この鎮守府、駆逐艦しかいねえ! (ジャスSS)
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始動編
四月の君は嘘①


――突然だが私の事を話そう。

 

私の名は”海城星斗(うなしろせいと)”。

 

皆からは下の名前で呼ばれてるが――この名前はキラキラしてるからあまり好みではなくてな。

 

だから皆には”海城”と気安く呼んでもらいたい。

 

――そこの君! 勝手にウナと呼ぶな! 星屑も駄目だ!

 

 

 

――コホン、話の続きをしよう。

 

そもそも何故こんなことを話そうとしたのか、それは私にも分からない。

 

ただ思ったのはこのことは全国民に伝えねばならぬこと、だということだ。

 

まあ、別に地獄とかではないのだが――なんとなく、これは色々とヤバいのだなと思ったまでだ。

 

とにかく、見て――そして感じてほしい。

 

私がどういう道を歩んでいったのか――

 

 

 

 

 

あれ、どこから思い出せばいいんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【この鎮守府、駆逐艦しかいねえ!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――デカい鎮守府と言えば、戦艦や空母が沢山、装備も最新鋭というのが世の中のイメージでしょう。

 

そしてこの鎮守府も一応デカい部類に入ります。

 

なのですが、この鎮守府にはある特徴がありまして――

 

「わーい! なのです!」

 

「あ、暁が次の鬼だね」

 

「暁には絶対負けないんだから!」

 

「むぅー、絶対に雷を捕まえてみせるんだから!」

 

あ、この子達は第六駆逐隊という部隊の四人です。

 

凄く小学校三年生っぽい外見で、中身もそっくりそのまま三年生な子達です。

 

いやいや、この子達じゃ鎮守府の特異性を伝えるには不十分すぎる――

 

「ねえねえぼのたん! 買い物行こ!」

 

「ちょ、いきなり乗っかってこないでよ漣! 重いじゃない!」

 

「二人共、そこで争っちゃダメだって……」

 

「……辞めなさい」

 

あの子達は第七駆逐隊の面々。

 

あの子達もそこそこうるさいけど、朧というストッパーがいるから実はそこまで問題ないらしい。

 

――まだ足りないか。

 

というか、このままじゃ永遠に伝えられないのではないか。

 

「そうだ、集会……」

 

一斉に集まるようにすれば絶対に伝えられるはず。

 

まあ少し強引ではあるが、このくらい秘書艦として許される最低限の権利だと――思う。

 

そうと決まれば行動する。

 

何事にも行動することが大事って、司令が言ってくれたんだから。

 

あ、もう提督じゃなくて”前司令”か。

 

そういえば、明日新しい司令が着任するんだっけ。

 

秘書艦として、最高級の歓迎をしなくては。

 

 

 

 

 

そんなこんなで、この鎮守府に集まる全艦娘が一同に会した。

 

集まった場所は鎮守府敷地の東部に位置する大講堂。

 

今回の集会だけでなく、作戦前のブリーフィングや作戦開始の号令、果てには展示会や地元市民の催し事にも使用される立派な講堂。

 

座席数はおよそ400席越え――

 

正直、持て余してる。

 

「えー、今日皆さんにお集まりいただいたのは明日に迎えた新司令の着任についてです」

 

100人近い艦娘の視線――実はこの鎮守府の特徴はこの”100人近いの艦娘”にあります。

 

というのもこの艦娘達、実は全員――

 

 

 

【駆逐艦、なのだ】

 

 

 

そう、駆逐艦。

 

主戦力でもなく、副戦力でもない、補助戦力の駆逐艦。

 

とにかく脆く、とにかく貧弱だが燃費は素晴らしい駆逐艦。

 

数が多いおかげで少し個性が埋もれてしまう駆逐艦。

 

 

 

兎にも角にも、この鎮守府は駆逐艦しかいないのです。

 

ちなみに、今駄弁ってる私も駆逐艦ですよ。

 

誰なのか、というのは推測してもらって。

 

「新司令の着任を歓迎するべく、明日は歓迎会in2017を催そうと考えています。 今日はそれに備えた集会となっております」

 

中々大人数を前にして発言するってのは、体験できないこと。

 

それを経験の糧にして――そうすればもっと強い艦娘になれるから。

 

「まずは、この映像をご覧下さい」

 

予め用意しておいた映像――地元の方に頼んでもらって――を白く澄んだ壁に投射してもらう。

 

私達が可愛がられているのか、良く地元の方は協力してくれる。

 

喜ばしいことではあるけど、わざわざ多忙の中協力してくれるなんて正直申し訳なく感じてしまいます。

 

それがダメだって、やってくれるなら喜んでそれを受けるようにと前司令に言われてたけど、私の性格を考慮してるのかな――

 

 

 

映像が流れ終わると、次は私が喋る番だ。

 

「ということで、今回の歓迎会はビンゴ大会等のレクリエーションを行って楽しもうという方針で問題ないでしょうか?」

 

私がこうして聞くと必ず拍手で迎えてくれる皆。

 

初めて見た時は感動して泣いちゃったんだっけ――

 

今回も当たり前のように拍手で迎えてくれた。

 

「では、これを明日の歓迎会プランといたします。 それでは、ここからはそれぞれの分担を決めたいと思います。 各駆逐隊で集合して、それぞれの分担を決めてください。 夜の20時、各駆逐隊旗艦を集めた会議を行いますのでそれまでには分担を決めておいてください。 それでは今日はこれまで。 各自やる事に集中してください」

 

閉式の挨拶とともに各自がばっと散らばっていく。

 

100人近い数が一斉に動くとなるととても壮観で――なんか気持ちいい。

 

これを感じ始めたのは昨年の秋頃。

 

今は春だから――ざっと半年ぐらいかな。

 

さあ、明日は新しい司令が着任する。

 

準備準備。

 

 

 

 

 

――「君に指令が下された。 明日から呉第七鎮守府に着任してくれ」

 

呉第七鎮守府――とはいったいなんだろう。

 

呉鎮守府と言えば、国内No.2の鎮守府で日本の西を守る横綱的存在。

 

”東の横須賀、西の呉”とは誰が言ったものか。

 

そんな西の番人呉鎮守府に新人の私が着任するのは嬉しいが――

 

(第七ってなんだよ)

 

第七ということは上に第一から第六まであるということだ。

 

国内No.2の中のNo.7ってどういうことなんだろうか――

 

いや、そんなことを気にする必要はない。

 

まずまず”提督”という職業を得られたことだけでも人生の勝ち組なのだ。

 

提督となるには妖精が見えなくてはならないのだが、私はどうやら見えたようで。

 

まあ、運が良かったんだなぁと思うが。

 

 

 

さて、そんな私は今電車に揺られている。

 

まず広島駅まで新幹線を伝って行き、そこからJR山陽本線を利用して呉駅へと行く。

 

まあ、こんな所初めて来たので迷ってしまったにはしまったが。

 

にしても、初めて見る景色というものは良いものだ。

 

何も分からない――だからこそ冒険感がある、それが良いのだ。

 

 

 

広島駅から呉駅まで、ざっと1時間。

 

外ばっかり見てたためか、意外と短く感じた。

 

これからは呉第七鎮守府へ徒歩で行くのだが、それが中々遠い。

 

大体の方が想像している呉鎮守府までは10分ほど。

 

そして私が行く呉第七鎮守府へは50分ほど。

 

その差40分――遠すぎではないか。

 

しかも最寄りの呉駅からであるので、大本営に招集される度に50分を往復するという悲しきことになってしまうのだ。

 

だからこそ第七鎮守府、なのだろうが――

 

(前任者はかなり根気ある方だな……)

 

私が来る前に、第七鎮守府で勤めていた方がいたらしくその方は現在横須賀第二鎮守府にて指揮を執っているらしい。

 

まあ、どうにも大出世だなと思うが、大事なのはそれじゃなくてこんな遠い所で指揮振ってたことだ。

 

大分不便だっただろうに――

 

唯一幸いと言えるのは呉の街がデカすぎて物資には困らないということだろう。

 

最寄りのスーパーには徒歩で行ける距離だし、色んな飲食店が街を埋めているからな。

 

艦娘との交流には困らなさそうだ。

 

 

 

――社会人として初めての職場に近づくにすれドキドキと想像が広がっていく。

 

いったいどんな提督人生を歩むのだろうか。

 

どのような提督となるのか。

 

艦娘には慕わられるか。

 

期待と不安が半々に入り交じる今。

 

この頃社会人となった人々の多くはこの気持ちを体験しているのだろうな――

 

歩いていくと、やがて着いてしまう。

 

呉駅から50分、ようやく鎮守府の姿が見えた。

 

ここが自分の職場――

 

「……気合い入れなきゃ」

 

気合いを入れるべく、両手で頬をパンっと叩いた。

 

緊張を解すためによくやってる人が多いように見受けられるが――本当に効果があるのだろうか。

 

まあ、気持ちを入れ直すという暗示的な意味があるのだろうけど――とにかく、人間の心理は未だに分からぬことだらけだ。

 

さあ入ろうか、私の鎮守府へ。

 

 

 

 

 

「あ! 新しい司令官だわ!」

 

入って靴を脱いで下駄箱に入れて真っ直ぐ進むと早速艦娘と出会った。

 

見るからに駆逐艦のようだが――

 

「あの、秘書艦は……」

 

「秘書艦? あぁ今執務室にいるわよ!」

 

やけに元気な艦娘だ――益々駆逐艦としか思えなくなる。

 

「そうか、ありがとう。 あ、君の名前は……」

 

待て、こちらが名乗ってないのに女の子に名前を聞くとか男としてどうなんだ。

 

というか彼女からしてみればまだ司令官という確証がないのだ。

 

そんな状況で名前聞くとか誘拐犯かよ俺。

 

いや、もっと冷静に考えればここからずかずかと執務室に行っても良いのか。

 

この子は自然と迎えてくれたが他の艦娘が絶対そうとは限らないのだ。

 

まずまず、秘書艦が誰なのかということすら知らないのだ。

 

何より非常識だ!

 

「私の名前? 私の名前は――」

 

「いや、答えなくていい。 それより少し頼み事があるんだが」

 

「頼み事? 私に頼み事なのね! なんでも頼んでいいのよ!」

 

「そうかありがとう。 では、秘書艦をここに呼んできてくれるか?」

 

「了解了解! それじゃここで待っててねー!」

 

元気だなぁ。

 

 

 

しばらく待ってたら奥から秘書艦とおぼしき人物が歩いてきた。

 

さっきの子ではないのだからな。

 

「……あなたが司令ですか」

 

「あぁ、そうだが……」

 

「では私の答える質問に答えてください。 誕生日は?」

 

「10月12日」

 

「血液型は?」

 

「AB型」

 

「親の名前は?」

 

「母は海城睦、父は海城蓮二」

 

「好きなマンガのタイトルは?」

 

「ガイアのA」

 

「最近買った1万円以上の買い物は?」

 

「ジンテンドースイッチ?」

 

「ほう……では最後に、スマホに入ってるゲームアプリは?」

 

「モンスコとツミツミ」

 

「……全問正解です」

 

うわぁ、いきなりなんだと思ったら質問ラッシュかよ――

 

しかもかなり踏み込んだ質問もあるし。

 

好きなマンガはともかく、最近の1万円以上の買い物とか、スマホに入ってるゲームアプリとかおかしすぎるだろ。

 

「その……その情報は誰から?」

 

「言えません。 機密事項です」

 

言えよ、怖いな。

 

 

 

 

 

「……さて、全問正解したということはつまりあなたが新しい司令であると確認された、ということです」

 

――そう、元々この質問は海城が偽物ではないか、ということを確認するための質問であったのだ。

 

そしてそれが承認された――それはつまり、彼がこの呉第七鎮守府の提督として正式に迎えられたということである。

 

それを教えられた海城は、相手の子――すなわち秘書艦に顔を向ける。

 

その子はとてもはにかんだ――ように見える様子でこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

「これから……よろしくお願いいたしますね、司令」



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四月の君は嘘②(海城 不知火)

「これから……よろしくお願いいたしますね、司令」

 

その子は煌びやかな笑顔で言った――ん?

 

よく見たら笑顔じゃない?

 

いや、本人的には笑顔……?

 

にしても目付きが……凄い蔑むような目を……

 

「無理してないか? なんか」

 

「はい? 私、ちゃんと笑顔してると思うのですが……」

 

いや、それは笑顔じゃなくてドSスマイル。

 

「ちゃんと目はお淑やかですし、口は微笑んでますし……」

 

目は人を見下してるし、口は微笑んでるんじゃなくて嘲笑してるぞ。

 

――まさかの天然S?

 

「よし、鏡を見よう。 絶対何が起きてるか分かるぞ」

 

「仕方ないですね……」

 

よし、了承したぞ。

 

これでドSスマイルが直れば良いのだが――

 

「ふむ……普通ですが?」

 

「どこが普通だよ!」

 

 

 

 

 

――とにかく、笑顔はもう止めていいよと伝えたことであのスマイルは消えることになった。

 

一部の方からすればゾクゾクするとかで寧ろご褒美なんだろうけど、生憎私にその趣味はないのでね。

 

そうだ、まだ彼女の名前を聞いていないのではないか。

 

「ここが執務室です。 これから、二人で業務に当たることになりますね」

 

「あのさ……」

 

「はい?」

 

鋭い目で――こちらを向いた。

 

早く質問しろと言わんばかりの圧――ヤバすぎないか。

 

「いや、そういや自己紹介してないなーって思ってさ。 この機会だからしようぜえと思ったんだよ」

 

「なるほど……確かにそうですね。 執務室には着きましたし、自己紹介でもしましょうか」

 

「じゃあ、まず俺から……コホン。 横須賀海軍幹部候補生学校卒の海城だ。 趣味はゲームだ、よろしく」

 

「次は私ですね。 秘書艦を務めさせていただく、陽炎型駆逐艦二番艦不知火です。 落ち度などありません」

 

落ち度などありませんって……そんなこといきなり言う奴がいるか。

 

 

 

――さっきまでかなりボロクソに言った気がするけど、正直に言って真面目だし、敬語使うから秘書艦としてはかなり優秀ではないか。

 

ただ笑顔と言葉の取捨選択がズレまくってるだけで。

 

というかそうであると信じたいんだ、俺は。

 

「うん……よろしく、不知火。 "不知火"って呼べばいいかな?」

 

「そうですね。 間違えてもぬいぬいみたいなふざけた名前で呼ばないでください」

 

あぁ、かつて呼ばれたんだな……

 

よし、一回そう呼んでみよう。

 

「分かったよ、"ぬいぬい"」

 

「は?」

 

うわっ! ただでさえ悪い目付きが更に悪くなった!

 

多分頭にきてると思う――にしても怖くないか?

 

「じょ、冗談だよ冗談! 冗談だって!」

 

「本当……ですか?」

 

うわ怖い怖い! 人を見下すような目で言わないで!

 

「本当だって本当! だからそんな顔しないで怖いから!」

 

「……司令は意地悪な方ですね」

 

ようやく顔が穏やかになった。

 

いや、目付きは相変わらず悪いままだけど。

 

「今度、笑顔の練習でもしてみるか? 笑顔、気味悪いってよく言われない?」

 

「うーん、まず笑顔を作ったことがないのですが……自然とならまずまずあるのですが」

 

なるほど、無理にやることができないのか。

 

それは秘書艦として少し不利だと思うが――まあ直せばいいか。

 

直せるとは限らないけど。

 

「さて……長旅の疲れも残ってるでしょう。 今日はしばらく休んでいってください。 夜からは鎮守府総出の歓迎会を開きますので、そちらでは楽しんでいってください」

 

「歓迎会……?」

 

「はい。 皆が精一杯考えて作り上げた会なので、温かい目で、親のみたいに見守ってくださればと思います」

 

なんか小学校を思い出すような文言だな。

 

駆逐艦が多いのか? そう考えるとこの言葉にも合点がゆくが。

 

それならそれでいいけど――

 

「では自由に休んでってください。 私は会の準備をしますのでしばらく離れますが……午後6時頃に呼びますので、その頃にはここにいてくださいね」

 

今の時刻は――午後4時か。

 

「そうだな、せっかくだから休ませてもらうけど、布団はどこにある?」

 

「お布団、ですか……」

 

せっかくだから眠らせてもらおうと思ったのだが――

 

「あそこの押入れに入ってます。 敷くのならば……他の子に踏まれないようにしておいてください」

 

「おう、思わぬ所踏まれると人生の危機に陥るからな」

 

「その時は私も危機に突っ込む所存です」

 

「……すまん、俺の言い方が悪かったな。 このことは忘れろ。 俺は純粋無垢な人が好きなんだ」

 

「は、はあ」

 

危ない危ない。

 

こんな真面目な子だし、できることなら純粋に生きてほしいのだ。

 

結局いつかは知ることになったとしても――1秒でも長く純粋であってほしい。

 

にしても、まさか純粋とは思わなかったな……

 

まあ、中にはまだよく分からないという人がいるかもしれない――どういうことかと言うと、男性にとって大事な"アレ"が踏まれたらまずいからなということを話していたのだ。

 

「あ、そろそろ私、準備の方に行きますので」

 

「おおそうか。 頑張ってこいよー」

 

「了解しました。 それではおやすみなさい、司令」

 

敬礼をした後、不知火は執務室から出ていった。

 

さて、と……布団敷かなきゃな。

 

 

 

 

 

――「お………さい……! おき………い……れい! おきてくださ」

 

「起きてください司令だろ? 不知火。 おはよう」

 

「何故分かったのですか。 というか思考読まないでください」

 

「単語のキーポイントは出てるからな。 確率としては半々だったのだが……まあよく当たったな」

 

「そんなこと考えてる暇あったら早く起きてください。 さっきまでで10回ぐらい言った気がするのですが」

 

「は!?」

 

嘘だろ、そんなに呼び起こされていたのか……そういや今の時刻は?

 

「今は午後6時10分です。 私がここに戻ったのが6時5分なので、5分間待ってたわけです」

 

「テレパシーかよ! よく思考読めたな!」

 

「いや、なんとなくそう思ってるだろうなあって考えただけですが」

 

「えぇ……ってか、5分も起きなかったのか俺」

 

「長く感じるかもしれませんけど、5分間ってのは持久走で走る時間なので案外短いですよ」

 

「物差しとして持久走を置くのは間違いだと思うのだが」

 

「別に問題ないと思います。 他にどういう物差しを用意すれば?」

 

「カップ麺とか……とか……あんじゃん」

 

「え、カップ麺って5分で出来るんですか」

 

え、まさかのお嬢様系なのか?

 

いや、単に食べたことがないだけだろうが――それでも出来上がる時間ぐらいは分かるだろ普通。

 

「う、うん。 早い物だと3分で出来るぞ」

 

「本当ですか。 今度作ってみてもいいですか」

 

「いいけど……なんでそんなことぐらい知らないの?」

 

「知る機会が無かったというか……わざわざ知りたいとも思わなかったですから……」

 

なるほどねぇ、カップ麺に触れる機会がなかったと。

 

言葉も丁寧だし、きっと良家の出なんだな。

 

「……そろそろ無駄口叩くの止めませんか?」

 

やっぱりおかしいわこの子。

 

良家の出だったらこんな言葉出ないぞ。

 

というかこの場面でこんな言葉出すとか本物の天然Sじゃねえか。

 

「そうだな……行こうか」

 

「では私に付いてきてください。 もしはぐれたら……なんかしますね」

 

「はいはい。 じゃあ先導よろしく」

 

 

 

 

 

――不知火に連れられやってきたのは鎮守府の宴会等で使われる、宴会場”海波”。

 

どうにも旅館感溢れる名前だが、まあそれはそれで良い。

 

到着するやいなや、まずは裏手? と思しき所に連れ込まれた。

 

「まずは挨拶からです。 ここを真っ直ぐに進めばステージに着きますので、まずはそこで挨拶してください。 なるべく元気で、ハツラツとしていただければ」

 

「分かったが……具体的に何を話せばいいんだ?」

 

「名前とかの最低限の事は話しましょうね。 後はそうですね……変に思われる事さえ話さなければ何でもいいですよ」

 

うーむ、俺プレゼン能力ないんだよなぁ。

 

ま、不知火がフォロー入れてくれるかな。

 

「あ、私は積極的にフォロー入れませんから、そこの所は注意してくださいね」

 

何故分かるんだよ。

 

「分かったよ……んでもう皆はいるのか?」

 

「はい。 今か今かと待ち望んでいます」

 

無駄にプレッシャー与えんなよなぁ……

 

「よし、ほいじゃ頑張ってくるわ」

 

「頑張ってください、司令」

 

 

 

 

 

(ああ緊張する……怖いなぁ。 でもここが初めての職場なんだ……気を引き締めないと)

 

ステージに近づくごとに鼓動が速くなるのが感じ取れる――だがここで逃げるわけにはいかない。

 

なんとしても打ち果たさなくてはいけない。

 

絶対に、だ。

 

 

 

 

 

そして、遂にステージに立ってしまった。

 

まずは目の前を見よう。 目を逸らさぬよう――!?

 

あれ? なんか皆小さい女の子だけだぞ? 大型艦はいないのか? 中型艦は?

 

私は絶句するしかなかった――絶句ということはつまり、この公衆の前で何も話せずにボーッと突っ立ってるということだ――それかなりまずいじゃん!

 

とにかくえーと……そうだ、名前とかの最低限を……

 

「えー、横須賀から来ました、海城星斗です。 提督として頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします」

 

うう、こんなので大丈夫なのかな……皆の反応はどうなんだ……?

 

【……パチパチパチ】

 

その拍手はどんどん大きくなっていき――やがては喝采へと繋がっていった。

 

(良かった……これでなんとか……)

 

恐る恐る目の前を見ると、そこには秘書艦がちょこんと座っていながら、右手親指を立てていた。

 

(なにがグッジョブだよ不知火!)

 

 

 

 

 

「あのさあ、なんで鎮守府には駆逐艦娘しかいないってこと最初に言ってくれないの?」

 

あの後、不知火を詰問してみた。

 

「すみません、伝え忘れました」

 

「かなり重大なミスだよそれ。 割とガチで」

 

「心のどこかで反応を楽しみにしていたのかもしれませんね。 ですが、本当に申し訳なく感じてますよ」

 

「それ、本当に申し訳なく感じてるのか……?」

 

「はい、恐らくは」

 

「確証持てよ!」

 

ここまで曖昧な返答するとか……かなりの強者だぞこの子。

 

「まあでもなんとかなったんですからいいんじゃないですか。 皆優しく迎えてくれましたし」

 

「まあそうだな……」

 

あの後ステージから降りると、沢山の艦娘から挨拶だったりで囲まれたのだ。

 

皆には優しく接してもらえた。 ある子は不知火の意地悪さに傷心した私を励ましてくれたりもしてくれた。

 

まあ、来る子は全員駆逐艦なわけだが。

 

「皆元気そうに見えるじゃないですか。 でも皆駆逐艦だけあって、その分警戒心も少し強くて」

 

「確かに、小さい子は見知らぬ大人に対する警戒心が強いって聞いたな」

 

「こんなにすぐ馴染むなんて凄いことですよ司令。 もっと誇ってください」

 

「そうか……そういえば疑問が一つあるのだが」

 

「はい、不知火に答えられる範囲であればなんなりと」

 

「俺が来る前……所謂、前提督だな、その方はどんな方だったんだ?」

 

「前司令は……私達を大切に扱ってくれる、優しい方でした。 でも悪い事した子には厳しく接していましたし、まるで父親みたいな方でしたよ。 お歳は……かなりいってましたけど」

 

「そうか、皆にとって父親みたいな存在だったのか……」

 

俺もそんな感じに――なりたい。

 

「司令はかなり若いですし……お兄ちゃんの方が合ってるかもしれませんね。 優しすぎるお兄ちゃんとか」

 

「また読んだのか俺の心。 才能あるんじゃないか? 超能力の」

 

「確かに……そうかもしれませんね」

 

こうして話している時、不知火の笑顔はとても眩しくて、輝いている。




キャラクター紹介

海城星斗:呉第七鎮守府に配属された新人提督。 元々はごく普通の一般人だったが、妖精が見えるただ一点だけで提督としての職を得た。 駆逐艦しかいない鎮守府に配属されたことから、自らの将来を危惧している。


不知火:長年呉第七鎮守府の秘書艦を務めている艦娘。 冷静沈着さから信頼はされてるものの、怒った時の怖さは全員から畏れられている。 全然Sではないが、無意識にS発言、S顔になる所謂"天然S"。 なお、本性はクーデレである。


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四月の君は嘘③(朧 朝潮)

――眠い。

 

「うーん……今何時?」

 

「そおねだいったいっね~」

 

「……今何時?」

 

「まあだはっやっい~」

 

「……しばくよ漣」

 

「うへえ! 朧司令、お許しください!」

 

「もっとキツくいくけど」

 

「ちょっ! それはマジでキツいから止めて!」

 

ほんとダメだなこの子。

 

元気というのはうちの隊に必要だけど、寝起きからこんなに元気だったら付いてゆけないから困る。

 

しかも大声出して――部屋に防音性があるとは言え、周りの子の迷惑にもなる。

 

正直止めてほしいが――中々止めてくれないんだよねこれが。

 

「朝からどうしたの? そんなに昨日楽しかった?」

 

「う、うん確かに楽しかったよ。 でもなんでそんなこと聞いてくるの?」

 

「昨日の余韻を持ち込んでるんじゃないかなって思っただけ」

 

なるほど、というような顔になる漣。

 

この子の特徴として、感情がよく顔に出てしまうことが挙げられる。

 

これはこれで良いのかもしれないが、本人的にはどう思ってるんだろう――私的には相手に支配された気分になって嫌な感じになるんだけども。

 

「えーとね、漣。 この時間は……」

 

そうだ時間。

 

えーと、今の時間は……朝の6時半、ごく普通だ。

 

「うん、この時間で騒ぐの止めよう。 周りに対して迷惑だよ」

 

「そうだけど……」

 

「分かってるんなら実践する。 はい、今すぐ静かにしてね」

 

「ちぇ~」

 

そう言いながら漣は部屋を出ていった。

 

できればここで寝たフリでもしてと思ったけど、そこまで厳しすぎてはあの子が不貞腐れちゃう。

 

制御できる範囲で、アメとムチを与えないとね――

 

「ん……あ、おはよう朧」

 

「おはようぼの。 漣という脅威は去っていったよ」

 

「脅威じゃないでしょ……んと時間は……6時半か。 まだ時間ではないわね」

 

あれ? ぼのっていつもこの時間に起きて朝ランニングしてるはずなのに……

 

「走んないの? いつも通りに起きたのに」

 

「宴会の翌朝に走るとか何考えてるのよ……いや、あれは宴会じゃなくて顔合わせ会だけどさ」

 

「ふーん。 昨日大してなんにもしてないのに……あ、提督に対してちょっかいかけたんだっけ」

 

「かけたのは漣で、私はそれに巻き込まれただけでしょ……あなたにまで弄られてしまうとさすがに心折れるんだけど」

 

「ふふっ、ごめんごめん。 でもあの時のぼの、少し楽しそうにしてたよ?」

 

「なっ……」

 

ぼのの特徴の一つは、この赤面だ。

 

そして彼女最大の特徴、それは――ツンデレであるということだ。

 

この赤面も、提督のことを意識してのことであろう。

 

「バレンタインまで後10ヵ月だけど……今年は誰にあげる予定なの?」

 

「ちょっ……いきなり何言ってんのよ!」

 

あ、大声出してしまった。

 

ぼのは漣に比べて真面目でちゃんとしてるが、焦るとこのように自我が効かなくなる。

 

まあそれが普通だと思うけどね。

 

「ごめんごめん。 ちょっと意地悪すぎた」

 

「……分かってくれたら良いのよ」

 

まだ赤面状態だ――うん、可愛い。

 

今日もぼのの調子は良いようだな。

 

「……私、顔洗ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

漣の次にぼのが部屋を出ていった。

 

ということはつまり、次に起きるのは潮……?

 

「……こんにゃにたべれにゃいでしゅ大潮ちゃん……」

 

――まだまだ夢の中のよう。

 

起こす必要もないし、私も部屋から出ようかな、顔洗いたいし。

 

「7時には起きてね……潮」

 

どんな夢なんだろう、とはずっと思うんだけど、潮に聞くと覚えてないの一点張りで分からない。

 

あの子の性格なら本当に忘れてそうだけど、それはさすがにないと思うな――多分。

 

というか、こんな楽しそうな夢の中にいてはたして7時に起きるのかな。

 

起きなかったら容赦ないからね、潮。

 

 

 

 

 

――中々起きてくれない……もう6時半なのに。

 

「起きてください……大潮ちゃん……」

 

「ふにゃ……潮ちゃん、しょれはわたしのけーき……」

 

何言ってるんですか。

 

「もういいんじゃない朝潮? 昨日の疲れが溜まってるんでしょ」

 

「いえ、今日からは本格的に司令官のもとで働くのですよ。 初日から寝坊なんて許されざることです……」

 

「いや、全く寝坊じゃないんだけど」

 

「他の皆さんはいつもこの時間に起きてます。 実質6時半起床です」

 

「この子はいつも7時でしょ……」

 

「そんなこと知りません。 昨日言ったじゃないですか、明日は必ず6時半起床だって。 しかも大潮ちゃんは絶対起きるって約束しました」

 

「そう……だったわね確かに……」

 

大潮ちゃんはやる時はやってくれる子だって、私は信頼している。

 

なのに――今朝は全く起きてくれない。 さっきから意外とデカい声だしてるのに。

 

「……そういえば荒潮ちゃんは? いないけど」

 

「あー、出てったよ荒潮。 朝風に当たるんだって」

 

「荒潮にも協力してほしいのに……仕方ない、最終手段に打ってでるしか……」

 

「またやるの? 私の喉壊す気?」

 

「私達、第八駆逐隊の名誉の為です。 仕方ないんです!」

 

「はいはい……」

 

嫌そうな目をしながら、満潮ちゃんは喉の調子をチェックする。

 

どうやら調子は良い――二日連続になるけど、仕方のない犠牲、ごめんなさい満潮ちゃん!

 

「起きなさい大潮……さもなければ今宵、貴女の懐に怨霊が取り憑くだろう……」

 

大潮ちゃんはうなされている、このまま頑張って満潮ちゃん!

 

「怨霊に取り憑かれたくなければ、今すぐ起きるのです……大潮!」

 

最後に名前を叫んだ途端、大潮ちゃんが跳ぶように起きた。

 

「うわぁぁぁ! 止めて怨霊さん! 取り憑かないでぇ!」

 

布団に包まる大潮ちゃん。

 

やっと起きたと思って徒労感が溢れるけど、この姿見ると意外とそうでもないかも。

 

「大丈夫だって大潮……私だよ、満潮だよ」

 

「……み、満潮ちゃん……?」

 

「はい、満潮ちゃんです。 なので早く布団から顔を出してください」

 

「あ、朝潮ちゃん……?」

 

「はいそうです。なので早く起きやがれです」

 

「は、はい……」

 

やっと布団から出てきた……長く感じる。

 

 

満潮ちゃんがさっきやったのは、大潮ちゃんがとても怖がったテレビ番組の幽霊の真似。

 

前にやった時に奇跡的に起こすことに成功したので、それ以降最終手段として用いている。

 

とは言っても、いつも最終手段まで行くんだけど――

 

でもこの方法には欠点があって、まずは満潮ちゃんがいないとできないこと。

 

私や荒潮ちゃんだと全く似てないからか、大潮ちゃんを起こすまでには至れない。

 

でも満潮ちゃんがやると、凄く似てるから大潮ちゃんを起こせられる。

 

もう一つの欠点は満潮ちゃんの喉を破壊すること。

 

女子では中々出せない音域な為か、これをやると喉をかなり痛め、その後の日常生活に影響を来してしまう。

 

だからこそ"最終手段"なんだけどね。

 

 

 

「約束しましたよね……6時半に起きてみせるって」

 

「えへへ……ごめんなさい、朝潮ちゃん」

 

「分かってくれたらいいんです。 私はそれで満足しますから」

 

うーん、なんで私まで残されて正座しなくちゃいけないのよ。

 

別に責められるというわけじゃないけど――なんか腑に落ちない。

 

あれかな、"満潮ちゃんの喉壊して――"って感じで大潮反省させる為に残してるのかな。

 

それなら大迷惑なんだけど――まあ仕方ないか。

 

「今度からはこんなことにならないように。 満潮ちゃんの喉を壊しかけるなんて、言語道断ですよ」

 

あ、もう言った。 もう出てっていいかしら。

 

「あ、朝潮、もう出てっても――」

 

「満潮ちゃんはもう少し待ってください…」

 

うげえ、もういる意味ないでしょ……

 

「うん、あの声が凄い辛いのは分かってる……」

 

「なら早い段階で起きてね。 私の喉は無限にあるわけじゃないんだから」

 

「はい……」

 

あ、少し言い過ぎたかな。 うーん、人との接し方ってやっぱり難しいな……

 

「とにかく、今度からは頑張ってください。 私的には6時半に起きてほしいのですが、最低限7時までには起きてくれたらいいです」

 

いつも7時には起きてるって朝潮。

 

「……あ、もう6時44分!? まずい、そろそろ顔洗ってこなくては……」

 

「あ、私もいくー!」

 

勢いよく、二人が部屋から出ていった。

 

――最終的に私が残ったのか……

 

 

 

 

 

――眠い。

 

ということ、何人ぐらい思ったんだろうか。

 

現在時刻――7時か。

 

予定通りに起きれて、少し嬉しいな。

 

「そうだ、まずは食堂だっけ」

 

三食は基本食堂だと昨日言われた。

 

希望するなら外食でも構わないらしいけど、艦娘が外食を望む場合は事前に司令からの許可が必要――ということも教えてもらった。

 

そして食堂の飯は特別美味しいということも――勿論教えてもらった。

 

 

 

 

 

食堂は寮や執務室などがある本館から切り離された場所にある。

 

一応敷地内ではあるが、少し離れた場所にあるのでやや不便だ。

 

また、さすがにまだ子供な駆逐艦娘に料理を任せるのは危険ということで、厨房には間宮さんや伊良湖さんといった軍属の料理人が入っている。

 

これは工廠にも同じことが言え、軍属の技術者である明石が工廠にはいる。

 

とは言え、彼女達は実質軍人ではないので"軍人"という括りでは駆逐艦しかいないのだが。 トホホ。

 

「今日のご飯はなんでっしゃろ」

 

駆逐艦しかいないという点と経費削減の為か、食堂から出される料理は給食のようなシステムとなっている。

 

これはこれで問題ない。 しっかり金曜にはカレー出すしな。

 

カレーの日はそれはもう、大変な騒ぎらしいが。

 

「なるほどね……美味しいそうではないか」

 

さすが専属料理人。 見た目だけで美味しそうと判断させる辺りプロだ。

 

「まあこれなら皆食えそうだな……」

 

こんな鎮守府だからか、よく食べ残しが多いのは――仕方ないと言えるのかな?

 

 

 

 

 

――とそこに。

 

「あの、朧さん!」

 

……ん? あれは……朝潮かな?

 

「大潮ちゃんにもっとガツンと言ってやってください! あの子、中々6時半に起きてくれないんです!」

 

「……別に寝坊じゃないんだからいいんじゃないの?」

 

「ダメです! 皆さんは6時半に起きてるのに、あの子だけ7時起き……これでは皆に差がついてしまうと思うんです!」

 

「だからと言って強要する必要はないよ。 だってあの子朝起きてからランニングして飯食うっていう皆のルーティンやってるんだよ?」

 

「でも時間はあればあるほど良いはず! 実際、あの子ご飯食う時かなり急いでてちゃんと食べきれてるかが……」

 

「いや、かなり猶予あるし、ちゃんと食べてるじゃん。

 

……私が早起きしてるのは飯食った後新聞読む為だし、皆も各々の趣味に奔走してるよ? 空き時間に訓練してるわけじゃないんだし、本人が良いと思ってるんだったらそれでいいんじゃないの?」

 

「うっ……それはそうですけど……」

 

ん、どうやら朝潮が言い負かされた感じかな。

 

「司令」

 

「うわぁ! いきなり出てくるなぁ!」

 

「何驚いてるんですか。 それよりも、あれです」

 

「そうだ。 あれ、一体どういうことなんだ?」

 

「うちの起床時間は7時だと、規定で決まっています。 まあ司令も知っている通り、多くの艦娘は自由時間を作る為に早起きしてるんですね」

 

「それで大潮だけはちゃんと7時起きと」

 

「そうです。 まあそれはそれなんですが、問題は言い争ってる二人です」

 

「二人……?」

 

「はい。 あの二人よく口論してるんですよ。 日常茶飯事的に。 ただ互いが互いを憎んでるかというわけでもなくてですね……」

 

「どんな感じなんだ?」

 

「朧は朝潮のことを何とも思ってません。 よく口論になっても、朝潮に対しても普通に接しますからね。 対して朝潮は朧との対立姿勢を明らかにしてます。 ただ全面憎んでるかというとそうでもなく、単にリーダーとして対立してるって感じですね。 艦娘としては純粋に認めてますし」

 

「……なあ、それって朝潮の一方通行じゃ……」

 

「そうです。 朝潮が一方的には突っかかって来て、それを朧が対処してる感じです」

 

おいおいそんなんで大丈夫かよ。

 

「二人が率いる駆逐隊、どっちも実力者が集まりますからね……そういう意味では派閥抗争みたいな感じにも見えますが」

 

「まずくねえかそれ」

 

「大丈夫です、二人しか争ってないですから。 ただ偶にちょっとした事件になるのがちょっと……って感じですね」

 

「なるほどねぇ……」

 

二人のリーダー観のぶつかり合いか。 中々燃える物があるじゃないか。

 

……っていかんいかん。 そんな不純なことを考えてはダメだ。

 

「どうにかできねえかな……」

 

「放置でも問題ないとは思いますが……あまり干渉しすぎるとヘイト集めますからね」

 

それもそうだ、干渉しすぎては逆にまずい。

 

「まあここは司令にお任せするとして……どうです? 鎮守府での生活は」

 

「うん、まだ1日も経ってないけどそれを聞くのかい?」

 

「あ、そういえばそうでしたね……まあ別にいいじゃないですか」

 

「いいのか……うーん、充実しそうだなって思ったかな」

 

「中々に微妙な言葉ですね。 まあいいですけど」

 

ええんかい!

 

「これから司令には長いことお世話になる……はずです」

 

「微妙に溜めたの不信感あるわ」

 

「そういうのはほっといてください。 いつ異動があるか分かりませんから」

 

まあ確かに――それもそうだ。

 

「私達は皆子供です。 そして私も子供です。 こんな鎮守府ではありますが司令……これからよろしくお願いしますね」

 

「……あぁ、よろしく」




キャラクター紹介

朧:第七駆逐隊の旗艦。 練習の虫で高い実力を持ち、大勢の艦娘から慕われている。 リーダーとしては適当な面も多く見られるが、意見は素直に言い、危険な事も進んで行い、いざとなったら庇って、よく他人を気遣うカッコイイリーダーである。 頻繁に朝潮と口論してるが朝潮のことはどうとも思ってない。 隙あらば読書な読者家でもある。

朝潮:第八駆逐隊の旗艦。 朧と並んで鎮守府の双璧と呼ばれる程の実力者。 人に厳しく自らにも厳しい性格で、朧とは違って適当ではない。 しかし厳しいリーダーとして一部では畏れられており、朧と比較される事も多い。 朧の事をリーダーとしての対抗意識を燃やしてるが、一艦娘としては認めている。 読書を始めたのも朧に対抗してかららしい。


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日常編
デザートなのです!(暁 響)


――今日は日曜日、つまりは休日なのです!

 

「よーし、今日何をするか、それぞれの意見を聞くわ! まずは響!」

 

「私は最後の方が良い。 先に雷どうかな?」

 

「わ、私!? えーとそーわね……」

 

毎週日曜日は六駆のみんなで遊ぶのだけど、その"遊び"はそれぞれがプレゼンして総合的に決めるのです。

 

今日こそは、私の意見が採用されるように頑張るのです!

 

「ん? 雷は何も考えてこなかったのかい?」

 

「そ、そんなわけないわ! ちゃーんと考えてきてるんだから! えーと……」

 

この感じは考えてきてないっぽいのです雷ちゃん……

 

みんながみんなちゃんと考えたプレゼンするから、なんにも準備してないと絶対却下されるのです……ということは雷ちゃんが大ピンチ!

 

まあ、競争相手が減るのは嬉しいのですが。

 

「私はサッカーをやりたいわ! 勿論もっと人数増やしてね!」

 

「確かにやってみたいけど、たくさん参加してくれるか心配よ。 中には休日返上で訓練に励んでたり遠征に行ってたりする人がいるのに」

 

「それでも余りある数の艦娘がいるからねここには。 18人いればフルメンバーでできるけど、それぐらいの数は暇人いると思うよ」

 

暇人という言い方が中々に辛辣なのです……

 

「さて、次は電だね」

 

「私はお料理を作りたいのです! 美味しそうなおやつを作りたいのです!」

 

「ふーん、中々イイじゃない! お料理、間宮さんや伊良湖さんに教えてもらったら私達でもできるだろうし!」

 

「お料理はレディの嗜みの一つだし、みんなが絶対やらなきゃいけないことよね! お料理上手くなれば、女子力だって上がるわ!」

 

ふふん、どうです

 

「なるほど、いい案だ。 じゃあ次、暁」

 

「私はお茶会を開きたいわ! 理由はただ一つ、レディとして必要だからよ!」

 

「それ、この前もやったじゃない」

 

「実力を身につけるには継続することが大切だって、朝潮さんが言ってたのよ! だからこそ、こういうお茶会の積み重ねが必要なのよ!」

 

「確かにそうだね。 継続は必要だ」

 

「ほら! 響が言うもん!」

 

響ちゃんは六駆の中でも一番冷静で、一番頭が良い子です。

 

だからみんな響ちゃんのことを頼ってるのですが、一つだけ欠点があって……

 

「まあ、そうだけどね……というか、響がやりたいのってなんなの?」

 

「そうだ私。 私がやりたいのは――」

 

 

 

「"響先生監修、某共産主義国家で使えるロシア語講座in2017春"の開催だね」

 

「却下よ」

 

「却下」

 

「却下なのです」

 

マイペースすぎるのです。

 

 

 

 

 

――結局やることはお料理に決まったので、私達は食堂に向かった。

 

「間宮さん、おはようございます!」

 

みんな元気に挨拶する。 まあ、このぐらいの歳だとそうなるだろうけど。

 

私も頭を下げて挨拶した。 今日も角度はバッチリだった。

 

「あら、どうしたの暁ちゃん達?」

 

「えーとね、今日は……」

 

少し暁が恥ずかしそうにしてる。 まあ暁はこういう子だ。

 

「お、お料理を教えてほしいなあって思ってるんだけど……」

 

「お……お料理……! を、教えてほしいの!? 暁ちゃん!」

 

「う、うん!」

 

なんか凄い剣幕だ――よほど嬉しいのかな。

 

「そ、それじゃ何作りたい? 和風? 洋風? 中華?」

 

「私達が作りたいのは和風デザートよ!」

 

「和風デザート! 私の得意分野だわ! できることならアドバイスできるかも!」

 

よし、アドバイスされなきゃ多分ゲテモノが出来上がるから良かった。

 

「じゃあ甘味処使いますか? 今日は日曜日ですからいつもよりみんなの外食頻度高いですし」

 

「あら、伊良湖ちゃんいいの?」

 

「はい! 食堂は私に任せてください!」

 

「そう……じゃあお言葉に甘えようかしら。 もし何かあったら遣いでも送って伝えてね」

 

「はい!」

 

間宮さんと伊良子さんは先輩後輩の関係らしく、間宮さんは伊良湖さんの成長に期待してるし、伊良湖さんは間宮さんを尊敬している。

 

だからこそ生まれる信頼関係なのだな――

 

「それじゃ、みんな行こうか」

 

 

 

 

 

「それで和風デザートって言ったけど……もっと具体的にあるかな?」

 

「うーん……間宮さんのオススメは?」

 

あれ、何も考えてこなかったんだ暁。 まあいいけど。

 

「私のオススメ……白玉とかかなぁ。 白玉ならちょびちょびと食べられるし、他の子にもシェアしやすいでしょう? それに色んな味を楽しめるし」

 

「確かにここで頼む和風デザートのほとんどに白玉が入ってる気がするのです……!」

 

「そうね。 白玉は和風デザートの基礎みたいなものだから、ほとんどのデザートに入ってるわね」

 

確かによく白玉が入ってるな。

 

「じゃあ雷は白玉がやりたいわ! みんなはどう?」

 

私は異論なし。 どうやらみんなもそうらしいね。

 

「じゃあ白玉に決定だけど……問題はどのくらい作るかなのよね……」

 

「在庫とかはどのくらいあるのかな? できればみんなに配れるぐらいはほしいね」

 

「在庫は問題ないわよ。 この前大量に買い込んできたから!」

 

あぁ、だからスーパーから小麦粉がごっそりと消えたんだな……

 

「でも私だって1日中見てあげられることはできないし、少なすぎても問題だし……」

 

「わざわざ配ることを考えなくてもいい気がするな。 だってここ100人近い艦娘がいるし」

 

「……そうね。 時間もないし無理に作らないようにしましょう」

 

すると電がこじんまりとした手で手を挙げた。

 

「あの、私に提案があるのですが…」

 

「どうしたの電ちゃん?」

 

「私達が作った白玉を期間限定で売り出す、というのはどうでしょうか? そうすれば数も絞れて、直接じゃないけどみんなにもシェアできて……名前も付けたりして……」

 

「おぉ、良い意見だね電」

 

「そうね……そうしましょう! "六駆のイチオシ! 特製白玉!"とか良いかもね!」

 

電と間宮さんの咄嗟のアイデアからか、みんながおぉと関心する。

 

無論私もだけど。

 

「なんかブランドみたいでいいわね! 私そういうブランドものに憧れてるのよ!」

 

「私はみんなに食べてもらえるだけで満足だけど……でもそういう名前付いたら楽しくなるわ!」

 

「凄いよ電ちゃん! よく思いついたね!」

 

「えへへ……」

 

電が恥ずかしがってると、次は雷がアイデアを披露した。

 

「あ、せっかくなら一人一人が自作して売り出していかない? 私そういうのに憧れてたのよ!」

 

「いい案だね雷ちゃん! 商品化……みたいな感じにするのね!」

 

「私は異論ないわ! 響はどう?」

 

私も異論はないかな。

 

「私も二人の意見に賛同するよ。 二人も?」

 

「うん!」

 

「もちろんなのです!」

 

「よし、決まりね! そうとなったら今すぐ作りましょう!」

 

「時間もあまり残されてないからね。 今すぐにでも作ろうか」

 

今の時刻――午前10時。

 

それぞれが商品を作るとなると色々時間かかりそうだし、早めに終わらせたいな――

 

 

 

 

 

――「え、六駆がなんかやったんですか?」

 

「そうみたいやけど……"売り出したん"じゃなくて"やったん"って言うのな」

 

そんな細かいことはどうでもいいじゃないですか。 それよりもあの子達が何か売り出したとはどういうことでしょうか。

 

「なんか間宮はんとこの甘味処でデザート売り出したそうやで、あの子達。 まあ料理しようとしてその弾みってことやろうけど」

 

「なるほど……是非食べてみたいものですが」

 

「今行けばええんちゃうか? 司令はん連れ出して食べればええよ」

 

司令はそういうもの好きでしょうかね――まだまだ会って数日ですから分かりませんが。

 

「確かに今行くのもアリですが、生憎今日は仕事が溜まっておりまして。 明日辺りにも行けたらと思います」

 

「いや、あの子達が作ったんやで? すぐ売り切れてまうから明日には残っとらんと思うんやけど」

 

「そうですか……残念です。 誰か代わりに買って持ってきてくれたら嬉しいのですが」

 

「確かに楽やね……ってウチにやれっちゅう話かいな」

 

ここで黒潮を見つめたら――なんとかなるかな。

 

「うーん怖い。 とりあえず威圧すんのやめとき。 雪風辺りに頼ませるから」

 

「やってくれないんですか。 まあ持ってきてくれるなら誰でもいいですが」

 

「そもそも誰かをパシリさせようとすな……」

 

だって暇でしょう黒潮。

 

 

 

 

 

――ん、足音がする。 昼話してた六駆の件かな。

 

「しれぇ!」

 

勢い良くドアを開けたウキウキな雪風。

 

その後ろには――同じくウキウキな時津風とイヤイヤ付いてきたと言わんばかりの天津風が。

 

「えーと……どうしたの? なんか元気ありまくりだけど」

 

「しれぇと不知火さんと一緒にこれ食べようと思って来ました!」

 

「それは……白玉か?」

 

「ほらあれだよー、六駆の子達が作ったってやつ」

 

「うーん、うーん……?」

 

「そういうのが今甘味処で売られてるの。 六駆特製白玉だってね」

 

「なるほどねー。 でも俺達は頼んでないけどなんで?」

 

「黒潮さんから聞いたんですが、不知火さんが欲しがってたらしいので!」

 

ちょ……なんでそんなこと言うのよ雪風……

 

多分今顔赤いのだろう――あぁなんて恥ずかしい。

 

「ふーん、不知火もそういうとこあるんだね」

 

「別にそれぐらいいいじゃないですか。 それよりも雪風、早く一緒に食べますよ」

 

「はーい!」

 

なんとかこの場面を切り抜けたけど、司令の顔は意地悪な感じなのだろう。

 

顔も見たくない……

 

「4種あるんだけどさー、しれーはどれ欲しいの?」

 

「そうだな……じゃああんみつかな? これ欲しいわ」

 

「"暁の一人前レディへの道"ね。 はい」

 

「凄いネーミングセンスだな……はいありがとう」

 

「私はきな粉のやつが欲しいわ」

 

「はい、不知火は"電のきな粉なのです!"ね」

 

「何か色々とダメな気がするんだけど……」

 

「気にしない方が吉よ」

 

いや、気にするべきでしょうが。

 

「雪風と時津風ちゃんは響ちゃんのみたらしたべまーす!」

 

「はい、"響のシベリア送り白玉"ね」

 

相変わらずの共産趣味っぷりですね……

 

「……となると私は"雷の健康第一! 抹茶白玉"か。 抹茶好きだし良かったかな」

 

健康志向な雷らしい商品だ。

 

ネーミングセンスも不思議といい気がするのも何故だろうか。

 

「よし、じゃあ一旦休憩して食べようか」

 

 

 

 

 

美味そう――まあマニュアル通りにやれば美味しそうに見えるけど。

 

間宮さんの入れ知恵とかあるのかな。 今度教えてもらおう。

 

「そんじゃ、いただきます!」

 

「いただきます!」

 

その場にいる全員が言う。

 

いの一番に食べ始めたのは一番楽しみにしてたように見えた雪風。

 

「……うーん! 美味しいです!」

 

甘々なみたらし――雪風らしいと言えばらしい。

 

時津風も同じような感じだろう。 まあ子供っぽいというかなんと言うか……

 

「私も美味しいよー。 天津風はどー?」

 

「私も……美味しいわ。 司令官と不知火は?」

 

「美味しいよそりゃ。 美味しくなかったらちょっとアレでしょむしろ」

 

「美味しい」

 

これは完敗ですね……今度教えてもらわねば。

 

「これは暁ちゃん達に教えなきゃですね! しれぇ!」

 

「そうだな。 あいつら褒められると異様にやる気出すし、こういうことやってくれると心が暖まる」

 

「それでは私から言っておきましょうか? あの子達とは部屋近いですし」

 

「いや俺から言わさせてくれ。 それぐらい直接言わなきゃ男じゃないだろ」

 

「この女の園で男気なんて発揮しなくてもいいですから」

 

「辛辣ね不知火。 でもそういう姿勢好きよ」

 

「誰も助けてくれないのか……」

 

「しれぇのそういう所、私は好きです!」

 

雪風の特徴、天使の如き笑顔が炸裂した。

 

「ありがとう雪風……笑顔が眩しいよ……」

 

「むー、雪風だけずるいー! しれー! こっちも見てー!」

 

時津風がじたばたしながら言う――ダメだ可愛い。

 

「うんうん、時津風もありがとうな……」

 

でもこうして鼻の下伸ばしてるとあからさまにまずい人にしか見えない……大丈夫なのかしら。

 

「あの、司令……」

 

「どうした不知火?」

 

「あの、逮捕されるようなことは、絶対にしないでくださいね……」

 

「……えぇ…………」

 

――なんか失敗した気がするなぁ。

 

「……ぷっ、なんか面白いよ不知火」

 

「なっ……!? 私は司令のことを思って言ったまでであって……」

 

「凄い顔赤いよぬいぬいー。 あっ、まさかしれーのことが好きとか……」

 

「は? 今なんて言いましたか?」

 

「……いえなんでもないです」

 

「天津風も……そんなことで一々笑わないでください」

 

「あ、うん、分かった……」

 

「司令も……」

 

「了解しましたー」

 

――なんかこの場を支配した気がするけど……私そこまでキツいこと言ったかしら。

 

相変わらず雪風は笑顔だし。

 

「あの……」

 

「あーうん。 今度顔怖いの直そうか」

 

――へ? なんででしょう……

 

 

 

 

 

――「どう間宮さん! 私達が作った商品は!」

 

「うん、みんな美味しい美味しいって言ってくれたわ!」

 

そのことを聞き、暁は喜びに浸る。

 

「私達ね、司令官と不知火さんから直に美味しいって言ってくれたわ! 直によ直!」

 

「凄いじゃない暁ちゃん!」

 

「ふふーん! ……それでね、今日来たのはちょっとお願いがあって……」

 

そういえば一人だった――何故だろうか、疑問に思う。

 

「他の子に負けたくないから……今度、私個人のために教えてくれない……かな?」

 

「……もちろん!」




キャラクター紹介

暁:第六駆逐隊の旗艦。 だが旗艦としてはあまりにも子供っぽく、その仕事は大体響が務めている。 一人前のレディを目指しており、その目標に向け日々努力している努力家な一面も。 また負けず嫌いな面も強く、特に響とは良きライバルとなっている。 が、コーヒーだけは絶対に飲めないらしい。

響:第六駆逐隊所属。 暁よりもリーダーしている為か、実質的な旗艦は彼女。 頭が非常に良く、その頭脳は鎮守府でも重宝されている。 だが同時に変人でもあり、何をやるかは予測不能。 またソ連が好きらしいのか、生活の一端にソ連関連の言葉がちらほらと出る。 暁とは真逆でコーヒーが大好き。


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追跡中(白雪 如月)

――「如月ちゃん! これどうかな!?」

 

睦月型駆逐艦ネームシップ、睦月が問う。

 

「うん! 可愛いわ睦月ちゃん!」

 

その返答はいつも同じような気がするが……まあそれはいいだろう。

 

「いよーし、これで今日のお出かけは問題ない! ありがとう如月ちゃん!」

 

「いえ、私は何もしてないわよ。 睦月ちゃんのセンスが良いからそれを私はただ褒めてただけよ」

 

「全くもう如月ちゃんは人のこと褒めるの上手いんだから~」

 

睦月と如月が取っ組み合いになる。 とは言っても喧嘩みたいなピリピリする取っ組み合いではなく、所謂百合っぽい――と言ったところか。

 

「睦月ちゃーん! そろそろ行けるかな?」

 

ドアの向こうから聞こえてくるのは吹雪型駆逐艦のネームシップであるような気がする。

 

「あっ吹雪ちゃんだ! じゃあ私そろそろ行くね! 服選ぶのに付き合ってくれてありがとう如月ちゃん!」

 

「うん、楽しんできてね睦月ちゃん。 いってらっしゃい」

 

「うん、楽しんでくるね! それじゃ、いってきます!」

 

ルンルン気分でドアを開ける睦月。

 

そのあと姿を見るに、かなり今日という日を心待ちにしているようだった。

 

 

 

 

 

「……本当に付いていくの如月ちゃん?」

 

「えぇ……やっぱり気になるじゃない、白雪ちゃん」

 

「凄いストーカーみたいなんだけど、大丈夫なの?」

 

「いいのよ、私と睦月ちゃんの仲だから」

 

「大丈夫って気がしないんだけど……」

 

何故私はこんなことに巻き込まれてしまったのだろう……休日のお出かけをストーキングするなんて休日の使い方を間違えてる気がする。

 

事の発端は2日前、吹雪ちゃんがお出かけすると聞いた直後だった。

 

 

 

 

 

――「睦月ちゃんが外でどういう風に羽目を外すのか見たいわ! それは勿論、白雪ちゃんも同じよね!?」

 

「……いや、別にそこまで……」

 

「嘘は良くないよ白雪。 自分に正直にならなきゃ」

 

「時雨ちゃん、顔近いよ……」

 

「なんで気にならないの白雪ちゃん!? あなたの本性はどこに行ったの!?」

 

「いや、元々これが本性なんだけ――」

 

「君はまだ目覚めてないようだね……大丈夫、すぐ目覚めさしてあげるから……」

 

「分かった私も一緒にいるから胸ぐら掴むのやめてぇ!」

 

 

 

 

 

――と、半ば強引に参加させられたのです。

 

「そういえば時雨ちゃんはどこに行ったの?」

 

「時雨ちゃんはもう一つ先の地点にいます。 どうやら準備はバッチリのようで……はい」

 

「なんでグラサンかけて親指立ててるんですか……」

 

「彼女は凄く人気な艦ですから、姿を悟られる可能性が非常に高いんです」

 

「だからと言って親指立てる必要はないと思うけど……」

 

私を巻き込んだ二人の一方――睦月型駆逐艦二番艦の如月ちゃんは一番艦の睦月ちゃんとよく一緒にいる。

 

鎮守府のほとんどはおとなしくて清楚、お人好しで優しいというイメージを持ってるけど、睦月ちゃんのことになると少し暴走してしまう、言わば"ヤンデレ"に近いような子だ。

 

とは言え、睦月ちゃん本人に危害は与えないし、その周りの人間に対しても危害は与えないので善良な子ではある。

 

まあストーキングはさすがにまずいとは思うけど。

 

そして私を巻き込んだ二人のもう一方――白露型駆逐艦二番艦の時雨ちゃんも四番艦の夕立ちゃんとよく一緒にいる。

 

時雨ちゃんもイメージ的には清純だと思われてるが、如月ちゃんに比べヤンデレ度がかなり強い。

 

如月ちゃんよりも暴走しやすいし、暴走した時の凄みも一枚上手だ。

 

正直に言うと如月ちゃんよりも危険人物だし、将来何をしでかすか本当に分からない――というかもう既に起こしてるような気さえする。

 

とにかく、私はこの二人に囲い込まれる形で吹雪ちゃん、睦月ちゃん、夕立ちゃんのお出かけをストーキングすることになってしまったのだ……

 

「気になったんだけど、そのカメラいつ手に入れたの? 買った?」

 

「これは磯波ちゃんから借りたわ。 あの子凄いカメラ好きだから……」

 

あぁ確かにそうだ。 あの子、突然カメラにハマったらしくて最近高額のカメラを買ったらしい……

 

確か70万程だっけか。

 

「そう……ちなみにそのカメラいくらというのは聞いた?」

 

「えぇ。 70万円するってのは聞いていて、丁重に扱ってねーとは言われたけど……」

 

うわあ、なんでそんな高額なもの貸しちゃうのよあの子……危機管理意識が少し低いんじゃないの。

 

「よく借りれたね……どうやって言いくるめたの?」

 

「いえ、普通に話しかけたら借りれましたけど……」

 

「こういう目的で使うってこと言ったの?」

 

「言ってないけど……」

 

ああもうダメだ。 どんだけ危機管理能力ないのよあの子は……

 

「……どうしたの?」

 

「磯波に少し呆れただけだから……んで、この後どうするの?」

 

「あぁこの後ね。 まずはここを通ると思われる三人それぞれを激写して、それからすぐ移動するわ。 もちろん、バレないようにね」

 

「バレないように……分かったけど、どこに移動するの?」

 

私が言うと如月ちゃんはすぐさま地図を取り出し、説明に入った。

 

「今いるのが呉市中心街のイオンモール前の道……をよく撮れるビルの中。 ここからの予測では、イオンモール内部でお買い物をして、昼食をとりに夕立ちゃんが好きなモスバーガーに行くはず……でもそこでは既に時雨ちゃんがスタンバイしてるの」

 

「……いや待て待て、モスが好きという情報はどこから掴んだの? 鎮守府近くにあるのはマックぐらいしかないと思うんだけど」

 

「……この前調査したらその情報が得られたのよ……」

 

「え、前にもやったことあるの!? いつ!」

 

「2ヶ月前かしら。 それが3回目で、今回が4回目となるわね」

 

あぁ、だから慣れてたんだな……ってそこじゃない。

 

「そんなにやってたの……? 驚きなんだけど……」

 

「驚く程でもないわよ白雪ちゃん」

 

いや、普通驚くと思うのだが……

 

まあそれはそれでいい。 今は如月ちゃんから教えてもらわないと。

 

「んで、モスには時雨ちゃんがいて、私達はどこに向かうの?」

 

「私達が向かうのはイオンモール内部よ。 いくらここがベストポジションだからと言っても内部までは鮮明に撮れないわ。 だけれども、内部で撮るには障害が生じる……それはなんだと思う?」

 

「……他人の目?」

 

「そう正解! 内部で三人組を撮るには他人の目にさらされず、かつ綺麗な写真を撮ることが必要不可欠よ。 しかもイオンモールは色んな所があって服屋、文房具屋、ゲームセンター等々全ての場所でベストポジションを確保しなくてはいけないのよ」

 

「……全ての所を撮る必要はないんじゃないかな。 そこまで拘る必要がないというか、なんというか……」

 

「……白雪ちゃん、私が誘う時になんて言いましたっけ」

 

うわ、いきなりローテンションになってしまった。

 

えーと、確か……

 

「いつもとは違う姿が見られる……的な感じだっけ?」

 

「概ね合ってるわ……そしてそれが見られるのは貴重な機会……だからこそ!」

 

突然ずんと、私の顔に近づいた。

 

「今ここで! 見るしかないのよ!」

 

「……情熱が篭ってるのは分かったよ……これからはあんまりそういうこと言わないから……」

 

「うんうん! 同じ気持ちになってくれて嬉しいわ!」

 

「いや別に同じような気持ちになったわけじゃ」

 

「あ、来たわ!」

 

如月ちゃんが指さす方向を見ると――仲良く歩く三人の姿が見えた。

 

三人組の真ん中にいるのは吹雪ちゃん。 グレーのパーカーを着ているようだ。

 

吹雪ちゃんの右隣には睦月ちゃん。 改ニになった時から着ている上着が見える。

 

睦月ちゃんの反対にいるのは夕立ちゃん。 少し大きめなベージュ色ジャケットを着こなしていた。

 

 

 

 

 

「吹雪ちゃん、まず最初はどこにいくのー?」

 

「うーん、夕立ちゃんはどこに行きたい?」

 

「夕立はゲームセンターに行きたいっぽい!」

 

「あ! ゲームセンターはこの前行ったばっかりでしょ夕立ちゃん!」

 

「あはは……夕立ちゃんは本当ゲームセンター好きだよね!」

 

 

 

 

 

――「あぁ、睦月ちゃんが凄い笑顔で……しかも楽しげで……」

 

凄い勢いで連写していく如月ちゃん――にしてもしすぎだと思うけど。

 

ここで如月ちゃんがどうなったか――それはある程度想像できるだろう――それぐらい単純だった。

 

簡単に言えば"取り乱していた"ということなのだが。

 

「興奮状態の中悪いけど、中に入んないの? 見失うよ?」

 

「ハッ! そういえばそうだったわ、ありがとう白雪ちゃん! それじゃ私に付いてきて!」

 

「あ、う、うん」

 

そういえばどうやってここから出るんだろう――と思ってたら。

 

「白雪ちゃん! そこに穴があるからそこから落ちておっていくよ!」

 

「……ってこの穴いつ作ったの!? しかもかなり高いから命の保証ができないじゃん!」

 

「大丈夫よ。 下にはマットがあるから」

 

「マット程度でなんとかなると思わないんだけど……」

 

「大丈夫よ。 下にバランスボールあるから」

 

「着地できなきゃ死ぬよ!」

 

「私達は艦娘よ? できないことはないわ」

 

「いやいや艦娘だからってこの高さは厳しいって!」

 

「ごちゃごちゃ言ってると見失うわ! 私は今すぐ落ちるわね!」

 

「え、ちょ」

 

勢いのまま、如月ちゃんは穴に真っ逆さまに――

 

「如月ちゃああああぁぁん!!」

 

 

 

 

 

――「よし、ここからならよく見えるわ……ベストな時を逃さないわよ……」

 

結局、如月ちゃんは少し足が痛む程度でなんとかなった。

 

言ってた通り、下にはマットが設置されていてその結果負担が軽減された――というのが如月ちゃんの推測だけど、果たしてそれは本当なのか?

 

いつか窓突き破りそうで――正直不安だ。

 

そして今いる所は、文房具コーナー近くのベンチ。 周りからもよく見られちゃう所で――いやいやまずいでしょ。

 

「やっぱり女の子よね。 文房具の一つ一つに反応を示す……中々いい光景だわ」

 

「う、うん……」

 

今日は何回ぐらい戸惑ったのだろうか……しかもまだ続くし……

 

「あ、あれは最近話題のシャープペンシル! 凄い食いつき様よ!」

 

「あれは確か……学生に人気のクルトガだっけ? なんか高性能とは聞いたけど」

 

「そう。 それに魚の如く食いつく三人……時雨ちゃんも喜ぶと思うわ」

 

そうだ時雨ちゃんがいた……あっちが一番心配だ……

 

「ん? 次はノートを眺めてるけど」

 

「あれは……いったい何かしら。 もっと近づかないと無理じゃない……」

 

「いや近づかないでおこうよ……」

 

さすがにこれ以上近づくと不審者扱いされそう――

 

「ごめんねお嬢ちゃん達。 ここであの子達を撮り続けてるけどあの子達に何か用かな?」

 

まずい、警察が来た! さすがに弁解の余地がない!

 

「如月ちゃ――」

 

「あら、警察の方ですか……」

 

「そうだけど……ここで何してるのかな?」

 

「いえ、この景色を撮ろうかしらと思ってね……」

 

「ここで、ですか。 それはそれは大層なことを――!?」

 

カメラを向けた途端、顔を豹変させた警察官――いったい何があったのだろうか?

 

「よく周りからは変な人と呼ばれるんですよ。 この子にもよく言われるのけど、今日は付いてきてもらっちゃった!」

 

「そ、そうですか……それでは私はお邪魔させていただきます……お取り込み中申し訳ございませんでした……」

 

何かに怯えてるのだろうか――そそくさとその場を後にした。

 

「き、如月ちゃん何したの……?」

 

「カメラの……これ見て」

 

私が見せられたのはカメラのディスプレイ――を遮るように存在するもの。

 

「これは……艦娘手帳? しかも第一鎮守府の……ってまずいんじゃ!?」

 

「シーッ。 これに関しては極秘だから、絶対に口外ししてはいけないわ……」

 

「え、でもなんで……」

 

「かつてね……少しだけ第一鎮守府にいた頃があったのよ。 とはいえ、ほんの二週間だけだったけど」

 

「まさか、その時のを流用して……」

 

「えぇ。 今も変わらないデザインだし、ここの警察官ぐらいなら騙せるかなって」

 

「でも調べられたりしたらまずいんじゃ……」

 

「大丈夫よ。 第一の司令官さんは優しいし、うちの司令官とも仲がいいし……それにね」

 

顔を赤らめて、恥ずかしがりそうに言った。

 

「あそこの司令官、私がこういうことやってるの知ってるから……」

 

「あそこの司令官とどういう関係なのよ……」

 

 

 

 

 

――「こちら時雨、ターゲットの撮影に成功。 これより中央公園にて陣を張る」

 

「了解よ時雨ちゃん。 中央公園でもよろしくね」

 

「あの、この無線機はいつ買ったのか教えて――」ブチッ

 

あ、切れてしまった……どこで買えたのよこれ……

 

「時雨ちゃんが連絡した……ということはつまり、そろそろこちらに帰ってくるということね。 こちらも陣を張るわよ」

 

「う、うん分かったけど、どこで待機するの? 確定的な要素はどこにも見当たらないけど……」

 

「多分ゲームセンターよ。 夕立ちゃんが大好きだから」

 

「ふーん……」

 

昼飯の後のゲーセン……何をするのか、正直興味ある……

 

「そうだ、朝の撮れ高はどう?」

 

「いい感じよ! いや、いつどこから撮ってもいい感じには変わりないけど、その中でもかなりいい気がするわ!」

 

「良かったんだね。 それなら良かった」

 

「時雨ちゃんもいい感じのはず……かなり楽しみだわ!」

 

うーむ、ここまでくると慣れというものが来てしまって、驚きが薄れてくる……色々とまずいぞ。

 

「そういえば中央公園? に時雨ちゃんが行くって言ってたけど……」

 

「お出かけの時、いつも最後に訪れるのが中央公園よ。 そこで見る夕日が凄くて、そこでよくガールズトークしてるのよ」

 

「ふーん。 夕日をバックにして話してる三人が可愛いってこと?」

 

「もちろんよ! 分かってきたじゃない白雪ちゃん!」

 

――え、いや分かりたくないよそんなこと!

 

「まあまあ、嫌そうな顔して……そんなんじゃ私を騙せられ――」

 

「本当に嫌だから! 本当に!」

 

「……白雪ちゃんがそんなに嫌がるなんて思わなかったわ」

 

「いや最初から言ってたよ!」

 

「あら、そうだったっけ」

 

「そうだよ!」

 

まったくもう、如月ちゃんは……

 

 

 

 

 

そんなこんなしてる内に、あの三人組が帰ってきていた。

 

「あっ、あの子達ここに来る……」

 

「嘘!? カメラカメラ……よしロックオン完了」

 

ロックオンなんていう怖い言葉使わないで……

 

「さーて、最初は何を……あ、太鼓の達人! 定番ね定番!」

 

興奮しながらシャッターをきりつづける如月ちゃん。 もはや狂気の域に達している――いやかなり前から達してはいたけど、よりそれに磨きがかかってる気がする。

 

まったく嬉しいことじゃないけどね……

 

「あぁ! 睦月ちゃんがあたふたしてる可愛いわ! そうよね白雪ちゃん!」

 

「そうだね。 うん」

 

 

 

 

 

――その夜。

 

何故か如月ちゃんの部屋に居座されてる私……理由は分かるけど。

 

「それでは、本日の追跡会の反省及び写真の見せ合い会を開会いたします。 まずは……如月、写真を見せてくれないかい?」

 

「はーい。 どう? 綺麗に撮れてるでしょう?」

 

私と撮ってしまった――他人からすれば恐怖のような写真を時雨ちゃんに見せた。

 

遠目から見るに文房具コーナーで撮ったもののようだ。

 

「うん……素晴らしいよ如月。 夕立を良い形で写せてる……」

 

「ふふ……白雪ちゃんも良いって言ってくれ――」

 

「言ってないからね如月ちゃん」

 

「まったくもう……」

 

いやいや顔赤めなくていいから。

 

「そうだ、僕のも見せないとね。 はい」

 

そういえば時雨ちゃんのカメラどこから借りたものなんだろうか。 まさか浦波から借りたとかは――

 

「時雨ちゃん、そのカメラってどこから借りたの?」

 

「ん、これかい? このカメラは……実は地元の方から……」

 

「あぁ、貸していただい――」

 

「貰ったんだ……」

 

「……貰った!?」

 

「うん。 ダメ……かな。 僕はいらないって言ったけど、どうしてもということで仕方なく……」

 

「いや別に大丈夫だと思うけど……それ、いくらするの?」

 

「うーん、そこは聞いてなかったな……でも高いとは聞いたよ」

 

「うん……大事に扱っておいた方がいいかも……」

 

「もちろん大事に扱うよ」

 

いやはや、時雨ちゃんも中々凄い――さすがは人気NO.1艦娘、といったところか。

 

「そういえば白雪ちゃん、次はどうする?」

 

「次?」

 

さすがに全面拒否というのもヤダなぁ……柔らかく断りますか。

 

「うん。 一日中付き合ったんだし、せっかくなら次もどうかな?」

 

「いや、今日付き合って色んなこと分かってよかったけど、さすがにもういいかなって」

 

「いやいや、分かったからこそもう一回行くんじゃないか。 また面白い発見が見られるって」

 

「うーん、でも今日でかなり疲れちゃった。 もう行くのはいいかな」

 

「疲れた? なら体力が付いたことになるじゃないか!」

 

「う、うーん……」

 

ダメだ、どうにもなんない……このままではまた連れていかれる……

 

「ほ、ほら、私いても大して役に立たなかったでしょう? 別にいなくてもいいじゃないかしら?」

 

「貴女がいる、それが大事なのよ。 大丈夫、できる範囲でいいから」

 

「で、でも罪悪感感じるし……」

 

「大丈夫、僕達はなんにも思ってないよ。 むしろ君がいてくれた方が嬉しいよ」

 

ああもうどうしよう! また次も連れ去られる!

 

「なによりも、白雪、君がいることでこの三人は完成するんだ。 睦月が好きな如月、夕立が好きな僕、でも何かが足りない……それは何だと思う?」

 

「足りてるよ十分!」

 

「そう、吹雪が好きな子だ。 そしてそのピースを埋めるのは……君だ」

 

話聞いてないよ時雨ちゃん!

 

「これほどまでに完成された状況、他にあると思う?」

 

「う、うう……」

 

頭の中に、吹雪型の皆が思い浮かぶ。

 

でも――生贄には差し出せない。

 

じゃあこの状況、どうするべきか?

 

「……まったく分からん」

 

「白雪ちゃん?」

 

「白雪?」

 

――もうやだこの鎮守府。




キャラクター紹介

白雪:第十一駆逐隊所属。 この鎮守府生粋の苦労人で、特に如月、時雨の被害によく合う。 本人は吹雪に対する恋愛感情は持っていないが、周りからはそう思われてしまっている。 だが、仲間を守るために自ら体を張るなど勇気ある場面も多く、裏では尊敬の的として人気を集めている。

如月:第三十駆逐隊所属。 年齢の割に大人っぽさが強い艦娘であるが、いざ睦月のこととなると我を忘れて暴走してしまう癖がある。だが決して他人を傷つけようとはしておらず、慈愛深い一面も。 時雨と組んで白雪を沼にハマらせようと何度も挑戦しているが、その度失敗している。


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世間知らず?(綾波 敷波)

――「司令、お手紙が届いてます」

 

とある昼下がりの執務室。 すっかりこの鎮守府に慣れた海城と、海城の存在に慣れた不知火。

 

「誰から?」

 

「えーとですね、綾波の……親御さん!?」

 

大きく目を開き、口をあんぐりと広げる不知火。

 

「え、綾波の親御さん!? 俺達なんかしたかぁ!?

 

「し、司令まさか……」

 

「いやいや俺なんもしてねえから! 本当だからな!」

 

「怪しいですね……本当になんもやってないんですか?」

 

「本当だ。 俺のバーチャルボーイ賭けてもいいぐらいだ」

 

「なるほど。 そのバーチャルボーイってやつはどうでもいいですがまあ本当にやってないことはなんとなく察せました」

 

凄く頼りない言葉が連なってるが――本人的にはこれでも問題ないのだろう、特に何も言わずに話を進めていく。

 

「それで、その手紙にはなんと……」

 

「今開けますから急かさないでくださいよ」

 

「すんません……」

 

立場が逆転しているような気がするが、気にする必要はないだろう。

 

「読み上げますね……」

 

 

 

 

 

「呉第七鎮守府司令長官、海城星斗殿へ。 この度の御着任、おめでとうございます。 前任の方は艦娘からの信頼が厚く、その後任ということで運営に苦心することもあるかと思いますが、この第七鎮守府に配属されたということは大本営の――」

 

「長いから大事そうな部分だけ教えてくれ。 残りは自分で読むからさ」

 

「えぇ、分かりました」

 

 

 

 

 

「――我が娘、綾波のことをどうかよろしくお願いいたします。 綾波父より」

 

「……え? 以上?」

 

「はい。 大事そうな部分だけ切り取った結果です」

 

「マジで? ちょっと見せてくれ」

 

と、不知火から強引ともとれるやり方で手紙を取った。

 

「……あ、確かにそうだわ。 大事なの強いていえばこれだけだ」

 

「でしょう? まったく司令は……」

 

「あぁうぅ……誠に申し訳ございません……」

 

「にしても、いきなりこのような手紙が来たのはいったい……」

 

「娘のこと心配したからでしょ。 親心だって親心」

 

「まあそうとしか考えられませんね。 それじゃあその手紙は……」

 

「あぁ俺が持っとくよ」

 

「分かりました……少し不安ですが」

 

「それは言わないでくれ」

 

 

 

 

 

――でもなんか気になるなぁ。

 

「ということなんですよ霞」

 

「いやいやなんでそういうこと聞くのよ」

 

「それはもちろん……もちろん……」

 

うーん、なんも思いつかない。

 

「えーと、綾波のお父さんからなんで手紙が来たのってことでしょ? 普通娘が心配だからじゃないの」

 

「それ司令も言ってました。 でもなんだか腑に落ちなくて……」

 

「それ以外何があるっていうのよ」

 

「やっぱりそうですよね……」

 

結局この結論に至るのか――でもわざわざそんなことするかしら。

 

「来たのは初めてなんでしょ? しばらく会えないから寂しかったっていう理由が正しいと思うのだけれど」

 

「会えないからですか……あっ」

 

そうだ、忘れてたことがあった。

 

「どうしたのよ」

 

「調べてみたらですね、綾波の実家は京都にあるらしいんですよ」

 

「……別に会えないわけじゃないわね。 休み使えばいいわけだし」

 

「しかも過去の外出記録を見ると、綾波は毎年夏と冬の二回帰省していることが判明していました」

 

「いやいやそこまで帰省してんなら感づくでしょ」

 

「そして今回に送られた手紙……決して綾波の為だけとは思えない」

 

「た、確かにそうね。 しかもこのタイミング……まさかこれはクズ提督に対する挑戦状?」

 

「挑戦状……とは?」

 

「ほら、綾波って凄いお淑やかで礼儀正しいじゃない。

 

きっと実家はかなり厳しい所で、そして綾波のことを誰よりも大事に思ってるはず。 としたら、司令長官がどんな男かどうかというのを見極めてるんじゃないかしら!」

 

なるほど、合理的な理由だ。

 

「となると、クズ提督が採るべき行動は……」

 

「こちらも手紙で返す、というのはどうでしょう」

 

「それでは誠意がこもってないわ。 直接会いに行くというのはどう?」

 

「なるほど。 ですがどうやってアポとれば」

 

「綾波に直接聞くか……でも教えてもらえるかしら」

 

「そこは持ち前の交渉力でなんとかするしかないです」

 

「うーん、少し心配だけど……頼むわ!」

 

「了解!」

 

海軍式の敬礼。 なんか気持ちがいい。

 

――って私達何話してるんだ?

 

「ちょっと待ってください。 私達って今何話してるんですか?」

 

「何ってそりゃあクズ提督に対する挑戦状に関することじゃ……」

 

「いやいやどんだけ壮大な話になってるんですか。 元々はあの手紙が少し気になるって話でしたよ」

 

「それがこういうことになったんじゃないの?」

 

「まあ確かにそうではありますが……もういっそのこと綾波に色々聞きます。 めんどくさいですし」

 

「……もし私の考察が合ってたら?」

 

「何もあげませんよ。 子供じゃないんですから

 

「はいはい分かりましたよ。 そんじゃいってらっしゃい」

 

手を振って送り出す霞。 少し不機嫌そうだけど、いつもこんな感じだ。

 

 

 

 

 

ここが――綾波の部屋ね。

 

まあドアはごく普通――他もそんな感じだけど。

 

同じ部屋には敷波がいるんだっけ。 確か綾波とは旧知の仲とは聞いたけど――

 

「失礼します。 秘書艦の不知火ですが」

 

「あっ今あけまーす」

 

この声は綾波か?

 

「はーい。 どうかしましたか?」

 

「あ、別にこれといった用事はないのですが一つ気になることがありまして……」

 

首を傾げる綾波。 凄いお人形さんみたい。

 

「綾波の実家はどういったところでしょうか……?」

 

しまった、なんか変な文章になってしまった。 コミュ障みたいに思われてしまう――ってそんな心配しなくていいか。

 

と思っていた時、奥から敷波が顔を見せた。

 

「え、不知火知らないの?」

 

「は、はい? どういうことでしょうか?」

 

「うそ……秘書艦だから知ってると思ってたわ……」

 

どういうことでしょうか――私って世間知らず?

 

「でも呉にいたら知らないと思いますよ。 京都にしかないですから」

 

「うーん、でも今度チェーン展開するって言ってたじゃん」

 

「確かに……そうでしたね。 しばらく艦娘としての生活しか考えてなかったから家のこと忘れてたかも」

 

「まったく……将来継ぐことがほぼなくても実家だよ?」

 

「はいはい。 分かりました」

 

なんか世界を形成している――ってそこじゃない。

 

京都にしかない? チェーン展開? 継ぐ?

 

まったくもって分からないフレーズしか出てこない。綾波の実家っていったい?

 

「そうだ、不知火さん。 私の実家についてでしたよね」

 

「え、そうですが……」

 

「私の実家はですね……京都にある旅館なんですよ」

 

――旅館?

 

あぁなるほど。 確かにチェーン展開もできる。 跡継ぎというのも必要になる。 綾波の礼儀正しいしさというのも合ってるし、お淑やかな部分も恐らくそういうところからだろう。

 

「ちなみにどんな名前の旅館で――」

 

言いかけると、敷波が手を掴んできた。

 

「それは私が話す。 ちょっと外出てもいいかな」

 

と、引っ張られて部屋の外に出た。

 

「あの……」

 

「いやあさぁ、あの子おだてられるのあんまり好きじゃなくてね。 まあこれがおだてるというのかは分からないけどさ……」

 

「ひとまず、綾波の家について話してくれますか?」

 

「分かった」

 

一旦間を置き、ようやく話してくれた。

 

「あの子の実家――名前を”彩波(あやなみ)”と言うんだけど、凄い旅館なの。 国内最高峰で、旅館業ではここに勝る旅館はないってくらい」

 

「それってかなり凄いんじゃ……」

 

「まあね。 他にも事業も行ってるからかお金持ちだし、綾波の地元宇治市なんだけどそこじゃみんな敬語。 お嬢様呼びが基本だよ」

 

「え……」

 

正直、絶句するほどだ。 綾波がこんな環境で育ったなんて――

 

「でも敷波はお嬢様呼びでは……」

 

「あー、これはちょっと話が長くなるんだけどね……」

 

 

 

 

 

「元々あたし、関東の貧乏な農家だったんだよ。 まあ綾波とは真逆の生活を送ってたんだ。 普通なら地元の公立学校行くと思うだろ? でもあたしは違った。 あたし幼児の時にお嬢様学校に憧れてな、そん時にお父さんが色々仕込んでくれたんだ。 そのおかげで、綾波達の行くような学校に無事入れたんだ。 でもね、周りはそれはもうお嬢様ばっかりで、所謂学校カーストってのが蔓延してたわけ。 それで平民出身の私はその最底辺にいたの。 まああいつらの逆鱗に触れることはしてないからイジめにはあってないんだけど、白い目で見られたりはしたんだよね。 そんな中であたしに優しく接してくれたのが綾波だったんだ。 なんかウマが合うようでさ、それから仲良くなれて……今に至ると」

 

 

 

 

 

「この中にも色んな話はあるけどそこまで話すととてつもなく長くなるし、ここで区切るね」

 

「分かりました。 にしても驚きです、敷波にそんな過去があったなんて」

 

「秘書艦として知ってほしいんだけどね」

 

「はい……」

 

うぅ、今後の課題か……

 

「まあ細部まで知ってねというわけじゃないけど一応出身くらいはね。 それはそうと、私が貧乏農家出身って聞いてどう思った?」

 

「え、えーと……正直驚きました。 ずっと綾波と一緒にいますからてっきりお金持ちなのかと……」

 

「あー京都だと綾波の顔知れ渡ってるからさ、一緒に行くと……なんかね」

 

「……正直な気持ち、貧乏な家出身ってことにどう思ってるんですか」

 

「うーん、別になんとも思わないなぁ。 子供ん頃は普通に幸せだし、学校時代も綾波のおかげで普通に楽しかったしね」

 

「……敷波は素晴らしいお方ですね」

 

「いやいやそんなこともないよー。 だって綾波とはしょっちゅう悪さしてたし、それなりに悪童だったからさ」

 

「ふふっ、そういうことをやることが素晴らしいんですよ」

 

「……なんか照れちゃうなあ、そんなこと言われるなんて……」

 

赤く染まる敷波の顔。

 

夕日と合わさり、とても輝いていて――幸せそうだった。

 

 

 

 

 

――「ってことなんですよ」

 

翌日、自慢げに海城に話す不知火。

 

「すげえ長い話だったな。 もう疲れたぞ」

 

「その分濃かったんだからいいじゃないですか」

 

「確かに、二人の知らなかった過去を知れてよかったけどさ……そういや、綾波の実家は超凄い旅館なんでしょ?」

 

「ええまあそうですが……」

 

「今度行ってみようぜ、二人で」

 

「なっ……!?」

 

瞬時、恐怖の顔と化す不知火。

 

「いいんじゃね? 親睦の意味も含めて、二人で行くというの――ねえねえ、なんでそんな怖い顔してるん? そして拳をこっちに向けてるのもなんで――」

 

「沈め」

 

鉄拳制裁。

 

不知火の右手が、海城の左頬へクリーンヒット。

 

海城は全治一週間の怪我を負った。




キャラクター紹介

綾波:第十九駆逐隊所属。 実家は国内最高峰の旅館業を営んでおり、綾波はそのお嬢様。 厳しく育てられた為か礼儀正しさでは抜きん出ており、周囲からは一目置かれている。 良家の出であることをあまり好ましく思っておらず、平民として生まれることを望んでいるらしい。

敷波:第十九駆逐隊所属。 実家は東京西部の農家であるが、幼児期から培った頭脳のおかげで綾波がいる学校に入学することができた。 綾波とは仲が良く、綾波の地元宇治で彼女にタメ口を利かせられるのは敷波ただ一人。 今ではすっかりお付きの者として、綾波の側に立っている。


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バーテンダー(早霜)

――ここは鎮守府の隅っこに位置するとあるBAR。

 

夕雲型駆逐艦17番艦早霜が店主を務めるBARにやってくる客には各々、抱え込む悩みを持っているようだ。

 

おっと、今日もお客さんがお出ましになるようだ。 はてさて、どんな悩みを抱え――

 

「よう早霜ぉ! お客さん全く来てなさそうだから来てやったぜ!」

 

抱え――てないですね。

 

「長波サマ参上! 早霜が暇そうだから話し相手に来てやったぜ!」

 

抱え――てたら驚きですね。

 

……って

 

「何しに来たんですか姉さん達」

 

「おっと、バーテンダーたるものそんなカッカしちゃダメでしょうに……」

 

「しかも私達は曲がりなりにもお客さんなんだぞ! お客さんの前で怒る店主がいるか? いないだろ?」

 

確かにカッカしたのは反省だけれど、姉さん方がごく普通のお客さんとも思えないのだけれど。

 

「確かに姉さん達は"お客さん"ですが"普通の"お客さんではないです。 妹を弄る為だけに来たようなものじゃないですか」

 

「あのな早霜、よーく聞いとけ」

 

……珍しく長波姉さんが真面目な顔になってますね。

 

「お客さんのニーズってのは日々変化するんだ。 昨日までラーメンが好きだったのが、今日からうどんが好きになることだってあるんだ。 そういった客のニーズに対応してくってのが本来あるべき"店"なんじゃないか?」

 

「残念ながら店主を弄るというニーズにはお応えできません。 というかそんなこと普通やりませんよ長波姉さん」

 

「保守的な人間はいつか滅ぶ! 今こそ革命の時じゃないか早霜!」

 

「凄くいいこと言ってますが店主を自由に弄るBARは天才でも作りません」

 

「むぅ。 ほんと早霜はいつも内向的だな」

 

「それとこれとは違いますからね」

 

「んじゃ、そういうことにいといてあげるか!」

 

ふう、ようやく姉さん達の無駄な弄り時間も終わりましたか。

 

お二人が正直何をしでかすか不明瞭なのがすこぶる恐い。 いつか私のことを滅ぼしてしまうのではないかと正直凄く心配してます。

 

「……私コーラほしい」

 

朝霜が注文したのは、毎回恒例のコーラ。

 

「私メロンソーダ!」

 

「……お酒頼まないんですね二人とも」

 

「そりゃ頼むわけないじゃんだって――」

 

目を合わせもせずに、声だけ合わせて私に言う。

 

「ここ酒扱ってないじゃん!」

 

「……私未成年ですからね」

 

「そもそもこの鎮守府に成人がいるのかどうかというところだけど……」

 

「あら、司令官は既に成人してらっしゃるのでは?」

 

「それが違うらしいんだって。 まあ前の司令が歳いったおじいちゃんだったし、私達の感覚が狂ってるかもしれないけどな」

 

意外ですね。 あのそれなりにガッチリした体型から見て、大人の領域に踏み込んでると思ったのに。

 

「それならさ朝霜。 直接本人に聞いてみたらいいんじゃないか?」

 

「確かに。 じゃあその任を受けることになるのは……」

 

二人が私の顔をまじまじと見つめて――ってまさか。

 

「私がやるのですか」

 

「そう! だって提督に仲良くさせてもらってるらしいし、秘書艦さんとも仲良いらしいし」

 

「全部推測じゃないですか……それに当たってないです」

 

「え、そうなの?」

 

「はい。 まず司令官に仲良くさせてもらってるというのは多分事実ですが、他にも仲良くさせてもらってる娘も沢山いますし、私よりも仲が良い娘なんて沢山います」

 

「それはさ……ほら?」

 

「ほらってなんですか……」

 

こういう話になってしまった以上、結局は私に押し付けられる運命にはあるのだろうが――いやもう受け入れよう。

 

「分かりました。 私が聞いてきます」

 

「おお! さすが我が妹よ!」

 

「これからも頼りにするよ~!」

 

「……」

 

あぁ、また便利な奴だと思われるのか……

 

 

 

 

 

――さて、部屋の前には来たが……

 

「うーん……」

 

正直、司令官のことは少し苦手だ。 男の方、というのもあるけど、なにか話しかけづらさというのもあるからだろうか。

 

業務を行う上では問題ないのだけれど、私情を挟むこととなると少し――でも言ってしまったからにはやるしかない。

 

「でもどうしようかしら……」

 

不知火さんに取り次いで――忙しい合間を縫っていただくなんておこがましい。 なら堂々と――いやそれはそれで恥ずかしい。 出待ち――それは変に思われるかもしれないわね。

 

「どうしよう……」

 

たかが一つだけ質問を聞くだけなのに、なんでこんなうずくまってるのかしら私……これならどうにかして押し付ければ良かった……

 

「あら、早霜じゃない。 こんなとこでうずくまってどうしたの?」

 

「その声は霞さん!?」

 

慌てて後ろを振り向くと――そこにはちょこんと立っている霞さんが。

 

「あのクズに用? それとも不知火?」

 

「あ、えーと……」

 

「その様子ならクズかしらね。 それで、少し気まずくて入れないと」

 

「いや……はい、そんなところです……」

 

ここでひた隠しにしてもすぐバレるだろうし……ここは正直に伝えよう。

 

にしても、どうしてすぐ分かったのでしょうか?

 

「まあしょうがないわね。 あのクズ近寄り難いところあるし」

 

「霞さんもそうなのですか?」

 

「私は……そこまでだけどさ、でもそういう娘が多いのはよく耳にするわよ」

 

「意外ですね。 私だけだと思ってたのですが……」

 

「まあそんなもんよ……それで、あのクズに対する用って?」

 

「それは……」

 

霞さんと言えど、さすがにこれだけは教えることはできない……というより教えたらバカにされるに違いない。 いや絶対にそうだ。

 

「教えてくれない、か……分かった、私から不知火に話通しとくからちょっと待ってて」

 

「え、ちょっと……」

 

そんな、わざわざこんなことの為に時間を無駄にさせたくないのに……

 

「……大丈夫よ。 あいつわりと暇してるから」

 

「いやそういうことじゃな……行ってしまった……」

 

そうこうしてるうちにも、霞さんは次から次へとやることをやっていく――不知火さんに取り次ぐことも含めて。

 

こうなってしまっては仕方ない、ただじっとして、時の流れに任せば――

 

「失礼しました」

 

ってもう帰ってきてる!?

 

「ど、どうしたのよそんな顔して」

 

「あ、戻ってくるのやけに早いなぁと……」

 

「そう……あ、不知火に言ってきたから別に入ってきても問題ないわよ」

 

「あ、はい分かりました……」

 

「まあ大丈夫よ。 ちゃんと不知火がフォローしてくれるだろうし……って、そっちからすれば不知火のことが心配か。 まあそんな気にしなくて大丈夫よ」

 

「は、はあ」

 

気にしなくてもって、そんなこと言われたらより気にするじゃないですか――

 

「そんじゃ、勇気を出して行ってこーい!」

 

強く叩かれる背中。 霞さんの張り手は、想像以上に痛く――やりすぎだと思った。

 

それでも、背中を押してくれたのは事実。 今ここで踏み出さなくてはいけない。

 

そうだ、時の流れに任せるんだった。 ならばなるようになるよう、ただ心を無にして何も感じずに――

 

 

 

 

 

――まるで悟りに入ってるように、体を伸ばし、真っ直ぐに視線を突き刺して、笑う事もなく立つ早霜。

 

それを疑念の目で見るのは秘書艦である不知火と提督の海城。

 

(凄くかしこまってるけど……大丈夫かしら)

 

彼女が何のためにそれをやっているのかは分からないが、とにかく、この状況を変えなくてはいけないことは明白だ。

 

「は、早霜、用件をとりあえず……」

 

不知火が声をかけた途端、カラッポだった心が起動し始めた。

 

「……あ、はい。 本日の用件は……」

 

言いかけようとしたその時、早霜はある事に気づいた。

 

(よくよく考えれば年齢を聞くなんてどうでもよい行為なのでは……?)

 

「おーい。 どうしたー突然止まってー」

 

海城の気の抜けた声など耳に入らず、ただ一人考える早霜。

 

(そもそも年齢など本人に聞く必要なんてなく、自分で調べればよいのだ。 ならば何故それを思いつかなかったんだ……?)

 

「早霜?」

 

(何故……司令官に会いたかっ――いやそれはない。 ならば……)

 

「早霜!」

 

「はい!」

 

自分の世界から、突然現実の感覚が蘇る。

 

「大丈夫かー? さっきからぼーっとしてたけど」

 

「あ……大丈夫、です……」

 

「そうか。 なんか一人の世界に入ってたから、めっちゃ心配したぞ」

 

「心配してくださって、ありがとうございます。 司令官。 そうだ、用件ですが……」

 

 

 

 

 

「年齢!? わざわざ聞きに来たのか!?」

 

「あ、はい……」

 

やっぱり呆れられたかしら……そりゃそうだわ、だってそんなもの調べれば一発で――

 

「そっか、確か誰にも言ってなかったんだっけ、年齢」

 

「そうなのですか? 私は業務上知っていますが……」

 

……え?

 

「まあわざわざ言うことでもないだろうけど、一応言っといた方が良いか……歳は23歳。 酒は飲めるけどすぐ酔うタイプではある」

 

「え、もう成人してらっしゃるのですか……?」

 

「もちろん。 たまにいるらしいけどね、未成年提督さん」

 

それならば、私のBAR――BARにも来れるのでは……

 

「あの、司令官……」

 

「ん、もう一つあるのか?」

 

「その、私鎮守府の地下でBARを営んでいて……」

 

「ふーんBARね……ってはあ!?」

 

「え、ど、どうか……」

 

「どうかって、そのこと私も知らないのだけれど」

 

「あれ、不知火さんには言ってませんでしたっけ?」

 

「言われてないですが……まず貴女は未成年でしょう? そんなもの運営できてるのですか?」

 

「それはですね……」

 

ぐ、こう言われては反論のしようがない……だがあれは私のアイデンティティとも言えるし……

 

「あくまで気持ち的な意味だろ? じゃないとそういうことやる意味が……な?」

 

「あ……そうですね。 そんな感じです」

 

「そうですか……ですがBARなんていう言葉は誤解を招きますし、今後は使わないようにしてください」

 

「了解しました……で、司令官には……」

 

「そこに来てくださいってことでしょ? うん。 今度行くわ」

 

――あぁ、良かった――なんか変な感じになってしまったけど、とりあえず良かった。

 

「では待ってます、司令官」

 

「おう」

 

「失礼しました!」

 

 

 

 

 

――「ねえ不知火」

 

「どうかされましたか?」

 

「さっき言えなかったんだけどさ」

 

彼の秘書艦、不知火は首を傾けてる聞く。

 

「この鎮守府に地下ってあったんだ」

 

「……」

 

信じられないという表情で、彼女は提督を見続けたのであった――

 

 

 

 

 

――「よう早霜ぉ! って司令じゃねえか!」

 

いつものように地下に向かう姉さん達。

 

そこにいつもは見ない顔がいることにはさすがに驚愕した。

 

「よ、朝霜、長波」

 

「なんで提督がここにいるんだ? ってまさか早霜……」

 

「姉さん達が聞いてこいと言ったので聞いてきましたよ。 司令官は、立派な成人男性でした」

 

「あれ? 私が聞いた噂と違うな……?」

 

「いやいや長波姉さん、そんな噂聞いたこともないですよ。 不知火さんにも調べれてもらいましたから」

 

「……」

 

「長波、嘘はやめような」

 

それから、少し涙目になった長波姉さん。 でも姉さん、自業自得です。

 

「でもなんでそんなことを?」

 

「そりゃまあ……早霜をからかいたいから?」

 

「なかなかに酷いことしますね長波姉さん。 もしや私が司令官のこと苦手だと思ったからですか?」

 

「あれ、バレちゃったか」

 

「ん、早霜俺の事苦手だったのか?」

 

「まあ……そうでしたね」

 

「ふーん、じゃあ今は? 今はどう思ってんの?」

 

それを言わせないでくださいよ朝霜姉さん……なんだかんだ恥ずかしいのですから。

 

「まあ……そうでもない、って感じですが……」

 

「お? ちょっと赤くなってるぞー?」

 

「……ちょっと黙ってくれませんか?」

 

「おお怖い怖い。 でも良かったじゃん、司令と仲良くなれてさ」

 

「それはあると思います。 ここ初めてのまともな客ですから」

 

「おいおいまるで私達がまともじゃねえっていう言い方じゃねえか!」

 

「えぇ。 実際そうですから」

 

「酷いぞ早霜!」

 

そうだそうだと長波姉さんの声。

 

このわちゃわちゃした感じがなんとも心地よい――ただ今はそう思う。

 

その輪に司令官が入ってこれるのか、少し心配だけれど。

 

「……ふふっ」

 

「む、可愛い笑顔して……それで騙せるとでも思ったか!」

 

「長波姉さんはそうやって人を弄り倒すから……」

 

「でも早霜の笑顔ってどこか不気味だよな。 なんかこう……女スパイみたいな」

 

「大人びた感じか? 確かに早霜にはそんな感じが漂うな」

 

「あら司令官、ありがとうございます」

 

「今度は提督を騙す気かー!」

 

私は大人びている――と思われている。 それは嬉しい限りだ。

 

逆に長波姉さんは――少し子供っぽい。

 

けれども、それが可愛い。

 

 

 

「……司令が嫁さん貰う時は――」

 

「嫁さん!?」

 

「ちょ、姉の言葉を聞きなさい早霜ー!」

 

姉さんさすがにここは黙って――

 

「嫁さん? ここにいる子たちはまだそういう歳に至ってないだろうが……」

 

「まあそうだけどよ……ってか鈍感だなほんと……」

 

「鈍感ってどういうことだよ……」

 

――朝霜姉さん? ってあらやだ、もうこんな時間じゃない……

 

「そろそろお開きにしましょうか。 もう11時ですし」

 

「あ、確かに。 子供達はもう寝なきゃいけない時間だからなぁ」

 

「あ! 長波を子供扱いしたなこのやろー!」

 

「はいはい、いい加減に寝ような。 明日も暇じゃないぞ?」

 

「それは司令官も同じかと思いますが……」

 

「ま、それはそうだな。 じゃあ俺も寝るとするかぁ……」

 

「あ、不知火さんによろしくお伝えください。 わざわざ調べてくださってありがとうございましたと」

 

「了解。 それじゃおやすみー」

 

「はい。 それでは司令官、姉さん、おやすみなさい」




早霜:第二十六駆逐隊所属。 夜になると自己満足としてBARを開いているが未成年の為酒は出せず、出す飲み物も鎮守府内の自販機なから出してる為、そのBARを利用する人は早霜に会うために来ていると言っても過言ではない。 酒は出せないのに海城を誘った理由は、やはり気持ちの面が強いとか。 普段は奥手な性格のせいで苦労が絶えない。


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独占密着(神風 漣)

――春風香る呉第七鎮守府。

 

ここに所属する艦娘は全員女の子であるが、勿論それぞれ理想とする女性がいる。

 

ある人はレディを目指し、ある人は戦艦を目指し、ある人は最速を――いや彼女はもう既になってるか。

 

っと、ここまで話してきたが、所詮彼女らの殆どは単なる"理想"だ。

 

なれるという保証もなく、ただただ漠然とした"理想"。

 

勿論この鎮守府にその目標となる人は少ない――が、一人だけいるにはいる。

 

「神風さん! その……サインください!」

 

完全に歳上である女子高生にサインをせがまれるその人物こそ、多くの女子から目標とされる少女――

 

「あー、えーと……ごめんなさい。 鎮守府の方針で……」

 

そう、神風型駆逐艦のネームシップ、神風である。

 

その姿は日本男児が求め続けた大和撫子。

 

立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 

360度どこから見ても完璧な少女。

 

その御姿に、全国の男よりも先に女子が魅了されてしまうという謎っぷりで、今人気急上昇中の艦娘だ。

 

「うちの鎮守府はいつからアイドルみたいになってしまったのだろうか……」

 

――コホンコホン。

 

とにかく、彼女――神風は今、女の子に人気の艦娘なのである。

 

今日はそんな神風の一日を、できる範囲で追尾しようと思う。

 

「……ねえ漣。 さっきから何ぶつぶつ独り言呟いてんの」

 

「うっさいぼのたん。 こちとら真剣なんだ」

 

「ぼのたんは止めろってさっきなぁ……」

 

 

 

 

 

――女子人気NO.1の朝はそれなりに早い。

 

朝起きた彼女がまず向かう先は洗面台だ。

 

「……ってか漣なんでいるの?」

 

「え? いや昨日の夜言ってた――」

 

いやいやなんで覚えてないんだし。

 

「神風姉。 ほら、昨日の夕飯の……」

 

お、朝風ナイスフォロー!

 

わざわざ説明する手間が省けて良かっ――

 

「え? なんかあったっけ?」

 

――やはりか神風。

 

「はぁ……ごめんね漣ちゃん。 こんなに朝早く起こしたのに神風姉がこんな調子で……神風姉、ちゃんと聞いてね。 漣ちゃんがいるのは――」

 

朝早くとは言うが――いつも6時起きの私からすれば6時半起きは正直キツくもなんともない。

 

まあ朝風の気遣いだろうけど――

 

「とりあえず私着替えてくるね」

 

少し距離を離して朝風に言う。

 

反応が遅れたのか、ちょっと間を置いてから返事が帰ってきた。

 

「さて。 まずは恒例のランニング……は神風型の皆とやるからまだ時間ある……」

 

となればやる事は一つ――神風のことを聞いて回らないと!

 

 

 

 

 

――「神風お姉様、ですか……?」

 

「うん。 春風ってよく神風と一緒にいるからさ、なんか知ってるかなあって……」

 

本音は近くにいたのが春風しかいなかったからなんだけど――ってか松風と旗風はどこよ。

 

「そうですね……お姉様は普段、肌色率が高い服は着ないのですが、部屋で一人っきりだと鏡の前でノリノリとそういう服を着ている、とかですかね……」

 

「ほう、それは可愛い裏面をお持ちで……でもなんで?」

 

「単なる好奇心……と言いますか。 いつもこのような厚めの服を着てらっしゃるので、少しぐらい羽を伸ばしたい、と思ってるのではないでしょうか」

 

「それなら私達の前に現れてもいいのに」

 

「恐らく……それらを他人に見せることは、あまり好ましく思ってないのでしょう。 破廉恥、と思ってるかは分かりませんが、お姉様自身性的な事柄にはガードが固いですし……」

 

そういえば、少し過剰なスキンシップをされた時、嫌な顔をしていたような――まあきっと、そういうのが苦手なんだろうな。

 

「ふーん……なんとかそのガードを剥がしてみたいものだが……」

 

「骨が折れる作業だと思います。 お姉様のガードはほんとに固いですから……」

 

――なんか引っかかるな。

 

「……固い固いって、やったことあんの? 神風のガード剥がすの」

 

「え? あ、あぁ!?」

 

と、顔紅くしてしまったか――

 

「ふーん……春風も可愛いとこあるじゃん」

 

「か、可愛いなんて、漣さん……!」

 

と、さすがに止めておくか――

 

「さて、と。 それじゃ私は外でアップしてくるわ。 ってわけでありがとね春風!」

 

まだ春風は紅くしたままだけど――ここらで止めとかないと何が起こるか分かったもんじゃないからな――

 

そろそろ説教も終わってる頃合だろうし、ちょっと体動かしてきますか。

 

 

 

 

 

――「旗風いる?」

 

いつもの朝ランニングを終え、各々がそれぞれの持ち場についた。

 

が、駆逐艦しかいないこの鎮守府、やる事と言えば輸送船団の護衛ぐらいで、敵泊地への強襲や敵艦隊との壮絶な艦隊決戦のような派手な仕事は一切回ってこない。

 

時折、大規模作戦行動の人手が足りないということで呉第一鎮守府さんからの招集がかかる時はあるが――最近は全くと言っていいほどお呼びがかかってない。

 

別に、私は戦場に出たいとはそんなに思ってないのだが――何しろ、そういうのを望む艦娘というのが一定数いる。

 

――と、少し話が脱線したが、つまるところ私が言いたいのはこの鎮守府は意外と休暇が多いということだ。

 

今日はなんと神風型の全員が休みということで。

 

「はい神姉さん。 旗風はこちらにいますが」

 

「良かった。 今日はね、街のカフェーに行こうかなって思ってて……」

 

カフェーなんて大正モダンだなぁ――

 

「あぁ、前に仰ってた所ですか。 行きましょう、私も気になっていましたので」

 

「もちろん漣も……」

 

「当たり前。 今日一日は神風に付いていくって言ったからね」

 

この二人が興味を持つカフェねぇ――センスありまくりの二人だし、期待せずにはいられねぇ。

 

「よし、それじゃ行きましょう。 善は急げと言うものです」

 

 

 

 

神風は女子からの人気が高い――と先述したが、実はと言うと神風型自体が人気のあるグループなのだ。

 

勿論一番人気は神風なのだが、二番艦の朝風、三番艦の春風、四番艦の松風、五番艦の旗風、とそれぞれに特徴のある人達だらけなのだが、皆何故か人気が高い。

 

恐らくはその大正モダン的身なりが人気の秘訣だろう、また皆が皆お淑やかというのもあるか。

 

ともかく、他の艦娘に持ち合わせていない特長を持つ彼女らはひとたび街に出ると――

 

「ねえ、あの人達神風型じゃない!?」

 

「うん、きっとそうだよ! だって雰囲気が違うもん!」

 

――とまあ、黄色い声がめっちゃ聞こえる。

 

羨ましいが――私があのJKの立場だったらそう思うんだろうな――口には出さないだろうが。

 

「神姉さん、今日も大人気ですね」

 

「あら、旗風だって負けず劣らずだと思うけど?」

 

「そんな褒めないでください……」

 

こっちはこっちで褒めあいっこですか――なんか私だけ仲間外れにされてんじゃねえか!

 

「どうしたの漣? なんか顔強ばってるけど」

 

「なんでもないよ……」

 

 

 

 

 

――「ここが……カフェ・ブリーズ……」

 

まあそんなこんなで例のカフェに着いた私達一行。

 

その道中でなんど好奇の目に晒されたか――多分対象は私じゃないし。

 

まあそんなのは予測できたことだ。

 

何も悲しむことではない、私達には百を優に越える仲間がいるんだから。

 

「中は……わあ、結構お客さんいますね」

 

「全席埋まってるようにも見えるけど……どうする神風?」

 

「どうするも何も、今日はここに来たくて歩いてきたのよ。 何時間でも待つわ」

 

「ま、そうなるよね……」

 

 

 

 

 

「二時間待ちって……」

 

十数年の人生、二時間待ちとかいう言葉は某千葉のテーマパークでぐらいしか聞いたことないぞ。

 

「まあまあ。 この前行ったとこは四時間待ちとかだったし、実際二時間なんてすぐ潰れるわよ」

 

「それはまた凄い……ちなみにその時は誰と行ったの?」

 

「松風だったかしら。 でもその時は劇場近くの劇場行ったからそこまで長く感じなかったわね」

 

「まあそういうもんだよね……んで、今日はどこで暇潰すの?」

 

「そうね……旗風、どこか行きたい所ってある?」

 

「そうですね……そういえば最近、新しいお洋服屋さんが出来たと聞きました。 旗風、そこに行きたいです」

 

「分かった。 漣もそれでいい?」

 

「もちろん」

 

実はこの前七駆の面子でそこ行ったんだけどね。

 

まあそれも一週間前の話だし、少しぐらい品揃え変わってるでしょ。

 

 

 

 

 

――「神姉さん、この服可愛くないですか!」

 

バタバタと走ってやってくる旗風――こういう一つ一つの仕草が可愛いと言われる所以なのだろう。

 

そんな旗風が持ってきたのは白のワンピース――いやいや凄いチョイスだなおい。

 

「うん……ちょっと試着してみようか……」

 

 

 

 

 

「どうでしょうか!」

 

「……すっごく可愛いよ旗風」

 

うん、確かに旗風は可愛い。

 

白の持つ元々の清楚さが、旗風と上手く調合されて化学反応を起こしていて、その美しさと可愛さを倍増させている。

 

こんなのうちのご主人様が見てしまったら顔紅くして硬直しそうだな。

 

「可愛いけど、お金は大丈夫? まだ最近使いすぎじゃないかしら?」

 

「あ、確かに……可愛いけどこれは諦めるしか――」

 

「待って旗風!」

 

――お?

 

「時には、さ……お姉ちゃんに甘えてもいいんだよ、旗風」

 

「え、でも神姉さんだって……」

 

「いいっていいって。 いつもお姉ちゃんらしいことさせてあげられてないし、今日くらいはね、いいでしょ?」

 

お姉ちゃんらしいこと、ねえ。

 

ずっとしてるような気がするけど――本人にとってはあんまりできてないと思ってるのかな。

 

「……じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」

 

「うん! じゃあこれをレジに――そうだ、漣はどうすんの?」

 

「え? あ、私は別に、良いの無かったから……」

 

「えー、せっかく来たのに勿体無い……そうだ、私が漣に合う服を探すよ! じゃあ付いてきて!」

 

「え、いや別にいいって――」

 

この前とたいして品揃え変わってないし、別段欲しいものもないんだけど!

 

「気にしないで、私こう見えて結構持ってきたから! お金!」

 

「そういうとこじゃなくって……」

 

あぁもう、こうなったら止まらなさそうだな神風――

 

 

 

――結局、前買った服を勧められて、一応断ったには断ったけど真実を言えないまま店を出てしまった。

 

凄く気まずかったし、正直地獄だったわ――

 

そして気がついたら、もう二時間近く経ってるではないか。

 

「時が経つのってほんと早いよね……」

 

「うん。 楽しい時間ってほんと早く過ぎるよね」

 

私は楽しくなかったけどね。

 

「でもこれからがメーンディッシュなのよね……心が震えるわ!」

 

「……なんか今日の神風絶好調だね」

 

「え、そうかしら? いつも通りだと思うのだけれど」

 

いつもはもっとふんわりしてるんだけどな――

 

(多分、いつもよりお姉ちゃんらしいことできてるからだと思いますよ、漣さん)

 

旗風が小声で私に話しかけてくれた。

 

(ふーん、お姉ちゃん然としたいんだねぇ神風は)

 

(ふふっ、でもそんな神姉さん、いつも可愛いです)

 

確かに、いつもと違う感じだからか、ギャップと言うのか、少し可愛く見える。

 

なるほどねぇ――

 

「ん? 二人ともどうしたの、笑ってて」

 

「え、いや?」

 

「何でもないですよ、神姉さん」

 

「む、なんか怪しいぞ二人とも! さあ、正々堂々と白状しなさい!」

 

「ふふっ、教えませんよ、言えるわけないじゃないですか!」

 

「むぅ……」

 

 

 

 

 

――帰宅時間午後五時。

 

神風曰く今日のメーンディッシュであるカフェは、その人気通りの素晴らしい店であった。

 

気品ある室内、来る客を落ち着いてくれるインテリアの数々。

 

流されている曲の一つ一つにハイカラさがあり、それら全てが店の雰囲気を創り出している。

 

神風が気になったのも納得だ。

 

――とは言え、そういう店にいるとちょっと疲れやすくなるのが人間。

 

色々周りを気にしてたら、いつもより疲れたよ――

 

「漣さん、今日は貴重な体験ができましたね」

 

「そうだね……凄く疲れたけど」

 

「あら、それは何故」

 

「こっちの事情だから気にしなくてもいいよ。 そういや、神風は?」

 

お出かけに同行したことで得たものは測り知れないほどなのだが、やはり自らのホームグラウンド(呉第七鎮守府)に、それも夜時ではどう過ごしているのか、調べなくてはならないのだ。

 

「神姉さんですか? 今は松姉さんのところにいると思いますが……」

 

「松風のとこね……分かった、ありがとね!」

 

「いえこちらこそ。 今日は一日楽しかったです」

 

「くっ、そんなこと言われると照れるじゃないか……」

 

「ふふっ、漣さんが照れてる姿はなかなか見られませんね」

 

「見せもんじゃないんだけどね。 そんじゃ!」

 

後ろを向くと、旗風が手を振って見送ってくれている――なんて気立ての良い子だろう。

 

普通の女の子として生活したら、きっといいお嫁さんに――いや、そんなことを考えるのはよしておくか。

 

実現するか分からない未来なんだからさ――

 

 

 

 

 

「お、神風に松風」

 

「久しぶりだね漣。 一日ぶりかな」

 

一日ぶりに会ったぐらいで久しぶりなんて言うかよ普通。

 

「二人はそこで何やってたの?」

 

「ん、えーとね、今日のお出かけの感想を言いあってるの」

 

「え、松風もどっか行ったの?」

 

「まあ、そうなるね」

 

へー、だから朝から――待てよ、そういえば私が起きた時にはもういなかったような気がするんだけど――

 

「ちょっと待って、松風って朝からいなかったよね? 結構遠出したの?」

 

「遠出と言えば遠出かな……でも漣には教えないよ!」

 

いや教えろよ!

 

「兵庫県宝塚市。 でしょ、松風」

 

「あぁ! なんで言うんだい神風姉貴!」

 

「なるほどねぇ。 宝塚市……やっぱり好きなんだ」

 

「……うん。 僕がミュージカルに興味を持ち始めた原因はそれだからね」

 

「確かに身なりがそれにしか見えないよね。 カッコイイ」

 

「ふっ、感謝するよ漣」

 

道理で言動もそれっぽいんだな。

 

まあ鎮守府じゃまずいないタイプではあるけど。

 

「それで、楽しかったの? ミュージカル」

 

「うん、最高だったさ。 まず最初に僕が惹かれたのは――」

 

話じゃ長くなりそうだな――

 

「ちょストップ! またいつかその話聞くからさ、今日はちょっと、止めてもらってくれるかな……?」

 

「うーん、漣がそこまで言うなら仕方ないかな。 でも絶対聞いてよね!」

 

「分かってる分かってる」

 

「……と、ちょっとここで僕は退出させてもらうよ。 司令官に、僕が帰ったこと報告してないからね」

 

いやなんで先にしないんだ。

 

「松風、そういうのは先にやるべき事よ。 私達に話したいのは分かるけど、やるべき事を先にやってからにしなきゃ」

 

「分かってるさ神風の姉貴。 次からは先に司令官に報告するよ」

 

「うん、分かってるんだったらよし。 それじゃ、行ってらっしゃい」

 

私達を背に、つかつかと歩き出す松風――歩き方もなんかそれっぽいぞ。

 

「……あの子、今までも遅れて報告してたのよ。 だから、別段今日が珍しいわけじゃないんだよね」

 

「そうなの? じゃあもっと強く言わなきゃいけないんじゃ」

 

「うーん、でもうちの司令官って、今のも前のも凄く緩いじゃん? だからそんなに強く言う必要ないのかなって」

 

「だからってねぇ……」

 

「まあ、報告しなきゃいけない時はいの一番でやってるし、ちゃんとメリハリはつけてるから大丈夫よ」

 

「それなら気にしなくていいか」

 

ちゃんとメリハリをつけている人が多いこの鎮守府。

 

よくふざけているような人も、いざ海に立つとその姿を豹変させる。

 

今までのはなんだったのだろうかと、普通の人なら思うだろう。

 

かく言う私も、その一人である――と思うがね。

 

「……そうだ漣、今日一日私に付いて回って、どうだった?」

 

「うーん……神風の人気の秘訣がよーく分かったよ」

 

「またまた……お世辞言っても、何もあげないからね」

 

お世辞じゃなくて本気で言ってるんだがな。

 

「ネームシップとしての気配りだってできてたし、いつもとは違う一面が見れて良かったかな……と思うわ」

 

「あら、ならそれは是非継続しないと……なんたって、お姉ちゃん、だからね!」

 

本日何度目かの笑顔は、夕陽に晒されたせいかいつもより綺麗だった――たまにはこういうのも悪くない。

 

さて、今日は間宮さんのとこに――せっかくだからぼのたんに奢らせてもらおっと。




神風:第一駆逐隊所属。 勝気な性格をしているが、礼儀正しく、気配りが上手なことから多くの人から好かれており、特に地元の女性では彼女に憧れる声も少なくない。 本人的にはまだまだらしいが、そういった謙虚な姿勢も人気を後押ししているだろう。 しかし、水着などの露出度が高い服はNGらしく、姉妹からは残念がられることも。

漣:第七駆逐隊所属。 漫画、アニメ関係に強いインドア派だが、七駆で買い物に行くくらいは外にも出る。 曙をよく煽っており、その度に曙に追っかけられ、朧に叱られ、潮に心配してもらうという毎日を送っている。 海城のことを”ご主人様”と呼び、不知火との関係などをよく煽ったりしているが、本人的には、ちゃんとした会話をしたいらしい。


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代替秘書艦(初霜 浜風)

――「熱出したの!?」

 

廊下に漏れそうな勢いの声を張り上げる海城。

 

不知火の顔はそれとは関係なく赤くなっている。

 

「申し訳ありません。 秘書艦ともあろう者が、自らの体調管理もできず……」

 

申し訳なく、顔を俯く。

 

「いや人間なんだから仕方ないって。 でも……」

 

「執務のことですか? それに関してはご心配なく。 代役をご用意いたしました」

 

「代役……?」

 

「入ってください、お二人とも」

 

不知火が呼ぶと、開かれるドアから二人の艦娘が入ってくる。

 

「二人……って初霜と浜風じゃないか!」

 

「はい、熱を出してしまった私に代わって、しばらくはこの二人が執務を行っていきます」

 

「初春型四番艦、初霜です! 執務業務は久しぶりになりますが、精一杯頑張る所存です!」

 

「陽炎型十三番艦浜風です。 不知火姉さんの代役として、少しでも戦力になれるよう、頑張ります」

 

入ってきて早々、小さく敬礼を行う二人。

 

真面目な二人らしい、ビシッとした敬礼だ。

 

「うん、よろしく……にしても不知火、この二人にした理由は?」

 

「二人とも、前の司令の時に執務業務を経験したことがあります。 海城司令が着任してしばらくやっていませんが……二人もいれば仕事は回ると思います」

 

不知火の最もらしい回答に納得した様子の海城。

 

「納得していただけたのであれば、私はこれで。 今日は薬飲んで寝ます」

 

「おう、お大事になー」

 

そうして、不知火は秘書艦室へとぼとぼ歩いていった。

 

「んで、二人は……」

 

「まずは分担を決めるべきだと思います。 三人でそれぞれ何をやるべきかを」

 

一番に進言したのは浜風。

 

「確かにそうだな。 じゃああそこにある――」

 

海城が向いた先には、タワーとなった書類が。

 

「あれを崩していけばいいんですね? 分かりました、上手く三分割しましょう!」

 

表情豊かに発言したのは初霜。

 

「待ってください初霜。 三分割と言っても書類によっては時間のかかる物やかからない物もあります。 単純に三分割したからと言って、皆が皆平等というわけでもありませんよ」

 

「確かにそうですね……ですがどうやってそれを仕分けるんですか?」

 

「うっ、それは……」

 

普段から冷静な浜風が、珍しく焦った表情を見せる。

 

やり方を思いつかないまま見切り発車で発言してしまった、浜風の失態ではあるが。

 

「まあまあ二人とも。 俺は普段そういうの気にせず分担してるし、そこまで考える必要はないんじゃないかな。 時間は刻一刻と迫ってるしね」

 

「それもそうですね……了解です提督」

 

渋々ながら、初霜が納得してくれた。

 

「――そういえば、提督はいつもどれぐらいの割合で、姉さんと分担しているんですか?」

 

「わざわざ聞く必要あるかいそれ? まあ、いつもは……」

 

彼の脳裏に、いつもの情景が映し出される。

 

 

 

『司令は、書類タワーの三割片付けてください。 私が残りの七割やりますので』

 

 

 

「七三、かな……?」

 

「七、三……ですか?」

 

浜風は驚くような表情で海城を見る。

 

それを見た海城は、やや焦りを感じるが――それは全く違うものであった。

 

「さすが私達の提督です! 男らしく、仕事を代わりに多く受け持つなんて! しかも姉さんの二倍以上……」

 

「え? あ、えーと……」

 

(完全に勘違いしてんなこれ……だが本当のことを言うとそれはそれで問題があるわけであってなぁ……)

 

少し悩んだ末――

 

「ま、まあな! それぐらい」

 

彼は突き通すことを選んだ。

 

「私達の誇りですね……提督」

 

(誇りって……恥ずいからそんなこと言うなって……)

 

彼自身も自覚する程、海城の顔は赤くなっていた。

 

ただ原因は恐らく――浜風から女性としての色っぽさなりなんなりを溢れ出しているからだろう。

 

彼の秘書艦様では、なかなか起きない珍しい事象だ。

 

「ん、提督風邪が移りましたか!? 顔が赤いですが……」

 

「え? あー、これは……」

 

「これは……?」

 

「えーと……そうだな、これは……」

 

「……提督?」

 

「これはな、えっと……そうだねぇ……うーんと……」

 

 

 

 

 

――あの後、初霜に窘められたことでその場は切り抜けられた海城。

 

(危なかったが、グッジョブ初霜!)

 

心の中で親指を立て、その最中にもペンを動かしてゆく。

 

すると、次は初霜が彼に近づいてきた。

 

「提督。 これについて、如何いたしますか……?」

 

「うーん? なんだこれ……」

 

手渡された紙には、とある場所からの依頼であることが書かれていた。

 

「保育園? なんでまた」

 

「よくは分かりませんが……ここには駆逐艦だけしかいないということと、鎮守府の名前が付いてるくせに全くと言っていい程最前線に立っていない平和な鎮守府だからかと思います」

 

「最後のとこめっちゃ皮肉ってるなお前……ま、平和かつ幼いやつらしかいないからってのはよく分かるけど……」

 

最後のところだけ気に食わなかった様子の海城だが、一応納得はしたようだ。

 

問題はそれを受けるかどうか。

 

「やってほしいことは……"保育園児に艦娘というものを教えてほしい"つまるところ幼児にも分かるように講演しろってことですね」

 

「言葉遣いは荒いがまあそんなとこだな。 それなら基本どんなやつでもできるだろうが……やっぱり上手いやつにやらせたいな」

 

「吹雪ちゃんとかはどうでしょう。 普段から子供達と戯れてますし、扱いには慣れているでしょう」

 

「緊張しないしいつもハキハキしてるし、説明するのも俺より上手いし……まさに適任だな」

 

「じゃあ吹雪ちゃんは確定ですね。 ではもう一人は……」

 

「そうだなぁ……」

 

適任者はいないかと、頭をフル回転させる海城。

 

するとそこに、一人の人物が思い浮かんだ。

 

 

 

『子供は嫌いです。 何をしでかすか分かったもんじゃない。 陽炎や黒潮がなんで好きなのか、全く分かりません――』

 

 

 

「不知火!」

 

「却下!」

 

コンマ0秒の決着に、聞いてただけの浜風は笑い声を抑えることができなかった。

 

「いえ、くしゃみしただけですから、お二人は――」

 

なんとか誤魔化そうとした浜風だが、言葉すら全て発せないままツボにハマって笑ってしまう。

 

一方の初霜と言うと――

 

「不知火さんは天地がひっくり返ってもやってはいけません。 絶対にです」

 

「えぇ! そんな頑なになんなくても……」

 

「そもそも、何故不知火さんを選んだんですか? まさか子供の扱いに苦しむ不知火が見たいとかいう子供みたいな考えじゃあないですよね?」

 

「そりゃもちろん――」

 

恐る恐る初霜の顔を見る――笑ってなかった。

 

「そうに決まってるさ! そんなの決まって――」

 

恐怖に打たれながら初霜の顔を見る――どうやら一周回ったようで、満面の笑みに包まれていた。

 

 

 

 

 

――結局初霜に大説教を喰らった海城。

 

やっとお昼の時間だ。

 

「一生分のお叱り喰らった気分だ……これでまだ午前なんだからまずいって……」

 

ほとんどの原因は彼にあるが、それにしてもちょっとだけ不運だ。

 

「なんか昼間も事件がありそうだぞ……心してかからなきゃな……」

 

 

 

 

 

――その頃、不知火の部屋では。

 

「入るで不知火はん」

 

「どうぞ」

 

緩くドアを開け、緩く部屋に入ってゆく。

 

「あら、黒潮ではないですか。 今日は第二鎮守府のとこに行くのではなかったですか?」

 

「あーそれな、あっち側から断りが入ってきたんよ。 なんか準備に時間掛かっとるらしくて。 せやから出撃は明日やね」

 

「成程そういうことですか……浜風も、少しぐらい言ってくれても良いはずなのに……」

 

「まあまあ。 今日のあんたは恐怖の秘書艦でも駆逐艦を目で黙らせる女でもなく単なる病人なんやから、それくらいしゃあないやろ」

 

「……黒潮」

 

「あっ、さっきの称号全て漣と秋雲が考えたんやで。 うちはそれを聞いたってだけや」

 

「……」

 

「治ったら……そないなこと考えとるから、そう言われるんやで」

 

「ちょっ、そんなこと考えて……」

 

「いや、絶対考えとるわ。 うちには分かる。 だって――」

 

すると黒潮は、顔を近づけて、ニッコリ笑いながら不知火に言う。

 

「うちとあんたは、姉妹やからな!」

 

「……よくもまあそんな恥ずかしいセリフを次々と……」

 

「ん? うちはなーんも恥ずかしいとは思ってへんし……はい、おかゆ」

 

「ありがとうございます……」

 

不知火が触れた器に、熱さはたっぷり含まれていた。

 

「食べ終わったら熱測るで。 明日には復帰したいやろうし」

 

「はい。 じゃあ急いで食べます」

 

「そないなことせんでええわ……ゆっくり食べんと、明日復帰できへんで」

 

「……それもそうですね。 じゃあ失礼ながらゆっくり食べさせていただきます」

 

「はいよ……そういや、海城ってもう見舞いに来よった?」

 

食べる手を休めて、思い出す作業に入る。

 

「そういえば、まだ来てませんね……全く、仕事のパートナーが床に伏してるというのに……」

 

「しゃあないって。 あちらもあちらで、結構忙しそうやしな。 なんか初霜に相当怒られとったで」

 

「は、はあ。 それはまた何故……」

 

「ようは分からんけど……初霜の怒りっぷりから、かなりのことしたんやと思うで」

 

大きく溜息をつく不知火。

 

「全く、何をしでかしたんでしょうね私の司令は」

 

「まあ、あの司令はんらしいっちゃらしいけどな……」

 

「そんな"らしさ"は早急に消してほしいものです。 困ってるのはこちらだと言うのに……」

 

「ほんなら、直接言うたら? ちょうどドアの外におるらしいし」

 

黒潮の言葉に驚いて、ドア窓を見る。

 

見慣れた髪、身長――彼女のパートナーそのものだった。

 

「うちは帰させてもらうで。 っていうわけで、あとはよろしく頼むで、不知火の司令はん」

 

押し付けられるように、その後を頼まれた海城。

 

外で待機していたが、仕方なく部屋に入ろうとする。

 

「あっ、せや……」

 

すると、黒潮から耳を貸してとのジェスチャーが。

 

耳を貸し、黒潮が囁いた。

 

「今不知火はん、機嫌悪いからな。 ちゃんと制御せなあかんで、未来の夫さん」

 

「……!?」

 

狼狽える海城、したり顔の黒潮。

 

そのまま黒潮はその場から立ち去る。

 

(……なんてこと言うんだよ黒潮は……)

 

だがこれも仕方ないと割り切り、不知火の元へ向かう。

 

「熱は下がったか?」

 

「はい。 明日には間に合いそうです」

 

「そうか……だが、無理すんなよ。 あくまで健康第一だ」

 

「そんなの、言われなくても分かってます」

 

少し棘のある言葉遣い。

 

(やっぱりいつもより機嫌悪いか……いや、いつもこんな感じだったような……でも黒潮が言うんじゃなぁ……少し丁寧に話すか)

 

「……司令、初霜と浜風の仕事ぶりはどうでしょうか」

 

「凄い真面目だよ。 まだ不知火みたいにぱぱっとはやれないけどね」

 

「そうですか……じゃあ私の分はしっかりと?」

 

「うん。 ちょっとおぼつかない部分があるっちゃあるけど、いつもやってきてる不知火と比べるのはよくないよね」

 

「そんな……お褒めの言葉を頂くなんて……」

 

少し顔を紅くする不知火。

 

幸いにも、彼にはそれを覚られずには済んだ。

 

「俺はさ、早く不知火には戻ってきてほしいなぁって思ってるんだよ。 浜風も初霜も、凄い真面目に頑張ってくれてるから助かるんだけど、やっぱりいつもと雰囲気違うから、なんかこう……やりにくいんだよね。 仕事が」

 

「そうですか……」

 

不知火の表情が、途端に表情を暗くなる。

 

先程までの明るさとは、完全に一線を画している。

 

「慣れないって……そりゃ初めてですもの。 何日も経てば、いずれ立場は逆転します。 そういう理由で戻ってきてほしいのであれば、私はずっと風邪を引き続けますが」

 

「あ、いや、そういうことじゃ……」

 

「何より、私なんかよりもあの二人の方がしっかりしてますし、司令に対しても厳しい。 ちゃんと叱る時は叱りますからね」

 

「何もそんなに自虐的にならなくても……」

 

「司令もそう思うでしょう? ならばそちらの方がこの鎮守府にとって良い選択です」

 

「そんなわけ……ないだろうが……」

 

「……それは何故」

 

「それは……えっと……」

 

言葉が詰まり、ひたすら考え込む海城。

 

その姿をだらしなく感じたか、不知火は呆れた顔で彼を見続ける。

 

「何故?」

 

「……お前のことが好き、だから……?」

 

間を置いてようやく出せた答え、それは双方にとって予想だにしない言葉であった。

 

それを言われた彼女は、限界まで目を開き、顔は真っ赤に染まってしまっていた。

 

対する、言ってしまった彼も事態を飲み込んだ時には開いた口が塞がらない状態と化していた。

 

両者共に固まった中、最初に口をあけたのは不知火の方であった。

 

「か、艦娘との色恋についての艦娘法第五十六条では、艦娘に異性としての好意を示した時は、5年以下の懲役若しくは禁錮、又は罰金50万円以下が処され、艦娘に対する性的行為は10以下の――」

 

「ち、違う! その好きってのは……その……」

 

「憲兵に報告させていただきます! 司令、今日までありがとうございました! 牢屋に入って己の為した行動をたらたらと反省してください!」

 

「ちょっと! 待ってくれ! 許してくれ!」

 

「違法行為をあなたはしでかしたのですよ? その罪の重さを理解しなさいこのクズ!」

 

「く、クズぅ!? お前霞になってんじゃねえか!?」

 

「だってクズでしょう? 当然の報いです!」

 

「そんなに言うこともないだろう!?」

 

「言われて当然なのですよ。 それとも別の呼び名が良いと? では今度からクソ提督とでもお呼びしましょうか」

 

「なんも変わってねえだろうがぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 

――「……なんか、騒がしいなぁ。 陽炎はん」

 

ドアの前で待機する不知火の姉妹達。

 

「そうね……まるで夫婦喧嘩だわ」

 

「そやねぇ……これで仲違いしてくれなきゃええんやけど……」

 

「大丈夫よ。 私の妹はあいつのこと大切に思ってるし」

 

「それは――ってことやないの?」

 

「……それはあの子に聞いてみないとね……さて、私達は戻りましょ。 ここにいたらいつかバレるし」

 

《だいたいお前はな――!》

 

《司令だって――!》

 

「……確かにな」

 

 

 

 

 

――結局、海城の行動は憲兵には連絡されずに済んだ。

 

それが不知火の慈悲かどうかは定かではないが――不知火が彼に持つ感情は他人それとは違うことは明らかであった。

 

「提督、姉さんが起こした非礼、誠に申し訳ありません……」

 

ベテラン店員の如く、綺麗な角を描き謝る浜風。

 

その姿から彼女なりの責任感を受け取ってしまう。

 

「浜風が謝る必要はないよ。 どっちも悪いようなもんだし」

 

「ですが……」

 

食い下がろうとする浜風だが、彼はそれを良しとはしなかった。

 

「これは俺と不知火の問題だ。 二人で解決させてくれないか?」

 

「……了解しました」

 

渋々持ち場についた浜風。

 

致し方ないとは言え、本人は少し気分が暗くなっている。

 

(……責任感持ちすぎだよ浜風。 もっと気楽にやってくれてもいいのに……あとで言っておくか)

 

一方、初霜はただ黙々と仕事をこなしている。

 

いつも通りと言えるか。

 

「提督。 ここ署名よろしくお願いします」

 

「はいよ……なぁ、初霜」

 

「先んじて申し上げますが、制御することができなかった提督が悪いかと」

 

直言を申す初霜。

 

「……そうだよな。 うん、分かってる」

 

「……不知火さんの気持ちにも、寄り添ってください。 今回は私達が不知火に話してきますが、今度からは提督自身が不知火さんのこと考えてあげてくださいね……あの人、ほんとはいつも寂しがってて……一人世界を作ってるような……」

 

「初霜……?」

 

我に帰った初霜は、慌てて気を取り直す。

 

「すいません提督……でも、それが私の本音です。 不知火さんのことを、なんとかしてあげたい……」

 

「分かってる。 あいつを一人になんかさせない。 させるもんか……」

 

「……提督。 今すっごく恥ずかしいこと言ってません?」

 

「……気にしないでくれ」

 

毅然と立ち向かう――ように見えたが、動揺していることはバレバレであった。

 

 

 

 

 

――ほぼ全ての仕事を終え、時刻は夕方。

 

一部の艦娘を除き、ほとんどがこの鎮守府に帰投する。

 

提督らの一日はそんな彼女達からの報告を受けることで終わる。

 

「第六駆逐隊、戻ったわ! 今日は沢山戦果挙げたんだから!」

 

「うん……いつもより頑張ってる。 偉いぞ」

 

「あの……!」

 

恥ずかしいがり屋の電が、珍しくこの場で声を出す。

 

手は前で組んでモジモジしているが、目線だけは一直線彼だけを見ていた。

 

「どうした電?」

 

「あの、今日はいつもより頑張ったので、その……頭、撫でてくれたら、と……」

 

勇気を振り絞って言葉にしたお願いは、電らしいもっともなお願いであった。

 

勿論それを承るかどうかは海城に委ねられてるが、当の彼は少し困った表情で、初霜に助けを乞う――が、無表情のままだったので、仕方なく浜風を見る。

 

突然振られた浜風もまた困った表情になるが、少し考えた後にジェスチャーをする。

 

(やれ、ってことか……分かった)

 

「うん、いいぞ」

 

言葉を聞いた瞬間、電の顔は一気に晴れやかになり、そして喜んで海城に抱きつく。

 

(ちょ、こ、これはさすがに犯罪行為……!)

 

そもそもの常識として、小学生級の小さい子を数十人抱えかつ一応同じ屋根の下で寝るというのは明らかにヤバい人だ。

 

提督だから許されることではあろうが、さすがに抱きつかれるのは提督であろうが問題だ。

 

まずまず、撫でるというのもおかしい行為ではあるが、ここに長く居すぎた為か、それらの感覚が麻痺してるのかもしれない。

 

ともかく、この状況はまずい――そう考えた彼は急いで引き剥がそうとするが、中々剥がせない。

 

「あの、電――」

 

「ちょっと! 電だけズルい!」

 

「そうよ! 私だってその……混ぜなさい!」

 

「……ハラショー」

 

「待てお前ら! そんなにやると人として大丈夫かどうか危うくなるから! 俺牢屋に閉じ込められたくないから!」

 

「なんで牢屋なのですか?」

 

「それは……」

 

まさかの純真無垢。

 

いや、無自覚と言うべきか。

 

「憲兵! 憲兵さんに連れていかれるから! あんまり仲良くなるなって、言われてるから!」

 

「え……じゃ、じゃあ早く頭ナデナデしてよ!」

 

「こっちもお願いしますなのです!」

 

「待て! 順番通りやるからな! 落ち着けよ!」

 

 

 

「これは止めるべきか……」

 

「……まだ大丈夫だと思いますが、いざとなったら二人で止めに行きましょうか」

 

「はい……これ、誰か入ってきたら……」

 

「大丈夫です。 ここには駆逐艦しかいないので」

 

「それも……そうですね」

 

初霜が放った当然だけど当然じゃない返事。

 

ここにずっといる彼女達にとって、この環境は普通――でも周りからすれば特別にもほどがあるのだ。

 

(……気づかないものですね。 意外と……)




キャラクター紹介

初霜:第二十一駆逐隊所属。 鎮守府一の生真面目さを誇り、各方面からの信頼も抜群に高い。 その為か、病弱な不知火に代わって執務をこなすことも度々あり、ある意味での副秘書と化している。 また非常に厳格であることでも有名で、一部からは畏れられる存在となっている。


浜風:第十七駆逐隊所属。 面倒見が良い性格で、困ってる人はほっとけない性格。 自己犠牲の念も強く、責任感も人一倍強い。 が、それ故か考え込みすぎたりするので、 周りから見ればこっちがほっとけない。 自尊心の弱さから、自分に魅力はないんじゃないかと思い悩んでいる。


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あいつ、今なにしてる?

「不知火さん!」

 

秘書艦の名を呼ぶ艦娘。

 

随分と威勢の良い声――しかしその声には心に訴えるかのような性質も混じっていた。

 

「そんな大声出さなくても……不知火の耳は脆いのですよ。 暁、間近で大声出すのは止めてください」

 

「……ごめんなさい不知火さん。 でも! 私は! これくらい大声出さないといけないぐらい! 心配で――!」

 

ちびっ子艦娘、暁の大声を鬱陶しく感じる不知火。

 

そりゃまあ、止めてと言ったのに止めなかったら鬱陶しく感じるはずだ。

 

仕方なく、遮って話を始める。

 

「暁、あなたが心配になるのは分かります。 ですが司令は私たちの上官……そう易々とプライベート空間に入るのは――」

 

「その言い分、一年前から聞いてるわ」

 

「……」

 

反論もできない。

 

「……もういい! 暁一人で行くわ!」

 

「! 待ちなさい暁! いい案を――」

 

”いい案”という言葉を聞いた瞬間、暁の進行方向は急に180度回転する。

 

あまりにキレイだった為か、不知火は一瞬笑いそうになったが――さすがに笑いを堪えることができた。

 

「いい案って何!? 不知火さん!」

 

「……ええとですね……」

 

 

 

 

 

――春のある日、彼女たちの指揮官、海城星斗(うなしろせいと)が忽然と姿を消した。

 

というのはさすがにやや誇張しているが、ともかく彼はその日以来、艦娘の前に姿を現す機会がとんでもなく減ったという。

 

関係筋の話によると、彼は自室に籠ってはゲームに勤しんでるという――

 

 

 

 

 

――そんな現状を変えようと、多くの艦娘が彼の自室への侵入を試みた。

 

がしかし、その全てが失敗に終わったという。 一体どういうセキュリティを施してるのだろうか――

 

そうして、おおくの艦娘がやる気を無くし、今この日この時に至るというわけだ。

 

 

 

 

 

「司令官の部屋のドアに小型マイクを仕込んだ!?」

 

「はい。 これであの人が何をやってるか、一目瞭然です」

 

「正確には一目もしてないけど……でもそれはいい案だね、不知火」

 

ニヤリとする不知火の近くには、先日不知火に訴えた暁、そしてひょっこり出てきた時雨。

 

そして――この三人の会話に釣られ、一人、また一人と不知火達に寄ってくる。

 

やがてそれは、一種の大きな輪となった。

 

「でもさ、ご主人様の生活をくまなく録音してるってことは、何かこう、イヤらしい音とかが発せられるんじゃ……」

 

漣の一言にゾッとする一同。

 

「そうかもしれません……しかし、それも覚悟しなくてはいけません。 あの人を――引きずり出す為には」

 

不知火の悲痛なのか暴力的なのか分からない言葉に、一同は気を取り直す。

 

「というか、さっさと聞こうぜ! きっと何か手がかりが……」

 

「それもそうですね……それでは――」

 

 

 

 

 

――不知火がスイッチを押した直後、いきなり音楽が流れる。 それも何か、少し音質が悪いような――

 

「……ねえ、このマイク安物?」

 

鋭く、朧が聞く。

 

「いえ、鎮守府の金を掛けまくって、調達したマイクです。 掛かった金でこの鎮守府を買い取れるぐらいの金です」

 

「……一体どこからその金は……まあそれはともかく、この音楽は……」

 

不思議に思う朧とその他の面々。

 

すると輪の外側の方から、初雪と思しき声が聞こえる。

 

「多分それ……”ファイアーエムブレム”のテーマ曲……しかも昔のゲーム機の……」

 

”ファイアーエムブレム”なんて言われてもここにいる普通の人達はなんのことだか分かるわけもない。

 

「……昔のゲームをやってるの。 司令官」

 

「なるほど……”ふぁいやーえんぶれむ”というのはよく分かりませんが、昔のゲームをしてるのですね……」

 

「そういうこと。 あ、それと”ふぁいやーえんぶれむ”じゃなくて、”ファイアーエムブレ――」

 

訂正しようとするが、その声は残念ながらも届かない。

 

初雪が必死に伝えようとする中、録音データは次の場面へと移っていた。

 

「む、この曲は……」

 

世俗には疎い不知火とはいえ、この曲、そして文化を知っていたようだ。

 

「”スマブラ”、ってやつですね」

 

さすがにスマブラは有名だからか、数多くの艦娘が理解を示した。

 

艦娘達が想像するスマブラ――きっとそれはアイテムありの4人乱闘。 簡単に言えば、なんでもありのはちゃめちゃなゲームをするもの。

 

がしかし、この録音データから示されたものは――それとは大きくかけ離れたものであった。

 

「なんか色々と違くない? アイテムないっぽいし、スティックの音がヤバいことになってるし、緊張感も……」

 

「いわゆるガチ対戦ですな。 まあご主人様のことですから、アイテムありの乱闘も好きでしょうケド……」

 

まるで研究者みたいな口調で話す漣。

 

なにかオタクっぽさも感じるが――それは気にしないでおこう。

 

「そんなものがあるのですね……ガチ、つまり本気……司令はいつでも、ゲームにおいても本気で――」

 

「いやいや、ゲームだよ、これ? というか本気になってほしいのは提督としての執務なんだけど……」

 

漣のツッコミを無視しつつ、不知火は録音データの時間を進めていく。

 

と、ある程度進めた所で時間の針を止める。

 

「これは……可愛い声……」

 

データから聞こえる癒し音声。

 

艦娘の多くが聞いた事がある声だ。

 

「カービィのゲームやってますね……意外と可愛いとこある……」

 

「意外だね。 もっとこう、銃撃ち合って兵士を殲滅したり、手に汗握るドックファイトで敵機を地獄へと誘ったり、ゾンビをはっ倒したりするものをやったりしてそうだけど……」

 

「はわわわわ、響ちゃんは司令官にどんなイメージを持ってるのですか……」

 

子供だけあってか、響の口調はややおとなしい感じだったが、その実、彼女がイメージしてるものはもっともっと激しいものだろう。

 

それをイメージしてる響も響だが、なんとなく理解している電も、それなりに子供の常軌を逸してるような。

 

 

 

 

 

――暫くして。

 

「……と、ここで音声データが終了したようですね。 とりあえず、これを聞いて分かったことはと言えば……」

 

「ゲームしかしてない!!!」

 

「その通り。 まあ四六時中してるわけではないでしょうが、司令が顔見せなくなった原因の大元はこれでしょうね。 恐らく」

 

よし、と決意を固め立ち上がる不知火。

 

「仕方ありません。 ここは私が行って引っ張り出しましょう」

 

「不知火さん! 遂に動く気になったのね! これ司令官もきっと……!」

 

「ええ。 ここからは私に任せてください。 無理矢理にでも、引っ張り出しますから」

 

自信満々の笑み。 だが何か、ドス黒いものが見え隠れしてる感じのように見える――

 

「う、うん。 よろしくお願い……するわ……」

 

なんとも不吉な予感がする――それは暁らにも伝わっていたようだ。

 

「では行ってきます。 吉報をお待ちください」

 

「い、いってら〜……」

 

不知火の姿が見えなくなるまで暫し待つ。

 

「……ねえ響、これ追いかけた方がいいのかな?」

 

「間違いないね。 不知火さんのことだし、何かしでかしてもおかしくない。 いざと言う時に止められる人がほしいけど……」

 

ふと見つめる先。

 

やれやれと、茶髪の艦娘が立ち上がる。

 

「優しい……はずのあの子が司令に傷を付けることはないだろうけど……まあ不安ならついてくよ」

 

「ありがとう陽炎さん……でも不知火さんが優しいってのは……」

 

暁の脳裏に浮かぶ、冷たく見つめて人々に恐怖を与える不知火の図――

 

「絶対に想像できない……」

 

 

 

 

 

――「ほんっっとうに! 申し訳ありませんでした!」

 

「司令? この一年、一体何をしていたのですか?」

 

「はい!? え、えーと……」

 

「ふふ……さて、それで何人の艦娘が悲しんだと思いますか? 司令?」

 

「……この鎮守府に住まう艦娘全員です……」

 

「ご名答。 さて……では司令はこれから何をすべきなのでしょうか?」

 

「それは勿論……勿論……ひっ」

 

「勿論……?」

 

海城が見上げると、不知火は虫を見るかのような目で彼を見つめていた――

 

「あらあら、声も出せませんの? まったく……お可愛いこと……」

 

心配になって見に来た暁達だが、その結果がこれである。

 

「なんというか……主従関係が逆転してて、その……」

 

「不知火さん、まるでお嬢様みたいな感じだね……」

 

苦笑する彼女達だが、決してその現場に出向くことはしない。

 

彼女達自身が提督に迷惑をとてもかけられた、というのもあるが、何よりの理由は”この光景”自体に惹き付けられたからである。

 

「さて、司令。 とりあえず執務室に向かいましょうか。 今までの罪滅ぼしを、二年分やっていただきますね」

 

「えぇ!? 一年休んでたのに二年分!?」

 

「はい。 あ、それともここにいる艦娘全員分を背負って、100年間ここで働きますか?」

 

「100年って最終的には遺体となって発見されるだろそれ……じゃなくて! なんで二年分か――」

 

「さあ、戯言はそこまでにして、早速執務室に向かいましょう」

 

「だから話を……って、なんだよその紐!」

 

「そりゃもう、貴方を縛って永遠に離さないようにですよ?」

 

「ちょっ、待っ――」

 

情けない悲鳴が、長い廊下に響き渡る。

 

その声に、ぞろぞろと艦娘が現れる。

 

「うわあ、なんか大名行列みたいになってる……」

 

不知火は廊下の真ん中を、堂々たる格好で歩いていた。

 

――キツく縛り付けた縄を片手で持ちながら。

 

それを野次馬と言えよう艦娘達は、両脇に密集した状態で眺める。

 

現代版・大名行列の完成が成された瞬間である。

 

「司令官……とんでもなく情けない……」

 

「いいんですか陽炎さん? 止めなくて」

 

「うーん、ホントは止めるべきなのかもだけど……」

 

にやけ顔を堪えながら言い放つ。

 

「面白いし、このまま放置しておきましょ」

 

非情な一言が、彼に突き刺さった。




後書きにてご挨拶を。

お久しぶりです。 ジャスです。
およそ一年、艦これもせずにダラダラとテレビゲームしてました。
ファイアーエムブレムもスマブラもカービィもやってますし、他にも沢山ゲームをやってました。
ゼノブレイド2、セレステ、ウイニングポスト、アトリエシリーズ、Undertale……etc
とまあ、色々やってたのであります。

私は飽き性ですので、このまま書き続けるか分かりませんが、まあ頑張って継続できたら。
本音はファイアーエムブレムの二次小説を書きたいけど、全然アイデアもないし、まあ艦これに落ち着くかと。

とまあこんなところですかね今のところは。
ご精読ありがとうございました。


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ラブの大作戦(時雨 夕立)

「――もう許せない……! あんたなんか! あんたなんかあ!!」

 

「伊予、やめろ!!!」

 

伊予と呼ばれる女の子が、ナイフを突き立て、人めがけ刺そうとする。

 

そしてそれを制止せんとする、一人の青年――

 

実にドラマティック、まるでフィクション世界のよう――というか、まんまフィクションの話だけども。

 

「ここ! ここだよ白雪! 僕がやりたいのは!」

 

そうしてその仮想世界――そのアニメは再生を止め、件の伊予ちゃんが人を刺そうとする所で止まった。

 

絵だけ見れば、物騒すぎる。

 

「ふーん。 で、どっちなの? 刺す方? 刺される方?」

 

「そんなの決まってる。 刺される方だろう!?」

 

普通に考えれば色々ヤバい思考だが、慣れきった人間にそれを判断する能力など備わるわけなかろう――

 

「……そう。 いつも通りだね時雨」

 

私、白雪。

 

どこにでもいる吹雪型の二番艦。

 

そして私の隣で目をキラキラさせてるドMなんだけどSっ気もある女の子は時雨。

 

夕立に異常に愛されたい、普通とは程遠いちょっと変わった女の子だ。

 

「……ノリが悪いよ白雪。 君ってそんな性格だったっけ?」

 

「そんな性格にさせたのはあなた達でしょうが……」

 

私がこうなってしまったのは、今ここにいる時雨と、もう一人の変態、如月によってもみくちゃにされたからだ。

 

では何故もみくちゃにされたのか――私自身も理由は分からない。

 

とりあえず、気づいたら時雨達の隣にいたということは覚えている。

 

「というか昔からこんな性格なんだけど……」

 

「そうかな……まあいいや。 さっき僕が言ったように、このアニメみたいなことを実際にやってみたい――そう強く願っているんだ」

 

「協力してくれって?」

 

「物分りが良くて助かるよ! それで、もちろん協力してくれるんだよね? ね?」

 

満点の笑みを浮かべる時雨――どんだけ嬉しいんだ。

 

「分かった。 協力するよ」

 

「ふふっ……感謝するよ、白雪」

 

今度は不敵な笑みを浮かべる――見るからにおかしい人だ。

 

実はと言うと、こういったことは過去にも何度かあった。

 

とにかく夕立に振り向いてもらいたい――そんな歪んだ感情が、彼女を何度も突き動かしているのだろう。

 

とはいえ、私にとっては別にどうでもいい話――ならばということで、私はただただ傍観者に徹している。

 

だからこそ、彼女の望みにはなるべく協力してあげるし、止めさせたりもさせない。

 

まあ、行き過ぎるとアレだからそこは止めてるけど。

 

「まずはシチュエーション作りから始めよう!」

 

 

 

 

 

――作戦はこうだ。

 

まず、私が普段より機嫌が悪いように演ずる。

 

そして八つ当たりと評して、時雨を虐める。

 

それをたまたま見てしまう夕立。

 

そして、私白雪が懐から刃物を取り出し、時雨を刺す。

 

私はその場から去り、一方の時雨は夕立に介抱される――というのがこの作戦の全容だ。

 

なかなかに衝撃的で猟奇的な演出だが、時雨の欲望を叶えるには最適なものとも言える。

 

こんなので欲望を満たす時雨を心配してしまうが――まあ引き受けた仕事、そこは何も言わず、事を立てずにやっていこう。

 

こんな酷い役どころをやることも気になるが――やはり何も言わない方が安牌だろう。

 

しかし――この作戦、穴が空きすぎてるような?

 

 

 

 

 

「こんなので夕立ちゃん振り向くのかなぁ」

 

「こ、こんなの……!? 白雪、君は僕のことを見誤ってないかい?」

 

「はいはい。 ”白露型の頭脳”、”二十七駆の知恵袋”でしょ? それくらい分かって――」

 

「それともう一つ。 ”鎮守府の右脳”ってのも追加してね」

 

「あぁ……」

 

確かに最近、時雨は執務室に呼ばれて鎮守府に関する重要な話し合いをしていると聞く。

 

こんなバイオレンスな作戦を思いつく彼女だけども、実際は頭脳明晰で、鎮守府でも一二を争う程の頭の回転の良さを持つ。

 

純粋な学力だけでなく、なぞなぞやしりとりのような柔軟な頭脳を求められる遊びでも、その強さは天下一品だ。

 

そんな彼女だが、弱点は当然ある。

 

悲しいかな、夕立のこととなると途端にアホの子となるのである。

 

その瞬間だけ、時雨の知能は鎮守府ワーストクラスへと降下し、その姿を見せてしまうのだ。

 

見てる分には面白いが――これを街中でやろうものなら、この鎮守府の品格を疑われてしまう。

 

それだけは絶対に避けねば――ほぼ全ての艦娘が共通してる考えである。

 

「よくもまあ、自分でよく言えるよね、その言葉」

 

「まあね。 夕立にはいい顔見せたいし」

 

普段は謙虚なのだが――夕立が絡むとこうなるのは必然なのだろうか。

 

「それはそうと、白雪はこの作戦に異論はないかい?」

 

それはもう大あり――なのだが、それを口に出しても結局は無視されるのがオチだ。

 

むしろ言わない方がスムーズに事が運び楽である。

 

「……ないよ」

 

「そうか! では、作戦内容はこれで決定。 決行日はまた後日言うから、それまでには準備してくれ! それでは解散!」

 

その声と同時に、彼女は颯爽と消えていってしまった。

 

「……全く、面倒臭い人……」

 

悪態をつくのが私の悪い癖。

 

一度引き受けた仕事、曲がりなりにもしっかりやらないと――

 

 

 

 

 

――後、時雨から決行日が伝えられた。

 

「6月21日……って2日後!?」

 

今日は6月19日。

 

つまり決行日は2日後、意外と早かった。

 

「6月21……ってあれ、この日……」

 

6月21日――この日は何を隠そう、時雨が愛する夕立の誕生日なのである。

 

時雨としては、誕生日のサプライズなどと考えてるのだろうが、受ける側としてこんな作戦とんだ迷惑だ。

 

「時雨、決行日のことなんだけど……」

 

呆れた気持ちのまま、すぐさま内線電話機で時雨に訊く。

 

「ああ、夕立の誕生日だけど、それがどうしたんだい?」

 

「どうしたって、誕生日にこんなの見せられる気持ちにもなってって話を――」

 

「白雪」

 

いきなり真剣な感じ――普段なら珍しいことでもないが、こういう時だとさすがに珍しいものだ。

 

まあ、放たれる言葉はどうでもいいことなんだろうけど――

 

「人間は数十年生きるんだ、その長い生涯で様々な経験をするだろう」

 

「そうだね」

 

「その経験の中に一つ……スパイスを投入したって構わないだろう?」

 

なるほど、至極真っ当な意見だ。

 

ただ一つ、行動が全く伴ってないことを除いては。

 

「言いたいことはわかったよ。 でももう少し柔い感じでも良かったんじゃないかな、例えば――」

 

「白雪、僕が言うスパイスってのは……」

 

しまった、これは簡単には終わらないぞ。

 

仕方ないので、さっさと切り上げてしまおう。

 

「わかったわかった、じゃあ当日頑張るね」

 

「――であるからに――して――」

 

凄い、自分の世界に入ってしまってる。

 

「……夕立のことになると、どうしてこうなっちゃうのかな……」

 

何度思ってもしょうがない、とは言え、さすがに悪態もつきたくなる。

 

――Xデーは明後日だ。

 

 

 

 

 

――当日。

 

作戦通り、朝っぱらから感じ悪く振る舞う。

 

事前に同室で暮らしてる吹雪型の面々には伝えており、なんと幾分かの協力も得られることとなった。

 

あくまで幾分かであるため、従来の作戦にはなんら変化はない。

 

問題は――如何に夕立を一人の状態にさせるかどうかだ。

 

「夕立を一人にする方法?」

 

「うん、狙って一人にするのって難しいし、作戦中に誰か入ってちゃいけないから、一人状態の維持とかも大事だし……」

 

「ふっふっふ、それなら心配ないさ。 とっておきの秘策があるんだ」

 

とっておき――碌でもない気がしてならない。

 

「白雪、夕立の大好物と言えば?」

 

「夕立ちゃんの大好物……?」

 

一体なんだ、聴いたことないから分からない。

 

「……魚さ」

 

「……魚?」

 

回答に疑問で返してしまった。

 

「そう魚さ。 それも生ものの……」

 

「……生もの?」

 

ますます疑問は深まる。

 

「……えーとそれは、刺身の方の……」

 

「違う。 そのまんま、”生”さ」

 

ダメだ理解ができない。

 

刺身でもないなら、まさか――

 

「……生魚?」

 

「ビンゴ!」

 

そういって取り出したのは、スーパーで買っただろう鯖。

 

新鮮で、美味しそうだ。

 

「……それを使って夕立ちゃんを釣るの?」

 

「勿論。 夕立はこれに目がないからね」

 

ただの猫だ、それでは。

 

「そんなんで釣れてしまうの? 夕立を?」

 

「まあ、論より証拠って言うだろう? まずは実践だよ」

 

「は、はあ……」

 

普通に考えればおかしいやり方――だがあまりにもおかしすぎて、何も言えず、何もできなかった。

 

「そろそろ予定の時間だ。 さあ、始めよう」

 

言うことだけはカッコイイなぁ、時雨。

 

 

 

 

 

――廊下に規則正しく魚を並べていく。

 

この魚は道標になっていて、その廊下の先で私たちは待機する。

 

夕立本人には個人的に話したいことがあるということで、ある一室へ呼び寄せている。

 

だが部屋で件の演技すると、自然じゃないということでバレてしまうかもしれない――

 

そう思った時雨の提案で、その部屋へと向かう途中で好物の魚を配置し、夕立の進路を誘引し、自然に廊下で演技することを選んだ。

 

生魚作戦が成功するか、どうにも信じられないが、とりあえずやるしかないだろう。

 

なお、作戦場所は普段人は来ない場所に設定した。

 

鎮守府の端にあるこの場所は、夏になると肝試しスポットと化すが――それ故か、駆逐艦しかいないこの鎮守府において、訪れる者は誰一人としていない。

 

訪れるとしても、余程の物好きか野暮用で来る人か迷子になった新人ちゃんしかいないだろう。

 

とはいえ、こういう時にこそ何かが起きそう――という不安は少しだがある。

 

 

 

 

 

「さて、本当に引っかかるかどうか……」

 

廊下の曲がり角、夕立の進行方向的に考えると絶妙に見えない位置で待機する。

 

ドキドキしながらその時を待つ時雨は、私白雪の隣にて待機している。

 

さてどうなるか、夕立に伝えた時間はもう過ぎてるが――

 

とその時、虚無の先から床の軋む音が、速いテンポで聞こえてくる。

 

まさか本当に釣れたのか――そう思った矢先、夕立の恍惚な声が聞こえる。

 

「うーん、幸せっぽいー!」

 

(ええええええええ!?)

 

まさか、まさか、犬に見える夕立が、猫みたいに魚にホイホイ釣られた――

 

世紀の大発見だ、これは明日の朝刊に乗っちまうだろう。

 

――って、そんなこと思ってる場合じゃない。

 

夕立が近くにいるということは、それ即ち作戦開始の合図。

 

作戦開始に向け動く。

 

「……? 誰かいるっぽい?」

 

さすがは阿修羅の夕立、こんな時でさえも、その勘はやはり健在だったか。

 

だがもう既に時遅し、作戦決行だ。

 

「今なんて言った? 時雨?」

 

曲がり角から飛び出し、演技開始。

 

夕立はどんな顔で――と確認する暇もないくらい、必死に演技する。

 

「いや僕は君の今日の態度を――」

 

ここで私が胸ぐらを掴む。

 

「うっせぇ」

 

我ながら合わないことを言ってる。

 

「白雪……? いきなりどうしたんだ、君らしくない……」

 

時雨の演技はつぶさに緊張感を与える感じで、普通に上手い。

 

「あんたには何も分かりっこないクセに! いつもいつも偉そうに偉そうに!」

 

「違う、僕は――」

 

「言い訳は聞き飽きた!」

 

私はそう言って、時雨を突き飛ばし、懐から刃を取り出す。

 

「――!? 白雪!」

 

時雨を壁に追い詰める。

 

――さて、仕上げといこう。

 

「大っ嫌いよ、しぐ――」

 

「喧嘩はやめてっぽい!」

 

 

 

 

 

――意外な方向から声が飛んできた。

 

「なんでそうなってるか分からないけど、とにかく喧嘩はやめてっぽい!」

 

これ自体は普通に想定の範囲内。

 

プランBに移って――

 

「時雨を刺すなら……私が相手になる!」

 

夕立は座り込む時雨の前に立ち、ファイティングポーズをとっている。

 

まさかこのような行動に出るとは――しかし折られるわけにはいかない。

 

「夕立ちゃん、何馬鹿なこと言ってるの?」

 

「馬鹿なのはそっち! いきなりそんなことして……! 頭でも打った!?」

 

このまま引き延ばしてもしようがない、さっさと決着させよう。

 

「うるさい! 夕立ちゃん、まずはあなたから!」

 

「――! 白雪!」

 

時雨が叫ぶ――が、これはあくまでフェイント。

 

色々縺れた後、事故みたいに装って時雨を刺す算段だ。

 

完全アドリブだが――きっと時雨なら、理解してくれるはず。

 

さてその前にまず、夕立との組み合いを――!?

 

「っ、ぽい!」

 

 

 

 

 

夕立が叫んで、私を掴み――宙へと放り投げた。

 

一瞬の出来事だった。

 

その一瞬で見えた景色は、特段綺麗ではなかった――

 

「いったあああ!?」

 

「白雪!?」

 

背中からダイナミックに着地、重い音が鳴る。

 

背中に激痛が巡る。

 

「……私に勝てると思ったっぽい? 白雪?」

 

「くっ……」

 

反撃したいが、痛みがそれにストップをかけた。

 

もし痛みがなくても、どうやって投げられたか知らないからろくな対策もできずに立ち尽くすしかなかったろうが――

 

「まだやろうというのなら……今度はこれで済まないっぽい……?」

 

――もう何もできない。

 

作戦は、失敗だ――

 

「……ごめんなさい夕立ちゃん、実は私……」

 

「さっすが夕立! カッコよかったよ!」

 

――白状しようとすると、時雨が遮ってきた。

 

「あの、時雨……」

 

「どうやって投げ飛ばしたんだ? どうせなら僕も投げ飛ばして――」

 

「時雨!!」

 

 

 

 

 

――時雨と共に、事の顛末を洗いざらい話した。

 

それを聞いてる時の夕立の強ばった顔が、強く脳に焼き付いて離そうとしないのは悩みものだ。

 

「ふーん……」

 

夕立の鋭い視線が時雨を突き刺す。

 

「……ま、まあ夕立。 ちょうど誕生日で、いいサプライズになって――」

 

「ない! なってないっぽい!」

 

あぁやってしまった、怒らせてしまった。

 

こうなったら彼女はなかなか考えを改めてくれない。

 

「そもそも、こんな変なことをやろうとしてる時点でどうかしてるっぽい! 時雨の方が頭打ってるっぽい!」

 

「ど、どうかしてる……頭、打ってる……」

 

「そういえば時雨、この前も……」

 

「この前……?」

 

時雨に関しては心当たりがありすぎる――いったいどんなことだろう。

 

「私が寝てる時に、ベッドに潜り込んだこと、あったっぽい!」

 

「寝込みを襲った!? 本気の話!?」

 

なんだそれは、初耳だ。

 

チラッと隣の時雨を見ると、汗をダラダラ流している。

 

「その前は私の下着を盗んでたっぽい!」

 

「うわ、ただの危険な人になって……」

 

時雨が出す汗の量は増える一方。

 

「そうだ、その前にも……」

 

「ゆ、夕立、僕はこれから遠征に行かないといけないんだ。 悪いけどこの話は後に――うげっ!?」

 

その場から離脱しようと立ち上がったものの、夕立に襟を掴まれ、身動きが全く取れなくなってしまう。

 

夕立の腕力からか、とてもとても苦しそうだ。

 

「時雨、今日は何もないって、朝言ったよね?」

 

「えっ、いや、言って――」

 

「言ったよね? 時雨?」

 

「……言いました」

 

うわあ、地獄を見てる気分になる。

 

「嘘ついた時雨ちゃんには、しっかりと躾なきゃね!」

 

「しつ……!?」

 

何か大変なことになってる――あまり関わらないでおこう――

 

「白雪ちゃんも、勿論よ?」

 

「あっ、はい」

 

こうしてこの日は、ほぼ無駄に過ごすことになってしまった――という、悲しいお話。




キャラクター紹介

時雨:第二十七駆逐隊所属。 秀才で運動神経抜群、優しい性格でヒーロー気質な優等生。 旗艦の白露に代わって隊の指揮を執ることもあるほどの戦略眼の良さも持ち合わせる。 しかしそれは表の顔であり、夕立を目の前にすると途端にアホになる”裏の顔”を持つ。 その裏の顔を知るのは、姉である白露とよく厄介事に巻き込んでいる白雪の二人だけである。

夕立:第二駆逐隊所属。 普段の大人しさとは裏腹に、戦闘に関する実力は世界でも屈指クラスの化け物。 近接戦闘に関しては世界一と言われる。 付けられた異名は”阿修羅”、”ソロモンの悪夢”。 時雨とは仲良くやっているが、時折見せる時雨の裏の顔には辟易しており、その度に時雨を叱っているらしい。 そんな彼女、何故この鎮守府にやって来たかを何も知らない。


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