまった。

 

「それに、特別点まで獲得してるし。興味無かったんじゃないの?」

「学校側の判断なんだから、俺の意思は関係ないだろ。チキンをゆっくり味わいたいからその話は後にしてくれ」

 

『後』なんてのは訪れないだろうがな。

その後、チキンを食べ終わり会場へ向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

会場入り口には列が二つできていた。左の列はかなり混んでおり、右の列は比較的空いている。俺は渋谷を連れ、右の列に並んだ

 

 

「ねえ、なんで列が二つあるの?」

「見てわかると思うが、左は一人、同性のペア、もしくは3人以上の団体用だ」

と、事前にプリントアウトした資料には書いてある。

 

「え?じゃあこの列って……」

「カップル用だ」

 

 渋谷の表情が変化する。例えるならさっきまでは昆虫を潰してしまった時のような不快な顔、今は、ハ虫類を念入りに調理されて食卓に出された時のような不快な顔だ。どっちも体験したことはないが、多分そんな感じだ。

 

「帰っていい?」

「カメラ」

「ぐっ……。わざわざこっちに並んだ理由は?」

 

脅しの力ってすげー。ちょっと楽しいなこれ。

 

「男女のペアで入場した場合、会場限定のスペシャルアイテムが貰える。そのためだ」

「なるほど……。それなら沢渡ひなとくればよかったじゃない。それともあいつへのプレゼントとか?」

「ひなは今日、用事があるって言っててな。てか、どうしてあいつにプレゼントするって選択肢が出てくるんだ」

「だって、あんたら付き合ってるんでしょ?」

 

え、今なんて?

いや、決してどこぞの難聴主人公のように聞こえなかった訳ではなく、聞こえた上での疑問だ。

 

「誰から聞いたが知らんが俺とひなは付き合って無いぞ」

「いや、だって図書館で二人で勉強してたじゃない。体育祭の時、お弁当を食べさせてもらってたって噂もあるし」

 

やっぱり図書館で感じたのはこいつの視線だったか。てか、体育祭では弁当を分けてもらっただけで食べさせてもらったりはしてないんだが…。

 

「それ、ひょっとして……」

「ええ。一年生の間では有名よ」

 

まじかよ。これはほっとくと学校中に広がりそうだな。誰だよ。そんな噂流したやつ。

 

「あのな。本当に俺たちは付き合っていない。だれか告白の現場でも見たのか?本人から聞いたのか?不確定な情報に踊らされるとロクなことにならないぞ」

 

以上。元大学生のありがたいお言葉でした。

 

「その顔だと本当に違うみたいね…。勝手な憶測で言って悪かったわね。でも、それだと体育祭の時あんたが私の邪魔をした理由が分からないんだけど?」

「それは……」

 

 それは、なんだ? あの時は『友達だから』という理由で動いていた。だが、ひなの前ではそう言えなかったのは事実だ。だからといってひなに恋愛的感情を抱いているのかといえば、それも違う。と思う。そもそも俺が他人にそんな感情を抱く訳がない。深く関われば関わるほど、いつか、失う時の痛みは計り知れないのだから。

 

「それはともかく、渋谷もそういう話が好きなんだな」

 

女子ってのはそういう物なのだろう。渋谷も例外では無いってことだな。

 

「うっさいわね。ほら、列進むよ」

 

 

 




次回予告

武哉「次回予告の時間だ、今回のゲストは……」

渋谷「どうも」

武哉「にしてもまさかここで渋谷の再登場とはな」

渋谷「ほんとにね。自分で言うのもあれだけど完全に使い捨てキャラだと思ってたわ」

武哉「作者の友人が渋谷推しらしいぞ」

渋谷「そんな理由で本編書いて大丈夫なの?」

武哉「まあ、出番がある以上は何らかの意味があるだろう」

渋谷「ならいいけど……。これを読んでる人たちには推しキャラとかいるのかしらね……」

武哉「それじゃあ、次回、『充実』」

渋谷「お楽しみに」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22. 充実

今回から次回予告は少しお休みして、新コーナーをやりたいと思います。


 

 入り口で行うことは、基本2つ。入退場が自由になるリストバンドの装着とパンフレットの受け渡し。パンフレットにはVRブースのチケットも付いている。男女のペアはそれに加えてスペシャルアイテムが貰える。どうやらゲームのキャラのキーホルダーらしい。男女ひと組につき一つしか受け取れないのは運営の悪意を感じる。

 

「次の方どうぞー」

 

俺たちの番が回ってきた。リストバンドを巻いてもらうために腕をだす。

 

「リストバンドをつけさせていただきま…ファッ!?も、望月!?」

 

は?なんでイベントスタッフが俺の名前知ってんの?すでに学校外にも噂広まってんの?

なんてことは無く、顔を上げると答えは簡単だった。

 

「池内…。なにしてんだ?」

クラスメイトの池内だった。

 

「いや、バイトだよ。すごいんだぜ、研修でゲーム試遊し放題だったんだからな!」

「そうか、じゃあバイト頑張ってな。あと、スペシャルアイテムくれ」

「お、おう。こちらスペシャルアイテムになりま…ってそうじゃねえ!」

 

どうやら渋谷の存在に気付いたようだ。これは、あれだな。次にお前は『お前ら、そういう仲だったのか』と言う。

 

「お前ら、そういう仲だったのか!?」

 

予言的中。そのうち時間止められるかもな、俺。

 

「望月、こいつ誰?」

 

渋谷はさらに不快そうな顔で尋ねてきた。

 

「同じクラスの池内だ。詳しくは俺も知らん」

「そう、池内君。言っておくけど私は好きでこんな奴と一緒にいる訳じゃないから。誤解しないで」

 

そんな表情で言うなよ。だが、むしろ説得力があっていいかもな。

 

「好きで来てるわけじゃない……。ということは命令!?ご主人様的なあれなのか!?」

 

半分あってるから、即座に否定できなかった。が、その間がよろしくなかったのか、池内はどんどん妄想を膨らませているようだ。

 

「望月…。お前は敵だ!リア充爆発しろ!こちらスペシャルアイテムになります!どうぞ楽しんで行ってください!」

 

俺を非難しながら仕事をこなすその器用さは見習いたいもんだな。とりあえず池内は放置して、入場することにした。

 

「屈辱だわ…。こんなのと付き合ってると誤解されるなんて」

 

明日からしばらくは噂になるだろうな。二股野郎と勘違いされる未来が見える。まあ、もとより他人からの評価なんて気にしてないが。

 

「にしても、これは凄いな」

 

会場はゲームの音でいっぱいだ。ゲームセンターの拡大版と言ったところか。

 

「なんか、頭痛くなってきた…」

 

まあ渋谷はゲーセンとかいかなさそうだし、予想通りの反応だな。俺としてもアイテムが手に入った以上、渋谷と行動する必要はないのだが、せっかくだしこいつにもゲームの素晴らしさを教えてやろう

 

「適当に回るぞ」

「この人ごみの中で歩きたくないんだけど、確実にはぐれるじゃない」

「手でも繋ぐか?」

「その時はあんたの骨は粉々ね」

 

そんな握力は無いように見えるが…。まあでも迷子になられても困るしな。

 

「じゃあ、俺の服の裾でも掴んどけ、これ命令な」

「この外道が…」

 

そう言いつつも渋谷は裾を掴んできた。ここだけ切り取ったらさぞかし甘酸っぱい場面なのだろう。

 

「お前、ゲームってやったことあるか?」

 

歩きながら問いかける。

 

「無い。そんなことするくらいなら英単語の一つでも覚えたほうが効率的じゃない」

 

つまり丸っきりのゲーム初心者か。となると簡単な操作のものが良いかな。

 

「じゃあ、あれにするか。ちょうど空いてるし」

 

俺が選んだのは、シューティングゲーム。かなり昔のソフトのリメイクで、操作性はそのままで、グラフィックやボイスが遥かにレベルアップしたものだ。ビームを打ったりボムを落としたりするだけのなので、渋谷でも楽しめるだろう。

 

「二名様でのプレイになりますか?」

 

なんと、新作は対戦機能が搭載されているようだ。3本勝負で、2回勝ったほうの勝利となる。渋谷は相変わらずの仏頂面だ。なんか面白いことでも言ってやるか。

 

「二名様でのプレイって意味深だな」

「死んで」

 

怖い。以前瑠璃と電話した時ぐらいは怖い。

二人で席に座り、コントローラーを渡される。とりあえず一番簡単なモードを選ぶ。一通りチュートリアルが終わった後、再びモード選択画面になった。敵を倒していき、スコアで競うモードと、プレイヤー同士で戦うモードだ。

 

「どっちがいい?」

「どっちでも」

 

とりあえず、スコアで競う法にするか。シューテイングゲームを初めてやるならこっちのほうがいいだろう。

 

一戦目がスタートした。

画面を分割して、右が俺、左が渋谷だ。

定石通り、雑魚敵をビームで倒し、地面の砲台に爆弾を落とす。

渋谷の画面を見ると、既に一回死んだようで、スタート地点からやり直している。

しかし、渋谷は文句は言わずに、黙々とプレイしている。

そんなこんなで一戦目は俺の勝ちだった。

 

が、その後不思議なことが起こった。渋谷の機体がノーミスで雑魚敵を撃退し、三戦目のボスもハイスコアで破壊した。

2対1で俺の負けになった。

 

「お前、なにしたんだ?」

「何って、この雑魚敵?とかいうの動きに法則性があるじゃない。ボスとかいうのも攻撃パターンがあるし」

 

なんて奴だ…。やはり天才か…。試遊用だからか、それとも難易度が簡単だったからだろうか。それにしても初見で出来るか?こんなこと。

 

「機械相手だと凡人振りに拍車がかかるわね」

 

ドヤ顔うぜえ…。でも、どうやら楽しんではいるようだな。

 

「次は、あれだな。太鼓の達人」

「ああ、あれは見たことあるかも」

 

流石ドンちゃん。格が違う。

 

「ふはははは!次は負けんぞしおり!」

「つぎも私が勝つよ。あーちゃん。約束通りクレープ奢ってもらうからね!」

 

声のしたほうを見ると、亜季斗としおりの姿があった。どうやらレースゲームをやっているようだ。声をかけようと思ったが、二人とも楽しそうなのでやめておいた。アイテムは今度渡すか。

 

太鼓の達人は五分五分の成績で終えた。その後、会場を歩きまわっているととあるポップを見つけた。

 

「SAOの新作か…」

 

ソードアートオンラインの新作が出ることは知っていたが、もう試遊できるのか。とても気になるが、どうやら一人用だ。渋谷が暇になっちまうな。

 

「別にいいわよ」

 

俺の視線から察したのか、渋谷は承諾してくれた。

 

「それじゃ、お言葉に甘えて…」

そんなに並んでいなかったので、すぐに順番が回ってきた。さて、とりあえずキリトを使うか。

それにしても、形だけみると、今の俺って凄く充実してるな。学校で仲の良い友達がいて、テスト前に勉強会して、今日なんかは女子と出かけたりして。まあ、体育祭の時のような面倒事もあったし、変な先生や、狂った先輩に目をつけられたりもしたが、それでもあの時の俺からは考えられない環境だ。仮初めでは無い、でも本物と断言も出来ない。でも、これは俺があの時求めたものとは違う。

 

 

だからこそ俺は今の俺が嫌いだ。

 

 

 

なんて考えながら、画面のキリトは敵をなぎ倒していく。キリト△。

 

「なかなか面白かった」

「そうね、あんたものすごく集中してたし」

 

傍目にはそう見えるのか。

 

「そろそろVR会場に行くか」

「ずっと思ってたんだけど、VRってなに?」

「ヴァーチャルリアリティのことだ。専用の機械を頭に付けることでゲームに入り込んだような状況でプレイできる」

「へえ、ゲームってのも案外バカに出来ないものね」

 

そんな話をしながら歩いていたら、出入り口で渋谷の姿が消えていた。トイレだろうか。迷子だろうか。だが、出入り口は人が少ないし、迷うはずもない。やはりトイレだろうか。しばらく待つか。

 

 





今回からはキャラ紹介をしていきたいと思います。よう実のプロフィールを参考に作りました。基準としてはC評価が平均値です。わかりやすく言うと、池内はすべてCです。
記念すべき第一回は主人公、望月武哉君です!







望月武哉 (もちづき たけや)



1年B組 部活動 無所属 誕生日  9月12日(転生前後で同一)

学力 C+  知性 A  判断力 A+ 身体能力 C  協調性 C-

主人公。女神の手違いで異世界へと転生させられた高校一年生。元の世界では大学生だったが、転生後の世界では高校生として生きていくことになる。
どのような異世界かを知るために、沢渡ひならと友人関係を結び、日常生活を送ることを決める。
学力・運動能力ともに平均的であるが、真面目に勉強に励めば結果を出せる程度のポテンシャルは持っている。
また、過去のとある経験から、人の表情や仕草から感情を読み取ることに長けているが、本人はその力を使うことに迷いを感じている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23. 友達

だいぶ間が空いてしまって申し訳ありません。


 

迷った。ことにしておこう。実際のところ、意図的にはぐれたのだけれど、私にはそうするしかなかった。

怖かったのだ。今日を楽しんでいる自分が。

私は今まで、友達と遊んだことは無い。私の家はそこそこ立派な家系で、昔から優秀な人物が排出されている。私も、その家の一人として、必死に勉強してきた。それこそわき目もふらず。そのおかげで、小学校も中学校も、私は一番の成績を収めてきた。この世の中は、学力が物を言う。勉強が出来れば、全てが手に入る。でも、私には友達はいなかった。

そんなものは勉強の役には立たないから。学問を究めることと、人と仲良くすることは両立できない。それが私の考えだった。

 

でも、高校で私は二番だった。それ自体はそこまで問題じゃ無かった。悔しくはあったけど、一番の奴も私と同じ努力をしていたのだろう、だからもっと努力すればすぐに一番になれる。そう思ったからだ。でも、違った。一番の人間は私とは違った。私が選んだものも、切り捨てたものも、どちらも持っていた。私は、悔しかった。自分が努力してきたことを否定されたようで。だから、一番の人間を苦しめてやろうと思った。そのために策を弄した。他人を使ってまで。でも、一番でも二番でもない人間に私の策は破られた。そいつの目は私の全てを見透かしているようで気味が悪かった。そいつは言った。『友達を助けるのは当たり前』だと。友達のいない私には分からなかった。何よりショックだったのは、眼中に無かった奴に負けたこと。私はそいつを恨み、嫌った。

でも、今日私はそいつと行動を共にしていた。心底嫌っていた人間と行動するなんて本当に不快だった。でも、いつの間にか私の中には不快感より、『友達と遊ぶってこういうことだろうか』という考えが浮かんできた。自分でもおかしいとは思ってる。でも、私は今日を楽しんでいた。それがたまらなく怖かった。自分が自分じゃ無い気がして。凄く気分が悪い。

 

 

 

 

 

 

渋谷の奴、遅いな。これは迷子の可能性が出てきたな。仕方ない、電話するか。

発着履歴から渋谷の番号を探し、リダイヤルする。しばらくコールした後、渋谷は電話にでた。

 

『何よ?』

「ずいぶん長いトイレだと思ってな」

『バカじゃないの』

「バカはお前だろ、あの場所で迷子になるとか」

『……』

「下は混んでるから上の階で合流するぞ。これ、命令な」

 

渋谷は何も言わなかったが、おそらく了承したのだろう。

エレベーターで上階へ上がり、指定の場所へ向かう。渋谷はベンチに座っていた。

「遅かったわね」

「お前が早いの間違いだろ」

 

どこかで聞いたやり取りをし、俺は隣に腰かけた。

 

「俺と一緒にいるのがそんなに苦痛だったか?」

「最初からそう言ってるでしょ」

「でも、心の中で楽しんでいる自分がいて、それが気持ち悪い。ってとこか?」

「……っ!」

 

まさかそんなことまで見透かされているとは思わなかったのだろう。渋谷は面喰っている。

 

「さて、VRの会場に行こうか」

 

再びエレベーターに乗り込む。一階のボタンを押すと降下していく。

 

「あのさ……」

 

渋谷が口を開こうとしたその時、

 

――――ガコン  

 

エレベーターに異変がおきた。照明が消え、大きく揺れた。どうやら停止したようだ。

 

「……で、なんだ?」

「そんな場合じゃないでしょ。どうすんのよこれ」

 

確かに、このままってわけにもいかないな。とりあえず非常通話ボタンを押してみる。が、反応は無い。電源ごとやられたようだ。

 

「とりあえず、エレベーターが止まってるのは外部でもわかってるだろうし、助けを待つしかないな」

 

「落ち着いてるわね」

 

というわけで俺たちはエレベーターの中で待機することにした。

 

 

「なあ渋谷」

「何…」

「いや、見るからに具合悪そうだぞ、お前」

「そうね…。なんだか体が重いわ」

 

熱中症だな。昼飯食って無いし、ここは暑いし、何より精神的に弱っている。

 

「とりあえず、お茶でも飲め」

「もう、空っぽ…」

 

まあ、今日は暑かったし、こまめに飲んでれば、無くなってもおかしくはないか。

 

「じゃあ、これやるよ、まだ開けてないから」

 

ここへ来る途中に買っていたいろはすを渡す。

さて、熱中症か。処置の仕方を調べるか。スマホを取り出し、検索をする。大抵は救急車を呼べと書いてあるが、この状況では不可能だ。他を探すか。

 

「渋谷、とりあえず俺の膝の上に足おいて横になれ」

「は?何言って…」

「さっさと従え、命令だ」

 

渋谷は言われたとおりにした。とりあえず足を心臓より高くすることには成功した。これで血流はなんとかなるか。

 

「つぎは濡れタオルか」

 

鞄からタオルをだし、さっきのいろはすで濡らす。ちょっとぬるいが、無いよりマシだろう。

 

「これ体に当ててろ」

 

「で、何々…なるほど」

 

俺は渋谷のベルトに手をかける。

 

「ちょっ!どさくさにまぎれてなにする気よ!」

「勘違いするな、緩めるだけだ。こんなところで襲うわけないだろ」

「他の場所なら襲うわけ…?」

「うん。これは重症だな。しっかり休めよ?」

 

危ない、あやうく血迷うところだった。俺も暑さにやられてるな。

 

 

とりあえずやれるだけの処置をした。かれこれ20分は経っているが、一向に救助は来ない。

 

「ねえ…」

「なんだ?あまり喋ると体力を奪われるぞ」

「なんで、助けてくれるの?私はあんたの友達でもないし、むしろあんたの友達を苦しめようとしたのよ…?」

 

まぁ確かに、そう考えるのは当然だな。

 

「あのな、お前は目の前で知り合いが困ってるとき、見ないふりをして、快く飯が食えるか?」

「それだけ?」

「後は…お前みたいなやつの苦しみを知っているからだよ」

 

俺は渋谷のように勉強ができる訳でもないし、こいつが勉強に固執する理由なんて知らないし興味もない。だが、こいつの戸惑いや葛藤なら理解できる。それは俺が今抱いている物と似ているからだ。自分が思っていることと現実で自分が感じていることのズレ、違和感。そうじゃないと理性を働かせ正当化しようとしても、感情がそれを許さない。結果、感情に流され自分の信念を捻じ曲げてしまうのだ。自分はここにいていいのか、楽しんでいいのか、笑っていていいのか。『力』に関しても、『気持ち』に関しても、こいつは俺と似ているのだ。

 

「何それ…意味わかんない…」

「なあ、お前って夢とかあるか?」

 

話題を変えよう。どうも最近の俺は余計なことを言いすぎる。

 

「……突然ね。まあ、ついさっき考えたのならあるわよ」

「それは?」

「教師になりたいの。教育機関が今より良くなれば私みたいに、勉強一辺倒になって、後で後悔する人もいなくなるかなって」

 

つまり、渋谷は友達が欲しかったのだろう。それでも、勉強に固執する理由があった。それが何かは知らないが、渋谷にとっては大事なことなのだろう。それでも、今はその理由よりも、渋谷は友達を欲している。

 

「渋谷、ひとつだけ言わせてもらうと、俺はお前の勉強中心の人生が間違っていたとは思わない」

「……!」

 

話題を変えたのにまた余計なこと言ってるな、俺。

 

「人生ってのは限られている。その中で出来ることもまた限られている。そんな中でお前は勉強を選んだ。俺には分からないがきっと大切な理由があったんだろう。でも、それだけ頑張ってやってきたことを、否定される辛さは俺にも分かる。俺とお前は似ているからだ。でも、違うのは、お前は過去を否定し、俺は今を否定しているってところだ」

「どういうこと…?」

「今を否定している俺にはきっと未来なんて無いだろう。でも、過去を否定するお前は、これから変わろうとしたお前には、未来がある。だからこそ、今は否定していても、お前は、その過去を肯定できる時が必ず来る。だから…。」

「だから…?」

「それまで、俺がお前の友達になるよ」

 

こんな言葉は、こんな感情になったのは随分と久しい、いや初めてのような気もする。それでも、俺はそう言いたかった。それは、渋谷の語った夢と同じ、自分のような奴を作らないためだ。

 

「渋谷…?」

「うっさい…ホントにうっさい…」

 

そういって、渋谷の意識は消えた。その頬には涙が流れていた。

 

 

 

 

その後、エレベーターは復旧し、俺たちは助かった。渋谷も応急処置のおかげで医務室では簡単な治療を受ける程度で済んだ。だが、意識が戻るまで時間がかかりそうだったので俺はベッドの横の椅子に座っていた。

 

何というか、少し感情的になりすぎたな。とうの昔に捨て去った過去への思いが少しぶり返したようにも感じる。「友達になる」なんて事を自分から考えたのも言ったのも随分久しぶりなもんだ。全く、失った時の辛さを理解しているのに、バカらしいな。でも、これが、俺が本当に求めていたものに最も近いものだろう。

 

 

「……ん」

「起きたか、具合はどうだ」

「えっと…、そうか、エレベーターで…」

 

渋谷は状況を整理しだした。まあまともに思考できるなら大丈夫だろう。

 

「ねえ」

「なんだ?」

「寝顔、見た?」

「必死に介抱したんだからそれくらいの見返りがあってもいいだろ」

 

渋谷の顔が羞恥に染まっていく。今日一日でこいつのいろんな顔を見てきたが、一番感情むき出しだな。

 

「忘れて…。忘れないならあんたを殺して私も死ぬ」

 

すごく物騒な発言だな。

 

「わかった。忘れる。だから枕を投げようとするな。それ堅い奴だろ、意外と痛い奴だろ」

 

死にたくないので、忘れることにした。

その後、渋谷も元気になったので、俺たちは帰ることにした。結局VRは試遊出来なかったが、緊急事態だったし仕方ないな。

 

「あのさ」

 

渋谷の言葉に振り返る。

 

「……あ、あり…あり……」

「どういたしまして」

「ち、違う!このクズ!」

 

そう言った渋谷は、笑っているように見えた。

 




沢渡ひな (さわたり ひな)

1年B組 部活動 無所属 誕生日 2月12日

学力 A+ 知性 A+ 判断力 C 身体能力 D- 協調性 B-

ヒロイン。1年B組所属。主人公・望月武哉の同級生。高校の入学式に欠席した武哉の様子を見に来たことから、登下校を共にすることとなる
とても純粋な心の持ち主で、かなりチョロイン。自分とは違い、表情を全く変えない武哉に興味を抱く。
かなりの秀才で、入試は全科目満点、学年1位。だが、運動だけは平均以下。同じクラスの高松瑠璃とは小学校からの友人。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24. 協力

 

 

渋谷と別れ、自宅に戻り携帯を見ると、ひなからラインが来ていた。

 

『望月君ごめん!明日から一週間、塾の関係で勉強会参加できなくなっちゃった……』

 

なるほど…まあテスト前だし、塾が忙しくなるのは当然だな。

 

『わかった。亜季斗たちには伝えておく。塾頑張ってな』

 

しばらくするとひなからスタンプが帰ってきた。

しかし、ひなが来れないとなると同じ塾の瑠璃も来れ無いわけで、そうなると俺一人で亜季斗たちを見てやらないといけないのか……。

……無理だ。でも赤点で追試になったらあいつら俺の事恨むだろうなあ……。

まあ、手段はあるが、少々面倒だな。

 

 

 

翌日の放課後、亜季斗たちを先に図書室へ向かわせ、俺は1年D組の教室へやってきた。

近くにいた女子たちに要件を伝えた。女子たちは俺をみて何か小声で話していたが、とりあえず目的の人物に取り次いでくれた。

 

 

 

「というわけで、D組の渋谷に勉強会に参加してもらうことになった」

「よろしく……」

 

渋谷は仏頂面であいさつする。そんな顔するなら断ってくれても良かったんだけどな。

 

「はああああああ!?」

 

しおりが驚きを表す。

 

「図書館では静かに」

「いや、だって、望月、あんたねえ!?」

 

まあこれが面倒だった訳だ。とりあえずこれ以上注目を集める訳にも行かなかったので、しおりを連れて廊下にでる。

 

「ちょっと、どういうつもりよ望月!」

「少し落ち着け、目立つだろ」

 

その言葉で、しおりも声が大きかったことに気付いたのか落ち着いてくれた。

 

「あいつ、体育祭の時のやつでしょ?」

 

ハッキングを頼む上で、しおりには渋谷の一件については一部始終を話している。それゆえの驚きだろう。

 

「そうだ」

「そうだ…じゃなくて!あいつがひなにしようとしたことはあんたが一番知ってるじゃない!」

「だからお前に協力してもらって解決したじゃ無いか」

「あいつを許したってこと?友達を苦しめようとしたあいつを」

 

当然の問いだな。だが、俺も考えなしにやってるわけじゃない。渋谷がひなにしようとしたことは紛れもなく悪事なのだから。

 

「なあ、仮にクラスでいじめが起きたら、責められるべきなのはだれだ?」

「は?何よ急に」

「良いから答えろ」

「そんなの、加害者に決まってるじゃない」

 

当然の回答だ。まともな感性を持つ高校生に聞いたら大半はそう答えるだろう。

 

「確かに、加害者には大きな責任がある。だがな、だからと言って100パーセント悪と決め付けるのは傲慢な考えだ。被害者にだって攻撃を受ける理由はある。たとえば、調子に乗ってるとか、誰かを傷つけたとか。人間の感情が関わる問題に関してはっきり善悪を判断するのは不可能だ」

「ひなに何の原因があるって言うの?」

「それは渋谷にとって重要な問題だ。俺からは言えない」

 

だが、しおりは釈然としない様子だ。言葉では理解しているが、感情が理解していない。まあ、高校生が簡単に割り切れることでも無い。

 

「それにな、しおり」

「なによ?」

「渋谷が参加しなければお前と亜季斗は追試確定だ」

「あいつに頼るくらいなら追試受けたほうがマシ」

「楽しい夏休みをおくりたいのなら、我慢したほうがいいと思うぞ?」

「うぐっ」

 

その言葉によってしおりは折れてくれた。夏休みの力ってすげー。

 

 

 

 

そうして勉強会はスタートした。

渋谷のやり方はひなとはちがって、問題集では無く過去問を利用した難しい内容だった。

当然、しおりと亜季斗は困惑している。

 

「ちょっと、これ難しすぎない?」

「見るだけで意識が遠のく……無念」

 

さて、どうする渋谷先生?

 

「望月から聞いた感じだとこの問題は沢渡ひなが教えた内容を使えば出来るレベルよ。問題をみて嫌になるだろうけど、まずは考えてみるのが大事よ」

 

素晴らしい。教師になりたいと言った通り、渋谷は教えるのが上手い。

 

 

「望月、あんたも見てないでこの過去問やって。」

 

ああ、はいはいっと。

 

 

一時間後。

 

「……」

「……」

 

信じられるか?これ、真面目に勉強してるんだぜ?

 

「渋谷氏、ここはx=2でいいのだな?」

「うん。後はその数字をこっちに当てはめて計算すれば答えが出るわ」

 

比較的簡単な問題だが、それでも亜季斗が理解できるようになっている。。しおりのほうも、英文の和訳スピードが向上しているし、俺も問題がスラスラ解ける。渋谷先生まじパねえ。

 

「どうだ?渋谷に頼んで良かったろ?」

 

小声でしおりに問いかける。

「まあ、教え方に限って言えばひなより分かりやすいわ。でも…」

 

しおりはまだ不満なようだ。

 

 

 

そして次の日の放課後。ホームルームが終わり、俺は渋谷と図書室に向かっていた。

 

「それにしてもお前、あっさり引き受けてくれたよな。びっくりしたわ」

 

もし断られたら、また脅そうと思っていたが、渋谷はあっさり承諾してくれた。俺個人に教えてくれるのならまだ分かるが、亜季斗たちにまで教えてくれるのは意外だった。

 

「まあ……そうね」

「なんか理由があるのか?」

「あんたが言ったんじゃない。その、『友達を助けるのは当たり前だ』って……」

 

渋谷は俯きながらそう言う。自分でも似合わないことを言ったと自覚しているのか、耳まで赤くなっている。

 

「それなら、これからは俺たちと一緒にいるか?」

 

しおりの承諾を得るのは困難だろうが、俺個人としては渋谷が俺以外の友達を作るのも必要だと思っている。悪い話では無いと思うが…。

 

「遠慮しとく。あんたはともかくあの赤坂って子は私を良く思って無いみたいだし、それに……」

「それに?」

「多分、それだとまた沢渡ひなになにかしちゃいそうだし」

 

なるほどね。自分ではもうあんなことはしまいと思っているのだろうが、ひなと近くにいることでどうにかなってしまうかもしれない、という不安があるのだろう。まあ、友達ってのは無理に作るものでもないし、渋谷のペースでいいか。

 

「そうか、まあそれなら仕方ないな」

 

そうして、俺たちの会話は終わり、図書館へと歩いて行く。

 

「あ!望月君!」

 

職員室の前でひなに会った。

 

「よう、ひな。なにしてんだ?」

「体育祭の報告書を提出して、それで今終わったところだよ。これから塾に行くの」

「報告書なんてあるのか。そりゃお疲れさん」

 

実行委員長も大変だな。テスト勉強と並行してそんなことまでしないといけないなんてな。

 

「あれ?渋谷さん?」

 

どうやら渋谷に気付いたようだ。渋谷は鳩が豆鉄砲食らったような表情だ。できればこのまま話が終わってほしかったのに、まさか話しかけられるとは思って無かったんだろう。

 

「ど、どうも……」

「あーそっか!望月君が勉強会に誘ったんだね?」

「まあ、他に適任を知らなかったからな」

 

渋谷は尚も気まずそうだ。まあ当然だよな。

 

「ありがとね!渋谷さん!」

「別に、あんたの為じゃ……」

「期末テスト、負けないからね!お互い全力で頑張ろうね!」

「……!」

 

ひなの言葉に渋谷は面喰っていた。俺はあの屋上での渋谷の言葉を思い出した。

―――――あいつの目には、私も泉も映って無い――――――

それは渋谷が事件を起こした理由の一つであり、最も大きな要因だった。

だが、それは違った。ひなは渋谷をライバルと認識していたのだ。おそらく泉の事も。

 

「それじゃあ、また明日ね!」

 

ひなはそう言って去って行った。

 

「良かったな」

「別に……。」

 

そうは言っているが渋谷の表情は明るい。

 

「バカみたいって思ってる?」

「いや、全く」

 

誰かに認めてもらえるというのは、それだけで心の支えになる。その大きさは俺も知っているから。

 

 

 







赤坂しおり  (あかさか しおり)

1年B組 部活動 アニメーション研究会(半幽霊) 誕生日 8月9日

学力 C  知性 B- 判断力 B+ 身体能力 C 協調性 C+

長い黒髪が特徴の女子生徒。理数以外の点数は壊滅的。だが、プログラマーおよびハッカーとして一流クラスの才能を持っており、体育祭の一件では武哉を助けた。幼馴染の亜季斗に好意を寄せている。さくら荘の赤坂龍之介の大ファン。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25. 結果

 

そして時は流れ、俺たちは……

 

 

「やった!初めて英語で平均点超えた!」

「我も全教科平均点を超えたぞ!ふははははははは!」

 

テストを乗り切った。勉強会は意味を成したのだ。そんなわけで、俺たちは学校近くのマックで祝勝会を開いていた。

 

「凄い……凄いね二人とも!」

 

ひなは自分の事のように喜んでいる。まあ、二人の最初の様子を見ていれば喜びたくもなるよな。

 

「もっちーはどうだったの?」

「まあ、やった分はできた」

 

瑠璃の問いかけに素直に答える。

事実、俺の国語の点数は95点。苦手だった数学も80点を超えた。他も80点代を獲得した。10点も上がるとは思ってもいなかった。

 

「そろそろ、個人ページに順位が送られてくる時間だね」

 

確か、10位以内に入ると特別点が貰えるんだったか。まあそうでなくとも順位発表ってのは緊張するものだろう。

 

携帯に通知が来た。これにより、個人ページで順位が確認できるようになった。

 

「あう…あんまり良くないかも……」

 

しおりは画面をみて落胆している。まあ、それでも勉強しないよりはいい結果だったはずだ。亜季斗なんか小躍りしてるし。

 

「ひなはどうだった?」

「うん。1位だったよ。瑠璃ちゃんは?」

「9位。ちょっとミスがあったから」

 

しれっと言ってるけど凄いことだな。特別点獲得おめでとう。

 

「渋谷氏のおかげだな!感謝するぞ!」

 

亜季斗の言葉に、隅でジュースを飲んでいた渋谷が反応する。なぜ渋谷がいるかというと、来る途中にばったり会って、流れで連れてこられたからだ。

 

「別に……」

 

渋谷の表情は暗い。まあ、ひなが1位と言うことは渋谷は2位以下な訳だし、当然だな。

 

「その、渋谷さん…」

 

しおりが遠慮がちに話しかける。

 

「まあ、追試回避出来たのはあなたのおかげだから、お礼は言うわ。ありがとう」

「……そう」

「でも、私はあなたを受け入れることはできない」

「……そう」

 

しおりなりに考えてくれたようだ。渋谷のおかげで結果が良かったのは事実だしな。

 

「そういうことだから」

 

そうして、祝勝会は終わり、俺たちは帰路についた。亜季斗たちとは逆方向なので、ひなと渋谷と3人だ。

 

 

「……」

「……」

「……」

 

何というか、気まずいな。ひなと渋谷の勝負の結果が提示されたことが大きいな。

しかし、この沈黙に耐えろと言うほうが無理だろう。面倒だが、家までお通夜ムードなんて御免こうむる。

 

「なあ、渋谷」

「なによ」

「勉強会に参加したのがまずかったか?」

「……」

 

勉強会に使った一週間で俺たちはたくさん勉強できた訳だが、逆に言えば教える側の渋谷はその分自分の勉強が出来なかったということでもある。気付いていなかった訳では無いが、渋谷の表情に不安も揺らぎも無かったので放置していた。何か策でもあるのだろうと思っていた。

 

「ごめんなさい、渋谷さん……。あたしが途中で出られなくなっちゃったから……」

「別に、それとこの結果は関係ないし」

「で、でも……」

「うっさいわね。だってあんたも一週間、望月たちに教えてたんでしょ?」

「う、うん?そうだけど……?」

「なら、条件は同じ。同じ条件で勝負して負けただけだから」

 

それは、渋谷のプライドが導き出した答えなんだろう。条件を同じにするだけだから渋谷はひなと同じく一週間を勉強会に費やした。だが、それだけじゃない。渋谷なりに体育祭の時の謝罪がしたかったのだ。遠回りなやり方だが、自分の出来る範囲でしっかり行動したのだ。俺に似てるなんて自意識過剰だったかね。

 

「そうか、ミサがそれで良いなら俺は言うことは無い」

「そうだね!ミサちゃん、二学期も負けないからね!」

「はいは……、ってなに名前で呼んでんのよ、馴れ馴れしい」

 

俺とひなは顔を見合わせる。俺は意図的に名前で呼んだのだが、ひなも同じだろうか。

 

「望月君の信条なんだよ」

「何がよ?」

 

ああ、そういえば体育祭の時にそんなようなことを言ったっけか。

 

「「距離が近い人は名前で呼ぶ」」

 

俺とひなの声がシンクロする。ミサのほうを見ると、以前のように顔が真っ赤だ。

そして急に後ろを向き、

 

「私、本屋寄っていくから。じゃあね」

 

そう言って走って行ってしまった。本屋は結構前に通り過ぎたんだが、あのペースで走ったらつくころにはへとへとだろうな。

 

 

そして、今度はひなと二人で歩きだす。

 

 

 

「あたし、ミサちゃんとは前からお話したかったんだ」

「そりゃまたなんで?」

「体育祭の準備中、廊下ですれ違う時、なんだか怖い目をしてたから、怒らせちゃったのかと思って」

 

なるほど。ひなもひななりに渋谷の敵意には気付いていたってことか。

 

「でも、今日のミサちゃんは楽しそうだったからよかったよ」

「そうか」

 

きっとミサはこれから変わっていく。ゆっくりとだが、確実に。

ひなはそれを感じ取ったのだろう。そして、ひな自身も、しおりも、亜季斗も、瑠璃だって変わっていくのだろう。胸の中で、何かが痛むような気がした。

 

 

「そういえば、望月君は何位だったの?」

「俺?そうだな……。いかにも俺らしい順位だったよ」

「なにそれ?ちゃんと教えてよー」

「さあな」

「もう、意地悪!」

 

ひなの声は蝉の鳴き声にかき消された。それは夏休みの到来を告げているようだった。

 

 

 

 

 

 

望月武哉  11位

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏休み編
26.開始


 

 

 

夏休み。それは一学期を耐え抜いた戦士たちに与えられる休息であり、心のオアシスである。体育祭、期末テストを終えた中雲高校の生徒たちには約一カ月の夏休みが与えられる。生徒たちは海に行って泳いだり夏祭りで花火を見たり、アルバイトに勤しんだりする。

だが、それも予定を作る気がある者がとる選択肢であり、予定を作らず、何もしない夏休みを送る高校生も存在するわけで、俺もその一人だった。

 

 

「あー、暑い……」

 

何故夏は暑いのか。夏が来るたび考えることだが、理由は単純だ。夏だからだ。何を言ってるか分からねーと思うが、理屈とかそんなチャチなもんじゃねえ。もっと恐ろしい力の片燐を味わってるぜ……。

つまるところ、考えるだけで暑いので、考えることを辞めたぞオオ!ジョジョオオオ!ということである。自分でも何言ってるか分からん。

まあ、家の中でだらだら出来るだけマシか。

なんて思ってたらラインが2件来た。ひとつはしおり、もう一つはひなからだ。

とりあえず、しおりのほうから既読をつける。まあ、特に理由は無いんだが、画面の一番上に出ているからだな。理由あるじゃねーか。

 

「えーとなになに」

 

『2時、学校近くのマックにて待つ』

 

うん。何これ?果たし状?

 

『意味がわからん』

 

と返信したが、既読スルー。ひとまず放っておこう。

次はひなのほうに既読をつける。

 

『夏期講習、どうする?』

 

そう。テスト前にひなから塾の夏期講習に誘われていた。そして、テストの結果が出た時に、「もっとやれば上位を目指せる」とひなのお墨付きをもらった。

まあ、夏期講習は一週間程度だし、他に予定もない。せっかく誘われてみるし行ってみるか。

 

『行くって方向で』

『ほんと!?じゃあチラシについてた申込書に必要事項を書いて明日塾に持ってきて!』

 

『了解』と返信した後、鞄からチラシを取り出す。住所年齢などありきたりの内容だ。

さっさと記入しようと思ったが、しおりからのラインを放置していることに気付き、もう一度画面を見る。

が、既読スルーのままだった。ひょっとして緊急の用だったのだろうか。いや、それなら電話してくるはずだよな。ああ、めんどくせえ。めんどくせえが無視したらしおりに何されるか分かんないし、マックに行くか。

 

 

 

そんなこんなで俺はマックに入店した、暑く長い道のりだったぜ……。

店内を見渡すがしおりの姿は無い。あいつ、呼び出しておいて遅刻かよ……。

とりあえずコーラを買って、入口に近い席に座る。それにしても店内はクーラーが効いてて涼しいな。うちの備え付けより涼しい。なんて考えていると入口が開き、しおりが入店してきた。

 

「ごめん、待った?」

「そりゃあ時間指定で呼び出されたのに10分も遅刻されたからな、待ったから帰っていいか?」

 

そう言って席を立とうとするとしおりに腕を掴まれた。この感じからして何か大事な用だってことは理解できた。だからこそ帰りたい。

 

「とりあえず話だけでも聞きなさいよ!チキンクリスプ奢るから!」

 

それ、100円の奴じゃねーか。ビッグマックとかじゃないんですか。

そもそも奢ったんだから頼みを聞けとかそういう話だったら面倒だ。それなら話を聞くだけ聞いて適当にはぐらかして帰ろう。

 

「・・・・・・。とりあえず、話は聞こう」

 

・・・・・・五分経過。しおりは座ったまま何も話さない。コーラもなくなったし帰りたいんだけどなあ。

 

「おい、本当に帰るぞ」

「ま、まてい!」

「亜季斗の真似か?」

 

俺はこいつと漫才するために暑い中ここまできたのか?

・・・・・・と思ったがしおりの表情に小さな変化あった。

 

「亜季斗のことか?」

「う……なんでわかったのよ」

 

やっぱりか。亜季斗の名前を出した時に目を逸らし、気まずそうな顔をしていたから。何て言ったら話が脱線しそうだし、とりあえず向こうから話してもらおう。

 

「その……お願いがあって……」

 

嫌な予感がする。俺の平穏な夏休みを脅かすような何かが起きそうだ。が、ここまで来ると引き返せない。いや、まだ大丈夫。何かお願いされても無理だと答えればいいんだ。

 

「夏休み、あーちゃんと仲を深めたいというか……良い感じになりたいの!だから手伝いなさい!」

 

物凄く抽象的だな。仲を深めるとか良い感じとか、とりあえず恋愛相談ということだろう。亜季斗のことを委員長と呼んでいないしな。

 

「な、何か言いなさいよ!」

 

じゃあ言わせてもらおうか。

 

「断る」

「そう、その言葉を待って……はあ!?この流れで断るってあんたそれでも血の通った人間なの?バカ、ボケナス、望月!」

 

 

酷い。酷過ぎる。普通こういう場合もっと下手に出るものじゃないのか……。

そういえば木崎先生もかなり高圧的に頼んできたっけか。男尊女卑だと訴える女性は多いが、今この状況だと完全に女性が強いんだが。

 

「仲を深めるとか良い感じとか、具体的にどういうことか知らんが、俺から見ればすでにそんな感じじゃないか?」

「はあ、あんた本当に分かってないわね……。確かに今は今で楽しいけど、これじゃダメなの。だって……」

「亜季斗からみたお前がただの友達どまりだからか?」

「分かってるなら、さっさと言いなさいよ!いまのやり取り無駄だったじゃない!」

 

さーせん。とりあえずしおりは亜季斗のことが好きだが、亜季斗はそれに気付いてはいないししおりに対して恋愛感情はない。ただの仲のいい幼馴染でしかない。それでも今までいつも一緒に行動して、遊んで、楽しくやっていた。だが、しおりは現状には満足しておらず、恋仲になりたい。夏休みは絶好のチャンスという訳で、しおりの気持ちを知っており、亜季斗とも繋がりのある俺から助力を得たいという話だった。

 

「話はわかった。だが、断る」

「何でよ!」

「俺にはメリットもデメリットもないしそもそも他人が介入するような問題じゃないだろ」

「・・・・・・ひなのことは助けたくせに」

「あれは俺にも事情があったんだよ」

 

よし、これでOK。さあ帰ろう。

と思ったらしおりは笑みを浮かべながら鞄を開け、パソコンを取りだした。

 

「勉強でもするのか?じゃあ俺は帰るぞ」

「待ちなさい。これ、見て」

 

しおりはパソコンの画面を見せてきた。そこには今は懐かしい、屋上でのミサと泉のやり取りの動画が映っていた。

 

「これがどうかしたか?」

「私、誰かさんに頼まれてハッキングしたんだけどなあ。大変だったんだけどなあ。失敗してたら大問題になってたんだよなあ」

 

どうやら俺は脅されているようだ。ハッキングの対価をよこさないと俺がハッキングを要請したことを学校に告発するということだろう。まあ、そんなことしたらハッキングした当人も被害をこうむると思うんだが、随分と雑な脅迫だな。だが、それくらいこのお願いは本気ということだろう。ところで、俺は一つ思いだしたことがあった。

 

「借りなら返しただろ」

「は?何言ってんの?言っとくけどテストの事なら、あれはひなと渋谷さんのおかげであってあんたの力なんて微塵も借りてないわよ」

「いや、お前の鞄のキーホルダーだよ」

 

そのキーホルダーは『PSかあにばる』の男女ペア限定の入場特典であり、亜季斗に頼まれ、俺が手に入れたものだ。あの後亜季斗に渡して、しおりにわたったはずだが。

 

「は?ああ、これ?これは『PSかあにばる』ってイベントの入場特典で、ペアにつき一つだったんだけど、あーちゃんが極秘ルートとやらで入手してくれたの」

 

なん・・・・・・だと。亜季斗のやつ、カッコつけて詳細省きやがったな。ここで真実を話してもいいが、しおりは亜季斗が自分で入手してくれたものだと思い込んでいるわけだし、好きな人からもらったプレゼントでもある。それを壊すのはデリカシーにかけるだろう。

・・・・・・って、あれ?ということは俺には断るための大義名分がないってことか?

 

「さあ、どうすんのよ望月」

「・・・・・・はあ。わかったよ。これで貸し借りゼロだからな?」

「その言葉をまってたわ」

 

というわけで、俺の夏休みは少々面倒なものになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27. 予定

 

 夏休み二日目、水曜日。初日から面倒ごとを抱えてしまった俺はそんなものは放置して宿題をやっていた。来週からは夏期講習だし、放置している面倒ごとも約束してしまった以上いつかは動かなくてはいけない。それならばその前に宿題を進めておこうという魂胆だ。

中雲高校の方針は生徒の実力主義なので、宿題はそんなに多くない。ただ、一つだけ面倒なのは『夏休みの記録』というレポート課題だ。夏休みに経験したことから今後の自分の生活や学業、将来への見通しを立て、3000文字でまとめろというものだ。要は夏休みの日記の高校生版だ。3000文字もかける気がしないんだが、まあこれは最終日にやることにしよう。

 

そんなわけで宿題を進めていると携帯が鳴った。ディスプレイには『高松瑠璃』の名前が表示されていた。いやな予感しかしないが、無視もできないので通話ボタンを押した。

 

「もしもし」

『夏だよもっちー!夏が来たよ!そういうわけで、プールに行こう♪』

 

思わず電話を切ってしまった。なんだあれ、テンション高すぎだろ。と思っていたら再度電話がかかってきた。

 

「もしもし」

『夏だよ!夏が来たんだよ♪』

 

思わず電話を切ってしまった。いや、今のは意図的だわ。そして再び電話が鳴った。

 

「もしもし」

『次切ったら恐ろしいことになるでしょう』

「すまん。本当にすまん。だからその凍りつくような声はやめてくれ」

『はいはいごめんねー♪』

「で?なんであんなにハイテンションだったんだよ?」

『派手にいかないともっちーは私の事忘れてるかと思ってさ!』

「二日前に終業式で会っただろうが。お前の中では俺ってそんなにおつむ弱いの?」

『そ、そんなこと無いよ』

「詰まってんじゃねえよ。本気かと思うだろうが」

 

このまま続けてると宿題が片付かない。さっさと要件を聞いてしまおう。

 

「で、何のようだ?」

『プール行こうよ!ひなと私としおりとひなの水着が待ってるよ♪』

 

なんかひなが一人多かった気がするが、問題はそこじゃない。なんて言った?プール?いやいや御冗談を。いくらプールの水が冷たかろうとプールを出れば地獄が待っている。夏の暑さをもろに感じる。そこに行こうって?

 

『あれ?反応が無いけどまた切ったのかな?じゃあ恐ろしいことに……』

「いや、切ってねーから、判断を誤るな」

 

何をするか分からんが瑠璃が恐ろしいことと言うからにはとんでもないことされそうだ。とりあえず、次に電話を切るとき話が終わってからにしよう。

 

「で?プールだって?」

『そうそう。やっぱり夏は海かプールに行かないと』

「で、プールか。悪いが遠くには行けんぞ。財布に500円しか入って無い」

『それは大丈夫!近くにあるプールに行くから』

 

なんだと……。近くにプールあったのか。『ごっめーん!今月財布がピンチなんだよね~』作戦は失敗か。

 

「でも、俺、水着なんてすぐに用意出来ないぞ」

『プールに行くのは土曜だからすぐに用意できなくても大丈夫だよ♪お金が無いなら貸してあげるし』

 

どんどん外堀が埋められていく。もう仕方ないな。近くのプールらしいしそれほど苦でもないだろう。

 

「分かった。行くよ。行かせてもらいます」

『よろしい。じゃあ土曜の10時にひなが迎えにいくからねー』

「あ、そうだ。結局誰が来るんだ?」

『えっとねー。私とひなともっちーとしおりんとあっきーだよー』

「……そうか」

『どかした?』

「いや、何でも無い。じゃあ土曜にな」

 

そして通話は終わった。

さて、それじゃあ土曜日に予定入ったしやることやっちゃいますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、俺は水着を買うためにスポーツ用品店に来ていた。実際水着なんて小学校のプール授業以来使ったこととも買ったことも無い。そもそも自分が泳げるかも不明だ。溺れることは無いだろうが、クロールだのバタフライだの出来る気もしない。まあ、最悪プールサイドで座ってればいいか。さて、水着選ぶか。

 

「男性用の水着でも結構あるんだな」

 

ブーメランタイプやトランクスタイプ。それにこのラッシュガードってのは初めて見たな。これは男女どちらでも使えるのか。日焼けとか気にする人にも良いかもな。

まあ、この水色のトランクスタイプでいいか。安いし。

暇だし、他の売り場も見てみるか。

そう思い野球コーナーに来てみた。別に野球が特段好きなわけではないが、何となく目についたからだ。

 

「ほー、グローブもいいお値段するんだなー」

 

そういいながらファーストミットとキャッチャーミットを持ったりはめたりしていると、

近くから聞き覚えのある声がした。

 

「ほう、つまりこれが試合で使われるボールなんじゃな?」

「ああ、硬球と言われるものだ」

 

ボール売り場の方へ近づいてみる。すると向こうが俺に気付いたようだ。

 

「おや、望月君ではないか。久しいの」

「……やあ、望月」

 

そこにいたのはD組の委員長、泉忠則と自称何でも屋の井川真愛だった。

井川は特に変わった様子は無いが、泉は気まずそうだ。まあ、実際俺も泉と二人にされれば何もしゃべらないと思う。そう考えると井川がいたのは不幸中の幸いか。

 

「望月君は何か買いに来たのかい?」

「ああ、水着をな。週末プールに連行されることになった」

「それは愉快じゃのう」

 

他人事だと思って……、実際他人事だな。

 

「井川たちは?泉の部活道具でも買いに来たのか?」

「いや、今日は井川の道具を買いに来た」

 

うん?井川の道具?野球コーナーに?井川野球すんの?意外や意外だな。ひょっとして名の知れた選手だったりするのだろうか。いや、でもそれなら試合で使うボールなんて聞かなくても知ってるだろうし……。

 

「難しいことは無いぞ、望月君。うちが何を自称しているか言ってみよ」

「何でも屋……、ああ。なるほど。」

 

つまるところ助っ人か。そういや一年生大会が夏休みにあるって野球部期待の新人が言ってたのを聞いた気がする。おそらくは何かの理由で欠員が出てしまったのだろう。だから野球部の泉が同じクラスの井川を頼った訳か。

 

「でも、女子って出れるのか?試合」

「出れない」

「らしいのじゃ」

 

即答かよ……。じゃあ駄目なんじゃないですかそれ。ルール違反ですよ。

 

「心配ご無用じゃぞ、望月君!」

「と、言いますと?」

「うちにかかれば男装なんて朝飯前、いや、起床前なのじゃ!」

 

なにそれ、ばれなけれ犯罪じゃないんだよ?的な考えなのか。だが、根拠のない自信でも無さそうだし、そもそも泉が頼んだということは井川の男装は大したものなんだろう。

 

「でも、髪はどうすんの?」

 

井川の髪はかなり長い。腰にかかるくらいには。流石にそんな長髪な野球少年は漫画でも見たことが無い。

 

「それなら問題無い。これから床屋でバッサリじゃよ」

 

あっさり言うけど、女子が自分の髪をバッサリ切ろうなんて大分凄いことだ。たとえば、ひなの髪型がポニテからショートになっていたら池内あたりは驚くだろう。つまり、井川が髪をバッサリ切ったら、周りは猛烈にびっくりするだろう。『井川さん、失恋でもしたのかな』なんて噂が流れ、3日くらい時の人になるまである。仕事のためにいともたやすく散髪とは、こいつは将来いい社畜になりそうだ。

 

「そうかい、まあ、しっかりやれよ」

 

そういって立ち去ろうとする。今日はこの後、ひなの通う塾に行って夏期講習の申し込みをしなければならない。そろそろ良い時間だしな。

 

「まて、望月」

 

まさか泉に呼び止められるとは思わなかった。

 

「なんだ?」

「期末テスト、何位だった?」

 

質問の意図が分からない。だが、泉にとっては重要な事のようだ。

 

「別に、何位でも良いだろ。お前には遠く及ばないって」

「沢渡と渋谷に教えてもらったお前なら、十分脅威になりえる」

「はあ……分かったよ。11位だ」

「なんだい望月君。うちより8位も高いではないか」

 

井川は19位か。それにしても泉は大分俺を警戒してるみたいだな。勉強会の事なんて誰に聞いたんだか。実行委員の件と二人三脚くらいしか情報が無いはずなのに、本能的に俺の『力』を察知している。だが、普通に生活するなら、俺が泉の障害になることは無いと思うが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28. 交差

 

 

井川たちと別れ、水着を家に置いてから、ひなの通う塾に向かう。今日は塾は無いが、ひなは自習しているそうだ。何とも勤勉なことで。

というわけで、塾まで行けば、あとはひなが取り次いでくれることになっている。

俺たちのマンションから塾までは歩いて10分。距離的にはそう遠くは無いが、いかんせん暑さが重苦だ。そんなこんなで、塾の前にやってきた。

 

「思ったより大きいな」

 

てっきり2階建てくらいかと思っていたが、現実はその倍、4階建てである。しかも奥行きもある。夏期講習の料金を見た時はびっくりしたが、なるほどこのでかさなら十分割に合うだろう。ちなみに資金がどこから出ているかというと、ティアが生活用に用意した口座に振り込まれていた。あの駄女神が逐一見ているのか、それとも必要になったら振り込まれるのかは知らんが、まあ使えるものは何でも使ってしまおう。

 

自動ドアを開け、建物に入ると涼しい風が心地よい。これはクーラーの分で相当金使ってるんだろうな。

 

「さてと」

 

ひなが取り次いでくれるのはいいが、見渡す限り一階にひなはいない。とりあえずLINEを送ってみる。……が、返信は無い。自習に勤しんでいるようだ。

となると、自習室に向かった方がいいな。どこかに案内板は無いだろうか。と思ってうろうろしていると、周りの様子がおかしい。それもそうか、見知らぬ人間が何も言わずにうろうろしているわけだし、多少警戒されてもおかしくない。仕方ない、その辺の人に話しかけて、怪しい人間じゃないと証明しよう。

 

「あのー、すみません」

「……」

 

近くの椅子に腰かけていた女子に話しかけてみたが、まさかのスルー。なにこれ、そんなに警戒されてんの?ああでも、近くにいたからって女子に話しかけたのが駄目だったかな。

だが、もう他の人に聞くのも面倒だ。もう一回聞いて駄目だったら、不審がられても歩き回ろう。

 

「あのーすみません」

「……え?私?」

 

まさかの最初の問いかけの対象が自分だと思っていなかったパターンだった。俺、そんなに会話下手か?まあ、上手いとは思わないけど。

 

「……何?」

「ああ、すみません。自習室の場所を教えてほしいんですけど」

「自習室ね。わかった。私もそろそろ行こうと思ってたから、連れて行ってあげる」

 

なんだかすごく上からな感じだが、お願いしているのはこっちだし、文句は言えないな。

エレベーターに乗り、彼女は3階のボタンを押す。

3階に到着すると、そこにはいくつか教室があった。一番奥の教室のプレートに自習室と書いてある。

 

 

「ここが自習室。……そういえば、あなた見かけない顔ね。ここには何の用で?」

「沢渡ひなに用があって来たんですが」

 

すると彼女は俺から数歩離れ、というか引き、蔑んだ目で俺を見てきた。

 

「なにあなた。ひょっとしてストーカー?沢渡さんはあなたみたいなボンクラには興味無いとおもうけど」

 

初対面のあいてにそんなにぼろくそに言えるなんて、尊敬しちゃうなー(棒)

 

「いや、ストーカーじゃなくて。ひなの友人の望月って言います」

「本当に?」

 

いや、俺どんだけ不審なんだよ。泣いちゃうよ?名誉棄損だよ?

どうしようかと思っていると、自習室の扉が開く。

 

「あ、望月君!遅いから探しに行こうかと思ってたところだったよ」

「ああ、心配掛けて悪いな」

 

なんとかひなに会うことができた。危うくストーカーとして通報されるところだったな。

 

「なんだ、本当に知り合いだったの」

 

このアマ、何でまだ俺に警戒と敵意を向けていやがる。

 

「あ、遠野さん、こんにちは」

「……ええ、こんにちは」

 

どうやらこの遠野とかいう奴はひなの知り合いだったらしい。それなら俺が来るって話はしなかったのか?しないだろうな。

 

「望月君を連れてきてくれたんだね、ありがとー」

「あやうく通報されるところだったけどな」

 

ひなは頭上に?を浮かべているが、まあいいや。誰にだって間違うことくらいあるさ。ちゃんと謝ってくれればそれで解決だ。

 

「それじゃあ、沢渡さん。また今度」

 

と思ったが遠野は謝罪どころが俺に対し何も言わずに去っていった。性格悪いうえに無愛想とはどこか親近感を……憶えたくない。

 

 

***

 

ひなと一緒に書類を提出し、俺は帰ろうとしたが、ひなが休憩するそうなのでお礼ということでコーヒーを奢ってやることにした。

 

「えーと、これか」

 

自販機でひなの好きなコーヒー(ブラック)と自分のコーヒー(微糖)を買ってひなのいるロビーに向かう。ひなはというと参考書を読んでいるようだ。休憩とは一体。

後ろから近づきひなの頬にコーヒー缶を当てる。

 

「ふぇ!?な、なに?」

 

はい、『ふぇ』頂きました。

 

「なんだ、望月君かー。びっくりさせないでよ」

「ああ、すまんすまん。それより、休憩するんじゃなかったのか?参考書とは一端お別れしようぜ」

 

ひなにコーヒーを渡し、隣に座る。

 

「前にも似たようなやり取りしたよね」

「そうだったか?」

「ほら、体育祭の準備の時。コンピューター室で」

 

そういえばそんなこともあったな。あの時は結局あんまり力になれなかったんだっけか、しおりがいなかったらいろんな意味で体育祭は詰んでたな。そりゃあキーホルダーの一つや二つですむ話でもないわな。

 

「さっきの遠野ってやつは、別のクラスのやつか?」

「ううん。遠野さんは別の学校の人だよ。その学校では学年一位なの」

 

それは凄い。ひょっとしてこの塾は相当レベルが高いんじゃなかろうか。俺、ついていけるかな……。

 

「でも、遠野さんってどことなく望月君に似てるような気がするんだよね」

 

え、なにそれ。性格が悪くて無愛想ってこと?

 

「なんだかすごく落ち着いてて、大人びてる所がね」

 

よかった。違った。まあ、俺に関しては元が大学生だからな。多少はそう見えるのかもしれない。

 

「そういえば、週末はプールだったな」

 

何の気なしにそんな事を言ってみたところ、ひなはものすごく驚いていた。

 

「ふぇ!?ぷ、プール!?望月君も来るの?」

「あ、ああ。瑠璃に誘われたんだけど……聞いてなかったのか?」

 

ひなは首を大きく縦に振る。

 

「ど、どうしよう。それならもう少し準備したかったのに……」

 

準備とは何か知らないが、聞かなかったことにしたほうがよさそうだな。

 

「さて、用も済んだし俺は帰るよ」

「え、あ、うん。わかった。じゃあ、その、また土曜日……」

 

ひなは小さく手を振る。一応それに応じておく。

さて、帰るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




高松瑠璃  (たかまつ るり)

1年B組 部活動 陸上部 誕生日  3月1日

学力 A 知性 A 判断力 A- 身体能力 B 協調性 B-
ひなの昔からの友人で、陸上部の眼鏡っ子。武哉とはまた違った鋭い洞察力をもつが、そもそも彼と違って問題に巻き込まれないので武哉以外にはその実力を認知されていない。かなり破天荒な性格だが、ひなに関する話になると真剣そのもの。人にあだ名をつけて呼ぶことが多い。実は結構男子から人気があるが、本人は全く気にしていない模様。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29. 常夏

 

 

 

土曜日。携帯のアラームがなる少し前に目が覚めた。珍しいこともあるもんだ。意外と俺も乗り気ということかもしれない。

布団をけっ飛ばし、ベッドを後にする。着替えて、洗面所で顔を洗い、冷蔵庫から食材を出し、適当に朝飯を作る。今日のメインは野菜炒めだ。速く起きたおかげで、いつもと違う味付けを試してみる。ほほう、これはなかなか……。

 

 

「まずい」

 

 

想像以上のまずさ。マヨネーズなんて入れるんじゃなかった。いや、ほら、マヨネーズ万能説ってのを試したかったんだよ。もしかしたらって思ったんだよ。

あまりにもまずいが、捨てるのも気が引ける。仕方ないので冷蔵庫に入れた。晩飯までになにか一緒に食べられる物を探そう。

 

空腹をこらえつつ、今日持っていく物を鞄にいれ、時間までテレビを見る。どうやら水着特集の用だ。

 

「今年のはやりは、これ!」

 

そういって出てきたのは、俗に言う白ビキニだった。そういや氷菓のOVAで千反田さんがこういうの着てたな。

 

「特にベストな髪型はポニーテール!」

 

へえ。白ビキニにポニテが今年の流行なのか。知らなかった。そもそも水着に流行があることすら知らなかった。無縁の人生だったからなー。

 

なんて思っていると、インターホンが鳴る。お迎えが来たようだな。

 

「はいよ」

 

扉をあけると、まあ当然だがひながいた。なんだかもじもじしているが、まあ気にしないでおこう。

 

「おはよう、望月君」

「おはよ。んじゃ行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市民プールへの道のりは近いようで遠い。その理由は信号が多かったり、暑かったりするからというのもあるが、一番は俺たちが無言で歩いているからだ。

 

「……」

「……」

 

前にもこんなことがあったな。しかし、これからプールでアゲアゲウェーイするんだから(いやするかは知らんが)、多少は何か会話して準備したいものだ。

 

「今日も暑いな」

「え?う、うん。そうだね」

 

……。会話が途切れてしまった。下手か。下手だね。

 

「そういえば、朝、テレビで水着の特集やってたんだけど……」

「え!?う、うん」

 

なんだろうこの反応は。おかしいな、どういうわけだか今のひなの感情が読めん。朝にマヨネ炒めなんて食べたからだろうか。いや、単純に俺の知らない領域の感情なのかもしれない。

 

「今年は白ビキニが流行なんだってな、知ってたか?」

「う、うん。まあ……」

 

 

なんだこれは。もう辛すぎる……。

 

「望月君は、その、好みの水着とかある?」

「無いな」

「即答!?」

「俺は基本的に本人に似会っていればそれでいいのスタンスだ」

「そ、そっか。じゃあ頑張らないと……」

 

ひなが何を言ったか聞き取れなかった。やれやれ、俺も難聴系主人公の仲間入りか。やれやれとか言っちゃってるし。

 

 

とか何とか言っていると市民プールはすぐそこに見えていた。なんだかもう疲れたな、今日はプールサイドで座っていよう。

 

「おはよー!お二人さん。今日も熱いねえ♪」

「そうだな、今日は真夏日だな」

 

 

瑠璃の冷やかしを適当にかわし、俺はさっさと建物に入ろうとする。

 

「ちょっと待ちなさいよ望月」

 

しおりに呼び止められた。

 

「なんだよ、暑いからさっさと冷房にあたらせてくれ」

「まだ、委員長来てないから」

 

本当だ。亜季斗がいない。あの野郎、あと10分以上待たされたらキーホルダーの真相を暴露してやる。

 

それから5分ほどして亜季斗はやってきた。ものすごい寝ぐせで、量産されたアホ毛をぴょんぴょんさせている。こころがぴょんぴょんしたりしているんだろうな。

 

「委員長おそい!」

「いやあ、すまぬ!もうそ……ゴホン。ではなく物思いにふけって夜更かししてしまってな!」

 

今絶対妄想って言おうとしただろ。これが思春期ってやつだな。子供とはそういうもの、ワシにも憶えがある。いや、別に伏線でも何でもないです。俺はバイクと合体したり自らの足で走りだしたりしないです。

 

とりあえず建物に入り、更衣室の前で男女で別れる。

夏休みだけあってなかなか混んでいる。なんとか開いているロッカーをみつけ、貴重品をしまい、服を脱ぐ。

 

「なんだ武哉、随分と貧弱な体だな!」

 

亜季斗は暑かろうがなんだろうがこのテンション維持できるのか。尊敬しちゃうなあ(棒)

 

「やかましい、そう言うお前はどうなんだ……!」

 

そう言って亜季斗の方をみると、超絶にマッスルなボディをしたイケメンが。

 

「いや、誰だよ」

「いや、我だよ」

 

嘘だろ、眼鏡外して服脱いだだけでこんなに人って変わるの?その理論だと丸尾くんとか凄そうだなおい。

 

「おまえ、運動部だっけ?」

「いや、我はアニ研所属だ。体に関しては小中と武道をやっていたってだけだぞ?」

 

亜季斗に武道とは、野菜炒めとマヨネーズのような組み合わせだが、しかしそれにしたってその筋肉は凄いな。

 

「そんなことより武哉!お前は期待に胸躍らのか?」

 

この話題を始めたのは亜季斗の方だった気がするが、話題の鮮度が落ちるのは早いな。

 

「期待って?」

「ああ!それって女子たちの水着?」

 

どこのアンデルセンだお前は。

 

「で?水着がなんだって?」

「水着だぞ?あの沢渡氏の水着だぞ?もうしんぼうたまらんだろ!」

 

怖い。思春期男子怖い。

 

「なぜひな限定なんだ」

「なぜって、貴様!何のために体育に出ているのだ!体育は沢渡氏の乳揺れをみるためのものだろうが!」

 

とりあえず武藤先生に謝った方がいいなこいつは。

 

「ひなってそんなにでかかったか?」

「モチの論だ!!!!」

「そ、そうか」

「あれはDかEはあるぞ!」

 

さいで。ぶっちゃけた話しDでもEでもどれくらいの大きさかは俺にはわからん。だって、童貞だもの!

 

「てか、今日は別にひなだけじゃないだろ。瑠璃は?」

「……あれは今後に期待だな」

 

お前殺されっぞ。悪いこと言わねーから辞めとけって。

 

「しおりは?」

「いや、しおりはまあ、普通だな」

 

ええ……。俺はしおりのサイズがいかほどか知らんが、亜季斗の反応はもはや悟りを開いているレベルだ。幼馴染ってこういうものなのか?

 

「さあ、行くぞ武哉!夢と希望と!ロマンの世界が、我らを待っているぞオオオオオオ!」

「へいへい」

 

 

 

 

 

プールサイドに出てみると、やっぱり多少は暑い。というか俺は最初屋内プールを想定していたんだが、完全に屋外だった。騙され……てはいないな。俺が聞かなかったんだ。

 

「おまたせー!」

 

後ろから瑠璃の声がする。女子たちも準備ができたようだ。亜季斗が勢いよく振り向き、勢い余って転ぶ。

 

「なにしてんだ亜季斗」

 

そう言いつつ俺も振り返る。

 

「……おお」

 

そこには(当然だが)水着の彼女たちが。

瑠璃の水着はワンピース風のものだった。発育に関してはまあ、亜季斗の言いたいこともわからんでもない。

 

「もっちー、なにか言いたいのかな?」

「いえ、よくお似合いです」

「ならよし」

 

危ない、殺されるところだった。

 

しおりの水着は、ラッシュガードという奴だ。この前スポーツ用品店で見たな。何と言うか守りに入っている感じがするが、まあいいか。発育は、この水着だとよくわからんな。

 

「どう?委員長……」

 

しおりは亜季斗に感想を求めるが、亜季斗はその隣のひなにくぎづけだった。

ひなの水着は、白ビキニ。で、髪型はいつも通りのポニーテール……って朝の特集のまんまじゃねーか。なんか会話に詰まると思ったら俺が水着について半分核心ついてたからか。申し訳ない。発育に関しては、概ね亜季斗の言うとおりだった。確かにこれならクラスの男子たちが体育を楽しみにしても不思議じゃないな。

 

「も、望月君……。その、どうかな」

「最高だぞ沢渡氏!」

「お前いつから望月武哉になったんだ」

 

どう、と言われてもなあ。これまで女子の水着に感想なんて述べたことが無いし、どういう言葉が適切かわからない。似あっているよと言えばいいのかそれとも他に気のきいたセリフがあるのか。ううむ。どうしようか。

 

 

「もっちー、早く言ってあげなよ」

「ん?ああ、そうだな……うーん」

 

駄目だ、全然まとまらん。おかしいな、瑠璃としおりにはそこそこ感想をもてたんだがなあ。

 

「望月君……」

「……ん?なんだ?」

「その……さすがにそんなに見られると恥ずかしい、かな……」

「あ、ああすまん」

 

そんなに見てたか俺。しかし、なんだか全く言うことが思いつかない。

 

 

「やれやれ、もっちーも男子だねえ。ひなの水着じゃなくて体そのものにご執心なようで」

「へ?」

「ふぇ!?ちょ、ちょ、ちょっと瑠璃ちゃん!」

「うわあ、望月、あんたってやつは……」

「うむ、最低だな」

 

あらぬ誤解を受けてしまった。いや、そりゃいつまでも言わない俺が悪いんだろうけどさ。というか亜季斗、お前には言われたくない。さっきのしおりの表情を見せてやりたいな全く。

 

「ま、もっちーがケダモノなのはさておき、そろそろプールで遊ぼうか♪」

「うむ!そうだな!レッツゴオオオオオ!」

 

そう言って亜季斗が走りだす。って、プールサイド走るなよ。

 

「おい亜季斗、転ぶぞ」

「オウット!」

 

俺の言葉より先に亜季斗は足を滑らせる。まずいな。このままだと子供用プールに倒れこむぞ。亜季斗はともかく、子供たちが危ない。が、俺が走っても間に合わないのも事実。

 

「ヌオオオオオオ!ってあれ?」

 

亜季斗は転ばなかった。近くにいた監視員が亜季斗を支えることができたようだ。亜季斗は何か注意を受けているようだ。

 

「危なかったな」

「ホントよまったく。委員長のバカ」

「でも、あの監視員さんすごいね。とっさに城之内君の体を支えるなんて」

「それに、帽子かぶってって少しわかりづらいけどあれはかなりのイケメンだね。ラッシュガード着てる所からして日焼けとかも気にしてる美肌男子かも」

 

瑠璃さん、視力良すぎじゃないですか?今日はコンタクトのようだが、それ性能良すぎじゃない?

 

ぐう。腹の虫が鳴る。これは本格的に何か食べないと死にそうだ。そういえば向こうで軽食販売してたな。あとで買いにいくか……。

 

 

 

 

 

 

 

 




城之内亜季斗 (じょうのうち あきと)

1年B組 部活動 アニメーション研究会  誕生日

学力 D 知性 C 判断力 B- 身体能力??? 協調性 A+

クラス委員長にして激しくあつかりしオタク。武哉とはアニメやらラノベの趣味がとてもあうオタ友。だがしかし委員長。スクールカースト?知らん、そんなことは俺の管轄外だ。
しおりとは幼馴染だが、彼女と違い恋愛感情は抱いていない模様。ある意味こいつが一番ラノベ主人公に向いている気がする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30. 片恋

 

 

 

―視点B――

 

 

昔からずっと一緒だった。昔から彼は変わらない。まっすぐで前向きで、ちょっと暑苦しくて。それでもみんなをひっぱっていく、私の憧れだった。彼の教えてくれたアニメや小説は私の大切な思い出で、彼と一緒に語ったりすることが私の大切な時間だった。

でも、彼は多分、私のような特別な感情じゃないのだろう。彼の優しさはみんなへのもので、私一人が特別な訳じゃない。

そう知ってしまってから、彼に素直な気持ちや言葉をぶつける機会が減った。それでも彼は昔から変わらない態度で私と接してくれる。一人で焦って、一人で悩んで、私って本当にバカなんだなってつくづく思う。でも、仕方ないじゃないか、好きなんだから。だから、今年の夏は頑張るんだって、そう決めてた。

 

 

 

 

 

「決めてたんだけどなああああ……」

 

プールサイドで私、赤坂しおりは座りながらため息をつく。

 

「大体あーちゃんが悪いのよ。ひなにばっかり鼻の下伸ばして……」

 

私だってその気になればひなくらいのポテンシャルが……無いか。

とにもかくにも私はふてくされている。なぜあーちゃんは私を見てくれないのだろうか。いや、厳密に言えば見てくれてはいるんだけど、扱いとしては望月と一緒だ。なんと腹立たしい。

 

「はいはい、悪かったな」

 

急に話しかけられびっくりする。上を見上げるとそこには見慣れた無愛想な顔が。

 

「なによ、私何もしゃべってないわよ。ましてや望月の事なんて」

「いや、明らかに俺の方を呪いがかった目で見てただろ」

 

う。この望月武哉という男は見て聞こえてるんじゃないかってくらい他人の感情に敏感だ。前にあーちゃんの事を好きだと見抜かれた時は本当にびっくりした。でもそれは私の接し方が、望月くらいの奴じゃないと見抜けないくらいにひねくれているということだ。

 

「だいたいあんたがさっさと感想言わないから委員長がひなに見とれてたんじゃない」

「ひどいこじつけだなおい……」

「さっさと感想言えば良かったのに、瑠璃には言ってたじゃない」

「あれは、生存本能だ」

 

何を言っているんだこいつは。まあこいつがおかしいのは今に始まったことじゃないけど。

 

「じゃあ、なんで?」

 

すると望月は空を仰ぎ、頭をかきながら喋る。

 

「なんというか、何も言葉が浮かばなくてな」

 

そういった望月の表情はなんだかいつもと違う。少し、ほんの少しだけど気恥かしそうな表情。へえ。なるほどね。

 

「なんだよ」

「別に~?」

 

本当にバカなんだから。

 

「まあ、私のサポートよろしく頼むわよ」

「……やっぱり覚えてますよね」

 

当たり前だ。

しかしなんだか望月の足元がふらついているような。

 

「あんた具合でも悪いの?」

「いや、実は朝料理に失敗してな。なにも食えてないんだ」

 

へえ、こいつ料理するんだ。まあ両親は海外に出張中で一人暮らしなんだし当然といったら当然か。

 

「確か向こうで軽食販売してたわよ」

「みたいだな。後で買ってくる」

「倒れたりしないでよ?」

 

なんてやり取りをしていると、プールの方から声がする。

 

「おーい、もっちー!しおりん!そんなところで何してんのさ!こっちで遊ぼうよ!」

 

瑠璃がお呼びのようだ。まあ、私も瑠璃よりは大きい……かな。

 

「いきましょ」

「だな」

「案外楽しんでんじゃないの?」

「かもな」

 

 

とりあえず、今できるのはこの時間を楽しむことよね。

 

 

***

 

しばらく遊んでいて、ふと気づいたら望月の姿が無い。

 

「あれ、望月君いないね?」

 

どうやらひなも気付いたようだ。当たりを見渡しても望月の姿はない。

 

「ああ、そういえばさっき後で食べ物買いに行く、みたいな事言ってたから売店いったのかも」

「それじゃあ、もっちーが戻ってくるまでこの辺でまってたほうがいいね。人も多いし」

「そうだな、全く仕方ない奴だ!」

 

というわけで近くのベンチに座る。ひなと瑠璃はお花を摘みに行ってしまったので、あーちゃんと二人になる。

 

「……」

「……」

 

あ、あれ?なんでなにも言葉が出てこないんだろ。いつもなら適当にアニメの話でもするのに。頑張るなんて決心したせいで過剰に意識しちゃってるのかも。な、なにか話題は……。

 

「そ、そうだ、あーちゃん」

「む?なんだしおり」

「私の水着、どうかな……?」

 

な、なんだかすごく大胆な質問しちゃったああああ!どうしよ、絶対ヘンな奴だと思われた!

 

「いや!ち、ちがくて!」

「ん?違うのか?」

「いや、ちがわなくて!」

 

もう支離滅裂だ。何をやっているんだ私は。

 

「そうだな……。かなり機動性重視で遊びやすそうだな!今日は遊びつくそうというしおりの決心がみえるな!」

「そ、そう……」

 

期待してたのと全然違う……。誰よ、幼馴染属性最高とか言ってたキモオタは。

 

「そういえばだな、このあいだ面白いスレを見つけてな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――視点C―――

 

 

「いやー楽しいねひなー」

「そうだねえ、でもこの分だと明日は筋肉痛だよ……」

 

お手洗いから戻る間、瑠璃ちゃんと何気ない会話をする。

 

「お、おいあの子可愛くね?」

「声かけちゃおっかなー」

「辞めとけって、絶対彼氏いるって」

 

 

通り過ぎた大学生らしき男子の集団がそんなことを言っていた。

 

「そうそう、ひなにはもっちーがいるもんね♪」

「も、もう瑠璃ちゃん!こんなところで言わないでよ!」

「あはは、ごめんって」

 

だいたい瑠璃ちゃんが望月君が来るって3カ月くらい前から言ってくれれば、ちゃんと準備したのに……。最近運動不足で体重増えてたし、ああもう。

それに望月君も、せっかく流行の水着着てきたのに何も言ってくれないし。あんなにじっと見てたくせに……。でもあたし別に望月君の彼女じゃないし、普通の反応なのかなあ。

 

「ひなったら、そんなに不機嫌な顔しないの」

「ふぇ!?べ、別にそんな顔して無いよ!」

「大方もっちーが水着にコメントしてくれなかったからでしょ?」

「ふみゅう……」

 

やっぱり瑠璃ちゃんに嘘は通用しないなあ。仕方ない。正直に言ってしまおう。

 

「そうだよ!なにか一言くらい言ってくれても良いじゃん!ガン見してたくせに!これじゃあ見られ損だよ!」

「ひ、ひなー。落ち着いてー。煽ってごめんよー」

 

はっ。ついつい大声出しちゃった。

 

「ごめんね、瑠璃ちゃん」

「いや、いいんだけどさ」

 

 

はあ、この夏休みでもう少し望月君と距離を縮めたいんだけどなあ。今日が終わったら、後は夏期講習くらいしかないよ……。夏期講習でどうしろってのさ。

 

「そういえばさ、今度の花火大会、予定開いてる?」

「え?花火大会?」

「そ、花火大会。4日間あるからそのうちのどこかにみんなで行きたいなって」

「そうだね!行きたい!」

 

 

そっか、花火大会があった!浴衣着たりいろいろおしゃれできるよね。でも、望月君は来てくれるだろうか。「いや、人ごみとかだるいしパスだわ」とか言いそうだなあ。

 

 

「大丈夫。もっちーも来るって絶対!」

「そ、そうかな?」

「そうだよ」

「うん、そうだね。楽しみだなあ」

「じゃあもっちーはひなが誘っといてね」

「うんうん……え?」

 

今あたしに誘えって言った?むむむ無理無理!なんかすごく恥ずかしいし!断られたら超ショックだし!

 

 

「よろしくねー」

「そ、そんなあ」

 

 

 

うう、頑張ろう……。

 

「おうおう可愛いじゃないのおねーちゃん達ぃ!」

 

急に大きな声がしたのでびっくりした。前を見ると筋骨隆々でスキンヘッドの30代くらいのおじさんが立っていた。

 

「さ、行こうひな。みんな待ってるし」

「え?う、うん」

 

どうやら瑠璃ちゃんは完全にスル―するつもりらしい。まあ、なんだか怖いしそれが一番いいかな。瑠璃ちゃんに手を引かれ、別の道から戻ろうとするが、おじさんはしつこくついてくる。

 

「ねえねえ、遊ぼうよー。なんでも買ってあげるからさあ」

「あの、本当に辞めてください」

 

瑠璃ちゃんがすごく冷たい声で拒否する。ものすごく怖い。

 

 

「そんな照れないでさあ」

 

そう言っておじさんは瑠璃ちゃんの腕をつかむ。

 

「ちょっと、本当に辞めてください。あなたみたいな筋肉だるま禿に興味とかないんで」

 

筋肉だるま禿って……。たしかに変なだけどそんなこと言ったら怒るんじゃ……。

 

「な、なんだとこのガキ!ちょっとかわいいからって調子のりやがって!」

 

そう言っておじさんはこぶしを振り上げる。

 

「瑠璃ちゃん!」

 

思わず目をつぶった。

数秒立ったけど、誰の声も聞こえない。勇気を出して目を開けてみると、おじさんのこぶしは他の手で止められている。

 

「困りますよおじさん。ここはみんなのための市民プールっすよ?女の子ナンパしてあまつさえ暴力とかシャレになんないですよ」

 

こぶしを止めているのは、さっき城之内君を助けていた監視員のお兄さんだった。背丈は望月君と同じくらいで、体も細いのにその手はしっかりおじさんを止めている。

 

「なんだてめえ、俺はこの女どもに用があんだよ。引っこんでろ!」

「困るなあ。俺もここであんたを見逃すと最悪バイト代ひかれかねないんすよね」

「知るかああああ!」

 

おじさんが瑠璃ちゃんを掴んでいたほうの手を離し監視員さんに殴りかかる。

が、監視員さんはそれを綺麗に受け流し、そのままおじさんを投げ飛ばす。

ドスっという音とともにおじさんは地面にたたきつけられる。だ、大丈夫かな。

 

「ご心配なく。怪我はしないように投げたからね」

 

あたしの心中を察したのか監視員さんはさわやかに笑いながらそう言う。

数秒しておじさんが立ち上がる。

 

「いてて……て、てめえ。今のは暴力行為だろうが、お前の上司よんでこいや……」

 

さっきより怒ってる……。自分から殴りかかったくせに。

 

「やだなあ。女の子ナンパして暴力振るってそれをひょろい監視員にとめられてそれを告げ口っすか?いい大人が情けない。言っときますけどあなたが悪いのは周りの方々が証明してくれると思いますよ。ねえ?」

 

そう言って監視員さんは近くで見ていた女性集団に問いかける。

 

「そ、そうよ!あんたが先に手を出したんじゃない!」

「正当防衛よ正当防衛!」

「こんなの相手しないといけないなんてお兄さん大変ね」

「よ、よければ連絡先を……」

 

最後の一人は全く関係ないこと言っていた気がするけど、彼女たちは監視員さんの正当性を主張する。す、すごい、これがイケメンの力なんだ……。もしかしたらそれを見越して彼女たちにふったのだろうか。

 

「だそうですよおじさん?」

「くそ!こ、今回は無かったことにしてやる!」

 

そういっておじさんは去っていく。

はあ、良かった~本当に怖かったよ。

 

「瑠璃ちゃん、大丈夫?」

「う、うん。大丈夫」

「大丈夫じゃないでしょ」

 

監視員さんがこちらへくる。瑠璃ちゃんの腕をつかみ真剣に見る。

 

「ふう、怪我はしてないみたいだね。駄目だよお嬢さん、反撃もできないのにあんなの挑発したら。監視員もそんなに数いないから次はだれも助けに来ないかもしれないよ?」

「そうだよ瑠璃ちゃん。本当に心配したんだから」

「ごめんなさい……」

 

珍しく瑠璃ちゃんが沈んでいる。おじさんが怖かったのもあるけど、知らない人に迷惑かけちゃったのを反省しているみたい。

 

「ま、気をつけてね」

 

そう言って監視員さんは去っていく。

 

「とんでもない目にあったね……」

「うん。ごめんねひな。あの監視員さんにも迷惑かけちゃったね」

「もういいよ。それよりしおりちゃんたちのところに戻ろうよ」

 

でも、あの監視員さん……。気のせいかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

――視点B―――

 

「ただいまー」

 

ひなたちが戻ってきた。良かった。このままだとまたおかしなこと言いそうだったし。

なんか瑠璃の表情が暗い気もするけど。

「どうしたの」と声をかけようとしたら、瑠璃はそれを遮るように口を開いた。

 

「もっちー戻ってきてないみたいだね」

「そうなのだよ、まったく、なにをしているんだあいつは?迷子か?」

「あはは……望月君ならありえるかも」

 

あのバカ、こんなに人の多いところで迷子とか、探す方の身にもなりなさいよ。でも、仮に売店にたどりつけてないならあの状態だと倒れかねないわね。

 

「仕方ない。手分けしてさがしましょ」

「そうだね。あ、でもそれだとあたしたちもはぐれちゃうんじゃない?」

「仕方ない。ならば30分くらい探して、再びここで合流しよう。あそこに大きな時計もあるしな!」

 

あーちゃん、流石こういうことは手際がいいなあ。

 

 

 

 

 

あーちゃんの言うとおりに四人で手分けしてプールサイドを探索することにした。私は望月が後で行くと言っていた売店の方を探すことにした。

それにしても当たり前だけど夏休みのプールって人が多いなあ。しかもカップルが多い。

リア充爆発すればいいのに。

 

「はあ、もう空回りしてばっか……」

 

思えば私はなんであーちゃんが好きなんだろう。幼馴染だから?でも、昔から仲いい人なんてたくさんいるし。今だって、仲のいい人は結構いる。その中で私があーちゃんを特別に好きな理由。あ、だめだこれ、永遠に考え続けるやつだ。やめやめ。

 

「あ」

 

なんて思ってたら望月を見つけた、売店の方にいるけど……あのハゲおやじ誰だろ?

てか、なんか怒鳴ってる?望月絡まれてんの?ちょっと、本当に何やってんのよあいつは。

近くまで走る。

 

 

「おい兄ちゃんよお、わざとぶつかったよなあ?なあおい?」

「いや、ぶつかったのはすみませんが、わざとじゃないっすよ。わざとぶつかって俺に得がありますか」

「いや、絶対わざとだ!なぜならお前の顔から反省が見られないからだ!」

「昔から無表情って言われるんすよね」

 

ああ、本当に絡まれてんじゃん。それなのになんであんな落ち着いて返答してんのよ。悟りでも開いてんの?

 

「ちょっと望月、なにしてんのよ」

「しおりか。いやあ腹へって売店行こうと思ったら人ごみに流されて遠回りした挙句売店も大行列でふらふら歩いてたらこの人にぶつかっちゃってな」

 

分かりやすいご説明ありがとうございました。

じゃなくて!どうすんのよこの状況。

 

「なんだねーちゃん。こいつの彼女か?」

「いえそれは絶対にないです」

「ひでえな」

「とりあえず、その、そいつも謝ってるので許してもらえないでしょうか」

 

そういって私も頭を下げる。こういうときはさっさと謝った方が何かと楽だ。

が、ハゲおやじは全く聞き入れずわめきたてる。

 

「ごめんですんだら警察いらないんだよ!それに俺は今いらいらしてんだ!」

 

何よこいつ。ぶつかって怪我したわけでもないくせに。ちょっといらつく。

そこでとどめておけばいいものを私はつい口に出してしまった。

 

「なんですかそれ、あんたが今いらいらしているかどうかなんて関係ないじゃないですか。少しは考えてください。髪と一緒に脳みそも無くなったんですか」

 

しまった。ついついそんなことを。望月の方を見ると「何言ってんだおまえ」と口パクで伝えてくる。

 

「この……どいつもこいつも髪の事言いやがって!これはスキンヘッドなんだよ!もうキレたぜ!このアマ!」

 

最初からキレてたじゃん。というまもなくハゲはこぶしを振り上げる。やば、殴られる!

思わず目を閉じる。

 

……?あれ?

目を開けてみる。

 

「困るなあおじさん。さっき注意したばかりでしょうが。もうこのままおまわりさんよびますからね」

 

はげのこぶしを止めているのはさっきあーちゃんを助けていた監視員だった。

そのまハゲは他の監視員に拘束され、連れて行かれた。

 

「やれやれ、今日のお客さんは気が強いのばっかりだね全く」

 

監視員は私を見てそう言う。

 

「その、本当にすみません!それとありがとうございました!ほら望月、あんたもお礼言いなさいよ!」

「いや、お前が無駄に煽ったからややこしくなったんだろ」

「いいから頭下げる!」

 

望月の頭を無理やり下げる。

 

「いてえ……。はいはいわかったよ。ありがとうございました」

 

望月が首をさすりながら顔を上げる。

 

「いや、そんなにお礼言わなくてもいいですよ……ってあれ?武哉?」

「ん?……ああ、なんだカイか」

 

え?どういうこと?なんで二人とも互いの名前を知ってるの?そしてなんでそんなに親しげなの?

 

「ちょっと望月、どういうことよ?」

「ああすまん。こいつは伊野ヶ浜夏衣(いのがはまかい)。俺の友人だ」

 

伊野ヶ浜と言われた彼は「どうも」といった感じでお辞儀してくる。

 

 

「望月の……友達いいいい!?」

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31. 調和

 

 

――視点B――

 

「というわけでこっちは俺のクラスメイト達だ」

「へえ。どうもこんにちは。伊野ヶ浜 夏衣といいます」

 

ハゲとひと悶着あった後、望月も見つかったので集合場所まで戻りみんなと合流した。伊野ヶ浜さんも休憩時間ということで一緒に来たわけだけど……。

 

「あ!さっきの監視員さん!」

 

ひなが驚いたような声を出す。

 

「ああ、君たちはさっきの。そうか武哉の知り合いだったのか」

「さっきは本当に助かりました!ありがとうございます!」

 

さっきとは何のことか分からないけど、ひなたちもこの人に助けてもらったようだ。さっき瑠璃が元気なかったのと関係しているのだろか。

 

「ところで、もっちーはこの人とどこで知り合ったの?」

「確かに。中雲高校の生徒では無いように見えるが?」

 

私も彼を学校で見たことはない。それにこのさわやかなイケメンと望月にどういう接点があるというのだろう。

 

「前に狸小路のカードショップで対戦したことがあってだな」

「あの時は楽しかったよね、まさかあのカードを使ってあんなコンボができるとは知らなかったよ」

「こっちも、夏衣のプレイングのうまさには恐れ入ったさ」

 

望月がこんなに楽しそうに喋るなんて、明日は雪でも降るんじゃなかろうか。それにしても、こんな高青年がカードオタクとは。私もあーちゃんに教えてもらったので一通りのカードゲームはできるけど、前に一回望月と対戦したときはぼこぼこにされたっけ。その望月が絶賛するんだから彼の腕前は相当なのだろう。

 

 

「ほう!貴殿もカードプレイヤーであったか!我は城之内亜季斗!そこの望月武哉の師ともいえる存在だ!」

「おい、捏造すんな。誰がお前の弟子だ」

「そうよ、委員長最近は私にも負けてばかりじゃない」

「ぐはあっ!」

 

しまった。また嫌味な事言っちゃった。あーちゃんはこの程度じゃ本当に傷ついたりはしないだろうけど、印象は悪いよね……。ああ、本当に私のバカ。

 

「まあ、それはともかくお前ら自己紹介くらいしろよ。名前知らないままだと夏衣も話しづらいだろ」

 

望月が気を利かせている……だと。やっぱりオタ友は素晴らしいわね。

 

「そうだね、えっと、あたしは沢渡ひなです。よろしくね」

「どうもよろしく」

 

ひなから始まり順に自己紹介は進んでいく。

 

 

「それじゃ、最後、しおり頼むわ」

「え?あ、うん。赤坂しおりっていいます。よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

自己紹介は一通り終わり、私たちはさっきの売店へ行き昼ごはんを買うことにした。

順番を待っている間、隣の伊野ヶ浜さんが話しかけてきた。

 

「ねえ、赤坂さん」

「何?伊野ヶ浜さん」

「伊野ヶ浜さんはやめてよ、タメなんだし。夏衣でいいよ」

「じゃあ私もしおりでいいよ」

 

それで、何?という視線を向けると夏衣君は私の髪を見て、答えた。

 

「しおりのその髪って、『さくら荘』の赤坂龍之介に似てるよね」

 

なんと、それに気付くとは!

 

「そうなの!私赤坂龍之介の大ファンでね!原作もDVDも全部持っててね!彼にあこがれて、プログラミングも勉強してて!それから……」

 

ってしまった。龍之介の話題を振られたのが嬉しすぎてものすごい早口でまくしたててしまった。こ、これはドン引きされたんじゃ……。

 

「だよね!俺も龍之介のファンでさ!三食必ずトマトを食べてるんだ!彼の好物だからね!文化祭のメイド姿は何度見ても尊いよ!」

 

ま、まさか夏衣君も龍之介ファンだったとは!これは素晴らしい出会いだ!

その後テンションが上がりまくり、私たちは列が進むのも忘れるくらい語り合っていた。

 

「次の方どうぞー」

「あ、私たちの番だね」

「何になさいますか?」

 

私たちは声をそろえて注文した。

 

「「トマトバーガーで!」」

「は、はい。トマトバーガー二つですね。少々お待ちください」

 

店の人は少し引いているようだったが、そんなことはどうでもいい。もう今はトマトと龍之介の事で頭がいっぱいだ。

 

 

***

 

――視点A――

 

「それでさ、あのときの龍之介がさ……」

「あ、それ分かる!あれはかっこ可愛いよね!まじ龍之介ラブ!って再認識した瞬間だったよ!」

 

翌日。俺と亜季斗、そしてしおりと夏衣は狸小路に来ていた。

夏衣とオタ友として親睦を深めたいというしおりの希望によるものだ。今も二人は前方で赤坂談議に興じている。推しが同じだとこんなにすぐ仲良くなれるのか。俺もななみん推しに出会いたいものだ。

 

「……」

「どうした亜季斗。今日はやけに静かだな。野菜炒めにマヨネーズでも入れたのか?」

「……ん?そうか?そんなことはないぞ!というか野菜炒めにマヨネーズだと!?それはうまそうだな!」

 

いや、相当まずかったぞ。まあ、亜季斗がマヨネ炒めで悶絶しても知ったことじゃない。もしかしたら人によってはいけるかもしれないし。

しばらく歩いていると、携帯が振動した。画面を見るとひなからのラインだった。

 

『今、時間ある?』

 

何か用事があるようだ。だが、今片手間に返信するのも失礼だろう。

 

『すまん。夜でもいいか?今出かけてる』

 

少し間をおいてから通知が来る。

 

『うん。わかった。じゃあ都合がよくなったら教えてね』

『了解』

 

ひなからのスタンプを確認してから携帯をポケットにしまう。

そろそろ目的地だ。

 

「いやあ、いつ来ても最高ねここは」

 

やってきたのはアニメイト。以前、亜季斗としおりに遭遇したところだ。本ありグッズありCDありでオタクには天国のような場所だ。もちろん俺もかなりの頻度で足を運んでいる。

 

「夏衣君こっちこっち!」

 

しおりは夏衣の手をひっぱってラノベのコーナーへ走っていく。ラノベの力ってすげー。

 

 

「……」

「亜季斗、俺らも行こうぜ。確かお前の気にいってたラノベ、新刊出てたはずだぞ」

「ん?そうだな!近所の本屋では速効で売り切れてしまったからな!ここにはあると信じよう!」

 

そう言って亜季斗は意気揚々とラノベコーナーに向かっていく。

俺も適当に見て回るか。夏休みの期間内で読み終わりそうなのがあったら買ってみよう。

 

 

 

 

 

ふむふむ。この作品はよさそうだな。異世界転生なんてありきたりなジャンルだが、主人公がチート無双するわけでもない。むしろ主人公が一番弱いのか。最弱系主人公ってのは初めて見るな。

 

よし、これにしよう。全3冊だしすぐに読めるだろう。レジに向かうついでにトレカ(TCG)コーナーに向かう。確か新しいパックが出てるはずだ。

 

 

「えーっと、これか」

 

新しいパックを見つけ、ひとつ手に取る。ほう、なかなかいい内容だ。買いだなこれは。

よし、レジに持っていこう。

 

 

「んだよこれ、ぜんぜんわかんねーなおい」

「だから事前に調べておけと言っただろう」

 

そう思っているととなりから聞きなれた声がした。俺の苦手とする人物たちの声だった。こういうときは見つからないように、ステルスヒッキーを発動させながら立ち去ろう。

 

そろり……そろり……。

 

「ん?望月じゃねーか。何してんだこんなところで?」

 

うぐっ。ステルス失敗。まさかたった三歩でばれるなんて……不覚。

 

「こんなところとか言ったらオタクにつぶされますよ?藤堂先生」

 

ものぐさで適当な藤堂先生が、昼間からアニメイトとは、どういう風の吹き回しだろうか。

 

「は?オタクにつぶされるって?んな訳ねーだろ。こちとらエリート公務員だぜ?」

「いや、まて藤堂。聞いたところによると最近のオタクの中には過激な奴らもいるらしい。公務員だろうが皇族だろうがお構いなしにつぶされるかも知れんぞ」

 

 

隣の女性が藤堂先生に忠告する。まあ、発言内容はだいたいあってるけど、あんたがそういうこと言うのかよ。

 

「木崎先生までなにやってんですか?」

「久しぶりだな望月。夏休みは満喫しているか?」

 

だから、会話のドッジボールはやめろって。何回繰り返すのこれ?

 

「……普通ですね。じゃあ俺はもう行くんで、デート楽しんで行ってくださいね」

「待て望月。何を勘違いしている。私が藤堂とデートなどするわけないだろう」

「まったくだ。なんで俺が木崎なんかと」

 

いや、そう言う割には息、あってんじゃん。

もう面倒極まりないので俺は適当に相槌して立ち去ろうとした。

 

「おいまてや望月」

 

が、逃げ切れなかった。藤堂先生はがっちり俺の腕を掴んでいる。凄く痛い。加減しやがれものぐさ教師。と心の中で悪態をついておく。

 

「なんですか、俺も一緒に来てるやつらがいるんでこのくらいで勘弁してくださいよ」

「お前、こういうカードゲームに詳しいよな?どれがいいのか教えろ。二学期の内申高くしてやるから」

 

 

いや、まったくもって意味がわからん。何?藤堂先生オタクに目覚めたの?やめときなって。半端な気持ちで入ってくるなよ、デュエルの世界によぉ!

 

「藤堂。説明を省きすぎだ。あとそれは職権乱用だぞ」

 

ナイスです木崎先生。

 

「あ?めんどくせーな……。つまりあれだ、俺の甥っ子がもうすぐ誕生日なんだよ」

「プレゼントってことですか」

「その通り。だが、私たちはこういうジャンルに疎くてな。悩んでいたところだ」

「いや、別に木崎先生がついてくる必要はなかったんじゃないですか?」

 

木崎先生は少し沈黙したあと、再び話し出した。

 

「私にもいろいろあってな。これ以上は禁則事項だ」

 

あんた絶対オタク文化に疎くないだろ。絶対ハルヒ読んでるだろ。

まあ、このままだと延々茶番に付き合わされること間違いない。ササッと終わらせてしまおう。

 

「そうですね。初心者ならこのセットを3つ買えば簡単に始められます」

「同じの3つだと!?ぼったくりじゃねーか!」

「それはお客様相談室にでも言ってください」

「それで?他には何を買えばいいんだ?」

 

 

……その後10分くらい、俺は先生たちにアドバイスを続けた。スリーブは2重程度にしておけとかもっといろいろ選びたいなら上の階のカード屋に行けとかとにかく今までで一番と言えるほどの長文を喋っていた。

 

「……ってところですかね」

「お、おう。全くわからんがとりあえず何を買えばいいかはわかったぜ……」

「望月。お前がこんなに饒舌だとは知らなかったし知らなければ良かった……」

 

二人とも頭がパンクしているようだ。いつぞやの勉強会の時の亜季斗たちを彷彿とさせるな。

 

「それじゃあ、俺はこれで。甥っ子さん喜ぶといいですね」

「……」

「……」

 

二人は「ああ」とも「おう」とも言わずに少し驚いたように俺を見ている。

 

「なんですか?」

「いや、お前がそういう事を言うとは思わなくてな」

「だな、てっきり『はあ……やれやれ』とか言うとばかり思ってた」

 

いや、あんたら絶対オタクだろ。

 

「別にいいでしょうが、俺が何と言おうと。それじゃあ、俺はこれで」

「おーう。また二学期な。宿題忘れんなよー」

「夏休みだからといってハメをはずさないように」

 

最後だけ教師らしかったな。

 

 

***

 

「アリガトウゴザイマシター」

 

レジを通し、亜季斗たちのいるラノベコーナーへ行ってみるとあいつらの姿は無かった。

仕方ないので亜季斗に電話する。

 

『もしもし、武哉か!?』

 

亜季斗はたったワンコールで電話にでた。だが、その息は荒い。電話越しに車の音が聞こえるので、どうやら外を走っているらしい。一体何やってんだ?

 

「ああ、俺だ。お前ら今どこに――」

『しおりがいなくなってしまった!いま伊野ヶ浜氏と手分けして探している!お前も来い!』

「わかった。すぐ行く」

 

そこで亜季斗は電話を切った。

 

 

『やれやれ』とはこういう時に言うものなんですよ、藤堂先生。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

武哉「久しぶりの次回予告だ」

ひな「このコーナーお休みにするんじゃ無かったの?」

武哉「作者もいろいろ考えてはいるが、さすがにキャラ紹介を毎回つけるのも大変らしい」

ひな「怠惰だね……」

武哉「だな」

ひな「とりあえず予告しよっか」

武哉「知っての通り夏休み編の目的はしおりと亜季斗の仲を深めさせることだ。それを中心に視点を切り替えながら話が展開されていく」

ひな「でも、切り替えが多い気もするけど?」

武哉「そこが話のキーポイントらしいぞ」

ひな「へえ……楽しみだね!」

武哉「次回はしおりと亜季斗の関係に何やら不吉な予感が!って作者が言ってたぞ」

ひな「ええ、それ不安だなあ。なんとかしてよ、望月君?」

武哉「次回、『相違』」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32. 相違

試験前なのにほとんど勉強してませんが、気にせず投稿していきたいと思います。


 

 

武哉が藤堂たちに出くわしていた時、ラノベコーナーでは……。

 

 

 

―――視点B――

 

「ほら夏衣君見てみて!これ、凄いでしょ!」

 

私はラノベコーナーにあるとあるポスターを指差す。

 

「わあ!龍之介の書き下ろしポスターじゃないか!しかもメイドちゃんまで!はあ……尊い……」

「でしょでしょ!これ、期間限定で貼られてるの!ぜひとも夏衣君に見せたくて!」

 

夏衣君は満面の笑みでポスターを眺めている。よきよき。

 

 

 

 

 

……そういえば、『さくら荘』を紹介してくれたのはあーちゃんだったっけ。どこかのイベントで一緒にポスターを見てた時のあーちゃんと私も、こんなふうに笑ってたな……。

初めてゲームを教えてもらった時も、徹夜でアニメ見た時も。いつの間にか私は、あーちゃんとこんなに純粋に笑いあうことが減っていたのかもしれない。

それは、私があーちゃんへの気持ちを誤魔化し始めたからに他ならない。どんなに好きでいても、彼は私の方を、私だけを見てはくれないと悟ってしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたのしおり、そんなにこっちの方見て?」

「えっ!?い、いや、別にそんなことないって!」

 

私は何故か頬が熱くなっていることに気付いた。な、なんでだろ。これじゃまるで夏衣君を意識してるみたいじゃん!

 

「おーいしおり!おもしろそうな作品があったぞ!どうだこれはなかなかだろう?」

「……」

「お、おいしおり?」

「え?あ、いや、何でもないよ?」

 

何故かあーちゃんの方を見ることができない。見ようとするとものすごく嫌な気持ち

が湧いてくる。何か、そう、罪悪感のような気持ちが。

 

「そういえば、武哉いないね?別のコーナーに行ったのかな?」

「……。本当だね。私、見てくる」

「それなら我も……」

「いい!一人で行くから!委員長たちは待ってて!」

 

思わず怒鳴ってしまった。

 

「ど、どうしたのだしおり?何か変だぞ?」

 

何か変?誰のせいだと思ってるんだ。こっちの気も知らないで勝手に優しくして、自分だけ楽しく笑って。あーちゃんなんて……あーちゃんなんて……。

 

「うるさい!ほっといてよ!あーちゃんのバカ!大嫌い!」

 

そう言って私は走ってアニメイトを出た。

 

 

 

狸小路のアーケードを抜け、大通公園のあたりまで歩いてきた。特に行くあてもないので、その辺を行ったり来たりする。でも、もうどこを歩いていようとそんなことはどうでもよかった。周りから見たら私はふらふらしているかもしれない。

 

 

好きとはなんだろうか。恋をするとはどういうことだろうか。随分と哲学的な感じだけど、今の私にはそれがわからなくなっていた。私が昔からあーちゃんに向けていた感情は一体なんなんだろう。恋、そう信じて疑わなかった。彼は私にとって特別で、何より心の支えだったから。でもそれはただの幻想だったのかもしれない。前に望月は、ひなの気持ちに対して、時間が解決するものだと言っていた。それを聞いたとき私は心の中で望月をバカにしていた。そんなわけないだろと。でも、それはあながち間違いでも無かったのかもしれない。今、あーちゃんと夏衣君のどちらかを選べと言われたら、迷わずあーちゃんを選べるだろうか。そう自分に問いかけてみる。

情けないことに、私はすぐに答えられなかった。二人を天秤にかけていたのだ。それはつまり、私の気持ちへの答えでもあった。

そっか、私の気持ちは所詮―――

 

そんな事を考えている私には、もう周りの風景は見えていなかった。

 

「しおりいいいいいい!」

 

 

 

 

 

あーちゃんの声が聞こえた。ような気がした。実際あーちゃんが私を呼んだかはわからないけど、私は我に返った。

すぐ横からバスが走ってくる。私は道路に飛び出す寸前。確実に轢かれる。

 

 

 

 

 

あーちゃんに謝れなかった。

 

 

でも、もういいや。

 

 

私が悪いんだ。勝手に好きになって、勝手に葛藤して。

 

 

なんともくだらない人生だったなあ。

 

 

 

 

 

「しおり!」

 

誰かが私の手をひっぱり、抱き寄せる。バスはそのまま通り過ぎていく。

 

 

「しおり、大丈夫?」

「……夏衣君?」

 

私は夏衣君の腕の中にいた。彼が助けてくれたようだ。

なんだろう、凄く暖かくて、落ち着く。

私の意識はそこで消えた。

 

 

***

 

 

「……り!……夫?……しおり!」

 

 

名前を呼ばれて起き上がる。凄く体が重い。

すると、いきなり抱きしめられた。

 

「……え?夏衣君?」

「しおり!良かった……」

 

周りを見渡すとすっかり暗くなっており、私は公園のベンチにいた。

 

「ん。気付いたかしおり」

 

隣のベンチを見ると望月が座っていた。

そうだ、私、アニメイトを飛び出してずっと走ってて、つかれて。何も考えられなくなって。ふらふら歩いてたらバスに轢かれそうになって……。

 

「全く。ホントにひやひやしたぞ夏衣、助けるならもっと早くしてくれ」

「ごめん……。でも、しおりが無事でよかったよ」

 

まだ、視界がぼやけてる。でも意識ははっきりしてきた。

 

「あ、あの、夏衣君……。そろそろ、離してくれないかな」

 

このままずっと抱きしめられているとおかしくなってしまいそうだ。

 

「ああ、ごめんごめん」

「全く、無事でよかったな。もう夜だしさっさと帰ろうぜ」

 

望月はそう言ってベンチから立つ。

 

「……あれ?」

「亜季斗なら、バイトの時間だから先に行ったぞ」

「……そう」

 

あーちゃんは、いないのか。

 

 

 

 

そっか。

 

 

 

 

 

――視点A――

 

「全く、どこ行ったんだしおりの奴」

 

しおりを探し始めてから大分時間がたった。いまだにしおりは見つからない。どうやら自体は思っていたより深刻なようだ。

俺は携帯を取り出し、さっき急いで作ったグループラインを開き、文をうつ。

 

『見つからない。そっちはどうだ?』

『こっちも見つからん。伊野ヶ浜氏はどうだ?』

 

しばらく待つが、夏衣から返事は無い。

 

『伊野ヶ浜氏!どうした?』

『落ち着け亜季斗。多分ラインに気付いていないだけだ。夏衣。見たら返事してくれ』

『うむ。そうだな。取りあえず一度集合しよう』

 

 

やれやれ、という言葉がふさわしい状況だ。亜季斗から聞いた状況としおりが一切の連絡に応じないところからしていなくなった理由は明白だが、それを亜季斗たちに言ってもこの事態は変わらない。

まったく、サポートしろと脅迫までしてきたやつが何してんだか。

 

「これは夏休み終わったら、マック奢りだな」

 

外も大分暗くなってきた。早く見つけないとヘンな奴に絡まれたりしかねない。俺は少し足をはやめて集合場所へ向かう。

 

 

 

***

 

「おお、武哉!どうだった?」

「いや、見つからなかった」

「そうか、我も道行く人に聞きはしたのだが、有益な情報は無かった」

 

亜季斗も息が上がっている。そうとう走り回ったのだろう。

 

「なあ、亜季斗。お前にとってしおりはどんな存在なんだ?」

「なんだ、こんな時に」

こんな時だから聞いてるんだ。とも言えないので目で訴えかける。

根負けしたのか、亜季斗は答えた。

 

「しおりと我は、昔から家が隣で幼稚園も小学校も中学も同じだった。必然的に一緒に遊ぶことも多かった。世間一般で言うところの幼馴染だ」

「それだけか?」

「他に何を言えと言うのだ」

 

やっぱり、こいつにはしおりへの恋愛感情は無いようだ。いや、無いと言い切るには少し難しいか。自覚は無いだろうが今の亜季斗はイライラしている。さっきのしおりからの拒絶は亜季斗にとっては少なからずダメージだったようだ。

 

「じゃあ、もうひとつ聞くが」

「なんだ?手短にしてくれよ?」

「中雲高校に進学すると言いだしたのはお前か?しおりか?」

 

 

沈黙。まあ、俺も聞いて必ず答えてくれるとは思っていない。だが、今後の事を考えれば、この問いかけは重要だ。

 

「……我だ」

「じゃあ、しおりは?」

「それがよくわからんのだ。しおりなら理数系でもっと別の道があったはずだ。だが、我が中雲に推薦が決まった時、あいつは急に進路を変えたのだ」

「そうか」

「ひょっとしたら我は、しおりの可能性を潰してしまったのだろうか」

 

何と鈍い奴だ。リア充爆発とか言ってるこいつが一番爆発するべきだな。しおりが進路変更した理由なんて俺じゃなくてもわかる。亜季斗を追いかけるために決まってる。だが、それは俺が伝えるべきことじゃない。

 

「中雲高校は道有数の進学校だ。理数だけで進学するよりも可能性は広がってる。実際こないだのテストでお前も自分が予想以上に出来るとわかっただろ?」

 

俺にはこれくらいしか言えないな。

亜季斗は無言だ。こんなにおとなしいこいつは初めて見た。

 

「それにしても、夏衣のやつ遅いな」

「……そうだな。もう10分は経過しているのだが……」

 

俺たちは当たりを見渡す。すると、俺の視界には向こう側から信号の方に歩いて行く黒髪の人物の姿が見えた。

 

「おい、あれしおりじゃないか?」

「何!?……本当だ、よかった……」

 

やれやれ、やっと見つかったか。

と、安心していたのもつかの間。俺はまずいことに気付いた。しおりは信号が赤なのに気付いていない。車が行きかう道路に向かって直進している。

 

「おい、亜季斗。このままじゃやばい」

 

 

亜季斗も事態に気付いていたようだ。しおりの方へ走りだす。だが、しおりがいるのは俺たちのいる場所と道路をはさんで向かい側。走っても道路は渡れない。大声で呼んでも、今のしおりには聞こえないかもしれない。

 

そうこうしているうちにしおりは歩道から出る寸前だ。

 

「しおりいいいいいい!!」

 

亜季斗が叫ぶと同時に、大きなバスが通り過ぎていった。

 

「そんな……しおり……」

 

亜季斗がひざから崩れおちる。

バスが通り過ぎた後、俺たちの視界に入ったのは、しおりと、それを抱きしめている夏衣だった。

 

 

 

 

 




次回予告

武哉「次回予告の時間だ」

月島「よう、面白そうなことやってんじゃねえか」

武哉「またあんたか、出番が無くて暇なのか?」

月島「あ?喧嘩売ってんのか?……と言いたいところだが、お前もその程度か」

武哉「というと?」

月島「作者はどうやら俺の出番を既に考えているようだぜ」

武哉「ナ、ナンダッテー」

月島「そういうことだ。俺の活躍を楽しみにしてな」

武哉「なんか前もそんなセリフ聞いたぞ……」

月島「次回、『約束』」

武哉「このコーナーって基本次回予告して無いよな……まあ、お楽しみに」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33. 約束

繁華街を後にし、札幌駅から発車したJRに揺られながら俺は隣の座席に座るしおりを見る。心ここにあらずといった感じだろうか。目は虚ろで、さっきから一言もしゃべらない。その隣に座る夏衣は心配そうにしおりを見ている。

目覚めた時に亜季斗がそばにいなかったことがショックだったのだろう。まあでも、亜季斗自身が「自分がいない方がいい」と思いこんで先に行ってしまったのだから仕方ない。

 

『次は、白石。次は白石。』

 

「あ、俺ここだから」

 

夏衣が席を立つ。それによって我に返ったのか、しおりが顔を上げる。しおりは何か言いたげだったが、何も言わなかった。夏衣はそんなしおりの頭にポンと手を置き、くしゃくしゃっと撫でた。

 

「またね、しおり」

 

夏衣は俺にも手を振ると降りて行った。

そして、JRは再び動き出す。中雲駅まではもう少し時間がある。俺は、しおりから携帯に視線を移す。さっきひなから来たラインに都合がよくなったら連絡すると約束したので、それに返信するためだ。

 

『都合良くなったぞ。さっきの用件はなんだ?』

 

すぐに既読がつく。ひょっとしてずっと待たせていたのかもしれない。

そして返信が来た。

 

『直接話したいから、一階のロビーで待ってるね』

 

その文章には絵文字も感嘆詞も一切使われていない。直接話したいという文面からして、かなり重要な用事ということだろうか。俺は承諾を示す文章を送り、携帯をポケットにしまう。

 

「ねえ、望月」

 

不意にしおりが話しかけてくる。そちらを見ると、さっきとは違う、真剣な瞳で俺を見ていた。

 

「なんだ」

「私のあーちゃんへの気持ちは、本当に恋だったのかな?」

 

『だった』のか、という問いかけは亜季斗への気持ちが限りなく薄れていることを示しているのだろう。

 

「何故俺に聞く」

「あんたなら、わかると思って」

「あんまり過大評価するな。俺は、万能じゃない」

 

残念ながら俺には恋愛感情を知ることはできても理解することはできない。それは、俺が今まで誰かに恋する事が無かったからだ。そもそもの話、愛情という感情が俺には欠落しているのかもしれい。だからこそ俺はひなからの好意を認識はしているが、その気持ちへの答えを出せないでいる。そんな俺にしおりの16年越しの想いを本当か嘘か判断することなんてできない。

 

「なによ、役立たず」

 

そう罵るしおりの声には、いつもの元気は微塵も感じられない。

だが、それでいい。答えを出すのは、しおりであり、そして亜季斗でもある。俺に出来るのは、その舞台を整えてやることだけだ。

 

『次は、中雲。次は、中雲』

 

JRがとまり、俺たちはホームへと降りる。改札をくぐり、駅から出る。時間帯も遅いので、人が多い。

しおりは尚も無言だ。夜道を並んで歩いていても、しおりの存在を認知するのは難しいくらいだ。

今日までに起った出来事は、高校一年生には少々重いか。

 

「じゃあ、私こっちだから」

「ああ、またな」

 

道の角でしおりと別れ、俺は歩き続ける。

亜季斗を想っていたしおり。それに気付かない亜季斗。

俺の事を想っているひな。それに気付いていても何もしない俺。

自覚があるか無いか。それだけの違いだが、結果的に相手の気持ちをないがしろにしているのは変わらない。だから、俺は亜季斗を否定することはできない。でも、俺はしおりから依頼を受けた。忘れているだけだろうが、しおりはそれを取り下げてはいない。それなら、俺の責任はまだ継続されいる。

 

 

それなら、最後までやるだけだ。

 

 

***

 

 

自動ドアを通りぬけ、機械に部屋番号を入力する。このマンションのセキュリティはとても優れており、部屋のドアもオートロック。設定すれば指紋認証をつけることもできる。

 

ロビーの真ん中で、ひなは待っていた。俺に気付くと小さく手を振る。

 

「悪いな、待ったか?」

「ううん。大丈夫。用があるのはあたしだから」

「そうか。それで、用ってのは?」

「うん。結構大事な話かな」

 

そう告げるひなの頬は赤くなっている。これは、ひょっとしたらまずいかもしれない。

仮に告白なら、今の俺に返せる言葉は無い。

心臓が高鳴るなんてのは随分久しぶりなものだ。それも悪い意味でとは。

大きく息を吸い、ひなはゆっくり話し出す。

 

「その……望月君は嫌かもしれないけど。あたしと……その……」

 

ひなはゆっくりと言葉をつなぐ。

 

「あたしと、夏祭りに行かない?」

「……え?」

 

ナツマツリ?

一瞬ひなの言葉に理解が追いつかなかった。が、すぐに頭を動かし、状況を整理する。

告白じゃなくて、誘いか。夏祭りってのは、次の土曜から4日間行われるやつか。さっき駅にポスターが貼ってあったから、その祭りで間違いないだろう。

 

「どう……かな?」

 

ひなは上目遣いにこちらを見てくる。その仕草は断りにくいからやめてほしい。

まあ、でも断りたい訳でもない。

 

「いいけど……二人で行くのか?」

「えっと……お祭りの二日目にみんなで行こうって瑠璃ちゃんが言ってて」

 

みんなってことはしおりと亜季斗、そして夏衣も誘うつもりだろう。しおりと亜季斗が素直に応じるかは微妙だが、二人とも今日のことをあまり人に知られたくは無いだろう。それなら誘い方によっては来るだろう。

 

「なんだけど……その……」

 

ひなはまたも歯切れが悪くなる。これ以上何を言うつもりなのかわからないが、しきりに前髪をいじっている。

俺も雰囲気に飲まれてしまったのか、何を言っていいかわからず黙っていることしかできない。ひなの様に前髪をいじって待っているとひなはようやく話し出した。

 

「その前の日……初日にあたしと二人でお祭りに行かない?」

「……え?」

 

また間抜けな返事をしてしまった。

二人で夏祭りか。まあ、現状断る理由は何一つない。それに、しおりたちの事もあるし、一度下見できるのは都合がいい。

冷静に考えた後、俺は返事した。

 

「わかった。じゃあ時間はどうする?」

「え?いいの……?」

「ああ、別に用事もないしいいぞ」

 

ひなは顔をほころばせる。そしてそれからしばらくの間、俺たちは当日の待ち合わせや行きたい出店について話していた。

 

 

***

 

その翌日から、一週間の夏期講習が始まった。レベルが高くて理解できなさそうだと先入観を抱いていたが、講師たちの教え方は抜群に上手かった。ひなが学年一位を保っているのもこの授業を受ければ納得がいく。一週間程度の夏期講習でも、俺の学力はうなぎのぼりなのだから普通に通えば成績は常に上位でもおかしくないな。

 

 

 

が、しかし週末に近づけば近づくほど俺の集中力はそがれていった。夏祭りの約束のせいだろうか、それとも単に授業が難しくなっているからなのか。どちらにせよこのままだと受講料が無駄になりかねない。まったく、最近の俺はどこかおかしいな。

 

 

「……ふう。疲れた」

 

授業の合間の休憩時間。自販で飲み物を買った俺はロビーの椅子にこしかける。

夏期講習はあと2日。もう半分も終わったと思うべきか、まだ半分あると思うべきか。個人的にはそんなことは気にならない。というか考えられない。なんだろう、この悶々とした気分は。

 

「ずいぶん辛気臭い顔ね。授業内容が理解できなかったの?」

 

そう話しかけてきたのは、……えーと、誰だっけ。たしか遠……遠……。

 

「遠山?」

「あなた、最低限の記憶能力もないの?私は遠野ゆり。二度と間違えないで。いい?望……望崎君?」

「どんだけ大きなブーメラン投げてんだ。プロなの?」

 

遠野は俺のツッコミに対して特に反応せず、そのままロビーを立ち去った。無愛想な奴め

それにしても、辛気臭い顔なんて言われるとは。いつもは無愛想とか無表情とか言われるんだが、珍しいこともあるもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





渋谷ミサ (しぶたに みさ)

1年D組  部活動 無所属  誕生日  10月9日

学力 A+ 知性A 判断力 B 身体能力 C 協調性 C-

学年2位にして孤独の少女。そこそこ立派な家系に生まれ、幼いころから勉学に励んでいたが、その結果友達と呼べる存在が誰ひとりいなかった。プライドが高く、自他問わずミスには厳しい。エレベーターでの一件により、武哉には多少心を開いている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34. 夏祭

ものすごく久しぶりの投稿になってしまってすみません。これから忙しくなりそうで次もまた時間が空いてしまいそうですがご了承ください。


 

そんなこんなで一週間はあっという間に過ぎ、夏期講習は無事に終わった。いや、無事かどうかは微妙だが、一応授業内容は理解できたし、最終日のテストもやれるだけやった。

遠野に関してはあの一回以外は特に俺に話しかけてくることは無かった。まあ、違う学校だしもう会うこともないだろう。

 

そして、ついに土曜日がやってきた。天気は晴れ。相変わらず気温は高く、夏真っ盛りだ。よく、北海道は冬が寒い分、夏は涼しいという印象を持たれがちだが、実際は本州とたいして変わらない。結局夏は暑いし冬は寒い。当たり前の事だ。

現在時刻は4時、そろそろ出発の時間だ。その前に俺は携帯を見る。夏衣も含めた俺たちのグループラインでは一昨日、瑠璃が夏祭りの招集をかけており、亜季斗としおりを除く面々は既に行く方向で返信していた。後は二人の返信待ちなのだが、一向に来ない。

なので、俺は亜季斗に個人メッセージを飛ばした。

 

『夏祭り、どうするんだ?』

 

すぐに返事は来ないだろうと思っていたが、ものの数秒で既読がつき、返信が来た。

 

『考え中だ』

『いや、もう明日だぞ。さっさと返信しないと瑠璃も困るだろ』

『いや、まあそうだが』

 

どうも煮え切らない。こないだの一件をまだ引きずっているようだ。しおりが返信しないのも同じ理由だろう。

 

『返信遅いと逆に目立つぞ』

 

既読だけがつく。俺は最後にもう一つメッセージを送る。

 

『来るという返事以外だったらお前がプールでひなに邪な視線を向けていたことを暴露するからな』

『ちょっ、おま!それは脅しか?や、やめろよ?絶対やめろよ?』

 

どこぞの芸人の鉄板ギャグのような返信を無視して携帯をポケットに入れる。

取りあえずこれで舞台と役者は整った訳だ。後は本人たちの気持ちに任せよう。

そろそろ約束の時間だ。今日も学校へ行くときと変わらない、一階のロビーでの待ち合わせだ。違うのは行き先と、俺の中のよくわからないもやもやだけだ。

部屋を出て、ロックがかかったのを確認してからエレベーターへ乗り込む。1階のボタンを押し、ドアを閉める。エレベーターは降下していく。

ひなが先に待っていたらなんと言おうか。「ごっめーん♪待った~?」とか?

 

「いや、誰だよ」

 

思わず声に出して自分にツッコミを入れてしまう。

エレベーターは一階へ到着し、扉が開く。ロビーには誰もいない。少し早かっただろうか。スマホを取り出し適当に暇をつぶそうと試みる。が、特別気になる情報もなく、スマホの役目は終了した。いつもならスマホを見るだけで2時間はつぶせるんだがな。

不意に、右肩を叩かれた。そちらへ振り向くと相手の指先が頬に当たる。

 

「らしくないことするなって……」

 

そう言いかけた俺だったが、それ以上言葉が出なかった。

そこには白をベースに赤い花が描かれた浴衣を身にまとうひなの姿があった。その姿は一言では言い表せない程の衝撃を俺に与えた。多分、他の男子はまだ見たことないであろうひなの浴衣姿。おそらく池内に話したら嫉妬で殺されかねないだろう。今まで勉強会などでひなの私服は見ていたが、やはり浴衣というのは日本の伝統だけあって素晴らしい。

 

「ごめん。ちょっと浮かれちゃって……待った?」

「いや、今来たところだ」

 

定番のフレーズでいつも通り答える。

 

「そっか、よかった。着付けに手間取っちゃってね」

 

ひなは少し顔が赤い。まあ好意を寄せる異性に初めて浴衣姿を見せるのだからそういうものなのだろう。

 

「……」

 

そしてこの沈黙。俺に感想を求めているのだろう。だが俺もそれは読んでいた。夏祭りに浴衣で来るなど定番中の定番。ゆえにその時の適切な言葉も事前に調べておいた。圧倒的じゃないか我が思考は!

 

「えっと……」

 

む。あれ?何言おうとしたんだ?さっきまでものすごい数の脳内シミュレーションを行っていたはずなのにそのすべてが思い出せない。

 

「も、望月君……?」

 

ひなはさらに顔を赤くする。手に持っていたきんちゃくのひもをひたすらねじっている。

水着の時同様、俺がガン見しているからだろう。早く何か言わなくては。

 

「まあ、似合ってると思うぞ」

 

結局いつものように返すことしかできなかった。

だが、ひなはとてもうれしそうな表情だ。

 

「そっか。ありがと……えへへ」

 

 

ひなは小さくガッツポーズをする。

そういう可愛い仕草はやめてもらいたい。なんだか落ち着かなくなる。

 

「じゃあいこっか」

 

 

俺たちは、ロビーを後にし、地下鉄駅へ向かった。その道中、俺たちの間にまともな会話は生まれなかった。『楽しみだね』と言われれば『そうだな』と返し、『なにか食べたいものある?』と聞かれれば『そっちに合わせる』と返す。どうにもこうにも俺の会話スキルが低すぎて本当の意味で話にならない。

 

思えば、ひなと二人きりで遊びに行くのは初めてかもしれない。いつもはひなの近くには瑠璃が、俺の近くには亜季斗たちがいて、二人きりになるのは登下校の時くらいなものだ。それがいきなり夏祭りとは。

 

地下鉄のなかで俺は、そんな思いを巡らせていた。

 

 

***

 

夏祭りは川沿いの公園で行われる。前の世界でも、この時期は人でごった返していた。

とはいっても俺が実際に行って見た訳ではなく、ニュースやネット記事で見ただけにすぎない。あの時はこんなところに自分が来るとは思ってもいなかった。

 

「でもこれは予想以上だったな」

 

周りを歩く人の数をみて思わずそうつぶやく。

既に日も暮れかけている。祭りはすでに始まっているが花火の開始は7時。まだ少し時間がある。

 

「何から見て回るんだ?」

「うーんそうだね、取り合えず常温で大丈夫な焼きそばとか買って、その後にリンゴ飴とか綿飴とかー」

「食べ物ばっかりだな」

「ふぇ!?いや、そんなことないよあとはほら!射的とか!」

 

慌てた様子でひなは取り繕う。今のはちょっと意地が悪かったな。ついからかってみたくなってしまった自分を反省する。

 

「ま、とりあえず見て回るか」

「うん!」

 

そう言って俺たちはあたりを見て回る。

俺はお祭りと言うものをマンガやテレビで知ってはいたが、実際に来るのは生まれて初めてだ。だから、子どもたちが走り回る音や声、出店から漂うたこやきや焼きそばの香り、そして目の前に広がる風景全てが新鮮で、柄にもなく浮かれているのかもしれない。

 

「望月君、楽しそうだね」

 

それはひなにも伝わっているらしく、そんな事を言ってきた。

 

「そうだな、楽しいと思う」

 

未知の領域へ踏み込むというのは案外楽しいもんだ。

 

「望月君、最近少し変わったよね」

 

ひなからの思わぬ一言に俺は少し戸惑った。『変わった』たとはどういうことだろうか。自分で言うのもあれだが、俺は常に無表情で無愛想、感情の起伏もほとんどない。それは昔からずっと変わらない。それが『変わった』?

 

「どういう意味だ?」

「なんていうかね、最初に会った時の望月君はなんだか異常に大人びてて、怖い感じがしたの。でも、最近の望月君は少し子どもっぽくも見えるの」

「俺の知能が下がったって事ですか……」

「ち、ちがくて!なんていうか、望月君もあたしと同じ一人の人間なんだなって。えっと、上手く言えないけどそんな感じ!」

 

そんな感じと言われても、結局良く分からない。怖い感じなんて印象を持たれていたとは全く気付かなかった。出会ったときは単純に警戒されているだけだとしか思っていなかった。なにせ俺自身が大きく『変わった』という実感が無い。他人と違って自分の表情や仕草は分析することができないからな。

いや、でも少し『変わった』ことはあるかもしれないな。

 

「きゃっ!」

 

ひなが急に声を上げる。どうやら通り過ぎた人にぶつかったようだ。周りを見るとだいぶ混雑してきた。

 

「ひな、このまま歩けそうか?」

「うん……歩くことはできるけど」

 

歩けてもはぐれる可能性があるな。

 

仕方ない、前にミサにさせたように服の裾を掴んでもらおう。

 

「ひな、俺の服の―――」

 

そう言いかけた時、俺は右手にぬくもりを感じた。暖かくて、すべすべしている。それはひなの左手だった。

 

「これで大丈夫……だね?」

 

 

まさか女子と手をつなぐなんてことを直に体験することになるとは。

 

「えっと……」

 

こういう時、百戦錬磨のラブコメ廃人ならどのようにふるまうのだろうか。冷静にふるまうのだろうか、それとも強く握り返すのだろうか。

 

「ひなの手、あったかいな」

 

まずい、おもわずそんなことを言ってしまったがこれはドン引きされるんじゃないだろうか。そう思いひなの方を見ると

 

「あぅ……手、繋いじゃった……」

 

心ここにあらずという感じだ。そんなに照れるならそんなことしなければいいのに。

その後も俺たちは歩き続ける。道中で俺は焼きそば、ひなはリンゴ飴を買った。リンゴ飴は最後って言っていたような気がするが……。

 

 

 

***

 

「ほー、このタピオカはうまそうだな」

 

ひなが近くのかき氷屋で順番を待っている間、俺はタピオカ屋を眺めていた

タピオカの種類を何にしようかと考えていると、ふと背後から鋭い視線を感じた。それは以前も感じたものだった。やれやれ、夏休みなのに血の気の多いことで。

 

「よう、望月」

 

その相手は相変わらず笑ってはいるが感情を感じさせない、なんとも不思議な表情をしている。

 

「いやな偶然だな、月島」

「おいおい、一応先輩なんだぜ?少しは敬意とかないのかよ」

「そうしてほしいならそれなりの行いをしてほしいもんだな」

 

月島海政はなおも笑みを浮かべている。

俺はこいつがどうにも苦手だ。藤堂先生や木崎先生なんて目じゃないくらいに。それはこいつには俺の「力」がほとんど通用しないからだろうか。とはいっても俺は自分の「力」に絶対の自信があるわけでは無い。それが万能じゃないことは誰よりも俺が知っているから。実行委員の件にしても二人三脚にしてもたまたま俺の「力」で解決できる範囲内だっただけだ。

ならば、俺が月島を苦手とする理由は他にあるのかもしれない。だが、それが何かはわからないし知りたいとも思わない。

そして、何かはわからないが、こいつにも何らかの「力」があると感じている。それはミサや泉といったプライドが高く、他人の力を借りることを嫌う人物を本人たちに悟られず手駒にしているところから伺える。

とはいえ体育祭以来月島と関わることは一度もなかった。あの時の宣戦布告ともいえる発言に対して警戒はしていたのだが特に何かをしかけてくる様子もなく夏休みに突入したので、俺は月島の興味が他に移ったのだと思っていた。

 

「何か用か?」

「用がないと後輩に話しかけることもできないのか俺は」

「お前が純粋に俺との会話を楽しみに来たとは思えないけどな」

 

慎重に言葉を返す。

 

「フッ。あいかわらず無愛想なやつだな」

「さっさと用を言ってもらおか。そろそろ連れが戻ってくるんだ」

「なんだ?彼女かよ?」

「それじゃあ、俺はこれで」

 

月島に背を向け立ち去る意思を見せる。こうすればさっさと答えるだろう。

 

「序章は終わりだ。2学期から本編をプレイしようじゃねーか」

「前にも言ったが、俺はお前のいうゲームには乗らないぞ」

 

それ以上月島は何も言ってこなかったので、俺はさっさとその場を立ち去った。

 

 

***

 

――視点C――

 

かき氷を買ってお店の列から出る。味はブルーハワイ、あたしの一番好きな味だ。近くで待っているはずの望月君を探すために辺りを見渡す。どんなに人ごみの中でも自分にとって特別な人物を見つけるのは簡単だった。タピオカ屋の方に望月君はいた。誰かと喋っているようだけど、誰だろう?見たことある気もするけど、別のクラスの人かな、それとも上級生?伊野ヶ浜君もそうだけど、最近望月君の人脈が広がっているのを感じる。あたしが望月君が変わったと感じるのはそのためだろうか。

なんて考えている話を終えたのか望月君がこっちへ歩いてきた。

 

「かき氷買えたか?」

「え、うん。買えたよ、ほら」

 

そう言って望月君にかき氷を見せる。

 

「さっき話してたのは、友達?」

 

何となく聞いてみたけど、その瞬間あたしはぞっとした。

望月君の目が、表情そのものがつめたい感じがする。いつもの無表情とは似て非なる、初めて会った時のように、いやそれ以上に怖い表情。今の質問は望月君にとってなにか地雷のようなものだったのだろうか。

あたしが言葉に詰まっていると、望月君がゆっくりと口を開いた。

 

「焼きそば屋の場所を聞かれたから教えただけだ」

「そっか」

 

その言葉の真偽はわからないけど、望月君がそう言うならあたしはそれでいい。

 

「花火、そろそろだな」

 

そう言った望月君は、いつもの無愛想で無表情な、あたしの良く知る望月君だった。

それを見てあたしはほっとした。かき氷を食べてのどに癒しを与える。

 

「そうだね、どこか良く見える場所さがそっか」

「一応スポットを調べておいた。そこに行ってみないか?」

 

望月君が花火を見るスポットを調べているなんて全くの予想外だった。ひょっとして望月君もあたしと夏祭りに行くのを心待ちにしていてくれたのだろうか。それならとてもうれしいな。

あたしは望月君の提案に乗り、スポットへ案内してもらうことにした。

 

***

 

しばらく歩くと出店は見えなくなり、河原へ出た。夜の川はきらきら光っていて、スマホの待ち受けにしたいくらいだ。周辺にはブルーシートを敷いてその上に座るカップルが何組もいた。

ひょっとして、傍目に見ればあたしたちもカップルに見えたりするのだろうか。望月君の方をチラッと見てみる。心なしか、彼の頬が赤いように見えた。

多分、気のせいだろうけど。

 

「この辺で見る?」

「いや、ここだと花火が始まるときには人でごった返す。もう少し遠くへ行こう」

 

そう言って望月君はあたしの手を引く。そういえば、人ごみで迷子になるからという理由で手をつないでいたのにいつの間にか自然になっている。望月君も特に嫌な顔もしない。あたしも、もうこの左手を洗いたくないくらいだ。

 

 

もうしばらく歩いていると、あたしたちは人気のない草むらまで来ていた。真っ暗だし木もあるしこんなところじゃ花火見えないんじゃ……。

すると望月君が急に話しかけてきた。

 

「星、綺麗だな」

「え?」

 

空を見上げてみる。確かに木々が周りの明りを遮断している分、星がとてもよく見える。

 

「あれ、夏の大三角形だな」

「ホントだ……」

 

なるほど、木々が邪魔だとばかり思っていたけど上を見るとそれらはたいして高くなく、花火もよく見えそうだ。望月君、こんな穴場を良く見つけられたなあ。

 

「なあ、やっぱり女子はこういう場所で告白されたらキュンとくるか?」

「ふぇ!?」

 

何?どどどどどういうこと?告白?キュンと?

いきなりの大胆な発言に頭が追いつかない、というかまわらない。いや、確かに夏祭りで告白とかドラマとか漫画じゃ良くある話だけど、まさかそんなことが現実で?しかも望月君が?

あたしがしどろもどろになっていると望月君はさらに言葉を続ける。

 

「いや、仮の話だ。俺が今そうしようとしているわけじゃない」

「……え?」

 

仮?な、なんだそっか……。ほっとした半面すこしがっかりしている自分がいた。

でも、なんでそんなことを聞くんだろう。

 

「も、もしかして誰かに告白する予定……だったり?」

 

恐る恐る聞いてみる。だが、聞いてみてはっとする。これで『そうだ』と答えられたら一体どうしたらいいんだろうか。さっきよりも心臓が高鳴る。

 

「いや、そんな予定は全くない」

「じゃあ、なんで……?」

 

なんであたしはこんなに危険な橋を渡ろうとしているんだろうか。違うと言われたのだからそこで納得すればいいのに。

でも、そんな意思に反してあたしは尋ねている。

望月君が何か言おうとしたとき、大きな音が鳴った。

 

空を見上げると大きな花が咲いていた。それはとてもきれいで、とてもまぶしく見えた。望月君の方を見ると、彼の瞳は花火のせいか輝いて見えた。

 

 

4月からずっと望月君を見てきた。でも、彼のことはあまりわからない。知っていることといえば、アニメや漫画が好きで、唐揚げが好物で、国語が得意で数学は苦手。授業中はいつも寝てて、めんどくさがりだけど頼まれたことは結局やり遂げる。それくらいだろうか。たったそれだけだけど、でも、

 

そんな望月君が、やっぱり好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35.想い

人生で初めて見た生の打ち上げ花火in夏祭り。それは大きく、美しく、そして俺の心に訴えかける何かがあった。その何かとはなんだろうか。はっきりとは言えないが、今の俺の脳をフル回転させて答えを出すのなら、世界の広さ、自分の小ささ、だろうか。これでも国語の成績は学年でもそこそこ高いはずなのだが、初体験の物事に対していきなり考えを述べよと言われても困ってしまう。まあ、それが普通とも言えなくもない。

なんて長々とそんなことを考えているのは、背中に感じる温かくやわらかい感触から意識をそらすためだ。

 

「ごめんね、望月君……重くない?」

 

夏祭りの帰り道、俺はひなをおぶって歩いている。花火が終わった後、隣を歩くひなの表情に違和感を感じ、問いかけてみると、下駄の鼻緒が合わず足を痛めた挙句、鼻緒が切れかかっていた。これ以上歩かせるのは無理だと判断した俺はひなをおぶって歩くことを決め、今こうして地下鉄駅に向かっている。

 

「別に……むしろ軽いほうだろ」

「そ、そう?」

 

実際ひなはそこまで重くない。むしろ平均より軽いんじゃないだろうか。ちゃんと栄養のあるご飯を食べているのか不安になるくらいだ。だから、全体的な重量に関しては非力な俺でも問題ない。

問題なのは、さっきから背中に感じるこの感触。むしろ栄養全部こっちにいってるんじゃないの?

俺は基本何かに対して大きく動揺することは無い。それは人の心を乱す大抵の事は体験してきたからだ。だが、俺だって前世でも20年程度しか生きていない若僧だ。全ての事象を体験している訳じゃない。そもそも女子をおんぶして夜道を歩くなんて体験を一体どれくらいの数の男子がしているというのだ。

仕方ない、何か会話でもして気を紛らわそう。

 

「明日の集合時間は何時だった?」

「え?んと、今日と同じ時間に現地に集合だったかな」

 

ということは今日より早く家を出ないといけないのか。面倒だな。

「じゃあ、明日は着付けで遅れないようにな」

 

今日は俺一人と、家での待ち合わせだったからいいが、明日は瑠璃たちも一緒だ。遅れるのはあまり好ましくない。そう思っての発言だった。

 

「ううん。明日は浴衣着ないから大丈夫」

 

だが、ひなから帰ってきた言葉はそんな心配をよそにするものだった。

 

「そうか?でもせっかく二回も祭りに行くのに浴衣は一回でいいのか?」

 

ひなから返事が返ってこない。何か変な問いかけだっただろうか。

しばらく無言で歩いていると、ひながつぶやくように喋った。

 

「浴衣……望月君だけに見せたかったから……」

 

ひなは聞こえるか聞こえないかくらいの小声で話しているつもりだろうが、この体勢だとものすごくはっきり聞こえる。バイノーラル音声並みだ。

 

「……そうか」

 

 

 

今まで、恋愛なんてものとは無縁の人生だった。むしろ普通の人間関係だってまともに出来てたかと言われると肯定はできない。敵意を向けられることはあっても、純粋に、本心からの好意を向けられることなんてのは本当に数えるほどしかなかった。そういった事が、いつしか俺から愛情という概念を失わせたのかもしれない。

だから、沢渡ひなという人物から向けられる好意は俺にとって未知の領域でもある。

 

「ねえ、望月君」

「なんだ?」

「あたし、あたしはね、望月君の事が……」

 

 

だが、俺自身の気持ちはなんら変わらないままだった。ひなの事が好きか嫌いかと言われれば、当然嫌いじゃない、好きに属するだろう。

だが、それは恋愛における好きじゃない。亜季斗や瑠璃、しおりやミサへの気持ちと同じ、友達としての好きだ。

そもそも、最初に出会って、一緒に話したり遊んだりしていた時、俺はひなたちに対して友達としての好きという気持ちもなかった。誰かを好きになることは、自分を傷つけることと表裏一体。何かを得るということは、それを失うリスクを常に持ち続けることでもある。

『失うくらいなら、何も要らない』

そんな他人から見るとバカげた思想を、『あの時』から俺はずっと引きずったままだった。だからこそ、俺の人間関係は上辺でしかなかった。浅い関係なら、失っても痛くは無いから。それが一番合理的だと、俺は信じて疑わなかった。

 

 

そんな考えを体育祭の時の出来事が少し変えたのかもしれない。ミサや泉の葛藤、そして何よりひなの頑張り、それは昔の俺を見ているようだったから。

誰かに追いつきたくて。必死に自分のできることを頑張って。でもそれじゃ駄目で。誰も助けてくれなくて。

だから、俺はひなを助けた。本当の意味で、上辺じゃない友達になりたくて。

けして褒められたやり方では無かったが、それでも俺は動いた。

もちろんひなはそんなこと考えもしなかっただろう。ひなにとっては、俺は最初から友達だったのだから。だから、俺はそれに応えたかった。

そういった意味ではひなの言うとおり俺は『変わった』のかもしれない。

でも、それでも俺がなりたかったのは『友達』だ。恋人じゃない。

確かに、ひなは可愛くて優しいくて頭のいい、男子からすれば理想的な女子だ。それでいて、バカみたいに純粋で運動音痴で少し照れ屋で、ちょっと抜けたとこがある。それが4月から俺が見てきた沢渡ひなだ。

 

たったそれだけだが、それでも、

 

 

ひなは、俺にとって最も親しい友になっていた。

 

俺が感じていたもやもやは、これ以上踏み込めばそれが無くなってしまうのではないかという不安に他ならなかった。

 

だから、今ひなが言おうとしている事に応えることはできない。どう応えようと、その後友達でいれる保証はないから。

 

「明日も晴れだといいな」

 

俺はひなの言葉を遮ってそう言った。

 

「そう……だね。明日もきれいな花火が見れるといいね」

 

ひなはそれ以上、なにも喋らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36. 本心

翌日。今日も空はからっと晴れ上がり、夏の暑さを遺憾なく発揮する真夏日だった。こうも暑い日が続くと夏が永遠に終わらなんじゃないかという不安にかられるがそんなことがあるはずもなく、夏祭りが終わればもはやオフィシャルなイベントも殆どない。学生たちは思い知るだろう。自分のもくろみがいかに稚拙だったかということが。半分以上白紙のままの宿題。交通費や買い食い、施設利用料などですっからかんになった財布。想像するだけで恐ろしい。

だが、今回で四度目の高校生としての夏休みを過ごしている俺にはそんなミスはない。宿題は全て終わり、出費も当初予定していた通り必要最低限におさえた。

一つ問題があるとすれば、特別課題「夏休みの記録」がまだ一文字も書けていないことだろうか。俺も十分稚拙だったわ、ごめんねみんな。単純に夏休みに起きたことを書けばいいのなら楽勝なのだが、この課題はそれを今後にどう活かすかまで考えなければならない。

将来は愚か学校生活のなかですら明確な目標が無い俺になにを書けと言うのやら。もういっそ白紙で出そう。ひょっとしたらそれがきっかけで奉仕部的な隣人部的なコミュニティに強制入部させられて目標の一つでも出来るかもしれない。なんてね。

 

「流石にその発想はどうかと思うぞ……」

 

隣で俺の話を聞きながら歩く亜季斗はあきれた様子で答える。亜季斗が呆れるほどなのだから、随分とイタイ発想だったということだ。

 

「やかましい、ちょっとくらい現実逃避させろ」

 

何故俺が亜季斗と二人で歩いているかというと、当然だが夏祭りの会場へ行くためだ。

補足すると昨日のラインの後、亜季斗はすぐに夏祭りへの参加を決めた。しおりが返事をしていなかったのも要因の一つだろう。

 

「おーい、もっちー!こっちこっち!」

 

待ち合わせ場所が見えてくると同時に瑠璃が手を振っているのが見えた。まだ結構距離あるんだけど、その眼鏡はアガサ博士の発明品かなにかで?そう思いつつそちらへ近づいていく。見た限りいるのは瑠璃とひなの二人だけだった。

 

「おそいよ二人ともー」

「いや、まだ10分前だろうが。お前らがはやすぎんだよ」

「えーそうでもないよ。ねえひな?」

 

瑠璃は隣でスマホをいじるひなに声をかけたが、返事はない。

今日のひなは昨日の言葉通り浴衣では無く私服だった。

 

「ねえ、ひなってば!」

 

瑠璃はひなの肩を軽くたたく。ひなはびっくりしたのかスマホを手から落とす。俺の近くまで転がってきたので、それを拾う。

 

「ふぇ!?望月君!?い、いつからそこに?」

 

どうやら俺たちの到着に気付かなかったようで、とても驚いているようだ。

 

「今来たところだ」

 

これって普通待ってたほうがやってきた方に掛ける言葉なんじゃないの?

ひなが俺に驚いている理由は明白だが、だからといってどうすることもできない。関係の維持を押し切ったのは俺なのだから。

 

「これで全員なのか?」

「いや、まだ夏衣たちが来てない」

 

亜季斗の疑問に答えてやる。だが、亜季斗は首をかしげる。そりゃそうだ。俺は夏衣「たち」と言ったからな。

 

「ごめん、遅くなった」

 

しばらくすると夏衣としおりがやってきた。亜季斗がいるところへ来るのが気まずかったのか、しおりは浮かない表情だ。亜季斗もしおりを前にして急に黙りこくってしまった。

このねじれた関係を再生しなおかつよい方向へ持っていくなんて螺旋丸を1日で会得するくらいには難しい。

 

「それじゃどこから回ろうか?」

「そうだね、まずは一通りみてからその後食べ物を買って花火に備えるって感じでどう?」

 

瑠璃と夏衣がどんどん話を進めていく。こいつら異常に仲いいよな。特に接点はなかったはずだが。

それはともかく、俺たち一行は出店のほうへと歩を進めた。とはいっても大体は昨日と同じ店、同じ品揃えで特にかわったものはない。

 

「ねえねえ、私飲み物ほしいんだけど、なんかよさそうなのあった?」

「それならそこの角曲がったところにタピオカ屋が……」

 

しまった。瑠璃の問いについ流れで答えてしまったが、これは……。

 

「え、そっちまだ行ってないよね?もっちーなんで知ってるの?」

 

横目でひなのほうを見ると、ものすごくあわてているようだった。俺と二人できたことは瑠璃にも言ってないらしく、そして言いたくもないようだ。

 

「祭りが楽しみすぎてネットで調べた」

 

なので俺は適当にごまかすことにした。

 

「なにそれ、望月にも楽しみとかあったんだ」

「ほっとけ」

 

あまり改善はしていないが、しおりは少し元気を取り戻したようだ。

だが今日しおりは一言も亜季斗と会話していない。たそれどころかずっと夏衣の隣を歩き距離をとっている。

 

「あ、お化け屋敷だー。ねえ入っていこうよ」

 

瑠璃が指差すほうには『恐怖!絶叫間違いなし!』とでかでかと書かれた看板を掲げたお化け屋敷だった。やはり祭りの定番なのかそこそこの人数が並んでいる。

 

「ええ、なんかすごく怖そうだよ?」

「もー、ひなはこわがりだなー。じゃあ行きたい人で回ってくるからいやな人は無理しなくていいよー」

「俺は行こうかな。城之内君もどうだい?」

「ん?そうだな、我も結構興味あるし行くことにしよう」

 

夏衣と亜季斗もいく姿勢を見せる。俺はどうしようか。祭りのお化け屋敷というのは大いに興味深いが多分この流れだと……。

 

「私は待ってるよ」

 

まあしおりは行かないだろうな。ひなも行かないようだし流石に女子だけ人ごみにおいていくわけにもいかないか。

 

「俺もパスで」

「なんだ武哉。怖いのか?」

「いや、プールだのなんだので金使いすぎて金欠なんだ。今日は晩飯だけにしとく」

「じゃあ仕方ないね、三人で行ってこよう!」

 

そういって瑠璃たちはお化け屋敷に入っていった。一回15分程度かかると看板に書いてあるので俺たちは近くのベンチで待つことにした。

 

「瑠璃ちゃんって結構怖いの好きなんだよね、小学校のころは一緒に連れて行かれて本当に身がもたなかったよ」

 

そうなのか、でも今回は無理強いしてこなかったな。まあ小学生のころの話らしいし成長したということか。

 

「そりゃ大変だったな」

「ほんとにね」

 

やっぱり会話が少しぎこちなくなってしまう。

 

「……ねえ二人ともなんかあったでしょ」

 

唐突にしおりが尋ねてくる。

 

「べ、別になにもかくしてなんかいないよ?」

「なんか隠してるんだ」

 

もはや誘導尋問ですらない。純粋って言ってもこれは病的だな。

 

「で、なに隠してるの望月?」

「別になにも」

「あんたこの流れでよく堂々と嘘つけるわね」

 

どうやらしおりは俺たちの話に本当に興味があるわけではなく、話していないと心が落ち着かないといった感じがうかがえる。

 

「し、しおりちゃんこそ、なんか今日変じゃない?」

「え!?いや、別にそんなことないって!」

「ちがうならそんなにあわてないと思うけど」

 

純粋な視点で物事を見ているひなには今日のしおりの様子に違和感が感じられているのだろう。そうでなくても今日のしおりは違和感しか感じられないが。

 

「……ひなはさ、自分が好きな人のこと本当に好きだって確信をもって言える?」

「ふぇ!?き、急に何?」

「お願い。教えて」

 

しおりさん。いま俺あなたの隣に座ってるんですけど、この状況でその質問はやめてくれませんかね。

ひなは俺のほうを一度みてから答える。

 

「そ、その……。あたしが好きな人はあんまり自分のこと話してくれないし、あたしのことどう思ってるかわからないし、そのせいでときどきすごく不安になるけど、不安になったりするってことはそれだけその人が自分のなかで大きな存在だってことで、その、たとえばきれいな景色を見たときに、その人だったらどんな気持ちになってどんな顔をするのかなって思ったりするくらいに。だから、あたしは本当に、絶対に」

 

ひなは一呼吸おくと綺麗な笑顔で言う。

 

「大好きだよ」

 

ひなのその言葉は今現在俺を指していった言葉ではない。でも俺に向けた言葉であることは明白だ。心のどこかでそれに答えられない自分を糾弾する自分がいる。

 

「でもね」

 

ひなが言葉を続ける。

 

「多分その人にはまだこの気持ちは伝わらないんだと思うの。だから、今は一緒にいれればそれでいいの」

 

俺がもっとまともな人間ならこんなことは言わせなくてよかったはずなのに。こんな思いをさせなくてよかったのに。なにやってんだ俺は。

 

「そっか。強いねひなは」

 

自分の亜季斗への思いと重ねて考えているのだろうか、それでもしおりの表情は晴れない。

 

「しおりちゃん、ひょっとして城之内君と……」

「おまたせー!いやーなかなか怖かったよー」

 

ひなの言葉が終わる前にお化け屋敷から瑠璃たちが戻ってきた。

 

「うん。結構怖かったね」

「し、死ぬかと思った……」

 

亜季斗は大きく息を切らしている。きっと叫んで踊れる実況シャウトだったのだろう。手札交換しそう。

 

「そろそろ時間もいいし、花火の場所取りしとこうぜ。混むとだるい」

「珍しく積極的かと思ったら最後の一言で台無しだね♪」

「まあ、実際混んでくると大変だし武哉の言うことも最もだね」

「うむ、ではさっさと場所取りしてしまおう!」

 

そういうわけで俺たちは川原へと向かうことにした。結構人も増えてきて予想通り面倒な状況だ。もう帰ってもいいかな。いや、駄目だろ。

 

 

――視点B――

 

せっかく早めに向かったのにも関わらず、川原は人でごった返していた。いたるところにブルーシートが敷かれ、いたるところにカップルがいる。いや、そう見えるのは気のせで普通に友達同士や親子もたくさんいるか。頭が恋愛脳になる一歩手前だった。なにこのブラックジョーク、まったく笑えないんだけど。

 

「ねえこの辺でいいんじゃない?」

 

そう言ってみんなのほうを振り返ったはずだったのに、そこにはみんなはいなかった。ただただ知らない人が歩いているだけ。

 

「これは……迷子ね」

 

少しボーっとしすぎていたかな。高校生にもなって迷子とかまったく笑えないんだけど。まあでも世はまさに大IT時代。ラインすればすぐに連絡が取れる。現代人でよかったー。スマホを取り出し、ラインを起動する。グループラインでいいだろうか。いや、でも電話したほうが確実に出てくれるだろうか。

 

そんなことを考えていたらいきなり画面がブラックアウトした。

 

「え、嘘!?」

 

ボタンを何回押しても起動しない。どうやら電源が切れてしまったようだ。

 

「そういえば、昨日充電してなかったっけ……」

 

昨日は夏衣君と電話しててそのまま寝落ちしたんだった。

夏衣君は私が元気ないことを気にしてくれていたようであの日から頻繁に連絡してくれていた。今日お祭りに来ることにしたのも彼が「このままでいいの?」といってくれたからにほかならない。

確かに、あーちゃんとこのままでいるのはつらいし周りにも迷惑がかかる。実際望月なんかはだいぶ気をまわして今日歩くときも私たちが二人きりにならないようにしてくれていた。望月のくせに生意気ね。望月といえばあいつ、ひなにあれだけ言わせておいて何も言わないんだからあきれるわね。でも、あいつがひなをないがしろにしている訳じゃないってことは見ていればなんとなくわかる。それはあーちゃんと私の関係に少し似ていたから。

でも、今の私の中で支えになっているのは間違いなく夏衣君だ。

『たとえばきれいな景色を見たときに、その人だったらどんな気持ちになってどんな顔をするのか。』それに当てはまるのも今はあーちゃんじゃない。

 

「ってそんなこと考えてないで早くみんなと合流しないと!」

 

けど、この川原はかなりの広さがある。そしてこの人込み。この中からみんなを探すのは相当大変だ。

 

「あ、そういえば」

 

ふと思い出しかばんを探ると目的のものが出てきた。

 

「よかった。もって来てた……」

 

それは私が予備として使っているガラケーだった。最近はまったく使っていなかったので無くしたと思っていたが、かばんの奥底に眠っていたのはラッキーだった。開いて見ると充電もまだ残っている。

 

「あ、でもこのケータイって……」

 

このケータイは古いタイプなのでラインができない。普段まったく使わないのでひなや望月の番号も入っていない。入っているのは家族と中学のころの友達と、そしてあーちゃんだけだ。

 

「……まあ、歩いてればそのうち会えるよね」

 

そう思い周りを見ながら歩き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく歩いていると人気のない草むらに出てしまった。明らかに逆方向に来てしまったようだ。どうしようか迷っていると、暗闇から急に手を引かれた。

 

「きゃっ!な、なに!?」

 

とっさに相手に反撃する。私の拳が相手の腹にクリーンヒットした。え、こういうときこの後どうするべきなんだろうか。

 

「か、彼女は柚子ではない……?」

「いや、知ってるよ。俺だよしおり」

 

暗闇から出てきたのは私のよく知る人物だった。どうやらヒットしたと思っていたのは腹ではなく右手でガードされていたらしい。

 

「夏衣君」

「急にいなくなるから探したよ。まさかこんなところまで来てるなんてね」

「ご、ごめん。でも良かった。合流できて。みんなは?」

「手分けしてしおりを探してる」

「そ、それは本当にごめん。じゃあ早く戻らないと」

 

でも、夏衣君は私の手を離さない。

 

「ちょっと待って。見せたいものがあるんだ」

「見せたいもの?」

「うん。後2分くらいかな」

 

私たちはしばらく沈黙する。私はどうにも落ち着かず、心の中で時間を数えることにした。

59、60、61、62……。

 

「そろそろだね。上みてごらん」

「上?」

 

私が空を見上げると同時に一筋の光が空へと登っていく。それは一定の高さで大きくはじけ、綺麗な花を咲かせた。

 

「すごい、綺麗……」

「でしょ、ここ穴場なんだ」

 

花火に見とれていると夏衣君が私のほうをじっと見ていることに気づいた。

 

「な、なに?」

「俺、しおりのことが好きだ」

「ええ!?」

 

唐突な告白に私はかなりオーバーともいえるリアクションをとる。

 

「最初に会ったときも、武哉を助けるために巨漢に立ち向かったりしてすごく勇気があるんだなって思った。それにアニメや漫画の話をしてるときの笑顔が、いつの間にか目が離せなくなって。他にもたくさん、たった数週間で、どんどんしおりのことが好きになっていった」

「夏衣君、わ、私は……私も……」

 

私も好き。と言おうとしたとき、脳裏をよぎるのはなぜかここにはいない彼の姿だった。

 

おもむろに彼が私を押し倒す。

 

「え、ちょっと、夏衣君?」

「嫌かい?」

「そ、それは……」

正直。嫌ではない。それだけ本気で私のことを好きだと思っていてくれているのだろう。……けどなんだろう。何か……。

 

「俺はしおりとなら……良いよ。優しくする」

 

「……で、でも……でも……」

 

何か違う。

 

 

 

「しおりいいいいいいい!」

 

大きな叫び声がする。それは、うるさくて、暑苦しくて、それでも私の大好きな声。

 

「なっ!なぜここが!?」

「問答無用!くらえええええ!」

 

あーちゃんが夏衣君に殴りかかる。が、夏衣君は軽い身のこなしでそれをかわす。急にあーちゃんが現れたことで夏衣君も動揺しているかと思ったけど、すぐに冷静な顔に戻っている。私はこんなに恥ずかしいのに。

 

「なかなかいいパンチだね。ひょっとして経験者?」

「応!いっておくがピアノも書道もやってないぞ!」

 

あーちゃんはそれ以上は会話せずに再び攻撃態勢に入る。昔から武道をやっていただけあって速く重いこぶしを振りかざす。だが、夏衣君はそれをすべてかわし続ける。

 

「何故ここへ来たんだい?」

「それは……お前が変な気を起さんとも限らんからな。現にしおりのことを押し倒していたではないかっ」

「しおりもいやそうでは無かったけど?」

「な……。……なら何でしおりは涙を浮かべているのだ」

「それは」

「しおりの気持ちを考えずにズケズケと!」

「……ずいぶんと本気だね。普通、たかがクラスメイトのためにそこまでするかい?」

「お前は知らないだろうが我には役職がいくつかあってな」

「というと?」

「ひとつ。それは1年B組の委員長!ふたつ。それは生粋のガチオタク!」

「ずいぶんどうでもいい役職だね」

「そしてみっつ!それは……しおりの幼馴染だ!幼馴染属性最高!守る理由などそれだけで十分だ!」

 

その言葉と同時にあーちゃんのこぶしが夏衣君の腹にヒットする。

 

「かはっ……」

 

夏衣君はその場に倒れこむ。

 

「いててて。まさか恋敵がいたなんて気づかなかったよ」

 

何か呟いていたようだが、うまく聞き取ることができなかった。夏衣君は何とか体を起こし、私の方を寂しげな表情で少し見つめた後、この場から走り去っていった。

 

 

 

 

「さて、大丈夫かしおり?」

「え、う、うん。それよりどうしてここが?」

「ここの近くにこれが落ちていてな」

 

あーちゃんはポケットからふたつのものを取り出す。それは私のガラケーと、『psかあにばる』のキーホルダーだった。

 

「なにそれ、これだけあっても私のかなんてわからないじゃん」

「ぬっ!?い、いや、我にはわかったのだよ!けしてあてずっぽうではないぞ!」

 

慌てふためくあーちゃんをみていると自然に笑いがこぼれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37. 夏休み終幕

迷子になったしおりが亜季斗とともに戻ってきたことで事態は落ち着き、俺たちはいまだに打ちあがる花火を見ていた。しおりに夏衣はどうしたと聞いたところ、変えてきた答えは「知らない」とのことだったのでラインを送ってみると『急用で帰る』とのことだったのでみんなにはそのとおり伝えておいた。

 

「いやー綺麗だねー。たーまやー♪」

「うん、すごく綺麗。ね?あーちゃん」

「え?お、おうそうだな!」

 

いつの間にかしおりの亜季斗の呼び方が変わっているが、それはつまり二人の仲が修正され、かつ前進した証だろう。本当に螺旋丸習得しちゃったわ。そんな彼らをよそに俺はその場を離れる。

 

 

 

 

そしてやってきたのは今日の待ち合わせ場所だった会場入り口。目的の人物はすぐに見つかった。

 

「よ、面倒な役を任せて悪かったな」

 

「まったくだよ。まさかあんなガチ勝負を挑まれるとは思ってなかったよ」

「そのしゃべり方ももう必要ないぞ」

「そうかい?それじゃあ……ふー。本当に疲れたのう。望月君も人が悪いのじゃ。相手が経験者なら教えてくれてもよかろうに」

 

 

そう答えるのは人深くキャップをかぶり、腹をさする伊野が浜夏衣……に扮した井川真愛だった。

 

 

結論から言うと俺が狸小路で知り合った友人、伊野が浜夏衣なんて人物は最初から存在しない。すべては朝飯前で男装をこなす何でも屋、井川の演じた架空の人物でしかなかった。スポーツ用品店で井川の男装の話を聞いた後、連絡を取り合い、今日までの計画を考えていた。

井川が男装し、しおりと出会い、しおりが亜季斗から夏衣に気持ちを揺らし始め警戒を解き、俺の調べた穴場スポットで二人きりになり襲われ、亜季斗がそこに助けに入ることまですべて俺の思惑通りだった。まあ、亜季斗が井川に一発叩き込んだのは想定外ではあったが。

しおりが轢かれそうになった時も、さっきまで迷子になっていたときも俺は井川と連絡をとり、常に状況を把握していた。亜季斗が穴場の方へ向かったのも俺が促した。じゃなきゃあんなに都合よくことが進むわけがない。

後はしおりが伊野ヶ浜に完全に堕ちてしまうか問題だった訳だが16年越しの初恋がそう簡単に消えてなくなるわけがない。そう確信をもったのは俺が赤坂しおりという人間を理解し始めた証拠だろう。

そしてこのまま井川がラインのアカウントを消し、遠方に引っ越したことにしておけば伊野が浜夏衣の痕跡は完全に消え去る。なにせ架空の人物だからな。

 

「それにしても望月君とはつくづく縁があるのう。まさかうちのお客様になってくれるとは」

「そこに何でも屋がいたからな」

「登山家みたいな言い方じゃな。あ、報酬のほうは忘れておらぬよな?」

 

わかりきってはいたが何でも屋を動かすには報酬が必要だった。はたしてミサや泉はどんな報酬を払ったのやら。

 

「わかってるよ。今度お前の実家に遊びに行けばいいんだろ?本当にそんなことでよかったのか?」

「ああ、それだけでよいぞ」

「絶対何かあるだろ」

「そんなことは……おっと望月君には嘘は効かなかったの」

 

自分で嘘って言っちゃってるけど、まあいいか。どうせろくなことじゃない。それにもう約束してしまったことだ。その時がくるまでになんとかしよう。

 

「それで?なぜ望月君はそんなに人助けに勤しむんじゃ?」

「別に勤しんでるわけじゃない。ひなの時も今回もいつのまにかやらざるを得ない状況に追い込まれていただけだ」

「責任に追われていたと?」

「まあ、そんな感じだ」

 

それだけでは無いのは確かだが、主たる要因はそこにある。誰かに頼まれたから、誰かがやらないと困る人がいるから。それが俺の動く要因なのだ。それにひなに自分を重ねていたなんてことをを井川に話してなんになるんだ。

 

 

「今回も体育祭のときも、結果として物事は良いほうに進んでいるのは一目瞭然じゃが、結果として君は周囲の人間を騙しているのではないかの?」

「褒められたやり方じゃないのは重々承知している。でも、だからといって俺には他に取れる手がなかったのも事実だ」

 

井川はそれを聞いてクスリともせずに

 

「望月君は面白い人じゃがうちは嫌いなタイプじゃな」

 

と言い放った。面白いのに嫌いとは、よくわからないことを言う奴だ。

 

 

 

 

「それじゃあ、俺はそろそろ戻る。もし怪我でもしてたら……俺を恨まないでくれよな?」

「心配せずとも仕事の中での怪我なら文句は言わんよ」

 

その社蓄精神に敬礼。いや、会社勤めではないだろうけどさ。

 

駅の方へ歩いて行く井川が見えなくなったところで、俺は再び歩き出す。そろそろ戻らないと俺まで迷子扱いになる。入口を通り過ぎると、そこにはひなが立っていた。

 

「あ、いたいた。望月君何してたの?探したんだからねー」

「悪い、ちょっと電話してた」

「そっか。じゃあみんな待ってるしいこ?」

 

そう言ってひなは左手を差し出してくる。

 

「そうだな。戻るか」

 

俺はその手を掴む。いつか、ひなの想いにしっかり答えを出せるように、俺自身が変わっていかないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。