ジェントルロリータの小悪魔日和 (マカロニ(ちゅうえい))
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ロマンシーズ・オブ・ジェントルガール
The number of devils 1
「またナンパしに行くの~? 幼女が出歩いていい時間じゃないって」
「ああ、だが女の子を口説くには丁度良い時間だ」
高層ビルの谷間にできた人だかりを車のライトが照らしている。異様な熱気を纏った彼らが作る円の中ではまた小さな円が出来ている。そしてその小さな円の中で女は少女を抱え、銃を構えて威嚇している。人間たちは彼女らに向かって好き勝手なことを言う。
「身の程知らずを惹き肉にしろ!」
「おいおい体は残しといてくれよ! あとで俺が使ってやるからよお!」
「雌豚をしばき倒してやれ!」
「死んじまえ!」
浴びせかけられる罵倒と、けたたましいクラクションにうんざりした女は人混みに向けてついに発砲する。しかし飛び出した弾は小さな円を超えず、彼らに届くことはなかった。弾丸を受け止めたそれには傷一つ付いていない。女は忌々しげに毒を吐く。
「天使どもが……!」
人間の彫刻そっくりのそれは槍を構え直す。感情のない瞳が女を見据える。
天使。天からやってくる異形を人はそう呼んだ。
女は歯を食いしばり引き金を何度も何度も引く。小さめの銃とはいえ細腕で連射するこの女も人間離れしているが、天使は襲い来る銃弾を難なく弾き落とす。彼らの目は音速を超える銃弾の動きを正確に捉えていた。
しかし天使の体を何発もの弾丸が貫く。銃口から放たれたものではない。地面に散らばる潰れた弾丸が天使を射抜いていた。死角からの攻撃で姿勢を崩された天使は真正面からの猛攻に晒され、体を蜂の巣にされてしまう。その体からは血の代わりに光の粒子が垂れ流され、拡散していく。それでも天使たちが焦ることはない。残る3体はじっくりと彼女との距離を詰めていく。天使はいつも標的を嬲り殺す。感情を見せない彼らも弱者をいたぶる快感を求めるのか、それとも見せしめのつもりなのか。
事態が急転したのは女が傷付いた天使に手を向けた瞬間だった。動きを止める天使たちの前で宙に漂う光が、掌に吸収されていく。それを見た瞬間、天使たちが弾丸を超える速さで女に迫り、その槍を突き刺した。
女は顔を歪める。痛みは少ない。その代わりに違和感が強い。体の中から何かが失われるのがはっきりと感じられる。意識が混濁する。入ってくる情報が上手く処理できない。それでも目の前の石膏像じみた怪物をぶち壊さねばならないことは分かっている。
「こんのああああああ!」
一層勢いを増して光は彼女の中に取り込まれる。入れた端から出ていってしまっているが気にしない。無我夢中で彼女は光を吸収し続ける。やがて天使の体にはヒビが入りはじめた。他の天使たちの攻撃が激しくなる。2体は突き刺さる槍を引き抜いては突き刺し、また引き抜いては突き刺す。そして最後の1体が彼女から溢れ出る光を取り込む。傷付いた天使は穴だらけにされているだけ光の流出も激しいのだが、その差ももはや分からなくなってくる。女も自棄だ。自分の傷のことなど考えない。薄れゆく意識の中で。思い浮かぶ過去の景色に囲まれながら。ただ手を伸ばす。
「マリ……イ……」
恐怖も消え行き、ただ郷愁の中で、光に包まれて女は意識を手放した。
1270字。このサイトの仕様が分からなかったので前日と今日とで1270字です。できれば1日でこれ以上書きたいですねぇ。
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The number of devils 2
手放した、はずだった。
「ほう、良い声色で名を呼ぶものだな」
幼いのに妙に迫力のある声が聞こえたかと思うと、彼女は自分の体と心がすっかり元通りになっていることに気が付く。いったい何が起こったのかと周りを見回すが、天使は警戒するように距離をとり、野次馬たちも何が起こったのか分かっていないようだった。困惑する彼女に真後ろから声がかけられる。
「相手が可愛い女の子でなきければ、そんなに愛しそうに名前を呼ぶことはできないものだ」
咄嗟に振り向くが誰の姿も見えない。呆然としていると服の裾を小さく引っ張られる。
「……こっちだ。よほど混乱しているようだな」
視線を下ろした先にいたのは、まだ少女の入り口にたったばかりのような女の子だった。幼女と呼んだほうが合っているとさえ思えるその幼い女の子は、ますます困惑を深める女の表情を見て、愉快そうに微笑んだ。
「困惑するのも無理はないか。普通1体しか出てこない天使が4体も出てきて、死ぬほど魔力を吸われたかと思えば無傷で棒立ち、挙句に……これだ」
幼女はくるくると回って自分の姿を女に見せつける。眩い金髪に黒いドレス姿は、確かに夜に映えるが、そんなことより幼子が出歩いていい時間ではない。この混乱の中でマイペースに振る舞う異常さもあり、いっそ自分が死後に見ている幻覚と考えたほうが妥当に思える。頭の中で色々と考えながらじっと幼女を眺めていると、彼女がふんわりとした微笑みを返してきて、場違いなものだと思いながらも安心させられる。安心したところで、天使は何をしているのだろうかと、ふと考える。
女が幼女の頭に突き刺さろうとする槍とそれを掴んだ手を見たのは、完全に同時だった。再び緊張する女に対し、幼女は微笑んで言う。
「ああ、勿論お前にも『お楽しみ』は必要だろうが、今日のところは私に任せてくれ。お前はそこの女の子と……これを頼む」
空いた手で肩に提げたポシェットを取って女に手渡す。女が屈んで少女の頭を膝の上に乗せたのを確認して天使のほうを向く。
「全く羨ましい……帰ったらカクテルちゃんにしてもらうか」
軽口を叩きつつ槍を天使ごと放り投げる。2体の天使の隙間にその1体が入り込み、態勢としては正面で向かい合う形となった。傷だらけの1体を除いて。幼女が指を鳴らした瞬間、ボロボロの天使は弾け飛び、溢れ出た光の粒子は瞬時に幼女の体へと吸い込まれていった。既に死に体だったとはいえ、成す術無く取り込まれてしまった様を見た野次馬たちは言葉を失ってしまう。
鳥のような鳴き声をあげる天使たち。幼女は獰猛な笑みを浮かべて呟く。
「退屈しなければいいが……せいぜい足掻くといい」
夜にあって尚明るいこの街に、赤い右目が光り輝いた。
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The number of devils 3
天使達は一斉に襲い掛かってきた。3本の槍はそれぞれ頭、胸、脚目掛けて繰り出された。幼女は迫りくるそれらを静止した時間の中で、悪戯を考える子どものような笑みを浮かべながら、じっと眺める。考えた末に、彼女は頭に飾られた大きなリボンを解き、2本の槍を一纏めにしてしまった。そして残る1本、脚に向けられたそれに手を載せる。
1体の天使が吹き飛ぶ。遥か上空へと光を撒き散らしながら飛んでいく。天使たちはそれに目もくれない。探すのは目の前にいたはずの幼女だ。気配を探る。見つからない。眼で探す。見つけた、と同時に見失う。世界を見失う。彼らには何が起こっているのか分からない。
アゼットは目の前の光景に言葉を失う。幼女は片方の天使の足を持ってぐるぐる回り、天使は必死で槍を掴み、槍を繋がれた別の天使も振り回される。高速回転が生む風を浴びていると、そのうち竜巻が起こるのではないかと俄かに恐怖させられるほどだ。
「ぬぅん!」
雄叫びとともに天使たちが放り投げられる。地面に突き刺しておいた槍を手に取る。どこまでも飛んでいこうとする天使たちを見据える。
「リボン、返してもらうぞ」
槍を投げ放つ。誰にもそれが飛んでいくところなど見えなかった。多分、天使たちに向かって投げたのだろうと予測し、光が散る中から槍が落ちてくるのを見るのみだった。野次馬たちは慄きながら槍の落ちてくる場所から遠ざかる。
「通してもらってもいいか?」
「へ?」
野次馬が振り向くと、かろうじて視界の端に金髪が映る。見下ろすと背伸びして存在を主張する幼女がいた。今まさに自分の目の前で天使を殺した幼女が、だ。微笑みを向けてくる幼女を見て大の大人が悲鳴を上げて逃げていく。それを皮切りに野次馬たちは全員、波が引くように、あっという間に去ってしまった。あまりの手際の良さに幼女は口笛を吹く。それから、そんなことより、といった調子で落ちてきた槍からリボンを解く。どこかに収められないかとドレスをぱたぱた叩いて探すが、結局見つけられないで手に包帯のように結んでおくことにした。
幼女は呆然とする女に歩み寄る。虚ろにこちらを見つめてくる彼女に向かって幼女はからかうように言う。
「どうした。私の口元に食べ残しでも付いているか?」
「えっ? ああ、いや、別に。ちょっとぼうっとしてただけよ」
女に恥ずかしがるような様子はない。からかわれたということにも気付いていないのだ。それほどに彼女は疲れ切っていた。無防備な姿を晒された幼女は苦笑しながら言う。
「全く、可愛い顔をしてくれるものだな……さて、これからどうする?」
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The number of devils 4
「どうする……どうするって?」
「こんな騒ぎを起こして、泊まる場所もないだろう。あれはお前のだろう?」
幼女が指差した方を見ると、好き勝手に荒らされたキャリーバッグが捨てられていた。女は大したリアクションを取ることもなく、小さくため息をついて言う。
「ごめんなさい。この子預かってもらえる?」
「ん、分かった。……いや、ちょっと待て」
幼女が何か、もやみたいなものを飛ばし、バッグとその他の散らばったものを包んで引っ張ってくる。
「ほら」
「……ありがとう」
幼女はしゃがんで少女を預かる。女は立ち上がり、覚束ない足取りで荷物に近づき、覚束ない手つきでそれらを纏める。無事な荷物を確かめようとして、それが片手で数えられる程度だったことに落胆する。服は悉くが駄目にされてしまっている。化粧品の類いは泥まみれだが、洗えば使えないこともなさそうだ。もっとも彼女がそれを使う気になるかは別問題である。財布は見当たらない。スマートフォンも同様だ。金目のものは盗まれてしまったのだろう。下着がない理由に関しては想像するのも躊躇われる。ため息をつきつつ、荷物を纏め終える。支度を終えた女がしゃがみこんで話しかける。
「さあ、支度も終わったし……えー、っと、待って。そう、そうよね……いや、あの、何の話してたかしら?」
幼女は俯いて顔を隠し、何やら肩を震わせながら言う。
「くくっ、いや、お前、ぷっ……これからどうするかって、ぷふっ……話をだな……ふふふっ」
幼女はもう辛抱堪らないという風に、おもむろに顔を近づけると、そのまま額に口づけをした。女は何が起こったのか一瞬理解できなかったが、段々と険しい顔つきになってくる。にこにこと笑う幼女に向かってできるだけ真剣な調子で言い放つ。
「……何するのよ」
「お前が可愛すぎるのが悪い」
間髪入れずに誘い文句が返ってくる。加えて、この短時間でも常に笑っているという印象を幼女から受けていたが、中でもとびっきりの笑顔を見せられ、女は反論を引っ込めてため息をついた。
「全く、クレイジーな日だわ……」
「ふふふ、大分参っているようだな。……うちに来るか?」
幼女はへたり込む女に向かって言う。女は何の反応も示さない。にやつきながらそれを眺めていると、ついに女が力なく両手を挙げる。
「それ以外に選択肢ないっていうか……もう考えるのがめんどくさいわよ」
「いいのか? 名前も知らない者についていって」
「……もう、いいわよ」
投げやりな返事だが、女の表情には安らかな雰囲気が見える。幼女は満面の笑みで応えた。
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The number of devils 5
「……よし、決まったならさっさと行こう」
幼女は少女を抱きながら立ち上がる。そしてふと、ようやくというべきか、あることに気が付く。
「そういえばこの子はなんなんだ?」
「……あー…………」
女は頭を抑える。
「酔っ払いに往来で犯されそうになってるところをちょうど通りがかって、気まぐれで助けたのよ」
「ほう……つまり?」
女は更に深く頭を抱える。
「……全く知らない」
「全く? ……気絶してるのは?」
「天使が現れて、それで悲鳴上げて、その調子よ……」
今日一番大きなため息がゲームセンターから流れてくるBGMにかき消される。幼女は自身のことよりも深刻そうにしている女を見て小さく笑い、気楽に言う。
「まあ、この子も一緒に連れて行く以外の選択肢はない。そうだろう?」
女は憮然とした表情で話を聞いていた。聞き終わっても目を閉じて黙りこくっている。幼女は微笑みながら返答を待っている。答えが返されたのは、半ば諦めがついてからだった。
「警察に預けるっていうのは……」
「私たちごと犯そうとしてくるんじゃないか?」
「……行きましょうか」
「ああ、そうしよう」
同意を得た幼女は先陣を切って歩き出す。女はその後ろをついていく。誰もいない繁華街をまっすぐ行く。そう歩かないうちにバス停に着く。女はどこか引っかかるものを感じながらも、幼女がバス停の傍で立ち止まるものだから、倣って立ち止まることにする。
騒ぎが起こってからそれなりに時間が経つが、歩く人は全く見当たらない。車はちらほら通りはじめたが、何故かまた通らなくなってしまった。本当にバスなどくるのだろうかと女は考える。
「本当にバスなんてくるのかしら……」
「こないぞ」
「はぁ?」
困惑に満ちた声が上がり、愉快そうな声が返ってくる。
「もっと夢のある乗り物さ。楽しみにしておくと……おっと、もう来たか」
幼女が空を見上げる。つられて顔を上げ、空を飛ぶ何かを見つける。プロペラが回る音やジェットを吹かす音は聞こえない。彼女にはそれが何なのかさっぱり分からなかったが、姿が見えてくると余計に分からなくなってしまった。
トナカイが、サンタとバニーガールを乗せたソリを引いてきた。この時点で女には意味が分からないのだが、はっきり見える距離まで近づいてくると、今度はトナカイがトナカイではなく鹿であることに気付く。しかも乗っている2人がかなりうるさい。
「イェー! 俺たちはこのクソッタレな世の中に夢届けるサンタ!」
「笑顔プレゼントしてみせるぜフィーバー!」
「幻想失った聖夜にいざ降臨! 満ち溢れた希望の世界の住人!」
「ホゥワイトクリスマース! ホゥワイトクリスマ~ス!」
「未知という輝きを見つけ出してやるぜ今! 道を歩んでいけるこの瞬間に感謝するぜブラザー!」
「ホゥワイトクリスマース! ホゥワイトクリスマ~ス!」
「ホッ! ワイトクリスマース! イェァ!」
呆れを隠せずにいる女の前にソリが止まる。幼女が笑いを堪えながら彼らに言う。
「アップル、クリスマスは来月だぞ」
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The number of devils 6
小説書いてからゲームしたほうがいいですね。
「へっへっへ、サンタがクリスマスしか外出しちゃいけねえってルールはねえんだぜ、お嬢ちゃん」
サンタは無理矢理に低くしたような声で言う。バニーガールはその後ろでデタラメなダンスを踊っている。女は確信する、絶対に疲れる展開になると。せめて話しかけられずに済めばと願うが、まるで狙ったかのようなタイミングでサンタが彼女のほうに振り向く。暫くじっと見つめられる。沈黙に対して女は多少の気まずさを感じるが、それ以上に眠気が尋常ではなかった。瞼を完全に開いているのが難しい。
サンタが沈黙を破り、幼女に詰め寄る。
「何よこの女! 私というものがありながら!」
「そうだそうだぁ~!」
エアギターをかき鳴らしながらバニーガールが便乗する。彼女の顔は全体的に赤くなっており、誰が見ても酔っているのは明らかだった。酔っ払いと、酔っ払いと同レベルの言動のサンタ、2人に迫られた幼女は軽い調子で女に問う。
「ああ、そういえば名前を聞いてなかったな。なんて言うんだ?」
3人の視線が集中する中、女は何も語らない。黙っているだけでなく、ぴくりとも反応しない。3人が覗きこんでみると、彼女は立ったまま寝てしまっていた。サンタが2人の反応を見ながら胸を触ろうとする。バニーガールがそれを叩き落とす。不服そうな顔をするサンタを尻目に、彼女は大袈裟な動きで女に抱き着こうとする。幼女が背中を引っ張ってそれを遮る。不服そうな顔をするバニーガールを尻目に、彼女は目一杯背伸びしてキスをした。
誰よりも大胆なことを、誰よりも躊躇なくやってのけた幼女に向かってサンタが再び詰め寄る。
「えっ、何してんの君? 今、えっ、今、うっ! うわ! 若者こわ! 若者こっぅわ!」
「大袈裟だな。これぐらい挨拶みたいなものだろう?」
「じゃあお前挨拶のつもりでやったか?」
「いや、ありったけの愛を籠めて……」
「アウトやないかーい……カクテルちゃん! ちょっと言ってやってくださいよ!」
サンタがバニーガールに応援を求めるが、彼女は何か言いたそうに、しかし言いにくそうにしている。その様子を見たサンタは渋い顔になり、幼女は深い微笑みを浮かべて言う。
「仕方のない奴だな。ほら……おいで」
唇への刺激と騒がしいやりとりで女は目を覚ます。瞼をなんとか持ち上げて前を向くと、バニーガールと幼女がキスをしていた。目の前で行われている行為から唇に残る感触が何を意味しているのか察する。しかし彼女は恥ずかしがることも抗議もせず、ただため息をついた。
女が目を覚ましたことに気が付いた幼女が舌を抜いて彼女に声を掛ける。
「起きたか。お前の名前はなんというんだ」
「いや唐突すぎるやろ……」
サンタのぼやきは誰にも聞こえなかった。
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The number of devils 7
「私はカクテルちゃん!」
「聞いてない聞いてな~い」
女は2人のやりとりを無視して言う。
「名前……? ああ、そういえば言ってなかったわね。……そうね、泊まらせてもらうのだし、名乗っておいたほうがいいわね」
「私はカクテルちゃん!」
「……なんでこいつ連れてきちゃったかな、俺」
ぼやきながら幼女のほうを見る。彼女は愉快そうに笑いながらバニーガールの手を握り、ソリのほうへと連れて行く。
ソリは外から見るとみすぼらしいものだったが、中はしっかりとした作りをしているし、布かれているクッションも上等なものだ。
幼女はそれを確認してからバニーガールを寝かせる。
「さあ、もう寝ようカクテルちゃん。遅くまで起きていると綺麗な肌が荒れてしまう」
「え~……? じゃあ一緒に寝てくれなきゃやです~……」
「勿論、一緒にいるよ」
幼女はバニーガールの傍に腰掛け、頭を撫でてやる。艶やかな髪の上に柔らかな肌を滑らせる。時々髪を弄られるのを嫌がらずに、寧ろ無邪気に笑う彼女はさっきまでのハイテンションが嘘のようにあっさりと寝入る。安らかな寝顔に吸い込まれるように、頬に口付ける。
完全に2人だけの世界に入っている幼女たちを前にした女は、またしても眠気に負けそうになりながら言う。
「ねぇ、私も寝ていいかしら」
「あー、もうちょっと待ってねー」
サンタにも無言で咎められ、幼女は笑いながら言う。
「すまなかった。さあ、名前を聞かせてくれ」
「……ええ。私の名前はアゼットよ。この辺りには初めて来たわ。よろしく頼むわね」
「俺の名前はアップルだぞ!」
「そう。あなたの名前は?」
サンタの名前にはまるで興味がない様子でアゼットは幼女に問う。
幼女が口を開こうとしたそのとき、爆音が響いた。
「な……!?」
「おっと……これは予想外だな」
ソリの周りを6体の天使が囲んでいる。しかもさっきと異なり、猫背にも関わらず背がビルの2階を超える巨大な天使が2体いる。残る4体は弓を構えており、援護役だろうと推測できる。経験したことのない数、圧倒的な迫力が、アゼットに再び天使への恐怖を刻み付ける。怯える彼女は縋るように幼女へと目を向ける。
「シックスだ」
しかし彼女の声は予想外の方向から聞こえてきた。自身の正気を疑いながらそちらを向くと、彼女は大天使の肩に座っていた。
それに気付いた大天使は逆の手で肩を叩く。一瞬は焦りを覚えるものの、アゼットはもう学んでいる。
「昔流行っていた宗教の中では、6は悪魔の数字だったそうだ。それをかつて使われていた言語に置き換えて……」
大天使の四肢が切断される。埃と光の粒子が舞い上がる。煙る視界の中で天使たちだけが困惑を浮かべる。サンタは、アゼットは、光が収束していく一点を見つめる。
「……シックス。それが私の名前だ」
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The number of devils 8
煙の中に赤い輝きが垣間見える。もやによって煙が押しのけられ、サンタの茶化すような口笛と共にシックスが現れる。彼女は一体何処から取り出したのか、身の丈に合わない長大な剣を担いでいる。大天使の姿は跡形もない。狼狽える天使たちを背にしてサンタに話しかける。
「あいつらには感情がないんじゃなかったのか?」
「俺が操作してたころはそうだったんだけどなぁ。今はそうじゃないみたいだ。それよりもどうする? さっさと片づけるなら待っててやるし、遊んでくなら先に帰るぜ」
鹿によりかかりながら問うてくる彼に対してシックスは何も答えず、微笑みと剣を見せつける。サンタも髭の下で同じような笑みを浮かべる。彼女から目を離してアゼットに向けて言う。
「よっしゃ行こか! アゼットちゃん!」
「ええ、そうするわ」
彼女はもはやシックスの心配など微塵もしていない様子である。のろのろとソリに乗り込み、バニーガールと、いつの間にか寝かせられていた少女の傍で横になり、寝る態勢に入っている。再びサンタが茶化すように口笛を吹く。シックスは微笑み、というよりもドヤ顔で応える。
隙だらけの空間に矢の雨が降り注ぐ。またしても煙で視界が遮られるが、それでも攻撃は止まらない。1秒、2秒、5秒、10秒。たった10秒間の内に1000を超える矢が撃ち込まれた。
そして大天使の踵が繰り出される。雷にも迫る速さで打ち下ろされた足は、確かにシックスを捉える。
それは一切傷付いていないシックスに捉えられるのと同じことだった。
大天使の体が冗談のような軽やかさで吹き飛ぶ。そこの映像だけを切り取れば誰もが彼が綿を詰めたように軽いのだと錯覚するだろう。しかし落下したときに走った衝撃がそれの確かな重さを伝える。
埃の中からはやはり無傷のシックスが現れる。それだけではない。1人と1匹が真の姿を現していた。
燃え盛る炎のような、或いは吹き出した瞬間の血の色を取り出したかのような鮮烈な赤の獣皮、トナカイなど目ではない巨大さ、鎌など目ではない残忍な形をした角、それは確かにさっきまで鹿だったはずのものだった。
闇で染色したような黒髪、何にも似つかない赤い光を放つ両目、あどけない顔立ち、華奢な体、それは確かにさっきまでサンタだったはずのものだった。
元サンタは元鹿にまたがり、付け髭を振り回しながら忘れ去られた軍歌を熱唱する。シックスは彼を見上げて言う。
「ん、コスプレは止めたのか? アップル」
「まあね。ちょっとサンタは俺には早かったよ……じゃ、俺たちはもう行くからな」
「ああ……眠り姫を起こしてくれるなよ」
ソリで眠る3人を指差す。アップルは力強く頷きながら鹿だったもののケツを蹴り飛ばす。元鹿は全速力でその場を離れる。
シックスは心底愉快そうに笑いながら彼らを見送った。
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The number of devils 9
よろしければ明日からもお付き合いください!
※10/28日追記 こいつは何を言っているんだ(10話目)。8話目ですね……これは痛い
「絶対に起きたなあれは、まったく……まあいい。私たちは私たちで遊ぼうか」
軽い口ぶりに軽い足取りで近づいていくシックス。歩み寄ってくる得体の知れない脅威に天使たちは弓を、大天使は拳を構える。そして、シックスが剣を構える。
矢が放たれる。シックスは剣の刃を立てずに振り抜く。突風が巻き起こる。風の防壁が矢の尽くを弾く。矢が効かないと見るやすぐさま大天使は間合いに入る。悠々と佇むシックスに向かって拳を叩き込む。しかし振り下ろした拳が宙に打ち上げられる。対空のサマーソルトキックが直撃していた。再び拳が振り下ろされる。再び蹴り上げる。何度も拳が振り下ろされる。何度でも蹴り上げる。「もちつき」を楽しむシックスを再び矢の雨が襲う。矢が弾かれることもなく、拳が打ち上げられることもない。破壊のエネルギーが一点に打ち込まれた。
天使たちは油断することなく構え直す。死体も光の粒子も見当たらない。敵はまだ生きている。自分たちの知らない方法でどこかへ逃れたのだ。どれほどの傷を負わせられたのか。血の一滴も、粒子の一粒も見当たりはしない。どれほどの傷を、負わせられたのか、天使たちには分かっていた。
風が吹きぬける。殆ど同時に鈍い音が4回鳴る。シックスは転がる頭の1つを蹴り上げて右手に収める。
「6体もいれば多少は退屈せずに済むようだな。今はもう1体だけだが」
頭を切り取られた天使は全て光へと変わっていく。空いた右手にはブーメランのように飛んできた剣が収まる。大天使は散らばる光の粒子に手を伸ばすが、あっという間にシックスが吸収してしまう。ただ1体残された大天使は咆哮する。あらん限りの力を籠めて拳を握る。渾身の拳が振り下ろされる。
大天使は体ごと打ち上げられる。またしてもサマーソルトキックで凌がれたのだ。そしてそれだけでは終わらない。シックスは腰を据え、背中に意識を集中する。息を吐き力を抜いていく。大天使が落ちてくる。
「ぬぅん!」
鉄山靠、背中からの体当たりが直撃し、大天使の体が吹き飛んでいく。その先にはこの街で一番高いビルが聳え立っている。シックスは何の対応もせず、ただ見守っている。
刹那の後にはビルの天辺に巨体がぶつかっていた筈だった。シックスは斬撃の軌跡がこの明るすぎる夜に一筋の闇を刻み付けたのを見る。光の粒子がビルの一室に吸収されていく。
シックスは斬撃の主に拍手を送り、恭しく礼をする。そして跡形もなく姿を消し去った。
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Girls meet new world 1
アゼットは見覚えのない部屋で目を覚ます。半分、目を覚ますと言ったほうが正確かもしれない。身を包むふかふかの心地よさに蕩ける思いの彼女は、今にも寝てしまいそうである。起きるべきか、もう一度寝てしまおうか、贅沢な悩みに心身を悶えさせる。
ふと、聞き覚えのある笑い声が聞こえてくる。目を開けて横を見ると、ベッドに腰掛けたシックスがこちらを見つめながらニヤけ笑いを浮かべていた。恥ずかしさから目を逸らすアゼットに対して、無慈悲にも上機嫌で話しかける。
「おはようアゼット。よく眠れたか? ……寝足りないなら、まだ寝ててもいいぞ」
「……いいわよっ」
勢いよく掛け布団をめくり上げ、ベッドから降りる。しかしそこで気付いてしまう、自分が下着をつけただけの状態であることに。パニックを起こして悲鳴を上げるアゼット。彼女は驚くべき速さで掛け布団を掴み、身体を包み隠した。
シックスが余計に大きな声で笑いながら言う。
「全く可愛い奴だな。昨日の疲れ切った姿も色っぽくて素敵だったが、今日の元気な姿も少女のようで可愛らしいぞ」
自分よりもずっと年下に見える幼女に子ども扱いされて少しムッとする。しかしすぐに別のことが気にかかってくる。
昨日のこと。昨日の自分は何をしていただろうかと思い返してみる。順を追って逃避行や少女を救出したことなどが掘り起こされる。そこまでは受け入れられる。問題はそのあと、キスされたことやだらしなく寝顔を晒したこと、それとキスされたことが思い返され、彼女は恥ずかしさとやるせなさから、ため息を吐くしかなかった。
背中を小さくしてうずくまるアゼットに笑いを抑えて話しかける。
「とりあえずカクテルちゃんの服を着るしかないな。それから朝食をとって、お前の下着と服と、適当に欲しいものを買いに行こう……下で待っているぞ」
ペタペタと軽い足音が遠ざかっていく。見知らぬ部屋で1人きりになる。
1人でしゃがみこんでいると様々な不安が噴出してくる。言葉にできる不安も、できない不安も。1つだけ確かなことは、あの幼女と一緒にいれば天使に殺される心配はないということだ。
最大級の不安が解消されていることに気付いたアゼットは少し気楽になる。面倒なことになると予感しながらも、少しは楽しみにするだけの余裕も生まれる。
思い切って立ち上がり、用意された服を見てみる。セーターにスカート、どちらも少し丈が足りないが、贅沢は言っていられない。さっさと袖を通して下に降りることにした。
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Girls meet new world 2
「おはようございます! 気持ちの良い朝ですね!」
「おはようございま~す」
昨日のバニーガール、今はバーテンダーの制服に身を包んでいる女と、昨日助けた少女が笑顔で出迎えてくれる。2人はできた料理を運んでいるところのようだ。アップルは既に自分の分を食べきっており、シックスはコーヒーだけ飲んでいるらしい。
促されるまま食卓につき、部屋を見回す。複数並べられたテーブル、設けられたカウンター、その奥に並べられている酒の数々。どうやらバーテンダーの恰好はコスプレではなく、本当にここはバーのようだ。室内は見たことのない装飾で溢れかえっており、つい視線を迷わせてしまう。
キョロキョロするアゼットにバーテンダーが話しかける。
「外から来た人には珍しいものばかりでしょう? 街の様子もきっと独特に感じられると思いますよ」
牛乳に浸したシリアル、オムレツ、やけにトマトが多いサラダが並べられる。それを見たアゼットは申し訳なさそうに言う。
「あー、ありがとう。ただ、申し訳ないのだけれど……」
「あっ、嫌いなものとかありました? トマトが嫌いなら私もらっちゃいますけど」
「いえ、トマトは問題なくて……牛乳を飲むとお腹がゴロゴロしちゃうのよ」
そう言われたバーテンダーは鳩が豆鉄砲食らったような顔で見つめてくる。そういう人はこの辺りでは珍しいのだろうか。そう考えるアゼットに対し、返ってきた答えは予想外のものだった。
「いえ、食べられるようになってるはずですよ。そうですよね、アップル?」
アップルはタブレットをいじりながら答える。
「その子周辺街に行かずにランダムホールからこっちに来ちゃったみたいなんだよねー。だから体の変化については知らないわけ」
「へー、そんなことあるんですね。私は周辺街どころか門にホールインワンしちゃいましたけど」
「言っとくけどそっちのほうが珍しいからね……ま、とにかくお腹壊しちゃうとかそういうのはないから安心していいよ。好き嫌いはどうしようもないけど」
和やかに話す2人の横で唖然とするアゼット。知らない単語ばかり出る会話についていけず、理由も分からないのにただ大丈夫とだけ言われても不安は拭い切れなかった。
そうは言っても出されたものは食べるようにしたい。アゼットは恐る恐るシリアルに口をつける。一口付けると半ば自棄になって食べ進めるようになる。
黙々と食べているとバーテンダーが話しかけてくる。
「大丈夫ですか? 大分辛そうですけど」
「いえ……味は好きだから大丈夫よ。ありがとう、えっと、たしか……カクテルさん、だったかしら?」
「ノー!」
唐突に勢いよく言われ、アゼットの心拍数が跳ね上がる。バーテンダーは謝りながらもやや強い語調で言う。
「すいません。でも、私の名前はカクテルちゃんですからね! よしんばさん付けするとしても、カクテルちゃんさんと呼んでください!」
またしてもアゼットは唖然とする。今、彼女の頭の中では昨夜のハイテンションバニーガールの姿がリフレインしていた。
面食らってしまったアゼットにシックスが言う。
「すまないな。カクテルちゃんは変わり者なんだ」
「うーん、お前には言われたくないんじゃないかなあ」
すかさずアップルがつっこみを入れる。シックスは愉快そうに笑いながら返す。
「まあ、そんなことより、彼女たちに説明したほうがいいんじゃないか? 天使のことと、魔人のこと、それに悪魔のことをな」
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Girls meet new world 3
「分かってるって。その前にほら、エリエルちゃんがアゼットちゃんにお礼を言いたそうにしてるゾ」
「えっ!?」
別の話が始まるのだと思っていた少女は、急に自分の話を振られて固まってしまう。困惑する彼女は視線を集中させられて余計にあたふたしてしまい、話すどころではない様子だ。唯一コーヒーカップに視線を落としているシックスが言ってやる。
「今は名前だけ伝えて、あとは2人っきりのときに話せばいいだろう」
助言を受けた少女は、結局狼狽えながらではあるが、なんとか話し始める。
「あのっ、エリエルと申します。よろしくお願いします」
「え……ええ、よろしくね、エリエル」
挨拶を交わす2人の表情はどちらも複雑なものだ。それをカクテルちゃんは不思議そうに、シックスは愉快そうに、アップルは鼻水を垂らしながら見ている。間抜け面を晒すアップルはその場の空気をぶった切り、食卓に身を乗り出して話し始める。
「はいはいはーい! 俺の話聞いて聞いて聞いてー!」
「早く話せ」
「あひんっ!?」
脇腹を突つかれたアップルは突いてきたシックスと少々の間わちゃわちゃしてから話を再開する。
「えー、おほん。君たちが今いるこの街は、魔人たちが作った街なのです! びっくりした!? びっくりした!?」
「……」
「……」
「魔人の説明をしろ」
「おひょんっ!? ……えー、魔人、というのはですだな? 魔法が使える人間って考えるのが一番簡単だね。不老にしてあげたり病気とか怪我の後遺症とか治してあげたりはしたけど」
「なんで魔人になるんだ」
「えひひんっ!? ……それはですねー、あのねー、天使に殺されて魔界に堕とされるとそうなりますー。アゼットちゃんは天使に殺されたことがあるってわけだねー」
「……ここまで、どうだ。……アゼット?」
アゼットは呼びかけに応えない。動揺を抑えようとしているようだが、口元を抑える手が震えている。エリエルの方は話を呑み込めていないが故に呼びかけに応えられない。対するアゼットは呑み込めてしまったが故に応えられない。混沌とする記憶、混沌とする感情。彼女は頼りなく立ち上がる。
「アゼットさん?」
「ごめんなさい……1人にしてもらえるかしら」
心配したカクテルちゃんが声をかけるものの、掠れる声でつれない答えを返すのみだ。覚束ない足取りでドアのほうへと向かい、そのまま外へと出て行ってしまった。
混乱するエリエルを挟んでカクテルちゃんがアップルを睨み付ける。アップルは微妙な笑みを浮かべて外を見つめる。
シックスはコーヒーを飲み切ってカップをそっと置く。そしておもむろに立ち上がり、エリエルに声をかける。
「よし行くか、エリエル」
呼びかけられたエリエルは当惑している様子だが、何故か声をかけられた途端に立ち上がっていた。自分でそのことに驚いている彼女に更に声をかける。
「今のあいつにはお前が必要だ」
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Girls meet new world 4
小さな手が差し伸べられる。エリエルは引き攣った表情でシックスの目を見る。彼女は穏やかな微笑みで見返してきた。
少女は自分の手に視線を移す。僅かに震える手は、差し伸ばされた手よりもよほど小さく見える。
それでも彼女は手を伸ばした。
シックスは当然のように恋人繋ぎをして相方を引き寄せる。
「それじゃあ、ちょっと外に出てくる。アップル劇場第二弾を用意しておいてくれよ」
「え、そんな大層なものだったのアレ」
「もっとカスみたいなもんでしたよね」
「そーれーは、ちょっと言い過ぎじゃなーい?」
漫才を繰り広げる2人の様子は、良くも悪くもいつもと変わらない。シックスも同様だ。愉快そうな微笑みを浮かべて外に出る。
外に出てもとぼとぼと歩いていたらしい。アゼットはそう遠くない場所にいた。項垂れた背中には哀愁が漂っている。シックスはそれを趣深く鑑賞しているが、エリエルの興味は別の方向に注がれていた。
バーから一歩踏み出して街に出ると、人通りの少ない路地から賑わうメインストリートが見えた。そこには多様な人種が歩いているという次元ではない、角が生えていたり、尻尾が生えていたり、羽根が生えていたり、明らかに人間ではないものまでが堂々と歩いていた。
エリエルには自分の内で揺れた、チリチリと燻るものが何か分からなった。分からなかったが、爛々と輝く瞳でしっかりとこの光景を目に焼き付けようとしていた。
シックスはそれを穏やかな目で見つめながら言う。
「天使に殺される人間というのは、みなマイノリティだ。男性に対する女性、健常者に対する身障者、若者に対する高齢者、大人に対する子ども、白人に対する有色人種……マイノリティと括られようが、実態は多様なものだな。それが1つに纏まるために異常を旗に掲げるのは面白い。異常というのはつまり何かを正常とみなす規範から逃れていないということだ。……ここを、理想郷か何かと勘違いしてくれるなよ」
エリエルはゆっくりと頷く。冷やかすような言葉を受けて尚、その目には希望の色が濃い。微笑みをより深めてシックスは語り掛ける。
「……それでも、向こうの奴らが一定の規範から外れないことを強く要請する分だけ、こちらは逸脱に対して寛容だ。それほど異常である必要はないということだな。公園に行ってみよう。素晴らしく自由だぞ、あそこは」
幼女が少女の手を引っ張ってずんずん進んでいく。傍から見たらお転婆な妹に手を焼かされる姉に見えることだろう。実際にはエリエルが未知の世界を旅するアリス、シックスがからかうように導き、導くようにからかうチェシャ猫だろう。
道行く人それぞれに視線をめまぐるしく移すエリエルは興奮から抜け出せずにいたが、ふとあることを思い出し、困り顔で尋ねる。
「あの、アゼットさんのことはいいんでしょうか?」
「ああ、それは気にしなくていい」
「なんでです?」
シックスは意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「お前のほうが重症だと分かったからだ」
目をぱちくりさせるエリエル。シックスは益々唇を歪めて彼女を人通りから連れ去っていった。
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Girls meet new world 5
段々と通りすがる人が少なくなっていく。不思議そうに観察するエリエルにシックスが教えてやる。
「ラッシュアワーが過ぎたんだな。後はまばらに出社したり登校したり、買い物に出かけたり遊びに出かけたり……コーヒーは好きか?」
「えっ?」
話を興味深く聞いていたのに、唐突に尋ねられてエリエルは面食らってしまう。しかし言われてみると、コーヒーの匂いが微かに漂っていることに気付く。全く唐突というわけではなかったのだなと納得し、改めて答えを返す。
「うーんと……まあまあ、ですかね?」
「そうか。なら、うんと好きになるぞ」
2人は流れでコーヒーショップに入る。入店する前から漂っていたコーヒーの匂いがより濃厚に感じられる。中には誰もいない。不安になってきたエリエルの前に、カウンターの奥から三角巾を頭に巻いた女が現れる。
彼女はシックスを見るとほころんだような笑みで迎えた。
「いらっしゃい、シックス。いつもは閉店してから来るのに、珍しいわね」
「ふふふ、お前に会いたい気持ちを抑えきれなくてな」
「あら、ありがとう。で、そっちの子は? また新しい彼女?」
「ふむ。私としては願ってもないところだが、どうなんだ?」
「えっ!?」
想定外の質問にエリエルは混乱させられる。あたふたする彼女を見て2人は笑みを交わし、さっさと助け舟を出す。
「ふふ、ごめんなさいね。ダメな大人だから可愛い子を見るとからかいたくなっちゃって」
「ふふ、そうそう。エリエルは可愛いからな」
「う……」
褒められているはずだが、彼女は恥じらいつつ、少し影を覗かせる。首を傾げる店員にシックスは微笑みで応える。彼女は呆れたような声色で注文をとる。
「ほんとしょうがない人ね。注文は?」
「私はいつものでいい。こいつには……甘いのと苦いのどっちがいい?」
「えと……甘いので、お願いします」
「はい、承りました。テラスに持っていけばいい?」
「頼む」
店員がカウンターの奥に引っ込む。シックスが入ってきた扉とは反対方向に歩いていくので、エリエルもついていく。そちら側にあった扉を抜けると、シックスが言っていたであろう公園が広がっていた。エリエルはその光景を見て言葉を失う。
「これは……」
「言っただろう? ここは自由だとな」
さまよいながら唐突に叫ぶ者、音程のとれていない歌を歌う者、芝生に転がってあやとりをする者、肘と膝を地に擦り付けながらサッカーボールを追いかける者。実に様々な者がそこにはいた。
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Girls meet new world 6
シックスが傍にあった椅子を引いて座るよう促してくるので、エリエルは素直に従う。視線は公園に釘付けにされたままだ。彼女は口を開こうとしてはまた閉じてを繰り返す。
パニックを起こしている彼女にシックスが声をかける。
「驚いているみたいだな。常識が侵食される気分だろう? いや、私には推測するしかないんだが……」
エリエルは壊れたメトロノームのように勢いよく何度も頷く。少しだけ落ち着いたのか、たどたどしく話す。
「すごい、ですね、ここ。ここ、普通の街中ですよね? あの……すいません、ちょっと」
「気にするな。そのまま話してもいいし、落ち着いてから話してもいいさ」
「はい……はい、ちょっと落ち着きました。すいません。あの人たちは……障害者の人たちですか?」
「障害者の定義次第だが、一応そうだ、と答えておこう。あと障害がないものもここでは自由に振る舞うことが多いな。特に芸術家とかな。あの叫び声をあげている奴は公園の外で会うと、紳士的なおじさんだぞ」
「はあ~……」
エリエルは、これは敵わないといった様子でため息を吐く。話をする前と比べると落ち着いたようだが、視線は変わらず公園に釘付けにされている。何を言うこともなくじっと眺めていると、店員がやってくる。
「ハァイ。ちょっと刺激的すぎるんじゃないかと思ったけど、お気に召したみたいねお嬢さん」
テーブルに2人分のコーヒーとごく小さなケーキが置かれる。礼を言う2人に笑みを返して彼女も椅子に座る。シックスはコーヒーを一口飲んでから話しかける。
「こないだここで開いたパーティはとても良かったな。あれはお前が主催だったか?」
「ええ。みんなに助けてもらってばかりだったけどね。私の考えたことほとんど実現させてもらったもの」
「それは君の人徳とコーヒーの価値があったからだな。……あのチーズの店って普段はどこでやっているんだ?」
「あなたね……教えてあげないわよ。どうせ女の子目当てなんでしょう?」
「それもあるが、カクテルちゃんがワインに合うチーズを研究中でな。あそこが出していたチーズケーキはとても美味しかったし、相談するにはいいかと思ったんだが……」
シックスは横目に店員のほうを見る。店員は冷ややかに返答する。
「私からカクテルちゃんに教えておくわ」
「そうか。残念だ」
素っ気ない答えにもシックスは愉快そうに笑う。そのさまを見て頬を膨らませる店員は、彼女からエリエルに絡む相手を変えようとする。
「ねえ、あなたはどこから来た、の……」
しかし彼女は執拗なまでにコーヒーに息をふきかけるのに夢中になっており、とても会話ができる様子ではなかった。傍目に見てもやりすぎなくらい冷ましているのに、更に恐る恐るコーヒーを啜る姿に、店員は苦笑を、シックスは心からの笑みを堪えることができなかった。
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Girls meet new world 7
彼女が火傷を気にせずに済む頃にはシックスはもうコーヒーを飲み切って、ケーキまで食べ終わってしまっていた。空になったカップを見てエリエルは今更恥ずかしがって小さく謝る。
「すいません……」
「ふふふ、気にするな。笑わせてやっているんだぐらいに思えばいいさ」
「そうそう。この人の言う通りよ」
「私は悪魔なんだが……」
「ふふ、気にするな」
店員はシックスを真似て気取ったような口調で言う。彼女は店員の頬を突いて咎めるが、表情は変わらず穏やかだ。
子どものようにじゃれる2人を、輪の外から眺めるような気持ちでエリエルは見ている。話に混ざろうかとも思ったが、諦めて残しておいたケーキに口を付けることにした。一口分しかないケーキは本来甘いはずだが、甘めのコーヒーを飲んだせいか、味がよく分からなかった。
複雑な表情をしているエリエルに、シックスはやはり愉快そうに微笑む。
空になった皿とカップを眺めながら店員が言う。
「おかわりはいかが?」
「いや、いい。今日はもう1人世話を焼かなければならない奴がいてな。もう少しここにいようとは思うんだが、もう1杯飲むほどではないんだ。おかわりはまた今度だな」
「そ。じゃあまた今度ね」
「ああ」
店員はシックスの頬に口付け、シックスは店員の頬に口付ける。食器を持って店の中に去る。シックスは後ろ姿を目で追いかけて扉の向こうを眺めている。
延々と眺めているものだからエリエルのほうからおずおずと声をかける。
「えっと、あの、まだここにいるんですか?」
「ん? ああ、そうだな」
「アゼットさんは……」
「誰かが面倒を見てくれているだろう。この街の人間は困りごとが『お楽しみ』にしか見えない連中だからな。消耗したぼろきれのような女、放っておかないはずだ。あいつはそれなりに長く生きてきたようだし、1人でこの異界を彷徨っても……まあ、大丈夫だろう。もう少しのんびりしてから拾いに行くさ」
「はぁ」
エリエルは曖昧に頷く。元々気になってはいたが、聞きたい話題ではなかった。故にたいした反応はできないし、後には気まずい沈黙が残る。
核心に触れなければきっとこの時間は終わらない。エリエルはそう思いずっと考えていたことを聞く。
「……わたしのほうが重症って、どういうことですか?」
絞り出すように発した言葉。息苦しさを覚えるほどに緊張しているエリエルとは対照的に、シックスは相変わらず愉快そうな微笑みを返す。
「……ここの人間が羨ましいか?」
「……それはまあ、そうです」
「疎ましくはないか?」
彼女の言葉はエリエルにはピンとこない。首を傾げて返答する。
「いえ、特に……」
「そうか。……アゼットは多分、嫌になると思う。変化を迫られるからだ。……あいつが今どういう気持ちなのかはあいつ自身に聞くとしよう。お前は、どうだ? ここの人間のようになる気はあるか?」
彼女の言葉がエリエルに突き刺さる。弱々しくも風を感じる。いつの間にか汗をかいていたらしい。目の前に座る幼女の双眸に引き込まれて、目が離せなくなる。
できるだけよく考えて答えようとするつもりが、ぼんやりと、言葉が漏れ出る。
「わたしには、なれませんから」
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Girls meet new world 8
あと5000文字で起承転結の起を終わらせる予定です。
「……ふむ」
相槌を打たれてエリエルはハッとする。怯えるように震えながらシックスの目を見る。シックスは興味深そうにこちらを覗き込んでいた。愉快そうな笑みもそのままである。
恥ずかしさを感じながらも、変わらない笑みに少し緊張が解れたのか、今度は考えてから話す。
「すいません。わたしは……自由に生きるには、何もなさすぎるんです」
「何もない……か。面白い。そんなはずはないのに、何もない感じがするというのだな」
「そんなはずない、ですか。そうなんでしょうか」
「ああ。まず顔が良い。スタイルもきれいだ。昨日着ていた服を見た限りではファッションセンスも悪くないようだ。思ったよりも大きな声で喋れるし、印象は悪くないぞ」
「え? えっと、あの」
急に始まった怒涛の褒め殺しに対してエリエルは困惑を隠せない。慌てる彼女の反応を見て笑みを深めながらシックスは言葉を続ける。
「外の人間でこの街の人間を差別しないというのも貴重だな。価値になる可能性は大いにあるぞ。眼にしたものに興味を持てるのも大きい、というかそれが全てじゃないか? きちんとお前は何かを持っているぞ」
「ええと、その、あのう……そんなこと、ないと思いますよ」
雄弁に語るシックスに対してエリエルの反応は控え目なものだった。照れもせずに否定から入るその姿にますます目を輝かせるシックスに、またエリエルのほうも笑みを浮かべる。
「なんだか新鮮です。こんな風に人に興味を持たれるのって」
「ほう? お前ほどの器量なら放っておいてくれる人間のほうが少ないと思ったが」
「あ、いえ、そうじゃなくて……わたしのこと、人としてちゃんと見てくれる人は殆どいなくって。両親はわたしのことをちゃんと見てくれてましたけど」
そこから先は少し言い淀んで、笑顔に後押しされる形で話してしまう。
「私が小さかった頃にですね、殺されてしまったんです」
「……成る程」
少しだけシックスの反応を見たくて言った言葉。どんな表情をしているのか伺ってみると、やはり彼女は笑顔だった。それも、さっきまでよりも明るい笑顔だった。
疑問に思ったエリエルは素直に彼女に尋ねてみる。
「不思議。どうしてそんなに嬉しそうにするんです?」
「ん? ふふふ……今のは誰にでも話せることじゃなかったろう? それを話してもらえるなんて、随分信用してもらえたのだなと思ってな。……いや、嬉しいよ。ありがとうエリエル」
「わたしのほうこそ、聞いてもらえて嬉しかったです」
感謝を伝え合う2人の様子は、今日初めて話したとは思えないほど打ち解けたものだった。屈託の無い笑みを交わす2人を陽が照らしていた。
一転してエリエルは、突然頬を赤く染めて俯く。もじもじとする彼女が次はどんなことを言うのか、シックスは笑顔で待っている。
決心を滲ませる面持ちの彼女が言う。
「あの、シックスさん。わたしと友達になってもらえませんか?」
「友達? それはまた……興味深いな。ダメだ」
「えっ!?」
雰囲気的にも表情的にも言い出し的にも完全に了承する流れだったところへ、唐突に、明るい声で断られてエリエルは今日一番の衝撃を受ける。
彼女がフラれた悲しみを覚えるより早くシックスが言う。
「私は全ての女を恋人にするつもりで生きているからな。お前も勿論例外ではないぞ。友達になれないというのはつまり、そういうことだ」
「えっ? ……ええっ!?」
そして彼女はまたしても今日一番の衝撃を受けた。
言いたいことが山ほどあるのに、何も言えずにあわあわと混乱するエリエルにシックスは悪戯っぽく微笑む。
「まあ、ゆっくりじっくり落としてみせるさ。とりあえず今は……アゼットを探しに行こうか?」
「へえっ? あっ、あの、その、えっと。うーん。はい。はい? はい、分かりました」
まともに返事を返すことも、そもそも言われたことを理解することもできないまま彼女は立ち上がる。勢いよく店に入ろうとして1度、店から出ようとして1度頭をぶつけた。慌てふためく彼女の背中がシックスにこれ以上ないくらいの笑顔をもたらす。心底愉快そうな微笑みを湛えたまま、彼女は先走った連れの後を追いかけていった。
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Girls meet new world 9
案内人よりも前を歩くエリエルは店を出たところでどこに行けばいいのか分からないことに気が付く。気まずさを感じつつもシックスの助けが必要なことを認め、彼女と一緒に歩くことにする。姿を探して振り向こうとするが、その前に右手を握られる。もうその手の柔らかさと小ささを、エリエルは覚えていた。
「さあ行こう、お嬢さん」
繋がれた手の先で幼女がウィンクする。自分のことを恋人にしたいと言っている幼女が。
エリエルは真っ赤になってゆっくりと頷く。シックスは満面の笑みを返して彼女を引っ張っていく。
来た道を戻っていくようだが、日が高くなってきて、遊びやら用事があるやらで出てきた人々と通りすがる。しかしエリエルは見向きもしない。彼女は今、自らの頬の熱さと胸の高鳴りを自覚し、それらをどう処理するかで頭を一杯にしていた。
バーに大分近づいたところで大通りへと逸れていく。エリエルは一時悩みを忘れ、目の前に聳え立つドーム状の建物に目を奪われる。
元々、この街のビルや家は赤や青など、特徴的な色が使われているものが多かった。それでも単色だったりアクセント程度に使われているぐらいで、目が慣れてくると奇抜に感じることは少ない。
しかしこのドームはそうはいかない。強烈に濃い色がめちゃくちゃなモチーフを描いている。例えば黒で描かれた巨人、例えば赤で描かれた十字架、例えば青で描かれた不細工な竜。どれも子どもの落書きのように雑だが、大胆に勢いよく描かれているためか、エリエルは惹きつけられるものを感じる。
「あれは建物ごとアップルが所有していてな。絵もあいつが描いたらしい。あの中に……魔界に繋がる門がある」
「へぇー……アゼットさんはあの辺りにいるんですか? 迷わずにここまで歩いてきましたけど」
「ああ。……ちょっと待て」
「はい?」
エリエルの歩幅に合わせるために早足で歩いていたシックスが突然立ち止まる。何事かと思いながら合わせて立ち止まると、遠くから何かが飛んできた。
辺りの人々は揃って悲鳴を上げる。幸いにも飛んできた物体は誰にもぶつかることなく転がり、シックスたちの目の前で止まった。それはアゼットだった。
「ふむ、お楽しみ中だったようだな。帰るか、エリエル?」
「えっ!?」
呻き声を上げながらアゼットが上体を起こす。ため息を吐きながら、心底うんざりした様子で愚痴る。
「衆目に晒されて吹っ飛ばされることがお楽しみって言うんならそうなんでしょうね。……冗談言ってないであれなんとかしてよ」
おもむろに指差した先には先ほど目を奪われたドームがあった。よく見るとそこから土煙が立ち上っている。土煙はどんどん大きくなっていき、ついにその原因がエリエルにもはっきりと見えた。
「なんですかあれ!? 牛!?」
猛スピードで駆けてくる牛のような生き物。慌てふためくエリエルに対しシックスは愉快そうに微笑み、彼女の腰に手を回して道端に連れて行く。
「私たちはここでゆったり観戦していよう。大丈夫、あれはアゼットが退治してくれるさ」
「はあ!?」
今度はアゼットが声を上げる。シックスは文句を言われる前に二の句を告げる。
「安心しろ、私がコーチングしてやる。今まで謎だったお前の力を解説してやろう」
「……はぁ」
納得したというより、文句を言うタイミングを潰されて、彼女はただため息を吐く。それから決心した様子で銃を構える。
「死ぬ前に助けなさいよ」
「ふふふ、安心しろ。お前ならやれるさ」
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Girls meet new world 10
牛悪魔は車を追い越すほどの速さで迫ってくる。アゼットは立ち上がりそれを真正面から見据える。突然撥ねられた際にできた傷はもう治っている。シックスが治したのだ。
拳銃を構えて叫ぶ。
「で!? どうすればいいの!?」
「適当に撃ちまくれ。近づいてきたら避けろ」
「ざっくりしてるわね……!」
言われたとおりに弾丸をバラ撒く。牛悪魔の巨体故にその殆どが命中する。しかし効果は見られない。牛悪魔は怯む様子さえ見せないまま目と鼻の先にまでやってくる。
そろそろ回避行動に移らなければ。アゼットは真横に飛び退く。あの速度で走っていたら急には曲がれないと判断してのことだ。
そう考えていた彼女の目の前で牛のような顔がはじけ飛ぶ。蟹のような鋏が飛び出し、今まさに彼女を潰さんとして閉じられる。
エリエルは目の前で起こっていることにまるでついていけない。ただぼんやりと、だが鉛のように重たく恐怖がのしかかり、無意識のうちにシックスの手を掴もうとする。しかしその手は空を掴んだ。と思いきやすぐに小さな手に掴まれた。
「すまない、一瞬出掛けてきたものでな」
振り返った先にはシックスと、彼女に担がれたアゼットがいた。
彼女はアゼットをゆっくり下ろし、この場にそぐわない穏やかな口調で語り掛ける。
「今見たとおり、悪魔や魔人との戦い……強力な天使との戦いでは相手がどんな手を隠し持っているか分からない。注意を怠らないようにな」
その場にへたりこんでしまったアゼットの頭をポンポンと叩く。少しだけ撫でてやる。アゼットはそれを鬱陶しそうに払い除ける。そうした反応も彼女の微笑みを誘ってしまうのがアゼットには腹立たしいようだ。苛立ちを隠さずにシックスに言う。
「で? 結局あなたの力を借りなきゃ死んでたところなんだけど?」
「初めはみんなそんなものだ、少なくとも魔人はな。ほら、あそこにフリーになったマナが浮かんでいるだろう? 吸い取ってみろ」
シックスが指差した先には光の粒子が浮かんでいる。長年見てきたあの光の名前を初めて知って少しだけ感心したアゼットは、光に向けて掌をかざす。ゆるゆると光が掌に吸い込まれていく。
「相手の体からマナを削って、隙を見て吸収する。これが悪魔との戦いの基本だ。まあ、相手が取り込み直すこともあるし、仮に吸収できたところですぐには力にならないがな。……おっと、のんびり話している場合ではなかったか」
悪魔が彼女らを睨み付けながら攻撃する機会をうかがっている。牛っぽかった悪魔は今では顔から鋏を生やし、背中に幾つもの眼球を背負い、前足には不気味に蠢く蔦を纏わせ、尻尾の先は刃物のように鋭くなっている。
シックスを警戒しているのか、悪魔はすぐには動こうとしない。しかし敵を圧し潰そうと動き続ける鋏からは、後退の意思は見えない。シックスは微笑みながら呟く。
「これは確かにお前だけでは厳しそうだな……ふむ、私も一緒に戦うか」
「あなたが戦うなら私いらないじゃない」
間髪入れずに文句を言うアゼットに笑いかける。
「そう言うな。これはお前の『お楽しみ』なんだからな」
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Girls meet new world 11
「ハッ、何よそれ……わけが分からないわ」
ぶっきらぼうに文句を言いながらも彼女は立ち上がる。異形の悪魔をじっくりと眺めるシックスの隣に並ぶと、彼女が不意に何かを差し出してくる。それは小さなナイフだった。
皮製のカバーに収まったそれはシックスの手と比べると大きいように見えたが、いざ持ってみると思った以上に小さい。人相手にはともかく、目の前で嘶くあれを相手に通用するとは思えない。
アゼットの心配を見抜くかのようにシックスが言う。
「それはお守りのようなものだ。短いとはいえ、なんでも切れるから気を付けろ」
忠告に頷きを返し、刀身を抜いてカバーを腰に提げる。左手にナイフ、右手に銃を構えて悪魔と相対する。向こうはもうすぐ痺れを切らしてしまいそうだ。
第2ラウンドが間もなく始まる。シックスはあくまでも穏やかな調子で彼女に語り掛ける。
「いいか、人間だったときの感覚に捕らわれるな。言葉を捨てろ。身体に意思を明け渡せ。神経を今、この一瞬に集中させろ……そうすればお前は時間だって止められる」
言い終わるより早く悪魔が突進してくる。それでも彼女の声はアゼットにしっかりと届いていた。
ところが言っていることの意味が分からない。言葉を捨てろだの、身体に意思を明け渡せだのと言われても、彼女にはピンとこなかった。
昔読んだ本のセリフに似ているなどと考えながら、すぐそこに迫る悪魔の顔、そして油断ならない鋏を観察する。
ついに悪魔と乙女たちが激突する。シックスは悪魔の体当たりを真正面から受け止める。しかし2本の鋏がその横から2人に襲い掛かる。アゼットはとにかく自分への攻撃に対処することに集中する。鋏の動きは速い。彼女が飛び退いたところで躱すことはできない。
迫りくる鋏に上からナイフの刃を突き立てる。ナイフは容易く鋏を貫く。彼女はそれを支えにして鋏を飛び越してやり過ごした。
振り向いてシックスの姿を確かめようとする。彼女はそのまま悪魔を抑え続けている。鋏は巨大な剣によって断ち切られ、膨大なマナに変じていた。
無事だったことへの安堵と、自分が必死になっているのに全く焦る様子がないことへの苛立ちに、彼女は一瞬敵への注意を疎かにしてしまった。
その隙に悪魔の前足に生えた蔦が彼女の足を絡めとって吊り上げてしまう。視界が急転するせいで思考が混乱しそうになるのを必死に抑えて事態を把握しようとする。
蔦がしなり、地面へと振るわれる。しかしその先端にアゼットはいない。彼女はナイフを強く握りしめながら着地する。切り落とした蔦が変じたマナを取り込む。
再び武器を構え、悪魔と対峙する。悪魔が背負う目玉が彼女をじっと見つめていた。
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The number of devils 12
背中に目玉を背負うことが戦いにどう影響するのか、頭の片隅で考えながら、しぶとく攻めてくる蔦をさばき続ける。且つそれだけで頭がいっぱいにならないよう、周りに注意を払う。
悪魔との戦いでは常に、あらゆることに注意をはらわなければいけない。一瞬とはいえ窮地に追いやられたことによって、この教訓を彼女は胸に刻み付けていた。
しかし他に注意を向ける分だけ、目の前の蔦への対処は疎かになってしまう。安全に対処しようと思うと悪魔との距離はかなり余裕を持つ必要があり、こちらが攻めることも難しくなってくる。蔦を切ることによるダメージは無いとは言い切れないが、微々たるものだ。銃を撃ってもいるのだが、そちらもあまり効果は無い。
更に悪魔は、シックスが動きを封じる以上のことはやってこないと理解したようだった。目玉はやはりアゼットのほうを向いているし、鋏も尻尾も彼女のほうに向けられている。この状況では彼女はますます攻めに出ることはできない。事態はどんどん膠着していく。そこで彼女は更に距離をとった。
蔦が届くか届かないかの距離。悪魔は距離を詰めようとする。
「おいおい、私のことを無視する気か? つれないな……」
しかしシックスが頭を掴んで離さない。拘束を解く為に悪魔はシックスに攻撃を集中させる。おかげで彼女は自らの思考に集中力を使える。この事態を打開するにはシックスの助言を理解するのが一番の近道だと考え、なんとか知恵を振り絞る。
『いいか、人間だったときの感覚に捕らわれるな。言葉を捨てろ。身体に意思を明け渡せ。神経を今、この一瞬に集中させろ……そうすればお前は時間だって止められる』
意味が分からない。しかし時間をかけることで、彼女に理解できる部分もあった。人間だったときの感覚に捕らわれるな、これは魔人になったことで違った感覚を得られるはずが、人間の感覚が染みついているせいで得られていないということだろう。時間だって止められるというのは魔人の感覚がそれだけ鋭敏ということなのか。
さて、残る言葉は今までの感覚を忘れるための処方箋といったところだろう。ここの意味が分からなければ事態を打開することはできない。言葉を捨てろ。全く分からない。身体に意思を明け渡せ。考えるな、感じろということなのか、よく分からない。神経を一瞬に集中させる。これは分かるが、できるかどうかとは話が別だ。
考え続けても一向に答えはでない。しかしいつまでも考え続けているわけにはいかない。シックスが殺される心配など一切ないが、道路やビルが壊されていくのは見過ごせなかった。
解決策は出ていない。それでもアゼットは覚悟を決めて悪魔との第3ラウンドに臨む。
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