北方海の守護天使 (h.hokura)
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第2部セキュリテイーブルー編
No.01ーセキュリテイーブルー1-


今回よりセキュリテイーブルー編開始します。
それに合わせて今までの簪視点の記載を止めています。

新たな守護天使の物語を良ければ宜しくお願いします。



北方海最奥・N諸島・イリオモテ島近海

 

連絡船むろとは後方から迫り来る何かに追われる様に全力で航行していた。

「船長、シーサーペント追って来ます、振り切れません。』

操舵室に後方見張りの船員の声が響き、船長は顔の表情を強張らせるて呟く。

「くそ!もう少しで港だというのにこんな所で・・・」

むろとはG群島の島々を連絡する中型の貨客船だ、何時も通り乗客と荷物を載せ次の島に向かっていた。

そしてあと少しで到着というところで、流氷の下から現れたシーサーペントに襲われたのだ。

シーサーペントが流氷の下に潜み襲ってくる可能性が高い、それはもちろん船長も知っており、流氷群を避けて航行してきたのだが、もう港近くと安心したのが仇になってしまったのだ。

「救援信号への返答はあったのか?」

船長が無線機に向かっている乗員に聞く。

「まだありません、信号はちゃんと発信されたのですが。」

唇を噛み締める船長、このままではじきに追いつかれる、そうなれば結果は明らかだ。

周りの船員達もそれを想像し顔を青ざめている。

一方乗客達も後方迫り来るシーサーペントの姿に、青ざめて震え、中には泣き喚いている者も居る。

誰もがあのシーサーペントに自分達がどんな目に遭わされるか分かっているからだ。

「速度は、もう上がらんのか?」

「これで精一杯です、既に機関は焼きつく寸前です船長。」

船長の問い掛けに機関担当の船員が悲痛な声で答える。

もはやこれまでか?誰もがそう考え絶望に沈み込もうとした時だった。

凄まじい轟音が響き、シーサーペントが数本の水柱に包まれる。

『せ、船長シーサーペントが!」

見張りの声に慌てて船後方を見た船長は、シーサーペントが海面をのたうち周る姿に驚く。

「も、もしかして・・・」

「せ、船長?」

船長と船員達はシーサーペントが更に数本の水柱と爆発音に包まれるのを呆然と見つめる。

そして水柱と爆発音が収まった後、どす黒い体液まみれの海にシーサーペントは沈んでゆくのだった。

「どうやら助かった様だな俺達は。」

安堵する船長に呆然とした表情のままの船員が尋ねる。

「船長一体何が起こったんですか?どうしてシーサーペントの奴急に・・・」

「助けてくれたんだよ・・・守護天使がな。」

船長は微笑んで船員に答える。

「守護天使・様が?それって・・・」

「船長、本船右舷側に何かが浮かび上がってきます!!」

船員が船長の言葉に驚き聞き返そうとした時、別の船員が怒鳴って報告してくる。

「まだ居たのかよ!?」

狼狽する船員に船長は首を振って答える。

「いや守護天使が光臨されるのさ。」

「へ・・・?」

船長の言葉に船員達は右舷側の窓に殺到した、そして彼らはようやくそれが何か理解する。

むろとの右舷側に浮かび上がってきたのはシーサーペントでは無く、青いカラーを身に纏った潜水艦だったのだ。

「「「う、うお!!!」」」

船員達がお互いの肩を抱き合い歓喜の絶叫を上げる。

「「「守護天使様のそうりゅうだ!!」」」

歓喜の声は船橋から船内各部へ広がって行く、船員も乗客も関係無く声を上げている。

セキュリテイーブルー所属の潜水艦そうりゅう、北方海の守護天使の光臨に。

 

その光景を当の守護天使は発令所に設置された大型の共用ディスプレイを通して見ていた、困惑の表情を浮かべながら。

「凄いですね艦長、皆さん大喜びですよ。」

多分にからかいの篭った声でセンサー担当の娘が報告してくる。

「それは助かったからですよね?」

「まあそれも有ると思いますが、やはり艦長が来られたと言うのが大きいでしょうね。」

機関・ダメコン担当の娘はそう言って微笑む、火器管制担当とセンサー担当の2人も同様に。

「何ですかそれは?」

北方海の守護天使、更識 簪はそう言って額に指を当ててぼやくのだった。

 

セキュリテイーブルーが結成され数ヶ月が過ぎていた、そして現在N諸島に進出したそうりゅうを中心とした艦隊は北方海最奥に潜むシーサーペントの監視及び調査の傍ら、付近の哨戒任務に付いている。

「艦長、ミカサとサトラガの2隻が到着しました。」

どうやら艦隊に所属する2隻の武装船が到着した様だった。

「分かりました、後は任せて私達は港に戻ります、ミカサとサトラガによろしくお願いしますと伝えて下さい。」

「了解です艦長。」

簪の指示にセンサー担当の娘が答える。

「進路を港に設定、潜航します。」

両脇のキーボードに手を置き簪は進路を設定するとそうりゅうを潜航させる。

「ミカサより返信『守護天使殿、ご苦労様でした、後はお任せ下さい。』との事です。」

潜航完了前に通信が入りセンサー担当の娘が伝えてきてくれる。

簪はそれに頷きつつ、「守護天使殿と呼ぶのは止めて欲しいですね・・・」と切に思った。

むろとと2隻の武装船に見送られながらそうりゅうは潜航して海中に消えていった。

 

「ご苦労様です簪様。」

「お疲れ簪。」

戦闘配置が解除され通常の照明に戻された発令所にそう言って2人の少女が入って来る。

シャルロット・デュノアとクロエ・クロニクルだった、2人共今回の艦隊の編成で、正式なそうりゅうの乗組員になったのだった。

「ええ、2人もお疲れ様です。」

ただ簪にしてみれば心から納得出来た話しでは無かったのだ。

「今更ですがお2人共無理に乗艦する必要は無いのですよ。」

簪自身としては自分や他の乗員の娘達と違いシャルとクロエは最前線に出る必要は無いと思っている。

危険な状況にこの2人を巻き込むのは簪は絶対避けたかったのだが。

「簪、僕は言ったよね、これは自分で決めた事だって、君が気に病む必要は無いよ。」

シャル曰く、研究室に篭るより直接対象に接する事の方が大切だから当然だと主張。

「シャルロット様の言う通りです簪様、これは私自身が決めた事、束様の許可も得ております。」

クロエも、自分はそうりゅうの担当技師として常に同乗しなければならないと主張したのだ。

もちろん簪は説得しようとしたのだが、2人の意思は固く、結局押し切られる形で納得させられたのだ。

まあ、姉の更識 楯無と篠ノ之 束まで同乗したいと言い出しのには流石に簪も閉口させられたが。

大体楯無と束の2人は特に乗せる訳にはいかなかった。

商会会長でありセキュリテイーブルー幹部でもある楯無。

ドック責任者であり、セキュリテイーブルーの技術顧問を務める束。

こちらの方は織斑ギルド長の雷が2人に落ち、何とか収まったが。

「・・・そうですか。」

やはり説得は無理そうだと悟り簪は溜息を付くしかなかった。

そうしているうちに艦長席に付けられたディスプレイがそうりゅうが港に着いた事を知らしてくる。

「深度を上げます、マルチセンサーポスト用意を。」

「了解です艦長。」

センサー担当の返答を聞き、簪はそうりゅうの深度を上げて行く。

「深度よし、マルチセンサーポストを上げて下さい。」

海上にマルチセンサーポスト(海上監視カメラと電探用アンテナ及び各種環境センサーなどが搭載されたもの)が上げられる。

「マルチセンサーポスト作動確認・・・海上に船影無し。」

センサー担当の娘が複合ディスプレイを見ながら報告しくれる。

簪は共用ディスプレイに映し出された海上の様子を見ると頷きながら指示を出す。

「では浮上します、2人共何処かに掴まって下さい、揺れますから。」

「うん。」

「承知いたしました。」

簪の指示に2人は何故か艦長席に、正確に言うと席に座る彼女に掴まる、もちろん操舵に邪魔にならない様腕以外にだが。

「あの・・・2人共。」

「何かな簪。」

「どうかいたしましたか簪様。」

2人の行動に簪が繭を顰めて言うが両人ともまったく気にせず答えてくる。

簪は何時もの事かと溜息を付くと首を振って答える。

「いえ何でもありません。」

そう言いながら操舵システムを操りそうりゅうを浮上させるのだった。

海面を割り浮上してきたそうりゅうはイリオモテ島の港に入港してゆく。

ここにはN諸島海域に於ける退避港であり、今そうりゅうを始めとした艦艇達の拠点になっている。

「艦長、名無し猫より通信が入ってます。」

通信担当でもあるセンサー担当の娘が振向いて報告してくる。

名無し猫とは艦隊旗艦であり工作艦兼補給艦でもある『吾輩は猫である(名前はまだ無い)』の事だ。

そうISに出てきた束の移動ラボの名だ、この世界では彼女の所有する艦という事になっている。

まあ、あまりにも長い名前(束は気に入っている様だが)の為、名無し猫か単に猫と皆は呼んでいるが。

「相川艦長からですか?」

「はい、相川艦長からです。」

「分かりました、繋いで下さい。」

センサー担当の娘と簪は微笑つつ会話する、艦長という部分を強調しながら。

『お帰りなさい更識艦長、ご苦労様でした。』

「はい、ただいまです、貴女も留守番ご苦労様です相川艦長。」

『ははは、その呼び方には今だ慣れませんよ・・・』

簪の言葉に相川艦長こと相川 清香は疲れた様な声で返すのだった。

艦隊の編成により、元まほろばの乗員達はそうりゅうと名無し猫に分かれる事になった、と言ってもお互いに専任と言う訳では無い。

そうりゅうと名無し猫の2艦に交代で乗艦する体制になったのだ、その為相川副長は簪と共に両艦の指揮を交互に取る事になり艦長に任命されたのだった。

まあその為に簪の様に甲型潜航艇の操艇資格を習得しなければならなくなり、実技は兎も角、座学でとても苦労する羽目になった様だったが。

「まあ早く慣れて下さい、あと2週間後にはそうりゅうの指揮を取る事になるんですから。」

『努力します、更識艦長の名を汚さない為にも。』

その答えに満足した表情を浮かべ簪は頷く。

「期待してます、それでは到着したら艦橋にいきますので。」

『はい、お待ちしています。』

通信を終わり簪はそうりゅうを名無し猫に向ける、既にその艦は見えているが、やはり何度見てもかっての旧日本海軍の明石にそっくりだなと簪は思う。

ただ似ているのは外観だけで、艦隊の旗艦やそうりゅうや武装船の修理や整備に加えて補給まで担う、結構チートな艦になっているのは束が建造したものだからだろう。

あと、シーサーペントに関する研究室もある、シャルはその責任者であり数十人程の研究員もいる。

本来ならシャルはそこに居るべきなのだが、現実は簪が指揮を取る時は傍を離れない、ちなみに清香が指揮を取る時はもちろん名無し猫に居る(笑)。

簪が名無し猫にそうりゅうを接舷させる為に更に近付くと、艦隊に配備されている他の艦艇も見えてくる。

その一隻がハルナ、先程出てきたミカサと同じ択捉型海防艦がモデルの武装船だ。

あとミカサと一緒に出てきたサトラガだがこちらはアメリカ海軍のフリゲイトアッシュビル型がモデルだ。

そしてハルナの隣に停泊しいるのが、戦車隊ギルドから派遣された戦車揚陸艦アークロイヤルだった。

乗せられている戦車隊は高名な西住商会と双璧をなす島田商会の所属であり、戦車隊長が揚陸艦長を兼ねている。

その戦車隊長兼揚陸艦長が島田 愛里寿と言う13歳の少女なのだが。

(後で会いに行かないと愛里寿ちゃん拗ねちょうだろうな。)

アークロイヤルを見ながら内心苦笑する、何故か愛里寿に簪は懐かれて(?)いるからだ。

「メインモーター反転。」

「メインモーター反転。」

簪の指示に機関・ダメコン担当の娘が復唱するとそうりゅうは速度を落とす。

席に付けられたディスプレイでそれを確認した簪はそうりゅうを名無し猫に接舷させる。

軽いショックと共にそうりゅうは名無し猫に接舷した、それを確認し簪は告げる。

「メインモーター停止、艦を待機状態に移行、皆さんお疲れ様でした。」

その簪の声に発令所内にほっとした空気が流れ、乗員の娘達が顔を見合わせて微笑み合う。

簪自身も安堵の表情を浮かべるが、直ぐに困った表情になって両脇のシャルとクロエを見て言う。

「・・・ところでお2人共、もう私に掴まっている必用は無い筈ですが。」

「ごめん忘れていたよ。」

「はい、失念しておりました。」

相変わらずマイペースな2人だった。

 



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No.02ーセキュリテイーブルー2-

もてる簪は鈍感です。
百合ハーレム一直線(笑)。




名無し猫に接舷したそうりゅうからタラップで甲板上に簪にシャルとクロエが上がって来る。

「これから私は艦橋に行きますが、シャルとクロエさんはどうしますか?」

一応シャルは研究班、クロエは技術班に席を置いているので艦橋に行く必用は無いのだが。

「研究班の所は後で行くよ、今回の調査データを出すだけだからね。」

「私も後ほどに、あと簪様付きのメイドとしてはお部屋に戻るまでご一緒します。」

まあそう言うだろうなと簪は思った、この2人何かと自分と一緒に行動したがるから。

(あとクロエさん、メイドの件は辞退したんですけど。)

艦隊に所属する事になったクロエは何故か簪付きのメイドになると宣言したのだ。

もちろん簪はクロエに考え直す様には言ったのだが、何しろ彼女は技術班の責任者だからだ。

クロエに余計な仕事を押し付ける事になると簪は思ったのだが、彼女の意思は固く、結局また押し切られてしまったのだ。

「よう帰ってきたな更識艦長。」

シャルとクロエの事で何時も押し切られとしまうなと自己嫌悪に陥ってしまいそうな簪に声が掛けられる。

「西村班長、はい只今帰還しました。」

作業用のツナギと帽子にサングラスの初老の男性は名無し猫の補給班及び工作班を率いる、西村 庄司だった。

ドックでは束がもっとも信頼を寄せている技師で、今回名無し猫の補給班及び工作班の班長に抜擢されたのだ、彼がドックで率いていた工員達と共に。

「おうご苦労さん、何かトラブルは・・・ってお前さんに限ってそれは無いか。」

西村班長はそう言って笑う、普段は鬼の班長と皆に恐れられているが、少なくとも簪は怒られた経験が無い、この辺は束に言わせると孫娘と思っているので甘いとの事らしい。

「まあ幸いな事に無かったですが。」

簪の言葉に西村班長は満足そうに頷く。

「派手なドンパチやらかしても艦内システムの不調は無いし、艦体に掠り傷程度しか付けねからなお前さんは。」

「簪だからね当たり前だよ、西村班長、只今戻りました。」

「はい簪様は北方海の守護天使様ですから・・・御機嫌よう西村様。」

西村班長の言葉にどや顔で答えるシャルとクロエに、簪は困った表情を浮かべる。

「よう2人共お帰り・・・こいつらは何時も通りか。」

苦笑しつつ西村班長は肩を竦めて答えると、簪を見て言う。

「取り合えず整備と補給に入る、ああ更識艦長、さっき戦車隊のお譲ちゃんが来てたぞ、まだ戻っていないと聞いて落胆して帰ったが。」

どうやら愛里寿は簪の帰りを迎えてくれるつもりだったらしい、そうりゅうの到着が戦闘の為に予定より遅れた為駄目だった様だが。

「ありがとうございます西村班長、後で会いに行ってきますよ。」

悪い事したなと簪は思い後で謝っておこうと考えて西村班長に答える。

「ああ、そうやってくれ、出来ればあのお譲ちゃんの悲しそうな顔は見たく無いからな。」

片手を挙げそう返答すると西村班長はそうりゅうの整備と補給を指揮するため艦内に戻って行く。

一方シャルとクロエは・・・

(良かった愛里寿ちゃんは帰った後か、彼女が居ると簪にべったりだから。)

(愛里寿様とはすれ違いですか・・・あの方が居ると簪様のお世話を邪魔されますから。)

戦車隊長と揚陸艦長を担う島田 愛里寿は簪が帰還すると業務の合間によく名無し猫にくる。

理由はもちろん簪に会う為だ、そして次の業務の為帰るまでずっと傍らに居ようとするのだ。

お蔭でシャルは仲良い2人(まるで姉妹の様だが)を見せられるのだ、しかも自分より年下だから邪険にも扱えない。

簪のお世話役を自認するクロエとっても困る相手だ、何しろ愛里寿は傍に居るだけでなく、世話も焼きたがるからだ。

2人がそんな事を考えているとはもちろん気付いていない簪である。

「それでは艦橋にいきましょうか・・・どうかしましたかお2人共?」

「何でもないよ簪。」

「はいまいりましょう簪様。」

 

名無し猫・艦橋

 

簪達3人が入っていくと、相川 清香艦長は山田 真耶と話しているところだった。

普段はギルドの事務担当である山田 真耶が何故此処にいるのか?

実は彼女は艦隊編成に伴い名無し猫副長兼事務長に就任したのだった。

「お帰りなさい更識艦長、デュノアさん、クロエさんもお疲れ様。」

3人に気付いた清香が挨拶してくる。

「皆さんご苦労様です。」

同じく気付いた真耶も同様に挨拶してくる。

・・・振向いた為容姿に合わない胸部装甲が揺れる。

「大丈夫だよ簪、君だって十分あるよ。」

「簪様はまだ成長期でいっらしゃいますからご安心を。」

「・・・2人共何で私に言うんですか、と言うか空しくなるから勘弁して下さい。」

「?」

「ははは・・・」

簪のある部分を見てシャルとクロエは慰めの言葉を掛けるが、彼女は余計落ち込んだ表情を浮かべる。

原因となった当人は事情を飲み込めず不思議そうな表情であり、残り1人はただ笑うしか出来なかった。

まあ当事者の中で簪のが一番ちさ・・控えめなのは事実だったが。

「えっと・・・そうりゅう定期哨戒終了しました、詳しい報告は後で提出します。」

取り合えず気を取り直し簪は清香と真耶に報告する。

「はい、分かりました更識艦長。」

先程のやり取りを理解出来ず首を傾げながら真耶が答える。

「了解です更識艦長、今日はゆっくりお休み下さい。」

微妙な表情を浮かべつつ清香は答える。

「はい、それでは失礼します。」

そう言って簪はシャルとクロエと共に艦橋を出て行くのだった。

 

実験室にデータを届けると言うシャルと一旦別れ簪はクロエと共に名無し猫にある部屋に向かう。

そうりゅうと名無し猫に交互に乗艦する簪達は両方に部屋を持っている。

まあ双方艦の規模に比べ乗員が少なく居住区画に余裕が有るからだが簪は少し贅沢かなとは思う。

「それでは食事の時間になりましたらお迎えにあがりますので。」

簪の部屋の前まで来るとクロエはそう言って頭を下げて言う。

「あ、うんそれじゃその時に。」

そこまでしなくてもと思うがクロエは簪が断っても来るだろうからと何も言わずそう答えておく。

その言葉に頷き自分の部屋に戻るクロエを見送り簪は入室する。

入室した簪は上に着ていたジャケットを脱ぎ、例のISスーツに似た潜水艦搭乗様の艦内服姿になる。

「正直言ってまたこれを着る羽目になるとは思いませんでした。」

身体のラインがまともに出るこのスーツは、この世界で簪という少女として生きていく事を決めたとはいえ、まだ男としての心情が残る身としては、動じない様になるまでは至っていなかった。

頭を振って余計な感情を追い出すと、何時ものIS学園制服に似た艦内服に着替え、机に着いて今回の戦闘レポートをパソコンで纏め始める。

「簪様、お食事の時間です。」

暫らく経つとノックの音と共にクロエの声が聞こえる、ふと時計を見ると19時を過ぎている。

思ったより熱中して様だ、簪はレポートを一旦セーブし立ち上がるとクロエの声に答える。

「クロエさん今行きます。」

部屋を出てクロエと名無し猫の食堂へ向かう簪、その途中シャルと合流する。

そして3人は名無し猫の食堂に到着、言うまでも無いがそうりゅうの食堂に比べて広いし、メニューも豪華だ。

「それじゃ暫は何を食べ・・・」

シャルが話し掛け様とした時、簪は突然後ろから抱きつかれ思わず悲鳴を上げそうになる。

「簪、やっと会えた。」

その声と抱きついてきた者が小柄な事で簪はそれが誰か気付く。

「愛里寿ちゃん、ただいま。」

顔を後ろに回し、自分の背中に顔を埋める愛里寿に優しく挨拶する簪。

「い、何時の間に・・・?」

「き、気付きませんでした。」

いきなり現れた愛里寿にシャルとクロエは驚愕させられる、流石は島田流戦車術の継承者か?

「お帰り簪。」

埋めていた顔を上げ愛里寿は微笑みながら挨拶を返す。

戦車揚陸艦アークロイヤルの艦長であり乗せられているセンチュリオン戦車隊の隊長でもある愛里寿。

戦車隊の中でも高いシーサーペント撃破率を誇るだけでなく、過去に数度揚陸艦でも撃破した事がある。

実は艦隊が編成されるまで簪は愛里寿を知らなかったのだが、彼女の方は違った。

北方海の守護天使と言う事で知っていただけでなく、どうやら大洗商会の西住 みほを通して知っていた事もあり、初対面の時から懐かれてしまった。

なお、愛里寿とみほはボコという茶色の熊の人形好きが縁で仲が良いらしい、簪はその包帯や眼帯のボコを見て最初は引いた覚えが有る。

「それで愛里寿ちゃん、一旦離れてくれると嬉しいんだけど。」

どうもこの姿勢では話しにくい為簪はそう頼むのだが。

「・・・・・・」

再び顔を埋めて愛里寿は離れ様としないので簪は困ってしまう、自分の両隣に居るシャルとクロエの視線も怖いのでそろそろ離れて欲しいと思っているのだが。

「隊長、それではまともに話が出来ませんよ。」

そんな愛里寿に嗜める様に話し掛けてくるのは副隊長兼参謀の1人であるルミと言う名の女性だった。

彼女の後ろには同じく副隊長兼参謀であるメグミとアズミも居る。

愛里寿は冷静沈着で判断力に優れた隊長であるが、性格は内気で人見知りが激しいため、この3人や部下達など身内の者しか心を開かない、そんな中簪は愛里寿が身内以外で心を開く唯一の人間だった。

「・・・うんそうだった、ごめん簪。」

そう言って愛里寿は離れる、簪は安堵すると微笑んで答える。

「気にしていませんから、ああせかっく迎えに来てくれたのに到着が遅れて申し訳なかったですね。」

先程愛里寿が迎えに来てくれたのに会えなかった事を簪は謝る。

「ううん、私も気にしないから、こうやって会えたし。」

嬉しそうに愛里寿は微笑んで答える、こうして2人を見ていると本当の姉妹の様だ。

シャルとクロエも悔しいがそれは認めざるを得ない、それは副隊長兼参謀役の3人も同じらしく。

「く・・・我々の隊長が・・・」

「分かるわ・・・でも隊長のあんな笑顔を見さられたら・・・」

「ええあの笑顔は私達では・・・」

・・・まあこの3人もシャルとクロエと似たような者達だから仕方が無いのかもしれない。

ちなみにテーブルを二つほど隔てた所で「うお!!美少女2人いい・・・」とか「美しい姉妹愛だ!」とか叫んでいた工作班の男どもがいたが、おやっさんこと西村班長に「この馬鹿どもが!!」と言われ折檻されていた(笑)。

まあそんな騒動(?)も収まり簪は愛里寿やシャルとクロエ、副隊長兼参謀役の3人と共に食事をする事になる。

もちろん簪の隣を愛里寿が占め、残った席をシャルとクロエが争い、新たな騒動が起きたことは言うまでも無い。

簪はそんな状況に苦笑しつつ、これからどうなるのかと考えるのだった。

 

後に史上最強の艦隊と言われるセキュリテイーブルー・N諸島派遣艦隊の物語が今始まる。

 




プロローグはこれにて終了。
次回より本格的に始動、の予定ですが、その前に番外編を入れるかもしれません。

それでは。



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No.03ー採掘船を救助せよ1ー

番外編5と6で書けなかった、戦車との共同作戦です。
ちなみにみほで無く愛里寿にしたのは動画などで気に入ったからなんですが。



洋上を一隻のボートが漂っていた、燃料も尽きたそれはただ波に弄ばれるのみ。

そしてそのボート上に1人の少女が乗っていたが、ぐったりとして動こうとはしなかった。

「お、お父さん・・・必ず・・・助けを・・・」

少女はそんな言葉を呟き続けていたが、それに耳を傾ける者はおらず彼女の命は消えかけていた。

そんな時だった、少女の乗るボート近くの海中に黒い影が現れ、それはどんどん大きくなっていく。

やがて水しぶきをあげ海上に姿を現したのは、青いカラーを纏った潜水艦であった。

だが意識の無い少女は気付かないままボートに揺られ続けていた。

 

「エリカ、こうなったらお前だけでもここから逃げるんだ。」

「そんな・・・お父さん、私1人だけなんて。」

「お前だけだったら何とか逃げられる、俺達が注意を引き付けるからな。」

「そして助けを呼んで来てくれ、頼めるのはお前だけだエリカ。」

「分かりましたお父さん、必ず助けを呼んできます、だから・・・」

 

そこで少女、エリカは意識を取り戻し、自分が固いボートの底でなく、柔らかいベットの上に居る事に気づく。

「ここは・・・?」

ベットの周りは白いカーテンで囲まれていて自分が何処に居るか分からなかった。

助けられたのだろうか?燃料が尽き漂流している所を・・・

彼女がそう思っていると、カーテンが開けられ誰かが覗き込んでくる。

「どうやら気付いた様ですね、気分はどうですか?」

自分とそれほど歳の違わない少女だった、何かの服の上に白衣を着込んでいる。

いくら何でも医者には見えない、この少女は看護師だろうかと思いながらエリカは答える。

「はい、それほど酷くは・・・あの此処は?」

エリカの答えに白衣の少女は微笑んで答える。

「それは良かった、ああここはそうりゅうの医務室ですよ。」

「そうりゅう・・・セキュリテイーブルーのですか!?」

突然起き上がりそう聞いて来るエリカに白衣の少女は思わず後ずさってしまうのだった。

 

医務室のドアからノックの音がすると、白衣の医務員は立ち上がり答える。

「どうぞ入って下さい艦長。」

ドアが開けられ簪が入ってくる、それをエリカがじっと見つめる、守護天使については話には聞いていたものの会うのは今回が初めてだからだが。

「そうりゅう艦長の更識 簪です、はじめまして。」

簪は微笑んでエリカに話し掛けてくる。

「あ、はい始めまして、市ノ瀬エリカと言います、助けて頂いてありがとうございます。」

思わず緊張してしまうエリカ、同じ歳の様だけどやはり伴っている空気が違うと感じてしまう。

「いえ気にせずに・・・それでお父さん達を助けてほしいそうですが、状況を教えて下さい。」

そんなエリカの態度に内心苦笑しつつ簪は状況を尋ねる。

 

エリカと父親達は新しい鉱石、通称K鉱石を探して北方海域に採掘船で来て、H島の入り江で試掘を始めた直後にシーサーペント達の襲撃を受けてしまった。

幸い用心の為に設置した機雷で何とか防いでいたが、突破されるのは時間の問題だった、その為エリカの父親は娘だけでも逃がそうと、島の反対側からボートで脱出させたらしい。

「お父さんを皆を助けて下さい、お願いします天使様。」

エリカは簪の両手を握り泣きながら懇願する。

「分かりました、必ず助けますから安心して下さい、あと天使は・・・」

「よろしくお願いします天使様。」

天使と呼ばないでと言おうとした簪だったがエリカは聞いてはくれなかった。

 

発令所に戻った簪は直ちに名無し猫と連絡を取る。

『なるほど状況は分かりました、でもそうなると海上からの攻撃は危険ですね。』

連絡を受けた、今回は名無し猫の艦長を担当している相川 清香は状況からそう答える。

へたをすれば入り江の奥にいる救助者達に攻撃が及ぶ恐れがあるからだ。

『となれば以前に行なった様に島に戦車隊を上陸させ入り江から追い出してもらうしかありませんね。』

副長でもある山田 真耶が提案してくる、かってT島群でやった作戦だ。

「それが最善でしょね山田副長、手配をお願い出来ますか?」

簪もそれが今回はもっとも適していると判断して真耶に要請する。

『了解です更識艦長、相川艦長もそれで構いませんか?』

『はいOKです山田副長、その作戦で行きましょう。』

清香も賛成の様で、これで作戦が決まった。

ちなみに艦隊の方針決定は簪・清香・真耶の3人の合議で決める事になっている。

最初は簪が全て判断してと言う話しだったが、そうりゅう一隻を指揮するのとは違うからと、この体制にしてもらったのだ。

『それではサトラガとアークロイヤルを向かわせますね、両艦とも何時でも出撃出来る体制で待機中ですので直ぐに出発出来ると思いますので、会合地点を後で連絡します。』

「わかりました、それでは後ほど。」

連絡を終わり一息付くと簪は発令所の各担当3人に命じる。

「それでは本艦もH島へ向かいます。」

「「「了解です艦長。」」」

皆の復唱に簪は頷くと傍らにいるシャルとクロエに顔を向ける。

「と言う訳でシャル、この付近の繁殖地探しは一旦中断します。」

「分かったよ簪、状況が状況だからね、僕は構わないよ。」

頷いてシャルは答える、今回の任務は彼女の要請による付近の繁殖地調査だった。

「クロエさん、そうりゅうには問題はありませんね。」

「はい簪様、そうりゅうは何時でも最高性能を発揮出来ますのご安心を。」

技術班長としてそうりゅうの全てを知るクロエの言葉に簪は満足そうに頷く。

 

3時間後・H島近海

そうりゅうは深度を保ったまま会合地点に到達していた。

艦長席に設置されたディスプレイで到達を確認した簪が指示する。

「深度を上げます、マルチセンサーポスト準備。」

「マルチセンサーポスト・・・準備よし。」

センサー担当の報告にそうりゅうを操舵し深度を上げてゆく簪。

「深度よし、マルチセンサーポスト作動。」

今まで海図を表示していた大型共用ディスプレイに海上の様子が写る。

「電探に反応、こちらに接近中の船舶を確認、2隻です艦長。」

センサー担当の娘が複合ディスプレイ見ながら報告してくる。

「時間通りですね。」

簪は満足そうに頷く、映像が拡大された大型共用ディスプレイに洋上を航行してくる2隻が写る。

武装船のサトラガと戦車揚陸艦のアークロイヤルだった。

「浮上します。」

艦体から盛大な泡を吹き出させながらそうりゅうは浮上する。

「両艦への通信をお願いします。」

「了解です艦長。」

簪の指示を受け、センサー担当の娘が両艦へ呼び掛けを開始する。

 

『それでは私達は島の反対側から上陸すればいいのですね更識艦長。』

無線を通じて艦長兼戦車隊長の愛里寿が確認してくる、普段と違い凛々しい声だ。

「そうです、彼女が脱出した海岸から上陸後、島の中央を突破し、採掘船の居る入り江に行って下さい。」

『分かりました更識艦長。』

『そして追い出されたシーサーペント達を更に追い立ててそうりゅうの待つ海域に誘導、それがサトラガの任務と言う訳ね。』

愛里寿の返事に続いて話を進めるのは、サンダース商会所属のサトラガ艦長であるケイだった。

どうやらこっちの世界では戦車でなくフリゲイトに乗っているらしい。

「はいケイ艦長、よろしくお願いしますね。」

『OKカンザシ、私に任せておけば大丈夫!!』

愛里寿と違い、何時もと変わらないフレンドリーかつ明朗快活なケイに簪は苦笑する。

会合地点で集結した3隻は無線による作戦会議を行なっていたのだった。

「それでは作戦開始です・・・全員無事で港に帰りましょう。」

『当然です更識艦長。』

『その通り!絶対誰の命も失わせないわ。』

簪の言葉に2人は心強い返事を返してくるのだった。

 

H島に接近した3隻は予定通り、戦車隊を揚陸させる為入り江の反対側へ向かうアークロイヤル、入り江へ向うサトラガ、待機海域に向うそうりゅうに分かれる。

救出作戦がいよいよ開始されようとしていた。

 




続きます。


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No.04ー採掘船を救助せよ2ー

何気にガルパンに登場するサンダース大学付属高校のケイとナオミが出てきます。
戦車じゃなくフリゲイトに乗っていますが、まあどっちもアメリカ製と言う事で(笑)。
あと、アークロイヤルは作品中で触れていませんが、モデルはアメリカ海軍の戦車揚陸艦であるニューポート級戦車揚陸艦(既に退役していますが)です。
イギリスの空母名なのにアメリカの揚陸艦なのと、ビーチング時のシーンもかなり適当な所はお許し下さい。



島の反対側に回ったアークロイヤルは海岸に接近して行く。

「1号車、間も無く到着します。」

『1号車了解です。』

艦橋の乗員からの通信に、センチュリオン1号車から返答がくる。

「バラスト調節、艦首上げ。」

アークロイヤルは艦首上げつつバウスラスターを操作しながら海岸に近付いて行く。

「停止、艦尾の錨を下ろせ。」

着岸直前に艦尾の錨を下ろして着岸点に停止する。

「バラスト調節、艦首下げ。」

停止すると艦首を着底させ揚陸艦を着岸点に固定する。

「艦首扉を開け、ウインチ作動、道板を下ろせ。」

艦首突端の扉を左右に開き、ウインチを用いて道板繰り出していき、デリック・アームによって支持する。

「揚陸準備よし、全員の武運を祈ります。」

『了解、隊長より揚陸後アークロイヤルは予定通り回収地点へ移動しての事です。』

「アークロイヤル了解です。」

 

「全車発進、私に続いて下さい。」

センチュリオン1号車の車長席に着いていた愛里寿が指示する。

「了解、全車発進、1号車に続いて下さい。」

通信士が愛里寿の指示を全車に伝える。

そしてセンチュリオン1号車が道板を通じて海岸に降りると、1号車に続いて後続の戦車も降りてくる。

降り立ったセンチュリオンは4両だった、一旦全車が揃うのを待ち、やがて前進を始める。

「2号車は私と一緒にこのまま進みます、3号及び4号車は予定通り反対側のコースを進んで下さい。」

愛里寿の指示で2両づつに分かれたセンチュリオンは島の内陸部に分け入って行く。

「サトラガ及びそうりゅうに通信、こちら予定通り進行中と。」

「了解です隊長。」

 

入り江付近に待機していたサトラガに愛里寿からの通信が届く。

「これより入り江の外で待機します、全艦戦闘体制!!」

ケイ艦長の指示で、サトラガの乗員達が戦闘体制に着く。

「主砲射撃準備急げ。」

「機関室、何時でも最高速を出せる様にして!」

サトラガは戦闘体制をとって入り江の入り口に向かって行く。

 

待機海域へ海中を進むそうりゅう。

「それじゃあの入り江はシーサーペントの繁殖地の可能性が?」

艦長席に座る簪が隣の補助席に座るシャルに問い掛ける。

「うん高いと思うよ、だからシーサーペントにして見れば大事な所に侵入された様なものだろうね。」

大型共用ディスプレイに写された海図上の島を見ながらシャルは答える。

「それは・・・またとんでもない所に入り込んだものですね、彼らは知らなかったのでしょうか?」

シャルとは艦長席を挟んだ反対側に簪に寄り添うように立つクロエが疑問を投げ掛ける。

「採掘船が北方海に来るのは始めだとエリカさんは言ってましたから、気付かなかったのでしょう。」

溜息を付き簪は大型共用ディスプレイを見る、様は海域に不慣れだったわけで、本当なら誉められた話ではないのだが。

とは言え見捨てるという事は海で生きる者としては出来ない話しだ、もちろん簪自身としてもだ。

「艦長、戦車隊の島田隊長より作戦開始との連絡です、サトラガも待機に入ったとの事です。」

センサー担当の娘が振向いて簪に報告してくる。

「了解です、これよりそうりゅうは戦闘体制に入ります。」

「「「了解です艦長。」」」

3人の乗員の娘達は返答すると、それぞれのディスプレイを見ながらキーボードを操作し始める。

『全艦戦闘体制、繰り返します全艦戦闘体制。』

「クロエさんも席に付いて下さい。」

艦内放送が流れるなか、簪が席に付くよう言うと、クロエは頷き空いている補助席に座る。

『魚雷・艦載火器管制室準備よし。』

『機関管制室配置に着きました。』

各部署からの報告後、発令所の照明が落とされる。

「では到着を待ちましょうか。」

 

島の内陸部を走行するセンチュリオン1号車の中で外部モニターを見る愛里寿。

島の地形図も重ねて表示されており、今のところ順調に走行出来ている事を確認する。

「3号及び4号車の状況はどうですか?」

「問題ないそうです、予定通り進行中との事です。」

愛里寿の問いに通信士の娘が答える。

「了解です。」

そう答えると愛里寿は立ち上がってハッチを開け、上半身を砲塔上に出して前方を見る。

進行するにつれ視界が開け、やがてセンチュリオン1号車は入り江側に出る。

「停止して下さい。」

「はい隊長。」

操縦士の娘が返答すると、1号車は停止し2号車も続く。

愛里寿は首に掛けていた双眼鏡を素早く目に当てて状況を確認する。

「あれが・・・採掘船ですね。」

幸い採掘船はまだ無事の様だった、愛里寿は視界を船から洋上に向ける。

そこにシーサーペントは居た、設置された機雷で傷ついたのか動きは鈍い。

採掘船は砲撃で何とか牽制している様だが、そう長くは持たないだろうと愛里寿は判断する。

素早く戦車内に戻りハッチを閉じると愛里寿は指示をする。

「前進、全車に距離1000まで接近後射撃開始せよと連絡して下さい。」

「了解、全車距離1000まで接近後射撃開始せよ。」

「距離1000まで接近します。」

通信士と操縦士の2人が返答、そして1号車と2号車は前進を開始する。

「距離よし、目標を照準しました。」

砲手の娘が報告に愛里寿はモニターを見て頷く。

「停止、射撃開始して下さい。」

「射撃開始。」

停車した2両のセンチュリオンが射撃を開始する、同時に1号車達と反対側にいる3号車達も。

そして砲弾は採掘船の砲撃を突破し襲い掛かろうとしていたシーサーペントの真正面に命中する。

絶叫をあげシーサーペントは突然の攻撃にのたうち周る。

「装填よし。」

装填手が次弾の準備完了を報告すると再び発射され、正確にシーサーペントに命中する。

しかも4両のセンチュリオン共にだ、この辺は戦車隊で高い撃破率を誇るだけはある。

魚雷や艦載砲に比べればセンチュリオンの戦車砲は強力と言う訳では無いが、的確な射撃は確実にシーサーペントの体力を奪ってゆく。

「隊長!シーサーペントが逃げます。」

センチュリオンの的確な射撃に耐えられなくなったのかシーサーペントは入り江の出口方向へ逃亡をする。

「射撃止め、サトラガに通信、シーサーペントがそちらに向かう。」

そして愛里寿は容姿に似合わない笑みを浮かべてこう続けた。

「狩りを存分に楽しみたし。」

 

「センチュリオン戦車隊より通信、『狩りを存分に楽しみたし。』、です。」

「あの娘、時々歳に容姿に似合わない事言ってくるわね。」

その通信にケイ艦長は苦笑を浮かべると、肩を竦めて指示を飛ばす。

「アリスの言う通り狩りを楽しましょうか、前部第1及び第2主砲射撃準備。」

「第1及び第2主砲射撃準備。」

ケイ艦長の指示に砲術長の復唱が帰る。

「速度上げ・・・言っておくけど失敗したら全員反省会じゃ済まないからね。」

「「「了解です艦長。」」」

サトラガは速度を上げ前進する、するとその鼻先にシーサーペントが飛び出してくる。

「シーサーペントです、距離1200。」

「第1及び第2主砲、照準急いで。」

見張り員の声に答えて即座に砲術長の指示が発せられる。

『照準よし!』

射撃指揮所から報告が艦橋に響く。

「射撃開始!!」

サトラガの前部第1及び第2主砲がケイ艦長の指示で射撃開始する。

こちらもセンチュリオン戦車隊に負けない正確さでシーサーペントを追い立ててゆく。

かってのまほろばに隠れていたが、サトラガだって対シーサーペント戦では遜色のない実績がある。

乗員の娘達の中にはケイ艦長の方が守護天使だと思っている者も少なくない。

「シーサーペント、予定通り目標海域へ向かっています。」

航海長が報告する。

「OK!このままシーサーペントを狩場に追い込んであげるわ。」

艦橋の真ん中でケイ艦長が不敵な笑みを浮かべ叫ぶ、こちらも容姿に似合わない笑みだ。

 

その狩場に潜み獲物を待つそうりゅうにサトラガから通信が入る。

「サトラガより通信・・・『カンザシちゃん後はまかせたわよ、最高の狩りを。』、だそうです。」

ケイらしい通信内容に発令所の面々は苦笑を浮かべる、かなりエキサイトしている様だ。

「了解したと返信して下さい、あと勢い余ってシーサーペントと一緒に突っ込んでこない様にと付け加えておくのも忘れずに。」

冗談半分の簪の言葉に再び発令所内に苦笑が流れる、ケイならやりかねない、全員の見解だからだ。

「マルチセンサーポスト作動。」

簪の指示で今まで海図を写していた大型共用ディスプレイに海上の様子が写る。

「電探に反応、シーサーペントとサトラガです、予定通りこちらに向けて接近中です。」

センサー担当の娘が複合ディスプレイを見て報告する、全て予定通り、簪は満足そうに頷く。

「艦首発射管に魚雷装填、1番から6番通常弾頭、7番と8番に特殊弾頭。」

「1番から6番通常弾頭、7番と8番に特殊弾頭装填。」

火器管制担当の娘が簪の指示を復唱、火器管制システムを操作するとディスプレイ上に表示が出る。

「装填よし・・・7番と8番は出来れば使いたくないですね艦長。」

簪は火器管制担当の言葉に困った様な笑みを浮かべ答える。

「出来れば私も使いたくはありませんが、用心の為です。」

特殊弾頭の魚雷とは例の束が作ったとんでもない威力を持つ物だ、そうりゅうの復活と共に、潜水艦搭載用に改良したのだった。

「下手をすればシーサーペントだけでなくサトラガとそうりゅうも吹き飛ばされかねませんからね。」

機関・ダメコン担当の娘は引きつった笑みを浮かべて言うとシャルとセンサー担当の娘も同じ様な表情を浮かべ頷く。

「束様がご迷惑をお掛けします。」

クロエが謝罪の言葉を皆にする、彼女も苦労している様だと皆同情したのだった。

 




まだまだ続きます。


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No.05ー採掘船を救助せよ3ー

採掘船救出作戦は今回で終了です。




「艦長、目標海域に入り過ぎてます、離脱を。」

サトラガの艦橋で航海長が叫ぶ、しかし・・・

「まだまだよ、確実に仕留めるにはこれじゃ駄目よ。」

だがケイ艦長は離脱命令を出さない、既に危険な位置までサトラガは進入しているのだが。

「これ以上は危険です艦長、そうりゅうの魚雷攻撃に巻き込まれます。」

副長であるナオミが言うが、ケイ艦長は振向いて不敵な笑みで答える。

「カンザシがそんなへまやるわけないわよ、心配はナッシング!」

ケイに過剰な期待を寄せられて更識艦長も迷惑だろうなとナオミは思う。

「サトラガは目標海域のどの位まで進入しましたか?」

暫らく前方を不敵な笑みで見ていたケイ艦長が航海長に聞く。

「もう半分以上入ってます。」

「・・・よし、面舵一杯、離脱します。」

航海長の言葉にケイ艦長は頷くと離脱命令を出す。

「了解です、面舵一杯!」

「面舵一杯!」

操舵手が航海長の言葉に即座に舵を操作しサトラガが急速にシーサーペントから離れるコースを取る。

一方シーサーペントの方は恐慌状態なのかサトラガが攻撃を止め離れて行く事に気が付かない。

「さあ一発で決めてよねカンザシ。」

 

「サトラガ離脱します。」

「何て際どい事を・・・」

センサー担当の娘の報告にシャルが半ば呆れた様に言う。

「きっと簪様を信頼されているのでしょう・・・少々、いえかなり過剰だとは思いますが。」

クロエもシャル同様呆れた様子で肩を竦めて呟く。

簪も同じ気持ちだが、確実に仕留める為にかなり危険な行為をしてくれたのだから感謝はするつもりだ。

後でナオミにだが・・・彼女もケイ艦長相手に大変だなと思わず同情してしまう簪だった。

兎に角、後はケイ艦長の期待に確実に答えるだけだ、そう考え簪は指示を出す。

「1番から4番発射用意。」

簪の指示に火器管制担当の娘が答える。

「1番から4番目標データ入力よし。」

大型共用ディスプレイにこちらに突進して来るシーサーペントが写っている。

「1番から4番発射して下さい。」

「1番から4番発射!」

火器管制担当の娘が簪の指示を復唱すると、そうりゅうの艦首発射管から魚雷が放たれる。

「魚雷目標に向かっています、命中まで20秒。」

センサー担当の娘が複合ディスプレイを見て報告する。

「18、19、20・・・到達!」

センサー担当の娘が叫ぶと同時に大型共用ディスプレイに写っていたシーサーペントに水柱が立つ。

恐慌状態だったシーサーペントは魚雷に気付かなかった為まともに命中する。

慌てて進路を変え様とするが、それを見逃す事など簪はする訳が無い。

「5番から6番発射。」

「5番から6番発射します。」

直ちに発射を指示する簪、続いて放たれた魚雷が逃れ様としたシーサーペントに命中し止めを刺すのだった。

 

シーサーペントを撃破したそうりゅうはサトラガと共に入り江に戻って来る。

既にアークロイヤルも戻ってきており、戦車隊を収容している。

「採掘船に航行出来るか確認をお願いします。」

簪の指示でセンサー担当の娘が採掘船と通信する、傍には呼ばれたエリカが心配そうにその様子を見ている。

「採掘船より返信・・・『我航行可能なり、乗員も全員無事。』、との事です。」

その内容にエリカはほっとしたのか涙を流す。

「大丈夫かい?」

そんなエリカをシャルがハンカチを差し出して慰める、流石は男顔負けのイケメンだなと簪は思う。

「・・・簪、僕は女なんだけど。」

「いや何で私の考えている事が分かるんですか?」

一瞬疑問に駆られるがあまり深く考えるの止める簪だった、まあ何時もの事だしと。

「艦長、アークロイヤルより戦車隊の収容を完了との連絡です。」

「それでは帰港しましょう、アークロイヤルとサトラガに伝えて下さい。」

センサー担当の報告に簪が指示を出す。

採掘船と共にそうりゅう以下2隻の船達は港に向かうのだった。

 

港に到着し接舷すると簪とエリカはシャルとクロエと共にそうりゅうを降り、桟橋に既に接舷していた採掘船に向かう。

近付くと採掘船から降りてくる船員達、その中の1人の男性が簪達を見ると驚いた表情を浮かべる。

一方簪達と歩いていたエリカもまた驚いた表情を浮かべ、船員達の方へ走りだした。

「お父さん!」

「エリカ。」

駆け寄って来たエリカを男性は抱きしめる、どうやらその男性が父親らしい。

2人は無言で涙を流しながら抱き合う、周りの船員達もその光景を同じ様に涙を流し見ている。

「良かったですね。」

簪は感慨深くそれを見て言う、こういう光景を見られるなら危険を犯してまでやっただけはあると。

「そうだね・・・良かったよ。」

シャルはそう言って少し悲しい様な表情を浮かべる、自分と父親の事を考えたのだろう。

「はいまったくですね。」

クロエもそう言って微笑む、普段あまり感情を表さない彼女も今だけは違うらしい。

そんな光景の中、簪は自分の父親の事を考える。

この世界に来る前の記憶は殆んど失われていたので果たしてどんな父親だったかは分からない。

一方簪なった今の状態について言えば、幼い頃失ってしまった為にこちらも曖昧なものだった。

そう考えると、エリカとその父親の姿は簪にとっては複雑な思いがあるものだった。

そんな思考に簪が落ち込みそうになった時、彼女の左手が誰かの手に包み込まれる。

「簪・・・大丈夫?」

それは何時の間にか傍らに立っていた愛里寿だった、簪を心配そうに見上げている。

「・・・大丈夫ですよ愛里寿ちゃん、ありがと心配してくれて。」

微笑みながら簪は愛里寿の手を握り返して答える。

「うん、それならいい。」

愛里寿もそう言って微笑み返す、それは美しい姉妹愛に見える。

もっともシャルとクロエにしてみれば「「その役は私(僕)がやりたかった。」」となり、此処に妹至上主義の楯無が居たらなら『私の簪ちゃんが取られちゃう!?』と騒ぎになるかも知れないが。

そんな小さな騒ぎの中、エリカと父親は簪達に頭を下げてくる、もちろん周りの船員達も。

こうして採掘船救出作戦は無事終了したのだった。

 

その後の話しだが、採掘船は一旦ハンターギルドの有る港に行く事になった、助力を得る為にだ。

そしてハンターギルドの支援の下採掘を続ける事になった彼らが夢の金属K鉱石を発見するのは暫らく後の話しになる。

 

16:50

採掘船救出作戦終了。

 




書くのは大変でしたが、またやってみたいですね。

次回は戦闘シーン無しの話しでも書いてみたいと思ってます。
それでは。


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No.06ー希望無き海にて1-

こちらも久々の更新です。
まあ完成していたのですが、年末・年始もあって今になってしまいましたが。



「お前さんはこの世界に絶望した事はないのか、終末を迎えつつあるかもしれないと?」

「私は・・・生きている限り絶望するつもりはありません、自分の出来る事をするだけです。」

 

イリオモテ島・退避港

名無し猫艦上

 

「そうりゅうか、これであそこにいけるわけか・・・乗せてもらえるんだろうな?」

初老の男性、よれよれの白衣姿は名無し猫の傍らに停泊しているそうりゅうを見て言う。

「・・・本当に乗られるつもりですか?非常に危険ですが。」

「構わん・・・俺はどうあっても其処へ行かねばならないんだからな。」

簪の問いに男性はそうりゅうを見つめながら答える。

そんな男性を見て、聞いた通り頑固な人物だと簪は内心苦笑する。

だがこれでも優秀な学者らしい、シャルに言わせればシーサーペントの研究に関しては。

ただこの頑固さもあって中央海の学会では干されていると、シャルは言っていたが。

 

事の起こりは10日前に遡る。

巨大シーサーペントの居る北方海奥へ中央海の学会から来た調査隊を乗せてそうりゅうで向かって欲しいと要請が派遣艦隊にあったのだ。

簪は非常に気が進まなかった、それでなくても北方海奥への接近はそうりゅうでもかなりの危険が伴う。

それに一般人を乗せろと言うのだから無理難題だと簪だけなく真耶も難色を示した。

『まあそちらの気持ちは分かる・・・だが依頼してきた人物がな。』

通信器越しに連絡してきた織斑ギルド長も困惑している事が分かる。

『海洋生物学者の田所博士、中央海では有名な学者らしいな。』

「田所博士ですか織斑ギルド長?」

話を聞いていたシャルが驚いた声を上げる。

「シャルはその田所博士を知っているんですか?」

シャルは簪の問いに肩を竦めて答える。

「シーサーペントの研究に関して言えば、中央海だけでなく世界中で第一人者と呼ばれている人だよ。」

その生態研究では知らぬ者が居ないが、その言動で保守的な学者達からは忌み嫌われている存在らしい。

「学会の方針なんてまったく意に介さず、自分のやり方を貫き通すらしいね、だから業績の割りに扱いは酷いものだよ・・・」

このゲーム世界でも出る釘は打たれるものらしいと簪は思った。

 

そして場面は冒頭に戻る。

3日後にイリオモテ島の退避港に着いた田所博士は早速名無し猫に乗り込んで来るとそうりゅうを見せろと言ってきたのだ。

その為今回の調査を指揮する簪が案内しているところだった。

「専門外だが篠ノ之 束の事は知っているぞ、優秀な技師である彼女の傑作だからな期待しているんだ。」

生物学者である彼が束の事を知っている事に簪は驚きを隠せない。

まあ束もかっては中央海のドックに居たが、その言動でこちらに来くる羽目になったらしいから、田所博士にしてみれば合い通じるものがあるのかもしれないと簪は考える。

「もちろんそうりゅうは優秀な艦です、ですが何が起こるかは予想は出来ません、それを忘れないで下さい。」

そんな簪に田所博士は皮肉めいた笑みを浮かべて言う。

「その点も心配しとらん・・・何しろ北方海の守護天使様が付いているんだからな。」

簪は深い溜息でそれに答えた。

 

田所博士達が到着してから2日後そうりゅうは出発した。

「出航準備願います。」

艦長席に座り席のディスプレイを確認しつつ簪が指示する。

「機関系に問題なし。」

「レーダー及びソナー、各種センサー問題なし。」

「全兵装問題ありません艦長。」

火器管制及びセンサー、機関・ダメコンの各担当乗員の声が答える。

「準備はいいですか、シャル、クロエさん。」

「僕がOKだよ簪。」

「私もです簪様。」

シャルとクロエは今回の航海にも当然の顔をしてそうりゅうに搭乗して来た。

「「簪(様)が行くなら当然僕(私)も行きます。」」

まあ何時もの事なので簪も苦笑しつつ受け入るしかなかったのだが。

「では出航します、メインモーター始動、名無し猫に出航の連絡を。」

「メインモーター始動します。」

簪はディスプレイの出力レベルを見つつそうりゅうを前進させる。

「名無し猫より返信『調査の成功と航海の無事を祈ります。』との事です。」

センサー担当の乗員が名無し猫からの通信を報告する。

「感謝すると伝えて下さい、港を出ます、潜航用意。」

「「「了解です艦長。」」」

港を出た所で簪はそうりゅうを潜航させる。

「深度50・60・70トリム水平、航路の設定良し、自動操舵に切り替えます。」

ディスプレイ上の表示を確認し簪は両手をキーボードから離す。

「艦内シフトを第3警戒配置に移行・・・ではお客様の様子を見て来ましょうか。」

座席から簪が立ち上がるとシャルとクロエもそれに続く。

艦内通路を通り居住区に向かう簪達、田所博士は助手を含め4人が乗艦していた。

「更識です、入ってもかまわないでしょうか?」

田所博士に割り当てられた部屋の前に着くと簪は室内に声を掛ける。

「ああ良いぞ。」

「失礼します。」

返事を聞き簪は扉を開け中にシャルとクロエと共に入って行く。

室内は雑然としていた、運び込んだ資料があちこちに山積みされて足の踏み場も無いくらいだった。

博士本人はやはり資料が山積みにされた机に向かったままで簪達に顔を向けようともしない。

「無事出航しました、そうりゅうに乗った感想はどうですか?」

簪の声にようやく田所博士は顔を上げて言う。

「分かった・・・しかし案外快適なものだな潜水艦ってやつは。」

田所博士の感想に簪は肩を竦めて答える。

「スペースだけはありますからそうりゅうは。」

大型の潜水艦であるが、高度の省力化と自動化により乗員は全部で20名程だ。

お陰で乗員は個室が持てるくらいだ、食堂などの施設も広く充実している。

「潜水艦ってのは狭い中に人間が押し込められているって思っていたんだが。」

手に持っていた資料の束を机の上に置いて田所博士は言う。

だが博士の印象はけっして間違いでは無い、この世界の潜水艦と言えどもそれが普通なのだ。

つまりそうりゅうが例外中の例外なのだ、何しろあの『天災』が作ったものなのだから。

「まあ快適で良い・・・それなのに助手連中は青い顔して部屋に閉じこもってやがる。」

博士のぼやきを聞きいて簪は苦笑する、その助手達には乗艦時にあったが、確かに顔色は悪かった。

だがそれは仕方が無い話しだ、巨大シーサーペントの巣窟に乗り込もう言うのだ、簪達の様に危険を覚悟のうえで乗艦している人間なら兎も角、一般人の彼らにそれを期待するのは酷だと簪は思う。

「今後の航海予定ですが、前に話した通り北方海奥へ向かう前に、ある島の調査に向かいます。」

巨大シーサーペントの潜む海域に向かう前に無人となった島の調査が航海予定に付け加えられたのだ。

「・・・そうらしいな、まあ文句を言っても仕方が無い、俺は構わんぞ。」

じろりと簪達を睨みながら田所博士は答える。

「そう言って頂けると助かります、あと派遣艦隊のシーサーペント調査責任者の紹介を。」

そう言って簪は一緒に付いてきたシャルを紹介する。

「シャルロット・デュノアです、初めまして田所博士。」

挨拶したシャルをどうやら癖らしくじろりと睨む田所博士が言う。

「お前さんがシャルロット・デュノアか、論文読ませてもらった・・・中々面白い内様だったぞ」

シャルは半年前に巨大シーサーペントに関する論文を書き、中央海の学会に提出した事があった。

まあ反応は殆ど無く、無視同然の扱いだったらしいと簪は聞いている。

「それは光栄です田所博士・・・」

複雑な表情を浮かべるシャル、まさか田所博士の目に止まっていたとは思っていなかったからだ。

「まあ学会の奴は田舎のにわか学者の書いた論文と言って見向きもしなかったが、元々連中にそれを期待するだけ無駄だ。」

辛辣な物言いに簪達は苦笑する。

「であんたは?」

シャルと簪の一歩後ろに佇んでいたクロエに同じ様にじろりと睨みつけながら田所博士聞いて来る。

「クロエ・クロニクルと申します、艦隊の技術顧問を篠ノ之 束様の代理として行なっております。」

「ほう・・・あの篠ノ之 束の代理をね。」

自己紹介をしたクロエを感心した様に眺めて言う田所博士。

「と言う事はあんたも優秀な技師な訳だ。」

「恐縮です田所様、以後よろしくお願いします。」

丁寧に頭を下げて帰すクロエに田所博士は苦笑いを浮かべて答える。

「様なんぞ俺には似合わん、普通に呼んでくれ。」

「それでは田所博士と?」

「ああ、それで構わん。」

まあ博士にしてみれば孫の年齢みたいな少女に様付けされるのは落ち着かないらしい。

『艦長、予定海域に到達しましたので発令所へお願いします。』

艦内放送が入り発令所から呼び出しが掛かる。

「それでは失礼します田所博士。」

簪はそう言うとシャルとクロエと共に博士の部屋を出て発令所に向かうのだった。

 

発令所に入ると、既にマルチセンサーポストが洋上に上げられ、共用ディスプレイには目的の島が映し出されていた。

その映像を見ながら艦長席に座った簪が報告を求める。

「ソナー及びレーダーの方はどうですか?」

「双方とも反応無しです艦長。」

センサー担当の娘が複合ディスプレイを確認しながら答える。

「分かりました、操縦系をこちらに戻して下さい。」

「了解です艦長」

簪が発令所を離れている間、操艦を機関・ダメコンの担当乗員がしていたものを艦長席側に切り替える。

「切り替えを確認。」

操艦系が自分の方に切り替わった事を席周りのディスプレイで確認する簪。

「あれが例の島だね」

共用ディスプレイに写っている島を見ながらシャルが呟く。

「そうです・・・」

言葉少なに答える簪。

「初めて見ますが・・・酷いものですね。」

クロエもそれを見ながら呟く。

3人とも状況を知っているだけにそれ以上言葉が続かなかったのだ。

それは他の乗員の娘達も同様で言葉無く共用ディスプレイを見つめている。

「浮上します、上陸班は準備を。」

首を振るとそう指示を出し簪はそうりゅうを浮上させる。

「「「了解です艦長。」」」

 

浮上したそうりゅうは島にある程度近付くと接岸する事無くその場に停止する。

・・・最早接岸出来る港が無いからだ、破壊されてしまった為に。

『上陸班は直ちに出発して下さい。』

アナンスを受け艦内服にジャケットを着た娘達が甲板に出て来ると、手早くゴムボートを用意し、島に向かう。

その様子を指令塔上から見ていた簪は、持って来た双眼鏡を島に向ける。

まず見た港には沈められた漁船が数隻見える、そして破壊された桟橋と倉庫群。

港から吹き飛ばされて来た漁船が近くの民家を押し潰している。

一応無事らしい家屋もあるが街にはまったく人の気配は無い。

「酷いもんだな・・・これがシーサーペントに襲われた結果か。」

何時の間にか指令塔上に上がってきて簪の隣に立った田所博士が言う。

「で島の人間はどうなったんだ?」

博士の問いに簪は深い溜息を付くと答える。

「不明です、船で脱出した可能性も考えられたのですが結局発見できなかった様ですね。」

今から三ヶ月前、この島はシーサーペントの襲撃を受けた。

直後近くの海域に居たハンターの武装船が島に所属している漁船からの救難要請を受け向かったのだが・・・

到着した武装船の乗員達が見たのは今目の前に広がる光景だった。

その後周辺海域を捜索したものの、何も発見出来ず武装船は空しく帰還するしかなかった。

「やはりそうか・・・」

島に上陸し街を調査しているそうりゅうの乗員達を見ながら博士は呟く。

襲われた人々がどうなったかを簪も博士もあえて言わなかった。

「まるで墓を見て周っている様なものだな・・・気を悪くしたか?」

そう言ってから博士は気にしたのか簪に問い掛けて来る。

「いえ間違ってはいませんよ・・・自分としては悔しいですが。」

双眼鏡を下ろし簪は肩を竦める、全てを救いきれないのは彼女にも分かってはいるつもりだったが。

「お前さんはこの世界に絶望した事はないのか、終末を迎えつつあるかもしれないと?」

暫らく指令塔上に沈黙が続いた後、博士はそんな事を聞いて来る。

「絶望ですか?」

聞き返す簪に博士は島を見つめながら続ける。

「洋上にては連中の方が勢力が強い、我々は今辛うじて押し返しているが、正直言ってジリ貧だ。」

人間達は居住している島と一部の海域、それらを結ぶ航路を何とか維持しているに過ぎないと博士は断言する。

「だがそれらだってかなり危うい、まあそんな事は最前線に居るあんたなら分かっているだろうがな。」

「・・・・」

それについては簪は答えなかったが、博士の言った事は間違ってはいないと内心は思っている。

彼我の力の差を考えればはっきり言って状況は絶望的なのだと。

だが例え状況が絶望的でも簪に出来る事は戦う以外に無い。

「私は・・・生きている限り絶望するつもりはありません、自分の出来る事をするだけです。」

だからそれが絶望的な戦いであっても簪は諦めるつもりは無かった。

「私は諦めが悪い性分なんです、戦う力がある限り止める気はありませんよ。」

そうきっぱり言う簪を見て博士は肩を竦めて笑う。

「なるほどねえ・・・そこはやはり守護天使と言われるだけあるか。」

博士は最初『守護天使』と呼ばれるこの少女が理想論でも言うかと思っていたのだが、どうやら彼女はそうでは無かった様だ。

現実を弁え、それでも前進する事を諦めない人間だったのだと博士は理解した。

それが若さ故なのか簪と言う少女の本質的な所から来る物なのか興味が沸いてきた博士だった。

「私は天使と呼ばれているだけで違うのですが・・・」

思いっきり困惑した表情で簪は肩を落して呟く、何で周りはそんな風に自分を見るのだろうと思って。

「こう言う時代だからすがれる者を求めるものさ、人間はな。」

困惑している簪を見て肩を竦めて見せる博士。

「随分と皮肉な見方ですね・・・」

もちろん簪にもそれは分かってはいるつもりだった。

だから困惑しつつも天使と呼ばれる事を受け入れている簪だった。

そこで会話は途切れ簪と博士はただ黙って島を見続けるのだった。

 

島での調査を終えそうりゅうは再び潜航すると目的地である巨大シーサーペントの巣窟に向かのだった。




今回登場した田所博士は、今でも日本SF最高だと思っているある作品からです。
分かる人には分かるかな?

それでは。


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No.07ー希望無き海にて2-

「全艦戦闘体制へ。」

簪の指示でそうりゅうの艦内にアラーム音が響き、照明が落される。

「全発射管に魚雷装填開始します。」

「ソナー及び各種センサー問題無し。」

「メインモーター及び燃料電池共に良好。」

照明の落とされた発令所内に乗員の娘達の戦闘体制に入る事を告げる声が流れる。

「総員安全ベルトを装着、シャルとクロエ、それから博士も。」

発令所内には何時も居るシャルとクロエ以外にこの時は田所博士の姿もあった。

本来なら戦闘体制中の発令所内に関係要員以外居させない規則なのだが。

当然の顔をしてシャルとクロエがおり、

「状況が分からないままで・・・と言うのはごめんだからな。」

と田所博士もまた当然と言う顔で発令所に居るのだ。

もう今更だと簪は思いその点については何も言わない事にしていた。

「魚雷・艦載火器管制室及び機関管制室も配置に着きました艦長。」

その報告に簪は頷く。

「それでは行きましょうか。」

 

海流の壁を通過しそうりゅうは海域の奥に近付きつつあった。

「ソナー感はありますか?」

操艦しつつ簪は確認する。

「今のところありません艦長。」

センサー担当乗員が複合ディスプレイを確認して報告する。

「・・・頭上の氷の厚さはどのくらいですか?」

「3~4メートルですね。」

その報告を聞いて簪は暫し考え込む。

「水上を見られないの辛いですね、ソナーを誤魔化せるとは思えませんが。」

だが油断は出来ない、シーサーペントは狩りについてはこちらの予想出来ない事はするからだ。

前にも短時間しか水中に潜れないにも係わらず流氷の下に潜み船舶を襲撃した事もあった。

「艦長、頭上の氷の厚さが薄くなってきました、現在1~2メートルくらいです。」

どうやら奥の方はそれ程流氷が無い様だった。

「速力を4ノットまで落しましょう、警戒を厳重に・・・此処はもう奴の縄張りですから。」

「了解です、メインモーターの出力を1/4へ。」

機関・ダメコンの担当乗員が答えると、速度表示の数値が下がって行く。

「水深が浅いな、こんな大型艦で大丈夫か?」

今まで口を挟んでこなかった田所博士が聞いてくる。

「そうりゅうではあれば問題ありません、まあ簪様の操艦技術があればこそですが。」

クロエが我がことの様に自慢して答えてくるので簪は反応に困ってしまう。

「守護天使は伊達ではないと言う訳だ。」

「はい田所博士。」

何でそんな風に納得しあえるのか、この2人結構気が合っている様だと簪。

「そんなの当たり前だよクロエさん、簪が居れば大抵の事は大丈夫だし、ね皆?」

「「「はい。」」」

シャルの言葉に3人の乗員達も声を揃えて返事をしてくる。

大きすぎる信頼感に簪は頭が痛くなってくるのだった。

 

「ソナー依然感無し。」

センサー担当乗員の報告に簪は眉を顰める、何か変だと言う予感を感じたからだ。

「居ないって事は無いんだよね。」

シャルも違和感を感じたのか呟く。

かなり奥まで来ている筈なのに、反応が無い事が簪達を不安にさせていた。

「と言う事はやつは何処かに雲隠れしたのかそれとも・・・」

田所博士が共用ディスプレイに表示されている海図を見ながら呟く。

「雲隠れ・・・まさか?」

「艦長!後方で流氷の破壊音が・・・」

簪の言葉にセンサー担当乗員の声が重なる。

 

「くっ!、メインモーター出力全開。」

「メインモーター出力全開!」

センサー担当乗員の声に簪が指示を出し、機関・ダメコンの担当乗員が復唱する。

艦長席に据え付けられたディスプレイ上の出力レベルが急速に上昇し艦体が揺れる。

その時だった、激しい衝撃音がセンサーを通さず発令所の乗員達に聞こえる、と言うより身体で感じられる。

「艦長、頭上から氷が多数落下してきます!」

そうりゅうの頭上から氷の塊が迫って来る、簪は艦体の進路を変え何とか逃げ切ろうと操艦するが。

「駄目です・・・逃げ切れません!」

センサー担当乗員の悲痛な叫びに続いて、そうりゅうの艦尾側から激しい振動が伝わってくる。

「艦尾区画に浸水!該当区画の防水扉を閉鎖、排水ポンプ作動。」

機関・ダメコンの担当乗員がディスプレイの表示を報告しつつ対応を行なう。

「・・・落下の方は?」

「止まりました。」

簪の問いにセンサー担当乗員が素早く答える。

「艦尾以外に浸水は?」

「ありません艦長、航行及び戦闘に支障無し。」

続いて問い掛ける簪に機関・ダメコンの担当乗員も間を居れず答える。

「了解です、ここから後退します・・・揺れますので皆注意して下さい。」

進路を変え簪はそうりゅうを海域から離脱させる、急激な変更に彼女が言った通り艦体が激しく揺れる。

 

海流の外へ一旦そうりゅうを離脱させると、再び進路を奥の海域に向ける簪。

「メインモーター停止、マルチセンサーポスト作動。」

そうりゅうの深度を上げながら簪は指示する。

やがて共用ディスプレイが流氷の続く景色を映し出すとシャルが深い溜息を付きつつ簪に問い掛ける。

「つまりあの巨大シーサーペントは・・・僕達が海域の奥に入って行くのを待ち構えていた訳だ。」

うんざりした表情を浮かべ簪は答える。

「はい、こちらがノコノコと入って行くのをね・・・」

「そして頭上の流氷を破壊し私達にぶつける様なまねをした・・・狡猾すぎますね。」

クロエが簪の言葉の続きを言う、普段感情をはっきり表す事の無い彼女にしては珍しく不愉快そうに。

「・・・言葉が無いな、聞いていた以上じゃないか。」

肩を竦め田所博士は呟く、こちらも普段は泰然している彼にしては深刻そうに。

「これがシーサーペントです、狩りに関しては人間以上ですから。」

田所博士は簪の言葉に深く頷く。

「シャルロット・デュノアのレポート通りな訳だ・・・中央海の連中がこれを知れば真っ青になるだろうな、まあ信じないだろうが。」

知能は人間以下、しょせん獣すぎない、大半の連中はそう考えているからだ。

「俺達はとんでもない奴を相手にしている訳だ・・・これでもあんたは戦うのか?}

簪は田所博士の問い掛けに肩を竦めてきっぱりと答える。

「言った筈です・・・私は諦めが悪いと、絶望的な戦いであっても自分の出来る事をするだけですよ。」

その言葉に周りの者達は頷き、その顔に絶望の色は無い、ふと田所博士はこれこそ天使と呼ばれる所以ではないかと思った、綺麗ごとを並べた言葉でなく、その姿で人々を鼓舞し戦わせる。

もちろんこの天使は自ら戦う事もいとわないのだが。

「やはり天使だなあんたは・・・この俺だって希望を持てそうだ。」

「・・・それは光栄ですね、私として恥かしいのですが。」

田所博士の言葉に簪は顔を赤くしつつ答える、こう言う所は歳相応だなと彼は意地の悪い笑みを浮かべる。

「艦長、レーダーに反応有り、前方より急速に接近中、巨大シーサーペントです。」

センサー担当乗員が複合ディスプレイを見ながら報告する。

全員の目が外部映像が縮小されレーダー情報が表示された共用ディスプレイに集る。

「せっかくの罠をかわされて頭にきたか・・・こう言う所は獣なんだが、迎え撃つのか艦長?」

レーダー情報で巨大シーサーペントが一直線にこちらに向かって来るのを見て田所博士が聞く。

「こちらとしても罠の礼をしないといけません、ただ魚雷は使えませんから・・・」

普段の簪に比べればかなり過激な事を言うと攻撃方法を考え始める。

「・・・噴進弾を使用します、発射準備を急いで下さい。」

「こちら発令所、魚雷・艦載火器管制室へ噴進弾の発射準備開始して下さい。」

 

『魚雷・艦載火器管制室、噴進弾の発射準備開始します。』

簪の指示に火器管制担当の乗員が管制室へ準備開始を連絡する。

「浮上します、メインタンクブロー。」

高圧空気がメインタンクに吹き込まれ、そうりゅうは小さな流氷の漂う海面に浮上する。

「格納庫の水密扉開け、噴進弾発射体制へ。」

そうりゅうが浮上すると火器管制担当乗員の指示が管制室に飛ぶ。

開かれた格納庫の中から噴進弾が引き出され、発射用レールに設置される。

『発射準備完了。』

「艦長、発射準備完了です。」

管制室からの報告を聞いて火器管制担当の娘が振向いて手を上げ報告してくる。

「噴進弾の照準を合わせます、方位を下さい。」

簪は準備完了の報告に頷くと、火器管制担当の娘に指示をする。

「了解、方位左へ20。」

火器管制担当の指示に簪はそうりゅうの艦首を目標に向けさせる。

「左20、目標へ軸線良し。」

艦長席のディスプレイを確認し簪が言う。

「目標、距離5千、突っ込んで来ます!」

センサー担当乗員の娘が複合ディスプレイから顔を上げて叫ぶ様に報告して来る。

「噴進弾発射!!」

照準を再度確認している時間は無かった、簪は束を信じ発射を命じる。

衝撃音と噴煙を残し噴進弾は発射用レールを走り空中に放り出されると、一直線に飛んで行く。

前に噴進弾の攻撃を受けた事のある巨大シーサーペントは慌てて進路を変え海中へ逃れ様とする。

「巨大シーサーペントが海中へ逃れます!」

共用ディスプレイ上に海中へ潜り込もうとする巨大シーサーペントの姿が映る。

そして次の瞬間、激しい閃光と水柱が立ち、その衝撃でそうりゅうが揺さぶられる。

やがてそれらが消えると爆発で粉々になった流氷の浮かぶ海面だけが残る。

「巨大シーサーペントは?」

「ソナー・・・海中のかく乱が酷く感度低下の為確認出来ず。」

簪の問いにキーボードを操作しながら複合ディスプレイを見てセンサー担当乗員の娘が報告する。

「簪様あれを・・・」

クロエが冷静な声で共用ディスプレイを指し示す。

そこにはふらふらになりながらも海域の奥へ去って行く巨大シーサーペントが居た。

「あれでも生き残るか・・・本当に化け物だなあいつは。」

その光景を見ながら田所博士は呟く、それは簪を始めとした発令所に居る者達の思いでもあった。

「帰りましょう・・・これ以上の長居は無用ですから。」

それに異義を唱える者は居なかった、そうりゅうは進路を変えると海域の外へ向かった。

 

海域の外に出たそうりゅうは一旦浮上する。

そして操艦をまた他の乗員に任せ簪は指令塔上に出てきた。

今回は田所博士だけでなくシャルとクロエも居た。

「収穫はありましたか博士?」

シャルが海域の奥を黙って見つめる田所博士に聞いてくる。

「・・・そうだな思ったより有ったぞ、巨大シーサーペントの事だけでなく色々とな。」

そう言って笑みを浮かべながら簪達を見る博士だった、

「その言い方では何かある様ですね私達に・・・」

博士の意味ありげな笑みにクロエが聞く。

「確かにシーサーペントに関しては得る物が多かったよ、まあそれ以上に天使様一行の方が興味深かったがな。」

「シーサーペントより私達がですか?」

双眼鏡で海域の奥の方を見ていた簪がそのままの体勢で聞いて来る。

「ああ、特に天使様についてだな、こんな世界でもあんたみたいなのが居るなら俺でも少しは希望が持てるんじゃないかとな、くくく不思議な気分だよ。」

その博士の言葉に簪は双眼鏡を下ろし溜息を付く。

「それは喜ぶべきなんでしょうか・・・シャル、クロエさん笑わないで下さい。」

簪の言葉にシャルとクロエも博士の様な意味深な笑みで見つめて来る。

「仕方が無いさ更識艦長・・・それがあんたの定めさ、まあ精々頑張ってくれ守護天使様。」

博士の多分にからかいの含まれた激励に簪は憮然とした表情を浮かべ、シャルとクロエの意味深な笑みを深くするのだった。

そのままそうりゅうは何事も無く港に帰還し、田所博士は中央海に戻って行った。

 

その後の話だが・・・

中央海に戻った田所博士は大胆な見解を発表し話題になったと簪はシャルから聞かされた。

『狩られているのはシーサーペントでなく人間ではないのか?』

学会やマスコミなどからは例の如く叩かれているとシャルは苦笑しながら話してくれたのだった。

だが博士の見解は、簪達最前線で戦っている立場から言えば理解出来る話だ。

しょせん机上でしか論議出来ない学会やマスコミの連中には永遠に理解出来やしないと簪は思う。

そしてある事に気が付く、田所博士も戦っているのだと、簪達と違い武器ではなく知識で・・・

 

また会ってみるのも良いのかもしれない、当人は迷惑そうな顔をしそうだが。



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No.08ーそうりゅう中央海へ1-

久々のはいふりとのお話です。



中央海と北方海との接続海域。

そこに今、ブルーマーメイド商会所属の晴風が居た。

通常船団の護衛を行なう晴風が単艦で行動をするのは珍しい事だった。

そう今回の任務は船団護衛では無く、ある船との邂逅だったのだ。

「・・・それにしても肝心の相手が誰か分からないのではな。」

晴風の副長、宗谷 ましろは溜息を付きながら前方の海を見る。

「納沙さんは何か聞いているか?」

ましろは傍らに居る納沙 幸子に聞く。

「いえ私も何も聞いてませんね。」

愛用のタブレットを操作させながら幸子は答える。

様々な情報に精通している彼女させ分からない事がましろを不安にさせていた。

もちろん商会が無意味な事をさせるとは思っていないが、情報を遮断されているのは良い気分ではない。

それは艦橋に居る者・・・艦長である岬 明乃を除いた者全員が思っていた。

そう岬艦長を除いてだ・・・

「・・・艦長は何か知っているのですか?」

「うん?知らないよ、でも悪い事じゃないと思うな、むしろ良い事だと。」

ましろの問い掛けに明乃は楽しそうに答える。

「何をのんきな事を・・・」

頭を抱えたくなるましろ、まあ明乃のこういったところは今に始まった事ではないのだが。

 

次の船団護衛準備中だった明乃とましろは商会の作戦部長、言わば艦隊司令官から急な呼び出しを受けた。

「晴風艦長岬 明乃参りました。」

「同じく副長宗谷 ましろ参りました。」

作戦部長室に入った2人はそう言って姿勢を正す。

「急に呼び出して悪かったわね・・・実は晴風の任務を変更します。」

2人の前に座る女性、ブルーマーメイド商会作戦部長宗谷 真雪は言う。

その名から分かるが宗谷 ましろの母親でもあった。

「任務の変更ですか?」

明乃とましろは顔を見合わせる。

「ええ、晴風は明日0900出航、接続海域に単艦で向かって下さい、目的は北方海から来る艦の出向かえです。」

益々混乱する明乃とましろ、何しろ今までこんな任務など無かったからだ。

「その・・・北方海からどんな艦が来るんですか?」

明乃としてはそれがとても気になったのだが。

「艦名はそうりゅう、後は・・・出会えれば分かるでしょう。」

宗谷作戦部長はそう言って意味深に笑う。

「それだけですか?艦種とかせめて艦長の名前くらい知りたいのですが。」

控えめに抗議するましろ、自分の母親だが今はもちろん仕事中なので上司として対応する。

「今の所それだけです宗谷副長・・・まあ貴女、いえ貴女達にとっては良い話だと思いますよ。」

含んだ言い方にましろは困惑する、一方明乃の方は・・・

「分かりました宗谷作戦部長・・・楽しみしてます。」

「はあ・・・」

何時もと変わらない明乃に深い溜息を付きつつ、ましろは作戦部長室を出て行くのだった。

 

『艦長!推進音を探知いたしましたわ・・・右舷50度、距離9千ですわ。』

突然艦橋のスピーカーから水測担当の万里小路 楓、通称まりこうじさんの声が響く。

「な、シーサーペントか!?」

すぐさまましろが艦内電話を取ると水測室に確認する。

『シーサーペントでは無いですわ、2軸推進・・・艦船だと思うのですが今まで聞いた事の無い音ですわ。」

「分かった・・・電探室反応はあるか?」

通話先を電探室に切り替えましろは再び確認する。

『今のところ反応無しです副長。』

電測員の宇田 慧(めぐちゃん)が即座に報告して来る。

水測で探知出来るのに電探に反応が無い・・・つまりその艦船は。

「潜水艦か?」

そうとしかましろには思えなかった。

「艦長!」

「警戒態勢へ・・・まあ大丈夫だと思うけどね。」

呼び掛けられたましろの声にそう指示を出しつつも明乃は、緊張してはいるが慌ててはいなかった。

(ほんとこう言う時は艦長の顔になるな。)

ましろはそう思って内心苦笑する、何時もこうあってくれれば良いのにと思いながら。

『潜望鏡を確認!距離3千、方位右舷50度、接近中。』

マスト上の見張り台から野間 マチコ、通称マッチの報告が艦橋へされる。

思ったより接近の速度が速い、「本当に潜水艦か?」ましろは右舷の露天艦橋へ走り出る。

既に右舷で見張りに付いていた内田 まゆみ(まゆちゃん)は双眼鏡をそちらに向けている。

「副長、一体何が出てくるって言うんですか?」

走りこんで来たましろにまゆみが聞いてくる。

「私にも分からない、兎に角こっちに接近してくる、警戒を・・・」

ましろがそう答えた瞬間、晴風の右舷前方に巨大な物が海から浮かび上がって来た。

「え・・・潜水艦?」

「・・・・」

ましろとまゆみはそれを見て絶句する、何故なら彼女達が今まで見た事も無い巨大潜水艦だったからだ。

 

そうりゅうの発令所。

「晴風を確認・・・皆さん驚いているみたいですね。」

センサー担当の娘が報告した後、そんな感想を漏らす。

共用ディスプレイに写しだされる、右舷の露天艦橋からこちらを呆然と見つめる乗員の姿。

簪にとっては懐かしい顔見知りの娘達だ。

「その様ですね・・・なるほどこう言う事ですか。」

こちらに来る様に要請してきた女性が言っていた意味を理解し苦笑する簪。

「サプライズのつもりなんでしょうけど・・・」

あの人らしいなと簪は何となく理解してしまうのだった。

「晴風に通信を。」

「了解です艦長。」

 

晴風の艦橋に艦内電話の呼び出し音が響く。

「はい艦橋・・・しばらく待って下さい、艦長、そうりゅうから通信だそうです。」

電話機を取った幸子が明乃に通信が入った事を知らせる。

「ありがとうココちゃん。」

幸子から明乃は電話機を受け取る。

「艦長です・・・はい繋いで下さい。」

艦橋に居る者達は明乃の事をじっと見つめる、艦橋に戻って来たましろを含めて。

「・・・うん久しぶりだね・・・かんちゃん。」

「か、かんちゃんって・・・まさか?」

明乃の言葉にましろは絶句する、何故なら彼女が知る限り、明乃がそう呼ぶ相手は1人しかいないからだ。

「そうだよ・・・対シーサーペント対処部隊、通称セキュリテイーブルー所属の潜水艦そうりゅう・・・艦長は更識 簪、かんちゃんだよ。」

悪戯っぽい笑みを浮べて明乃が言うとましろを始めとした者達は絶句するのだった。

 

「お久しぶりですセキュリテイーブルー所属、そうりゅう艦長更識 簪です、岬艦長。」

『・・・うん久しぶりだね・・・かんちゃん。』

久々にそのあだ名を本音以外の相手に呼ばれ簪はくすぐったい気分にされる。

そう海洋学校時代を思い出して。

「ところで私が来る事は事前に知らされていなかったんですね。」

明乃の背後で『艦長、かんちゃんって更識さんですか?』とか『簪があの潜水艦の艦長?』と大騒ぎになっているのが無線越しに聞こえてくる。

『うん全然知らなかったよ・・・まあ北方海と聞いて私はぴんと来たけどね。』

相変わらず感は鋭い様だった、まあ海洋学校時代もそうだったので簪は大して驚かなかったが。

『それじゃ港に案内するね。』

「はい、お願いします。」

そこで無線を切り簪は命じる。

「浮上したまま晴風に続きます。」

「「「了解です艦長。」」」

乗員達がそう答える、それに頷く簪の両肩に手が置かれる。

「皆様に会うのが楽しみです簪様。」

「僕もだよ簪。」

一見普通そうな言葉なのに簪は背筋が寒くなってしょうがなかった。

 

「進路を港へ、そうりゅうを誘導します、リンちゃんよろしく。」

晴風の航海長知床 鈴、通称リンちゃんに指示を出す明乃。

「あ、はい艦長・・・そうか簪さんが来たんだ。」

海洋学校時代は簪と特に仲が良かった鈴は嬉しそうに微笑む。

「それにしても更識さんはまほろばでは無かったんですね。」

ましろはそうりゅうを見ながら呟くと、情報担当の幸子に聞く。

「納沙さん、あの型の潜水艦って分かるか?」

タブレットを操作し検索を始める幸子。

「いえ既存の艦の中には・・・まあ似た様なものは無い事はありませんが、そうだとしても原型を留めていませんね。」

情報を見ながら幸子は溜息を付く、情報収集と分析に掛けては第一人者である彼女としては不本意らしい。

「あと、セキュリテイーブルーと言うのは北方海で最近結成された、各ギルドの統合艦隊ですね、副長も聞かれた事あるでしょう。」

「まあな・・・利害の異なる各ギルド纏め上げた手腕は流石に世界最強なだけあると思うよ。」

中央海でもかなり話題になったものだとましろは思い出す。

「ふうん潜水艦の艦長やってんだ簪って・・・会うのが楽しみだなタマ。」

「うぃ。」

感心した様に言うのは水雷長のメイちゃんこと西崎 芽依、隣のタマちゃんこと立石 志摩にそう言って笑い掛ける。

明乃達艦橋要員にとっては簪と再会は感慨深いものがある様だった、それが二度目でもだ。

何しろ晴風が北方海に船団護衛で行った時に一度再会したが、互いに時間が無かった為、旧交を温める時間など無かったからだ。

「そうそう、かんちゃんの作戦部長への挨拶が終わったら、そうりゅう乗員の娘達の歓迎会を開くからよろしくね。」

明乃が皆にウィンクして言うと、艦橋要員の娘達は皆顔を見合わせ、声を上げる。

「そいつは良いじゃん、なあタマ」

「うぃ。」

「また一杯話せるんだ・・・うれしい。」

「これはそうりゅうやセキュリテイーブルーの情報を得る良い機会です。」

騒がしい皆を見ながらましろは苦笑する。

「艦長、一体何時の間にそんな計画を?」

「作戦部長から今回の話を聞いた直後に主計科の娘達に頼んで置いたの。」

どや顔言う明乃にましろは深い溜息をつくも、彼女も嬉しさを隠せない。

「まあ今回は大目に見ますよ艦長、更識さんの顔を立ててね。」

 

晴風に先導されそうりゅうは中央海の港に向かう。

ちなみにそうりゅうが浮上航行しているのは、余計な混乱を防ぐ為だったりする。

これ程巨大な潜水艦が港の前で急に浮上して現れたら皆を驚かしてしまうと簪は判断したのだ。

と言ってもやはり目立つ事には変わらず、すれ違う船舶の乗員達は皆目を見開き、口を大きく開け見送る姿が見れた。

もちろんこれは港に入ってからも当然で、民間船の乗員やハンター達、港湾で働く人々は入港して来たそうりゅうを見て動きが止まってしまっていた。

皆それが潜水艦だと分かっても、その巨大さに理解が追いつかないのだ。

何しろ中央海で潜水艦と言えば港や島々の沿岸防御用が主力で、それは小型艦が多い。

先導する晴風より大きなそうりゅうを見て驚かない方が不思議なのだ。

「目だってますね・・・」

機関・ダメコンの担当の呟きに簪は苦笑するしかなかった。

 

専用の場所に晴風が接岸し、そうりゅうも臨時に指定された場所に接岸する。

巨大な故晴風クラスが接岸する場所ではかなりはみ出してしまうそうりゅうだった。

「それじゃかんちゃんを迎えに行ましょうシロちゃん。」

「だから副長か宗谷と呼んで下さい・・・って艦長まって下さい。」

ましろの言葉を気にせず明乃は艦橋を出てゆく。

「はあ・・・納沙さん後を頼む。」

晴風の指揮を幸子に託しましろは明乃を追って艦橋を出てゆこうとする。

「はい副長・・・それにしても簪さんとまたお話が出来るのは楽しみですね。」

タブレットを抱きしめながら幸子は何時もの1人芝居を始めてしまう。

「幸子さんお久しぶりね。」

「ああ簪さん、貴方は罪深いですわ、私をこんなに焦らして。」

「ふふふ・・・今夜は夜通し語り合いましょう、2人の未来を。」

2人は何時の間にそんな関係になったんだとましろを始めとした者達は突込みを入れたい衝動に駆られる。

こう言う所は海洋学校時代から変わっていない幸子だった、お陰でメンバーの中では浮きがちだった。

そんな幸子に簪は引く事も無くよく付き合っていた事をましろは思い出す。

「そ、それなら私も一杯お話したい事がありますって伝えて下さい副長。」

幸子の1人芝居に引きつつも鈴が言って来る。

何事にも後ろ向きだった鈴、そんな彼女を前向きにさせたのは、信頼してくれた艦長の明乃と何も言わず傍にいた簪の存在だった。

だから鈴にとっては明乃は尊敬出来る艦長、簪は常に傍に居て欲しい親友だった。

「おっと私達を忘れないで欲しいな、なあタマ。」

「うぃ。」

そして芽依と志摩。

無口で人と話すことが苦手な志摩のつたない会話にも簪は芽依と共に嫌な表情一つせず普通に会話していた。

芽依にしても自分のノリに苦笑しつつ乗ってくれた簪は得がたい友人の1人だった。

その辺のところをましろは卒業後知る事になるのだが、その時ふと思ったのは・・・

これ程個性的なメンバーがばらばらにならずに済んだのは簪が居たからではなかったのかと。

それは自分と艦長の明乃の間についても言える気がましろはするのだった。

「シロちゃん早くこないと先にかんちゃんの所いっちょうよ。」

「だから・・・今行きます。」

明乃の声にましろは慌てて艦橋を飛び出して行く。

 

晴風を降りた明乃とましろは係留されているそうりゅうの前に到着する。

「それにしても本当に大きな艦ですね。」

今更だがその大きさに圧倒されるましろだった。

「そうだね・・・これをかんちゃんが指揮を取ってるんだ。」

感慨深く見上げながら明乃を呟くと隣に立つましろに笑いながら問い掛ける。

「シロちゃん・・・かんちゃんまた再会出来てうれしい?」

「いやそんな事は・・・いや無い訳は・・・無いと・・・」

その問いにましろは動揺してどもってしまう。

「相変わらず素直じゃないなシロちゃんは。」

「か、艦長!からかわないで下さい。」

睨みつけてくるましろを見ながら明乃は笑みを強くする。

出会った頃は艦長としての在り方の相違からぎくしゃくした関係だったましろと明乃。

その為機関科の黒木 洋美(クロちゃん)との関係を含め、乗員達はばらばらになる寸前だった。

そんなましろと明乃の関係を変えてくれたのが他ならぬ簪だった、と言っても特別な事をした訳ではなかった。

ただ2人の間に入り、互いの認識が間違っている訳ではなく、どちらも大切だと気付かせてのだ。

ましろと明乃はその事でぎくしゃくした関係を脱し信頼感を築く事が出来たのだ。

それによって乗員達の相互不信は取り除かれ、卒業間際には優れたチームワークを発揮するまでになった。

明乃は思う、もし簪が居なければ私達は早々にばらばらになって、今の様に晴風で一緒に航海など出来なかっただろうと。

その点、明乃はましろと同様の認識を持っていたのだ。

だから卒業後、簪が北方海へ戻らなければならないと聞いた時、強い不安にましろと明乃は襲われた。

彼女が居なくなったら私達はまたばらばらになるのではないのかと・・・

まあそれがあって卒業式後のパーティ、簪の送別会も兼ねていたでは祝う気分など微塵も沸かなかったものだ。

そんな皆に簪は涙を堪えながらもこう言ったのだ。

「私達の絆はそんな簡単に消えません、皆さんはこれからも大丈夫です、そして分かれても私は皆さんの仲間ですから。」

その言葉で全員が大泣きしてしまったのは、今から考えると恥かしいが、良い思い出だった。

「艦長。」

そんな思い出に浸っていた明乃はましろの言葉に意識を引き戻しそうりゅうの方を見る。

甲板上に簪の姿が現れ、ましろと明乃手を振っている。

ちなみに服装は何時もの潜水艦専用のものではなく、IS学園の方だった。

流石に身体のラインがまともに出てしまう方を着て、同性で友人であっても前に出る度胸は簪には無かった。

「わざわざりがとうございます、岬艦長、宗谷副長お久しぶりです。」

「気にしなくても良いよかんちゃん。」

「ああ久しぶりだな更識艦長。」

簪の挨拶に対照的な返答をする2人。

「それじゃブルーマーメイド商会へ案内するね。」

ましろと明乃が先導して商会へ向かう3人、簪は今更ながらIS学園制服とブルーマーメイド制服の組み合わせに違和感が拭えない。

このゲーム世界では当たり前の事でも、ここへ来る前に両方のアニメを知っている身としては・・・

ブルーマーメイド商会は港の近くにありそれほど歩かずに到着できた。

受付で作戦部長とのアポを確認し、部屋へ向かうましろと明乃、簪。

「宗谷作戦部長、セキュリテイーブルーのかんちゃ・・・更識艦長をお連れしました。」

ドアをノックし明乃は危うくかんちゃんと呼びそうになるが何とか回避する。

流石に上司の前でそんな事は出来ないのは明乃にだって分かっているからだ。

「どうぞ入って下さい。」

その声にドアを開け3人は入室する。

「ようこそブルーマーメイド商会へ更識艦長、作戦部長を勤めます宗谷 真雪です。」

座席から立ち上がり机の前に出て来た宗谷作戦部長は微笑みながら簪を迎える。

「ありがとうございます、セキュリテイーブルー所属、そうりゅう艦長更識 簪です・・・ご無沙汰しておりました宗谷校長先生。」

そう宗谷 真雪は簪達が居た海洋学校の校長だったのだ。

校長先生との呼び掛けに真雪は更に笑みを深くして答える。

「ええ元気そうで何よりです更識さん・・・活躍の程はここ中央海でも聞いています、教え子のそんな姿は元校長としては鼻が高いですね。」

「きょ、恐縮です宗谷校長先生・・・いえ宗谷作戦部長。」

真雪の言葉に簪が顔を赤くしつつ答える。

相変わらずこの娘はこう言った賞賛の言葉に弱いのだなと真雪は微笑ましく思った。

「それでは改めて更識艦長・・・今回の戦術データ交換及び合同演習への参加を感謝します。」

 

そう簪が中央海を訪れた理由、それが対シーサーペントの戦術データ交換と幾つかの商会が合同で行なう演習への参加だった。

 



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No.09ーそうりゅう中央海へ2-

一ヶ月前

イリオモテ島・退避港

名無し猫・会議室

 

「戦術データ交換と合同演習ですか?それも中央海との・・・」

呼び出しを受け会議室に来た簪は姉と共に来訪して来た千冬にそんな依頼をされる。

「ああ中央海のとある商会がギルドを通してな・・・それもお前さんを指名してだ。」

会議室には簪と清香の艦長組みと副長真耶の艦隊最高幹部にギルド長であり艦隊司令官の千冬、幹部であり商会長の楯無が居る。

2人は当初艦隊の視察として名無し猫を尋ねて来たのだが、真の目的はこちらだったのだ。

「私の名ですか?守護天使の・・・」

同じ業界の人間だけでなく、一般人の間でも有名になってしまった天使の二つ名の所為かと簪は少々鬱になる。

「いや更識 簪の方でだ、ちなみに指名して来たのはブルーマーメイド商会作戦部長の宗谷 真雪だそうだ。」

そう言って千冬はにやりと笑う。

「中央海の巴御前か・・・かなりの大物じゃないか更識艦長、知り合いだったとは知らなかったぞ。」

世界最強と言われたブリュンヒルデにとっても大先輩に当たる人物だ。

「中央海の巴御前ってまさかあの・・・?」

清香が驚いた表情で聞いて来る。

「かって数十匹のシーサーペントを単船で撃破した伝説の艦長さんですよね。」

真耶もまた驚きを隠せない様だった。

はいふりの世界で多数の武装船を相手にした伝説が、この世界ではそんな話になっていたのだ。

そんな有名人物から名指しされるという事にその場の者達が驚きを隠せないのは当然だった。

「私が中央海の海洋学校に居た時の恩師ですよ。」

肩を竦めて簪は答える、まあ彼女も真雪が中央海の巴御前と呼ばれていた事はもちろん知っていたが。

「なるほどその頃から更識艦長を高評価していたから、天使ではなく更識 簪で指名してきた訳か。」

それは買い被りではないのかと簪は思うのだが。

「それで簪ちゃんはどうするのかしら?」

姉である楯無が聞いてくる、簪は暫し考えてから答える。

「私は受ける積もりです、宗谷校長先生には在学中に世話になりましたし。」

宗谷校長の自分への評価とは別に、在学中受けた恩もあり簪はその申し出を受ける事にした。

「そ、そうなんだ・・・」

楯無が簪の答えに何となく面白くなさそうに答えるのは、自分が知らない相手と妹が親しそうだからだ。

(簪ちゃんがあんなに嬉しそうに・・・相手は一体誰なの?)

考えている事が表情に出ており千冬は苦笑する。

もちろん簪の海洋学校時代の事は楯無も聞いており、明乃達の事も知っているのだが、教師陣については初めて知る話だったのだ。

「分かったそれでは更識艦長、君とそうりゅうは一週間後中央海へ向かってもらう・・・更識会長構わないな?」

千冬は簪にそう指示すると、隣でまだぶつぶつ言っている楯無に問い掛ける。

「・・・えっ、それは、そうだ巨大シーサーペントの問題もあります、そうりゅうを中央海に行かせるのはどうかと。」

聞かれた楯無はそう言って抵抗してしまう、かっての友人達や宗谷校長に簪を取られてしまうのではないかと思ってしまったからだ。

「巨大シーサーペントについては、先の戦いで相当なダメージを与えた上に今の時期流氷に阻まれ出て来れない、そう判断された筈だが。」

前回、中央海から来た学者一行を乗せて巨大シーサーペントの生息地に行った際の戦闘で、当面の間封じ込めに成功したと、艦隊司令部は判断したのだ。

「それはそうですが・・・」

楯無もその判断に同意したのだから説得力は無かった。

「今後は南方海だけではなく中央海とも連携する必要がある事は更識会長も認識している筈だ。」

「・・・・」

千冬の指摘に楯無は黙る、彼女とてその辺の重要性は認識している、商会長として艦隊の幹部として。

「まあ気持ちは理解出来るが、もう少し妹を信じてやれ、彼女は今まで君をないがしろにした事あったか?」

「会長、いえ姉さん、私はちゃんと戻って来ますから・・・ここは私にとって大事な人達の居る所なんですから。」

簪は千冬の言葉に合わせて楯無に微笑みながら話し掛ける。

「そうね・・・うん簪御免なさいね、信じているから、気をつけて行って来てね。」

そう言って楯無は簪に微笑み返しながら答えるのだった。

 

「あそうだ更識艦長、宗谷作戦部長から伝言があった、『貴女にとって係わりの深い者を迎えに寄こします、お互い新鮮な驚きがあるでしょう、楽しみにして置いて下さい。』だそうだ。」

係わりの深い者と言うのは明乃達の事だろうなと簪は気付くが、新鮮な驚きと言う意味が分からなかった。

それが事前に情報を与えず明乃達を迎えに寄こす事だったとは、その時点では簪は思い至らなかった。

簪は忘れていたのだ、真雪は普段は真面目だが、時に茶目っ気を発揮する事を。

 

こうして簪とそうりゅうの中央海派遣が決まったのだが、実は出発まで色々あった。

まずシャルとクロエが同行を強く希望して来たのだ。

本来戦術データ交換と演習なので2人は必ずしも参加する必用は無いのだが、簪が行くのなら自分達もと言い出したのだ。

ただ簪はシャルは兎も角、クロエについては中央海行きには心配だった。

かって束と共に中央海に居た時に辛い思いを散々していたと聞いていたからだ。

そんなクロエを連れて行く事に簪は躊躇してしまったのだが。

「確かに当時は辛かったですが、今度は簪様がいっらしゃいますから大丈夫です。」

そう言って微笑むクロエは無理をしている様には見えなかった、まあ自分が居るからと言う言葉に簪としては反応に困ってしまったのだが。

あと、シャルがクロエに対抗(?)して、「僕だって前は辛い思いをしていたけど簪のお陰で今は大丈夫になったんだよ。」と言い出し、2人が「僕(私)の方が・・・」と言い争いを初めてしまったのは余談である。

そんな事もあり、簪は2人を説得する事が出来ず同行する事を承諾せざるしか無かったのだった。

そして簪にとって妹的存在の愛里寿、彼女は姉の様に中央海に行く事を反対したり、先の2人の様に同行を希望したりはしなかった。

表面的には有意義な話だと賛成していたのだが、愛里寿の副官兼参謀のルミから彼女が、簪の派遣がきまってから元気が無いと聞かされたのだ。

どうやら愛里寿は簪に気を使い何でも無い様に振舞っていたらしい。

そんな愛里寿にどうすれば良いか悩んだ簪は、ある物を持って彼女に会いに行く事にした。

「こんにちは愛里寿ちゃん。」

「簪・・・」

突然アークロイヤルの隊長室を尋ねて来た簪に愛里寿は喜ぶより驚いてしまった。

「・・・愛里寿ちゃんにお願いがあってね、これ私が帰るまで預かっていて欲しくて。」

そう言って簪が差し出した物は・・・

「これって私が選んだボコ人形?」

前に一度ボコミュージアムに2人で行った事があり、その時に簪が一体購入しようとして迷った時に愛里寿が薦めてくれたのがこのボコ人形だった。

後に愛里寿が簪と同じボコ人形を持ちたくて自分の一番気に入っている物を薦めた事を知る事になる。

「そうだよ、そして私が一番気に入っているボコ人形、だから愛里寿ちゃんにね・・・帰って来たら必ず受け取りに行くから。」

それは必ず愛里寿の元に帰って来ると言う思いを分かってもらう為簪の考えた事だった。

「簪・・・うん分かった預かるね、そうだ。」

簪の思いを知り心の中に暖かい気持ちが溢れる、と同時にある事を愛里寿のは思いつく。

愛里寿は隊長室に置いてあるボコ人形の中から簪の持って来たものと同じ人形を取ると、それを差し出す。

「これ変わりに持って行って簪。」

「良いんですか?」

それが愛里寿にとって一番大切なボコ人形である事を簪は知っていたからだ。

「うん。」

愛里寿は差し出しながら頷いて答える。

「その人形・・・私だと思って・・・その・・・」

言いながら真っ赤になり俯いてしまう愛里寿に簪は微笑みながら受け取る。

「分かりました、これで2人は何時も一緒ですね。」

「うん。」

嬉しそうな表情を浮かべ愛里寿は何度も頷くのだった。

こうして愛里寿を元気付けられた簪だったが、それを聞いたシャルとクロエが嫉妬したのは言うまでも無い。

こうして様々な困難(?)を乗り越え、簪とそうりゅうは中央海へ向かったのだった。

 

その一連の事を簪は、明乃主催のそうりゅう乗員歓迎会中に思い出していた。

ちなみに場所は晴風の甲板上に設けられた特設会場、大きな横断幕に『歓迎!そうりゅう乗員の皆』と書かれたものが掲げられ、伊良子 美甘(ミカンちゃん)と杵崎 ほまれ(ほっちゃん)、あかね(あっちゃん)の料理係3人組の気合の入った料理が並べられていた。

そしてそうりゅうと晴風の乗員達はもちろん初対面だったが、同じ海に生きる者同士と言う事もあり、あっと言うまに親しくなっていった。

今ではあちこちで双方の乗員達が談笑している姿が見られ、明乃と簪は顔を見合わせて微笑みあう。

この辺は明乃が海洋学校時代から言っていた『海の仲間は皆家族なんだよ。』を現しているのだろうと簪は思った。

そして簪と言えば、明乃と艦橋要員の娘達と一緒に居た、シャルとクロエも当然の如く。

「それにしてもクロニクルさんの自己紹介には驚かされたな。」

ましろが簪と後ろに控えているクロエを見て苦笑しながら言う。

実は最初互いに自己紹介を行なったのだが、クロエが「艦隊の技術班と簪様のメイドをしておりますクロエ・クロニクルと申します。」と言ったのだ。

そうりゅう側の乗員達は知っている話なので誰も反応しなかったのだが、晴風の乗員達にとっては衝撃的(笑)だったのでちょっとした騒ぎになった。

「天使様となるとメイドさんが付くんだ。」

鈴に心底感心した表情で言われ簪は苦笑しつつ説明しようとしたのだが。

まずそれは別に正式なものでは無く、あくまでクロエが好意でやってくれているのだと説明したのだが。

「好意?するとクロエさんは簪さんを・・・『愛する簪様に尽くすのが私の願いなのです。』『私達は主従の関係、貴女の愛を受ける訳には・・・』、ああ運命が2人を・・・」

と幸子が1人芝居(妄想?)を始めてしまう結果になり、暫らくは混沌状態になってしまった。

まあ何とか皆納得してくれたのだが、その間クロエは簪の傍に控え続け、シャルは面白く無さそうにそれを見ていている状態だったが。

まあ多少の混乱は有ったが、そのお陰かシャルとクロエも明乃達と親しくなれたのは幸いだと簪は思った。

ただシャルとクロエが、自分の海洋学校時代の事ばかり聞いていたのには簪は困惑させられてしまったが。

 

こうしてそうりゅうと晴風の乗員達の交流は無事に終り、いよいよ演習が行なわれ事となったのだが。

簪にとっての受難はこれからが本番だった。



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No.10ーそうりゅう中央海へ3-

2日後、そうりゅうは晴風と同じくブルーマーメイド商会に所属する黒潮と共に中央海の洋上にいた。

そうりゅうの目的の一つ、中央海の商会との演習の為だった。

「あの連中は本当に相変わらずだな・・・」

そんな晴風の艦橋で副長のましろがぼやいていた、苦々しい表情を浮かべて。

「気持ちは分かるけど・・・落ち着いてシロちゃん。」

苦笑しつつ艦長の明乃がなだめている。

「ですからシロちゃんは・・・いえ、すいません艦長。」

落ち着いたのかましろは顔を赤くしつつ謝って来る。

「でも副長の言っている事ももっともです艦長・・・本当に困った連中です。」

タブレットを抱きしめながら幸子が言って来る。

「まあ今に始まった事じゃないけどな。」

「うぃ。」

芽依と志摩も同様に苦々しい表情を、まあ志摩は普段と変わらないが、浮かべながらぼやく。

「私も許せません・・・簪さんにあんな事言って。」

普段は怒りを表わす事の無い鈴までもがそう言って震えている、怒りの為に。

何故晴風の艦橋要員達が、皆こうまで憤慨しているのかと言えば、それは演習出発時に起こったトラブルが原因だった。

 

演習出発の為、ブルーマーメイド商会専用桟橋に集合したそうりゅうと晴風、そして黒潮の乗員達。

ちなみに黒潮は晴風同様の陽炎型航洋艦がモデルだった。

そしてそんな黒潮の乗員達の注目は自分達の艦より大きいそうりゅうに集まっており、先程から質問攻めにそうりゅうの乗員達はあっていた。

中央海では見られない大型潜水艦だけに仕方が無い話ではある、もちろん艦長である簪が集中して質問されている。

「かんちゃん大人気だね。」

「いえそう言う訳では無いと思いますが。」

その光景を微笑ましく見ながら言う明乃にましろは苦笑しながら答える。

「へっこれがそうりゅうか、まあ大きいが所詮潜水艦だからな。」

「まあな良い標的だぜ。」

和やかだった桟橋に無粋な声が響き、その場に居た者達がその声の主を見る。

それは白いシャツにズボンの艦内服に身を包んだ数人の男達だった。

「奴ら・・・」

ましろが顔を顰めて呟く。

ブルーマーメイド商会と共に今回演習に参加するホワイトドルフィン商会の連中だった。

そんな彼らに晴風と黒潮の乗員達の向ける視線は決して好意的なものでは無かった。

何しろホワイトドルフィン商会の中では問題児として有名な連中で、他の商会の者達からも嫌われているからだ。

それは今の言葉でも分かるだろう、常に上から目線で他の商会の者達を見下した言動を平気でするのだ。

「そう言えば北方海の守護天使様も居るんだろう、どいつだ?」

晴風と黒潮の乗員達の向ける冷たい視線も気にする事も無く彼らは桟橋に居る者達を見渡す。

「天使ではありませんが、私がそうりゅう艦長の更識 簪です。」

「艦長・・・」

彼らの前に出て簪はそう名乗る、すると周りに居た乗員の娘が心配そうに声を掛けてくる。

その娘に大丈夫ですよと微笑み、簪は彼らに言う。

「出来れば自己紹介して頂けますか?それとも中央海の海の男はそんな事も出来ないのですか。」

簪の言葉に彼らの表情が引きつる。

「何をふざけた事てめえは・・・」

激怒した男が手を簪に伸ばそうとするが。

「次は暴力ですか・・・それでも『海の上では紳士たれ。』のホワイトドルフィン商会の人間なのですか。」

男は手を止め苦々しい表情を浮かべる、ホワイトドルフィン商会が常日頃うたい文句にしているセリフを出されて。

「まあ良い、演習で思知らせてやるからな覚えて置けよ天使様。」

そう捨て台詞を残してホワイトドルフィン商会の男達は帰って行き、桟橋にほっとした空気が流れる。

「すまなかった更識艦長、あの連中何時もあんな調子でな。」

そう言って謝罪してくるましろに簪は微笑みながら答える。

「いえ気にしていませんから宗谷副長、それにしてもあんな人達は何処にでもいるのですね。」

 

「まあ更識艦長が冷静に対応してくれて良かったですね。」

ましろがその時の事を思い出して言う、天使は少々のことでは怒らないのだと感心しながら。

「まあそうなんだけど・・・かんちゃん、結構怒っていたと思うな。」

そんなましろの言葉に明乃が苦笑しながら答える。

「そう何ですか?」

「うん、かんちゃんが本当に怒ると口調が物凄く冷静になるから。」

まあそれは自分の事を馬鹿にされたと言うより、人を見下した言動に対してだろうと明乃は確信している。

簪があの手の類の人間を嫌っている事を明乃は一緒に練習艦に乗っていた頃から知っていたからだ。

そして怒りが強くなるほど彼女が冷静な口調になる事も、様は普段滅多に怒らない人間が本当に怒ると怖いと言うやつだ。

「なるほど天使の怒りを買ったと言う訳ですね、『お前たちは天使である私の逆鱗に触れた、報いを受けよ。ああ、お許しください。』。」

幸子の何時もの一人芝居に皆苦笑してしまうが、明乃は冗談になっていないなと思う。

「かんちゃん演習ではきっと容赦しないと思うな、連中ボコボコされちゃうでしょうね。」

「天罰が下るって感じだな、いい気味だぜ、なあタマ。」

「うぃ。」

「当然です、連中にはいい薬です。」

明乃の予想に芽依と志摩、鈴は当然だと言った顔をして頷き合う。

今回の演習ではそうりゅうはシーサーペント役をする事になっていた。

それは半潜水状態での電探の反応がシーサーペントとそっくりな事と、簪が行動パターンを熟知しているからだ。

だからこそブルーマーメイド商会作戦部長である宗谷 真雪は簪をわざわざ北方海から呼んだのだ。

「もっとも私達相手でもかんちゃんは手を手を抜かないから皆心してね。」

例え旧知の中であったとしても簪は決し手加減などしないだろう、そんなところは生真面目な彼女らしいと明乃は思う。

『皆さんにはシーサーペントの本当の恐ろしさを知ってもらう積もりですから。』

演習前に明乃達に簪が言っていた事だ。

「確かに手強い相手ですね、北方海の最前線で常に戦っている歴戦の艦長ですからね更識さんは。」

ましろは明乃の言葉に表情を引き締めて答える、何しろ簪については様々な話が、ここ中央海にも伝わっている。

中には誇張されたものもあるが、それを抜きにしても明乃達にとっては驚嘆すべき事が多い。

その任務の性格上、複数の艦による船団護衛が主の晴風と違い、そうりゅうは潜水艦の為単独行動が主だ。

特に巨大シーサーペントに対する監視と封じ込めは非常に危険で困難な任務だと明乃は真雪から聞いている。

艦長としてその肩に掛かる重圧は並み大抵の事では無いだろう事は同じ艦長である明乃には十分理解できる。

簪はその重圧に耐え任務を全うしているのだから凄いものだと明乃は尊敬の念を覚える。

まあそう称賛された簪は困った表情を浮かべながら『私は出来る事をしているだけです。」と言うだけかもしれないなと明乃。

その辺は誇っても良いと思うのだが、そうじゃないところが簪らしいと明乃は心の中で微笑むのだった。

 

「くしゅっん・・・」

そうりゅうの艦長席に座っている簪が可愛いくしゃみをする。

「大丈夫ですか簪様?」

傍らに控えていたクロエが心配そうに簪の顔を覗き込んで来る。

「ええ大丈夫ですよクロエさん。」

微笑みながらそう答えた簪は、誰かが噂でもしているのかと思った。

まあ先程のホワイトドルフィン商会の連中が自分の悪口でも言っているのだろうと簪は考えたのだが。

自分が褒められているなんて考えない辺りは簪らしいと言える。

「・・・間もなく演習海域です、総員戦闘配置について下さい。」

頭の中からそんな事を追い出すと簪は指示を出す。

「了解です艦長、総員戦闘配置つけ。」

センサー担当乗員が答えると、艦内放送を行うと共にアラーム音をそうりゅう内に流す。

『魚雷・艦載火器管制室準備良し、何時でも行けます。』

『機関管制室配置完了、メインモーター及び燃料電池に問題無し。』

その返答に満足そうに頷くと簪は言う。

「それでは行きましょうか。」

演習だからと言って手を抜く積もりは簪には無かった、先程明乃が言っていた通り皆にシーサーペントの本当の恐ろしさを知ってもらいたいからだ。

だがそれは叶わなかった・・・

 

『艦長!救難信号を受信、船名はまみや丸・・・シーサーペントの襲撃を受けつつありとの事です。』

晴風の艦橋に無線室から電信員である八木 鶫(つぐちゃん)の声が響く。

「!?」

明乃と顔を一瞬見合わせたましろは直ぐに艦内電話に取り付くと無線室の鶫に詳細を訪ねる。

『幸い沈没にまでは至っていない用ですが、シーサーペントに取り付かれている為船からの退避が出来ないらしいです。』

鶫の言葉にましろは艦長である明乃に振り向き詳細を伝える。

「分かりました、晴風は演習を中止し救助に向かいます、黒潮とホワイトドルフィン商会の艦に・・・」

『こちら前方見張り、ホワイトドルフィン商会の二隻が急加速して離れて行きます。』

マスト上の見張り台に居るマチコから入って来た報告に艦橋は困惑に包まれる。

「あいつら・・・勝手に何を。」

ましろは艦橋の窓に取り付き、急速に晴風と黒潮から離れて行く二隻の艦を苦々しく見る。

「艦長!」

「本艦も直ちにまみや丸に向かいます、リンちゃんお願いね、あと黒潮にも指示を。」

「了解です艦長、直ちに向かいます・・・進路情報お願いします。」

「八木さん、進路情報を頼む、あと黒潮に晴風に続く様に伝えてくれ。」

指示を受けた鈴とましろがそれぞれ行動を起こす。

「全艦戦闘配置、但し救難活動を優先します。」

明乃の指示を幸子が復唱して、艦内放送を行う。

「全艦戦闘配置、但し救難活動が優先です、繰り返します・・・」

晴風の艦内に幸子の声とアラーム音が響き、乗員の娘達が駆け足で配置に付いて行く。

30分後、晴風と黒潮は現場海域に到着するが、状況は明乃達が思っている以上に最悪だった。

「あんな至近距離に居ては攻撃は・・・」

双眼鏡で状況を見たましろはそう言って絶句してしまう。

何しろシーサーペントはまみや丸の船体にまとわり付く様にしているのだ、幸い大きな損傷は無い様だがそれも時間の問題だろう。

「くっこれで撃ったらまみや丸にも当たっちまうぜ。」

「うぃ、これは危険。」

砲術長である志摩が芽依の言葉に頷いて答える。

「あれでは船からの退避も無理です艦長。」

幸子も悲痛な声を上げる。

だが状況は彼女達の予想を超えて更に悪化して行く。

「ホワイトドルフィン商会の艦が砲撃を開始!」

右舷見張り員の内田 まゆみ(まゆちゃん)が双眼鏡を見ながら叫ぶ。

「なっ・・・」

慌ててまゆみの傍に行き、双眼鏡を構えたましろの視界にホワイトドルフィン商会の艦が砲塔を向けシーサーペントに射撃するのが映る。

「正気なのかあの連中は!?艦長!!」

振り向いてましろは明乃に呼びかける。

「ココちゃん、直ぐに連絡を、射撃を止める様に伝えて。」

「は、はい艦長。」

明乃の指示に幸子は艦内電話を取り上げ、無線室に明乃の指示を伝える。

しかし砲撃は止まず、砲弾の幾つかはまみや丸を掠め、ついに一発がマストに命中し吹き飛ばしてしまう。

「連絡は付かないのか?」

ましろがそう叫ぶ。

「はい艦橋・・・駄目ですか、艦長!ホワイトドルフィン商会はこちらの呼び掛けに応答なしだそうです。」

無線室からの答えを伝える幸子は絶望的な表情で報告して来る。

どうすべきか?明乃は考える、最悪晴風を彼らとシーサーペントの間に入れてでも止めるべきかと苦悩していると。

「えっ?そうりゅうからですか・・・艦長、そうりゅうから通信、『魚雷攻撃を行うので距離を取る様に。』との事です。」

「ココちゃん、本当にかんちゃんがそう言ってきたの?」

「そんな更識さん・・・貴女まで!?」

幸子の言葉にましろと明乃は顔を見合わせて動揺の声を上げる。

「う、嘘・・・簪さんがそんな事を言うなんて・・・」

「おいそれじゃあいつらと同じだぜ。」

「・・・信じられない・・・」

鈴が信じられないと口元に手を当て呟き、志摩と芽依も困惑の声を上げる。

皆あの簪がそんな事を言って来るとは信じられなかったからだ。

「はい・・・なるほど分かりました・・・艦長、そうりゅうは近接信管をセットした魚雷でシーサーペントの注意を逸らす積もりの様です。」

「そう言う事か更識さん。」

ましろは簪の意図を理解し満足げに頷く。

様はシーサーペントの注意を引き付けて、まみや丸から引き離す、そうすれば救助がしやすくなる、そう簪が考えていると分かったからだ。

「うんかんちゃんらしいね、彼女はどんな時でも人命第一だったからね。」

そう言う所も海洋学校時代と変わっていないと明乃、もちろん艦長としての判断でもあるのだろうが。

「リンちゃん進路変更、一旦離れます、黒潮も伝えて。」

「了解進路変更します、面舵30。」

「八木さん、黒潮に晴風に続く様伝えてくれ。」

鈴が進路変更を復唱して舵輪を操作、ましろが通信室の鶫に黒潮への連絡を頼む。

そして晴風と黒潮がまみや丸から十分離れた所に到達すると。

『こちら水測、そうりゅうからの魚雷発射を確認、30秒後に本艦の右舷を通過いたしますわ。』

水測員の楓からの報告にましろと明乃が右舷の窓に駆け寄り、晴風の右舷海面下を走行する魚雷を確認する。

そしてそうりゅうの放った魚雷はシーサーペントの手前で起爆、水柱を派手に上げる。

水柱はシーサーペントだけでは無く、まみや丸にも掛かるが、砲弾の命中に比べればまだましだった。

『シーサーペントがまみや丸から離れて行きます。』

マスト上の見張り台からマチコの報告が入る。

「よっしゃやったぜタマ!」

「うぃ。」

芽依がガッツポーズを取り、志摩も嬉しそうに(表情はあまり変わらないが)頷く。

「流石です簪さん。」

「守護天使は伊達ではありませんね。」

芽依達同様嬉しそうに微笑む鈴に、何故かドヤ顔の幸子。

「晴風と黒潮はこれより救助活動に入ります、医務室のみなみさんに準備する様伝えて。」

離れて行くシーサーペントを確認すると明乃が救助活動に入る事を宣言、医務室のみなみさんこと鏑木 美波に準備する様にと指示する。

「了解です艦長、これよりまみや丸の救助に入る、救助艇の用意を急げ!」

「こちら艦橋、鏑木さん負傷者多数の模様です、準備願います・・・はい手の空いている者を手伝わせます。」

明乃の指示を受け、ましろと幸子が行動を起こす。

「水測及び電探での監視と見張りを厳重にして、シーサーペントが1匹だとは限らないから、リンちゃん出来るだけまみや丸の近くへ。」

「はい艦長、前進微速、接近します。」

鈴が明乃の指示通り晴風をまみや丸を接近させて行く。

『電測室より艦橋へ、付近には離れて行くシーサーペント以外の反応は味方だけです。』

『水測より、付近に感はありませんわ、引き続き監視いたします。』

楓と電測員の慧の報告が艦橋に入る。

『こちらは問題無し、まみや丸がボートを降ろし退避を開始。』

「黒潮続きます艦長。」

前方見張りのマチコと左舷見張りの山下 秀子(しゅうちゃん)の報告も続く。

「右舷も問題は・・・って艦長!ホワイトドルフィン商会の連中がシーサーペントを追って行きます。」

右舷見張りのまゆみが振り向いて報告して来る。

「一体何を考えているんだあの連中は!?」

まゆみの隣に駆け寄り、双眼鏡でホワイトドルフィン商会の艦を見ながらましろが叫ぶ。

よりにもよって彼らは救助を求める者達をほっておいてシーサーペントを追っていったのだからましろが憤慨するのも当然だった。

確かにシーサーペントの撃滅は重要だが、そんな場合でも人命救助を優先させるのが自分達の義務だと思っているからだ。

「・・・ほっといて良いです、救助を優先します・・・私達は。」

特に海の仲間は家族だとの思いが強い明乃の怒りはましろ以上だったが、艦長としての責務を思い出し冷静に振る舞う。

そして今頃海中のそうりゅうの中で簪も同じ思いで居るんだろうなと思った。

 

「シーサーペント離れて行きます、まみや丸は無事です艦長。」

センサー担当の乗員がほっとした表情で報告して来る。

「良かったです・・・後は晴風と黒潮に任せましょう。」

簪も同様にほっとした表情で答える。

「流石だね簪。」

隣の補助席に座っているシャルが称賛の声を送って来る。

「はい簪様お見事です。」

隣に控えて立っていたクロエもシャル同様に。

「いえそれは火器管制担当の・・・」

「私は指示に従っただけです、艦長の決断の結果です。」

シャルとクロエの称賛に簪が否定しようとするが、火器管制担当の乗員はそう言って微笑む。

「はい、あそこで冷静な判断を下された艦長のお陰だと思います。」

機関・ダメコン担当の乗員もそう言って簪に称賛の表情と声を掛ける。

「・・・皆さんそれくらいでお願いします。」

皆のそんな声に簪は顔を赤くして困惑してしまう、相変わらずこの手の称賛には弱いのだった。

それを見て微笑みを更に深くするシャル達、まみや丸が無事だった事もあり皆安堵していたのだが。

そんな発令所の空気を吹き飛ばしてしまう状況が起こる。

「!?ホワイトドルフィン商会の艦がシーサーペンを追って行きます、何やってんのあの連中。」

複合ディスプレイを見ていたセンサー担当の娘がましろの様に憤慨して叫ぶ。

皆がマルチセンサーポストが捉えた映像を映す大型共用ディスプレイを見る。

そこにはまみや丸に見向きもせずシーサーペンを追って離れて行くホワイトドルフィン商会の艦が見えた。

「最低だねあの連中。」

シャルの軽蔑を含んだ言葉に火器管制担当と機関・ダメコン担当の娘達も頷く。

皆ホワイトドルフィン商会の行為に怒りを覚えていたがそれは至極当然な話だ。

それは仕事上の責任感から来るだけでは無い、海の上ではお互いがそんな時には助け合うと言う暗黙のルールが有る。

だからこそ皆海の上で生きていく事が出来ると思っているのだ。

彼らの行為はそのルールを破り、海で生きる者達の間の信頼関係を傷つけるものだ、皆が怒りを覚えるの無理はない。

「簪様・・・」

そんな中、クロエは黙り込んでしまった簪を心配そうに見る。

簪が海の上で何より人命を第一にしている事を明乃同様、クロエは知っていたからだ。

その心中は怒りと深い悲しみに満ちているだろうと思いクロエは心を痛めてしまう。

優しい故に様々な物を抱え込んでしまう簪にクロエは何も出来ないと内心深い溜息を付いてしまう。

その優しさに自分は何度も救われて来たというのに。

「せめて・・・後で美味しいコーヒーを入れて差し上げます簪様。」

クロエは小さくそう呟くのだった。

「・・・そうりゅうはこのまま晴風と黒潮の護衛に回ります。」

何事も無かった様に指示する簪の声は何時もに増して冷静に聞こえたが、それが彼女の内心を表している事に皆気付いていた。

それは付き合いの長い乗員やクロエは元より、短いシャルにさえ分かるくらいに。

それ以降簪はそうりゅうが港に着くまで、指示以外に喋る事は無かった。

 

晴風と黒潮の救助作業は1時間で終了した、船体は破棄せねばならなかったが、幸い死者は一人も出なかった。

「晴風より通信、これより帰港する、との事です。」

演習は中止になった、まあ状況が状況なだけに仕方が無いだろう、結局ホワイトドルフィン商会の艦は戻って来る事は無かった。

「引き続き晴風と黒潮の護衛をしつつ帰港します。」

多くの遭難者を載せている為、晴風と黒潮は満足に戦闘出来る状態では無かったので、そうりゅうは2艦の護衛を行いながら帰港するのだった。

救助は成功したものの、後味の悪い結果に簪と明乃の表情は帰港するまで晴れなかったのは言うまでも無い。

だが・・・この事が後に大きな問題となって自分達に降りかかって来るとは、その時点で簪と明乃は想像する事は出来なかった。



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No.11ーそうりゅう中央海へ4-

中央海編終了です。



「何故そうりゅうが作戦に参加出来ないのですか!?」

ブルーマーメイド商会作戦部長の部屋にましろの声が響く。

 

まみや丸襲ったシーサーペントを撃滅する為に急遽艦隊が結成される事が中央海のハンターギルドで決定された。

ホワイトドルフィン商会の艦艇にブルーマーメイド商会からは晴風と黒潮、そしてそうりゅうが参加する事になっていのだが。

その準備中に明乃とましろは呼び出され、作戦部長である宗谷 真雪にこう告げられたのだった。

「そうりゅうは今回の作戦に参加出来ない。」と。

突然の通達に明乃は困惑の表情を浮かべ、ましろは思わず真雪に詰め寄ってしまっていた。

「・・・ハンターギルドの決定です宗谷副長、ホワイトドルフィン商会からそうりゅうとの共同作戦は出来ないと言う通告があった為です。」

ホワイトドルフィン商会のシーサーペントの撃破がそうりゅうの攻撃の為失敗した、そんな者達との共同作戦は断らせてもらう、そうハンターギルドに通告して来たと真雪は説明する。

「あいつら・・・」

ましろはホワイトドルフィン商会の理不尽な言い様に怒りが溢れて来る。

「作戦部長、かんちゃん、更識艦長の対応は間違っていなかったと思います。」

明乃はそう言って真雪を見る、彼女も今回のホワイトドルフィン商会の言い分に怒りを覚えていた。

あの時簪が近接信管付きの魚雷でシーサーペントをまみや丸から引き離してくれなければ、救助できなかっただけでは無く、最悪沈没もあり得たのだから。

「・・・分かっています岬艦長、ですがギルドがそう決定した以上従わなければなりません。」

自分の説明に明乃とましろが不服な表情を浮かべるのを見て真雪は苦渋の思いが深くなって来るのだった。

真雪とて今回のホワイトドルフィン商会の抗議やギルドの決定に納得できない思いを抱ている。

様はギルドに所属する商会の中で大きな影響力を持つホワイトドルフィン商会にギルド幹部が忖度した結果のは明白だ。

とは言えブルーマーメイド商会もギルドに所属している以上その決定には逆らうのは、これからの商会の活動に影響が出てしまう。

だから真雪もその決定を受け入れざるを得なかったのだ。

ギルドの決定が通告された日、真雪はそれを簪に直接説明する為そうりゅうを訪れた、彼女を中央海に呼んだのは自分だ、だとすれば人を介して伝えるのではなく自分が出向いてやるべきだと判断したからだ。

「分かりました宗谷作戦部長、そうりゅうは待機しています。」

真雪からの通達を聞いた簪は穏やかに微笑みながら答えた、そう理由の説明を求めたり抗議する事も無く。

簪が自分と商会の立場を案じて何も言わなかった事が真雪はよくわかった。

「宗谷作戦部長、皆に伝言をお願いします。」

簪の伝言を受け取りそうりゅうを降りた真雪は自嘲気味に呟く。

「教え子の立場を悪くしたうえに、その相手から気を使われる・・・これじゃ恩師なんて恥ずかしくて言えませんね。」

真雪はそんな事を思い出しながら、気を取り直し明乃とましろに簪からの伝言を伝える。

「二人に更識艦長からの伝言を伝えます、『私の事に構わず、自分の責務を果たして下さい。』との事です、岬艦長、宗谷副長。」

明乃とましろは簪からの伝言にはっとした表情を浮かべると互いに顔を見合わせ頷きあう。

「かんちゃん・・・」

「・・・らしいですね。」

自分の責務、シーサーペントの駆逐を一時的な感情で忘れないで欲しい、簪らしいその言葉に明乃とましろは冷静になる事が出来た。

海洋学校時代もそうだった、自分達の心情を察し、適切な助言を簪はしてくれたものだったと明乃とましろは思い出す。

多分このままだったら二人は任務を怒りのあまり放棄してしまっていたかもしれない、そうなれば明乃とましろはもちろんブルーマーメイド商会の立場も悪くしていただろうし二人は後に深い後悔をしただろう。

それに気付いた明乃とましろは再び頷きあうと姿勢を正し真雪に向き合い頭を下げる。

「作戦部長申し訳ありませんでした、自分達は責務を果たします。」

「出来過ぎた真似をいたしました、皆に更識艦長の言葉を伝えたいと思います、きっと皆分かってくれます。」

明乃とましろの言葉に真雪は微笑んで頷く。

「ええ二人ともよろしくお願いいたしますね。」

冷静になってくれた明乃とましろ、適切な助言をしてくれた簪、私は何て素晴らしい教え子たちを持てたのだろう、そんな感激に真雪は包まれていた。

 

数時間後、晴風と黒潮はホワイトドルフィン商会の艦と共に作戦海域に向かっていたのだが・・・

はっきり言って晴風の艦橋の雰囲気は最悪と言えるだろう、誰も押し黙り何時もの明るい会話も無かった。

「あいつら・・・後ろから魚雷を打ち込んでやろうか。」

前方を進むホワイトドルフィン商会の艦を見ながら物騒な事を芽依が呟くが、誰も艦長の明乃どころか何時もならそう言った事を真っ先に諫めるましろさえ何も言わない事が今の彼女達の心情を表している。

いやそれは艦橋要員達だけでは無かった、晴風の乗員皆がそんな心情だったのだ。

それは晴風に戻った明乃にホワイトドルフィン商会の抗議でそうりゅうが作戦に参加出来ないと知らされた乗員達が皆怒った事で分かるだろう。

「更識が何をしたんだと言いやがるんでぃ!こうなったらあいつらに一言いってやる!」

お陰で機関長の柳原 麻侖(マロンちゃん)が殴り込み(?)にホワイトドルフィン商会の艦に行きそうになり、黒木 洋美(クロちゃん)や機関員達に取り押さえられる事態まで起こる始末だった。

一応簪の伝言を明乃から伝えられ落ち着いたのだが、心情は先の芽依同様で、誰しも納得出来ている訳では無いのだった。

そんな重苦しい雰囲気の中事態が動き始める。

『こちら電測室!前方6千にシーサーペントらしき反応有り。』

艦橋内のスピーカーが慧の報告を伝えて来る。

明乃が頷くのを見てましろは艦内電話に取り付き詳しい情報を訪ねる。

「艦長、方位右70、数は1匹の様です!」

慧からの情報をましろが伝えると明乃は再び頷き指示を出す。

「総員戦闘配置に付いて!主砲及び魚雷発射準備!」

「出やがったな!今度こそ決着を付けてやる!あいつらに負けてたまるか。」

「うぃ、それは当然。」

明乃の指示に砲術長の志摩と水雷長の芽依が闘争心剥き出しに(志摩はそう見えないが)声を上げる。

「リンちゃん進路右70、両舷全速!」

「了解、進路右70、両舷全速!」

続いて鈴が指示を受け取ると何時もよりも大きい声で復唱する、大事な仲間である簪に対する仕打ちに、彼女もまた怒っているのだ。

「黒潮にも続く様に伝えて!」

「了解です艦長。」

明乃の指示にましろは艦内電話を通信室に切り替え鶫に連絡を頼む。

『ホワイトドルフィン商会の2艦先行します。』

前方見張りのマチコの報告が入る、ましろは眉をしかめるが何も言わなかった。

晴風と黒潮は先行するホワイトドルフィン商会に続きながらシーサーペントへ向かう。

『シーサーペントを確認・・・?目標が進路を変更、後退して行きます。』

やがて接近したところでマチコがシーサーペントを発見したのだが・・・

「後退?」

ましろが信じられないと言った面持ちで言う、何故ならシーサーペントは自分が深く傷つかない限り下がる姿を見せた事が無かったからだ。

「艦長追撃を・・・」

「待ってシロちゃん、かんちゃんの言葉を思い出して。」

取り敢えず追撃を進言しようとしたましろの言葉を明乃が遮る。

「だからシロちゃんは・・・あっ!?」

明乃の言葉に苦言を返そうとして、ましろは艦長の言いたい事を理解する。

『シーサーペントは狩りについてはとても狡猾です、もし連中が普段と違う行動を取ったら注意して下さい。』

簪が演習前にましろ達にそう言っていた事を思い出す。

「それじゃ艦長、これはもしかして?」

ましろの言葉に明乃は頷くと指示を出す。

「晴風は一定の距離を保ちつつ追跡します、黒潮にも伝えて。」

我先にと追撃して行くホワイトドルフィン商会とシーサーペントを晴風と黒潮は距離を保ちつつ追う。

『シーサーペントの進路及び速力変わらず・・・前方に双子島を確認。』

マチコが報告して来る、ちなみに双子島と言うのは形状が似た島で、艦船がせいぜい2隻通れるかと言う間隔で並んでいる。

明乃とましろは双眼鏡でシーサーペントとホワイトドルフィン商会がその双子島の間の水域に入って行くのを確認する。

そして両者がその水域に入った瞬間・・・

『!?シーサーペントがホワイトドルフィン商会の2艦の間に浮上して来る。』

狭い水域に入ったホワイトドルフィン商会艦の間に突如シーサーペントが浮上して来たのだ。

僚艦が至近距離な為ホワイトドルフィン商会艦は攻撃が出来ずパニック状態に陥る。

「どこから現れたんだ?」

ましろがその状況を見て叫ぶ、その水域にシーサーペントが居たなら水測の楓から連絡がある筈だからだ。

「多分海底に潜んでいたんだよ、言っていたじゃないかんちゃんが、やつらは短時間なら水中に潜んで居られるって。」

冷静に明乃が答える、北方海でも流氷の下に隠れ艦船を襲った事が有る、簪がそう言っていたのを思い出しながら。

『右舷ホワイトドルフィン商会艦が損傷、速力低下、左舷の艦も攻撃を受けてる!』

両艦の間に現れたシーサーペントによりホワイトドルフィン商会艦は為す術も無く損傷を受けて行く。

「艦首艦載砲に煙幕弾装填、射撃準備急いで!」

明乃が指示をする、憎い相手だが見殺しには出来ない。

「・・・うぃ・・・煙幕弾射撃準備。」

砲術長の志摩も複雑な心境だったが明乃の指示を復唱する。

晴風の艦首砲塔が旋回、砲身が仰角を取る。

「射撃準備良し・・・」

「打ち方始め!」

明乃の指示により晴風の艦首砲塔が煙幕弾を発射、ホワイトドルフィン商会艦の間のシーサーペント付近に着弾し煙幕が展開する。

「ホワイトドルフィン商会に離脱する様伝えて、魚雷発射準備、黒潮にも準備を行う様に連絡。」

「魚雷発射準備に入る、急いで!」

「通信室、黒潮に魚雷発射準備を行う様に伝えてくれ。」

ましろと水雷長の芽依が明乃の指示を復唱し行動に移す。

『ホワイトドルフィン商会艦離脱して行きます、シーサーペント目標を見失った模様、誘導していた奴が戻って来ます。』

煙幕によりホワイトドルフィン商会艦をシーサーペントは見失う、一方誘導していた方は進路を戻し向かって来ようとしていた。

「面舵、左舷魚雷戦に入る、黒潮にも続く様に連絡を。」

進路を右に切り晴風は魚雷発射管を左舷側に向け、黒潮もそれに続く。

「メイちゃん、2匹の進路が重なった瞬間に命中する様にお願い、シロちゃん黒潮にタイミングを合わせる様伝えて!」

「OK!第一魚雷発射管室発射準備。」

「だからシロちゃんは・・・八木さん、黒潮にタイミングを合わせて魚雷発射を行う様に伝えてくれ。」

嬉々として発射タイミングを計算する芽依、ましろはつい何時もの小言を言いそうになるのを抑え通信室の鶫に指示を伝える。

「目標2・・・重なるぞ発射!」

『了解です、発射します!』

芽依の指示に一番魚雷発射管担当の松永 理都子(りっちゃん)が復唱、晴風が魚雷を発射、黒潮も続く。

明乃とましろは左舷側の窓に駆け寄り双眼鏡で状況を確認しようとする。

煙幕を抜け2匹が出て来た所に晴風と黒潮の魚雷が命中、爆発音と水柱が立つ。

「状況を確認!」

双眼鏡を降ろして振り向くと明乃が叫ぶ。

『シーサーペントの反応消失を確認。』

電測員の慧が報告して来る。

「やったぜタマ!」

「うぃ。」

志摩と芽依がハイタッチして喜び合う。

「やりましたね。」

「はい、大成功です。」

幸子と鈴も顔を見合わせて微笑みながら喜ぶ。

「・・・それにしても更識艦長はこの事を予測していたんでしょうか?」

双眼鏡でどす黒い体液に覆われる海面を見ながらましろが呟く。

「多分ね・・・かんちゃんならそのくらいやりそうだよ。」

ましろの呟きに苦笑しながら明乃が答える、そう北方海の守護天使ならと・・・まあ簪が聞いたら困った表情を浮かべるだろうが。

「ホワイトドルフィン商会艦に救援が必要か確認を・・・」

「分かりました、まあそうだとしても素直に救援を依頼してくるか疑問ですが。」

明乃が指示すると双眼鏡を降ろしたましろは肩を竦めながら艦内電話を取り上げて言う。

実際その通りで、『手助けなど要らない、自力で帰る。』と返答が来て艦橋要員達は皆呆れた顔をしたのだった。

 

双子島を後にして港に帰って来た晴風と黒潮が接岸し、ほっとした表情で降りて来た明乃達をある人物が待っていた。

「皆さんお帰りなさい・・・そして任務達成ご苦労様でした。」

それは簪だった、その姿に明乃達は最初は驚いたが直ぐにそれを歓喜に変え彼女を取り囲む。

「かんちゃん!うん任務は大成功だよありがとう。」

「これも更識艦長のお陰だ、感謝する。」

「流石は簪だぜ、なあタマ?」

「うぃ、その通り。」

「守護天使の力、ますます感服です簪さん!」

「簪さん、やっぱり凄いです!」

明乃達の称賛に簪は皆が想像していた通り困った表情で答える。

「いえ、それは皆さんの実力です、私は助言しただけですから。」

その答えに明乃達は顔を見合わせて笑う、簪らしいと思って。

そんな明乃達と簪を他の晴風乗員と黒潮乗員達が更に取り囲み、桟橋の上は少女達の歓声で満たされる。

だがそんな微笑ましい状況に水を差す輩が現れる。

「ふざけやがって!みんなお前たちの所為だぞ!」

ホワイトドルフィン商会の連中だった、晴風と黒潮の乗員達は皆一斉に呆れた表情を浮かべる。

どう考えても油断していた彼らの責任の筈なのだが、彼らはそれを棚に上げて明乃達に文句を付けて来たからだ。

「私は貴方達にも警告した筈です、シーサーペントを侮ってはいけないと。」

簪は聞いてくれるか分からなかったが、真雪を通じてホワイトドルフィン商会に伝えていたのだった、まあ連中は歯牙にもかけなかった様だが。

「それが無かったとしても晴風と黒潮は慎重に行動したでしょう、だが貴方達は油断した、その差が今回の結果じゃないですか?」

ホワイトドルフィン商会の前に出て簪は冷静に指摘するが、怒り心頭の連中に通じる筈も無く、余計に怒りを強めただけだった。

「うるさい!今度こそ分からせてやる・・・」

「馬鹿野郎!分からさせられるのはお前達の方だろうが。」

簪に掴みかかろうとしたホワイトドルフィン商会の男の前に、そう怒鳴り付けながら黒い影が入り込んで来た。

「うげぇ!」

掴みかかろうとした男はその影に吹き飛ばされ奇妙な声を上げて、桟橋に有ったコンテナに叩きつけられる。

「さ、作戦部長!?」

残ったホワイトドルフィン商会の者達はそう言って固まる。

「作戦部長?」

突然の出来事に固まった簪は目の前に立つ影、自分の倍はある体格の男を見上げて呟く。

「お初にお目にかかる更識艦長、ホワイトドルフィン商会作戦部長ジャミル・ニートだ。」

振り向いてそう名乗る彼に簪は思わず絶句する、ジャミル・ニートが機動新世紀ガンダムXの登場人物だと気づいて。

特徴的なもみ上げだが、サングラスを外し片方の目に走る傷跡を見せているから、物語における最終決戦時の姿の様だった。

最早何でも有りだなと簪は内心深いため息を付くしかなかった、今更ながら自分がこの世界に引き込まれた人間だと自覚させられていた。

「今日はうちの馬鹿共が迷惑を掛けて申し訳なかった。」

ジャミルはそう言って彼の出現に固まっている簪に頭を下げる。

「で、でも作戦部長、俺たちは・・・」

そんな作戦部長の姿にホワイトドルフィン商会の者達が言い訳しようとするが、振り向いた彼の眼光に黙らされる。

「黙れこのホワイトドルフィン商会の面汚しどもが・・・さっき更識艦長が言った通りだろうが、お前達は一体何をしてやがる。」

「「「・・・・・・」」」

ジャミルに言われ男達は何も言えず黙るしかなかった。

「しかも勝手にギルドに抗議してそうりゅうの作戦参加を邪魔したな・・・お前達のしでかした事を何処かにやってな。」

どうやらホワイトドルフィン商会の抗議は彼らが勝手にやった事なのだと簪達は気付き皆顔を見合わせる。

「お前達に海に出る資格は無い、全員再教育だ・・・ちなみに商会長もご承知だ、覚悟するんだな、さあそこで伸びている奴を連れてうせろ。」

言われた者達はしょげかえるとコンテナに叩きつけられて気を失っている男を連れトボトボ帰って行った。

「さて更識艦長、岬艦長、改めて謝罪する、まあ正式なものは後でうちの商会長から届くとは思うが。」

もう一度簪達に向かうと頭を下げてジャミルは再び謝罪して来る。

「いえ、そう言って頂けるのならこれ以上は言う積もりはありません、そうですね岬艦長?」

「はい、事情は理解しましたからニート作戦部長。」

今回の件が彼らの独断専行だと簪と明乃は理解出来たのでそう答える。

「そうか感謝する・・・それでは失礼する。」

ジャミルはそう言うと帰ろうとしたが何かに気付いたのか簪に再び向き合う。

「更識艦長、北方海に戻ったら織斑ギルド長に伝えてくれ、死にぞこないのジャミルが会いたがっていたとな。」

そう言ってジャミルはニヤリと笑う。

「織斑ギルド長とお知り合いだったのですか?」

驚いた簪が聞き返す。

「ああ、昔色々とな、まあ頼む・・・北方海の守護天使殿。」

最後に茶目っ気たっぷりに言って今度こそジャミル帰って行ったのだった。

なお、後日簪がその言葉を織斑ギルド長に伝えたところ、『まだそんな事を言っているのかあの男は。」と言って呆れていたが。

兎も角演習参加中に始まった一連の騒動は終結し、以後の予定は全て順調に進んだのだった。

そして簪は中央海での予定を全て終え北方海へ帰る事になった。

当然、お別れ会が今度は黒潮の乗員達も参加して盛大に開かれたのは言うまでも無かった。

 

3日後・接続海域。

そうりゅうが晴風と共に航行していた。

一応は護衛だが、実際は見送りだった、これはもちろん真雪の好意だった。

「そうりゅうより通信、『見送りを感謝します、岬艦長と晴風乗員の皆さん、またお会いしましょう。』との事です艦長。」

通信室から届いた連絡をましろが艦橋に居る者達に伝える、心なしか声を震えさせながら。

「・・・そうりゅうへ返信、『かんちゃんとそうりゅう乗員の皆の幸運を祈ります、絶対再会しましょう。』。」

「了解です艦長。」

自分と同じく別れの寂しさを感じながらもそう言う明乃に、艦長らしいなと思いながらましろは通信室へその言葉を伝える。

『そうりゅう潜行して行きます。』

マチコの報告通りそうりゅうは潜行してその姿を海中に消して行く。

明乃を始めとした艦橋要員達はその姿が完全に消えるまで目を離そうとはしなかった。

「ぐすぅ・・・簪さん・・・」

「ちくしょう・・・寂しくなんか無いからな。」

「・・・うぃ・・・」

「避けられない別れ・・・ああ簪さん・・・切ないです・・・」

皆目に涙を溜めながらそう呟く声が艦橋内に流れる。

「皆、悲しむ事は無いよ、海は、ここと北方海は繋がっているんだよ、諦めない限りまたきっと会えるんだから。」

努めて明るい表情と声を出し明乃は皆を鼓舞しようする。

「そうですねきっと・・・希望を忘れなければまた会えますね。」

ましろもそう言って努めて明るく皆に言う。

「うんそうですねまた会えますよね。」

「おうそうだなタマ!」

「うぃ。」

「感動の再開・・・ああその時こそ・・・」

明乃とましろの言葉に皆生気を取り戻した様に声を上げる。

「だからかんちゃんやそうりゅうの皆に負けない様頑張らなくちゃね、そうじゃないと笑われちゃう。」

皆の言葉を聞きながら、そうりゅうの消えていった海を見つめ明乃は自分に言い聞かせる様に呟く。

きっと簪も私達同様そう考えてくれていると信じて・・・

 

中央海での全ての任務終了。




何だか簪より明乃達が活躍する話になってしまいました。

それでは


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No.12ー奇妙な追跡ー

「依然変化無しですか。」

発令所に入って来た簪が共用ディスプレイを見て呟く。

「はい、進路及び速力とも変化無しです艦長。」

当直に付いて居た火器管制担当が振り向いて答える。

溜息を付き簪は艦長席に座る、同じく発令所に入って来た機関・ダメコン担当も自分の席に着く。

「当直を交代します、艦のコントロールをこちらへ。」

「了解、今切り替えました。」

今まで艦のコントロールを担っていた火器管制担当が答える。

「切り替えを確認、そっちはどうですか。」

艦長席のディスプレイで切り替えを確認した簪が機関・ダメコン担当とセンサー担当に聞く。

「こっちもOKです、じゃあ後宜しく。」

機関・ダメコン担当に自分の担当を引き継いだがセンサー担当がそう言って席を立つ。

「二人ともお疲れ様でした。」

席を立った火器管制担当とセンサー担当の2人にそう声を掛ける簪。

「はい艦長。」

「では失礼します。」

2人はそう答えると発令所を出て行く、それを見送り現状を確認する簪。

だが状況は自分が交代した時と変わっておらず簪は再び溜息を付いて共用ディスプレイを見る。

まあそうだろう、何か変化があれば簪は即座に呼び出された筈だから。

「状況に変化無しみたいだね。」

「そのようですね。」

出て行った2人と入れ替わる様に発令所に入って来るシャルとクロエ。

この2人相変わらず簪のシフトに合わせてここに来る、それは最早恒例だったので誰も気にしなかったが。

「ええ変化無しです・・・もう6時間も経つのに。」

そうりゅうは今1匹のシーサーペントを6時間も間追跡し続けていたのだ。

6時間前、通常の哨戒任務中だったそうりゅうが1匹のシーサーペントを発見したのが、この奇妙な追跡劇の始まりだった。

簪は直ちに戦闘配置を指示し攻撃を掛けようとしたのだが、そのシーサーペントはそうりゅうに見向きもしなかった。

船舶であれば何であれ攻撃を仕掛けて来るシーサーペントがだ、お陰で簪は攻撃のタイミングを外されてしまった。

最初簪はこれはシーサーペントが何かを仕掛けて来る為のものだと思って警戒しつつ追跡を命じのだが、1時間経ち2時間経つうちにその考えに自信が持てなくなっていった。

何しろシーサーペントは航路や漁場を何度も横切っているのに見向きもしないのだ、航行中の船舶や漁をしている漁船が居たのに。

「一応持ち込んだ文献を調べてみたんだけどね、該当する様な物は見付けられなかったよ。」

簪の隣に有る補助席に座ったシャルが溜息を付きながら話始める。

シャルは休息時間に自分がそうりゅうに持ち込んだ資料を調べてみたのだが、結局何の手掛かりも得られなかった。

「そう・・・ですか。」

それを聞いて簪も溜息を付く、様は前代未聞な状況と言う訳だ。

追跡が始まって3時間後に簪は派遣艦隊を通じて織斑ギルド長に連絡を取ったのだが、流石の彼女もシーサーペントについて北方海で最も詳しいシャルですら判断出来ない事項を分かる筈も無く、『更識艦長の判断に任せる。』と指示を出すのが精一杯だったのだ。

「皆様大分お疲れが溜まっているみたいでこのままでは・・・」

簪の傍らに立ったクロエが心配そうに話す、何しろ6時間経っても何の進展も無いのだ、乗員達の疲れも溜まる一方だった。

その事は簪も考えていた、このままの状態では不味いと、最早決断を先延ばしに出来そうも無いと。

「補助発電機の燃料はあとどの位持ちそうですか?」

現在そうりゅうは燃料電池ではなく、シュノーケルによって補助発電機を使いながら追跡していた。

もしもの時に備えて燃料電池を温存する為にだ。

「・・・あと2時間ですね艦長。」

機関・ダメコン担当の乗員がディスプレイを見ながら答える。

つまり後2時間は追跡出来る訳だが、幾ら燃料電池に問題が無いとは言え、全て使い切るのは危険だと簪は考えて決断を下す。

「分かりました、1時間経っても現状に変化が無い場合には追跡を断念し帰還しましょう。」

「はい、その方が良いと私も判断します簪様。」

そうりゅうの技術担当であるクロエも同様に考えていたのか簪の判断に同意を示す。

「僕としてはこのシーサーペントの謎を是非解明したところだけど・・・仕方が無いだろうね。」

シャルもクロエ同様に簪の判断に同意する。

「乗員の皆にもそう伝えて下さい。」

「了解です艦長。」

簪の判断を機関・ダメコン担当が艦内放送で乗員達に伝え始める。

 

それは共用ディスプレイに表示される時刻を見た簪が帰還の指示を出そうとした瞬間に起こった。

「!?艦長、シーサーペントが進路を変更します。」

一時的にセンサー担当を兼任している機関・ダメコン担当が振り向いて報告して来る。

「どちらへですか?」

緊張の走る発令所内で簪は冷静に問い掛ける。

「やや北に進路を変更、速力には変化無しです。」

簪は共用ディスプレイに表示されている海図を見る。

「ここに来てですか・・・一体何が有ったと言うのでしょうか?」

傍らで簪同様共用ディスプレイを見ているクロエが呟く。

「奴にとっての目的地に近づいたって事だろうね、簪進路の先に何かあるのかな?」

補助席に座り同じく共用ディスプレイを見ながらシャルが質問して来る。

「・・・この辺に人の住む島や航路、漁場は無かったと思うのですが。」

簪は自分の席に据え付けられたディスプレイに付近の海図を表示させ確認する。

「このまま進むと・・・これって・・・まさか?」

驚きと戸惑いの混じった声を上げる簪に、シャルとクロエは顔を見合わせる。

それに気付いた簪は共用ディスプレイに表示されている海図を縮小させて、シーサーペントが向かう先を2人に見せる。

「π島です・・・半年前シーサーペントに襲われ・・・島民全員が消えた・・・」

シャルとクロエは簪の言葉にはっとした表情を浮かべて共用ディスプレイを見つめる。

「何故今更あの島に?」

簪の問いに答えられる者は居なかった。

 

半年前、今回の様に哨戒任務中だったそうりゅうはπ島からの救援要請を受信し直ちに向かった。

だが島に到着したそうりゅうが見たのは今まで何度も見た破壊された港と誰も居ない街と言う光景だった。

簪達は付近の捜索に入り遭遇した1匹のシーサーペントを撃破したが、結局島民達の消息の手掛かりを得る事も出来ず帰還するしかなかった。

「あの時の・・・それにしても何でまた。」

当時の事を思い出しシャルは首を捻りつつ呟く。

「簪様・・・」

クロエは押し黙ってしまった簪を心配そうに見る、助ける事が出来なかったと自分を責める彼女の姿を思い出して。

簪が最善を尽くしたのはシャルとクロエ、乗員達も知っており誰も責める事は無かったのだが、本人としてはやはり救えなかったと言う思いは消せなかったのだ。

「・・・全艦戦闘体制に。」

「はい艦長、全艦戦闘体制繰り返す全艦戦闘体制。」

俯いていた顔を上げ簪が指示すると機関・ダメコン担当の娘はクロエ同様心配そうな表情を浮かべつつ復唱し艦内放送を行う。

「大丈夫ですよクロエさん、シャルもそんな顔をしないで下さい。」

心配そうに見るクロエとシャルに簪は微笑んで見せる。

そんな簪を見てクロエとシャルは大丈夫だと確信して顔を見合わせて頷きあう。

簪は確かに優しい性格だが、だからと言ってそれに引きずられる事はけっして無いと2人は信頼しているからだ。

「申し訳ありませんがもう少し追跡を続行します、名無し猫にも連絡を。」

「了解です艦長。」

 

進路を変えたシーサーペントとそうりゅうは1時間後π島に到着した。

「距離を保って下さい、艦首発射管の用意はどうですか?」

そうりゅうはシーサーペントと距離を保ちつつ停船する。

「1番及び2番魚雷に目標データ入力済み、何時でも発射出来ます。」

火器管制担当がディスプレイを見ながら報告する。

「分かりました、そのまま待機を・・・それにしてもシャル・・・」

隣の補助席に座るシャルを見る簪。

「・・・僕にもさっぱりだよ。」

シャルは両手を上げ、お手上げだよと言うポーズを取る。

「一体シーサーペントは何をしたいのでしょうか?」

簪の傍らに立つクロエも困惑を隠せないのかそう呟く。

π島に到着したシーサーペントは廃墟と化した街の前でさっきから佇んでいるだけだったからだ。

「艦長!後方より急速に接近中の物体有り・・・反応からシーサーペントと思われます。」

その時だった、当惑して居る簪達にセンサー担当が振り向いて報告して来る。

「!?補助発電機を停止し燃料電池へ切り替えて下さい、シュノーケル閉鎖急いで。」

突然の報告を聞いた簪は慌てる事無く冷静に指示をする。

「補助発電機停止、燃料電池へ切り替え完了・・・シュノーケル閉鎖します。」

機関・ダメコン担当は簪の指示を復唱し操作を行う。

「メインモーター全開へ、皆注意願います。」

ディスプレイで切り替えと閉鎖を確認した簪はそう言うとそうりゅうを急発進させる。

「きゃあ!」

「クロエさん私に掴まって下さい。」

急発進でバランスを崩し倒れそうになったクロエに簪は言う。

「はい簪様。」

クロエが肩に掴まるのを確認しつつ簪はそうりゅうの進路を変え島の前から離れさせる。

「接近中のシーサーペントの進路は?こっちへ向かって来ますか?」

進路を確認しながら簪がセンサー担当問い掛ける。

「・・・いえそうりゅうではありません、もう一匹のシーサーペントに向かって行きます。」

センサー担当問の声に簪は共用ディスプレイに表示されている海図を見る。

そうりゅうの後方から接近して来たシーサーペントはこちらに見向きもせず、もう一匹の方へ向かって行くのを簪は確認する。

「僕達が目標じゃない・・・明らかにあのシーサーペントが目当てみたいだ。」

同じ様に共用ディスプレイを見ていたシャルが補助席のアームに掴まりながら言う。

「一体何が起きているんでしょうか?」

クロエは簪の肩に掴まりながらシャル同様共用ディスプレイを見ながら言う。

「私にも分かりませんね・・・何が始まると言うのでしょうか?」

そうりゅうを島から離れた位置にまで移動させた簪は共用ディスプレイを見つめる。

後方から接近して来たシーサーペントは佇んで居るもう1匹に迫ると襲い掛かって行く。

「同士討ち?」

シーサーペントが餌が無い時に共食いしたりする事は知っていたが、今回はとてもそうは思えなかった簪達だった。

事態を理解出来ないまま簪達は激しく格闘するシーサーペント達を見つめるしかなかった。

そして戦いは唐突に終わる、首に噛みつかれどす黒い体液をまき散らしシーサーペントの1匹が沈んで行く。

「どっちが勝ったんでしょうか?」

共用ディスプレイを見つめながらクロエが呟く。

「・・・直ぐに分かるさ。」

シャルが言った通りそれは直ぐに分かった、仲間のシーサーペントを倒した方は今度はそうりゅうの方へ向かって来たからだ。

「艦長!シーサーペントが急速に接近して来ます。」

センサー担当の報告に簪は即座に指示を出す。

「1番及び2番の魚雷発射用意を、完了しだい発射して下さい!」

「1番及び2番魚雷への目標データ再入力・・・良し、発射します。」

簪の指示に火器管制担当が復唱し魚雷を発射させる。

そうりゅうから放たれた魚雷はこちらに突進して来たシーサーペントに真正面から命中し、激しい水柱を上げる。

そして海面をのたうち回るシーサーペントはやがて力尽き自分もまた海底へ沈んで行くのだった。

 

シーサーペントを撃破後そうりゅうを浮上させた簪はクロエとシャルと共に指令塔上に出て来ると、体液でどす黒く染まった海面を見つめる。

「結局あのシーサーペントの行動の理由は不明のままですね。」

簪はそう言って深い溜息を付く、何も分からないまま全てが終わってしまったと思って。

「そうだね何故アイツはあんな行動を取ったのかだけでなく、何故仲間のシーサーペントに倒されなければならなかったのかも含めてね。」

簪と共に海面を見つめながらシャルは肩を竦めて答える。

「私にはあのシーサーペントが何かの意志で動かされていた様な気がします、それが何か分かりませんが。」

クロエがそう呟くと簪とシャルは顔を見合わせる。

「何かの意志ですか・・・あのシーサーペントをπ島に向かわせたもの。」

それは一体何だと言うのだろうと考えていた簪はふとこちらの世界に来る前に見たドラマを思い出す。

亡くなった者の魂が宿った怪獣の物語を。

「亡くなったπ島の住民達がシーサーペントに宿って帰って来た?」

唐突にそんな事を呟いてしまった簪はクロエとシャルの視線に気付き慌ててしまう。

「あ、いえすいませんね変な事を言ってしまって。」

我ながら変な事を考えてしまったと簪は思ったのだが、クロエとシャルの反応は違った。

「なるほどね・・・そう考えると。」

「何となく納得できますね。」

簪の言葉を聞いてクロエとシャルはそう言ってきたのだった。

「言って置きますがこれは私の想像ですよ、そんなに真剣に受け止められても困るんですが。」

前の世界で見たドラマから思い立った話を真剣に受け止められた簪は困惑してしまった。

「世界には科学では説明出来ない事は多いからね、無いとは言えないと僕は思うけどね。」

シャルは苦笑しつつ言って海面を見つめる。

「私もそう思います、故郷に帰りたいと思う亡くなった島の人達が戻って来たと・・・」

クロエはシャル同様そう言って簪を見る。

「・・・まあそう言われると私としても。」

そうじゃないかと簪は思ってしまう、そう解釈すれば今回の事は説明出来ないのではないかと。

「もっとも正式な報告書には書けませんけどね、これは私達だけの話としましょう。」

簪の言葉にクロエとシャルは同意したと頷くのだった。

 

こうしてそうりゅうは奇妙な追跡劇は終え、進路を退避港に向けると島を離れて行くのだった。



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No.13-繁殖地より脱出せよ1ー

卵が割れると中から出て来たのは小さなシーサーペントの幼体、とは言え大きさなら人の数倍はあったが。

その幼体の前に成獣のシーサーペントが食料である大型の海洋生物を置くとたちまち食らい付いて行く。

それがあちこちで繰り広げられている、そうここはシーサーペント達の繁殖地。

繰り広げられる光景を見ていた簪は溜息を付くと目から双眼鏡で外して呟く。

「地獄の釜の傍らに居るんですね私達は・・・」

「簪・・・」

簪と共に繁殖地を見ていた愛里寿がその言葉に複雑な表情を浮かべる。

「シャル達の所へ戻りましょう・・・私達が餌にされない中に。」

頷く愛里寿と共にその場から離れながら簪はここに至る経緯を思い出していた。

 

現時点より6時間前。

封鎖海域北端を簪はクロエとシャル、そして愛里寿達と共にタイプ11型の魚雷艇で移動中だった。

目的は近くにある岩礁の調査の為だ、ちなみにそうりゅうでは無いのは現在清香が艦長として、別の海域でのシーサーペント撃破を遂行中な為だ。

「あと1時間程で目的の岩礁ですね・・・シャル、そちらはどうですか?」

操艇者席に座りディスプレイで航路情報を確認した簪がセンサー担当席にいるシャルに問いかける。

「今のところ反応は無いよ簪。」

複合ディスプレイを見ながらシャルが答える、今回彼女がセンサーを担当しているは本人の強い希望だからだ。

研究者であるシャルだがセンサー系の操作も出来たのだ。

もっとも簪は出来ればシャルを連れて来るつもりはなかったのだが、説得を頑として受け付けなかったのだ、理由は説明の必要は無いだろう。

「機関は問題ありません簪様。」

それは機関担当席に居るクロエだって同様なのだが、「私は慣れてますから。」の一言で同行を決めてしまったのだ。

「火器管制も問題無し。」

火器管制担当席に居る愛里寿もまた同様だった、「簪を守るのが私の使命。」の一言で。

本来なら専任の人間に簪は来てもらう積もりでいたのだが、何時の間にかこの3人が乗り込んで来てしまったのだ。

もちろん説得を試みた簪だったが、まったくの無駄だったのは言うまでも無い。

最早諦めの境地の簪だった。

「レーダーに反応・・・シーサーペントだよ。」

突然シャルが複合ディスプレイから顔を上げて叫ぶ。

「真直ぐにこっちに向かって来る!」

「機関全開、戦闘準備。」

簪はシャルの報告を聞くと、皆に指示を飛ばす。

「機関全開にいたします。」

「魚雷及び主砲発射準備。」

愛里寿とクロエが指示を復唱し動き始める。

「シャル、目標との距離と速度は?」

加速された魚雷艇を操りながら簪はシャルに問い掛ける。

「距離は30、速力は12だよ簪。」

シャルの返答と共に航路情報を映すディスプレイに情報が表示され、簪はシーサーペントが急速に接近して来る事を確認する。

「魚雷に目標データ入力完了、発射準備良し。」

自分のディスプレイを見ながら愛里寿が報告して来る。

「発射!」

簪が指示すると愛里寿が発射スイッチを押して、魚雷艇の両舷に装備された発射管から魚雷を放つ。

魚雷の発射を確認した簪は魚雷艇を旋回させて離脱しようとしたが。

「!?シーサーペントが真直ぐにこっちに来る。」

シーサーペントは魚雷を避けずそのまま魚雷艇に向かって来たのだ。

次の瞬間激しい衝撃と轟音が魚雷の命中を告げたが、シーサーペントは衝撃で身体がバラバラになりながらも魚雷艇に・・・

「間に合いません!皆衝撃備えて・・・」

自分の叫びと同時に衝撃が起こり魚雷艇が海上を横転しながら吹き飛ばされて行くのを感じながら簪は意識を失った。

 

背中が熱い、まるで熱した鉄板の上に居る様だ、こんなに暑いのは理不尽だと簪は思った。

「え!?」

そこで唐突意識が戻り簪は起き上がると周りを見渡す。

「簪、良かった意識が戻って・・・」

何処かの海岸に居る事を認識したとたんそう言われて簪は抱きしめられる。

「愛里寿ちゃん?」

愛里寿に抱きしめられた事に気付いた簪は一瞬恥ずかしさに襲われれるが、直ぐにこうなった原因を思い出す。

「愛里寿ちゃん、クロエさんとシャルは?」

抱き着ていた愛里寿をそっと引き離し簪は問い掛ける。

「2人とも無事、今周りの様子を確認しに行っている・・・いくら経っても目を覚まさないから心配した簪。」

目を潤ませながら愛里寿は答える。

「そうですか・・・心配掛けましたね愛里寿ちゃん、私は大丈夫ですよ。」

立ち上がりながら簪は心配そうに見る愛里寿に微笑みながら言う。

「簪大丈夫?」

「簪様大丈夫ですか?」

次の瞬間今度はいつの間にか戻って来ていたクロエとシャルに抱き着かれる簪。

「・・・(むう)」

そして対抗してか再び抱き着て来る愛里寿。

「お願ですから皆さん落ち着いて・・・」

3人とも例のISスーツモドキの艦内服で簪に抱き着いているので、まるで裸で抱き合っている様に感じて簪は非常に恥ずかしかった。

そんな状態で少女4人が暫し波の寄せる海岸で抱き合う事になったのだった。

 

「つまり私がなかなか目を覚まさなかった、と言う事ですね。」

3人に落ち着いてもらい(かなり時間が掛かったが)簪は状況を聞くことが出来た。

この海岸には4人とも一緒に辿り着いたらしいのだが、簪だけが何時までも経っても意識を取り戻さなかった。

取り敢えず愛里寿が簪を見守っている事になり、クロエとシャルは辿り着いたこの島の様子を調べる事になったらしい。

なおそう決めるに関し3人の間でかなり白熱した議論があった事を、簪はもちろん知らなかった。

「それでこの島の事は分かりましたか?」

北方海にある島については大概知っている筈の簪もここには見覚えが無かった。

「人は住んで居なかった・・・いや住める状況じゃないと言った方がいいね。」

シャルが深い溜息を付きながらクロエを見る。

「はい・・・これは見て頂いた方が分かると思います簪様。」

意味深な言い方のクロエとシャルに簪と愛里寿は顔を見合わせる。

・・・そして冒頭の場面に繋がる事になる。

 

入り江にあった繁殖地から簪と愛里寿はクロエとシャルが待っている林の中に戻って来る。

そこには4人と一緒に流れ着いたサバイバルボックスを使って一応休める場所が作られていた。

意外な事にクロエとシャルは技師と研究者ながらこう言ったサバイバルのスキルと経験を持っていた。

これが簪と愛里寿なら艦船乗員として基本的なスキルだから当然だと言えるのだが。

「問題はこれからどうすべきかですね。」

ボックスに入っていたレーションで腹ごしらえを終え4人は今後の事を相談し始める。

「まあ本当なら誰かに救助に来てもらうですが・・・」

クロエの問い掛けに簪が困った表情を浮かべて答える。

「あの繁殖地が有る限りそれは危険。」

「そうなるだろうね、下手をすれば僕達だけでなく救助に来た連中もね。」

愛里寿とシャルがそう続けて2人揃って深い溜息を付いて見せる。

この島に船舶が接近すれば繁殖地に居るシーサーペント達がそれを見逃す筈は無いからだ。

「・・・だとすれば何とか自力で此処を脱出するしかありませんね。」

危険な点は同じだが犠牲を最小限に出来る可能性があると簪。

「もっとも手段が有ればの話ですが。」

するとクロエとシャルは顔を見合わせると、考え込んでいる簪と愛里寿に躊躇いがちに声を掛ける。

「それなんだけどね・・・手段は無い事も無いだけど。」

「かなり危険な賭けになりますが。」

そんな2人の言葉に今度は簪と愛里寿が顔を見合わせる。

4人は林を奥に進み小さな入り江にでる、そこで簪と愛里寿は船を見付け驚きの表情を浮かべる。

「先程島を捜索した時に見つけたのですが。」

それは小型のクルーザーの様だった、但し一般の船では無い、各部に改造を施された特殊な船。

「何処かのハンターの船だったみたいだね・・・放棄されて大分経っている様だけど。」

取り敢えず簪と愛里寿はクロエとシャルに先導されクルーザーに乗り込む。

「船体の状況は?」

簪がクロエに尋ねる。

「船体の損傷は酷くないのですが、機関の方は修理が必要な状態です簪様。」

発見した時に簡単に調べた結果をクロエは教えてくれる。

「それ以外に・・・こっちは愛里寿に見てもらった方がいいかもしれない。」

シャルがクロエに続いてそう言うと船室の一つに簪と愛里寿を案内する。

薄暗い部屋の中に乱雑に置かれた木箱の数々。

一つの箱の蓋を外しシャルは身振りで簪と愛里寿に中身を見る様に促して来る。

「これは・・・」

「武器ですね。」

木箱の中に入っていたのは何丁ものサブマシンガンだったのだ。

それ以外にも携帯式の小型噴進弾発射筒や弾薬類が入った木箱の数々。

どうやらこの船の所有者であったハンターチームの持っていた武器類の様だった。

「確かにこれは愛里寿ちゃんにお任せした方が良いですね。」

簪はそう言って部屋を見渡しながら溜息を付く。

「それで機関を修理するとしてどの位掛かりそうですかクロエさん?」

発見した武器類の確認を愛里寿に頼んだ後、簪はクロエに質問する。

「2時間程掛かります、但し完全な修理は無理だと思います簪様。」

どの程度動けるのかは修理してみなければ分からないとクロエ。

「・・・仕方ありませんね、クロエさんお願いします。」

頷くと早速機関室に修理向かうクロエ、それを見送った簪は今度は愛里寿に質問する。

「武器の方はどうでしたか?」

「問題は無い、全て使用可能。」

武器の点検を終えた愛里寿が部屋を見渡し答える。

「分かりました・・・いくつか持ち出しましょう、選択は任せても?」

4人の中で武器類の扱いが出来るスキルを持っているのは愛里寿だけだった。

だから持ち出す武器については愛里寿に任せる簪だった。

「うん任せて。」

愛里寿の返事に微笑むと簪は今度はシャルに話し掛ける。

「それではブリッジにいきましょうシャル。」

「そうだね、こっちだよ。」

シャルと簪は2人でブリッジに向かった。



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No.14-繁殖地より脱出せよ2ー

ブリッジに到着したシャルと簪は機器を点検する。

「通信機は駄目だね、うんともすんとも言わないね、簪そっちは?」

溜息を付いてシャルが言う。

「・・・レーダーは駄目ですね、航法システムは・・・こっちもですね。」

機器から顔を上げて簪も溜息を付く、予想はしていたが思ったより船のダメージは酷い様だった。

「エンジンがやられ、他の機器も駄目になったので放棄したんでしょうね。」

このクルーザーを放棄した理由を簪は推測して言うとシャルは頷く。

そして2人はクルーザーを放棄した乗員達がどうなったかについては語ろうとはしなかった。

「簪、武器を甲板に出して置いた。」

ブリッジに武器の持ち出しを終えた愛里寿が入って来る。

「ご苦労様、エンジンの修理が終わる前にサバイバルボックスを運び込んでおきましょう。」

3人はクルーザーから降りると、林の中に置いて置いたボックスを運び込む。

そうこうしている中にクロエがエンジンルームから戻って来る。

「簪様、エンジンの修理が終わりました、ただ完全にとは言えず、申し訳ありません。」

どうやらエンジンの方もクロエのスキルをもってしても完全な修理は出来なかった。

「仕方がありませんよ、動ける様になっただけでもクロエさんに感謝しなければ。」

気落ちするクロエにそう声を掛ける、ろくな設備の無い所で取り敢えず使える様になっただけでも幸いだと簪は思うからだ。

「それで簪直ぐに出発を?」

シャルの問いに簪は暫く考え込んだ後、皆を見渡して言う。

「時間を掛けても良い結果になるか判りません・・・ですので出来るだけ早く脱出すべきだと思います。」

夜になれば多少はシーサーペントの活動は収まるかもしれないが、もし襲われた場合に闇夜では分が悪いと簪は考えた。

結局シャル達も反対する事も無く早期の脱出が決まったのだった。

とは言え出来るだけシーサーペントに気付かれない様、連中が餌を幼生体に与えている時間に脱出する事になった。

「では行きましょうか・・・」

クルーザーは入り江から静かに出て来ると進路を外洋に取る。

操縦するのはもちろん簪、そしてクロエはエンジンを見守り、シャルと愛里寿は見張りに付く。

出来るだけ速力を上げず、と言っても元々それほど出なかったが、島を離れて行く。

「今の所問題無いようですが・・・」

クルーザーを操縦しながら簪は呟く、もっともこれで済むとは彼女もシャル達も考えていなかったが。

そしてその予測は簪達にとって最悪の形で起こる。

「後方からシーサーペントが接近して来る!」

後方を監視していた愛里寿が叫ぶ。

「速力を・・・クロエさん?」

簪がクルーザーの速力を上げながらクロエに尋ねる。

「10ノットくらいが限界です簪様。」

それでは振り切れそうも無いと簪は判断する。

「クロエさん一旦操縦を変わって下さい。」

クルーザーの操縦をクロエに変わってもらうと簪は甲板に出て後方を見る。

そこで簪は小型の、それでもこんなクルーザーには脅威だが、シーサーペントが迫って来るの見る。

「簪・・・」

後方の監視をしていた愛里寿が不安げな表情で話し掛けて来る。

「・・・」

何時もならここで愛里寿を安心させる言葉を返す簪だが、今回に限りそれは出来なかった。

引き離す事も出来ず、対抗する為の武器も無い状態では流石の簪も打つ手は考えつかなかったからだ。

だが簪はこんな理不尽は到底受け入れられなかった、ここで諦めると言う選択を選ぶ積もりも無い。

ふと甲板上に愛里寿が持ち出して来た小型噴進弾発射筒を見付けると簪はそれを持ちシーサーペントに向ける。

「簪!?」

愛里寿が驚いた声を上げる、今まで簪がそんな事をした事を見た事が無かったからだ。

言って置くが簪に噴進弾発射筒を扱った経験など無い、そう言った類のスキルを持っていないからだ。

それを知っている愛里寿が驚いた声を上げるのも仕方が無い話だ。

驚く愛里寿を横目に簪は噴進弾発射筒の照準を合わせる、安全装置は掛かっていない、何時でも発射出来る様外してあったからだ。

簪は決して自棄になっている訳では無かった、最後まで諦めたくないと言う意志を貫き通うそうとしていたのだ。

呼吸を一旦止めトリガーを引くと小型噴進弾が発射される・・・がここでスキルを持っていなかった事が簪に裏目に出る。

発射の際の衝撃と音の所為で簪は足を踏み外し、船室の壁に頭をぶつける羽目に陥ったのだ。

「・・・!?」

付いていない事にショックで手放してしまった発射筒が止めを刺す様に簪の頭に衝突した。

お陰で簪は火花が散ると言う言葉を実際に見る事になり意識を一旦手放してしまう。

「・か・・かんざ・・・簪。」

涙声で誰かが話し掛けて来る、簪はそれで何とか意識を取り戻す。

「あ、愛里寿ちゃん・・・あっシーサーペントは!?」

慌てて立ち上がろうとしてまだ残っていたショックで、思わず自分に声を掛けていた愛里寿に抱き着いてしまう簪。

「簪、無理しないで。」

体格的には簪の方が大きかったので、危うく押し倒しそうになるも、鍛え方が違うのか愛里寿は踏みとどまる。

余談だが押し倒しされても良かったと愛里寿は後に思ったそうだが(笑)。

「シーサーペントは・・・」

愛里寿が指さす方を見た簪は去って行くシーサーペントを見る。

「鼻先で爆発したら急に方向を変えて。」

そのくらいでシーサーペントが獲物を諦めるなどありえない事を知っている簪と愛里寿は顔を見合わせる。

「簪大丈夫って・・・ああ!?」

前方から駆けつけて来たシャルは次の瞬間クルーザーの横に浮き上がって来た物を見て声を上げる。

もう1匹現れたのかと簪と愛里寿もそちらを見るが、幸いな事にそうでは無かった。

クルーザーの脇にあらわれたのそうりゅうだったのだ、それを認識した途端簪は再び意識を手放すのだった。

 

「捜索していたらシーサーペントを発見して急行したんですが、まさか更識艦長達を発見するとは思いませんでした。」

医療室で意識を取り戻した後発令所に来た簪に、艦長席に座った清香はそう言って微笑む。

「助かりました相川艦長、それで繁殖地の方は?」

「もう間もなく到着します、指揮を交代しますか?」

艦長席のディスプレイを確認した清香が報告し、簪が指揮を執るか確認して来る。

「いえ、そのまま指揮を相川艦長が執って下さい・・・正直言って今立って居るだけで精一杯なので。」

体力的にも精神的にも流石に簪も限界だったので、そのまま清香に指揮を取る様に言う。

「了解です・・・でも緊張させられますね。」

緊張した面持ちで清香はそのまま指揮を執る。

「接近中のシーサーペントを確認、2匹です。」

「1番及び2番魚雷発射用意。」

報告と共に共用ディスプレイに接近して来るシーサーペントが表示されるの見て清香が指示を出す。

「目標データ入力終了。」

「発射!」

そうりゅうから魚雷が発射され接近して来たシーサーペントを粉砕する。

「浮上、噴進弾の発射用意を。」

撃破を確認した清香はそうりゅうを浮上させ大型噴進弾での繁殖地攻撃に移る。

海面を割ってそうりゅうが浮上すると格納庫の扉が開けられ噴進弾が引き出され発射用レールに設置される。

「目標方位090、軸線良し。」

噴進弾の照準を繁殖地に合わせる清香、何匹かのシーサーペントがそれに気付き阻止しようと接近して来る。

「噴進弾発射!」

清香の指示で発射用レールから噴進弾が打ち出されると炎と煙を噴出して繁殖地に向かって飛んで行く。

「・・・3・2・1・今!」

火器管制担当が告げた瞬間共用ディスプレイ上に激しい閃光が現れ、そうりゅうに振動が伝わって来る。

無人の島に有った繁殖地はこうして消滅したのだった。

 

浮上航行中の司令塔上に簪が出て来たのは全てが終わってから数時間後の事だった。

繁殖地攻撃後に簪は再び医療室のベットに戻り、今ようやくまともに動ける様になったのだ。

「こちらに居らしたんですね更識艦長。」

風に当たっていた簪に同じ様に司令塔上に出て来た清香が声を掛けて来る。

「ええまったく今回は酷い目に会いました・・・愛里寿ちゃん達はどうですか?」

清香に振り向き苦笑しつつ答えた簪は、愛里寿達の事を尋ねる。

「3人とも部屋で今も休んでいますね、本当にご苦労様でした。」

簪だけでなく愛里寿達もまたダメージが酷かったらしく寝込んでいるのだった。

「頼まれても2度と御免ですがねこんな事は・・・」

肩を竦めて言う簪、兎も角長い一日はこうして終わったのだと実感しながら。



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No.15ー異世界のそうりゅう1ー

『海中より現れた鋼鉄の船、それに乗る守護天使と共に王国の危機を救う。』

・・・ラバニラ王国に伝わる伝承より。

 

絶叫を上げて船団に迫ってくる巨大な海獣。

「皆さん怯まないで下さい、弓隊は攻撃の用意を。」

鎧を見付けた一人の女性が船の上で叫ぶ。

船に乗って居る兵士達が弓を一斉に構える。

海獣は更に迫り先程の女性を含め皆緊張に震えている。

「今です、撃て!」

女性が命じると兵士達が一斉に弓から矢を放つ。

「「「「ああ!?」」」」

だが放たれた矢を浴びても海獣は進撃を止める事も無く船団に迫ってくる。

「駄目です王女様、早くお下がりを!」

傍らにいた兵士が女性いや王女に進言するのだが。

「下がる・・・何処にですか?私達の後には自らを守る術の無い民達がいます、我々に下がる場所などありません。」

悲壮な決意を浮かべ王女様は迫って来る海獣を見る。

「何としても退ける・・・我々にはそれしか無いのです。」

 

「・・・っつ。」

意識の戻った簪は非常灯以外消えた発令所を見渡す。

「皆さん大丈夫ですか?」

「・・・何とかね、一体何が?」

「私も何とか・・・簪様。」

「だ、大丈夫です艦長。」

「痛たた・・・えっと大丈夫です。」

「頭をぶつけましたが大丈夫です艦長。」

そう声を掛けるとシャルとクロエに火器管制や機関・ダメコン、センサー担当の娘達が答えて来る。

「照明の回復は?」

「ちょっとお待ちください。」

簪が問い掛けると暫くして照明が回復する。

「そうりゅうのダメージの確認を急いで下さい。」

指示を受けダメコン担当が魚雷・艦載火器管制室と機関管制室と連絡を取ってダメージの確認を始める。

「艦長、そうりゅう各部に問題無し、乗員にも大きな怪我人は居ません。」

確認を終えたダメコン担当が報告して来る。

「了解です、深度を上げます、マルチセンサーポストの用意を。」

そうりゅうを操艦し深度を上げる簪、やがてマルチセンサーポストが海上に出る。

「レーダーに何か反応ありますか?」

「暫くお待ちください。」

センサー担当は簪の指示を受け複合ディスプレイを確認している。

「それにしても一体何が起こったのかな?」

艦長席隣の補助席に座って居るシャルが聞いて来る。

「私にもはっきりとは分かりませんが・・・」

そうりゅうは海面の異常な変色を調査する為、艦隊司令部の要請で問題の海域へ来たのだったが。

潜水しその海域に接近したそうりゅうは突然激しい振動に襲われ、簪達は意識を失ってしまったのだ。

「艦長!レーダーに反応があります、距離3千・・・複数の船舶とシーサーペントらしきものが。」

発令所内に緊張が走る。

「正確な位置をこちらへ、総員戦闘配置。」

「位置情報を転送します。」

「総員戦闘配置、繰り返す総員戦闘配置。」

そうりゅう艦内にアラーム音が響き、発令所内の照明が必要最低限にまで落とされる。

「これよりそうりゅうは目標海域へ向かいます。」

 

度重なる弓の攻撃にも海獣には効果が無く王女達は追い詰められたいた。

既に1隻の船が沈められ、残りの船も大小の傷を負っており、兵士達には絶望感が広がっている。

指揮を執る王女もまた絶望感に押しつぶされながらも戦う意志を失ってはいなかった。

「総員槍の準備を・・・例え刺し違えてもやつを倒すのです!」

王女自ら槍を構える姿に兵士達も自らを奮い立たせる。

「そうだ王女様が居るんだ負ける訳には・・・」

「皆王女様に続け!騎士団の意地を見せろ!!」

咆哮を上げ迫る海獣、だが次の瞬間・・・

激しい音と水柱が後方に上がり海獣は慌てて進路を変えてしまう。

「一体今のは・・・?」

 

目標海域に到達したそうりゅうがマルチセンサーポストで捉えた光景に簪達は戸惑いを隠せなかった。

「あれって船?」

シャルが共用ディスプレイに映し出されている船を見て声を上げる。

「あの様な船見た事ありません、異様にマストが大きいですし、それに布が張られいる様に見えるのですが。」

クロエもその船を見て困惑する、様々な船舶を知っている彼女も見た事が無かったからだ。

火器管制や機関・ダメコン、センサー担当の3人も驚いた表情を浮かべ見詰める中、簪は別の意味で戸惑っていた。

「あれって帆船?でも何故そんな船が・・・」

簪が転生前にやっていたゲームには確かに登場していたものの、この世界ではほとんど見かける事の無い船。

それに簪以外まだ気付いていない様だが、船上に居る人々が持つ槍や身に着けている鎧の様なもの。

今自分がとんでもない世界に居る事を簪は確信するのだった、とは言え今はそんな事を考えている場合では無い。

「魚雷1番発射用意、近接信管をセット。」

「魚雷1番近接信管をセット・・・目標データ入力完了・・・発射用意良し。」

火器管制担当が指示を復唱する、シーサーペントと船団の距離が近い為簪は後方で爆発させる積もりだった。

「発射!」

そうりゅうの艦首発射管から放たれた魚雷はシーサーペントの後方に接近し設定通り起爆する。

爆発で進路を変えたシーサーペントは船団から急速に離れて行く。

「追撃するの簪?」

離れて行くシーサーペントを共用ディスプレイで見ながらシャルが問い掛けて来る。

「いえまずは状況の確認をした方がいいでしょう・・・彼らに聞きたい事がありますから。」

シーサーペントから茫然とした人々が乗った船団に映像が切り替わった共用ディスプレイを見ながら簪は言った。

 

自分達から離れて行く海獣を茫然と見ていた王女は今度は海面を割って現れた物に更に茫然とさせられる。

それはまったく見慣れない形をした船の様だった、しかも海の中から出て来る船など王女は今まで見た事など無かった。

「お、王女様?」

配下の兵や騎士達が動揺して王女を見る。

「皆さん落ち着いて下さい、ここは刺激せず相手の出方を見ましょう。」

まだ敵か味方かは分からなかったが、王女はこの船に不思議と悪意を感じていなかった。

そうやって見守る中、船の中央にある塔の上に人が現れた事に王女達は気付く。

その姿に気付いた兵や騎士達は王女守る為に周りを取り囲むと槍や剣を構える。

「この船団の責任者の方はいっらしゃますか?」

王女は塔の上に現れた者を見て驚く、何しろ自分と年齢のさほど変わらない少女だったからだ。

「私が海獣討伐船団の責任者、ラバニラ王国第1王女セニアです。」

セニア王女の返答に指令塔上の簪は驚いた表情を浮かべつつ自分も名乗る。

「派遣艦隊所属そうりゅう艦長の更識 簪です。」

 

これがラバニラ王国王女セニアと北方海の守護天使更識 簪の時空を超えた出会いだった。



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No.16ー異世界のそうりゅう2ー

「私が海獣討伐船団の責任者、ラバニラ王国第1王女セニアです。」

王女と名乗った少女に簪は驚きを隠せなかった。

彼女が王女である事もだが言葉が通じたと言う点が特にだった。

最初は異世界故に言葉が通じないのでは無いかと簪は心配したのだが、どうやら杞憂の様だった。

「これも何らかの強制力なんでしょうか?」

簪は溜息を付きながらそう呟く、自分をゲームに似た世界にISのキャラとして転生させた様に。

「はけんかんたい?そうりゅう?貴女方は海獣とどういう関係なのですか?」

王女は簪の言葉を理解出来ず困惑している様だった、まあそれは簪の方も同じなのだが。

「我々も連中と戦う者ですセニア王女。」

兎に角シーサーペント、こっちの世界では海獣、と戦っているのは確かなので簪はそう答える。

「戦う・・・貴女とこの船は何処の国に所属しているのですか?」

さてこの点についてはどう答えたものかと簪は考える、まさか別の世界から来ましたと言っても理解して貰えるか自信が持てなかった。

とはいえ状況を確認しなければ今後どう動けば判断出来ない。

「それを含めてお話ししたいのですセニア王女。」

セニア王女は暫く簪の顔を見つめた後頷いて答える。

「分かりましたお受けいたします。」

 

当然騎士達は反対したがセニア王女は簪との話し合いを行う為そうりゅうに小舟で向かう。

既に簪はそうりゅうの甲板にシャルとクロエと共に出て待機している。

「異世界か・・・簪の言葉を疑う訳じゃないけど。」

「はい、ただここが北方海では無い事は確かですが。」

簪が王女と話している間、派遣艦隊との通信や現在位置の確認を乗員達が行ったのだが。

結局通信は出来ず、現在位置の確認もここが北方海で無いと分かっただけだったのだ。

「まあ確かに簡単に信じられるものでは無いと私も思ってますよ。」

シャルとクロエの言葉に簪は苦笑しつつ答える。

それはISキャラの居るゲームに酷似した世界に転生させられた彼女だから理解出来たと言えるかもしれない。

そんな事を3人が話していると、セニア王女と護衛の騎士達が乗った小舟がそうりゅうに近づいて来る。

鎧を身に着け腰に剣を差した自分達と同じくらいの王女を3人は興味深げに見つめる。

もちろんセニア王女も同年齢の簪達を同じ様に興味深げに見ていた。

やがて小舟が到着し王女が騎士達に助けられて甲板上に上がって来る。

騎士達は腰の剣に手を置き何時でも抜ける様にしている、もちろん簪の方も武器を携帯した乗員達が後方に控えていた。

そうりゅう甲板上で双方とも暫し無言でいたがまず王女が話し掛けて来る。

「この場を設けて貰った事を感謝しますかんざし殿。」

「いえこちらこそセニア王女。」

甲板上で簪と王女は向き合うとそう挨拶を交わす。

「・・・それでこの船とかんざし殿はいずれの国の者達なのでしょうか?」

確かにそこが一番聞きたいところだろうなと簪は思い、どう答えるべきか考える。

そんな考え込んでしまった簪を見て王女は何か期待に満ちた表情を浮かべ聞いて来る。

「もしかしてかんざし殿とこの船は天が遣わされたものなのでしょうか、だとすれば我々は救われます。」

王女の言葉に簪はそうでは無いと答えようかとした時だった。

「はい簪様は守護天使様ですから。」

何とクロエがドヤ顔でそう答えてしまったのだった、いやそれだけでは終わらなかった。

「だから心配しなくても簪が皆を助けてくれるよ。」

「シャルまで・・・」

2人の答えに簪は慌ててしまう、何しろここは北方海では無いのだ、いくら何でも・・・

「やはりそうでしたか・・・」

「「「おお!」」」

感激した王女と騎士達は膝を着いて簪を見る。

「はあ、ここでもこうなるんですね。」

クロエと共にドヤ顔しているシャルや頷いている護衛の乗員達を見ながら簪は深いため息を付くのだった。

その後簪は王女から現在の状況を聞かされる。

海洋に接するラバニラ王国にその海獣が現れたの数週間前の事だったと王女。

その出現は唐突であり、多くの船が瞬く間に犠牲になった。

急報を受け王国の船が討伐に出たものの多くが返り討ちになり、ついに王女自身が騎士や兵達を引き連れて出陣して来たのだが。

結果はこちら側の武器がまったく効かず王女は自らの船を体当たりさせて刺し違え積もりだったのだと言う。

「その時守護天使様が現れて下さったのです。」

何時の間にか自分の事を守護天使と呼ぶ王女に、後ろでドヤ顔のクロエとシャル、乗員達を見ながら簪は深い溜息を付く。

 

「海獣ですか・・・こちらではそう呼ばれているんですね。」

発令所の艦長席に座りながら簪は呟く。

王女は「シ、海獣は我らが守護天使様に任せて大丈夫。」(もちろん言ったのは簪では無い。)に感激して帰っていった。

その後発令所に戻った簪達は状況を確認しているところなのだが。

「まああの王女の話によればね、それにしてもシーサーペント、いえ海獣は唐突に現れたみたいだけど。」

隣の補助席に座ったシャルが言う。

「それが私達が異世界に来てしまった原因なのでしょうか簪様?」

後に控えるクロエが簪に尋ねて来る。

「そう考えるのが妥当でしょうね・・・そして海獣を排除する事が元の世界に戻る条件かもしれません。」

これが自分を引き込んだ世界の仕業ならと簪は推察するのだった。

「つまりその条件をクリアーしない限り僕たちは北方海に帰れない訳だ。」

シャルは深い溜息を付きながら簪の言葉に続ける。

「どちらにせよ放置は出来ません、例えここが異世界であってもシーサーペントの脅威に怯える人達が居るのなら。」

そう言い切る簪にシャル達は顔を見合わせて微笑み合う。

いかにも簪らしいと皆思って・・・まあシャル達にも依存が有る訳では無く、そうりゅうによる海獣への対処が決まったのだった。

王女達と別れた簪達のそうりゅうは最初にシーサーペント、いや海獣が現れたと王女が言っていた海域に向かって行く。

そこは岩礁帯に囲まれた海域でそうりゅうは浮上航行の状態で侵入する。

「レーザー及びソーナーでの監視を厳重にお願いします。」

簪がそう指示を出しながらそうりゅうの進路を細かく調節しつつ海域の捜索を進めて行くのだったが。

暫く経って共用ディスプレイに映し出されている周囲の映像を見ながらクロエが呟く。

「見つかりませんね・・・違う所にでも行ったんでしょうか?」

既にこの海域に入って1時間経過したがシーサーペントを発見出来ないでいたからだ。

「まあシーサーペントと海獣が同じ生態か分からないから何とも言えない・・・」

「艦長!ソーナーに反応あり、方位020よりこちらへ接近して来ます。」

クロエの呟きにシャルが答えようとした瞬間にセンサー担当が振り向いて報告して来る。

皆が共用ディスプレイを見ると海面を割ってシーサーペントが出現する姿が映し出される。

「急速潜航します、クロエさん座って!皆もベルト装着を。」

指示を受けたクロエが補助席に座り他の者達同様ベルトを締めるの確認した簪がそうりゅうを急速潜航させる。

急速潜航したそうりゅうは一旦シーサーペントから離れる進路取る、戦うにはこの海域は狭すぎると簪が判断したからだ。

「シーサーペント追って来ます、距離3千。」

センサー担当が複合ディスプレイを見ながら報告して来る。

「総員戦闘配置、艦首発射管全管魚雷装填。」

艦内にアラーム音が響き、発射管に魚雷が装填されて行く。

「総員戦闘配置に着きました艦長。」

艦載火器管制室と機関管制室からの配置完了の報告を機関・ダメコン担当が行う。

「艦首発射管に魚雷の装填完了。」

ディスプレイ上の表示を見て火器管制担当も報告して来る。

「了解です、進路をシーサーペントへ向けます。」

報告を聞いた簪はそうりゅうを旋回させるとシーサーペントへ向ける。

「1番から2番魚雷発射用意!」

「目標データ入力・・・良し。」

簪の指示で魚雷に目標であるシーサーペントのデータ入力完了を火器管制担当が報告する。

共用ディスプレイにこちらへ迫って来るシーサーペントが映し出されているが、簪を始め発令所の皆は落ち着いている。

まあ彼女達すれば何時もの事だからだが、一番の理由が皆が簪をを信頼しているの大きい。

「魚雷1番から2番発射して下さい。」

「魚雷発射します!」

火器管制担当が簪の指示で発射させる。

それを確認した簪はそうりゅうを急速潜行させ、命中前にシーサーペントの下をすり抜け様とする。

「目標に命中します。」

すり抜けた直後に火器管制担当が叫ぶ。

「総員衝撃に備えて下さい。」

簪の言葉にシャルとクロエ、乗員達がそれぞれ何かに捉まり衝撃に備える。

次の瞬間背後からの衝撃にそうりゅうが激しく揺れる。

「深度を上げます、マルチセンサーポスト作動用意。」

そうりゅうが海面上にマルチセンサーポストを上げられる。

「目標の消滅を確認しました艦長。」

センサー担当の報告と共にどす黒い海面に浮かぶシーサーペントの破片が共用ディスプレイに映し出される。

「これで王女の願いを・・・」

だがシャルが安堵の声を上げ様とした時だった、先程の衝撃とは別の物がそうりゅうを襲う。

「これって?」

簪はこれが異世界へ引き込まれた時に受けた衝撃と同じだと一瞬で気付くと皆に警告し様としたが。

「皆さんまたあの時と同じものが来ます、気を付けて・・・」

下さいと簪が言い終わる暇も無く激しい衝撃に全員が意識を失うのだった。

 

「王女様、あれを!?」

そうりゅうの後を追って王女の率いる船団は岩礁帯に囲まれた海域に向かっていた。

見張りの騎士からの報告にセニア王女は船室から飛び出して来る。

「何が起こったのですか?」

王女が尋ねると騎士は前方を指さす。

そこには大きな水柱が上がるのを見え、遅れて衝撃音が聞こえて来る。

「天使様!?」

その光景に王女が悲痛な声を上げる。

直ぐにでも王女はそこに向かいたかったが、騎士達に安全を確認して来るまで待つ様に説得されてしまう。

やがて危険が無い事を確認され王女の乗る船が、水柱の起こった海域に到着する。

そこにはどす黒く変色した海と浮かぶ海獣の破片が悪臭と共にあるだけだった。

王女は天使様の乗った鋼鉄の船を探させたが、見つける事は出来なかった。

「まさか沈んだのでは?」

騎士が青ざめた顔で王女に尋ねて来る。

「・・・いえ天使様の船がそんなに簡単に沈むとは思えません。」

王女は遥か彼方の水平線を見つめながら確信を込めて言う。

「天界に変えられたのでしょう・・・深く感謝いたします天使様。」

膝を折り手を組むと王女はそう言って祈る。

「はい王女様。」

周りの騎士や船乗り達も王女の様に祈りを捧げるのだった。

 

「・・・っう、皆大丈夫ですか?」

また闇に沈んだ発令所に意識を取り戻した簪の声が響く。

暫くして照明が戻って来る、流石に2度目となれば乗員達も慣れた様だった。

「艦内と乗員に異常無しです艦長。」

機関・ダメコン担当の報告に簪は艦長席に深く身体を預けながら安堵の溜息を付く。

「それにしても行くのも帰るのもこれじゃたまったものでは無いね。」

「まったくです・・・そちらの都合で行き来させてこれではやっていられません。」

同じ様に補助席に深く身体を預けながらシャルとクロエが愚痴る。

「まあそうですね、取り敢えず浮上します。」

そんな2人に苦笑しつつ簪はそうりゅうを浮上させる。

海面を割って浮上したそうりゅう司令塔上に簪はシャルとクロエと共に出て来る。

「やはり消えていますね、変色海域が。」

そうりゅうが向かっていた変色海域は最初から存在して居なかった様に消えていた。

「それもそうですが、時間も私達が衝撃を受けた時刻から数分しか経ってません簪様。」

クロエの言う様に時計は簪達が意識を失う程の衝撃を受けたと思われる時刻から精々10分も経っていない事を示していた。

「まるで白昼夢ですね、シャルやクロエさんに同じ記憶が無ければ信じられないところでした。」

水平線を見ながら簪は肩を竦めながら言うと、シャルとクロエも頷いて見せる。

「それで簪、これって報告するのかい?」

シャルの問いに簪は首を振って答える。

「いえ止めて置きます・・・正気を疑われるだけですからね。」

異世界に行って海獣(シーサーペント)を倒してきました、そんな事を報告したら異常扱いは大げさでも長期休暇を取らされるだけだろう。

「私達だけの話にしましょう、乗員全員納得してくれるでしょうから。」

乗員達も多分同じ気持ちだろうからと言う簪にシャルとクロエも同意する。

だからこの件はその時そうりゅうに乗艦していた者達だけの秘密とされたのだった。

 

・・・ただ簪は後日アークロイヤルが同じ様な事態に巻き込まれる事なるとはこの時点で思いもしなかった。

 

17:10 変色海域の調査終了。



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No.17ー北方海のロミオとジュリエット?ー

洋上に小型の漁船が1隻漂流していた。

「駄目だもう燃料がねえ。」

20代前半の男性が操作盤から顔を上げて悔しそうに後ろに居る女性に言う。

「仕方は無いわ、急いで出て来たからで貴方の所為じゃないわ。」

女性はそう言って男性を慰める。

「そうだけどよ、くっそもう少しでイリオモテ島なのに・・・」

航法用ディスプレーを見ながら男性は悔しそうに言って海上を見る。

「救難信号を出すしかないか、でも下手をすれば親父達に連れ戻されかねない。」

2人は顔を見合わせて溜息を付く、だがグズグズしていてはシーサーペントに襲われる可能性があるのだから。

その時2人は悩んでいる姿を海中から見られていた事に気付いていなかった・・・そして。

漁船前方の海面から何かが浮き上がって来るのに気づき男性は操舵室あった手銛を取って甲板にでる。

もちろんこんなものでシーサーペントを相手に出来ないのは男性には分かっていた。

しかし自分の腰に捉まって来る女性を守らないといけないと浮上して来る影を睨みつける。

だが男性の悲壮な思いは直ぐに意味が無くなる、青いカラーまとった巨大な潜水艦の出現によって。

「ねえこれって?」

「ああ俺達幸運だったかもしれないな。」

派遣艦隊所属そうりゅうの姿を見て2人は安堵の表情を浮かべ頷きあうのだった。

「艦長、漂流中の漁船の乗員を救助しました・・・若いカップルです。」

連絡を受けた火器管制担当が振り向いて報告して来る。

「カップルですか・・・こんな所で何をしていたんでしょうか?」

簪の隣に控えていたクロエが不思議そうに呟く。

「まさか愛の逃避行と言う訳じゃないとは思うけどね。」

補助席に座るシャルが冗談半分に言って来る。

「まさかとは思いますが・・・」

この時点でシャルの言っていた事が本当だとは簪も思っていなかった。

「・・・艦長、先程救助したカップルなんですが、天使と話させて欲しいと言ってるそうですが。」

救助後潜水し操艦を変わろうとしていた簪に電話を受け取った機関・ダメコン担当が報告して来た。

「天使ですか?」

報告を聞いて簪は困った表情で答える、大体その名で呼ばれる時はろくでもない事になるからだ。

「分かりました、後をお願いしますね。」

発令所を出て簪は救助した2人がいる食堂へ向かう。

「あ艦長、こちらです。」

食堂に入った簪を乗員が呼ぶ、傍の机に並んで座って居る2人が話をしたいというカップルの様だった。

「お待たせしました、派遣艦隊所属そうりゅう艦長の更識 簪です。」

並んで座る2人の前に立ち簪がそう言うと顔を見合わせるカップル、戸惑っているのがよく分かる光景だ。

まあこういう反応は何時もの事なので簪は気にもしないが。

「えっと俺はビーン、こっちはリヤだ・・・その本当にあんたが守護天使なのか、いや疑う訳じゃないんだが。」

ビーンと名乗った男性がそう聞いて来る、彼が思っていた天使のイメージ(神秘的な美女)と違った所為で。

一方リヤは簪を見て自分の二つ下の妹を思い出して別の意味で驚かされていた。

「そう呼ばれているだけです・・・それでお話と言うのは?」

2人の前の座席に座りながら簪が聞くと再び顔を見合わせた後簪を見ながらビーンが答える。

「二つの島の争いを止めて欲しいんだ。」

ビーンとリヤの話によれば、2人の住む島は近い事も有り互いに協力しながら生きていたがある出来事により対立する事になったらしい。

それは両島が半分づつ漁を行っていた海域に流れて来る魚が急激に減ってしまったからだった。

「原因をめぐってお互い相手が悪いって言い合いになって、今や一触即発の状態だ。」

溜息を付きつつビーンはリヤを見て続ける。

「俺達はそんな事が無かったら結婚する予定だったんだ、だがこのお陰で引き離される寸前だ。」

「そう言う事ですか・・・」

簪はビーンの話を聞いてまるで転生前の世界のロミオとジュリエットの物語みたいだと不思議な気分になっていた。

ちなみにこの世界にはそんな物語は存在していなかった。

「しかし艦隊としては簡単に介入する訳にはいきません。」

派遣艦隊はあくまでもシーサーペント対処が主任務であり、そう言った住人同士の争いには関与出来ないからだ。

ちょうど警察が民事に介入出来なかった転生前の世界の様に・・・

簪の返答にビーンは悔しそうな表情を浮かべ、リヤは両手で顔を覆い嗚咽を漏らし始める。

「艦長・・・」

見ていた乗員がどうにかなりませんかと言った感じで話し掛けて来る。

「取り敢えず織斑ギルド長を通して漁師ギルドに連絡をしてみましょう。」

問題が漁場であるならばそれが最適だと簪は考えたからだ、少なくても派遣艦隊が口を挟むよりは。

「ああ頼む守護天使。」

「お願いします守護天使様。」

必死の表情で訴えて来る2人に簪は「天使は止めて欲しい。」と言えず苦笑するしかなかった。

数時間後そうりゅうはQ-1及びQ-2島の中間海域にある漁場に接近していた。

織斑ギルド長を通して漁師ギルドに連絡を取ったところ簪に漁師ギルド長の代理として争いを収められる権限を委任される事になった。

『天使殿であれば誰も文句は言いません!』

無線越しでも耳鳴りがする声に簪を含め発令所の人間が引きつった表情になったのは言うまでも無い。

何だか責任を負わされてしまった感はある簪だったが。

兎も角ビーンの父親が率いる支部とリヤの父親が率いる支部を順番に回り事情を確認する積もりだったのだが。

「艦長!レーダーに複数の反応が有ります、通常の船舶だと思うのですがどうも様子が変です。」

両島の漁場に入って暫くしてセンサー担当が複合ディスプレイを見ながら報告して来る。

「表示を共用ディスプレイに出して下さい。」

簪の指示で共用ディスプレイに複合ディスプレイの表示が映し出される。

「・・・これってもしかして。」

「疑いの余地無しですね。」

シャルとクロエが表示された画面を見て言うの聞きながら簪は苦笑しつつ頷く。

「正に一触即発と言う所ですか。」

共用ディスプレイに十数隻の船が対峙している様子が映し出されていたからだ。

「あの2人を発令所まで連れて来て下さい。」

「はい艦長。」

火器管制担当が艦内通話機を通してビーンとリヤを呼び出すと数分後2人が現れる。

「どうやら貴方達の懸念が当たった様ですね。」

2人に共用ディスプレイを見る様身振りで示しながら簪は言う。

「・・・ああ当たったみたいだな。」

ビーンは簪の言いたい事を察して苦渋に満ちた、リヤは悲しみ満ちた表情になるのだった。

「マルチセンサーポスト作動。」

そうりゅうは深度を上げると洋上にマルチセンサーポストを出す。

そして共用ディスプレイに洋上の様子を映し出す、2組の漁船群が対峙する光景を。

「映像を拡大して下さい。」

ズームアップして一方の漁船群の先頭に居る船が映し出されるとビーンは溜息を付いて言う。

「親父だ。」

続いてもう一方の先頭に居る船が映し出されると今度はリヤが悲しそうに呟く。

「父です。」

そんな2人を見ながらシャルが簪に聞く。

「それでどうするの簪。」

艦長席に座る簪は暫し考えると皆に告げる。

「全員座席へ・・・クロエさんとお二方も。」

全員に着席する様に簪は指示する。

「艦長、魚雷・艦載火器管制室及び機関管制室問題無し。」

その報告を聞いた簪は発令所を見渡し全員が着席しているのを確認して指示を出す。」

「機関半速・・・少々荒っぽくなりますから注意して下さい。」

簪のその指示でビーンとリヤ以外の者達は彼女の意図を察していた。

「では行きます。」

洋上で対峙する漁船群の中心にいる船の舳先に立ってにらみ合うQ-1島とQ-2島のギルド支部長。

「へっようやくこれで決着をつけられるな。」

「そうだな覚悟は良いかな。」

2人の言葉に両者の漁師達が手銛を構えて相手を睨み遂に激突かと思われた時だった。

「「!?」」

突然目の前の海面を割って現れた物体に今まさに突撃を指示しようとした2人は動きを止められてしまう。

双方の間に海中から浮かび上がって来たのは巨大な潜水艦だった。

「しゅ、守護天使のそうりゅう!?」

漁師の1人が驚愕の声を上げ、その場に居る全員は茫然とそうりゅうを見つめる。

誰しもが何故此処に守護天使が今現れたのか分からなかったからだ。

『両漁師ギルド支部の皆さん、争いを止めこちらの指示に従って下さい。』

周囲に響き渡ったのは少女の声に漁師達は顔を見合わせてから自分達の支部長を見る。

「「・・・・・」」

険しい目でそうりゅう見つめる2人の支部長だったが、彼らに対抗する手段など存在しなかった。

北方海いや世界最強の潜水艦と守護天使相手では・・・

簪の警告で両者は引き離された後、両支部長はそうりゅうに乗艦する様連絡を受ける。

憮然とした表情で迎えのボートに乗せられ2人はそうりゅうに向かう。

甲板に上がった2人は当然睨み合うのだが、乗員の「艦長がお待ちです。」との言葉と圧に大人しく艦内に入った。

強面の支部長2人だが相手は少女達と言ってもシーサーペントと常に戦っている歴戦の人間達だ。

もちろん支部長2人だって危険な海で生きる者達だが実際にシーサーペントと相対しているそうりゅう乗員とは年季が違うと言えるからだ。

艦内に入った2人はそうりゅうの食堂に通されると、席に座って待って居た少女の前に立つ。

その少女を見て憮然とした表情だった2人は今度は困惑した表情で顔を見合わせる事になる。

「・・・お座りください、お二方。」

まあ何時もの事なので簪は気にしない・・・むしろシャルとクロエや乗員達の怒りが強い様だが。

「そうりゅう艦長の更識 簪です。」

「Q-1島ギルド支部長アークだ。」

「Q-2島の支部長合場。」

2人は困惑した表情のまま答えるが、それに構わず簪は話を始める。

「今回の両島の間に起こっている問題について私が裁定を行います。」

簪の言葉に2人は困惑から怒りに表情を変える。

「「それは一体どう言う事だ!?」」

対立しているわりには気が合っているなと簪は思って苦笑する。

「言った通りですが・・・ちなみに漁師ギルド長から委任を受けています。」

そう言って漁師ギルドから艦隊司令部を通して送られて来た委任状を見せる簪。

「まず配下の漁師達を引かせて下さい、あと原因調査が終わるまで争う事は禁止しますので。」

委任状を見て茫然とする2人の支部長に簪は冷静に告げる。

「ちょっと待ってくれどうしてそんな事に、第一これって俺達の頭越しな話じゃないか、納得出来ん!」

アーク支部長が椅子を蹴飛ばす様な勢いで立って簪を怒鳴りつける。

「ああ当事者を無視て事だろ、俺も納得出来ん!」

合場支部長は立ち上がらなかったがやはり怒りの表情で簪の事を睨みつける。

そんな強面の2人に対し簪は落ち着いた表情で話を続ける。

「お2人では解決は望めない・・・漁師ギルド長は貴方達のお子さんからの話で判断されたんです。」

「そ、そんな事認められるか!第一ビーンの奴が何と言おうと・・・」

「まったくだ、リヤがそんな事言うはずが・・・」

その言葉に2人は目を向くと更に逆上した様で、合場支部長も立ち上がって簪に反論してきた。

「落ち着いて下さい、これは決定事項です、漁師ギルド長の指示に異論を唱えるのですか?」

冷静な簪の言葉に2人は押し黙る。

「決定に従わない場合ギルドからの追放もありえます・・・私にはその決定権も有る事をお忘れ無く。」

2人は茫然とした表情で座り込むが、直ぐに顔を上げて簪に迫る。

「息子にビーンに会わせてくれ・・・こいつの娘と居るんだろう。」

「リヤに娘と話を・・・こいつの息子と一緒など許せん。」

そんな2人に簪は首を横に振って答える。

「息子と娘さんはそれを望んでいませんので会わせる事は出来ません。」

「俺達は親だぞ!」

「そうだ何の権利があって言うんだ。」

2人は怒りに顔を真っ赤にして言って来るが簪はそれに対しても冷静に対応する。

「息子と娘さんは既に成人ですので、2人の意志が優先されます。」

自分達より二回りも違う簪の言葉に2人は遂に切れ掴みかかろうとしたが。

音がして構えられるサブマシンに2人は動きを止められてしまう。

「船の中では艦長である私の権限が全てです・・・それは2人もお分かりですね。」

船の中では最高責任者の艦長(船長)が全てを支配する、それは2人も知っている、何しろ自分達だってそうしているからだ。

「それではお帰り下さい・・・言って置きますが先程の通達を実行願いますね。」

2人の支部ギルド長は憮然とした表情で乗員に案内され自分達の船に戻って行ったのだった。

指示通り漁船群はそれぞれの港に戻っていった、それを共用ディスプレイ上に見ながら簪は傍らに立つビーンとリヤに言う。

「一応貴方達の意志を尊重しましたが、良かったのですか?」

ビーンとリヤは自分達の父親の元に帰る事を事態収拾まで拒んだのだった。

「構わないさ・・・戻れば絶対引き離される、守護天使が言ったとしてもな。」

「はい、私も同じです。」

結局そうなるだろうなとは簪も思ったので2人の意志を聞いてその通りにしたのだった。

「・・・それにしてもあの親父をやり込めるなんて流石は守護天使だな。」

感嘆した表情でビーンは言う、最初に会った時の印象とは違うと思って。

「そうですね、私も父にあそこまで言えた人は母を除き知りません。」

自分の妹に似ていたと思ったが全然違うのはやはり守護天使様だとリヤは思った。

そんなビーンとリヤからの畏敬の念の籠った視線に簪は居心地が悪くてしょうがなかった。

ちなみにシャルとクロエ、乗員達がその様子を楽しそうに見ていた。

「・・・それでは調査に出発します、総員配置に着いて下さい。」

「「「はい艦長。」」」

「「ああ簪(様)。」」

シャルとクロエ、それに乗員達が楽しそうに返答する光景に簪は溜息を付くのだった。

「どうやら原因はここじゃ無いみたいだね。」

2時間後そうりゅうの発令所でシャルは自分の座って居る席のディスプレーを見ながら呟く。

シャルの指揮の元海流や餌となるプランクトンなどを調査したのだが、どれも異常は認められなかったのだ。

「となると原因は別の海域と言う事ですかシャル?」

共用ディスプレイに表示された漁場の調査結果を簪は見ながら確認して来る。

「そうだね可能性が高いのはこの漁場に向かって来る魚達の産卵場かもしれないね。」

映し出されていた漁場の調査結果が縮小され産卵場の海図がシャルの操作で表示される。

「産卵場で何か異変が起こり結果数が激変したと僕は思っているんだ。」

その推測に簪達発令所に居る者達は改めて海図を見る。

「その原因を突き止め回復させれば両島の争いを解決できますね、そうすればあの2人も・・・」

クロエはそう言ってホッとした表情を浮かべ言う。

「確かにその通りですが・・・問題はその原因です。」

そう言って簪はシャル見る。

「そうだね・・・場合によっては最悪な事も想定した方が良いかもしれない。」

「まさか?」

2人の会話でその最悪の事態を察したクロエが不安そうに聞く。

「そう・・・シーサーペントが原因かもしれないと言う事ですクロエさん。」

簪の言葉に発令所に重い空気が流れるのだった。

「そろそろ目的の海域に到着します、総員戦闘配置に。」

更に3時間後簪の指示で艦内にアラーム音が鳴り響き乗員達が配置に着いて行く。

発令所にも交代で休んでいた火器管制担当とセンサー担当が戻って来て配置に着く。

ちなみにシャルとクロエについては簪とシフトを一緒にしていたので既に発令所に居たのは言うまでもない。

「艦長、総員戦闘配置に着きました。」

振り向いて報告して来た火器管制担当に簪は頷く。

「潜航します。」

浮上航行していたそうりゅうは簪の操作で潜航して行く。

「マルチセンサーポスト作動。」

洋上にマルチセンサーポストを上げそうりゅは進んで行く。

ここは大小様々な岩礁が存在する海域で簪は気を抜けなかった。

「艦長ソーナーとレーダーに複数の・・・シーサーペントの反応が!」

前方に大きな岩礁を確認した瞬間センサー担当が報告して来る。

咄嗟に共用ディスプレイを見る簪達、そこには岩礁の周りに居る多数のシーサーペントの姿があった。

「画像を拡大して下さい・・・シャルこれは?」

広がる光景を見てシャルは苦虫をかみ潰した表情を浮かべて簪に答える。

「ああ・・・間違いなくシーサーペントの繁殖地だね、漁場に魚が来なくなったのはこいつの所為と言う訳だ。」

シーサーペントによってこの海域で誕生した魚達が餌にされてしまったのが今回の原因だと分かった瞬間だった。

「取り敢えず排除します、最早Q-1島とQ-2島の漁場の問題だけでは済みませんから。」

監視の点で言えばまったくの死角だった海域だ、こんな所で大量にシーサーペントが発生したら被害はQ-1島とQ-2島だけは止まらないと簪。

派遣艦隊として見過ごせない事案だった。

「1から8番の艦首発射管に魚雷装填、噴進弾の準備も急いで下さい。」

「1から8番に魚雷装填、噴進弾の準備急いで!」

簪の指示を火器管制担当が復唱すると艦首発射管に魚雷装填が装填され、魚雷・艦載火器管制室が噴進弾の準備を開始する。

「メインモーター全開、総員衝撃に備えて下さい。」

乗員達はもちろんシャルとクロエも座席に座りベルトを締めて待機済みだった。

「メインモーター全開!」

機関・ダメコン担当が復唱と共に艦長席のディスプレーの出力レベルが上がったのを確認した簪はそうりゅうを岩礁に向ける。

「シーサーペント3匹がこちらに向かって来ます。」

共用ディスプレイにそうりゅうに向かって来る3匹のシーサーペントが映し出される。

「1番~4番発射用意。」

「1番~4番に目標データ入力良し、用意良し。」

火器管制担当が接近して来るシーサーペント3匹の目標データを入力し発射用意が整う。

「1番~4番発射。」

そうりゅうの発射管から4本の魚雷が発射されシーサーペント達に向かう様子が共用ディスプレイに表示される。

繁殖地を守ろうとシーサーペント達は逃げる事無く我が身を盾にして魚雷に吹き飛ばされる。

「左舷より4匹のシーサーペント接近。」

「5番~8番発射。」

更に押し寄せて来るシーサーペントをそうりゅうから発射された4本の魚雷が撃破する。

「残りが押し寄せてくる前に叩きます、噴進弾の準備は完了してますか?」

「はい艦長。」

火器管制担当の返答を受け簪はそうりゅうを急速浮上させる。

海面を割り浮上したそうりゅうの水密格納庫の扉が開かれ噴進弾が引き出されると発射用レールにセットされる。

「噴進弾は発射準備良し。」

火器管制担当がディスプレーを見て報告する。

「目標の正確な方位をお願いします。」

簪の指示にセンサー担当が複合ディスプレイを見て返答する。

「方位020です。」

簪はそうりゅうの艦首を目標である繁殖地に向けさせる。

「方位020良し、発射!」

点火した噴進弾が発射用レール上を通って空中に飛び出ると一直線に繁殖地に向かって行く。

「目標まで1分。」

共用ディスプレイ上に繁殖地へ向かって飛翔する噴進弾の航跡が海図上に表示されているのを簪は静かに見つめる。

「3・2・1・今!」

次の瞬間共用ディスプレイに写っていた繁殖地に火柱が立ちそうりゅうに激しい轟音と振動が伝わって来た。

やがてそれが収まるとかって繁殖地が有った岩礁は跡形も無く消え去った姿が共用ディスプレイに映し出される。

その周りには爆発に巻き込まれバラバラになったシーサーペントの死骸が浮かぶ。

「付近に反応は?」

簪の問いに複合ディスプレイをスクロールして確認を終えたセンサー担当が答える。

「付近にシーサーペントの反応ありません。」

発令所内の張り付詰めた緊張感が薄れシャルとクロエ、乗員達が安堵の溜息を付く。

「これで漁獲量が戻ると良いのですが。」

「直ぐには無理だけど徐々に回復して行くと思うよ。」

シャルは簪の呟きに肩を竦めながら言う。

「問題は2島の人達がそれを待てるかですね。」

クロエが心配そうに言う。

「まあそれはあの2人に期待するしかないでしょうね・・・取り敢えずもどりましょうか。」

そうりゅうは潜航するとその海域を離れて行くのだった。

 

翌日簪は両島の支部長を漁場の中心海域に呼び寄せた。

「・・・繁殖地を処理したので今後漁獲量は回復して行くと思われます。」

シャルが再び食堂に来た2人の支部長を前に自分のタブレット端末を使って説明していた。

「時間はどの位かかるんだ?」

Q-1島支部長が憮然とした表情で聞いて来る。

「予想ですが半年は見て貰わないと、それでも完全に元通りになるかは保証出来ません。」

こればかりは自然に任せるしかない為シャルもはっきりとは言えない様だった。

「ですので両島共に漁獲量を調整して公平に漁をして頂く事になります。」

簪がシャルの説明を受けて両島の支部長に今後の事について伝える、一応漁師ギルド長と相談して決めた事だった。

「「・・・・」」

2人が不服そうな事は簪に内心溜息を付き、考えていた対応の許可を漁師ギルド長に取っておいて良かったと思った。

「言って置きますがこれは漁師ギルドの決定です、違えば処分が下されます。」

「それくらい分かっている。」

「言われるまでも無い。」

だがそう言いながら2人の支部長の表情にはこの後どう決着を付けてやろうかと言う気が満々なのは傍に居たシャルとクロエにも分かったほどだ。

まあ今回の件は既に終了しており簪はこの後に対しての権限が無いと2人の支部長は考えているのだった。

派遣艦隊としてQ-1島とQ-2島だけに関わっている訳にはいかないだろう、そうなれば自分達で決着を付けられると。

「分かりました・・・所で今後両島が指示を守っているかを見る為監視役を置きますのでその了承をお願いします。」

「「!?」」

この後の事をどうしようか考えていた2人は簪の言葉に驚愕した表情を浮かべる。

「その監視役ですが貴方方のお子さん達であるビーンとリヤのお二方にやって貰います。」

2人のそんな思惑等簪はお見通しだった、だから漁師ギルド長に進言し双方の関係者の中から監視役を選ぶ事にしていたのだった。

幸い事に適任者が2人も居る、お互いの島の事を知り、決して自分達に有利な事をしないと分かっている者達が。

「ビーンとリヤには監視と共に今私が持っている権限も移乗されます・・・もちろん漁師ギルド長の許可も得てますので。」

驚愕に表情を凍り付かせながら簪を見つめて来る2人の支部長に意地の悪い笑みを浮かべ合図する。

「そう言う訳だオヤジ、漁師ギルドの指示は必ず守って貰うぜ。」

「お父さん、ギルドから除名されれば皆が困りますので是が非でも従って頂きます。」

待機して居たビーンとリヤが座って居る簪の後に現れて自分達の父親いや支部長達に告げる。

こうなっては2人にはなす術は無かった、漁師ギルドだけで無くセキュリティーブルーまで出て来ているのだから。

支部長達の思惑は果たされる事は無く2人はただ項垂れてそれを受け入れるしか選択肢しか残されていなかった。

 

「流石だね簪。」

「ええそうですねシャルロット様。」

海域を離れて行くそうりゅうの指令塔上でシャルとクロエは何時もの如く簪を称賛していた。

「・・・全て私がやったと言う訳では無いのですが。」

確かにビーンとリヤを監視役にと提案したのは簪だが、彼女一人の力で進んだ訳ではないと思っているのだが。

「しかしあの2人・・・悪いとは思うけど、傑作だったね。」

自分の息子と娘にあそこまで言われ父親としても支部長としても立つ瀬が無いだろうとシャルは意地悪く言って笑う。

「まあ将来的には一つのギルド支部になるでしょうね、あの2人が居ればきっと。」

何しろビーンとリヤの母親達を中心にした島の女性達が、今回の事で一致団結して動き始めているからだ。

船の上では怖いもの知らずの支部長達もその猛攻には抗しきれない訳で今更ながら女性の凄さを実感している簪だった。

とは言え自分も今はその女性(少女)なのだがと内心苦笑を禁じ得ない簪は肩を竦めると言う。

「では帰りましょうかシャル、クロエさん。」

「うん簪。」

「はい簪様。」

そうりゅうは潜航すると進路を退避港へ取り速度を上げて向かって行くのだった。

 

13:00 漁師ギルドの依頼完了



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No.18ー北方海の怒りー

海面上にマルチセンサーポストを出しながら航行していたそうりゅうが海面を割って浮上する。

そして司令塔上に潜水艦用艦内服に防寒ジャケット姿の見張り員と簪がシャルとクロエと共に出て来る。

「緊急救援信号を確認出来ますか?」

艦内通話機を通して簪が発令所に問い掛ける。

『・・・微弱ですが受信しています・・・やはり島の方からです。』

火器管制担当からの返答を聞いて一斉に双眼鏡がそうりゅうの左舷側に見える島に向けられる。

その直後島の上空へ信号弾が打ち上げられる。

「ボートの用意を急いで下さい、あと海上及び海中の監視を厳にお願いします。」

「はい艦長。」

指示を受け甲板に出て来た乗員がボートの準備を開始するのを見つめる簪。

「シーサーペント絡みの遭難では無い様ですね。」

クロエが島を見ながら同じ様に双眼鏡で見ている簪に話し掛ける。

数時間前そうりゅうは救難信号を受けこの海域まで救援の為来たのだった。

「その様ですね・・・とは言え注意が必要ですが。」

直接の原因にならなくても、救援に来た船が襲われる事は珍しい話では無いからだ。

「そう言えば遭難した船はこんな所で何をしていたんだろうね。」

シャルが手袋越しに指をさすりながら呟く、この海域にはこれと言った航路や漁場では無いから疑問に思ったのだ。

「小型の資源調査船だったみたいですから、島か海底の探査中だったのでしょうね。」

その途中で何らかのトラブルに見舞われ遭難したらしいと簪が答えるとシャルとクロエは納得した表情を浮かべる。

「艦長ボートの準備完了、何時でも出発出来ます。」

甲板で準備をしていた乗員の報告に簪は頷くと指示を出す。

「それでは出発して下さい、余計な事かもしれませんが注意を怠らない様に。」

「了解です艦長。」

指示を受けた乗員4人よる救助班はボートに乗ると島に向かう。

そうりゅうから出発したボートが島の岸辺に接近すると信号拳銃を持った男が手を振っているの見えた。

「要救助者を発見しました艦長。」

救助班の1人が無線でそうりゅうに報告を入れボートをそちらに向ける。

ボートを岸辺に乗り上げさせ救助班のメンバーが上陸し要救助者に近づきながら声を掛ける。

「ペギー商会の方ですね?」

要救助者の男が頷くと答える。

「ああそうだ・・・あんた達は派遣艦隊のそうりゅう乗員か?」

救助班の背後に見える巨大潜水艦を見て男が聞いて来る。

「ええそうです、ではそりゅうまで来て・・・」

「いや待ってくれ、そうりゅうならいや守護天使なら頼みたい事があるんだ。」

男の言葉に救助班の面々が顔を見合わせる。

「・・・シーサーペントの使者ですか?」

連絡を救助班から受けた簪がその男の話を聞く為上陸して来たのだが。     

聞かされた話は簪にとって耳を疑う様なものだった。

「少なくても俺が出会った連中はそう言っているんだ。」

救助されたペギーと言う名の資源調査商会員(商会員は彼1人)は後ろを見ながら答える。

そちらに目を向けた簪は木の陰からこちらを不安そうに見ている自分と同じくらいの少女に気付く。

「・・・この島に住人は居なかった筈ですが。」

この海域には無人島しかないと簪は思っていたので驚いた表情を浮かべる簪。

「他の島から流れて来た連中らしいな・・・」

何らかの理由で生まれ育った島を捨てて誰も居ない無人島に隠れ住む人々が少数だが存在する。

ペギーはこの海域で遭難し島に漂着したところをそんな境遇の少女に助けられたらしい。

「それで助けられた礼に何か出来る事はないかと聞いたら・・・出たのがシーサーペントの使者だ。」

少女や他の渡り人達からペギーが聞いた話によれば、数日前島にその使者が現れてこう言ったそうだ。

「我々はシーサーペントの使者だ、この島で生きていきたいのなら貢ぎ物だせ、そうすれば守ってやろう。」

そう言ってその少女を始めとした若い女性を引き渡せと言われたのだ。

「・・・それってもしかしなくても。」

「ああそうだな、明らかに・・・嘘っぱちだな。」

簪とペギーは顔を見合わせると深い溜息を付く。

第一シーサーペントの使者って一体何のだろうと簪は思う、様は対抗する術を持たない人々を脅かしているだけではないかと。

しかもその代償に若い女性を差しだせなんて容易く彼らの意図が想像できてしまう簪とペギーだった。

「ところでその使者って何で海を渡って来たのですか?」

まさかシーサーペントの様に生身で海を渡って来た訳では無いだろうと簪は思って問う。

「彼女の話じゃ海岸に乗り上げて来た真っ黒な船の前扉が下に開きそこから降りて来ららしい。」

「それって上陸舟艇の様ですね。」

話からしてその船は海岸に乗り上げ船の前扉を降ろして人員や物資を揚陸させる上陸舟艇だと簪は気付く。

かってプレイしていたゲームでも出て来た船だった、あまり使い道のないものだったと簪は記憶していたが。

「ハンター崩れの連中が関わっているみたいですね。」

何かやらかしてハンターギルドを追放された者達が食い詰めてこんな事を考えたのだろうと簪。

黙って聞いていたペギーと少女を見ながら簪は続ける。

「だとすればこれは私達派遣艦隊の仕事ですね・・・お引き受けします。」

「そうか助かる、良かったな。」

聞いたペギーがそう言うと少女も嬉しそうに頷いて見せる、その光景を見て簪はもしかしてと考える。

だがそれは今どうでもいい事だと簪は思い頭からそれを追い出す。

「それではシーサーペントの使者とやらを迎える準備に入りましょう。」

深い闇が海域を覆う頃砂浜に数人の人影が佇んていた。

「そうりゅうへ、状況を報告願います。」

佇んで居るのは先程の少女と同年代の者達だった、そしてその中の1人がベールで隠したマイクセットで通信していた。

『今の所付近に船影無しです・・・艦長やはり危険です。』

その少女は簪だった、ちなみに他の者は先程の少女以外全てそうりゅうの乗員達だ。

そう簪は囮役の引き渡される少女達の1人として参加しているのだった。

もちろんシャルとクロエや乗員達に猛反対されたのは言うまでもない。

「囮役なんて正気かい簪!?」

発令所内にシャルの悲鳴にも似た声が響く。

「簪様、お考え直し下さいいくらなんでも・・・」

悲痛な声を上げながら説得しようとするクロエの声が続いて響き。

「「「艦長無茶をしないで下さい!」」」

火器管制担当を始めとした発令所メンバー3人の悲壮な声が続く。

「「「「「艦長・・・」」」」

騒ぎを聞きつけて他の乗員達が集まって来て一時発令所は大混乱になってしまった。

結局「艦長として乗員だけを危険に晒す訳にはいきません。」と言う簪の決意に皆折れるしかなかった。

何しろこうなると簪を説得するのは無理だとシャルとクロエ、乗員達は知っているからだ。

「こうなったら艦長を絶対守るのよ。」

「もちろんです私達が連中に絶対手を出させません!」

囮役と護衛役の乗員達が使命感に燃えたのは言うまでも無い。

「戦う術が無い事がこれ程悔しいと思った事はありません。」

「僕も同感だね・・・」

シャルとクロエは自分達が簪の役に立てないと嘆いていたのも・・・

「貴女は加わる必要は無いのだけど。」

「そうだぞお前までそんな事しなくても。」

一方簪とペギーは囮役に加わりたいと言って来た少女と話をしていた。

「でも自分達の事だし・・・それに貴方がここまでしてくれたから。」

そう言って少女はペギーをじっと見詰める、彼は困った表情を浮かべ簪を見る。

「説得は無理の様ですね、彼女の事は我々に任せて下さい、けっして危険な事にはさせませんから。」

少女とペギーを見ながら簪はそう言って苦笑する、恋する女は頑固だなと思いながら。

まあベクトルは違うが頑固な点では簪もそう変わらないのだが。

そんな混乱を経てシーサーペントの使者捕縛作戦は開始されたのだった。

「無理はしませんし皆を信じていますから大丈夫ですよ。」

未だに心配そうな乗員の声に簪が答えると『本当に気をつけてください。』と言われて通信が切れる。

それから1時間が経った頃再びそうりゅうから通信が入る。

『艦長、この海域に接近中の船舶を確認、速力12ノットで島に向かっています。』

沖合に潜水して海域を監視していたそうりゅうが目標を捕捉した様だった。

「予定通り目標の後方に付いたら戦闘体制で待機して下さい。」

『了解です艦長、くれぐれもご自愛ください。』

分かってますと答えて通信を切ると周りに居る乗員達と少女に伝える。

「シーサーペントの使者が来ます、打ち合わせ通りお願いしますね。」

乗員達と少女が頷くの確認し簪は通信機のチャンネルを切り替え護衛役の乗員を呼び出す。

「間もなく使者と接触予定です、そちらの準備は完了しましたか?」

『こちらの準備は完了、何時でもOKです艦長。』

簪が後方にある岩陰を見るとMP5サブマシンガンを持った乗員が手を振って見せる。

「よろしくお願いしますね、ではそのまま待機を。」

通信を切ったところで前方の海を監視していた乗員が報告して来る。

「艦長現れました。」

乗員が指さす方を見た簪は前方の海上からこちらに接近して来る上陸舟艇を確認する。

見た所識別番号も付けておらず明らかに違法な事に関わってますと言っている様なものだった。

簪達が見つめる中接近して来た上陸舟艇は艦首を海岸に乗り上げて停止すると扉を降ろしてくる。

そして降ろされた扉の上を通って降りて来る5人の黒装束の男達、よく見れば腰に拳銃を身に着けている。

「我シーサーペントの使者・・・貢物はお前達か?」

先頭に立つ男、多分彼がリーダーなのだろうが大げさな言い回しでそう告げてくる。

「そうでございます、シーサーペントの使者様。」

俯きながら簪がか細い声で答える、他の囮役の乗員達や少女は同じ様に俯いて座って居る。

「そうかお前達の献身にシーサーペント様も喜ぶだろう、さあ来るのだ。」

そう言ってリーダーが簪の腕を掴もうと手を伸ばして来た時だった。

「ところでシーサーペントの使者って名乗って貴方達は恥ずかしくないんですか?」

突然掛けられた声に男の手が止まる。

「な、何だと!?」

すくっと立ち上がりベールと艦内服の上に着ていたローブを取った簪を見て男達が驚いた表情を浮かべ叫ぶ。

「残念ながらここまです皆さん。」

簪の声に座っていた乗員達や少女が同じ様にベールとローブを取って立ち上がる。

「我々は派遣艦隊です、海賊行為により皆さんを拘束します。」

「くっセキュリティーブルーが何でこんな所に!?」

対抗する術の無い者達しか居ないと思っていた彼らは突如現れた簪達セキュリティーブルーに動揺する。

「だがお前達だけなら・・・」

目の前に立つ簪達がまだ少女だと思った男達は腰に付けていた拳銃を抜いて向けようとするが。

男達の前の砂場が響いて来た銃声と共に跳ね上がり動けなくなる。

そして気付いた時にはMP5を持った少女達に周りを囲まれている事に気付き茫然としてしまう。

「大人しく従って下さい、そうして頂けないなら多少は痛い目にあってもらいますが。」

たかが少女と思っていた様だが簪も乗員達も対シーサーペント戦において常に最前線で戦ってきたのだ。

ちんけな海賊モドキなどに後れを取る事などありえない、まあそれだけでなく簪を絶対守ると言う事もあったからだが。

この状況にリーダーを始めとした男達が抵抗する意思を失い銃を砂場に落とし手を上げて投降する姿勢を示した時だった。

機械音がして扉が上がり始めると共に舟艇の機関が動きだす。

「ま、まて俺達を置いて行くつもりか!?」

リーダーが慌てて手を伸ばすがその前に扉は閉じ、舟艇は後進で砂場から抜け出して離れて行く。

「守護天使、舟艇が逃げるぞ!」

後方の岩陰からペギーと島の男達が駆け寄って来る、海賊が投降したら来てくれる様に頼んでいたのだ。

「大丈夫ですよ、取り敢えずこの人達を拘束するのを手伝って下さい。」

海岸からある程度離れた舟艇が旋回し沖合へ出て行くのを見ながら簪はペギーと男達に頼む。

「まあ天使がそう言うなら・・・」

そう言ってペギーは男達と共に海賊達を縛り上げて行く。

出来れば天使を連呼しないで欲しいと思いつつその様子を見ていた簪にそうりゅうかた通信が入る。

『こちらそうりゅう、海賊船を確認、これより拿捕を開始します。』

舟艇に乗っていた連中は仲間が捉えられた時点で見捨てる選択をした、元々利害だけで繋がっていたから躊躇などしない。

しかし派遣艦隊の人間が居たと言う事は艦船も近くまで来ており、逃げられる訳は無いと考えられないのは所詮小悪党だからだろう。

海岸線を離れた舟艇は旋回をすると沖合に向けて速度を上がて行く。

だが舟艇の進行方向の海面が割れ巨大な潜水艦が現れた時点で彼らの運命は決まった。

浮上したそうりゅうは後部甲板の艦載砲を向けると舟艇の周りに砲弾を放つ、慌てた海賊は進路を変えようとするが。

司令塔後方の格納庫上に装備された3連装機関砲2基からの曳光弾を舟艇の艦橋両舷を通過させられ逃亡の意志を奪われる。

観念した海賊達は両手を上げて甲板上に出て並ぶ、こうしてシーサーペントの使者事件は無事解決したのだった。

夜が明ける頃艦隊司令部から要請を受けて来たみかさが島に到着し海賊達を収容する。

「助かったぜ天使。」

「・・・いえこちらこそ協力して頂き感謝します。」

ペギーの天使呼びに引きつった笑みを浮かべつつ簪は答える。

まあそんな笑みになったのは彼の呼び方だけで無くあの少女や島に居た人々さえも「天使様。」と呼んでいる所為もあったが。

「艦長、みかさから海賊の収容を終えたと通信が有りました。」

通信を担当していた乗員が報告して来るのを聞いた簪は頷くとペギーを見て言う。

「それでは我々は引き上げますが・・・本当に残られると言う事で良いのですね?」

「ああどうせ俺は天涯孤独の身だしな・・・彼女と此処で生きて行く積もりさ。」

隣に立って右腕に捉まる少女を見ながらペギーは嬉しそうな表情を浮かべて答える。

捕らえた海賊を収容するみかさの到着を待っていた簪にペギーが「俺は此処に残る。」と伝えて来たのは夜が明ける直前だった。

理由はあの少女の事を好きなったからで、相手の彼女もそれを受け入れてくれたとペギーは照れながら説明した。

「分かりましたギルドへの報告はセキュリティーブルーを通してやって置きますので・・・お二方もお幸せに。」

「ありがとう天使様。」

少女も幸せな笑みを浮かべつつ礼を言って来る、まあ天使と呼ばれるのには恥ずかしいが2人が幸せなら良いかと簪は思う事にする。

ペギーと少女そして島の人々に見送られそうりゅうとみかさは島を離れて行くのだった。

あと幸せそうなペギーと少女を見てシャルとクロエが「「私(僕)達も簪と・・・」」と言っていたのは余談である。

 

05:45 救助及び海賊の捕縛完了。



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No.19ー「束からの依頼」ー

「束さんが?」

それは簪がセキュリテイーブルー本部のある港に戻って来た時の事だった。

『簪ちゃんに頼みたい事が有るのでラボに来て!』

到着後指令部にクロエと共に顔を出した簪は千冬から束の伝言を伝えられたのだ。

「何かあったのでしょうか?」

「さあな・・・あいつの考えている事なんぞ知りたくもないがな。」

「私もです千冬様。」

ウンザリした表情で答える千冬とクロエに簪は苦笑する、まあ何かあれば最初に被害を受ける2人だから仕方の無い話なのだが。

セキュリテイーブルー本部を出た簪とクロエはドックに向かい、その施設内にある束のラボの前に立つ。

「そう言えば束さんのラボに招待されるなんて初めてですね。」

それなりに長い付き合いだが簪は束のラボに入るのは初めだと気づいて言う。

「私としては簪様をご招待したくは無かったのですが。」

「?」

深刻そうな表情を浮かべて言うクロエの姿に簪は首を捻る、まあその理由を直ぐに知る事になるのだが。

持って来た鍵でドアを開けクロエは簪と共にラボ内に入って行く。

「えっと・・・クロエさん?」

元々はロビーだったと思われるそこは様々なものが乱雑に積み上がられておりまるで廃棄物置き場の様だった。

「簪様、絶対積み上がっている物に触らないで下さい・・・下手をしたら全てが崩れて下敷きになりますので。」

それはとても冗談に聞こえず簪は思わず引きつった表情を浮かべるしか無かった。

慎重に歩きながらクロエは簪をロビー奥にある階段に誘導して行く。

「クロエさん、エレベーターは使わないのですか?」

階段の横にエレベーターが有ったがクロエは見向きもせず通り過ぎていったので気になった簪が尋ねる。

「もう何年も前から動きません、束様は直す気が無いのです。」

深い溜息を付きながら答えるクロエの答えに簪はなんとなく納得してしまっていた。

優秀な技師であるが興味の無い事にはまったく無頓着な束の性格を簪は思い出したからだ。

納得した簪と疲れた表情のクロエは階段を4階まで登ると廊下を束の居る部屋まで歩いて行く。

『束さんのひみつけんきゅうしつ』

でかでかとそう書かれたプレートが掛かったドアの前に立つ簪とクロエ、なお書かれたものに当然2人は突っ込まなかった。

「束様、簪様をお連れしました。」

ノックをしてそうクロエが呼びかけるが返答が帰ってこない。

「束様、束様?」

更にクロエが声を掛けるがやはり帰ってこなかった。

「束様入ります。」

クロエはそう言ってドアを開け中に入る、もちろん簪も彼女に続く。

「・・・束様?」

部屋の中はさっきのロビーでクロエが言っていた状況になっていた、そう積み上げられていた物が崩れ足の踏み場も無かった。

そして束の姿はそこには見えず簪とクロエは困惑した表情で顔を見合わせる。

「・たす・・けて・・・クー・・ちゃん・・」

「えっ!?」

どこからともなく聞こえて来る声に簪が室内を見ているとクロエが深い溜息を付く。

「・・・ですから普段から整理して下さいとあれほど。」

そう言うとクロエは崩れ落ちた物をどかしながら一際積み上がった所までたどり着くとそこを掘り返し始める。

「ぷっはぁぁ・・・」

やがてそこからクロエによって掘り出された束に簪は目を丸くしてしまう。

「助かったよクーちゃん!」

涙目になった束が抱き着こうとするがクロエはそれを避けるとジト目で睨みつける。

「大丈夫ですか束さん?」

クロエに再び睨みつけられ更に涙目になった束に簪が声を掛ける。

「あっ簪ちゃん、久しぶりだね。」

簪に気付き束が嬉しそうに答える。

「束様・・・」

「う・・・分かっているよクーちゃん。」

暫し束に対するクロエの説教が行われるのだった。

「それで束さんが頼みたい事とは何なのでしょうか?」

説教が終えクロエが部屋の中をある程度片づけて話が出来る状態になったのはあれから1時間後だった。

束同様掘り出されたソファに座った簪はクロエが入れてくれたコーヒーを飲みながら尋ねる。

「うん実はある場所まで束さんを連れて行って欲しいんだよ・・・あとクーちゃん、このコーヒー冷たい気がするんだけど。」

対面に座り簪にそう答えた後束は傍らに控えていたクロエに恐る恐る聞く。

「何かご不満でも束様?」

「いやぁ不満なんてないよクーちゃん。」

先程よりキツイジト目で睨みつけられた束は引きつった笑みを浮かべるしかなかった、ちなみにコーヒーは冷たいうえに砂糖抜きだった。

まあクロエにしてみれば束がまた部屋の中を崩壊させた怒りに加え簪に片づけを手伝わせてしまった後悔が有ったからなのだが。

「それで束さんを何処へ連れ行けばいいんですか?」

そんな状況に苦笑しつつ簪は更に尋ねる。

「あのねっブラット島までお願いしたいの。」

「ブラット島ですか?」

簪はその島が中央海との接続海域に近い所に在る事を思い出す。

「うん実はね・・・」

ドックの技師の1人が資料室にあったブラット島の記録を調べていて何かを見つけらしいのだと束は事情を説明する。

「そこでその技師は調査の為に向かったらしいんだけど・・・」

そこまで言って束は深い溜息を付いて続ける。

「もう3日も経つのに戻って来ないんだよ。」

簪とクロエが顔を見合わせる。

「戻って来ない・・・何らかの事故にあったということですか?」

クロエが不安そうに束に尋ねる。

「その可能性が高いね、ちなみに調査に行ったのは技師と友人のハンターらしいんだ。」

束の言葉に暫し考えていた簪が尋ねる。

「その技師が見つけたものと言うののは何か分かっているのですか?」

「それについては詳細ははっきりしなくて。」

技師は大発見だと言うだけでそれが何かを報告する事無く通信が絶たれてしまった。

「その技師達の救出と何を見つけたかを調べるのをやまと簪ちゃんにお願いしたいんだ。」

普段は見せない真面目な表情を浮かべながら要請して来た束に簪は頷いて答える。

「分かりました束さん、それで何時出発を?」

そうりゅうが中央港を出発したのはそれから2時間後の事だった。

『今回はまともな話だったか・・・まあそれでも嫌な予感は消えんが。』

出港時本部から入った通信画面上で千冬はそう言って肩を竦めて見せる。

『更識艦長には今更だと思うが慎重に頼むぞ。』

「了解ですギルド長。」

通信を終えた簪は進路をブラット島へ設定し機関・ダメコン担当に指示を出す。

「メインモーター半速前進に。」

「メインモーター半速前進。」

機関・ダメコン担当が復唱するとそうりゅうは進路をブラット島へ向け進み始める。

「それにしても何を見つけたんだろうね?・・・正直言って悪い予感しかしないけど。」

簪隣の席に座ったシャルが不安げな表情で呟く。

束の所の技師が発見したものだけに、発令所の乗員達も同様に不安そうな表情を浮かべている。

まあ束が関わるとろくでもない結果に陥るのが常だから仕方の無い話だったが。

皆に厄介者(笑)扱いされている束だが現在艦載火器管制室にクロエの監視の元軟禁されていた。

まあ本人はそんな扱いに気づいていない様だったが、あと束への対応で簪の世話が出来ないとクロエが嘆いている事も。

その所為か束への対応がかなりきついとは火器管制室の乗員達の言である。

幸いブラット島へ航海中は大きな事件も起こらず到着出来た、束が小さな騒ぎを起こしてはクロエの制裁を受ける以外は。

「さてブラット島へ到着しましたが・・・これからどうするんですか束さん?」

共用ディスプレーに映し出されているブラット島を見ながら簪が束に尋ねる。

「ひゃぁ御免なさいクーちゃんもうしませんから・・・」

だが束はその問いに答えず怯えた兎の様に(笑)になっていた。

一体何をされたんだろうかと簪は自分の隣に控えているクロエを見る。

「束様、簪様がご質問されていますが。」

「イエスマム、目的の場所はブラット島近くの海底です!」

クロエの冷たい声に正気に戻った束が姿勢を正しながら答える。

「海底にですか?」

技師の残していった資料によれば目的の場所は海底にある、だから潜水艇を持っているハンターの友人を巻き込んだらしいと束。

「分かりましたクロエさん丁型潜水艇の準備をお願いします。」

丁型潜水艇は甲型潜水艇より大型の潜水艇であり主に調査や輸送に使われる艇だった。

「はい簪様、20分ほど時間を頂きたく。」

クロエはそう言うと艦後方の甲板に搭載された丁型潜水艇へ向かった。

20分後準備の終わった丁型潜水艇はそうりゅうから発進するとブラット島の海底へ向かった。

そんな潜水艇を操るのは簪であり、同乗者はクロエと束にシャルの3人に護衛役の千束とたきなだった。

当初簪はシャルを束の依頼に連れて行く積もりは無かったのだが、彼女は行くと譲らなかった。

「もちろん僕も行くよ・・・当然だよね。」

そんなシャルの説得を簪は早々に諦めてしまった、ちなみにクロエは苦笑していたものの束は気にしてもいなかった。

「束さんあれが?」

外部ディスプレーに映し出された海底に立つオブジェを見ながら簪が束に尋ねる。

尋ねながらまるで竜宮城だなと簪はこちらの世界に来る前に見たあの有名な話を思い出して内心苦笑する。

残念ながらこの世界には該当する童話は存在してはいなかったが。

「うんどうやらそうみたいだね・・・それにしても海の底にこんなものがあったなんて束さんも驚きだよ。」

束は補助席から立つと簪の後からディスプレーを覗き込んで来るのだが位置的な関係で後ろから抱きつく形になってしまう。

「「・・・(むっ)」」

その光景にクロエとシャルが嫉妬の目を向けてくるが、鋼の神経の持ち主である束がそんなものを気にする事は無かった。

「おおお!私もあのボリューム包まれてみたい・・・」

「何を言っているんだか・・・」

目を輝かせてそんな事を言う千束に呆れた声と表情を浮かべるたきな。

お陰で操縦室は混沌とした雰囲気に包まれたのだが。

簪は束のボリュームのある胸部装甲と良い匂いを意識しない様にするのに必死で気付けなかった。

「そ、そうですね・・・あの束さん離れてくれませんか操縦がしずらいので。」

もう消えてしまったと思った男の意識の発現に戸惑いを誤魔化す様に束に言う簪はだったが。

「う~ん・・・何恥ずかしがっているのかなあ簪ちゃん。」

恥ずかしがる簪のほっぺたを指で付きつつ束がからかって来る、シャルとクロエの機嫌が更に悪くなったのは言うまでも無い。

流石にシャルとクロエの殺意の波動に簪も気づき何とか束を引き離すと潜水艇をオブジェ(竜宮城?)へ接近させて行く。

「あそこから入れそうですね。」

周りを旋回させながら中に入れそうな場所を探していた簪は壁に空いた出入口らしきものを見つける。

潜水艇が入れるの確認した簪は慎重に操縦しながらオブジェの中に侵入して行く。

暫く進むと広い空間に出る潜水艇、計器を確認した簪は上方に空間のある事に気付く。

潜水艇を一旦停止させ外部ディスプレーで周囲を警戒しつつゆっくりと浮上させて行く簪。

やがて潜水艇は小さい桟橋が設置された場所に浮上する。

「束さん・・・あそこに接岸している潜水艇はもしかして?」

「うん一緒に向かったハンターのだね。」

接岸されている同じ丁型潜水艇をディスプレー上に見た簪が束に確認する。

返答を聞いた簪は自分達の乗った潜水艇を隣に並べると停止させ操縦席から立ち上がる。

「到着しました、それでは行き・・・」

そう言って操縦室後方を振り向いた簪はシャルとクロエのジト目に言葉を途切れさせ固まる。

「えっと?」

そんな態度に戸惑っている簪にシャルとクロエは顔を見合わせて頷くと行動を起こす。

「シャル?」

シャルが簪の左腕に自分の腕を絡ませてくる。

「クロエさん・・・?」

続いてクロエが簪の右腕に同じ様に絡ませてくる。

「あの・・・2人ともどうしたのですか?」

「「何でも無いです簪(様)。」」

「それなら束さんも。」

束が後ろから簪に後ろから抱き着こうとしたが・・・

「「束(様、さん)は駄目です!!」」

事態が収拾するのにそれから数十分も掛かった、なおそれを煽った千束がたきなに叩かれていたのは余談である。

潜水艇から降りて桟橋に立った簪は疲れ切っていた、事態を収拾させるのに多大な気力を使ったからだ。

ちなみにシャルとクロエは機嫌が戻っており、束は何時も通りに能天気な状態で簪は納得できない思いだったが。

「潜水艇には誰も乗っていません艦長。」

潜水艇内の確認を終え戻って来たたきなが簪に報告する。

「皆奥へ行ったと言う事ですか・・・」

オブジェの奥へ向かう通路の入り口を見て簪は言う。

「一体この奥に何があるというのでしょうか?」

クロエが暗い為先が見えない通路を見ながら不安そうに言う。

「行ってみれば分かるよクーちゃん。」

能天気に答える束にクロエは深い溜息を付く。

「まあ束さんの言う事にも一理あるとは僕も思うけどね。」

シャルが肩を竦めながら言う。

「確かにその通りですね、それでは行きましょう。」

簪は苦笑しつつ皆を見渡ながら言うと一同はオブジェの奥へ進み始めた。

その通路に照明らしきもの見当たらないかったが簪達は持って来たライトを使う必要が無かった。

「通路の壁自体が光っていますね・・・これはただの遺跡とは思えませんね。」

クロエが通路を見回しながら指摘する。

「例の先史文明の話・・・都市伝説の類だと思っていたけどあがち否定できないね。」

同じ様に通路を見ながらシャルが続ける。

先史文明、かってこの世界の文明が始まる前に有ったと噂されるものだった。

特に北方海ではその遺跡ではないかと言われる物が時々発見される。

もっとも多くの学者は否定的で本格的な調査はまったく行われてこなかった。

「例の半魚人事件の時の遺跡もありましたね。」

先頭でL2A2を構え周囲を警戒している千束とたきなに続きながらながら簪達は話していた。

ちなみにその半魚人事件だが簪達の報告は学者達にはまともに扱ってもらえなかった。

信じてくれたのはギルド長と姉だけだったなと簪は当時を思い出しながら言う。

「そうだとすれば技師とハンターが何かに巻き込まれたと可能性が高いですね、皆さん警戒を忘れずに。」

シャルとクロエだけでなく千束とたきなも頷いて見せる。

「うんうん何が出るか束さんワクワクするよ。」

まあ束だけは相変わらず能天気な事を言っていたが誰も突っ込もうしなかった。

通路を1時間程歩いた簪達はやがて黄金の輝きを放つ巨大なピラミッド(?)が置かれた部屋に出た。

「これは?」

簪が見上げながら呟くが、誰も呆然とした表情で見上げるだけで答えられなかった。

「簪様!あそこに誰かが。」

呆然とピラミッドを見ていたクロエがそれに気付いて簪に声を掛けなが指し示す。

クロエの声にピラミッドを見た簪はピラミッドの傍に倒れている男性に気付く。

思わず駆け寄ろうとした簪だったが千束に制止させられる。

「艦長待って下さい、たきなちゃん!」

そう言って制止した千束はL2A2を構えながらたきなと共に慎重にその男性に近寄って行く。

男は千束達が近づいて行ってまったく動こうとしなかった。

「気を失っているみたいです艦長。」

慎重に近づいた千束は覗き込み男が完全に意識を失った状態である事を確認すると簪に報告する。

「束さん彼は技師の?」

簪が尋ねると男の顔を見た束が首を振って答える。

「見た事の無い顔だね、多分ハンターの方じゃないかな。」

技師と共に此処に来た友人のハンターらしいと束。

「錦木隊長、起こせますか?」

兎に角話を聞く必要があると思い簪は尋ねる。

千束は頷くと身体を揺すって起こそうと試みる。

「起きて。」

「う・・・」

暫く揺さぶられていた男は呻くと目を開け呆然としていたが簪に気付くと驚きの表情を浮かべる。

「も、もしかして守護天使か?」

守護天使は止めて欲しいと簪は思ったが何時もの通りそう言う前に先を越されてしまう。

「そうです守護天使様です。」

ドヤ顔でクロエが答えるとシャルと束も頷いて見せる。

「貴女はドックの技師と共に此処に来たハンターですね。」

そんな皆を見いて内心溜息を付きつつ簪は男に尋ねる。

「ああ・・・そうだ・・・」

ハンターの男は両手で頭を抱えつつ答える。

「技師の方はどうされてのですか?}

クロエが男に尋ねると彼は表情を歪ませピラミッドを見て言う。

「多分あの中に居る筈だ。」

その言葉に簪達がピラミッドを一斉に見る。

「あの中に・・・そもそもあれは一体?」

シャルがそう呟いた時だった、ピラミッドが突然光だし金属音が辺りに響き始める。

「「「・・・!?」」」

その光と金属音に簪達は思わず目を閉じ耳を塞いでしまう。

そしてそれは唐突に消えもう一度ピラミッドを見た簪は男がまた一人床に倒れている事に気付く。

「ハーリー?」

現れた男を見て束が声を掛ける、どうやら彼が行方不明になった技師だと簪は思った。

再び千束とたきなは技師に近寄り様子を確認する。

「あああ・・・!!」

技師は目を見開きながら呻いていたが、突然起き上がり様子を見ていた千束に迫る。

千束は予期していたのか咄嗟に身を屈めるとL2A2のストックで技師の腹に一撃を食らわせる。

「うご・・・」

よろめいて座り込んだ技師の額に、千束とたきなはL2A2の銃口を突き付ける。

「この馬鹿が何をしてるんだか・・・」

束がそう言って技師の後に立ち頭を叩くとようやく正気に戻ったのか周りを見渡している。

「篠ノ之ドック長?」

そして束が居る事に気付き惚けた顔を向けながら呟く。

「目が覚めたかいハーリー?」

腕を組み束が呆れた表情を浮かべながら聞くと技師は周りを見渡し簪達に気付いた様だった。

「え・・・っと守護天使が何でここに?」

「お2人の救助を束さんから依頼され此処に来ました、ところで一体何が起きているんですか?」

もう守護天使の件は諦めた簪が戸惑っている技師に話し掛ける。

「そ、それは・・・」

ハーリーが答えようとした時だった、先程の金属音がまた響き始める。

「簪ちゃん離れて!」

皆の中で簪が一番ピラミッドの傍に居る事に気付いた束が危険を感じて叫ぶが・・・

次の瞬間ピラミッドの発した光に皆視力を奪われてしまう。

そして先程の様に収まった時には簪の姿は消えさっており束達はただ呆然とするしか無かった。

「・・・?」

突然光に包まれた簪が次に気付いた時、辺りは暗闇の世界に居た。

どちらを見ても暗闇の世界、ただ足元はしっかりとした感触があったので簪は慌てずに済んだ。

「・・・どうやら私だけ連れてこられたようですね。」

束達の気配がしない事から自分だけがあの光に巻き込まれた様だったので簪は安堵の溜息を付く。

その時だった前方に光の柱が現れた、簪はそれをじっと見つめる。

何をするでもなくただ光る柱、意を決した簪はそれに近づいて行く。

「・・・汝に問う・・・われの力を欲するか?」

呆然としていた者達の中で一番早く我に帰った束がハーリーの首根っこを掴んで問い質す。

「説明しなさい、何が起こっているのかを・・・」

何時もと違って真剣な表情の束にハーリーは目を白黒させながら答える。

「て、天使も審判を受けさせられているんじゃないかと。」

「審判?それって・・・」

ハーリーの返答に束が眉を顰めながら呟く。

「この遺跡に隠されている力を欲した者が継承出来るかを管理者と名乗る奴が試すんですドック長。」

「その力って何なの?」

その言葉に束が手を離しハーリーに問い質す。

「・・・それがよく覚えていなくて、聞いた事は確かなんですが。」

頭を振りながらハーリーが束に答える。

「その審判の内容は覚えているの?」

ハーリーは首を横に振る、どうやらそれも記憶に残っていならしいと束。

「束様、簪様は・・・」

クロエが不安げな表情で束に尋ねる。

「その力が何か分からないけど・・・大丈夫クーちゃん!」

先程のシリアスな表情を何時ものドヤ顔に戻して束は宣言する。

「大丈夫って・・・束さん、本当にですか?」

シャルがその豹変ぶりに戸惑いつつ聞いて来る。

千束とたきなも不安そうな表情で顔を見合わせる。

「皆心配性だね・・・簪ちゃんが力に溺れるなんてありえないね!」

目の前で光る柱から問い掛けられた質問に簪が首を捻りながら答える。

「力・・・貴方のですか?」

「そうだ・・・この世界を支配できる・・・力・・・だ。」

その言葉に簪は一瞬目を見開くが直ぐに微笑み返すときっぱり言う。

「いえ私はそんな力は要りません。」

「・・・?」

柱は簪の拒否に戸惑った様に光を明滅させる。

「もう一度聞く、我の力を・・・」

「申し訳ないですが興味ありません。」

何だか押し売りの対応をしているみたいだと簪は苦笑しつつ答える。

「私は周りの人達を守れる力があれば満足です・・・身に合わない力は己を滅ぼしかねませんから。」

「・・・・・」

束はドヤ顔でそう言い切ると困惑しているシャル達を見渡しながら続ける。

「ここ北方海だけでなく中央海や南方海でも守護天使として絶大な影響力を持ち・・・」

そう指を振りながら断言する束。

「最強の潜水艦そうりゅうを完璧に扱える、これだけでも簪ちゃんは現在最強の力の持ち主だよ。」

言い切る束にシャルとクロエは顔を見合わせる。

「でも簪ちゃんは決してその力に溺れる事なんて無いんだから!」

「それが汝の・・・答えか?」

再度の拒否に柱は暫く沈黙した後問い掛けて来る。

「はい、自分にはこの世界を支配出来る力なんて要りませんから。」

「そうか・・・長い間この問い掛けをしてきたがようやく汝の様な人間に会えた・・・」

柱はそう言うと再度簪に問い掛ける。

「合格だ・・・汝に何か願いがあれば叶えよう・・・」

その言葉に簪は暫し考えた後答える。

「どんな願いでも良いのですか?」

ピラミッドが突然光だし金属音が広間に響き渡る。

「また!?」

シャルの叫びに束達が一瞬ピラミッドを見るが眩しい光に目を閉じる。

そして光と金属音は唐突に消え再び束達がピラミッドへ目を向けると。

「「「簪(ちゃん&様)!!」」」

「「艦長!?」」

ピラミッド脇に立つ簪に束やシャルとクロエは嬉しそうな、千束とたきなは驚きの声を上げる。

そんな束達に簪は微笑むと言う。

「皆さんここを直ぐに離れます。」

丁型潜水艇が海底のオブジェから出ると急速に離れて行く。

「流石だね簪ちゃん。」

潜水艇の操縦室で簪から姿を消している間にあった事を聞いた束がドヤ顔で頷いている。

「確かに・・・でも何だか悔しいけど。」

「・・・そうですね。」

最初から簪がそんな力に惑わされないと確信していた束の姿にシャルとクロエ嫉妬してしまっていた。

「前にそんな話を束さんとしたからなんですが。」

随分前だが束から『もしこの世界を支配できる力を貰えたとして簪ちゃんはどうする?』と聞かれた事があったのだ。

その時簪は光の柱と会話した時と同じ答えを返した、だから束は確信を込めて断言出来たのだ。

「!?艦長あれを。」

モニターを見ていた千束が指さしながら叫ぶ。

簪や束達が千束の声にモニターを見ると、あのオブジェ(竜宮城モドキ)が動き出すのが映し出されていた。

「確か簪ちゃんは願いとして人の手の届かない場所へ行って欲しいと言ったんだよね。」

「ええ、どうやら叶えてくれる様ですね。」

皆が見守る中オブジェはそばにある海底の巨大なすり鉢状の穴の淵に移動するとその穴の中に沈んで行った。

「あそこは未だに深さの分からず人が辿り着けない場所です。」

簪は潜水艇をその穴の上まで移動させるとカメラを下方に切り替え沈んで行くオブジェを写す。

「これで当分は大丈夫ですね・・・もっともそれ程遠くない時期に人はあそこに辿り着くかもしれませんが。」

モニター上でオブジェが小さくなって消えて行くのを見まがらクロエが呟く。

「そうだねクーちゃん、まあ次にあれを見つけた人間が簪ちゃんの様に賢明な判断をしてくれる事を期待するしかないね。」

クロエの呟きに束が皮肉の籠った言葉で答えると簪達は苦笑顔を見合わせて苦笑する。

「それでこの事をどう報告する積もりなの簪?」

モニターから目を離したシャルが簪に問い掛ける。

「・・・一応織斑ギルド長や姉さんには報告します、まあ他にはどうでしょうか、一笑にされるだけの気がしますが。」

「まあそうなるだろうね。」

「はい私もそう思います簪様。」

肩を竦めながら束が言うとクロエも同意を示す。

「誇大妄想の類に思われるのは確実だね。」

シャルがそう答え、千束とたきなも同様に頷くのだった。

オブジェが視界だけでなくソナーからも消えると簪は潜水艇を発進させそうりゅうに向けるのだった。

 

17:00 束の依頼を完了、なおこの件については織斑ギルド長の判断により極秘とする。



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No.20ー「北方海のモンスターシップ」ー

元ネタはウルトラマン80第32話「暗黒の海のモンスターシップ」です。
ちなみにシュールクーフなのは完全に作者の趣味です((笑)。



北方海の洋上を1隻の貨物船が航行していた。

そのブリッジで当直についていた航海士の所にコーヒーを持った船長がやって来る。

「眠気覚ましのコーヒー持ってきたぞ。」

「ああ船長ありがとうございます。」

監視していた航海士は双眼鏡を下すとコーヒーを受け取って一口飲む。

「問題は無いみたいだな。」

船長は前方の海上を見ながら呟く。

「ええ平和なものですよ、このまま無事に港に着いて・・・」

だが航海士の言葉は前方に何かが浮き上がって来た事で途切れる。

航海士が慌てて双眼鏡でそれを見て驚きの声を上げる。

「あ、あれって船長!?」

言われた船長も置いてあった双眼鏡を構えてそれを見る。

「・・・こっちの前に突然現れやがって何のつもりだあいつは!!」

双眼鏡を下し船長は怒った表情を浮かべて叫ぶ。

「通信室に言って直ぐ進路を開ける様に連絡しろ、まったく航海法も知らないど素人か。」

「了解です、通信室・・・」

船長の怒鳴り声に航海士が慌てて船内電話を取り上げ通信室を呼び出そうとした次の瞬間。

凄まじい振動と光が襲い船長と航海士共々ブリッジが吹き飛ばされてしまう。

そして貨物船を襲った悲劇はそれで終わらなった、ブリッジの次に船体もまた吹き飛び急速に海中に沈ん行く。

後には海面に漂う貨物船の漂流物のみが残されるだけだった。

貨物船の前方に現れたそいつは暫し佇んで居たが、何事も無かった様に海中に消えていった。

「連続遭難・・・事件ですか?」

退避港から通常の哨戒任務の為出発したそうりゅうの発令所に名無し猫経由で千冬から通信入って来た。

『そうだ更識艦長・・・最早事件と呼ぶしかない状況だな。』

共用ディスプレーに映し出された千冬は肩を竦めるながら簪の問いに答える。

『今月に入って数隻の船がやられている、一昨日も貨物船が沈められたよ。』

ギルド長の映像が縮小され海図が代わりに拡大されると次々とバツ印が日付と共に表示される。

「一定の海域ではありませんね、私には移動している様に見えるのですが。」

それを見たクロエが言うと千冬も頷いて答える。

『その通りだクロエ、明らかに移動しながら手当たり次第に沈めているとしか思えない。』

「原因はシーサーペントではないのですかギルド長?」

補助席に座り千冬の説明を聞いていたシャルが皆が抱いている疑問を聞いてくる。

そうこれがシーサーペントの仕業ならはっきりと千冬は言う筈なのだ。

『今回は・・・シーサーペントさえも犠牲になっているんだよデュノア。』

海図に表示されているバツ印の一つを指し示しながら千冬がその疑問に答える。

『十数匹のシーサーペントの死体を確認しているが、掃討したという報告は無い。』

普通ハンターチームがシーサーペントを撃破すればギルドに報告が上がる筈なのだ。

『そして・・・沈められたり撃破された原因は砲撃を受けた結果だと報告が上がっている。』

簪達は顔を見わせる、それが意味する事に気づいて・・・

「砲撃だとすれば艦艇ですが・・・該当するものは見つかっていないのですね?」

簪の問いに千冬が深く頷きつつ答える。

「事件後、現場海域にハンターチームが急行したが見当たらなかった・・・シーサーペントの時を含めてな。』

「・・・」

商船やシーサーペントを撃破する程の艦載砲を搭載している艦艇を歴戦のハンターチームが容易く見逃すとは簪には思えなかった。

『前にあった商会の様に怨恨の線も考えたが、襲われた商会に共通点がまったく見当たらない。』

最早お手上げだと言うように千冬は肩を竦めて見せる。

『ここまでくれば更識艦長いや守護天使に頼るしかないと言う訳だ。』

千冬の言葉に簪は苦笑すると海図を見ながら問い掛ける。

「それで確認したいのですが・・・こいつの目的地は中央港だとギルド長は確信しているのですね?」

「「ええ!?」」

シャルとクロエが驚きの声を上げ簪を見る。

『流石だな守護天使・・・そう奴の最終目的地はそこだと私は結論した。』

海図上で点々と続く事件現場の先を追って行くと中央港に辿り着く事に簪は気づき、千冬もまたそう確信していると思ったのだ。

『想定される被害は説明の必要は無いだろう更識艦長・・・』

中央港に向かう進路上には多くの航路や漁場が存在する、今までの状況から何が起こるかは簪だけでなくシャルとクロエにも容易に理解出来た。

「了解しました、そうりゅうはこれより正体不明の艦艇の進行阻止に向かいます。」

『ああ頼むぞ更識艦長。』

退避港を出発したそうりゅうは最近襲われた貨物船の沈没海域に向かった。

「マルチセンサーポストの用意を。」

そうりゅうの深度を上げつつ簪が指示をする。

「マルチセンサーポスト・・・準備よし。」

センサー担当が答えると共用ディスプレーに海上の様子が映し出される。

「ソーナー及びレーダーの反応はありますか?」

「・・・今の所ありません艦長。」

「それでは進路を予定海域に向けます、総員警戒配置へ。」

艦長席のディスプレーに海図を表示させそうりゅうの進路を次に出現が予想される海域に向けながら簪は総員を警戒配置につける。

「総員警戒配置繰り返す総員警戒配。」

火器管制担当が艦内にアナウンスすると共にアラーム音を響かせる。

「メインモーター出力二分の一、ソーナー及びレーダーの監視を厳重に願います。」

「メインモーター出力二分の一へ。」

「ソーナー及びレーダーの監視を厳重にします。」

機関担当とセンサー担当が復唱する。

「さて上手く見つかるといいんだけどね。」

隣の補助席に座るシャルが共用ディスプレーに映し出されいる海図を見ながら呟く。

「出来れば次の被害が出ないうちに見つけたいものですね。」

艦長席に座る簪の傍らに控えるクロエが同じように共用ディスプレーを見ながら言う。

それは簪も同じ気持ちだ、これ以上の犠牲者を出さない為にも。

「艦長!こちらに向かってくる目標を探知。」

捜索を開始て1時間経った時だった、センサー担当が振り向いて報告する。

「シーサーペントですか?」

簪が問うとセンサー担当は首を振って答える。」

「いえ、機械音がするので違うかと・・・」

「マルチセンサーポスト作動、画像を共用ディスプレーに出して下さい。」

共用ディスプレーにそうりゅうに向かってくる艦艇らしきものが映る。

「拡大して下さい。」

「はい艦長。」

ディスプレーに拡大されたその艦艇の映像が表示される。

それは船体上の大きな司令塔の前部に連装の艦載砲を持ち、そうりゅうよりやや小型の潜水艦。

「シ、シュールクーフ!?そんな何故・・・」

それを見たクロエが驚愕の声を上げる。

「シュールクーフ?・・・ってクロエさん座ってください、総員衝撃に注意。」

画面上のシュールクーフの艦載砲がそうりゅうに向けられ事に気づいた簪が叫ぶ。

その声にクロエが慌てて簪の後ろの座席に座りベルトを締める。

それを確認した簪がそうりゅうを急速潜航させた瞬間、激しい衝撃が発令所を襲い激しく揺さぶられる。

その揺れの中簪はそうりゅうを操りシュールクーフの下を通り抜けさせる。

「メインモーター出力全開。」

「メインモーター出力全開。」

機関担当が復唱すると艦長席のディスプレーの出力表示が跳ね上がる。

「一旦離れます。」

簪はそう言ってシュールクーフから離脱するコースにそうりゅうを乗せるのだった。

暫く直進させていた簪はそうりゅうを旋回させシュールクーフを追うコースに乗せる。

「目標追って来ません、潜航しそのまま進行して行きます。」

センサー担当が報告するの聞きながら簪は考え込む。

「どうやら目の前の障害をしか興味がないみたいだね・・・ところであれを見てシュールクーフって言っていた様だけど?」

そう呟いた後シャルは振り向いてクロエに質問する。

「・・・簪様、あれはシュールクーフですよね?」

「ええ間違いないと思うますよクロエさん。」

クロエは答える前に簪に確認して来る、シャルは深刻そうな顔をする2人に困惑した表情を浮かべる。

シュールクーフ、簪が転生前の世界ではフランス海軍の潜水艦であり、ゲームでも登場していた艦だった。

そしてこの世界では・・・

「シュールクーフは中央海のある商会が建造した無人潜水艦です、但し半年前に沈んだ筈なのですが。」

人的被害を出さずシーサーペントを撃破出来る未来の潜水艦だと大々的宣伝されていたのを簪とクロエは思い出していた。

それが束の作ったそうりゅうを意識して建造された事は処女航海のゴールに北方海中央港を選んだ時点で想像が付く話だった。

もっとも束はその事実に冷笑を浮かべながらこう言った。

「はん!機械仕掛けの玩具が果たして中央港までこれるかしらね、まあ精々頑張って欲しいものだね。」

簪としては自動化については否定してはいない、だが自動化だけに頼るのではなく人もまた大きく関わるべきだとは思っている、それは束とクロエも同意見だった。

そして案の定シュールクーフは北方海に入り数度のシーサーペントとの交戦後消息を絶ってしまった。

原因ははっきりしないものの束は数度の戦闘でその戦闘パターンをシーサーペントに見抜かれ撃沈されたのだろうと言っていた。

シーサーペントの狩りに対する狡猾さを知る簪にしてみれば束の結論は納得できる話だった。

「そんな事があったんだね・・・でもそうだとしたらあのシュールクーフは一体?」

事情を聞いたシャルは事情を理解したが、同時に疑問に感じて簪に問い掛ける。

「私が束様から聞いた話ですが、シュールクーフには一応損傷時に対応するシステムが有ったそうなのですが。」

クロエが簪に代わってシャルに答える。

「半年掛けて自分を修復したと言う事ですかクロエさん?」

「その可能性が有ります簪様、ただ今のシュールクーフはその結果暴走している様に見えますね。」

クロエの返答に簪は暫し考え込む、それはシステムの欠陥だったのかそれとも何らかの異常が重なった結果のかと。

「名無し猫に連絡を、織斑ギルド長を至急呼び出して欲しいと。」

だが今原因を追究している時間は簪達には無い、シュールクーフは中央港に一直線に迫っているのだ。

『シュールクーフだと!?』

名無し猫を経由して呼び出された千冬は簪からの報告を聞いて絶句する。

「間違いありません、クロエさんも私も確認しました。」

『ああその様だな・・・まさかそんなものが出て来るとは思わなかった。』

送られてきた映像を見て千冬は深いため息を付いて見せる。

『更識艦長、こうなれば一刻の猶予も無い、中央港にたどり着くまでにシュールクーフを撃沈してくれ。』

「了解です、関係機関への連絡はそちらでお願いします。」

ディスプレーの中で千冬は頷くと答える。

『そちらは任せてくれ・・・それにしても厄介なものを北方海に持ち込んでくれたものだな。』

うんざりした表情を浮かべ千冬がぼやく、まあこの後の事を考えれば彼女のぼやきも当然だなと簪は思う。

中央海のギルドとの交渉や漁師ギルドや船員ギルドへの通達などで千冬は暫く忙殺されるのは確実なのだから。

「メインモーター出力全開、そうりゅうはこれよりシュールクーフを追跡に入ります、総員戦闘配置へ。」

「メインモーター出力全開。」

「総員戦闘配置繰り返す総員戦闘配置!」

艦内にアラーム音が響き乗員達が配置に付いて行く。

「艦長、総員戦闘配置に付きました。」

「了解です、シャルや皆さんも注意を・・・では行きます。」

速力を上げたそうりゅうを簪は操りシュールクーフの追跡を開始する。

そして1時間後。

「艦長!前方にシュールクーフを確認、速力13ノットで航行中です。」

センサー担当が複合ディスプレイから振り向いて報告する。

航法ディスプレーを見た簪はシュールクーフが中央港近くの漁場に侵入している事を確認する。

「艦首発射管1番から4番に魚雷、5番から8番にアンチ魚雷を装填、急いで下さい。」

「1番から4番に魚雷、5番から8番にアンチ魚雷装填開始します。」

一刻の猶予も無いと簪は攻撃の準備を急がせる。

「艦長、シュールクーフが進路を変更しそうりゅうに向かって来ます!」

シュールクーフの方もそうりゅうに気づき応戦する気だと簪。

「マルチセンサーポスト作動。」

そうりゅうの深度を上げながら簪が指示を出す。

やがて共用ディスプレーにそうりゅうも突進してくシュールクーフが映し出される。

「1番から4番の魚雷に目標データ入力完了しました艦長。」

「シュールクーフが砲撃!」

画面上のシュールクーフが艦載砲を向け発砲するのを見た簪はそうりゅうを急速潜航させる。

砲弾が潜航したそうりゅうの頭上で着弾し発令所を揺さぶる。

「シュールクーフが潜航して接近して来ます・・・発射管の開放音を確認。」

センサー担当が複合ディスプレイを見ながら報告して来る。

共用ディスプレーが切り替えられソーナーが捉えたシュールクーフが表示される。

「1番から2番発射!」

「1番から2番発射します。」

簪の指示を火器管制担当が復唱すると2本の魚雷が放たれる。

「シュールクーフも魚雷を発射、雷数2です艦長。」

シュールクーフから発射された魚雷とそうりゅうの魚雷が共用ディスプレーに表示される。

「5番から6番のアンチ魚雷発射。」

「アンチ魚雷発射します。」

魚雷迎撃用の魚雷がそうりゅうから放たれてシュールクーフの魚雷に向かって行く。

それを確認した簪はそうりゅうの進路そのままで深度下げシュールクーフに向かって行く。

「シュールクーフが左舷に進路変更、こちらの魚雷命中まで30秒。」

「アンチ魚雷・・・シュールクーフの魚雷に到達します。」

火器管制担当とセンサー担当が同時に報告して来る。

共用ディスプレー上でシュールクーフの魚雷がアンチ魚雷に破壊され反応が消える。

「こちらの魚雷は?」

「シュールクーフの放ったデコイに引き寄せれれ外れました。」

シュールクーフへ向かった魚雷はデコイに命中しこちらも反応が消える。

火器管制担当が悔しそうに報告するが簪は予想していたので慌てる事も無くそうりゅうを操りシュールクーフを追う。

「3番から4番発射用意。」

そうりゅうをシュールクーフの後方に付けながら簪が指示を出す。

「目標データ入力良し。」

「3番から4番発射。」

そうりゅうから再び発射された魚雷がシュールクーフへ向かう。

「シュールクーフがデコイを放出しました。」

再びデコイを放ち逃れようとするシュールクーフだったが、今度の魚雷は騙されなかった。

デコイのデータを織り込み済みだったからだ、簪が最初にそうりゅうのデコイを使用しなかったのはその為だ。

シュールクーフの自動システムはそこまで考えられていなかった、まあそらだからこそシーサーペントに付け入れられらと言える。

「シュールクーフが魚雷を発射しました艦長!」

艦尾発射管からシュールクーフが魚雷を放つが、簪は冷静に指示を出す。

「艦尾発射管よりデコイを射出。」

そうりゅうの艦尾発射管からデコイが射出されシュールクーフの魚雷を引き付ける。

シュールクーフの方はそうりゅうのデコイに対してのデータが無かったからだ。

「魚雷がシュールクーフに命中します。」

発射されたそうりゅうの魚雷の1発目がまずシュールクーフの艦尾付近に命中し機関室と推進機を吹き飛ばす。

そして行き足を失ったシュールクーフの艦中央に2発目が命中し艦のコントロール機能を奪い艦を真っ二つする。

真っ二つになったシュールクーフはそのまま深い海底へ沈んで行く。

「ここの深度は2千メートルあった筈ですね簪様。」

共用ディスプレーにシュールクーフが深海に消えて行くのが表示されるのを見ながらクロエが問い掛けて来る。

「ええ・・・どんな潜水艦も耐えられない深度ですね。」

やがて真っ二つなったシュールクーフの反応が共用ディスプレーから消えると発令所内に何とも言えない空気が流れる。

「終わったけど素直に喜ぶ気にはなれないね・・・」

皆の心象を代表する様にシャルが深い溜息を付きながら言う。

「そうですね私もそう思います、シュールクーフはただ与えられた命令を実行していただけですからね。」

「ですが多くの船乗りを犠牲にしています、それはどんな理由があれど許せるものではありません簪様。」

シャル同様深い溜息を付き答える簪にクロエが毅然とした態度で言う。

「確かにそうですねクロエさん・・・ただ今回は人間側にも責任がありますね。」

クロエの言葉に簪は頷きながら答える。

「はい、これは私達のおごりが生んだ悲劇だと思います簪様。」

その言葉に反対する者は居なかった。

「セキュリティーブルー本部に連絡を、あとそうりゅう各部の点検をお願いします。」

「「「はい艦長。」」」

発令所の乗員達が本部への連絡や点検作業に行うのを見ながら簪はそうりゅうの進路を退避港へ向けるのだった。

 

17:30 シュールクーフの撃破を終了。

 



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No.21「悪魔は再び?」

三式潜航輸送艇みやまの乗員達は今信じられないものと遭遇していた。

「センサー間違無いのか!?」

司令塔上で双眼鏡を構えて前方を見ていた艇長が怒鳴る様にセンサー担当に聞いていた。

『間違い無いっす!前方3千を進路030で進行中です。』

報告を聞きながら双眼鏡で目標を追っている艇長が呻く。

「と言う事は幻じゃないって訳か・・・たっく冗談じゃねえぞ。」

隣で同じ様に目標を追っていた見張りが問い掛ける。

「それじゃさっき艇長が言っていたやつなんですか?」

呻いた艇長は双眼鏡を降ろすと溜息を付きつつ答える。

「ああ間違いな・・・信じられね話だがな。」

答えた後艇長はハッチを通って発令所に降りようとしながら言う。

「こんなおんぼろ艇なんぞ一撃でお終いだ、そうなる前に潜って隠れる。」

危険時に潜って姿を隠す、何時もみやまがやる手だ。

「上手く隠れられるんですか?」

「まああいつ次第だな、ほらさっさと潜るぞ。」

艇長の答えに見張りは顔を青くさせながら続いて艇内に降りて行く。

数分後みやまは潜水すると物音を出さない様その場で静かに潜む、結果見向きもされず逃れられたのだった。

 

「それは・・・確実ですか?」

『はっきりと断言は出来ねえ、俺もそいつについては話を聞いた事があるって程度だからな。』

みやまと洋上で落ち合ったそうりゅうの発令所で簪は艇長と通信回線を開き話をしていた。

『まあ背中に大きな傷らしいものは見えた、ただそれだから言ってあいつだと確信出来た訳じゃないしな。』

たった一日で数十隻の船を沈めた凶悪さから悪魔と名付けられたシーサーペント。

みやまからそれらしきものを見たとの報告がありそうりゅうこの海域に派遣されて来たのだった。

特徴は背中にある他のシーサーペントと争った結果出来たと言われる傷跡。

「しかし悪魔は撃破された筈です。」

簪は巨大シーサーペント対応で関わっていなかったが、複数の商会によって撃破されたと後に聞かされた記憶があった。

『俺だってそう聞いていたからな、未だに自分の見たものが信じられん。』

結局簪はそれが悪魔がなのか確信を得る事は出来なかった。

『とりあえず付近の海域には警報を発令し、セキュリテイーブルー所属の艦を全て出撃させた。』

みやま乗員からの聞き取りを終え、報告を上げた簪に千冬が告げる。

『ただこの件でギルドは大混乱だ、誰が責任を取るかでな、まあ更識商会長が抑えている様だが。』

「騒ぎを収めるには悪魔を撃破するしかありませんね・・・本物ならですが。」

未だにみやま乗員の見たシーサーペントが悪魔なのか簪は確信を持てなかった。

簪の言葉に千冬も同意した様に答える。

『確かにな私も納得出来ていない、兎も角更識艦長には真偽の調査と撃破を要請する。』

「了解しました。」

千冬との通信を終えた簪は今後の方針を指示する。

「取り敢えずみやまが目撃した海域へ向かいます、総員警戒態勢へ。」

 

「悪魔か・・・これかなり厄介な相手だね。」

簪の隣の席でディスプレーに悪魔の情報を呼び出して見ていたシャルが呟く。

「かなり凶悪な奴で撃破されるまで犠牲になった船は20隻に達した様ですね。」

シャルの呟きに簪が航路情報を確認しながら続ける。

ちなみにこれには戦った武装船も含まれるらしいと簪。

「姉いえ更識商会長も私を戻す様にギルドの商会長達に言われた様ですね。」

北方海の天使が必要だと圧力が凄かったらしいと簪は後に姉から聞かされたものだ。

「結局私を呼び戻す前に撃破された・・・と聞いていたのですが。」

「それが違ったと言う事なのでしょうか?」

傍らに控えているクロエが不安げな表情を浮かべながら簪に尋ねる。

「まだそうだと結論は出せませんねクロエさん、慎重に対処する必要があります。」

クロエの問いに簪は答える。

やがてそうりゅうはみやまが目撃した海域に到着する。

「これより捜索を開始します、進路及び速力はこのまま、ソーナー及びレーダーの監視を厳重に。」

「はい艦長。」

「私達が発見する前に何か起こらないと良いのですが。」

センサー担当が指示に答えるの聞きながら簪は呟く。

そして簪の懸念は最悪の形で起きてしまう。

「艦長!貨客船シーホース号から救難信号です、『我シーサーペントの襲撃を受けつつあり、即救援を願う。』です。」

捜索を開始して4時間後、そうりゅうに救難信号が入って来た事で。

「座標をお願いします、メインモーター出力全開、総員戦闘配置に着いて下さい。」

「座標を送ります艦長。」

「メインモーター出力全開。」

簪が送られて来た座標にそうりゅうの進路を変更、機関担当が復唱して速度を上げて行く。

「深度を上げます、マルチセンサーポストを作動。」

そして1時間後予定座標に到達した事を確認した簪がそうりゅうの深度を上げながら指示を出す。

共用ディスプレーにシーサーペントの襲撃を受けているシーホース号が映し出される。

「近すぎますね・・・」

シーサーペントがシーホース号近すぎてむやみに手を出せない状況に簪は暫し考えると。

「1番発射管に近接信管を装着した魚雷を装填。」

簪はシーホース号からシーサーペントを引き離す為近接信管付きの魚雷を使用する事にした。

「近接信管の装着及び装填完了。」

1番発射管に近接信管を装着された魚雷が装填される。

「発射して下さい。」

「発射。」

簪の指示で1番発射管から魚雷が放たれる。

放たれた魚雷はシーホース号とシーサーペントの間で近接信管が作動し衝撃と水柱を起こす。

襲い掛かろうとしていたシーサーペントはその衝撃と水柱に怯むとシーホース号から離れて行く。

「シーサーペント急速に離脱して行きます、追撃を?」

「いえシーホース号の保護を優先します。」

そうりゅうから離れて行くシーサーペントを共用ディスプレー上に見ながら簪が指示を出す。

そうしている中にシーサーペントはそうりゅうの索敵範囲から消えて行った。

やがてシーホース号の乗員を要請を受けて救助に来た商会の駆逐艦に任せそうりゅうは追跡を再開する。

発令所内では簪達が共用ディスプレーに映し出された先程のシーサーペントを見ていた。

「そこで止めて下さい・・・シャル?」

「傷が有るね、記録とは一致するけど。」

拡大された画像上に映し出されているシーサーペントの背面に傷跡があった。

「でもあの攻撃位で逃げ出しているのは悪魔らしく無いですね。」

簪はそう言うと考え込む、本当にあれは悪魔なのかと。

「僕も簪の言う通りだと思うよ、悪魔は少々の攻撃など意に返さなかったらしいからね。」

席のディスプレーで記録を見ながらシャルが言う。

「兎も角追跡を続行します、例え悪魔では無いにしてもです。」

既に被害が出ている以上簪達のやる事は決まっているのだから。

しかし混乱は簪の思っている以上に北方海に広がりつつあった。

「付近にある島の漁師ギルドは出漁を取りやめたそうです、あと船員ギルドは航路の安全が確保されるまで乗船を拒否するそうです。」

セキュリテイーブルー職員からの報告に千冬と楯無は溜息を付く。

漁師ギルドや船員ギルドからのセキュリテイーブルーへの圧は強まりつつあった。

「このままでは流通が停止してしまうな・・・」

「一部の島では食料や燃料の枯渇が起きるかもしれないと言う不安からパニックも起き始めていますね。」

伝わって来る状況は悪化して行くものばかりだった。

「そうりゅうからは貨客船を救助後追跡に入ったという連絡が有ったきりだ。」

腕を組み眉間にしわを寄せながら千冬は呟く。

「・・・簪ちゃんならきっと仕留めて見せますよギルド長。」

その通りだと信じて疑わない楯無の言葉に千冬は苦笑しつつ答える。

「確かに居間は更識艦長いや守護天使を信じるしかないか・・・」

「ええだから私達は出来るきことをやりましょう。」

千冬は頷き楯無と共に自身が出来る事を進めるのだった。

「艦長!パーク島から救助要請です・・・シーサーペントが港に接近中との事です。」

追跡を再開したそうりゅう近くの海域に有る島から緊急連絡が入って来た。

「進路をパーク島へ取ります、メインモーター出力全開。」

「了解、メインモーター出力全開。」

機関担当が復唱するとそうりゅうが速力を上げて行く。

「総員戦闘配置。」

「総員戦闘配置に着け繰り返す・・・」

艦内にアラーム音が鳴り響くと乗員達がそれぞれの配置に付く。

「艦長、シーサーペントを捕捉しました、島まで30キロです。」

複合ディスプレイを見ていたセンサー担当の報告を聞いて間に合ったと簪は安堵の溜息を付く。

「進路を島とーサーペントの間に向けます、両舷全速。」

簪がそうりゅうの進路を島とシーサーペントの間に向けつつ指示を出す。

「予定ポイントに到達、マルチセンサーポスト作動開始。」

「マルチセンサーポスト作動。」

そうりゅうが島とシーサーペントの間に入った事を確認した簪が深度を上げつつ指示する。

センサー担当が復唱すると共用ディスプレーに海上の様子が映し出される。

「シーサーペントを確認、距離7千です艦長。」

「全発射管に魚雷装填、急いで下さい。」

一直線にそうりゅうに向かって来るシーサーペントを見ながら簪が攻撃準備を命じる。

「全発射管に魚雷装填開始します。」

艦載火器管制室が火器管制担当の指示により発射管に魚雷装填を装填して行く。

「シーサーペントまで距離3千。」

「全発射管に魚雷装填完了、発射用意良し。」

センサー担当の声に続き火器管制担当が発射用意が整った事を報告する声が発令所内に響く。

「1番及び2番に目標データ入力。」

「・・・目標データ入力完了、何時でもいけます艦長!」

「1番及び2番発射。」

簪の指示により艦首発射管から2基の魚雷が発射、魚雷に向かって向かっていった。

「目標に到達・・・今。」

発射された2基の魚雷が魚雷に命中し激しい炎と水柱を上げる。

「目標進路変更、急速に離れて行きます。」

魚雷によって身体の半分を吹き飛ばされた悪魔は進路を変え逃亡しようとしていた。

「3番から6番の魚雷に目標データ入力。」

だがここで逃がす訳にはいかないと簪は追撃を命じる。

「目標データ入力完了、発射用意よし。」

簪の指示に火器管制担当が間髪を入れず答える。

「では発射して下さい。」

「了解、3番から6番発射します。」

再び艦首の発射管から4基の魚雷が悪魔を目指して発射される。

そして4基の魚雷は逃亡を図ろうとしていた悪魔の後方から命中しどす黒い体液と肉片を撒き散らしてその姿を消す。

「目標の反応消失。」

「共用ディスプレーに映像を。」

センサー担当の声を聞いた簪が指示を出すと海面の状況が共用ディスプレーに映る。

映し出された黒く濁った海面と漂う肉片の映像を簪達は見つめる。

「戦闘配置を警戒配置に・・・本部に悪魔の撃破を報告して下さい。」

暫しの沈黙後簪がそう告げるとシャルとクロエ、担当乗員達が安堵の溜息を付く。

「お疲れ様簪。」

「お疲れ様です簪様。」

シャルとクロエが簪に微笑みながら声を掛けて来る。

「ええシャルもクロエさんもお疲れ様です。」

簪が微笑みながらこれで終わったな改めて思うのだった。

「しかし本当に悪魔だったのでしょうかあのシーサーペントは・・・」

そうりゅうの食堂で簪はシャルとクロエと共に休憩を取りながら話し合っていた。

簪の隣に立って紅茶を入れながらクロエが言った言葉にシャルがコーヒーを飲みながら答える。

「今となってはもう誰にも分からないだろうね、全てが海の藻屑と消えてしまったからね。」

「そのお陰で陸の上は未だに騒ぎが収まっていません・・・姉さんとギルド長は未だ後始末に追われています。」

コーヒーカップをテーブルに置くと簪が溜息を付きつつ話す。

その辺の状況は悪魔撃破を報告後、ギルド長の千冬から連絡が来た時に皆が知る事となった。

『更識商会長が検証委員会を作って調査する言って何とか皆を説得した、正直に言って厄介事を先送りにしただけだがな。』

簪達を労った後千冬はうんざりした声で状況を教えてくれたのだった。

「では急ぎますか詳しい報告書を?」

『いや急ぐ必要は無い、更識商会長がその辺は上手くやるだろうさ』

まあ確かに姉なら騒ぐ商会長達を抑えて混乱を収めるだろうなと簪は千冬の返答を聞いて確信する。

「簪はどう考えているんだい?」

シャルの問い掛けに簪は暫し考え込んだ後に答える。

「もしかすると私達は悪魔と言う過去の影に振り回されただけじゃないかと思ってます。」

シャルとクロエが顔を見合わせる。

「傷についてもただ似ていただけかもしれませんしね・・・あくまで私の考えですけど。」

一連の騒ぎを見て簪はどうしてもそう思えて仕方が無かったのだ、自ら作り出してしまった影に怯えていただけではないのかと・・・

「その可能性はあると僕も思うね。」

座席に背を預けシャルが呟くとクロエもまた頷いて同意を示しすのだった。

 

14:00 悪魔の掃討を完了

 



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No.22「カルデラ湖の秘密」

ギガ島のカルデラ湖にある洞窟を3人の若者が乗ったボートが進んでいた。

「おい大丈夫なのか?」

「怖気づいたのか?上手くいけば俺達はヒーローだぜ。」

ボートの先頭に居た男が後からの問いに興奮気味に答える。

「まあ確かに原因を探り当てればな・・・」

答えを聞いた3人目の男がそう言って肩をすくめる。

「なあ・・・あれなんだろうな?」

ふと先程問い掛けた男が震えた声を出しながら前方を指さす。

言われた2人が指さされた方を見ると、前方の水中に黒い物体が有る事に気付く。

「何だ・・・?」

男が正体を確かめる為ボートを近づけてよく見ようと身体を乗り出した瞬間だった。

「ぎゃああ!!」

突然水中から飛び出して来きた黒い物体の口に噛みつかれた男が悲鳴を上げながら水中に引き込まれてしまう。

「「ひっ!?」」

突然の事に2人は悲鳴を上げて動けなくなってしまう。

「た、助け・・・ぎゃぁぁ!!」

引きずり込まれた男が一旦水面に現れ断末魔の叫びを洞窟内に響かせながら再び水中に引き込まれる。

「シ、シーサーペントがなんでここに!?逃げ・・・おわぁぁ!!」

男の1人はそれが小型のシーサーペントだと気づき慌てるが突然突き上げられる様な振動の所為で海中に落ちてしまう。

「うぁぁ!!」

そして最初の男の様に断末魔の叫びを響かせシーサーペントによって水中に引き込まれていく。

「逃げ・・・うぉぉ!」

たった一人残った男は慌て進路を変え逃げようとするが、海中から飛び出して来たシーサーペントにボートと一緒に水中に引き込まれる。

「た、助けてくれ!」

男は叫ぶが容赦なく水中に引き込まれ声は途切れる、そして後にはボートの残骸だけが残り洞窟は静寂に包まれるのだった。

 

ギガ島の近海にそうりゅうが到着するとボートが降ろされ島の港に向かって行く。

そして桟橋に到着すると簪とシャルが桟橋に上って来る。

「後をお願いします。」

簪はボートを運転して来た乗員に指示すると、シャルに声を掛ける。

「それでは行きましょう。」

シャルは頷くと簪と共に近くに見える街に向かって歩き始める。

「おい来たみたいだぞ!」

街の中に簪達が入って来るのに気付いた男が叫ぶと、その声に家々から出て来た人々が集まって来る。

そんな中簪は街の中心にある役所の前に到着すると、その場に居た職員に声を掛ける。

「セキュリテイーブルーより参りました、代表者の方をお願いします。」

職員はそれを聞くと「し、しばらくお待ちください。」と言って慌てて役所の中に戻って行く。

「お待ちしておりました守護天使様。」

知らせを受けてこの街の評議会議長らしい男性が出て来て簪にそう言うと頭を深く下げる。

「いえ天使は・・・」

「もう守護天使様に助けて頂くしかありません、この島をお願いいたします。」

自分の話を聞いて欲しいと簪は思わず天を仰いでしまうのだった。

今回簪達がギガ島に来た理由はセキュリテイーブルーに入って来たある依頼の為だった。

「それでシーサーペントが目撃されたと言うのは間違いありませんね。」

役所内の会議室に案内された簪達は評議会議長から説明を受けていた。

「はい、最初は我々も間違いではないかと思ったのですが・・・」

評議会議長はハンカチで顔の汗を忙しく拭きながら答える。

事の発端はカルデラ湖にある洞窟内の水中で奇妙な影が動き回っていると言う噂だった。

島の人々は質の悪い噂として信じていなかったのだが、先走った若者達が勝手に入り込み2名が行方不明、1名は瀕死の状態の所を発見される。

「その者が最後に残した証言で洞窟内にシーサーペントが居たと・・・」

もしそれが事実なら島の人々にとっては危険な話になる、だから議長はセキュリテイーブルーに調査を依頼をして来たのだった。

「シャル、島のカルデラ湖にシーサーペントが居る可能性は?」

簪が隣に座って居るシャルに問い掛ける。

「聞いた事無いね・・・シーサーペントは外洋でしか生息していないと言うのが常識だからね。」

シーサーペントは陸には上がれないのだから外洋とは隔絶された内陸の湖に現れる可能性は無い筈だった。

「人為的とも思えませんし。」

何者かがシーサーペントをこのカルデラ湖に持ち込んだと言うのも考えられなかった。

救助された青年が息を引き取る寸前に証言していた通りに小型のシーサーペントなら人が運び込めるかもしれないが。

狂暴な事は幼体のシーサーペントも成体とは変わらないのだ、とても人に扱えるものでは無い。

簪の呟きにシャルは頷くと続ける。

「何故洞窟から出てこないのかも気になるね、どうやって餌を得ているのやら。」

その事も簪は疑問に思っていた、誰かが餌を与えていないのならとっくに洞窟から出て来て島民を襲っていても可笑しくないからだ。

つまりそうする必要が無いからだとすれば・・・簪とシャルは顔を見合わせる。

「その洞窟を至急調査する必要があるね、ただ・・・」

「狭い洞窟ですからボートで行くしかないですが。」

議長の話では狭い洞窟な為ボートぐらいしか入れならしい。

だがそれではシーサーペントの餌食になるだけだ、あの若者達の様に。

残る手は水中から行く事だが効果的な武器を持って行けないという問題があったし、泳いでいては良い的になりかねない。

「・・・だとすればあれしか有りませんね。」

暫し考え込んでいた簪は深く頷くと結論を口に出す。

「ISしか。」

束が開発した水中作業用強化外骨格であるISしかないと。

「簪でも・・・」

シャルがその言葉に異議を唱えようとしたが簪は「直ぐにそうりゅうに戻ります。」と言ってボートに走って行ってしまった。

溜息を付きつつシャルは簪を追いかけてボートに戻るのだった。

翌日街近くの海岸線に戦車揚陸艦のアークロイヤルが着岸して来るのを簪はシャルとクロエと共に見つめる。

接岸を終えるたアークロイヤルは艦首の扉を左右に開き、道板繰り出してデリック・アームによって固定させる。

その道板をコンテナ車を牽引する高機動車を先頭にアムトラック数台が降りて来る。

そして簪達の前まで来て停車した高機動車から愛里寿が降りて来る。

「・・・お待たせ簪。」

普段と違い愛里寿が険しい顔つきな事に簪は苦笑する、まあそれは脇に居たシャルとクロエも同様だったが。

ISを使い洞窟を調査する事を簪が伝えた時にクロエが直ぐには納得してくれなかったのだ。

「ISは水中作業用です、シーサーペントと戦う為のものではありません簪様。」

クロエはそう言って反対した、確かにISは海底での建設作業用として開発されたものだったのだが。

「それは理解していますが、海中での機動性においては水中スクーターとは比べられないものがあります。」

それは初めて簪がISを使った時に図らずも証明された、密猟者を捕縛すると言う事で。

「武器の方も束さんの新型水中銃が有ります、まあ私も正面からシーサーペントと戦う積もりは無いですから。」

何とかクロエを説得してようやく簪はISの使用の許可を得たのだった、まあ完全には納得はしてくれなかったが。

それからシャルと他の乗員達を説得してようやく名無し猫の連絡を取ってISの輸送を頼んだのだが真耶も最初は反対した。

また説得する羽目になった簪は調査に行く前に多大な疲れを覚える事になったのだった。

まあこの後輸送を請け負った愛里寿からも連絡が入り彼女を説得する事になり更に疲れる事になるのだった。

到着した高機動車を先頭に愛里寿の指揮するアムトラック2台がカルデラ湖に向かう。

湖は静かだった、まあシーサーペントが潜んで居る状態では湖上に出たり岸辺で遊ぶ気にはなれないだろう。

「クロエさん準備をお願いします。」

高機動車の運転席から降りたクロエは助手席から降りて来た簪の言葉に未だ硬い表情のまま頷くとコンテナに向かい操作する。

コンテナがクロエの操作で左右に開くと台車に固定されたISが現れる。

「やっぱり行くんだね簪。」

後席から降りて簪の傍らに来たシャルが心配そうな表情を浮かべながら尋ねて来る。

「・・・すませんねシャル、こればかりは他人にさせる訳にはいきませんから。」

現状ISの操作を出来るのが簪しかいないのだ、その特殊過ぎる性能の為に。

「本当に簪は頑固なんだから・・・」

アムトラックから降りて来た愛里寿が溜息を付きながら言う。

まあどう言われても簪はけっして自分が行く事を止めないだうと3人は内心深い溜息を付きつつ確信していた。

だから3人の持って行き様の無い憤怒はISを開発した束に向けられていた。

束にすれば理不尽な話だが、まあ当人は気にもしないだろうが。

「簪様どうぞ。」

点検を終えたクロエが声を掛ける来る。

「ありがとうございますクロエさん。」

簪は礼を言うと台車上に上がりクロエに手伝ってもらいながらISを装着して行く、もちろん例のISスーツモドキは装着済みだ。

「ロック良し・・・簪様問題は有りませんか?」

「はい問題は無いですクロエさん。」

装着されたISを確認したクロエの問い掛けに簪が自身でも確認して答える。

「それでは。」

簪の返答を聞いたクロエは点検した圧縮酸素ボンベ付のヘルメットを簪に被せて艦内服と接続する。

「どうでしょうか簪様?」

『うんOKですクロエさん。』

クロエがヘッドセットのマイクを通じて尋ねると簪は頷いて答える。

「それじゃ海中に降ろします。」

『はいクロエさん。』

コンテナに付属している小型クレーンのリモコンを操作しクロエはISを纏った簪を一旦台車から持ち上げから湖に降ろした。

そして水中に入ったのをクロエが確認してクレーンとの接続を解除するとISは発進して行く。

「では私達も出発しましょう。」

愛里寿がそう言ってクロエとシャルと共に乗り込むとアムトラックはISを追って湖に入って行く。

ISで進む簪の視界に洞窟が見えて来る、事前の話通り水上の部分は小さく水中の方が広かった。

簪は後方から付いて来るアムトラックに合図をすると洞窟の中に入って行く。

アムトラックは入り口で停止するとその場で待機する、車内で愛里寿達はモニターに映し出された洞窟を見詰める。

洞窟内に入った簪は一旦停止すると周りを見渡す、光が入ってこないうえに水中だったので視界は悪い。

『シーサーペントの姿は見えませんね。』

慎重に進みながらもっと奥にいるのだろうか考え簪は呟くと持って来た水中銃を持ったマニュピレータで構える。

ざぁぁ・・・

その時だった海面がざわつき複数の影が上方に現れた事に簪が気付き深度を取って離れる。

現れた影は思った通り小型シーサーペントだった、離れた簪を追って潜り込んで来る。

「来ましたね!!」

簪は咄嗟にマニュピレータを動かし水中銃をシーサーペント向け発射する。

マニュピレータ越しに振動を伝えながら水中銃から打ち出された銛は真正面からシーサーペントに命中し・・・

「!?」

貫いただけで終わらずシーサーペントを水面から洞窟上方に銛で縫い付けてしまった。

絶句し思わずマニュピレータが持つ水中銃を見る簪いやシーサーペントもまた同じ様に固まって(?)いる。

確かに人間が使用するものより数倍大きい水中銃だが、いくら小型と言ってもシーサーペントを吹き飛ばすとは・・・

「・・・まあ束さんですからね。」

天災のあの人が作ったものだ、これくらい驚く事では無いなと簪は諦めに似た思いに溜息を付く。

「とぼんやりしてはいけませんね。」

我に帰ったのはシーサーペント達の方が早かった、囲むように数匹が潜り込んで来る。

多方向は襲い掛かれば対応出来ないと狩りに長けたシーサーペントは判断した様だったが。

残念ながら天災の作るものにそれは通用しなかった、簪は再びISを後退させると水中銃を連射する。

発射された銛は次々と命中し洞窟の壁にシーサーペントを縫い付けていった。

ちなみに簪が射撃のスキルを持っていないのに水中銃を扱えるのはISのアシストシステムのお陰だった。

簪はただ目標を選び攻撃を指示するだけで後はISの火器管制システムがやってくれる訳だ。

相変わらず束の考えるものはチートなんだと簪は内心苦笑するしか無かった。

戦いは20分で決着した簪の勝利で。

「でもこれ聞いたらギルド長のストレスが増えそうですね・・」

小型でもシーサーペントを艦船の重火器を使わずに倒してしまったのだ。

IS登場であれだけ厄介事が有ったのだ、これでまた騒ぎが起きるのは確実だろうなと簪は千冬に同情する。

もっとも簪にとっても他人事では無いのだが、そう例のアニメ『インフィニット・シー』絡みで。

現在絶賛放送中のシーズン2もクライマックスを向けているらしく(簪は恥ずかしくて見ていないので詳しく知らないが)。

再び簪がISで活躍したのだからこちらも話題になるのは避けられないだろう。

既に決定しているシーズン3の作成に加え4の制作も確実で、また取材攻勢に悩まされるのかと簪は鬱になってしまうのだった。

取り敢えずその件を置く事にして簪は洞窟の奥に進み、まだ孵っていなかったシーサーペントの卵を破壊する。

こちらは片側のマニュピレータに装備されたロケットランチャーを使用した、なお結果については最初の水中銃と変わらなかった。

2発撃っただけで数十個あった卵は全て破壊された、まあその煽りを受けて簪がISと一緒に数メートル吹き飛ばされてしまったが。

「さて・・・残った問題は連中がどうしてこの洞窟に侵入したかですが。」

人が運んだとか陸上をシーサーペントがここまで来くるとかは考えられないとすれば残る可能性は・・・

洞窟の更に奥に進んだ簪は眼下にあった大穴を見てその可能性に気付く事になった。

ISのセンサーの測定結果もその可能性を裏付けていると簪は確信する。

この洞窟は外海と繋がっていたのだ、しかも成体のシーサーペントが通れる規模でだ。

そして洞窟奥に広がる場所を養殖場として利用していた訳だ。

そこまでの確認を終え簪は外で待機しているアムトラックへ戻り状況を愛里寿に報告したのだが。

クロエ達は洞窟奥が養殖場だった驚きより使用した武器が規格外だった事により怒ったのは言うまでも無い。

「ふふふ・・・束様普段から申していたのに・・・いい覚悟です。」

「手伝うよクロエさん・・・ほんといい度胸だよね。」

「・・・(無言でL2A2を構える)・・・」

眼のハイライトを無くしそんな事を言う3人を見て簪が深い溜息を付きながら宥める羽目になったのはまあ何時もの事だった。

修羅場(笑)から2時間後、ISのデータから洞窟と外海をつなぐ場所を特定した簪はそうりゅうをそこへ急行させる。

遅かれ早かれ養殖場が破壊された事にシーサーペントが気付き報復の為住人達に襲い掛かるのは明白だったからだ。

「艦長!シーサーペントが3匹島に接近して来ます。」

複合ディスプレイから振り向いたセンサー担当が報告して来る。

「総員戦闘配置、全発射管に魚雷装填し発射用意を。」

簪の指示を火器管制担当が復唱しつつ指示を出し始める。

「全発射管に魚雷装填の装填開始します。」

「総員戦闘配置!繰り返す総員戦闘配置!」

乗員達が駆け足でそれぞれの持ち場に着いて行く。

「マルチセンサーポストが捉えた映像を共用ディスプレーへ。」

そう指示して艦長席に座る簪が共用ディスプレーを見る。

一瞬ちらついた後共用ディスプレー上にこちらに向かって来るシーサーペントが3匹が映し出される。

「全発射管準備良し。」

火器管制担当の報告に簪が頷くと次の指示を出す。

「メインモーター出力全開。」

「メインモーター出力全開!」

簪は進路を予定通りのコースへ変更、そうりゅうは速力を上げシーサーペントに向かって行く。

「シーサーペントまで4千。」

センサー担当の報告に簪が次の指示を出す。

「1番から4番の魚雷に目標データ入力を。」

「1番から4番への目標データ入力・・・完了です艦長。」

共用ディスプレー上に映し出されているシーサーペント見ながら報告を受けた簪が命じる。

「魚雷発射して下さい。」

「了解です艦長、1番から4番発射!」

そうりゅうから放たれた4基の魚雷が真正面からシーサーペントに突っ込んで行く。

魚雷に気付いたシーサーペント達が慌てて避けようとするが2基が先頭に居た奴に命中し一瞬で肉片に変わってしまう。

一方左右に分かれて魚雷を避けたシーサーペント達にはそれぞれ1基づつの魚雷が追跡して行き命中する。

絶叫を上げながら海面上をのたうち回るシーサーペント2匹に簪は止めの攻撃の指示を出す。

「5番及び6番に目標データ入力完了後発射して下さい。」

「入力完了後発射します。」

火器管制担当が復唱して放たれた2基の魚雷がのたうち回っていた残りのシーサーペント達に命中しバラバラに吹き飛ばす。

後に残されたどす黒い体液を共用ディスプレー上で見た簪がほっと一息着くと発令所に安堵の雰囲気が流れる。

「戦闘配置を警戒配置へ・・・皆さんご苦労様でした。」

こうして突如湖に現れたシーサーペントから始まった謎の事件は終息したのだった。

 

「それにして・・・まさか繁殖場所になっていたとは想像出来なかったよ。」

簪隣の席で紅茶を飲みながらシャルが溜息交じりにそう呟く。

「私も洞窟が外海と繋がっていたとは想像出来ませんでした簪。」

補助席でミルクティーを両手で持ちながら座って居た愛里寿が艦長席の簪を見ながら話し掛ける。

ちなみにアークロイヤルは先に帰還させ愛里寿はちゃっかりそうりゅうに乗り込んで来ていた。

「それは私もです愛里寿ちゃん・・・まあ今回はISのお陰で何とかなりましたが。」

話し掛けられた簪がコーヒー、もちろんクロエが直々に用意したものを飲みながら答える。

「そは幸いでしたが・・・やはり束様には釘を刺して置いた方がよろしいと思います。」

給仕を終え簪の傍らに控えて居たクロエがまだ納得出来ないと言った表情で言う。

「確かにそうだねクロエさん。」

「まったくです。」

クロエの言葉に同意するシャルと愛里寿に簪は苦笑しつつ宥める。

「まあほどほどにして下さいね。」

この後束が3人にどんな目に会わされたかはご想像にお任せする。

なお簪が思った通りISの活躍によりインフィニット・シーは更に注目され、彼女を深く悩ませる事になった。

 

11:45 カルデラ湖に出現したシーサーペントの掃討を完了。

 



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セキュリテイーブルー番外編
ー西村班長と孫娘ー


久々の投稿です、番外編ですが。



少女は自分にとって人生最大の岐路に立たせられていた・・・訳では無かった。

「う~んどうしよう・・・」

『艦隊司令部』と書かれた看板のある建物の前で彼女は先程から悩んでいた。

受付と思われる小さな建物前には警備だろうか厳しい顔つきの男性が立っている。

そのお蔭で少女は近づけないでいたのだ。

「連絡はしたけど何時行くとは言ってなかったからな~お爺ちゃん怒るかな・・・」

少女はぶつぶつ言いながら行ったり来たりうろうろしている、はっきり言って不審者だが、周りに人が居ないせいか今のところは問題になっていない、今のところは・・・

そんな少女の元に誰かが近付いて来たのだが、彼女は考えに夢中で気付かない、だから結果的に。

「何か此処に御用ですか?」

「ひぎゃああ!?」

声を掛けられ、奇怪な(笑)な悲鳴を上げ、文字通り飛び上がる羽目に陥ったのだった。

「す、すいません別に怪しい者では・・・」

慌てて振り向いて弁解しようとした少女は相手を見て言葉を止める。

自分と同じ年頃の少女だったからだ、水色の髪と眼鏡を掛け、白い制服見たいなものを着ている。

「すいません驚かす積もりは無かったんですが、大丈夫ですか?」

奇怪な(笑)な悲鳴を上げた少女にすまなそうな表情を浮かべて彼女は問い掛けてくる。

「い、いえだ、大丈夫ですは、はい。」

恥かしさの余りどもってしまう少女。

「そうですか・・・それでセキュリテイーブルーに何か御用ですか?」

そんな彼女に相手の少女は柔らかな笑みを浮かべ再度問い掛けてくる。

「えっと・・・こちらにいる肉親に会いに来たんですが。」

兎に角落ち着こうと深呼吸して少女は答える。

「肉親の方がですか、失礼ですがその方のお名前は?」

「西村 庄司です、私の祖父なんですが・・・ああ私は西村祥子と言います。」

その名前を聞いた途端相手の少女は驚いた表情を浮かべる。

「西村班長のお孫さんですか・・・分かりました。」

そう言って先程の柔らかな笑みを再び浮かべる相手の少女。

「あの・・・お爺ちゃ、祖父をご存知なんですか?」

確か西村班長と呼んでいた、艦隊の人なんだろうかと祥子は考える。

「はい、西村班長には何時もお世話になってます、それで班長に貴女はお会いに来られたわけですね。」

「そ、そうなですけど、ちゃんとした約束をしていた訳で無かったので、どうしようかと・・・」

やはり祖父の知り合いらしい、だけど彼女が艦隊で何をしているのか祥子は分からなかった。

もちろん自分と同じ歳で働いている者は珍しくはないけどと思う祥子だったが。

「なるほど・・・では少し待って頂けますか。」

少女はそう言うと厳しい顔つきの男性の所へ歩いて行く。

「あ、あのう・・・」

祥子は焦って声を掛けるが少女はじろりと眺める男性に躊躇する事無く近寄って行く。

怒鳴られるんじゃないかと祥子は気が気では無かったが、次の瞬間目を丸くしてしまう。

「これは更識艦長、何かお忘れ物でも?」

そう言ってあの厳しい顔つきの男性が姿勢を正し敬礼したからだ、しかもその少女を艦長と呼んで。

「いえ、実は西村班長のお孫さんがお会いに来ているのですが、会う約束をしていなかった様で、出てこられるか確認して欲しいのですが。」

男性がこちらを見てくる、思わず背筋が伸びる祥子。

「分かりました、暫らくお待ち下さい。」

男性はそう言って建物の中に入って行く・・・それを見て祥子はほっと息を吐く。

やがて出てきた男性は艦長と呼ばれた少女に答える。

「西村班長は直ぐにこちらに来られるそうです更識艦長。」

「ありがとうございます。」

「いえ、お役に立てて光栄です更識艦長。」

男性の敬礼に少女は微笑むと祥子の元に戻って来る。

「こちらに西村班長が来てくれるそうなので私と一緒に来て下さい。」

「は、はい。」

再び背筋を伸ばして返事をする祥子、さっきから状況に付いていけずにいた。

何しろ自分とほとんど歳の変わらない少女が艦長と呼ばれているからだ。

その少女と一緒に祥子は先程の男性のところに向かう。

男性の鋭い(本当は物珍しそうに見ているだけ)に愛想笑を浮かべつつ通り過ぎ構内に入る。

「暫らくここで待って下さい。」

「わ、分かりました。」

少し構内に入った所で立ち止まり、2人は暫し佇む。

そうしながら祥子は隣に立つ少女を見ながら考え込む。

(本当に艦長なんだよね?)

さっきの男性も言っていたし、彼女も否定しなかったのだから間違いでは無いと祥子は思ったのだが。

それでも祥子は中々納得出来ずにいた時だった、車の走行音が聞こえそちらに目を向ける。

「お爺ちゃん。」

若い男性の運転する車に乗っている祖父を見つけ祥子は安堵する。

やがて祥子と簪の前で車が止まると、西村班長が降りてくる、そして・・・

「この馬鹿もんが、来るなら来るとちゃんと連絡せんか!!」

艦隊名物、西村班長の怒声が響き、祥子は思わす比喩ではなく飛び上がってしまう。

ちなみに簪も運転していた男性も涼しい顔だ、まあ慣れてしまったからだが。

「で、でも行くとは伝えたけ・・・」

「正確な日付と時間を言わなきゃ意味はない、まったくお前は・・・」

祥子の弁解を切って捨てる西村班長。

「まったく・・・ああ、更識艦長迷惑を掛けてすまんな。」

深い溜息を付いた後、西村班長はそう言って簪を見る。

「いえ気にしないで下さい、班長のお孫さんにお会い出来ましたからね。」

そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべる簪に西村班長は苦笑する。

「不肖の孫娘だがな、何だ祥子?」

西村班長の袖を掴み、祥子は何か聞きたそうな目で祖父を見る。

「ああそうか、こちらはセキュリテイーブルーの更識 簪艦長だ、でこいつが不肖の孫娘の西村 祥子。」

2人を交互に西村班長は紹介する。

「更識 簪ですよろしく。」

「あ、はい西村 祥子と言います、こちらこそよろしくお願いしま・・・って、あれどこかで聞いた様な?」

首を傾げて考え始める孫娘に西村班長は肩を竦めて教える。

「北方海の守護天使様だ・・・お前だって知っているだろうが。」

「そうか更識 簪って北方海の守護天使だった・・・ってえええ!!」

祖父の言葉に再び飛び上がってしまう祥子だった。

「そ、そ、それは本当に?」

「落ち着かんか・・・本当だ、なあ更識艦長?」

祥子を落ち着かせながら西村班長はにやりと笑って簪に問い掛ける。

「そう言われているだけですよ西村班長、あとお孫さんをあまりからかうの止めてあげて下さい。」

苦笑しつつ西村班長を止める、まあこれが班長と祥子のコミニケーションの取り方の様なのでそれ以上は言うつもりは無い簪だが。

「そうだな・・・この辺で止めておくか、それで祥子、お前これからどうするつもりだ?」

簪に止められた西村班長はそう言って頷くと、祥子の方を見て聞いてくる。

「え・・・それはお爺ちゃんに会ってから決めようと。」

その言葉に西村班長は頭を抱えてしまう。

「お前な・・・俺はまだ仕事が残っているんだぞ、終るまで何処に居るつもりなんだ?」

「ははは・・・どうしようお爺ちゃん?」

西村班長の言葉に祥子は真っ青になる、会う事ばかりを考えていて、その後の事など何にも考えていなかったらしい。

「どうしようじゃないだろうが、この中で待ってもらう訳にはいかねし。」

規則上部外者は入れない、いや入れたとしても祥子の居れる場所など無いだろう。

班長と祥子は途方に暮れた表情になる、そんな2人を見て簪は声を掛ける。

「それでは班長、良ければお孫さん、祥子さんは私がお相手してますよ、街でも案内していれば時間を潰せるでしょう。」

簪の提案に西村班長は目を丸くして答える。

「良いのか?更識艦長はこれから休暇だった筈だが。」

「構いませんよ、正直言ってこれから1人で何をすればいいか困っていたところでしたから。」

西村班長の問いに簪は肩を竦めて答える。

今回補給物資の補充の為港に名無し猫を指揮して戻って来た簪だが、スケジュールの都合上1人だけで休暇を取る羽目になってしまったのだ。

「会長はどうしたんだ?何時もなら帰って来たら一緒に過ごしていたじゃないか。」

更識商会・会長の更識 楯無は簪が港に帰ってくる度に一緒に居ようとするのは皆がよく知る話だったからだ。

「姉さん、会長はギルドの会合が有って今日一日缶詰状態です・・・説得するのに苦労しましたよ。」

『行きたくない、簪ちゃんと一緒に居る!!』と駄々をこねる姉を何とか説得して簪は行かせたのだ。

「お前さんも苦労してるな。」

「・・・心遣い感謝します班長。」

力なく笑う簪に西村班長は同情の眼差しを向けて慰労する。

「と言う訳で今日一日大丈夫ですから。」

話題を変える様に言ってくる簪に西村班長は肩を竦めると答える。

「まあそうしてもらえるなら助かる、更識艦長に更に迷惑を掛けない様にしろよ祥子。」

「迷惑って、私そんな事しないもん。」

西村班長に言われ祥子は口を尖らして抗議するが・・・

「馬鹿もんが、もう十分迷惑を掛けているだろうが。」

そんな抗議は西村班長には通じなかったらしく祥子はぐうの音も出なかった。

「ふふ・・・では行きましょうか祥子さん、夕方までには戻ります班長。」

そんな2人を微笑ましく見つめていた簪が言う。

「ああ、頼むよ更識艦長。」

こうして西村班長に見送られて簪と祥子は出発したのだった。

 

「とは言え観光出来る所なんて限られますね・・・」

何処へ案内しようと考え始めた簪を改めて祥子は見る。

そしてあの北方海の守護天使と目の前の女の子が中々重ならないなあと祥子は考える。

何しろ最初に見た印象が、学校のクラスによく居る内気で大人しい娘だったからだ。

この娘が軍艦に乗ってシーサーペントと戦っているとは失礼な話しかもしれないが想像出来なかった。

「どうかしましたか?」

「ふぇ!な、なんでもないです更識艦長さん。」

そんな事を考えていたところに話しかけれ祥子は変な声を上げてしまう。

「そうですか・・・あのう祥子さん、出来ればですが艦長では無く簪と呼んで欲しいのですが。」

祥子の変な声を気にする事も無く簪はそう提案してくる。

「良いんですか?」

「構いませんよ、私達同じ歳ですし、第一祥子さんは艦隊の人間ではありませんから。」

まあ簪にしてみれば同じ歳同士の祥子に艦長と呼ばれるのは何だか気恥ずかしいものがあったからだが。

「わ、分かりました簪さん。」

祥子の返答に簪は微笑んで見せる。

「それじゃ行きましょか。」

「はい。」

 

取りあえず街へ出ようと簪と祥子は歩き始める。

「祥子さんは学生ですか?」

歩きながら簪は聞いてくる。

「はい、中央海の学校に行ってます。」

簪の問いに祥子が答える。

「そうですか、今回はお休みで西村班長の所に?」

「中々帰ってこないからお爺ちゃんは・・・だから会いに来たんですけど。」

以前からそうだったが、特に最近はそうだったからと祥子は言う。

「それは多分西村班長がセキュリテイーブルーに所属したからですね。」

名無し猫に乗り込んでほとんど洋上生活になったせいだと簪は思う。

「まあ忙しいのは分かっているけど・・・両親も心配していましたから。」

祥子はそう言って肩を竦めるのだった。

 

結局簪は自分のお気に入りの場所、港を見渡せる所に祥子を案内した。

「わあ良い所ですね。」

景色を見ながら祥子は感嘆に満ちた声を上げる。

「気に入ってもらって嬉しいですね、ここは私がもっとも好きな場所ですから。」

隣に立ち、微笑みながら港を見ている簪を祥子は見つめる。

ほんとこうして居ると自分と変わらない女の子にしか見えないと改めて祥子は思った。

だが彼女は、戦闘艦に乗りシーサーペントと戦っているのだ。

「あの・・・簪さんは怖くないですか、シーサーペントと戦っていて?」

ふと気になってて祥子は聞いてみる、自分と歳の違わない少女がどんな思いで居るのかと。

「・・・怖く無いと言えば嘘になりますね、でも私は自分の出来る事ならば躊躇無くやるつもりです。」

最初に抱いた内気な娘と言うイメージは今は無く、そこには自分より大人びた女性が居ると祥子は思った。

「凄いですね、私なんか簪さんやお爺ちゃんみたいに出来ませんね、何かのほほんとしていて。」

自虐な笑みを浮べ祥子は肩を落とす、勉強の事とか友達と楽しく過ごす事ばかり考えている自分を恥じて。

「いえそれで良いと思いますよ祥子さん。」

「えっ?」

意外と思える言葉を掛けられ祥子は思わず簪を見つめてしまう。

「私は、西村班長や艦隊の皆さんは・・・そんな人達の生活を守る為に戦っているんですから。」

天使だ、本当にこの人は天使だと祥子は確信してしまうのだった。

 

日が暮れる頃、祥子と簪は艦隊司令部に戻った。

「帰ってきたか。」

西村班長は作業着から着替えて門の所に立って居た。

「更識艦長に迷惑を掛けていないだろうな祥子。」

「もうお爺ちゃんってば、迷惑なんか掛けていないわよ、ねっ簪さん。」

祥子は少し怒った表情を浮かべて答えると簪に声を掛ける。

「ええ、そんな事はありませんでしたよ、私も楽しかったです西村班長。」

簪はそう答えて微笑む、それを見て西村班長は肩を竦めて見せる。

「とりあえず礼を言うぜ更識艦長、助かったよ。」

「私も退屈な休暇にならなかったですから、お気にせず。」

そう言って微笑む簪を見て西村班長は複雑な気持ちにさせられる。

こう見ると年頃の娘に見える、いや本来なら孫の様に同じ年頃の娘達と人生を楽しんでいても不思議でないのだが・・・

現実は最前線に立たせている、その肩に大きな重責を担わせて。

そんな感傷的な事を言っている場合で無い事は西村班長には分かっているが、やはり罪悪感は消えない。

「老い先短い自分でなく、若いこいつらに押し付けているんだからな・・・」

「何か言いましたか西村班長?」

その声は小さく祥子と簪には聞こえなかった。

「何でもねえ、さあ行くぞ祥子。」

首を振って話を打ち切り西村班長は祥子に声を掛ける。

「あ、うんお爺ちゃん、それじゃ簪さん、今日はありがとう。」

歩き出した西村班長に慌てて付いて行きながら祥子は簪にお礼を言う。

「どういたしまして祥子さん、また会いましょう。」

そんな西村班長と祥子を見送りながら簪は答えるのだった。

 

こうして簪のたった一日の休暇は終わった。

 

余談だが、商会に帰った簪は既に戻っていた姉の楯無に、しつこく今日一日何をしていたか尋問を受ける羽目になった。

 

18:00

更識 簪の休暇終了。




西村班長のモデルは、ある特車課の整備班長だったりします。
かなり古いアニメと漫画ですが。

それでは。


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ー荒海のコトブキ潜航艇隊1ー

荒野のコトブキ飛行隊とのクロスと言うか、キャラを登場させてみました。
但し飛行機の存在しない世界なので、潜航艇にのってますが。
他にも話に合わせる為、設定を変更しています。
その点をご了承願います。



1.荒海のコトブキ潜航艇隊

N諸島・沖合い

 

オウニ商会の甲型潜水艇母船兼輸送船である羽衣丸はイリオモテ島の退避港に向かっていた。

その艦橋で・・・

「現在速力15ノット、退避港まであと一時間程で到着予定。」

航海担当のアンナが航法計器盤を確認して報告する。

「機関に問題無し。」

続いて機関担当のシンディが機関計器盤を見ながら報告する。

「ようやく到着ですね襲撃が無くて良かったです。」

操舵担当であるマリアがほっとした声を上げる。

「そう言う事は到着してから言った方が良いわよマリア。」

友人であるアンナが嗜めるように言う。

「やだアンナそんな怖い事・・・」

「レーダーにシーサーペントらしき反応、前方9千、速力10ノットでこちらに向かいつつあり。」

マリアの声を遮る様にセンサー担当のアディの声が操舵室内に響く。

「ほら。」

「ほらってアンナ・・・」

アンナの言葉にマリアは困った表情を浮べてしまう。

「副船長、シーサーペントが本船に向かいつつあり、至急操舵室へ。」

通信担当のベティが羽衣丸副船長のサネアツを呼び出す。

何故船長でなく副船長なのかは後で判る。

「ったく良い予感は当たらないのに悪い予感はどうして当たるのかね・・・」

そうぼやきつつ副船長のサネアツが操舵室へ入ってくる。

「接近中の反応、本当にシーサーペント?間違いない?」

「レーダーの反応は間違いなくシーサーペントです副船長。」

「あっそう・・・」

サネアツのささやかな期待はアディによって吹き飛ばされてしまう。

「副船長、甲型潜水艇隊の出撃許可をお願いします。」

マリアがサネアツに進言して来る。

「しゃあない・・・甲型潜水艇隊の出撃を許可する、あと総員戦闘配置!」

羽衣丸船内に総員戦闘配置のアラームが鳴り響く。

「甲型潜水艇の発進準備急げ!ぐずぐずしている奴にはケツの穴に魚雷ぶち込むぞ!!」

整備班長のナツオが整備班の連中に活を入れる。

「「「「へい班長!!」」」」

整備班員達はそれぞれの担当潜水艇に取り付き発進準備に入る。

「やれやれもう港に到着するって聞いていたんだがな。」

羽衣丸搭載の甲型潜水艇隊、通称コトブキ潜航艇隊の隊長を務めるレオナは潜水艦(艇)用の艦内服を身に纏い自分の潜水艇に向かいながらつぶやく。

「予定通り行かないのが世の常よレオナ。」

その横を通り過ぎながら声を掛けて来るのは副隊長でありレオナ長年の友人でもあるザラだ。

身体にぴったり張り付きラインがまともに出る艦内服が彼女のスタイルの良さを更に強調させている。

男どころか女の目にも毒だなとレオナは内心苦笑しながら言葉を返す。

「まったくその通りだな・・・さて給料分は働かないとな。」

「そうね今日の酒代の為にもね。」

既に開けられた潜水艇の指令塔上のハッチに飛び込むレオナとザラ。

続いて残りのコトブキ潜水艇隊の隊員達が続いてそれぞれの潜水艇に向かう。

「せっかく美味しいパンケーキが焼き上がったというのにシーサーペント許しがたし。」

そう叫んでハッチに飛び込むのはキリエ、その本能はシーサーペントと変わりがないと言われる少女だ。

「まったくタイミングを考えないですね、まあシーサーペントにそんな事を期待するのが間違いですが。」

上品な言葉遣いで毒舌を吐く、没落商会の元お嬢様と言われるエンマが続いて乗り込む。

「この海域でシーサーペントに遭遇する確立60%、これは予想されたもの。」

状況を客観的に話しながら潜水艇に乗り込むのはケイト、豊富な知識と優秀な技能を持つ少女だ。

「ちきしょうキリエに遅れるなんて、一生の不覚、こらまて。」

潜水艇隊最年少のチカが毒づきながら自分の潜水艇に向かう、本人は真っ向から否定するが、キリエにそっくりだと皆に認識されている少女だ。

「水素系及び酸素系供給システム・・・問題無し。」

既に乗り込んでいたレオナは両手をキーボードに乗せ発進前点検を開始していた。

「機関系・・・良し、航法システム・・・良し、センサー系・・・良し、環境システム・・・良し。」

各システムの計器表示や警告灯を確認して問題無い事を確認して行くレオナ。

「艇内システム全て問題無し、燃料電池作動開始。」

水素と酸素が供給され燃料電池が電力を生み出し始めるのを電圧計の値から確認するレオナ。

「電圧問題無し、ハッチ閉鎖を確認。」

規定の電圧に達した事を電圧計で確認し、レオナは頭上のハッチが確実に閉鎖されている事を確かめる。

「こちらレオナ、発進準備良し。」

『こちらもOKよ。』

『何時でも行けますわ。』

『出撃問題なし。』

『早く発進させて。』

『ならキリエより早くだせ!」

全員の発進準備完了を確認し、レオナが羽衣丸の艦橋に報告する。

「コトブキ潜航艇隊、全艇発進準備良し。」

 

「副船長、コトブキ潜航艇隊発進準備完了です。」

ベティがレオナからの報告を受けてサネアツに伝えて来る。

「良し!発進してちょうだい。」

「コトブキ潜航艇隊発進開始。」

羽衣丸の艦尾扉が開かれ、潜航艇格納庫の発進用レールに並べられた甲型潜水艇が現れる。

「ロック解除!さっさと行ってこい。」

ナツオの叫び声と共に、レオナの乗った潜航艇から順に海上に下ろされて行く。

海上に下ろされた潜航艇は直ぐに注水、海中に潜航して行く。

潜航したレオナ達は深度を取り、羽衣丸の艦底を艦尾から艦首に抜け前方に出る。

潜航艇隊の先頭を行くレオナは深度を上げ、指令塔を海面上に上げると、通信器を作動させる。

「こちらコトブキ潜航艇隊レオナ、羽衣丸へ状況を知らせてくれ。」

レオナは羽衣丸に無線電話で状況を尋ねる。

『接近中の目標は3匹のシーサーペントと確認、なお派遣艦隊には連絡済み、こちらに救援を寄こすとの事です。』

アディがレオナの問い合わせに応答してくる。

「了解・・・まあ救援が来るまでには終わらせるがな。」

『はい、それでは御武運を。』

羽衣丸との無線電話を終えレオナは全員に伝える。

「シーサーペントは3匹だ、各艇魚雷発射装置の安全装置解除。」

状況を説明し隊員達に安全装置を外すよう指示するレオナ。

『『『『『了解。』』』』』

全員からの返答が返って来る。

6隻のコトブキ潜航艇隊はレオナの潜航艇を先頭に速力を上げシーサーペントに向かう。

「まず私とザラが先制する、キリエ、エンマ、ケイト、チカ、皆はその後に一撃を、あまり近付きすぎない様に、では行くぞ。」

レオナとザラの潜航艇はそのままシーサーペントに直進、キリエ達4人はコースを変え攻撃に備える。

「距離600、目標情報入力確認・・・発射!」

右手のキボードを叩き発射をレオナが指示すると、潜航艇の下部に取り付けられていた魚雷が放たれる。

『こっちも発射・・・良し。』

続いてザラの乗った潜航艇も魚雷を発射する、それを確認したレオナは潜航艇の進路を変え離脱する。

レオナが離脱したのを見てザラも反対方向に自分の潜航艇を離脱させる。

次の瞬間、激しい振動が水中を通して潜航艇を揺らす。

発射された2本の魚雷は見事命中し海面上でシーサーペントはのたうちまわる。

それを見て残り2匹のシーサーペントは逃れ様と進路を変えるが、キリエ達がそれを見逃すわけも無く、2隻づつに別れ発射位置に付く。

「美味しいパンケーキを食い損なった恨み晴らさないでおくものか!」

かなり私的な怒りをぶつける様に魚雷を発射するキリエに呆れた様にエンマが言う。

「キリエ貴女ね・・・目標を確認、発射。」

キリエに続いてエンマの潜航艇からも魚雷が放たれる。

「目標データに問題なし・・・発射。」

淡々と呟やき発射装置を操作するケイト。

「そら行け!」

対して闘志むき出しで、まあキリエと張り合ってだが、魚雷を発射するチカ。

発射された魚雷は2本づつ各々のシーサーペントに向かって行く。

そのシーサーペント達は攻撃に気付き回避を図るが、魚雷は確実に距離を詰めて命中する。

先程と同じ激しい振動が水中を通して伝わって来る。

「羽衣丸へ効果を確認してくれ。」

再び指令塔を海面上に上げレオナが無線電話で羽衣丸へ連絡する。

『全てのシーサーペントの撃破を確認しました・・・お見事でしたレオナ隊長。』

アディから返信が入りレオナはほっと息を付く。

「ありがとう、それじゃ収容を・・・」

『レオナ隊長、こちらへ接近中の物体を確認、待機願います。』

「!?」

潜航艇隊の収容を依頼しようとしたレオナを遮ってアディの緊迫した通報が入る。

 

「接近中の物体は推進音から・・・シーサーペントではありません、これは潜水艦だと思われます。」

複合ディスプレイから顔を上げたアディが報告する。

「せ、潜水艦!?それって・・・」

サネアツが焦った声を上げる。

「右舷前方に接近中、深度を上げてます、浮上する模様です。」

慌てたサネアツが艦橋右舷側の窓に張り付くと、海面が急速に盛り上がり青い艦体が現れる。

「あれは・・・」

突然現れた巨大な潜水艦に艦橋に居る者は絶句して見つめるだけだった。

「そうりゅう・・・北方海、いえ全世界で最強の潜水艦よ。」

突然聞こえて来た声にサネアツ達が振り向くと・・・

「マダム・ルゥルゥ・・・」

オウニ商会の女会長、マダム・ルゥルゥがそこに立って居た、何時もの様に赤いドレスの上にマントのように紺色のジャケットを羽織った姿で。

「そして常時では無いけどあの北方海の守護天使様の乗艦している艦よ。」

「北方海の・・・守護天使・・・」

青いカラーの巨大な艦体の艦首を羽衣丸に向けて佇むそうりゅうを見つめサネアツは呟く。

「確かセキュリテイーブルー所属の潜水艦ですよね。」

アンナが呟く。

「セキュリテイーブルー・・・最近組織された北方海のギルド達が結成した艦隊。」

マリアが思い出した様に後を続けて言う。

「ええ、あのブリュンヒルデが作り上げた・・・彼女のカリスマと名声があればこそでしょうね、もっともそれだけでは無いんだけど。」

マダム・ルゥルゥは肩を竦め続ける。

「ブリュンヒルデの友人にして稀代の天才技師である篠ノ之 束、そして更識商会長の更識 楯無、この2人が居ればこそよね、特に更識会長、彼女が居なければ相反する利害を持つ各ギルドを纏め上げるのは不可能だったでしょうね。」

「マダム・ルゥルゥはその更識会長と会った事があるんですか?」

シンディが複雑な表情を浮べるマダム・ルゥルゥに質問して来る。

「何度か商会のギルドでね、まあ深く話したのはセキュリテイーブルー結成の協力を依頼された時だけどね。」

マダム・ルゥルゥは愛用の長煙管を取り出す、すると何も言われないのにサネアツがライターを取り出し火を付ける。

「歳はそう貴女達とそう変わらないのだけど、狸や狐が溢れる業界で生き残ってきたかなりのやり手よ、正直言って私もこれほど油断ならない相手は初めてだと思ったわ。」

「・・・・・」

アンナ達が顔を見合わせる、自分達の知るマダム・ルゥルゥは商売では完璧を誇る辣腕会長だ。

そんな彼女に油断ならない相手と思わせた、しかも同じ年頃だと言うのだから驚きは隠せない。

「ブリュンヒルデの名声、天才技師篠ノ之 束の存在、それらを武器に抵抗する連中を黙らせた、そして各ギルドの権益や権限を見事に調整してみせたわ。」

セキュリテイーブルー創設の裏側での更識会長の手腕に皆声が無かった。

「こんな相手なら敵対するより協力した方が良いと思って私も参加したのだけどね。」

長煙管を吸いながらマダム・ルゥルゥは艦橋内を見渡して言う。

「まあ今の話は忘れてちょうだい・・・その方が皆の為よ。」

意味深な笑みを浮かべ言うマダム・ルゥルゥにサネアツ以下艦橋要員の者は背筋を振るわせる。

「ああそうだわもう一つ言っておくと・・・守護天使様は更識会長の妹さんよ。」

その言葉に艦橋要員の皆は驚きの表情を浮かべ互いを見る。

「そうなんですか・・・すると守護天使も?」

姉の会長みたいな人物なのかと皆思ってしまったのだが。

「それが、あの会長の妹とは思えない素直で良い娘よ、まあ艦長としての能力はとても優秀だけどね。」

マダム・ルゥルゥは皆の反応に苦笑しながら答えるのだった。

一方レオナ達コトブキ潜航艇隊のメンバーも艇を浮上させそうりゅうの姿を見ていた。

『でっかいわね、あれがそうりゅうでしょ。』

ザラがレオナに話し掛けて来る。

「ああ、最大速力や水中での機動ではこちらが勝るが、甲型に劣らない高速力を持続出来るうえ武装も強力だ、その点じゃ敵わないな。」

レオナはディスプレイに写しだされるそうりゅうを見ながら言う。

『え~あんなデカブツ取り囲んで魚雷を打ち込んでやれば一撃じゃん。』

キリエがさも当然の様に言う。

「そんな状況にさせて貰えたらの話だ。」

溜息を付きながらレオナが答える。

『へっ?』

『確実に私達が発進する前に羽衣丸ごと沈められるでしょうね。』

キリエの驚いた声にザラが続けて言う。

『そうりゅうの索敵能力は羽衣丸の、いや既存の水上艦艇を越えていると言われている、98パーセントの確率で、こちらが捕捉する前に向こうに捕捉され攻撃される。』

ケイトが淡々と自分の推測を言う。

『それって本当ですの?』

信じられないと言う風にエンマが呟く。

「流石はあの天才技師である篠ノ之 束の作った艦という訳だ、それに皆も知っているだろう、そうりゅうを指揮しているのは北方海の守護天使だ、まあ常にと言う訳じゃないらしいが。」

『北方海の・・・』

『・・・守護天使。』

キリエとチカが呆然と呟く。

『シーサーペント撃破率98パーセント、船団護衛の成功率常時96パーセント、これだけの記録を持つ者は北方海いや中央海や南方海にも存在しない、それが北方海の守護天使。』

淡々と守護天使について話すケイト。

「同じ潜水艦乗りとしては悔しいが強敵と認めざるをえないな。」

レオナ率いるコトブキ潜航艇隊だって撃破率や護衛成功率で負けていないが、守護天使はそれを単艦でしかも困難な状況下で達成している。

「一度会ってみたいものだな・・・その守護天使に。」

そうりゅうが映し出されたディスプレイを見つめながらレオナは呟くのだった。

まあその願いはこの後叶うのだが、レオナがこの時点で知る訳も無かった。

 

「副船長、そうりゅうより通信、羽衣丸の状況を尋ねてきています。」

サネアツがマダム・ルゥルゥを見ると、彼女は頷いて見せる。

ちなみにマダム・ルゥルゥは商会の会長だが船長では無い、ではだれが船長なのか。

「ガーガー」

船長帽を被ったドードー鳥が廊下を堂々と歩いていた、そうこの鳥こそ羽衣丸の船長だった。

「当船に被害無し、潜航艇収容後に港に向かう、そう伝えてちょうだい。」

「了解です。」

アディが答え、そうりゅうに通信を返す。

「そうりゅうより『では港でお待ちしております、お気を付けていらっしゃってください。』との事です。」

先程聞いたマダム・ルゥルゥの言った通りの守護天使らしい言葉に、皆微笑んでしまう。

そうりゅうは進行方向を変え、急速に潜航して海中に消えて行く。

「そうりゅう離れて行きます・・・凄い速力ですね、甲型潜水艇に劣らない。」

アディが感心した様に報告して来る。

「潜航艇の収容を急いでちょうだい、後警戒も忘れずにね。」

「「「はい副船長。」」」

サネアツの指示にアディ達が返答すると、羽衣丸は潜航艇の収容を開始する。

潜航艇の収容を終えた羽衣丸は、イリオモテ島の退避港に到着する。

港内に停泊している艦船は数少なく、艦隊旗艦の名無し猫と警備用だろうタイプ11の魚雷艇、そして先に到着していたそうりゅうだけだった。

退避港に入港して来た羽衣丸にまず魚雷艇が接近して来る。

2基の機関砲と魚雷を搭載した魚雷艇は羽衣丸の周りを一周すると前方に出て誘導を開始する、水先案内人と言う訳らしい。

「副船長、7号ブイに停船せよとの事です。」

魚雷艇と通信していたアディがサネアツに報告して来る。

「了解っと、マリアちゃんよろしくね。」

「はい。」

少々軽いサネアツの言い方を気にせずマリアは羽衣丸を操舵する。

「機関四分の一へ。」

「OK、機関四分の一へ。」

マリアの指示にシンディが答え、出力指示レバーを操作し、羽衣丸の機関出力を下げて行く。

この辺は互いに慣れているだけに、連携はスムーズで、サネアツは細かい指示を出さずにすむ。

羽衣丸は速度を落としつつ、7号ブイに接近して行く、それを船外モニターで見ながらマリアは慎重に操舵する。

「機関逆転。」

シンディがマリアの声に出力指示レバーを操作しする。

「位置良し、機関停止。」

「機関停止します。」

羽衣丸が7号ブイ傍に停船する。

「錨を降ろしてちょうだい、あと名無し猫に連絡を。」

「了解です副船長。」

錨を降ろし羽衣丸は定位置に停船した事を名無し猫に伝える。

「・・・それじゃ行ってくるわ、名無し猫に挨拶にね、後はお願いね。」

マダム・ルゥルゥはそう言うと艦橋を出て行こうとするが。

「ああそう、乗員の皆に交代で上陸許可を出してちょうだい・・・まあ何も無い所だけど。」

振り向きサネアツにそう指示するマダム・ルゥルゥ。

「了解ですマダム・ルゥルゥ。」

姿勢を正すとサネアツは答える。

「それじゃ・・・」

頷くとマダム・ルゥルゥは艦橋を出て行く。

「マダム・ルゥルゥの連絡艇の用意を・・・あと上陸許可を、各科事でお願いね。」

「はい副船長。」

サネアツの指示にベティが答える。

「でもここじゃ鞄なんて無いわよね・・・」

アンナが溜息を付きながら呟く。

「はは・・・そうだね良い靴なんて有るのかな?」

残念そうにマリアが答える、何しろ北の果ての果てな所だ、そんなもの期待は出来ないと二人は思った。

「相変わらずね二人は・・・私は地に足を着けられるだけでも嬉しいけどね。」

ベティが苦笑しつつ言う。

「そうね生きているって実感が沸くわ。」

シンディもそう言って微笑む。

「まあ何も無いのは確かでしょうけど、せっかくだから楽しまないとね。」

各部への通達を終えたベティが話に加わって来る。

これからの事で盛り上がる女性陣。

「マダム・ルゥルゥと・・・いや無理だろうな。」

そんな女性陣を横目で見ながらサネアツはかないそうもない希望を思って深い溜息を付くのだった。




作品中では触れてませんが、甲型潜航艇のモデルは、日本海軍の特殊潜航艇の『海龍』です。
まあ世界観に合わせているので、全然別物ですが。

それでは


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ー荒海のコトブキ潜航艇隊2ー

羽衣丸の連絡艇発着場

レオナ達コトブキ潜航艇隊のメンバーも上陸許可第一陣として連絡艇を待っていた。

そしてそこに整備班長のナツオも居た。

「あれ班長も上陸すんの?」

キリエがナツオを見て聞いて来る、まあ滅多に港に着いても彼女が上陸した事が無かったからだが。

「いや俺はマダム・ルゥルゥと一緒に名無し猫に行く、あっちに知り合い、いや師匠が乗っているんでな。」

ナツオはキリエの問いに肩を竦めて答える。

「師匠?と言う事は整備関係のか?」

レオナが聞いて来る。

「ああ、昔整備のイロハを叩き込んでくれた人でな、今名無し猫で整備と補給の責任者をやっている。」

ニヤリと笑いナツオは答える。

「厳しかったが、今の俺があるのはあの人のお陰だからな。」

そんな会話をしているとマダム・ルゥルゥがやって来た。

「貴女達は上陸するのね。」

そして並んでいるレオナ達に話しかけて来る。

「はいマダム・ルゥルゥ・・・少しは息抜きにもなるので。」

レオナはキリエ達を見ながら答える、海の上に長く居る事の多い彼女達としては例え何も無くても嬉しいものだから。

「そう、まあ楽しんでいらっしゃい、それじゃナツオ行くわよ。」

「はいマダム・ルゥルゥ。」

二人は名無し猫に向かう連絡艇に乗ると羽衣丸を離れて行く。

「我々も行くか。」

桟橋に向かう連絡艇の準備が完了したのを見てレオナは乗り込む。

「ええ行きましょうか。」

ザラは微笑んで答えると続く。

「久々の上陸だね。」

「正確には1ヶ月半ぶりになる。」

「地に足が着くのは落ち着くからな、って待てキリエ。」

騒ぎながらキリエ達も続いて乗り込む。

レオナ達以外に上陸する乗員を載せ連絡艇は桟橋に向かった。

 

イリオモテ島の退避港は緊急時に使われると言う性格上、普段は小規模な貨客船しか発着しなかった。

その為港湾設備(ドックや荷卸し施設)は貧弱だったし、街が恩恵を受ける事は少なかった。

しかし派遣艦隊がここを根拠地にした結果、港湾設備は拡張・増強され、加えて艦隊の人間が訪れる様になり街は潤う事になる。

「へえ・・・結構寂れているんじゃないかと思っていたけどそうでもないのね。」

連絡艇から桟橋に降りたザラが周りを見ながら感心した様に言う。

「その様だな、派遣艦隊が来たお陰だろうな。」

レオナ達は退避港を何度か利用した事があるが、大抵は寂れた場所が多かったからだ。

だがここは桟橋も広く大きく、併設されたドックや荷卸し施設も真新しく充実して見える。

「艦隊を受け入れて貰う代わりに地元に経済的な利益を与える、更識会長の発案だという話。」

ケイトがレオナとザラの傍に来て説明する。

「聞いた通り更識会長はかなりのやり手みたいね。」

ザラは肩を竦めて言う。

「まあそうすれば地元の協力が得られるしな。」

レオナは腕を組んで感慨深げに言う。

加えて島は強力な守り手を得られるのだからその恩恵は大きく、だから全島あげて艦隊に協力的らしい。

そんな真面目な会話をする3人の傍らで。

「パンケーキだよパンケーキ、シーサーペントの所為で食べそこなったから絶対食べる。」

「カレーだカレー、決まっているだろうが。」

「貴女達はもう・・・」

キリエとチカが何を食べに行くかで議論しており、エンマが呆れた様にそれを見ていた。

「仕方ないな・・・しかし上陸したはいいが何処へ行ったものか。」

そんなキリエ達に苦笑しつつレオナは考え込む、何しろ初めて訪れる港街だ、土地勘など無い。」

「待っててねパンケーキ、今行くぞ!」

「カレーに決まってるだろうが、おいこら待て!」

そんなレオナを他所にキリエとチカは走り出す。

「ちょっと二人とも危ないから走るのは止めなさい・・・」

エンマが二人に慌てて注意し様とした瞬間。

「きゃあ。」

「おお!!」

「うおお!」

衝突音と共に上がるキリエとチカ、そしてもう一人の声。

「だから言ったのに貴女達はもう。」

呆れた様に言ってエンマがキリエとチカ、そして二人にぶつかった相手に駆け寄る。

「まったく・・・上陸早々何をやっているんだか。」

レオナも呆れた様に言って、苦笑しているザラと共にキリエ達の元に向かう。

「大丈夫か君。」

エンマの手で立ち上がった相手、どうやらキリエ達と同じ年頃の少女にレオナは声を掛ける。

水色の髪に眼鏡を掛けたその少女は白い服、艦内服を身に付けていた。

地元のでは無く艦隊所属の人間らしいと気付くレオナ。

「この二人が迷惑掛けた様で申し訳ない、ほら二人とも彼女に謝れ。」

「ううう御免。」

「悪かった。」

レオナに言われキリエとチカはその少女に素直に謝る、何時もは強気の二人も流石に悪かったと思ったらしい。

「いえ驚いてしまっただけですから、お二人ともお気になさらないでください。」

その少女はそう言って微笑む。

「へえ中々出来た娘ね。」

感心した様にザラが言う、キリエとチカとは同じ年の娘に見えないわねと思って。

「皆さんはもしかして羽衣丸の乗員の方ですか?」

少女はふと気付いた様に聞いて来る。

「ああ羽衣丸所属のコトブキ潜航艇隊の者だよ、君は艦隊の人間だろ?」

「はいそうです、なるほど貴女方がコトブキ潜航艇隊の・・・」

そう言ってレオナ達を見ながら微笑む少女。

「ご活躍は前々からお聞きしております、そのコトブキ潜航艇隊の方々とお会いできたのは光栄ですね。」

少女の言葉にレオナ達は思わず顔を見合わせて照れた表情を浮かべてしまう。

「島には休暇で上陸を?」

そんなレオナ達を微笑ましく見ながら少女は聞いて来る。

「その積もりなんだが、ただ何処に行くかは・・・」

「はいパンケーキの美味しいお店に。」

「いやカレーの美味しい店にだよ。」

「クラブサンドイッチの美味しい店に。」

少女の質問にレオナが答えようとした途端、キリエとチカに加えケイトまでリクエスト(?)を言ってきた。

「お前たちは・・・」

眉間に指を当ててレオナは疲れた声を上げ、隣でザラも思わず苦笑してしまう。

「・・・とまあこんな予定だよ、お陰で該当する店を探し梯子せねばならん。」

何しろ皆料理の希望がバラバラなのだから仕方が無いとレオナは内心溜息を付いてしまう。

「なるほど・・・それなら皆さんの希望を一軒で叶えられるお店を紹介しましょうか?」

疲れた表情を浮かべたレオナを見て、その少女が提案して来る。

「それは・・・助かるが、君は大丈夫なのか?」

彼女が艦隊の人間なら島に上陸しているのは何か用事あっての事だろう、それをレオナは気にしたのだが。

「私の用事ならもう済んでいますから、それに艦に戻っても今日はもうする事はありませんので息抜きもかねてご案内いたします。」

こちらの懸念を察し問題ないと言ってくれる少女にレオナとザラは改めて目の前の彼女が聡明な事を認識する。

「ほんと良い娘ね。」

「そうだな・・・あの二人に見習させたいものだな。」

自分の押す料理が如何に良いかと言う事で言い争いをするキリエとチカに心底そう思ってしまうレオナ。

「それでは頼めるか?申し訳ないんだが。」

「はいそれではこちらへ。」

その少女に案内されレオナ達は街へ向かう。

彼女が案内してくれた店は港から30分くらい行った所にある一見普通の食堂の様だった。

「ここです、店の主人は中央海の大きな店で働いていた事があるそうで味は保証します。」

店の入り口で少女はそう説明してくれる。

「中央海の・・・しかしそんな人が何で北方海のここで?」

ザラが不思議そうに聞いて来る。

「ぬるま湯は嫌だ、自分の料理の腕をこの地で試してみたい、からと言う事らしいですね。」

苦笑しつつそう話してくれる少女にレオナとザラも思わず苦笑してしまう。

「パンケーキ美味しいのこのお店?」

「カレー美味しいのかこの店?」

「ここクラブサンドイッチの美味しい店?」

一方の3人はそちらが気になるらしく少女にそう聞いて来る。

「大丈夫ですよ、どんな料理でも完璧に作って見せるがここの主人の売りですから。」

3人の質問に少女は微笑んで答えると3人は歓喜して(ケイトは相変わらず無表情だったが)いる。

「じゃ皆さんどうぞ。」

入り口のドアを開け少女は先頭に立ちレオナ達を店の中に招き入れる。

キリエとチカそれにケイトが少女の後に続き店の中に入って行く。

「しかしそれだけの腕が有るのなら中央海の方が良いような気がするんだが。」

「まあ人それぞれよレオナ、さあ私達も。」

首を捻るレオナを促しザラも店に入って行くのだった。

結果的に言えば少女の話通りで、主人はレオナ達の一見無茶なリクエストに応えて見せた。

「う~ん美味しいよこれ、こんな美味しいパンケーキ生まれて初めて食べたよ。」

「このカレー、辛さと甘みの絶妙な味、やるじゃないかこの店。」

「確かに・・・中央海の有名店の味に匹敵、いや凌駕している。」

3人の反応から味もまた完璧な事が分かりレオナは驚いていた。

「このビール美味しいわね、料理だけでなく酒も旨いなんて。」

樽ビールを飲んだザラはそう言ってレオナ同様驚いていた。

「皆さんに満足してもらって良かったです。」

少女はコーヒーを飲みながら微笑んで言う。

「ああこれ程とは思わなかったよ、君には感謝する。」

レオナもコーヒーを一口飲み少女に感謝の言葉を言う。

そしてふとレオナはまだ彼女の名を聞いていなかった事を今更ながら気づいてしまった

「そう言えば自己紹介まだだったな、私は羽衣丸所属コトブキ潜航艇隊の隊長をしているレオナだ。」

「私は副隊長のザラよ、宜しくね。」

レオナとザラが少女に自己紹介する。

「後は・・・」

そう言ってレオナはキリエ達を見るが、3人とも食べるのに夢中で自己紹介出来る状態で無く、溜息を付いて少女に言う。

「パンケーキに夢中なのがキリエ、カレーがチカ、クラブサンドイッチがケイトだ、それと・・・」

「エンマと申します、以後お見知りおきを。」

レオナの視線を受け優雅に紅茶を飲んでいたエンマがカップを置いて自己紹介する。

「中々美味しい紅茶でしたわ、中央海でもこれ程のものは飲めませんね、わたくしからも感謝させて頂きますわ。」

洗練された動作と表情で礼を言う姿は没落したとは言え、大商会の元お嬢様故か様になっていた。

「ご丁寧にありがとうございます、私はセキュリテイーブルー・N諸島派遣艦隊の更識 簪と言います。」

「更識 簪さんか・・・ちょっと待ってくれ、更識 簪ってまさか?」

「ええ・・・確か守護天使の名前が・・・」

「はい更識 簪と聞いておりますわ・・・」

レオナ、ザラ、エンマは少女の名を聞くと顔を見合わせて暫し沈黙すると・・・

「「「北方海の守護天使!?」」」

3人は店内に叫び声を響かせたのだった。

「「ほぇ?」」

「やはりそうだった。」

間抜けな声を上げるキリエとチカ、納得した様な声のケイトがそれに続いた。

「いや~守護天使だったとはねえ、パンケーキ美味しかったよ。」

「カレーも良かったぜ、流石は守護天使だ。」

すっかり餌付け(笑)されたキリエとチカが肩を抱いたり、背中をバンバン叩き簪と話していた。

「いえ料理と守護天使は関係ないと思いますが・・・」

当の簪はそんなキリエとチカに苦笑しつつ答えていた。

「そうすると私達は天使に道案内させた訳か・・・」

「ははは恐れ多くて罰が当たりそうね。」

レオナとザラはそんな光景を見ながら苦笑しつつ会話していた。

「確かに・・・でもこう言っては何ですが、少々イメージが合わないのではないかと思ってしまいますが。」

エンマはレオナとザラに同調しつつそんな感想を述べる。

「まあそれは・・・」

実を言えばレオナも簪に失礼だと思いつつそう言う感想を抱いていた。

内気で争い事とは無関係な物静かな少女、レオナの出身場所であり支援している孤児院にも似たような娘が居た事を思い出す。

そんな彼女が幾多のシーサーペント戦に於いて高い実績を上げているベテランの艦長と言うのだからレオナは驚きを隠せない。

「まあ会った時から普通の娘じゃない気はしたけど・・・天使だったとはね。」

追加注文した樽ビールを手にしながらザラもレオナとエンマの感想に同調して言う。

仕事柄人を見極める事に長けているザラだったが、普通の娘とは違う物を感じていたとは言えまさかそれ程の相手だっとは想像出来なかった。

「天使様。」

そんなキリエとチカに絡まれ、ザラとレオナ、エンマに注目されていた簪にケイトが話し掛けて来た、顔を至近距離に近づけながら。

「えっと・・・」

無表情な顔を近づけられて簪は思わず引いてしまったが、ケイトは気にした様子も無く、何処から色紙を2枚出して来る。

「サインをお願いする、私の兄であるアレンが貴女のファン、貰えれば彼が喜ぶ。」

天使と呼ばれ業界以外の人々にも人気の有る簪はこうやってサインを頼まれる事は珍しくない。

まあケイトの様に無表情ながら妙な迫力を持って頼まれるのは初めての経験だった簪だが。

「えっと分かりました。」

受け取り簪はサインを、と言っても自分の名をローマ字表記で書くだけだが、色紙に記入する。

「『アレンへ』と書いて欲しい、あと出来ればもう一枚の方には『ケイトへ』と。」

まあこう言う依頼もよくあるので簪はサインの下にそう記入するとケイトに色紙を返す。

「アレン共々感謝する・・・これは家宝にする。」

色紙を胸に抱きケイトは感謝の言葉を言う、それは無表情ながら歓喜している事が、知り合ったばかりの簪にも分かるほどだった。

「良かったですが・・・家宝はちょっと。」

その様子に若干引きながら困った顔で簪は言うのだが、ケイトは色紙を抱きしめて歓喜(表情的にはそう見えないが)して気付いていない。

「・・・アレンが天使のファンだとは知っていたが、ケイトもそうだったのか。」

アレンとは長い付き合いのレオナは前にそう聞いた覚えがあったが、妹であるケイトもそうだった事を今知ったのだった。

「なるほどね・・・やに天使に詳しいとは思ったけど、そう事だったのね。」

苦笑しつつザラがそんなケイトを見ながら言う。

「わくしもですわ、でも兄の事を理由に自分も名前付きのサインを頼むなんて、あの娘もちゃっかりしてますわね。」

別の意味で感心した様に言うエンマ。

「へえ~これが天使のサインか。」

「何だよく見せろよ。」

「・・・見るだけ、絶対触らないで。」

簪のサインを珍しそうに見様とするキリエとチカにケイトは十分二人から離した位置で見せる。

「・・・ふう。」

3人から解放され溜息を付く簪にレオナが話し掛けて来る。

「うちの連中が迷惑を掛けたしまってすまんな更識さん。」

申し訳なさそうな表情で言って来るレオナに簪は苦笑しつつ答える。

「いえ気にしないで下さい・・・まあ何時もの事ですし。」

疲れた様な声を出す簪にレオナとザラは顔を見合わせて苦笑する。

「天使様と呼ばれるのも大変みたいだな。」

「人気者故かしらね。」

「それはまあ確かに・・・私には過分な称号だとは思うのですが。」

レオナとザラの言葉に簪は顔を赤くし俯いてしまう。

こう言う所は年相応だなとレオナは恥じらっている簪を見てレオナは思ったのだが。

「私は自分の出来る事をやっているだけです、決して特別な事をしている訳では無いのですが。」

簪がそう言うのを聞いてレオナは彼女を見つめてしまった、先程思った『内気で争い事とは無関係な物静かな少女』と言う印象と違うと思って。

『自分の出来る事をやっているだけ。』

言葉だけを聞いていれば普通に聞こえるが、簪が成して来た事を考えればそれが決して容易いな事では無い事はレオナには理解出来る。

そこには慢心も虚栄も無く、淡々と語るだけの『歴戦の者』の姿があった。

「『自分の出来る事をやっているだけ。』ですか、でもそう言って実際に出来る人間は限られていると思いますわ更識さん。」

紅茶のカップを机の上に置き、エンマが悪戯っぽい表情で言って来る。

「それは多分私が諦めの悪い人間だからです、途中で放り出す事が出来ない性格なもので、お陰で姉からは頑固者とよく言われます。」

エンマの問いに肩を竦めて答える簪を見て、益々最初に抱いた印象が変わってゆくレオナ。

容姿に反してと言うと失礼かもしれないが、簪はどんな時でも己の信念を貫き通す人間だとレオナは確信する。

「本当に彼女ってあの娘達と同じ年なのかしらね?」

今も傍らでサインを巡って騒いでいるキリエ達を見て苦笑するザラ。

「それで良いと思いますザラさん、彼女達には彼女達なりに素晴らしい所を持っていっらしゃる筈ですから。」

「あら・・・」

ザラが苦笑して言った言葉に簪は微笑みを浮かべながら答える、それは深い慈愛を持って皆を見守る・・・

「なるほどね天使と呼ばれる訳ね貴女は。」

「えっとザラさん?」

ザラの返しに再び年相応の姿に戻った簪にレオナとエンマも微笑む。

「ああ確かにな。」

「天使など信じない私でも、信じたくなる程ですわ。」

3人の称賛の言葉に簪は益々動揺した姿を見せるのだった。

 

「今日は助かったよ更識さん。」

「いえお役に立てて良かったですレオナさん。」

食事を終え、一緒に店の前に出て来た簪にレオナはそう礼を言う。

そんなレオナに簪は微笑ながら答える。

「お酒も旨かったし、何より天使様と話せたしね。」

「・・・勘弁して下さいザラさん。」

レオナの隣に立ちウィンクしながら言って来るザラに簪は困った様な表情を浮かべ答える。

「そうですわね・・・紅茶も良かったし私もそう思いますわ。」

「エンマさんまで、ってケイトさん?」

ザラに加えエンマにまで言われ困っていた簪は突然ケイトに顔を至近距離にまで近づけられる。

「サイン、兄と共に深い感謝をする守護天使様。」

無表情ながら目を煌めかせて言うケイトに簪は少々逃げ腰になってしまう。

「パンケーキ良かったよ、いやあ流石は天使様だ。」

「おう!ここのカレー気に入ったぜ天使様。」

先程の様にキリエに肩を抱かれ、チカに背中を叩かれる簪。

「今日一日ですっかり気に入られた様だな。」

そんな光景を見ながらレオナは苦笑しつつ言う。

「まああの娘達は子供だからね・・・天使様は慕われるわよね。」

「ケイトも天使様への熱狂度が更に増した様ですわね。」

レオナ同様苦笑しつつザラとエンマもその光景を見ながら言う。

「あの・・・出来れば助けて頂くと助かるのですが。」

キリエ達に絡まれる簪の声にレオナは笑うと近づいて来て言う。

「ほらお前たち行くぞ、そろそろ帰還の時間だ。」

そう言って3人を簪から引き離す。

「それじゃ更識さん世話になった、機会があったらまた会おう。」

少々不満げな3人に苦笑しつつレオナは簪に手を差し出す。

「はいレオナ隊長・・・多分また早いうちにお会いする事になるとは思いますが。」

そう言って簪はレオナの手を握り握手する。

そんな意味深な言葉にレオナは首を捻るが、簪はそれ以上何も言わずに微笑むだけだった。

「それでは失礼します皆さん。」

そう言って一礼すると名無し猫行きの連絡艇に簪は乗船して行く。

「・・・今のは?」

「さあ私にもよく分からないけど。」

レオナの疑問にザラは肩を竦めて答える。

「レオナ早く行こうよ、風呂入りたいし。」

二人が先程の簪の言った事を考えているとレオナが声を掛けて来る。

既にエンマ達は羽衣丸行きの連絡艇に乗り込んで待っている。

「ああ今行く、ザラ。」

ザラに声を掛けレオナは行こうとして、桟橋を離れ名無し猫へ向かって行く簪の乗った連絡艇を見る。

「まあ気にしてもしょうがないか。」

そう考えレオナはザラと共に乗船すると連絡艇は羽衣丸へ向かって行ったのだった。

 

レオナが羽衣丸と自分達コトブキ潜航艇隊が派遣艦隊に所属する事になる事を知るのはこの後すぐである。



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-もう1人の守護天使-

 

一匹のシーサーペントが咆哮を上げながら港の岸壁に迫る。

だが飛来した砲弾が突進して来たそのシーサーペントの動きを止める。

進行を阻まれたシーサーペントは岸壁に止まっている砲弾を発射した戦車達を睨む。

そこには4台のセンチュリオンが止まっている、砲塔に描かれたマークはその戦車隊が島田商会の所属である事を示していた。

「砲撃を続行して下さい、けっして近付かせない様に・・・」

その一台、指揮車を現す白い三角の旗を掲げたセンチュリオンの砲塔上ハッチから上半身を乗り出し、指示を出している幼い少女。

彼女こそ、この4台のセンチュリオン戦車隊の隊長である島田 愛里寿、若干13歳だった。

大の大人さえも恐怖に襲われるだろうシーサーペントを前に愛里寿は落ち着いた様子で指揮を取る。

4台のセンチュリオンの的確な射撃は確実にシーサーペントを追い詰めて行く。

「隊長、シーサーペントが離れて行きます。」

センチュリオンの正確な射撃に耐えられなくなったシーサーペントはついに港への侵入を諦め、港外へ逃れていった。

「ハルナとサトラガに通信、『後はお任せします。』と。」

既に港外には艦隊所属の2隻の武装船が待機して居る。

「了解です、ハルナとサトラガに通信を送ります隊長。」

愛里寿の指示を通信士が復唱し、2艦に通信を送る。

「戦闘体制を解除、ここで待機します。」

そう指示をすると愛里寿はハッチを出て、砲塔上に立つ。

がるぱんのアニメでは大学選抜チームの、こちらの世界では島田商会の戦車搭乗服姿の愛里寿。

戦闘を終えてもその表情に変化は無いが、心の中ではこんな事を考えていた。

(簪は今頃どうして居るのかな・・・)

 

セキュリテイーブルーに島田商会が参加する事になったのは、多分に政治的思惑があったからだ。

海上での戦いが主流な北方海域で戦車隊は2次的な戦力と見なされる傾向があった。

だからその戦車隊を有効に活用し、海上戦力との融合を果たそうと考えたハンターギルドの織斑ギルド長の考えは島田商会と西住商会、そして大洗商会にとっては渡りに船と言えた。

だからこそ織斑ギルド長の要請に3商会が人員や機材を惜しみなく出したのだ。

そしてN諸島派遣艦隊には島田商会、北方海の島々を防衛する艦隊には西住商会や大洗商会と言う役割分担が決まった。

この役割分担にも政治的思惑が付いて周ったのだが、最終的にこの形に落ち着いたのは実は愛里寿の強い意志が働いた結果だったりする。

ずばり愛里寿がN諸島派遣艦隊の中心となった更識商会所属のそうりゅう、いや艦長の更識 簪に強い興味を抱いていたからだ。

そのきっかけになったのは愛里寿が隊長になったばかりの頃、ある作戦で偶然簪を見た事に遡る。

まほろばを自在に操り、大胆かつ緻密な戦術を駆使する簪に愛里寿は強い感銘を受けた。

それは愛里寿が商会会長である母親から受け継いだ島田流戦車術にも合い通じるものだったからだ。

「これが北方海の守護天使・・・様。」

愛里寿は何時か彼女と一緒に戦ってみたいとその時から思い続けて来たのだ。

だが現実はそうもいかず愛里寿と簪は別々の道を暫し歩まなければならなかった。

それがセキュリテイーブルーの創設により可能性が出てきたのだ、愛里寿がN諸島派遣艦隊への参加を母親に強く希望したのは当然だった。

母親の島田 千代としては愛する娘の願い、もちろん守護天使と親密になった場合の利点と言う思惑もあったが、それを受け入れた。

こうして愛里寿はN諸島派遣艦隊に戦車隊長兼揚陸艦長として所属を果たしのだった。

そして愛里寿は簪に尊敬出来る艦長と言うだけでなく、時には厳しく接しながらも見守ってくれる理想の姉の姿を見出して行く事になる。

まあその結果、艦隊では有名な姉妹として知られる様になり、簪を囲む者達をやきもきさせる事になるのだったのだが。

「隊長、ハルナより通信、『我、シーサーペントを撃破せり、戦車隊の尽力に感謝す。』、以上です。」

通信士が砲塔上に居る愛里寿にハッチから顔を出して報告してくる。

「分かりました・・・帰還します、アークロイヤルに通信を。」

「了解です。」

そう言って通信士は砲塔の中に戻る、愛里寿は暫し海の彼方を見た後、同じ様に砲塔に戻る。

4台のセンチュリオンは人々の感謝の声と拍手に見送られアークロイヤルに戻るのだった。

島田商会所属のセンチュリオン戦車隊指揮官であり、その母艦である戦車揚陸艦アークロイヤル艦長の島田 愛里寿。

もう一人の守護天使。



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-IS?-

ISとは海中作業用強化外骨格の事である。
北方海いや全世界の未来を拓く物となるかもしれない。

とある放送局のニュースより。



その日簪は海中に居た。

いやまあ確かにそうりゅうに乗って居るのだから普段から海中なのだが、そう言った意味では無く・・・

今の簪は海中での作業にも使用可能な潜水艦用艦内服(ISスーツモドキ)に、小型の圧縮酸素ボンベ付のヘルメットを被った姿だった。

それは海中作業時の通常な装備だが、何時もと違うのはその恰好で機械を全身に纏っている様に見える事だろうか。

まるでそれはアニメで簪がISを身に着けて舞っているみたいに、まあ空で無く海中だったが。

事の始まりは数時間前、名無し猫に久々にやって来た篠ノ之 束に呼び出されたから始まった。

 

「じゃあ~ん!見て見て束さん新作のISを。」

「・・・はい?」

名無し猫の甲板に呼び出された簪が来ると、台車に乗せられた物を前に束がドヤ顔で言う。

ISと言う言葉に簪が固まったのは言うまでもなかった、遂にやってしまったのかと思って。

ただ台車に置かれている物をよく見て見ると、確かにISには似ているが色々違った点もあった。

「束さん・・・そのISって?」

それを見つめながら聞くと、束は胸を張って説明し始める、その時見事な胸部装甲が揺れたが簪は見なかった事にした。

「これこそ海中作業用の強化外骨格だよ。」

いわゆるパワードスーツの事らしい、大型のマニュピレータや背中の部分には翼みたいなものが付いている。

それにしても海中作業用と言うのはインフィニット・ストラトスの世界ではISが宇宙作業用と言う事から来ているのだろうかと簪は思った。

「装備されたマニュピレータにより大型の機材を運搬し、水中で扱うことが出来るよ、それに水中推進システムとして水噴流エンジンを採用。」

束が台車に寝かされていたISをリモコンで起こしながら説明を続ける。

「既存のスクリューを使った推進システムに比べスピードは段違い、これは将来艦船にも装備させたいと思っているんだけどね。」

一応そうりゅうに載せる試作品を作成中らしい、益々アルペジオ化しつつあるなと簪は内心溜息を付く。

そこまで考えていた簪はふと気になっていた事を聞いてみる。

「ところでISって何の略なんですか?」

まさかインフィニット・ストラトス(infinite・Stratos)では無いと思うのだがそこが気になった簪だった。

「うん?ああインフィニット・シー(infinite・Sea)だよ、いい名前だと思うんだ。」

Stratos(成層圏)では無くSea(海)だったらしい、まあこの世界では航空機は存在しないので当たり前かもしれないと簪。

・・・何だか良かったような、残念だった様な複雑な心境の簪だった。

「それでこの・・・ISのテストを私にと言う訳ですか。」

そんな気持ちを振り払い簪は束に尋ねる。

「うんお願い出来るかな、操作の基本は甲型潜航艇だからね。」

艦隊の人間の中でも甲型潜航艇の操艇資格を持つ者は限られている。

まあその中ではコトブキ潜航艇隊が一番適任かもしれないが、彼女達は今輸送任務で居ない。

「まあ確かにコトブキ潜航艇隊の娘達が良いのかもしれないけど、彼女達はあくまで甲型潜航艇専任だからね。」

簪の様に甲型潜航艇の操艇資格を持ち、その操縦システムに近いそうりゅうを扱った経験の有る人間が必要だったと束。

「簪ちゃんみたいに応用がきく人間が試験に最適だからね。」

そう言う物なのかなと簪は納得する事にした。

「束様、簪様。」

そんな2人の元に圧縮酸素ボンベ付のヘルメットを持ったクロエがやって来る。

今回クロエは試験のオペレーターを務める事になっていた。

「モニターシステムの準備が終わりました。」

「うんありがとうねクーちゃん。」

クロエからヘルメットを受け取り束が点検を始める。

「簪様、今回も束様の我儘に付き合って頂いてありがとうございます。」

深々と頭を下げるクロエに簪は微笑みながら答える。

「気にしないでくださいクロエさん、私は大丈夫ですよ。」

クロエとしては束の我儘に簪を付き合わせてしまう事に胸を痛めている様だった。

翌週からそうりゅうの指揮を執る為今日一日簪は休暇を取っていたからだ。

とは言え精々部屋で本を読む予定しか無かったので簪は別に気にしてはいなかった。

「それにこのISには興味がありますから。」

まあアニメとは少々違いがあるが、これがどんな物か興味が有るのは確かだった。

「うんうん束さんは嬉しいよ簪ちゃん、期待は裏切らないから安心して大丈夫!」

ドヤ顔で言う束に簪は苦笑し、クロエは深い溜息を付くのだった。

「それじゃまず足を入れて、それから背中を預けて、クーちゃん固定を確認して。」

「はい束様、簪様少々失礼します。」

台車上から起きあげられたISに簪は指示通り脚の部分に足を入れ、背中を預ける。

クロエは正面から簪に抱き着く様な感じで背中に両手を入れて、背後のスーツとISの接続を確認してくる。

クロエの様な美少女に抱き着かれ簪は非常に恥ずかしかった、例え自分が今は少女の姿だったとしても。

「固定を確認しました束様、簪様具合はどうでしょうか?}

真正面から抱き着かれ、上目遣いで見られ、簪は妙な気分にさせられてしまう。

傍から見たら少女同士が抱き合っている様に見え、その手の趣味の人間には大いに受けそうな光景だった。

「う、うん大丈夫ですよクロエさん。」

「?」

落ち着かない様子の簪にクロエは不思議そうな表情を浮かべる。

まあクロエとしては簪の世話をしているだけなので他意は無いのだが。

「それではヘルメットを・・・失礼します。」

クロエは束が機能を確認したヘルメットを簪の顔に被せて、艦内服のカラーと接続する。

「どうでしょうか簪様?」

『うん問題ありませんよクロエさん。』

頭にセットしたヘッドセットを通じて状況を確認してくるクロエに簪は答える。

「それじゃ海中に降ろすね、クーちゃんよろしく。」

「分かりました束様。」

台車の横に用意されていた小型クレーン車のリモコンを操作しクロエはISを纏った簪を海中に降ろす。

そして首元まで海中に入ったの確認しクレーンとISの接続を解除するクロエ。

『では行ってきます束さん、クロエさん。』

簪は二人にそう言うと太ももにあるキーボードを操作し海中に潜って行った。

「うん簪ちゃん。」

「お気を付けていってらっしゃいませ。」

手を振る束と頭を深々と下げるクロエだった。

 

そして状況は冒頭に戻る。

『何だか不思議な気分ですね。』

名無し猫から出発し港の外にISを操作して出て来た簪はそうつぶやく。

何時もはそうりゅうで港の外に出て行くのだが、こうやって身一つでというのは初めての経験だったからだ。

水中での航行は水噴流エンジンのお陰で加速や停止はスムーズだった、そして背中の翼(舵か)で水中での機動も自在だ。

『ははは・・・これで空中だったら本当にインフィニット・ストラトスですね。』

これには簪は内心で苦笑を禁じ得なかった。

港を出た簪は暫くイリオモテ島の海岸線にそってISを航行させていたが、ふと海底に奇妙な光を見つける。

『漁?いえまだその時期では無い筈ですが。』

この辺は島のご婦人方が貝を収獲する所だが、まだ漁の時期では無かったと簪は記憶していた。

『確かめておきますか。』

簪はISを光が見える場所の近くにある岩場の陰に向ける、そこからなら気付かれる事も無く様子を見られるからだ。

そして覗き込んだ簪が見たものは海底をランプで照らし貝を取るウエットスーツを着た二人組だった。

『密漁ですか・・・」

ギルドの規定でこの期間は漁は行われ筈だ、だからこんな事をするのは密猟者としか考えられない。

海上を見上げた簪はボートが一隻泊められているのに気づく、連中が乗って来たものだろう。

さてどうしたものかと簪は考える、この一帯は島の人々にとっては大事な生活の糧となる場所だ。

それを荒らす行為は許されるものでは無い、だが今の私では、と考えと自分の姿を思い出す。

ISを身に纏った自分の姿に・・・

簪は水噴流エンジンを全開にして岩陰から飛び出すと二人組に迫る。

彼らにはISを身に纏って突然現れた簪に動揺し逃げ出そうとするが・・・

人が泳ぐスピードなどたかが知れている、あっと言う間に追いついた簪は大型のマニュピレータで二人組を捕まえる。

二人組は暴れて拘束を逃れ様とするが、大型の機器を運搬し扱う事の出来るマニュピレータに対抗出来る訳も無かった。

簪は二人組を左右のマニュピレータで拘束したまま名無し猫へ向かったのだった。

「ありゃ珍しい物を捕まえて来たんだね簪ちゃん。」

束は戻って来た簪が左右のマニュピレータで連れて来た者達を見て言う、ちなみに二人組は尋常では無いスピードで振り回された為か失神していた。

『私も海の底でネズミを捕まえるとは思っていませんでしたよ。』

簪は苦笑しつつ束にそう答える。

『クロエさん、漁師ギルド長に連絡を、確か今日ここにいらっしゃていましたね。』

漁師ギルド長が島の支部に来ている事を簪は聞いていたので、クロエに連絡を頼んだ。

「はい少々お待ちください簪様。」

クロエが島の漁師ギルド支部に連絡を取ると、暫くして一隻の漁場監視船が退避港に入港して来る。

あの二人組は名無し猫の乗員達に囲まれうなだれて座っている、ボートの方も魚雷艇によって曳航され確保済みだった。

そのボートに連中が密漁した貝が多数あったのは言うまでもない。

「いやあ天使殿、ありがとうございます、島の漁師から相談を受けていてどしたものかと悩んでいましたが、これで万事解決ですな。」

何時もながらの大声に簪は頭が痛くなるのを感じながら微笑んで答える。

「いえギルド長、お役に立てて光栄です。」

何か月も前から付近の漁場が荒らされ島の漁師は困っていたらしい、目撃はされていたが高速のボートだった為捕まえる事が出来なかったのだ。

「・・・なるほどISのテスト中に、それにしても大した物ですな篠ノ之技師殿。」

「ふふーん、もっと褒めていいんですよギルド長、この束さんに出来ぬ事などありません!」

「その通りですなわははは!」

結構この二人気が合うんじゃないかと簪とクロエは思ったのだった。

 

さてここで話が終わっていれば簪にとっては良かったのだが・・・実はこの後事態は急展開する。

それはギルド長と共に北方海にあるテレビ局の取材班が一緒に来た事から始まる。

彼らは漁業の最前線を取材する為、島を訪れたのだったが、そんな彼らにとって密漁の摘発場面は格好の題材だ。

それに加え天才技師である束の開発したISを身に纏って密猟者を捕まえた天使、彼らが更に歓喜しISについて取材を申し込んできたのだ。

束が大喜びで受けたのは当然で、簪はISで海中を舞う姿を撮影されたり、インタビューを受ける羽目になった。

そして後日放送された番組が大好評であったのは当然だが、それに加え簪の開発した海中作業用外骨格・ISが大きな注目を集めた。

海中作業を行う商会やハンターチームなどから問い合わせがセキュリテイーブルーに殺到した。

ただ今回のISはまだ試作機な為、量産には課題が多かった。

「水噴流エンジンや搭載バッテリーを小型化するのに結構裏技を使ったしね、まあ簡単には出来ないねえ。」

色んな物を詰め込んだ上に、束お得意の無茶ぶりが重なって、簡単には量産化出来ない事が分かったのだ。

だから量産化は暫く保留される事になり、この話はここで終わる筈だったのだが、意外な副産物を生む事に繋がって行く。

簪がISで海中を舞う姿を見た北方海を拠点するアニメ制作会社がセキュリテイーブルーにとある企画を持って来たのだ。

それがISの操縦者を育成する学校を舞台にした青春群像劇アニメの企画だったのだ。

元々そのアニメ制作会社はそう言った青春群像劇アニメで北方海はもちろん中央や南方海でも有名な会社だった。

その企画に更識商会の会長であり、簪の姉である更識 楯無と束が賛同し、あっと言う間にアニメが作成される事になったのだ。

だが簪にとってもっとも問題だったのは、そのアニメの主人公の事だった。

水色の髪と眼鏡を掛けた少女、そう北方海の守護天使である簪をモデルにしていたのだ。

これは楯無がアニメ制作会社との交渉の中で持ち掛けた事で、相手側もこれには大きく賛同し、決定したらしいのだ。

もちろん本人にまったく承諾を得ぬままにだ、簪が全てを知ったのは放映が決定した後だった。

「すまん二人の暴走を止められなかった。」

織斑ギルド長がすまなそうにそう謝罪して来た、彼女の知らない間に進められていたらしく、気付いたのは簪同様放映決定後だったらしい。

ちなみに楯無と束の二人が織斑ギルド長からきついお叱り(制裁?)を受けたのは言うまでもない。

こうしてアニメ『インフィニット・シー』は放映され、北方海はもちろん中央海や南方海でもたちまち大人気作品となり簪の悩みがまた増える事になったのは当然の帰結だった。

しかしこのアニメ、どう見ても『インフィニット・ストラトス』そのままに簪は見えた、主人公が織斑 一夏では無く、更識 簪の・・・

簪は元になった世界に似たアニメ出ると言う状況に複雑な気分にさせられながら、放映を嬉々として見ている姉や本音の姿に深い溜息を付くしかなかった。




まあ何時かは書いてみたかったものです。
やはり原作ですからね、まあ本物とは大分違いますが。

それでは。


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ーIS?2ー

それは奇妙なパーツで形作られたゴーレムに見えた。

身体から生えた4本の腕を振り上げ咆哮を上げている、もっとも水中なので聞こえる事は無かったが。

そしてそのゴーレムの前に立ち塞がる様にISを身に纏った一人の少女が居た。

しかし少女のISは左のマニュピレータが破損しているだけでなくあちこちが傷だらけの状態だった。

『無駄な事を何時までも続ける積もりなのかしらねえ。』

嘲笑う様な女の通信が少女に送られて来る。

『仲間は全て倒れちゃったのよ、しかも貴女は最早戦える状態じゃない、もう残っているのは絶望だけよ。』

言われた少女は俯く、その女の言葉に打ちのめされた様に少なくとも見えた。

『私は生きている限り絶望するつもりはありません、自分の出来る事をするだけです!』

だがそうでは無かった、顔を上げそう告げる少女の瞳にはまだ強い闘志がみなぎっていた。

残った右のマニュピレータで剣をゴーレムに向け少女はISを突っ込ませて行く。

『あははは!それでは死んで絶望しなさい更識 刀奈。』

女の声と共に4本の腕を突っ込んで来るISを纏った刀奈に振り下ろして来るゴーレム。

『はああ!!』

気合一閃刀奈は剣でゴーレムの一撃を受け止め・・・次の瞬間激しい光が溢れ。

そこで画面は暗くなり浮かび上がる『続く』のテロップ。

 

「ああ何回見てもお姉ちゃん感動が抑えられないわあ!!」

見ていたテレビの前で立ち上がって絶叫(笑)するのは更識 楯無、姉で更識商会の会長。

「うんうん~本当に~燃えるシーンだよね~」

間延びしながらも同じように立ち上がって言うのは布仏 本音、友人で商会の事務員。

「「そうだよね簪(かん)ちゃん。」」

2人は同時に後ろ居た妹で友人で北方海の守護天使である更識 簪に振り向いて問い掛ける。

「・・・2人とも恥ずかしいので止めて下さい。」

問い掛けられた簪は真っ赤になった顔を両手で覆いながらそう返す事しか出来なかった。

 

テレビアニメ『インフィニット・シー』。

海中作業用の強化外骨格であるISの操縦者を育成する学校を舞台にした青春群像劇アニメ。

そう簪の知らぬ間に作成されてしまったあのアニメだった。

そして楯無と本音が今見ていたのはシーズン1のクライマックスシーンだった。

IS学院を突如襲った謎の巨大ロボット(?)と主人公である更識 刀奈の壮絶な一騎討ちの場面。

何回みても簪は恥ずかしくて仕方がない、特に刀奈がゴーレムに突っ込む寸前に言うあの台詞。

『私は生きている限り絶望するつもりはありません、自分の出来る事をするだけです!』

楯無と本音に言わせれば『簪(かん)ちゃんが何時も言っている言葉でしょ。』となるのだが。

正直言って自分の台詞をあんな風に熱血調に言われては本人としては恥ずかしくて仕方が無い簪だった。

ところで肝心の『インフィニット・シー』のストーリーだが。

IS学園に入学した平凡な少女『更識 刀奈』が、様々な出来事を通じてIS乗りとしてその才能を開花させて行く。

そして多くの仲間を得て学園で起こる事件に関わっていった刀奈は、裏で糸を引く正体不明の敵が居る事を知る。

やがて正体不明の敵はそんな刀奈を抹殺する為に最強の刺客を送り込んで来る。

それがあのゴーレムだったのだ、その強力な力に仲間は傷つき倒れ、刀奈も窮地に追い込まれる。

だがそれでも刀奈は戦う事を止めず、あの台詞を叫んで最後の突撃を行う。

それが冒頭のあのシーンな訳だ、楯無と本音が言う様に最大のクライマックス。

いや2人だけでは無く視聴者からも絶賛されているシーンなのだ。

ちなみにこの後刀奈は辛くもゴーレムを倒すのだが、結局正体不明の敵は最後に声だけが出て来ただけでシーズン1は終わる。

まあこうなれば続きを見たくなるのは絶対で、シーズン2作成が最終回前に決まったのも当然だろう。

「それにしても『更識 刀奈』ですか、それって・・・」

無邪気に本音と盛り上がっている楯無を見て簪は複雑な心境に駆られる。

言うまでも無いがこの世界の元になった『インフィニット・ストラトス』での楯無の本名なのだからだ。

こっちの世界に対暗部用暗部が無い為か楯無は刀奈と言う本当の名前を持っていないので問題は無いと言えるのかもしれないがと簪。

なお主人公である『刀奈』の名前を考えたのはアニメのスタッフらしいが決して偶然では無いと簪は思っている。

「ああ早くシーズン2見たいわね、お姉さん待ちきれないわ。」

そんな簪の心情などどこ吹く風とばかり楯無は興奮を隠しきれない様子だった。

「ストーリーもまた一段ともりあがりそうだしね。」

間延びが無くなったのは本音も同じだからだ。

そのシーズン2のストーリーだが・・・

最終回で声だけ出て来た正体不明の敵らしき女性が本格的に暗躍を始め、刀奈達を更に窮地に追い込もうとする。

確かに楯無達にとっては更に盛り上がるストーリーなのだが、簪はより一層に複雑な心境に追い込まれそうだった。

それは正体不明の敵らしき女性がISの開発者で、自分の事を理解しようとしない為に世界を混乱させようとしていると言う設定だからだ。

正にインフィニット・ストラトスのストーリーそのもので、それって束さんの事じゃないかと簪。

だから楯無同様このストーリーに『これだよ!待っていたんだこの話!!』と盛り上がっている束に簪は内心深い溜息を付くしか無かった。

「それに~主題歌も~豪華だよね~」

これもまた簪を複雑な心境にさせる事だったりするのだが。

「そうね世界の歌姫、神代レイが歌うんだものね。」

話題の一つにインフィニット・シーのシーズン2主題歌を神代 レイが歌う事が有ったからだ。

しかも神代 レイ本人から申し出が有ったと言うのだから世間が大いに盛り上がるのも当然だろう。

まあモデルが北方海の守護天使様となればレイが黙って見ている事などありえない話だ。

『素晴らしい歌にしますから、楽しみにしていてね簪ちゃん。』

主題歌を神代 レイが歌う事が発表された後にレイが送って来た手紙にそう書かれていたのを見て簪は最早笑うしか無かった。

「このまま晒し物にされ続けるのでしょうね。」

インフィニット・シーのシーズン2で盛り上がる続ける楯無と本音を見ながら簪は鬱になるのだった。



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ー三式潜航輸送艇急速潜行せよ!ー

今回はサブタイトル詐欺です(笑)。
だって潜航しないし。



「艇長バッテリーが・・・」

「トイレがまた調子悪くなりました。」

「ベント弁が開かねえ!」

「うるさい!いっぺんに言うな、一人づづ言え!」

 

三式潜航輸送艇、言わずとも分かるだろうが、日本陸軍の潜水艦、通称まるゆがモデルとなったものだ。

その性能はオリジナルにも劣らなかった、悪い意味でだが。

この世界の元になったゲーム内でも使用出来た物だが、余りの使い勝手の悪さから誰も使う者がいなかった奴だった。

一応潜水艦の部類だが、潜水するのは非常時だけで、通常は浮上航行を主としていると聞けばどれ程の物か想像出来るだろう。

武装も艦載砲と機関銃のみで魚雷は装備していない所はオリジナルとそっくりだった。

違いはトイレはちゃんとした物があり、空調装置も完備しているところだが、はっきり言って居住性は潜水艦の中では最悪で、ここ北方海では潜れる棺桶と揶揄される艦だった。

 

「くそったれ何でこうトラブルばっか起こるんだ機関長?」

司令塔上で憤慨している艇長の傍らに立つ機関長の男がため息交じりに答える。

「そうりゃこの艇がおんぼろだかでしょう・・・中古品を値切って買った奴ですからね。」

「馬鹿野郎、使える物は動かなくなるまで使うのが俺のポリシーだ。」

それでなくても使い勝手の悪い艦のしかも中古品、今回の話に登場する三式潜航輸送艇みやまはそんな艦だった。

「・・・その所為でこうなっているんでしょうが、ほんとうちの艇長はケチなんだから。」

「何か言ったか?」

「さあ何か言いましたか俺?そうだベント弁の修理もう少し掛かりそうです、それまでシーサーペントに遭遇しない事を祈りましょう。」

睨みつけて来た艇長に惚けつつも状況を報告する機関長、みやまは今潜航する為に必要な機構の一つであるベント弁が故障していた。

これが何を意味するかは説明の必要ないだろう、みやまは潜航する事が出来なかった、つまりここでシーサーペントに遭遇すれば最悪の事態と言う訳だ。

「くそったれ・・・レーダーどうだ?」

毒づくと艇長は電話機を取り上げてレーダー手を呼び出す。

『いや・・・何時も通り移りが悪くて・・・わかりません!』

「馬鹿野郎、何嬉しそうに言ってやがるんだお前は!」

そんなやり取りを機関長は苦笑しつつ傍らで双眼鏡を持って周りを見ている男に言う。

「頼りはお前さんだな。」

「いやいくら何でもレーダーの変わりなんて出来ませんよ。」

この中では一番若い男はそう言って困った表情を浮かべる、彼は最近みやまに来たばかりの人間だった。

「そうりゃそうだ、お前さんも難儀だなこんな艇に来ちまってな。」

機関長は同情した様に若い男の肩を叩きながらぼやく。

「トイレを始め機器は故障が当たり前、食事は缶詰ばかり、だが一番最悪なのは暑苦しい男所帯ってところか。」

「うるせい、みやまは男の城だ、女なんかいらん。」

艇長は機関長のぼやきを切って捨てる。

『要らないとゆうより乗せられないじゃないですか、ああ一度でも良いからそうりゅうに乗ってみたですよ私は。』

レーダー手が電話越しにボヤいてくる。

「まあ確かにな・・・あっちは食事だってちゃんとした物が出るし、居住性だって段違いだ、武装だって凄いからな。」

潜水艦(艇)乗り達にとってそうりゅうは羨望の対象だ、あらゆる面で既存の艦を凌駕しているからと機関長。

「何よりあちらはあの守護天使様の乗って居る艦だからな、しかも乗員だって女性ばかり、はあこっちとは段違いだ。」

「そうですね・・・でも僕は女性ばかりの艦に乗る度胸は無いですけど。」

見張り員の男は機関長の言葉に苦笑を浮かべつつ言う、まあ彼の一家が女系家族だからそう思うのだったが。

『そうかあ?何か期待してしまうんだが俺は。』

「女性は集団になると怖いですよ、ましてそこに男が少数しか居なかったら良い的ですよ。」

レーダー手の言葉に見張り員は肩を竦めて返す、実家に居た時は姉や妹に弄られたから経験があったからだ。

あっちは可愛がっている積もりの様だったが当人として大変だったのだ、ちなみにしょっちゅう『何時帰れるのか?』と連絡が来る。

『・・・っとあれ?艇長、レーダーに反応が、方位010です。』

そんな与太話をしていた司令塔上にレーダー手から報告が入る。

「何だ?おい何か見えるか見張り。」

その報告に艇長が問いかける、すぐさま見張り員は双眼鏡をその方向に向ける。

「あれは・・・艇長シーサーペントです!」

洋上を1匹のシーサーペントが向かってく来る、それ程大きくは無いがみやまとっては十分脅威だ。

「くっそ、機関全開、総員戦闘配置だ!」

艇長の指示に司令塔上は騒然となる。

「ああ悪い予感が当たりやがった、艇長全開と言っても今の状態じゃ半分も出せね。」

機関長が青い顔で報告する、少し前に故障し、先程やっと動く様になったばかりだったのだ。

「分かってる、応戦用意!早くベント弁を直せ。」

その指示に機関長は慌ててハッチから艦内に降りて行く、一方甲板に砲員が出て来ると艦首にある艦載砲に取り付き発射体制に入る。

司令塔上に設置された機関銃にも乗員が配置に付く。

「シーサーペント更に接近中!距離2千・・・大丈夫なんですか?」

接近して来るシーサーペントに対し、みやま搭載の艦載砲と機関銃は余りにも非力に見張り員は見えた。

「・・・何とかなる!気合と根性で!」

その言葉に見張り員は絶望に陥る、そんな物で勝てる程シーサーペントは甘くない事を船乗りなら誰でも知っているからだ。

ああ姉さん、妹よ、俺は帰れそうも無い、御免と見張り員が覚悟を決めた時だった。

飛来音がしてシーサーペントの進路上に水柱が数本上がったのだ、驚いた艇長と見張り員が周りを見渡し・・・

「艇長!左舷後方に船・・・いやあれ潜水艦だ、潜水艦が居ます。」

見張り員が指し示す方を見た艇長が驚愕の表情を浮かべ叫ぶ。

「あ、あれはそうりゅうか!?」

左舷後方に何時の間にか1隻の潜水艦が浮上していたのだ、それはみやまよりはるかに巨大な艦だった。

「そうりゅう、あれが・・・」

見張り員も写真等でその姿を何度か見た事が有ったが、実際に見るのは初めてであり、その大きさに圧倒される。

その浮上したそうりゅは、艦後方の艦載砲をシーサーペントに向けて発砲している。

「自分の方に引き付けてこっちを助ける積もりか。」

その言葉に見張り員ははっとする、確かにそうりゅうは命中させると言うより誘う様に進路上に着弾させている。

結果シーサーペントは狩りを邪魔したそうりゅうに目標を変更し向かって行く。

それを確認したそうりゅうは進路をみやまから離れる方に取りながら潜航して行く。

但し完全に潜航するのでは無く司令塔を海上に出しながらだった。

完全に潜航してしまえばシーサーペントが追うのを止めてしまう可能性がある、だからそうりゅうは危険を承知で姿を見せつつ誘導しようとしているのだろうと見張員は理解する。

「やってくれるじゃないか天使様。」

艇長もそう理解したのか苦々しく呟いて、見張り員と共にそうりゅうとシーサーペントを見送る。

「艇長、ベント弁修理完了、機関も出力半分位ならだせますぜ。」

機関長がハッチから顔を出して報告して来たのはそんな時だった。

「馬鹿野郎!もう遅いわ、シーサーペントはそうりゅうと共に行ってしまったよ。」

「へっ!そうりゅうが・・・来て居たんですか!」

艇長の言葉に機関長は司令塔上に飛び出して来ると辺りを見渡す。

「もう行ってしまいましたよ、シーサーペントを連れて。」

見張り員がそうりゅうとシーサーペントが消えて行った方を指さしながら言う。

「ちくしょう見たかったぜそうりゅうを。」

悔しそうに消えて行った方を見ながら機関長は言う。

「てめえの見たかったのはどうせ天使様だったんだろうが。」

そんな機関長を見て艇長は呆れた様に言う。

「まあそりゃあね、噂の北方海の天使様ですぜ一度はその顔を見たいじゃありませんか。」

呆れられたの構わず機関長はドヤ顔で答える。

そんな2人を見て見張り員は苦笑しつつ、出来れば自分も会ってみたいものだと思った。

危機が去りほっとした空気が流れる司令塔上の3人は次の瞬間、響いて来た轟音に一斉に聞こえて来た方を見る。

水平線上に上がる水柱を見て、3人はそうりゅうがシーサーペントを仕留めたのだと確信したのだった。

 

それから数十分後。

『艇長、接近して来る推進音を検知・・・シーサーペントじゃありません。』

その報告直後にみやまの左舷側に浮上して来るそうりゅう、艇長達は今更ながらその大きさに圧倒される。

世界最強の潜水艦であり、あの北方海の守護天使の乗る艦、それが今自分達の傍に居るのだ。

そしてそうりゅう司令塔上や甲板上に乗員達が出て来くるのが見える。

『艇長、そうりゅうより通信、何か援助する必要が有るか聞いてます。』

直後に通信士から艦内電話を通して報告が来る。

「・・・問題無いと言って置け。」

艇長は憮然とした表情で答える。

「いや艇長、まったく問題が無い訳じゃあ・・・」

「馬鹿野郎、助けられたうえに更に援助なんか頼めるか!」

シーサーペントの襲撃から救われたうえに助けを乞うなど男として出来るかと艇長は言いたいらしい。

「まったくプライドだけは高いんだから・・・」

「何か言ったかぁ?」

「いえ別に。」

呆れた様に言うと艇長が睨んで来たので機関長は惚けるとそうりゅうの方を見てぼやく。

「これ幸いに天使様と親しくなれるかもしれないのになぁ・・・それにしてあの恰好エロいなよなぁ。」

甲板上に出て艦周りの点検をしている女性達、いや少女達の潜水艦用艦内服、例のISスーツモドキを見て機関長。

一応上に防寒用ジャケットを着ているとは言え、ちらりと見える身体に張り付いてラインが出る艦内服は男心(スケベ心か)を刺激する。

「ははは・・・そうですね。」

苦笑しつつ見張り員は答える、まあ彼もそんな姿の少女達を見て感じる物が無い訳では無かったが。

「変な目で見たら怒られますよ、女性はそう言う視線に敏感ですから。」

甲板に居た少女の1人が機関長のそんな視線に気付いたのか、こちらを睨みつけているのに気づき機関長に言う。

「おっと・・・これは不味いな。」

言われた機関長は気まずそうに眼を逸らす、ちなみに見張り員がそう言った点に詳しいのは、姉や妹達に散々言われているからだが。

『そうりゅうより返信、貴艦の無事な航海を祈ります、との事です艇長。』

「ふん。」

その返信の内容に艇長は憮然とした表情のままで答える。

やがて点検が終了したのか甲板と司令塔上に出ていた乗員達が艦内に次々と戻って行く。

そんな中最後まで司令塔上に残っていた水色の髪で眼鏡を掛けた少女がこちらに手を振って来る。

それでも憮然としたままの艇長に苦笑しつつ機関長と見張り員が手を振り返すと、少女は微笑み司令塔上から艦内に戻って行く。

暫くしてからそうりゅうは潜航して海中にその姿を消して行く。

「行きましたね・・・」

「ああいっちまったな。」

機関長と見張り員はそう言って顔を見わせる、天使との突然の邂逅に2人は感慨深い思いを味わっていたのだ。

「ったく何時までも惚けているんじゃぞお前達、俺達も行くぞ、天使なんかに負けてられるか。」

そんな2人に向かって鼻息高く言って来る艇長に機関長と見張り員が呆れた表情で呟く。

「負けられるかって、元々勝負にならんでしょうがそうりゅうと天使様に。」

中古品の潜水艇にろくでなしな乗員の集まりでは艇長がいかに吠えようとも同じ土俵に上る事さえ出来ないだろうと機関長。

「一応助けてくれたんですから少しは感謝しましょうよ艇長。」

そうりゅうと天使様は危険を顧みないでみやまを助けてくれたのだからと見張り員。

「言われんでも分かっている、だがそれでもだ!」

艇長はそう言うとハッチから艦内に入って行く、それを機関長と見張り員は顔を見合わせて苦笑する。

「素直じゃないんですから艇長は。」

「まったくですね。」

「無駄話なんかせずさっさと行くぞ、輸送の仕事はまだ終わってないんだからな。」

艦内から聞こえて来る艇長の声に機関長と見張り員は再び顔を見合わせて苦笑すると艦内に入って行くのだった。

 

三式潜航輸送艇みやまとその乗員達は今日もお仕事に励む。

彼らもまた危険と隣わせの海に生きる者達だった。




主人公が出てこないうえに男ばかりと言う話は初めてですね。
まあこうした話は嫌いではありませんが。
元々潜水艦の作品はそう言うのが多いですし。

それでは。


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ー合法ロリ艦長奮戦記ー

「セレスちゃん今日も可愛いです。」

「ああ何と可憐な娘なんでしょうか。」

「う~んお持ち帰りしたいです。」

「こらああ!いい加減にしなさい!」

 

駆逐艦シルフィードの艦長であるセレス・リンドバーク。

彼女を一言で表現するならこの一言で十分だろう・・・合法ロリ艦長だと。

兎に角その容姿はどう見ても幼い少女なのだ、だが彼女はこれでも成人した女性なのだ。

お陰で艦長のセレスに対する扱いは上記なものになったのは当然と言えるだろう、本人にとっては非常に不本意な事だが。

そして今日もまた乗員達の玩具にされるリンドバーク艦長。

「ああもう!私が北方海の守護天使みたいに大人の女性だったらこうならなかったのに・・・」

セレスは守護天使が、天使と呼ばれる位だから大人の清楚な美人と思い込んでいた。

当の本人(簪)が聞いたら真っ赤になって固まっただろう。

 

シルフィードはI島にある三雲商会に所属する駆逐艦だった、主に島近海の警備と救難を担っている。

その関係で島に所属する漁船の漁師や貨客船の船員達の間では有名人だ。

「セレスたんは尊いロリ。」

「可愛い・・・可愛い・・・」

体格が良い強面の漁師連中でさえこんな感じなのだからある意味セレスも大変だった。

 

「左舷3千シーサーペント接近して来ます。」

三雲商会に所属するJ級駆逐艦ジャーヴィスがモデルのシルフィードはI島近辺に出現したシーサーペントと戦っていた。

「全砲塔左舷へ、魚雷発射管も向けて!」

艦長席に座ったセレスが指示を出す、まあ言葉だけ聞いていれば立派な指揮官だが、姿はどう見ても幼女が大人ぶっている様にしか見えない。

ちなみに艦長席はセレスに合わせた幼児用(笑)で本人以外座れなかったする(指摘すると当然怒る)。

艦首2基と艦尾1基の連装砲塔が左舷に向き砲身が仰角を取る。

「照準良し。」

「撃ち方始め。」

シルフィードの発射した砲弾がシーサーペントに命中し海面上をのたうち回る。

「第1魚雷発射管撃て!」

主砲と共に左舷に向けられていた5連装魚雷発射管から魚雷が次々と打ち出され、海中に入ると標的に向かって推進し始める。

「命中まで1分。」

水雷長の女性がストップウォッチを見ながら報告する。

1分後5本の魚雷はのたうち回っていたシーサーペントに命中し止めを刺すのだった。

「レーダーに他のシーサーペントの反応はありますか?」

シーサーペントの撃破後セレスはレーダー担当に確認する。

「ありません、全て撃破です・・・流石はセレスちゃんですね。」

戦闘が終わった途端今まで真面目だった乗員が砕けた口調になる。

「セレスちゃん流石です。」

その乗員達にジト目になるセレス。

「皆さんまだ終わって・・・」

最後まで真面目にやって欲しいとセレスは思うのだが、残念ながら周りの乗員達はそんな彼女の気持ちなどどこ吹く風だった。

「さあセレスちゃん、休憩しましょう。」

「ドーナッツとホットミルク用意しますから。」

瞬く間に艦長席から抱き上げられて連れて行かれるセレス。

「ちょって止めなさい、人を子供扱いするのは・・・だから聞いてよ!」

残念ながら聞いてくれる者はその場には一人も居なかったのだった。

 

この後休憩中の乗員達に囲まれドーナッツとホットミルクを食べさせられ、その光景を鑑賞されるセレスの姿があった。

 

依頼を終えシルフィードがI島の港に戻って来ると専用の桟橋に接岸しタラップが掛けられる。

「酷い・・・目に・・・会いました・・・」

疲れ切った表情で降りて来るセレス、港に到着するまで乗員の皆に愛玩玩具にされた結果だ。

でもこれで解放されるとセレスは最後の気力を振り絞って艦を降りるのだが、彼女の不幸は終わっていなかった。

「お帰りセレスちゃん!」

「今日も頑張ったわね後でケーキ持って行くわね。」

「おお今日もその姿は尊い、皆崇めるのだ!」

港に集まっていた老若男女の住民達に盛大なお迎えが待っていたのだから。

「な、何なんですかこれ・・・」

艦を降りた瞬間皆にもみくちゃにされたのは言うまでも無い。

「せーったい天使の様な大人の女性になってやるんだから!」

セレスの絶叫が桟橋に虚しく響くのだった。

 

なお後日にセレスが守護天使である簪に出会う事があったのだが、彼女がどんな反応を示したかは・・・ご想像の通りである。



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ーとある姉達の会話ー

更識 楯無と西住 まほ、この2人はある意味天敵同士だと言えるだろう。

片や若いながら商会を取り仕切る敏腕商会長、片や同じ年ながら西住商会で最強の戦車隊を率いる隊長。

共に優秀な女性達だがある一点で相いれない関係なのだ、それはずばり2人の妹達に関してだ。

北方海の守護天使こと更識 簪と弱小と言われた大洗商会を立て直した西住 みほ。

姉である楯無とまほはそんな簪とみほを溺愛しているのだ、そして自分達の妹こそ優れていると言って譲らない。

この2人の出会いはT島群でのシーサーペント掃討作戦の時だった。

「何を言っているんですか、そんなのみほが居たからに決まっている。」

「あらそんな事は無いわ、簪ちゃんのお蔭です、絶対に。」

作戦成功の功労者をめぐって楯無とまほは自分の妹がそうだったと言って大喧嘩を繰り広げたのだ。

よりによって妹達の前でだ、まあその結果簪とみほから説教を食らう羽目になったのだが。

もちろんそんな事で2人が懲りる事が無かったのは言うまでも無い。

兎も角楯無とまほはこれ以来顔を会わせる度にどちらの妹が優れているか当事者以外に意味の無い論争をしていた。

お陰で今では商会ギルド内では誰も知らない者の居ない話で2人の妹である簪とみほを悩ませている。

これはそんな困った姉である楯無とまほの話。

その日ギルド主催の会議が開かれる事になり商会長の楯無と西住商会長の秘書役としてまほが出席する事になった。

そして会議室で鉢合わせする2人はもちろん睨み合うが、流石に公式的な場でやり合う事は避ける。

一応商会長としての外聞を優先する楯無、母であり商会長であるしほの秘書役を務めなければならないまほ、だったからだが。

ちなみにこの2人の動向にギルド職員やしほが内心ハラハラさせられていたのは何時もの事でだった。

会議は無事終わりその後はパーティーが開かれる時になってこの2人がいよいよ対峙する時が訪れた。

「・・・・」

「・・・・」

じっと相手の顔を見つめ合う2人、既に周りに居た者達は遠方に退避済みだった。

「・・・お久しぶりですね西住隊長様。」

「ええお久しぶりです更識商会長殿。」

互いに敬意の籠っていない言葉で挨拶する2人。

体感的に数度も温度が下がった状態にギルド幹部や商会長であるしほを含めて誰も見ているしかなかった。

何しろこの状態になったら彼女達の妹でなければ収拾のしようがないからだ(2人には良い迷惑だが。)

「守護天使様の活躍は素晴らしいですね、まあ乗っている艦が優秀ですからね。」

そうりゅうの性能のお陰でお前の妹は活躍しているだよな、とまほ。

「いえいえ大洗商会もご活躍だとか・・・あそこは優秀な方が一杯おりますからね。」

お前の妹だって優秀な商会員が居るから活躍出来てんじゃねえのか、と楯無。

更に下がる体感的温度に最早彼女達の周りだけでなくパーティー会場全体が北方海奥海域の状態に陥っていた。

この時会場の室温を上げた方が良いんじゃないかと真剣に考えたと後に従業員が証言したらしい。

「まあそりゅうは優秀ですわね、とは言え艦長の簪ちゃんが居ればこそですわのに、西住隊長様が知らないとは驚きですわ。」

「確かに優勝な商会員達ですが隊長であるみほが居ればこそです、更識商会長殿は認識不足ですね。」

「「ふふふふ・・・」」

会場内をブリザードが猛威を振るっているとその場に居る者達は思い一刻も早く逃げ出したい心境だった。

とは言え2人の迫力の前に海千山千の商会長達やギルド幹部達さえも身動きを封じられており、前回同様時間切れを願うしかなかったのだが。

「でもこんなに思っているのに簪ちゃん最近冷たい?」

「みほのやつこの頃態度が冷たい?」

お互いふと漏らしたその一言で何時もと違った展開に事態は進む事になる。

はっとした表情を浮かべ2人は見つめ合う、だがそれは先程までとは様子が違っていた。

「そうなのよ簪ちゃん、この前連絡した時なんか、『姉さん私は大丈夫ですから商会長の職務を気にして下さい。』って。」

「そうだみほも、『隊長なんだから自分の戦車隊の事を第一にしてお姉ちゃん。』と言われたんだ。」

妹達や周りから見れば至極当然の話だと思うのだが、妹至上主義の2人にとってみればまったく違うのだ。

2人とっては商会長や隊長の責務など妹達に比べれば些細な事だと思っているからだ。

まあ当の妹達が聞いたら呆れて姉達を説教するだけだろう、何時もの如く効果が有るかは大いに疑問だったが。

「まったく私は簪ちゃんが居てくれれば何も恐れる物など無いのに・・・」

「みほが居てくれれば私に出来な事など無いのに・・・」

そう言った2人は再び見つめ合いそして手を取り合うとこう叫ぶのだった。

「みほは分かっていない!!」

「簪ちゃんは分かっていないわ!!」

そんな事はもちろん無い、みほにしても簪にしても自分達の姉の事は分かり過ぎる程分かっていた。

仕事以外、特に自分達妹に関しては完全にポンコツになってしまうと。

だが姉達はそれに気付く事も無く妹達は自分達姉の『愛』を分かっていないからだと考えたのだった。

「こうなったら簪ちゃんに私の愛を理解して貰わないと。」

「みほに私の愛を理解させなければ。」

2人は見つめ合い手を取り合いながら決意を新たにする、簪とみほにとって甚だ迷惑な事に。

ちなみに2人以外の面々は突然意気投合した事で会場内の温度が上昇し胸をなでおろしていた。

それが簪とみほに2人の意志が向いたお陰だと知りつつ・・・

 

これ以後更に楯無とまほのアプローチが更に過激になって簪とみほが頭を抱える事になるのはまあここに記するまでも無いだろう。



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ーとある妹達の会話2ー

「ねえ2人ともお姉さんと喧嘩した時ってどんな感じなの?」

 

それは簪が愛里寿とみほと共にボコミュージアムに行った時の事だった。

展示を見て回り、劇場でボコショーを鑑賞した後休憩を兼ねてカフェテリアでお茶を飲んで会話していた中愛里寿が聞いて来たのだった。

尋ねられた簪はみほと顔を見合わせた後に愛里寿に聞き返す。

「えっと何故そんな事を?」

聞き返された愛里寿は何故そんな事を聞いたのかその理由を話してくれる。

一人っ子である愛里寿にとって姉妹と言う関係には強い憧れがあり、姉妹達の喧嘩はどんなものなのかと愛里寿は興味もったらしい。

「まあそれなら分かりますが・・・私達のは参考になるかと言われると。」

「そうですね、私達のところは・・・その特殊ですから。」

簪とみほの姉である楯無とまほの妹愛の激しさ(笑)は有名だ、そんな姉妹の実例が果たして参考になのか疑問だと2人は思った。

最近それが酷くなって来たなと簪とみほは遠い目をして深い溜息を付く。

「「そう言う所が無ければ尊敬出来る姉なのに・・・」」

片や若いながら商会を仕切る楯無、片や対シーサーペントにおいて抜群の戦果を上げるまほ。

自分達に関しなければ2人の姉は本当に優秀な人間なのを簪とみほはよく知っている。

「・・・えっと2人とも何か御免なさい。」

黄昏る簪とみほを見て何だか申し訳なくなり謝る愛里寿、2人とって姉の話題は触れてはいけないものだったと気付いたらしい。

「いえこちらこそ御免なさいね・・・そうですね喧嘩した時ですか。」

幼い頃は別にしても最近は喧嘩になっていないなと簪、こちらが怒っても暖簾に腕押しで終わってしまう事が多い。

「いえ一度だけ大喧嘩になった事がありましたね。」

ふと思い出した記憶、まあ例の如く後付けのものだがそんな事があったなと簪は思い出していた。

「簪さんとお姉さんが?」

みほが驚いた表情で聞き返して来る、もちろん愛里寿も同様の様だった。

「ええあれは・・・私が中央海の海洋学校に行きたいと言った時ですね。」

その当時は両親が無くなり楯無が商会長になったばかりの頃だった。

商会の経営を軌道に乗せる為楯無は飛び回っていた・・・両親を失った事を悲しむ間も無い位に。

そんな姉を見ていた簪は商会の所有する駆逐艦の艦長になり姉を助けたいと考えた。

前経営者だった両親が亡くなった所為で艦長を始め乗員の大半が辞めてしまったので乗員の補充を行おうとしていたのだが。

乗員はともかく問題は指揮する艦長だった、商会外から招くとなると資金的にきつい事になり楯無を悩ませていた。

だから簪は中央海の海洋学校に行き艦長としてのスキルを習得し艦の指揮を執る積もりだった・・・らしい。

まあその辺は自分の記憶ながら後付けの所為で何となくそうだったという感じだが。

だが楯無にその意思を伝えた所強硬に反対されたのだった。

「簪ちゃんは何もしなくて良いの。」

その言葉に強いショックを受け簪はアニメの様に楯無をそれ以後拒絶し姉妹関係は最悪の状態になってしまったのだ。

ちなみに最悪の状態は簪が中央海へ出発する前日まで続いたのだが。

前日の夜楯無が簪の部屋にやって来ると、涙をボロボロに零しながら自分の心情を話し始めたのだ。

「父や母を失っただけでなく簪ちゃんも失うと思ってあんなこと言ってしまったの・・・ごめんなさい。」

それまで簪の前では涙を流したり弱気な言葉を漏らしたりする事も無かった楯無がだ。

その姿に驚いたが自分の気持ちを話してくれた楯無に簪もまた泣きながら自分の心情を話し姉妹は和解できたのだった。

翌日楯無は心配な気持ちを隠しつつ「待っているから。」と言って送り出してくれた。

「そんな事が有ったんだ・・・」

話を聞いていた愛里寿がそんな姉妹の姿に感激した表情で簪の両手を握って来る。

「・・・ただ帰ってきたら今の様になってしまったんですが。」

ため息を付いて簪が言うとみほと愛里寿が顔を見合わせて苦笑する。

2人ともその時の事が原因で楯無が今の様になったのだと気づいたからだ。

もちろん簪も気づいておりだから強く拒絶できないでいるのだ。

「私の方も・・・大洗商会に移籍してからだから簪さんと似た様なものだし。」

ふとみほがそう言って遠い目をする、まあ彼女の時は商会長であった母しほが説得してくれたので喧嘩までは行かなかったが。

楯無同様妹至上主義に変貌しみほを悩ませる点は変わらない。

そんな簪とみほを見て愛里寿は2人が自分に対して厳しいながらも親しみを見せるのは自分達の姉を反面教師しているからだと気づく。

だから簪とみほには悪いが愛里寿は自分は良い姉達を持てて幸せだと密かに思うのだった。

その後簪とみほは気を取り直して愛里寿と共にボコミュージアムを堪能するのだった。

まあ簪とみほがこの愛里寿とのデートを知った姉達の機嫌を取る羽目になったのは何時もの事である。



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ー直轄艦やまと出撃ー


外観ははいふりで中身は宇宙戦艦の方だったりしますが・・・



北方海と中央海の接続海域に近いピアーズ島は数十匹のシーサーペントに襲われ窮地に陥っていた。

「このままじゃ・・・港に侵入されてしまいます西住殿。」

「・・・そうなれば我々の負け。」

指揮車であるIV号戦車の中で装填手の秋山 優花里が悲痛な声を上げ、操縦手の冷泉 麻子がその結果を冷静に述べる。

大洗商会の戦車隊は港の傍の丘に集結し砲撃でシーサーペント達の侵入を防いでいるがそれも限界に近づいていた。

「分かっています、でもここで諦める訳にはいきません。」

車長席に座っている戦車隊長の西住 みほは悲壮な思いで答えると通信手の武部 沙織に聞く。

「沙織さん全車の弾薬の状況はどうですか?」

「皆弾薬が切れそうだって、どうしようみぽりん。」

涙目になりながら沙織が報告してくる。

「砲弾は命中しているのですが、悔しいです。」

砲手の五十鈴 華が照準器を覗きながら本当に悔しそうに呟く、彼女は正確に砲弾を命中させているがその勢いは衰える事は無い。

だが次の瞬間シーサーペント達が今まで見た事の無い規模の水柱と轟音に包まれ多量の肉片と体液をまき散らし沈んで行く。

「みほさんこれは?」

華が驚いた表情でみほを見る。

「どうやら助けが来たようですね。」

「え!本当でありますか西住殿?」

「でも一体どなたが・・・」

砲塔左右のハッチを開けて顔を出してその様子を見た優花里と華が言う。

「た、助かったのみぽりん?」

茫然とした表情で聞いて来る沙織にみほが答える。

「ええもう大丈夫ですよ沙織さん。」

「それにしてもこれだけの威力・・・普通の戦車砲や艦載砲ではありえません。」

体液でどす黒くなった海面に浮かぶ大量の肉片を見ながら華が呟く。

「いえ出来る艦艇が1隻だけ有ります五十鈴殿。」

優花里がハッチから出て戦車上に立ちながら海上を指さす。

「え・・・あの船が?」

こちらに接近して来る船に気付き華が茫然とした表情で声を上げるのを見ながら優花里が言葉を続ける。

「セキュリテイーブルー直轄艦のやまとなら。」

 

ピアーズ島に優花里がやまとよ呼んだセキュリテイーブルー直轄艦である大型戦艦が接近して来る。

その姿は多少相違点があるがはいふりに出て来た大和型超大型直接教育艦にそっくりだった。

艦体のカラーはセキュリテイーブルーと言う事なのか青であった。

そして指揮は艦橋では無くそうりゅうと同じ仕様、ただ広さも乗員の数も倍になっている戦闘指揮所で執られている。

その戦闘指揮所の艦長席に座り指示を出しているのは北方海の守護天使こと更識 簪だった。

「ソナー及びレーダー、状況を報告して下さい。」

「シーサーペントの反応は全て消滅しました。」

簪の指示に複合ディスプレイを確認したセンサー担当が報告する。

「了解しました、監視はそのまま続行、大洗商会戦車隊に通信を・・・状況を聞いて下さい。」

「はい艦長、大洗商会戦車隊応答願いますこちらやまと・・・」

通信担当がピアーズ島の大洗商会戦車隊を呼び出し始める。

「やまとから通信が入って来た・・・こっちの状況を聞いているよ。」

沙織が通信機から振り向いてみほに伝える。

「やまとへ返信、戦車隊及び島の住人達は全員無事、救援を感謝すると。」

「OKだよ、こちら大洗商会戦車隊、やまとへ戦車隊及び住人に・・・」

通信機を操作して沙織がやまとへみほの言葉を伝える。

「戦車隊及び島の住人は全員無事の事です艦長。」

通信担当からの報告を聞いてほっとした表情を浮かべる簪。

「艦長予定位置に到着しました。」

操舵担当の報告に簪は表情を引き締めると次の指示を出す。

「両舷停止、島田隊長、陸戦隊の出撃準備を。」

「両舷停止。」

「了解、陸戦隊出撃準備に入ります。」

機関担当と陸戦隊指揮官である愛里寿が簪の指示を復唱する。

数十分後停止したやまと艦尾左舷側にある小型艇用ゲートが開き格納庫からクレーンに吊り下げられたアムトラックが現れる。

『アムトラック1より管制室へ発進準備完了しました。』

『管制室了解、これより降ろします。』

通信を交した後アムトラック1は海上に降ろされロックが解除されると発進して海岸へ向かう。

作業を終えたクレーンは一旦格納庫に戻ると後続のアムトラックを次々と引き出し海上に降ろして行く。

一方先に発進したアムトラック1は大洗商会戦車隊が待機して居る丘近くの海岸に上陸して停止するとハッチが開いて愛里寿が降りる来る。

そこにみほは優花里を伴なってやって来る。

「ご苦労様です、やまと陸戦隊長の島田 愛里寿です・・・みほ無事で良かった。」

「はい救援助かりました島田隊長、うん何とかね愛里寿ちゃん。」

形式通りのあいさつの後2人はほっとした表情を浮かべて微笑み合う、そんな彼女達の傍に後続のアムトラックが上陸して停止する。

「それでは説明と被害調査に入りましょう。」

「ええ。」

愛里寿と共にアムトラックに乗ったみほと優花里は一旦IV号戦車まで戻ると乗り換え街へ向かう。

街では不安な表情を浮かべた住人達が待っており、みほは愛里寿と一緒に危機は去ったと説明を行う。

その後島の各所を愛里寿はみほと共に見回り被害状況の調査を開始する。

2時間後愛里寿から簪に報告が入って来る。

「艦長、島田隊長から通信です、『調査を終了、港湾や蒸留施設等に問題無し、帰投する。』との事です。」

「了解です、大洗商会戦車隊の撤収の方は?」

「間もなく完了との事です。」

通信担当の報告に簪が頷くと指示を出す。

「大洗商会揚陸艦の出発準備が出来たら私達も一緒に帰投しますので準備を。」

「「「「はい艦長。」」」」

乗員達がそれぞれの作業を開始する姿を見ながら簪は呟くのだった。

「まさか私がやまとを指揮する事になるなんて思ってもいませんでしたね。」

そう簪が何故超大型直接教育艦モドキのやまとを指揮することになったのか?

それを説明するには数か月前に起こった出来事について語る必要がある。

 

「旧ドックの調査ですか?でもあそこは・・・」

久々に商会のある港に戻って来た簪は千冬に呼び出されギルド長室に来ていた。

旧ドック、10年以上前に閉鎖された所であり簪はそこで行方不明になった子供達を救助に行った事がある。

簪を呼び出したギルド長である千冬、そして本音とクロエと一緒になって。

あの後旧ドックは危険過ぎると判断され完全に立ち入り禁止となったと簪は商会長である姉から聞いていた。

「ああ閉鎖されている、だが最近束の奴が旧ドックの資料を見付けてな・・・興味あるものを発見したらしい。」

千冬は隣でドヤ側で座って居る束を苦笑しつつ見ながら説明してくれる。

「ちーちゃんの言う通り!あの旧ドックって思った以上に宝の宝庫みたいなんだよ。」

千冬の言葉を受け束は興奮した様子で話しだす、なおこの場にはクロエも来ており困った表情を浮かべながら簪の傍らに控えていた。

「特に11号ドックにある秘密が有るらしくてね、ぜひ調査したいんだよ。」

束は手に持っていた11号ドックに関する資料を簪に見せてくれる。

「一体何が有るのですか?」

「どうやら大規模なプロジェクトがそこで進められていたみたい、残念ながら何かまでは分からないんだけどね。」

簪の質問に束は残念そうに答える。

「・・・正直言って知りたくもないんだが、こいつが納得しないので困ってしまってな。」

ろくでもないものだとだろうとギルド長としては放置して置きたいらしいのだが束が調査を主張して譲らなかったと千冬。

「まあそう言う訳で簪ちゃんに調査して貰おうと言う訳なの・・・私もギルド長と同じで気が進まないのだけど。」

同席して居る更識商会長である楯無がそう言って溜息を付いて見せる、彼女としても妹である簪を危険に晒したくはないからだ。

「大規模なプロジェクトと言うのは気になるね、束さんそれについては分からないのですか?」

そんな中クロエ同様に簪に同行して来たシャルが束に尋ねて来る。

「残念ながらそのプロジェクトについての資料は見つけられなくてね。」

断片的な資料しか見付けられなかったと束は腕を組み残念そうに答える。

「まあそう言う訳で旧ドックの調査を更識艦長に依頼したい・・・馬鹿兎が迷惑を掛けさせて申し訳ないが。」

「ぐすぐす・・・酷いよちーちゃん、私は馬鹿じゃないよ。」

「直ぐばれるウソ泣きをするな、あとちーちゃんは止めろと言っている。」

何時もの掛け合いをする千冬と束を見て苦笑しつつ簪は姿勢を正し答える。

「分かりました織斑ギルド長。」

 

「それにしてもまた此処に来るとは思いませんでした。」

そうりゅうのマルチセンサーポストを通し共用ディスプレーに映し出される旧ドックを見ながら簪の傍らに控えるクロエが呟く。

「それについては私も同じ気持ちですねクロエさん。」

操艦しつつ簪もその時の事を思い出しながら言う、正直言ってまた来る事になるとは思わなかったと。

「ふ~んそうなんだ・・・僕だって分かっていたら参加したかったのに。」

「私もです。」

そんな2人に嫉妬したシャルと愛里寿がそう言って拗ねた様子を見せる。

「あの時は緊急だったので・・・シャルや愛里寿ちゃんには申し訳なかったですが。」

子供達の救助を急がなければならず時間が無かったと簪が弁明するとシャルと愛里寿は溜息を付いて答える。

「それは分かっているんだけどね。」

「その辺の状況は理解はしている積もりですが・・・」

当時シャルは巨大シーサーペント監視が凍結され、ギルドの研究室に籠っていたのであの騒ぎを知る事が出来なかった。

一方愛里寿も艦隊が組織される前だったので当然関り様が無かった。

そう考えれば仕方の無い話なのだが、シャルと愛里寿にしてみれば中々割り切れないのだ。

「そろそろ到着しますね、ソーナー及びレーダーに何か反応は有りますか?」

そんなシャルと愛里寿に苦笑しつつ簪は艦長席のディスプレーを見ながら確認する。

「双方とも有りません艦長。」

「浮上します、総員警戒配置に付いて下さい。」

そうりゅうを浮上させつつ簪が指示すると艦内にアラーム音が鳴り乗員達が配置に付いて行く。

そして旧ドック前面にそうりゅうは浮上して使われなって久しい港に接近すると接岸せず停止する。

桟橋の破損が激しくそうりゅうを接岸させるには危険が大きかったからだ。

停止したそうりゅうからボートを使い簪は上陸する積もりだった。

この上陸班(調査班)は簪が指揮を自ら執り、シャルとクロエに護衛役の愛里寿以下十数人がメンバーだった。

ボートが接岸し桟橋に上がった簪は静寂に包まれた旧ドックを見渡す。

「それでは行きましょう、全員警戒を忘れずに。」

愛里寿は頷くとL2A2サブマシンガンを持って先頭に立ち簪達はその後に続いて旧ドックの中に入って行く。

旧ドックの中は暗くあちこち崩れた場所が有り、簪達は懐中電灯を点け慎重に進んでいた。

「11号ドックはかなり奥になりますね・・・通路がちゃんと残っていると良いのですが。」

束から旧ドックの地図データを渡されていたが、内部は長期間放置されており真直ぐにたどり着けるか簪は懸念していた。

「それもありますが地図が正しいか心配です、旧ドックのデータは欠損が多くて正直正確性に疑念がありますから。」

クロエが地図データをタブレット端末に映し出しながら簪は別の懸念を口に出す。

旧ドックのデータについてはクロエが言う通りこの10年の間に消されていたり行方不明になっているものが多い。

原因は例の如く役所仕事の所為で、お陰で満足な調査がなかなか行う事が出来なかったのだ。

「もしそうであるのなら調査をその時点で中止し戻る積もりですが・・・」

出来ればそうならない事を祈っていた簪の願いが通じたのか、簪達は迷う事も無く11号ドックに辿り着く。

「・・・もしかしてこれで幸運を使い果たしたって事無いよね。」

扉の前に立ったシャルが縁起でもない事を言い出す、まあここまで順調過ぎたからだったのだが。

「笑えませんねシャルロット様。」

「何があっても簪は私が守るから安心して。」

シャルの言葉にクロエが深い溜息を付きながら呟き、愛里寿がアピール(?)して来る。

「では早く済ませましょうシャル、クロエさん、島田隊長お願いします。」

簪は苦笑しつつ扉の開閉レーバーに手を掛けて回そうとするが、まったく動かない。

「鍵が掛かっているみたいですね、クロエさん開けられますか?」

下がった簪の代わりに扉の前に立ったクロエが鍵を調べるが暫くして振り返って答える。

「完全に壊れていて無理みたいです、壊すしかありませんね。」

「仕方ありませんね、お願いします島田隊長。」

愛里寿は頷くと連れて来た隊員に指示を出す。

「小型爆薬を使用して鍵を破壊、安全を第一に。」

指示を受けた隊員は持って来た爆薬を鍵にセットすると愛里寿に報告する。

「セット完了です隊長。」

「了解です、皆下がって下さい。」

安全距離まで下げる様指示を出す愛里寿に従い簪達は扉から離れる。

「点火。」

「点火します。」

距離を取った事を確認した愛里寿が命じると隊員がリモコンのスイッチを押す。

鈍い爆発音が暗闇になれた目には眩しい光を上げ響く。

愛里寿を見ると頷いてみせたので扉の前に全員で戻ると、半開きの状態になっているのを簪は確認する。

「さて何が出て来るのやら・・・全員警戒を忘れない様に、では突入します。」

扉を開け簪達は11号ドックに突入する。

「何も見えませんね、まあ予想した通りですが。」

クロエが言う通り中は深い暗闇に覆われ何も見えなかった、懐中電灯を向けても光は暗闇に吸い込まれるだけだった。

「かなり広い空間みたいですね、照明弾を使ってみましょう。」

簪は腰の後に付けていた照明弾発射銃を抜くと安全装置を外し上に向ける。

「では発射します。」

引き金を引くと照明弾が打ち上げられ数秒後周りが明るくなる。

「「「「!!??」」」」

そこに在ったのは巨大な船いや大口径の砲を乗せた砲塔を持つ戦艦らしきもの、巨大すぎて一部分しか視界に捉えられない。

やがて照明弾が消え暗闇が戻ってくる、だが簪達は受けた衝撃により言葉を発する事が出来ないでいた。

「・・・クロエさん今のは?」

「はっきりは言えませんが戦闘艦ですね、でもあれほど巨大な艦は私は見た事がありません。」

我に帰った簪の言葉にクロエが信じられないと言った表情を浮かべ答える。

「どうやらどんでもないものを見付けたみたいですね。」

普段通りの口調で愛里寿が今の状況を述べる、もっとも声には微かな震えが入っており彼女も動揺していない訳ではなかった様だが。

「取り敢えず一旦戻った方が良いみたいだね・・・持って帰る訳にもいかないしね。」

シャルの言葉に簪は頷くと次の行動を指示する。

「数発照明弾を上げますので写真をお願いしますクロエさん。」

「はい簪様。」

残っていた照明弾全て使い取れるだけの写真を撮った簪は11号ドックを出て急いでそうりゅうに戻ると港に向かったのだった。

1週間後簪達は千冬と束と共に旧ドックに本格的な調査の為やって来た。

「織斑ギルド長、発電船からのケーブルの接続完了しました。」

11号ドックの大型ゲート前の海面に止められたギルド所属の発電船から引かれた電源ケーブルの接続が終った報告が千冬に上がる。

「よし・・・発電開始、束そっちは大丈夫か?」

ドックの管制室で照明システムを操作している束に千冬が確認する。

『こっちはOKだよちーちゃん。』

「よし照明を点けてくれ。」

数秒後11号ドック内が明るく照らされ簪達をそこに有る物の姿を見る。

「これは・・・」

千冬はそれを見上げて絶句している。

「これ程とは思いませんでしたね。」

「はい想像を超えています。」

簪達もあの時見ていたとはいえやはりはっきりとその姿を見ると驚きは隠しきれなかった。

もっとも簪は千冬達とは別の意味で驚いていた、どう見てもそれが日本海軍の戦艦大和に見えたからだ。

「・・・いえ敢えて言えばはいふりの超大型直接教育艦の方ですね。」

「何か言った簪?」

「いえ気にしないで下さい。」

この世界に来る前に見ていたアニメに登場した艦ですとは言えず簪は誤魔化す様に首を振って答える。

「こんな大型の戦闘艦が此処に隠されていたんですね。」

護衛の為の部隊を率いて来ていた愛里寿がその戦艦を見上げながら言う。

「うんこれには束さんもびっくりだよ、大規模なプロジェクトってこれの事だった様だね。」

管制室から千冬達の所に戻って来た束が同じ様にその戦艦を見上げながら言う。

「問題は何故そのプロジェクトが表に出て来ていない事だが・・・」

これほどの巨大な艦を建造したのなら何らかの情報が残されている筈なのにと千冬は疑問を呈する。

「そのプロジェクトについて戻ってから再度調査してみたのですが新たな情報は得られませんでした。」

持って来たタブレット端末を見ながらクロエが報告する。

「そうならこいつを調査すれば何か分かるかもしれないねちーちゃん。」

「ちーちゃんと呼ぶな・・・まあ確かにそうだな、早速開始しよう。」

千冬は簪達を見て頷くと先頭に立ってその戦艦に乗り込んで行く。

「ふふふ・・・技師として腕がなるわ。」

不気味な(笑)を浮かべて突撃しようとする束の首根っこを千冬が捕まえると苦言を呈する。

「張り切るのは良いが暴走するなよ束。」

「嫌だなちーちゃん、私は何時も冷静だよ。」

「どの口が言うか、お前は暴走した事しか無いだろうが、クロエこの馬鹿が余計なことしない様にしっかり見張ってくれ。」

ドヤ側で答える束に深い溜息を付き千冬はクロエにそう頼む。

「お任せください千冬様、束様よろしいですね。」

「イエスマム!」

クロエの視線を受け背筋を伸ばしながら青い顔で答える束に簪達は苦笑しつつ千冬と束に続いて艦内に入って行く。

こうして廃棄されたドックに残された巨大戦艦の調査が始まったのだった。

 

調査の結果、この巨大戦艦はとある商会が対シーサーペントにおいて主導権を握る為建造したものだったらしい。

だが技術力や資金が足りず商会は建造を途中で断念、しかし解体する資金も無く放置され忘れ去られてしまったと分かった。

「だから私としてはそのままにしておくつもりだったんだが・・・」

千冬が深いため息を付くと隣でドヤ顔している束を見ながらギルドの会議室で集まった者に説明を始める。

「束が言うには各部に最新技術を取り入れば現在でも通用する艦になるらしい。」

その説明に簪は束がお得意の魔改造をする積もりだなと思い内心苦笑する。

「そしてこの戦艦をセキュリテイーブルーの直轄艦として運用してはどうかと更識商会長から提案が有った。」

千冬を挟んで反対側に座る更識商会長の楯無も何故かドヤ顔だった。

楯無にしてみれば簪がそうりゅうより大きく安全である戦艦で、巨大シーサーペント対応から外れるならその方が良いらしい。

「確かに様々な事態に対処出来る遊撃隊として運用出来る直轄艦隊があればと思っていたが・・・」

派遣艦隊や他の海域を担当する艦隊以外にセキュリテイーブルー指令部が直接動かせる艦隊を千冬は求めていた。

他の艦隊を時に補完し特別な事態が有った時に直ぐ対応出来る事はセキュリテイーブルーとって理想的だと簪も千冬から聞いていた。

「とは言え艦隊を想定していて単艦でやる積もりでは無かったが。」

「この戦艦なら一個艦隊分の能力を単艦で発揮出来るよ、搭載スペースも十分だから陸戦隊を乗せられるしね。」

束の発言に愛里寿の目が光りグッと手を握るのを傍に居た副隊長兼参謀のルミが気付き複雑な表情を浮かべる。

「直轄艦として運用する為の根回しも予算もOKよ。」

「とまあそう言う事で更識艦長、察しの通りこの戦艦の艦長を頼みたい。」

全ての外堀を束と楯無に埋められてしまった千冬は溜息を付きつつ簪に艦の指揮を執ってくれる様に要請する。

「私としては構いませんが、巨大シーサーペントへの対応はどうされるのですか?」

自分のスキルなら戦艦の指揮は問題無いし、元男として大和を動かせるのはロマンだと簪は思うが重要な任務がどうなるか気になった。

「それについてだが、そうりゅうの方は相川艦長指揮下の乗員達に任せ、名無し猫の方は新たに養成した者達を当てる。」

以前から千冬はそうりゅうと名無し猫の運用を簪達だけに任せるのは問題だと考えていた。

だからギルドの養成学校や海洋学校と連携して乗員の養成を行っていたのだ、まあこんな事態を想定した訳では無かったのだが。

「それから直轄艦にも養成の終わった乗員達を配属させるので更識艦長任せたぞ。」

新たな体制で付近の哨戒と巨大シーサーペント対応を引き続き派遣艦隊が行い、簪達を遊撃部隊として運用したいと千冬。

「北方海だけでなく今後は中央海や南方海との連携も遊撃部隊に担って貰う積もりだ。」

思っていたより大きな話になって来たなと簪は内心苦笑しつつ千冬の説明を聞く。

「束、戦艦の改修にはどの位必要だ?」

「う~ん3ヶ月あれば十分だよ。」

ピースサインをしながらドヤ側で答える束を見て千冬は溜息を付くとクロエを見て言う。

「引き続きこの馬鹿の監視と進捗管理を頼むぞクロエ。」

「はいお任せください千冬様。」

「もう~心配し過ぎだよちーちゃん。」

「お前に関しては心配し過ぎる位がちょうど良い。」

そんな束の能天気な台詞を切り捨る千冬だった。

この後戦艦の名前と新設される陸戦隊の協議が行われ、艦名はやまと(もちろん簪の提案)に決定した。

そして陸戦隊については当然愛里寿が名乗りを上げ、議論が沸騰したが後日島田商会長と相談の上で判断する事になった。

まあ娘に甘い島田商会長の事だから最早決定した事に変わりが無いとはその場に居た者達の認識だったが。

その後簪は新旧の乗員達と共にやまと運用の為の訓練を3ヶ月掛けて終える。

愛里寿も引き継ぎと陸戦隊の編成を嬉々(ルミ談)として終え意気揚々とやまとに乗艦して来た。

一方当然の様にシャルは新たな研究班、クロエは技術班を率いて乗り込んで来る。

こうしてセキュリテイーブルー直轄艦やまとは活動を開始し、その最初の任務がピアーズ島への救援任務だった。

 

「艦長、陸戦隊の収容及び揚陸艦の出港準備完了です。」

やまとの艦長席でここまでの事を思い出していた簪に乗員が報告して来る。

「それでは帰港しましょう、警戒態勢は維持したままでお願いします。」

揚陸艦を引き連れて帰港して行くやまとをピアーズ島の住人達は見えなくなるまで手を振り続けながら見送るのだった。

 

17:00 ピアーズ島における大洗商会救援任務終了



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第1部更識商会編
No.01ープロローグ1ー


オリジナルの世界でISの登場人物達を活躍させたいという妄想で書いたものです。

・基本的にISの登場人物達を使っています。
・主人公更識 簪は転生及びTSな為、性格の変貌が激しいです。
・世界観は作者の妄想の産物ですので、違和感や矛盾があるかもしれません。
・織斑 一夏及び一部のヒロインはゲストの形で登場予定。
・どちらかというとサブキャラの登場の方が多いかも。


北方海洋上。

第12漁船群所属の漁船3隻に黒い生物群が襲い掛かっていた。

「くそ・・・こんな所で。」

船員達は恐怖に顔を歪ませながらそれを見ているしかなった。

シーサーペントと呼ばれるこの生き物は北方海で生きる者達にとっては脅威だ。

多くの船が犠牲になり、多くの船員が飲み込まれた。

「俺達も・・・そうなるのか?」

襲われた者達がどうなるかを彼らは嫌というほど知っているのだから。

その時だった。何かの飛翔音がしたかと思うとシーサーペントの周りに水柱が上がる。

「おいあれ!?」

船員達はシーサーペントの後方洋上に現れた艦を見て驚き、そして歓喜に駆られる。

「まほろばだ、来てくれたんだ!」

北方海の荒れる波間を切り裂く様に接近してくる艦に船員達は力強く手を振る。

 

『シーサーペント漁船群より離れます。』

天井付近にあるスピーカが見張り員の報告を艦橋に伝えてくる。

「射撃を続行して下さい。流れ弾に注意を。」

報告を聞いて指示を出すのはまだ幼い少女だった。

艦の射撃を受けたシーサーペントは漁船群より離れ逃走しようとしていた。

『こちら電探室、シーサーペントは速力12ノットで方位113に向かってます。』

別の声がスピーカから報告をしてくる。

「速力上げ面舵50へ、右舷魚雷戦用意。」

先程の少女が指示を飛ばす。

「速力上げ面舵50へ。」

「右舷魚雷戦用意。」

少女の指示を復唱するのは同じ年頃の少女達だった。

『魚雷発射用意よし。』

艦に装備された魚雷発射管は既に右舷側に向けられている。

「魚雷発射始め。」

『魚雷発射始め。』

魚雷発射管から海中に投下される3本の魚雷。

疾走する3本の魚雷はシーサーペントに到達し、凄まじい音と共に高く水柱が上がる。

「効果の確認急いで下さい。」

『魚雷命中を確認。付近に多量の肉片と体液が浮かんでいます。』

『電探に反応無し。』

肉片と体液が漂う海面上を遠巻きに艦は旋回する。

ほっとした雰囲気が艦橋内に広がる。

「電探と見張りは監視を続行。あと漁船の方々に何か援助が必要か聞いて下さい。」

「了解しました艦長。」

安堵感が広がる中、艦長と呼ばれた少女が指示を与える。

そして指揮官席に座る少女は、自分の身体を見るとこう呟いた。

「・・・何でこうなったのかな?」

「艦長、漁船より返信。『われ航行可能なり。救助を感謝する。』とのことです。」

報告を受けて物憂げに自分の身体を見ていた少女が表情を引き締めて指示を出す。

「分かりました。本艦は漁船の方々と港に帰港します。」

「了解しました、本艦は漁船と共に帰港します。」

命令が復唱され周りの乗員である少女達が伝達や確認の為動きだすのを見ながら少女は再び呟く。

「何でこうなったのかな?」

 

今生きている世界は実はゲームの中の世界なんだ、と言ったら何と言われるだろうか。

「「「「艦長お疲れなんですね、ゆっくりお休み下さい。」」」」

「わ、私達姉妹の仲がゲームの中のことなんてお姉ちゃん寂しいわ。」

「それ面白い話よね、もっと聞かせて欲しいな。」

 

しかし私にとってはそうなのだ。この世界は私、いや俺のプレイしていたゲーム世界そのものだったのだ。

熱心にプレイしていたあるプラウザゲーム。

好きな海域を選び、乗りたい船を選び、付きたい職業を選び・・・

海域には中央、南方、北方海域。

船は最新のイージ艦はもとより商船やかっての軍艦達、帆船まである。

職業は普通の船員や軍人、冒険者や海賊なんてものまであった。

自分の操るキャラをクリエイトし、名前を付けて・・・

そんなゲームだったのだ。

でもそれはただのゲームの筈だったと思っていたのだけど・・・

俺は、いや私は今のそのゲーム世界で私が作ったキャラとして生きている。

 

私の名前は更識 簪。駆逐艦まほろばの艦長をしている。

ちなみのこの名前はゲームプレイ時に見ていたアニメであるインフィニット・ストラトスから

取ったものだ、というか自分の周りにいるキャラ達もそれから取っているのだけど。

不思議なことに容姿はアニメの更識 簪そのものだ。ゲームでは違う容姿だったのに・・・

他のインフィニット・ストラトスから取った名を持つキャラもそうだ。

いやそれだけでなく付けた覚えの無いのにその名を持ったキャラまでも出てくる。

これって俗に言うゲーム世界に取り込まれてといことなのだろうか?

いやゲーム世界にインフィニット・ストラトスのキャラがいるという世界にか。

私にそんな願望なぞなかったのだが。

 

設定としてはまほろばは更識商会と呼ばれる民間の警備会社の所属で、北方海域でシーサーペントや海賊から漁船や貨客船を守ったり救助するという仕事をしている。

商会の責任者はアニメに出てきたこの娘の姉だ(設定でそうした)。

 

何故こうなったかだが、その辺のところは記憶が曖昧ではっきりしない。

気付いたら更識 簪としてこの世界におり、ゲームで設定した通りになっていたのだ。

自分自身についての記憶も曖昧だ、名前もどこに住んでいたのかも家族構成もまったく思い出せない。

覚えているのはこれは自分のプレイしていたゲームで、自分は男性だったということくらいだ。

 

港に向かうまほろばの中で私は、この一人称もこの世界に来た時点で固定されていたのだが、

変わってしまった自分の身体を見ながらそんな事を思い出していた。

こうなってしまった直後から戻ろうと様々な試みをしたが全て無駄に終わった。

結局私はまほろばの艦長更識 簪として生きていくしか選択肢は無かったのだ。

 

 



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No.02ープロローグ2ー

実は最初の段階では簪は艦娘で、まほろばは海防艦にするつもりでした。
あと、まほろばをイージス艦としたバージョンもあったりします。
最終的に駆逐艦になったのはタグに有る通りはいふりの影響だったりします。



まほろばは漁船と共に港に着いた。

ここは北方海域最大の港、この海域を航行する船や船員達にとっては中心となる所だ。

船の修繕や改良を行うドックや様々な物資の補給出来る商店がある。

こういうゲームによくあるスタート地点及び活動拠点というわけである。

当然私の所属する更識商会もここにある。

「それでは皆さんご苦労様でした。次の出航予定は明後日11時の予定です。」

着いた桟橋で艦の前に集合した乗組員達に私は告げる。

ところでその乗組員達なのだけど、まんまアニメに出てきたモブキャラの娘達だ。

ゲームでいうところのNPCキャラという存在だけどそんなふうには見えない。

一人一人個性がありきちんと演じられている、個々に声優さんが付いている様に。

ゲームではせいぜい2、3人しか出なかったし当然声優さんなんて付いていなかった。

私の目の前に並ぶ娘達は総勢40人は居る。

ご丁寧に着ている服装もまたIS学園の制服だ、もちろん私もなのだけど・・・

ここまで徹底しなくてもと私は思うのだけど。

「では解散です。」

私の声で乗組員達はお喋りをしながら解散してゆく。

「この後どうする?」

「ケーキ屋行こうよ、例の新作食べに。」

「ああ、早く寝たいよお・・・」

「ってあんた寝てばかりじゃない。」

ああやって話しながら歩いていく姿はまさに女子高生達である。

そんな彼女達を見送り、私は港に併設されたドックへ向かう。

艦の整備と補給を頼む為だ。

ゲームではドックのメニュー画面からクリックすれば終わったが、さすがにこの世界でそんなではない。

ドックまで行って頼まなければならない。これだけは不便になったなんて思ったりする。

「やあやあよく来たね簪ちゃん。」

整備と補給を依頼する為ドック事務所に着いた私を迎えてくれたのはここの主である篠ノ之 束さんだ。

そう彼女がである。アニメではIS開発者であり黒幕的存在の彼女はこの世界ではドック責任者として私をサポートしてくれるのだけど・・・

ゲームでは受付担当のキャラに名前が付けられたので面白半分で付けてみたのだけどまさかこうなるとは。

まあ彼女は受付ではなくドックを仕切るだけでなく各種艦船や装備の開発や改良も担う、アニメ顔負けの優秀な人だ。

容姿は・・・ウサミミ装着のカチューシャをつけた、エプロンドレスとそのまんまだ。

容姿だけでなく声や口調までそっくりだ、ちなみに声はもちろんりりかるなあの人だ。

まあそれを言ったら私だって、自分の声なので分かりにくかったけどアニメの更識 簪だし。

「補給と整備だね・・・この束さんに任せておきなさい。なんなら改造して・・・」

「いえ補給と整備だけでお願いします。」

優秀な人なんだけど時々暴走するのだ。

前にも「新型魚雷作ったんで試してみて。」と言われ使ってみたことがある。

確かに威力は凄かった、いや凄すぎた。

何しろ岩礁ごとシーサーペント数十匹を吹き飛ばしたのだ。

いくら何でもオバーキル過ぎた、私は二度と使う気がしなかった。

他にも照射電波だけでシーサーペントを焼き殺した電探とか快挙にいとまがない。

そう言えばドックの機能に開発もあり、時々トンでもないものが出来ていたけど、まさかそれを再現する為にこの世界で束さんがドック担当になったんじゃないかと思ってしまう。

「そうかそれは残念。まあ色々開発中だから期待してほしいな。」

「いえそこまでは・・・」

この人そのうち本当にISでも開発してしまうんじゃないかと危惧している。

そんな物が出来たらゲームバランスが狂って大混乱必死だろう、奇しくも彼女がISを開発し世界を混乱させたアニメの世界の様に。

「それじゃバイバイね。にゃははは・・・」

「・・・・・・・・」

相変わらず人の話を聞かない人だ、それでいて用件はちゃんと伝わっているのだから不思議だ。

 

ドックでの用事を済ませ私は商会の入っている建物に戻って来た。

ここは商会の事務所と共に私達姉妹の住居も兼ねている。

私は事務所の出入り口ではなく裏口の住居用の方に回る。そして扉の前に立つと・・・

扉を開けず暫く佇む。正直言って開けたくはないがここで何時までも居る訳にもいかない。

意を決して扉を開ける私の前に立つ、どこか似た容姿を持つ女性。

「お帰りなさい簪ちゃん。さあ私の胸の中に来て、そして熱いベーゼを・・・」

思いっきり扉を私は閉めると、深い溜息を付く、毎回よく同じ事を出来るものだと呆れながら。

「あ~簪ちゃん何で閉めるの?」

誰だって開口一番あんな事を言われればそういう反応を示すと思うんだけど。

「普通に迎えて下さい姉さん。」

「わかったわよ~簪ちゃん冷たい。」

その答えに呆れながら私は再度扉を開ける。

「お帰りなさい簪ちゃん。」

「・・・ただいま姉さん。」

先程とは打って変って穏やかな表情で迎えてくれるこの人は更識 楯無。

更識商会の会長であり私更識 簪の姉である。

優秀な頭脳とカリスマ性を持つ完璧超人だ。

それは年齢的にいうなら高校生くらいの彼女が商会(会社)の会長(社長)をやっていることでもわかる。

自分より二回りも違う年齢の相手と堂々と渡り合う人だ。

年齢だけではなく、海の仕事に従事しているだけに気性の激しい人も多いのにそれも意にしない。

悪魔相手だって条件さえ合えば契約を取っとくる、姉を知る人達がよく言う台詞だ。

そんな姉だが、私(妹)に対しては今の様になってしまうのだ。

アニメでは妹思いのいい姉だったのに、いやここの世界の彼女も私のことを気遣いサポートしてくれるいい姉であるのだけど、接し方が過剰なのだ。

大体女同士(しかも姉妹だ)で抱き合ったり、キスするなんて倒錯的な趣味は私には無い。

・・・男だったら、いやそれはそれで問題かもしれないけど。

 

姉の傍迷惑な出迎えを受けた後、私は自分の部屋に行き着替えるとリビングに入る。

そこでは姉が既にお茶の準備を整えて待っていた。

「ささ、簪ちゃん私の膝の上に・・・いえ何でもありません。」

とんでもないことを言い掛けたので一睨みした、まったく・・・

とりあえず姉の前の席に座る私。

「こほん、今回もご苦労様でした。第12漁船群や漁師ギルドの連中からもお礼が来ているわよ。」

会長として私に労いの声を掛ける姉はそれだけ見れば仕事の出来る女性だ・・・何時もこうだといいのに。

あと姉の話に出てきた漁師ギルドというのはまあ組合の事だ。この辺の漁師達をまとめる存在だ。

この港は様々な者達の活動拠点となっている関係上、他にも貨客船の船員ギルドやトレジャーハンター達のハンターギルドなどもある。

もちろんうちみたいな商会の所属する商会ギルドだってある。

「それは光栄ですね、でも私だけで出来たわけでないので後で乗員の皆さんにも言って下さい。」

「もちろん言うけど・・・ほんと簪ちゃん謙虚ね。」

「別にそんなつもりはないんですけど。」

そうは言っても私だけでは何も出来ない、乗員の皆とまほろばがあればの事だと思っている。

ここでまほろばについても触れた方が良いかもしれない。

更識商会所属駆逐艦まほろば。

これは太平洋戦争時の日本の陽炎型駆逐艦がモデルでゲーム開始時に自分の趣味で選んだものだ。

まあISとは別の女子高生が軍艦に乗って戦うアニメの影響が大きいのだけど。

・・・艦長や乗員達が少女ばかりなのはそういう訳だったりする。

もちろんゲーム的な様々なギミックがあるので陽炎型そのままではないけど。

というかこの世界のまほろばは束さんが魔改造しているので少々チートだったりする。

「まあいいわ、そこが簪ちゃんの良い所だしね。」

にこにこ笑って言う姉に私は肩を竦める。

「ああそれから明日休みの予定のところ申し訳ないけど漁師ギルドの長が相談したいって来るから宜しくね。」

「漁師ギルドの?」

ギルドの長が来ると言うのだからかなり重要な話ということになる。

「わかりました、それで何時頃にいらっしゃるのですか?」

「午後一番、1300であります艦長。」

「1300ですね会長閣下。」

おどけて言う姉に私も茶目っ気たっぷりに返すと二人揃って笑う。

「ふふふ・・・それじゃ風呂にでも入りなさい、私と一緒にね。」

「必然性を感じませんけど会長閣下。」

「命令です艦長。」

そんな理不尽な命令は御免だと抗議しようとしたが・・・

「ちょっと引っ張らないで、ってここで服を脱がさないで姉さん。」

抗議する間も無く風呂に連行されました、この人アニメ同様身体能力が凄いのだ。

 

「もう・・・一時期みたいに恥らってくれないんだから。」

風呂からあがって再びリビングに戻った私に姉が言ってくる。

「姉さんに鍛えられましたから。」

皮肉でもなくこれは本当の事だったりする。まあ鍛えてくれたのはそれだけでは無いのだけど。

この世界に来て一番困惑したことといえば、自分の身体についてだった。

何しろ女性、いや少女の身体に男の精神だったのだから大変な思いをさせられた。

自分だけでなく他の女性の下着姿や裸を見るたびに卒倒しかけ、同性同士のコミニケーションに苦労させられた。

だがそれも数ヶ月で何にも問題無くなってしまった。

何しろまほろばに乗れば回りは同じ年代の少女達。接触(物理的にも)する機会は多い。

それを仕事によっては数週間も繰り返すのだ、しかも帰って来れば姉が風呂に引きずり込んだりベットに進入するなんてしょっちゅうだったのだ。

いい加減慣れてしまう・・・ハッキリ言って嬉しくもなかったけど。

今では自分や他の女性の下着姿や裸を見てもそれ程動揺しなくなったし、コミニケーションも良好だ

・・・正直言って元に戻ったらどうなるのかと怖くてしょうがない。

 

「では夕食の準備を・・・食事が終ったら一緒に寝・・・」

「寝ませんから。」

釘を刺しておく、そうでもしないとこの姉は平気で潜り込んで来る。いくら慣れてきたとはいえ羞恥心は無くなったわけではないのだから。

「ち・・・まあいいわ、ふふふ。」

絶対潜り込む気満々な姉だった。一応鍵は掛けているがこの姉には無意味で意とも簡単にピッキングしてしまう。

自分の能力の使い道を絶対間違えている気がしてならない。

 

食事の後、鍵を掛けて寝たがいつの間にか部屋に進入された、もちろんベットにも。

 

 

 

 



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No.03ー繁殖地攻撃作戦1ー

更にISからのキャラ登場。
3人とも好きなキャラです。
あとはいふりも好きです、というか女の子達が軍艦に乗る話が。



翌日1450

更識商会・事務室

「おはよ~かんちゃん~」

漁師ギルドの長さんとの会合の為に商会の事務室に来た私を間延びした口調で迎えるのは布仏 本音さん、通称のほほんさんだ。

ISからの登場人物だが、設定していないのに登場しているキャラの一人だった。

役目は商会の事務一般。生徒会書記という肩書きが登場の理由なんだろうか?

「おはよう本音。」

同じ商会の人間ということで私達は結構仲が良い方だと思う。

「っておはようという時間じゃないけど・・・」

「そうかな~今日初めて会ったから~かな。」

「私に聞かれても・・・」

首を傾げてそう聞いてくる彼女に私は苦笑いする。

いつも眠たそうな本音だが、事務の仕事については優秀で姉の良き秘書役だ。

「そうそう~ギルドの長さん~来てるよ会議室に~」

どうやら長さんは到着済みの様だった。

「ね、会長は?」

「会長さんはね~電話中だよ~先に行く様にって。」

「了解。あ、お茶の方よろしく。」

「まかせてよ~」

袖丈が異常に長い(アニメでもそうだったけど)を振って答える本音。

「く~う~」

「寝ないようにね」

 

「がはは!!!更識会長お久しぶりですな!!!」

「ええお久しぶりですギルド長、お変わりなく。」

会議室に響き渡る豪快な笑い声、机の上のカップが振動しているのが分かる。

というか相変わらずこの人の声は大きい、いや大き過ぎると私は毎回思うのだ。

さっきから私は耳鳴りしているのだが、姉である会長閣下は平然としている。

「おう!!!守護天使殿もお元気そうでなにより。先日の漁船群救助ご苦労様!!!」

「こ、光栄ですギルド長さん・・・あ、あとそれ止めて下さい。」

耳鳴りに耐えながら何とか答える私。正直言って逃げ出したい気分だ。

まあ性格は豪快で人情味に厚くて多くの漁師に慕われている人だけど。

私も好感の持てる人だと思うが、毎回会う度に耳鳴りにあわされるのには閉口させらる。

あとギルド長さんの言っていた守護天使というのは私に付けられた称号みたいなものだったりする。

北方海の守護天使、何とも大それた二つ名を私は持たされている。

多分これはゲームから来たものだと思う。

というのもゲームではある程度仕事(いわゆるクエスト)をこなすと称号が授与される様になっているからだ。

ゲームプレイ時、つまりここに来る前にそんな称号を授与された記憶がある。

精々ステータス画面の称号欄に記載されるだけで、ゲーム上何かあるわけではなかったものだったが、こちらの世界では二つ名として認識されるらしい。

普通は条件を満たせば誰でも貰える称号だけど、こちらの世界では持っているのは私だけだった。

多くの人達を助けたからこそだからとも言えるけど恥ずかしいことには代わり無い。

ちなみに姉に「守護天使様ごきげんよう。」と言われたので

「ごきげんよう・・・今度それ言ったら姉さんとは今後呼びませんから。」

と言ったら二度とそう呼ばなくなった・・・(溜息)

「それでギルド長さん、相談されたい事とは?」

「おっとそれを忘れるところでしたよ。」

いやその事で来たのに忘れないで欲しい、半分飛びかけた意識でそう思う。

 

「シーサーペントの繁殖地らしきものですか?」

「ギルド所属の漁船が見たと報告してきましてね。」

操業中の漁船がある岩礁付近に遠くからだが見たらしい、ギルド長さんそう話してきた。

繁殖地・・・そのものずばりシーサーペント達が生み増える場所だ。

連中は適当な岩礁などに卵を産みつけ、生まれた幼生体をそこで育てるのだ。

普通は海域の奥深く、人が滅多に近寄らない所に作られるのだけど。

今回目撃された場所が問題だった、漁場や港に向かう航路に近すぎるのだ。

「船員ギルドやハンターギルドの連中とも連絡を取り合っておりますが、今のところ被害は無い様ですが・・・」

ギルド長さんはそう言って額を叩く。この時ばかりは声も小さくなる様だ。

「そんな所で繁殖されたら厄介ですね、下手をすれば港に接近される恐れがありますわ。」

会長である姉も深刻そうな表情を浮かべる、確かにそうなれば多くの船が危険に晒される事になる。

「そうなのです。よって3ギルド連名の依頼として更識商会さんにその除去を、というわけです。」

場に沈黙が落ちる。ギルド長さんは腕を組み、姉は愛用の扇子を展開しながら。

もちろん私も押し黙ったまま中を見る。

「非常に危険な依頼ですわ・・・まほろばと言えども。」

そう言って私を見る姉。最終的な判断は任せるつもりみたいだ。

「そうですね、まず接近するだけでも骨です。向こうも必死になるでしょうし。」

シーサーペント達にとっては大事な場所だけに連中の抵抗は強いだろう。

「・・・ですが出来ない話ではないと思います、まほろばならば。」

ギルド長さんは安堵の表情を浮かべ、姉は溜息をつきつつ扇子を閉じる。

「貴方がそういうのなら信じましょう。」

「流石は守護天使殿ですな、頼もしい。」

こうして更識商会によるシーサーペント繁殖地殲滅作戦が行われることが決定したのだった。

 

「貴方の判断を疑う訳ではないけど・・・本当に大丈夫なのかしら?」

ギルド長さんが帰った後、姉がそう聞いてくる。

会長としても姉としても心配なのだろうことは声や表情を見れば分かる。

「私はまほろばと乗員の皆を信じてますから。問題があるとすれば火力ですね。」

繁殖地のある岩礁は結構大きい。まほろばの搭載魚雷を全て打ち込んだとしても破壊出来るかどうか。

そこまで考えて私はあれを思い出す、そう束さんが作り出したあれだ。

「こうなったら例の魚雷を使うしかないかもしれませんね。」

「例のって・・・まさか使う気なの簪ちゃん?」

姉にも分かったらしく扇子で口元を覆いながら表情を引きつかせる。

あの魚雷だったら4本打ち込めば全て吹き飛ばせるだろう、はっきりいってゲームバランスも何もあったものではないけど。

運営あたりからアカウント停止を警告されるレベルだろう。

この世界にそんなものがあればの話しだけど。

「使用に関しては十分注意します。」

出来れば私もあんなもの使いたくは無い。だけど乗員皆の安全が第一だから、必要なら躊躇する気はまったくない。

姉は私の言葉に肩を竦めて笑掛ける。

「分かったわ。さっき言ったけど私は貴方信じているから。」

「・・・信じて頂いて感謝します。期待を裏切らない様に微力をつくします。」

私は姉の言葉に深く頷きながら答えるのだった。

 

翌日1100。

まほろば専用突堤。

私が到着すると、乗員の皆は既に集合し終わっていた。

「お早うございます艦長。」

皆を整列させてくれた副長、相川 清香さんが挨拶してくる。

そう彼女もまたISから来た設定した覚えの無いキャラだったりする。

副長としては優秀で私も頼りにしているのだけど、他人の恋愛関係にやたら詳しい。

情報収集力が高いのは分かるが、それを何に使っているのかと頭が痛くなる娘だ。

姉同様自分の能力の使い道を絶対間違えていると思えてしょうがない。

「お早う副長。全員問題無いですか?」

「問題無しです、総員40名揃ってます。」

整列し私の言葉を待っている皆くを見渡す。

「お早うございます皆さん。」

「「「「お早うございます艦長。」」」」

皆の元気な声に私も自然と笑みが浮かんでしまう、しかし伝えねばならない事を思うと少々気が重い。

「本日の依頼ですが・・・シーサーペント繁殖地の殲滅になります。」

ざわ・・・乗員の皆に動揺が広がるのが分かる。

仕方が無いかもしれない、繁殖地殲滅は依頼の中でも特に危険度の高いものだからだ。

ゲームをやってた時も注意しなければキャラや艦を失いかねないものだった。

「確かに難度の高い依頼ですが、私は皆さんの協力があれば可能と信じています。」

一旦言葉を切り皆を見渡す。

「各自の責任を果たしてください、そして皆で港に帰って来ましょう。」

私の言葉に乗員の皆は笑みを浮かべて頷いてくれる。

「では相川副長、出航準備を。」

「了解です、皆さん始めて下さい。」

「「「はい。」」」

相川副長の声に乗員達が返事を返し、それぞれの配置場所に散って行く。

「それじゃ生きましょうか。」

私は後ろに居た二人に話し掛けるとまほろばに乗り込む。

まほろば艦橋。

「燃料と砲弾、魚雷の積み込み完了。あの魚雷の扱いは注意して。」

「食料と水の積み込みは終った?」

「消耗品は?え、トイレットペパーが足りないって何処かの航洋艦みたいに航海中切れたらどうするつもり?」

航行中に必要な物資の積み込みを確認する声が飛び交う艦橋。

「艦長出航準備間も無く完了です。」

「ありがとう相川副長、完了次第出航します。」

艦長席に座ると相川副長が報告してくれる。

それから私は後ろを振向き、今回の同行者である束さんとクロエさんを見る。

「本当に同行されるのですか?はっきり言って危険ですよ。」

今回の依頼で例の魚雷を使う為束さんに頼んだら、同行したいと申し入れがあったのだ。

正直言って今回の依頼に乗員以外の人を連れては行きたくなかったのだけど。

「大丈夫だって・・・私は簪ちゃんを信じているからね。」

無邪気な笑みを浮かべ答える束さん、信頼してくれるのは嬉しいけど。

「束様を野放ししておくと簪様に迷惑が掛かりますので付いて参ります。」

クロエ・クロニクルさん、束さんの義理の娘であり、公私ともにサポートしている少女だ。

「クーちゃんやだな束さんそんなことしないよ。」

「・・・無自覚なのは救いようがないですね。」

娘さんの筈なのだけど、クロエさんは束さんには結構毒舌だったりする。

「いや誉められると恥ずかしいな。」

「・・・はあ。」

まああまり効果は無いようだけど。

ちなみに彼女も容姿はアニメそっくり、設定した覚えの無いキャラの一人だ。

「ところで簪様、私をメイドとして雇って頂く件は考えてもらえたでしょうか。」

私の方に顔を向け聞いてくるクロエさん。何故か彼女は自分をメイドして雇って欲しいらしい。

「私は海に居る時間が多いから。クロエさんを連れて行くのは問題あるし・・・」

陸の上より海の上が多い生活をしている身では例え雇っても世話してもらう時間はないと思う。

それならまほろばに乗ってもらわなければならなくなるけど、出来れば乗員以外載せたくない。

今回程でないけど危険な航海がそれでなくても多いのだから。

「そうですか・・・残念です。」

本当に落ち込む様子を見せるクロエさん。私の何が気に入ったのだろうか?

「艦長、物資の積み込み完了しました。何時でも出発出来ます。」

「それでは出発しましょう、機関始動。」

相川副長の報告に私は気を取り直すと命じる。

「機関始動。」

機械音が聞こえ始めると床が微かに振動するのが分かる。

ちなみにゲーム登場艦の為か機関始動後直ぐに動ける、実際の陽炎型はそうは行かなかったみたいだけど。

そういう所とか少人数で動かせる点からまほろばは日本海軍の陽炎型駆逐艦と言うよりもはいふりの陽炎型航洋艦に近い様な気が最近している。

・・・影響を受けているのはISだけではなかったらしい。

「錨を上げて下さい。」

「錨を上げます。」

艦首から錨を巻き上げる音がしてくる。

「錨を上げました。」

「管理事務所に出航の連絡を。」

港の入港や出港を管理している事務所に連絡を入れて出港の許可をもらう様に頼む。

「管理事務所より出港の許可が出ました、あと航海の無事を祈るとのことです。」

「感謝を伝えて下さい。では両舷前進微速。」

「両舷前進微速。」

まほろばは突堤を離れて港の外に向かう。

 



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No.04ー繁殖地攻撃作戦2ー

「艦長、予定海域に入ります。」

出港してから6時間後、通常の航路を外れて前進していたまほろばは危険な海域に侵入しつつあった。

「総員戦闘配置、見張り及び電探は監視を強化して下さい。」

「総員戦闘配置繰り返す総員戦闘配置。」

「見張り及び電探は監視を強化。」

艦内にベルが鳴り響き、乗員達が皆配置についてゆく。

見張り員は露天艦橋の大型双眼鏡に取り付き、電探員はヘッドセットを付け表示装置を見つめる。

「第一から第三砲塔、自動装填装置作動開始。」

「第一魚雷発射管に通常魚雷、第二魚雷発射管に特殊魚雷装填。」

砲塔の自動装填装置が砲弾を装填し、魚雷発射管にも魚雷が自動的に装填されてゆく。

「全艦戦闘配置完了しました艦長。」

相川副長の報告に私は頷く。

「さあいきましょうか。」

 

前進を続けるまほろば、何か出てくるならそろそろと私が思っていると・・・

『艦長電探室です。進路前方より本艦に接近してくる目標を確認、数は2。』

やがてこちらの視界に入ってくる。

「シーサーペントです艦長。2匹とも中型です。」

大型双眼鏡で監視していた見張り員が報告してくる。

「第一砲塔射撃用意。」

『第一砲塔射撃用意、目標情報を射撃管制装置に入力。』

艦首の第一砲塔が射撃管制装置により旋回、二門の砲が角度を取り始める。

『目標捕捉確認、射撃準備よし。」

私は艦長席から立ち上がり双眼鏡で、こちらに突進してくるシーサーペントを見つめる。

まだ打たない、出来るだけ引き付け確実に命中させなければこちらがやられてしまう。

「射撃開始。」

『射撃開始。』

十分引き付けて射撃を開始、艦首の第一砲塔が火を噴く。

突進してきたシーサーペント2匹の頭部を砲弾が吹き飛ばす。

「取り舵30。」

「取り舵30。」

まほろばは進路を変更、撃破されどす黒い体液まみれの2匹を避けて前進を続ける。

「電探室より艦長、左舷後方より新たな目標が2、更にその後ろに3、急速に接近中。」

進むにつれシーサーペント達がわらわらとまほろばに集まってくる。

「後部第二及び第三砲塔射撃用意、撃破する必要はありません、接近を阻んで下さい。」

『第二及び第三砲塔射撃用意、目標情報を射撃管制装置に入力。』

艦尾にある第二と第三砲塔が後方から接近する目標に照準を合わせる。

『目標捕捉確認、射撃準備よし。』

「射撃開始。」

『射撃開始。』

第二と第三砲塔が射撃を開始、轟音が艦橋のガラスを激しく振動させる。

『見張りより艦長、後方の目標2に至近弾、その後ろの目標1に命中を確認。』

「取り舵戻して下さい、これで少し離れてくれるといいのですが。」

私は見張りからの報告を聞きながら命じる。

「取り舵戻せ。」

進路を戻しまほろばは更に進んで行く。

『後方の目標、3匹は脱落、1匹は不明、残り1匹尚も付いてきます。』

見張りからの報告が入る。どうやら1匹振り切れないようだった。

「左舷に並びます!」

左舷露天艦橋の見張り員が叫ぶ。

「左舷機関砲射撃開始。」

『左舷機関砲射撃開始。』

まほろばの左舷側に設置された機関砲がシーサーペントに向けられ射撃を開始する。

命中弾に身をよじるシーサーペントに更に追い討ちを掛ける機関砲、しかし離れ様としない。

「目標離れません、こいつ執念深い。」

思わず見張り員の少女がそんな愚痴を零すが、誰も突っ込まない。皆同じ気持ちだから。

「構いません、接近だけさせないで下さい。」

一匹だけに構っている暇は無い、接近させなければ十分だと私は判断する。

『艦長、電探室です、前方に目標の岩礁を確認しました。』

「艦長、左舷のシーサーペント命中弾多数を受け離れた行きます。」

どうやら目的地の手前までこれた様だ、邪魔者も居なくなった、あとは攻撃するのみ。

「取り舵一杯。」

「取り舵一杯。」

まほろば舵を左舷に切り、艦体右舷側を岩礁に向ける。

「舵を戻して下さい、右舷魚雷戦用意。」

「舵を戻します。」

『右舷魚雷戦用意。』

乗員達の復唱が艦内に響く。

まほろばは右舷側に特殊魚雷装填済みの第二魚雷発射管を旋回させる。

『第二魚雷発射管、目標左舷岩礁に照準よし!距離及び発射角に問題なし。』

「艦長、岩礁手前にシーサーペント5匹が立ち塞がっています。」

岩礁を守るため盾になるつもりの様だった、彼らも必死なのだろうがそれはこちらもだ。

「第一魚雷発射管をシーサーペントに向け発射!蹴散らして。」

『第一魚雷発射管発射します。」

魚雷4本が第一魚雷発射管から放たれ、着水すると海面下を疾走してゆく。

「魚雷到達、今。」

ストップウオッチを見つめていた水雷長を務める少女が叫ぶ。

その声と同時に岩礁手前にいるシーサーペント5匹に命中する魚雷、激しい音と水柱が上がる。

「岩礁への魚雷進路クリア。」

見張り員の言葉に私は第二魚雷発射管の発射を命じる。

「第二魚雷発射管発射して下さい。」

『第二魚雷発射管発射!』

特殊魚雷、通常魚雷と違い赤く塗装された、が発射管から発射される。

「取り舵一杯!両舷前進全速。」

魚雷を発射したまほろばを離脱させる、ここからは時間との勝負になる。

「魚雷命中まで30秒!」

水雷長がストップウオッチを見ながら報告する。

「あと20秒!」

「20秒前、総員衝撃備えて下さい。」

水雷長のカウントを聞きながら私は艦内放送で乗員達に叫ぶ。

艦橋の乗員達は機器などに掴まり、私も艦長席の肘掛を両手で握り締める。

「あと10秒・・・5秒、3・2・1、命中今!」

その瞬間先程の魚雷命中時とは比べものにならない音と艦が転覆してしまうかと思うほどの衝撃が襲い掛かってくる。

「「「きゃあ!!!」」」

艦橋の乗員達が悲鳴を上げる、いや他の乗員達も艦内各所で同じ様に上げているだろう。

私は悲鳴こそ上げなかったが、掛けていた眼鏡が吹き飛ばされてしまった。

やがてまほろばを襲っていた激しい上下左右の振動が収まってゆく。

「艦に損害が無いか確認を急いで下さい、目標はどうなりましたか。」

私は素早く艦内放送で指示すると、結果を確認しようとする。

「も、目標・・・・消滅、跡形もありません。ついでにシーサーペントも同じです。」

驚いているとゆうより呆れたという感じで報告してくる見張り員。

私は立ち上ると露天艦橋に出て、岩礁の方を見る。

攻撃前に岩礁のあった所には今や何も無かった。

大きさはまほろばの倍はあった筈だ、そしてその周りに蠢いていたシーサーペントは20匹は居たのだけど・・・・

どす黒い体液で汚れた海面上にはバラバラになった身体が浮いているだけだった。

「めちゃくちゃですね・・・相変わらず。」

傍らに来た相川副長が私に眼鏡を渡してくれながら言う。

「同感ですね、私達あんな物載せていたんですね。」

眼鏡を受け取りながら私は答える。今更ながらとんでもない物を扱っていた事に冷や汗をかく。

「艦長、艦に被害は・・・」

『わはは・・・この地獄の錬金術士の力を見たか愚民ども。』

報告しようとした乗員の声に重なるようにスピーカから艦内に声が響き渡る。

これって束さんの声?

『ちょ、束さん勝手に艦内放送始めないで下さい。』

どうやら束さんの様だ、どうやら勝手に艦内放送を始めてしまったらしく乗員の娘が止めようとしている。

「・・・束さん確か第二魚雷発射管の管制室に居た筈よね。」

例の魚雷の最終調整を行う為クロエさんと共に管制室行ってもらったのだけど。

「その筈ですが・・・何ですか地獄の錬金術士って?」

相川副長は呆れた表情で答える、まあ確かにあれは私もどうかと思うけど。

「自分の今の姿は仮初で、本当の姿はこの世界を滅ぼす為に異界から来た・・・らしいわ。」

時々束さんは自分の発明品の結果を見て興奮するとこんな事を言い出す。

・・・・何となく冗談に聞こえないのが恐ろしい。

「はあ、それで地獄の錬金術士ですか?」

相川副長はどう反応して良いのか分から様だった、まあ気持ちは分かる。

その後も束さんは地獄の業火に焼かれるのだとか、この邪眼が光って唸るとか続けている。

「よろしいのですかこのままにして?」

相川副長が聞いてくるが、私は肩を竦めて答える。

「まあ放置しておいても構わないでしょう・・・どうせ直ぐに静かになるでしょうし。」

「・・・・?」

私の答えに相川副長は不思議そうな表情を浮かべるが、直ぐに私の言った意味を理解する事になる。

『さあ愚民どもよ、私の声を・・・』

『束様。』

何時までも続くか分からなかった束さんの口上は冷たい声に突然遮られる。

これはクロエさんの声なのは私には直ぐに分かった・・・これから起こる事も当然に。

『あの様な発言はお止め下さる様散々申しあげた筈です・・・どうやら分かって頂けない様ですね。』

『えっとクーちゃん、その手に持っている物って何かな?いくら束さんでもそんな物使われたら・・・』

『問答無用です束様。』

次の瞬間凄まじい打撃音と女性としてはどうかと思う悲鳴が艦内放送で流れた。

「・・・・成る程よく分かりました艦長。」

十分理解出来ましたという表情を浮かべ相川副長は頷く。

「皆も気にしなくても構わないです、これで当分静かになるでしょうから。」

周りの乗員達も相川副長同様に理解しましたという表情を浮かべ頷く。

まあ自業自得だし、こうなったクロエさんに逆らわない方が身の為だから。

「それでは帰港しましょう、皆さんお疲れでした。」

「「「「はい艦長。」」」」

私の言葉に相川副長と乗員達は返事をするとそれぞれの部署に戻って行く。

・・・最早誰も、もちろん私もだが束さんの事を気にしていなかった。

 

ちなみに束さんは港に着くまでまったく意識を取り戻さなかった。

ほんとクロエさんは束さんに情け容赦無い事を理解させられた私達だった。

 

1645、繁殖地殲滅作戦終了。

 




戦闘シーンには結構手間取りました。
他の方は凄いですね、私はああはいきません。
何かこつでもあるんでしょうか?

次回は、シャルロットを登場させるつもりです。

それでは。


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No.05ー巨大シーサーペントとシャル1ー

祝・伊400入手記念という訳で登場させてしまいました。
まほろば?知らない娘ですね(笑)。

実は軍艦の中でも潜水艦は結構好き艦種だったりします。
最初この話には潜水艦を出そうと思ったのですが、旨く書けず駆逐艦になった
という経緯があったりして・・・

ちなみに潜水艦好きになっったのは、「サブマリン707」や「青の6号」が
きっかけだったりします、あと「スパー99」とか(ご存知の方いるかな?)

あと、シャルロット・デュノアと織斑 千冬を登場させます、
二人共ISの登場キャラでは結構気に入っているので、暫らく簪と行動を共に
してもらうつもりです。

*タグに「アルペジオ」と「伊400」、「ガールズラブ」追加。



北方海最北端洋上

 

その日私は北方海の奥深い海域まで来ていた。

そこは流氷に囲まれ濃霧に包まれる海域なのだ。

私にとってはほとんど来たことが無い場所でもある、というのもまほろばでは航行しにくいからだ。

流氷で艦はスピード出せず、艦の回避運動がしにくいうえ濃霧は監視を困難にする。

お蔭で駆逐艦のスピードと機動性を発揮出来ない海域なのだ。

そうなれば艦体の耐久度(HPみたいなものか)が低い駆逐艦は多くの面で不利になる。

ここまで考えていた私はゲームにあったある限定海域のシナリオを思いだした。

確かあれは今回の様に北方海の奥にある海域で起こるクエストをこなしてゆくやつだ。

当時もっていた艦はまほろばだった為やってみたことは無かったけど。

 

だから私は何時ものまほろばでは無く、潜水艦を指揮している。

潜水艦そうりゅう、それがこの艦の名前だ。もちろん束さんが開発したものだ。

でもこれどう見ても日本海軍の伊400なんだけど、ご丁寧に艦のカラーは青。

アルペジオのイオナですか?まあ、クラインフィールドもメンタルモデルも出てこないけど。

 

「艦長、島まで60キロです。」

航海長が海図テーブルから顔を上げて報告して来る。

「分かりました、潜望鏡深度まで浮上して下さい。」

「潜望鏡深度まで浮上します。」

どうもずっと水中に居て外の状況を見られないというのは辛いものがある。

まほろばの艦橋は開放的なのにそうりゅうには窓など無く閉鎖的だ。

「艦長潜望鏡深度です。」

「両舷微速、進路そのままでお願いします。」

「両舷微速、進路そのまま。」

私はレバーを引き、すぐさま潜望鏡を上げると覗き込む。

前方に島、そして立ち塞がる様に広がる白い氷の群れが見える。

「いよいよですね、電探はどうですか?」

私の問いに、電探の表示画面を見ていた乗員の娘が答える。

「島以外に反応無しです艦長。」

「水測、感はありますか?」

ヘッドフォンを付け聴音機を操作していた水測員が答える。

「周辺に感なし。」

それなら浮上しても構わないだろうと私は判断する。

「浮上します、メインタンクブロー。」

「浮上メインタンクブロー。」

浮き上がる様な感覚、文字通りそのものだけど、を感じているとやがて艦の揺れを感じる。

水中では殆ど感じないものだ、艦が洋上に居るのが分かる。

感覚的にはこちらの方が私としては慣れたものだと言える。

司令塔に上がると外の寒さに震える。何時もの海域よりかなり寒さが厳しい。

防寒用の特殊な服を着ていても長くは居たくないと思いつつ暫し回りを見る。

「偵察用気球の用意を。」

「了解しました、直ぐ準備します。」

この世界にはいわゆる飛行機と呼ばれる物は存在しない。

だから遠距離の索敵には気球を利用している。特に潜水艦は索敵能力が低いから重要だったりする。

そうりゅうは伊400そのものだったから大きな格納庫を持っておりそこに気球を搭載していた。

一応カタパルトらしきものを持っているが必要はないものと私は思っていたのだけど・・・

だが出発前に格納庫を見たときに気球以外の細長い筒状の物を見たのだ。

どうやら噴進弾らしく、束さんはこれの実験もしたい(させたい)らしい。

つまりカタパルトでは無く噴進弾発射用のレールという事らしい。

・・・出来れば使いたくは無いものだけど。

その格納庫の扉が開けられ、乗員の娘達が気球を引っ張り出し、上げる準備を始める。

やがて準備が整い島の偵察の為に所定の高度まで気球が上げられてゆく。

「艦長島の映像が出ました。」

小型のモニターを調整していた相川副長がそう言って、私に見せてくれる。

モニター上に写る上空から見た島の様子、何か建物らしき物が確認出来る。

あれがデュノア商会の観測施設ですね、見たところ異常は・・・

「これは?」

「艦長何かありましたか?」

画面を見ていた私が漏らした言葉に相川副長が聞いてくる。

「火災でもあったみたいですね。」

モニターに焼け落ちた建物が見えるのを、私が指差して相川副長に教える。

「・・・確かに、これは酷いですね。」

相川副長が繭をしかめる。通信の途絶はこれが原因だろうか?

こうなるといよいよ彼女の事が心配になってくる。

「気球を回収して下さい、終了後潜行して島に向かいます。」

「了解です艦長。」

相川副長は頷くと甲板上で気球を操作していた者達に気球を回収する様に伝える。

ケーブルが巻き取られ気球が降りてくると、乗員達はそれを手早く格納庫に収め扉を閉める。

それを確認した私は発令所に降り指示を伝える。

「島に向かいます、深度70メートルまで潜航して下さい。」

「了解島に向かいます、深度70メートルまで潜航。」

命令が復唱されそうりゅうは潜航を開始する。

その様子を見ながら私が何故このそうりゅうに乗ってこの海域にいるのか思い出していた。

それは一週間程前に遡る・・・・

 

ハンターギルド

ギルド長室

「わざわざ来て貰って悪いな二人共。」

その日私こと更識 簪は姉の更識 楯無と共にハンターギルドのギルド長に呼ばれた。

トレジャーハンター、海底や島々にある資源や遺物などを探し出す。

時には様々な調査や捜索なんて事も請け負う人達のこと。

ハンターギルドはそんなハンター達が所属する、言わば後援組織だ。

依頼の斡旋、武器や装備の流通ルートの確保、トラブル時の相談や支援など業務は多い。

その北方海のハンター達を仕切るギルド長、その名は織斑 千冬。

そうあのブリュンヒルデの人だ。まあこの世界にはISは無いのでその称号は別の意味で付いている。

彼女は北方海以外の海域でもトレジャーハンターとして名を馳せたこの世界最強の人なのだ。

ちなみに弟がいるらしいが今は別の海域に行っているらしい、そのうち彼も登場するのだろうか?

 

「いえいえ・・・ギルド長直々のお呼び出しとなれば出向かない訳には行きません。」

愛用の扇子で口元を隠しつつ答える、更識商会の会長殿。

ここに着くまで「簪ちゃんとの一時を邪魔された。」と言って拗ねていたのを忘れた様に。

まあ何時もの事なので私は気にしないけど。

「そうか・・・」

苦笑いしているところを見ると、織斑ギルド長も気付いているみたいだけど。

「更識妹の方も久しぶりだな、活躍は色々聞いている。」

私に向かっても微笑みながら挨拶してくれる。

「ありがとうございます。」

こちらも微笑んで答えておく。

「それで御用の向きはギルド長様?」

姉の顔が引きつっていたのは・・・気にしないで置いとく、どうせ「簪ちゃんの笑顔を・・・」

と考えているだけだろうし。

「実は更識商会に救助を依頼したい。」

「救助ですか?」

姉が首を傾げる、それはそうだろう今まで救助をギルドから依頼された事は多いが、ギルド長自らと言うのは初めてだったからだ。

通常はギルドの事務方から依頼が入る。

「詳細を聞かせて頂きますか?」

姉の表情が商会の会長としてのものに変わる・・・何時もそうしてくれれば尊敬出来るんだけど。

「ああ実はな・・・」

織斑ギルド長の話、それは北方海域の最奥、氷に覆われた海域にあるデュノア商会の観測施設から、一週間前に緊急通信が送られてきたらしい。

「通信の内容は?」

私の質問にギルド長は一瞬沈黙した後話始めた。

「『施設にトラブルが発生し深刻な状況になっている、救助を願う。』と。」

「トラブルの内容は?」

織斑ギルド長の言葉に姉が聞き返すと彼女は首を振り答える。

「その通信以後連絡が取れなくなった。」

「・・・・・・」

私と姉は顔を見合わせる、どうやらかなり深刻な事態になっている様だ。

「商会は救助の為船を送ったのだが、施設のある島を流氷が囲んでいた為断念した。」

ギルド長そう言って溜息を付く。

「つまり船は使えん、だが潜水艦なら流氷の下を通って救助に行けるのではないかと考えた。」

「でも我が商会には潜水艦なんてありませんけど。」

織斑ギルド長の言葉に姉が聞いてくる、まあうちにはまほろばが有るし必要ないだからだが。

「それについてだが、束に聞いたら速攻で用意すると言っていた、前に造った奴があるそうだ。」

それを聞いて姉の表情が引きつった、いや多分私の表情も。

「心配しなくてもあの馬鹿兎が暴走しない様にクロエに頼んである。」

アニメ同様、この世界でも織斑ギルド長こと千冬さんとドック管理兼開発責任者の束さんは親友同士らしい、もっとも千冬さんはあんなのと知り合いだという事が自分にとっとは最大の不幸だと公言しているけど、クロエさん同様容赦ないが仕方がないだろうとは思うけど。

しかしそれなら安心出来る、あの束さんもクロエさんは逆らえないし。

「・・・簪ちゃんはどう?」

姉は暫し考えてから私に振ってくる、実際救助に行くのは貴女、決断は任せるという所だろう。

「助けを求められているのなら私は行くつもりです。」

その答えを聞き、姉は苦笑し、織斑ギルド長はほっとした表情を浮かべる。

「あとこれは含んでもらいたいのだが・・・」

織斑ギルド長は私の顔を見て言う。

「救助してもらいたいのはシャルロット・デュノア、デュノア商会会長の娘なんだが・・・」

デュノア商会と聞いてそうじゃないかと思ったけどやっぱり彼女だった。

「彼女はデュノア商会内では微妙な立場にいる、それが今回事態を複雑にしている。」

「確か彼女は正妻とは違う女性が母親だとききましたけどそれが原因で?」

シャルロット・デュノアはこの世界でもアニメ同様の生い立ちらしい、私は内心溜息を付く。

「まあな、だから今回の依頼は内密にして置きたいらしい、余計な波風を立てない為にも。」

織斑ギルド長は複雑な表情を浮かべる。

「だからデュノア商会会長は個人的なつてを使って私に依頼してきたんだ。」

「それはデュノア商会として正式に依頼を出せないからと言う事ですか?」

姉が扇子で口元を隠しつつ織斑ギルド長を見ながら聞いてくる。

「そういう事だ・・・会長としては商会を、父親としては娘を守りたいという相反する立場故の苦渋の決断だ。」

両方の立場を放棄出来ないからか・・・聞いていて何か複雑な思いを私は抱く。

「だからお前達に頼みたい、腕は確かで口の堅いお前達にな。」

笑って織斑ギルド長は姉と私を見る。

「分かりました・・・そこまで言われるのでは断れませんね。」

姉も笑みを浮かべて答える。

「それでは引き受けてもらえるな。」

姉の言葉に織斑ギルド長が聞き返してくる。

「そこまでお膳立てしておいて・・・よくおっしゃいますわギルド長?」

「ふん、会長殿だって大方予想ついたんだろう今回の依頼の裏くらい。」

何だろう見てはいけない姿を見せられている気分だった。

「「ふふふ・・・」」

そんな二人を見ながら私は再び内心で溜息を付いた。

 

こうして私は北方海の最奥まで来ている訳だ。

そんな裏の事情を思い出し溜息と付きつつ、何となく周りにいる乗員の娘達を見る。

別に変なところがある訳では無いのだけど・・・私は少々鬱な気分になる。

「やっぱり皆スタイル良いな・・・」

「?何か艦長。」

私の視線に気が付いたのか相川副長が聞いてくる。

「・・・何でもないですよ。」

「?」

今副長や乗員達は、いや私もだけど特殊な艦内服を身に纏っているのだけど、これがアニメに出てきたISスーツにそっくりなのだ。

もちろん寒冷の海域だけに腕や絶対領域の露出は無いけど身体のラインがまともに出てしまうのは変わりが無い。

この艦内服は特殊な服で、完全防水に防寒仕様で冷たい海水の中でも使用可能な服だ。

まほろばと違い非常時には海中に脱出しなければならない可能性の高い潜水艦では必用なものだが、

そうと分かっていても、この格好では他の娘とのスタイルの差が気になってしまう。

けっして貧弱では無いと思うのだけど・・・まあこんな事を考える辺り思考が女性化しているのかも知れないと別の意味で鬱になるが。

「艦長、前方に流氷の無い海面が広がってます。」

どうやら島の傍には流氷の無い所あった様だった。

「分かりました、浮上して下さい。」

頭を振って余計な事を考えるのを止める、今すべき事の方を優先しなければ・・・

 



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No.06ー巨大シーサーペントとシャル2ー

前回シャルロット・デュノアを登場させますと書いて、実は今回からだった事に
投稿してから気付いてしまいました、大変失礼しました。
ガールズラブも今回からでした。
ガールズラブですよね?まあ、男といちゃいちゃしているより女の子同士の方が
書いてて楽しいですが。
特にTS化した主人公とのからみは・・・


浮上し司令塔に出た私は持ってきた双眼鏡で施設を改めて見る。

焼失した建物は2棟あるが他の棟は無事の様だった、桟橋には小型の調査船がある。

「艦長!」

同じく施設を見ていた相川副長が私を呼びながら前方を指している。

何時の間にか建物前に防寒着に身を包んだ2人が立って手を振っている。

「ボートを下ろして下さい。」

「了解しました、ボートを下ろせ。」

相川副長が命令を伝えると、甲板に出てきた乗員達がボートを準備する。

やがて準備の出来たボートが桟橋に向かうのを見ながら安堵の溜息を付く私。

生存者が居てくれたの幸いだった、さてシャルロット・デュノアは無事だと良いけど。

 

10分後、生存者の一人を乗せボートが戻ってくるの見て、私は司令塔を降り甲板に向かう。

乗員の手を借りて甲板に上がって来た私と同じ位の少女を見て、最早驚く気にも成れなかった。

「デュノア商会のシャルロット・デュノアです。今回の救助感謝します。」

私の前に立つのはアニメ同様に金髪の髪を首の後ろで束ねた、中性的な顔立ちの美少女だった。

名前を聞いた時から予想はしていたのだけど・・・実際に会うと感慨深い。

「更識商会所属の更識 簪です。ご無事でなによりです。」

シャルロット・デュノアは私の名前を聞いて驚いた表情を浮かべる。

「更識商会の更識 簪・・・北方海の守護天使を救助に寄こすなんてあの人らしい。」

彼女が何を思ったかは何となく察しがついたが、私はあえて何も答えない。

現状私には何も出来ない、それに彼女だって安易な同情など迷惑なだけだろうし。

だから私は事務的に話を進める事にした。

「天使なんて過分なものですから、貴女以外の生存者の方は?」

「あと7人います、うち2人は衰弱が酷い状態です。」

私の態度をどう思ったか分からないけど、彼女も同じ様に事務的に答えてくれる。

彼女の言葉に頷いた私は傍らに居た乗員に指示をする。

「医務員の娘を何人か連れて行って容態を確認、他の人と共に収容をして下さい。」

「了解しました艦長。」

指示を受けた乗員の娘は頷いて返事をすると艦内に入って行く。

「更識艦長、僕も収容に立ち会います。責任がありますから。」

シャルロット・デュノアが言ってくる、責任感はアニメ同様強いらしい。

「分かりました、お願いします。」

私が同意すると彼女はほっとした表情を浮かべる。

その後シャルロット・デュノアは艦の医務員の娘達と施設に戻り収容に当たるのだった。

 

生存者達の収容が終わり私は司令塔の上から島を見ながら一息ついていた。

島とその施設は寂れて見える、いや本当に寂れているのだろう事はよく分かる。

「よっと・・・」

そんな時、司令塔のハッチから出ようとしているシャルロット・デュノアに気付く。

私は腰を落とし手を差し出して、彼女がハッチから出るのを手伝う。

「疲れてませんか?お休みになっていても構わないのですが。」

自分の傍らに立った彼女に私は尋ねると笑って答えてきた。

「いや大丈夫ですよ、むしろこうやって風景を見ていた方が落ち着く・・・何も有りませんけど。」

「・・・そうですか。」

私はそう言って彼女と一緒に島や施設の方を見る。

「施設の火災原因は老朽化だった様ですね。」

実は生存者達の収容と平行して、うちの機関員の娘達が施設を調べていたのだ。

これは織斑ギルド長の要請でもあったのだけど、多分デュノア商会に釘を刺す為だと思う。

ギルドは所属するシャルロット・デュノアの様な人間を守る義務があるからだ。

まあそれで彼女の待遇が変わるかは疑問だけど、多少はデュノア商会を牽制出来るとギルド長とうちの姉は考えているのだろう。

「・・・まあ何時もの事さ、僕は厄介者だからね・・・」

私の問いにシャルロット・デュノアは自虐的な笑みを浮かべて答える。

彼女はずっとこんな境遇で生きてきたのだろうか?自虐的で悲しい笑みに私は溜息を付く。

「御免ね、こんな話は君にするべきじゃないね。」

溜息をつく私を見て彼女は申し訳ない表情を浮かべて謝ってくる。

「お気になさらない下さい・・・私には聞いて上げる他思いつきませんし。」

正直言って私は無力だ、確かにこのゲーム世界については知っているし、舞台は違うが彼女の境遇も分かっている。

だが知っていたり分かっていても私にそれを変える力なんて無い。

「だから言いたいことがあれば遠慮なく言って下さい・・・付き合いますよ、ここまで関わったんですから。」

シャルロット・デュノアは私のそんな言葉に一瞬驚いた表情を浮かべるけど、直ぐにアニメでも見せていたあの笑顔を浮かべて私の肩に自分の肩を寄せてくる。

「え・・・っとデュノアさん?」

彼女の行動に私が面食らっていると彼女が答える。

「君は変わっているね、でも僕はそういうの嫌いじゃ無いんだ。」

まあ自分でも色々か変わっているとは思う、何しろ私は転生者で性別が変わってしまっていて・・・

「下手な同情の言葉を掛けるでなく、傍に居てくれるだけ、北方海の守護天使様はその名の通り天使だね。」

「・・・それだけは止めて下さい、結構恥ずかしいんですから。」

多分にからかいの入った言葉に私は恥かしくなる、特に彼女の様な美少女に言われると来る物がある。

「くすくす・・・じゃ簪と呼ばせてもらうね、もちろん簪は僕をシャルと呼んでほしいな。」

「シャル」アニメでは織斑一夏によって付けられた愛称だった筈だけど良いんだろうか?

まあここはISの世界では無いし、本人がそう呼べと言っているんだから・・・私的には恥かしいけど。

「はい、それじゃ呼んでみて簪。」

彼女は結構Sではないのかと思ってしまう、恥かしくてあたふたしている私を見て嬉しそうだ。

「・・・シャル。」

「うん簪。」

何だろうこの女の子同士の様な戯れ感、って私もシャルも女の子だったけ。

潜水艦の司令塔という場違いな所に突然発生した甘酢っぽい雰囲気は、次の瞬間響いてきた轟音に吹き飛ばされる。

私はシャルから離れると司令塔上に設置してある大型双眼鏡に取り付くと轟音の響いてきた方向に向ける。

その視界に入って来たのは流氷の上をまるで滑るように移動しているシーサーペントだった。

しかも今まで見た事の無いほど巨大なシーサーペントだ。

「艦長!!」

ハッチから相川副長が顔を出して私を呼ぶ。

「聴音機が接近してくる物体をって、今の音は一体?」

「こっちでも確認しました、接近してくるのは巨大なシーサーペントです!」

私は相川副長に答え命令を伝える。

「急速潜航!シャル、貴女も早く艦内に入って下さい。」

「うん分かったよ簪。」

「了解です艦長。」

相川副長は素早く発令所に降り、シャルも続いて降りて行く。

私はシーサーペントを一瞥するとハッチに潜り素早く閉じるとハンドルを回し密閉する。

そして梯子を滑る様に降り発令所に立つ。

「全ハッチ閉鎖を確認。」

「モーター切り替え完了!」

「注排水弁開きました。」

乗員達の確認や完了の報告が飛び交う。

「ベント弁開いて下さい、両舷半速。」

私の指示すると復唱が帰ってくる。

「ベント弁開きます。」

「両舷半速。」

操舵員が舵輪をまわすと床が前に傾斜し始める、乗員の娘達はそれぞれ何か掴まっている。

「深度70まで潜航して下さい。」

「深度70まで潜航します。」

「水測、目標は?」

「こちらに更に接近中です、何時もより航行音が大きい。」

「今までに見たことの無いほど巨大なシーサーペントですから。」

私の言葉に乗員達が驚いた表情を浮かべる。

「そ、そんなに巨大シーサーペントがなんで?」

「恐らく殆ど天敵の居ないこの海域だったからじゃないかな。」

相川副長の問いに私の代わりに答えたのはシャルだった、意外な相手からの返答に皆目を丸くする。

「これでもシーサーペントの研究が僕の仕事だから。」

シャルは肩を竦めて皆の疑問に答えて見せる。

「深度70です。」

「艦を水平に、両舷全速。」

「両舷全速。」

指示をしながら私は唇を噛む、水中にいる限り襲われないとはいえこのままと言う訳にはいかない。

 

シャルを無事救助出来て終わりと思ったのだけど、どうやら私の仕事はまだ終わりでは無いらしい。

 



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No.07ー巨大シーサーペントとシャル3ー

そうりゅうの艦内服としてISスーツモドキを設定しましたが、どちらかと言うと
ヤマトの女性艦内服の方がイメージ的にあっている様な気がします。
・・・どうでもいい話ですが。




「全艦戦闘配置、艦首発射管魚雷装填急いで下さい。」

「全艦戦闘配置!全艦戦闘配置!」

「艦首発射管魚雷装填急げ。」

艦内にアラームが響くのが分かる。発令所の乗員達とシャルも緊張した面持ちだ。

「・・・簪は落ち着いているね、流石は守護天使と言う所かな?」

シャルが緊張しながらもからかい気味に聞いてくる。

「緊張しない訳ありませんよ、ただここまで来たら自分のやるべき事をやるだけです。」

そんな私の言葉にシャルは緊張が解れたのか何時もの微笑みを浮かべる。

「やっぱり守護天使の名は伊達では無い様だね。」

その信頼に満ちたシャルの笑みと言葉に私は照れてしまう、というか発令所の乗員達も何時の間にか同じ様な感じになっている。

「そりゃそうですよデュノアさん、我らの艦長なんですから。」

相川副長までそんな事を言い出し、益々照れてしまう、皆止めてほしいんだけど。

「両舷半速、面舵一杯。」

「両舷半速。」

「面舵一杯。」

私の指示に対し操舵員と機関員の復唱が響く。

「前方に目標です艦長。」

水測員の報告に私は頷く。

「舵戻して下さい、魚雷戦深度へ。」

「舵戻します。」

「魚雷戦深度へ。」

さあこれからが正念場だ、私は気を引き締める。

「艦長、魚雷戦深度です。」

「目標距離4千・・・接近中。」

相川副長と水測員の娘が微笑みながら報告する、まったくもう・・・

「魚雷発射管1番から4番発射用意。」

「艦長この状態で発射しても流氷に阻まれて命中は期待できませんが。」

「牽制出来れば構いません、急いで下さい。」

「了解、魚雷発射管1番から4番発射用意!」

私の指示に水雷長の娘が反論しかけるが直ぐに納得してくれる。

「目標感距離3千、速度速い!」

「1番から4番魚雷発射用意よし!」

水測員から報告に水雷員の用意完了の声が重なる。

「魚雷発射して下さい、水測爆発音に注意。」

「1番から4番魚雷発射!」

そうりゅうの魚雷発射管から4本の魚雷が放たれるのが計器盤に表示される。

発射された魚雷は水雷員の言った通り目標でなく流氷に命中、激しい爆発音と振動がこちらに伝わってくる。

「目標の様子は?」

「・・・足が止まった様です接近してきません。」

水測員の娘が聴音機を操作しながら報告する。

「警戒している様だね、簪はこれで後退するつもりかい?」

聞いてくるシャルに私は首を振って答える。

「・・・いえ多分後退したら必ず追ってくるでしょう、奴が獲物を簡単に諦めるとは思えませんし。」

だからこちらも容易に後退出来ない、そんな事をすれば・・・

「この海域のすぐ外には漁場があります、この時期多くの漁船が出漁して居る筈です。」

後退したら私達はその漁場のど真中で戦闘する事になるかも知れない。

多くの漁船を危険に巻き込む事になる、いやそれ以前にシーサーペントの前に無防備な人々を晒してしまう事になる。

だからこの海域で撃破するか少なくても封じ込めなければならないだろう。

「ただ魚雷では駄目ですが。」

シーサーペントが流氷群の上に居る以上、魚雷を使用しても氷に阻まれて効果は期待出来ない。

一応そうりゅうの後甲板には砲が有るが1門程度では火力は期待出来そうも無い。

どうすべきか悩んでいた私は格納庫にある例の物を思い出す、そう束さんの造ったあれを・・・

「・・・噴進弾を使いましょう。」

私の声に相川副長と乗員の娘達の表情が強張る、前回の魚雷の事を思い出したに違いない。

事情の知らないシャルは皆の反応に戸惑っている様だけど。

「皆さんの気持ちは分かりますが、あれなら海上を飛ぶので流氷に妨げられる事もありません。」

「しかしあれはまだ試射もしていないのでは?」

不安があるとすればその点だろう、まあ束さんの造った物だから問題は・・・無いともいえないか。

本来なら航海中に試射する予定だったのだが仕方が無い、実射と試射を兼ねる事になるけど。

この噴進弾については出発前に、実際に扱う事になる砲術員や機関員の娘達と私は束さんのレクチャーを受けている。

「速度も威力も従来の魚雷に負けないよ・・・もっともこれそういう目的で造ったんじゃないけど。」

束さんはこれで将来宇宙を目指したいらしい、何だかISでの彼女の夢を思い出してしまったけど。

「ぶっつけ本番でやるしかありませんね、責任は私が持ちます。」

「・・・分かりましたやりましょう、あと艦長だけに全部押し付けるつもりはありませんけど。」

私の言葉に相川副長が答える、他の乗員の娘達も同様だった様で私は頭が下がる思いだ。

「ほんと簪は信頼されているんだね凄いね。」

聞ていたシャルが感嘆した様に言ってくる。

「私には過分な気がしますが、あと言っておきますが私は乗員の娘達同様シャルの事信頼してますから。」

私の言葉にシャルは一瞬目を丸くし、何時もの笑顔を浮かべて答える。

「簪に本当に適わないね・・・ありがとう天使様。」

「・・・それは止めてと、もういいです。浮上して下さい、メインタンクブロー。」

「浮上!メインタンクブロー。」

だから微笑みながら答えるのは止めて欲しいのだけど副長。

例の浮き上がる感覚、それに続く洋上での揺れ。

「浮上完了です艦長。」

私は頷くと梯子を上り司令塔に上がる。後を相川副長とシャルが続いて来る。

司令塔に上がった私は持ってきた双眼鏡でシーサーペントを見る。

浮上してきたこちらを見て、威嚇する様に頭を振り上げる。

「相川副長発射準備を。」

「了解しました、噴進弾発射準備を急げ!」

相川副長の指示で格納庫の扉が開かれ、噴進弾が引き出されてくる。

そして引き出された噴進弾が発射用レールに設置される。

点検していた機関員の娘が振向いて手を上げてくる。

「発射準備完了。」

それを見た相川副長が報告してくる。

「噴進弾照準合わせ、急いで下さい。」

私は準備完了の報告に頷くと、砲術員の娘に指示する。

「了解、面舵20。」

砲術員は司令塔上の大型双眼鏡を覗きながら、艦首を目標に向けさせる。

発射用レールは砲塔と違い旋回しないから、発射したい方向に向けなければならない。

「舵戻せ、目標への照準良し。」

「甲板上の乗員は艦内へ退避。」

砲術員の報告を聞いた私は機関員達の退避を指示する。

司令塔上から相川副長が合図すると甲板上にいた乗員達が格納庫の扉を閉めハッチに飛び込む。

「退避完了です艦長。」

発令所からの報告を相川副長が伝えてくれる。

「では発射して下さい、総員ショックに備えて下さい。」

司令塔上の相川副長を含む乗員達とシャルが身構える、もちろん私も・・・

「発射5秒前、4・3・2・1、発射!」

砲術員がリモコンの発射ボタンを押すと、腹に響く音と共に煙があがり噴進弾が発射用レール上を滑走し前方に飛び出して行く。

これを見て流石に不味いと気付いたシーサーペントが身を翻して逃亡しようとしたが、間に合わず噴進弾が命中し派手な閃光と音、そして衝撃を起こす。

その衝撃に司令塔上の私達は振り回され落ちそうになる者も・・・私も再び眼鏡を吹き飛ばされる。

「シ、シーサーペント逃亡して行きます。」

振り回されながらも大型双眼鏡を覗き込んでいた砲術員が叫ぶ。

そちらを見ればシーサーペントは背を向け海域の奥へ逃亡を始めていた。

かなりダメージを与えた様でぼろぼろになっている。

「これで海域の外に出ようとは二度としないだろうね・・・」

飛ばしてしまった眼鏡を拾ってくれたシャルが返してくれながら私に話しかける。

「・・・ええ、そうですね。」

「?」

曖昧な返答にシャルが不思議そうな顔を見せるが、その時私は別の事を考えていた。

これってレギュラス?潜水艦に搭載して、浮上してから発射するとこなんかそっくりだ、にしても何でこんなマイナー兵器が出てくるんだか。

「簪?」

シャルの再度の呼びかけにようやく私は我に帰る。

「あ、すいません・・・そうであれば私達の勝ちなんですけど。」

結局は倒せなかったのだから、私には勝ったなんて思えない結果だけど。

「で簪はこれからどうするつもり?」

「一旦戻りましょう、姉いえ会長に相談します。後の事はそれからですね。」

彼女の問い掛けに私は肩を竦めながら答える。

「そうだね、僕もそれに賛成だよ。」

シャルの言葉に私は頷きながら、去ってゆくシーサーペントを見る。

酷い仕事だった・・・私はそう考えると深い溜息を漏らす。

 

11:45

シャルロット・デュノア救助作戦終了。

 




レギュラスって知っている人っているんでしょうか?
1956年頃にアメリカ海軍で開発された、今で言う巡航ミサイルやSLBMの先駆けみたいものらしいですね。
まあ、運用方法があれだったせいで早々と消えていったマイナーな兵器です。
私は好きですが。



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No.08ー巨大シーサーペントとシャル4ー

巨大シーサーペント編は今回で一区切りです。
まだ後で触れる話があるかもしれませんが。

あと、後半グロイ表現が入りますので注意願います。
そんなに酷く無いと思いますが。

そうりゅうの設定があれですが後悔はしてません(笑)。
もうこうなったら自分の好きな要素をどんどん入れていくつもりです。




私は再び方海の奥深い氷の海の下に潜水艦そうりゅうで来ていた。

「もっと早く戻ってきたかったけど。」

「仕方ありませんね、とはいえ時間が掛かり過ぎたのは痛いですね。」

そうりゅうの発令所で私とシャルは会話していた。

本来なら早く戻りたかったのだが、諸々の事情が重なり一ヶ月も掛かってしまった。

 

巨大シーサーペントとの一戦後、港に戻った私とシャルは迎えに来た姉に事態を報告した。

その後、姉は織斑ギルド長と相談し、シーサーペントの出現海域の調査を行う事が決まった。

ただ調査を行えるのはそうりゅうしかないのだが、そうするとまほろばを動かす乗員が足りなくなって商会の業務に支障が出てしまう事が問題だった、護衛や救助の依頼は無くなる訳ではないからだ。

そこで我らが束さんの登場だ、「まっかせてよ!」と言って瞬く間にそうりゅうを魔改造したのだ。

お蔭でそうりゅうは10人程度の乗員で動かせるまでに自動化され、兵装と装備も最新にされた。

かなりチートな改造を施された訳だ、流石は束さんだ、天災の名は伊達ではないらしい。

そしてそうりゅうの指揮はそのまま私が取る事になったのだけど、指揮だけだなくそうりゅうの運行を司る役目まで付いてきてしまったのだ。

・・・それってメンタルモデルじゃないのか?

最初に束さんから聞かされた時に私は思ってしまった。

私のそんな疑問は結局そのままで魔改造は進められ、一ヶ月後完了し今こうして戻って来たのだった。

 

「深度80、速度7ノット異常無し。周囲の状況に変化は?」

「変化はありません艦長・・・中々素晴らしい操艦ですね。」

センサー担当の娘の賞賛に私は苦笑する。

「まさか自分で操艦するとは思ってみなっかったけどね。」

座席に座り両手を左右にあるキボードに置きながら、これってアニメでもあったなと思い出す。

ISスーツモドキを着てキボード操作する姿は絵的に可笑しくないかも知れないけど少々複雑だ。

「それにしても簪が甲型潜航艇の操艇資格を持っていたなんて僕も驚いたよ。」

甲型潜航艇の操艇資格、言わばゲームにおけるスキルの事だが、これを所持し甲型潜航艇というユニットを使用すると、海底のレアアイテムの発見率が大幅に上がる効果がある。

だがハンターでは無い、戦闘艦艦長である私には使い道の無いスキルだった。

じゃ何故そんなスキルを取ったのかいうと、ゲームスタート時に適当に選んだスキルの中にあったのだ。

その資格を持っているからこそそうりゅうを操れるらしいけど・・・

様は操縦システムが同じなのだ、これは私が操艇資格を持っている事を知った束さんの仕業だ。

「それがこんな場面で役に立つとは思いませんでしたよ。」

シャルの言葉に肩を竦める私、何しろ束さんに言われるまで忘れていたのだから。

「さてそろそろ出現海域ですか・・・」

キボードと一緒に設置されたディスプレイに表示される航法情報を確認し、艦の深度を上げる。

航法から艦のコントロールまで一人でやるというのはゲームをプレイしてた時みたいだ。

キボードというところが特に・・・

「マルチセンサーポストを洋上に、共用ディスプレイ作動。」

私の指示でセンサー担当の娘が司令塔上に有るマルチセンサーポスト、カメラや電探用アンテナ、各種環境センサーが纏められてものを洋上に上げる。

今までと違い私だけが潜望鏡で外部を覗き込むのではなく、発令所に居る乗員で見れるというのは便利になったけど、潜水艦らしく無くなったのは寂しい気がする。

発令所もかなり変更され、一段高い所にある私の座席の前に3人の乗員達が座る。

火器管制担当とセンサー担当、機関・ダメコン担当の娘達だ。

3人ともまほろばの各担当において極めて優秀な乗員達だ、本当なら彼女達を引き抜くのは避けたかったけど、志願してくれたのを無下に出来ずそうりゅうに乗ってもらっている。

それ以外の乗員達は、魚雷・艦載火器管制室や機関管制室に配置されている。

ちなみにシャルは私の隣にある補助席に座っている。

やがて全員の前に設置された大型の共用ディスプレイに流氷の浮かぶ様子が映し出される。

「レーダーとソナーに反応ありますか?」

「・・・両方に現在のところ反応無しです。」

私の問いにセンサー担当の娘は複合ディスプレイ、レーダーとソナーの情報を同時に表示する、を見ながら答える。

「シーサーペントを最初に見たのはここだったね。」

シャルは共用ディスプレイを見ながら言う、私は頷き答える。

「そうですね、あの時はここから北の方から接近し来た様でしたが。」

後で相川副長に聞いた報告では艦の聴音機がそちらから接近して来るのを補足したとの事だった。

暫し考えた私は指示を出す。

「マルチセンサーポスト収容して下さい。」

「収容・・・完了です艦長。」

「では潜航します。」

センサー担当の報告に私は答えるとキボードを操作しそうりゅうを今度は潜航させる。

「深度50・60・70。」

所定の深度に達するとそうりゅうを水平に戻す。

「このまま前進します、警戒を厳重にお願いします。」

「了解です艦長。」

そうしてそうりゅうは暫らく前進を続け、やがて岩礁地帯に囲まれた海域に進入して行く。

「かなり奥に来たねそろそろ・・・」

シャルが私にそう話しかけて来た瞬間だった、艦が突然激しい振動に襲われ、左舷側に傾く。

「「「「きゃあ!」」」

乗員の娘やシャルが悲鳴を上げる。

「・・・これは?」

手元のディスプレイを見た私は艦が横滑りしているの確認する、どうやら海流に巻き込まれた様だった、それもかなり早い。

「皆さんベルト締めて下さい、シャル貴女も急いで。」

シャル達は慌ててシートベルトを締める、もちろん私も。

全員のベルト着用を確認した私は艦の姿勢を回復させようとする。

「メインモーター全開!」

「メインモーター全開!」

私の指示に復唱が帰ってくると、ディスプレイの速度表示の数値が上がって行く。

そして唐突に艦の揺れが止まる、海流を抜けた様だった。

私はディスプレイを見てそれを確認すると艦の姿勢を回復させる。

「い、今のは簪?」

シャルが席からずり落ちそうな身体を戻しながら聞いてくる。

「かなり早い海流ですね・・・流れの方位と速度は?」

「北西方向に7ノットで流れています、データそちらに送ります。」

センサー担当の娘が報告してくれる、私はディスプレイに表示される海図上に海流の流れが重ねられるのを見る。

「シャル、これを見て貰えますか?」

私が見ている海図を、シャルの席に設置されているディスプレイに表示する。

それを見てシャルは驚いた表情を浮かべて私を見て言う。

「・・・まるで壁だね、この海域を塞いでいる。」

その意見に私は頷くの見て、シャルは再びディスプレイに目を落とすと呟く。

「成る程ね・・・これで分かったよ、奴の生い立ちがね。」

そう言って顔を上げたシャルの表情はお世辞にもいい顔とは言えなかった。

「生い立ちですか?何があると・・・」

「多分この先に答えがある・・・正直言ってあまり気持ちの良い話じゃないね。」

私の疑問を途中で遮ってシャルは肩を竦めて黙る。

「・・・・」

私は溜息を付くとディスプレイ上の海図を見る、壁・・・つまりこの海域は海流で閉じられていて?

「艦長、前方の岩礁まで2千です。」

センサー担当の声に顔を上げて私は指示する。

「メインモーター停止して下さい。」

「メインモーター停止します。」

機関・ダメコン担当が復唱すると艦は速度を落として行き、船足が止まるのがディスプレイに表示される。

停止を確認すると私は深度10まで艦を浮上させるとセンサー担当の娘に指示する。

「マルチセンサーポストを上げて下さい。」

「了解です、マルチセンサーポスト上げます。」

再び前面の共用ディスプレイに洋上の様子が表示される・・・私はそこで妙な悪寒を感じる。

「・・・映像を拡大して下さい、前方の入り江の所です。」

「了解です・・・えっ?」

「「・・・・!!」」

共用ディスプレイを見ていた乗員の娘達が全員絶句している。

「・・・シャル、貴女が言っていたのはこの事なんですね?」

彼女の顔は青ざめていた、いや私も同様だろう、それほど今写されている光景は酷いものだった。

そこにはシーサーペントの卵、いや卵だった物が散乱している・・・と言うよりも食い散らされていると言った方が正しいだろう。

しかもそれだけでは無かった、幼生体らしき物も同様に食い散らされた状態で散らばっているのだ。

「・・・う!」

火器管制担当の娘が目を逸らし口を慌てて押さえる、吐き気を覚えた様だったが誰も咎めない。

ここに居る者全員が同じ気持ちだったからだ、私も胃から熱いものが上がって来そうになり思わず胸を押さえてしまう。

ずっとシーサーペントを倒して来たから、連中の屍骸など何度も見て来たつもりだったが、そんな私達ですら目を背けたくなる光景だった。

「あの巨大シーサーペントはここで生まれた。しかし閉ざされた海域だから餌になるものが極端に少なかった、だから卵や幼生体を食らって成長して行ったんだと思う。」

その光景を見ながらシャルは淡々と話を続ける。

「ここはシーサーペント達の繁殖地の様だから、その後も奴は同様に卵や幼生体を・・・襲っていった。ある程度成長してからは多分ここに産卵に来た他のシーサーペントさえも。」

「・・・そしてあんな巨大な姿まで成長したと言う事ですか?」

私の声は・・・自分でも判るくらい震えていた。

シャルは答えなかった、だがその沈黙が全てを肯定している事を私は認識した。

「か、艦長、レーダーに反応、後方から接近してくるものが。」

突然センサー担当の娘が叫ぶ。

「後方の映像を。」

共用ディスプレイが艦後方の映像を移す、最初は小さく分からなかったが、映像が拡大されてそのその正体に気付く。

そうあの巨大シーサーペントだ、先の戦いでダメージを受けた為か動きは緩慢だがこちらに向かってくる。

「急速潜航します、マルチセンサーポスト収容急いで。」

「は、はい艦長。」

センサー担当の復唱を最後まで聞かず私はそうりゅうを急速に潜航させ方向転換する。

かなり急なダウントリムなうえ乱暴な方向転換に誰かが置いたボールペンが床に落ちる。

「全魚雷発射管装填。」

「はい、全魚雷発射管装填。」

火器管制担当の娘がディスプレイを見ながら操作する。

「距離3千、速度は前と比べると遅い様ですが・・・」

「まだ傷が癒えていないらしいね、そして自分のテリトリーに侵入されて怒っているのか。」

センサー担当の声に共用ディスプレイを見ていたシャルが皮肉な面持ちで言う。

「全魚雷発射管装填完了、目標データ入力よし。」

「全魚雷発射管発射!」

奴をこのままにしておけない、その時私の心を支配していたのは恐怖だった。

先程の光景が、姉や知っている人々の姿に重なる・・・冗談じゃない、そんな事させるものか・・・

「魚雷到達まで5・4・3・2・」

私はカウントダウンを聞きながらそうりゅうを海底に接触ぎりぎりまで潜航させながら叫ぶ。

「メインモーター出力最大に!」

「メインモーター出力最大!」

手元のディスプレイの速力表示が跳ね上がる。

「・1・到達!」

激しい振動が襲いそうりゅうを揺さぶる、と同時にセンサー担当の娘が報告する。

「目標下通過します。」

揺さぶられながらそうりゅうは再び海流を突破しこの海域から急速に離れるのだった。

 

海域から離脱後、私はそうりゅうを浮上させ、シャルと共に司令塔上に上がった。

「あれで死んだと思うかい簪?」

双眼鏡でその海域を見ている私の傍に立ちシャルが聞いてくる。

「・・・わかりません、でも今確認する気にはなりませんね。」

そう言って私は双眼鏡を下ろす、先程の映像が思い浮かび暫らく行く気にならない。

私は司令塔上にあるインターホンを使い発令所を呼び出す。

「レーダーとソナーの方はどうですか?」

『まったく反応なしです艦長。』

「分かりました、引き続き監視をお願いします。」

『了解です。』

インターホンを切り私は溜息を付く。

「どっちにしろ当分奴は出てこないだろうね。あれでまたかなりのダメージを負ったしね。」

シャルは私同様に溜息を付きながら私の肩を抱いてくる。

何時もなら恥ずかしさで困る私だが、この時ばかりは彼女の温もりが有難かった。

正直言って一人のままだったら震えて座り込んでしまいそうだったから。

「・・・暫らくたったら帰港しましょうか。」

「うん・・・」

暫し司令塔上でシャルに肩を抱かれながら二人で海域を見つめ続けた。

 

17:45

巨大シーサーペント調査終了。

 




次回以降は短編を幾つか書く予定です。
それでは。


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No.09-退避港の幽霊ー

季節外れの話になってしまいました。



何処までも続く水平線、見渡す限り他の船は見えない。

「・・・・・」

見ていた双眼鏡を下ろす。

「艦長。」

司令塔上でそうやっていると、ハッチを潜って乗員が上がってくる。

そうりゅうの機関・ダメコン担当の娘だった。

「発電機の応急修理完了しました・・・やはり通常の3分の1がやっとの様です。」

その報告に私は溜息を付いて答える。

「そうですか・・・そうするとろくに動けないですね。」

「はい、精々2ノット位で航行するのが精一杯です。」

機関・ダメコン担当の娘も同じ様に溜息を付いて報告する。

「兵装とセンサーの方はどうですか?」

「魚雷発射管と噴進弾の発射装置は使用不能です、使えるのは後部甲板の艦載砲と機関砲ですね。」

私は後部甲板の艦載砲と司令塔の機関砲を見る、これでは満足に戦えそうも無い。

「あとレーダーが回復しました、ソナーの方は電力不足な上に衝撃で回線がやられたらしく修理は望めそうもありません。」

「無線の方は?」

「そちらの方もソナー同様修理は望めそうもありません、一応緊急救援信号システムは作動してますがあれでは・・・」

「有視界まで来ないと駄目ですね・・・」

正に最悪な状況だった、まあ先程までの何も出来ない状況に比べればましかもしれないけど。

 

何故そうりゅうがこの様な状況になってしまったか?

それは今から数時間前に起こった事が原因だった。

 

私達はそうりゅうの新装備の試験の為、まほろばと共に港からかなり離れた海域に来ていた。

試験そのものは順調だったが、そこを数匹のシーサーペントに襲撃されてしまったのだ。

そうりゅうはその時試験中だった為動けず、まほろばが対応してくれのだが、運が悪い事に一匹が迎撃を突破して来たのだ。

辛うじて潜水して直撃は避けられたのだが、至近距離を通過された衝撃で艦はコントロールを失い、海底に叩きつけられ数百メートルも滑走する羽目になった。

ようくもまあ艦体がバラバラにならなかったものだ、この辺は束さんに感謝すべきなのかもしれない。

だがまったく無傷という訳にはいかなかった、特に致命的だったのは燃料電池が浸水で使用不能になってしまった事だった。

これによりそうりゅうは全ての電力供給を絶たれ海底で身動きが出来なくなった。

その後予備電源を回復させやっと浮上は出来たのは1時間も経っての事だ。

だが直後の点検で発電機が故障している事が判明、浮上しても電力の回復が出来なかった。

お蔭で航行も兵装とセンサーを動かす事も出来ず、そうりゅうは洋上に浮かぶ鉄の塊と化した。

私は発電機の応急修理を急がせた、こんなところを襲われたら対処出来ないからだ。

そしてようやく応急修理が終ったのだが、結局最悪の状況なのは変わりが無かった。

何しろまともに動けず、情報を満足で得る事も出来ず、戦う力も殆ど無いのだから。

 

見張りを別の娘に頼み私は発令所に帰って来た。

電力不足の為、発令所の照明は非常用のみなので暗かった。

「レーダーの方はどうですか?」

私はセンサー担当の娘に聞く。

「作動は問題ありません、現在周囲に船影無し。」

戦闘の混乱でまほろばとは離れ離れになってしまっていた。

今頃必死に捜索しているだろう、せめて通信が出来ればいいのだけど。

そんな時、インターホンが鳴りセンサー担当の娘が出る。

「艦長、見張りからですが島影らしきものを確認したそうです。」

「レーダーの方はどうですか?」

センサー担当の娘が複合ディスプレイを操作しながら答える。

「こちらも確認しました、前方30キロです。」

「マルチセンサーポスト作動。」

私の指示で発令所前方にある共用ディスプレイに映像が映し出される。

最初は小さく細かい所は分からなかった島は、画像が自動的に拡大されると明瞭になる。

さほど大きな島では無かったが、港と施設が有る様だった。

ただし港には船は見えず、施設の方もかなり荒れ果てているけど。

「退避港ですね、もっとも使われなくなって大分だっている様ですが。」

退避港とは嵐やシーサーペントの襲撃などで漁船や貨客船が一時的に退避する港の事だ。

多分近くに漁場が有った頃のものだろうけど、何らかの理由、シーサーペントの大量発生、で廃棄されたものかもしれない。

そうりゅうの修理は期待出来そうも無いが、海上を行く手も無く彷徨うよりはましかも知れない。

「ここに一時的に退避しましょう。」

最悪、陸地へ逃げればシーサーペントからは逃れられる、もっともそんな事は考えたくも無いけど。

「「「了解です艦長。」」」

乗員の娘達の復唱を聞きながら、私は港にそうりゅうを入港させる。

 

『艦長、発電機と無線機ですが破損が酷く使い物になりそうもありません。』

接岸後、機関管制室の娘達に施設の状況確認に行って貰った。

余り期待はしていなかったが、やはり放棄されて大分経っている様で、施設の大半は使用不能だった。

「分かりました、帰って来て下さい・・・お疲れ様。」

無線を切り私は溜息を付く、まあ雨露を避ける位は出来そうだけどやはり落胆は隠せない。

「取り合えず救援が来るまでここで待機します。」

こうして私達はこの退避港で一夜を明かす事になった。

 

日が落ち周囲は真っ暗になって行く。

食事を終えた私達は交代で当直を務め、休むシフトを決める。

そして深夜を迎えた頃・・・

「・・・!?」

妙な気配を感じて眼が覚めた私は艦長室のベットから起き上がり周囲を見渡す。

艦長室にはこれといって何も無いのだが・・・気になって眠る気にならない。

仕方なく私は艦長室を出ると発令所に向かう。

「どうかされましたか艦長?」

発令所に来た私を見て直の娘が聞いてくる。

「ちょっとね・・・何もありませんか?」

「はい、今のところはレーダー及び見張りに何も・・・」

私はやはり気の所為かなと思った時。

「「「艦長!・・・ああここに居た。」」」

休んでいる筈の娘達が発令所に駆け込んで来た。

「どうしたんですか?そんなに慌てて。」

何だか全員顔が青い、震えている娘も居る。

「えっと艦内に変なものが・・・」

 

居住区画に私達はやって来た、そこには就寝していた娘達全員が不安そうな顔で待っている。

「見たのは全員ですか?」

「いえ、ただ変な気配を感じたの全員ですが。」

私の質問に一人が答える。

「居たのよ!そこに影みたいのが。」

「落ち着きなさいってば。」

座り込んで半泣きなっている娘を他の娘が落ち着かそうとしている。

それを見ながら先程答えてくれた娘が状況を説明してくれる。

「最初はトイレに行った娘が通路で何か見たと戻って来て・・・見間違いだと思った他の娘が確認に行ったらしいんですが。」

取り乱している娘を見ながら続ける。

「通路で、彼女が言うには・・・影を、それも人の様な・・・」

周りに居た娘達も顔を青くして聞いている。

「他に見た人はいますか?」

私は皆を見渡しながら聞く。

「先程言った通り、はっきり見たのはこの娘だけです、ただ・・・」

「変な気配は皆感じていると?」

そこに居る者が全員頷いてみせる。

「・・・・」

ここに来る前に発令所で艦内の警備状況を調べたのだけど、ハッチは全て閉鎖されており、何者かの侵入の形跡は無かった。

見たのは一人だけの様だけど全員が何か感じたというのは偶然とは思えない、第一私自身だって。

そんな中一人の娘が遠慮がちに話しかけてくる。

「あの・・・艦長、実は私着いた時から妙な感じを受けていて。」

「着いた時から?この港にという事ですか?」

彼女が頷いて続ける。

「私、その霊感が強いのか時々そんなものを感じてしまう事があって・・・」

「何処からか分かりますか?」

「多分ですけど施設の後ろにある森の中からだと思います。」

施設からそれ程離れていない所に森があった事を私は思い出す。

その場に居る者に沈黙が落ちる。普段なら笑話になってそうだが、この時点で笑おうとする者など居なかった。

「分かりました、皆さんは待機していて下さい。一人が怖いなら皆で寝ても今夜は構いません。」

そう指示すると私は艦長室に戻りクローゼットからジャケットを引っ張り出し羽織ると、通路に出て設置してある非常用BOX、緊急時に使用する物が入っている、から大型ライトを取り出す。

「艦長・・・まさか?」

霊感のある娘を含めた3人の娘達が追いかけて来て、私の様子を見て驚いた表情する。

「はい、確認してきます。」

「「「そ、そんな・・・夜が明けてからでも。」」」

心配そうに私を見て3人の娘達が言う。

「このままでは皆が不安で眠れないでしょう、今後の事を考えると早めに確かめる方が・・・」

下手をすれば翌日以降に影響が及ぶ恐れがある、こういう事は早めに解決すべきだと私は思ったのだ。

「それなら私も同行します。」

霊感のある娘が申し出てくる。

「いえ貴女は・・・」

「なら私も行きます。」

残った二人のうち一人が同じ様に申し出てきて私は戸惑う。

「二人の気持ちには感謝します、でも何があるか分からない、危険ですよ。」

「それを言うなら艦長だって・・・私が居れば気配が分かる分何とかなります。」

怖さを押し殺しながら霊感のある娘が言う、確かに彼女が居れば気配を察知しやすいのは確かだけど。

「そうですよ、艦長だけに危険な事をさせられません。私これでも腕に覚えがあります、連れって下さい。」

護身術を習っていると彼女は言うのだけど、果たして今回の相手に効果あるかは・・・

とはいえ二人共引くつもりは無い様で・・・結局私が折れるしか無かった。

「分かりました二人共付いて来て下さい、貴女は戻って皆に伝えて下さい。」

残った一人に皆への説明を頼む。

「はい・・・3人とも無理をしないで下さいね。」

「もちろんですよ、では二人共出かける準備を、10分後に前部ハッチ下に集合です。」

「「はい。」」

私は二人の返事に頷くと、その場で別れ発令所に向かい、当直の娘達にも伝える。

もちろん反対されたが何とか説得し、渋々だが納得してもらった。

10分後前部ハッチ下に行くと二人が私同様ジャケットを羽織って待っていた。

「では行きましょう。」

二人は硬い表情のまま頷く。

「・・・今更ですが気が進まないなら残っていても構いませんよ。」

だが二人は首を振って答える。

「大丈夫です艦長。」

「はい、行きましょう。」

健気な二人に思わず微笑んでしまう、それと共に信頼されているんだと今更ながら思う。

ならその信頼を裏切らない様にしないといけない。

ハッチから出た私達は閉じてロックを確認すると、臨時に掛けられた桟橋を渡って艦を降りる。

辺りは暗く静かだ・・・いや静か過ぎるのか?

私達は無言で頷き合うと持ってきた大型ライトを点灯し森に向かって歩き始める。

「艦長・・・」

霊感のある娘が立ち止まり前方を見る。

「気配を感じますか?」

私の問いに彼女は頷く。

「木の間をちらちらと動いていて・・・何だか私達を・・・」

「誘っていると?」

頷く彼女を見ながら私は森の方にライトを向ける。

「誘っているって何で?」

付いて来たもう一人の娘が聞いてくる。

「それは分かりません・・・何かを伝えたがっている様な?」

3人はライトで照らされる森の木々を見る・・・伝えたがっている、何を?

「行って見ましょう、それを確かめる為に来たんですから。」

森へ向かって歩き始める私に、霊感がある娘が躊躇いがちに話掛けてくる。

「その・・・艦長手を繋ぎませんか?」

その提案に私は彼女の顔を見返す、手を繋ぐって何でまた・・・

「不安な時、手を繋ぎ合うと少しは和らぐと思うので。」

それは非常に恥かしいのだけど、真剣な彼女の表情を見て私は溜息を付き手を差し出す。

「それで不安が和らぐのならいいですよ。」

そんな顔をされては断りきれないじゃないですか、私の答えに彼女はほっとした様に手を握ってくる。

「それなら私も・・・」

もう一人の娘はそう言うと霊感がある彼女の反対側の手を握ってくる。

「構いませんよ、艦長よろしいですね。」

今更止めろとは言えず私は苦笑して頷く、しかしこうやって3人で手を繋ぎあっているって・・・

女の子達が事ある毎にこうするのは知っていたけど、自分もやることになるとは思わなかった。

私達3人は手を繋ぎながら森に入っていく。

森の中は獣道くらいしか無く、人の通った様な痕跡はまったく無かった。

「・・・さっき何かを伝えたがっているって話でしたけど一体何の為なんでしょう?」

「それは聞いて見るしかないでしょうね・・・話してくれたらですが。」

その私の答えに二人はじっと見てくる。

「艦長って全然怖がっていませんよね?流石ですね。」

霊感がある娘が感心した様に言い、もう一人の娘も同じ様な表情を浮かべている。

「現実の方が余程怖いと思っているからかもしれませんね。」

というよりも私の場合、このゲーム世界に引き込まれ、しかも性別を変えられてしまったのだ。

いわば自分という存在を否定された様なものだ、私にはそっちの方が余程恐ろしいと思う。

「・・・艦長!」

霊感がある娘が私の手をぎゅっと握ってくる。

「どうしました?」

「気配がそこで突然消えてしまって・・・」

彼女が視線を向ける方を私は見る、木々がそこで途切れている様に見える。

一旦手を離してもらい慎重に近づく私、一体何が?

「え!?」

次の瞬間足元が崩れ私は身体が落ちていくの感じる。

「「艦長!!」」

慌てた二人が腕を掴んで引き止めようとしてくれたが、勢いが付いて様で皆で一緒に落下してしまう。

「「「きゃああ!!」」」

二人だけでなく私まで女の子様な、まあ女の子なんだけど、悲鳴を上げ落下して行く。

永遠に、実際は数十秒だったのだろう、落下した感覚後、私は地面に着地し前方に放り出される。

そして何か硬い物に顔面を強かにぶつけてしまい意識が遠のいてしまった。

「艦・・長・・艦長・・・しっかりして下さい。」

肩に手を置いて呼びかけてくる声に私は何とか意識を取り戻す。

「だ、大丈夫です・・・二人は?」

「私達は大丈夫です・・・けど・・・」

・・・何かあったのだろうか?頭を振ってぼやけている目をはっきりさせ、目の前の物を見る。

「これは・・・?」

私がぶつかったのは岩かと思ったのだが、前に有るのはそんな物では無かった。

思わず後ずさった私はそれが何であるか認識して驚愕する、他の二人の様に・・・

それは・・・あちこちが破損しているが、れっきとした漁船だったのだ。

私達は暫し呆然とそれを見るのだった。

 

翌朝。

捜索していたまほろばが私達を発見してくれた。

私は直ぐに姉に更識商会の会長に連絡を入れ、漁師ギルドに伝えてもらった。

深夜見つけたあの漁船の事を・・・

数時間後。

漁師ギルドの漁業監視船がギルド長を乗せて到着する。

「間違い無いですな、行方不明になっていた船で。」

何時も私を耳鳴りにする豪快な声は今は無い、その表情は安堵と後悔が混じったものだった。

ギルド長の話によれば半年前に近くの海域で遭難し消息不明になった漁船らしい。

捜索はされたらしいが発見する事は適わなかった、とギルド長は肩を落とす。

この半年の間、ギルド長は悔いていた、見つけ出す事が出来ず。

「まあこれで家族に報告できますな、最悪な結末になりましたが。」

操業中にシーサーペントに襲われ、船は破損し乗っていた漁師達も深い傷を負ってしまったのだろう。

辛うじてここに辿り付く事は出来たが、危険を避ける為、船を港とは反対の外から見えない場所に止めたのが裏目に出て、捜索隊も発見出来なかった。

そうしている内に傷を負った漁師達は次々と亡くなってしまい・・・

「天使殿が偶然発見してくれたお蔭で肩の荷が降りました、ありがとうございます。」

ギルド長は頭を下げて礼を言ってくれるのだが、私はそれに首を振って答える。

「私にはそれが偶然とは思えないですね。」

私はギルド長にその夜にあった事を話す、妙な気配を追って行って漁船を発見した顛末を。

「・・・なるほど、それを唯の偶然と片付ける訳にはいきませんな。」

突飛な話で引かれるかもしれないと思ったのだけど、ギルド長はそうは思わなかった様だ。

「天使殿に見つけてもらいたくて呼び寄せたのかもしれませんな。」

漁船の有った場所を見つめながらギルド長は呟く、それに私も黙って頷くのだった。

 

その後、そうりゅうはまほろばの機関員の娘達の支援で発電機の機能を取り戻す事が出来た。

これで何とか浮上航行で港には帰られる目処が立ち、私達は安堵する事が出来た。

「全員黙祷。」

私の号令で、監視船とそうりゅう、まほろばの乗員達が黙祷を捧げる。

出発の準備が出来た時点で、私達は亡くなった漁師達の冥福を祈る事になった。

それで号令を掛ける役を仰せつかったのだけど・・・何故私が?

「天使殿に祈ってもらえたらならあいつらも天国にきっと行けるでしょう。」

どや顔でギルド長は言いました、いや彼だけでなくうちの乗員達に漁師連中までが・・・

私は天使と言われているだけで、本当の天使では無い筈なんですが。

そんな私の思いを他所に祈りを終えた人々は3隻の船で港を目指して出発するのだった。

 

11:50

装備試験終了。

追記 遭難した漁船を発見、収容作業を支援。

 

 




一人で書いている時、ちょっとした物音にびっくとしたりして(笑)。

次回は、IS主人公の登場予定です。

それでは。


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No.10ー織斑 一夏と更識 簪1-

ここでようやくIS主人公登場です。
ヒロインは2人です。



「だから一夏は私の言う通りにすれば良いの。」

「そうやって一夏さんの意思を無視なさるのはいかがなものでしょうか。」

「う、うるさいセシリアは黙っていなさいよ。」

「あら事実を指摘されて逆ギレですか鈴さん。」

「おい二人共いい加減に・・・」

「「一夏(さん)は黙っていて(くださいませ)。」」

今艦橋内で騒いでいる二人の少女と彼女達に一喝された男。

それを見て私は艦長席に座りながら、深い溜息を着くしかなかった。

 

運命の出会い、綺麗な響きがするが、時にそれは厄介事と同義語な事を私は実感していた。

そもそもこんな事態になっているのは、私更識 簪がある男と出会った事から始まった。

 

姉から頼まれた用事を済ませ、商会に戻る途中。

通りから逸れた人通りの無い場所で数人の男達が誰かを取り囲んでいる場面に私は遭遇した。

どうやら囲んでいる男達は街のチンピラみたいだった、常に迷惑行為を働く困った連中だ。

また何時もの様に通行人でも因縁を吹っかけて金品でも脅かし取ろうとしているのかも知れない。

あんなチンピラ連中に関わりたくは無いのだが、ほっとく訳にもいかない。

とはいえ私に出来る事は余り無い、何しろ今は非力な女の子の姿なのだから。

だとすれば取る方法は一つしか無かった・・・正直いって私は気が進まないのだけど。

「誰か来て下さい、人が脅されています!!」

その容姿と声を使って助けを呼ぶという方法だ、これは非常に効果がある。

誰だって女の子が助けを呼んでいたら気になるだろう・・・何だか自分の容姿を利用している様で嫌になるが。

「おい今女の子の声が・・・」

「助けを呼んでいるみたいだ、こっちの方だぞ。」

辺りが騒がしくなり、チンピラ達は動揺する。

「不味いぞ、どうする?」

「ちっしょうがねえ引くぞ。」

チンピラ達は慌ててその場所を離れ様とこちらに向かって来る。

咄嗟に物陰に隠れる私、ここで鉢合せするのは避けたいところだ。

そして隠れる私の前を通り出てきたチンピラ達を駆けつけてきた住人達が見つける。

「いたぞ、またあの連中か?」

「おい、お前ら今日という今日は許さんぞ!」

チンピラ達はスピードを速めて逃げ出し、住人達はそれを追ってゆく。

それを見送り私は物陰から出て一息付く。どうやら旨くいった様でほっとする。

さてこのまま帰ろうとしたのだが、運命は簡単には許してはくれなかった。

「あれ、もしかしてさっきのは君が?」

助けた当人と鉢合わせしてしまったからだ、しかもその相手がよりによって彼というのは・・・

私はその遭遇に呆然となった、何しろその相手が織斑 一夏、インフィニット・ストラトスの主人公だったのだから。

「助かったよ、久々に戻って来てトラブルというのは不味いからさ。」

そう言って笑顔を向けてくる織斑 一夏、こう見ると本当に爽やかな好青年に見える。

「そうですか良かったですね、それでは私はこれで。」

だが私はこれ以上関わり避けたくて、その場を離れ様と思ったのだが。

「いや礼をさせて欲しいな、俺は織斑 一夏、ハンターなんだ、君はの名は?」

「・・・私は更識 簪です、更識商会で艦長をしています。」

とうとうお互い自己紹介までしてしまった、しかも礼をしたいと言って来るし。

「更識 簪って、もしかして北方海の守護天使の?」

まあ彼がハンターなら知っていても不思議ではないかもしれないが、こう面と向かって言われるのは気恥ずかしい。

「そう言われているのは確かですが私は・・・」

「そうなんだ、いや前からぜひ会ってみたいと思っていたんだ。」

人の話を聞いて欲しいのだけど、彼は感激している様でまったく駄目だった。

その後どうしてもお礼をしたいと言って織斑 一夏は私を放してくれず、結局根負けし一緒にハンターギルドへ向かう事になってしまったのだった。

 

ギルド事務所のホールに入った所で私と織斑 一夏はここの主であり彼の姉である織斑 千冬と遭遇する。

連れ立って事務所ホールに入って来た私達を見て、織斑ギルド長は険しい表情を浮かべた。

「千冬姉、久しぶり・・・痛てえ!」

「ここでは織斑ギルド長と呼べと何度も言っている筈だが。」

持っていた物を織斑 一夏の頭に振り下ろし、アニメと似た様な台詞を言う織斑ギルド長。

あちらでは教師と生徒、こちらではギルド長とギルド所属のハンターと違いはあるがやっている事は変わりが無い。

「す、すいません織斑ギルド長。」

頭を抱えながら織斑 一夏が謝罪するのを見て私は苦笑する。

するとそんな私の方を向いて真剣な表情で織斑ギルド長は言う。

「更識妹、個人的な嗜好をどうこう言うつもりは無いが、この男だけは止めておけ、後悔するぞ。」

「千冬ね、ギルド長それはどういう意味・・・」

「ギルド長、私にも選ぶ権利はあります。」

「って更識も酷い・・・」

アニメでの事を知っている身としてこう言ったのだが、ギルド長の口ぶりからするにこちらの彼もたいして変わらないらしい。

「それが賢明だ更識妹、織斑にはあの2人の事で身に覚えが無いとは言わせんぞ。」

「えっと・・・それは。」

多分それは織斑 一夏を巡って起こる一連の騒ぎだろうと容易に想像出来る。

そう言えば2人と言っていたけど誰の事だろうか?

シャルと篠ノ之 箒はアニメほど執着している様には見えないし姉である更識 楯無は、私にべったりで、まあこれはシャルもそういう傾向があるけど。

残りは三人だとすればそれは・・・

そこまで考えていた私は聞こえてきた声に我に帰る。

「一夏さん一体どちらへ行ってらしたのですか?」

「ちょっと一夏、何処まで行ってのよ?」

その声はあの2人だった、セシリア・オルコットと凰 鈴音。

私達の後ろから近づいて来て織斑 一夏を睨みながら言ってくる。

「セシリア、鈴・・・悪いちょっとその辺を散歩にな。」

織斑 一夏が苦笑いを浮かべ答える。

「まったく何しに此処へ・・・一夏?」

「その位で鈴さん・・・一夏さん?」

文句を続けようとした凰 鈴音と抑えようとしたセシリア・オルコットが私に気付く。

非常に不味い事になった、彼女達が織斑 一夏の隣に立つ私を見逃すはずが無い。

「一夏、その娘一体誰なの?」

「一夏さん、その方はどなたなのでしょか?」

その問い掛けに織斑 一夏はのん気そうに答える。

「ああ、更識 簪さん、そうあの北方海の守護天使さんだぜ。」

いや彼女達が聞きたいのはそれでは無いと思うのだけど。

「北方海の守護天使ってあの?じゃなくて。」

「私達がお聞きしたいのは何故一夏さんがその方と一緒なのかということですわ。」

まあ当然それが一番気になる点だろう二人にとって。

「ああ、実はさっき助けてもらってんだ、チンピラ連中に絡まれたところを。」

二人は私を不信そうにじっと見つめてくる、まあどうみても荒事に向いては見えないからだろう。

「私は回りに助けを頼んだだけですよ。」

不信を取り除く為補足しておくが二人の視線は依然きついままだ。

「お前達それくらいにしておけ、更識妹に迷惑を掛けるな。」

険悪な空気になりかけた場に織斑ギルド長が割ってはいる。

「千冬さ、織斑ギルド長、私達は別に・・・」

セシリア・オルコットが弁明しようするのを織斑ギルド長が一睨みで黙らせる。

「織斑さん、お礼は別にいいですから。それでは失礼します皆さん。」

逃げ出すタイミングを待っていた私はそう言ってこの場を離れるつもりだったのだけど。

「え、そんな訳には・・・」

「更識妹、お前には悪いが聞いてもらいたい事がある。」

止めようとした織斑 一夏の声に重なる様に織斑ギルド長が引き止めてくる。

 

やはり運命は簡単には許してはくれない様だった。

 

「水晶島ですか?」

ギルド長の口から出た島の名を私は思い出そうとした。

北方海を航海する人間としてこの海域の島々については頭の中に入っている。

「・・・まさか暗礁海域にある水晶島ですか?」

「そうだ、その水晶島だ。」

まるで近所にある公園の様に言う織斑ギルド長に私は顔を顰める。

なるほど、私を引き止めたのはこういう事だったかららしい。

「千冬ね、織斑ギルド長、暗礁海域って?」

千冬姉と呼ぼうとし、彼女の一睨みに言いなおす織斑 一夏。

「お前達の目的地のある海域はそう呼ばれている。」

「・・・別名、船の墓場ですね。」

ギルド長の言葉に私が付け加えると、織斑 一夏達3人の顔が引きつる。

「な、何よその船の墓場って?」

凰 鈴音が私を睨みつけながら聞いて来る。

「あそこは海流の流れが複雑かつ急な所で、多くの船を難破させてきたんです。」

水晶島はその名の通り水晶を産出する施設があった島だ、それが近くで起きた海底地震で島の周りの海流が変化してしまった。

以後、島に近づくのは困難を極め、施設は放棄されてしまった。

「まったく近寄れないのですか?」

セシリア・オルコットが聞いてくる、ギルド長は肩を竦めて答える。

「そうだ、並大抵の人間では近寄れないだろうな、更識妹いや更識艦長以外はな。」

織斑 一夏達3人が改めて私の顔を見てくる、懐疑、期待、困惑、それぞれの表情を浮かべ。

そんな3人を見て織斑ギルド長は苦笑いを浮かべる。

「まあそんな顔をするな、更識艦長はこれでも何度もあの海域に行って無事帰ってきているんだぞ。」

3人が顔を見合わせる、まあ気持ちは分かるけど。

しかしギルド長も簡単に言っているけど、そんな生易しいものでは無かったのだ。

艦体の損傷は無かったものの、機関は焼き切れる寸前、出来れば行きたくはない所だ。

「ギルド長、先程目的地と言っていましたが?」

私の問いにギルド長が答える。

「こいつらが向かいたいのが水晶島なんだ。」

そう言ってギルド長は織斑 一夏達を見る。

「俺達は水晶島にある物を取ってくるという依頼を受けたんだ。」

織斑 一夏も説明によると、かって水晶島で働いていた技師から頼まれたという事らしい。

「その為にこの3人を水晶島に連れて行って欲しい、これはハンターギルドから更識商会への依頼だ。」

 

こうして私はISの主人公とヒロイン2人と共に旅たつ事になった。

 

 

 



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No.11ー織斑 一夏と更識 簪2-

依頼を受けた織斑 一夏達を水晶島に連れてゆく事になった私は今更ながら、この仕事を請けるべきではなかったと思い始めていた。

まほろばの艦橋でもめているISから来たヒロイン2人、セシリア・オルコットと凰 鈴音を見ながら・・・

 

ちなみに今回私が指揮を執っているのはそうりゅうではなかった。

そうりゅうは前回の航海で受けたダメージが予想以上に酷く、長期のドック入りを余儀なくされたのだ。

この為、巨大シーサーペントに対する、監視及び調査は一時中断され、ギルドに所属する商会が持ち回りで海域を哨戒する体制に変更された。

こうして私はまほろばの艦長に復帰する事になる。

あと、調査の一時中断で一番落胆したのがシャルだった、まあそれが私と会えなくなるという理由なのには困ったしまったけど。

 

それにしてもあの2人、よくもまあ揉める事が多い、いや揉めるというより張り合うといった方がいいかもしれない。

それはまほろばに乗った直後から始まった・・・

まず揉めたのが部屋割りだった、まほろばには2人1組の個室があり、2人と1人に別れてもらうのだが、どちらも織斑 一夏との同室を希望したのだ。

「一夏の世話なら私がするわ。」

「いえ、それは私がいたしますわ。」

居住区画に案内したところで、どちらが一緒の部屋にするかで揉めたのだ。

結局、私が「風紀上男女一緒の部屋は認められません。」と言って、女性2人で同室にさせた。

もちろん2人共大いに不満そうだったが、艦の上では艦長の権限が絶対という事は彼女達も知っている筈だから文句は言わせなかった。

この後も2人は何かと騒ぎを起こし、私を悩ませ続けた。

そして今も艦橋で始めたのだ。

島に到着後の上陸場所について聞くため、3人に来てもらったのだけど・・・

凰 鈴音は目的の施設近くを、それなら早く着けるものの道はかなり険しく危険が多い、を主張。

セシリア・オルコットは遠いが道は比較的平坦で危険は少ない、但し時間は多く掛かる、を提案。

肝心の織斑 一夏そっちのけで揉め始める始末だ、そのうち提案の中身からずれ始め、日頃の彼に対する態度について言い争いになってゆく。

流石に織斑 一夏が不味いと思い止めようとするも2人に一喝されてしまい更にヒートアップしてしまう。

艦橋に居た相川副長と乗員達は呆れ顔だ。

その中、私はイライラが次第に高まってゆくのを抑えきれなくなっていた。

「大体鈴さんは一夏さんに強く当たりすぎですわ。」

「一夏にははっきり言った方が良いに決まっているわ。」

「2人共今は上陸場所について・・・」

限界だった、私は艦長席から立ちがると3人を睨みつけて叫んでしまう。

「さっさと決めて下さい、決まらないのなら適当な所でボート事放り出してあげます。」

突然の私の怒りに、3人だけでなく乗員の皆も驚いた表情を浮かべて固まってしまう。

鎮まり返る艦橋、気まずい空気が流れる中、暫らくは誰も口を開こうとしなかった。

「・・・御免艦長、ちゃんと結論を出して伝えるから。さあ2人とも行こうぜ。」

織斑 一夏はそう言うと、唖然としている2人を連れて艦橋を出て行った。

それを見て私は一旦艦長席に座ったが、再び立ち上がる。

「相川副長、暫らく指揮をお願いします。何か有ったら知らせて下さい。」

「了解です艦長・・・その・・・怒られて当然だと私も思います。」

どうやら相川副長達にも心配させてしまった様で、私はとても恥かしくなってしまった。

「ありがとう相川副長。」

そう言って私は逃げる様に艦橋から出てゆくのだった。

 

私は一旦艦長室に向かおうとしたが、風に当たりたくなり甲板に出る。

そして水平線を眺めながら激しい自己嫌悪に襲われていた。

酷く感情的になってしまった事でだ、最近たまにこうなるのだが・・・

例えばあの巨大シーサーペントと対峙した時もそうだった。

何だか最初の頃の様に周りを見れなくなっている、最近の私は更識 簪そのもの。

彼女として思考し行動する、最早ゲームをプレイしているとは言えなくなっている気がするのだ。

さっきの事だって、ああ何時も通りな2人だな、と第3者的に見れば怒る事など無い筈なのに。

そんな事が続いた為か最近私は妙な考えに囚われる事が多くなった。

自分がゲーム世界に来て性別を変えられた、これは更識 簪という少女の妄想の産物ではないのかと。

お前はこの世界の更識 簪なのだ、いい加減そんな妄想は忘れろ、そんな事を言われている様な感じだ。

何だか自分が更識 簪にどんどん取り込まれ一つにされて行きそうでとても怖かった。

自分の身体を抱きしめ、私はその恐怖を払おうとする。

こんな思いをするなら受け入れてしまった方が楽ではないのか?

私は首を振ってその考えを頭から追い出す、このままでは永遠に思考のループから逃げ出せなくなってしまう。

それにこれでは艦の指揮に障害が出てしまう、仮初とはいえ私は乗っている娘達の艦長なのだから。

「あれ、更識さん?」

そんな私に声を掛けてくるのは織斑 一夏だった。

「って大丈夫なのか?顔青いぞ。」

余程私の状態が酷く見えたのか彼が心配そうに聞いてくる。

「大丈夫ですよ、少々疲れただけですから。」

そっけないかなとは思う、これではアニメで2人が出会った時みたいだなと内心苦笑する。

あの簪の様にやがて私も彼に心を開いてゆくのだろうか?想像出来ない話だ、今は・・・

「そうか・・・ああ、さっきは本当に申し訳なかった、二人にはよく言い聞かせておくから。」

効果があるか疑わしいが、謝罪の言葉が真剣なのは嘘ではない事は私にも分かる。

「もういいですよ、私も感情的になり過ぎていましたし。」

最近の恐怖感からいらついて当たってしまった事は確かだったので彼の謝罪を受け入れる。

「そうかありがとう更識さん、いや艦長。まああの2人も俺の事を考えてくれているのは分かっているんだけど。」

そう思っているならもう少し彼女達の気持ちに答えてあげれば良いと思うのだけどそれは望み薄か。

私の今の状態を察して心配出来るくせに、彼女達からの好意に気付けないのはいかにも織斑 一夏らしい。

「さあ、そろそろ艦内へ戻った方が良いですよ、日が落ちるとかなり冷えますから。」

とはいえ、彼との会話で多少は気が楽になった点は感謝すべきだろう。

「それから心配してくださって感謝します織斑さん。」

「ああ、気にしなくていいぜ、どうってことないからな。」

アニメと同じイケメンスマイル全開で答える彼に、私は本当に良い男だなと思ってしまう。

そのうち私も彼に引かれて行くのだろうか?、まさか?、そんな事は想像もしたくない。

第一そうなれば私は完全に更識 簪になってしまう、先程の恐怖が蘇りそうになり、考えるのを止める。

「行きましょうか。」

「ああ。」

私達は連れ立って艦内に戻った。

 

なおこの後、甲板での会話の事がばれ、というか織斑 一夏が大して気にせず話した、所為で私は2人に睨まれてしまった、この男には先程の感謝の気持ちを返して欲しいと思った。

 

あと、相川副長。貴女が何を考えているか分かりますが、そんな事ありませんよ・・・まったく。

 

 



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No.12ー織斑 一夏と更識 簪3-

「艦長、水晶島まであと50分です。」

航海長の娘が海図台から顔を上げて報告してくれる。

「分かりました。」

私は艦長席から立ち上がると艦橋の窓まで行き双眼鏡を覗く。

前方には島影が見えてくる、暗礁海域が近い。

「総員警戒配置について下さい。あと、織斑さん達を艦橋へ。」

「総員警戒配置!総員警戒配置!」

「織斑さん達を艦橋へ案内して下さい。」

振向いて指示を出すと乗員の娘達の復唱が帰ってくる。

艦内にアラームが鳴り響くのが分かる、今頃乗員の娘達は駆け足で配置に付いているだろう。

「相川副長、見張りの配置は問題ありませんか?」

傍らに立った相川副長に私が聞く。

「はい、艦首と艦尾に2人、左右舷側に3人配置完了です。」

「ありがとう。」

そう言って艦首の方を見ると命綱を付け、艦内服(IS学園制服)に救命胴衣とヘルメット姿の乗員の娘達が見える。

暗礁海域を通過する為、通常の見張り員だけでは足りないので臨時に配置しているのだ。

「織斑さん達をお連れしました。」

案内役の乗員の娘に連れられ、織斑 一夏達が艦橋に入ってくる。

「更識艦長、着いたのかい?」

織斑 一夏の問いに私は頷きながら答える。

「はい、と言ってもこれからが本番ですが。」

水晶島に到着するには暗礁海域を突破しなければならないのだ。

「大丈夫なんでしょうねあんた?」

凰 鈴音が睨みつけながら聞いてくる、ここ最近ですっかり敵視されてしまった。

「最善を尽くしますとしか言えませんね。」

「ちょっとそれでは困りますわ。」

私の返答が気に入らなかったのかセシリア・オルコットも睨みつけてくる。

「おい2人共そのくらいにしろって、今は艦長を信じるしかないんだから。」

織斑 一夏がたしなめると2人は不満そうだが黙る。

出来ればそのまま静かにしていて欲しいものだ、これから暫らくは相手に出来ないのだから。

「前進半速、見張りを厳重にお願いします。」

「前進半速。」

「見張員、監視を厳重にして下さい。」

指示に復唱し乗員の娘達が動き始める、さあこれからが正念場になる。

やがてまほろばが進むにつれ艦体が揺れ始める、最初は小さく、そし大きく。

「まほろば、左舷方向に流されます。」

操舵手の娘が報告すると同時に揺れが襲ってくる。

「ちょっと何?」

その揺れに凰 鈴音が倒れそうになる。

「危ない!鈴。」

織斑 一夏が慌てて後ろから抱きしめる様にして支える。

「どこ触ってるのよ変態!」

「暴れるな鈴!」

「2人共破廉恥ですわ。」

騒ぎ出す3人、この時に何をやってるんだか、私は呆れてしまう。

『艦首見張りより艦橋へ、前方より漂流物急速に接近してきます。』

「面舵20!」

「面舵20。」

私の指示に操舵手の娘が答え、まほろばが進路を変える。

「左舷漂流物通過します。」

左舷側見張り員の声が響く、直後まほろばの左側を何かが通過してゆく。

「い、今のは一体何のですか?」

セシリア・オルコットが蒼白な顔をして聞いてくる。

それは明らかに船・・・但し殆ど原型を留めていないのでそう呼べないかもしれないが、だった。

「・・・ここで難破した船の成れの果てです、ああなりたくなかったら、静かにして艦長の集中力を妨げないで下さい。」

相川副長が睨み付けながら言う、どうも前に私を怒らせた事で、副長達乗員は3人を快く思っていないらしい。

「どういう意味・・・」

反論しようとしたセシリア・オルコットは、周りの副長や乗員の娘達に睨まれ口を閉じる。

『前方、更に漂流物、多数接近してくる。』

「取り舵40、前進全速。揺れが酷くなります掴まって下さい。」

私は3人にそう告げる。

まほろばが速度を上げ、進路を変えると今度は右舷側を漂流物が通り過ぎる。

ばらばらになった船と思しき物体だった、3人の表情が強張る。

「艦長、舵が・・・」

操舵手の娘が焦った声を上げる、海流に引っ張られ旨く操舵出来ない様だった。

すぐさま近くにいた相川副長が駆けつけ、一緒に舵を操作する。

この辺は皆慣れたもので、私の指示が無くてもやってくれるので私は助かっている。

「ほら大丈夫?」

「助かります副長。」

「機関室、状態を報告して。」

『こちら機関室、かなり加熱してますがまだいけます。』

誰もが自分の役目を冷静にこなしてくれる、本当に頼りに出来る娘達だと思う。

その様子に織斑 一夏達も感心した表情を浮かべている。

「たいしたものだな。」

「う、うん凄いわ。」

「これが守護天使の艦というわけですわね。」

 

激しい海流を抜け、ようやくまほろばは島に到着する。

「艦長、艦体各部に異常なし、まあ機関が少々オバーヒート気味ですが。」

相川副長の報告に私は頷く、どうやら往路は問題なかった様だ、まだ復路があるけど。

「さて織斑さん、これからは貴方達の番です。ここまでお連れしたのですから頑張って下さい。」

私が3人の方を向いて言うと織斑 一夏は親指を上げて答える。

「ああ、更識艦長や乗員の皆の尽力には答えて見せるぜ。」

爽やかな、アニメではよく見せた笑顔をする織斑 一夏。

「当たり前でしょう、あんた達には負けないわよ。」

「皆さんの協力には感謝いたしますわ・・・私も負けるつもりはありませんわ。」

後の2人は何だかライバル心丸出しだった、恋敵(もちろん私にはそんな気は無い。)が彼の前で良いところを見せたと思ってでもいるのだろう、私は内苦笑する。

「ボートを下ろして下さい、操作は問題ありませんね?」

私の問い掛けにセシリア・オルコットが優雅に微笑んで答える。

「もちろんですわ、このセシリア・オルコットに問題などある筈はありませんわ。」

「その割には時々へまやるけどね。」

「何か言いましたか凰 鈴音さん。」

「別にセシリア・オルコットさん。」

「ははは・・・行こうかセシリア、鈴。」

何時もの2人に織斑 一夏は引きつった笑みを浮かべる・・・大変だとは思うが同情はしない。

3人は案内の娘に連れられ艦橋を出てゆく。

「大丈夫なんですかねあの連中?」

相川副長が呆れた様子で見送る、他の娘達も似たような感じだ。

「・・・まあ、あれでもベテランのハンターですからね大丈夫でしょう。」

私は皆の様子に肩を竦めつつ答えるのだった。

 

結果的に彼らは目的を果たした、ただ道中色々あった様で、睨みあう女性陣と疲れきった表情の彼がだったが。

ちなみに彼らが依頼された回収物だけど、昔ここに居た技師の私物、家族のアルバムだったらしい。

 

復路については特に問題は無く、無事港に着いた。

「今回は助かったよ更識艦長、サンキューな。」

満面の笑顔でお礼を言ってくる織斑 一夏。

「・・・一応礼は言っておくわ、認めたわけじゃないけどね。」

「守護天使の名は嘘では無い様ですわね、まあ負けるつもりはありませんが。」

この2人は相変わらずだ、何だかライバル認定されてしまった様だ、恋愛の方で。

「いえ、私は依頼を普通に遂行しただけですよ、礼には及びません。」

握手を求めてきた織斑 一夏の手を握りながら、彼女達の視線がきついが、答える。

「また一緒に仕事をしてくれよな。」

「・・・機会があれば。」

出来れば避けたいところだ、彼の後ろで睨みつけている彼女達が居るし・・・

帰って行く3人を見送りながら私はそう思った・・・この世界が許してくれるか分からないけど。

 

18:15

水晶島へ向かうハンターチームの輸送及び護衛完了。

 

 




これでISヒロインはあと一人ですね。
彼女については後の話で登場させるつもりです。

それでは。


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No.13ー織斑 千冬1ー

今回のメインヒロイン(?)は織斑 千冬さんですね。



「これでよし。」

私は書いた報告書を確認し、誤字や脱字を確認してから保存する。

「~簪ちゃん~終った?~」

後ろから覗き込んでくるのは本音だ。

「終りましたよ本音。」

前回の仕事の報告書を作成していた私に、本音は付き合ってくれたのだ。

「それじゃ~これ食べようようよ~」

そう言って彼女は冷蔵庫に向かい扉を開けると、箱を出してくる。

「イチゴの~ショートケーキと~モンブランだよ~」

箱に書いてある店名は近所にあるお菓子専門店、本音のお気に入りのお店だ。

「でももう直ぐ夕食だけど大丈夫ですか?」

時計を見ると18時を過ぎているので聞いてみたのだけど。

「何~言ってるの簪ちゃん~これは別腹なんだ~よ~」

いかにも当然だと言う本音に、私は苦笑する。

女の子にとってお菓子はそうだと言うらしいが、自分にとっては関係無いと思っていたのだけど。

この世界に来て、女の子になった私はその通りだど実感させられていた。

兎に角甘い物に抵抗が無くなってきたいる、食事前だというのに・・・

「そうですね、じゃお茶入れますね、紅茶でいいですね本音?」

「OKだよ~」

結局私はお菓子の誘惑に勝てず、本音と2人のお茶会となるのだった。

「う~ん、美味しいよ~」

ショートケーキを食べながら本音はうっとりしている。

「くすくす、本当に幸せそうですね本音は?」

「そうだよ~これがあればもう何も~要らないよ~」

ケーキだけで幸せになれるのは女の子ならではないだろうか、私は思う。

「簪ちゃん~は違うの~?」

「そりゃまあ嬉しいですが。」

私はまだ彼女みたいには成れていない様だった、いや成りたい訳ではないのだけど。

とはいえ美味しいことは確かで、確実に女の子の方へ向かっているなと少々危機感がある。

自分で入れた紅茶を飲み、残りに手を付け様とした時、突然事務所の扉が開かれる。

「更識 簪は居るか!?」

突然の来訪者は、ハンターギルド長の織斑 千冬だった。

何時もと違う慌てた様子に私と本音はケーキを食べ掛けた状態で固まった。

 

織斑 千冬、彼女を語るのに一番合っている言葉は、冷静沈着だと私は常日頃思っている。

いやこれは私以外の人達に聞いても同じだろうと言える。

親友の束さん曰く、「ちーちゃんが冷静でなくなるのは、自分が冷静な人間と言われた時だね。」

そんなギルド長が冷静さを欠いている姿は今まで見た事がなかっただけに驚かされた私達だった。

「居たか、直ぐに艦を出してくれないか?急ぐんだ!」

「落ち着いて下さい織斑ギルド長、出すにしても事情を教えて下さい。」

私の前に立ち一気に言葉を出してくるギルド長を、私は押し止める。

傍らで本音はケーキを咥えたまま未だに固まっている。

「・・・ああ、すまんな。先張り過ぎた様だ。」

何とか冷静さを取り戻してくれた様で私はほっとする。

「本音、大丈夫?」

「う、うん大丈夫。」

何時もの間延びした口調が消えている。

「兎に角何があったんですか?」

 

織斑ギルド長の話によれば・・・

街に住む子供たち数人が海に出たまま今になっても戻ってこないらしい。

心配になった親達がギルドに相談に訪れ、偶々その場に居た織斑ギルド長が対応した。

そして彼女は捜索を約束し、私達の所に来たと言う事の様だった。

「状況は分かりましたが・・・」

思わず考え込んだ私を見て織斑ギルド長が心配そうな表情を浮かべる。

「問題が有るのか?」

「今動かせる艦が有りません。」

「本当か?」

衝撃を受けた織斑ギルド長が私の肩を掴んで聞いてくる。

「そうりゅうはまだドックから出られない状態なんです。」

艦体のダメージは予想以上に酷いらしく、束さんも頭を抱えていると言っていた。

「まほろばは暫らく航海の予定が無いので、乗員の皆に休暇を出しているんです、今から呼び出しを行っても今晩中にさえ集まるどうか分かりません。」

その言葉に織斑ギルド長が唇を噛む。

「他の商会には聞いたんですか?」

後はうち以外の商会に頼るしかないと思い私は尋ねてみたのだけど。

「・・・ほとんど出払っている、後はここが頼りだったんだが。」

私の肩から手を外し肩を落とすギルド長。

暫し沈黙が事務所内に続く。

「そうなると・・・束さんに相談するしかありませんね。」

「束にか?・・・そうだなそれしかないか。」

ドック責任者であり優秀な技師である束さんなら何か良い考えを出してくれるかもしれない。

「では早速行きましょう、本音は後を・・・」

「私も~行くよ~それを聞いて~何もしないなんて出来ないよう~」

まあ確かにそうかもしれない、そう考えてメモを姉宛に書いて置いてから事務所を出る。

 

「束は居るか!?」

ドック事務所に真っ先に入り織斑ギルド長が叫ぶ、後から付いて来た私達は息も切れで声が出せない。

「ギルド長?それに簪様、本音様?」

突然の来訪に驚いた表情で答えるのはクロエさんだった、事務所には彼女以外の姿は無かった。

「あいつは何処行った?早く出てこないと・・・」

「ギ、ギルド長?」

流石にクロエさんも何時もと違う織斑ギルド長に目を白黒させている様だった。

「落ち着いて下さい織斑ギルド長、クロエさんが戸惑ってます。」

私は彼女の肩に手を掛けて落ち着かせる、本当に今日は珍しい光景を見させられている気分だ。

「・・・すまんクロエ、悪かったな。」

何とか落ち着いてくれた様で私は息を付く。

「それでクロエさん、

束さんは?」

「あ、はい、束様は朝からラボに入っております・・・当分出てこられないと思います。」

「くっこんな時に・・・」

ギルド長は拳を握り締めて呻く。

束さんはラボに入ると何日も出てこない事は珍しくない、前に1週間も出てこなくてクロエさんがとても苦労させらた事があった。

「一体何があったのですか?」

聞いて来るクロエさんに先程あった織斑ギルド長の話をする。

「なるほど分かりました、暫らくお待ち頂けますか?」

彼女はそう言って端末の前に座り操作を始める。

見守る事数十分、クロエさんがこちらを見て聞いて来る。

「使える物があるかもしれません、どちらに行かれるのですか?」

それを聞いて、私は肝心の目的地を知らない事に気付く。

「・・・旧ドックだ。」

旧ドック、港から少し離れた所にある、かって使われていた施設だ。

確か港に新しいものが出来た為、10年以上前に閉鎖された筈だ。

「でも~あそこって立ち入り禁止~だよね~」

古いうえにドック内を知る人間が居ない為、危険と判断され誰も入れない事になっている所だ。

「どうやら探検家気取りで行ったらしい、子供達の間では有名な所らしいからな。」

なるほど子供特有の冒険心と言う訳だ、しかし何て危ない場所に。

「だとすれば都合が良いかもしれません、皆様付いて来て頂けますか。」

クロエさんはそう言って、壁に有るキーの束を取る。

「一体何が出て来るんだ?」

織斑ギルド長の問いに、クロエさんは意味深な笑みを浮べ答える。

「きっと役に立つ筈ですギルド長。」

 



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No.14ー織斑 千冬2ー

タイプ11の魚雷艇は、海上自衛隊で使われていた「魚雷艇11号型」がモデルです。
・・・知って人、どのくらいいるかな(笑)。



ドック事務所を出た私達はクロエさんの先導で進む。

どうやら小型船用のドックに向かう様だった。

そしてクロエさんはあるドックの前に着くと持って来たキー束から一本取り出すと、鍵穴に差し込む。

「皆様、お入り下さい。」

扉を開け入って行くクロエさんに続き、私達もドックに入って行く。

するとドック内が明るくなる、クロエさんが照明を付けた様だった。

「これは・・・」

織斑ギルド長がそれを見て呟く。

私も本音も同様に見つめる、そこにある船いや艇と言った方が良いかもしれない。

左右の舷側に魚雷発射管と前後の甲板に機関砲を装備した小型艇、これって・・・

「クロエさんもしかしてこの小型艇って?」

私の問いにクロエさんは微笑みながら答える。

「はい、タイプ11の魚雷艇です簪様。」

魚雷艇・・・ゲームでも使用可能なだったけど、その扱い辛さからか人気は無かった物だ。

確かに攻撃力は有るのだが、耐久値が低く、航続力に乏しかったから。

「使えるのかこの魚雷艇は?」

魚雷艇を前に織斑ギルド長がクロエさんに問い掛ける。

「はい、束様が色々手を加えていますが、普通に使うには問題ありません。」

と言う事はこれもそうりゅう同様にチートに改造されているのだろう。

「必用な乗員は?」

「操艇者と火器管制、センサーに機関担当の4名いれば動かせます。」

この辺もそうりゅうと同じ感じだ、いかにも束さんらしい。

「更識艦長、動かせるか?」

「はい、大丈夫ですよ。」

ゲームで使った事があるせいか、私は扱える事になっている。

まあ艦長という役柄か、大抵の船は操作可能なスキルを私は持っていたりする。

「火器管制は私がやろう、後2人か。」

「ギルド長、それなら私が機関担当をいたします。」

クロエさんが申し出てくる、私と織斑ギルド長は顔を見合わせる。

「これでも扱いには慣れておりますから御安心を。」

流石あの束さんの助手を務めているだけはある、クロエさん自身もかなり優秀だった。

とここまでは有り得るとは思っていたのだけど、次の展開は予想出来なかった。

「それじゃ~センサー~は私にお任せだよ~」

本音がそんな事を言い出すとは・・・

「布仏がか?・・・更識艦長どうなんだ?」

問われた私は肩を竦めて答える。

「・・・一応出来る筈です、前に一度扱ってもらった事がありましたけど。」

商会の事務担当である本音だが、実はセンサーの扱いも出来るスキルがあったりする。

「でも本音、貴女は海に出たくないと前に言ってけど?」

見事な操作だったので、艦に乗らないかと聞いた事があった。

「う~ん~止めておくよ~私泳げないし~」

そう言って断られた、本音らしいなとその時私は思ったものだった。

「そんな~こと言ってられない~から~」

両手をぐっと握り締め本音は私の顔を見つめてくる、何時もはのんびりした彼女だが、その目は本気な事は良く分かった。

だから私は織斑ギルド長を見て答える。

「腕は私が保障しますギルド長。」

「・・・分かった、布仏頼めるか?」

「~OK任せて~」

ギルド長の言葉に本音は力強く頷いて承諾する。

「よしクロエ、出港準備はどのくらい掛かる?」

「艇のチェックと補給で1時間、ですが皆様に手伝って頂ければ30分で済ませてみせます。」

クロエさんが胸に手を当てて答える、その姿はとても力強い感じを受ける。

「分かった、更識艦長、布仏頼むぞ。」

「はい。」

「~うん~」

 

早速準備に入る私達、燃料の補給と魚雷や弾薬の搭載を済ませ、艇のチェックを行う。

「航法システムのチェックはOKです。」

「火器管制は・・・驚いたなここまで自動化されているとは。」

艇外のチェックをクロエさんと本音が行い、私とギルド長は操舵室内のチェックを行っていた。

「この辺は流石束さんですね、航法と操舵も1人で問題なく扱えます。」

まさに天災いや天才だと今更ながら思う・・・日頃の言動を見ているとそうは見えないけど。

「更識艦長・・・その・・・色々世話を掛けて申し訳なかった。」

一息ついたところで、畏まった感じで織斑ギルド長が話しかけてくる。

「今更ですよ織斑ギルド長、ここまで関わったんですから、私も助けたいという気持ちですし。」

微笑みながら私は答える、その気持ちに嘘は無い。

「そうか、お前らしいな・・・私もそうだ、出来れば助けたい、そう思っている。」

座席に座り自嘲気味に織斑ギルド長は話す。

「今日ギルドに慌てて駆け込んで来た親達を見て・・・かっての自分を見ている様だった。」

「それって・・・」

視線を窓の外、ドックの壁に向けながら彼女は話し続ける。

「うちの両親も昔遭難して亡くなった、その時は無力な自分を呪ったものだったよ、あの親達もそうなんだと思ったら居ても立ってもいられなくなった、恥かしい話だが。」

視線を私に戻し織斑ギルド長は溜息を付く。

「ギルドの長としては誉められた事ではないな、もっと冷静になるべきだったかもしれん。」

「そんな事はありませんよギルド長。貴女は自分の出来る事をなさろうとしたんじゃありませんか、私も出来る事をしないで後悔はしたくはありません。」

織斑ギルド長は私の言葉を聞くと頷いて見せる。

「確かにそうだな、やらないで後悔するより、やって見て後悔した方がましか。」

そう言って彼女は何時もの不適な表情に戻る。

「お前と話せて良かったよ、まあ贖罪を聞いてもらう相手としては最適だからな。」

「それって私が天使と呼ばれているからとか言うんじゃないでしょうね。」

答えずに笑っている織斑ギルド長、私は溜息を付く。

「こちらの点検終りました・・・どうかされましたかギルド長?」

「~簪~ちゃん~どうしたの~?」

操舵室に入って来たクロエさんと本音が私達を見て不思議そうな顔をして聞いてくる。

「大したことじゃないさ、更識艦長はその二つ名通り天使だと言う事さ。」

どや顔で言う織斑ギルド長、2人はきょとんとした後、笑みを浮かべて言ってくる。

「今更です織斑ギルド長、簪様が天使だと言うのは。」

「そうだね~簪ちゃん~天使様だよね~」

2人の言葉に私は頭を抱えたくなった。

「そう言われているだけで・・・分かりましから出発しましょう。」

私の反応を見て笑っている3人を急かす。

 

数分後、小型船専用ドックから私達が乗った魚雷艇は発進した。

 

港から旧ドックまでは魚雷艇では40分くらいで着く。

航法ディスプレイで進路を確認しつつ私は操艇する。

「レーダー~反応~なしだよ~」

本音がセンサー席から報告してくる、今のところ平穏に進んでいる様だ。

やがて前方に旧ドックが見えてくる、明かりがついておらず暗闇に溶け込んで見える。

「そういえばクロエさんは旧ドックに行った事はあるんですか?」

魚雷艇を専用桟橋に向けて航行させながら私はクロエさんに聞く。

「いえ、資料でしか見た事は有りません、束様も無いと思います。」

機関の様子をディスプレイで確認しつつクロエさんが答える。

「何しろ広いですから全貌が未だに把握出来ていません。」

使われなくなって10年以上だっている、何が有るか束さんでも分からないらしい。

「ハンターが何度か内部の調査に行ったらしいがな、そっちもろくな結果が無い。」

火器管制席から織斑ギルド長が溜息まじりに話に加わってくる。

「お蔭で~幽霊屋敷~扱い~だよ~」

これは本音の台詞、彼女によれば数え切れない程の怪談話が有るらしい。

「そう言えば姉さんが、一度解体の話が出たけれど、費用の問題で頓挫してと言ってましたね。」

前に姉がそういう話をしていた事を思いだして私は話す。

何処も費用を出したくなかったらしい、解体後の用途もこれといって無かったのも原因だと言う。

それで厄介者扱いで幽霊屋敷、施設自身に罪は無いのにと苦笑する。

「そろそろ到着しますね。」

桟橋が見てくる、私は艇の速度を落とし近づけて行く。

破損箇所があるが桟橋はまだ使える様だったが慎重に接岸する。

到着後、織斑ギルド長が桟橋に上がり、ロープで艇を固定する。

「これでいい、じゃ行ってくる、クロエ頼むぞ。」

ドック内の捜索はギルド長とクロエさんが担当、私と本音は待機だ。

「2人とも気をつけて下さいね。」

ドックへ向かう2人に私は声を掛ける、彼女達の事だ問題は無いだろうけど。

「ああ、そっちもな。」

「行ってまいります簪様、本音様。」

2人はそう言って頷くと歩き始める、それを私達は黙って見送る。

ふと吹いてきた風に私は身を震わせる。

 

私と本音は艇に戻る、2人が戻るまで周りの監視をしながら待機しなければならない。

「あ~れ~」

20分位して本音が複合ディスプレイを見て声を上げる。

「どうしたの本音?」

「う~ん~レーダー~にちらちらと~何かの反応が~」

「位置は?」

「後方~だよ~」

私の問いに本音が答える。

他の船であればちゃんと反応がある筈だ、覗きこんだディスプレイを見て私は確信する。

「シーサーペントですね、本音は監視を続けて下さい。」

こちらに近づいてくる様子は今のところない様だけど油断は出来ない。

ギルド長とクロエさんの捜索は1時間で、見つけられなくても一旦は戻ってくる筈だ。

私達は緊張しつつ、本音は何時も通りに見えるが、待ち続ける。

あと5分というところで戻ってくる2人、傍らには3人の子供達が居る。

どうやら見つけられたみたいだ、私は操舵室のドアを開けて呼びかける。

「2人共急いで下さい・・・お客が来ます。」

その言葉にギルド長とクロエさんは子供達を連れて艇に駆け寄ってくる。

「来たのか?」

ギルド長の言葉に私は頷く、クロエさんは子供達を補助席に座らしてシートベルトを掛ける。

「よしいいぞ。」

ギルド長とクロエさんがそれぞれの座席に付きシートベルト締める。

「機関始動。」

クロエさんが機関コンソールを操作して報告する。

「発進します、少々荒っぽくなりますので注意して下さい。」

既に固定ロープは外されている、私は艇を桟橋から離し、速度を上げる。

「前方に反応、距離20、急速に接近中。」

流石にのんびりした口調が消えている本音が報告する。

不味い事に帰りのコースと重なっている、どうやた一戦交えないといけない様だった。

「本音、探照灯点灯、魚雷発射用意願いますギルド長!」

「うん了解だよ。」

「分かった発射準備に入る。」

私の指示に織斑ギルド長と本音が復唱する。

「クロエさん、機関全開でお願いします。」

「はい、機関全開にします簪様。」

甲高い機関音が響き、魚雷艇は加速を始める。

「来ます!」

探照灯に照らされたシーサーペントが見える、当然の照射で混乱している。

「魚雷発射用意良し、何時でもいけるぞ更識艦長。」

必死に照射から逃れ様とするシーサーペントに突っ込んで行く。

「今です発射して下さい。」

「魚雷発射する!」

ギルド長が火器コンソールを操作すると、魚雷艇の両舷に設置された発射管から魚雷が放たれる。

それを確認した私は魚雷艇をシーサーペントの鼻先で旋回し離れるコースを取る。

照射で目を眩まされたシーサーペントはこちらを追う事が出来ず、まともに魚雷の直撃を受ける。

凄まじい絶叫を上げ、シーサーペントはドックの方へ向かって行く、受けた傷のせいで暴走し始める。

「あのままだと大型船ドックに一直線だな。」

後方を写しているディスプレイを見てギルド長が呟く、頑丈なドック入り口にぶつかればシーサーペントでもただでは済まないだろう。

そして見守る私達の前でシーサーペントは激突し、咆哮を残し沈んで行く。

私達は顔を見合わせて一息を付く、非常に危うい状態を切り抜けられて。

「さて追加の客が来ない内に帰るぞ、もう一戦なんて御免だからな。」

織斑ギルド長の言葉に私達は頷く。

港に魚雷艇の進路を取り旧ドックから離れる。

 

港に到着すると、子供達の親やギルド関係者が待っていた。

降りてきた子供達を親達が駆け寄って来て抱きしめる、双方とも涙を流している。

「良かったですねギルド長。」

私の言葉に織斑ギルド長も微笑んで答える。

「ああ、良かった本当にな。」

これで彼女の抱えてきたものが少しでも軽くなってくれれば良いのだけど。

「布仏、クロエ、お前達にも感謝する。」

降りてきた本音とクロエさんに織斑ギルド長が頭を下げお礼を言う。

「礼には及びませんよ、私も出来る事をしないで後悔したくありませんから。」

私の方を見て何時もの無表情を崩して悪戯っぽく笑うクロエさん、あの時言った私の言葉を真似て言っているのだろうな、私は苦笑してしまう。

「~うん~私も・・・」

「もういいですよ本音・・・これ以上苛めないで下さい。」

同じ事を言いそうな本音を私は止めると、その場に笑が広がる。

その後、親達に何回も感謝の言葉を掛けられる私達だった。

 

「後は・・・帰って姉さんのご機嫌を直さないと。」

きっと仲間外れにされたと言って拗ねているだろうなと思うと鬱になる、そうなると機嫌を直してもらうにはかなり手間が掛かる姉なのだ。

「私も行こう、責任はあるからな。」

私の肩を叩いてギルド長が言う、正直言ってこの援軍は助かる。

「私も~言って~あげるね~」

まあこっちの援軍は・・・無いよりましかな?

 

この後商会に帰った私を盛大に拗ねた姉が迎えてくれた、そして2人の援護の元、機嫌を直してもらうのに1時間以上費やしてしまったのだった。

 

22:30

旧ドックでの救助活動終了。

 




次回はラウラ・ボーデヴィッヒを登場させる予定です。

それでは。


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No.15ーラウラ・ボーデヴィッヒ1ー

新年、明けましておめでとうございます。

予告した通り今回はラウラ・ボーデヴィッヒ登場です。
但し織斑 一夏へのデレは無しですが。




旧ドックでの救助についての後処理の為、ハンターギルドに赴いた私は早く着き過ぎた事もあり、食堂へ向かった。

ここの造りはIS学園の食堂とそっくりに出来ているので妙な気持ちになる。

そこで私は織斑 一夏、凰 鈴音、セシリア・オルコットの3人に捕まった、いや正確には女性陣にだが。

「ちょうどいいわこっちへ来なさい。」

「貴女とはお話がしたいと思っておりましたわ、構いませんわよね。」

2人共それは素敵な笑顔で、私の両腕を掴みテーブル席に連行された。

「お、おい2人共何を?」

「「女の子同士の話しですので、一夏(さん)はそこで待っていて(下さいませ)。」

声を掛けた織斑 一夏にそう言って待つ様に促す2人、見事な連携だった。

そして座らせられた私の前に陣取る2人、アニメでみたあのシーンを思い出す。

ヒロイン達が更識 簪を尋問する例のシーンを、もっとも他のヒロイン達は居ないけど。

そこからは、凰 鈴音は直球で、セシリア・オルコットは遠まわしに織斑 一夏への私の気持ちを聞いてくる。

どうも前回の事で完全に疑われてしまっているみたいだった。

「別に私はそんな気持ちはありません。」

もちろん私は彼に興味は無いので正直にそう答えたのだけど、疑い深い2人は納得してくれそうもなかった。

「2人共何を言っているか分からないけどそのくらいにしておけよ。」

いや織斑 一夏さん、貴方の事で揉めているんですが、本当に彼は鈍い。

「「一夏(さん)は黙っていて(くださいませ)。」」

何だか前にも見た光景に私は半ば呆れていた時だった。

「ふん、昼間から痴話喧嘩とはな、やはり北方海の奴らは腑抜けているな。」

と食堂内に響く少女の声、私と織斑 一夏達はその声の主を見る。

そこに立っていたのは、長い銀髪に左目に黒い眼帯をした少女、そうISヒロインとしては最後に登場のラウラ・ボーデヴィッヒだった。

2人に尋問されていて私が気付かなかったが、何時の間にか食堂の真ん中に立っていた。

「ち、痴話喧嘩ってあんた一体なによ?!」

「そうですわ、いきなりそんな事をおっしゃるなんて失礼でありませんか。」

凰 鈴音とセシリア・オルコットが食って掛かるが、でも痴話喧嘩なのは間違っていないと思う。

「ふん・・・・」

ラウラ・ボーデヴィッヒは歯牙にも掛けない、一瞬の内に険悪な雰囲気が食堂内に広がる。

私達以外に居たハンター達も、彼女の「腑抜けている。」と言う言葉に怒り顔だ。

「お前達ここで何をしている!?」

その時食堂内に響く声、皆が振向く先に居るのはギルド長の織斑 千冬。

彼女は食堂内の険悪な雰囲気に繭を顰め、その中心にいる私達を見る。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、私は騒ぎを起こすなといった筈だが、これは一体どういう事だ?」

怒りを隠そうともしない凰 鈴音とセシリア・オルコット以下食堂内に居る者達を見て、織斑ギルド長は状況を察したのか、ラウラ・ボーデヴィッヒを問いただす。

「私はこの者達に本当の事を言っただけです教官。」

「私達を馬鹿にしたのがそうだと言いたいわけ?!、何ふざけたるのよアンタは。」

平然と答えるラウラ・ボーデヴィッヒに凰 鈴音が怒りの声を上げる。

「いい加減にしろ凰 鈴音、ラウラ・ボーデヴィッヒ、これ以上騒ぐなら容赦せん。」

2人は共に不満げな表情を浮かべながらも黙る。

「織斑、次の仕事の打ち合わせが有る筈だ、さっさと行け。」

「あ、はい、ちふ・・ギルド長。」

呆然としていた織斑 一夏は我に帰ると凰 鈴音とセシリア・オルコットを連れて出てゆく、もちろん2人は不満顔だ。

それを見送り織斑ギルド長はラウラ・ボーデヴィッヒを見て言う。

「・・・ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前もさっさと到着の手続に行け。」

「きょ・・ギルド長、その前に質問をお許し願います。」

「何を聞きたい?」

苦々しい表情を浮かべながらギルド長が促す。

「北方海の守護天使に会いたいのですが、何処に行けばよろしいのでしょうか?」

突然私の事が出てきて驚かされる。

ギルド長が苦笑に表情を変えて、ラウラ・ボーデヴィッヒの後ろに居る私を見る。

「天使ならお前の後ろに居る彼女がそうだ。」

その言葉にラウラ・ボーデヴィッヒは後ろを振向き、私を見つめて驚いた表情を浮かべる。

「貴様が北方海の守護天使か?」

「確かにそう呼ばれてはいますが・・・更識 簪です。更識商会所属、まほろばの艦長です。」

北方海以外の海域に居る人間まで、例の二つ名が知れているのに鬱になりながらも返す私。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、シュヴァルツェ・ハーゼ商会所属、シュヴァルツェア・レーゲン艦長だ。」

シュヴァルツェ・ハーゼ、アニメで彼女が隊長を務めていたドイツのIS配備特殊部隊、それが所属している商会で、専用ISのシュヴァルツェア・レーゲンが指揮している艦の名前と言う訳らしい。

そう名乗ってラウラ・ボーデヴィッヒは意味深に私を見る、赤色の右目で。

左目を黒い眼帯で隠しているのはアニメ同様金色だからだろうか?

「もう良いだろラウラ・ボーデヴィッヒ、私と共に来い。更識艦長、担当の者が探していた、お前も早く行け。」

織斑ギルド長の言葉に頷き、私は食堂を出る為その場を離れる。

ラウラ・ボーデヴィッヒの視線は、私が食堂の外に出るまで消えなかった。

 

事後処理を終えギルドの廊下を歩いていた私は織斑ギルド長とラウラ・ボーデヴィッヒを見かけたのだが、何だか様子が変だった。

最初は話をしていただけかと思ったのだが、揉めているというか、ラウラ・ボーデヴィッヒが一方的に食って掛かっているみたいなのだ、これってアニメのあのシーンなのだろうか?

「ここでは教官の能力は発揮できません、こちらに戻って頂けないのですか?」

「何度も言った筈だ、私はここを離れる気は無い、あと教官では無いともだ。いい加減納得しろ。」

ギルド長はいかにもうんざりといった表情を浮かべ対応している。

「いえ納得しかねます、ここの連中はそろいもそろって腑抜けです、そんな者の為に教官の能力を使うなど・・・それに私にとっては今でも教官です。」

今のラウラ・ボーデヴィッヒの言葉にギルド長の表情が険しくなる。

「ずいぶんと偉そうな事を言う様になったなラウラ・ボーデヴィッヒ、何様のつもりだお前は?」

びっくと身体を震えさすラウラ・ボーデヴィッヒ、織斑ギルド長の迫力はアニメ同様だ。

俯き震えるラウラ・ボーデヴィッヒを見つめた後、ギルド長は深い溜息を付いて言う。

「取り合えず騒ぎを起こさんでくれ、お前は南方海のギルドから派遣されてきたんだ、それを忘れるな・・・もう良いだろう部下の所に戻れボーデヴィッヒ艦長。」

「はい。」

力無く返事をし、ラウラ・ボーデヴィッヒは歩いてゆく。

その背中は小柄でかつ細身な所為か余計物悲しく見える・・・

とういうか何だか盗み聞きした様で私は罪悪感を覚える、さっさとこの場を離れて・・・

「そこに居るのは分かっているぞ更識艦長。」

どうやらブリュンヒルデの目は誤魔化せなかったらしい、私は隠れていた物陰から出る。

「すいません聞くつもりは無かったのですが。」

私の謝罪にギルド長は苦笑を浮べて答える。

「別に怒ってはいない、お前が盗み聞きする様な人間では無い事くらい分かっているさ。」

そう言ってから溜息を再び付くギルド長。

「・・・ボーデヴィッヒ艦長は確かに優秀だが、どうも自分の能力を過信している節がある。南方海のギルドで訓練をしていた時から感じてはいたのだが。」

織斑ギルド長、当時はギルド長では無かったが、南方海のギルドで訓練教官をしていた時期があったとの事だった、ちょうどアニメでドイツ軍に出向してIS操縦者を育成する教官を務めた様に。

「確かに自分の能力を信じる事は悪く無いが、過信すればどうなるか・・・いや更識艦長には分かり切った話か。」

「・・・それは買いかぶりですね、私は自分に出来る範囲の事をやっているだけの臆病者です。」

織斑ギルド長は私の言葉に意地の悪い笑みを浮べて言う。

「私は、自分を臆病者だと言った奴が本当に臆病者だったというのを見たことが無いがな。」

それにどう答えれば良いのか困ってしまう、臆病者は言い過ぎかもしれないが、自分の出来る範囲でベストを尽くすのが私の信念みたいなものだから。

「まあ良い、更識艦長らしくてな。ボーデヴィッヒ艦長もだが一夏の奴もその辺が少々心配だがな。」

アニメでもそうだったが織斑 千冬はこの世界でも苦労人みたいだ。

「悪かったな更識艦長、色々手間を掛けさせて、だが出来ればボーデヴィッヒ艦長の事も気に掛けてやってくれ、お前に頼むのは筋違いかもしれんが。」

「出来る範囲ですがね。」

「ああ、出来る範囲でだ。」

私の返答に織斑ギルド長は笑うと部屋に戻って行く、それを見送り私はギルドを辞するのだった。

 

2日後。

「艦長、無人潜航艇の積み込み完了です。」

この日、中断されていた北方海奥地の調査及び巨大シーサーペントの監視が再開する事となった。

ただしそうりゅうは結局復帰出来なかった、もう新造した方が安く付くらしく修理は断念されたのだ。

その代わりに束さんが提案してきたのが、今まほろばに積み込まれた無人潜航艇の「なでしこ」だった。

元々深海調査用に束さんが作成していた物で、転用はかなり簡単に出来るとの事だった。

そして操作システムと搭載機器のまほろばへの積み込みが終わり、今日その試験を兼ねて調査に向かう手筈なのだ。

「お早う簪。」

調査再開に伴いシャルもまほろばに戻って来た、彼女と航海するのは数ヶ月ぶりで感慨深い。

「お早うシャル、またよろしくお願いしますね。」

「こちらこそ、あと自分の用事で手間掛けて御免ね。」

今回の調査の際、島の施設に残してきてしまったシャルの資料を回収する予定なのだ。

それは今までシャルが収集してきたシーサーペント関するもので、今後必要になるものだ。

というのも今回の巨大シーサーペント出現を契機に生態のはっきりしない彼らの本格的な研究を開始しようという提案が織斑ギルド長と私の姉、更識商会会長から出たのだ。

世界最強と交渉事では右に出る者の居ない商会会長の2人の事、話はあっと言う間に具体化され、正式にハンターギルド直属の研究チームが組織された。

その研究チームのリーダにシャルが抜擢された訳だ。

これによりシャルはデュノア商会からハンターギルドへ出向という形になった、まあこれは彼女の境遇に対する対策じゃないかと私は思っている。

「気にしないで下さい、研究チームリーダさん。」

私の少し意地悪な言葉にシャルは苦笑して答える。

「分かったよ天使様。」

私達は顔を見合わせて笑う。

「では乗艦して下さいシャル。」

「うん。」

シャルが乗り込むのを見ると私は傍らにたっている相川副長に指示する。

「それでは出航しましょう、準備は問題ないですね。」

「はい艦長、問題ありません。」

私は頷くと相川副長と共にまほろばに乗り込む。

ふと私はまほろばとは反対側の桟橋に止まっている艦を見る、この北方海では見た事の無い艦を。

その艦の名はシュヴァルツェア・レーゲン、ラウラ・ボーデヴィッヒ指揮の駆逐艦。

旧ドイツ海軍のZ1型駆逐艦をモデルとした艦の様だった。

「艦長?」

「・・・今行きます。」

私は視線をその艦から外し艦橋に向かう、まあ今は考えても仕方が無い、そう思って。

 

 

 



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No.16ーラウラ・ボーデヴィッヒ2ー

まほろばは北方海奥地に入ってゆく、私にとって久々の、この艦で来るのは初めての場所に。

徐々に流氷が多くなり航行には細心の注意が必要となってくる。

『前方流氷群、接近してくる。』

艦首に立つ見張員の報告が入る。

「面舵30。」

「面舵30。」

私の指示に復唱が帰り、まほろばが進路を変えるとその左舷側を流氷群が通り過ぎる。

今私達が向かっているのはシャルが居た施設のある島だ。

シャルの資料を回収すると共に無人潜航艇の試験を行う予定だった。

「艦長、島に到着します。」

航海長の娘が報告してくる、私は立ち上がると窓に寄り双眼鏡を構える。

所々流氷群に囲まれた島が見えてくる、私は双眼鏡を下ろし指示する。

「機関停止、全艦警戒配置・・・シャルロット・デュノアに艦橋へ来る様に伝えて下さい。」

「機関停止。」

「全艦警戒配置、全艦警戒配置。」

乗員の娘達が復唱し、艦内にアラームが鳴り響く。

その中、シャルが艦橋に入って来る。

「シャル、これから連絡艇を下ろしますので向かって下さい。」

「分かったよ簪。」

シャルが頷く、彼女は既に艦内服にジャケットを着込み準備完了の様だ。

「時間は有りますが出来るだけ迅速にお願いします。」

余計な事とは思うがシャルに伝えておく。

「資料を持ち出すだけだからね、そんなには掛からないよ、じゃ行ってきます。」

そう言ってシャルは艦橋を出てゆく、それを見送り私は指示を出す。

「連絡艇を下ろして下さい、あと無人潜航艇の発進準備もお願いします。」

「連絡艇を下ろします、乗員は乗船準備急いで下さい。」

「無人潜航艇の発進準備、要員は配置に付いて下さい。」

私の指示で艦内は慌しくなる。

艦中央に装備されている連絡艇が海面に下ろされて行き、後部甲板に有る無人潜航艇の周りで発進準備の作業が開始される。

やがて連絡艇がシャルを乗せ島に向かい、無人潜航艇もクレーンで海中に下ろされて発進して行く。

「見張り員は警戒を厳重にお願いします、電探及び水測も。」

「各見張り員は警戒を厳にして下さい。」

『こちら電探室了解、現在艦の周りには反応無し。』

『水測了解しました、周囲に感無し。」

帰ってくる報告を聞きながら私は再び双眼鏡を構える。

 

『艦長!電探に反応あり、状況から見て戦闘中の模様です。』

資料の回収作業と無人潜航艇の試験が開始されてから1時間たった時、突然電探室から報告が入る。

「位置は?あと状況を報告して下さい。」

私は艦内通話器の受話器を取ると電探室を呼び出し尋ねる。

『左舷、距離9千、反応が断続的ですのでシーサーペントと思われる目標と高速な船が、激しい洋上運動を行なっています。』

明らかにその船いや艦だろうが、シーサーペントと戦っているという事になる。

「分かりました引き続き監視をお願いします。」

『了解です艦長。』

私は次に無線室に通話先を切り替えて呼び出す。

「無線室、何か通信が入ってませんか?」

『現在のところありません。』

「念の為緊急周波数で呼び掛けてみて下さい。」

『分かりました。』

受話器を戻すと控えていた相川副長に指示する。

「試験を中断します無人潜航艇の収容を、あと上陸班を呼び戻して下さい。」

「分かりました、試験を中断する様に試験班に指示を、上陸した連中に戻る様に連絡して。」

相川副長が私の指示を受け、各部署に伝えてくれる。

『試験班、無人潜航艇の収容開始します、終了まで20分です。』

『上陸班より返答、これよりまほろばへ帰艦するとの事です。』

各部署から返答が帰ってくる。

「収容と帰艦が完了次第、まほろばは現場に向かいます、全艦戦闘配置に付いて下さい。」

私の指示で乗員の娘達が動き始める。

やがて連絡艇と無人潜航艇の収容を終えたまほろばは、戦闘の行なわれている海域へ向かう。

 

「艦長、右舷前方6千に発砲炎を確認。」

前方見張り員の娘が報告してくる。

「戦闘中の艦艇は確認出来ますか?」

私の問いに間をいれず返答が帰ってくる。

「確認しました、見慣れない艦ですね・・・ってこれって?」

「どうかしましたか?」

見張り員の戸惑った声に私が聞きき返す。

「どうやらシュヴァルツェア・レーゲンみたいです。」

シュヴァルツェア・レーゲン?、ラウラ・ボーデヴィッヒ艦長指揮の駆逐艦だ。

「シュヴァルツェア・レーゲンがこんな所で戦闘中ですか?」

相川副長が驚いた表情を浮かべ聞いてくるが、私にも分からない。

これはギルド長から聞いた話だけど、ラウラ・ボーデヴィッヒ艦長は南方海のギルドから、こちらのギルドとの対シーサーペント戦の戦術情報交換で来たらしい。

まあ、こちらを腑抜け呼ばわりしてたくらいだから、ボーデヴィッヒ艦長は不満だった様だけど。

それでも来た理由はやはり織斑 千冬ギルド長が居たからだと思うけど。

「理由は今は後回しにして置きましょう、シュヴァルツェア・レーゲンの戦闘状況はどうですか?」

下手に戦闘に介入したら双方危険に晒される可能性がある。

「速度が出てません、あんなに遅い訳無いと思いますが・・・進路も不安定です。」

前方見張り員の娘が、私の問いに返答する。

艦長席を立った私は艦橋の窓により、双眼鏡を構えて前方の戦闘状況を確認する。

確かに速度が遅いし、艦の進路もふらついている様に見える。

そして私はシュヴァルツェア・レーゲンの艦尾付近に損傷らしきものを見つける。

「艦尾に損傷を受けている様ですね、それで速度が出ず、舵の利きが悪いのかもしれません。」

状況としては最悪と言える、私は艦内通話器の受話器を取り無線室を呼び出す。

「シュヴァルツェア・レーゲンに緊急周波数で、沈みたくなければボーデヴィッヒ艦長を通信に出すように言って下さい。」

『・・・了解しました艦長。』

普段と違う私の強い言葉に無線員の娘は一瞬戸惑った様だったが指示に従ってくれた。

「ボーデヴィッヒ艦長、通信に出てきますかね?」

相川副長が気掛かりそうに聞いてくる。

「それは分かりませんね、もしボーデヴィッヒ艦長がプライドを優先するなら・・・」

そうなれば私に出来る事は無いだろう、と思っていると艦内通話器が呼び出し音を鳴らす。

『艦長、ボーデヴィッヒ艦長から通信です。』

受話器に耳を当てた私に無線員の娘から連絡がくる。

「繋いで下さい。」

『了解です。』

雑音が一瞬入った後、受話器からボーデヴィッヒ艦長の声が聞こえてくる。

『何の用だ更識艦長、今貴様と話している暇は無い。』

「では手短に言います、これからシーサーペントに砲撃します、奴の注意が逸れたら距離を取り、こちらとタイミングを合わせて魚雷攻撃をして下さい。」

『・・・それは命令か?』

「違います、実行するかはそちら次第です、ただ貴女には艦長として乗員と艦に対する責任がある筈です。」

『・・・・・・』

沈黙するボーデヴィッヒ艦長の背後からは切羽詰った乗員達の声が聞こえてくる。

あとは彼女次第だ、プライドか艦長としての責務か、どちらを取るか?

『分かった、タイミングはそちらに任せるぞ更識艦長。』

思った通りボーデヴィッヒ艦長は賢明な様だった、私は内心安堵の溜息を付く。

「では1分後に射撃を開始します。」

『了解した。』

ボーデヴィッヒ艦長の返事を聞き受話器を戻し周りを見る。

「全主砲射撃準備完了です艦長。」

「進路面舵20、射撃位置に付きます。」

「信号弾準備よし。」

砲術長と航海長、相川副長が報告してくる、私達の会話を聞いて準備を整えてくれる。

本当に皆頼りなる、頼もしい乗員を得られて私は幸せなのだと思う。

「艦長、射撃位置に付きました。」

「あと30秒。」

航海長の声に相川副長がカウントダウンが重なる。

「10秒前・・・5、4、3、2,1、今!」

「砲撃始め!」

まほろばの全主砲射が撃準を開始、シーサーペントの周りに着弾する。

「シーサーペント、こちらに進路を変えます。」

見張り員の報告通り、咆哮を上げシーサーペントがこちらに向かってこようとする。

「シュヴァルツェア・レーゲン、離れて行きます。」

「魚雷攻撃可能距離まで離れたら教えて下さい。」

「了解です艦長。」

さあこれからが本番になる、とはいえ不安は無い、こちらもボーデヴィッヒ艦長の方にも。

「シュヴァルツェア・レーゲン魚雷攻撃可能距離に到達。」

「第一魚雷発射管、発射準備よし、距離及び方位角問題無し。」

見張り員と水雷長の報告に私は頷き指示を発する。

「信号弾を上げて下さい、魚雷発射用意!」

「信号弾を上げて!」

相川副長が指示すると信号弾が打ち上げれれて艦上空で発光する。

「魚雷発射して下さい。」

「魚雷発射!」

私の指示に水雷長が復唱すると、魚雷が発射される。

「シュヴァルツェア・レーゲン魚雷を発射。」

見張り員の声に私は速やかに離れる様に指示をする。

「取り舵一杯、全速前進。」

「取り舵一杯。」

「全速前進。」

操舵員と機関員の復唱が重なるとまほろばは急速に進路を変える。

「魚雷到達今!」

水雷長がストップウオッチを見ながら報告すると同時に激しい爆発音が2回続き、咆哮が響く。

「状況を報告して下さい。」

爆発音と咆哮を聞きながら私は報告を求める。

「こちらとシュヴァルツェア・レーゲン双方の魚雷命中を確認、シーサーペント沈んでいきます。」

艦橋内に安堵が広がる。

「旨くいきましたね艦長。」

相川副長が微笑みながら声を掛けてくると私も笑って答える。

「ええ皆さんご苦労様、シュヴァルツェア・レーゲンの方はどうですか?」

「あちらも無事に航行中です艦長。」

問いに見張り員の娘が、こちらも微笑みながら答える。

「それでは帰港しましょう、監視と試験は一旦中断します。」

私達はシュヴァルツェア・レーゲンと共に港への進路を取った。

 

数時間後、まほろばとシュヴァルツェア・レーゲンは帰港し、それぞれの桟橋に接舷する。

帰港後の手続きを指示していた時、呼び出し音の鳴った艦内通話器の受話器を取った相川副長が、私を見て報告してくる。

「艦長、下にその・・・ボーデヴィッヒ艦長が部下の人間と来ているそうですが?」

「ボーデヴィッヒ艦長が?」

後で様子を見に行こうと思っていたのだが、向こうから来たらしい。

「分かりました、副長後の指示をお願いします。」

「了解です艦長。」

相川副長が頷いて返答するのを見て私は艦橋を出てボーデヴィッヒ艦長の元に向かう。

そして艦に掛けられたタラップを降りて行くと、先に対応していてくれた乗員の娘が手を振っている。

「艦長、こちらです。」

呼んでいる乗員の前に立つ2人、ボーデヴィッヒ艦長ともう1人はもしかして?

「更識艦長、わざわざ来て貰って、その申し訳ない・・・」

言いたい事がある様だが旨く話せないみたいだ、最初に会った時とはまるで違う感じだ。

「艦長・・・仕方ありませんね、ああ、私は副艦長をしていますクラリッサ・ハルフォーフと申します、以後よろしくお願いします更識艦長。」

やはりそうだった、アニメでラウラ・ボーデヴィッヒの所属する部隊の副隊長を勤めていた娘だ。

ちなみにラウラ・ボーデヴィッヒはIS学園の制服でなく、シュヴァルツェ・ハーゼの制服姿だ、もちろんクラリッサ・ハルフォーフもだけど。

「うちの艦長は恥かしがっていますが、更識艦長に礼を言いたくて参ったのです、1人では行きずらいと言うので私が同伴して。」

「ク、クラリッサお前!?」

真っ赤になりハルフォーフ副艦長を睨みつけるボーデヴィッヒ艦長、もっとも副長の方は何処吹く風といった感じだけど。

「と、兎に角だ、私は貴様に恩を受けた、その礼はさせてもらうぞ更識艦長。」

礼を言うわりには少々偉そうだが、そこは彼女らしい、結構こちらのラウラ・ボーデヴィッヒは義理堅い性格みたいだ。

「いえ礼には及びませんよ、ボーデヴィッヒ艦長も私も自分のすべきことをしただけじゃないですか。」

「それでもだ更識艦長、私はもう少しで乗員と艦を失うところだった。」

私の言葉に唇を噛み俯くボーデヴィッヒ艦長。

「貴様が思い出させてくれたんだからな。」

「しかしそれはボーデヴィッヒ艦長が・・・」

会話がループになりそうなところにハルフォーフ副艦長が言葉を挟む。

「更識艦長、うちの艦長の礼を受け入れて上げて下さい、でないと引っ込みが付かないですから。」

「クラリッサ、お前はいちいち余計な事を・・・」

ボーデヴィッヒ艦長の苦味切った表情を意に返さずにハルフォーフ副艦長が言ってくる。

「分かりましたボーデヴィッヒ艦長、礼は確かに受け取りました。」

私の言葉にようやく安堵の表情を浮かべるが、次の瞬間顔を赤くし俯きながら言葉を続ける。

「それでだ更識艦長、貴様にもう一つ言いたい事がある。」

それってまさか嫁宣言?いやあれはアニメでの織斑 一夏に対してだからありえないだろうけど。

「き、貴様は今から私の戦友だ、異論は認めん。」

そっちだったらしい、友人と言わず戦友とは彼女らしい、横でハルフォーフ副艦長も苦笑いを浮べている。

「ええ構わないですよボーデヴィッヒ艦長。」

「ラウラでいい、艦内では乗員の皆もそう呼ばせているからな。」

ハルフォーフ副艦長を見ると頷いて肯定してくれる。

「それではラウラ艦長と、あと私の事も簪と呼んでも構いませんから。」

「簪艦長だな、分かった・・・それでは失礼する。」

自分の今の顔を見られたくないのか、足早に帰っていくラウラ艦長。

「まったくうちの艦長殿は・・・それでは私も失礼します。」

先に行ってしまった自分の艦長を微笑ましく見つめながらハルフォーフ副艦長も帰って行く。

そんな2人を見送りながら私は微笑むのだった、一緒にいたこちらの乗員の娘も。

 

16:45

試験航海中断

 

その後、戦術情報交換を終えたラウラ艦長は南方海へ帰っていった。

「世話になった。」と言うそっけないメッセージを残して。

「結局最後まで腑抜け呼ばわりは変えなかったボーデヴィッヒ艦長だが、天使の事は誉めていたぞ。」

織斑ギルド長が苦笑いを浮かべながら、後日教えてくれた。

 

彼女とはまた何時か一緒に戦えるだろうか、戦友として共に・・・

我ながらそんな期待を抱く事に内心苦笑しながら、私はそんな事を考えていた。

 




ラウラ・ボーデヴィッヒの乗艦する艦が、ドイツの駆逐艦(しかも2次大戦)だったのは
完全に私の趣味です。

艦これの影響はありますが(Z1とZ3両方持ってます)。

それでは。


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No.17ーぐうたら医師と簪1ー

「いやあ天使殿は居るかね?」

商会の事務所に入って来て言うのは年齢不詳の長い黒髪を背の後ろで纏め、白衣を着た美人。

「先生、良いんですかここに来て・・・診療所の方は?」

その姿を見て私は溜息を付いて聞く。

「休診時間さ、まあ私の所に来るなんて物好き、そう多くないだろう。」

どや顔で言う台詞では無いと思うが、何を言っても無駄だろう。

「あ~先生だ~いらっしゃ~」

私と共に事務所にいた本音が何時もの調子で出迎える。

「おお~本音ちゃん、来たよ~」

本音の真似(?)をするこの美人さんは名を須藤美波、一応医者なのだが。

更識商会の近くで診療所を開いている人だが、医者と言うより変わり者として知られている。

その変わり者の医者に私は何故か気に入られているのだ、これといって何かした訳ではないのだけど。

その彼女との出会いは数週間前に遡る。

 

それは更識商会にハンターギルドから緊急の依頼が入った事に始まる。

北方海にある島の一つで伝染病が発生し、早急にワクチンと医者が必要となったのだ。

そして更識商会にはそのワクチンと医者の緊急輸送の依頼を受けたのだ。

実はこういった依頼はうちの商会では珍しい話では無かったりする。

北方海に存在する島々には医者や病院が無い所も多い、また航行中の船で救急患者が発生する事も結構あり、医者や患者の輸送を頼まれる事が多い。

もちろん依頼されるのはうちの商会だけでは無い、だからこちらに来ると言うのは、時間が無い事と共に危険度が高いものだと言う事になる。

今回の伝染病は病状の悪化が急で、しかも目的地の島、F島へ向かう最短航路はシーサーペントが多数出没する海域を通る。

「ワクチンの方は既にまほろばに届いているんだけど、問題は医者の方ね。」

更識商会の会長である姉は困った表情を浮かべ私に言う。

「医師ギルドの方で揉めているわ。」

こういう事態に派遣される医師は当然ギルド所属の者が選ばれる、だが医者だって人間だ、出来ればこういう危険度の高いものは避けたいと思うだろう。

どうやらそれで中々決まらないみたいだ。

「緊急~なのに~ね~」

本音が、彼女には珍しく怒った様な表情を浮かべて言う。

私も同じ気持ちだが、無理強いは出来ない。

「まあギルドもお役所仕事だからね、一応決まったらここに来てくれる事になっているんだけど。」

姉が顔をしかめて言う、彼女はそのお役所仕事に毎回悩まされているだけに余計腹が立っているみたいだ。

「失礼、ここが更識商会かい?」

そんなところに誰かが事務所に入って来て私達に声を掛けてくる。

「はい、そうですが、貴女はもしかして?」

姉がその人物を見て聞いている。

「ああ、ギルドから言われてね・・・」

姉の問いにその人物、白衣を羽織った女性が答える。

何だかやる気の無さが滲み出ている姿に私と本音が、顔を見合わせる。

「それはご苦労様です、私は更識商会会長の更識 楯無です。」

「・・・須藤美波、よろしく・・・」

本当に彼女は医者なんだろうかと私は心配になる、傍らの本音も同じ気持ちなのか困惑している。

一方姉の方はまったく動じていない、交渉事で様々な相手と接しているからだろうか?

「それではお願いしますね、か、更識艦長、須藤医師をご案内して。」

「・・・分かりました。」

姉の言葉に私は頷き、須藤医師を連れて商会を出る、少々の不安を持って。

 

専用桟橋に着きまほろばに乗艦すると、私は須藤医師と共に艦橋に向かう。

既に相川副長と乗員の娘達は配置に着いて待機してくれている。

「お早うございます艦長、出航準備は全て完了してます。」

「ありがとう副長、直ぐに出航します、あとこちらが今回同行される須藤医師です。」

副長の報告を聞くと私は出航指示をすると共に須藤医師を紹介する。

「須藤医師ってまさかあの?」

須藤医師と聞いて相川副長が驚いた表情を浮べて言う。

「副長は彼女の事を知っているんですか?」

「はい、その・・・かなりの変わり者、いえ何でもありません。」

答えようとした相川副長は、須藤医師を見て慌てて言葉を濁す、もっとも肝心の彼女はそんな副長を気にせず、艦橋内を見ている。

「そうですか・・・兎に角出航しましょう。」

「了解です艦長。」

その辺の話を聞きたかったが後回しにする。

「錨を上げて下さい、前進微速。」

「錨を上げます。」

「前進微速。」

まほろばは桟橋を離れ出港する。

 

「めったに診療しない医師、あの先生って医師ギルドじゃ有名らしいですね。」

乗員の娘が須藤医師を居住区へ連れて行った後、相川副長がそんな事を教えてくれた。

医師ギルドにいる相川副長の友人からの情報らしい。

「加えてあんな感じでしょ?ギルドでも頭を抱えているって言ってましたよ。」

まああんなやる気の無い様では診てもらいたい人間など居ないだろう。

「かと言って腕が悪い訳では無いみたいだし、前に他の医者が見逃した症状を見つけて治療した事があった様ですよ。」

ギルドにいる相川副長の友人曰く、中央海に有った大病院に勤めていたという話しだ。

それがこの北方海へ流れて来た、その理由は副長の友人も知らない。

「・・・須藤医師の事はもう良いでしょう、航海長、航路の設定は完了しましたか?」

副長との須藤医師についての会話を切り上げ、私は航海長に聞く。

「はい完了です艦長。」

艦長席を立ち海図テーブルを覗き込む。

「こちらにある岩礁の退避港が最初の寄港地点です、ここで夜を明かしF島へ向かいます。」

F島への距離は港からかなり有り、到着には一昼夜は掛かる、そうなると危険な夜間航行をしなければならなくなる、だからF島近くの岩礁にある退避港で夜の明けるの待つ予定なのだ・・・正直言えば出来るだけ早く着きたいが、安全も考えなくてはならない。

「あと天候ですが夜半に悪化するとの事です。」

それもまた退避港に停泊する理由の一つでもある。

「分かりましたそれで行きましょう。」

「はい、艦長。」

航海長が頷いて返答する。

 

深夜近くにまほろばは退避港に到着し、そこに投錨する。既に海上はかなり時化てきていた。

艦橋からその光景を見ていた私が時計を見ると、そろそろ交代の時間だと気付く。

「艦長、相川 清香指揮交代いたします。」

そう言って相川副長が同じ交代要員の娘と一緒に艦橋に入ってくる。

「それでは後をお願いしますね。」

引継ぎを行い、私は当直だった娘と共に艦橋を出る。

「ご苦労様でした。」

「はい艦長もご苦労様です、それでは失礼します。」

部屋に戻るというその娘と挨拶を交わし、私は寝る前にお茶でも思い食堂へ向かった。

 

艦内の食堂は食事の他に会議やちょっとした集会に使われる場所だ、と共に常時休憩場所としても使われる。

お茶なども何時で飲める様に主計班の娘達が用意してくれている。

そんな食堂に入ると既に先客がいる事に私は気付いた。

通常、この時間帯は休んでいる娘達が多いので、私の様に当直明けにお茶という者くらいしか居ないもだけど。

「須藤先生?」

その先客はあの須藤美波医師だったのだ、入れたお茶を前に私を見る事無く、中を見つけている。

「おや艦長殿かい?」

相変わらず中を見つめながら須藤医師が話し掛けてくる。

「はい、先生は眠らなくても良いんですか?」

「そんな気にならなくてね・・・」

それっきり会話が途絶える、何と言うか話が続かない。

私は自分で入れたお茶を飲みながら彼女を何となく見る、こう見ると結構な美人さんだ。

ただ全体から出ているやる気の無さが全てを台無しにしているけど。

兎に角お茶を飲み艦長室へ戻ろうとしていた私に彼女が唐突に話し掛けてくる。

「艦長さんは・・・今までに自分の仕事を途中で放り出した事あるかい?」

何故そんな事を聞いてきたのだろうか?唐突過ぎて私は困惑する。

「・・・まあ自分から放り出した事は無いですね。」

こういう仕事だから様々な理由で完遂出来なかった事は結構あったが、少なくとも自分から放棄した事は無かったと思う。

「へえ・・・責任感あるんだね艦長は。」

皮肉ぽっい感じはしなくも無いけど、それ以外の何かが有る気がする。

「そんな高尚なものじゃありませんね、唯の意地ですよ。」

肩を竦め私は答える、そう責任感や使命感なんてものじゃない、それは私の意地だ。

「意地かい?」

今までと違い、彼女は私の方を見て話しをしてくる、表情は変わらないが目だけは真剣だ。

「はい、何があっても最後までやるという私のね、結構諦めが悪いですから。」

自嘲気味に私は答える。

「ふっ、天使にしては俗物的だね、まあ全てのものを救いたいからなんて言われたら引いただろうけど。」

俗物的だろうか?あと天使にしてはいらないですよ先生。

「ふむ・・・気に入ったよ艦長、少しいいかね?」

彼女が私の何を気に入ったのかよく分からず困惑する。

そんな私に彼女は話し始める・・・ある女性の物語を。

 



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No.18ーぐうたら医師と簪2ー

その女性には夢があった、それは医者として多くの患者を救う事。

だから必死に勉強し、実習にも励んだ。努力を怠らず精進を続けた。

医学学校を主席で卒業出来た、成績を知り幾つかの有名な病院から声を掛けられたりもした。

大きな所なら、多くの患者を救えると考え、彼女は中央海でも名の知られた病院に就任した

しかし、彼女を待っていたのは、その理想とは相反するものだった。

医師の間にある派閥争い、足の引っ張り合い、実入りの良い患者に群がり、それを多く抱える事に奔走する。

患者の為になど誰も考えていない医師達の姿、彼女は失望した。

それでも最初は頑張った、周りから冷笑されながらも、しかし自分が単なる客寄せだと知るのにそれ程時間は掛からなかった。

見た目麗しい女性医師、病院が求めていたのはそこだった、裕福な患者でも付いてくれればと。

全てに興味を失った、これ以上此処に居る気は起きなかった。

病院を辞め、彼女は目的も無く北方海にやって来た。

何もする気になれなかったが、生活の為に小さな医院を開いた、しかしかつての情熱は無く、ただ日々を無意味に過ごすだけだった。

「・・・という哀れな女の物語さ、面白かったかい?」

それが自分の事であるのは確かだろう、自虐的な笑みを浮かべている彼女を見て私は思う。

「・・・笑う気にはなれませんね、でも逃げ出した事を恥じる事は無いと思います・・・」

私の言葉に彼女は押し黙って私を見つめてくる。

「ただそのまま逃げ続けるのか、それとも何処かで踏み止まってみせるのか、彼女はそのどちらを選択するんでしょうね?」

その問いに彼女は押し黙って私を見つめてくる。

「・・・もし艦長が同じ状況になったらどうする?」

「そうですね・・・多分何処かで踏み止まって同じ事を始めるでしょうね、さっき言った通り、私は諦めが悪いですから。」

「なるほどね・・・艦長らしい、しかし驚いたよ。」

須藤先生はさっきまでの気だるさが嘘の様だ、何が彼女をそうさせたのだろうか?

「天使だと聞いていたから、もっと高尚な話でもされるかと思っていんだけどね。」

楽しそうな表情を浮かべ須藤医師は言う。

「天使と言われてはいますけど、私はそんな大それた存在じゃありません。」

同じ事をあちこちで言っているなと思いつつ答える。

「そうかい・・・でもまあ似合ってはいるんじゃないか?」

立ち上がり伸びをする須藤医師、何だかとても機嫌が良い様に見える。

「艦長と話せて良かったよ。」

そう言って須藤医師は食堂を出て行き、あとに困惑した私が残されたのだった。

 

翌朝、まほろばは退避港を出発しF島へ向かった。

「警戒配置に着いて下さい。」

「総員警戒配置。」

相川副長が私の指示を復唱、艦内にアラーム音が響き乗員の娘達が配置に着いて行く。

「・・・で先生、どうかしましたか?」

そう須藤医師も何故か艦橋に来ていたのだ。

「別に深い意味は無いさ、艦長の指揮ぶりを見たいだけさ。」

前日までの気だるさを何処へ行ったのか嬉々として私の傍に立つ、乗員の娘達も困惑気味だ。

「それは構いませんが・・・」

私の指揮なんか見ていて楽しいのだろうか?

『こちら電探室、前方に反応あり、数は3・・・こちらに向かって来ます。』

「どうやら嗅ぎつけた様ですね。」

電探室の報告に相川副長が言う、私は頷いて答える。

「むこうにとっては獲物が飛び込んで来た様なものでしょうからね、総員戦闘配置。」

「総員戦闘配置、急いで!」

復唱が艦橋内に響き、緊張が高まる。

「全主砲装填、射撃準備よし!」

「第1及び第2魚雷発射管、魚雷発射用意完了。」

砲術長と水雷長が報告してくる。

「全速前進、進路そのまま。」

私の指示に相川副長が笑を浮べながら答える。

「中央を強行突破ですね艦長。」

「はい、その際、主砲で牽制、ある程度距離取ってくれたら魚雷を使います。」

まほろばは速力を上げシーサーペントに突っ込んで行く、後はまさにチキンランだ。

耐え切れなくなり進路を変えた方が負けるだろう、本来はこんな戦闘はしたくないが時間が無い。

「シーサーペント、2匹が左舷、1匹が右舷へ行きます。」

見張り員の娘の叫びが双方の運命が分かれた事を知らしてくれる。

「艦首主砲を右舷へ、艦尾第2及び第3を左舷へ、射撃開始して下さい。」

左右に分かれたシーサーペント達の真ん中に入ったまほろばは砲を両舷に向ける。

「射撃開始!」

砲術長が命じると艦首と艦尾の主砲が射撃を開始、轟音が艦橋内を揺らす。

そんな中、須藤医師は表情を変えることも無く平然としている、いい度胸しているみたいだ。

「両舷のシーサーペント離れて行きます。」

「第1及び第2魚雷発射管、照準よし。まもなく発射可能距離です。」

こちらの思惑通り、シーサーペントは距離をとろうとしている。

「艦長発射可能です。」

「魚雷発射して下さい。」

「全魚雷発射管発射!」

まほろばの両舷に向けられた魚雷発射管から魚雷が発射される。

「3・2・1・今!」

水雷長の言葉に重なる様に響く轟音。

「結果を確認願います。」

私の指示に両舷の見張り員が報告してくれる。

「右舷側魚雷命中、撃破確認。」

「左舷、1匹は命中確認、残り1匹は逃げて行きます。」

結果を聞き、私は相川副長がに指示を出す。

「このままこの海域を突破します。」

「了解です艦長。」

まほろばは全速力で海域を抜けて行く。

「中々スリリングだったな。」

須藤医師の台詞だ、本当にいい度胸をしていると私は思った。

 

その後は襲撃も無く、まほろばはF島に到着出来た。

連絡艇を下ろし須藤医師とワクチン、手伝い役の娘達を島に送り、私達の仕事は終った。

 

帰りはこれといった波乱も無く帰港出来た事を記してこの話は終る・・・

 

15:40

ワクチン緊急輸送完了

 

・・・筈だった。

 

「おお~本音ちゃん、来たよ~」

本音と盛り上がる、一体何でと毎回思うのだけど。

あれ以来、須藤医師は時々商会にやって来る様になった、別にこれといった用事も無いのに。

「うん天使殿はどうしたんだ?」

彼女は悪戯っぽい表情で私を見て言う。

天使と言うのを止めて欲しと言ったのだけど、一向に改まる気配は無かった。

だから苦笑を浮べつつ私は答える。

「何でもありませんよ先生。」

 

この後も私はこの変わり者の先生と付き合って行く事になるのだった。

 



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No.19ーとある島の悲しき伝説ー

またまた季節外れの話しになってしまいましたね。



2人は島では有名な仲のいい夫婦だった。

働き者の夫と献身的な妻、子供は居なかったが傍から見ても幸せそうだった。

 

そんなある日、夫が漁に出たまま帰ってこなかった。

操業中に嵐にあったの原因らしく、捜索も空しく発見されなかった。

妻は毎日港に立ち夫の帰りを待ち続けた。

数年たった頃、ある噂が島にもたらされた。

遭難したあの夫が別の島に流れ着いたと、だが何故戻ってこなかったのか?

夫はその時助けられた女性とその島で暮らし始めたからだという話しだった。

妻はそれでも港に立ち続けた、島の人々は彼女を哀れに思いながら見ていた。

そして・・・嵐が島を襲った時、妻は忽然と消えてしまった。

絶望して身を投げた、高波にさらわれた、様々な噂がたったが本当のところは分からなかった。

 

そしてその頃からだった、島の漁船に奇妙な遭難が起き始めたのは。

航行中の漁船から漁師だけが消え無人のまま漂流しているのだ。

島の人々は思った、これは消えた妻が、夫の変わりに他の者を海底に引きずり込んでいると。

 

「なにそれ、その夫って様は奥さんを裏切ったって事でしょう。」

「助けた女が寝取ったか・・・」

「夫は新しい幸せを取ったんじゃないかな?」

 

「ふう・・・」

私は溜息をついて読んでいた小説を閉じると傍らで話しに盛り上がっている乗員の娘達に話し掛ける。

「皆さんは一体何の話をしているんですか?」

「えっ艦長いらしゃったんですね、すいません騒いでしまって。」

どうやら私が隣のテーブルに居た事に今気付いた様だった。

艦長室で読書をしていた私はお茶を飲みたくなり食堂に来てそのままここで続きを読んでいたところ、後から彼女達が入って来て話し始めたのだった。

最初は何となく聞いていたのだが、途中から話が生々しくなってしまい、私は読書を中断して彼女達に質問してみたのだった。

ちなみにこの娘達はさっきまで上陸していた筈だ、まさか帰って来てそんな話をするとは思わなかった。

 

その日、私達はJ島付近に出現したシーサーペントの対処を、島の漁師ギルドの支部から依頼さて来ていた。

まあ対処事態は幸いな事に昼前に終了してしまったが。

本当は今日一日掛けるつもりで、明日の朝帰する予定だったのだ。

だから一旦は直ぐに帰る事を考えたが、そうすると到着が真夜中になってしまう。

若い娘達ばかりだからそれは不味いと私は考え、予定通りJ島で夜を明かす事にしたのだ。

とはいえ朝まで艦の中で過ごすだけなのもどうかと思い、私は乗員の娘達に交代で島に上陸する事を許可した。

ここJ島は80人くらいしか島民の居ない所なので、遊ぶ所が有るか疑問だったけど、上陸するだけでも気晴らしにはなる。

そして上陸した娘達が戻って来たらと思ったら、先の様に皆で話が盛り上がっていたという訳だ。

「別に気にしなくても構いませんけど、そんな話しを誰に聞かれたんですか?」

私の問いに乗員の娘達は顔を見合わせると、先程謝ってきた娘が答えてくれる。

「港にいらっしゃた漁師の奥様達にです、島で面白そうな所が有るか話しかけたら、この話をして下さって、帰還時間までずっと話しこんでしまって。」

どうやら島のご婦人方と仲良くなったらしい、まあこの島には若い娘が少なかったから、ご婦人方も嬉しかったなのだろう、話の中身はどうかと思うけど・・・

何と言うか女の子はこういう話が好きなのだと改めて思う、私としては後半の変わりに他の者を海底に引きずり込む、という所が気になってしょうがないにだけど。

「なるほど・・・まあ盛り上がるのは構いませんが交代時間を忘れない様にして下さいね。」

「はい艦長・・・それでその夫はその後どうなったと思う?」

再び話しに夢中になる乗員の娘達、それに苦笑しつつ私は食堂を出る。

どうやら静かに小説を読むのは無理そうだったし、そろそろ相川副長と指揮を交代する時間だ。

だから私は艦長室に小説を置いてから艦橋へ行くつもりだったのだが、そこを乗員の娘に呼び止められる。

「あ、艦長こちらにいらしたのですね、今島のギルドの支部長が会いたいと来られているんですが。」

「ギルドの支部長が、ですか?」

今回の依頼は島にあるギルドの支部からのものだった、だから終了の報告はしておいた筈だけど。

「分かりました・・・艦長室に案内しておいて下さい、私は艦橋に行って副長に事情を説明してから行きます。」

「了解です艦長。」

案内する為向かった娘と別れ、私は艦橋に行くと相川副長にもうしばらく指揮を頼み、艦長室に向かう。

「支部長をご案内しておきました艦長、後でお茶を持って行きますね。」

艦長室の前まで行くと、案内をしてくれた娘が待っていた。

「お願いしますね。」

「はい。」

頷くと乗員の娘は歩いていった、それを見送り私は艦長室に入る。

「お待たせしました。」

艦長室といってもあまり広くは無い、それでも小さいながらも執務用の机やな応接セットを備えている。

その艦長室の小さなソファに大男の支部長は律儀に座って待っていてくれた様だった。

「いえ突然押しかけてきて申し訳ありません艦長。」

ソファから立ち上がり支部長は頭を下げる。

「どうぞお座り下さい、それでご用件は?」

座った支部長は一瞬俯くと、静かに話し始める。

 

事の発端は近くの無人島でギルドの漁船が正体不明の船を目撃したという話しからだった。

自分達の船よりも早いスピード、船名どころか識別番号も無い、あまりにも怪しい船。

「どうも最近現れる様になったみたいで、我々としても憂慮していたのです、それでちょうど島に来られた皆さんに調べてもらえないかと思いまして。」

私は支部長の話しに考え込む、これは状況から考えても・・・

「それは密漁船、ということですね。」

支部長は頷くと深い溜息をついて見せる、まあ気持ちは理解出来る。

普通漁師達は漁師ギルドに所属し、漁の期間や漁獲量を守る事を義務付けられる、水産資源の保護と公平に漁をする為だ。

しかし中にはギルドに所属しないで勝手な漁をする連中も居る。

大概は何かやらかしてギルドを追放された漁師達だ、当然彼らはギルドの規則など気にも掛けない。

それどころか、ギルド所属の漁師達の邪魔をしたり、漁場を荒らしたりする困った連中だ。

もちろんは漁師ギルドも対策を講じてはいる、監視船を配置するなどしているのだが、困った事にこういった密漁船は機関を改造し速度を高めており補足するのも難しい、武装している事もあり監視船が銃撃を受けるのも珍しくない。

シーサーペントほど厄介ではないが、だからと言って無視出来ない存在だ。

「分かりましたお引き受けします。」

ギルド支部長はほっとした表情を浮かべお礼を言ってくる。

「お願いいたします天使殿。」

・・・それは言わないでほしかったですギルド支部長。

 

1時間後、まほろばは照明はもとより航行灯さえも消し問題の無人島の沖合いにいた。

辺りは真っ暗闇で艦はそれに紛れるよう隠れている。

本当ならもう少し接近したいが、それでは気付かれてしまう可能性が高い。

まあこちらの電探は連中のより性能が高いからある程度の距離が離れていても大丈夫だから安心だけど。

「しかし密漁船ですか?シーサーペントに続いてそんなものがでてくるとは。」

相川副長が肩を竦めてぼやく。

「すいませんね、ただほっとくわけにはいかないと思ったのものですから。」

私は相川副長や乗員の娘達に謝る、せっかくのんびりしているところを駆り出してしまったからだ。

「いえ大丈夫ですよ艦長、それに私達だってほっとく気にはなりませんし。」

そんな私の言葉を聞き相川副長が笑って答える、他の娘達も気にしてはいない様で安心する。

まあ密漁船など海のルールを守らない輩は真っ当な船乗りからすれば許せない存在だ。

「艦長、島影から船が出てきました。」

見張り員の娘が報告してくる、どうやらのこのこと出てきた様でこちらとして好都合な展開だ。

「密漁船で間違いありませんか?」

「はい、船名も識別番号も確認出来ません。」

間違い無い様だ、普通の船は船名も識別番号を隠さない、何しろそれだけでルール違反になるのだから。

「機関始動、前進半速。」

「機関始動、前進半速。」

機関員の復唱と共にまほろばは動き始める。

「総員戦闘配置に就いて下さい。」

「総員戦闘配置!」

相川副長が復唱し艦内にアラーム音が鳴り響く。

「目標はまだこちらに気付いていない様です。」

「分かりました、面舵30、密漁船に接近して下さい。」

暗闇の中、見張り員の娘は的確に密漁船を追跡してくれる。

「了解、面舵30、密漁船に接近します。」

操舵員の娘が舵輪を回しつつ復唱する。

「副長、探照灯の用意をお願いします。」

「探照灯照射準備。」

まほろばは密漁船の後方に着き追跡を開始する。

「艦長、予定の海域に到達しました。」

航海長の報告に私は頷くと、双眼鏡を持って窓に向かいながら相川副長に指示する。

「副長、探照灯照射して下さい。」

「はい艦長、探照灯照射始め!」

探照灯がまほろばから照射され、暗闇の中浮かび上がる密漁船。

私が双眼鏡を目に当てて見てみると、突然の事に慌てる乗員達の様子が見える。

「密漁船、進路を変更し速度を上げて逃げて行きます。」

見張り員の娘が報告してくる、だが逃がすつもりは無い。

「こちらも速力を上げて下さい、機関砲射撃準備願います。」

「速力上げます。」

機関員の娘が復唱しするとまほろばは更に加速する。

向こうはかなり改造して速度を高めている様だけど、まほろばよりは出ないみたいだ。

これなら相手が小回りを利かして逃げようとしても余裕を持って追跡出来る。

しかも小型の漁船では高速力で航行すればやがて燃料が尽きてしまうだろう、つまり私達はそれまで待っていればいいだけだ。

まあだからこそ密漁船が島から離れるのをじっと待っていたのだ。

「機関砲射撃準備完了です艦長。」

砲術長が報告してくる。

「機関砲には曳光弾を装填してますね?」

「はいそれは大丈夫です艦長。」

私の問いに砲術長が答える、密漁船とはいえ沈めるつもりは無い、だから機関砲の曳光弾で威嚇し停船させるつもりだった。

『目標左舷に視認!威嚇射撃開始します。』

機関砲を操作している砲術員の声が艦橋に伝わってくる。

私は左舷の見張り員の傍に行き、双眼鏡でその様子を見る。

夜目にも鮮やかな光の弾丸が艦の舷側から放たれて、密漁船の操舵室付近を掠める。

その射撃に密漁船は舵を急速に切り逃れようとするが、見張り員からの的確な指示で操船する操舵員からは逃れられない。

探照灯の操作員の娘も艦や相手の動きに合わせて的確に照射してくれている。

こういう事は何度も経験しているだけに皆の連携は完璧で、私は安心して見てられる。

「結構粘りますねあいつら。」

一緒に双眼鏡で密漁船を追っている相川副長が呟く。

密漁船はコースや速度を頻繁に変えて追跡を逃れようとしている。

「そうですね・・・出来れば危険は冒したくは無いですが。」

曳光弾で止まらないのであれば、場合によってはまほろばを密漁船に接触させてでも止めるつもりだ。

双方に怪我人を出したくはないが、それも仕方が無いだろう。

「密漁船の左舷後方から・・・」

『こちら電探室、右舷後方から急速に接近する目標あり、反応から・・・シーサーペントと思われます!』

私が指示を出そうと思ったとたん、電探室から緊急の報告が入る。

「!?面舵一杯、右舷砲雷撃戦用意して下さい。」

その報告を聞いた私は咄嗟に進路変更、迎撃を指示する。

「艦長!?・・・右舷砲雷撃戦用意急いで。」

一瞬戸惑ったが直ぐに私の意図を汲んで相川副長が復唱する。

まほろばは密漁船から離れ、新たな目標であるシーサーペントを目指す。

「目標への全主砲射撃用意よし。」

「第1及び第2魚雷発射管準備完了です艦長。」

砲術長と水雷長の声が重なって聞こえてくると私は頷いて指示する。

「射撃開始して下さい、雷撃は十分引き付けてから、タイミングは水雷長に任せます。」

「艦首1番主砲及び艦尾3番主砲射撃開始!」

砲術長の指示で艦首と艦尾の主砲が射撃を始め、シーサーペントの進行方向上に着弾する。

「距離3千、1番魚雷発射管発射!」

着弾により進行方向を変えたシーサーペントの横腹に水雷長の指示で発射される魚雷。

「取舵一杯。」

「取舵一杯。」

魚雷が発射されたの確認した私はシーサーペントから離れるコースを指示する。

まほろばは操舵員の復唱とともに急速に進路を変える。

やがて鈍い爆発音とシーサーペントの絶叫が聞こえてくる。

「確認を急いで下さい。」

「見張り確認を急いで。」

相川副長が私の指示を復唱する。

『こちら艦尾見張り、シーサーペント沈んでいきます。』

艦尾に居る見張り員からの報告が艦橋もたらされる。

「監視を続行して下さい。」

その報告を聞いて私は指示すると共に艦内通話機を取り上げて電探室を呼び出す。

「電探、密漁船を確認出来ますか?」

『申し訳ありません艦長、見失ってしまいました。』

電探員が悔しそうな声で報告してくる。

「・・・仕方ないでしょう、貴女が責任を感じる必要はありませんよ。」

『はい艦長。』

艦内通話機を戻し溜息を付く、どうやら密漁船はこの戦闘の間に逃げた様だった。

まあ、まほろば1艦で両方相手は出来ないから仕方が無いのだけど。

「それにしても一体どこから来たんでしょうね?」

傍らに立つ相川副長が首を捻って聞いてくる。

「何処かに隠れていたのか、他の海域から潜り込んできたのか・・・まあ対処出来て良かったですが。」

私達の追跡劇に刺激されて出てきたのだろう、ついでに駆除出来て幸いだった。

「密漁船も拠点を見つけられた以上舞い戻って来る可能性は低いでしょう。」

私はそう言って肩を竦めると相川副長も頷いて答える。

「そうですね・・・まあこれで依頼終了ですね。」

「はい、それでは港に戻りましょう。」

まほろばは進路をJ島の港に取った。

 

港に到着後、私はギルドの支部で待っていた支部長に報告しにいった。

ただ喜んでくれたのは良かったがやたら「流石は天使様!」と言うのは勘弁して欲しかったけど。

そして翌日、まほろばは商会のある港へ盛大な見送りを受けて出発したのだった。

 

09:00

シーサーペントの駆除及び追加の密漁船対応を終了

 

・・・じつはこの話には後日譚がある、正直言って思い出したくも無い話しなのだけど。

商会に戻って1週間たったある日、J島のギルド支部長から手紙が届いた。

内容は今回の依頼に対するお礼だったのだが、最後の方に書いてあった内容が問題だったのだ。

私達が帰って数日後、漁をしていた漁船が漂流している船を見つけた。

どうもそれが例の密漁船だったらしいのだが、人が乗っている気配がまったく無かった。

意を決して猟師たちが乗り込んだのだが、船内には誰も居なかった。

どうやら船を放棄したらしいが、それにしては私物などがそのままにされていた事に乗り込んだ漁師達は首を捻った。

確かに彼らはまほろばの追跡を完全に逃れられたのだから放棄するにしても、そんなに慌てる必要などなかった筈だ。

結局何があったか、支部長も漁師達も分からなかったと記して手紙は終っていた。

だが私は手紙の中に記載されていたある漁師の言葉に気分が悪くなり倒れ込んでしまった。

それはこう書かれていた、船内は何故かびしょびしょに濡れていた、まるで濡れ鼠になった者が歩き回った様に・・・

「簪ちゃんどうしたの!?本音ちゃん医者、医者を早く呼んで!」

「かんちゃん死んじゃ駄目だよ。」

姉さんと本音の声を聞きながら私の意識は遠くなっていく、そしてその時脳裏に浮かんできた光景は。

 

海底で引きずりこんだ漁師を抱き空ろな笑みを浮べる女性の姿だった。

そう乗員の娘達が聞いたと言う、島の伝説の様に・・・

 

そこで私の意識は途切れた。

 




次回は番外編で書いた話の続きでも書こうと思ってます。
・・・女子高生艦隊の(笑)

それでは。


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No.20ー北方海の歌姫1ー

歌姫編開始です。



このゲーム世界には歌姫が居る。

南方、中央、そして私の居る北方海であまりにも有名な歌姫。

神代レイ。

実はゲームのクエストの一つに、歌姫と共に冒険を繰り広げる、というのがある。

彼女はそのクエストに登場するキャラクターだ。

ただ、主に中央海で進行するクエストだったので、こちらの世界に来るまでにやってみた事が私は無かったのだけど。

 

『本日は、この度北方海で行なわれるコンサートに関して、神代レイさんにお話をお聞きしたいと思います。』

見ているテレビの中で、女性アナンサーがそんな事を喋っていました。

夜、食事をしながら家のリビングで私と姉さんは、今度行なわれる神代レイのコンサートに関するニュースを見ていました。

『それではよろしくお願いします神代レイさん。』

『はい、こちらこそお願いします。』

女性アナンサーの言葉に、眩しい微笑で答える神代レイは本当に美少女だった。

流れる様な銀の髪を腰まで伸ばし、青い水晶の様な瞳を持っている。

もちろん容姿以外にも、その声の素晴らしさでも知られている、まさに歌う為に生まれてきたと言われている存在だ。

『早速ですが今回のコンサートは、神代さんが自らがご希望なさったとお聞きしましたが。』

『はい、その通りです、今回関係者の方々にご迷惑をお掛けする事になりましたが。』

彼女は一瞬顔を俯かせるが、再び顔を上げて続ける。

『しかしどうしてもやりたかった、何故なら、この北方海こそ私が歌う事の原点になった所だからです。』

その言葉に女性アナンサーは驚いた表情を浮かべる、もちろん私達もだが。

「彼女ってここの生まれだったかしら?私は南方海の方と聞いた覚えがあるんだけど。」

姉さんが不思議そうに呟く、それは私も聞いた事がある、まあ乗員の娘からだけど。

神代レイのファンはまほろば乗員達にも多い、休憩中に聞いているのを見かける。

そういったファンの娘から神代レイの事をよく聞かされたものだ。

『歌う事の原点ですか?でも神代さんは北方海にいらっしゃった事があるんでしょうか?』

私達の様に疑問に思ったのだろう、女性アナンサーが質問している。

『はい、昔、短期間ですが北方海の港がある街に住んで居た事があります、その時出会った方の言葉が、私が歌うことになった原点なのです。』

神代レイの言葉に質問した女性アナンサーだけでなく、周りに居た他のゲスト達も驚いた顔をしていた。

それはそうだろう歌姫神代レイの生まれた原点なのだから。

だがそうなると俄然その人物の事に興味が集中するのは当然だろう。

案の定、ゲストの芸能レポーターらしい男性が身を乗り出す様にして質問している。

『その方、と言うのは貴女とどんな関係なんですか?一体どういう素性の?』

『ち、ちょっと落ち着いて下さい、と言うかまだ質問時間ではありませんよ。』

興奮している芸能レポーターを女性アナンサーが必死に宥めている。

一方の神代レイはそんな質問攻めにも何時もの笑みを浮かべて答えている。

『ご期待に添えず申し訳ありませんが、その方は女性ですよ。』

『女性ですか?』

何を期待していたのか女性アナンサーは失望した様な表情で聞き返している。

『ええ、私がまだ幼い頃出会った同じくらいの歳の女の子です、短い間ですが2人で過ごしたんです。』

とても大事な思い出なのか、神代レイは何時もとは比べ物にならない微笑を浮かべて答えている。

『その娘のお名前を是非聞きたいんですが?』

またその芸能レポーターが身を乗り出して質問しようとするが。

『残念ですが、私にとっては大切な思いでなので、それは言えません。』

そう言われれば追求出来ず、アナンサーとレポーターは黙ってしまう。

「ふーんどんな娘なのかしらね、簪ちゃん?」

姉さんが聞いて来たが私はそれに答えなかった、いや別に無視したわけではないのだ。

彼女を見ているうちに、私の脳裏に浮かんできたある光景の所為で答えられなかったのだ。

 

『かんざしちゃん、また会えるよね?』

『うん、・・ちゃん、きっと会えるよ。』

 

名前も顔をもはっきりしない女の子との会話・・・これは一体、何時、何処で?

しかし幾ら考えてもはっきりしなかった、だが少なくてもここに来る前のものではないと思う。

これはこの世界の更識 簪としての記憶に関係しているのかもしれない・・・

「簪ちゃん?」

再度掛けられた姉さんの問い掛けに、私は我に帰る。

「あ、すいません、ぼんやりしてしまって。」

番組内では既に今度のコンサート内容に話題に移っていた。

歌う曲とか演出などについて、神代レイが説明している。

「気分が悪いなら、早めに休みなさい。」

心配そうに姉さんが言ってくる、私は微笑みつつ答える。

「大丈夫ですよ姉さん、でもお言葉に甘えてもう休みますね。」

明日も早いし、姉さんの好意も有るので食事の後片付けを済ませて休もうと考えた。

ちなみに食事の準備と後片付けは、何も無ければ、交代でやっている。

前の世界ではそんな事した事など無く、料理の心得など持っていなかったと思うのだが、こちらの更識 簪はその辺のスキルは持っていた様で助かっている。

「そう、それじゃそうしなさい・・・後で添い寝してあげるわ。」

「・・・それは止めて下さいね姉さん。」

どうやら好意だけじゃなかったらしい、私は深い溜息を付くのだった。

 

所で私は先程脳裏に浮かんだ光景の事を深く考えるのを止めて置いた。

結局は更識 簪の記憶かもしれないし、まして神代レイと関係は無いと思ったからだ。

しかし、それが間違えだと私は後になってから思い知る事になる。

 

『貨客船こばやし丸より救援要請、我シーサーペントの襲撃により航行不能なり。』

「前進全速、本艦はこれよりこばやし丸の救援に向かいます。」

中央海と北方海と繋ぐ、通称接続海域に向かっていたまほろばに救難要請の通信が入って来た。

「まさか哨戒任務最終日に船が襲われるなんて・・・」

相川副長が思わずそんな言葉を漏らす。

「接続海域では暫らくシーサーペントの出現は聞いてなかったですから、こばやし丸も油断していたんでしょう。」

艦内通話器の受話器を戻しながら私は言う。

念の為と言う事で船員ギルドから哨戒を依頼されていたのだけど、まさかその予想が当たるとは・・・

「こばやし丸の見張り、居眠りでもしていたんじゃないですか?」

皮肉っぽい笑みを浮かべ相川副長が言う、確かに見張っていれば接近に気付けるし、そうなれば逃げ様もあるのだけど、損傷を受ける程接近されたとしたなら、相川副長にそう言われても弁解の余地はないかもしれない。

『こちら前方見張り、シーサーペントとこばやし丸を確認。』

その報告に私は艦長席から立ち上がり、艦橋前部の窓に寄り、双眼鏡を構える。

まほろばの前方、浸水で傾いたこばやし丸の周りをシーサーペントが徘徊しているのが見える。

幸いまだこばやし丸に取り付いていない、獲物をいたぶっているつもりなのだろうか。

「第一主砲射撃準備、目標に当てる必用はありません、こちらに注意を引き付けるだけで十分です。」

「第一主砲射撃準備、目標の注意をこちらに向けさせる様に着弾させて下さい。」

砲術長が私の指示を、射撃指揮所に伝える。

『こちら射撃指揮所、主砲射撃準備よし。』

射撃指揮所からの報告を聞いた砲術長が私を見てきたので、頷いて見せる。

「第一主砲射撃開始!」

艦の全部から砲撃音が響き、砲弾は正確にシーサーペント近くに着弾するのが見える。

そして攻撃に気付いたシーサーペントはこちらを脅威と感じたのだろう、進路をまほろばに向けてくる。

「面舵一杯、こばやし丸から離れます、後部第2、3主砲及び第1、第2魚雷発射管発射用意。」

「面舵一杯。」

「後部第2、3主砲射撃準備。」

「第1、第2魚雷発射管発射準備。」

私の指示に即座に、操舵員と砲術長、水雷長の復唱が重なって聞こえてくる。

『艦長、こばやし丸から十分離れました、攻撃に問題無し。』

やがて電探室からの報告が艦橋天井のスピーカーから流れる。

「取り舵一杯、左舷砲雷撃戦用意。」

私はその報告を聞くと即座に指示をする。

「取り舵一杯!」

操舵員が復唱しながら舵輪を回す。

「後部第2、3主砲、左舷へ急いで!」

砲術長が復唱する。

「第1、第2魚雷発射管、左舷へ向けて!」

続いて水雷長の復唱が続く。

「舵戻して下さい。」

「戻せ!!」

私の指示を操舵員が復唱すると舵を戻し、まほろばは左舷を直進して来るシーサーペントに向ける。

既に主砲も魚雷発射管も攻撃準備は終わっている。

「攻撃開始して下さい。」

「後部第2、第3主砲、打て!!」

「第1魚雷発射管発射!!」

主砲の砲撃音と魚雷の発射音が重なって聞こえてくる。

私は左舷見張り員の娘の傍に立って双眼鏡を構える。

先ず主砲弾がシーサーペントに直撃し大きくバランスを崩した、そこへ4本の魚雷が命中する。

激しい爆発音と水柱を見た私は双眼鏡を下ろすと指示を飛ばす。

「確認、急いで下さい。」

『電探の反応消失を確認しました艦長。』

電探室から即座に報告が入ってくる、左舷見張り員の娘は私が問う前に答えてくれる。

「シーサーペント沈んで行きます、撃破確認。」

その声に艦橋は安堵に包まれ、私もほっと一息付くと艦長席に戻り座る。

「お疲れ様です艦長。」

相川副長が微笑みながら言ってくる。

「ええお疲れ様です・・・もちろん皆もですが。」

「「「はい、艦長。」」」

乗員の娘達も微笑んで答えてくれる。

「それではこばやし丸の所に戻りましょう、航海長よろしくお願いします。」

「了解です艦長。」

乗員達はまほろばをこばやし丸の居る海域に戻す為、動き始める。

それを見ながら、私はこれで全て終わったものと思っていたのだけど。

残念ながらそうでは無かったのだ、私に限って言えば・・・

 




予定としてはあと2話続きます。

それでは。



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No.21ー北方海の歌姫2ー

歌姫編第二話です。

いよいよ2人が接触します。




こばやし丸の元に戻ったまほろばは傍らで護衛をしつつ待機していた。

1時間前にこばやし丸から移動させる為のタグボートが、護衛のハンターの武装船と共に向かっていると連絡を受けていたからだ。

そして救援隊が到着するまであと30分になった所で、私達は意外な依頼を受ける事になる。

『艦長、こばやし丸の船長より、依頼したい事があるとの事ですが?』

通信室から掛かってきた内容に、私は繭を顰める。

あとは救援隊が到着するのを待つだけの今、何を依頼しようと言うのだろうか、正直厄介事の匂いがしてしょうがなかったが、向こうの船長自ら連絡してきたのでは無視出来ない。

「分かりました、繋いで下さい。」

『はい艦長。』

回線が切り替えられるノイズがあり、暫しの間が空いた後、男性の声が聞こえて来る。

『こばやし丸船長の池谷です。』

「まほろば艦長の更識です、何か依頼が有るとの事ですが?」

挨拶を簡単に終わらせ、直ぐに依頼の話しに入る、厄介事は早めに済ませたいからと思ったからだ。

『はい、実はある乗客の方々をまほろばで港まで運んで頂きたいのです。』

「・・・・・」

船長の言葉に私はかなり困惑させられていた、何しろそんな依頼今まで聞いた事が無かったからだ。

「まほろばは旅客船ではありませんよ、その辺は船長にはお分かりだと思いますが。」

まほろばは駆逐艦、つまり戦闘を目的とした船なのだ、お客を乗せるこばやし丸とは訳が違う。

『ごもっとです更識艦長、ですが今回はそうは言ってられない理由が依頼主にありましてね。』

「その依頼主と言うのは一体誰なんですか?」

暫しの沈黙後、船長が答えてくれるが、正直言って聞かなかった方が良かったかもしれない。

『歌姫の神代レイですよ更識艦長。』

 

こばやし丸は損傷が酷く、予定通りの港への到着は望み薄になっている。

そうすると北方海でのコンサートの開催までに神代レイの到着が間に合わない可能性が高い。

既に会場の設置も終わり、ファンの人々も、危険な海を越えて、集まっている。

中止する事は絶対出来ない、特に神代レイは今回のコンサートに並々ならぬ思いを抱いている事もあり、こばやし丸の船長に頼み込んで来たらしい。

そこで白羽の矢が立ったのがまほろばと言う訳だ、それなら予定より少々の遅れで到達出来る。

ただし危険も伴う、高速で移動する船はシーサーペントのいい標的だからだ。

『危険については神代レイ側も承知しているそうです。』

そこまで決意していると言う事らしい、私は溜息を付いて相川副長を見ると、彼女は頷いて見せる。

それは艦長の判断に従いますと、他の乗員の娘達も同様の様だった。

「分かりました、その依頼をお引き受けいたします。」

 

護衛の契約については簡単な物を作って置く事にした、正式な契約は後日と言う訳だ。

一応姉さん、更識商会・会長には連絡してある、流石に驚いた様だったが、私の判断を信じてくれた。

「まほろばをこばやし丸に接近させて下さい、連絡艇の用意を。」

神代レイ一行を受け入れる為の準備が進む、人数は20人程、全員女性との事だった。

まあそれだったから皆納得したのだろう、まほろばも私を含め女性しか居ないと言う事で。

ちょっと複雑な気分だった、そりゃ私は外見はそうかもしれないけど。

「艦長、連絡艇の用意完了です。」

「では収容に向かって下さい、全艦警戒態勢を維持。」

私は双眼鏡で周囲を監視つつ指示をする。

一方こばやし丸では多くの乗船客が鈴なりになって見ている、今更ながら神代レイの人気が分かる様だ。

『こちら電探室、接近中の船団を確認しました。』

どうやら救援の船団が到着した、あとは神代レイ一行の収容を終えれば出発出来る。

「出発準備を航海長お願いします。」

「了解です艦長。」

艦橋内を乗員の娘達が動き始める。

 

神代レイ一行全員の乗艦が完了するとまほろばは一路港を目指して出発した。

「前進半速、さあ帰りましょうか。」

「はい、艦長。」

相川副長が私の指示に微笑んで答える。

「前進半速。」

「帰港進路良し。」

航海長と機関員の娘達の復唱が続く。

「それでは・・・相川副長、暫らく指揮をお願いします。」

まほろばが帰港進路に乗った事を確認すると艦長席から立ち私は相川副長に指揮を委ねる。

「了解です艦長。」

これから乗艦した神代レイ一行と色々話をしなければならないからだ。

相川副長達に見送られながら私は艦橋を出てゆくのだった。

 

食堂に入ると数十人の女性達が、席に座っていたり、立っていたりとするのが見える。

そしてその中でも他に無いオラーを出している少女、銀の髪を腰まで伸ばした、青い水晶の様な瞳を持つ彼女こそ神代レイだろう。

こうして見ると本当に神々しい美少女だ、地味な自分とは大違いと言ったらISの更識 簪に失礼かもしれないけど。

「艦長。」

神々しい彼女に見惚れそうになっていた私に、案内役の乗員の娘が話し掛けてくる。

後ろにはスーツを見事に着こなした、やり手のキャリアウーマンと言った感じの女性が居る。

「初めまして、神代レイのマネージャーを務めます戸倉 涼子と思うします、今回はご迷惑をお掛けする事になり申し訳ありません。」

どうやら神代レイのマネージャーさんらしいその女性が丁寧な言葉と仕草で挨拶してくる。

「更識商会所属まほろばの艦長更識 簪です。」

私達は握手すると近くにテーブルに座る、ふと私は視線を感じ、そちらに目を向ける。

「・・・・・」

スタッフの人達が興味深そうに見てるのだが、その中でも一際強い視線を向けてきているのは神代レイだった。

 

『かんざしちゃん、また会えるよね?』

『うん、・・ちゃん、きっと会えるよ。』

 

「・・・・!?」

「更識艦長、どうかなされましたか?」

マネジャーさんの声に私は我に帰る。

「いえ、何でもありません。」

テレビで彼女を見た時浮かんだ光景が何故か、彼女を見た途端、また浮かんできたのだ。

これって一体?私は混乱しそうになりそうな思考を何とか押し戻す。

「失礼しました戸倉さん・・・こばやし丸の船長さんから聞いているとは思いますが、まほろばはれっきとした戦闘艦です。」

目と思考を目の前のマネジャーさんに向け私は伝えるべき事はを話し始める。

「乗員達も航海中は各々に仕事を持ってます、ですから旅客船の様には出来ません。」

「はい。」

マネジャーさんが理解してくれた様なので私は続ける。

「後で滞在中の船室にご案内しますが、港に到着するまで出来るだけ部屋から出ないで下さい。」

傍で聞いているスタッフの人達の緊張が伝わってくる、神代レイを除いてだけど。

「何か必用な事があれば担当の乗員に言って下さい、極力対応させますので、ご協力をお願いします。」

「分かりました更識艦長、こちらとしても無理を聞いて頂いたのですからご安心を。」

「ご理解して頂き感謝します。」

マネジャーさんの返事を聞き、私は頷くと立ち上がり、先程から指示を待っている乗員の娘を見る。

「それでは後の事をお願いします、何かあれば私か相川副長まで言って下さい。」

「了解です艦長。」

私は頷き食堂を出てゆくのだけど、神代レイの視線はそれまで決して私から外れる事はなかった。

 

艦内時間21:00

私は艦尾側にある医務室での打ち合わせを終え、艦首側にある艦長室に戻ろうとしていた。

まあ打ち合わせの内容は今度行なわれる健康診断と身体測定についてだった。

・・・正直言って健康診断は別にして身体測定はちょっと鬱だった。

身長と体重、そして身体各部のサイズ、俗に言うスリーサイズを測定するのだけど。

私の場合特に胸の方が・・・毎回測定する医務員の娘が目を逸らし「艦長、これからですよ。」と言ってくれるのが物凄く悲しいかったりするのだ、でもそれって男として終わっているのかもしれないけど。

そんな事を考えながら歩いていた私は、通り過ぎようとしたタラップ横で、流れて来た潮風に立ち止まる。

誰かが後部甲板に出ている様だが、こんな時間に?北方海の夜風に当たりたいなんて考える物好きなんて乗員の娘達には居ない筈だ、だとすれば神代レイ一行の誰かだろうか?

私は注意しておいた方がいいと思いタラップを上り、後部甲板出る。

後部第三砲塔の先、無人潜航艇が固定されているあたりに人影を見つける。

「こんな時間に甲板に出ている危険ですよ。」

私はそう言って人影に話し掛けると相手は振向いてこちらに顔を向けてくる。

銀の髪と青い瞳を持つ顔を・・・私は一瞬この世のものでない人を見た気分にされてしまった。

 

そこに居たのは神代レイ、その人だった。

 




神代レイにこれといったモデルはないのですが、強いて言えば某アニメの皇国出身ですか。

それでは。



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No.22ー北方海の歌姫3ー

歌姫編最終話です。

果たして2人の関係は?
ってばればれすが(笑)。




青白い月の光に照らされる神代レイ、ゲームでその姿を見たことがある私でも、こうして実際に会って見るとその神々しさに言葉が出ない。

「どうかされましたか艦長さん?」

神代レイの言葉に私は現実に引き戻される。

「いえ・・・それよりどうかしましたか?先程言った通り、夜間に甲板に出るのは危険ですよ。」

彼女は再び海上へ目を向けると話し始める。

「海を、夜の海を見たくなって・・・マネジャーさんに注意されたんだけどね。」

そう言って神代レイは手で髪を後ろに流す、その姿は本当に幻想的で、私はまた引き込まれそうになる。

彼女の神々しい雰囲気に・・・

「ねえ艦長さん、聞きたい事があるんだけど、いいですか?」

雰囲気に飲まれそうになっていた私に神代レイが問い掛けてくる。

「それは構わないですが、何をお聞きになりたいんですか?」

神代レイが私の方を向き、その青い目で見つめてくる、その時またあの光景が・・・

 

『かんざしちゃん、また会えるよね?』

『うん、レ・ちゃん、きっと会えるよ。』

 

「え・・・?」

今まではっきりしなかった会話と相手の顔が少し鮮明になってきて私は困惑する。

「・・・・・」

何も言わず神代レイは私を見つめ続ける、そして・・・

「どうしたのかんざしちゃん?」

「!?・・・・」

 

『かんざしちゃん、また会えるよね?』

そう言って泣きながら銀髪の青い目の女の子は問い掛ける。

幼い簪は悲しみを必死に押さえつけながら言う。

『うん、レイちゃん、きっと会えるよ。』

 

「レイちゃん?え、え・・・」

そうこの世界の更識 簪が持つ幼い頃の記憶、束の間の出会いの・・・

「でも彼女は・・・」

神代レイは混乱する私を見ると目をまた海上に戻し歌を歌い始める。

それは簪にとってとても懐かしい歌、あの光景に重なるもの?

歌を止め神代レイは私の顔を覗き込んでくる。

「懐かしい?これかんざしちゃんの前で歌ったものよ。」

「た、確かに聞いた覚えはありますが、もしかして他で聞いた事が・・・」

正直言って私はまだ確信が持てずにいた、目の前の神代レイがあの時の少女だと。

だけど神代レイは私の言葉に確信を得たとばかりに微笑んでこう言ったのだった。

「それは無いわ、だってこの歌、私のお母さんが作ってくれたんだけど、人前で歌ったのって一度きりだもの・・・かんざしちゃんとお別れする時にね。」

 

『かんざしちゃん、また会えるよね?』

『うん、レイちゃん、きっと会えるよ。』

『じゃその時の為にこの歌をかんざしちゃんに聞いてもらうね、再会して困らない為に。』

そう言ってレイはかんざしの前で歌ったのだ、後半泣きながらだったが。

こうして私こと更識 簪は、かって出会い共に過ごしたった神代レイと海上で再会したのだった。

 

「それにしても酷いな簪ちゃん、私の事直ぐに分からなかったわよね、私は直ぐに分かったのに。」

その後私達は甲板から食堂へ移動していた、流石にあのまま夜風を浴びているのは辛かったからだ。

当直の交代時間にはまだ時間があったので、食堂には私達2人以外人は居なかった。

テーブルを挟み入れた紅茶を前に私達は話していた。

「それについては申し訳ありませんでした、でも自分の知り合いが超有名人になっているなんて想像出来ませんでしたから。」

幼い頃、ほんの一時出会い、過ごした娘が、今やこの世界で知る者の居ない人間になっているなんて思いはしないと思うのだけど。

「そうなの?でも簪ちゃんだって北方海の守護天使様って言う超有名人なんでしょ?」

「それは限られた人達の間だけですよ、誰もがその名を知る貴女とは比べ物にもならないと思いますよ。」

守護天使の名は自分が居るこの業界での話の筈だ、まあ何故か北方海だけでなく中央や南方の方までその名が広まっているのには驚かされたけど。

だがそんな私に神代レイは思ってもいなかった事実を教えてくれた。

「ふ~ん、確かに簪ちゃんが北方海の守護天使様だとは思わなかったけど、天使様の名前なら私知っていたけどね。」

「へ・・・?」

神代レイの言葉に私は固まる、天使の名前なら私知っている、それってどう言う事なのか?

「結構有名よ守護天使様の事は、こばやし丸が襲撃されて乗客や船員の人達が、パニック状態だったのがまほろばが来てくれるって聞いた途端に収まったくらいよ。」

「・・・・」

「守護天使様が助けに来てくれるからってね。」

私は頭を抱えたくなった、守護天使の名は海運関係者間の話かと思ったのに、海運関係どころか一般の人達まで知られる存在だった事を知ってしまったからだ。

「・・・もしかしてこばやし丸の乗客の人達が鈴なりになって見ていたのって?」

「ええ、守護天使様を一目見たいって言ってね、あれは凄かったわ、気付かなかったの?」

「はい、てっきり貴女を見ているのかと思いましたから。」

つまり乗客の人達は私を見る為に、あんなに集まっていたという事になる。

「私は神代レイと言う事を隠して乗っていたからそれは無いと思うわ、あと貴女で無く、レイちゃんって呼んで欲しいんだけど簪ちゃん。」

衝撃を受けている私を神代レイは睨みつけ、掛けていた私の眼鏡を取ってしまう。

「それは、って返して下さい神代さ・・」

「レイちゃん。」

「いやお互いもうそんな呼び方・・・」

「レ・イ・ちゃん。」

私の眼鏡を返そうとせず、神代レイは何度も「レイちゃん。」呼びをさせようとしてくる。

結局私は根負けしてしまう。

「レイちゃん、私の眼鏡返してもらえませんか?」

「うん合格、でも会わないうちに眼鏡を掛ける程目が悪くなったの簪ちゃん?」

眼鏡と私を交互に見ながらレ、レイちゃんが聞いてくる。

「それは伊達ですよ、姉さんに言われて掛けているんです。」

 

アニメ同様視力が悪くないけど私は眼鏡を掛けている、もちろんIS用ディスプレイなんかでは無い。

ある日突然姉さんが眼鏡を持って来て「簪ちゃんこれからはこれを掛けて。」と言ってきたのだ。

私は当然何故と聞いたのだが・・・

「変な虫が寄ってこない様にする為だとか言ってましたが。」

何時もに増して訳の分からない事をする姉さんに最初は抵抗したのだったけど。

「簪ちゃん、分かってちょうだい、これはとても重要な事よ、貴女の貞操に係わるの!」

妙な迫力の姉さんに私は結局逆らえず、それ以来眼鏡を掛けて生活しているのだ。

 

「ふ~ん、なるほどね・・・確かに簪ちゃんのお姉さんの言うとおりね。」

私の顔をじっと見つめながらレイちゃんは納得した表情を浮かべる。

「それってどういう意味ですか?」

「簪ちゃんは気にしなくていいわ・・・守られるのなら私の為にもなるし。」

「・・・?」

眼鏡を私に掛け直しながらレイちゃんは言ってくるのだけど、後半の言ってる意味がよく分からない。

何だか姉さんが言いそうな事を言ってくるレイちゃんだった。

その後私達は交代時間になり他の乗員の娘達が来る前に別れた、ぎりぎりまでお互いの事を話しあって。

 

翌日

更識商会・事務所

『皆さんありがとう、ここで歌えて私は幸せです!』

テレビの画面の中でレイちゃん、神代レイがコンサート会場に居るファンにお礼を言っている。

彼女のコンサートは予定よりやや遅れたが無事開催された、まあまほろばが予定通り到着出来たからだが。

そのコンサートの中継を、私は商会の事務所で、姉さんとシャル、本音の3人と見ていた。

・・・姉さんと本音はまあ商会の人間だから居ても不思議では無いのだけど、何故シャルが居るのやら。

彼女は調査任務の無い時もこうやって来る事が増えてきた。

「簪と居たいからね。」

にこやかな、それでいて何処か逆らいずらい雰囲気をかもし出して、ちなみにその時の姉さんも似た様なものだが、本音はまあ何時も通りだ。

『ところで皆さん、ここへ来る前に言った通り、私は会いたかった人に再会する事が出来ました。』

会場がシーンとなり、いや私の居るこの場もだが、皆彼女の言葉を待つ。

『彼女は変わっていませんでした、まあ最初は気付いてくれませんでしたが。』

ここでそんな事を言いますかレイちゃん、というか先程から悪寒が止まらないのですが。

『再会出来て嬉しいし彼女はやはり私にとって最愛の娘だと改めて思いました。』

それって女の子同士でと言う事なのでしょうか?いやそれより私の近くに居る二人からの視線が。

『ですから私の我侭ですが、最後の歌はその娘の為に歌わせて下さい。』

レイちゃん、というかナチュラルにそう呼んでしまっているが、はそう言って頭を下げる。

『うおおお!!!レイちゃん、気にしなくていいんだ!!!』

『そうだ!応援するぞ、幸せになってくれ!!!』

ファンの皆さん、何故そこで感激したうえに応援するんですか?

『ありがとう皆、それでは『私の天使様』、聞いて下さい。』

レイちゃんはそう言うと、あの素晴らしい歌声で歌い始める。

所々、海を駆ける天使様とか、海に生きる人達を護るとか、入っていて私は肝が冷える思いを味合っていた。

だってあの2人の視線、益々冷たくなってきているんですから。

そんな私の状況を他所にコンサートは大いに盛り上がり終わる・・・

「さて、私は明日の仕事の準備にまほろばに行かないと・・・」

そうさりげなく言って私は立ち上がって行こうとしたのだけど、がっしっと両肩を掴まれる。

「・・・2人共痛いんですが?」

そう言って私は抗議するのですが。

「神代レイの言っていた最愛の娘って・・・簪ちゃんよね、だって天使様って言っているしね。」

顔は笑っているのに、そうは思えない迫力で迫ってくる姉さん。

「簪って確か神代レイと一晩まほろばで一緒だったんだよね、なるほどその時に再会した訳だ。」

姉さんと同じく全く笑って見えない表情でシャルが問い掛ける、いや尋問してくる。

「「時間はまだ十分あるよね、ゆっくり話をしましょうね簪(ちゃん)。」」

「わあ楽しみだなかんちゃん。」

どうやら今夜はずっと尋問されそうな感じだった、あと本音、貴女は何がそんなに楽しいんですか?

私はアンコールに答えるレイちゃんを見ながら深い溜息を付くしか出来なかった。

 

17:19

神代レイのコンサート終了

なお、私が眠れたの日付が変わってからでした。

 




まあ何時もの通りの結果になりました(笑)。
簪にとっては不本意でしょうが。

次回は、はいふりとISのドイツ娘達の競演でも書いてみたいと思ってます。
変わるかもしれませんけど。

それでは。



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No.23ーシュヴァルツェ・ハーゼ商会1ー

予告通りISとはいふりのドイツ娘登場です。



接続海域洋上

 

『こちら電探室、前方9千に反応2確認、速力17ノットで接近中です。』

艦橋に電探室からの報告が響く、それを聞き私は艦内通話器の受話器を取り上げる。

「通信室、先方の艦に呼びかけをお願いします。」

『了解です艦長。』

通信士の娘の返答を聞き受話器を戻す。

「南方海からわざわざ艦長に会いに来るなんて凄いですね。」

傍らに立つ相川副長が興奮気味に話す。

「・・・別に私に会う為だけで来るわけではありませんけど。」

一応対シーサーペント戦の戦術情報交換が理由なのだが、相川副長の言っている事も間違いでは無い。

 

「シュヴァルツェ・ハーゼ商会との対シーサーペント戦の戦術情報交換ですか?」

「そうだ、南方海のハンターギルドとの間で本格的に進める事になってな。」

ハンターギルドの会議室で、私は織斑ギルド長から説明を受け、一緒に来ていた姉さんと顔を見合わせる。

「南方海ギルドの代表としてシュヴァルツェ・ハーゼ商会が来るという訳だ。」

「と言う事はもしかして?」

織斑ギルド長の説明に私はある予感があったので聞いてみたのだが。

「ああ、ラウラ・ボーデヴィッヒ艦長だよ、どうやら彼女が強く働き掛けたらしいな。」

ラウラ艦長が・・・彼女とは久々の再会だがこんな展開になるとは思わなかった。

「但し来るのはボーデヴィッヒ艦長の艦だけではない、同じ商会所属の艦も来るらしいな。」

織斑ギルド長はそう言って肩を竦める。

「同じ商会所属のですか、それって?」

「アドミラル・グラフ・シュペーという艦だそうだ。」

アドミラル・グラフ・シュペーってドイッチュラント級装甲艦の3番艦だった筈だが、話しの流れからすると、はいふりに登場したドイッチュラント級小型直接教育艦になるのだろうか?

最早驚く気になれないが、それまで登場させるらしい、この世界は・・・

まあラウラ艦長と同じドイツの娘達が乗員という共通はあるけど、と言ってもこの世界にドイツなんて国は無いからあくまでこの世界故の設定という事なのだろうけど。

「まあ建前は戦術情報交換だが、向こうの興味は更識艦長、お前さんだろうな。」

「・・・・・」

織斑ギルド長の言葉に私はどう返せば良いか迷ってしまう、何で私に興味を持つのやら・・・

「流石は簪ちゃんね、お姉ちゃん鼻が高いわ。」

隣で姉さんが気楽な事を言っているが、私はとてもそんな気にはなれないのだけど。

それでなくても神代レイ、レイちゃんとの話で私の事が一般の人達まで知られているなんて知ってしまったと言うのに。

「更識艦長に悪いが中央海のギルドと良好な関係を構築出来るのは助かる、まあこれも依頼に含まれるものと思ってくれ。」

ギルド長はそう言って苦笑いを浮かべながら言ってくる、私は深い溜息を付くしかなかった。

 

「艦長、シュヴァルツェア・レーゲンとアドミラル・グラフ・シュペーの両艦を確認。」

見張り員の声に私は意識を回想から引き戻すと、艦長席から立ち上がり艦橋前方の窓に行く。

そして双眼鏡を構え、こちらに接近してくる両艦を見つめる。

しかし改めて見てもアドミラル・グラフ・シュペーは大きかった、まああちらは小さいとはいえ戦艦だ、まほろばやシュヴァルツェア・レーゲンの様な駆逐艦とは違う。

私は艦長席に戻ると艦内通話器の受話器を取り通信室へ連絡を入れる。

「両艦へ『遠路はるばるご苦労様、歓迎します。』と通信をお願いします。」

『通信室了解です。』

通話器の受話器を戻し私は再び艦橋前方の窓に戻るとこれからの進路を指示する。

「まほろばは一旦すれ違った後、両艦の後方で転回し、前方に出て先導します、航海長お願いします。」

「はい、艦長。」

航海長は返答すると、操舵手と機関員の娘に細かい指示を出し始める。

まほろばは進路を変更しシュペーの横を通り過ぎ様とする。

「・・・ほんと大きいですねシュペーは。」

相川副長が目を丸々と開きながら呟く、他の乗員の娘達も同様だ。

「こっちの倍以上もある艦ですからね。」

横を通り過ぎて行くシュペーを見ながら私は言う、設定上まほろばの排水量は2千トンに対しシュペーは1万トンを超えるのだから。

『シュペー及びレーゲンより返信『乗員一同出迎えを感謝する。』との事です。』

艦橋の天井スピーカーが通信室からの報告を流す。

そうしているうちにまほろばはシュペーとレーゲンとすれ違って行く。

「面舵一杯、進路を戻せ。」

「面舵一杯、進路を戻します。」

航海長の指示を操舵手が復唱するとまほろばはシュペーとレーゲンの後方で転回し、両艦を追いかける。

「速力上げ。」

「速力上げます。」

機関員の娘が復唱するとまほろばは速度を上げ、両艦を追い抜き前方に出る。

「艦長、まほろばはシュペーとレーゲンの先導に入ります。」

私の方を見て航海長が報告してくれると私は頷いて答える。

「ありがとうございます、では戻りましょうか港へ。」

まほろばはシュペーとレーゲン共に進路を港に向けた。

 

まほろば以下3隻の艦艇は港に到着後、それぞれ接岸する。

「それではいきましょうか相川副長、航海長指揮をお願いします。」

私と相川副長は今回両艦のエスコート役と言う事もあり、これから双方の艦長達を出迎えに行くのだ。

「了解です艦長、副長もがんばって下さいね、まほろば代表として。」

悪戯っぽく笑って航海長が相川副長に言う。

「何気にプレッシャー掛けない・・・ったく。」

渋い表情を浮かべ相川副長が答えると艦橋内に笑が広がる。

「期待してますよ副長。」

「艦長まで・・・」

相川副長ががっくりと肩を落とすと、私に続いて艦橋から出てゆくのだった。

 

私達がシュペーとレーゲンの停泊する桟橋に到着するとちょうど艦から誰か降りてくるところだった。

艦長のラウラと副長のクラリッサの2人で、あちらも私達に気付いた見たいだった。

「久しいな簪艦長。」

「ええ、ラウラ艦長。」

私はラウラに握手しながら挨拶すると隣のクラリッサにも話し掛ける。

「ハルフォーフ副長もお久しぶりです。」

「はい更識艦長、お久しぶりですね、あと・・・」

私と握手したクラリッサは隣に立つ相川副長にラウラと共に目を向ける。

「まほろば副長の相川 清香です、よろしくお願いします、ボーデヴィッヒ艦長、ハルフォーフ副長。」

相川副長はそう言って姿勢を正すと、若干緊張気味に2人に挨拶する。

「シュヴァルツェア・レーゲン艦長のラウラ・ボーデヴィッヒだ、宜しく頼む。」

「副長のクラリッサ・ハルフォーフです、同じ副長同士なので緊張せず接して下さい。」

ラウラとクラリッサはそう言って相川副長と握手する。

「ところで簪艦長、突然の事で驚かしてしまってすまないな。」

ラウラ艦長は真剣な表情で私に謝罪してくる。

「いえそれは気にしてはいませんよ、まあ唐突な気はしますが。」

前回の話からそれ程経っては居ないのにまた行なわれると言う事に私は不思議さを感じている。

そんな私の反応にラウラとクラリッサは顔を見合わせると苦笑して見せる。

「そうだな、今回の事はクロイツェル艦長の意向もあったからな。」

クロイツェル艦長の?今回の事はラウラ艦長が働き掛けたからと聞いたのだけど。

「ボーデヴィッヒ艦長、そろそろ私達の紹介もお願いしたいのだが。」

会話している私達に掛けられる声に振向くと・・・

艦内服の上から、コートを羽織っている幼い容姿の少女が、横にもう1人の少女を伴って立っていた。

その容姿を見て、私は内心苦笑を禁じえなかった、何しろアニメはいふりに登場した2人だったからだ。

「ああすまんなクロイツェル艦長・・・簪艦長こちらはアドミラル・グラフ・シュペー艦長のテア・クロイツェルと副長のヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクだ。」

艦長の方は兎も角、副長の方は相変わらず長い、だからテアとミーちゃんと心の中では呼ぶことにした。

「お初にお目にかかるテア・クロイツェルだ、今回はよろしく頼む。」

その幼い容姿と違いテアは威厳ある態度で握手を求めてくる、小柄だが感じる威圧感は凄い。

「副長を務めているヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクです。」

一方副長のミーちゃんは、緊張しつつ私の事を値踏みする様に見つめながら挨拶してくる。

「こちらこそ始めまして、まほろば艦長更識 簪です、クロイツェル艦長、フリーデブルク副長。」

ミーちゃんのそんな視線に気付かないふりをしながら私は2人に挨拶を返し隣の相川副長を見る。

「副長の相川 清香です、よろしくお願いします。」

相川副長が自己紹介する。

「うむよろしくお願いする相川副長。」

「こちらこそよろしく。」

2人が相川副長に挨拶を返す。

「それでは皆さんをギルドまでご案内します。」

全員の挨拶も終わったところで私は南方海から来た4人をこちらのギルドへ案内する。

その間、ラウラ艦長はテア艦長と、クラリッサ副長は相川副長と話をしていたのだけど、1人フリーデブルク副長ことミーちゃんは何故か私から視線を外す事は無かった。

 

 



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No.24ーシュヴァルツェ・ハーゼ商会2ー

はいふりを完全に見ていない為、テア・クロイツェルはアニメとは別人かもしれません。
このゲーム世界のキャラだと思って下さい、もっとも他のキャラもそうですが(笑)。



北方海ハンターギルド

私と相川副長は4人を連れて入って行くと、カンター前に立つ女性に気付く。

ギルド長の織斑 千冬だった、腕を組み入って来た私達を見ている。

「織斑ギルド長、お連れしました。」

私の言葉に頷くとテア艦長以下3人を見て話し始める。

「ようこそ北方海ハンターギルドへ、私は当ギルドを預かる織斑 千冬だ。」

「始めまして織斑ギルド長、アドミラル・グラフ・シュペー艦長のテア・クロイツェルです。」

織斑ギルド長の挨拶にテア艦長が威厳を持って答える、ほんと堂々としていて凛々しく見える。

「ブリュンヒルデにお会いできて光栄です、あとこちら副長の・・・」

「ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクです。」

こちらは幾分か緊張して挨拶をするミーちゃん、と言うか彼女の反応が普通らしい。

何しろハンター達にとってはブリュンヒルデの名は絶対だから、姉さんがそう話していたのを思い出す。

「お久しぶりです織斑ギルド長、今回の件、感謝を伝える様にと南方海ハンターギルドの長より言付かっています。」

ラウラ艦長が続けて挨拶をする、まあこちらは旧知の仲だから前と変わらない。

「ああ、ボーデヴィッヒも元気そうでなによりだ、ハルフォーフもな。」

「はい織斑ギルド長、ありがとうございます。」

ラウラ艦長同様にハルフォーフ副長も何事も無い様に答える。

「更識艦長もご苦労だったな、ああ相川副長もだが。」

織斑ギルド長は私と相川副長にもそう言ってくれる。

「依頼を果たしただけです織斑ギルド長。」

「あ、あのありがとございます千冬様・・・ってすいません!!」

相川副長の言葉に織斑ギルド長の視線がきつくなる、その呼び名を彼女は嫌っているからだ。

まほろばの副長である相川 清香は、私と違って女子海洋学校卒業では無く、ハンターギルドの養成学校の出身だった。

元々ハンターを目指していた事もあって織斑ギルド長を崇拝しているらしく、時々こう呼んでしまうらしい。

「ギルド長、ここで立ったままと言うのもクロイツェル艦長達も困るでしょうから。」

余りうちの副長を責められるのを見ているのも心苦しいのでそう助け舟を出す。

「・・・そうだな、失礼をしたなクロイツェル艦長。」

「いえ大丈夫です織斑ギルド長。」

テア艦長は微笑んで織斑ギルド長の謝罪に答えると私を見る、多分私の意図を察してくれた様だった。

「では皆こっちへ来てくれ。」

織斑ギルド長を先頭に私達がギルドの奥へ入って行く。

 

ハンターギルド・第3会議室

並べられた机にシュペーとレーゲンの艦長と副長が座り、その対面に私と相川副長、織斑ギルド長が座る。

「失礼します織斑ギルド長、資料をお持ちしました。」

そこにノックして入って来たのは、ギルドの事務を仕切る山田 真耶だった。

そうISで織斑 一夏達のクラス副担任だった女性だ、こっちの世界では織斑ギルド長の片腕を勤めている。

「ありがと山田君、何時も助かるよ。」

「いえ、ギルド長のお役に立てて光栄です。」

織斑ギルド長にお礼を言われ舞い上がってしまう山田 真耶に私達も苦笑する。

「それでは失礼します。」

私達のそんな苦笑に気付く事無く山田 真耶は出てゆく。

「では始めようか、まず・・・」

「織斑ギルド長、その前に提案があるのですが。」

始めようとしたギルド長にテア艦長が声を掛けて来る。

「提案?聞こうじゃないかクロイツェル艦長。」

怪訝な表情を一瞬浮かべたが織斑ギルド長は頷いて促す。

「頂いたデータを検討する事はそれなりに重要だとは認めますが、あくまでそれはデータです。」

淡々と織斑ギルド長を見ながら話すテア艦長、それを見ながらラウラ艦長は「また始まったか。」と言って溜息を付く。

「私は実戦に勝るものは無いと考えます、それによって得られるものは大きいですからね。」

それを聞いて織斑ギルド長はラウラ艦長と同じ様な溜息を付いて見せる。

「それは実際にシーサーペントとの戦いを見せろと言う事かクロイツェル艦長?」

なるほどテア艦長の言いたい事を私もギルド長同様理解する事が出来た。

「その通りです織斑ギルド長、幸いにもここには最適な人間がいます。」

そう言ってテア艦長は私を見る、つまり見せてみせろと言いたいらしい。

「クロイツェル艦長、それは我がギルドからの指示にありません、それを理解されていますか?」

ラウラ艦長はテア艦長にそう言って咎める様に言ってくる。

「クロイツェル艦長はそんな事理解されている、ボーデヴィッヒ艦長。」

テア艦長ではなくミーちゃんが不満そうにラウラ艦長に言い返してくる。

そんなミーちゃんを制止しながらテア艦長はラウラ艦長に答える。

「こちらでの行動についてはギルド長から必用に応じて変更しても構わない旨承諾を得ている。」

「あの狸が。」

テア艦長の答えにラウラ艦長は溜息を付くと、そう言って押し黙る。

「そちらの言いたい事は分かった、しかしボーデヴィッヒ艦長の言う通り私はそんな話を向こうから聞いてはいない。」

織斑ギルド長は目を細めるとテア艦長を見つめながら答える。

「前例が無いと?ブリュンヒルデとは思えない発言ですね。」

挑発しているのだろうかテア艦長は?織斑ギルド長はそれに肩を竦めて見せる。

「・・・分かった、更識艦長は構わないのか?」

それに対し私もギルド長の様に肩を竦めて答える。

「私は別に構いませんよ、クロイツェル艦長の言われる事も理解出来ますから。」

「艦長?」

私の返答に相川副長が驚いた声を上げる。

「簪艦長らしいな、まあ答えは分かっていたが。」

「はい艦長、まったくその通りだと思います。」

ラウラ艦長とハルフォーフ副長の2人は苦笑しつつ顔を見合わせて言う。

「それでは決まりですね、織斑ギルド長もよろしいですね。」

「更識艦長が承諾したなら別に何も言わん・・・但し彼女の指示には従ってもらうぞ。」

テア艦長の確認に織斑ギルド長はそう言って釘をさしてくれる。

「それについては了解しました、更識艦長、期待している君の指揮に・・・」

微笑みながら手を出してくるテア艦長、つまり期待を裏切れば指揮に従うつもりは無いと言う事らしい。

「失望させない様に全力を尽くしますクロイツェル艦長。」

そう言って私は出されてきた手を握り握手する。

「我々の方もよろしく頼む簪艦長。」

ラウラ艦長もそう言って握手を求めてくる・・・それは良いのだけどミーちゃんがかなり驚いた表情を浮べているのは何故なのだろうか?

兎も角、私はまほろばとシュペー、レーゲンによる艦隊の指揮を執る事になったのだった。

 

翌日ギルド専用埠頭

AM11:00

シュペーとレーゲンが停泊している所にまほろばも臨時に停泊していた。

既に燃料や弾薬の補給が行なわれており、まほろばとレーゲンは間も無く終わるのだったが・・・

「シュペーはあと40分程掛かるとの事です艦長。」

主計班の娘がまほろばの補給終了の報告と共に伝えに来てくれている。

「あっちは大型艦ですから仕方がありませんね、相川副長、こちらの出航準備は進めて下さい。」

「了解です艦長。」

相川副長は私の指示を受けると各部との連絡の為、艦内放送器に向かう。

「航海長、予定の進路ですが・・・」

航海長に予定進路を確認しようとした私だったが、艦内通話器のコール音に言葉を止める。

「すみませんちょっと待って下さい、はい艦長です。」

待ってくれる様に航海長に言って、私は受話器を取り答える。

『通信室です、シュペーの艦長から通信が入ってます。』

「シュペーからですか?」

一体何の話しだろうか?作戦に関しては洋上に出たところで説明する手はずだったのだが。

「・・・分かりました繋いで下さい。」

『はい艦長。』

通信室からの通話が切れ、接続時の雑音の後、テア艦長の声が聞こえてくる。

『出航前の忙しい時に失礼する更識艦長。』

「いえそれは構いませんが、何か御用ですかクロイツェル艦長。」

テア艦長の挨拶に答えると用件を尋ねる私。

『何、簡単な事なんだが、更識艦長は今回の作戦指揮を執る、つまり艦隊指揮官だ。』

言葉に何かを含んだ感じがして私は繭を顰める、大概こんな時は厄介事と相場が決まっているからだ。

『そこでだ更識艦長、我がシュペーの乗員達に一言欲しいと思ってな、そちらも忙しいかもしれないが、お願い出来ないだろうか。』

「・・・・」

テア艦長は私を試しているのだろうかとその時思った。

「訓示をしろと言う訳ですかクロイツェル艦長?」

『まあそういう事だ更識艦長。』

簡単に言ってくるが、私はまほろばの乗員の娘達にした事はあっても、他の船の乗員達になんて経験は無い。

『無理かな更識艦長。』

「・・・・」

一体テア艦長は私の何を知りたいのだろうか?・・・出航準備で忙しいと言って断る事も一瞬考えたのだけど。

「分かりました私で良ければ。」

『うむ、それではこの無線を艦内放送に繋ぐ、あとシュヴァルツェア・レーゲンの方でも聞くそうだから、そちらともな。』

レーゲンのラウラ艦長も絡んでいるらしい、いやテア艦長は最初からそのつもりだったのだろうと私は思った。

『・・・レーゲンと・・・向こうの・・・分かった・・・』

シュペーの方でレーゲンとの無線接続を指示している声が受話器越しに聞こえる。

『こちらの準備は終わった、更識艦長、それでは頼む。』

私は一息付くと何を話そうか考えた・・・その為、相川副長が何か指示している事に気付いたものの、深く追求しなかった。

「お早うございます皆さん、まほろばの艦長更識 簪です、突然こうなって・・・」

そこまで言って私は、自分の今しゃべっている声が艦内からも聞こえている事に気付いて相川副長を見る。

目が合った瞬間視線を逸らす相川副長、どうやら私の声が流れているのはシュペーとレーゲンだけでなく、まほろばの艦内でもらしい、犯人はずばり彼女だろう。

「・・・困惑されていると思います、私もそうですから。」

兎も角、私は話を続ける事にする、相川副長に関してはこれが終わった後でだ。

「まあ今日会ったばかりの私を信じろとは言いません、そんな事は難しいですから。」

そこで間を空けてから私は話を続ける、ここから先は私が何時もまほろばの乗員皆に言って事だ。

「ですから皆さんは自身の責任を果たして下さい、そして1人も欠けず港に戻りましょう、生きて帰り再び戦いに向かう、そう出来る事が最大の戦果だと思うからです、以上です。」

受話器を戻し私は息を付く、正直言って緊張させられた、本当にテア艦長は何を考えているのだろうか?

南方海ではその幼い容姿とは裏腹に、多くの戦果を上げている歴戦の艦長と織斑ギルド長には聞いていたのだけど、そんな彼女が一体私の何処に興味を引かれているのか正直言って分からなかった。

「流石艦長ですね、素晴らしい訓示でした、私は深く感動しました。」

まあその問題は今は置いて良いだろう、それよりも傍らで白々しい事を言っているこの副長殿をどうしてあげようか。

「相川副長、当直が終わったら艦長室へ来て下さい、2人でゆっくり話しましょう、ああ心配しなくても次の当直前にちゃんと開放してあげますから。」

多分かなり怖い笑みを私は浮かべているんだろうなと思いつつ相川副長に言う。

「え、それって私の休憩時間は・・・いえ分かりました艦長。」

抗議しかけた相川副長だったけど、私の笑みを見て観念した様だった、まあ私の知らないうちにあんな事をしたのだから反省して貰わないと困る。

「シュペーの補給が完了しだい出航します、相川副長お願いしますね。」

「・・・はい艦長。」

相当落ち込んでいる様だったが、実はそれ程私は怒っている訳ではなかった、相川副長もまほろば乗員の娘達の士気を高めたかったからと理解はしているからだ、だから話しをすると言っただけで説教をするつもりは無い。

久々に彼女とゆっくりと話をするのも良いと思ったのだ、出航前に皆のお気に入りのケーキ店で買ったケーキでも食べながら・・・

そんな私の思惑も知らず落ち込みながらも指示を出す相川副長。

彼女に悪いと思いながらも内心にやにやしてしまう私だった・・・もっとも後で思考と行動が完全に女の子だと気付き、暫らく落ち込んでしまった私だったが。

 



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No.25ーシュヴァルツェ・ハーゼ商会3ー

ドイツ娘編(笑)終了です。



「現在私達が向かっている海域は最近シーサーペントの被害が急増している所です。」

出航後、洋上で私は無線を通じこれからの作戦について説明していた。

『そこは何かあるのか簪艦長?」

ラウラ艦長が聞いてくる。

「流氷がこの時期の為多いと言う意外はこれといって無いのですが。」

だがその海域で襲われる船舶が増えているのは確かなのだ。

「極少ない通信ではどの船も突然襲われた様なのです。」

『・・・妙な話だ、どの船も見張りを怠っていたとは思えんのだが。』

私の説明にテア艦長が疑問を返してくる、彼女の言う通り見張りを怠るとは考えにくい。

だとすればこちらの予想しない方法で襲撃を仕掛けて来ているという事になる。

海域に今多くある流氷、もしかして?

『更識艦長、君は何かあると考えるんだな?』

テア艦長は私が何かに気付いたと思ったらしくそう聞いてくる。

「まだ推測の段階ですけど、可能性はあると思います。」

だとすれば取るべき戦法は・・・

 

問題の海域にラウラ艦長のレーゲンと私達のまほろばが進入して行く、ちなみにテア艦長のシュペーはこちらとは別の行動を取ってもらっている。

「見張りを厳に・・・私達は既にシーサーペントの狩場に居るのですから。」

「見張り各員監視を厳重にして下さい。」

私の指示通り見張りの娘達は、それぞれ双眼鏡に取り付き監視を始める。

「電探や水測が頼れないのはきついですね。」

相川副長が艦長席に座る私の傍らでぼやいている。

「もし私の推測が当たっていたら両方とも役に立たないかもしれませんから。」

だからこそ見張りの乗員を増やして対応している、レーゲンの方も同じ行動を取っている筈だ。

「艦長を信じない訳ではありませんが、シーサーペントがもしそんな事を仕出かすとしたら驚きですね。」

「シーサーペントが私達より劣っている、そう考えるのは愚かな話しです、連中は狩りに掛けては人間より狡猾だと私は思ってます。」

純粋に狩りに特化した能力、かってシャルが言っていた事だが、私には非常に説得力があった。

『艦長、前方に大きな流氷を確認、右舷30度距離6千です。』

前部見張りの娘からの報告が艦橋内に響く、私は航海長に指示を出す。

「現状の距離を保ちつつ回避します。」

「今度もですね。」

「ええ、今度もです。」

先程からある程度の大きさの流氷を確認するとそうやって回避しつつ進んでいた。

さて今度は・・・また空振りに終わるかもしれない、そう思っていた瞬間だった。

「か、艦長!右舷にシーサーペントが出現、一体何処から?」

右舷見張り員の悲鳴に似た報告がもたらされると艦橋内は騒然となる。

「両舷全速、取り舵一杯、レーゲンに続くよう連絡して下さい。」

流氷の前に出現したシーサーペントから急速に離れるまほろば、レーゲンもまたこちらの指示で後を追ってくる。

「いや・・・本当に出てきましたね。」

後方を見ながら相川副長が言う、驚きと呆れが混ざった表情を浮かべている。

「こう言ってはどうかと思いますが私も同じ気持ちですね。」

予想しておいてだが、連中がやった事に私も苦笑を禁じえない。

シーサーペントは・・・流氷の下に潜んでいたのだ、これなら電探や水測でも捕らえるのは難しい。

やつはそうやって獲物が近づくのを待って襲っていたのだろう、本当に狡猾だ。

『目標、本艦とレーゲンを追って来ます、距離5千。』

後方見張り員の報告が艦橋内に響き渡る。

「シュペーに連絡、『我目標を誘導しつつそちらに向かいつつあり。』。」

「了解です艦長。」

相川副長が復唱し、無線室へ指示を伝えてくれる。

海上にシーサーペントの絶叫が響く、獲物に逃げられ激怒している様だった、狡猾だがその点は単純だった。

「艦長、シュペーより連絡、『迎撃準備完了、信号弾の合図により離脱されたし。』以上です。」

通信室からの返答を相川副長が報告する。

『こちら電探室、シュペーを確認、会合点まであと10分。』

シュペーは私達が誘導してきたシーサーペントを攻撃する為後方で待機していた。

「艦長!信号弾を確認しました。」

前方見張り員の娘が振り返って報告してくる。

「面舵一杯!」

その報告を聞いた瞬間、私は指示を叫ぶ。

「面舵一杯!」

「レーゲン、こちらと反対方向へ進路変更確認。」

操舵員の復唱に左舷見張り員の声が重なる。

レーゲンとまほろばが左右に別れ、追ってきたシーサーペントがどちらを追うか迷って進行速度を落としたその時、凄まじい轟音ともに高々と水柱が上がった。

『全弾命中を確認、シーサーペントは動けなくなってます。』

「舵戻して下さい、こちらも砲撃します。」

報告を聞いて私はまほろばを断末魔のシーサーペントに向ける。

「第1主砲、射撃準備よし、照準急いで。」

砲術長が私の指示を射撃指揮所に伝える。

『射撃指揮所より照準よし。」

「射撃開始して下さい。」

「射撃開始!」

射撃指揮所の報告に私が指示すると砲術長が叫び、艦橋前にある主砲が射撃を始める。

反対側からはレーゲンもまた射撃を開始している筈だ、そして両艦の砲撃を受けたシーサーペントはどす黒い体液を残し海底へ消えていった。

 

まほろば以下3隻の艦は海域を離れつつあった。

「取り合えず終わりましたね。」

私が溜息を付きつつ言うと相川副長が微笑みながら答える。

「はい終わりました・・・生きて港へ帰れますね全員で。」

多分私の訓示で言った事を相川副長は言っているのだろう、私は苦笑した。

「艦長、お話があります。」

そんな時、艦橋に機関長が入ってくる、彼女がここに上がってくるのは珍しい。

「何かありましたか?」

「・・・実は機関に先程異常がありました、現状では問題ではありませんが。」

機関長の言葉に私は繭を顰める。

「異常ですか・・・現状では問題無いと言う事ですが?」

「はい、ですが帰港後確認する事を進言します。」

私は暫し考えると頷いて話す。

「分かりましたそうしましょう。」

進言を受け入れる事に私はした、少しでも問題があるのなら見過ごせないからだ。

・・・だけどこれが私に重大な決断を迫る事になるとはこの時は思わなかった。

 

港に3艦が到着後、各艦の艦長と副長はギルドに集まる。

「皆ご苦労だった・・・クロイツェル艦長は満足したか?」

織斑ギルド長が意味深な笑みでテア艦長を見て聞いてくる。

「もちろん満足ですよギルド長、予想以上でした・・・なあ副長。」

テア艦長はそう言ってミーちゃんを見て問い掛ける。

「か、艦長、自分は・・・」

ミーちゃんは困った表情で答えるとテア艦長は笑始める。

「ずっと気にしていたじゃないか守護天使様の事を、あの堅物のボーデヴィッヒ艦長を変えてしまった彼女をな。」

「な、何でそこで私が出てくる・・・」

ラウラ艦長が思わず狼狽した声を上げる横で、ハルフォーフ副長が必死に笑を堪えている。

「まあ私も、まったく人を評価した事の無いボーデヴィッヒ艦長がそこまで注目する相手に興味が大いに沸いたのだが。」

テア艦長はそう言って私を見てくる、とても良い表情を浮かべながら。

「想像以上だった・・・言い方が悪いが何故彼女程の逸材がこんな所にいるのかと思ったよ。」

何と言うかこう手放しで誉められるのは非常に照れくさくて仕方がない。

「大分更識艦長を気に入った様だなクロイツェル艦長。」

織斑ギルド長が苦笑いを浮かべながらテア艦長に問い掛ける。

「ええ、指揮能力だけでなく人格的にも素晴らしい・・・なるほど副長、いやミーナやボーデヴィッヒ艦長が心酔する訳だ。」

「ク、クロイツェル艦長?貴様何を言って・・・」

「か、艦長、私は別に、いや確かに気になってはいましたが・・・」

ラウラ艦長とミーちゃんが真っ赤になって立ち上がり何故か弁解を始める。

「くくく・・・ははは!」

ハルフォーフ副長がついに何かに耐え切れなくなったのか爆笑する。

「なるほどそういう事か。」

「ええ、そういう事です。」

織斑ギルド長が納得した表情を浮かべて言うと、テア艦長も同じ様な表情で言う。

「ははは・・・流石ですね艦長。」

相川副長も納得した様に苦笑して言う、しかし私はまったく訳が分からなかった。

「あのお2人ともクロイツェル艦長が今おっしゃった事・・・」

「「忘れてくれ(下さい)。」」

聞こうとした私に2人は必死の形相で遮ってくる。

「は、はい。」

その迫力に私は言葉を飲み込むしかなかった、一方テア艦長達はそれを意味深に見ているのだった。

 

数日後、ギルド専用埠頭。

「世話になった更識艦長、非常に有意義な戦術情報の交換が出来た。」

テア艦長は手を差し出してくる、私はそんな彼女の手を握り答える。

「ええこちらもですクロイツェル艦長。」

あの後何度か実戦による戦術情報の相互の確認を終え、シュペーとレーゲンは今帰還の途に着こうとしていた。

私の事を手放しで誉めていたテア艦長だが、彼女の戦術も大いに参考になるものであった。

「しかし本当に残念だ、更識艦長が我が商会に来て貰えるなら大いに戦力の強化に繋がったのだが。」

何度かテア艦長から私は自分の商会に来ないかと誘われたのだ。

「お気持ちは嬉しいですが、私はここが気に入ってますので。」

それに姉さんが絶対許さないだろうから・・・

「更識艦長、その・・・感謝します。」

ミーちゃんことフリーデブルク副長が何故か顔を赤らめて言ってくる。

「はいフリーデブルク副長、こちらこそ感謝します。」

微笑みながらそう返答すると、ミーちゃんは更に顔を赤らめて硬直する。

「フリーデブルク副長?」

「気にしなくても、いや更識艦長は自分に対する認識を気にした方が良いかもしれんな。」

硬直したミーちゃんに困惑している私に、テア艦長が苦笑いを浮かべながら言ってくる。

「はあ、それは・・・」

「簪艦長、私も世話になった・・・流石は我が戦友だ。」

テア艦長の言葉に聞き返そうとした私の前に、ミーちゃんを押しのける様にしてラウラ艦長が立つ。

「は、はいラウラ艦長、私も貴女にお世話になりました。」

そんなラウラ艦長に先程と同じ様に微笑んで答えると、ミーちゃん同様に顔を赤らめて硬直した。

「あ、あのラウラ艦長?」

心配になりラウラ艦長に近付こうとした所をハルフォーフ副長に止められる。

「更識艦長、それ以上艦長を刺激されると後々困りますので。」

「・・・?」

結局ラウラ艦長とミーちゃんはそのままの状態で自分の艦にその艦の乗員達によって戻っていった。

「ではまた会おう更識艦長。」

「次にまた出会える事を楽しみにしています。」

「いや・・・分かりましたまたお会いしましょう。」

テア艦長とハルフォーフ副長は何でも無い様に挨拶してきた、あの2人の事など無かった様に。

まあこれ以上追求するのは気が進まなかったので私は挨拶を返す。

 

こうして南の海から来た彼女達は帰っていった、まあ戦術情報の交換は成功だったが、ラウラ艦長とミーちゃんは一体?

「・・・クロイツェル艦長の言われた通り、艦長は周りの人達の認識に気付く様にした方が良いですね。」

半ば感心した表情で言っていた相川副長の言葉が非常に気に掛かったのだった。

 

14:30

南方海ギルド派遣艦との戦術情報の交換終了

 

私は報告書の最後に記入し、ほっと一息を付ていると商会事務室の電話が鳴る。

「は~い、更識~商会~です~」

本音が電話に何時もの様に間延びした声で電話に出る。

「・・・うん~居ますよ~ちょっと~待ってね~」

そう言って受話器を置いた本音が私を呼ぶ。

「かんちゃん~束さんから電話だよ~」

束さんから?彼女からの電話なんて非常に珍しい。

「はい、簪ですが。」

「・・・簪ちゃん、今すぐ来れるかな?」

電話に出た私は何時もと違う束さんの様子に私は困惑するのだった。

 




ISにしろはいふりにしろドイツ娘が活躍していますね。
まあ書いていて面白かったですが。
次回は新しい設定を始めるにあたっての回にする予定です。
潜水艦を復活させたいと思っているのですが。
それでは。


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No.26ーシュヴァルツェ・ハーゼ商会4ー

第一部最終回?
ここまで書く事が出来て嬉しく思います。
見てくれた方々にも深い感謝を。
まだこの物語は続きます。




「まほろばが・・・」

ドックに呼び出された私に束さんが話してくれた事は余りにも衝撃的だった。

「うん・・・まほろばはもう長期の航海や戦闘には耐えられないの。」

私は呆然とドック内にあるまほろばを見上げるしか出来なかった。

 

前回の航海中にまほろばに起こった不調、それがきっかけだった。

機関長の進言で私は束さんにまほろばの検査を依頼したのだが、まさかこんな結果になるとは思わなかった。

「検査で艦の各部分に多くの不具合が見つかったから・・・考えてみればこの娘とは、結構長い付き合いよね。」

そう私がこの世界に来る前、ゲームプレイ時に選んだ艦であり、こちらに来てからは本当に乗艦して過ごしてきた。

「気持ちは分かるよ簪ちゃん、私にとってもこの娘は色々手を掛けてきた艦だったからね。」

私と同じ様にまほろばを見上げながら束さんは悲しそうに話す。

「本当によく働いてくれた娘だよね。」

「はい、本当に・・・」

私達はそう言って口を閉ざす、正直何を言えば良いのか・・・

ただいえる事は私はもう二度とまほろばとは航海出来ないのだ。

もちろん私はそうはしたくはない、しかし乗員の娘達を危険に晒せない。

それにまほろばもそんな事を望んではいないだろう、私に出来るのはもうこの娘を眠らせてあげる事だけだ。

「ありがとうまほろば・・・貴女と航海出来て私は幸せでした。」

ふと私は涙を流している事に気付く、でも止められなかった、そして束さんはそんな私を優しく抱いてくれた、自分も涙を流しながら。

 

「簪ちゃんに今話す事ではないと思うけど・・・次の艦の事だけど・・・」

暫しまほろばの前で抱き合い泣いた、今その事に気付き悶えそうになったが、私達はその後ドックの事務室にいた。

そして申し訳ない表情を浮かべつつ束さんはそう話を切り出してくる。

本当はそんな事考える気持ちにはならないのだが、商会としての仕事はこれからも続くのだからそうも言ってられない。

「そうですね・・・でも私の一存では決められません。」

先ずは商会会長の姉さんと相談しなければならないだろう、正直言って気が滅入る話だけど。

「・・・それなんだけど簪ちゃん、良ければそうりゅうを使わない?」

「そうりゅう?でもあの艦は確か・・・」

束さんの提案に私は驚いた声を上げてしまう、だってあの艦はもう駄目になったと思っていたからだ。

前にシーサーペントとの戦闘でダメージを受け、修理するより新造した方がましと判断された筈だ。

「うん、修理費用が高すぎて一旦は廃艦にするつもりだったんだけど・・・状況が変わって来てね。」

「状況が?」

私は束さんの言葉に戸惑う、そんな時・・・

「それについては私達の方から話そう更識艦長。」

「!?}

部屋に織斑ギルド長と私の姉、更識商会会長が入って来たのだった。

 

「理由の第一は時間の問題だな、束の話しだと新しい艦を用意するのに結構時間が掛かるらしい。」

織斑ギルド長がそう言って束さんを見る。

「まあ正確に言うなら簪ちゃん達の実力を完全に発揮させられる艦を直ぐには用意出来ないと言う事かな。」

「どういう意味ですか?」

束さんの言葉に私は首を捻って聞き返す、姉さん「可愛いわ簪ちゃん。」って喜ばないで下さい。

「簡単な事だよ、簪ちゃんと乗員の娘達は生半可な艦ではその力を発揮出来ない、それに相応しい物を用意するには時間が掛かりすぎるのさ。」

私達ってそんなに凄かったのだろうかと思ってしまった。

「そうりゅうであれば可能だと束から報告が来たのでな、それならばと考えた訳だ。」

「それで第一と言うからには第二のがある訳ですか?」

私は織斑ギルド長に先を促す、第一の理由は確かに乗員が優秀だからと言う事にしておく。

「第二の理由だが、実は私は前々からある計画を進めていた、なあ更識会長。」

「各方面の説得や利害調整には手間取ったけどそれも終わりましたしね。」

織斑ギルド長の言葉を受け姉の更識会長が説明してくれる・・・いかにも会長といった感じで何時もそうあってくれればと思うのだけど。

「我がハンターギルドを中心に対シーサーペント艦隊を組織する事になった。」

「その名もセキュリテイーブルーよ。」

織斑ギルド長と我が姉の2人がそう言って微笑む、いや姉さんはどや顔になっているけど。

「セキュリテイーブルーですか?」

私の問いに織斑ギルド長は頷いて答えてくれる。

「ああ、更識商会だけど対応するのはそろそろ限界だったしな、だからそうりゅう以外にハンターの武装船も集め、支援艦として束の持つ工作艦を付けた艦隊だ。」

「それ以外にも戦車隊ギルドも戦車や戦車揚陸艦を参加させる予定よ、他にも船員ギルドを始めとした多くのギルドも人員や機材、資金を出してくれるわ。」

姉さんが嬉そうに説明しているが、私は思ったより大規模なその艦隊に驚きを隠せない。

「えっと織斑ギルド長・・・本気ですか?」

「ああ本気だ、既に参加する艦船や人員は集まりつつある。」

私の問いに織斑ギルド長が答えてくれる、どうやら話しはかなり具体的に動き出しているらしい。

「資金の方もね、お蔭でそうりゅうの修理代金も出るんだけど。」

姉さんがそういってウィンクして見せる、何だか私の知らない所でしかも早いスピードで事態は進んでいる様だ。

「・・・分かりましたギルド長、ただもう少し時間を下さい。」

私は少し考えるとそう答えた、正直言って直ぐにそうりゅうに乗り換えるという事にまだ躊躇する自分が居たからだ。

「まあそうしたいのなら構わん。」

その織斑ギルド長の言葉でその場は解散となった。

 

解散後私は1人で商会に帰った、姉さんは織斑ギルド長や束さんと話がまだある為だ。

商会に付くと私は部屋に入り上着を脱いで机に置くと、ベットに仰向けに寝て天井を見つめる。

「・・・・」

様々な思いが頭の中を駆け巡るが、結局私はこう結論を出すしか無かった。

最早私はこの世界の更識 簪なのだと、だって全て物をゲーム上の物と見れなくなっているのだから。

今やまほろばも姉さんや周りの人達も私は失う事が余りにも恐ろしくて仕方が無い。

想像しただけで激しい痛みと悲しみを感じる、ゲームをプレーしていても感じた事の無いものだ。

「ふう・・・」

立ち上がり私は艦内服を脱ぎ私服に着替えからて、壁に有る鏡を見る。

そこに写る更識 簪、今の自分自身の姿・・・私は首を振ると部屋を出て行くのだった。

 

私は商会の近くにある港を見渡せる展望台に来ていた。

簪の記憶によればここは彼女が気に入っていた所であり、私もまた好きな場所でもある。

港に出入りする大小の船舶、港内を走る艀やボート・・・何時までも飽きない光景だった。

それは多くの人々が働いて、多くの人生が交差して、多くの出会いと別れがあって。

そして自分もその中の居るのだと感じる事が出来るから。

「そうね私はもう・・・」

後悔しないとは言えない、けど私は自分の決断を信じる事にする。

「私は今日から本当に更識 簪です。」

さようなら・・・元の世界、私はこれからもこの世界で生きていくから。

展望台を出て私は商会に戻った、これからすべき事を始める為に。

 

「ただいま戻り・・・」

「簪ちゃんああん!!」

ドアを開けて事務所に入った途端私は抱きつかれた、涙で顔をぐしゃぐしゃにした姉さんに。

「な、何ですか姉さん?」

突然の事に私は驚いてしまう、というか姉さん、服が汚れますから止めて下さい。

「何も言わないで家を出て・・・どっかへ行ったんじゃなかと・・・」

どうやらまほろばの事でショックを受けた私が何処かへ行ってしまうんじゃないかと姉さんは心配したらしい。

「・・・姉さん、確かにまほろばの事は辛いですが、私は姉さんを1人にして何処かへ行くつもりはありませんよ。」

だって私達はこの世界でたった2人の姉妹なんですから。

「う、嬉しいわ簪ちゃん・・・早速けっこ・・・」

「うっとしいから離れて下さい姉さん。」

「うううう・・・」

感動したと思ったのに、この有様に私は冷たく言って姉さんを引っぺがす。

「どうやら決断出来たようだな更識艦長。」

姉さんの姿に苦笑しつつ織斑ギルド長が問い掛けてくる。

「はい、先程の話しお受けします、束さんお願いします。」

織斑ギルド長と並んで私を見ていた束さんにそう伝える。

「OKだよ簪ちゃん、私にまっかせなさい。」

束さんは嬉しそうに答えてくれる、一方織斑ギルド長は繭を顰めて言う。

「張り切るのは構わんがやりすぎるなよ束。」

「分かってるってちーちゃん、私を信じなさい。」

「お前の日頃の言動を考えるとな、あとちーちゃんと呼ぶな。」

得意げな束さんに織斑ギルド長はそう言った後、皆を見渡して宣言する。

「それではセキュリテイーブルーを正式に立ち上げる・・・更識会長、何時までもいじけていて妹を失望させるつもりか?」

「ギルド長お任せ下さい、不肖更識 楯無全力でご協力いたします。」

織斑ギルド長に言われた途端にきりっとなる姉さんに私は呆れるが、まあらしくて良いだろうと思う事にする。

「ああそうだ簪ちゃん、まほろばなんだけど、更識商会からギルドが買い上げて、ハンター養成校で練習艦にする事になったから。」

束さんが嬉しそうに話すの聞いて私は驚いて織斑ギルド長を見る。

「束の言った通りだ、長期の航海や戦闘には耐えられないが海上実習で使う分には問題ないらしいからな、これからは次代の船乗りを育てる役を担う訳だまほろばな。」

そうか、まほろばは私達に続く者達を育てる事になるんだ、私は胸が熱くなる。

「ありがとうございます織斑ギルド長、束さん・・・本当に。」

また涙が溢れてくる、そんな私を姉さんが優しく抱きしめてくれる。

「よかったわね簪ちゃん、私もまほろばがそんな役を担うなんて嬉しいわ。」

そうだまほろばは姉さんにとっても大切な艦だった、今は亡き私達両親が商会と共に残してくれた。

「はい姉さん、私もです。」

そんな私達を織斑ギルド長達は優しい表情で見守ってくれたのでした。

 

15:40

まほろばはハンター養成校へ移籍決定、そしてセキュリテイーブルー計画の開始宣言。

 




ここまでで北方海の守護天使の物語は一旦区切りを向かえます。
この後は物語中の新しい設定のもと物語を開始します。
またそれに合わせて書き方も変更する予定です。
まだまだ書きたい話もありますので。
それでは。


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更識商会番外編
-姉とのお出かけ-


今回から3話番外編を掲載します。

作者の息抜きみたいなものですが、良かったらお付き合いを。




「姉とのお出かけ」

 

このゲームをしていた時、北方海は寒い海だと思っていた。

だから海で遊ぶ、いわゆる海水浴なんて無いだろうなと勝手に考えていたものだ。

けどこの世界来たから知ったのだけど、この海域では短い期間だけど海で遊ぶ事が出来る。

日数でいえば一ヶ月にも満たないし、お世辞にも南の海での様にいかないが。

 

「と言うわけで泳ぎに行くわよ簪ちゃん。」

「何が、と言うわけですか姉さん。」

朝起きてきた私は、姉に捕まってこう宣言されたのだ、相変わらず唐突な人だ。

「だって簪ちゃん暫らくお暇なんでしょう?」

「確かにそうですが・・・」

そうりゅうは暫らくドック入りしなければならないので私はそれが終るまで待機なのは確かだけど。

ちなみにまほろばは、一昨日から相川副長指揮で船団護衛に出発していている。

だから私は何もする事が無い訳だけど、だからと言って泳ぎに行こう言うのも・・・

「だってお姉ちゃんここ何ヶ月も簪ちゃんとお出掛けして無いのよ・・・」

わざとらしい泣き顔で言う姉に私は溜息を付く、子供ですか貴女は。

「分かりました、但し1日だけですよ。姉さんだって商会の仕事あるでしょう?」

ここ数ヶ月巨大シーサーペントの件で洋上に居る時間が長く姉と過ごせていない。

そう考えれば付き合ってあげても罰は当たらないだろうと思い承諾する。

「ありがとう簪ちゃん・・・ふふふ嬉しいわ。」

そして翌日の浜辺。

「ねえ簪ちゃん、これってどういう事?」

「どういう事と言われても・・・私だって分かりませんよ姉さん。」

いかにも不満げな表情を浮かべ姉が話しかけてくる。

「折角簪ちゃんと海に来たというのに、何で二人きりじゃないのよ!!」

そう言って絶叫する姉、そう今海に来ているのは私達姉妹だけでは無かった。

「~会長どうしたんですか~」

「心配されなくても大丈夫ですよ・・・何時もの事ですから。」

「ははは、聞いていたけど本当にそうだったんだ。」

商会の事務担当の本音、束さんの義理の娘で助手でもあるクロエさん、そしてシャル。

何故かこの3人も同じ浜辺に来ていたのだ、多分だけど本音から他の二人に話が伝わったのだと思う。

当日商会を休みにし姉妹で海に行く事を姉は本音に言っていたからだ。

「大体貴女達何故ここに来ているのかしら?」

姉が3人を睨みつけるが・・・

「私も~簪ちゃんと泳ぎたい~からかな~」

「同じく・・・抜け駆けは駄目ですよ楯無様。」

「ははは、僕も同じかな。」

3人とも私と泳ぎに来たかったらしい、慕われるのは悪い気がしなけど何でそこまでこだわるのかがよく分からない。

今全員水着姿で集合しているが、私としてはあまり一緒に並びたくないのに。

何故かと言えば全員、以外にクロエさんもだけど・・・立派な物をお持ちだからだ。

でも嬉しいじゃなくて羨ましいと思う辺り終っているのかもしれない。

ところで肝心の皆の水着だけど・・・

まず我が姉である楯無さん、大胆な黒ビキニ。

クロエさん、ある意味お似合いのフリルの付いた白ワンピース。

本音はアニメで見た覚えのある着ぐるみ型水着?

シャルは同様にアニメで着ていた水着。

そして私だが、極普通の青いワンピース水着を着ている。

ちなみに姉に同じビキニの白いのを渡されたけど固辞させてもらった、そんな大胆なもの着れません。

この光景、男だったら眼福ものだけど女性である今の私には何の意味も無いのは言うまでもない。

むしろスタイルの差を感じて鬱になりそうだ・・・格差社会?

私は頭を振ってそんな考えを払う、せっかく海に来たのだから楽しまないといけない。

「取り合えず荷物を置いて泳ぎましょうよ姉さん。」

「・・・そうねそうしましょうか。」

「それではこちらへ、よい場所にご案内します簪様。」

「何で貴女がそんな事を・・・」

「そうだね~レッツゴーだよ~」

「簪、今日は楽しもうよ。」

「だから貴女達は、って私を置いていかないで簪ちゃん。」

移動するだけで大騒ぎなんですけど。

「ところで簪、その水着似合ってるね。」

私の水着を誉めてくれるシャル、まあ自分でも結構気に入っているのだけど。

「シャルもその水着いいと思うけど。」

「ふふふ、ありがとう簪。」

嬉しそうに言って私の右腕に抱きついてくる、あの当たってますけどシャル。

「私の水着はどうでしょうか簪様?」

「うん、もちろん可愛いと思いますよクロエさん。」

彼女の雰囲気に合っていると思う。

「光栄です、もちろん簪様の水着もよろしいいですわ。」

何故か私の左腕に抱き付いてくるクロエさん、貴女も当たってます。

「うん~簪ちゃん青が似合ってるからね~」

後ろから抱き着いてくる本音、貴女も・・・もういいです。

重ねていうが、これが男だったら嬉しいかもしれないけど、今女の私では。

・・・皆さん押し付けないで下さい、悲しくなりますから、自分のものを見て。

「あああ!皆何を・・・もちろん私だって思っているわ、だから・・・」

「正面から抱き付いてきたら怒りますよ姉さん。」

真正面から抱き付こうとする姉を牽制する、これ以上恥かしいのは御免です。

「そんな・・・私だけ駄目なんて酷いは簪ちゃん・・・」

泣き崩れるほどものだろうか?というか皆さんそろそろ止めて頂きたいのですが。

ここ結構人目が多いんですから・・・ほらそこの人写真取らないで下さい。

 

数十分後にようやく開放される私、泳ぐ前から疲れてしまった。

拗ねてしまった姉のご機嫌取りもしなければならなかったし。

まあ兎も角、私達は泳いだり食事をしたり、こちらはクロエさんが豪華な弁当を作ってきてくれた、りして大いに楽しんだ。

 

そして夕暮れ。

砂浜で私は皆を待っていた。

何故一人かと言えば、一緒に着替えると余計疲れるからだ。

皆のスタイルみて鬱になり、皆私の着替えを手伝おうとするし、私は子供ではないのだけど、ということもあって早々と着替えて逃げ出した・・・皆がとても残念がっていたが。

「綺麗な夕日ですね・・・」

水平線に沈む行く夕日を見ながら感嘆していた私は、だから気付くのに遅れてしまった。

周りを若い男達に囲まれているのに。

「ねえ、彼女一人なの?」

「だったら遊びに行かない?」

ナンパだろうか?というか私を誘って何がいいんだろうかと思いながら答える。

「申し訳ありませんけど連れを待っているので、お誘いには答えられません。」

こう答えれば下がってくれるかと思ったが連中は諦めが悪い様だった。

「連れって女の子?だったら一緒にどう?」

いえ、貴方達では多分手に負えませんよ。うちの姉を筆頭にした女性陣たちを。

「それは出来ません、だからこれで・・・」

あくまで穏便に済まそうとする私の思いに反し男性達はだんだん強引になってくる。

「何だよ、折角誘ってるのに・・・お前みたいな女、誘われるだけありがたく思えよな。」

旨くいかなくなるとこれですか?それじゃ女の子は付いてこないですよ。

「ほらだから・・・連れの子もさあ・・・」

「・・・って痛い!」

腕を掴まれ強引に立ち上がされる、その時だった、腕を掴んでいた男の気配が唐突に消える。

「えっ・・・」

そして海に上がる水柱と悲鳴・・・

「貴方達、私の大事な妹に何なさっているのかしら?」

あまり聞いた事の無い低い声で男達に問う、姉の楯無さん。

笑顔を浮かべてはいるが、受ける印象は憤怒だ、私もこんな姉を見るのは始めてだった。

「・・・そうですね簪様に対するその行為の理由聞かせて頂きたいものです。」

そしてその隣に立ち、何時もの無表情ながら姉と同じ憤怒のオーラーを発するクロエさん。

あっけに取られる男性陣、だが彼らの不幸は終らない。

「まったく僕の簪に・・・許しがたいね。」

「うん、これは許せない。」

同じく憤怒のオーラーのシャルと本音・・・シャル、私は何時貴女のものになったんでしょうか?

あと本音、何時もと違って間延びした喋り方が消えてますけど。

尋常ならざる彼女達の迫力に男性陣は動けなくなっていた、人数でも体格でも彼等の方が上の筈なのに・・・海に放り込まれた男はぷかぷかと浮いている、生きていますよね?

「な、何をしやが・・・されるんですか?」

あ、途中から敬語になっている、あの4人の迫力では仕方無いかもしれませんけど。

「「「「簪(ちゃん、様)に手を出した報い・・・」」」」

「「「「ひい・・・!!」」」」

浜辺に男性陣の悲鳴が響き渡る。

 

数十分後、浜辺に頭だけ出して埋められている男性陣。

「ねえ、お母さんあれ何?」

「見ちゃ駄目よ、ほら行くわよ。」

母親と幼い子供が通りがかるが、母親は子供を連れて早々と離れて行く、他の人達も同様で、男性陣に近寄ろという者は居なかった、まあさっきのを見ていれば仕方が無いだろうけど。

「簪ちゃん大丈夫だった?怖くなかった?」

「ご無事でなによりです簪様。」

「腕を直ぐに消毒しないと、まったく困った連中だよ。」

「そうだよね~消毒薬用意するね~」

男性陣を瞬く間に制圧し、掘った穴に埋め立ててしまった4人だが、何そんな事という感じで私を心配してくる。

一連の行為に私はまったく口を出せなかった、いやそんな暇などなかったと言った方がいい。

それは見事な連携プレーだったからだ、私は関心するより呆れの方が大きかったが。

「ええ、大丈夫ですよ、あと消毒薬なんて大げさですから。」

正直言って私にはこう返すしか無かった、他に言うべき言葉をこの時持ってはいなかったから。

「そうじゃ帰りましょう、帰ったら一緒に寝てあげるからね簪ちゃん。」

「はい帰りましょう・・・楯無様、それなら私に申し付け下さい。」

「うん帰ろう、二人共簪に迷惑かけちゃ駄目だよ・・・抜け駆けも。」

「私は一緒に風呂入りたいな~」

「「「それは駄目です、私(お姉ちゃん)と入るべきです。」」」

・・・私は誰とも一緒に寝ないし風呂に入る気もありませんよ皆さん。

そんな私の心情など無視して議論が進められていくのを溜息を付きながら見る。

「「「「簪(ちゃん、様)は誰と風呂に入って一緒に寝たいの?」」」」

「私は誰とも風呂に入ったり一緒に寝るつもりはありません!!」

「「「「そ、そんな酷い簪(ちゃん、様)。」」」」

浜辺に私達の叫びが響いてその日は終ったのだった、ほんと疲れました。

 

18:10

お出かけ終了。

 

 




何だか百合ハーレム化してきている?
まあ男が主人公のハーレムより書いてて楽しかったですが。

それでは


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ーある妹達の会話ー

篠ノ之 箒さん登場です。




「ある妹達の会話」

 

「束さん今度の改装の・・・」

ドック事務室に入って来た私はそう声を掛けようとして、そこに居るのが束さんで無い事に気付く。

自分と同じ年頃の少女、私の声に振向いた彼女を見て私は内心驚く。

長身で長い黒髪をポニーテールにしている少女・・・もしかして彼女はあの娘?

「姉に用があるのか?申し訳ないが今席を外しているんだ。」

「いえ、約束があった訳でなないので構わないですが・・・」

喋り方や声もアニメそっくりだ、そんな彼女は私の反応に気付いて自己紹介をしてくる。

「ああ失礼した、私は篠ノ之 箒、ここのドック責任者である篠ノ之 束の妹だ。」

やはり彼女だった、ISヒロインの一人して織斑 一夏のファースト幼馴染みの娘だ。

「束さんの・・・私は更識 簪といいます。束さんには艦の事で色々お世話になっています。」

すると私の自己紹介を聞いた篠ノ之 箒が、じっと見つめて言う。

「じゃあ君が姉の言っていた北方海の守護天使なのか?」

「・・・まあそう呼ばれているのは確か、えっとどうしてそれを?」

私の二つ名である北方海の守護天使はこの海域の関係者ぐらいしか知らないと思っていたので、ちょっと驚く。

「っとすまない、姉が手紙によく書いてきてくるので名前を覚えてしまった。」

肩を竦め微笑んで彼女は答える、こう見ると本当に凛々しい少女な事がよく分かる。

アニメでも織斑 一夏に関わらなければそんな感じだった事を思い出す。

そう言えば彼との関係はこの世界でもファースト幼馴染みなんだろうか?

「そうなんですか、それは少し恥かしいですね。」

束さんが手紙に書いていたと言うのは知らなかった。

まあ束さんに妹が居て、「とても可愛いのよこれが!あ、もちろん簪ちゃんもだけど。」と言う話は結構していたけど、手紙に書かれていたとは初耳だった。

「恥かしがらなくてもいいと思うが、姉は可愛いくて格好いい娘だと書いていたぞ。」

そう言われたら余計恥かしいです篠ノ之 箒さん、というか妹宛ての手紙に何書いているんですか束さん。

「ところでうちの姉が色々迷惑と掛けていないだろうか?」

ちょっと心配そうな表情を浮かべ聞いてくる篠ノ之 箒さんに私は苦笑しながら答える。

「それはまあ・・・でも頼りにしている方ですよ。」

暴走しなければだけど・・・

「そうか、色々すまんな・・・あれでもう少し真面目にやってくれれば尊敬できるんだが。」

どうやら彼女も姉の事で悩んでいる様だ、その辺私にも覚えがあるので同情してしまう。

「ふふふそうですね、そう言えば束さんはどうされたのですか?」

私の質問に篠ノ之 箒さんは困った表情を浮かべ答えてくれる。

「クロエさんが突然来て『束様、今日という今日は許しません。』と言って連れ出していった、姉は『助けて箒ちゃん。』と言っていたが、彼女の迫力に止められなかった。」

束さんまた何かクロエさんを怒らすことしたんだろうか?ほんと懲りない人だ。

「そうですか・・・まあ何時もの事ですから気にしなくてもいいですよ。そう言えばクロエさんの事も知っているんですね。」

「ああ、そっちも手紙で。もっとも本人だと知ったのは、姉が連れていかれた後だったが。」

事務室に居た職員の人に教えられた、と篠ノ之 箒さん。

「まったくあの人は何をやっているんだか・・・傍に居られないから心配でしょうがない。」

深い溜息を付いて彼女は肩を落とす。そんな彼女に同情しつつ私は気になることを聞いてみる。

「篠ノ之さんは普段はどうされているんですか?」

束さんの話では遠くに行っているとは聞いていたのだけど。

「中央海のドックで技師を目指して勉強中の身だ。将来は姉の様になりたいからな。・・・姉は性格は別にして技師としては優秀な人だからな。」

「なるほど・・・お姉さんの様な技師を目指してですか。」

「そんなところだ、なれるかどうかはまだ分からないがな。そう言えば君にも姉がいると手紙に書いてあったが。」

「ええ、私の所属する商会の会長をやってますよ。」

どうやら姉の事も手紙で紹介済みらしい。

「私達とそう年が変わらないというのに・・・君の姉さんも優秀な人らしいな。」

「そうですね会長としては優秀です、でもそれ以外では困ってしまう事も多々ありますけど。」

そんな答えに篠ノ之 箒さんは気になったのか聞いてくる。

「君も姉の事で苦労しているのか?手紙では妹の事をとても大事にしていると書かれていたが。」

「大事にしてくれるのは嬉しいですが、その・・・色々過剰なんです愛情が。」

ああなると、普通の姉が妹に持つ愛情とは次元が違うのでは無いかと思ってしまう。

「・・・そうか、まあうちの姉もそういうところがあるかもしれないな。」

「お互い苦労しますね篠ノ之さん。」

「そうだな・・・っと私の事は箒と呼んでくれ、君は姉とは親しい様だからな。」

二人揃って溜息を付いた後に彼女が言ってくる。

「分かりました、それでは私も簪と呼んで下さい。」

「そうさせてもらう、改めて宜しく簪。」

「はいこちらこそ箒さん。」

私達は微笑みながら改めて挨拶を交わすのだった。

その後、お互いの姉の愚痴や、私の仕事の事とか箒さんのドックでの勉強の事など話した。

そうしている内に束さんがお仕置きを終えたクロエさんと帰って来た。

「あ、いらっしゃい簪ちゃん・・・ふ~ん箒ちゃんと仲良くなったみたいだね、いい事だよ。」

嬉しそうに箒さんに抱きつく束さんに、私は苦笑し、箒さんは赤くなりながらも迷惑そうな表情を浮かべる。

「まったく・・・クロエさんのおしお、いや話は終ったのか?」

「うん、何時もながらクーちゃんの愛がこもった・・・」

「そんな物込めた覚えはありませんが・・・簪様いらっしゃいませ、お迎えできず申し訳ありませんでした。」

冷たい視線を束さんに向けながらクロエさんが挨拶してくる。

「うんお邪魔してますクロエさん。」

何時もの光景に苦笑しつつ私はクロエさんに挨拶を返す。

「それではお茶を用意してまいります、紅茶でよろしいですか簪様、箒様?」

「「はい。」」

私と箒さんの返事にクロエさんが微笑みながら紅茶の準備を始め様とする。

「クーちゃん、束さんは・・・」

「束様はドックの水でよろしいですね?」

相変わらずクロエさんは束さんに情け容赦なかったが、私も箒さんも気にしなかった。

その後は皆クロエさんの入れてくれた紅茶を飲みながら話をした。

何かと構おうとする束さん、迷惑顔ながらも嬉しそうな箒さん、二人は本当に仲のいい姉妹だった。

なお、二人はこの後に一緒に出かけるらしい、箒さんの都合で明日には中央海に帰らなければならないので食事でも行くとの事だった。

「それでは楽しんできて下さいね。」

私はそう言ってその場を辞した。

家へ帰りながら離れ離れに暮らすあの姉妹を思う、アニメと違いまったく会えない訳ではないが、やはり寂しいだろうとは思う。

そう考えれば、何時も一緒に居られる私達は、仮初の姉妹かもしれないが、幸せなのかもしれない。

だったら大切にしてあげないと、私は思ったのだけど・・・

 

「簪ちゃんお帰り、お姉ちゃん寂しかったわ。」

姉は裸エプロンいやこの場合は水着エプロンで迎えてくれました・・・

 

小一時間私が姉を説教したのは仕方が無かったと思う。

 

19:15

ドック訪問終了。

 

 




束さんと箒の二人の姉妹も好きですね、原作やアニメではあまり幸せな関係には
描かれていない印象を私は受けているのですが。
まあそれだったら私の作品の中くらい仲のいい幸せな姉妹したいかと。



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ー短編集ー

番外編の最後は「北方海・・・」に書くに当たって影響を受けた3作品とのクロスオーバー的なものです。
といっても短いし少々おふざけが過ぎているかも・・・




「海の仲間は家族だから。」

その日、私は自分宛に来ていた郵便を確認していた。

ほとんどが女性向き商品のダイレクトメールだったが、正直いってこんなもの送られても困るのだが、その中に一通違ったものが混じっていた。

 

『中央海女子海洋学校OG会のお知らせ』

 

私は艦長として必要な知識や技術をここで学んだ事になっている。

あくまでもゲーム上の設定であり、この世界を認識した時点で艦長として働いていた私には関係ない話だと思っていた。

もちろん女子海洋学校に通っていたという記憶はちゃんと有る。まあ他の記憶同様、こちらの世界に来てからの後付みたいなものだけど。

 

だからことお知らせを見るまで、女子海洋学校の事などすっかり忘れていたのだが、色々と思い出してきてしまった。

確かあそこの制服ってセーラー服だった筈だ、白と青で赤いリボン・・・

えっと、女子海洋学校でセーラー服って何処かで聞いた様な・・・

そしてだんだん思い出してきた・・・実習で乗った艦、艦長の娘はかなりの強運の持ち主で、何かあっても良い方に事が進んで、副長の娘は不幸体質で「ついてない」と「不幸だ」が口癖だった・・・

二人の名前って確か・・・

私は頭を抱えてしまった、それって横須賀女子海洋学校じゃないか、はいふりの・・・

 

結局、私はOG会には行かなかった。

会場が中央海にある学校で、仕事の関係上行っている時間が取れなかったからだけど。

まあ行かなくて良かったと思う、だってそこであの二人に会ったら・・・

 

「急速せんこ~。」

放たれた魚雷が命中すると奇妙な光が発生し、暫し障壁らしいものに遮られるが、やがてそれが消え命中した場所が抉られる様に消える。

そして大爆発が起き、艦は真っ二つに折れ沈んで行く。

艦、シーサーペントでは無い。

いや、それは普通のものは無かった、船体に奇妙な紋様が浮かび上がり、使用する兵器も違った。

それは対峙している私の艦にも言えた、伊400に似ているが、青い紋章を浮かべているのだから。

「簪ちゃん・・・」

奇妙な光の輪に包まれる私の後ろに立つ女性が話しかけてくる。

「御免なさい・・・私は更識 簪ではありません。」

「え・・・?」

光の輪に包まながら私は彼女を見る。

「私は霧の艦隊に所属していたイ401のメンタルモデルなんです。」

絶句する姉、更識 楯無を見て、私は罪の意識に苛まれる。

「ある理由でこの世界に来た私は、貴女の妹さんをモデルにこの身体をクリエイトしました。」

驚愕の事実に彼女は言葉も出ない様だ、妹と思っていた人物がそうでは無かったのだから。

「貴女の妹さんは既に亡くなっていました、だから私が入れ替わりました。結果的に騙す事になり申し訳ありません。」

「か、簪ちゃん・・・」

「でもそれも今日で終わりです、どうやら霧の艦隊にこちらの世界に居る私が見つかった様です。」

呆然と私の話を聞いている彼女に、私は微笑みながら別れを告げる。

「こちらの世界に居る間、貴女の妹として生きられて嬉しかったです。貴女のお蔭でメンタルモデルではなく人間として様々な事を知る事が出来ましたから。」

「・・・・・何処へ行くの?」

「また別の世界です、このままでは皆さんに迷惑をかけしまいますから。」

私は跳躍すると自分の艦であるイ401に飛び移る。

「そんな行かないで簪ちゃん。」

「私にとって貴女は本当の姉だったと思っています、お元気で・・・楯無お姉さん。」

艦を含めて私が光に包まれる。

「簪ちゃん!!」

私は光に包まれ消えて・・・・

 

「は!?」

ベットから私は飛び起きてあたりを見渡す。

家にある自分の部屋。全てが何時も通りだった。

「・・・何て夢を見るんだろう?私がイ401のメンタルモデルだなんて・・・」

どうやら先程から見ていたのは夢だったらしい・・・

これってやっぱりそうりゅうがよりいっそうアルペジオ化してきたせいだろう。

束さんが今度思考制御、つまり私が考えるだけでそうりゅうの制御を一部出来る様に

したいと言っていたから・・・これじゃますますメンタルモデルだな。

結局私はその後一睡も出来なかった。

 

後日。

「簪様、新しい艦内服を作ってみたのですが。」

クロエさんがそう言って持ってきた服。

タイからスカートまで青一色のセーラー服。

 

私はこう言うしかなかった。

「かんにんしてつかぁさい。」

 

「うん、好き。」

久々に暇が出来た私はいい機会だと思って、部屋の整理する事にした。

元々几帳面な正確であるので部屋は綺麗な方だと思う、一応女の子だし。

そんな訳で本棚やクローゼットを整理していた私はある箱を見つける。

これといって変わったところの無い箱だった。

「・・・これって?」

何となく覚えが、簪としてだが、ある物だった。

そう思いつつ箱を開けると入っていた物は・・・

宇宙騎士「ギャラクティー」のグッズ類、掲載雑誌や玩具だった。

そういえばアニメ程でないが簪はこういうヒロー物が好きだった、と記憶している。

幼い頃こういった物を買い集めていたみたいだ。

結構熱中していた事はあくまで記憶としてだが残っている。

まあ現在はまったく興味を失っているけど、これが転生の結果かどうかは良く分からない。

私はそんな記憶を思い出しつつ、箱に入っていたグッズの一つ、主人公が変身に使った、

指輪を取り出す。

アニメでも簪はISを展開する時に使っていたから思わず笑ってしまったけど。

ちなみに指輪は簡単にはめられた・・・幼い頃の物の筈なんだけど、成長してない?

少々鬱になり掛けたが、気を取り直し指輪をした手を頭上に挙げ叫ぶ。

「転身!ギャラクティー。」

やってから恥かしくなってしまった、とはいえ男として何か燃えるものがあるのも確かだ。

・・・今は女の子だけど。

そんな時だった、ドアの方から注がれる視線に気付いたのは。

「え・・・?」

そちらを見た私は、開いたドアからこちらを見ている我が姉に気付く。

扇子で口元を隠し、微笑ましい表情を浮かべている。

「ふふふ・・・簪ちゃん、それとても好きだったものね。私が嫉妬するくらいに。」

子供向けのヒローに嫉妬って・・・いや、問題は先程の恥かしい光景を、よりによって姉に見られた事だ。

普段から『姉さんは子供ですか?』と言って説教していた私が、子供みたいな事をしていたのだから。

姉の表情に『何だ簪ちゃんだって子供みたいじゃない。』と出ている。

だから姉に何か言われる前にこう提案せざるしか無かった。

「・・・どうしたら忘れてくますか姉さん?」

「そうね、これから言う事を簪ちゃんが聞いてくれたら考えてあげる。」

私に選択肢はなかったのは当然だった。

 

それから暫らく、私は姉を『楯無お姉ちゃん。』と呼び、お風呂も寝るのも一緒という

生活を強いられた。

 

あと、あの箱だが、ガムテープで何十に巻き、クローゼットの奥にしまい込んだ。

もう二度と開けないと誓いながら。

 

14:25

部屋の整理・・・完了。

 




言い訳しません。
どうか寛大な心でお許しを。

次回より本編再開です。



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ーハイスクール・フリート編ー

番外編3「海の仲間は家族だから。」の続編(?)になります。



「海の仲間に越えられない壁は無いんでしょ」

 

「皆さんお疲れ様でした。」

巨大シーサーペントの調査を終え帰港した乗員の娘達を前に私はそう言って見渡す。

「「「お疲れ様です。」」」

乗員の皆がそう言って答えてくれる。

「では皆さん、無事に帰れたのにこの後事故に会いました、と言うのは止めて下さいね。」

冗談まじりの私の言葉に乗員の娘達は笑う。

「「「はい注意します艦長。」」」

私は頷くと傍らの相川副長を見る。

「それでは解散して下さい。」

副長の言葉に乗員の娘達が帰って行く。

「それでは相川副長、また明後日にお願いしますね。」

「はい分かりました、では失礼します。」

帰って行く相川副長を見ながら私は安堵の溜息を付く、何にしろ無事帰港出来てと。

「簪、お疲れ様。」

そんな私に言葉を掛けてくるのは、今回の調査責任者でもあるシャルだった。

「シャルもですよ。」

私達はそう言って笑いあう。

「それにしても先に帰っていても良かったんですよシャル。」

乗員でないシャルは最後まで付き合う必用は無かったのだけど。

「いいじゃないか簪、僕が待っていたかっただけだから。」

まあそこまで言うのなら文句は言えない私だったが。

「取り合えずこの後・・・」

「かんちゃん!!」

突然呼びかけられ私とシャルが振向くと、こちらに向かって走ってくる少女がいた。

私をかんちゃんと呼ぶのは本音の筈だが、走り寄って来るのは彼女では無かった。

・・・ちょっと待って下さい、あの娘ってまさか?

そして気が付いたのだがその娘の後ろからやはりもう1人、付いて来ると言うより追い掛けている娘が居るけどその娘も。

「知り合いかい簪?」

シャルが聞いて来るが私は2人を見て驚愕してしまっていた。

だってあの2人・・・岬 明乃と宗谷 ましろは、アニメはいふりの登場人物、そして簪としての記憶では中央海女子海洋学校時代の同期だった2人だからだ。

そんな状態に動けずいた私に走り寄って来た岬 明乃が抱き付いてくる。

「!?」

「かんちゃんお久しぶり!元気だった?」

だが私はそれに答える余裕など無かった、この身体になってから女子から抱き付かれる事が多くなったとはいえ、完全な不意打ちにはまだ駄目だったからだ。

「はあ、はあ、か、艦長落ち着いて下さい、更識さんが困っているじゃないですか。」

追い付いて来た宗谷 ましろが息を切らせながらも岬 明乃を止めようとする。

「だって再び会えて嬉しくて・・・シロちゃんもでしょ?」

「そ、それはそうですが、じゃなくて副長か宗谷と呼んで下さいと何度も。」

硬直した私、更識 簪を抱きしめる岬 明乃とどこかずれたやり取りをする宗谷 ましろ。

その奇妙な光景は我に帰ったシャルが声を掛けてくれるまで続いた。

 

「岬 明乃さんと宗谷 ましろさん、私が中央海女子海洋学校に居た時の同期です。」

何とか岬 明乃に落ち着いてもらい、私はシャルに2人を紹介する。

「こちらはシャルロット・デュノア、私の友人であり商会の協力者です。」

そして2人にシャルを紹介する。

「へえ・・・そうなんだ、仲が良いんだね簪。」

何でしょうか表情は笑っているのに目が恐いんですがシャル。

「うんそうなの、だからよろしくねシャルロットちゃん。」

「まったく・・・まあそういう訳だからよろしくデュノアさん。」

そんなシャルに気付いていない様で内心安堵する、正直言って後が恐いけど。

「そんな訳でシャル、先に帰って貰えますか、彼女達に確認したい事もあるので。」

別に除け者にするつもりは無いのだけど、ここは遠慮してもらう事にした。

・・・何だかこの2人と一緒に居させると恐い方の予想しか浮かばない。

「分かったよ簪。」

そう言ってシャルは離れていった、が途中で振向き・・・

「後でゆっくり話をしようね簪。」

このまま逃げ出したい気分になったしまった私を誰も攻められないと思いたい。

 

「それにしても2人共何でこちらに?」

シャルと分かれた後、私達3人は近くの喫茶店に入った。

そして私は一番気になる事を質問した、何しろ彼女達は中央海で働いる筈だと思っていたから。

「それはね、中央海から北方海へ行く船団の護衛役として来たんだ。」

「私達は船団護衛を担当するブルーマーメイド商会に所属する晴風のクルーなんだ。」

定期的に中央海や北方海、南方海の間を船団が行き来している、どうやら彼女達は中央海から北方海へ来た船団の護衛役ということらしい。

「ちなみにココちゃん達もクルーだよ。」

「というか、あの時の練習艦のメンバーほとんどが晴風のクルーになっているよ。」

嬉しそうに話す岬 明乃と、苦笑する宗谷 ましろ。

ココちゃんとはアニメに出てきた納沙 幸子だろう。

「と言う事は西崎さんや立石さん、知床さんもですか。」

「うん、メイちゃんやタマちゃん、リンちゃんもだよ。」

「機関科や砲雷科、主計科の連中もいる。」

2人の言葉に、アニメそのままだなと私は別の意味で感心してしまった。

「これでかんちゃんが居てくれれば練習艦時代の再現だったんだけどな。」

女子海洋学校卒業後、私以外は地元のブルーマーメイド商会に就職したと記憶している。

「そうもいかないでしょう、更識さんは卒業後は実家の艦に乗らなければならなかったんですから。」

まあ私は北方海の更識商会に戻る事になっていたので、1人だけ別の進路になってしまったから。

卒業式後のパーティで岬 明乃を始め、皆が別れを悲しがってくれたものだ、記憶では。

そう思うと女子海洋学校時代を懐かしそうに話す彼女達に何だか申し訳なかった。

「すいません岬さん、あの当時は出来るだけ早く商会に戻らないといけなかったものですから。」

商会の経営を軌道に乗せる為に戻ってまほろばの艦長に就く必用があったのだ・・・姉さんが早く帰れとうるさかったのもあるけど。

「・・・・・」

「岬さん?」

私をじっと見る岬さんに戸惑う。

「もうかんちゃん、岬さんなんて他人行儀だよ、明乃で良いってば。」

そ、そちらですか、そういえば女子海洋学校時代もそう呼べて言われていた記憶がある。

「いえ、いくら同期とはいえ今はお互い立場も有りますし。」

「そうです艦長、練習艦に乗って時と、いやあの時もでしたが、そこはきちんとしないと。」

私の言葉に宗谷さんも同調して岬さんに言ってくる。

「2人共そこは変わらないなあ。」

「艦長が変わらな過ぎなんです。」

アニメでもそうだったが、こちらで練習艦乗艦時もこんなやり取りがあったなあと思い出す。

「艦長と言ってましたが、岬さんが晴風の?」

「そうだよ、私が晴風の艦長さんだよ。」

この辺はアニメ同様らしい、そういえば今岬さんと宗谷さんの着ている艦内服はアニメに出てきた、あちらは国際機関だったが、ブルーマーメイドのものだった。

流石にセーラー服では無かった、あちらは女子海洋学校の制服だからだろう。

アニメでは本来将来に着る事になるブルーマーメイドの制服姿で居るというのは感慨深いものがある。

まあ、2人がその制服姿で、私がIS学園制服姿、それが一緒だというのは少々複雑な気分だけど。

「かんちゃんもそうなんだよね?」

「はい、まほろばの艦長をやってます。」

「北方海の守護天使と呼ばれているらしいな、中央海でも有名だぞ。」

岬さんの問いに私が答えると宗谷さんが感心した様に言ってくる、この名前中央海でも知られているんですね、ラウラの時に南方海でも知られている事は聞いたのですが。

「私もかんちゃんに負けていられないね。」

目を輝かせて言う岬さんに宗谷さんが、苦い表情を浮かべて言ってくる。

「その前に艦長は落ち着く、という事を覚えて下さい、今回の護衛任務だって・・・・」

アニメ同様宗谷さんは岬さんに振り回されているらしく、私は内心笑ってしまう。

 

持っている記憶はこの世界の更識 簪としての物で、実際私は彼女達と居たわけでは無いが、共に過ごした事は紛れも無い事実だ。

目の前で繰り広げられるやり取りを見ながら私は思わず笑ってしまう。

「・・・まったく更識さんに笑われていますよ艦長。」

宗谷さんが恥かしそうに岬さん言う。

「あ、すいませんね、でも呆れた訳では無く、女子海洋学校時代を思い出しもので。」

「そうだね・・・あの時も色々有ったもんね。」

私の言葉に岬さんは感慨深そうに言う。

「そうですね、まあ私や更識さんは艦長に振り回されていましたが。」

岬さんと違い宗谷さんはそっちの方で感慨深いみたいだが。

確かに振り回された記憶が強く残ってはいるが、一方で充実した学校時代だったとは思う。

 

その後、お互いの卒業後の話をして旧交温めた私達はそこで分かれた。

晴風は暫らく港に投錨するので、後日尋ねる約束をして。

その時は記憶に残っている同期の娘達との再会出来る事が何故だか楽しみだった。

 

なお、2人と分かれた後、商会に戻った私を姉さんとシャルが尋問の準備をして待っていた。

私が女子海洋学校時代の事を一つ残らず話させられたのは言うまでもなかった。

そして本音、終始にやにやしながら見ていないで助けて欲しかったですよ。

 

16:15

 

女子海洋学校同期との再会終了

 

・・・ちなみに尋問は20:00まで続いた。

 

 

 




この小説を書くにあたって影響を受けたはいふりの話でした。

ISにはいふりと節操が無いですね私は(笑)。

もっとも次の話もそうなりそうなんですが。

女子高生艦隊に続き女子高生戦車隊にするつもりなので(笑)。


それでは。


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ー ガールズ&パンツァー編ー

予告通り、女子高生戦車ものとのコラボです。

はっきり言ってキャラが崩壊(特に姉の方が)していますので注意願います。



パンツァー・フォー

 

このゲームは海洋が舞台の為、登場するメカニックは艦船がメインだ。

だから陸上兵器としての戦車は存在しても、どちらかと言えば補助的な扱いだった。

拠点などに配置して防衛力として使うとか、艦船に搭載して火力を増すとかだ。

私がこの世界に来た時にもそういった意味で戦車は使われていた。

まあ流石に艦船に、というのは無かったが島々に地上防衛力としてというのなら見た事はある。

だからと言って彼女達が出てくるとは私は思わなかった。

 

「はじめまして、大洗商会所属戦車隊・隊長の西住 みほです。」

そうガルパンの登場人物である彼女達が出てくるとは・・・

 

T島群におけるシーサーペント掃討

ハンターギルドからその依頼が更識商会に入った事が始まりでした。

幾つかの小島で構成されるT島群の入り組んだ水路にシーサーペントが進入したの数週間前。

船舶の航行が辛うじて可能なその水路での戦闘は大きな危険を伴った。

何しろ水路の両岸には人々の住む町があり、下手をすれば流れ弾が降り注ぎかねないのだ。

そこで依頼を受けた織斑ギルド長が立案した作戦、それは海岸に戦車群を配置して攻撃、水路から追い出し、洋上で迎撃するというものだった。

「こういった作戦に適した連中がいるからな。」

織斑ギルド長がそう言って更識商会と共に召集したのが大洗商会だった。

私は最初その名を聞いた時、何処かで聞いた様な気がしてしょうがなかった。

そして掃討作戦のハンターギルド、更識商会、大洗商会、3者合同の打ち合わせが行なわれた時。

分かったのだ、その商会がガルパンに登場する娘達の居る所だと。

 

打ち合わせ場所に会長である角谷 杏と共に西住 みほが入ってきた時は唖然とさせられた。

大洗と聞いた時に思い出すべきだったのだが・・・一体この世界は私に何をやらせたいのだろうか思い悩んでしまう。

「大洗商会・会長角谷 杏、更識会長、今日はお手柔らかにお願いするよ。」

アニメと同じ小柄な体形にツインテールの髪形、もちろん声も言葉使いもそのままで値踏みする様に私と会長である姉を見る角谷会長。

それにしても彼女が会長というのはやはりうちの姉同様、生徒会長だったからだろうか?

「更識商会・会長更識 楯無ですわ、こちらこそお願いしますわ角谷会長。」

扇子で口元を隠しつつ含みある笑顔を浮かべて答えるうちの会長、何だか似たもの同士に見えるのは私の気に過ぎだろうか。

「はじめまして、大洗商会所属戦車隊・隊長の西住 みほです。」

角谷会長に続いて挨拶してくる西住 みほ、こちらもアニメ同様の容姿と声だった。

「こちらこそはじめまして、更識商会所属まほろば艦長の更識 簪です。」

私と西住 みほも挨拶を交わす、こちらはいたって普通通りだ・・・前の2人が特殊なだけだろうけど。

「うん、噂の守護天使殿か、これは大物を用意しましたね織斑ギルド長。」

私達を見守っていた織斑ギルド長に意味深な笑みで語り掛ける角谷会長。

「失敗の許されない作戦だからな、私としては角谷会長の方もそうだと思っているが。」

「それは光栄ですね織斑ギルド長。」

うちの姉同様、角谷会長も織斑ギルド長とは長い付き合いの様だった。

その後の作戦の打ち合わせは問題無く終わった、何しろ西住 みほはアニメ同様優秀な人間だったから。

ただそこまでは良かったのだけど、最後の方で姉さんが「うちの妹は天使ですから。」とか「怪我したら、お姉ちゃん泣いちゃう。」なんて言い出すものだから私は非常に恥かしい目にあってしまった。

お蔭で角谷会長は引きつった表情を浮かべ、織斑ギルド長は呆れていた。

その中で西住 みほだけが、複雑そうな顔をしていたのが私としては気になったのだけど。

 

翌日11:30

まほろば専用突堤。

そこにはまほろばと共に戦車を輸送する為の艦、戦車揚陸艦も接岸していた。

西住 みほ率いる戦車隊はその戦車揚陸艦に搭乗しT島群に向かう事になっている。

そして両艦の前に私以下まほろばと戦車揚陸艦の乗員、戦車隊の搭乗者が集合する。

そこで私は戦車隊の搭乗者達と対面する、まあ皆アニメに登場したキャラ達だっけど。

「武部 沙織です、よろしくね。」

「わたくし五十鈴 華と申します、よろしくお願いいたします。」

「冷泉 麻子・・・よろしく・・・」

「秋山 優花里であります、北方海の守護天使殿にお会い出来て光栄であります。」

アニメでは西住 みほが搭乗しているIV号戦車D型の乗員達だ、ちなみに私は初期に出てきたこちらの方が、最終話に出てきたIV号H型より好きだったりする、まったくの余談だけど。

他にアニメで見たことの有るキャラ達がいて、内心苦笑を禁じえなかった。

「「では総員配置に着いて下さい。」」

私と揚陸艦の艦長の指示で両艦の乗員達がそれぞれの艦に乗艦して行く。

「AからEチーム乗員も揚陸艦に乗艦して下さいね。」

「「「「了解です隊長。」」」」

戦車隊の搭乗者達も乗員達に続き、揚陸艦に乗艦して行く。

「それでは更識艦長、護衛の方よろしくお願いします。」

西住 みほが私の所に来て頭を下げて言ってくる。

まほろばは洋上での迎撃の他に彼女達が乗艦する戦車揚陸艦の護衛をする事になっている。

「最善を尽くします西住隊長。」

私の言葉に頷くと西住 みほは揚陸艦に乗艦する、それを見届け私もまほろばに向かう。

「出航します、前進半速。」

まほろばと戦車揚陸艦は港を出港しT島群へ向かった。

 

 

まほろばは戦車揚陸艦を護衛しつつT島群までは約6時間掛けて到着した。

幸いな事に航海中、シーサーペントの襲撃は無く、消耗せずに済み私は安堵した。

 

到着後、まほろばと戦車揚陸艦は一旦港に接岸し、翌日の作戦に備える事になっていた。

ただ私と西住隊長は島民に対する説明の為上陸する必要があった。

「相川副長、後をお願いしますね。」

「はい艦長、お気つけて。」

相川副長に指揮を委ねて私がまほろばから桟橋に降りると、既に西住隊長が待っていた。

「お待たせしました西住隊長。」

「いえ、行きましょう。」

私と西住隊長はそろって島民の説明会が行なわれる講堂へ向かう。

「・・・・・」

「(ちら)・・・」

歩き始めてから西住隊長は私の方を伺う様な仕草をしてくる。

これは何か私に話があると言う事だろうか?

私は時計を確認すると、幸い時間にはまだ余裕があったので彼女に提案する。

「西住隊長、少しお話して行きませんか?」

「・・・分かりました。」

西住隊長は暫らく考えていたけど頷いてくれる、私達は近くの公園に向かう。

公園のベンチに並んで座る私と西住隊長、暫らく黙っていた彼女は意を決したのか話し始める。

「更識艦長は自分のお姉さんの事、どう思われてますか?」

そんな事聞いて来るのは、西住隊長のお姉さんと何らかの関わりがあるからだろうか?

アニメでは西住流戦車道の後継者であり、黒森峰女学園戦車道の隊長である西住 まほ。

2人は戦車道の事で不幸な事に道を違えてしまった筈だ、最終的には修復する事が出来たけど。

こちらの世界でもやはり何らかの行き違いが有って、姉妹関係で西住隊長は悩んでいるのかもしれない。

出発前に相川副長に聞いた話だと、こちらにも黒森峰、女学園では無く商会の方だけど、は戦車隊を有する商会としては名門らしい、もちろん会長は西住 しほ、西住隊長のお母さんだ。

そしてアニメと同様西住隊長は黒森峰商会から大洗商会に移った来たという話だった。

「まあ、姉さんはあんな感じですから、私としても困っています、けど・・・」

西住隊長のお姉さんもきっと貴女の事を、そう言おうとした私だったけど、その先を続ける事は出来なかった。

「やっぱりそうですよね、困りますよね、ええ更識艦長のお気持ち十分理解出来ます。」

私の両手を掴み喋る西住隊長は先程までの態度が嘘の様だった。

「あの・・・西住隊長?」

困惑する私を他所に西住隊長はエキサイトして行きます。

「お姉ちゃんたら隙さえあればお風呂とかベットに潜り込んでくるんですよ。」

何だろう何処かで同じ事があった様な気がするのは・・・

「お前は私の希望だとか、お前にもしもの事があれば生きてはいけない、なんて人前で言い出すし。」

これもだ、つい最近聞いた覚えがあるのですが・・・もしかして西住 まほってうちの姉と同じ?

「もしかして西住隊長のお姉さんって、貴女に対して過保護なんですか?」

「はい、過保護いえそんなもんじゃ済みません、もはや妹に対する姉の愛情なんてものではありませんよあれは。」

そこで私達はお互いを見つめあい・・・

「西住隊長!、いえみほさん。」

「更識艦長!、いえ簪さん。」

そう呼び合うとお互いの両手を握り合いました、ああここにも姉の行き過ぎた愛情に泣く者が居たなんて。

それから暫らく私達はお互いの姉の愚痴を、説明会が始まるまで続けたのでした。

それにしてもうちの姉と言い、西住隊長のお姉さんと言い、この世界の姉達は皆ああなのでしょうか。

 

翌日10:15

T島群沖合い

 

まほろばは戦闘配置の状態で待機していました。

「艦長、西住隊長より連絡、戦車隊の配置完了、予定通り10:30より攻撃開始との事です。」

相川副長が艦内通話機を戻しながら報告してきます。

「分かりました、総員現状のまま待機をお願いします。」

「了解です艦長、総員現状のまま待機します。」

私の指示を相川副長が復唱するのを聞き時計を見つめます。

そして見つめる時計の表示がどんどん進んでいきます、10:20、10:25、そして10:30。

遠方から微かですが砲撃音が聞こえ始めました。

その音を聞きながら私達は待ち続けます、西住隊長達の攻撃が成功するのを祈りながら。

『こちら無線室、西住隊長より連絡、攻撃は成功、目標は水路から外海へ移動との事です。』

「機関前進全速、砲雷撃戦用意!」

それを聞いて私は即座に指示を出します。

「機関前進全速!」

「砲雷撃戦用意!」

砲術長と機関員の復唱が重なり、まほろばは水路出口へ突進して行きます。

「全主砲打て!!」

 

作戦は無事に終わりました、水路から出てきたシーサーペントはまほろばの砲弾と魚雷により撃破されました。

 

全てを終え、まほろばと戦車揚陸艦はT島の住民の皆さんの盛大な見送りを受け商会の有る港に向かいました、損害も軽微でしたし、私達は達成感に浸りました。

 

ですが、あんな事が港で待っていたとは予想出来ませんでした。

 

「何を言っているんですか、そんなのみほが居たからに決まっている。」

「あらそんな事は無いわ、簪ちゃんのお蔭です、絶対に。」

桟橋上で私とみほさんが見たのは、どちらの妹が功労者だったかで争う自分達の姉の姿でした。

それにしてもうちの姉は分かりますが、みほさんのお姉さんは一体どうして此処にいるのでしょうか?

黒森峰商会の戦車隊長の彼女は今回の作戦には参加していなかったのに。

とはいえそんな事で揉めているうちはまだ救いがあったのですが、そのうち2人の姉の争いの内容は変な方向へ行き始めたのです。

「みほの寝顔は究極の可愛さだ、それに勝るものは無いと断言する。」

「ふん寝顔だって簪ちゃんは負けません、ですがもっと可愛いのは着替えを覗かれた時の恥かしそうな表情なんですから。」

「な、何てこと人前で言ってるんですか姉さん!?」

「もうお姉ちゃんまた私が寝てる時に進入して来たの!?」

その後も自分の妹がいかに可愛いかで暴走する姉達に、私達は恥かしさで今にも海に飛び込みたい気分でした。

周りでは皆生暖かい視線で私とみほさんを見ています、ああ戦車隊の人達の中にはには笑い転げている人も。

私とみほさんは我慢の限界に達し・・・

「いい加減して下さい姉さん!!」

「もうお姉ちゃんいい加減にしてよ!!」

桟橋に私達妹の絶叫が響いたのでした。

その後、私は商会へ、みほさんは揚陸艦へ、それぞれの姉を連れて行きました。

もちろん説教する為です、もっとも当人はまったく懲りていない様でしたが、まあこれはみほさんの方も同様だったらしく、後に顔を合わせた私達は互いに深い溜息を付くしかありませんでした。

唯一良かった事と言えばみほさんと私の間で姉の事で深い共感が生まれ仲良くなれた事でしょうか。

理由が理由だけに素直に喜ぶ気がしなかったのは言うまでもありません。

 

 




何だか自分で書いていて訳が分からなくなってしまいました、申し訳ありません。

まあ、優秀だけどちょっと困った姉と、真面目な故振り回される妹、という話しは結構
好きです。
こちらのサイトでもそういった姉妹ものが多く、にやにやしながら見ていたりします。

あと、これは個人的な感想なのですが、西住 まほと更識 楯無の2人は、優秀なくせに、
言葉足らずで、妹に変な誤解させているんじゃないかと思ったりします。

それでは。


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