魔法先生ネギま 雨と葱 (朝来終夜)
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劇場予告総集章
2018年度版嘘予告


別に作成しようと思いましたが、面倒臭くなったので先頭に更新しておきます。
続けば毎年やろうかと……続くかな?



 これは、とある少女の記憶。

 

 

 

「ストーカー?」

 大学二年も終わり、酒の味も覚えてきた頃だった。

 友人の一人がストーカーに遭っていると聞き、千雨は解決へと乗り出したのだ。

 

 

 

 DETECTIVE YUE'S OFFICE。

「似たような話は結構あるです。手伝いましょうか?」

「いや、今はいい。なんかあったら頼むわ」

 

 

 

 メイド喫茶裏。

「お前が土御門か?」

「随分不躾だにゃー。……あんまり裏の世界を舐めてんじゃねえぞ」

 

 

 

 大学構内。

「何慣れないことやってんだよ。らしくないんじゃねえの、長谷川」

「そういうなよ、麦野。……単に気に入らないから、やってるだけなんだからさ」

 

 

 

 そして期せず掴んでしまった、世界の真実、その一端。

「転生者、だと?」

「そう、たかだか漫画の登場人物(キャラクター)風情が――」

 

 

 

 ――調子に乗るなよ

 

 

 

 庇いあい、傷付き合う者達。

「放して千雨っ!! このままじゃあなたも――」

「うるせぇ!! 黙って走れ!!」

 

 

 

 入り乱れる人間模様。

「危ねっ!! 『HUNTERxHUNTER』読み返してて良かった~」

「ふっふっふ、逃げられると思わないでよ。転生者さん」

「正真正銘、この世界生まれのこの世界育ちだっての!!」

 

 

 

 そして千雨は、戦う覚悟を決めた。

「言っておくが、お前達が知っている『私』よりは……逝かれた厨二映画分過激だぞっ!!」

 

 

 

 かくして、役者は集う。これから始まるのは転移者や転生者、異邦者達の物語である。

「どんな奴が来ようと関係ねぇ。私はあいつらと守ったこの世界の……私の現実を守る!!」

 

 

 

 魔法先生ネギま 雨と葱 Episode.0 Thousand Rain

 

 

 

 ――少女は紫煙を纏い、再び銃を握る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時上映

 

 

 

 暗殺教室を『卒業』して、5年の月日が流れた。

 

 大学生になった僕は、彼女と共にごく普通の青春を謳歌する、筈だった。

 

 ある日、VRMMOにはまっている大学の友人から連絡がなく、様子を見に行ったら、自宅で亡くなっていた。原因を探っている内に、僕は『GGO(ガンゲイル・オンライン)』内で流れている噂の一つを知ることになった。

 

 

 

 ――その噂の名は『死銃(デス・ガン)』

 

 

 

 かつては殺し屋だった僕達。今回のターゲットは、幻想の弾丸を放つ殺人鬼。

 新たな暗殺が、今始まる。

 

 

 

 暗殺教室アフター ファントム・バレット

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はエイプリルフールだ。簡単に更新すると思うな!!

 ちなみに暗殺教室も魔法反徒ネギま並みに酷いオチだぞ(これホント)!!

 具体的には以下の登場人物設定参照、分かる人には分かります。

 

 

 

殺せんせー

職業:教師

備考

 この物語の作者。遺言として残す前に講評を不破に頼み、けちょんけちょんにけなされる。

 

不破優月

職業:中学生兼殺し屋

備考

 この物語の読者。殺せんせーの書いた小説をけちょんけちょんにけなす。彼女の講評は皆様の感想欄からお読み取りください。



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2019年度版嘘予告

 パルクール。

 それは、身体能力を極限まで引き出し追求する競技。

 その競技に命を掛ける者達を、人々はRUDE BOYSと呼んだ。

「えっと、別に命は掛けていませんし、難しいことや怖いことはないですよ~」

「最初は簡単な動作から、君も街中を忍者みたいに駆けてみないか?」

 パルクールサークル会員募集中。詳しくは便利屋『RUDE BOYS』迄。

「ところでピーさん。もしかして遊戯王好きなんですか?」

「いや、この前子供達と一緒に5D's見てただけ。でもあのナレーションは良かったな」


「お前、頭が悪いな」

 

 

 

 難民キャンプを通りかかったデュフォーは、そこである女医に出会う。

 彼女はただ目の前の命を救おうと躍起になっていた。しかし救援物資は次第に底をつこうとしている。

 

 

 

「『頭が悪い』じゃなくて『何も知らないだけ』よ。いいから早く教えなさい」

 

 

 

 だからデュフォーは、近くにある動植物から薬を生み出す術を教えた。

 スタッフ全員で取り掛かり、どうにか追加物資が来る迄に難民を対応する目途が立った。

 

 

 

「……良く寝てますね、この二人」

「いつも口喧嘩している印象だったけどね」

 

 

 

 難民の流入も落ち着き、作業の合間に二人で過ごす時間が増えていく。

 

 

 

「よく夜明けの空を見ているけど、好きなの?」

「ああ……この景色は気に入っている」

 

 

 

 出涸らしのコーヒー片手に朝焼けを眺めることもあれば、

 

 

 

「この医学書を書いた奴は、頭が悪いな」

「どの部分よ? 新しい医療技術を検証する話?」

「いや、別の技術で実施した臨床試験の内容だ」

 

 

 

 医学書を開いて討論することもある。

 

 

 

「私、バツ1なのよね……」

「お前、頭が悪いな。社会的にはゼロだろ」

「精神的によ……」

 

 

 

 いつしか二人は、並んで難民キャンプを巡ることとなった。

 

 

 

「命が救えるからって、あなたに頼りすぎるのもおかしな話よね」

「救えるなら頼ればいいだろう、お前は頭が悪いな」

「『医者』に利用されてていいのか、って意味で聞いたんだけど?」

 

 

 

 救える命もあれば、救えない命もある。

 

 

 

「『家族』としても俺に接するのなら、問題ないだろうが」

「……それってプロポーズ?」

「さあな……」

 

 

 

 だからこそ、二人は最後まで足掻いた。

 

 

 

「ちょっと、デュフォー!?」

「いいから目の前の命を救え、『クロエ』」

 

 

 

 相手が難民を襲う傭兵崩れだろうと、例え一人でも彼は立ち向かう。

 愛する者を背に、唯一の武器、答えを出す者(アンサー・トーカー)を振りかざす。

 

 

 

「あいつらに少し……自分達の頭の悪さを教育してくるだけだ」

 

 

 

 魔法先生ネギま 雨と葱 Another Episode Perfect Answer

 

 

 

「日本に行かない? ……前の旦那紹介してあげるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時上映

 

 

 

「……なあ、『異常者の愛』って漫画知ってる?」

 

 

 

 薄暗闇の病室。

 

 

 

「主人公の周りにいるヒロインが全員例外なくズッタズタになるやつ」

「ああ、うん。知ってる知ってる。前世で一回読んだ」

 

 

 

 共に戦った者達と入院している中、カノジョハヤッテクル。

 

 

 

「あれおっかないよね。正直作風が劇画寄りだったら完全トラウマ物だし……え? てことは……つまり」

「そういう、ことだな……」

 

 

 

 片手に果物ナイフを持って。

 

 

 

「ちさめ~……」

『ぎゃぁああああ!!』

 

 

 

 魔法先生ネギま 雨と葱 Episode.0 After YAN-DERE

 

 

 

 ――決して一人で見ないで下さい……

 

 

 

 

 

 はい、相変わらずの嘘予告です。

 内容はともかく、予告しといて一切書きません。金と時間があればいいんですけど、現状は全然ないので、本編しか書けません。こんなのばかりですが、来年も書けたら書きますので、良ければご覧下さい。では。

 

 

 

 クロエが誰かは本編にて御確認下さい。多分分かる人には分かりますが。



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2020年度版嘘予告

 椚ヶ丘学園中等部3-E組の卒業。

 暗殺教室の解散から、もうすぐ2年の月日が流れようとしていた。

 

 

 

 高校2年生となったE組の1人、茅野楓こと眞瀬榛名の新作映画撮影の最中に、襲撃する者達が現れた。彼らは触手兵器を用いて彼女を誘拐してしまう。世界征服という、今時クソみたいな理由で。

 

 

 

「これでいい、これで……もう殺すことはありません…………」

 伸ばしていた腕と共に崩れゆく男、そこに駆け寄る二人の男女。

『殺せんせー!!』

 

 

 

 敵内部に潜入するものの、額に銃口を向けられる岡野ひなた。

 

 

 

 人質とされた『わかばパーク』の人達を助ける寺坂グループ。

 

 

 

 律の身体である『自律思考固定砲台』を奪取する千葉龍之介と速水凛香。

 

 

 

 そして、茅野楓を救出しようとする烏間惟臣とイリーナ・イェラビッチに、E組の面々が集う。封印したはずの、対先生物質を携えて。

 

 

 

 一方、宇宙ステーションはある暗殺者に占拠された。

 

 

 

「さて、補習授業といきましょうか……」

 

 

 

 大気圏を超え、分解されていくシャトル。同時に体内に投与されていく、最後の触手細胞。

 

 

 

「ヌルフフフ……」

 

 

 

 ……復活した殺せんせーの触手が、天空に広がる。

 

 

 

 暗殺教室 After ~Endless Waltz~ 特別篇

 

 

 

 

 

 同時上映

 

 

 

 

 

 僕の名前はネギ・スプリングフィールド。幼馴染で同郷のアーニャことアンナ・ユーリエウナ・ココロウァと魔法学校の禁書の保管庫を漁っていると、『ゼロの書』という本を見つけた。物珍しさから読むのに夢中になっていた僕は、内容を無視して呪文を唱えていると意識を失ってしまい、目が覚めたら……身長2メートル越えの上半身ホワイトタイガーのマッチョガイになってしまった!

 

 

 

 悲鳴を上げて気絶するアーニャ。駆けつけてきたネカネお姉ちゃんに怒られるのが怖くなり、ゼロの魔導書と壁に張られた『MM元老院近衛兵募集中! 名うての傭兵大歓迎!!』のポスターを見て、咄嗟に『僕はゼロの傭兵だ!』と叫び、同じく気絶させてしまった。

 

 

 

 仕方がないので適当に荷物を纏め、卒業後の修行の地である日本へ旅立つことに。目的地である埼玉の麻帆良学園都市に到着するも、「渋い顔しているけどまだ若いわね。20年後くらいに出直しなさい」と鈴鳴りツインテールのお姉さんに追い出されてしまい、「こんな世界、もう嫌だ!」と叫ぶ伊達眼鏡のお姉さんと共に、元の身体へ戻る方法を探す旅に出るのであった。

 

 

 

 はたして『ゼロの書』の正体とは? 相棒のお姉さんとの恋の行方は? そして無事、ネカネお姉ちゃんの隣に帰ってくることはできるのか!?

 

 

 

 獣憑きになっても頭脳は同じ、だけど魔法世界の危機に構っている暇はない!

 

 

 

 誰か僕を助けてーっ!!

 

 

 

 

 

 魔法傭兵ネギま ~あるいはホワイトタイガー猫・タマの伝説~

 

 

 

 

 

 ……はい、今年もやりました。嘘予告です。

 個人的には『暗殺教室 After ~Endless Waltz~ 特別篇』も書いてみたいと思いましたが、積読やら別ペンネームの執筆やらで忙しいので無理でした。仕事も異動が決まりましたので、今後どうなるかは未定です。コロナの行末も未定です(さっさと収束しろよお陰で手持ちの株が処分できないんだよ!!)。

 ちなみに同時上映はTwitterに記載したネタをまとめて加筆修正したものです。こちらは特に書いてみたいとは思えませんでした。多分見切り発車になると思うので。

 それを言い出したら『魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達』も見切り発車だったのでは、とも思いましたが、当時はこれでもネタはきっちりと用意できていました。番外編も考えていて、千雨に会いに行こうとした刀――……一応ネタバレになるので、ここでやめときます。おまけに仮案だし。

 というわけで、今後も執筆できる限りは続けていきますので、気が向いた際はご一読頂ければ幸いです。では。

 

 

 

 ……実は暗殺教室のキャラで『バトル・ロワイアル(漫画)』のネタをやりたい、とも考えていました。ちなみに殺せんせーは桐山和雄役で、ゲーム開始時に転校してきた死神として登場させる予定でした。



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魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達 1.麻帆良学園逃亡編
第01話 現在逃亡中につき、詳細は後日に


誤字脱字を確認した場合を除き、前回と同じ内容で投稿しています。新作はまだ先になりますので、気長にお待ちいただければ幸いです。


 某日の麻帆良学園。登校中の生徒に紛れて、逆走する路面電車が存在していた。

 その電車は事前に改造されていたのか、線路を外れても走行を続け、一路学園と外を繋ぐ橋へと向かっている。

「もうすぐ学園結界の端です。ネギさん、マスターの呪いは?」

「それが予想以上にがんじがらめに掛けられてて! 今一部だけ破壊して、外に出られるようにしているところです!!」

「おい! 何か追っかけてくるぞ!?」

 路面電車内は混乱で埋め尽くされていた。ガイノイドの茶々丸が路面電車を動かし、座席の一つではネギがエヴァンジェリンの『登校地獄』を解除しようと躍起になり、後部座席で後ろを見ていた千雨が追走してくる魔法教師達に驚いて怒鳴っていた。

「うぉいっ! 全部解除できないのか!?」

「今は時間がないんですよ!! 恨むならあのクソ親父に「攻撃回避のため、揺れます」――うわわっ!?」

 向こうは電車を止めるためか、人気が無くなった途端に魔法を行使してきた。攻撃は基礎的な『魔法の射手』だが、如何せん数が違う。茶々丸が咄嗟に機転を働かせて回避行動に移らなければ、今頃ハチの巣になっていたほどだ。

「あと20メートルです。お急ぎを」

「もう少し……よし、外れた!!」

 展開していた魔法陣を閉じて、ネギは後ろへと向かった。その後ろでは一部とはいえ呪いが解け、追われている状況なのにも拘らず狂喜乱舞しているエヴァンジェリンがいた。

「はっはぁ!! 見ろ茶々丸!! とうとう呪いが「回避行動に移ります」――へぶうっ!?」

 電車の揺れに耐えられずに座席に頭をぶつけて涙目になるエヴァンジェリン。だが彼女を見ていたのは荷物に紛れて埋まっていたチャチャゼロだけだったりする。

「止まるんだネギ君!! 君は今、何をやっているのか理解しているのか!?」

「ちゃんと退学届も退職願も提出したよトリプルT!!」

「だから変なあだ名で呼ばないでよ!!」

 トリプルTことタカミチも追走に加わるが、未だに電車と魔法教師との距離に開きがあった。

「千雨さん! そこの鞄から緑色の缶をありったけ出して下さい!!」

「これか!?」

 そう言って千雨が持ってきたのは緑色の缶、――スモークグレネードだった。

「ピンを全部抜いて外に放り投げて!!」

「おうっ!!」

 片っ端から電車外に投げられる缶が爆発的に煙を生み、魔法先生を包み込んでいた。

「茶々丸さん! 加速!!」

「了解、加速します」

 ネギの指示に従い、電車の速度を上げる茶々丸。魔法教師達は煙に巻かれ、誰かが風魔法で吹き飛ばすまでの間にその距離は決定的にまで開き切ってしまう。

 そして、ネギ達を乗せた路面電車は橋を渡り切り、無事とはいかないまでも麻帆良学園からの脱出を成功させたのだ。

「エヴァさん、呪いは!?」

「未だに魔力は封じられているが、問題はない! 成功だ!!」

 エヴァンジェリンの哄笑を残し、路面電車は麻帆良学園を後にした。

 

「ネギ君……」

 既に視界から消えた路面電車が去った方を、タカミチは悲しげな瞳で見つめていた。近くに居る魔法教師達は力尽きたのかその場で頽れ、今は無き英雄の息子へと思いを馳せている。

「……何故、君は…………?」

 誰もがこの現状に理解できていないまま、徐々にその場から人気が無くなっていった。

 

「もうすぐ港です」

「千雨さん、船の方は――」

「既に連絡済みだ。いつでも乗り込めるってさ」

 千雨が携帯電話を閉じると同時に、田舎道を抜けた路面電車は港へと躍り出た。桟橋に向かって進むと同時に、海の方から80フィート級の魚雷艇が向かってきている。

「うおいっ! 長谷川様ご一行かぁ!?」

 先に停泊した魚雷艇から出てきた女性からの怒鳴り声に千雨は窓から身を乗り出して手を振り、肯定と指示した。

 電車が桟橋手前で停止すると共にネギ達は荷物を持って船へと駆けだした。

「他にも荷物があるから手伝ってくれ!」

「おうっ!」

 千雨の声に従ってラグーン号の船員(クルー)であるレヴィと社長のダッチが桟橋に降り立って、入れ違いに路面電車へと向かっていた。

 船の前にはロックが立ち、ネギ達を船に収容した後に書類の挟まったバインダーを差し出した。

「えっと、契約事項の確認と書類に了承のサインが欲しいんだけど……代表者の長谷川千雨さんってのは――」

「私だ。ちょっと貸してくれ」

 ロックからバインダーを受け取り、契約内容に齟齬がないかを確認してサインを記す後ろでは、レヴィ達が運び込んだ荷物をネギと茶々丸が確認していた。

「千雨さん! 荷物は全部揃ってます!」

「不備はありません」

 それに手を挙げて返すと、走り気味にサインしてバインダーをロックに返した。

「これで契約は完了だね」

 同じく署名を確認したロックの返事を聞いて、ネギはあるものをレヴィに投げ渡した。

「じゃあ最後にこれを路面電車に置いて、てっぺんの赤いボタンを押してください。その後すぐに出航を」

「人使いがちと荒くないか、チビすけ」

「レヴィ、いいから行って来い。そういう内容の仕事なんだからよ」

 へいへい、とダッチに返してレヴィは路面電車に時限爆弾を設置し、ネギの指示通りに赤いボタンを押した。

 レヴィが乗り込んだのを確認すると、ダッチは操舵席について操縦桿を握った。

「では紳士淑女諸君、出航だ」

 ダッチの掛け声と共に、魚雷艇ラグーン号は桟橋を後にした。

 

 ――ドォン!!

 

 逃亡に使った路面電車の爆破時の轟音を背にして。

 

 

 

 その数時間後。

「では失礼します。学園長」

 ガンドルフィーニの退室を確認して、学園長である近衛近衛門は隣に立っているタカミチに目を向けた。

「今の報告を聞いて、タカミチ君はどう思ったね」

「随分前から、計画していたのでしょう。路面電車の改造といい、先程の爆破事件といい」

 ネギ達の乗った路面電車が麻帆良を後にすると同時に、学園都市内で小規模とはいえ爆破事件が連続して発生した。しかも爆破されたのは路面電車に乗っていたと思われる女子生徒、絡繰茶々丸、長谷川千雨、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの居住先であったことからも、そう推測できた。おそらく逃亡先の情報を可能な限り消し去るための処置だったのだろう。

「ふぅむ……向こうからは問題がないように連絡されていたが、もしかしたら何かあったのかもしれないのぅ」

「とは言っても学園長、このことが公になれば麻帆良学園(こちら)にも批判が集まりますよ? ただでさえ、魔法世界ではこの学園に問題があると考えているみたいですから」

 学園長は顎に手を当て、思案するように瞑目しつつ、顎髭を撫でた。

「じゃが彼が逃走した原因を探らねば、彼もこちらの話を聞くとは思えん。すまんがウェールズまで飛んで、その原因を探ってきてもらえぬかのぉ。儂は魔法関係者達と共にネギ君達の捜索を行うのでな」

「分かりました」

 一礼して、タカミチも学園長室から退室した。その背中の方を向き、学園長はただ顎髭を撫でている。

「……逃亡に転移魔法ではなく路面電車を使ったのはおそらくエヴァンジェリンの解呪の時間を稼ぐため。爆破は足取りを消し去るためじゃろう。……であっても、未だに腑に落ちん点がある」

 どうやって彼らは知り合い、ここまでの計画を立てたのか?

 逃亡に使用した改造路面電車やスモークグレネードを準備した経路は?

 そしていつから、この計画は立てられていたのか?

「ここまで計画的じゃと、彼らはどう……いかんっ!?」

 今までの判断材料で、彼らは何処へ逃げるのかを思案していたが、一か所だけ、こちらが不利になる場所に思い当たって、机の上にある電話の受話器を手に取り、急いで操作した。

 ――prrr……

「……おお婿殿! 実「すみませんお義父さん! 今取り込んでで時間がないんです!!」婿殿!? ……切れてしまいおった。遅かったようじゃな」

 学園長はゆっくり受話器を置き、予想した逃亡先が当たりだったことに気づいた。

「まずいのぅ……」

 彼らの逃亡先はおそらく関西、広く見積もっても西日本だと、学園長は確信した。おそらく西に位置している関西呪術協会を隠れ蓑にしただろう。ちょっとした既成事実でも、向こうで内乱を起こすのはそう難しくはない。特に関西呪術協会の長でもある近衛詠春との繋がりでもつつけば、疑心暗鬼な者たちがこぞって反逆を企てるであろうことは、日本の魔法関係者ならば誰もが知っていること。

「そして、関東魔法教会でもある我々が手を出すには時間が掛かりすぎる」

 協力は取れないどころか、下手にでしゃばればただでさえ仲の悪い二つの協会は必ずや争いだす。そして様々な問題をクリアにして彼らを追うために魔法教師を派遣する頃には、既に逃げ切るなり隠れ蓑を万全にするなりしているだろう。

「やられたのぅ……」

 これで後は、自分達が魔法使いだと周りに気付かせないだけで全てが片付いてしまう。完全にこちらは出遅れていたのだ。

 

「もうすぐ目的地だ! 船賃と降りる準備をしな」

 ダッチの言に従い、ネギ達はそれぞれ荷物を抱えた。ただ一人、エヴァンジェリンは船賃代わりの宝石を点検しながら布の上に乗せて手に持っていたが。

「それじゃあ到着だ。船賃置いて船を出な」

 適当なベイに係留ロープを巻いて船を岸に寄せ、レヴィは彼らを見据えながらそう告げる。

「荷物を降ろすの手伝ってくれ。岸に置いといてくれたらそれでいい。……エヴァ、降りる前に宝石を持ってこい」

「フン! 言われんでも正当な報酬はちゃんと払う」

 近くに居たベニーに宝石を渡し、エヴァは千雨と共に船を降りた。ロックやダッチも、荷卸しを終えて船に戻り、

「それじゃあ御客人! 今後もラグーン商会を御贔屓に!!」

 そのまま振り返ることなく港を去って行った。

 彼らは近くに寄り集まると、誰からか笑い声が漏れ出し、次第に伝染してところ構わず笑い出した。

「はっはぁ! うまくいったではないか、おい!!」

「まったくだ。これでようやく下らないファンタジーともおさらばできるってもんだ!」

「でも焦りましたよ。あのくそ親父が残していった呪いが予想以上にがんじがらめだったんですから……」

 茶々丸を除く三人はその場に座り込んで、今日の脱走劇に思いを馳せていた。

「……で、ネギよ。これからのことはちゃんと考えてあるんだろうな?」

「もちろんですよエヴァさん。事前に人伝に購入した家が数件、宝塚にありますので、しばらくはローテーションで移り住んで相手の様子を伺います。問題ないと判断したら、本命である神戸へと引っ越して計画は完了です」

「パーフェクトだ!! ネギ・スプリングフィールド」

 プップー!

 いつの間にか姿を消していた茶々丸が、事前にネギが手配していた黒のワゴン車を運転して近寄ってきていた。

「車を持ってきました。そろそろ行きましょう」

「おっ、来たな」

 全員で荷物を全て車に収容し、そのまま座席に深く座り込んだ。助手席に座った千雨が後ろを向き、後部座席に並んで座っているネギとエヴァに話しかけた。

「後はエヴァの呪いだけだな。解けるまでどれくらいかかるんだ?」

「結構掛かりますね。解けるまで家には向かわず、適当に走って下さい」

「では京都へ行こう! せっかくだから西の連中を挑発しようではないか!!」

 等と言ってはいるが、実際は京都観光に行きたいんだと、エヴァンジェリン以外の三人は理解していた。

「ソレヨリゴシュジン~オレハイツマデニモツノナカナンダ~」

「呪いが解けたら出してやる。今は黙ってろ!」

「では行きましょう」

 茶々丸がアクセルを踏んで車を動かしていく中、ネギは胸中で呟いた。

(ざまあみろ……立派な魔法使い(マギステル・マギ)




登場人物
ネギ・スプリングフィールド
 魔法学校在籍時に起きた事件をきっかけに魔法使いをやめることを決意。ネットゲームで知り合った千雨と意気投合し逃走計画を立案。その後エヴァンジェリンの存在を知り、卒業前に麻帆良学園へ向かうことを知ったために逃亡計画に茶々丸共々加えることを決めた。魔法に関しては原作通りだけでなく、他原作魔法(オリジナルスペル)を開発・使用している。サウザントマスターに関しては、「出会い頭にぶん殴りたい男」と思っている。

長谷川千雨
 耐魔体質なのか偶々なのか、世界樹の強制認識が効きづらいために、常識と現実の狭間で苦しんでいた。ネトゲで知り合ったネギと話をして魔法の存在を知り、自らが構築した特殊回線でネギと共に逃亡計画を練ることとなった。魔法の才能は不明だが、ハッキング能力はそこそこ高い。エヴァンジェリンの情報源。原作程コスプレはしていないが、現実逃避のためにネトゲにはまり中毒となる。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
 麻帆良学園で登校地獄の呪いを受けたまま日々を過ごしていたが、千雨経由でネギの存在を知り、ネット回線越しだが会話をするようになった。呪いを破壊する手段を持っていたネギを信じて逃亡計画に加担(解呪に失敗したら血を一滴残らず吸うつもりだった)、後にナギをすっぱり忘れてネギに走る。ネギの開発魔法を一部習い、応用して身体年齢を上げようと考えている(解呪に成功したら)。

絡繰茶々丸
 エヴァンジェリンとロボット工学部の共同で生み出されたガイノイド(この世界に超は存在しない)。原作以上の特殊機能を満載し、エネルギー供給源はネジと食事のハイブリットである。知識的記憶は豊富だが、精神的記憶、エピソード記憶には疎く、感情的に分からないことだとどんな質問でも躊躇いなく口にし、周り(特にエヴァ)を混乱の渦へと放り込んでしまう。千雨とは仲がいい。


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第02話 泡沫の夢見が予想以上に悪かったらしい

 魔法学校卒業式後。

「……ネギ…………」

(逃亡先の確保はできた。装備も万全。呪いに関してはエヴァさん曰く『力任せに掛けられた』らしいから、隙のある部分を破壊すれば瓦解自体は可能だと思う。後は――)

「聞けーっ!?」

 後ろから繰り出されたアーニャの飛び蹴りを軽く半身になってかわし、ネギは意識を思考から目の前の幼馴染に向けた。

「……何ですか、ミス・ココロウァ」

「だからアーニャって呼びなさいって言ってるでしょ!!」

 立ち上がって尚も激高するアーニャを一瞥し、ネギはすぐに背を向けた。

「だから待ちな――かっ!?」

 背を向けられても構うことなくネギの肩を掴もうとするアーニャであったが、逆に首を掴まれて、近くの壁に叩きつけられてしまう。

「……しつこいですよ、ミス・ココロウァ。毒殺と呪殺、どちらが好みですか?」

「ネ、ネギ……」

 息苦しくなるも、アーニャはネギから視線を離さないでいる。いやむしろ、離すのを恐れているように感じられた。

「とっとと失せろよ馬鹿女、売り飛ばすぞ」

 ガンッ!

 アーニャの頭を壁に叩きつけてから手を離し、ネギはこの場を後にした。首を押さえて空気を取り込もうとしている時、誰かが駆け寄ってくるのが分かった。

「アーニャ!!」

「ネ、カネさ、ん……」

 ネカネは慌てて近寄ると、アーニャの背中をさすって顔色を窺った。

「大丈夫!? 怪我は!?」

「だい、じょうぶ、です」

 息も絶え絶えに顔を上げると、ネカネの手に持っている物が目に付いた。

「ネカネさん、それは……」

「本当はネギに渡すつもりだったんだけど……もう行っちゃったみたいね」

 ネカネの手には、かつてサウザンドマスターが使っていたという杖が握られていた。けれどもその杖は半ば辺りに罅があり、一度折れたものの、後に接着して再び杖としての機能を持たせたように思われた。

 

 魔法学校の地下室に、ネギは居た。手には魔法薬の入った瓶が握られ、その瞳は目の前の石像に向けられている。

「……スタンさん」

 嘗ての恩人に一礼して、ネギは手の瓶を石像に叩きつけた。

 降り注いだ液体は石化の呪いを中和し、徐々に人間味を帯びさせていく。いや、本来の姿に戻っていった。

「がはぁっ!? ……こ、これは一体!?」

「お久しぶりです。スタンさん」

 目の前にいた、命を賭して守った少年を見るや、スタンはしゃがみこんでネギの視線に自分の目を合わせた。

「ネギ、なのか?」

「はい、スタンさん。あの時はありがとうございました」

 間に合って良かった、とネギは安堵の息を漏らした。

 これから行うことを思うと、今後恩を返すことが難しく、いやほぼ不可能となる。だからこそ、恩を返せたことを、ネギは嬉しく思っていた。

「スタンさん、僕はもう行かなければなりません。解呪用の魔法薬の生成法はこの羊皮紙に全て書いてますので、後は任せてもいいでしょうか?」

「ネギ、お前さんは一体……?」

 ネギは羊皮紙をスタンに渡すと、そのまま振り返ってこの場を後にした。

「僕はもう、“魔法使い”として生きるつもりはありません。……お元気で」

 ……寂しげな言葉を残して。

 

「……ん?」

「起きたのか、ネギ」

 後部座席で横になっていたネギは、目を開けて現状の把握に努めた。

 エヴァンジェリンの呪いを全て解き、魔力隠蔽のための封印を施した後に疲れがどっと来て、眠りこけてしまっていたようだった。

「すみませんエヴァさん。眠ってたみたいで……」

「別にかまわんさ。それよりいつまでそうしているつもりだ?」

「へっ? あ、あわわっ!?」

 漸く自分がエヴァンジェリンの膝で眠りこけていたことに気づき、慌てて体を起こすネギ。当の吸血鬼はからかうように笑っていたが、

「ネギが倒れ込んだ途端、顔真っ赤にしてアワアワしてたのは誰だよ?」

「運転中でなければ、記録に残したかったですね」

「貴様らぁ!!」

 前を向いたままエヴァンジェリンの痴態をばらす二人。現在彼らを乗せたワゴン車は高速道路を降り、適当な駐車場を探そうと辺りを巡っていた。

「清水寺近辺を観光してから市街地を進んで宝塚へと向かいます。宜しいですね?」

「宝塚に向かうのは少し待って下さい。念のために偽造免許や幻術の魔法具も用意してから、夜に紛れて進みましょう」

 分かりました、と告げると茶々丸はハンドルを切って有料駐車場に入り、車を停車させた。

「だったら夜までに計画の一部を前倒ししとかねえか?」

「そうですね。今襲われたら車を放棄する可能性もありますし、必要最低限を残して移しましょう」

 千雨の提案に従い、一同は観光前に現時点で不要な分を分散させて、神戸の本命とは別の家に時間を空けて配達するように手配した。残りは車に残して、その足で彼らは清水寺へと向かった。

 

「がっ!?」

 魔法学校校長室。校長室に入ってきたスタンは、驚く校長をそのまま殴りつけた。

「一体あの坊主に何をした!? “魔法使い”として生きるつもりがないなどとほざかせるとはどういうことだ!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ! そもそも石化の呪いはどうした!?」

 宥めようと手を持ち上げると同時に、丁度校長室を訪れていたネカネとアーニャがスタンを見て、驚いて慌てて駆け寄っていく。

「スタンさんっ!?」

「ウソ、スタンおじいちゃん!?」

 ネカネとアーニャを見て少し落ち着いたのか、スタンは近くの椅子に疲れたように腰かけた。

「一体何があったというのだ? 少し前にネギの奴が儂の呪いを解いた後、この羊皮紙を渡してすぐにいなくなりおった。“魔法使い”として生きるつもりがないと言い残してな」

「ネギ、が……」

 スタンが持っていた羊皮紙を掲げると、それを見てネカネは力が抜けたようにその場に頽れた。アーニャは手を強く握り、顔を俯かせてしまう。校長は二人の間に立ち、スタンを見つめて答えた。

「儂等のせいなのじゃよ。あの子の可能性を奪ってしまった儂等の……」

 校長の話を聞き、スタンは思わず頭を抱え込んでしまった。ネカネの持っていたサウザントマスター、ナギの杖を見つめながら。

 翌日、日本からの連絡を聞いて、この場に居た者達は自らの不甲斐なさを呪った。

 

「ところで、お前はさっき、どんな夢を見ていたのだ」

「夢、ですか?」

 適当な料亭にて昼食を口にしている時に、ふとエヴァンジェリンが思い出したかのように箸をネギに向けた。

「マスター。行儀が悪いですよ」

「うるさいっ!!」

 全員スーツや制服を着替え、それぞれの私服でいるが店に居る人間は誰一人としてネギ達に意識を向けていない。エヴァンジェリンが施した認識阻害の賜物である。

「お前、微かに魘されてたんだぞ。気づいてなかったのか?」

「別に魘される程のものじゃないんですけど……」

 食べ終えたネギは箸を置いて、夢の話を始めた。

「日本に発つ前の夢を見ていたんですよ。……最後のけじめをつけた時の夢を」

「けじめ?」

 不思議がる面々にネギは語った。村を襲った悲劇、サウザンドマスターが駆け付けるまでの間、幼かったネギを守った者のことを。

「正直間に合って良かったですよ。遅れてしまえばもう二度と、助ける機会は廻ってこなかったんですからね」

「そうか……」

 エヴァンジェリンの相槌を最後に、この話を強引に終わらせた面々は手荷物を持って立ち上がった。

「そんじゃ、軽く観光しに行くか」

「そうだな。……ほら、ネギ」

 エヴァンジェリンは立ち上がるや、ネギに向けて手を伸ばした。けれどもその手は攻撃のために掌を向けたものではなく、相手の手を掴むために指を伸ばしている。

「もうお前を邪魔する者はいないし、つけるべきけじめももうない。魔法使いの道を捨て、共に歩もうではないか」

 エヴァンジェリンを挟むように立っている千雨や茶々丸も、間に挟んだ彼女につられて笑っている。それだけでネギは前へと進めた。

「……ハイっ!!」

 エヴァンジェリンと手を繋いだネギを先頭に、彼らは料亭を後にした。

 

「すみませんお義父さん。今まで連絡が取れなくて」

『構わんぞい。大方、タレこみで浮足立った連中を取り押さえるのに時間がかかっとったのじゃろう?』

「ええ、でもどうしてそれを?」

 詠春は学園長から受話器越しに事の顛末を聞き、どうしたらいいのかが分からずに苦虫を噛み潰した。

「……それは本当ですか?」

『実際に関西呪術協会を利用したのじゃ、なら行かない道理は無かろうて。少なくとも日本列島の西側じゃと儂は睨んどる』

「でしょうね。その上で外人であるネギ君とエヴァンジェリンがいることを考えると、他の異邦人が多く住む地域に逃げたのかもしれません」

 いくつかの候補を絞り、その上で協会同士の連携を取ろうとする近衛義親子。今後の捜索を打ち合わせると、詠春は受話器を置いて通話を切った。

「一体何があったと言うんだ?」

 詠春はかつての友、ナギ・スプリングフィールドのことを思った。

「こんな時にあの馬鹿がいないなんて……」

 今後どうするべきかを考えつつも、詠春は関西呪術協会総本山に人を集め、会合を開く準備に取り掛かった。今は一刻も早く、タレこみにより生じた誤解を解かねばならない。

「それにしてもネギ君。いくら時間稼ぎとはいえ……このかに魔法をばらして関東に嫁がせる等というデマを流さなくてもいいだろう!!」

 いや、あながち間違いではない。実際原作では学園長がネギにこのかとのお見合いを進めていたし、魔法がばれても結構飄々としていたのだから。

 

「ブワァックション!! ……噂かのぅ」

 鼻を擦りつつ、学園長は再度受話器を取り、魔法教師数名に連絡を入れた。これから英春と打ち合わせた地域に派遣するためである。ほとんどは西の方で調査することになっていたが、一ヶ所だけこちらの人員を派遣する申請を通したのだ。

「うむ、うむ、そう……神多羅木君と刀子君を派遣しておいてくれ。場所は――兵庫県と大阪府の境目、大体尼崎から北一帯じゃ」

 では、頼んだぞ。と学園長は受話器を置いた。

 

「……千雨さん」

「どうした?」

 清水寺の上。そこからの景色にはしゃぐネギとエヴァンジェリンを眺めていた千雨に、茶々丸が声をかけた。

「事前に学園長室に仕掛けた盗聴器からの情報だと、もう関西呪術協会にばら撒いた誤情報(デコイ)が収束したとのことです。そして、追っ手について打ち合わせしていました」

「結構時間が経ってるとはいえ、思ったより早いな」

「けれども東からの派遣は未だ掛かりそうです。むしろ注意すべきは西かと」

 千雨は顎に手を当て、現時点での情報を吟味しだした。同時に茶々丸も、盗聴器で得た情報を逐一報告してくる。

「範囲内にはぎりぎり宝塚が入るな」

「はい、解釈によっては捜索範囲に入れることも可能です。いかがしますか?」

「夜のうちに行くのは変更しない。下手な接触を控えるために、西の人間は宝塚には来ないだろう。むしろ明日、東の人間が来るまでに家に向かって、隠匿もしくは迎撃の準備をした方がいい」

 ネギ達を呼んできてくれ、と茶々丸に頼んでから、千雨は腰に隠してあるSIGP230に手を触れた。

「できれば西の連中とも、やり合うことにならなければいいんだがな」

 軽く溜息を吐いていると、丁度茶々丸がネギ達を連れて戻って来ていた。未だに手が繋いだままなのを見て、千雨の口は図らずも綻んでしまう。

「おい、千雨! 写真を撮ろう! ここに来た証を残すのだ!!」

「……お前は満喫しすぎだぁ!!」

 そして現実離れした発言に、思わずチョップが出てしまったとしても、彼女を責める者はいなかった。




次回予告
 予想よりも早すぎる敵の襲来。迎撃の態勢が取れない彼らは逃走を図る。けれども残されたネギは、魔法教師相手にどう立ち向かうのか? そして始まる他作品の蹂躙(ネタの嵐)! いつになるかは分からないが待て次回!!
「拘束制御術式第参号――解放」


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第03話 魔法教師相手の逃亡劇。危機一髪もあるよ

「はい、チーズ!」

 パシャッ!

 真ん中にネギとエヴァンジェリンが並び、左右に分かれた千雨と茶々丸。そして清水寺からの景色をバックに写真を撮った。撮り終わると千雨はシャッターを頼んだ通りすがりの少年にお礼を言ってカメラを受け取った。

「ありがとうな。助かったよ」

「ええってええって! こっちもやること無くて暇やったしな」

 駄賃に小銭を数枚渡し、ネギ達は小太郎を見送って行った。そして後日ネギ達のことを知り、千草辺りからこってり絞られたのは言うまでもない。

「さて……これで満足か、エヴァ」

「もの足りないが、今はこれでいい」

 エヴァも現状を思い出したからか、しぶしぶながらも了承の意を示した。

「大丈夫ですよ。……魔法使い達(向こう)が完全に手を引いたら、また皆で来ましょう」

「……そうだな」

 強く握ってくるネギに握り返して、エヴァはそっぽを向いてそう答えた。

「精神年齢は身体年齢に引っ張られる、っていうのは本当なんだな」

「ああマスターが年相応に可愛らしい」

「縊るぞ貴様らっ!!」

 うがーっ! と吠えて千雨達を追いかけまわすエヴァンジェリン。その間もネギから手を離さなかったため、ただでさえ残り少なかった体力が残り僅かとなってしまった。なので車の中では、二人は仲良くもたれ合って眠りについたとか。

 

 JR大阪駅に、二人の魔法教師が降り立った。神鳴流剣士の葛葉刀子に風系統の魔法使いである神多羅木だ。

「では今から彼らの足取りを追いましょう」

「性急すぎやしないか? 呪術協会から認可が下りているとはいえ、本来ならば明日から行う予定だろうが」

「だからこそ、です」

 刀子は肩に担いでいた竹刀袋を背負い直し、神多羅木を睨みつけた。

「向こうはすぐには来ないだろうと高をくくっているはず、この隙に彼らを確保して麻帆良学園に帰りましょう。ただでさえ急な出張で彼とのデートをすっぽかしてしまったんだから早く挽回しないと婚期が……」

 ブツブツと呟きだす刀子を無視して、神多羅木は近くの売店で缶コーヒーを購入して口にしていた。一息で飲み終わる頃には落ち着いたのか、刀子が近寄ってくる。

「とにかく行きましょう。まったく彼は何故このような振舞いをしたのでしょうか。英雄の息子であるのにも拘らず、嘆かわしい」

「……案外、それかもな」

 神多羅木の呟きに一瞬首を傾げるも、刀子は気を持ち直して案内掲示板に目を向けた。

「とにかく移動です。まずは尼崎から徐々に北に移動しますけど……どう行けばいいんでしょう?」

「……まずは駅員を探すか」

 神多羅木はマイペースで駅員を探しに行った。

 

「もうすぐ着きますが、夕食はどうします?」

「近くのコンビニで済まそう。スーパーももう閉まり始めている頃だしな」

 陽が暮れた頃に、ネギ達を乗せたワゴン車は宝塚に到着していた。けれども未だ家には到達しておらず、先に夕食の調達を行うことに相成った。

「あそこにしましょう。丁度駐車場が空いているみたいですし」

「そうだな。……おい二人共起きろ! 夕飯買いに行くぞ!」

 小さく唸りながらも起き出す二人。茶々丸が車を停める頃にはどうにか頭を動かせるくらいには目覚めたみたいだ。

「今どの辺りです……?」

「尼崎北ってところか? これから北上して宝塚の家に向かうが、その前に弁当を買いに行くぞ」

 千雨に連れられてネギとエヴァンジェリンは、目を擦りつつもコンビニへと向かっていった。

「茶々丸は弁当何がいい?」

「魚系でなければ何でも構いません。そう、骨さえなければ……」

 変なトラウマに入ったのか、黙り込んでしまった茶々丸に居た堪れなさを感じながらも、千雨はワゴン車に背を向けてコンビニの敷居を跨いだ。

「らっしゃーせー」

 やる気のないバイトの挨拶を聞き流して店内を見回すと、菓子売り場に見覚えのある頭が二つ並んでいた。千雨は静かに後ろに近づき、

 ゴン! ガン!

「ポクッ!?」

「ブッ!?」

 それぞれに拳骨を落とした。

「夕飯買いに来たんだろうが。菓子見てないでとっとと弁当選べ!」

「あぅぅ……」

「分かったよ、ったく……」

 どうにか人数分の弁当とペットボトルを購入するに至った三人である。

 買い物袋を分担して持つと、茶々丸の残っているワゴン車へと戻って素早く乗り込んだ面々。

「買って来たぞ茶々丸。ハンバーグ弁当でいいな?」

「はい。助かります千雨さん」

 ネギ達がコンビニに行っている間に茶々丸は携帯端末を操作して、これから向かう家の近辺に設置された警備カメラの映像を見ていたのだが、特に問題はないらしい。

「これから家に向かいます。追っ手の様子はなさそうですね」

「流石に家まではマークしてないだろう。それこそネギやエヴァから漏れ出ている魔力を追いかけるのが精々だからな」

 才能過多や真祖の力により魔力容量(キャパシティ)が人並み以上に外れている分、魔力が漏れ出すことはよくあるが、その魔力もネギが施した封印術式によって漏れ出ることはない。

「後は連中、どうやって追いかけてくるかだな」

「今のところは強引な説得を行う位でしょうし、当面は問題ないでしょうね」

「だといいがな……」

 それこそ捜索手段なんて掃いて捨てるほどある。特に魔法を使う連中ならば尚更だ。千雨は思わずバックミラー越しに、ネギの頭を見つめだした。

 ワゴン車の動き出した今はエヴァンジェリンと二人してはしゃいでいるが、彼こそが英雄ナギ・スプリングフィールドの息子であり、災厄の魔女アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの一子。そしてアリアドネーの人間ならば誰もが知る天才、ウェイバー・ベルベットの偽名で名を馳せた魔法開発者なのだから。

「……つつけばいくらでも、敵は増えてくるな」

「けれども悪いのは向こうです」

 小さな呟きだったが、運転中の茶々丸には聞こえていたらしい。どうやらその呟きだけで、千雨が何を考えていたのかが理解できたようだ。

「英雄の名に固執したばかりに、ネギさんの可能性を蔑ろにしたのですから」

「結局行き過ぎた正義なんて、そんなもんだよな。どいつもこいつも――」

 

 ――クソッタレだ

 

 夜も更け、ネギ達を乗せた車は事前に購入された一軒家のガレージに停車した。手元に残しておいたトランク(エヴァンジェリン製、全員分の着替えが収納されている)とスーツケース(市販品、ただし中身は武装一式)を降ろし、一行は家の中へと入っていく。

「ほう、なかなかではないか」

「適当な売り家だったので正直不安だったんですが、特に問題はないようですね」

 ライフラインは計画実行三日前から既に稼働させておいたので、家の電気を点けようと思えば点けられる。

「……ところで何故、電気を点けんのだ? ライフラインは既に稼働しているのだろう?」

「まず先に隣家に住む者全員に暗示をかけておかないと、不審がられますからね。ただでさえ目立つんですから控えて下さい」

 二階の日当たりがいい部屋に移動し、月明かりを頼りに購入した弁当を広げた。

「早く食事にしよう。腹ペコで敵わん!」

「あまり大声出すなよ! 一応まだ空き家だろうが!」

「と言いつつも千雨さんが一番大きいですよ」

 茶々丸をポカンと叩いてから千雨はフローリングに座り込んだ。そして一同は手を合わせて、

『……いただきます』

 遅めの夕食に口を付けた。

「しかし冷たい飯だな。電子レンジも駄目なのか?」

「我慢して下さいよエヴァさん。夜のうちに暗示をかけて回れば、朝から使えるようになりますから」

 愚痴愚痴とボヤクエヴァンジェリンをネギが宥めるも、一向に機嫌が直らないので、かえって苦情を受け止める羽目になってしまった。

「だがネギ、夜のうちに暗示をかけるのはいいとしても、だ。その際魔力が漏れ出すなんてことにならないか?」

「そこは大丈夫です。先に魔力隠蔽の結界を近隣一帯に張り巡らせますので、暗示をかけている間に魔力探査を受けることはありません」

「問題はその結界を張る一瞬です。けれども幸いなことに、ここに追っ手が来る可能性があるのは明日なので、今のうちにかけておけばばれることもありません。結界自体も魔力隠蔽の影響を受けているため、魔力探査に引っかかるのは極近くに寄らない限り問題ありません」

 ネギの説明に茶々丸も補足し、その話を皮切りに全員冷や飯を掻き込んだ。

「それじゃあ結界を張りましょう。とは言っても、この魔法球を設置して稼働させるだけですがね」

「なんだ、簡単にできるのならばさっさとやればいいのに」

 そう言うやエヴァンジェリンはネギから魔法球を奪い取り、

「エヴァさん駄目!!」

「ん?」

 ネギの制止も虚しく、稼働してしまった。

「ああ……見つかった時の保険に、少し離れた場所に設置して囮に逃げようと考えていたのに」

「なっ、なんだ! 私が悪いのか!?」

 落ち込むネギに慌てるエヴァ。千雨は一つ溜息を吐いてから、二人を宥めに掛かった。

「まあ、見つからなければいいじゃないか。暗示をかけた後は直ぐに畳むんだろう。だったらさっさと片付けてしまえば――」

「そうも言ってられなくなりました、千雨さん」

 宥めている千雨を遮り、茶々丸は外をにらんだまま微動だにしない。

「敵です。魔法教師の葛葉刀子と神多羅木と判明。現在こちらへ急速接近しています」

「もしかして……独断専行か、くそ!!」

 正義に心酔している人間を甘く見ていたと感じ、千雨は悪態をついた。実際はとっとと仕事を片付けたいとサービス残業をしていた刀子が偶々近くに来ただけだったりするが、そんなこと彼らが知る由もない。

「わ、私が稼働させたばっかりに……」

「どっちにしたって稼働させたらばれてましたよ! いいから急いで!!」

 落ち込むエヴァをネギが引っ張り、一同は一階の玄関口に置いたままのスーツケースを開けて中身を取り出した。予備の魔法発動媒体である指輪に各種銃器兵装、そしていくつものマジックアイテムを分担して装備した。その間にエヴァンジェリンは自らの水晶玉を取り出し、敵の様子を伺っている。

「連中はこちらに一目散に向かっている。おそらく魔法球の居場所を掴んでいるな」

「だったらこの家は放棄だ。ネギ、宝塚の他の家で、なるべく遠いのは何処だ!?」

 イングラムM10の駆動点検を行ってから、千雨はネギに問いかけた。ネギもグロック17のスライドを引いて、腰に仕舞いながら答える。

「もう宝塚では無理です! 保険で買っておいた芦屋の家に行きましょう! ここより北にある家と車に仕掛けた爆弾を起爆させれば目晦ましになります!!」

「それしかないか……エヴァ、連中はいつ来る!?」

「もう時間がない!! 私の魔力を開放して転移す「駄目です!!」――何故だ、ネギ!?」

 ネギの施した封印術式を開放して魔法を使えるようにしようとしたエヴァンジェリンを、ネギが慌てて制止した。

「そんなことしたら転移先もばれます! だから転移するにしても封印状態のままでお願いします!!」

「だがそれでは魔力が足りなくて全員を連れていけないぞ!! できてもせいぜい二人、最低一人は残ってしまうじゃないか!!」

「時間がありません……」

 荷物を持って近づきあう面々。ネギは自分の手荷物であるリュックをエヴァンジェリンに手渡してこう告げた。

「僕が残ります。エヴァさんは西宮近辺に転移後、直ぐに戻ってきてください。その間に僕は北の方に逃げます。逃走中に落ちあいましょう」

「私の……」

「エヴァさんのせいじゃありません」

 エヴァンジェリンは俯いたまま、影を操作して千雨と茶々丸を包み込んだ。

「それでも謝りたいんだ。……捕まるなよ」

「約束します」

 千雨や茶々丸も、この場ではあえて茶化したりはしなかった。そして彼女達は影に呑みこまれて消えてしまった。

「さて……」

 家の裏から出ようと歩き出した途端、魔法球の結界が書き換えられたことに気付いて慌てて敵の居る方を向いた。

「なっ!? これは……!!」

 封鎖結界。対象を閉じ込める類の結界魔法に捕らえられてしまったネギ。これでは結界内での転移は不可能となる。

「直接出るか、結界を破壊するしかない。……普通ここまでやるか、立派な魔法使い(マギステル・マギ)!!」

 正確には刀子の独断で使われたマジックアイテムのせいだったりする。ホント女って怖いな。

「やるしかない。……エヴァさんとの合流も容易になるし、転移前に封印すれば魔力探査をごまかせる」

 決断するや、ネギは両手を交差させて、自らの封印を一段階、解除した。

「拘束制御術式第参号――解放」

 奇しくもネギが封印を解除するのと、魔法教師達が家に乗り込んできたのはほぼ同時だった。




次回予告
 逃亡するネギ君に、容赦なく襲いかかる魔法教師達。はたしてエヴァは間に合うのか! 作者の屍に黙祷して次回を待て!!
「Time alter――double accel!!」


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第04話 オリジナルはオリジナルでやる! だから二次創作は二次創作をやれ!!

「……ネギ君。君を「手足をもいでから残りの生徒も回収し、麻帆良へと郵送してくれるわぁ!!」――拘束したいんだ。頼む、連れが怖いから助けると思って自首してくれ!」

「殺されそうなので嫌です!!」

 顔の割に同僚にビビッて投降を促すも、ネギ自身も命の危機を感じて拒否した。というかそこに居る女性は本当に人間なのか、というレベルで怒り狂っている。

「英雄の血を引く癖に人に迷惑かけるたぁいい度胸だ小僧~!! 切り殺すっ!!」

「色々言いたいことはあるし、本当は怒りにまかせてぶつかりたいところなんですが……この人も一応立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指しているんですよね?」

「……さっき電話で別れ話を切り出されたらしい。あまりの忙しさに顔を合わせてなかったのが原因のようだ」

 明らかに私情で動いている!!

 互いに共有できる感情があるものの、今は敵同士だということには変わらない。刀子があまりにも怖いので、神多羅木は無言で手を挙げて、無詠唱呪文を連続してネギに叩きこんだ。

「加減はするから早く気絶してくれ」

「嫌ですよ!!」

 それでも攻撃の雨はやまない、ネギは前面に障壁を展開しようとするも、阿修羅と化した刀子にビビッて離脱に専念することにした。

「しぃ~ねぇ~!!」

 近づいてくる無詠唱呪文の雨に阿修羅刀子、ネギは冷静に背中に刻んだ魔法陣に魔力を注ぎ込み、起動させた。

「Time alter――double accel!!」

 固有時制御。一定範囲内の物質の時間を強制的に操作する、ネギが開発した他原作魔法(オリジナルスペル)の一つ。まあ、定義的に言えばこれは魔術だけど。

 倍速の速さを得たネギはすぐさま移動し、

魔法の射手(サギタ・マギカ)!! 連弾(セリエス)光の3矢(ルーキス)!!」

 高速詠唱で唱えた魔法の射手を家の壁に連射して穴をあけ、そこから外に躍り出た。

「待て! ネギ君!!」

「言い訳よろしくお願いします!!」

 そう言って手榴弾を投げ込んですぐに、ネギは家から急いで離れた。

「……やられたな」

 いくら結界内とはいえ、ここは一般人の居る居住区だ。手榴弾を魔法で拘束して無効化するも、その轟音で近隣の住人が起きてこちらに向かってくるのは時間の問題。そして封鎖結界自体も、直接外に出られてしまえば意味が無くなる。この場合、彼らが起こすべき行動は……

「追いかけますよ神多羅木!! あの逆徒を八つ裂きにせねばっ!!」

「……俺も(麻帆良から)逃げようかな」

 この場から離脱して、早いとこネギを追いかけることだった。

 

「Release alter! ……はあ、はあ、はあ…………」

 時間操作の弊害で息が荒げるも、構うことなくネギは近くのマンホールを持ち上げて、地下下水道に降りていった。最初は肉体強化に切り替えて強行突破しようと目論んではいたが、予想以上に広範囲に結界を張られていたため、目立つのを避けるために断念したのだ。

「なんとか結界外に脱出できれば、後はエヴァさんに任せて転移を……」

 しかしやることはきっちりやるネギは、通路にあるものをばら撒いたら、すぐに北へと駆けだした。

「みぃ~つぅ~けぇ~たぁ~!!」

 ネギが駆けだすと同時に、刀子達も下水道に降り立って、逃亡者を捕捉した。

 ネギは駆けながらも詠唱し、振り返ることなく魔法を放った。

魔法の射手(サギタ・マギカ)!! 戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」

 捕縛の矢が雨あられと降り注ぐも、阿修羅、違った刀子には一切効かず、全て切り落されてしまった。

「逃がすか「落ち着け、相手の思うつぼだぞ」――あ!?」

 この時神多羅木は心の底から帰りたいと思った。けれども相手の狡猾さで同僚を亡くすのも忍びないと、仕方なしに声をかけたのだ。

「……向こうも本気だ。もはや少年だと思って対応しない方がいい」

「分かりました。行きましょう」

 一息に飛び越えたラインには、ネギの仕掛けた散布地雷が睨みを利かせていた。

「……しかし戦い慣れているな、ネギ君。他の得意な属性よりも、辺りを照らさない風の矢で攻撃して目を引き、近づいたところを地雷で消し飛ばすなんて、どこで覚えたんだ?」

「今は急ぎましょう。他にも地雷を仕掛ける暇を無くさなければ、距離が縮まりません(あの餓鬼八つ裂きにしてやるからなぁ!!)」

 冷静さを取り戻そうとも、内心怒り狂っている刀子であった。

 

「結界とはどういうことだーっ!?」

「落ち着けエヴァ!!」

 西宮に転移し、直ぐに茶々丸にネギの居場所を探らせるも、結界が張られたことを知り、エヴァンジェリンは人目も気にせず暴れ出したのだ。慌てて千雨が取り押さえて裏路地のさらに奥に紛れるも、それで現状が変わることはない。

「大方、魔力隠蔽(こちら)の結界の上に封鎖結界を張ったってところじゃないか?」

「でしょうね。ですが……その結界が強力すぎるんです。おそらく高出力のマジックアイテムかと」

「腐っても東の頭ってことか。資金が潤沢だことで」

 彼女達は知らないが、この封鎖結界のマジックアイテム、実は刀子の自腹だったりする。

「どうする? エヴァ以外にもう一人つけて北の方に向かうか? ネギのことだからこちらが来る直前までは魔力封印を外して逃げているはずだ。見つけるのは簡単だろう」

「そうですね。結界範囲外ギリギリに転移してなんらかの合図を送れれば、ネギさんも気付いてくれるかもしれません」

「決まりだな。……私がついて行くから、茶々丸は荷物を頼む」

 千雨はイングラムM10から弾倉を抜いて、残弾を確認した後にSIGP230を腰の仕込みホルスターから抜いてスライドして弾丸を薬室に放りこむ。

「よろしいのですか? こちらの方が安全と判断しますが……」

「もしここで襲われでもしたら、一人で対処しなければならなくなる。私より茶々丸の方が一人でも生き残れる可能性が高いだろう?」

「分かりました。こちらは寝床を確保して待機しています」

 SIGP230をホルスターに仕舞い、イングラムM10を構えると、千雨はエヴァの下へと近寄った。

「行くぞエヴァ。結界の北側に転移してくれ」

「言われなくともっ!!」

 影が蠢き、茶々丸の前からエヴァ達の姿は消え失せた。

「御武運を……」

 茶々丸はまっすぐに、彼女達が居た辺りを見つめている。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)!! 連弾(セリエス)雷の17矢(フルグラーリス)!!」

 振り向きざまに放った雷の矢が刀子達を襲うも、全て迎撃されてしまい、数秒間足止めしたに過ぎなかった。けれどもその間にネギは通路に小型爆弾を設置し、

「Time alter――double accel!!」

 素早く駆け離れて角道に隠れると、起爆スイッチを押した。

 ドォン!!

 下水道を爆破し、通路を完全に使い物にならなくした。

「Release alter! ……これで、どうにか…………」

 ザザザン!!

 鋭い斬撃の音が響くと同時に、下水道を埋め尽くしていた瓦礫が細切れと化してしまった。懐から手鏡を取り出し、通路の角からだして向こう側を覗こうとするも、神多羅木の無詠唱呪文であっさりと割られてしまう。

「……いい加減降参してくれないか、ネギ君。本当に連れが恐いんだよ」

立派な魔法使い(マギステル・マギ)の適性試験を設けないから、そんな人が同僚になるんですよ!!」

「俺もそう思えてきたよ……」

 阿修羅刀子にビビる男性諸君。けれどもこのままではじり貧だ。

(手持ちのマジックアイテムじゃあ難しい……アレ使うかな)

 ネギはグロック17を腰から引き抜いて弾倉を抜き、別の弾丸が込められている物と取り変えた。

(高圧縮魔力弾頭……そこらの炸薬弾よりも効くし、下手な魔力障壁でも力押しできる代物)

 スライドを引いて弾丸を取り変え、既に装填されていた9mmパラを握って通路の反対側に投げつけた。

 キィン!

「弾丸は捨てました。これって降参の合図になりませんか?」

「ぬぁ~わぁ~けぇ~なぁい~でぅ~わぁ~るぉ~」

「……ゴメン、無理だ」

 神多羅木の申し訳なさそうな声が下水道に響く。ネギも降参だと向こうが油断して近付いて来ないと悟り、グロック17を構える。反対の手には小型の魔力球を握り、強く押し潰した。

「まあ、油断を誘おうとしただけなので、別にいいですけれど、ねっ!!」

 魔力球を刀子達に投げつけると、ネギは再び駆けだした。直後、魔力球が破裂し、辺り一帯を閃光で包みこむ。

「はあ……はあ、はっ…………」

 目をやられるも、魔法教師達も一筋縄ではいかないらしく、すぐに追いかけて来ていた。

「くそっ!!」

 グロック17の引き金を引いて高圧縮魔力弾頭を連続して叩き込んだ。

「ガッ!?」

「神鳴流に飛び道具が効くかーっ!?」

 神多羅木はどうにか無力化できても、刀子に対しては効果がなかったらしい。魔法使いと剣士では、弾丸の相性は違ったらしい。

「できれば男性の方に生き残って欲しかった……」

 阿修羅よりも紳士的だったから、もしかしたら事情を話せば理解してくれたかもしれないと、ネギは内心思っていた。まあ、炸裂した魔力の奔流にのまれて気絶しただけで、死んじゃいないが。

「結界の外までもう少し……身体能力は向こうが上…………一か八かだ戦いの歌(カントゥス・ベラークス)!!」

 ネギは身体に魔力供給を施して、猛スピードで下水道を駆けた。刀子も追走するが、その距離が縮まることはない。けれども身体の違いか、突発的な脚力よりも持久力が響いてくる。

「あっ!?」

 そして結界の端ギリギリで、ネギは近くの瓦礫によって転倒してしまう。後数メートルの距離なのに、その転倒はネギの行く末を分けた。

「とうとう追い詰めたぞ英雄の出来損ないがぁ~!!」

「それが一番嫌なんですよ!!」

 グロック17に残っていた弾丸を全て叩きつけるも、効果はなかった。スライドが下がり切ると同時に、刀子は刀を構えて、ゆっくりと近づいてきた。

「さぁて、お仕置きの時間ですよぉ~」

 ネギは銃を下ろして、地面に尻もちをついたまま刀子を見据えて、

「いいえ……賭けには勝ちました」

 そう吐き捨てた。

 

氷爆(ニウィス・カースス)!!」

 

「なっ!?」

 突如下水道の天井が上から爆発して瓦礫が降り注ぎ、ネギと刀子の距離を開けさせた。

「ネギ!! 大丈夫か!?」

 上から降りてきた千雨がネギを担ぎ、エヴァンジェリンと並んで結界の外へと駆けだした。

「おの――れぇいっ!?」

 千雨のイングラムM10とエヴァンジェリンの魔法の射手(サギタ・マギカ)による攻撃が刀子に押し寄せ、その対処に追われている間に彼らは結界外へと脱出を遂げた。

「ネギ!! 早く封印だ!!」

「拘束制御術式第参号――封印!!」

 封印を終えると同時に、エヴァンジェリンは影を操作してこの場から転移した。

「くそっ!!」

 もう下水道には、何処かで気絶している神多羅木と、悪態を吐いて地団太を踏む刀子しか居なかった。

 

「……で、何でラブホテルなんだよ茶々丸っ!?」

「身分を隠した上で且つ、今すぐに泊まれる寝床はここしかなかったからです」

 千雨はネギをベッドに寝かせると、すぐさまこの場所に対して異議を申し立てるも、効率性を重視した茶々丸にはどこ吹く風であった。

「いいからもう寝るぞ、千雨。夜明けまでそうない」

 流石のエヴァンジェリンも疲れきっているからか、千雨程苦言を呈することなく目を閉じてしまった。夜明けと共に始発電車で芦屋に向かうのだ。少しでも寝た方がいいと考えたのだろう。

「……はあ、仕方ねえか」

 一息吐くと、千雨は備え付けのソファの上に寝転んだ。極力卑猥な道具一式を視界に入れないよう、背もたれを向いた上で。茶々丸もエヴァンジェリンを抱え上げると、そのままネギの横に寝かせつけた。

「お休みなさい。マスター、皆さん」

 茶々丸も照明を消すと、スリープモードに移行して眠りに着いた。




次回予告
 芦屋へと向かう前、千雨は協力者と初めて顔を合わせる。彼らは何を求めてネギたちに手を貸すのか。プロテインを飲みつつ待て、次回!!
完全なる世界(コズモエンテレケイア)所属のフェイト・アーウェルンクスです。以後お見知りおきを」


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第05話 この世で一番腹が立つのは、中途半端に読んだくせに全て理解した気でいる奴らだ

 翌朝。

「どうやら普通で二駅みたいですね。全員分の切符を買ってきます」

「ああ、頼んだ」

 午前五時、始発電車が出る十数分前にネギ達は西宮駅の前にいた。未だに眠いのか、ネギとエヴァンジェリンはベンチに腰掛けたままウトウトしている。これが覚醒状態ならば、ラブホテルのベッドでエヴァンジェリンが暴れ出していたこと請け合いな状況だったが。

 千雨は近くの自販機から缶コーヒーを購入して、眠気覚ましに一息で飲み干した。

「ねむ……」

 流石に朝早すぎたのか、疎らに人がいるだけで、駅はものの見事に静かだった。

「……ん?」

 だからこそ気付いたのだろう。千雨は空き缶をスーツケースの上に置くと、右手を静かに腰の方に動かした。

「警戒しないでください。元々西宮に控えていた、ネギ君、いえ貴方方の味方です」

「味方だと……」

 静かに近寄って来た白髪の少年は、千雨にそう答えた。

「正確には協力関係を敷いているんです。尤も、本格的に助けの手を伸ばせるのは、もう少し先ですがね」

「……ああ、そういうことか」

 心当たりが浮かんだのか、千雨は右手を下ろして、警戒を解いた。

「随分あっさり解きますね。これも虚言かもしれなかったのに」

「向こうが協力者に化けて近づくことはないさ。まだ何処の誰かも理解していないのに、下手をすれば直ぐばれるんだからな」

 周囲に人がいないのを確認すると、千雨は腕を組んで問いかけた。

「それで、お前はどっちの所属なんだ?」

「これは申し遅れました。……完全なる世界(コズモエンテレケイア)所属のフェイト・アーウェルンクスです。以後お見知りおきを」

 そうフェイトは腰を折り、挨拶して返した。

 

 昨年のウェールズにて、協力関係は結ばれた。

「取引?」

「そう、取引だネギ君」

 魔法学校から少し離れたカフェテラスにて、ネギとフェイトは向かい合って話をしていた。取引の内容は、ネギが7歳(正確には違うが、肉体年齢は可能な限り時の流れに合わせているため、周囲が気づくことはない)の時に偽名でアリアドネーに提出したある魔法理論についてである。

「我々は魔法世界の崩壊に対処するために行動している。ただしやり方が違い、MM元老院とは対立しているために、今は犯罪者ということになってはいる。けれども君の書いたこの理論を応用すれば、どちらの手段を用いることもなく、魔法世界とそこに住む全ての人々を救えるんだ」

 フェイトはテーブルに広げたネギの論文の写しを指差し、そう説明すると目の前のコーヒーを飲んで一息ついた。

「無論、合法・非合法を問わずに君が望む対価を支払うつもりだ。なんならアリアドネー留学の権利を取り戻してもいい」

「……いや、もう良いよ」

 その時のネギは、全てに疲れ切っていたようだった、と後にフェイトは語っている。

 紅茶に手を伸ばしたネギは、カップを持ち上げたまま、口に含もうとはしなかった。

「もう、“魔法使い”として、生きるつもりはないんだ。誰もが魔法に飲み込まれている、こんな世界に生きたくないんだ」

 その時のネギの脳内には、強制認識から外れたせいで今も苦しんでいる千雨や、呪いが解けずにただ立派な魔法使い(マギステル・マギ)の傀儡にされているエヴァンジェリンのことが浮かんでいた。

「……だからフェイト、合法・非合法に関わらず、僕達が逃げ出すのを手伝ってくれ」

 フェイトが顎に手を当て数刻、彼は申し訳なさそうに答えた。

「こちらで頼んだ物が完成するまでは物資供給しかできない。司法取引や法の目をかいくぐってだと、それが限界なんだ。だからそれまでじっと、魔法使いとして生きるという選択肢は「ないよ」――そうか。……一番きついが、君にとってはそれが良いのかもしれないね」

 フェイトは立ち上がり、伝票を持ってネギに背を向けた。

「商談成立だ。頼んだものを完成させた瞬間、MM元老院と僕達完全なる世界(コズモエンテレケイア)は君を、君達を守ることをここに誓うよ」

 以来、二人は顔を合わせることはなかったが、それでも連絡は密に取り合っていた。

 

「そうですか。フェイトが……」

「ああ、ここの鍵を渡した途端、どっかに消えたよ」

 芦屋駅に着き、ネギ達は事前に手配したマンションの一室に向かうために、エレベーターに乗った。このマンションもフェイトが手配していた物で、ネギは到着次第連絡を取ろうと考えていたのだが、向こうが気付く方が早かったようだ。

「このマンションは元々新築で、居住者も少ないからしばらくは人目を凌げるらしい。流石に表だって護衛はできないが、完成次第駆け付けられるよう、可能な限り近くに控えているってさ」

「それでも完成させなければ意味がない……」

 エレベーターから降り、一行は与えられた一室へと入って行った。

「急いで完成させます。昨夜の独断専行でしばらく両協会が衝突しているでしょうが、それも時間の問題です。こうなったら早く完成させて、直ぐに彼らの庇護下に入った方がいい」

「そうだな。……巻物を使うか? 精神鍛錬しかできんが、理論を組むだけならば可能だ。時間も72倍に伸ばせる」

「いえ大丈夫です、エヴァさん。理論はできています。後は魔法陣を書き上げてしまうだけですから、以前言っていた別荘の方を貸して下さい」

 そう頼むネギだが、エヴァンジェリンは申し訳なく目を伏せた。

「すまない。別荘の方は使えないんだ。中には入れるが、移動させるために陣を書き換えたから時間は伸びない。しかも別荘は向こうの荷物に混ぜていたんだ」

「そうですか……いえ、大丈夫ですよエヴァさん。僕が頑張って完成させますから、安心して下さい」

「すまない……すまない…………」

 俯くエヴァンジェリンの頭を撫で、ネギは彼女を優しく抱きしめた。

「……もうすぐ春だな」

「もうすぐ春ですね」

 千雨と茶々丸は我関せず、と荷物を広げた。

「私は幻術の首飾りで外へ買出しに行ってきますが、千雨さんはどうします?」

「風呂入ってくる。いい加減汗を流したい」

 そう言って千雨は着替えを持って、風呂場へと入って行った。

 

 同時刻、ロンドンのヒースロー空港にて。

「漸く着いたか。……久しぶりだな」

 タカミチはロンドンに降り立ち、ウェールズの郊外までの足を探しに行った。

「できれば早く、ネギ君の動機を知れればいいんだけど……」

 その瞳は遥か、日本へと向けられていた。

 

 同時刻、麻帆良学園学園長室にて。

「そうか。……うむ、うむ…………あい分かった。済まなかったな、婿殿」

 ガンドルフィーニ達、魔法関係者の前で学園長は受話器をゆっくりと置いた。

「学園長! 今すぐ他の人員を兵庫県に結集「ならん」――何故ですっ!?」

 ただネギ達を捕まえればいいと考えている魔法関係者達を宥め、学園長は命じた。

「刀子君達、正確には刀子君だが、独断で先行しすぎたようでのぅ。西は魔法の隠蔽にてんてこ舞いじゃ。負傷した神多羅木君は保護して貰えたが、刀子君に関しては向こうで謹慎処分中。そして東の人員派遣は無理とのことじゃ」

「そんな……」

 この時、正義と言う理想に溺れている者達に学園長が気付けたならば、

「とにかくこの話は終わりじゃ。後は西の者に任せる。よいな?」

 ……この先の悲劇を起こさずに済んだものを。

 

 そして、何も起きないまま三日が過ぎた。

「うん、そう、完成したんだ。造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメーカー)とのリンクが一番大変だったけど、その問題もクリアした。……うん、分かった。待ってるから急いで」

 正午。全てが片付いたネギは、今は離れた場所にいるフェイトに連絡を入れていた。しかしタイミングが悪く、控えていた護衛共々現在は別の場所にいるため、保護下に入るにはまだ時間が掛かった。

「なんとか翌日の朝までには駆け付けるそうです。その際、MM元老院の人達も連れてくるので、護衛としては確かですよ」

「漸くか。長いようで短い数日だったな……」

 エヴァンジェリンのぼやきに、他の者も頷いて応えた。

 計画に多少の齟齬があるも、追手を捲けるのであれば文句のつけようがない。ただし必要なのは翌日の朝まで捕まらないこと。ここで捕まってしまえば、全てがふいとなってしまう。

「全部終わったらその足で神戸に行こうぜ。いい加減、ネトゲのない生活にはうんざりだ」

「僕もですよ。それにもう、ゆっくりしたいですしね」

 今は全員、適当なところに腰掛けてゆっくりと茶を飲んでいる。

 もうすぐ全てが終わり、魔法世界ともおさらばできるのだ。それを思うと、この落ち着きも納得ができる。

「ところで茶々丸。食料は足りているんだろうな?」

「問題ありません。が、今日の夕飯くらいしかありません」

「別にいいですよ。全てが終わったら適当なホテルで豪華な朝食にありつきましょう。幸い、結構な金額をおまけで用意してくれるらしいですし」

 ネギの答えにエヴァも満足したのか、カップを茶々丸に渡すとすぐ横になってしまった。

 ネギ達も各々で休息を取るために、適当な場所に寝転がってしまう。

 

 けれども、彼らが平穏を得るのはもう少し先の様だった。

「目標は未だにマンションから出てきません。今日は外出しないようです。……はい、このまま見張りを続けます」

 関西呪術協会。その中でも協会の長、近衛詠春に反感を抱く者達の一派が、ネギ達の居るマンションを取り囲んでいた。彼らはネギ達を亡き者とし、その責任を追及されるであろう長を嵌めようと画策していたのだ。

「突撃は明日だ。相手は四人くれぐれも油断するなよ?」

 その一言で、隊長格を一人残して残りは姿を消した。

 

 同時に、関東魔法教会の人間、とりわけネギ達を『悪』だと決めつけた者達が西の者達とは別の場所でマンションを睨んでいた。

「動きは無しか……」

「突入しましょう、ガンドルフィーニ先生!!」

 高音が強硬策を提示するも、ガンドルフィーニは待ったをかけた。

「魔法を見られるわけにはいかない。特に関西の人間に見つかればやいのやいのと五月蝿く言ってくるのは目に見えている。だから行動は夜だ」

「分かりましたわ。……全く、何を考えているのでしょうね、彼は」

「全くだ。よりにもよって悪の魔法使いであるエヴァンジェリンや魔法とは関係のない一般生徒を巻き込んでの逃亡劇等、立派な魔法使い(マギステル・マギ)としての義務を蔑ろにしているとしか思えない」

 彼らもまた散り、マンション周辺には必要最低限の見張りしか残らなかった。

 

 ロンドン、ヒースロー空港。

「本当なんですか、学園長!? 魔法関係者の一部が先走って兵庫県に向かったというのは!?」

『本当じゃタカミチ君!! 儂も直ぐに関西へ駆け付ける故、君もそのまま向かってくれ』

「分かりました!! では後程!!」

 タカミチは報告のために使っていた公衆電話の受話器を置き、後ろで待っているクルトとフェイトに振り返った。

「不味いぞ!! 既に追手が向かったらしい!!」

「これだから立派な魔法使い(マギステル・マギ)の連中は……」

「その辺りは同意する。昔から全然変わらないっ!」

 彼らは急いで用意されたチャーター機の搭乗口に乗り込んだ。

「早く出せっ!! 時間がない!!」

 クルトの指示に従い、チャーター機は日本へと飛び立った。

「ネギ君……」

 拳を強く握りしめ、タカミチは歯を食いしばった。信じていたものが間違っており、自らを責めずにはいられないのだ。

 

 陽は暮れる……。

 西の下らない思惑と東の歪んだ矜持、そしてネギ達“魔法による弊害”を受けた被害者達は、今宵月夜の下で舞い踊る。銃弾が飛び交い、隠匿されるべき神秘が全てさらけ出された祭典は、いつ終わりを迎えるのだろうか……その結末は誰にも分からない。




次回予告
 ついに始まる凶乱の宴。突撃してくる魔法関係者達にネギ達はどう立ち向かうのか! そしてトリプルT達は間に合うのか!? 作者はルパン三世好きで下手な二次創作を見つけるとブチ切れる程だと見抜いた方を称賛しつつ次回を待て!!
「この程度なら千雨さんとゲームした時の方がまだ遣り応えがありましたね……」


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第06話 凶乱の宴に負傷者はつきもの

 全く関係のない私事ですが、2017年12月11日20時頃に青信号の横断歩道を歩いていたら、右折か左折をしていた車に当て逃げされました。スピードはなかったので怪我は大事ないのですが、人にぶつけといて知らない顔で立ち去る阿呆な運転手が富山に居るので、皆様も気を付けてください。
 尚、犯人は白の軽か普通乗用車で、形はワゴンに見える後ろが角ばった奴です。ナンバープレートはイエローで0と8の組み合わせのナンバー(咄嗟のことで確認が遅れました)です。詳しい場所はtweetしていますので、興味のある人は確認を。見かけられた方は近寄らず、警察に『轢き逃げ犯がいる』と通報するか、一切関わらない様に願います。卑怯者過ぎて、真っ当な社会人なら関わる価値が一切ない人物なので。
 それでは、引き続き本作品をお楽しみください。


「数は!?」

「かなりの数です。おそらく東と西の両方かと……」

「くそっ! 最後の最後に……」

 深夜遅く、スーツケースの中身はぶちまけられ、散らばる武器を次々と使えるようにしていく千雨とエヴァンジェリン。茶々丸は事前に聞いていた監視カメラの映像を収集し、ネギはフェイトと連絡を取るために受話器を握りしめていた。

「栞さん!! フェイト達は今そちらにいますか!?」

『すみませんネギさん!! 今フェイト様達は日本へ向かっているのですが、未だ時間が掛かります!!』

「分かりました……」

 電話を切り、ネギは皆の方を向いた。

「援軍はしばらく期待できません。ここで籠城します。幸い、フェイトが向こうへ発つ前に他の住人を他所へ移していったので、被害を考えずに迎撃できます」

「不幸中の幸いは遠慮なしでいい、ってか? つくづく嫌気がさしてくるな」

 そう言って千雨はネギのグロック17を手渡した。

「弾丸は全て高圧縮魔力弾頭だ。もう加減はできないと考えた方がいい」

「分かっています。千雨さん」

「マスター、こちらを」

 茶々丸もエヴァンジェリンに、一丁の拳銃が納められた箱を手渡した。

「フェイト・アーウェルンクスより昨日届いたものです。以前より求められていた超高圧縮魔力弾頭専用銃です。威力はネギ先生の使う高圧縮魔力弾頭の数十倍で、並みの魔法使いならば防御の有無に関わらず吹き飛ばせる代物です」

「ああ、以前フェイトに頼んだやつですね。漸く届いたんですか?」

「ほう、私専用の銃か」

 エヴァンジェリンは箱から銃を取り出し、頭上に掲げてみせた。

「超高圧縮魔力弾頭専用銃、通称“ジャッカル”。全長39cm、通常時重量500g、使用時重量16kg。使用時は安全装置を解除してください。その瞬間展開された重力軽減の魔法陣及び引き金のストッパーが解除されて銃に込められた魔力が銃身補強に回されます。そして使用時も、銃身補強のために魔力を常に補充しなければなりません。ちなみに装弾数は6発です」

「素晴らしい……まさに私のための銃だな」

 嬉しそうに掲げるエヴァンジェリンを眺める面々。できればもう少し眺めていたかったが、そうも言っていられない。

「千雨さんもこちらをお持ち下さい。生憎と専用銃は間に合わなかったらしいですが、例の弾丸だけは届きました。持ち込んだ単発銃ならば使用は可能です」

「連射できないのがきついが、まあいい……ってこれドア・ノッカーじゃねえか!? 口径違うしんなもん使えるかー!!」

「間違えました。これは私の装備です。弾はありませんが」

 んな役に立たないもん持ってくんなよ……とぼやくも千雨は茶々丸から別の中折れ式単発銃と弾丸を受け取る。けれども受け取った瞬間、瞳を真剣なものに変え、一発だけ銃に込めた。

「ま、何だかんだ言ってもやるだけはやるさ。……じゃないとここまで逃げ切った意味がない」

 一緒に受け取った肩掛け式のホルスターを身に付け、そこに単発銃を押しこんだ千雨。上着を着込んだ彼女を合図に、各々武器を構えた。

「下は私と茶々丸、上はネギとエヴァでいいな。……生きて会おう」

 ジャキキン!

 各々が銃のスライドを引き弾丸を薬室に込める。後に彼らは、それぞれの戦場へと向かっていった。

 

 マンションの正面玄関前。一面に配置される式神達で埋め尽くされた光景を前にして、正面のビルで天ヶ崎千草が呪術師達を指揮していた。

「ええか! 絶対に逃がすんやないで!! あの連中を始末できれば、東の無能さを露呈させて日和見の長を引きずり降ろせるんやからな!!」

「元気やなぁ、千草姉ちゃん」

 小太郎が呆れた眼差しで見つめてくるも、千草は我関せずと自らの式神である熊鬼と猿鬼を召喚し、他の式神達の先頭に立たせた。

「絶対に仕留めるんや!! 特になんかキャラ被ってる長谷川千雨は絶対にうちの前に引き摺りだしぃ!!」

「うわ、私利私欲満々やん。んなこた知ら――」

 ドォオン!!

 轟音が辺りに響き渡り、同時に破裂した猿鬼の衝撃で近くにいた者は一人残らず地面に叩きつけられてしまった。

「千雨さんでないのは申し訳ありませんが、今宵は私がお相手いたします」

 マンションから悠々と出てきた茶々丸の手には、常人では使えない規模の対物狙撃銃が握られていた。

「できれば撤退をお勧めします。何分高火力装備なため――」

 ドォオン!!

「――加減が一切できませんので」

 再び鳴る轟音に、今度は熊鬼の方が吹き飛ばされてしまう。

 

「まさか西の連中も動くとは……だが囮としては使えるな」

「ガンドルフィーニ先生、このまま上に行きましょう。油断しているところをズドン! です」

「先生にお姉様~それって悪役の台詞です~」

 後ろからついて来る愛衣達に振り返って、高音はきつめに反論した。

「いいえ、愛衣!! いいこと、私達は正義であり、連中はその崇高な使命を放棄した落後者達。いわば悪です! 悪ならば何をやっても許され「なわけねぇだろ」――ヌヒョワッ!?」

 裏門から投げられてきた魔法球が無数に分裂し、鉄の砲弾として辺り一面にばら撒かれたのだ。その勢いはすごく、辛うじて防御が間にあった高音や愛衣はともかく、ナツメグを庇ったガンドルフィーニはどてっ腹に受けたために悶絶して地面を転がってしまう。

「ガンドルフィーニ先生!?」

「ナツメグは先生を治療しなさい! 愛衣、行きますわよ!!」

「逝くんですかぁ~?」

 裏門を潜り、マンションの中に入るも、待っていたのは逃亡者達ではなく、

「お姉様っ!?」

「下がりなさい、愛衣!!」

 壁から壁に並べられたクレイモア地雷だった。一斉に起爆する地雷群に、高音は影の鎧(ローリーカ・ウンブラエ)の自動防御を駆使して防ぎきってしまう。

「おのれ悪め、この高音・D・グットマンが正義の鉄槌を叩き込んでくれますわ!!」

 

「いや、悪党は完全に向こうだろ。しかも三下臭がぷんぷんするし」

 千雨は手榴弾や魔法球をふんだんに使ってトラップを幾重も形成しつつ、階段で上に上がって行った。エレベーターは事前にワイヤーケーブルを切断しているために、どうあがいても向こうが使うことは許されない。それはこちらも同じだが。

「とはいえ裏手に回った人間が少ないな。ほとんどは表か上だろうけど……あいつら大丈夫かな?」

 そうぼやきつつもあの面子では一番弱いと自覚している千雨は、冷静に後退しつつ対人地雷を仕掛けた。

 

「ヘリコプターが一杯ですね~エヴァさん」

「無粋な人間も多すぎるがな」

 屋上にいるネギとエヴァンジェリンは頭上を仰ぎ、領空権を制している魔法使い達に目を向けていた。しかしヘリコプターに乗っているのは西の呪術師達らしく、そこから式神が次々と召喚されて宙に浮いている。ちなみに全員モブキャラである。

「さてネギよ。今宵は共に踊り明かそうではないか」

「朝までエスコートしますよ、エヴァさん。……いえ、Ms. McDowell, Shall we dance?」

「フッ。……Sure!」

 二人は背中合わせになるや、それぞれ銃口を頭上に掲げ、同時に封印を解く。

『拘束制御術式第参号、第弐号――解放!!』

 屋上に溢れだす魔力の奔流を合図に、無数の攻撃がネギ達に降り注いだ。

 

「ああ、マスターが楽しそう……」

 式神の頭に左手のガトリング砲を突き付けて発砲し、無力化すると茶々丸はそう呟いた。常に他の場所の様子も窺えるために言えたようなものである。

「ほら、もっと式神出さんかい!! こうなったら総力戦や!!」

「千草姉ちゃん、俺帰ってええか~?」

 向こうも式神による波状攻撃に切り替えたため、茶々丸としてはかえって戦いやすくて助かっていた。

(やはり、人はなるべく殺したくはありませんからね……)

 今ので弾切れになったガトリング砲を捨て、バックパックからジャックハンマーを二丁引き抜き、両手に一丁ずつ構えた。

「まだまだ残弾に余裕があります。幾らでも攻めてくれて構いませんよ?」

「ようゆうたぁ!!」

 千草の号令と共に既に第四波となる式神の群れが押し寄せてきた。

「この程度なら千雨さんとゲームした時の方がまだ遣り応えがありましたね……」

 挑発的な一言が漏れるも、ジャックハンマーの連射音に掻き消されてしまう。

 

「クシュン! ……誰だよ噂しやがったのは?」

 適当に階段から手榴弾を撒きつつ登ること十階。未だに諦める気配がないのか、

「待ちなさい、この悪党! 堂々とこの私と決闘なさい!!」

「お姉様ぁ~もう帰りましょうよぉ。危ないですよ~」

 等と千雨達が悪党であっても乗らないだろう挑発を繰り返していた。

「まさかあいつらか? ……なわけねぇか」

 手榴弾も底を尽き、千雨はイングラムM10を左手に構えた。しかし彼女の瞳は例の単発銃に向けられている。

「こいつであいつらに何処まで通用するか……本当に効くんだろうな、これ?」

 

 半年前。ネット上で千雨はとある弾丸を作れないかとネギに相談していた。

『魔力素破壊弾頭、ですか?』

『そ、魔法そのものでもいいけど、それに干渉して破壊するような弾丸が欲しいんだよ』

 計画を練っていた時、千雨には一つの懸念があった。それは普通の人間である自身の戦闘力のなさだった。幾ら今から身体を鍛えているとは言っても、他の生徒に隠れながらだとたかが知れている。ならばせめて対魔法使い用の武器を持っていないと足を引っ張りかねないのだ。そこでたまたま思いついたのが、魔力を破壊できる弾丸なのだが、海向こうの友人は難色を示しているのか、一向に返事を返してこない。

 ないのならないでいいと打とうとしたら、その前にネギの返信が返って来る。その内容を読んで千雨は驚いた。

完全魔法無効化(マジックキャンセル)と言う能力が存在しています。その力を弾丸に込められればもしかしたら……とにかく協力者に頼んでみます』

「マジかよ、おい……」

 ちょっとした思い付きだったのだが、可能性があるのならばそれに賭けるしかない。幸いにもまだ時間があるのだ。その間に用意できるのならば……。

『頼む』

 そう返事して、千雨はチャットウィンドウを閉じた。

 

「神楽坂がその力を持ってたのは良いんだが、ガセじゃねえだろうな? 幾らバカレッドでも、そんな力があるなら私と同じように、強制認識受けられずに苦しんでるだろ、普通」

 ちなみにこの弾丸はエヴァンジェリンと協力して本人の血液を奪い、ウェールズに送られて力だけを抽出して作られたものである。

「これでガセだったら笑い話にもなんねえよ。ったく!」

 咄嗟に階段から離れる千雨。同時に魔法の炎が階段中を埋め尽くした。

「あっぶねえな! くそっ!!」

 階段から躍り出た高音に向けて左手のイングラムM10を連射し、反撃の隙を与えないまま右手でSIGP230を構えて発砲、扉の鍵を破壊して一室に転がりこんだ。

「そんなところへ逃げ込んでも、私からは逃れられなくてよ!!」

「……まあ、逃げる気もないがな」

 そう呟いて千雨はSIGP230を腰に仕舞い、イングラムM10の弾倉を取り変えた。

 そして軽く息を吐くと、右手で単発銃を引き抜いて構え、部屋の外に躍り出た。出て間もなく、千雨はイングラムM10の引き金を引いて弾丸をばら撒く。

「そんな豆鉄砲等、効きませんわ!!」

 高音の挑発にもどこ吹く風で、千雨は単発銃の銃口を影の鎧(ローリーカ・ウンブラエ)に向けて引き金を引いた。

 ダァン!!

 

闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!! ハッハァ!! 楽しい、楽しいぞネギ!!」

雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!! いやまったくですよエヴァさん!! あのクソ親父が居ないのはもの足りないですけど、それでも遠慮なく立派な魔法使い(マギステル・マギ)の連中をぶっ飛ばせるんですからね!!」

 銃弾が、魔法が、あらゆる攻撃手段が屋上を覆い尽くし周囲の敵を薙ぎ払っていく。

 エヴァンジェリン等遊んでいるのか、闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)以下の威力の魔法を連射している位だ。これでよく死人が出ないものだと感心してしまう。

白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)!! ……っと、もう弾切れですね」

 魔法と同時に発砲したグロック17のスライドが下がり切ってぼやくネギを、エヴァは背中越しに声を掛ける。

「遊びすぎたな、ネギ! ……って私もか。全く、弾丸が少ないのは困りものだな。ヘリを撃ち落としただけで、ほとんど用なしになるとは。……まあいい、リク・ラク ラ・ラック ライラック!! 来れ(ウェニアント・スピリトゥス)氷精(・グラキアーレス)――」

 宴は終わらない。ネギとエヴァは銃を仕舞うとそれぞれ魔法攻撃に専念する。良くも悪くも全開でないのが作用して、魔力量にはまだまだ余裕があった。

 

 この宴の閉幕は近い。帳を下ろすために者達が今、この舞台へと向かっている。




次回予告
 とうとう役者が揃う次回。ネギが、エヴァが、千雨が茶々丸が、自らの気持ちを口にしつつも戦うことをやめない第07話。前書き、後書きを含めて全話を読み返しつつ、次回を待て!!
「悪い、神楽坂……」


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第07話 漸く全員集合。謎解きは戦乱の後で

「どうやら、互いに武器が尽きてしまったようですね」

「そやな……あんさんもやるやんけ。まさかここまで武器を持ち込んでるとは思わんかったで」

 辺りに散らばるのは茶々丸の武器の残骸と式神の符。最後など肉弾戦で呪術師相手に殴り合っていたのだ。それももう、限界に近かったが。

「というわけで小太郎! やってまい!! ……小太郎?」

「黒髪の少年ならば、肉弾戦に入る前に帰りましたよ。『あほらし』とか言って」

「あほーっ!!」

 戦場にも関わらず明後日の方を向いて叫ぶ千草。

「Guard Skill――Hand Sonic」

 我関せずと茶々丸は両手の仕込み刃を展開し、片方を千草に向けて構えた。

「……武器は品切れちゃうんかい?」

「持ち込んだ武器は、です。仕込みは未だ健在ですよ」

「んなの反則やろっ!! さっきの肉弾戦で使えやっ!!」

 あまりの理不尽さに叫ぶも、意味がないと悟るや千草は、防御用の呪符をどうにか攻撃に使えないかと思案する。だがそれを茶々丸が待つ道理はない。

「では行きます。……手足の2,3本は覚悟してください」

 茶々丸は駆け出し、右手の刃を千草へと向けて突き出す。

 しかし、それは叶わない。

 

 キィン!!

 

「……!?」

 甲高い金切り音と共に茶々丸は後退し、右手の仕込み刃に目を向ける。刃は半ばで折られ、いや切り裂かれていた。

「手足の2,3本でも困りますよ。……君が茶々丸君だね?」

 そこには刀を構えた関西呪術協会の長、近衛詠春が立っていた。

「確かにそうですが、何か御用ですか? 近衛詠春様」

「おや僕のことを知っているのかい。……なら話は早い。戦闘行動を中止して欲しい」

「構いませんよ。そちらが攻撃及びマンションへ突入しない限りは」

 元々籠城するつもりだったのだ。時間さえ稼げるならばどの選択肢でも問題はない。

 茶々丸は仕込み刃を仕舞い、手を前に組んで待機状態に入った。

「助かるよ……もう少しでお義父さん達も駆けつける。そうすれば君達は彼らの庇護下に入れるよ」

「成程……我々の事情を御存じなのですね?」

「人伝だけど……ネギ君の事情は、ね」

 詠春は静かに刀を鞘に納めた。

 

「悪い、神楽坂……」

 右手の単発銃を降ろし、千雨は無意識に呟いた。

「あ、ああ……」

「……お前の馬鹿さ加減を甘く見てた」

 目の前では完全魔法無効化(マジックキャンセル)の影響で影の鎧(ローリーカ・ウンブラエ)を貫通した弾丸が高音の腹部を貫き、彼女を血溜まりに伏せさせていた。

「お姉様、っ!?」

「悪いが動くな」

 単発銃を手放し、素早くSIGP230を引き抜いて発砲した千雨は、ゆっくりと高音達に近づいていく。

「治療用のマジックアイテムがある。こいつを渡すから、武器を全部捨てて帰れ」

「分かりました! だから早くお姉様を!!」

 イングラムM10も捨て、左手で腰のポーチから治療用マジックアイテムを取り出すと、高音達に見えるように掲げて見せた。

「まずは装備を全部外せ。確認したらこいつを投げ渡す。そしたら外した物を全部外に投げてから使え」

「分かりまし「その必要はありませんわ、愛衣!!」――お姉様っ!?」

「なっ!?」

 咄嗟的に千雨が銃口を向けた先には、腹が痛むにも拘らず、腕の力だけで起き上がろうとする高音がいた。

「お前……」

「貴女、の、ような、悪、党に!」

 立ち上がれなくとも、彼女はまだ戦えた。その証拠に、影の鎧(ローリーカ・ウンブラエ)を再び操作して身体に纏わせ始めている。さらには黒衣の夜想曲(ノクトウルナ・ニグレーディニス)をも召喚しだしていた。

「私達正義の「何が正義だよ」――え?」

 高音が千雨を見ると、彼女の持つSIGP230が、銃口を揺らして視線の上を彷徨っている。

「お前達は善人どころか偽善者ですらない……ただの独り善がりな自己愛者(ナルシスト)だ。断じて正義の味方なんかじゃない!!」

 軽い銃声が二発。その銃弾は、高音が召喚した黒衣の夜想曲(ノクトウルナ・ニグレーディニス)を正確に撃ち抜いていた。

「お前達はただ結果が欲しいんだろ!? 『自分が助けた』、『自分が守った』、『自分が行動したから救われた!』、そんな下らない結果が欲しいから!! あちこちで出しゃばっては勝手に満足して消えていくんだろうが!!」

「貴女、何を……」

 事情が飲み込めずに思わず呆然としてしまう高音に、千雨は無表情にSIGP230の銃口を突き付けた。

「もういい、あの時お前がいたせいでこうなったんだ。……だからさ、」

 

 死んでくれよ。

 

 千雨の指が引き金に掛かり、高音が咄嗟に百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ)を放とうとした瞬間、

 

「そこまでだ。どちらも手を出すな」

 

 突如二人の間に龍宮真名が割り込み、それぞれにデザートイーグルの銃口を突き付けてきた。

「……龍宮?」

「ちょっと貴女! 何故私にまで銃を向けてますの!?」

 龍宮はどちらの意にも介することなく、ただ冷静に状況だけを告げる。

「学園長からのお達しだ。『事情は理解した。もうすぐ魔法世界より使者が来る。至急屋上に来られたし』だ」

「……分かったよ」

 突然の闖入者に漸く冷静になれたのか、千雨は銃を下ろして数日ぶりに会うクラスメートに目を向けた。

「傭兵だと聞いちゃいたが、まさかこんな所で会うとはな」

「それはお互い様さ。……できればこれ以上、知り合いとは戦場で会いたくはないがね」

 ニヒルに笑い返すと、龍宮は千雨の方に向けたデザートイーグルだけ、ホルスターに納めた。

「早く屋上へ行こう。そこで倒れている悪役(彼女達)を連れてね」

 

雷の投擲(ヤクラーティオー・フルゴーリス)!! ……エヴァさん、大丈夫、ですか?」

凍てつく氷柩(ゲリドゥスカプルス)!! ……精神的には、結構、効くな…………」

 屋上では死屍累々と倒れ行く魔法関係者達がネギ達の周りを覆っていた。驚きなのは、全ての者達が未だ生きているといる点だ。

「流石に全解放はできませんからね。……殺したらこいつらと一緒になってしまう」

「……ネギ、私は「エヴァさんは正当防衛ですよ。自分から手は出してないでしょう?」――だが、最初の一人は明確な殺意を持って殺した」

 背中合わせに話しながらも、それぞれの手の先からは『魔法の射手(サギタ・マギカ)』が放たれていった。

「もう汚れてるんだよ。この手は……ネギ?」

「じゃあ、一緒に汚れますよ」

 呪術師の破魔呪により負傷して下ろしたままの手を握るネギに、エヴァは驚いて後ろを向く。

「貴女を呪いから解放した時から、僕はもうお尋ね者です。千雨さんは脅迫されていたことにできますし、茶々丸さんはガイノイド、元々命令には逆らえませんでした。……だから僕と貴女で、一緒に汚れた道を歩きます」

「……お前は誰よりも馬鹿だよ、ネギ。…………だからこそ、鳥頭(ナギ)のことなど、どうでもよくなってしまう」

 とうとう足も撃たれてしまった。ネギとエヴァは背中合わせにその場にしゃがみ込んでしまう。けれどもその手は、未だに放れることはない。

「共に歩もう。……何処までも汚れた、誇りある悪の道を」

「この命、尽きるその間際まで」

 ネギはエヴァの手を放すと、静かに立ち上がって、両掌を前に交差させた。

「共に汚れていきましょう。…………拘束制御術式第壱号――か「|冥府の石柱《ホ・モノリートス・キオーン・トゥ・ハイドゥ》」――見せ場取らないでよ、フェイト」

 ネギ達を囲う様に降り注いだ柱状の岩が、直前まで迫っていた魔法の数々を押し潰してしまう。その光景に魔法関係者達が圧倒される中、遥か上空より、三人の男性が降り立った。

「すまないネギ君。……色々な意味で邪魔だったかい?」

「まあ、僕達がやられる前に間に合ったのはうれしいんだけど……狙ってやらなかった?」

「……ソンナコトハナイヨ、ネギクン」

 片言ですっとぼけるフェイトを無視して、ネギはエヴァに手を伸ばした。

「どうやら、ダンスパーティーはこれまでのようですね」

「……そうだな」

 

 夜明けと共に、一台のヘリがもはや廃墟と化したマンションの上を舞い、一人の人物を降ろして去って行く。その人物は緩やかに降り立つと、既に揃っている面々の眼前をゆるゆると歩き出した。

「これはこれは……一通り揃っとるのぉ」

 顎髭を撫でながら、麻帆良学園学園長、近衛近衛門は一人一人、顔を覗き込んでいく。

 関西呪術協会の長近衛詠春にガンドルフィーニ達魔法教師、高音ら魔法生徒に天ヶ崎千草率いる呪術師達。普段は邂逅することがない彼らの間に居る者達の傍へ、学園長は歩き出した。麻帆良学園のデスメガネことタカミチ・T・高畑、MM元老院総督クルト・ゲーテル、完全なる世界(コズモエンテレケイア)のフェイト・アーウェルンクスらに囲まれているこの事件の主役達の下へと。

「さて……この場合は初めまして、となるのかのぉ? ネギ・スプリングフィールド君」

「どうでしょうね。……他にも言うべきことは多々あると思いますが」

 ネギ・スプリングフィールド、長谷川千雨、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、絡繰茶々丸は互いを守るように身を寄り添いあっていた。その手には未だ魔法発動媒体が握られ、茶々丸に至ってはいつでも武器を展開できるよう、腕を微かに持ち上げている始末だ。

「今回の件、儂等は君の過去が中心となって起きたと考えておるが、その辺りはどうなのかね?」

「……何処まで知ってるんですか?」

「魔法学校での出来事位ならば、そこのタカミチ君から一通り、のぅ」

 学園長は思案しつつ、ネギの傍に近寄って、しゃがみこんでいる彼の目線に合わせて膝を折った。

「故に、全ての過去を皆に話した上で、謝罪させて欲しい。良いかね」

「……いいわけないだろうが、じじぃ」

 だが答えたのはエヴァンジェリンだった。彼女は片手を持ち上げ、掌の上に氷塊を生み出し、学園長に威圧的な眼差しを向けている。

「これ以上、ネギの傷を広げるというのなら「落ち着け、エヴァ」――何故止める千雨っ!?」

 けれども千雨は、エヴァンジェリンの行動を諌めた。しかし彼女の瞳は、他ならぬネギに向けられている。

「それはネギが決めることだ。それに、もう事情を説明しないと、今度はこっちが悪役になるぞ」

「だがっ! それでは……」

 手の氷塊を消すと、エヴァンジェリンはネギを強く抱きしめた。顔を自らの胸に埋めさせ、視界に魔法使い達が映らないようにしている。

「なにより、私ももう疲れてるんだ。だったら連中との話をとっとと済ました方がいい」

「でも、それじゃあネギは……」

 顔を伏せるエヴァの頭に手を伸ばして一撫ですると、千雨は周囲を見渡して、こう呟いた。

「大なり小なり、それぞれの思惑や事情もあったが、計画の始まりはネギの過去にある。けれども、それはきっかけに過ぎない。ネギのことはなくとも、少なくとも私は同じ道を進んでいたと思う。その上で聞いて欲しい」

「だ「静かにしたまえっ!!」――……高畑先生?」

 話を遮ろうとする高音を諌め、タカミチはクルトの方を向いた。

「悪いが頼めないか? ……僕には彼の過去を語る資格はない。僕自身も、彼らと同じ穴の貉だと思うから」

「……分かったよ、タカミチ」

 クルトは肩を竦めると、一歩前に出て、この場にいる者達全てに聞こえるよう、声を大にして語った。

 

「かつて、ネギ・スプリングフィールドは皆と同じように立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指し、父ナギ・スプリングフィールドのような人物となれるよう努力した。……しかし、彼の道を、彼の将来を遮ったのは――」

 

 ――同じく立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指す者達だった。




次回予告
 ついに明かされるネギの過去。はたして読者の予想通りなのか、それとも予想を裏切るのか。正義とは、悪とは何かを考えつつ待て、次回!!
「……本当の正義、か」


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第08話 過去編。折られた杖と、その矛先は如何に

 ネギ・スプリングフィールドは、あの雪の日以来、努力を欠かしたことはなかった。外に出れば体術を身につけ、内に居れば机で勉学に励む。まさしく晴耕雨読な毎日を魔法学校で過ごしていた。理由はいつも、彼が携えている一本の杖。サウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドが使っていたとされる杖だ。

 あの時まで、彼にとってサウザントマスターは、ある意味物語の登場人物に過ぎなかった。千の魔法を使い、魔法世界を救った英雄だと、信じて疑わなかった。彼が死亡したという話も聞いたが、幼い彼には死の意味は理解できていなかった。せいぜいが会う機会がないだろう、という位しか。だからこそ、悪魔達の襲撃を受けた際、駆け付けてくれたサウザントマスターに対して、英雄(ヒーロー)としての尊敬の念を抱いたのだろう。

 ネギはあらゆる魔法をマスターするだけでは満足せず、新たな魔法の創作に乗り出していた。常時開放魔力を抑制する拘束制御術式を始め、雷切、超電磁砲(レールガン)竜破斬(ドラグ・スレイブ)等を生み出してきた。中でも最高傑作だと自信を持って言えるのは、固有時制御だった。一定範囲内の時間の流れを操作する術式は、もしかしたら時間跳躍魔法の先駆けとなるやもしれない。今でこそ時間を早めるか遅めるかが精々だが、将来この理論を応用して時間跳躍魔法を誰かが開発するかもしれない。

 それに気づいた時、ネギは目標であるサウザントマスターに、立派な魔法使い(マギステル・マギ)に至るための手段として、新たな魔法を生み出していく道を選んだ。けれども、今のままでは成長できないと、ネギは悟っていた。何故なら、ここでは誰も彼を、『ネギ・スプリングフィールド』として見ていないからだ。

 褒められることをしても、流石は英雄の息子だと評価される。資料読みたさにこっそり立ち入り禁止の書庫に潜り込んでも、英雄の息子だから仕方ないと判断される。そう考える人間が多いここでは、例え立派な魔法使い(マギステル・マギ)になろうとも、誰も『ネギ・スプリングフィールド』ではなく、『英雄の息子』として見ることになってしまう。何をやっても、誰もネギ自身を見ようとしないだろう。

 その時のネギは、英雄の息子であることを誇りに思いつつも、いつか父のような英雄として名を連ねたいと考えていた。故に、肩書に拘らずにネギ自身を評価してくれる環境で自己を高めようという思いに至ったのだ。

 幸いにも新しい魔法の特許で得た資金がある。ネギはこれらをふんだんに使い、時間を伸ばせる巻物やダイオラマ球を買い漁った。使いすぎたがために肉体的成長は計り知れないものと化したが、偶然手に入れた闇の魔法(マギア・エレベア)の巻物(ラカンが酒を飲む金欲しさに市場へ流してしまったものを、偶々ネギが購入した)と固有時制御を組み合わせることで通常の成長速度に調整することができた(実はその時から、ネギはエヴァに気があり、いつか会おうと考えていた。登校地獄についてはまだ知らなかったが)。そしてある日、ネギはウェイバー・ベルベットという偽名で固有時制御に関する論文を作成してアリアドネーに送った。

 結果は直ぐに帰って来た。これでもかという位の高評価である。その瞬間、ネギは素早く返事をしたため、自らの正体及びアリアドネーへの留学を希望する旨を伝えた。

 留学自体は認められた。流石に職員の中には色眼鏡で見かねない人間も居るが、基本的には平等に接する、という言葉も添えられていが。しかし、概ねネギの希望は通ったと言える。ネギは直ぐに校長に報告し、留学の手続きを取ろうと封筒を握りしめ、駆け出した。英雄になれる。父と同じように、歴史に名前が載る。そう信じて。

 

 しかし、ネギの留学は叶わなかった。

 

 校長はどっちつかずであったが、それでもネギの希望は通してやろうと考えていた。けれども、周りの人間は違った。サウザントマスターを偶像視している彼らにとって、ネギが留学するというのは受け入れられない事態だった。

 ネギは唯の人間ではない。彼は英雄の息子だ。その思いが彼を一人の生徒としか見ないアリアドネーを敵視し、留学の話を独断で反故にした。彼らは立派な魔法使い(マギステル・マギ)として正しい行いをしたと思ったことだろう。けれどもそれが、ネギを本気で怒らせてしまった。

彼は暴れた。今までの生で培ってきた全てを使って暴れまくった。魔法学園は崩壊しかけ、留学の件に関わった者達は全て瀕死の重傷を負った。特にひどかったのが、ナギの杖をへし折った瞬間だった。その時から彼はサウザントマスターを、自らの父を呪うようになった。

 ネギは自らの殻を形成して閉じ籠り、ネカネやアーニャですら他人だと思い始めるようになった。以来、彼の生活は一変する。積極的に受けていた授業を全てボイコットし、日がな一日ネトゲで時間を潰すようになった。その理由は彼を知らない、唯の人間だと思う環境を探してたどり着いたのがそれだったからだ。その時に千雨と出会い、彼女を通じて本物のエヴァンジェリン、茶々丸と交流を持つようになった。

 最初は唯のネトゲ仲間だったが、互いの愚痴を聞きあっている内に何かしらの共通点を見つけた千雨がネギに鎌をかけたのがきっかけだった。そして魔法を知り、魔法世界のことやエヴァンジェリンのことを千雨作の特殊回線によって開かれたチャットでほかの誰かに聞かれることなく、知ることとなった。千雨はその話をした次の日にエヴァンジェリンに声をかけ、ネギとの橋渡しをした。彼らは最初衝突しあったが、次第に心を許し合える仲にまで進展していった。特に大きかったのが、立派な魔法使い(マギステル・マギ)に虐げられた過去を持つ共通点だったといえよう。

 愚痴りつつも、いつかは魔法世界から逃げ出そうと画策しあう日々。そんな日常があったからこそ、彼らは日々を生きていけたのだろう。ただしそれは現実となる。フェイト・アーウェルンクスとの接触が、彼らの逃亡計画を後押ししたと言えよう。

 

「……そして彼らはここまで逃げてきた。魔法世界から、立派な魔法使い(マギステル・マギ)から逃げるために!!」

 クルトは叫ぶように、話を締めくくった。

 周りは騒然としている。無理もないだろう。同じ立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指す者同士が、全く違う考えに至ったのだから。そして先に動いたのは、立派な魔法使い(マギステル・マギ)等とは何の関係もない者達だった。

「……あほらし、単なる内輪揉めかいな」

 そう考えるのも無理はない。千草にとって魔法使いとはかつての大戦で家族を失うこととなったそもそもの原因である。むしろ今回の一件は、その敵同士が互いに争っていたという風にしか見えなかったのだろう。

「こんな内輪揉めにチョッカイかけるなんて、情けのうなってくるな。……皆、帰るで!!」

 千草の一声で、関西呪術士協会の人間は詠春を残してマンションの屋上から去って行った。死者が出なかったことも、今回の騒乱で強く憎めなかったことも後押ししたのだろう。

 残された詠春は腕を組んだまま、古い馴染みに声をかけた。

「エヴァンジェリン、一つ分からないことがあるのだが」

「……何だ、詠春」

 話をしている間中、ずっと伏せていた顔を重たげに上げ、エヴァンジェリンは詠春に意識を向けた。

「ネギ君のことは分かったし、君自身についてもあの馬鹿(ナギ)が約束を守らなかったのが原因だと理解している。……じゃあ、そこの彼女はどうしてここにいる?」

 詠春の瞳の先には、件の彼女、長谷川千雨がいた。

「そうですわよ!!」

 その瞬間、我が意を得たとばかりに高音が立ち上がり、千雨に食って掛かった。

「そもそも何なんですか貴女は!! 魔法関係者でもないのに勝手に我々を敵視して「さっき言った通りだよ」――はい?」

 千雨は立ち上がり、右手を持ち上げた。その先にはSIGP230が握られている。

「さっき言った通り、あの時お前がいたせいでこうなったんだ。……顔を見るまで気づかなかったよ、あの時の女だと」

「貴女は一体……」

 高音にとって、向けられた銃よりも千雨との過去について、意識がずれてしまった。けれども思い出してしまう。……千雨の放った一言を持って。

 

「『お姉ちゃんは、魔法使いなんだよね?』」

 

 あれは千雨が小学生の時だった。両親が死に、一人で生きられるよう親戚の勧めで麻帆良の地に暮らし始めた時のこと。

 小学生とは単純なもので、見聞きしたものを本物だと信じ込んでしまう。しかし、彼女は違った。こことは違う常識を覚えていたから、彼女は違うと叫んでいた。……これは異常だと。

 麻帆良学園は、学園都市であると同時に魔法世界の住人が多数住む街でもあった。故に学園全体に強制認識を掛けられ、例え誰かが魔法を使ったとしても、これが現実だと刷り込ませて隠し通せるようにしたのだ。けれども千雨には、それが適用されなかった。僅かに残る両親との思い出が彼女を守ったのか、それとも元々対魔体質で効かなかったのか。

 原因は定かではないが、彼女が強制認識を受け付けずに、超常的なことが起きればこれは現実じゃない、魔法が存在するんだと声高に叫んでいたことに変わりはない。けれども所詮、彼女は独りだった。誰一人として、千雨に取り合うことはなく、徐々に彼女の周りから人が減っていった。子供とは残酷である。集団心理が強いともいえるだろう。

 明らかに異物である彼女は受け入れられないまま、独りの日々を過ごしていた。特に決定的だったのが、高音との出会いだった。

百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ)!!」

 偶々道路に飛び出したクラスメイトを助けるために、通りかかった彼女が走り寄る車に対して魔法を使ったのだ。けれども彼女は

「これはCGですわ!」

 と大法螺を吹いてしまったのが駄目だしとなった。千雨を含め、皆は魔法使いだと思って聞いてくるも、当時幼かった高音にとって、魔法は誰かの役に立つものだと強く願っていたために躊躇なく使い、そして満足したかのように適当に返して去って行ったのだ。

 その時、千雨の必死さに気づいていれば未来は変わったかもしれない。けれども高音にとっては立派な魔法使い(マギステル・マギ)になることしか考えていなかったために縋り寄ってくる千雨を無視して、その場から消えたのだ。

 そして千雨は、周囲から完全に拒絶された。

 常識(・・)を知らない可哀想な子、というレッテルを張られ、周りの人間からは無視される日々。苛められないだけましだったかもしれないが、当時小学生だった彼女にとっては、どちらも同じだったのかもしれない。

 あれから数年の月日が流れた。元々留学生だったがために、あの時偶々麻帆良を訪れていた高音に会うことなく、千雨は中学生になった。けれども彼女にはまだ救いがあった。出鱈目人間が揃っているとはいえ、クラスメイトは千雨を拒絶することはなかったし、大体その時期の少し前位にネギという、遠い地の幼い友人を得たのだから。

 

「まさか、あの時の……」

「そうだよ。……もしあんたがあの時私に気づいていれば、こんなことにはならなかったかもしれない」

 しかし、この世界にもし、というものはない。誰かを助けるという意味を理解していなかった高音に、救いを求めたが拒絶された千雨。

 過去の、未熟だった時のツケが、今頃になって回ってきたのだ。

「君!! 事情は分かったが、銃を降ろ「命令すんじゃねぇ、立派な魔法使い(マギステル・マギ)!!」――!!」

 今にも引き金を引きかねない千雨を制止しようと、ガンドルフィーニが口を開くも、その本人に遮られてしまった。

「お前達は善人じゃない。偽善者ですらない……ただの独り善がりな自己愛者(ナルシスト)だ」

「…………」

 高音は何も言わなかった。いや何も言えなかった。ただ銃口を向けられたまま、何の行動にも移そうとしない。この時になって漸く気付いたのだろう。自らの身勝手さに。

 徐々に引かれていく引き金。

「……駄目ですよ、千雨さん」

 けれどもそれを止めたのは、今まで沈黙を貫いていたネギだった。

「千雨さん、いつも言ってたじゃないですか。本当の正義は全てを救おうと抗い、立ち向かうものだって。何かを犠牲にして目的を遂げたものは悪だけど、犠牲を生むだけなのはただの畜生だって」

 ネギは立ち上がった。エヴァンジェリンの肩を借り、悲しい瞳をしている友人に語りかけるために。

「僕達は悪だけど、畜生じゃない。そして目的は遂げました。……もうこれ以上、犠牲を生む必要はありませんよ」

「ネギ……」

 年の離れた友人に諭され、千雨の手から力が抜け、SIGP230は地面に落ち、転がっていった。その銃は関東の魔法関係者達の前で止まったが、誰も拾おうとはしなかった。

「確かに、これ以上は無駄以外の何物でもないな」

 唯一無言を貫いていた龍宮が銃を拾い、弾倉を抜いてスライドを引き、薬室を空にしてしまう。

「……本当の正義、か」

 タカミチの呟きは、突如吹き荒れた風に流されて、消えていく。

 その時彼の脳裏には自らの師が、赤き翼(アラルブラ)だった時の記憶が映っていた。




次回予告
 とうとうこの話も最終話。伏線殺しの異名を持つ作者の描く終焉とは!?
 サブタイトルと話の内容噛み合ってなくね、とかいう疑問は捨てつつ第09話、心して読まないで下さい。普通で結構です。



 この度、予想よりも早く執筆が進んだ為、年末年始に別途更新いたします。どうぞお楽しみに。
 ……え、クリスマスは何故何もしなかったのかって?
 ブラックサンタにすら見捨てられるレベルの人でなしで、人様にプレゼント与える気が一切ないからですけど何か?


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第09話 平和を望む者、争いを望む者

 夜明けと共に、ネギ達はマンションを辞した。

 魔法関係者達がこぞって謝罪し、引き留めようとするも、フェイト達に阻まれてその思いは断念された。あれから彼らはフェイトとクルトを引き連れ、その足で駅に向かい、始発電車で神戸の地に降り立った。

 すぐさま茶々丸が近くのホテルに連絡を入れ、借りた部屋に全員がなだれ込んだ(代金はクルト持ち)。女性陣はネギを残して風呂に向かい、男性陣は例の取引を締結させていた。

「これが頼まれていた魔法陣。固有時制御により、特定範囲の時間を完全に固定させてしまう魔法陣です」

「確かに受け取りました。ネギ・スプリングフィールド君」

 フェイトも魔法陣を確認し、これを複製・拡大させて魔法世界に展開すれば、魔法世界をその時間のまま固定し、崩壊するといった事態を防ぐことができる。無論、固定するのは世界そのものだけなので、そこに住む住人達には一切の影響を及ぼさないで済む。

「これより我々は完全に君達を擁護することができます。如何なる状況であっても、君達が望まない限り魔法世界との繋がりは、我々が責任を持って断ち切ります」

「もし向こうから接触があったとしても、必ず僕達が間に立つ。君達は思うまま、生きるといい」

 クルトの宣言にフェイトの補足。それを聞いてネギは安堵からか、そのまま座っていたソファの上で眠り込んでしまった。

「……本来なら、彼らは魔法世界に招かれて、父親と同じ英雄となっていた筈なのにな」

「けれども彼らは魔法世界から逃げ出した。これで全てじゃないかな?」

 フェイトは役目を終えたとばかりに部屋の外へと歩き出した。その背中にクルトは声をかける。

「ところで、君は彼の父、ナギ・スプリングフィールドの居場所を知っているのかい?」

「……知る必要はないよ。その時が来れば彼ら(・・)は勝手に何処かへと消える」

 もしかしたら、息子に会いに来るかもしれないな。

 そう言い残して、フェイトは去って行った。役目を終え、これからは一人の人間として生きるために。まあ、ネギ達の生活を守る仕事は、今後も続けていくことになるだろうが。

「結局僕達は、何も変わらなかったな」

 アリカ姫の時も、今回の一件も、自分は何一つできなかった。クルトはその悔しさを口の中で思いっきり噛み潰した。

「……次は守ってみせる。三度目の失敗はない」

 その呟きを聞く者は、誰一人として居なかった。

 

 時は流れて四月。

「お前ら来んな、っつったろうが!!」

「まあいいではないか千雨。お前の新しい生活の幕開けなのだぞ。もっと笑え」

「しかし大きい学校ですね、ここ」

 千雨は三年生となり、今は神戸の公立中学校の生徒となった。手続き等はフェイト達に任せっきりだったが、特に問題はなかったようだ。

 今日は始業式。初登校の日なのにも拘らず、いやだからこそ、千雨の後に続いて、ネギ達はここに居るのだ。

「よし、写真を撮ろう。新たな生活の始まりをここに刻むのだ!」

「ったくこいつは……」

 呆れながらも、千雨はこの面子に笑いかけながら、偶々校門に立っていた教師にカメラを頼んだのだ。

「これ撮ったらとっとと帰れよ。あっちも今日から開店だろうが」

「分かってる。だから早く笑え!」

 ネギとエヴァンジェリンは、何を思ったのか喫茶店を開いたのだ。資金はクルト辺りから引っ張ってこれるし、紅茶についてならネギが、コーヒーならばフェイトが得意分野だった。ネギを店長、エヴァンジェリンをマネージャーとし、フェイトとその仲間達を店員として雇い入れたのはある意味豪胆だと、千雨はそれを聞いて感心してしまったほどだ。

 しかも、喫茶店で働いている内は幻術を使って外見年齢を誤魔化すと言った徹底ぶりである。もっとも、近い内に二人共幻術ではなく実際に年齢を上げる予定だったりするが、正直勝手にやってくれ、ってのが周囲の心境である。

 あれから麻帆良からは何も言ってこないが、平和であるならばそれに越したことはない。

「はい、チーズ!」

 ネギとエヴァンジェリン、千雨と茶々丸。四人の逃亡者達は、今はただ笑って、被写体となった。

 

END

 

Ending ~Minority Resistance~

 

僕達は 常識から外されたMinority

誰にも理解されず ただ逃げ出した

偉い奴は ただ伝えればいいと言う

けれども僕らの 声を聞く者は居ない

 

だから手を出した だから足を出した

僕達はResistance さあ、常識に刃向おう

 

運命なんて 常識なんて

知ったことじゃない

押し付けられた常識 なんて役立たずの鎖

他人(ひと)の世界に 目を向けるのはやめろ

僕達が向き合うべきは 自らの常識(ルール)だけさ

 

さあ僕らの常識を 全てに刻み付けろ

 

 

 

 

 

 

 

以下没エピローグ

『はい、チーズ!』

「完璧よ、皆!!」

 教室の前方に降ろされたスクリーン。そこに映された『白き翼(アラアルバ)自主製作映画』を見て、明日菜はクラスメイト+αの面々を振り返って言った。

「卒業までに間に合うか内心ひやひやしたけど、完成したのは皆のお蔭よっ! これでネギま部(仮)の資金源も確保されたような「あの、明日菜さん」――……何よ、ネギ?」

 ネギは挙げていた手を降ろし、明日菜に問いかけた。

「これ、本当に公開するんですか? 周りが結構カオスな状況なのに」

 状況を説明すると、チョイ役の小太郎がふてくされてどっかに消え、くじ引きでヒロイン役になってしまったエヴァンジェリンは微妙に自暴自棄になってやけ酒をかっくらい、仲間役になった千雨は頭痛で寝込んでしまい、タカミチに至っては教室の隅で体育座りをして膝を抱えて、

「トリプルT……なんか三流ヒーローっぽいな…………」

 と呟いていた。特に高音は酷く、自らの人生だと錯覚して飛び降り自殺を図ろうとするのを愛衣とナツメグによって取り押さえられている。しかも出番のなかった面々は映画の台本を書き換えろと執筆者であるのどかに詰め寄る始末だ。

「これ放映したら卒業前にクラスが空中分解しますよ!? しかも被害者付きで!!」

「うーん、もしかして失敗?」

「失敗? じゃありませんわ明日菜さん!!」

 教壇に立っている明日菜に、あやかが詰め寄って指を突きつけた。

「散々私に協力を願っておいて、なんですかこの映画は!! せめてもっと別なものを製作すれば良かったではないですか!!」

「そうよ!!」

 そう叫んで、教室にアーニャが飛び込んできた。

「なんで唯一の出番で私がネギに首を絞められなきゃいけないのよ!? 本気で怖かったんだからね!!」

「あー、えーと……」

 何時の間にやら二人に加わって、教室に居る面々が総監督である明日菜を教室の隅に追いやっていた。

「……撮り直そっか?」

 全員の答えは一致する。

 

『明日菜(さん・君)のアホーッ!!』

 

没エピ 完




 ……と、没エピローグで止めておけば良かったにも関わらず、時間ないのに更新していたら案の定エタってしまった物語ですが、ネギ君がとうとう本命晒したので、物語が思いついたからと原作+没エピローグの世界軸でダラダラと執筆しようとしています。どこまで続くかは知りませんが、続く限り閲覧して頂ければ幸いです。物語の進行次第では『魔法反徒ネギま』の方の続編も掲載していきますので、お楽しみに。


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魔法先生ネギま 雨と葱 1.The future after seven years
第00話 そして没は正規の物語へ


 この度の新作である『魔法先生ネギま 雨と葱』とは、第09話『平和を望む者、争いを望む者』内にて掲載された没エピローグ、具体的に言うと『原作再構成だと思っていたら、超S級戦犯ASUNAによる自主製作映画だった』という、読者の一部に多大な迷惑を掛けた話(うろ覚えですが、嘗ての感想内にてココアをキーボードに吹いてしまった話がありました)を前提として、『魔法反徒ネギま』という映画を製作した彼らの元に、明日菜が未来から帰ってきた世界での物語です。

 

 

 

 そして原作では……ネギは千雨とくっつきました!!

 

 

 

 正直『3-Aの女子で誰が好みですか?』という質問には『千雨一択』という作者側の理由(好み)で『魔法反徒ネギま』内で千雨に彼氏は作らない、と決めていたのですが、千雨とネギがくっつくと聞いて、この度の新作を思いつきました。というか思いついてしまいました。今後は映画内での裏話も交えつつ、独断と偏見と自己解釈で執筆していきますので、前作同様ついてこれる人だけついてきてくれれば嬉しいです。『魔法反徒ネギま』に関しても、今後執筆していく予定なので併せて読んで頂ければ幸いです。なので当分エタらないと思います。何故ならまだ『魔法世界残業編(4,5ヶ月は持つ)』があるから!!

 感想、評価も随時募集しています。今度は可能な限り返信していきますが、場合によっては『ざまぁ!!』と返しますことをご了承下さい。悪態すらも『やぁい、負け犬の遠吠え~』と読者様を煽るような作者この野郎なので。

 それでは、次回から始まります新作、世界線で言うところのパターンB+α(原作に『魔法反徒ネギま』成分を含めた原作再構成)の物語である『魔法先生ネギま 雨と葱』をどうかお楽しみ下さい。今回は特別編のスタッフロールとNG集、時系列を盛大にミスった没話をどうぞ。

 

 

 

Staff

ネギ・スプリングフィールド ネギ・スプリングフィールド

長谷川 千雨 長谷川 千雨

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

絡繰 茶々丸 絡繰 茶々丸

チャチャゼロ チャチャゼロ

タカミチ・T・高畑 タカミチ・T・高畑

近衛 近右衛門 近衛 近右衛門

近衛 詠春 近衛 詠春

レヴィ(レヴェッカ・リー) 柿崎 美砂

ロック(岡島緑郎) 釘宮 円

ダッチ 春日 美空

ベニー 椎名 桜子

アーニャ(アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ) アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ

ネカネ・スプリングフィールド ネカネ・スプリングフィールド

スタン 早乙女 ハルナ

メルディアナ魔法学校長 大河内 アキラ

犬上 小太郎 犬上 小太郎

葛葉 刀子 桜咲 刹那

神多羅木 明石 裕奈

フェイト・アーウェルンクス フェイト・アーウェルンクス

栞(声のみ) 栞/ルーナ

天ヶ崎 千草 近衛 木乃香

ガンドルフィーニ 春日 美空

高音・D・グッドマン 高音・D・グッドマン

佐倉 愛衣 佐倉 愛衣

夏目 萌 夏目 萌

クルト・ゲーデル 長瀬 楓

龍宮 真名 龍宮 真名

エキストラ 3-A一同及びボランティアスタッフの方々

 

監督 神楽坂 明日菜

脚本 宮崎 のどか

脚本監修 綾瀬 夕映

演出 龍宮 真名

村上 夏美

撮影・編集 朝倉 和美

設備管理・小道具 葉加瀬 聡美

 

Sponsored 雪広財閥

 

And... 観客の皆様

 

 

 

※よくあるエンディング後の一幕

千雨「……おい」

 あ、ちーちゃんどったの?

千雨「ちーちゃん言うなっ!! ……ふと思ったんだが、最後のオチ、NTR連発しまくった挙句、お前とくっつくとかじゃねえだろうな?」

 ……さ~て引っ越しだ。次は関西でお仕事だぞイェイ!

千雨「答えろよっ!! また読者相手に喧嘩売るようなオチ用意したんじゃねえだろうなっ!!」

 いやだなぁ今回はタイトル通り、ちゃんとくっつけるからさ。さて――

千雨「……バッドエンドやデッドエンドだったら、こっちにも考えがあるぞ」

 はっはっは、二次創作とはいえ作者に勝てる登場人物等……

 

 

 

千雨「シャーリー姐さんを呼ぶ」

 勘弁して下さいすんませんでしたっ!! まともな結末用意しますからぁ!!

千雨「というかまた間違えてんだろうが。原作じゃあ大学進学組全員卒業式後の春だろうが!! なんで大学4年の夏休みなんだよ!?」

 夏休みでのネタが次々と浮かんできたからです。変えようかと思いましたが、個人的に面白いので、いっそのことこのまま突き進んでやろうと思いました。後悔はしましたが反省はしていません!!

千雨「……本当に呼ぶぞおい」

 というわけで、第1話の前述にも記載しますが、大学4年の夏休みという設定で物語は進みます。時間軸どころか世界軸そのものが違うからと思って頂けると助かります。近いうちに感想のユーザーのみ設定を解禁しますが荒らしてもかまいません。基本ユーザーからの感想にしか返信しませんので。

 だからシャーリーだけは呼ぶな。本気でお願い。じゃないとエタるどころか核弾頭ネタぶっこんで自爆します。DとかDとかDとか!!

 ホント、ホントやめろよなおい!!

 

 

 

 

 

 

第01話 現在逃亡中につき、詳細は後日に NGシーン

「もちろんですよマスター。事前に人伝に購入した家が数件、宝塚にありますので、しばらくはローテーションで移り住んで相手の様子を伺います。問題ないと判断したら、本命である神戸へと引っ越して計画は完了です」

「セリフを間違えるな馬鹿弟子っ!!」

「あべしっ!?」

「はいやり直し~」

 エヴァンジェリンがネギの頭を引っ叩くと、千雨が数度手を叩いて撮影の中断を伝えた。

「……あの~何処を間違えてましたか、マスター?」

 そう問いかけるネギに、エヴァンジェリンは自らの弟子を指差して答えた。

「その呼び方だ間抜け」

 

第02話 泡沫の夢見が予想以上に悪かったらしい NGシーン

「それにしてもネギ君。いくら時間稼ぎとはいえ……このかに魔法をばらして関東に嫁がせる等というデマを流さなくてもいいだろう!!」

「ん~……でもうち、おじいちゃんにお見合い勧められてたで?」

「ちょっと待ってくれ……本当か、このか?」

 詠春の撮影をしている中、ふとカメラの横にいたこのかの呟きを聞き、撮影中にも関わらず彼は娘に詰め寄っていた。

「でも今更だけど、ネギを私達の部屋に住ませる必要、あったのかしら?」

「もしかしたら、ネギ先生と近衛をくっつけようとしてたのかもな」

 等と明日菜と千雨が話しているのを聞き、更に眼光を鋭くさせていく詠春。

「皆すまない……ちょっと用事が出来たので失礼する」

 そう言い残して、詠春は撮影現場を後にした。

 ……後程、学園長の叫びが学園都市に響き渡ったとか。

 

第03話 魔法教師相手の逃亡劇。危機一髪もあるよ NGシーン

「向こうはすぐには来ないだろうと高をくくっているはず、この隙に彼らを確保して麻帆良学園に帰りましょう。ただでさえ急な出張で彼とのデートをすっぽかしてしまったんだから早く挽回しないと婚期が……」

「はいカット~。刹那さん、もうちょっと感情的に!」

「いや、えっと……感情的と言われましても」

 明日菜からの指摘に刹那もどうしたものかと悩みだす。すると、カメラから目を離した和美が声を掛けてきた。

「それじゃあさ、例えば誰かに冷たくされたって想像してみたら? 結局は冷たくされた後に愚痴るシーンだし」

「想像って、冷たくされると言われても……」

 と呟きつつも、刹那は脳内で誰かに冷たくされたらと想像してみる。

『せっちゃん、ちゃんと焼き鳥も残さず食べてぇな』

「共喰いやんこのちゃん!?」

「……ちょっとベクトルずれてるわよ、刹那さん」

 

第04話 オリジナルはオリジナルでやる! だから二次創作は二次創作をやれ!! NGシーン

 下水道の天井が上から爆発して瓦礫が降り注ぐ。

「ネギ先生!! 大丈夫か!?」

「カット!! 本当に大丈夫、ネギ!?」

 そして瓦礫の一つが、ネギの頭を直撃したのだ。

「アタタタ……どうにか」

「にしても……爆薬の位置おかしくない?」

「いや、目張りの位置からずれてる。多分原因これだな」

 明日菜が不思議がる中、千雨が足元の目印を指差してそう答えた。

 この場面では天井の爆発を合図に、隠れていた千雨とエヴァンジェリンが上から飛び込む手筈なのだが、落下地点にギリギリ被る位置でネギが倒れたために、瓦礫を被ったのだろうと千雨は推測した。

「やっぱり爆薬はやめた方がいいんじゃないか?」

「そうよね~やっぱりエヴァちゃん、お願い」

「断る。これ以上下らんことに魔法を使いたくない」

 と喧嘩になる明日菜とエヴァンジェリンを尻目に、千雨はネギの頭に手をやる。

「まあコブもできてないし、大丈夫だろう。……ん、どした?」

「あっ、いえ。何でも……」

 薄暗闇なので、ネギの顔が赤くなっていることに千雨が気付くことはなかった。

 

第05話 この世で一番腹が立つのは、中途半端に読んだくせに全て理解した気でいる奴らだ NGシーン

「どうやら普通で二駅みたいですね。全員分の切符を買ってきます……千雨さん?」

「……ん、ああ悪い寝てた」

「カット! ……ちょっと、しっかりしてよね。千雨ちゃん」

 早朝の撮影ということもあり、立ったまま器用に寝ていた千雨は欠伸を噛み殺しきれないとばかりに、大袈裟に首を回した。

「つぅか神楽坂、別に早朝じゃなくても良かったんじゃないか?」

「何言ってるのよ。早朝直ぐに潜伏先の鍵を受け取るシーンなんだから、朝日の背景は絶対に必要なのよ!!」

 と、元々新聞配達で朝に強い明日菜に詰め寄られるも、夜遅くまでパソコンを弄っているので逆に弱い千雨は、辛うじて冷静に返した。

「いや背景だけ撮って、後で繋げりゃよくね? もしくは幻覚魔法」

「……魔法嫌いじゃなかったの、千雨ちゃん?」

 何を今更、とばかりに千雨は肩を竦めた。

「こうなりゃとことん魔法を利用して幸せになる、って決めたんだよ。実際それで昨日も徹夜でFXを……あ」

「朝早いって言ったでしょう!! 魔法以前にちゃんと寝なさい!!」

 その間ネギとエヴァンジェリンはずっと寝ていたとか。演技じゃなく本気で。

 

第06話 凶乱の宴に負傷者はつきもの NGシーン

「とはいえ裏手に回った人間が少ないな。ほとんどは表か上だろうけど……あいつら大丈夫かな、ってあっ、しまった!?」

「カット!! どうしたの千雨ちゃん!?」

 千雨の叫びに、明日菜達は慌てて駆け寄る。

「やっべ~、下のクレイモア地雷。電源入れっぱだ……」

「なんだ、そんなこと。大丈夫よ今はこっちで撮影しているから、下には誰も……」

 ドガドガドガドガ……!!

 ギャァァアアアア……!!

「……気のせい、だよな?」

「うん、気のせい、よ。……多分」

 現実逃避している間も、一階に設置したクレイモア地雷によって傷つけられた学園長は助けを求めてその手を虚空に掲げていたのであった。

 

第07話 漸く全員集合。謎解きは戦乱の後で NGシーン

「悪いが頼めないか? ……僕には彼の過去を語る資格はない。僕自身も、彼らと同じ穴の貉だと思うから」

「……分かったよ、トリプルT。……すまんでござる」

「はいカット~……皆、ちょっと休憩入れるわよ」

 セリフ間違いに明日菜はカメラを止めるように指示、何度もリテイクしている為、時間も時間だからと一度休憩をはさむことにしたのだ。

 そんな中、タカミチは配られた水のペットボトルを飲んでいるネギに近づいた。

「ああ、ネギ君。ちょっといいかな?」

「どうしたの、タカミチ?」

 同じく受け取ったペットボトルの水を口に含みながら、タカミチはネギに問いかける。

「『トリプルT』って綽名、誰が考えたんだい?」

「さ、さあ、いつの間にか誰かが言い出してたと思うけど……」

「……正直、それだけで何度もリテイクを受けているとへこむんだよね。本当、誰が考えたんだろう……」

 溜息を零すタカミチから顔を背け、ネギは内心汗をダラダラと流していた。

(言えない。明日菜さんがタカミチのことを忘れる為にどうしたらいいか、ってしずな先生に何気なく相談したら、『トリプルTって皆で呼んであげたらどうかしら?』と言われた、って言えない。絶対に……)

 よくある話だが、犯人は結構身近にいたりする。

 

第08話 過去編。折られた杖と、その矛先は如何に NGシーン

「僕達は悪だけど、畜生じゃない。そして目的は遂げました。……もうこれ以上、犠牲を生む必要はありませんよ」

「ネギ……」

 年の離れた友人に諭され、千雨の手から力が抜け、SIGP230は地面に落ち、

 パンッ!

『うわっ!?』

 暴発した。

「カットカット!! 皆大丈夫!?」

「空砲だから大丈夫だとは思うが……」

「皆さん、怪我はありませんか!?」

 ネギと明日菜が周囲の安否確認を行う中、千雨は落とした銃を拾い上げて一度弾倉を抜いた。

 そして無事を確認し終えた明日菜に千雨は話しかけた。

「……なあ、やっぱり安全装置(セーフティレバー)掛けないか? 流石に弾入った状態だとおっかなくて落とせないって」

「ええ~気付かれたらリアリティゼロじゃん!」

「いや、空砲でも安全考慮しろよ。てかそこまで誰も見ねぇよ」

 千雨の指摘に明日菜がブゥ垂れていると、そこに真名が近づいてきた。

「だったら改造しようか? 少しパーツを弄ればセーフティレバーを逆に設定できるけど」

「ホントッ!?」

 真名の提案に明日菜が喜ぶも、そこに水を差されてしまう。

「それで、改造にいくらかかるんだ?」

「パーツ自体を裏返すわけにはいかないから特注かな? とはいっても予備を加工するだけでどうにかなりそうだから4,5万円でどうにか手を打とう」

「……いいんちょ~!!」

 中学生にはあんまりな金額に泣きつく明日菜だが、スポンサーがうんと頷くことはなかった。

 そしてこのシーンは結局、落とす前と後で別々に安全装置(セーフティレバー)を切り替えることで決着がついたのだが、暫く明日菜が拗ねたのはまた別の話。

「……これでも結構割安なんだけどね」

「相場知らなけりゃ誰も分かんねえよ」

 真名のぼやきに千雨が返していたのもまた別の話。

 

 

 

未公開シーン 時系列を約2年(ナギの昏睡期間)思いっきり無視した失敗作。他に執筆した部分は、そのまま新作にて使用しています。

000 若干20歳と16歳

 長谷川千雨が大学生になって学んだことと言えば、独学で辛うじて理解していた知識の補強位だった。彼女にとって情報科学とは、その程度のものだ。

 国や大学によっては飛び級も可能だろうが、ここは日本で、入った大学はなまじ歴史がある分閉鎖的なので、地道に進級するしかない。

「アチ~引き籠りて~」

 夏真っ盛りなのにも拘らず、煙草に火を点けるという矛盾を身体全体で表現しながら、長谷川千雨は大学の喫煙スペースにあるベンチに腰掛けていた。それというのも、今現在暇という状況からだった。

 ……いや、昨日までが騒がし過ぎたからだ。

「……元気そうだったな、あいつ」

 思い浮かべたのは昨日同窓会で出会った面々。そして、かつて中学の担任を務めていた少年の姿だった。

 立派に成長していても、変わらない笑顔を浮かべていた彼、ネギ=スプリングフィールドを思い浮かべてから頭を掻き毟る。昔のことを思い出したからだ。

『好きですっ!!』

「ちっ……」

 今でも付き合いはある。主に電話だけで直接会うこともなかったから、今回余計に思い出してしまったのだ。

 しかしそれも昔のこと、既に五年は経っている。

「帰るか……」

「今日はこれから、どうするんですか?」

「大学にはレポート出しに来ただけだしな。講義もバイトもないし、どうしようか……」

 吸殻を灰皿に投げ入れ、千雨はスラックスのポケットに手を入れたまま歩き始めた。

「ところで千雨さんは、将来どうするんですか?」

「流石にFXだけで生きてくつもりはないからな。まあ、まだ時間はあるし、ゆっくり考えるさ」

 何よりもネギの父、ナギ=スプリングフィールドの一件が片付き、世界は平和を手に入れた。今更世界の為にどうこうする必要なんてないのだ。だからこその余裕である。

「だからバイトもやってみたんだが、正直趣味の延長みたいな感じで……ん?」

 ふと、千雨の足が止まった。

 大学にも知り合いはいるが、理系学部なので女子はほとんどいない。男子とも付き合いはあるが、精々講義で顔を合わせる程度だ。おまけにサークル活動は半月で辞めてバイト三昧、大学の知り合いと関わることはない。

 だから用事がない限りは誰ともつるんでない。さっきも一人で煙を吹かしていた筈だ。

 では誰が話しかけてきたのか?

 恐る恐る振り返ってみると、昨日久しぶりに会った男がいた。いや、年齢的にはまだ少年で通用する筈だ。そもそも出会ったのが中学時代で、相手は当時10歳の男の子だったのだ。若干20歳の自分にとっては若々しことこの上ない。

「……なんでいる?」

「せっかくなので久しぶりにお話でもどうかな、と「いや違う。なんで私の居場所が分かった!?」――日本の大学に興味があって見学していたのですが、そしたら先程見かけたので声を掛けたんですよ」

「……って、ただの偶然かよ」

 肩を落とし、軽く溜息を吐いてから改めて振り返った。

 そこにいた中学時代の担任、ネギ=スプリングフィールドをゆっくりと見上げ、眼鏡越しの懐かしい眼差しを見つめた。

「ところで千雨さん、確か誕生日は2月で未だ19歳じゃ「ある意味20歳超えてるだろうが。別荘とかの関係で」――それはそうなんですけどね……」

「というかお前も16歳に見えないだろうが、ネギ先生よ。……とりあえず喫茶店にでも行くか」

 行きつけの喫茶店にネギを案内しながら、千雨は話を続けた。

「……にしても先生。背、伸びたな」

「もう先生じゃないんですから、普通に名前で呼んでくださいよ。千雨さん」

「……考えとくよ」

 手をひらひらと仰ぐ千雨の横を、ネギも一緒に歩いて行った。

 

 

 

「で、どうしたんだ今日は? 昨日会ったばかりだろ」

「いえ、昨日の同窓会とは別件です」

 ネギと向かい合って座り、コーヒー片手に千雨は問いかけた。

「覚えてますか? 五年前のこと」

「ブーッ!?」

「ワーッ!?」

 思わず咽て零したコーヒーを拭う千雨。ネギも慌ててハンカチをテーブル越しに差し出してきた。

「……だ、大丈夫ですか、千雨さん?」

「ああ、うん。なんとか……」

 煙草を取り出そうと思ったが、いつもの喫煙席でなく入口よりの禁煙席なので灰皿がない。仕方ないので残ったコーヒーを飲み干し、脇に避けていた冷を手繰り寄せた。

「そう言えば昔告られたな、とさっき思い出してさ……」

「いやぁ、早いものですよね。五年、って」

 そそくさとミルクティーを飲んでいるネギを見て、一瞬どつこうかと拳を握り締めた千雨だったが、ふと『五年』という単語に何か引っかかりを感じて思い留まった。

「五年、か。五年と言えば……あ」

 そこで漸く、千雨は思い出した。思い出してしまった。かつての自分の発言を。

『ガキは趣味じゃねーんだ。五年後に出直しな』

「まさか、お前……」

 一応魔法界含めてのニュースにも目を通していた。ゴシップ関連で『ハーレムルート』とか『エロコメ主人公』とかネギに集まる女共を見て周囲がいつも騒いでいたが、その中で特定の誰かと付き合ったとかいう話は一切聞いたことがない。精々が『ネギくんを慰めるアスナおねえちゃん♪』とかいう頭の悪い記事位だ。

「はい、千雨さん……」

 ネギはカップを置くと、静かに立ち上がって千雨の傍にしゃがみ、彼女の手を取ってから告げた。

「ちゃんと五年後に出直してきました。好きです!!」

「やっぱりかコラーっ!! そして出てこい3-A共!!」

 ここまで来たら、流石の千雨も気付いてしまった。大学を出た辺りから視線を感じていたのだが、大方外国人のネギが珍しいのかと思っていた。しかし、間違っていた。

 昨日、しかも夏季休暇中に同窓会があったのだ。おまけにここは麻帆良学園都市内、だったら連中がまだ居てもおかしくない。

「あちゃ~やっぱりばれたか」

「千雨ちゃんこんにちは~」

「……お前らなぁ」

 思わず頭を抱えてしまう千雨。とりあえずネギと繋いでいる手を解き、改めて座り直した。

「いいじゃん、そのまま結婚しちゃいなよ千雨ちゃんさぁ~」

「お前は黙ってろ朝倉ぁ!!」

 千雨の拳は和美にあっさりと捌かれてしまう。おまけに耳元でボソッと話しかけられるおまけ付きで。

「でもさぁ、五年越しの思いにはちゃんと応えてあげなよ」

「…………あ~くそ」

 あやか辺りが暴走するのを恐れて、千円札をテーブルの上に置いてから和美の横を通り抜けた。

「あっ、千雨さ「とりあえずちょっと待ってくれ。気持ちの整理がしたい」――あっはい……」

「言っとくけど、極端に考えんなよ。お前が嫌いならさっさと振ってるし、最初から口も聞かねえよ」

 千円札を取り出した財布を懐に仕舞い、千雨は店を後にした。

「じゃあまた今度、ゆっくり会おうな。……できればこいつらのいないところで」

「また連絡します!」

「千雨ちゃん待って~!!」

 ネギと周囲に軽く手を振って喫茶店を辞した千雨は、人気がないのを確認してからスマートフォンを取り出した。

 

 

 

「……ネギの親父の昏睡期間はどうした!? 没!!」



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第01話 同窓会、それぞれの二次会にて

※大学4年の夏休みという設定で物語は進みます。時間軸どころか世界軸そのものが違うからと思って頂けると助かります。
 近いうちに感想のユーザーのみ設定からどなたでも書けるよう解禁しますが、誤字報告のお礼とかの事情でない限り、基本的にユーザーからの感想にしか返信致しませんので、ご了承下さい。
 以上、注意書きでした。


 麻帆良学園女子中等部3-Aの教室に、ネギは駆け込むように入った。そこには彼の生徒の一人が、誰とも一緒に居ることなく、ただ黒板の方を向いて立っている。

 ネギが声を掛けるまでもなく、その少女、千雨は振り向いて勝気気味な笑顔を浮かべた。その笑顔を見て気圧されながらも、ネギは己が心を律し、強引な勢いを持って言った。

『好きですっ!! ……千雨さんが良ければ、付き合っていただけたらな、と…………』

 ネギは待った。どのような返事をするかは分からず、ただ待つしかできなかった。

『ネギ先生、私のことを選んでくれたのは嬉しいよ。……でも駄目だ』

『えっ、な、何故です……』

『それは……』

 そして、千雨は拒絶した理由を告げた。

 

 

 

『それは…………恋愛は赤黒以外認めないからだっ!!』

 

 

 

「何ですかそれはっ!? ……って、え、あれ?」

 3-Aが卒業して、早7年が経った。『赤き翼(アラルブラ)』と『白き翼(アラアルバ)』の顔見せを兼ねた同窓会も終わり、後はそれぞれの道を歩いていくだけとなった。

 それは麻帆良学園に舞い戻ってきたネギ・スプリングフィールドも例外ではない。彼は今日の同窓会を機に休暇を取ることにした。丁度仕事も一段落し、暫くは急ぎの案件もないのが大きかった。

 そこでネギは現在父親であるサウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドと共に住んでいるマンションの一室に戻り、今年の夏を麻帆良で過ごすことにした。

「なんだ、夢か……しかし赤黒って一体…………?」

 そして彼らが住むマンションのリビングは、死屍累々と人間が折り重なって倒れていた。そう言えば、とネギは周囲を見渡して状況を確認する。

 同窓会が終わり、何人かが分かれたり帰宅したりと解散になったのだが、その一部と帰宅し、そのまま二次会に雪崩れ込んだのだ。ネギは死んだように眠りこけている面々を避けながらコップの中身を嗅いでどこか納得した様に頷いている。

「そう言えば、未成年が僕以外にいないからってお酒振る舞ったんだっけ。父さん……」

 かくいうネギも飲まされかけたのだが、うまく躱したお陰で臭いだけで済み、どうにか頭痛に悩まされずに済んでいる。

「まさか、この映画が残っていたなんて……ハア」

 軽く溜息を吐いたネギの手には、『魔法反徒ネギま』と書かれたDVDケースが握られていた。その表面を眺め、懐かしさと若干の憤りを込めてソファの上に投げ捨てる。

「全く、父さんも映画のセリフに一々怒らないで欲しいな。その度に頭叩いてきてさ……」

 ふと、パッケージに写っていた人物のことを思い浮かべた。その自主製作映画の主要な四人が写っていたのだが、問題はその一人だった。

(千雨さん……)

 写っていた四人はネギとその師であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、そして師の従者である絡繰茶々丸と、かつてのネギの想い人である長谷川千雨だった。この映画を撮影していた頃はまだ気持ちを伝えていなかったので何もなかったし、卒業した後はほとんど顔を見ていないといっても差し支えない。

 相談したいことや話したいことがあれば気軽に連絡していた。周囲にはあまり話せない悩みや不安も聞いてもらえていた。偶に茶々丸も交えて話す乱暴ながらも優しい口調は、ネギ自身に向けられていると思うだけで嬉しく思えていた。

 そして、久しぶりに面と向かって話そうとしたのだが、どうも教師と生徒の関係でしか話せていなかったとネギは考えていた。会話が少なかった上に、どう贔屓目に見ても男女の仲には見えていない。

 そんな悩みを胸中に秘めながら、ネギはベランダに出た。手すりにもたれかかり、自分の気持ちを整理するように口から言葉を漏らしていく。

「僕は千雨さんが好きだった。でも7年前の卒業式に振られてしまった。……そして今日、千雨さんと話せなかったことに、少し悔しがっている気持ちがある「本気じゃないの? それって」――うわはっ!?」

 気が付けば、隣には自らの姉のような存在である、神楽坂明日菜がいた。彼女も成人していたので酒を飲んでいた筈だが、どうやら酔いが醒めたらしく、起きてネギの独り言を聞いていたらしい。

「そんな驚かなくても。……で、今でも千雨ちゃんが好きなのよね?」

「そそそそれはその、えっと……」

 狼狽えるネギを宥めるように、明日菜は後ろを向いて部屋の中を一瞥した。

「まあ、しょうがないか。千雨ちゃんはこっちに来ないで、朝倉達と飲みに行っちゃったし」

「あうう……」

「……で、今でも千雨ちゃんが好きなの?」

 再度出された問いかけに、ネギは即座に返せなかった。おそらくだが、今も好意を抱いているのは間違いない。

 問題は、それが本当に人に恋した気持ちなのかが分からないということだ。

「そ、それが……その~うう…………」

「……まあ、しょうがないんじゃない?」

 明日菜もネギの隣で手すりにもたれかかり、星空の浮かぶ景色を眺めていた。

「今迄直接会えなかったんだし、自分の気持ちに自信が持てないのはなんとなくわかるわよ。でも、だからこそ……はっきりさせなさいよね」

「はい。でも、どうすればいいか……」

 ネギも現状での自分の気持ちは、頭では理解できていた。けれども、頭で理解できていてもそれが正しいのか自信が持てなかったのだ。それこそ姉的な存在である明日菜に聞いてもらえたからこそ、どうにか折り合いがつけたといってもいい。

 そして、気持ちと行動が一致しないのも事実だ。これからどうすればいいのか、ネギ自身にも理解できていない。

「そんなの決まっているでしょ。……会って話しなさいよ」

「会って、話を、する……」

「そう。会って話をするだけ」

 軽く伸びをしてから、明日菜はベランダの手すりから身を起こした。

「今は教師と生徒じゃないんだから、二人で会って気持ちを確かめなさい。今はそれだけでいいから」

 丁度夏休みなんでしょ? という問いかけに、ネギは今度こそ自信を持って頷いた。

 そう、ネギには時間がある。聞けば千雨も、今は夏季休暇の真っ最中らしい。普段は何をしているのかは知らないが、休暇中であるならば時間も取れるだろう。

「二人で会う……仕事で相談したことのお礼以外で何を話せばいいでしょうか?」

「それこそ何でもいいわよ……仕事の話じゃなければ」

 仕事以外に話すことが思いつかず、ネギと明日菜は話題を次々と挙げながら、わいわいとベランダで騒ぎだした。

(なあ、これツッコんだ方がよくね?)

(別にいいだろ。くだらん……)

 それを本命(千雨)相手にしろよ、と目が覚めていたナギとエヴァンジェリンは内心ツッコんでから、再び二度寝した。

 

 

 

 そして某居酒屋にて。

「……あれ、千雨ちゃん煙草吸うの?」

「ん、駄目だったか?」

 ロックグラス片手に煙草を取り出す千雨に、和美はコリンズグラスを傾けながら促した。

「いや別にいいよ。なんか自立した格好いい女っぽいし」

「どこがだよ。半分女捨ててるようなもんだろうが」

 等と女性喫煙者を敵に回す発言が見受けられましたが、作者的には別に自己責任で問題ないと思います。自分が喫煙者だからかもしれませんが。

 とりあえず妊婦は吸うな。

「日本酒くださ~い♪」

「おい、相坂の奴酔ってないか?」

「ほんとだ……さよちゃんストップ!」

 何故かテンション高く酔っているさよを和美が押し留めていると、今度は何故か茶々丸がくずおれてきた。

「……って、どうした茶々丸?」

「千雨さん、私、わたし…………」

 煙草に火を点けないまま、千雨は茶々丸の傍に近寄っていく。確かに結構飲んでいるみたいだが、所詮はガイノイド、酔うことはないはずだが。

 しかし茶々丸は、今度は両掌で顔を覆いだして泣き出してしまった。

「ちさめさん、わたし、わたし……」

「お前泣き上戸かよ。雰囲気にでも酔ったか?」

 精神的には人間染みてきたのでそういうこともあるだろうと、仕方なしに茶々丸の話に耳を傾けていく。

 

 

 

「わたし……この前千雨さんがネギさんにと送ってきた旅行土産のお饅頭を、うっかり会談のお茶受けに振る舞ってしまいました!!」

「そう言えば旅行してきた話をスルーされてたっ!!」

 

 

 

 とりあえずと茶々丸の頭を引っ叩き、今度こそライターで煙草に火を点ける千雨。紫煙を肺に吸い込み、脳内で疼く頭痛を宥めようと呼吸を整える。

「どうでもよくて忘れてたから、別にいいけどさ。あれそこまで高いものじゃなかっただろう? あんなの会談で出してもいいのかよ」

「構いませんよ。相手はあの総督ですし」

「……ああ、あの総督か」

 ならいいか、と煙草の灰を灰皿に落とす。

 今度はさよが寝てしまったのか、和美が上着を掛けてやっている。

 今のところこの四人しかいないが、先程まで美砂、桜子、円のチア部三人娘も同席していた。一方的に絡まれていたのだが、変な拍子にカラオケに行きたいから、と先に席を立っていたのだ。

「というかさっきの話だけどさ、千雨ちゃん、ネギ君のことどう思っているの?」

「どう、ってな……」

 その件で先程迄弄られていたのだが、千雨は頑としてノーコメントを貫いた。それに飽きたのかは知らないが、チア部の三人が撤収したのでお流れになったままである。

 なのでどう言うべきかと考えていた千雨だが、ふと数日前のことを思い出していた。

「この前エヴァの奴と飲んでた時にも聞かれたな。そういや」

「エヴァちゃんと飲んでたの!? ある意味すごい組み合わせだわこりゃ」

「そうでもねえよ。茶々丸とツルんでると自然とセットでついてくるんだわ、あいつ」

 とはいえ、口の堅さだけ(・・)は信用できない和美に話すことはないと、千雨はとうとう口を噤んでしまったが。

 

 

 

 その数日前の飲み会の内容が下記に当たる。

「いったいどうしろってんだよ、もう……」

「それを私に愚痴られてもなぁ……」

 エヴァンジェリン(年齢詐称中:雪姫モード)と裏路地の居酒屋に入った千雨は、席に着いて一杯飲むなり、激しく溜息を吐いていた。

 適当なカクテルの入ったコリンズグラスを傾けながら、適当につまみを口に入れていく。

「というか茶々丸どうした? 休暇中だって聞いたから、最初あいつに声掛けたんだぞ」

「茶々丸は急用の仕事だ。だから夕飯代わりに行って来いとさ」

「……帰ったら巻いてやれ。徹底的に」

 グラスを置いた千雨は、煙草を咥えて火を点けた。ライターをテーブルの上に放り、紫煙を燻らせている。

「いやちょっと待て……そもそもなんで私達は、一緒に飲む仲になってるんだ?」

「いいじゃねえか、一緒に麻帆良から逃げ出した仲だろ「あれは映画の話だろうが!! しかも黒歴史!!」――……おまけに愚痴る相手がいないんだよ」

 煙草の灰を灰皿に落とし、千雨は空いた手でメニューを広げた。

「朝倉は口軽いし、綾瀬とかは下手したら逆恨みされる可能性もある。他は馬鹿と色ボケしかいないから、遅かれ早かれ話したことばら撒かれるのがオチだし……やっべ、交友関係狭すぎるわ私」

「龍宮はどうだ? あいつなら口固いし、馬鹿でも色ボケでもないだろ」

「駄目。容量大きい上に仕事人間で、酔う前にすぐ切り上げて帰ってしまう。必ず割り勘でくれるけどな」

 特にめぼしいものもなかったので、メニューはテーブルの端に投げられた。今度はエヴァンジェリンが手繰り寄せてそれを眺めている。

「そういえば、ぼーやのことはどう思っているんだ?」

「正直、分かんねえよ……」

 吸殻を灰皿に入れ、次の酒を頼もうと呼び鈴を鳴らした。

「昔だったらあいつの邪魔になるから、って自分の気持ち抑えられたけど、幸か不幸か、もう抑える理由もないしな。……まあ、それだけって訳でもないんだが」

「何かあるのか? ……赤ワインボトルでくれ、グラスも二つ。お前も飲むだろ?」

「ああ、あとチーズ盛とブルスケッタも頼むわ。とりあえず以上で」

「……あんまり飲み過ぎないようにしなさいよ」

 店員にそう言われても、千雨は手を振っただけで返した。

「なんだ、知り合いか?」

「同じ大学の灰原。学部違うけど前に住んでたアパートのお隣さん」

「……というかお前、大学の知り合いと飲めばよかったんじゃないのか?」

「見ての通り、帰省してない連中は全員バイトだよ。一人彼氏といるとか言うのもいたが、あれ絶対見栄だ」

 先に運ばれてきたワインを開け、グラスに注ぎながらエヴァンジェリンは改めて千雨に問いかけた。

「それで、いったい何を悩んでるんだ?」

「……さっき言った交友関係だよ」

 ワインの苦みを口腔内で転がしつつ、どうにか舌を動かし始めた。

「まあ、なんというか。こっちが年上な分、本当だったらあいつよりもしっかりと自分の気持ちを理解していないと駄目なんだろうが……人付き合い狭すぎて、かえって自分の気持ちが分からないんだよ」

「……ああ、よくある話だな」

「そう、よくある話。先生もなんで、こんな私を好きになったんだが……」

 続いて乗せられたチーズをつまみつつ、さらにボトルを空けていく二人。

「まあ、多分好き寄りなんだろうけど、それって昔の話だろ? 今でも同じ気持ちになれるか、って思うわけでさ」

「私は好きだぞ」

「それは良かったな。……いや、ちょっと待ってくれ」

 取り出されたのは一冊の手帳。適当なページのメモスペースにペンを走らせて次々と名前を書いていく。

「今思ったんだが、もし万が一私と先生がくっつくとするだろ」

「ああ……」

 覗き込んでくるエヴァンジェリンに、千雨はさらにペンを走らせて書き込んでいく。

「で、先生の親父がトチ狂って「どういう意味だ。縊るぞコラ」――いいから聞け。お前を第二婦人なり後妻なりにした場合……どうなるか分かるか」

「私とお前は、義理の親子になる……」

 

 

 

 顔を見合わせる二人。そして結論。

『気持ち悪っ!!』

 

 

 

 手帳に書き記したことを塗り潰して慌てて閉じる。

「勘弁してくれ。見た目ロリな母親なんていらねえよ……」

「私だってお前みたいな捻くれ者を娘になど欲しくないわっ!!」

 思わず立ち上がりかけた二人だが、騒がしくしたせいで周囲の視線を集めてしまったので、冷静になりつつ肩身を狭めて座り直した。

「というか、先生の母親って結局どうなったんだ?」

「知らん。まずはそこからだな、私は」

 グラスの残りを飲み干し、エヴァンジェリンは席を立った。

「少し化粧室に行ってくる。……お前もまずは知ったらどうだ? ぼーやのことを」

「……そうだな」

 席に一人残された千雨は静かに、グラスを傾けていた。

「結局はそこからだな……」

 

 

 




主要キャラの現状一覧 Vol.01
ネギ・スプリングフィールド
 ISSDA勤務。Blue Mars計画の一環で軌道エレベーター開発に関わる予定だが、計画調整に必要な各種手続きの承認待ちの為、せっかくだからと空いた時間を貯めていた年次有給休暇の消化に使用、結果長期の夏期休暇を得ることとなった。現状での実家に当たる、ナギの住むマンションの一室にて休暇を過ごす予定。

長谷川千雨
 大学4年生。情報科学部だが他学科履修にて哲学や経済学、社会学等の文系の学問修得にも注力している。ISSDA特別顧問としての地位は確約しているが、実質ネギの相談役ということだけなので大した権限はなく、裏で色々と活動せざるを得なくなっている。現在は大学近くのマンションの一室を借りて暮らしている。引きこもりを目指すが真逆の道に行きかけている喫煙者。

ナギ・スプリングフィールド
 二年間の昏睡状態から復活した為、身体中にガタがきて本調子ではない。隠居云々はともかく、現状はまともに動けるようになろうと麻帆良にてリハビリ中。そのついでに、せっかくだからと戦闘以外のスキルも身につけようとしている。よくエヴァンジェリンや麻帆良に移住したラカンと一緒にいる。


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第02話 デート一本でがたがた騒ぎすぎている。

 同窓会の翌朝。千雨は自室のベッドから身を起こした。

「ふぁぁぁ……」

 ボリボリと後ろ頭を掻き、ベッドから降りようとして、足下に誰かが転がっているのを見つけた。

「ん、ああそうか……」

 二人で床に転がっていた茶々丸とさよを避け、ソファで寝ている和美を見下ろしてから、ようやく現状を確認するに至った。

「そういや、三次会がてら泊めたんだっけか?」

 中学時代の自分では考えられないことをやったな、と千雨は考えたが、今更だと首を振る。今は朝食をどうするかと台所に歩を進め、冷蔵庫の中身を確認し始めた。

「しまったな、昨日つまみ代わりにばかすか食っちまってら。買い出しには行くとして、いっそ朝飯食いに行くか?」

「お米があれば、お粥なら作れますが?」

「そっちも炊き置きの分で最後だな。せいぜい2合くらいか……ってこっそり後ろに立つなっ!!」

 千雨の拳を軽く捌いてから、茶々丸も一緒になって冷蔵庫を覗き込んだ。

「卵も2つだけですから、卵粥にしても4人分は難しいですね。もう少し具材があれば良かったのですが……」

「というか、お前寝てたんじゃなかったのか?」

「雰囲気で横になっていただけなので、実質は寝ていません。いい意味で」

「流石ガイノイド、ってか……」

 茶々丸でも現状の在庫では朝食の準備は無理と悟ったのだろう、外食案で推し進めることを了承してきた。

「というか、個人的に気に入らないから別にいいんだが……3人分ならギリいけんじゃねえの?」

「可能ですが、おそらく昼食まで保たずに、昼食前に間食して太る可能性がありますよ?」

「……やっぱりやめとこ、おら二人共起きろ!!」

「ひゃうっ!?」

 驚いて飛び上がるさよはともかく、和美の方は未だに深い眠りに就いていた。まさしく隙だらけといった有様である。

「……普通、人ん家でここまで爆睡するか?」

「朝倉さんは多忙の身なので、よく作業中に寝落ちしているんですよ」

「はあ、全く……先シャワー浴びてくるわ」

 その後、シャワーを交代で浴びながら三次会の後片づけをしていた三人は、ようやく起きた和美にゴミ運びを押しつけてから、千雨の部屋を後にした。

 

 

 

「つーか千雨ちゃん、車持ってたの?」

「移動手段が欲しかったからな。他にもあるが、四人なら車の方がいいだろ?」

 集積場にゴミ出しを終えた四人は、千雨の先導でマンション地下の駐車場に来ていた。そこに停めてあるレモンイエローの軽自動車、スバルのプレオに乗り込んでいく。

「誰か助手席でナビ頼む。カーナビ修理中なんだよ」

「では私が」

 運転席に千雨、助手席に茶々丸が座り、後は後部座席に乗り込んだ。

「それでは、どちらへ参りましょうか?」

「少し遠いけど、海岸沿いに新しいカフェテリアができたからそこにしよっか」

 目的地も決まり、千雨は車を動かした。茶々丸の指示する方向にハンドルを回し、軽快に運転していく。

「わ~きれいな景色~」

「朝方の麻帆良なんて、散々見飽きてんだろうが……」

「そうでもないよ。高等部出てから、二人であちこち出歩くのが多かったし」

 学園都市ということもあり、他の車もないので順調に進めていく。

「茶々丸、ガム取ってくれ。ダッシュボードに入っているから」

 千雨は手渡されたガムを口に含める。残っていた眠気を払っていると、後ろから和美が声を掛けてきた。

「運転中は煙草を吸わないんだね?」

「そこまで運転に慣れてないからな。というか、灰が気になって集中できねえ」

 話していると目的地が見えてきた。

 目的地に着いた面々は駐車場に停めた車から降り、すぐ傍の入り口から店内へと入っていく。

 景色のいい海側の席に陣取り、モーニング4つを注文した。

 ふと店内のテレビが千雨の視界に映った。

「あ、あの映画面白そう」

「うん、ああ確かに面白いらしいよ。評判結構いいし」

 マグカップ片手に千雨が呟いていると、丁度サンドイッチを咀嚼し終えた和美がそう答えた。数日前に上映開始になったらしいが、それでも評判の良さは情報通の彼女の耳にも入っていたようだ。

「偶には映画でも観に行くかな。丁度暇だし」

「だったらネギ君誘えば?」

 ブハッ、と千雨は口に含んでいたコーヒーを噴き出した。

「おまっ、なに言ってんだよっ!?」

「いいじゃん、せっかく二人して休暇中なんだし。ネギ君きっと喜ぶよ」

「お前な……」

 紙ナプキンで口を拭いながら、千雨は苦言を呈した。

「だったらお前らも来いよ」

 せめてもの抵抗、といった発言だが、残り三人はあっさりと断っていく。

「すみません。この機会にハカセとの面会やマスターの身の回りの大掃除をしたいので」

「ごめんなさい。明日から盆休みに帰ってきた幽霊さん達と旅行に行く約束をしているんです」

「私はちょっとお仕事。ついでに千雨ちゃん家にお留守番しているよ」

「こいつら……」

 完全にデートさせる気だ。そう察した途端に、なんとも形容しがたい諦観で千雨の心が満たされてしまう。

「いいじゃん別に。……どうせ今のネギ君を好きになっていいか、不安なだけでしょ?」

「……何のことだが」

 噴き出したコーヒーの代わりを注文し、受け取ってから再度口に流し込んでいく。そんな千雨を和美は呆れた顔つきで見つめてくる。

「大丈夫だよ。もしネギ君が昔と変わってるんだったら、それこそ火星から逃げ出してるって」

「ああ、そう……そりゃそうだが」

 若干不貞腐れるようにそっぽを向く千雨。しかし和美は気にすることなく、両掌を合わせて何かをお願いする姿勢を作った。

「というわけで暫く麻帆良にいるから、その間千雨ちゃん泊めて」

「何がどういうわけだよこら、自分の家に帰れ」

「いやあ、ネギ君追いかけていたら一々家に帰るのが億劫でね。今はパルから貰ったパル様号で暮らしているんだよね」

 だから、麻帆良にいる間は泊まる場所がないらしい。さよが旅行に行くのも、その関係が大きかったのだろう。偶には別行動したいだけかもしれないが。

 とはいえ、家云々はともかく、既に昨日泊めているから今更というのもある。

「……食費お前持ちな」

「オッケー決まり♪」

 暫くは酒の量を減らすか、と千雨は内心で決めた。

(……久しぶりだな。誰かと暮らすのは)

 

 

 

 そして、その日の夕方。

「そっけないな~もうちょっと色っぽく書いたら?」

「キャラじゃねえよ。これで十分だっての」

 部屋の中で携帯を覗き込んでくる和美と軽く揉める千雨がいたとか。

 

 

 

 千雨達がはしゃいでいた翌日。つまりネギ達の二次会から二日経った朝、ナギ=スプリングフィールドは何ともいえない顔つきのまま、無意識に歯ブラシを動かしていた。

 始まりの魔法使いから解放されるという奇跡が起き、しばらく入院していた彼は、退院後ひとまずと麻帆良学園都市内にあるマンションの一室に暮らしていた。現在は長期休暇で帰省している息子のネギと住んでいるのだが、その息子が昨夜から挙動不審に陥っているのだ。

 携帯を見てにやけては顔を振る、時折ボーッとしては何もないフローリングの上でこける、挙げ句の果てには風呂でのぼせていたのを引き上げるといった始末だ。

 今朝も起きたら起きたで朝食を盛大にぶちまけるわ、布団を洗濯機に入れて壊すわと枚挙に暇がない。

 今も何故かブツクサ言いながら、エヴァンジェリンが置いていったレトロゲームのテトリスを延々とプレイしている。はっきり言って赤の他人だったら即座に逃げ出したいレベルだ。腹を掻きつつ、壁にもたれて歯を磨くナギは、息子を眺めながら、これからの行動をどうするべきか悩んだ。

 ここは父親として、息子に何かしてあげるべきではないのか。

 さてどうするか、と朝食後に遊びに来ていたかつての仲間ことジャック=ラカンに問いかけた。

「なあ、ラカン。この場合親父である俺はどうするべきなんだ?」

「独身の俺に聞くなよ。……まあ、ただこれだけは言えるな」

 コーヒーの入ったカップ片手に、ラカンはナギを指差した。

 

 

 

「まずは服を着ろ」

 ……ナギは裸族だった。

 

 

 

 とにもかくにも、ここに揃っているのは英雄二人だが、同時に脳筋二人でもある。故に結論は、必然的に力押しとなった。

 つまり…………

「おら話せよネギ。お父様にも話せないことなのかおい」

「別に言えとは言わねえよ。ただ独り言を聞いて欲しかったらいくらでも聞いてやるぜおい」

「あぶぶぶぶぶぶぶ…………!!」

 ネギは野郎二人に締められていた。

 ナギに4の字固めを決められ、ラカンに首を絞められたネギは抵抗できないまま、軽く泡を吹いてもがいている。何度もタップし、どうにか拘束を解いてもらったネギは、仕方なしにと話し始めることにした。

「実は……昨日千雨さんからメールがあったんです」

「千雨、って確か映画に出てた眼鏡の子?」

「そう、気の強い姉ちゃんだったな」

 面識のあるラカンがナギに説明し、ネギは話を続けた。

「それで『映画見に行くけど、一緒に行くか?』と誘ってくれまして、明日一緒に出かけることになったんです」

「な~んだ、ただのデートかよ」

「というか、お前から誘えよそこは」

 くだらない、と一蹴しかける二人だったが、次の一言でそう言ってはいられないと悟った。

 

 

 

「それで明日……僕はどうすればいいんですかっ!?」

「「……へ?」」

 映画見に行くだけじゃないの? とすら聞けない程、二人は呆れて声も出なかった。

 

 

 

 そして正午。

「あんたねぇ……デート自体経験あんでしょうが。何ビビってんのよ」

「いやっ、でっ、でも僕……」

 とりあえず野郎だけで考えても無駄だと、連絡の付いた明日菜と合流してオープンテラスのカフェで軽食をとりつつ、ことの顛末を説明し終えての感想が先の一言だった。

「つまり、こいつ本命とデートしたことがないだけで、結構女遊びは派手な方だったのか?」

「いや、正確には大なり小なりモテモテで、あちこちから引っ張りだこだったから結果的に、みたいな」

「なるほど、本命とモブだと緊張感が段違いだと……俺の息子(ガキ)ながら最低だな」

 ナギの冷たい視線に萎縮するネギの頭を引っ叩き、

「あいたっ!?」

 明日菜は鞄から雑誌を数冊取り出した。

「ほら、麻帆良WALKERとか色々持ってきたから、とりあえず参考程度に脳内に留めときなさい」

「参考程度に、ってここから回るところを探すんじゃないんですか?」

「そんな訳ないでしょ!」

 雑誌と一緒に取り出したチラシの裏紙にペンを走らせつつ、明日菜はネギに説明し始めた。

「いい、元々千雨ちゃんが映画に誘ってくれたんでしょ? だから映画メインでプランを立てるのよ。映画の話で盛り上がるならゆっくり話せる喫茶店に入ったり、逆につまらなかったらゲーセンやカラオケで映画の話を忘れる。それで夕食の時間になったら小洒落た店でディナー、後は天気が良ければ夜景の綺麗な場所でゆっくり過ごす……っていうのが簡単なデートプランね」

 おお~、と感心して拍手する面々。明日菜は気分を良くしながらネギを指差した。

「とりあえず、千雨ちゃんと何の映画を何処で見るのか教えて。向こうが何処まで準備してるか分からないけれど、少なくとも周辺の店を知っておけば、そこから話題を広げることも可能だわ」

「すみません、全然知りません『何でだよっ!?』――ぶるずるとら!!」

 ナギとラカンに殴り飛ばされたネギ。畳みかけるように、明日菜がテーブルを飛び越えて馬乗りになった。そのまま胸倉を掴み、怒りの形相を近づける。

「どういうことよ! それくらい知っておきなさいよ!!」

「すみませんすみません!! 浮かれてて詳しく聞く前に行くって返信しちゃいましたっ!!」

「アホーッ!!」

『Star Burst Stream!!』

 何処からか聞こえた電子音が二人の取っ組み合いを止めた。どうやら鳴ったのはネギの携帯らしい。

「おい、これ例の千雨ちゃんじゃね?」

「父さん! 勝手に人の携帯見ないでよっ!!」

 慌ててテーブルに置いていた携帯をナギから奪還し、ネギは改めて文面を覗き込んだ。

「……あ、明日の映画の話です「ちょっと見せなさい」――ちょ、明日菜さん!?」

 ネギから奪い取った携帯の画面に一通り目を通してから、明日菜は投げ返した。

「新しくできたショッピングモール内の映画館とは考えたわね、千雨ちゃん。ここなら探索の名目で事前情報抜きでも楽しめるし、互いの趣味思考を話題に乗せやすいから相手の好みも把握できる。しかも確かオープニングセール中で通常よりもお手頃価格の店が多い。……できるわね」

「いや、一瞬で状況把握できるお前さんもすげえよ」

 ラカンの一言に、スプリングフィールド親子も首を縦に振った。

「となると下手な事前情報は逆効果ね。そっちは当日の楽しみにしておいて、モールを出た後に焦点を絞るべきかしら……」

「先生、もう一つ問題があります」

 腐っても妻子持ちであるナギが、デートの上での問題点を挙げた。

「うちの息子、相手とまともに話せるでしょうか?」

「ああ、それもあるわね。ただでさえ今から緊張してるってのに……」

 とはいえ、流石にこればかりは自分でどうにかしてもらうしかない、と明日菜は強引に流した。それでも、せめてもの対策にと持ってきた雑誌の一つを広げてネギに見せた。

「ほら、デート中の対応の仕方とか載ってるから、とりあえずこれ読んでなさい」

「あ、ありがとうございますっ!!」

 雑誌を食い入るように見つめるネギを置いて、明日菜は再び椅子に腰掛け直した。

「結局は当人達の問題だから、これ以上は手の施しようがないわね」

「いや、十分だぜ明日菜。助かったわ」

 お礼代わりに、とメニューのデザート欄を広げて勧めるナギ。

「しっかし、うまくいくのかね、これ」

「まあ、こればっかりはどうしようもないって」

 息子が地面に正座して雑誌を読み耽る姿を眺めながら、ナギはほのかに笑みを浮かべていた。

 ようやく手に入れた、平穏な時の流れを楽しむように。

 

 

 

 ネギが翌日の予定に四苦八苦したその日の夜、千雨は自室でテレビを見ていた。バーボンウィスキーの入ったグラスを片手に、テレビの向かいに置いたソファーの上で片膝を立てながら。

「明日か……ちと性急すぎたかね」

「いいんじゃない? 遅かれ早かれだって」

 足下のフローリングに腰掛けていた和美が、同じくテレビを見ながら答えた。こちらは千雨が用意したジンジャーハイ用のジンジャーエールをそのまま飲んでいる。

 千雨は顔をしかめながら、琥珀色の液体を喉に流し込んだ。

「お前、独り言にも律儀に答えるかよ」

「二人きりなんだから、話しかけられたかと思うってば。てか千雨ちゃん、独り言多いね」

「……元々引き籠もってたからな。自分の世界に入り込んでると、自然に出ちまうんだよ」

 グラスが空になるも、千雨はボトルの中身を注ぐことなく、座卓の上に置いた。

「しかし助かったよ、朝倉。デートなんて映画見に行くくらいしか思いつかなかったしな」

「別にいいって、取材ついでの情報(ネタ)だし。……で、結局ネギ君のことは本気なの?」

「さあな。……ま、明日考えるさ」

 つか言ってないのになんで分かるんだよ、とのんびり返す千雨に、和美は座卓に頬杖を突きながら口を開いた。

「でもあんまりのんびりしない方がいいんじゃないかな。どうもネギ君の周りが不穏っぽいし」

「何だよ、宮崎達がネギ先生狙ってるから背中刺されるな、ってか?」

「それだけだったらいいんだけどね~」

「いや良くないだろ、私に死ねと?」

 千雨のツッコミを聞き流した和美はバックから手帳を取り出し、片手で器用にページをめくっていく。

「最近、ネギ君目当てのファンが結構麻帆良に入ってるんだけどさ。どうもそれだけじゃないみたいなんだよね」

「それだけじゃない、って。あいつ襲ったってメリットなんてないだろ? 特に恨み買ってる様子もないし」

「私も正直、最初はハーレムルート関係での逆恨みじゃないかな、とも思ったんだけど、それにしては毛色が違うんだよね。……あ、あったあった」

 目当てのページを開けたまま、和美は千雨に手帳を見せた。

「ネギ君狙うだけだったら、こんな情報いらないよね」

「ん? 綾瀬に桜咲、宮崎に神楽坂まで。先生襲う為に、一緒に従者でも調べてたんじゃねぇの?」

「よく見てよ。順番や頻度は不揃いだけど、クラス全員の情報が高値で取り引きされているんだよ」

 全員、という言葉に千雨は眉を潜めた。元々魔法関係者も複数在籍し、最終的に全員が魔法を認知することにはなったが、全員がネギの従者として活動している訳ではない。それどころか、非戦闘員のままな者が多いのだ。

 戦闘要員ならまだ分かるが、全員を調べるとなると不穏な気配を感じざるを得ない。例えば、人質とか。

「……で、他にも気になることがあるんだろ?」

「その情報屋とは顔見知りなんだけどさ、少なくとも最初から情報を握ってるっぽかったって。事前に持っていた情報と擦り合わせている印象だったみたい」

「事前に、ね……」

 手帳から目を離す千雨。和美もその気配を感じてページを閉じた。

「……まあ、これに関しては私が調べとくから、千雨ちゃんは明日のデートを楽しんできてよ。元々これ調べに麻帆良に来たんだし」

「ああ……お前に映画以外のデートプラン聞いたことは内緒な」

「分かってるって」

 千雨の方を向いた和美は、彼女に向けてウィンクを飛ばした。

 

 

 

「ネギ君の前では、かっこいい千雨お姉さんで通して欲しいからね♪」

「……余計なお世話だ」

 

 

 

 結局の所、表で格好をつける為には、裏で相当な努力をしなければならないという話だった。

 

 

 

 



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第03話 最初のデートこそはしゃぐな

「あれでもない、これでもない!! この前買ったシャツは合わないし、かといってこれだとフォーマルすぎる!! ああもうどうしたら!?」

「いいから早く飯食え!! せっかく父ちゃんが作ったんだぞこら!!」

 今日も今日とてスプリングフィールド親子は賑やかな朝を迎えていた。リハビリの一環で覚えた料理を並べながら、部屋でクローゼットをひっくり返している息子を父親は怒鳴り呼ぶ。

 そしてネギは、片手に一枚ずつ服を持って駆け込んできた。

「父さん!! キリト戦闘服のSAO仕様とALO仕様、どっちがいいかな!? GGO仕様は若干女寄りなイメージがあるからちょっとあれだけど」

「何勝手に別の世界(ラノベ)の英雄になろうとしてるんだよ!! 少しは自分のアイデンティティーに自信を持てよ魔法世界の英雄!!」

 というか何処から持ってきた? という疑問が解かれる前にネギを殴り倒したナギは息子を無理矢理座らせ、強引に朝食を開始した。

「……ったく、たかがデート如きでがたがた喚きやがって。俺がアリカと出掛ける時なんて、いつも普段着だったぞ」

「いやだって、恋は戦争だって……」

「少なくとも戦闘服はねえよ。迷彩着てナンパするよりも酷いぞ」

 服もアドバイスもらえば良かったか、とナギは内心思ったが後の祭り。まだ店も開いていない、すでにデート当日で通販も間に合わないとくれば、最早手持ちでどうにかするしかない。

 仕方なしに、手に持っていたフォークをネギに向けたナギは、おもむろに口を開いた。

「とにかく、お父様からのありがたい助言(アドバイス)だ。『何事も普段通りが一番』」

「えっ、スーツとか?」

「仕事じゃねえだろ。というか俺にツッコませるなよ。本来ならボケキャラよ、俺」

 若干メタい発言もあったが、それでも理解したのかネギは頷いた。朝食を食べ終わったこともあり、幾分か落ち着いてきたのか、持ち込んだ戦闘服を畳んでから部屋へと戻っていった。

「ごちそうさま。食器は後で片づけるよ」

「おう。……しかしうまくできたな、これ」

 そういって並べられたフランス料理のフルコースに舌包みを打っていたナギだが、数分後に突撃してきた明日菜にツッコミと喝采を受けたのはまた別の話である。

 

 

 

「ついでにショッピングで服買ってこいってアドバイスしたけど、千雨ちゃん男性服とかは大丈夫かしら?」

「大丈夫じゃね? 結局は『似合う』か『似合わない』かの二択だろ」

 ネギが出掛けた後をつけるように、ナギと明日菜も外出していた。それぞれ双眼鏡やオペラグラスと遠眼鏡的な小道具を持ち、駅前のロータリーで立ち往生しているネギを見つめている。

「しかし遅いな。もう30分は経ってるぞ?」

「確かにおかしいわね。誘ったのは千雨ちゃんだし、性格的に遅刻とかはしなさそうなんだけど……」

 流石におかしいと思い、明日菜は携帯を取り出して操作した。

「おいおい、当事者のどっちかに聞くのか?」

「な訳ないでしょ。他に知ってそうな人間に聞くのよ」

 短縮で電話を掛ける明日菜。少し時間はかかったが、目当ての相手は電話に出た。

「あ、朝倉。今大丈夫?」

『ちょっと待って……オッケ、明日菜。ネギ君絡み?』

「そう。ネギと千雨ちゃんのデートって、何時からか分かる?」

 昨日はざっと流し見ただけなので、待ち合わせの正確な時間が分からなかったのだ。しかし、よく千雨と一緒にいる上に自称『麻帆良のパパラッチ』である彼女ならば、知らないことはないだろうと電話したのだが……

 

 

 

『……えっ、まだ2時間もあるよ?』

「「はあっ!?」」

 

 

 

 あまりの衝撃に、横で聞いていたナギも含めて盛大に驚く明日菜。

『というか、上映時間の関係で、早めのお昼食べた後に待ち合わせる予定の筈だけど……え、何、ネギ君もういるの?』

「とっくにスタンバってるわよ……もう」

「浮かれすぎだろ、俺の息子……」

 呆れて声も出ず、その場にしゃがみ込む二人に、和美は電話越しに呼びかけた。

『何なら今から千雨ちゃん向かわせようか? 今喫茶店で一緒に時間潰してたし』

「いや、いいわ。このことは内緒で、予定通りでお願い。あのバカはこっちでなんとかするから」

『りょうか~い。じゃあそっちはよろしくね♪』

 携帯を仕舞った明日菜は、ナギの方を向いてハンドサインをした。相手も理解したのか、同じくサインで返す。

『あのバカ回収』

『オーケー』

 そして二人はネギを回収し、近くのデパートに連行した。

 

 

 

「ふぅ……まだまだ子供だな、ネギ君は」

 携帯を仕舞い、和美は千雨のいるテーブル席に戻った。相手が明日菜だったので、もしかしたらネギ絡みかと考えて席を外したのだが、正解だったようだ。もし千雨に聞かれていれば、これから向かうと言いかねない。

 特に問題があるというわけではないが、互いに気まずくなりそうなので千雨が知らないに越したことはない。

「……急ぎの用事か?」

「ううん、もう片づいた」

 再び腰掛けて、朝食とは別に注文したアプリコットティーを口に含めながら、和美は向かいの千雨との話を再開した。

「そういえば、相坂がいれば情報収集も早かったんじゃないのか?」

「そうでもないかな、相手霊感もあるっぽいし。……昨日のあれ、さよちゃんの正体も含まれてたんだよね」

「マジかよ、そりゃやっかいだな。……私も明日から混ざるわ。少し本格的に調べてみるか」

「正直、千雨ちゃんも調査に加わるのはやりすぎな気もするけど……仕方ないかな」

 実際、不気味な陰があるままなのはいただけない。思い過ごしならいいのだが、もし万が一何かあってからでは遅いのだ。そして、その万が一が起きそうなのは今迄の経験が物語っている。

「……ま、心当たりがあるからなんだがな」

「なんか言った、千雨ちゃん?」

 思わず漏れただろう言葉を聞き返す和美を、千雨は無言で首を振って返した。

「そんじゃま、そろそろ飯食いに行こうぜ。何食う?」

「だったら中華にしない? 丁度超包子の支店がこの近くにも出たから、一回行ってみたかったんだよね」

「いいな。よし、そうするか」

 超包子の経営者である級友の話をしながら、千雨達は喫茶店を後にした。

 

 

 

『やっぱり新品だと、ちょっと固いかな?』

 買ったばかりの服に着替えも終え、昼食も取ったネギは明日菜達と別れ、再び待ち合わせ場所に来ていた。

 その様子をナギと明日菜は再び隠れて見守っていた。一歩間違えればただの過保護であるが。

「……いや、盗聴機(バグ)はやりすぎだろ」

「しょうがないでしょ。仮契約(パクティオー)カードじゃ、声伝えることしかできないんだから」

 先程の遠眼鏡類に追加して盗聴機(バグ)の受信機を構えた明日菜は、時間が迫る度に腕時計を見つめているネギをヤキモキと見ていた。

「てか、これどっから持ってきたんだ?」

「昨日龍宮から借りてきたのよ。こんなこともあろうかと」

「どんなことだよ」

 よもや、父親と姉貴分に見張られてるとは思いもよらないネギは、緊張しているのか気を紛らわせようと鼻歌を歌っているらしい。固めのリズムが受信機越しに聞こえてきている。

「……なんでSAOのOP?」

「ああ、ネギの奴最近はまってるんだよ。最初ラノベだったけど、結局アニメで見れるとこまで見てたな」

「メディアミックスって活字離れの原因なのかしらと言う前に、少しは気にして時系列!」

「所詮二次創作なんだから、よっぽどの暇な僻み屋でもない限り、誰も気にしないっての」

 先程のメタな発言に関して、全くストーリーと関係ない話を広げたことは正式に謝罪します。引き続き、本作品をお楽しみください。

「そろそろ時間ね。しっかりやりなさいよ、ネギ。まずは相手が定期を持っているかどうかを把握、ないもしくは定期の範囲外ならばまとめて切符を買ってくると言ってさりげなく奢る「あれ、あのバイクに乗ってるのって、千雨ちゃんじゃね? 映画とそっくりだし」――……ってあーっ!? 千雨ちゃんやめてー!! せっかく徹夜でアピールポイント考えたのにーっ!!」

 明日菜の徹夜越しの叫びも虚しく、千雨は乗っていたバイク、BT1100ブルドッグをネギの前に停車させ、ヘルメットを外して顔を出していた。

「何でここで千雨ちゃんがアピールするのよ。もうやめてお願いーっ!!」

『わあーっ!! 格好良いバイクですね千雨さん』

『いいだろ? 映画の時に乗ってた普通自動二輪(トリッカー)も良かったけど、こういう大型自動二輪も、乗り回してみると意外と楽しいもんだぜ』

「……おい、息子がノリノリだぞ。これだから二十歳前は……まだまだガキだな」

 千雨はネギに挨拶してバイクから降りた。シートを外してメットインから予備のヘルメットを取り出して、そのまま投げ渡している。

『そんじゃ行こうか。後ろ乗れよ』

『はいっ!!』

「はいっ!! じゃないって!!」

「もう諦めろって明日菜。ここまできたら年下路線で攻めるしかねえって……」

 ついでに買い込んだ缶ジュース片手に、バイクで走り去る息子達を眺めながらナギは呟く。しゃがみこむ明日菜の肩を叩き、缶の中身を一息に飲み干すと歩きだした。

「ほら行こうぜ。先回りするなり帰るなり、どっちでもいいからさ」

「……はあ、なんか疲れたし、もう帰りましょう。後は二人の問題だし「それは甘いね、明日菜」――うわっ!?」 

 明日菜が驚いて振り返ると、そこには和美が立っていた。

「朝倉!! いつからそこに「千雨ちゃんがバイクで来る少し前に来てたぞ」――だったら言ってよっ!! 吃驚したじゃないっ!?」

 ナギのしれっとした発言に明日菜がつっこむも、和美は手招きしてタクシー乗り場へと向かっていた。

「ほら行くよ。千雨ちゃんだって、内心は結構ギリギリなんだからさ」

「……本当アンタ口軽いわね」

「ちゃんとバラす相手は選んでるって」

 千雨達を追う為に、三人はタクシーで新しくできたショッピングモールへと向かった。

 

 

 

「……これでもね」

 そう小さく嘯きながら。

 

 

 

「よし、着いた。ほら降りろよ」

「あ、は、はいっ!」

 ネギに渡したメットを受け取ってメットインに仕舞い、千雨はバイクを押しながら駐車スペースへと歩いた。

「千雨さん、本当にバイクの運転上手ですね」

「今でもなんだかんだ乗ること多いからな。移動手段としてはわりかし便利なんだよ」

 バイクを駐車スペースに停め、二人は新築したばかりで綺麗なショッピングモールへと入っていく。夏期休暇のシーズンということもあり、盛況な証拠である人混みの洗礼を受けながら、映画館のある上層階をを目指した。

「というか、背が伸びたなネギ先生。運転している時、顎を頭に乗せられてる感覚だったわ」

「ははは……すみません、若干乗り辛くて」

「まあいいけどさ……」

 ふと、周りから自分達がどう見えているんだろう、という疑問がよぎったが、千雨はそれを胸の内に仕舞い込んだ。

(気にしても仕方ないか)

 今はネギと映画を観ることを楽しもうと、千雨は気持ちを切り替えていく。

 

 

 

 



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第04話 映画上映と題した、半分ただの紹介コラム『賭博師は祈らない』

引越しは済みましたが、開梱作業中の為、感想解禁だけしておきます。かえって感想なくて良かった……

しかし三巻は買います!!


「そういえばさ……」

 ネギ尾行御一行様の一人である明日菜が、ショッピングモールに着いた途端、ふと立ち止まって他の二人に声をかけた。彼女の目には、壁に掛かっている映画の紹介ポスターが貼られている。

「ネギ達が観ようとしているこの『賭博師は祈らない』って、面白いの?」

「結構面白いらしいよ。元々はラノベの話なんだけどね、歴史系よりの賭博ものだよ」

 というか、まんまラノベ作品です。

「舞台は昔のロンドンで、そこで博打で生計を立てている男が、偶然奴隷を買って二人で暮らす話なんだって。ほら、この娘がその奴隷」

 取り出した手帳を広げて読みながら、和美は説明を続けた。

「……で、二人で暮らしてた内に絆みたいのが芽生えたのかな。最後はその奴隷を助ける為に、賭博場相手に大立ち回りだってさ」

「アクション?」

「いや、博打だって」

 タイトル否定するなよ、と和美は明日菜をジト目で睨みつけた。

「この作品の魅力の一つが、賭博のシーンなんだって。説明は分かりやすい。下手なファンタジーよりイメージがつきやすい。何より博打を通じて描かれる登場人物の心象や人間模様が最高、だってさ」

「……それってギャンブルが嫌いな人間だと、かえって面白くないんじゃないの?」

「そう言う人間は最初から手を付けないから大丈夫。……まあ、博打の面白さと一緒に怖さも語っているし、ある程度分別付くまでは手を出さない方がいいかもね」

 等と語らってはいるが、本来の目的はネギ達の尾行である。

「あ~レディース。そろそろ行かないか?」

「……ああ、そうだった!」

 ナギの一声に明日菜は慌ててネギ達を探し始めた。しかし和美は慌てることなく、二人を先導してモール内を歩き出していた。

「こっちこっち。流石にチケットは用意できなかったから、上映が終わるまで近くの売店にいようか」

「まあ、尾行ばれても困るしな」

 物珍し気に周囲を見回しているナギがそう答えながらついてくるが、それを見て明日菜は和美に耳打ちした。

「……せっかくだし見て回らない。どうせ時間まで暇だし」

「確かに。もう上映始まってるし……」

 手帳と腕時計の文字盤を眺めながら、和美は明日菜の意見に承諾した。

「いいよ、じゃあ見て回ろっか。いいですよね、ナギさん」

「ああ、いい。うん、行こうか。せっかくだし」

 棒読み口調のナギを挟むようにして、明日菜と和美はモール内を散策し始めた。

 

 

 

 そして上映終了間際に映画館に着いた三人は、買い物袋をベンチの横に置いて、並んで座り込んだ。

「にしても、ネギの奴ちゃんとやってんのかね?」

「いや、父親よりかはしっかりやってんでしょ。何なのこの買い物の量?」

 服はまだ分かる。近場では売っていない調理器具も、最近料理にはまっていることを知っていれば理解できる。けれども、輸入品フェアの見たことない置物の数々が周囲を埋め尽くしている時点で浮かれていることは明白だった。

「というか、お金大丈夫なの?」

「ああ、クルトの奴から昔の報酬の残りだって、幾らか貰ってるよ。ネギからも仕送り貰ってるけど、そっちはあんまり使ってないな」

「へえ、ところでナギさん。仕事はしないの?」

「今のところはね。ネギからもせっつかれているし、そのうち何か考えないとな……」

 和美が映画のパンフレットを広げながら聞いてくるのをナギが答えていると、丁度上映が終わったのか、劇場から人がごった返すくらい出てきた。三人はナギが購入した置物の山に隠れ、ネギ達が来るのを待ち構えている。

「ネギ、大丈夫かしら?」

「せめて手を繋ぐ位はして欲しいところだが……」

 よくよく考えれば、映画も恋愛モノの方が良かったかもしれない。雰囲気さえ出てくれば、後は若い者同士どうとでもなる。

 そんなことを考えている内に、ネギと千雨が並んで出てきた。どうなる、と様子を見ていた三人は、別の意味で驚愕することとなった。

「一見クールだと思っていたのに、あそこまで熱くなるなんて……ホント賭博している時のラザルスさん(主人公の賭博師の名前)凄過ぎますぅ」

「死ねよ。リーラ(奴隷の女の子の名前)傷つけた奴全員死ねよ。頼むからさぁ……」

 微妙にポイントがずれているが、どうも映画の内容に感情移入してしまっているらしい。二人とも目頭を押さえながら、並んで映画館を出て行った。

「……あれっていい雰囲気、なのか?」

「ギリギリね、ホントギリギリね」

 ともあれ尾行再開である。再び受信機を引っ張り出して会話を聞こうとしたが、何故か砂嵐が吹き荒れていた。

「……あれ、壊れた?」

「もしかしてばれたんじゃない?」

「そんな訳ないわよ。ネギにばれないように魔力を使わない、完全に機械仕掛けの物を用意してもらったんだから!」

「知ってる、明日菜……」

 明日菜の発言に、和美は彼女の肩を掴んで宥めた。そして、もう片方の手の親指を立て、ある一方に視線を移させた。

 

 

 

「……映画の盗聴・盗撮は犯罪なんだよ」

 その先に書かれている看板には、こう書かれていた。

『当映画館では盗聴・盗撮防止の為、入場時に探知機を用いて各種通信機器をチェック致します。ご了承ください』

「最近の映画館って、そこまでやるの!?」

 やりませんが、正直やって欲しいです。ついでに上映中に携帯点ける馬鹿も逮捕して欲しいです。後できないくせに人のクレジットカードを乱雑に扱う屑店員も追放して下さい。

 

 

 

「でもあの盗聴器は何だったんでしょうね? もう少しで入場拒否されるところでしたよ……」

「大方、お前のファンか敵だろ? もしくは過保護な姉貴分」

 なんとなく犯人に心当たりがある千雨だが、別にいいだろうと適当に誤魔化すことにした。

 二人は映画館を出た後、フードコートにて適当な飲み物を購入してから休憩していた。本来ならば喫茶店とかに入るところだが、生憎と混雑していたので妥協してここにいる。

 ハーブティーにコーヒー用のミルクを入れながら飲むネギの向かいに腰掛けた千雨は、買ってきたばかりのコーヒーに砂糖を入れて掻き混ぜていく。

「……で、これからどうする? 何か見たいものとかはあるか?」

「そうですね……」

 ネギはショッピングモールの入り口に置いてあったパンフレットを広げ、モール内に何があるかを確認していく。

「……あ、千雨さん。コードギアスのイベントやってますよ」

「マジかっ!? うわ知らなかった~」

 コードギアスは、偶々千雨がアニメを見てドハマりし、購入したDVDを郵送でネギに布教していたのだ。以来、しばらくの間は所用を片付けた後に感想を言い合う習慣ができた程である。

「せっかくだし、行ってみるか?」

「はいっ!」

 二人は手持ちの飲み物を飲み干し、イベント会場へと向かった。

 

 

 

 その後はオタク寄りなイメージではあるが、概ねデートといえるものとなった。

 アニメストーリーをまとめた年表を眺めた後は、登場人物達が描かれた立て看板を携帯で写真に収めていく。ネギがルルーシュの立て看板と並んで同じポーズを取っているのを千雨が撮影し、交代で蹴りを入れているカレンと同じポーズを取ろうとして倒れかけたのを互いに苦笑いしたりもした。

「あ、コスプレもやってるみたいですよ」

「よし、やってくか」

 といっても人数が多かったので、黒の騎士団構成員の格好しかできなかったが、ツーショットを撮ってもらった後に、丁度イベントの時間か何かで出てきたゼロのスーツアクターと三人一緒に写真も撮れた。

「おらおらおらっ!!」

「千雨さん先行しすぎですよ~!!」

 KMF操縦体験ブースでは仮想戦場でグロースター(コーネリア仕様)を軽快に動かす千雨に遅れるようにして、ネギがサザーランド(ジェレミア仕様)を操作して追いかけていく。その数瞬後にザンバラ頭の男が操作する無頼・改(藤堂仕様)に撃墜されてしまったが。

「このピザおいしいですね~」

「本当、結構いけるな」

 C.Cセレクトのピザを食べて小休止してから、売店ブースをさまよってグッズを冷やかしていると、ギアスの紋様が描かれた水晶が付いたリストチェーンが売られているのを見つけた。

「……お、これいいな」

「買いましょうか? 出してもらった映画代代わりに奢りますよ」

「そうか……じゃあ記念に頼むわ」

 それぞれの手首に巻かれたリストチェーンを眺めながら、満足した二人はイベント会場を後にした。

「てか、黒似合わねぇな。ネギ先生」

「千雨さんだって、緑似合ってないですよ」

「言ったな、こら!」

 ネギの首に腕を回して締め付ける千雨。背丈は変わっても、二人の関係は昔と変わらず、いや昔よりも親密に変わろうとしていた。

 

 

 

「……お揃い色違いのリストチェーンとか、もう大丈夫じゃないかしら?」

「まあ、少なくとも昔の通りにはなったよね。アニメイベントってのが、微妙に千雨ちゃんらしいけど」

 イベント会場を遠巻きに眺めていた明日菜達は、様子を見る為にいた喫茶店でお茶を飲んでいた。ナギはネギ達がイベント会場に入った途端に、荷物を置いて出かけてしまったが。

「いやぁ、楽しそうだったぜ。もういいんじゃねえの?」

 丁度戻ってきたナギだったが、その発言に和美は首を傾げた。

「ナギさん、買い物に行ってたんじゃないの?」

「いや、面白そうだったからスーツアクターに紛れてきた。ゼロに化けてネギ達と写真撮ってきたぜ!」

「私達も誘ってよっ!!」

 とはいえ、三人だと目立つので一人で潜入してきたのは間違っていない。元々そう割り切っている和美は、憤る明日菜を宥めつつ、ナギから話を聞いた。

「それで、これからどうするかは聞いてきましたか?」

「いんにゃ、下手したらこのまま解散かね。はしゃいではいるが、夕飯の話は一切してないみたいだし」

 そうこう言っている内に、ネギ達が移動し始めたので明日菜達も手早く荷物をまとめて追いかけ始めた。

「もう大丈夫そうだし、荷物もあるから俺は抜けるわ。頑張ってくれ~」

 待たせたお詫びも兼ねて代わりに会計してくれたナギに軽く礼を言い残して走り出した二人だったが、少し動いたところで動きを止めていたネギ達を見て慌てて物陰に隠れた。

「どうしたの?」

「どこか電話しているみたいだけど……」

 通りの端に寄って携帯でなにやら電話している千雨と、背中を向けて遠くを見ているネギ。やがて電話が終わったのか、携帯を閉じると同時に両手を合わせてなにやら謝りだしている。

「何かあったのかしら?」

「このまま解散かな? あ、でもネギ君何か言ってる」

 盗聴できない以上、会話は推測するしかないが、それでも解散するには様子がおかしい。

 ネギ達は移動しているが、向かっているのは最寄り駅のある出口ではなく、千雨のバイクが停めてある方の出口だ。

「……ねえ、おかしくない?」

「確かに、解散なら別にこのままでもいいのに。あ、ネギ君もしかして見送りに向かったのかな?」

「きっとそれよ」

 しかし二人は別れるどころか、そのままバイクに乗って移動し始めてしまった。

「……まさか」

「なっ、なにどうしたの朝倉?」

 不穏な空気に気圧される明日菜に、和美は昨晩千雨と話した内容を簡潔に伝えた。

「じゃあ、私達を狙っている誰かを千雨ちゃんが突き止めたの?」

「いや、どっちかというと千雨ちゃん側の伝に何か引っかかったのかも。それでネギ君を遠ざけようと謝罪するも、逆に見抜かれてついていくと押されて二人で……」

 

 

 

 



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第05話 やめよう、歩きスマホと○○○○

 二人の行動は早かった。

 タクシーを捕まえて二人乗りのバイクを追いかけろと指示、移動中に頼りになる知り合いに片っ端から声をかけていく。

「あ、いいんちょ! ……もううるさいわね、いいじゃないいいんちょのままで! とにかく人集めて、大変なんだから!!」

「……あ、ナギさん。今すぐこれますか? ……分かりました。ラカンさん達にも声かけて下さい。緊急事態です。場所はまた連絡しますので」

 一通りかけ終わると同時に、千雨達のバイクが停まったらしく、タクシーも少し距離を置いて停車した。

「朝倉先行って、払ったら行くから!!」

「お願いっ!!」

 和美だけ先に行かせる明日菜。

来たれ(アデアット)!!」

 応える様に和美は自らのアーティファクトである渡鴉の人見(オクルス・コルウィヌス)を呼び出し、スパイゴーレムをネギ達の方へと向かわせる。この場にさよがいないので専用機はそのまま近くに待機させてあるが、控えに置いておいただけで、こちらも操作可能だ。

「……お店?」

 伝わってくる情報を精査していると、ネギ達が入ったのは一軒の喫茶店だと分かった。喫茶店にしてはえらく人気のない裏通りで営業しているが。

 千雨がバイクを店の脇に停めて、ネギを連れ立って正面から堂々と中に入ると同時に、明日菜が和美に合流してきた。

「どんな状況?」

「……あ~明日菜。先に謝っておく」

 仮契約(パクティオー)カードを取り出している明日菜に、和美はもしかしたら、の可能性を挙げた。

「さっきから戦闘音がしない、から、もしかしたら、かも、だけど……緊急事態は緊急事態でも別件、かもしんない」

「……どういうこと?」

 ジト目になる明日菜をどうどう、と宥めながら、和美は建物の陰から出て件の喫茶店の前に立つ。その言葉通り、別段争っている様子が見られなかった。

「でもこの喫茶店、初めて見るけど……こんな店、麻帆良にあったっけ?」

「それなんだよね~千雨ちゃん、何処で知ったんだろう?」

 麻帆良学園都市内とはいえ、二人にも知らない場所は当然ある。しかし、ここは明日菜達が通っていた中等部からは大分離れている為、あまり来る機会自体ない筈なのだ。

「もしかして、ここが千雨ちゃんお抱えの情報屋だったりして?」

「……どうだろう。雰囲気的には情報屋っぽいけど、千雨ちゃんの伝手って、私知らないんだよね~」

 それでも警戒心だけは絶やさず、明日菜は仮契約(パクティオー)カードを、和美は後ろ腰に仕込んでいたスチール製の警棒を抜いた。

「……朝倉、あんたそんな物騒な物持ち歩いてたの?」

「いや、明日菜の剣に比べたら可愛いもんだって。おまけに魔法世界じゃ、昔映画で使ってた閃光武器代わりの魔力球で逃げるしかできないんだしさ」

「あんたの場合、争いが起きる前にちゃっかり逃げてそうだけどね。……というか、魔力球(あれ)まだ残ってたの?」

「元々簡単に作れるから、って超一味がまとめて作ってたじゃん。2000個くらい」

「多すぎでしょう、もう……」

 互いの得物を確認し終えてから、和美はアーティファクトを一度周囲に戻した。

「……来たれ(アデアット)

 明日菜もアーティファクトであるハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)を取り出すが、屋内に入ることを想定してハリセンの状態で構えている。

「で、どうする明日菜? 魔力球投げ込む?」

「それでもいいけど、問題ないかもしれないんでしょう? 寧ろ誰か出てくるの待ってた方がいいんじゃ……」

 そう考えていた矢先に、状況は突如変化した。

「そんなっ!? こっ、これはっ!?」

『ネギ(君)っ!?』

 ネギの突然の叫び声に、明日菜達は即座に行動に移った。

 明日菜を先頭に扉を蹴り壊し、警棒を構えた和美と共に店内へと入っていく。いったいネギに何があったのか……!?

 

 

 

「コピ・ルアクじゃないですか! これフェイトが探してたんですよ。『一度飲んでみたい』とか言ってて」

「そうか、じゃあ豆ごと買ってくか? 面白半分に買ってみたけど全然売れないし……」

 

 

 

 と、微妙に落ち込みつつツンツン頭の男がネギに商品を紹介しているだけなのを見て、二人は突っ込んだ勢いのまま、盛大にズッコケていた。

「……あれ、明日菜さんと朝倉さん?」

「いらっしゃ~い。でも閉店なんで扉の修理代だけ置いてって下さ~い」

 茫然と床の上に座り込んでいると、突然カウンターの奥にある扉が開いた。

「上条、泉の方はもう大丈夫みたい……って、これどういう状況?」

「あ、千雨さん。お疲れ様です」

「おう悪かったな長谷川、いきなり呼び出して」

 一先ず、と千雨はマスクを外しながら、二人を立たせてネギのいるカウンターテーブルに並べて座らせた。

 

 

 

「……つまり、病気になった同居人の看病に来ただけ、と」

「そう。ただの風邪だから病院に行くまでもないけど、もう一人の同居人が出掛けているから女手がなくて呼ばれたんだよ。着替えとかな」

「で、心配して一緒についてきた彼をただ待たせるのも悪いからと、代わりに俺が相手をしていたってわけ」

 千雨は簡単に状況を説明しながら、手慣れた調子で作った紅茶を人数分並べていく。

「自己紹介がまだだったな。俺の名前は上条当麻。一応、この喫茶店『Imagine Breaker』の店長をやっている。よろしくな」

「あ、どうも。神楽坂明日菜です」

「同じく、朝倉和美です」

 各々の得物(明日菜の場合は魔法隠匿の都合で未だにハリセン状態のまま)をそれぞれ膝の上に置き、千雨より振る舞われた紅茶を口につけていく。

「……あ、おいしい」

「というか千雨ちゃん、結構手慣れてるね」

「偶にヘルプで入るからな。普段はあんまり客来ないから、誰かが病欠でもない限り出ないけど」

 カウンターの端に移動し、灰皿を取り出してから煙草を咥える。千雨は壁にもたれながら、火を点けて煙を燻らせ始めた。

「……千雨さんって、煙草吸うんですね」

「まあな。嫌か?」

 ネギは首を横に振るも、千雨は2,3口吸っただけで灰皿に煙草を押し付けた。

「そういや、いつの間にか吸ってたな。お前」

「はっ、人の勝手だろ」

 上条の指摘に千雨は肩を竦める。その言葉を聞いて、ネギは正面に向き直った。

「そう言えば、上条さんと千雨さんって、どうやって知り合ったんですか?」

「……ここでバイト初めたから知り合った、っつう発想はねえのかよ」

 無論違うが、千雨はツッコまずにはいられなかった。上条は苦笑しながらも、ネギに簡単に説明した。

「昔、長谷川の知り合いがストーカーに遭ったことがあったんだよ。その時俺も、別口で犯人を追っててさ。……んで、とっ捕まえる時に知り合ってこのまま、な」

「ストーカーって、3-Aの誰か?」

「いや、大学の知り合い」

 出涸らしにお湯を注ぎながら、千雨も口を開いた。

「助けたのはいいんだが、暫くは男性恐怖症になっちまってな。お陰でこっちに懐かれて、克服して彼氏できるまで強制的にルームシェアだ」

「そういや彼女、ヘルプで来る度にカウンターの端の席に座って待ってたっけ」

 上条が指差した席を、ネギ達は見つめた。その様子を眺めながら、千雨は出涸らしの紅茶を流し込んでいる。だが上条は逆に、愉快気に顔を歪めてネギ達に向けて身を乗り出した。

「で、その話の面白いところは、当時彼女が自称『長谷川の恋人』って嘯いてたことなんだよ」

「ぶっ!?」

「それホント? 千雨ちゃん」

「……るっせえな、黙ってろ。特に朝倉!」

 上条が告げた話のオチに、明日菜と和美も思わず笑い出していたが、一人ネギだけは複雑な顔をしていた。その様子を見て、千雨が話し掛けた。

「……ん、どうしたネギ先生?」

「あ、いえ……千雨さんは女性が好き、って訳じゃないんですよ、ね」

「当たり前だコラ! ……ったく」

 頭を掻いてカウンターから出る千雨、そのままネギの隣に移り、腰を落ち着けた。

「ホラ、前に電話でルームシェアのこと話したろ。その時の奴だよ」

「ああ、あの時の。……そう言えば、3月に出て行かれたんでしたっけ?」

「そう、漸く男性恐怖症が治って、恋人ができたからな。……お人好しにも、程があるだろ」

「……そんなことないですよ」

 自嘲気味な千雨に対して、ネギは真っすぐに応えた。

「千雨さんが優しいから、こうやって誰かが救われたんです。お人好しとか思っていてもいいんです。ただ、『誰かを救えた』ってことだけは忘れないで下さい。それだけ千雨さんがすごいってことなんですから」

「……別に。大したことはしてねえよ」

 ネギの言葉に、顔を背ける千雨。顔が赤くなっているのにカウンター奥の上条は気付いていたが、それを指摘することはなかった。

「いや、しかし良かったわね。救いのある話で」

「ホントホント、せっかく平和なんだし、人が傷付いた話なんて聞きたくないよね」

 そう言って、明日菜と和美は立ち上がった。

「いやあ平和で良かった良かった」

「ホントホント。じゃあ私達はこれで「どこへ行かれるんですか? お二人共」――……え?」

 じりじりと後ずさる二人の背後から、突然声を掛けられて振り返る。そこにはいつのまにかあやかが、仁王立ちで立ち塞がっていた。

「ああ、いいんちょごめん!! 連絡遅れたけど大丈夫だったわ!!」

「ええ、皆さん無事でなによりです。……事情は外で粗方読ま、……ゴホン聞かせて頂きました」

 その言葉を皮切りに、明日菜と和美の顔から汗が止めどなく流れ出してくる。言い訳を口にしようにも頭が回らず、間髪入れずに追撃の言葉が突き刺さっていく。

「というかお前等だろ。ネギ先生に盗聴機仕掛けたの? ……出歯亀しやがって」

「紅茶代はいいけど、扉の修理代よろしく~」

「お二人共……」

 ガランガラン、と何かが床に落ちる音が店内に響いた。ハリセンと警棒が力なく転がる中、明日菜と和美はとうとう俯いてしまう。

 例え20歳を越えようとも、はたまた100年以上の歳月を眠っていようとも、雪広あやかの迫力に逆らうことができず、逃げることもままならなかった。

「……そこへ正座なさい!! お説教の時間です!!」

『いやぁ~!!!!』

 

 

 

 本日の教訓。

『やめよう、歩きスマホと早とちり』

 

 

 

 そして店の外に顔を出した千雨は、あやかに連れられて待機していたのどかと夕映に声を掛けた。

「他にも来てるのか?」

「いえ、もうすぐ来る筈でしたが、いいんちょに帰宅連絡を指示されたのでもう帰ったと思いますです」

「あの~ネギ先生達は?」

「ネギ先生はカウンター席、朝倉と神楽坂はいいんちょから説教受けてるよ」

 ドア縁に肘をついてもたれながら、すぐ横の地面に並んでしゃがんでいる二人に中へ入るように促す。

「中入れよ。説教長くなりそうだし」

「そうしよっか、ゆえ」

「そうですね……ところでコピ・ルアクって何ですか? 珍しいコーヒーとからしいですけど」

「ん? ああ……」

 立ち上がるのどかと夕映から顔を背けて、頬を掻きながら千雨は答えた。

 

 

 

「簡単に言うと……ネコの糞から出た未消化のコーヒー豆のことだ」

 

 

 

 そして図書館コンビは、あまりの気分の悪さにすぐには何かを飲むことができなかったとか。



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第06話 いつか、星の海で

「大体あなた達は早とちりでここまで話を大きくして!! 少しは反省ってものをですね……」

「ひ、膝が……」

「た、助けて……」

 あやかの説教は既に一時間にも及び、流石に長引き過ぎたのかネギと談笑していたのどかと夕映は帰り支度を始めていた。

「タクシー呼んだから、それで帰りな。これタクシーチケット」

「ありがとうございます。上条さん」

「では帰りましょうか、のどか」

 最後にネギに一礼して、二人は店を後にした。

「二人共、気を付けて帰って下さいね」

 ネギは椅子に座り直し、改めて店内を見渡した。

 今この場にいるのは明日菜と和美を説教しているあやかの三人、そしてカウンター内で食器を片付けている上条だけだった。千雨は再び病人の看病に向かっているので、ネギは手持無沙汰になる。

「……そういえばネギ先生」

「はい? どうしたんですか上条さん」

 拭き終った食器を置き、上条はネギの前へと移動した。

「今日は悪かったな。長谷川とデートだったんだろ?」

「あ、いえ。デートと呼べるかは分からないですけど……」

「……異性で二人きりなら十分デートだよ。彼女のいない上条さんの前でよく言えたなコラ」

「ええっ!?」

 一方的な僻みにネギは狼狽するが、上条は一つ息を吐いて肩を竦めただけで、感情を沈めた。

「つっても、少なからず好意は持ってんだろ? だったら十分デートでいいんじゃねえの?」

「あ、はい。僕はそうなんですけど……」

 そこでネギは言い淀んでしまう。

 思い出したからだ。七年前の卒業式の日、長谷川千雨に告白して振られたことを。

 振られた後も、千雨は変わらずに接してくれているし、相談にも乗ってくれている。何より、告白した際に『嫌いなわけねーだろ』と言われているのだ。

 けれども、好かれても嫌われてもない。ネギ自身、一人になる度にそう考えてしまっている。

「長谷川がどう思っているかが分からない、ってか?」

「はい……千雨さんは、僕のことをどう思っているんでしょう」

 上条の指摘に、ネギは無意識に心中を吐露していた。未だに説教が続いている以上、他に聞いている人間がいないというのも大きかったかもしれない。

 その言葉を聞いて、上条は一度天井を見上げてから、再びネギに視線を向けた。

「当てになるかは分からないけど……結構大事にされていると思うぞ?」

「そう……ですか?」

 不安そうなネギに、上条は断言した。

「ああ、そうだよ。今迄知る機会がなかったんだろうけど、あいつ……嫌いな奴にはとことん冷たいぞ」

「……えっ?」

 突然聞かされた事実に、ネギの目は見開かれた。

 

 

 

「さっき話したストーカーだけどな……先に見つけてたのは長谷川だったんだよ。どうやって探り当てたのかまでは分からないが。まあ実際、犯人の実力を見誤ってたのか、結構ピンチな状態だったけどな……多分あの時、手段があれば、迷わずそれを実行していたと思う」

 

 

 

 ま、流石に殺しはしないだろうけどな。

 そう上条が呟くも、ネギは信じられないという眼差しで見返していた。

「他にもこの店で働いている内に知ったんだけどな。多分あいつ、自分の中で決めているんじゃないかな。『守ると決めたものだけでも、絶対に守る』って」

「そう、ですか……」

「こっちは逆に心配になるけどな。……だからさ、ネギ先生」

 一呼吸置いてから、上条はネギに言葉を投げた。

「もしもの時は、あいつのこと守ってやってくれよ。……大丈夫、何せあいつの昔話の大半は、あんたのことだからよ」

「それ、は……本当ですか?」

 伝えられた言葉をどう返そうか迷いつつも、ネギは千雨のことを考えてしまった。

 実際、彼女自身の気持ちを聞いたわけではない。だからネギは迷っていたのだが、上条の言葉に、だんだんと気持ちが明るくなってきているのを実感していた。

「まあ心配だったら、本人に聞いてきたらどうだ?」

 そして上条は、ネギに灰皿を手渡してきた。

「そこの扉入ってすぐの階段を上ってみな。看病が終わっていたら多分、そこで煙を吹かしているからさ」

 指差された扉を見て、ネギは慌て気味に立ち上がった。

 

 

 

「ふぅ……」

 喫茶店の二階、上条をはじめとした店員達の居住スペースの中心にある吹き抜けで、千雨は一人煙草を嗜んでいた。階段近くの手すりにもたれかかり、近くに設置した台の上に灰皿を置いて。

 バイトをしていた時から、千雨はここで煙草を吸うのが好きだった。上条達が来る以前に住んでいた住人の趣味らしい、天体観測ができるように設計された大型の窓が複数並ぶ屋根を見上げていると、どこか心が落ち着くからだ。

 特に大きいのが、今千雨が見つめている建造物だろう。

「うわぁ~見晴らしいいですね、ここ」

「……ああ、ネギ先生」

 先端に溜まった灰を落とすと同時に、階段を上りきったネギが千雨の横に立った。

「悪い。ほったらかしてた」

「大丈夫ですよ。のどかさん達と話してましたし。……大分できてきましたね」

「凄いもんだよな。七年前はこんなものができるなんて、思いもしなかった」

 二人は、建造途中の軌道エレベーターを展望用の窓越しに見上げていた。日暮れてとはいえ、土台部分から伸びた建築区画が徐々に空へと窄まりながら伸びていくのが伺える。

「でもまだ、問題があるんだろ?」

「はい。流石に世界初ですから、法的に前例がない点で反感を買っています。魔法世界の情報公開も合わせて対応していくとなると、片づけるべき課題が山になってきて……」

 と、仕事の話題ならすらすらと出るわけだが、現在は休暇中のネギを考慮して、千雨は早々に話を切り上げさせた。

「それで、その課題が膠着したのを利用して休暇を取ったんだったな。これからはどうするんだ?」

「まだ考えていないですけど、しばらくはゆっくりしたいですね。ウェールズには一度帰ったので、今度は自然の中で星を見たりとか……ああ、そうだ千雨さん」

「ん?」

 携帯を取りだしたネギは、いくつか操作してからその画面を千雨に見せた。

「星で思い出したんですけど、少し前に軌道エレベーターに接続する予定の宇宙ステーション区画に視察に行ったんですよ。その時の星空が綺麗で「どれどれ?」――あ! えっと、これ、です……」

 煙草の火を消して顔を寄せてきた千雨に、ネギは若干ドモりながらも視察の時に撮影した写真を見せていく。そこには確かに、地球からでは見えない規模の星達が煌めいていた。

「近くのデブリはともかく、確かに綺麗だな」

「それは今後片づけていく予定ですが、一般区画を構築する際には展望場も作ろうって声が挙がっています」

 ステーション内で作業している人達や宇宙空間で遊泳中の宇宙服の人々、展望用の強化窓の前で月を持ち上げる仕草をする小太郎に呆れて腕を組んでいるフェイトの写真と来て、最後に何もない宇宙空間の写真を見た千雨の口から、ふと言葉が漏れ出た。

「……まるで、星の海だな」

「星の海?」

「知らないか? まあ、当然か……」

 顔を上げた千雨は、そのまま天空を見上げながら答えた。

「昔、『勇者王ガオガイガー』ってアニメがあってな。ロボット物、だと思うから興味なければ多分見ないだろう?

 ……そのエンディングに流れた曲が印象的でさ」

 千雨は、静かに右手を空に伸ばした。まるで、星を掴もうかというように。

「歌詞の内容は私の印象だけど、だいたいこんな感じかな。『いつか、大人になったら再会しよう……星の海で』」

「星の、海で……」

 ネギも千雨と同じように、空を見上げた。

 街の明るさで塗りつぶされている空よりも、宇宙からの方が綺麗な星が映って見えるだろう。そう思いながら。

「いつか、視察の時でも完成した時でもいいですから。……見に行きませんか、星の海を」

「ああ……」

 千雨は顔を降ろした。切なげな目を伏せ、ネギに見せないようにしながら。

 

 

 

「いいな。いつか、見に行こうぜ。……絶対に」

 

 

 

 二階から降りた二人は、カウンター内の台座に腰掛けながら休んでいる上条に挨拶してから、これでもかと明日菜達に説教を続けているあやかに声を掛けた。

「おいいいんちょ、そろそろいいだろ。帰ろうぜ」

「しかしですね千雨さん!! この人達あなた方を出歯亀しただけでも飽きたらず、悪行三昧で「大丈夫ですから。さあ、帰りましょう」――……ネギ先生も、そうおっしゃられるのでしたら」

 ようやく解放された二人は、床の上にも関わらず、盛大に足を伸ばして尻餅を着いた。

「助かった~……」

「もう足が動かない……」

 呻いている明日菜と和美を見下ろしてから、千雨は腰に手を当ててカウンター奥の上条に声を掛ける。

「こいつらにはタクシーチケット渡すなよ。いっそ歩かせろ」

「はいよ~」

『ええっ!!』

 千雨自身、どうせあやかが連れ帰るだろうと思っての発言だ。本人もそれに合わせるかのように、こっそり唇に指を当てて見せてきた。

「じゃあ帰るか。送ってくよ、ネギ先生」

「いえ、千雨さんの家から歩いて帰りますので送らなくても「わざわざついてくるだけついてきて……そんなに、私の家がどこか知りたいか?」――いえいえそう言う意味ではなくてですね!?」

 慌てて手を振るネギを軽く睨んでから、千雨は目元を緩めた。

「……冗談だよ。じゃあマンションの前で解散な。何かあったらよろしく」

「あ、はいっ!!」

 元気よく返事をするネギ。その辺りは昔から変わらないな、と千雨は内心思った。

(……本当、何もなければいいけどな)

 不穏なことも、内心で口走りながら。

 

 

 

 明日菜達もあやかの車で帰った後、上条は同居人の部屋の前に来ていた。

「……入って大丈夫か、泉?」

「おお上条君。大丈夫だから入りたまへ~」

 部屋の主の許可を得て、上条は中に入った。

 中では頭上に伸びた髪が特徴の子供並に小柄な女性が、ベッドの上で布団の中に身体を入れて横たわっていた。

「大分マシになってきたな。泉」

「まあね~」

 猫口にして弛緩した顔を見せる彼女、泉こなたの前に座卓を引っ張りだし、その上にお粥が入った土鍋を、お盆の上から移していく。一緒に小鉢やレンゲを置き、蓋を開けて中身をよそい始めた。

「食えそうか?」

「うん。おくれ~」

 上半身を起こしてからお粥の入った小鉢を手に持ち、レンゲに掬った分を吹いて冷ましていく。次々と口に入れていくのを眺めながら、上条は泉に声を掛けた。

「どうせまた無茶したんだろ。……成果は?」

「それ、千雨さんにも聞かれたよ。……あんまり芳しくないね」

 少し声のトーンを落とした泉。食事の手は止まっていた。

「それらしき人物はいくつか特定できたんだけど、この世界の人間なら絶対に取らない行動を取っている。それも何度も。……間違いない」

 一息吐き、泉は上条を見据えて言い放った。

 

 

 

「相手は転移者。しかも、『原作を無視して破壊する側』だよ」

 

 

 

 闇は、常に光の裏に纏わりついている……

 

 

 

 



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第07話 ネギは働き、千雨は暗躍する

 千雨と出かけた翌日。ネギは朝から電話をしていた。朝食後すぐにフェイトから電話があったからだ。

「レセプション? 軌道エレベーターはそこまで完成していなかったはずじゃあ……」

『正確にはエレベーターの『箱』の方だよ。ネギ君』

 自室の椅子に腰かけ、ノートPCに朝一で届いたメールに添付されていた資料を開いて中身を確認する。マウスを操作しながら、ネギは電話を耳に当てたまま対話を続けた。

「確かに新技術が使われているけど、そこまでして発表する程のものだっけ?」

『目的は別だからね』

 その言葉に、ネギは昨日千雨と話していた内容を思い出していた。法的に前例がないことや、魔法世界の情報公開の件が今でも響いているのだ。例え、世界の一つが危険に晒されていたとしても、だ。

「……成程、『平和的な対話』が」

『そう、接待も兼ねてのレセプションだよ。今後も仕事でそういう機会は増えていくと思うから、協力してくれるかい?』

「全然いいよ。争うよりずっといい」

 それはネギの本音だった。

 命がけで手に入れた平和を壊すような真似をするよりは、例え接待等の面倒事でも相手を傷付けない手段を取れるなら、そうするべきだと考えての結論である。

『というわけで休暇中だけど、今度のレセプションに参加してもらえるかな?』

「それくらいならいいよ。他の人には?」

『神楽坂明日菜と雪広あやかはこれから招待するよ。小規模だから、とりあえずは追加なしで。……ああ、そうそう』

 一区切り入れてから、フェイトは言葉を続けた。

『スピーチも頼めるかい? 一応発表の場だから、君の考案した特殊構造に関して重点的にね』

「はあ……分かったよ、フェイト。当日迄に纏めとく」

『よろしくね』

 電話を切り、ノートPCからデータをタブレットPCの方に移してから、ネギは自室を後にした。遊びに来たエヴァンジェリンと一緒にドラゴンクエストⅢをプレイしているナギに構わず、テーブルについてポットから作り置きの紅茶をマグカップに注いでいく。

「……ん、どうしたネギ?」

「ああ、ごめん。父さん。……ちょっと仕事が入っちゃってさ」

 ナギに目配せしてから、ネギはタブレットPCを操作してデータに一通り目を通し、スピーチする内容の傾向を脳内で纏めていく。一口紅茶を流し込んでいると、レベル上げに飽きたエヴァンジェリンがコントローラを手放して近寄ってきた。

「なんだ、仕事か?」

「ええ、マスター。今度行われるレセプションでスピーチをすることになりまして」

 スピーチの傾向を纏め終えたネギはタブレットPCを切り、一気に紅茶を飲み干した。

「昼食後にちょっとスピーチを纏めてきます。お昼はどうしますか?」

「ちょっと待ってろ。昨日手に入れた調理器具で、うまい生パスタ食わせてやるから」

「お前、料理に凝りすぎだろ……」

 呆れるエヴァンジェリンの眼差しを受けながら、ナギはいそいそと調理に取り掛かった。若干楽し気にしながら。

 

 

 

 一方その頃、千雨は麻帆良の裏路地を歩いていた。

 大きめの鞄を持ち、人目につかないようにしながら、目的の場所へと歩を進めていく。

「千雨ちゃん、何処に向かっているの?」

「情報屋だよ。……ちっとばかし、癖が強いけどな」

 歩き慣れた道のりを進む千雨に続いて歩いていると、和美の目に一軒のお店が……

「……ねえ、これって」

「言ったろ。癖が強いって……」

 呆れて肩を落とす千雨に、和美は前方の店を指差しながら再度問いかけた。

 

 

 

「これ……ただのメイド喫茶だよねっ!?」

「ああそうだよくそったれがぁ!!」

 

 

 

 確かにその店は、外見通りメイド喫茶だった。

 しかし秋葉原でよく見かけるような膝丈スカートのなんちゃってメイドではなく、英国調の本職御用達レベルのエレガントスタイルなメイドが数名、店の前で宣伝用のビラを配っている。ただし全員日本人。

「まさか……中に入るの?」

「安心しろ。それだけはない……つかあってたまるかっ!」

 別の通りから人目に付かないように店の裏に向かう二人。その裏手に着いてから千雨は、懐から携帯を取りだして電話を掛け始めた。

「着いたぞ、裏にいる。……ふざけんなっ! さっさと出てこいっ!!」

 千雨が電話越しに怒鳴り呼んでから数分後に、金髪にサングラス、アロハシャツを着た男が店の裏口から出てきた。装飾が余りにも金ピカな為、聞かれなければ情報屋ではなく、チンピラか麻薬の売人と勘違いされるような容貌だ。

「よう、土御門」

「何が『よう』だぜよ。せっかく舞夏とデュエットしてたのに。ふざけんなコラ」

「……義妹だろうが。二人でカラオケ行ってろ」

 土御門と呼ばれた情報屋は、適当な空き箱に腰掛けてから腕を組んだ。若干雰囲気が暗くなるのを和美は肌で感じ取り、無意識に右手を後ろ腰に隠した警棒にやろうとする。

「……で、メールで要求された情報(ネタ)だったな」

「そう。調べはついたか?」

 千雨は、懐から封筒を一通取り出して、目の前の男に渡した。

 前金だろう、封筒に入った紙幣を確認した土御門は、逆に大型の書類封筒を手渡してきた。

「名前は『植木耕助』。小説家の父親と姉と一緒に暮らしている高校生。友人は多い方だが恋人の気配はなし。趣味は清掃ボランティアで、よく公園を掃除している」

「そして、『麻帆良に入ってきた当時も、本人は公園で掃除していた』と?」

 静かに頷く土御門。それに和美は驚いて千雨越しに声を出した。

「ちょっと待ってよ!! アリバイがあるなら別人じゃ「だったらもっとやべぇよ」――……どういうこと? 千雨ちゃん」

 封筒の中に入っている書類を流し見て、千雨はそう結論付けた。

「変装や偽名なんて裏社会(ウラ)じゃ当たり前だ。……だが、だったら何でこいつを選んだ? 学生なら誰でもいいだろうが」

「……何か、理由があるってこと?」

 一つ頷いてから、千雨は書類を封筒に戻した。再び視線を土御門に向けて再度問い掛ける。

「こいつの所在は?」

「内通者がいるのかは知らんが、情報屋に当たった以外の足取りは掴めていない。麻帆良に潜入した当時の荷物から逆算しても、食料はとっくに尽きている筈だ」

「そこから当たるしかないか。……他には?」

「後一つ、これは『公園で清掃していた方の』彼に聞いた話だが……暴漢に遭って一度入院しているらしい。だが……」

 一区切り置いてから、土御門は話を続けた。

「その際の記憶は一切無し。怪我も軽傷だったから、警察も捜査を打ち切りかけてる」

「つまり、その時に『偽物』を生み出す何かをしていた、ってところか?」

 首肯による無言の肯定。

 千雨はここに来るまでずっと持っていた鞄を土御門に手渡した。

「約束の報酬だ」

「確認する。少し待て……」

 そして千雨は和美の横に立ち、土御門に背を向けるように立ち位置を変えさせた。

「どうしたの?」

「あまり見るな。……無性に後悔するぞ」

 不思議そうに肩越しに見る和美だが、土御門が鞄から取りだした物に思わず目を背けてしまう。

 

 

 

「にゃーっ!! 『黒執事、メイリン仕様のメイド服』、完成度高いぜよ!!」

「良かったな。……じゃあ帰るわ」

 

 

 

 適当に手を振って背を向けたまま、千雨は和美の背を叩いて、この場を後にした。

 並んで歩いている和美は、若干頭を抱えたくなるのを堪えながら、千雨に土御門のことを聞いた。

「……あれ、本当に情報屋?」

「正確には『多角スパイ』だな。……義妹とメイドに目がないのを除けば、結構優秀だよ」

 千雨も眼鏡を指で押さえ、目を軽く瞑っていた。

「なにせ元々は、『関西呪術協会』から来た陰陽師だからな。今はネギ先生の親書の件もあっておとなしいけど、他にも色々と情報を売っているらしいぜ」

「……本当、人って見かけによらないね」

 メイド喫茶を後にした二人は、裏路地を出て大通りを人混みを避けながら歩いていた。

「……あれ、京都の時って千雨ちゃん関わってなかったよね?」

「後で調べたんだよ。……そういえば、お前のせいで私は、新田に説教を受けたんだったな」

 和美は逃げ出したが、千雨に肩を強く握られてしまった。

「もう時効でしょ!! 私も結局お説教を受けたんだからさぁ!!」

「知るかコラ!! ああクソ、丁度いいから知り合いのボクシングジム行くぞ!!」

「殴る気だよね!? 絶対試合と称して殴る気だよねっ!?」

「試合じゃない。スパーリングだ」

「素人目線じゃどっちも同じだってばぁ!!」

 

 

 

 結局、近くの喫茶店でお昼を奢ることで決着を付けた二人は、そのまま見かけた店に入った。

 店内で知り合いの顔を見つけた千雨は、和美を伴ってそのまま相席できないか声を掛けた。

「よう、相席いいか? ネギ先生」

「……あれ、千雨さんと朝倉さん?」

 テーブル席にて、ノートPCでスピーチをタイプしていたネギは、顔を上げて千雨達を認識すると、すぐに席を勧めた。

「どうぞ、大丈夫ですよ」

「ごめんね、ネギ君」

 千雨も一礼してから座り、ネギの向かいに座った後に和美もその隣に腰掛けた。

「何してたんだ?」

「今度、小型のレセプションが開かれることになりまして、そこでするスピーチの原稿を纏めていたんですよ」

「レセプショ「うるさい」――ぶっ!?」

 身を乗り出す和美の顔面に、千雨はメニューを叩きつけて黙らせた。

「……という名目の『会談場』だろ?」

「はい、以前千雨さんから受けた助言(アドバイス)を基に、フェイトが考えた結果です。一応休暇中ですが、争うよりずっといいので受けたんですよ」

「いいんじゃねえか? 私も賛成だ」

 話を聞きながら注文を決めていた和美は、メニューを手渡しながら千雨に問いかけた。

「……千雨ちゃんも関わってるの?」

「いや、『物事を円滑にするには対話を重ねるのが有効だ』って以前こいつらに助言(アドバイス)しただけだ。多分、今後も適当な理由を見つけてはレセプションや社交パーティーを繰り返していくんじゃないか?」

「ふ~ん……」

 ウェイトレスに注文を告げてから、禁煙席の為手持ち無沙汰な千雨に、和美は作業に戻ったネギに変わって話しかけた。

ISSDA特別顧問(千雨ちゃん)は行かないの?」

「小規模な上に、私は裏方の相談役だからな。基本的に表舞台には出ないんだよ。行くとしたら会議の相談役(オブザーバー)くらいか」

「そうですね。フェイトも今回は明日菜さんといいんちょさんしか呼ばない、って言ってましたし。……その後の座談会には出席しませんか? おいしいご飯とか出ますよ」

「パス。堅っ苦しいのは御免だ」

 とはいえ、いつまでも裏方に徹することはないだろうという考えもある。いずれは表に出るべきだとは千雨自身思うが、出なくていい内は出る気はなかった。

 本人が現状、別件で忙しいというのもあるが。

「ねえねえネギ君。そのレセプションって、報道枠で出席できないかな?」

「できますけど、記者(プレス)カードがないと入れませんよ。フェイトに言えば発行してくれると思いますけど、小規模ですから急がないと席が埋まってなくなるんじゃ「ごめん千雨ちゃん!! これ会計!!」――えっ、朝倉さん!?」

「お前、注文どうするつもりだよっ!?」

 既に昼食を済ませているネギと違い、遅めの食事にかかろうとしていた千雨達は、結構な量の食事を注文していた。それこそ一人じゃ全部食べきれないくらいに。

 店を出ていった和美の背中を見送ってから、千雨は顔を伏せてネギに頼み込んだ。

「もうキャンセル間に合わねぇだろうし……悪いネギ先生、少し引き受けてくれないか?」

「いいですよ……大変ですね、千雨さん」

 まったくだ、と千雨は和美が置いていった紙幣を回収して脇に避けた。煙草が吸いたくて仕方ないのを、指を叩いて誤魔化しながら。

 

 

 

 



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第08話 昔、『ハイスクール・ウルフ』って海外ドラマがあってさ……レンタルDVDとか出てないかな、と思うわけですよ。

「ああ、食った食った……」

「うっぷ……結構な量でしたね」

 あの後、どうにか全て食べきった二人は、そのまま店に残り辛くなり、場所を変えるために外へ出たのだ。とはいえ結構な量を食べた後なので、店の脇に移動しただけで留まり、現在は胃腸が中身を消化しきるまで静かに待っていた。

「朝倉の野郎、帰ってきたら締める「千雨さん、路上喫煙はマナー違反ですよ」――ハァ……ネギ先生、ガムとか持ってないか?」

 千雨は我慢できずに咥えようとした煙草を仕舞い、ネギから受け取ったのど飴を口の中に入れた。適当に舌の上で転がしながら、これからどうしたものかと思案する。

「そういえばネギ先生、仕事は終わったのか?」

「まだですね。少し休んだら別の店に行きます」

 同じくのど飴を舐めながら、ネギは千雨にそう答えた。

「じゃあ私ももう行くわ。一応やることはあるし」

「千雨さんは今日、何をされてるんですか?」

 何気ない雑談だろうとは思うが、千雨は無意識に内心で身構えてしまう。

「ちょっと調べ事をな。個人的なことなんだが、これがまた面倒臭くてさ」

「そうですか……」

「じゃあな。のど飴ごちそうさま」

 早く煙草が吸いたい。

 調べ事や和美を締めることは二の次三の次とばかりに、千雨は煙草が吸える場所を脳内で検索する。

「あっ、あのっ! 千雨さんっ!!」

「……ん?」

 記憶を漁りながら立ち去ろうとすると、ネギに呼び止められたので、千雨は一度足を止めた。

「どうした、ネギ先生?」

「あの、その、えっと……」

 背中越しに聞き返した千雨だが、言い淀むネギを見て振り返る。このまま近づくか、再度振り返って立ち去るか悩んでいると、ようやく口を開き始めた。

「今度の仕事が終わったら、また、どこか遊びに行きませんか?」

「あ~、うん、そうだな……」

 その時ふと、千雨の脳裏にはある場所が思い浮かんだ。

 本来ならば誰かを呼ぶことはないだろうと思っていたのだが、何故か無性に、ネギを招待してみたいと思えてしまったのだ。

「……じゃあ、私の『とっておきの場所』、行ってみるか?」

「とっておきの場所? ですか?」

 そう、と千雨は続けた。

「なんとなく見せたくなってな。落ち着いたらそこでピクニックしないか?」

「……是非!!」

 仕事後の楽しみもでき、ネギは意気揚々と荷物の入ったブリーフケースを手に持った。

「ではまた連絡しますね!!」

「ああ、またな」

 楽しげに立ち去るネギに背を向け、千雨は目的地を決めて歩きだした。

(こっちも仕事を片付けないとな……)

 目指す先はまた別の喫茶店だった。

 

 

 

 着いた先は喫茶店『Imagine Breaker』、昨夜も訪れた場所に千雨は堂々と入店する。

「いらっしゃ……長谷川かよ、どうした?」

バイト(・・・)だ。泉はもう大丈夫か?」

 カウンター奥にいた上条は親指で店の扉を差した。用件を察しはしたものの、テーブル席にいる客に対応しなければならないので、その口は閉じたままだ。

「なあキョロ~私達って付き合ってるのか~」

「どうなんでしょうね~」

 唯一の客が放つ緩い会話を聞き流しながら、千雨は店の中に入る。階段を上り、泉の部屋をノックして声を掛けた。

「泉、入っていいか?」

「千雨さん? どうぞ~」

 確かに中には泉という少女がいた。しかし昨日とは違い、ベッドではなくカーペットの上に寝転がっていた。

 ……ネトゲしながら。

「千雨さんもどうだ~い? 今イベント中で楽しいよ~」

「やめとく。そもそも映画と違って、そんなに好きじゃねえんだよ。ネトゲって」

「映画って?」

 忘れろ、とばかりに千雨は手を振って泉の横に腰を下ろした。土御門から受け取った書類を広げて、写真が印刷されたページを指差す。

「『植木耕助』。心当たりは?」

「『うえきの法則』って漫画の主人公だね」

 泉はプレイの手を止めずに、そのまま話し始めた。

「シリアスシーンにもギャグが入ってて面白かったね。神様が転んで能力のヒントを与えるとか、ご都合主義なのにギャグとして成立しているからその辺りはすごいと「感想じゃなくてストーリー!!」――オォゥ……中学生が能力貰ってバトルロイヤル、優勝者に能力を与えた人が次の神様、ってのが大まかなストーリーです。助けてUMRさ~ん」

 千雨が凄んだ為に一瞬プレイから手を離したので、一転ピンチになった泉は、画面上のUMRという人物にチャットで助けを求めている。

 プレイも一段落し、再び口を開けるようになったからか、今度は人物プロフィールに関して話してきた。

「能力は『ゴミを木に変える力』。掌に包める位のゴミを木に変えて闘うんだけど、これ、意外と応用力高そうなんだよね」

「変えられる木に制限はないってことか?」

「それだけじゃないよ」

 チャット上で抜け出す打ち合わせをしながら、泉は説明を続けた。

「話の中で『ゴミゼロ週間』とかなんとかでゴミがなくて能力が使えなかった時があったんだけど、よく考えたら髪の毛とか抜いて『ゴミ』だと認識すればいつでも能力が使えると思わない?

 それに原作だけでも、変えた木の落ち葉や木の枝とかを、『ゴミ』だと認識して連続して木に変えている場面もある。おまけに、そのサイクルを利用して、相手の能力を『元に戻す』力もあるんだよね。もしこれが魔法(・・)にも作用されたら、やっかいなんてものじゃないよ」

「使い方によっちゃ、驚異になるってことか」

「もっとやばいのが、『神器(じんぎ)』って呼ばれる力。他にも『モップに(ガチ)を加える力』があるかもしれない」

 ようやくネトゲからログアウトした泉は、軽く背中を仰け反らせて千雨の方を向く。

「まあ理想としては、『うえきの法則』じゃなくて続編の『うえきの法則(プラス)』に入る前の状態かな? その時なら何の能力も持ってなかった筈だし」

「だが全部持っている可能性の方が高い、ってことか」

「でもその彼、公園で清掃ボランティアしてたんでしょう? もし転移者だとしても、『原作に関係なく、第二の人生を楽しむ』側だと思うんだけどね~」

「……昔のお前等のようにか?」

 千雨の一言に泉は一瞬目を細めるも、すぐに厚顔を崩す。

「人生平和が一番だよね~」

「それには同感だ。……悪い」

「別にいいよ。……じゃ、『神器(じんぎ)』と『モップに(ガチ)を加える力』の説明を続けようか。それにしても……」

 一度立ち上がり、部屋の隅から座卓を引っ張りだして脚を立てながら、泉は目を細めて溜息を吐いた。

「あの土御門君も転移者(こっち側)だったら、事情を話せたんだけどね」

「こればっかりは仕方ないさ。『平行世界の異次元同位体』とか迄出すとか、神様はこの世界をややこしくしたいのかね」

「『ややこしくしている側(わたしたち)』が言うのもなんだけど、向こうも大変みたいだよ。縄張り争いとか」

「……みんなで幸せになろうぜ、おい」

 世界に平和が訪れるのは、いつになるのか……

 

 

 

 その数日後、千雨はとある場所に来ていた。

「準備しといて正解だったな……」

 用意するのは、映画撮影の時に千雨が携えていた牙。

 イングラムM10、SIGP230、そして単発銃ことトンプソンセンターコンデンター。ヴァッシュの銃は実弾だと火力と反動が強すぎる為に断念した。他にも指輪型の魔法発動媒体と腕輪型の魔法道具、手首に巻いて仕込めるシースナイフの束に閃光の魔力球をいくつも仕込んでいく。

 

 

 

 ……この世界には、転移者という異邦の住人達が暮らしている時がある。

 彼らがこの世界に溶け込んで生活する分には問題ない。しかし彼らの中にはここを『現実』と捉えず、自分達には関係のない『つくりものの世界』だと考えて牙を剥く時がある。

 そして、『原作側(この世界の人間)』である千雨は、彼らの存在を知ってしまった。しかも、ネギ達が世界を救う為に今も活動している中で。

 

 

 

「……戦うさ。流石に宇宙迄行くのは無理でも、あいつが帰ってくる場所位は、守ってみせる」

 千雨自身、自分が戦う者という意識はない。そんな生き方はしてこなかった。できて暗殺者の様な、『隠れて敵を討つ』というやり方位だ。

「前回は情報戦でどうとでもなると思っていた。……だが今回は違う。相手を必ず倒す。場合によっては……殺してみせる」

「あまり物騒なことを口走るな。千雨」

 振り向くと、近くのテーブルの上には、いつの間にかエヴァンジェリンが腰掛けて足を組んでいた。さらに腕を組みつつ、千雨に胡乱げな眼差しを向けている。

「エヴァか。あんたはまだ魔力しか戻っていないんだし、いざという時の備えでいて欲しいんだけどな」

「あまりふざけたことを言うな。……貴様もあのぼーやにとって大切な人間だと言うことを忘れるな」

 そして、それは私にとっても……そう目で語られた気がした。

「……先生には、もっと良い女がいると思うけどな」

「フン、お前以上に良い女がいるか。予め危険を取り除き、帰る場所を守る為に戦い、しかもそれを隠す女等、な」

「買い被りすぎだ……」

 千雨は手に持ったSIGP230の銃床に弾倉を叩き込み、両手で構えて感覚を確かめている。

「そういう生き方しかできないから、七年前の私はさっさと身を引いたんだよ」

「どうかな、人とは変わるものだ。……良くも悪くもな」

 チッ、と千雨は舌打ちした。

 暗に、だったらネギに話すなり離れるなりしろ、と言われたように。

「確かに忙しいだろうが、他にも信頼できる人間に話しても「知ってんだろ。私が『魔法使い嫌い』だってことは」――そうだったな」

「正直、あの性格じゃなかったらと偶に思っちまうよ。そうしたら『魔法使いなんざ嫌いだ』って言えるのにな」

「……ま、面白くないだろうな。何しろ昔――」

 エヴァンジェリンは腕を解くと、口元を歪ませながら静かに両手を挙げた。

「……悪かった。だから下ろせ、弾の無駄だろ?」

「だな……」

 手に持っていたSIGP230を腰のホルスターに仕舞うと、千雨は他の銃器を鞄の中に仕舞っていく。

「できれば、あの指輪もフィクションじゃなければ良かったんだがな……」

「収納用のマジックアイテムか? 市場に出回っているが、馬鹿高いぞ」

「……知ってるよ。てかフザケてるよな。下手な『別荘』より高いんだぞあれ」

「そんなもんだ。だから自作してたんだよ、私はな」

 荷造りも終え、千雨達はこの場所を後にした。

 ヘルメットを被り、外に停めてあるブルドッグに跨ると、その後ろにエヴァンジェリンが続いて跨ってきた。

「……降りろよ」

「付き合ってやろうではないか。……一緒に麻帆良から逃げた仲、だろ?」

「だったら尚更降りろよ」

 首を傾けるエヴァンジェリンに、千雨は自分からバイクを降りて座席を指差した。

「例えヴァンパイアでも、ヘルメット付けろ」

「面倒だな……」

 そして一人乗ろうとする千雨とそれを阻止するエヴァンジェリンとの攻防が数度続く。適当にじゃれ終わると、ふと千雨は口を開いた。

「……なあ、『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の一部は解けて魔力だけは戻ったんだろう。だったら別に、後から転移してきても良かったんじゃないのか?」

「いや、せっかくだからバイクに乗ってみたい」

「今度でも良いだろまったく……」

 話すんじゃなかった、と千雨は例え『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』と呼ばれていた吸血鬼であっても、友人(・・)を巻き込んだことを少し後悔し、

 

 

 

 相手を見誤っていたことを多大に後悔した。

 

 

 

 



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第09話 その心は誰の為に……

 ここは喫茶店『Imagine Breaker』。しかし店は既に閉まっており、店内では上条と泉が何やら話し込んでいるのが聞こえてきた。

「前衛は俺、泉は長谷川と一緒に後方から攻撃してくれ。キノが帰ってきてないのがきついが……使えそうか?」

「うん。前々から、置いていってくれた武器は私達でも使えるように調整しているから。……上条君も持てばいいのに」

「知ってんだろ、俺は武器が持てないの。持ったら持ったで失敗する未来しか見えないよ」

 それでも上条は特殊加工を施した対衝撃用グローブを両手に填め、軍用のタクティカルベストに着替えていた。

 泉も同様の装備をし、さらに銃器とその弾倉をホルスターごと装着していく。最後にプラスチック爆薬の一種であるハンドアックスを専用の鞄に仕舞って背負うと、車のキーを片手に持って店の裏の方を向いた。

「じゃあ行こうか。時間は?」

「えっと――がふっ!?」

 時計を確認しようとした上条の頭を掴んで、床に叩きつけたものがいた。泉は車のキーを捨て、右腿のホルスターに付けたシグ・ザウエルP228を抜いて構えるが、目の前にいた人物に硬直してしまう。

「貴様等――」

 影からの転移で現れたエヴァンジェリンは、ボロボロになった身体を再生させつつ、上条の頭を押さえつけながら、泉に怒鳴った。

 

 

 

「何故時間通り(・・・・)に来なかったっ!?」

「ちょっ、ちょっと待って!! どういうこと!?」

 

 

 

 突然の話に、泉は混乱した。

 ただし上条は事情を察したのか、押さえつけられながらも携帯を取り出し、画面に千雨から(・・・・)送られてきたメールを表示する。

「原因はこれだ……」

「ん? ……あいつっ!?」

 事情を把握したエヴァンジェリンは上条の上から退き、再度影を動かし始めた。

「私は援軍を連れてくる!! お前達はそのまま向かえっ!!」

「援軍、ってそしたら事情を話す羽目に「知るかっ!! あいつを死なせて奴をのさばらせるよりずっと良いっ!!」――……ああ、行っちゃった」

 シグ・ザウエルP228をホルスターに仕舞い、泉は上条に手を貸した。

「ねえ、一体どういうこと?」

「長谷川の野郎、最初から一人で片を付けるつもりだ!」

 起きあがると同時に駆け出す上条に、泉も車のキーを拾ってから、慌てて追走する。店の裏に停めてあるスバルのステラカスタムに乗り込み、泉の運転で店を後にした。

「本来よりも遅い(・・)時間をこっちに教えてきたんだ。だから長谷川は最初から来ないと知ってて、無理矢理ついていったエヴァンジェリンに適当な口実を与えて別行動。後はこの様だ」

「……私のせいだ」

 車を運転しながら、泉は心中を吐露した。

「私、長谷川さんと話している時に少し、昔のことを思い出しちゃったんだ。多分それを気にして……」

「……気にしても仕方ない。早く向かおう、エヴァンジェリンが場所を訂正しなかったってことは、そこは嘘じゃないってことだ」

 徐々に暗くなる中、上条は落ち着かな気に何度もグローブを引っ張っていた。

(いくらボッチだったからって……全部一人で背負うんじゃねえよ!!)

 

 

 

 奇しくも、千雨達が『植木耕助』なる人物を襲撃しようとした日は、ネギ達がレセプションに参加する日でもあった。

 場所は学園都市の外れにある雪広財団の所有する大型ホテルの一室。

 上条達がステラカスタムで千雨の元へと向かおうとしている中、ネギは明日菜、あやか、フェイトと今日の打ち合わせをしていた。何故か和美も混じっているが、特に気にすることなく話は進行していく。

「こんなところかな……じゃあ、まずは雪広あやかが開会の挨拶をしてから、ネギ君はスピーチをお願い。後は質問コーナーだけど、専門的な回答になりそうだったら概略だけ話して切り上げてくれるかい? 後日HPに回答を載せるからと言って」

「そして私が賓客の方々を座談会の会場へご案内差し上げればよろしいのですわね」

「うん。キリの良いところで閉会の挨拶もしてもらえれば助かるけど、時間は気にしなくて良いよ。ネギ君が対応可能な範囲で十分だからさ」

 元々小規模な企画で目的もはっきりしている為、打ち合わせは最小限で済んだ。レセプションまでまだ時間があるので、ネギ達は用意された飲み物を喉に流しながらそれぞれ雑談に移っている。

「そういえばネギ君……」

「はい?」

 そんな中、ネギの座っている椅子の横に和美は立ち、話しかけてきた。

「この前は千雨ちゃんからのお誘いを受けていたけどさ、自分から誘う気はあった?」

「ボフォッ!?」

 突然の質問に咳き込んでしまったネギの背中を、和美は慌ててさすった。周囲も何事かと近寄ってくるが、何でもないと手を振って誤魔化していく。

 でないとネギがますます口を閉ざすと考えてのことだ。

「大丈夫、ネギ君?」

「ゴホッ、ゴホッ。ええ……何とか」

 ネギは軽く深呼吸し、再び喉を潤してから和美の方を向いた。

「えっと、どうして……」

「いやぁ、ネギ君が今でも本気なのかと思ってね。……で、どうなの?」

「……少なくとも、もう一度会いたいと思っていました」

 和美から視線を離し、ネギは床を見下ろしながらポツポツと話し始めた。

「直接会って、ゆっくり話してみたいと思いました。今でも本気なのかはまだ分かりませんが、少なくとも――」

 ネギの言葉が途切れた。

 突然影から現れたエヴァンジェリンに気を取られた為に。

「ぼーや! 今すぐ来いっ!!」

「えっ、マ、マスター!?」

 突然の事態に驚くネギの横から、慌てて明日菜達が割り込んできた。

「ちょちょちょっと、エヴァちゃん!?」

「一体どういうことですの!?」

「どうもこうもあるかっ!!」

 ようやく再生の終わった身体を軽く動かしてから、エヴァンジェリンは壁に凭れながら口を開いた。

 

 

 

「千雨の奴がレセプションを襲撃しようとした奴を止めようとして、逆に襲われてるんだ!! 早くしろっ!!」

 

 

 

「え……」

 その一言に、ネギは呆けてしまった。周囲が事情を知ろうと詰め寄る中、エヴァンジェリンはネギでなければならない(・・・・・・・・・・・)理由で言い押している。

「他の魔法教師は――」

「駄目だ!! 魔法使いでは逆に(・・)勝てない!! ラカンもアルビレオも不利になる。ナギが本調子ならまだ何とかなったが、今は使い物にならん!! そうなるとすぐに動けるのは――」

「でもそれではレセプションが――」

 ネギが口を挟む間もなく、話は進行していく。

 そんな中、彼に話しかけるものがいた。

「ネギ君。さっきの話の続きだけどさ……」

 返事はないが、和美は構うことなく話を進めていく。

 

 

 

「……ネギ君は何の為に、誰の為になら頑張れるの?」

 

 

 

「何の、誰の……?」

 言われたことを理解するのに少しの時間を要したが、それでも、やるべきことは見えてきた。

 一度目を閉じ、考えを整理したネギは、決断を下した。

「……フェイト。会場にクウネルさんかルーナさんは来ている?」

「二人共いるけど……ネギ君、まさか」

 影武者(・・・)ができる人がいると知り、ネギは立ち上がるや懐から封筒を取り出し、フェイトの胸に突き出した。

「質問の時間はなし。スピーチの後体調を崩して僕は欠席。スピーチもどちらかに読んでもらう。何かあった時の為に英語と日本語の両方で書いておいたから、後は読むだけで事足りる筈だよ」

「……万が一バレたら、今までの努力が水の泡だよ」

「ごめん、フェイト。でも、多分、僕にとってはこのままじゃ、意味がないんだ……」

 

 

 

 腹は決まった。

「……千雨さんがいない成功なんて、僕にはきっと、何の意味もないんだよ」

 

 

 

 あやかが急いで二人を呼びにいく中、フェイトはエヴァンジェリンに問いかけた。

「そもそも、なんでネギ君じゃないと駄目なんだい?」

「お前達も噂位は聞いたことがあるだろう……」

 エヴァンジェリンは忌々しげに、その理由を口にした。

「AMF、『Anti Magi-link Field』。効果範囲内の魔法を無効化する、対魔法使い用の兵器もしくは防御魔法の一種。その中では魔法はおろか、魔力稼働の仕組みは全てダウンしてしまう。それはフェイト、お前とて例外ではない」

「ちょっと待ってよエヴァちゃん!! 確かにそんな噂はあるけど、実用に至ったって話は「現に私はさっきまで再生力を奪われていた!!」――そんな……」

 あまりの出来事に、和美は閉口してしまう。

「それ以前に気づかないか? 私は転移(・・)してここ(・・)に来たんだぞ」

「転移って……ああっ!?」

「そう、完全かどうかは知らんが『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』が解けているんだよ。学園都市からはまだ出られなかった筈なのに!!」

 憤るも、結果は変わらない。

「……事情は分かった。ネギ君、早く行ってくれ。こっちはどうにか誤魔化してみるよ」

「頼むよ、フェイト」

 素手だけよりかはましだろうと、杖を携えたネギはエヴァンジェリンの元に近寄った。そこに明日菜も、壁の近くに飾ってある鎧から剣を引き抜いてくる。

「じゃあ行きましょうか」

「……おいコラ」

 しれっと混ざってくる明日菜に、流石のエヴァンジェリンも指を突きつけてくる。

「お前まで行ってどうする!?」

「大丈夫よ、二人共いるんだし。戦力が足りないんでしょう? ……それに」

 ネギの肩を叩き、明日菜は笑いかけた。

「千雨ちゃんがいないと、ネギはますます駄目になっちゃうしね」

「あうう……」

「本当、ネギ君もまだまだ子供だよね~」

 和美も腹を決めたかの様に、傍に寄ってくる。

「エヴァちゃん、二人を届けたら連れていって欲しい場所があるんだけど……」

「……あそこだろ、分かってる。……ったく、人をタクシー扱いしおって」

 ブツクサ言いながらも、エヴァンジェリンはネギ達を連れて転移していった。それを見送ってから、フェイトは封筒の中身を取り出し、広げて内容を流し見ていく。

「よし、何とかなりそうだな。……頑張ってね」

 丁度入ってきたあやか達を近くに呼び集め、フェイトはレセプションの進行予定の変更を煮詰めていった。

 

 

 

 学園都市内にある周囲に人気のない、正面の拓けた大型倉庫の一つの前に車を止め、上条達は身体を動かしながら中に入っていった。

「……やっぱりガジェットか」

「なんとかの一つ覚えだけど、この世界じゃ有効だから困っちゃうよね~」

 ガジェット・ドローンと呼ばれる、円錐型と球体型の機械群が、工場の周辺を多い尽くしていた。本来ならば誰かが気づくだろうが、元から人気がないからか、上条達には感知できない結界か何かで隠蔽しているのか、他に来ている人間はいない。

「バイクは入り口にあった。ってことは、中に入った途端にこいつらが出てきた、って所かな?」

「だろうな。ただ中ってのは敷地内(・・・)ってことだろ?」

 上条が地面のある一点を指差した。そこの地面が焦げ、二人分の足跡が対称的に縦に伸びているのが辛うじて見える。

「そして魔法て転移して俺達を呼びに行ったエヴァンジェリンと反対に、長谷川の奴は倉庫の中に入っていった、ってところだな」

「そうなると、今日のことも罠臭いね。襲撃する振りをして、本当の狙いは私達かな?」

「となると、貧乏くじは特攻かまそうとした長谷川か。やれやれ……それじゃあ、行くか」

 拳を鳴らす上条と右手を突き出す泉に、ガジェットの群が襲いかかってきた。魔法も使えない中、二人は散ってそれぞれで倉庫へと向かっていく。

 相手の攻撃よりも早く接近し、上条は左手(・・)のグローブを操作して掌を露出させ、ガジェットに触れさせる。同時に泉も右手の薬指を立て、先端に球の付いた鎖を具現化(・・・)させ伸ばして操った。

 

 

 

時計屋(ウォッチメイカー)!!」

導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)!!」

 

 

 

 上条はガジェットを瞬時に分解し、泉は鎖の先端にある球を操ってガジェットを貫いた。

 攻撃を繰り返しながらも、二人は倉庫へと駆けていくのをやめなかった。しかし、ガジェットの群が減ることも叶っていない。

「やっぱり人手が足りないか……ああもう、『HUNTERxHUNTER』の続きを見るまで負けるもんかぁ!!」

「……この世界にもジャンプがあって良かったよ。先生、完結まで連載頑張って」

 AMFを意に介することなく、二人の攻撃が止むことはなかった。

 

 

 

 




(注)能力一覧のようなものを作成しようとしましたが、若干ネタバレが早まるので、ある程度進むか本シリーズが完結してから掲載しようと考えています。ご了承下さい。


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第10話 かつての牙を突き立てて

 千雨達のいる倉庫前に転移してきたネギ達は、二人づつに分かれて動き始めた。

「先に行って!! 後から追いかけるから」

 返事をする余裕もなく、ネギと明日菜は倉庫の敷地内へと駆けていく。既に戦っている上条達に加わり、ガジェットを捌きながら倉庫を目指した。

「エヴァちゃん!! 次!!」

「分かっとるわ!!」

 次に和美達が転移したのは、千雨とエヴァンジェリンが話していた場所。先程とはまた別の倉庫の中だった。しかしそこにあるのは改造された路面電車と各種小道具類、何かの(・・・)映画で使われたような代物ばかりである。

「やっぱりここだったんだ……」

『ネギま部』で購入した倉庫の中。その一角に後付けされたような机の上、そこには映画で使おうと真名経由で購入した銃器の一部が広げられていた。

「弾丸は模型(ダミー)花火(パウダー)とかで意外と融通効くけど、銃そのものは材質や構造ですぐバレるからね。ここしかないと思っていたよ」

「いいから早く使える武器を探せ。感傷に浸っている暇はない」

 とは言っても、千雨自身が使う武器しか整備されていない為、大抵が仕舞われたまま埃を被っている。今でも広げられているものは、別の用途で分解されている様に見えた。

「とは言っても、これ(・・)はちゃんと整備してたんだね。千雨ちゃん……」

『整備済み』の札が掛けられている箱の中に唯一残されていた銃を手に取る。もう一つ、近くの棚にあった物を肩に担いだ和美は、同じく大型の銃器を引っ張り出そうとしていたエヴァンジェリンに声を掛けようとした。

「エヴァちゃ……流石にフルオートショットガン(ジャックハンマー)は無理でしょ?」

「こうなったらやけくそだ。茶々丸もいないし「え、なんで!?」――……ハカセの休みが長めに取れたからと、そのまま総点検(オーバーホール)だ。奴はしばらく動けん」

 仕方なしにフルオートショットガン(ジャックハンマー)を捨てたエヴァンジェリンは、もう準備はできたのかと和美の方を向く。

「しかし、それだけでいいのか?」

「他に使えそうなのがなくってね。……まあ、後は手持ちで誤魔化してみるよ」

「……フン、行くか」

 影を操作するエヴァンジェリンに和美は歩み寄った。手持ちの武器を確かめ、しっかりと携えたまま。

「チッ、どうもこのあたりが限界みたいだ。私はもう学園外に出られん。……後は麻帆良中探してタカミチでも捕まえてくるから、そっちは何とかしてくれ。気だけでもジジイよりはましだ」

「心当たりはあるの?」

「どうせ家族と一緒かラーメン屋台を引いてるかのどっちかだろう、あのトリプルTは……」

 そして二人は転移した。既に戦っている者達の元へ。

 

 

 

「あれっ!? いつの間にか人数増えてない!?」

「ちょっと混ぜてもらうわよオラアッ!!」

 シグ・ザウエルP228を抜いて発砲しながら鎖を振り回していた泉の後ろには、エヴァンジェリンによって転移してきた明日菜が持ち込んだ剣を振り回していた。

 背中合わせに戦う二人だが、それぞれ近距離と遠距離と、役割がはっきりしているのでどうにかうまく噛み合っていた。

「……そういえばあんた、あの喫茶店の店員?」

「引きこもりの看板娘こと泉こなたですよろしくぅ!!」

「引きこもってたら看板娘もなにもないでしょうに……そういえばネギは?」

 円錐型のガジェットを蹴り飛ばしてから球体型に取りかかろうと剣を構え直した明日菜は、ふとネギの様子が気になって剣で機械の身体を受け止め(鍔迫り合いし)ながら周囲を見渡した。

 明日菜と一緒に来ていたネギは上条の近くで……

 

 

 

「千雨さぁん!! 今行きますぅ!!」

「ちょっとネギ先生少しは周りを見ようよ上条さん頑張って道空けてるよねああもう!! 不幸だぁ!!!!」

 

 

 

 ……盛大に足を引っ張っていた。杖を振り回してはいるが牽制にしかならずに、上条が必死になってカバーに回る始末、最早邪魔以外の何者でもなかった。

「……ごめん、あっち手伝ってきてもいい?」

「いや、いっそ二人で合流しよう。このままじゃ上条君過労死しちゃうし」

 球体型のガジェットを斬り飛ばした明日菜は、シグ・ザウエルP228の弾倉を取り替えた泉と共に機械群の中を突っ切っていく。

「このバカネギッ!!」

「あぶっ!?」

 一度ネギの頭に蹴りを叩き込んでから、明日菜は上条達と一緒に円陣を組んでガジェットに応戦していった。

「あうう……」

 後頭部を撫でさすりながら立ち上がるネギを見て、上条は明日菜に問いかけた。

「……なあ、ネギ先生だけでも先に倉庫の中に入れた方が良くないか? どうせこのままじゃじり貧だし」

「そうしたいけど、今のネギ魔法使えないのよね……というかやっぱり、私達のこと知ってたの?」

「色々と事情があってな、詳しくはまた後で話すわ」

 泉が牽制する中、突っ込んできたガジェットを明日菜が受け止め、その隙に上条が接近して分解するという構図ができていた。それもあってのネギの先行提案だが、現状では決定打に欠けている。

「杖もこのままじゃ役に立たないし、せめて……危なっ!?」

 バキン、と鈍い音を立てて、明日菜の持っていた剣はその役割を終えた。具体的には中程からポッキリと折れたのだ。

「あーっ!! 私のエクスカリバーっ!!」

「いや明らかに装飾用の模造品だろ。ありきたりな名前付けるなよ」

 とはいえ慰めている暇もない。手頃な武器がないか探る明日菜と中国拳法だけで正面突破しようとしては押し返されているネギを左右に挟むようにして、上条と泉はガジェット相手に善戦していた。

「というかお前等何しに来たんだよっ!?」

「現状だけ見ると思いっきり邪魔だよねっ!?」

『面目ない……』

 並んで後ろ頭を掻きながら頭を下げる中、さてどうするかと明日菜は上条達に守られながら思案した。このままネギと共に突っ込むか、それとも逆に引くか。

 そう考えている内に、戦況が変化した。

 ガギジャッ!!

 寸でのところまで迫っていたガジェットに投げられ、突き立った剣を見た明日菜は、慌てて剣が飛んできた方を向く。そこには先程別れた和美が、空になった鞘を投げ渡しながら駆け寄ってきていた。

「明日菜それ使ってっ!!」

「朝倉っ!?」

 言われるままに鞘を受け取った明日菜は、ガジェットに投げつけられて突き立った剣を引き抜く。

「……ってこれ、『魔法世界残業編』でネギが使ってた剣じゃないっ!?」

「刃は入ってないけど、模造品よりはましでしょ。魔法世界で買った中古の剣、映画用に改造しただけだし……そんでネギ君これ」

 明日菜の後ろに近づいた和美は、持っていた物をネギに突き出した。

「これ、は、僕の……」

 和美が用意した物……ホルスターに納められたグロック17を受け取り、そのまま抜いて七年振りの感触を確かめ始めた。

「千雨ちゃんがちゃんと整備していたよ。弾丸は実弾しかなかったけど、機械相手ならかえっていいでしょ」

 ネギにグロック17を手渡した和美は、腰からスチール製の警棒を抜いて構えた。

「ほら行った行った!!」

「早く行きなさいバカネギッ!!」

 バキッ、と警棒を叩きつけられたガジェットから響く鈍い音を最後に、和美はネギに背を向けた。

 明日菜も受け取った剣で切りつけ、強引にネギが通る道をこじ開ける。それを見た上条達も、すり抜ける隙間を作ろうと躍起になった。

「行けネギ先生!!」

「長谷川さんをお願いっ!!」

 泉の放った鎖で押し退けられたガジェットの横をネギは駆ける。同じく並んで駆けた上条は、倉庫の近くで反転し殿を勤めた。

 全員からの援護を受け、倉庫に駆け込んだネギは、内部にも潜んでいたガジェットを見るやグロック17のスライドを引いた。

「どけぇ……!!」

 

 

 

 時間を少し戻して、倉庫内に入った千雨はイングラムM10の弾倉を取り替えていた。先程から迫り来るガジェットに9mmパラベラム弾を叩き込みながら前進していたのだが、あるラインを越えた途端、その追撃がパタリと止んだ為に隙ができたからだ。

「この先か……」

 可能な限り気配を消し、手持ちの装備を改めていく千雨。

(イングラムの弾倉は今入れたのを含めると2本、シグは使ってないから余裕があるが……問題はコンデンターだな)

 残弾は少ない。9mmパラベラム弾では弾幕を張ることで牽制にはなったが、数が多い為に狙いを定める暇がなく、かえって決定打を欠いてしまった。

 そこでコンデンターで鉄芯貫通(スチールコア)弾を発砲して破壊してきたのだが、それも後一発だけ。

 コンデンターを中折れさせ、中の空薬莢を排出してから最後の一発を装填し、肩掛けのホルスターに戻した。

(こいつは最後の切り札だ。シグで牽制してからイングラムで制圧、止めにこいつをぶち込んで仕舞だ)

 イングラムM10を右手に構えつつ、壁を背にして徐々に移動していく千雨。

(しかし妙だな……)

 手榴弾でも持ってくれば良かったと内心後悔しつつも、どこか何かが引っかかる感触を千雨は覚えていた。それでも倉庫の奥にある待機室らしき場所にいるだろう敵に対して、彼女が歩みを止める理由はない。

(こんな倉庫で一体何を考えてやがる? レセプションを襲うならそれこそ学園都市の外の方が勝手が……)

 ……そこで気付いてしまった。

「くそっ!? やっぱり罠かっ!?」

 千雨は入り口から離れた。その直後に巨大な、蔓の塊でできた球が壁を突き破ってきたのを、地面に転がることで強引に身を躱す。

 イングラムM10の銃口を向けると、こじ開けられた壁の向こう側から、緑の髪が特徴的な少年が出てきた。年齢的にはネギに近いと感じつつも、千雨は彼が誰かを理解する。

「……植木耕助か」

 しかし、彼からの返答はなかった。そもそも事前の情報が正しければ彼は偽物、もしかしたら作り物かもしれない。

 そう思っていた千雨だが、むしろその方がまずいことに気が付いた。

「……『(くろがね)』」

 右手から巨大な樹木が生まれ、それが一門の大砲となる。そこから放たれる樹木球は狙い違わず千雨に襲い掛かってきた。

「んにゃ、ろうがぁ!!」

 樹木球の中心から避ける様に移動するも躱しきれていなかった。仕方なしにイングラムM10の銃口を向けて発砲する。向かってくるのが鉄ならば意味がないが、幸か不幸か相手は樹木の塊。鉛の球でも十分削り取ることができた。

 ――カシュッ

「くそっ!?」

 しかし代償は大きかった。残り2本の弾倉はとうとう一本になり、しかも交換しないと何の役にも立たない。

(シグは……駄目だ。火力もスタミナも足りない)

 右手のイングラムM10を左手に持ち替え、今度はホルスターから抜いたコンデンターを構える。

(予定変更、短期決戦しかないっ!!)

 弾倉は交換することなく、千雨はコンデンターの銃口を向けながらジグザグに距離を取ろうとした。

「……『快刀乱麻(ランマ)』」

 しかし横薙ぎに振るわれた大太刀を躱す為に跳躍、刃の上を転がる様にして回避する。しかも悪いことは続き、その拍子にイングラムM10を手放してしまう。

「なろっ!!」

 器用に腰に差したSIGP230を左手に握り、発砲。銃弾で牽制しつつ一定の距離を保とうとするも、

「……『威風堂々(フード)』」

 地面から伸びた腕らしきものがそれを弾いていく。その腕は千雨の方へと伸びることはなかったが、今度は植木の方が動き出してしまった。

「……『電光石火(ライカ)』」

「なっ!?」

 蔓が植木の両足を包んだかと思えば、今度はそれがローラーブレードの様に形を成して動き出したのだ。常人の十倍以上の速度で千雨に接近し、拳を振りかざして襲い掛かろうとしている。

「ちっ!?」

 咄嗟に左手首に仕込んだシースナイフの束で防御するが、その威力に左手のSIGP230ごと吹き飛ばされてしまう。吹き飛ばされながらも右手のコンデンターで強引に狙いを定めようとするが、向こうの方が早く、狙いを定めることができなかった。

「……ってて」

 二転三転と転がってから勢いよく立ち上がり、両手でコンデンターを握って狙いを定めようとするが、うまくいかずに銃口を下げる。

(カウンターでぶちこむしかっ……!?)

「……『唯我独尊(マッシュ)』」

 背後から何かが突き出てくる気配を感じて、千雨は咄嗟に前に飛んだ。その感覚は正しく、顔だけ振り返って見てみると、四隅に柱が伸びた四角い物体が、まるで噛みつくように千雨に迫っている。

「……っ!?」

 耳の裏に隠した小型の閃光弾を地面に叩きつけ、引き裂かれた暗闇の中を駆け抜ける。魔力球の方も持っていたが、この敷地内に入った途端に使えなくなったので、今回使用したのは純粋な科学製だ。

 どうにか狙いを外すことには成功した千雨だが、完全に体勢を崩してしまい、一瞬眩暈を起こしてしまう。

 それでも立ち上がろうとするが、その行動を許さない者がいた。

「……がっ!?」

 コンデンターは地面を滑るようにして蹴飛ばされた。その足を持ち上げたまま、植木はそれを移動させて千雨の背中に乗せる。そのまま自らの掌でゴミを包み込み、力を込めている。

「……ゴミを木に変える力」

 すると、植木の手の中から一本の木が槍の様に尖りながら、その姿を現した。

 その尖端から、千雨は目を離すことができなかった。

(ここまでかよ……)

 手首や腰に隠したナイフを抜く暇もない。迫りくる凶槍に思わず目を閉じかけるが、視界に映る存在がそれを邪魔した。

「……?」

 植木もまた、違和感を覚えていた。これから相手を刺そうという間際で、何故か腕が止まってしまったのだから。別に怪我をしたとかでもない。何か別の力が働いたかのような……?

 原因が分からず、植木は不思議そうに振り返ると……

 

 

 

 その顔に、ネギの拳が突き刺さった。

 

 

 

 吹き飛ばされる植木を視界に入れていた千雨の耳に、鋭い言葉が突き刺さった。

「千雨さんに手を出すなっ!!」

 

 

 

 



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第11話 少年よ、拳を握れ

「……『電光石火(ライカ)』」

 吹き飛ばされながらも、植木は即座に体勢を立て直して高速で移動し始めていた。接近戦に備えてネギが身構えるも、相手はそれに対応して攻め手を変えてくる。

「……『百鬼夜行(ピック)』」

 樹木から生まれた、連結した黄色と黒のブロックが角柱となってネギに迫ってきた。

「ふぅ……」

 ネギは一つ息を吐くと、少し腰を落として構えた。ゆっくりと、しかし確実に力を込めて拳を振り上げる。

「……フッ!!」

 ネギは発勁を用いて拳を突き上げ、植木が放ってきた『百鬼夜行(ピック)』の先端にぶつけた。すると突き出された角柱は持ち上がり、射手は無防備な身体を晒してしまう。

「よし「……『唯我独尊(マッシュ)』」――ってわわっ!?」

 歩法だけで瞬動術の真似事をして近づこうとしたネギだったが、すかさず背後に繰り出された四角い物体を躱すために千雨の身体を抱え、

「ってこらドサクサに紛れてっ!?」

「そんなこと言ってる場合ですかっ!?」

 怒鳴り合いながらもどうにか移動するが、かえって植木から距離を開けてしまった。

「……『(くろがね)』」

 撃ち出された樹木球にネギは化勁を用いて、どうにか軌道を逸らそうと前に出た。千雨は地面の上に降ろされていたが、直ぐに立ち上がることはなかった。

(考えろ……もう銃はない。あるのは右手首のシースナイフと腰のアーミーナイフ。魔道具系はここに入った時点で全部おしゃか、後は無用の長物と化した……ん?)

 おそらくネギが落としたのだろう、その物体に千雨は慌てて手を伸ばした。

 

 

 

 その間も、ネギは攻撃を逸らすことに専念した。一つ一つの威力は強く、樹木球や角柱を真正面から受けるのは、現状魔力の使えないネギには不可能だからだ。

 しかし、攻撃を逸らしつつも、ネギの足は止まらず植木の方に向いて動いている。

(少しの隙さえあれば……一気に攻められるのに!!)

 ジラされている状態だが、ネギはどうにか心を静めて耐えた。

「……『唯我独尊(マッシュ)』」

「くっ!?」

 時折来る四本足の四角い顎がネギの体勢を崩してくる。それでも転がりながら勢いをつけて立ち上がる様は、千雨よりも身体を動かしている証左だ。

 けれども、それだけでは相手に勝てない。その証拠に、植木は未だに攻撃の手を緩めることはなかった。

「……『(くろが)――』」

 

 

 

 しかし、一発の銃声がそれを邪魔した。

 

 

 

 ダァン!!

「今だネギ先生っ!!」

「っ!!」

 返事する間も惜しいとばかりに、ネギは僅かに練った気の真似事で強引な瞬動術を行い、一気に植木に肉薄する。

「ぐぅ……」

 そこには右手に取り込んだゴミごと掌を撃ち抜かれた(・・・・・・)植木の姿があった。

「……っ『花鳥(セイ)』「させるかっ!!」――ぶほっ!!」

 左手でも能力を使おうとした植木をそのまま殴り飛ばし、ネギは肩で息をしながら後ろを振り向く。

 視線の先には、千雨がネギの落としたグロック17を地面に伏せながら、銃口を植木に向けた状態で構えていた。既に弾切れの筈だが、おそらく予備の弾丸を持ち合わせていたのだろう。

 その証拠に、千雨の周囲には弾倉とばらけた弾丸が幾つも転がっていた。

「千雨さ「まだだっ!!」――……っ!?」

 千雨の檄にネギは慌てて植木の方を向く。同時に千雨も引き金を引き、銃弾を今度は左手に撃ち込んだ。

 

 

 

『条件的には、どちらも手を使っているから、両手を攻撃できれば相手を押さえられると思うよ』

 前日の打ち合わせの段階で泉から聞いていた、予想された相手の弱点を的確につくが、敵が立ち直る方が早かった。

「……モップに(ガチ)を、加える力」

 突如、撃ち抜かれた筈の右手から放たれたモップから毛先が伸び、千雨の撃った弾丸を掴み取ってしまう。

(イングラムの弾倉から移し変えた弾丸は後1発、てかモップで銃弾防ぐとか反則だろうが!!)

 チート野郎、と内心で毒づきながら、千雨はグロック17の銃口を植木に向けていた。咄嗟に移せたのは3発だけだったが、それでも相手の意表を突くには十分すぎた。

 しかし、相手の対応が早すぎた為に、半端な反撃と化してしまった。

「……『旅人(ガリバー)』」

「っ!? 千雨さんっ!?」

「あっ……!?」

 周囲の地面に、マス目の様な模様が浮かんでいる。その一つ、千雨がいるマスの周囲の線模様から、壁がせり上がってきていた。

「千雨さん、今……っ!?」

「もう手遅れだ!! いいから伏せろっ!!」

 瞬動術と併用しながらどうにか千雨の下に辿り着いたネギだが、脱出するには一歩足りなかった。

「こいつは捕獲用の神器(じんぎ)中からは(・・・・)破壊できない!! それより次の攻撃を……ってネギ先生っ!?」

 しかしネギは逆に立ったまま、防御の構えを取っている。

「駄目です。多分次の一撃は……」

「……『魔王(まおう)』」

 次の一撃が十ツ星神器、魔王だと悟り、千雨は愕然とした。ネギも第六感か何かで次の一撃が強力なものだと判断したのだろう、逃げられないと断じ、少しでも防ぎきろうと防御態勢を取っている。

 

 

 

「……『魔王(まおう)』」

 十ツ星神器、『魔王(まおう)』。

 それは『うえきの法則』において、最強の威力を持つ神器(じんぎ)である。想いを形に変え、力に変え、自らの強さの象徴となる生物を生み出す。

 その最強の神器(じんぎ)を、植木は使った。

 本来ならば、植木の力の象徴は小林先生(コバセン)という自らが尊敬する存在だが、その『魔王(まおう)』は違った。

 それは巨大な球体だった。しかし今迄のような樹木でできたそれではない。まるで業火が凝縮され、触れる全てを焼き尽くさんばかりに燃え盛っている。

 その身の丈以上の業火球を、植木はネギ達に向けて放った。視界も封じられ、いや動きを止めた時点で回避する術はない。

 ネギと千雨は死ぬ。もしこの状況を第三者が見れば、そう考えても不思議はない。

 

 

 

「ギリギリセーフッ!!」

 しかしその第三者は、その死ぬ運命をあっさりと覆した。

 

 

 

 バキン、という音と共に、上条は振り払った右手の手首を軽く回してから、背後にある(ガリバー)に触れた。再び鳴る音に合わせて、ネギ達を拘束していた檻は粉々に砕け散ってしまう。

「泉、こいつら任せたっ!!」

「ほいきたっ!!」

 ネギ達に駆け寄る泉と入れ替わる様に、上条は植木に向けて駆け出した。

「……『魔王(まおう)』」

「効くかっ!!」

 迫りくる業火球を右手だけで打ち消し、一切の迷いなく距離を縮めていく。

「……『(くろがね)』、『快刀乱麻(ランマ)』、『唯我独尊(マッシュ)』、『百鬼夜行(ピック)』」

 樹木球を触れ砕き、大刀を割り、挟み来る箱をバラし、角柱を真正面から殴り壊した。

「……『波花(なみはな)』」

 今度植木の手から生み出されたのは、巨大な黒い鞭だった。

「……『威風堂々(フード)』」

 上条は身を低くして右手を構えるが、迎え討とうとした鞭が直前で止まる。

「やばっ!?」

 どうやら植木も学習しているらしい。直接的な攻撃が効かないだろうと鞭が繰り出される先、上条の斜め後ろに巨大な腕を繰り出し、鞭の軌道を変えてきたのだ。

「うらあぁぁ……!!」

 しかし、その鞭の先端を受け止める者がいた。

「早く行って!!」

「おうっ!!」

 鞭に対して切り裂かん勢いで、明日菜は剣を叩きつけた。その隙を逃さないように、上条は黒い巨大鞭の横を駆け抜けていく。

「……『魔王(まおう)』」

「無駄だっ!!」

 距離は届いた。

 上条は植木の放った『魔王(まおう)』を打ち砕き、その右手を降りかぶった。

「その神器(じんぎ)は使う奴の信念に応じて強くなるんだろうが。お前みたいな人形が持ち合わせている思考なんかで、本物(・・)のような力が出せる訳ないだろうが!!

 それでも、与えられた信念(かんがえ)だけで、お前がまだ俺達を倒せるって言うのなら!!」

 上条の、全ての幻想を殺す右手が、植木に放たれた。

 

 

 

「まずは!! その幻想をぶち殺す!!」

 

 

 

 その右手は、植木耕助という仮初めの存在を粉々に殴り壊した。粒子となって消えゆく偽物のいた空間に、上条は拳を突き出した後でゆっくりと降ろした。

俺達(・・)でも勝てる気がしないってのに、ただの操り人形が勝てるわけ「って、何してるの上条君!!」――ぶべらっ!!」

 肩を降ろしていた上条の背中に、突如泉がドロップキックを繰り出した。元々距離が離れていたこともあり、助走でついた威力は、通常よりも確かな破壊力を彼女に与えていた。

「やるだけ無駄かもだけど、それでも情報が手に入る可能性があるから生け捕りって言ったよね。私言ったよねっ!?」

「すみませんすみません!! カッコつけすぎましたっ!! でもやられるよりましだと思って許してっ!!」

「……駄目、お仕置きターイム」

 コナタハ,ケンジュウノジュウシンヲニギッタ.

「RPG風では誤魔化しきれない殺意がここにっ!!」

 上条が起きあがるのに合わせて、泉は仰向けに蹴倒した。馬乗りになって拳銃の銃身を握り、銃床で釘打ちができるように構えだす。

「許して下さい泉さん!! 上条さんが馬鹿でしたーっ!!」

「いいから、ほら大人しくし「千雨さんが一番の馬鹿ですよっ!!」――て……って、あり、なにごと?」

 突然割り込んできた罵倒に、二人は思わず声がした方を向いた。

 

 

 

「終わったな。ってて……」

 泉がドロップキックの為に助走して駆けだした後、千雨は上半身だけを起こして、空いた手で後ろ頭を掻いていた。

「……ったく上条の奴、あっさり消しやがって。偽物生み出した元凶探す手掛かりだったってのに」

 掻いていた手を今度は懐にやり、煙草を取り出した。泉が上条にブチ切れているのを眺めながら、軽く振って一本だけ飛び出させて、口に持っていこうとする。

「全く、調子に乗って馬鹿やるから――」

 そこから先は続かなかった。

 

 

 

 バシンッ!!

 

 

 

「ってっ! 何すんだ、よ……」

 突如伸びてきた手が、千雨の持っていた煙草を弾き飛ばした。何事かと見上げてみれば、屈んできたネギが、千雨を見下ろしていた。

「何を言っているんですか……千雨さんが一番の馬鹿ですよっ!!」

 その剣幕に、千雨は呑まれてしまった。

「なんで一人でこんなことしていたんですかっ!? 死んでしまうかもしれなかったんですよ!?」

「いや、だって……」

 いつもならすらすらと言葉の出る口が、この時に限って回らない。いつもなら説教する度に睨みつける眼差しも、今はただ力無く揺れている。

「僕達がいたでしょう。上条さん達だっていたでしょう。その気になれば誰にだって助けを求められたのに! なんでっ!?」

「ネギ、先生……」

 もう、返事もまともにできなかった。

 ……気づいてしまったからだ。

「千雨さんがいなくなってしまうと思うと、いてもたってもいられなかったんですよ。仕事なんて、世界なんてどうでもよく思ってしまったん、です、よ。

 やめて下さいよ……もっと、頼って下さいよ。知らないところで……死のうとしないで下さいよ…………」

 ネギが、泣いていることに……。

「……長谷川」

 呆然としたまま顔を上げると、ネギの背後には、いつの間にか上条が立っていた。腕を組んで憮然とした態度で、千雨達を見下ろしている。

「黙ってろって言われていたし、俺達も無闇に話す気はなかったけどな……もう限界だ。話すぞ」

「てめっ!!」

『話す』という言葉に、千雨は右手に残っていたグロック17を握った。

「……撃ちたきゃ撃てよ」

 それでも、上条は態度を変えなかった。もしかしたら、銃口を向けても同じ態度をとっていたかもしれない。

「忘れたのか? 俺達は一度、とっくに死んで(・・・)んだよ。確かに死にたくないとも思うがな、少なくとも……お前等の生活踏みにじってまで生きたくねえよ!!」

「っ!?」

 千雨は勢いに押されて、グロック17を握ったまま手を下ろしてしまった。

「……千雨ちゃん、もう観念しなよ」

 和美が傍により、千雨の肩に手を置いた。

「それにね、皆怒ってるんだよ。千雨ちゃん一人で抱え込んじゃったことに。上条さん達だって、千雨ちゃんと協力していたのに一人でやっちゃおうとするから怒ってるって、もう気づいてるんでしょう?」

「…………」

 しゃがみ込んだ和美は、あやすように千雨を抱き寄せていく。

「皆千雨ちゃんが心配なんだよ。だからもう、銃を下ろして……ね」

「ああ、そうだな……」

 千雨は、ゆっくりと指を開いていった。

「……まだ、泉に撃たれて死にたくないしな」

「ホントだよ、もう……」

 千雨に向けて構えていたシグ・ザウエルP228をホルスターに仕舞いながら、泉はゆっくりと駆け寄ってきた。

「……勘弁してよ。もう誰かが死ぬなんて嫌なんだしさぁ~」

「……ああ、そうだったな」

 千雨は俯いたまま、和美に支えられながら立ち上がった。銃どころか、煙草を拾う気力もないのか、そのまま立ち去ろうとする。

 

 

 

「ネギ先生……ごめん」

 

 

 

 ネギは追いかけようとしたが、近寄っていた明日菜に頭を押さえられてしまい、立ち上がることができなかった。

「今は朝倉に任せましょう。それよりも……」

「……ああ、分かってる」

 力が抜けたのか、上条はその場に膝を折って座り込んだ。

「とりあえず明日にしようか。今は頭の整理が必要だろうからな」

「そうね。……ほら、帰るわよネギ」

 ネギを促す明日菜を眺めながら、上条は泉の方を向いた。

「俺達も一度帰ろうぜ」

「あ、うん……」

 泉の意識が帰宅に向けられようとしたが、顔がふと後ろを、植木が消えた場所の方を向いてしまった。

(あの『魔王(まおう)』の、業火球みたいなアレ。どこかで見たような……)

 

 

 

 倉庫を出た二人は、千雨のバイクの傍にいた。

 地面に座り込んでいる千雨の横で、和美は携帯の短縮ダイヤルを操作している。

「ちょっと待っててね。エヴァちゃんに電話するから……ああ、エヴァちゃん」

『朝倉和美か……終わったのか?』

「うん。一先ずは……高畑先生は見つかったの?」

『ああ、見つかったんだがな。正直、電話してきてくれて助かった……』

 不思議そうに眉を潜める和美に、エヴァンジェリンは電話越しに呻くように呟いた。

 

 

 

『丁度夫婦喧嘩中に出会(でくわ)してしまってな。ラーメン屋台の横で土下座しているタカミチの頭を源しずなが踏みつけていて、どう声を掛ければいいか分からなかったんだ』

「いや、止めようよエヴァちゃんっ!!」

 

 

 



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第12話 雨上がり前の記憶

 人の目がない空き地。その中心で、少女は一人寝そべっていた。

 空は曇り、ただ涙を流し続けている。

 それでも少女は構わず、雨に打たれ続けていた。

「…………」

 何もする気が起きず、起きあがることもせず、雨が自分を押し流してくれないかとずっと空を見上げていた。

 ずっと一人で地面の上に仰向けに寝て、空を見上げていると、水を弾く音が聞こえてきた。

 少女は首だけを動かして、音がした方を向いた。それに気づいたのか、傘を差した男は少女の傍に立って言葉を落とした。

「……ふん、沐浴とはいい身分だな」

 雨にも関わらず、男が纏う煙草の臭いが、少女の鼻を(くすぐ)って……

 

 

 

「……夢、か」

 倉庫での戦いから一夜明け、千雨は自室のベッドから起きあがった。外を見ると、雨が窓を軽く叩いている。先程の夢も、それで記憶が刺激されたから見ることになったのだろう。

「あ、千雨ちゃん起きた?」

「ああ……」

 ベッドに腰掛けたまま、先に起きていた和美からコーヒー入りのマグカップを受け取り、そのまま口に含んだ。カフェインをかけて強引に目覚めさせた頭を振ると、視界に武器の類が散乱しているのを見つけた。

 どうやら昨日放置していったものをそのまま、テーブルの上に広げて置いておいたらしい。

「ああ、千雨ちゃんの武器ね。さっきこなちゃんが持ってきてくれたんだ。にしても早く言ってよね、こなちゃんのこと。聞いたら私達と年近いんだって?」

「ああ……」

「あ、そうだ。ご飯食べる? 和美お姉さんお手製の美味しいタマゴサンドがあるよ。それとも千雨ちゃんは和食の気分?」

「ああ……」

 和美は構わず言葉を投げかけるが、千雨は未だに覇気のない態度でおざなりに返していく。

 その姿勢に、普段はおちゃらけている和美も思わず眉を曲げてしまった。

「……千雨ちゃん、流石にこれ以上拗ねていると、いくら私でも怒るよ?」

「ん……どっちかというと、空回りしすぎてどうしたらいいか、さっぱり分からねえんだわ」

 千雨は軽く頭を掻いてから立ち上がり、飲みかけのマグカップをテーブルの上に置いてからベランダの方を向いた。

「普段は私や神楽坂の方があいつを怒る立場だろ。それが逆に怒られたんじゃあ……結局何が正しかったのか、分からなくなっちまう」

 昨日の疲れがあってか、千雨は雨を眺めながら、そのまま床に腰掛けてしまう。和美もその横に立ち、自分のマグカップを傾けながら千雨の話に耳をすませていた。

「……分かってるよ、一人善がりに抱え込んじまったことくらい。それでも、見たくなかったんだよ……身近な奴が傷つくのを見るのは」

「……そうだね。千雨ちゃんが傷ついたら、同じように思う人がいるのを忘れてちゃ駄目だよね」

 和美も同じように床の上に座り込んだが、千雨は我関せずと外を眺めていた。

「憂鬱な天気だね。もうすぐ止むらしいけど」

「そうか? 私は結構好きだけどな」

「千雨ちゃんって、雨が好きなの?」

「というより、雨が上がる前の天気がな」

 雨音を聞きながら、二人は静かに外を眺めていた。

 

 

 

「だから、今日みたいな天気は好きだな。嫌なことも流してくれるし、晴れ上がった時は気分が良くなりやすくて」

「そっか……私は苦手かな。大事なことがあっても、雨が降っていると気づけなくなっちゃうから、早く止んで欲しいと思っちゃう」

 それからしばらくは、千雨の身体が空腹を訴えるまで、二対の眼差しが雨から離れることはなかった。

 

 

 

「しっかしまあ、容赦なく使いやがったな。治療用の魔法道具(マジックアイテム)って結構高いんだぞ。映画でも使ったから知ってんだろ?」

「絵に描いた餅じゃないんだからさ。使わないと傷だらけの身体で一生後悔するよ」

「……分かってるよ。ただの愚痴だ」

 あれからしばらくして、和美の用意した朝食を食べた二人は、それぞれ着替えて部屋の中でくつろいでいた。

 とはいえ、和美はこれから出掛けるので、昨夜帰宅してからのことを千雨が聞いているのが大半だったが。

「我ながら呆れるな。……倉庫から今朝まで完全に惚けていたなんて」

「まあいいじゃん、私は千雨ちゃんのことを少し聞けて、嬉しかったし」

「そうかよ……」

 千雨がソファの上に腰掛け、背もたれに寝転がっていると、余所行きの準備をした和美が近寄ってきた。

「じゃあ行ってくるから、何か乗り物貸して」

「……お前、免許持ってたっけ?」

「一応普通免許持ってるよ。普段はパル様号しか運転しないけど」

「それでペーパードライバー理由に人を足にしてたってか? いい根性してるな、ホント」

 千雨は呆れながらキーケースから一本外し、和美に投げ渡した。

「原付の鍵だ。高校時代からの愛車だから、大事に使えよ」

「……の割には、車かバイクしか乗ってないよね」

「だから大事に(・・・)置いてんだろうが。……というか、用事なかっただけで近場は大抵あれだぞ」

 そのまま出ていこうとする和美に、千雨は声を掛けて止めた。

「別に聞いたからって、無理に混ざる必要はないからな」

「まだ言ってるの?」

 顔だけ振り向き、腰に手を当てながら和美は呆れたように千雨を睨んだ。

「……単純に戦えるかの問題だ。下手したら魔法世界以上にヤバい連中がいるんだからな」

「それで昔の銃引っ張りだしてきたの? もう呆れて言葉も出ないよ」

「そう言うな。私も一応魔法は使えるが、面倒臭い代物が出回ってるんだからよ」

 その言葉にふと、和美の脳内にある言葉がよぎった。

「ねえ、もしかして……」

「当たり。『Anti Magi-link Field』は元々、そいつら(・・・・)の一人が持ち込んだ代物だ」

 だから危ないんだよ、と千雨は呟く。そして懐からある物を取り出して、和美に投げた。

 器用に受け取った和美だが、その代物を指で摘んで観察するが、見た目以上の何かを察することはできなかった。

「関わる気があるなら一応持ってろ。……映画の奴よりかは当てになる」

「ふぅん……じゃあ、貰っていくね」

「……いや、関わる気なくしたら返せよ。手持ち少ないのに」

「ハッハッハ~……絶対やだ」

 和美は受け取った物を一度握ってから懐に仕舞い、千雨に皮肉気な笑みを投げてから部屋を辞した。

 

 

 

「みんなで幸せになろうよ」

 

 

 

「…………」

 和美が出掛けて少ししても、千雨はソファの上から動かなかった。銃器と一緒に置かれた煙草を一本口に咥え、火を点けないままじっと膝を抱え込みだしている。

「……レセプション」

 ふと、千雨の口から、単語が漏れ出した。

「囮……待ち伏せ…………ガジェット・ドローン…………元々警備は厳重な上に、出席者には赤き翼(アラルブラ)のメンバーもいた。だが逆に先手を打てば、あれだけの数とその中で戦える植木耕助で勝算8割は固い…………実際、ラカンのおっさんやアルビレオ=イマなら『Anti Magi-link Field』だけで殺せる可能性もあった」

 いつも吸うみたいに、千雨は掌を口に当てていた。しかし、その脳内では思考の波にのみ込まれている。

「それでもやらなかった理由……それ以上のものを求める理由。待ち伏せ……いや、それだったらもう少し効率的なやり方があった筈だ。実際、上条の右手は有名らしいから、最初から魔法なんて使わないと考えてもおかしくない。それなのに知らなかった? ……いや、『50冊越えのラノベ作品を知らない筈はない』と泉も言っていた。狙いは別? しかし転移してきたエヴァ以外は侵入していないし、おまけに警備網は無傷で万全……万全?」

 千雨の思考が、一度止まる。

 ソファから立ち上がり、部屋の隅にある机に向かい、椅子に腰かけてからタブレットPCを起動させた。

 起動後、キーボードを操作してある場所に接続した。無論、そこは表向きのWEBサイトではなく、関係者用の管理サイトだった。千雨はそこに掲載されている管理報告書を片っ端から開き、斜め読みして概要を把握していく。

「……警備に異常はない。エヴァの侵入記録はあるが、フェイトが事後報告で異常なしと記録している。つまり、他には誰も侵入していない……最初からそっちは本命じゃなかったのか。となると本命は?」

 管理サイトから抜け、千雨はすぐに麻帆良全体の管理サーバへとアクセスした。流石に権限を持ち合わせてはいなかったため、違法な侵入手段を取っているが。

「当日のレセプション警備の為、麻帆良学園都市の警備人員は最低限だった。しかし、何か異常があればすぐに対応できるように、会場とのラインは魔法、科学を問わずに万全を期している……」

 そして千雨は脳内で、先程の和美の話をリプレイした。

 イメージは倉庫での出来事を飛ばし、バイクの横で電話していた時に移る。

『しかも高畑先生がさ、ラーメン屋台の横でしずな先生相手に土下座していたんだよ。エヴァちゃんから聞いた時は、思わず止めようよ、ってツッコんじゃったよ』

(……いや、確かに高畑先生のラーメン屋台は本人の趣味だが、その日は麻帆良の警備を行う上でのカモフラージュだった筈だ。なのに夫婦喧嘩が起きている?)

 タカミチの家庭事情では、魔法は既に周知の事実である。それなのに喧嘩になったということは、いや、わざと喧嘩をさせて警備(タカミチ)の目も同時に封じたと考えられた。

 実際、『警備<ラーメン屋台』の図式をしずなにイメージさせることさえできれば、いや、浮気の可能性を示唆するだけでも簡単に事は運ぶ。

「後は目立つ行動さえ避ければ、監視の目が塞がれているから侵入してやりたい放題…………狙いは警備の薄い学園都市か、お前ら!!」

『ハッ!! ちうたま!!』

 キーボードから手を放し、千雨が一喝する。すると背後に七匹のネズミのような精霊が姿を現す。千雨のアーティファクトである『力の王笏(スケプトルム・ウィルトゥアーレ)』より生まれた電子精霊達だ。

『電子精霊群千人長七部衆只今見参!』

「これより学園都市内の監視カメラ等全警備システム及び学園結界に蓄積された情報を精査、今から24時間以内、特に私達が倉庫で戦闘していた時間帯の前後を重点的に調べ、不審な点を全て洗い出せ!!」

『ハッ!! ちうたま!!』

 早速作業に入る電子精霊達を見ていると、千雨はふと、ネギと仮契約した時を思い出してしまった。

(そう言えば……今更だがあれって逆痴漢じゃ――)

『ちうたま!! 早速一件見つけました!!』

『ご褒美プリーズ!!』

 ビクッ、と千雨は肩を揺らしたが、軽く咳払いをして誤魔化しながら、電子精霊達の方を向く。

「あ、ああ……で、情報は?」

『図書館島の電子端末から麻帆良のデータベースにアクセスした形跡ありです!!』

『検索したのはDNA情報です!! 元のデータと一致、もしくは類似した人物を探していたようです!!』

「人探しに……DNA情報?」

 たかが人探しで、そんなもの使ってまで調べてどうするんだ?

 千雨は不思議に感じ取った。特に、人探しの手掛かりがDNA情報という点が。まるで、探している人物じゃなくても、性質が近ければ誰でもいいような……

「三手に分かれろ。一方は検索した存在の調査、もし人間なら人物照会も忘れるな。もう一方は検索元のDNA情報を精査、同時に奴が調べた検索結果をリスト化しろ。最期は事前にメール作成、心配だからそのまま電脳空間を通して直接運べ。行先は泉のPCだ、念の為暗号化は忘れるな。暗号化ツールは12番を使え」

『ハッ!! ちうたま!!』

 一息で電子精霊達に指示を出し終えた千雨は軽く息を吐き、台所にあるコップを持った。そのまま冷蔵庫の扉を開け、空いている方の手で中身を物色していく。

「さてどう動くか。昨日の件もあるし……ハア、朝倉に無理矢理引っ張られていった方が良かったかもな。とはいえどの面提げて――」

 

 

 

 ビー!! ビー!! ビー!! ビー!!

 

 

 

 突如鳴り響いた警報。

 千雨が事前に仕込んでいた警報装置が反応を示しているのだ。

(今は朝倉が来ているから……警報装置の探知範囲は外側だけだ!!)

「作業中断!! 今すぐ最終段階に移れ!!」

『ハッ!! ちうたま!!』

『たいへんだ!! たいへんだ!!』

『いそげ!! いそげ!!』

 コップを手放した千雨は駆け飛ぶように、テーブルの上に残されていたSIGP230を掴んだ。少しでもこちら側の意図を伝えまいと、電子精霊達に簡潔に指示を飛ばしながら、ベランダに銃口を向ける。

 そして、ガラスが割れる音と共に……。

 

 

 

 ベランダの外、宙に浮いた敵が姿を現した。

 

 

 

 



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第13話 こんな親子の対話、ってあるんだろうな……

 本当は前後編とアニメでよくある手法を取ろうかと思ったのですが、こうなったら書いたります。皆、打ち切り迄応援よろしく!!

シャーリー「……いや書けって。もしくは『魔法世界残業編』再掲して勉強しろ。来月資格試験じゃないの?」

 とうとうここまで出てきたか、このドS!!

*詳しくはブログ、もしくはTwitter参照

シャーリー「……いや、紹介しろコラ」


 レセプションの翌朝、ネギはマンションの屋上にいた。

 倉庫での戦いの後、仕事の残りを片付け終えてから帰宅したネギは、先に帰っていたナギ達への挨拶も御座なりに、早々に寝てしまったのだ。そして、習慣となっている早朝鍛錬の時間に目を覚まし、屋上へと昇ってきて、今に至る。

「フゥ……」

 麻帆良学園で教師をしていた頃、古菲に師事を受けていた頃からの慣習で辛うじて身体を動かしていた。例え屋根のある場所とはいえ、雨が降る中でも、だ。

「フッ……ハッ!!」

 震脚、同時に放たれる肘撃(ちゅうげき)。肘打ちの威力を使い、身体を反転させての靠撃(こうげき)

 時計回り、一度止まって反時計回りに。掌底も加え、次々と攻撃を繰り出していく。見えない敵、見えない相手。だが宙に描いたイメージに向けて、ネギは攻撃し続けた。

 それを何回、いや何十回繰り返しただろう。何かを振り切る様にネギの動きは加速し、同時に思考も徐々に飛んでいく。

 

 

 

「なあに拗ねてんだよ、ネギ」

 

 

 

 父親(ナギ)の手が息子(ネギ)の手を掴むまで、それは続いた。

「……父さん?」

「そうだよ。お前の偉大なお父様だよ……ちょっと休め」

 勢いよく放され、軽くよろけるネギに、ナギはタオルを投げ渡した。二人は静かになり、黙ったまま見つめ合う。

「……父さん達は知っていたの? 千雨さんが戦っていた相手のこと」

「詳しくは聞いてねえよ。エヴァから聞いちゃいたが、実際に来る可能性も低いから、って本人すら眉唾話にカテゴライズしてやがったし」

 タオルで汗を拭くネギだが、その瞳はどこか剣呑としていた。

 それを見たナギは、(おもむろ)に肩を回し始めた。

「さて、と。相手がいないとつまらないだろ……」

 ナギは構えた。そして掌で挑発するように、指を数度手前に倒す。

 無論その相手は、息子のネギだった。

「……来いよ、相手してやる」

「別にいいけど……」

 タオルを投げ捨て、ネギも構えた。

 

 

 

「……ちょっと機嫌悪いから、加減できないよ」

 

 

 

 そしてネギは、ナギに薙ぎ飛ばされた。いや、ギャグでも比喩でもなく物理的に。

「いやぁカウボーイビバップ見て覚えたけど、意外と使えるな。截拳道(ジークンドー)って」

「くっ!?」

 ネギは駆けた。牽制に突き出した掌底をナギに放つ。向こうも大した威力はないものと軽く捌くだけで対処する。

(……ここだっ!?)

 そしてネギは頂肘(ちょうちゅう)を放った。事前に距離を縮めていた上での一撃。

「甘ぇよ」

 それすらも、ナギは捌いてしまった。肘に合わせて身体を逸らし、すれ違い様に足を叩かれるだけで、ネギは簡単にこけてしまう。

「アタッ!? ……まだだっ!!」

「ハァ……いい加減気付けって」

 その後、四、五回程捌かれたネギは、そのまま屋上に仰向けになって寝そべってしまった。ナギはその横に腰掛け、片膝を立てて見下ろしている。

「なん、で……?」

「お前が機嫌悪い(・・・・)からだよ」

 ネギの揚げ足を取るような口調で、ナギは何故勝てたかを話し出した。

「感情的になって攻めるから、直線的な攻撃しかできなくなってたんだよ。だからおっさんの俄か拳法でもあっさり捌かれてんだよ。……まあ、俺が天才だってだけなんだがな」

「……魔法学校中た「何か言ったかコラ」――痛い痛い痛いって父さん!!」

 頭に拳をグリグリと押しつけられ、仰向けに呻くネギを見下ろしながらお仕置きするナギ。

「……ったく、いつの間にか言うようになったじゃねえか」

「まだちょっと機嫌悪いからね……ねえ、父さん」

「何だ?」

 ネギは身体を起こしながら、ナギに問いかけた。

「……僕って、頼りないのかな?」

 そう問いかける息子(ネギ)に、父親(ナギ)は立ち上がりながら簡潔に答えた。

「心配される程度には、頼りないんじゃねえの?」

「ははっ、違いないや……」

 先に立ち上がったナギに手を引かれながら、ネギは立ち上がった。

「……もっと強くならないと」

「それでいいんだよっ!「あいたっ!!」――さあて、朝飯にしようぜ」

 

 

 

「何だかんだ父親よね、ナギも……」

「どうせ年の功だろうがな」

 ナギに背中を強く叩かれて、咽るネギを眺めながら、明日菜とラカンは屋上の入り口に佇んでいた。空に晴れ間が見える中、互いに笑いながら近づく二人を見つめていたが、やがて背を向けて先に階下へと降りていく。

「……さあてご飯食べたら、千雨ちゃん達が抱え込んでいるものを聞きに行きましょうか」

「物好きだな、自分から火種に飛び込むなんて」

「何言ってんのよ」

 呆れるラカンに振り返った明日菜は、腰に手を当てて言い放った。

「人生常に戦いでしょうが」

「違ぇねえ……ガッハッハ!!」

 ラカンが額に手を当てて笑っていると、ネギ達が降りて合流してきた。

 全員で並んで戻っていく面々。今はまだ、気持ちが曇ることはなかった。

 

 

 

「……父さん達は来ないの?」

「お前らの戦いだろうが、年寄り(ロートル)巻き込むな」

「俺も死ぬかもしんないしな。お前ら、俺の身体(これ)作り物だって忘れてないか?」

 アスナと並んで外出しようとするネギに、ナギとラカンは手を振ったままそれぞれ椅子とソファに腰掛けていた。

 適当にコーヒーを飲んでいる二人に背を向けたネギだったが、ふと部屋に戻ってから再び明日菜と並んで出て行った。

「朝倉達ももう向かっているでしょうし、急ぎましょうか」

「そうですね。タクシーでも呼びましょうか。……僕もバイクの免許取ろうかな」

「……あんた、その杖は飾りなの?」

 口喧嘩をしながら出ていく二人の罵声を聞きながら、ナギとラカンは目配せした。

「「だって明日菜さん乗せて飛べないでしょう」――賑やかだなあいつら……おい、気付いているか?」

「「なにおう。あんたが根性無しなだけでしょうが」――おう、大分前からな。……下手したら今朝からいたんじゃねえの?」

「「だから痛いですって明日菜さんっ!?」――だろうな……っていうか、あいつらさっさと行かないかな。せっかくのシリアスシーンなのに」

 その発言に従ったのか偶然なのか、ネギ達が立ち去るまで敵は現れなかった。より具体的に言うと、約三十分そのまま待ち構えていたにも関わらず、敵が一切動かなかったのだが。

「……おい、どうなってやがる?」

「俺が知るかよ。あれか、サブキャラにはまともな戦闘シーンは与えられないってか?」

「だからメタ発言止めろって『Prrr……』――……電話?」

 コーヒーの入っていた筈のマグカップを置いて立ち上がったナギは、静かに電話に近づき、受話器を手に取った。

「はい……今朝からの視線はお前か?」

 電話の相手を察し、ラカンもマグカップを置いて立ち上がった。カーテンの陰に身を隠しながら、ベランダから外を警戒しつつ、電話での会話に耳を澄ませている。

「用があるならいつでも掛かって……え、そうなの? 御宅も大変だな。分かったよ、じゃあ後でな」

「……視線の主か?」

「ああ……」

 ゆっくりと受話器を置き、ナギはラカンの方を向いた。

「……『相棒が世界珍味麺食べたいと愚図り出したから、先にラーメン屋行ってくる』ってさ「アホかーっ!!」――……とうとうお前もガチのツッコミに入ったか。今度アルの奴も巻き込もうぜ。でないとやってらんねえわ」

 財布と魔法発動媒体の指輪を持ち、ナギはラカンを促した。

「もうついでに俺達もラーメン食いに行こうぜ。ちょっと早いけど、昼飯には丁度いいだろ」

「はあ……怒ってても仕方ねえや。世界珍味麺ってことはタカミチのところだろ、こうなったら敵さんと一緒しますかね」

 ラカンもナギに続いて、マンションを後にした。

 

 

 

 カラン、カラン……。

「……おっ、来たね」

「遅いよ二人共~」

 店の中にいた泉と、先に来ていた和美が振り返ってネギ達を迎えた。他には紅茶を淹れている上条と、テーブル席で本を読んでいるエヴァンジェリンだけだった。

「すみません、皆さん。お待たせしました」

「大丈夫だって。時間通りな上に、朝倉が来たのだって五分位前だ」

「朝倉……」

 ジト目になる明日菜の視線に和美は苦笑しながら、紅茶を口に含んだ。

「そんじゃあ、話しますか……さて、何処から話すかね?」

「とりあえずは、事前知識からでいいんじゃない?」

 泉の提案に、上条は頷いて同意した。確かに、共通の知識があった方が話が早い、そう考えてのことだろう。

「じゃあまずは座れよ。紅茶でいいか?」

「ミルクティーでお願いします」

「私も同じのでいいわ」

 ネギと明日菜が座るのに合わせて、上条は二人の前に淹れたての紅茶を置いていく。備え付けのミルクも一緒に置いたのを見て、泉の方から口を開いた。

「二人って小説とか読む? 例えば、ネット小説とか」

「ネット小説なら、千雨さんから薦められたのを幾つか、ですかね。のどかさんにも紹介されたりしますが、そちらは電子書籍とかなので違いますね。明日菜さんは?」

「私? 最近はあの子(・・・)から薦められたポケスペしか読んでないわね」

「それ漫画!! 電子出てても漫画!! というかチョイス渋いね!!」

 激高してツッコむ泉。しかし明日菜は軽く手を振って誤魔化した。

「冗談よ冗談、私も電子書籍だけよ。『天頂-TEPPEN-』シリーズとか」

『天頂-TEPPEN-』。DMMゲームの一つ。出所してきた極道の男を主人公にした任侠もの。但しR-18部分があるので、未成年の方は要注意。

「……本当に渋いね。神楽坂さん」

「明日菜でいいわよ。私も名前で呼んでもいい?」

 何でもいい、と泉は返事をした。

「じゃあ改めて……泉こなたです。よろしくね」

「同じく上条当麻。一応(・・)年も近いから、ざっくばらんに話しかけてくれたらいいさ」

 ポットに残った紅茶をエヴァンジェリンにサーブしてから、上条もカウンターに戻って続けた。

「話を戻すけどさ、だったら『転生もの』ってジャンルは知らないか?」

「何それ?」

 首を傾げる明日菜に、ネギは説明した。

「大体十年位前ですかね。ネット上で自分の書いた小説を公開できるようになった頃に流行ったんですよ。簡単に言うと、死んだり何らかの要因で違う時代や別の世界に生まれ変わったり転移したり、まあ例えるなら、今の明日菜さんが魔法世界のお姫様になると言うのを、過去とか関係なしに神様的な何かが強引に行った結果、と言いますか……」

「平たく言うと、事前知識持ったり新しい力を得たりした上での第二の人生を妄想している、ってだけだな」

 上条が説明を引き継ぎ、明日菜はなんとなくだが理解したように傾けていた首を戻す。そのまま横を向き、紅茶を飲んでいた和美の方を向いた。

「朝倉は分かる?」

「一応ね。これでもジャーナリストだから、その手の文章も読んでるし……だから」

 カウンターに肘をついたまま、朝倉は視線を明日菜から上条に移す。しかし、その視線には僅かに険しさが澱んでいた。

 

 

 

「なんとなく分かっちゃった。……二人も、いや、あの植木耕助とかもそうなんじゃないの(・・・・・・・・・)?」

 

 

 

 その一言に、上条達は頷いた。

「そう。俺達もあいつも、厳密には植木耕助は違うかもしれないが、……転生者だ」

 上条の言葉を皮切りに、和美は腰の警棒に手を回し、ネギは立てかけていた杖を掴んだ。

「えっ、えっ何? だって、二人共味方じゃ……」

「そうですね。でも……どう生きたいか(・・・・・)によって、それは変わってきます」

「明日菜、言っとくけどね……」

 和美は油断なく上条達を見つめながら、明日菜にネギとの行動の理由を話した。

「転生者や転移者、その手の類が混ざるだけで良くも悪くも……その世界は壊される(・・・・)んだよ」

 その和美の言葉を、上条も泉も……否定しなかった。

「というか、よく信じられるな?」

「……まあ、そう考えれば辻褄が合う、ってだけなんですけどね」

 警戒を解かないまま話す二人を見て、上条はカウンターから出てきた。特に武器を持った様子もなく、両手もそれぞれポケットに突っこんだままで。

「とはいえ、さっきの言葉通りだから、俺達も最初は関わるつもりもなかったんだけどな」

「そうも言ってられなくなっちゃってさ~やんなるよね~もう」

 泉もカウンターに両肘をついて、頬を挟むように顔を乗せた。あまりに隙だらけで、ネギと和美も得物を持つ手を少し緩めてしまう。

「……悪いが事情ができてな。だから近づかせてもらった、って訳だ」

 上条はネギを見つめた。ネギにはどこか、その顔が哀しげに見えていた。

 

 

 

「なあ……主人公(ネギ先生)



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第14話 両手を握る覚悟 Vol.01

 前後編で済ませる筈が、どんどんと延長していきました。起承転結も若干怪しいので、過去編は連番にしています。
 ……ここまで長くするつもりはなかったんじゃあ~


 二年程前。ネギ達がナギ=ヨルダと戦う前の春の話だった。

「フゥ……こんなもんか」

「原作に関わる気がないのは分かるけど……そこでお店ってどうなの?」

 ツンツン頭の目立つ髪形をした少年、上条当麻は自身の店の前で誇らしげに腕を組んでいた。その様をバイクに凭れながら、ショートカットのボーイッシュな少女が眺めている。

『ねえキノ、君のお兄さんは何で楽しそうなの?』

「あれ、エルメス。最初から見ていたんじゃないの?」

『ううん、寝てた』

 等という通常ではありえないバイクの発言にも上条は気にせず、キノと呼ばれた少女を手招きした。

「見ろ妹よ。これぞ兄の城だ」

「まあ、安く手に入ったのは認めるけどさ。……ちょっと周りを見てよ」

 と、上条の妹こと上条キノ(二卵性双生児)は兄が逸らしている現実に視線を向けさせた。

 そこは一面、広大な景色だった。

 果てが見えない草原に広がる大海原、移動すれば少し脆いがロッククライミングにも適した崖に出ることができる。ここに来るまでの道もコンクリートで舗装していないが、障害物も少なく拓けた道がここまで繋がっていた。

 話は長くなったが、要するに……人気がないのだ。

「……兄さん。ブラックジャックじゃないんだから、もうちょっとお客さん来るところに店開いたら」

「何を言う妹よ。ブラックジャックだってお客さんが途切れなかったじゃないか。例え崖の上に診療所を構えていようとも! その腕でお客さんを呼んでいたのだから!!」

「そうだね。で、兄さんは誰に(・・)転生したんだっけ?」

 その一言で、上条はその場にしゃがみ込んで膝を抱えこんだ。

 いじけて地面にのの字を書いている今生の(・・・)兄に呆れながら、キノは凭れていたバイクのエルメスから起き上がって、上条の肩に手を置いた。

「まあ不幸属性持ちでも、上条君はモテてたから大丈夫だって。きっとロリからお姉様まで、お客さんは寄り取り見取りだよ」

「だよな。俺も原作の様にモテる様になるよな?」

「きっとなれるよ。……腕ぶった切られる覚悟があるなら」

 ますますさらに落ち込む上条。原作での上条当麻の活躍を思い出してしまい、今度は怯えからくる振動も加わっている。

『キノ、一言余計』

「ハァ……情けない人と一緒に転生しちゃったな」

 額に手を当てながら、キノは呆れて息を吐いた。

 

 

 

 転生者や転移者、と呼ばれる者達がいる。

 神や悪魔という存在に魅入られた者達。

 突然発生した超常現象に巻き込まれた被害者。

 一度死んで生まれ変わることもあれば、転移者として死んだ時の状態のまま別世界に飛ばされてしまう時もある。

 彼らは第二の人生として新しい世界を訪れるのだが、何も前回と同じ世界とは限らない。

 剣と魔法の世界かもしれない。オーバーテクノロジー溢れる未来かもしれない。何もない無人島だと思えば、実は巨大な亀の上だったりするかもしれない。

 そして、空想の産物である『物語』の世界かもしれない。それだけでも魅力的だが、さらに忘れてはならないことがある。

 転生者の特典、というものだ。どう新しい世界を訪れるかにもよるが、その世界に適応して生き抜く為に、はたまた誰かの娯楽の為に、普段は持ち得ない筈の力を得ることもある。

 そして、上条達転生者がこの世界に転生、または転移するルールは幾つかある。

 一つ、原作を問わず既存のキャラクターでなければならない。

 二つ、今生を生きる上で、前世での名前を明かすことはできない。

 三つ、そのキャラクターの能力を得ることができる。

 四つ、さらに付随して一つ、もしくは一人の能力を得ることができる。

 それらのルールを持って転生してきた存在、それが上条達の正体だった。

 しかし、この世界を訪れたとはいえ、『物語』に関わる必要は皆無である。

 

 

 

「とにかくしっかりしてよ、兄さん。少ししたらボクも旅に出るんだからさ」

「分かってるよ。ったく……」

 一先ずエルメスを店の脇に停め、兄妹は『お~い……』と力なく呼びかけるバイク(モドラドもこの世界ではバイクを指す)を無視して店の中へと入っていった。窓際に幾つかしかないテーブル席とカウンター席がある中、上条は厨房に立ち、キノは向かいのカウンター席に腰掛けた。

「しかし変な時期に転生しちまったなお前も。もう少し前か後なら、この世界も見ごたえがあったんだろうが……」

「そうでもないよ。前世じゃあんまり旅行とかできなかったし、これを機に思いっきり羽を伸ばしたいんだよね」

「ならいいけど、っと……」

 ポットに水を入れて火にかけていると、外から物音が聞こえてきた。何事かと、上条達は入り口付近に意識を向ける。

「なんだ?」

「さあ……泥棒じゃなければいいけど」

 キノは『森の人』と呼んでいる銃(モドラドと同様、この世界ではパースエイダーも銃器のことを指す)を抜いてスライドを引いた。上条も護身用にと、以前キノから貰ったウィンチェスターM1897(ゴム弾装填済み)を厨房スペースから取り出し、ハンドグリップを前後に往復させた。

「……あげといてなんだけど、原作じゃ銃なんて使ってないよね」

「いいじゃねえかよ。原作は原作、俺は俺だ」

 若干ドヤ顔の上条を疎ましく思いながら、二人は並んで扉の前に立った。

「にしても……本当は新しいお客さんじゃないの?」

「それはない。何故なら……開店は明日だからだ!!」

「ボクは今日、発つ予定だって何度も言ってるんだけどね……」

 兄に呆れる妹。二人は扉を少し開け、外の様子を隠れ見ると……

 

 

 

「ホラ見てよかがみん、これ絶対エルメスだって!」

「ああ、はいはい。分かったからこなた黙って」

「なんか転移して早々楽しそうだよね。こなちゃん」

「ウフフ、私も別人に代わって、なんだか楽しいです」

 

 

 

「……迂闊すぎだろ、おい」

「ちょっと注意した方がいいかもね。というか『らき☆すた』?」

「あれ、知らないの? 選んだキャラクターの能力に反比例して、選べる能力の幅が広がるんだよ」

「そうだったんだ……とりあえず武器があればいいかと思って、さっさと『学園キノ』の能力を選んでいたから分からなかったよ」

「もうちょっと考えりゃ良かったのに……じゃあ挨拶と行こうか」

「ああ、ちょっと待って」

 そう言ってキノは、扉の隙間から少しだけ顔を出した。

「エルメス、聞こえてるだろ。……挨拶してあげなよ」

『こんにちは、ボクはエルメス。よろしくね』

 そして突然声を出したエルメスに驚く泉達、これが彼らの初めての出会いだった。

「……妹よ、お前って結構悪戯好きだよな」

「兄さんこそ、ハーレムルート目指して口説きまわらないでよね。妹として恥ずかしいから」

 詳しくは割愛するが、他に行く当てもない四人がこの店に居着いたのが、全ての始まりだった。

 

 

 

 時には店を切り盛りし、

「って、なんで巫女の格好しなきゃいけないのよっ!!」

「こなちゃん恥ずかしいよ~」

「いやいや、客引きは大事だよ。私だってコスプレしてるし」

「……声優ネタここでも引っ張るかよ」

 

 

 

 時にはキノも誘ってこっそり麻帆良に遊びに行き、

「あの図書館島にも行ってみたいですね」

「いっそのことここの学生になったら? 大学からでも入学できるみたいだし」

「……俺、二度も勉強したくないな」

「私も引き籠りたいかな~」

 

 

 

 そして原作でのイベントを遠くから眺めたり、

「あっ、光った!!」

「あの流れ星がそうなのですね……」

「綺麗だね~」

「ふっふっふ~私の能力(チート)、『地球(ほし)の本棚』を使えばこれくらいは訳ないのさ!! ……仮面ライダーの能力は貰えなかったけどね」

 賑やかに店の傍に広げたシートの上に腰掛けた『らき☆すた』の面々を眺めながら、上条は旅(旅行とも言う)から帰ってきていたキノと一緒に店の壁にもたれかかり、缶のコーラを傾けていた。

「それでも破格すぎだろ……いくらこの世界に関してだけは原作知識以外見れないとはいえ、他の原作なら見放題なんだからさ」

「まあまあ、こうやって原作イベントを楽しめるのも、転生者の特権だって」

 同じく紅茶缶を飲みながら、キノは空を指さしてはしゃぐ四人を見つめつつ、上条に問いかけた。

「それで……誰が好きなの?」

「グホッ! ……あのね、俺も転生者な訳よ。あいつ等みたいに転移者じゃないから、見た目の最低二倍は生きているのよ。そんな未経験なチェリーボーイじゃあるまいし「でも好きになる切っ掛けはあったんでしょ?」――……ハア、まあな」

 壁にもたれたまま地面に腰掛けた上条は、膝を立てながら空を眺めた。

「これでもさ、前世で彼女がいたことがあったんだよ。でも不良に絡まれた時に恰好悪い所見せちゃってさ、あっさり振られたよ。……まあ八方美人なところもあったから、さっさと彼氏作っちゃってたけどな」

「また繰り返す、って考えてるの?」

「どうだろうな。だけど……」

 上条は視線を落とし、己が右手を見下ろした。

「分かんねえんだよ。こんな俺にも、誰かの為に立ち向かえる『覚悟』があるのかって」

「……まあ、これだけは言っておくよ」

 空き缶を片手に、キノは泉達の方へと歩いて行った。

能力(ちから)はあるんだから、後は僅かな勇気(・・・・・)だけだよ」

 その言葉を、上条は脳内で反芻させ、徐々に理解を深めていく。

 やがて、一つ溜息を吐いてから、上条は立ち上がって後ろ頭をボリボリと掻いた。

僅かな勇気(・・・・・)、か……」

 上条もキノに続いて、草原ではしゃいでいる四人の元へと向かった。何だかんだ気にかけてくれる妹と、気心知れた仲間達と、そして……想い人のことを思いながら。

 

 

 

 そして二週間が過ぎた。

「まあ、それで告白しないのも俺なんだけどな……」

 そう独り()ちながら上条は、定休日に街へ一人繰り出していた。

 居心地の良さに何も言えずにいる日々を悶々と過ごしていたのを誤魔化すように、適当にウィンドウショッピングを行っていた上条だが、ふとある店の前で止まる。

「……いいな、これ」

 そこにあるアクセサリーを見て、上条は財布を開けて中身を確認した。

「せっかくだし、買ってくか」

 他にも土産としてケーキ屋でカップケーキを人数分買い、帰路へと着いた。

「今日はキノも帰ってくるし、早めに戻らないとな」

 街を抜け、徐々に自然が人気を押し退ける中を、上条は歩いていた。

「しかし街まで遠いのが難点だな……原付でも買うか?」

 等と呟きながら歩いていると、前方に人が立っているのが見えた。全体的に白い印象が漂う、細身の男だった。しかし上条には、その人物が誰なのかすぐに察しがついた。

一方通行(アクセラレータ)だ。すげぇ、本物だぞ。こんなところで何やってんだろう? こいつも転生者かな?)

 半分有名人にあったような感覚で見てから、上条は直ぐに視線を戻した。あまりじろじろ見るのも気分が悪いだろうとの考えからだ。

 しかし、相手はその口元を、徐々に歪めていく……

 

 

 

「思ったより時間が掛かっちゃったね」

『まあ、高速が混んでいたから仕方ないよ、キノ。でもバイク(ボク)だったから、早く帰れるんだよ』

「それが唯一の救いだよ」

 原作イベントを終えたキノは、翌日には既に旅に出ていた。今日は購入した土産類を片付ける為に、一度戻ろうとエルメスを走らせている。

「そう言えば兄さん、ちゃんと告白しているのかな?」

『どうだろうね。何だかんだ日常を楽しんでて、そのまま日和(ひよ)ってそうな気もするけど……お、噂をすれば』

 エルメスに言われ、前方の道を上条が歩いているのを見かけた。まだ若干距離はあるが、特徴的なツンツン頭と店までの道のりから、そう推測できた。

「丁度いいや、兄さんも乗せて『キノ避けてっ!!』――なっ!?」

 咄嗟にエルメスが警告してくれたおかげで、突如目の前に現れた人物を躱すことができたキノだったが、そのまま横転してしまう。

「ってて……大丈夫、エルメス?」

『ボクはね。でも……向こうは大丈夫じゃないみたい』

 突然現れた人物、麦藁帽子を被った金髪の女性はキノを見つめていた。

『別の意味で』

 ……ガンベルトに納められた六弾倉回転式拳銃(リボルバー)を抜きながら。

 

 

 

 



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第15話 両手を握る覚悟 Vol.02

 遮蔽物がない草原の中、キノは身を低くしながら、慌ててエルメスを立て直した。

『酷いよ、キノ』

「ごめん、後で直して油差すから」

『ついでにブレーキパッドも替えてね』

 エルメスの陰に隠れると同時に、金髪の女性が発砲してきた。飛び散る荷物の残骸を頭上から浴びながら、キノは腰のホルスターから『森の人』を抜いてスライドを引く。しかし相手の射撃速度が速く、下手に頭を出すことができなかった。

『キノ、大丈夫なの?』

「大丈夫だよ。あれは回転式拳銃(リボルバー)、装弾数は精々5,6発。そして……」

 キノは中腰になり、足に力を入れていく。

「……もう撃ち尽くしたっ!!」

 素早く立ち上がって『森の人』の引き金を引くキノ。相手は既に6発を発砲している。特殊な八連弾倉でもない限り、これ以上の発砲はできない。おまけに相手の使う銃は回転式拳銃(リボルバー)、装填速度は自動拳銃(オートマティック)よりも数段劣る。

 そう考えての発砲だが、相手の行動はそのさらに上を行った。

「ひゅっ――」

『森の人』の銃弾を躱しつつ、金髪を広げた彼女は足を軸にして身体を駒の様に回転させる。その時、豊満な乳房が揺れたかと思うと、胸の谷間から銃弾が出てきた。

『キノにはできない芸当だっ!!』

「エルメスうるさいっ!!」

 その回転動作のまま、回転式拳銃(リボルバー)から空薬莢を排莢した状態で宙に浮いた銃弾を次々と装填していく。そして動作を止めた反動で回転式拳銃(リボルバー)の回転弾倉を銃身に叩き込み、再び銃口をキノへと向けてきた。

「何あの連射っ!?」

『おっぱいリロードだっ!! キノの絶壁では絶対にできない芸当だっ!!』

「エルメス後でタンクに角砂糖入れてやるっ!! 絶対だからなっ!!」

『ごめんなさい』

 エルメスに隠れながら『森の人』の弾倉を変えつつ、銃弾の嵐から隠れて様子を見る。

「どうするかな……」

『いっそのこと『謎の美少女ガンファイターライダーキノ』にでもなる?』

「多分意味がないよそれ……相手魔物じゃないし」

 とりあえず、とキノはエルメスに着けた鞄から『カノン』を取り出し、右の太腿にホルスターごと結び付ける。しかし、正直あの連射に追いつける自信がない為、未だにエルメスを盾にしているしかなかった。

「にしても何者なのあの人? 多分転生者だと思うけど、いきなり襲い掛かってくるなんて」

『しかも厄介なことに、多分あれ天道琉朱菜(てんどうるしゅな)だよ』

「知ってるの? エルメス」

 今は銃声が止んでいるが、相手が隠れている為に、撃つだけ無駄だとの判断からだろう。キノがエルメスの影から覗いてみると、余裕そうに指で一発ずつ装填していた。

『グレネーダーって漫画やアニメの主人公。本来は不殺の拳銃使い。目玉はキノには不可能なおっぱいリロード』

「……いっそスクラップにでもするか、この変態バイク。いや、兄さんに頼んでバラして貰うか」

『本当にごめん、冗談だからやめて』

 とはいえ、このままでは千日手である。流石に無駄弾は撃ってこないが、逆に早撃ちで勝負する羽目になってしまった。

「他に武器は?」

能力(チート)でもない限りあれだけ……あ』

「……エルメス、なんだいその『あ』は?」

 嫌な予感がしたキノは、エルメスをそのままに駆けだした。

『置いてかないでキノ!!』

「無茶言わないでよエルメス!!」

 しかし、かえってエルメスを助ける結果になってしまった。

 ドガン!!

「うわっ!?」

 後ろの地面が穿たれる音を聞き、キノは片手に『森の人』を握ったまま、両手で頭を抱えて前に倒れた。そのまま前転してから素早く起き上がり、躱されると分かっていても、『森の人』を発砲しつつ距離を取る。しかしそれでも、エルメスの声ははっきりとキノに届いていた。

『超爆裂鉄甲弾だよ。結構高いらしいから、あっても1,2発くらいじゃないかな』

「そういうことは先に言ってよ、エルメス……」

 弾倉を地面に落とし、『森の人』に素早く再装填するも、このままでは自らの命が危うい。仕方ない、とばかりにキノは『森の人』を地面に捨てて両手を挙げた。

「いきなり撃ってこないでよね。ボク、何かした?」

「……いいえ」

 銃口を向けたまま、天道琉朱菜は静かに近寄ってきた。

「ある人に頼まれました。『あなた達を仕留めろ』って」

「……あなた()?」

 視線だけで、先程上条がいただろう方角を見る。銃声で気づかなかったが、そこではこちら以上の騒動が巻き起こっていた。状況は把握できないが、それでも上条の悪運を信じて、キノは強引に冷静さを取り戻そうと、内心で呼吸を繰り返している。

「誰からも恨みを買った覚えはないんだけどね」

「覚えはなくとも、と言いたいところですが……」

 会話は続く。いや、無理にでも繋げて、生き残る術を探らなければ、キノに明日はない。

「私も詳しくは知りません。もしかしたらあなた達は極悪人なのかもしれない。それとも頼んだ人が悪人で、あなた達に逆恨みしているのかもしれない。……でも」

 ガチン、撃鉄が起こされる金属音がした。

「あなた達を倒さなければ、私は完全に(・・・)転移できない。……もう嫌なのよ、あの世界に戻るのは!!」

「……戻る?」

 おかしな話だった。

 死者が蘇ると世間が騒ぐ。いやそれ以前に因果的な何かが狂い出す。生きて何かが起きて、とかならともかく、一度死んでしまえば転移だろうと転生だろうと、元の世界に戻る術などない。

 だから気持ち云々の前に、状況によっては完全に道を絶たれているのだ。

「どういうこと? どう足掻いても戻れないのなら、完全に転移したってことじゃないの?」

「違うのよ……私達はっ!!」

 咄嗟に地面に倒れたのは正解だった。背後で炸裂する超爆裂鉄甲弾の衝撃を受けながら、キノは落とした『森の人』を素早く掴み、伏せたまま発砲する。しかし相手もさるもの、後方に下がりながら回避してしまう。

 その間にも揺れる胸、再装填される回転式拳銃(リボルバー)

「厄介だな、もう……」

 予備の弾倉はもうない。キノは『森の人』を再び手放し、両手で地面を叩く。その反動で素早く起き上がり、『カノン』をホルスターから抜きながら天道琉朱菜へと駆けた。

「接近戦なら……!!」

「くっ!?」

 身長差を介さず、キノは果敢に天道琉朱菜へと攻め込む。

 互いに銃口を向けては、発砲直前に相手に捌かれること数度。最期にはそれぞれの額に銃口を向けることになる。

「残弾は……」

「互いに一発……」

 ガチン。起こされる撃鉄。

「……もしかして、ボク達とは違う方法でこの世界(ここ)に?」

「さあ。ただ、気が付いたらこの身体(・・・・)に憑依していたので。……だから!!」

 右手で引き金を、左手で相手の銃口を握る。原作や中の人間は違えど、拳銃使いとしての本能からか、互いに同じ行動を取ってしまう。

 発砲の後、交差する腕を解く様に広げる。その反動で、互いの銃を奪い捨てた。

「だから殺さなきゃ、生き残らなきゃ……この夢が終わっちゃう!!」

「だからって!!」

 衝動的に繰り出されたであろう拳を、キノは両手で防いだ。そのまま攻撃を受け流した勢いに乗り、

「がっ!!」

 鋭い肘打ちを鳩尾に見舞った。その一撃で呼吸がえずく天道琉朱菜に圧し掛かって一緒に地面に倒れたキノは、倒れたまま右足に仕込んだナイフを抜き、逆手で構えて突き刺そうとする。

 天道琉朱菜はその腕を掴み、刃が届かない様に堪えてくる。キノも左手をナイフの柄に当て、更に押し込もうと力を入れていった。

「やめてよ……この世界じゃなきゃ駄目なの!! 前の世界じゃ私は――」

 パパパパン!!

「恨んでくれてもいい……あなたが前の世界でどのような目にあったのかは知らない。でも……」

 力が抜け、キノの腕を掴んでいた天道琉朱菜の手が解けていく。口からはもう言葉が出ず、代わりに逆流した血液が漏れ出ていた。

 ノリンコ社製87式ナイフピストル。ナイフ形の拳銃であり、もし彼女が冷静であったのなら、柄に見える銃口に気付いただろう。

 しかし、こと切れた天道琉朱菜、いや彼女に転移(憑依)した人間は死んだ。相手が死んだのか、それとも前の世界に戻ったのかは分からない。

「それでもボクは……生きたいんだ」

 ナイフを捨て、代わりに『カノン』を拾いに行くキノ。その目はもう、彼女を襲いに来た拳銃使いを見てはいなかった。

 

 

 

「ヒャーッハッハッ!!」

「くっそ何なんだよ一体!! 上条さんが何をしたって言うんだよ!!」

 ベクトル操作。とある世界の学園都市、最高峰の超能力者である白髪の男、一方通行(アクセラレータ)が最強である証。

 あらゆる力のベクトルを操作する白い悪魔の爪から逃れるよう、上条は駆け出した。

「ああくそ、不幸だぁ~!!」

 しかし、一撃を避ける上条だが、その動きは相手から距離を取ろうとしたものである。それ自体が悪手だと気づかないまま。

「嫌無理だろこれ、どうやって倒したんだよ『上条当麻』はーっ!!」

 そう、彼なら倒せるのだ。最強の超能力だろうが、偉大なる魔法だろうが、それが異能ならば全てを打ち消す、最強(最弱)の右手があるのだから。

「ハア……ハア……」

 ただし、今の使い手にその覚悟はなかった。

 土産を捨て、荷物も手放し、息も絶え絶えに地面に倒れこむ上条。その姿を眺めながら、一方通行(アクセラレータ)はゆったりと近づいてくる。

「無様だなァ、おい。……オマエ、本当に『上条当麻』かよ」

「るせぇ……いきなり襲いかかってきやがって……」

 口からこぼれる泡を腕で拭い、上条はゆっくりと立ち上がった。

「その言い様……やっぱり転生者か。何だって俺を襲った? ある意味仲間だろうが!!」

「……仲間ァ?」

 耳障りな笑い声が上条の鼓膜に響く。赤い瞳を持つ男は上条を見下す様に顔を傾げる。

「くっだらねェなァ。せっかく超常の力を手に入れたンだぜ。だったら楽しもォってのが人間だろうがよォ」

「な……」

 上条は絶句した。しかし、すぐに納得してしまう。

『原作アンチ』という言葉がある。原作のストーリーを破壊して楽しむ手法だ。しかし、それは同時に世界を敵に回すということだ。よっぽどの能力(チート)でもない限り、実行に移すという考えが現実に起きるわけがない。

 だが、それは世界(・・)を敵に回した場合の話だ。

(こいつ……同じ転生者に矛先を向けているのか!?)

 原作外ならばこの世界の住人、立派な魔法使い(マギステル・マギ)達に知られることはない。いや、例え知られても先に接触してしまえば、どちらが()なのかはあっさりとでっち上げられてしまう。

 つまり……原作知識を持って立ち振る舞いに気を付けてしまえば、誰でも正義の味方(・・・・・)の振りをすることができるのだ。

「適当に転生者をぶち殺して、そいつを手土産に麻帆良に凱旋だ。まァ、綺麗事が好きな連中みたいだし、半殺しでも十分か」

「……やってみろよ」

 上条は拳を構えた。震える拳を力任せに抑え込みながら、眼前の一方通行(アクセラレータ)を睨み付ける。

「震えてるぜ、上条くンよォ。……オマエ、戦ったことがないだろ?」

「ああそうだよ。平和に暮らしてたってのに……なんだって襲ってきた!!」

「ああ、気にすンなよ。ただのついで(・・・)なンだしさ」

「……ついで?」

 一瞬呆けてしまう上条に、一方通行(アクセラレータ)は肩を竦めて語り出した。

「そォ、この身体に憑依したのはイインだが、完全に転生するには別の(・・)奴を殺さねェと駄目なンだと。まァ詳しィことは聞いちゃいないが、この身体の性能テストには、丁度イイだろうが」

「そんな、理由で……」

 絶望が襲う。前世で不良に絡まれていた時の比じゃない。

 圧倒的な能力と独善的な動機が白い悪魔を動かす。上条に逃げ道はなかった。

 

 

 

 だからこそ、上条は覚悟を決めた。

 

 

 

「そんな理由で、死んでたまるかぁ!!」

「はっ、こいよ転生しただけの三下がァ!!」

 

 

 

 



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第16話 両手を握る覚悟 Vol.03

 上条は必死になって近づき、右手をぶつけようとする。

 彼の右手に宿る力は幻想殺し(イマジンブレイカー)、触れてしまえば相手は能力を使えなくなる。原作でもそれで拳を叩き込んでいた。

 けれども、その知識は相手も持ち合わせている。一方通行(アクセラレータ)は軽く地面を蹴るだけであっさりと距離を置いてしまう。そしてさらに蹴りを叩き込み、地面をめくり上げた。

「すげェよなァベクトル操作って……こンなこともできるンだからよォ!!」

 襲い掛かる土の腕に、上条は右手を当てて打ち消そうとする。

 しかし、上条の持つ力は右手だけじゃなかった。

「どォしたァ、土は幻想じゃねェぜ」

 実際には初めて使う、原作と違ってオンオフできるようにしてあるとはいえ、この能力は凶悪過ぎてあまり使う機会がなかった。いや、覚悟がなくて試しに使うことすらしてこなかった。

(……るかよ)

 それでも上条は使うと決め、右手でベクトル操作の支配を解いた土塊に左手を触れた。

(……こんなところで、死ねるかよぉおおおお!!)

時計屋(ウォッチメイカー)!!」

 その左手は、土塊を一撃で分解した。

「なっ!!」

 その能力(チート)の名は『時計屋(ウォッチメイカー)』、『AREA D 異能領域』の登場人物、飯田悟(いいださとる)が持つ、左手で触れた物を瞬時に分解する能力だ。

 実際は触れるだけで分解する凶暴な能力だが、上条は左手で直接触れてから念じることで分解できるようにしてある。

「ぅううらああああああああああ…………!!」

 その力を持って、上条は突き進む。

 土塊を分解しながら突き進んだ先に、一方通行(アクセラレータ)が立ち尽くしていた。それに構わず、上条は右手を握って振りかぶる。

「なめンじゃ「うらぁ!!」――がふっ!?」

 原作通りに、上条当麻(主人公)一方通行(悪役)を殴り倒した。しかし、そこからは彼らの物語だった。

「……やれよ」

「っ……!!」

 右手は一方通行(アクセラレータ)の首を掴んでいる。力を入れれば相手を窒息に追い込めるだろう。いや、左手を使えば一発で終わるはずだ。

 殺すだけならば。

 上条は内心で葛藤する。このまま殺していいのか、と。

 殺さなければならないのか?

 殺さなくてもいいのではないのか?

 今迄人を殺すという発想がなかったために、上条の行動はそこで停止してしまう。

「なァ、知ってっかァ? 戦場で二番目に死にやすい奴はなァ……」

 だからこそ気付かなかった。

 

 

 

「『殺すかどォか迷う奴』なンだって――」

 ダァン!!

「よ、ォ……」

 

 

 

 学園都市の能力者第一位に転移(憑依)した人間が後ろ腰に隠した自動拳銃を握ったことや、

「よく知ってるよ……そんなことは」

 今生での妹が容赦なく、自らが抑えていた襲撃者の頭蓋を撃ち抜く為に銃口を向けていたことに。

「兄さん、大丈夫?」

「…………」

 硝煙が残る『カノン』を一度振り、煙を絶ってからホルスターに戻したキノは、その右手を上条に伸ばした。手を貸すつもりだったが、一向に相手から手が伸びる気配はない。

「……兄さん?」

「……んで、」

 上条が呟く。

「何でお前は、簡単に……人を殺せるんだ?」

 見上げる眼差し、上条に冷めた眼を向けられながらも、キノは平然と答えた。

「それは……前世で人を殺したことがあるからだよ」

 上条が見つめる中、キノはしゃがんで目線を合わせながら話していく。

「家庭内暴力が絶えない家でさ、ある日母さんに暴力をふるっていた父さんの背中を、包丁で刺したんだ。一応は情状酌量とかで放免にはなったけど、殺しの罪は消えなかった……」

 視線が交わる中、二人は顔を逸らさずにいた。

「いつまで経っても、人殺しの過去は消えなかった。向けられるのは過去に対する憐憫か、過去を責めたてる批難か。どっちにしても、前科のある人間に対して、他人の目は冷たいんだ」

「……それでも、お前は生きたいのか?」

「生きたいよ。人間だからね」

 キノの即答に、上条は漸く顔を上げる。

「兄さんは違うの?」

「……そうだな。悪い、助かった」

「いいよ。人殺しには変わりないんだし」

 漸く立ち上がり、一方通行(アクセラレータ)の死体から離れた二人は互いの状況を話し合った。

「うわ、見たかったおっぱ「兄さん」――……ゴホン、まあ二人共無事で良かった。うん」

 キノのジト目に対して、上条は咳払いして誤魔化す。事情は分からないが、状況は大体飲み込めてきた。

「にしても憑依系の転生者か。完全に転移する為に俺達を殺そうとするなんて、どんな事情だか……」

「そうだよね。なんでボク達を殺すとそうなるんだろう……って、兄さん?」

 腕を組んで悩んでいると、ふと上条の顔が青ざめていくのを見て、キノは不思議そうに問いかけた。

「どうしたの?」

「……なあ、狙いは俺達(・・)って、言ってたよな」

 上条が首を振る。見つめている方角を見て、キノも漸く事情を飲み込めた。

 

 

 

「もしかして、俺達転生者(兄妹)だけじゃなく、転移者(泉達)も含まれているんじゃ……!!」

 

 

 

 時は戻り、上条が運営する喫茶店では泉達が店内の掃除をしていた。

「……というか、せっかくの休日に何やってるんだろうね、私達」

「そういうのは掃除してから言えっ!!」

 モップ掛けをする(かがみ)のツッコミにもめげず、泉はスマホ片手にアプリゲームをしていた。そんな様子を(つかさ)と高良は食器を片付けながら微笑ましげに見ている。

 春ではないとはいえ、陽だまりが心地よい店内では穏やかに時が過ぎていた。

「そう言えばこなちゃん」

「ん~なに~?」

 食器を片付けた(つかさ)が泉に近寄り、テーブル席の向かいに着く。

「最近上条君とよくそのゲームしてるけど、面白いのそれ?」

「面白いかもね~若干頭使うけど、運に左右される要素少ないし」

「そうなんだ~私もやってみようかな~」

 片付け終えた高良も興味を持ったのか、泉達の元へと向かっていく。どうやら何のゲームか聞こうとしているらしい。

「……いやちょっと待て。なんか今一瞬ありえないところからラブ臭が――」

 等と(かがみ)が反応した時だった。カラン、という呼び鈴と共に誰かが店に入ってきたのは。

「あ、すみません。今日は定休日でして……」

 手早く対応しようとするも、その外見に圧倒されてしまう。

 褐色の肌にサングラス、特に目立つのは顔に刻まれた×字の傷跡だった。

「……傷の男(スカー)?」

 それは、錬金術師を狩る者だった。故郷を壊され、家族を殺された恨みを晴らさんが為に、自ら修羅と化した男と同一の存在だった。

 突然の来訪者、それも予想外の人物に思わず呟く(かがみ)だったが、振り上げられた右腕を見た途端、視界が突如反転した。

「……って、なにすんのよっ!?」

「いやかがみん床見てっ!!」

 スマホを捨て、席から跳ね降りた泉が勢いのまま(かがみ)の肩を掴んで引き戻したのだ。そうしなければ、掌底で貫かれた床板の様に彼女も砕けていただろう。

「錬成痕があります。本物の錬金術……まさか、私達と同じ――」

「じゃあなんで私達が襲われなきゃいけないのよっ!?」

 突然の訪問者、しかも転生者らしき人物の襲撃に誰もが委縮した。

「――ヒュッ!!」

 傷の男(スカー)の攻撃に唯一反応できた泉以外は。

 (かがみ)から離れた泉は元々座っていた椅子の足を掴んで傷の男(スカー)に投げつけた。その椅子の陰に隠れながら身を低くして駆け抜ける。

「……フン」

 軽く息を吐いた傷の男(スカー)は右手を振って投げつけられた椅子を、右腕に刻まれた錬成陣を作動させて分解した。その分解された残骸に紛れながら、泉は相手の脛に容赦なくスライディングキックをぶつける。

「……って固っ!!」

「こなちゃんっ!?」

 何か仕込んでいるのか、それとも筋肉量の違いか。

 泉の蹴りは効果を見せず、逆に体勢を崩してしまい、身動きが取れなくなった。そこへ容赦なく、傷の男(スカー)が繰り出してくる。

「死ねっ!!」

「直接的すぎるっ!!」

 腕(ひし)ぎの要領で右手から逃れた泉だったが、そのまま腕にしがみつく前に振り解かれてしまう。

「ぎゃふっ!?」

『(こなた・こなちゃん・泉さん)っ!?』

 背中から叩きつけられてしまい、泉は目を回しながら床に崩れ落ちてしまった。追撃する為か、傷の男(スカー)がゆっくりと近づいてくる。

「こなちゃん逃げて~!!」

 (つかさ)が叫ぶも、泉は目をしばたかせている以外は、一切の身動きを取っていない。先程の衝突で脳が揺れてしまったのだろう。

 まともに動けない泉目掛けて、傷の男(スカー)は右手を構えた。

「死ねっ!!」

 降り降ろされる破壊の右手を見て、(つかさ)は目を瞑るが、一向に泉の断末魔は聞こえない。代わりに聞こえてきたのは、金属が擦れる金切り音で……。

「……こなたにっ、私の大事な友達にっ!」

 (つかさ)が目を開けると、前世でも双子の姉だった(かがみ)が、自らの右手から伸ばした、先端に鉤爪の付いた鎖で傷の男(スカー)の右腕を拘束していた。

 更に(かがみ)は、伸ばしていた右中指の隣の薬指も立て、もう一本、先端に球が付いた鎖を具現化(・・・)させる。

 

 

 

「――手を出すんじゃないわよっ!!」

 

 

 

 その球は迷わず傷の男(スカー)の顔面にぶつけられた。

 よろける傷の男(スカー)に構わず、(かがみ)は叫ぶ。

「みゆき、そいつ吹っ飛ばしてっ!!」

 (かがみ)の声に硬直が解けた様に、高良は一度両手を合わせてから、しゃがんで床に触れた。

「錬金術を使えるのは、あなただけではありませんっ!!」

 錬成反応の光と煙が発生し、中から飛び出した角柱が傷の男(スカー)の腹に激突し、その勢いのまま壁を突き破って店の外へと吹き飛ばした。

 傷の男(スカー)が店の外に出たのを確認してから、(かがみ)は鎖を一端戻し、(つかさ)に駆け寄ってその手を引く。

「もう大丈夫だから、つかさ。……こなた、無事!?」

 二人して駆け寄ると、丁度泉も回復したのか、軽く頭を振りながら、上半身だけを起こした状態で返事をする。

「いやぁ、助かったよかがみん。まさしくツンデレの「うるさいわっ!!」――オォウ、まだ響く~」

 泉の無事を確認してから、(かがみ)は店の壁に開いた穴を、その向こうで伸びている傷の男(スカー)を見つめる。

「それにしても何なの、あいつ」

「まったくだよね。あそこはせめて『神に祈る間をやろう……』って言って欲しかったかな……」

「死に掛けといて何をのんきなっ!!」

 そうこうしている内に、傷の男(スカー)の方でも動きがあった。どうやら気絶しなかったらしい。すぐに起き上がる気配がする。

「ああそうこうしている間に!!」

「みゆきさん、ショットガン!!」

 頭を抱えて叫ぶ(かがみ)の横で、泉は高良に指示を飛ばした。高良は厨房スペースに置いてある上条のウィンチェスターM1897(ゴム弾装填済み)を手に取る。

「泉さんっ!!」

「ほいさっ!!」

 投げ渡されるショットガン。

 泉はポンプアクションで弾丸を薬室に送り、銃口を傷の男(スカー)へと向ける。

「……一発だ」

「それ『アリソン』の方!!」

 (かがみ)のツッコミを合図に、泉は引き金を引いた。吐き出されたゴム弾は狙い違わず傷の男(スカー)の脳天に激突し、再度吹き飛ばしてしまう。

「……やっぱりショットガンは散弾(スラッグ)じゃないと気分でないね」

「だから言ってる場合かっての」

「かがみ的には嬉しくないの? 種類は違えど、相良君と同じショットガンなのに」

「……言わないで。最初アーム・スレイブ(アーバレスト)頼もうとしたのに、断られた記憶が蘇るから……」

 とりあえずとばかりに、四人は店の外へと出た。無論、傷の男(スカー)は高良の錬金術で遠隔で地面を伸ばし、固めて拘束した上でだが。

「……で、こいつどうするのよ?」

「目的が分からないと、なんとも言えませんね……」

 とはいえ、このままにしておけば、また襲われるかもしれない。

「しょうがない。とりあえずかがみ、律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)でも打ち込んで……つかさ後ろっ!!」

 泉が(かがみ)の方を向いた時、傷の男(スカー)に怯えて距離を取っていた(つかさ)が視界に入った。

 同時に、(つかさ)の背後の空間が光るのも見え、思わず叫んだのだ。

「えっ、どうしたのこなちゃん?」

 後ろを向く(つかさ)

 

 

 

「――頂いたよ。その能力(ちから)

 

 

 

 そして、光の中から現れた男が手を伸ばし、(つかさ)の顔に指を差し込んできた。




*お知らせ*

 感想欄に【質問】と入れてから、書かれた質問に関しましては内容を問わず必ず返信します。ユーザーも通りすがりも問いません。それどころか問答無用で、最新話の後書きに質問と回答をコピペして掲載していきます。
皆さん、どしどし応ボッ!?

シャーリー「……いいから勉強しろ」

 ちょっとした気晴らしなのに……

シャーリー「……後騙されるな。こいつは昔、自称『読者の敵』を気取ってた馬鹿だぞ。つまり面倒臭い質問に対しては全部『ざまぁ』って返すに決まってる」

 失礼な。まともな質問には必ず丁寧に返しますよ。ふざけた内容に関してしか言いません!!

シャーリー「……やっぱり言うんだなおい」

 メッセージや活動報告のコメントでも問題ありませんが、確認が遅れる場合もあることをご了承ください。
 というか、活動報告もコメント返しした方がいいのでしょうか?
 あそこまで来るとは思ってなかったので、気が付いたら三件もあったんですが。

 まあなんにしても、もう少し余裕ができれば他の小説也書きたいと考えていますので。これからも拙作を宜しくお願い致します。では







(……ネタバレに関しては『今後の活躍に期待して下さい』と返そうとしていたのはセーフだよな?)


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第17話 両手を握る覚悟 Vol.04

 一瞬だった。

「ぁ……」

 抉り出された眼球が栓であるかの様に、鮮血が吹き荒れている。

 (つかさ)の血液に塗れながらも、その男は抉り出した二つの眼球を指先で弄んでいる。

 誰も声を上げられなかった。抜き取られた(つかさ)は勿論、その異常な光景に圧倒された泉達も。

「……ふむ。魔眼の類だと当たりはつけていたが、なかなか使えそうだね」

 紫の長髪が目立つ男だった。スーツの上に白衣という在り来たりな科学者スタイルだが、(つかさ)から身体の一部を奪った右手には赤いラインと金属の爪が際立つ黒いグローブを身に着けていた。

「さて……他に必要な能力は――おっと」

 パチン、と指を鳴らすことで男は結界を張った。

 前方に張られた魔力の壁がゴムの銃弾を、鎖を、土の角柱を次々と防ぐ。

「さて、錬金術は既に持っている。クラピカの念能力もそこまで必要ではない。後は……」

 男が見つめるのは泉だった。その視線を遮る様に(かがみ)と高良が並んで立つ。

「確か……『地球(ほし)の本棚』だったね。君の能力は」

「……だったら何?」

 ジャコン、とハンドグリップを前後に動かす泉。合わせる様に(かがみ)と高良も身構えている。

「これでも結構ブチ切れてるんだよ。……だから」

 泉は銃口を向け、シールドに阻まれるのも構わず発砲した。

『つかさ(さん)から離れろ(て)っ!!』

 防がれる銃弾、だが予定通りとばかりに、泉はウィンチェスターM1897を男に向けて投げつけた。

「っと」

束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)!!」

 それを隠れ蓑に、(かがみ)は中指を伸ばし、先端に鉤爪のついた鎖を具現化させて全身を包む様に巻き付けさせた。しかし、男の張る結界が邪魔をして縛り付けることができないでいる。

「これでっ!!」

 高良は両手を合わせてから地面を叩き、巻き付けられた鎖を抑えるために反発しているシールドの間を通す様に円錐の塊を伸ばした。

「これはまずいかな……」

 男は再度指を鳴らし、(つかさ)の背後を取った時の様に転移した。その為に壁が消え、突き出された円錐を鎖が縛って砕いてしまう。

 警戒して周囲を見渡す泉と高良の近く、(つかさ)の傍に(かがみ)はしゃがみこんだ。

「つかさしっかり!! すぐ助けるから、癒す親指(ホーリー)「かがみ危ないっ!!」――こなたっ!!」

 咄嗟に庇った泉の腹を、褐色の腕が貫いた。(かがみ)の声を聴き、その光景を見た高良は両手を叩いて傷の男(スカー)に駆け寄る。

「……ああああ!!」

 その錬成が何を意味していたのかは分からない。

 しかし、高良の突き出した左手は、咄嗟とはいえ傷の男(スカー)を絶命させるには十分だった。

「おっと、惜しかったね」

「ああ……っ!?」

 恐らく、男にとっても傷の男(スカー)の強襲は予想外だったのだろう。本来ならば不意打ちで仕留めようと出現して繰り出していた魔力の糸は、高良の足を切断するだけで役割を終えた。

「みゆきっ!!」

「だいじょ、ぶ、です……」

 大丈夫じゃないのは見て取れた。太腿から溢れ出る大量の血液を見て、高良が泉や(つかさ)と同じ様に瀕死だと察し、(かがみ)は三人を無理矢理抱え込む。

「やれやれ……まあ、そこまでして欲しい能力じゃないから、別にいいか」

 肩を竦める男を(かがみ)は鋭く睨み付けるも、相手は構わず指を伸ばした。

「じゃあそろそろ……失礼するよ」

 鳴らされた指。そこから奔る火花を見て、(かがみ)は咄嗟に鎖を伸ばし、自分達に巻き付けた。鎖を幾重にも重ねて、少しでも壁にするように。

「やめ――!!」

 男の言葉と仕草を見ての判断だが、正解だったらしい。

 男の熾した焔の錬金術が、(かがみ)の鎖ごと周囲を焼き尽くした。

 

 

 

「……ぅ」

 (かがみ)が目を覚ますと、自らの右手が火傷で黒く焦げ、皮膚が爛れているのが見えた。次に目を移すと、眼球がなく、暗い眼差ししかできなくなった(つかさ)がいた。そこから命の息吹を感じることは、もうない。

 その元凶たる男は既に姿を晦ませ、視界には映らなかった。

「ぁ……」

「かが、み、さん……」

 声のした方を向く、先に気が付いたのか、高良が泉の腹部に手を当てていた。既に呼吸を止めた(つかさ)と違い、まだ辛うじて、呼吸をしているのか、少量だが口元から血泡が湧いている。

「つかさ、さん、は……?」

「もう……こなたは、まだ?」

「それも、もう……」

 それは残る二人もだった。

 高良も出血多量で意識が朦朧とし、(かがみ)も腕から身体の右側を見てみれば、火傷が上半身に侵食していた。

「……ねえ、みゆき」

「分かって、ます」

 パン、と手を合わせてから高良は地面に流れている血液に触れた。その血液は錬金術の錬成により流動し、彼女達四人を中心にした巨大な陣を描いていく。分かる人が見れば、こう答えるだろう。

 ……人体錬成の陣だと。

「未だ、魂が残っていれば……いいですか?」

「いいに、決まってる」

 (つかさ)は息をせず、泉の意識は生死の境を彷徨っている。

 この場の決定権は、(かがみ)と高良に委ねられていた。

「前世から、も。これから、も……ずっと一緒よ」

「もちろんです。たとえ……」

 高良は手を合わせた。

「……どんな形であっても」

 まるで、神に祈る様に……

 

 

 

『よう、初めまして。そっちは久しぶりだな』

「はい、ご無沙汰しています。転移した時以来ですね」

 白い空間の中、その中心に聳える巨大な扉の前に、人型の輪郭が浮かんでいた。そこから聞こえる声に高良は頭だけ下げて挨拶した。

『それで』

 人型の輪郭をした何かは、親指で後ろを指すような仕草をして、高良達に問いかけてくる。

『後ろの扉を一緒に使っても……助けられるのは辛うじて一人だけだが、どうする?』

「やっぱりそうですか……」

「まあ、いいじゃない」

 高良がぼやく中、(かがみ)は自らの膝に泉の頭を置き、(つかさ)を横抱きに引き寄せた。

「もう答えは決まっている、でしょう?」

「ええ……前世ではお世話になりましたから」

 高良は泉の頭を撫でた。

「ほんと、いつも無茶苦茶やってさ。私達引っ張りまわして、無理矢理楽しませて……」

「だから転移しても、ずっと一緒にいようとこの姿を選んだのですよね」

「うん。だから死んでも……ずっと一緒」

 その手は慈愛か、それとも無慈悲なる選択か。

 (かがみ)達は、再び冥府への扉を開く道を選んだ。

「敵討ちなんていいから……最後まで生きてね」

「さようなら。また、死後の世界で会いましょう」

 そして高良は、手を合わせた。

 

 

 

「……じゃあね。こなた(・・・)

「また、お会いしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上条達が駆け付けた時には、既に全てが終わっていた。

「店もボロボロ、ここにいるのはハガレンの傷の男(スカー)こなた(・・・)だけ……」

「襲ったのは死んでいる傷の男(スカー)か? じゃあ柊達は他の奴に……」

「もしくは……」

 (かがみ)達を除けば、ここ数ヶ月で聞き慣れた声が耳朶(じだ)を叩き、泉の意識を覚醒へと促した。

「ぅ……」

「気が付いたか泉っ!!」

「兄さん、落ち着いて。……こなた、意識ははっきりしてる?」

 上条当麻と、その妹として転生したキノ。ぼやける視界の靄が晴れ、その姿をはっきりと視認した泉は、細めていた目をゆっくりと開けた。

「……あ、上条君。キノさんも」

「無理して話さなくていいから。……兄さん、そのまま支えてて。エルメスから鞄を取ってくるから、枕代わりにしよう」

「分かった」

 少し離れたところに停めているのか、キノはエルメスの元へと駆けて行った。その手に握られた『カノン』を見て、覚醒よりも早く、泉の脳内に先程迄の記憶が駆け抜けていく。

 

 ――突如来訪した傷の男(スカー)

 

 ――砕かれていく店内、

 

 ――(かがみ)の鎖と高良の錬金術、

 

 ――自らが放ったショットガンのゴム弾頭、

 

 ――(つかさ)の眼球を抉ってきた魔導士の男、

 

 ――辛うじて見えた焔と繭の様に包んできた鎖、

 

 ――そして……

 

「ぁ……」

 

 そして、死んでいった泉の大切な――

 

「……っ」

 詳しくは未だに分からない。けれども、上条は泉の頭を自らの身体に促した。

「――ぁああああ!! ああああ……!!」

 ただ泣いているのか、ただ叫んでいるのか。

 慟哭する泉を、上条は静かに見つめていた。そして悟る……もう二度と、

 

 

 

「ああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

 もう二度と、(かがみ)達には会えないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日。上条は店の近くに穴を掘っていた。

 傍らには三つの亡骸が横たわり、シートを被せられている。

 壁や床に穴が空きはしたが、二階の住居スペースに支障はなく、今も泉が部屋の中で寝ている筈だ。キノも一緒の部屋に居て寝ているか、寝られずに銃器を弄っているかもしれない。

『ねえ、なんで穴を掘っているの?』

「……分かんねえ」

 店の壁際に停められたエルメスから質問が投げられるも、上条は答えられずにいた。その間も、穴を掘ることを止めなかった。

「ただ、人間でいたいからかもな」

『穴を掘ることが、人間でいられることなの?』

「正確には……墓を作ってやること、かな」

 ザクッ、とスコップを地面に突き立て、上条は軽く伸びをした。

 そのまま自らが掘った穴の底で腰掛け、背中越しにエルメスに言葉を投げようと、思考を巡らせていく。

「もしこいつらを放置したら、俺もこいつらや、こいつらを利用しようとした奴と同じ、人を人とも思わないろくでなしになってしまう気がして、仕方ないんだよ」

『ふぅん。人間って、面倒くさいんだね』

「その通りだよ……だから」

 上条は静かに、だか力強く、両の拳を握り込んだ。

「人間だから……自分自身が許せない。もう」

 彼は叫ぶ。

「もう……守れないなんてのはごめんだ!!」

 拳を地面に叩きつけ、上条はそのまま立ち上がった。

「そいつが、そいつらが何を考えているのかは知らない。死んだ連中が敵討ちを望んでないのかもしれない! だがそれでもっ!! 止めなきゃいけないのは分かってるんだっ!!」

 上条は拳をぶつけ合わせた。まるで、自分に自信を持たせるかの様に。

「この世界に『上条当麻』はいない。俺が上条当麻(・・・・)なんだ。だったらなってやる……『上条当麻』の様な英雄(ヒーロー)にっ!!」

『何言ってるの?』

 上条の決意に水を差すタイミングで、エルメスはツッコミを挟んできた。

 

 

 

『もう、この世界に英雄(ヒーロー)ならいるじゃん。『ネギ=スプリングフィールド』っていう英雄が』

 

 

 

「……それだ」

 エルメスの言葉を無視した上条の脳裏に、一つの答えが浮かぶ。

「この世界が何処か知っているのなら、魔法使い達に必ず接触する筈だ。一方通行(あいつ)の言う通り、善だろうと悪だろうとこの世界を知っている時点で……相手より優位に立てる」

『もしもし?』

 上条は穴から這い出て、次々と死体を丁重に穴の底へと並べ直した。朝から続けていた作業だが、日暮れまでかけて穴を埋め、墓標代わりの木材の十字架を建ててから、店の中へと入っていく。

「あ、兄さんお疲れ。ご飯出来てるよ」

「ああ……泉は?」

「あそこ」

 店の厨房に立っていたキノはフライパンを振りながら食材を炒めていた。その様子を離れた席から、毛布を被った泉が眺めていた。いや、ただ目を向けていただけかもしれない。

 その目には、おおよそ生気が感じられないのだから。

「……お前の不味い飯も久しぶりだな」

「兄さんの貧乏臭い料理よりかは量があるよ」

「舐めるな。それでも味は上条さんの方が上だ」

 厨房スペースに入った上条は、冷蔵庫から飲み物を漁りながらキノにだけ聞こえる声量で話しかけた。

「……俺、麻帆良に行ってくるよ」

「理由は?」

 心なしか、調理音が騒々しくなった気がする。

「あいつ等をけしかけた奴、いや奴らかもな。とにかく、どのタイミングかは分からないけど、必ず主人公達と接触する筈だ。いや、もう接触しているかもしれない」

「……敵討ち?」

「それ以前だよ」

 上条はペットボトルを取り出してから、冷蔵庫を閉める。しかし蓋を開けないまま、指の間に挟んでぶら下げていた。

「またあいつ等が来るのを怯えて待たなきゃいけないのか。そしてまた何も守れずに悔やむのか? ……俺はもうごめんだ」

「今度こそ死ぬかもしれないよ。実際、兄さん死にかけてたし」

「かもな。……だが、何もしないよりはましだ」

 上条はふと、一丁の自動拳銃が置かれているのを見つけた。一方通行(アクセラレータ)が使っていた自動拳銃である。

「なあ、これ何て言う銃だ?」

「んー、確かVP70だったかな。多分エルメスの方が詳しいと思うけど」

 どのような心境かは分からないが、上条はその銃、VP70を持ち上げてベルトの後ろ腰部分に挟んだ。

「それ持って囮なら無理だよ。発信機の類はなかったし」

「けど普通に使えるんだろ? ならそのまま使うさ」

 今度こそペットボトルの蓋を開け、上条は一息に飲み干した。

「明日の朝、行ってくる。……泉のこと、頼むな」

「……気を付けて」

 こうして上条は、翌朝麻帆良へと向かうことを決意した。

 

 

 

 そして更に翌朝。

「私を置いていくとは何事かっ!?」

「とらはっ!?」

 決意たっぷりに歩き出そうとした上条の背中を、泉が毛布を被ったまま蹴り飛ばしたのであった。

 

 

 

 




 未だに感想が増えない……どうも、作者です。以下は活動報告の内容と同一のものです。



 以前初めて『魔法反徒ネギま』シリーズを投稿した某サイトが潰れて早数年、いやもう五年以上が経っているんだっけ。
 まあいい。私にとっては昨日の出来事だが、君達にとっては明日の出来事だ!!
 ……失礼、厨二に走りすぎました。

 とにかく、試験が終わり、有効期限が近い売却不可の年次有給も消化しようと計画している今、溜まっている小説を読むか、溜まっているネタを書きまくろうと画策しています。

 ただ、これだけはハッキリ言えます。
 色々言ってますけど、意外と感想とかコメントとか貰えると結構嬉しいんですよ。まあ、かつての某サイトの時みたいに大量に来るのもどうかと思いますが……あれはあれで嬉しかったのですが。
 しかし、当時の某サイトは本当にひどいものでしたよ。人が書いている小説に対して、自分で書く気もない批評家気取りの馬鹿が平気で『気持ち悪い』とか感想に書いちゃうのが多くて、あっさり消えちゃう人が多かったですから。
(でも消えた人の書いたらしき話が書籍化しているのを見つけたのですが……見る目も馬鹿だったのでしょうね。その批評家気取りは)
 それで、まあ……当時は若かったのでしょうね。その人に対して以下のセリフを茶々丸に言わせてみたんですよね。

茶々丸より
「皆様。いつも『ネギ、ま? え、これ二次創作でいいの!?(仮)』を拝見頂き、ありがとうございます。好評、酷評は全て拝見させて頂きましたが、その上で、皆様に諸注意があります。
 そもそも皆様は気付いておられますでしょうか? 小説情報のキーワードに記載されているものの一つ、『原作アンチ以前の問題』というものを。これはこの作品の根幹を示しているものです。ぶっちゃけてしまうと、この作品は原作全般を一切無視しています。いい意味で。
 この作品は『そういうもの』だという感じで読んで貰えればいいと思います。いい意味で。というわけで第05話、一つ的を射た感想に驚愕している作者を無視して、どうぞご覧下さい」

 ……そう言えば、タイトル決まってない内は『ネギ、ま? え、これ二次創作でいいの!?(仮)』で書いてましたね。いや実に楽しかったです。
 少なくとも、小説なんて読む方も書く方も、面白ければそれでいいと思うんですよね。創作活動なんてエゴのぶつかり合いなんだよ。オリジナルだろうと二次創作だろうと、楽しければそれでいいんです。

 つまり何が言いたいかというと……これからも好き放題書いていきますので、面白かったら感想、コメント頂けたら幸いです。活動報告もコメントを頂けた時は嬉しかったです。

 というわけで、今後ともよろしくお願いします。事故には気を付けてください。それではまた。



(……どちらかというと、UA数が増えることが一番嬉しいんですがね)


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第18話 過去編飽きたBy作者 ……飽きるなByシャーリー

「……とまあ、紆余曲折あったが。キノが一人で旅行がてら斥候(斥候がてら旅行)して、俺達二人がこの店拠点に例の転生者だか転移者だかを探っていたんだよ」

「この間を除けば、長谷川さんと出会った一件しか関わってないけどね。しかも今回と同じ捨て駒」

 上条達の過去話を聞き、妄想等と称せないレベルの凄惨な内容に、ネギと和美は、いつの間にか各々の得物から手を放している。

 唯一構えていなかった明日菜が、上条達に詰め寄って話しかけていた。

「なんなのよ、それ。私達が漫画の世界の中心人物(その主人公)だとでも言うの?」

「より正確に言うと、『魔法先生ネギま』っていう『ネギ=スプリングフィールド』が主人公の漫画が、だね」

「それってつまり……どゆこと?」

 途中で話がややこしくなり、明日菜がネギ達の方を向く。それに和美が分かりやすく解説した。

「要するに『ネギ君の人生』を中心とした物語を前世で見ていたって話。ネギ君から見たら、程度は違っても他の人間は『周辺のモブキャラ』でしょ?」

 和美は再びカップを傾けてから、軽く身体の凝りを解きつつ、説明を続けた。

 

 

 

 

 

「だから簡潔に言うと……この世界という漫画を読んだ人達は漏れなく、ネギ君の人生の一部を覗き見してたってことだったんだよ!!」

『なっ、なんだってーっ!!』

 

 

 

 

 

 叫ぶ和美。驚く明日菜達!!

「……お前も一緒に驚いてどうするよ」

「いや~、ここは乗っておくべきかと」

 明日菜と一緒になって驚いていた泉に上条がツッコむ。そしてネギは、若干顔を青ざめつつ上条達に問いかけた。

「それってつまり、僕の恥ずかしい秘密とかも……」

「ああ……」

 上条は立ち上がり、再びカウンターの裏に戻りながら、おもむろに言葉を放った。

「神楽坂がパ○パンだったりくまパンだったり、他にもクラスの面々がクシャミ喰らう度に脱げ女になってたり……生前は大変お世話になり『このスケベッ!!』――ぶばっ!?」

 明日菜、和美、泉のトリプルキックを受け、上条は吹っ飛ばされた。唯一の救いは、厨房スペースに入りきる前だったことだろう。調理器具が並んでいて危なかったので。

「いやだって男だからね上条さんも。そりゃ少年雑誌のファンタジー漫画とは言え、ラブエロコメコミコミの漫画読んでたらそんな感情持ってもおかしくないよね!? 実際同人誌とかじゃ「話が拗れるから上条君は口閉じてっ!!」――……すみませんでした」

 泉が制裁代わりにと顔面に再度蹴りを噛ましてから、同じく立ち上がっていた二人とネギに振り返って話しかけた。

「いや大丈夫だから!! もう原作終わってるから!! イベントだって後は『誰々が結婚した』って結果報告だけだから『えっ、誰が誰と結婚したか分かるのっ!?』――……流石にノーコメントでお願いします。というかもう、当てにならないからね」

 詰め寄る明日菜と和美を押し退け、泉は腕を組んで溜息を吐いた。

「どういうこと?」

「漫画原作が完結してるってのもあるけど、この世界は完全に別物の『平行世界』かもしれない、って話」

 泉が顎をしゃくらせて、とある壁の一面を指す。ネギ達がその方向に目を向けると、コルク製のボードが壁に掛けられており、そこには写真が幾つか張られていた。

「この世界には、別の『原作』も混ざってるんだよね……」

 

 

 

 それは、この店の歴史だった。

 スタンガンを突きつけられた男が、向かいに座る女性とハート型ストローで一つのドリンクを飲んでいた。

 煙草をくわえている千雨が、赤みがかった茶髪のあくび女や柔らかい茶髪だが雰囲気が怖い女、異常に胸が大きいが反比例してビビり気味の黒髪眼鏡の女達と雀卓を囲んでいた。

 金髪アロハと鼻輪ピアスの男達が上条を挟んで何かを叫んでいた。

 外見ギャルっぽい女性の膝に座らせられた泉が、そこから逃れようと暴れていた。

 店の前でエルメスを洗車していた筈のキノが、何故か水の出ているホースを片手に相棒を蹴り倒していた。

 他にもたくさんの写真があり、そして最後の一枚には、ケーキを前にした千雨を中心に、女性陣が固まって写っていた。

 

 

 

「最後のは長谷川さんの誕生日の時のね。そして……私はこの人達が『別の原作の登場人物』であることも、『平行世界の異次元同意体』であることも知っている。本当の原作なら『存在しない人達』である筈なんだよ」

「つまりもう、『原作以上の出来事が混ざっている』ってこと?」

 和美の問いかけに、泉は首肯した。

「後、決定打になったのは『魔法反徒ネギま』だよ。少なくとも、あんな映画を撮っていたなんて知らなかったし。……というか長谷川さんに隠れて見たけど、よく作る気になったね。あんなえげつない映画」

「それに関しては同意見だ」

 今迄黙って本を読んでいたエヴァンジェリンも、流石にこの話題に関しては会話を挟んできた。

「何言ってるのよ。あれこそ歴史に残る名作じゃない!!」

「『迷作』、ね。明日菜」

「『迷走』じゃなくて『迷惑』の方の『迷』だからな」

 エヴァンジェリンの言と共に、若干落ち込む明日菜の肩を叩く和美。ふと視界の端でネギが立ち上がり、コルクボードの写真を眺めているのを見つけた。

「千雨さん……笑ってますね」

 千雨が写っている写真は幾つかあった。中には呆れていたりする写真もあったが、それ以上に、切り取られた風景の彼女は、どこか楽しげだった。

長谷川(あいつ)……ネギ先生に感謝してたぜ」

 ネギが視線を降ろすと、上条が床に腰掛けながら話しかけてきた。

「もし引き籠もったままだったら……こんな人生、歩めなかったってさ」

「そう、ですか……」

「ついでに言うと、事情を知っている俺や泉達の前だと、ネギ先生達との話を延々と聞かされるな。俺達が原作読んでるって言っても、酒が入る度にさらに細かく解説した上でさ。

 言ったろ? あいつの昔話の大半は、あんたのことだって」

 前に言った通りだと告げながら、上条は立ち上がった。

「その上で、ってのも若干卑怯だが、それでも聞くぞ。敵について、俺達を殺そうとした奴について聞きたいか?」

「はい」

「即答かよ……」

 呆れる上条だが、逆に納得してしまう。

(むしろ、選ばれる(・・・・)程の人間だから、なのかもな)

 同じ物語でも、人によっては見方が違う。人が千差万別で、同じ存在がないように。例え別の世界であっても、同じ在り様で生きていくように。

 だからこそ、物語の主人公達は何処かが違う。その力が、姿が、言葉が、生き方そのものが、善悪を問わず人々を魅了する。それだけの存在だから……

 だから上条も、話すことに決めた。

「その男の名前は『ジェイル・スカリエッティ』……俺達と同じ転生者だ。転移か転生か迄は……もういいや、この世界に『転がり移って来た』ってことで、全部転移者で括ろう」

「また適当な……でもいっか、多分作者(どっかのだれか)も面倒臭くなってきただろうし」

 メタ発言自重!!

「あるアニメで『無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)』と呼ばれていた科学者で、分野は違うけど多分、下手したらネギ先生以上の頭脳の持ち主。出自はともかく、相応の頭脳を持って転移してきたのは間違いないね」

「そして、ここからは仮説だが……俺達を襲った三人は多分、あいつが生み出した人造生命(クローン)だ」

 上条はカウンターの裏から取り出した写真を三枚、表にして広げた。

 一人はアホ毛の目立つ幼女に引っ張られながらも杖を突いていた。もう一人は眼鏡を掛けた、よく似た人物と並んで買い物袋を抱えていた。そして最後の女性は――

「って!! まだ持ってたかっ!!」

「しまぎゃふっ!!」

 泉が上条の腹を蹴飛ばし、内容を察した和美が素早くその一枚だけを抜いて明日菜にだけ見えるようにした。それを見た明日菜も、ネギを睨んで近づけさせない様に牽制している。

「もっとまともな写真があったでしょ。友達と風船で遊んでいるところとかさ」

「いや、土御門の奴がこっそり売ってくれて……」

「はっはっは~これは盗撮ですお巡りさ~ん」

「ISSDAの神楽坂です。ご同行願えますか?」

 身分証を掲げる明日菜にガチ土下座をかます上条を無視して、事情をなんとなくだが察したネギは和美に問いかけた。

「もしかしてそれ、盗撮写真なんですか?」

「うん。温泉の写真なんだけど、丁度身体を洗っているところで、色々と不味いところが丸見え」

 パンパン、と手を叩いで話を中断させる和美。というかこの手の中断、あと何回すればいいんだよ、教えてくれ五飛。

「というか明日菜、ISSDAに警察的な権限なんてないでしょう。その手の担当は立派な魔法使い(マギステル・マギ)の方じゃん」

「いや、一回言ってみたかったのよね。後別口で権限持ってるわよ。緊急時しか使えないけど」

「じゃあ常に権限持ってる人に突き出してよ。一回捕まった方がいいって、この人は……」

 呆れ果てたまま指を差してくる泉のジト目に耐えられず、上条は蹲ってしまう。それに構わず、話を再開した。

「手掛かりになるかと思って調べたんだけどね。その当日は全員アリバイがあった。それ以前に、私達が住んでいた地域に入った形跡すらない」

「それって、植木耕助の時と同じ……」

「その通り」

 和美の発言を肯定し、泉は(残り二枚の)写真を指差した。

「スカリエッティが関与していたのは間違いないよ。複製方法は違うんだろうけど、植木耕助自体は長谷川さんと出会った一件で出てきた転移者と同じ様に消えたし」

 その最後を泉は思い出したが、すぐに頭を振って忘れた。

「違うのは自我の希薄さかな。前の時は傷の男(スカー)達と同じ憑依系の転移者だったけど、今回は最初から何かに操られていたような――ああっ!!」

 その一言を自らが呟いた時、泉は吠えた。

「そうだ思い出した!! 原作は雑誌も掲載時期も一緒じゃん!! なんで気付かなかったんだろう!!」

「おい、どうした泉?」

「どうしたの、こなちゃん?」

 あまりの変貌ぶりに、上条と和美は恐る恐る話し掛けるが、泉は気にせず捲し立てた。

「あれだよ上条君!! あいつが最後に見せた『魔王(まおう)』!! あれよく思い出したら『ディオ――』――」

 

 

 ――ドドォォオオオオンン!!!!

 

 

 

「『――ガ・』……ってあれ?」

 しかし、そのセリフは遮られてしまう。

「一体何?」

「外の方ですよ。何か大きな爆発が起きたような……」

 ネギと明日菜が店を出て、先程の轟音が生まれたであろう方角を見る。

 その方向にはマンション等の高層建築が立ち並び、店の前からでも視認出来る程の黒煙が立ち込めていた。

「あれって「大変だ……」――……ネギ?」

 ネギから漏れ出た言葉を聞き返そうとするも、先に走り去ってしまう。慌てて止めようとするが、明日菜の手から逃れてしまい、茫然としたまま行かせてしまった。

「ちょっと、ネギ!!」

「明日菜、話は中断!!」

「車取ってくる!! 動ける人は先に行って!!」

 次々と店から出て、事情を理解した者達はすぐに動いた。

 エヴァンジェリンは素早く影に潜り、そのまま転移した。それを見た和美は、千雨から借りていた原付に跨り、ヘルメットも御座なりに被ってから発進していく。

 話についていけてない明日菜の横で、泉の車を待つ上条は状況を説明した。

「あそこなんだよ」

「……何、どういうこと」

 上条は、未だに黒煙が生まれているマンションを指差し、こう告げた。

 

 

 

「……長谷川の住んでいるマンション、あそこなんだよ」

 

 

 

「ぼーやっ!!」

「あっ、マスター!!」

 先に到着していたネギに続いて、転移を繰り返して来たエヴァンジェリンが並んでマンションを見上げる。黒煙は未だに巻き上がり、周囲にも消防隊や野次馬が集まっていた。

 その少し離れたところで、二人は話し出した。

「千雨さんの携帯に掛けているのですが、未だ出てくれません。マスターは千雨さんの部屋をご存知ですか?」

「残念だがあの辺りなのは間違いない。別の部屋ならまだいいんだが……」

 こっそりマンションの中へ転移するか考えていると、丁度原付と車に乗ってきた明日菜達が近づいてきたので、少し離れた場所へと誘導した。

 続々と降りてくる面々とも向き合い、把握している内容を説明しつつ纏めていく。

「問題はマンションにあいつがいるかか。朝倉和美、分かるか?」

「少なくとも、私が出る時はいたのは間違いないよ。その後は流石に……」

 さてどうするか、と誰かが意見を出そうという雰囲気の時に、携帯の着信音が鳴り響いた。

『首置いてけ!!』

「あっ、メールだ」

「もしかして千雨さんですかっ!?」

「いやその物騒な着信音スルーしていいの!?」

 明日菜のツッコミを無視して、泉は自らの携帯を取り出した。ネギや隣にいた上条も肩越しに覗き込む。すると、画面を開く前に、どこかボロボロな、ネズミのような精霊が泉の携帯から姿を現した。

 それは千雨のである『力の王笏(スケプトルム・ウィルトゥアーレ)』より生まれた電子精霊の――

「しらたきさんっ!?」

「いやだいこでしょ!?」

「何言ってるの明日菜、ねぎだって!!」

「いやちくわふだろこいつ」

「皆何言ってるの!! どう見てもこんにゃじゃん!!」

「ふっふっふ、上条さんには分かりましたよ。ずばり、あなたははんぺさんだっ!!」

『きんちゃ、っす……』

 全員外れたからか、何故か一斉に指を鳴らした。

『丁度良かったです……PCに届ける予定でしたが、近くにいたのでそのまま携帯におい、テ…………全員外すなんてヒドイン』

『きんちゃーっ!!』

 そして全員が叫ぶ中、電子精霊のきんちゃは、粒子となって消え去った。

「ねえ、ちょっと。まさか、死んだんじゃ……」

「いえ大丈夫です。恐らくカードに戻っただけかと……」

「くそっ。せめてっ、せめてキノさえいてくれたら「一人は当てられたのに、とか場違いなこと言わないでよ」――……いや言わないよっ!! 上条さんはちゃんと空気の読める子っ!!」

 それでも若干理不尽に女性陣に回し蹴られる上条をそのままにして、ネギはパートナー達の仮契約(パクティオー)カードを取り出し、千雨のものを確認する。

「カードは死んでいない……千雨さんはまだ無事です!!」

「後は行先と相手の目的……目的の方は長谷川さんからのメールで少し分かったよ」

 上条に足を乗せながら、泉は携帯を操作してメールの中身を流し読みして状況を把握していた。今日はハーフパンツなのでラッキースケベな展開もなく、速やかに説明が行われる。

「相手の目的はとある人物のDNAに近しい人を探すこと。そして該当者の中で一番近いのは……長谷川さんだった。だから狙われたんだよ」

「DNA? さっき話していた人造生命(クローン)でも作ろうとしているの?」

「いや、私の考えが正しければ……元のDNA情報の持ち主の名前は『ココ』、って言うはずだよ」

 足を下ろし、泉は説明を続けた。

「そして……犯人の名前は『ゾフィス』」

 

 

 

「人の心を操る、卑劣で残虐な…………魔物(・・)だよ」

 

 

 

 




 今回のきんちゃのネタですが、今迄見たことないので使いましたが、他でも使ってそうな気がするんですよね。というか、似たようなネタをどこかでやってた気がするんですが……あ、ウマゴンか。
 ともあれ、盗作の類だと認識はしていませんので、もし既にあれば、それを踏まえた上で注意して頂ければ幸いです。


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第19話 二人目の使い手

弟に彼女ができた。

そして俺は太った。

あとタブレットが打ちづらい。



……おのれディケイド!!


「魔物、って……魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の?」

「ううん、魔界っていう世界の魔物の子。というか思いっきり『金色のガッシュ!!』の世界だね」

「また知らない単語が……」

 こめかみを押さえながらも、和美は泉に問いかけた。

「それで、どんな話なの?」

「うん。主人公のパートナー、高峰清麿が怒った時の表情、通称『鬼麿』が結構好きで――」

『だからストーリー!!』

 泉の発言をぶった切って、全員が突っ込んだ。

「なあ、泉。確かにトミーとマートンの掛け合いは最高だったよ。でもいい加減にしようぜ。それでこの前も長谷川怒らせてたじゃないか」

「本当、いい加減にしてくださいね……次はないですよ」

「おおう……」

 ギロリ、とネギから放たれた鋭い殺気にビビりつつも、泉はどうにか説明を続けようと口を開いた。

(今の、絶対千雨ちゃんを怒らせたことへの怒りだよね)

(後、ネギなりにイラついているのかもね。こうしている間にも、千雨ちゃんがどうなるか分からないし)

「そこ、うるさいですよ」

 ネギのツッコミに、こっそりと話し込んでいた二人は口を噤んだ。

「大分端折るけど、千年に一度行われる魔界の王を決める戦いの為に、人間界に百人の魔物の子、王様候補が送られてきたんだよ。そしてゾフィスは、その魔物の子の一人なんだよ」

「傍迷惑な話ね……そんなの魔界でやればいいでしょ」

「いやいや。そこで重要なのが、魔物の『パートナー』と呼ばれる人間の存在だよ」

 説明は続く。

「魔物の子はそれぞれ本を持っていてね。理屈は説明されてないけれど、その本を燃やされると魔界に強制送還されちゃうんだよ。そして、これが重要なんだけどね……

 魔物の子が本来持つ特殊な力を除いて、自分や自分の本と心の波長が合う人間じゃないと術、この世界で言うところの魔法だね、それが使えないんだよ」

「つまり、千雨さんはそのゾフィスとかいう魔物と心の波長が合うから、連れ去られたんですか?」

「より正確には、その本が読める人だね。他の人には読めないみたいだし」

「……でも、おかしくない?」

 ネギの質問に泉が応えていると、和美が口を挟んできた。

「確かに千雨ちゃんは捻くれているけど、さっきこなちゃんが言ってた卑劣で残虐には当てはまらないと思うんだよね。心の波長って、性格とかじゃないの?」

「ううん、性格は関係ない。さっき言った『ココ』って()も、本当は優しい性格をしていたんだよ。でも……」

「そこか一番、酷いところなんだよ」

 上条も原作は知っていたのか、泉の代わりに説明を続けた。

「人の心を操る、って言ったろ。相手のことなんて関係ない、波長さえ合っちまえばいい。……後は無理矢理性格を攻撃的に変えて、強引に巻き込んだんだよ」

「ちょっと待って下さい。それって……」

 ……状況は最悪だった。

「おまけに波長が似ていれば強引に調整できるらしい。つまり、長谷川が未だ生きているってことは……」

「千雨ちゃんを、無理矢理パートナーにして術を使わせ(本を読ませ)ようと……」

 その言葉を最後に、ネギは千雨の仮契約(パクティオー)カードを抜いた。

「千雨さんを召喚します!!」

 しかし、反応はなかった。効力圏から既に連れ去られてしまったらしい。

「ネギ先生、それ貸してっ!!」

 泉がネギから仮契約(パクティオー)カードをひったくり、その場にしゃがんで右手を伸ばした。

導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)……」

 すると、泉の右手に鎖が具現化し、先端に球の付いたそれが伸びて垂れ下がった。地面に仮契約(パクティオー)カードを置き、徐々に力を込めていく。

「……あれ、そう言えばこれって別の「はいそこまで」――もがっ!!」

 何かを話そうとする明日菜の口を上条は片手で塞ぎ、和美にも向けてこそっと話す。

「(あいつは柊達(そいつら)の身体を対価に助かったんだよ。だから埋め込まれた人間の身体を元に、その能力が使えるんだ。だが、本人は何も言わないが、内心無理してるかもしれない。あまりツッコまないでやってくれ)」

 無言で返す二人を見て上条が頷く。すると丁度、鎖に繋がった球が浮き、一方を指した。

「北の方へ向かって「千雨さんっ!!」――る、ね……」

 方位だけ聞いたネギが千雨の仮契約(パクティオー)カードを引っ掴み、先走って駆けていく。

「……普通、日を跨いで色々と準備していくのがセオリーだよな。物語(ストーリー)的に」

「上条さんもいい加減理解しているんでしょう。……これが現実だよ」

 和美がツッコミながら、泉達が乗ってきたステラカスタムの運転席に乗り込んだ。

「ごめん、こなちゃん。ちょっと借りるよ」

「……ま、そうだよな」

 上条が頭をガシガシと掻いていると、明日菜も助手席に乗り込んでいく。それに合わせて、後部座席へと潜り込んだ。

「泉は武器持ってきてないだろ? 先に行くから、武器持って追いかけてきてくれ」

「エヴァちゃんは援軍をお願い。私も何人かに電話してみるから」

 それだけ言い残して、和美達を乗せたステラカスタムは発進した。見えなくなってから、エヴァンジェリンは行動を開始しようとする。

「……大丈夫か?」

「ううん、ちょっとごめん」

 が、泉に腕を掴まれてしまい、その動きを止めた。

「やっぱり駄目だ。誰かと一緒ならいいけど……一人で戦場にいると思うと、ちょっと震えちゃう」

「それでも戦えてるんだ。まだいい方だろう」

 エヴァンジェリンは、ゆっくりと振り向いて掴んできた泉の手を逆に引いた。近くにある和美が乗り捨てて行った原付に凭れさせ、静かに見守る。

「今は私がいる。それに……」

 少し酷かもしれないが、それでもエヴァンジェリンは、泉の右手を指差す。

「……お前の身体は、お前一人(・・)のものじゃないだろ」

「厳しいな……エヴァンジェリンさんは」

「もうエヴァでいいさ……こなた」

 今迄は漫画の登場人物だと思っていた。その後は怖いけどどこか甘い(優しい)女性。そして今は……

「もう無理に距離を置かなくていい。いや、お前ももう登場人物(この世界の人間)だ。……行こう。友を助けに」

「うん……行こうエヴァにゃん」

「……にゃんはよせ」

 照れるエヴァンジェリン。それだけで泉の、こなたの心は決まった。

タカミチの時(この前)みたいに見つかっても使えないなんてのは困る。使えそうな奴を探してくれるか?」

「分かった。すぐに助けてくれそうな人を探してみるから、ちょっと待ってて」

 こなたは立ち上がって、再び鎖を具現がさせた。

(かがみ、つかさ、みゆきさん……皆お願い、力を貸して!!)

「……導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)!!」

 こなたは求めた。助けてくれる人、手を差し伸べてくれる人、希望を紡いでくれる人を。

「えっ……なんで?」

 答えはあっさりと出た。

 鎖に繋がれた球は勢いをつけ、ある一点へと伸びている。

 その方角を見て、答えを理解したこなたは思わず駆けだした。

(そうか……そうだ。魔物なんてこの世界にはいない。魔法世界(ムンドゥス・マギクス)にも。ということは、ゾフィスは何で……だから来たんだ(・・・・)

「…………?」

「…………ぞ」

 野次馬から離れた所にいた二人、こなたは迷わず駆けて行った。助けを、力を貸してもらう為に。

(そうだよ。動け、これ以上のバッドエンドは要らない。いるのはハッピーエンドだけだ!!)

 こなたは手を伸ばした。なけなしの力で、二人の内、一人の女性の方を。

(もう誰も、傷つけちゃいけないんだっ!!)

「お願いっ!!」

「えっ?」

 

 

 

 当てが外れたので、別の場所へと向かおうとした時だった。腕を掴まれたのは。

 彼女から見て、その女の子は今にも泣きだしそうだった。しかし、突然握られた手は力強く、またその眼も我慢強さだけで抑え込まれていた。

 何事かと戸惑ったが、

「手を貸してっ!! ゾフィス(・・・・)から友達を助ける為にっ!!」

 次の一言で、戸惑いが決意に変わった。

「大丈夫、よく頑張ったわね……」

 そして彼女は、女の子を抱きしめた。

「……任せて。その為にこの世界(・・・・)に来たのだから」

 

 

 

 ステラカスタム内。

「繋がった……ナギッ!! 今大変なことに『悪いがこっちもだ……ぐぁっ!!』――ちょっと、どうしたのナギ!?」

 和美が走らせる中、助手席の明日菜が助けを呼ぼうとナギに電話を入れたのだが、帰ってきたのは相手の呻き声だけだった。

『……すまねぇ、やっぱり鈍ってたみてぇだ。ラカンと敵を撃退しようとしたんだが、相打ちで手一杯だった』

「そんな……大丈夫なの、ねえ!?」

「おいどうしたんだよ!!」

「ちょっと、ナギさんっ!!」

 和美や上条も思わず声を出すが、電話越しの声は一向に好調にならない。

『ちっとまずいな。敵さんもさっさと逃げ出しちまったから追撃の心配はないが、俺やラカンはもう――』

「そんな……しっかりしなさいよ!! あなたネギの父親でしょう!!」

『だよな。でも、くそ……何が千の呪文の男(サウザンドマスター)だ。何が立派な魔法使い(マギステル・マギ)だ。こんな肝心な時に、俺は無力だ…………』

「ナギ……」

 泣きそうになる明日菜だが、それでも、電話から手を放さなかった。

「大丈夫、エヴァちゃんにそっちに行ってもらうよう頼むから。だから頑張って!!」

『いや、それは別の意味で死ぬからやめてくれ。……絶対腹抱えて笑い出す』

「そう、絶対にお腹を抱えて……え、お腹?」

 話がおかしくなり、明日菜は慌てて聞き返した。

「ちょっと、一体どういうことよ」

『……タカミチだ』

 その言葉に、全員が首を傾げた。

 

 

 

『あの野郎。冤罪で暫く家追い出されたからって、腹いせに俺とラカン、後敵の二人に纏めて世界珍味麺の初期型(・・・)を喰わせやがった『グアァア……!?!?』――ラカーン!!』

 

 

 

 説明しよう。世界珍味麺の初期型とは、アニメ『ネギま!?』に出てきたタカミチ特製ラーメンにして、食べた者(まき絵とモツ)を一人残らず病院送りにした曰く付きの一品の異次元同位体のことである。尚、後期型は美味しく食べられる模様。

『それで今、俺達二人共近くの公園の公衆便所に居て――』

『くそっ、もう紙がないっ!!』

『馬鹿、だから出し切ってから使えって何度も――』

 ブチッ!!

 力強く切られた携帯電話を一度ダッシュボード上に置き、明日菜は頭を抱えながら、ゆっくりと息を吐く。

「フゥ……」

 そして頭を上げ、ドアに肘を付けて頬杖をしながら、遠くを見つめ始める。

「……私さ」

 そして明日菜は口を開く。

「小さい頃ガトウさんに『パートナーになるか?』って誘われたことがあったのよ。でもその時、『ナギでいい』って答えちゃったのよね……」

「虚しくなるからやめないか、もう……」

「明日菜、飲もう。今度飲もう……飲んで忘れよう……」

 明らかに戦う前の空気じゃなくなった中、ステラカスタムはとうとう麻帆良学園都市を後にした。

「後、高畑先生も麻帆良に来てからの私の初恋の相手で……そりゃあ高畑先生を通してガトウさんを見てた、って言われたらそれまでだけど――」

「もうやめろ。無駄に傷付くな!!」

「明日菜しっかりして、お願いだから目をアスナちゃんにしないでっ!!」

 微妙なネタバレを残しながら、彼女達の車は人気のない広野を駆けていく。

 尚、仕様の為『麻帆良の北側にそんな場所ねえよ』という苦情(ツッコミ)は一切受け付けませんので悪しからず。

 

 

 

「やれやれ、もう動き出してしまいましたか……いや早すぎでしょうどんだけ暇なんですかこの世界の連中は!!」

「それは夏休みだからね~仕事休める人は大抵暇だよ」

 人気のない広野の筈が、数十人規模の人影が集まっていた。その中心にいる大きな帽子を被った小柄な者が、夏休みの概念を無視して叫んでいた。単に知らないだけであるが。

「まったく、前回なんて数ヶ月規模で準備できたというのに……」

「まあまあゾフィス君。さっさとやっちゃうから」

 そう小柄な者、ゾフィスに語り掛ける者がいた。黒髪の長髪と長身をした、スーツの女性である。彼女は縛られ地面に寝転がされたまま気絶した千雨に向けて左手を伸ばして触れ、右手を何もない方の地面に向けた。

神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)

 女性の呟きと共に、右手の先にあるものが具現化した。身体だけ複製された千雨である。

「そんで番いの破壊者(サンアンドムーン)右手だけ~」

 向けていた手を平から甲に裏返して、千雨の複製に触れさせる。その触れた部分には、右手の甲に浮かんだ月の刻印が鏡写しにして残されていた。

 本来、番いの破壊者(サンアンドムーン)は左手で写した月の刻印と、左手にある刻印で写した太陽の印を触れ合わせることで爆発させる能力だが、この場合は神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)で生み出した偽物を長時間維持させる為に使っていた。何故ならその刻印は使用者の死後も消え去ることがなく、その副次作用で押された複製も維持されるからだ。

「ほい完成。こんなものだね」

「ええ、ありがとうございます。……後は簡易的に心を複写して操るだけですね」

 そして今度はゾフィスが、複製千雨の頭に掌を向けて心を操り始めた。

(……ありゃ、もう限界だったみたい)

 女性の中で、神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)の能力が消えていくのに気付いた。

(まあ、無理矢理奪ったやつの借り物だから、強引に使ってたら長くは持たないか。スカにも後で言っとかないと)

「じゃあ、もう帰るから頑張ってね」

「ええ、ありがとうございました。……ところで」

 洗脳を終えたのか、立ち上がったゾフィスは女性の方を向いた。

「一体あなた方は、何が目的なんですかね?」

「……ああ、今回はちょっとしたテストだよ。それももう終わったけどね」

 そう言って彼女は、ゾフィスに背を向けて歩きだした。

「というわけでもう助けないけど、別に大丈夫だよね?」

「まあいいですけど……裏切って後から攻撃、なんてのはなしですよ」

「もっちろん~そっちもピンチになっても泣きつかないでね~」

 地面に浮かび上がる魔法陣。

 その上に乗った黒髪の女性は、魔法陣の光と共に姿を消した。

 

 

 

「……うぇっ」

 転移した先で吐き気を催しながら。

(けど、食べる振りだけでもここまで気分が悪くなるなんて……恐るべし、世界珍味麺)

 

 

 

「……では、私ももう行きます」

 気絶した、本物の方の千雨を抱えたゾフィスは、後ろにいるもう一人の自分(・・・・・・・)に話しかけた。

「彼らから提供された戦力の残りは置いていきますので、仕事を終えた後はどうぞこの世界でご自由に。『私』」

「フフフ……ええ、あなたも頑張って下さい。『私』」

 複製ゾフィスと複製千雨、そして周囲の複製人間に見送られながら、ゾフィスはこの場を離れていった。

(さて、この世界の魔法とやらを学びつつ戦力を整えて……魔界へと凱旋しましょうか)

 悪意は着実に広がっていく。誰かが止めない限り……

 

 

 




 基本的に一話4500字を目安にしていますが、最近何故か6000字まで行ってしまいました。取りあえず展開力が欲しい。


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第20話 届けられずとも押し潰して……

 ゾフィスは千雨を連れたまま、北へ向けて浮遊していた。ある程度大地を掛けた後、ふと何かが近づく気配を感じ取り、近くの岩場に着地した。

「まっすぐこちらに来るとは、一体……なっ!?」

 千雨を地面に降ろした直後、突如魔法陣が地面を描き、千雨を包み込んでしまう。その魔法陣の光が消え去ると、同時に千雨も姿を消していた。

「この現象……そう言えば」

 顎に手をあて、事前にジェイル・スカリエッティ(あの男)から説明されていた内容を反芻し、必要な記憶を引き出す。

「確か仮契約すると、従者を召喚できるんでしたね。となると……」

 ゾフィスは再び浮き上がり、周囲を見渡して近づいてきた存在を確認した。

「……まあいいでしょう。私が近づくまでは彼女(・・)が相手をしてくれる筈ですしね」

 ゾフィスは千雨()がいるであろう方角を把握し、そのまま浮遊して向かっていった。

 

 

 

「漸く召喚できた。……千雨さんっ!!」

 特に外傷はなかった。

 部屋着であろう、ブラウスとスラックスの簡素な恰好で気を失っていた。右手に濃い赤紫色の本を抱えているが、ネギは気にせず千雨の上半身を抱え上げる。

「千雨さんっ、しっかりして下さい千雨さんっ!!」

「……ぅ」

 重くなる瞼を抉じ開ける様に、千雨が目を覚まそうとしている。

「良かった……」

 その様子を見て、ネギは安堵の息を漏らす。

 ――カチャッ

 が、千雨の空いた左手が動くのに気付くことはなかった。

 

 

 

「……なあ、ちょっと聞いていいか?」

 携帯を仕舞いつつ、上条が問いかけてくる。

「なぁにぃ、今人生の残酷さと初恋の虚しさについて考えてるんだけど」

「悪いがそろそろギャグパートは終わりだ。シリアスに切り替えてくれ」

 未だに切り替えきれてない明日菜を置いて、代わりに運転中の和美が対応した。

「どうしたの、上条さん」

「ネギ先生って、車より足が速いのか?」

 その言葉を聞き、和美が現在の速度を確認する。

「例え杖で飛んでも、確か自動車と同程度。ゾフィスと接触すればその場で停まる筈……方角がずれてる?」

「可能性がある。アーティファクトで偵察……する必要もなさそうだな」

 和美も前方にいる者達を見つけ、ハンドルを切ってからブレーキを掛けて車を停車させる。

「ネギはいないみたいね。別の方角かしら?」

「シリアスに切り替わってくれて助かったよ。……場所を探せるか?」

「探すまでもないわよ。さっきまで見てた方で、微かに発光しているのが見えた。真っすぐ前にいないなら多分……」

 前方の人物達が近づいてくる。相手の戦力が前方に集中していればいいが、もしここで戦闘になると、別の場所にいるネギは一人で敵に立ち向かう羽目になってしまう。

「車は止められたら終わり。そうなると……俺が囮になる」

 上条は車から降り、軽く肩を回した。

「お前達は先に……降りろっ!!」

 その叫びを聞く前に、明日菜達は車から飛び出していた。

 キィン、という音を立てて飛んできたレーザーが、車を縦に切り裂いていく。

「無事かっ!!」

「何とかっ!! 朝倉はっ!?」

 降り立つと同時にハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)を構えた明日菜は、刀身を盾にしながらしゃがみ込みつつ、反対側の和美の方を向く。

「こっちもどうにか……」

 すると今度は、和美の方から指示が飛んできた。

「明日菜行ってっ!! 明日菜だけ走った方が早いっ!!」

 明日菜は上条の方を向き、頷いて来たのを見て頷きを返し、ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)を再び仮契約(パクティオー)カードに戻す。

「ごめんっ!!」

 咸卦法を用いて駆け出した明日菜を見送り、上条は和美よりも前に出た。運転席側とは反対に駆けだした明日菜は気付かなかったが、和美は地面にしゃがんだまま動こうとしていない。

「……逃げてもいいぞ。後続を呼んでくれるだけでもこっちは助かる」

「それも有りなんだけどね。……ごめん、さっきので足痛めた」

「マジかよ……」

 ただ囮になるだけでは駄目だ。まともに動けない和美も庇わなければならない。

 軽く首を鳴らしてから、上条は両の拳を握り込む。

「この身体に転生してから貧乏籤ばっかりだな……ハア、不幸だ」

「ちょっと~こんな美人相手に騎士(ナイト)気取れるんだから、不幸はないでしょう?」

「残念、もう惚れてる女がいるんだよ。他はセクシーショット以外お呼びじゃねぇな」

 握った拳を構えた頃には、向こうも近づいてきていた。

 

 

 

「フム……」

 複製ゾフィスが軍勢を引き連れていこうとすると、前方に車があるのを見かけた。こちらを見たからかは知らないが、向こうが急停車したのでとりあえずと、車を破壊するように命じたのだ。

 関係があろうとなかろうと、これから行うことの為には、目撃者はいない方がいい。そう考えて、複製ゾフィスは進軍方向を微調整した。

「一人駆けて行きましたか。……まあいいでしょう。どうやら『私』の方に向かっているようですし、そちらでなんとかしてもらいましょう」

 その言葉の後で、複製千雨が本を構えた。開かれた濃い赤紫色の本は鈍く輝きだす。

「複製した魔本のテストには丁度いいですしね……」

「……ラドム」

 複製千雨の言葉を引き金に、複製ゾフィスの右手から放たれた火球は、真っすぐに車に乗っていた人物へと向かっていく。

 

 

 

「先手必勝かよっ!!」

 まだ少し距離があるが、姿が見えてきたと思えば向こうから火球が飛んできた。上条は右手を構え、火球にぶつけて打ち消す。

 バキン!!

「よしっ、幻想殺し(イマジンブレイカー)が効く!! これも異能の力か!!」

 そう叫んでいる上条に向けて、和美が疑問を投げかけた。

「ふと思ったんだけど、上条さん、昔話よりも度胸ついてない?」

「……いや、どっちかというと半分自棄(やけ)だな。後催眠学習で『ビビると人が死ぬ~ビビると人が死ぬ~』って泉の奴に半年位寝耳に囁かれてみろ。あっという間に鉄砲玉の完成……不幸だ」

「しかもそれが惚れた相手だと、猶更辛いよね~」

 上条は鋭い視線を後ろにいる和美に投げた。

「言うなよ。全部片付くまで言うつもりはないんだからな」

「大丈夫だって、ちゃんとばらす相手は選ぶからさ」

 

 

 

 複製ゾフィス達が車付近に到着すると、何故かこちらを無視して、向こうは何やら言い争っていた。

「いや、誰にも言うなよ!! てかその辺りは(ぼか)してたんだけど、そんなに分かりやすかった!?」

「多分おっぱいがなかったら本人に筒抜けだったと思うよ。というか、内心こなちゃんも上条さんのことを想ってるんじゃないかな? エロに対して過敏に嫉妬していたし」

「マジでっ!? 上条さんにも漸く春がっ!?」

 さて、どうしたものかと複製ゾフィスは思うも、向こうは頓着せずに未だに言い争っている。

「いやでも愛想尽かされるんじゃないかな~上条さんおっぱいに目移りしてばっかりだし」

「そんなことはないぞ!! 上条さんはこれでも結構一途「チラリ」――ブッ!?」

 和美は胸元を広げた。上条には効果抜群だった。

「フゥ、フゥ、フウ……大丈夫、フェチは別腹」

「……だからモテないんだよ上条さん」

 しかも、一切意識を向けることなく話し込んでいて、まるきり眼中にないかの様に振る舞われていて、どうしたものかと考え込んでしまう。

「いや巨乳の谷間チラ見せされたら誰だってそうだからね!! 大体お前だって昔京都でネギ先生相手に生乳使ってたじゃねえか!!」

「独占取材の為ならいくらでも使ってやろうじゃん!! でも皆には内緒ねじゃないと即ハリセンリンチだから!!」

 段々話がずれてきているのを感じ、複製ゾフィスは徐に右手を挙げた。

「じゃあこのことはお互いの秘密ってことで!!」

「よし取引成立!!」

「……もういいですか?」

 複製千雨に合図を送る。その瞬間、彼女の持つ本が輝きだした。

「……ラドム」

 そして複製ゾフィスの掌から、再び火球が放たれる。その一撃は和美と上条の間に炸裂し、二人の間に土埃を生み出した。

「それで……時間稼ぎして何とかなると思ってるんですか?」

「ああ、やっぱりばれるか……」

 和美の姿を確認できないが、着弾点から離れた場所にいるのは知っていたので、上条は頭に手を当てながら複製ゾフィスの方を向く。

「もしかしてあなた方も彼らと同じ存在ですか?」

「転移者の類とかなら正解……そうか、やっぱりお前は違うのか(・・・・)

「ふむ。確かに、彼女達(・・・)の仲間ではありませんね」

(そういう意味じゃないんだけどな……てか彼女?)

 ふと気になる発言が聞こえたが、上条は一度流して複製ゾフィスに向き合う。

「転移者、ですか。少し詳しく聞いてみたいですね」

「そんなにいいものじゃねえさ。……目的は何だ?」

「おや、私の正体は知りたくないので?」

「魔界出身の魔物、ゾフィスさんだろ? 本物か複製かは知らないけどさ」

 その間にも、上条は視線を巡らせて周囲の状況を探る。

(分かっちゃいたが……やっぱり『うえきの法則』の登場人物達か)

 上条自身も、前世でその漫画を読んだことがあったが、如何せん昔の話なので記憶が曖昧となっている。唯一そうだと理解できたのは、主人公の仲間という準主役級も混じっていたからだ。

「よくご存じで、因みに私も彼女も複製ですよ。まあ、この世界(・・・・)で生きていく分には問題ないですがね」

「複製ね……てことは、放っておけば消えるのか?」

「まあ、一時的なものですからね。……なのでどいていただけませんか?」

 周囲の空気が変わる。全員が能力を行使しようと身構えたからだ。

「じっくりとリハビリする予定の本物と違って、時間がないのですよ。これから麻帆良学園に行って、魔法使い達から魔法を学ばない(盗まない)と」

(条件は違うが、やり口は一方通行(アクセラレータ)達の時と一緒か……)

 この時点で既に(・・)、ゾフィスは転移者の類ではなく、純粋な魔物であることは分かっていた。魔本を使う理由は術を使う為であり、その本を読ませるのに、千雨が必要だったのだと。

(問題は、どうして、どうやってこの世界に来たかだが……一体何を考えているんだ?)

 魔本を含め、敵対者達の背景が見えない。流石にそこまでは把握できていない上条だが、やることは見えていた。

(そんじゃま、複製相手に時間稼ぎしますかね)

 右手で複製ゾフィスの術は消せた。周囲さえ気にしなければ、恐らくはディオガ級も対応できるだろう。おまけに複製ならば、右手で触れるだけで簡単に倒せる。

「しかし、あなた方は一体何者なのですか? 見た所、魔法使いとか言う連中ではなさそうですが」

「ただの通りすがりだ。覚えなくていいぞ」

 と、格好つけてはみた上条だが、内心では相手の戦力を冷静に分析した。

 人数は30人程、しかし準主役級や主人公を最低一度は追い詰めたレベルの敵で占められており、単純な質より量という訳ではないらしい。

 対して、こちらは右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)と左手の時計屋(ウォッチメイカー)のみ。接近戦なら相性の関係もあり最強だが、遠距離だと衝撃以外を殺す盾にしかならない。

 泉から『最強ノ援軍キタ――(゚∀゚)――!!』との電話はあったが、運転中なのかすぐに切れてしまった。正直やってくる時間どころか、向こうが場所すら把握しているのか怪しい。辛うじてゾフィスが転移者の類じゃなく本物の魔物であることや、諸事情で本物の魔本は燃やすな(・・・・)とは言われたが――

「――ああっ!! 神楽坂に伝えるの忘れてた!!」

「ちょっと上条さん!! 何伝え忘れたの!?」

「……マホンモヤスナ」

「声が小さいっ!!」

 むしろ複製ゾフィスに聞こえなかったのは良かったと思うが、それくらいの弱点は向こうも把握しているだろう。おまけに目の前にあるのは複製なので、燃やそうが右手で触れようが消滅するのに変わりはない。

 いや、複製ゾフィスの場合、本を燃やしたら消滅するのか魔界に帰還するのかは分からないが。

 けれども、今は複製ゾフィス達だ。

「さて、いいかげん始めますか……やりなさい」

 距離を置いて、複製された能力者達が各々の能力を放ってくる。

「……そういえばさ」

「何?」

 レーザーが、隕石が、杭が、鉄球が。鉄のブーメランから爆弾と化したビーズに至るまで。あらゆる飛び道具が上条達へと向かってくる。

「漫画じゃそこまで詳しく描かれてなかったから分からないんだけどよ……お前、長谷川とそんなに仲良かったっけ?」

「いや普通、ちょっと色々あってさ……でも」

 いつの間にか、煙は晴れていた。

 攻撃を迎え撃とうと右手を翳す上条の後ろで、和美は痛む足を堪えながら立ち上がる。

「これだけはハッキリ言えるかな……」

 レーザーで真っ二つになった車に凭れながら、

これ以上(・・・・)、あの娘を泣かせはしない。千雨ちゃん泣かせる奴は……全員ぶっ飛ばす!!」

 空いた手で複製ゾフィス目掛けて中指を突き立てた。しかし、勢いに乗った啖呵が切られたからといって、攻撃が止まるという訳ではない。

 恐らく上条を越えていくつか攻撃が降り注ぐかもしれない。それでも和美は、攻撃から目を逸らすことはしない。

「いや啖呵切ってないで動ける限り逃げろって!! 流石に捌ききれない!!」

「ごめん上条さん。けど私は……もう逃げないって決めたからさ」

 攻撃が迫る。

(やれやれ……)

 中指を立てていた手を背中に回す。もう他に手はなかったから。

 

 

 

また(・・)届けられないのかな……)

 

 

 

 内心でぼやく和美。

 その絶望を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――アイアン・グラビレイ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――重力の塊が押し潰した



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第21話 昔重力をテーマにオリジナルの小説を書いたことが……え、聞いてない? そうですか……

 押し潰されていく。

「な、な……」

 複製ゾフィスは驚愕で目を見開いた。いや、むしろ飛び出していた。決してあり得ない光景が眼前に広がっているからだ。

 口笛のレーザーが、BB弾の隕石が、綿の杭が、土の鉄球が。手拭いでできた鉄のブーメランからビーズの爆弾に至るまで。複製された能力者達の攻撃が次々と押し潰されていく。

 押し潰されていく脅威を目の当たりにしていた和美の横を、一台の原付が通り過ぎた。

「イェイ、助っ人参上!!」

 千雨の原付に乗ったこなたがハンドルを切ると同時に、後部から飛び降りたドレスの女性が、一緒に走ってきた毛皮のような服を着た黒い少年と共に、上条を挟むように立ち止まる。

 そして首を左右に振り、誰かを理解した途端に上条はこなたの方を向いた。それも勢いよく。

「い、泉、さん……」

 微妙にドヤ顔しているこなたに向けて、上条が叫んだ。

「お前……どっから連れてきたんだよこの最強コンビ(ジョーカー)!?」

「ナンパしました!!」

『フザケルナッ!!』

 原付に乗ったまま片目ウィンクのピースサインを決める泉にツッコミが入った。上条と複製ゾフィスが同時に叫んだ気がしたが、気にすることなく話は進む。

 横で喚いている上条に構うことなく、黒い少年の魔物、ブラゴが前に出る。

「ゾフィス、俺は言ったよな……」

 ポケットに手を入れたまま歩き、重力で抉られた地面の前で立ち止まった。

「魔界に帰ってからも、俺から逃げ続ける生活を送りたいか、と。まさか別の世界にまで逃げ出すとはな。少しは根性があったということか?」

「ふ、ふふっ、ふはははは……!!」

 複製ゾフィスは笑い出す。

 目の前にブラゴがいる。

 かつて、自分を追いつめた魔物の子。魔界の王を決める戦いの優勝候補。戦いに出た者の八割が恐れた存在。偶然とはいえ、魔界からこの世界へと転移した自分を追ってきた、最強の狩人(ハンター)

 それを前にしても尚、複製ゾフィスは笑った。

 今の自分には戦力がある。千年前の魔物を率いた時とは違うが、それでも絶対の切り札がある。今の自分には勝算しかない。しかも……

「知っていますよ!! 魔界とは違う環境のせいで、私と同様に魔本を使わなければ術が使えないことも。おまけに……」

 複製ゾフィスはブラゴの次に、彼の魔本を持った女性の方を向いた。

 見た目こそブラゴのかつてのパートナー、シェリー=ベルモンドにそっくりだが、ここは以前戦った人間界とは別の世界。どうやって見つけたのかは知らないが、それでも本人とは別の人生を歩んでいるだけの、よく似たただの女の筈だ。術は使えても、まともに戦える保証なんてありはしない。

「私達でさえ『ココ』を用意できないので近しい人間を強引に仕立てたのですよ。何処から連れてきた馬の骨かは知りませんが、あの女と違って戦えないでしょう。

 やってしまいなさい!!」

 その言葉を引き金に、数人の複製された能力者達がブラゴ達に接近した。

「……BB弾を隕石に変える能力」

「……トマトをマグマに変える能力」

 隕石とマグマが接近してくる。距離も近く、先程の様に『アイアン・グラビレイ』で捌く暇はない。

「このやろっ!!」

「ちぃっ!!」

「グラビレイ!!」

 上条が前に出て右手を振るって隕石を消し飛ばし、ブラゴから放たれた術がマグマを押さえこんだ。

 しかしその隙間を縫って、術を唱えた女性に複製された能力者達が押し寄せる。

「これで術が使えないあなたの負けです。そのまま魔界に帰れ!!」

 複製ゾフィスの声に呼応するかの様に、彼らは女性に襲い掛かる。

「……土を大鎌に変える能力」

「……竹みつを大鋏に変える能力」

「……指輪をロケットに変える能力」

 大鎌が、大鋏が、ロケットと化した拳が女性に襲い掛かる。

「そいつら全員作り物だから遠慮はいらないよっ!!」

「馬鹿めっ!! そいつに何ができるっていうんですかっ!!」

 ……しかし、複製ゾフィスは気づかなかった。

「あら……」

 その女性は左手で本を持ち、右手で鉄球のついたフレイル(・・・・・・・・・・)を握っていたことに。

 

 

 

「……久しぶりに(・・・・・)会ったのにつれないわね」

「は?」

 

 

 

 複製ゾフィスは一瞬、ポカンとする。

 しかし、そんな言葉をかけてきたブラゴのパートナーから気を逸らすことはなかった。

 彼女がフレイルをロケットにぶつけて軌道を逸らし、大鋏と相打ちにさせてから大鎌を跳躍のみで躱してブラゴの隣に立った瞬間も。

「……少し鈍ったんじゃないのか。シェリー(・・・・)

「あら、ごめんなさい。あまり運動する機会がなかったのよね――」

 ブラゴの黒い魔本が異常なまでに輝きだすことも、ブラゴが呼んだ名前まで同じであることも。

「――まあリハビリには丁度いいでしょう。アイアン・グラビレイ!!」

 ブラゴの手から放たれた重力の塊が複製された能力者達を押し潰した。その威力が凄まじかったのか、圧迫された途端に粒子となって消えていく。

「ま、まさか、まさか……!!」

「……術の方はもう少し、ってところかしら。それで、あなたは戦えると考えていいの?」

 驚愕する複製ゾフィスに構うことなく、女性、シェリー=ベルモンドは上条の方を向いた。先程右手で相手の攻撃を消し飛ばしたのを見た為に、戦えると見て問いかけたのだろう。

 それに上条は軽く手を振って答えた。

「あいつら相手に接近戦なら相性抜群。その代わり武器も飛び道具も使えない。遠距離戦だと盾になるのが精一杯、ってところか」

「なら十分ね。前に進むか、下がって彼女達を守るのかは任せるわ。但し合図をしたら必ず下がりなさい」

 フレイルを握り直し、軽く肩を回しながら、シェリーは眼前の敵を見据えた。

「最近無駄な見合いが立て込んでて、丁度ストレスが溜まってたのよね……」

 ……淑女に似合わぬ、獰猛な笑みを浮かべながら。

 

 

 

「ま、まさか……あの人間界から使い手(シェリー)を連れてきたというのですか!?」

 複製ゾフィスは戦慄していた。それこそあり得ない話だからだ。

 この世界に来たのだって、偶然の産物にすぎない。

 元々は何かの実験だったのだろう。ジェイル・スカリエッティ(あの男)に呼び出されたからこそ、この世界に来ることとなったのだ。しかも、相手は魔界の住人そのものを呼び出すことが目的だったのか、誰が来ようと関係なかったらしい。

 しかしそれはゾフィスにとっても同じことだった。今までブラゴの目に怯えながら過ごす日々だったが、世界そのものから抜け出してしまえば恐るるに足らない。術に関しては仕方ないと思うが、世界を移る時に何故か手に入った魔本を使えば術が使えるかもしれないと、本の使い手を探し出したのだ。魔本を用いて術を使えること自体は先程確認した。その事実と彼らから得た戦力、そしてこの世界に関する情報を用いて、この世界で力をつけることを決意したのだ。

 複製である自分自身は試しに作られたスペアプランみたいなものだが、やること自体は本物と大して差はない。必要なのは戦力だ。その為に偶々残っていた、かつての使い手であるココの髪の毛から得たDNA情報を元に使い手を検索した。譲り受けた戦力に関しても、前回の戦いで用いた千年前の魔物達とは勝手が違うが、一部の使いどころか難しいものを除けば、ある意味で優秀とも言える。

 その使い手自身も、本物曰く『以前のココよりも使える』らしいので、後で確認してみるのもいいだろう。

 複製である自分に本来本物が受け取った筈の戦力を全て渡されたのもそれが理由だ。複製であるからこそ、時間制限がある自分が囮役を買って出たのだ。とはいえ、昨日の情報検索の為の囮作戦を外側から眺めていただけでも大まかには把握できた。

 AMFを用いるだけでこの世界の敵、魔法使いの連中は簡単に無力化できる。さすがにあの男と同じ存在である者達や魔法に頼らない人間に関しては対応外だが、それは他の戦力で十分対処できる。

 ……筈だった。

 けれども、そもそもの計算外は魔界にいる筈のブラゴが、以前魔界の王を決める戦いの為に訪れた人間界に一度寄り、かつての使い手であるシェリーを連れてこの世界に乗り込んできたことだ。最初こそ驚きはした複製ゾフィスだが、一度冷静になればそれこそ頭が冴えてきている。

「ふ、ふふふ……ならば見せてあげましょう。私の切り札を!!」

 そう、自分も術を使えなくなるが、それは相手も同じことだ。

 複製ゾフィスが指を鳴らすと同時に、ガジェット・ドローンの群れが複製された能力者達の間から出てきた。昨夜の倉庫で大半を失いはしたが、元々自らの術も封じられるという諸刃の剣、いざという時の防御手段に残した数台は保険にと残しておいたのだ。

 展開される『Anti Magi-link Field』により、この周辺で魔法を使うことは困難となる。それは魔物の術とて例外ではない。

(……調べ間違えてないですよね? その辺りは信用していいんですよね!? ……というか、先に試しておけばよかった)

 しかし、その根拠となるのはジェイル・スカリエッティがゾフィス自身を調べた上で、体内に潜む術の源にも対応できると聞いただけに過ぎない。

(まあいい……そうなったらそうなったで、最後ははったりで誤魔化す!!)

 内心で若干情けないことを考えながらも、複製ゾフィスは声高らかに叫んだ。

「さあ、これであなたも術が――」

 バキンッ!!

「――つか、え……え?」

 ……筈が、シェリーが放ったフレイルのスパイクにより、うちの一台が破壊されてしまう。

「物理的には壊せるのね……」

 試しに、と放ったのだろう。シェリーは呆れながらスパイクをフレイルの先端に巻き戻していた。

「ついでに言えば、範囲外から一定以上の威力で撃てば消される前に破壊できる。多分ギガノ級以上ならいけるんじゃないかな?」

「あら、そうなの?」

 とはいえ、それでも直接ぶん殴る気満々なのか、シェリーはフレイルを軽く振っていた。その横で上条も指を鳴らしてから、拳を軽く打ち合わせている。

「そんじゃま、行きますか」

「フン」

 軽く鼻を鳴らしたブラゴと共に、複製された能力者達へと駆けだしていく。

 

 

 

「うわぁ~すごいことになってるな。あっ、上条さんがナルシストっぽい髪の長い男の子をぶん殴った」

「はいはい、怪我人は大人しくしててね……癒す親指の鎖(ホーリーチェーン)

 原付から降りたこなたは和美を一度地面に座らせると、十字架のついた鎖を具現化させて怪我をした足に巻き付けさせた。

「とはいっても、自然治癒能力を一時的に強化しているだけだから、応急処置にしかならないよ。後使い過ぎると、多分寿命削れる」

「……怖くなること言わないでよ。ところであの眼鏡の女の子が掲げているフリップ何?」

「あ、やばい。それ全部従ったら洗脳されるから気を付けて!! 後ウンコもないし、手首を擦り合わせても別にいい匂いしないから!!」

『誰が引っかかるかっ!!』

 何故か複製ゾフィスも含めてのツッコミが飛んだ気がしたが、ブラゴは一人我関せずとばかりにガジェット・ドローンを殴り壊していた。

「弱いな……」

「なら、あっちはどうお兄さん。軍隊仕込みに武器豊富、おまけにあの男は確か六本腕」

 そう言って上条は銃器を構える五人組を指差し、ブラゴに教えてからカラオケマイクを持った男に右手を打ち込んだ。

「シェリー、あの鉄屑共を片付けてろ。術は使わなくていい」

「ブラゴ、遊んでないでさっさと片付けなさい」

 そういうシェリーも中華服を着た男をフレイルで殴ってから腹を蹴り飛ばし、その勢いでスパイクを飛ばした。スパイクは寸分違わずガジェット・ドローンに当たり、機械片をあちこちにばら撒かせている。

「さてと、あっちは大丈夫そうだし……朝倉さん動ける?」

「うん……大丈夫そう」

 足に巻かれた鎖が解けると、和美は立ち上がって軽く踏み込んだ。特に痛みはなく、和美は一つ頷くとこなたの方を向く。

「ところでちょっとお願いがあるんだけど……聞いてくれる?」

「どうするの?」

「ふっふ~ん」

 和美は、懐から取り出したあるものをこなたに見せる。それは、今朝千雨から受け取った、彼女曰くの切り札であり、

「……なんで持ってるの、それ(・・)

「これ用意したの、やっぱりこなちゃん達だったんだね。上条さんの話を聞いてから薄々勘付いてたけど」

 こなた達が用意したそれを強く握り込む。そして和美は振り返り、複製ゾフィスを睨み付けた。

「接近するしかないけど、『HUNTERxHUNTER』の通りなら大丈夫かな、って」

「まあねぇ・・・・・」

 こなたは再び原付に跨り、エンジンを掛ける。

「ほいじゃま、乗ってよお客さん」

「ほいほい」

 和美は後部座席に跨り、こなたの肩に手を回す。

「ではでは、安全ルート(・・・・・)でしゅっぱーつ!!」

 少し遠回りする感覚で、二人を乗せた原付が走り去っていく。

 

 

 



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第22話 暗転する暗殺者

「そろそろか……」

 ブラゴは巨大ロボットの手をもぎ取り、模型(オブジェ)を実物に変えた男に投げつけて黙らせてから腕を構えた。

「そうね……下がりなさい!!」

「ちょっと待って!!」

 最後のガジェット・ドローンを破壊したシェリーに一喝された上条は、浴衣を着た男が振り被った鉄棍棒を殴り返してから慌てて駆け下がった。

「いいぞ、やれ!!」

「ブラゴっ!!」

 シェリーの持つ黒い魔本が輝きだす。

 その輝きに応じて、ブラゴの手が魔力に汚染されていく。

「――バベルガ・グラビドン!!」

 そしてブラゴの術が放たれた。

 巨大な壁が複製された能力者達を押し潰していく。

 ガジェット・ドローンが存在しない為、AMFで術を防ぐことは適わず潰されていった。

『俺が死んでも、第二第三のヒデヨシが……』

「……似顔絵?」

 レーザーで真っ二つにされた車の陰に隠れていた上条の横で、猿に似た顔の男の似顔絵が消えていき、何故か一緒に漏れ出た声と共に消えて行った。

「そう言えばいたな、最後にいいとこ持ってった奴。……あれ、二人は?」

「バイクもないし、怪我の程度を見て一度帰ったんじゃないの?」

「いや……」

 本を閉じて一度上条の元へと下がってきたシェリーが応えてきたが、一緒についてきたブラゴがそれを否定した。

「……どうやら違うみたいだ」

 指差された先に残された轍は、上条達が来た方角から丁度垂直に伸びていた。

 

 

 

「や、やばい。やばすぎでしょう……」

 複製ゾフィスは恐怖のあまり、気持ちが沈み始めていた。

 頼みの綱のガジェット・ドローンはない。というか、まともに試す前に物理的に破壊されてしまった。複製された能力者達も先程の術で一掃されてしまい、もう残っているのは隣にいる複製千雨だけである。

(こうなったら逃げるしかない)

「そう、逃げるしかない……」

 心の声に従い、複製ゾフィスは脳内で逃げる算段を弾きだそうとする。

(しかしこれでいいのか? また逃げ出すのか?)

「し、しかし……私ではブラゴには……っ!?」

 歯噛みするも、心の声は止まらない。

(だがもう逃げられない。手強い魔物もいない。心を揺さぶる材料もない。こうなったら、もう死ぬしかない)

「そう、死ぬしか……ってあれ? 何故私はそんなことを?」

 疑問に思うも、心の声は止まらない。

(いやいや、生きていてもブラゴから逃げ続ける運命だって。魔界に帰っても、この世界に残っても結果は変わらないよ。そもそも、この世界で魔法を覚えても、どうせ全部重力であっさり押し潰され――)

 複製ゾフィスは勢いよく後ろを向く。そこには手をメガホン代わりに狭めて声を送り込むこなたがいた。

「……どうして、ここにいるのですか?」

「ふっふっふ~、こっちには安全ルートを探れる鎖があるのさ、っと!!」

 その言葉と同時に、こなたの右手に鎖が具現化され、複製ゾフィスへと伸びた。咄嗟に浮遊して避けようとするも導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)に腕を取られてしまい、立っていた地面へと叩き落とされてしまう。

「ぎゃふっ!?」

「それで私は時間稼ぎ(・・・・)、ってね」

 時間稼ぎ、と聞いた複製ゾフィスは慌てて複製千雨の方を向く。しかし、彼女の存在は既に希薄なものと化していた。

「全く、肖像権の侵害だよね。……そう思わない、千雨ちゃん」

 複製ゾフィスの視界に映っていたのは、複製千雨を後ろから抱きしめた和美が、右手に握っていた何かを首筋に当て、そこから存在を破壊している景色だった。

「な、何故……何故消えているっ!?」

「それが異能の力なら……」

 和美は自慢げに手に握っていた一発の弾丸(・・)を複製ゾフィスに掲げて見せた。

「確かに『完全魔法無効化(マジックキャンセル)弾頭』よりかは有効だね。名付けるとしたら『幻想殺し(イマジンブレイカー)弾頭』かな?」

「まさかっ、さっきの男の……!?」

 上条の戦闘を思い出し、その能力がすぐ近くに来ていることに複製ゾフィスが驚愕する。しかし間髪入れずに、和美は弾丸を指で弾いた。

「という訳で人のセリフは私のものっ!」

 受け止めた弾丸を握り込み、辛うじて上半身を起こした複製ゾフィスに向けて、指の間に挟んだ幻想殺し(イマジンブレイカー)弾頭の先端を拳ごと突き出す。

 

 

 

「――千雨ちゃんを泣かせる幻想は、この和美お姉さんが全部ぶち殺すっ!!」

「ごはっ!?」

 

 

 

 殴り飛ばされながら、複製されたゾフィスという幻想は粉々に砕き殺された。

 同時に、複製千雨が持っていた本が背後で燃え出していたが、和美は構うことなく弾丸を懐に仕舞い込む。

「……でも二人共、実質一ヶ月位しか差がないよね。誕生日」

「生まれたのは私が先だからOK!!」

 複製ゾフィスが消えたと見るや、向こうの方でシェリーと上条を両肩にそれぞれ抱え上げたブラゴが、明日菜が駆け出した方へと走り出した。もうここに用がないと見て、本物の方に向かったのだろう。若干恨めし気な苦情が響いてきているが。

「じゃあ私達も急ごうか。……にしても、この弾丸どうやって作ったの?」

「ああ……前に上条君の右手が切り落とされた時に、捨てるのももったいないからって指切り落として磨り潰しても効果があるか調べたんだよ。それで効果があったから、弾丸の先端に(まぶ)して固めてみたんだよね」

「……ちょっと待って。じゃあなんでその右腕が普通にあるの!?」

「再び生える仕様です」

 原付を起こしながら、右手でサムズアップをかますこなた。その様子に呆れながら、和美は後部座席に腰掛けた。

「じゃあ私達も急ごうか」

「うん。……でも、大丈夫じゃないかな?」

「なんで?」

「いや、よく考えたらさ……ネギ君は主人公(・・・)なんでしょ?」

 振り返るこなたに、和美は明日菜がいるだろう方角を指差した。

「……だったらもう解決しているんじゃないの?」

 ――その方角の空に、稲光が瞬くのが見えた。

 

 

 

 

 

「……うわ、本当に当たった」

「こんな時に当てずっぽう!?」

 

 

 

 

 

 時は戻る。

「ち、さめ、さん……?」

 目を覚ましたと思い、ネギが顔を近づけたのだが、目が合ったのは、

「どうして……?」

 千雨の持つSIGP230の銃口だった。

「……ッ!?」

 千雨の指が動くのを察し、ネギは銃口を捌くも、放たれた銃弾は彼の顔を掠ってしまう。そして彼女は転がりつつネギから距離を取り、再び銃口を向けてきた。

「一体どうしたんですか、千雨さんっ!?」

「……れ」

 ネギは叫ぶも、千雨からの返事は銃声だった。

風楯(デフレクシオ)ッ!!」

 無詠唱呪文で魔法障壁を形成し、放たれた銃弾を弾く。幸か不幸か、千雨の腕が良くて狙いが正確な為に、咄嗟に急所を覆う様に守ったネギの判断がその命を救った。

「……っ!」

 しかし、それは裏を返せば、千雨がネギを殺そうとしたことになる。

「……も」

「千雨さん……」

 ネギは身構えるが、千雨の言葉には意味をなさなかった。

「よくも……よくも私の人生を壊してくれたな!! 魔法使い(・・・・)!!」

「千雨さ……っ!?」

 突き刺さった言葉に迷ったせいで、ネギの反応は遅れた。

 千雨が投げつけてきた小型の閃光弾で、ネギは目を晦ませてしまう。陽光に照らされて元から明るくなければ、視界が暫く使い物にならなかっただろう。しかし、千雨にとってはそれだけで十分だった。

「ひゅっ!!」

「っと!?」

 千雨の掌底を捌くが、返しで抑え込むことができない。ネギが手を出すのを躊躇ったのもあるが、SIGP230が未だに彼女の手の中で狙ってくるので、意識が分散してしまっているのだ。

「お前達さえ、お前達さえいなければっ!!」

「待って下さい、落ち着いてっ!?」

 どうすればいいのか、ネギ自身にも分からない。けれども、千雨の攻撃が止むことはなかった。仕方なく、銃を持つ手を抑えつつ、絞め技の応用で拘束する。

「千雨さんっ!?」

「なんで、だよ……」

 ネギの声は、千雨には届いていなかった。

 

 

 

「なんで……なんで誰もっ、私の話を(・・・・)信じてくれないんだよ(・・・・・・・・・・)!?」

 

 

 

「あ……」

 それでネギは思い出した。思い出してしまった。

 ISSDA特別顧問に任命された彼女が最初に取り掛かった案件は『麻帆良学園に展開されている学園結界の調整』だった。

 結界自体に異常はない。しかし、麻帆良学園にはあの世界樹の木、『神木(しんぼく)蟠桃(ばんとう)』がある。学園創設者の故意か、はたまた何らかの偶然かは知らないが、この世界樹と学園結界との作用で、魔法を用いた現象に対して『ありえない』ということが『そういうこともある』という認識に書き換えられてしまうのだ。

 この学園都市に最初から住んでいるような人間ならば『環境の適応』でそうだと思い込んでいる場合が多いが、実際は学園都市に住む全員、半強制的に『環境の適応』が行われているのだ。

 しかし、それが必ずしも全員にしっかりと掛かっている訳ではない。千雨の様に、学園自体がおかしいと懐疑的になっている人間は少なからずいるのだ。魔法の存在を理解する下地はあっても、魔法のあるなしを信じるかはまた別問題である。

 だから千雨はまずその認識変換を調整しつつ、懐疑的な人間に対して魔法使い達に精神的保護を求めた。

 本来ならばありえないと傲慢に締めくくるかもしれない。もしかしたら一部の魔法使い等は一笑に付すかもしれない。半ば懐疑的な案件だが、幸か不幸かあの映画(・・・・)を上映したせいで話はあっさりと通ってしまったのだ。

「明日菜さん……ある意味ファインプレ「放しやがれッ!!」――ぶっ!?」

 足を踏み抜かれた後に肘打ちを喰らい、ネギが千雨の手を放してしまう。そして振り向き様に放たれる銃弾が足を掠る。

「ちっ!」

 SIGP230の弾が尽きたらしい、スライドが下がったまま元に戻っていない。手動で戻してから銃を仕舞ったところを見ると、どうやら予備の弾倉はないらしい。他の武器があるかは分からないが、少なくとも目に見えるものは存在していない。が、

「フゥ……ハァ……漸く追いつきました。どんだけ離れた所から転移できるんですか、もう…………」

 そこにゾフィスが駆け付けてしまった。

 ゾフィスはゆっくりと浮遊し、千雨の横に並んで立つ。

「まあいいでしょう。さて、あなたはびゅるっ!?」

 そして千雨に殴られた。魔本で。

「黙れ。いいから魔本(これ)の使い方を教えろ」

「いや、あの、だからって、それで殴る必要は「眼球抉られて、手足の爪を剥がされたくなかったらさっさとしろ」――本を読めばいいだけです。感情を込めてっ!! そうすれば私が術を行使できますっ!!」

「それでいいんだよ……じゃあ、あの魔法使い(・・・・)の方を向け」

 千雨が魔本を開く。その本の輝きは凄まじく、同時に禍々しさが際立っていた。

「千雨さん……なんで…………」

「どうでもいいんだよ……私を苦しめた魔法使いさえ殺せれば、それだけで満足なんだよ!!」

 ネギが身動(みじろ)ぎするも、千雨の殺意は止まらない。

「……ちょっと待ちなさい、私のことを無視して話を「第一の術、ラドム!!」――うえぃっ!?」

 主導権を握ろうとゾフィスが振り向くが、千雨は我関せずと術を唱えていた、どうにか腕を出したものの、術である爆発球はネギの手前の地面に衝突して土埃を立てている。

「ちょっと、私の話を「むこう向けって言ってんだろうが!!」――あぶっ!?」

 顔面に蹴りを入れられてしまい、ゾフィスは仕方なく言う通りにする。

「くそう……ちょっと!! あなた達、この人に何したんですかっ!? 憎しみを少し増やしただけでこんなに攻撃的になるなんて信じられないんですけどっ!?」

「洗脳した元凶が何言ってんですかーっ!!」

 ネギとゾフィスが互いに指差して叫んでいる中、千雨は一通り魔本のページを捲っていた。どうやらどんな術があるか把握しているらしい。

「……ラドム」

 ゾフィスから再び爆発球が放たれる。今度こそネギに向かってきた術を、彼は再び風楯(デフレクシオ)で軌道を逸らしたが、炸裂する火の粉に身体が軽く炙られてしまう。

「術を読み上げるだけでいいのか……よし、私の指示通りに構え続けろ」

「だからなんで「あ?」――どちくしょぉおおおお!!??」

 先程からの暴行で若干恐怖心が芽生えたのか、千雨の一睨みでゾフィスは反射的に従ってしまった。そして再び、魔本が輝きだす。

「ロンド・ラドム!!」

 鞭状の火炎放射、爆発の鞭がネギに迫りくる。

「……魔法の射手(サギタ・マギカ)っ!!」

 ネギは拳を構え、魔法の矢を顕現させる。数は三。

連弾(セリエス)光の3矢(ルーキス)!!」

 爆発の鞭は自在に(なび)くが、ネギはその動きに合わせて魔法の矢を放った。鞭と矢が激突し、周囲に爆発を呼び起こす。

「テオラドム!!」

「千雨さんっ!!」

 ネギの叫びは届かない。先程よりも高速で一回り大きい爆発球が迫りくる中、どうにか瞬動術で回避する。

「ロンド・ラドム!!」

「しまっ――!?」

 しかし、回避する場所を予想したかのように、爆発の鞭がネギに襲い掛かってきた。どうにか手だけを伸ばし、手早く呪文を唱える。

風花(フランス)風障壁(バリエース・アエリアーリス)っ!!」

 攻撃を防いでから素早く虚空瞬動を繰り返して移動する。千雨の性格から、間髪入れずに次の攻撃が来ると予想したからだ。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!! 闇夜切り裂く(ウーヌス・フルゴル)一条の光(コンキデンス・ノクテム)我が手に宿りて(イン・メア・マヌー・エンス)敵を喰らえ(イニミークム・エダット)――」

 千雨には攻撃できない。だからネギはゾフィスに狙いを定める。

白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)!!」

 ネギの手から放たれた稲妻が、ゾフィスを襲う。

「防御呪文です!! 早ぐぎゃばばばっ!?」

 容赦なく降りかかった稲妻に感電し、ゾフィスが倒れこむ。

「どいつもこいつも、勝手だよな……」

「千雨さん……」

「あのぉ……私は無視ですか?」

 ゾフィスが地面に横たわったまま、ネギと千雨は二人、向かい合っていた。

「昔の私がどんな気持ちだったか分かるか? 誰にも信じて貰えず、嘘吐き呼ばわりされて、一人ぼっちでっ! ひどい時にはものを投げられたっ!! その気持ちが分かるか魔法使いっ!!」

「千雨さんっ!!」

 ネギの声は届かない。千雨の手は既に、地面に落ちていた武器(ゾフィス)に伸びていた。

「もっと高火力の呪文はどれだっ!?」

「だからぐっ!?」

 そして千雨の手は、ゾフィスの首を的確に掴んでいる。なので首を絞めるのも訳がなかった。

「さっ、最大呪文はっ……だい、よん、の…………」

「これで終わりだ、魔法使い……くたばりやがれっ!!」

 千雨の持つ魔本がさらに輝く。

 ただ、ネギは動けなかった。千雨の憎しみに、心からの嘆きに気持ちが竦んでしまっていたからだ。

(話には聞いていたけれど……本当に憎んでいたんだ)

 もしかしたら、今でも心の底で憎んでいたのかもしれない。7年前に告白した時も、本当はその時の憎しみで内心憤っていたのかもしれない。

 そう考えると、ネギの意識は暗闇に閉じ込められてしまう。

「第4の術っ、ディオガ・テオラドムっ!!」

 その大きさは、植木耕助の放った『魔王(まおう)』の比ではなかった。禍々しき業火球は、まっすぐネギへと向かっていく。

(僕は……どうすればいい?)

 そして業火球は、ネギのいる一帯に火炎の爆発を撒き散らした。




 再掲載中はないと思いますが、現状少し忙しくなる可能性がある為、もしかしたら更新を休むことがあるかもしれません。その際は活動報告なりで事前に連絡するようにいたします。
 これからも宜しくお願いいたしますというか長すぎんだよ馬鹿野郎!!
 最初に想定した三部作の一部すら漸く佳境とか、どんだけ続くんだよこれ!!
『魔法反徒ネギま』もあるのに!!



 ……完結する頃には三十路になってたりしないよな、俺(泣)


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第23話 その一線を越えられるか

「はっ、はははっ! はは「うるさい」――はぶっ!?」

 業火球が炸裂したのを見て、ゾフィスが高笑いを挙げようとするも、千雨に地面に再び叩きつけられてしまい、断念してしまう。

「さっさと立て。構えろ」

「なっ、何を言っているのですか?」

 ゾフィスは立ち上がりながら、千雨の言葉を(いぶか)しんだ。

「もっと厄介な奴(・・・・)が来やがったんだよ……ところで」

 しかし我関せずと千雨は魔本のページを(めく)りつつ、ゾフィスに問いかけた。

「……さっき言ってた防御呪文って、どれだ?」

「第5の術ですできれば最初に聞いて欲しかった!!」

 

 

 

「え……?」

 気が付けば、ネギの目の前には一人の女性が立っていた。

 迫り来る業火球を切り裂き、一振りで火炎を薙ぎ払ったのは、彼自身良く知る相手だった。鈴鳴りのツインテールをした彼女は、右手に握ったハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)を肩に担ぎ、ゆっくりと首だけを振り返らせる。

「明日菜、さん……」

 そこにいたのは、ネギの姉貴分にして最初の従者(パートナー)、神楽坂明日菜だった。そして彼女はネギを一瞥すると、再びハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)を構えつつ振り返る。

「あ――」

 ザシュッ!!

 ネギが何かを発する前に、明日菜は地面に向けてハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)を振るい、一本の線を引いた。まるで、ネギと明日菜を隔てる境界の様に。

「……その線から出ないで、じっとしていなさい。すぐに片付けてくるから」

「え、な……」

 何も言えなかった。明日菜の真顔に、千雨の言葉が心に突き刺さっていたネギには、何も言うことができなかった。

「やっぱりおこちゃまには……」

 

 

 

「……恋愛なんて早すぎたみたいね」

 ネギは、何も言えなかった。

 

 

 

「私を運べ、あそこがいい」

「あ、はいただいま!!」

 ゾフィスによって千雨は切り立った岩山の上に立ち、再びネギに背を向けた明日菜を見下ろした。

「明日菜さん、駄目「黙ってなさい、馬鹿ネギ」――で、す……」

「私は今から、友達を助けるのに忙しいんだから」

 明日菜から真っすぐな言葉を受けながらも、千雨は軽く鼻で笑うだけだった。

「何が友達だよ。そっちにつく時点でてめえは敵だ……バカレッド」

バカレッド(・・・・・)、ねぇ……」

 直接的な拒絶と言葉の暴力を受けるも、明日菜は顔を歪めて笑うだけだった。

 そして明日菜が駆け出すのを合図に、千雨は呪文を唱えた。

「ラドム!!」

 放たれた爆発球を明日菜はハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)の一振りで薙ぎ払う。

「ロンド・ラドム!!」

 しかし、薙ぎ払った直後に爆発の鞭が明日菜を襲う。

「左手に「魔力」、右手に「気」っ!!」

 咸卦法。魔力と気を掛け合わせて身体を覆い、強化する究極技法(アルテマ・アート)

 明日菜は咸卦法の物理防御だけでゾフィスの攻撃を耐えきり、構わず駆け出した。

「テオラドム!! ラドム!!」

 術が連続して放たれる。飛び道具のない明日菜にとっては不利な状況だが、それでも彼女の足は止まらない。

「――くっ!!」

 刀身で一発目を弾くも、緩急をつけられた為にタイミングが狂い、咸卦法越しに一発喰らってしまう。

「……っのおおおお!!」

 だが明日菜は耐えきった。

 一番軽い術ということもあるが、今迄受けてきた過去の攻撃の方がきつかったのもあるが、それ以上に、明日菜には譲れないものがあった。

(これ以上……)

「オルガ・ラドム!!」

 螺旋状になって迫り来る爆発の槍を、明日菜はハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)を盾にして防ぐ。余波を完全魔法無効化(マジックキャンセル)で打ち消せてはいるが、威力が強いのかはたまた相性の問題か、完全には消しきれていなかった。

「ギガノ・ラドム!!」

 次いで放たれた大型の爆発球を切り裂き、咸卦法の出力を上げて防ぎ切った後も、明日菜の歩みは止まらない。

(これ以上っ!!)

「……好き勝手やってんじゃないわよっ!!」

 

 

 

「明日菜、さん……」

 連続して放たれる小型の爆発球に構わず、時折来る大型や高速の火球を切り、槍状の爆発や炸裂する鞭を刀身で防ぐ明日菜を見つめるネギ。しかし、彼の足に力が入っていなかった。

「なんで、なんで僕は……立てないんだ」

 今迄にも、つらいことはあった。今迄の方が、強い敵が多かった。

 しかし今回は違う。直接的な憎悪を向けられているのだ。しかも、その憎悪は魔法使い達に向けられている。それはネギとて例外ではない。

「いったい、どうすればいいんだ……」

 もう、まともに見ることは適わなかった。

 憎悪を振りかざす千雨(想い人)も、傷付きながらも進む明日菜(姉貴分)も。

 何もできない、そう感じたネギは下を向いてしまう。

「僕は――」

 カラン、と何かが落ちる音がした。

「あ……」

 それは、千雨と一緒に行ったイベントで購入したリストチェーンだった。彼女と映画に行った日に、その後で立ち寄ったのだ。

(そう、千雨さんに(・・・・・)、誘われ、て……)

 ネギは過去の出来事を反芻する。

『……ホント賭博している時のラザルスさん凄過ぎますぅ』

『死ねよ。リーラ傷つけた奴全員死ねよ。頼むからさぁ……』

 一緒に映画を見た。

『でもあの盗聴器は何だったんでしょうね?』

『お前のファンか敵だろ? もしくは過保護な姉貴分』

 フードコートでお茶をした。

『おらおらおらっ!!』

『先行しすぎですよ~!!』

 イベントのKMF操縦体験ブースで一緒に遊んだ。

『悪い、ネギ先生。病人の看病頼まれたからこれからそっち行くわ』

『だったら僕も行きますよ。流石にそれ聞いて帰れませんって』

 ネギの知らない、千雨の生活を垣間見た。

『上条当麻だ、よろしく。前に聞いたんだが、長谷川の担任だったんだってな』

『はい、ネギ=スプリングフィールドと言います。よろしくお願いします』

『じゃあ様子見てくるから、少し待っててくれ。ネギ先生』

 ネギ達以外の友人と親しい千雨を見た。

『……まるで、星の海だな』

 喫茶店の二階で、一緒に星を見た。

 展望用の窓からの景色や、携帯の写真を共に見て、約束したのだ。

『いつか……見に行きませんか、星の海を』

『ああ……』

 その時、千雨がどんな顔をしていたのかは分からない。どんな気持ちだったのかも。

 けれども、しかし、それでも……約束したのだ。

 

 

 

『いいな。いつか、見に行こうぜ。……絶対に』

 

 

 

「そうだ、僕は千雨さんと、でも……」

 約束はしても、千雨が抱く憎しみは本当だった。だからネギは、どちらの過去を信じればいいのかが分からなかった。

 年相応に笑い、はしゃぎ、誰かの為に動ける彼女か。

 それとも憎悪を持って、魔法使いを傷付ける彼女か。

 どうすればいいか分からない。千雨が自分から、ネギに近付く理由が分からない。

 親しくなろうとしたのか、傷付けてやろうとしたのか……彼女の気持ちが分からない。

「ははっ、やっぱり、僕に黒なんて似合わない(・・・・・)……あれ?」

 自分で言った言葉に、ネギは疑問を持った。千雨を召喚した時に、彼女の手首がチラと見えたからだ。

「あれ、なんで……」

 ネギは顔を挙げる。未だに術を唱え続ける千雨を見つめ、その手首に巻かれているリストチェーンを見つめた。先程はブラウスの袖に隠れてあまり見えなかったが、今では魔本を両手で構えている為に捲れて、はっきりと見えている。

(魔法使いの僕と御揃いなんて嫌な筈だ。記憶がない? いや、千雨さんは無駄なものが嫌いな人だ。似合わないアクセサリーなんて……)

 ネギは、四肢に力を入れた。

(……そうだ。何か理由がない限り、似合わないアクセサリーなんて……絶対に付けないっ!!)

 ゆっくりと、だが確実に立ち上がった。

(確かに、千雨さんは魔法使いに憎しみを抱いている。……でも、千雨さんは)

「…………ラス・テル」

 右手に魔力を込めて、ネギは呪文を唱える。

「……マ・スキル」

(それでも千雨さんは……その魔法使い(・・・・)と一緒に居てくれたっ!!)

 ただの憶測かもしれない。

 それでも、ネギは内心で、それが事実だと信じ込んでいた。

(千雨さんも、戦っているんだ……心の中で)

「マギステル!!」

 ネギはただ一点を、睨み付ける。

 

 

 

「ああもう、きりがないわね……」

 細かい爆発球を連射され、足止めされた明日菜は焦っていた。

(剣と咸卦法で爆発は防げても、飛び道具がないこっちが圧倒的に不利、か……)

 一気に駆けよれば今度は大技で仕留められる。大技自体を捌くことは可能だが、もし広範囲のものであれば、後ろにいるネギにも攻撃の余波が行ってしまう。

「攻撃は一点じゃなくて広範囲に狙いをつけろ。奴は勘がいい、下手に狙いがいいと簡単に避けられる。ついでにそこらの岩にも撃ちこめ。細かくすれば飛び道具として使われる心配はない」

「って!! 容赦なさすぎでしょう!!」

「うるさいテオラドム」

 返事と術が同時に来た。

 元々状況に対しての適応力というか、物事への応用力が高い千雨だ。おまけに戦闘に関しては、映画の撮影中に真名という強力な指導者がいたのだ。打ち合わせと称してのどか、夕映、和美等と共に話し込む度に彼女の戦略性は無駄に仕上がってしまっている。今回の発端でもある倉庫での単独戦闘も、その知識があったからこそ実行を決意したのかもしれない。

「あっちゃあ、ちょっと失敗したかな~あの映画撮ったの」

「こっちにとっちゃあ人生最大の屈辱だ!! 頭痛薬代返せバカレッド!!」

「そこまで言う!?」

 あの攻撃の中でも聞こえてきたのか、千雨のツッコミが明日菜の耳と心に突き刺さる。

 その隙に千雨は魔本のページを捲り、後ろのページを開いた。

「今こそバカレッドを駆逐する時……そろそろいっとくか、第8の術」

「正直低級呪文連発するよりかは「何か言ったか?」――いえ何もっ!?」

 そして魔本が輝きだす。明日菜は剣を構えて、静かに相手の出方を窺った。

「くたばれバカレッド!! ディガン・テオラドム!!」

 ゾフィスの手が上に向けられる。そして、その上空に無数の爆発球が生まれる。大きさはテオラドム以上、ギガノ・ラドムに近いが、数が違う。

「うっそ……」

 流石の明日菜も、これには唖然とするしかなかった。

 相手が威力だけで攻めてくれれば、先程みたいに叩き切ることも可能なのだが、逆に数が多いと、手数の少ない自分では対応が間に合わない。

(無効化フィールドの展開、剣でも消しきれなかったから駄目。天空にあるからハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)を投げても、今からじゃまとめて消す前に広がっちゃう。……あ、詰んだ)

 それでも攻撃を防ごうとハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)の刀身を盾にし、咸卦法の出力を更に上げる。

「こうなったら剣を盾にして突っ込むしか「明日菜さん伏せてっ!!」――わりゃっ!?」

 攻撃範囲から抜け出ようと駆け出す直前だった。

 突如聞こえた声に従う形になってしまったが、明日菜は足を滑らせて地面の上に俯せに倒れ込む。

 

 

 

「――解放(エーミッタム)!! 雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!」

 

 

 

 そして倒れた明日菜の頭上を、雷を纏った暴風が過ぎ去っていく。その嵐はゾフィスの放った無数の爆発を全て吹き散らしてしまう。

「チッ……来やがったか」

「えっ……」

 暴風が来た方角を見ていた千雨が、その正体に気づき舌打ちする。

 明日菜が振り返ると、そこには魔法を放った術者がいた。

「ハァ……漸く来たのね、ネギ」

「はい……ご迷惑をおかけしました。でもさっきの言葉は撤回して下さい」

「どれ? 『お子ちゃま』?」

 ネギはゆっくりと近寄り、明日菜の横で立ち止まった。

「『恋愛は早すぎる』ですよ……まあ流石に今回は、自分でも情けないと思いますけどね」

「自覚できたら十分よ。それじゃあ、本番と行きましょうか」

 互いの外側の手に得物を担く。

 

 

 

 

 

「手伝ってあげるから……助けてきなさい。自分の想い人を」

「はいっ!!」

 内側の手で拳を作り、軽くぶつけあった。

 

 

 

 

 

「……まあ、男なら自分一人の力で助けないと格好付かないんだけどね」

「舌の根も乾かぬ内に!?」

 それが神楽坂明日菜という女である。

 

 

 

 




 すみません、来週休みます。
 今回の話もどうにか仕上げたのですが、結構ギリギリでした。もし余裕ができれば掲載したいと思いますが、少なくとも来週だけは可能なら休ませてください。お願いします。
 その代わり質は可能な限り(自分基準で)持たせるようにしますで、ではまた再来週に。



シャーリー「……ちゃっかり更新してそうな気がする」



 時間があればね。


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第24話 Last Bullet ~ガチで洗脳したら世界が滅ぶ~

 すみません。
 一週間空けといてなんですけど、タイトルと千雨に対するネギの台詞に若干の不満があります。もうちょいいいネタないかな、とも思いますがこれが精一杯でした。
 それでも楽しんでいただければ幸いです。


「あいつら……勝手なことほざいてんじゃねえぞこら」

「あ、あの、く、くび、にはいって……ぐえっ」

 八つ当たり気味に首を絞められたゾフィスを無視し、絞めた張本人である千雨は肩を振るわせながら魔本に視線を落とす。

「呪文が少ない……たった8つしかないのかよ」

「そ、それが精一杯です……」

 仕方ないとばかりに、千雨はゾフィスを掴んでいた手を解いた。

「まあいい、突っ込んで攪乱しろ。接近している内は速度重視で術を選ぶ」

「いいでしょう……あのクソ共がぁ!!」

 ゾフィスが牙を剥く。

 今迄とは桁違いの速度で接近し、ネギ達に向けて腕を挙げている。

「テオラドム!!」

風花(フランス)風障壁(バリエース・アエリアーリス)!!」

 ネギが前に出てゾフィスの放った術を防ぐ。

「うらあっ!!」

 そして、掛け声と共に爆風を突っ切った明日菜がハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)をゾフィス目掛けて振り下ろした。

「危「ギガラド・シルド!!」――って、このタイミングで防御呪文!?」

 ゾフィスは予想していた。例え防御呪文を唱えても明日菜の持つ、術を切り裂く剣の前では意味がないだろうと。そして予想通りというか、ガリガリとプラスチックを削り切るかの如く、爆発の壁を切り裂いた。

「やっぱり無駄か……次からは回避しろ」

「勝手に実験しな「連弾(セリエス)雷の17矢(フルグラーリス)!!」――少しは会話させろコラ!!」

 ネギの手から放たれた魔法の射手(サギタ・マギカ)を高速浮遊で回避しつつ、背後を取ろうとゾフィスは躍起になっていた。

「くっそ早すぎるっ!!」

 しかし、ネギ達の方が上手だった。

 瞬動術と咸卦法を用いた二人の背後を取ることは難しく、距離を置けば間髪入れずにネギの魔法の射手(サギタ・マギカ)が飛び、明日菜の剣が迫ってくる。

「いいかげんにしろよ、魔法使い共……そんなに私を傷付けたいのか!?」

「ええ傷付けたいですね……千雨さんを縛っている呪縛を!!」

 ラドムの連射に今度は明日菜が飛びつき、ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)を振って薙ぎ払った。

「……来れ虚空の雷(ケノテートス・アストラプサトー)――」

 その間隙を縫う様に、ネギが詠唱しながらゾフィスに迫り来る。

「ギガノ・ラドム!!」

「――薙ぎ払え(デ・テメトー)!! 雷の斧(ディオス・テュコス)!!」

 大型の爆発球と雷の斬撃がぶつかり合う。

 その衝撃に二人は距離を開けてしまうが、ゾフィスはこれ幸いとばかりに千雨の傍まで下がった。

「おいおい何言ってんだよ、魔法使い……私が縛られてる? お前達への憎しみに捕らわれているの間違いだろ?」

「それこそありえませんよ。大体よく考えたら……」

 ネギは語る。

 

 

 

「……千雨さんが本気出したらBlueMars計画乗っ取った上で魔法世界を人質に取って、関係者全員拘束して一纏めにしてからそこに核弾頭ぶち込む様な人なのに、なんで僕一人にこんなに手間かけてるんですか!? アーティファクトで核弾頭の起爆コードを奪ったとか(うそぶ)いてから逃げて態勢を整えれば済むことなのに!!」

「お前ら魔物()よりも人でなしだ!! というか私の魔本の使い手(こいつ)本当に何者っ!?」

 

 

 

 ゾフィスが叫ぶ程語りすぎてしまった。

「まあそれ以上に……そこまで頭の回る千雨ちゃんが、なんで私に対してだけバカレッド(・・・・・)しか言わないのかしらね……」

「そっ、そんなの……は?」

 ゾフィスが思わず、千雨を見る。彼女の持つ魔本の輝きが、徐々にだか落ちてきていた。

「千雨ちゃんってね、本当に優しいのよ……」

 今度は明日菜が語り出す。

「『映画の台詞とはいえ、何もないのに馬鹿にされてるけどいいのか?』って態々聞いてくれるような()なのよ。だから代わりに言ってあげたのよね……」

 静かにハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)の切っ先を千雨達に、いやゾフィスに向けて。

「『じゃあ何かで助けて欲しい時はそう言って。少なくとも私は『助けて』って意味で受け取るから』って。千雨ちゃんは軽く手を振っただけで返事してくれなかったし、私も適当に言っただけなんだけど……覚えててくれたのね」

 ネギも杖を構えだした。ゾフィスが狼狽えだしたからだ。

「まさか、洗脳が……」

「本当はネギにも何か言ってたかもしれないけど……ごめんね、弟が不甲斐無いばかりに待たせちゃって」

 洗脳が弱まり出したのか、魔本の輝きが徐々に落ちると共に、千雨の瞳から雫が零れ落ちてきた。

「千雨さんの心は強いんだ。僕よりも……お前の力なんかよりもっ!!」

「くそっ!!」

 慌てて手を伸ばす。千雨の心を再び操る為に。

 

 

 

 ダァン!!

 

 

 

「がぁっ!?」

 しかし、突如走った痛みに、思わず伸ばしていた腕を抱え込む。よく見てみると、二の腕から血液が激しく漏れ出ていた。丸型の傷跡を反対の手で押さえ、どうにか出血を抑える。

「なっ、何が……?」

 先程の衝撃で千雨の身体が傾くも、ゾフィスは音のした方を向いた。

 視線の先では、ネギが左手で杖をぶら提げる様に持ち、

「だから触れるな……」

 右手でグロック17を構えていた。それは銃口から硝煙を漂わせ、スライドが下がり切って弾切れを示している。倉庫での戦いで残っていた銃弾を、ゾフィスに向けて放ったのだ。

「これ以上……千雨さんの心を穢すな!!」

 右手のグロック17を手放し、左手に握っていた杖を右手に構え直しながら、銃声に呆けていた明日菜に向けて声を飛ばす。

「明日菜さん、千雨さんを!! 」

 正気に戻った明日菜が千雨の方を見ると、ゾフィスが受けた銃撃の余波でバランスを崩したのだろう。足を踏み外してゆっくりと、元の体勢に戻れないまま地面に向けて落下しようとしている。

「……任せて!!」

 それは信頼か、明日菜が駆け出すのも見ないまま、ネギはただゾフィスに狙いを定めていた。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」

「まだだぁ!!」

 それでもゾフィスは諦めなかった。

 微かにだが千雨の心を操ることには成功しているのだ。最後に術を唱えさせることくらい訳はない。何よりも、先程の暴風ならばディオガ級と同等、いや僅かにだがゾフィス側の方が上だと確信していた。

 先程と同じ呪文ならば。

契約により我に従え(ト・シュンポライオン・ディアコネートー・)高殿の王(モイ・バシレク・ウーラニオーノーン)――」

 しかしゾフィスは知らない。ネギが唱えている呪文を、放とうとしている魔法を。

「最後の勝負だ、人間!!」

百重千重と重なりて(ヘカトンタキス・カイ・キーリアキス)走れよ稲妻(アストラプサトー)――」

 千雨の持つ魔本が輝く。

 明日菜が千雨の元へと向かう。

 ゾフィスが抑えていた手を放して構える。

 そして……ネギが全ての詠唱を終えた――!!

 

 

 

「ディオガ・テオラドム!!」

「――千の雷(キーリプル・アストラペー)!!」

 

 

 

 放たれる業火球を、ネギの繰り出した雷が包み込む。

「な……な…………」

 対軍勢用の雷光にゾフィスの放った業火球は引き裂かれ、巻き起こる爆発は無残にも焼き消されていく。

「ばかな……ディオガ級を…………」

 ディオガ・テオラドムの次は、ゾフィスを喰い殺さんと雷が迫り来る。

「これはまさか、シン――――ぎゃぁああああアアアア……!!!!」

 雷に焼かれたゾフィスの絶叫が、荒野に響いた。

 ゾフィスを含めた周囲を駆け抜けた雷が止むと同時に、ネギは肩で息をする。そしてふと、その威力が大きすぎたことに気付いた。

「明日菜さん、千雨さんは「やり過ぎよネギっ!!」――すみません!! つい調子に乗って……ってそれより二人共無事ですかっ!?」

「はいはい……大丈夫よ、ネギ」

 ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)の刀身を肩掛けの屋根にして、千雨を抱えた明日菜がその陰に隠れていた。今は地面の上に腰掛けた明日菜の膝の上で、千雨が魔本を抱えたまま寝転がっている。

「千雨ちゃんも私も無事だから……」

 雷が止み、巻き上がる砂埃が収まると同時に、ネギは二人の元へと駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、麻帆良に魔王が降り立った。

 街道を彷徨う男は指先一つで四人の強者を屠ったと思い、盛大に高笑いを上げている。

「そうだ、僕は最強だ。僕はなんにでもなれるんだ……!!」

 彼は凶器を両手に携え、麻帆良学園都市の中を徘徊する。次の獲物を探す為に。

「さあ、次は誰だ。もう失うもののない僕を止められる奴はいるのか……!?」

 タカミチ・T・高畑。巷ではデスメガネ、トリプルTの異名を持つ男。彼こそ麻帆良に降り立つ魔王――

 

 

 

「止めなさいっ!!」

「あばっ!?」

 

 

 

 ――高畑しずなの夫である。

 しずなの拳を受けたタカミチは両手に持っていたラーメンのどんぶりを手放す。夫の顔面に強烈な右フックを放った彼女は、周囲に飛び散る初期型世界珍味麺の残骸(後程ゾフィスがおいしくいただきました)を見下ろしながら、隣に控えていた金髪の少女に話しかけた。

「ごめんなさいね。私がガセネタに引っかかったばかりに、うちの人が暴走してしまって」

「別に構わん。そっちの被害は敵と馬鹿二人だけだしな」

 荷物を持ったまま腕を組んだエヴァンジェリンが、しずなにそう返す。

「自分の息子達が必死になっている頃に暢気にラーメン食ってたんだ。完全に自業自得だろうが」

「それでも、よ。立派な魔法使い(マギステル・マギ)に関しては理解しているつもりだったけど、まさか私まで巻き込まれるとは思ってなかったのよね……ちょっと甘かったわ」

 それでも、自分が選んだ人間だとしずなはタカミチを抱え上げる。何気なく地面に零れたラーメンを避けながら。

「それで、ネギ先生達は大丈夫かしら?」

「もう3-A全員に連絡してある。手の空いている奴ら全員で行ったから大丈夫な筈だ。だから私は、私のできることをする」

 エヴァンジェリンが向いた方を、しずなも自然と目を向けていた。そこは公園で、視線の先には公衆便所が存在している。現在は怨嗟の声が上がっている為か、誰も近づこうとしていない。

「あの馬鹿共何とかして、ぼーや達の方に向かわせれば、後はどうとでもなるだろう」

「……あなたも意外と鬼ね」

「悪い魔法使いだからな」

 悪びれもせず、しれっと答えた。

 エヴァンジェリンが荷物を持ったまま公衆便所に向かうのを、しずなは(タカミチ)を担いだままゆっくりとついていく。

「そう言えば今日、アスナはどうした? 最近パールを始めたんだが、化石掘りで『化物を倒すのはいつだって――』――……っと、すまん電話だ」

 着信音が鳴った為、エヴァンジェリンは一度荷物を地面に置いてから、懐に手を突っ込んで携帯電話を取り出した。スマートフォン、Xperiaの最新機種である。

 片手で器用にスワイプし、通話状態にしてそのまま耳に当てた。

「ああ、朝倉和美か……何、もう終わっただと?」

 その会話に、二人の足が止まる。

「千雨は保護、犯人も確保した上で恐喝中。ふむふむ……ああ、分かった。気をつけて帰ってこい。こっちは用事を片付けてから様子を見に行くさ」

 通話を切ってから、エヴァンジェリンは携帯を懐に仕舞った。

「どうやら無事に済んだようだ。正直多少はてこずると思ったが……成長しているようだな」

「そう、皆が無事で良かったわ……」

 それを聞いて、しずなはタカミチを背負い直した。

「それじゃあ私達も帰るわね。心配でアスナちゃんだけ留守番させているから急がないと」

「そうか、今度ポケモンスタジアム持って遊びに行くと伝えておいてくれ。この前中古屋で見つけたんだ」

「ええ、これからもあの子と遊んであげてね」

 帰っていく高畑夫妻を見送り、エヴァンジェリンは荷物を抱え直してから再び公衆便所の入り口に立つ。

「コホン……貴様ら生きてるか~?」

「薬を、薬をくれ~!!」

「俺は紙だ!! 早く~」

 未だに個室で呻いているナギとラカンの声を聞き、ドラッグストアの買い物袋を男子便所の中へと投げ入れる。

「薬と紙は置いといたから、勝手に持っていけ」

「ちょっと待てエヴァ!! せめて直接差し入れてくれ」

「紙を、紙を~!!」

 野郎二人の情けない様を拝聴したエヴァンジェリンは、

「……ハッ」

 一度鼻で笑ってから便所に背を向けた。

「何が哀しくて男子便所に入らんといかんのだ。もうぼーや達も大丈夫みたいだし、お前達は用済みだ。後は勝手にやってろ」

『おいこらぁ……』

 力弱い抗議を聞き流し、エヴァンジェリンは帰路についた。

 

 

 

 後日、怨霊蠢く公衆便所として一時期心霊スポットと化したらしいが、彼らがここを訪れることは二度となかった……らしい。

 いやだって、近く歩いてて催したら普通にそこ行くじゃん。その可能性が無きにしも非ずなわけで。

 

 

 

 



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第25話 ああ、ようやくゾフィス編が終わった……ギャグ混ぜても展開分かりやすすぎんだよもうこれヤダ

「無一物、という言葉を知っているか?」

「……無一物?」

「そうだ」

 一人寝そべっていた少女は、顔だけを男の方へと向ける。

 不思議な人間だった。

 金髪の僧侶というだけでも珍しいのに、肩に掛けた長い巻物のようなものが数奇さを際立たせていた。

「俺が師に教わった、唯一の言葉だ」

 男は傘を巻物越しに肩に乗せながら、器用に煙草を抜いて咥える。

「仏に逢えば仏を殺せ、祖に逢えば祖を殺せ、何事にも囚われず、縛られず、ただあるがままに己を生きること……」

 煙草に火を点け、紫煙を燻らせながら、男は少女を見下ろした。

「……なんだ、それ。物騒だな」

「ああ、物騒だな……だからどうした?」

 開き直るなよ、と少女は内心で思いはしたが、口にはしなかった。また、馬鹿にされると――

「そもそもの話……周りに合わせてやる必要が何処にある?」

「え……だって…………」

 少女は顔を逸らした。その視線は男が空いている手にぶら提げる様に持った煙草のソフトパックに意味もなく向けられている。

「一人ぼっちは……寂しくないか?」

「くだらねぇ……」

 少女の嘆きを、男は一言で切り捨てた。

「周りの顔を窺って生きるなんざ、一人で生きるのとなんら変わりないだろうが」

 雨が止んでいく。それでも男は傘を差したまま、煙草を燻らせていた。

「だったら勝手に生きた方がまだいい。……それに」

 雨が止んだ。雲が裂けて見えた青空に、少女は目を向けた。

 

 

 

「人付き合いなんざ、生きてりゃ勝手にやってるもんだ……」

 意外なことにな、と小さくつぶやいた気がしたかと思った瞬間に、景色が遠ざかっていく……

 

 

 

 

 

「…………」

 意識が晴れ、別の景色が眼に映った。

「……夢、か」

 見慣れない白の天井をぼんやりと眺めていると、誰かが顔を覗き込んできた。

「……?」

 ただ黙って見下ろされていると、その顔が徐々に降りてきている。というか、唇が少し尖って――

「うわぁぁああああ!?!?」

「ぎゃばっ!?」

 無我夢中で放った拳が近づいてきた顔に突き刺さる。相手は殴られ、床の上に転がっていった。

「ハァ、ハァ、ハア……」

 肩で息をしつつ、どうにか呼吸を沈める千雨。ぼやけていた視界が晴れるにつれ、近付いてきた者の正体がはっきりしてきた。

「……朝倉?」

「ちさめちゃん、ヒドイン……」

 どうやら千雨の顔を覗き込んでいたのが和美だと知り、千雨はシーツを頭からすっぽりと覆う様に被る。そして手だけを出し、指を突き付けて叫んだ。

「お前そんな趣味があったのかよっ!?」

「ええ……いいじゃん、女の子同士なんだし」

「よくねぇよ気持ち悪いわっ!!」

「元カノ居たくせにっ!?」

「うるせぇ関係あるかっ!!」

 がたがた身体を震わせながら、近くに武器がないかと探すが、千雨が見つけたのはベッドの横にある台座の上に鎮座している、彼女愛用の伊達眼鏡だけだった。

「まあ冗談はさておき「いやもう信じてねえよ。二度と泊めねぇ」――いやホントだから信じてお願いっ!!」

 とはいえ話を進めようと、和美は千雨のジト目を受けながらも強引に話題を押し進めた。

「……どこまで覚えてる?」

「どこまで、って――」

 その言葉を引金に、千雨の記憶が蘇ってきた。

 

 操られている間にネギにぶつけた暴言の数々。無理矢理引き出された憎悪が籠った攻撃。どうにか明日菜に伝えたヘルプ・コール(バカレッド)

 そして、再び見た過去の情景。

 

「ネギ先生と神楽坂があの魔物を動揺させた隙に、どうにか洗脳から抜け出そうとして……その後記憶が飛んでる。夢を見ていたんだが……私はどれだけ寝ていた?」

「大体二日。疲れもあってか、結構爆睡してたよ」

「はあ……それはまた」

 意外と長く寝ていたことに、千雨は内心、自分自身に呆れてしまった。

 和美が少し席を外している間に、千雨は眼鏡を掛けてからベッドの上で上半身だけを起こしながら、周囲を見渡す。どうやら病室らしく、無駄に広い個室であることが窺えた。

「誰が払うんだよ、ここの入院費……いいんちょか?」

 ベッドの向こうにある応接スペースの卓上に、千雨の手荷物が置いてあるのが見えた。

 カード状態に戻っている仮契約(パクティオー)カード、弾切れの筈のSIGP230、そして……腕に巻いていたリストチェーン。

「なんで、巻いてたんだろうな……私」

 そもそも、いつ巻いたのかも不確かだった。

 何かのきっかけで巻いたと思うのだが……

「……あ」

 ふと思い出してしまった。

 ネギに目の前で泣かれてしまい、帰ってからも気持ちが沈んだまま、何故か目についたそれを手に巻いたままずっと……

「千雨ちゃ「ぎゃああああああああ……!?!?!?!?」――ちょっとどうしたの!? 私ぶん殴った時よりもすごい声出してるよ!?」

 頭を掻き毟りながらベッドの上でのたうち回る千雨をどうにか宥めようと、病室に戻ってきた和美が覆い被さるが一向に収まる気配がない。

「落ち着いて千雨ちゃん!! 一体何があったの!?」

「あれは違うあれは違うあれは違うあれは違う……全て朝倉のせいだっ!!」

「もうそれでいいから冷静になってよっ!!」

 そんな時だった。病室の戸が開いたのは。

 ガラッ!

「長谷川さん!! 気がつい、た、の……」

『……あ』

 病室内が騒がしいと手に荷物を携えた赤みがかった茶髪の女性、灰原哀は見た。ベッドの上で千雨が和美に襲われているのを。

 しかし、それを見た彼女は顔を赤らめるどころか、呆れた眼差しを向けながら、空いた手を腰に当てていた。

「人が心配して来てみれば……また?」

「違う!! ってか『また』って何だ!?」

 朝倉を押し退けながら、千雨は否定する為に叫ぶが無駄に終わる。

 呆れた様子で灰原が荷物を置き、そのまま千雨達に背を向けてしまった。

「大丈夫よ。私は泉さんに頼まれて、荷物持ってきただけだから……じゃあごゆっくり」

「だから誤解だって!! というか、明らかにこっちが被害者だろうが!!」

「……あなたがヘタレ攻めが誘い受けかで、麦野さんと賭けてるんだけど「お前等まとめて締めるぞゴラァ!!」――……それだけ叫べれば大丈夫そうね」

 振り返って一度微笑んでから、灰原は病室の戸に手を掛けた。

「早く元気になりなさいよね。皆心配していたんだから」

「おう……さっきの賭けは冗談だよな「あ、そうだ。今日特売だったわ」――おい答えろよ、答えて下さい灰原さぁん!!」

 そそくさと病室を辞した灰原の背に手を伸ばすも、彼女は意に介することなく視界から消える。手を伸ばした千雨の肩に手を置き、和美はぽつりと呟いた。

「……愉快な友達だね、千雨ちゃん」

「どっちかっつうと悪友だけどな……」

 煙草吸いたい、と千雨は思えども彼女の手元にはない。

「……それで、私が気を失った後、どうなったんだ?」

「ああ、それなんだけどね……」

 どこか歯切れ悪く呟きながら、和美は応接スペースにあるソファに腰掛けた。

「……まあ、それは後でいいや。待ってる間に(・・・・・・)簡単に話すよ」

 そして、ベッドの縁に腰掛けた千雨に、和美は千雨が倒れた後のことを話し始めた。

 

 

 

 

 

「なんとか助けましたけど……洗脳を解くには時間が掛かりそうですね」

「解けないの?」

「解けなくはないでしょうが、規格というか術式が違うので、先に解析しないと後遺症が残る可能性が……」

 ネギは映画でエヴァンジェリンに用いていた解析魔法で千雨の様態を探っていた。しかし予想以上に複雑な為、下手に干渉することができないでいる。

「場合によってはゾフィスを恐喝するしかないですけど、素直に聞くかどうか……」

「いっそのこと……逆にゾフィス(あいつ)を洗脳するのは?」

「無理ですね。大抵の洗脳魔法って相手の頭をパーにするから、精密作業をさせるのはかえって危険なんですよ」

 展開していた魔法陣を閉じてからネギは立ち上がり、寝たままの千雨と膝枕をしている明日菜を見下ろした。

「他に何か手は……」

 悩むネギ達から少し離れた場所で、ゾフィスは呻いていた。戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)束縛する中指の鎖(チェーン・ジェイル)のコンボを受けてしまい、まともに身動きがとれないからだ。

(最悪だこいつら……この私の頭脳をパーにするだなんて!!)

 自分のことを棚に上げながらも、ゾフィスは脳内で逃げ出す算段を企てていく。

(こうなったら、もう魔界に帰るしかない。こんなところに二度と居られるかっ!!)

 魔本を燃やしても魔界に帰れるという保証はない。しかし身動きの取れないゾフィスにとっては、魔本を燃やすという選択肢しかなかった。

(人間界での戦いの時の様に、自分で燃やせない可能性が高い。ならば奴らに燃やさせるよう、口で誘導するしかない)

 魔界の王を決める戦いにおいて、自らの魔本を燃やすことは許されていなかった。今回も同じかは不明だが、少なくとも身動きが取れない以上は同じことだ。

(まずは魔本が力の源だと錯覚させる。そして火を極端に恐れる演技を多少繰り返した後に、あのアホそうな女を挑発「おりゃあ!!」――ぎゃふっ!?」

 そしてゾフィスは、明日菜から投げつけられた石によって、身体を勢いよく転がさせられてしまった。

「どうしたんですか、明日菜さん?」

「いや、内心馬鹿にされたような気がしてつい……」

 とてつもない勘を見せられ、ゾフィスは焦燥に駆られた。一歩選択を間違えば、それこそ後がなくなってしまう。もしかしたら実験動物(モルモット)として一生を終える可能性も……

(やばい、やばすぎる。早く逃げなければ!!)

 こうなったら四の五の言っている場合ではない。速やかに行動しなければ、明日を迎えることもままならないのではないか。

 だからこそ、ゾフィスは口を開いた。

「あぶしゅっ!?」

 そして、頭の上から踏み潰された。

「ボンジュール、ゾフィス。ようやく本物に会えたわね……」

 その声を聞いたゾフィスの心臓が、これでもかと言う位に鼓動を早めだしてしまった。それこそ、今まで聞いたことがない位に。

「な、は……」

「なんだ、もう終わっていたのか……つまらん」

「いやいやブラゴさん。あなたさっきまで散々暴れていたでしょうが」

 仰向けに蹴り転がされて、ゾフィスの視界に新たな登場人物が増えた。

 ツンツン頭が特徴の男に、魔界で自身が最も恐れていた魔物ことブラゴ。

 そして、そのブラゴのパートナーだった女。

「しぇ、しぇりぃ……?」

「あら、覚えていてくれたのね。うれしいわ……」

 恐ろしい、その笑顔。

 ゾフィスは身が震える思いで、足蹴にしてくるシェリーを見上げていた。

「な、何故ここに……!?」

「いきなりブラゴが家に来て、『ゾフィスが逃げた。追いかけるから手伝え』と言われたからよ」

 そして振り上げられるフレイル。

「挨拶はそこそこだったけど、別にいいのよ。ブラゴには借りがあるし、無駄なお見合いに辟易してたし……なにより」

 ガッ!?

「ぎゃはっ!?」

「あなたみたいな下種野郎が好き勝手動き回るのが一番我慢ならないのよ……!!」

 日頃の鬱憤が溜まり溜まっていたのであろう、フレイルの一撃一撃が重くゾフィスの頭をガンガンと――

「待って下さい!!」

「……ん?」

 殴る前に、ネギが声を張り上げてシェリーを制止した。

「そいつを殴るのは待って下さい!! 千雨さんがこいつに洗脳されたんです。だから……!!」

 思わぬところから助けが、そう感じたゾフィスが自分の立場を棚上げして、感謝の目をネギに向けようとした。

 

 

 

「だから……このかさんを呼んでリンチと治癒魔法の無限ループを作ってからにして下さい。じゃないとこいつの心が折れない!!」

 

 

 

 それを聞いたシェリーはポン、と手を叩き、ネギを指差して答える。

「つまり回復と暴力の無限ループよね……採用」

「お前らやっぱり悪魔だっ!!」

 そして、盛大に裏切られてしまった。というかゾフィス、お前に魔物の矜持はないのか?

 

 

 

 

 

「……で、私とこなちゃんが到着して、その後いいんちょ達がエヴァちゃんの連絡を受けて来てくれたの。後は『千雨ちゃんを運ぶ班』と『ゾフィスをリンチにする班』の二手に分かれて今日に至る、ってね」

「お前ら……まさか今日迄ずっと暴行してたとか言わないよな?」

「いや流石にそれはないって。でも班の割合的には「いや、止めろ言うな!!」――そう?」

 聞いたら後悔する。千雨の勘がそう囁いていた。

「まあ、それはどうでもいいとして……これからがちょっとシリアスな話」

「……?」

 いつもと雰囲気が変わる。思わず居住まいを正す千雨に、和美は膝の上で指を組んだ。

「千雨ちゃんさ……過去の記憶、消したくない?」

「……は?」

 突然の提案に、千雨は思わず呆けてしまった。

「ネギ君がね、千雨ちゃんの洗脳を解く為にゾフィスの力を解析したんだよ。それで、うまく使えば明日菜の時に掛けられていた記憶消去よりも強力なやつが掛けられるんだって。下手したら一生解けないレベルで」

「それで、どうしてそうなる?」

「逆に聞くけどさ。千雨ちゃんは……過去の記憶、消したくないの?」

 千雨の胸にズキン、と痛みが走った。

「嫌だったんでしょ? 辛かったんでしょ? それを洗脳中に、ネギ君にぶつけてたでしょ」

「……だから、か」

「今なら一般の家庭に戻れる。人間関係はなくなるけど、それでも魔法から、辛い過去から離れることができる」

 後は自分で選んで欲しい、と和美は話を締めくくった。そして、千雨は静かに口を開いた。

「答える前に、聞いていいか?」

「何?」

「……なんで、寝ている間に勝手にやらなかった?」

「『勝手に決めたら、今度こそ千雨さんに嫌われるから』だってさ」

 ハア、と溜息が零れ出る。千雨は思わず天を仰ぐが、あるのは白い天井だけだった。

「……で、それほざいた身勝手なくそガキはどうした?」

「あれ、言った相手が誰だか分かっちゃったの? 愛だね「頼むからもうちょいシリアスを続けてくれ」――……まあ、ちょっと面倒なことになってさ」

 ソファの背もたれにもたれかかり、同じく天を仰ぎながら、和美は話を続けた。

 

 

 

「……ネギ君、夏休みなくなっちゃった」

「……は?」

 

 

 

 



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第26話 天才とは、仕事を呼ぶ天災なのかもしれない

「ハア……」

 ゾフィスとの戦いから二日明け、ネギは夕暮れの麻帆良学園都市を歩いていた。

 溜息を洩らしながらなので幸せが逃げるかもしれないが、それでもネギには漏らさずにはいられなかった。

「良くも悪くも、だな……」

 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)での冒険やナギ=ヨルダとの戦いとまではいかないが、それなりに濃い二日間だった。

 

 

 

 

 

 千雨を回収して病院に送った後、学園長にも事情を説明する為に、ネギ達は上条達やシェリー、ブラゴを伴って一度学園長室に集まった。

「『転移者』とは……そりゃまた厄介な存在じゃのぉ」

「その『ジェイル・スカリエッティ』っていう男が、ゾフィスをこの世界に送り込んだのよね。目的は?」

「全然。今回ゾフィスを好きにさせたのだって、何が目的だったのかさっぱりだよ」

「目的がないにしてもちゃっかりナギさん達を足止めしてたんだから、何考えてるんだか……」

 しかし、転移者という存在自体はここにいる面々に公開したものの、本来の敵であるジェイル・スカリエッティの目的は、依然として明かされなかった。

「何にしても、このまま黙っておることはできぬのでな。済まぬが、おぬし達には少し、窮屈な思いをして貰わねばならぬ」

「別にいいよ~」

 学園長である近衛近右衛門に、こなたはソファに腰掛けながら気軽に答えた。

「元々そのつもりだったしね。でも言っとくけど人権無視したら怒るから悪しからず」

「ホッホッホ、そこまではせんわい。精々事情聴取と簡単な監視位じゃのぉ」

 こなたの軽い恐喝も、学園長は顎鬚(あごひげ)を撫でながら、好々爺然と返してしまう。

「でも、私達の人生が物語として語られる世界ね……」

 転移者達の内情を知り、シェリーも腕を組みながら考え込む。

「……もしかして入浴中に訓練と称して、ブラゴが突撃したことも「いやそれ初めて知った」――……言わなきゃよかったわ」

「フン」

 ゾフィスの本を抱えたまま、壁にもたれていたブラゴが鼻を鳴らした。

 その後、身体を起こして学園長の前に歩を進める。

「黒幕が別にいるとはいえ、今回は魔界の住人が迷惑を掛けた。魔界の王ガッシュ=ベルに変わり謝罪する」

「その謝罪は千雨君に頼めぬか、ブラゴ殿。今回儂は何も関わっとらんからのぉ」

 執務机を挟んでブラゴと学園長が向かい合う。

 そして、ブラゴは懐から一通の手紙を学園長に差し出した。

「何かあればこの手紙に記載してから封をして燃やしてくれ。それで王に届く手筈になっている。こちらとしても可能な限り便宜は図るつもりだ」

 しかし、その会話にシェリーが横入りした。

「それはいいけれどブラゴ、あなた人間界やこの世界に、気軽に来れるの?」

「可能だ。但しまだ技術が確立してないから気軽に、とはいかないがな」

「まあ、気持ちだけ有難く頂戴するかの……今回の件は互いに無関係を通せそうにないからのぉ」

 転移者という存在はいい。しかし、その中で悪意を持つ者が動き出したのだ。

 相手はこちらの力を知り、逆に相手のことは何も分からない。情報でも力量でも、相手が一歩先を行っているのだ。下手な対応はこちらの首を絞めることになりかねない。

「おまけに、ここにいる面々はまだ理解が及ぶが……」

「人によってはショックが大きいでしょうね」

「実際、長谷川も最初は混乱していたしな」

 上条もこなたの傍らに立ちながら、当時の様子を伝えてきた。

 しかし当然のことだろう。自らの現実が別世界の虚構として語られているのだ。プライバシーもなければ、人権すらも『空想だから』と軽くみられるかもしれない。

 実際、襲ってきた相手は他の転移者すらも軽く見ている節がある。容赦なく殺し、欲しいものを奪っていく、今後はそんな敵を相手にしていかなければならないのだ。

「公表するにしても、少人数で徐々にした方がいいね。最悪記憶消去も視野に入れて……ネギ君?」

 先程から黙っているネギに、和美が不思議そうに顔を向けた。しかし彼は思い悩むように、自らの顎を抱えている。

「……あの、シェリーさんに、ブラゴさん」

「何かしら?」

 返事をしないブラゴに変わり、シェリーが応えた。

「ゾフィスを連れて帰るの、少し待って頂けませんか?」

 シェリーは訝しみながら、ネギを見つめる。

「……何故?」

「もし……」

 ネギは凭れていた部屋の壁から離れ、シェリー達の前に移動した。

「もし、千雨さんが望むなら……洗脳時の記憶だけなく、魔法関係の記憶も消して欲しいんです」

「ネギ君……何言ってるか分かってる?」

 本人に選ばせる、という予防線を張っているとはいえ、記憶を消すという選択肢を与えるということは、つまり『過去を否定する』のも同義だった。だからか、和美の声音に若干の剣呑さが宿っている。

「はい……ですがそれでも、千雨さんの苦しみが和らぐのであれば……」

「……まあ、本人に選ばせるだけ、まだましかな」

 頭を掻きながら和美は一度引く。そしてネギは、一先ずシェリー達に確認を取ることにした。

「それで、滞在の方は大丈夫でしょうか?」

「……ブラゴ」

「あと二日、明後日の日暮れには帰る」

 ブラゴは学園長に背を向け、後ろにいるネギ達に答えた。

「ゾフィスが見つからなくても、一度その日に戻る手筈になっていた。だからそれまでなら待てる。それ以上は知らん」

 言うだけ言うと、ブラゴは部屋の外に出ようと歩き出していた。

「話は終わりだ。転移者のことは滞在中にまた詳しく聞かせろ」

「フム、確かにいい頃合いじゃしのぉ……」

 学園長は一度ブラゴを制止し、電話を掛けると二、三話してからすぐに受話器を戻した。

「今ガンドルフィーニという者がおぬしらの宿泊先に案内してくれる。滞在中はそこで寝泊まりするといい」

「感謝しますわ。紳士殿(ムッシュ)

 その後、適当に腕を組んだまま仁王立ちで待つブラゴを放置し、シェリーが学園長相手に滞在中の待遇について相談している中、和美はネギと二人、部屋の隅に移動していた。

「ネギ君、一つ聞いていい?」

「はい……」

 顔を伏せ気味に睨んでくる和美に若干怯みながらも、ネギはしっかりと相手を見返した。

「自分勝手に決めないのは、答えに自信がないから?」

「いいえ。……いや、半分くらいは当たってますかね」

 弱ったような眼差しだが、和美を見返しながら、ネギは答えた。

「これ以上……勝手に人の人生を決めて振り回したりしたら、今度こそ千雨さんに嫌われてしまいますから」

「ふぅん……まあ、いいや」

 納得したのか、和美はネギから身を引いた。

「だったら千雨ちゃんには私から聞くよ。病室にいる明日菜達や、ゾフィスをリンチにしているいいんちょ達にはまだ内緒で。……それがネギ君の提案を黙認する条件、飲める?」

「はい、お願いします「なら丁度いいね」――うわっ!?」

 すると、何処からともなくフェイトが現れて、ネギに話しかけてきた。

「ちょっと、何処から出てきたのフェイト「さっき、そこの花瓶から転移してきたんだけど?」――……せめて花瓶を倒して水たまりを作ってくれない? 花瓶の口が小さすぎて出てきたシーンを想像したら微妙にシュールなんだけど」

「ネギ君。言っとくけど花瓶(それ)超高いよ。教師時代のネギ君の給料位」

 学園長からの言葉にネギが微妙に身を引く。しかしフェイトは我関せずと一枚の書類を取り出した。

「トラブルも解決してネギ君予定が空いたでしょ? だから仕事に戻って欲しいんだけど」

「……え?」

 あまりの発言に、ネギは開いた口が塞がらなかった。代わりに傍らにいた和美が、フェイトに問い掛けることにした。

「どうしてまた急に?」

「主な休暇理由である『各種手続きの承認待ち』が解消されたからだよ。良かったね、ネギ君。全部承認されたから、これで心置きなく次の仕事に専念できるよ」

「……予定より早くない?」

 和美の疑問ももっともだが、フェイトは当然とばかりに続けた。

「昨日のレセプションが大好評だったんだよ。軌道エレベーターそのものに関してもしっかりと纏められていたから、特に言及されることもなく話が進んでね。今朝から承認連絡がひっきりなしに掛かってきて、今漸く最後の分を聞いてきたところさ。やはり関係者を全員呼んだのが功を奏したようだね」

 敏腕マネージャーフェイトの実力が変な所で発揮された結果らしい。元々ネギが真面目に仕事をしていたというのもあるだろうが、それでも一回のスピーチだけで全てを丸く納めるとは、流石は天才である。

 そしてその天才ことネギ君は、漸く意識を無限の彼方から引き寄せてきたのであった。

「ということは……」

「数日中には麻帆良を発たないとね。一度イギリスに戻ってからいくつか仕事をして、その足で魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に行かないと計画が進まないし……ああ、年末には休みを取れるようにするから、代休申請はその時にお願いね」

 天才とは、仕事を呼ぶ天災なのかもしれない。

 上手くない? これはまた失礼。

 

 

 

 

 

 生きていく以上、例え世界が滅ぼうとも、人間は仕事をしなければいけない。

 魔物のブラゴでさえ、魔界の仕事としてゾフィスを追いかけてここまで来たのだ。ネギも社会人である以上、働かなければならない。

「シェリーさん達、そろそろ帰る頃かな?」

 今日迄勤務関係の手続きで麻帆良学園都市にあるISSDAの支部に籠るか、買い出しでほとんど時間が取れていなかった。幸い、和美をはじめとした3-Aの面々が交代で千雨の病室に張っているので、彼女の様子は逐次連絡を受けることができた。

 そう、千雨がシェリーに会うということも。

「記憶消去自体はすぐに終わると言っていたし、時間的に見送りはいいって朝倉さんを通して返事が来たけど……千雨さん、どちらを選んだのかな?」

 ある意味では、休暇が潰れたのは好機なのかもしれない。

 記憶が消えていてもいなくても、今回のことで顔を合わせ辛いのだ。仕事上の引継ぎ等はあるかもしれないが、それだってネギ自身が時間を掛けて受け持っていけばいい。勝手な提案をしたのは自分なのだから、その責任も取るべきである。

「まあ、どちらにしても……僕にはまだ仕事がある」

 せめて頑張ろう、とネギは決意を新たに、家路に着いたのであった。

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 ネギ達がいるマンションの一室に、全身黒尽くめの人間が四人いた。コナンの犯沢君よりはましだが、完全に夜に同化していて、遠目にはそこに人がいることすら気付かないだろう。

「…………」

「…………」

 その内の一人が、扉の鍵をキーピックを器用に操って外し、可能な限り音を立てないようにして中に入っていく。続いて二人、三人と入っていくが、扉は締められていない。

 最後の一人が挙動不審になりながら見張りつつ、退路を確保しているからだ。

「…………」

 そして部屋の中でも、黒尽くめの一人が動いた。小さな缶状の物体を取り出し、先端のノズルを操作して一帯に空気よりも重いガスを充満させていく。無味無臭のそれに気づかない部屋の住人達が、物音を立てずに数時間経つのを確認してから、残りの二人が動いた。

 一人が部屋を開けて中を覗いて確認するのをもう一人が連いていき、とうとう目的の場所に到達した。

「…………」

「…………」

 ベッドの上で寝ているネギの顔に、スプレータイプの催眠ガスを掛けてから、二人掛かりで拘束し、担ぎ上げる。

「…………」

 最初のガス缶を操作していた一人が扉を抑えている中、ネギを運び出すことに成功した面々は、見張りの一人も引き連れて、マンション下に停めていたスバルのフォレスターに入っていく。

 最後部の座席にネギを寝かしつけてから、黒尽くめ達は座席に着いたのを確認し、ネギにスプレーを掛けた一人がエンジンを掛けた。

 

 

 

 

 

「んん……あれ?」

 違和感の残る眠気を払いつつ、ネギは目を覚まして周囲を見渡した。

 しかし、そこはネギが休暇中に滞在しているナギのマンションの一室ではない。それどころか屋内ですらなかった。

 柔らかい日差しを受けながら見渡した視界に映ったのは、穏やかな気候で彩られた海岸線だった。少し歩いたところに小さな家があり、海の反対には小さな雑木林が周囲を覆っている。

 ネギは自分が寝ていたビーチチェアを降りる。その時だった、誰かが近づいてくる気配を感じたのは。

「ああ、漸く起きたか」

「……え?」

 そして、雑木林の陰から出てきたのは千雨だった。

 もしかしたら記憶が消されているのかもしれないと考えていた相手に会うことになったが、ネギはそれどころではないとばかりに千雨に詰め寄る。

「ち、千雨さん僕達はいった「安心しろネギ先生」――……えっと、どういうことですか?」

 よく見ると、千雨の格好はここ最近でよく見るスラックス等のパンツルックではなく、白のシンプルなワンピースを着ているだけだった。若干派手な下着が生地を通して浮かんでいるが、海が近いことから、もしかしたら水着かもしれない。

 明らかにプライベートな恰好である。

「あの、安心しろっていうのは……」

「つまりだな」

 そう言って千雨は、自らの指で自身を指した。

 

 

 

「ネギ先生を拉致ったのは私なんだわ」

「……ええーっ!?!?」

 

 

 

 あまりの超展開に、ネギ君は追いつけていなかった。

 

 

 

 



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第27話 夏の幻って砂漠の蜃気楼と同じじゃないの?

「それでいいのね?」

「ああ……」

 洗脳から解けて目を覚ましたあの日、千雨はゾフィスの記憶消去を拒んでいた。

 病室を訪れたシェリーとブラゴにそう答え、千雨は応接スペースのソファから起き上がった。灰原が持ち込んだ着替えに既に着替えており、いつでも退院できる準備を整えた上で、ネギの提案を拒絶したのだ。

「確かに辛かったよ。でも、過去があるから今がある。それを拒絶するのは、私を拒絶することだ。……それだけは絶対にできない。何があったとしても」

「ゾフィスに操られている間だけでも、と思ったけど……」

 鎖で縛られたゾフィスをソファの陰から引き寄せながら、シェリーは一つ頷いてから立ち上がった。

「なら私からはこれ以上、言うことはないわね。他に何もなければ、私達はもう帰るけれど」

「……ああ、だったら一つだけ」

 そのまま帰ろうとするシェリー達を一度押し止め、千雨はゾフィスを指差した。

「少し、ゾフィスと話して(・・・)いいか。大丈夫、多分十分もしない内に終わる」

 ゾフィスは俯いたまま、その会話に耳を傾けていた。千雨が和美からあるものを受け取っているのに気付かないまま。

「いえいえ、時間はあるからゆっくりでもいいわよ。その間外でブラゴと雑談でもしているし」

「そうか、じゃあ遠慮なく」

 シェリーも受け取ったものに気づいたのか、ゾフィスを縛っている鎖の端から手を放した。

「私はどうする? 千雨ちゃん。扉で見張ってようか?」

「別にどっちでもいいよ」

「じゃあ扉の前にいるから、気兼ねなくどうぞ」

 シェリー達が部屋を出ていくのを聞き、ゾフィスは脳内で微かに残る反骨心を掻き集めた。

(いける、まだいける……強引にでもいいから同情を悟って――)

 目を見開き、顔を上げたゾフィスが最初に見たのは――

 

 

 

 ――スチャッ

 

 

 

「……あ」

 和美から受け取ったメリケンサックを右手に嵌めた、憤怒の形相をした千雨の姿だった。

「坂本直伝――」

 

 

 

 

 

『――パンチから始まる交渉術!!』

『ぎゃああああああ……!?!?!?!?』

「平和ね……」

「ああ……」

 ゾフィスの断末魔を聞きながら、シェリー達は近くの自販機で購入した飲み物に口をつけていた。

「また何かあったら来なさい。あなたを王にできなかった借りは、まだまだ返しきれてないのだから」

「……別に気にしなくていい。俺達は最後まで全力を出した。そうだろ?」

「クスッ……そうね」

『フック、フック、怒りのブロー!!』

『ゴッ、ゲッ、グハッ!?』

 壁に叩きつけられる音を聞きながら、シェリーは外の景色を眺める。

「それにしても、世界が変わっても景色はあまり違わないのね……」

「そんなものだ。世界が変わっても、暮らす者達の営みはそう違わない」

『続いてキックで繋ぐ交渉術っ!! 朝倉受け取れっ!!』

『よっしゃあ!!』

『ぼふごっ!?』

 背後でゾフィスサッカーなる競技が始まっていたが、シェリーは構わずブラゴと話していた。

「……そう言えば、あなたの方はお見合いとかどうなのよ? 昔、貴族の出とか言ってなかったかしら?」

「お前達で言うところの宰相をはじめとした臣下の家系ってだけで、王の部下であること以外は他の連中と大して変わらん。だから家が滅ぼうが気にする必要はない。そもそも寿命からして違う」

『必殺、サンターナ・ターン!!』

『何それかっけぇ!!』

『ぐひょっ!?』

 気が付けば、飲み物は全て飲み干してしまっていた。

「まだ続きそうね……ココに恋人が出来た、って話はしたかしら?」

「興味ない。それより『ワイルドタイガー、ショット!!』――この世界に来る前に俺を待たせていたが……」

 ブラゴは部屋から飛び出してきたゾフィスを足で器用にトラップし、軽くリフティングしてから再び部屋の中に蹴り入れた。ジャンピングボレーで。

「べふぼっ!?』

「……一体何をしていたんだ?」

「ああ、ちょっと爺に用事を頼んだのよ。他の使い手達に手紙を書くように伝えてって……魔界に届けてくれるかしら?」

「……まあ、それくらいなら構わん」

『止めだプロレス技で締める交渉術!!』

『出たー長谷川バスターだっ!!』

『がひゅぁああああ…………ぁぅ』

「……ゾフィス、死んだかしら?」

「あれくらいで死ぬなら、誰も苦労しない」

 そして、ゾフィスが転がり出てきた。

 両手の骨があらぬ方向へと曲がっていて、骨格からして歪んでしまった顔は瞼が腫れ上がり、だらしなく舌を吐き出している。

「ぁぅ……ぁぅ……」

 まともに呼吸できていないゾフィスを肩に担ぎ、ブラゴは先に病室の前から辞した。

「ああ、気が済んだ……」

「それは良かったわ。……じゃあ、私達はそろそろ行くから」

「……世話になったな。礼はまた改めて」

「私達は仕事(・・)をしただけよ。でも……機会があれば、また会いましょう」

 ブラゴの後を追い、シェリーは去っていった。

 その背中を見送りながら、千雨は扉の縁に凭れかかり、部屋の中にいる和美の方を向く。

「朝倉……」

「何?」

 千雨は右手に着けていたメリケンサックを外し、指先で(もてあそ)びながら思考に(ふけ)り、少ししてようやく口を開いた。

「……ちょっと携帯貸してくんね?」

「誰かに電話?」

「ああ」

 メリケンサックと交換して携帯を受け取り、既にロックが解除されている画面を操作して一人の電話番号を選択した。

「一番先に礼を言いたい奴がいてさ。その許可を取ろうと思ったんだが、基本あいつに用事がないから、電話番号登録してないんだわ」

「……誰に許可を取るつもり?」

「ん~……」

 通話ボタンを押し、耳に押し当てながら千雨は答えた。

 

 

 

「……奴の過保護な姉貴分」

 

 

 

 

 

 そして千雨は行動を起こしたのであった。

 そこで時間を巻き戻して、もう一度見てみよう。

「えっと……これって犯罪なんじゃ?」

「いいからやるぞ。安心しろ、姉貴分には話を通してきた」

 全身を黒尽くめにした千雨は、同じく黒尽くめの格好をした悪友三人を引き連れて、ネギの実家であるマンションの一室前にいた。

 取り出したキーピックで器用に錠前を外し、おどおどと言い澱む風斬氷華を見張りとして残してから、灰原哀、麦野沈利を引き連れて中へと入っていく。

「口閉じてて、呼吸したかったら立ち上がってなるべく高いところですれば大丈夫だから」

 そして灰原がガスボンベを操作して出し切ったのを確認してから、ハンドサインでOKだと二人に伝えた。

「じゃあ私が探すから、麦野は後ろに居てくれ」

「はいはい」

 そして部屋を開けながら中を確認しては閉じ、ネギの姿を確認してから、再度スプレーの催眠ガスを吹き掛けてから拘束する。はっきり言って無駄のない動きだった。

「よし、行くぞ」

 そしてネギを担いだまま車に乗って撤収し、少し離れた公園の駐車場に停車した。隣には千雨のプレオが置いてあり、彼女は自身の車の鍵を外した。

「じゃあ乗せてくれ。それで終わりだ」

 

 

 

 

 

「――って!! ちょっと待って下さい!!」

「なんだよネギ先生大声出して。人が一から事情を説明しているってのによ……」

 ビーチチェアは幾つかあり、ネギ達は一先ず隣り合っているものに腰掛けて、互いに向かい合っていた。そして千雨がネギを拉致した時の状況を説明していると、いきなり遮ったのである。

「……千雨さん、ピッキングできたんですか?」

「ピッキングに限らず、ネットの知識と専用の道具がありゃ大概のことはできるからな。後あの鍵旧式だから、せめてディンプルに変えとけ」

 そして見せられるキーピック。

「……催眠ガス何処から持ってきたんですか?」

「悪友の一人の灰原って奴が薬学部でな。趣味で勝手に色々作ってるんだよ。で、その中の催眠ガスを拝借してきた」

 続いて催眠ガスの詰まっているスプレー缶。

「……『過保護な姉貴分に許可を取った』ってどういうことですか?」

「拉致る前に朝倉の携帯で神楽坂に電話したんだよ。んで、これが証拠」

 広げられる一枚のコピー用紙。書かれているのはFAXの出力記録と以下の文章だった。

『OK。送別会までには返してね♪』

「明日菜さーんっ!?」

 海に叫ぶネギだが、ここにいるのは千雨だけなので意味がなかった。

「いやそれよりも父さんはっ!?」

 そう、ネギは実家でもあるマンションの一室で寝ていたのだ。つまり家主であるナギ=スプリングフィールドも一緒に寝ていたことになる。

 だからこそ、自分の息子が拉致されたままじっとしているとは考えにくいのだ。

「いや、それが……」

 

 

 

 

 

「つーかよぉ、長谷川ぁ……」

 車の中にネギを運び入れながら、麦野が千雨に話しかけてきた。

「いきなり呼び出したかと思えば、何で犯罪の片棒担がされなきゃなんねえんだよ、ああ?」

「ちょっとな……」

 千雨と麦野は後部座席に寝かせたのを確認してから、後部ドアを閉じて車体に凭れかかった。

「こいつには色々とけじめ付けなきゃいけなくてさ。せっかくだからついでにハメ外させてやろうと思ってな」

「……ハメ「黙れ放送禁止用語発言女」――……止めてる時点でてめぇもそれを理解している、ってことだって分かってるかおい」

 この小説は比較的健全なので、発言には気をつけています。本当だよ、比較的だけど。

「やめさない。みっともない……」

 フォレスターの座席に腰掛けたままの灰原が、声だけで喧嘩を止めた。機先を制していなければ、今頃掴み合いの喧嘩になったことであろう。

「……それで、私達はもう帰っていいの?」

「ああ、助かったよ。バイト代は後日で」

「しかし、手際良かったな。よくやってるの?」

「防犯訓練のバイトでそこそこ」

 千雨が愛車の運転席に、麦野が運転席に移った灰原に変わって後部座席に移動しようとして、ふと発言の中に野太い、男性のような声が混ざっているのに気づいた。

「……おい、車の持ち主(浜面)呼んだのか?」

「いや、黙って持って来たからいない筈だけど」

「そもそも、最初から女しかいないでしょう」

「ああ、悪い。驚かせた?」

 もし武器があれば、迷わず一緒に向けていたかもしれない。

 しかし急ぎの話な上に隠密行動が優先だったので、全員顔を向けるのが精一杯だった。けれども、彼はある意味敵ではなかった。

「……ネギ先生の親父さん?」

「別にナギでいいよ。長いだろ?」

 軽く手を振りながら、ナギはフォレスターの屋根から地面の上に降り立った。

「……おい長谷川、目の前の奴は誰だ?」

「さっき拉致った男の親父さんだよ。家に居なかったから留守だと思ってたんだが……」

 そう、部屋は全部見たわけではないが、少なくとも寝室らしき部屋にはいなかった。だからいないと千雨自身も思っていた。しかし現実は拉致がばれ、しかもあっさりと車の屋根の上にへばりついて尾行されていたのだ。

「甘いな。トイレの換気扇にも注意を配っていれば完璧だったのに」

「つまり腹壊してトイレにいた上に、換気扇近くで呼吸していたからガスも平気だったと」

「屋内で扉にガラス部分がなければ明かりも漏れないな、そう言えば」

「最初から換気扇の通風口に流し込めば良かった……」

 灰原が項垂れて己が行動を恥じているのを、隣に座っていた風斬が慰めようと背中を摩り始めた。

「えげつないな、そこの嬢ちゃん。それマンション中にガス流れない?」

「いやそれより親父(ナギ)さん。気付いてたならなんで黙ってたんですか? これじゃ私達、馬鹿みたいじゃないですか」

「まあ、ちょっとな……ちょっと千雨ちゃん借りていい?」

「いや、通報されないならそのまま帰るわ。元々解散のつもりだったし」

『異議なし(です)』

 麦野の提案に灰原達も賛同し、そのまま車に乗り込んだ。

「長谷川さん、大丈夫?」

「大丈夫だから行ってくれ。……今日は助かったわ。サンキュ」

 少し話してから、灰原の運転で彼女達は帰っていった。今この場にいるのは、千雨とナギ、そして未だに眠りこけているネギだけとなった。

「……んで、うちの息子拉致ってどうする気だったんだ?」

 灰原達が去った後、ナギは千雨にそう問いかける。千雨も少し言い澱む様に頬を掻きながら、ぽつぽつと話し始めた。

「今回の件で、一番迷惑を(こうむ)ったのはネギ先生だから、さ……」

 腕を組むナギに構わず、千雨はプレオの後部座席で未だに寝ているネギの顔を見下ろした。

「ネギ先生に何も言わなかった。傷付けた。甘えて……迷惑を掛けちまった。せめて一番最初に、こいつに言いたい。感謝と、謝罪を」

「感謝だけでいいと思うぜ」

 ナギの言葉に、千雨は振り向いた。

「頼りないのかな、ってこいつは悩んでた。実際はどうだか知らねえが、そこまで信頼を勝ち取ってなかったこいつの責任だろ」

「いや、でも、今回のは「関係ねえよ」――……え?」

 ナギは強く、千雨の発言を否定する。

「敵がどんな奴だろうと、どんな力を持っていようと、結局は『守る相手』か『共に戦う相手』か、ってだけだろ?」

 ナギは組んでいた手を解き、ポケットに手を突っ込みながら千雨に背を向けた。

「互いが相手を守る対象に見てたんじゃ世話がねえ。いい機会だし決めちまえよ」

 夜闇に消えるナギの背中を、千雨は静かに見送っていた。

「どちらが『守り、守られる相手』か、それとも『共に戦うか』を、さ……」

 そんな言葉を、千雨に残しながら。

 

 

 

 

 

 



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第28話 在るべき自分を得られたのは……

「そんで親父(ナギ)さんと少し話してな。そっちにも許可貰って、そのままここに引っ張ってきた」

「そうでし「ちなみにネギ先生の携帯に証拠が送られている筈だぜ」――え?」

 しかし寝込みを襲われたので、手元に携帯電話はない。代わりに千雨が自分の携帯電話を操作し、画面にその写真を表示させてからネギに見せた。

「ついでにあいつらが帰る前に写真撮ったんだよ。アドレスはその時に交換した」

 そこにはナギの自撮りで、千雨達が拉致に使った道具類を晒しながら一緒に映り込んでいた。ご丁寧にフェイスマスクを半分脱がした状態で。

「その写真がネギ先生の携帯にも送られている筈だぞ。親父(ナギ)さん送ったって言ってたし……ちなみにタイトルは『俺の息子が女子大生に拉致られた件(爆)』になってたな」

「父さーんっ!!」

 今度は父への怒りが混じっているからか、明日菜の時以上に叫んでいた。

「まあ落ち着けって、ネギ先生」

 叫ぶネギの背中を摩りながら、千雨は彼の気を宥める。

「フェイトから聞いたけど、仕事は粗方片付けたんだろ? 明日の送別会までには帰すから、それまでここでのんびりしようぜ」

「そう言えば……ここってどこですか?」

 漸く現状に疑問を持ったネギに、千雨は立ち上がって説明し始めた。

「前に話したろ? ここが『とっておきの場所』だよ」

 そう言って海岸に歩き出した千雨の後を追う様に、ネギも慌てて立ち上がった。

「エヴァの別荘を見て、私も欲しくなってな。こっちは小さいし、1時間は8時間しか延ばせない中古品だけどさ……それでも、立派な私の城だ」

 よくよく見れば、確かに小さな場所だった。

 トリックアートの様に奥行きが見えなくなっているが、目を凝らせば仕切りができている。しかしミニチュアの海岸だと思えば、悪くない場所だった。

 海岸の端にはここと『外』を繋ぐゲートがあり、反対側には一階建ての小さな家がある。海岸の一帯にもいろいろ置いてあり、ビーチチェアやパラソル、簡易シャワーや剥き出しの着替え置き場。他にもポケットバイクやサーフボード、ジェットスキーも見えた。

「一人でのんびりするには十分だろ? ちなみに……」

 追いかけてきたネギを上目遣いに見つめ、後ろ手に組む千雨は言葉を続けた。

「……お前が初めてのお客さんだ。ネギ先生」

「僕、が……」

「そう。茶々丸でもエヴァでも、クラスの連中や他の魔法関係者は勿論、それ以外でも」

 そのまま砂浜の上に腰掛けた千雨を見下ろしたネギは、続いてその横に並んでしゃがみ込んだ。

「隠し場所を知っている奴はいても、何を隠しているかは教えていない。文字通りこの『場所』を知っているのは、私とネギ先生だけだ」

「そんな場所に、僕を?」

「何でだろうな……」

 千雨は膝を抱えて顔を乗せたまま、ネギの方を向いた。

「……何故か、招待したくなった」

 苦笑いながらも楽しそうな千雨の顔を見て、ネギは若干顔を赤らめつつ逸らした。

「さて、と」

 そんなネギを置いて、千雨は立ち上がってワンピースを脱ぎ、水着姿になった。水着のデザインは各自で妄想して下さい。

「一応水着と着替えも、簡単なのなら用意しといた。食料も買い込んである。送別会まで大体二日(・・)位かな。もし嫌じゃなかったら……」

 千雨は脱いだワンピースを適当に放り、しゃがんだままのネギに手を伸ばす。

「……二日間丸々、一緒に過ごそうぜ」

 少し茫然としてから、漸く理解の及んだネギはその手を掴んだ。

「……はいっ!!」

 

 

 

 そして丸二日間、二人は大いに遊んだ。

 互いに水着になってから日が暮れるまでビーチバレーや遠泳、海に浮かんだまま過ごしたかと思えば、ジェットスキーで二人乗りして海の端まで行って帰ってきた。

 夜は千雨が買い込んだ花火を打ち上げて遊びながら、適当に焼いたバーベキューを食べ、そのままビーチチェアの上で眠りに就いた。

 朝起きたら海岸の端にある家で朝食を取り、置いてある本を読んだりDVDを見たりしながら昼まで過ごした。

 魚は回遊していないので釣りはできないが、私有地なので無免許運転ができると千雨の指導でポケットバイクやジェットスキーをネギが運転して遊んだ。

 夕暮れになると海岸線を二人で並んで歩き、恋愛映画のワンシーンみたいな光景にネギが照れるのを千雨がからかった。

 

 

 

 そして偽の星空を眺めながら、最後の一夜を過ごした。

「ふう……」

「満足したか、ネギ先生」

「はい、とっても……」

 夕食を終えた二人は、並んで砂浜の上に寝転がっていた。

 一定の満ち引きしかしない波音や、夏の星座しか映さない夜空といった偽の景色であっても、この空間に癒されている自分がいる。そうネギは感じていた。

「今度は温泉を増設したいな。最悪入浴剤でもいいから」

「言ってくれれば露天風呂用の穴位、地面にすぐ空けますよ。後はお湯を注げばいいだけにして」

「いや、檜風呂も悪くないから、まずは家の風呂場を改築するかな」

 温暖な気候に(ぬる)い真水の海と、現実的ではないリゾートを満喫していると、ネギの脳裏にはもう仕事のことが流れ込んでいた。

(そうか、今日(・・)が終われば、もう……)

 そう考えているのを感じ取り、千雨は右手を頭上に掲げた。

「ネギ先生……無一物、って言葉を知ってるか?」

「無一物、ですか?」

 聞いたことのない言葉を聞き、ネギは視線を千雨に向けた。しかし彼女は掲げた右手を翳したまま、偽りの星空を見つめていた。

「仏に逢えば仏を殺せ、祖に逢えば祖を殺せ、何事にも囚われず、縛られず、ただあるがままに己を生きること……」

「……物騒な言葉ですね」

「だろう? 私も初めて聞いた時、そう思った」

 千雨が笑っているのを感じた。どこか懐かし気に、唇を歪めているのが見える。

「……私が『嘘吐き』呼ばわりされた時に、どこぞの似非坊主に聞かされた言葉だ」

「えっ……」

 ネギの視線に構わず、千雨は言葉を紡ぎ続ける。

「明らかに異常な光景を目の当たりにしても、周囲は『当たり前』の様に感じていた。だからだろうな、私を『異物』と捉えた周囲は、私を拒絶した」

「…………」

 ネギは静かに上半身を起こしながら、千雨の話に耳を傾け続けた。

「一人で泣きながら、どうしていいか分からずに雨の中を歩いて、歩いて、歩いて……最後に辿り着いたのが、人の目がない空き地だった」

 言葉は()まず、次々と漏れ聞こえていく。

「その真ん中で涙を流しきってから、地面の上で寝転がっていると、その男が現れた。僧服に身を包んだ金髪の男で、肩に巻物の様なものを掛けていた」

 千雨は右手を降ろすと、あるものをネギの傍に投げ捨てた。いつも千雨が吸っている煙草のソフトパックだった。

「そいつが吸っていた煙草の銘柄をなんとなく覚えていてな。転移者と初めて戦う決意をした時、煙草を吸おうかと思った途端、この銘柄を選んでいた」

「そう、ですか……」

 なんとなくだが、ネギには千雨の昔話が、初恋の話の様に聞こえていた。もしかしたら、明日菜の時とは違い単なる憧れかもしれないが、恋焦がれた相手から漏れ出た別の男の話に、ネギの胸が締め付けられる感じがして、微かに気持ちを歪めた。

「……でもな、ネギ先生」

 勢いよく上半身を起こした千雨は、そのままネギの方を向いて笑いかける。

「私はその『無一物』って言葉を勘違いしていた」

「かん、ちがい……?」

 いきなり何の話か、とネギは首を傾げるが、千雨は構わず話し始めた。

「私は最初、その言葉を『周囲を拒絶して、自分の力で生きていく』意味だと思っていた。だから引き籠って、自分だけの世界を作って、自分だけの王国で一人ぼっちの玉座に座って叫んでいた。井の中の蛙だってのによ」

 一度呼吸し、間を空けてから千雨はネギに言った。

 

 

 

「だから……『自分だけの世界』から連れ出してくれたネギ先生には、すっげぇ感謝している」

 

 

 

 一瞬、言葉の意味が分からずに、ネギは目を(しばた)かせていた。しかし千雨は構わず言葉を繋げていく。

「確かにこの世界は(いびつ)だよ。魔法使い共が勝手な正義を振りかざすわ、世界を救う為とか言って馬鹿共が自分の価値観押し付け合うわ。挙句の果てには天然ハーレム築いた飛び級天才ショタ教師だぜ。どんだけ設定盛りこみゃ気が済むんだよ」

「いや、あの、えっと……」

 思い当たる節がありすぎて、否定できずにしどろもどろしているネギに笑いかけながら、千雨は言う。

「……でも連れ出してくれたおかげで、私は無一物の本当の意味を知った」

 未だに一定の波音が鳴る。

「関係なかったんだよ。周囲の思惑がどうだろうと、どんな時でも『自分らしく生きること』。それこそが私にとっての、本当の意味での無一物だったんだって」

 月が昇らず、代わり映えのしない星空が海岸を照らす。

「私は私でいいんだって、気付かせてくれたのは……」

 千雨の頭が、静かにネギの胸の上に置かれた。

「……立派な魔法使いでも、頭脳明晰な天才でもない。『ネギ』っていう強引で小生意気なクソガキだよ」

「千雨さん……」

 だから、と呟きながら顔を上げ、千雨はネギに放った。

 

 

 

「ありがとうネギ先生。私を狭い檻から、何度も連れ出してくれて」

 

 

 

 感謝の言葉を。最高の笑顔を。素直な気持ちを。

「……何泣いてんだよ、いい年齢(とし)した男が。きめぇな」

「いや、だって……」

 ネギの目から零れる涙を拭いながら、千雨は立ち上がった。

「ほら、もう寝ようぜ。昼前にはここを出ないと、送別会に間に合わなくなっちまう」

「はい……」

 掠れた泣き声の返事を背に、千雨は立ち上がって先に海岸を後にした。

 

 

 

 

 

 時間にして、夜明け前。

 ネギは静かに目を覚まし、身を起こしていた。

「…………」

 日頃の習慣である鍛錬の為に起きたネギは、隣のビーチチェアの上でタオルケットを掛けて寝ている千雨の方を見た。

「……千雨さん」

 相手はすっかりと夢の中だ。それでも、ネギは独り言のように千雨に話しかけていた。

「僕は……やっぱりまだ、子供なんだと思います」

 その独白を聞く者もいなければ、止める者もいなかった。

「僕は人を好きになれれば、それでいいと思っていました。付き合って、一緒の時間を過ごせれば、それでいいと考えていたんです。でも、それだけじゃ駄目なんだと、今回の件で知りました。……思い知りました」

 夜明け直後の柔らかい太陽光を見つめながら、ネギは言葉を続ける。

「例え人を好きになっても、ただ傍にいるだけじゃ駄目なんだと知りました。傍にいることに甘えてちゃいけないんだと知りました」

 ネギの手が千雨の方に伸びるが、宙に浮いたまま下がることはなかった。

「傍に居続けることの難しさを知りました……でも」

 伸ばした手を、力強く握り込む。その痛みを、忘れない為に。

 

 

 

「それでも、僕は……千雨さんが好きです」

 

 

 

 ビーチチェアに腰掛け、顔を伏せて握り込んだ拳を見つめながら、ネギは呟いた。今は(・・)まだ、伝えるつもりはないから。

「これからも千雨さんが戦うのかは分かりませんし、どのような選択をしても、きっと止められないでしょう。……だから、もっと強くなります」

 もう二度と、『守れない』可能性を生み出さない為に。

「千雨さんにもっと、頼って貰えるように」

 もう二度と、『守られる』対象として見られない為に。

「例えどんなことが起ころうとも、千雨さんと共に……生きていきたいから。……だから決めました」

 音を立てずに立ち上がり、ネギは海岸の方へと歩きだした。

「強くなって……必ず口説いて見せます。覚悟してて下さい、千雨さん」

 一度だけ立ち止まり、振り返ってから一人、宣言した。

 

 

 

「こう見えても僕は……一途でしつこいですから」

 

 

 

 誰にも聞かれない筈の宣戦布告をして、今度こそネギはこの場を後にした。

 しかし、その宣言を聞いた者が、実は一人だけ居る。

(……しつこいのは知ってるよ、バーカ)

 疲労が覚めていた為に眠りが浅かった。だからネギが動く気配を察知し、千雨の意識は既に覚醒していたのだ。

 薄く目を開けただけで、千雨はじっと動かずにいる。

(とっくに甘えちまってるよ……答えを選んでくれたことに)

 千雨にもう、悩みはなかった。

 ナギから告げられた選択について悩んでいたが、ネギの気持ちを盗み聞いた為に、迷う必要がなくなった。

(強くなろう、お互いに……)

 ネギが海岸で鍛錬を開始した物音を聞き、千雨はタオルケットを頭から被り、再度眠りにつこうとする。

(……まあ、簡単に口説かれてやんねえけどな)

 素直じゃない気持ちを内心で呟きながら。

 

 

 



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第29話 後悔は先に立たないが、安全策は先に立てられる

 魔界に戻ったブラゴは、その足でゾフィスを城の地下にある牢獄に放り込んでから、ガッシュ達がいる玉座の間に来ていた。

「……以上が報告だ。詳細は文書で後日提出する」

「うぬぅ……ご苦労だったの、ブラゴ」

「フン……」

 ゾフィスを追跡した時の出来事を簡潔に説明し、そのまま懐からあるものを取り出す。

「ついでに手紙を預かってきた。適当に配っておいてくれ」

「清麿からも来ておるかの!?」

「……知らん、勝手に探せ」

 手紙を傍に控えていたアースに渡し、ブラゴはそのまま手をポケットに入れて背を向けた。そのまま玉座の間を出ようとするが、道半ばでその足を止めてしまう。

「ああ、そうだ……デュフォーを覚えているか?」

「デュフォー?」

「あいつがどうした?」

 先程迄部屋の隅で黙って話を聞き、ガッシュから手紙の一つを受け取っていたゼオンが返事をした。当然だろう、彼の魔本の使い手(パートナー)の話なのだから。

 

 

 

「…………あいつ、結婚したらしいぞ」

『ウソォ(メルメルメェ)~!?』

 

 

 

 ブラゴとゼオン怖さに隠れて話を聞いていた面々で、デュフォーを知る者達が揃って驚きの声を上げていた。

(そうか……あいつも生きているんだな)

 しかしゼオンは構わず、近くの窓縁に静かに腰掛けた。そしてデュフォーからの手紙を、いずれ人間界を訪れた時に結婚式をするから出席してくれという、仮の招待状を眺めだした。

(……次に会うのが楽しみだ)

 その口が綻んでいたことに、気付く者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、頭痛ぇ……」

「昨日は飲み過ぎだって、千雨ちゃん」

「……お前も煽ってたよな、おい」

 送別会の翌日、ネギは飛行場へと向かった。

 しかし千雨は見送りに混ざらず、見晴らしのいい高台に愛車のプレオを停めて空を眺めていた。運転席側のドアに凭れている反対側で、ボンネットに身体を預けている和美がいる。

「……なんで見送りに行かなかったの?」

「必要ねえよ。言いたいことは全部言った」

「とか言いつつ、こっそりキスしてたりして?」

「ああ……冗談半分でやろうとしたが日寄った」

 音と愛車から受ける衝撃だけで、千雨には和美の行動が手に取る様に分かった。

「ウソッ!?」

「ウソだよ馬鹿」

「……どっち?」

 今の話が嘘なのか、それとも日寄ったのが嘘で本当はキスしていたのか。

「さあな……」

 しかし千雨はそうすっとぼけた。

 だが実は、お礼と称してネギの頬にキスの一つでも落とそうとしたのだが、途中で心変わりしたので何もしていない。

(いやだって、未だに好きかどうかも分からないのに……)

 等と内心で人差し指同士を突き付け合う千雨だが、顔に一切出すことなく、空を眺めている。

(まあ、やっぱり、好き寄りなんだろうな……)

 少なくとも、今のところネギ以上にいい男には出会ったことはない。

 年下なことさえ除けば、実際千雨にとってはかなりの優良物件、いや非の打ち所が一切ないのだ。それでも好きだとはっきり言えないのは何故か。

 それは千雨自身にも分かっていなかったが……

「……で、本当は?」

「仕事「見送りじゃなくてキスだって」――しつこいな」

「いやだって気になるじゃん。千雨ちゃんの気持ちが、さ」

 下らねえ、とばかりに煙草を咥えた。

「ゴホッ……」

 火を点けて煙を吸った途端、軽く咽る千雨。

「ああ、そういえば……暫く煙草吸ってなかったな」

「無理して吸うことないじゃん」

「うるせぇ、吸わねえとやってらんねえんだよ」

 実際、煙草を吸わなかった期間は散々だった。

 ゾフィスに操られてネギ達と戦い、その後二日間眠り込んだ。そしてネギを拉致る為に悪友三人を雇って散財し、挙句の果てには出席できた3-A関係者全員に送別会が始まる前に事情を説明した後、土下座して感謝と謝罪をする羽目に。おまけに美砂達チア部三人娘をはじめとした同級生(アホ)共に一気飲みを半ば強制的にやらされたので、仕返しとばかりにバーボンウィスキー(基本度数40度)をロックグラスでストレート一気飲みをして周囲を引かしたのだ。

 

 注意:お酒の一気飲み、及び強要は危険なので、絶対にマネしないで下さい。

 

(良かった。バーボン飲み慣れてて本当に良かった……)

 ありがとう麦野、と(バーボン)を教えてくれた悪友に千雨は心の中で感謝(するだけで本人には言わない)した。

「ネギ君と二人きりで居れただけ良かったじゃん。……てか、何してたの二人で?」

休んでた(・・・・)だけだよ。何もしてねえわ」

 嘘は言ってない。

 実際二人で休日を過ごしただけなのだ。遊んでても休んだ割合の方が大きく、おまけにえちぃことは一切していない。ネギのラッキースケベ展開も珍しくなかった。

(実は偶然着替えを覗きかけていたのだが、電子精霊(はんぺ)が気を遣ってネギを押し留めていたりするのを千雨は知らない)

「というか、お前は行かなくて良かったのか?」

「追いかけたいんだけどね、さよちゃんまだ帰って来てないから待たないと」

「……行先はイギリス経由で魔法世界(ムンドゥス・マギクス)のメガロメセンブリアだ。それ以外は仕事内容どころか立ち寄る施設も知らん。総督殿に聞け」

「何それ、サービス?」

 和美が把握していたのはイギリス経由で魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に向かうことだけだった。それ以上はフェイトも話すことなく、聞こうにもさっさと立ち去ったので聞けずにいた。千雨の件もあるので情報収集は後にしようとしたのだが、次の仕事は『メガロメセンブリア』で『総督』も関わる案件だと、彼女はあっさりばらしたのだ。

 驚きで若干眉を上げる和美の方を向き、千雨は口を開いた。

「いや、迷惑料。プラス……」

 ジャキッ!

 

 

 

「……慰謝料、かな」

 

 

 

 千雨の右手が動く。

 抜かれたSIGP230の銃口は迷わず和美の額に突き付けられた。

「……驚かないんだな」

「まあ、なんとなくそんな気がしてね」

 しかし和美は気にすることなく、ボンネットの上に腕を敷いて顎を乗せている。

「で、何考えてんだ?」

 今回の和美の行動は、あまりにもらしく(・・・)なかった。

 嘗ては魔法のことを知った途端、世界の裏側まで暴露しようと暗躍した麻帆良のパパラッチが、今回に限って後手に回っていたのだ。昔なら千雨に危険が及ぶ時点でクラス全員にばらしていてもおかしくなかった。実際、ネギ達が喫茶店に向かった時なんてあっさりと呼んでいたのに。

 にも拘らず、当事者以外がこのことを知ったのは事が済んでから、しかも話したのはエヴァンジェリンだ。和美ではない。

 ということを滔々(とうとう)と話す千雨の言葉に耳を傾けている和美。しかし、SIGP230の銃口はぶれることがなかった。

「……それで、千雨ちゃんはどう考えたの?」

「私に敵意がある、とかだったらマンションにいる時点でとっくに()ってる。だが隙だらけだったのは(むし)ろお前の方だ。てことはそれ以外の理由かとも考えたが、私とお前の関係からしてそこまで感情的になる、ってのがどうも引っかかる」

「いやいや……友達じゃん。助けるのに感情的になるって」

「アホか……だったらそれこそ、冷徹に情報収集するのがお前だろうが」

 千雨と和美の関係とは?

 確かに元クラスメイトで命懸けの冒険をした仲。しかし……それだけなのだ。

 それだけなら、和美は千雨の指摘通り、感情を凍らせて情報を収集し必要な戦力を選択、そして確実に目標を救い出す。

 幾らでも周囲に知らせる手段はあった。それどころか、態々他人に任せなくても自ら動くだけで情報を拡散させること等訳はない。

 冷徹になれない理由がない限り、そんなことはあり得ない。

 それが、千雨が和美に対して付けた評価なのだ。

「……私に対して、何を隠している?」

「いや、言ったら千雨ちゃん、絶対引き金引くって」

「言わなきゃ今引くぞ」

 突き付ける前に、銃身をスライドして銃弾を薬室に放り込んだ。後は引き金を引くだけで、銃弾は無慈悲に相手を殺すだろう。

「いつか話すよ。……嫌なら別に撃ってもいいけどね」

「お前、一人で抱え込むなとか言っときながら……人のこと言えねえだろ」

「まあ、そういう事情があるってことで勘弁してよ」

 ハア、と溜息を一つ吐いてから、千雨は対応を決めた。

「あのな、朝倉。それ以前に……」

 

 

 

 ――カシュッ

 

 

 

 千雨は引き金を引いたが、弾は出ない。代わりに銃身がスライドしたきり、戻ることはなかった。拳銃が弾切れを示しているのだ。

「……弾抜いた状態で言うな。格好付かねえだろうが」

「いや、まだ目的果たしてないから死ぬ気ないし」

 和美が右手を上げて、千雨の方に突き出した。その掌の上にはSIGP230の銃弾が装弾数分乗っている。

「というか、いつ抜いたんだよ……さっき銃身引くまで、全然気づかなかったぞ」

「運転中にちょろっと、ね」

「手癖の悪いこって……」

 呆れてものも言えない。千雨は弾倉を抜いてから銃を仕舞い、和美から受け取った銃弾を再度込めていった。

「まあ、私を殺す気がないのは分かったから、いつかは話せよ……実は転移者でした、とかいうオチはないよな?」

「ないない。こなちゃんに確認取ってもいいくらい、この世界産の人間です」

 込め直した弾倉を再度取り出したSIGP230に差し込んでから、千雨は愛車のドアを開ける。

「……ところでその泉がいきなり『ちうちう』とか呼び出したんだが、お前の仕業か?」

「ああ、あれエヴァちゃんらしいよ。なんか諭されたら急に吹っ切れた、ってさ」

「あのロリ吸血鬼……まあいっか。あいつには『どっち呼びでもいいからさん付けはやめろ』って前から言ってたしな。灰原と違ってキャラじゃねえんだよ」

 運転席に座り込む千雨に続いて、助手席に乗り込む和美。

「で、どこいくのちうち「撃つぞ」――……どちらへ伺う予定でしょうか、千雨様?」

「その泉から詫び代わりにもぎ取ってきた仕事だ」

 千雨は携帯を操作してからスタンドに固定した。

「最初からこうすりゃ良かった……こんにゃ、行先は分かるな?」

『ハッ、ちうたま。ナビゲーションはお任せあれ』

「それで、どこ行くの?」

「ん~……学園都市のすぐ近くに新しくできた定食屋があるんだが、そこの若夫婦がどうも転移者臭くてな」

 煙草を車の灰皿に押し付けてから、千雨はエンジンを点ける。ハンドルを握り、こんにゃのナビを確認した。

「これから行って転移者云々に関わらず、敵意がないか確認する。一応高音先輩達とも合流するけど、ついてくるか?」

「もちろん」

 アクセルに足を掛けるが、千雨はすぐに踏み込まない。それどころか、一度足を降ろしてしまう。

 和美が不思議そうに見守る中、千雨は横の窓から空を眺め、ハンドルから放した右手を持ち上げて、ある形に指を動かした。

 

 

 

 

 

 空港に着いたネギは、その入り口で足を止めた。それを(いぶか)しんだ明日菜が、スーツケースのハンドル片手に振り返る。

「どうしたの、ネギ?」

「いえ……なんとなくですけど」

 一度荷物から手を放し、ネギは右手を静かに上げた。

「千雨さんも……同じ空を見上げているんだろうな、と思いまして」

「そうね……多分、いいえきっと見てるんじゃないかしら。見送りに来ない代わりに」

「だと、いいですね……」

 ネギは空に掌を翳したかと思えば、今度は別の形を取ろうと指を動かしていく。

「……何それ?」

「決意表明ですよ」

 偶然かもしれないが、ネギが指で(かたど)った形は、千雨と同じものだった。

 

 

 

 

 

(仕事頑張れよ……またな、ネギ先生)

(次は口説いて見せますよ、千雨さん)

 

 

 

 

 

 二人の指鉄砲は、全く同じタイミングで引き金が引かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次元と次元の狭間の中、大きな船が浮かんでいた。

 その中にいる白衣の男は、いくつものモニターを宙に映して、その映像を確認している。そんな中、近づいてくる黒髪で長身の女性がいた。

「スカ、目的は済んだ?」

「やあ、君か。……どうにかね」

 スカと呼ばれた白衣の男、ジェイル=スカリエッティはモニターを消してから白衣のポケットに手を入れ、女性の方を向いた。

「相棒の調子は?」

「漸く薬が効いて、今は落ち着いて寝ているよ。すぐに次の仕事は無理だけどね」

「ああ、別にいいよ」

 スカリエッティは気にすることなく、一つの装置を指差した。

「実はあれ動かすのに、かなり時間が掛かってね。暫く何もできないんだ」

「ふぅん……と、いうことは?」

「そう、いうこと」

 二人の脳内で、思考が一致する。

 

 

 

「夏休みだぁ!!」

「そうだ夏休みだ。転移しても夏休みは大事だ!!」

 

 

 

 自分の罪どころか悪だくみも無視して、スカリエッティは旅行鞄を片手に女性に背を向けた。

「じゃあハワイで二ヶ月程遊んでくるから、君達もそれまで好きにしたまえ」

「おっけえ。こっちもドバイに遊びに行くから、まったね~」

 人殺しだろうと人騒がせな連中だろうと、こんな姿を見たら泉達はどう思うだろう?

 しかし疑問に答える者はおらず、彼らは夏休みを満喫しに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次週 重大発表の為更新休止、今後の予定も公表します。ご了承下さい。

お見逃しなく。


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閑話 2018年7月26日特報

 厄才・神楽坂明日菜による続編公開、決定。


『どうやらここまでのようだな、ぼーや。……いや、――』

『あ、ああ……』

 

 禍々しい右腕に貫かれた少女。

 少年は唯一の理解者であった彼女を殺したことに、今まで飛んでいた理性を取り戻してしまう。

 

『それでいいんだ。……――――のこと、宜しく、頼、む……』

『あ、ああ、ああああああああ……………………!!!!????!!!!????』

 少年は虚空を見上げ、吠えるように泣き叫んだ。

 

 

 

 麻帆良から逃げ出した、

 

「魔法世界への旅行だと思って引き受け(諦め)ますよ」

 

 奴らが帰ってくる!!

 

 

 

 舞台は魔法世界(ムンドゥス・マギクス)

 降り立つ彼らの前に立ちはだかるのは、無能な研究者達と固有時制御の秘密を探る犯罪組織。ヘボ総督クルトの尻拭いにあちこちを奔走するも、襲ってくるのは有象無象の魔法の射手(サギタ・マギカ)

 

 

 

 未だに出てこない千雨の専用銃。代わりに纏うは深紅のコート。

 

 茶々丸は走る。魚の群れから、忌まわしき過去から逃れる為に。

 

 果たしてネギは全ての仕事を終えて、無事エヴァンジェリンとデートできるのか?

 

 そして開店前なのに、いきなり損壊した店の修理費は誰が持つんだ!?

 

 

 

 前作『麻帆良学園逃亡編』より出演者変更(コンバート)されたことで実現した豪華出演陣。予算増加に伴う魔法世界(ムンドゥス・マギクス)でのロケ敢行。一作目の成功で図に乗った製作陣の凶行。今回お留守番の闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)。胃に穴が開いた立派な魔法使い(マギステル・マギ)達と卒業旅行が映画撮影になったことに激昂する3-Aの同級生(アホ)共。

 そして、ハーメルンだけに掲載される『真・没エピローグ』も掲載決定。

 

 

 

『魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達 ~魔法世界残業編~』

 

 

 

「ネギの貞操は許さんぞ!」

「誰が盗るか馬鹿野郎!!」

 

 

 

 続報を待て!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台裏、というか送別会会場にて。

「……そういえば言ったな、そんな台詞」

「まさか逆になるとはな」

「ニヤニヤ笑いを止めろ。なる訳ないだろうが」

 バーボン一気飲みで疲れた千雨は、会場の隅でエヴァンジェリンと並んで休んでいた。会場のスクリーンに流される『魔法世界残業編』の映像を眺めながら、ネギと同級生(クラスメイト)達が騒いでいるのを聞き流していく。

「というかお前、逆になるってことは盗ると疑われる方なんじゃないのか?」

「だからだ。お前と母娘になるなんて死んでもごめんだ」

「あっそ……いつの話掘り返してるんだよ」

 グラスの水を口に流し込んでから、千雨はネギ達の方を何となしに眺めていた。その様子を見て、ふとエヴァンジェリンは疑問に思ったことを口にした。

「そういえば千雨、お前明日は見送りに行かないと聞いたがどういうことだ?」

「ああ……」

 ネギ達に向けられていた視線が、僅かに揺らぐ。その先には、朝倉和美(ある人物)がカメラを構えている。

「……ちょっと、用事があってな」

「そうか……」

 この場に茶々丸がいない為か、あまり会話をすることなく時間だけが流れていく。しかしその時間の流れを、二人は静かに楽しんでいた。いや、賑やかな者達の歓声(一部悲鳴が聞こえるが)を遠くで楽しんでいる。

「しかし、心配だな……」

「ほう、ぼーやのことが心配なのか?」

「いや……どちらかというと神楽坂だ」

 千雨の口から出てきた意外な名前に、からかおうとしていたエヴァンジェリンは若干訝しんだ。

 

 

 

「あいつ、今回の件で『また映画撮ろう』とか言い出さないだろうな?」

「流石にない……と、言い切れないのがなんとも言えん」

 頭痛薬が欲しい、と二人は頭を抱え込む。

 

 

 

 数日後、二人の懸念は当たってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな話がある」

 二人の人間を庇う様にして、一人の青年が立ち塞がった。

「育ての親は少年に、『本物と偽物、どちらがいいか』と問いかけた。少年は『本物』とその時は適当に答えた」

 二人の人間は、見た目的には親子程離れてはいたが、似ている要素はほとんどなかった。

「生みの親は少年に、『本物の親と一緒に暮らしたいか』と問いかけた。しかし、少年は生みの親だと気づかなかった。だがその時、育ての親の問いかけの意味を知り、『俺にとってはもう本物だ』と呟いた」

 しかし二人は、互いを力強く抱きしめ合っていた。

「そして少年は目的を果たした。二人の親が支えた過去を以て。……両者の共通点が分かるか?」

 まるで、本物の母娘であるかのように。

「二人共、その少年を『実の息子』だと思っていたことだ」

 その母娘を守る為に、青年は立ち上がった。

「家族になるのに、血の繋がりは関係ない……」

 麻帆良の街に、『無慈悲なる街の亡霊』が降り立つ。

「例え『無名街(あの街)』ではなくとも、『RUDE BOYS(俺の)』ではなくとも……『家族』に手を出すなら容赦しねえぞ」

 

 

 

魔法先生ネギま 雨と葱 Another Episode RUDE BOYS RISING

 

 

 

「俺()は家族の為に、生きることを諦めない……」

 

 

 

 血より濃い絆は――

 

 

 

「……だから、誰よりも高く飛ぶ」

 

 

 

 ――世界をも超えて繋がる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……っていう話で映画作らないっ!?』

「作らない」

 ネギ達が旅立った数日後の夜のことである。

 カビゴンのクッションの上に寝転がっている少女は、携帯を傍に置いたままポケットモンスターSPECIALを読んでいた。しかし電話の相手は気にすることなく、更に言葉を捲し立てていく。

『いいじゃない、大切な思い出が形になって残るのよ』

「その思い出を汚す者は許さない。……そもそも目的が違うでしょう」

 少女は漫画を置くと、携帯を残して立ち上がった。

「千雨に文句言われたからリベンジしようとか……はっきり言うけど明日菜(・・・)

 その少女は携帯の方に振り向いてから答えた。

「……もう映画作らない方がいい。絶対向いてない」

『そういう言い方ないでしょう、アスナ(・・・)!!』

 アスナ、と明日菜に呼ばれた少女は、欠伸を一つしてからベッドに足を向けた。

「じゃあもう寝るから、おやすみ明日菜。仕事頑張ってね……」

『ちょっと、アスナーっ!?』

 電話越しの叫びが虚しく木霊する中、アスナはベッドに潜り込んで眠りに就く。

『せめて携帯切ってーっ!! 放置されるのが一番精神的にきついからっ!!』

「うにゅ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 はい、というわけでアスナという謎(でもなんでもない)人物の番外編を公開した後、『魔法反徒ネギま』の再掲載をします。掲載時期は未定ですが、少なくとも8月半ばを目途に番外編掲載、週一再掲載をします。
 なので続編はその後になるのですが、はっきり聞きます。



 ……お前ら続き見たいか?



 言っておきますが話を大まかに分けると大体7,8部作になり、簡単にネタバレするとネギと千雨が付き合うのが3部終わり頃、全部終わらせてから漸く結婚のプロポーズという悪魔的設計です。しかも予定として『魔法反徒ネギま』でやろうとしたネタを含めつつのストーリー展開(具体的に言うと『こういうネタやろうとしたよね』とか、『こういうネタで映画撮りたかった』という感じで)を計画しています。おまけにネタ展開があちこちの別原作を大まかに使っているので、分かる人にはあっさりとネタがばれてしまいます。
 しかし、敢えて言いましょう。



 オリジナルはオリジナルでやるわ!! 誰が二次創作でやるか!!



 という訳で、お休みを頂いてから8月半ばを目途に番外編『アスナの冒険Vol.1』を掲載し、『魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達 ~魔法世界残業編~』を再掲載します。大体十話位迄に御意見頂けると助かります。詳細はこちらに。というか、活動報告に記載しています。
 url:https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=189781&uid=213900
 では皆さん、ご協力お願い致します。ではでは……


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第30話 After Story アスナの冒険Vol.1-1

 全国のロリコン共よ。喜べ、お前達の大好物である(一応)合法ロリだ。
(だって身体作り物だし)


「ふにゅぁ……ん」

 部屋の端に鎮座しているベッドの上、そこに寝ている少女が目を覚ました。

 彼女の名前はアスナ、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアという長ったらしい本名があるが、現在は別の家名を名乗っている。

 さて、貴君達にはお気付きのことと思うが、彼女と神楽坂明日菜は同一人物である。ラカンと同様に義体の身体を用意し、明日菜が131年眠っている間に出てきた本来の人格であるアスナを『どうにかして自由にしてあげたい』という、内容はともかく発言がアホな願いの元、実行可能な馬鹿共が揃っている為に分離、今は別人として生活するに至ったのだ。

(分離の際、明日菜がアホみたいな痛みに襲われたのは余談である。だって術式少し失敗していたし)

「んしょ……んしょ……」

 寝間着から着替え、アスナは近くの棚からぬいぐるみを一つ選び取る。

「今日はミミッキュにしよう」

 欠伸を漏らしながら、ぬいぐるみを片手に部屋を辞した。

 出て行ったアスナの背中を、無数のポケモンのぬいぐるみが見つめていた。それこそ常人が発狂するレベルで。実際その部屋にはポケモン関連しかないどころか、普段着ですらポケットモンスターのロゴが並んでいるのがほとんどだ。

 机の上に乗っている三枚の写真立て、『家族』との写真や明日菜とのツーショット、そして家族(・・)の意味を教えてくれた『恩人達』との写真だけが、唯一ポケモンとは関係のない品であった。写真立てはポケモングッズだったが。

 

 

 

「しずな~おはよう……」

「おはよう、アスナちゃん」

 人妻となりながらも、未だに若々しく見える女教師、旧姓源しずなが、朝食の載った皿をテーブルの上に並べていく。その間にアスナも席に着き、ミミッキュのぬいぐるみを隣の席に座らせた。

「タカミチは?」

「今日も朝から呼び出しよ」

 二人分の朝食が並び、それぞれ手を合わせてから食事に移る。

「スモーキー君みたいに転生、したみたいな人達が他にもいたなんてね」

「まあ、いてもおかしくはない……」

 フォークでぶっさしたプチトマトを頬張るアスナ。ムグムグと口を動かしてからゆっくりと嚥下(えんげ)した。

「……でも三日位見ていない気がする」

「夜遅くには帰って来ているわよ。もう少ししたら落ち着くから、アスナちゃんのお休み中に、皆で何処か遊びに行きましょう」

「ポケモンセンターがいい」

 食事を終え、二人並んで食器を洗い場に置いてから、アスナは椅子の上に置いたぬいぐるみを手に取った。

「今日はこれから仕事だけど、アスナちゃんはどうするの?」

「エヴァンジェリンの家に行く」

 お昼に、と手渡されたお弁当を愛用のリュックに仕舞い、アスナは着々と出掛ける準備を整えて行った。

「今思い出したけど、エヴァンジェリンも最近見ていない。ポケモンスタジアムをやりに行く」

「そう、ゲームはほどほどにね」

 出勤準備を終えたしずなと手を繋ぎ、反対の手にミミッキュのぬいぐるみを携えたアスナは、途中迄一緒に麻帆良学園都市の中を歩いた。

 ちなみに気付いただろうか、明日菜のリュックがアニメ、ポケットモンスターの主人公、サトシ君が持つリュックと同系だということを。しかも初期。

 

 

 

「さて……」

 日差しが照り付ける中、アスナは小休止を繰り返しながら学園都市を歩いていた。出掛ける前にしずなに被らされた幅広の麦藁帽子を弄りつつ、歩き慣れた道程(みちのり)をしっかりと歩いていく。

「あつい……」

 顔色を僅かに歪めただけだが、アスナは夏の暑さに辟易していた。

「あれ、アスナ?」

 そんな時だった。後ろから声を掛けられたのは。

「……千雨?」

「お前何やってんだよ。こんなところで」

 サマースーツを着た千雨は、後ろに連れを従えてアスナの傍に寄って行った。

「え、この子誰?」

「ん、お前知らないのか?」

「いやいや、『原作』にはいたけど、明日菜の過去情景と心象風景内だけで、同一人物今イギリスじゃん」

「正確には今頃魔法世界向かう為に、ウェールズ辺りに移動中だと思うぞ」

 そう話しながら千雨の陰から出てきたこなたは、しゃがんでアスナと目線を合わせる。

「はじめまして、私は泉こな「ちっちゃいな」――……お願い言わないで」

 アスナの正直な感想にへこみながらも、こなたは気を取り直して自己紹介をやり直した。

「はじめまして、泉こなたです。こなたでもこなたお姉ちゃんでもいいから、気楽に呼んでね」

「……チビ「やめて」――千雨~こなたってユーモアが分かってない」

「いや、お前の方が分かんねえよ」

 千雨は明日菜にツッコミながら、こなたに事情を説明した。

「簡単に言うと、神楽坂からこいつを別人格として取り出したんだよ。それで今は高畑先生のところで『高畑アスナ』として生きているんだ」

「ほへぇ~そんな展開知らなかったな~……やっぱりこれが現実か」

 感心しながら眺めてくるこなたに一度首を傾げてから、アスナはポン、と掌を叩いた。

「……スモーキーと同じ転生者?」

「今は『転移者』って統一して呼んでる。というか、あいつが転移者だったって昨日初めて知ったんだが」

「私もびっくりだよ。しかも本人そのものとか、誰得だよ。私得だよ。速攻サイン貰ったよ」

 とまあ、内容はともかくとりとめもない雑談を繰り広げながら、三人は並んで街道を歩き出した。

「そう言えばアスナちゃん、これからどこ行くつもりだったの?」

「エヴァンジェリンの家」

「じゃあ一緒に行こうぜ。丁度行くところだったし」

 そう話す千雨を、アスナは不思議そうに見上げている。

「いや、あいつも一応当事者なんだがこの間から一切顔を出さなくてな。調書は終わったから別にいいんだが、ちょっと様子を見てきてくれって高畑先生に頼まれたんだよ」

「私は事情聴取受けたついでに寄り道。エヴァにゃんともお話ししたいしね~」

「ふ~ん……タカミチ生きてた?」

「やつれてはいたが、一応生きてるよ。報復受けて未だに便器に腰掛けているけど」

 彼は内心侮っていた。自分の他に、あの(・・)拉麺を再現できる人間がいると考えていなかった為に、悲劇が起きたのだ。

「……犯人って、あれ?」

「ん? ……あれ、親父(ナギ)さんとおっさん?」

 アスナが指差した方を見てみると、丁度前をナギとラカンが歩いていた。話し声で気付いたのか、立ち止まってこちらを向いてくる。

「あれ、アスナ? 千雨ちゃん達もどうしたの?」

「大方、目的地は一緒じゃね?」

 そう口にするラカンに、千雨は首肯した。

 聴取の時にナギ達とも会っていたので、こなたも前に出て軽く挨拶をする。

「てことはナギさん達もエヴァにゃん家に?」

「ああ、ここんとこ見てないから散歩がてら様子見にな」

 大所帯となったアスナ一行はそのままエヴァンジェリンの家へと向かう。アスナを先頭に、二人一組で並んで街道を闊歩していた。

「そう言えば茶々丸ちゃんだっけ? あの娘がいるからずっと家にいるとかは?」

「それはないですよ。一日遅れでネギ先生達を追っかけて行きましたから」

「じゃあますます怪しいな。用事でもないと二日と空けずにナギの家に押しかけているのに」

「エヴァにゃんが出掛けてるとかは?」

「それはないと思う」

 そう断言するアスナに、全員が注目する。彼女が指差す先にはエヴァンジェリンの住むログハウスがあり、丁度そこに男性が一人、向かっていたからだ。

 普段なら不審者なのだろうが、違うと分かる理由が二つある。

 一つ、その男はピザの箱を持っていた。

 二つ、彼はアスナの知り合いだった。

「シオン。何しているの?」

「……あれ、アスナ?」

 シオン、とアスナに呼ばれた男は立ち止まり、後ろに控えている大所帯に少し引きながらも、ピザを片手にしゃがみ込んだ。

「この先の家に配達があってな。今日は休みなんだが、出掛けるついでに引き受けてきた」

「んだよ……ピザ位、俺作るのに」

「だから料理凝り過ぎだって、お前」

 ナギの頭を軽く小突きながら、ラカンは一歩前に出た。

「つーかタカミチの世界珍味麺初期型再現できるとか、どんだけやり込んでんだようめぇ」

「おいおっさん、何食ってんだよ!!」

 シオンに怒鳴られながらも、ラカンは彼の持つ箱から抜いた中身のピザを一切れ、口に含みながら歩いて行った。

「悪い、私がとりなすから勘弁してやってくれうめぇ」

「ごめん、関係ないけどあとでサイン頂戴。にしてもピザ美味しいね」

「お前も食ってんじゃねえよ長谷川!! あとこの子誰!?」

 しかしシオンの叫びも虚しく、千雨とこなたもピザを片手にラカンの後を追いかけていく。

「アスナや千雨ちゃんと知り合いなの?」

「アスナはスモーキーを通じて、長谷川は商売上世話になっててな。……そしてあんたも食うんだな」

「いや結構いけるよこれ。他の料理の材料の残り、具にしてるでしょ?」

「『無名街メモリアルピザ』だ。材料はともかく味は保証する。というか食っただけで分かるのかよ……」

「具の部位と切り方でなんとなく」

 最早言葉もなく、八等分されてたピザの半数がなくなった箱を片手にシオンはアスナと並んで最後尾を歩いている。

「アスナ……お前だけだよ。まともなのは」

「だってお弁当食べられなくなるし」

「……この街の人間は自由過ぎないか?」

 頭痛を抱えながらも、残りのピザを落とすことなく運んだシオンは、最後にエヴァンジェリンの家に辿り着いた。

「ペロ……というか、あいつ居るのか?」

「ピザ注文したからいるとは思うが……」

 食べきって指を舐めるラカンの隣に立ち、郵便受けを見たナギは難色を顔に浮かべる。郵便受けには新聞の束が幾つか突き刺さり、抜かれることなく放置されていた。

「二、三日分。茶々丸が出てってからそのままだな、こりゃ」

「おい、まさか悪戯じゃないだろうな?」

「ないと思うよ。エアコンの室外機動いているし」

 こなたが指差した方を見る限り、確かに備え付けの室外機は動いている。つまり電源を切り忘れていない限りは、家主は滞在しているということだ。

「てことは中か……って!?」

 手に残っていたピザを飲み込んでから、千雨はエヴァンジェリンの家に立つ。ノックしようとしたが、別の気配に敏感に反応してしまう。扉の隙間から、異臭が立ち込めているのだ。

「何だこの臭い、エヴァ開けるぞ!?」

 茶々丸から預かっていた鍵を差し込んで錠を外し、千雨は半ばブチ破る勢いで扉を開けた。

「一体どうし――なんだこれは!?」

 千雨の叫びに残りの面々も駆けこんで家の中を覗き込む。そこは食い散らかされた菓子の袋とジュースの缶が転がり、腐臭や小バエの巣窟と化したゴミ屋敷だった。

「……ん、千雨ではないか。どうし「たじゃねえよ馬鹿野郎!!」――ぼほっ!?」

 そして、ゴミの中心に寝転がり、全裸でレトロゲームをやり込んでいるエヴァンジェリンがいた。その本人は千雨に蹴飛ばされていたが。

「いいから服着て来い!! あと野郎共は入るなっ!!」

「大丈夫、もう撤収させたから」

 先頭を切っていたこなたが千雨と同様に事情を察知し、続けて入ろうとする男性陣を追い返していた。

「……ドラクエⅣだ」

「ポケモンスタジアムと一緒に売っていてな。ずっとやり込んでいたんだ」

「さっ、さと行けっ!!」

 アスナの発言に答えるエヴァンジェリンを家の奥に再度蹴飛ばす千雨。そんな三人を背に、こなたは男性陣が並ぶ玄関先に一緒に座り込んだ。

「という訳で、男性陣は暫く待機で」

「ハア、俺も食おう」

 何かを悟ったのだろう、シオンもピザを一切れ口に含み始めていた。

「……うめぇ」

 

 

 

 




 この人望のなさ、流石は読者の敵だなハッハッハ……ハァ
(投稿した段階でも未だにアンケゼロとか……もうこの小説やめようかな? 風邪で咳しすぎたから喉も肺も痛いし……)


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第31話 After Story アスナの冒険Vol.1-2

「つーか、茶々丸が片付けて数日しか経ってないのに、なんでこんなに散らかせるんだよ?」

「馬鹿者、人間生活していればゴミが増えるものだ」

「黙れ吸血鬼!! てめえの思考がゴミだ!!」

 最低限のゴミを退けた面々は、服を着たエヴァンジェリンを含めて車座に腰掛けていた。遅い朝食であるピザとナギ手製の野菜炒めを腹に詰め、漸く一心地着いたエヴァンジェリンは腹を摩りながら足を伸ばしている。

「ちなみにシオン君だっけ、君達も魔法を知っているの?」

「まあ、この世界に来てからっすけど。気はともかく、魔力あるのは今のところスモーキーとララだけなんで」

「というかシオン君も転移者じゃないの?」

「少し違うな。転移者はスモーキーだけで、俺達はあいつのチート能力だったか、で()び出された、って形でここにきたらしいからな」

 本人も詳しいことは分かっていないのか、サイン片手に質問してくるこなたにシオンはそう返した。隣にいたナギも、千雨がエヴァンジェリンを不用意に『吸血鬼』と呼んでいたのでそう聞き、アスナ関連も含めて問題ないと思い、魔法隠匿は考えずにいいと判断した。

 千雨が不用意に発言した可能性は無きにしも非ずだが、その時はその時どうにかしただろうと、寛いでたラカンも話に加わってくる。

「へえ、てことは強いの?」

「少なくとも体術だけなら、おっさんより上だわ」

「言ったな、コラ。……てかなんでナギだけ若干敬語で俺タメ口?」

「こっちの方はまだ礼儀知ってるからだよ。嫌なら『ピザ泥棒』と呼ぶぞ」

「お前も共犯だろうが!?」

 ちなみにピザの件は、千雨の説得とナギの料理とエヴァンジェリンの諦観のおかげで示談が成立しました。というかシオン達のピザ屋の常連だったらしく、人柄を理解していた上にナギ達と遭遇したという状況から、全容を把握したらしい。

「いや、ポイントを貯めるとぬいぐるみが貰えるんだ。こんなのとか」

 そして見せられるチラシ。

「……CLAMP版デフォルメにしたRUDEの皆じゃん」

「ちなみにデザインはララが担当している。本当は『SWORD』全員揃えたかったんだが……」

「やめとこうよ。無断使用は肖像権の侵害だって」

 こなたも流石に呆れてチラシを避けた。『CLAMP』に関するシオンの疑問を無視して。

「さて、腹も膨れたし……ゲームの続きでも「ふざけんなコラ!!」「ポケモンスタジアムやらせろ」――ぎゃふっ!?」

 腹に二本の蹴り受けたエヴァンジェリンが転がっていき、そのまま壁際の戸棚にぶつかる。しかも勢いを殺しきれずに、倒れた戸棚の下敷きになってしまった。

「ああ……悪い、やり過ぎた」

「千雨も謝ってるから許してあげ『アスナ』――……ごめんなさい」

 しれっと一人だけ逃げようとするアスナに一喝したナギ達は戸棚を戻し、力仕事に(背丈の関係で)加われなかったこなたがエヴァンジェリンを引っ張り起こした。

「まったく、また散らかして――」

 

 

 

 ――カサッ

 

 

 

「――……ん?」

 戸棚を起こしてから頭を掻いていたナギの足に、何か軽いものが当たった気配がした。何かと拾い上げてみると、封がされたままの一通の便せんだった。

「なんだこれ?」

「ん? ああ……」

 立ち上がったエヴァンジェリンがナギの声に振り向く。

「……そんなところにあったのか」

「何それ?」

 好奇心疼く面々を代表してこなたがエヴァンジェリンに問いかけた。しかしナギから手紙を受け取った後、そのまま適当に封筒を抉じ開けてしまう。

「昔送られてきた手紙なんだが、丁度茶々丸が家に来た日だったから後にしようと置いといてそのままだったんだ」

「……おい、それ何年前の手紙だよ?」

「それ本当なら、もう十年になるぞおい」

 ラカンと千雨がツッコむも、エヴァンジェリンは我関せずと取り出した便箋を広げた。

「何々……『前略 闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)殿』」

 

 

 

『突然の手紙、失礼する。手紙を書くのは不慣れな為、無礼な文言を読まれてもご容赦願いたい。

 挨拶にも精通していない為、速やかに本題に入らせて頂く。今回文をしたためたのは貴殿の実力を見込み、仕事を依頼したいからだ。

 内容は妖魔の駆除、場所は同封した地図に記載されている。

 報酬として貴殿に掛けられている『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』に関する情報、『ナギ=スプリングフィールドの行方』について教える。

 時間はいくら掛かっても構わないので、来て頂けると助かる。

 以上

 

 追伸 できれば十年以内にしてくれると助かる。それが限界だ』

 

 

 

「なあ、エヴァ……」

 手紙の内容を把握し、千雨がエヴァンジェリンの肩に手を掛ける。

「……この手紙の依頼をこなしていれば、さ」

 しかし、その手に握力が宿り、徐々に掴んでいる肩から悲鳴を上げさせていく。

「もしかしたら……親父(ナギ)さんの件、もう少し楽にできたんじゃないだろうなぁ「千雨、怖い」――大丈夫だアスナ、これはお説教だから」

「何処がだ放せ痛いイタイ!?」

 肩を掴んでいた手を払い退けるエヴァンジェリン。そのまま千雨と取っ組み合う中、こなたとシオンはアスナと共に同封されていた地図を覗き込んでいた。

「てことはそろそろ行かないとまずいってことだよね」

「かなり端だが、ギリギリ麻帆良の敷地内だな。未開発区域か?」

「そこ、確か小さな遺跡があったはず」

 地図の一点を指差すアスナを、こなたとシオンの視線が挟みこむ。

「前に学校の遠足で近くまで行ったことがある。望遠鏡越しだけど、確か小高い丘の上に小さな遺跡が残っていた。先生達は『危険だから近付かないで』って言ってたけど」

『危険?』

 何故危険なのか、とエヴァンジェリンにコブラツイストを掛けていた千雨に三人の視線が寄る。

「……ん? なんで私?」

「いや、学園内のことなら千雨が調べた方が早いじゃん」

「ああ……ねぎ、代わりに調べろ」

『はい、ちうたま!!』

 電子精霊のねぎが近くに置いてあったエヴァンジェリンの携帯を取り、そのまま麻帆良学園のデータベースへとアクセスし始めた。

『HP上では落盤の可能性がある、と出てました』

「落盤、ね……」

 逆エビ固めでエヴァンジェリンの足を拘束しながら、千雨は思考に耽る。

「何か気になるの?」

「その程度なら麻帆良学園都市(ここ)の人間が調べていてもおかしくないだろうが」

 フローリングをひたすらタップするエヴァンジェリンを無視し、千雨は体勢を変えることなく話を続けた。

「なのに『遺跡は危険だから近付くな』だけ、ってのが妙に気になる。人払いや認識阻害か……ねぎ、遺跡はいつからある?」

『少なくとも麻帆良学園都市が生まれた頃からありました』

 ごほうびぷりーず、という発言を聞き流して千雨は立ち上がり、即座に反撃してきたエヴァンジェリンを蹴り転がして踏みつける。

「ぎゃふるすっ!?」

「なのにずっと放置されていた、別に常に忙しいという訳でもないのに。それこそ魔法使いが行きゃ十分な話じゃないのか? 優先度合いが低かったからか?」

「エヴァにゃんだいじょうぶ~?」

 こなたがしゃがんでエヴァンジェリンの顔色を伺うが、彼女は息を荒げたまま悔し気にフローリングを拳で殴った。

「くそう、封印さえ……あれ、そう言えば魔力だけは戻った筈…………さっきから魔力が使えないだと?」

「誰が封印解けた吸血鬼と真正面から殴り合うか」

 足を退けた千雨はエヴァンジェリンを立たせてから、懐から取り出した携帯端末大の装置を見せた。

「ガジェット・ドローンに組み込まれていたAMFを携帯して使えるようにしたんだよ。バッテリーはめちゃくちゃ食う上に影響範囲は狭いが、殴り合うには十分だろ?」

『我々電子精霊群は事前に対策パッチを当てているので平気でーす!』

「お前……もう完全に出鱈目人間にカテゴライズされるんじゃないのか?」

「安心しろ、自覚はある……嫌という程に」

 頭を抱える千雨に、エヴァンジェリンも流石に怒りを鎮めて腰に手を当てた。軽く鼻を鳴らしてから、アスナ達が広げていた地図に目を向ける。

「その遺跡なら知っているぞ。確か、魔法使いが一人調べようと近付いたんだが、急に杖が不調になったとかで引き返してきたんだ。以来、縁起が悪いからと誰も調べに行っていない」

『杖が使えない?』

 全員が首を傾げる中、離れて手紙を読み返していたナギとラカンは、便箋を閉じてから近寄ってきた。

「その遺跡だが、俺達が行ってみるわ」

「杖が使えない、っつっても俺達なら何とかなるだろ」

 チートキャラを自称する二人が行くということで話がまとまりかける。

「私も行きたい」

 しかし、ここでアスナが何故か挙手して参加の意を示してきた。

「面白そうだから行ってみたい」

「いや、遊びじゃないからね。アスナ」

「まあいいじゃん。私も行ってみたいし」

 と、さらにこなたも参加を表明してきた。

「じゃあ俺も。図書館島行ってみようかと思ってたけど、そっちも面白そうだし」

 おまけにシオンも行くと言い出してしまい、ナギとラカンは呆れて息を吐いた。

「お前らな~」

「もういいんじゃね? 面倒臭いし」

 呆れたナギにラカンが諭して、この場の全員で遺跡に向かうことで話が纏まってしまう。

「……って、私もか?」

「来いよ、私も行くんだし」

 千雨も呆れながらだが、携帯の時計を確認してから手を叩く。

「じゃあ一度解散して、各自準備してから再集合な。集合場所は丘の麓。全員で遺跡前に移動してから昼食、それから探索ってことで」

『異議なし』

 千雨の提案から各自準備をしに、エヴァンジェリンの家を去って行った。

「よく考えてもみろ。あの二人をほっといたらまた変なことに巻き込まれかねない。だったら近くにいた方がまだ安心できる」

「千雨……それは苦労人の思考だぞ?」

「……だが同じ苦労なら最初からの方が干渉できる分まだいい、だろ?」

 呆れて無言で頷くエヴァンジェリンに背を向け、千雨はどことなく肩を落としながら帰って行った。

「まあいいじゃん。エヴァンジェリンも行こう」

「はあ……仕方ないか」

 エヴァンジェリンも支度をしに二階への階段に足を掛けた。階段を登りながら、アスナに話しかける。

「お前は準備しなくていいのか?」

「私は元々出掛ける準備ができているからOK」

「じゃあ一緒に行くか。ちょっと待っててくれ、ついでにお前の着替えも貸してやろう」

 

 

 

 自宅へと向かう道すがら、ナギは隣を歩いているラカンに話しかけた。

「しかし、まさかこんなところに手掛かりがあったとはな……」

麻帆良学園都市(ここ)に向かった形跡があっただけだもんな。大方お前の過去(ツケ)を辿ってた、ってところか」

「それが移動せずにじっとしている、ってのがちょっと気になるが……まあいいか」

 ナギはエヴァンジェリンの便箋にだけ(・・)書かれていたサインを思い出していた。

 

 

 

 ――A.S

 

 

 

 と記載されていたサインを。

 

 

 

 




 この度、世界の優しさを知りました……アンケート回答ありがとうございます。この嬉しさをばねに暫く頑張ります。

 こうなったら書いたりましょう。アンケート結果によっては変わるかもしれませんが、例え月一になっ――ぶべらっぱ!?



シャーリー「……一生掛ける気かコラ。せめてくたばる前に完結させろ独身早死希望者」



 だいじょう、ぶ……結婚相手を見つけたら、そう言えなくなるから。ちゃんと長生きしようと努力するから。



シャーリー「……いや無理だろ受け身の癖して。せめて婚活して来いよ」



 それで結婚できたら誰も苦労しないよ……


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第32話 After Story アスナの冒険Vol.1-3

 そして集合時間になった集合場所にて。

「ヘイ!!」

 エヴァンジェリンがノリノリで騒いでいた。

 一緒に居たアスナと共によくある探検ファッション(ショートパンツのアレ)に身を包み、何処から持ち出したのか革の鞭片手に叫んでいるのを他の面々が眺めている。

「……なんでノリノリなんだこいつ?」

「着替えててテンション上がったとかじゃないかと……(ボソッ)私も経験あるしな…………」

 そのまま来たのか、先程と変わらない格好で佇むナギの疑問に、千雨は答えた。他人の振りができないことに頭を抱えながら。

「というか、男子全員格好変わらないね?」

「必要ないからな。元々動きやすい服装だし」

 そうこなたとシオンが話した通り、着替えたのは女性陣だけで、男性陣は一切着替えていなかった。

 ナギはラカンと共に家に帰って弁当(夕飯の余り物)を持ってきただけだし、シオンに至っては寝床の寮から丈夫なロープを肩に掛け、ライトとフックを腰のベルトにぶら提げてきただけなのだから。

 対して女性陣は全員着替えていた。千雨とこなたは以前『植木耕助』がいた倉庫を攻めた時と同じ格好で、更に装備を増やしているのか、千雨は身の丈より少し小さいバックパックを担いでいる。アスナも前述の通りエヴァンジェリンから借りた服に着替えていた。変わってないのはアスナのリュックとそこから飛び出しているミミッキュの頭位なものだろう。

「じゃあ皆揃ったし行こうか「ちょっと待て」――どうした、エヴァ?」

 ナギが先導しようとしたのを、エヴァンジェリンが待ったをかけて止めた。

「ここから先は私が指示する。以降私のことは『隊長』もしくは『インディ』と呼べ!!」

「誰だこの吸血鬼(バカ)に『インディ・ジョーンズ』なんて見せたのはっ!?」

 千雨が叫ぶもその犯人が誰かは、ここにいる面々は知らなかった。そして犯人は鳴滝ツインズであったことも。

「……でもインディって、そんな話だったっけ?」

「俺『ヤング・インディ』しか読んでないからな……」

 こなたが疑問を口にするも、見ていない面々がほとんど、辛うじてシオンが関連小説を読んでいたのでそう返答した。これが世代格差か。

「まあいいや、今度『地球(ほし)の本棚』で調べとこ♪」

「いやDVD見た方が早くね?」

 等と話しつつも、さっさと進むエヴァンジェリンに他の面々は仕方なく後に続くことにしたのであった。軽く雑談しながら。

「にしてもさっきのエヴァにゃんの台詞さ~『サイボーグクロちゃん』のお話と同じだったな~」

「どんな話だよ、それ?」

 こなたの発言に、千雨が疑問を抱く。この世界にもあるかは不明だが、少なくとも今はこなたに聞いた方が早いと判断してのことだろう。

「面白いよ。小学生向け少年誌特有の若干強引なストーリー展開があるけど、それに目を(つぶ)れば大人でも楽しめるし」

「だから、ストーリーを話せよ、お前」

「千雨、やめたほうがいい」

 前を歩いていたアスナの方を向く千雨。相手は前を向いていたので、必然的にミミッキュのぬいぐるみと目が合ってしまう。

 アスナは前を向いて歩きながら、口を開いた。

「……それ、絶対フラグ」

「よし、橋だ!!」

 そうこうしている内に、いつの間にか山の中腹に辿り着いていたらしい。

 地図上にあった橋の位置を確認してから、全員で周囲を確認していく。

「高音先輩に聞いてきたんだが、ここに来た魔法使いが引き返したのは橋を渡ろうとした時らしい」

「アレ? 千雨って、高音さんと仲良いの?」

「昔、映画を撮る機会があって、その時からちょっとな」

「ああ、『魔法反「ちょっと待て。なんで知ってる!?」――……ごめん、隠れて見ちゃった♪」

 こなたは笑顔を振りまいた。しかし、千雨に効果はなかったようだ。

「橋は古びてるが、頑丈だな」

「しかし所々腐ってるな。渡る時気を付けないとまずいぞ」

 板張りの吊橋をラカンとシオンが調べ、結果を口にしている。

「まあ、いざとなったら飛べるから関係ないだろ」

 と、魔法使い染みたことをエヴァンジェリンが口にしながら、後ろで暴れている二人に振り返って声を掛けた。

「ほら、じゃれてないで行くぞ。まったく」

「くそ、鬱だ、死のう……」

「別に気にすることないって。えげつないのを除けば、結構面白かったし」

 適当にじゃれ合ってから落ち込む千雨に、こなたは肩を叩いて慰めた。

「まあ、でも……『2』はないよね。あれで調子に乗るから『3』以降の続編がないんだし」

「いや、企画はあったよ……脚本家とスポンサーに見放されてポシャったけど」

 ついでに当時の作者も初めての社会人でいきなり潰されるなんて思いもよらなかったんです……世の中真っ黒だよ。

「まあ、その話はいいや。とりあえず……」

 千雨は橋の近くに近寄り、コン、と近くの石を蹴り落とした。

 その石はいつまでも落下音を響かせてから、固い音を数度鳴らして崖の外へと消えて行く。

「……深い、っつうかほとんど奈落じゃねえかよ」

「灯りも届かないな。これじゃあ」

 試しに、とナギが魔法の射手(サギタ・マギカ)を一発崖の下に放つも、雷の矢は闇の中に消えて見えなくなった。

「……あれ?」

「どうかした、千雨ちゃん?」

 ナギと一緒に崖の下を覗き込んでいた千雨は、魔法の射手(サギタ・マギカ)の消失までを眺めていてふと、違和感を覚えたように首を傾げる。

「いや、何か「いいから行くぞお前ら」――……少しは考えさせろよこら」

 エヴァンジェリンが急かす為、千雨は仕方なく思考を中断し、崖から目を背けた。

「とにかく、橋はあるしいざとなったら飛べばいい。安全であることに変わりは「橋渡ってる途中で魔法が使えなくなる可能性は?」――……あ~」

 そう、橋を渡ろうとした魔法使いが杖の不調を訴えて引き返した理由は未だに判明していない。

 つまり原因不明のまま橋から落ちて還らぬ人となる可能性も……

「取りあえず重量を考慮して少人数で様子見しながら渡るとしよう……誰から行く?」

 周囲に意見を求めるエヴァンジェリン隊長。しかし、隊員達は無情だった。

 

 

 

「いや……先行けよ、インディ」

 

 

 

 千雨の発言に、周囲も同調して手拍子を始める。

『インディ! インディ! インディ! インディ「あ、やっぱやめよう。こっちそれトラウマなんだわ」――』

「……じゃあじゃんけん?」

 若干涙目になりかけたエヴァンジェリンを見て、千雨は昔を思い出したのか周囲の手拍子を抑える。そこでこなたがじゃんけんを提案する。

「……きっ、」

 が、一歩遅かったらしく、

「貴様らの同情なんかいるかーっ!?」

 エヴァンジェリンは短距離ランナーの如く見事なフォームで橋の上を走り抜けてしまった。

「おい、待てよエヴァ!!」

 仕方なく千雨も橋を渡り切り、それを確認してからナギとシオンも後に続いた。

「とりあえずそこのちびっ子「こなただよ」――じゃあこなた嬢ちゃん、先に行け。なんかあった時の為に、俺アスナを抱えてゆっくり行くから」

「おっけ~」

 思ったより橋が頑丈だったのでこなたが半分以上渡ってから、ラカンもアスナを肩車して橋を渡り始めた。

「お~」

「いい見晴らしだろう。下見るなよ~」

 床板を踏み抜かないようにゆっくりと歩きながら、橋の半ばまで歩いていくラカン。

「……あ、あれ?」

 しかし、そこでラカンの動きが止まる。

「らか、ん、あ、あぇ……」

「どうしたの?」

 あと少しで渡り切るところだったこなたは、ラカン達の声に違和感を感じて足を止めて振り返った。

 

 

 

 その瞬間だった。

 

 

 

「だめ、だ。から、だが……」

「うご、か、な……」

 ラカンとアスナの身体はゆっくりと倒れていく。

「二人共っ、だいじょ――」

 こなたが慌てて引き返そうとするも、かえって悪手となってしまった。

 

 ――ビシッ!! ビシビシッ……!!

 

 軽いとはいえ人間三人分の重さ。おまけにラカンが橋の中央で派手に倒れ込んでしまった為に、頑強に作られていたとはいえ古びていた橋に亀裂が走り、縄が切れようとする。

「橋が切れるぞっ!!」

「シオン、縄貸せっ!!」

 シオンからロープの端を受け取った千雨はこなた達の方へと駆け出す。エヴァンジェリンも後ろに続いて浮遊術を試みようとしているが、飛行どころかマントですら顕現できていない。

「駄目だ千雨っ!! 魔法が使えない「だったら来るなよ役立たずロリータ!!」――貴様本気で縊るぞっ!!」

 しかし引き返す暇もなく、とうとう橋が切れてしまった。千雨達は一瞬重力から解放されるも、すぐさま奈落へと引き寄せられてしまう。

「全員一ヶ所に固まれっ!! 泉、鎖は出せるかっ!?」

「やってみるっ!!」

 どうにかアスナを掴んだこなたは右手を千雨の方に伸ばして叫んだ。

導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)!!」

 鎖は出せた。

 魔法が使えない理屈は未だに分からないが、それでも助かる手段を得たのは大きい。

 鎖はロープの長さまでしか降りれない千雨に巻き付く。左腕を使ってアスナを抱えたこなたの横からエヴァンジェリンがさらに抱き着いてきた。

「はいーっ!!」

 エヴァンジェリンの一声の後に伸ばされた鞭が、ラカンの身体を拘束する。

「……んげっ!?」

 訂正、ラカンの首を拘束した。

「ちょっと待ってろ!! すぐ引き上げる!!」

「というか重っ!! 何故か気も使えないしくっそ……」

「つーかラカンが一番重いっ!!」

 悪態を吐きながらも、ナギとシオンは力を合わせてどうにか千雨達を引き上げていく。

「ところでさ、千雨……」

「なん、だよ、泉。こ、んな時に……と、いう、か癒す親指の鎖(ホーリーチェーン)っ、て確、か治癒、力の強、化だよ、な。て、ことは、身、体強化と、かもでき、る、んじゃあ…………?」

 四人分の重さを一人で支える羽目になっている千雨が、息を途切れさせながら悶えていると、そこにさらに鎖が一本巻き付く。

「……だからさ、私的にはこなた(・・・)って呼んで欲しいんだよね~」

 その先端には十字架が取り付けられていた。

「ハア……脈絡なく話すんじゃねえよ」

 身体を強化され、漸く余裕ができた千雨は、軽く息を吐き出してから自らの足元に向けて悪態を吐く。

「そんなのはTPOを弁えて話せばいいだろうが、こなた(・・・)

 とまあ、女の友情が深まる中、

(俺……死ぬんじゃね?)

 エヴァンジェリンの鞭でぶら下がったままのラカンは、内心呟いた。

 

 

 

 

 

 全員の回収が終わり、崖から少し離れた高台で倒れ込んでから、互いの無事を確かめ合った。

「とりあえずまずいのはこの二人か……」

 地面の上に寝転がるアスナとラカンを見下ろしながら、シオンが呟く。

治癒(クーラ)……駄目だな、魔法が使えねぇ」

「こっちは使えるけど……駄目、全然効果がない」

 ナギとこなたが傍にしゃがみ込んで治療を施してみるも、効果は見られない。おまけにナギは魔法が使えないときている。

「ちょっとどいてくれ」

 するとアスナに癒す親指の鎖(ホーリーチェーン)を伸ばしていたこなたの横に千雨が腕輪の様なものを一つ持ってしゃがみ込んだ。

「千雨、何それ?」

「ちょっとした小道具だよ。もし私の考え通りなら……」

 千雨がアスナの手首に腕輪を付けると、仰向けになっている少女の顔を軽く叩いて声を掛けた。

「杖に魔力流す感じで、腕輪に魔力を流し込んでみろ。できるか?」

 すると、腕輪が軽く変色すると同時にアスナの身体がゆっくりと、しかし力強く起き上がった。

「……復活」

「やっぱりか……親父(ナギ)さん、ラカンのおっさんにも腕輪を付けてくれ」

「はいよ」

 千雨から投げ渡された腕輪をラカンに取り付けるナギ。するとラカンも、こちらは勢いよく立ち上がった。

「はっはっは……俺様復活!!」

「るっせえよタコ助!!」

 そしてナギに速攻で蹴飛ばされた。

「……それで、これどうなってんの千雨ちゃん?」

「ナギさんは知ってるんじゃないですか……ケルベラス渓谷と同じ現象ですよ」

 思うところがあるのだろう、ナギとラカンは僅かに顔を顰める。千雨も気付いているが、そこは流して話を続ける。

「AMFの噂を聞いた時に真っ先にこれが浮かんだんで、葉加瀬に対抗策を研究してもらったんですよ。で、魔力を流している間だけ中和できる腕輪ができた、ってことです」

「それがうまく働いた、って訳か……」

 地面に腰掛けたまま、ラカンに付けた腕輪を見つめるナギ。考えているのは腕輪のことだろうか、それともケルベラス渓谷での思い出なのだろうか。

「まあ、AMFとは理屈が違ったので、結局は今日まで埃被ってたんですけどね」

「ということは、葉加瀬さんも転移者のこと最初から知ってたの?」

「いや、AMFのことを知ったのはネギ先生達が宇宙に上がる前だ。元々噂を聞いたのは日本じゃなくてロンドンだしな」

「二年前にロンドンで?」

 その言葉に、こなたは首を傾げる。

 ネギ先生達が宇宙に上がる前、ということは自分達がスカリエッティに襲撃される前だ。その段階で噂が流れていたということは、少なくともネギがナギ=ヨルダとの決戦に挑む前にロンドンで何かをしていたということになる。

(二年前にロンドンで何を……聖地巡礼?)

「それで当時は魔法世界(ムンドゥス・マギクス)関連かと思って、葉加瀬に研究を頼んでた、ってだけだよ。まあ、その時は奴さんの噂は聞かなかったから、今迄話さなかったんだけどな」

「そっか……でも」

(ちょっと、気になるな……)

 スカリエッティが何を企んでるのか、未だに不明だが少し手掛かりを得たことには違いない。

「まあ、そっちは知り合いに頼んで調べて貰ってる。今のところ手掛かりはないけれどな」

「そう……何か分かったら教えて。前回みたいのは無しだからね」

 軽く手を振って応える千雨。それに呆れながらも、こなたは思考を切り替える為に一度頭を振った。

「それで……これからどうするの、エヴァにゃん」

「にゃんやめろっ!!」

 軽く怒鳴ってから、エヴァンジェリンは腕を組んで顎に手を当てる。

「この状況では行くも戻るも変わらん。千雨、脱出手段の当てはあるか?」

「定時になっても連絡がなければ、高音先輩が様子を見に来てくれる手筈になっている。念の為葉加瀬経由で偵察用ドローンを飛ばしてもらう予定だから、少なくとも私達の二の舞にはならない筈だ」

「というか携帯は?」

 シオンが投げかけた問いに、千雨もエヴァンジェリンも、自らの携帯に目を落とした。

「圏外だな」

「こっちもだ。とりあえず旗か何か目立つものを置いて、その横に手紙でも書いておくか」

 シオンに適当な棒を探してきてもらうように頼んでから、千雨は懐から取り出した手帳にメッセージを書き込んでいく。

「じゃあ千雨が書き終わり次第、予定通り遺跡まで移動するぞ。その後のことは昼飯を食いながら考えればいい」

 そうエヴァンジェリンが締めくくり、話は一旦終わった。

 

 

 

「おい、ナギ……」

「分かってるよ。向こうの状況は分かんねえが……当たりっぽいな」

 千雨達から少し離れた二人は、声を潜めて話し込んでいた。

「最悪中止になっても、俺は行く。お前はどうする?」

「付き合うに決まってんだろ、馬鹿」

 互いに拳をぶつけあう二人、その背中にエヴァンジェリンの声か掛かった。

「おいそこの馬鹿二人、早く行くぞ!!」

「はいはい、ちょっと待てって」

「ったく、急かすなよな……」

 やれやれと、仕方ないかのように振る舞う二人だがその眼には何処かしら、何かの決意が宿っている様に見えた。




 アンケート回答ありがとうございます。徐々にアンケート結果が増えてうれしい限りです。
 ますます増えることを期待しつつ書いていきますので、これからも宜しくお願い致します。

 しかし、ここでネギ×エヴァ派が来るとは……いっそ交互にやるか?

シャーリー「……いつ終わるんだよ」

 下手したら十年単位か……まあ元々小説自体は書き続ける予定なので、のんびりやっていきますよ。

(さて、昔書いていた続きを発掘してくるか……)


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第33話 After Story アスナの冒険Vol.1-4

注)矢印はうろ覚えなので、ツッコミは無しでお願いします。後、別に原作者を貶す目的で書いているわけではありませんので悪しからず。


「よっと!」

「ほう、やるな……」

 小高い丘の上、そこにある遺跡の前で千雨達は遅めの昼食を摂った。

 その後腹ごなしに千雨の持つシースナイフを用いてダーツ擬きをしながら、これからの予定を組み立てていく。

 こなたの投擲にエヴァンジェリンが腕を組んで感心している横で、千雨は時間を確認してからナイフを握る。

「関東魔法協会の定時は17時。トラブルがなければ大体3,4時間位で様子を見に来る筈だ、っと」

 千雨が放ったナイフはこなたが先に投げたものから3㎝程ずれて立てかけた倒木に刺さった。事前に刻み込んだ円の中心からも3㎝ずれているということになる。

「アスナ、今のところ問題は?」

「ない。平気」

「じゃあそろそろ入るか。大分腹もこなれてきたしな。ほっ!」

 弁当を片付けていたナギはナイフを受け取り様に放ち、こなたが投げたものに掠りながら的を貫く。

「よし、腕は落ちてないな」

「いやすごいねナギさん」

 感心するこなたの横で、千雨はナギ達の投げ方と自分のを想像しながら比較している。

持ち手で構える(ハンドルグリップ)じゃなくて刃を挟んで構える(ブレードグリップの)方がいいのかな……」

「言っておくが、素人が直刃を回転させて投げてもまともに当たらんぞ。手裏剣でも投げた方がよっぽどいい」

 エヴァンジェリンの助言(ヤジ)に千雨は思考を絶ち、ナイフを手首に仕舞い始めた。

「おっさん、仕掛けってこれじゃねえの?」

「おおこれだこれだ」

 先に遺跡の入り口を調べていたラカンとシオンは、同封されていた地図の注意書きを読みながら、遺跡に施された仕掛けを探し当ててから千雨達を呼び集めた。

「見つけたのか?」

「まあな。これから動かしてみるつもりだ」

 シオンが地図を眺めながらラカンに指示を出し、仕掛けを動かすつもりなのだろう。

 突き出された棒状の物体、レバーを掴むラカン。その握りの先には溝があり、上か下にしか動かせないようにされている。

「地図の横に矢印があるそれを動かせばいいんだろうが……」

「どうかしたの?」

 とてとて、とナギの傍にいたアスナが近寄り、しゃがんでいるシオンの持っている地図を覗き込んだ。

「ここ見ろ、ちょっと破れてるんだ。乱暴に開けた時にひっかけたんだろう」

 ゴン!

「殴るなと「分からないのか?」――おい無視するな千雨っ!!」

「一つだけ、な」

 エヴァンジェリンの泣き言を聞き流した千雨は拳を下ろしながら、シオンに問いかける。しかし回答自体はあまり悲観する程でもなかった。

 裂けただけならばまだ復元できたのだろうが、削れている以上模索するしかない。幸いにも選択肢は上下のみで分からないのは一つだけ。おまけに回答の当て(・・)もあるのだ。

「こなた、お前さっきここまでの道程が似てる話がある、って言ってたよな?」

「言ったよ。それの順番もうろ覚えだけど一応……『↑、↓、↑、↑、↑、↓』が回答じゃないかな?」

 そうこなたが答えると、シオンは地図に書かれた順番を確認していく。

「分からない五番目以外は合っている……」

「もし同じならそれが正解だな……ちなみに間違えたらどうなる?」

 ふと疑問に思う千雨に、こなたはあっけらかんと答えた。

「小学校が吹っ飛んだよ」

「……学園都市崩壊の引き金じゃないだろうな、これ?」

「まあ、やってみるしかねえだろ」

 千雨が疑わしげな眼を遺跡に向ける中、ラカンはこなたの指示通りにレバーを動かした。

 

 

 

 

 

「ところでキョロ君、果たして私達は付き合っているのだろうか?」

「どうなんでしょうね~」

 所変わって喫茶店『Imagine Breaker』。ただし店内は閑散としており、テーブル席で話す男女二人組を除けば、カウンター席を挟んで男二人がいるだけである。

「しっかし……」

「どうかしたのかい、上条君」

 ちなみにその二人は周囲に認識阻害の幻覚魔法を掛け、周囲には雑談に聞こえる様にして話していた。

「いや、監視が付くとは聞いていたんですけど、まさか普通にお客さんとして来るとは思わなかったもので」

「ははは……まあ、こっちもあまり目立たせたくないってのもあるからね」

 そう答えながら、本日の監視役として来ていた魔法教師の瀬流彦は注文したエスプレッソを(すす)る。

 現状、上条達の喫茶店『Imagine Breaker』に対しての監視は、比較的緩いものだった。

 営業中は客として誰かしらが店内におり、閉店した後も麻帆良学園都市の警備の一環で周囲を警邏(パトロール)する程度。あまり上条達のプライベートには踏み込んでいなかったのだ。

「特に敵対し合う理由もないし、今はこんな感じでいいんじゃないかな?」

「そうっすね……こっちも喧嘩売りに麻帆良に来たわけじゃないんで、そこらへんは助かってます」

 ついでに持ってきていた事務仕事も片付いたのか、広げていた書類を鞄に仕舞うと、瀬流彦はおもむろに上条に向き直った。

「ところで聞きたいことがあるんだけど「瀬流彦先生の結婚相手どころか、実力を見せる描写もなかったっすよ」――……学園長のお見合い話に乗るかな、もう」

 そう、交代で来る面々は空気を変えると何故か、原作話を聞きたがるのだ。おそらく一種の占い的な扱いなのだろうが、それでも不安要素があると、それに関して必ず何かしら聞いてくるのだ。

 若干飽き飽きしていた上条だが、ふと瀬流彦のことで聞きたいことがあったことに気付き、逆に質問を投げかけることにした。

「そう言えば、ネギ先生達が京都に修学旅行に行った時なんですけど……」

「……ん、なんだい?」

 未だに独身な為若干落ち込んでいた瀬流彦は、上条に話しかけられたので思考を強引に切り替えていく

「ネギ先生には『許可の下りた魔法教師は一人だけ』的なことを学園長が言ってた気がするんですけど……あれ、やっぱり嘘だったんですか?」

「ああ、その件は微妙だね……」

 背もたれに体重を掛けながら、瀬流彦は腕を組んでから口を開いた。

「ネギ君への試練も兼ねて『表向き』はそうなっていただけで、一応裏では向こうの長に話は通ってたんだよ。そもそも魔法生徒が複数いるから、教師の数だけ言ってもしょうがないんだけどね」

「ぶっちゃけましたね~それ聞いたら当時の呪術協会の人達、怒るんじゃないですか?」

「ははは、だから内緒で――」

 

 

 

 ――ちゅどぉぉぉぉ……ん

 

 

 

「――って!?」

「店の外かっ!?」

 店内に危険がないことを確認した二人は、テーブル席にいた男女客に動かない様に指示し、並んで店の外へと出た。

「一体何が……」

「ちょっと待ってくれ、電話だ……はい、瀬流彦です」

『大変ですよ、瀬流彦先生!!』

 電話してきたのは同僚の魔法教師である弐集院だった。異変が起きた方を見つめながら、電話越しに状況を耳にし、脳内で記録をつけていく。

 

 

 

『学園長が新しく建てた離れの茶室が地下水で吹き飛ばされたんですよ!!』

 

 

 

 そして、さっさと脳内書記の手を停めた。

「……確か、周囲に民家はなかった筈ですよね」

『ええ、恐らく何かの天罰かと思うのですが、詳細が分からなくて……』

「分かりました。一先ず現場に向かいます」

 電話を切る瀬流彦に、上条が恐る恐る話し掛ける。

「あの、さっき『天罰』って聞こえてきたんですけど、どういうことですか?」

「実は……」

 財布を取り出し、千円札を上条に手渡しながら瀬流彦は話を続けた。

「吹き飛ばされた茶室は、表向きは茶道部の部室の一つなんだけど、後で学園長の趣味で作った代物だと分かったんだ。本人は『自費で立てて茶道部に寄付した』と言い張っているが、裏の経費じゃないかと今経理課と揉めているんだよ」

「学園長……」

「おまけに今迄『エヴァンジェリンに脅されて仕方なく』経費を落としていた諸々の中に学園長の私欲で行われていたものが混じっていたから、偶に本人(エヴァンジェリン)を招集しての裁判沙汰になりかけて大変なんだ」

(……もしかして自作自演(マッチポンプ)?)

 店に取って返した瀬流彦は荷物を片手に、脳内で疑問を浮かべた上条に背を向けた。

「ちょっと行ってくるよ。時間があればまた戻ってくるから」

「瀬流彦先生!!」

 瀬流彦は走った。己が使命の為、そして『今の自分、格好いい』という自尊心の中で。

 そして上条も疑問を振り払って慌てて叫ぶ。己が使命の為に。

「必ず戻ってきてください!! 昼食代他諸々も含めるとちょっと足りないんすよ!!」

「ふぁぅ!?」

 そして格好がつかない瀬流彦先生(独身)である。

 

 

 

 

 

「おお~……」

「派手に吹っ飛んだな~」

 小高い丘の上から、アスナとナギが並んで吹き飛ぶ小屋を眺めていた。

「……わ、私のせいじゃないよね?」

「知らんが……大丈夫だろ、その原作(はなし)と違っただけだし」

 若干ビビるこなたに千雨は肩に手を置き、首を横に振る。

「……なあ、てことはこれって俺のせい?」

「少なくとも実行犯はおっさんだろ「少しは庇えよっ!?」――まあ、故意じゃないからな……」

 ラカンとシオンも呆然と宙を舞う小屋を見つめていた。

「……まあ、気にするな」

 呆然と眺める面々に、エヴァンジェリンが簡単に説明した。

「あの小屋はジジイが私の恐喝()を使って建てたものだ。所詮は裏金の私物だから気にするな。割と気に入ってたんだが「ぬるぽ」――ガッ!?」

 首根っこを掴まれたエヴァンジェリンが宙に浮く。

 金髪幼女を掲げた千雨の周囲を、数人が囲んでいった。

 

 

 

「やっぱり学園長と組んで自作自演(マッチポンプ)やってやがったなこの野郎!!」

「悪さ止めろって何度言えば分かるんだこのチビ助!!」

「というかエヴァにゃんが地図破かなかったらあの小屋吹っ飛ばなかったよね!!」

「俺様を犯罪者に仕立てたのはお前かこのロリババア!!」

 

 

 

「まあ、とりあえず回答は分かった」

「冷静だね、シオン」

 千雨達がエヴァンジェリンをリンチする中、地図に正しい選択肢を書き込むシオンの傍にアスナが近寄った。

「昔だったら、あの程度の小競り合いは当たり前だったからな。むしろもっと酷かった」

「……無名街だっけ? そんなに物騒だったの?」

「いや……」

 レバーを操作し、正しい回答を持って遺跡の前に立つ二人。背後でリンチが行われる中、シオンは何処か懐かし気に呟いた。

 

 

 

「……S.W.O.R.D.地区、そのものだな」

「ん……」

 

 

 

 アスナの頭を、なんともなしに撫でながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや終わらせるな!!」

「うるせえよ、このちびっこは……」

 今回、ちょっと短いのでもう少し延長します。

 制裁を受けて若干涙目のエヴァンジェリンを引きずりながら、遺跡の中へと入る面々。

 千雨とこなた、シオンがそれぞれライトを点け、周囲を索敵しながら奥へと歩を進めていく。

「……酸素があるな」

「どこかに空気穴でもあるんじゃないか?」

「ガスがないのが救いだよね。じゃないと爆発で崩れちゃうよ」

 時折、千雨が煙草に火を点けてから通路の奥に投げ込み、酸素の有無やガスの確認をしているが、特にトラブルもないまま進軍した。

「少し、拓けてきたな……」

 通路から出ると、その先は広間となっていた。

「おいおい、行き止まりか?」

「一本道だったから、それはないだろう」

 ラカンが呟くのをナギが咎めるが、実際先への道がないのだ。そう思っても仕方がない。

 シオンは地図にライトを当てて内容を再度確認した。

「地図にはこう書いてある……『ミノタウロスに聞け』」

「ミノタウロス?」

「確か牛の頭を持った人間、だったか……」

 しかし、牛の頭を持った存在どころか、千雨達以外の人間の姿が見えない。

 こなたが広間の奥、入ってきた通路とは反対の壁にライトを照らしながら、描かれている模様を眺めていく。それを見て、千雨も同様に壁に視線を向けた。

「幾つかの絵があるな……これ、もしかして」

「そう、多分外せるよ」

 こなたが最後に目を向けたのは、何も描かれていない、しかし他の絵と同様の亀裂が入った壁の一部だった。

「これでミノタウロスの絵を完成させればいいんだけど……言わせてもらっていい?」

「何を?」

 ライトを下げ、広間の中心にどうしたこなたは、頭上を向いて叫んだ。

 

 

 

「戦後の日本でミノタウロスとか絶対分からないよねっ!!」

「一々話に茶々入れるなっ!! あとそれ偏見っ!!」

 

 

 

 個人的には面白ければ何でもいいと思いますけどね。そもそも小学生向け少年誌の漫画なんて、全部が全部とは言いませんけど、元々ツッコミどころが多すぎてきりがないでしょ。

 ね?




現在の投票結果

1.時間かかってもいいからエタらず計画通りやれやボケ   1票
2.いいからエタってる『魔法反徒ネギま』の続き書けやカス 1票

 考えているのは『魔法先生ネギま 雨と葱』を書き続けるか、『魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達』を合間に書いていくか、ですね。
 さてさて、作者の命運は如何に?
 投票、今も受け付けてますので……来週休みでも許してください!!

シャーリー「……唐突に休み取るな」

 いや、ストックなくなった上にちょっと来週予定ができて……という訳ですみません、来週休みます。ではまた


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第34話 After Story アスナの冒険Vol.1-5

 とっとっと……

「……牛、ってこれ?」

「そうそう、サソリの絵を逆さまにして嵌めるの」

 牛の絵を探しているアスナをこなたが見守っている中、他の面々は横の壁を調べていた。

「この壁、やっぱり見た目より新しいな。遺跡そのものは古かったのに」

 携帯に差した簡易放射性炭素年代測定装置(オプションパーツ)を外した千雨が呟く中、壁に付いた粉末を指で確かめていたシオンが応えてきた。

「といっても、この風化具合だと十年位は経っていないか?」

「だとしても、遺跡の外と中で風化具合がずれているなんておかしくないか? まるで元からあった遺跡を、誰かが改築したみたいじゃないか」

 その内容を後ろで聞いていたナギとラカンは、腕を組みながら互いの顔を見ていた。

「一体何やってんだ、あいつ?」

「ここを改造した連中と何かあったんじゃねえのか?」

「変なトラブルじゃなければいいが……」

 そんな中、エヴァンジェリンは一人、反対の壁に(もた)れながら何かを(いじく)っていた。遺跡に入る前に半数からリンチを受けたから拗ねているのだろうと思っていたが、こなたが彼女の手に持っている物を見て思わず声を上げてしまった。

「……どっから持ってきたの、その銃?」

「家だ」

 そう言ってエヴァンジェリンは、ワルサーP5を弾倉に叩きこんでいた。

「昔、映画の撮影用に購入していたんだがお蔵入りになってな。魔法が使えない可能性があったから、記念に家に置いていたのを持ってきたんだ」

 腰にワルサーP5を差し、鞭を片手にアスナ達がいる壁の前に立つ。そこでふと、こなたは疑問に思った。

「……あれ、ジャッカルは?」

「流石に架空だ、あれは……」

 こなたに呆れつつも、鞭の具合を確かめているエヴァンジェリンに千雨が話しかけた。

「どうかしたのか? 急に武装を始めて」

「……お前達、気付かないのか?」

 逆に問い返されて、千雨は首を傾げる。しかし歴戦の経験からか、ナギとラカンがその答えに気付いた。

「足元だ……」

「ん?」

 ナギの呟きを聞き、シオンが地面に伏せて耳を当てる。当てた鼓膜には、地面の下からくる振動に対して震えていた。

「何か聞こえてくる……何かがいる?」

「流石に暗闇でも生きる特異な生物か、未だに動く絡繰(からく)りの類かは分からないが、この手の遺跡にありがちなのは何だ?」

「対侵入者用の仕掛けか……」

 それを聞いて千雨とこなたも銃を抜いて残弾を確かめた。

「どうする、アスナだけでも帰すか?」

「私も行く」

「いやいや、アスナちゃん。危ないからね……」

 SIGP230の残弾を確認してから戻した千雨は、イングラムM10を片手に持って言ったが、当の本人が拒絶してしまった。

「いや、やっぱりお前ら帰れ」

「ここは俺とナギだけで行く。遊びはおしまいだ」

「ハア……やはりか」

 エヴァンジェリンが空いた手にワルサーP5を構える。

「貴様ら何を隠して「ちょっと待て」――……なんだ、ラカン?」

「お前、なんでそこ(・・)に銃口向けてんだ?」

 

 

 

 その銃口はラカンの下半身に向けられていた。

 

 

 

「……ついでに去勢しとこうかと「ふざけんな!! まだ結婚すらしてねえのに!?」――まあ、ただのノリだ。気にするな」

「はあ……なんか気が削がれたな」

 咄嗟に向けようとしたイングラムM10の銃口を下ろす千雨。それに釣られて空気が弛緩してしまい、強引に返すことができなくなってしまった。

 だからこそか、完全に部外者に近いシオンが会話を切り出したのは。

「それで、おっさん達は何考えてたんだよ?」

「……アリカだ」

「おいナギ「もういいよ。ここまで来たら話す」――……あっそ」

 後ろ頭をボリボリ掻きながら下がるラカンと入れ替わりに前に立ち、ナギはことの仔細を話し始めた。

「エヴァに届いた手紙だが、あれ書いたのは多分、俺のカミさんなんだわ」

「カミさん……ってアリカ王女!?」

「ちょっと待ってよ!! それ『魔法先生ネギま(原作)』にも書いてなかったけど、生きていたの!?」

 その言葉に、全員の視線がこなたに集中した。

「……どういうことだ?」

「私が読んでいた原作でも、ネギ先生のお母さんであるアリカ王女がどうなったかは触れられてなかったんだよ。だから生きているのかすら未だに分からなくて……」

「まあ、原作(そっち)は知らねえが……」

 千雨とこなたの会話を聞いて一つ頷くと、ナギは一度最初から説明を始めようと指を立てる。

「……少なくとも、この世界でのアリカは生きている。俺がヨルダに身体を乗っ取られる迄は一緒に居たんだが、その後はあいつを巻き込まない為にこっちから距離を置いたんだ」

「そんで、元居た場所にも京都の住処にもいなかったから暇を見て探してたんだよ」

 ラカンも壁に凭れながら、腕を組んでナギの説明を補足した。

「そしたらこの手紙だ。差出人のイニシャルがアリカ(A)スプリングフィールド(S)だったからまさかと思っていたが……」

「少なくとも、トラブルの種は見つけたわけか……」

 エヴァンジェリンが床を足で軽く叩く。

 未だに蠢く有象無象を若干気味悪がるも、ここにいる限り止める手段はない。

 そんな中、無邪気に歩を進める者がいた

 

 

 

「じゃあ行こう」

『ちょっと待て、コラ!!』

 

 

 

 暢気に進もうとするアスナを全員で止めにかかる。しかし回答を知っている為に、手をサソリの絵が刻まれた石板に伸ばされた。

「駄目だって!! 下手に抜いたら遺跡が崩れるから!!」

「……崩れる?」

「お前、それを先に言えよ!!」

 おっかない事実を今更口にしたこなたにツッコミながら、アスナを拘束した千雨は彼女を持ち上げて、じりじりと後退した。

「遺跡が崩れる前にダミーと差し替えれば大丈夫、だから安易に抜かないで」

「大丈夫、こう見えても私は差し替えの達人だから」

「嘘付けっ!!」

 未だに足掻こうとするアスナを下がらせる千雨に代わり、ナギとラカン、シオンが壁の前に立った。

 そしてエヴァンジェリンとこなたは後ろに控えていた。

「……カルシウムでさ、背が小さい呪い、解けないかな?」

「……幻術覚えるか?」

 背が足りないから石板に手が届かない。そんな理由で固く抱き合う二人に構うことなく、シオンは壁の中心に嵌められていた絵のないダミーをゆっくりと引き抜く。中心の石板には別の仕掛けがあるらしく、抜ききっても遺跡に異変はなかった。

「ちょっと崩れやすいな……サソリの石板(そっち)も気を付けた方がいいかもしれない」

「となると……ラカンは最初から駄目じゃねえか」

「馬鹿にするな。俺に不可能はない」

 そう言い、ラカンはサソリの絵が描かれた石板の持ち手を掴んだ。その隣でシオンが先程抜いた石板を手に構える。

「おっさん、タイミング間違うなよ」

「お前こそとちるなよ……いくぞ。いち、に、の」

 

 

 

『さん!!』

 ガココン!!

 

 

 

 子気味良い音を立てて、石板は無事に入れ替えられた。

「……なんともないな?」

「上手くいった、みたいだな……」

 安全を確認した面々は、一度サソリの石板を上下入れ替えて牛の頭に見える様にしてから、ダミーの石板が嵌っていた場所に嵌め直した。そして再びもう一つの石板を外し、今度は人間の描かれた石板の方へと移動する。

「これで扉が開くのか……」

「ミノタウロスができたらだろう……引き返すなら今だぞ?」

「それこそ今更だ」

 すでに覚悟を決めたのか、女性陣はじっと動かない。正直アスナだけでも引き返させようとしたのだが、説得に応じない以上仕方がないと諦めたのだ。

「問題は魔法だな……」

 ガココン!! とラカンとシオンが石板を入れ替えるのを眺めていたナギが呟く。

「……千雨ちゃん、腕輪の予備って、まだある?」

「すみません、あれだけです。製造自体はできるんですけど、他に作ってなくて」

「おまけに魔法も使えないっぽいしな」

 今度はダミーを差し込む側だったので手ぶらになったラカンが、腕輪の着いた腕を振った。

「一度に別々の呪文を唱えられりゃ別だが、微量とはいえ魔力を流し続けている以上、ある意味常時詠唱状態だ。咸卦法の要領で気だけなら使えるかもしれんが」

「じゃあ、あっても駄目か……」

「一応エヴァやネギ先生なら闇の魔法(マギア・エレベア)の応用で使えるみたいなんですけどね……」

 魔法が使えないと分かると、ナギは軽く肩を回した。

「そんじゃ、久々の肉弾戦だな。まったく……」

 シオンが最後の石板を嵌め込む。牛の頭と人間の胴体が合わさり、ガコン、と遺跡に施された仕掛けが作動する音が響いた。

「……あいつと関わるとこんなのばっかだな」

 ゴゴゴ……と重量ある音を響かせ、扉が徐々に開いた。

「じゃあ、行きますか」

「さてさて、何が出るやら――」

 

 

 

 ビシッ!!

『……ん?』

 

 

 

 誰かが気付いたか迄は分からなかったが、石板に亀裂が入るを見て誰かが叫んだのは間違いない。

「崩れるぞ急げ!!」

「おっさんが馬鹿力で突っ込むからっ!?」

「言ってる場合かさっさと動け!!」

 ラカンの叫びに慌てて駆けこむ面々、しかし石板が砕けかけたことで遺跡の仕掛けが再度起動してしまった。

「扉が閉まるぞっ!?」

「おっさん、これをつっかえ棒に!!」

 千雨が担いでいたバックパックを降ろし、ラカンに投げ渡した。

 受け取るや閉まりかけた扉に横にしてつっかえ棒にし、完全に閉まり切る前に後ろの方にいた女性陣が駆け込んで行く。

 

 

 

 ミシッ、ミシシッ……バンッ!!

 

 

 

 ラカンが倒れる様に奥に飛び込むのを最後に、バックパック内の機械類を撒き散らして、扉は再び閉ざされた。

 

 

 

 

 

 シュボッ!!

「生存確認、生きてる奴は?」

「生きてるよ、不思議なことに」

 千雨が灯したライターの灯りを頼りに、埃を払いながらシオンが近寄ってきた。片手でアスナを抱えているが、彼女は降ろしたリュックから顔を出しているミミッキュのぬいぐるみに付いた汚れを払っている。

「こっちも無事だよ~」

「まったく、酷い目に遭った」

 導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)の鎖を重ねて傘代わりに頭上を守っていたこなたと、それに便乗して岩宿りをしていたエヴァンジェリンも、こなたのライトを点けながら近付いてくる。

「よっ、と……お前ら、無事か?」

 ナギも歩み寄って来ていた。片手に幾つかの鉄製品を持ちながら。

「落としてたぞ。これで全部か?」

 ナギが差し出してきたのは、千雨とこなたの銃器だった。

「ありがとうございます」

「良かった~なくしたかと思った」

 武装がなければ心許(こころもと)ない。千雨とこなたはそれぞれの銃の動作確認をしてから元に戻していく。

「向こうの奥に通路みたいなのがあった。一先ずそこに移動しよう」

 千雨から受け取ったライトを点け、ナギが先頭に立って先導を始めた。入ってきた扉が閉ざされた以上、引き返すことが難しいからだ。

「ところで千雨、さっきの何だったの?」

「AMFの対抗手段の試作品だ。どうせここじゃ使えないしデータ自体は残っているから、今更なくてもいいだろう」

 千雨とこなたが話す中、後ろについていたアスナは、

「……よし、戻れ」

 ミミッキュの頭をリュックの奥に押し込んでファスナーを締め切った。そしてしんがりを務めていたエヴァンジェリンとシオンだが、ふと一人欠けていることに気付き、一度歩みを止める。

「……そういえばラカンのおっさんは?」

「……あ」

 こなたのライトを持っていたエヴァンジェリンは、後ろの方を照らした。しかし見えるのは崩れた岩片だけで、その姿は見えない。

「あいつ、死んだか?」

「一番死ななそうな顔をしてたんだけどな……あのおっさん」

 一度ナギ達と合流して再度探そう、とエヴァンジェリンが一歩前に踏み出すと、岩と違う感触が帰ってくるのを感じて足元を見下ろした。

「……生きてたな」

「腕輪が外れたっぽいけどな」

 近くに転がっていた腕輪をシオンが拾い上げ、エヴァンジェリンに投げ渡した。

「……よし、腕輪を嵌めてやろう。その代わり私に永遠の忠誠を誓うのだ。理解したか、筋肉ダルマ」

(腕輪つけたら覚えとけよ、ロリババア……!!)

 

 

 

 喧嘩の結果は次回やりません。勝手に終わってます。

 

 

 

 




 すみません、来週も休みます。
 いっそのこと、アスナの冒険中は隔週掲載にしておこうかと思います。

 少なくとも再掲載に入れれば、また週一掲載に戻せるのですが……おのれ資格試験め。

 シャーリー「……いや、オリジナル新作書いているのが原因だろうが」

 本当にすみません、ではまた再来週によろしくお願いします。


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第35話 After Story アスナの冒険Vol.1-6

「『キケン、ヒトツメチテイジン』って書かれてるな」

「ということは、ここから先がまずいのか……」

「うん、原作でもそこの柱の仕掛けを動かしたら、一つ目の地底人が出てきていたよ」

 ここが遺跡の地下だからか、もしくは部屋の中だけ崩壊する仕掛けだったのか、千雨達は無事次の広間に着いていた。しかし瓦礫を押しのけてきたようなものなので疲労が濃くなり、少し休んでいる状況である。

「もう後戻りできない以上、進むしかないか……」

「進退は疑うことなかれ。この世は前進あるのみ。イケイケどんどん」

「……アスナちゃん、忍たま乱太郎も好きでしょ?」

 膝に抱えていたアスナが千雨の言葉に反応して返しているのを、こなたはほんわり聞いていた。

「でもその地底人が曲者なんだよね」

「本当は人間だったとかか?」

「ううん、宇宙人」

 その一言で、千雨は頭を抱えてしまう。

「またこんなのばっかかよ、転移者(お前ら)はほんと……」

「いや、出所違うだけで、半分獣の食人生物に変わりはないからね」

「物騒なことをさらりと言うな」

 エヴァンジェリンがこなたの頭を引っ叩く。

「まあ、どっちにしても……」

 呟くナギが見つめる先には、風化した躯が転がっていた。しかし、死体の肉片が周囲に飛び散った形跡も投げれば、人骨の一片に至るまで汚れがほとんどない。完全な白骨死体である。

「人間相手に友好的な奴はいない、って考えといた方がいいなこりゃ」

「つまり、遠慮なしだな」

 ガン、と両拳をぶつけ合わせたラカンが前に出る。

「やれやれ……こっちでまともに働きだしてから、喧嘩とか(そういうの)は遠慮してたんだけどな」

 肩に掛けたロープを腰に付けたフックで一度纏め、両手を自由に使えるようにしたシオンがラカンに並んで立つ。

「退路はないし、魔法も使えない。エヴァにゃん大丈夫?」

「舐めるな。私とて準備はしてきている。あとにゃんはやめろというに」

 こなたとエヴァンジェリンも、それぞれの銃を抜いて先に並んだ男性陣の後ろに立った。

「アスナ、なるべく誰かにくっついてろ。危なくなったら一人でも生き残るために隠れているんだ」

「心配ご無用、ラカンと違って気は使える」

 発言の証拠にと、アスナが軽くジャンプしただけで一度天井に手を触れる。ラカンの背後に立つと同時に、千雨もイングラムM10を構えて銃口を向けた。

「じゃあ、お前ら……覚悟はいいな?」

 ナギが仕掛けに触れる。

 他に道がない以上、この仕掛けを動かすしかない。

「行くぞ……らぁっ!!」

 部屋の壁近くに建てられた柱、その頂きに取り付けられた目玉の様なオブジェクトに触れ、ナギはその仕掛けを動かした。

 

 

 

 ガ、ガガ……ガゴゴゴ……OOOOB…………

 

 

 

 咆哮と共に何かが出てくる。そこにいたのは……

「GOBOOOGOB!!」

 小人のような風貌、しかし凶暴な呻き声を発し、夜目の効く身体で得物を持ち、突進してくる。

 その生き物こそ、ファンタジーでは知る人ぞ知る――

「ゴブリンだっ!?」

「よりにもよってとんでもないのが出てきやがったな!!」

 千雨がイングラムM10を連射してゴブリンの群れの出鼻を挫く。その間にナギとラカンは使えそうな瓦礫(がれき)を探しては相手に勢いよく投げつけていた。

「数が多いぞ!!」

「つうか、こいつらやばいのかっ!?」

物語(はなし)にもよるけど……もし『ゴブリンスレイヤー』とかだったら最悪」

 既に部屋の中は乱戦の様相を呈していた。

 シグ・ザウエルP228を撃つだけでは(らち)が明かないと、導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)を振り回しながらこなたが答えた。

「徹底的に人間を敵視して、殺すわ犯すわ奪うわやりたい放題。しかも和解や共存の類は一切なし。分かりやすく言うとテラフォーマー!!」

「そっちの方が分かんねえよ!!」

 こなたにツッコミながら、シオンは近付いてきたゴブリンをまとめて蹴り飛ばした。一体ずつ相手にしている暇がないのだ。

「つまりゴキブリ!!」

「なるほど分かった」

「分かったのかよ……」

 こなたとシオンの会話にツッコミながら、千雨はイングラムM10の弾倉を取り替えて再度発砲した。

「というかお前も撃てよエヴァ、キリがない!!」

「いや、そうしたいんだがな……」

 合気柔術を駆使してゴブリンの攻撃を捌きながら、エヴァンジェリンは手に持っていたワルサーP5の引き金を引こうとしては、首を傾げて視線を落としていた。

「さっきから弾が出ん、何故「いつ整備した?」――……そういえば、買ってからずっと放置していたような「アホかっ!!」――あぶっ!?」

 エヴァンジェリンを蹴飛ばしてゴブリンの群れにぶつけた千雨。

「完全に発条(パーツ)死んでんじゃねえかワルサーP5(それ)!!」

「千雨ちゃん、口より手を動かさないとやばいってこの数は」

 ゴブリンから奪ったのだろう、骨みたいな(謎の)棒でできた石斧で敵を殴り飛ばしながらナギが近づいてきた。一ヶ所に固まった方がいいと見たのか、ラカンもゴブリンを肉の棒(股間の紳士ではない)にして周囲を薙ぎ払いながら移動してきている。

「ああ鬱陶(うっとう)しい……って、おいアスナは?」

「お前と一緒じゃなかったのかよ?」

 イングラムM10の弾倉を地面に落としながら、SIGP230を抜いた千雨が二人の話す時間を作ろうと銃弾を途切れさせないようにする。その間に、ナギとラカンは背中合わせになって目を合わせず会話していた。

「さっきまで一緒に居たんだが、目を離した隙に「へるぷ~」――んなっ!?」

 しかし、会話は長く続かなかった。声のした方を向くと、目に青(あざ)を作ったゴブリンの一部がアスナを簀巻(すま)きにして掲げ運んでいた。

「すまん、捕まった『だから帰れって言っただろお前!!』――……いつから私だけが捕まったと錯覚していた?」

『は?』

 呆けている千雨、ナギ、ラカンの三人だが、シオンの一言で状況を把握する。

「おい、他にも捕まってるぞ!!」

「たぁすけてぇ~!!」

「離せこら(くび)るぞ!!」

 気付けばエヴァンジェリンとこなたも捕まっていたのだ。アスナと同じく簀巻きにされている為、逃げることもかなわず運ばれていく。

『…………B』

「おい、早くこいつら蹴散らすぞ!!」

「おらあっ!!」

 銃声が響く中、打撃も音と化してゴブリンを飛ばしていく。

「らぁっ!!」

「っつ……あれ、そういえばなんで長谷川だけ無事なんだ?」

「どうせ火力の違いだろ!!」

 弾倉の再装填を終えたSIGP230を戻し、こなたの落としたシグ・ザウエルP228を拾い上げながら千雨は答えるが、エヴァンジェリン達を抱えたゴブリンの群れが残した返答は違った。

 ゴブリン達は叫びながら部屋の奥に向かって駆け抜けていく。

 (いわ)く、

 

 

 

『YES LOLITA LET'S EAT!!』

 

 

 

 それを聞いて、全員が一瞬言葉を失った。

「……これって、怒っていいのかな?」

 思わず漏れる千雨の声に、返事をする者はいない。

『そんなのいいからたすけて~!!』

『微妙に滑舌いいのがなんか腹立つ!!』

『例えアスナ()を倒しても、また明日菜()がお前達に挑みかかるだろう……』

 しかし今は人命優先、千雨は残りの男性陣(若干視線が外れていた)を引き連れて、エヴァンジェリン達が運ばれていった橋の前に立つ。橋というより、部屋の一部を奈落に変えて中心を通路にして残したかのような場所だった。

「ナギさん先に行って下さい!! ここは食い止めますから!!」

「シオン、お前も行け!!」

 返事はないが、二人が駆けていくのは感じていた。

「おい、千雨嬢ちゃん。橋壊せるもの持ってないか?」

「一応、手榴弾ならあるけど……」

 一先ず言う通りにするか、と千雨は目測で(・・・)橋の長さ(・・・・)()測ってから(・・・・・)、取り出した手榴弾のピンを抜き、橋の上に転がる様にして投げた。

「右」

「左」

 と声を掛け合ってから、同時に言った方向に避ける二人。それに合わせて、ゴブリン達も三手に分かれた。

 一方は千雨の持つイングラムM10に一掃され、もう一方はラカンの拳に纏めて吹き飛ばされていく。そして最後の一方、千雨達の間を抜けて橋を渡ろうとするゴブリン達は手榴弾の転がる個所まで前進したところで、

 

 

 

 ―――ドォン!!

 

 

 

 まとめて吹き飛ばされてしまう。

 橋ごと奈落に落とされていくゴブリン達。本来なら周囲に手榴弾の破片が飛び散るのだが、橋を渡ろうとしていた者達が盾となったため、千雨達に被害はない。

「よし、これでナギ達に追手はかからない。こいつら片付けてからゆっくり渡「おっさん、ごめん……」――……すっげぇ嫌な予感がする」

 ゴブリンのうち一匹を投げつけてから、ラカンはゆっくりと千雨の方を向く。

 その視線を感じ、千雨も右手に握るイングラムM10を掲げて見せた。

サブマシンガン(イングラム)弾倉(マガジン)、もうなくなった……」

「マジか……」

 その証拠かは分からないが、千雨は遺跡に入る前に投げていたシースナイフと腰から抜いたアーミーナイフに換装してゴブリンと交戦していた。拳銃の方の弾は残っているかもしれないが、それでも数で押すゴブリン相手には心許ないだろう。

「予定より早いが脱出……別に私達が橋を渡ってから爆破すれば良かったんじゃね?」

「いや、だって……渡ったら俺、何の役にも立たねえぜ? 向こう、瓦礫ほとんどないし」

 その(手前勝手な)一言で、(振り回されていた)千雨の方針が決まった。

「よし、逃げるぞ」

「どうやって「こうやってだよっ!!」――げふっ!?」

 千雨に蹴飛ばされるラカン。慌てて手をまっすぐ伸ばし、どうにか橋が崩れた跡地を塞ぐようにして宙にぶら下がっていた。

「お先っ!!」

「ぐぉほっ!?」

 千雨は即席ラカンブリッジを渡り切り、そのままナギ達を追いかけて行く。

「おい、坊主……」

 崖の端に引っ掛けていた足を外し、ラカンは指の力だけで向こう岸に移った。

「あの嬢ちゃん、お前の母親以上に過激なんだけど……一体どこに惚れたわけ?」

 そのまま千雨に続こうとして落ちていくゴブリン達の悲鳴を背に、独り言を呟きながらも足を進める。

「前から思ってたけど……マゾなんじゃねえの、あのガキ」

 本人が聞いたら真っ先に否定しそうだが、残念ながら後ろで喚いているゴブリンすら聞いていなかったので陰口は成立してしまうのであった。

 

 

 

 

 

 しかし噂は千里をも超える。

「ぶぁっくしょん!?」

「あれ、ネギ風邪?」

 ウェールズへの移動中、ネギと明日菜は滞在中のホテルで朝食を摂っていた。

 ホテル内にあるカフェテラスの一席で向かい合ってモーニングを食べていたのだが、突如ネギがくしゃみをしたのだった。

「いえ、誰か噂しているんですかね……?」

「意外と千雨ちゃんだったりして」

「い、いやそんなまさか……」

 とは言いつつも、若干顔を赤らめるネギをからかいつつも、明日菜は携帯を取り出す様に手振りで指示した。

「せっかくだし、メールしちゃいなさいよ。こういうのは回数よ回数」

「いや、でも……」

 ネギは頬をポリポリと掻きながら、明日菜の提案を拒否した。

「昨夜電話したばかりなんで止めておきます。転移者関連で少し打ち合わせすることがあったので」

「……意外と話しているのね、あんた達」

 仕事関係とはいえ、これで何故進展しないのか。

 明日菜は若干本気で悩んでしまった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、エヴァンジェリン達を追いかけているナギ達はどうなったかというと。

「駄目だ壁で塞がってる!!」

「くそっ、手遅れか!!」

 二人が駆け付けた時には、既に遺跡の仕掛けで通路が塞がれていた。

 壁を殴ったり蹴ったりするも、厚すぎてビクともしない。

「向こうが心配だ。遺跡の仕掛けを探そうにも、そんな暇は……」

「こうなったら……仕方ない」

 ナギは懐に手を伸ばし、あるものを取り出した。




時間が、時間が欲しい……時間があれば何でもできるのに!!

次回、朝来終夜の旅路『Frustration Overflow』絶対見てくれよな!!

シャーリー「……嘘付け、ストレスで参ってるだけだろうが」

……次回、『第36話 After Story アスナの冒険Vol.1-7』
10月18日に更新すると思いますが、次も読んで頂ければ幸いです。では。


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第36話 After Story アスナの冒険Vol.1-7

(注)次回更新は11月1日更新となります。ご了承ください。

シャーリー「……注意書きにして書くなコラ」


「……鍋だ」

「鍋だな」

「鍋だね」

 連れ去られたエヴァンジェリン達の目の前には、巨大な鍋が置かれていた。

 ゴブリン達は周囲に生えた草から作られた枯葉を鍋の下に詰め、石を打ち合わせて火花を出そうと躍起になっている。

「確か、安土桃山時代の盗賊、石川五右衛門は釜茹での刑に処されたとか……エヴァンジェリンが自作自演(マッチポンプ)なんてするから」

「やかましいわ!! そもそも持ち掛けたのはジジイの方だっ!!」

「エヴァにゃん、共犯も罪に問われるって知ってる?」

 焦げ臭い匂いが鼻に付いた。既に鍋に火が掛けられているのだろう。

「……どうだ?」

「急いでやってるけど、まだ無理……」

 その間も、こなたは癒す親指の鎖(ホーリーチェーン)で肉体を強化しながら、束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)の鉤爪と律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)の短剣を操作し、拘束している縄を切ろうと必死に足掻いている。

絶対時間(エンペラータイム)とか寿命の制約がなくてよかった。じゃないととっくに死んでるよ……」

「見ている限り、便利だか不便だがさっぱり分からんな。能力(チート)というのも」

「そんなもんだよ。むしろネット小説とかだと、ネギま(この)世界の魔法を能力(チート)として貰っている人の方が多かったんだからね」

 二人が話し込んでいる間に、既に鍋のお湯は沸き始めていた。

 沸き立つ湯気を見てこなたは焦るも、結果は変わらない。

「決めた!! 今度から仕込みナイフを装備する!!」

「できれば今装備していて欲しかったがな!!」

「……あ、ゴブリンが来た」

 とうとう具材となる時が来たらしい。ゴブリン達は近づきながら、誰を鍋に入れるかを話し合っているらしい。

「GOBUBU……FAKE」

「GOBUBU……OLDER」

「……GOBU,YOUNGEST.FOR NOW」

 協議の結果、選ばれたのはこなただった。

「なん、で「私、義体だから」「一応600歳越えの吸血鬼だからな」――転生すればよかった!! 赤ん坊時代が嫌だからって転移するんじゃなかった!! そうすれば精神年齢三十路超えるのにっ!!」

 近づくゴブリン達。しかしこなたの縄は未だに切れる気配がない。

「誰か何か奥の手っ!!」

「そう言えばアスナ、お前気はどうした!?」

「移動中も使ってたからガス欠。魔力の維持で手一杯」

『このお子ちゃまめっ!!』

 泉こなた。ゴブリン共に釜茹でにされてから喰われて死亡。

「せめてっ、せめてPCは破棄して「GOBUBU」――エヴァにゃんお願いっ!!」

「もう少しまともな遺言を残せエロゲ貯め込んだ男子大学生か貴様はっ!!」

 後がない、誰もがそう思った瞬間だった。

 

 

 

 ――ジャシュッ!!

 

 

 

 近づいたゴブリン達は全員、首を落としたまま棒立ちになり、そして身体も重力に引きずり落とされた。

 ギリリィン!!

 そして首を切り落とした張本人であるナギは両手に持っていた二本の包丁を擦り鳴らし、こなた達の前に降り立つ。

 

 

 

「料理は愛情!!」

「貴様はもう魔法使いを名乗るなーっ!!」

 

 

 

 アスナと共にシオンに担がれたエヴァンジェリンが思わず叫ぶが、ナギは包丁を懐に仕舞ってからこなたを抱えて走り出した。

「いやナギさん縄切ってっ!!」

「そんな暇ねえよ!!」

 必死扱いて逃げ出す面々、しかし来た道は既にゴブリンの群れで塞がれている。仕方なく奥の道を行こうとするも、身軽な小鬼たちの方が早い。

 

 

 

 カラララ……シュバッ!!

 

 

 

 けれども、突如発生した閃光がナギ達の背中を押す様に一帯を覆い尽くし、ゴブリン達の視界を焼き尽くしていく。

「早くしろ、こっちだっ!!」

閃光手榴弾(フラッシュグレネード)これだけなんだ、もう後がねえぞ!!」

 ナギ達の突入に遅れて侵入した千雨達は先に奥の通路に移動し、道を押さえていた。そこに飛び込み、千雨のナイフで縄を切りながら、全員で逃亡を図る。

「地図だとこの先なんだが……」

「このままだとゴブリンも一緒に連れて行く羽目になるぞ!!」

「こなた手伝え!!」

 アスナを背負ったシオンが先導し、残りで拳銃弾や瓦礫を投げつけて後続を抑えるも、数の差ですぐに無理が出てきている。殿(しんがり)についたナギやラカンの手で直接攻撃する機会が増えてきたのだ。

「あと少し――」

「見えたっ!!」

 アスナの叫びに全員が視線を前に向けると、そこには扉の様なものが見えた。先導するシオンの記憶が確かならば、そこが依頼人の、アリカ=スプリングフィールドらしき人物が待ち構えている場所となる筈だ。

「それはいいが後ろどうするよ!?」

「最後の手榴弾で吹っ飛ばす!!」

 最後となった弾倉をSIGP230に叩き込んでから、千雨はこなたに手渡した。

 先程受け取ったシグ・ザウエルP228と合わせて二丁拳銃(命中度外視の即席弾幕)で牽制(けんせい)している間にピンを抜いた手榴弾を投げる。

 手榴弾はゴブリンの群れの中に落ち、爆破し飛び散る破片が小鬼達の肉を削り飛ばしていく。おまけに肉壁が厚く、破片が千雨達を襲うことはなかった。

「よし、今の内だ!!」

「扉開けるぞ!!」

 手榴弾の爆破を確認した千雨が叫ぶ。それに合わせてシオンが扉に飛びつき、取っ手を引いて開けようと力を籠める。

 扉に鍵は掛かっていないようだが、そのものが重い為に開けるのに時間を掛けてしまっている。ナギとラカンも扉に飛びつき、シオンと共に引くことでどうにか開けられた程だ。

「飛び込めっ!!」

 隙間を潜る様に全員で扉を抜け、慌てて全員で扉を閉めに掛かる。

 扉自体が盾や防壁の役割を果たしているのか、こちら側にゴブリンの気配はない。けれども現在進行形で千雨達に続いて侵入しようとしているのは変わらないのだ。

 扉の重さとゴブリン達の力を押し退けてどうにか扉を閉めてから、全員漸く息を吐いた。

「はぁ……これ以上はもう何もないよね?」

「そう願いたいよ」

 弾切れのシグ・ザウエルP228のスライドを戻してからホルスターに戻すこなた。それにシオンが床に腰掛けながら答える。

 その間も千雨は周囲を確認していく。視界に映るのは洞窟とは思えない程整備された空間だった。シンプルな四面体だが地表の遺跡と比べて広大で、かつ四分の三が削れて奈落と化している。

 地下がどうなっているかは確認しに行こうとはしない。何故なら目を引かれるオブジェクトが千雨達の前に鎮座していたからだ。

「やっぱりお前か……アリカ」

 それは巨大なカプセルだった。

 魔法陣が刻まれた物体のガラス部分から金髪で妙齢な女性、アリカ=スプリングフィールドの顔が覗いていた。しかもカプセル自体はほぼ垂直に立てられ、そこを中心として床上に別の魔法陣が刻まれている。

「魔力供給の術式だ。昔オスティアで見たことがある」

 しゃがみ込んだアスナが床に手を当て、刻まれた魔法陣を分析していく。

「ということはウェスペルタティア王国の術式か?」

「多分そうだと思う。そこまで詳しくないからわからないけど……」

 今は亡き王都の術式を眺める中、ふと千雨はある人物が近くにいないことに気が付いた。しかし後ろを向けば、すぐに視界に入ってくる。

「どうしたエヴァ? そんな隅っこに居て」

「ほっとけ……」

 膝を抱えて扉の横に壁に(もた)れて座っているエヴァンジェリンを眺めていると、合点がいったのかラカンが割り込んできた。

「ああ、そうか。お前ナギが「(くび)るぞ……」――……もう覇気もないな」

 流石に目の当たりにすると、エヴァンジェリンとて落ち込むのだろう。

 想い人(ナギ)の愛妻アリカを見て、恋愛的に奪うことがほぼできないと考えてしまったのだ。

 とはいえ、離婚という手段がある以上エヴァンジェリンが簡単に諦めるとは思えないが。

「……これか」

 その間もナギはカプセルの周囲を調べ、一つのヘッドギアが台座に載っているのを見つけた。イメージとしてはSAOのナーヴギアに近く、その隣には横になれるベンチが置かれている。

「台座にも『頭に付けて寝ろ。そして『LINK START』と呟け』って書かれてますね。しかし……完璧SAOのパクリだな」

「というか、システムはフルダイブ技術を(それ)イメージして作ったんじゃないの?」

 こなたも千雨の横に並んで台座の文章を読み上げた。

「いや、時系列は?」

「それ今更気にする? ぶっちゃけると私、原作の『泉こなた』と違って最初から大学生位の年齢で転移したんだけど」

「原作知らねえから分かんねえよ!!」

 等と千雨達が喚いている間に、ナギの方は既に準備を終えていたのか、ナーヴギア(もど)きを(たずさ)えてベンチの上に横になった。

 頭に付ける前に、一度周囲の面々を見渡していく。

「ちょっと行ってくるわ。ここは任せた」

「あいよ」

 代表して、ラカンが返事をする。

 そしてナギはナーヴギア(もど)きを装着し、目を閉じて呟いた。

「……LINK START」

 

 

 

 

 

 ナギの意識が飛ぶ。

 簡易的だが自らのボディが形成されていくのが分かる。おそらくナーヴギア(もど)きかベンチに仕込んだセンサーか、もしくは両方を用いてイメージをスキャンしたのだろう。

 簡略化された身体でナギは、一先ず暗闇を進むイメージを抱いた。それだけで、自らが前進していくのが分かる。

 流れに逆らわずにナギが辿り着いたのは、何もない空間に浮かぶ、巨大な扉だった。いくらイメージしても、身体は扉の前から動かない。おそらく、ここが終着点なのだろう。

「さてと……姫さん、迎えに来たぜ」

 ドンドン、と力強く扉を叩く。

 返事はないが、鍵は掛かっていないのか、取っ手を引くと簡単に開いた。

 ナギは勢いよく扉を開け、中へと入っていく。そこは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? ……ナギっ!? 何故お前がここにいる!?」

「ああ、うん……答えるからその前に一ついいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナギは一瞬、行方知れずになったアリカを除いた全てが悪夢ではないか、と思えてならなかった。

 空間自体は先程までと同じだったが、一足扉を潜ると古代の魔法書からファッション誌に至るまで、あらゆる書物が床に散乱していた。その中心にアリカもいるが、彼女は設置した炬燵(こたつ)の中でみかんを頬張りながらテレビを見るという、女性としての尊厳が永眠したかのような振る舞いをしているのだ。

 正直ナギは一瞬、自分の女房が元女王陛下だということを忘れてしまう。

 だからナギは叫んだ。

「お前今の今まで何やってたんだよっ!?」

「まあ、落ち着け……流石に(わらわ)も恥ずかしくなってきた」

 そう言うと、アリカは起き上がって炬燵の上で手を組んだ。

「先に聞くが、連れはいるのか?」

「外で待たせている」

「では、一度外へ出るとしよう。まとめて話そう」

 組んでいた手を(ほど)き、指を一本立てて空を切る。するとアリカの眼前に、一枚の電子的な板が浮かびだした。

「完全にSAOのパクリだな……」

「仕方ないだろう。ここを作った協力者が当時ハマってたんだ」

「協力者?」

「それもまとめて話す……よし、出るか」

 操作が完了したのか、周囲に散らかっていた物品の数々が光の粒子となって消えていく。炬燵が消えたのを最後に、アリカは静かに立ち上がる。今迄と同じ白のドレスを纏っている様は、かつて女王だった彼女を思い起こさせた。

 炬燵で寝ていたさっきまでの姿とはこれでもかというくらいに差があるが。

「後は待つだけで戻れる……ところで、闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)に手紙を送った筈なのだが、彼女はどうなった?」

「外で待ってるよ。あの野郎、お前からの手紙を十年もほったらかしてやがった」

「そうか……もうそんなに経つのか」

 次に空間も粒子となって砕けていく。いつの間にか二人は並んで、互いに身を寄せ合っていた。

「……ネギには会ったか?」

「ああ、元気にやってるぜ」

「そうか……」

 最後に、ナギとアリカ自身が粒子と化した。

 流れるままに身を委ね、現実世界へと意識を巻き取られていく。

 

 

 

「早く会いたいな……我が息子に」

 

 

 

 最後に見せた笑みは、女王でも炬燵の中でだらけていた女でもなく、一人の母親のものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、でも今仕事で魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に行ってるぞ」

「貴様ぁー!!」

 せっかく会えると思った息子がこの場にいないと知り、アリカはナギに殴りかかる。

 取っ組み合った状態のまま、二人は仮想空間から姿を消したのであった。



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第37話 After Story アスナの冒険Vol.1-8

 ズーン…………

 

 

 

 気が付けば、アリカは先程エヴァンジェリンが膝を抱えていた場所で、同じく身を(うず)めていた。理由は、何故この場にいたのかを説明する際のことである。

 

 

 

『実は、この世界は別の世界線では『漫画で語られているんだろう。この前聞いた』――……あ、ああそうだ。そうか』

 

 

 

『そして、その世界からこの世界へと転移してきた者達が『その内の一人、泉こなたです。よろしくお願いしまーす!!』――……あ、うむ。よろしく頼む』

 

 

 

『しかも油断してはいけないのが、彼らには特殊な力が『あ、俺それで()び出されました。分類でいうと召喚系か具現化系ですかね』――……あ、えっと恐らくそうだろうな』

 

 

 

『そして、最も恐るべきは……彼らは時として牙を『向けられました。その節は息子さんに助けられましたありがとうございます』――……ソウカーブジデナニヨリダー』

 

 

 

 恐らくは事前情報として転移者の話をしようとしたのだろうが、既に転移者、その能力で呼び出された存在、おまけに被害者までいるのだ。アスナとの再会すら霞む程の衝撃に、アリカは完全に興を削がれてしまい、現在落ち込んで膝を抱え込んでしまっている。

「いいから続き話せよ、もう」

 ナギが近くの壁に(もた)れて、腕を組みながらアリカを見下ろして先を促した。一つ息を吐くと、ようやく重い腰を起こした彼女は、再び立ち上がって説明の続きを始める。

「まあ、要するにだ。この馬鹿「旦那に向かってひどくね?」――……ナギを追いかけている時にさっきのゴブリン共を喚び出した奴と、それを討たんとする者達と偶然とはいえ遭遇してしまったんだ」

 顎をしゃくって促された先は、この空間の四分の三を占めている奈落だった。先程確認しなかったので、今度は全員で近付いて覗き込む。

「げっ……」

「うわぁ……」

 その先は地獄だった。

 数ばかりのゴブリン達が互いを喰らいあいながらも、たくましく生き残って勢力を維持していた。解放されてしまえば、未曽有の小鬼禍(ゴブリンハザード)が発生してしまう。少なくとも、最初の一回は麻帆良に大打撃を与えるのは間違いない。

 二回目以降は逆に殲滅(せんめつ)させられるだろうが。面子的に。

「奴らを遺跡ごと葬り去る必要がある。小鬼禍(ゴブリンハザード)を起こそうとした奴は討伐されたが、ゴブリン自体は消滅していない。おまけに追いかけていた旦那が行方不明(ヨルダの元)ときている。伝手も手段もなく秘密裏に殲滅(せんめつ)するには火力が足りないから、とナギの情報を餌にして闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)に依頼を出したのだが……」

 アリカの瞳は鋭く、ナギの顔を刺していた。

「……先に助かって息子(ネギ)と一緒に暮らしていたとか、腹立たしくて仕方がない」

「そう言うなって、俺も助けられた後はほとんど寝てたんだからさ」

 ナギとアリカがカプセルの近くに移動すると、他の面々もそこに集まり出した。

「問題は連中に呪文遣い(シャーマン)がいるということだ。力任せでは抑えられても魔法を使われてはそう言い切ることができない。だから(わらわ)達はケルベラス渓谷と同様の条件を用意し、厳重に封印することにしたのだ」

「そしてエヴァの奴がここに来る以上、魔法以外の手段が必要だからそれに期待していた、と」

「それが全容だ。正直『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』を解く為にあらゆる手段をとってくることを期待していたのだが……」

 ナギとラカンというバグキャラがいたせいで、エヴァンジェリンは大して準備することなくここまでたどり着いてしまった。他のものに至ってはアリカの視点で見たら子供に過ぎない。可能性があるとすれば能力(チート)位だが、聞いている限り威力が足りるかは分からない。

「とりあえず魔力無効を解除してくれ。そうすれば俺がまとめて蹴散(けち)らすから」

「それができれば苦労せぬわ……」

 次にアリカが指を差したのは空間の四隅、四面体の頂点に当たる場所に覆われた岩壁、そこに刻まれた術式の数々だ。

「万が一ゴブリン共が押し入った時の為に、頑強な岩壁に術式を刻み付けておいたのだ。一応物理的に壊せるようにはしたが、魔力も気もないままで宙に浮いて岩を砕く等、簡単にはできぬであろう?」

「まあ、確かにきっついわな……」

 魔力も気も使わずに、物理的に破壊するという条件を前に、ナギは腕を組んで(うな)る。

「一ヶ所だけでも壊せればいいのだが……とにかく、一度じっくり対策を「こなた、アレ」「どぞー」――……ん?」

 千雨に促されたこなたが、あるものを前に差し出した。それはここに来るまでの間、ずっと背負っていた専用の鞄である。

 そのケースを開けて、こなたは六角柱型の塊を一つ取り出した。

「なんじゃ、それは……」

 不思議そうにするも、どこか嫌な予感がしたアリカだが、その疑問にこなたは逆に明るく答えてきた。

 

 

 

「軍用爆薬ハンドアーックス!!」

「……は?」

 

 

 

 思わず目が点になるアリカだが、千雨は構わず周囲に説明する。

「これ岩壁に取り付けて吹っ飛ばしゃ、なんとかなりますよ」

「いやいやいや、ちょっと待つのじゃ!!」

 その説明を遮る様に、アリカが割り込んできた。

「あんな高所で、いったいどうやって取り付け「あ、俺できますよ」――……はえ?」

 その声につられて、アリカは千雨からシオンの方を向く。

「元々高所作業なんて無名街(故郷)じゃよくやってたんで。一応フックとかもあるから、あの岩壁位なら余裕ですよ」

「い、いや、しかし……どうやってあの高さの岩壁に取り付くつもりじゃ?」

「おいおい、俺がいるじゃねえか」

 そう言ってラカンが筋肉を見せつけてくるのをアリカは邪見にするも、否定する要素がないので言葉が途切れてしまう。

「俺が投げ飛ばしゃあ、なんとかなんだろ」

「届かなければ、私か鎖打ち込んで昇降機(エレベーター)やりまーす」

 こなたもラカンの意見に賛成らしく、元気に手を上げていた。

「……一応、術式の関係で、この辺り一帯の電波通信に軽く妨害(ジャミング)が入るようなのだが」

「それで携帯繋がらなかったんだ……」

「こなた信管貸せ。残った手持ちで時限信管でっち上げてみるわ」

 しかし既に作戦が纏まったかの様に全員が振る舞いだしたのを見て、アリカは思わず膝を着いてしまう。

「……まあ、元気出せ」

「昔っから考え込み過ぎなんだよお前は」

「そんなレベルかっ!?」

 千雨達がてきぱきと作業をする中、ナギとアスナに慰められながら、アリカは一部始終を見守っていた。というかそれしかできなかった。

「どう見ても手際が良すぎるだろうが……どこぞの犯罪組織(シンジケート)かっ!?」

 受け取った信管と手持ちの機械類を分解して時限信管(別の物)を再構築しようとする千雨。ラカンに飛ばされた後岩壁に張り付いてハンドアックスを張り付けているこなたとシオン。

「ブス……」

 そして放置されていたエヴァンジェリン大体600歳児は一人むくれていたのであった。

 

 

 

 

 

 一通り作業が完了し、千雨達は一度カプセルの元へと集合した。

「爆薬の設置は完了」

「起爆装置も動作確認は済んでいる」

「後は爆発後に魔法で掃討……あと3分位か」

 すでに、ナギとエヴァンジェリンが奈落の端でスタンバイしている。無効化が解けた瞬間に呪文の乱射でゴブリン共を掃討する手筈だ。

「……ところでさ、千雨」

「どうした?」

 爆破まであと数分という時に、ふとこなたは最後の煙草を咥えていた千雨に問いかけた。

 

 

 

「今気付いたんだけど『幻想殺し(イマジンブレイカー)弾頭』使えば良かったんじゃ「いや、その、朝倉に一発借りパクされたから、さ。ただでさえ少ない手持ちがさらに……」――……千雨も忘れてたでしょ?」

 

 

 

 コクリ。

 静かに(うなず)く千雨。それにこなたは仕方ないな、とばかりに肩を(すく)めた。

「まあいいけどね。上条君に負担掛けるわけにもいかないし」

「そういうことにしといてくれ。外したらそれこそ無駄弾だしな」

 そうこう話している内に、爆破の時間が来た。

 千雨が携帯の時計を見てカウントダウンを行う間、こなたはラカン達の元に寄る。

「そう言えばさっきまでむくれていたのに、エヴァにゃんなんでやる気満々なの?」

「ただの八つ当たりじゃね?」

「既婚者狙うとか、面倒臭いこと良くやるな……」

「しょうがないよ。エヴァにゃん、当時はナギさんが既婚者だって知らなかったんだから」

 ラカンの傍にしゃがんでいたシオンが頬杖をついて呟くのを聞いて、こなたは後頭部で指を組みつつ答えた。

「つまり浮気をしていたと? あの男は……」

 わなわなと震えだすアリカをラカンがまあまあ、と宥めようと手を(かざ)す。

「いや大丈夫だって。あの馬鹿がそこまで考えているかよ」

「だから逆にモテたんじゃないかな……」

 何気ない呟きだが、アリカの嫉妬の炎にガソリンを注いだのは言うまでもない。

「……監禁「よせってお前キャラ壊れてるぞ!!」――知るかっ!! あの馬鹿(わらわ)(めと)っておいてこのような仕打ちを……っ!!」

「うわぁ……」

 こなたが組んでいた手を解いて口に当てている間にも、千雨のカウントダウンは続き、

「6,5,4……」

 とうとう3カウントにまで達していた。

「……3,2!!」

 一秒前になると、千雨は携帯を持ったまま両手で耳を塞いだ。他の面々(アスナ、こなた、シオンだけ)も同様に耳を塞ぎ、身を低くする。ナギとエヴァンジェリンは岩壁から最も離れている為、あえて耳を塞ぐことはしない。そしてラカンとアリカは未だに揉めている。

 従って……

 

 

 

 ――ドガガガ……!!

 

 

 

「ぎゃはっ!?」

「ぎゅぐっ!?」

 耳を塞いでいなかった二人は鼓膜が破れんばかりの音響に思考を絶ち切られてしまう。完全に伸びてしまった二人を抱えて(ラカン運搬役:シオン、アリカ運搬役:千雨とこなた)立ち去った後、ナギとエヴァンジェリンの呪文が奈落の底にいるゴブリン達に降り注いだ。

雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!」

闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!!」

 今迄魔法が撃てずに欲求不満だったナギと一方的にアリカを(ねた)んでいたエヴァンジェリンの、二人掛かりの八つ当たりでゴブリン共は次々と掃討されていく。

「そう言えばさ……扉の向こうのゴブリン達はどうする?」

 少し離れた場所、最初にこの空間に入った時に通った扉の前で(たむろ)しながら、千雨はそう呟いた。

「そう言えば、まだいたね~」

「とりあえずラカン起こす?」

 返事を待つ間もなく、気を失っているラカンにアスナの足がめり込んだ。アリカもその音で意識が覚醒されたのか、上半身を起こしてくる。

「うう……」

「なにやら(わらわ)がぞんざいに扱われている気が……」

 頭を振るアリカは腰を下ろして、周囲を冷めた眼差しで眺めていた。

「というわけでおっさん、扉の向こう側()のゴブリン片付けに行くぞ」

「しゃあねえ、行ってくるか……」

「とかいいつつ、ノリノリなラカンであった」

 アスナが言う通り、腕輪を外して気を巡らせたラカンが扉を抉じ開け、その場にいたゴブリン達が、異変を感じて後ずさりしていた。

「さあて、絶滅タイムだ」

 ゴキゴキ、と指を鳴らしたラカンは右手を振りかざし、ゴブリン達に挑みかかった。その後ろを、気を(まと)ったシオンが続き、討ち漏らしを次々と蹴り殺していく。

「おっさんはともかく、あっさり殺すな~あいつも」

「まあ、生き残られて成長されても困るけどね~」

 それを扉の外から眺めていた千雨達がぼやいていた。

「……あ、そうだ。ハンドアックスまだ残ってるけど使う?」

「一応置いとけ。後ろの二人が万が一魔力切れを起こした時の為に保険はいるだろ?」

「別に心配は……」

 そう言いつつ後ろを見たこなたは、調子に乗って呪文を唱えまくる二人を見て考えを改める。

契約により我に従え(ト・シュンポライオン・ディアコネートー・)高殿の王(モイ・バシレク・ウーラニオーノーン)――!!」

契約に従い(ト・シュンボライオン・)我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー・)氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア)――!!」

「……うん、一応残しとこう」

 最上位呪文が二種類位出ているのだ。考えが改まっても仕方がない。

「エターナル、ネギ・フィーバー!!」

「このおっさん出鱈目(でたらめ)すぎる!!」

「向こうも向こうではっちゃけてるな~……」

 そしてこなたの脳裏に嫌な予感がよぎる。というか、これだけ呪文の乱打を(馬鹿騒ぎ)しておいて、遺跡自体が持つわけがない。

「……そろそろ脱出の準備でもするか。エヴァの転移も当てにならなそうだし」

「どうするの?」

 アリカと同じく腰掛けていた千雨はアスナの頭を撫でつつ立ち上がり、懐から携帯を取り出した。

魔法陣(仕掛け)吹っ飛ばしたから電波はもう復活してるだろ。高音先輩に事情話して迎えに来てもらうわ」

「だったら急いでもらった方がいいかも……」

 こなたが指差す先では、既に壁に亀裂が走っていた。早く逃げなければ遺跡ごと土葬されてしまうだろう。

 

 

 

「私のいない十年間で、世界はこんなにも変わってしまったんだな…………」

 

 

 

 ただ一人、アリカは再び膝を抱えて落ち込むのであった。

 

 

 

 




 漸く余裕ができたので、一周年記念は未定ですが、次話だけでも来週に投稿します。
 そして、もうすぐ例のあれを公開する時が!?

シャーリー「……いいから書け」

 ああ、時間が欲しい……。


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第38話 After Story アスナの冒険Vol.1-9

「しっかりして、大丈夫?」

「ああ、ごめんしずなさん。なんとか……」

 夕暮れ時、麻帆良学園女子中等部の廊下をタカミチとしずなは肩を組んで歩いていた。

 先程迄トイレの住人と化していたタカミチだが、どうにか持ち直して仕事をこなし、定時になってようやく帰るというところであった。

 授業のない夏季休暇中だからこそ、この程度の被害で済んでいるのだ。もしこれが学業期間中ならば残業は免れなかっただろう。

「漸く仕事が落ち着いてきたから、もうすぐ休みがとれそうだよ」

「それは良かったわ。アスナちゃんと皆で出掛ける約束をしていたから……」

 そして学園の外へ向けて歩いていると、ちょうど反対側から、誰かが歩いてくるのが見えた。

「ああ、高畑先生にしずな先生。こちらにいましたか」

「新田先生?」

 そこにいたのは、タカミチ達の同僚にして学園広域生活指導員である新田先生だった。

 新田先生は軽く手を振りながら、タカミチ達の前に立つ。

「これからお帰りですか?」

「ええ、そうです」

「なら丁度良かった」

 そう言って新田先生は、校舎の外を指差した。

「先程雨樋(あまどい)の修理を終えたスモーキーから聞いたんですが、迎えが来ているらしいですよ」

『迎え?』

 不思議そうに首を傾げる二人だが、数秒後に迎えに来る人物が誰かに気付き、慌てて荷物を担ぎ直してから急ぎ気味に歩いて行った。

「廊下を走るな、って言いたいところだがまあいいでしょう。生徒もいないことだし」

 軽く鼻を鳴らしてから、新田先生は反対の方へと歩き出した。職員室に戻り、自らも帰宅する為に。

「さて、義息子(スモーキー)達を待たせるのも悪い。私も急ぐか」

 

 

 

 

 

 エヴァンジェリンの家で着替え直したアスナは、ラカンとシオンに連れられて麻帆良学園中等部まで来ていた。本来ならば家まで帰るところだが、通り道だからとせっかくだから待つことにしたのだ。

 大して待つことなくタカミチ達と合流したアスナは、ラカン達と別れて家路へとついた。

「気ぃ付けて帰れよ~」

 ラカンはシオンと共に、仕事で中等部に来ているスモーキー達を待つそうだ。話していて分かったのだが、どうもバイト先で何度かニアミスしていたらしく、その話で今も盛り上がっている。

「タカミチ久しぶり」

「うん、久し振りだよね。ごめんね、今迄忙しくて……」

 若干落ち込みながらも、タカミチとしずなはアスナを挟んで自宅へと歩き出した。

「ああ、そうだ。せっかくだし、これから外で食べようか」

「あら、偶にはいいわね。アスナちゃんは何が食べたい?」

「気分的には中華の肉団子」

 ならば超包子に行こうと、行先を自宅近くの支店へと変更する。同時に漸く調子が戻ってきたのか、タカミチはアスナを肩車して歩き出した。

「私今小6なんだけど……」

「まあ、いいじゃないか」

「そうそう。今のうちだけよ」

 まあ悪くないか、とアスナはぼんやりと前方の夕日を眺めていた。

 しずなが真横を歩きながら腕を組む中、タカミチはアスナに話しかけた。

「ところで今日は何してたんだい?」

「ナギ達と冒険してた……」

 冒険ごっこかな、と二人が考えていると、ふとアスナは今思い出したかのように口を開く。

「……そこでアリカを見つけた」

「そうかい、アリカ……って、え?」

 タカミチの足が止まり、つられてしずなも不思議そうに顔を横に向ける。しかし彼は若干顔を引きつらせながらギギギ、と気持ち上を向いていた。アスナに意識を向ける為に。

「……もしかして、そのアリカって、アリカ様?」

「そう、ナギの嫁のアリカ」

 あまりの衝撃に、タカミチは肩の力を抜いてしまう。そしてアスナとしずなにぶん殴られてしまうのであった。理由は察して下さい。

 

 

 

 

 

「もっと酒寄越せ……」

「飲み過ぎだぞ、エヴァ」

「それ以前に、ちゃんと成人してんでしょうね……」

 エヴァンジェリンは自棄酒の逃げていた。

 仕方ないと、千雨は解散後に飲み会(一応は女子会である)でもするかと、行きつけの焼き鳥屋台に来ていたのだ。他にも面子を呼んではいるが、こなたは一度家に帰っているし、高音は事後処理で遅れているので二人しかいない。

「大丈夫だって、姐御(あねご)。なんなら学園職員(高音先輩)に証明してもらうからさ」

「まあこっちが捕まらないならいいけど……はい、レバー」

 そう言って姐御(あねご)と呼ばれた女性、焼き鳥屋台の店長である涼宮ハルヒはレバーの串が載った皿を千雨の前に置いた。

「それで、そっちの娘はまたビール?」

「……日本酒だ」

「焼酎ならまだしも、何かあったかしらね……ねえキョン!」

 他に焼いている串もないので、涼宮は一度離れて裏手で作業している男性らしき人物に話し掛けていた。男性らしき人物、と表現しているのは姿が見えずに、低い声だけしか聞こえないからである。

「ほら、もっと食えって。じゃないとすぐ潰れるぞ」

「ん……」

 カウンター席に顎を乗せながら、千雨の差し出した皿から串を摘まんで口に咥えるエヴァンジェリン。レバー肉だけを(ほぐ)し取り、串を口から抜いて咀嚼(そしゃく)していく。

「……うまいな」

「だろ? 大学の連中とよく食いに来るんだよ」

「まあ、味はともかく名前がな……」

 エヴァンジェリンの目線が屋台の壁に描かれた屋号に注がれている。

 壁にはこう刻まれていた。

『SOS屋――世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの焼き鳥屋』

 と。

「……もう少しまともな名前はなかったのか?」

「何度かツッコんでんだが、向こうは何故か聞く耳持たなくてな。まあ、他に代案もないし別にいいか、と」

 というか、『SOS行くぞ』と言うだけで要件がすぐ伝わるのだ。ある意味便利ともいえるので、千雨達もそこまで言うつもりはないのだが。

「私ももうちょっと飲むかな……」

「どうした、お前も自棄酒か?」

「いや……ちょっと昔を思い出して、そんな気分になっただけだ」

 アリカが挙げた協力者達の中に、気になる人物がいたのだ。

 特徴が一致しているだけなので別人の可能性もあるが、千雨は心のどこかで確信していた。あの時(・・・)の人物だと。

「そうか。玄「ごめん、日本酒売り切れてたんだけど1945年物ワイン(ロマネコンティ)ポーランド産ウォッカ(スピリタス)ならあったわ」――んなラインナップがあるかっ!!」

 場末の焼き鳥屋台にあるまじき組み合わせに、千雨は過去への回想を強引に断ち切って涼宮にツッコんだ。しかしエヴァンジェリンは我関せずと、残りのレバー串に手を伸ばしている。

 そして千雨と取り合いの喧嘩になるのだが、涼宮にぶっ飛ばされたとだけ伝えておこう。

 

 

 

 

 

「ただいま~」

「お~お帰りこなちゃん」

 喫茶店『Imagine Breaker』の扉を潜ると、カウンター席に腰掛けていた和美が振り返って挨拶してきた。それにこなたは応えながら、傍に寄って行く。

「あれ、かずみんどったの?」

「いやそれが聞いてよ、こなちゃん」

 聞くところによると、ここ数日知り合いへの挨拶回りで一時期麻帆良学園から離れていたらしい。そしてさよとも連絡が着いたので明日にでも魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に向かう手筈を整えたので意気揚々と千雨の家(住居用とは別に借りていたマンションの一室)に帰ったのだが、主不在で音信不通だからとこの店で時間を潰していたということのようだ。

「ちなみに上条さんは閉店後に出掛けて行ったよ。『瀬流彦先生~』って叫びながら」

「……上条君に一体何があったの?」

 不思議そうに首を傾げながら、こなたは一度部屋へと向かう。

「これから千雨達とエヴァにゃんの痛飲に付き合う予定なんだけど、かずみんも来る?」

「行く行く♪」

 そして荷物を置き、着替え終えたこなたと和美は喫茶店を後にした。

 携帯を弄りながら歩いているこなただったが、メールを打ち終わってから和美の方を向く。

「……ところでかずみん、ちょっと聞いていい?」

「ん、何こなちゃん」

 並んで歩く二人。身長差の為に軽くこなたを見下ろしながら、和美は何事かと耳を傾ける。

「ちょっと気になったんだけどさ……何で」

 

 

 

 ――転移者(私達)の話、信じてくれたの?

 

 

 

 歩みが止まる。

「……どういう意味かな?」

「今日千雨達と出掛けてたんだけどね、その話は今置いとくけど、その時にちょっと不思議に思ってさ……」

 どちらからかは分からない。だがどちらかが止まった為に、二人は歩みを止めて立ち止まっている。

「普通信じられないんじゃないかな、って思ったんだよ。自分達の世界が別の世界では漫画になっていることも、そんな世界や他の世界から誰かが来るなんて……それこそ異世界人がいるって証明している様なものじゃん」

「いやいや、当てずっぽうで言っただけだよ。私もまさかだって思って「じゃあなんで知ってるの?」――……?」

「千雨から聞いたよ。『この世界産の人間です(・・・・・・・・・・)』ってかずみんが言ってたって」

 ジャラ、と金属の擦過音(さっかおん)が響く。それだけで和美は気づいた。

 暗闇に紛れて、こなたの鎖が周囲に張り巡らされていることに。

 

 

 

「自分が『『魔法先生ネギま』世界の住人(この漫画の登場人物)』だなんて、当事者達が証明することなんてできないのに、なんで断言(・・)できるの?」

 

 

 

 そう、あり得ることではない。

 この世界で生まれたこと自体は証明できても、『魔法先生ネギま(原作)』の登場人物だと証明できる手段を和美は持ち合わせていない。持ち合わせる必要がないのだ。

 そしてこなたが以前話した通り、別の『原作』も混ざっている『平行世界』の可能性がある以上、自分も別の『原作』の登場人物である可能性が僅かなりともあるのだ。それを原作を知る人間(こなた)が証明できるとはっきり言える可能性は幾つかあるが、先の転移者関連の話をあっさり信じたことから考えられるのは大きく二つ。

 

 

 

 どこかで『原作』の知識を持つ転移者と接触したか……和美自身が憑依系の転移者であるか、だ。

 

 

 

「できれば銃まで抜きたくない……だから答えて、どっち?」

 嘘は許さない、とばかりにこなたは右手を持ち上げた。既に中指の鎖は伸び切り、薬指の鎖は宙を彷徨(さまよ)っている。

「……一流の詐欺師は、嘘を吐かずに相手を(だま)すっていうよ。証明手段導く薬指の鎖(それ)だけでいいの?」

「別に……実はどっちでもいいんだ。ただ…………」

 そう、こなたにとって和美の正体等些末(さまつ)に過ぎない。では何故問い詰めているのか、それは憑依系の転移者である可能性が、ジェイル=スカリエッティの刺客(・・)である可能性があるからだ。

 だからこそ、こなたは和美が持つ可能性を潰さなければならない。でなければ……

「かずみんは……朝倉和美は転移者なの?」

 それに和美は軽く息を吐き、両手を上げて静かに答えた。

 

 

 

「…………外れ。私は転移者じゃないし、こなちゃん達の敵でもない。ついでに言えば、ジェイル=スカリエッティとも面識はないよ」

 

 

 

 ……鎖は、微動だにしなかった。

 一向に動く気配のない鎖を消し、こなたは肩の力を抜き、

「ブ、ハァ…………」

 大きく息を吐いた。緊張が緩んだからか、足の力も抜けてしまい、そのまま倒れ込もうとするのを傍に寄った和美に支えられる。

「よかったぁ~敵じゃなくて……」

「ははは。ごめんごめん、流石に簡単に信じすぎたね。もうちょっと演技すればよかったかな?」

 こなたの足に力が戻ってから、和美はゆっくりと立たせてやる。そして数歩距離を置いてから振り返った。

「確かに転移者のことは知っていたよ。でも……そのことはまだ内緒でお願い」

「え……なんで?」

 こなたは首を傾げた。

 すでに転移者の存在が知られている以上、事前に知り合っていたことを隠す必要が何処にあるのかが、分からないからだ。

「昔……ちょっと失敗(・・)しちゃってさ。だから」

 和美は腰から、スチール製の警棒を抜いてこなたに見せる。

 倉庫でガジェット相手に戦っていた時は『頑丈な警棒』という印象しかなかったが、改めて見ると、こなたはそれが『警棒』ではないことに気付いてしまった。

「もう失敗しない。その為に必要だから手に入れた」

 一瞬、闇が切られる。

 そしてこなたは、その正体が何かを完全に理解した。

「……今度こそ届ける(・・・)。だから力を手に入れた。もう二度と、」

 

 

 

 ――千雨ちゃんを泣かせない為に

 

 

 

 警棒らしきものを腰に戻し、和美は引き締めていた顔を緩めた。

「……じゃ、行こっか」

「うん……そうだね」

 転移なんて安易にするものじゃない。

 そうこなたは、かつて『泉こなた』をはじめとした架空の存在に惹かれた人間だった者は、そう結論付けて和美の横に再び立って歩き出した。

『原作』にはない悲劇(・・)が、何処に転がっているか分からないのだから。

 

 

 

 

 

『はい、チーズ!』

「……何だ、これは?」

「ネギ達の自主製作映画『魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達』の第一作、『麻帆良学園逃亡編』だ。面白いだろう?」

「いや、どう見てもテロリスト一歩手前だろうが!?」

 アリカを伴って帰宅したナギは、せっかくだからとネギの成長記録代わりに映画を見せたのだが、集中して鑑賞した後に叫ぶ始末だ。流石に元女王であっても、このストーリー自体を簡単に受け入れることはできなかったらしい。

「唯一まともなのはナギのことを『くそ親父』と呼んだ「まんま反抗期の発言じゃねえか」――それがいいのだ。お前みたいな馬鹿な父親に変な憧れを抱かせるよりもよっぽどいい」

「……そうかよ、じゃあこのピザは俺が食う」

 そして映画鑑賞中にナギが作成したピザは、作成者の手を離れてアリカの胃に納まってしまう。

「っつぅ……」

「全く、妻に食事を与えないとはなんて勝手な夫だ」

「旦那(けな)した挙句、ビンタかましてピザ強奪する女房に言われたくないわ!!」

 一つ寄越せ、とピザを一切れ咥えながら、ナギはDVDを取り出してケースに収めると、新しいものを棚から引っ張り出してきた。

「ったく……そんじゃ、ついでに見るか。第二弾」

「……続編もあるのか?」

「ここで終わってるけどな」

 そしてナギは、掴んだケースをアリカに掲げて見せた。

 

 

 

『魔法世界残業編』と記載されたケースを。




 皆様、ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。本日を持ちまして『魔法先生ネギま 雨と葱 1.The future after seven years』を完結させて頂きます。次回更新は『魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達 2.魔法世界残業編』です。再掲載の為、今後は週一にて掲載致します。
 これからも両シリーズをどうか宜しくお願い致します。

シャーリー「……一周年記念は?」

 書けたら先にそちらを掲載します。無理ならしれっと割り込み更新致します。一応書いてはいますのでご安心を!!

 アンケートはまだまだ募集中です!! 活動報告までコメントを是非是非!!
url:https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=189781&uid=213900

 さあ、忙しくなるぞ!!

シャーリー「……再掲載でブログの方は更新休止だろうが」

 いそがしくなるぞぉ~!!


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登場人物一覧 Vol.01(第一章時点での簡易あらすじ付き)

(2018年11月08日20時15分追記)
お気に入り登録により更新を確認された方へ
二話同時掲載の為、『第38話 After Story アスナの冒険Vol.1-9』も前話に掲載されています。連絡が遅れてすみませんでした。

シャーリー「……言うのが遅すぎる」


原作『魔法先生ネギま』(順適当)

 

ネギ・スプリングフィールド

 ISSDA初代事務局長。計画調整に必要な各種手続き承認待ちの間、年次有給休暇消化の為に夏期休暇を取る。現状での実家に当たる、ナギの住むマンションの一室にて休暇を過ごしながら、かつての想い人である千雨への気持ちを改めて理解する。

装備:ナギの杖

   グロック17

 

長谷川千雨

 大学4年生兼ISSDA特別顧問内定。大学近くのマンションの一室を借りて暮らしている。自らの実力(分野問わず)を磨きながら転移者と戦う日々を過ごす為に頭痛が絶えない。ネギを異性としてみているかは自身でも未だ気付いていない。

装備:イングラムM10

   SIGP230

   単発銃(トンプソンセンターコンデンター)

   ETC...

 

神楽坂 明日菜

 表向きの立場はISSDA所属外交官だが、王族特権と同程度の権限を有している。同窓会とネギの長期休暇に便乗して同じく休暇を取った。ネギのことは相変わらず弟として気に掛けているが、最近『弟離れ』すべきではないかと悩んでいる。

装備:ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)

   中古の剣(『魔法世界残業編』にてネギが使用したもの)

 

絡繰 茶々丸

 ISSDA初代事務局長専属秘書。定期点検の都合でネギ達よりも頻繁に麻帆良学園都市に帰省している。その度に千雨と会うこともあり、ネギ達の仕事内容を円滑にする打合せをこっそりしていた。千雨にエヴァンジェリンの身の回りの世話を頼んでいたりする。

 

朝倉 和美

 フリージャーナリスト。ネギ達を追いかける為にグレートパル様号二世にてさよと暮らしているので、実質家無し。魔法世界(ムンドゥス・マギクス)だけでなく裏社会にも多少通じているようだが、千雨との事情も含め、詳細は未だ語られず。

装備:スチール製の警棒(?)

   UNKNOWN...

 

相坂 さよ

 和美の相棒。麻帆良学園地縛霊から解放された後は和美と共に行動しているが、盆休みだけは知り合いの幽霊達と共にいることが多い。和美の情報収集を手伝っていたが、他にも仕事を任されている。詳細は次章にて明らかに。

 

エヴァンジェリン・A(アタナシア)K(キティ)・マクダウェル

 麻帆良学園中等部休学扱いとして『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』を騙した状態で過ごしている。魔力は戻っているが、今のところ悪用する予定はない。基本ナギ達とつるむかアスナとゲームの日々。

 

ナギ・スプリングフィールド

 二年間の昏睡状態から復活した為、身体中にガタがきて本調子ではないのでリハビリ中。そのついでに、せっかくだからと戦闘以外のスキルも身につけようと料理修行の日々。よくエヴァンジェリンや麻帆良に移住したラカンと一緒にいる。

 

ジャック・ラカン

 義体を得て麻帆良学園都市に移住、現在はナギと同じマンションの一室に一人で暮らしている。基本大抵のことはできるので、金がなくなるとアルバイトを繰り返している。同じくバイトしていたRUDEのメンバーとニアミスしていたらしいが、シオンと知り合うまで知らなかった。

 

雪広 あやか

 雪広コンツェルン代表の為、立場的には実家企業からの出向となっている。ISSDA所属外交官の明日菜と共に計画推進の為の交渉が主な仕事。未だに『いいんちょ』と呼ばれていることやクラスメイトにお説教している自分に、このままでいいのかと内心頭を抱えている。

 

宮崎 のどか&綾瀬 夕映

 ISSDA勤務の為に尽力中(主に夕映だけ)。現在は探偵事務所に住みながら就職活動している夕映のところに、研修生ののどかが長期休暇中の間ルームシェアをしている。千雨は夕映と多少話す仲だが、のどかとは挨拶を交わす程度。

装備:いどのえにっき(ディアーリウム・エーユス)

   魔神の童謡(コンプティーナ・ダエモニア)

   読み上げ耳(アウリス・レキタンス)

   世界図絵(オルビス・センスアリウム・ピクトウス)

 

フェイト・アーウェルンクス

 ISSDA外部交渉局局長(兼ネギのマネージャー)。出向中のあやかと共にISSDA=他機関との交渉役を担っている。仕事の虫に見えるが予定の立て方がうまく、よく従者の5人と共に休暇を取っている。立場的には明日菜の上司だが、両者間でまともな報・連・相が行われているかは不明。

 

高畑・T・タカミチ

 トリプルT。魔王(しずな)の夫。現在は麻帆良学園都市の警護も兼ねて教職に専念しているので、出張は滅多にない。その為、趣味のラーメンから屋台を経営することに。初期型世界珍味麺以外は案外まともで、顧客も結構ついている。

 

源 しずな

 現姓高畑。実年齢には見えない程の若々しさと人妻特有の色気を持つ女。諸事情でアスナを家族に迎え、実の娘の様に慕っている。怒らせると魔王と化す、高畑家ヒエラルキー最上位。

 

高畑アスナ

 本名アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。現在は麻帆良学園女子初等部に在籍している。精神年齢上の問題でクラスメイトのエリ(無名街の少女)以外に初等部で親しい友人はいないが、クラスで浮く程ではない。

 

近衛 近右衛門

 麻帆良学園学園長。抜けているように見えて意外と目敏く、実はスモーキー達との一件で転移者の存在を既に知っていた。そして話した途端このかにけしかけられた千雨に撃たれたりもしたが、全て回避した。この小説ではそこそこ活躍する予定……だといいな。

 

アリカ・アナルキア・エンテオフュシア

 ナギの嫁にしてネギの母。ヨルダと同化したナギを追って麻帆良学園都市に向かう道すがら転移者による事件に巻き込まれ、エヴァンジェリンに依頼を出してから今迄人柱として封印状態で眠っていた。基本的に考えすぎる性格。

 

原作『魔法先生ネギま』以外(順適当)

 

上条当麻

原作『とある魔術の禁書目録』

 転生系転移者。前世での享年及び死亡理由は不明。喫茶店『Imagine Breaker』の店長として生計を立てている。不幸体質の為、遊ぶゲームのジャンルは必然的にボードゲーム系やクイズ系が多い。武器全般駄目なのでボクシングジムに通っている。

能力:幻想殺し(イマジンブレイカー)

   時計屋(ウォッチメイカー)(原作『AREA D 異能領域』)

 

泉こなた

原作『らき☆すた』

 転移系転移者。前世での享年及び死亡理由は不明。自称引きこもりの看板娘。前世からの友人と共に転移してきたが、こなた以外全員殺された。現在は上条達と共に防衛活動に取り組んでいる。意外なことに射撃、投擲の名手。

能力:地球(ほし)の本棚(原作『仮面ライダーW』)

   癒す親指の鎖(ホーリーチェーン)(原作『HUNTER×HUNTER』)

   奪う人差し指の鎖(スチールチェーン)(原作『HUNTER×HUNTER』)

   束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)(原作『HUNTER×HUNTER』)

   導く薬指の鎖(ダウジングチェーン )(原作『HUNTER×HUNTER』)

   律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)(原作『HUNTER×HUNTER』)

装備:シグ・ザウエルP228

   ハンドアックス(原作『ヘヴィーオブジェクト』)

 

上条キノ

原作『キノの旅』

 転生系転移者。前世での享年及び死亡理由は不明。上条の双子の妹として転生、兄のことは完全に兄妹としてしか見ていない。前世での経験からか旅、というか旅行が趣味でエルメスを乗り回している。

能力:謎の美少女ガンファイターライダー・キノ(原作『学園キノ』)

装備:『カノン(』回転式拳銃(リボルバー))(原作『キノの旅』)

   『森の人』(自動拳銃(オートマティック))(原作『キノの旅』)

   『フルート』(組立式自動小銃(ライフル))(原作『キノの旅』)

   ノリンコ社製87式ナイフピストル

   マガジンポーチ(中身は大量の銃器に変わっている)(原作『学園キノ』)

 

ジェイル=スカリエッティ

原作『魔法少女リリカルなのはStrikers』

 ???転移者。前世での享年及び死亡理由は不明。上条達を襲撃した黒幕。現在の目的は不明だが転移者を襲い、その能力を奪っている。中には味方となる者もいるようだが、理由及び詳細は不明。

能力:UNKNOWN...

 

????

原作『??????』

 ???転移者。スカリエッティと組んでいる。相棒がいるらしいが、その正体も不明。黒髪の長髪と長身をした、スーツの女性。世界珍味麺を食べる振りをして難を逃れる程の危機察知能力の持ち主。

 

灰原哀

原作『名探偵コナン』

 千雨と同じ大学の薬学部所属。同じアパートの隣人だった経緯から付き合うことに。居酒屋でバイトをしているが、人付き合いで始めただけに過ぎない。元々経済的余裕が結構ある。

 

麦野沈利

原作『とある魔術の禁書目録』

 千雨と同じ大学の大学生。千雨とは風斬が巻き込まれたトラブルで衝突して以来の仲。口が悪いことを除けば、悪友の中で一番千雨と馬が合う。実家は名家だが仲が悪く、ほとんど麻帆良で暮らしている。

 

風斬氷華

原作『とある魔術の禁書目録』

 千雨と同じ大学の大学生。偶に何故、千雨達三人と一緒に居るのかが分からなくなり、本気で悩んだこと多数。おどおどしているように見えて芯は強い。四人組最後の良心の筈が、毒されている自分に今でも悩んでいる。

 

シェリー・ベルモンド

原作『金色のガッシュ!!』

 ブラゴが魔界に帰った三年後に『ゾフィスが逃げた。追いかけるから手伝え』といきなり尋ねられたので手伝いに同行した元パートナー。実家から押し付けられたお見合い相手を、全てフレイルで薙ぎ払って高笑いした伝説が生まれたとかなんとか。

武器:スパイク付きフレイル

 

ブラゴ

原作『金色のガッシュ!!』

 魔界の王となったガッシュの勅命で人間界を経由して『ネギま』世界に移動してきたある意味転移者。今後魔界と人間界を行き来できることを示唆していたが、目途は立っていない。

 

ゾフィス

原作『金色のガッシュ!!』

 第一章のラスボスにしてある意味被害者。偶然とはいえスカリエッティに喚び出されたのを利用して、この世界の覇権を握ろうとするもあっさりと潰されてしまう。伏線に見えてゾフィス自身はただの捨て駒の可能性あり。

 

シオン

原作『HiGH&LOW』

 スモーキーの能力(チート)()び出された存在(家族)の一人。現在は麻帆良学園都市内にて便利屋『RUDE BOYS』を中心に、無名街の住人達と協力してピザ屋等の商売で生計を立てている。児童養護施設付近在住。

能力:気(練習中)

 

涼宮ハルヒ

原作『涼宮ハルヒの憂鬱』

『SOS屋――世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの焼き鳥屋』店長。店員はキョンという、姿を見せない男性のみ。千雨達の通いつけで、偶におかしな商品のラインナップをしてツッコまれている。店先で暴れるものには容赦がない。



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1周年記念特別話

「……さて、こうして集まってもらったのは言うまでもない」

「あの、父さん?」

 ネギの実家であるマンションの一室。

 スプリングフィールド家の人間がその場に勢揃いしていた。

 具体的にはネギ、アリカがテーブル席に腰掛け、その二人を見下ろすように立っていた。

「この状況、明らかにおかしいと思うんだけど……というか僕今仕事中!!」

「いいじゃねえか、どうせクルトとの仕事が終われば麻帆良に帰ってくるんだろ?」

「だからって時空をあちこち歪めないで!!」

 後それネタバレ!! と叫ぶもナギは我関せずと事前に用意したホワイトボードをネギ達の前に用意する。

「後、僕母さんとの再会シーンやってないんだけど「ああ、それどっちにしてもカットするって」――なんで親子の再会をカットするのさ!!」

「なんでも『そんなもん他の作家様達が腐るほどやってんだよ。だから要約(ダイジェスト)で済む個所は全てスキップする』ってさ」

「……もしかして、今迄の映画予告(もど)きが要約(それ)?」

「とことん腐ってるな、朝来終夜(ここの作者)は」

 流石のアリカも呆れながら、ティーカップの紅茶に口を付ける。

 少し口に流し込んでから、ティーカップを置いてナギに視線を向けた。

「別にいいんじゃね? エタらなければ」

「だからって……」

「まあ、こればかりは仕方ない。ネギとはカットされたシーン内で再会を果たすとして」

 僕未だ母さんと会ってないんですか? というネギの発言に元の時空でな、と両掌を合わせて謝罪し、アリカはナギに続きを促した。

「それで、一体何をするつもりだ?」

「決まっているだろう……」

 ナギはホワイトボードにペンを走らせると、バンと叩いて読み上げた。

 

 

 

 

 

「…………テコ入れだーっ!!」

 

 

 

 

 

『…………ヘァ?』

 ネギとアリカは、その発言に奇声を上げてしまう。

「説明しよう。テコ入れとは物事や作品に手を加えることで視聴率(UA数)を伸ばす為に改善を行うことだ「いや、それは知ってるよ」――……要するに、だ」

 おもむろにナギは、自らの携帯電話を取り出してネギ達に見せた。

「お前ら、この小説のUA数どう思う?」

「えっと、大体9000(2018年11月末時点)半ばかな……」

「そんなものではないのか。原作は『UQホルダー』という続編に移行してしまっているのだ。『魔法先生ネギま』単体の二次創作だけでは人気を集めるのも難しいだろう」

 ネギとアリカの感想を聞き、ナギは静かに別の小説の小説情報(小説投稿サイト『ハーメルン』内にて)を幾つか掲示した。

「分かるか? この小説よりも掲載期間が短かったり総文字数が少なかったりしている作品の方が……UA数が上なんだよ!!」

「確かに……お気に入り登録数も感想数も、言ってしまえば評価者数もむこうが上だね」

「しかし……何故ここまで差がついたのだ?」

 不思議そうに首を傾けるアリカに、ナギは腕を組んで一度、低く唸る。

「仕方ないだろう。朝来終夜(あの馬鹿)が『魔法反徒ネギま』を書いていた頃の某小説投稿サイトじゃあ、何でもあり展開をかましまくる作者に、ちょっとでも気に入らないとすぐ(けな)す読者と、ろくな状況じゃなかったんだ。現在投稿している小説投稿サイト『ハーメルン』(ここ)の空気には合わないんだよ」

「そんな中で日間ランキング一位(某小説投稿サイトにて、実際に取りました。当時の皆様本当にありがとうございます)なんて半端に取ってたから、朝来終夜(あやつ)が現状の実績を『実力通りじゃない』と呻いているのか」

「『自分の書きたいようにやる。結果なぞ知るか』ってスタンスは何処にいったんだろう、朝来終夜(あの作者)……」

 等と言っていても始まらない。

 ナギは軽く手を叩いて二人を注目させて、手振りで意見を求めた。

「取りあえず、お前らなんか言ってみろ。今後の『雨葱』はどうすればいいのか」

「その略称でいくのか?」

「じゃあ……こんなのはどう?」

 そしてネギは、テコ入れのアイデアを話し始めた。

 

 

 

 

 

 虫憑き。

 夢を喰らう特殊な虫達に取り付かれた人間の総称である。

 虫に取り付かれた者は夢を喰い尽くされると死に至り、逆に虫を殺されると意思と感情を失って廃人となる。

 しかし、その夢を喰らう虫に取り付かれなければ、死んでしまう少女がいた。

「…………おじさん(・・・・)

 悪夢(ナイトメアのメモリ)に取り付かれた少女、長谷川千雨。

 危うい均衡を保つ彼女が中学生になる時、運命の出会いを果たす。

「新しく担任になりました、ネギ=スプリングフィールドです。みなさんよろしくお願いします」

「なんだ、ガキか……」

 教師と生徒、(世代的には)小学生と中学生、男と女。本来ならば深く関わることはない、筈だった。

 

「駄目ですよ……それ以上手を汚させたりはしない!!」

「綺麗事ほざいてるんじゃねえぞ……クソガキがぁ!!」

 

 正義を勘違いした少年と、現実に打ちのめされた少女は、何度もぶつかり合う。

 そして、彼女の(かたき)が目の前に現れた。

 

「放せっ!! こいつだけ――」

 パァン!!

「……駄目ですよ。あなたを、同じところに堕とさせたりはしない!!」

 

 そして結ばれる仮契約(パクティオー)。しかし肝心なものがないとカモが叫ぶ。しかし千雨は大丈夫だと前へ出た。

 

「大丈夫、持ってるよ。来たれ(アデアット)!!」

 

 取り出したのは形見の物品(ガイアメモリ)、喚び出したのは恩人の持ち物(ロストドライバー)

 

「力を貸してくれ、鳴海のおじさん……変身」

 

 少女は骸の戦士となり、魔法使いの傍らに立つ。

 

 

 

 ――魔法先生ネギま ~悪夢憑きの少女~

 

 

 

「さあ、お前の罪を……数えろ」

 

 

 

 

 

「って言うのは「朝来終夜(作者)の没ネタじゃねえか!!」――あばっぷ!?」

「……この世界で仮面ライダーネタはありなのか?」

「一応『ライダー』歌ってたガキがいたからいいんじゃね?」

 殴られて椅子から転げ落ちたネギが起き上がる中、ナギは頭を掻いた。

「つうか早々に千雨ちゃんヒロインにしてんじゃねえよ」

「いや、ヒロインなのかこれ?」

「最近じゃあザラだぞ。戦うヒロインなんて」

 そこはかとなくジェネレーションギャップが生まれているが、会議は淡々と進行する。

「大体、あのオチって確か『お互いに知らぬ間に同じ大学の大学生になって、隣同士の席で講義を受ける』とかどっかの漫画のエンドまんまじゃなかったか?」

「そんなんじゃ映画になんないわよ。舐めてるの?」

「明日菜さんにだけ(・・)は言われたくないんですが……って、なんでいるんですか?」

 立ち上がったネギが声のした方を向くと、何故かそこには明日菜がしれっと、アリカの隣の席に腰掛けていた。勝手に淹れた紅茶に舌鼓を打ちながら、ネギ達を見回していく。

「大体ね、テコ入れならなんで私を呼ばないのよ。というかネギ、今私『だけ』って強調しなか「気のせいですよ」――……まあ、いいわ」

 カップを置くと明日菜は立ち上がり、ホワイトボードの前に移動する。そのついでにナギをネギの隣に追いやった。

「そもそも映画ってのは「小説のテコ入れですよ」――どっちも似たようなものじゃない。大切なのはエンターテイメントよ」

「エンターテイ()メントですよ、明日菜さん」

「一々細かいのよバカネギ……物語なんて大きな矛盾がない限りは大雑把(おおざっぱ)でいいのよ。大切なのは楽しむ心!!」

 そして明日菜はペンを走らせ、ホワイトボードを叩いて注目させた。

「というわけで、『魔法世界残業編』が明けたら、このストーリーで行きましょう!!」

 

 

 

 

 

 それは、ネギの誕生日に企画した旅行での出来事である。

 

「失せろ餓鬼っ!!」

「千雨さん。せっかくの旅行に暴力はよしましょう」

「しかし……けっこう治安悪いんですね、この辺り」

「人の多い所なんて大抵そんなもんだ。田舎方面や日本が平和すぎるんだよ」

 

 舞台はエジプト。悠久の歴史が彩る砂漠の都に彼らは降り立った。

 

「貴方達、ちょっといいかしら」

 

 眉唾(まゆつば)な遺跡探索のイベントを楽しみにする面々に、近付いたのはゴスロリドレスと髑髏が特徴の防具を身に着けた少女。

 

「あの遺跡にだけは近付かないようにしなさい。せっかくの観光を台無しにしたくはないでしょう?」

 

 しかし、遺跡は眉唾等ではなかった。

 

 中国は三国志の武将達と似て非なる世界から来た少女達と、時に争い、時に協力して、彼らは呪術の真実を知る。

 

 

 

 ――魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達 ~中東歴史探訪編~

 

 

 

「気分出したいからって完全に魔法を使えなくする奴があるかーっ!!」

 

 

 

 

 

「……明日菜さん、これ結局続けられなくなった続編ですよね? 『魔法反徒ネギま』の」

「ここぞとばかりに出してくんじゃねえよ」

「まだ続ける気か、(くび)るぞ神楽坂明日菜」

「まあまあお二人共、それよりも予告が半端な長さという点をつつきましょう。いい意味で」

 ネギのツッコミに、千雨、エヴァンジェリン、茶々丸も口々に発言を吐露(とろ)した。

「てか、なんでエヴァ達がいるんだよ?」

「ああ、私が呼んだのよ。もっと呼ぼうかと思ったけど、流石に作者が捌ききれない(収拾がつかない)から止めといたわ」

「もっと早く言って欲しかったんですけど……」

 部屋着を若干恥ずかしがるネギを無視して、千雨とエヴァンジェリンは茶々丸が新しく淹れた紅茶を受け取り、それぞれ味わって飲んでいく。

「さて……テコ入れなんてする暇あるならとっとと魔法世界(ムンドゥス・マギクス)救えって言いたいところだが、幸いここは何でもありの特別編(メタ空間)だ。今回だけは特別に、私も協力しよう」

「……意外とノリノリね、千雨ちゃん」

「知らんのか? こいつ創作(この手の)話は結構イケる口だぞ」

 感心する明日菜と膝を立てて抱えるエヴァンジェリンを無視して、今度は千雨がホワイトボードの前に立つ。

「大体お前らは二次創作ということに甘えてオリジナリティを()き過ぎなんだよ。原作トレースが過ぎるとそれはもう『1.5次創作』だ。ハッキリ言って書く意味がない。かといってオリジナル展開を混ぜすぎても、逆にそれでオリジナルの小説を書けばよかったと、激しく後悔してしまうだけだ」

 ホワイトボードに一通り書き終ると、千雨はペンの(ふた)を叩き込んで面々に振り返った。

「大事なのは蛇足感を出さずに、いかに原作と向き合えるかだ。だから私はこの話を提案する」

 

 

 

 

 

I'm not saving the world(私は世界を救わない)……」

 

 無限なる荒野に立つ少女。

 無骨な装甲服の上に深紅のコートを纏い、周囲に突き立てられた銃器を構える。

 

I only want to kill wizards(魔法使いを殺すだけだ)……」

 

 ――立派な魔法使い(マギステル・マギ)スレイヤー

 

 

 

 

 

『ちょっと待て(ぇい)!!』

「……さっきまで『ゴブリンスレイヤー』読んでて思いついたんだが、やっぱ駄目か?」

「というか、それ以前に千雨ちゃんどっぷり魔法使い側の知り合い増えちゃったでしょ?」

 千雨がやっぱり駄目か、と腕を組む中、明日菜はスプリングフィールド一家やエヴァンジェリンを指差してから問いかける。

「今更殺すだの魔女狩りだのできるの?」

「あ~……流石に無理だな。よっぽどの理由がない限り」

 誤魔化(ごまか)す様にホワイトボードを乱暴に消してから、千雨はエヴァンジェリン達と立ち位置を入れ替えてから下がった。

「まあ、千雨の意見も一理ある。確かに蛇足感丸出しな小説は読む気が失せて結局放置してしまうものだ」

 茶々丸に抱えられながら、エヴァンジェリンは手を大きく動かしてペンを(おど)らせていく。

「世間に(みずか)らを(さら)け出す手段も増え、ただでさえ過多(かた)な情報が錯綜(さくそう)しているからといって、無理に相手に媚びる必要はない」

 書き終わり、茶々丸に降ろされたエヴァンジェリンは代わりにペンを預けさせてから天を(あお)いだ。

「大切なのは『自分が楽しむ』という過程をなくさないことだ。しかし、それだけだと独り善がりな駄文になりかねん……正直に言って、私はまず、そのことを世間に知ってもらいたい」

 そもそも、とエヴァンジェリンは一つ前置きに語り出した。

「よく原作の登場人物に説教している二次小説を見かけるが、まともな社会人から見れば『何言ってんだこの世間知らず』としか思えん。上辺だけしか話を知らんのに、登場人物の背景を(かんが)みずに説法したところで、実際は小馬鹿にされるのがオチだ。なのに説教された相手が驚愕(きょうがく)するだの反省するだの、ご都合主義にも程がある」

 そこはかとなく敵を量産しながらも、エヴァンジェリンは(ようや)く本題へと話をシフトした。

「『海賊とよばれた男』でも言っていただろう、大切なのは説得力だ。だから自分が書くことを楽しみながら、相手を納得させるだけの話を用意しなければならん。今回はまず、説得力に重点を置いて考えてみよう」

 

 

 

 

 

 ――立場をなくした男、高畑・T・タカミチ

 

 ――幸運をなくした男、上条当麻

 

 異なる境遇を持つ男達の、奇妙な旅が始まった。

 彼らは当て所なく、ただ線路の上を歩いた。

 時には焚火(たき)を囲み、時には食事を取り合い、時には回送電車に追いかけられもした。

 互いに喧嘩しつつも、いつしか二人は認め合い、肩を組んで旅を続ける。しかし、それを邪魔する者がいた。

「しずな先生達が探してましたわよ。早く帰って来て下さい!!」

 高音・D・グッドマン(追跡者)に見つかり、平和な旅に暗雲が立ち込める。それでも二人は歩みを止めない。

「嫌だ!! 僕達は旅を続けるんだ!!」

「戦おう!! 高畑先生!!」

 家出した二人を止める為、高音は覚悟を決める。

 

「いい大人が反省せずに逃げ回らないでください!! いいかげん帰りますわよ!!」

 

 

 

 この物語を、全てのイニシャルが『T』の人に捧げる。

 

 

 

 ――TRIPLE 『T』. Lord to Rain and Green Onion.

 

 

 

 

 

「……ただの家出話?」

「いや、でも案外ありかもしれないぞ」

 明日菜が呆れる中、千雨は他の面々とこのテコ入れ案について協議していく。

「昨今理由は様々だが家出する人間は結構多い。そういう人達への対立命題(アンチテーゼ)になるんじゃないか?」

「確かに、説得力を持たせるということは、究極的には相手を納得させることですからね」

「別に二次創作だからって、社会派に転向してはいけないわけじゃないしな」

 若干政治寄りになってきたので、話についていけていない明日菜は手を叩いて話をテコ入れに戻らせた。自分がまともなのかどうかという疑問を抱きつつも、明らかに別方向に話題をシフトさせていた面々に割り込んでいく。

「はいはい、次行きましょう次」

「せっかくだ、茶々丸。お前も何か言え」

 そうエヴァンジェリンに促された茶々丸は、ハア、と少し考え込んでしまった。

「別に適当でいいんじゃないか? 自分のやりたいように提案して見ろよ」

「そうです、ね。では……」

 千雨にも促され、茶々丸は漸く自らの考えを話し始めた。

 

 

 

 

 

「ちさめ、さん……」

「あんまり、こっち見るな……」

 騒々しい結婚式も終わり、月が昇り始めた頃。風呂上がりの千雨は純白の下着姿(ランジェリー)で身体を飾り、ネギの前に――

 

 

 

 

 

『いろんな意味でやめんかぁ!!』

「ぼほはっ!?」

 茶々丸はアリカとエヴァンジェリンにぶっ飛ばされ、ホワイトボードごと倒れ込んでしまう。

「そうだ僕は新世界の神になるんだ!! さあ来いリューク、僕にデスノートを!!」

「削除削除削除削除削除削除削除削除…………………………………………削除ぉ!!」

「ちょっとネギ、林檎(りんご)持って叫ばないで!! 千雨ちゃんも延々と知ってる名前書き取らないでそれただの黒いノート!!」

『ネギ×千雨』ルートのR18展開を提案されかけ、明日菜の制止も聞かずに奇行に走るネギと千雨。将来的な希望も吹っ飛ぶレベルでの超展開に、思考がついていけずに暴走してしまったのだ。

「落ち着けお前らっ!!」

 そしてナギも二人を止める為、一度黙らせようと隣人からの苦情も覚悟して壁に向かって拳を叩きつけようとした。

 

 

 

「おい、お前ら近所迷惑――ごはっ!?」

「……あ、悪いラカン」

 

 

 

 しかし、その拳は無断で入ってきたラカンの腹に当たってしまう。一応音は立ったので二人を制止できたのだが、ナギの意識は自らが打っ飛ばしたラカンの方に向いていた。

「いきなり入ってくんなよお前なぁ……危ないだろうが」

「奇声発しまくってるお前らに言われたかねえわ。ご近所さん代表して俺様が抗議に来る羽目になったんだぞ。……バイト上がりなのに」

 ナギの手に引き起こされながら、ラカンは腹を(さす)りつつ、先程迄奇行に走っていた面々を眺めていく。

「……で、お前ら何やってたんだ」

「実は「なるほど、テコ入れか」――……まだなんも言ってねえよおい」

「俺様に不可能はねぇ。というか、なんで呼ばねえんだよそんな面白そうなことに」

 アリカに拘束されてエヴァンジェリンにネジを巻かれている茶々丸の横を素通りし、微妙に上がる嬌声を聞き流しながらホワイトボードを立て直すラカン。

 軽くペンを走らせてから、手を叩いて全員の注目を集めた。

「前々から思ってたんだが、朝来終夜(作者)の偏見が混じっているせいでこの世界にはろくでなししかいない様な表現が多い。だがそんなことはねえんだよ。世界には善人も多いんだってことを話さねえとキリがねえぞ」

 ホワイトボード上に書き取られたのは『LOVE&PEACE』の文字。しかし全員が白けた眼差しをラカンに向けている。

「分かってるよ。『魔法反徒ネギま』の時点で正義だの悪だのと語っちまってるから、今更平和主義に転向なんてできないってんだろ? そんな心配はいらねえよ。こいつさえ見れば分かるさ」

 パチン、と指が鳴らされると同時に、部屋に入る者達がいた。

 彼等は玄関だけでなくベランダからも侵入し、ホワイトボードを退けてから次々と器具を設置していく。

「スクリーン設置、展開完了」

「プロジェクター設置、設定は問題ない」

「おいレコーダーがないよ!?」

「そこのラップトップ接続すればいいんだよ。ピントは合わせたか?」

 設置が完了すると、そのうちの一人がラカンに近づいて一枚の紙を突き出した。

「仕事は完了した。請求書に従って代金を支払ってくれ。振込時に領収書がいる場合は別途連絡を」

「おう、ご苦労さん」

 そして彼らは部屋から撤収していった。

「……なんでスモーキー達(RUDE)が来るんだよ?」

「こんなこともあろうかと、バイト上がりに頼んどいた」

 千雨の呆れた様な呟きに、ラカンはあっけらかんと答えてしまう。正気に戻って早々に、ますます頭を抱え込む彼女を放置し、ラップトップのキーボードを操作して一つの動画ファイルを再生させた。

「まあ、見てみろって……」

 

 

 

 

 

 世界に希望はない。

 

 奴隷として生きてきた俺が言うのだから間違いはない。

 

 世界に希望を作るしかない。

 

 奴隷から解放された俺が言うのだから間違いはない。

 

「……ナギ・スプリングフィールド、か」

 

 ある男を殺す、それだけで大金が手に入る。それだけの筈だったのに……

 

 ……最も憎むべき世界を、俺は何故か救う羽目になっちまった。

 

 

 

 ラカン・サーガ ~赤き翼(アラルブラ)戦記・外伝~

 

 

 

 ――これは、ある男が生み出した伝説の一説に過ぎない。

 

 

 

 

 

『……って、主役を変えるなっ!!』

「ぶぎぇっ!?」

 スクリーンごとふっ飛ばされたラカンを放置し、ナギは腕を組んで頭を抱えた。

「つーかこれ以上好き勝手されたら、それこそ収拾がつかなくなっちまう。もうこうなったら俺の意見でいくぞ!!」

「父さんそれ横暴!!」

 しかしナギに蹴り飛ばされたネギには、父親を止める術はなかった。

「つーわけで、再掲載が終わったらこれでいくぞ!!」

 無情にもナギの提案が発表――

 

 

 

 

 

 ――されなかった。

 

 

 

 

 

「…………あれ?」

「父さん、何しようとしたの?」

「いや、ネタ元である銀魂で新OPと新EDが流れた通りに『雨葱』の前章を要約したOP……の妄想でも垂れ流そうかと「無理だよ小説投稿サイト『ハーメルン』(運営)に殺されちゃうよ!!」――……え、でも『マイレジ』OKだったじゃん?」

「あれ朝来終夜(作者)妄想(オリジナル)っ!! 創作の範疇(はんちゅう)!!」

 そのネギの叫びをきっかけに、不満を貯めこんでいた面々が暴れ出してしまった。

 待たせるのも申し訳ないので、読者様はその間、アニメ銀魂の11番目のOPを『雨葱』キャラに置き換えて妄想して頂ければ――ぼっ!!

 

 

 

 

 

シャーリー「……最後まで読者任せにするな、こら」

 

 

 

 

 

「あ、あれ。シャーリー姐さん?」

「やべえよ。とんでもない人が朝来終夜の死体(とんでもないもの)引っ提げてきやがった」

シャーリー「……この馬鹿が死んだので、地の文はないが気にするな。それよりも、締める前にやってもらうことがある」

「やってもらうことって、一体何?」

シャーリー「……大丈夫、一言で終わるから。入って」

「すみません。失礼します」

「えっと、どちら様ですか?」

「はじめまして、魔界の王ガッシュ=ベルのパートナーだった高峰清麿と言います」

「王様のパートナー?」

「そんなVIPがこんな所に……いてもいいな。元王族のカミさんもいるし」

「王権がないだけで、血統的にはまだ王族だ」

「いやいや、まずは話を進めようぜ」

「はい、実は次回掲載予定の件できました」

「なんだ?」

 

 

 

 

 

「((ブリ)饅頭を前面に出して)この度は魔界陣営(こちら)の不手際で、登場人物(そちら側)の一人を一回殺してしまう事態になり申し訳ありませんでした!!」

『最後の最後でネタバレしやがった!!』




 アンケートは現在も募集中です。

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 予定としては再掲載後に週二か月二ペースで『魔法先生ネギま 雨と葱2』を掲載していこうと予定しています。本当は次章の要約(ダイジェスト)もやりたかったんですが、ネタバレが酷そうなのでブログのみに掲載したいと思います。現状はアンケート結果に関わらずこの予定でいきますので、御了承下さい。
 また、今回掲載した分を含めて要約(ダイジェスト)の物語を見たいという意見も、アンケートの回答に含めたいと思います。
 皆様コメントの程、遠慮なくお願い致します。

シャーリー「……二年目もやるの?」

 それまで続くかな……


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魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達 2.魔法世界残業編
第00話 なんとなくなあらすじ


 ラクザンの村が魔物に襲われし時、伝説の勇者が目を覚ます。

 新番組、勇者アカシとキセキの仲間達
 第01話 勇者、誕生

 赤司「見なければ、親でも殺す」



注意
 来週より『魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達 2.魔法世界残業編』の再掲載が始まります。その為、本日はブログ(再掲載)版予告編及び『第00話 なんとなくなあらすじ』を総集編として再掲載します。若干ごちゃっとして矛盾した部分もあるかもですが、ご了承下さい。更新予定以外は基本書き換えていませんので。
 そして…………すみません、『魔法先生ネギま 雨と葱 1周年記念特別話』、未だに書き終ってません!! 頑張って書きますんで見捨てないで下さい!!

 では、来週から週一掲載で、よろしくお願いします。


 ブログ(再掲載)版

 

 

 

 キイィィ……

 酒場にいた者達は、見慣れない闖入者に興味を示して視線を入口に向けた。

 その少女は深紅のコートを身に纏い、眼鏡を掛けて長い髪を首筋で纏めている。彼女はカウンター席に腰掛けると、

「……ジュース、味は何でもいい」

「ここは酒場なんだがね……」

 愚痴るマスターからオレンジジュースの入ったグラスを受け取り、ゆっくりと口に付けた。しかしその瞳は、グラスに映る他の客達に向けられている。

「……よぉ、嬢ちゃん」

「この辺りは物騒だぜ。俺達と一緒に行かないかぁ?」

「何ならイイコトもサービスにつけるぜぇ」

 厭らしく顔を歪めるゴロツキ達が近寄ってくるが、少女は構うことなく左手で頬杖をついた。

「おい無視すんじゃ――っ!?」

 ダンダンダンッ!!

 三発の銃声。いつの間にか彼女の右手に握られていた白銀の回転式拳銃(リボルバー)が火を吹いたのだ。彼らの武器一つ一つに弾丸がめり込み、その一部が砕けて床を転がっていく。

「……ナンパなら他当たれっての」

 そう言って千雨は苛立たしげに、銃を右腿のホルスターに納めた。

 

 

 

 麻帆良から逃げ出した、

「魔法世界への旅行だと思って引き受け(諦め)ますよ」

 奴らが帰ってくる!!

 

 舞台は魔法世界。

 千雨が転校する前の三月、降り立つ彼らの前に立ちはだかるのは、無能な研究者達と固有時制御の秘密を探る犯罪組織。ヘボ総督クルトの尻拭いにあちこちを奔走するも、襲ってくるのは有象無象の魔法の射手。

 

 未だに出てこない千雨の専用銃。代わりに纏うは深紅のコート。

 

 茶々丸は走る。魚の群れから、忌まわしき過去から逃れるために。

 

 果たしてネギは全ての仕事を終えて、無事エヴァンジェリンとデートできるのか?

 

 そして開店前なのに、いきなり損壊した店の修理費は誰が持つんだ!?

 

 仮契約の横行。懐かしの師匠という名の変態(オコジョ)に、もう泣くことしかできない幼馴染。またしても忘れられたチャチャゼロ! そして遂に明かされる、ネギの初恋とは如何に!?

 

Y.A『もう、むっちゃ最高です!!』

 

S.T『小っちゃい主人公とヒロイン、これは神作だぁ!!』

 

A.N『先輩達に勧められて見たけど……こんなの流して色々と大丈夫なんですか!?』

 

K.I『こりゃあグッズを買い占めないとね! 行くよかが『インタビューの時に名前呼ぶんじゃないわよっ!!』――おお……』

 

県立真田北高校生徒一同『ただで帰れると思うなよ貴様らぁ!!』

 

うち一名『おいネタバレ以前にうちだけ学校名ばれてるけどいいのかよ!? てか『うち一名』って!!』

 

 

 

『魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達 ~魔法世界残業編~』

 

 一通り書き上げたら更新するのでしばし待て!!

 

 同時発案の『京都迷走編(ただし秋にある)』、『学園祭防衛編(ただし秋にある)』『聖杯戦争襲来編』『人造生物討伐編』『未来殺人者殺戮編』『異界魔法学園誘拐編』『管理局隷属編』『魔法少女養子編』も、期待せずに掲載された時だけ応援宜しく!! そして『激闘親子喧嘩編』はいつ発案するんだ!?

 

「……宜しければ、私の車に乗りますか?」

「……お願いします」

 

 Coming Soon……

 

 

 

 

 

MC.フェイト・アーウェルンクス

 

 やあ諸君、こんにちは。

 今日はなんとなくで前章『麻帆良学園逃亡編』についてさらっと説明してから軽く人物紹介するよ。とは言っても、前章第01話後書きの人物紹介に毛が生えたようなものだけどね。というかゲーム感覚で紹介した方が面白そうだから、そんな感じに変更して紹介しちゃうよ。というわけであらすじドン(棒)。

 

あらすじ

 ネギ達が麻帆良学園からスモークグレネードばら撒きつつ逃亡。後の追っ手も死者が出ないことが不思議なくらいの迎撃、もしくは見敵必倒で対処。そして過去暴露で魔法使い殺そうとして互いに止め合う状況。あらゆる読者の感想を無視して突っ走り、作者の趣味満載な小説と化してハッピーエンド? 一応オリジナルで歌詞考えて締めくくったが、没エピに関しては賛否両論。そして四月の転校エンドなのにもかかわらず、本章はその手前だったりするから始末に負えない作者。

 

 ……全部体言止めのあらすじだけど、まあ大体合ってるよね。さて、続いて人物紹介ドン(棒)。

 

人物紹介

ネギ・スプリングフィールド

職業 :魔法使い(魔法を道具の様に使うという意味で)

特技 :魔法開発

得意技 :固有時制御

必殺技 :竜破斬(ドラグ・スレイブ)

装備 :グロック17

 

長谷川千雨

職業 :拳銃使い

特技 :物理・魔導トラップ作成

得意技 :ハッキング全般

必殺技 :完全魔法無効化(マジックキャンセル)弾頭

装備 :SIGP230,イングラムM10,中折れ式単発銃

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

職業 :吸血鬼(真祖)

特技 :不死性

得意技 :人形遣い

必殺技 :永久凍結魔法(オリジナルで何か考案中。何もなければマヒャド)

装備 :ジャッカル

 

絡繰茶々丸

職業 :ガイノイド

特技 :各種運転全般

得意技 :各種装備全般

必殺技 :Angel Player

装備 :ドア・ノッカーを始め、数が多すぎるので省略

 

 ……はい終了。もっとなんかあればいいけど……あ、そうだ。実は喫茶店の店名決まってるんだけど、それまでのエピソードでも流そう。というわけで第00話『なんとなくならすじ』に変わり、『店名決定権争奪編』をどうぞ。

 

 

 

真・第00話 店名決定権争奪編(明らかに没)

 

 

 

 あの戦いから一週間後。

 彼らは何故か喫茶店を経営することを決意し、完全なる世界(コズモエンテレケイア)の面々も巻き込んで経営方針を纏めていた。貸店舗も手に入れ、漸く下準備に入ろうとした段になって、

「……そういえば店名は?」

 千雨の呟いた一言により、店名という名の駄作が並ぶ事態となった。

ネギ :アンチマジック

エヴァ :クィーン・オブ・マクダウェル

茶々丸 :魚類全否定

フェイト:完全なる世界(コズモエンテレケイア)

栞 :コーヒー

調 :ストラティバリウス

暦 :猫耳喫茶

環 :解放区

焔 :イフリート

 明らかに半数以上は適当である。そもそも皆店名にそこまでのこだわりはないのだろう。しかし変なテンションになってしまったからか、誰もが譲ろうとしない。何処まで酷いかというと、既に魔法の始動キーを詠唱し始めている者が出てくる程だ。阿鼻叫喚の地獄絵図一歩手前で、再度千雨が放った、

「……マイノリティでいいじゃん」

 の一言で現状の悪化は回避された。かくして喫茶店『MINORITY』の店名がここに決定し、看板の作成に取り掛かったのである。そして命名者千雨は……

(……計画通り)

 内心でそう抱きつつ、物陰で黒い笑みを浮かべていたのであった。

 

「……という夢を見たんだが、他の連中もそうだが、その時のお前の気持ちが一番よく分からん」

「私が知るかっ!!」

 ここは喫茶店経営予定地の貸し物件。店の準備をしている時に千雨が、

「店名どうするよ?」

 という一言を放った時、そういえばとエヴァンジェリンが昨夜見た夢の話を、ここにいる皆に話し聞かせたのだ。

「でもその店名はいいですね。それにしましょう」

「そうだね。流石に夢のような状況にはならないだろうけど、下手に意見を求めて訳の分からない店名つけるよりはいいかもね」

 カウンターで、茶葉や豆を取り寄せる業者を何処にするか打ち合わせていたネギやフェイトも話に加わり、店名は『MINORITY』と相成ったのである。

「……まあ、その名前を思いついた理由なら分からんでもないがな」

「ほぅ……してどんな理由だ?」

 不貞腐れて店の外を見つめたまま、千雨は恥ずかしげに答えた。

「……もし爪弾き者(マイノリティ)じゃなかったら、今頃こうしていなかっただろ? 良くも悪くも、な」

「……だな」

 その答えにエヴァンジェリンは嘲笑うことなく、ただ微笑んで同意する。

「では看板を注文してきます」

「せっかくだから作りましょうよ。まだ時間ありますし」

 受話器を取る茶々丸を制し、ネギは皆にそう提案した。反対意見はなかったが、ほとんどが女性のため、必然的に作業は男性陣(ネギ・フェイト)の担当となったのである。

 

 

 

 というわけで、店名は結構適当だよ。まあ、評判が良ければどうとでもなるんだけどね。特に日本人なんて、英単語の意味を知らないまま恰好良いとかなんとかほざいてるし。というわけで『魔法世界残業編』、実はせっかく作った看板が描写されないまま破壊されているけど、気にせずどうか楽しんでね。ちなみに僕の従者五人が何故か旧世界に居るんだけど、それは伏線なのであしからず。

 

 

 

 

 

千雨とエヴァの次回予告

千雨「おい! 何だよこれ!?」

エヴァ「なんか私達に予告をさせるらしいぞ。次話の一言も添えて」

千雨「……なんか手抜き臭がするんだが」

エヴァ「あまり気にするな。……というわけで次回『漸く出てきた仮契約と新たな敵?』を楽しみにしろ!」

千雨「いや、仮契約も正確な敵描写も無いから!?」

 

一言「……これだから魔法関係者は信用できないんだ」

 

千雨「……すごい適当な呟きを選んだな、おい」

エヴァ「来週から再掲載開始だ!!」




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第01話 漸く出てきた仮契約と新たな敵?

 アカシは怠惰な重戦士の噂を聞き、ヨウセンの街へと向かう。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第二話 要塞戦士、ムラサキバラ

 赤司「見なければ、親でも殺す」



注:再掲載の為、予告等に多少の矛盾があるかもしれません。御了承下さい。


 ザッ! ザッ!

 

        ~UA9000突破、合計文字数25万字突破~

 

 ザッ! ザッ!

 

        ~作者:朝来終夜、スポンサー:ブログ『銀狼の寝床』~

 

 ザッ! ザッ!

 

 キイィィ……

 酒場にいた者達は、見慣れない闖入者に興味を示して視線を入口に向けた。

 その少女は深紅のコートを身に纏い、眼鏡を掛けて長い髪を首筋で纏めている。彼女はカウンター席に腰掛けると、

「……ジュース、味は何でもいい」

「ここは酒場なんだがね……」

 愚痴るマスターからオレンジジュースの入ったグラスを受け取り、ゆっくりと口に付けた。しかしその瞳は、グラスに映る他の客達に向けられている。

「……よぉ、嬢ちゃん」

「この辺りは物騒だぜ。俺達と一緒に行かないかぁ?」

「何ならイイコトもサービスにつけるぜぇ」

 厭らしく顔を歪めるゴロツキ達が近寄ってくるが、少女は構うことなく左手で頬杖をついた。

「おい無視すんじゃ――っ!?」

 ダンダンダンッ!!

 三発の銃声。彼女の右手に握られた白銀の回転式拳銃(リボルバー)が火を吹いたのだ。彼らの武器一つ一つに弾丸がめり込み、その一部が砕けて床を転がっていく。

「……ナンパなら他当たれっての」

 そう言って千雨は苛立たしげに、銃を右腿のホルスターに納めた。

 

 

 

             魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達

                 ~魔法世界残業編~

 

 

 

 あれは三月の頭頃。

「……契約違反、じゃないんですか?」

「スマナイ。まさかここまで使えないとは思わなくて……」

 神戸にある貸し物件の一つ。喫茶『MINORITY』経営のために準備しているところを、クルトが訪ねて来たのだ。途轍もなく面倒な厄介事を携えて。

「君クラスの魔法研究者がほとんどいないんだ。事情を世間に明かして志願者を募ったが、悪用しようと企んできた者達ですら理解できない始末。なんとかアリアドネーの方で数名を確保したが、全体的な確認を行える人物は……」

「製作した僕だけ、ってことですか」

 ネギはしな垂れかかってくるエヴァンジェリンの頭を撫でつつ、クルトに呆れた眼差しを向けている。彼女は目を閉じ、静かに眠りについていた。

「結界そのものは基幹部分だけだが転写済みだ。どうか起動確認を手伝って貰えないだろうか?」

「……つまり魔法世界に行けと?」

「また面倒なことになったな」

 問屋から届いた食器類を焔と一緒に並べていた千雨が、口を挟んで話に割り込む。

「というか、ネギの論文を読んで取引を持ちかけたんなら、それ相応の準備が事前にできてたんじゃないのか?」

「……それは仕方ないよ、千雨さん」

 カウンターで業者ごとのコーヒー豆を見比べていたフェイトが、顔を上げないまま千雨の疑問に答えた。

「僕達はどういう理論かは知っていたが、その仕組みまでは理解していなかった。その時になれば研究者に任せようと考えていたんだからね」

「……人任せだな」

 千雨が呆れて肩を竦めると同時に、買出しに行ってきた茶々丸、調、栞が帰って来た。彼女達の手には小物等の装飾品が詰められている。

「ただいま戻りました。皆さん」

 お帰りー、と店にいた皆に返されながら入って来た彼女達は、荷物をカウンターの上に並べて行った。

「……それで、引き受けてくれるかね?」

「はあ……魔法世界への旅行だと思って引き受け(諦め)ますよ」

 ネギは眠ってしまっているエヴァンジェリンの肢体を優しく揺らし、そっと覚醒を促した。

「終わりましたよ、エヴァさん。ちょっと仕事がありますが、開店前に皆で旅行に行きましょう」

「……二人きりでデートしたい」

「ちゃんと時間を作りますよ。エヴァさん」

 二人の世界に入ってしまうネギ達にやってらんね、と考えた面々は各々作業に戻る。しかしクルトは違い、感激で思わず余計なことまで口にしてしまう。

「いや助かる! 手間賃は迷惑料を含めて色を付ける!!」

「……迷惑料?」

 クルトの発言に千雨は手を止め、眉を潜めた。しかも嫌な予感が店の外からぷんぷんと漂ってきている。

「……一体どういう――」

 詳しく聞こうとすると、同時に外から魔法の射手が扉や窓ガラスを突き破って雪崩れ込んできた。全員そこらのテーブルやカウンターを盾にして、降り注ぐ攻撃から身を隠している。

「おい総督さんよ!! これは一体どういうことだ!?」

「言っただろ!! 悪用しようと考えている連中が居るって!!」

「……これだから魔法関係者は信用できないんだ」

 千雨はぼやきつつも腰のホルスターからSIGP230を引き抜いて、スライドを引いた。

「それで!! これからどうすりゃいいんだ!?」

「護衛と合流しつつ、何手かに分かれて大阪へ!! 関西国際空港で落ち合おう!!」

「それじゃあ皆さん、行きますよ!!」

 ネギが外に投げた魔力球の閃光を合図に、店にいた全員がその場からバラバラに離脱した。

 

「ああ、もうめんどくせぇ!!」

 裏路地を突っ切っていると、後ろから数名が追いかけてきた。御丁寧にも魔法の射手つきでだ。けれども千雨は、事前に把握していた通りに歩を進め、隠していたヤマハのトリッカーに跨り、素早くエンジンを掛ける。

「……茶々丸からバイクの操縦を習っといて正解だったな」

 ヘルメットを被り、アクセルを捻ってトリッカーを発進させると、片手だけハンドルから放したまま、SIGP230を立て続けに発砲した。すれ違いざまに追って達が足を撃たれて地に伏せるのを、バックミラー越しに確認する。

「緊急用の指輪も持ってるし、このまま空港に行くか」

 千雨はSIGP230をホルスターに仕舞い、トリッカーのギアを上げた。そのバイクは誰よりも早く、大阪へと向かっていく。

 

「Guard Skill――Hand Sonic」

 店に残った茶々丸は両手の仕込み刃を展開すると、襲撃者達の前に躍り出た。一人一人の魔法発動媒体を切り裂き、武装を剥いでいく。

「Guard Skill――Howling」

 次いで繰り出した超高音波で相手が全て昏倒したのを確認すると、茶々丸は仕込み刃を仕舞い、カウンターの奥に隠れていたフェイトに声を掛けた。

「それで、貴方方はどうなさいますか?」

「……僕達も行くよ。流石にこれ以上契約違反すると、ネギ君辺りが怒りそうだしね」

 耳を塞いでいた手を下ろし、フェイトは立ちあがった。

「でも全員は無理かな。……この店の修理もあるし」

「分かりました。では後程」

 カウンターから引っ張り出した武器満載のスーツケースを抱えて、茶々丸は店の出口へと向かった。

「ところで、先程は何故手を出さなかったのですか?」

「出していたよ。……裏手の方に」

 フェイトが親指で示した先には、両手足を石化されて呻いている襲撃者達がいた。

 

「結構人が来ますね、エヴァさん!!」

「……もう少し優雅に出立したかったがな。ドタバタ騒ぎは麻帆良で懲りた」

 エヴァンジェリンの身体を抱えつつも、ネギは足を止めることなく、千雨とは違う裏路地を突っ切っていった。後ろからは未だに襲撃者達が、人目を気にすることなく攻撃を繰り出している。

「修理代も嵩むし、あの陰険総督からたっぷり元取らないと、話にならな……っ!?」

「ネギ、どうした?」

 抱えられたままのエヴァンジェリンがネギの顔を覗きこむと、その頬からは一筋の血が流れていた。

「大丈夫です。掠っただけですから!」

「……ネギを傷付けたのか? あいつ等がぁ!!」

 今まで大人しくしていたエヴァンジェリンに、憤怒の感情が刻まれていく。首に回していた右手を放すと、部分的に魔力供給を施し、自らの影に突っ込んでジャッカルを引き抜いた。

「ただで帰れると思うなよ貴様らぁ!!」

 ジャッカルの銃口は追手共に向けられ、立て続けに放たれる銃弾は、彼らを健常者から重症患者へと変えてしまう。

「ちょっ!? エヴァさんエヴァさん!! 耳元で銃ぶっ放さないで!!」

「あっ、ああ! あ!? すまん!!」

 スライドが下がり切ったジャッカルを下ろし、エヴァンジェリンはネギの耳を擦る。

「すまない。……大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。エヴァさんは僕のために怒ってくれたんだよね。嬉しかったよ、エヴァさん」

「ネギ……」

 ネギの足は止まらないが、それでも二人は静かに見つめ合っていた。

「クルトの依頼で来たんだけど……もしかして、邪魔だったかい?」

「失せろトリプルT、縊るぞ」

「エヴァまでそういうこと……いや、言われても仕方ないのかな」

 いつの間にか表通りに出ていたネギ達の横を、クルトから連絡を受けて駆けつけたタカミチの車が並走していた。

「とにかく乗って、このまま大阪に送るから」

「それはいいんだけどトリプルT、他の皆は大丈夫かな?」

「悪いけどネギ君、代わりに僕の携帯でクルトに電話を掛けてくれるかい? 多分、全員の安否を把握している筈だから」

 並走しながらネギ達を乗せると、タカミチは携帯を渡して、アクセルを強く踏みしめた。

「ところでネギ君、僕はいつまでトリプルTと呼ばれ続けるのかな?」

「気の向くまま風の向くまま、かな……」

 適当に返しつつ、ネギはエヴァンジェリンを抱えたまま、携帯を操作してクルトに掛けた。

 

 チン……!

「はあ……最近デスクワークが多かったから、結構疲れるな」

「おやクルトさん。こんなところにおられたのですか?」

 店のあるビルの地下駐車場にて戦闘をこなしていたクルトは、得物である刀をぶら下げて通りかかった茶々丸に話しかけた。

「僕は車で行こうと思ってね。幸い、ここに来るのに使ったレンタカーが……」

 口を開けて声を絶やすクルトに首を傾げ、茶々丸が彼の視線の先を向くと、そこには一台の車がスクラップ同然の状態で黒い煙を吹いていた。おそらく彼らの魔法の射手が流れ弾となってレンタカーを貫いたのだろう。

「……宜しければ、私の車に乗りますか?」

「……お願いします」

 茶々丸の提案に乗り、クルトは肩を落としてついて行く。

 

「関西国際空港までよろしく」

 千雨は大阪一歩手前の適当な駅にトリッカーを停車し、エヴァンジェリン製格納マジックアイテムである指輪を操作して衣類を詰めたトランク(市販品)と交換すると、その足でタクシーを捕まえて空港に向かった。

 偽造免許があるとはいえ、流石に交通ルールまで把握しておらず、しかも空港までの道を知らないのだ。ならばと途中でバイクからタクシーに乗り換えて、千雨は空港に向かうことにしたのである。ちなみに荷物を交換したのは、手ぶらであることで不信感を抱かせないためであり、またトリッカーを収容する分は先程のトランクで半端に塞がれていたためだったりする。

「お客さん、旅行ですか? 一人の割には若すぎる気が「家庭の事情だ。一応連れは空港で合流する予定」――……まあ、家出じゃないならいいんですけどね」

 千雨を家出少女と警戒してくる運転手におざなりに返し、彼女はぼんやりと窓の外に目を向けた。

「……あいつら逃げ切ったかな?」

 運転手には聞こえない位の呟きを漏らす千雨。

 しかし数分後に並走するタカミチの車を見かけて、ネギとエヴァのいちゃつき具合に思わず窓を開けたくなったのはご愛嬌である。

 

「……お、着いたようだな」

 受付手前の待合所に居た龍宮は、こちらに向かってくるネギ、エヴァンジェリン、千雨、タカミチに手を振って呼び止めた。しかし彼らはピッタリ二つに分かれたような反応を返してくる。具体的に言えば、未だにエヴァンジェリンを抱き上げているネギに、その二人に対して呆れている千雨とタカミチ、といった具合だ。

「君達が一番だ。とはいえ他はまだかかるだろうから、少し休むといい。高畑先生はどうするんだい?」

「……僕はまだ仕事があるから帰るよ。向こうへ行く前に襲撃者達の拠点を潰さないといけないからね」

 そうタカミチは告げると、後のことは龍宮に任せて、この場を辞した。懐にタクシーの領収書(宛名書きはクルト・ゲーテルと書かれている)を携えて。

「さて、荷物はどうする? 税関を通れない類の物品はこちらで対処するが?」

「いや、大丈夫だ。エヴァの指輪に全部入れてあるからな」

 そう言って指輪を掲げて見せる千雨。龍宮も納得したのか、懐からある物を出して、直ぐに別の話題にシフトさせた。

「じゃあ次はこれだ。申請している時間はないし、面倒な連中から逃れるためにも、君達にはこのパスポートを使って貰う」

「はいよ。……ってなんで偽名が思いっきり外人なんだよ!?」

 徐に広げてみたパスポートの一つには、千雨の写真が張られていた。それだけならばいいのだが、名前欄には堂々とメリル・ストライフと書かれていたのだ。しかも日本国籍のままで。

「ああすまない、これは手違いでできた方だ。ジョークにどうかと思って持ってきたんだ」

「余計な荷物増やさせるなよ……」

 今度は本物らしく、写真に国籍、氏名も日本人名だと確認できた。他に問題はないかとネギ達の分も捲り、直ぐに彼らに手渡す。

「あの、龍宮さん、ですよね? ……一応、もう一つ(ウェイバー・ベルベット)のパスポートもあるんですが、そっちも不味いんですか?」

「そちらも完全にマークされている。だから使わない方がいい」

 ネギはそれを聞いて、漸くパスポートを受け取った。まだ来ていない茶々丸の分のパスポートを仕舞うと、千雨は適当なベンチにどかっと腰かけた。

「後はチケットか、ちなみに席は?」

「エコノミーが六件、ビジネスが三にファーストクラスが一つだけ。どれも人数分ごとに席を取っている」

「ならファーストクラスだ!! 流石に連中も堂々とそんな席に座っているとは思わないだろうからな!!」

 等と今までネギの腕の中で大人しくしていた筈のエヴァンジェリン。けれども慣れたものか、千雨ははいはい、と軽く流していた。ついでに言えばネギも乗り気らしく、目が完全に期待で輝いている。

「楽しみなところ悪いんだが……ファーストクラスは次の便なんだ。だから直ぐに手続しないと間に合わない」

 そして茶々丸の乗った車はガス欠でGSに寄っていたがために大幅に遅れ、エヴァンジェリンはファーストクラスに乗れなかった悔しさを、伴だって歩いていたクルトにぶつけたのであった。

 漸く役者が揃うと、彼らは夜行便のビジネスクラスでエヴァンジェリンを宥めつつ、一路ロンドンのヒースロー空港へと向かう。

 

 




千雨とエヴァの次回予告(以下編集せず)
千雨「……とうとう始まったな、今日から」
エヴァ「適当に間隔を開けねば、また更新に焦り出すらしい。故に執筆作業で他の時間が圧迫されると」
千雨「いや、だとしても別に週一でよくね? 鍛冶日々(鍛冶屋の日々を何となく略したモノ)もそうだし」
エヴァ「……ブログを見ろ。無駄に間隔開けすぎたせいで、〆切ギリギリで書いていたから、二期はこれでもかというくらいにグダグダ「すみませんでした」――というわけで次回『サブタイトルと自己愛者ほど、当てにならないものはない』を楽しみにしろ!」
千雨「ホント当てになんねえよなどっちも!?」

一言「漸く見つけ――ブベラッパ!?」

千雨「……言葉を選ぶ基準が分からん」
エヴァ「そんなものは適当でよい!!」


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第02話 サブタイトルと自己愛者ほど、当てにならないものはない

 道中立ち塞がる盗賊の砦、アカシはムラサキバラと共に初めての戦闘を行う。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第三話 盗賊ハイザキとの戦い

 赤司「見なければ、親でも殺す」



茶々丸より
「皆様、魔法反徒ネギまをお読み頂き、誠にありがとうございます。最初に注意しておきますが、イギリスまでの旅程や知識は半ば聞きかじりで占めています。よって時差がおかしいとか、これイギリスじゃなくね、とか思われましても、当局は一切関知しません。いい意味で。
 その辺りをご了承の上でご一読ください。では魔法世界残業編第02話、どうぞ」


「……やな雨だな」

「イギリスの天気は崩れ易いですからね。だからイギリス紳士は傘を常に携えているんです」

 ネギからイギリスの天気について聞きながら、一行はヒースロー空港の外に出た。流石にビニール傘は置いてなかったが、土産にもなりそうな傘が店頭に並んでいたので、それらを購入して差している。そして知っての通り、ネギとエヴァンジェリンは相合傘だった。

「魔法世界に行くのは二日後だ。夜明け前に迎えに行くから、それまでは自由時間でいい。……何か質問は?」

 一緒の飛行機で来た龍宮がそう説明すると、千雨が周囲に視線を這わせつつ、問いかけた。

「ここいらの護衛は? 魔法世界と行き来できる分、日本以上に襲われやすいだろうが」

「そう、そして政府側の護衛も容易に送り込める。だから君達の周囲は常に使い魔達が見張っている。一応彼らとの中継役は私だ。何かあれば取り次ぐが?」

「……いや、いい。一応味方だとこちらに伝える手段を用意するように伝達してくれ。敵を間違えている内に背中を撃たれたくないからな」

 了解した、と告げると龍宮はネギ達から離れて行く。彼女は振り返ることなく、近くの人混みに一瞬にして紛れ込んでいった。

「て、ことは……明日までは観光ができるではないか! 面倒なオマケつきだが」

「とにかく一度ホテルに行くぞ。いい加減、荷物を置きたい」

 エヴァンジェリンの発言を流しつつ、千雨の先導でホテルに向かう面々。観光自体には反対意見はないらしい。

「ところで千雨さん。ホテルは何処です?」

「……あ」

 敵のことばかり考えていたために、そのことをすっかり忘れていた。クルトは次の便だから到着は未だ掛かるし、龍宮からは何も聞いていない。

「……茶々丸、龍宮に連絡を入れてくれ」

「了解しました。一緒にホテルまでのマップデータを転送して貰います」

 少し腑抜けてきたな、と千雨は額に指を押し付けてそう感じた。

「じゃあデータが届くまでそこのカフェでお茶にしましょうか」

「そうだな。少し休もう」

 しかしチビッ子二人とその後ろについて歩く茶々丸を見ていると、それでもいいかと思えてしまうから不思議だ。三人共自分よりも遥かに強いだけでなく、

「おい、千雨! 早く来い!!」

「千雨さん、早く!!」

「……おう」

 他の誰よりも遥かに信用、いや信頼できるからだ。

 

「ああ、疲れたぁ~」

 黄昏時。占い師の仕事を終えたアーニャは傘を差し、ロンドンの街道を家へと向かって歩いていた。修行である占いを始めて未だ間もないが、そこそこに名は売れてきているので、現時点では順調と言えるだろう。

「この調子なら立派な魔法使い(マギステル・マギ)も夢……じゃ…………」

 あることを思い出したアーニャは、意気消沈して顔を伏せてしまう。

 原因は一つ。幼馴染の起こした逃亡事件である。

 

 あれから魔法世界は混沌に満ちていた。まだ犯罪者とかならば影響はなかったのだが、ほとんどの人間は立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指すために日々努力しているのだ。それなのに、立派な魔法使い(マギステル・マギ)が原因でその象徴と言っても過言ではない人物、ナギ・スプリングイールドの一子、ネギ・スプリングフィールドが魔法世界を救い、また逃げ出したあの事件は誰もが自らの行いを恥じ、道を変えるきっかけとなった。

 

 アーニャもその事件を聞いた時は驚き、また妙に納得してしまった。自らの幼馴染であるネギは、自分よりも先に行き、かつ立派な魔法使い(マギステル・マギ)に将来を奪われたのだ。もしかしたら何らかの報復を企てるかもしれない。そう考えていたのだ。

「確かに……最高の報復よね」

 ネギは魔法使いとしての修業から逃げ出し、同時に魔法世界を救うための手段を公表したのだ。そのことが元老院より発表された時は誰もが驚き、英雄の息子を称え、次いで話された逃亡の動機に今までの行いを振り返った。

 自らの信じてきたものが、立派な魔法使い(マギステル・マギ)が正義ではないと知り、誰もが真っ直ぐに未来を見つめることができなくなった。正しい道が分からずに、何人、何十人、何百人、何千人、何万人もの魔法使い達が前へ進まずに、苦悩で停滞している。

 結果的に魔法世界全土を揺るがしてしまった事件は、図らずも立派な魔法使い(マギステル・マギ)という認識を破壊したのだ。もし正義の味方になりたいと考えても、その全員が立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指すことはもうないだろう。

「ねえ、立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指す私は間違ってるの? …………ネギ」

 誰も答えない問いかけを漏らし、歩いているとふと、手前のカフェテリアに視線が泳いだ。その視線の先を見て、アーニャは思わず立ち止まってしまった。

「あ、ネギ……!?」

 そこには、件のネギが連れであろう女性達と紅茶を飲みつつ談笑しているのが見えた。流石にガラス越しなので声までは聞こえないが、見慣れた顔立ちに直ぐ気づき、アーニャは思わず駆け出し、

「ネギ、っ!?」

 同時に見た金髪で同じ年頃の少女に見せた笑顔で、その足を止めてしまった。あの時失くしてしまった筈の自然な笑み。しかしその顔は自分には向けられず、隣に腰掛けている少女に向けられていた。しかもその彼女は……。

「なんで……生きてるの(・・・・・)?」

 ネギが杖を折る直前、自らを魔へと変貌させた彼を、命を賭して止めた少女。けれどもネギの傍にいる彼女は、あの時の少女と瓜二つだった。そして金髪の少女がネギの口元に顔を持っていくのを見て、

「っ!?」

 アーニャは無我夢中に家まで駆けだした。差していた傘を手放し、雨に濡れながら家に入った彼女は、閉ざした扉に背もたれて、そのまましゃがみ込んでしまう。

「あ、ああ…………」

 アーニャは思っていた。ネギには自分が付いていないと駄目だと。

 アーニャは考えていた。ネギと仲直りして、一緒に立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指そうと。

 そしてアーニャは気付いてしまった。……ネギのことが好きなのだと。

「ネギ! ネギィ!!」

 少女はただひたすらに泣いた。……全てが遅すぎたことに対して。

 

「ほら取れたぞ。まったく、クッキーの粉を口元につけるとは、まだまだ子供だな」

「取ってくれたのは嬉しいんですけどエヴァさん。子供扱いはやめて下さいよ~」

「というかそれ以前に指で取れよ!!」

 千雨はネギの口元に付いたクッキーの粉を舐め取ったエヴァンジェリンに思わず突っ込んでしまった。隣同士で座って食べさせあいを見せつけられて、挙句の果てにはキス一歩手前なのだ。もう勝手にしてくれ、と言いたいところだが、目の前で見せつけられる側にとってはたまったもんじゃない。

「ところでマスターにネギさん。念のため、千雨さんに仮契約のことをお教えした方が宜しいのではないですか?」

「仮契約?」

 疑問に首を傾げる千雨に、そういえばまだ話してなかったな、と思い出すエヴァンジェリンに、自分が説明すると話しかけるネギ。

「仮契約というのは、突き詰めてしまえば魔法使いの従者と結ぶ契約のことなんです。契約には仮契約と本契約があり、本契約は一人に対して一人までですが、仮契約ならば限定的にはなりますが、一人に対して複数の従者(パートナー)を持つことができるんです。契約さえしてしまえば、魔法使いの資質と従者の特性でアーティファクトが割り振られて、使用することができるんですよ」

「他にも私と茶々丸が結んでいるドール契約等があるが、まあ千雨には関係あるまい」

「……というか、その契約自体関係ないんじゃないのか?」

 そもそも彼らは魔法世界から逃げるために、現状を受け入れているのだ。それなのに魔法の力を得ようとするなんて、本末転倒も甚だしいのではないだろうか?

「結局は道具ですよ、道具。魔法なんてその程度だって認識しておけば、いざ必要が無くなっても、簡単に切り捨てられるでしょう?」

「……だが今は必要、か」

 千雨自身も気づいている。これから向かうのは魔法世界。いくら護衛がいようとも、未知の世界へと向かうのであれば、手数は多いに越したことはない。

「じゃあ三つ程質問だ。一つ、従者としての契約の掛け持ちは問題ないのか。二つ、契約の破棄は可能、及び簡易的なのか。そして三つ、契約の方法は?」

 とはいえ最初の二つは千雨自身、大体予測したとおりだった。仮契約ならば複数の従者(パートナー)を持つことができるのだから、その段階ならば他に従者として契約できなければ若干の矛盾が生じてしまう。そして本契約なるものがあるならば、仮契約で複数の従者(パートナー)を持った際、本契約に移行する時、他の従者との契約を破棄できなければ意味がない。まあ流石に、主と従者の関係は一人につき一つの立場、つまり互いに主であり従者である関係を結ぶことはできないらしい。しかも三角形のように主と従者の関係が一周してしまう場合は、一番新しい契約は無効となるようだが。

 しかし三つ目、契約の方法を聞いて、千雨はテーブルの向かいに居るネギ達を指差して拒絶の姿勢を見せる。

「できるわけないだろキスなんて!! どっちかにやった時点でもう片方に殺されるわ!!」

「別に殺しはしませんよ。ちょっといらっとして、仮契約のカードを破り捨てるくらいで」

「ネギさん。それでは契約の意味がありません」

 ネギの返答に茶々丸も思わず口を挟んでしまう。しかしこの場で暴走してもおかしくない筈のエヴァンジェリンが大人しいのを訝しんで、千雨はジト目を向けた。

「……随分余裕だな、エヴァ。この話自体最初から論外なのか?」

「当然だ。……とは言っても、論外なのは方法だけだがな」

 頬杖をついて訝しげな眼差しを向けてくる千雨に、エヴァンジェリンは人差し指を振りつつ説明した。

「何もキスだけが方法ではない。実際、近年では結婚相手を探す口実になってしまってはいるが、本来はネギが説明した通り、魔法使いとその従者(パートナー)のための措置だからな。なにより、同性で契約を結ぶ場合も存在しているから、契約の手段はいくらでもある」

 まあ、一番手っ取り早いのはキスだがな、と締めくくったエヴァンジェリンの言を聞いて、ネギはかなり強めに舌打ちした。

「ちっ!! くそ親父と母さんを離婚させるための口実が一つ減ってしまった」

「そ、そうだな。できればびっくりするから舌打ちはやめてくれ! 私自身にされたかと思ったぞ!!」

 慌てて涙目のエヴァンジェリンを慰めるネギから目を背け、千雨は茶々丸に意識を向けた。

「……てことはネギの親父さん。野郎と組んでたのか?」

「はい。現在確認できているところで、アルビレオ・イマ、ジャック・ラカンが該当しております。流石にそれ以上は知りえませんでしたが、他にも男性の仲間が多数おりましたので、他に契約している可能性もあります」

「ふぅん……」

 エヴァンジェリンを抱きしめて頭を撫でているネギに再び意識を向けるが、これ以上は無駄だと悟り、仮契約の話はここまでとなった。

「ところでイギリスの料理は不味いって聞いたことがあるんだが、本当か?」

「文化的な好みもありますが、どちらかというとイギリス料理は調理法がシンプルなので、食材に左右されるらしいですよ。私も食べたことはありませんから存じませんが」

「まあ、不味くなければいいさ」

 漸く落ち着いた二人を連れて、彼らはカフェを後にした。もう雨も上がっており、代わりに暗い空に覆われている。一行は龍宮より送られてきたマップデータを基に、ホテルへとその足を向けた。

「……ん?」

「どうしました、千雨さん」

「いや……傘が転がってるな、と思っただけだ」

 千雨が一瞥した先では、広がったままの傘が近くの建物の雨樋に引っかかり、風に吹かれて転がっていた。

 

 それは深夜のこと。

 時差ボケや飛行機等の疲労で早めに夕飯(案外好評だった)を済ませ、早々にホテルの一室で就寝したネギ一行。三人部屋だが千雨、茶々丸、そしてネギとエヴァンジェリンに割り振られたベッドで就寝している中、その生物は誰にも気取られることなく侵入してきた。

 外見は白く、細い出で立ちだが、ただの生物なわけがない。何故ならこの部屋は現在使い魔だけとはいえ、厳重な警備が敷かれているのだ。ただの生物が侵入できる隙間など存在していない。

「漸く……」

 その生物はネギとエヴァンジェリンが寝ているベッドを見つけるや、空高く(約1.5メートル)ジャンプして、そのまま布団の上に……!!

「漸く見つけ――ブベラッパ!?」

 飛び込もうとした瞬間、エヴァンジェリンのジャッカルが布団の下から火を噴いて、白い生物を壁に叩きつけた。

「……やったのか、エヴァ?」

「分からん。直撃はしたから、ただでは済まん筈だが……」

 事前に起きていた千雨に返すも、その瞳はジャッカルの超高圧縮魔力弾頭を直撃して壁に叩きつけられたのにも拘らず、床に転がって痙攣しているだけで済んでいる生物に向けられていた。

「茶々丸、電気点けてくれ」

「了解しました」

 茶々丸を除く三人(ネギも起きていた)がその生物に得物を突きつけるも、明かりが点いた途端、ネギはグロック17を捨てて、慌ててベッドから飛び降りる。

「カモ君!?」

「兄貴、ひど、い……」

 オコジョ妖精のアルベール・カモミールを抱き上げ、ネギは慌てて治癒魔法を詠唱し始めた。




千雨とエヴァの次回予告
千雨「……てかなんでお前ら同じベッド?」
エヴァ「よいではないか、別に。添い寝してるだけでその先は「馬鹿! その先はネタばれだろうが!!」――おっと危ない」
千雨「しかしエロガモが出てくるとは……私達(ネギ以外)やばくね?」
エヴァ「その辺りは私のネギを信じろ。というわけで次回『彼女はとんでもないものを撃ってしまった』を楽しみにしろ! ってこれ私じゃないか!?」
千雨「……確かに、とんでもないものを撃ったよ。お前は」

一言「……生物実験に使えるな」

エヴァ「やはり、ネギの言葉が一番だな!」
千雨「……聞くだけだと結構グロいけどな」


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第03話 彼女はとんでもないものを撃ってしまった

 盗賊のハイザキを仲間に入れたアカシ達の耳に、自称吟遊詩人ことキセの旋律が飛び込む。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第四話 キセの被写体即興曲

 赤司「見なければ、親でも殺す」


 あれはネギが魔法学校を壊滅に追い込む少し前のこと。

「ちくしょう! こんな罠に引っかかるなんて……」

 カモは町の人間が仕掛けた罠に引っかかり、身動きが取れなくなっていた。彼は本来人間だったが、魔法を悪用して泥棒を働き、オコジョへと変えられてしまったのだ。まあ、本人はそれでも気楽に泥棒三昧を働き、今日この瞬間に捕まったのだが、

「……ん?」

 そこを通りかかったのがネギだった。彼は何を思ったのかオコジョを罠から解放すると、

束縛する中指の鎖(チェーン・ジェイル)

 魔法で生み出した鎖で拘束して、自らの部屋に持ち帰ったのだ。

「……生物実験に使えるな」

「やめてそれだけはお願い!!」

 

「そして俺っちはネギの兄貴に取引を持ちかけ、持ちうる全ての泥棒魔法を伝授した代わりに、見逃して貰ったとそういうわけさ」

「成程。ひょっとしてエヴァの呪いを解析していた魔法陣も、お前の魔法か」

 その通り、とネギ共々頭を下げたカモ。実際、泥棒魔法に関してはネギを上回る実力を持っていたので、その技術を頂く代わりに見逃されたのだ。一緒に魔法開発の一部も習っていたこともあり、ある意味ネギの師匠ともいえる人物(オコジョ)だ。

「でもどうしたの、カモ君? 僕が日本へ発つ前に雲隠れするって言ってたのに」

「いや確かに、ネギの兄貴への恩義もあったし、過去の後ろめたさもあったから、とりあえず魔法学校から姿を晦ましてたんですけど、ちょっと犯罪組織に追われて……って兄貴、なんで俺っちの首根っこを掴んで窓から投げようとしてんすか!?」

「黙れオコジョ。面倒起こしやがって」

 窓際に立っていた千雨がガラス戸を開けるのに合わせて、ネギもカモを掴んでいる腕を振りかぶって……

「待って待って! そもそも追われてんのは兄貴のせいなんだよ!!」

「……僕のせい?」

 それを聞いてネギは落ち着いたが、今度はエヴァンジェリンがジャッカルの銃口をカモに向けた。

「その手を放せ、ネギ。そこの小動物を駆逐する」

「まあ待って下さい、エヴァさん。……それで、カモ君。なんで僕のせいで犯罪組織に追われることになったの?」

 ネギはカモの首根っこを掴んだまま、ジャッカルの銃口に晒した。下らない回答は即デストロイの状況に、オコジョはビビりまくりである。

「ほら、俺っち、魔法学校にいた時から兄貴とつるんでたっしょ? だから周りの人間は兄貴の開発魔法を知ってるんじゃないかと勘違いしてるんすよ。それを犯罪組織も知っちまったらしくて……」

「それは本当みたいですよ、皆さん」

 部屋に入り、話に割り込んできた茶々丸に皆の視線が集中する。

「先程龍宮さんから連絡がありまして、不審者を見かけたので捕らえたところ、『ネギ・スプリングフィールドの使い魔を追っていた』とのことです」

「別に使い魔でも、カモ君が知っているってわけでもないんですけどね……」

「というか俺っちも、途中からはちんぷんかんぷんっすよ。ネギの兄貴が改良しまくって、教えた分はもう原型留まってねえですし……」

 人差し指で頬を掻きつつ、掴んだままのオコジョをどうしたものかと思案するネギ。エヴァンジェリンは駆逐しようと考えて、というかそれしか見えてなくてジャッカルの銃口を下ろそうともしていない。

「それにしてもエヴァさん。カモ君が僕のせいだと言ったことに対しては、事情があるからそこまで怒る必要はないと思いますよ?」

「いや、それもあるが……問題は他にある」

 不思議そうに首を傾げるネギとカモに、エヴァンジェリンは昔聞いた泥棒の噂について語り始めた。

「アルベール・カモミール。魔法開発者にして史上最悪の盗人。その罪を問われてオコジョの刑に処すも、本人は反省の色を見せず、むしろその立場を利用して犯行に及んだ……」

「へえ、有名人なんだ」

 椅子の背凭れに凭れかかりつつ座り込み、そう呟く千雨にエヴァンジェリンは真実を吐き捨てた。

「……稀代の下着泥棒で、美女の裸体よりも下着を選ぶような変態だ」

「よし殺そう」

 カモに向けられた銃口がもう一つ増えた。

「まあ千雨さんも落ち着いて。ちゃんとカモ君にも弱点がありますから、そこをつけば大人しくなりますよ」

『……弱点?』

 ビビるカモに構うことなく、ネギは手を放さないまま自分の鞄からあるものを取り出し、そのままオコジョに捲き付ける。

「ぎぃやぁああああ…………!!!!」

 そしてホテルの一室を、オコジョ妖精の絶叫が埋め尽くした。

 

「成程、野郎の下着が弱点だったのか」

「流石は変態、と言ったところか」

 ネギのパンツを捲かれて、カモは全身にジンマシンが発生したかのようにピクピクと伸びている。この段になって腕を下ろした二人は、各々漸く銃を仕舞った。

「それで、こいつどうする? 犯罪者なら刑務所にでも放りこんでおけば、とりあえずは看守辺りが守ってくれるだろうけど」

「いえ……それは得策ではないかと」

 千雨の提案を茶々丸は却下し、伝えてない部分を告げてきた。

「どうやら元老院にもネギさんの固有時制御を悪用しようと考える派閥が存在するようです。厄介なことに帝国やアリアドネーにも仲間がいるようで、全容が未だに把握できていないとか」

「つまりそこから拷問……てか、別にいいんじゃね? こいつ何も知らないんだし」

「とも、限らないんですよ……」

 ネギは顎に手を当て、呟くように答えた。

「さっきカモ君が言っていたように、途中までは知ってるんですよ。しかも、今回の仕事で確認する結界の基幹部分には、カモ君の解析魔法も多分に含まれているんです。もし起動前になんらかの細工を施されてしまえば、どのような動きを見せるか……」

「……決まりだな」

 カモの行く末は決まった。

「こいつは引き入れるか消そう。そのどちらかしかない」

「個人的には引き入れたいんですが……カモ君次第ですね」

 仕方ない、と思いつつネギはカモから下着を抜き取り、

束縛する中指の鎖(チェーン・ジェイル)

 改めて拘束する。

「ネギ、その下着は捨てとけよ。お前がそれを履くのは我慢ならん」

「分かってますよ。流石に毛だらけですしね」

 ネギは捲きつけた下着をそのままダストボックスに投げ入れた。

 

 そして明朝。陽も昇らぬうちに、不審な影が部屋の中を駆け巡った。その影はベッドの中にいる者達に気取られぬよう、細心の注意を払いつつトランクに手を伸ばそうと、

「手を出したら、いくらカモ君でもぶち殺すよ。特にエヴァさんの下着に手を出せば……」

「ヒィィッ……!!」

 すると同時に突き付けられたグロック17にビビって、即座に床に転がっていく。

「あ、朝早いんすね、兄貴」

「ちょっと日課のジョギングをね。これから出かけるんだよ」

 トレーニングウェアに着替えたネギは、魔法発動媒体である指輪と、先程のグロック17を腰のホルスターに差した。

「ところでカモ君。あの鎖は縛った相手の魔力を用いて持続、強化を繰り返して半永久的に拘束しておけるものだけど、どうやって抜けだしたの?」

「ほら、前に兄貴が拘束制御術式、っていう魔力抑制の魔法を編み出したじゃないっすか。それを俺っちも使ったんすよ。拘束レベルを最大に上げて通常魔力を持たない状態にまで持ち込めば、後は鎖の魔力切れを待つだけでどうとでもなったっすよ」

「封印した分の魔力か……そちらも吸収するように改良しないとな」

 ブツブツと呟くネギから離れつつ、カモが振り返ると、そのベッドの上では未だ就寝中のエヴァンジェリンが安らかな寝顔を浮かべていた。

「兄貴……昨晩は気付かなかったっすけど、この人ってまさか――」

「……カモ君。これ以上言うと怒るよ」

 慌てて口を噤むカモを無視して、ネギはドアノブに手を掛ける。

「エヴァさんと彼女は……」

 呟きつつ部屋を出たネギを見つめたまま、カモは寂しげな瞳を向けていた。

「兄貴……」

「どういうことなんだろうな、あれは」

 慌てて振り返ると、いつ起きたのか、千雨が愛用の伊達眼鏡を掛けてベッドの縁に腰掛けていた。

「それで、ネギが抱えている悩み事は、野暮な話なのかそうでないのか。……どっちなんだ?」

「……野暮な話っすよ」

 目を背けてしまうカモ。ならいいと思ったのか、千雨もそれ以上は詮索しなかった。自らのトランクから着替えとタオルを持って、シャワー室に向かおうとして、

「……別に聞くだけなら構わんさ」

 エヴァンジェリンの声に止められる。彼女は寝転がったまま、目を細く開いていた。

「……いいのかよ」

「お前との間に、蟠りは作りたくないからな。……それにいつかは分かることだ」

 千雨が着替え等を近くの椅子に置くと、エヴァンジェリンの居るベッドの縁に腰掛けた。

 

「あいつが好きになったのは……私であって、私じゃないんだよ」

 

『どうやらここまでのようだな、ぼーや。……いや、ネギ』

『あ、ああ……』

 禍々しい右腕に貫かれた少女。ネギの唯一の理解者であった彼女を殺してしまったことに、ネギは今まで飛んでいた理性を取り戻してしまう。

『それでいいんだ。……我が本体のこと、宜しく、頼、む……』

 砕けゆく少女を見て、ネギは闇の魔法(マギア・エレベア)を解いて地に膝を付けた。人の姿を取り戻したネギの前から彼女、エヴァンジェリン(・・・・・・・・)は虚空に消える。その周囲を苦痛に顔を歪める魔法学校の教員陣と、杖に凭れかかる校長が取り囲んでいた。

『あ、ああ、ああああああああ……………………!!!!????!!!!????』

 ネギは虚空を見上げ、吠えるように泣き叫んだ。

 

「……少し、遠出しちゃったな」

 ロンドンブリッジの傍、テイワズ川を見下ろしつつ、ネギは頬を掻いた。既に日は昇り切り、朝靄で身体を冷やさぬよう、簡易的に風の結界を張って冷気を遮断しつつ休んでいるのだ。護衛も近くにいるようだが、向こうからは特に何も言われてないので、ジョギングを日課にしてるものが担当してるのだろう。

「……“エヴァさん”」

 どちらのことを言ったのだろう。今ホテルのベッドで寝ている筈の彼女か、それとも自らの手で殺した彼女のことか。ネギ自身も理解できないまま、ぼんやりと昔に想いを馳せていた。

「……僕は、このままでいいのかな?」

 それはただの自問か、それとも既に消えた彼女への問いかけか。

 けれども、その言葉を聞いている者がいた。

「……ネギ」

 慌てて振り返ると、そこに居たのはネギの姉のような、姉のようだった人物。ネカネ・スプリングフィールドだった。

 

 昨晩、ネカネの下に一本の電話があった。

 受話器を取ると、そこから聞こえてくる声に驚き、慌てて声を上げる。

「アーニャ! アーニャなの!?」

 聞こえてくるのは確かにアーニャの声だった。けれども、泣いているのかその言葉は要領を得ず、辛うじて聞き取れた『ネギ』という名前について問いかけるのが精々である。

「アーニャ!! ネギが一体どうしたの!?」

『……ネ、ネカネさぁん!!』

 一通り泣き終ったのか、アーニャは今日の帰りに見たことを、感情的ながらもどうにか説明した。

「ネギ、が……ロンドン(ここ)に来ている?」

『それ、で、あの時の、女の子がいて、それで、わた、し……』

「アーニャ! 今からそっちに行くから!!」

 ネカネは夜間にも拘らず、強引にタクシーを停めてロンドンへと向かった。

 しかし距離があり、到着した時には既に日付が変わってしまっている。

「アーニャ!!」

「……ネカネさぁん!!」

 ホームステイ先の人の案内でアーニャを見てみれば、自室の隅で膝を抱えて蹲っていた。慌てて駆け寄り、抱き留めるも彼女の放った一言に、ネカネは持ってきているナギの杖を思い浮かべてしまった。

 

「なんで……なんでネギの隣に居るのが私じゃないのよぉ!?」

 

 




千雨とエヴァの次回予告
千雨「そういや、お前らの馴れ初め話は聞かないな」
エヴァ「その辺りは今後流していく予定だ。……そして私はあいつに勝つ!!」
千雨「いや勝てないだろ。ある意味向こう勝ち逃げしてるだろ」
エヴァ「うるさい! それでも私はネギをモノにするぞ!!」
千雨「……次回『ライラックの花のような少女』って完璧ネタばれじゃねえかよ!!」
エヴァ「人の台詞を奪った上に突っ込むなー!!」

一言「……ああ、頼むよ」

エヴァ「なんであいつの言葉なんだー!!」
千雨「……前回の予告でネギの言葉を選んだから、連続使用ができなかっただけだ(まあ、逃亡編ではネギでやってた上にオンリーで行こうとしてたけど……)」


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第04話 ライラックの花のような少女

 キセを強引に引き入れた面々は、黄昏の樹海へと迷い込む。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第五話 黄昏の妖精郷

 赤司「見なければ、親でも殺す」


「千雨、お前はライラックの花言葉を知ってるか?」

「確か……初恋じゃなかったか?」

 そうだ、とベッドの上で胡坐をかいたエヴァンジェリンが肯定する。

「それ以外にも、友情、青春の思い出、純潔などがある。……ネギにとって、あいつ(・・・)はまさしく、ライラックの花のような存在だったんだ」

「……なあ、エヴァ」

 ベッドの縁に腰掛けている千雨は、エヴァンジェリンを見つめつつ、口を開いた。

「そのあいつって、結局誰なんだ? さっきも言ってた、エヴァであってエヴァじゃない人物って一体……」

 要領を得ない回答に、千雨は首を傾げている。エヴァンジェリンも、どう説明したものかと腕を組み考えていたが、先程のライラックの花に例えるしか、表現の方法が分からないのだ。

「簡潔に話すのは難しいな……ちょっと長くなるぞ。いいか?」

「別にいいさ。時間はある」

 千雨は立ち上がると、備え付けのティーセットで紅茶を入れ始めた。

 

 あれはネギが魔法学校を壊滅に追い込む前。

 アリアドネー留学の前に、一つの巻物を見つけた時から、彼の生活は一変していた。

「ちょっと休憩して、紅茶を入れてきますけど飲みますか? “エヴァさん”」

「……ああ、頼むよ」

 部屋のベッドを占領し、どこかから取り出したテレビとゲーム機でレトロゲーに興じているのは、エヴァンジェリンの姿を模した人工精霊、闇の魔法(マギア・エレベア)の巻物に残された疑似人格だ。

 彼女はネギに闇の魔法(マギア・エレベア)について教えつつも、彼の数少ない友人となった。周囲の人間は最初、彼女のことを『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』と思って攻撃しようとしたが、ネギのとりなしもあって、現在彼の部屋で同居しているのだ。

 人工精霊はネギからナギ達の現状を聞きつつも、関係ないとばかりに現状に甘んじている。まあ最も、本体がナギに呪いを掛けられている等とは、夢にも思っていなかっただろうが。

「どうぞ、エヴァさん」

「ああ、ありがとう」

 闇の魔法(マギア・エレベア)を学ぶ側と師事する側。一通りの習熟を皮切りに、二人は友人となった。

「おいしいですか?」

「……まあまあだな。もう一杯くれ」

 そして、互いに惹かれあうようになった。

 当時、ネギには理解者がいなかった。英雄の息子であり、稀代の魔法開発者。同年代で且つ、話題の通じる者は他に存在していない。唯一他の者よりも距離の短かったアーニャですら、ネギの話についてこれずに、いつの間にか疎遠となってしまっている。

 だからこそ、一人でいたネギにとって、彼女は掛け替えのない存在と化していたのだろう。けれども、ネギはともかくとして、人工精霊の方は自らの立場を理解していた。このままではいけない、所詮自分は紛い物だと。

 ある日、人工精霊はネギに内緒で本体の情報を探り(適当な教師を脅した)、麻帆良学園に居るエヴァンジェリンに宛てて手紙を書いた。自分はいつか消える。その時はネギを頼む、と。本来ならばそこまでの自我は存在していなかったはずだが、ネギとの出会いが彼女を変えたのだ。

 もし、最初に出会っていたのが本物のエヴァンジェリンならば、こんな回りくどいことにはならなかっただろう。けれどもネギは、そして人工精霊は恋をした。

(……だが、我が本体ならばぼーやを、ネギを受け入れてくれる筈だ。……私の愛した人を)

 人工精霊は、彼に自らの思いを告げ、そのまま消え去ろうと考えた。今から手紙を書き残し、自らの足でネギの下から去ろうとした時、

 

 ……魔法学校の一部が吹き飛んだ

 

「なっ!?」

 人工精霊は駆けだした。逃げ惑う生徒達を押しのけ、向かった先には……

「がぁああああああ……!!!!」

 闇の魔法(マギア・エレベア)に呑まれ、異形と化したネギがいた。

 

「……つまり、ネギの初恋の相手はエヴァの劣化コピーだったと?」

「そういうことだ。人工精霊(あいつ)の結末は、ネギ自身から聞くまでは知らなかったがな」

 日が昇り、朝陽が部屋を照らした頃、エヴァンジェリンは今まで開いていた口を閉じ、乾ききった喉に紅茶を流しいれた。

「だからネギは、一線を越えるのを躊躇してしまう。……何度も誘惑してるのに、未だにキスすらできてないんだぞ」

「そこはどうでもいい。そもそも子供(ガキ)がキスなんて考えてんじゃねえよ」

 私は600歳越えてるぞ!! と叫ぶエヴァンジェリンを宥めつつ、千雨は紅茶を口に含んでから、真面目な口調でこう聞いた。

「ネギは、本物を好きなっても、その偽物のことも忘れられないのか?」

「……忘れられるわけがない」

 エヴァンジェリンが触れたのは、ネギが就寝に使った枕だった。それを抱きしめると、彼女は悲しげな声を発した。

「未だに寝言で呟いてるんだぞ。……“止められなくてごめんなさい”って」

「俺っちも、あの時は見てるだけでしたっすよ」

 千雨の隣に移動してきたカモも、エヴァンジェリンの話に加わってくる。

「あちこちを破壊しまくってた兄貴が明確な目標を定めて突っ込んだ時、駆け付けたあっちの姐さんを止められなかったんすから」

 この時点で漸く、千雨は人工精霊が、ネギに殺されたことを知ることとなった。

 

「……なんで、ここにいるんですか?」

「昨日、アーニャがネギを見かけたって聞いて……」

 サウザントマスターの杖を握り、ネギに近づこうとするネカネ。しかし彼は拒絶するように、グロック17を抜いて銃口を向けた。

「来ないで下さい。……もう貴女とは何の関係もない」

「でも、貴方の親族であるのに、家族であるのに変わりないわ」

 ネカネは近づこうとするも、ネギの威嚇射撃でその足を止めてしまう。近くに居る護衛が対処しているのか、銃声で近隣の住人が近寄ってくることはなかった。

「……僕が家族だと思えたのは、あの人だけです。貴女じゃない」

「それでも私は、……そう思っているのよ。ネギ」

 ネカネは考えていた。何故ネギは銃を使っているのか。それはおそらく、魔法を使わないという考えからではない。もしそうならば、日本での逃亡事件で魔法を使っていたこと自体がおかしくなる。つまり、目の前のネギにとって、銃や魔法は、同じ道具だってことだ。

「ネギ……もう、やり直せないの?」

 魔法で誰かを救うんじゃ、何かを成し遂げるんじゃない。目的を果たすための手段でしかないのだ。

「……少なくとも僕は、やり直したくない」

 しかし、ネギは後悔している。今ここに居ることじゃない。嘗て殺してしまったライラックの少女のことを。もしやり直せるとしたら、それは……

「早く消えて下さい。いくら僕でも、人を殺せば捕まりますから」

「ネギ……」

 明確な拒絶。ネギの確固たる意志を受け取ったネカネは、手に持つ杖を話題にすることなく、姿を消してしまった。

「……一応、君の関係者だったから見逃したんだが、余計なお世話だったかな?」

「ええ、もの凄く」

 いつの間にか、ネギの背後には龍宮が姿を現し、一緒になってネカネの背中を見つめていた。

「僕の家族はもう、あの人達だけです」

「……そうかい」

 龍宮は踵を返して、ネギに姿を見られないまま風景に溶け込んでいく。

「そう、あそこにはもう……僕の居場所なんて」

 ネギの右手は、無意識に銃把を握りしめていた。

 

「……ただいま」

「お帰りなさいませ、ネギさん」

 部屋に入ると、茶々丸が出迎えてくれた。エヴァンジェリンはベッドに腰掛けたまま紅茶に舌鼓を打ち、千雨は丁度上がったところなのか、ユニットバスから出てきたところだった。

「……どうかしたのか、ネギ」

「いえ、何でもありません……」

 今までネカネに会っていたこと、それまでは自らの殺したもう一人のエヴァンジェリンのことを考えていたネギだが、あまり思い出したくないので、軽く濁してしまう。けれども千雨は違い、

「そういえばトレーニングの帰りだったな。……丁度いい」

 ネギの首根っこを掴むと、そのままユニットバスへと引き込んでしまった。

「ちょっ!? 千雨さん!?」

「いいからさっさと脱げ、ガキンチョの脱衣シーンなんざ興味ねえんだよ!」

 ネギを裸にひん剥くとその背中を蹴飛ばし、バスタブに叩き込むと物陰で素早く水着に着替える千雨。元々何処へでも逃げられるよう、服の種類だけは取り揃えてあるのだ。水着も嵩張らないから事前にトランクに収納済みである。

「というわけでちょっと借りるぞ、エヴァ」

「ネギの貞操は許さんぞ!」

「誰が盗るか馬鹿野郎!!」

 ドア越しにエヴァと罵り合うも、千雨の手はバスタブから逃げ出そうとするネギの頭を鷲掴みにしていた。

「おら大人しくしろっ! ついでに風呂嫌いの身体を洗うつもりなんだからよ!!」

「ちゃんと流しますよ~!!」

 涙目のネギを押さえつけてシャワーを掛けながら、千雨は年下の少年の背中を見つめた。

 固有時制御。ネギの開発した魔法にして、魔法世界を救う手立て。そして彼の将来を左右した全ての元凶である魔法陣が、彼の背中を覆い尽くしている。

「……こいつを刻んだのが、人工精霊の方のエヴァなのか?」

「っ!? あぶぶっ!? あうっ!?」

 驚いて振り返るネギ。咄嗟のことで千雨も反応が遅れてしまい、シャワーヘッドからの放水を至近距離で顔にもろに受けた。しかも驚きで足を滑らしてしまい、バスタブの縁に頭を思いっきり打ちつけてしまった。

「わ、わりっ! 大丈夫か!?」

「だ、大丈夫です。あうう……」

 頭を押さえて蹲るネギを撫で擦りつつ、二人してバスタブの中にしゃがみ込む。千雨はネギを抱え込むと、彼の肩に手を乗せた。

「さっきエヴァに聞いたんだが、お前、もう一人のエヴァの方が好きだったんだってな」

「どちらも好きですよ。……同じエヴァさんなんですから」

 俯くネギの頭を覗きつつ、こぶができてないか調べる千雨。特に問題ないと思ったのか、自らの顎を乗せてしまう。

「だったら拒絶する必要なんてないだろ?」

「……駄目ですよ」

 相手が千雨だからか、それとも今までもう一人のエヴァンジェリンのことを考えていたからか、ネギは簡単に口を滑らせていた。

「同じエヴァさんでも、それぞれ別人なんです。それなのに両方が大好きなんて……不誠実ですよね」

「んなこたねえよ……」

「それに……僕が殺したんですよ。もう一人のエヴァさんを」

 一つ目の悩みには即答できた。けれども二つ目の悩みをぶつけられて、千雨は考える様に口を噤む。

「僕は僕自身の手でエヴァさんを殺した。自分の手で好きな人を殺したんだ! これじゃあ立派な魔法使い(あいつら)と何も変わらない!!」

 彼らは自分達の都合でネギ達を苦しめてしまった。同時に、ネギ自身も闇の魔法(マギア・エレベア)の暴走で本能のまま魔法学校を破壊し、人工精霊である彼女を殺した。理性と本能、違いはあれど自らの都合で相手を、相手の都合を排除した彼らとはどう違うのだろう。

 ネギは叫び疲れたのか、荒く息をしながら言葉を切る。千雨はそんな少年を抱きしめつつも、一緒に悩んで、こう答えた。

「……だったら、苦しめばいい」

「千雨さん?」

 突然の言葉にネギが戸惑うも、千雨は悩める少年の頭を押さえつけつつ、言葉を紡ぎ続ける。

「そんだけでかい悩みなら、いつまでも胸に秘めたまま、苦しみ続ければいい。簡単に答えを出しちまったら、それこそ大したことがない悩みになっちまう。……お前はそうしたくないんだろ?」

 ネギの脳裏に浮かぶのは、ライラックの少女。魔法学校において、たった一人の理解者だった彼女が、いつまでも笑っている光景だった。

「でかい悩みなら吹っ切るな。そのまま胸に抱えて進め。例え悩みに溺れそうになっても……私や他の連中が引っ張り上げてやるからさ」

「……はい」

 小さくも、しっかりと頷くネギの頭から自らの顎を離す千雨。その視線は、徐に下の方を向き……

「……って人が話してる時に何考えてやがんだよ!!」

「胸押し付けといて無茶言わないで下さいよ~!!」

 妙に興奮していた少年を怒鳴りつけたのであった。




千雨とエヴァの次回予告
エヴァ「私のネギを誘惑するなー!!」
千雨「……むしろお前のせいじゃね? 純情さが薄れているからこそ、あいつは性的興奮を覚える余裕ができたんだろうし」
エヴァ「そうなのか!? ならば今すぐネギの前で「いきなり脱ぐとドン引きじゃね?」――ではどうしろと!?」
千雨「私が知るかっ!?」
エヴァ「ああ、もういい!! 次回『決意と麻薬と名探偵』を楽しみにしろ!」
千雨「……それ探偵のファンに言ったらなんて返されるだろうな?」

一言「それはいいんだが……せめてその傷をどうにかしろ」

エヴァ「何故そのチョイス!?」
千雨「今すぐ第01話を読み返せ!」


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第05話 決意と麻薬と名探偵

 妖精モモイが語る伝説に、キセも負けじと歌うがアカシに踏み消されてしまう。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第六話 妖精が語りし伝説へ

 赤司「見なければ、親でも殺す」


「エヴァさん、一緒に散歩に行きませんか?」

「それはいいんだが……せめてその傷をどうにかしろ」

 あれから千雨にぶたれまくったネギは、服を着てからエヴァを散歩に誘った。けれどもその顔は腫れ上がり、今でも鼻血が止まらないでいる。

「あ、す、すみませんっ!? 直ぐ治してきますっ!!」

「ああ、ゆっくりでいいぞ。……茶々丸も手伝ってこい」

 畏まりました、と茶々丸は治療キッドや専用マジックアイテムの入った救急箱を片手に、ネギを追いかけて行った。エヴァンジェリンは入れ違いに近寄って来た千雨に、心の底から嫌悪したかのような眼差しを向ける。

「……ネギに何をした?」

「ちょっとマセガキを懲らしめただけだ」

 ジャッカルとSIGP230が互いに向き合い、銃口を交わし合う二人。互いに油断することなく、各々は引き金に指を掛けている。

「……で、何を言ったんだ? いくらお前でも、余計な茶々を入れるとどうなるかは、分かってるよな……?」

「別に。……ただ簡単に答えを出すなと言っただけだ」

 エヴァンジェリンは一瞬目を見開いてしまう。けれども右手の銃を下ろすことはなかった。

「……ネギに苦しめと?」

「人間、そう簡単に割り切れるもんでもないだろ。……だったら悩み続ければいい。それで得た答えにこそ、意味がある」

 あっさり銃を下ろすと千雨は、ジャッカルの銃口に晒されながらも、洗濯物を片づけ始めた。エヴァンジェリンはその姿に呆れつつも、銃を手放してベッドの上に落としてしまう。

「……偶にお前が年上じゃないか、って思うよ」

「はっ! 600オーバーも年くっちゃいねぇよ。……ババアかっつうの」

 千雨が悪態を吐いた後に、治療を終えたネギ達が戻って来た。

 

 ロンドンのベイカー街道を、ネギとエヴァンジェリンが並んで歩いていた。

「そういえば、かの有名な名探偵はコカイン中毒者だったらしいですね」

「刺激を求めるためにな。……そこまでして求めるものかね」

 手は繋がれてこそいないが、二人は距離を開けるようなことはしなかった。

「私は刺激的な生を歩んできた。流石にこれ以上は必要ないよ。……ネギはどうなんだ?」

「僕は……僕には未だ、必要ですよ」

 立ち止まるネギ。エヴァンジェリンも立ち止まって振り返るが、彼は頭を下げたままピクリとしない。

「僕はかつて……貴女を殺した。例え偽物でも、好きになってしまった彼女を忘れることはできない」

「…………ああ」

 エヴァンジェリンは腕を組み、俯いたままのネギの言葉に耳を傾けた。

「だから必要なんです。彼女を忘れないために、貴女を好きでいるために……過去の未熟だった頃に決着をつけるために」

 それがネギの覚悟。本能のままに殺してしまった彼女を無かったことにしない。いつまでも立ち止まらない覚悟の表れだった。

「罪なんて見えないモノは背負えません。ですが約束します。……僕は立ち止らない。本物でも偽物でもない、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという存在と共に歩み続けると」

「それでいい。……絶対に立ち止まるな、ネギ・スプリングフィールド」

 エヴァンジェリンは声を張り上げた。ネギが逃げないよう、立ち止まらないよう、倒れないように。

「動植物の血肉を喰らうのと同義だ。他者の命を絶った以上、手を下した者は立ち止ることを許されない。もしその足を止めてしまえば……殺された者の生、過去の全てを否定することになるのだから!!」

 まあ、私の場合は逆に否定してやりたいがな。エヴァンジェリンはそう締めくくると、ネギを優しく抱きとめた。

「つらくなったら支えてやる。だから立ち止まるな、ネギ」

「エヴァさん……待っていて下さい。必ず、必ず答えを出して、貴女の傍に行きます」

 ネギも抱きしめ返し、街道の真ん中であるにも拘らず、二人は固く身を寄せ合う。

「だからそれまでは、あまり僕を誘惑しないでくださいね」

「……知らんな。その辺は自己責任だ」

 互いに苦笑し合い、漸く二人は距離を置いた。

 

「……『殺したことのない者は存在しない』って、誰の言葉だったかな?」

「さぁ……私には分かりかねます」

 ネギとエヴァンジェリンの姿を視界に入れつつ、千雨と茶々丸は近くの建物に凭れかかっていた。二人の散歩にこっそりついてきたはいいものの、今までのやりとり(茶々丸の協力で会話も含まれている)を見て、漸く意識を逸らせたのだ。

「さて、あいつら誘ってこれから昼でも……ん?」

 意識を逸らせたからこそ気付けた。一緒について来ていたカモが、ネギ達とは別の方を見つめていることに。しかも、

「どうした?」

「……急いだ方が、急いで逃げた方がいいっすよ!!」

 何かに怯え、青ざめた表情を浮かべていたのだ。

「奴が来たっす!!」

 気がつけば周囲から、人の気配が消えていた。

 

「やれやれ……漸く見つけたよ、使い魔君」

「だから俺っちは兄貴の使い魔でも、開発魔法を知ってるわけじゃないすよ!!」

 怒鳴るカモに構うことができなかった。茶々丸は仕込み刃を展開できるよう腕を構え、千雨はSIGP230を引き抜く。けれども、突然現れた襲撃者に対して敵意を向けるのではなく、もう既に別の場所へと移動してしまったネギ達に意識を向けている。

「……茶々丸、どうだ?」

「駄目です。強力な結界らしく、護衛の方達どころか、マスターですら気付いた様子がありません。同じく通信も不可」

「不味いな……」

 相手はおそらく人間じゃない。僅かに距離が開いているだけなのにも拘わらず、千雨屋茶々丸、カモを除く全ての者達を隔離してのける結界等、例え使えても人間の所業では不可能だ。

「そこのお嬢さん方は初めましてかな。……ヴィルヘルム・フォン・ヨーゼフ・ヘルマンと申します。以後お見知りおきを」

「油断しないで下さいっす!! あいつはっ……!!」

 

「ネギの兄貴の村を襲った……上位悪魔っすよ!!」

 

「茶々丸っ!!」

 ピンッ!

 カモの言葉を聞くや、すぐさま千雨は銃を持ってない方の手で魔力球を引っ張り出し、ヘルマンに向けて破裂させた。その閃光が悪魔の視界を奪い、彼女達はオコジョを掴むと走りだす。

「千雨さん、どうします!?」

「ネギ達と合流する! いくら私達の存在を結界で希薄にしようとも、中には気付く奴だって……!?」

 裏路地へと周り、千雨達の視界に映ったのは幾体もの石像だった。

「左の腕章……護衛です。先手を打たれました」

「やっぱりか……」

 これではもう、ネギ達に気付いて貰う以外に助かる道はない。千雨達と連絡が取れないと知るや、向こうも必ず結界を探し出して、助けに来るに違いない。しかし、彼女達の所在を彼らは知らない上に……。

「……定時連絡は結界を張られる前に、マスター達の会話の前に終了しています。場所に関しては報告していません」

「てことは約30分、ネギ達の助けはあまり期待できないってことか」

 袋小路に追い詰められた彼女達の背後から、ヘルマンが悠々と近づいて来ていた。

「ところで、君達はネギ君の仲間かね? もしそうならば、君達を人質にとれば彼も従わざるを得ないだろうね」

「生憎と、大人しく捕まってやれる程……」

 千雨の指に填められていた、格納用マジックアイテムである指輪が輝き、異空間から幾つかの武器が漏れ出てきた。

「……人間できちゃいねえんだよ!!」

 咄嗟に掴んだイングラムM10とSIGP230の発砲を合図に、千雨達の戦闘は始まった。ただし彼らに上位悪魔を倒せる程の術はない。……勝利条件はただ一つ。

「早く助けに来てくだせぇ、兄貴ぃ……!!」

 倒せる術を持つネギとエヴァンジェリンが、駆け付けるまで生き残ることだ。

 

「……おかしいな」

「どうしたんです? エヴァさん」

 通りにあるカフェのオープンテラスでネギ達がお茶をしている時、ついでに昼食も外で取ろうと千雨達に連絡を入れたのだが、何故か繋がらないらしい。

「先程の定時連絡では、茶々丸と念話が取れてたのだが……今は繋がらないんだ」

「繋がらないって……ちょっと待ってて下さい」

 妙な胸騒ぎを感じたネギは、懐から携帯電話を取り出すと、短縮に入れてある千雨の番号に繋げてみた。

「……圏外? 衛星電話を改造したものだから、妨害(ジャミング)されてない限り、繋がる筈なのに」

「不味いな。……おい龍宮!」

「ん? どうかしたのか?」

 少し離れた席で雑誌を読みつつ、他人のふりをして警護していた龍宮を呼び寄せると、エヴァンジェリンは矢継ぎ早に指示を出した。

「あいつ等にトラブルが起きたかもしれん。直ぐに向こうにつけた護衛に連絡を取れ!」

「ちょっと待て……こちらも駄目だな」

 護衛対象の指示に従う形にはなれど、その内容が彼女の決断を早めた。龍宮は電話をはじめとした科学・魔法を問わずの通信手段を出しては、使えないと断じて躊躇なく手放し、地面にばら撒いていく。全てを出し切ると、今度はネギ達に配置していた護衛に連絡を取って、数名に様子を伺うように指示を出した。

「向こうの護衛と連絡がつかない。……敵襲かもしれん」

「しかも相手は単数であれ複数であれ、護衛全てを鎮圧できる存在……」

「急ごう。奴らが危ない!!」

 エヴァンジェリンは勢い良く立ち上がると、ネギと龍宮を連れて駆け出した。

「居場所は!?」

「お前を呼ぶ時に、同時に魔力探査を掛けた。おそらく結界を張られている一角だ!」

 駆け出した先は、先程千雨達が飛び込んだ裏路地の入口だった。

 

「はっはっは! そんな鉛玉が効くとでも「茶々丸今だっ!!」――おっとと!」

 千雨の銃が全て弾切れになるのを合図に、茶々丸がヘルマンへと突っ込んでいく。

「Guard Skill――Hand Sonic」

 展開された仕込み刃が、ヘルマンの首筋を狙うも、相手にとっては些事なのか、あっさりと両手とも受け止められてしまう。しかし、千雨と茶々丸の間をカモが詠唱しつつ、尻尾から魔法発動媒体である小型水晶を引っ張り出して突っ込んでいった。

「インテルルス・フル・ムターティオ!! 緋の目に映りし中指の爪よ、縛鎖となりて敵を捕らえよ! 束縛する中指の鎖(チェーン・ジェイル)!!」

 カモの小型水晶から具現化した、先端が鉤爪状の鎖がヘルマンの全身を駆け巡り、四肢を縛り付けてしまう。

「なっ!?」

「でかしたオコジョ!!」

 驚きで力の抜けた一瞬をついて、茶々丸はヘルマンから離れた。そのタイミングで千雨は事前に装弾していた中折れ式の単発銃を向けて引き金を引く。

 ダァン!!

「がぁっ!?」

「いくら悪魔でも……流石に完全魔法無効化弾頭(こいつ)は効くだろ」

 千雨の一撃を受け、ヘルマンは膝をついた。けれども、いくら完全魔法無効化(マジックキャンセル)弾頭といえど、魔法作用を無効化するだけで威力自体は通常弾と変わらない。精々が一時的に悪魔の能力を抑えておけるくらいだ。

「今のうちに――ごっ!?」

『千雨(の姐)さんっ!?』

 茶々丸達に逃げようと進言する前に、もう一人の敵が現れて千雨の腹に拳を叩き込んでいた。

「おやおや、ヘルマン伯。この程度で膝をつかれては困りますね」

「すまないね。……あの弾丸もそうだが、まさか使い魔が詠唱魔法を使うとは、思いにもよらなかったよ」

「当然でしょう。……彼はオコジョの刑に処された下着泥棒、元人間ですよ」

 吹き飛ばされた千雨を茶々丸が受け止め、その前方で二人を守るように、オコジョが立ちはだかった。

「千雨さん! しっかりっ!!」

「カハッ! ……てめぇ、なにもんだ?」

 腹部を抑えつつ、茶々丸の腕に凭れ掛かっている千雨が、突然の襲撃者に問いかけた。向こうは隠すことなく、あっさりと名乗る。

「私の名前はセバスチャン・ミカエリス。……ただの執事ですよ」

 そしてセバスチャンの指には、銀色に輝くカトラリーが握られていた。

 

 




千雨とエヴァの次回予告
千雨「ちょっと待て! 変なところで切るなよ!! 私は一体どうなるんだ!?」
エヴァ「少なくとも生きてるだろうが。じゃないと予告が違うと苦情が来る」
千雨「……そもそもこの小説、苦情とか一切ガン無視じゃね? せめて、と注意書きを増やしてるくらいで」
エヴァ「甘いな。……注意書きをまともに読まずに自爆する奴も居るぞ!!」
千雨「それはお前だろうが!! 麻帆良に居た時私のPC壊した奴が言うな!!」
エヴァ「……次回『悪魔対吸血鬼(未遂)』を楽しみにしろ!!」
千雨「おい誤魔化すなよ!! ていうか戦えよコラ!!」

一言「しかし、私が運転しなくて宜しいのですか?」

千雨「……何故茶々丸?」
エヴァ「消去法だ!!」


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第06話 悪魔対吸血鬼(未遂)

 伝説の聖剣を求め、妖精モモイはある人物の下へと導いた。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第七話 武闘家アオミネの葛藤

 赤司「見なければ、親でも殺す」


「お前もこいつのお仲間(悪魔)かよっ!?」

「ええ……何しろ、悪魔で執事ですから」

 銀のカトラリーを向けてくるセバスチャンに、千雨は現状の把握に努めようと、周囲を見渡した。

(さっきの一撃で、単発銃を落としてしまった。SIGやイングラムは弾切れのまま地面の上。他の武器もあるが、全部この状況では役に立たない)

 それは茶々丸とて同じこと。仕込み武器の中身は製作者の趣味で満載とはいえ、全て物理兵器。対悪魔装備どころか、魔導兵器すら搭載されていないのだ。

「おい、オコジョ。……現状を打破できる魔法(もん)持ってるか?」

「人間相手なら、幾らでもやりようがあるんすけどね……」

 実際、カモにとって逃げるという手段は常に使ってきたものだ。彼にとって自分だけならば、例え悪魔を相手にしても、逃げ出すことは赤子の手を捻るよりも簡単なことである。

「今度は悪魔が二人掛かり……姐さん達見捨てても逃げられないどころか、例え成功しても兄貴達に殺されちまう!!」

「……だったら諦めて、時間稼ぎの方法でも考えろ」

 それでも千雨の瞳が諦めの色に染まらないのは、ネギ達を信頼しているからだ。いつか必ず来てくれる。だから自分達は、それまで生き残ればいいと。

「では我が主からの招待を、受けて頂けますか?」

「個人的には、あまり傷つけたくはなかったんだがね……」

 カトラリーを構えるセバスチャンに、鎖を強引に引き千切ったヘルマン。二体の悪魔に睨まれながらも、彼女達は諦めることなく時間稼ぎの算段を立て始める。

「茶々丸、ドア・ノッカーであいつ等吹き飛ばせないか?」

「残念ながら、ドア・ノッカー用に届いた弾丸は全て――」

 

 ドガドガドガドガドガドガッ!!

 

「――ジャッカルと口径が一緒だという理由で、マスターに盗られてしまいました」

 ジャッカルの超高圧縮魔力弾頭で悪魔達が吹き飛ぶ中、千雨達の影からネギ達が姿を見せた。

「はっはぁ!! 人の身内に手を出すとどうなるか――ヘブッ!?」

 気が付けば、千雨の足はエヴァンジェリンの頭に伸びていた。

「その身内のもん盗ってんじゃねえよ!!」

「何のことかは知らんがいいではないか!! 間に合ったんだから!!」

 足を降ろす千雨に涙目を向けるエヴァンジェリンを置いて、ネギと龍宮は襲撃者達を警戒しつつ、傍に近寄ってしゃがんできた。

「すまない! 気づくのが遅れた!!」

「千雨さん、大丈夫ですか!?」

 エヴァンジェリンも傍に寄って来たので、千雨は自らの傷よりも敵の方に意識を向けるように伝える。急ぐべきは治療ではなく、敵への警戒だった。

「こっちは大丈夫だ。……相手は悪魔だ。とっとと逃げるぞ!!」

「悪魔ですって!?」

 過去に襲われたことがあるからか、人一倍敏感に反応したネギは、件の悪魔達の方を向いた。ヘルマンは打ち所が悪かったのか気を失っているが、セバスチャンは健在であることを誇示するように、手放した分とは別のカトラリーを各指の間に挟んで構えている。

「おやおや、本命であるミスタがここに居るとは僥倖。……早速ですが、我が主は貴方様を招待したいと申しております。宜しければご同行を――」

 返事は銃弾だった。

「お前の主に伝えろ。……次はない、と」

「それは残念。……確かに、お伝えしましょう」

 ネギのグロック17から放たれた弾丸が顔面を掠っても、セバスチャンは気にも留めずに礼を持って返してくる。

「では皆様。……後日また、お目に掛かりましょう」

 その後腰を上げると、ヘルマンを肩で担ぎ、踵を返して去って行った。

「助かった……で、いいのか?」

「フン! あの程度の悪魔等、私に掛かれば大したことはないわ」

 腰に手を当て、鼻を鳴らすエヴァンジェリン。彼女は油断なく視線を巡らせ、もう既に刺客がいないことを確認した。龍宮も問題ないと判断し、懐から手を抜いている。

「しかし、護衛がやられたのが痛いな。……悪いが移動するぞ。このままだとホテルも拙そうだ」

「賛成……そんじゃ行くか」

 ある程度治療を終えて痛みも引いたのか、千雨は自力で立ちあがることができた。そしてエヴァンジェリンに近づくと、ポンと右手を頭の上に乗せる。

「助かったよ、エヴァ」

「……子供扱いするな」

 不貞腐れたのか照れたのか、エヴァンジェリンは千雨の手を払い、俯いたままネギの方へと駆け寄っていった。互いに視線を合わせていたわけではないが、どちらも安堵の声を漏らしていたとか……。

 

「そうか、拒否されたのか」

「はい。……次はない、とのことです」

 魔法世界にある一つの屋敷。その執務室にセバスチャンがいた。どのような手法をもってして旧世界から魔法世界に移動したのかは分からない。けれども彼は魔法世界に現れ、恭しく主である年若き男、いや少年に一礼した。名をシエル・ファントムハイヴといい、魔法世界の南、ヘラス帝国に属する貴族の頭首に当たる。彼はネギの固有時制御については半信半疑であり、またMM元老院も信じてはいない。けれども問題がないのであれば、彼は日和見を決め込むつもりだった。

 だが奴らがあれ(・・)を持っている以上、シエルは彼らに手を伸ばさなければならない。

「まあいい。……どうせ可能なら知りたいと思って、命じただけだからな。……それよりも、もう一つの方はどうなった?」

「抜かりなく……彼ら(・・)が隠したものの所在は確認しました。どうしましょう? 命令とあらば、取引も強奪も行う所存ですが「なら命令だ。セバスチャン」――はい」

 シエルは腰かけていた椅子から立ち上がると、膝をつく執事に向けて命じた。

「あの秘密を知られるわけにはいかない。……固有時制御の秘密を探る者として装い、奴らからあれを奪い取れ。手段は問わない!」

 セバスチャンはただ頷き、主の命を守るべく、口を開いた。

「――Yes, My Lord」

 

「荷物はこれで全部です」

「車はもう少しかかるってさ。先に飯にしよう」

 あれからは二手に分かれ、エヴァンジェリンと茶々丸はホテルの荷物を回収、残りは今後の移動手段を講じ、最終的に車での移動と決まったので龍宮が取りに行ったのだ。

「これからウェールズ、か」

「本当なら護衛の方で転移して向かう手筈だったんだが、人数が足りなくなったから無理だってさ」

 ならばエヴァンジェリンの拘束制御術式を解除するという方法も考えられたが、追っ手に掛かるというリスクを考えると、行うにしても魔法世界へと発つ直前の方がいいと結論付けている。つまり追い詰められない限りは、足で移動した方が安全なのだ。

「しかし……悪魔とは聞いてないぞ」

「向こうも必死だってことですかね……?」

 エヴァンジェリンはネギの傍によると、静かに片腕を抱いた。ネギも彼女を受け入れると、他に何か分からないかと、千雨に目で問いかける。

「向こうの目的は分からんが……ネギ、もしかしたらお前の村を襲うように指示した連中が、後ろにいるかもしれないぞ」

「どういう……ことですか?」

 無意識に力の入る腕。カモはそれに気付くことなく、彼らの話に割って入った。

「俺っちが奴らに追われている時に聞いたんすよ。『まさか、またネギ少年を襲うことになるなんて』って。……俺っちが知る限り、兄貴が悪魔に襲われたのって、ウェールズの村での一件だけっすよね?」

「……うん、それは間違いない」

 他に悪魔が関わるなんて、精々が闇の魔法(マギア・エレベア)で自らを魔に変えたこと位だ。そもそも通常では、一生のうちに悪魔に出逢うこと自体が稀である。

「ホントあのくそ親父、見つけたらぶん殴ってやる!」

「……落ち着け、ネギ」

 片腕だけ解いたエヴァンジェリンはネギの背中を擦り、高ぶる気持ちを宥めようとする。そんな二人から視線を離し、千雨は手近な店が近くにないか、茶々丸の方を向いて問いかけた。

「この辺りに、なんかいい店あるか?」

「ディナーならともかく、昼食となるとカフェテリアの方がいいですよ。時間が時間ですので、下手な店だともうオーダーストップをかけている頃ですし」

 あの戦いで場所の移動や逃亡準備に時間を取られてしまい、時刻は既に14時に差し掛かっている。昼食というよりも、午後のティータイムの方が相応しい時間帯だ。

「ですので、ベーカリーで見繕ってから、車で摂る方が望ましいのではと思いますが……」

「それは良いんだが……飲み物のテイクアウトってやってるかな?」

 その辺りの事情は分からないので、千雨は仕方なくカモの方に話を振ってみる。

「んで、飲み物のテイクアウトとは期待できるのか?」

「……そんなに不安なら、あそこにしたらどうっすか?」

 そう言ってカモが指差した方を向くと、そこにはアメリカに本店を持つ某コーヒーチェーン店が、緑色のロゴを掲げて営業していた。千雨は徐にオコジョの胴体を掴むと、雑巾の如く絞り出した。

「なんで態々イギリスに来てまで、アメリカチェーンのコーヒー屋に行かなきゃならねえんだよ!!」

「小動物虐待~!!」

 結局、飲み物のテイクアウトは注文を受け付けてくれる店を探すことで決まった。

 

「……で、飲み物だけは丁度売り切れてたから、仕方なくアメリカチェーンのコーヒー屋(そこ)にしたと?」

「笑いたきゃ笑え……なんでイギリスに来てまで…………」

 千雨はぼやきつつも、どうにか購入できたパンを一つ掴み、口に持っていった。現在は龍宮が運転する車の中、一行はウェールズへと向かっている。幸いにも追手が掛かることはなく、漸く旅行らしくのんびりできていた。目的は仕事(ビジネス)だが、その辺りは気にしてはならない。

「しかし、私が運転しなくて宜しいのですか?」

「君達の方が客人(ゲスト)なんだ。むしろこれくらいさせてもらえないと、こちらの立場がない」

 護衛の人員補充は不可能だった。現状、ネギ達の方についていた者達で警護体制を敷いてはいるものの、人材不足は否めない。何よりも、護衛よりも客人達の方が襲撃者を撃退しているとなると、ここへ何をしに来たという話になる。

「幸い、フェイト・アーウェルンクスと連絡が取れた。また店を襲撃されたらしく、結局彼一人になってしまったが、既にロンドンに着いたとのことだ。ウェールズで合流するとさ」

「最悪だな、おい……」

 とはいえ、彼の実力を知っているためか、千雨は若干安堵の息を吐いていた。なんで一番弱いのにも拘らず、悪魔等とやりあわなければならないんだ、と心中で呟きつつ。

「……そういや、ヘボ総督(クルト)はどうした?」

「護衛の件も含めて、一度メルディアナ魔法学校に向かうそうだ。……ネギ君の作った魔法薬が、確かそこにあるんだよね?」

「正確にはスタンさん、というおじいさんに製法を記した羊皮紙を渡しました。その後どうなったかは知りませんが、他の人の石化をそこで解いているのなら、薬自体余っているかもしれませんね」

 後部座席でエヴァンジェリンと茶々丸に挟まれた形で、ネギがクロワッサンを齧りつつ答えた。隣では茶々丸がスコーンを口に含み、反対ではエヴァンジェリンがジュースの入ったカップから伸びるストローを咥えている。

「食べ終わったら、少し寝るといい。……まだまだ時間がかかるからね」

「いつ襲われるか分かんない状況で、寝られるわけないだろうが」

 食べ終えてからも不安が残るのか、千雨は先程回収したSIGP230を抜き、指輪から弾薬の入ったケースを取り出して、空の弾倉を埋め始めた。

「一応認識阻害の処理を施してはいるが……警察が来たら直ぐに仕舞ってくれよ」

「じゃあお前の免許はどうなるんだ? 確かイギリスって、日本より交通道徳に厳しい筈だろ?」

 龍宮はハンドルを握ったまま肩を竦め、何でもないかのように呟いた。

「その辺りは大丈夫だ。……ある程度成長してから身分証をでっち上げて、英国(ここ)の自動車学校に通っていたからな」

「……そこまでするか、おい」

 呆れつつも、千雨の手は休むことなく弾丸を込めていき、最後に銃把に叩き込んだ。




千雨とエヴァの次回予告
千雨「エヴァ、実はお前に言いたいことがあるんだ」
エヴァ「何だ? 藪から棒に」
千雨「ドア・ノッカーの弾丸……ジャッカルじゃ撃てないぞ」
エヴァ「何だとっ!? 口径が同じではないか!?」
千雨「弾丸の薬莢、つまり装薬を詰める部分だが、そこも合わないと使えないんだ。特に自動拳銃(オートマチック)はその辺りがシビアだから、弾倉に装弾できないならまだいいが、下手すると装弾不良(ジャム)を起こすぞ」
エヴァ「そんなのありかーっ!?」
千雨「……次回『観光会社『完全なる世界』』をお楽しみに~」

一言「して……その秘宝とは?」

千雨「ついでに言うと、その逆はOKだぞ。口径さえ合えば薬莢の長さは関係ない、単発銃の強みだな」
エヴァ「なんだそれはーっ!!」


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第07話 観光会社『完全なる世界』

 奴とは馬が合わん、と逃げ出そうとするアオミネの眼前にアカシの剣閃が横切る。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第八話 聖剣カガミンの在処

 赤司「見なければ、親でも殺す」



注)新年あけましておめでとうございます。年末年始に何か更新したかったのですが、執筆しては別に移るを繰り返していた為、対応できませんでした。申し訳ありません。それでも現在、『雨葱』の続編も執筆中です。
 こんな調子ですが、今年もどうかよろしくお願い致します。
(2019年01月03日記載)


 この光景を見て、ネギ達は思わず絶句してしまった。何故なら目の前にフェイトが居たからだ。それだけならば特段驚くことではないが、彼の右手に握られている物を一瞬でも見てしまえば、声も枯れてしまうことだろう。

 だからこそ、素で返せる龍宮を尊敬してしまうのは、致し方ないのかもしれない。

「随分ウィットに富んでいるな。……あまり目立ちたくはないのだがね」

「その辺りは心配なく。これは一応、周囲に敵がいないかを探るための(エサ)だからね」

 そう言ってフェイトは、右手に持っていた『ウェールズ観光ツアー 迎:ベルベット御一行様』の旗を懐に仕舞った。重ねて言うが、ベルベットはネギの偽名であるウェイバー・ベルベットのことなのであしからず。

「と言うわけで、ホテルは僕の方で取っておいたよ。安宿だけどワンフロアを貸し切ったから、警護のしやすさは保証するよ」

「そうか……なら端の部屋を私達(護衛)で固めて、ネギ君達(客人)はその内側でいいね?」

 龍宮と簡単に打ち合わせると、フェイトは後ろの方で固まっているネギ達に声をかけて、先頭に立ってホテルへと案内した。宿はこぢんまりとはしているものの、あまり目立った汚れ等はなく、最近経営を始めたことが窺える。

「部屋はツインだけだけど、二部屋毎に繋がっているらしいから、一応は四人部屋になるよ。但し繋ぎの扉を開ける際は、事前に係員に伝えておかなければならないけどね」

 フェイトから簡単に部屋の説明を聞くと、もうどうでもいいのかネギとエヴァンジェリン、千雨と茶々丸で一室ずつに分かれてルームキーを受け取っていく。よっぽど疲れているのか、それとも彼が旗を掲げて待ち受けていたことで気が滅入ったのか、

「……あ、夜明け前には迎えに行くから、それまでに準備しておいてね」

 とっととベッドに潜りたいという、欲求に埋め尽くされた彼らの思考回路では、判断がつかなかったとさ。

 

 そして深夜のこと。ネギの母校でもあるメルディアナ魔法学校では、校長とクルトが校長室で静かに密談をしていた。

「では、彼が狙われる理由は固有時制御だけではないと?」

「そうじゃ。……あまり公にはしたくないのじゃが、ネギの体内にはあるものが埋め込まれておってのぅ。おそらくそれが目的じゃろうて」

 ここだけの話だと、校長は念を押してから、クルトに事情を告げた。

 そもそも、魔法学校の教師達が『サウザントマスター』の名前だけで、ネギを優遇していたわけではないのだ。彼らがネギを『英雄の息子』だと強く認識したのには、一つの切っ掛けがあったのだ。それこそがネギに降りかかる厄災を増加させ、彼の道を閉ざす羽目になった。そして今も、厄災は止まることなくネギ達に降りかからんとしている。

「あれは丁度、ネギが修行のために拘束制御術式を完成させた時のことじゃった。実は魔法学校(ここ)に賊が押し入ってのぅ……ネギ達(・・・)の協力もあって、無事撃退できたのは良かったのじゃが……同時に狙われた秘宝が暴走してしまったのじゃ」

 その時は自らを含む教師陣が立ち上がるも、防ぐことはままらなかった。それでも被害を最小限にできたのは、ネギと彼に助言した金髪の少女のおかげだった。しかし代償は大きく、その秘宝は未だ彼の中に封印されている。

「して……その秘宝とは?」

 クルトの問いかけに校長は答えるのを渋るも、先に進めないと口を開いた。

「かつて、ネギの父であるサウザントマスター、ナギ・スプリングフィールドでも使いこなすことが叶わなかった秘宝…………」

 

 ――スタークリスタル

 

『……どうにかはなったな』

『でもどうします、これ?』

 魔法学校近くにある丘の上に、彼らは並んで腰かけていた。けれども話題はほのぼのしたものではなく、昨夜の騒ぎの元凶となった代物をどうするかについてだった。

『そのまま封印していろ。現状、他に封じておく術がないのだからな』

『でも、父さんでも使いこなせないものを持っているのは危険すぎますよ』

『封印しておくだけならば、問題はないだろう』

 ライラックの少女は、暁の空を眺めて提言する。

『決して使うな。……それこそ、我が本体でも抑えられるかは分からないんだ。だからいつか、誰にも見つからない場所に封印してしまえ』

『……分かりました。これは僕が、責任を持って封印しておきます』

 いつか、必ず暴走を抑えて封印する。そう静かに誓いを立てたネギは、エヴァンジェリンを連れて魔法学校へと戻っていった。……この先に待ち受ける未来を予想できないまま。

 

「……ん?」

 未だ月明かりが差し込む部屋で、ネギは目を覚ました。夜明けまで時間はあるが、目が冴えてしまったネギは、隣で眠るエヴァンジェリンを起こさないように、静かにベッドから降りる。

「……そういえば、すっかり忘れていたな」

 立派な魔法使い(マギステル・マギ)との攻防で、すっかり忘れていたスタークリスタルの存在に、ネギは頭を悩ませている。未だに制御どころか封印するので手一杯な代物を、彼は手放せずにいるのだ。暴走さえどうにかしてしまえば、後は手ごろな場所に置いておけば問題はないのかもしれないが、もし誰かの手に渡って悪用され、その被害が自分達に降りかかるのだけは避けなければならない。けれども、このことが誰かに知られでもしたら、それこそ危険を呼び起こすことになりかねないのだ。

「どうする……?」

 ネギは無意識に、安らかな寝息を立てているエヴァンジェリンの寝顔に目を向けた。彼が一人の異性として恋慕する少女。そして今は別室に居る、家族とも呼べる仲間達。

「どうすれば…………?」

 彼女達に危険が降り注ぐ可能性を持つ少年は、唯一人悩みを抱えていた。

 

「……準備はいいかい?」

 朝靄に包まれた草原を、フードを被った面々が移動していた。彼らはストーンヘンジが並ぶ広場の中心に位置し、魔法世界へと向かうゲートが作動するのを待っている。

「……時間だ」

 龍宮が腕時計を見下ろして呟くと、同時に周囲が光に包まれた。少しして、フードを降ろしたネギは、景色が一望できる場所まで移動し、期待に目を輝かせている。

「すごい。……これが魔法世界」

「相変わらず景色だけは、褒められたものだな」

「というか、いい加減ファンタジーとはおさらばしたいんだがな……」

 ネギの後ろを追いかけてきたエヴァンジェリンと千雨が言葉を発するも、彼女達も外の光景に見とれていた。地球とは違う空、建造物、そして宙に浮く、

「魚ぁ――――!!!!????!!!!????」

 魚型の飛行戦艦に戦慄が走り、近くの物陰に隠れる茶々丸。

「……そういえば、あいつ魚類は見るのも駄目だったな」

 千雨の言葉に頷くネギとエヴァンジェリン。流石に目立つので、どうにかしようと龍宮が呼びかけているが、効果はない。

「向こうは時間がかかりそうだし……先に手続きを済ませてしまおうか?」

 フェイトの提案に一同は従い、受付へと歩を進めた。係員が数名、茶々丸達の方へと向かっていったが、龍宮が事情を説明してことを荒立てないようにしている。

「ところで……なんで彼女は怯えだしたんだい?」

「昔……ちょっとな」

 事情をよく理解している千雨とエヴァンジェリンは、互いに視線を合わせつつ、同時に溜息を吐いた。

 あれはそう、麻帆良学園から逃亡する大体半年位前のこと。茶々丸はエヴァンジェリンと共に自らの開発者である葉加瀬を訪ねていた。目的は茶々丸の主装備、別名Angel Playerの調整のためだった。しかし、それこそが悲劇の始まりである。

 調整が一段落し、三人は夕食を共に摂ったのだが、そこで出てきた魚が曲者だった。茶々丸が魚を食すと、偶然にも調整中のために保護板を外していた箇所に骨が刺さったのだ。それこそ万に一つも刺さることのない場所にも拘らず、刺さってしまったがために茶々丸は分解整備行きとなり、三日三晩をバラバラのまま過ごす羽目になったのだ。以来、彼女は魚を見るたびに自らがバラバラに分解される錯覚に襲われ、マクダウェル家の食卓には魚類が並ぶことはなかったという。

「魚が食いたくなったらいつも寮に来てたよな、お前」

「いくらなんでも肉や野菜ばかりだと栄養が偏るだろうが。封印時は結構病弱だったんだぞ、私は」

 だからエヴァンジェリンは時折、茶々丸に所要があると言って食事を辞退しては、千雨の部屋に転がり込んで魚類を口にしていたのだ。正直二人の友情は、そこで培われたのが大半を占めている。

 そんなこんなで受付に着いた彼らは、早速偽名を用いて手続きを済ませ、茶々丸達に声をかけてから外へと向かっていった。

「向こうからの迎えももうすぐ来る筈だよ。……一応政府の船だから、魚型ってことはないと思うけど」

 そう茶々丸に伝えてから、フェイトはネギ達をゲート付近に構えられているカフェに案内した。待ち合わせ場所はここらしく、皆は各々席について、遅めの朝食を注文していく。

「ちょっと連絡をつけてくるけど、認識阻害のペンダントは失くさないようにね」

 そう念押しして去っていくフェイトを見送ると、千雨達はフードを降ろしていった。いくら認識されないとはいえ、あまり顔をじろじろと見られたくないと思っていた彼女達は漸く安堵の息を吐いている。約一名を除いて。

「ほら絡繰、早く朝食にしよう」

「そうだよ茶々丸。とっとと食わねえと、迎えが来ちまうぞ」

 千雨と龍宮に諭されて、やっとフードを降ろした茶々丸は、おどおどとしたまま通りかかったウェイトレスに自らの希望を告げた。

 しばらくして、全員の注文した品が揃った時にフェイトが戻ってきて、とんでもないことを口にしだした。

「迎えに寄越される筈の飛行艇が撃墜されたらしい。だから直接、結界の基盤を刻み付けているオスティアまで来て欲しいとのことだ」

「……随分、自分勝手な話ですね」

 苛立ちまぎれにテーブルを小突くネギに申し訳なく思いつつも、フェイトは今後の予定を説明した。

「とりあえず僕達は、移動手段を変えつつオスティアに向かうよ。向こうも到着自体はいつになっても構わないってさ」

「……んなわけにはいかねえだろ」

 その会話に、突然千雨が口を挟んできた。彼女は右手に持っているコーヒーの入ったカップを煽りつつ、ネギ達に急ぐよう進言する。

「こっちは転校の準備が控えているんだ。できるだけ早い手段で片付けて貰いたいところだっての」

「……まあ追っ手がかからなければ、そこまで時間がかかるわけでもないんだけどね」

 そう肩を竦めて見せるフェイトだが、実際はそれ以上に掛かるだろうな、と踏んでいる。ここは魔法世界の一国、メガロメゼンブリアなのだ。つまりは政府のお膝元であるのにも拘らず、現状は敵勢力が多すぎるのだ。

「というかちょっと考えたんだけどさ、僕が転移魔法を使って必要最低限、つまりネギ君だけを連れてオスティアを往復した方が早いんじゃないかと思うんだけど、どう?」

「……つまり何か、二手に分かれると?」

 つまりは電撃戦である。そもそも襲われる理由が固有時制御の悪用ならば、先に問題を解決し、とっとと帰って直接ネギ達から聞き出そうとする連中を返り討ちにする準備を整えた方がいいという提案だ。確かに、速さだけで言えばその提案は魅力的だが……。

「その間護衛は? 特にこの面子で一番弱い私は!? また悪魔が出てきたらどうしろっつぅんだよ!?」

「……いや、ちゃんと護衛はつけるよ。それに、僕の上司もこっちに居るから、なんなら彼に頼めばいいしね」

 とはいえ、悪魔相手だとちゃんとした装備も必要となるのは事実だ。というわけで漸く出番が来たと、直感したカモが二人の間に割って入る。

「というわけで千雨の姐さん、仮契約しちゃいましょうぜ!」

「……そういやあったな、そんなの」

 千雨は腰に手を当て、カモを見下ろして訪ねる。

「……んで、その方法は?」

「もちろん兄貴とのキッスゥラボロス!?」

 事前知識でなんとなくそう言うだろうと予想のついていた千雨は、冷静にカモを蹴り飛ばしていた。




千雨とエヴァの次回予告
千雨「漸く仮契約か……私の逃げ出した意味が思いっきり揺らぐな」
エヴァ「一々気にするな。魔法も道具だと思えばいいんだ。使い捨てろ」
千雨「……魔法が人生の連中には堪える台詞だな」
エヴァ「気にしてやるだけ時間の無駄だ。というわけで次回『世の中(尺含めて)思い通りにいかないことが多すぎる』を楽しみにしろ!」
千雨「いろいろ詰め込み過ぎて、ここまで長くなるとはな……」

一言「流石に殺人者にするのは拙いから……適当なところで止めようか」

千雨「おいどういうことだエヴァ!? また面倒を起こしたのか!?」
エヴァ「うるさいっ!! 全てはあいつが悪いんだ!!」


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第08話 世の中(尺含めて)思い通りにいかないことが多すぎる

 ムラサキバラにアオミネを拘束させたアカシだが、それを勘違いした何者かの矢がハイザキの足元を射抜く。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第九話 狩人ミドリマの勘違い

 赤司「見なければ、親でも殺す」


「これを飲めばいいのか?」

「そうだよ。ケルベラス渓谷からとれる、魔力を吸収する特殊な鉱石に、互いの魔力を流し込んで飲み込むんだ」

 カモが描いた仮契約の陣の中、千雨とネギは互いの魔力(千雨にも魔力があった)を鉱石に込め、交換して口元へと持っていく二人。皆が見守る中、各々が鉱石を飲み込んだ瞬間、魔力が繋がって仮契約が成立する。

仮契約(パクティオー)~!!」

 カモが叫ぶ中、仮契約の証であるカードが生まれ、主であるネギの手の上に落ちた。

「んで、これが姐さんの分」

「おう」

 カモから従者用のコピーカードを受け取ると、千雨は印刷されている内容に目を通していく。カードには白銀の回転式拳銃(リボルバー)を携えた、深紅のコートを身に纏う自身の姿があった。

「『現実的な拳銃使い』、ね……アーティファクトとかはどうすれば見れるんだ?」

来たれ(アデアット)って言えば、カードがアーティファクトに変わるっすよ」

 カモにそう言われたので、半信半疑になりつつも、千雨はカードを構えて呟くように唱えた。

「……来たれ(アデアット)、っ!?」

 現れたのはカードに描かれた銃とコートだった。銃を目の前に居るネギに預け、試しにコートを羽織ってみるも、何の変哲もないコートだと千雨は思うが、それは周囲の声に否定される。

「見たことはないけど……随分不思議な効果だね」

「ああ……私もこんなコートを見るのは初めてだ」

 フェイトとエヴァンジェリンが関心するように頷いているも、ネギ共々理由が分からない千雨は、同じく頷いていたカモに目で問いかけた。

「そのコート、着ている間だけは戦いの歌(カントゥス・ベラークス)と同等の魔力供給を得られる上に、常時治癒魔法と疲労回復魔法を装着者に施す仕組みになってるんすよ」

「……つまり何か、やろうと思えば延々と戦い続けられるってことか?」

「どちらかというと、逃げる割合の方が強いみたいですよ」

 カモの話を聞き、なら銃は攻撃用かと考えたネギは、千雨から預かった回転式拳銃(リボルバー)を弄ってみるも、輪胴弾倉の下の方から発砲する仕組み以外は、普通の銃と何ら変わりなかった。ならば弾丸かと留め金を外して中折れにし、装弾されている内の一発を抜いてみるも、特段おかしい点は見受けられない。

「要するに……コートは防具として当たりだが、銃は武器として外れだと?」

「まだそうとは決まってませんが……少なくともこの武器について何も知らない現状だと、そう判断するしかないですね。そもそもアーティファクト名が結構ふざけてますし」

 どんな名前なのか気になる面々の視線を浴びつつ、ネギはアーティファクトの名前を読み上げた。

「えっと、コートが『愛という陽炎を追い続ける平和の狩人』で、銃の方が『人間台風(ヒューマノイド・タイフーン)』ですね」

「コートの名前もツッコみどころ満載だが……銃の方はいくらなんでも名前負けしてねぇか、おい!」

 そうツッコみつつ弾丸を戻した回転式拳銃(リボルバー)を受け取ると、おまけで出てきたのか、右太腿に装着されたホルスターに銃を収めてから、千雨は軽く肩を落とした。

「……まあ、防具(コート)だけでも当たりだったんなら、別にいいさ」

「よし、次は私だな!」

 なにやら自信満々気にネギと交代して陣の中に入ってくるエヴァンジェリン。どうやら若干、どんなアーティファクトが出るのか楽しみで仕方がないらしい。使うのは千雨なのにも拘らず。

「その前に、これってどうやって戻すんだ?」

去れ(アベアット)って言えば、元のカードに戻るっすよ」

 去れ、と唱えてコートと銃を仕舞ってから、千雨は陣の外に居るフェイトから鉱石を受け取り、エヴァンジェリンと分け合った。

「残念ながら鉱石はそれで最後だよ。茶々丸さんは結ばなくていいのかい?」

「私はマスターとドール契約をしているので、現状は必要ないかと」

「それでもアーティファクトというのは面白い。……機会があれば茶々丸用に鉱石を買い求めて仮契約に変えてみるか」

 エヴァンジェリンはそう提案しつつ、千雨と鉱石を取り換え、そのまま飲み込んだ。

仮契約(パクティオー)~!!」

 再びカモが叫び、エヴァンジェリンとの契約も無事結ばれた。出てきたカードを受け取ると、千雨そっちのけで内容を読み耽る。

「どれどれ……何だこれは!?」

「おい、どうした!?」

 エヴァンジェリンからカードを奪う千雨。覗き込んでくる面々と共に内容を確認すると、黒い修道服を身に纏う千雨が描かれ、称号欄には主とは真逆なことが記されていた。

「『仮初の代行者』、代行者ってまさか……!?」

「そのまさかのようだ。よもや、私との契約でそのようなカードが生まれるとは……」

 代行者。その名の如き教会に所属し、神罰を代行する者達を意味する言葉。そして、代行者の敵は……人の道を外れた存在や、人外の化物だ。つまりは、エヴァンジェリンのような存在の敵とも取れる者達である。

 千雨はカードを返すと、カモから複製カードを受け取り、

「……来たれ(アデアット)

 アーティファクトである黒鍵を呼び出した。数はいくらでも量産でき、その一本一本には特化された干渉力が秘めてあるらしく、生半可な悪魔や魔性の類ならば、これ一本で消し去ることができる代物だ。もし数を増やせば……真祖の吸血鬼(エヴァンジェリン)ですらただでは済まないだろう。

「……ま、悪魔相手の装備が手に入ったと思えばいいさ」

「千雨、分かってるだろうが――」

 千雨はアーティファクトを仕舞うと、若干怯えた眼差しを向けてくるエヴァンジェリンの頭の上に手を置いた。

「大丈夫だよ。……お前が馬鹿やらない限りは、絶対に向けないよ?」

 そもそもまともに使えなさそうだしな。そう言って笑いかけてくる千雨に、エヴァンジェリンは安堵しつつも、

「子ども扱いするなと言ってるだろうがぁ!!」

 照れくささと憤りで誤魔化してしまうのである。

 

「それじゃあ行ってきます。直ぐに戻りますからね」

「あまり派手に動くんじゃないぞ?」

「その言葉をバットで叩き返してやる」

 あれから少しして、一通りの準備を終えたネギ、エヴァンジェリン、フェイトの三人はオスティアへと向かおうとしていた。残る面々は彼らが戻ってくるまで、この街でのんびりする手筈になっている。

 尚、エヴァンジェリンが参加しているのは、彼女がフェイトにごり押ししたためである。

「じゃあ行くよ。いざとなれば僕が囮になる予定だから、基本的には封印状態のままでいてね」

 フェイトの指示もあり、大人しくされるがままとなっている二人はそのまま水に飲まれ、転移していった。

「……しかし、本当にマスターが付き添っていって宜しかったのでしょうか? 『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』という名を聞いて、周囲の者が襲い掛かる恐れもあるのでは?」

「そこらへんはネギがエヴァを宥めている間に、フェイトがとりなせば問題ないだろう。……問題は、仕事が終わった後もこっちほったらかしてデートしだした時だ。流石にその時は、叩きに行くぞ」

「まあ、何だかんだであの三人が揃えば敵う相手なんていないさ」

 龍宮が締めくくり、千雨達は近くのホテルへと戻っていった。……紐で繋いだカモを連れて。

「千雨の姐さん、どうして俺っちは居残り組(こっち)なんすか?」

「ただでさえ吸血鬼のエヴァが行ってるのに、さらに下着泥棒(お前)まで向こうに行ってしまえば、話がややこしくなるだけじゃ済まないだろうが」

 それに、他にもやっておくことがあるしな。そう千雨は心の中で付け足した。

 

 数時間後。

「流石に離れすぎてるから……ここまで転移するだけで、もうお昼過ぎだな」

 オスティアに着いた彼らは、先に昼食を取ろうと適当なレストランを探そうと周囲を探るも、ある人物の登場で、それは遮られてしまう。

「ようエヴァ、久しぶりぃ!!」

「なぁああ……!!」

 エヴァンジェリンが指差した先に居たのはなんか馬鹿そうな筋肉達磨もとい、赤き翼(アラルブラ)のメンバーであり、ナギ・スプリングフィールドの従者である人物、ジャック・ラカンだった。

「何故貴様がここに居るぅ!?」

「ん、バイト♪」

「バイトじゃなぁい!!」

 ところ構わず叫びまくるエヴァンジェリンを宥めつつ、ネギは目の前に居るラカンを観察していた。

(明らかな戦士タイプ。……真正面からは危険か)

「そこまで警戒しなくていいぜ。小僧」

 しかしラカンはネギの観察眼をものともせず、自然体で近寄ってくる。

「それからアーウェルンクス、だったな? とりあえずそう呼べばいいのか?」

「フェイト・アーウェルンクスだ。好きに呼んでくれて構わないよ、ジャック・ラカン」

 とは言いつつも、なんとなく苦手意識を抱いてしまうラカンに対して、フェイトはお座成りに返してしまう。

「……ジャック・ラカン?」

「そう、お前がナギのガキだってな? 見た目はあいつそっくりだな」

 英雄の息子、というよりは友人の息子という目で見られていると感じたネギは、どうしたものかと呆然としてしまう。けれども生来の気質か、思わず畏まって挨拶してしまった。

「……ネギ・スプリングフィールドです」

「おう、よろしく!!」

 豪快に返すラカンに翻弄されつつも、一行は彼の案内で、ある場所へと連れられていく。

「ところでラカン。バイトとは何だ?」

「護衛だよ護衛、クルトの奴が旧世界(向こう)へ行く前に声を掛けてったんだよ。割もいいし、お前やあいつのガキも見たかったからいいや、って思って引き請けたんだぜ」

「……相変わらずの馬鹿だな」

 面白くなさそうにしているネギの手を握りつつ、エヴァンジェリンはそう返すも、ラカンはどこ吹く風とばかりに目の前のホテルへと入っていった。奥へと進み、彼らは一つの部屋の前に立っている人物の前に出る。

「客人を連れてきたぜ。入れてくれ」

「確認のために認識阻害を解除してください。……ああ、このホテルは外側に別種の認識阻害を掛けてあるので大丈夫ですよ」

 そう言われて、ネギ達は認識阻害用のアクセサリーを外し、懐に仕舞った。ネギ達の顔を確認するや、彼は扉に手を掛けて挨拶してくる。

「確認しました。英雄の息子様に出会えてこうえ『ドカッ!!』――ひぃっ!?」

 一瞬の早業だった。見張りの顔の横すれすれを、エヴァンジェリンのジャッカルから放たれた弾丸が突っ切り、後ろの壁を穿ったのだ。

「お前……ネギの現状を知りつつそうほざくのか? …………ぶち殺すぞ人間!!」

 エヴァンジェリンの怒りももっともだ。ネギは周囲の人間が英雄の息子等というレッテルを張られたために未来を閉ざされたのだ。それを知ってか知らずか、未だに『英雄の息子』という色眼鏡で見てくる奴をネギ以上に、彼女が許す道理はない。

「俺、一応ネギ達(こいつら)の護衛として雇われたんだけど……その護衛対象を止めた方がいいかな?」

「流石に殺人者にするのは拙いから……適当なところで止めようか」

 等とフェイトとラカンは傍観者の態でいる。ネギも傍観しているので、この場で止められるのは彼らしかいないにも拘らずに。

「いいから止めろお前ら! いくらこちらに非があっても、殺人は立派な犯罪だろうが!!」

 丁度トイレから戻ってきたジャン=リュック・リカードが、これから行われる殺戮を止めるためにフェイト達に声を掛けていた。

 

 




千雨とエヴァの次回予告
エヴァ「フシュー!! フシュー!!」
千雨「落ち着け馬鹿!! ……ここでも感情的になりやがって」
エヴァ「ふしゅぅ……というか、あればっかりは無理矢理だぞ」
千雨「……は?」
エヴァ「ほら、カトリックとプロテスタントが邂逅した話があったろ? そのシーンの劣化再現をやりたかったんだと」
千雨「見張りも可哀想に……」
エヴァ「というわけで次回『そして前章よりも長くなるのは人のせいにしたい』を楽しみにしろ!」
千雨「……これって二度ネタじゃね?」

一言「お、お代わりはいかがですか!?」

エヴァ「ところで『HELLSING』の世界では、『ドラキュラ』はブラム・ストーカーの創作として書かれたのか? それとも実際に見た上で執筆した設定なのか?」
千雨「んなことより上の一言どういう状況で出てくんだよ!?」


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第09話 そして前章よりも長くなるのは人のせいにしたい

 ミドリマの誤解は解け、七人の一党として聖剣を求める旅に出る彼らを見守る存在がいた。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第十話 黒装束の賢者、一党を見守る

 赤司「見なければ、親でも殺す」


「不快な思いをさせて大変申し訳なかった! あの者に代わって全面的に謝罪する!!」

 あれから入れられた部屋の中で、リカードは平身低頭、ネギとエヴァンジェリンに対して謝罪していた。まさか未だに勘違いしている人間が居るとは思わずに、適当な人員を配置してしまったことでネギ達が帰ってしまえば、今後の魔法世界は混迷の一途を辿ってしまう。ぶっちゃけると燻ってた争いの火種に火が点いてしまう。

「もういいですよ。……エヴァさんも銃を降ろして」

 しかしこのままでは話が進まないと思い、ネギが先に折れて、隣でジャッカルを構えつつ威嚇していたエヴァンジェリンを宥めだした。

「いや、本当に済まなか「ところで僕達、昼食が未だなんですよ。もしそちらも未だのようでしたら、宜しければ皆さんも一緒にどうですか?」――……今すぐ手配してきます」

 強かなネギの要求を受け、リカードは一旦部屋を出て行った。その間に自己紹介を済ませようと思ったのか、部屋に居た二人のうち一人が、先にネギ達の前にやってきた。

「テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミアと申す。ヘラス帝国の第三王女じゃ。この度は御足労願い、誠に申し訳なく思っとる」

「……ネギ・スプリングフィールドです」

 若干お座成りになりつつも、ネギはテオドラに紹介を返し、互いに握手する。しかし、次いで現れた彼女に対しては、さしものネギも畏まらざるを得なかった。

「アリアドネー魔法騎士団総長にして、魔法学校教師のセラスと申します。……ウェイバー・ベルベットさん」

「アリアドネーの……!?」

 セラスの紹介に際して、ネギは思わず頭を下げていた。かつて留学しようと努力し、その手前で白紙にしてしまったのだから。

「あの時は申し訳ございませんでした! せっかくの話を不意にしてしまい――」

「……いいえ、こちらの対応にも非はあります。正直、今からでも受け入れたいくらいですが……メルディアナ魔法学校での一件で、魔法自体を嫌悪していると聞き及んでおります。この度は、こちらの力不足で貴方の手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 互いに頭を下げ合う中、事情を知りつつも面白くないのか、テオドラはネギの後ろに控えていたラカンに声を掛けていた。

「のぅ、ラカン。……妾の時と対応が違いすぎるように思えるのじゃが……」

「……まあ、ああなるのは分からんでもないよ」

 実際、奴隷剣闘士だったラカンにとって、今のネギの気持ちに共感できるものがあった。周囲に張られたレッテルを剥がすために努力したのは、自分自身も同じだったのだから。けれどもラカンは剥がせたが、ネギは剥がせなかった。それだけ周囲の壁が厚かったのだろう。

 ふと気づくと、手配を終えたのかリカードが部屋に戻ってきていた。

「もうすぐ昼食が届きますので、食事をしながら話を進めましょう。皆さん席についてください」

 一応は公の場なのか、リカードはあまり砕けた口調を使わずに皆を促した。

 

 けれどもそれが適用されたのは、しょっぱなからへまをしたリカードだけである。

「つまり妾達ヘラス族のように、人間の成長速度を遅らせることができると?」

「実際僕自身の成長も遅延できていますし、エヴァさんの肉体を成長させようとしているので、それさえ叶えば実用化できますよ。ただし平均寿命は変わりませんし、肉体への負荷を考えない上での話ですが」

「やはり人間や亜人の肉体では限界があるということですね。ウェイバーさん、魔法陣の東側の術式なのですが……」

 現在、ネギもある程度はリラックスできているのか、テオドラやセラスと固有時制御の術式概要について討議し、

「しかしお前も結構砕けてきてるな。お前らのご先祖様なんて――」

「あまりそういう話はしたくないんだけどね。特に一つ前の自己中さには、僕自身思わず自我が芽生えてしまったよ」

「ハン! それは単なる自慢だぞ。『自分の方が心を理解している』と公言しているようなものだからな」

 エヴァンジェリンはフェイトやラカンと昔話からの派生を話題に上げている。その中で唯一話に入れられないでいるリカードは、

「お、お代わりはいかがですか!?」

 罰ゲーム的に給仕に徹していた。外交というのは、先に弱みを見せたものが下に行くのが鉄則なのだ。

 

 一方その頃千雨達は、

「茶々丸ー!! 茶々丸何処だー!?」

「姐さん、こっちには居なかったっす!」

「こっちにも居ないぞ長谷川。向こうへ回ってみよう!」

 偶然近くで転倒した食料運搬用の飛行艇から降り注いだ魚の群れに暴走して、遥か彼方へと駆けて行った茶々丸を捜索していた。そして彼女達を見守る一つの影。

「……私は何をしに来たのだろう」

 護衛として派遣されたデュナミスは、頬を掻きつつ空から見下ろしていた。とはいえ仕事はきっちりするのか、彼女達の所在を把握しつつ、入れ違いになった茶々丸捜索のため、街の上を飛び回って探し回ったとか何とか。

 

「それじゃあ今日は魔法陣の確認だけで、起動実験は後日人員が揃ってからにしましょう」

「助かります。場所はここから少し離れた荒野ですので、飛行艇を使えば直ぐに戻ってこられます」

 食事を終えたネギ達は、今後の打ち合わせを済ませると直ぐにホテルを後にし、待機している飛行艇へと向かっていた。セラスとテオドラが先頭に立ち、後ろにフェイト、続いてネギとその腕を組んでいるエヴァンジェリン、殿にラカンとリカードといった配置である。

「ではお乗り下さい。全員が搭乗次第、出航しますので」

 セラスの先導で乗り込む面々。飛行艇の出航に合わせて、周囲を囲んでいるアリアドネー騎士団も箒に跨って浮遊していった。

「三十分もしないうちに到着しますが、中でお待ちになりますか?」

「ああ、いえ……すみませんが外で景色を眺めていても構いませんか? 魔法陣の外郭も見ておきたいので」

 分かりましたと、セラスは飛行艇の中へと入り、船員に指示を出しに行った。残りの面々も外の方がいいのか、中へ入る様子がない。

「一応狙撃も考えられるから、できるだけ身を乗り出さないようにね」

「分かってるよフェイト。その辺りは気を付けるからさ」

 フェイトの言葉にネギも背中越しに返し、今はエヴァンジェリンと二人並んで、外の景色を眺めている。他の者達も散り、各々適当にくつろいでいた。それでも警戒を解かないのは流石だと思うが。

「……エヴァさん、あれはなんでしょう?」

「ん?」

 ネギが指差す先には、廃都と化した遺跡のような場所がある。エヴァンジェリンも詳しくは知らないのか、一緒になって首を傾げていると、後ろからラカンの声が聞こえてきた。

「あそこは旧オスティアだ。そういやエヴァはこの辺りには来たことなかったっけ?」

「当たり前だ。前に魔法世界(こっち)に来た時なんて、メガロの方で博打と酒飲みだけで時間が潰れただろ――」

 エヴァンジェリンは口に手を当て、思わずネギの方を向いた。……思い出したのだ。ネギの母親のことを。

 ネギの母、災厄の魔女アリカ・アナルキア・エンテオフュシアは自らの国、ウェスペルタティア王国を犠牲にして世界を救うも、その元凶として罪人の罪を着せられ、処刑されたのだ。実際は処刑寸前に救出されるも、未だにその罪は歴史に刻まれたまま、変わることはない。

「あそこで……母さんは…………」

 エヴァンジェリンは静かに、ネギの傍でその呟きを聞いていた。

「もしかして……既に知ってんの?」

「クルト・ゲーテルが彼に手紙を書いたんだよ。その時一緒に記していたらしい」

 ラカンはフェイトの傍により、ネギが母親について知っているのかを聞いた。元々、赤き翼(アラルブラ)内で、ネギが一人前になってから伝えようとしていただけに、ラカンは頬を掻いてどうしたものかと考えだし……どうでもいいかとアホ面を浮かべだす。

「ま、世界を救う手だてを生み出したんなら、一人前ってことでいいよな?」

「少なくとも総督殿は、そう考えているだろうね」

 フェイトの後押しもあってか、ラカンはどうでもよさげにネギ達の背中を見つめだす。

「……強いかな、あいつ」

 既にラカンの目には、ネギは戦友の息子だという意識が薄れだしていた。

 

「……マジデ?」

「まずは落ち着け、すごい顔になってるぞ」

 デュナミスは茶々丸を見つけると、直ぐに千雨達を集めて、向かった先を告げた。場所はメガロメゼンブリアの西、賞金稼ぎ達が集まる小さな町だった。

「また面倒になったな……そこから先は分かるか?」

「どうも魔力切れらしく、そこからは辿れなかった」

 龍宮が詳細を尋ねるも、デュナミスの返答は芳しくない。それにカモが慌てだして千雨の方を向く。

「拙いんじゃないすか姐さん!? 魔力切れってことはもう活動してないって――」

「落ち着け、茶々丸なら問題ない」

 千雨はカモを掴んで黙らせると、茶々丸の動力源について説明した。

「元々あいつは魔力と食事から生まれるエネルギーのハイブリットなんだ。魔力に関する機能、つまり念話や索敵機能は封じられるが、活動機能や仕込み刃(Hand Sonic)とかには何の影響もない」

「でもそれって……地道に探すしかないってことじゃないっすか?」

 カモの呟きに一同は思わず肩を落としてしまった。茶々丸の生存を信じるも、捜索の大変さには流石に辟易してしまうのだろう。

「私……あいつ捕まえたら魚嫌い、治させるわ」

「……そうしてくれ。一々護衛対象を探し出すのは面倒なのでな」

「では、行こうか……」

 デュナミスの先導で一行は茶々丸がいると思われる町へと向かった。彼女達に纏わる空気は、どこまでもどんよりとしたままだったことを追記しておく。

 

「……あそこをもう少し平らにしてください。じゃないと魔力が循環しません」

「分かりました」

 ネギからの指示をセラスは周りの者に伝えて、早速作業に入らせていた。

 彼らを乗せた飛行艇は、ゆっくりと魔法陣の端に設置された、作業所の前に着陸していく。地に降り立つと、フェイトとラカンを先頭に、ネギ達はプレハブ小屋の中へと入っていった。

「こちらが、現在の作業状況を記したものです。映像を」

 セラスの声に従い、作業員の一人が映像を映す水晶を操作し、空中に転写した。ネギは適当な指揮棒を近くの者から受け取り、エヴァンジェリンを侍らせたまま作業状況を確認していった。

「もう2,3か所、平らにして欲しい場所がありますね。魔力循環テストは未だのようですけど、指摘したところを直せば問題は無い筈です。後は造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメーカー)とのリンクですけど……それはもう届いているんですか?」

「先日設置しました。起動テストは魔力循環と一緒に行う予定です。何か注意点等は――」

 段々と専門的な話になって来たのか、ネギとセラス以外の面々はチンプンカンプンだとばかりに首を傾げている。まったくもって理解できないのだ。

「フェイト、お前さん分かるか?」

「さっぱりだね」

「俺にも何が何だか……」

 特にフェイト、ラカン、リカードの三人はついてこれずに、ここに居ても仕方ないかと外を見張る態で小屋を後にした。

「……以上ですね。全ての作業を終えるのはいつになりますか?」

「明日の朝までには魔力循環テストを終了させられるでしょう。ウェイバーさんの協力が必要となるのは、正午からです」

「分かりました。では明日の日暮れ前までに全て片付けましょう。そこさえクリアできれば問題無い筈です」

 セラス達が頭を下げる中、ネギはエヴァンジェリンを伴って、小屋の外に向かった。

「明日の仕事が終わったら、二人でディナーに行きましょう。元老院に高級レストランを押さえさせて」

「それはいい。茶々丸達との合流は、別に明後日でもいいしな」

 等と茶々丸の暴走を知らない彼らは、呑気にデートプランを立てていた。




千雨とエヴァの次回予告
千雨「仕事終わったんならとっとと帰ってこいよ!! こっちはそれどころじゃないってのによ!?」
エヴァ「無茶言うな!! いくらなんでもお前達の事情等常に把握しておけるわけないだろうが!?」
千雨「……茶々丸との定時連絡はどうした?」
エヴァ「次回『とうとう二桁だこんちくしょう!!』を楽しみにしろ!!」
千雨「誤魔化すなーっ!! それといい加減そのネタから離れろーっ!!」

一言「――えっと……おはようございます」

千雨「……これって、一言って言えるのか?」
エヴァ「知らん! 後言っておくが、茶々丸の生存だけは常に確認しているぞ!!」
千雨「連絡も取りやがれ!!」


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第10話 とうとう二桁だこんちくしょう!!

 聖剣を求めてセイリンの村に辿り着いた一党だが、村長のアイダに「『予言の八人』に一人たんねえわ!!」と怒鳴られてしまう。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第十一話 クロコを探せ!!

 赤司「見なければ親でも殺す!!」


 ――もしもし……もしもし…………

「……ん?」

 茶々丸が目を開けると、そこには亜人と言っても差し支えない程の体格を持つ大男がいた。彼は静かに膝を折ると、目の高さを合わせて話しかけてくる。

 ――えっと……おはようございます

「おはようございます。……貴方は?」

 茶々丸も起き上がって顔を向けると、男は身に纏っているコートを捲くって、肩掛けのホルスターに納められている一丁の銃を見せた。

「それは――」

 ――はい……初めまして…………ドア・ノッカーの精です

「そうですか。未だ使用していませんが、これからお世話になる予定の絡繰茶々丸と申します。以後良しなに」

 ――はい……よろしくお願いします

 互いに頷き合うシュールな光景ではあるが、止める者は一人としていない。

「それで、何か私に用でしょうか?」

 ――ええ……今すぐ起きないと大変なことになります

「……と、言いますと?」

 流石に茶々丸も、これが夢だと気付いていたので、そう言われることに不信感は抱かなかった。むしろガイノイドが夢を見ているので、若干珍しく感じているのだ。

 ――早く起きないと……溶けます

「はい? ………………な、ななな……………………」

 あまりの言葉に茶々丸の顔は変わらずとも、身体は左右に腕を振り振り、混乱を示している。次いでとばかりにドア・ノッカーの精は徐に銃を抜くと、その眉間に突き付けてきた。

 ――では…………ハヤクオキロ

 眉間をドア・ノッカーで撃たれた茶々丸の目には、青いランタンの光に包まれていた。

 

「……ハッ!?」

 茶々丸が目を覚ますと、視界は黒と緑に覆われていた。何が起こったのかを冷静に思い出そうと目を閉じて視界に過去の映像を映し出す。そして暴走中何かにぶつかり、そのまま弾かれること無く飲み込まれたのだと脳内記録を再生させて分かった。

「困りましたね……まさか食虫植物に囚われてしまうとは」

 自らを覆っているのは酸で間違いないだろう。実際、身に纏っていた筈の衣服はほとんど溶けてしまい、用途を成していないのだから。

「まあ……流石に私のボディを溶かすのには、時間が掛かるようですね」

 茶々丸は剥き出しになった右腕を持ち上げ、植物の腹に掌を当てた。

「Guard Skill――Hand Sonic」

 展開した仕込み刃で植物の腹(?)を裂き、酸の溜まり場から躍り出る茶々丸。とはいえ流石は魔法世界なのか、食虫植物は切り裂かれても、未だに触手を操って捕えようとしてくる。

「と、とっ……」

 メタリックな肢体を晒しながらも、茶々丸は後ろに跳んで距離を取った。そしてある程度離れてから膝をつき、立ててある右膝の仕込みを操作する。

「稼働試験は未だですが……ここで試しておくのも悪くないですね」

 すると膝頭が割れ、中から小型ミサイルの頭が飛び出てきた。

「Guard Skill――Micro Missile」

 

 シュボボボボ……ボン!

 

「……酸がいけなかったのでしょうか?」

 ミサイルは不発に終わった。着火はしたのだが中の燃料が使い物にならなくなったのか、それとも元から不良品だったのか、ミサイルは発射されることなく膝頭に収まっている。

「……捨てましょう」

 とはいえただ捨てるのももったいないと茶々丸はミサイルを掴んで抜き取ると、

「とぉ」

 展開したままだった仕込み刃の腹で打ち、追いついてきた食虫植物のどてっぱらに叩きつけたのだ。その時の衝撃で、ミサイルは爆発し、植物を焼き払っていく。

「さて……」

 茶々丸は腕を組むと、思案するように首を傾げた。

「……これからどうしましょう?」

 ところでガイノイドとはいえ、肢体を晒したままというのはどうなのだろうか。まあ、空中で先行していたデュナミスが茶々丸を見つけて保護する前に、辛うじて壊れずに済んだ指輪から衣服を取り出して着込んでいたので、一先ずは無問題と言えるだろう。

 

「茶々丸が見つかった!?」

 黄昏時、街に着いた面々は散開して茶々丸を捜索していたが、先行していたデュナミスが確保したと聞き、千雨は安堵した。次いで携帯から聞こえる龍宮の声に従い、一先ずは合流場所に指定された酒場まで向かうことにする。

『カモミールにも後程連絡する。直ぐに向うから、そこで落ち合おう』

「了解。……ところで、護衛の方は問題ないだろうな」

『安心しろ。ピンチになればデュナミスが駆け付ける手筈になっている』

 頼りになることで。そう呟きつつ電話を切り、もたれていたトリッカーを町の入口に居る守衛に預け、千雨はその酒場へと歩を進めた。

 小さな町とはいえ、ここには賞金稼ぎがわんさといる。千雨はアーティファクトであるコートを羽織り、右太腿に銃の納まったホルスターをつけていた。

 砂埃に紛れつつも、コートの前を閉じて歩き、少しして目当ての酒場を見つけたので、そのままウェスタンドアを押し開いて店に入る。中に居た者達からは好奇の目を向けられるも、千雨は一切を無視してカウンター席に着いた。

「……ジュース、味は何でもいい」

「ここは酒場なんだがね……」

 そう言われても、未成年なのだから仕方がない。

 グラスを受け取って口元に持っていくと、背中越しに近寄ってくる男達が見えた。

「……よぉ、嬢ちゃん」

(……うぜぇ)

 おそらくはナンパの類だろうが、連中の顔が余りにも厭らしく、千雨は内心で辟易としている。

「この辺りは物騒だぜ。俺達と一緒に行かないかぁ?」

「何ならイイコトもサービスにつけるぜぇ」

 とはいえ、口じゃあ何を言っても頭の悪い返ししか来ないだろうと、千雨は左手で頬杖をつきつつ、右手を右太腿の銃に伸ばした。

「おい無視すんじゃ――っ!?」

 ダンダンダンッ!!

 千雨は素早く銃を抜き、連中を近づけないように相手の得物を撃ち抜いて牽制した。

「……ナンパなら他当たれっての」

 転がっていく武器の破片に構うことなく、銃をホルスターに戻す千雨。しかし彼らは感情的になり、素手で襲いかかろうとしたが……ダンッ!

「ストップだ。……命が惜しければとっとと失せろ」

 丁度店に入ってきた龍宮が放った弾が男達の足元を穿ち、その場で地団太を踏ませた。デザートイーグルを連中に向けたまま、彼女は千雨の下に近寄っていく。

「ちょっとした疑問なんだが……もし私が間に合わなければ、どうするつもりだったんだ?」

「……逃げるに決まってんだろ」

 そう言って、千雨は左の耳元に隠していた閃光の魔力球を翳して見せる。

「あいつ等ん中じゃ一番弱いのに、出鱈目人間の万国びっくりショーに出たって無駄死にが精々だろうが」

「まあ、生き残る上では普通なんだが……そう言われると魔法使い全般が出鱈目人間と取れるんだが」

 違うのかよ、と目で問いかけてくる千雨にノーコメントで返す龍宮。気が付けば男達は逃げ出しており、他の客も警戒しつつも、無暗に突っかかってはこない。

 千雨は再度銃を抜くと、中折れにして輪胴弾倉から空薬莢を掴みとりながら、龍宮に声を掛ける。

「んで、茶々丸達はいつ着くんだ?」

「今着きました」

 しかしいきなり聞こえてきた茶々丸の声に、千雨は思わずずっこけ、銃に装填されていた弾丸を使用・未使用を問わずにばら撒いてしまった。

「どうしました、千雨さん?」

「……お前、後で絶対魚嫌いを治させる」

 空になったままなのにも拘らず、手首を振って元に戻すと、ホルスターに納めつつそう呟く。

「……ジュースのお代わりはいかがですか?」

「……くれ。できるだけ甘いのを」

 今はとにかく糖分が欲しい。千雨はそれ以外の思考を遮断した。

 

「魔法世界の夜空って、星座の違い以外にないんですね。……綺麗だ」

「月が見えないのは残念だがな。……まあ、火星だと地球と見え方も違うから、もしかしたら滞在中には拝めないかもしれんし、別にいいか」

 元老院の用意した高級ホテル(支払いはリカードのポケットマネー)の一室。備え付けのソファに並んで腰かけている二人は、部屋の外から見える夜空を眺めていた。その間中、茶々丸が拘束された状態で千雨に魚を押し付けられているとも知らずに。

 ネギとエヴァンジェリンは互いに身を寄せ合い、部屋に流しているクラシックに耳を傾けながらも、視線を下げることはなかった。

「こういう場合、大抵は『この夜空よりも、君の方が綺麗だよ』って言うんでしょうけど、僕はあまり言いたくありませんね」

「ほう、それは何故だ?」

 面白そうにネギに目を向けるエヴァンジェリン。彼も視線を降ろして見つめ返すと、静かに返した。

「だってそう言ってしまったら、貴女の美しさと比較できるものがあるって言っているようなものじゃないですか。……貴女以外に美しいものが存在するとでも?」

「実に気分がいい言葉だが……先程夜空に対して『綺麗』と言わなかったか? ネギ」

 そう言えばそうでした、と照れ隠しに頬を掻くネギの右手を取り、エヴァンジェリンはゆっくり顔を近づけ……

「駄目ですよ。エヴァさん」

「……お前のそういうところが気に食わんよ、ネギ」

 口元に抑えられたネギの左手を払い、エヴァンジェリンは不貞腐れてそっぽを向いてしまう。その姿にネギも慌てて、彼女を包み込むように抱き寄せた。

「ごめんなさい。……でも大事だからこそ、ちゃんと向き合いたいんです」

「……分かってるよ」

 K(キティ)の名前の如く、猫のようにしなだれかかってくるエヴァンジェリンを受け止めたまま、ネギは目を閉じる。この至福の時を終わらせたくない、と願いつつも……。

「そろそろ夕飯にしましょう。……もし急ぎでないのなら、食事が終わるまで待って頂けませんか?」

 その願いは儚く消えていった。

 

「いえいえ。そこまで時間は掛かりませんので、先に私の話を聞いて頂けませんか?」

 

 悪魔の来訪、という最悪の終わりをもってして。

 

「……それで、次はないと申し上げた筈なのに、一体どの面下げてここまで来たんですか?」

「こちらも少し、事情が変わりましたもので……下手に強奪を企てるよりも先に聞かなければならないことがあるのです」

 先程とは別のソファに並んで腰かけるネギ達の前には、ファントムハイブ家の執事、セバスチャンが控えていた。けれども戦闘の意思がないのか、先日とは違い、カトラリーの類は握られていない。

「おい、ネギ……」

「大丈夫ですよ、エヴァさん。戦う気があるのなら、最初からホテルに向けて大規模な殲滅魔法を撃ってくる筈です。態々警備を抜けてくる理由はありませんよ」

「さすがに……そこまで乱暴な手段を用いるつもりはありませんよ」

 さしものセバスチャンも、頬に冷や汗が流れていた。しかも内心では、ネギがそこらの悪魔よりも悪魔らしいとさえ考えている。

「で、話ってなんですか? 手短に済ませて下さい」

「ゴホン! ……実は私、貴方の身柄を狙う組織に紛れつつ、その身に封印されたマジックアイテムを回収するよう、主に命じられていたのです」

「……スタークリスタル」

 ネギの口から零れた一言に、セバスチャンは頷いて肯定した。

「その際、とある悪魔からスタークリスタルについてある情報を得ました。どうやら彼も、魔法学校に襲撃したメンバーの一人だったらしく、大変興味深い事柄を伺ったのです」

「何です?」

 ネギにも、大凡の見当がついていた。いやむしろ、そのことを知らなければ(・・・・・・)、このような話の場を設けるわけがない。

 

「貴方の体内に眠るスタークリスタル……今も、いえ未だに(・・・)暴走の一途を辿っていますね?」

 

 セバスチャンの指摘に、隣に居たエヴァンジェリンは無意識にネギの手を強く握っていた。

 

 




千雨とエヴァの次回予告
千雨「不公平すぎる!! なんでお前らが高級ホテルで、こっちはボロッちい安宿なんだよ!?」
エヴァ「……じゃあ、お前悪魔の相手をするか?」
千雨「……マジ?」
エヴァ「マジだ」
千雨「……それでも私は、今よりもましな部屋に泊まりたいんだと思う」
エヴァ「パロにしては最悪なセリフだな。というわけで次回『契約の数は男の勲章?』を楽しみにしろ!」
千雨「ってさらっと流すなよ!!」

一言「……ただ私に、いえ我が主に返却して欲しいだけなのです」

千雨「……そろそろ一周しないか? 一言の人選」
エヴァ「もう数ヶ月経ったし、それもまた一興か」


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第11話 契約の数は男の勲章?

 結局クロコが見つからなかった為、数人で土下座かまして、どうにか次の行き先を聞き出した面々であった。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第十二話 聖剣眠りし洞窟へ

 赤司「見なければ、親でも殺す」


「だとしたらどうします? 少なくとも僕はこんなところで、エヴァさんの傍で暴走させるつもりはありませんよ」

 ネギは脅すように目の前の悪魔にそう吐き捨てる。しかしセバスチャンは関係ないとばかりに本題を切り出した。

「別に暴走させたいわけではありません。……ただ私に、いえ我が主に返却(・・)して欲しいだけなのです」

「……返却?」

 その言葉にネギは首を傾げた。エヴァンジェリンも同じなのか、不思議そうにセバスチャンを見つめている。

「ええ。そもそもスタークリスタルは、私が仕えるファントムハイヴ家の財産の一つなのです」

「……聞いたことがあります。然るイギリス貴族の一門が、所有する財を対価に魔法世界、ヘラス帝国への亡命を所望したとか。……魔女狩りから逃れるために」

「そうです。……そこで投げ出された対価の一つがスタークリスタルなのです」

 それが何の因果か、メルディアナ魔法学校に流れ着いてしまったのだ。そしてファントムハイヴ家がスタークリスタルの所在を掴んだ時には、既にネギの手中に納められていたのだ。

「幸か不幸か、貴方は追われる身。ならば、と賊に扮して争いの最中奪おうと画策したはいいものの、肝心の宝が未だに暴走していると聞き及び、主に報告しました」

「で、その主はなんて答えたんです?」

 セバスチャンはもったいぶることなく、言葉を続けた。

「ただ一言、『スタークリスタルの現状を聞いてこい』と。さしもの主も、むざむざと禍には手を出せないでいるのです」

「……そう、ですか」

 それを聞いて、ネギは安堵すると同時に落胆してしまった。ただでさえ厄介ごとが多いのに、少しでも減らせる可能性が出てきたかと思えば、向こうはただ欲していただけでなんの力もないのだ。これではふりだしである。

「正直僕自身も、封印が手一杯です。闇の魔法(マギア・エレベア)と拘束制御術式を組み合わせて暴走だけは食い止めている、といった状況です。時折力を開放しなければなりませんが、それ以外ではどうにか大人しくさせています。……もし封印術式を完成させたとして、貴方方は、いえ貴方の主はスタークリスタルをどうするおつもりですか?」

 ネギの問いかけは当然のものだ。スタークリスタルは悪用すればそれこそ世界に害を及ぼしかねない程のマジックアイテムだ。正直使い勝手さえよければ、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメーカー)の代わりに、固有時制御の動力源にしたいくらいの代物なのだから。

 そしてセバスチャンは、ネギの問いにただ一言、こう答えた。

「ただ保管し、管理するだけです。必要となれば使うこともありましょうが、基本的には屋敷の奥深くに閉じ込めておくだけです。それは我が主の名誉に対して誓います」

「簡単には信じられない。……それこそ詭弁である可能性もある」

 人は人を陥れる。だからこそ、今のネギ達が居るのだ。故に悪魔の戯言等、詭弁にしか聞こえてこない。

「でしょうね。……まあ我が主も、手に入りさえすればいつになっても構わないとのこと。もし貴方方か我々か、そのスタークリスタルを封じ込めることに成功したならば、その封印場所に主の屋敷をお選び下さい」

「……暴走した時も、お前達が責任を持って回収していくなら構わない」

「エヴァさん!?」

 今まで黙っていたエヴァンジェリンが口を開いて言ったのがこの言葉だ。ネギの意識が、本来は警戒すべき悪魔から外されてしまう程の、彼は驚いていた。

「念のために聞きたい。……ファントムハイヴは女王の何だ?」

「“番犬”でございます。今は領民の番犬でございますがね」

 それを聞いて満足したのか、エヴァンジェリンはネギの首筋に手を回し、自らの胸の内に抱え込んだ。

「なら信用を足るに十分だが……主に会わせ、強制証文(ギアス・ペーパー)による契約を結ぶと誓うならば、その言葉を信じよう。こちらもその信用に答え、裏切らないことを誓う……そう伝えろ」

「畏まりました。現状ではそれで十分かと」

 セバスチャンは一礼すると、そのまま部屋から出て行った。彼が去るのを見届けると、ネギはエヴァンジェリンに詰め寄る。

「どうしてそんなことを「お前の悩みを減らすためだ」――……知ってたんですか? スタークリスタルのことを」

 エヴァンジェリンは頷き、そのままソファの上に寝転がった。手を引き、倒れ込むネギと一緒に。

人工精霊(あいつ)から手紙を貰っていたんだ。その中に書かれていたよ。……そのことでお前が封印先を探していることもな」

「エヴァさん……」

 倒れ込んだまま、エヴァンジェリンはネギの頭を優しく、愛おしげに撫でていく。

「奴らはかつて、女王の憂いを晴らすために裏社会に君臨していた闇の貴族、その末裔だ。仕える相手が変わろうとも、その忠誠心(プライド)は本物だ」

 なにせ、私自身が殺されかけたのだからな。

 エヴァンジェリンはそう告げた。下手な味方よりも、明確な意思を持つ敵こそ信頼に値すると。

「だからネギ、封印に成功したらどこへなりと捨ててしまえばいい。連中ならまだマシってだけで、結局は誰でもいい。無論悪用される恐れもあるし、それで私達に危害が加わるかもしれないが、お前の命には代えられないんだ」

「…………」

 黙り込むネギを促し、エヴァンジェリンは起き上がってテーブル席の方を指差した。

「食事にしよう。……悩み等全部飲み込んでしまえ」

「……はい!」

 見つめ合うこと数刻、思わず伸びてしまう腕を抑え、そのまま電話の受話器を手に取った。

「気分転換も兼ねて、外に行きましょう。レストランの席を押さえさせますね」

「そうしてくれ。腹が減って仕方がない」

 暗い空気が薄れ、部屋は二人の笑い声で満たされていた。

 

「……このままオスティアに向かう?」

「ああ、その方が安全だと私は判断している」

 今にも崩れ落ちそうな外観をしている安宿の一室。気を失って床の上に伸びている茶々丸に腰掛けた千雨は、向かいの壁にもたれている龍宮とこれからについて話していた。

「というよりも、絡繰の暴走までは連中も予想できなかったらしい。敵勢力は皆メガロメゼンブリアに留まっている。戻って下手に刺激するよりも、オスティアに居る者達に保護してもらう方が警護上確実なんだ」

「それは分かるが……ここからオスティアまでの距離は結構あるんじゃないのか?」

「そこは心配ない。デュナミスがいるし、いざとなればフェイトをこっちに回して貰えばどうとでもなる」

 ちなみにデュナミスは夜通し空を飛んで、千雨達の居る安宿を警護することになっていたりする。

「オーケー、それで足は?」

「夜明けと共にデュナミスに頼んで転移してもらう。とはいえその前に若干移動しなければならないがな」

「……どういうことだ?」

 龍宮は指を一本立てると、あるアイテムについて語った。

「流石に全員となると、グランドマスターキーを用いた方が早いらしい。なので夜明け前に町を出て、なるべく人気のないところに潜伏しつつ待機し、そいつを使って纏めて転移した方がいいようだ。何より一回の転移で済むのがいい」

「んな便利なものがあるなら、最初から持ってくればよかったじゃねえか」

「……本人曰く『まさか必要になるとは思わなかった』らしい」

 空中にいたデュナミスがくしゃみをしたりしなかったりする中、千雨達の居る安宿の数軒隣に、ある男が立っていた。彼は近くに居る娘三人に話しかけると、そのまま去って行った。そして残された女の子達、すらむぃ、あめ子、ぷりんは人間型から不定形なスライムになると、下水道を伝ってある建物へと忍び寄っていった。

 彼女達は雨樋の中を移動しつつ、目当ての部屋を見つけ、その前で止まり、聞き耳を立てた。

『では夜明けと共に……ん?』

「やばっ」

 すらむぃ達が魔力を抑えて水と同じ状態になると、部屋の中に居る龍宮が視線を逸らすまでじっと固まる。

『どうした?』

『いや……どうやら気のせいらしい』

 千雨の問いに答え、龍宮は視線を部屋の中に戻した。そのことにスライム娘達は音をたてないように息を吐く。

『夜明け前に迎えに来るから、それまで仮眠をとるといい。……また後で』

『おう。……茶々丸、寝るならベッドに――』

 茶々丸が譫言でドア・ノッカーだとか鬼火だとかを口にしているが、すらむぃ達は関係ないとばかりに移動し、壁に張り付いて窓から侵入――

「そこまでだ」

 彼女達が振り返ると、そこには空中で警護している筈のデュナミスが居た。

「グランドマスターキーを取りに行く前に見つけられたのは僥倖、先に害虫を駆除して「総員撤収!!」――逃がすかっ!!」

 デュナミスは龍宮に念話を入れて一時的に持ち場を離れることを報告し、直ぐに逃げ出したスライム娘達を追いかける。しかし流石はスライム、街の下水道やら通風孔を巧みに使って町の外へと逃げ出していく。しかしデュナミスは魔力探査を用いて、空から追いかけているために撒かれることはなかった。

 しかし、宿から一定以上離れすぎたと判断すると、追跡を断念して、その場に浮遊した。

「なっ!?」

 瞬間、足元に突如魔法陣が生まれ、デュナミスを包み込んでしまう。そして彼はこの街から姿を消した。

 

「……やはり罠か」

 おそらくは囮だったのだろうと、龍宮はデザートイーグルを構えつつ思考した。

 先程の窓の外が気になり、デュナミスに確認させたまではよかったのだが、それは彼とこちらを分断するために行われた策略だったのだ。安宿のボロボロな廊下を駆ける龍宮。しかし正面にいきなり、見慣れぬ黒装束を纏う男達が立ち塞がってきた。

「悪いが急いでいるんだ。そこをどけ!!」

 デザートイーグルの銃口を向けるも、男達は意に介することなく各々懐から小刀を抜き、龍宮に向けて投擲してきた。

 

「……なんか、やな予感がするな」

「どうしました、千雨さん?」

 ベッドに横になりながらドア・ノッカーの点検をしている茶々丸に振り返ることなく、千雨は机に並べた弾丸を逐一、アーティファクトの銃の輪胴弾倉やスピードローダーに装填しつつ、部屋の外を見つめていた。

「神戸で襲われる前にも、同じ感覚を覚えたんだ。その結果は分かってるよな?」

「また、襲撃されると?」

 部屋の灯りは千雨の傍にある蝋燭立てだけだったが、部屋全体を照らすのには十分すぎた。安宿だから、部屋自体が狭いと言うのもあるが。

「分からんが……索敵頼めるか?」

「お待ちを…………」

 茶々丸は静かに目を閉じると、事前に千雨に充電してもらっていた魔力を用いて索敵機能を稼働させ、辺りを調べ始めた。そして銃声と、龍宮が何者かに襲われていることを知ることとなる。

「龍宮さんが襲われています。デュナミスさんにも連絡を取っていますが、繋がりません。どうしますか?」

「逃げるか助けに行くかだが……どうやら前者一択しか選べなさそうだな」

 フッ!

 蝋燭の火を消すと、千雨はアーティファクトのコートを着込み、机の上に並べていた弾丸類を全て片付けていった。茶々丸も、二手に分かれる前にエヴァンジェリンに返してもらった弾丸をドア・ノッカーに装填すると、銃身を固定してベッドから起き上がった。

 二人は静かに銃を握り、扉の左右に分かれて襲撃者を待ち伏せたが、

 

 ――ガシャァアアン……!!

 

「窓から入ってくんじゃねえよ!!」

 襲撃者に対して発砲する二人。けれども男は弾丸を回避し、再び窓枠を潜って外に出て行った。

「千雨さん、他にも――!?」

「分かって――!?」

 銃の再装填(リロード)を行おうとするも、その直前に扉から黒装束の男達が雪崩れ込んできた。

 

 




千雨とエヴァの次回予告
千雨「……これってカリオストロ?」
エヴァ「唯一の違いは、弾丸が効く理屈が違うといったところか。向こうはアーマー着けてたし」
千雨「……単に使える襲撃ネタがなかっただけだろうに。やはりモンキー・パンチは偉大ということか」
エヴァ「あれの監督は宮崎駿だろ? 次回『真夜中の追跡者』を楽しみにしろ! ……ってパクリもここまで来ると拙くないか?」
千雨「二次創作ならば問題無いってことで一つ」

一言「……ホントあいつ等に関わると退屈しないな」

千雨「そう言えば龍宮が残ってたな」
エヴァ「次回からはリセットする予定だ!!」


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第12話 真夜中の追跡者

 クロコが後ろからついてきていることにも気づかず、一党は洞窟の奥へと辿り着く。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第十三話 アカシハ セイケン ヲ テニイレタ

 赤司「見なければ、親でも殺す」


「Guard Skill――Hand Sonic」

 両手の仕込み刃を展開して敵陣に乗り込む茶々丸。しかし相手も只者ではなく、数人を迂回させて千雨に向かわせると、残りで取り囲んで足止めに専念しだした。

「なろっ!?」

 再装填(リロード)の間に合わなかった回転式拳銃(リボルバー)を仕舞い、腰のホルスターからSIGP230を引き抜いて応戦するも、その弾丸は悉く躱されてしまう。

「くそっ!? こいつら早すぎる!!」

「千雨さんっ!?」

 何とか数人の動きを止めるも、それよりも早く次の者を差し向けられては、身動きが取れない。他の武装を引き出そうにも、相手の動きが早くてそれも叶わない。

「こうなったら千雨さん! 耳を「私の合図でやれ!!」――どうする気ですか!?」

 千雨は左手を耳元に持っていき、隠していた魔力球を叩き付けた。闇に包まれていた部屋を閃光が埋め尽くす中、千雨は窓の外へと飛び出していく。

「茶々丸っ!?」

「Guard Skill――Howling」

 茶々丸を発生源とした超高音波に襲撃者達は軒並み倒れていく。それを確認すると、千雨に続いて部屋から飛び降りた。

 着地した茶々丸の前では、千雨がトリッカーに跨って、エンジンを吹かしていた。

「移動させて正解だったな。後ろに乗れ!」

「はい!」

 茶々丸が後ろに跨ると、千雨は直ぐにトリッカーのアクセルを捻った。エンジン音を立てて走り去るバイクだが、その後ろからは未だに襲撃者達が追いかけてきている。

「迎撃します。できるだけ揺らさないように」

「善処はするが、そこまで期待するなよ」

 反動で転倒する恐れがあるため、ドア・ノッカーを指輪に仕舞うと、茶々丸は他の装備を出そうと指輪を操作した。けれども全てスーツケースの中なので、バイクの上で取り出すことができないと悟り、指輪から手を離してしまう。

「千雨さん、銃を貸してください。仕込みも少し怪しいので、あまり使いたくはないのです」

「足止めでいいからな。流石にノーヘルだから、タイヤを狙われたら怖い」

 千雨の了承を得ると彼女の腰に差されているSIGP230と予備弾倉を引き抜き、後ろの追跡者に向けて発砲した。流石に当たることはないが、少なくとも足止めにはなっている。

「もう少し威力のある弾丸が欲しいですね。……そのような銃をお持ちでは?」

「生憎と非力だからな……下手に装薬を詰め込んだやつだとかえって扱えない」

 辛うじて単発銃ならば威力はSIGP230よりも上だが、手持ちは全て完全魔法無効化(マジックキャンセル)弾頭、ここで消費するのが惜しい代物である。高圧縮魔力弾頭もあるにはあるが、全て9mmパラで使用することを前提にしているため、SIGP230には装弾できないから使えない。かといって、代わりの銃を出す暇もない。

 トリッカーは右手に倒れ、表通りへと躍り出た。ギアを上げてさらに加速させるも、向こうはもう隠すつもりがないのか、肉体を変化させて追いかけてくる。

「成程、悪魔だったのですね。下位悪魔ならばいくらでも召喚できるというわけですか」

「だったら逃げるぞ! これじゃあ焼け石に水だ!!」

 とはいえこのままではじり貧だ。そう考えていた矢先、突如悪魔達に向かって、あちこちの壁から鎖が伸びてくる。それらは触手の如く悪魔を拘束し、その場に固定してしまった。

「姐さん達ぃ! こっちっす!!」

 今まで隠れていたカモが顔を出した裏路地に飛び込み、茶々丸がオコジョの首根っこを掴みあげた。

「いやぁ俺っちの言ったとおりっしょ! 事前に逃走ルートを確保したこの手腕「魚貰いに行くとき、下着泥棒が出たと聞いたんだが?」――……てへっ!」

 しばらく追っ手が来ないと見て、千雨はトリッカーを止めると茶々丸からカモを受け取り、縦に二つ折りにした。

「人が命狙われている時に呑気に犯罪たぁ、いい御身分だなコラ!!」

「小動物虐待~!!」

 茶々丸が止めに入るまで、千雨の折檻が続き、オコジョ妖精の悲鳴が響き渡ったとか。

 

「下位悪魔も、ここまでくると……キリがないな」

 再装填(リロード)したデザートイーグルをぶら提げ、龍宮は壁にできた穴から宿の外に出た。デュナミスは未だ戻らず、別働隊に襲撃された千雨達もここから逃げ出した後のようだった。ならばここに居る理由はないとばかりに、ここに来るまでの足に使ったバギーへと足を向けている。

「……ホントあいつ等に関わると退屈しないな」

 龍宮の後ろには、下位悪魔達が砂と化し、その姿を消し去っていった。

 

「連中は下位悪魔でも、魔力素を媒介に顕現してるから、姐さんの完全魔法無効化(マジックキャンセル)弾頭ならば一発っすよ」

「弾丸の無駄だ。……できるだけ温存しておきたい」

 回転式拳銃(リボルバー)の輪胴弾倉に弾丸を入れると、軽く回転させてホルスターに納めた。単発銃も肩掛けのホルスターに納め、腰のSIGP230の弾倉は既に交換済みだ。

「茶々丸、どうだ?」

「流石に重装備がメインですので、バイクの上で扱える武器が少ないですね」

 茶々丸も武器満載のスーツケースを指輪に仕舞うと、唯一使えそうなAMTハードボーラーを腰と衣服の間に強引に差し込んだ。

「だったら交代だ。茶々丸はバイクの運転、私とオコジョは連中の迎撃を受け持つ」

 そう言って千雨が最後に取りだしたのは、エヴァンジェリンと結んだ仮契約カードだった。彼女は来たれ(アデアット)と呟くと、現れた黒鍵を左右に一本ずつ掴み取る。

「流石に剣術の心得なんて持ち合わせちゃいねえが、投げるだけなら何とかなるだろう」

「そう言えば黒鍵(そっち)もあったっすね」

 これならば弾切れを気にすることもないし、何より悪魔に対してならば完全魔法無効化(マジックキャンセル)弾頭よりも効果的だ。

「ところで姐さん、投擲とかってできるんすか?」

「……コートもあるし、勢いだけなら保証する」

 つまりノーコンである。けれども無制限に出せるのであれば、あまり気にしなくてもいいのかもしれない。

「それじゃあ俺っちは別ルートでぎゅむ!」

「お前もくるんだよ。……それじゃあ逝こうか」

 逝きたくないっすよぉ!! と叫ぶカモを強引に肩に乗せると、千雨は茶々丸の後ろに跨った。

「とにかく町の外へ……行きます!」

 唯一の救いは、茶々丸がふざけることなく真面目に町の外へと逃げて行ったことだろう。

 

 オスティアに位置する一軒のレストランがある。そこは知る人ぞ知る上流階級の者しか立ち寄ることの許されない、最高級レストランだった。その入り口に、一組のカップルが豪奢な礼装(フォーマル・ウェア)を着こなしている二人は、近寄ってきた給仕に声を掛ける。

「元老院外交官のジャン=リュック・リカードの紹介で来たウェイバー・ベルベットと、連れのリンダです。連絡は届いていますか?」

「承っております、ミスタ・ベルベット。どうぞこちらに」

 外の景色を投影するガラス張り前のテーブルに案内される二人。

「どうぞ」

「うむ」

 給仕の手にチップを載せて断り、ウェイバーはリンダのために席を動かした。彼も向かいの席に座り、給仕にフルコースを頼んで追い払った。

「しかし、偽名の一つや二つ考えておくべきだったな。おかげで適当な名前(リンダ)を名乗る羽目になるとは……」

「そうですか? 僕は好きですよ。可愛いとか美しいという意味ですしね」

 まあ本名の方が素敵ですけどね、とウェイバー扮するネギは答えた。リンダを演じているエヴァンジェリンも椅子に深く腰掛けつつ、自らの髪を撫ぜている。本来ならば襲撃者にマークされているウェイバーの名を使うつもりはなかったのだが、こちらの方が相手も近づいてくる上に警備の目が多い分、護衛しやすいと言われたのでそう名乗っているのだ。

「しかし名前はまだいいが、態々年齢詐称の幻術を使わねば入れないとは……貸し切りにできなかったのか?」

「手配したのがつい先程らしいですからね。護衛は他の席に何人か回しているそうですが……ちゃんと備えて、事前に貸し切りにしておけばいいのに」

 等と好き勝手ほざきつつ、二人は運ばれてきた食前酒(ノンアルコール)のグラスに手を伸ばした。

「それでは乾杯しましょうか」

「何に乾杯するかな……」

 クラシカルな音色に耳を傾けつつ、互いのグラスを近づけていく二人。自然と生まれた言葉を口にして、鈴の音色を鳴らす。

『……これからの幸福に』

 ――チン!

 

「……思うんだけどさ」

「何です? 千雨さん」

 走行中のバイクの上。茶々丸と背中合わせになるように座った千雨は、慣れてきたのか指の間に黒鍵を挟みつつぼやいた。

「今頃ネギ達……元老院(向こう)に無茶言って高級レストランで洒落たディナーを口にしているんじゃねえのか!?」

「それよりも迎撃して下せぇよ姐さぁん!!」

 カモの声に千雨は、半ば反射的に黒鍵を数本投擲する。近寄ってきた悪魔に当たり、内一体は地面を転がってフェードアウトした。これで丁度10体目である。

 現状、茶々丸はトリッカーの運転に集中し、カモは急激な回避運動で飛び出さないように鎖を生成・操作してシートベルト替わりにしている。実質迎撃をしているのは千雨だけなのだ。

「というかファンタジーから逃げといて、こんなところで悪魔相手にチャンバラごっこって……頭痛が…………」

「いいから早く!! 次来たっすよ!!」

 再度黒鍵を投擲するも、悪魔の数は変わらず、キリがないのだ。流石に辟易してくるうちに、どうやら町の外に出たらしく、一面を夜空と荒野、悪魔の軍勢に彩られていた。

「絡繰に長谷川ぁ!!」

 と同時に、バギーに乗ってきた龍宮と合流し、互いに並走しつつ、迎撃に当たる。

「バックアップの護衛を全てここから北10kmに待機させてある!! 私が足止めするからそこへ迎え!!」

「だったら最初から町に待機させとけよ!!」

 そう千雨が怒鳴り返すのも無理はないが、実際は補充要員との合流地点を変更しただけで龍宮に罪はない。

「とにかく行け!!」

 龍宮は叫ぶと、助手席に置いていたのか、SMAWを引っ張り出して肩に構えると、即座にバギーを反転させて悪魔の群れに飛び込んでいった。

「ちょっと待て!! なんで片手でロケットランチャー担げるんだよ!? おかしいだろおい!?」

「んなことより早く行きましょうよ~!!」

 カモの声に茶々丸は黙ってトリッカーを加速させた。千雨もツッコむのをやめたのか、未だに追いかけてくる下位悪魔達に向けて投擲する。

 追いかけてきたのは今の群れだけだったのか、断続的に投擲して足止めしたら、漸く視界から悪魔達の姿が消えた。

「はぁ~この苛立ちは開発者(ネギ)ヘボ総督(クルト)、どっちにぶつければいいと思う?」

「先程話してた高級レストランに立ち寄ったかどうか、で判断すれば宜しいかと」

 茶々丸の気の無い返事を聞いて、千雨は溜息を吐いてから黒鍵を仕舞った。

 

「オスティア産野菜のテリーヌです。アクセントに塗した紅茶葉の風味と一緒にお召し上がり下さい」

 給仕が説明を終えて立ち去ると、ネギ達は各々カトラリーを手に取って、食し始めた。

「そう言えばオスティアンティーというものがオスティア(この街)にあるそうですから、塗したのはその茶葉かもしれませんね」

「それは興味深い。後で貰うとしよう」

 完璧なテーブルマナーで料理に口をつける二人は絵になり、周囲の人間は思わず手を止めて見惚れてしまう。

「これくらいの風味だと、ミルクよりストレートの方がいいかな……」

「ほう。銘柄に合わせて飲み方を変えているのか?」

 ネギの呟きに興味を持ったのか、エヴァンジェリンが口を挟んでくる。

「ええ。徹夜で研究していた時にミルクだと眠くなるからストレートで飲んで以来、飲み方を色々と試しているんですよ。喫茶店の方でも、飲み方に合わせて銘柄を変えていこうと考えているくらいで……」

 二人は次のスープが運ばれてきても、紅茶談義に花を咲かせていた。……千雨達がある者と再会しているとも知らずに。

 

 




千雨とエヴァの次回予告
千雨「……結局こっちでも悪魔とやりあってるんだが?」
エヴァ「ああ……ドンマイ」
千雨「ドンマイ、じゃねえよ!? ホント私の人生どうなってんだおい!!」
エヴァ「……次回『使いたくなかった奥の手』を楽しみにしろ!」
千雨「…………頼む。誰でもいいから私の人生どうなってんのか教えてくれ………………」

一言「……そんなところかな」

エヴァ「まあ、こっち来たらちゃんとレストランに連れてってやるから、元気出せ」
千雨「……不幸だ~」


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第13話 使いたくなかった奥の手

 聖剣を手に入れ、後は魔王を殺すだけだと意気込む一党の前に、巨大なドジョウが降ってきた。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第十四話 ドジョウの背にどじょう

 赤司「見なければ、親でも殺す」


「例によって護衛は石像って……帰って寝たい」

「何処へ帰られるのですか? 千雨さん。というよりも現実逃避しないで下さい」

 茶々丸に説教されて、千雨は嫌々ながらも黒鍵を構えた。視線の先にはここに居た護衛を石化させた犯人がいる。

「んで、まぁだ人質云々で追っかけてきたのかよ、おっさん」

「いや、おっさんはやめてくれないかな。精神的にくるから」

 等と手を振りつつ、ヘルマンは帽子を弄りながら返してきた。その周囲には幾体もの石像が、幾人もの石化された魔法使い達が立っている。

「……頼むから対悪魔の専門家を護衛につけてくれよ」

「姐さん、相手は上位悪魔っすよ。そこらの魔法使いじゃ手も足も出ませんて」

 千雨のボヤキに返すカモ。けれども警戒は解かずに、茶々丸を含む三人は徐々に距離を取り始めた。もし戦闘になれば、周りの者達を巻き込むからだ。ここがロンドンの時のように壁になる建造物等があれば良かったのだが、拓けた荒野では攻撃の余波を気にしなければならなくなる。

「なんなら場所を移そうかい? 無論、逃げないことが条件だがね」

「……随分殊勝な考えじゃねえか」

 けれどもヘルマンは、そう言われても肩を竦めるだけだった。近寄ってくる悪魔に千雨達は適度に距離を開けつつ、別の場所へと誘導する。

「……どうします?」

「石像から離れたら即波状攻撃だ。オコジョは足止めに専念、私と茶々丸で手段問わずに遠距離から攻撃するぞ」

 小声での相談を終え、石像からある程度離れた場所に着くや否や、カモの詠唱を合図に千雨と茶々丸は左右に分かれた。

「インテルル「まずは君からだ」――グエッ!?」

「オコジョっ!?」

 一瞬カモに意識が向くも、千雨はすぐに黒鍵を構えて左右連続でヘルマンに投擲した。さしもの悪魔も初めて見る武装に警戒して回避するが、その先には茶々丸がAMTハードボーラーの銃口を向けて、そのまま連続して引き金を引く。

「こっちはただの銃弾か。そんなものは――っ!?」

 茶々丸に意識を裂きすぎたのか、千雨の放った新たな黒鍵には対応できず、背中に数本立てるのを許してしまう。けれども流石は上位悪魔なのか、多少黒鍵を刺されたくらいではびくともしていない。

 今度は千雨に向けて口を開こうとするが、石化光線を出さないまま茶々丸のドア・ノッカーの餌食となった。

「ハハハ!! なかなかやるな、ええ!!」

「こちとら悪魔にんなこと言われても、嬉しかねえんだよ!!」

 ヘルマンに蹴り飛ばされた石で昏倒しているカモを掴んで遠くに投げると、千雨は指輪からありったけの手榴弾を取り出して投げつけた。悪魔相手にばら撒かれる鉄片は効果を示さないが、中に混ぜていたスモークグレネードには、ヘルマンも思わず口に手を持っていってしまう。

「なかなか煙たいな……」

 視界を覆っている隙に茶々丸はしゃがんで左の膝頭を煙の中に居る筈のヘルマンに向けた。

「Guard Skill――Micro Missile」

 今度はちゃんと発射された小型ミサイルは煙の中に飛び込み、着弾して煙を吹き飛ばすほどの爆発を起こす。しかしヘルマンは纏っている服をぼろぼろにしてしまうも、未だに健在であるかのように起立していた。

「いやはや……ここまで楽しいとは思わなかったな」

「こちらとしては、早々に立ち去って欲しいのですがね」

 今はヘルマン一人だが、前みたいにセバスチャンのようなイレギュラーが起きてもおかしくない。だから早いところ倒すなり撒くなりしてここから離れたいのだが、早々うまくいかずに歯噛みしてしまう。

「ああ、連れのすらむぃ達や下位悪魔は全て町に居るよ。セバスチャンに関しては正直何を考えているのかは分からないけど、ここには来ていないね」

「……随分あっさりばらすんだな。余裕だってことか?」

「……そんなところかな」

 千雨の問いかけにヘルマンは、歯切れの悪い返事を返してきた。若干訝しむも、それどころではないのですぐさま武器を構えている。

「さて、どうするかな……」

 再度黒鍵を出して構えるも、これだけでは決定打に欠けていると千雨自身自覚していた。茶々丸もドア・ノッカーの弾を取り換えているが、それでも無理だと分かる。それだけ力の差があるのだ。

「茶々丸、私が時間を稼ぐからその隙に「すみませんが千雨さん。ミサイル以上の威力を持つ武器がありません」――……嘘だろおい」

 そもそも悪魔が来るなど当初は思いにもよらなかったのだ。高威力の武器があるだけまだましだというものだ。

「ですが、結界弾があります。それで足止めしている隙に逆転の一手を」

「その手が……あるにはあるが、できれば使いたくないんだよなぁ」

 それでもやらなければ意味がない。千雨は一旦黒鍵を手放すと、ポケットから格納用とは別の指輪を取り出し、そのまま右手の指に嵌めた。

「ドア・ノッカー用にも用意しておいたので、装弾すれば直ぐに撃てます」

「……よし、とっとと片づけるぞ」

 千雨が地面に突き刺した黒鍵を構えると、茶々丸もドア・ノッカーの銃口をヘルマンに向けた。

「それじゃあ……」

 戦闘が始まる。おそらくこれが最後の攻防となるだろう。

「……始めようか!!」

 先手を取ったのは……!?

 

「牛肉のフィレステーキでございます」

 フルコースもとうとうメインに入り、ネギ達の話題も別のものにシフトしていた。

「そう言えば、千雨さん達とは普段何をやってたんですか?」

「それは麻帆良での話か? そうだな……」

 エヴァンジェリンにとって、麻帆良での生活はもう過去のものと化していた。なのでネギの問いかけにも、左程気にすることもなく答えようと記憶を漁っている。だが他の人間ならば、即デストロイだっただろうが。

「茶々丸と一緒にあいつの下へ遊びに行くのが多かったな。千雨が家に来たこともあったが、ほとんどの場合はこっちから誘っていた上に訓練目的だったから、遊ぶとしたらいつも女子寮のあいつの部屋だったな」

「へぇ……そこからネトゲをやっていたんですか?」

「まあ、そうだな。家にもパソコンはあったが、千雨の持っている方が高性能だったからな」

 メインディッシュに口をつけながらも、話の花は咲き続ける。楽しい食事とはこういうものをいうのだろう。

「茶々丸が家に来て、千雨とも知り合い、お前(ネギ)と話をするようになってからは毎日が充実していたよ。……少なくとも明日を望むくらいには、な」

 ネギは答えない。いや、答えられなかった。今の彼女は、誰もが魅了する位の笑顔を見せていたのだから。

「……どうかしたか?」

「いえ……とても綺麗で、素敵な笑顔でしたので、見惚れてしまいました」

 ネギがそう言うとエヴァンジェリンは眉をひそめてそっぽを向く。その顔は赤く染まり、次の料理が来るまで、照れくさくて視線を戻すことができないでいた。

 

「……縛鎖となりて敵を捕らえよ! 束縛する中指の鎖(チェーン・ジェイル)!!」

 今まで気を失っていたカモが鎖を生成してヘルマンを拘束した。その隙を逃さず、茶々丸はドア・ノッカーの弾丸を入れ替えて結界弾を撃ち込む。

「ご、が……」

「千雨さん!!」

 深紅のコートを纏う千雨が駆けていく。向かうはヘルマンの懐。黒鍵を出して左手に握り、魔法発動媒体の指輪になけなしの魔力を流していった。

「プラクテ・ビギ・ナル、来れ虚空の雷(ケノテートス・アストラプサトー)薙ぎ払え(・デ・テメトー)!!」

 千雨は右手に雷を、左手に黒鍵を構えて突き進む。先に左手の刃を身体に突き立てると、そこを避雷針にして右手を叩き込んだ。

「オコジョ直伝の付け焼刃だが喰らえ!! 雷の斧(ディオス・テュコス)!!」

「ガァアア……!!」

 黒鍵の干渉力と雷の斧による雷撃。二つの攻撃にさしものヘルマンも悲鳴を上げてしまう。けれども攻撃はそれで終わらない。

「茶々丸っ!!」

「もう準備はできています!!」

 千雨が後ろに跳ぶと同時に、茶々丸が指輪から取り出して周囲にばら撒いた武器の一つ一つを手に持ち、次々とヘルマンに向けて発砲していく。高火力の銃撃に砂塵が巻き上がり、雷の斧(ディオス・テュコス)で弱っている上位悪魔を傷つけていった。

 一通り撃ち終わると、ヘルマンは腹に半ばから折れた黒鍵を突き刺したまま、地面の上に倒れだした。

「……漸く終わったか」

 千雨はそのまま崩れるように、地面に腰掛けた。

 

「オスティア産フルーツをふんだんに使ったシャーベットです」

 千雨達の決着が着いた頃、ネギ達の前にデザートが運ばれてきた。フルーツの甘みとシャーベットの冷たさを舌の上で味わう二人の下に、ある人物が近づいてくる。

「色々と迷惑をかけて済まなかったね」

「まったくですよ。今の今まで何をしていたんですか? クルトさん」

 エヴァンジェリンは沈黙を決め込み、遅れて来た総督の相手はもっぱらネギが担当した。

「少し面倒なことに巻き込まれてね。ところで……君の中にある秘宝は無事かね?」

「……ええ。それを目当てにきた悪魔も居ましたが、未だに暴走していると知って手を引きましたよ」

 どうやらスタークリスタルのことを知ったらしいが、狙われる理由が増えただけで襲われる危険性は変わらない。ただ、現在オスティアに居る二人はいいが、残る面々は……。

「増援としてタカミチを千雨君達の方に送っておいた。後はここでの仕事を終えれば全て解決する」

「だと、いいんですがね……」

 結局増援は間に合わないまま、千雨達だけで悪魔を倒していたことはこの時点では誰も知りえなかった。

「迷惑料の他にこちらとしても便宜を図りたい。何か希望があれば叶えるけどどうする?」

「そうですね…………」

 ネギの希望に、クルトだけでなくエヴァンジェリンも驚きで目を見開いた。

 

「やれやれ……ここで終わるとはね」

「良く言うぜ。……本気じゃなかったくせに」

 地面に横たわっているヘルマンの周囲に千雨達は立ち、静かに見下ろしていた。既に消えゆこうとしている悪魔を見て、誰もが武器を降ろしている。

「……どうして、本気じゃないと?」

「ロンドンでもここでも、お前は私達に対してほとんど攻撃しなかっただろうが。余裕扱いて攻撃受けていられたのなら、そのまま突っ込んで殺すことだってできた筈だ」

「……そうだね。確かに、本気にはなれなかった」

 ヘルマンは瞳を閉じると、何処か懐かしむように話し始めた。

「私がネギ君の村を襲った時、サウザントマスターが駆け付けるまで、彼は何をしていたと思う?」

「……逃げてたんじゃねえのか?」

 千雨はあまり考えずにそう答えた。今でこそエヴァンジェリンと並んで戦えるネギだが、幼少時から強い者などいないに等しい。

 けれどもヘルマンの解答は違った。

「彼は私の前に立ったんだ。泣きながらも、杖を持つ手を震わせながらも、気を失って倒れていた少女を守るためにね」

 その後ナギが、次いでスタンが駆け付けて悪魔達を倒し、封印していったが、ヘルマンだけは数日程村の近くに逃れ、倒れていた。いつ消えてもおかしくない中、ネギは彼の下に一人でやってきたのだ。

「『何故他の者に教えない?』と思わず聞いてしまった。けれども彼は川から水を汲んできて、『もう罰は受けているのに、これ以上痛めつけたら僕は悪者になっちゃう』と答えてきた時には驚いたよ。彼は悪魔であり、少女を傷つけようとした私に手を出さないまま帰国を看取ったんだ。……だから帰る前に言ったんだよ」

 

 ……水の恩は返すと。

 

「……ま、彼はもう覚えてなかったようだけどね。けれども悪魔は、契約をきっちり守る性質なんだ。それが良いことでも悪いことでも関係なくね」

「じゃあ、お前が石化させたのは……」

 千雨の疑問に、ヘルマンは首肯した。

 要するに彼はずっと、ネギとその仲間達を守っていたのだ。元老院をはじめとして暗躍し、護衛に紛れていた者達から、襲撃に見せかけてずっと。それこそ下位悪魔を勝手に指揮し、召喚者の意思を無視してまで。

「そうだ。……これを置いていくよ」

 ヘルマンは懐から、紫色の小さな水晶を取り出して、地面の上に置いた。

「それを使って悪魔を喚び出すと、他に契約を結んでいない限り私が出てくる。好きに使うといい……」

 そう言い残して、一体の上位悪魔は夜の虚空へと消えていった。

 

 




千雨とエヴァの次回予告
千雨「……いろんな意味で落差が酷過ぎる」
エヴァ「まあ、いいではないか。次は漸く合流できるんだからな」
千雨「ということは……もうすぐ締めに入るのか?」
エヴァ「前章よりも長くなった今回だが、意外と得る物が多かったな」
千雨「そうだな……全部返すから私に平穏な日常をくれ(涙)」
エヴァ「マジ泣きするな。というわけで次回『一人前の証』を楽しみに……できるかぁ!!」
千雨「訳も分からずノリツッコミしてんじゃねえよ!!」

一言「御託はいらねぇ……()ろうぜ、ネギ」

千雨「ネタバレもここまで来ると、いっそ清々しいな」
エヴァ「そうだ!! 私が先にあの筋肉達磨を仕留めれば「アホか!!」――だから気安くぶつなぁ(涙)!!」


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第14話 一人前の証

 運び屋イヅキの助けを借り、魔王の城に辿り着いた一党だが、まずやるべきことがあった。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第十五話 クロコの聖剣白羽取り

 赤司「見なければ、親でも殺す」


 暁の空の下、一台のバギーが荒野を駆け抜けていた。運転席に合流したタカミチ、助手席に龍宮、そして荷台には千雨と茶々丸、カモが後ろの景色を眺めていた。彼らは一路オスティアへと向かっている。

「もう直ぐデュナミスが来る。そうすればグランドマスターキーを使って直ぐに転移できるさ」

「済まなかったね、君達には戦わせてばっかりで」

 前方から声が聞こえてくるが、千雨達は聞こえていないのか聞き流しているのか、一切の反応はなかった。本当(・・)の味方に対して刃を向けたのだ。ただでさえ疲労が溜まっている時にそんなことを聞けば、流石に何も考えられなくなっても仕方がないのかもしれない。

 そんな中、先に気持ちの整理がついた千雨は、茶々丸達に声を掛けた。

「……ネギ達にも話して、いつかヘルマン(あいつ)を呼ぼうぜ。戦わせるためじゃない、また話すために」

 茶々丸とカモは千雨の方を向いて、その言葉に頷いた。もう三人(二人と一匹)とも、荒野の背景に目を向けていない。

「さて……確か最初にあいつが敵だという先入観を持たせた奴は誰だったかな?」

「ぎくっ!?」

 カモは逃げ出したが、千雨の手が伸びる方が早かった。オコジョ妖精の尻尾と首根っこをそれぞれ掴み、広げるようにして思い切り引っ張りだす。

「しょっ、小動物ぎゃくた~い!!!!」

 流石の茶々丸も、千雨の横暴を咎めることなく、むしろ平然として深く座り込み、目を閉じた。オコジョ妖精の悲鳴は、上位悪魔の群れに放り込まれてボロボロになりつつも、どうにかグランドマスターキーを持って戻ってきたデュナミスが現れるまで続いたという……。

 

「というわけで、今オスティアに着いたってさ。これからホテルに向かって休むらしいよ」

「そっか。……とにかく皆無事で良かった」

 昼過ぎ、昨日と同じ小屋の中で作業確認を行っていたネギに、フェイトは千雨達のことを報せた。ネギも傍に居たエヴァンジェリンも安心したのか、安堵の息を漏らしている。

「どうやら今日は、皆で夕食に行くことになりそうですね」

「ま、あいつらも居ないと静かすぎるからな」

 素直じゃないエヴァンジェリンの言葉を聞くと、ネギは再び作業に戻っていった。それを見てフェイトも用事は済んだとばかりに小屋の外に出る。

 外へ出ると、近くに立っていたクルトが近づいてきて、フェイトに話しかけてきた。

「あのことは話してないよな。護衛の中に間者(スパイ)が居たなんて話してないよな!?」

「すぐにばれると思うよ。千雨さん達は既に知っているみたいだし」

「……その時は土下座でも何でもするさ。固有時制御(これ)のためなら安い代償だ」

 力強く情けない言葉を紡ぐヘボ総督(クルト)の前から辞し、フェイトは少し離れた所に居るラカンの下へと寄って行った。

「何を考えているんだい? 今朝からずっと、そんな顔じゃないか」

「フェイトか。いや……ネギの掲げた希望について、な」

「……ああ」

 彼らは広い荒野を埋め尽くしている魔法陣を見下ろしつつ、今朝クルトから聞かされたネギの希望について思いを馳せた。

 

「ここオスティアでは、拳闘大会が開かれていますよね? そこの選手と戦わせて下さい」

「……一体何のために?」

 レストランを辞した三人は、ホテルのエントランスにある待合席に向かい合って着いた。その時に再度同じ問いかけをしたのだが、同じ答えが返ってくるだけだった。

「……僕には、向き合わないといけない大事な悩みがあります」

 エヴァンジェリンは繋いでいるネギの手を強く握った。彼が何を悩んでいるのかを理解したために。

「ある人は僕に、でかい悩みならば胸に抱えて進めって、言ってくれました。けれども、抱えたままでは駄目なんです。例え簡単に答えは出せなくても、答えを探して前に進まなければならないんです。……だから、僕は強くなりたい。大好きな人に堂々と『好き』って言うために」

 だからこそネギは望んだ。強者との戦いを、自らの強さの指針を。

「なにより、あのくそ親父をぶん殴るためには、力は幾らあってもいい位ですからね」

「……分かったよ。けれども、必ずしも強者を呼べるわけじゃない。あくまでも『内密で戦ってもいい』という条件の揃う人材しか紹介しない。それでいいかい?」

 クルトの提案に、ネギは了承した。

 

「ナギの奴をぶん殴りたいって聞いた時は、『あ、なんか面白そう』とかつい思っちまったな」

「そう言えば、君とサウザントマスターは仲間になる前は殴り合った仲だったっけ?」

 フェイトの言葉に、ラカンは懐かしげに過去を振り返る。

 実際、楽しかったのだ。陰謀だの策略だの一切考えずに、ただやりたいようにやったのは。それからなし崩し的に仲間になったが、それでも喧嘩は絶えなかった。いやむしろ、仲間だからこそ本気でぶつかり合えた。

「……なんとなく、君が何を考えているのかが分かるよ。僕個人としては勝ち負けに関わらずに『全力をぶつけられる相手』を用意した方が彼のためだと思ってるしね」

「いいこと言うじゃねえか」

 思い立ったが吉日。ラカンは美しい土下座の姿勢について、本気で悩んでいるクルトの方に振り返り、近寄って行った。

 

 黄昏時。無事起動確認を終えたネギ達は、飛行艇でオスティアへと戻ってきていた。そこには千雨達が待ち構え、手を振りつつ彼らを迎えた。

「なんか、久しぶりって言いたい気分だな。そっちは問題なかったか?」

「これでもかという位に順調だ。……後は明日の試合だけだな」

 エヴァンジェリンの言葉に、千雨は黙って頷き、ネギの方を見た。事情はここに残っていたリカード(無駄に平身低頭だった)から聞いているのだ。

「ネギ……それでいいのか?」

「はい……こればっかりは、しっかりけじめをつけておきたいので」

 力強く頷くネギを見て、千雨はもう何を言っても無駄だと悟った。

「ま、死なない程度に頑張れよ」

 せめてとばかりに激励を述べるだけに留めると、今度はクルトの方を向いて話を振った。

「それで、相手って誰なんだ?」

「それなんだが「俺様が相手になってやる」――ということになってしまったんだ……」

 肩を落とすクルトの背中を強く叩き、ラカンはネギ達の、ネギの前に立った。

「というわけでこの俺、赤き翼(アラルブラ)『千の刃』ことジャック・ラカン様が相手をしてやる」

「却下だ」

 そのことに対し、エヴァンジェリンが速攻で異議を唱え出した。

「なんで私のネギを、貴様のような筋肉達磨と戦わせねばならんのだ? 恥を知れ脳筋」

「おめぇ……入れ込み方が半端じゃねぇな」

 ある意味ナギの時以上じゃねえか? とラカンは思わず呆れてしまうが、話が進まないのでとりあえずエヴァンジェリンに関しては保留にした。

「とにかくだ。……お前、てめえの親父(ナギの奴)を殴りたいんだろ?」

 空気が変わった。ネギはエヴァンジェリンを自らの背に追いやり、目の前のラカンと対峙する。

「いいか、俺様とナギは永遠のライバル。実力もイコールではないが似たり寄ったりなのは確かだ。つまり……俺を殴れなければ(・・・・・・・・)親父を殴るなんてどだい無理な話だ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 ラカンの言葉に、ネギは強く拳を握り込む。まさかサウザントマスターと同じクラスの強さを持つ者と戦えるとは思ってもみなかったのだ。だからこそ、力の入れようも違うというものだ。

「御託はいらねぇ……()ろうぜ、ネギ」

 ネギは首肯し、エヴァンジェリンの手を引いてこの場を後にした。

「やる気満々だな、あいつ」

「千雨さん、宜しいのでしょうか?」

 心配そうな顔を浮かべる茶々丸を促して、千雨もネギ達の後を追った。

「そもそもこの戦いを否定したら、麻帆良から逃げ出した(今ここに居る)ことも否定することになるだろうが」

「……そうでしたね」

 今ここに居るのは麻帆良から、立派な魔法使い(マギステル・マギ)から、魔法世界という大多数と戦い、逃げ出したからだ。それを否定することは誰にもできない。そう、あの時戦わなければ、今自分達がどうなっていたかなんて誰にも分からないのだ。

「少し……羨ましいな」

 黒髪の少女を思い浮かべた千雨の独り言は、誰にも聞かれないまま虚空へと消えていった。

 

 ホテルの一室。ここにはネギとエヴァンジェリンしか居ない。千雨達は別室(カモはさらに檻の中)に居るので、今は二人っきりだ。

「眠れないのか、ネギ」

「ええ、いろいろ有り過ぎて、目が冴えちゃいました」

 麻帆良からの逃亡に成功して以来、閨を共にするのは当たり前になっていた。けれどもどちらかが眠れずに悶々としているのは、今回が初めてかもしれない。

「ネギ。お前は勝つ気なのか? あの筋肉達磨を相手にして」

「ええ、勝ちますよ。……でも、なんででしょうね」

 ネギがベッドの上に倒れると、エヴァンジェリンも横になって、視線を合わせた。

「本来なら、実力が分からないうちは向こうが格上だと考える筈なのに、今はラカンさんを倒さないと、前へ進めないって考えてしまいます」

「だったら簡単だな……勝て」

 互いに見つめあう二人。徐々に夜が更けていくのに、不思議と今の二人には睡魔も近寄れないでいる。

「お前なら勝てる。私もあいつ(・・・)も、相手が誰だろうとお前が勝つと信じている」

 だから、早く寝ろ。

 そう耳元に口を寄せて囁く吸血鬼は、ついでとばかりに男の頬に口づけた。

「エヴァさん「前祝いだ。これで負けられなくなったな」――……そうですね」

 ネギはエヴァンジェリンを抱き寄せるとそのまま眠りについた。彼女もそれに続くように、睡魔に身を委ねていく。

 

「姐さぁん!! ここから出してくだせぇ!?」

「るっせぇな!! とっとと寝ろ!!」

 檻(大型鋼鉄製の虫かご)の中で暴れるカモに怒鳴り散らすと、千雨は再び横になって眠りについて行った。夢現の中を彷徨い歩くと、目の前にとある光景が映った。

 春なのに発生した台風。豪雨で水嵩の増した川。その上に掛かっている橋に、さ迷い歩いてきた一人の少女。その少女は橋桁をよじ登ると、静かに川を見降ろしていた。

(……懐かしいな)

 既に振り切った過去だと分かるや、千雨はその光景に背を向けた。

 彼女は歩いた。歩き続けた。夢の世界を彷徨い歩きながら、千雨はただ夜が明けるのを待ち続けた。

 

「ヒック! まさかレストランで土下座させられるとは……」

「仕方ないよ、クルト。全面的に魔法使い側(僕達)が悪かったんだからさ」

 タカミチは夕飯を摂ったレストランで土下座させられた(原因は護衛の中に居た間者(スパイ)について)クルトを誘い、近くの居酒屋に来ていた。大衆向けのため、値段も抑えられるからと、結構な量を注文している。

「ところでタカミチィ……ネギ君って強いのか?」

「う~ん……昔会った時はそうでもなかったかな」

 当時のネギは修行意欲に溢れ、タカミチが強いと聞くと直ぐに稽古を頼むくらいの積極性があった。だからこそ、ネギに対しては『強い』というよりも、『強くなろうとしている=当時は弱かった』という解釈の方が強い。それでもネギが、今日まで努力を怠っていたとは思えないでいる。

「どう成長したのかが楽しみだね」

「その楽しみなところ悪いんだが……彼は誰から戦い方を学んだと思う?」

「……どういうことだい?」

 タカミチは思わず横でカウンターに寝そべっているクルトを見下ろした。けれども若き総督殿は我関せずと以前提出された報告書の内容を諳んじた。

「『目立たない属性による魔法の射手を用いた上で、本命の地雷で相手を消し飛ばす』……こんなやり方、まともな魔法使いが考えられるわけがない。それこそ魔法を道具のように扱う者にしか思いつけない手段だ」

「……千雨君が考えて教えたんじゃないのか? 彼女は魔法を道具のように考えているし」

「僕もそう考えたけど……当の彼女が否定したんだよ。『それ以前に、ネギ(あいつ)からそういった相談自体、持ちかけられたことがない』ってね」

「じゃあ一体……」

 誰がネギに戦い方を教えたのか?

 悶々とした問いかけと底知れぬ不安に、タカミチは酒に酔えずにいた。

 

 




千雨とエヴァの次回予告
千雨「随分伏線が増えてきたな」
エヴァ「伏線じゃないと思ったら伏線だったり、伏線の筈があっさり切り捨てられたりと、伏線で伏線を隠すのは作者の得意技だからな」
千雨「……まあいいさ。少なくともカモとニセエヴァだけだと、ネギの成長具合が矛盾しているからな。独学でも限界があるのにどうやって強くなったのか。今後が楽しみだな」
エヴァ「というわけで次回『拘束制御術式第壱号――解放』を楽しみにしろ!」

一言「拘束制御術式第壱号――解放」

千雨「漸く二週目か……そう言えば、この小説ではネギの始動キーが原作と違うんだってな?」
エヴァ「それも次回発表だ!!」


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第15話 拘束制御術式第壱号――解放

 ようやく予言の8人となり、一党は魔王の城へと乗り込んだ。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第十六話 魔王の名はリジチョウ・テイコウ

 赤司「見なければ、親でも殺す」


 そして翌日。

「……なあ、ネギ。前言撤回して私があの馬鹿の相手をしていいか? 正直直ぐにでもぶち殺したい」

「ま、まあ落ち着いて下さい、エヴァさん。……向こうも多分、悪気があってやったわけじゃないと思うんですよ」

「悪気というか…………馬鹿丸出しじゃねえか」

 ネギ達が話題にしているのは、政府によって貸し切られた闘技場、その正面入り口に書かれた垂れ幕のためである。

『魔法世界救出記念ラカン(カップ) ~ジャック・ラカンVSネギ・スプリングフィールド~』

「しかもここ、この垂れ幕含めて妙な認識阻害が掛かっているのか、関係者以外だと僕のことを、別の名前や人物で認識するみたいですよ」

「んなご都合主義、どうやったらできるんだよ」

「気合いだ。全ては気合でなんとかなる」

 背後から突如現れたラカンに一同はビビッて距離を置いた。けれども向こうは我関せずとばかりに笑いながらネギの背中を激しく叩いてくる。

「いやあ天気にも恵まれて絶好の喧嘩日和だな。今日は楽しくやろうぜ!!」

「あ、はぁ……」

 呆然としてしまうネギを促し、ラカンは会場へと入っていく。皆もそれに従い、後を追いかけた。中には受付があり、既に何人かが入場チケットを買い求めている。

「ちなみにここで得る純利益は、全て勝者のものだからな」

「成程、そっちが目的か……選手交代だこいつは私が殺す!!」

「だから落ち着けってエヴァ!!」

 エヴァンジェリンを取り押さえている千雨を背に、ネギはラカンを見つめていた。何を考えているのか、分からない英雄に問いかけるように。

「……これくらい派手な方が、お前も楽しめると思ったんだがね」

「楽しむ? 戦いは楽しむものじゃないでしょう?」

「はあ……お前、それは駄目だぜ」

 二人は並んで立っていた。近くには茶々丸が控え、千雨とエヴァンジェリンは隅の方で未だに取っ組みあっている。

「もうチョイ過程も楽しめよ。結果だけ求めたって、それじゃあお前を吹き飛ばした連中と変わんねえぜ」

「何故、そう思うのですか?」

 互いの視線は交わっていない。けれどもその会話が途切れることはない。

「『英雄になる』結果しか見えてないから、過程を蔑ろにしたんだろ?」

「…………!!」

 驚きで振り向こうとするネギを、ラカンは頭を押さえて強引に下を向かせた。

「だから楽しめよ。過去も未来も、そんなもん生きてく上じゃあ何の関係もねえだろうが」

「だから今を楽しめ、ですか?」

 分かってんじゃねえか!

 背中を思いっきり引っ叩かれて思わずのけぞるネギ。若干涙目で振り返ると、ラカンはただ笑っていた。

「ちゃんと見せてみろ。ナギの息子じゃなく、お前自身の強さをな」

「……まるで父親みたいですね」

「ハッハッハ!! そういうことはあの馬鹿に……期待するだけ無駄だから母ちゃんに頼みなさい」

 ネギはずっこけた。おまけに真顔で返されたのだから、余計性質が悪い。

「だってよぉ、あの馬鹿やりたい放題やってた末に英雄だぜ。世界平和(やりたいこと)云々はともかく、思いっきり過程を楽しんでたからなぁ……」

「それで後始末はつけずに自分は雲隠れ……ホント父親失格ですねあのくそ親父」

 忌々しげに呟くも、ネギの口元は知らず知らずのうちに綻んでいた。心の何処かでは、親としての彼らを知れたのを嬉しく思っているのかもしれない。

「戦いが終わったら、母親のことも込みで話してやるよ。……但し俺に勝ったらだ」

「知りませんよ……死にかけても」

 ネギに殺気の籠った眼差しを向けられるも、ラカンは飄々として背を向けた。

「全力で来い。お前が殴りたい奴の格を教えてやるよ」

 ラカンが視界から消えるまで、ネギはその背中を見つめていた。

 

 ゴトッ!

「……おいエヴァ。なんでジャッカルをこれ見よがしに床に落とした?」

「……誰か暴走して奴に「撃つわけねえだろ!! てかお前以外撃てねえよ!!」――……だよなぁ」

 ネギの控室に居る面々。開始まで少しあるので(ネギ以外)のんびりしていたら物音がした。それがジャッカルの落下音だったから性質が悪い。

「しかし、本当に大丈夫かネギ? 私ならいつでも変わってやれるぞ?」

「いい加減にしろエヴァ。てかお前過保護すぎやしねえか?」

 未だにネギの腕にしがみ付いているエヴァンジェリンに、千雨は腕を組んで呆れかえっていた。けれども開始時間まで刻々と迫っている。

 ――コンコン!

「失礼します。えっと……お連れ様のご見学先ですが、我々と同じVIP席で宜しいでしょうか? 各種御持て成しの御用意はできておりますが……」

 申し訳なさそうに入ってくるリカードが座席についての確認に来たので、エヴァンジェリンは茶々丸に応対を任せた。その間にネギは、しがみ付かれている腕を優しく解き、彼女の落としたジャッカルを拾い上げる。

「……千雨さん」

「ん? 何だ?」

 壁に凭れたままネギの方を向く千雨。視線の先に居る少年は、ジャッカルを見つめたまま口を開いた。

「……僕は悪党なんですよね?」

 

 観客の沸き起こる闘技場。その一角にラカンは立ち、時間が、ネギが来るのを待っていた。自らのアーティファクトである千の顔を(ホ・ヘーロース・メタ・)持つ英雄(キーリオーン・プロソーポーン)を剣状にして突き立て、対戦者が現れる筈の一角を見つめている。

「……来たな」

 その呟き通り、反対側の選手入場口からネギが出てきた。黒く染められたマントを羽織り、その下に戦装束を身に纏っている。詳細は原作でナギ状態のネギが着ていた服を本来の姿で身に付け、且つ全身を包むマントがついていると考えればなんとか想像できる、と思いたい。

 ついでに言えば、ネギの右太腿にはホルスターが付けられ、普段腰に差しているグロック17をそこに納めている。マントが邪魔で見えないが、それを押しのけて一振りの剣が腰のベルトに差されていた。他にも武装しているかもしれないが、目立つ範疇となるとその二つが全てである。

「よく来たなぼーず。……いっちょやるか?」

「その前に……(これ)について何も言わないんですか?」

 ネギは自らの右太腿を指差すが、ラカンはどうでもいいのか口元を歪めるだけだった。

「そもそもそんな豆鉄砲が俺様に効くかよ」

「ならいいですけど……」

 表面上は渋々といった感じで頷くも、ネギは内心ほくそ笑んでいた。グロック17の中身だけでなく予備弾倉も全て高圧縮魔力弾頭。威力だけならば魔法の射手以上の威力を持っている。

「……とは言っても、それだけで勝てる程甘くはないんですよね?」

「それが格上って奴さ。……お前の持ちうる全てで来い。それくらいはハンデだ」

「それじゃあ遠慮なく……拘束制御術式第参号――解放」

 封印は解かれ、ネギの身体に流れる魔力の質が変わった。同時に時間が来る。

『それでは魔法世界救出記念ラカン(カップ)。開始します!!』

 審判の合図が闘技場内に木霊する。

『……試合開始っ!!』

 合図と同時にネギは駆け出した。魔力供給を施し、背中に刻まれた魔法陣を起動させて。

戦いの歌(カントゥス・ベラークス)!! Time alter――double accel!!」

 

戦いの歌(カントゥス・ベラークス)!! Time alter――double accel!!』

「……始まったか」

 所変わってVIP席。

 ソファなり立見なりで闘技場の光景を眺めている面々の目には、ネギが魔力供給を施した上で倍速の早さを得、ラカンの懐へと潜り込む姿が映っていた。前方の強化ガラスにへばりつくエヴァンジェリンをそのままに、千雨達は試合の行方を眺めている。

「しかし、色々と(・・・)小細工してていいのか? 相手が相手とはいえ」

「それは別に構わないと思うよ。結局は“ネギ君自身”が父親と同じ力を持つ者(ナギ・スプリングフィールド)と渡り合えるかどうかが分かればいいんだ。そう考えれば小細工も立派な彼の力さ」

 千雨とフェイトが口だけで話す中、ネギとラカンが接触する。

 

「甘いっ!」

「がっ!?」

 魔力供給により強化され、倍速の早さを得た筈のネギを正確に捉え、ラカンは拳の一撃を持って迎撃した。けれども未だ攻防は止まらない。

 ネギは散布地雷をばら撒くと同時に魔力球の閃光で視界を焼き、一目散に距離を取った。続いて右手の魔法発動媒体である指輪に魔力を流し、魔法の射手を更に叩き込む。

魔法の射手(サギタ・マギカ)!! 連弾(セリエス)雷の29矢(フルグラーリス)!!」

 下手に動けば地雷。動かなくても魔法の射手の餌食となり、止めに奪われた視界。常人ならばこの時点で勝敗は決していただろう。

 ……けれども格が違った。

「オラアッ!!」

 爆発的な気の奔流。たったそれだけで地雷を吹き飛ばし、魔法の射手を弾いてしまう。ラカンは右手の剣を斧槍(ハルバート)に変え、先端に気を集中させてネギに投擲した。

「拘束制御術式第弐ご――」

 斧槍(ハルバート)が着弾し、捲き上がる砂塵がネギを包み込んだ。

『す、すごいっ!! ラカン選手!! 挑戦者を一瞬にして討ち取りましたぁ!!』

「ハハハ……まあまあ」

 ラカンは両手を挙げて観客を宥めようとするが、内心は冷や汗でダクダクだった。

(やっべー……やりすぎたかな?)

 そこそこできるとは思っていたが、やはり学者肌でそこまで強くなかったのか?

 今の一撃であっさり敗北したと考えたラカンはどうしたものかと頬を掻きつつ、

 ――ドッ!!

「……そうこなくっちゃ♪」

 もう片方の手で突っ込んできたネギの一撃を防いだ。

 防がれたネギは先程よりも早い動作でラカンから距離を取り、突っ込む前に事前に詠唱しておいた魔法を放つ。

解放(エーミッタム)! 雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!」

 雷の暴風がラカンに迫る。しかし彼は気を身体中に張り巡らせると、全身を包み込んで防御態勢に入った。

「気合防御――!!」

 ――ドンッ!!

 

「……よし、これで行こう。助っ人参上「させるか馬鹿!!」――本気で殴るなぁ!?」

 丁度ネギが雷の暴風でラカンに攻撃している時、何を思ったのか眼鏡を取り出して掛けるエヴァンジェリンを千雨は殴りつけて止めた。尻もちをつく彼女を引き起こし、戦闘状況について尋ねる。

「……てことは未だ生きてんのか? あのラカンておっさん」

「あの程度でくたばるならばとっくに死んでる。聞くところによると、鳥頭(ナギ)の千の雷にも耐えきったらしいからな」

「じゃからこそ、ジャックは英雄と呼ばれとる」

 近くに居たテオドラもエヴァンジェリンの言に同意した。

「さてどうなるのやら……」

 ソファで寛いでいる龍宮が楽しげにそう口ずさむと、ラカンが砂埃の中から出てきた。

 

「成程成程~……まだまだ本気じゃなかったと?」

「正直言うと、力押しや小細工であっさり勝てるんじゃないかと考えていました。……でももう疑いません」

 ネギは両手を静かに持ち上げ、指を組んで向かいに立つラカンを見据えた。その瞳は真っ直ぐ、打倒すべき相手に向けられている。

「貴方は英雄としての力を有している。……正真正銘、全力で行きます!!」

「漸く本番か……来い!!」

 ラカンの叫びに呼応して、ネギは封印を解いた。

「拘束制御術式第壱号――解放!!」

 

 ――闇の魔法(マギア・エレベア)の封印を

 

 




千雨とエヴァの次回予告
千雨「とうとう解放したか、次は闇の魔法(マギア・エレベア)が出てくるのか?」
エヴァ「ああ、そしてネギは奴を倒す!!」
千雨「……最後の最後どころか観戦中も手を出そうとしてる時点で疑ってないか?」
エヴァ「知らん!! というわけで次回『『闇の魔法(マギア・エレベア)』限定解放』を楽しみにしろ!」

一言「それよりもラカンが動きましたよ! ウェイバーさんへ突っ込んでいきます!!」

千雨「……そう言えばネギの始動キーは?」
エヴァ「次話冒頭に注目だ!!」


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第16話 『闇の魔法』限定解放

 魔王の必殺技『モトムメイセイ』から一党を庇ったクロコが傷付く中、アカシの手にある聖剣が輝き出す。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第十七話 聖剣の真価

 赤司「見なければ、親でも殺す」


「目標を認識。完全沈黙までの間、闇の魔法(マギア・エレベア)限定解放」

(くら)き夜の型』が起動し、ネギの全身を闇が包み込んだ。黒く染まる右手を横に突き出し、呪文を唱えだす。

「Drown to death carrying your dreams!! 黄昏よりも昏き存在、血の流れより赤き存在。時の流れに埋れし偉大なる汝の名において、我ここに闇に誓わん――」

 朗々と語り出す詠唱。その詩がネギの周囲を赤く染め上げていく。

「――我らが前に立ち塞がりし全ての愚かなる者に、我と汝が力以て等しく滅びを与えんことを――!! 竜破斬(ドラグ・スレイブ)!!」

 浮かび上がる絶対的な力。赤く染まる破壊の塊を、ネギは掴み取る。

固定(スタグネット)掌握(コンプレクシオー)!! ――術式兵装(プロ・アルマティオーネ)『破竜騎士』!!!!」

 全身に竜破斬の力が行き渡ると、ネギの身体に変化が起きた。髪に血のような赤みが増して伸び、所々で露出した皮膚に赤みがかった黒い鱗で覆われだす。瞳も赤く染まり、両手首より先はネギが動かす度に鉤爪と人の掌が交互に変わっていく。

「……やっぱり、偶には解放しとかないと鈍りますね」

「へぇ……そいつがお前さんの最強形態ってやつか?」

 軽く手首を捻って関節を鳴らしながら、ネギは首肯した。その間も全身を解すように曲げ伸ばすと、腰の剣を引き抜いて右手に構える。

「今度は剣か。……いいぜ、来な」

「…………Time alter――square accel!!」

 ネギは固有時制御を働かせ、闇の魔法(マギア・エレベア)により強化された身体能力に四倍速の早さを与える。否、現状だからこそ四倍速(square accel)の負荷に耐えられるのだ。

 抜き放たれたネギの剣を、ラカンは同じく剣状に変えたアーティファクトで防ぐ。数合程打ち合うと、今度は鉤爪状にしてきた左手が襲い掛かってきた。

「ふんっ!!」

 二振りの剣にして両手に持ち、ラカンはネギの攻撃をいなし続けている。幾ら超人的な速さを得て、且つ四倍速にまで高めたとしても、彼の千の刃には届かなかった。

 けれどもネギも負けてはいない。剣と鉤爪で攻撃しながらも、口は次の魔法のための詠唱に、役割を割り振られていた。

「Drown to death carrying your dreams!! 影の地統ぶる者(ロコース・ウンブラエ・)スカサハの(レーグナンス・スカータク)――」

 剣と鉤爪を同時に叩きつけてラカンを弾き飛ばすと、ネギはその反動を利用して後ろへ飛んだ。

「――我が手に授けん(イン・マヌム・メアム・デット)三十の棘もつ(ヤクルム・ダエモニウム・クム・)愛しき槍を(スピーニス・トリーギンタ)!! 雷の投擲(ヤクラーティオー・フルゴーリス)!!」

 左手に雷の槍を生み出すと、そのままラカンへと投擲する。けれども向こうも剣を複数生み出すと、数本毎に纏めて投擲し返してきた。雷の槍で何本か弾かれるも、剣の雨は未だにネギに降りかからんとしている。

 しかし、ネギは右手の剣を地面に突き刺すと、右手を太腿のホルスターに、左手をマントに仕込まれていた物品収容用の魔法陣に伸ばす。そして両手に構えた大きさが不揃いの銃を向け、発砲して降りかかってくる剣を全て撃ち落とした。

「……流石にそれは予想できなかったな」

「すみません、ラカンさん。でも僕は……」

 右手にグロック17を、左手にエヴァンジェリンのジャッカルを構えて、ネギは言い放った。

「……勝つという結果のためには手段を選ばない、悪党ですから」

 

「おぉい!! あれってエヴァンジェリン専用じゃなかったのか!?」

「……聞いたら、短時間ならば使用可能なんだと。闇の魔法展開中の間だけ」

 各種飲物を入れたグラスを皆に配っていたリカードの叫びに、千雨は半ば呆れた口調で説明した。流石に反則じゃないかと思う面々だが、

「今のネギならばありだろうが。あの馬鹿(ナギ)相手のための修業は未だ続いているんだぞ。だったらそれくらいのハンデはありだろうが……」

「マスター、駄々っ子の眼差しで殺気を振り撒かないで下さい。皆様の観戦の邪魔になってしまいます」

 エヴァンジェリンの威圧感で何も言えないでいた。まあ、修行云々に関してはその通りなので、褒められたことではないにしても、責めるのはお門違いなのは否めない。

「それよりもラカンが動きましたよ! ウェイバーさんへ突っ込んでいきます!!」

 セラスの声に皆が前を見ると、両手に剣を構えたラカンが突っ込み、ネギが両手の銃の弾倉を素早く交換していた。

 

「オラララララァ……!!」

 ネギの右手に握られたグロック17から放たれる高圧縮魔力弾頭の悉くを両手の剣で弾き飛ばしていくラカン。けれども今度は左手のジャッカルから放たれた超高圧縮魔力弾頭には、さしもの千の顔を持つ英雄(アーティファクト)もあっさりと砕かれてしまう。

「ラァッ!!」

「ぐっ!?」

 しかし弾丸を掠めているにも拘らず、確たる力を持った拳が迫っていく。ラカンの拳を受けて両手の銃を手放してしまい、ネギは突き立てていた剣を引き抜いて後ろに跳ぶ。

「Time alter――ァッ!!??」

 同時に固有時制御を働かせようとしたが、先に身体を掴まれてしまった。

 

 ――羅漢破裏剣掌!!

 

 ネギは地面を転がっていく。彼が居た場所には、まるで墓標のように剣が突き立った。

「小細工が得意なようだが……格の違いは理解できたか、オイ」

 ネギは地面に蹲ったまま、身動き一つしない。気を失っているのか、それとも……。

 

「あ、あれ……」

 ネギが辺りを見渡せば、そこはウェールズにある筈の丘だった。魔法世界から逃げ出す前、日本へ向かう前に立ち寄った時と同じ空、同じ景色を見上げると、丘の先に誰かが背を向けて立っていた。

「……“エヴァ”、さん?」

「何をやってるんだ、ぼーや」

 彼女は振り返らない。自らの金髪を風に乗せたまま、遠く虚空を見つめてネギに言葉を投げつけてくる。

「いつまで夢を見ているつもりだ? ……早く行け。我が本体も、お前の仲間達も待っているぞ」

「……エヴァさん。僕は「その気持ちだけでいい」――え?」

 人工精霊は、ライラックの少女はネギに言葉のみを与えていく。

「私もまたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ。その個人を愛してくれるのならば、本物も偽物もないさ。ただ愛し、愛されること程嬉しいことはない。……お前を愛して良かった」

 気がつけば、ネギは駆け出していた。白昼夢で見た幻の様に、彼女の存在が薄らいでいったからだ。

「エヴァさん!!」

「……ありがとう、私を受け入れてくれて」

 手を伸ばそうとするも、ライラックの少女は陽炎の如く消え去った。ネギは空を掴んだ腕を引き戻すと、拳を胸に当てた。

「お礼を言うのは僕の方です。……行ってきます」

 一陣の風が吹き、ネギの夢が崩壊を始めた。

 

「放せ千雨!! 早くネギの下へ「いい加減にしろ!! これはあいつの戦いだろうが!!」――だからといって!!」

 起き上がらないネギを心配してか、闘技場内に乱入しようとするエヴァンジェリンを千雨がどうにか取り押さええていた。けれども封印を解こうとしている彼女を止めることはできないでいる。最悪、ここの人間で取り押さえなければならないが、この面々でそれが可能なのはフェイトしかいない。それ以外の面子では辛うじてタカミチ位だろうか。

「エヴァ!! 頼むから落ち着いてくれ!! クルトは未だか!?」

「今フェイトさんを探しに行っています。何故コーヒーを用意しなかったのですか? 奉公を舐めているのですか?」

 タカミチがエヴァンジェリンの前に出てまあまあと手を動かし、茶々丸はドリンクの中にコーヒーを用意しなかったリカードを責めていた。どうやらガイノイドとして思うところがあったらしい。

 リカードは土下座のまま微動だにせず、クルトは護衛を龍宮に任せてから外にコーヒーを買いに行ったまま戻ってこないフェイトを探しに東奔西走(まあ、闘技場内かその付近に居るだろうけど)していた。

「……のう、ぬしら。どうやらネギが起き上がったようなのじゃが」

『ナニィ!!??』

 テオドラの声に皆が前方へと集まる。そこではネギが立ち上がり、膝に手をついているところだった。

『すみません……少し寝てしまいました』

『構わねえさ。カウントは続いてたんだ。……未だ終わってねぇぞ』

 互いに見つめ合う中、ネギは腰に差したままだった鞘を、抜き取って捨てていた。ラカンは腕を組み、声を投げかけている。

『それよりどうしたんだ? なんかすっきりした顔してるけど』

『……夢を、見たんです。懐かしい夢を』

 ネギは右手を持ち上げると、ラカンとの間に突き立っている剣に向けた。

『そこで答えを貰いました(・・・・・)。……行きます、束縛する中指の鎖(チェーン・ジェイル)!!』

 ネギの手から生まれた鎖が剣の柄に巻きつき、引かれることで地面から抜けて宙を舞った。駆けたままその剣を掴み取ると、そのままラカンに向けて叩きつけていく。

『効かね『解放(エーミッタム)! 竜破斬(ドラグ・スレイブ)!!』――ぬごっ!?』

 剣で動きを押さえてから、体内に取り込んだ竜破斬(ドラグ・スレイブ)を放つネギ。しかしある程度消費していたからか、本来の威力ではなかったために決定打に欠けていた。

「駄目だ……威力が足りてない」

「いや……未だ終わってない!!」

 ラカンガ再び立ち上がるのを見て千雨はそう言うが、エヴァンジェリンはネギを見てそう確信した。何故なら、剣を捨てたネギが、飛びずさった場所に落ちていたジャッカルを拾ったからだ。

 

 ジャキン!

掌握(コンプレクシオー)!!」

 銃に残されていた最後の弾丸を抜き取ると、掌に包み込んで内蔵された魔力を取り込んだ。元より予備の弾がなかったため、ジャッカルはもうこの試合では使えない。マントに収納すると、取り込んだ魔力を魔法発動媒体である指輪に注ぎ込んだ。

「Drown to death carrying your dreams!! 緋の目に映りし中指の爪よ、縛鎖となりて敵を捕らえよ! 束縛する中指の鎖(チェーン・ジェイル)!!」

 今度は詠唱することで数を増やした鎖が、ラカンの四肢に絡みついていく。

「ふんっ! そんなくさ――なっ!?」

 思わず膝をついてしまいそうになるも、ラカンはどうにか持ち堪えた。

 全身の気が鎖に吸収されていた。それだけでなく、吸収すればするほど強化されていく鎖を前に、彼の英雄も成す術なく身動きを止めてしまう。

 しかし、そこまでだった。

掌握(コンプレクシオー)!! ――術式兵装(プロ・アルマティオーネ)『破竜騎士』!!!!」

「まさか、それだけじゃないよな?」

「……勿論、僕は前に進みます。貴方を倒して!!」

 ネギは右手を鉤爪に変え、空高く持ち上げた。

「Drown to death carrying your dreams!! 契約により我に従え(ト・シュンポライオン・ディアコネートー・)高殿の王(モイ・バシレク・ウーラニオーノーン)来れ(エピゲネーテートー・)巨神を滅ぼす(アイタルース・ケラウネ・)燃ゆる立つ雷霆(ホス・ティテーナス・フテイレイン)――」

 右手の上には雷が生まれ、今か今かと暴走の時を待っている。

「――百重千重と重なりて(ヘカトンタキス・カイ・キーリアキス)走れよ稲妻(アストラプサトー)!! 千の雷(キーリプル・アストラペー)!!!!」

 呪文は完成した。けれどもネギはその雷をラカンに放たないまま……右手で握り込んだ。

固定(スタグネット)掌握(コンプレクシオー)……集束(コンウェルゲンティア)!!」

 右手を降ろして左手でその手首を掴み、取り込んだ雷を一転に集束させていく。千の鳥が一斉に鳴き出すような音を立てて、その術式は完成した。

 

「――雷切!!」

 




千雨とエヴァの次回予告
千雨「おい出番だぞ!! 頭に蝋燭巻いてないでこっち来い!!」
エヴァ「あの女が出てきたんだぞ。私が引導を渡さないでどうする!!」
千雨「知るか!!」
エヴァ「次回『やることやったので観光に行こう』を楽しみにしろ! よし終わった!!」
千雨「行かせねえよ馬鹿!! てかタイトル投げやり過ぎだぞおい!!」

一言「じっとしてろ!! まったく、ここまで怪我をするなんて……」

エヴァ「予告はやったぞ!! その手を放せ千雨!!」
千雨「だったら反対の手に持ってる鉈を降ろせ!!」


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第17話 やることやったので観光に行こう

 聖剣の力によりかつての記憶を呼び覚ました彼らは、魔王に合体技『メテオジャム』をぶつける。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 第十八話 ダイレクトドライブゾーン

 赤司「見なければ、親でも殺す」


「Time alter――square accel!!」

 ネギは駆けた。四倍速の速さをもって、雷を集束させた右手をもって、残り魔力の全てをもって、ライラックの少女を殺した術式をもって。

 ここでネギが持ちうる全てを賭して、ラカンに突っ込んでいった。

「ぬあああ……!!」

 ラカンもなけなしの気を振り絞って鎖による拘束に抗い、拳を構えてネギを待ち構えた。雷の爪が襲い掛かるのに合わせて、残る気を全て賭けた拳を放つ。

 

 ――ドッ!!!!

 

 爪と拳が衝突した瞬間、闘技場全体を力の奔流が埋め尽くした。

 

「……ってて」

「大丈夫ですか、千雨さん」

 頭を上げると茶々丸が傍に居た。おそらくは先程の衝撃に巻き込まれて、VIP席(ここ)も吹き飛ばされたのだろう。直ぐ近くにも、衣服が乱れて凄いことになっているテオドラが転がっていたのだから。

「何とかな……それより、エヴァの方に行かなくて良かったのか?」

「ここを私に任せて、ネギさんの下へと向か「未だ試合中だろうが!!」――いえ、先程決着が着きました」

「え……?」

 茶々丸に支えられた千雨が見たのは、地面に仰向けに倒れたラカンと、その横でネギを支えているエヴァンジェリンの姿だった。

 

「じっとしてろ!! まったく、ここまで怪我をするなんて……」

「イタタッ!? もう大丈夫ですから、エヴァさん!!」

 闘技場の医務室にて、ネギはエヴァンジェリンに取り押さえられて特製の魔法薬を塗り込まれていた。向かいの壁には千雨と茶々丸が並び、扉付近には龍宮とフェイトが立っている。

「まさかコーヒーを探しに行っている間に決着が着いていたとはね」

「中々のものだったぞ? 若干短かったがな」

 二人が話し込んでいると、扉がノックされてラカンが入り込んできた。

「邪魔するぜぇ」

「何しに来た脳筋!? 返答次第では私がお前を殺すぞ!!」

「……お前、ホント入れ込み方が半端じゃないな」

 呆れつつも、手に持っていた賞金袋を投げ渡すとラカンは、近くの椅子に足を組んで腰掛けた。

「それで、少しはお前が殴りたい奴の格ってのは分かったか?」

「正直予想以上でしたよ。……あれでも未だ、本気じゃないんですよね?」

「当然♪ ……とは言っても、今だからこそあれだけ(・・・・)で済んだと思うぞ」

 おちゃらけた顔を引っ込めたラカンは、未だギプスで固定されている右手を持ち上げてみせた。

「少なくとも威力だけなら、とっくに親父(ナギ)を超えてるぞ。これで戦闘経験なりを積めば……それこそ他に勝てる奴はいない」

「威力だけですよ。総合的には未だ未だ届かない」

「バァカ」

 右手を降ろしたラカンは、左手を伸ばしてネギの頭の上に置いた。

「そう簡単に越えられないのが壁なんだよ。だがお前はその年で、そのなりで俺に一撃を加えた。それだけでもお前は十分一人前だよ」

 それだけ言うと、ラカンは手を降ろして椅子から立ち上がった。

「もうちょい経験やらが必要になってくるが……赤き翼(アラルブラ)が一人、ジャック・ラカンが太鼓判を押してやる。お前は今日から一人前だ。誇れ、胸を張れ」

「……はい!!」

 満面の笑みを浮かべるネギ。それを見た面々も自然と口元を歪めている。

「というわけで副賞だ。ラカン三級をやろう」

「……いえ、それは結構です」

 ひょーしょーじょーとか言っているラカンに、ネギは手を振って断った。けれどもいつ作っていたのか、物凄く凝った表彰状を押し付けられたのであったりする。

 

 ネギは称号『ラカン三級』を手に入れた。

 

 時は進んで夜。

 皆で夕食に向かう前、ネギはラカンに呼び出されて開祖アマテル像の前に来ていた。

「さて、お前に話すことがある。……お前の両親についてだ」

「……はい」

 二人は互いに向き合い、各々真剣な眼差しを向けていた。

「まず最初に……クルトから聞いているな。ナギがこの世界を終わらせようとした魔法使い、始まりの魔法使いを倒したことは」

「聞きました。そして、魔法世界の崩壊に至るまでの道筋を」

 ラカンは静かに頷くと、その先について話しだす。

「その後ナギとアリカ姫は旧世界で暮らし始めた。その後は俺よりも完全なる世界(コズモエンテレケイア)のフェイト辺りが詳しい筈だ。……もしこの先に進みたいのなら、日本の京都にある、ナギの暮らした家を漁れ。確か手掛かりがあった筈だ」

「分かりました。……それで、母さんは?」

「ん……ありゃいい女だった。俺もちょい惚れてたぜ」

「そんなこと、適当な顔で言われても……」

 ラカンが適当な顔になってしまったので、もう話は終わりだろうと背を向けたネギに、鋭い声が掛かった。

「ま、何にせよお前はもう、力を手にした一人前の男だ。男だったら女を守りな」

 無言で振り返ったネギに手を振り、

「また魔法世界(ここ)に来い。魔法使いとして生きるつもりはなくとも、お前自身が来たけりゃ、いつだって来ればいい。戦う相手が欲しいなら、俺でよけりゃあまた相手してやる」

「……ありがとうございます」

 ネギはラカンに頭を下げた。けれども、顔を上げるともう、歴戦の英雄は姿を晦ましていた。

「いつか、また……」

 そしてネギは歩きだした。愛する女性や、頼れる仲間達の下に。

 

「……大丈夫かい?」

「やっぱ飛び降りるのは無茶だったか……」

 アマテル像付近。断崖の下で片腕だけで身体を支えていたラカンの下に、隠れてネギの護衛についていたフェイトが声を掛けたのだ。というかこのおっさん、格好つけるためだけに飛び降りたのだ。ここまでくると、馬鹿を超越しているのではないかと思えてくる。

「ところでよぉ……なんでネギの奴に、てめえらの大将のことを言わなかったんだ?」

「……言うべき時じゃないと思ったからさ。なんせ、彼の父親が関わってきてるんだからね」

 今でも鮮明に覚えている。固有時制御のことを知り、麻帆良学園に眠る始まりの魔法使いの下へ向かった時は。細心の注意を払いつつ、辿り着いた先に居たのは……。

「そもそもその件は、君も関わっていたんじゃなかったっけ?」

「ああ……そん時は向こうに行けなかったから、話だけだな」

 納得したのか軽く頷くと、フェイトは背を向けて水に呑まれ、転移していった。どうやらネギの護衛に戻っていったらしい。

「……え、ちょっ、助けてくんないの!?」

 ラカンの叫びは、遥かオスティアの下方にまで木霊していった。

 

 日は明けて翌日。

「本日の予定は朝食後にオスティア観光を行い、昼食後メガロメゼンブリア本国に移動。その足でウェールズに帰国いたします。以上で宜しいでしょうか?」

「問題ありません……朝食の手配をお願いします」

 ネギの許しを得たリカードは素早く背を向けて退室。それを眺めた面々は一所に集まって話し始めた。

「漸く全部終わりか……とっとと帰国ってことは、未だ向こうも敵だらけってことか」

「でしょうね。仕事も終わりましたし、その後はロンドンを観光して帰りましょう」

「それがいい……じゃあ、行こうか」

 エヴァンジェリンがそう締めくくると、彼らは部屋を後にしていった。

 

「この度は御足労願い、誠に申し訳ありませんでした。そして、今回の働きについて深く感謝致します」

「仕事的には大して苦労しなかったからいいですよ。……もう少し時間を掛ければ、僕を必要とすることはなかった程です。これならば任せても問題はないと判断しています」

「そう言って頂けると助かります」

 セラスと握手してから、ネギはエヴァンジェリンの横に立った。オスティアの入り口に立つ面々は、これからデュナミスの持つグランドマスターキーを使ってメガロメゼンブリアまで転移することになっている。他の者達は、その見送りに来ているのだ。

「それにしても、ジャックは一体どこに行ったのじゃ? 見送りにも来ぬとは……」

「昨夜会いましたよ。……また相手してやるって言い残して帰っていきました」

 実際は直ぐ近くに居て、『エターナルネギフィーバー』を帰り際に売りつけようとしていたのだが、ネギの発言を聞いて出るに出られなくなっているのだ。

「で、では……次お越しの際は今回以上の御持て成しを用意しておきますので、いつでもお声を掛けて下さい」

「いやもう来ねえって。ファンタジーは懲り懲りだってのに」

「別にいいじゃないですか。……ここも観光地だと思えば」

 リカードの言葉に千雨は否定したが、何かを振り切ったのかネギはまた来ようと言い出した。

 確かに魔法使いとして生きるつもりはない。最早魔法は道具としか感じられない。けれどもネギはもう、魔法を否定するつもりはなかった。魔法があったからこそ、今この瞬間があるのだから。

「まあ、当分は向こうが忙しくなるので、来れないでしょうが」

「ある意味海外旅行だもんなぁ……」

「ククク……確かに海は越えているな」

 千雨のボヤキにエヴァンジェリンも愉快気に同意する。荷物を纏め終えたのか、茶々丸が近寄ってきた。

「時間です。行きましょう」

「では、失礼します」

「ウェイバーさん。本来ならば式典を開いて感謝の意を示したいところですが、立場上控えねばならぬことをお許しください。……もしこちらに来ることがあれば、いつでもお声を掛けて下さい」

「妾達でよければ歓迎するでな。……ああ、そうそう」

 何か思い出したのか、テオドラはネギに一通の手紙を差し出してきた。

「ファントムハイヴ家からの書状じゃ。時間ができ次第読んで欲しいとのことらしいが……いつ知り合ったのじゃ?」

「まあ……色々とありまして」

 手紙を受け取って懐に仕舞うと、今度こそ背を向けて歩き出していた。

「では皆さん……お元気で」

 ネギは背中越しに手を振り、皆を引き連れてオスティアを後にした。

 

 そしてメガロメゼンブリアからウェールズに帰国すると、ネギ達は先日宿泊したホテルに再び部屋を取り、今はネギ達の部屋に千雨や茶々丸が集まっていた。

「日本に帰るのは明後日か……明日はどうする? とっととロンドンに向かって観光の続きでもするか?」

「それなんですけど……ロンドンに向かうのは明日の昼でもいいですか? フェイト達に転移を頼むので、移動時間は然程掛かりませんし」

「それでもいいけど……」

 何かあるのか、と千雨は首を傾げた。

 ここはウェールズであり、ネギの故郷でもある。けれども千雨は、ネギにとって、ここにいい思い出があるとは思えなかった。

「実は一ヶ所、寄りたい場所がありまして。……エヴァさん」

「なんだ?」

 ベッドの上、ネギの傍に腰掛けていたエヴァンジェリンは不思議そうに顔を向けてきた。

 ネギも彼女に視線を合わせて、こう話しかけた。

 

「明日……一緒にデートしませんか?」

 

 




千雨とエヴァの次回予告
千雨「……漸く終わった」
エヴァ「今回、ちょっと短い上にだいぶ端折り過ぎじゃないか?」
千雨「これ以上続けるとだらけてしまうらしい。だからカットできる部分はカットしたんだと」
エヴァ「まあ、これで次章に入るんだが……お前の転校先、結構濃い面々で占められていたぞ」
千雨「マジかよおい……」
エヴァ「というわけで魔法世界残業編最終話『Like a Lilac』を楽しみにしろ!」

一言「全てを受け入れる闇のように、僕は前に進み続けます」

千雨「そして次回……」
エヴァ「あの小動物が生きている理由が明かされる……」



以下追記
 上記を読み返し、この発言があった為ハーメルン版没エピローグは、本当に没にしたかった魔法世界残業編没エピローグと同時掲載に致します。御了承下さい。
 また、次回更新時に今後の活動計画を発表します。同時にアンケートも締め切る予定ですので、お見逃しなく。


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第18話 Like a Lilac

 魔王の死を最後に昼寝から目を覚ました赤司は、かつての仲間達に声を掛けて裁判所へと向かった。自分達をバラバラにした切っ掛け、生徒よりも学校の名誉を優先させた理事長を訴える為に。

 次回、勇者アカシとキセキの仲間達
 最終回 刑事告訴

 赤司「見なければ、親でも許さない」


 ウェールズの小高い丘に、二人は居た。

 目の前に映るのは丘から見える景色と、自分達と同じ高さもある十字架だった。

「……あいつの墓か」

「はい……」

 ネギはここに来る前に寄った花屋で購入した、ライラックの種を魔法で咲かせると、墓のすぐ近くに植えた。

「少し早いですけど……花束よりかは寂しくないかと」

「そうだな……」

 二人は目を閉じ、静かに黙祷を捧げた。二人を出会わせた、ライラックの少女に。

「……なあ、ネギ」

「何です? エヴァさん」

 ネギはエヴァンジェリンの方を向く。しかし彼女は空を、何処か虚空を見つめていた。

「私は悪だ。だからこそ、私はあいつからお前を奪いたい」

「エヴァさん……実は僕、夢を見たんです」

 ネギはラカンとの試合の最中に見た夢を、夢の中で出会ったエヴァンジェリンのことを語った。

「『……ありがとう、私を受け入れてくれて』、そう言って、彼女は消えました」

「そうか……そうだな…………」

 だが、夢は夢だ。言ってしまえば、都合のいい願望かもしれない。

 それでもネギは、その夢のおかげで漸く決心がついた。彼女に挨拶したら、前へ進もうと誓って。

「彼女から貰ってしまいましたが、答えは得ました」

「……もう、立ち止まらずに済むのか?」

「ええ、僕はもう立ち止まらない。全てを受け入れる闇のように、僕は前に進み続けます」

 そうネギが言い、互いに視線を絡ませた。

「……貴女を愛しています。いつまでも、僕の傍に居て下さい」

「喜んで……」

 互いの手を取って抱き締め合う二人。徐々に高くなる陽に照らされて、伸びていた影が重なって一つになった。

 

END

 

Ending ~Like a Lilac~

 

出会いはそう 唐突に

偶然から生まれた君は すぐに役目を果たした

けれども僕は その手を思わず掴んだ

 

幻だと分かっても 手放すことができない

そのRealを手放したくなくて 仮初の現実を選んだ

でも君は消えてしまった 僕を置いて消えてしまった

偽物(Fake)よりも 本物(Real)を選ぶよう言って

 

僕は偽物を愛した 僕は本物を愛した

どちらも同じで どちらも違う

僕にとっては愛しい人達

……不誠実でも良かった

 

貴女と共に居られるのならば

 

 

 

 

 

以下没エピローグ(カモが生かされた理由)

仮契約(パクティオー)~!!」

『なっ!?』

 突然の声に二人は唇を離し、足元に視線を向ける。気が付かないうちに魔法陣が敷かれており、その横ではカモが丁度出てきたカードを手にはしゃいでいた。

「兄貴に姐さん。仮契約成立おめでとうっす!! いやあ、漸くキスしましたね兄貴、向こうの姐さんの時なんてアリアドネー留学が確定するまで告白しないなんて言うもんだからまだまだかかると――」

 

 ダンッ!!

 

 どちらが主人でどちらが従者だったのか、今となっては知る術はない。何故なら出てきたカードは、ネギのグロック17に撃ち抜かれ、丘の下へと落ちていったからだ。

「あ、兄貴……?」

「カモ君……何で僕が君を引き入れたと思う?」

 銃口をカモに向けるネギの横では、エヴァンジェリンが右掌の上に氷を顕現させていた。もし弾丸が残っていれば、その手にジャッカルを握っていたかもしれない。

「……仮契約を口実にエヴァさんとまたキスするためだよ。つまり君を生かしていたのは、単なる口実作り(・・・・・・・)だったんだよ。……本当はね」

「なあ、ネギ。ということは、もうこいつは……殺してもいいよなぁ?」

 じりじりと下がるカモ。敢えて同じ速さで距離を詰める二人。そのせいでオコジョ妖精の恐怖度はうなぎ登りに増していた。

「それ以前に……空気読めよ小動物」

「……てへっ!」

 カモのウインクを合図に、二人は駆けだした。逃げ去ろうとするオコジョを追いかけて。

「待てこら小動物!!」

「大人しく駆逐されろ害獣!!」

 カモの周囲の地面は、ネギのグロック17とエヴァンジェリンの魔法の射手でえぐれていった。おそらく人工精霊(にせエヴァ)は草葉の陰でこう思っているだろう。

『馬鹿馬鹿しい程に……楽しげだな』

 

没エピ完

 

 

 

 

 

 後から読み返してみても、明らかに普通のエピローグなので変えたいと思っていましたが、いい機会なので変えます。今から流れるのが本当の没エピローグです。では、お楽しみ下さい。

 

 

 

 

 

 ――FIN

 

「……感動よ」

 苦節百余年、明日菜は今まで眠り続けてきた。

 世界を守る礎として、その苦労が今、報われた気がしていたのだ。

「もう、感動以外にこの状況を表せる言葉が見当たらないわ……」

 魔法世界の確執、逃げ出した者達の成長、新たな仲間と明かされぬ謎。

 第一弾の『麻帆良学園逃亡編』では出し切れなかった要素をふんだんに盛り込んだ第二弾『魔法世界残業編』を見て、明日菜は自らの仕事に感心して流れる涙を拭い、立ち上がった。

「この作品こそ、魔法界の新しいバイブルになる。そう思わない、ネギ!?」

 明日菜は振り返った。

 麻帆良学園の大講堂を貸し切り、並べられたパイプ椅子の最前列中央の席に座っていた明日菜は、(何故か後ろの席に座りたがる)ネギ達の方を向いた。

「…………あれ?」

 しかし、そこには誰もいなかった。

 後ろの席に座っていた筈なのに、今は二つ後ろの列に腰掛けて腕を組んでいるあやか以外、全員が姿を消していたのだ。

「え、あれ……いいんちょ、皆は?」

「……明日菜さん」

 目を開き、組んでいた足を解いて立ち上がったあやかは、静かに明日菜の前へと移動を始めた。性格かはたまた別に理由からか、パイプ椅子を避けずに通路となっている個所を通って。

「皆さんの卒業旅行を台無しにしただけでは飽き足らず、魔法世界の方々までも『立派な魔法使い(マギステル・マギ)の考えを矯正させる為』と説得()しての所業……何か言い訳はありますか?」

「ええ……皆楽しそうだったじゃん」

 そう、撮影する間は楽しかった。

 しかし大抵の物事はそうだ。物事を問わず製作途中は何もかもが楽しいものだ。けれども、その完成作品が楽しいものとは限らない、それが心理だ。

「まあ、それはいいですわ……しかし、今後はそうはいきませんわよ」

 目の前に立ったあやかは、明日菜にあるものを突き出した。

「え……」

 それは明日菜が皆に提案したものだ。

 第三弾もやろう、ちょっとした日常話もやろう。その提案書だった。

「先程のどかさんが『もう書けませ~ん!!』と言って脚本の仕事を降りました。監修の夕映さんも同じく。それを機に他の方々も一斉に映画製作から手を引きましたわ。高校生活も始まることですし」

「そんな……私達の絆が途切れてもいいっていうの!?」

「『魔法世界(ネギ先生)』という特大の絆が既にあるでしょう!! 映画製作(こんなこと)している方が疎遠になりますわ!!」

 激しく言い合う二人を隠れて眺めていたクルトは、頬を掻きつつその喧騒に背を向けた。

「……まあ、土下座のシーンだけカットしてくれれば、こっちは文句ないんだけどね」

 

 

 

 後日、メイキング映像の中でスタイリッシュ土下座のシーンを見つけたクルトは、絶望のあまり明日菜に斬りかかりかけたが、それはまた別の話である。




 ……はい、本日を持ちまして、『魔法反徒ネギま 四人の逃亡者達 ~魔法世界残業編~』の再掲載を終了させて頂きます。皆様、楽しんで頂けましたでしょうか。

 今後の予定は来週掲載しますが、一部を先行して活動報告で発表します。
URL:https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=210622&uid=213900

 更新頻度は少なくなりますが、これからも読んで頂ければ幸いです。
 では次回、『魔法先生ネギま 雨と葱2』でお会いしましょう。


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魔法先生ネギま 雨と葱 2.Attack on Faudo
第‐01話 第二章紹介及び今後の予定の加筆再録


 こちら、現場です。

 現在、我々は特設会場にて会見が始まるのを今か今かと待っております。

『魔法反徒ネギま』の第二章最終話更新前とあってか、まばらなりにも人が集まって来ております。今後どのような……あ、来ました。

 代表作『魔法反徒ネギま』シリーズにて悪名をとどろかせた映画監督、神楽坂明日菜さんです。

《フラッシュの点滅にご注意ください》

 会場に現れた神楽坂さんは即席の壇上に上がり、今マイクの前に立ちました。

「皆さん、本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。この度、会見の場を設けさせて頂きました、神楽坂明日菜と申します」

 簡単に自己紹介を終え、一礼した神楽坂さんは席に着きました。

「まず最初にお伝えしたいことがあります……すみませんでしたぁ!!」

 会場がフラッシュに彩られる中、神楽坂さんはマイクを挟み、ずっと頭を下げ続けていました。

「その謝罪は一体、何に対してでしょうか?」

「はい……」

 投げられた質問に返事をし、頭を上げた神楽坂さんはゆっくりと、話を始めました。

「実は……『魔法先生ネギま 雨と葱』及び『魔法反徒ネギま』各シリーズの製作が思うようにいかず、また作者である朝来終夜氏の今後の将来を考えまして、更新を制限しようという結論に至りました」

「更新を制限するとはどういうことでしょうか?」

「はい。勝手ながら、今後の更新は『魔法先生ネギま 雨と葱』シリーズのみとし、更新頻度も第4木曜日の月1回とさせて頂き、かつシリーズも第三章までで完結とさせて貰います」

 その発表に、会場中がどよめきました。

「週1が無理でも、今後は月2回と考えてはいたのですが……リアルの忙しさや新作の執筆、溜め込んだストレスと未読本の消化等を行うには、月2回でも難しいとの結論に至り、このような事態になりました。誠にっ!」

 そこで神楽坂さんは、再度頭を下げられました。

「誠にっ、申し訳ありませんでしたっ!!」

 再び焚かれる大量のフラッシュ。

 次々と投げられる質問に、神楽坂さんも気落ちした様子で淡々と返答していく。

「読者に対して申し訳ないと思わないのですか!?」

「定期的に読んでくれている読者様には申し訳ないと思いますが、下手に区切って永遠に更新できないという事態を避ける為とご理解頂ければと思います」

「読者数の少なさがモチベーションを下げた原因ではないのですか!?」

「そんなことはありません。どちらかと言うと『人を小馬鹿にしてくる癖にそれで機嫌が悪くなると勝手に喧嘩売ってきていると勘違いしている大間抜けかつ人が質問すると何故か喧嘩腰で返してくる上に自分から聞く時は何故か腕組んで上から目線の仕事はノークレームなのに態度が全てを台無しにしているろくでなし(最近体臭及び口臭が匂う)』が近くにいて苛立っているのが原因だとほざいていました」

「作者の朝来終夜氏が今年30歳になることと何か関係があるのでしょうか!?」

「はい、昔の様な集中力がなくなってきたと言っていましたが、未だに厨二的な妄想力は健在です。愛用のポメラがぶっ壊れて、集中できる環境で書けなくなっているだけです」

「別のペンネームで書きまくっているという噂は本当なのですか!?」

「事実ですが、そこまで執筆できているというわけではありません。あっちもあっちで執筆が止まっている状況です」

「自分より年上の文庫本を買おうと画策しているという話は事実ですか!?」

「それは事実です。というか既にア○ゾンでポチってました。休日一日潰して古本屋巡りしても見つからなかったからって理由で」

「『魔法反徒ネギま』シリーズはもう更新されないのですかっ!?」

「可能であれば完結後か合間に……せめて第三章と第四章だけは続けたかったです。ブログとかでもちょっと書いていたのに」

「そう言って本当は同人誌とかで続き書いて荒稼ぎする計画じゃないのですか!?」

「種銭がないので、『ロトくじ当てたらそうする』とかどこぞの黒ひげっぽいことを言ってました」

「いいかげん新作の発表はないのですか!?」

「いろんな意味で話がまとまっていない為、現在保留中です」

「原作キャラと転移者がくっつく可能性は?」

「現状愛衣ちゃん以外の予定はありません」

「そういえばせっちゃんとこのちゃんって付き合ってるの?」

「少なくとも一緒に暮らしているのは確かです」

「『雷帝』と『闇の福音』のカップリングとかよくね?」

「『雨と葱』シリーズで現在検討中です。年齢差で没になる可能性もありますが……」

「どっちのシリーズでも神楽坂さんは結婚できないって本当ですか!?」

「今相手がいないだけよっ!! 失礼ねっ!!」

「すっみませぇ~ん、倍握塀新聞の者ですけどぉ~」

 その間延びした声に、畳みかけられていた記者からの質問と、(最後に思いっきり地が出てきた)神楽坂さんの返答という名の野次が止まりました。

「『雨と葱』シリーズ第二章のラスボスって誰ですかぁ~」

「それは……って!!」

 

 

 

「あんたでしょうが!! 何しれっと記者に混ざって質問しているのよっ!!」

 

 

 

 そして黒髪長身の女性は、警備員から華麗に逃げ出したのでした。その騒ぎにより、記者会見はお開きとなりましたとさ。

 めでたしめでたし。

「めでたくないわよっ!!」

 

 

 

 

 

 というわけで、誠に申し訳ありませんが更新を月1にさせて頂きます。いっそ書き溜める迄更新しないということも考えたのですが、そうすると本当にエタりそうなので間隔をあけてでも続けていこうと思います。

 こんな作者の小説ですが、これからも読んで頂ければ幸いです。それでは4月の第4木曜日、シリーズ第0話をお楽しみに。

(……できるだけ色々おまけをつける為、現在全力で抵抗中です)

 

 

 

 最後に、ブログにも掲載していた第二章『Attack on Faudo』の予告で終了しますが、ネタバレを多分に含んでいる為、閲覧は自己責任でお願いします。だいたいこんな感じで流れていくと理解して頂ければと思います。では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……それは、月だけが知る一幕。

 

「どっちでもいいんだよ……あいつが、」

 

 月だけが明るい夜の下、千雨は煙を吹かしながら呟いた。

 

「ネギ先生が幸せなら、それで――」

 

 

 

 ファウードが奪われたことで、物語の幕が開けた。

「ファウードが強奪された。またあの世界へ行くぞ」

「今度は俺も行こう。……約束も果たしたいしな」

「ねえ……ところでモモンは?」

『たぁすけてぇ~!!』

 

 

 

 それと同時に、麻帆良にて強奪事件が発生する。

「千雨さんが犯人なわけないじゃないですか!!」

「今回の件といい、どうにも気になるな……」

「今迄の事件の連続、偶然とは思えないです」

「これからも何か起きるっていうの?」

「行くしかないわね。……ファウードに!!」

 

 

 

 白き翼(アラアルバ)の面々はファウードに集う。しかし、それこそが彼らの罠だった。

「さぁてぇ、楽しい楽しいデスゲームの始まりだよぉ……」

 三日月に笑う女の正体が明かされる。しかし、それこそが絶望であった。

 

 

 

「千雨さん!!」

「起きて私と戦えっ!!」

「私、ネギ坊主のことが好きアル」

「行ってくださいお嬢様、ここは私がっ!!」

「これで竜牙兵は打ち止めです」

「ごめん、皆……本当にごめん」

「ここは任せる、私は奴をっ!!」

「漫豪パル様を、舐めるなぁ――!!」

「明日菜、明日菜ーっ!!」

 

 

 

 ――魔法先生ネギま 雨と葱 ~Attack on Faudo~

 

 

 

「悪いけど、私を殺していいのはたった一人……千雨ちゃんだけだよ」

 

 朝倉和美、覚醒。

 



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第00話 強奪されたファウード

 ファウード。

 正式名称『魔導巨兵ファウード』。太古の魔界にて製造された超巨大な魔物で、世界を滅ぼす程の危険性ゆえに封印されていた。

 しかし、ファウードは既に破壊されていた。

 ある魔物の一族が、先に行われた千年に一度の魔界の王を決める戦いにおいて、その力を利用しようと企み、人間界に送り込んだのだ。そして、戦いの最中(さなか)において現魔界の王ガッシュ=ベルとその兄、ゼオン=ベルの二人の力をもって放たれた術『バオウ・ザケルガ』によって破壊され、無事魔界に回収された。現在は人間サイズの肉体を与えられ、魔界にて平和に暮らしている。

 ファウードに関する話はそれで終わり……の筈だった。

「……見っけぇ」

 そこにいるのは、魔界にいるべきではない存在だった。

 黒髪の長髪と長身をしたスーツの女だが、魔界の住人達が見れば驚愕を露わにするだろう。

 何故なら、彼女は魔界の住人である魔物どころが、この世界に居る筈のない人間(・・)という生物なのだから。

「後はスカに座標を送って、っと……デバイスって便利だねぇ」

 ついでに言えば、彼女こそ先のゾフィス脱走のきっかけとなった人物、ジェイル=スカリエッティの仲間であった。

 彼女は自動小銃型のアームドデバイスから伸びたベルトを肩に担ぎ、腕時計型のインテリジェントデバイスで展開していた画面を畳む。そして、隠れていた洞窟から外に出た。

「ふぃ~……」

 洞窟から外に出て、眼前の広場の中央に立ってから、彼女は漸く一息吐いた。

 しかしその広場ははるか高空に位置しており、あと少し高ければ酸素ボンベが必要となっていただろう。

 彼女は漸く味わえる開放感を一頻り楽しんでから、デバイスに届いたメールを再度操作して確認する。

「『座標確認、少し待て』か。もう少し魔界を見ていたかったけど「ならゆっくりしていけ」――……っ!?」

 声のした方を向くと、そこには魔物がいた。

 アームドデバイスを構えながらも、彼女はそこに突如、魔物が現れたことへの疑問が消し飛んでしまう。

 その姿こそ、魔界の王ガッシュ=ベルとは瓜二つであった。が、かの王が『金色の魔王』であるならば、目の前の魔物こそが『白銀の雷帝』。

「……ゼオン」

「ほう、どうやら俺様は有名らしいな……転移者」

 引き金を引く。

 放たれたのは殺傷性の高い魔力弾、しかも着弾と同時に炸裂してニードル弾と化す凶悪な代物だ。

「……ラシルド」

 しかし、雷帝には効果をなさなかった。

 ゼオンの眼前にせりあがってきた雷の紋章が刻まれた防壁が、放たれた魔力弾を全て防ぐ。さらにはそのまま、雷撃を纏わせてから跳ね返した。

「ぅおっとぉ!?」

 彼女はアームドデバイスを盾にしたり、身をひるがえしたりしてどうにか回避する。しかし代償として自動小銃型のデバイスを破壊してしまい、仕方なしに手放して地面に落とした。

「ああ、おっかない……漫画で読んでたより強いじゃん。その盾」

「ふざけたことを言う……」

 ラシルドが消え、裏に隠れていたゼオンが姿を現すが、彼は不機嫌そうに右手を振る。地面の上を転がるのは数発の、鉛の弾丸だった。

「跳弾、というやつか。こんな平野で、お前が強いと言っていた(ラシルド)の死角をぬって攻撃してくるとはな」

「あれ? ばれちゃってた?」

「銃撃の手合いは経験があるんでな……」

 左手に隠し持っていた自動拳銃、デザートイーグルを構える彼女に合わせて、ゼオンも右手をゆっくりと挙げた。

「ああ、チェリッシュちゃんの時の――」

 言葉はなかった。

 マントを用いて転移してきたゼオンの蹴りを、彼女は左手の銃で防ぐ。間髪入れずに右手でも構えたもう一丁のデザートイーグルの(あぎと)を向けるも、ゼオンはマントを操作して弾いた。

 距離を取ろうと蹴りを放つが、それは互いの総意だったらしい。各々の足の裏が合わさり、予想以上に距離を開けてしまう。

「ガンレイズ・ザケル!!」

「ちっ!?」

 咄嗟に突き出されたゼオンの手。その周囲に雷の紋章が刻まれた太鼓の様な物体が八つ現れ、そこから雷撃の弾が連射された。

 しかし彼女もさるもの、向かってくる雷撃の弾を回避しながら接近し、銃身を掴んで打撃を与えようとしてくる。けれども、それはゼオンのもう一つの手によって防がれてしまう。

 その間もガンレイズ・ザケル(雷撃の弾)が放たれているが、そちらもまた、彼女のもう一方の手で抑えられて、ゼオンが術を切るまで無駄撃ちしてしまった。

「これが転移者か。人間の癖に「あたたっ、あたたたたた!? 手首が痛いぃ……!?」――」……肉体はそうでもなかったか」

 このまま手首を握り潰そうとも思ったゼオンだが、先程の様に不意打ちをされてはたまらないと逆に手放した。

 彼女は距離を置いてから、銃を地面に置いてから握られた手首を抑えて、必死に息を吹きかけている。

「とはいえ、厄介な類だな……答えを出す者(アンサー・トーカー)か?」

「いや、そこまで便利じゃないよ……」

 先程迄の回避能力を見て、ゼオンは相手が答えを出す者(アンサー・トーカー)、かつてパートナーだったデュフォーが持ち得た能力と同様だと思った。

 そう判断したのだが、彼女はあっさりと否定してのけた。

「まあ、近いところはあるかもしれないけど、私のはただの未来視の一種。経験則からくる勘みたいなものかな」

成程(なるほど)、つまりこの場合は、戦闘限定といったところか……随分あっさりとばらすな」

「そりゃあ、私の姿を見られたら、他の転移者にあっさりばれちゃうからねぇ……こればっかりは」

 それを聞き、ゼオンは内心で舌打ちした。

 ブラゴの報告から、転移者の類には当人固有の能力の他に、『チート』と呼ばれる別種の能力を保有している可能性があると示唆(しさ)していた。事前情報通りならば、使用した武器は全て『ジェイル=スカリエッティ』と共に用意可能だ。デバイスというものは見聞でしか把握しきれていないが、先程のラシルドに放たれた魔弾から見て、それを放ってきた自動小銃(もど)きがそれだろう。

 つまり、彼女の言い分が正しいのであれば……

 

 

 

 ……ゼオンの目の前にいる人間の女は、まだ本気(・・)を出していなかった。

 

 

 

「しっかし厄介だねぇ……おまけにこんな時に限って、何も借りてきてないし」

戯言(ざれごと)を……」

 ゼオンの右手に、雷が(ほとばし)

 捕縛して情報を聞き出そうと考えていたゼオンだが、切り替えるしかないと瞬時に判断した。会話が増えている、つまり時間を稼いでいるのだ。

 逃げられる可能性も考慮して、会話でどうにか情報を引き出そうとゼオンもそれに乗っていたのだが、これ以上野放しにするのは危険だ。

 しかし、その判断は遅かった。

「おっと、時間だ」

「待てっ!?」

 突如展開された見慣れぬ魔法陣に乗る彼女にゼオンは術を放とうとする。しかし、上級呪文ではもはや間に合わない。

「ザケルガ!!」

 そう考えての貫通特化の雷撃。だがビーム状の電撃が到達する前に、向こうも手を打ってきた。

「……あ、そういえばあと一発で消えるから、って貰った能力があったの忘れてた」

 貴様フザケルナッ!? と内心で罵るも、もう遅い。

 デバイスを操作したのか、魔力でとある陣を手の甲に形成する。

 それは火竜(サラマンダー)の錬成陣。陣が形成されるや、彼女は指を鳴らしてきた。

 そして指から放たれた火花が酸素を伝い、ゼオンの放ったザケルガに触れ、雷に炎が合わさる。結果、大爆発を起こした。

「ぐっ!?」

「まぁたね~……」

 声が遠ざかる。

 マントの防御と転移を繰り返してどうにか爆発圏外から脱出できたゼオンだが、そこにはもう彼女どころか……

 

 

 

 ……ファウードの試作品(・・・・・・・・・)すら、存在しなかった。

 

 

 

「……逃がしたか」

 先程迄戦っていた天空の広場ごと転移者が消え去ったのを確認してから、ゼオンもマントを操作して転移していった。

 

 

 

 

 

 スカリエッティの一味がゾフィスを拉致したのは、ある意味では、偶然ではなかった。

 切っ掛けは、図書館で勉強していたモモンという魔物が、偶然にもある仮説を立ててしまったからだ。

 曰く、「ファウードは他にもまだ存在する」と。

 実際、再び禁書を調べたゼオン自身がそれを証明したのだから、間違いない。

 しかし、所詮は身体のみ、ただの抜け殻に過ぎなかった。

 元々はファウードを生み出す前に作り出された試作機らしく、生物としての活動は一切していない、言うなれば、肉体のみの存在である。

 だから肉の塊として放置されていたが、技術的価値はある。勉強がてら調査したいと、名乗り出たモモンに捜索許可を出したのが全ての始まりだった。

 しかしどこで聞いてきたのか、ゾフィスがブラゴの目を盗み、頻繁(ひんぱん)に様子を探っていたらしい。

 それを捕らえようとブラゴが動くと同時に、スカリエッティの手により拉致されたのだ。

 拷問(ティオのサイフォジオを見せつける)でゾフィスの口を割らせた限りでは、向こうもその話を聞いて狙いを定めたらしい。元々は魔界に眠る武器や宝物の類を狙っての拉致らしいが。

 だからこそ定期的に見張りをしていたのだが、今回はその合間を狙われた。

 咄嗟(とっさ)に動ける魔物が少なく、その中でも転移・浮遊ができるとなればゼオンしかいない。

 だからこその単騎だったのだが、今回は相手の方が上だった。

(人間とはいえ、流石は転移者と言ったところか……)

 ゼオンは魔界の中心に建造された城の中を歩きながら考えていた。別世界の住人、というだけでもピンキリがあると(あなど)っていたのを改めなければならない。

「攻撃自体は対処できたが、あれで本気じゃないとなると……」

 とはいえ、恐らくは搦め手の類だとゼオンは推測している。

 ゼオンの最大攻撃呪文である『ジガディラス・ウル・ザケルガ』ならば一撃で消せるかもしれないが、それでは倒せないと自身の経験が警鐘(けいしょう)を鳴らしていたのだ。

 もしジガディラスを放っていれば、攻撃を防ぐか(かわ)された可能性が高い。そもそも転移の術を保有している相手なのだ。まともに当たるとは考えられない。

 玉座の間に着き、ゼオンは扉を開けて中に入る。

「今帰ったぞ。ガッシュ、無事だったか?」

「うむ。無事、なのだが……」

 玉座に腰掛けるガッシュだが、そこには王特有の威厳(いげん)どころか、傲慢(ごうまん)さすら見受けられない。むしろどこか委縮してしまっている。

「……これはなんとかならなかったのかのぅ?」

「何を言っている、ガッシュ」

 ガッシュの周辺には人型の魔物や同じ大きさの魔物達が、完全武装で玉座を護衛していたのだ。しかも正規兵ではなく王の友人、つまりティオやキャンチョメ、ウマゴンをはじめとした魔界の王の戦いの時の仲間達である。

「大型の魔物で城外を囲み、正規兵で城内を巡回、そしてガッシュと気心知れた連中を周囲に配置してメンタル面もケア。最高の警備だろうが!!」

「流石に過保護すぎるのだ!!」

 ここ数年で慣れたのか、あのガッシュですらゼオンにツッコんでから玉座から立ち上がった。

 うん、うん……と周囲の魔物達も同調して頷いている。その中にロップスやチェリッシュ等、ゼオンに痛めつけられた過去を持つ魔物達が含まれている時点で、その深刻さが伺えることだろう。

「それよりも、ゼオンこそ無事だったか?」

「なんとかな……しかしあれが転移者というものか」

 ゼオンとガッシュが向かい合って立つ中、周囲も警戒態勢を解き、武装を解除し始めていた。

「それよりもすまん、ファウードを盗られてしまった」

「仕方がないのだ。行先の心当たりは?」

「分からんが、手掛かりがあるとすれば、またあの(・・)世界だろうな……」

 他の魔物も近づき、ゼオン達の話に聞き耳を立てていた。

 前回ゾフィスが逃げ出した、人間界とはまた異なる別世界。

 彼らはそこで何やら暗躍しているという。恐らく今回もまた、その為にファウードを強奪していった可能性が高い。

「……だったら話は早い」

 ブラゴが一歩進み出て、ゼオン達に進言した。

「ファウードが強奪された。なら俺がまた、あの世界へ行くぞ」

 現実的な案だった。

 一度行ったことのあるブラゴの方が、明らかに土地勘がある。しかも彼のパートナーであるシェリーも前回は協力してくれた。勝手な願いではあるが、今回も都合がつけば手伝ってくれるかもしれない。

 反対する意見は出なかった。

「いや……」

 しかし、追加された提案はあった。

「今度は俺も行こう」

 ゼオンもまた、あの世界へと向かうことを決めた。

 ファウードを強奪された責任と、これ以上過ちを犯さない為にと。

 それに……

「……約束も果たしたいしな」

 その言葉は一番近くにいたガッシュしか聞き取れなかったが、それを素知らぬ顔で聞き流せる位には、彼自身の精神は成長していた。

 故に堂々と、王は臣下に命じる。

「ではゼオンにブラゴ……頼めるかのぅ」

 力強く頷く二人。しかし、出立にはいくらか準備がいる。

 ならば先にあの世界の住人、麻帆良学園に警告と連絡をしなければならない。

 結論が出揃い、ゼオンとブラゴは魔本を取りに、ガッシュはアースと麻帆良学園に送る手紙の文章を相談しに。

「ねえ……」

 行動を開始しようとする彼らに、構えていた等身大の盾を壁に立てかけたティオはふと、疑問に思ったことを口にした。

「……ところでモモンは?」

『…………あ』

 警備にもなるから、とモモンの調査許可を取り消さずに調べさせていた。

 つまり……

 

 

 

 

 

『たぁすけてぇ~!!』

 異変に勘付いたモモンは、ファウードが転移したことを自前の耳で感知し、思わず叫んでいた。




 お、おまけが、おまけが足せなかった。
 ネタはあるんだ。そのうち番外編とかも挟んでいきますので、今後もよろしくお願い致します。
 くそぅ……高学歴モンスターめ。



シャーリー「……じゃあこの『戦場は、フリーウェイ』と『大航海ユートピア』は何?」



 ストレス発散です。手当たり次第には書いているので勘弁してつかぁさい!!


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閑話 ネギ・スプリングフィールドへの疑惑

 ちょっとした小話です。
 GW終わりになりましたが、読んでも読まなくても本編には大差ないです。良ければどうぞ。
 一応次話に連動しています。


 ある車中での一幕。

「もしかしてネギ先生、ってさ……高学歴モンスターだったんじゃない?」

「いきなりどうした?」

 運転中の千雨に、助手席で本を読んでいたこなたが話しかけたことから、この話題は始まった。

 本来は暇潰しにと漫画を持参して読もうとしたのだが、喫茶店(いえ)に忘れてしまったので、仕方なく千雨の手持ちの本から一冊借りたのだ。それを流し読んでいたこなたは、ふと疑問に思ったことを口にしたのが、冒頭の一言である。

 簡潔に言えば、ネギ・スプリングフィールドの高学歴モンスター疑惑だった。

「まあ、どうせ到着まで時間はある。聞こうか」

「この本読んでて思ったんだけどさ……」

 まず、こなたは高学歴モンスターについて簡単に説明を始めた。

 簡単に話すと、高学歴等の華やかな経験はあっても、何かに挫折したことがなく、また他者の気持ちを測ることができないナルシシスト(某書籍準拠)であり、能力の有無を問わず自己を優先させすぎてしまい、周囲を不快にさせる存在であるらしい。それだけならまだいいが、自分が正しいと思い込み過ぎて、周囲に理不尽を押し付けることもままあるらしい。中には犯罪行為を押し付けることもあるとか。

「それでネギ先生が高学歴モンスターって……ああ、最初の頃はそうかもな」

「でしょう? 最初の授業で明日菜のこと、思いっきり馬鹿にしてたし」

「そういや能力の高さは自覚してても、教師については理解している様子がなかったな」

 特に渋滞に引っかかることもなく、千雨達の乗せるプレオは軽快に走行していた。

「ガキだからだと思ってたが……そう考えるとしっくりくるな」

「それもあったと思うけど、春先にエヴァにゃんと戦っている最中にも、ネギ先生がいい気になっていたと反省する描写があったんだよね」

「……エヴァとやりあった?」

 そこは今回流して、こなたは話を戻した。

「だから全く新しい環境に送り込んだのって、そういう天才特有の傲慢さを小さい内から矯正する目的もあったからじゃないかな?」

「いや、だったら教師じゃなくても留学とかで……ああ、そうか。だから教師なのか」

 千雨は自ら発言し、その途中で疑問を自己解決させた。

「たとえ失敗しても、立場が教師なら(ちがえ)ば生徒も簡単に手を出せない。表立っていじめられないし、訴えられてもワンクッション置く必要があるから、その間に魔法なりで対処可能。他にも似たような立場が用意されていたのかもな」

「そういうことだよ。今は使命に燃えているけど、それも今までの経験があったからこそ、だと思うし」

「今でも調子づいていたら、それこそ世界は終わっていた、か……」

 車は東京へと入り、直に高速道路からの出口も見えてくるだろう。

「次のパーキングエリアで一回停まるか」

「じゃあ、そこで運転交代ね」

 少しして見えてきたパーキングエリアに入り、二人は適当に飲み物を買ってから休憩スペース内のベンチに腰掛けた。

「……ということは、さ。千雨がネギ先生振ったのは正解だったかもね」

「ぶっ!?」

 飲んでいたコーヒーを噴き出し、幾度か咳き込んでから顔を上げた千雨は、缶をベンチの上に置いてからこなたに詰め寄った。

「てめえどこまで見てやがった!?」

「いや、だから前世で読んだ漫画での話だって。卒業式の日にネギ先生が千雨の所に行って告白して、あえて身を引いたところまで、ね」

「……その後は?」

 こなたは一度目を逸らそうとしたが、千雨に顔を掴まれてしまい断念する。

「そ・の・あ・と・は!?」

「大丈夫だって! クラスメイトに詰め寄られた後にモノローグっぽいことやった辺りでフェードアウトしたから!」

「……本当だろうな?」

(千雨の結婚相手のことは言わないでおこう。この世界線の話とはいえ……もう原作の話、当てにならないし)

 こなたは頷きながら、内心で軽く誓いを立てた。

「ただ……」

「ただ、なんだ?」

 何か嫌な予感がするも、こなたの発言を止める余裕が千雨にはなかった。

「……ネギ先生、未だにシスコン気味だよね?」

「ああ、それは……ちょっと、そっとしといてやってくれ」

 その点に関しては、正直どうしたものかと、偶に3-A(ネギ除く)でのグループトーク内で度々話されているが、未だに解決の兆しはない。

 ゾフィスの一件でさえ、最後には明日菜が手を貸したからネギが勝った側面もあるのだ。せめて一人で解決していれば……

「……まだまだ掛かりそうだな」

「その間は振り続ける気?」

「そもそも告白されてないだろうが」

 聞いてないことになっていると、別荘でのことを頭の片隅に追いやり、千雨は空になった缶を屑箱に投げ入れてから歩き出した。

「ちょっと一服してくる。車で待っててくれ」

「ほいほ~い」

 こなたも自分の紅茶を飲み干すと、空き缶を屑箱に入れて車の方に移動した。

「……あれ、そう言えば」

 こなたは一度千雨の方を振り返ってから、踵を返して再び歩き出した。

「まあ、当人達の問題かな?」

 かつて、千雨が言った『5年後に出直しな』という言葉を思い出し、またネギがナギ=ヨルダに挑んだのが5年後だったことを振り返りながら、詮無いことだと思考を絶ち切る。

(5年後にナギさん救って、そのまま告白でも決める気だったのかな? ネギ先生)

 その答えを知る者は、この世界には当人一人だけである。

 

 

 

 

 

「ぶぁっくしょん!?」

「風邪かい、ネギ君」

 その噂は現在、事務仕事をしていたその当人に降り注いだのは、言うまでもないだろう。



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第01話 木枯らしの吹く頃に

 麻帆良学園から夏が去り、秋も遠ざかろうかという頃。

「……ウェールズ?」

「そ。ジェイル=スカリエッティゆう男の足跡辿っとったら、なんかそっちの方、向かっとったみたいやねん」

「何考えてんだか……」

 麻帆良学園の外、それどころか東京のとある公園にて、千雨は栗色のセミロングで眼鏡を掛けた女性と会っていた。

 相手の名前は穂波・高瀬・アンブラー。魔法使い派遣会社アストラルに所属する魔法使いで、千雨が持ちうるコネクションの一つである。

 千雨は彼女に、アストラルにある依頼をしていた。

 それがジェイル=スカリエッティのロンドンでの足跡である。元々はAMFの出所を調査する為に依頼していたのだが、背後に控えている人物が判明してからはそちらの情報も探して貰っていたのだ。

 そして受け取った結果が、ウェールズという地名である。正確には連合王国の内の一国であるが。

「一応継続して調べとるけど、どないする?」

「続行で。ただしやばいと感じたら、その場で退()いてもかまわない」

 紙幣の詰まった封筒を穂波に渡し、千雨はコートの前を抑えた。

「……やばい、って聞いてへんけど?」

「いや、そっちの地域は立派な魔法使い(マギステル・マギ)が絡んでんだわ」

「ああ、そゆことかいな……」

 厳密にいうと、穂波の所属する結社、魔法使い派遣会社アストラルの面々は立派な魔法使い(マギステル・マギ)というわけではない。一応取引こそあれど、あくまで『自分達のルール』で活動している為、その範疇(はんちゅう)で彼らと揉めることも多々ある。

 大抵は権力争いに巻き込まれるだけだが、偶にとんでもない厄種を招くこともあるので、基本的には『仕事を依頼されない限りは関わらない』というのが、アストラルの行動指針だった。

 そこを理解しているからこそ、千雨は念の為に予防線を張ったのだ。

「一応、千の呪文の男(サウザンド・マスター)一族の故郷だからな」

「そういやそやな……ほんならその手前までやね。やからちょっとでも接触があったら、そこでやめさせてもらうで?」

「それでいい」

 話は終わり、穂波は封筒をスーツの内ポケットに仕舞ってから千雨の元を去った。

 しかし千雨は立ち去ることなく、携帯を操作してある人物に電話を掛けた。

「……満足か?」

『まあね……』

 電話の相手はこなただった。

 以前隠し事は無しだと約束した為、遠くで盗聴器越しに会話を聞くだけ、という条件で今回の接触に加わらせたのだ。

 実際は『ウェールズに向かっている』こと以外は空振りに終わってしまったが、こなたにとっては後で聞かされるよりも、こうやって一緒に話を聞いている方がまだ良かった。

 ……誤魔化された、という疑いを持たずに済むから。

 千雨は電話を耳にあてながら、煙草を取り出して口に咥える為に運んでいく。

「一服したら車に戻る。エンジンかけといてくれ」

『それはいいけど千雨……大抵の公園って、全面禁煙じゃなかったっけ?』

「…………」

 こなたから返された素朴な疑問に、千雨は咥えかけた煙草をソフトパックに戻した。

「……コンビニ寄ってくる。欲しいものあるか?」

『だったら、そっちに車持っていくよ』

「じゃあ入口の所にあったコンビニで」

 喫煙者にとっては世知辛い世の中だな、と千雨は考えながら、コートのポケットに手を入れて歩き出した。

 

 

 

 

 

 冬が風を支配し、木枯らしが吹きすさぶ時節。

 長谷川千雨は相変わらず、転移者達の行方を追っていた。

 第二の人生を謳歌するまでならまだ見過ごせるが、時に牙をむく可能性がある以上、放置はできない。

 大学の単位も卒論も問題ない。卒業後の進路も既に絵図は引けている。だからこそ、千雨は未だに戦い続けていた。

 ただし、夏の戦いからその状況は一変していたが。

「ほんと、お人好しばかりだよな……」

「そこはせめて人徳、って言っとこうよ」

 東京から埼玉にある麻帆良学園都市への道すがら、こなたが運転する隣で、千雨は資料をめくりながらぼやいていたことを注意され、静かに肩を竦めた。

 今回は情報収集だけなのでこなたしかいないが、夏からこちら、千雨が行動する度に必ず誰かが付き添う形を取るようになった。千雨自身煩わしく思うことも少しはあるが、それでも自分の為に動いてくれていると理解している以上、そこまで多くは言えずにいた。

 基本的には上条達や高音をはじめとした関東魔法協会の面々だが、偶に白き翼(アラアルバ)も混じってくるのだから、千雨の中に芽生えた罪悪感も一時期は内心でかなりひどく、暴れ回ったものだ。

「しかし、ウェールズに向かうにしては、妙な足取りだよな……」

「……何が?」

 高速道路を走行しているとはいえ、車の数が多い。渋滞手前位の速度で進行している中、こなたは千雨の話に乗ってきた。話の内容が気になる上に、眠気覚ましも兼ねて。

「最初はお前の言う通り、聖地巡礼かとも思ったんだが……それにしては、道すがら変な情報を集めているみたいでさ」

「ふぅん……どんなの?」

「吸血鬼伝説」

 徐々に車が引き始め、千雨達の乗るプレオも速度を上げていく。

 ハンドルを握るこなたはアクセルを踏みしめながら、視線を前方から外さず、千雨に問いかけた。

「……ルーマニアの間違いじゃないの?」

「ついでに言えば、闇の福音(エヴァ)でもない」

 千雨は資料を閉じ、後部座席に放り捨てた。

「詳しくは知らんが、昔そんな伝説があったらしい。で、それをスカリエッティは何故か、事細かに調べながらウェールズに向かってたんだと」

「そんなの聞いたことないけど……」

「私だって初耳だよ……」

 煙草の代わりに、コンビニで買ったガムを咥える千雨は、座席に深く腰掛けた。

「……ま、調べないことには始まらない。一応地元の人間(ネギ先生とか)に聞いてみるつもりだが、そっちでも調べてみるか?」

「そうするつもりだけどさ……うまく調べられるかな?」

 現時点では情報が少なすぎる。

 おまけにエヴァンジェリンという、吸血鬼の賞金首までいるのだ。その情報が阻害して、こなたの持つチート『地球(ほし)の本棚』ではかえって、うまく調べられないかもしれない。

「今回もお預けかな……」

「こればっかりは仕方ないさ」

 高速道路を降り、近くのコンビニで小休止しながら、千雨はそう締めくくった。

 既に埼玉県に入り、後は一般道を走るだけで夕方迄には麻帆良学園都市に入れるだろう。コンビニの前で煙草を吹かす千雨の隣で、こなたはしゃがんでホットココアをちびちび飲んでいた。

「ゆっくりいこう。どうせスカリエッティの一件が片付いても、人生は続くんだ」

「そうだね……うん、そうだ」

 その胸中に浮かぶ景色を、千雨はなんとなく悟っていた。

(そう……まだ続くんだ…………)

 親のいない身(・・・・・・)である千雨ではきっと、こなたの気持ちは少ししか分からないのだろう。しかし、少しでも分かってしまうのだ。

(あの似非坊主……)

 フィルターしか残っていない煙草を灰皿に捨て、千雨は缶コーヒーを取り出してプルタブを開ける。

(やっぱり一人は…………寂しいじゃねえか)

 もしかしたら、もう引き籠れないかもしれないな。

 そう内心(うそぶ)きながら、千雨は缶コーヒーを一息で飲み干した。

「こなた、もう行こうぜ。こんだけ寒いと心まで凍えちまう」

「そうだね……ちょっと嫌なこと思い出しちゃったし」

 それぞれ空き缶をゴミ箱に入れ、二人は車に乗り込んだ。今度は千雨が運転席に着き、エンジンを点火する。

「本当嫌だったよ……前世で行った冬のコミケでさ、狙ってた同人誌売り切れてたんだよね」

「……お前後で張っ倒す」

 理不尽だ! と叫ぶこなたを無視して、千雨はアクセルを踏み込んだ。

「ぎゃふっ!?」

 合図抜きで。

 

 

 

 

 

「はあ……」

 所変わって麻帆良学園都市。

 世界樹を中心とした広場の端にて、犬上小太郎は転落防止用の柵にもたれかかっていた。かつてネギ達と知り合った当初と違い、成長しきった彼にとって、柵の高さは既に腰より上には届いていない。その事実に小太郎は気付くことなく、学園都市の街並みを静かに眺めていた。

 しかし、小太郎の傍には誰もいないわけではない。

「小太郎君、ジュース買ってきたけど飲む?」

「あ、ああ。悪いな、ネギ……」

 そこにいたのは、仕事の都合で麻帆良学園都市を訪れていたネギ・スプリングフィールドだった。今日も仕事帰りなのだが、帰宅途中で偶々出会った小太郎を放置できずに、ジュースを買って戻ってきたのである。

「アボガド・マキアートとプルコギエキス、どっちがいい?」

「……どっちもええわ」

 ろくな選択肢がないと、小太郎は諦めてそっぽを向いた。映画の撮影でちょい役しかやらせてもらえなかった時と同じくらいの悲しみがまた去来するとは、彼自身も思ってなかったのである。

「というか慰める気ないやろ、お前」

「いや、正直事情が分からないから、なんとも言えないんだけど……」

 ジュースは一先ず鞄の中に仕舞い、ネギは空いた手の指を小太郎の顔に向けた。

「……なんで夏美さんに殴られたの?」

「それが分かれば苦労せんわ……」

 小太郎はしゃがんで柵の手すりに腕を乗せると、とうとう頭を伏せってしまった。

 

 

 

 顔に作った青(あざ)を隠すように。

 

 

 

 そもそもの起こりは、ネギが仕事を終えて実家であるナギのマンションへと帰宅している時のことだった。遠目に顔馴染み達がいるのを見つけ、声を掛けようと杖を片手に浮遊して近寄ったのだが、声を掛ける直前に状況が急に変わってしまったのだ。

 具体的に言うと、ネギが見下ろしている前で夏美が叫びながら、小太郎に強烈な右ストレートを見舞ったのである。

「そもそも、二人で何していたの?」

「ああ……ネギが麻帆良に帰ってる、って聞いて滋賀県からこっち来たんやけど「え? 滋賀県?」――楓姉ちゃんの実家があるんや。暇やったからそこで修行がてら、住み込みで働いとってん」

 そう言えば、甲賀忍者だっけ? とネギが思い出している中、小太郎はとうとうと話を続けていた。

「ほんでせっかく会ったし映画見に行こか、ってことになったんやけど……」

 その時の会話。

『『武官弁護士エル・ウィン』にしようや!!』

『私は『トワ・ミカミ・テイルズ』が見たいの!!』

「……結局、間を取って『トラブル・てりぶる・ハッカーズ(20年以上前のラノベ作品)』になったわ」

「どんな間!? というか今現在でその話分かる人居る!?」

 思わずネギがツッコむも、小太郎は気にせず話を次に移した。

「その後も喧嘩の連続や……」

 その一部を抜粋してみると、こんな感じである。

『こっちの店の方が量多い!!』

『こっちのお店の方がおしゃれ!!』

『身体動かしたいならボーリングにしようや!!』

『だったらカラオケで思いっきり歌おうよ!!』

『ゲーセンゆうたらアーケードで格ゲーやろうが!!』

『かわいいぬいぐるみ見つけたからクレーンゲーム!!』

『和食!!』

『洋食!!』

 そして二人は移動中も喧嘩を続け、とうとう夏美の怒りが臨界点を超え、

『この馬鹿ーっ!!』

 渾身のストレートを放ってから、怯んだ小太郎を放置して立ち去ったのである。

「……よく喧嘩続けながら、長いこと一緒にいられたね?」

「自分でもよぉ分からんわ……」

 未だに不貞腐(ふてくさ)れる小太郎の背中を眺めながら、ネギはどうしたものかと腕を組んで悩んだ。しかし悩んでいる間にも、夜は更けていく。

「とりあえず、ご飯にしよう。付き合うからさ」

「ああ、悪いな。ネギ……」

 携帯でナギに連絡を入れてから、ネギは小太郎と並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

「……ところで、あれ結構グロいシーンなかったっけ? 見た後お昼食べられたの?」

「ああ……さすがにその辺りは(ぼか)されとったわ。今じゃ多分できへんで、あれ」



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第02話 亡霊の実力

(なんでや……)

 小太郎は宙を舞っていた。

 しかしそれは自らがその場を飛び上がったわけではない。

「…………ふぅ」

 緑のジャンパーコートを羽織る男の蹴りを、まともに受けたからだ。

「……っち!?」

 強引に体勢を変え、地に着けた手を起点に再び跳躍。今度は自らが蹴りを放とうとするも、相手は身を引くだけで回避してしまう。服にすら掠らせないおまけ付きで、だ。

(なんで……っ!?)

 次いで迫り来る腕を払い、肩を当てようとするが簡単に防がれてしまう。しかも身体を払われ、無防備に背中を見せてしまった。しかし相手は、小太郎の隙を見て攻撃することなく、一歩下がってしまう。

「まだやるか?」

 小太郎の答えは決まっていた。

「……当たり前やぁ!!」

 身体を反転させて再び構えると、小太郎は『無慈悲なる街の亡霊』へと挑んでいく。

 

 

 

 

 

 事の起こりは、ネギが小太郎を誘ってタカミチのラーメン屋台に来た頃まで(さかのぼ)る。

「……あ、新田先生。御無沙汰しています」

「ああ、ネギ先生。お久しぶりです」

 教師時代にお世話になった学園広域生活指導員の新田に挨拶するネギ。そして、後ろにいる男性に気付いた。

「えっと、確かスモーキーさん、でしたよね」

「ああ、そうだ……」

 ネギ自身は初めて会うが、一度千雨を介してテレビ電話で話したことがあった。夏の一件で転移者の存在を知り、他にもいたからと会話の機会を設けて貰ったのだ。

「そう言えば、お二人はどうして一緒に暮らされているんですか?」

「スモーキーが転移した時に、偶々帰宅途中の私が見つけましてね」

 四人は並んでタカミチの屋台へと足を運んだ。既に視界に入っていたので、軽く手を上げて挨拶しながら、それぞれ席についていく。

「色々ありましたが、今は彼の妹のララ共々私の養子に入りました」

「ということは……」

「ええ、その直前のいざこざで魔法のことを知りましたよ」

 ハハハ……とその時を思い出したのか、タカミチの口から乾いた笑いが漏れ出てくる。

 真ん中に座るネギと新田が話す中、小太郎は頬杖をつき、スモーキーはメニューを眺めて注文をどうするか悩んでいた。

「思うところは多々ありますが、結局は『あの映画』のような出来事を回避すべきだと考えていますよ」

「ハハハ……そう、です、よね…………」

 今度はネギが、言葉を枯らせてしまった。

 魔法を知られることよりも、『あの映画』を見られてしまうことの方が、何故か恥ずかしいと感じてしまったからだ。他者に中二病時代の黒歴史を語るのに近いかもしれない。

「まあ、魔法の件に関しては、高畑先生や長谷川ともゆっくり話していきますよ。実際、認識阻害関連のカウンセリングとかに協力できないかと考えていましてね」

「それは助かります。事情を知るカウンセラーの方が少ないので、今も対応に追われているんですよ」

 かつて千雨の提案した、懐疑的な人間に対しての精神的保護は、まだ完璧に実行されているわけではなかった。マニュアルができていないというのもあるが、根本的に対応できる人材がほとんどいないからである。

 かなりデリケートな内容になる為、上から目線で諭すことも、下手に出て説得することもできない。近い立場に身を置き、根気よく相手の心を(ほぐ)す必要がある。その為、事情を知るカウンセラーを集めたり、一般のカウンセラーに少しずつ魔法の開示を行って人員を確保するしか、今のところできることがないのだ。

「とはいえ、先にカウンセラーの資格を取らなくてはいけませんがね「義父さん」――ああ、スモーキーありがとう」

 注文が決まったのか、スモーキーからメニューを受け取った新田は自分の食事をどうするか考え始めた。その時ふと、ネギは反対側に座る小太郎が静かなのに気付いた。

「小太郎君?」

「……俺、あの映画ちょい役やってんよな」

 どうやら不貞腐(ふてくさ)れていたらしい。

「しかも『2』には呼ばれんかったし……」

「ま、まあ、魔法世界の話だから……」

 ネギがそうとりなそうとするも、小太郎は未だにぶすくれていた。

「まあ、しゃあないわ……こっちは馬鹿で元孤児やねんから、人に気持ち何ざ分かるかいな」

 事情を詳しく聞いていたわけではないが、ネギはスモーキーの境遇について多少は聞いていた。もしかしたら思うところがあるかもしれない、そう考えて小太郎を止めようと手を伸ばす。

 

 

 

「やから分かるわけないやろ……『愛を知らぬ者が本当の強さを手にすることは永遠にないだろう』ってなんやねん」

 

 

 

 流石にこれ以上は何を言うか分からない。伸ばした手を口から肩に方向変換させ、小太郎を連れ出そうとするネギ。

「……違うな」

「あん?」

 しかし、ネギの手よりもスモーキーが放った言葉の方が早かった。

 間にネギと新田がいたので、スモーキーは一度立ち上がってから小太郎の前に移動し、座ったままでいるのを見下ろした。

「本当は気づいているんだろう? 『単に接し方が分からないだけ』だって」

「……んやと?」

 小太郎も立ち上がり、スモーキーと対峙した。

 思わずネギが止めに入ろうとするが、その身体は一本の腕によって立ち上がることを拒まれた。

「……新田先生?」

「ここはスモーキーに任せてみましょう」

 肩を引かれ、ネギは席に戻った。

 その間も、小太郎はスモーキーを鋭く睨み付けている。しかし相手は意に介さず、なおも言葉を続けてくる。

「接し方が分からないことを誤魔化す為に、お前はわざと拗ねているだけだ。だからお前は強くなれないんだ……」

「ゆうてくれるな、兄ちゃん……」

 一触即発、しかしスモーキーは後ろを向き、ひらけた場所まで歩き出した。

 立ち止まると、振り返って小太郎に向けて指を振る。

「さっきお前が言っていた言葉、俺が実践してみせてやる。こい」

「上等や!!」

 小太郎はスモーキーの挑発に乗り、駆け出して行く。

 その様子を、ネギ達は屋台から眺めていた。

「……とりあえずネギ君。喧嘩の範疇から出そうになったら止めに入るから、その時は小太郎君の方をお願いしてもいい?」

「分かった。まかせてタカミチ」

 一旦調理器具を置いて、タカミチは屋台の裏から出てきた。

 新田の横に立ち、同じく立ち上がったネギと共に、彼らの行く末を見守っている。

「しかし……どっちが勝つかな?」

「喧嘩の範疇ならスモーキーさん、かな」

 タカミチが何気なく放った言葉だが、ネギはそれに答えた。

「というより……小太郎君が負けるんじゃないかと」

「何故そう思われたのかな、ネギ先生」

 顔を向けて聞いてくる新田に対して、ネギは何処か気恥ずかし気に言葉を返した。

「今の小太郎君……少し前の僕と似ているから、ですかね」

 そして喧嘩が始まる。

 が、それは一方的なものだった。

 

 

 

 

 

 時間を冒頭へと戻す。

「がっ!?」

「頑丈だな……」

 攻撃を捌かれ、返す身体で回し蹴りを受けた小太郎は地面を転がる。スモーキーから距離を置くも、向こうは自分から攻める気はないらしく、ただ静かに見返していた。

「……だがそれだけだ。単調過ぎて、簡単に捌ける」

「んやとぉ!!」

 小太郎から突き出される腕を掴み、引き寄せて地面に叩きつける。慌てて転がり、後退する様子を眺めるだけで、スモーキーはそこでもまだ追撃を加えようとしない。

「生来の身体能力だけで戦ってきたのか。多少の技術はあるが、結局は力任せに頼り過ぎている」

「ぅるせぇわっ!!」

 瞬動術。

 足に気を集中、爆発させて行う移動術。

 小太郎は瞬動術を用いてスモーキーの懐に入り、掌底を飛ばす。

「……ふっ!」

 しかしスモーキーは手を払うと相手の勢いに合わせて身体を回転させ、

「ぐっ!?」

 回し蹴りで爪先を小太郎の脇腹に突き刺す。まだスニーカーだからいいものの、もし頑強なブーツとかならば、その威力だけで致命傷を与えられた。

「おまけに感情に流されやすい。だから強くても脅威にならない……いや、」

 飛び上がり、数歩下がる小太郎を眺めていたスモーキーは、ある結論に辿り着く。

「冷静になれなくて、弱くなっているのか」

「だからなんやっ!?」

 小太郎は脇腹の痛みに怯むことなく、スモーキーに組み付こうとする。しかしその手は空を切るだけだった。

「誰の言葉だったか……戦場で二番目に死にやすいのは『殺すかどうか迷う奴』らしいが「だからなんやねん!?」――……俺は殺すかどうか以外でも、迷う奴は死にやすいと思っている」

 背中を踏みつけられるのを転がって回避するが、立ち上がる気力がないのか、小太郎は地に伏せたままスモーキーを見上げていた。

「一瞬の躊躇や判断でも危険が及ぶ。ならば少しでも、迷う要素をなくすのは当然の行動だ」

「人を殺す覚悟を決めろ、ってか」

「少し違う……殺すか否かを先に決め、覚悟することだ」

 二人の話は続く。スモーキーは見下ろし、小太郎は見上げたまま。

「『愛を知らぬ者が本当の強さを手にすることは永遠にないだろう』、この言葉の意味を教えてやる。俺の解釈だがな」

 距離を詰めず、ただ言葉を投げるような会話が繰り広げられた。

 

 

 

「『誰かの為に戦う』。余程の自己愛者でもない限り、人が強くなる方法はそれしかないからだ」

 

 

 

「……は?」

 意味が分からない。小太郎は思ったが、スモーキーは言葉を止めなかった。

「自分一人なら簡単に諦めてしまう。あっさり見限ってしまう。『どうせ困るのは自分だけだから』と、壁を越えるのを止めてしまう。だから強くなれないんだ」

「……なれるわ」

 ここに来てようやく、小太郎は立ち上がった。

「周りに頼る者はいない。全部が敵、生き残る為に強くならなあかん。孤児やった俺には……強くなるしかなかったんやぁ!!」

 その気合はすごいのだろうが、ネギ達は思わず腰を浮かせてしまう。

 狗族獣化。

 小太郎が狗族の血を呼び覚まし、自らを獣化させたのだ。

「……だが、今は違うだろう」

 しかし、スモーキーは変わらず、立ち上がって獣化した小太郎を静かに見つめていた。

「『一人で強くなった』、そこで思考を止めるから、お前は強くなれないんだ」

「まだ言うかぁ!!」

 突き出される狗拳。

 だが、それは今までと同じく――

 

 

 

「自覚しろ……お前にももう、守りたいものがあるんだろ?」

 

 

 

 ――空を切った。

「が、あ……」

 見事なカウンターだった。

 小太郎の突撃に合わせて、スモーキーは相手の顔面目掛けて本気の蹴りを放った。その一撃で昏倒し、拳を外してしまったのだ。

「……俺は自覚している」

 獣化が半端に解け、膝から崩れ落ちる小太郎に背を向け、スモーキーはタカミチの屋台へと戻っていく。

「俺は何があっても家族を守る。そして……」

 喧嘩は終わった。獣化に身構えていた周囲も、そう判断し始めていた。しかしスモーキーは気にせず、義父の元へと歩いて行く。

「もう二度と(・・・)家族を悲しませない。その為に……生きることを決して諦めない」

 小太郎に駆け寄るネギの耳にも、擦れ違ったスモーキーの声が聞こえてきた。

 

 

 

「だから……誰よりも高く飛ぶんだ」

 

 

 

「……小太郎君、大丈夫?」

「ああ……悪い、ネギ。見んといてくれるか?」

 しかしネギは気にせず、小太郎に治癒魔法を掛けて治療を施していた。

「別に気にしなくていいよ……僕にも似たようなことあったし」

「そうか……」

 無事な腕を動かし、小太郎は自らの顔を隠す。

「……なあ、千雨姉ちゃん襲われた言われた時、どんな気持ちやった「取りあえず『千の雷(キーリプル・アストラペー)』ぶち込みたくなったからぶち込んできた」――……容赦なしかい」

(……まあ、そうやろうな)

 小太郎は内心そう考えてから、治療が終わった身体を起こし、そのまま地面の上に腰掛けた。

「要は、『誰かを守りたい』って気持ちの方が強い、って話なんやろな……」

「どっちかと言うと、『誰かを守り続けていく』、『諦めて見捨てたりしたくない』、『自分が動かなければ何も守れない』って気持ちが、自分を強くさせ続けようとするんじゃないかな?」

「悪いが俺はお前と違って、そんな頭良うないねん。まあ、でも……」

 小太郎は空を眺めて独り言ちた。

 

 

 

「……俺は守りたいんやろうな。夏美姉ちゃんのことを」

 

 

 

 これは、少年が愛を自覚する物語(はなし)である。



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第03話 男の裏で女は苦労する

「漸く麻帆良に着いたか……」

「もう完全に日が暮れちゃってるね……上条君心配してないかな?」

 季節は冬。

 闇が支配するのが早い季節の中、千雨達の乗るプレオは麻帆良学園都市の中へと入っていく。すでに下校時刻は過ぎているので、当直や見回り中の教師か、侵入者に備えて影に紛れている魔法関係者位しか人の気配がない。この寒さでは、誰も外に出歩きたがらないのだ。

「……停めるぞ」

 そう……よっぽどの事情か、悪事に手を染めない限りは。

 千雨は車を停めると、ゆっくりとドアを開けた。こなたも続いてプレオから降りると、車の陰に隠れてシグ・ザウエルP228を構えて、残弾を確かめている。

「事情が分からないから、そこに居て見張っててくれ」

「ほいさー」

 軽い口調とは裏腹に、こなたは右手に銃を握り、鎖を垂らして周囲に視線を巡らせていく。そんな頼もしい相棒を背に、千雨は道の端で蹲っている人物に声を掛けた。

「そんなボロボロでどうしたんだよ……村上」

「…………長谷川?」

 顔を上げた人物、村上夏美は声を掛けてきた相手が千雨だと分かり、ぼんやりとした眼差しを向けたまま立ち上がろうとすらしなかった。

 身に纏っている服は破れていないが、身だしなみは乱れて、裾もボロボロ。乱暴にされたというよりも、動き回ってあちこちに引っ掛けた様子だ。

「何かあったのか?」

「何でもない……」

 落ち込んでいるようだが、今は日が沈んで夜が支配している。このまま放置しておくのはまずいだろうと、千雨は強引に夏美を引き起こした。

「取りあえず落ち込むなら、別の場所にしとけ。こなた!」

「ほいほい! ……大丈夫そう?」

「今のところはな……あっちも警戒するまでもなさそうだし」

 空いた手でシグ・ザウエルP228を構えようとするこなたを制し、千雨は暗闇に紛れて近づいてくる人物に声を掛けた。

「久し振り、って言うべきか? ……総督殿」

「別にかまわないよ。電話やチャットでよく話しているしね」

 クルト・ゲーテルMM元老院総督は軽く手を上げてから、夏美の手を掴んでいる千雨の前まで歩いてくる。こなたも銃を握ってはいるが、銃口はすでに下を向いていた。

「偶々通りかかったんだけど、丁度いい。ちょっと時間取れないかな?」

「急ぎじゃないならこいつが先だ」

 夏美を連れ、千雨は車に向かった。

「それでもいいなら車に乗ってくれ。とりあえず喫茶店『Imagine Breaker』(こなたの家)に行くからさ」

「むしろ助かるよ。彼女達の喫茶店にも、一回行ってみたかったしね」

 クルトにはすでに転移者の話をしていた。

 今回もネギとの仕事で麻帆良学園都市に訪れていたのだが、彼も長期の休みを取ろうとしているらしい。

「こなた、悪いが村上と一緒に後ろに座ってくれ」

「はいはい、でもちょっと待って」

 夏美を強引に後部座席に乗せている千雨とは別に、こなたはクルトと向き合い、意外と長身な彼を見上げた。

「色々言いたいことはあるけれど、先にこれだけは言わせて」

「……何かな?」

 クルトは乾いた笑みを顔に張り付けていたが、内心では奮い立つ感情を抑えるのに必死だった。

 転移者の中には『原作知識』という、こちらの世界を覗き見ていた記憶があるのだ。中にはクルトの立場を危うくするものから恥部に至るまで、どんな情報が出てきていてもおかしくない。

 若干身構えつつ耳を傾け、こなたの言葉を待った。

 

 

 

「映画のスタイリッシュ土下座リアルで見せて!!」

「断固断る!!」

 

 

 

 しかし待っていたのは、原作とは関係ない筈の黒歴史だった。

「……こなた、言っとくけどあれ、メイキング映像でやっていたのもただの思いつきだからな?」

「え~、ちゃんと考えているのかな~て思ってたんだけど」

 それを聞き、クルトの頬を一滴の汗が伝った。どうやら一応、自分で考えてはいたらしい。

 

 

 

 

 

「ところで四宮君。私達って付き合っているんですか~?」

「どうだろうね~?」

 最後の客だろう、二人組の男女とすれ違った千雨達は喫茶店『Imagine Breaker』へと入っていく。

「ただいま~」

「はいお帰り……っと、最後に結構来たな」

 そう言ってツンツン頭の男、上条はテーブル席を片付けてカウンター裏に引っ込んだ。

「紅茶を四人前で。後で領収書も、あて名は白紙で頼むよ」

「……食事代経費で簡単に落とせるとか、アホだろ」

「そのアホなんだよ、メガロメゼンブリア元老院(あそこ)は……」

 学生等、社会人でない方は経費について調べてみて下さい。未来が切なくなりますけど。

「だから有効活用させてもらっているのさ」

 全員一先ず、手近な椅子を寄せて四人席を作ってから、それぞれ席に着く。丁度閉店間際と言うこともあり、上条も注文の品を並べると、カウンター席に一人腰掛けた。

「さて、席に着いててなんだけど……男は外した方がいいかい?」

「いえ、大丈夫です……」

 紅茶の入ったカップを両手で抱える様に持ち、膝の上に置いた夏美は、それをじっと見下ろしていた。周囲は急かすことなく、彼女が口を開くのを静かに待っている。

「実は……」

 気落ちはしていても、話す内容は小太郎のものと同じだった。繰り返しになるので詳細は『第01話 木枯らしの吹く頃に』を参照してください。後半です。

 端的に言えば、最後に小太郎をぶん殴ってからあちこち走り回り、体力が尽きて(うずくま)っているところに千雨達が話しかけたのが、この話の顛末(てんまつ)である。

「まあ、グーならいいんじゃないか? パーだったらシリアス寄りで笑い話になんないし」

 と上条が発言するも、周囲は冷たく突き放した。

「女に手を出させる時点で駄目話だ馬鹿」

「だからモテないんだよ。上条君」

 違うんだ、違うんだ……と頭を抱えて(うめ)き出す上条を放置し、辛辣(しんらつ)な言葉を放った千雨とこなたはどうしたものかと、黙り込んだ夏美の方を向いた。

「それで、村上はどうしたいんだ?」

「分かんない……」

 本当に分からないのだろう、夏美は頭を抱えて、テーブルの上に伏せてしまう。それを千雨は咎めることなく、当人が落ち着くまで、考えがまとまるまで待つことにした。

「こんな時になんだけど……」

 しかし手持無沙汰になるのが嫌なのか、クルトが口をはさんでくる。

「実はプライベート寄りな相談事があってね。気分直しに聞いてくれるとうれしいんだが、静かに一人で考えている方がいいかな?」

 どちらかと言うと、意識を一度ずらして悩みを考え直す機会を(もう)ける意図があったのかもしれない。でなければ、いくら何でもこのタイミングで話題を振ってこないだろう。

 そのことに気づいた周囲も、あえて口を(つぐ)んで見守っている。

「いえ、私も考え込んじゃっているので……よければ話してください」

 顔を上げた夏美に許可をもらい、クルトは彼女の気分転換になればと、自分の悩みを打ち明けた。

「……実は葉加瀬君のことでね」

 こなたと上条が顔を伏せた。

 周囲は何事かと思ったが、その当人達に先を(うなが)されたので、クルトは気にせず話を続けた。

「AMF関連の研究を彼女に頼んでいただろう? その件で彼女の功績を称えたいんだが……『超鈴音』の関係者だったから上手くいかなくてね」

「ああ……あの一件か」

 忘れるわけがない。

 なにせ千雨が魔法世界に関わることになった事件なのだから。

「そう言えば、あの事件で一応は『前科持ち』になったんだっけ?」

「ほとんど形だけだから経歴にさほど影響はないけど、そこをむやみにつつくのが今の元老院だからね……」

 むしろ、その一件がなければ今の世界は成り立たない。

 しかし、表立った権威を主張し、黒い染みを見つけては広げてつつき回すのが彼らなのだ。真っ向から対立する程の理由がない以上、無理に進めるわけにはいかない。

「だから代わりに個人的なお礼でも、と思ったんだけど……彼女独身だろ」

「おまけにまだ学生だぞ。あいつ」

 確か大学卒業後はそのまま大学院に通いつつ、ISSDAからの依頼を受けて研究を続けると、千雨は聞いたことがあった。AMF関連の研究の時もそうだが、仕事で3-Aの級友と会うことは結構多い。無論国内組に限るので、海外出張組のネギや明日菜と会うことは稀だが。

「彼女の為にも、下手なやりとりはできなくてね。何かいい方法はないかと思って相談に来たんだよ」

「まあ、葉加瀬には私も散々世話になっているしな……」

 個人的な形にはなるだろうが、仕事のお礼をするというのも社会人としては必要なことだった。そういう積み重ねが、存外次の仕事への潤滑油になることも多い。

「だから今度、飯でも奢ろうかと……使えるかもしれないな」

 何かを思いついたのか、千雨は顎に手を当て、脳内で思考を巡らせていった。

「となると後は面子か……村上、ちょっと待っててくれ」

 千雨は夏美を座らせたまま、クルト達を呼んで反対の隅に集めた。四人で円形を組んだまま、内緒話を広げていく。

「……で、何を思いついたの? 千雨」

「合コン」

 周囲が若干冷たくなるのを感じたが、千雨は気にせず話を続けた。

「……という名の食事会だ。要するに適当な理由をつけて食事会をするんだよ。丁度クリスマスも近いしな」

「なるほど、集団の食事会で同席していただけなら言い訳も立つ」

「おまけにあの二人も参加させてこっそり孤立させれば、強引だが会話もさせられるしな……」

「でも、二組じゃ面子が足りないんじゃない?」

「問題はそこなんだよ……」

 千雨の思惑を実行に移すには、最低三組が必要になってくる。一組はただのデートになって話が流れるかもしれないし、二組でもダブルデートの範疇(はんちゅう)だ。合コンなり食事会なり、集団の態を成すには最低でも三組以上が望ましい。

「事情の分かっているカップルが理想なんだが……お前ら、出るか?」

「やめた方がいいって。私はともかく上条君、ラッキースケベ属性があるし」

 若干落ち込む上条をクルトが慰めているのにも気付かず、二人は言葉の刃を振り下ろしてからも他の候補をひねり出していた。

「佐倉愛衣さんは? この前ピー君と歩いているの見かけたよ」

「できればISSDAの関係者で固めたいんだよな。小太郎も村上も、一応そっちの事情は理解できているし」

「……あの、だったらいいかな?」

 おずおずと手を上げて、クルトが一つの提案を繰り出した。

「千雨君が出るっていうのは、駄目なのかい?」

「私? いやいや、待て待て。そもそも相手が『いる(よね・じゃん・だろ)』――……マジで?」

 全員の返答で、千雨は思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。その相手にすぐ思い当たったからだ。

 他の面々も目線を合わせて追撃を繰り出してくる。

「千雨がネギ先生呼んだら、世界が滅びない限り飛んでくるよ。もしくは仕事に忙殺されない限りは」

「いや、でも……」

「元々彼のハニートラップ対策もした方がいいんじゃないか、って相談するつもりだったんだ。転移者が何をしてくるか、予想がつかないからね。女性慣れさせるには丁度いいと思うけど」

「あ~、だけど、な……」

「というか、自分だけ蚊帳の外なのはおかしいだろうが。言い出しっぺ」

 その上条の一言が止めとなった。

 

 

 

「……ああ、もう分かったよこんちくしょうが!!」

 

 

 

 頭を掻き(むし)りつつ勢いよく立ち上がり、千雨は夏美の方を向いて声高に宣言した。

「村上、合コンするぞ!!」

「…………へ?」

 どうしてそうなったのか理解が追いつかないまま、夏美は勢いに押されて呆然としてしまった。その為、千雨の仕切りを止めることができなかった。

「上条、こなた、この店予約(リザーブ)。日程が決まり次第、閉店後貸し切りで」

『アイ、マム』

「総督はISSDAから経費捻出、ついでに葉加瀬もそっちが誘え。名目は『仕事のお礼がしたいから、一緒に食事会に行かないか』だ。エスコートを前提に話を進めておけ」

「ああ、それくらいなら喜んで」

「必要な物はRUDEに用意させるか。3-Aは色々面倒だからこれ以上話を広げられないし……いや、神楽坂やいいんちょ辺りには話しておかないと、万が一こじれた時に面倒が…………」

 

 

 

 

 

 どんどんと話が進んでいく中、夏美は内心で思った。

(……どうしてこうなったの?)

 それは、誰にも分からなかった。



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第04話 合コン前のボヤキ

 便利屋『RUDE BOYS』。

 この世界に転移したスモーキーが立ち上げた何でも屋だ。その名の通り、犯罪や理不尽な仕事を除けば、大抵のことは引き受けていた。社員はスモーキーの能力(チート)顕現(けんげん)したRUDE BOYSのメンバーをはじめ、無名街の住人達がそれぞれできる仕事をこなしている。

 その内の一つに、以前千雨が経営していたレンタルルームの管理がある。元々物資や財産の隠し場所を用意する為に経営していたのだが、搬入物と築いた資産の増加に伴い、人に管理、運営を任せることにしたのだ。

 それが当時、新田を通じて知り合ったスモーキー達だった。

 現在は千雨がオーナーとなっているレンタルルームの一部を改装し、二階の一部を事務所、その下を作業場兼駐車場としている。

 その作業場兼駐車場に千雨は愛車の大型自動二輪(BT1100ブルドッグ)を押し入れていた。

「あれ、ネギ先生来てたのか?」

「あ、千雨さん。こんにちは」

 丁度遊びに来ていたネギに挨拶してから、ブルドッグを近くにいたピーに預け、千雨は一斗缶を裏返して腰掛けた。

「まさかここで会うとはな。何か用事か?」

「僕は付き添いですよ。小太郎君が今、上で仕事を選んでいるところです」

「仕事、ってRUDEの?」

 以前ここに来た時はナギやラカン、アリカが混ざって働いていたのを見て、かつての千雨は呆れたものだ。今度は小太郎かと思うと、身内が混ざって所帯染みてきた感覚を味わってしまうのだから不思議だ、と内心思っていた。

「千雨さんはこちらへは?」

「バイクの点検。時間がある時は大抵預けてるんだ」

 元々吸う人間がいないので、灰皿がないから煙草は咥えない。

「ネギ先生はRUDEに知り合いいたっけ?」

「昨日スモーキーさんと知り合ったばかりなんですよ。寡黙(かもく)ですけど、いい人ですよね」

 通りかかったタケシが頷いているのが見えたが、千雨は気にせず肯定するだけで留めた。一々家族自慢なんて聞いてられっか、という面持ちで。

「それで小太郎君が仕事も兼ねて勉強したいからと、ここでお世話になることにしたんですよ」

「まあ、働きながら学ぶこともあるか」

 そんなことを話していると、小太郎がスモーキーと共に並んで、二階から降りてきた。

「あれ、千雨姉ちゃん?」

「久し振り。これで茶々丸がいれば四人組完成なんだけどな「いますよ」――どわっ!?」

「まあ、落ち着いて」

 驚愕で思わずSIGP230を抜き、気配を消して近づいていた茶々丸の額に銃口を押しつける千雨だが、如何せんここの面子は鉄火場慣れし過ぎていた。

「私に銃弾は効きませんよ。いい意味で」

「千雨さん、驚いたからっていきなり銃口を向けるのは良くないですよ」

「子供達がいないからいいが、ここには危険物もあるから仕舞え」

 挙句の果てにはスモーキーまで、おざなりに注意してから奥にいるタケシとピーに話しかけていた。

「皆冷静やな……これ、普通に事案ちゃうん?」

 呆れる小太郎の視線を受け、千雨は漸く銃口を降ろした。それと同時に、スモーキーと入れ替わりに、奥からエヴァンジェリンが顔を出してきた。

「……ん、なんだお前達来ていたのか?」

「それはこっちのセリフだ……」

 SIGP230を仕舞い、掴んでいた茶々丸の胸倉を離してから、千雨は再び一斗缶の上に腰掛けた。

「お前らこんな所で何してんだよ」

「ちょっと修理(・・)を頼もうと思ってな。丁度帰ってきていた茶々丸に運ばせたんだ」

 エヴァンジェリンはおざなりに挨拶してから、茶々丸を引き連れて帰り出した。

「しかし随分暇そうな面子だな」

「ほっとけ」

 捨て台詞に噛みつき、エヴァンジェリン達が立ち去った後、千雨はふとネギに問いかけた。

「ああ、そうだネギ先生。昨日のメールの返事、いつになりそうだ?」

「午後からの会議次第ですけど、予定通りに進めば行けそうです」

「ん? どうかしたん?」

 不思議そうに問いかけてくる小太郎に、千雨はふとあることを思いつくと、こっそりネギにだけ軽くウィンクした。

「村上の気晴らしに、合コンもどきの食事会をな」

「なっ!?」

 昨日の今日で聞かされた名前に驚く小太郎を尻目に、千雨は立ち上がって歩き出した。

「じゃあネギ先生、頼んだ通りもう一人の面子もよろしくな」

「あ、はい。また連絡します!」

 そして千雨はネギ達に背を向け、二階へと上がって行った。

「なあ、ネギ「ごめん、5秒待って」――……どないしたんや一体」

 千雨のウィンクに軽く参っていたネギだが、深呼吸してどうにか心を落ち着けていた。

「大丈夫。ちょっとくらっと来ただけだから」

「まあええけど……なあ、もう一人の面子ってどういうことや?」

「うん、男側の面子が僕とクルトさんで、あと一人足りないんだ。だから僕の方で誰か(・・)誘っておいて欲しいって言われているん、だけ、ど……」

「へえ……そうなんや…………」

 二人の間に、微妙な沈黙が流れた。『誰か』という単語に敏感になる二人だが、ネギの男友達は(悲しいことに)少ない。しかも『独身かつフリー』の『人間もしくはその類』で歳の近い者等一人しかいない。

 だからネギに合コンの話が来た時、面子を聞いてすぐにピンときた。『奴を誘え』と言われていることに。

 しかし、原因となったのもその『奴』である。だからネギは、千雨の無言の指示もあり、一計を案じたのだ。

「小太郎君、来る?」

「いや、まあそれやったら「いや、無理にとは言わないよ」――……え?」

「だってスモーキーさん達もいるし、瀬流彦先生とか教師時代の同僚の人達にも声を掛けられるからさ。無理だったら千雨さんに謝って大学のお友達紹介して貰ってもいいし」

 小太郎は言葉を失った。

「フェイトはルーナさん達がいるから流石に呼べないけど、なんならラカンさんでもいいしさ。あ、上条さんを呼ぶのもありかも「お願いします。参加させてください!」――いいよ」

 元々小太郎を誘うつもりだったので、ちゃんと自分の意思でお願いしてきたことを確認したネギは、あっさりと参加を承諾した。

「とは言っても、僕の仕事次第では中止になるかもしれないから、それだけは許してね」

「それはしゃあないからええわ。じゃあ後よろしゅうな」

 丁度スモーキーが戻ってきたので、小太郎も一緒に仕事に出て行った。ネギも一緒に外に出て、ISSDAの支部へと向かって歩き出した。午後から始まる会議で年末年始の予定が決まるので、知らず知らずの内に気合が入ってくる。

「仕事の進捗に問題はないし、今回はクルトさんも参加してくれる。お正月もゆっくりできるかな……」

 欠伸した口から漏れ出た息が、白く染まってしまう。もう完全に冬と化した景色を楽しみながら、ネギの歩みは楽し気なリズムを刻んでいく。

 

 

 

 

 

 二階の事務所。

「楽しそうだね、千雨」

「そうでもねえよ……灰皿ねえか、ララ」

「ここ禁煙」

 千雨はそこに居たスモーキーの妹、ララに食事会のことを話し、必要な物を当日に用意するよう、仕事を頼んでいたのだ。

 食事だけでも上条達に用意させようとも考えたのだが、偶に手伝う都合上嫌でも内部を見る羽目になってしまっているので、正直楽しめないのだ。見事に千雨一人だけ。

「取りあえず食事と、未成年がいるからアルコールは無しで。確定したらまた連絡入れるから、それから準備しといてくれ」

「まあこれくらいなら、他の仕事の手間を増やせば許容内だから大丈夫だけど……できれば断わらないで欲しいな」

「一応確定寄りだが、何かあったのか?」

「お兄ちゃん、また養護施設を作る気なの……」

 呆れつつも、ララは何処か嬉し気に肩を竦めた。

「お義父さんも乗り気なのはいいけど、少しは自分やお金のことも考えて欲しいな、って」

「まあ、そう言ってやんなよ。奴さんも楽しんでんだしさ」

 しかし本気で反対しているわけではないのは、ララの態度を見ていれば分かる。恐らくもっと、自分のことにもお金を使って欲しいと考えているのだろうと、千雨は推察した。

 しかし千雨にできることは限られている。それでも、まだ彼女の動ける範疇(はんちゅう)だ。懐から取り出した封筒を差し出し、そのまま話を進めた。

「代金は先に払っとくよ。万が一駄目になったら、用意した食事は子供達のクリスマス会にでも回しといてくれ」

「ありがとう。千雨には本当お世話になりっぱなしね」

「気にするな。持ちつ持たれつだ」

 簡単な打ち合わせも終わり、千雨は腰掛けていたソファから立ち上がった。

 ララも千雨の背中を見送っていたが、ふと彼女が立ち止まって振り返ったのを見て、(いぶか)しんだ。

「どうかしたの?」

「いや……」

 振り返った千雨の視線を追ってみると、事務所の壁に飾られていた額縁に注がれていた。

「……あの額縁、何処で買ってきたんだよ?」

「え、いい言葉だと思うけど……」

「いや、物騒過ぎるだろ。これ」

 額縁にはこう書かれている。

 

『働かざる者、死ね 作:フィオ・アトキンス』

 

 と。

 

 

 

 

 

「しかし、よくできているな。これ」

「まったくだ。しかもこれ、大分昔の代物なんだろう?」

 一階の奥でエヴァンジェリンから預かったもの(・・)を広げながら、タケシとピーはその出来を堪能していく。

 

 

 

 それは、不気味な人形だった。

 

 

 

 ハロウィンのカボチャのような人形だが、その頭部はボロボロで両手足の中には破損が目立つものがある。右手に持っていたであろう大鎌の刃がついた箒も、刃が不揃いに欠け、箒の穂が完全に縮れていた。内部の可動部分は辛うじて残っているだろうが、それでも形を保っているのが精一杯、という様相だ。

「直せると思うか?」

「機構は問題ないと思うが、部品をかなり交換する必要があるな」

 適当に広げてから二人掛かりでばらしていると、外から大量の機械部品の入った箱を抱えた男が入ってきた。

「今帰ったぞ。使えそうな部品を掻き集めてきた」

「おう、シオンお帰り」

 箱を置き、シオンは改めて人形の全貌を見下ろした。

「家宅清掃のバイトの時に見つけたんだが、こんな感じだったんだな」

「というか、これの持ち主といつ仲良くなったんだよ?」

「夏に遺跡の探検をした仲だ。ラカンのおっさん達もその時にな」

 今度は三人掛かりでばらしていき、漸く全体の構造を理解できるまでになった。そして新しく設計図を引き、どう修理するかを打ち合わせしていく。

「ついでに幾つか改造するか。機構に影響ない範囲で武装を増やしておいてくれ、とも頼まれているしな」

「といっても、頭部に仕込み武器つけるので手一杯じゃないか? 鎌は新調ついでになんとかなるとして」

「いっそ箒で空飛べないかな……あ、そういえばこれの名前は?」

 話し合っていると、ピーがこの人形の名前を聞いてきたので、シオンが答えた。

 

 

 

「ジャック・オー・ランターン、通称『ジャコ』。エヴァンジェリンが昔何処かから盗んできた人形で、『人形遣い(ドールマスター)』の異名を持つ前に使っていた得物らしい」

 

 

 

 魔法が未熟だった時代に、絡繰り機構だけで操作して敵を蹂躙してきた代物だ。つまりAMF関連の対抗策であると同時に……

「……盗品?」

「いや、もう持ち主は居ない筈だし……」

「いやでも盗品だろ。これ?」

 果たしてこのまま修理して本当にいいのだろうか。何らかの犯罪に巻き込まれてしまうのではないか。

 彼らがその議論を終えるまで、修理の手が入ることはなかったという……



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第05話 合コンは戦争だ準備を怠るな!

「まず最初に言っておく……合コンとは戦争だ」

 麻帆良学園都市某所。その日、クルトはネギと小太郎を呼び出して向かい合っていた。

 椅子に腰掛けるクルトの正面に、ネギと小太郎が並んで横長のベンチに腰掛けている状態だ。

「本命の有無は関係ない。女性のネットワークは我々男性が考えている以上に恐ろしいものだ。故に、誰にどのような情報が回ってくるかは全くもって未知数だ」

「だからなんやねん……」

「駄目だよ小太郎君。しっかり聞かないと」

 小太郎のぼやきを(いさ)めつつ、ネギはクルトの話に耳を傾けている。

「要するに、合コンに参加する以上は相手を楽しませられなければ、参加女性の交友関係にも悪影響を与えかねない。だからこそ、相手に一切の不快な思いを与えてはいけないのだ……特にネギ君。社交界デビューしたての時みたいに壁の花なんて言語道断だ」

「もうしませんよっ!」

「ああ……あったな、そんなこと」

 その時は小太郎も一緒にいたので、なんとなくだが覚えていた。最終的には明日菜やあやかが連れ出していたのでなんとかなったのだが。

「……そういえば、千雨姉ちゃんにもそん時蹴り入れられてなかったか?」

「うん……『いいから前に出やがれ主役(えいゆう)!』って明日菜さん達の方へ」

 情けない話だ、とネギ自身忘れたいエピソードだったが、その時の出来事がないと未だに前へ出ようとしないのだ。主に緊張と気後れと小市民感のせいで。

「本来なら英雄の息子という立場だから、その手のことには強いと踏んでたんだけどね……」

「おまけにこいつが主役の祝勝会やったやろ、あれ」

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)での一件が片付いた後の顔見せだったからね」

 微妙に立場が逆転し、ネギの身が(ちぢ)こまってはいるが、それでも話さなければならないことはある。

「とにかく、必要なのは事前準備だ。まず「その前に、ちょっといいかな?」――なんだいタカミチ?」

 気がつけば、ネギ達とクルトの間に割って入れる位置に、タカミチが一人立っていた。腕を組み、乾いた笑みを貼り付けた状態で。

「……それを僕の屋台の前でやる意味はあるのかな?」

「いや、単なる挨拶(いやがらせ)

 そして景色を若干フェードアウト。

 ラーメン屋台を背にして、ベンチ席に腰掛けたネギと小太郎、その向かいに予備のパイプ椅子に腰掛けているクルトと、先程まで屋台の中で下拵(したごしら)えをしていたタカミチが立ち並んでいる。

 そしてタカミチの(こぶし)とクルトの刀(納刀状態)がぶつかり合った。

「僕を結婚式に呼ばなかった嫌味を言いに来て何が悪いっ!?」

「あの時お前仕事で音信不通だっただろっ!?」

 そのまま立ち上がったクルトと、エプロンを外したタカミチが互いに構えて向かい合う。二人は既に臨戦態勢に入っていた。

「正直に言ったらどうだ? 『美人の奥さんを自慢するよりも寝取られたくないから隠した』と」

「人の元生徒を食事に誘おうとする変態から愛する人を守って何が悪い……?」

「……『愛人』、他に本命が「居るわけないだろ僕を殺す気かっ!?」――……ならば来い、恐妻家」

 互いの足が地を離れ、己が信念がぶつかり合う。

「クゥルトォオオオオ……!!」

「タカミチィイイイイ……!!」

 男達は戦う。それぞれの誇り(プライド)を掛けて!!

 

 

 

 

 

 同じ頃。

 所変わって、こちらは以前千雨とネギがデートしていたショッピングモール。その中にある喫茶店の一角は、彼女達に支配されていた。

「さて皆さん……どなたか代わっていただけませんこと?」

「よしなさい、って。いいんちょ……」

 六人席の片側に並んで腰掛けているいいんちょこと雪広あやかの発言に、同じく並んで隣に腰掛けていた神楽坂明日菜がツッコんだ。

 ことの始まりは、千雨が『合コンやるぞ』と言い出したことに繋がる。

 事前準備や出席者を揃えるまでは良かったのだが、そこに待ったをかけた人物がいた。それが目の前に居るあやかだった。その日、千雨は他の参加者である夏美や聡美を引き連れて、合コン用の服を探しがてら買い物に来ていたのだが、そこは雪広財閥も出資していたのが運の尽き。

 大方、監視カメラか何かで見つけたのだろう。気がつけば偶々来ていた明日菜を引き連れたあやかに連行され、千雨達は向かいの席で並んで座らされていたのだ。

 今でこそ血の涙を流すまでには至らないが、ネギ関連で黙っていない人間の一人である彼女も呼ばなかったのは失敗だったのではないか、と千雨は内心腕組みしつつ、そう考えていた。

「そうか……いいんちょが居たよな。今更だけど」

「だからといって、今から抜けるとか言わない方がいいわよ。別の意味でややこしくなりそうだし」

 そう言い捨ててストローに口をつける明日菜に、千雨も無言で同意した。むしろ何故、合コンを提案した時に思いつかなかったのかと悔恨の念が絶えない。

 まあ、今更代える気は千雨自身持ち合わせていなかったが。

「……それで、ここには何をしに?」

「見ての通り、服を買いに来た」

 千雨の両隣に居る夏美と聡美を見て、明日菜やあやかも納得したかのように(うなず)いていた。

 バイクに乗ることが多いのでパンツルック寄りになる千雨もそうだが、裏方思考で目立つような服を着るのを避けている夏美に、そもそもファッションに興味を持たない聡美の三人だ。

 合コン用に衣服を揃えに来るというのも頷けるというものだ。

「丁度株主優待もあるしな」

「それなら……待ちなさい。それはどこの会社のものですか?」

「雪広財閥「インサイダー取引ではありませんか!?」――……大丈夫だって、私は雪広財閥とは縁もゆかりもない人間だから」

「千雨さん……」

 ユラリ、と立ち上がり、腕を組んだあやかは千雨を見下ろしながら、厳然たる一言を発した。

「……私の名前は?「いいんちょ」――雪広あやかですわっ!?」

 すっとぼけるのも限界だろうと、千雨はジョークだとあっさりばらしつつ、あやかを(なだ)めにかかった。その間明日菜は周囲に頭を下げ、聡美は我関せずとタブレットPCに何やら打ち込んでいた。

(私……本当になんで、こんな所にいるんだろう?)

 思えば遠くに来たものだと、夏美はこれまでの人生を振り返りだしていた。

 

 

 

 

 

「……そういやあの総督、なんで呼ばれなかったん?」

「宇宙エレベーターの建設手続きでどうしても抜けられない日と被ってたんだよ。それを事前に聞いていたから、招待状じゃなくて祝電依頼にしたんだって。あの時ISSDAが発足したばかりだから、皆忙しかったし」

「言われてみれば……お前も遅刻しとったな」

「思ったよりも打ち合わせが長引いたから、出席前に手続きしておかないと仕事が滞っちゃってたからね」

 抜刀された刃に拳をぶつけるという離れ業を眺めていると、屋台の陰から少女が一人、エプロンとバンダナ姿で出てきた。

「タカミチ……何やってるの? タカミチとクルト」

「ああ、アスナさん。お久しぶりです」

「よぉ、ちっこい姉ちゃん」

 適当に手を挙げて挨拶してから、少女こと高畑アスナにネギが説明した。

「結婚式の件で軽い喧嘩(こぜりあい)だから、多分すぐに終わると思うよ」

「まったく……子供?」

「それちっこい姉ちゃんに言われたら、二人も立つ瀬ないやろうな……」

 軽く溜息を吐いてから、アスナはバンダナとエプロンを外して屋台内にある物入れに突っ込んでいた。そして近くにあった荷物(フシギダネのマスコットキーホルダー付きリュック)を背負っている。

「じゃあ私、これからパルクールサークルに行ってくるから……タカミチにも言っといて」

「はい、また……ってちょっと待って下さいアスナさんっ!?」

「……何?」

 アスナの手が伸びていたのは、屋台に取り付けられているレジだった。彼女はネギの方を向いて、不思議そうに首を傾けている。

「さっきまで餃子を作っていたから、そのお小遣いをもらおうとしただけなのに……?」

「事前に取り決められていたとしても、レジじゃなくてタカミチの財布から抜いて下さい。売り上げと人件費は別にしとかないと税収計算ややこしくなりますから」

「そんなネタ誰が分かんねん……」

 税理士じゃない作者も理解できません。皆さんも独立して店舗を持つ時は、事前勉強を欠かさないように!!

 

 

 

 

 

「まだ目立つ、かな……」

「これ以上となると、本当に地味になりますから避けないと……」

「いっそシンプル路線で攻めたら? ヒールも履いて大人っぽさをアピールする形で……」

 そして喫茶店を後にした5人は、いくつかの(あやかのコネが効く)店を回り、商品を物色しては購入するを繰り返していたが、最後に夏美の服を決める段になって、流れが止められてしまっていた。

 千雨は元から決めていた服があったので即決。聡美はこだわりがないのか、学会にも出られそうなフォーマルデザインの一式を買い揃えていた。そして未だに決まらない夏美を明日菜とあやかが連れ回しているのを、千雨はタブレットに夢中になっている聡美に付き合う形で待っていた。

「なんだかんだ、面倒見がいいんだよな。あいつら」

「千雨さんもそうだと思いますけど?」

「そうでもねえよ……」

 喫煙室が近くにないので、休憩用のベンチに並んで腰掛けているだけで手持ち無沙汰な千雨は、作業中の聡美と話すことで暇を紛らわすことに。

「そういや、あの総督殿とはよく話すのか?」

「はい、仕事の関係でちょこちょこと」

 作業の手を止めることはないが、話す上で支障がないのであれば、千雨も特に気にすることはなかった。その手の人間が近くにアホ程いるから、とも言えるが。

 エヴァンジェリンとか茶々丸とかこなたとか灰原とか。

「ただ、最近は雑談とかも多いですかね……好きな食べ物とかも聞かれたことがありますし」

「合コン前の希望を聞きがてら?」

「いえ、大分前に聞かれました」

 その発言に、千雨の脳に冷気が(ただよ)い始めた。

「……他には、どんなことを?」

「仕事の話の延長ですけど、趣味とか最近はまっていることとかを……どうかしましたか?」

「いや、何でもない……ちょっと用事思い出したから、メールしてていいか?」

「? ……はい」

 不思議そうに千雨を一瞥(いちべつ)してから、聡美はタブレットに没頭し始めた。

 それを脇に、千雨は携帯を取り出して軽くタップし、メッセージアプリを起動する。相手はこなただった。

『こなた、ちょっといいか?』

『なに~(。・ω・。)』

『原作知識で聞きたいことがあるんだが……』

『葉加瀬さん達のこと?』

『当たり』

 どうやら、いやな予感が当たったらしい。こめかみを押さえながらも、千雨はメッセージを打ち込み続けた。

『まさかとは思うが……葉加瀬と総督殿って』

『まあ、そっちもダイジェストなんだけどね』

 千雨は以前、こなた達から転移者が持つ原作知識について、さわり程度には聞いたことがあった。とはいえ未来を変えるレベルのことは()えて聞かず、他に転移者が居た場合、どの程度知られているかを聞いておく為だった。

 だから千雨は、原作内で映画を撮っていたという事実がないことを知り、銃という選択肢を選ぶに至ったのだ。話が逸れたが、それでも必要な知識は必要な時に聞き、また教えるという不文律が千雨達の中で生まれていた。

『原作最後の『そして彼女はこうなった』的なナレーション内で、『某総督と結婚した』って書いてましたΣ((°Д°;;;)))びっくりだよねー(^_^)/』

『……まじかよ』

 頭が痛くなるのを(こら)え、果たして合コンが無事に終わるのだろうか、という新たな悩みに、千雨は呆れてモノが言えなくなってしまった。

『まあ、なるようになるって。私としては放置推奨(^_^)b』

『不安しかねえよ!!』

 携帯を仕舞い、千雨は静かに目を閉じた。

「未来なんて知るもんじゃねえな……」

「結果が分かっている実験程、つまらないものはないですからね~」

 千雨の独り言に、聡美は視線を外すことなく適当に返してきた。



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第06話 どうしてこうなった……?

第06話 どうしてこうなった……?

 その日、小太郎は人生で初めての鉄火場を目の当たりにした。

「……っ!?」

「おやぁ、ネギ君。どうしたんだい? もう終わりかね?」

 ん? ん? といやらしい顔で聞いてくるクルトに、ネギは拳を握りしめた。

 強く、強く、己の無力さを握りしめるように。

「さあ、早くしたまえ。もう君に出来ることはないはずだ。違うかね?」

「ここまで、なのか……」

「ネギ先生……これが結果だ」

 横合いから、ネギに声が掛かる。発言した千雨は煙草の灰を灰皿に落としながら、軽く息を吐いた。

「私はあんたに、『慌てるな』と言ったはずだ。確かにあんたは計算高いさ。今まではそれで、大抵のことは何とでもなってきた。でもな……選んだ責任は取らなきゃならない。例えそれで、後戻りできない選択肢になろうとも、だ」

「はい、それは……分かっています」

「そうだろう。ならば受け取りたまえ、その結果を!」

 クルトの圧が、ネギに襲いかかってくる。千雨は煙草を吸いながら、明後日の方を向いていた。もう手の施しようがないと、諦めてしまったのだろう。

 ネギは、覚悟を決めると手を動かした。

「千雨さん、お願いがあります。僕が「分かっているから、早くしろ」――……はい、いざっ!?」

 ネギの手が伸び、最後の、敗北の確定した一手を繰り出した。

 

 

 

「……ロォン!! 大三ェ元!!」

「ああやっぱりぃ!!」

「調子扱いてリーチかけっからだアホ……」

 

 

 

 呆れながら吸い殻を灰皿に捨てると、千雨は腰掛けている椅子を傾けながら、財布を取り出して中身を確認しだした。

「だから慌てるな、っつったのに。レートも私達の(ローカル)ルールで行こうと言ったのに調子に乗って蹴りやがってさ……ほら、手持ちいくら足りないんだ?」

「すみません、千雨さん……後でコンビニから引き出します」

 ネギは手持ちの現金を財布から全て出すと、足りない分を千雨から借りて精算した。

「くっくっく……まさかこんな形で7年前の借りを返すことになろうとはね……例え結果が良くても、あの時の交渉は痛かった!!」

「楽しそうですね~クルトさん」

 千雨の向かいの席に着いていた聡美は、先程迄の流れに無頓着な表情を浮かべながら、精算を終えた雀卓を片付け始めていた。

「それにしても、麻雀って面白いですね~。今日初めてやりましたけど」

「これからもやりたいなら誘おうか? 暇な時は大抵悪友共とやってるし」

「『ここは雀荘じゃねえ!』って、上条さん何度も言ってるよなぁ!!」

 そう上条が叫ぶ中、遠巻きに眺めていた小太郎は、なんとも言えない眼差しを千雨達に向けていた。

「どうして……」

「……こうなったんだろう?」

 横に並んで立っている夏美と共に。

 

 

 

 

 

 合コン当日の喫茶店『Imagine Breaker』。

 状況は(つつが)なく進行していた。

 とは言っても、合コンだとありきたりな自己紹介は顔見知りしかいないからと省略され、もっぱら千雨が便利屋『RUDE BOYS』に注文した食事に興味が移っていた。店は貸し切り状態で、合コンの参加者以外はスタッフとして控えている上条だけだ。

 こなたはいない。

『エヴァにゃん達と徹夜でゲーム大会やってきます!!』

 と、エヴァンジェリンの家でゲームをやっているらしい。アスナやその友達(エリ)も一緒になってやっているとか。監督役に誰か残した方がいいかもしれないが、現在は師走(しわす)

 全員出払っているから誰にも止められることなく、徹夜でゲームが出来ると騒いでいたが、千雨は知っている。後でしずなが茶々丸と共に、エヴァンジェリンの家に乗り込むことを。そしてエリも知っている。新田とスモーキーも仕事上がりに寄り道して様子を見に来ることを。

 そんなこんなで店内に計7人しかいない合コンは完全に食事会の様相を呈し、言葉少なく一頻(ひとしき)りの飲食を終えてから、夏美は店の隅の席に腰掛けていた。

「あ、あのさ……夏美姉ちゃん」

「え、あ、こ、小太郎君」

 話の輪から離れて、二人きりになりだしたのを見た面子が気付かれないように、早々に行動を開始していた。

「こ、この間は……えっと」

「あ、えと、私も……」

 ただ一言謝罪すればいい。

「またかおい勘弁してくれぇ!!」

 後ろで叫んでいる上条のように。

「その……痛かったわ。いろんな意味で」

「その、私だって……うぅ」

 どう接すればいいのかが分からない。何もかもが初めてで、とっかかりが掴めないのだ。

「あの、私初めてなんですけど……」

「ああ、教えるよ。僕も接待で結構やってるし」

 聡美のように、クルトという指導役がいればいいのだが、今は二人だけだ。誰も助けてはくれない。

「……なあ、夏美姉ちゃん。正直に言ってもええか?」

「よ、よし来い」

 変な気合いを入れながら、夏美が身構え出すのを、小太郎はなんとなくだが感じ取っていた。

 こんな時に、小手先の技は通じないだろうし、何より小太郎はそんな技を持っていない。

「ローカルルールでいいか? レートは1%で、いかさまがバレたら全員に五千で」

「バレたら、ですか?」

「いかさまはバレなきゃ『技』だ。というか、そうしないと勝てない奴がいるんだよ……椎名バリの幸運持ってるどっかの爆乳眼鏡とか」

 技も、幸運もない。ならば残るは自らの身体のみ。

「大分慣れてきましたし、レート100%で行きましょう」

「調子扱いてると、足下すくわれるぞ」

「お、俺は「やっぱダメッ!!」――あがっ!?」

 しかし、相手の身体の方が持たなかったらしい。

 千雨の忠告通り、前に出すぎていたのかも知れない。再度飛んできた夏美の拳を受け、小太郎はカウンター席に背中をぶつけてしまった。

「ほんと()ってぇな!!」

「煩い!! この前だってあんたがわがままばっかりだったからでしょう!!」

「夏美姉ちゃんもやろうが!!」

 互いににらみ合い、そして感情が爆発したかのようにそれぞれがそっぽを向いた。

「もうあったま来た!! 他の人と話す!!」

「そりゃこっちのセリフや!! 女なんて(・・・・)他にもいっぱい――」

 そして二人が他の合コンメンバーの方を向いた時、ようやく状況に気付いた。

「……え」

「あれ……」

 振り向いた先では、テーブルを囲んだ四人が小さな(パイ)()り、互いの財布(ライフ)を喰らい合っていた。

 ……というか麻雀していた。

「なあ、おい「リーチ!!」――聞けやっ!!」

「慌てるな、って」

 千雨の忠告が、どこか小太郎達にも向けられているような気がしていた。

 

 

 

 

 

 そして話は冒頭に戻る。

「なあ、夏美姉ちゃん……」

「何?」

「男、上条の兄ちゃんがまだおるけど……声掛けるん?」

 雀荘に変えられつつある自らの(しろ)に対してかなり落ち込んでしまっている上条は、頭を抱えて床上に転がっていた。正直話しかけたくない光景である。

「いや、流石にスタッフさんだし……小太郎君は? 声掛けないとまた麻雀始めそうだけど」

「あ~、もうええわ」

 後ろ頭を掻きながら、小太郎は空いた手の親指で外を示した。

「ちょっと、店の外で涼まへん?」

 そう誘われて、夏美も静かに(うなづ)いた。

「うん、いいよ……」

 二人は店の外に出た。

 とはいえ、ただ店の前に並んで立ち、夜風に火照った身体を冷ましているだけだが。

「ああ、頭冷えてきた……夏美姉ちゃん」

「何?」

 夏美の方も頭が冷えてきたのか、今回は落ち着いて話を聞いていた。

「なんか、色々とスマンかったわ。俺、こういうのは苦手で……」

「分かるよ。だから私も……ごめん」

 互いに向き合っているわけじゃない。いや、顔を見なかったからこそ、ようやく言えたのかも知れない。

「……ねえ、小太郎君。もしかして、私のこと好き?」

「ど直球やな……」

「いやぁ……もう今更かな、って」

 並んで立つ相手の方を見る。顔を赤らめて視線を逸らそうとするのを、意思で押さえるのが精一杯だった。

「なんでそう思うん?」

「だって、私も……好き? かもしれないから、かな」

「そっか……悪いけど、よう分からん。ガキやなぁ、まだ」

「お互いにね……クシュン!」

 身体が冷えすぎてしまったのか、夏美の身体が震えていた。小太郎は震える身体を掴むと、自らの方へと抱き寄せた。

「でも、これだけは分かっとるんや」

「……何を?」

 凍える身体を互いの体温で暖め合う中、小太郎は言った。

 

 

 

「……俺は守りたいんや。他の女やなくて、ただ、夏美姉ちゃんのことを」

「そっか……」

 

 

 

 互いに言葉はなく、ただ抱きしめ合いながら。

 

 

 

 

 

(両想いかよ。くそったれ……)

 以前こなたに貸していた受信機越しに二人の会話を聞いていた千雨は、もう必要ないだろうとイヤホンマイクを外した。ちなみに盗聴器は合コン前に、夏美の衣服に忍ばせていた。

「ぼちぼち解散するか。向こうも終わったっぽいし」

「うまくいったかな?」

 事情をなんとなく察していたのか、様子を見ていたクルトにそう聞かれ、千雨は肩を竦めた。

「また喧嘩しそうだけどな……ま、今は二人にしといてやるさ」

 どうなるかなんて、分からない方がいい。だがそれでも、心配になって聞いてしまうのも人間の(さが)か。

「ところで上条、あいつらってくっつくのか?」

「ああ、うん。確か展開は違うけどな……」

 ようやく起き上がった上条は、食べ終えた皿を片付けながら答えてきた。

「少なくとも、合コンも麻帆良での告白もなかったからな。後は当人達が納得すればいいんじゃないか?」

「そうだな……」

 そして千雨達は店の外にいる小太郎達に声を掛けてから、今日の合コンは終わりを迎えた。

「……しかし」

 帰って行く合コンメンバーを見送ってから、上条は店内の様相を見て肩を落とした。

「全部一人で片付けるのか……不幸だ」

 せめてキノが帰ってきてくれれば、そんな淡い願いを抱きながら、上条は店の中を片付け始めた。

 ちなみにキノは、年末に帰ってきました。

「これお土産」

 麦野辺りが喜びそうな馬鹿でかい鮭を抱えて。

 

 

 

 

 

「楽しかったですね~合コン」

「あれを合コンと呼んでいいのかは疑問だけどね……」

 聡美はクルトに連れられながら、家路についていた。現在彼女は大学の近くで倉庫を買い取り、最低限の生活基盤と研究施設を内装して暮らしていた。偶に爆発するのが玉に瑕だが、騒音は開発した特大ノイズキャンセラーで誤魔化しているとか。

「でも、元々は食事会として誘ってくれましたから、これで良かったと思いますよ?」

「まあ、そうだね……」

 さて、どうしたものか、とクルトは内心で考えていた。

 このまま二件目に、という考えはない。話を聞いていると、千雨と違ってあまりお酒を飲まないらしい。それどころか聡美はインドア派で、あまり出歩くような趣味は持ち合わせていないのだ。

 研究への礼としての義務は果たしたが、クルトにとってはそれだけではない。その辺りは小太郎と違い、すでに自覚していた。

「あ、ここです」

「少し殺風景じゃないかな……」

「もっと広い所に引っ越すつもりなんですけど、まだちょっと資金が足りなくて……」

 軽く頬を掻く聡美に、

「そうかい……」

 と返すだけに終えた。

 もう今日は終わりだから、もう帰ろうと踵を返そうとした。

「あ、クルトさん」

「……何かな?」

 機先を制されてしまい、クルトは何を言われるのかと、ただ聞くことしか出来なかった。

「良かったら、お茶でも飲んで行かれませんか?」

「……喜んで」

 明日はタカミチの鉄拳が振ってくるかな、なんて考えながら、クルトは聡美に連れられて、倉庫の中に入っていく。

 

 

 

 

 

「皆さん、うまくいっているでしょうか?」

「さあな……それこそ連中次第だ」

 千雨はプレオにもたれながら、ネギから受け取った紙幣を財布に納めていた。先程立て替えた麻雀の負け分である。

 どうせコンビニに寄るなら、と千雨達は車に乗って麻帆良学園都市の外周部に来ていた。そこでホットドリンクを飲みながら、二人暢気(のんき)黄昏(たそが)れていたのだ。

 車内に入れば暖かいだろうが、千雨達は外に居続けた。ホットドリンクのせいか、誰かといる分温かい気持ちになるからかは分からないが。

 それでも二人は、外に居続けた。

「……なあ、ネギ先生?」

「どうしました? 千雨さん」

 しかし、千雨は頭を振って話を切った。

「いや、なんでもない。帰ろっか」

 そして千雨達は、プレオに乗り込んでいった。最初の目的地はネギの実家があるマンションだった。

「……いい、景色ですね」

「見飽きたけどな……あ、そうだ」

「何ですか?」

 なんとなく走っていると、千雨はふと、思いついたことを助手席のネギに話した。

「ちょっとした思いつきだけど、今度レースしないか。杖とバイクで」

「いいですね! 今の時間なら迷惑にならないでしょうし」

「だろ? じゃあ今度やるか」

 ハイビームに切り替えたプレオは、夜空の下を駆けていった。

 

 

 

 

 

(……まあ、言わなくていいか)

 コンビニの前で言いかけたことを、千雨は咄嗟に飲み込んだ。

 それが正しいのかどうかは分からないが、それでも、千雨はネギの傍に居ることを選んでしまった。例え、自らの(・・・)結末(・・)が分かっていたとしても。

(本当、どうしてこうなったのやら……)

 千雨の運転するプレオは、夜の麻帆良学園都市を駆けていく。



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2周年記念特別話

 麻帆良学園内にある施設内の小さなホール。その壇上に、彼らは立った。

「皆様。本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。ネギ・スプリングフィールドです」

「神楽坂明日菜です」

「……長谷川千雨です」

 三人は一斉に頭を下げ、再び上げた。

「この度、皆様にお話ししなければならないことがある為、急遽休載させて頂きました」

「説明を省いて読者を置いていく作風。別ペンネームの作品を優先しての月一更新。挙句の果てにはストックすらまともに用意できない始末」

「こうなるのは予想できました。……いや、さっさと見切りをつけるべきだったよな?」

「千雨さん……それって暗に、僕との未来が嫌ってことですか?」

「いやだって……神楽坂のいない世界線(原作『UQ HOLDER!』)じゃネギ先生(かば)って、私死ぬだろ。もしかしたらこの世界線でも……」

「大丈夫です!! きっと大丈夫ですよ!! だって原作でもそれっぽいフェードアウトしただけで、もしかしたら『実はヨルダに取り込まれていた』可能性も「それって、一番タチ悪くない?」――明日菜さんもやめてっ!!」

「いいからさっさと発表して帰ろうぜ。この後悪友達と飲みに行くんだからよ」

「あ~私もこれからアスナと一緒に、パルクールサークルの懇親会に参加するって約束してるのよね~」

「なんで重大発表の後にそんな暢気なことができるんですかーっ!?」

「馬鹿者。内容が内容だから、この後気楽にできるんだろうが」

「というか、読者の皆様はもう予想がついているんじゃないかしら?」

「まあ、僕もそう思いますけど……発表はちゃんとしましょうよ」

「しょうがない。さっさと片付けるか……垂れ幕ドン!」

 千雨の合図と共に、三人の背後に垂れ幕が下がった。

 そこにはこう、記載されていた。

 

 

 

 

 

【『魔法先生ネギま 雨と葱』、打ち切りまーす!! みんなごめんね♪】

 

 

 

 

 

 そして、おもむろに後ろを向いた面々の中で、千雨が真っ先に動いた。

「……って軽っ!! 軽すぎだろ作者!!」

「そもそも、最近断捨離に凝ってる作者が、他の作品含めて執筆の時間が取れないのが原因らしいですけどね。気持ちも軽くなっちゃんたんですかね?」

「そう言えば、要らない物片っ端から片付けて売ろうとしていたものね……」

「いや、だからってこんな軽いオチとか有りかよ!! つーかまともに挨拶する話はどこ行ったコラ!!」

「……ね、ネギ。千雨ちゃん見て分かるでしょ? まともにやるだけ損なのよ。こんな風に事態を軽く見る馬鹿は淘汰されるべきなのに平気で真面目な人巻き込むし」

「というか……まだ異動してなかったんですか、作者。碌な報連相ができないくせに人を平気で見下している馬鹿共の相手が面倒だからって、異動願いだしたの確か、5月終わりでしたよね?」

「それも怪しいけどな。年末までに移動する筈が、未だに異動先がわからないとか」

「おまけに営業所の方が慌ただしくなっているから年明けに伸びそうだし、もう諦めた方がいいんじゃない? 色々金策試しているみたいだし、いっそこのまま退職いっちゃう?」

「駄目ですよ明日菜さん。きちんと収入源確保してからじゃないと」

「ほんと世知辛いよな……ってちょっと待て!! なんで打ち切り発表で作者の愚痴を語ってるんだ私達は!?」

「それは作者のストレス状態によっては、また断筆するからですよ」

「実際、最初の就職先辞めた後なんて酷かったわよね。全然書いてなかったんだから」

「あの時の方が時間あったくせにな……一時期ニートだったし」

 また話が脱線しかけていた時、壇下に控えていた朝倉(次話位に麻帆良学園都市に戻ってくる予定です)がカンペを掲げてきた。

【第三章最終話、早く流して】

「いいのか、朝倉。第二章でのお前の活躍なくなるぞ?」

「まあ、打ち切りだからしょうがないじゃない」

「もうすぐ更新文字数累計40万字(現時点)にいくのに、未だに人気がないですからね」

「本当、よく続いたよな。ここまで」

「それでは、皆様……」

「本来執筆予定は遥かに先でしたが、第三章最終話」

「どうぞ、お楽しみ下さい……」

 

 

 

 

 

【魔法先生ネギま 雨と葱 最終話】

 決戦を終えて数日後の喫茶店『Imagine Breaker』店内にて。

「終わったんだね……全部」

「ああ。終わったんだよな……」

 洗い終わった食器を片付けながら、上条はカウンター席に着いているこなたに声を掛けた。全てに決着を終えた今、精神がゆるんでしまっているからだ。

 いや、より正確には……ようやく取り戻した平穏を楽しんでいた。

「そう言えば……今日だっけ?」

「うん……どうするのかな、千雨は?」

 そう、全ての戦いを終え、ネギ・スプリングフィールドはイギリスに旅立つ。

 

 

 

「もう行ってしまうのか、ネギ? もう少しゆっくりしても……」

「よせってアリカ。こいつももう、自分の道を歩いているんだからさ」

 便利屋『RUDE BOYS』のシオンを運転手に雇い、ネギと明日菜は今日、ナギ達に見送られてイギリスへと旅立つ。例え転移者達の脅威を退けても、彼等には魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を救う使命が残っている。休む暇はないのだ。

「それにしても、他の皆も薄情よね。見送りに来ないなんて」

「仕方ないですよ明日菜さん。スカリエッティとの戦いの傷跡は、未だに癒えていないのですから」

 そう、ここにいるのはナギとアリカだけ。

 学園都市の復興作業は未だに終わらず、交通網もタクシーを含めて完全に麻痺していた。運転のできるシオンを雇えたのだって、千雨の力添えがなければ不可能だったかもしれない。

 しかし、力添えをした千雨本人はここにはいない。戦後処理で未だに奔走しているからだ。今も恐らくは、関東魔法協会で被害状況を把握する為に情報収集していることだろう。

「僕達には僕達の仕事があります。きちんと片付けて、また戻って来ましょう」

「その頃には妾も免許を取っておくからな」

「本当に取ってそうだな……」

 意気込むアリカに若干(おのの)くナギをよそに、出発の時間が訪れてしまう。

「……あ、クラクションなってる」

「もう行かないと……じゃあ、行ってきます」

「ああ、行ってこい」

 ナギに背中を叩かれ、アリカに見守られながら、ネギは明日菜を(ともな)って車に乗り込んだ。

「お願いします」

「ああ、じゃあ出すぞ……」

 シオンの運転する車は、ゆっくりと国道を走り始めた。

「行ってしまったな……」

「ああ……ま、今度帰ってきたら、家族水入らずでうまいものでも『数限りない食材と数限りない料理法。俺は全部を』――あれ、電話?」

 通話が入ったのだろう、ナギは鳴り響く携帯を操作し、自らの耳元にあてた。

「もしもし……千雨ちゃん?」

 

 

 

「寂しくなるわね。ネギ」

「ええ、でも大丈夫ですよ」

 忙しく書類を捲るネギには、これからのことが手に取るように分かった。いや、分からされたというのが近いか。

「……すぐ忙しくなって、寂しさも紛れるでしょうから」

「うん。見てれば分かる。ハア……」

 これから訪れるであろう、大量の仕事に溜息が漏れ出してくる。

 しかし、嘆いていても始まらない。これからも前を向いて生きることを胸に近い、再び書類の山に没頭しようとするネギ。

「……なんだ、結局来たのか」

 しかしネギの意識は声を出したシオンへ、そして視界に映った鏡に投影された、バイクを駆る千雨に向けられた。

「あ、千雨ちゃん!」

 明日菜も気付いたのか、ネギの肩を叩いて千雨の方へ向かせる。信号が青に変わったばかりで未だに停車することはないが、しばらく併走すればそのうち停まる機会もあるだろう。

 だが待ちきれないのか、運転席の後ろに腰掛けていたネギはパワーウィンドウを下げ、顔を出そうと――

「千雨さん!! ……え?」

 ――したが、併走した千雨はそのままネギのいた所を通り過ぎ、運転席のシオンに向けて叫んだ。

「シオン停まるな!! この車に爆弾が仕掛けられている!!」

 ……全員、思わず開いた口が塞がらなかった。

「このバイクに乗って帰れ!! 爆弾はこっちで処理する、詳しいことはスモーキーに聞け!!」

 よく見ると、千雨が乗っているバイクは普段乗っているのをよく見る大型自動二輪(BT1100ブルドッグ)ではない。ゴテゴテと電子部品が取り付けられている、一般でもなかなかお目にかかれない代物だ。

「それRUDE(うち)に依頼してきた自動運転用の試作品じゃねえか!!」

「だから運転代わる為に乗ってきたんだよ!! スモーキーから『お前は逃げろ』ってさ!!」

「うまくいってくれればいいけどな……車もバイクも」

 ネギと明日菜ではまともに運転できるかも怪しい。そもそも免許すら持っていないのだ。

 適当な荷物を重し代わりにしてアクセルを固定、速度を落とさないようにしてからルーフに躍り出たシオンと入れ替わりに千雨が乗り込む。

「じゃあ後は任せた!!」

 そして千雨の乗ってきたバイクに乗り込むや、シオンはそのまま減速、路肩に停車させていた。

「ねえ、千雨ちゃん。爆弾ってどういうこと!?」

「どっかの転移者(バカ)が色気だして原作破壊(レイプ)しようとしやがったんだよ!!」

 ヘルメットを脱ぎ捨て、重しにしていた荷物をどけてから、千雨はことの子細を話し始めた。

「魅了系の能力(チート)でハーレム築こうと考えた奴が、ネギ先生が邪魔だからって安直に爆死させようとしたのがことの始まりだ。犯人は今朝倉がシメてるけど、情報(ネタ)聞き出した頃にはもう車は出てるって言うし、携帯のGPSを頼りに追っかけてきたんだよ!! ……信号機遠隔操作して青に変えながらだからすんげえ疲れた」

「そういえば、この車に乗ってから赤信号に捕まってませんでしたね……」

「運がいいのかと思えば……真逆じゃないのよっ!!」

 しかし嘆いている暇はない。

 千雨が人気のない場所まで車を運転している中、ネギは解析魔法を用いて爆弾を探し始めた。

「……ありました! 車体下部、外から取り付けられています!!」

「速度計以外のセンサーがないか探してくれ! なければそのまま武装解除(エクサルマティオー)で弾き飛ばせばいい!!」

「そっか、それなら……あれ?」

 他の車が近づいてこないか見回していた明日菜は、ふと今の千雨の発言に疑問を抱いた。

「……ねえ、車捨てて脱出した方が早くない? さっきみたいにアクセル固定させてから」

「それな……スペアプランに格下げになった」

 若干頭を抱えるかのように前のめりになりながら、千雨は苛立たしげにハンドルを回した。速度をほとんど落とすことなく曲がりきると、そこは既に交通規制が掛かっていたのか、進行方向上に車体の影が一つも見えない。

この社用車の持ち主(スモーキー)がごねてな……『廃棄し(乗り捨て)ても構わんが、犯人から回収できないのであれば、狙われた元凶である麻帆良学園側に請求書を送る』って聞かねぇんだよ。ちなみにISSDAにも関東魔法協会にも、この前のスカリエッティ戦のせいで予算がカツカツだから、経費で落とすとか十中八九無理」

「おまけにシオンが死んだらRUDEを敵に回すことになるから、復興どころかまた戦いになるってこと?」

「だからあいつだけ先に脱出させたんだよクソッタレ!!」

 唯一の救いは、向こうが『家族』だけを助けてそれで良しとする考えを持ち合わせていなかったことだろう。魔法協会に混ざって、RUDEの面々が交通規制に協力しているのが見える。

 けれども、それで爆弾がどうにかなるわけではない。

「速度センサー以外は大丈夫です!! これくらいなら武装解除(エクサルマティオー)ですぐ外せます!!」

「ドリフトかますからそのタイミングで外せ!! 湖に捨てちまえば被害ゼロだ!!」

 映画撮影の時に改造路面電車で駆け抜けた橋の上に入る前に、ネギはドアを開けて半身を乗り出した。

(ああ、戻ってきたんだ……)

 そんな弟分を力いっぱい固定しながら、明日菜は内心で落胆しつつも、安心しきった眼差しを浮かべた。

 

 

(一歩間違うと命のやりとりをするくせに、騒がしくて馬鹿馬鹿しい……日常が)

 

 

 

 

 

「……え、こんなオチで終わるの?」

「だがそのものずばりだろ。命の危機を乗り越えようとしてる癖に、何故か馬鹿やってるのは」

「でもこういうやりとりも有りですよね……実際はないですけど」

「「……え?」」

 ネギのその一言に、明日菜と千雨は一斉に彼の方を向いた。

「おい、ネギ先生……」

「ないって……どういうこと?」

「いや、だってあれ……」

 ネギが指さした先には、パイプ椅子に腰掛けてシェイクをすする黒髪黒尽くめの無表情ドS(シャーリー・ロア)と、その隣で地べたの上に並べた未読本に囲まれながらポ○ラのキーを叩きまくる男(朝来終夜)の姿が見えた。

「……どういうこと?」

「えっと、朝倉さんのカンペによると……」

 和美が再び掲げたカンペに目を通すネギ。千雨も同じくカンペを見つめ、思わず読み上げた。

「……『銀魂ネタ使ってまたエタろうとしたら……シャーリーさんにバレたみたい』って、アホか」

「さっさと異動願い出さないから、もう……」

「そう言えば、会社で起業支援があったんじゃなかったでしたっけ? もう自分でなんとかした方が……」

「でも起業って結構面倒が多いから、最初はフリーランスでいいんじゃない?」

「いや、税金の問題もありますから、収入によっては事業主になった方が――」

「てか、さ……」

 千雨は腰に手を当て、肺に溜まった息を吐き出しながら遠くを見つめだした。

「まだ続くのか……これ」

『続けるみたいだよ。そうじゃないと書き癖なくなって執筆自体止めちゃいそうだからって』

「カンペで答えてんじゃねえよ朝倉ぁ!!」

 と言うわけで、打ち切りはなしになりました。それでは皆様、また来月に。

「つまり『打ち切る打ち切る』詐欺?」

「誰か本気でこのぐだぐだをなんとかしてくれよぉ!!」

「無理じゃないですかね……自称しがない物書きの内は」



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第07話 年末大捜査線(前編)

「おっす~、こなちゃんもお久しぶり~」

「ヤッホーかずみん、お久~」

 普段は授業をさぼって昼寝する癖に、長期休暇になると不良共が必ず問題を起こす季節の一つ。その師走たる年度末に、和美は千雨のマンションを訪れていた。そこにはすでにこなたが陣取っており、半纏にくるまったままさっきまでテレビを眺めていたようだ。

「今年は一緒に年末を過ごそうと思ってな。上条達は転生したから普通に実家があるし、帰省している間はこいつ一人になるからさ。去年はついてったらしいんだが、説明が面倒臭かったんだと」

「へぇ、そうなんだ。お土産持ってきてよかったよ」

 座卓についているこなたの隣に腰掛けた和美は、手に持っていた紙袋の中身を卓上に並べ始めた。どこを巡ってきたのか、レーズンバターサンドからちんすこうまで、ごちゃ混ぜな菓子類を広げていく。

「菓子は後にしろ。もうすぐそばできっから」

「はいは~い。ところで、エヴァちゃんも居るって言ってなかった?」

「エヴァにゃんなら出掛けてるよ~」

 チャンネルを紅白からガキ使に変えながら、こなたは目線をテレビから放さずに答えきた。

「『ジャンプ買うの忘れた』とか言って。私も千雨も、もう読んで廃品回収に出しちゃったから持ってないし」

「まあ、年末だからね~……しょうがないか」

 一度広げた菓子類を紙袋に戻していると、丁度千雨が年越しそばを入れたどんぶりを三つ、お盆に載せて運んできた。

「エヴァの分は後でいいだろ。そういや相坂は?」

「神格化した元幽霊の友達に会いに行ったよ。年明けまで帰ってこないって」

「そうか」

 どんぶりを並べ終えた千雨は、そのまま座卓の傍に腰掛けた。

 

 

 

 

 

 麻帆良学園都市外部、その近隣にあるコンビニにて、エヴァンジェリンはようやく、お目当てのものを見つけた。

「あん?」

「あれ?」

 しかし、そのお目当てのもの、ジャンプに触れる手がもう一本。

「なんだ、貴様もか?」

「うん、そっちも?」

 なにやらぽやぽやとした印象を与える女性だった。見た目は大学生位、しかし彼女の手は油断なく、エヴァンジェリンと同様にジャンプに伸びていた。

「これが最後の一冊だと分かってて言っているのか?」

「うん。8軒目でようやく見つけたんだよ」

「そうか、私は13軒目だ」

「あ、本屋さん含めたら17軒目かも」

「それを言い出したら、駅構内の売店含めて25軒目だぞ私は」

 初対面であるにもかかわらず、互いに威嚇(いかく)しながらジャンプを引っ張り合う二人。大晦日(おおみそか)の日暮れということもあるのか、彼女達がいるコンビニには他の客はおらず、強いて挙げれば店員しかいない。

 そして店員もやる気がないのか、欠伸を隠さずに気を緩めまくっていた。というか面倒毎に巻き込まれたくないと、他人の振りをかましているようだ。

「明らかに少女漫画然とした容姿の癖に少年誌等読むんじゃない。少女漫画読め少女漫画」

「そっちこそ明らかに対象年齢以下じゃん。どうせ理解できないんだから、家に帰って絵本でも読んだら?」

 ジャンプが軋むことはないが、エヴァンジェリン達の表情は明らかに歪み始めていた。

「いいから寄越せ、これは私のだ……!」

「何勝手なこと言ってるの、もう私のものだよ……!」

 じりじりと移動しながら、ジャンプをレジへと運び、手放さないまま小銭をばらまいた。

「ほら、私が先に払った。私の物だ!」

「ふざけちゃいけないよ、私が先だったじゃん!」

 店員はレジを通すことができないと判断した。けれども、手打ちで値段を入力してから、あることに気づいてしまう。

「あの、お客様……?」

「あん!?」

「何っ!?」

 エヴァンジェリン達の鋭い眼差しを受ける店員だが、その店員(アルバイト)、坂本雄二もかつては『悪鬼羅刹』と不良たちから恐れられた男。その程度でビビる手合いではない。

 彼が恐れているのは恋人の霧島翔子だけだ!!

「全然足りません。お二人分で丁度となりますが、いかが致しましょうか?」

 

 

 

 

 

「くっそ、年末だってのに独り身とか……」

「だったら帰ればいいじゃない。実家があるんでしょ?」

「仲悪いから帰りたくねえんだよ……ったく」

『SOS屋――世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの焼き鳥屋』と銘打たれた屋台である。年末の年越しそばも食べずに、千雨の悪友こと麦野はビールジョッキ片手に焼き鳥のハツを口に運んでいく。

 その様子を屋台の主である涼宮は、次の注文であるせせりの火の通りを確かめながら眺めていた。

「他の娘達はどうしたのよ?」

「実家帰ったり馴染みとつるんだりだよ。私も誘われたけど、面倒だからやめた」

「これだものね……男でも作ったら?」

 口は禍の元。麦野の次の一言で、彼女は地獄に堕ちることになる。

「じゃあ姐御はあのキョンとかいうの「殺すわよ」――……普通に怖ぇよ。照れ隠しなのか嫌悪感なのかどっちだ?」

 一体どういう関係なんだ、と麦野達常連一同永遠の謎の解答は、来年以降へと持ち越しになったのであった。

 

 

 

 

 

 それぞれ移動中に金銭を掛け過ぎた為、仕方なしに二人分の代金で会計を済ませた後、再びコンビニの前でジャンプを取り合っていた。

「こうしよう、私が先に読む。貴様は後だ年明けに読ませてやる」

「私も払ったのに、何自分のものにしようとしているの。じゃあ30分だけ読ませてあげるから今すぐここで読んで」

「できるか私のジャンプ愛は一冊一時間だ!!」

 通りすがりの人達も、両端を握って引っ張り合う二人を見て思わず視線を逸らし、急いでこの場を後にしていく。しかしエヴァンジェリンも向かいの少女も、互いに譲ることなくジャンプを引っ張り、身体を()()らせていた。

「いい、から、寄越せっ!!」

「いや、だって、言ってるでしょう!!」

 いつ均衡が崩れてもおかしくない。

 そんな中、とてつもない勢いで迫ってくる人物がいた。

『どわはっ!?』

 その人物無言で二人にぶつかるが、視界に映ってないのか、長い黒髪の女性は店の中へと駆け抜け、

『雄二、これから一緒に年明けまでカウントダウン』

『年明け迄まだ時間あるし、そもそもシフト明けてねえよ!!』

 恋人の霧島翔子に詰め寄られるアルバイト店員坂本雄二。カウンターから引きずり出されるのをどうにか堪えているようだが、そんなことはエヴァンジェリン達には関係ない。

『ああっ!?』

 何故なら件の女性、霧島翔子にぶつかった衝撃でジャンプが飛ばされたからだ。

 

 

 

 ――バサッ!

 

 

 

「さて、行くか……」

 運転手の呟きと共に、トラックはジャンプを載せた状態で走り出していった。

 

 

 

 

 

「……あれ、唯は?」

「そう言えば……唯先輩何処に行ったんでしょう?」

「ギー太はここにあるし、すぐ戻ってくるんじゃないかー?」

 楽器を携えた四人の女性が、連れが一人いないことに気づき、周囲を見渡していた。その内の一人、琴吹紬は丁度通りかかった女性に話しかけていた。

「あのぉ、すみません」

「はい、どうかしましたか?」

 友人の行方を尋ねるも有力な手掛かりはなく、彼女達はお礼を言ってから、この場を去って行った。

「いいですわね……仲がよろしくて」

「お姉様~お待たせしました!」

 お姉様と呼ばれた女性、高音・D・グッドマンは呼んできた女性、佐倉愛衣と並んで歩きながら話し始めた。

「どうでしたか、愛衣」

「やはりこの辺りにいたみたいです。でも、もう立ち去ったらしくて」

「弱りましたわね……」

 たとえ年末であろうとも、関東魔法協会に所属する立派な魔法使い(マギステル・マギ)たる彼女達には関係ない。そこに事件があれば、必ず駆けつけるのだ。

「まったく、年の暮れに爆弾テロなんて……何を考えているのかしら?」

「しかも狙いはあの軌道エレベーターらしいですし……ここはもう、応援を呼んでは?」

「そちらはエレベーターの防衛に回ってもらっています。私達は事件を未然に防ぐことに尽力しましょう」

 話し終えた後も、ただ真っすぐに目撃情報のあった遠方のコンビニへと向かっていった。

 

 

 

 そう……先程迄エヴァンジェリン達がジャンプを取り合っていたあのコンビニへ。

 

 

 

 

 

「ジンの兄貴、今回の爆弾テロはいったい……」

「分からん。あの方曰く魔法世界とのつながりを絶たなければ、組織の今後に影響してくるらしいが……」

 そう言ったトラックの運転手、コードネーム・ジンはハンドルを握りながら煙草を咥えていた。同じく助手席に座る男、コードネーム・ウォッカはコンビニで購入した缶コーヒーを開けながら、目的地である軌道エレベーターの方を向いている。

「しかし、後ろの爆弾程度で、どうにかなるんすか?」

 親指で荷台を指すウォッカに、ジンは煙草を吹かしながら答えた。

「最低でも不信感さえ募らせられればいい。魔法使い相手に要人暗殺は難しいが、支援者は一般人も多い。そこで組織の息が掛かった人間が向こうの悪評を増長させられれば、目的は達成だ」

「上手くいけばいいっすけど……こんな時に、他の連中は長期休暇に入っちゃいましたからね」

 ウォッカの言う通り、彼等の言う他の連中は年末年始の休暇に入っていた。実のところ、本来は二人も休暇を楽しむはずだったのだが、年明けに年休を消化しようとした際にあの方から『代休にするから年末に仕事をしてくれないか?』と聞かれたので、仕方なしに引き受けたに過ぎない。

「他の連中の休みを邪魔するまでもない。仕事自体は楽なものだ。適当に爆弾を仕掛けたら、そのまま直帰するぞ」

「でしたら兄貴、せっかくですし年明けまで飲み明かしませんか?」

 御猪口を持ち上げる仕草を見て、ジンは静かに笑った。

「フッ……悪くない。この後俺の家で飲むか?」

 軌道エレベーターへと向かうトラックは賑やかに、年末の楽しさを浮かばせながら走り去っていく。

 しかし……そのトラックを追いかける者達がいた。

「まぁてぇええええ……!!」

 マントを顕現させ、高速で飛行を続けるエヴァンジェリン。周囲に他の車がなければ関東魔法協会がブチ切れる暴挙だが、そんなことに構ってはいられない。

「はっ!!」

 なんとかトラックの端につかまり、その勢いで屋根の上へと降り立つ。

 ジャンプは未だに、トラックの上で選ばれし()者を待っていた。

「よし「待ってぇ~!!」――この声は……まさかっ!?」

 勢いよく後ろを振り返ると、ワイヤーの様なものを駆使して先程の女性、平沢唯がトラックへと肉薄していた。

「よし! あと少しで「魔法の射手(サギタ・マギカ)っ!!」――ちょっとぉ!?」

 容赦なく撃ち出された魔法の射手(サギタ・マギカ)をどうにか回避し、平沢はトラックの上に降り立った。本来ならば魔法等この場で放つなんて御法度なのだが、相手はむしろ、別のことに意識が削がれていた。

「え、うそ……もしかして、本物の(・・・)エヴァンジェリン!?」

「ほう、私を知っているか。ならば話は早い、失せろっ!」

 再び放たれる魔法の射手(サギタ・マギカ)

 その氷の矢を、平沢は手に持っている柄を操作し、先端に付いた刃を射出した。刃と柄の間に繋がれた蜘蛛糸(スレッド)が手繰り寄せられることで身体が浮き、不安定な体勢になりながらも魔法の矢を回避していく。

「あっぶないな~もう……というか! 『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』はどうなったの!?」

「はっ! 今は長期休暇を利用しての一時的な自由の身だ!! 次の春には卒業して完全に解放されてみせるわっ!!」

「え~、そんな感じで解放されるの……なんかショボい」

 蜘蛛糸(スレッド)を回収しながら、げんなりした表情を浮かべる彼女に、エヴァンジェリンはふと違和感を覚えた。

「おい、その見聞きしてかじったかのような語り草。まさか……貴様転移者かっ!?」

 その問いかけに、平沢は頭を掻きながら答えた。

「まあ、正確には転生者だけど「今は転生系転移者と呼び名が決まってるぞ」――へえ、そうなんだ……って! そんな呼び名ができる位に転生者や転移者がいるのこの世界っ!?」

 どうやら、他に転移者がいることを知らなかったらしい。というか変な呼び名ができる程に浸透していることの方に驚いているようだった。

「貴様らそこかしこに現れおって、害虫かなにかかこらっ!?」

「そっちこそっ!? 原作通り麻帆良にいてよここは『けいおん!』世界なの私にとってはっ!!」

 しかし、ジャンプをきっかけに上昇したボルテージは下がらない。年末特有のアレなテンションも下がらないっ!!

「ならばここで引導を渡してくれる……」

「元がほのぼの世界の主人公だと思って、甘く見ないでよ?」

 周囲に氷塊を纏わすエヴァンジェリンに、平沢はスレッドをまっすぐに構えた。

闇の福音(ダークエヴァンジェル)、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル……」

蜘蛛(アラクニド)、平沢唯……」

 トラックの速度が上がる中、屋根の上にいる二人を止める者はいない!!

「いくぞっ!!」

「いくよっ!!」

 ブオン!

『ゲフゥッ!?』

 ……訂正、止める()はいた。

 看板という障害が、彼女達を再びトラックの外へと弾き出したのであった。




話が長くなった為、前後編に分割しました。後編は12月31日23時50分に投稿予定です。


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第08話 年末大捜査線(後編)

「……え、高畑先生来れないの?」

「うん。仕事が入ったから、そのまま年越しだって」

「マジかよ。こっちも人手が足りないってのに……」

 茹でたそばの麺を湯きりしながら、ラカンはカウンターの向かい側にいるアスナにぼやいた。

 大晦日は便利屋『RUDE BOYS』も大忙しだった。

 学園都市中の養護施設にいる子供達全員を集めての年越しパーティー、彼等が中心となって年越しそばを振る舞い、大型プロジェクターにて紅白歌合戦やアニメスペシャルを(関係各所に許可を取った上で)上映しているのだ。他にも屋台の食事等も用意してあるが、無名街にいた家族全員(大人だけ)と養護施設の職員総出でも、子供達の人数の方が圧倒的に多い。だから社長であるスモーキーも休出手当を奮発し、増員を手配しなければならない事態と化しているのだ。

 ラカンからどんぶりに麺を出してもらい、スープを注いで具を盛り付けるシオンを眺めながら、アスナは呆れた様に肩を竦めていた。

 元々家族総出で年越しパーティーに参加し、しずなやタカミチは手伝い、アスナはパーティーを楽しむはずだった。しかし、その予定は世界平和の前に脆くも崩れ去ってしまう。

「でもラカンは暇だったんだよね?」

「小太郎ですら彼女と年越しする、とか言っていたのにな」

「うるせぇよてめえら。余計なお世話だ……」

 もうすぐ年が明ける。

 アスナの年越しそばを最後に、今度は自分達(スタッフ側)の分を用意し始めていた。

「ナギは家族で過ごして、アルは寝正月で引き籠っている……俺も、旅行にでも行けばよかった」

「年明けに行けばいいじゃん。バイト代出るんでしょ?」

「結構大金になるしな。近場位なら余裕で行けるだろう」

「つってもこの辺りは遊び尽くしたしな……詠春の所にでも転がり込むか?」

 京都旅行へと思いを馳せるラカンを放置し、シオンはどんぶりの準備をしながら、アスナに問いかけた。

「それで、仕事って魔法関係か?」

「うん。軌道エレベーターの護衛」

 適当な台を椅子代わりにして腰掛け、アスナはそばを啜りつつ答えた。

「どこかの組織が年末に爆弾テロを仕掛けようとしている、って情報が入ったんだって」

「わざわざ年末にやるかね。傍迷惑な……「どうせ失敗する。高畑先生達もその内戻ってくるだろう」――……スモーキー?」

 会話に混ざりながら緑のジャンパーコートを羽織る男、スモーキーは歩み寄ってきた。大きめのお盆を持って。

「……なんでそう思うの?」

 不思議そうに首を傾げるアスナに、スモーキーはお盆をシオンに預けてから答えた。

「誰よりも高く飛ぶには、しっかりと助走する必要がある。年末に慌てて爆弾テロを実行しようとしても、途中で転ぶのがオチだ」

 丁度あのように、とスモーキーが指差した先を見るアスナ達。そこでは新田がユウに勉強を教えている所だった。

「ほらあと少しだ。年明けまでにしっかり課題を済ませるんだぞ」

「あ~、なんで俺だけ……」

 実は便利屋『RUDE BOYS』、いや無名街の面々は仕事の都合上、最低限の学力を身に付ける必要がある。その為、鬼の新田特製の課題をこなすことが義務となっていた。そして、年末が締め切りの課題をこなせていなかったのは、ユウだけである。

「だから子供達と一緒に宿題をやれ、って言ったのに……」

「今更だ。まだ掛かりそうだから、先にララ達の方にそばを配ってくる」

「あ、私も行く。エリと一緒に年越しする、って約束してたんだった」

 そして、旅行先での芸者遊びに思考がトリップして、手が止まっていたラカンを蹴り飛ばす事態になり、年越しそばの配布がさらに遅くなるのであった。

 

 

 

 

 

「そう言えば、バーボンの奴が潜入先の喫茶店の店員に惚れてる、って噂聞きましたか?」

「逆じゃなかったか? 俺は店員がバーボンに惚れてる、と聞いたぞ」

 トラック内は静かに、順調に目的地へと向かっていた。あまりに平和すぎて、職場内での噂話を雑談の話題にする程に。

「……まあどちらにしろ、潜入先の女とくっつく等、(ろく)な事態にはならんだろう。最悪あの方に伝えて「……~ン、プ……」――……なんだ?」

 不審な声を聞き、ジンは雑談を切り上げてから、ダッシュボード内にある(ベレッタ)を掴んだ。

「兄貴?」

「警戒しろウォッカ。もうすぐ目的地だ「ジャ~ンプ、を……」――横かっ!?」

 右手でハンドルを握ったまま、左手に握った(ベレッタ)の銃口を声のする方へと向けるジン。しかし、その銃口から弾丸が飛び出ることはなかった。

 小さな手に不釣り合いな力で窓を叩き割り、(ベレッタ)を掴んだまま、拳をジンの顔へと突き刺した。

「ジャンプを寄越せぇ!!」

「ガファッ!?」

 殴られた勢いでハンドルが狂い、トラックの水平運転が困難になる。

「あっ、兄貴「ジャン、プは……」――アバッ!?」

 自らの兄貴分が(ベレッタ)を掴んだ拳で殴られるのを見て、どうにか助けようと手を伸ばすも、その手は突如自らの首に巻かれたワイヤー状の何かに伸ばすことに。そうしなければ、窒息死が免れないからだ。

「ジャンプは私のだぁ!!」

「ナガッ!?」

 それが止めとなった。

 (ベレッタ)を持った手でジンを殴った少女、エヴァンジェリンの一撃で浮きかけた車体は、ウォッカの首に巻き付けた蜘蛛糸(スレッド)を手繰り寄せた女性、平沢唯がトラックに取り付く為に勢いよく引き寄せたのだ。

 ここまでされてしまえば、さすがのトラックも横転待ったなし。

『……ってギャァアアアア!?!?』

 年明けも近い最中、4人の男女はトラックの横転事故に巻き込まれるのであった。ついでに言えば積載物も積載物なので、大爆発追加で。

 

 

 

 

 

「知ってるか? 除夜の鐘は108回突くんだが、それはある武術家が己を育ててくれた武術に感謝する為に山籠もりして、1日に行った感謝の正拳突きにあやかったものなんだよ」

「父さん、何嘘言ってるの? しかも感謝の正拳突きは1日1万回だし」

「少しは父親としてまともなことを教えようと思わんのか、貴様は」

 父母息子と家族3人が揃ったスプリングフィールド一家。

 年末年始と仕事のない彼らは、家族水入らずで年越しそばを(すす)りつつ紅白歌合戦を眺め、年明けの時間に合わせて初詣へと向かっている所だった。ちなみに向かっているのは龍宮神社だったりする。

「ほら父さん、馬鹿言ってないで急ごうよ。明日菜さん達ももう着いているだろうし」

「まったく、年明けまであと少しという所で……」

 困ったように話すネギと、呆れて腰に手を当てるアリカ。

 しかしナギはどこか嬉しげに、二人に手を回してから並んで歩かせた。

「まあ、いいじゃねえか。毎年の恒例行事に「え、僕結婚したら家を出るつもりなんだけど?」――……その時は奥さんと子供連れてこい。初詣行けりゃいつでもいいから」

「うむ。(わらわ)はまだ若い気だが、家族が増えるのはいいことじゃ……初孫かぁ」

 年齢に関しては思うところはあるも、微妙に嬉しそうなアリカ。

 しばし歩いていると、目的地である龍宮神社の鳥居が見えてきた。

「まあ、その前にネギは千雨ちゃんに告白する必要が……ちゃんと告白できるよな?」

「それは私も知りたいわね」

「失礼な。ちゃんと告白するつもり……って明日菜さんっ!?」

 鳥居を抜けた先。道の横に立てられた休憩所のベンチに、明日菜達が甘酒を飲みながらたむろしていた。そして明日菜は立ち上がると、スプリングフィールド一家に気取られることなく近寄り、話しかけたのであった。

「ちょっ、いつのまに「お姉ちゃんには神出鬼没のライセンスがデフォルトで備わっているのよ」――……なんで皆年末にそんなでたらめや嘘を吐くんですか? エイプリルフールにやりましょうよ。そういうことは」

 そんなこんなで近場に住んでいる3-Aの面々+ナギとアリカが年末に揃い、年明けまで真名が配っている甘酒を口に運んでいた。

「……って、あれ? 千雨ちゃんとエヴァちゃんは来ないの?」

「千雨ちゃん達は初日の出を見てから行くからええ、()ってたえ~」

「朝倉さんもそちらに混ざると(うかが)いましたが?」

 明日菜の疑問に、このかと刹那が答える。

 そんな話をしているとあやかが立ち上がり、パンパン、と手を叩いて声を上げた。

「はい皆さん注目!」

 注目を集めたのを確認し、あやかは懐中時計を見てカウントダウンを始めていた。それを見て、全員がその意図を理解した。

「……1、皆さん!」

『明けまして、おめでとうございまーす!!』

 こうして、(ネギを除く)全員が挨拶を終え、皆(つつが)なく初詣へと向かおうとした。

「……ヒック」

 そう、かつて甘酒で酔っ払ったネギ以外は。

「……ってネギ?」

「あの、ネギ先生……?」

「ぼっ、僕は……ヘタレじゃなぁい!?!?」

 そして、泣き上戸で暴れだすネギをナギや明日菜達が取り押さえる、非常に騒がしい年明けとなったのだが、彼ら彼女らにとってはいつものことなので割愛します。

 それでは皆様、どうか良いお年を。

 

 

 

 

 

「……大丈夫か、ウォッカ?」

「なん、とか……しかし兄貴、テロの方は?」

「目的地近くで爆発したんだ。一先ずは及第点とするぞ」

 ボロボロになりながらも、ウォッカに肩を貸したジンの2人はこの場を去って行った。

 その後ろでは、トラックから零れ落ちたジャンプに手を伸ばす2人が。

「ジャ、ジャンプは……」

「わた、しの……って、あれ?」

「……ん? おい、これって」

 爆発によるショックからか、若干冷静になって見てみると……それはジャンプではなかった。

『……ジャンプGIGAじゃん』

 彼女達の耳に、どこかの神社のものだろうか、除夜の鐘が鳴り響いてきた。

 

 

 

 

 

「少し、長居しすぎたのかもな……この麻帆良学園都市(まち)に」

「どういうこと?」

 年明けということもあり、熱燗を口に入れながら、千雨はぼやいた。

「初めて転移者と戦った時の話なんだけどな……私、死ぬんだってさ。ネギ先生を(かば)って」

「でもそれ……明日菜のいない(別の)世界線の話だよ」

 千雨が得ていた情報に、こなたは訂正した。

 自らが知る原作知識とは、微妙に異なる点に。

「それに、死ぬ原因となった事件ももう終わってるから「因果律はそう簡単に変わらねえだろうが」――……それは、まあ」

「正直、ゾフィスを使って記憶をなくす、ってのもちょっとは考えたんだよ。でも……やっぱりできなかった。あいつが死ぬかも知れない、ってのにのほほんと生きるなんて考えられなかった。例え、記憶をなくすとしてもな」

「本当、優しいよね……千雨ちゃんって」

 自らも熱燗の日本酒を飲みつつ、和美も話に混ざってくる。

「例えヨルダがいなくても、転移者が代わりの敵になる可能性がある。というか、ジェイル・スカリエッティという敵が存在している。おまけに千雨ちゃんは既に襲われているから、どこへ逃げても追いかけてくるかもしれない……選択肢が戦うしかない、ってのもね」

「まあ、誰かに護衛役を押しつけてもいいんだが……それで自由を失うなんてごめんだ」

「でも、そうすれば生きる確率が高いんだよ?」

 こなたが指摘してくるも、千雨は首を振って否定した。

「もういやなんだよ。誰かの顔色を(うかが)って生きるなんて、実質死んだような生き方は」

「それで戦う力を得て、この麻帆良学園都市(まち)に残っているのか……でもさ」

 徳利(とっくり)(もてあそ)びながら、和美は座卓の上に頬杖を突きつつ、言葉を漏らす。

「千雨ちゃんの気持ちはともかくとして、ネギ君には言わなくていいの? 自分が死ぬ可能性を上げてても、近くにいることをさ」

「言わなくていいよ。別に見返りを求めているわけじゃないし……それに、な」

 千雨は自らの御猪口を置き、代わりに持ち上げた煙草を咥えながら呟いた。

「私の気持ちとか、本当はどうでもいいんだよ……あいつが、」

 照明と月明かりの他に、ライターの明かりが追加される。煙草の先端に火を点けた千雨の視線は、外の月を眺め始めた。

「ネギ先生が幸せなら、それで――」

 煙を吹かしながら呟く千雨を、和美は何処か楽しげに眺めていた。

「想われてるね~ネギ君」

「うん、それなんだけどさ……」

 ルーレットを廻しながら、こなたは不思議そうに聞いてきた。

「そんな重要そうな話を、なんで人生ゲームやりながら話しているの?」

『……なんとなく』

 年明けまでの暇潰し、3人だけの人生ゲーム大会は日の出の数十分前まで続いた。

 

 

 

 

 

「……なあ」

「何……?」

 目の前にあるのはジャンプGIGA。

 もう争う理由はないはずだが、エヴァンジェリンにはまだ、その理由があったのだ。

「もしかしたら火種になる発言、してもいいか?」

「うん。多分、私も同じこと言うかもしれないから……」

 平沢にも事情が読めたのか、蜘蛛糸(スレッド)の柄を掴む手に力を込めている。

 

 

 

「私…………ジャンプGIGAもまだ読んでないんだ」

 

 

 

 こうして、第2ラウンドは始まった。

術式兵装(プロ・アルマティオーネ)・『氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア)』!!」

「ギア2(セカンド)! 集中力操作自在(Concentration Driving Free)!!」

 この戦いは、犯人を捜査中の高音達と、軌道エレベーター護衛を解除されたタカミチ達が止めに入るまで続いた。つまり、

「…………あ、夜明けだ」

 エヴァンジェリンに対して蜘蛛糸捕縛(スレッドバインド)をかましながら高音の影に拘束されていた平沢の目に、初日の出は眩しく映ったとか。

 

 

 

 

 

 ――ピッ!

「……エヴァンジェリンが面倒事を起こしたから、帰るの遅くなるって」

「さすがに、他の面倒事までは読めなかったな……」




(読み終わった頃には多分)新年明けましておめでとうございます。
今年もどうか、よろしくお願い致します。


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第09話 イギリス人は必ず通る道、らしい By『響 ~小説家になる方法~』

 無事三が日も経過し、帰省した生徒達が戻ったことで活気が増してきた麻帆良学園都市。

 しかし、年明け営業中の喫茶店『Imagine Breaker』の店内は特に活気づくことはなく、いつも通り千雨達による麻雀が行われていた。

「だから勝手に恒例にするなよっ!!」

「もう諦めたら、兄さん……」

 モップの柄に顎を載せながら、サロン姿のキノがカウンター内にて叫んでいる上条に声を掛けた。

 正月明けということもあり、また旅行という名の旅に出るまでは店員として働いていた。本人にとっては資金源の確保というより、実家に帰ってきたので家事を手伝っている感覚に近いのだろうが。

「長谷川……お前の知り合い、けっこうやるな」

「元々天才だからな。麻雀歴は浅くても、風斬よりかはいい腕しているんじゃないか?」

「彼女と比べちゃ駄目だよ、あれはもうスキル『(かぞ)役萬(やくまん)()姉妹(しすたぁず)』じゃん」

 年末年始、エヴァンジェリンが転移者と暴れていた事件があった。その転移者は『平沢唯』と名乗り、『アラクニド』という漫画の主人公、『藤井アリス』の力を能力(チート)として持っていると推測されている。

 その当人は隙をついて逃げ出したが、結果論とはいえ爆弾テロを阻止した点から、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)側と敵対する意思はないと千雨達は考えていた。

 こなた曰く『『けいおん!』世界だって言っていたなら、多分ギター弾きながら普通の人生を送っていると思うよ』らしいので、現状は放置で問題ないと千雨達は判断していた。

 念の為、土御門に依頼して居場所を探させてはいるが、別段急ぎではないので、結果が出るのは当分先だろう。

 そう結論付けた千雨とこなたは、暇になったので丁度店に来ていた聡美を誘い、自宅で寝正月をしていた麦野を呼び出して麻雀を始めたのだった。それが冒頭。

「そういや、その風斬は今帰省中だったか?」

「ああ、灰原と同じく今日戻ってくるとか言ってたぞ……それポン」

「じゃあ、そのうち顔出すかもね~」

「その人達とも卓を囲んでみたいですね~……あ、ロンです」

 ちっくしょう! と麦野が牌を崩すのを合図に、皆は一度清算を始めた。

 麦野が持ち点0(ハコ)になったからだ。

「お前、字一色(ツーイーソー)とか大技狙い過ぎだろ」

「余計なお世話だ。私はいつだって大物喰い(ジャイアント・キリング)なんだよ」

「だから安い役相手に負けちゃうんだよ。勝った時はあっさり逆転しているけど」

 こなたも偶に混ざっているので、全員の実力や結果の傾向は把握していた。

 状況に応じて対応を決める千雨や相手の行動に対してカウンターを決めてくる灰原は真っ当な手合いだが、麦野は大技狙いで特に相手の配牌を気にしている様子はない。風斬に至っては本人の意思に関わらず、何故か天和や地和等を次々と繰り出してくるので、事前に積み込まないと勝てないのである。

 ちなみにこなたは、普通にすり替えやぶっこ抜きで自分に有利な役を作るだけだが、地味に強いです。というよりも、積み込み含めて大概の技術を極めていたりするが、風斬以外の全員が似たような技量なので特に目立たないのだ。

「しかし、年明けだってのに……私達も大概暇だな」

「特にやることもないなら、そんなもんだろ。……というか長谷川」

 清算を終えて財布を戻しながら、麦野は千雨の方を向いた。

「夏に拉致ったあの男とは、どうなったんだよ」

「あ~……」

 夏に拉致ったあの男、すなわちネギのことだが、現在彼は麻帆良学園を拠点にして各所の挨拶回りに励んでいた。年明けということもあるが、ついでにこちらでの仕事を片付けて、春にまた魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で働けるように。

「……特になし『つまら(ん・ない)』――……人を娯楽か何かだと勘違いしていないか、おい」

 こなたと麦野に返され、ついでに後ろで聞いていた上条やキノにも同じことを言われ、千雨は思わず額に手を当てて(うめ)きだす。

「どいつもこいつも……というか、向こうも仕事があるから、態々私と会う必要もないだろう」

 相手の気持ち全無視な発言だが、実際、千雨がネギに会う理由はないのだ。

 もしかしたらネギから誘われるかも知れないが、新年を迎えたばかりの彼がそこまで気を回せるとは思えない。とはいえ、千雨からネギに会いに行く等、理由もなくできる間柄ではまだないのだ。

 しかも二人が仕事で関わる機会は、当分の間ない。

「とにかく、きっかけも何もなく会いに行っても仕方ないだろう。……まあ、今は年明けで向こうも忙しいだろうし、もう少し落ち着いてから――」

 そう言いつつ、皆で牌を積み直している時だった。

 

 

 

 ――バンッ!!

 

 

 

「上条さんの店の扉ーっ!?」

 いきなり蹴り開けられた入り口を潜り、明日菜に続いて二度目の被害を受けた扉を踏みつけながら、赤みがかった茶髪の女は異常に胸が大きい黒髪眼鏡の女を小脇に抱えて入ってきた。

「……って灰原と風斬?」

 千雨が振り返ってみると口にした通り、灰原が小脇に風斬を抱えたまま、店に入ってきたのだ。そのまま雀卓と化したテーブルに近づくと、そこにいる全員に向けて宣言した。

「……バンド、復活させるわよ」

「は?」

 事情が見えないので、千雨はとりあえず話を続けさせた。

 ――ドン!

『ああっ、積み込んでたのにっ!?』

 テーブルに拳を落として積み込んでいた連中(聡美含めて)を牽制(けんせい)してから。

「あれは昨日のことだったわ……」

「……どうでもいいが、風斬は降ろしてやれよ」

 風斬が解放されてから、話は昨日に(さかのぼ)っていく。

 

 

 

 

 

 年末年始、灰原哀は養父である阿笠博士(ひろし)博士(はかせ)の住む米花町へと帰ってきていた。そして年明け、喫茶ポアロで昔馴染みと会っている時に、事件は起きた。

「哀ちゃんすご~い!!」

「まあ、これくらいわね……」

 灰原の向かいに座る彼女の昔馴染み、吉田歩美はパチパチと拍手していた。

 大学での話をしていた時に、昔悪友達とバンドをしていたことを話した途端、彼女から『聴きたい!!』と言われたので、灰原は店にあったギター(店員の私物)を弾き、聴かせてみせたのだ。

「元太君や光彦君も来れたら良かったのに……コナン君もお正月なのに帰ってこないし」

「あの推理オタクはほっといていいわよ。どうせ工藤新一(師匠)と一緒に事件、事件、事件って頭の中そればっかりじゃない」

 若干苛立たしげにテーブルを叩く灰原。もしこれが大学の悪友達との飲み会であれば、千雨から貰い煙草をして吸っていた程に。

「でもなんで、バンド辞めたの?」

「辞めた、っていうか就活前に全員で『飽きた』って言い出したから、流れで解散になったのよ」

 その話は本当だ。

 麦野も風斬も就職活動をする予定があり、周囲は詳しく知らなかったが、千雨もただでさえISSDA関連の仕事で元々忙しかったのに、転移者の騒ぎに巻き込まれたのだ。暇だったのは大学院に進学予定の灰原位だろう。

「え~聴きたかったなぁ……」

「そう言われても、他の人達がやってくれるかなんて……」

 あの面子が、バンドをやりたいと言っても聞いてくれるとは限らない。というか、むしろ『面倒臭い』と言いかねない連中なのだ。流石の灰原も、最早叶わぬ願いだと割り切っている。

「哀ちゃん……駄目?」

「ええと、そう言われても……」

 昔から、灰原は彼女のお願いに弱かった。

 別に断ってもいいのだが、当時バンドをしていた時は麻帆良学園都市内でしか宣伝していない。小規模(の割には物珍しさも相まって人気があった)なライブしか(おこな)っていないのだ。

 だから学園都市外にいる昔馴染み達に伝えることはなかったのだが、正直な所、灰原自身も(人間性はさておいて)バンドの出来は一流とは行かずとも、プロとして十分通用すると自負している。

 機会があれば聴かせてあげたいという気持ちもあったのだ。

「メンバーが頷いてくれるか「皆も誘っていくから。もちろんコナン君も!」――やりましょう」

 江戸川コナン。元高校生探偵にして、義理の兄に当たる工藤新一に師事を受けている『二代目大バカ推理之助(仲間内での呼び名)』。ついでに言えばFBI就職希望者の眼鏡。

 そして……灰原を『相棒』と呼ぶ男。

 要するに、察しのいい読者なら言うまでもないが……そういうことである。

「あの音痴なガキに私の演奏を聴かせてやるのもいい嫌がらせになるわね。フ、フフフ……フフフフフ…………」

「哀ちゃん、怖い……」

 不敵に笑い出す灰原に若干引く吉田歩美。しかし彼女は昔話の怯えを気にすることなく、ケースにしまったギターを店員に返していた。

「私がボーカルじゃないのは残念だけど……まあ、曲によっては交代すればいいわね。元々ギターの練習メインにしていたからやらなかっただけだし」

「でも哀ちゃん。お願いしておいてなんだけど……大丈夫なの?」

「ああ、それは大丈夫よ」

 ついでに伝票も渡して精算して貰いながら、灰原は立ち上がってコートに袖を通した。

「メンバーの内二人はどうにかなるから……実質あと一人ね」

 過去話終了。

 

 

 

 

 

「……で、灰原さんにお願いされたから、私はバンドに賛成なんだけど。皆は?」

 近くの席から椅子を持ってきて腰掛けた風斬は、そう言い終えて注文した紅茶を口に含んでいた。公務員志望の彼女は既に試験を終えて、内定を取得しているから時間はあるのだろう。そもそも人がいいので、特に忙しくなければ断るようなことはしない。

 残るは二人なのだが、灰原曰くその内の片方がどうにかなるとは、一体?

「おい、それってまさか……」

「そうよ、麦野さん……」

 もう一つ持ち寄せていた椅子から立ち上がり、アイスコーヒーの入ったグラスを置いた灰原は、麦野に宣言した。

「協力してくれたら……賭けや麻雀で溜めてた私へのツケ、全部チャラにするわ!」

「乗った!!」

 再び叩かれるテーブル。そして崩れてゆく麻雀牌。

「ああっ!? また!!」

「どんだけ溜めてたんだよ……」

 一番厄介そうな麦野をあっさり陥落させる材料を持ち合わせていたのだ。つまり、実質千雨だけ説得させれば、灰原の望みはあっさりと叶ってしまう。

 ついでに言えば……

「……で、長谷川さんは?」

「いや、断る理由は……あったかな?」

 ……本来ならば、千雨がこの話を断る理由はない。別に嫌というわけではないのだ。忙しくなければ大丈夫なのだが……忙しければ断らざるを得ないのだ。

「……期間は?」

「二月半ばに本番の予定。全員卒業に必要な条件は片付けているから、問題ないでしょう?」

「まあ、それ位なら……なんとかなるかな?」

 一度予定の確認をしてくる、と席を立って扉がなくなった出入り口(上条が泣きながら片付けていた)から店外へと出て行く千雨。その背中を眺めながら、こなたは牌で積木遊びをしながら灰原達に問いかけた。

「というか皆、バンドやってたんだ?」

「そういえば、あなた達が麻帆良学園都市(この街)に来る前だったわね。解散したのは」

「その時には全員飽きてたから、話をぶり返す奴はいなかったしな……」

 麦野も指でテーブルを叩きながら、少し楽しげに答えてきた。よほどツケがチャラになったのが嬉しいのだろう。金額を聞いてみたい気もするが、ちょっと怖くて聞けないこなたであった。

「でも意外ね……長谷川さん、気が乗らなかったら断るかと思ったのに」

「丁度いいと思ったんじゃないかな……」

 こなたの言う通り、丁度いいと千雨は考えていた。

 

 

 

 ネギと会う口実には、丁度いいと。

 

 

 

 

 

「……私もクルトさん、誘っていこうかな?」

 微妙に進展している聡美の発言は、誰にも聞かれることはなかった、という余談でした。



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第10話 こんな日常を書きたかった……というか過ごしたかった

「キョロ、キララ、ふたり、つきあってる?」

「どうなんでしょうね~」

 扉の修理に来た便利屋『RUDE BOYS』のタケシとピーの横を通りながら、新しく来た客は少し離れた席に腰掛けた。上条がサービスのホットドリンクを持って注文を取りに行くのを尻目に、千雨達は雀卓にしていた席を囲むようにして席に着いた。聡美やこなたも、近くの席から椅子を持ってきて座っているので、結構な大所帯となっている。

「……あいつら呼んで修理させるなら、壊さない方が良かったんじゃないのか?」

「何事も勢いが大事なのよ。気合いを入れて何が悪いわけ?」

 蛇足になりそうなので、それ以上話が掘り下げられることはない。精々上条辺りが殺気の籠った涙目を向けてくるだけだろうし。

 冷静になろうと千雨が煙草を咥えると、伸びてくる手が一本。差し出された煙草に借りたライターで火を点けた灰原は、紫煙を軽く吸い込んでから、ようやく話を始めた。

「とりあえず、本番までに色々と準備しましょう。時間がないからイベント運営も便利屋『RUDE BOYS』(向こう)に丸投げして、私達は練習に専念。異論は?」

『異論なし』

 本番まで一ヶ月と少し。商売目的ではないので、チケット代をはじめとした利益全般は全て便利屋『RUDE BOYS』(運営側)に支払えばいい。

(大して利益が出るとも思えないしな……)

 灰原と同じく煙草を吹かしながら、千雨は内心でそう考えていた。

 しかし、これで練習に専念できるということは、好きに歌って満足できると考えられるから、存外気楽にやれるということだ。

「じゃあ、練習の日程を決めるから、全員予定を教えて」

 その日は練習する予定を決めてから、そのまま解散となった。

 

 

 

 

 

「へぇ……千雨ちゃん、ギター弾けたんだ」

「ベースだけどな。使わないからマンションの外に出してて正解だったよ。楽器って結構高いし」

 夕暮れ時、千雨は和美と合流して外へ夕食を食べに出ていた。そのついでに、楽器屋によってベースギターの弦を物色しているのだ。

 弦が並ぶ棚の前で商品を見比べている千雨を眺めながら、ふと和美はある人物の名前を口に出した。

「そう言えば、そのことネギ君には話したの?」

「企画がまとまってからだな。悪友共(あいつら)が暴走して結局なしになったら意味ないし」

「てことは……誘う気はあるんだ?」

 微妙に渋い顔をしながら、千雨は商品を一つ手に取って、レジへと向かった。和美もそれについていく。

「前回は親父(ナギ)さんの件で呼べなかったし、言う程活動してなかったしな。向こうの都合にもよるが、観客の頭数増やす為に声位は掛けるさ」

「もっと素直になったら、千雨ちゃん……」

 呆れる和美に構わず、会計を終えた千雨は購入した弦を片手に店を出た。

「面倒だし、焼き鳥屋台(SOS)でいいか?」

「いいよ。あそこおいしかったし」

 ここから屋台まで距離がある。太陽が沈むのに合わせて、二人はゆっくりと目的地に向かっていく。

「それにしても、またベース弾く羽目になるとはな……」

「あれ、バンドの割り当て(ベース)って千雨ちゃんの希望じゃないの?」

「消去法」

 歩き煙草は違法なので、千雨は代わりにガムを口に含んでいた。適当に風船を膨らませて、割っては噛み直すのを繰り返している。

「元々キーボードができる風斬や(しょう)に合わないからってドラム選んだ麦野のせいで、残りのリードギターとベースボーカルを私と灰原で分担したんだよ。その結果だ」

「それはまた……え、ちょっと待って千雨ちゃん」

 歩いている千雨の肩を、和美は慌てて掴んだ。一瞬、耳を疑う発言を聞いてしまったからだ。

「千雨ちゃん……今、なんて?」

「いや、だからベースボーカル(・・・・)担当してたって…………あ」

 和美の手を払って逃げようとする千雨だが、相手の腕が関節技を決める方が早かった。おかげで身動きが取れず、逃亡することも(かな)わない。

「千雨ちゃんが歌うのっ!? 本当!?」

「くっそ……それバレるの嫌だから黙ってたの、すっかり忘れてた…………てか放せっ!?」

 和美の拘束から強引に逃れた千雨は、肩で息をしながらしゃがみ込んだ。そのついでに吐き出してしまったガムを包み紙越しに摘まみ取ってから、近くのゴミ箱に投げ込んでいる。

「はぁ……私も灰原も『歌と演奏まとめて練習するなんて、面倒臭い』って理由で互いに嫌がってな。適当にギャンブルで決めた結果だよ。あのアマ……あそこであんな手使うか、普通…………」

「はい落ち込まない。落ち込まない」

 和美は千雨の背中を(さす)り、どうどう、と(なだ)めてから立ち上がらせた。未だに路上なので、しゃがんだままだと他の通行者に迷惑だからだ。

「それで、何歌うの?」

「……コピーバンドだからな」

 コンビニが見えたので千雨はそこで立ち止まり、喫煙スペースで煙草を咥え始めた。それに呆れながら、和美もその横に立った。

「アニソンメインで適当に気に入った曲を練習して演奏、その程度のバンドだよ。それで成功させよう、なんて考える輩は、メンバーには一人もいなかったな。いたらまだ続いていたと思うし」

「微妙に千雨ちゃんらしいと思うけどね……」

(……ネットアイドルの件、持ち出したら怒るかな?)

 そんなことを和美が考えていることも露知らず、千雨は煙草を灰皿に放り込んでいる。

「というわけで、大したバンドじゃないから……ライブすることはあいつらにバラすなよ「いや、バラすよ」――お前なぁっ!!」

 このまま殴ろうとする千雨に、和美はただ後方を指差して、そちらに意識を向けさせた。

「というか……もうバレちゃってるよ」

「はぁ!?」

 突発的に後ろを向く千雨。

 コンビニで買い物でもしていたのだろう、明日菜と美砂がコンビニ袋片手に、並んで立っていた。

「お前ら……なんで…………?」

「いや、柿崎に借りてたCD返しに行ってたんだけど……」

「『ついでに宅飲みしようぜ♪』って丁度遊びに来ていた桜子が言い出したから、面子集めは円に任せて、私達は買い出しに……」

 じり、じりと距離を開けようとする二人に、千雨も詰め寄っていく。

 和美は気にすることなく千雨の後ろに陣取っているが、その手は怪しく(うごめ)いている。

「お前ら、そこ動「必殺、超一味謹製閃光の魔力球!!」――こんなアホなことに使ってんじゃねえ!!」

 前回(ゾフィス)の一件から、閃光の魔力球はクラス全員に改めて配られていた。AMFでもない限りは何処でも使える上に、攻撃の用途としては使えないので危険はないと判断したからだ。

 その閃光を合図に、明日菜と魔力球を放って身を(ひるがえ)していた美砂は駆け去って行く。

「大丈夫よ千雨ちゃん!! 私達に任せてっ!!」

「クラスどころか学園都市中に広めたらぁ!!」

「てめえら待ちやがれっ!! ……って、あれ?」

 千雨は腰に当てていた手を何度も叩き、そこに目的のものがないことに今更気付いた。

「千雨ちゃんも、街中でSIGP230(こんなもの)抜いちゃ駄目だって……」

「いいから返せっ!?」

 そして(弾倉(マガジン)だけ抜かれた)SIGP230を受け取りながら、明日菜達が走り去っていくのを見つめていた。銃を抜かずに走っていれば(明日菜はともかく)、美砂だけでも捕まえられていただろうな、と千雨は考えたが後の祭りだ。視界から消えた以上、もう手遅れだろう。

「……朝倉。今すぐ弾倉(マガジン)返すのと、あいつらに『宣伝含めて便利屋『RUDE BOYS』(運営はよそ)に頼んだから、クラス外の人間にまでは流すなよ』って必ず伝えるのと、どっちがましだ?」

「はいはい。連絡しておくから、千雨ちゃんは早く電話しなよ」

 すでに千雨の考えを理解しているのか、和美は携帯を取り出しながら答えた。

「早く誘わないと、明日菜達の方から聞いちゃうよ……」

 

 

 

 

 

「……ネギ君」

 

 

 

 

 

「はあ……どうしよう」

「どうしよう、言われてもなぁ……」

「ネギ君、こういう時は積極性を持たないと」

 とあるファミレスでのことだった。

 ネギは小太郎、フェイトと共にテーブル席に腰掛けると、オードブル系の料理を注文して適当にシェアしながら駄弁(だべ)っていた。ネギが仕事帰りにフェイトと共に歩いていると、丁度仕事(バイト)から帰ってきていた小太郎と会い、せっかくだからと三人でファミレスに入ったのだ。

 ファミレスにしては品揃えのいい紅茶葉を軽くブレンドしながら作った紅茶を一口のみ、ネギは二人に悩みを打ち明けていた。というかぶっちゃけ、千雨のことである。

「それは分かっているけどフェイト……彼女持ちには分からないよ。この気持ちは」

「いや、僕はともかく……犬神小太郎なら分かるだろう?」

「まあ、そりゃあ多少は……な」

 一応付き合いたての彼女がいる小太郎だが、その前までは相手にどう接すればいいか分からずに狼狽(うろた)えていたのだ。なんだかんだでハーレム作っているフェイトよりかは、立ち位置はネギに近いといえる。

「それでも、結局は動くしかないで? 自分でも周囲の手助け使ってでもええから」

「動くと行ったって…………自分でも(・・・・)?」

 ふと、その言葉がネギの心に突き刺さった。

「あれ、ちょっと待って……」

 その瞬間、ネギはとんでもないあやまちに気付いてしまった。

 そう……自分から誘ったことがないのだ!!

「……あ、ああああ…………!?!?」

 夏に映画を観に行った時も、この間の合コンも、小太郎やフェイトには言っていないが千雨の別荘に拉致された時も、いや言ってしまえば立場もあるとはいえ、教師時代でも一緒にいたのは大抵が成り行きだ。

 強いて挙げれば、期末試験の『学年トップおめでとうパーティー』に連れ出したことや、ラカンの土産を届けに行ったことくらいだろう。

 そう……ネギ・スプリングフィールドは自分から、長谷川千雨をデートに誘ったことがないのだ。

「まずい。このままじゃまずい!! 僕から千雨さんを誘ったことがない!?」

 慌てるネギだが、連れの二人は周囲への迷惑を考慮して彼を押さえ込むこと以外、大して取り乱していなかった。

「まあ落ち着けや、ネギ」

「別にネギ君から誘わなかったからって、そんなの偶々だよ。これから誘えばいいだけじゃないか」

「それもそうだ!!」

 慌てて携帯を取りだして操作し、デートスポットを割り出していくネギ。

 最初にフレンチレストランにて昼食。食後は最近、乗馬部の規模拡大の為にできた乗馬センターで乗馬体験。そしてホテル内のブランドショップを散策してから最上階の高級レストランにて夕食。最後に『部屋を取っている』と言って千雨を誘い、日帰りでも良し、しかしあわよくば……という妄想計画(デートプラン)ができあがってしまった。

「……なあ、フェイト。これと似たような計画、見たことある気がするんやけど」

「似てるというか、ホテルの部屋を日本庭園にして、順番を入れ替えるとまんまだよ」

 小太郎の疑問にフェイトが答えるも、ネギは我関せずとばかりに計画を記したA4用紙(メモ用)を掲げていた。

「完璧だ。完璧すぎる……」

『駄目だこりゃ……』

 それぞれこぶ茶とコーヒーを(すす)りながらネギの奇行を眺めていたが、世界的にはそうは問屋が(おろ)さなかったらしい。

『戦えない人間なんていない!! 戦うか、戦わないか、その選択が――』

「はい。……あ、千雨さん!!」

 千雨からネギに電話が掛かってきたのだ。

 しかし、小太郎もフェイトも、この後のオチが読めていた。そもそも、さっきネギが組んだような予定を実行しようとした人間がどうなったかを、二人は知っているのだ。

「丁度良かった。実は……え、千雨さんバンドやってたんですか!?」

「……そうなん?」

「僕も初耳だよ」

 漏れ聞こえた言葉を整理してみると、千雨はバンドをやっていたらしく、今度ライブをするから聞きに来ないか、というお誘いだった。話自体はまだ固まっていないが、明日菜達が暴走してクラスメイト全員に話して回る前に、正しい情報をネギに伝えようと順番が前後したようだ。

「はい、必ず行きます。それで…………ああ、はい、そうですか」

 そしてその練習の為に、しばらく予定が空かないとも言われたようだ。

 つまり今回も千雨から誘われた、という事態になったらしい。

「分かりました。ではまた…………ぅぅ」

 携帯を仕舞ったネギは、先程まで嬉々として書き上げていたA4用紙をテーブルの上に、静かに置いた。

「……………………せっかくだし、使ってもいいよ」

「いらんわ」「いらないよ」

 予算が掛かりすぎる上に、下手したら相手の行動によって計画が破綻(はたん)することが目に見えている。

 結末の読めている二人に辞退されたネギは、静かにA4用紙を引き裂いた。



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第11話 相手に嫌がられている方がましな時もある

 そして、ライブ当日。

「……あれ、ネギ君は?」

「急な出張だって。予定だと、ライブ前には戻ってくるらしいけれど……」

 ライブ会場から離れた場所に一度集合する3-Aの面々。

 あやかが出席者の点呼をする中、明日菜は刹那と並んで立つこのかにそう答えた。その間携帯片手に通話するも、相手が電話に出ることはなかった。

「……駄目ね。全然繋がらないわ」

「何かあったのでしょうか? ネギ先生、今日を楽しみにしていたと聞いていたのですが……」

「大丈夫やろか、ネギ君……」

 心配するも、開場の時間は刻一刻と迫っている。このままでは、ミイラ取りがミイラになりかねない。

「仕方ないわね……ネギにはメール出しといて、私達は先に行きましょう」

 点呼を終えたあやかにネギのことを伝え、そして集合した全員はライブ会場へと向かっていく。

 ライブ会場となっているのは、以前学園祭で『でこぴんロケット』が演奏した広場だった。その広場や周辺区域に簡易天幕を張り巡らせ、敷布で目隠しを兼ねた囲いも施してある。危険物対策の為に持ち込み式のロッカーや手荷物預かりサービスも充実し、簡易的だが出店も展開されていた。

 ここまで大きくなったのは(ひとえ)に便利屋『RUDE BOYS』の宣伝能力と『せっかくだしチャリティライブにして、収入源を施設の運営に回そう』とスモーキー達が暗躍した結果である。

「キョロ先輩。私達って「付き合ってないよ」――何で即答するんですか!? タマだけミソッカスですか!? 仲間外れいくないです!!」

 騒がしい群衆に紛れながら、明日菜達は荷物を預けに預かりセンターへと向かっていく。

「……あれ、明日菜それどないしたん?」

 普段は持ち歩いていないはずの幅広の竹刀袋を携えた明日菜を見て、このかは不思議そうに首を傾げている。

「ああ、これ?」

 ちょいちょい、とこのかや刹那を周囲の視線から阻む壁のようにして立たせると、明日菜は降ろした幅広の竹刀袋を少し開け、中身を晒して見せた。

「……映画で使ってた、ネギ君の剣?」

「転移者対策ですか?」

「そう。この前みたいに不意打ち喰らうのも気にくわないから、普段は持ち運ぶようにしているのよ。……といっても、携帯許可が下りたのはつい昨日のことだけど」

 映画撮影用に改造した中古の剣を竹刀袋に戻し、再び預かりセンターへと歩き出した。

「それにしても……許可を取るのって、結構面倒なのね」

「まあ、正当な理由がないと難しいですし……私もそれを知らずに、麻帆良学園都市(ここ)に来た当初はすごく苦労しました」

 刹那も自らの竹刀袋に仕舞ってある夕凪に意識を向け、当時の苦い思い出を噛み締めていた。同じ苦労を味わった明日菜共々歩いているのを眺めながら、このかは二人を預かりセンターに向けて誘導していく。

「ほなほな、早く預けんと……すみませーん」

 カウンターの向こう側にいるスタッフに向けて声を掛けるこのか。

「はい、ただいま……って、何だ明日菜達か」

「ちょっと!? なんでここにいるのよっ!?」

 出てきたのは、なんとアリカだった。

 スタッフの制服らしき作業服を身に付け、長い髪を束ねてから帽子を被る彼女は、どこからどう見ても元女王だと認識する者はいないだろう。

「いや、割のいいバイトだったから、ナギ達と一緒に働いているんだ。席はないが休憩時間に演奏も聴けるし」

「段々と所帯染みてきているけど……それでいいの? アリカ」

 呆れつつ荷物を預ける明日菜と刹那。他の3-Aの面々も、荷物を預ける為に別のスタッフの元へと並んでいる。アリカが預かりの手続きをする中、このかはふと、先程の発言を思い返していた。

「あれ、アリカさん。ナギさん達と一緒にバイトしてはるゆうとったけど……他の人らは?」

「ああ、ナギはあっちで焼きそばを作っているぞ」

 アリカが指差す先では、出店で焼きそばを作っていた。捻り鉢巻きで小手を返す姿は、どう見ても元英雄には見えない。普通にテキ屋の兄ちゃんだった。十代後半の息子がいるけど。

「ラカンは会場内の警備をしているはずだし、アルは事務所で経理作業。タカミチもラーメンの屋台を近くに持ってきていたはずだが……」

 次にアリカが指差した先では、タカミチが焼き鳥屋台の主である涼宮と一緒に作業服姿のスモーキー達に取り押さえられていた。

「また会ったな焼き鳥屋!! 僕のラーメン道の邪魔をするなっ!!」

「いい機会ねラーメン屋!! 今日こそ決着を付けてやるわよっ!!」

「問題をおこすならどちらも帰れっ!!」

 珍しく激高するスモーキーに率いられたスタッフ一同に連行されていく二人を見ることができずに、明日菜は遠くを眺めていた。

「本当、私の初恋って一体……」

「明日菜さん。しっかりして下さい……」

 屋台ごと連行されていくタカミチ達を直視できずに、明日菜は仕方なく出店の方を眺めていた。キメ顔で焼きそばを作るナギを見て、再びアリカの方を向いたが。

「これが預かり証明の札だ……ってどうした?」

「ううん、なんでもない。ちょっと人生の残酷さと初恋の虚しさについて考えているだけで」

「明日菜……またかいな」

 呆れるこのかに背中を叩かれながら、明日菜は預かり証明の札を受け取った。

「ちなみに小太郎は手荷物確認の列にいるぞ。雑談程度ならいいが、あまり長く拘束してやるなよ」

「……夏美ちゃん、今日はデートちゃうねんな」

 いえ、入場時の臨時スタッフなので、後程合流して一緒にライブを楽しむ予定だったりします。

「なんか、物事全てが馬鹿らしくなってきた……はぁ」

「元気出して下さい。クルトさん」

 会場で合流した聡美と共に、クルトも自らの刀を預かりセンター(アリカとは別のスタッフの列)へ預けていた。

 

 

 

 

 

 そして控え室。

「ん~……」

「どうかしたの?」

 衣装に着替え、ベースギターの調律を終えたので携帯を弄っている千雨に、丁度着替え終えた風斬が話しかけていた。灰原は電話越しに口喧嘩中で、麦野はマニキュアを塗っている。他に話す相手がいなかったのだろう。

「いや、今日来るって言ってた奴が来ないらしくてな。こっちに連絡は来ていないかとさっきメールがあったんだが……それがちょっと気になって」

「何かトラブルでもあったんじゃあ……?」

「……ちょっと調べてみるか」

 千雨は携帯を懐に仕舞うと、鞄からタブレットPCを取り出して立ち上がった。

「すぐに戻る。何かあったら声を掛けてくれ」

「うん。早く戻ってきてね……」

 他の二人に話しかけられない中、ぽつねんとする風斬を残して千雨は控え室を出た。

 スタッフが走り回る中、千雨は壁にもたれたままタブレットPCを起動させ、タブレット状態のまま操作を始めた。

「ISSDAの管理者サイトに接続。ネギ先生の予定は……っと、あれ? 北海道?」

 まだ検討段階ではあるが、未開拓地域を整備して魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の住人を移住させる計画があり、その候補の一つに北海道がある。しかし検討段階である以上、現時点で視察をする必要性はないはずだ。

「妙だな。仕事自体、急な依頼で行われているみたいだし……かといって計画の緊急度が釣り合っていないのは……」

 千雨は懐から携帯を取り出し、短縮である人物に電話を入れた。

『……なんだ。人捜しの件は急がないんじゃなかったのか?』

「いや別件だ。今大丈夫か?」

 電話の相手は土御門だった。

 現在は以前エヴァンジェリンが平沢と暴れていた地域を中心に調査中のはずだが、関東魔法協会も出張っている以上、その近くで調べているわけではない。陰陽道で式神を飛ばしながらの調査だと思い、少しならリソースを割けるかも知れないと考えて電話を掛けたのだった。

「ネギ・スプリングフィールドの所在を知りたいんだが、調べられるか?」

『ちょっと待て……飛行機の搭乗記録が残っている。魔法的にも科学的にも信憑性は高い』

 どう調べているのかは分からないが、すぐに結果を出している以上、式神以外にも何らかの手段があるのだろう。千雨は特に気にすることなく、土御門に先を促した。

『だが……東京で記録が途切れているぞ』

「どういうことだ?」

 土御門の話では、そこからタクシーに乗り込んだらしい。その姿は監視カメラにも残されていたらしいが、その後の痕跡は、どう探っても出てこないようだ。

「気になるな……」

『調べてみるか?』

「頼む。無事麻帆良学園都市に入った場合は構わないが、もしトラブルに巻き込まれていたら、匿名で関東魔法協会に連絡しといてくれ」

 通話を切ると、今度は別の人間に電話を入れた。

「まだ外にいればいいけど……あ、朝倉か?」

『どうしたの、千雨ちゃん』

「ネギ先生がトラブルに巻き込まれた可能性がある」

 簡潔に用件を伝える千雨。それだけで状況を理解したらしい、電話越しに朝倉が雑音を立てているのが聞こえてくる。おそらく、手帳か何かを取り出しているのだろう。

『……続けて』

「北海道に出張していたらしいんだが、緊急度が釣り合っていない仕事な上に、東京に戻ってからの足跡が掴めていない。今は土御門に調べさせているが、何かあれば関東魔法協会に通報するように伝えといた。どうせ盗聴しているんだろう? 連絡が入るようなら神楽坂達にも伝えてくれ」

『あ、ばれてた? 了解……こっちでも探ってみようか?』

「ライブが終わっても来なければ頼むわ。杞憂ならそれに越したことはないしな……ネギ先生の気が変わって来ない可能性もあるし」

『……千雨ちゃん、それ本気で言ってる?』

「そっちの方がマシ、ってだけだ。他意はないから怒るな」

 そう、何もなければいい。

 ネギが無事であれば、千雨もこうして本番前に電話する必要なんてないのだ。

「とにかく、ライブが終わっても来なければ調べに行くから、そっちも念の為準備しておいてくれ。何かあれば私の名前を使って、スモーキー達(RUDE)に依頼を出すだけでも構わないから」

『大丈夫。必要になりそうな物は会場近くに準備済み。保険に用意していたんだけどね……』

「分かった。何を準備しているのか知らないし知りたくもないが……その時は連絡入れるから、頼んだぞ」

 携帯の通話を切り、タブレットPCも終了(シャットダウン)させていると、同時に着信音が鳴った。

「……土御門か、どうした?」

『すまない。一つ確認し忘れたことがある……』

 何事かと千雨が身構える中、電話の向こうにいる土御門はおもむろに口を開いてきた。

『……報酬は『エマ』のメイド服でいいか?』

「ちゃんと作ってやるからさっさと仕事しやがれっ!?」

 携帯に向かって怒鳴りつける千雨を、周囲のスタッフ一同(休憩に戻ってきたアリカ含む)は訝しげに眺めていた。

 

 

 

 

 

「やっぱり罠か……」

 ライブの前日、急な出張で北海道に渡ったネギだったが、現地スタッフとして派遣されているはずの人間が待ち合わせ場所に来なかった。急ぎでないはずだが、現地スタッフは以前千雨を通して知り合った起業学生なので、仕事自体に偽りはないと思えば、連絡を取ってみると『そんな話は聞いていない』と返されてしまったのだ。

 それを聞いたネギは急ぎ帰宅しようと、念の為飛行機の席を買い直して東京に戻ってきたのだが、そこで改めて襲撃されたのだ。巻き込まれたタクシーの運転手には(慰謝料の請求先として)自らの名刺と署名、ISSDAの連絡先を渡してから逃がしてある。

 後はネギだけだが、そうも言っていられない。

「飛行機だったからグロック17()は持ってきていないし……残っているのは杖と指輪、閃光の魔力球だけか」

 今後はグロック17を携帯できるようにしよう、とネギは今後の課題を頭の片隅に残すと、鞄を地面の上に置いて、建物の影に隠れながら立ち上がった。

「千雨さんが恥ずかしがって変な仕事を割り振った、ってわけじゃないみたいだし……また転移者かな?」

 杖を構え、不用意に顔を出さないようにして様子を探るネギ。

 その背後には、スクラップと化したタクシーが一台転がっている。

「何処の誰が何の目的かは知らないけど……人の恋路を邪魔して、簡単に許すと思うなよ」

 楽しみにしていたライブに行くのを邪魔されてしまい、若干口調の悪くなるネギだった。



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第12話 まともに取り合わない者もいれば、手を差し伸べてくれる者もいる

「まだか……」

 杖を構え、壁際に身を寄せたまま、ネギは相手の出方を伺っていた。

 相手はまだ動かない。スクラップと化したタクシーも、乗り手がいなくなった後も未だに煙を吹いている。それ以降、何のアクションもないのだ。

「……やけに静かだな?」

 周囲に気配がない。魔法か物理かは不明だが、恐らくは遠距離からの狙撃。しかし、最初に一撃を放ってからは一切、行動を起こしていない。

「どうする? とりあえず索敵と……後は、まだ試験段階だけど」

 索敵の魔法と同時に、光の屈折を利用して視界を広げる魔法を用いて、周辺の状況を探っていく。まずは情報を、でなければゾフィスの時と同様に出遅れてしまう。

「敵は、何処だ……?」

 まずは探れ、襲撃者(てき)の全てを……!

 

 

 

 

 

 近くにビルの屋上にて。

「全員無事?」

「一応だが……」

 双眼鏡でスクラップになったタクシーを、そこに乗っていたが今は隠れているネギを眺めていた黒髪の男に、金髪のロングヘアを(なび)かせた女が、出入り口の横にある壁にもたれながら問いかけた。

 フランコとフランカ、『別の』イタリアで名を馳せた爆弾製作のプロは現在、日本で仕事をこなしていた。以前は五共和国派(パダーニャ)という、イタリアの反政府勢力として活動していたが、今のところは傭兵や便利屋の類で生計を立てている。そんな中、ある依頼が届いたのだ。

 内容は簡潔に、『ネギ・スプリングフィールドの足止め、始末できれば追加報酬有り』。今日中に戻ってこなければぼろもうけのはずだったが、待ち伏せしていた空港に彼が戻ってきた以上、仕事はこなさなければならない。

 ……そう、普通ならば(・・・・・)

「しかし、上手くいったが……この後は?」

「運転手役のピノッキオと合流、そのまま帰るわよ」

 それを聞いた男、フランコは双眼鏡から目を離すと女、フランカに振り返った。

「……いいのか?」

「せっかく第二の人生を楽しんでいるのよ。もう無意味な人殺しなんて勘弁して欲しいわ」

 それだけ言うと、フランカは鞄を手に屋上から降りる階段への扉に手を掛けた。

「それに……警戒してしばらく動けないなら、足止めしてることに違いないでしょう?」

 

 

 

 

 

 そして開演時間となった。

「……そんじゃ、行きますか」

 携帯に連絡はない。一抹の不安は残るが、今の千雨にはやることがある。

 仲間達と共にライブを成功させること、それだけだ。

「最初の曲何だっけ?」

「『ガンダムAGE』のオープニング、4番目のやつね」

「……ねぇ、一回皆で楽曲リスト確認しない?」

 麦野と灰原のやりとりに、風斬も一抹の不安を抱いているが、いまさら気にしても仕方がない。というかもう、本番直前なのだ。

「ところで灰原、歌うの本当にあのネタでいいのか?」

「あら、嫌がらせには十分じゃない?」

「……お前、ライブで喧嘩する話本気(マジ)だったの?」

 ステージの裏に回った。反対側の喧騒から、客は満員御礼だと分かる。後は照明が落ちるのに合わせて、ステージに上がり、演奏をするだけだ。

「しかし、またやることになるとはな……」

「別にいいだろう? ……どうせこの後、ばらけるんだし」

「最後の思い出、か……」

 出会いがあれば別れもある。ここにいる全員が、違う道を歩む。

 この先、極端に言えば生きて会えるかもわからないのだ。ならば今、この瞬間だけでも楽しもう。

「……そう言えば麦野、お前将来どうするんだ?」

「知るか」

「こ、怖い……」

「あまり心配かけないでよね」

 一人、将来に不安のある人間もいるが、別に気にしなくてもいいだろう。一応就活をしているはずだが、彼女が今後どうやって生きていくのかは分からない。犯罪に走らないことを祈るばかりだ。

「時間だ」

 スタッフのスモーキーから合図を受け、千雨達は照明の落ちたステージへの階段に足を掛けた。

「そんじゃ行くぞお前らぁ!」

『おーっ!!』

 照明が落ちる中、ステージの配置へと駆け上がって一分もしない内に、演奏が始まる。

「~♪」

 手続き諸々が面倒臭いので歌詞は省略します。しかし曲を聴けば分かる。

『MELTDOWNER'S REBOOT!!』

 照明を点けたタイミングも、バンド名を叫んだタイミングも。

 

 

 

 

 

「……あれっ、もしかして誰もいないっ!?」

 そしてネギが置いてけぼりになったと気付いたタイミングも、丁度今だったりする。

 

 

 

 

 

「……このパスタいまいちね」

「そうかな? 僕は気にしないけど」

 フランカはフランコと共にビルを出た後、合流した青年、ピノッキオと少し離れたファミレスに入った。そこで夕食を注文したのだが、出てきた料理は現地(イタリア)人のお気に召さなかったらしい。

「……ピノッキオ、足はついてないだろうな?」

「外国人訪問者専用のタクシーってことで誤魔化したから、多分人種で不審者だと判断していない。一応サングラスと化粧で目と肌の色は隠したから、もう一度会ってもすっとぼけられると思う。問題は……」

 そう言ってピノッキオが取り出したのは、ネギから受け取った名刺と署名、ISSDAの連絡先だった。それをテーブルの上に置き、フランカ達に確認させる。

「……さすがに請求するのはまずいからしないけど、これ、処分する?」

「いえ、残しておきましょう。何かに使えるかもしれないわ」

「だが、請求しておかなければ、不審に思ってこちらを探りに来るんじゃないか?」

「……必要ないわね」

 フランコがピザ片手にそう問いかけてくるが、フランカはワイングラスに口をつけながら否定した。

「人間一人をわざわざ足止めするってことは、その人物が邪魔になる何かを企てているはずよ。その規模にもよるでしょうけど、しばらくはそっちにかかりきりになるんじゃないかしら?」

「ならいいけど……」

 食事を終え、煙草を咥えるピノッキオが火を点けようとした途端だった。不意に外を眺めて、あるものを見つけてしまい、口から真新しい煙草が転がり落ちていく。

「……たしかに、こっちに関わっている暇はなさそうだ」

「ピノッキオ?」

「どうした?」

 ……窓が揺れ、次に生まれた大音響に、店内はパニックに包まれた。

「はぁ……もう帰るわよ。料理もワインもこの国も最っ低っ!」

 その言葉と共に、机上にナプキンが勢いよく叩きつけられた。

「……次は本場のシェフを従えた高級店にでも行くか」

「賛成……」

 怒り狂うフランカに従い、フランコとピノッキオは代金を置いて店を出ていった。

 

 

 

 

 

「間に合え間に合え間に合えっ!!」

 ネギ・スプリングフィールドは駆けていた。

 数時間掛けて周辺の索敵を終えたのはいいが、襲撃者は影も形もなかった。おそらくは足止めが目的であり、今この瞬間に仕留める必要がなかったのだろう。だから警戒するネギを置いて、その場から立ち去ったと考えられる。

 ……そう判断できた頃には、すでにライブが開始されている時間帯だった。

「急げ急げ急げ急げっ!!」

 光魔法の応用で即席の光学迷彩を自らに施し、『術式兵装(プロ・アルマティオーネ)雷天(タストラパー・ヒューペル・)双壮(ウーラヌー・メガ・デュナメネー)』で街中を掛けていた。

 可能な限りビルの屋上を掛けて周囲に迷惑をかけないようにはしているが、多少は影響が出ているかもしれない。後でISSDAや魔法協会に罰金や始末書等を提出しなければならないだろうが、今重要なのは『ライブに間に合わない』の一点のみだ。

「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だっ!?」

 転移魔法ではおそらく間に合わない。短距離ならば自分で走った方が早いし、長距離転移には事前準備に時間が掛かりすぎる。そもそもネギ自身、転移魔法はそこまで得意ではないのだ。

 だからこそ、闇の魔法(マギア・エレベア)で最短距離を駆け抜けるしかない。常時雷化し、秒速150kmで麻帆良学園都市に辿り着いたネギはその足であと少しの距離を駆け抜けようとしたが、それが限界だった。

「あっ!?」

 転んで壁に身体をしたたかに打ち付けてしまう。闇の魔法(マギア・エレベア)の影響で、着ていたスーツはボロボロだ。

「あ、ああ……っ!?」

 それでもライブ会場がある広場まで急いだ。

 残存魔力は少なく、回復まで待っている暇はない。このままでは確実に間に合わないだろう。

「ぃ、やだ……」

 だがネギは、四肢に力を入れた。

「絶対に、嫌だ……っ!?」

 千雨が演奏するからじゃない。千雨との約束を、絶対に破りたくないからだ。

 しかし時間は無情にも過ぎていく。このままでは間に合わない。

「あっ!? ネギおったでっ!!」

「ネギ君っ! 大丈夫かいネギ君っ!?」

 ……このままならば。

 

 

 

 

 

『――王旗ひるがえれば、邪悪なる蛇王(ザッハーク)の軍勢はぁ、逃げ、ま、ど、い、ぬ! 春雷におびえたる――』

「ねえみんな、哀ちゃんが歌ってるよ、ねぇねえ!」

「お~い灰原ぁ!!」

「灰原さぁん!!」

 その日、江戸川コナンは見た。

 昔馴染み達と共に麻帆良学園都市に来た彼は、自らの相棒である灰原哀が演奏をしているのが見える。会場の観客席は最前列の専用ブースに施設の子供達がひしめき合い、その周囲に張られた柵に沿う様に観客が押し寄せていた。

『――鍛えたるなり。愛馬ラクシュナには、見えざる――』

「ねぇコナン君! 哀ちゃんだよ哀ちゃん!!」

「ああ、うん、すごいな。すごいけど……」

 吉田歩美にそう言われるも、江戸川コナンは何処か呆れた様子で灰原の演奏を眺めていた。

 先程迄はベースギターを弾いていた眼鏡の女性が歌っていたのだが、この曲だけは彼女が歌っていた。横にいる友人との約束もあり、最低でも一曲は歌うとは知っていたが、こればっかりは呆れかえるしかなかった。

『――天空に太陽は、ふたつなく。地上に国王(シャーオ)は――』

「……なんで灰原の奴、『カイ・ホスロー武勲詩抄』なんて歌ってんだ?」

『――彼の天命を継ぐ者は誰ぞ……ぃゃあ!!』

 ちょっとキャラ崩壊していないか? という疑問も生まれはしたが、観客の叫びにかき消されてしまった。

『持ってけぇ!! 金貨二百枚!!』

 

 

 

 

 

「ったく。聞いた時は驚いたでほんま……」

「でも間に合ってよかった。とにかく急いで移動しよう」

 駆けつけた小太郎とフェイトに両側から支えられながら、栞の運転するバンに乗り込んだネギは、そのまま座席に座らさせられた。

「念の為服の手配はしとるけど、間に合うと思うか?」

「ラストくらいは聞けると思うよ。せめて転移魔法さえ使えればよかったけど、今学園結界の調整中で都市内では使えなくなっているし……」

「えっと、どうして……?」

「ネギが誰かにはめられて北海道行ってる、って聞いてたんや」

 小太郎は携帯を降ろしてからネギに振り返った。

「しゃあないからバイト上がりに夏美姉ちゃんと一緒に迎えに行こうとしたら、丁度フェイトと会うてな。お前が街中で超音速飛行による大音響(ソニックブーム)起こしながら麻帆良学園都市(こっち)向かってる言うから待っとったんやで」

「そう、栞さん。そのまま真っすぐ目的地に向かって……犬上小太郎、会場前に待機している村上夏美の方はどうなっているんだい?」

「もう準備できてるらしいで。運営側には事情話して入場できる算段はつけて貰っとる。後はこいつ着替えさせて放り込むだけや」

 もし一人だったらならば、この時点で終わっていただろう。

 しかし頼もしい友人達に囲まれ、ネギは目的を達成することができる。

「みんな、ありが「そういやネギ。関東魔法協会の連中、カンカンやったで? 街中で超音速飛行による大音響(ソニックブーム)撒き散らしていたから、後始末が大変やて」――……後日正式に謝罪に行ってきます」

「後、ISSDAの方にも別口で始末書書いて提出してね、ネギ君」

「はぃ…………」

 周囲に多大な迷惑を掛けながらも、ネギ・スプリングフィールドのライブ会場への道程が途切れることはなかった。



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第13話 私はあなたと一緒に星を見たい

「ふぅ…………」

 最後の曲(『機神大戦ギガンティック・フォーミュラ』のオープニング)が終わり、千雨の肩から力が抜けていく。

 灰原や風斬も汗をぬぐい、ドラムを叩いていた麦野も今はペットボトルの水を飲んでいた。

「……いや! 一人だけ飲むなよ麦野!!」

「麦野さん! あなた歌ってないからそんなに喉乾いてないでしょう!?」

「いやちょっとは歌っただろうが! 『ソードアート・オンライン-ロスト・ソング-』のオープニングの時!!」

「えっと、長谷川さん。あれいきなり振られて、ちょっと無茶振りだったと思うんだけど……」

 具体的に言うと、最後のサビで一人ずつ叫ぼうぜ、という千雨の無茶振り(アドリブ)に全員が答えたのだが、以前ライブをした時にも同じ様に歌っていたので出来た芸当である。

 普通は無理なので、皆さん上記の無茶振り(アドリブ)は真似しないで下さい。

 何はともあれ全ての曲目が終わり、互いが互いを罵るというあさましい光景を最後に、ライブの幕が閉じようとしていた。ステージに上がっていた四人は、歌い切った達成感に満足している。

(ネギ先生……結局来なかったな)

 ……千雨を除いて。

「ええと……そこの灰原の突然の思いつきで復活させたコピーバンドに、こんなにたくさんの人達が集まってくれて、大変うれしく……って、麦野!! 最後くらいお前が挨拶しろよ!!」

「任せたリーダー」

「お前がリーダーだろうが!! 昔バンド名決める時に駄々(だだ)()ねた癖しやがって!!」

 このままだと喧嘩になりかねないと判断したのか、灰原はマイクを奪うと観客席に手を振った。

「はい、喧嘩しない!! ……ええ、私達『MELTDOWNER'S』の演奏はいかがでしたでしょうか? 今日は来てくれてありがとうございます。特にきっかけをくれた友達の吉田さんと……どこぞの推理オタク」

「おいっ!?」

 観客席から叫び声が聞こえてきたが、灰原は気にせず挨拶を続けた。思わず声が出て周囲の注目を浴びた某探偵を無視して。

「残念ながらライブ自体は今回で正真正銘、本当に最後です。ここにいるメンバーは全員、大学を卒業した後はバラバラの道を歩みます。……中には心配な人もいますが」

「言われてるぞ長谷川」

「いやお前だろ麦野」

 碌に進路を話さない人間ということもあり、変に心配をかけてしまっているのは理解しているが、千雨に関しては話しようがないのだ。麦野の方は分からないが、もしかしたら実家と何か、トラブルでも起こしているのかもしれない。

 しかし触らぬ神に祟りなし、とばかりに誰も深入りしないので、謎の底が見えることはなかった。

「というわけでライブはこれで終わりです。さよなら、さよなら~」

「灰原さん、適当過ぎる……」

「いいからさっさと()けるぞ。って……長谷川?」

「……ああ」

(未練がましいな。別にいいだろうに…………)

 ステージから降り、控室に消えようとした時だった。

「…………千雨さんっ!!」

 千雨の視界の端に、ネギの姿が映ったのは。

 

 

 

 

 

 ネギは走っていた。

「お前服にケチつけすぎやろ!!」

「それは悪かったけど、用意してくれたの地味なのが多かったよ!?」

「後でしばいたるから覚えとれやっ!!」

 受付を小太郎に任せ、自らは観客席へと飛び込んでいく。

「…………千雨さんっ!!」

 思わず叫び、周囲から視線を集めてしまうが、ネギの目にはステージから()けようとする千雨達の姿が映っていた。どうやら、あと一歩のところで間に合わなかったらしい。

「……あれ、ネギ君!?」

「ネギ先生大丈夫~!?」

 するとネギの周りに3-Aの面々が集まって来ていた。曲の合間にネギが向かっていると連絡が来ていたのを確認したのか、早い段階で後方に下がっていたらしい。

「ちょっとネギ!! 大丈夫だったの!?」

「ネギく~ん!」

 明日菜やこのか、刹那もやってきたネギに慌てて駆け寄り、無事な姿を見て胸をなでおろしている。

「まったく、一体どうしたのよ……」

「すみません。急いで帰ってきたんです。け、ど…………」

 徐々に、ネギの声のトーンが落ちていく。ライブに間に合わなかったことが、千雨の歌を聴けなかったことが、…………彼女の誘いをフイにしてしまったことが、余程ショックだったのだろう。

 けれども、明日菜はネギの肩を掴み、背中を押す様にして……観客席の方へと追いやっていた。

「え? えっ、明日菜さん?」

「ほら急いだ急いだ。聴き損ね(・・・・)ちゃうわよ(・・・・・)

 一瞬、ネギは呆けてしまう。もうすでにライブが終わり、最後の挨拶も終わって、全員がステージから()けてしまったのだ。それなのに何故、わざわざ観客席へ戻ろうとしているのだろうか?

(明日菜さん…………魔法世界とか転移者問題とかいろいろ手伝ってくれたばかりに頭が「うらぁ!!」――ひぇびゅりゅっ!?」

 ネギは明日菜にぶん殴られた。

「私は正常よ。馬鹿ネギ」

「明日菜さん……ゾフィスの時といい、いつ読心術なんて身に着けたんですか?」

「勘よ、勘」

 とりあえず明日菜だとまた殴るかもしれないと、今度はこのかと刹那が両脇にネギを抱えて観客席まで移動していく。

「あの、このかさんに刹那さん。どうして観客席に……?」

「あれ、ネギ君知らへんの?」

「何をですかっ!?」

 拘束に近い状態の為、微妙に恐怖心を抱くネギ。

 しかしその疑問にこのか達が答える前に、観客は叫び始めた。

 

 

 

 

 

『アンコール!! アンコール!! アンコール!! アンコール…………』

 

 

 

 

 

「ふひゅぅ、さっぱりした……」

「ようやく汗臭い衣装が脱げたわね……」

 控え室に戻り、上半身を黒いTシャツに着替えた面々は、水分補給をしながら観客席からのアンコールを耳にしていた。そしてその歓声を受けたからかは知らないが、椅子に座ったままじっとしていたはずの麦野が立ち上がり、外へ出ようとしている。

「あら、もう行くの?」

「いや、便所」

「麦野さん、せめて隠語を使って……」

 と三人が女性としての所作について言い合っている間も、千雨は控え室の隅で携帯越しに土御門と話していた。

「……雇われた?」

『ああ。身の丈もある黒の長髪が目立つ、高長身の女に雇われたらしい』

「まさか……」

 ゾフィスからの尋問で出てきた、ジェイル・スカリエッティと共に行動している転移者と特徴が一致している。現在も行方は分かっていないので、関東魔法協会の方でそちらも捜索しているのだが、このタイミングで名前が出てくるのは、何かの前兆としか思えない。

依頼人(そいつ)について探るか?』

「……いや、ここまででいい。仕事に戻ってくれ、悪かったな」

 そう言い、千雨は通話を切った。

「スカリエッティが動きだした……?」

 依頼こそネギの足止め程度だったが、雇った人間の考え方次第では、殺されていてもおかしくなかった。

 しかし、このタイミングでネギを麻帆良学園都市から追い出す理由が分からない。

「何かあるのか……っと」

 考え込んでいると、携帯が振動しだした。通話状態にすると、千雨の耳に和美の声が響いてきた。

『あ、千雨ちゃん?』

「どうした朝倉?」

『ネギ君戻ってきたみたいだけど……何か分かった?』

「……スカリエッティが動いている」

 それを聞いただけで、向こうも状況を把握したらしい。ガタッ、と電話越しに何かを動かしている音がした。

「ゾフィスと一緒にいた転移者がいただろ? そいつらしい人物がネギの足止めを依頼していたって報告が来た」

『ちょっと怖いね……ライブ後に合流できない?』

「少し時間がかかるが「長谷川さん、そろそろ……」――……ああ、悪い灰原。すぐ行く」

 声を掛けてきた灰原に返事をしてから、千雨は携帯の通話に戻った。

「……終わったら連絡する」

『了解。じゃあ後で』

 通話を切り、携帯の代わりにベースギターを握った千雨はステージへと向かった。

 

 

 

 

 

「さあ、みんな帰るぞ。しっかりついてきなさい」

『は~い!!』

 アンコール演奏も終わり、施設の子供達を引率する新田を皮切りに、徐々に人が()けていく。その流れに乗り、明日菜達も会場の外へと出ていた。

 何人かは用事があったり、会場の出店に気を取られたりと自然にばらけていったが、ネギと明日菜の二人だけは端に設置されているベンチに並んで腰かけて、休んでいた。

「いやぁ~ライブ良かったわね、ネギ……ネギ?」

 ぽぉ、という状態だった。

 最後の曲を演奏している時、千雨がウィンクをしたように明日菜の目には見えた。おそらくだが、それが原因だろう。曲が終わって少しの間ぶつくさ言っていたみたいだが、その後はぽけぇ~、と頬を赤く染めたまま、反応が薄くなっている。

 心ここにあらずなので、明日菜は仕方なく、先程引き取ってきた剣を幅広の竹刀袋に入れたまま振り被って、

「……って、明日菜さん一体何を!?」

「あ、気が付いた? ネギ」

 ゆっくりと降ろされる剣に安堵するネギだが、妙に顔が痛いとばかりに頬に手を当てて撫で始めた。

「あれ? 何故か頬が痛いような……?」

「ああ、あんたさっき小太郎にぶん殴られてたわよ。反応なさすぎで『アホらし……』って漏らしてから帰ってったけど、何かあったの?」

「その前に小太郎君に殴られていた件について詳しくっ!?」

 恐らくは夏美が用意した服の件だろうが、いつの間にかしばかれていたことに今更気づいてしまい、どれだけ呆けていたのかと、ネギは自分自身が微妙に怖くなっていた。

「……いや、さっき聞いた歌がちょっと」

「ちょっと?」

「いえ、あの、その……そうだっ!!」

 ネギはベンチから立ち上がると、ステージ裏の方を見てから明日菜に振り返った。

「僕ちょっと、千雨さんに会いに行ってきます!! 北海道に行かされていた件について話さないと「言い訳しなくていいから行きなさい」――いや、それも話さないといけないんですけど……とにかく行ってきますっ!!」

 そして走り出すネギの背中を眺めながら、明日菜はゆっくりと天を仰ぐ。

「皆大人になっていくわね……」

 弟が恋人を作ろうとしているのをどこか寂しく感じながら、明日菜は星空を見上げていた。

「……頑張んなさいよ、ネギ」」

 

 

 

 

 

「じゃあ、後は頼む。打ち上げは今度な」

「またね、長谷川さん」

 ライブ終了後。最後に残った風斬に後処理の打ち合わせを任せた千雨は、さっさと帰った麦野や昔馴染み達に会いに行った灰原の次に控え室を後にしていた。

「ああ……疲れた」

 ライブを成功させたことへの充足感を味わいながら、千雨は会場の外に出た。ベースギターは保管していたレンタルルームにそのまま戻す予定なので、スモーキー達に運搬を頼んでいる。だからここまで乗ってきたBT1100ブルドッグ(バイク)の前まで、手ぶらで歩いてきたのだ。

「このまま朝倉と合流するか……」

 その前に一服しようと煙草を一本抜いて口に咥えていると、視界の端からライターの握られた手が伸びてきて、千雨に火を差し出してきた。

「格好付けるなら照れるなよ」

「あ、ははは……」

「まあ……火はサンキュ、ネギ先生(・・・・)

 肺に吸い込んだ紫煙を吐き出してから、千雨は改めてネギの方を向いた。

「大丈夫そうだな?」

「ええ、なんとか……あ、良ければライター差し上げます」

「ん? ……どうしたんだ、これ?」

 ネギから受け取ったライターを弄る千雨。

 よくあるオイルライターだが作りがしっかりしており、安物という感じが一切しない。デザインもシンプルで、千雨好みの一品だった。

「貰い物なんですよ、それ。忘年会の賞品のあまりらしくて」

「の割には、随分実用的なやつだな。貰っていいのか?」

「はいどうぞ。僕は使わないので」

「そうか、サンキュ」

 ライターを懐に仕舞うと、千雨はバイクに寄りかかって静かに煙を吹かしていた。ネギはその隣に立って、頭上の星天を眺めている。

「……覚えててくれたんですね。千雨さん」

「一応、な……」

 アンコールの曲は、千雨が選んだ。

 数曲程ストックを用意し、ステージやメンバーのコンディションに応じて決める手筈になっていたのだが、そこは千雨が無理を言って通したのだ。

 選んだ曲は『未来日記』の二番目のオープニング。その歌詞の一文の時に千雨はウィンクし、ネギはそのメッセージを理解して呆けてしまったのだ。

「『一緒に星を見に行きたい』って、言ってもらえた気がしました」

「元々約束してただろ? でも、ま……」

 千雨も咥えていた煙草を指に挟み、夜空を見上げた。

 

 

 

「……ゆっくり見たいよな。いつか……星の海を」

 

 

 

 ……しかし、世界は彼らに平和を(もたら)したりしない。

「その為にも、今は仕事『緊急!! 緊急!!』『ちうたま大変!! 関東魔法協会が襲撃されましたっ!!』『エマージェンシー!! エマージェンシー!!』――……頭痛くなってきた」

「千雨さんしっかりしてっ!!」

 伏線は既に張られていたのだ。まさか狙いが関東魔法協会とは二人共思っていなかったが、その為に障害となるネギを学園都市の外へと追いやったのだと分かれば話は早い。

「ネギ先生、皆に連絡してくれ!! 私は状況を確認するから!!」

「分かりましたっ!!」

 この時、千雨は気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 前回の反省を踏まえて、無意識にネギ先生に頼ったことに。

 ……自身が成長していたことに。




ライブの曲目リスト(好みのアニソン他諸々で千雨達が演奏しそうなものを並べただけです。とりあえずこんなイメージで)

『ガンダムAGE』四番目のオープニング
『魔法科高校の劣等生』一番目のオープニング
『Fate/Zero』第一クールのオープニング
『黒の歌姫』オープニング
『ソードアート・オンライン-ロスト・ソング-』オープニング
『劇場版 灼眼のシャナ』挿入歌
 間奏『カイ・ホスロー武勲詩抄』
『スレイヤーズNEXT』オープニング
『ハイスクールD×D』オープニング
『伝説の勇者の伝説』二番目のオープニング
『BLACK LAGOON』オープニング
『ソウルイーター』二番目のオープニング
『機神大戦ギガンティック・フォーミュラ』オープニング

アンコール
『未来日記』二番目のオープニング

ストック
『fate/stay night』第十四話のエンディング
『ハヤテのごとく!』第一クールのエンディング


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第14話 第二幕・序章 動き出した影……って、一年かかってようやくかよ!!

 ある、雨の日のことだった。

『はっ、はっ、はっ……』

 その少女は、ただ一心不乱に走っていた。

 両手に傘を持ち、片方は畳んだままで、もう片方は広げていながらも、走る勢いに圧されて逆向きになっている。

 しかし少女は気にすることなく、降り注ぐ雨を一身に受けながらも走り続けた。

 

 

 

 ――バシャッ!!

 

 

 

『っ…………ううっ!』

 転び、泥にまみれ、打ちつけた足に血が(にじ)み出すのも(いと)わず、少女は走る。

 当て所なく、やみくもに首を振っては、次の場所へと駆けていく。まるで、行方の分からない誰かを探しているかのように。

『はっ、はっ、はっ……』

 その相手は、未だに見つからない。とうとう人気のない空き地にまで足を運んでしまう。すると、誰かが空き地の中で傘を差して立っているのを見つけた。誰かは分からないが、そこにいるならば他に誰かがいるか分かるかも知れない。

『あ…………っ』

 声を掛けようとし、気付いてしまった。

 傘を差して立っている金髪の男性らしき人の足下に、探している人物がいたことに。

『…………』

『…………』

 二人は何かを話しているが、少女は両手を降ろし、それぞれに握っていた傘を、地面に落としてしまった。雨が上がり、男も傘を畳んでいる。

 ……傘を届けられなかった。

 男が咥える煙草から漏れ出る紫煙を目にしながら、少女は膝から崩れ落ち、地面の上に俯せに倒れ込んだ。

『…………っ!?』

 届けることができなかった。傷つけることしかできなかった。

 息を殺した慟哭(どうこく)は、誰かが聞くこともなく、地面の中へと沈み、消えていく…………。

 

 

 

 

 

 ――……雨は、苦手だ

 

 ――雨が降っていると、何も気づけなくなるから

 

 ――早く…………止んで欲しいと思ってしまう

 

 

 

 

 

「……ん、あさく、……。起きて…………」

「…………ん?」

「朝倉さん起きて下さいっ! 大変なんですよっ!!」

 自らで用意したスバルのサンバーバン(白)の中で、和美は腰掛けていた座席から身を起こした。仮眠を取っていたのだが、予想以上に眠りこけてしまったらしい。軋む身体をほぐそうかと手を伸ばす前に、相棒の守護霊(背後霊?)であるさよが眼前に躍り出てきた。

「え、なに? どうしたのさよちゃ「関東魔法協会が襲われたんですよっ!! 犯人は逃亡中です!! 早く追いかけないとっ!?」――うっそ!?」

 寝ぼけていた頭が覚醒し、和美は慌てて鞄の中から無線機を引っ張り出した。ストラップのようにぶら下げていたミニ手帳を開いてページをめくり、そこに記載されている周波数に合わせて耳を傾ける。

「……朝倉さん、前から思っていたんですけど、これって犯罪じゃあ――」

「さよちゃんシッ!」

 無線機から聞こえてくる操作状況を確認し、助手席のダッシュボードから麻帆良学園の地図を広げながら特定の地点へ向けて指を這わせていく。やがて結論に至った和美は、さよを運転席に座らせてハンドルを握らせた。

「犯人の逃走ルートが分かった。先回りしよう」

「はいっ!!」

 エンジンを掛けた小夜は、ギアをドライブに叩き込むやアクセルペダルを思い切り踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 関東魔法協会の管制室は混乱を極めていた。

「敵はっ!?」

「三名、おそらくは全員が転移者です!!」

「内二人は足止めに、現在高畑先生が応戦中!!」

「あと一人は車で逃げましたっ! 車種はスズキのアルトで色は黒、強奪された物品(もの)も一緒ですっ!!」

 ゾフィスとの一件より、対転移者への備えは十全に行ったつもりでいたが、やはり情報のアドバンテージが大きいのか、今回のような失態に繋がってしまった。

 幸い、足止めしてくる転移者二名はタカミチが対処しているが、全体の戦力を考えると楽観視できない。現在も帰宅したナギ達『赤き翼(アラルブラ)』の面々に救援要請を出してはいるものの、いつ駆けつけられるかまでは未定だ。おまけに、追跡をさらに困難にさせる要素が一つ、本来の目的とは別の作用で邪魔をしてきているのだ。

「まさか対スカリエッティ用に準備していた学園結界の調整中を狙ってくるとは……」

「転移魔法が使用できないので、追跡も困難を極めているとのことです」

 通信管制についていたナツメグの報告に、ガンドルフィーニは腕を組んで低く唸った。

 現在、麻帆良学園に在籍している魔法使い達が追跡しているが、おそらくは追いつけないだろう。転移魔法と併用さえできれば追いつけただろうが、肉体強化や飛行魔法のみでは、車と同等の速度が限界だ。

 それに追いつけたとしても、戦闘に特化した能力を持つ転移者であった場合、対抗できる人材が不足しているのだ。

 転移者、ジェイル・スカリエッティには転移能力がある。

 同じく転移者である喫茶店『Imagine Breaker』の面々から聞いた情報を元に、特定の人物や特殊な魔法詠唱をした者のみだけが結界内で転移させられないかと調整を繰り返していた。しかし相手がまさか、こんなタイミングで襲撃を掛けてくるとは思いもしなかったのだ。

「ネギ先生を厄介払いした時点で、警戒を強めておくべきだったか「ガンドルフィーニ先生っ!?」――どうしたっ!?」

 報告はなく、指差されたモニターディスプレイに視線を送るガンドルフィーニ。

 そこではとあるビルの一角から、自らの魔法である黒衣の(ノクトウルナ・)夜想曲(ニグレーディニス)に乗った高音がメイやこの街に住む転移者ことこなた達と共に、二人の赤ん坊を携えてタカミチ達のいる戦闘区域へと飛び立っていた。

「お姉様から報告がありました! 高畑先生を足止めしている転移者達は人質を取られて脅されていたんです!! 今から連絡を取って、戦闘を止めるよう訴えかけます!!」

「急いでくれっ!! 後の一人を早く捕まえないと――」

 大変なことになる。

 そう繋げようとした時、管制室に新たな警報が鳴り響いた。

「今度は何だっ!?」

敵の車(ターゲット)近辺に突如、魔力反応が発生しましたっ!?」

 ガンドルフィーニの問いかけに、ナツメグや周囲の者達も状況を把握しようと、近くにある監視カメラを操作したり、魔力の特性から人物を特定しようと躍起になっている。

 そしてモニターディスプレイの一つに映り込んだのは、ここにいる面々もよく知る者達だった。

「ネギ先生に長谷川さんっ!?」

「今迄反応がなかったのに、一体どこからっ!?」

 

 

 

 

 

 千雨はバッテリー切れとなった、携帯端末大に小型化したAMFを投げ捨てると、BT1100ブルドッグ(バイク)のアクセルを開け、さらに加速させた。自らの魔力を封じて悟られないように隣の道路まで移動した千雨達のバイクは、そのまま追走に入る。

「ネギ先生、風の魔法で隣の道路へ!!」

「『風よ(ウェンテ)』!!」

 ネギの魔法で強引に路線を移ると、ネギはヘルメットを脱ぎ捨てて手を掲げた。

「『杖よ(メア・ウィルガ)』!!」

 千雨の後ろに乗っていたネギは自らの杖を呼び寄せてBT1100ブルドッグ(バイク)から飛び降りた。そのまま杖にまたがり、併走しながら犯人の車を追跡していく。

 そして杖の飛行速度を維持したまま、ネギは詠唱を終えた『魔法の射手(サギタ・マギカ)』を放った。

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)雷の29矢(フルグラーリス)』!!」

 ネギの放った『魔法の射手(サギタ・マギカ)』は二人よりも先んじて敵の乗る車へと突っ込んでいく。このまま直撃するかと思われたが、その直前に魔力を奪われたかのように徐々に威力を落とし、やがて消滅してしまった。

「AMF仕込んでやがるな……ガジェット・ドローンか」

「どうしますか、千雨さん?」

「直接攻撃(殴る)しかない。速度(スピード)上げるぞっ!!」

 加速性が高いのはネギの方だった。

「『加速(アクケレレット)』!!」

 千雨を置いて加速したネギの杖が、関東魔法協会に盗みを働いた賊の乗る車へと近づいていく。このまま飛び移れるかと思った矢先、後部ドアが開いて何かが飛び出してきた。

 それは牛のような白い角を頭に持つ筋骨隆々の男性のような姿をしていた。見た目は人間だがボンネットの上に飛び移った際、一乗りでへこませている。重量が人間以上である証拠だ。

「我が名はスサノオ以下省略」

「以下省略されたらぁっ!?」

「ネギ先生っ!?」

 ネギ・スプリングフィールド、脱落。

 飛び出してきたスサノオとかいう人間かどうか分からない物体に抱きしめられたネギは、杖ごと地面に押さえつけられてしまう。千雨がバックミラー越しに見た限りでは上半身を起こして反撃していたので、特に問題はないだろうと追跡に意識を戻した。

 スサノオが出てきた後部ドアから見えるガジェット・ドローンを恨めしげに見つつ、手持ちに何かないかと自らの記憶を漁り出す。

「くっそ銃とか持ってきてないのに……せめてバイクから降りられれば」

『そんなことしている間に逃げられちゃうよね』

『相手がガス欠になってくれれば大丈夫だよ』

『ちうたま、そのことで相談が……』

「ん?」

 後からネギが追いかけてくることを祈りつつ、振り切られない様にBT1100ブルドッグ(バイク)を加速させる千雨だが、そこではんぺからあることを報告された。

 

 

 

『…………先にこっちがガス欠です』

「なっ!?」

 

 

 

 慌ててメーターに視線を向けると、ガソリン残量が『Empty()』を示していた。

「こんな時に……はっ!?」

 その時、今朝の一幕が脳裏をよぎった。

 

 

 

『……あれ、ガソリンがもうほとんどない』

『ちうたま、急がないと間に合わない!』

『って、もうこんな時間か。仕方ない……帰りにスタンドに寄っていくか』

 

 

 

「すっかり忘れてたっ!?」

『ちうたまうっかりっ!』

『ちうたまもう無理っ!?』

 このままでは追跡するのは不可能だ。速度は保ったままだが、その分ガソリンの消費も早い。

 どうしたものかと千雨が迷っている時だった。隣の道路から新たな車両が割り込んできたのは。

「なんだ……?」

 新手の敵かと思い、千雨が割り込んできた白のサンバーバンに視線を向けると、後部座席のスライドドアが開き、そこから見知った人物が顔を出してきた。

「千雨ちゃん元気ー!?」

「朝倉っ!?」

 どうしてここが分かったのかは、今は考えている余裕がない。

「丁度良かった乗せろっ!? こっちはガス欠で「そこは『よろしくお願いします』ってちゃんとお願いしないと……」――言ってる場合かっ!?」

 試作品の自動運転装置を起動させ、操作を任せたしらたきとだいこに停車させるよう指示を出す。そして千雨は『戦い(カントゥス)の歌(・ベラークス)』で身体に魔力供給を行い、そのまま和美達のいるサンバーバンの中へと飛び込んでいった。

「いてて……千雨ちゃん、危ないから無理矢理乗り込まないでよ」

「緊急事態にふざけているお前が「いや、人としての常識」――……その件は後程、前向きに善処して反省することを検討いたします」

「政治家っぽく誤魔化さない。後言い慣れてないからか、日本語微妙におかしいよ」

 和美と言い合った千雨は冷静になると、車内に視線を巡らせた。

「何人も私の前を走ることは許さな~い!!」

「……相坂、ハンドル持つと性格変わるのか?」

「腕前は本物だよ。間違って追い抜かないか見張らないとだけど」

 急がなければ犯人に逃げられてしまう。

 もうすぐ麻帆良学園都市の外へと出る。そうなってしまえば転移されてしまい、追跡はさらに困難となるだろう。

 そうなる前に確保したいところだが、このままでは間に合わない。

「ところでネギ君は?」

「スサノオとかいうデカブツにとっ捕まってた。大丈夫だろうが時間的に期待しない方がいい」

「となると……あ、千雨ちゃん。銃持ってきたよ」

 そう言い、和美はバンの最後部に置いていた鞄を引っ張り出した。それは千雨が預かりセンターに預けていた銃器だった。

「助かった。預かり証明預けといて正解だったな」

「受付時間までに解散されるか分からなかったからって、ね。まさかこんなところでご都合主義が起こるとは思わなかったけど」

「本当にな」

 コンデンターの残弾を確認してみるが、銃弾の補充が困難な為、手持ちは通常弾頭しかない。

「焼夷徹甲弾でもあればよかったんだがな……」

鉄芯貫通(スチールコア)弾は?」

「接近しないと急所に直撃が難しいし、なにより在庫切れ」

 とはいえ、手持ちでどうにかするしかない。

「千雨ちゃん。さっき魔法使っていたけど、AMF貫通できるレベルの攻撃はできないの?」

魔力総量(キャパシティ)的に正直ギリギリだな。魔力全部注ぎ込んで中心を撃ち抜ければどうにかなるけど、こうジグザグ走行されたら狙いが……」

「狙いか……ちょっと待って」

 先程広げていた地図を引っ張り出した和美は、ある一点を指差して千雨に見せた。

「ねえ……ここは?」

「……いけるっ!?」

 サンルーフがないのでイングラムM10を発砲して無理矢理ボンネットに穴をあける千雨。その間に和美はさよに指示を出す。

「さよちゃん!! 次のカーブを抜けた直進道路(ストレート)でハンドル、速度固定!! 千雨ちゃんが狙いやすいようにっ!!」

「はいっ!!」



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第15話 この世界の千雨は魔法が使える件

 ――バゴッ!!

「よしあいたっ!!」

 イングラムM10の9mmパラベラム弾でボンネットにこじ開けた穴から身を乗り出すと、千雨は乱れる髪を手で抑えながら、前方を走るアルトを見つめる。

 今はまだカーブが連続しているが、最後のカーブを抜けた所は一直線のストレート。かつての映画撮影で路面電車に乗り、ネギと一緒にスモークグレネードをばらまいた、あの橋の上だ。

「そっからストレートか……朝倉、牽制任せた」

「どうやって?」

 和美の問いかけに、千雨は再び首を引っ込めると、手に持っていたイングラムM10を突き出した。

「他に手段があるなら、それでもいいから」

「まあないけど、私銃は「撃てるだろ」――……やっぱり(・・・・)バレる?」

「当たり前だアホ」

 和美の手先は器用だった。運転中とはいえ気付かれることなく千雨のシグP230を抜き、中の弾を抜いて元に戻す程に。

 そう……器用すぎた(・・・)のだ。まるで、普段から同じことをしているかのように。

「詳しい話は後で聞く。銃は持ってないのか?」

「ごめん、今は(・・)使えない(・・・・)から貸して」

 そしておとなしく千雨からイングラムM10を受け取る和美。予備の弾倉を受け取ると一本を交換し、残りを自らの近くに置いた。

「弾丸をばらまくだけでいい。相手に反撃の隙を与えるなよ」

「分かってるって。千雨ちゃんも外さないでよね」

「……任せろ」

 千雨が再び顔を出し、和美がスライドドアを開けてイングラムM10片手に身を乗り出す。

「次のカーブでハンドル、速度固定しますっ!」

「よし!」

「やるよっ!」

 ハンドル操作による反動を受けてよろけた後、千雨は右手を、魔法発動媒体である指輪を填めた人差し指を伸ばし、左手を覆うようにしてかぶせた。

 まるで、右手を銃に見立てるようにして。

「『魔法(マギカ)制御(インペリウム)開始(イニチウム)』っ!」

 それだけで、千雨に宿る魔力が魔法発動媒体を通して、立てた人差し指に集中してくるのが分かる。

 魔力は無詠唱で魔法を起こす感覚を呼び起こして集中させた。しかし、今から使う魔法は、ガジェット・ドローンのAMFを突破しなければならない。

 だから千雨は、狙いを定めつつ詠唱を始めた。

「雷の精霊128柱・集い来たりて(コエウンテース・)敵を射て(サギテント・イニミクム)――集束(コンウェルゲンティア)!!」

 『魔法の射手(サギタ・マギカ)』の集束。

 本来ならば高威力の魔法を覚えるところだろうが、千雨は魔法を覚えずに、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』を自在に扱うことに注力した。

 千雨の魔力総量(キャパシティ)では一発撃つのも難しいということもあるが、得意な属性の都合もあり、低威力の魔法を使いこなす選択肢しかなかったのだ。

 スサノオが飛び出した後、後部ドアは開け放たれたままなので、球形のずんぐりした胴体が丸出しになっている。

「ほいっと!!」

 千雨の行動を警戒してか、ガジェット・ドローンは仕込みだろう、砲門を展開しようとしていた。そこへ和美がイングラムM10の銃口を向け、銃弾の雨を降らせていく。砲門を破壊できる程の威力は望めないだろうが、下手に撃てば着弾した弾丸を導火線にして暴発する危険もある。

 相手が反撃できない中、千雨の準備は整った。

「フゥ…………『魔法の射手(サギタ・マギカ)』っ!!」

 呼吸が漏れた後、魔法は放たれた。

 放たれた『集束(コンウェルゲンティア)魔法の射手(サギタ・マギカ)』は真っすぐに前方のアルトに搭載されている、ガジェット・ドローンへと突き進んでいく。

 そして、AMFの展開された空間を突っ切り、多少威力を削がれながらも、千雨の攻撃はガジェット・ドローンを貫いた。

 

 

 

 ――ギ、ギギ、ギギギギギ…………ドゴォッ!!

 

 

 

「掴まって下さいっ!!」

 爆発するガジェット・ドローン、そして巻き込まれて吹き飛ぶアルトを確認したさよは、サイドブレーキを引いてハンドルを切った。

 さよの警告が間に合ったので二人はどうにか振り落とされることなく、停車したサンバーバンから飛び降りていく。

「さよちゃんは車にいて。エンジンは切らないでね」

「さて、どこまでやれるか……」

 しかしまだ、ガジェット・ドローンと逃走用の車を破壊しただけだ。

 その証拠に、今回の騒動を巻き起こした犯人が飛び出してくる。車体を切り裂き、左手にケースを抱えたまま、その姿を現した。

 長い黒髪と、特徴的な赤い目が目立つ少女だった。

 黒い制服のようなデザインの衣服を纏い、小手の付けられた両手の右手側には、不気味な印象を与えてくる刀を抜き身で携えている。

「近接型か。こっちは『魔法の射手(サギタ・マギカ)』で魔力もガス欠だし……朝倉、勝てると思うか?」

「ちょっち難しいかもね……」

 ならば時間を稼ぐ他にない。

 通常弾頭を装填したコンデンターとシグP230、弾切れのイングラムM10を手放してから抜いたスチール製の警棒のようなもの。それぞれが装備しながらも、向こうは待っていた。

 単に爆発のショックから立ち直っているだけなのだろうが、向こうにとっては大した痛手ではないのだろう。ケースを静かに置くと、改めて両手で、刀を構えだした。

 

 

 

 ――…………ボフォッ!!

 

 

 

 おそらくはガソリンに引火したのだろう。

 その爆発を合図に、少女は切っ先を千雨達に向け、こう呟き――

 

 

 

「葬ろぉぺりっぶ!!」

 

 

 

 ――きる前に、反対側から突っ込んできたトラクターヘッドに轢かれていた。

『えぇ~……』

 思わず声が漏れる千雨達をよそに、停車したトラクターヘッドからよく見知った顔が出てきた。

「良かった。間に合ってんな……」

「いや、このか。その前に……」

「このちゃん、このちゃんっ!! 犯人轢いてしまってますよお嬢様ぁ!?」

 我関せずと降りてくるこのかに続いて、呆然とする明日菜と、犯罪じゃないかとビクついて混乱している刹那が、後ろについてきている。

 その姿を見てアホらしくなったのか、千雨と和美は、武器を持っている手を降ろした。

「近衛……トラクターヘッド運転できたんだな」

「こんなのばれたら、免許取り消しだろうけどね……」

 しかし他にも敵がいる可能性もある以上、武器を仕舞うことなく犯人の少女へと近づいて行く。相手が転移者である可能性もあり、まだ生きているかもしれないからだ。

「で、千雨ちゃん。状況は?」

「犯人は近衛が轢いた。とりあえず生存確認と盗品の回収を「車の陰へっ!!」――なっ!?」

 刹那と、その声に反応した明日菜が動いた。二人は呆然とする千雨、和美、このかを回収してからさよの残っているサンバーバンの陰へと隠れる。

 

 

 

 ――ガァン!!

 

 

 

 刹那がある気配――殺気を感じ取って叫ばなければ、危なかったかもしれない。

「ぼっ!?」

 攻撃は狙撃で、狙われたのは犯人の少女だった。恐らくは口封じだろうが、同時に牽制も兼ねていたのかもしれない。

「またっ!?」

「明日菜駄目っ!!」

「明日菜さん駄目ですっ!!」

 学園都市の、正確には学園結界の範囲外から転移してきた別のガジェット・ドローンが盗品の納められたケースを回収していく。しかし千雨達に、それを止める術がない。

「なろっ!!」

 飛び出そうとする明日菜は危険だからと和美と刹那に取り押さえられ、千雨が発砲したコンデンターの銃弾すらも狙撃で撃ち抜かれてしまい、届かない。シグP230で撃っても、威力の問題で意に介することはないだろう。

 何一つ抵抗できないまま、ガジェット・ドローンは再び結界の外に出て、姿を消した。

 千雨は懐から取り出したワイヤーカメラを携帯に接続し、どうにか狙撃地点を割り出せないかと車越しに探っているが、性能の限界か、望遠機能が乏しいので確認することができなかった。かといって望遠鏡で覗こうと頭を出せば、犯人の二の舞になりかねない。

「……桜咲。犯人の狙撃地点、予想できるか?」

「無理ですね。遠すぎて……最低でも龍宮クラスの狙撃手(スナイパー)ですよ。相手は」

 いつまで狙撃を警戒していればいいのかは分からない。

 けれども、確認するということは自らの命を危険に晒さなければならない。

 どうしようもないまま、千雨達は車の陰や中でじっとしているしかなかった。

 

 

 

 

 

「よ~し、回収完了。帰るよ~」

 千雨達がいる橋の上を一望できる高台。そこにあの女はいた。

 スカリエッティの仲間にして、魔界よりファウードを強奪してのけた転移者。彼女は背後に狙撃手(スナイパー)を従えたまま、狙撃地点から立ち去っていく。

 未だに警戒する千雨達を残したまま、悠然と。

「――――――――」

「……ん? 殺さないのかって?」

 そう問いかけられても、彼女は気にすることなく身の丈もある黒髪と共に手を揺らした。

「それはまたのお楽しみぃ~♪」

 そして彼女達は、展開された転移魔法陣に乗り、そのまま姿を消した。

 

 

 

 

 

 ――シュボッ!!

「ハァ……さて、どうしたものか」

「殺気は消えているのですが、まだ狙われている可能性も捨てきれませんし……」

 とりあえず一服、とばかりに千雨が煙草を吸いだしたので、サンバーバンの中に残っていたさよが、車内に載せていたペットボトルを数本手に出てきた。

 手隙の者はペットボトルを受け取り、口につけていく。

「とりあえず、関東魔法協会に連絡を取るか……そういえば、近衛達はなんで外側から(ここ)に?」

「いや、大したことやあらへんねんけど……」

 このかは離れた場所に停車したままのトラクターヘッドを指差して答えた。

「犯人は千雨ちゃん達が追いかけているって聞いて、先に車を回して待ち伏せしとったんや」

「よく分かったな。犯人の逃走ルートが」

「占いで」

 千雨は状態異常・頭痛となった。

「関東魔法協会の捜査状況を確認して、どうにか犯人の逃走ルートを探ったっていうのに……」

「どないしたん、千雨ちゃん?」

「このか、そっとしといてあげて……」

 合理主義な理系の千雨にとって、勘や占い等不確かな感覚で正解に辿り着くこのか達に理不尽な感情を抱くしかなかった。同じく予想を立てた和美にしか、この気持ちは分からないだろう。

「それより千雨ちゃん、ネギは?」

「ああネギ先生なら追手の一人と応戦中「千雨さーん!!」――……向こうも終わったみたいだな」

 ネギが杖に乗って飛んできている。

 

 

 

 そう、狙撃手(スナイパー)が目を光らせているはずの空間を。

 

 

 

「……って、ネギ先生逃げろっ!?」

「ちょっと、狙撃手(スナイパー)はっ!?」

「もういないみたいですね……」

 狙撃(スナイプ)されないネギを見て、もう警戒する必要はないと判断した刹那は、一応様子を見つつ、警戒しながら車の陰から出てきた。他の面々が出てきても狙撃される様子がないので、もう心配することはないだろうと判断した。

「助かったか……」

「でも千雨ちゃん、」

「……分かってるよ」

 今夜の事件は、完全に千雨達の敗北だ。

 その事実を噛み締めながら、この場を立ち去ろうとそれぞれ車に乗り込んでいく。

 

 

 

 

 

「やられたのぉ……」

「ええ……今回ばかりは後手に回りましたね」

 夜闇に覆われた学園長室には、二人の人間がいた。

 学園長である近衛近衛門と、教師である高畑・T・タカミチ。

 二人は事件の後、学園長室に集まって状況を整理していた。

 盗品や相手の目的、そして今後の方針を。

「しかし、犯人は何故あんなものを……?」

「それなんじゃが、盗まれたものはどうも『転移者が持ち込んだもの』らしくての」

「なんですって!?」

 近衛門の言葉に、タカミチは驚きで目を見開いた。

 今回盗まれた品は、タカミチが赴任される前から学園都市に保管されていた品で、使用方法が分からずに今まで封印されていたものだ。

 だからその存在すら知らずにいる魔法関係者も多い中、何故スカリエッティはその存在を知り得て、今回の犯行に及んだのだろうか。

「少しまずい状況になるかもしれん。例の件もあるしの……」

「はい。明日、早速会議に掛けます。ところで……」

 タカミチは近衛門を見つめながら、天井を指差して問いかけた。

「……何故切れた電球を換えられないのですか?」

「買い置きがなくてのぉ……すまんがしずな君に頼んでおいてくれぬか。出勤前に買ってくるように」

 シリアスで始まり、ギャグで終わる一幕だった。

 いや、ギャグにすらならずに、失笑しか浮かばない展開のまま、まて次回!!



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第16話 信じる者と疑う者、そして暗躍する者

「先日の襲撃者は三名。もう一人いますが、彼は正確には『帝具』と呼ばれる武器の一種、いわゆる人造生命体とのことです」

 千雨達のライブの、そして関東魔法協会が襲撃を受けた翌日。

 関東魔法協会の関係者達は、早朝より会議室に集合していた。その中にはネギや明日菜、千雨をはじめとした3-Aの面々も何人か混じっている。

 彼らの視線を一身に受けながら、タカミチは事前に揃えていた資料を基に、状況報告を続けた。

「この場の人間は既にご存知ですが、彼らは転移者と呼ばれる者達です。ですが……事情聴取の結果、今回の騒ぎを起こした元凶はたった一人です」

 指定のページを確認するよう、タカミチは皆を促した。そこには昨夜狙撃された、長い黒髪と赤い目を持つ少女の写真が写っている。これは監視カメラからの映像を写真に起こしたものだ。

「彼女の名前はアカメ。別の世界の、『アカメが斬る』という作品の主人公です。しかし……彼女はその作品の登場人物、本人ではありませんでした」

 つまり、スモーキー達のように物語として語られている世界から来た住人ではなく、上条達の様にその物語を鑑賞する世界から来た転移者だということだ。

「他の襲撃者の話によると、彼女が本人であると誤解し、その隙をつかれて子供を人質に取られていたとのことです。実際、彼女達は我々に深く関わらない方針、つまり『傍観』を決めている者達だと、既に調査が完了していました」

 タカミチの説明に耳を傾けている千雨に、隣に腰掛けていた和美が肘で突いてくる。

「……夏に調べに行った、定食屋の若夫婦だよね、これ」

「ああ……本人達にその気はなくても、恐喝されて行動する可能性までは頭が回らなかったな」

「元々、戦闘能力も結構高そうだったしね」

 話している間に他の襲撃者たちの話も出てくるが、千雨達は既に知っていたので、軽く聞き流していた。

 そして話題は、盗まれた品にシフトする。

「盗まれた物は『ジュエルシード』と呼ばれる、恐らくは転移者がこの世界に持ち込んだであろう品です」

「高畑先生、『この世界に持ち込んだ』というのはどういうことですか?」

 タカミチの説明を遮り、質問してきたのは瀬流彦だった。

 その質問に答えようと、タカミチは配布資料の少し先のページをめくるように指示する。

「襲撃者の身元を改める際、同時に盗品について協力者に確認を取りましたところ、本来は『この世界の物』ではないとのことでした。恐らくは他の転移者が持ち込んだとのことですが、その目的は不明です。実際、今回の件がなければ名前すら分からなかったわけですから……」

「今は保留(ペンディング)にするしかないでしょうね……記録が古すぎて、現状ではあてになりません」

 タカミチに続いて、同じく資料を見ていたガンドルフィーニもそう捕捉した。

 実際、千雨も同意見だった。

 資料を見る限り、『ジュエルシード』と呼ばれる魔法道具(マジックアイテム)は、元の世界では『ロストロギア』と呼称されていた品物らしい。『ロストロギア』とは滅んだ世界や古代の遺跡から発掘される莫大な力やその手掛かりの総称とのことらしいが、今まで麻帆良学園都市に封印されていたということは、誰かが悪用する事態を防いだ結果ともとれる。

 しかし現時点では、誰が封印したかはさほど重要ではない。問題は、その封印が解かれたことと……。

「しかも、例の協力者から話を聞いたところ、『ジュエルシード』は全部で二十一個あることが分かりました」

「……ちょっと待って下さい。ということは、」

 他にも存在する『ジュエルシード』を、ジェイル・スカリエッティが回収している可能性もある。会議の参加者は、一同にそう認識した。

「丁度お昼ですね……午後からも会議を続けたいと思います。議題は裏にいるであろう首謀者、ジェイル・スカリエッティの思惑を阻止するための対策会議です。では、一度解散します」

 その言葉を合図に、参加者は席を立った。

 少し離れた席に座っていたネギは、明日菜達と共に千雨の元へと向かっていたのだが、先に彼女に話しかける者がいた。

「……千雨さん、少しよろしいかしら?」

「一服つけるとこなので、喫煙所で良ければ」

 千雨は声を掛けてきた高音と共に、会議室の外へと出て行ってしまった。一瞬追いかけようと思ったネギだったが、その肩を掴まれて止められてしまう。

「……朝倉さん?」

「ネギ君、ちょっと」

 和美はネギ達と共に、少し離れた無人の教室へと入っていく。

 ここにいるのはネギ、明日菜、和美、刹那にこのかと、途中から合流してきたあやかだった。

「どうしたのよ、朝倉?」

「ちょっと面倒なことがあってね……」

 和美は教壇にもたれかかりながら、それぞれ教室の席に着いて、くつろいでいる面々の方を向いて話し始めた。

「あの『ジュエルシード』、封印されていたことすら知らなかった人が多かったんだって。さっきも話が出ていたけど、『記録が古すぎた』から、って」

「それが、一体どうしたんですか?」

 和美の発言に、意味が分からず首を傾げる刹那。アスナも理解できていないのか、同じく首を傾げている。しかし、他の三人は違った。

「……ちょっと、おかしくありませんこと?」

「だったらなんで、ジェイル・スカリエッティは『ジュエルシード』が麻帆良学園都市(ここ)に封印されている、って知っとったんやろ……?」

「ゾフィスの一件で、偶然判明したとかは?」

 ネギは昨年の夏季休暇での出来事を思い出すが、和美は首を振って否定した。

「……多分違う。そしてこの件がネギ君達を呼んだ理由なんだけど」

 言うや、和美は手の中から何かを取り出して、教室の四方へと向けて投げた。何事かと全員が目を配るが、いち早く気づいたネギが、座っていた教室の椅子から立ち上がり、教壇へと近づいていく。

「これ、魔法じゃない(・・・・・・)ですよね? 魔力を一切感じませんし、いったい……」

「それはまた今度ね。そして今から内緒話スタート」

 周囲に張り巡らせたのは、恐らくは盗聴防止の結界だと分かるが、詳細な性能までは分からない。ネギはそのことで猜疑心を抱くも、次の和美の発言で、その思考は別の意味で吹き飛んでしまう。

 

 

 

 

 

「内通者がいる。そして、この状況で一番疑わしいのは……千雨ちゃんだよ」

「千雨さんが犯人なわけないじゃないですかっ!!」

 

 

 

 

 

 和美の発言を即座に否定するネギのこと等知る由もなく、千雨は煙草を咥えながら高音と並んで立っていた。彼女も喫煙者だったらしく、細身の紙巻き煙草に火を点けている。

「……やっぱり疑われるか」

「普通はそうでしょうね……転移者との関係、情報を確認できる立場と技術を持ち、かつ……魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を恨んでいてもおかしくない人物と考えれば」

「今更恨みも何もあったもんじゃないんだが……」

 紫煙が視界を遮る中、千雨は煙草を持つ手で口を覆い、何事かを考え込んでいた。

「……随分舐められて(・・・・・)いるな。関東魔法協会」

「ええ……腹立たしいほどに」

 千雨に疑いの目が向く。面識のない関係者ならともかく、既に顔見知りと言ってもいい高音達には、却って怪しむ結果となってしまった。

「その程度で千雨さんを疑うわけがないというのに……そもそも本気を出したら、学園都市中の情報機器を操作してIoTテロを起こすことも可能な人物が、こんな杜撰な手を使うとも思えませんし」

「……ちょっと待て。私そんな疑いもたれているのか!? ある意味内通者と疑われるよりショックなんだけどっ!!」

 それを言い出したら、ネギからは核弾頭を世界中に降り注がせられると疑われているわけだが、知らぬが仏である。

「とにかく……犯人が他にいると言うのであれば、」

「私が距離を置けば、そいつが堂々と動き出せる」

「他に目的があるのでしたら……押さえるとしたらそこですわ」

 フィルター付近まで灰と化した煙草を吸殻入れに投げ入れ、千雨と高音は喫煙所を後にした。

「出所はまだ判明していませんが、千雨さんを会議から外すよう提案を受けています。例の件を理由にすれば、簡単に追い出せると伝えてありますので、こちらは気にせずに」

「私もちょっと気になってたんで……問題はメンバーか」

 腕が立ち、信頼できる人間が欲しい。

 関東魔法協会は千雨に嫌疑が掛かっている時点で協力は望めない。かと言って外部だと、別の仕事を割り振っているので人的資源(リソース)が足りない。

 つまり、頼れるのは……ネギ達しかいない。

「じゃあ、後は頼みます」

「ええ、千雨さんもどうか……彼女を(・・・)

 高音と別れ、千雨は和美に伝えられた教室へと歩き出した。

 今はネギ達が暴れないよう、代わりに事情を説明してもらっている最中のはずだ。変に拗れないためと、盗聴防止を働かせていることを聞いていたこともあり、事前に決めた合図でノックする。

「……話は終わった?」

「ああ、そっちは?」

「こっちも問題なし」

 教室に招き入れられた千雨は、ネギが明日菜と刹那に取り押さえられているのを見て、本当に問題はないのかと、和美に胡乱気な眼差しを向けた。

「本当に問題ないのか……これが?」

「ごめん……『千雨ちゃん疑っている連中をブッ飛ばす』って聞かなくて」

「気持ちは嬉しいんだが……」

 未だに暴れているネギだが、近づいて顔を寄せてきた千雨を見て、何処かバツが悪そうに顔を歪めている。

「取りあえず落ち着け。今はそれどころじゃない」

「どういうことですの、千雨さん」

 問いかけてきたあやかの方を向く千雨。顔を背けられたネギは微妙に落ち込んでいたが、どうにか手を放せると明日菜と刹那は、揃ってこのかの横へと移動した。

「あ~疲れた~……」

「けっこう疲れましたね……」

 若干わざとらしく、肩を回しながら。実際に疲れているのは事実だが。

「相手が動かなくても、元々、多少は疑われるような立場だってのは理解しているから、別に気にしてないんだよこっちは。問題なのは内通者の正体と、学園都市を離れる理由(・・・・・)の方だ」

「理由、って?」

 未だに状況が飲み込めていない明日菜は首を傾げるが、先にあやかがそのことに気づいて声を出した。

「もしかして……裕奈さんのことですか」

「ああ……未だに行方が分かってないらしくてな」

 千雨達のライブに、裕奈は参加しなかった。それどころか、麻帆良学園都市にすら存在していなかった。人数が多いのでそのような描写はなかったかもしれないが、何日も前から、行方不明になっていたのだ。作者の技量でも、うっかりその手の描写を混ぜ忘れていたのでもなく。

 その原因はただ一つ。

「明石教授が行方不明になり、そして裕奈さんまで……」

「ちょっと気になるなぁ……」

「連絡の一つもありませんし……もしかして、今回の一件と関係が?」

「そいつを調べに行くんだよ」

 和美と共に教壇の横に立った千雨は、ネギ達を一度見渡してから、こう宣言した。

「内通者の件は高音先輩達に任せる。私は疑惑が拗れる前に明石達を探しに行くけど……お前らはどうする?」

 ……全員、答えるまでもなかった。

「関東魔法協会が駄目なら、3-Aの皆さんにも声を掛けましょう。全員は難しいでしょうが、緊急事態です」

「最悪、ここにいる七人か……なんか最後の七人的な感じで「神楽坂、黙れ」――言うだけいいでしょう千雨ちゃん!?」

 泣き出す明日菜を放置し、千雨達はそれぞれ予定の調整や人員、物資の調達に乗り出していた。

「ところで千雨さん」

「ん?」

 電話越しに武器を手配している千雨に近づいたあやかは、今後のために肝心なことを問いかけた。

「これからどこへ向かいますの?」

「手掛かりがないから、とりあえず明石教授の足跡を辿る」

 千雨は南を指差して、こう告げた。

「沖縄、南大東島。そこで明石教授が消息を絶った。明石も向かうとしたら、多分そこだろう」

 

 

 

 

 

 そして、あやかの手配したチャーター機に乗り、再び集った『白き翼(アラアルバ)』の面々は、沖縄へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 そのチャーター機を、見送っている者がいる。

「行っちゃったか……さて」

 包装を破いたばかりの棒付きキャンディを頬張りながら、その人物は化粧ケースを片手に、麻帆良学園都市を見下ろした。

「……落とし前はきちんとつけないと、ね」



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第17話 GO SOUTH

 ――シュボッ!

「ふぅ……」

 雪広財閥が所有する大型クルーザーの甲板上で、千雨は咥えた煙草に火を点けていた。

 時間帯は深夜。海岸上から星空を眺めながら、千雨は腰を下ろし、片足を抱えて煙を燻らせている。

「ここはまだ、綺麗な方だな……」

 ネギ達3-Aの面々は、現在南大東島へと向かう為に沖縄まで来ていた。

 沖縄の那覇空港でチャーター機を降りた後、そのまま港に手配したクルーザーで目的地まで向かう予定だ。航空機を着陸させる環境がないわけではないが、目立つので途中乗り換えることにしたのだ。同じ理由で定期便も却下。乗っている間に襲撃されでもしたら、周囲も巻き込むことになりかねない。

 そのため、今夜はクルーザーで一夜を過ごし、夜明けと共に南大東島へと進路を取ることになっている。そして寝静まった面々を背に、千雨は甲板で一人、煙草を吸っていたのだ。

「いい風が吹いているね、千雨ちゃん」

 そんな時だった。誰かが千雨に話しかけてきたのは。

「ごめんね、こういう時に来るのはネギ君なんだろうけど……彼、今寝ちゃってるから」

「余計なお世話だ、朝倉」

 しかし千雨の悪態も気にすることなく、和美はその横に腰を降ろした。流れてくる副流煙を気にすることなく、首を後ろに倒している。

「というかお前、あいつらと一緒に徹夜でウノやるんじゃなかったのか?」

「いや、さすがにきついって。それに……」

 一緒に持って出てきたミネラルウオーターのペットボトルを千雨に手渡しながら、和美もまた、前方の海に視線を向けた。

「一人より二人の方がいいでしょう……見張るなら」

「何のことやら……」

 とぼける千雨だが、和美は半分(・・)嘘だと理解しているからか、特に気にせずミネラルウオーターを呷っていた。

「まだ苦手なの? みんなで騒ぐの」

「横で聞いている分には、楽しいからいいよ。……疲れるけどな」

「そっか……」

 深夜の静かな海上で、二人はただボーっと、景色を眺めていた。

「朝倉……」

「何、千雨ちゃん?」

 吸殻を携帯灰皿に仕舞うと、千雨は和美に問いかけた。

 

 

 

「……いつ『転移者』のことを知った?」

 

 

 

 その問いかけに、和美は軽く口を歪めてから、こう答えた。

「……多分、千雨ちゃんよりも前に」

「やっぱりな……」

 もう一本吸おうと、煙草のソフトパックを取り出して咥える千雨。ネギから貰ったライターで火を点けていると、目敏く見つけた和美が詰め寄ってくる。

「そのライター、ネギ君から貰ったやつ?」

「……何で知ってるんだよ?」

「さっきネギ君が愚痴ってたよ。『もっと格好良く手渡したかった……』って」

「あっそ……」

 千雨がライターを仕舞うと、それを合図に和美の方から問いかけてきた。

「いつ気づいたの? それともこなちゃんが話しちゃった?」

「ある意味な……『この世界産の人間です』ってのが気になって確認してみれば、こなたからそんなことを指摘されたよ。その後あいつが何も言ってこないからまさかとは思ったが……」

「うん、口止めをお願いしてた。変な疑いを持たれたくなかったし、自分から話したかったからさ」

「そうか……」

 波と紫煙が揺れる中、千雨と和美は少しの沈黙を挟んでから、話を続けた。

「……大丈夫、私が知るきっかけとなったその人は、定食屋の若夫婦と一緒。第二の人生を楽しんでいるだけだから」

「人質を取られて利用される可能性は?」

「それも大丈夫。『原作側』じゃなくて『読者側』だから、少なくとも同じように騙されたりはしない」

「また専門用語増やしやがって……横展開するの、結構面倒臭いんだぞ」

 まあまあ、と肩を叩いてくる和美の手を払うと、千雨はそのまま立ち上がった。

「……で、その相手のことは詳しく聞いてもいいのか?」

「ん~、ごめん。それだけは勘弁して。その代わりと言っちゃなんだけど……」

 そう言って、和美は腰からM9軍用拳銃を抜いて、銃床の方を向けてから千雨に差し出した。

「やっぱり持っていたのか……いいのか?」

「その人も偶々持っていただけで、普段から使っているわけじゃないしね。それに……使えない理由があるんだよね」

「そういえば、そんなことも言っていたな……何でだ?」

 持てば分かる、とばかりに軽く揺らされたM9を見て、千雨は仕方ないとばかりに和美から銃を受け取った。携帯しているSIGP230とは違う大きさだが、それでも気づいたことがあり、弾倉を引き抜く。

「なあ、その理由ってまさか……」

「……うん」

 

 

 

 

 

「実は弾が一発もない。調達する理由も伝手もなくてそのまま。千雨ちゃんのイングラムM10(サブマシンガン)と規格が同じだから分けて♪」

 

 

 

 

 

 翌朝。

「……あれ、朝倉どうしたの? そのたんこぶ」

「ちょっとふざけ過ぎちゃって……千雨ちゃんに力の王笏(アーティファクト)でぶん殴られた」

 あやかから配られた朝食用のパンを齧りながら、徹夜明けで欠伸交じりの明日菜にそう答える和美。他の面々も眠気(まなこ)を擦りながら、皆一様に身体を伸ばしている。

「その千雨ちゃんは?」

「クルーザーの操縦席。茶々丸と一緒に話しているよ」

 ネギ・スプリングフィールドをはじめとした計十七名の乗る大型クルーザーは、既に目的地へと向かっていた。年明けで卒業と就職を控えた時期であり、かつ急な話であるにもかかわらず、ここまでの人数が集まってくれた。

 これも(ひとえ)に人徳のなせる(わざ)だろうが、果たしてそれは誰のものなのかは、言うまでもない。

「しかし、男二人だけって言うのも、肩身が狭いなぁ……」

「仕方ないよ小太郎君。フェイトも呼ぼうかと思ったけど、さすがに麻帆良学園都市(まほら)の人員をこれ以上()くわけにはいかないし。後ISSDAの仕事が回らなくなるし」

 例え世界の危機になろうとも、本来の仕事を放置する理由にはならない。

 それでも、かつて魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で戦っていた時よりかは、幾らか状況がましだった。相手こそ未知数だが、今回は頼りになる仲間達が、事前に準備を整えた上で目的地へと向かっている。

 

 

 

 そう、決して一人ではないのだ。

 

 

 

「皆さん、もうすぐ目的地ですわ」

 パンパン、と手を叩いて注目を集めるあやかの声を聴き、ネギ達はすぐに出られるよう準備を整えた。

「今度は使う機会がなければいいけど……」

「ま、何とかなるって」

 グロック17の弾倉を抜いて残弾を確かめるネギの横を通りながら、再び刃を入れた中古の剣を肩に載せた明日菜がそう告げた。

 

 

 

 

 

 沖縄県、南大東島の北端にある北港の外れ。

 そこに大型クルーザーを停泊させた面々は、周囲に気づかれないよう迷彩を施しながら、上陸用のゴムボートを準備していた。

「光学迷彩用の空間投影技術か……」

「まだ試作品だけどな。用途は限られるが、ネギ先生達の幻術と組み合わせれば、しばらくは誤魔化せられるだろう」

 ビー玉状の投影機を周囲に撒きながら、千雨は真名とそう話していた。ネギは夕映達と共に幻術の魔法陣を刻んでいる。自然に漂っている魔力量よりも多くなるが、光学迷彩と合わせれば最低限の操作で済む。

「できればアルベール・カモミール(あのオコジョ)もいれば良かったんだが……あいつ今どうしているんだ?」

「妹の所にいると聞いている。転移者の件はネギ先生から耳に入っているはずだが……しばらくはじっとしていてもらった方がいいかもしれないな」

 魔法と科学の迷彩が整い、上陸用のゴムボートも準備ができた。

 確認したあやかは、一度全員を集めてから、それぞれの役割を言い渡していく。

「では三手に分かれます。上陸して明石教授が仕事に訪れた隠し遺跡へ向かう班と、二人について住民に聞き込みを行う班。そして、ここに残る班です」

 ここにいるのは十七人。しかし全員が荒事を経験していても、戦闘に参加できるわけではない。

「隠し遺跡に関しては、関東魔法協会から事前に話を聞いている。そっちに混ぜてくれないか?」

「だったら私もいいかな。渡鴉の人見(私のアーティファクト)なら索敵に向いているし」

 それを聞き、ネギは一度考えてから、自分の考えを口にした。

「では、こう分けましょう」

 遺跡へ乗り込む前線班。ネギ、明日菜、千雨、小太郎、和美、茶々丸の六名。

 周辺への聞き込みをしつつ後詰として控える班。このか、刹那、古菲、真名、楓の五名。

 大型クルーザーに待機し、指揮所として運営する班。あやか、さよ、のどか、夕映、ハルナ、夏美の六名。

「これなら少し前線よりですが、戦力のバランスは取れていると思います」

「そうですわね……刹那さんの式神と楓さんの分身も他の班にそれぞれ配置して下さい。何かあればすぐに動けるように」

 魔法の存在を耳にしてから、あやかはクラス全員の背景と能力を可能な限り把握するように努めた。その結果、ネギの意見をさらに強固なものとすることができている。

「では、このメンバーでいきましょう。みなさん……よろしくお願いいたします」

 上陸前に武器の点検を始める面々。そんな中、千雨は和美に向けて、あるものを投げつけた。

「9mmパラベラム弾だ。銃に入れとけ」

「ありがとうね、千雨ちゃん」

 受け取った銃弾のケースを開け、中身の弾丸をM9の弾倉に詰め始める和美を背に、千雨はゴムボートの近くまで歩いて行った。

「うまく……いけばいいけどな」

 この先は全くの、未知の領域だ。

 千雨が懇意にしている魔法使い派遣会社アストラルの前社長、伊庭司はあらゆる魔法の知識を吸収し、その対抗手段を用意することで、いかなる状況も対応してのけたらしい。千雨も同様の手段が取れないかと検討したこともあったが、転移者の存在が、それを邪魔していた。

「こなた達と常に連絡が取れればいいんだが……難しいな」

「千雨さん。大丈夫ですか?」

「なんとかな……そっちはどうだ?」

「映画の時のバックパックは用意してあります。使える武器は少ないですが……」

 不安が残るのは、茶々丸も同じなのだろう。いや、高性能なガイノイドだからこそ、不安要素があるのを見逃せないのかもしれないが。

「AMFの対抗手段の方は?」

「ハカセ曰く、まだ不完全とのことですので、今回は装備していません。その代わり、魔力駆動が停止しても動けるようにしていただきました」

「とりあえずはそれで誤魔化せられる、か」

 解析し、小型化に成功しているとはいえ、AMFに関してはまだ未知の部分が多い。特に相手の主力兵装である『デバイス』というものもある。また、他にもチート能力がある可能性も否めない。

「よし……行くか」

 できるだけの準備は終えた。後は前へ進むのみ。

 待機組以外の面々はゴムボートに乗り込み、北港へと進路を取った。

 

 

 

 

 

「明石教授がこの島を訪れたのは、島の中央にある大池の近くに不自然な洞窟とその中にある遺跡が見つかったからだ」

 港から上陸したネギ達は、千雨からことの経緯を聴きながら、その中央へと歩を進めていた。

「スカリエッティの奴が『ジュエルシード』の情報を手に入れたのは、多分そこからだ。遺跡の調査のために古い記録とかを掘り返していたんだが、恐らくはゾフィスの一件で、その中から見つけていたんだろう」

「調査、って明石教授一人で?」

「いや。麻帆良学園都市の学園結界の件で、調査は一度中止になったんだ」

 その証拠に、年末年始の裕奈は明石教授と共に過ごしていた。

 失踪が判明したのは、調査再開の事前準備で一人先行した教授と連絡が途絶えてからだ。それを逸早く聞いた裕奈も、その数日以内に姿を消した。

 二人の行先として考えられるのは、この島しかない。

「連絡手段がなくなったとかならまだいいが……着いたな」

 目的地である隠し遺跡は、現在魔法で人が立ち入れないようになっている。解除手段は千雨が関東魔法協会から受け取っている。それもあって、前線に加わったのだ。

「ここで別れよう。……また後で」

 全員で一度頷き、それぞれの役割を果たそうと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 その先に何が待ち受けているのかは、まだ分からないまま。



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第18話 遺跡内の不審者共

体調不良の為、一週間更新が遅れて申し訳ございません。
今回もお楽しみ頂ければ幸いです。


「……なんだこれ?」

「さぁ……?」

 隠し遺跡に入った千雨達が見たのは、訳の分からない石像だった。

「千雨ちゃん……関東魔法協会って、何の仕事をしているの?」

「……私が知りてえよ」

 なにやら呻き声みたいなものも聞こえてくるが、理由はハッキリしているので、二人が気にした様子はない。

「少なくとも、こんな像は報告に入っていないから、見つけてないか調査対象外なんだろうけど……」

 鳥獣がそのまま人型になったような男が、両手と片足を広げている石像だった。

 グ○コに似た立ち姿と、台座に刻まれた『フェニックス』の文字(カタカナ)が、妙な空気を醸し出している。誰が何の目的でこの石像を置いたのかは分からないが、そろそろ現実を見なければならないと観念したのか、二人は腰に手を当て、息を漏らした。

「……そろそろ、現実を見ないとな」

「そうだね、千雨ちゃん……」

 千雨と和美は、ゆっくりと頭上を、その天井の先にある落とし穴(・・・・)の入り口を見上げた。

 

 

 

 

 

『……さて、ネギ(先生・君)達と合流しにいくか』

 

 

 

 

 

 簡潔に言えば、洞窟に入ってから隠し遺跡に入り、ものの数歩で落とし穴に嵌まってしまったのだ。落とし穴自体は作りがしっかりしていたが、関東魔法協会の記録上では、そもそも存在していないはずのものだ。大方、誰かが後から作成したのだろう。

 遭難した際はあまり動かない方が得策だ。けれども報告にない落とし穴を作成されたことといい、上から縄なり魔法なりで救助が来ないことといい、何かがあったのは間違いない。

 故に、待っていても助けが来ることはまずないだろう。

「で、どう動こっか?」

「まずは周辺調査だ。さっさと渡鴉の人見(アーティファクト)出せ」

「はいお任せ~……来たれ(アデアット)

 そして呼び出されたのは六体のスパイゴーレム。

 さよがいない為従来通りの制約が掛かるものの、洞窟内を探る上では十分に効力を発揮できる。おまけに、和美の傍には電子機器を持つ千雨がいた。

「ここから少し南に反応がある。周辺調査の班が()に居なければそこだ」

「最近は階層毎のマップとかで経路検索もできるじゃん。高度で判別とかできないの?」

「できたらとっくにやってるよ。マップデータがない上に確度が低いから、ここでは当てにならん」

 それでも二次元上では、メンバーが何処にいるかを調べることができる。

 茶々丸と同様に白き翼(アラアルバ)のバッジから位置を検索することは可能だ。人物特定はできないが、一人ずつ合流して全員揃えば問題ない。

「北の反応はいいんちょ達か……さらに南にも反応があるが、多分近衛達だろう。少し手前の、南下した辺りを探ってくれ」

「了解……っと、さっそく一人発見、って!?」

 その驚きが何を意味するのかは、千雨はすぐに気づいた。

 SIGP230を抜き、銃身をスライドさせ(引い)て銃弾を薬室に送り込んだ千雨は、銃をホルスターに戻してからイングラムM10を構えた。

「誰が誰と戦っている?」

「小太郎君が棒使いと戦っている……って、あれ? 人間じゃない?」

「やばいのか?」

「今は大丈夫……あ、ネギ君も合流した。あっちは大丈夫みたい」

「なら今は放置だ。見張り分を残しつつ、他を探してくれ」

 次を探す和美だが、あまり距離が離れていなかったからか、すぐに見つけられた。

「あ、明日菜に茶々丸……でかっ!?」

「え? でかいって敵が?」

「どうも広い空間になっている場所が他にもあって、そこにいたみたい……」

 和美の言葉に釣られて、千雨は周囲を見渡した。

 落とし穴の下は広い空間だった。まるで、戦う上で邪魔な障害物がない程に。

「……待ち伏せされていたのか。やっぱりスカリエッティか?」

「多分ね。ゾフィスの時に他の魔物のコピーも作っていたのかな? 千雨ちゃんの時みたいに魔本の使い手はいないみたいだけど、呪文の系統がそっくりだし」

「てことは、本抜きでも術が使()えるのか……厄介だな」

「そうなると、まずいのは明日菜達だね」

 ネギ達に見張りのスパイゴーレムを残しつつも、和美は明日菜達がいるだろう方角に目を向ける。千雨も南から高速で移動してくるバッジの反応を確認してから、起動させていた携帯を戻した。

「桜咲や長瀬にも連絡が行ったんだろうな。……どっちに合流する?」

「近いのはネギ君達だね。明日菜達の方は厄介だけど、うまく立ち回っているからしばらくは大丈夫。それに聞き込み組もそっちに向かっているみたいだし」

「なら決まりだ。ネギ先生達と合流してそのまま神楽坂達に……」

 千雨は、イングラムM10のスライドレバーを引いた。

「まあ、ここも広い(・・・・・)からな……」

「いてもおかしくないよね……敵」

 出てきたのは、エジプトの王様の様な格好をした馬鹿デカい人間、っぽい何かだった。というか、こんなデカい人間がいてたまるかっ!

「でかいな……」

「化け物だね……彼も魔物かな?」

「勝手に聞いてろよ。私は逃げるから」

 そして逃げ出そうとする千雨を、和美は肩を掴んで止めた。

「逃げるならあっち、あの穴からならネギ君達のいるところに一直線だから」

 視界を横切って指差されたのは、岩陰になって気づきにくい場所にある横穴だった。最初に和美が、渡鴉の人見(オクルス・コルウィヌス)を飛ばさなければ、千雨が気付くこともなかっただろう。

「というか、まともに相手する必要もないだろう。……さっさとその穴から逃げるぞ」

「まあ、勝てるか分からないしね……」

 そして和美が取り出したのは、いつもの閃光の魔力球だった。

「じゃあ、視界を妨げて「私の名前はベルギム・E・O。ベルギム・E・Oの『E・O』はぁ!!」――えっ!?」

 化け物もとい魔物ことベルギム・E・Oが叫び出したのに驚き、和美は思わず魔力球を落としてしまった。起動前なので閃光を放つことはない。

「ヤバッ、落としたっ!?」

「バッ――!?」

 慌てて自分の魔力球に手を伸ばす千雨だが、ベルギム・E・Oが叫ぶ方が早い。

 

 

 

「『E(イスにかわって)O(おしおきよ)』だーっ!!」

 

 

 

 向かってくるベルギム・E・Oを止めることは適わない。そもそも椅子に座ったまま接近してくる存在の対処法等、知っている方がおかしかった。

「い、いす、千雨ちゃん、椅子がーっ!?」

「落ち着け朝倉っ!? 椅子とはいえ結局は移動する物体だ。理屈はこの際無視するが、呪文を唱えている間に攻撃すれば――っ!?」

 しかしベルギム・E・Oが呪文を唱えることはなかった。別に呪文抜きで術を行使したわけではない。

 

 

 

「イスが直接おしおきよーっ!!」

 

 

 

 そのまま立ち上がって椅子背を掴んで持ち上げ、振り下ろしてきたのだ。

『ぎゃーっ!?』

 慌てて飛び避けた二人だが、二手に別れてしまったのは悪手だった。ネギ達のいる横穴に飛んだ千雨はともかく、反対側に転がってしまった和美はもろに、ベルギム・E・Oの目の前に姿を現してしまった。

「朝倉っ!? 今そっちに――」

 しかし悪いことは続く。

 千雨が転がり込んだ後、ベルギム・E・Oが叩きつけた椅子の衝撃で横穴が崩れたのだ。幸い、落石で入り口が防がれただけなので千雨に怪我はないが、和美が一人、魔物がいる空間に取り残されている。

 慌てて横穴を塞いだ岩石に手を触れるが、生半可な銃弾で撃ち抜けないのは容易に想像がついた。

「くっそ! 今の手持ちじゃ『魔法の射手(サギタ・マギカ)』で撃ち抜くしか『千雨ちゃん駄目っ!!』――何言ってんだ朝倉っ!?」

 しかし、隙間から響いてきた和美の声に、千雨は指を立てようとしたまま、岩肌に身を近づけた。

『そんなことしている間に攻撃されるからっ、先にネギ君達を『エルム・リュウガ!!』――うわ火ぃ吐いてきたっ!? 熱いあついわぁーお!?』

「朝倉っ!?」

 千雨から様子を探ることはできないが、ベルギム・E・Oが放った炎かその類で炙られているのは和美の叫び声で分かる。そして、未だに生きて逃げ回っていることも。

『私は大丈夫だからネギ君達呼んできてというか急いでヘルプミー!?』

「くそっ!?」

 千雨は自らの手持ちを、己ができることを考えた。

(岩が厚すぎて高威力の魔法しか通用しない。爆薬だとこっちにも被害が来るし、私の魔力総量(キャパシティ)じゃ、魔法一発で半分くらい持っていかれる。銃弾は跳弾の可能性も含めて論外……仕方ない)

「すぐに戻るから、あっさり死ぬんじゃないぞ!!」

『大丈夫っ!! 今夜の中華ドラマ見るまで死なないからっ!? 鉛白隠してた女中に主人公がソバットかますシーンが楽しみで「『薬屋のひとりごと』のことなら私も原作読んだけど、主人公(猫猫)そこまでアグレッシブじゃねえよっ!?」――やっぱりデマだったか……』

 しかしツッコみつつも、和美の状況は変わらない。

「いいから死ぬなよっ!!」

『オッケー!!』

 返事は軽いが魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を旅した者同士、修羅場慣れしていることはよく知っている。そして、今は助けを呼ぶのが先決だと判断した千雨は、ネギ達がいる空洞へと駆けて行った。

 

 

 

 

 

「さて、と……」

 軽く手を伸ばし、首を回しながら身体を(ほぐ)す和美。

 座り直したベルギム・E・Oは口から火を放った後、目の前に獲物が一人だけだと理解すると、その標的を和美に絞った。

「一人だけですか、では私はあなたを倒してお歌の時間に戻ります」

「あ、さっきの呻き声、あんただったんだ」

 理由がはっきりしてすっきりした和美だが、それで相手が攻撃を待ってくれるわけではない。そうこうしている間にも、ベルギム・E・Oは呪文を唱えた。

「リュウズレード・キロロ!!」

「おっとぉ!?」

 椅子の周囲に刃を生み出し、高速で横に回転させてきた。身を伏せれば完全に回避できるだろうが、次の動作に移れないからと、和美は後方へと距離を取る。

 次いで武器を取ろうとするが、和美が握ったのは千雨から銃弾を受け取り、再び使えるようにしたM9ではない。普段から彼女が愛用している、スチール製の警棒だった。

「そんな棒切れで何ができるというのですか? 愚かな自分を呪いなさい、ギガノ・リュウス!!」

 おどろおどろしいエネルギー塊が放たれた。その塊は表面に大量の顔模様を描いている。もしあるものが見ればこう答えるだろう。

 ……怨霊の塊だと。

「エジプトっぽい格好だし、本来の術の系統は、死者の呪いってところかな?」

 しかし和美はベルギム・E・Oの攻撃を見ても動かず、ただ、警棒の打突(シャフト)部位に指を這わせた。

 

 

 

 

 

「…………残念、相性が最悪過ぎたね(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 和美と別れた後、千雨はネギ達の元へと走った。

 都合良く、といえはご都合主義にも見えるが、戦闘時間を鑑みればまさしく丁度のタイミングでネギ達と合流し、休む間もなく二手に分かれた。

 明日菜達の元へは小太郎が先行し、千雨はネギと共に来た道を引き返していく。

「私が岩ふっ飛ばしたら、そのまま突っ込めっ!!」

「はいっ!!」

 状況は合流してから移動中に伝えてある。後は一人で逃げ隠れているだろう、和美を助けるだけだ。

魔法(マギカ)制御(インペリウム)開始(イニチウム)――」

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル――」

 互いに詠唱している間に、目的の場所が見えてきた。

 千雨だけ立ち止まって膝立ちになり、指先に集束させた魔力を放つ。

魔法の射手(サギタ・マギカ)っ!!」

集束(コンウェルゲンティア)魔法の射手(サギタ・マギカ)』が駆けるネギの横を通り過ぎで、そのまま岩を撃ち砕いた。

千の(キーリプル)――っ!!」

 魔物()は他にもいる。先程の(ツァオロン)はほとんど小太郎が倒したものなので、まだ魔力には余裕がある。だからこそ短期決着を狙い、ネギは自らの最大攻撃呪文を唱えた。

 

 

 

いかづ(アストラ)「もう終わったよ、ネギ君」――()ろろ……っ!?」

 

 

 

 しかし千雨が入った横穴から出てきたネギは、そのすぐ横で膝を抱えて休んでいた和美にそう言われてしまい、思わずたたらを踏んで千の雷(呪文)を暴発しかけてしまった。

 暴発の方はどうにか踏み止まるのに成功したネギが転んだ後で、『集束(コンウェルゲンティア)魔法の射手(サギタ・マギカ)』を放った千雨が顔を出してから、和美の方へと歩み寄っていた。

「終わった、って……どうやったんだよ?」

「それは千雨ちゃん、今迄の伏線を考えてみようよ」

「伏線?」

 顎に手を当て、考え込む千雨。

 ベルギム・E・Oは現在、椅子に腰掛けたままの状態で倒れ伏している。前回みたいに存在が消えることなく、遺体として残っているということは、魔物はこなた達からの情報にあった人造生命(クローン)にコピーか別の人格が入っていたのだろう。

 死因は恐らく、胸部に開けられた穴……穴?

「おい、朝倉……まさか」

「うん、そのまさか……」

 和美はおもむろに、懐からあるものを取り出した。

 

 

 

「……ごめん、借りパクしてた『幻想殺し(イマジンブレイカー)弾頭』、使っちゃった♪」

「お前なぁ!?」

 

 

 

 掲げられた空薬莢が飛ばされていくのも気にせず、千雨は和美の胸倉を掴んで、強引に持ち上げて立たせた。

「いや別にいいけどさ!? 人が(お前)死ぬよかマシだけどさ!? 何なのこのやるせなさ!?」

「まあまあ、落ち着いて」

 どうにか落ち着いて呼吸を鎮めようとする千雨の背後から、立ち上がったネギが歩み寄ってくる。

「とりあえずは無事で良かったですよ、朝倉さん」

「うん、ありがとうネギ君……じゃあ行こっか」

 そう言って駆け出す和美と共に、どこかやるせない感情を矢面に立たせている千雨達は、明日菜達のいる方へと向かった。

 

 

 

(でも……銃弾であんなにきれいな穴って、開くのかな?)

 

 

 

 死体を見て脳裏に疑問符を浮かべたネギだったが、今は気にするべきではないと和美の背中を追いかけていく。



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第18.5話 3周年記念特別話

「もう、三年になるのか……」

 麻帆良学園都市。その中にある、未成年である生徒や児童が近づかないよう隔離された、大人だけが入ることを許された区画。そこにあるバー『TS(タービンズ)』のカウンター席に、千雨は腰掛けていた。

 カウンターにもたれるように前面に身体を倒し、常温のウィスキーを冷やす代わりに身を削られている氷塊の入ったグラスを弄んでいる。

「随分落ち込んでいるみたいだな。何かあったか?」

「時の流れが、残酷なまでに早いだけだよ……」

 問いかけてきたバーのマスター、名瀬・タービンにそう答えるものの、千雨の心が晴れることはなかった。

「本来ならさ、さっさと片付けるべきなんだよ。なのに気がつけば三年も月日が流れ、未だに第二章を垂れ流し、挙句の果てには今年、ようやく本筋に雪崩れ込む有様。はっきり言ってさ……このまま続けていいのか、って考えちまう」

「いや、続けてくれよ。俺達の出番は?」

 出てこないネタや使われていない登場人物(キャラクター)達の言葉を代弁する名瀬だが、千雨は気にせずバーボンを飲み干した。

「おまけに作者の転勤だ。上京だから新しい部屋は狭くてロフトベッドを買う始末、しかも三連休を潰してようやく家具が組み上がった有様。その状況で聞きたいんだが……残った本の整理はいつしたらいい?」

「少しずつやれ、って作者に伝えてくれ」

「無理だな。あの作者だぞ。絶対に一日潰す勢いで並べていく上に、一度集中すると何かしら忘れる恐れのある男だ。その証拠に……マスターの口調もうろ覚えだし」

「第二章が終わるまでに、『鉄血のオルフェンズ』を見直してくれることを祈るよ」

「その件は、あまり突っ込まない方がいいな」

 不思議そうに視線を向けてくる名瀬に、千雨は空のグラスをカウンター上で滑らせながら返した。

「今回、神奈川から東京へ引越する際、作者は手持ちの本を売ったんだよ……二百や三百というレベルで」

「いいことじゃないか」

「そして作者は……鬱度が増した」

 千雨は溜息を漏らした。

「一度読んでもう読まなくなった本や、買ったはいいものの興味をなくした本を中心に売りまくった結果なんだが……売る度に思ったんだと、『読まない本に囲まれて、なんて無意味な人生なんだろう』と」

「普通物を減らすってことは、部屋や心を掃除して気持ちを軽くする印象なんだけどな……」

「その時作者は悟ったんだと。『物を減らす=それだけ無駄な物を抱え込んでいた証明』だってな」

「……そりゃ作者がまともに片付けてこなかっただけのことじゃないのか?」

「『心に余裕のない人間はそれで気持ちが軽くなるだろうが、心に余裕のある人間はその広さに孤独を感じる』とも言ってたな」

「少なくとも、心に余裕のある人間はそんなこと言わねえよ」

 要するに、作者の心の余裕が、掃除程度でどうにかなるわけではなかった、という話なのだろう。

 バーボンを入れた新しいグラスを千雨の前に流してから、名瀬は腕を組んで壁にもたれかかった。

「作者もさっさと勉強して、独立すれば解決するじゃねえか。変に拘ったりするから、ズルズルと転勤族なんてものをやっているんだろう?」

「その次の転勤先も、出張が多いから十中八九心がぼろくなるだろうし……また鬱病になって打ち切り、かな。これも」

「未読本も溜まる一方だしな。おまけにこの作者、別のペンネームでも書いているんだろう?」

「一応オリジナルだけど、そっちも頭打ちだろうしな……しかも聞いたか?」

「何を?」

 他に客がいないとはいえ、聞かれたらまずい話なのか、千雨は周囲を見渡した。

 そして名瀬を呼び寄せ、声を小さくして話した。

 

 

 

 

 

「『読者=被虐性愛者(マゾヒスト)』の可能性が高い、ってさ」

「マジかよ……」

 

 

 

 

 

 訝しむ名瀬に、寄せていた顔を離しながらも、千雨は話を続けた。

「別のペンネームの方でな、話を思いついたからNTRものを試しに書いてみたらしいんだが……それがとんでもない閲覧者(PV)数を稼いだらしいんだよ。具体的には他の話をあっさり上回るレベルで」

「それでNTRものが増えるって……」

「原作ではその時まだ灰原が出てなかったから本人に聞いても仕方ないだろうが、昔怪盗キッドが言っていただろう。『怪盗は鮮やかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが、探偵はその跡を見つけて難癖付ける、ただの批評家にすぎねーんだぜ?』って。まあ、例えにしては少しずれているかもしれないけど、作者が言いたいのは……『与えられたものに満足できずに自分で生み出す』のが作家であり加虐性愛者(サディスト)であって、『現状で満足して生み出されるのを待つ』のが読者であり被虐性愛者(マゾヒスト)なんだと」

「思い当たることがなくもないが……ちょっと極論すぎないか?」

「アスペ持ちの作者に言うなよ。白か黒かはっきりしないと気が済まない性格なんだからさ。そのせいでグレーになってた個人情報の取り扱いに関して、『掘り起こすんじゃない』と周囲からやっかみを受けたことがあるんだからな」

「そりゃやっかみを持った会社の方が悪い。それが個人情報流出の原因になるんだからさ……ということにしとこう。無関心=正解がこの社会なんだし」

 とはいえ気になるのか、名瀬はノートPCを取り出して自らが経営する輸送会社『タービンズ』の個人情報取り扱いについて洗い直していた。

「まあ話を戻すと……探偵と名乗っている者は全員事件(ムチ)を待っている被虐性愛者(マゾヒスト)かもしれないという」

「やめとけ、ファンに聞かれたらどうする? しかし、『読者=被虐性愛者(マゾヒスト)』ねぇ……」

「ありえなくはないだろう? 納得いかないから自分で用意しようとする人間もいれば、逆に現状で満足しようとありあわせの物を集める人間もいるんだからさ」

「その気持ちを執筆じゃなくて仕事に回せば、さっさと辞められたんじゃないのか?」

「辞めた後のことを考えると、作家として生きたいんだと。もしくはロト7で億万長者になって早期退職(アーリーリタイア)を決め込みたいってさ」

「ロト7は難しいだろう。予想できても精々4,5等が限界だろうし」

 実際、簡単に予想できれば誰も苦労しないのだ。難しいからこそ、予想が楽しいという側面もあるのだろうが。

「それこそ、株式とかカジノの方がまだ稼げそうだが……どっちも予算がある前提の話だろうし」

「地味に稼ごうにも成果が出るのは当分先だしな……まあ、北陸や大阪にいた時と違って、今は自宅で椅子に座って執筆できているんだ。いっそのことそっちで大成してもらいたいよ」

「ついでに仕事でコミュニケーション能力も鍛えてくればいいんだけどな」

「後はハラスメント耐性もな。じゃないとあの作者、何しでかすか分からないし」

「具体的には?」

「……引越前に趣味と資料用にってことで、ナイフ買ってんだよ。しかもカランビット」

 カランビットナイフ。本来は農業用の道具で鎌状の鋭利な刃により扱いは難しいが、近接戦闘では通常よりも高い殺傷性を持つナイフ。

「……あ、扱いづらさで使わない可能性も」

「あの作者、使うだけなら大概の武器は使えるし、大抵の物は武器扱いできるだろ。その手のネタも一度小説化したこともあるし」

(ほとんど活かせませんでしたが……)

「それならさっさと社会から身を引いて、のんびり暮らした方が世の為人の為作者の為なんだよ。そもそも今の会社がおかしいからな」

「おかしい?」

「不平等なんだよ。作者がいるのは派遣会社なんだが、コロナのご時世で配属先が決まらず、未だに待機業務が続いている人間もいるからな。待機に入ったばかりの作者よりも、先に他の人間の配属先を見つけた方が合理的だろうが。お陰で作者、研修を挟んでいたとはいえまともに休む暇なく次の配属先が決まって、心折れかけているからな」

「それ、仕事のない人間から見たらただの嫌味だからな」

「だからさっさと独立してしまえ、って話に戻る」

 ウィスキーを飲み干し、数枚の紙幣を差してからグラスを返した千雨は、肌寒くなった外気に備えて、コートを羽織った。

「まあ、出る杭は打たれるとはよく言うけど、その出る方向がトチ狂っているのがあの作者だからな。それをうまいこと活かしてくれないものかねぇ……」

 気ぃ付けてな、と投げかけられた言葉と共に、千雨は店を辞した。

 この後は特に予定もなく、そのまま自宅に帰ろうかとも思っていたのだが、微妙に小腹が空いてきていた。

「ここからだと近いのは……」

 寄り道をしようにも、ここは健全な青少年育成のために設けられた区画。中ならともかく、その近辺には興味を持たせないよう、店を置くことはない。タカミチや涼宮の屋台ですら、この辺りにまで足を伸ばしていたことはない。

 区画と学校施設を挟むようにして生み出された寂れた地域、その端に千雨の住むマンションがある。以前住んでいたところはゾフィスに襲撃されたので、再び被害を増やさないように、と人の少ない場所を選び、両隣や上下の階も押さえたのだが、ここまで来たら一軒家を購入した方が迷惑を掛けないかもしれない。

 しかし、今の麻帆良学園都市から距離を置くのは危険な上に、一軒家を購入できる程の土地もない。だから千雨は、一人マンションで過ごすしかなかったのだ。

 とはいえ、デメリットがないわけでもない。

 カラン、カラン……。

「もう閉店……って、長谷川か」

 帰り道から少し逸れるが、間には転移者である上条が経営する喫茶店『Imagine Breaker』がある。顔馴染みということで閉店後でも何か食べさせてもらえないかと、千雨は堂々と店内に足を踏み入れていた。

「小腹が空いてな。なんか余り物ないか?」

 先程迄摘まんでいたのか、上条から差し出された野菜スティックを頬張りながら、千雨は周囲に視線を張り巡らせた。こなた達はいないのか、店には一人しかいない。

「こなた達は?」

「事件の調査」

 食器を洗い終えた上条は、手を拭きながらカウンターから出てきた。

「ここ特別話(メタ空間)だから言うけど、お前らが南行っている間、俺達も頑張っているんだからな」

「ああ……裏でスカリエッティの息が掛かった奴を捜しているあれ、か」

「そういうこと。一応高音さん指揮の下で動いているけど……実は犯人は「ネタバレやめろ」――いや、そもそも上条さん達の活躍、ちゃんと書かれるの?」

「そこらへん微妙だよな……誰かにおいしいところ持ってかれたり、伏線の説明に使われるだけで大して書かれなかったり」

「やめろ上条さん泣きたくなる前回の活躍なんだったんだよっ!?」

 とはいえ、一応は活躍の場があるのは確かです。しかし、『雨と葱(この話)』はあくまで千雨やネギ達がメインの話なので、ネギま関係者(原作キャラ)以外が主役の話はあまりしませんので悪しからず。

「早く独立して欲しいよ。せめて週刊連載復活できるくらいには、さ」

「まあ、さっさと話を進めて欲しいとは思うけど……それなら尚更、いらなくなるよな」

「何が?」

「何って、周年記念の特別話。今回なんでこの話にしたの?」

「ああ、それか。別に大丈夫だよ」

 疑問で首を傾げる上条。千雨は肩を竦めてから答えた。

 

 

 

 

 

「だって今回のコレ…………ただ作者が愚痴りたかっただけだし」

「朝来さん!? 朝来さぁん!?」

 

 

 

 

 

 余りの酷さに作者を呼びまわる上条を置いて、千雨は一人、自分用のコーヒーを淹れ始めた。

 その様子を店外から伺いつつ、執筆していた作者だったが……。

「……もっとまともな話を書け」

「さ、さぁせん、した……」

 路地裏に引き込んだシャーリー姐さんに締められました。

 

 

 

 

 

 




 ……すみませんでした。引越ししたばかりとはいえ、来年はもう少しまともな話を書くようにいたします。できれば銀魂ネタで謝罪のやつを。それでは皆様、来月からの連載もよろしくお願いします。
 では最後に……キープ・ソーシャルディスタンス!!


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第19話 スカリエッティの研究

 デモルト、という魔物がいる。

 かつては『狂戦士(バーサーカー)』と謳われた魔物で、その巨体は伝承によくある悪魔(デーモン)の姿をしていた。その力は見た目通りに、圧倒的な攻撃を繰り出して蹂躙してしまう。かの魔物と戦った主人公(サイド)も苦戦を強いられ、中には身体を貫かれる程の重傷を負った者もいた。

 

 

 

 ……しかし、忘れてはいけない。

 

 

 

 ネギ達もまた、数々の強敵を相手にこれまで生き残ってきたのだ。

 更に言うと、彼等の中にはかつて、リョウメンスクナノカミという二つの顔と四本の腕を持つ化け物と戦った者もいた。その大きさは優に60メートルにも及ぶ巨体である。

 しかも、ネギ達がその化け物と対峙したのは、麻帆良学園都市で教鞭を振るって半年にも満たない時期。そう、まだ未熟だった時のことだ。

 そんな彼らが、今更でかい魔物一匹に恐れる理由等、何一つとして存在しなかった。

 

 

 

 

 

 故に、仲間が集えば集う程、ネギ達の勝利は揺るぎないものへと化していた。

「くそぉ、くそぉ……!?」

「茶々丸、龍宮!! 離れたとこから顔に銃弾撃ちまくるぞっ!!」

「皆で(すね)攻撃するわよっ!! 刹那さんも手伝ってっ!!」

「もう少しで詠唱が完了します!! 合図したら皆さん下がってっ!!」

 というより……最早いじめである。

 攻撃しようと術を唱えれば気付いた誰かに基点を攻撃され、飛んで逃げようとすれば翼を切られ、近付いてぶん殴ろうとすれば反対側から尻尾を引っ張られる。弱点である首の後ろにこそ攻撃はされていないが、そんなものは関係ないとばかりに痛めつけられてしまえば、現在は封印されているかのリョウメンスクナノカミですらも涙目になるのは間違いなしの容赦のなさだ。同じ化け物でも、対抗できそうなのは『呪術廻戦』の両面宿儺位だろう。

 ただし『魔法先生ネギま 雨と葱(この作品)』にジャンプキャラは可能な限り出しません。能力はともかく、あんなパワーインフレチート集団出せるかっ!! 出せても精々能力の化身とか間接的にだ、ざまぁみろ!!

「……おい!! 誰か何か言ったか!?」

「悪いが銃声で聞こえなかったっ!!」

高火力(ミサイル)行きます!! 耳を塞いで口を開けてっ!!」

 その言葉を合図に千雨と真名が一歩下がると、茶々丸はしゃがんで右膝の仕込みを操作した。

「Guard Skill――Micro Missile」

 右膝の膝頭が割れる。そこには小型ミサイルの発射機構が仕込まれており、発射されたそれはデモルトの口目掛けて飛び込んでいく。

「ギルガドボッ!?」

 苦し紛れに自らの中で最凶の禁術、『ギルガドム・バルスルク』を唱えようとするもその口に茶々丸のミサイルが飛んできてしまい、術は霧散してしまう。

千の雷(キーリプル・アストラペー)!!」

 そのどてっぱらに、ネギは容赦なく『千の雷(キーリプル・アストラペー)』を叩き込むことで決着はついた。

 しかし彼らは知らない。

 いくらスカリエッティが生み出したであろう偽物とはいえ……デモルトもまた、魔物の子供(・・)であることを。

 

 

 

 

 

 ――シュボッ!

「ああ、疲れた……」

「いや、本当に……」

 デモルトを徹底的に蹂躙した最低最悪の奴等(ネギ達)は、各々武器を納めてから、思い思いに身体を休めていた。これで最後らしく、他の魔物が出てくる気配はない。

「……で、どうだった?」

「どうやらもぬけの殻っぽいよ。……いるとしたらもっと奥深くかな」

 今の戦闘に、和美は参加していなかった。

 他の伏兵や、スカリエッティ側の陣営の誰かしらが逃げ出さないように周辺の索敵(サーチ)を続けていたのだが、そのどちらも見つけることができなかった。和美の能力では見つけられない方法で脱出したか、あるいは……まだ探していない領域(エリア)に潜んでいる可能性も捨てきれない。

「皆さん、ちょっと集まって下さい」

 一息吐けたと判断してか、ネギが皆を呼び集めた。

 車座に円陣を組んだ皆は、ネギの言葉を待った。

「さっきまでの戦いで、魔力も武装もかなり減りました。幸い、大きな怪我をした人はいませんが……朝倉さん、まだ探していない領域(エリア)はありますか?」

「後は更に地下深く。まだ探ってはいないけど、ここよりは大きい空間じゃないみたいだよ」

 いくつもの視線が、足元に向けられる。

「……未確認領域(エリア)、ですか」

「おまけに連中が地形を変えまくっているから、魔法協会が調べていた分は完全に当てにならない」

 煙草を手放した千雨は、靴底を押しつけて火を消した。

「ここを拠点にして地下に降ります。……まずは偵察に、人数も最低限だけで」

「じゃあ、私とネギは決まりね」

 そう言って明日菜は、ネギの肩に手を置いた。異論はないのか、ネギも頷いて応える。

「となると後は……」

 小太郎を皮切りに、自己申告で参加するかしないかを伝え始めた。

 その中、千雨は脳裏で自らの装備を検めていく。

(魔力は回復して7割弱、ただ……)

 デモルトに銃弾を使い過ぎた。

 あやか達待機組が控えている大型クルーザーに戻れは補充は可能だが、それならば待たせるよりも、異空弾倉が使える真名を同行させるべきだ。

「それで……千雨さんは?」

 いつの間にか最後になっていたらしく、千雨は溜息を一つ漏らしてから、新しい煙草を口に咥えた。

「私は残る。……武装が弾切れ(カンバン)に近いんだわ」

 

 

 

 

 

 結局、更に地下深くに潜るのは、片手の指にも満たない人数だった。

「問題ないでござるよ、ニンニン♪」

「よし、進もう」

 楓が先行し、真名が殿を務める道中。間にいるネギは内心、複雑な感情を抱いていた。

 その隣を歩いている明日菜は、そんな弟分の背中を叩いた。

「アダっ!?」

「ほらシャキッとする!! ……そんなんだと、朝倉に告げ口されるわよ」

 そう言って明日菜が指差したのは、和美のアーティファクトである渡鴉の人見(オクルス・コルウィヌス)だった。連絡用にスパイゴーレムを一体だけネギ達に同行させているのだが、残りは楓と共に先行させていない。拠点にした場所を周回するように警戒させているのだ。

 実際、他に敵がいないとも限らない上に、後から現れる可能性も捨てきれない。

 だからこその、状態重視の分担だった。しかし、何かあれば即座に撤収も考えなければならない。

 仮契約の召喚を利用して、いざという時に回収することも可能だが、スカリエッティ側に『Anti Magi-link Field』を使われてしまえば、状況は更に悪くなる。

「このまま何もなければいいんですけど……」

「ネギ先生はどう思う? 連中は来ると思うかい?」

「分かりません。ただ……」

 遺跡内に戦力が割かれていた。

 つまり、ここに何かがあるということだ。

 そして……まだ調べていない場所へと、ネギ達はとうとう辿り着いた。

「扉、みたいでござるな……」

「この先に何が……?」

 遺跡に不釣り合いな鉄製の扉だが、鍵穴の類は見られなかった。

 即席で追加したのだろうが、ここまで辿り着くとは予想していなかったのか、それとも……その必要がなかったのか。

「……開けるわよ」

 ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)を左手で逆手に持った明日菜が、ドアノブに手を掛けた。右側に楓が、左側にネギが控え、真名は両手にデザートイーグルを構えて周囲を警戒する。

 そして勢いよく扉は開けられ、全員が中に雪崩れ込んでいく。

「……何、これ?」

「カプセルの類ですね……」

 スカリエッティの研究施設だったのか、そこには培養を目的に設置されただろうカプセルが列をなし、その奥に挟まれるように置かれた机には、一冊のノートが残されていた。

「……少し、警戒をお願いします」

 グロック17をホルスターに戻したネギは、更に杖を背中に背負って両手を開け、机の上に置かれたノートを取り上げた。使い込まれているがそこまで古いものではなく、その気になれば空きページに書き込むことも可能だった。

 そのページをパラパラと捲りながら、ネギはその内容を反芻していく。

「スカリエッティの研究記録みたいですね……上条さん達が戦った人達のことも書かれています。これって……憑依系転移者についてのものですか?」

 そこには、憑依系転移者についての定義が記されていた。

 既に存在する人物に別の精神が宿ること。それが死者のものであれば、その人物に憑依して蘇ったとも言える。故に、その存在は憑依系転移者と呼ばれた。

「どうやらスカリエッティは、人工的に転移者を生み出せるみたいですね」

「それって、とんでもなく厄介じゃない?」

 周囲を警戒しながら明日菜が漏らすが、ネギはその考えを否定した。

「いえ、どうやら精神は、別の人の劣化コピーみたいですね。造り出した身体に記憶を一部削った精神を憑依させて、『あなたは転生した』と伝えることで転移者だと錯覚させていたみたいです」

 憑依系能力者には、総じてチート能力はなかった。

 何故なら、このノートに書かれている範囲では、人工的に憑依させる以外のことができなかったからだ。憑依系転移者が使っていた力も、世界の抑止力が偶然にも誤作動を起こして、アカシックレコードの記録を頼りに原作通りの能力と記憶を与えているだけに過ぎない。というのが、スカリエッティの仮説だった。

 だが逆に、その抑止力による修正が魂との結合をより深いものにしたので、感覚の違和感を完全になくしてしまっている。だからこなたの様な転移系転移者とは違って、新しい身体を使うという実感もなく、感覚を修正する必要がなかったのだ。

「でも、それももう打ち止めみたいですね。別の転移者から神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)というチート能力を奪って精神のコピーを作っていたみたいですが、強引に使った影響か、能力自体が消滅する結果につながったようです」

「後は残りの憑依系転移者だな。ネギ先生、それについては?」

 真名の指摘した箇所について探してみるものの、誰を作ったかは記載されていても、誰が生き残っているかの記載は見つけられなかった。どうやら完全に、憑依系転移者についての研究記録として残していたらしく、コピーを作れなくなった今としては完全に無用の長物と化したのだろう。

「駄目です、龍宮隊長。ノートからリスト化はできそうですが、憑依系転移者の生み出し方しか書かれていませんでした。誰が残っているかは書かれていません」

「そうか……後、隊長はやめよう。ネギ先生」

「じゃあ、完全に手掛かりなし?」

 もうどうしようもないのかと各々に諦めムードが流れる中、最後のページまで読み終えたネギは、そこに一枚のルーズリーフが挟まっているのを見つけた。

「これはまだ新しいみたいですね……魔導巨兵ファウード?」

 どうやら憑依系転移者以外の戦力を求めて、他の転移者からチート能力を奪うだけでなく、別の方法も模索していたらしい。いくつかある案が塗り潰され、一つだけ残されていた単語を丸で囲っている。

 その単語が、『魔導巨兵ファウード』と呼ばれるものだった。

 

 

 

 

 

「魔導巨兵ファウード?」

 スパイゴーレムからの映像を確認した和美は、すぐに千雨達に伝えた。

 しかしそのことを知る者はここにはいないので、何のことかは分からなかった。

 そう、ここにいる者には(・・・・・・・・)

「スカリエッティの新戦力みたいだね。そういう人物か兵器かは分からないけど」

「まあ、それくらいならすぐに調べられる。一回外に出よう」

 ネギ達との合流を待ってから、彼等は遺跡やその外側である洞窟からも出て、数時間振りの日差しをゆっくりと浴びていた。

 しかし時間は限られているので、目が光に慣れてすぐに、千雨は電話を掛けた。

『……あれ、千雨どうしたの?』

「悪いこなた。今大丈夫か?」

 千雨は南大東島(ここ)での調査結果を簡潔に伝えた後、ネギが見つけた例の単語について問い掛けた。

「……で、『魔導巨兵ファウード』って、何か分かるか?」

『あ~……この世界オワタ』

「おい、何諦めてるコラっ!?」

 ますます嫌な予感がするものの、聞かないことには対処法も思いつかないので、おとなしくこなたが話すのを待った。

『もし私が知っているのと同一なら、それは『進撃の巨人』以上に馬鹿デカくて最悪な『泉!! 奴が動いたぞっ!!』――ごめん!! 詳しくはまた電話するから!!』

「あ、おいこらっ!?」

 しかし向こうも取り込み中だったらしく、千雨の制止はこなたには届かなかった。

「……どうする?」

「とりあえず、いいんちょさん達と合流しませんか?」

 ここでの用事も終わったようなものなので、一旦こなた達からの連絡を待つことにした。

「それにしても……どこ行ったんだろうな。明石も教授も」

 千雨の言葉が風に乗って消えていく。

 手掛かりが見つからなかったことに苛立つも、現状では解決できないのでおとなしく北港の外れへと戻っていった。



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第20話 一方その頃、麻帆良では(前編)

 千雨達が沖縄の南大東島へと上陸する日、喫茶店『Imagine Breaker』の扉には朝から、臨時休業の札が掛けられていた。

「お兄ちゃん、私達って付き合っているの~?」

「兄妹だから付き合ってないよ~……あれ? 今日はお休みだね」

 顔立ちがよく似た兄妹らしき二人が立ち去っていくのも気付かず、カーテンで覆われて視界を遮った店内にいるのは五人。

 この店の店長と店員である上条当麻とキノ、泉こなたの三名、吸血鬼エヴァンジェリン・A(アタナシア)K(キティ)・マクダウェルと、関東魔法協会在籍の高音・D・グッドマンの計五名だ。

「……で、見つかりましたか?」

「う~ん、まだ出てこない~……」

 朝からこなたは大忙しだった。

 高音が持ち込んできた監視映像を見つめながら、持ち上げた右手から導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)を垂らしていた。『HUNTERXHUNTER(原作)』でクラピカが内通者を探していた要領で、同じく探れないかと思い立っての行動だが、その人数の多いこと多いこと。

 原作(クラピカ)の場合はある程度人数が絞れていたから良かったものの、疑わしき関係者全てを探るとなると、とてつもない労力がかかってしまうのだ。実際、『魔法先生ネギま(原作)』の登場人物かどうかだけでも仕分けできれば良かったのだが、スカリエッティ側が洗脳や人質といった手段も用いてくる可能性がある以上、身近な者すら疑わなければならない。

 同様に、こなたの能力(チート)地球(ほし)の本棚』で検索できれば良かったのだが、この世界に関しては原作知識以外見ることがかなわない以上、こうして地道に探さなければならなかった。

「もう少し絞ってよ~」

「それができれば苦労はしません」

 実際、今も高音は、こなたが腰掛けているカウンター席を背に、テーブル席の上に資料を広げて怪しい経歴や行動の記録を残している人物がいないかを精査しているところだった。

「今も探しているのですが、全員がその気になれば動機も手段も持ち合わせているとなると、もう何を基準にして絞ればいいのか……」

「そういえば、自分すら導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)で探らせていたな」

「信じられるのがあなた達みたいな完全に外部の人達だけなんですよっ!?」

 キノと共に、以前使えなかったワルサーP5に代わる銃を物色していたエヴァンジェリンからそうツッコまれると、高音はテーブルを掌で強く叩きつけながら叫んでいた。

「ここまでほぼどころか全員が怪しいとなると、自分すらも疑わしくなってしまってもう何を信じていいやら……この世に自分ほど信じられないものが他にありますか~っ!?」

「高音さ~ん、泣いてないで手を動かしてよ~……(ボソッ)気持ちは分かるけどさ」

 正直、こなたも内心泣きたくなってきていた。

 そもそも部外者である筈の自分達がここまで働く羽目になっているのだ。スカリエッティが絡んでいるとはいえ、この量には流石に嫌気が差してくる。

「というかもうちょい、人数絞らないか?」

 全員に紅茶を振る舞いながら、上条はお盆片手に動き回っていた。

「流石に全員容疑者とかだったら、まずは条件付けで絞った方が――」

「だから……それができれば苦労しませんわ」

 上条を近くに呼び寄せた高音は、資料を指差しながら改めて説明を始めた。

「ハッキリ言って、千雨さんが疑われた理由でもあるのですよ。動機と手段が明確な人物という点で、真っ先に彼女が容疑者に挙がりました。逆に言えば、千雨さん以外に疑われるような行動を取っていた人物が一人もいない、ということになります」

「だからこうやって、一人一人調べなきゃならないんだよね~……」

 最早、普段の元気すら、今のこなたは持ち合わせていなかった。

 後で茶菓子でも差し入れようと考えた上条は、その説明を聞いて、ある疑問を口にした。

「ということは……動機と手段以外じゃ絞れなかったのか?」

「せめて先日の襲撃だけで済むのなら、アリバイの一つでも調べ上げて絞れたのですが……」

 その内通者は事前に麻帆良に溶け込んでいたとしか思えない程、周到に行動していたらしい。大抵は行動を起こした途端にぼろを出すものだが、その形跡すら見つけられない為に、疑いの目が千雨に向いてしまっている。

「分かっているのは、千雨さんが怪しいということだけ。本当、何が立派な魔法使い(マギステル・マギ)なのやら……」

「それでもあんたみたいに、ちゃんと理解してくれている人もいるのは知っているよ」

「そうそう、じゃなきゃ私達だけで勝手にやっているし」

 上条のとりなしにこなたも同意するが、高音は未だに苛立っているのか、一度腰掛けている椅子の背もたれに思いきり体重を掛けている。

「まったく……疑っている人間は何を考えて「あれ、ちょっとおかしくない?」――……何がおかしいんですの? キノさん」

 エヴァンジェリンに千雨が使っているシグP230の後継であるP232を勧めている時だった。高音達の話を聞いていたキノの脳裏に、ふと疑問が浮かんだのは。

「いや、だって……前に聞いたんだけど、ある映画(・・・・)を上映したから、魔法関係の被害者が認知されるようになったんだよね?」

「ああ……『魔法反徒ネギま(あのクソ映画)』のことか」

 受け取ったシグP232の調子を確かめているエヴァンジェリンが忌々しげに呟くが、高音は気にせず、キノの疑問について思案しながら返そうとする。

「ええ、その通りですわ。だから千雨さんを疑うなんて、自分達の罪を浮き彫りにしているよう、な……」

 しかし徐々に、キノの言いたいことが理解できてきた。

「……それなのに、千雨さんを(・・・・・)疑った(・・・)?」

「まずは、映画を見ていない人間を中心に探すのはどう?」

「でも新人は一通り見たけど、誰も引っかからなかったよ?」

 千雨以外に疑うとすれば、まず怪しいのは最近関東魔法協会に入った者達だ。しかし、こなたが調べ始めてから大分経つものの、一人として該当する者はいなかった。

「となると後は……映画を見ていない古株のメンバー?」

「いえ……」

 しかし高音はUSBメモリを取り出すと、こなたが今迄確認していたノートPCに接続されていた監視映像を保管したものと差し替えた。

「これは?」

「議事録代わりに録音したものです。ヘッドセットを外して全員に聞こえるように」

 ヘッドセットを外し、高音に指示されたファイルを再生するこなた。

 聞こえてきたのは千雨達が退席した後の、会議の会話だった。

「もしかしたら、わざと疑いを掛けさせた可能性があります」

「どういうこと?」

「人質だろう」

 こなたの疑問に、エヴァンジェリンはそう答えた。

「元々は疑いの目さえ誤魔化せれば、なんでも良かった可能性が高い。今後も麻帆良内で裏工作を行う上ではな。しかし……向こうは態々(・・)、千雨に疑いの目を向ける手段をとった」

「そう、言い出した人間を辿れば足がつくのに……だから、会議でそれらしき発言をした人から、つながりを探っていければ?」

「そこから犯人を割り出せる……?」

 後は簡単だ。会議の内容から千雨に対して猜疑心を抱く者をピックアップし、その人物達を順にこなたが導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)を用いて探っていく。

 果たして、犯人はあっさりと見つかった。

 

 

 

 

 

 世界樹を中心とした広場の端に、二人の男がいた。

「しかし楽な仕事ですね……そう思いませんか、神多羅木(・・・・)先生?」

「別に……」

 神多羅木は不機嫌を露わにそう言うと、缶コーヒーを口に流し込んだ。

 ……ちょっとした油断だった。

 帰宅の遅れた生徒達を送り届けていた際に、目の前の男に声を掛けられたのは。

 一般人(・・・)にまで魔法を見せるわけにはいかず、ましてや狙いが自分ではなく送り届けている生徒達に向けられているとあれば、従わざるを得なかった。

 その男は夜を嫌うかのような白いスーツで身を包み、オールバックにした黒髪の下から、細い眼差しを向けてきている。

 今もまた逆らえないのは、チョーカーに模した首輪型爆弾で自らの命を握られているからだけではない。この男を確実に捕らえられないからだ。

 直接、生徒や他の人間を人質に取られてはいないのだが、この男の攻撃手段がまずかった。一度恐喝の為に見せられたのだが、威力と範囲が並の魔法を超えていた。防衛手段が確立していなければ、想定以上の被害が生まれてしまう。

 その為、誰も傷付けない範囲で男の言いなりにならざるを得ず、情報の流出を行ってきてしまったのだ。

「それより……明石教授のことは本当に何も知らないのか?」

「知りませんね」

 しかし、ただ言いなりになっていたわけでもない。

 千雨に疑いの目を向けさせるという、関係者からすればありえない行動を気付かれない様に取っていただけではなく、未だに行方不明のままである明石教授の所在を探ろうと、雑談交じりに何度か、問い掛けているのだ。

 しかし、恐喝犯からは未だに、手掛かりを探ることができずにいた。

「私の雇い主が関係している可能性もありますが、少なくとも、私の仕事の範囲では関わっていませんよ」

「そうか……」

 そう言い捨てると、神多羅木は空になった缶を近くのくず入れに投げ入れた。

 チョーカーに模した首輪型爆弾だけではない……自分には見張りがついている。

 それさえ解決できればすぐさま救援を呼べるのだが、相手に勘付かれてはまずい。今のところ『千雨に疑いの目を向ける(救難信号)』を出すことには成功しているが、気付かれない内に次の行動に出られてしまえばまずいことになる。

 最も……一番重要な仕事だけは、既に達成されてしまっているが。

「さて……私はそろそろ行きます」

「次の指示がないぞ。もう用済みか?」

 もし用済みであれば、監視の目がなくなるかもしれない。

 神多羅木自身、今更情状酌量の余地は期待していないが、少なくともこれ以上の被害は避けたいとは考えていた。

「……まさか」

 しかし、相手は少し嫌味を利かせた笑みを浮かべて否定してきた。

「まだ企てている途中なのでね……余計なことをせず、大人しくしてて下さい」

「……っ」

 かつて、超一味が放った偵察用のドローンであれば、一撃で吹き飛ばす自信がある。しかし、今度の相手が放った監視手段が、同様の物とは限らない。

 実際、それらしきものに当たりはつけているので、その気になれば無詠唱呪文で吹き飛ばせるのだが……。

「では失礼、これでも忙しい身なのでね。また連絡します」

 帽子を外して挨拶する様も、相手が相手なだけに苛立ちしか生まれてこない。

 このまま見逃すしかないのか、と歯噛みしている時だった。

「おや、神多羅木先生じゃないですか?」

「……新田先生?」

 丁度相手が去った時、入れ替わりに神多羅木の前に現れたのは、ビニール袋を片手に近づいてくる新田だった。

「どうされたんですか? こんなところで」

「いえ、人と会う約束がありまして……新田先生は?」

「私は見回りがてら差し入れに」

 そう言って新田が指差したのは、屋台を立ててタコ焼きを売っている便利屋『RUDE BOYS』のタケシとピーだった。

「最近、仕事も減っているので屋台でも(こしら)えないと世知辛いですからね。特に先日の事件が影響して、しばらくはあまり大きな仕事も生まれないでしょうから」

「成程……いや、先日は申し訳ありません。こちらの力不足でした」

 新田が彼等『RUDE』のことを気に掛けているのは、神多羅木もよく耳にしていた。

 だからこそ、早期解決を願っているのだが、肝心の自分がこの様では話にならない。「いえ、神多羅木先生が悪いわけではありませんから……ですが、やはりお疲れの様ですね」

 しかし、新田は神多羅木が仕事に対する疲労から顔色を悪くしているのだろうと思ったのか、ビニール袋から一つの紙パックを取り出すと、そのまま手渡してきた。

「よろしければたこ焼きをどうぞ。少しは気晴らしにもなるでしょう」

「ああ、これはご丁寧に」

 すでに太陽も傾き始めているが、昼食はまだとっていない。

 神多羅木は有難く、新田からの好意を受け取ることにした。

「後、彼等がいない内にあの映画(・・・・)をまた見ないか、という話があるのですが……これからご一緒しませんか?」

 その新田の誘いは…………神多羅木が待ち望んでいたものだった。

 

 

 

「ええ…………ぜひ」



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第21話 一方その頃、麻帆良では(後編)

「……おや?」

 雇い主から預かっていたストレージデバイスに、ノイズが走った。

 不審に思った男―ゾルフ・J・キンブリーは椅子に腰掛けたままデバイスを操作し、神多羅木周辺に迷彩を施して散布していた複数の小型光球(サーチャー)を確認すると、なんと一瞬にして消されてしまっていたのだ。

「妙ですね……」

 神多羅木に取り付けた首輪の爆弾は本物だ。

 小型光球(サーチャー)に何かあれば、すぐさま爆弾を起爆させると脅しておいたのに、生半可な覚悟で手を出すとは思えない。そもそも、彼単独であれば、一斉に撃ち落とすことはできでも、一瞬で全てを消し去ることはできない筈だ。となると後は協力者の存在だが、彼が誰かに何かを伝えたのかまでは分からない。

 そもそも盗聴している限り(・・・・・・・・)、異常はなかったのだ。

「仕方ない……爆破して消えますか」

 そしてキンブリーは起爆スイッチに指を掛け、神多羅木の首にある爆弾を起爆させた。

 そのまま上着を着ると荷物を持ち、足早に隠れ家にしていた部屋から出ていく。

 

 

 

「た、助かった……」

「大丈夫ですか? 神多羅木先生」

 正直に言えば、ギリギリであった。

 新田が案内したレンタルルームに設置されていたのは、ホームシアターではなく、千雨が残していったAMFの発生装置だった。近くに小型光球(サーチャー)が飛んでいたことは気付いていたので、奥まで入ってすぐにAMFを起動、ばれて距離を取られない内に全て消し去ることに成功したのだ。後は物理手段を封じれば問題ないが、こなたと上条、そして彼等(・・)が味方についたことは大きなアドバンテージとなった。

「後は学園都市中に張り巡らされた爆弾だけっ!!」

「……そっちももう終わった」

 スモーキーはそう言うと、携帯の通話を切ってから、近くの椅子に腰掛けた。

 キンブリーに『ネギま』の原作知識しかないのが功を奏した。神多羅木の行動を不審に思われなかったのは、あの映画の存在を知らないからにすぎない。いやそもそも、彼自身は適当に協力者を選んだ可能性もある。

「つまり……相手は転移者じゃない(・・・・)

「まさか本物の爆弾魔だとは、思いもしなかったけどね。……調べたら手配写真がネットに思い切り出回っていたし」

 要するに、外部の犯罪者を傭兵として雇い入れたのだ。

 そして向こうにとっては、魔法の隠匿なんて露程にも思っていないだろう。元々は別の世界の住人な上、この世界そのものが魔法の開示に動いているのだから。

「……だから物理手段を用意しているのはすぐに分かった」

「後は爆弾の位置を導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)で探ってスモーキー君達(RUDE BOYS)に起爆用のケーブルだけ切ってもらえば、麻帆良学園が爆破されることはない。おまけに匿名で通報もあったしね」

「そして、神多羅木先生の爆弾は、上条さんの時計屋(ウォッチメイカー)であっさり消え去ったわけよ「その後転ばなければ、完璧だったがな」――……すみませんでした不幸だぁ」

 実際、神多羅木が『助かった』と言ったのは、爆弾から逃れた為ではない。上条の『不幸』に巻き込まれかけたからだ。(すん)でのところでスモーキーが蹴り飛ばさなければ、今頃爆弾と共に粉微塵となっていただろう。

「……それで、キンブリーの方は?」

「キノさんと高音さんが追っかけてるけど……大丈夫かな?」

「言っておくが、これ以上は手を貸せない。『家族』に危険が及びかねないからな」

 今回スモーキー達が協力したのも、神多羅木が帰宅の遅れた生徒達―その中にいた元無名街の住人を含めて庇った為に脅される結果となったからに過ぎない。

 周辺調査を行った過程で関わっていることを知ったので、便利屋『RUDE BOYS』の事務所へと駆け込んだ。そして聞き込みの際に事情を知ったスモーキーから『借りを返す』ということで、今回協力してもらっただけなのだ。

 これ以上の強要はできない。

「大丈夫、分かっているよ。……泉、行こう」

「……そのセリフはさ」

 こなたは腰に手を当てながら、呆れた様子で上条を見下ろした。

「せめて立ち上がってから、言ってくれないかなぁ?」

「いや、かなり効いてるから……不幸だぁ~」

 そして若干イラッときたこなたとスモーキーにそれぞれ、軽めとはいえ追撃を喰らいかけたのもご愛敬。

 

 

 

 

 

 しかし、便利屋『RUDE BOYS』にいたのは彼等だけではない。

「こっちの方か!?」

「もうちょい派手に動いてくんないかなぁ~」

 最近よく混ざって働いているナギやラカンが、高音達の方へと向けて駆けていた。

 本来ならばタケシとピーが拵えていたタコ焼きの屋台を担当する筈だったのだが、今回の件で救援を求められた以上、駆け付けざるを得なかったのだ。

「まったく、ロートル働かせやがって!!」

「まあRUDEの連中(あいつら)をこっちの事情に巻き込むのもどうかと思うしな!!」

 周囲への影響を考えなければ、『波乗りラカン』で一気に距離を詰められるのだが、緊急時以外の強引な移動手段は(ネギのせいで)NGとなっているので、身体強化で走るしかない。

「しかし本物の爆弾魔とはな」

「そりゃ『転移者に脅されているかどうか』で引っかからないわけだよ」

 今更ではあるが、こなたの調べ方も万全とは言い難かった。

 情報が完全に出揃っているわけでもない上に、確認事項が『転移者に脅されているかどうか』で調べていたのも悪かった。相手が転移者である以上、無条件で『仲間も転移者』だという先入観を抱いてしまっていたのだから。

 だから転移者に雇われた『ただの傭兵』にまで、気が回らなかったのだ。

「問題はどうやって――」

 ズズン!!

「――捕まえるか、だよな……」

 日本では聞き慣れない爆弾の音。

 国外では割と一般的な解体手法―発破解体の爆発音だった。

 

 

 

 

 

「一先ずは、安全ですかね……」

 適当な空き家を隠れ家にしていたキンブリーだが、逃走用の手段は当然用意していた。

 地下の下水道へとつながる道を爆破して作れるようにし、後は別ルートで持ち込んだゴムボートで外の湖へと脱出、そこから学園都市の外なり水路を辿るなりすれば逃げ切れる。

「さて、脱出を……どういうことですか?」

 ゴムボートを下水の上に浮かべ、荷物を先に載せた時だった。

 進行方向から、誰かが近づいてくるのが聞こえてきた。足音から人数は一人だと分かるが、作業用のランプを点灯させ、照らし出された人物に対して、キンブリーは眉をひそめた。

「何故あなたが生きているのですか? ……神多羅木先生」

 爆破した筈の人物が目の前にいる。黙ったまま、キンブリーと向き合うや両手をポケットから出した状態で。

(外れた瞬間爆発する仕掛けが故障していた? いずれにしろまずいですね……無詠唱呪文の射程距離内ですか)

 先程から言葉を発していないことに対しても、若干の脅威を覚えるキンブリーだった。しかも荷物を手放したタイミングでの登場となると、明らかに手持ちの爆発物を警戒している。

 ……相手に油断はなかった。

(やれやれ……接近戦は苦手なんですけどね)

 キンブリーは火薬を仕込んだ手袋をつけている。殴打の瞬間に爆破して威力を上げるためのものだ。変に時間を与えて魔法を撃たれるよりも、さっさと仕留めてしまった方がいい。特に下水道内という閉鎖空間では、得意の爆破だと自身も巻き込みかねないのだから。

「少しは話をしたらどうです、かっ!!」

 靴に仕込んだ爆薬による加速。

 ただの爆風であまり大した加速はできないが、それでも爆音と威力からそこそこのハッタリにはなる。大抵はそれで怯んだところに拳を叩き込むのだが、逆にキンブリーは、別の意で驚愕することとなった。

 相手が回避したからじゃない。むしろギリギリで接する迄はできていた。

 しかし、手袋に仕込んだ火薬が炸裂した瞬間、触れていた神多羅木の顔が消えたのだ。

 

 

 

 いや…………顔が破れた(・・・)

 

 

 

「なっ!?」

 生半可な変装ならば、すぐに見破れる。魔法による幻覚ならば、ストレージデバイスが反応する筈だ。しかし相手は顔どころか、体格すら変えてのけている。

「残念、逃げるか遠距離だったら――――私に(・・)対抗手段はなかったのに」

 だから殺し損ねたと考えていたのに、途中から甲高くなる、その声だけで偽物だと理解できた。

 殴った後に崩れた体勢をどうにか戻そうとするキンブリー。しかし、神多羅木に化けていた者からの足払いで、容赦なく下水道へと叩き落とされてしまう。

 バシャアッ!!

「なっぷ……!?」

 そして通路に手を掛けたキンブリーは……突如現れたかのように見える、二十代位の女性に驚愕を露わにした。

「あっ、あなたは……がっ!?」

「まったく……せっかく転生できたから、新しい人生では殺しもなくゆっくりしたかったのに」

 手の甲から通路の床にまで針を貫通させ、その上にブーツで覆われた足を乗せながら彼女―チェルシーは下水道に落ちたままのキンブリーを冷ややかに見下ろしていた。

「……ああ、今は転移者(・・・)だっけ? 正直死んでからこの世界に来たから、別に転生者でも間違ってないんだろうけど……」

「なっ、何者ですか? ……あなたは」

「私?」

 その瞬間、チェルシーの瞳はますます、冷ややかなものへと化していた。

「……あんた達が人質に取って爆破しようとした赤ん坊の親達の仲間。要するに身内」

 いつもなら棒付きキャンディを頬張るところだが、下水道内である上に、苛立たしい相手を目の前にして、そんな心の余裕はなかった。

「流石に平和ボケ自体は指摘したいところだけど……それ以上に舐められたままってのは、かつての古巣の沽券に関わるのよね」

「あがっ!?」

 ブーツに覆われた足が艶めかしく動く度に、針が揺れてキンブリーの肉を抉っていく。

 

 

 

殺し屋集団(ナイトレイド)敵に回して、無事に帰れると思ってないでしょうね?」

 

 

 

「あまり舐めるのも「はい、そこまでですわ」――こんどはっ!?」

 反論しようと口を開くキンブリーだったが、それすらも横やりが入った。

 しかし下水道から引っ張り上げられただけ、チェルシーよりかはまだましな扱いだっただろう。そのキンブリーを叩き落とした張本人は、現在後頭部に銃口を突きつけられているが。

「まったく……あなたですわね? 匿名で爆弾の解除方法を送り付けてきたのは」

 でなければ、素人である筈のスモーキー達(RUDE BOYS)に爆弾の解除を依頼したりはしない。通報自体偽物の可能性もあったが、中身の解除方法は聡美に確認も取っていたので、本物だと信じるしかなかった。

 結果、高音の目の前にはキノに銃口を向けられたチェルシーと、今は自らの影に拘束されているキンブリーが揃っている場面に出くわしたのだ。

「御礼はいいわよ」

「ご安心を」

 キンブリーを持ち上げた影での拘束を確認すると、高音は手持ちのハンカチを裂きながら、暗がりから出てきた。

「流石にやり過ぎですわ……殺さないだけまだましですけど」

「おや、私みたいな異常者を許すおつもりですか?」

「それこそまさか(・・・)ですわ」

 キンブリーの言を高音はあっさりと否定した。

「あなたは今回、誰を(・・)敵に回したのかを理解してからこれまでの罪を償って頂きます。覚悟しなさい……あの人のお説教は、本当に長いですわよ」

 針をそのままに即席の包帯を巻きつけて立ち上がる高音。出血の恐れもあるので、まとめて固定したのだ。

「それで、高音さん」

 そこにキノが声を掛ける。チェルシーの扱いについてだ。

「……この人どうするの?」

 しかしキノに『森の人』の銃口を向けられながらも、チェルシーは特に気にせず、懐から一通の封筒を取り出した。

「とりあえず迎賓待遇でお願い。ちなみにこれ、紹介状」

『紹介状?』

 何のことか分からず、一先ず高音が中身を確認することになった。

 

 

 

 

 

「また出番なしか……」

「最近そんなんばっかだな、おい」

 駆け付けた後、瓦礫を掘り起こしながら必死になって手掛かりを探っていたナギとラカンだが、マンホールの下から出てきた高音達を見て状況を把握。今は一人ずつ地上へと引っ張り上げている。

「まあ、そう言わないで。ちょっとまずい話もあるんだし」

「まずい話?」

 奇しくも、キンブリーの発破解体時の少し前に、こなたが千雨から受けていた掛かってきた電話で出たのと同じ単語だった。チェルシーの口から出てきたのは。

 

 

 

「『魔導巨兵ファウード』。今回の盗みは、それを叩き起こす為の『鍵』が必要だったからよ」



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第22話 いざ、ファウードへ

「……状況をまとめましょう」

 あやか達が控えていた大型クルーザーへと戻ってきたネギ達は、情報共有の為に一度、甲板上に集合した。

 ホワイトボードを船内から持ち出し、あやかの手により、その板上に今迄集めてきた情報が纏められていく。

「元々私達がここに来た目的は、行方不明となった裕奈さんとそのお父様である明石教授を探す為でした」

 口頭で読み上げつつ、あやかの手で情報が書き連ねられていく。

「その明石教授が消えたここ、南大東島を調査しましたが、分かったことは二つ。二人はこの島にいないこと、そして……スカリエッティの狙いが『魔導巨兵ファウード』と呼ばれるものであること」

 そこまで話してから、あやかの視線は千雨へと向けられた。

「千雨さん、お願いできますか?」

「……ああ」

 その千雨は、あやかに話しかけられる迄ずっと、タブレットPCに視線を落としていた。話を聞きつつも、こなたから送られてきた情報を確認していたからだ。

 そしてあやかと立ち位置を入れ替えた千雨は、受け取ったペンで大きく『ファウード』と書き殴った。

「ファウード。出所はゾフィスの時と同様、魔界と呼ばれる別世界だが……そっちは高音先輩が学園長を通して問い合わせ中だから、今はいいな」

 なので、千雨は兵器についての一面から話し始めた。

「分かりやすく言うと、さっきのデモルトやリョウメンスクナノカミ、『進撃の巨人』に出てくる巨人よりも馬鹿デカい体躯で、口からエネルギー波、指からレーザー砲を吐き出す化け物だよ」

「……そんな生き物、いるの?」

 リョウメンスクナノカミを見たことのある明日菜がそう言うのも無理はない。

 現在は再封印されているとはいえ、世界に合わない規模の生物が存在していること自体が現実的にありえないのだ。

「一応人造生命みたいだが……何考えて作ったんだよ、そんなもん。邪魔でしかねえよ」

「おまけに武装しているとなると……ちょっと待って下さい。千雨さん」

 少し横に控えていたあやかが話に割り込んできた。

「今、人造生命(・・)っておっしゃいましたか? つまり意思があると?」

「いや、その辺りは微妙なんだ……」

 千雨は額を指差しつつ、そう返した。

「額に突き刺して、脳で直接操作できるコントローラーみたいなものがあるらしい。意思の有無までは分からないが、それを使えば完全に制御できるんだってさ。だから、そいつさえ押さえてしまえば……」

「……悪用されることはない、ですか」

 ネギの言葉に、千雨は頷いた。

「ただ、奴らはその封印を解く為に必要な力を掻き集めている。本来ならばこの世界でいう攻撃呪文を集中砲火して破壊するだけでいいなんて、その気になれば誰でも解けるセキュリティとかクソだろとか――……すまん、話が逸れた」

 一旦話を切って、謝罪する千雨。

「千雨ちゃん……なんかあったん?」

「以前刀子さんから伺ったんですが……当時の関東魔法協会の情報セキュリティ、力技で突破できるいいかげんな仕様だったらしいんです。千雨さんから見ると、その時点で『非魔法使い』を舐め腐っているとかで……」

 このかと刹那が小声で話しているのは聞こえていないのか、千雨は話を続けた。

「とにかく、話を纏めると……憑依系転移者を用意できなくて火力が足りなくなったのか、破壊する為に『ジュエルシード』を集めているってのが分かった。後は場所とタイムリミットだが……」

 歯切れ悪く切れる言葉に、全員が視線を外した。

 もう……手掛かりがないからだ。

「千雨ちゃん。こなた達、何か言ってなかったの?」

「いいや……」

 千雨は肩を竦めた。

「……そもそも情報が少なすぎる。原作通りならユーラシア大陸からニュージーランドへ移動、その後日本に進撃したらしいが、連中はそれに合わせる必要もないしな……」

 どうしたものかと全員が悩む中、このかは懐から筮竹(ぜいちく)算木(さんぎ)を取り出し、おもむろに占いを始め出した。

「あの、このかさん「ちょっと待ってな~当たるも八卦当たらぬも八卦~」――占いでは流石に判断できませんわよ!?」

 あやかがそうツッコむが、あまりの情報のなさに、とりあえずそれでいいかと周囲で止める気配もない。

「……難しい、ですかね?」

「ドラえもんの映画で『南海大冒険』ってあったろ? のび太がいきなり宝の場所当てて、そこから冒険が始まるやつ。そんなミラクルでもない限り……」

 このかと周囲が騒いでいる中、ネギに話しかけられた千雨がそう返す。が、その瞬間ある人物に思い至り、二人の視線が完全に交わった。

「前に、フェイトがその力を利用できないか、って雑談中に話していたことがあるんですが……」

「それ、こなた曰く本気で検討しているらしいぞ。いやでもまさか……」

 しかし何もしないよりはましだと、ネギはある人物に電話を掛けた。

「……あ、桜子さんですか? ちょっとお聞きしたいことがありまして――」

 そしてネギの電話とこのかの占いが終わり、同時に結果を発表することに。

『ここ(です・や!)』

 そして見事に、同じ地点を指差していた。

「桜子さんが言うには、なんとなくこの辺りだという話で」

「八卦でも、ここやって出とるえ」

 偶然。そう言い切るのは簡単だが、誰もがあることを思っていた。

 ここはとある物語の世界、そしてよく聞く一つの言葉、(すなわ)ち……『御都合展開』があるのでは、と。

「……いいんだな?」

 千雨は、全員に問い掛けた。

「いいんだな? 本当にこれでいいんだな!? こなたにチート能力で確認取るように頼んでも、本当にそれでいいんだよな!?」

「言いたいことは分かるけど、他に手掛かりがないんだからさ……もう進めようよ千雨ちゃん」

「でも本当なのこれ……」

 

 

 

 その結果は『小笠原諸島近辺』、一応国内である。

 

 

 

「やっぱりスカリエッティの前世は日本人で、国内を拠点にしていると考えた方がいいのか……?」

「だから本当にいいんだよな!? 聞いてしまってっ!?」

「……もういいから、千雨ちゃん」

 未だに『御都合展開』が気に入らずに電話を躊躇する千雨を促し、こなたに確認を取ることに。

 電話越しに事情を聴いたこなたは渋々という態で地図を広げ、導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)を垂らして力を込める音が聞こえてきた。

『話は分かったけどさ、そんな『御都合展開』本当にあるわけ……あれ? 本当に当たりだ』

「マジでっ!?」

 どうやら大当たりらしく、そこで鎖が動いているらしい。

 二、三話してから電話を切る千雨に、周囲の視線が集まっていく。

「……なあ、叫んでいいか?」

 和美と真名が立ち上がり、肩を叩いて千雨を海の方へと促した。ネギも何か声を掛けようとするが、明日菜が首を横に振るため、なくなく断念する。

 そして全員に見守られる中、千雨が代表して、海に向かって叫んだ。

 

 

 

 

 

「今までの苦労は何だったんだ――――――――――っ!?!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 あやかはポン、と掌を叩いて注目を自分に移した。

「……さて、話を戻しましょう」

「あの、いいんちょさん。最初からこうしておけば「ネギ先生……話を、戻しましょう」――……はい」

 あやかの言に圧されて、押し黙るネギ。

 完全にその考えを封殺する気で強引に話を進めるあやかに、全員が乗っかることにした。というより、これ以上考えるのが嫌になっているのだ。

 八つ当たり気味に煙草を咥えだす千雨をそっと放置し、ネギ達は再び話を再開した。

「端とはいえ国内というのは大きいですわね。場合によっては出国手続きも覚悟していましたから」

「でも船で行くの? 本当にあるのなら難しいんじゃない?」

 そう話す明日菜だが、ハッキリ言ってその通りだ。

 船で向かったとしても足から登る必要があるだろうし、何より高度が高すぎれば、飛行手段を持つ者達だけで全員を運んで乗り込むとなると……。

「その点は問題ありません。一度補給も兼ねて沖縄本島に戻ります。その後はまたチャーター機に乗り換え、上空からの偵察を行いましょう」

「まあ、実際にあるとは、まだ、限りません、し……(ぼそっ)千雨さんの僕への好感度、聞いてみようかな」

「ネギ先生。それを聞いたことが千雨さん(本人)にばれてしまえば、多かれ少なかれ確実に好感度が落ちますよ。いい意味で」

 いつの間にか近くに控えていた茶々丸にそうツッコまれるネギ。

 そんな二人を差し置いて、話は終わりとばかりに片付けを始める面々、中にはお茶菓子まで用意し出す者までいる始末だ。

「今迄の苦労は何だったんだよ……」

「まあ、そう言わずに」

 しゃがみ込んだ千雨の隣に、和美も腰掛けて話し掛けるが、当の本人は紫煙の中に逃げ込んでいるのか、なかなか視線を合わせようともしない。

「……このまま見つかると思うか?」

「見つかれば御の字、でいいんじゃない?」

 しかし、和美には千雨の心情が透けて見えていた。

「まずくなったら全員で逃げる、それでいいと思うよ?」

「……まあ、それしかないわな」

 もう、個人でどうにかなる状況じゃない。

 千雨一人でも無理なのは勿論、ここにいる全員で乗り込んでも、確実に対処できるとは限らない。文字通り、それだけ大きな問題なのだ。

「最悪、場所を確認してさっさと逃げるか」

「文字通り、『魔法反徒』だね……ごめん、冗談」

 SIGP230が仕舞われるのを確認してから安堵の息を漏らす和美を見て、千雨はあることを考えていた。

「なあ、朝倉……お前、本当に何を考えているんだ?」

「……何って?」

 不思議そうに首を傾げる和美に構わず、千雨は煙を吹かした。

 しかし千雨が何を(・・)聞いてきたのかは、内心和美も気付いていた。けれども、答えることなく船は動き出した。

 

 

 

 

 

 沖縄本島に到着しても、すぐに出発できるわけではない。

 あやかが手続きを行っている間、他の面々はそれぞれ準備があるので一度解散となった。

 千雨もまた、持ち込んだ荷物から銃弾を補充し、弾倉に一発ずつ詰める作業をしていた。今居る場所もあやかの借り切った空港近くの倉庫で、そこに全員の荷物が預けられている。

「まさか、こんな長い付き合いになるとはな……」

 イングラムM10の弾倉を作りながら、その視線は銃本体に向けられていた。

 千雨が銃を握ることを選んだのは、魔法に対抗する手段で一番分かりやすい力だったからだ。だから銃を握り、容赦なく引き金を引いた。

 映画撮影の当時こそ、人殺しにはならないからと銃を撃つことに躊躇はなかったが、転移者と関わってからは違う。一度でも迷えば自らの死を、そして周囲の人達を巻き込むことに繋がるのだから。

「……千雨ちゃん?」

 そんなことを考えている時だった。明日菜が倉庫に入ってきたのは。

「神楽坂か……どうした?」

「ちょっと釘刺しに「とっくに朝倉が刺した後だよ」――千雨ちゃん、朝倉と仲いいのね」

「何考えているか分からないから、こっちは距離感決め辛くて苦労しているけどな」

 出来上がったばかりの弾倉を傍らに置いてから、千雨は明日菜の方へと向き直った。

「電話越しには一度言ったが……ゾフィスの時はありがとうな、助けに来てくれて」

「私の時にも助けてくれればいいわよ。お互い様でしょう?」

 そう元気に返してくる明日菜だが、千雨は逆に溜息を吐いた。

「……社交会でまた通訳すれば「いつもお世話になっております」――お前、ネギ先生近くにいるんだから、いいかげん英語覚えろよ」

「そう言う千雨ちゃんこそ……いつ覚えたの?」

「ある程度話せるようになったのは、大学の長期休暇利用して短期留学した辺りだな。発音がアメリカ寄りだから、ネギ先生的には気に入らないかもしれないけど」

 そんなことを話していると、突如携帯が振動し始めた。

 画面を確認するとあやかからで、手続きを終えたので三十分以内に集まれとの指示だった。

「何にしても……一人で突っ走らないでよ。千雨ちゃん」

「むしろ今回は逃げる方だよ。……明らかに個人の許容量(キャパ)超えてるし」

 手早く弾倉をホルスターや鞄に仕舞い込んだ千雨は、明日菜と並んで倉庫を後にする。

「……やばくなったら全員で逃げるぞ。最悪遠距離から魔法なり核弾頭なりでなんとかすりゃいいし」

「ちょっと思考が過激だけど……分かっているならOK」

 集合場所へ向かう中、明日菜は千雨の肩を叩いた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ行きましょう。……ファウードに!!」



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