やはり俺の青春ラブコメ計画は脱線している。 (おるぱわ)
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鶴見雷児は物語を走り始める

総武高校2年E組、出席番号13番、鶴見雷児。一見冴えない彼には、知る人ぞ知る、奉仕部副部長という肩書きがあった。しかし、彼は他人と深く関わることを、あまり好んではいない。どうやら他人に知られたくない秘密があるようである。そんな彼が過ごしていく学園生活は、薔薇色か、それとも……。



……とある少年は今、静かに戦いのゴングが鳴るのを心待ちにしていた。

 

 

「起立、礼ッ!」

 

号令と同時にガタッと椅子から立ち上がり、しっかりと礼をする。この瞬間から、俺の勝負へのシグナルは鳴り響いている。あとは号令が…

 

「ありがとうございました!」

 

終わった! と思うと同時に、カバンを拾い上げ、背中に背負う。教室内のざわめきも気にせず、早歩きでドアへ向かい、教室から出た。そして廊下を走り始める。幸いにも、チャイムが鳴ってまだあまり時間は経っていないので、歩く人はまばらで障害物も少ない。

 

「今日こそは勝つ!……っと、やべぇっ!」

 

気合を入れて、もっとスピードに乗ろうとしたが、隣の教室のドアが開けられ、茶髪?の女子生徒が目の前に飛び出して来た。このまま行けばぶつかるのは当然なので、すぐにブレーキをかけ、右にターンして回避!…をしたかったのだが、カバンが避けきれず、その女子の肩にぶつかってしまった。

 

「痛っ!ちょっと、何すんの!」

 

「あぁ、ごめん!ちょっと急いでるから!」

 

その子は、ぶつかった衝撃でよろけていたが、特に怪我はしていないようだった。だが、よろけた時、胸の辺りが別の意味で危険だった。並の高校生の大きさとは思えないぜ……。

とりあえず、半身で謝る仕草をしつつ、また俺は走り始めた。とにかく今は時間が惜しい。

廊下を、安全に気をつけながら、それでも速く駆け抜ける。

 

そして、そのまま職員室の前も通過しようとして……

 

「ぐはっ!」

 

職員室のドアの隙間から出てきた謎の腕に、ラリアットをぶちかまされた。しかも犯人は俺を見ていないはずなのに、首を確実に捕らえてきた。 痛い!というか、息出来ない!

 

「ゲホッ、ゲホッケホッ!」

 

「全く……。やはり君だったか、鶴見」

 

「ケホケホッ……誰だよこんなことしたのは……って、平塚先生!?」

 

やっと呼吸が落ち着いたので、やけに艶のある声のする犯人を確認しようとすると、目の前には

生徒の間で美人女教師と噂される、平塚 静先生が呆れた顔でこちらを見下ろしていた。

あと、女教師のルビは『オンナキョウシ』だぞ。こことても重要な。

 

「君は小学校で何を習っていたんだ? あんな速さで廊下を走る人間は、君以外には見たことがないぞ。なぜそんなに急ぐ必要がある?」

 

「部長との勝負ですよ。ずっと負けてばかりは、癪ですから」

 

説明を求める平塚先生に俺は簡潔に理由を述べた。すると、平塚先生は立ち上がった俺に向かってやれやれと深い溜め息をついていた。

 

「私が言った勝負と言うのは、そういう物ではないのだがな……」

 

「まあ、細かいことはいいじゃないですか。振り返らないのが若さだって、誰か有名な人が言っていましたし、俺は振り返らないのが主義なんですよ!」

 

「君は若さの意味を履き違えてないか?」

 

「だって俺のほうが先生よりかなり若いじゃないですか。大人の先生よりは、若さの意味を現在進行形で実感してると思いますよ」

 

「ほぅ……。君は遠回しに私の年齢のことを言っているのかぁ? そうなんだなァ?」

 

俺が、勝負を邪魔された怒りを、お返しとばかりに軽口を返しておいた。が、先生がこめかみに青筋を浮かべながら拳をポキポキ鳴らし始めたので、ここから逃げることを決断し、離脱を試みる。

 

「じゃ、じゃあ部活に行って来ますんで、失礼します!!」

 

しかし、その計画はあっけなく終わる。左肩にとんでもない抵抗がかかり、前に進めない。ついでにその左肩はミシミシと音を立てている。めっちゃ痛い、折れる!折れちゃう!

 

「待て。君には用事があるんだ。逃げることは許さんぞ」

 

「よ、用事があるのなら先に言って下さい。俺は急ぎたいんですけど」

 

「……J組なら、移動教室で遅れて、まだHRが終わってなかったはずだ。焦らなくても勝てるから心配するな」

 

「そうですか。……勝ち星がやっととれる!」

 

「喜んでいるのは良いんだが、君にはこれを見てもらいたい」

 

テンションが上がる俺に平塚先生は、右手に持っていたプリントを渡してきた。

それを見て、目を見開き、先生に問いかける。

 

「先生、これって前に配られた『高校生活を振り返って』のアンケート用紙ですよね?」

 

「ああ、そうだ。ひとまず読んでみてくれ」

 

先生に言われたとおり、そのアンケートに目を通してみる。名前を見たときに動揺したが、読み進めることにした。 だが、三行目を超えたあたりからなんとも言えない感動が溢れ出し、後半に入ると、これから起きることを想像し、口元が歪むのが抑えられなくなった。そして、最後の行に大きく書いてある『リア充爆発しろ』の文字まで読み終わり、無言で先生にアンケート用紙を返却した。

 

「読み終わったか。じゃあ、このアンケートの感想を…というか、鶴見!スゴイ邪悪な笑顔になっているぞ!?」

 

俺の心から溢れ出る気持ちが、完全に顔に出ているのだろう。平塚先生は、俺の肩をがっしり掴み、ガクガクとシェイクしている。

 

「大丈夫ですよ、先生。ちょっとお楽しみが増えただけです。それより、これの感想を言えばいいんですよね?」

 

俺の思考がさらに顔に出てしまう前に、俺の肩を掴んだままの先生に話の先を促す

 

「あ、ああ。このアンケートの感想を一言で表してくれ」

 

「捻くれてますね。完全に。」

 

ほぼノータイムで即答した。この作文を生で見れば、この感想が出るのも無理はないだろう。

目の前の平塚先生は、苦笑いをしながら、アンケート用紙を眺めていた。

 

「そうか…君も同じ感想を持ったか。…やはり『彼』には更生が必要なようだな」

 

そう言いながら、なぜか少し頬を赤く染めてつぶやく平塚先生。すごくかわいく見えるのだが、頬を染める理由が俺ではないので超どうでもいい。

 

「…恋する乙女みたいな顔をしないで下さい。それとも先生は『そいつ』が好きなんですか?」

 

「なっ!そそそそんな事は断じてないぞっ!ただ『こいつ』は少し変わっているから気になっているだけで別に、す、好きという訳ではない!」

 

俺のちゃかしに必死になって反論する平塚先生。反応の仕方まで恋する乙女っぽかったので、なんでこの人本当に彼氏できないんだろうと思ってしまう。これが普段の姿なら、三ヶ月も掛けずに、ゴールインまでしちゃうんじゃないだろうか?

……その一方で話すら始まっていないこの時点でフラグを立てている『あいつ』にも変な感心をしてしまった。いや、マジですごいね。主人公補正。もう少ししたら、本人に出会えるので楽しみである。

 

そう思ったのが、きっかけなのかは知らないが、この数分の雑談にも終わりが来たようである。

平塚先生の後ろから、別の国語担当の先生が近づいて来たからだ。

 

「平塚先生。先生がさっき呼び出した教え子が来てるわよ」

 

「あ、分かりました。すぐに戻ります。……鶴見、くれぐれも廊下は走るなよ」

 

さっきまでの慌て振りが嘘のように、平塚先生は落ち着いて答えると、俺に一言釘を刺しておいて、ターンしてドアへと向かっていく。何気にこの人、振り返り方が超カッコいいんだよな…。

その姿を見ていて、俺も部活に向かう途中だったということを思い出した。そのまま無言で行くのも失礼だと思ったので、職員室に入っていく平塚先生に一言掛けておく。

 

「じゃあ、今度こそ部活行って来ます!」

 

俺もドアの反対側に振り返り、特別棟に向けて一歩目を踏み出そうとしたところで、少し後ろから平塚先生の声が聞こえてきた。

 

「一つ伝え忘れていた。『雪ノ下雪乃』に伝えておいてくれ。今日新入部員が入るだろうとな!」

 

我が部の部長への伝言だった。それはさっきのアンケート用紙の主が入ってくる間違いはないだろう。一層、胸の中のワクワク感が高まっていき、俺のエネルギーとなっていく。

 

「了解しました!」

 

周りの人が少し驚くような大声で返事を返し、そしてこれから始まるであろう、

 『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』 の物語に心躍らせながら、俺は部室へ続く渡り廊下に向かい始めた。

 

 

俺の自己紹介をしておこうと思う。俺の本名は、鶴見 雷治(つるみ らいじ)。

ちょっと特殊な記憶を持っている総武高校二年生。 簡単に言えば、転生者だったりする。

……あと、友達関係で悩む年頃の従妹と一緒に暮らしているのである。

 

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プロローグ的な感じです。
筆者は、投稿が初めてなので、優しい感想も、厳しい感想もどんどんしてください。


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平塚静の拳は、今日も唸りを上げる

 

「よっしゃあ! 一番乗りぃ!」

 

「遅い」

 

誰も居ないと思って、高らかに勝利の宣言をしようと入った、特別棟四階の一角にある教室。

だが、ドアを開けると、そこにはいるはずがないと思っていた先客から冷たい声を掛けられた。

 

「……なあ、雪ノ下さん。なんで俺より先にいるんだ?移動教室のはずだろうが」

 

夕方の斜陽の中、ほとんどの物が後ろに積み上げられている、ガランとしたこの教室の窓際で、

今まで読んでいたであろう文庫本を拡げながら、本当にうっとしそうな物を見る目でこちらを見ている美少女、この教室の主である、雪ノ下雪乃がそこにいた。

 

「移動教室?鶴見君、あなたは何を言っているのかしら。今日の時間割には無かったのだけれど。…それから、入ってくるときには必ずノックをしなさい。何度言わせる気なの?」

 

「だって、俺のほうが先に来たと思ってたんだから仕方ないだろ」

 

俺がとってつけたような言い訳をすると、雪ノ下は呆れた顔で、溜め息をつく。

というか、先生やっぱ嘘ついてたんですね……。

 

「まだあの『どっちが部室に早く到着できるか』とかいうくだらない勝負にこだわっているのね……。まあ、結果は私の8連勝でいいのよね?」

 

「くだらないとか言いながらしっかり数えてんじゃないか……。」

 

雪ノ下は目の前で勝ち誇った笑みを浮かべている。この人、本当に性格が丸くならないな…。

学校一の美少女、学年トップの成績、運動神経抜群ともなれば、人を見下した態度でも、しっかり面と向かって文句を言うやつは多分いないからだろう。

しかし中身を知った俺では、性格の悪さでプラスマイナスゼロである。いや、プラス3くらいだろうか。

 

「あと、いちいち入ってくるとき大声を出さないでくれるかしら。あなたの声は、本を読んでいるときは本当に不快だからやめて」

 

「何気にひどいこと言うよな。もう慣れたけど」

 

「これに慣れてしまうなんて…! あなた、本当にマゾヒストになったんじゃない?マゾ君?」

 

「小学校の時のトラウマ思い出すから、そのあだ名はやめていただきたい」

 

「……いいわ。 そのかわり、今から静かにしてくれるかしら?ちょうど物語の佳境なのよ」

 

そう言って、文庫本に視線を戻す雪ノ下。まだ日も短い、春の日差しの中で本を読みながら座っているこの瞬間を絵にしてみれば、一種の芸術になるのではないかと思うほど、儚くて綺麗だった。

何度見ても、この瞬間の胸の高鳴りに慣れることはない。持ってきた椅子に腰を下ろしながら、この世界に俺を連れてきた神様に感謝した。

 

その後は、俺も雪ノ下も喋らない。この教室には時計の秒針の音と、本のページをめくる音だけしかしない。窓の外からは、運動部の掛け声が風に乗って入ってくる。

べ、別に俺は、静かにしていてと言われて、命令通りにしているわけじゃないぞ。ただ、命令違反すると、後が怖くて動けないだけだから。

 

だが、動けない理由はもう一つある。

時計をチラリと見る。俺が部室に来てから、約十分が経とうとしていた。

もうそろそろ、平塚先生が“相談者”を連れてここに来る頃だ。廊下で人が歩く気配がする。

 

なんの変哲も無い総武高校が、なんの変わりの無い俺の学園生活が、ただ読書をするだけのこの部活が、新たな歴史の一ページを開く瞬間が遂に訪れる。

 

さあ、物語の始まりだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

俺がドアに視線を戻すと同時に、部室のドアが音を立てて開けられた。入ってきたのは、白衣を着た平塚先生と、一人の男子生徒。俺は予知していたから、特に不快にはならなかったが、雪ノ下は静かな時間を邪魔されたからか、思いっきり不機嫌になっていた。

 

だが、この瞬間は確実に、物語のスタート位置なのだ。俺は、興奮と感動から、体が熱くなっていくのを感じていた。

 

「平塚先生。入るときはノックを、とお願いしていたはずですが…」

 

「ノックをしても君は返事をした試しがないじゃないか」

 

「返事をする間もなく、先生が入ってくるんですよ。そこの男も含めて、ですけれど」

 

そう言って、俺の方に視線をチラッと向ける雪ノ下。うむぅ…確かに俺もノックをし忘れることは、結構多かったな。反省するとしよう。そんな俺は置いといて、雪ノ下は話を続けた。

 

「それで、そこのぬぼーっとした人は?」

 

「彼は比企谷、入部希望者だ。 雪ノ下、鶴見に聞いていなかったのか?」

 

「聞いていません。………鶴見君。あなた、部長の私にそんな大事なことを伝え忘れていたの?責任能力と記憶力が皆無なのかしら?」

 

ギロッとこちらを睨んでくる雪ノ下と平塚先生。ヤバイ!この二人は、怒らせるとすごく怖いのに、もう怒らせそうになっているので、俺は素早く弁明することに決めた。

 

「伝えようと思ってたんですけど、静かにしてろって言われたんで、伝え損ねただけなんです!」

 

「ただの言い訳じゃない…。今回は特別に、不問ということにしてあげるわ」

 

雪ノ下に何があったか知らないが、今回は許してもらえるようだ。助かった。

でも、このセリフが出たときは、次に問題を起こしたときに、三倍になって返ってくると俺の記憶が知っている。……欝だ。

そんな、勝手にネガティブになる俺を見ていた平塚先生は、何か思い出したように、比企谷に向き直って、顎でこちらを指してきた。自己紹介をしろ、のサインらしい。そして、比企谷はドロッと腐った目をキョロキョロ泳がせながら、軽く会釈する。

 

「二年F組、比企谷 八幡です。えーと、新入部員ってなんだよ」

 

訳が分からないまま、ここに連れてこられ、勝手に名前も知らない部活の新入部員にされたのでは比企谷としては堪ったもんではないだろう。だが、平塚先生はその抗議を受け付けない。

 

「君には、ペナルティとしてこの部活の一員となって、部活動をしてもらう。異論反論抗議口答えは一切認めない。しばらく頭を冷やせ。反省しろ。」

 

ちょっと言葉が変わっているような気がするが、気にするほどのことでもない。

しかし、この後の平塚先生の言葉は、予想外だった。

 

「ただ、質問ならしていいぞ。私ではなく、そこに座っている鶴見にだけ、だがな」

 

「え?な、何でここで俺なんですか?」

 

いきなりの奇襲に、対応がしどろもどろになる俺。そんな俺をみて、ニヤリと笑う先生。

この人は何を企んでいるんだ!

 

「君の方が、部活暦は長いだろう?しかも、比企谷よりはマシだが、孤独体質を持ち合わせている。…つまりは、先輩なのだよ。」

 

「先輩っていっても、一ヶ月しか違わないじゃないですか。あと、孤独体質って事はまさか…」

 

「そうだ。君もしっかり更生対象に入っている。嬉しいだろう?」

 

「ちくしょぉぉ!! やっぱりそうかよ!」

 

俺が入部してから、一ヶ月の月日を越えて暴かれた真実に直面し、俺は膝から崩れ落ちた。

そんな俺に憐れみの視線を送っていた比企谷は、先生の言葉の真意に気づいたようだ。

 

「…君『も』ってことは、俺も更生されるんですか?」

 

「その通りだ、比企谷。察しが良くて助かる」

 

「いえ、察したくないことだったんで、もう帰りたいんですけど」

 

「おっと。即断すること自体は悪くないが、ここから逃げることは出来ないと思え」

 

そのやり取りを見て、速攻で帰ろうとする比企谷の襟首をヒョイっと掴み、退路を絶つ平塚先生。

さすがは、元花見川区最強の名を持つ者である。その元最強さんは、顔を雪ノ下に向ける。

 

「こんな感じで、根性が腐っている。すまないが、こいつをここに置いてくれないか?その間に孤独体質の改善にも取り組んでくれ」

 

だが、雪ノ下は、一発で受け入れることは出来なかったようだ。むしろ嫌そうな顔さえしている。

 

「嫌です。そこの男の下卑た目を見ていると、身の危険を感じます」

 

前言撤回。嫌ですって言葉に出しちゃってるよ! だが、平塚先生はむしろ余裕そうである。

 

「…そうか。だが、雪ノ下。君の目の前にいるその男はどうなんだ?現在進行形で比企谷より

下卑た目をしているように見えるのだが」

 

平塚先生は俺を見てきて、そんな言葉を言い放った。おい!この人、俺をダシに使うつもりだよっ!!それが、生徒指導担当の先生のとる行動か!

だが、俺の気持ちなんて露知らず、先生の言葉を真に受けて、俺に視線を移す雪ノ下。そして額に手を当てて悩み始めた。

 

「…先生の言うことにも、一理ありますね」

 

「そうだろう。しかもこの比企谷は、リスクリターンの計算と自己保身に関してはなかなか優秀だ。

こいつの小悪党ぶりは信用していい」

 

迷い始めた雪ノ下に、さらに追加攻撃を繰り出す平塚先生。だが、言われているこっちの身にもなってみて欲しい。日本男子としてここで何か言わなくてはいけない。

 

「雪ノ下さん!そんな魔女の言葉に惑わされるな!この目を見て。生き生きしてるよ!」

 

「何一つ褒められてねぇ…。俺の場合、常識的な判断が出来ると言って欲しいんですが」

 

俺と比企谷は、現時点の俺らの評価の訂正を求めた。しかし、その声は雪ノ下には届いていなかったようだ。

 

「小悪党…。そして鶴見君は、下卑た人間なのね…。なるほど」

 

むしろ、俺の評価は下落していた。明らかに悪い方向に洗脳されてるよ!

 

「聞いてない上に納得しちゃったしよ…」

 

「それは誤解だ!考え直して、お願いだから!」

 

比企谷は諦めたようだが、俺は抵抗する。諦めたらそこで試合終了だって、あの有名バスケ漫画の先生も言っていたからな!

 

「分かりました。先生の依頼なら無碍には出来ません。比企谷君の件、承りました」

 

嫌そうな顔ではあるが、比企谷の更生の依頼は受け入れたようだ。

でも、俺の件は完全にスルーされたようなので、もう一度、誤解だと伝えるため、席を立って、雪ノ下に詰め寄ろうとした。 

しかし、その途中で、こめかみに大きな怒りマークをつけている平塚先生に行く手を塞がれた。

あれぇ?急に背中に寒気がしたよ?風邪かなぁ?

 

「そうか。雪ノ下、君には感謝するぞ」

 

雪ノ下にお礼を言っているが、目は確実に俺を向いている。しかも、一瞬赤く光って見えたのは、偶然だと思いたい。満面の笑みを浮かべているが、背後には殺気も見える気がする。

今、言い訳しないと俺のボディがヤバイ!

 

「…そして、鶴見。さっき、君は私のことを、魔女と言ったな?」

 

「い、いや違うんです。先生は魔女のように色気があって、とても十代とか、魔法少女とかの若さは感じられないと伝えたかっただけ…」

 

ピシッ!

 

俺の言い訳が引き金になったのか、先生から何かが割れる音がして、ゆらりと先生の体が揺れた。目の錯覚かと思ったが、そうではない。というかどっちにしろ関係がない。次の瞬間には、今まさに必殺技を繰り出そうとしている平塚先生が目の前にいたのだから。

そして、ゆっくりと右拳を握り締め、溜めている力を俺の体に向かって解放した。

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

「ごふっ!」

 

俺のお腹…肝臓近くに、まるで大砲で打ち抜かれた衝撃…ではなく、二メートルほど後ろにぶっ飛ばされる、リアルな衝撃を食らった。というか魔法少女とか関係なく、ただのレバーブロウだった。

だが、地味にダメージが大きいので、俺はお腹を押さえたまま立ち上がることができない。

 

「全く……。君は失敗から何も学ばないな。まあいい。雪ノ下、後のことは頼む」

 

床でうずくまっている俺に呆れていた平塚先生は、雪ノ下に一言伝えると、教室を出て行ってしまった。くそう……。なんで俺がこんな目に……。

 

 

 

 




中途半端なところですが、区切りました。


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彼は雪ノ下雪乃と、『一応』知り合いである

 

平塚先生に物理攻撃を食らってから、そのままの姿勢で倒れ続け、数分は経っただろうか。ついに俺の存在が目障りにでもなったのだろう、雪ノ下が声を掛けてきた。

 

「そこに居られると、視界に入ってまともに本が読めないわ。早く席に座りなさい。それか、打ち所が悪くて、病院送りにでもなった方が私としては良かったのだけれど」

 

だが、いつも通りの暴言であるところを見るに、別に他意があるわけではなさそうだ。

この教室は清潔だと思うが、それでも制服を二、三度はたきながら立ち上がる。

 

「はいはい。分かったよ。やっと痛みが引いてきたけど、今の先生のパンチは効いたなぁ…」

 

「返事は一回にしなさい。あと、それは自業自得でしょう?」

 

「俺、何か怒らせること言ったか?ただ、先生は大人っぽいですね、と言おうとしたんだけど」

 

まあ、普段から軽口を叩いて、あんな風に怒られているので、その癖が勝手に出てきたのだろう。

べ、別に先生と、話すのが楽しいってわけじゃないんだからねっ!

そんなくだらない事を考えている俺を見て、額に手を当てる雪ノ下。

 

「あなたは、配慮が足りないのよ……。平塚先生に失礼だわ」

 

「でも、雪ノ下さんは魔女って言われても怒ったりしないだろ?」

 

「そうね……。でもそれは、私があなたに負けることは有り得なし、武力を使わなくても精神的に攻撃するだけだから、怒る必要がないだけなのよ」

 

「そうですか…」

 

ちょっと褒めようと思った結果がこれである。笑顔でこっちを見られても、全然嬉しくない。

俺をどこまで雑魚扱いすれば気が済むのだろうか。

 

「それから、少し言いづらいのだけど……」

 

言う言葉が見当たらないのか、顎に手を当てて考えている雪ノ下。まだあるのか。

もう悩まないで話して欲しい。ここまで言われたら、一つや二つの暴言くらいどうってことは無い。

しばらく悩んだ後、雪ノ下が口を開いた。

 

「あなたとは、多少長い付き合いなのだし、それぐらいは許してもいいと思えるのよ。非常に遺憾だけれど、あなたと同じで、私も慣れてしまったのかもしれないわね」

 

「…………」

 

言い終わると、少し気まずそうに視線を本に落とす雪ノ下。頬は赤く…なっていない。

え?でも何?この子、俺をそういう評価してたの?なんだろう、この気持ち。

ここから、俺の青春ラブコメは正解の方に突き進んでいくのだろうか?

ヤバイよ。原作通りとかどうでも良くなってきたよ。俺、今日からリア充になれるかもしれないし。

そう思うと、今までのささいなアタックも無駄ではなかっ 「がるるるるるーっ」………。

 

……あぁ、そう簡単に上手くいかないのが、現実でしたね

 

現実というものに絶望しながら、唸り声が聞こえた方に向くと、比企谷がこちら、特に俺を睨んで

更なる威嚇をしてきた。

 

「がるるるるるー!」

 

俗にいう野性の獲物は目で殺すというやつだろう。腐った目が追加効果を発揮し、並大抵の人なら、ガチで引いてしまうような、そんな雰囲気だ。あまりに痛くて直視出来ないぜ!

だが、奉仕部にはその野生の獣さえ、視線で殺せそうな、並大抵ではない人物が居るのだ。

その人物である、雪ノ下が、比企谷を睨む。

 

「そんなところで唸ってないで、あなたも席に座ったらどうなの? 比企谷君」

 

「え、あ、はい。すいません……じゃねえ」

 

その一撃必殺とも呼べる雪ノ下の睨みに、謝りかけた比企谷。だが、彼はなぜかとても強気であった。そして、比企谷はまるで、呪詛を唱えるように言葉を吐き出した

 

「……目の前でイチャイチャするんじゃねえよ。バカップルめ」

 

…これは俺がいるからか。雪ノ下だけなら、こんなことにはならないはずだ。

確かにさっきの会話だけを聞けば、少し毒を混ぜた男女の会話にしか聞こえないのだろう。数分前の俺が、今の俺を見ても、多分同じ事を言うのは、ほぼ間違いないだろう。

 

……だが、それは誤解である。さっきの言葉には、動揺こそしたものの、雪ノ下が俺に優しくすることなど、天地がひっくり返るくらい有り得ないことなのだ。

そして比企谷の言葉に、一気に不機嫌になった雪ノ下は再度、比企谷を睨みつけていた。

 

「バカップル?あんな低脳どもと一緒にしないでちょうだい」

 

「いや。お前ら、どう見てもそうにしか見れないぞ」

 

「比企谷。その結論には、俺も異議ありだ」

 

そんな二人の睨みあいに、勇気を出して入っていった俺マジ偉い。比企谷とはもう少しマシな自己紹介になると思っていたのだが、ハッキリ言って今の雰囲気はかなり険悪である。

飛んで火にいる夏の虫だろうが、ここは何とかするしかない。

 

「…なんだよォ?」

 

なんだよ?何か文句でもあんのか?聞いてやるよ、リア充(笑)さんよぉww。とでも言いたげな視線を、比企谷は俺に向けてきた。これだけの情報を、腐った目だけで出せるってある意味すごいな。

ついでに読み取れちゃう俺もすごいレベル。悪い方でだけど。

 

「確かに、俺と雪ノ下さんは同じ小学校出身だ。でも、お前が思うような仲じゃねぇ」

 

「けっ!あれだけ告白じみたことを言われておいて、そんな仲じゃないならどんな仲なんだよ」

 

主人公のはずなのに、今は悪役にしか見えないってどういうことだよ…。

でも、バカップルとかは周りから見ると、爆発しろとか思うもんな。それが持たない者の普通の反応だと思う。でも、このままだと、雪ノ下もかなりご立腹で、話が進まないし。

…仕方ない。精神ポイントを削る覚悟で、最後の手段を使うことにした。

俺は、雪ノ下に顔を向ける。

 

「雪ノ下さん。お前から見た、俺への評価を言ってくれ。出来れば簡潔に」

 

「鶴見君。あなたは、こんな時に何を言っているのかしら? 今それを言う必要性なんて全く無いと思うのだけれど」

 

雪ノ下の言っていることは正しい。というか、正しすぎて、一緒にいると、心が弱い人なら完璧に

鬱になること間違いなしである。俺もたまになるし。

だからこそ、俺の推測が正しければ、雪ノ下の俺への評価は良く無い、むしろ悪いだろう。それを比企谷に見せつければ、誤解を解くことが出来るはずなのだ。俺は話を強引に進める。

 

「理由なんてどうでもいいんだよ。その方が早く終わるから」

 

「? そう言うのなら、仕方ないわ。そうね、一言で表すなら……」

 

若干の溜めに、その場の空気が少し張り詰める。

 

「うっとうしいわね。まるで、あと少しで死を迎えそうな蝉のようだわ。普段は大人しいのに、なにかと私に話しかけてくるし、私が言葉を返せば、ここぞとばかりに食いついてくるし、はっきり言って時間を無駄に使うようなものよ。あと、ときどき一人でニヤニヤしているときもあって、もうその時は背中に寒気が走るほど気持ち悪さを感じる……というか鶴見君。あなたは何故、涙目になっているの?」

 

「いや、いいんだ……。ちょっと目にゴミが入っただけだから」

 

精神ポイントを削られるどころか、ゼロにされた。雪ノ下は心の中で俺をこう思っていたんだ、という事実が、本当に心配そうに真っ直ぐ俺を見てくる視線で強化され、さらに俺の心を抉ってくる。

あと、一言じゃなかったのかよ。鶴見君は蝉みたいだわ、って言うだけでいいじゃないか。

さっきまでの、ラブコメっぽい会話の時の、俺のときめきと時間を返して欲しい。

だけど、これで誤解を解くという目的は達成出来るはずだ。

俺は、涙を流さないため、目をパチパチ瞬きさせ、比企谷に向き直り、諭すように言ってやる。

 

「……こういうことなんだ。分かってくれ」

 

「あ、あぁ。……その、悪い」

 

比企谷は、俺にすごく可哀想な物を見る目で謝ってきた。

よし、ミッションコンプリート!全く嬉しくない。むしろ心の傷がまた増えた気がする。

 

それからしばしの沈黙。雪ノ下はまた本を読み始め、俺は心の傷を癒すため、自問自答というか、

自己弁護のための思考をトレースしていた。言っておくが、これは俺にとって大事な作業である。

俺は悪くないって、自分の精神を守ってやるのだ。じゃないとうっかり死にかねない。

俺がようやく落ち込んだ気分から回復していると、比企谷がこちらに話しかけてきた。

 

「なあ…」

 

視線が虚空を泳いでいるので、雪ノ下と俺、どっちに話しかけているか分からない。

 

「まだなにか?」

 

うわあ…。せっかく話しかけてきてるんだから、せめてもう少し愛想良くしようよ、雪ノ下。

確かにさっきので、気分悪くなったのは分かるけれども。

 

「っ……ここって何部なんだ?」

 

雪ノ下の反応に、少し怯んだがそれでも言葉を続ける比企谷。

まあ、至極もっともな質問である。平塚先生からは、ここで部活動しろ、としか言われてないのだから。比企谷の身から見れば、ここは一種のブラック企業みたく見えるのだろう。学校内だけど。

その質問に、この部活の部長である雪ノ下は答える。

 

「…そうね。では、比企谷君。女子と話すのは何年振りかしら?」

 

俺が知ってるセリフである。ちょっとタイミングが早いような気がするが気にしない。

改めて直接聞くと、酷すぎることこの上ない。

年単位で聞くってことは、比企谷を女子とは喋れない認定してるのと同じことなのだから。

質問を質問で返されて、比企谷は少し戸惑っていたが、いきなり頭を抱えてしまった。記憶を探り当てていくうちに、トラウマを掘り当てたのだろう。

そんな比企谷を見て、納得した表情をして颯爽と立つ雪ノ下。腕を組んで自然と比企谷を見下ろす体勢になる。

 

「持つ者が持たざる者に慈悲の心を持ってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶわ。途上国にはODAを、ホームレスには炊き出しを、モテない男には女子との会話を。困っている人には救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ」

 

夕暮れに差し掛かった、オレンジ色の光を背に受けて、高らかに宣言した。

 

「ようこそ、奉仕部へ。一応、歓迎するわ」

 

やっぱ、雪ノ下のこういう言い回しを、俺はなんかカッコいいなと思ってしまう。

歓迎してる雰囲気なんて微塵も無いけどね。

だが、初対面の人にこうも言われては、さすがにイラつきもしたのだろう。

対抗するように、比企谷も立ち上がり、言い返す。

 

「このアマ…。俺はな、自分で言うのはなんだが、そこそこ優秀なんだぞ?実力テスト文系コース国語学年三位!顔だっていいほうだ!友達がいないことと彼女がいないことを除けば基本高スペックなんだ!」

 

「うわぁ…」

 

出たー!スーパー痛い自慢だ! 小説?で最初に見たときは、うわぁ…、なんだこいつ(笑)、と思ったけど、生で聞くと、マジで引いてしまった。声に出たかもしれない。

 

「最後に致命的な欠陥が聞こえたのだけれど…。そんなことを自信満々で言えるなんてある意味すごいわね…。変な人、もはや気持ち悪いわ」

 

「うるせ、お前に言われたくねえよ。変な女」

 

こうして見ると、二人の視線が鋭すぎて、火花を散らしそうだ。

しかし、その火の粉が俺の方にも降りかかってきたことに気づいた。

 

「それにな………」

 

比企谷が俺の方をどんよりと睨んでいた。さっきの声が聞こえていたらしい。

悪い事したと思ったら、すぐ謝るという癖が、条件反射的に出てしまった。

 

「あ、え、うんと…、変な声出して悪かった。別に、彼女と友達がいないことは、普通だと思うぞ」

 

「あら、鶴見君。いたの? 変人は、さっさっと帰ってしまったとばかり思っていたわ」

 

「さらっと変人にすんな、雪ノ下さん。あと、比企谷の言っていることはあながち間違ってない。第一、友達はまだしも、彼氏彼女なんてめったに出来るもんじゃない、と思う」

 

雪ノ下が俺の存在を軽く否定しながら、笑顔で話しかけてきた。その攻撃を出来るだけ受け流し、比企谷の意見を肯定する。

 

「…確かにそうね。あなた達は根性が捻くれていたり、腐っていたり、干からびていたりするから、

誰からも相手にされない、可哀想な独りぼっちということが分かったわ」

 

ナチュラルに自分は、可哀想な独りぼっちに入っていないあたり、さすがは雪ノ下である。

確かに、俺とは次元が違うので、言い返せない。……てか、干からびてるって俺のことか。

雪ノ下はそのまま話し続ける。

 

「そこの鶴見君は、もう入部しているから良いとして、比企谷君。いたたまれない立場のあなたには、ここを居場所として与えてあげるわ。知ってる? 居場所があるだけで、星となって燃え尽きるような悲惨な最期を迎えずに済むのよ」

 

「よだかの星かよ。マニアックすぎるだろ…」

 

比企谷が呆れた表情で、ぽつりと言うと、雪ノ下が驚いた表情で、比企谷を見る。

 

「意外だわ…。普通以下の高校生が宮沢賢治を読むなんて」

 

「さらっと、劣等扱いしたな!?」

 

「そうだ、とは、はっきり言ってないじゃない。それにそこで冷や汗をかいている男に比べたら、劣ってないかもしれないわ。…読んでないのよね? 勉強不足の鶴見君。」

 

俺を馬鹿にしたような視線を向けてくる雪ノ下。

なんで、俺が会話に関わりたくないときに限って話しかけてくるのだろうか。

 

「ぐぅ。…国語はあんまり得意じゃないから仕方ないだろ。俺は理系なんだし」

 

いや、俺も頭のいい文芸作品を読もうと、頑張った時期もありましたよ?だが、活字がライトノベルで限界な俺は、文章の多さで挫折した。題名ぐらいは知っているが、中身までは知らない。

 

「ほらな。国語三位の実力は伊達じゃないぜ。劣等扱いされるまでも無いんだよ」

 

俺の国語出来ない発言を聞いて、自慢気に言う比企谷。ちょっとドヤ顔でイラッときてしまった。

雪ノ下も不満があるのか、すぐ言い返す。

 

「三位程度で、いい気にならないで頂戴。だいたい一教科の成績がいいだけで、頭脳の明晰さを立証しようとしてる時点で、あなたは考えが浅いのよ」

 

「ぐっ…」

 

雪ノ下が言い終わると、比企谷は少し言葉に詰まった。実際、雪ノ下は全教科で一位を取れるほどの秀才なので、頭の良さで対抗するのは無理があるだろう。

その一瞬の隙を見逃すはずがない。一気に雪ノ下が攻勢に出た。

 

「それに、よだかの星は比企谷君にお似合いよね。よだかの容姿とか」

 

「おい、それは俺の顔面が不自由だと言いたいのか」

 

「そんなこと言ってないわ。あなたを傷つけてしまうから…」

 

「ほぼ言ってるじゃねえか!」

 

雪ノ下の言葉にキレが増して来ている。これでもセーブしてる方だと思うけど。

だが、ふいに比企谷が不敵な笑みを漏らす。

 

「ふっ…自分で言うのもなんだが、顔立ち自体は整ってる。妹からも『お兄ちゃん、ずっとしゃべらなければいいのに…』と言われるほどだからな。むしろ顔だけがいいと言っても良い」

 

「それは、俺も言われたことあるぞ。従妹に」

 

ただ、比企谷の場合は、黙っていればまあ、イケメンだからなのと、妹がブラコンだからだろうけど、俺の場合は、うるさいから少し口を閉じてろ的な意味がほぼ十割で言われている。なにその格差。

 

「あなた達馬鹿なの?鶴見君はお世辞にもイケメンなんて呼べないし、比企谷君は、目が腐りすぎて、人に与える印象が悪すぎるわ。」

 

こめかみに手をあて呆れる雪ノ下。この人、俺のこと“お世辞にも”イケメンじゃないって言いやがったよ! 自分でも、良くは無いと思っているが、わざわざ強調して言わなくても。

雪ノ下は、比企谷と俺に反撃の隙を与えない。さらに言葉を重ねる。

 

「美的感覚なんて主観でしかないのよ? つまりこの三人にしかいないこの場では私の言っていることが正しいのよ?」

 

「め、滅茶苦茶なはずなのに、何故か筋が通っている気がする…」

 

「俺の人権をさらっと無視しないで下さい」

 

比企谷が妙に納得されかかっていた。ついでに俺の主観は、雪ノ下の主観に敵わないらしい。

さっきも言ったけれど…と雪ノ下は続ける。

 

「比企谷君のような腐った魚の目をしていれば、必然的に印象は悪くなるわ。それに表情が醜い。心根が相当ゆがんでいる証拠よ」

 

初対面の人にここまで言う、雪ノ下さん半端ないわ。だって比企谷は外見的には、目が腐ってるだけなんだよ? 心の中まで読み取るとか、超能力者かもしれない。それか未来予知者。

 

「大体、成績だの顔だの表層的な部分に自信を持っていることが気に入らないわ。

あと目が腐っ……」

 

「もうそこらへんにして置けよ…。比企谷泣きそうになってんじゃんか」

 

「別に泣きそうになんかなってねえよ!」

 

さすがに比企谷が可哀想になってきたので、雪ノ下の毒舌を収めにかかる。

雪ノ下は一瞬、俺を睨みかけたが、意外にもしゅんと落ち込んだような顔つきになる

 

「確かに、言い過ぎたわ。…表層的な部分も欠陥が多いのに、自信なんて持たせてはいけなかったわね。ごめんなさい」

 

「もういい。俺が悪かった。俺の顔が悪かった」

 

謝りながら、相手の精神にダメージを与える高等テクニックが発動していた。こっちの方が受ける打ダメージが大きいんだよ。案の定、そのダメージで比企谷の心は折れてしまったようである。

雪ノ下は、その言葉を聞くと、達成感に満ち溢れた顔で、肩にかかった黒髪を払う。

 

「さて、これで人との会話シュミレーションは完了ね。私のような女の子と会話ができたら、たいていの人間と会話できるはずよ」

 

いや、その理屈はおかしい。じゃあ、普段雪ノ下と会話(俺が一方的に話しかけ、そのたびに雪ノ下に毒舌で撃墜される)している俺ですら、クラスの女子と全く会話できないんだぜ?

むしろ、いつも雪ノ下に話しかける感じで、クラスの女子に話しかけてみたら、ガチで引かれたし。

そんな俺の気持ちをお構い無しに、雪ノ下は、今日一番の微笑みを比企谷に向ける。

 

「これからは素敵な思い出を胸に一人でも生きていけるわね」

 

「解決方法が斜め上過ぎるだろ……」

 

もう依頼完了! みたいなオーラを出している雪ノ下に、俺は一言言っておく。

 

「それは孤独度が増しているだけだ、雪ノ下さん。平塚先生は、比企谷のぼっちの原因である体質を改善してくれって依頼してきたんだろ」

 

俺の言葉に、雪ノ下は顎に手をあて、少し悩む。

 

「そうね…。じゃあ、比企谷君が学校を辞めるとか、どうかしら?」

 

「俺に聞かれてもな…。あと、それだと比企谷が学校に居場所が無いって言ってるようなもんだぞ」

 

俺じゃなくて、比企谷に聞けよ。いや、本人に聞いても傷つけるだけだけど。

 

「おい。助ける振りして、傷口に塩塗るのやめろ。お前、俺の中学の時のクラスメートかよ」

 

「そうよ、鶴見君。比企谷君を鼻つまみ者にするなんて酷いじゃない」

 

「別にそんなつもりはないんだが……って雪ノ下さんが何でそっちにいる!?」

 

知らないうちに俺が悪いことになっていた。比企谷は良いとしても、雪ノ下がここで手のひらを返すとは思ってなかった。お前そんなキャラだったっけ?

 

 

この居た堪れない空気の中、今俺に出来るのは、平塚先生が来るのを願うだけである。

 

 

 




区切り方が雑になってしまった。ごめんなさい


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そして彼は自ら論争に巻き込まれる

追記? ミスしてたところをちょっとだけ修正しました。


俺が心の中で救難信号を送って三分後、やっと心待ちにしていた瞬間が訪れた。

ノックもせずに、荒々しくドアをガラッと開けた平塚先生が、俺には天使に見えた。

 

「雪ノ下、鶴見。邪魔するぞ」

 

先生、アンタホントいい人だよ! これで俺は空気の呪縛から解放される!

内心喜ぶ俺とは対照的に、ルールに厳しい雪ノ下がまた溜め息をついていた。

 

「先生、ノックを…」

 

「悪い悪い。まぁ、私に構わず続けてくれ。面白い様子を見に寄っただけなのでな」

 

前言撤回。ニヤリと笑う平塚先生は、俺を助けるつもりは無いらしい。この悪魔!魔jy……。危険なワードに触れそうだったので思考を停止した。下手すると、さっきの痛みがよみがえってくるし。

幸いにも、平塚先生は俺の思考は読み取れなかったようである。

 

「三人とも仲がよさそうで結構なことだ」

 

その感想は確実に違う。ついさっき、雪ノ下と比企谷は、俺の敵になったばかりだ。

ついでに、敵である二人も互いにオーラで威嚇し合っていた。完璧に三つ巴状態である。

 

「比企谷はこの調子で、この部の活動を通して、捻くれた根性の更生に務めたまえ。そこの男と一緒に、腐った目もろとも叩き直して貰うといい。では、私は戻る」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

「あ、比企谷!やめっ!」

 

平塚先生は、比企谷にそう告げるとそそくさと帰ろうとする。しかし、比企谷は先生を引き留めようと先生の肩を掴もうと手を伸ばした。俺はその行動の危険性を身をもって知っている。

だから、止めようとしたのだが、一歩遅かったようだ。

 

「いたっ!いたたたたっ!痛いです!ギブ!ギブッ!」

 

次の瞬間には、比企谷は腕を捻られ、即座にギブアップしていた。ここまでの時間、約二秒!

平塚先生の後ろは危険なのである。俺は、不注意でこれまでに四回くらいやられました。

でも一方で、やられてる比企谷を見てるとさっきまでの怒りが少しスカッとした。ざまぁww。

 

「なんだ、比企谷か。不用意に私の後ろに立つな。いつもの癖で技を掛けてしまうだろう」

 

「あんたゴルゴかよっ!それに普段からこんなことしてるんですか!?」

 

「いや、誰でもというわけではないぞ。比企谷と、そこの問題児だけだから安心しろ」

 

「どこに安心の要素があるんですか!?」

 

痛みから解放された比企谷が、猛抗議していた。だが、平塚先生はその抗議を飄々とかわす。

ついでに問題児と言ったときに、先生はしっかり俺のほうを見ていた。確かに、勝負事とイベントとかに熱くなりやすい性格ではあるけどなあ…。まあ、廊下走ったり、調子乗って、学校の物を壊したりした前科があるので、反論出来ないけど。

そんなことを考えていると、捻られた右腕を押さえていた、比企谷が口を開いた。

 

「更生ってさっきも言ってましたけど、俺が非行少年みたいじゃないですか。だいたい、ここで何をするんですか?」

 

比企谷の言葉に平塚先生は、少し驚いたような顔で俺と雪ノ下を見る。

 

「雪ノ下、鶴見。君たちは比企谷に説明してなかったのか?」

 

「その男が話を聞こうとしないからです」

 

「そうだったか。……それなら、鶴見。今からこの部について説明しろ。さっきのペナルティだ」

 

「え?また俺ですか!?」

 

俺が、マジでやるんですか? と目で問いかけると、先生は、やれ。さもなければ……分かっているな?と鋭い睨みを返してきた。痛いことは嫌なので、コホンと咳払いをし、比企谷に向き直る。

 

「えーっと、この部活はさっき雪ノ下さんが言ってたけど、奉仕部って名前がある。目的は、簡単に言えば自己変革を促して、悩みを解決すること。平塚先生は改革が必要だと思った生徒をここに連れてくる。で、その悩みを解決する。まあ、一種のお悩み相談室みたいなもんか。まぁ、細かい所で色々違うんだが、今はその認識で良いぞ」

 

ふぅ…。結構疲れた。人前で話すのに全然慣れていない人にとって、教えるという行動は、かなりのエネルギーを使うのだ。それはともかく、説明はそこそこ良かったようで、平塚先生は笑顔である。

 

「驚いたよ。私の言いたいことをほとんど言ってくれるとはな。…だが、その例えはいただけない。

例えるなら、精神と時の部屋か、少女改革ウテナだろう?」

 

この人、チョイスが古いんだよな。口には出さないけど。

が、目の前にいる男はぽつりと一言。

 

「……余計分かりにくいし、例えで年齢がばれるでしょうに」

 

「比企谷ぁ、何か言ったかァ?」

 

「な、なんでもないっす」

 

比企谷は余計な独り言を言ったせいで、先生に目力で射殺されたようだ。

平塚先生は、そんな比企谷を見てわざとらしい溜め息をつき、雪ノ下に問いかける。

 

「はぁ…。比企谷の更生には、てこずりそうだな、雪ノ下」

 

「本人が問題を自覚していないせいです」

 

二人とも、目を閉じて考えて込んでしまった。正直、俺も一応、更生される側なので、この空気だと居心地がかなり悪い。

張本人である比企谷もこの空気に耐えかねたのか、今度は自分から話し始める。

 

「あの、さっきから更生だの変革だの勝手に盛り上がってくれてますけど、別に俺はそういうの求めていないんですけど…」

 

「ふむ?」

 

平塚先生は、その後の言葉を聞こうと思ったのか、話の先を促そうとした。が、雪ノ下がそれを遮る。

 

「傍から見れば比企谷君の人間性は他人に大きく劣っていると思うのだけれど。自分を変えたいとは思わないの?」

 

「他人に俺の「自分」を語られたくないんだっつの。大体、人に言われたくらいで変わる自分が『自分』なわけねぇだろ」

 

「あなたのそれは、ただ逃げているだけよ」

 

雪ノ下が比企谷に冷たく言い放つ。心なしかだんだん空気が重くなってきたような気がする。

というか、ひたすら怖い。もう、お家帰りたい。

だが、比企谷も信念があるのだろう。いまさら口論を止める気は無いらしい。

 

「逃げて何が悪いんだよ。変われ変われってお前はあれか。太陽に東に沈めとか言うのか」

 

「詭弁だわ。論点をずらさないでちょうだい」

 

さすがに空気が悪くなりすぎだと思うので、俺が会話を換気しにいってみる。

俺なりに超爽やかな空気を出しながら、会話に入っていく。

 

「雪ノ下さん。比企谷。もうその辺にしと…」

 

「「うるさい」」

 

「……かなくていいですごめんなさい」

 

一発で撃沈した。しかも、氷のような目と、毒でも放ってそうな目に同時に睨まれたので、こおり状態と、どく状態に同時にかかりそうだった。なんでこういうときだけ息ぴったりなの?

平塚先生は、ドンマイ!次があるぜ!みたいな目を向けてきてるし。そんな同情要らないです……。が、空気が比較的明るいのは俺と平塚先生だけで、二人はまだ睨みあっている。

 

「とにかくだな、俺は変わるって言葉は嫌いなんだよ。結果的には、逃げるために変わるんだからな。本当に逃げないのなら、変わらないでそこで踏ん張るべきだろうが。どうして今や過去の自分を肯定してやれないんだよ」

 

比企谷が俺と雪ノ下に腐った目を向けた。だが、その腐った瞳の中には、少し光があったように俺には見えた。コレだから素人は(笑) とでも言いたげな、態度は気に入らないけど。

 

「………」

 

比企谷の言葉に、雪ノ下は答えない。ギュッと手を握り締め、そして様々な感情が渦巻きながらも真っ直ぐな目で、俺を見た。俺はその視線の意味を知っているから、その目を真っ直ぐ見れない。

その態度を答えと見たのか、雪ノ下は比企谷へと視線を戻した。

 

「…それじゃあ、悩みは解決しないし、誰も……救われないじゃない」

 

その言葉は、誰に向けられた言葉だろうか。少なくとも、俺は、ちゃんとその言葉を受け止めなくてはならないと思った。……過去の清算として。

そんな重苦しい空気を、平塚先生が咳払いで押し流した。

 

「ふむ。面白いことになってきたな。お互いの正義がぶつかる、私はこういう展開が大好きなんだ」

 

それは教師としてどうなんだろうか。争いを起こさないことを第一に考えたりしないのだろうか。

……しないだろうな。平塚先生なら、自ら火に油を注ぎかねない。

 

「…そうだな。これから君たちには勝負をしてもらおう。私がここに悩める子羊たちを連れてくる。そして君たちなりの方法で問題を解決し、お互いの正しさを存分に証明しあうといい。ガンダムファイト、レディ…」

 

お互いの正義をかけて戦えということだろう。だが、こうなると俺に問題が発生する。

 

「ちょっと待ってください、平塚先生」

 

「……なんだ、鶴見? 今からいいところだというのに」

 

「Gガ○ダムは別のときにやって下さい。それよりもこの場合、正義とやらを持たない俺はどうすりゃいいんですか?」

 

他の人が聞けば滑稽かもしれない。信じる考えや信念がないなんて、逆に考えにくい。

だが、平塚先生は優しく微笑んで答えてくれた。

 

「……鶴見、それは違うぞ。それは持っていないのではなくて、見つけられていないんだ。君もこの勝負を通して、何か見えるものがあるはずだ。君の信じるままやればいい」

 

「俺が参加するのは、決定事項なんですね…。まあ、勝負事は好きなんで拒否はしませんけど」

 

「よし、決まりだな」

 

俺が苦笑いを返すと、満足そうに微笑む平塚先生。

 

「己の正義を証明するのは、己の行動のみ!勝負するのは絶対義務だ。お前たちに拒否権はないと思え」

 

「横暴すぎる…」

 

だが、比企谷の否定的な反応を受けて、少し思案し始める。

 

「ふむ。やはり、メリットというかご褒美があったほうが良さそうだな……」

 

平塚先生が結構真剣に悩んでいた。関係ないけど、「ご褒美」という言葉で、先生の胸を見てしまった俺は、かなり変態なのかもしれない。

 

「じゃあ、勝った方が負けた方に何でも命令できるというのはどうだ?」

 

超魅力的な提案である。しかも男子からしてみれば、もうヤバイ。サッカリン並みに甘い提案である。要するに、甘すぎて食べれないくらいの甘さ。俺は釣られたりなどしない。

だが、その提案に釣られたお馬鹿さんが一人。

 

「なんでもっ!?」

 

比企谷が大声を出して反応していた。腐った目がさらに腐り始めたので、考えていることが丸分かりである。雪ノ下はその思考を読み取ったのか、ズザザッと二メートルほど比企谷から距離をとった。

 

「そこの男から貞操の危機を感じるのでお断りします」

 

「へ、偏見だっ!何も高校生男子が卑猥なことばかり考えてるわけじゃないぞ!例えば…世界平和とか?」

 

「自分から言っといて疑問形かよ…。どうせ卑猥なことしか考えれなかったんだろ?」

 

比企谷の誤魔化し方が、あまりにも下手すぎるので、思わず口を挟んでしまった。

 

「お、お前何言ってるの? 俺、超無欲だぜ? 卑猥な欲なんてこれっぽっちもねぇよ」

 

「そういう鶴見はどうなんだ? 君のほうが下卑た思考をしてそうだがな」

 

比企谷がいかにも童貞らしき反応をしていた。まあ、俺も童貞なんだが。

そんな比企谷は置いといて、平塚先生が俺に酷い質問を投げかけてきた。俺が下卑た人間の

設定まだあったのかよ。

だが、俺はうろたえない。否、変態紳士はこんなことではうろたえないのだ。

 

「いやいや、何を言ってらっしゃる、平塚先生。この場合、俺が下卑た思考をしていようが、卑猥な要求を考えていようが、関係ないんですよ」

 

「あら、珍しくこの話題に大人しいと思っていたのだけど、化けの皮が剥がれたようね。学校を追放される前に何か要求があるの? 変態さん?」

 

雪ノ下が俺の言葉に食いついてきた。だが、これはほぼ計画通りである。てか、ごく自然に俺を学校から追放しようとしていたのが、マジ怖い。

だが、俺は雪ノ下の言葉を出来るだけスルーして言葉を並べる。

 

「ふん。だけど、それは今言わなくても良いんだよ。なぜなら……」

 

「うげぇ……」

 

俺は、多分人生で一番のドヤ顔をしていたであろう。あの比企谷が結構マジで引くくらい。

そして、俺は言葉の引き金を引いた。

 

 

「貴様に勝ってから、どれだけでも考えればいいんだからなぁ!!」

 

 

ムカッという擬音語が聞こえてきそうなほど、不機嫌になる雪ノ下。だが、何か反論される前に

すぐに平塚先生をチラッと見る。すると先生は頷き返してくれた。俺の考えは把握しているようだ。

そしてニヤリとした笑みを、俺の言葉で唇を噛み締めている雪ノ下に向けた。

 

「雪ノ下。君は今、この勝負にエントリーしていないことになっている。ここで君が棄権すれば、そこの男二人の不戦勝ということになるが……。そんなに鶴見達に勝つ自身が無いかね?」

 

平塚先生の言葉で決心がついたのか、俺と比企谷に、凍りつくような目を向けてきた。

 

「……いいでしょう。その男に誘導されたのはとても癪ですが、受けて立ちます。」

 

「うむ。これで参加者が揃ったな」

 

どうやら、俺と平塚先生の挑発に乗ってくれたようだ。じゃなきゃ、あれだけ煽った意味が無い。

だが、ふと比企谷が何かに気づき、平塚先生に呟いた。

 

「あれ、俺の意思は……」

 

「君は強制参加だ。同じ男子で手を組んでもいいとなれば、メリットの方が多いからな」

 

「……俺は、こいつとタッグなんて組みたくありません」

 

「それは、こっちのセリフだ」

 

「……君たちは、なかなか相容れなさそうだな。」

 

比企谷は俺と協力する気は最初から無いらしい。実際、俺も一人でやるほうが、自由に動けるので協力しない。この世界の主人公だろうと、今から手を貸すつもりは全く無い。ヒロインなら貸すけど。

平塚先生は俺と比企谷を見て、苦笑いを浮かべていた。

 

「まあいい。この勝負の裁定は私が下す。基準はもちろん私の独断と偏見だ。近々悩める生徒を連れてくるから、あまり意識せずに、頑張りたまえ」

 

 

 

そう言い残して、平塚先生は教室を出て行った。閉じられたドアが、ピシャンと音を立てる。

長い間立っていたような気がするので、正直疲れた。だが、これで最終下校時刻まではゆっくりしていられるだろう。今は何分か確認しようと時計を見ようとしたとき、ふいに冷たい声を掛けられた。

 

「ねえ、鶴見君。私は今、すごく怒っているのだけれど」

 

「ん? なんだ雪ノ下さん……ひぃ!!」

 

違う。地獄からのささやきだった。雪ノ下は天使のような笑顔を浮かべているが、後ろには猛吹雪のオーラが見える。この教室はいつから氷点下になったのだろうか。

というか、これはヤバイ。マジで怒らせたときのオーラじゃん。

 

「私にあれほどの屈辱を味合わせたということは、覚悟は出来ているのよね?」

 

俺はすっかり忘れていたようだ。雪ノ下に対して、上から目線は厳禁だということを。

一歩、また一歩と、俺との距離を詰めてくる雪ノ下。美少女に近寄られて、嬉しくないわけないだろうが! と思うかも知れないが、今の俺には死刑へのカウントダウンにしか見えない。

最後の悪あがきとして、言い訳を試みる。

 

「かかか、覚悟とは、なんということでありましょうか!」

 

怖すぎて、日本語がおかしくなってる気がする。

 

「あなたが、どんなことをされても耐え抜く覚悟よ。分かる?」

 

この状態の雪ノ下に、どんなことでも、と言われると嫌な予感しかしない。

しかも目が本気の目だった。下手すると死ぬかもしれない。

とにかく、ひたすら謝っておく。さっきまでの超強気の俺はどこ行ったのだろうか。

 

「暴力は平塚先生だけで十分です勘弁してください!」

 

俺は、両手を前に出し、それ以上来ないでくれ、と意思表示をした。しかし、怒ってしまった雪ノ下がそんなことで止まってくれるはずもない。

また、雪ノ下が俺に一歩近づく。そして小首をかしげて、こう言うのだ。

 

「そんなことはしないわ。さっきも言ったのだけれど、精神的に攻撃するだけよ。…徹底的に、ね?」

 

あ~。もう、詰んだわコレ。きっと心の隅々まで抉ってくる罵詈雑言を越えた生き地獄が待っているのだ。どんどん底なし沼に嵌まっていくような気分である。ん?底なし沼?そうだ!比企谷がいる!

俺は一抹の希望に掛けて、底なし沼のような目をしているであろう比企谷のほうを見た。

必死に目線でSOSを伝えるが……。

 

「………フッ」

 

その比企谷は、窓の外を見ていた。そして、少し俺の方をチラッと見る。すぐに視線を窓の外の夕焼けに戻す。…コイツ、鼻で笑いやがったぞ!

こうなると、もう後の手段はほぼ残っていない。これは地獄を見ないといけないかもしれない。

しかも、雪ノ下には話を聞いてるフリというのが効かないので、本当に逃げ場が無い。

 

そんな諦めかけていた俺の耳に救いの音が流れてきた。

 

キーンコーンカーンコーン

 

「ッ!」

 

最終下校時間を知らせるチャイムである。それに雪ノ下は一瞬気をとられた。

その一瞬の隙の間に、俺は近くにあった自分のカバンを掴む。

雪ノ下が俺がしようとしていることに察しがついたようだ。だが、遅い。

 

「じゃ、じゃあ俺帰るわ! 平塚先生に用事とかあるし!」

 

もちろん、用事があるというのは真っ赤な嘘である。雪ノ下には完全にバレているだろうが。

とにかくドアをガラッ!と力任せに開け、転がるように廊下へ飛び出た。

だが、後ろから絶対零度の声が聞こえてきて、体が少し強張った。

 

「今日のことは、明日に持ち越しにしておくわ。覚えておくことね」

 

「………」

 

……うん。俺は、何も聞いていない。死刑宣告なんて聞いていない。

俺は記憶を振り払うように、そのまま走り続け、特別棟と校舎を繋ぐ渡り廊下でようやく立ち止まる気になり、息を整えた。

 

 

 

「ハァ…、ハァ…」

 

全力疾走並みに息が上がっている。実際は、走ったからではなく、雪ノ下のあの威圧の効果の方が大きい。本当にあの目は怖い。全身に寒気が走る。

少し落ち着いてきたところで、背中を壁によりかからせた。そして、独り言をぽつりと漏らす。

 

「今日は、散々だったな……。雪ノ下は怒らせちまうし、平塚先生には腹パンをもらったし、比企谷とは冷戦みたいになっちまったし。まあ、自業自得なんだけど」

 

そう。今日の俺の行動は全て自業自得なのである。

世界の大体は、自業自得という言葉で完結出来るのではないかと、俺は思う。

どんな行動でも、最後には自分に還ってくる。努力をしなければ、神童も落ちぶれるように。

嘘をつけば、後になって後悔ことがあるように。

余計に首を突っ込めば、痛い目を見るのは自分だということは分かっている。

でも、わざわざこの部活に入ると決めた。だから、止めるわけにはいかないのだ。

そう思って気合を入れ、壁から背中を離す。ふと窓の外を見れば、陽もさっきより少し傾いている。

下手にここで立っていれば、雪ノ下や比企谷に追いつかれてしまうかもしれない。

特に今の雪ノ下とは正直、顔を合わせたくない。

 

「明日、部活休むか……。でも、休むと平塚先生が怖いな…」

 

部活に行けば毒舌地獄、行かなければ鉄拳制裁という、まさに板挟みである。と言うか、平塚先生は何故、俺に対してあんなに暴力的なのかが、いまいち釈然としない。

 

「うが~!明日、どうすりゃあいいんだよ!」

 

廊下を歩き始めながら、頭を抱えてしまう。今日の夜は、明日の対策を考えなければいけなくなってしまったようである。

 

そして、この日の夜。俺、鶴見雷治は、ほとんど睡眠時間が確保できなかった。

 

 

 




もう、ストックが無い……どうしよう(汗)


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結局、鶴見雷児は呼び出される


雷児と、平塚先生が喋ってるだけになってしまった……。
小話だと思って読んで下さい。


 

 

 

突然だが、もう一度言おう。

 

「……どうしてこうなった」

 

「それはこっちのセリフだ、問題児」

 

ゴツン!

 

「痛っ!」

 

奉仕部に比企谷八幡という新入部員が入部し、部員数が二人から三人になった次の日の放課後。俺は職員室でお説教と言う名の鉄拳制裁を受けていた。

お相手はもちろん、平塚先生である。ついでに周りに人影はいない。

 

「私が真面目に話をしているんだ。しっかり聞きたまえ」

 

「そんなこと言われても、反応するたびに叩かれてちゃ、聞く気も失せますよ…」

 

そりゃそうである。ただでさえ大きくない身長が縮んだらどうしてくれる!

だが、目の前の平塚先生は、こめかみに青筋を立てていたのでそんなことは言えない。

 

「……君がそんなこと言える立場かね? 私の貴重な時間と楽しみを奪っておきながら」

 

「で、でもですね!先生から説教を受けるのは、やっぱり納得いかないです!」

 

どことなく独身の気配を漂わせる言葉を吐く平塚先生。やっぱ、この世界線でも独身だったか……。先生は結婚できない運命にでもなっているのだろうか?

そんなこと、今は関係ない。俺が言いたいのは、説教を受ける相手が違うということだ。

 

「君の叔母さんが、私に全部丸投げしてきたんだ……」

 

「そうだったんですか……。なんかすいません」

 

すごくやつれた顔で溜め息をついている平塚先生を見ていると、何も言えなくなってきてしまった。

ちなみに俺の叔母さんは、この学校の家庭科の先生である。今、この職員室にはいない。

少しの沈黙のあと、愚痴をこぼしていた平塚先生は、足を組み直して俺に目を向ける。

 

「とにかく、今回の問題の件だ」

 

「うぐっ……。情状酌量の余地は無いですか?」

 

「無い」

 

「部活に行くというのは……」

 

「この問題が解決してからだ。もう覚悟を決めろ、鶴見」

 

バッサバッサと退路を絶たれてしまった。もう今日は先生の魔の手から逃れられないようだ。

平塚先生は、手元の紙に見て盛大に溜め息をついていた。あ、また婚期が一個逃げた。

 

「……君は何か、失礼なことを考えていただろう?」

 

「め、滅相もございませんっ!」

 

なんで考えてることが分かるんだよ!雪ノ下も含めて、この学校にエスパー多すぎでしょう……。

 

「はぁ……。そんな余計なことばかり考えているから、君はガスコンロを壊したんだ」

 

「し、仕方が無いじゃないですか!あれは事故ですよ、事故!」

 

必死に言い訳を試みるが、平塚先生の目が鈍く光ったことで、背筋に寒気が走る。

 

「ほう? 君は調理実習中に、『ゴルディオン・クラッシャーッ!発動っ!!』と言いながら、ガスコンロを勢いよく点火させ、ぼや騒ぎにしたことを、事故だというのかね?」

 

「えぇっと、それは……」

 

おい、叔母さん。この人物に俺のNEW黒歴史を教えないで下さい。せめて詳しい所は、ぼかして欲しかったです。あとそれは、材…何とか君を思い出していたからです。

話を戻すが、簡単に言えば、問題とはこのことである。

この時期、二年生は、家庭科の時間に調理実習がある。それは俺の所属するE組も例外ではなく、今日の午後に調理実習があった。ちなみにF組は明日行われる予定である。

まあ、そこで俺は、ガスコンロを一個壊してしまったのである。

原因は、昨日の件においての対策をしており、ほぼ徹夜をしてしまった故のハイテンションである。

それにより平塚先生に連行されたため、悩んだ時間は水の泡になってしまったのだ。

なんとも皮肉な話である。

 

「まあいい。とにかくいつものやつを書け。それと、書き終わったら予備のガスコンロを家庭科室に持っていけ。これが倉庫の鍵だ」

 

すごくぶっきらぼうに言い放って、“いつものやつ”こと反省文の紙と倉庫の鍵を俺に渡してくる平塚先生。……何回目でしょうね。反省文、あなたを見るのは…。出来れば会いたくなかった。

 

「はぁ……。分かりましたよ。いつもどおり書きますよ、書けばいいんでしょう?」

 

「あ、おい。目上の者に対する言葉がなっていないぞ。鶴見」

 

もう半ばやけくそ気味になって、それらをひったくり、ガリガリと反省文を書き始める。

通算で十回近く書いているため、癖のある字がスラスラと出てくる。こういう嘘八百ほどではないが、口からでまかせを言うのは得意なのである。良くないスキルだが。

 

十分ほど、とにかく反省している姿勢が伝わる文章を書きまくり、三分の二に近づいたあたりで、唐突に平塚先生が話しかけてきた。

 

「そうだ。君にも聞いておきたいことがある。比企谷にも聞いたことだが……」

 

「な、なんですか?」

 

「君はアニメやマンガは好きかね?」

 

「好きですね。超好きです」

 

超素直に答えた。こういうときの俺の潔さは誇れる。誰に? とか聞いてはいけない。

だが、俺の答えは平塚先生のお気に召さなかったようで、首を傾げていた。

 

「うむ?君なら、比企谷のように捻くれた回答をすると思っていたんだが…」

 

「俺はこういう方面は真っ直ぐですよ。隠していた所で、グッズとか持ってきたら即バレるんで」

 

「確かに、それは一理あるな……」

 

先生も経験あるのか。確かにこの人なら、家にコスプレとか持ってそうだ。しかも何故か特撮物。

まあ、アニメ好きであるのを隠しながら学校にアニメグッズを持ってくる一種の優越感?は確かにあるんだが、その代わり、それがバレてしまった時の周りの反応はマジで冷たい。だから、先に公言しておいてダメージを抑えるのだ。この効果の発動条件として、未来モテ率を大幅に犠牲にすることになるが。

ふと気が付くと、平塚先生は俺の正面に立っていた。いつの間に移動したんだ?

これから本格的に話すつもりだろうか。あとはまとめ書いて出すだけなんだけどなぁ……。

 

「アニメでは何のジャンルが好きかね?」

 

「やっぱ、ロボットアニメです。でもバトルアニメも好きですけど」

 

「さっきの話でもあったが、ガ○ガイガーは好きなのか?」

 

「主題歌は好きですね。特にファイナルが。まあ、本編あんまり見てないんですけど」

 

ピキッ

 

平塚先生のこめかみ付近から不穏な音がした。

え?怒らせること何も言ってないよね?気のせいだよね?

 

「ま、まあ、ホントに熱くなれますよね!あのアニメ!」

 

ビキッ!

 

さらにヤバイ音がした。よく見てみると、先生の肩がワナワナ震えている。

何故!?俺がいったい何をしたというのだろうか。生命の危機かもしれないので、様子を伺う。

 

「あの、平塚先生?な、なんで、怒ってらっしゃるんですか?」

 

その答えは、数秒の沈黙の後に訪れた。

平塚先生はゆっくりと立ち上がり、そして……天井に向かって吼えた。

 

「その程度で、ロボットアニメ好きを語るなぁぁぁぁッ!!」

 

「ひゃあッ!?」

 

あまりの剣幕と迫力で、情けない悲鳴が出てしまった。この人、こんなに威圧感あるなら教官にでもなったほうがいいんじゃないだろうか?というか、なった方が良い。ここが学校内であることを忘れていないだろうか?

そんな俺の微かな希望はお構いなしに、鬼のような形相で、俺を睨む平塚先生。

 

「おい、鶴見。土日、空いてるよなぁ?」

 

「は、はいっ……」

 

何なんだ、この状況。第三者から見たら、明らかに俺が脅されてるようにしか見えないと思うんだが。目の前にいるのは、一昔前のスケ番なんだろうか?いや、実際、世代的にストライクだから、スケ番やっててもおかしくないけど。

 

「明日、DVDを持ってくるから、絶対に全部見ろ。いいな?」

 

「え、でもそれってマズイんじゃ……」

 

「い・い・な?」

 

「さ、サーイェッサー!」

 

「なんなら、私の家で見せてもいいんだが……」

 

なんと、ここでお泊りフラグが立ちました。ただ、全然嬉しくないよ!

このセリフが、昨日の乙女モード(勝手に命名)で言われたなら、一瞬でOKを出していたのに……。今の平塚先生からは禁断の匂いなど微塵もしない。

 

「いえ、自分の家で見るんで結構です!」

 

「そうか? もし来るのなら、バトルアニメとしてスク○イドも全話見せようとしたんだが……」

 

「いえっ!そんなに一気に見れないんで、またの機会にしてください!」

 

「そうか……残念だな」

 

そう。ここにいるのは、俺の何倍もこよなくアニメを愛する一人の人間なのだ。お泊りだろうが、なんだろうが甘い雰囲気になるわけがない。なったら、それこそデンジャラスである。

というか、普通に4クール+2クールを勧めてくるとか鬼だろ。どうやってそれだけの時間を確保しろと言うのだ。

大声をあげてすっきりしたのか、平塚先生が、さっきとは打って変わって笑顔で話しかけてきた。

 

「で? 反省文はもう書けたのか?」

 

「大丈夫っす。じゃあ、約束どおり、部室行きますね。シャーペンと消しゴムはここに置いときます」

 

何とか見せれるくらいになった反省文を提出し、職員室を立ち去ろうとする。これ以上ここにいたら、またどんな地雷を踏むか分からない。

 

「そうだ、鶴見」

 

「何ですか?用事は手っ取り早く済ませたいんですが」

 

また何かアニメに関して言われるかと思ったがそうではない。振り返ると真剣な目で、こっちを見ていた。仕事モードの目だ。

 

「君は雪ノ下雪乃をどう思う?」

 

「……それも、比企谷に聞いたことでしょう?」

 

俺がそう問いかけると、平塚先生は少し驚いた顔をして、苦笑いを浮かべる。

 

「そうだ。比企谷は、あの子のことを嫌な奴だと答えたが、参考としてお前にも聞いてみたいと思ってな」

 

俺にまでその質問が来るとは思っていなかった。

そう言われてみれば、あまり具体的には考えてなかった気がする。

ちょっと考え込んで、あまり納得はいかないが、ある程度的を得た表現を言う。

 

「ライバル、かもしれません。好敵手と書いて」

 

「ふむ。だが、相手の方は君の事など、眼中にないようだが」

 

「ぐっ……。確かにそうかもしれませんけど」

 

結構痛いとこ付いてくるな、この人。狙ってやってるのだろうか?

あのハイスペック人間に体力以外で勝ったことがないから、反論できないけど。

 

「少なくとも俺は思ってます。あいつも、思ってくれてると期待しますが」

 

「君から噛ませ犬キャラのオーラが出ているような気がするな……」

 

「何故、そうなるんですか!」

 

なんと失礼な。俺はむしろ、中盤から急成長して主人公に追いつくタイプだぞ。

そして、途中で主人公助けて死んじゃうことがおまけでついてくる。

この世界では絶対有り得ないことだけど。そんな事態が起きたら怖いわ。

 

平塚先生はコホンと咳払いをし、椅子に座った。そろそろ会話終了の合図らしい。

顔だけはこちらを向いて、優しげな表情をする。

 

「あの子は優しいからな。君も力になってやってくれ」

 

「……出来る限りですけど、やってみます」

 

ちょっとドキッとしたので、目線をそらして誤魔化す。そんな目で見られたら、断れる依頼も断れなくなってしまう。

ただ、100%出来るとは、勘違いされたくないので、一言付け加えておくが。

 

「ただ、協力は出来ないかもしれません。それには自信が無いんで……」

 

「それでも十分だ。ほら、そんな暗い顔しないで、早く用事を終わらせに行け」

 

そう言われて、少し焦る。どうやら、昔のことを思い出して、また気分がブルーになってしまったようだ。こういうときの平塚先生の気遣いは助かる。命令どおり、早く用事を済ませるとしよう。

俺は背中を向けて、ドアへと歩き出した。

 

「じゃあ、失礼します」

 

「鶴見。先に部室に行って、今日は出れません、と部長に伝えておけ。それから、約束の件は覚えておけよ、いいな?」

 

しっかり釘を刺すことも忘れないことに、思わず苦笑いをしてしまう。

 

 

前言撤回だ。やっぱり、平塚先生の気遣いは、全体的に重たい。

 

 




更新遅れました。
誤字脱字があったら、知らせてくれると嬉しいです。


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進路指導アンケート + とある家庭の話

アンケート+オリジナル話になりました。正直、第三者視点が分からず、かなり苦労しました。
原作のあの子が登場しますが、似てるかどうか分かりません。元が少ないですし(汗)
本編に関わってこない小話だと思って、温かい目で見てください。


                                                                                       

総武高校学校 2年E組 

 

フリガナ ・ツルミ ライジ

 

  氏名  鶴見 雷児

 

出席番号 13番  男

 

 

○あなたの信条を教えて下さい

 

どんなことでも一番を目指すこと

 

○卒業アルバム、将来の夢なんて書いた?

 

その頃、見てたアニメの名ゼリフ書きました

 

○将来のため今努力していることは?

 

全体的なスペックの強化

 

 

 

 

先生からのコメント

 

あなたにしては珍しく真面目に書いてあるかと思ったのですが、少し違ったようです。

ルールや決まりを守らない、やはりあなたらしい卒業アルバムの書き方でしたね。

あと、どれだけスペックを強化しても、あなたが目の敵にする部長には勝てないと思います。

潔く諦めましょう。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「…………」

 

 

先生からのコメントを最後の文字まで読み終わると、俺は、今日返却されたアンケート用紙をグシャッと握りつぶした。

今、俺は自分の部屋の中にいる。正確に言えば、この部屋は俺の物ではなく、居候させてもらっているだけなのだが。

借り物の部屋を壊すわけにもいかず、怒りを内心に溜め込んで抑えつける。

 

 

「アイツに俺が勝てないだと……」

 

 

だが、それでも押さえれない怒りは、肺に溜める。ここら辺には家が少ないから少しくらい大声を出しても大丈夫なはずだ。そして、一気に声と共にありったけ吐き出す。

 

 

「ふざけんじゃねぇぇぇぇ!! 負けっぱなしでいられるかってんだッ!」

 

 

負けず嫌いな俺には、たとえ差が分かっていても、あからさまに言われたことに無性に腹が立っていた。まして小学校の時から、雪ノ下には体力以外で勝ったことが無いので、そのフラストレーションは計り知れない程のものとなっている。

紙に八つ当たりしても、それが解消されるはずはない。

 

このやり場のない感情をどこにぶつけてくれようか!

雪ノ下本人は論外だ。言ったとしても、十秒で論破されてしまうだろう。むしろ、余計に毒を食らってしまい、逆効果になってしまうこと間違い無しである。というか、今日部室行ったときに、新たなトラウマを植えつけやがったので、多分一週間は、半径三メートル以内にに近づくことが出来ないだろう。

 

平塚先生も無理である。だって、あの人が諦めましょうって書くぐらいだから、相当スペックの差があることは分かっているのだろう。だって、あの人なら逆転できるくらいの差だったら、努力と根性で何とかしましょうとか書きそうだし。あと、暴力が怖くて反論なんぞ出来るわけがない。

 

比企谷は……別の意味で論外だな。筋違いというものだろう。

 

その他の知り合い? そりゃあ八つ当たりしちゃダメでしょ。

 

こういうときこそ、前向きに考えなくてはならない。

チラッと時計を見る。五時半くらいといったところか。今日は帰りが早かったので、まだ陽は沈んでいない。

こんなときは、運動して気分を変えるに限る!

思い至ったらすぐ行動に移そう。俺は、動きやすい服装に着替え、階段を降り、玄関でランニングシューズに履き替える。

しっかり靴紐を結んだ後に、この家のどっかにはいるであろう、従妹に聞こえるように大声を出す。

 

 

「あのさ、ちょっと、そこらへん走ってくるから!!叔母さん帰ってきたら、飯は先に食っといて!それと玄関の鍵閉めといてくれ!」

 

シーン……。

 

返事が返ってくるわけないよね…。知ってました。だって、あの子、俺のこと苦手らしいもの……。

ちょっと涙目になりながら、気を取り直して、玄関を開ける。

 

 

「それじゃあ、行ってきます!」

 

 

そう言い残して、玄関から外に出た。

まずは、身体能力から鍛えよう。スペックの話はそれからだ。

俺は、まず軽く体を温める感じで、沈みかけた夕日に向かって走り始めた。

 

 

 

雷児side out

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

鶴見雷児がランニングで家を出てから数分後。

 

 

ガチャ

 

 

「ただいま~。留美、雷児君、リビングにいる~?」

 

 

帰って来た紫っぽい黒髪の女性は、ドッと疲れたような顔で、玄関に腰掛ける。

タンタンタンと、小気味いいリズムで、廊下の奥から少女が歩いてきた。

その少女も、紫がかった長い黒髪をしていて、一目見れば二人が親子であることが分かる。

 

 

「……おかえり。お母さん」

 

「ただいま、留美。留守番ありがとうね」

 

 

母親の方は、暖かい笑顔を、留美という少女も恥ずかしながらも、少し頬を緩ませる。

 

靴を脱ぎ終わり、丁寧にそろえてリビングに向かい始めた母親の後ろを、留美はトコトコ着いていく。母親がリビングに入るドアを開けたときに、ふと思い出したように、留美に問いかけた。

 

 

「あら?雷児君、いないのね?どこか行ってるの?」

 

 

留美は、少しムッとした不機嫌な顔を見せながら、ぶっきらぼうに答える。

 

 

「またどっか走りにいった。ご飯先に食べておけだって」

 

 

その言葉に、母親は苦笑いする。上着をハンガーに掛け、リビングに隣接するキッチンに向かう。

もう、テーブルにはある程度、料理が並んでいるが、まだ、途中の物もある。おそらく、留美が作っていたのだろう。雷児は、料理が得意ではないのでこういうことは、稀にしかしたことがない。

早速、エプロンを着て、作業に取り掛かった。

 

 

「あの子らしいわ。多分、ストレス発散にでも行ったんでしょう」

 

「さっきも大声出してた。迷惑だから止めて欲しいのに」

 

「元気な証拠で良いんじゃないの?」

 

「……ああいうのは、私はあんまり好きじゃない」

 

 

留美は、騒ぐと言う行為が好きではない。だから、どうしても無駄に騒がしい雷児は、苦手な方に入ってしまうのだ。最近でも、雷児にキツい言葉で静かにするように言ったばかりだ。

それを聞いて母親の方は、怒るでもなく、諭すように言う。

 

 

「ちょっとずつでも、仲良くなりなさい。別に出来ない訳じゃないんだから」

 

「うん。出来るだけ頑張ってみる、けど……」

 

 

少し躊躇ったが、留美は渋々といった感じで答えた。

 

その後は、母親は料理を作り、留美はその手伝いと食器の準備をした。その間、あまり言葉は交わさなかったが、それが苦にならない二人は、テキパキと作業を終わらせ、すぐに途中だった品は完成した。今はエプロンを畳んでいる最中だ。

 

ガチャン!

 

そんな時、玄関のドアが少し乱暴に開いた。そういえば鍵を閉めてなかったな、と二人揃って思い浮かべた。この二人、少し抜けてるところがあったりする。

 

 

「ただいまー……ぜぇ……ぜぇ……」

 

 

留美がリビングのドアから、ヒョコッと顔を出すと、玄関に仰向けでぶっ倒れる従妹の姿が見えた。

留美は、呆れた目を向けて、どうしようか考える。

考えているうちに、キッチンの方から、大きな声が聞こえてきた。

 

 

「雷児君。そのままでいると、汗で体が冷えて風邪引くから、早く着替えてきなさいよ」

 

「ぜぇ……。はーい、了解です。よっこらしょっと」

 

 

雷児は、その声を聞くとゆっくり体を起こして、脱衣場のほうに向かっていった。

ふらふらと危なっかしい歩き方である。

その様子を見ていた留美に、母親が話しかける。

 

 

「さっき、雷児君のこと、あんまり好きじゃないって言ったけど、どんなとこが嫌いなの?」

 

「変な行動するし、家事手伝ってくれないし、無駄にお節介かけてくるし、必要以上に喋りかけてくるし、それから……」

 

 

その話を聴いていた母親が、いきなりブッと吹き出した。

さすがに怒ったのか、ジロッと留美は母親を睨んだ。

 

 

「……なんで笑ったの」

 

「ふふふっ…ゴメンね、留美。つい、昔のことを思い出しちゃって。そういえば、雷児君のお母さんも、雷児君のお父さんに対して似たようなことを言っていたのよ」

 

「お母さんのお姉さんが?」

 

「そうよ。そういえば、あともう一個決定的なことを言ってたような……」

 

 

そんな会話をしていると、脱衣所の扉が開いて、雷児が出てきた。

 

 

「着替え終わりました~」

 

 

しかし、その服装は着替え終わったとは、とても言いづらかった。

シャツには、片方の袖しか手が通ってないし、長ズボンも裾が余りまくりで、七割くらいしか履けてない。

そんな雷児を見て、留美の母親は、ハッと思い出したようだ。

 

 

「あ!そういえば、ドジな所が嫌って言ってたわ!」

 

「何の話をしてるんですか?って、うおっと、んがぁ!」

 

ツルン、バッターン!

 

 

質問しようと、ヨタヨタ歩きながら近づいてきた雷児だったが、余ったズボンの裾を自分で踏み、

前のめりに倒れた。このとき、両手が塞がってなければ良かったのだが、シャツの中に手が入りっぱなしだったので、手で支えることも出来ずに、顔面を強打したのだ。

その様子に、二人は言葉を失った。何も音がしない沈黙が続く。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「ぐぅ……。鼻いてぇなぁ……」

 

 

だが、緊張感のある空気はこの言葉で消滅した。

 

 

「ふっ……、く……」

 

「ふふっ、ぷ……く…」

 

 

留美も母親も、笑いを堪えなくなったのか、吹き出した。

 

 

「ぷっははっ、ははは!」

 

「ぶはっ!まっさか、こんなところが似るなんて!」

 

「ちょっと、お二人さん、俺はマジで痛かったんですが……」

 

 

雷児が鼻をおさえながら、抗議する視線を送るが、二人は気にもせず、腹を抱えて笑いまくった。

その後、五分くらい経ったところで、やっと二人の笑いが収まってきた。

いい加減、笑われるのに疲れた雷児は、先に立ち上がりテーブルに向かう。

 

 

「さあ、早く食べましょう。このままだと冷めちゃいます」

 

「うん。ふふっ、久しぶりにこんなに笑ったかも」

 

「そうね、留美が大笑いしたのって珍しいわね」

 

留美も母親もそれに続いて、席に座る。

まだ鼻をさすっている雷児を見て、また笑い出しそうになっているのを、雷児が強引に手を合わせて遮った。

 

 

「い、いただきます!」

 

「「いただきます」」

 

 

 

こうして、鶴見家のちょっと変わった夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 




終わり方雑でスイマセン。
誤字、脱字あったら教えてください。

次回は、お団子髪のあの人登場!……のはず。


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由比ヶ浜結衣はいつも周りを気にしている

筆者「更新遅れて本当にゴメンなさい」

筆者「本編に全く入る気配が無いのは何故なんだろう……。」

神「あなたに文才がないからです」キリッ

筆者「 」

みたいな事を脳内で妄想してる筆者です。
奉仕部の部室までが遠い……(泣)


 

「はぁ~あ……またか……」

 

一年間で、最も不幸だった日を決めるとしたら、昨日になるんじゃないかって言うくらいの激動の一日を過ごした翌日。

俺は、職員室前のドアの前で、盛大に溜め息をついていた。

女子の集団が、哀れみに満ちた視線を俺に向けながら、隣を通り過ぎて行く。先生に呼び出されちゃったんだ(笑)頑張ってね(笑)とでも、言いたいのか。なら、はっきりと言えば良いじゃないか!今日、俺は悪いことはしていないぞ。自重したし。

 

あと、直接関係はないが、家庭科の先生である叔母さんに、渡すべきプリントを持ってきてあるので、ここに来たことは正当な理由の元に成り立っているのだ。

叔母さんは提出物にはうるさいので、ここで出さないと家で怒られるかもしれない。

平塚先生とは、別の怖さがあるので、ここは何かを犠牲にしても出したいところだ。

 

……というか、最近の職員室へのエンカウント率が高すぎる気がする。

一昨日、昨日、今日と三日連続でここに来ているのは、明らかにおかしい。

もしかして、俺の物語は職員室から幕を開ける!のだろうか?

カッコよく言ってみたつもりでも、実際は先生に目をつけられているだけなんだよな……。

 

そんな無駄とも思える思考回路を構築していると、ドアの内側から声が近づいてきた。

なにやら、言い合いになっているようである。

 

「ちょ、……っと!何……んですか!痛い!痛いっつーの!」

 

「奉仕部で勤労の尊さを学んできたまえ!」

 

ガラッと目の前のドアが勢いよく開けられ、中から出てきたのは、俺を呼び出した張本人である平塚先生と、俺が所属する奉仕部の新入部員になった比企谷八幡である。

そういえば、今日はF組が調理実習だったはずだ。その話でもしていたのだろう。確か、サボったからレポートを書かされたんだっけ?

頭の中にある微かな前世?の記憶と、今の状況を照らし合わせていると、比企谷と目が合った。

 

「……」

 

そのまま、俺の隣を通り過ぎると、部室のある特別棟とは反対の方向に歩き出した。清々しいほどのスルーである。ちょっと俺に対する反応が、酷すぎやしませんか?

今言うべきは、それではなくて別のことなんだけど。

 

「おい、そっち部室じゃないぞ」

 

「……チッ」

 

「……今明らかに舌打ちしたよな?」

 

「……別に。何もしてねえよ。てか、進行方向を塞ぐな」

 

「部長からの命令なんだ。まことに不本意だがな……」

 

個人としては、気持ちは分からんでもないのだが、部活の副部長としては、正直欲しくない人材である。

簡単に言えば、『普段は面倒くさい奴』って評価なんだよなぁ……。

入部初日の雪ノ下との口論でも、言うことはカッコよかったし、俺より数段頭は早く回るから、俗に言う、やる時にはやる人間であるのは確かなんだが、普段の様子はあんまり良いとは思えない。第一印象が互いに悪かったのが、主な原因かもしれない。人は第一印象で人を判断することが多い。多分、俺も例外ではないからな。

二人の中で、険悪な目線のやり取りをしていると、比企谷の後ろから手が近づいて来るのが見えた。一瞬、命の危険を感じ、後ろに飛び退いた。

 

「何してるんだ、比企谷。早く部室に行け。それとも、また私の手を煩わせたいのか?」

 

右手の正体は平塚先生だった。比企谷がいまだに部室に行かないことに、業を煮やしていたようで、そっと比企谷の肩に右手を置いた。幸いそっちには力は入っていないようだが、置いていない方の手の指をパキポキ鳴らしながら、威圧する平塚先生の姿は、まるで本物の鬼のようであった。

そんな平塚先生の様子に、冷や汗を掻きながら、首だけを器用に後ろに向けて、弁明する比企谷。

 

「い、いえ、今から行こうとしていたところですよ」

 

ダウトだ。このセリフを言ったやつは、大抵行かない。宿題をやったかと親に言われて、

「うるせぇ!今からやる所だったんだよ!」に似た、良くあるパターンだ。

俺も家で、ついやっちゃうんだ☆。数分後には、叔母さんにリビングで説教食らうんだよね。そんな言い訳はお見通しなのか、右手に力を入れて比企谷の肩を強く掴む。

 

「比企谷、絶対に逃げるなよォ?」

 

「分かりました!分かりましたから!さっきと同じところ掴まないで!」

 

「君のサボるための努力は一級品だからな。監視を強化しないといけないんだ。大体君はこれだけ説教されてもまだ、サボる気があるとは……で……だから、……だ」

 

……なんという圧政。見てるこっちまで、肩と耳が痛くなってしまいそうだ。

今度から、背後に立たれないようにもっと努力しないとな。

 

その後、二つ三つ忠告して、平塚先生は比企谷を部室の方へと追っ払った。

無理矢理に部活に参加させられることになった比企谷は、恨みがましい目を向けるが、平塚先生がいつもより一段と怖い顔で睨んだので、スタコラサッサと退散して、特別棟に向かった。気になる生徒にそんな顔したらイカンでしょうよ、先生。

 

一連の騒動をぼんやりと見ていた俺の方に、平塚先生は体を向き直した。

息を吐いて、落ち着こうとしているところを見ると、どうやら少し焦っていたらしい。

息を整え終えた頃合を見計らって、俺の方から話しかける。

 

「あの、先生。どうして俺は呼び出されたんですか?今日は職員室に呼び出されないように、慎重に一日を過ごして、かなり頑張ったんですが……」

 

「いや。鶴見を呼び出したのは、別の用事だ。あと、頑張る方向性が違うぞ」

 

「人とは違うなんて言われると、照れますなぁ」

 

「褒めてないぞ……。私は、君のことを遠回しに変人だと言ったんだ」

 

「そこは、言わないままで良かったです。ちゃんと、自分で分かってますから……」

 

くそう。ボケで返してみたら、心にまた傷を負っちまったじゃないか。

というか、肝心なことが聞けていない。この人と話すと、話がよくわき道に逸れてしまうな。まあ、俺としては楽しいからいいけど。

 

「話を戻しますけど、じゃあ別の用事って何ですか?」

 

「まあ、待て。すぐに分かるさ」

 

その言葉で、平塚先生は左腕の腕時計を見る。そして、教室棟のほうに目を凝らした。

俺も、先生が目を向けた方に目を向けると、一人の女子生徒が歩いてくるのが見えた。

他にも廊下を歩いている生徒は何人かいるのだが、不思議と彼女が目立っているように見える。なんというか、動きがぎこちないのだ。人に見られないように歩いているつもりだろうが、ここからでも分かる派手な容姿のせいで、逆に目立ってしまっていた。

あの見た目、見覚えがある気がするな……。

オドオドする彼女に、平塚先生は周りなど構わず、大きな声で呼びかけた。

 

「由比ヶ浜!こっちだ!」

 

「!?」

 

その声に、彼女はビクッ! と反応して、辺りをものすごいスピードできょろきょろ見始める。おぉ、かなり焦ってる。

平塚先生を見つけると、安堵の表情をするが、すぐに頬を膨らませ、こっちにどんどん近づいてくる。

距離が縮まったおかげで、一体誰なのか、しっかり確認することが出来た。

 

ピンクにも見えそうな茶髪を、頭の右側にお団子みたくまとめてある、特徴的な髪型。

ブラウスは、第三ボタンまで外してあり、中のネックレスと肌が見えて、直視出来ない。

平塚先生と同等か、それ以上に自己主張が激しい胸部。

そして、いかにも、怒ってます! と感情を隠さない、幼さを残す顔立ち。

 

仮にも隣のE組だから、噂や女子の会話の中で何回か聞いた覚えもある。

そして、俺の記憶のデータベースにも一致する。

今、目の前まで来た彼女は、2年F組の由比ヶ浜 結衣(ゆいがはま ゆい)だ。

 

頬を膨らませて、涙目で平塚先生を睨む由比ヶ浜。あらやだ、かわいい。

自然と上目遣いで見上げる由比ヶ浜に、平塚先生が後ろに仰け反った。

 

「先生ぇ!昨日、他の人には出来るだけ気づかれないようにする、って言ったじゃないですかぁ!」

 

「あ、あぁ。少し軽率だったな。すまない」

 

……なんか、先生がダメな夫みたいに見えてきたよ。女だけど。

まあ、先生にも非はあるだろう。隠し事を無意識にバラされそうになったら、そりゃ泣きそうにもなるだろうから。

隣で様子を見ていると、平塚先生が目で、俺に助けを訴えていた。

困った顔が、なんだかかわいらしく見えたので、咄嗟に助け舟を出した。

 

「先生。別の用事ってこの子のことですか?」

 

「そういうことだ。簡単に言えば依頼者ということになるな」

 

ゴホン、と今までの醜態を誤魔化すように咳払いして、俺と由比ヶ浜の間に立つ平塚先生。そして、由比ヶ浜に俺のことを紹介し始めた。

 

「由比ヶ浜。こいつは、君が依頼した奉仕部の副部長で、鶴見雷児だ。普段は何かと問題を起こす厄介な奴だが、ある程度役に立ってくれるだろう」

 

「先生、俺のこと真面目に紹介する気ないんですね……」

 

「君の事を忠実に言ったまでだ。普段の行いが悪いからこういうことになる」

 

まず、己から見ろってことか。不本意ながら、俺が比企谷に出した評価と、平塚先生が俺にした評価が、ほぼ一緒になってしまった。

俺も、『普段は面倒くさい奴』ってことらしい。

苦笑いを浮かべることしか出来ない俺に、由比ヶ浜はガバッと勢いよく頭を下げた。

 

「あの、よ、よろしくお願いします!」

 

「由比ヶ浜さん!?いや、頭下げなくていいから!」

 

俺がそういうと、まだちょっと申し訳なさそうに頭を上げる由比ヶ浜。

そんな由比ヶ浜を、平塚先生は柔らかい口調で、フォローする。

 

「そうだぞ、由比ヶ浜。そんなに頭をヘコヘコ下げるもんじゃない。コイツは部活の活動で君をサポートするんだ。迷惑かも、などと思わなくていい」

 

「でも……」

 

由比ヶ浜は、その言葉を言われても、両手を胸の前でキュッと握り、何か悩んでいるようだ。平塚先生は、眼を閉じて、ふっと息を吐き、さっきとは違う真剣な眼差しで由比ヶ浜を射抜く。少し雪ノ下に似た、突き放すような視線だ。

この人のことだから、そう見えるだけで本当は違うのだろうけど。

 

「昨日も言ったが、気軽に相談するくらいの気持ちで良いんだ。そら、行った行った!私は、まだ仕事が残ってるんだ。鶴見、あとのことは頼んだぞ」

 

「えっ、ちょっ!?」

 

そう言い切ったと思ったら、平塚先生はドアをピシャン!と閉めてしまった。

あの人、言いたいことだけ言って、あとのこと全部押し付けやがったな……。

今ここには、どうしていいか分からず手をモジモジさせている由比ヶ浜と、ドアの前で変な姿勢のまま、石像のように固まっている俺しかいない。

 

「…………」

 

「…………」

 

この沈黙が痛いな……。とりあえず、これからやることは決まっている。まずは、由比ヶ浜を部室まで送り届けなくてはいけない。にしても、別にこの役目は俺じゃなくても良かったんじゃないか?今になっては、もう遅いことだから、考えてもしょうがないけど。

深呼吸して、少し鼓動を落ち着けてから、由比ヶ浜に声をかけた。

 

「と、とりあえず、部室にいきませんかぁ!?」

 

「う、うん……」

 

ダメだ。声が完璧に裏返ってしまった。時間をかけて、落ち着いた意味が全くない。

だが、由比ヶ浜にもミスを指摘する余裕など無いようで、視線を足元に泳がせながら、首を縦に振った。

意外だな。先生がいなければ、もっとリラックスというか、遠慮が無くなると思ったんだけど、むしろさっきより表情が硬い。

 

これは、ただ単に、見知らぬ人に相談することに緊張しているのか、俺が有害と思われているのか。後者で無い事を切実に願いながら、部室へと足を向けた。

 

 

……あ、叔母さんにプリント提出するの忘れた。

 

 




近いうちにテストが有るので、三週間は更新が出来ないと思います。(設定集とかは暇つぶしに投稿できるかもしれませんが)
読んでくれている人、ごめんなさい。そして読んでくれてありがとうございます!<(_ _)>

追記 ※サブタイトルが長かったので変えました。


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ようやく彼らの『勝負』が幕を開ける


テスト週間が終わって、心身ともにヘロヘロの作者です。

今回はちょっと長くなってしまいました。
しかも後半を除いて、ほぼ原作をなぞっただけに……orz

さらに未だに、雷児(主人公)のキャラが定まらないなど、問題が発生(汗)

とりあえず、本編どうぞ!↓



 

 

職員室から移動して数分後、俺と由比ヶ浜は部室の前に立っていた。

隣を見ると、由比ヶ浜は周りをせわしなく警戒していた。まるで、見知らぬ人に出くわした犬のようである。ここに来るまでにも、警戒心は薄まることが無かったし、そこまで知り合いに見つかるのが嫌なのだろうか。

ここについてから、「まだ待って!心の準備が出来てないっ!」とか言っていたが、明らかに矛盾してるよな……。はたまた、自分の中での葛藤か。

さっきに比べたら、俺の緊張の方は解けたし、ここは由比ヶ浜のために、一言かけておくべきかもしれない。

 

「由比ヶ浜さん。大丈夫なのか?」

 

「だ、大丈夫!大丈夫だよ!つる井?君」

 

「名前違うんだけど……。鶴見なんだけど」

 

「ご、ごめん! さっき、しっかり聞いてなかったかも……」

 

……名前をしっかり覚えてくれてなかった。やっぱ俺、嫌われてんのかな…。こんなかわいい人から嫌われるとか、涙出そうなんだけど。

あと、大丈夫と言う人ほど、大丈夫じゃない状況だったりするのはお約束。例としては、パワ○ロのダイジョーブ博士。あの人に何度、選手をダメにされたことやら……。

 

話が逸れた。本当は、由比ヶ浜にもう少し緊張を和らげて欲しいんだが、時間を掛けすぎるわけにはいかない。一度、依頼者本人に確認をする。例え、俺が嫌われていたとしても、これは仕事なのだ。細かいことは、いちいち言ってはいられない。

 

「名前の話は置いておくとして、心の準備は出来たか?」

 

「うん……。もう平気」

 

「オッケー。じゃあ、行くぞ」

 

本人が大丈夫そうなので、ドアを恐る恐るノックする。一回、二回と叩いて、中からの反応を待つ。多分、二人ともいると思うが……。

 

「どちら様ですか?」

 

室内から凛とした雪ノ下の声が聞こえてきた。とりあえず一安心だ。

入る前に手短に何の用件だけでも伝えておくとしよう。その方が、手っ取り早いだろうしな。

 

「雪ノ下さん。俺だよ、俺。今日、ある事情の女の子連れてきたんだけど……」

 

「……新手のオレオレ詐欺かしら? 今からでも遅くないわ。あなた、早く出頭しなさい。さもないと、警察呼ぶわよ」

 

「うおぉいっ!?自然に通報しようとするな! 鶴見だ!副部長の鶴見! 奉仕部に依頼がある女子を連れてきただけだから!」

 

「え? 鶴見君なの?」

 

「携帯持ち出して通報する気満々じゃねぇか……」

 

いきなりの急展開。どうしてこうなる。てか、中にいるなら見てないで止めろよ比企谷。俺の声ぐらい分かるだろうが……。

とりあえず、雪ノ下は通報することを止めてくれたようなので、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「それならばそうと、先に言ってくれればいいじゃない」

 

「すまんな。緊急の用件は、ドアの外から手短に言うべきだと思ってな」

 

「どこの外国映画だ……。戦争でも始める気かよ」

 

ドアの隙間から、比企谷の独り言がボソッと聞こえてきた。

あながち間違ってはいない。いつでも俺と雪ノ下は、冷戦状態だ。なのに、雪ノ下に部下のように扱われる日々。この上司と部下の関係から、いつかは脱却したいものだ。

すると、その上司から鋭い声が飛んできた。

 

「あなた、依頼者を連れてきているのでしょう?そんな所で立ってないで、早く部室に入れてあげなさい」

 

「おう。じゃあ、開けるぞ。ほら、どうぞ」

 

「し、失礼しまーす」

 

ギギッ、ガラッと、何故か開きにくかったドアを開け、先に由比ヶ浜に入ってもらう。

部室の中から、ふわりとそよ風が感じられた。窓が開いていたようだ。

その風を感じながら、俺も由比ヶ浜の後に続いて部室に入り、ドアを閉める。相変わらず、殺風景と言うか、机と椅子しかないんだよな、この部屋。まあ、部員が特徴的だから、気にならんけど。少し周りをチラッと見ると、二人とも手元に本があるので、比企谷も、雪ノ下も本を読んでいたらしい。

由比ヶ浜も同じように、チラチラ周りを見ていたが、比企谷を見た瞬間に、「ひっ」と声をあげた。

 

「な、なんで、ヒッキーがここにいんのよ!?」

 

「いや、俺ここの部員だし……」

 

正確には部員の前に、強制的に入部させられた、がつくと思うが。

そう思っていると、比企谷が横目で本人に気づかれないように、由比ヶ浜を見ていることに気づく。その目は、好意的ではなく、疑っているような目だ。この人が自分にとって有害なのか、無害なのか、それを頭の中の記憶から、判断しようとしてるのかもしれない。

……というか、同じクラスなんだから、名前と顔くらい覚えておけよ。

余談だが、俺を見たときにも多少、こんな視線を受けた覚えがある。その時は、数秒で『あ、コイツ全く知らんわ』みたいな顔をしていたけど。思い出すの諦めんなよっ!また、話が脱線した。

 

一通り由比ヶ浜を観察していた比企谷は、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がると、黒板側にポツンと一個だけ置いてある椅子を持ってきて、由比ヶ浜に座るように促す。

おい、それ俺の特等席なんだけど。なんで、キメ顔で女子に差し出してるの?

 

「まぁ、とにかく座って」

 

「あ、ありがと……」

 

比企谷の奴、マジで許さん……。八つ当たりめいた思いを抱きながら、ドアに体重をかける。俺の席は由比ヶ浜に座られてしまい、その特等席以外は座りたくないこだわりがあるので、立っていることにしたのだ。

少しの沈黙の後、雪ノ下が由比ヶ浜に声を掛けた。

 

「由比ヶ浜結衣さん、ね」

 

「あ、あたしのこと知ってるんだ……嬉しい……」

 

最後にボソッと小声で聞こえてきた。まあ、気持ちは分からんでもない。学校内の有名人に自分の名前を知っててもらったら、そりゃ嬉しいだろう。

俺の場合、相手の名前を知っていても、むしろ相手の顔が恐怖に染まることが多いんだけど。何故なんだろう? 普段の素行だろうか?

比企谷は、少し笑顔になっている由比ヶ浜を尻目に、雪ノ下に話しかける。

 

「お前、よく知ってるな……。全校生徒覚えてんじゃねぇの?」

 

「……そんなことないわ。あなたのことなんて知らなかったもの」

 

「そうですか……」

 

「別に落ち込まなくてもいいわ。あなたは何も悪くない。原因は、あなたの存在から目を逸らしたくなる私の心の弱さよ」

 

「ねぇ?お前、慰めてるつもりなの? 後半、俺が悪いみたいになってるからね?」

 

「慰めてなんかないわ。ただの皮肉よ」

 

比企谷が話しかけただけで、コレだけの罵倒が返すとは……。雪ノ下、恐ろしい子!

言葉一個一個に必ず毒が仕込まれている辺り、さすがだと思う。

だが、こんな時に限って、胸の内にある対抗心が俺の足を引っ張るのだ。

雪ノ下に毎度勝てない舌戦を挑む。負けず嫌いの血筋なんだろうか。

 

「皮肉にしちゃあ、ちょいと度が過ぎないか?」

 

左腕にサイコガンを持つ男を真似て、キザったらしい言葉を吐く。万能葉巻も全身赤タイツもないが。結構面白いんだよ、スペースコ○ラ。

いきなり話し始めた俺を、由比ヶ浜含め三人が見る。が、不意に雪ノ下が顎に手を当て、真剣な目で俺を観察し始めた。

 

「あなた……誰?」

 

「雪ノ下さん、さっき俺のこと分かってただろうが!」

 

「あら、私の記憶の中にある鶴見君は、いつも私に言いくるめられて唸っているのだけれど? 今のあなたでも私に対抗するなんて、まだ百年以上早いけどね」

 

「ぐぬぬぅ……」

 

「ぐぬぬとかやめろ。指ぬきグローブした暑苦しい奴を思い出すから」

 

お前は俺の師匠か! とでも言いたくなるような言葉を受け、沈黙する俺。

ついでに、比企谷が言った人物は財本座君ですね、分かります。無意識って怖い。

俯く俺を他所に、由比ヶ浜がキラキラした目を俺たちに向けて、爆弾発言をする。

 

「なんか……みんな楽しそうな部活だね」

 

「え?」

「は?」

「はぁ?」

 

この部活で初めて三人の息が揃った。嫌なシンクロである。

この様子を仲良しと認定できるなんて、とてもじゃないが俺は出来ない。

ましてや、平塚先生のからかいならともかく、本当の素で言ってそうだ。

三人が同時に睨んだためか、由比ヶ浜は、ひっと小さな悲鳴をあげ、両手をあわあわ動かし、必死に取り繕おうとする。

 

「あ、あの、なんていうかすごく自然だなって思っただけだからっ!ヒッキーもクラスにいるときと違って、そこの二人ともちゃんと喋ってるし……」

 

「いや、喋るよそりゃ……」

 

比企谷は苦笑いで答える。すると、雪ノ下がふと思い出したように呟く。

 

「そういえば、由比ヶ浜さんもF組だったわね、比企谷君?」

 

「え、そうなん……ハッ! そ、そういえばそうだったなー」

 

……咄嗟に嘘つくのが下手なんだな、比企谷。後半、完全に棒読みじゃねえか。

曖昧に誤魔化した嘘を、雪ノ下が認めるはずもなく、白い目が比企谷を射抜く。

 

「まさか知らなかったなんて言わないでしょうね?」

 

「俺でも、名前くらいは知ってたぞ、比企谷?」

 

雪ノ下と俺の追加攻撃に、ぐっ、と次の言葉が出てこない比企谷。その様子に、由比ヶ浜の目の色が変わる。

……あ、馬鹿を見る目付きになった。

 

「……クラスメートの名前知らないとか、そんなんだから、ヒッキー友達いないんじゃないの?キョドり方キモいし」

 

「Oh……」

 

先程までの由比ヶ浜からは想像できない様な言葉が飛び出した。女って怖い。

その言葉に、比企谷の眉がピクッと動いた。そして、何か悟ったような顔になると、明らかに敵意を込めた口調で呟いた。

 

「……このビッチめ」

 

「はぁ!?ビッチって何よっ!私はまだ処…ッ!うわわっ!なんでもない!」

 

反論しようとした由比ヶ浜の顔が、羞恥で一気に赤く染まる。手も、ワチャワチャ動かして否定する辺り、必死度が見て取れる。

それを見かねた雪ノ下が溜め息をついて、フォローに回ったのだが……。

 

「別に恥ずかしいことではないでしょう。まだこの年でヴァージ…」

 

「わーわーわー!ちょっと何言ってるの!?高二でまだとか、恥ずかしいよ!雪ノ下さん、女子力足りないんじゃないの?」

 

「……くだらない価値観ね」

 

そのフォローが恥ずかしかったのか、由比ヶ浜が声を必死にかき消していた。

てか、今の発言では、由比ヶ浜も女子力が低いことになってしまうんだが、それでいいのか。その理屈で言えば、俺の男子力もゼロになっちゃうんだけど。俺、童貞ですし。

だが、別の部分が気になったので、ちょっと低い声を意識しながら口を開いた。

 

「確かにくだらないな。だけど、それ以前に女の子が処○だの、ヴァー○ンだの、言うのが良くないな。貞操は結婚するまで守るべきだと、私は思うのだがね……」

 

「……鶴見君、今あなたが一番の危険人物なのに気づいてないのかしら?セクハラで訴えられたら、あなた確実に負けるわよ」

 

「なんか鶴見の後ろに、平塚先生のオーラが見えたような……ってこのビッチには言っても意味ねぇんじゃねえか?」

 

「またビッチって言った!ヒッキーマジありえないっ!……それにそういうことは好きな人とごにょごにょ…………」

 

二人の反対と、一人の賛成? をいただいた。にしても、由比ヶ浜は見た目は確かに派手系だが、中身は完璧に乙女だな。小声で乙女チック全開なことを言ってたし。

俺の耳は、結構聞こえがいいのだ。ただ、役立つ事が他人の独り言聞くだけとか、俺の生活の質の悪さが伺える。

 

由比ヶ浜が、話さなくなってしまうと、またシーンとした沈黙が訪れる。

比企谷は俺に、何か言いたげな視線を向けてきた、が何も言わずにまた目を天井に戻した。この空気になったのは俺のせいだと言いたいのか? 決して、言葉では言わない所が比企谷らしいな。しかし、さっき、ミスしたからな……。正直、やりたくないんだけど。どうしたものか。

俺が、どう話しかけようか悩んでいると、由比ヶ浜がすぅと息を吸い込んで、俺たち三人に話しかけてきた。どうやら、何か決心したようだ。

 

「……あのさ、平塚先生に聞いたけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」

 

「そうなのか?」

 

由比ヶ浜の質問に比企谷も便乗して聞いてきた。……二人とも雪ノ下の方にしか顔が向いてないのはどうしてなんだ。俺、そんなに答えられないように見えますか、そうですか。

心の中で涙目になっている俺のことなんて眼中に入れず、雪ノ下は二人の質問に答える。

 

「少し違うわね。あくまでも奉仕部は手助けをするだけ。願いが叶うかはあなた次第よ」

 

「どう違うの?」

 

「飢えた人に魚を与えるのではなくて、魚の獲り方を教えるの。ボランティアとは本来、そういうものよ。相手の自立を促すのが目的なの」

 

「な、なんかすごいねっ?」

 

雪ノ下の言葉に、納得しました! みたいな顔をしている由比ヶ浜。

だけど、多分中身は全然理解してないだろうな……。最後が疑問系になってるし。

全く俺には聞かれてないようだが、いい例えがあったので、そのまま口に出した。

 

「まあ、奉仕部は魔法のランプじゃないってことだ」

 

「あ!なんとなく、理解できたかも!」

 

「なんで、今の表現で理解出来るのか、私には分からないわ……。何一つ具体的で無いのに……」

 

俺の例えは、由比ヶ浜には共感されたようだ。だが、雪ノ下は呆れた表情でこめかみを押さえながら、呟いていた。

雪ノ下に対してちょっと勝ったような優越感があって、心の中でガッツポーズする。

ニヤニヤしていていると雪ノ下に罵倒されて、せっかくの勝利の余韻を邪魔されるので、顔をしっかり引き締めていると、珍しく比企谷が話を切り出した

 

「それで、その魔法のランプじゃない部活にビッチが来たのは、なんでなんだ?」

 

「ビッチ言うなしっ!」

 

比企谷の発言に、また由比ヶ浜は、顔を真っ赤にしてプンスカ怒っている。

それにしても、見ていた飽きないほど、本当に表情がコロコロ変わるな。

一方、普段と同じ冷たい笑みを浮かべている雪ノ下が、由比ヶ浜に顔を向けて、冷たい、けれどもどこか相手を思いやる口調で問いかけた。

 

「相談があって来たのでしょう? 必ず願いが叶うという訳ではないけれど、出来る限り力を貸すわ」

 

その言葉を聞いて、由比ヶ浜がもう一度、意を決したようである。が、視線が俺と比企谷の間を彷徨っていて、話すのを躊躇っている感じだ

 

「あのあの、あのね、クッキーをy……」

 

「比企谷君」

 

由比ヶ浜が言い終わる前に雪ノ下が顎で、ドアを指した。さっさとここから出て行けという合図らしい。

 

「……ちょっと、スポルトップ買ってくるわ」

 

比企谷はその視線を受けると、さりげなく席を立って、俺が背中を離したドアを、ガラッと開けて出て行った。

……って、俺が出るタイミング逃したじゃん!

こうなったら、せめて息を止めて擬態することにしよう。ドアの一部となってしまえば何もこわくな……

 

「鶴見君。何故出て行かないの? あなた、まさか女子の会話を堂々と盗み聞きする趣味なんて持ってないでしょうね?」

 

はい、やっぱ無理でした。マズイ、雪ノ下の俺を見る目が、犯罪者を見るソレになってる。

何かここを切り抜ける言い訳は無いのか!

頭の中を必死でフル回転させた結果、ある言葉に辿り着いた。

 

「……平塚先生とお話してくるわ」

 

何故だ……。何故、コレしか思い浮かばなかったんだ…!

しかも、『お話してくる』って何だよ!なんか誤解されそうで怖い。

改めて自分の思考の偏りに愕然としてしまう。

 

「そう。なら、ついでに職員室で家庭科室の鍵を取りに行って貰える?」

 

あれ? 見え見えの嘘をついたのにお咎めなしだ。意外である。

ここで何も聞かずに素直に行っても良いのだが、不自然に思われたら嫌なので、一応聞いてみた。

 

「それは構わないんだが…なんで家庭科室を使うんだ?」

 

「さっきの話を聞いていれば分かるでしょう?」

 

さっきの『クッキーをy……』で分かるのはお前だけだと思う。

どれだけ先読みして世の中生きてんだよ。宇宙空間行ったら、人と思念で話しできるようになったり、ニュータイプとか呼ばれたりしないよな? まあ、あり得ないけど。

そう思ったからかは分からないが、雪ノ下がキュピーン、と何か思い出したようである。

 

「あ、ついでに野菜生活100いちごヨーグルトミックスを買ってきてくれる?」

 

「おい、さっきの比企谷に頼めば良かっただろうが。なんでわざわざ俺に頼むんだよ」

 

鍵を貰って、それから買いに行くとすごい遠回りをしないといけなくなる。

そんな無駄な重労働したくないぞ。

俺の抗議を受けても、すまし顔をして上から目線で話を進める雪ノ下。

 

「頼み? 違うわね。これは部長からの命令よ」

 

「こんな些細な事に権力を乱用すんな! まあ、いいや……。ほれ」

 

言い合いをしていたら、いつまで経っても終わらなさそうなので、俺が折れることにした。

とは、言っても比企谷のように一方的に折れるのではなく、相手にある程度、リスクやら何やらを持ってもらうのが俺のやり方だ。

俺は、雪ノ下の近くまで行き、手の平を上にして、右手を差し出した。

しかし、俺の右手を見ても、頭に?を浮かべる雪ノ下。

 

「鶴見君。この手は何?」

 

「ジュース代。パシリぐらいは行ってやるから」

 

すると、雪ノ下は顎に手を当て、何か思案し始めた。まだ、何かあるの?買うなら早くして欲しいんだけど。

そして、十秒ぐらいの沈黙が訪れた後、キッパリとこう言った。

 

「嫌よ。この場合、私からあなたにお金を払う義務は無いもの」

 

「なんで!?」

「なんでだよ!!」

 

由比ヶ浜と俺が、驚きの声を上げた。シンクロしたのにビックリしたのか、由比ヶ浜が、俺と目を合わせると恥ずかしそうに目を逸らした。

やめて! そんな態度とられると、こっちまで顔が赤くなる。あ、やべ、鼻血出そう。

一人で暴走してる俺の内心など気にも留めずに、その理由を説明し始める雪ノ下。

 

「鶴見君。私にハイスクールのランチ……ではなくて、自販機のジュースを二回も奢らさせたことを、忘れたなんて言わないでしょうね?」

 

確かに覚えている。お互い負けず嫌いの所があるので、お互いに煽って、何回かこんなこともやっていたような気がする。ただし、リア充達が行う、『誰がパシリなるかを決めちゃおうゲーム』などとは全く違い、二人ともガチな真剣勝負なんだが。

けれど、そのことなら俺にだって、言いたいことがある。

 

「俺だって、雪ノ下さんに、ハイスクールのランチ……じゃなくって、昼休みの購買を十三回も奢らされた記憶がある!」

 

「なんで、二人とも途中で間違えたのっ!? しかもしっかり覚えてるんだ!?」

 

俺と雪ノ下の、何も有益な物を産み出さない不毛な争いに、由比ヶ浜が驚愕していた。

このくらいの数覚えてるなんて当たり前。なんなら、奢らされた分だけ、相手にミサイルを撃ち込んでしまうかもしれない。それ、マク□スプラスじゃん!

雪ノ下は、由比ヶ浜に言われてちょっと恥ずかしかったのか、コホンと咳払いをして、

一人でテンションが上がっている俺に再度、視線を向けた。

 

「とにかく、早く家庭科室の鍵だけでも取って来て頂戴。依頼者をここで待たせておく訳にもいかないわ」

 

「分かった。そのまま家庭科室行って、鍵を開けてくる。二人とも、比企谷来るまで待ってないといけないだろうし」

 

「あの男はノーカウントよ。待っている必要は無いわ」

 

相変わらず、俺や比企谷への風当たりは強いですね、雪ノ下さん。

苦笑いを隠しきれないでいると、急に由比ヶ浜がおずおずし始めて、何か言いたげな様子で雪ノ下を見ていた。

 

「……何かしら? 由比ヶ浜さん」

 

「雪ノ下さん。一人だけ、仲間外れは、やっぱ良くないかなぁ~なんて……」

 

「……っ! そ、そうね。少し待っていても良いかも知れないわ」

 

「ほ、ホントに!?」

 

由比ヶ浜のおかげで、どうやら比企谷は、おいてけぼりを食らわずに済んだようである。

けど、一瞬だが、雪ノ下の様子がおかしかったような気がしたが……?

まさか、比企谷や俺じゃあるまいし、過去にトラウマを持ってたりしないだろうけど。

第一、これくらいのトラウマでギブアップする雪ノ下なんて、逆に恐ろしい。

いや、むしろいいのか。泣き顔とか激レアじゃないか?

 

「鶴見君。そんな所で、鼻の下伸ばしてないで、早く職員室行ってきてほしいのだけれど?」

 

「の、伸ばしてなんかない! 分かった! 行きますよ!」

 

やっぱ、雪ノ下が泣き顔見せるとか、考えられねえよなぁ……。

これ以上、他に何か言われたら堪らないので、ドアを開けて教室を出ようとする。

ギギイィ…、と比企谷が出るときはすんなり開いたのに、今は頑なに開こうとしないドアを無理矢理開いて、外に出た。

ドアを閉めるために振り向いたとき、由比ヶ浜が、どちらに話しかけているのか分からないまま、呟いた。

 

「やっぱ、この部活って仲良いじゃん……」

 

その言葉に、俺と雪ノ下は顔を見合わせ、同時に答えを返す。

 

「全然、良くない!」

「絶対に良くないわ」

 

「全力で否定されたっ!?」

 

当たり前だ。由比ヶ浜もこの部活に入ってみれば分かる。

そう心の中で思いながら、閉まりにくいドアを閉めた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

その頃、総武高校のとある場所にて。

 

「むしろ、仲は最悪まである」

 

スポルトップと男のカフェオレを二本持って、小声で独り言を呟く、目の腐った男子生徒がいたとか、いなかったとか……。

 




終わり方ホントに雑でスイマセン……。
こんな終わり方しか思い浮かばなかったんだよぅ……(泣)

これから、話を組み立てなくてはいけないので次も時間が掛かると思います。
プロットというのは、大事なんだと痛切に実感しました。

これからも読んでくれたら嬉しいです。

……あ、誤字脱字、があったらビシバシ送ってください!


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やはり彼女のクッキーは……。


更新遅いのに、短くて本当にスイマセン。

あと、キャラ崩壊もしてるかもしれません。orz

それでも読んでくれる方に、感謝!<(_ _)>


 

 

 

少し赤みが帯び始めた日差しの中、家庭科室に向かう男が一人。

黒に近い茶色の髪は寝起きのように整っておらず、目付きも寝不足で不機嫌そうに見える。

顔は、可も無く不可も無くと言った所で……、というか俺だった。

 

今は、途中の窓ガラスを見て、外の強風で乱れた髪を直している最中だ。

雪ノ下達と別れた後、職員室―→家庭科室―→外の自動販売機―→現在、という行動を行ったので、精神的な疲労度が倍プッシュである。

家庭科室の鍵を開けるのはまだしも、わざわざ外まで雪ノ下のパシリをする必要は無かったなぁ……。後で、ちゃんと代金を請求してやろう。

それよりも目下の問題は……

 

「さて、この勝負をどうしたもんか……」

 

今から行われるのは、『由比ヶ浜のクッキー作りの手伝い』だ。

雪ノ下のことだから、この予想はかなり的を得ていることは間違いが無い。

問題は、俺に『料理』に関する特技が全く無いと言うことだ。

 

実際、雪ノ下なら料理の腕は下手すればプロ級、そうでなくとも一般の上手い人より上の腕前を持っているだろう。小学生のときにその片鱗を見せていたからな。

とあれば、その技術を由比ヶ浜に教えれば、それで片がついてしまう。

 

比企谷はどうだろうか? 何も出来ないように見えて実は出来るのが、アイツなのかもしれない。

この予想は、別に全く当てずっぽうって訳ではない。

兄妹がいる、つまりは妹がいる場合、家事などの分担が発生する。それで大体、兄の方の負担が重いというのが、俺がアニメで見つけた統計だ。多分、今のアイツもそれに当てはまるだろう。

さらに、比企谷は頭が切れる。やる気が無くても何とかしてしまう。まるで氷○の○太郎みたいな感じだ。

対して、俺は一人っ子で、どちらかと言えば単細胞。そして、いつも空回るし…。

 

……って、いかんいかん! そんな弱気でどうする! いくら敗戦が濃厚な試合でも、諦めるわけにはいかない。

俺なりのやり方で、なんとかあいつ等に一矢報いてやるのだ!

 

気が付けば、もう家庭科室の前だ。

またもや、何故か開きにくいドアを無理矢理こじ開け、入室する。

ギギィ……。と、耳障りな音が聞こえたからか、中にいた三人が同時にこちらを向いた。

雪ノ下と由比ヶ浜はエプロンを着用しており、とても似合っていた。

窓が開いており、そこから入ってくる強い風に揺れるエプロンとスカートが、なんとも言えない気持ちを呼び起こさせる。これがフェチズムなのかもしれない。

だが、比企谷を中心に負のオーラが撒き散らされており、そんな気分ではなくなってしまった。ちょっと間が空いて、各々が口を開いた。

 

「…………あ、鶴見君。……お帰りなさい」

「…………やけに遅かったな……」

「あ、つるみん!どこ行ってたの?」

 

「お、おぉ……。自販機行ってて遅くなった」

 

……由比ヶ浜以外のテンションが地を這っているのは何故だ…。

てか、ツルミンって、なんか進撃の○人のア○ミンっぽいぞ。俺にはあんな賢い頭脳はありません……。後、髪の毛が少なそうに聞こえるから変えてもらうことにしよう。

それは置いといて、とりあえず、虚ろな目をしている二人に話しかける。

 

「そこの二人。俺が自動販売機に行ってる間に何があったんだ?」

 

比企谷が虚ろな目をしてるのは元からだから分かるが、雪ノ下までやつれた顔をしているのはちょっと何かヤバイ事があった気がしてならない。罵倒も無く、普通に話しかけている部分ですでに重症だと分かる。

俺からの疑問に、雪ノ下は深い溜め息をつきながら答えた。

 

「私には彼女があれだけ失敗を重ねれるのか、全く理解できそうに無いわ……」

 

その視線の先には、皿に盛り付けられた黒い物体……いや、黒い塊があった。

…………なんか予想より禍々しいデスヨ? もうクッキーと呼んだら、クッキーに失礼かもしれないくらいのレベルだ。念のために比企谷に問いかけた。

 

「……間違いなくクッキーを焼いたんだよな?」

 

「ああ…。ジョイフル本田の木炭みたいになってるが、最初はその予定だった」

 

「今は跡形も無い……という訳か」

 

「ちょっ、そこの二人! ま、まだ美味しくないって決まった訳じゃないじゃん!」

 

二人揃って、お通夜モードになりかけてる俺たちに由比ヶ浜がお皿を持って、必死にアピールしてきていた。

……確かにここまで苦い匂いが来るが、その健気な姿勢に感銘を受けた。

べ、別に今の由比ヶ浜の格好から、メイドさんを想像したわけではないぞ!

 

「まあ、見た目はアレだが食えないわけじゃなさそうだと思うんだが……」

 

「ホントにっ!? さっすが、つるみん!」

 

「おい、鶴見。コレをマジで食べる気かよ……。 馬鹿なの? 死ぬ気なの?」

 

俺が曖昧な返事をしていると、由比ヶ浜がキラキラした笑顔でめっちゃ喜んでいた。別にまだ食べるなんて一言も言ってないんだけど……。

一方、比企谷は驚愕した顔で俺を見ていた。いや、死ぬのはさすがに無いだろ、多分。

万が一は覚悟しないといけないと思うくらいで。

 

真っ黒な物体の前で、一向に手を進めず、時間だけが過ぎていく中、雪ノ下が突然立ち上がった。そして、突然の宣言。

 

「はぁ……。じゃあ、皆で食べることにしましょう」

 

「「はぁ!? 」」

 

俺と比企谷が、叫びを上げた。

え、雪ノ下さん、今までの俺らの話の流れ聞いてたの?遠回しに絶対に食べたくないって言ってんだよ?

だが、言った張本人は全く意に介してないようで話を続けた。

 

「もちろん、私だけ食べない、なんて卑怯なことは言わないわ。この依頼を受けた私にも責任があるのだし、その木炭…いえ、クッキーの失敗は分担して処理しましょう」

 

……正直、雪ノ下が自分からこんなこと言うとは思ってなかった。最悪、『鶴見君が全て処理しなさい』とでも、言われるんじゃないかと内心ヒヤヒヤだったんだが。

驚いたのは、比企谷も同じようで。

 

「…お前、ひょっとしていい奴なの? それとも俺のことが好きなの?」

 

「……比企谷君。やはりあなたが全部食べて死になさいよ」

 

「すまん、気が動転しておかしなこと口走りました」

 

みたいな、馬鹿なことを言っていたが。

これにて、一件落着!……ではなかった。

皆で食べる、つまり逆に言えば、みんながあの黒い物体Xを口に入れなければならないことになる。

それに気づいていたのか、比企谷が再度、冷や汗を掻きながら問いかけた。

 

「……それで、誰が最初に食べるんだ?」

 

「ハイ! 俺、三番がいいです!!」

 

「なっ!? 鶴見! お前に慈悲の心は無いのか!」

 

「うるさい! こういうのは早い者勝ちなんだよ!」

 

ふっ…勝った。この場合、味が分からない一番など論外。由比ヶ浜に一番をさせるのは気が引けるので、ベストな位置である三番を奪取した。

俺と比企谷が言い争うのを、雪ノ下が呆れ顔で見ていたが。

 

「結局、皆が食べるのだから、最初も終わりも変わりはないでしょう……」

 

そう言って、雪ノ下は皿を自分の方に寄せ、黒い塊を一つちぎった。

黒い塊を間近で見て、少し涙目になっていた気がしたが、目を閉じると意を決したように、黒い塊を一口かじる。

 

「……ッ!…………」

 

「ど、どう? 雪ノ下さん」

 

「え、えぇ…。だ、大丈夫よ」

 

一瞬、眉がピクッと反応したが、その後は無言で食べ切ってしまった。

若干、顔が青ざめているような気がするが、口に出さないってことは、そんなにまずくないってことなのか?

由比ヶ浜が問いかけても、あんまり反応返して無いし……。

その反応を見て、比企谷も、本当に嫌そうな顔をしながら、黒い塊をガリッと噛み砕いた。

 

「う!………んぐっ……」

 

「ヒッキー、どうかな?」

 

「…………」

 

比企谷も比企谷で、何かをこらえるような声を出して、何も答えてくれない。

あれ?コレ、三番選んだ意味無くない?

由比ヶ浜が、二人からあまり反応を得られなかったことで、若干涙目になってこちらを見ているので、良心がギギュッと締められる。

俺も仕方なく、黒い塊を手にとってみた。が、やはりなんとも禍々しい。

 

「つるみんは、答えてくれるよね?」

 

「……ええい、ままよ!」

 

仮面をつけた男みたく、未来の照準が決まらないまま、塊を口の中へ放り込んだ。

そして、力の限り噛み砕く。

その味の情報は、舌から入り、神経を伝って脳にダイレクトでその刺激を伝える。そして、脳から送られた命令を、自力で止める事は出来ず、口から言葉が飛び出た。

 

「うげぇっ! 苦い! 超苦い!! というか、マズ……ハッ!?」

 

ここまで言って、ようやく我を取り戻した。錆び付いたぜんまい人形のようにしか動かない首をギギギッと由比ヶ浜の方向に向けると……。

 

「……うぅ……ぐすん、えぐっ……」

 

「由比ヶ浜さん!? いや、あのね、今のはさ……」

 

由比ヶ浜はマジ泣きしそうになっていた。

必死に謝るために頭を回すが、その思考を凍結させる極寒の声が頭に響いた。

 

 

「鶴見君」

 

 

後ろを振り向くと、ブリザードのオーラを纏った我が部の部長、雪ノ下が視線で、俺を射殺していた。

その覇気にビビッて、ガタタッと椅子をにあたって大きな音を立てながら、後ろに後ずさる。質問したいことは、次から次に山ほど出てくるが、今は命を大事にしたかった。

 

「あ、あの、雪ノ下サン? なんであなたは、右手に包丁を持って、左手にクッキー(仮)の皿をもっているんですか!?」

 

「あら、これは偶然よ。包丁は何故か、気が付いたら持っていたわ」

 

ドンッと後ろの壁に背中が触れた。もう後ろには下がれない。前の時みたいに、ドアからも逃げられそうに無かった。

 

「ちょ、本当にヤバイって! 雪ノ下さん、目のハイライトが死んだまま、こっち来ると洒落にならないから!」

 

体がガタガタ震えながら、訴えかける俺の耳に、次の雪ノ下の澄んだ声はよく頭の中で響いた。それはさながら女神の審判のようで。

 

 

「鶴見君。男にとって、女の子を泣かせた罪は重いわよ」

 

 

この日、放課後に悲痛な男の悲鳴が聞こえたと言う情報が、校舎内にいた人達から、多くもたらされたらしい。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

職員室にて

 

『ぎゃあああぁぁぁ……』

 

「「「「 またあいつか…… 」」」」

 

「ハァ……。あの問題児はどれだけ私の苦労を増やすつもりなんだ……」

 

平塚先生は、今日一番の溜め息をついていたそうな。

 

 





毎度のように途中で切れました…。
やっぱり、時間が掛かっても長い方がいいでしょうか?

筆者も雷児のように、諦め悪く、泥臭く、真っ直ぐに頑張りたいですね……。


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彼ら、彼女らの努力の価値


更新すっごく遅くなってごめんなさい。

ちょっとシリアス?成分が多いのでサブタイトルも真面目です。
サブタイトルに意味はあまりないけど。キリッ

今回もクッキーの呪縛から逃れられなかったよ……(汗)


……何気に今まででこの話が一番長い。


 

 

 

「…………ん」

 

目を開けてみると、見知らぬ天井が見えた。頭の回転がまだ鈍いので、周りを把握するように、上下左右を見る。というか、腹が尋常でなく気持ち悪いんだけど……。

そう考えている内に、最近見知った目と視線が合った。まだピントボケをしているが多分、比企谷だろう。数秒間目線が合ったところで……。

 

「…………」

 

「…………。」

 

話しかけてこなかった。というか、視線を逸らしやがった。

絶対、俺だから声掛けないだけだよね? 由比ヶ浜や雪ノ下だったら、声掛けてるよね?

なんとなく確信めいた思いを抱きながら、体を起こす。

どうやら、家庭科室の床に寝かされていたらしい。どおりで体が痛いわけだ。

ちょっと間を置いてから、いかにも今起きましたよ的な感じで、ボソッと呟いた。

 

「……なんだ、比企谷か」

 

「……その残念そうな目でこっち見るのやめろ。昔を思い出しちゃうだろうが」

 

どうやら、ガン無視という訳ではないらしい。なんとなく今の手段は雪ノ下が使いそうかなと少し思ったが、今は気にせず、現状把握に努める。

 

「なぁ、比企谷。俺ってクッキー(仮)食った後どうなったんだ?」

 

雪ノ下の恐ろしい形相が見えたところまでは覚えているが、そこからの記憶がかなり曖昧だ。あと、口の中が超苦かったのも、強烈だったから覚えてるけど。

俺の言葉を聞いて、比企谷は少し思案してから、淡々と事実を話す。

 

「食った後に白目向いてぶっ倒れたぞ。その後、雪ノ下は何事も無かったように、次の作業に取り掛かったけどな」

 

「ひどい……」

 

雪ノ下は鬼か。まあ、相手側に過失がある時は、容赦しない性格だから仕方ないのかもしれない。

ふと思い至って、雪ノ下の方向を向くと、由比ヶ浜に身振り手振りを交えて、何かを伝えているようだった。それを見て、由比ヶ浜は首を傾げて「もう一回お願い!」と頼み込んでいる。雪ノ下は渋々、といった感じで、もう一度説明していた。

俺が気絶している間に、そんなに距離が縮まったのか。

まあ、この二人は相性的に仲良くなるとは思うんだけど。凸と凹みたいな感じで。

 

「比企谷。あの二人、何かあったのか…?」

 

そう比企谷に聞くと、思い出したように、俺が気絶していた間の事を掻い摘んで話し始めた。

由比ヶ浜のネガティブな発言を受けて、雪ノ下が「最低限の努力をしない人間に才能を羨む資格はない」「成功できない人間は成功者の努力を想像できないから成功しない」と辛辣に言い放ったらしい。

さらに、由比ヶ浜に反論もさせず、ちょっとした人格否定までしたそうな。

いや、人格否定は言いすぎじゃない? 確かに「あなたの人付き合いのスキルは、自分の欠点の原因を他人に押し付けてるだけよ」みたいな事を睨みながら言われたら、そりゃ甚だ理不尽かもしれないけど。特に由比ヶ浜に対して。

だが、話を終わる頃に、比企谷の顔に同情や恐怖といった負の感情はあまり無かった。

 

「……最終的には、逆に由比ヶ浜が雪ノ下をカッコいいと褒めてたけどな。建前を言わないのがカッコいいんだと」

 

「雪ノ下のそこに痺れる、憧れるってか? そりゃまあ、アイツはそういうの言わないからなぁ…」

 

誰がなんと言おうと、自分の思ったことは口に出すのが雪ノ下だ。引っ込み思案っぽい由比ヶ浜から見れば、その堂々とした振る舞いは、本当にカッコよく見えるのだろう。

 

……そう言えば、俺のクラスにも雪ノ下を崇めてる女子がいたな。正直ソイツは由比ヶ浜と違って、憧れとかではなく、ガチの百合らしいので全力で遭遇するのを阻止しているが。

おっと、少し話が逸れた。

 

「それで、今は雪ノ下さんの指導の下、絶賛特訓中って訳か…」

 

「いや、アレはどう見ても由比ヶ浜が、雪ノ下を振り回してるだろ」

 

俺がふむっと納得して頷くと、比企谷が呆れ顔で、料理をする女子二人を視線で指す。

どうやら、少し言い合いになっているようで…。

 

「違うの、違うのよ。隠し味とかは要らないの。あなたの手に持っている桃缶は、クッキーに入れないで、また今度食べましょう」

「えー!? 絶対入れたほうがおいしいよ! 多分、桃の甘さで、フルーツの味が出来るかもしれないし!」

「何一つ、美味しくなる根拠が無いのだけれど……。第一、桃なんて入れたら水分で生地が死んで、死地になるわ。止めておきなさい」

「う~ん。そこまで言うならやめておこうかなぁ…」

 

比企谷が、これで間違いないだろ、と言わんばかりの目をしていた。

 

「…こりゃあ、料理が出来ない俺でも、危険性が分かるな……」

 

「俺はあんな物体を二回も食ったらぶっ倒れる自信がある」

 

「それは、一回ぶっ倒れてから言えよ!」

 

結果的に、少ししか食べていない比企谷をジト目で見た。

しかし、確かにあれはひどい。雪ノ下が焦る姿なんて、ほとんど見たこと無いぞ。

蚊帳の外から見てるこっちとしては、結構楽しいんだけど。

 

その後も同じような問答を何度も繰り返し、由比ヶ浜のクッキーpart2をオーブンに入れる時には、二人とも肩で息をしていた。

 

「これで後は焼けるのを待つだけだね!」

 

「や、やっと終わったわ……」

 

超大作を仕上げ終わった、っていうくらい疲弊していた二人(主に雪ノ下)を見ていると、さすがに見て楽しむのは良くないと思い、労いの言葉を掛けることにした。

 

「お疲れさまだな、雪ノ下さん」

 

「あら、鶴見君。起きていたのね。体調が優れないのなら、そのまま最終下校時刻まで寝ていても良かったのに」

 

「……その体調不良とやらに追い込んだ誰かさんのせいで、今の言葉は皮肉にしか聞こえないんだけど」

 

「……誰のことかしらね。遠回しに鶴見君を戦力外通告するその人、許せないわ」

 

誤魔化すのか、反省するのか、ハッキリして欲しい。

後、何気に俺を卑下する言葉を言わないで欲しい。言っても無理かもしれないけど。

諦めたように俺が溜め息をつくと、むっと雪ノ下が俺を睨む。

 

「……あなた、あれだけの事をして謝る気が無いの?」

 

「へ? 俺が雪ノ下さんに何したって言うんだよ。むしろ被害者じゃないか……」

 

俺が反論すると、雪ノ下は後ろを肩越しにチラッと見た。

何かあるのかと思い、その方向に視線を向けると、由比ヶ浜が雪ノ下の背中に隠れて、小さくなっていた。どうやら俺は、本当に避けられているらしい。泣きたい。

 

「私じゃなくて、由比ヶ浜さんに言うことがあるでしょう?」

 

「つ、鶴見くん……」

 

あ、あぁ……。これは完璧に距離が開いちゃった感じだ。さっきまであだ名だったのが、元に戻っている辺りで。気を遣っているんだろうけど、むしろそっちの方がダメージでかい……。

こういうのって、謝るタイミングを逃すと、その後、すっげぇ謝りにくいんだよ……。

でも、実際傷つけたのは俺なんだ。変な意地を張るのは良くない。

頭をガシガシ掻いた後、ふぅっと息をゆっくり吐く。

そして、上体を直角近くまで一気に折りたたみ、頭を下げた。

 

「由比ヶ浜さん。さっきはごめんなさいっ!」

 

「…………」

 

対して由比ヶ浜は無言。目線を下に向けているから、顔を見れないのがさらに怖い。

一回のミスでも、人間関係が大きく崩れるなんてことは、別に珍しい事じゃない。

例え、「料理がマズイ」と言っただけでも、一生口を利いてもらえない夫婦もいるくらいだ。

本当にどうしよう……。とネガティブな思考が頭を埋め尽くす。

そこに投げかけられた一言は、春の日差しのように暖かかった。

 

「いいよ。あたしだって、悪かったトコあったし…」

 

頭を上げ、ほっと息をついた。どうやら、由比ヶ浜は予想以上に優しい子だったみたいだ。

少しでも評価を取り戻すために、由比ヶ浜のためになる条件を出してみる。

 

「次のクッキーは、出来るだけおいしそうに食べる努力をしてみるさ」

 

「うん!それでいいよ! …ってそれ、おいしくないって最初から決め付けてない!?」

 

「ち、違う! どんなクッキーでも、責任持って食べるって意味だってっ!」

 

「むぅ~。なんか、バカにされてる気がする……」

 

どうやら、考えてることが上手く伝わらず、また怒られそうになった。日本語って難しい。

横を見ると雪ノ下がちょっと優しげな目でこっちを見ていた。

 

「……由比ヶ浜さんは寛容ね。私だったら絶対許さないけど」

 

「……雪ノ下さんはもっと寛容になって欲しいっす、俺に対して」ボソッ

 

「何か言ったかしら? 夢見がち君」

 

「い、いえ! なんでもないですよ!」

 

ボソッと言っただけなのに、聞こえてたらしい。あと、夢見がち君って、『見』しかあってないんだけど。確かに夢見がちだから否定はしないけど。

 

「あ、あのさ……」

 

由比ヶ浜が、雪ノ下に遠慮がちに声を掛けていた。が、その雪ノ下を見る目は、俺が気絶する前とは違って、しっかりと意思がある。

 

「鶴見君のおいしくないって感想も、さっきの雪ノ下さんとおんなじで、真っ直ぐな本音だと思ったから、かな?」

 

「あれは、単に取り繕う暇が無かっただけよ。勘違いしてはいけないわ。由比ヶ浜さん」

 

「違う。俺はただ、頭より体が先に動くタイプなんだよ。言わば、野生の勘みたいな」

 

ハッキリ言って、これは言い訳だ。

さすがに、「全部本当です!」って言っちゃうと由比ヶ浜に失礼だろうし。

すると雪ノ下は、呆れたように溜め息をついて、こめかみに手を当てる。

 

「はぁ……。それは、一般に『単細胞』と言われる人種よ。あなたの悪い所だわ。考え無しで突っ走るから」

 

「一言多いぞ、雪ノ下さん。良いじゃないか、真っ向勝負、ど真ん中ストレート」

 

裏があったり、変に捻じ曲がっているよりも、分かりやすくていいと思う。もしかしたらここらへんの思考が、平塚先生と話が合うのかもしれないな。

目の前の由比ヶ浜が、俺と雪ノ下の様子を見ながら、クスッと笑った。

 

「ほら、二人とも素直で何も飾ってない気がするじゃん。ね? ヒッキーもそう思うでしょ?」

 

「お、おう……」

 

今まで、だんまりだった所でいきなり話し掛けられたので、比企谷の体は、中途半端に固まっていた。その目は、「急に話し掛けんじゃねぇよ、あとその笑顔こっち向けんな」とでも言うかのような感じだ。口には出してないけど。

比企谷は、取り繕うようにオーブンの方に視線を向ける。

 

「お前ら良いのか? クッキー見てないと、さっきみたいに焦げるぞ」

 

「あ、そうじゃん。ちょっと忘れてたかも」

 

まだ、入れてからそんなに時間経ってないと思うんだけど…。ま、いいか。

由比ヶ浜の方は、ちょっと重症な気がしてきた。将来の家が火事にならないか心配である。

比企谷の言葉を聞いて、雪ノ下が、まるで命令を出すように、腕を組んで、俺含め三人に伝える。

 

「じゃあ、焼きあがるまで少し待ちましょう。私がいる限り、火事にはならないわ」

 

「え? 火事? そんなおおげさには、ならないと思うけど……」

 

由比ヶ浜が、いくらなんでもオーバーじゃない? と首を傾げていた。

すると、雪ノ下が、めったに見せない満面の笑顔で俺を見てきやがった。

 

「昨日、家庭科室でボヤ騒ぎを起こした人がいるの。誰とは言わないけど、注意して欲しいわね」

 

そう言いながら、絶対に視線を俺から外さない。

比企谷は、雪ノ下の目で全てを悟ったようで「マジか、あの騒ぎの犯人ここにいたのかよ……。ファイナル・フュージョン、承認か……ぷっ」と小声で、噴き出していた。

めっちゃ、比企谷殴りたいんですけど…。

でも、押さえろ俺。黒歴史は、あくまで、大人数にばれなければいいのだ。

この二人は、幸か不幸か、交友関係はそんなに広くない。なら、由比ヶ浜にばれなければいい話だ。案の定、由比ヶ浜はちょっと驚いた顔をしているが、俺は視線の対象外らしい。

主に雪ノ下と話をしていた。

 

「あ、私も噂で聞いた! 確かE組の調理実習であったんだよね?」

 

「ええ。そうよ」

 

「確か、犯人は男の子だったとか言ってたけど…」

 

「そうらしいわね。由比ヶ浜さん、誰なのか検討が付くの?」

 

「そこまでは、言ってなかったけど……でも、後で調べれば何とかなると思う!」

 

「!?」

 

一瞬にして、余裕の感情が無くなった。なんでそこまで分かってんだよっ!?

 

由比ヶ浜結衣。彼女のリア充情報網がハンパなかったことを、これほど恐怖に思ったことは無い。

真犯人が分からず、事件が迷宮界入りして、話が終わることを切実に願った。

 

 

~~~~~

 

 

……数分後。

 

「え! あの騒ぎって鶴見君が起こしたの!?」

 

「ははは、ははっ……、はぁぁ……」

 

見事に真相に辿り着かれました。

あまりに早すぎて乾いた笑いしか出てこない。どんな名探偵だよ、本当に。

 

「……とりあえず、今は聞かないでくれません? 心がヤバイんで」

 

「う、うん。約束する」

 

俺がもう止めてくれとハンドサインを送ると、由比ヶ浜は納得してくれたようで、追及するのをすんなり止めてくれたので助かったけど。

 

「おーい、そろそろ焼けんぞ」

 

間延びした比企谷の声で、オーブンへと意識を集中させる。中からはいかにも美味しそうなにおいがしてきた。

雪ノ下がオーブンを開け、クッキーを皿に移す。

ちょっと焦げ目が付いているが、クッキーだ。クッキーと言える物が出来ている。

やべっ、ちょっと感激して涙が出てきた。

だが、由比ヶ浜と雪ノ下はあまり納得がいっていないようである。

 

「う~ん、なんか違う……」

 

「どう教えれば上手く伝わるのかしら……」

 

「そうか? さっきのに比べれば相当美味そうなんだが。…なぁ、これ食ってもいいか?」

 

「……由比ヶ浜さん、この男にまともな感想は期待できないけれど、それでもいいかしら?」

 

「ちょっと不安だけど……良いよ!」

 

その聴き方だと俺はまともじゃないみたいに聞こえる。てか、雪ノ下はそのつもりで言ったんだろうけど。不満を抱えながら、皿へと向き直る。

 

「……じゃあ、いただきます!」

 

そう言って、クッキーを恐る恐る掴み、由比ヶ浜の方を向くと、すごく期待してる目をしていた。そんなに見られても困るんですけど……。

さすがに二回目は良い所を見せようと、口の中にクッキーを放り込む。

 

サクサクジャリサクサク……ゴクン。

 

「ど、どうだった…?」

 

俺の言葉がどんな物か想像が付かないのか、由比ヶ浜が不安そうに聞いてくる。

そして俺はそれに一言。

 

「普通に美味しいぞ!普通に」

 

あまりに普通においしいので、二回言ってしまった。それほどこれは重要だ。

だが、その言葉を聞いて何を思ったのか、すっごく落胆したように肩を落とす二人。

 

「……はぁ。やっぱダメかぁ…」

 

「もう一度、最初から作り直す必要があるようね」

 

「ちょっと待って!? 俺、おいしいって言ったんだけど…」

 

俺がそう言うと、雪ノ下が、ん?と首を傾げた。どうやら、俺と二人の認識が噛み合っていないみたいだ。

比企谷はその違いに気づいたようで、目線だけは窓の外に向けながら話す。

 

「鶴見。お前は、雪ノ下のクッキーを食べてないから、そういう風に見えるんだ」

 

「えっ? 三人だけで食べちゃったの? 俺に一枚も残さずに? あの、雪ノ下…さんのめっちゃおいs…、上品なクッキーを?」

 

「何でそんなに、会話に疑問系が多いんだよ……。てか、上品なクッキーって何?」

 

俺の反応に、若干引き気味で答える比企谷。必死さが顔に出てたかもしれない。

俺はゴホンと咳払いして話を元に戻す。

 

「そ、それで、俺が雪ノ下さんのクッキーを食べて無い事と、今の由比ヶ浜さんのクッキーの感想にどんな関係があるんだよ?」

 

俺が、まるで意味が分からんぞ、とばかりに聞くと、比企谷が待ってましたとばかりに口元を歪ませる。

つまり、ここから何か、この状況に対して持っている切り札を出すつもりだろうか。

 

「雪ノ下のクッキーはレベルが高かった。ス○ラおばさんのクッキーかと思ったくらいだ。……が、由比ヶ浜の今のクッキーは普通だ。悪く言えば、平均以下かもしれない」

 

「何気にヒッキー、ひどいこと言ってるし!」

 

由比ヶ浜が、ぷくっと頬を膨らませながら言っても、どこ吹く風である。

 

「人の話を聞け、お母さんに言われなかったのか。……とにかくだ。二人は由比ヶ浜のクッキーを雪ノ下並みのおいしいクッキーにしようとしてる。その認識でいいんだよな?」

 

「ええ、そうよ。何か問題でも?」

 

比企谷の質問に、雪ノ下が至極当たり前だと堂々と答えた。

……というか、やっぱこういう時には、俺の方向を見てないのは何でなんだ。もう、ちょっと慣れ始めたけど。

脳内で、若干ネガティブになっている俺など眼中に入れず、比企谷は雪ノ下の言葉を聞いて、フッと優越感に満ち溢れた顔をした。

 

「ふぅ~…。…どうやらおたくらは本当の手作りクッキーを食べたことが無いと見える。十分後、ここにきてください。俺が“本当”の手作りクッキーってやつを食べさせてやりますよ」

 

……言い方がちょっとイラッと来るんだが。これも比企谷の策略なんだとしたらすげーんだけどな。現に目の前の女の子は、ムッとなって、お団子髪を揺らしながら比企谷を睨んでいる。

 

「何ですって……。上等じゃない、十分後、楽しみにしてるから!」

 

そう言って、由比ヶ浜は雪ノ下を引っ張って廊下に出て行こうとする。

なんか、意外だった。普通、雪ノ下が連れて行くような気がするんだけどな…。

出て行く二人から目線を外し、比企谷を見るが……

 

「……なんか忘れ物でもしたのか?」

 

「いや、そういうわけではないんだが……」

 

視線に敏感なのか、すぐに気づいた比企谷が怪訝な目で見てきた。まあ、買ってきたパックを除けば俺が持って来た物なんて無いしな。

だけど、聞きたいことはあった。

多分、由比ヶ浜にはこの勝負で料理よりも大切な物があると、俺は思っていたから。

比企谷は、それをどう思っているか聞きたかったのだ。

 

「なぁ、比企谷。由比ヶ浜の料理の特訓は、無駄だと思うか?」

 

比企谷は、少し答えに窮したようだが、一度口を開くとスラスラと言葉が出てきた。

 

「……さあな。けど、由比ヶ浜が、上手くなる見込みの薄い料理をするよりは、他の事をやった方が良いと思うぞ。人付き合い上手そうな見た目してるし」

 

「そうか……」

 

つまりは肯定だ。別に悪いって訳じゃない。ただ、比企谷と俺とは、考え方が違うと改めて分かっただけだ。

例えば、どうしても倒せないラスボスがいたとして。

比企谷は、無駄に頑張るくらいなら逃げるという選択肢を選ぶ。

俺は、無駄かもしれない頑張りを信じて、逃げるというコマンドを選ばない。

多分、それだけの違いだろう。俺の方が印象だけは良くは聞こえるが、どちらも対して変わらん。結局、ボスには勝ててないんだから。「それでも」と声に出す。

 

「俺は、そうは思わないけどな。本当の意味で無駄な努力なんて無い。子供の時から、そう思ってきたんだ」

 

「……随分昔から、大層高い理想を掲げてたんだな」

 

俺が、強い口調で比企谷の言葉を否定すると、皮肉を込めた嫌な笑顔で返された。

しかし、そんな事で言うのを止める俺ではない。こっちは十年近く、周りから見れば、『無駄な努力』を続けてきたんだ。ドアの向こうにいるアイツに勝てるように。

これは、人生経験から得た教訓だ。まだ十六年しか生きてないけど。

比企谷に負けず、母親譲りの鋭い眼光を返す。そして、口元はニヤリとして。

 

「あぁ、そうだな。確かに理想だ。でも、無駄な努力だろうと、最後には必ず勝つ。そう信じてるからな」

 

「……正義や主義は持たないんじゃなかったのか?」

 

「うげっ……。よく覚えてるな、そんな言葉」

 

俺がその時を思い出して苦笑いすると、今までの空気が一気に弛緩する。

険悪だったムードも、無くなるまではいかないが、少し緩んだようだった。

比企谷が、手元のクッキーを一枚掴み、ヒラヒラと揺らしながら俺に言った。

 

「……準備するから、外出ててくれ」

 

「おう。俺も寄るトコあるしな。お手並み拝見、といこうじゃないか」

 

これで、俺らの会話は終わり。俺は、比企谷に背中を向け、家庭科室の敷居を跨いだ。

 

 

~~~~~

 

 

後ろ手で、やっぱり固いドアを無理矢理閉めると、少し離れた所から声を掛けられた。

 

「出てくるのが遅かったわね。男二人で何を話していたのかしら?」

 

声の方向を見ると、雪ノ下が腕を組んで立っていた。若干、軽蔑の眼差しを送っているのは何故だ。別にやましいことなんて話してないと思うんだが。

俺を見て、不機嫌そうに髪を払う彼女の後ろで、由比ヶ浜がスマートフォンを普段からは想像もつかない早さで操作していた。多分、そろそろ最終下校時刻なので、誰かに連絡メールくらい打ち込んでるのかも知れない。

とりあえず視線を戻し、雪ノ下さんに体ごと向きなおす。

 

「いや、特に重要なことは話してない。まあ、比企谷と話して、会話からヒントを得ようとしただけだ」

 

ふーん、と興味なさ気に聞いていた雪ノ下だったが、『ヒント』という言葉に、ピクッと物音を聞いた猫みたいに反応した。

数瞬の間の後、フフッとまるでいたずらっ子のような、意地の悪い笑顔になる。

しかし、比企谷のように見る者を遠ざける笑みではなく、逆に虜にさせるような笑顔だ。

ほんの僅か、見蕩れている俺の内心は他所に、俺に話しかけてくる。

 

「……まだこの勝負、諦めてなかったのね。意外……でもないのかしら」

 

だが、表情は一転して心配…というよりは、どうやって活路を見出せるのか分からない、と顎に手をおいて、首を捻っていた。

 

「でもどうする気なの? 料理は、私どころか並以下。もし比企谷君が…いえ、あの男が万が一にも有り得ないけれど、私と同等の解決方法を出してきたら、それこそあなたには勝ち目が無くなるわね」

 

「おう、まだ勝ち目は見えないな。だから、今から探しに行くんだが……」

 

「……鶴見君。あなた、それなのによく堂々としていられるわね……」

 

その返答に俺も頷く。正直、あんだけ啖呵を切っておきながら、活路なんて全く見えていないのである。もう一つの最終手段はもう構築してあるんだけど。

 

由比ヶ浜作、『物体X 別名ダークマター』の試食係。

 

背に腹は変えられない。発癌リスクが何パーセントか上がるかもしれないが、勝負のためなら俺は望んで、レートに賭ける。

……まあ、約束のこともあるっちゃあるからな。喜んで受けておこう。

 

てっきり俺に起死回生の打開策があるとでも思って、少し身構えていた雪ノ下だが、俺の言葉を聞いて、カクンと肩を落とした。すっかり気が抜けたようだ。

その様子を見ながら、自分が行かなくてはいけない場所があることを思い出した。

 

少し聞き耳を立てていたのか、バレない様に流し目でこちらを見ている由比ヶ浜と、気の抜けた体勢を立て直していた雪ノ下に、一言掛ける。

 

「じゃあ、二人とも。俺はちょっと探し物があるから、少し席を外す。多分、比企谷の言った時刻にはギリギリ戻って来れると思うから」

 

そう言って、俺は階段のある方へと歩き出した。早くしないとタイムリミットの十分なんてすぐ来ちゃうからな。ちょっと駆け足で行かないと間に合わないかもしれないし。

 

「鶴見くん、一体どこ行くの?」

 

だが、数歩進んだあたりで、後ろから元気な声が聞こえた。多分、由比ヶ浜の声だ。

立ち止まり、半身で顔だけを後ろに向ける。場所を言うべきかどうか少し迷ったが、結局はバレてしまうだろう。素直に言うことにした。

 

「図書館だ。ちょっと借りたい本があってな」

 

「へぇ~。どんな本借りるつもりなの?」

 

「…………」

 

……こういう急いでる時って、相手に悪気が無くても、焦ってるからイライラしてしまうんだよな…。これ以上言ったら、マンガで言う、次回作のネタバレになってしまうし!

変なポーズのまま固まって俺は返答に困っていたが、雪ノ下が呆れたような声で言った。

 

「由比ヶ浜さん。この男にも、遺憾な事に忙しい時があるのだから、その質問は後にした方が良いわ。結局、最後には分かってしまうのだし」

 

「ちょっと気になるんだけどなぁ……」

 

雪ノ下……。一言多いような気がするが、とりあえずは心の中で感謝する。

由比ヶ浜はその本が気になるようで、指をモジモジさせていた。その仕草は止めるんだ! なんというか心にグッと来る物があるから! 

 

「……早く用事を済ませてきなさい。万が一、遅れでもしたら許さないわよ」

 

「りょ、了解!!」

 

雪ノ下の視線が突き刺さり、返事の勢いそのままに、逃げるように廊下を走り始める。

残り時間は約八分。

その間で、絶対に勝利の方程式を見つけてみせる。

 

 

「さあ、ここからはタイムアタックだっ!!」

 

 

 

「鶴見君。廊下を走って良いなんて、私、一言も言ってないわよ」

 

「あっ、ハイ。スイマセン」

 

 

……我が部長は、無駄に規律に厳しかった。

 

 

 





またまたなんですが、テストが近いので活動がストップすると思います。
スイマセン。(><)
更新は早くても、一ヵ月後になるかと……。

次回でクッキー編を終わらせるため、ちょくちょく頑張ります。



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彼の解決方法は爽やかスマイルである(嘘)


本当に久しぶりの投稿で申し訳ないです……。


と、とりあえず本文どうぞ!




 

 

「ごめん! ちょっとそこどいてッ!!」

 

ビュンッ!!

 

「うわっ!? あっぶねぇ!」

「なんなのよ、今走ってった奴!」

 

 

高速で後ろに流れる視界。俺は今、特別棟の廊下を激走していた。

 

全力疾走ではないにしても、徒歩を義務付けられている学校の廊下で出して良いスピードでは無く、ぶつかったらかなり危ないことは間違いない。今もカップルの間をギリギリですり抜けた。

……チッ。あと、数センチ横にずらして校舎内で交通事故が起きていたかもしれないのに。

普段なら、これよりもう一つ速度を落として走るのだが、今回は緊急事態だ。一刻も早く家庭科室に着かなくてはいけないのだから。

その家庭科室のプレートを視界に捕らえた。

 

「おっと!」

 

そう口に出したと同時に両足に体重を掛ける。地面との間に発生した摩擦によって、上履きからキュキューッと甲高い音と熱が発生する。

無理矢理ブレーキを掛け続け、速度がゼロになったときには、家庭科室のドアがすぐ隣にあった。

 

「よし! 間に合った……のか?」

 

「はぁ……残り13秒。時間に間に合わせる前に、鶴見君には学校のモラルを守って欲しいわね……。さっき言われたことさえ忘れたのかしら、この鳥頭君?」

 

「さすがに鳥頭は言いすぎだ。別にルールとか守らないだけで……スイマセンでした」

 

呆れの混じる冷たい声が聞こえ、上を見上げると、雪ノ下が諦観にも似た目で俺を見ていた。

またもや背後には怖いオーラが見える。思わず、即座に謝ってしまったぜ。

そういえばさっき、「廊下を走って良いなんて言ってないわよ」とか言ってたよな……。

おぉ、やばい……。十分も経たない内に命令を破ってしまった。

次にどんな言葉が掛けられるのか怖さでブルブルしている俺に、違う方向から声が聞こえた。

 

「な、なんか今のすごかったね!! こう、ビュワーンっと!」

 

由比ヶ浜が身振り手振りで、今の俺の速さを表現しようしてるのかよく分からないが、手をワチャワチャ動かしていた。俺を少しでもフォローしようとしているのだろうか。

すごいと言われて嬉しいっちゃ嬉しい…のだが、雪ノ下は相変わらず眉をひそめていてそんな気にあまりなれない。

 

「由比ヶ浜さん、褒めては駄目よ。この男はすぐ調子に乗って増長するから」

 

「え? でもさっき雪ノ下さん、小学校の話でちょっと褒めてたような----」

 

「そういうことを言っているのではないのよ由比ヶ浜さん。あくまでこの男の現在のマナーの悪さを言っているであって、昔のことは関係ないわ。あと廊下を走るという行為自体に問題があるのだから、それをすごいと言うのは根源的に間違っていると思うの」

 

「ご、ごめん……」

 

お前は俺のお母さんか。どれだけ厳しい教育する気だ。雪ノ下に子供が居たらその子供大変だろうなぁ……とか思ってしまう。

とりあえず息をしっかり調えてから、ドアを指差して二人に声を掛ける。

 

「堅い話は置いといて、そろそろ入ろうぜ。比企谷も待っていることだろうし」

 

「……何故あなたが仕切ろうとするのかしら。一番遅れたのはあなたでしょう?」

 

「えー…。ちゃんと時間には間に合ったのにか?」

 

「それとこれとは話が別よ。ちゃんと反省しなさい」

 

「ぐっ…………ごめんなさい」

 

歯向かいたくなる気持ちもあるが、ここはぐっとこらえることにした。答えるまで間があったのは、俺のなけなしの反抗である。

ちょっとだけ反抗期な俺とは違い、すぐに思考を切り替えたのだろう雪ノ下がコンコン、とドアをリズムよくノックする。

中から、「どうぞ」と抑揚の無い比企谷の声が聞こえ、俺達は顔を見合わせる。

俺が先に入ってくれと無言で二人に促すと、雪ノ下を先頭に、由比ヶ浜、俺の順番で家庭科室へと入っていく。

 

「さっき、随分と騒がしかったな。何かあったのか?」

 

「いいえ、何もなかったわ。強いてあげるなら、そこの男が高速で家庭科室に突っ込もうとしたことくらいかしら」

 

「それ一大事じゃねえか……」

 

雪ノ下と比企谷の会話を聞きながら、俺も比企谷のいる家庭科室の一角へ近づく。

……というか、二人とも俺を危険物扱いしないで下さい。

 

ふて腐れながら、のそのそと歩いていると、比企谷が俺に向かって不思議な物を見るような目を向けてきた。

 

「……? 鶴見。お前、何か探しに行ったんじゃなかったのか」

 

……うん。誰かから言われると思った。

行く前には、「図書館で何か借りてくる!」とか、「勝利の方程式を見つける!」とか、カッコよく言ってみたのだが、結論から言えば。

 

借りたい本が借りられていたのである。

 

借りたい本とは、お菓子の作り方の書いてあるごく普通の本だったのだが、それはそれは見事に借りられていた。五冊くらい目星をつけてあったのに全部借りられていたのだ。

……誰だよこんなにお菓子作りたい奴! 一冊くらい残してくれよ!

と叫びたかったくらいだ。しかし、そうも言っていられず、というか時間も無かったので、急いで戻ってきたという、まさに滑稽な結果になってしまったのである。

 

「あぁ……。それ、無かったんだよ。とある事情で持って来れなかった」

 

俺が、ちょっと悔しくて俯きがちに言うと、雪ノ下が後ろを振り返って、こちらを凝視してきた。

それは残念だったわね、とか慰めの言葉を掛けてくれるのかと少し期待したのだが……。

 

「さっきまであれだけ大口を叩いていたのは、どこの誰だったかしら? 本当に無様ね」

 

「くっ……だ、だけどこれは仕方が無いというか何というか……」

 

「そうやって言い訳しないで頂戴。見苦しくて、視界にすら入れたくないわ」

 

「ぐぅ……! マジでそれ以上は勘弁してくれ……」

 

見事なまでの精神への追撃をしてきやがった。どこまで本気でどこまで冗談なのか分かんないので、全て本心から言っているかもと考えてしまうと、グサグサと言葉の棘が刺さって本当に痛い。

もう聞きたくないとばかりに耳を押さえてうんうん唸っていると、その様子に満足したのか、雪ノ下は比企谷のほうに体を向きなおした。

 

「そこで頭を抱えている男は置いといて、比企谷くんの『本当の手作りクッキー』とやらを見せてもらえるかしら?」

 

「雪ノ下、お前って本当に容赦無いな」

 

「あら? 比企谷くん、この部活ではこんなこと日常茶飯事よ。心の強い人なら、これくらい耐えられるもの」

 

「それもう、一種の猛者じゃねえか……。お前、部活メンバーの精神削り殺す気なの?」

 

比企谷がうんざりした顔をしているが、その言葉は自分も言い表してるんだぞ!

つまり、ここに入れられた時点で、お前もその猛者と言うことだ。俺は、ほぼ自分から入ったから、猛者のさらに上だもんね!……ごめん、半分くらい平塚先生に脅される形だったわ。

入らないと、もう少しで抹殺のラストブリット食らわされるところだった。今思い出しても怖い。

その猛者たちを取り仕切る雪ノ下も、比企谷にそこまで言われると考えを変えたのか、真剣な面持ちになる。

 

「……なら、少し検討しておくわ。それよりも今は由比ヶ浜さんの依頼の完遂よ。早く手作りクッキーを見せなさい」

 

「これだ。この皿の上に乗せてあるやつ」

 

「これって……さっきの?」

 

雪ノ下はそのクッキーを見て首を傾げていたが、少し後ろを振り向き、由比ヶ浜を見ていたから、多分ある程度分かっているんだろう。

雪ノ下の視線を感じてか、由比ヶ浜もヒョコッと横からそのクッキーを覗き込み、笑いを堪え切れず噴き出した。

 

「ぷはっ、大口叩いたわりに大したことないとかマジウケるっ!食べるまでもないわ!」

 

「……ま、まあ、そう言わずに食べてみてくださいよ」

 

比企谷が、笑顔で由比ヶ浜に食べるよう促す。だが、その引き攣っている笑顔が、隠し切れない怒りを表していた。俺から見てもちょっと怖い。

一方、比企谷に食べるよう促された由比ヶ浜は、半信半疑でクッキーを摘む。それに習って雪ノ下と俺も一つ、焦げ目のついたクッキーを手に取った。

 

「そこまで言うなら……い、いただきます」

 

「……」

 

パク、サク、サク。と二人から小気味良い音が響き、両者とも目を閉じてその味を審査するようにゆっくりと噛み砕く。

その様子を俺と比企谷は無言で見ていたが、突然由比ヶ浜が目をクワッと見開いて、比企谷を見る。その妙な迫力に、体が強張ってしまった。

 

「特に特別何かあるってわけじゃないし、ときどきジャリってする! はっきし言ってそんなにおいしくない!」

 

取り繕わないで言われたその言葉は、本当に素直な感想なのだろう。

「このクッキーはおいしくない」

それが、比企谷のクッキーへと言った、真っ直ぐな感想だ。

俺がその言葉言われたら、多分泣いて帰るだろう。こういう精神的メンタルは弱いし…。

案の定、その言葉を受けた比企谷は、そっと目を伏せると、クッキーの入った皿を机から取り上げ、くるりと回ってゴミ箱のほうに歩き出した。

 

「そっか、おいしくないか。…結構頑張ったんだけどな。……わり、これ捨てるわ」

 

「ごめん……ってちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

「……何だよ?」

 

その比企谷の手を掴んだのは、由比ヶ浜だ。比企谷が振り返ると、由比ヶ浜は返事もせず無言でその皿を奪い、その上にある、形も大きさもバラバラなクッキーを掴んで、口へと流し込んだ。

口に入れた全部のクッキーを食べ終わると、顔を伏せて比企谷にこう答えた。

 

「べ、別に捨てるほどの物じゃないでしょ。……言うほどマズくないし」

 

「……そっか。満足してもらえるか?」

 

その言葉を受けて、比企谷はフッと笑いかけた。

……ちょ、今の笑顔はやべぇだろ! 目を閉じて笑ってる分、腐った目のマイナス点が無くて、イケメン度が普段の三割り増しだぜ!?おもわず俺までドキッとしちまった。

その笑顔のせいなのか、夕日のせいなのか、由比ヶ浜は無言で頷くと、プイッと顔を逸らす。

その様子は傍から見れば、付き合いに慣れない男女二人のようなシチュエーションに見えなくもない。

こういう甘ったるい空気が苦手な俺にとっては、今すぐブラックコーヒーが欲しい展開であった。

……まあ、それもさっきとは打って変わって、してやったり顔しているこの男には通用しないんだろうけど。

 

「ま、それは由比ヶ浜がさっき作ったクッキーなんだけどな」

 

「……は?」

 

しれっと、何もなかったかのように比企谷が答えを告げた。

その答えに由比ヶ浜は、どういう事か全く分からないようで、アホみたいに口をぽかんと開けていた。

ここで、俺が『ドッキリ大成功!』のプラカードでも持っていたら、さぞかし決まっていたことだろう。さすがに雪ノ下に怒られるか。

 

「えっ、えっ!?」

 

未だに理解できていない由比ヶ浜が不憫に思えたので、まだ口にしていなかったクッキーを少し齧り、ちょっとだけ声のトーンを落として比企谷に問いかける。苦味によって渋い顔になっていて、緊張感が出ているはずだ。

 

「もうネタ晴らししてもいいんじゃないか? 比企谷」

 

「復活したのか……ってお前、俺の考えてること分かってたのかよ?」

 

怪訝な目を向けてくる比企谷。そりゃ当然だろう。何も言われて無いんだから。

でも、分かるんじゃなくて『未来を知ってる』んだけど。……まあ言ったところでこうなる。

 

『俺、未来を知ってるんだ』キリッ

 

『『うわぁ……』』

『鶴見くん……病院行く? 良い精神科を紹介するわ。』

 

……うん。言うとみんなから痛い目で見られるどころの騒ぎじゃなくなるから止めておこう。

もしかしたらあったかもしれない世界を想像しながらも、不自然にならない返答を探す。

 

「大体だが見当はつく。仮にも同じ男子だからな」

 

思いついた適当な理由で誤魔化すと、比企谷は鼻で笑って視線を逸らした。

 

「ハッ……そういう奴ほど、的外れなことを言うんだよな。ソースは中学時代の友達の友達」

 

「な、なんか、トラウマ抉っちまってゴメン……」

 

「ばっか、お前。謝んじゃねえよ。友達の友達って言ってるだろうが」

 

しかし、比企谷の別のトラウマスイッチをポチッと押してしまったようで、何となく俺まで沈んだ気持ちになってしまった。二人揃って気分をどんよりさせていると、痺れを切らしたのか雪ノ下がジロッと睨んできた。

 

「……結局、二人して何が言いたいのかしら?」

 

比企谷と俺、この場合は主に比企谷の言いたいことが分からず、かなりご不満らしい。

若干置いてけぼりを食らい、不機嫌になっている雪ノ下に優越感を持ったのだろう、比企谷が少しニヤリとした。

 

「お前らはハードルを上げすぎてんだよ。雪ノ下、ハードル競技の一番の目的は何だと思う?」

 

「ここでその話題を出す理由がいまいち分からないのだけれど……。一位を取ることではないの?」

 

「それも正解の一つだ。だが、その為に絶対ハードルを飛び越えなきゃいけないというルールは存在しない。だから……」

 

「ハードルをなぎ倒そうが、吹き飛ばそうが、下を潜ろうが構いはしない。……って訳だろ?」

 

蛇足だが、ハードルはちゃんと跳んだほうが早い。じゃなきゃ、今頃世界陸上のハードル競技は吹き飛ばされたハードルが飛び交う戦場になっているだろうし。

だが、ここでそういうことを言うのは野暮だ。

比企谷の言うであろう言葉だけをドヤ顔で奪うと、比企谷は心底驚いていたようで、普段はドヨーンとしている目が見開かれ、俺から二歩三歩と距離を離す。何故か胸の前で腕を組んで、上半身をガードする体勢に入っていた。あれ? 何かデジャヴ?

 

「鶴見って俺のストーカなの? ちょっ、冗談でもそれは止めてくれない?」

 

「あなた、前からもしやとは思ってはいたけど……。ごめんなさい、気づいてあげられなくて」

 

雪ノ下も雪ノ下で俺の心を抉ってきた。……前から思っていたってどういうことだ!?

さすがにそんな特殊な趣味は持ち合わせていないので、早急に取り消しを求める。

 

「男にストーカする趣味なんてねえよ!……あ、念のために言うが、女子にもストーカーするつもりは無いから! 雪ノ下さん、由比ヶ浜さんに俺を見せないように目隠しすんの止めて!」

 

選んだ言葉が悪かったのか、何故か更に女子二人からも距離が開いていた。もしかしてホモ疑惑は取り除けたけど、ストーカー疑惑は残ったの?どれだけ不審人物に思われてんだよ、俺……。

 

「この男子二人、ちょっと怖い……」

 

「なんで俺まで入ってんだよ……。今のはどう考えても鶴見だけだろうが」

 

「由比ヶ浜さん、安心しなさい。あなたを決して危険な目に合わせないから」

 

「ゆきのしたさん……」

 

不満を言う比企谷など見向きもせずに、雪ノ下が凛々しい目付きで由比ヶ浜を諭していた。

……それ主人公がヒロインとか守る時に言うセリフでしょ? 何でお前が言うの?

由比ヶ浜、見蕩れてうっとりしちゃってるし。

雪ノ下は、男子二人に今の行動を見られたことが恥ずかしかったのか、少し頬を朱に染め、コホンと軽く咳払いをして少し強引に話を進める。

 

「と、とにかく。 あなた達の言いたい事は分かったわ。……手段と目的を履き違えていたという訳ね」

 

「……まあ、そういうことだ」

 

比企谷は、釈然としないと言った感じに、渋々だが首を縦に振った。

 

「せっかくの手作りクッキーなんだ。手作りの部分を強調しなくちゃ意味がない。店と同じようなクッキーを出されるよりも、少し味の悪いクッキーの方がいいんだよ」

 

「……ほ…がいいの?」

 

「あん?」

 

比企谷の言葉に反応したのは、意外にも由比ヶ浜だった。

この場の全員に見られ、伏せ目がちだった視線はさらに下を向く。が、意を決したように比企谷を見て言った。

 

「おいしくないほうが…いいの?」

 

至極正しい質問だと俺は思う。

仮にも男の子に手料理をあげるんだから、それが美味くなくていいと言われたら不安にもなる。

由比ヶ浜の、下から見上げる+少し涙目のコンボで、頬を若干染めた比企谷が、頬を掻きながら答える。

 

「まあ、その、なんだ……上手に出来なかったとしても、『頑張って作りました!』ってアピールすれば、悲しいことに男心は揺れるんだよ」

 

「……どうも信憑性に欠けるわね。一応、保険として聞いておくけど、鶴見くんはどう思うの?」

 

「…………えっ! 俺!?」

 

比企谷の持論に納得し切れなかったのか、雪ノ下は唐突に俺へと話を振ってきた。

というか聞かれても、聞くことに徹し過ぎて何も考えてなかったんだけど……。

どんな答えを言えば良いのか分からず、頭をガシガシ掻いてみても出てくるのはボツ案ばかり。

思考がごちゃごちゃになってオーバーヒートしそうだったので、思い切って逆に素直に言ってみることにした。

 

「多分、男としては嬉しいんじゃない……か? そりゃ、その人の気持ちが入っている物だから」

 

「質問と違う答えが返ってきたわね……。私は何故そう思うのか、その根拠を聞いているのよ」

 

「こればっかりは……ちょっと待って」

 

雪ノ下さんマジで厳しいッスよ……。彼女の辞書に妥協という文字はないらしい。

しかし、こういう、人の感情に理屈をつけろと言われる方が困ってしまう。

俺なりに考えをまとめながら、比企谷、由比ヶ浜を含め、全員につっかえながらも話し始める。

 

「えっと……極端な話なんだが、女子全員が……人類全員でもいいかもしれないけど、料理がすごく不味かったとする。つまり味に優劣がつかない世界だ。そうなると、料理の味は評価基準から外れるはず」

 

「……まあ、当たり前だな」

 

比企谷がその世界を想像したのか、苦い物を食べたようなしかめ面をする。

でも、俺にとって相槌を打ってくれるのは地味に嬉しかったりするので、自然とテンポが上がる。

 

「そんで、次に料理の見た目も同じだとする。……そうなると、もう料理自体は、評価にならないだろ?」

 

食料が、全てプロテインとビタミン剤と水の世界を想像して話していると、雪ノ下がこの話に疑問を持ったのか、顎に手を当て、まるで探偵のような仕草で聞いてきた。

 

「……では、どう評価すると言うの? 料理その物で評価出来ないのなら、作った人の…人柄とか地位で判断するのかしら?」

 

後半の言葉には、嘲笑と、少し自虐めいた声音が混じっていた。

実際、雪ノ下なら料理その物じゃなくて、「雪ノ下雪乃の作った手料理」というブランド物扱いされた事は、少しくらい経験しているのかもしれない。さすがに、そんな細かい所までは知らんけど。

だが、その言葉を全部は否定しない。こう言われるのは、折込済みだからだ。

 

「確かにそれもある。けど、一番大事なのは、さっきも言ったようにきっと気持ちなんだ。純粋に自分のことを考えて作ってくれたのか、その料理にどれだけ自分への気持ちが込められているのか、それが分かると無性に嬉しいんだよ。……多分だけど」

 

正直に言ってしまえば、これはほとんど留美のお母さん、つまりはこの家庭科室の主、俺の叔母さんからの受け売りである。

幼稚園のお遊戯で「おとーさん! おかーさん! ありがとう!」と、言われると親が泣いてしまう原理に良く似てると俺は思っているが。

邪な気持ちや計算が一切ない感謝の気持ちは、人の心にズドンと届くと思うから。

 

……というか関係ないけど、あの人、留美の叔母さんは正直、親バカだ。留美関係になるとかなりベタ甘になる。誕生日に、留美から手作り料理作ってもらった時なんか、その話を半日近く聞かされたからね?

俺に泣きながら報告するぐらいなら、本人に言って下さいと言いたかった。

俺も将来、そんな親バカになることもあんのかなぁ……。と、妙に悟った考えを一旦破棄し、思いっきりの笑顔で、由比ヶ浜に向かいビシッとサムズアップを決める。

 

「俺だったら、今の由比ヶ浜くらい頑張って素直な感謝の念を込められたら、例え真っ黒な料理でも喜んで食うね!」

 

よし!言い切った! 最後の辺りは、ちょいと勢いで乗り切った気がするけどまあ気にしない。

話はこれで終わり、と一息ついていると比企谷がボソッと一言。

 

「……さっき、真っ黒いクッキーを食って白目剥いた奴のセリフじゃねえな」

 

「ぐっ……」

 

それは言わないでくれよ! 内心気づいてたんだから!

少しダメージを受けてよろめいていると、雪ノ下が誰に言うでもなく呟いた。

 

「……素直な気持ち、ね。そういう考えもあるのかしら」

 

「ある。ほとんど直感だけで生きてきた俺が言うんだから、間違いない」

 

「……それで言い切ってしまう辺り、凄いわね。本当に愚直に、そして愚かに生きてきたのね。偉いわ、鶴見くん」

 

「なんでわざわざ言い直したんだよ!?」

 

雪ノ下は笑顔なのに褒められている気が全くしなかった。凄いって言葉は肯定的な意味ではなかったのか。

これ以上は言っても無駄だろうなと目を逸らすと、由比ヶ浜と目が合う。雪ノ下とは違う、ほにゃっとした笑顔で微笑んでいて、鼓動が一瞬高鳴る。……俺、最近トキメキ過ぎじゃねーか? 笑顔向けられただけで惚れかけるとか、イマドキの中学生より耐性低いかもしれん。

 

「そっか……。そう考えるとちょっとだけ勇気出たかも。ありがと、つるっち」

 

「お、おう。どういたしまして。…………え、つるっち?」

 

ここで新たなあだ名である。何でこうなったのか追求したい気持ちになったが、由比ヶ浜はすでに比企谷に目を向いていており、俺の最後の呟きは届いていない。

 

「……ヒッキーはさ、真っ黒なクッキーでもおいしく食べられる?」

 

その言葉は、遠回しに考えれば由比ヶ浜の感謝の相手は誰なのか、特定できるヒントだろう。

だが目の前の男は、それを考えから外したのか、首を横に振って質問に答えた。

 

「いや、最低限食えるレベルじゃないと無理だな。……まあ、食える範囲内なら相手に聞こえないように『うわっ、マズッ』って言いながら食うね。あとヒッキー言うなっての」

 

「感想が妙にリアルだ!? ……今はそれでもいい、かな」

 

たははと苦笑いを浮かべた由比ヶ浜は、最後に一言呟くとドアに向かって歩き始めた。

ドアに手を掛けたところで、雪ノ下が声を掛ける。

 

「由比ヶ浜さん、依頼はいいの?」

 

「ごめん! 自分でどうにかしてみる! ありがとね、雪ノ下さん」

 

「……そう。頑張ってね」

 

「うん、頑張ってみる! ばいばい! また明日」

 

雪ノ下と少し会話を交わして、由比ヶ浜は手を振って家庭科室を出て行ってしまった。

良くも悪くも、嵐のような依頼人が居なくなってしまうと、静かな時間が訪れる。

雪ノ下が初対面の人で応援の言葉を掛けたのは、ちょっと意外だったけど。

 

 

普段からそうしてればいいのに、という言葉は、心の中にしまっておいた。

 

 

 





実はもう少しだけ続くんですが、一回ここで区切りました。

何か感想や、誤字報告あったら、気軽にオネシャス!(戸部感)




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