デレマスに転生したと思ったらSAOだったから五輪の真髄、お見せしるぶぷれ~ (ちっく・たっく)
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序、またはプロローグ、しるぶぷれ
汝、フレちゃんなりや?


うまれたぽん。
乳幼児たーいむ。


異世界転生という言葉をご存知だろうか。

 

そんなものは一般教養だというあなた、握手しよう、マイフレンド。

なにそれ、知らんけどなんかキモいとか言っちゃうあなた、すまんな、ブラウザバックよろ。

 

……おいおい黙って目をそらしちゃったそこの君、胸はって好きって言っていいんだぜ?

 

さて、今どき、ちょっとでもオタ趣味嗜む紳士淑女には常識だろうけど、この異世界転生ってやつは意外にいろんな細分化ができる。

 

……なかでも俺が今体験してる「コレ」は、ちょっとよろしくない方かな。……いや分からんけど。

 

「オギャアアァァアアーーー! アアァァアアーーー!」

「****** ****? *** *****」

 

すまねえ母ちゃん、異世界語は転生してもさっぱりなんだ。

 

力いっぱい泣きわめいてミルクを要求する赤ちゃんin俺ちゃんと、そんな迷惑怪獣を慈愛の表情でもってだっこしてあやしてくれる金髪ねーちゃん(推定かーちゃん超絶かわいい)

 

いや転生っていっても最近じゃあさ?

 

知らない世界にそのまま飛ばされたり、ゲームのキャラになったり、魔王退治に呼び出されたりもひっくるめて転生じゃん?

 

なんで古式ゆかしき、トラックに轢かれて気がつきゃベイビーパターンなのかねアラサー野郎にゃキツいってのよ。俺ってば独り暮らしの在宅労働者よ、他人に触られたの自体久々よ。……にしてもだ。

 

「******……***」

 

歌うような美しいお声の謎言語。

さしだされた豊かなお胸に飛びつき、本能に任せて吸いまくる。

 

……腹が減ってるだけで、別にイヤらしい気持ちはこれっぽっちもないぞ。そういうリビドーは息子といっしょに前世においてきてしまったらしい。

 

こんにちは可愛い女の子。さよなら一度も使われなかった哀れな男の子。

 

ちらり、と飲むのをやめずに上目づかいで、かーちゃんの顔を見る。

 

生まれたばっかりでぼやける視界でも分かる美しく整った目鼻立ちを、流れる黄金のようなさらっさらの金髪がまばゆく彩る。

 

特徴的なくりくりの瞳は翠色に輝いて、活力に溢れた童女のような可愛らしい印象を伝えてくる。

 

うん、もうね、どこの絶世の美女かと。これはかーちゃんじゃないわ。

 

ママだなママと呼ぼう心の中で。

 

もしもママに似たらワテクシも美少女な訳なんだけど男に寄ってこられても正直困る。

 

薔薇趣味はないのだ。

どうせなら、咲かせて見せよう百合の花。

 

馬鹿なことを考えていたら、唐突に部屋のドアが開かれ、ママが驚いたようにそちらに目を向けた。

 

気のせいか少し怯えのようなものを含んだパチクリおめめは、しかし入ってきた人物を認めると花が舞うような、うっとり恋する乙女の笑顔に変わった。

 

俺の胸が高鳴った。マジで惚れるかと思った。

 

「****!*******!**……****」

「*** ****……**** ああ、待たせてごめん。でも大丈夫。大丈夫だから……」

 

駆け寄るママを腕のなかの俺ごと優しく抱き止め、黒髪黒目のイケメンがそう言った。

……あれ、パッパあんたジャパニーズ?

 

結論から言って、この世界は剣と魔法のファンタジーじゃあなかった。ママがまんま天使だったから少し期待してたんだけどな。

 

今生の俺あらためアタシの名前はフレデリカ。

 

生誕の、というか意識覚醒の地はフランス、パリの片隅のアパートメント。

 

ママの話していた異世界語はフランス語。教養なくってすまんね、0歳のかわいい乳幼児だから許してしるぶぷれ。

 

話を聞くに今生のアタシんちの事情は中々に波瀾万丈だ。

 

家具やインテリアを主に扱う個人貿易商である黒髪イケメン野郎ことパッパは、フランスのさる名家に呼ばれ、屋敷を訪れた。

 

そこでパッパの仕事姿を目にしたママが、一発で一目惚れしてしまったらしい。

 

取引先の大事な娘さんに手を出すのは色々まずいとはいえ、純粋無垢に自分を慕ってくる年下の金髪碧眼女子を邪険にできるようならその男は健常じゃない。

 

ホモでも異常性愛者でもなかったパッパは対応に迷いつつも交流を重ね、ほどなく押せ押せのマッマに食われちまったとさ。

 

……一発で既成事実とガキを作ったママったら本当パねえ。

 

さて、驚いてはいけないこの世の当然の真理として、男と女がやることヤったら子供ができる。

 

だがこの場合、色んなことが急展開すぎるわなあ。ママの実家は当然の大激怒。ついでにパッパにとってはほぼ頼る先もない異国の空の下と来たもんだ。

 

丸くおさめるには時間と距離が必要だと判断したパッパは身重の妻をつれて駆け落ちを決行。フランス版の上京をかまして花の都パリに居をかまえて出産に備えつつ、甘い生活をおくっていたんだと。

 

で、この度めでたくアタシちゃんが産まれたので報告と、その他の色々なケジメをつけるべく、ご実家の方に顔を出してきたんだってさ。

 

フランス語交じりで聞き取り難かったけど、たぶんこんな内容だ。子供に聞かせるもんじゃねえ。

 

分からないと思ってるんだろうけど、察してますよご両人。……前世よりも脳みその性能いいかもしれん、切ない。

赤ん坊ボディだよな。サクサク頭回るんだけど、すげーなベイベー。

 

あと、アタシのフルネームも判明したぞ。これからはパッパの姓で通すということなので『宮本フレデリカ』になるらしい。

 

ん?

 

あれ?

 

デレマスじゃねこれ。

 

 

 

*****

 

 

 

異世界転生という言葉をご存知だろうか。

 

『俺』が前世で好んで読んでいた二次創作界隈では人気の商業作品などの原作に、作者の考えた最強の主人公を放り込んで、救われないキャラを救ったり、いけすかないキャラをぶっ飛ばしたり、登場する女キャラと片っ端からイチャイチャさせたりさせてたもんだ。

 

……マジで? 俺ちゃん、いやアタシ、二次オリ主人公? メアリ・スー的なポジ?

 

それでなくたってあの小悪魔エンジェル・フレデリカ?

 

偶然の一致、いや、ママの容姿を見ればもうドンピシャだし、俺の記憶を持っているこの異常事態がもう、なによりの証明かもだ。

 

証明してどうなる、間違っててどうなるって話だけど。……これからの人生に関係あんの?

 

あー、でも、あるよなあ。ここがデレマス、ひいてはアイマス世界だとしたら、俺が夢見た世界だ。輝かしい主人公たちが歌って踊る、画面の向こう側に今、俺はいる。

 

……いいねえ。ここに転生させてくれたのが鬼か悪魔かちひろか知らねえが、俺にとっちゃおまけの人生、前の世界で絶対できなかった大きな夢を追ってみるのも、悪くない。

 

トップアイドルにアタシはなる!

 

 

 

 

 

しかし、彼はこの時、気づいていなかったのです。

ここがシンデレラガールズの世界でないことを。そして自分が非業の死を遂げることを……

 

そういうの、いいから!

 




続きはいつになるやら。
万が一応援してもらえたら頑張る。


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だいじぇすと・きっど・えいじ

アイドルへの憧れを力に変えて、走れフレちゃん! 走れ!


こぎと、えるご、すむ、だったか。

 

我思う、故に我あり。なんかカッコいい中二心くすぐる文句ランキング殿堂入り確実なフレーズである。

 

人間存在、魂あるものの価値とは自らを自覚して思考するにあるのであるまいか……つまり、何が言いたいかと言うと。

 

ひ ま だ よ。

 

赤ん坊って暇。

 

マジで暇、本当に暇、絶望的に暇。

 

そりゃ体の自由が効かないわ食べることと寝ることしかやることがないわ愛しいママンにありがとうもスンマセンも言えないわで泣きたくなって、そしたらそのまま泣いちゃうし。

……世の赤さん達がなんでギャンギャン泣きわめくのかようやく分かった、こりゃ泣くわ。

 

「オギャーーーッ オギャーーーッ」

「あらあら、フレちゃん、ほんと元気ね、頑張りやさんだわ……よしよし」

 

だがまあ、これもボイストレーニングだと思って泣くときはしっかり泣こう。

なるべく夜泣きはしないようにするから耐えてねママン。

……情けないし申し訳なくて泣きてえよ、泣いてた。

 

鈍くてしかたない体の感覚を意識しながらじたばた、ちっちゃい指ぎゅっぎゅと動かす。

筋トレとかすぐ投げ出してきた実績を持つ俺だが、暇と自責があれば力も入る。

 

……うごけえ、はやく、うごけえ。

 

全力で動く、全力で泣く、全力で飲んで出す。赤ん坊業は年中無休のブラック具合。……余暇で出来るのは考えることだけ。

 

っかーつれー。ネタじゃなく、つれー。……ねむい。

 

 

 

*****

 

 

 

時は流れて乳児から幼児に進化。

……非常に早熟なお子さんですねとメディサンは驚いていたが、そりゃそうだろう。

こっちは意識高い系の赤ん坊だったんだよ。

そこらのべべちゃんとは目的意識が違うのだよ。

 

よちよち歩きができるようになったこの段階で、将来を見据えて自分磨きをしようという赤ん坊が他にいたらやだけどさ。

 

さてさて、アイドル道を歩まんとするなら日々これカラテあるのみ。古事記にも多分書いてある。

 

パパンママンの会話から察するに、どうやらママンは昔はバレエでずいぶん鳴らしたらしいのだ。

 

トロフィーや賞状が飾ってあるくらいだもんね。

お膝にのせてバレエDVD見せてくれたし、昼間に流す音楽はクラシックばかりなのだから筋金入りだ。

 

……運動を始めるのは早ければ早いほどいいに決まってるよね。

 

「ママン、あのねー、フレちゃんねー」

「ええ、なあにフレちゃん」

 

こちらをにこにこ見つめるママン。

私を育てながらの主婦姿も板につき、美人ぶりも眩しいばかり。

 

「バレエやってみたいの」

「えっ本当?」

 

だが板についたのはこちらの幼女も同じことよ。

もとよりネットの片隅のとある界隈じゃあボイスチャットでも恥ずかしげなく女性から子供、あらゆるキャラを全力ロールプレイする「声が野太いあの人」としてそこそこ有名だったのだ。

 

……あれ、おかしいな、赤ん坊卒業したのに、なんか泣きそう。

 

ともあれ実物になったからにはこちらのもの。

近所のジャリガキを参考に鏡の前で12度の試行を経て習得したおねだりスキルをいかんなく発揮する。

これで落ちないママンはいねえ!

 

バレエをやりたい、というアタシのおねだりを聞いたママンは顔を赤らめて頭をかいて、照れたような仕草を見せた。かわいい。

 

「あの人から聞いたの? もー……でも、フレちゃんが興味持ってくれて、うれしいわ」

「うん、フレちゃん、ママンみたいになるの」

 

まだフランス語読めないと思ってるだろうし、そういう反応か。

写真も貼ってあったけど、よく考えたら、あれ何やってるの? から入るのが普通だったかな。

だけどまあ、このままママンの勘違いに乗じるとしよう。

 

……打算を混ぜて話すアタシを許してほしい。

ママンみたいになりたいのは嘘じゃあないよ。

マジで天使だし。結婚してえ。

 

自己嫌悪はさておき、私、バレエやる。

 

一流アイドルたらんとするもの、出来ることは多くないといかん。

 

フレちゃんがバレエ経験あるかどうか忘れちゃったけど、母さんが経験者でこんだけプッシュしてくるのだ。

本編フレちゃんも結構なものだったに違いない。天才肌っぽかったし。

 

彼女になった(奪ったとは考えないようにしてる)自分としてはフレちゃんを追い越すほどには頑張らないといけない。

 

「か、かわい、……でもフレちゃん、バレエって結構大変よ? ヤになったら、やめたいって言うのよ?」

「えへへ、ありがとママン。でも、フレちゃん、がんばります!」

「……」

 

おおう、ママンが無言でぎゅっとしてきた。流石は大天使ウヅキエルの聖句である。

 

なんだね、パパンが仕事でいなくて寂しいのかね、尊み出したつもりがバブみ出ちゃったかね。

……ちょっと、キツいよママン、あとブツブツかわいいかわいい言うのちょっと怖いよ。

 

……どうにか気を失う前に解放してもらえました。

この日、ママンはずっとご機嫌だったとさ。

 

 

 

*****

 

 

 

「いってきまーす!」

「朝ごはん、すぐできるからねフレちゃん。すぐ帰ってくるのよー!」

「気をつけろよフレデリカ。転んだら誰かに助けてもらえ」

「はーい!」

 

転生者フレちゃんの朝は早い。

 

朝起きる、トイレと洗面、歯みがきを抜かりなくすませるとすぐに外に飛び出していく。

手際よく朝ごはんの用意をするマンマと、コーヒーを飲みながら新聞を読むパパも笑顔で見おくってくれた。

 

ここはパリの中でものどかな区画だし、御近所との付き合いもある。

 

「おや、フレデリカじゃないか、朝から元気だな」

「うん! 元気は得意技なのだー♪」

「ボンジュール、フレちゃん、いつものとこ行くんだろ? 牛乳持ってきな」

「おじちゃん、ありがとー! 今度ママンとパン買いにいくね!」

「あらあら、フレちゃん、前見て走らないと危ないよ」

「はーい♪」

 

流石はフレちゃん、人気者だ。

元気なお返事と天使の笑顔をふりまけば、老若男女にもってもてよ。

 

軽くステップを交えながら街を走る。夏の太陽がまだ低い位置から光を投げ込んでくる。

思わず目を細めるも問題ない。馴染んだ街と道なのだ。

 

軽いランニング感覚で走って五分、目的地の森林公園についた。

漂うマイナスイオン、溢れる木漏れ日。うん、いつ来てもいい感じ。

 

「んぐっんくっぷは……よーし、やるよー♪」

 

牛乳飲んで、気合いを入れる。ここなら大声をだしても大丈夫。

 

発声練習こそ勝利の鍵だ。目指せ如月千早、もっとでっかく日高舞!

 

せーの……

 

「フンフンフフーンフンフフー♪ フレデリカー♪」

 

 

おっと、ついつい♪




子供が板についてるのは頭よくても空っぽの主人公スキル「おバカ」がはまってるからです。ワザマエ!

だいじぇすとだから、もちろん、他に色んなことがあって人生観変わったり、拗らせたり、吹っ切れたりもしてます。自己管理メント重点!


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小学生って蝶☆サイコー

子供は残酷だけど、それはそれとして小学生って最高だぜ。




サクラ舞い散るこの季節、出会いと別れの季節と来たもんだ。

 

「……よろこばしいことに本年度も我が校は多くの新入生を迎えることができました。

たいへん名誉なことであると共に、身の引き締まる思いです……それと言うのも……」

 

なげえよ、校長。……さては寝かしつける気だなオメー。

 

さてこちら、当年六歳。

美幼女と美少女を行き来してます宮本☆フレデリカです。どーぞよろしく。

 

五歳の時に日本に来て、あれよあれよと小学生。早いもんだぜ。……気をつけないとあっという間に前世をなぞりそうだな。ガンバルゾーガンバルゾー!

 

しかし、フレちゃんってこんな境遇で日本人だったんだね。家の中ではママンも日本語で話してたし、そりゃ、しるぶぷれー、だわ。中身アタシだから別のパターンかもだけど。

 

せっかく覚えたんだし、アタシはどうにか忘れないようにしたいなあ。頭いいしなんとかなるでしょ。

 

ともあれ小学生である。

すちゅーでんと、である。

 

入学式を終えてみんなとぞろぞろ教室に移動だ。

クラス分けからの自己紹介の流れはいつの時代も、世界が変わっても不変らしい。

 

学校にいい思い出のない「オレ」が内心で溜め息ついてるが、おいおい、お前なんて「アタシ」に比べれば背景になれるだけ恵まれてるんだぜ。

 

小学生だ。こんなこと、はじめての子もいるだろうし、みんな声が上ずったり、泣き出す子もいる。

私の順番は五十音順で宮本だから最後の方。

……ありがたい、大分落ち着いたよこっちは。

 

「それじゃあ、宮本フレデリカさん」

「はい!」

 

教室中から視線が集まるのを感じる。

そりゃ文字通り「毛色が違う」もんなあ。

他の子の喋ってる時もチラチラ見られてたし。

 

「私の名前はぁ! み、や、も、と、フレデリカー♪ フランスから来たんだー! フレちゃんって呼んでね☆」

「かわいー。フレちゃん、にほんご上手だね」

「お人形みたーい」

「フランス語、しゃべってー」

 

人は自分と違うものを排除する。

子供となれば更に無自覚に容赦なくやる。

オレは知ってる。

 

なればこそ、ナメられたら終いである。

こいつは明るい、こいつはスゴい、こいつは楽しい。

そう思わせなければならない。

 

どうやっても目立つからには中途半端は無理筋。

このクラス、否、学校のスターになるつもりでいってやるぜ。

その素質は肉体に担保されているのだ。

残虐無比なるガキどもにそのへんをたっぷり……

 

「ねえねえ」

「……ほえ?」

 

油断してるところに声をかけられて、カードキャプターみたいな声が出た。

 

前の席の子がにこにこ話しかけてきてる。

むちゃくちゃかわいい子だ。さらさら前髪をヘアピンで留めてるの、グッドだね。

くりくりの目を緊張からか泳がせて、上目づかいで、

 

「あたし、真鍋いのりっていうの。フレちゃん、よろしくねー」

「うん! よろしくねー♪ いのりちゃん、スゴいかわいい! お友達になろ! ライン交換しよ☆」

「ほえ!?」

 

……やっぱ小学生って最高だぜ。目を白黒させるいのりちゃんを前に、アタシはそう思った。

 

 

 

 

 

 

入学からいくらか時間が過ぎ。

 

勉強など、このハイパーフレちゃんをもってすればできて当然。

知識アドバンテージもあるが、そもそも今生の頭脳の具合がすこぶるよろしいのだ。

大体のことは一発で覚えるし、ほとんど忘れることはない。

なんせ前世を覚えてるくらいだぜ。

 

「フレちゃん、ここ教えて?」

「んっとねー、これこーしてね、こう、メグちゃんは大体できてるからー、これやったら大丈夫☆」

 

メグちゃんは普段はお勉強できる子で、分からないことは先生に聞きに行ける優等生だが、算数の先生が顔怖いもんだから、アタシが相談役を請け負っているわけだ。

 

やくざ先生(残酷なあだ名)に感謝してメグちゃんの秀でたおでこを愛でながらアドバイスをおくると、次なる相談者。

 

「フレちゃん、宿題見せてよー」

 

もう最初からやる気がないのが女子のまとめ役のハナちゃんである。

小学生ながらに髪の毛をお洒落にかざり、子供用の化粧品も使っている強者である。

すっげーナチュラルメイク。アタシでなきゃ見逃しちゃうね。実際、先生にバレたことはないらしい。ぱないの。

 

「アタシの宿題は高いよ♪ お昼のデザートよろよろ~」

「えー、フレちゃんのケチ! デザートとわたし、どっちが大事なの!?」

「デザート」

「あぁーー! いまフレちゃん、言っちゃいけないこと言った!」

 

ハナちゃんがさも「わたし、傷ついたわ」とばかりに大袈裟に嘆いてみせる。ふわりふわりと舞う明るい茶髪に目を奪われるアタシ。さすが、かわいーぜ。

 

「アハハ、じょーだんじょーだん♪ さ、デザートがおしくば自分でやろうよ。二人でやれば秒殺だぜ☆」

「うん……びょーさつってなに?」

「あー……とにかくスゲーってこと☆」

「おお、そりゃすげーや」

 

ハナちゃんの席に行って、二人で肩を寄せあって宿題を片つける。……ってこれ次の国語じゃん、ハナちゃん得意じゃん、なんで私を呼んだんじゃん。

 

「でねー、フレちゃん、聞いて聞いて! 朝テレビでやってたんだけどー」

「うんうん、せやねー♪」

 

すまんねハナちゃん、その話分からんからあんまりノレないわ。

しかし、ハナちゃんはかわいい。クルクル回転する表情に、こっちも笑顔になる。幸せだ。

なんで呼ばれたのか分からんけどハナちゃんの手は動いてるし問題ないのだろう。

この幸福をそのまま顔に出してとりあえず笑っとけ笑っとけ。

 

 

 

時と場所は移りかわり、体育の時間。

男女混合でのドッチボール。このごろはクラスのみんなもフレちゃんのパワーが分かってきてる。

 

 

 

「フレちゃん、パース!」

「おっけーキラリン☆ビーム!」

「うおっ曲がった!?」

 

「フレちゃん、もっかい!」

「よっしゃ闇に飲まれよ☆」

「な、なんだあれブレたぞ!」

 

目一杯ふざけながら、目一杯体を使う。

ガチはどんな競技でも厳禁だ。

つちかった芸人根性を燃やしてとにかく楽しむ、みんなも笑わせる、ウィンウィンってやつよ。

これも修業ある。

 

「うさみーん、スマッシュ♪」

「フレちゃん、絶対テキトーだろフベ!?」

「おお、ごめーん」

 

顔面痛いよなー。知ってる知ってる、前世で。

 

 

 

 

さて、またある日の放課後である。

四年生になった頃だろうか。

 

 

 

「いのりちゃーん、一緒にかえろー♪」

「え、フレちゃん、いいの?」

「うん。もっちろん!」

 

いのりちゃんとはずっと同じクラスで仲がいい。

もはや幼なじみの親友だ。

家も結構近いしね。

 

「……でさー、臭くってさー♪」

「ふふ、ねー、あれ臭いよねー」

 

いのりちゃんと二人、並んで歩く帰り道。

……平和だなあ。

 

こんな風に友達と仲よくおしゃべりできるなんて、オレも大人になったものだ。いや、子供になってんだけどね。

 

「……やっぱり、フレちゃん、元気ないね」

「えっ……」

 

しまった、憂鬱な気分が顔に出ていたか。

いのりちゃんといれば自然と笑顔になれると思ったのは希望的観測ってやつだったらしい。

 

「だいたいおかしいよね。フレちゃん、いつも放課後はレッスンレッスンって、ほとんど遊んでくれないし、一緒に帰ってもくれなかったのに、最近は毎日だもん」

「あー、そだね」

「ねえフレちゃん、レッスンやめちゃったの? アイドルやりたいって言ってたじゃん」

「そうだね、最近は、ちょっと……休んでるんだよ。あのさ、いのりちゃん」

 

リア充を妬む人って結構いるけど、これでなかなか、維持するとなると大変なんだぜ。

 

特に女子なんて空気読むことを求めがち。読んでほしけりゃ書いておけってんだよな。

 

後は話題よ。みんなが興味あることに敏感でないと、つまんないって見なされちゃうやつ。

だから当然、テレビも見るしアニメも見るしニュースもチェックするわけ。

 

前世のオレが興味なかったようなファッションやスキャンダル、芸能界……それともちろん、アイドルだ。

 

「日高舞って知ってる?」

「……? だれ?」

 

この世界がアイドルマスターじゃないなんて、小学生になってからすぐ、薄々察してはいたよ。……気づきたくなかったんだけどな。

 

 




おかしい……私はSAOを書きたかったはず。


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天空の城? ラピュタだろ? 知ってる知ってる

だが奴は、弾けた。


暗い部屋に、キーボードを叩く音とマウスのクリック音が絶え間なく響いている。

 

「無い、無い無い無い無い。……やっぱり無い!」

 

ディスプレイには動画サイト、小説投稿、感想ブログやレビュー。

それらが次々と現れては消えていく。

飽きることなく、続けていく。

 

中学生になって、アタシは腐った。腐っていた。

 

躍起になってやっていたバレエも、実は前世から大好きだった歌も、ただ惰性で続けているだけだ。

 

……演技だけは、今もバリバリ現役。

心配してくれるパパとママ、友達をある程度納得させるためのツールとして……我ながらどうかと思う。

 

心に空いた謎の穴を埋めるために、私が求めたのはサブカルだった。

 

ノートパソコンを買ってもらって、居間で使うようになった。

 

距離を置くつもりだったのになあ、一度でも沼に嵌まったら、のめり込むのは保証付きだし。

 

この世界におけるサブカルチャー、アニメやゲーム、漫画は前世とだいたい同じだ。

 

今の西暦が2020年で、オレが生きた時代より若干の未来を生きているから、知らない作品もそこそこ増えているけれど、少なくとも俺の記憶と大きな齟齬はない。

 

アイドルマスターシリーズと、その関連作品が軒並み綺麗に消滅しているところを除けばだが。

 

しかしアイドルマスター以外のアイドルもの作品が全く変わらずにあるのがなんか不気味だ。……影響がないわけないと思うんだけどな。

 

ともあれである。

 

普段は買ってもらったノートパソコンを保護者監督のもとでしか開かない、今時考えられないくらいのいい子フレちゃんが、自室に籠って前世以上のコンピューターロールを見せている理由は他でもない、アイドルマスタークライシス級の大発見をしてしまったので、その検証だ。

 

『茅場晶彦』

 

ゲーム情報サイト君によれば、カリスマ的なゲームクリエイターで、潰れかけの会社たてなおした実績を持ってて、もうすぐ革新的なフルダイブ型ゲーム機、『ナーヴギア』を売り出すらしいよ?

 

「無い、無い無い無い、アクセル・ワールドもやっぱり無い! きゃっほう!」

 

『小説』ソードアート・オンラインが無い。

いくら検索をかけても出てこない。

 

ソードアート・オンラインは、ライトノベルにおけるオンラインゲームものの金字塔だ。いや、だった。

 

huckなどの先駆者はあれ、綺羅星のように輝く数々の作品の代表と言える化け物タイトル。

 

それが、この世界ではまだ生まれていない。

そして、オレの前世とはおそらく違う生まれ方をするのだろう。

 

茅場晶彦の生み出す史上最初のフルダイブオンラインRPGにして、歴史に残るデスゲーム。

 

……オレは、アタシは、頭を抱えた。

 

「ソードアート・オンラインじゃんかよう……こまるなーほんとこまるなー」

 

なんだよ、なんで俺に気分よくアイドルやらせねえんだ。

フレちゃんにしといて、何をやらせたいんだオレを此処に放り込んだ神様千尋様は。

 

「……いやいや」

 

そもそも、神や悪魔なんているのだろうか。

俺は別に「うっかり殺しちゃった、てへ☆シンデレラガールズに転生させてあげる♪」

なんてテンプレくらったわけじゃない。

唐突にベイビーだった。

 

もしかして転生や前世なんてものはなく、赤ん坊の頃から凄かったアタシが退屈の慰めに創った妄想の産物なのかも……。

 

いや、それにしては不自然だ。

日本ならいざ知らず、フランス生まれのアタシがそんな人格を形作るのは可笑しすぎる。

いくら記憶が主観で塗りつぶされるものだとしても、あり得ない。

 

ならば何故生まれた?

生命の意味は?

人の価値は?

おお、我思う、故に我あり。

 

「いや、知らんし☆」

 

ノートパソコンを閉じて立ち上がる。

 

うだうだと答えの出ない哲学するのは嫌いじゃないけど、体が動く内は動くべきだと赤ちゃん経験者は思うわけよ。

もったいない。

 

入院した時と老後の楽しみにとっておこう。

 

思考を回すべきは今後の方針だ。

なにがやりたいか、なにができるか、なにをしなければならないか、だ。

 

階段を駆け下り、リビングに走って入る。

 

台所では母さんが夕飯の支度をしている。いい匂いだ。メニューまで思い浮かぶ。

 

「あらあら、フレちゃん、いつも言ってるけど、階段はゆっくり降りなさい。フレちゃんが怪我しちゃったら、わたし泣いちゃうんだから」

「ごめんなさいママン! ……それでえっとね、お願いがあるの☆」

 

母さんが料理の手を止めて、こちらを見つめてきた。……小首をかしげる動作が、いちいちかわいいんだよなあ。

現世における私の可愛さの半分は母さんに習ったと言っても過言じゃないね。

 

「懐かしいわねママンなんて……最近、なんだか元気なくて心配してたけど……お願いってなに?」

 

アタシは口を開いて言った。

いかにも子供らしくて、なんで今まで言わなかったのか分からないくらいのセリフだ。

 

「欲しいゲームがあるの♪」

 

ここはソードアート・オンラインなんだぜ?

ならソードアート・オンラインやらなきゃ嘘だろう!




次の話でSAO入れそうです。


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挿話 愛しい我が子について

なに、ちっく・たっく? 上手いこと最新話が書けない? 投稿できないのがストレス? 逆に考えるんだ。書ける話を書けばいい。と考えるんだ。


うちの子は凄いかわいい。……間違えた、凄くてかわいい。

 

こんなことをいうと親バカと思われてしまうかもしれないけれど、そして事実として私は親バカではあるのだろうけど、それでも 、うちのフレちゃんのスゴかわいさは疑いようがないと思うの。

 

そう、フレちゃんはかわいい。

髪や瞳の色は私にそっくりなんだけれど、顔の造作にあの人の面影があって、段々と大きくなってきた今も、あどけないところがあってたまらないわ。

……でも、真剣な顔してるときはちょっと格好よくってキュンときちゃうのよね。

 

だからかしら、男の子にもモテるのだけれど、それ以上に女の子達からアイドルみたいに見られてるの、知ってるのよ? 

小学生なのにジャパニーズ・バレンタインチョコいっぱいもらってきた時は、本当にビックリして、なんなのかと思っちゃった。

 

運動神経が抜群なのもその人気の秘訣ってやつかしら。

私の方が心配になってしまうくらい真面目にバレエに打ち込んでいたのも相まって、同い年どころか同年代の、たいていの男の子にだって負けないんじゃないかしら。それがかけっこでも、多分ケンカでも。……なるほど、彼らが近づけないのも無理ないのかも。

 

赤ん坊のころから寝てるときとミルクを飲んでるとき以外はずっと動きまわっているような子だったけど、その元気ぶりはどうにも加速するばかりのようで、ますます目が離せない。

たくさん食べて、お手伝いが大好きで、電池が切れたみたいに朝までグッスリ眠って、朝起きたらもう、ずっと走って踊りながら、目をキラキラさせてなにか楽しいことがないか探しているようで……。見ているだけでこっちが力をもらえる気がした。

 

フレちゃんは普段とってもお気楽な事ばっかり言ってるから、ご近所さん達はおバカちゃんだと思ってるけど、心外よね。

あの子はおしゃべりをちゃんと出来るようになるのが、ほかの子にくらべてちょっとだけ遅かったようだけど、早いうちから私たちの言うことを理解していたような気がするの。

 

首が据わらないころから、フレちゃん、って呼びかけると、キレイなおめめを私たちに向けて、ふにゃって、お顔が笑顔に変わるのよ。それでそれで、みゃおみゃお猫みたいな喃語、赤ちゃん言葉をしゃべりながら、だっこして? って感じでこっちに手を伸ばしてくれるの!

……抱きしめる手に力を入れすぎないようにするのが大変だったわ。ええ、腕力なくって本当によかった。

 

……いけない、かしこいお話だったわね、そうね……フレちゃんが少し大きくなったら日本に移り住もうっていう予定がもとからあったから、家では私の勉強もかねて、できるだけ日本語を使うようにしていたのよ。

でも、あの子ったらいつのまにかばっちりフランス語を覚えちゃって、日本に来てから大分たつ今でもすらすら話せるのよ。

 

もう、今では私よりも上手かもしれないわね。勉強熱心さんだから、他にも色んな事を知っていて、新しく覚えたことを私にも教えてくれるの。色んな国の歴史や文化、国際ニュースや経済用語、バレエや音楽の事、流行りの芸能人とかアイドルなんかも……ね。

 

……あ、学校のテストは今のところ満点、以外が、三回ね。あんまり少ないから印象に残っちゃってるくらい。

 

 

 

ここまでしゃべっても、まだ話し足りないんだけれど、フレちゃんがどれだけすごいかは、あんまり問題じゃないの。問題なのは、あの子が……優しすぎるっていうのかしら、そういうところ。

 

あの子は外に出るのが好きな子で、よちよち歩きができるようになったらもう、毎日お散歩ね。

いつも顔をしかめたパン屋のおじさまも、私にはイヤミな近所のマダムも、誰にでも吠えるドーベルマンだって、フレちゃんにかかればみんなファンも同然だったわ。

 

だからもう、日本にいく家を離れるっていうのがかわいそうで、どうにかフランスに居続けられないか、あの人と考えたりもしたの。

でも、ママン、日本ってどんなところ? たのしみだねー! はやくいきたーい!

なんて、言ってくれるのよ……。

 

フランスのみんなに見送られて、泣いちゃったりもしたけど、行きたくないとか、日本やだとか、そんなことは言わないの。

 

かしこいから、分かっちゃうのねきっと。私達、お父さんお母さんが困っちゃうって。

元気いっぱいで、誰よりも、優しすぎるくらい優しいの。親として、ちょっと切なくなっちゃうくらいに、ね。

なんでかしら、誰に言われた訳じゃなく、フレちゃん自身が決めたこととして、いい子であり続けている、みたいな。

 

私達みんながフレちゃんを愛してる、フレちゃんもみんなを愛してる、けど、あの子には別の何かも見えていて、だから本当に小さい頃からがんばってる。そんな気がするの。……打ち明けてくれないから、想像でしかないのが悲しいところなのだけど。

 

 

 

最近、本格的になったのは中学生に上がる少し前くらいかしら?

フレちゃんに元気がない。

 

きっと心境の変化があったのだろうとは思うのだけど、分からない。そろそろ本当に無理にでも聴いてみようかしらなんてこぼした私に、あの人は言った。

 

「そっとしておくしかないよ」

 

誰でも、自分自身からは逃げられない。フレデリカはその問題をどうにかしようと足掻いてるように、僕には見える。……君は最高のママンさ。自信をもって、いつも通りの笑顔であの子を支えてあげてほしいな。

 

不安に思ってる時に、自信満々に断言してくれるんだから、あなたこそ最高のパパンよね。

 

笑顔は得意よ。これであなたを捕まえて、フレちゃんを育ててきたのですもの。やってやろうじゃないの。

 

 

……あら、階段を駆け下りてくるなんて、いつぶりかしらね、元気出たのかしら?

 

 

 

「あらあら、フレちゃん、いつも言ってるけど、階段はゆっくり降りなさい。フレちゃんが怪我しちゃったら、わたし泣いちゃうんだから」

 

「ごめんなさいママン! ……それでえっとね、お願いがあるの☆」

 

 

 

フレちゃん、あなたほんとに分かりやすい子よね。

まるでお日様みたいな笑顔。……まったく、かわいいんだから、この子ったら。

 

 




いまさらプログレッシブ5読んで頭抱えるわい。


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はじまり、はじまりました。
【朗報】フレちゃん、武蔵になる


大分長くなりました。……そうだよ、私はSAO書きたかったんだよ! ひゃっほう!
オリジナルモブキャラ視点が大半です。
アテンション。


青空のようだと、そう思った。

 

 

 

*****

 

 

「リンクスタート」

 

それはまさに魔法の言葉だ。

 

その日、約一万人がナーヴギアを被り、ほぼ同時にリンクスタートと唱え、ほぼ同時に今まで生きた世界を離れて天空の城へと至ったのだ。

 

それが幸運かどうかは人による。

決めかねる人もたくさんいるだろう。

 

……だけどアタシにとっては、紛れもなく幸いなものなのだ。

 

 

 

 

眩暈にも似た感覚を覚え、ふと周りを見渡せばそこはもう、アインクラッドだった。

 

石畳の大通り、煉瓦造りの家々、広場の中心の大きな噴水。

中世風の瀟洒な街並みに、遠くに見える黒い宮殿のような建物。

……あれが罪人と死人の聖地、黒鉄宮か。

 

分かってるねえ、茅場晶彦。そうそう、こういうのでいいんだこういうので。

 

視線を自分の両手に落とす。

 

うんうん、アバター作成にクッソ時間をかけた甲斐があるというものよ。

すぐに茅場晶彦が手鏡で粉砕してくるかもしれないとしても、こだわり抜くのが一流のロールプレイヤーというものだろう。

 

続いて噴水に歩み寄り、端のほうの透き通った水面に顔を映してみる。

他のプレイヤーもやっているが、アバターの顔の確認だ。

 

「いいね、……いや、いいのう」

「なあ、あんた、ちょっといいかい?」

 

ゲーム的な都合だろう。よく映る水面を内心ニヤニヤ見つめている(もちろん顔に出すような迂闊はしない)と、不意に背後から声をかけられた。

 

 

 

*****

 

 

 

ソイツに声をかけたのは、いろいろ理由がある。

 

俺はベータ経験者で、攻略ギルドを組織するため新人勧誘をしようとしていた。

 

後のスタープレイヤー達でも、誰もが最初はこの街から始める。

全てのプレイヤーが対等なこのタイミングは、有望な新人を獲得するのにまたとない機会だと考えたのだ。

最初に接触するというのは、この手のゲームでは思いの外大きい。

 

ソイツは落ち着き払った態度で噴水を眺めていた。

俺を含めた多くのベータテスターは、わざわざ水面を覗きこんだりはしない。

事前に確認できるわけだし、ベータテストで既に通った道だからだ。

 

ビギナーでも効率最優先ならさっさと武器屋なり道具屋なり酒場なり、気が早ければ街の外に駆け出すものだから、ここにいるのは多少なり「なりきる」ことに価値を見出だしたプレイヤーだろう。

俺はここではガチガチにやる気はないのだ。

 

ソイツはなにより外見が目立っていた。

 

齢五十、いや六十は数えるだろうか。

深く皺が刻まれた容貌は大河や時代劇から抜け出して来たかのようだ。

その姿勢はぴんしゃん整っていて、一廉の武芸者を思わせる。

白銀の髪を無造作に後で束ね、その侍めいた雰囲気に拍車をかけている。

初期配布の簡素なシャツとパンツが似合わないことこの上ない。そこは渋い色合いの着流しか、いっそ戦国大名のような甲冑が欲しいところだ。

唯一、その瞳は蒼で日本人らしからぬ色だが、薄く開いた眼はまるで寒い冬の湖面のようで、彼の持つ和風のイメージを損なってはいない。

 

「なあ、あんた、ちょっといいかい?」

「……儂かな?」

「あ、ああ、そうだ、あんただ」

 

……声まで渋い。

こちらの腹に響くようないい声だ。

相当こだわり抜いて造ったキャラクターに違いない。

 

「あんた、ビギナーだろう? 俺はベータテスターでな、いろいろと案内もできると思うんだが、どうだろう、ちょっとレクチャー受けてみないか?」

 

相手がどれだけ年配に見えようが、中身はそうとは限らない。逆もまたしかり。

だから、どんな相手にも自然体で、あるいは丁寧に接するのがマナーってやつだ。

 

「分からんのう、なぜこんな枯れた爺に声をかけるんじゃ? 周りに美女がよりどりみどりじゃぞ」

「……中身までそうとは限らない。ここじゃ、美女よりあんたみたいな人の方がよっぽどレアさ」

「……それもそうじゃな」

 

それから老爺は俺の真意を確かめるようにこっちの目をじっと見て、それから友好を示すように笑って見せた。

……正直、猛禽のような印象が強まり、怖いだけだった。

 

「申し遅れた、儂の名はムサシという。……今後ともよろしく」

 

とどめにプレイヤーネームは『ムサシ』

 

この究極の一人称視点ゲームにわざわざ老人姿で飛び込む豪の者だ。

ネームが『武蔵』と漢字表記が出来ないのはさぞかし無念だったことだろう。

 

「俺はルシアン。こちらこそよろしく」

「……うむ」

 

それから俺達はフレンド登録を済ませて武器屋に向かった。

路地の中にある見つけにくい店で、どの武器も値段が安くてお徳だ。

 

店につくとちょうど二人の客が入れ違いに出ていく。

青い服を着たイケメンと、悪趣味なバンダナを巻いた精悍な若者だ。

それぞれ片手直剣と曲刀を提げている。

 

「……ムサシ?」

 

ムサシはここで、初めて落ち着いた姿勢を崩して動揺した様子を見せた。

すれ違った彼らを凝視し、目で追っている。

 

幸い、なのか、二人組はムサシのそんな視線に気がついた様子もなく、談笑しながら路地を出ていった。

 

そこでようやく返事が返ってくる。

 

「……いやすまん、彼らの腰のものに、つい見とれてしもうての。……ここが、儂の求めた世界なのだと実感しておる」

「ああ、なるほど」

 

確かに、現実ではコスプレ会場以外であんな格好はあり得ない。

実際に振ることが許されていたのは遥か昔だ。

 

「ウェルカム トゥ ニューワールド ……ってやつだな」

「……有難う。さあ、呆けとる暇はないな。早く刀を振ってみたい」

「残念だけどなムサシ、今すれ違った奴が持ってたのは曲刀って武器で、刀スキルはまだ無いんだ」

「一応、予習はしてきたんじゃ。知っとる。……知っとるが、気分の問題じゃ」

「さよで」

 

 

手早く装備を整えて、駆け出すように街の外の草原へ向かう。

 

ムサシはその外装と名前に恥じず、もしかするとそれ以上に強かった。

 

何度か感覚を確かめるように空中に向けてソードスキルを放ち、そのままの無造作さで、突進してくるイノシシモンスターの首に叩き込んでみせたのだ。

 

「……凄いな」

「かっかっか、褒めてもなにも出んぞ」

 

ムサシは謙遜するが、実際ここで躓くプレイヤーは多い。……恥ずかしながらベータの時の俺もそうだった。

 

弁明になってしまうが、この世界のモンスターは大きく、そしてリアルだ。

真正面からこちらを殺しにかかってくる巨大な野獣を相手に、たとえ本当に死ぬことはないと分かっていたとしても冷静に対処するのは至難なのだ。

 

……もしかしたらムサシは警察や自衛隊なんかの武闘経験者、もしくは害獣を狩っているハンターかなにかなのかもしれない。

 

謎めいた老爺の向こう側が気になってしまうが、もちろん直接問い質すのはマナー違反だ。

 

「もう何匹か倒してみて使える技を試したら、連携の練習をしてみるか。……遠距離魔法の無いこのゲームのパーティプレイにはコツがあってな……」

「ほほう、成る程……興味深い」

 

 

それから、昼の空が赤らむまで二人で狩りを続けた。

ムサシは常に物静かで落ち着いていて、分からないことは素直に物怖じせず、丁寧に聞いてくれる、やりやすいプレイヤーだった。

 

さて、そろそろ俺達のギルドに加わってくれないか切り出そうか、そう思ったときだった。

 

リンゴーン……リンゴーン……。

遠くから、鐘の音のようなサウンドが鳴り響き、俺とムサシを青白い独特のエフェクトが包み込んだ。

 

「って、転移!? なんで」

「……うむ」

 

ベータテスト時代に見慣れた光に包まれ、狼狽する俺と落ち着き払ったムサシは一瞬の空白の後、気づいたらはじまりの街の中央広場、スタート地点に戻されていた。

 

……イベント? それともなにかのバグ?

 

広場には凄まじい数の人が集まっている。

もしかするとログインしている連中は全員が戻されたのだろうか?

 

「これ、ルシアン」

「……っ、ああ、なんだ」

 

困惑と怒号が犇めく中で、俺を平静に戻したのは老武人の声だった。

 

ムサシの声を聞き、その蒼目を見つめていると不思議と落ち着いてくる。

 

「ここはまずい。広場の中心はまずい。今ならまだ強引に外側に行くのも難しくないじゃろ。……パニックになったら巻き込まれる。すぐ離れよう」

「え、ああ、そうか、離れよう、うん」

 

……本当に、リアルじゃなにをやってる人なんだろう? 普通、そんな発想が出るものだろうか。

 

結論からいうと、その場を離れるのは難しくなかった。

プレイヤーがみんな無闇な混乱を止め、空の一点に注目しはじめたからだ。

 

このゲームにおけるGM、システム側の象徴である赤ローブ、その中身が空っぽで、ついでに巨大にした奴が広場上空に出現したのだ。

 

赤ローブは『茅場晶彦』と名乗った。

そして、犯行声明、または空々しいフィクションを語った。

 

いわく、このゲームはログアウト不可であり、死亡すれば現実においても同様に死亡する。

この運命から逃れるためには百層の天空城、つまりこの世界を完全にクリアするしかない。

 

バカらしい、ありえない、受け入れたくない。この発言に比べれば、この仮初めの世界の方が「リアル」だ。

 

「ありえない、不可能だ……」

「なぜそう思うのかなルシアン」

 

この期に及んでも、ムサシはパニックへの同調を見せない。

 

「……え?」

「脳味噌に直接電気干渉して夢を見せとるナーヴギア、これの出力をちょいとでも上げれば命を脅かすことができる……十分ありえる話じゃあるまいか」

 

低い声で語られるリアルな予想に、俺の心のどこかが悲鳴をあげた。

 

「……いや、けど」

「古来あこがれじゃったVRが実現したんじゃ。……デスゲームも、実現してしまったんじゃのう」

「許されないだろう! だいたい、なんで……バカらしい!」

 

俺は胸中の憤りをそのまま吐き出す。

 

俺だけでなく、ムサシ以外の回りの連中も似たような有り様だった。

 

しかし、システム的な仕様なのだろう。

こちらがどれだけ騒いでも茅場の声は透き通るように耳、いや、意識に響く。

 

この事態が現実である「証拠」を見せるのだという。

 

「……手鏡」

 

アイテムストレージに送られてきたのはなんの変哲もない手鏡だった。

 

取り出してみると、そこには半日ほど粘って作り上げた自信作のイケメンが困惑の表情を見せている。

 

……その手鏡が、唐突に強い光を放ち、思わず俺は目をつむり……もう一度目を開けば、親の顔より見慣れた顔が鏡に映っていた。

 

「うお!?」

 

俺だ。ヤクザのような人相の、痩せこけた男が、睨むようにこちらを見てる。(睨んでない、自然にこうなる)

 

多くのプレイヤーが手鏡を落としたのだろう。

石畳に落ちて砕ける硝子の音が、広場のそこかしこで鳴り、悲鳴のようだった。

 

しかし、俺にとっての異常事態はここからだった。

 

「……なにが? なあ、ムサ……シ!?」

 

それはまさに、晴天の霹靂だった。

 

「……ん、んんー♪ アーアーアーアーアー♪ ふむん、なるほどね」

 

えらい美人が、ほんの少し前まで老爺が立っていた場所にいたのだ。

声も違う。滑らかで美しい声の、発声を確かめている。

 

年齢は高校生くらいだろうか。

 

男の俺より少しばかり低い身長、すらりと伸びた手足はカモシカのように引き締まっている。

ひとしきり眺めた手鏡を放り投げる指先は白く、たおやかだ。

長い銀髪を後ろで無造作に括り、チラチラ覗くうなじが素晴らしい。

……顔だちが日本人離れしている。異国の血を感じる目鼻立ち。ぱっちりとした印象的な眼に悪戯な表情。

老爺だった時に湖面のようだった瞳の蒼は、今は随分と違って見える。

 

青空のようだと、そう思った。

 

その、この状況にあまりにそぐわず軽やかな少女に意識を奪われて、俺は茅場の話が終わっていることにも気づかなかった。

 

「で、ルシアン、これからどうするの?」

「え?」

「二つに一つよ。私についてくるか、ここに残るか」

 

……何を言っているのか分からない。

いや、分からないといえば、全てが分からない。

 

なんでこうなった?

どうすればいい?

なんでお前はそんなに美しくて、迷いが無いんだ?

 

「待ってくれ……出るにしても、状況の把握が先だろう。……死ねば、死ぬんだ」

「嫌だ待てない」

 

爛々と輝く蒼穹の瞳に、一切の躊躇が窺えない。なんで……どうして。

 

異常なこの状況が、現実世界の俺ではありえないほどの素直さを俺に与えた。

 

普段なら言えない情けない心情も、今、この時この場所、この不思議な少女相手なら告白できる。

 

「ムサシ、俺は怖い。……訳が分からない。茅場の犯行やこの世界も、死ぬのも、其処に、そんな、嬉しそうな顔して飛び込もうって言うお前も。……ムサシ、お前は怖く無いのか? どうして、そんな風に振る舞えるんだ」

 

そう、俺は怖かった。恐怖していた。

このムサシと名乗る訳が分からない不思議な少女に、同じだけの魅力を感じながら、だからこそ恐ろしかった。

 

「んーとね、今この状況が、私の期待した通りだから、嬉しいし、ワクワクしてるし、飛び込もうとしてる……かな」

「は?」

 

は?

 

「ずっと思ってたよ。……主人公になりたい。アニメやゲーム、漫画の世界に入り込んで、出来る限りを尽くして闘ってみたいって」

「それは……」

 

それは……夢だ。

 

「ナーヴギアを被るとき、こんなことが起こらないかなって、ほんとに期待した。……だけど同時に、起きるわけない、とも思ってたよ。期待は裏切られるもの……でも」

 

俺が、誰もが、一度は見る夢、見たことのある夢だ。

……なるほどそうか、茅場だって、きっと。

 

「起きたんだよ。時計の針は進んだんだ。……この世界はファンタジーだ! 冒険しないと嘘だ! じっとなんてしてらんないわ!」

 

すとん、と。

ムサシの言葉が腑に落ちた。

……でも、

 

「でも、やっぱり、俺はここに残るよムサシ」

「ほほん?」

 

ムサシは何だか楽しそうに、話の続きを促した。

 

「勘違いするなよ。俺はベータテスターだ……情報を集める、情報を流す。仲間を集めて地道に攻略していく。……違う世界、違うゲームだからって俺のスタイルは曲げない。クリアしてやるよ。ゲーマー舐めんな」

「……うん」

「だから、お前とは行けない」

「そっかー。……やりおるな、ルシアン」

 

冗談めかして、老爺口調で言ったムサシは、素早く身を翻して駆け出した。

 

「去らばじゃ若武者ゲーマーよ! いずれまた逢おうぞ!」

「ああ、じゃあな! 美少女侍ムサシちゃんよ! 可愛すぎんだろ! 犯罪だぞチクショー!」

 

ムサシは行った。

ゲラゲラ笑いながら、はじまりの街を飛び出して、鳥のように去っていった。

 

それを見送る俺の心は、雨の後の青空のように、晴れ渡るようだった。




多分ここからガンガン独自解釈がくるぞ!
原理主義者は逃げて!


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ごく一般的ムサシの日常

書いてて楽しい。


頬を撫でる、風を感じた。

目を開けば、オレンジのライトエフェクト煌めく刃の切っ先が迫っていた!

 

「オオオオォーー!」

「なんとぉ!?」

 

咄嗟の判断で膝から力を抜き、瞬時にしゃがみこむ。

ハラリと舞った髪を、横薙ぎの気味の直剣が僅かにさらっていった。

……そこ、まさか当たり判定ないよね?

 

折り曲げた脚を勢いよく伸ばして後ろに跳躍。

左手に持ったシミター【カーパライン+5】を確かめながら、空いてる右手でちょっと減った銀髪をかき上げる。

アバターだから、そのうち直るでしょう。

 

……生まれてこのかたずっとショートヘアーだったから、邪魔くさいなあ、慣れないなあ、変える気ないけど。

 

こちらアインクラッド第一層、「遺跡」エリアの最深部。

 

ここ何日かは近辺の村や集落でこの遺跡に関するイベントフラグを立てて挑み、戻ってまた別のフラグ立ててを繰り返している。

 

なにせこのゲームにおいて小規模依頼の期限というものは水物。

 

「明日の月の光のもと祭壇の間で一心に踊れ」

といったものから、

「ドラゴンの刻、四つの小路の隅の先で火を影に呑ませれば古の記憶が目を覚ます……」

なんて不確かなものまで。(あとから聞いたらドラゴンの刻とはこの情報を聞いた時点から十二時間後に設定されるらしい、ふざけんな)

 

ということで、遺跡にたどり着いてからこっち、跳んだり跳ねたり這いずったり、モンスターを追ったり斬ったり殺したりでろくに休む暇もなかった結果、脳内に凝るような眠気を抱えたままに最後の部屋を護る骨型モンスターに出会い……。

 

「……ヤバいヤバい、軽く落ちてた……ゴメンよ骨君」

「オオォ……」

 

【バトル中に寝落ちをかます】というこのデスゲーム・ソードアートオンラインにあって前代未聞の偉業を成し遂げたことになる。スゴいぞ私。

 

さて、バトル中に寝込みを襲ってくれた敵に向き直る。

 

錆びてボロい西洋鎧を着こんだイケてる骸骨、骨君こと【スケルトンソルジャー】が、返事をするようにカタカタと尖った顎骨を鳴らし、獰猛に開いた口から怨嗟の声を上げる。

 

……どう見ても声帯ないだろおめー、どうやってうめき声を出してんだよ。

 

「いや、そもそも筋肉無いのに動いてるんだけど……さっと!」

「ォオ!?」

 

骨君がバカの一つ覚えで大振り攻撃を繰り出して来たので曲刀カテゴリ基本技【リーバー】で首をサックリ切り飛ばしてやった。

……よし、タイミング、角度ともにいい感じだぜ。

 

一コンマの間をおいてグンっと骨君のHPゲージが減りだし、瞬く間に空になる。

空をクルクル舞っていた骨君の頭蓋骨が床に着陸するのとほぼ同時だ。

 

もはや聞き慣れたクラッシュ音と共に、首を失った胴体が光る粒子へと変じ、そして消えていった。

ちゃんと起きてればこんなもんよ。

 

「またつまらんものを斬ったか……」

 

辺りを見渡しながら、名セリフを決める。

後続の姿はない。今のが最後の骨だったようだ。

 

武器持ちのモンスター全般に言えるが、ソードスキルという一発の威力を持っているだけに、AIがそれに頼る傾向があるように思う。あくまで今のところ、なんだろうけど。

 

武器を持てるということはそれだけの体格があるということで、的が大きいから私としてはなおのことやり易いのだ。

 

さて、仕事を始める前に……。

 

「~~♪」

 

スキル起動【音楽】

曲目【ルパン三世のテーマ】

手段【歌】

 

勝手に口が歌い出すのに振り回されず、しかしシステムが機嫌を損ねないギリギリを見計らって、好き勝手に歌い、同時に、埃っぽく古びた部屋の中を容赦なく漁る。今の気分のジョブは【墓荒らし】で決まりだ。

 

この【音楽】スキルは最初から取れてアインクラッドにおけるあらゆる楽器技法をも内包する優秀なスキルだが、いかんせんダメージが出せない取らなくても歌える金にならないナンカ恥ずかしいと色んな理由でドマイナーな趣味スキルだ。

 

「……モンスター出ないなぁ」

 

あらかた部屋を物色し終えて、薄暗い廊下に出てぼやく。

 

【音楽】スキルで奏でる音は美しく、歌声はより遠くに響く。

当然のように聴覚を頼りに動く敵モンスターはこちらへと寄って来るので、素早く膾切りにできる剣腕があれば有用なスキルだ……が。

 

何故だかまるでモンスターが寄ってこない。

 

そういえば入り口や途中で見かけたプレイヤーたちも、近づいてこなくなったなあ……。

 

ここでもう一つエンカウント率にブーストをかけるべく、私は愛剣を腰の鞘に納刀し、ギターを実体化する。

 

とあるクエスト報酬でもらった原色バリバリ真っ赤の派手なやつ。

これでも分類としてはフォークギターになるのだろう代物。

電子仮想世界で言うのも変な話なのだけどさ。

 

適当な知らない演歌をセレクトして 弾き語りしながら。入り口に向けて駆け出した。……ゆっくり歩く理由がない。

 

走りながら知らない曲の演奏でも、システムがスラスラ歌わせてくれるのがいいところ。

そのうち素でモノにしてやるつもりだけどもね。

 

寂れ、モンスターすら息を潜める遺跡の中に拳の効いた演歌が流れていく。

……エコーを伴って、赤い軌跡を引きながら。

 

無論、それは私だった。

 

 

 

*****

 

 

 

「……よくぞ墓所の秘密を暴いたな勇者よ。……これにより先刻伝えた我が秘技がそなたの中で調和し、形をなすだろう……もはや言うべきこともない……行け、行って思うままに技を極めよ」

 

いかにも「マスター」といった外見の髭NPCが偉そうな態度でしめくくり、私の選択可能スキルに【舞踏】が追加されたとのシステムメッセージが表示された。

 

……うーん、この【音楽】の同類臭、たまらんなぁ。

チャンバラの役には立たないんだろうなぁ。

悔しい……でも頑張って上げちゃう。アイドル志望だもん♪

 

「ふむーん、そうねえ……」

 

ウィンドウを開きスキル更新作業をしながら呟く。

 

一周回って眠くない。……まとまって睡眠とったのは二日前になるけど、心が高揚して寝たくない。

 

……しかし、つい先刻に戦闘中にモンスターを前に意識を失うポカをやらかしたばかり。

賢明なるSAOプレイヤーならば大事をとって宿屋にて休むのが定石であろうなあ……。

 

「よし、行くか!」

 

まあ、ご存知このムサシ、賢明さとは縁がない。

 

さっそく【舞踏】スキル起動。……お、バレエあるじゃん。

 

「たーたたたたたー♪ たたーた、たたたたたー♪」

 

クラシックを口ずさみながら大胆に全身を使ってバレエを躍りながら草原を高速移動する女サムライの姿が、そこにはあった。

勿論、それも私だった。

 

仮想世界にあるまじき酸欠のような感覚(多分、深刻な寝不足)を覚えながら、ここ一月ばかりのアインクラッドでの生活に思いを馳せる。

 

なんのことはない。今日と何も変わらない。

 

フィールドを駆け回って、歌を唄い、寄って来るモンスターを楽しく切り殺して、話しかけられるNPCに片端から突撃していった。

 

広いアインクラッド第一層、とても楽しかったけど……そろそろ回り尽くした感がある。

 

「メインディッシュの頃合いだわねえ」

 

アン、ドゥ、トロア!

 

切れよく進む私の目線の先には聳えるこの階層の到達点、太った塔のような迷宮区が待っていた。

 




なんで人が寄って来ないかあててみよう。(配点:マーリンの髭)


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そのソロプレイヤーの驚きは

きっと、幸いなものでしょう。



生粋のソロである俺にとって、それは正しく驚天動地であった。

 

デスゲームとなったこのソードアート・オンライン、ことに迷宮区では、そもそも他人に、つまりプレイヤーに出会うこと自体が稀だ。

 

HPの全損が即ち死に繋がる。

そんな弩級のリスクを飲み込んでまで攻略に励もうという酔狂者が少ないのは道理であろう。

 

そんなシチュエーションで、たて続けに出会った二人のプレイヤーが両者ともに女性、しかもソロプレイヤーである……コレは類稀な珍事と言える。

 

更に更に、二人ともが現実のものと信じられないほどの美貌の持ち主であり……二人ともが、俺の前で意識を失っているとなると……遭遇するには天文学的リアルラックパラメータが必要なのではなかろうか。

 

一人目は名も知らぬ凄腕のレイピア使い。

迷宮区深層にて、儚くも美しい細剣をもって流星を再現してみせた少女。

攻略に、ゲームそのものに挑むように戦っていた不思議なフェンサー。

 

その疑うほどの強さと奇妙な振る舞いに思わず話しかけ、(女性と気づいていたら無理だったと思う)

いくつかの簡単なやり取りのあと、立ち去ろうという瞬間。

糸が切れた美しいマリオネットのように倒れこみ、そのまま意識を喪失してしまったのだ。

 

そんなフェンサー少女を救うべく、俺は工夫をこらした搬送作業にのりだした。

 

普段なら少女を見捨てかねない非情なベータテスターである俺が、何故にそんな行動に出たのかは、非常に多くの要素が絡み、乏しい俺の国語力では言語化が困難であるため別の機会に語るとして、問題はその後だ。

 

ゆっくりしたペースで(そうならざるをえない)薄暗い迷宮を俺の前に、【二人目】は唐突に転がっていたのだ。

 

「……くかー……くかー……むにゃぁ、むにゃぅ……」

「……おいおい」

 

……俺は彼女のあまりにあまりな姿に、二の句がつげずに言葉を失った。

 

……寝ている。

明らかに熟睡している。

 

壁の四隅に設置された特徴的なここは迷宮区に一定の間隔で存在する安全地帯だ。俺も復路で寄った覚えがあるから間違いない。

 

しかし【安全地帯】とはいうものの、もちろん街の広場などとは訳が違う。

暗く冷たく、モンスターの足音や唸り声が響くダンジョンの一角なのだ。

 

例え如何なる勇者であろうともこんな所で満足な睡眠などとれるはずがない……というのが俺の持論だったのだが……。

 

「……すぴー、すぴー……」

「……」

 

続いて彼女の格好に注目してみると、これまた大変特徴的だ。

 

銀髪女サムライ……なのだろうか。

ノースリーブの紺色の着物に短い帯を締めている。

 

腕と足に揃いの黒い布装備を付けているが、薄すぎて視覚的防御をなしていないだけでなく攻撃的ですらある!

太股、絶対領域!

腕を枕に男らしく寝てるもんだから脇が丸見えだし!

 

いかん! これ以上見てると俺の青少年の何かがアブナイ!

 

「おい、あんた、こんなとこで寝てるとアブナイ! 起きろ、いや起きてください!」

「……んあ?」

 

トラブルで気を失っているとかでは無いとは思うがフェンサー少女の例もある。

万一のことを考えると声をかけざるをえない。

 

アブナイサムライは意外にもすんなりと目を開き、身体を起こすとググッと猫科の動物がするように伸びをした。

……【艶】という漢字が何故か俺の脳裏をよぎる。

 

「……ふぁぁ。 あら、スッゴイ美少年、おはよう」

「ああ、おはよう」

 

……いや、何を自然に返してるんだ俺は。

 

呑気すぎるだろこの女!

こっちの気も知らないで!(よく考えたら知るわけないのだが)

 

「こんなところで寝てたら危ないだろ! 気を失っていると思うじゃないか! 女の子は自分を大事にしろ!」

「お、おう?」

「……あ、いや、ゴメン」

 

……しまった。

 

思うに、どうもフェンサー少女から続いてのことで溜まっていた憤りが出てしまい、感情的に怒鳴りつけてしまった。

 

「……くくっ」

 

バツが悪くなって俯くと、押し殺したように笑う彼女。

 

「……なんだよ」

「いえいえ、笑ってごめんなさいね。そして、ありがとう。……改めるとは限らないけど、気遣いはとても嬉しいから、有り難く受け取ります」

 

華の咲くような笑みに毒気を抜かれる。

 

「はじめまして、私はムサシ。……優しい美少年くん、キミの名前を教えてほしいわ」

「……美少年はやめろよな。この女顔、気にしてんだから。……キリトだ。よろしくムサシ」

 

キリト、キリト。

ムサシは口で転がすように俺の仮の名を繰り返し、とても、奇妙なことに。

 

「キリト、いい名前ね。……貴方に出会えて、本当に嬉しい」

 

言葉の通り、本当に嬉しそうに、微笑んだ。

 




ちなみにアスナさんは寝袋に入れられて転がってます。


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少なき満天のレチタティーヴォ
人様の顔色より読んだよコレ


「……ふう」

 

迷宮区最寄りの街にして風車建ち並ぶのどかな街【トールバーナ】に到着した私は、まずは見知った最安値の宿屋に突入し、安っぽい木組みベッドだけの部屋をざっと見聞し、仮想の身体を横たえて薄汚れた天井を眺めた。

 

あの後、私とキリトはすぐに別れた。

 

彼は彼の事情で、私は私の事情で、未だソロプレイヤーをやめるつもりはない以上、それが自然の成りゆきであり、事実そうなったわけだ。

 

「……くふふっ」

 

自己紹介から我にかえったキリトが寝袋の中に詰まったメインヒロインについての弁明を必死にしてくる様を思い返して、ついつい笑ってしまう。

 

これからの【歴史】で数多の【世界】を救うはずの【大英雄】は、会ってみたらフツーに普通だった。

……ちゃんと人間だったし、ちゃんと中学生男子だった。

 

二人で協力して運搬したので【原作】より大分スムーズに迷宮を出られたはずだから、外の明かりの下で、チョットだけ長い間、お姫様の寝顔を見つめたりしたのだろうか……。

 

「面白いのう、この浮き世は、ほんに面白いのう堪らんのう……」

 

目を瞑りサムライ独り言ロール。

 

まだ、疑いの心は残っている。この世は、俺が知ってる世界なのだろうか?

 

そうだとして、此処に私が居ることでどんな変化も起こらないはずはない。

 

どれほど気をつけようと……。

 

死ぬはずの人は生きるだろう。

生きるはずの人が死ぬことも、やはりあるだろう。

 

功罪や善悪を誰が計るのだろう?

何が裁けるというのだろう?

 

「ま、とりあえず寝ときなよ☆」

 

【はじまりの手鏡】を取り出して言ってみる。

フレちゃん可愛い。これは真理だな。うん。

 

攻略会議まで、しばらく時間がある。

……少し、眠ろう。

 

 

 

*****

 

 

 

青髪騎士ディアベルが仕切り、トゲトゲ野郎キバオウが吠え、褐色巨漢エギルが締める。

 

前世の「俺」が人様の顔色より読んだソードアート・オンライン第一層攻略会議が、今まさに真の魂を持った御本人達によって現実のものとなっている。

 

……予想外のノイズで、あんまり堪能できてはいないが。

 

「……おいあれ、見てみろよ」

 

見世物じゃねーぞ。

 

「うお、……スッゲー美人っ」

 

そりゃどーも。

 

「海外ユーザーかよ……日本人じゃあないよな」

 

日仏合作だよ。

 

「シミター以外は布装備のみかよ潔いなぁ。……プレイヤーメイドだよなアレ」

 

おっと御目が高いねキミ。

 

「……後で話しかけてみろよ」

 

……他人に押し付けるな。

 

「えっー!? むりむりむり」

 

かかってこいやー。

 

おまいらなあ、丸聞こえなんですけど?

私の自慢の一張羅に目をつけたやつ以外は氏ね。氏んでおけ。

 

声が聞こえて来たほうに軽く睨むように視線を投げると、ピタリとやむのがまた、情けない。

 

思わずため息を一つ。

 

私が言うのもなんだけどさ、お前ら会議はちゃんと聴いとけよ。

 

弁えててデキるプレイヤーにとっては、今さらベータテスターがどうとかは本当のところどうでもいいのはわかるけどさ……。

こういう奴等が一定数いることを安心材料にしていいのやら……。

 

そんな具合の悪さを感じるうちに、顔合わせと意思統一を兼ねた会議はお開きとなった。

実際のボス対策や戦術は、また後日となる。

 

……しまったなあ、この時点ではアスナはフードで美人を隠してるから、この大人数の紅一点であるムサシちゃんに視線が集まるのは道理であったか。

 

広場の隅っこにキリトくんとフードアスナちゃんが居るのは見えたが、この状況で絡みに行くのも悪い。

……なんかシリアスやってる空気を感じないでもないしね。

 

私は今からでも目立たない装備への換装を考えながらその場を離れる。

 

「おい、アンタ、ちょっと待ってくれヨ」

 

……でもなぁ、やっと見つけたお針子さんにムリ言ってせっかく揃えた第一段階武蔵ちゃん装備を……。

 

「おい! そこの美人のネーチャン! 待てッテ!」

「……へ? 私?」

「アンタ以外にここらに美人のネーチャンはいねーヨ。……しかし足はえーナ」

 

オレっちも、そこそこ上げてんだけどナー……。なんてぶつぶつ言ってる目の前の

プレイヤーをジッと鑑定する。

 

全身くすんだ色の布と革装備。

子供のような低身長に金褐色の巻き毛。

愛嬌ある顔に特徴的すぎる三本髭ペイントとなれば……。

 

「……鼠のアルゴ?」

「おお、オレっちのことを知ってくれてるなら話は早いナ。そう、その鼠で合ってるヨ」

 

にひひっと、この世界を代表する情報屋プレイヤーは、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべてこちらを見上げた。

 

……名乗らねばなるまい。

 

「申し遅れました。……私はムサシ。職業は気持ち的に新免武蔵守藤原玄信やってます」

「くはっ、さっきのナイト兄ちゃんの真似かヨ。なげーヨ」

 

アルゴはますます笑みを深くし、こちらに予想外の問いをしてきた。

 

「アンタが噂の【セイレーン】なんだロ?」

「……は? セイレーン?」

 

なんで海の凶悪妖魔あつかいされてんのワタクシ?

 

「知らないのかヨ? ここ何週間かで出回ってる噂だよ。フィールドには、野良セイレーンが出るって」

「……? …………!?」

「仕方ねーナ。初回サービスでその噂のことはロハで教えてやるヨ。……えーとナー」

 

かいつまんで言うと、なんでもこの広いソードアート・オンライン第一層で、それぞれ時期はズレていても共通する現象が噂されているらしい。

 

「フィールドで歌ってる謎の美女がいる」

 

草原で、森で、谷で、……遺跡で。

 

美しい歌声に惹かれて寄って行くと、そこには銀髪の女が、歌声に負けず劣らずの美しさをもって歌ってる。

 

でもって見蕩れてると、同じく寄って来たモンスターに後ろから小突かれる。死にかけた。

 

走りながら歌ってるのを聴いて、続きを聴きたくて頑張って追っかけてたら気づいたら森の奥まで行ってた。死にかけた。

 

大量のモンスターに集られてるのを見て、決死の覚悟で助けに行こうとしたらもう全滅してた。男としての矜持が死んだ。

 

「……いや、知らないわよ特に最後! 全員勝手に死にかけてるだけじゃないの! 私は悪くない! セイレーンあつかい反対!」

「でも歌ってはいたんだロ?」

「……まあ、そうだけど」

 

キラリ、鼠の目が輝いた。

 

「やっぱりナ! 銀髪美人なんてそんないないからそうだと思ったけどやっぱりナ! なあ、なんでフィールドで歌ってんダ? 本当に強いのカ? どーして急に迷宮区に来てボス討伐に参加しようとしてんダ? 今度は踊ってたってネタは上がってんダゾ! どんなクエストやったらそーなル!?」

「ウェイウェイウェイ、落ち着きなさいってばよ」

 

こえーよ。なにがこの鼠をここまで駆り立てるんだよ。

原作でこんなんだっけ?

 

「落ち着いてられるかヨ!? この一ヶ月でわけわからんプレイヤーは星の数ほど把握してるが、アンタはその意味じゃ、ぶっちぎりダ! そのくせ足はえー、ほとんど街にいねー、全然人に関わらねーで情報が集まらねエ! 誰もが知りたがって聞きにくるのに、全くわからんって答え続けなきゃならん情報屋の気持ちがアンタにわかるカ!?」

「お、おう」

「鼠のオレっちが言うのもなんだが、やっと尻尾を掴んだんダ……今日という今日は逃がさねエ。金なら言い値を払うからサ! インタビューを受けてくれヨ! これはオレっちの意地ダ! なんなら、売ってほしくない情報は言ってくれれば売らないと誓うゾ!」

「……えー」

 

デメリット、もっと目立つ、恥ずかしい、アルゴの目が血走って怖い。

 

これに対してメリットは……絶大だ。

 

まずアルゴとのコネクションは大きい。

今はこんなでも優秀さは疑いようのないプレイヤーだ。

 

信用のおける情報屋なんて他にいないし、キリトやアスナはじめ、誰の情報も金次第で手に入れてくれるだろう。(アルゴが義理で口にできない情報を聞く気もないし)

 

しかもこれは請けた時点で結ばれるものであり、今回のインタビューに対する報酬をさらに要求できるときている。

 

……切羽詰まってるわけでなし、金は凡手どころか悪手であるなぁ。

……よし。

 

「……いいでしょう、その話、お請けしましょう」

「本当カ!? よっしゃ、なら早速で悪いが金額の相談ヲ……」

「いえいえ、せっかくの鼠のアルゴからの依頼だもの。……報酬も情報で貰いたいわねえ」

 

その言葉を聞いた【鼠】はケタケタ笑った。

 

「おお、いいゾー。アンタの情報に釣り合うくらい、事細かに教えてやるヨ。……で、どんな情報が要りようかナ?」

 

応じるように私もニッコリ笑って。

 

「騎士ディアベルの情報、あるだけ、詳しく。かなうなら追加で調べて、チョーダイ♪」

 

とある決意を秘めた私の瞳に何を見たのか、鼠のアルゴの笑みは、ここで何故か引きつった。



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進め冒険者、歌と共に

もう少し暖めたかったけど我慢できねえ! 投稿だ!


すごく、不思議なコだ。

どこでどんな物を食べて育てば、こんな風になるんだろう。

 

私がムサシに会って抱いたのは、そんなとりとめのない思考だった。

 

 

 

 

「じゃあ、あらためて、パーティリーダーを勤めることになったキリトだ。……こっちが、えっと」

「アスナ。……よろしく」

 

そういえば、彼の名前も聞かずに、こちらも名乗らずここまで一緒に行動していたのだ。

 

まがりなりにも命を救われ、パンにお風呂に、鼠さん……あんな……思い出したくも思い出させたくもないトラブルもあり……これから命を預けあって戦おうというのに、なにやら奇妙に感じる。

 

「私は飛び入りのムサシ。……決してセイレーンなんかじゃない生粋のサムライだから、そこんとこよろしく。……二人ともかわいー☆」

 

第一層フロアボス討伐戦当日。

 

不本意ながらあぶれ者パーティーを組もうとしていた私と彼……キリトの前に、一人のプレイヤーが「私も余ったからいーれーて」と、やって来た。

 

……スタイルがいい。

すらりと伸びた長い手足、メリハリの利いた体型、ゲームであるから当たり前だけど、つるりと白い肌に驚く。

きっとこれから他の女性プレイヤーと知り合っても色褪せないだろう美しさ。

 

一見歳上にも見えるが、コロコロ変わる表情がその印象を覆す。

 

謎その一、年齢不詳だ。

 

「……なんで俺がリーダーなんだよ、ムサシのが仕切るの慣れてそーだろ」

「あはは、そうは言っても、私ってばゲームビギナーだし、やっぱりキリトが適任よー」

「え、マジで!? ビギナー!?」

 

謎その二、なんか……彼とやたら親しげじゃない?

 

「そうそう、【生まれて】このかた、このソードアート・オンラインがマトモにプレイした始めてのゲームよ」

「いや、それは絶対ウソだ!」

 

私との方が過ごした時間は多いに決まってるのに、あんな気安い態度、はじめて見たし。

……まるで同性の友達同士みたい。

 

なんか、おもしろくない。

 

「あ、アスナ、さん? なんで機嫌を損ねてらっしゃるのでしょう……か?」

「知らないわよ。……機嫌悪くなんかないわよ」

「あっはっは!」

 

狼狽える彼に、そして多分私に、ムサシは豪快に笑った。

 

「……」

「んん? あ、笑ってごめんなさい、気を悪くした?」

「……いえ」

 

謎その三、彼女の所作から漂う、演技の香り。

嘘をついてる……というのとは、また違うのだ。

 

「おーい、セイレーンちゃーん、景気づけになんか歌ってくれよ!」

「そうだー! うたえー!」

「セイレーンは止めい! ……でも、よーし、リクエストには答えなきゃねー」

 

ウキウキとギターを取り出しノリよくポップな歌を(あにそん? ってやつ?)歌い出す彼女に、嘘があるとは私も思わない。

 

……声も綺麗。

リアルでは歌の練習とか、していたのかしら。

曲に馴染みのない私でも、心動かされるものがある。

 

「……いいぞー! 感動した!」

「アンコール! アンコール!」

「いや、みんな、これから出発だって! ……俺も聴きたいけどさ!」

 

場をまとめるべきナイトのディアベルさんまで巻き込んで盛り上がる臨時ライブ会場になった街外れ。

 

ふふふん、と、得意気な顔を作ったムサシは、次の曲を爪弾きながら、迷宮区の方へ歩きだした。

 

「歌いながら行きましょうか。音楽スキルが索敵スキルを阻害することが無いのは検証済みなのよねー。それに、冒険者っぽいでしょ?」

 

そう、嘘をついているのでなく、芝居がかっているんだ。

 

アップテンポの曲を奏でるムサシと、私達を囲んで進み始めるレイドの中でおもう。

 

悪いことではない。

この世界で言うのも空しい限りだけれど私も向こうでは押しも押されぬの女子校育ち。

 

女はみんな女優だってことくらいは知ってる、けど。

 

ここは、至上稀にみる異常なゲームで、牢獄で、戦場なんだ。

クラスの盛り上げ役の子みたいに、どういう神経で振る舞えるというのだろう?

 

「キリト……くん。これって普通の感じなの?」

「え? ……ごめんアスナ、なんだって?」

 

ちぐはぐチームのリーダーはなにやら考え込むのをやめて、こちらを向いてくれた。……聞き惚れていた、とは違う感じだったからいいけどね。

 

「だから、普通のゲームなら、こんな風に歌とか歌いながらボス討伐とかするのかなって」

「……どうだろう。俺はボイスチャットでプレイはしない派だったし、文字チャットでガッツリRPする方でもなかったからなぁ……」

 

それでも、と、キリトくんはレイドを見渡し、感慨深げに続ける。

 

「悪くはないよ。……うん、悪くない」

「どうして? あんまりに緊張感が足りないんじゃないかしら? 遠足じゃあるまいし」

「ガチガチに緊張して、上手くいくなら緊張するべきなんだろうけどさ、俺の経験上、ゲーム攻略なんて、ふざけてる時ほど上手くいくもんなのさ。……みんな、無理のない、いい顔してるぜ」

「……そう」

 

確かに、そうかもしれない。

緊張しすぎては上手くいくものもいかない。当たり前過ぎて、忘れていたんだな、私。

 

心底楽しそうに、歌いながら歩くムサシと、子供のように剣を振って進む【冒険者集団】を見ながら、ムサシがクラスに居てくれたら、学校生活、もっと楽しかったかな、なんて思った。

 

……ボスまで、もう少し。




……まとまった時間がもっと欲しいお……


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レッツ☆ボス戦。テンション上がるー♪

関係ないですけどキリトさんの凄さはややこしい事態を前に、思考を止めないところにあると思います。……困難では彼は折れないでしょう。……困難では。


「……スイッチ!」

 

雄叫びを上げる【ルインコボルド・センチネル】の振り下ろす長物をかち上げ叫ぶ。

 

「……ふっ!」

「てい、首おいてけー!」

 

すかさず流星のような突き【リニアー】がセンチネルの首元に刺さり、その後を追って、月のような軌道を描く曲刀カテゴリソードスキル【リーパー】が金属鎧の僅かな狭間へと叩き込まれる。……上手い。

 

第一層ボス討伐戦、半端な人数である俺たちパーティーは、ボスの取り巻き排除の補助を命じられ、恐らく、レイドの誰にも予想外であったろうスムーズさで任務を果たし続けていた。

 

屈強であったコボルト戦士が消えるにしては、あまりに儚い破砕音を聞きながら、フードで顔を隠して必殺の一刺しを繰り出すフェンサーと……色濃い謎を纏った軽装の女サムライをうかがう。

 

見てるな……ディアベルを。

 

ムサシに、彼女の情報と引き換えにディアベルの情報をありったけ売った。

 

『どんな情報を渡したか、知りたいか? 安くしとくヨ』

 

情報屋のアルゴが俺にそう漏らしたのは、昨夜のドタバタ騒ぎのあと、帰り際にだった。

 

提示された情報料は俺にとっても決して安い額ではなかったが、俺は僅か逡巡して、結局は言われたとおりの値段で買った。

 

アルゴとはよしみを通じて結構になる。わざわざこんな事を切り出すということは、アルゴが、この情報が俺にとって必要と踏んでいる……。

 

おそらく俺がこの大一番でムサシとパーティーを組む事をアルゴは予想していた。その上で……それがどういう意味を持つか、流石の情報屋も測りかねていたのかも知れない。

 

情報を聞いて、会議でのディアベルの振る舞いと表面上の噂を思い出せば、彼が一般プレイヤーにしてはあまりに出来すぎているのが分かる。

 

もしも、仮に、彼がベータテスターだとして、あの情報からムサシが万が一それを『察した』として、それが意味する事とは何だろう?

 

「随分と、悩んどるようやのう。……調子は悪うなさそうやのに……」

 

不意に、背後からサボテン頭のキバオウの声。

……謎といえば、この男による俺のアニールブレード購入申請もそう。

 

現段階では法外な値段を吹っ掛け、俺の愛刀を欲する意図は何だ?

決戦を前にしての自身の強化をというならば、浮いた費用で装備を新調していないのはあまりに不自然。

 

……センチネルの掃討も順調だ。

次の湧きまで雑談をする暇くらいはあるとみた。

 

「……アンタには嫌われてると思ってたけど、心配してくれたのかキバオウさん?」

「ハッ。……当てが外れた負け犬の顔を拝みに来てやったんや」

「……なんだと?」

 

キバオウの眼を、正面から見据える。

そこには敵意、憎悪、そして、勝ちを確信したがゆえの暗い優越感。

 

ドロドロとした悪意が滾っているのが分かるのは、ソードアート・オンラインの豊かな感情表現の発露だろう。

 

まさか、だが……。

 

「アンタもさっき言ったように調子はいいぜ、そっちよりも倒してるんだから、負け犬呼ばわりは心外だな」

「……抜かしおる。さすがにシラを切るのも堂にいっとるわ。……わいは全部聞いとんねん」

「なにを……」

「ジブンが今回の攻略部隊に入り込んだんは、昔鍛えた汚いテクであのデカブツボスのLAかっさらうためやってな!」

「ば…………」

 

バカな……。

 

知るはずがない、という驚愕と、悲しいまでの納得の感情が、同じだけの大質量で俺の胸に去来した。

 

俺がベータテスターであると知っている。

そしてあまつさえ、嫌ってやまない『リソースの独占』をこの期に及んで目論んでいると思い違いをしている。

 

……なるほど、その敵意と悪意も頷ける、が。

聞いていると、そう言ったな。

 

アルゴからはあり得ない。

彼女が自らのパーソナル情報を売ることがあっても、ベータテスターの情報を売り渡すことはあり得ない。

 

そこ以外の情報から、察してしまうプレイヤーもいるかも知れないにしても、だ……いやまて、……ベータテスター?

 

脳裏に閃くものを感じ、レイドの前線、パーティーリーダーにして、この瞬間においては間違いなくソードアート・オンライン全プレイヤーのトップに立つ男を見詰める。

 

折しもボスの三本目のHPゲージが消え去り、歓声が広いフロアに轟いた。

 

アンタなのか……ディアベル。

 

青髪の騎士ディアベルはただ前を向き、忙しなく指揮を執っている。……当然ながら、俺の視線と疑念に気づく様子はない。

 

俺がかつてLAをとることを得意としていたのを知っているプレイヤーがいたとして、……それを妨害する意味を持つのは、自身がLAを狙える立場にある場合に限るのだ。

 

俺の疑念は、加速度的に確かなものに変わりつつあった。

 

ムサシは……?

 

結果として、レイドリーダーの策謀を俺に察知させる要因となった美貌の剣士は、その瞳を爛々と輝かせて叫んだ。

 

「お代わり来たよ! キリト、お喋り終わった? ボケっとしないで前へ! アスナ、一撃待機!」

「…………分かったけど、ムサシがリーダーだっけ」

 

新たに湧いて来たセンチネルを前に、その気勢をいよいよ燃え上がらせていた。

少し渋い様子で指示に従うアスナ。

……全く、肩の力が抜けるぜ。

 

「……雑魚コボ、精々その調子で狩っとれや。……大好きなLAやで」

「…………アンタもな」

 

絞り出すように笑ってそう告げると、キバオウは、毒気を抜かれたような間抜けな顔を怒ったような複雑な表情に変えてから、吐き出すようにごちる。

 

「……は、なんやねん」

 

別のセンチネルの元へパーティーと共に走り去っていくキバオウを見送って、俺もムサシとアスナ、二人の前に躍り出る。

 

関係ない。

 

アニールブレードの柄を握り締め、心に念じる。

 

単発片手剣ソードスキル【スラント】が鋭く走り、センチネルの振りかぶったポールウェポンを跳ね上げた。

 

「スイッチ!」

 

元々ここでLA狙おうなんて企みは毛頭無かったんだ。

勝手な杞憂で色々やってくれたのは素直にムカつくが、それで攻略が上手くいくなら手をあげて喜ぶべきことだ。

 

なんなら、折角の商機に愛刀を売りに出さなかったことを残念に思うべきで……。

 

「……なんだ?」

 

ポジションを譲り、素早く前線を睨むと、微かな、確かな違和感を感じる。

 

なんなんだ? ……どこだ?

 

レイドは意気軒昂、取り巻きの取りこぼしはあり得ない、ボス【イルファング・ザ・コボルドロード】の行動パターンも、ここまで予想の範囲内におさまっていて、姿の同じで、雄叫びの変わらない。…………いや、ボス、そうボスの、武器……。

 

「あ…………」

 

視線の先、まさにボスが、曲刀とは異質の形状のギラつく刃を振り上げる。対してディアベルを中心として、攻撃を捌く構え。

 

「ああ、あ!」

 

確かに、曲刀ならば研究されている。

先ずは捌き、接近し、集中攻撃で削りきれるだろう、だが、アレは違う!

 

「駄目だ! 下がれ! 全力で後ろへ飛べえ!」

 

俺の懸命の叫びを、イルファングのソードスキルに伴う禍々しいサウンドエフェクトが掻き消した。

 

周囲の全てを薙ぎ払う、カタナ専用のソードスキル【旋車】

 

前線の六人は誰もが未知の攻撃をモロに食らい、その場に無惨にも転がった。

……その頭上に回る黄色いエフェクト。全員スタンしている!

 

「……追撃が、え、は!?」

 

誰もが動けなかった。

 

頼りのディアベルが一撃で沈み、想定外の事態が俺を含む全員の思考を縛っていた。

 

……だが。

 

「ムサシ!?」

 

ムサシだけが動いていた。銀髪を尾のように靡かせて、混沌の坩堝に迷いなく駆けていく。

 

俺は動けなかった。

 

混乱もあった、恐怖も無論、あったろう。だが最大の理由はそこにはなく。

 

アスナ。

 

美しさを隠し持つ、類い稀なる剣士の卵。

今まさに孵化しようとする可能性をセンチネルという確かな脅威の前に一人残して、俺は、本当に、行くべきなのか!?

 

躊躇は一瞬、しかし、その一瞬の間に事態は大きく動いていた。

 

必殺の範囲攻撃のクールタイムから抜けたボスが動く。

 

カタナ専用ソードスキル【浮舟】

 

ターゲットに選ばれたのは正面にいたディアベルだった。

下からの円弧型の斬撃に、高く跳ねあげられた騎士の姿が空中で藻掻くように蠢いた。

 

ボスのコンボが、なおも止まらない。

決めのソードスキルは、予備モーションからして三連撃技の【緋扇】か!

 

「下手に動くな! 全力で防御しなさい!」

 

ムサシが大きく叫んだ。

 

【音楽】スキルの恩恵か、それともリアルの声量がゲームの中でも影響するのか、具体的かつ威厳に満ちた大音声の命令に、ディアベルは弾かれたように縮こまったのが見えた。

それとほぼ同時に、ボスの閃くようなソードスキルが空中のディアベルに向けて放たれた!

 

しかし、ディアベルの被弾面積は技の始動時より格段に小さくなっている。

 

鋭くも猛々しい上下の二撃が擦るようにヒット。そして、一拍の後に必殺の突きがディアベルの真芯を捉え……。

 

「……ってえええぇい!!」

 

曲刀カテゴリソードスキル【クレセント】

当初イルファングが使ってくるとされた技の一つ、特徴は重威力、見切りやすい縦切り系、……そして、長射程。

 

ディアベルの脇をこれまた掠めるように放たれたムサシの斬撃はボスの最終撃に見事ぶち当たり、お互いの威力を殺しあった。

 

奇妙な静寂、大技を放ち硬直するボスとムサシの二者を前に、やはり、周囲は呆然と立ちつくす。

 

ここではじめて、こちらに飛ばされて来たディアベルに、俺は我にかえった。

どうやら辛うじて、青髪の騎士のHPは残っている。

……引き伸ばされた感覚の中で、俺は凄まじい偉業を見たのだ。

 

「キリト!」

「お、おう」

 

まだ技後硬直から抜けないムサシが、こちらに叫ぶ。

 

「ディアベルの回復をして、急いで方針を決めて! みんなをまとめ直して!」

「おう! ……ボスはどうする!? 俺……なら……」

「……」

 

対処法が分かる、そう言おうとした俺は、しかし、こちらを見詰める猛禽のようなムサシの眼に口をつぐんだ。

 

「キリトの持ってる情報は今、全体のために必要よ。……大丈夫」

 

ムサシは、こちらを安心させるようにホニャっとした笑みを浮かべてボスへと向き直り。

 

「アタシに任せてー☆」




次回はフレムサシの視点……の前にモブキャラ視点入れようかな。


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一方その頃、向こうでは

ばりっばりの独自解釈に独自設定です。よいこは真似しちゃダメダゼー。


「……んんっ終わったぁ」

 

偶然にも私しかいないタイミング。手を組んで伸びを一つ。

 

看護士の業務は過酷なもの。

人目のないところで、もうすぐ仕事終わりなのだ。少しくらい力を抜いても許してほしい。

 

「とはいっても、だいぶ楽チン……だけどねえ」

 

……ひとり言、増えたなぁ。クセにならないようにしないと。

 

私は元々病棟担当の看護士。患者様の対応、その御家族の対応。様々な業務に目を回すのがこの間までの仕事だった。

 

【SAO事件】

 

これのおかげと言うべきか、少しばかり今は事情が変わってきた。

 

空前絶後にして奇妙奇天烈なこの大事件に、ゲーム業界やら警察やら政治やら、日本全体が揺れているとテレビで見たけれど、病院だって負けてはいない。

 

患者がプレイしているゲームでやられたら、即座に脳を電磁パルスで焼かれて死亡する。

 

この世界初の【症例】を前に、病院としては手の施しようがないと言わざるを得ない。……ドクターの先生のメスは、金属で出来たヘルメットを破壊するようには造られていないのだ。

 

だが、SAOプレイヤーの御家族は病院に【入院】したのだから、事態が好転するものと無意識に期待してしまうのだろう。

 

担当患者がみんな意識不明の新設病棟に移された私は、目を回すことはなくなり、頭を抱えることが仕事になった。

 

「……でも」

 

ふと、患者データに検索をかける。

電子カルテの無機質な光にのった、例外の名前を呟いた。

 

「宮本、フレデリカ、さん」

 

今日、彼女を訪ねてきた二人の女性を思い出す。

 

 

 

*****

 

 

 

「宮本さん、おはようございます」

「……あ、おはようございます。……いつもありがとうございます」

 

翌日、まだ業務が始まって間もない時間帯、今日一番目のお見舞いの方は、じっと見詰めていた娘の顔から目線を外し、私に、笑顔で挨拶を返してくれた。

 

宮本フレデリカさんのお母様は、事件の日から毎日、時には旦那様を伴って欠かさずお見舞いに来る稀有な方の一人だ。

 

……最初の時期の取り乱しようが、特に酷かった方の一人でもある。

 

流石に今は落ち着かれているが、やはり拭いきれない疲労と不安が、年齢不詳の美貌に影を宿して、女の私から見てもとても……セクシーだ。

男の職員が裏で騒いでいるのも無理はない。

 

専業主婦で時間に余裕があるだけだと前に本人が言っていたが、聞けば家も近くはない。……本当に、頭が下がる。

 

「なにも異常はありませんよ。むしろ数字は健康そのものです」

「……はい」

 

一ヶ月経つ。

その間に千人単位で犠牲者が出て、微減の傾向にあり続けても無くなりはしない。

 

……本当は、家で、自分で世話をしたいのだろうと思う。

しかし、このゲームの犠牲者は一括して指定の病院に入れる規定になっているので、それは叶えられない希望だ。

もしも一般家庭で【死亡】した場合を考えれば、やむをえない対処ではあると思う。

宮本さんと違い誰一人、一度も面会に来ない方もいるくらい。切ないが、適切。

 

上の、偉い人達は動かないんじゃない。動けないんだ。そしてそれは私も宮本さんも誰もが同じ。

それだけの異常事態、それだけの異常事件。

 

「……では、失礼します。娘を、お願いいたします」

 

宮本さんは一時間ほど、なにくれとなく世話を焼き、昨日替えた花をまた替えて、静かに病室をあとにした。

 

彼女は、気づいているのだろう。……だから冷静でいられるのかも。

 

……さて、私も仕事だ。

 

 

 

*****

 

 

 

夕方頃のこと、珍しく、宮本フレデリカさんに本日二度目のお見舞いが来た。

 

「えっと、真鍋いのりです。……宮本フレデリカさんは……」

「はい。……宮本さんはこちらになります」

 

彼女の同級生らしい。

真面目な女子中学生、といった印象で、真っ直ぐな黒髪が眩しい、可愛い娘だと思った。

 

「宮本さんも、お友だちが来てくれて喜んでると思うわ。あまり、同じ学校の方のお見舞いはいらっしゃらなくて」

「あはは、先生が、どこの病院かとか、教えてくれないんですよ。フレちゃ、えっと宮本さん、友達すっごく多いから、押しかけたら迷惑だって。……私はお母さんに教えてもらって」

「……なるほど」

 

軽く談笑しながら、いのりちゃんを案内する。薄いカーテンで柔らかく遮られた西日の照らす病室で、彼女、宮本フレデリカは眠っていた。

 

「……手を、握っても、いいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

 

こんこんと眠る……いや、今なお戦っている友人を見るいのりちゃんの表情には、哀しみはなかった。少し戸惑っているようではあるが、とても落ち着いている。

 

「……不思議なコよね」

「……え?」

 

そんな彼女に無粋にも声をかけてしまったのは、私も聞いてほしかったからかも知れない。

 

「知ってる? ナーヴギアは装着してる人のあらゆる運動命令をシャットアウトするけど、完全に完璧ってわけじゃないの」

「……そうなんですか」

「表情がね、動くことがあるのよ。顔の神経がどうのって話なんだけれど、個人差はあるし、顔を触っても向こうには感触は届かない……けど、激しい感情を感じてる時、分かっちゃうのよね。……心拍数や呼吸数も参考になるし」

「……」

 

真剣に、黙って聞いてくれる彼女に、さらに言葉を連ねていく。

 

「たまに見かける表情は、たいていは歯を食いしばってたり、悲しそうだったりするの。そりゃ囚われてるんだもの。当たり前よね。……でも」

「フレちゃんは違う、ですよね」

「……ええ、そうよ。……いつも、とても楽しそうに笑ってるのよ……」

 

いのりちゃんは、嬉しそうに微笑んだ。

 

「それがフレちゃんですから」

 

握った手を、胸に抱き寄せて。

 

「フレちゃんは負けずぎらいなんです。笑ってるフレちゃんは無敵だって、私、知ってます。……絶対に帰ってきます」

 

 

*****

 

 

なんか、手がぬくいな。

 

「ガアアァ!!」

「っとう!」

 

イルファングが放った強引な振り下ろしを転げるように回避して、もののついでとばかりに切りつける。大してダメージにはならないけどタゲを取りつづけるのが肝要なのだ。

 

かっこよく「別に倒してしまっても構わんのだろう」とか言えたらいいが、流石にそこまで歌舞いてはいない。

 

体格差、リーチの差、弱ってなお余りあるHPの差、なにより。

 

やっぱり強いなカタナ。……欲しい。

 

変幻自在でえぐい威力で、更に初見だからモーションを読めないと来たもんだ。

 

まともに立ち合ったら死ぬしかないじゃない。

 

だからピッタリと張り付くように立ち回り、強力無比なその技をそもそも使わせない。

隙ができるからこっちもソードスキルはほとんど使えないし、足元チョロチョロしてると踏み潰されそう。

 

私とボスが近すぎて、ぐるぐる位置が入れ替わるものだから、周りのプレイヤー達も手を出せないでいる。

 

……だけどね。

 

「あん、どぅ……くらぁっ☆」

「ガァッガアア!」

 

踊る、踊る。

今日はいやに調子がいい。力が漲り体が軽い。

 

観客達に見せつけるように、イルファングと踊り続けてみせる。

 

キリトとディアベルが打ち合わせを済ませ、パーティーを編成しなおすまで、私はとても楽しい時間を過ごしましたとさ。

 

……第一層、クリア!




あとはささっと締めて、一区切り。


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ブロンズの鉄の塊であるナイトが布装備のジョブに遅れをとった流石ムサシ汚い

しばらくお話し回が続きます。


「これで、とどめだ!」

「ガ、ガアアーー!!」

 

黒の剣士の声と、イルファングの断末魔が無闇に広いボスフロアに轟いた。

 

体勢を立て直した討伐レイドは、ディアベルが後方、全体の見える位置でセンチネルを含む動向を掌握し、キリトが前線でカタナスキルへの対策を含む陣頭指揮をとる形で再開された。

 

こうなると元より追い込まれていたボスになす術はなく、一丸の猛攻撃とキリトの前に、巨体はあえなくポリゴンとなって散ったのだった。

 

「……勝ったのか」

「ああ、勝ったんだ、俺たち!」

「あ、お、おおおおーーー!」

 

鬨の声が上がる。

 

男達が手を天に掲げて肩を叩いて喜びを分かち合う。

この光景に題名を付けるなら「勝利」以外に無いだろう。

それも、予想外のトラブルを幾つも乗り越えての完全無欠の大勝利だ。

 

「……待ってくれ」

 

そこにポツリと、水を差す声。

ディアベル。この勝利者達の総指揮官であり、本来なら、誰よりも快哉を叫ぶべき男。

ボスの予想外の剣技にあわや落命の危機を私に助けられ、謀略を巡らせて封じていたキリトにラストアタックとMVPを持っていかれた形だ。

 

だけど、こっちを見詰める瞳に浮かんでいるのは怒りでも憎しみでもなく……困惑。

 

「なに? レイドリーダー? 怖い顔して、しるぶぷれ~?」

「……ふざけないで、答えてくれ。……どうやって、どうして俺を助けた? 助けられた? 君だって、誰にだってあのボスは予想外だったんだ。なんで俺を、危険な、……理由は?」

「……まあまあ、時に落ちついてよナイトさん」

 

生の感情は大きく溢れるのがこのゲーム。

迫る刃と、あと一手違えば死んでいた事実を思い出したのだろう。

蒼白な顔と震える声、まとまらない質問、それでも聞きたいことはだいたい察したよ。

ムサシは出来るこなのだ。

 

……気がつけば、周囲もバカ騒ぎを止めてこっちを見てる。なによ、見てんじゃないわよ。特にキリトにアスナさん。

見物料とるよ、尻撫でさせろ。

 

「……まずは、どうして助けられたのか、から答えましょうか。まあ、言ってしまえば、貴方をずっと見ていたから、だから、突出し過ぎたのもすぐ分かった」

「……なんで注目してたんだ。……キリトさんから、なにか聞いていたのか」

「うんにゃ」

 

さてさて、辻褄合わせの時間よ。できたらなあなあで流せればよかったんだけど。

 

「噂、実際に会った印象、その他もろもろと女の勘(原作知識)で、私は十中八九ディアベルさん、貴方がベータテスターだと思ってた」

「な、なんだと! ディアベルさんはそんなんじゃ……」

「黙ってろ! ……ごめん、続けて」

「お、おう」

 

リーダーに対する誹謗に気色ばんで叫んだ手下Aに、ディアベルは見たことないような顔で怒鳴って、打って変わって穏やかに話の続きを促してくる。……こえぇ。

 

「ええっと、それで、巷でのベータテスターの評判って酷いもんじゃない。私は偏見とか、持ちたくないけど……火の無いところに煙は立たない。貴方がそうでない保証が無いなら、警戒するのは当然よ。……リーダーだもの、指示に恣意を混ぜて、邪魔なヤツを消すくらいは簡単かもね?」

「……それは、ないよ」

「そう、貴方は攻略に真摯だった。……私が思うに、だから突出した」

「……」

「そこでキリトが、うちの大将が叫んだのよ、ダメだ下がれって、私やアスナに言ったんじゃないわよ、センチネルよゆーよ。……貴方には聞こえなかったでしょうね、距離があったしボスに集中していた……」

「ああ……」

 

目を瞑り、ディアベルは暫し黙りこんだ。……何を思うのかは、読み取れない。

 

「……すまん、続けてくれ」

「ええ、その時点で私は取り敢えず走ったわよ。キリトやアスナより、貴方とレイドが危険だった。だから間に合った」

「……君の強さは、充分見せてもらった。疑問はあるけど、まぁいい。……間に合ったから、助けられた、ここまではいいとしよう……もう一つは?」

 

ん、もう一つ?

ディアベルとしてはこちらの方が本題だとばかりに真剣な眼差しだ。イケメンだ、爆発しろ……いや、やっぱり生きろ。

 

「どうして、助けたんだ? 君から、君達からしたら、一般プレイヤーに紛れて指揮を執る危なくていけ好かないベータテスターだろ。未知のソードスキルだ。そうじゃなくたってボスだ。危険すぎる、助ける必要なんてない。そうだろ?」

「いや、助けるでしょ」

 

ポカンとした顔を晒すディアベル。面白いぞ。その路線でいこうぜイケメン。

 

「ゲームはクリアする、これ当たり前。閉じ込められたら悔しいし出たい、これも当たり前。……死にそうな人は助ける、もちろん当たり前でしょうよ。……ナイトに人助けを説く、流石サムライは格が違った」

「……おい」

「失礼、でも本当にそんなもんよ。助けたかったから助けた。……御大層な理由なんて必要かしら?」

 

そう、ディアベルは生きてる。

リアルの世界で当たり前に生まれて、当たり前に生きてきた、もしかしたら私より、「俺」なんかより真っ当な人間なんだ。……文字情報でも、登場人物でもない。ママンや、いのりちゃんと、変わらない。

 

「お互い、命があって良かったじゃない……助けた甲斐があったわ。この勝利は貴方のものよリーダー」

 

こんなもんかな、納得してくれただろうか?

さらっと流して解散してくれると助かる。今回のピンチでディアベルはんも慎重さを身に付けるだろうし、攻略全体がいい方向に向かうといいな。

 

「……はあ」

 

ディアベルは深く、溜息を吐いた。

それからフロアの高い天井を見上げて、なにやら考えをまとめたようだった。

 

そして、決意のこもった今日一番のイケメンフェイスでレイド全体を見渡して、言った。

 

「みんな、聞いてくれ。……俺はムサシの見立て通り、ベータテスターだ。だけど聞いてくれ。……俺が何を考えてたか、何をしたかったのか。誓って本当のことだ。……この最高のレイドを、嘘で終わらせたく、ないんだ」

 

……あれ、なんか思ってたのと違う。




謙虚さって大事、古事記にもそう書いてある。


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叫べ少年よ

再開しても……バレへんか。




ディアベルは語った。

誰もが期待に胸を膨らませていたあの日に、デスゲームが始まったその時から、クリアを目指してやってきた事、その全てを。

 

彼は自責の表情で語っているが、俺は、心底からの感嘆に、胸のつまる思いだった。

……すごいな、ディアベルは本当にすごい。

 

少なくとも、俺はソロプレイヤーとして自分を生かすことで精一杯だった。

人と関わり、その責任を背負うことから、あの日の俺は逃げたのだ。

 

赤い髪のバンダナ男を思い出す。……きっと、この世界で最初の友達。

 

暗い森で出会った片手剣使いを思う。……すぐに別れて、二度と会えない。

 

そうだ、今までしてきた決断に後悔があるなんて、口が裂けても言えないけれど、後悔がないと言ったら、それも嘘になる。

 

ふと、ディアベルがこちらに目配せしてきた事に気づく。

 

何を問いかけているのかは、すぐに察しがついた。了承の意を込めて、頷いてみせる。

 

「……そもそも俺が今回、突出したのは、攻略の最前線を担う看板になるために、ボスのLAが欲しかった。……そのためには、キリトが邪魔だったんだ。彼がLA常連のベータだって、俺はほとんど確信してた」

 

(いいんだディアベル。……それでいいんだ)

 

もう嘘なんてたくさんなのは俺だって、きっと誰だって、同じだ。

 

「……これが、俺があの始まりの日から今日までやってきた事の大体の経緯だ。みんなには、騙してしまって本当にすまないと思ってる。……落とし前をつけろと言われれば返す言葉もないが……まずその前に別の落とし前がある」

 

小一時間、だろうか。

短いと言うには長く、長いと言うには短い時間、ディアベルは滔々と話をし、そう結んだ。

 

ボス部屋に佇むプレイヤー達の表情は様々だ。

了解したとばかりに頷くもの、まだ受け入れられないもの、怒りに震えるものもいれば……楽しげな者も、いる。

 

共通しているのは、誰もが一言一句、一挙動まで逃さないとばかりに見詰めていることか。あのキバオウでさえ、ムッツリとディアベルを睨みながら、黙っている。

 

「キリト、ムサシ、それと……」

「……アスナよ」

「ああ、ありがとうアスナ。……本当にキリトがベータテスターなのか、それはとりあえず今はどうでもいい。重要なのは、俺が彼とそのパーティを妨害した事実だ」

 

言葉通り、居並ぶプレイヤーや自身の仲間に目もくれず、俺達チーム「売れ残り」を見渡した。……断罪を求めるような、静かな瞳で。

 

そして、今やここに集った全ての人間の意識がここに集中している。……当たり前か。

 

まず間違いなく、ディアベルはリーダーとして一級の人物で、現状では無二のボス戦指揮経験者。

そして、俺はともかくムサシとアスナ、この二人は凄まじい才能の持ち主だ。すぐに攻略の中心になるに違いない。(ムサシは既に、だろうか)

 

ここでの話の流れ次第では、ディアベルだけではない。プレイヤーの誰かが激発して、この内の誰かを欠くことが十分有りうるのだから……。

 

ここが、大一番だ。

もしかしたら、ボス戦以上かもしれない。

 

しかし。

 

「謝罪とか、賠償とか、私はいーらない☆」

「……はぁ」

 

銀髪美貌のサムライは、こちらが呆けるくらい、軽く言ってのけた。

 

「私は楽しかったし、騙されたとも思ってない。謝られる理由がないわ」

「……アスナ、君はどうだ? 納得いかないんじゃないかな。俺の勝手な……独善的な判断で君達を配置したんだ」

 

ムサシがこういうスタンスなのは予想していたのだろう。

あまり動じずにディアベルはもう一人の……堅物女剣士に水を向けた。

 

俺も、今まで黙って成りゆきを見守っていたパーティメンバーに目をやる。……許してやれ、と耳打ちすべきかと俺が迷う暇もあればこそ。

 

アスナは待っていたとばかりに口を開いた。

 

「それの何がいけないのかしら」

「え……」

「リーダーは自分の判断でメンバーを配置して、仕事を与えるのが仕事でしょう。私達少数パーティに露払いを命じるのは、理にかなっていると、思う」

「……」

 

意外な事に、アスナの口から出たのは、ほとんど称賛に近い言葉。

……いや、意外でもないのか。

 

攻略会議で、広場に集まったプレイヤー達を見て、「こんなに」と、目を輝かせた彼女なら……はじまりのディアベルが今まで歩んで来た道程が、容易ならざるものであることが想像できるのだろう。

 

「ベータテスターだと明かさなかったのは確かに不義理かも知れないけど、私達パーティが貴方にそう明言されてない以上、それはそちらのパーティの問題に過ぎないのよね」

「それは……そうかも知れないが」

「だから、私から言える文句は一つあるとすれば……私達のリーダーの剣を買い取ろうとした件だけど……それだって無理矢理に盗もうとしたわけじゃないみたいだし、キリトが許すなら私からは何も」

 

……この場の全ての視線が、俺に注がれていくのを感じる。

 

ここで、俺が気軽に「許して遣わす」とか述べれば丸く収まるのか?

形だけでも怒って見せた方が、プレイヤー達のガス抜きになるか?

……今でもアニールブレードをあの値段で買い取ってくれるか聞いてみるのは……駄目だろうな。

 

(いかん、思考が逸れてる)

 

でも、仕方ないだろう?

 

我ながら、今日の俺は結構頑張った。

集まってからも戦いはじめてからも、頭を回して仮想体を酷使して、キバオウに煽られアスナを思いディアベルに振り回され……ムサシに……。

 

(ムサシか……)

 

ディアベルは死ぬはずだった。

それをムサシは助け、崩れそうな戦線を一人で支えてみせた。

かと思えば彼女の言葉でディアベルが全てを告白し、当の本人は我関せずとばかりに「いーらない☆」とくる。

 

並べてみればどこの聖者か英雄かという活躍ぶりだが、振り回されるこちらの神経はかなりまいってきている。

 

(……それとも、彼女なら分かったりするのだろうか、ここでどう振る舞えば「正解」なのかを……)

 

視線を巡らすと、ムサシはいつの間にか広場の随分と奥、主亡き玉座の後ろ、第二層へと続く扉の傍にいた。

そこで特徴的な瞳を輝かせ、ディアベルやアスナ、そして俺を見ていたようだ。いい御身分だなコラ。

 

そこで彼女はようやく俺の視線に気づいたらしい。

「私?」というように自分を指差し、腕組みの動作を挟んでから、何を思ったか輝かんばかりの笑顔でサムズアップしてきた。

 

何も考えていませーん! とばかりのウィンク付きで。

 

(……)

 

ブチン、と、俺の中のナニかがキレた音がした……気がした。

 

(なんかもう、めんどくせーな)

 

「なんかもう、めんどくせーな」

「キリト?」

 

あ、思ったことがそのまんま口から出た。

 

「俺はベータテスターだ。ディアベルもベータテスターだ。……でも、それがなんだっていうんだ!」

 

僅かに残った理性が悲鳴を上げるが、一度流れ出した怒濤は止まらない。……それは、始まりのあの日から、溜め込んできた罪悪感や鬱憤、そして怒りの発露だろう。

 

みんなそうだ。

なんで元ベータってだけでアルゴみたいないいやつが、それこそ鼠みたいに見返りもない奉仕活動をしなくちゃいけないんだ。

なんで元ベータってだけで、今日、確かに勝利を掴んだディアベルがこんな、今すぐ刑に処される罪人みたいな態度なんだ。

 

「そもそも知識があるから全てを差し出せなんて馬鹿げてる! 仲間を集める人当たりのよさとか、リアルでの運動経験やネトゲ経験……フィールドに出てモンスター狩ろうと思える勇気! ここに集まったみんな、強みを持ってるはずで、今までの死人にも結構なベータテスターが含まれてる! 平等じゃないのは当然だろ、これは遊びじゃなくてもゲームなんだぜ、マナーに反さない範囲で利益追求して何が悪い!?」

 

……ふと、我にかえるとプレイヤー達は驚いたように凍りついてこっちを見ている。

 

……支離滅裂だ。

腹にためたドロドロを吐くだけ吐いてスッキリしたけど、よくないな。えっと、何が言いたいかというと……そうだな。

 

「ごめん……何が言いたいかというと……ディアベル、あんたは結果を出したんだ。胸を張ればいいんだ。……少なくとも、ソロの俺には出来なかったんだ。……尊敬する」

「……ああ」

 

そんな、救われたような顔をしないで欲しい。

……救われたような気分なのは、俺の方なんだから。

 

「あと、俺が言うのもなんだけど、肩の力抜いて、やりたいようにやった方が続くと思うぜ。……ゲームなんだから」

 

ここまで言って、俺の肥大化した羞恥心が限界に達した。……一秒だってこの空間にいたくない、引き際だ。

 

「行こうアスナ」

「え、あっちょっと!」

 

返事を待たずに走り出す。

リアルボッチにしてネトゲボッチはもう体面を気にする余裕などない。

 

ムサシと擦れ違い、そのまま第二層への扉を押し開いて、全力疾走で昇る。……当然、付いてきてるな。振り返らないぞ。ニヤニヤしてるのは見なくても分かるからな。




久しぶりに時間空いたぜ書こう→書けねえ、どうやって書いてたっけ→SAOP一巻を読む→書ける

結論、原作は神。


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再スタート、再スマイル

ようやく一区切り、やったぜ。


三人の去ったあとのボス部屋には、暫しの静寂が木霊するようだった。

 

「……そろそろ、ええか」

「ああ」

 

沈黙を破りキバオウが声をあげ、ディアベルはそれに応えた。

 

目ではキバオウを見据えながら、しかし、ディアベルの心は先ほど慌ただしく去っていった三人組の事でいっぱいだった。

 

(俺は……一秒でも早く、このゲームをクリアしてやるって、そればかり考えてここまで来た。そのためには俺自身の楽しみとか好みだとかを考えるのは……不純だと、余分だと、罪ですらあると。……でも、良いのかもしれない、それも)

 

「ディアベルはん。いや、ディアベル。……ジブンはわいらを……ちゃうな、わいを騙したんやな。」

「ああ、そうだ」

 

(あんな連中が、いるんだな。この世界をゲームとして楽しみながら、それでも、だからこそ攻略に真摯で、それ故に強い。……だったら、俺だって)

 

「……あのガキどもは、なんや有耶無耶で行ってもうたけど。こっちの落とし前はどないつけてくれんねん」

「そうだな、お前には確かに悪いことをした。それは、すまない。……だが」

 

キバオウに有るのは、怒り。

そして、ディアベルの仲間、元C隊メンバー達の顔に浮かぶのは……。

 

(騙された哀しみ、まさかの事態への混乱と動揺、単純な怒りってとこか)

 

ディアベルはそれだけ把握すると目を瞑り、一瞬だけ考えをまとめあげた。

 

(攻略組からの引退、金や装備の全面提供、それに軽いリンチくらいなら受けるつもりだったさ……だけど悪いな、気が変わった)

 

ディアベルはおもむろに剣を抜き、盾を構える。

 

「うるせえよ。文句があんならかかってこい。相手になってやるからよ」

「な!?」

 

狼狽する面々に対し、青髪の騎士は憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔で言い放つ。

 

「大人しくしてるつもりだったが気が変わったよ。……今まで、ノウハウと能力があるからにはこのゲームを攻略する責任があると思って、俺なりの最適解を選んできた。そして、それをこれからも貫き通す。……俺よりも上手くできる自信のあるやつはそれを【デュエル】で証明してみろ! もしも負けたらソイツの下についてやる! 絶対服従を誓ってやるよ!」

 

紳士的な態度を旨としていたディアベルとは思えない発言に、キバオウは、しかし、さらに気色ばんで。

 

「な、なんや、開き直るつもりかいな!? ……それで勝ったら下につけ言うんか、納得できるかい!」

「いや、俺に負けたらそれだけだし、今日この場に限って挑戦は何度でも受け付ける!……その後で仲間になりたいならついてこい! 納得いかねえなら黙って勝手にやれ!」

「……ホントに条件を守るとも思えん! ジブンにはもう、信用が……」

「負けんのが怖いなら、そう言えよキバオウ」

「ああ!?」

 

ディアベルは敢えて、挑発的な発言と表情で煽りに煽る。……実は、リアルでやっていたゲームで、何よりも得意なロールだった。

 

「何度でも挑戦を受けるってのに、いっぺんも勝つ自信がねえ玉無しは、さっさと消えろってんだ……おわかり?」

「……っ上等や! 吐いた唾飲むんやないでクソダボがぁ!」

「おう、来いよ。……俺の名前の意味を教えてやる」

 

……ディアベルは、元騎士は、この上なく愉しそうに笑った。……それは全く、悪魔のように。

 

 

 

*****

 

 

 

螺旋階段を上った先、重厚な扉を三人で押し開く。

 

「わあっ」

「……うん」

「はは」

 

アスナは目を輝かせ、キリトは頷き、ムサシは笑った。

 

そこに絶景が広がっていた。

急な岩肌にポッカリと空いた扉からは、第二階層の全景が見渡せる。

 

隅々まで連なるテーブル状の岩山。

その上に柔らかそうな草原が広がり、大小強弱様々な【牛】がのんびり過ごしている。

 

「ハハハハハ! ハハハハハ!」

「いやムサシ笑いすぎだろ」

「えっと……大丈夫?」

 

ムサシの胸に有るのは、特大の達成感。

 

ボスは倒した。ディアベルは助けて他に死人も出ていない。

……それに、どういうわけか、この世界に【ビーター】は、いない。

 

「楽しかったわね、ボス攻略」

「……これだもんな」

「ええでも、ムサシはこうじゃないとって、気がしない?」

「ちょいと、お兄ちゃんお姉ちゃん、なにやら味わい深い目で見るのをやめていただけませんこと?」

「そうは言うけど、ムサシは無茶苦茶しすぎよ。……イルファングのところに飛び出してった時、こっちは心臓止まるかと思ったんだからね」

「ゴメン☆」

「……絶対反省してないだろ」

「キリトからもっとこの子に何か言ってあげてよ、リーダーでしょ」

「うぇっ!? そこで俺にきますか」

「お、キリトったら私に言いたいことあるの? 何かしら……愛の告白? きゃー!」

「それはない」

「反省しなさい」

「……はい」

 

下らない会話。その何気ない時間に、幸せのようなものを感じながら、だからこそ他の二人が別れを惜しんでいるのだと、三人がそれぞれに察していた。

 

街までは一緒に行きましょう。

 

せっかくだ、祝勝会やろうぜ。

 

このままパーティ継続しちゃいましょうよ。

 

そんな言葉を心のどこかで期待しながら、それでも、自分から切り出す気は無いのだ。

 

「それじゃ、私はそろそろ行くわね」

「……ウルバスに寄るのか?」

「いいえ、このムサシさんを常識で考えてもらっちゃ困るのよね。ギター抱えて気の向くままよ。転移門のアクティベートはよろしくね」

「……流石と言うか、なんと言うか」

 

カン、カンカン。

 

音をたてて階段を下りながら、ムサシは振り向いて、今日一番の笑顔を見せた。

 

「勝ったわね」

「おう」

「ええ」

 

少女は去った。少し間を置いて少年も街に向かった。

 

一人残った少女は、もう一度だけ、景色を見渡した。

背の高い岩山達のむこう側、アインクラッド外縁部から青空が見える。

 

少女は歩き出した。……空を見ながら。




勝った! SAO完!
……すまんの、もうちっとだけ続くんじゃ。


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挿話 ライブに行ってみよう 【完】

今度こそ……バレへんか。
っていうのは冗談で、どうしても一話におさめたくなったので小細工。

おすすめの読み方は出てくる曲を聴きながら。


拝啓、アスナ様

ますます牛の元気な昨今、如何お過ごしでしょうか。

私はボチボチ二層を回るだけの生活にも飽きを感じ、恥ずかしながらライブなどやってみようかと画策しております。

つきましては、お暇でしたら下記の通りにご参加下さると感謝感激雨霰。

かしこかしこ、あなかしこ。

貴女のフレンドのムサシちゃん、略してフレちゃんより、親愛を込めて。

 

追伸、キリトは何やら山篭りしてるらしくって、不参加だってさ。ガーンだな、出鼻を挫かれた。

 

 

 

*****

 

 

 

「何よこれ……いろいろ間違ってるし」

 

朝の光に照らされた宿屋の中、本日のレベリング予定を練っていたアスナのもとに、そんな悪ふざけのようなメッセージが届き、彼女は思わず苦笑を浮かべた。

 

「フレちゃんって……ムサシ要素無くなってるじゃない……」

 

……そして、フレンドの少ないアスナのこと、これが記念すべき初メッセージだと気づき思わず

真顔になった。

 

「夕方からかー。あそこのクエストと狩場を経由して……」

 

行動計画を練り直しながら、アスナは部屋の奥のクローゼットを開く。

 

(そういえば私、パーティーとかコンサートなら何度も行ったけど、ライブって初めてかも知れないわね。……どんな服着ていけばいいかしら。こんなことならクラスの子にライブに誘われたとき一緒に行っていれば良かった)

 

ウキウキと準備をすすめていたアスナだが、不意に手を止めて、不機嫌に口端を曲げる。

 

(……出鼻を挫かれてなんて、ないわよ)

 

 

 

*****

 

 

 

「フフーン☆ みんな、ノってるーー!? 今日は私のためにこんな街の隅っこに来てくれて、ありがとー!」

 

「おー! いいぞーセイレーン! 歌えー!」

「しかし、こんな場所、ウルバスにあったんだなあ、よく見つけたもんだ。」

「ああ、どうもどっかのパーティが昨日解放したばかりらしくて……」

 

時は16:00、場所は【ウルバス】北西の外壁に隠されていた大空洞。

荒くホール場に形作られた空間はかなり広く、体育館に近いものを感じる。

どうやら、天井や周囲の壁が光を発しているらしく、外と同じように明かりには不自由しない。

そしてその中には、それだけの空間から閑散とした印象を払うだけの人が集まっていた。

 

これ、みんなムサシの知り合いなのかしら。

 

あのボス攻略よりも多くの人間が集まっていることに不思議な感慨を覚えながら、突貫で設えたとおぼしきステージ上のムサシを見る。

 

当然、と言うべきか、ボスと戦った時とは装いがまるきり違っている。

 

青いデニム生地のハーフパンツ、原色バリバリの真っ赤なシャツが目に眩しい。

そして、何故か麦わら帽子を被っているのが印象的だ。

どうにか見覚えがあるのは、彼女が抱え込んだギターだけ。

 

衣装だけじゃない、身のこなし、喋り方、性格まで違って見える。……本当に【女優】よね。

 

「さって! おしゃべりも良いけれどー歌を聴いてほしくて呼んだんだもんね、早速だけど一曲目♪」

 

ぐっと麦わら帽子のツバを押し上げ、ギターをかき鳴らした。

 

「盛り上がっていこっか! ウィーアー!」

 

アニメなんて見ない、見ることを許されない私でも知ってる、国民的アニメの曲が、アインクラッドに高く、高く響いた。

 

「う、わあ」

 

思わず息をのむ。

マイクもスピーカーも無いのに、ムサシの声は圧倒的だ。

白魚のような指が弦を弾く度、力強く動く口から歌が飛び出る度、青いライトエフェクトがキラキラと輝いて、本当に……綺麗。

 

【ウィーアー】

 

冒険心とポジティブシンキングを合わせて励ましのメッセージで飾ったような曲。彼女のためにあるようだと思った。

 

短パン姿のムサシは麦わら帽子が落ちるんじゃないかと思うほどパワフルに踊りながら歌いきり、万雷の拍手を浴びて一曲目をしめた。

 

「んじゃ二曲目に行く前に、お色直し行ってきまーす☆」

 

歌い終えた余韻など知らない、とばかりにムサシはステージ後方にある衝立の中に駆け込んでいく。

 

「うおーー! 最高ー! アンコール!」

「いや、ここでワンピ聞けるなんてなぁ」

「これ本家越えたろ……」

「バッカ本家は越えるとか越えないとかの次元じゃねえんだって!」

「やべー、なんか……もう泣きそうなんだけど……」

 

歌の最中は一言も発することも無かった観衆達は、ここでいったん緊張の糸を切って思い思いの会話に花を咲かせているようだ。

 

知らず乗り出していた体勢を楽なものに変えて、喉の渇きに気付いてアイテムウィンドウを開く。

少し悩んでから【アイス・セー・ソー茶】を取り出した。

要らない素材アイテムの処分に困り、それを欲するNPCに渡すだけのクエストを受けるということを何度か行い、手にいれた報酬の一つである。

酸っぱさと渋さと苦さが混じり、お世辞にも美味しいとは言えないけれど、名前の通りいつでもキンキンに冷えている不思議な飲み物。それが熱気渦巻くこのシチュエーションにそぐうと思ったのかもしれない。

……やたらたくさん貰って、片付かないのもある。

 

「はい、ちゅうもーく! それではここで、今回着てる衣装の数々を手掛けてくれた、お針子さんを紹介しちゃいまーす♪」

「いや、ムサシちゃん、勘弁してよ、いいってば……」

 

観衆のざわめきと共に、新たな衣装……白いマントを纏ったムサシは舞台袖から人々を掻き分けて登場した。

衝立の向こうには隠し通路か何か有るのだろうか。……誰か、男性プレイヤーを引っ張っている。

 

失礼な感想になるが、冴えない風貌の男性だ。

初期配布の服に毛の生えたような簡素に過ぎるシャツとパンツにぼさぼさ頭。背中を丸めた歩き方からは覇気が全く感じられない。

 

「彼はサクラバ。今回のライブ衣装から私の攻略用の一張羅まで、全部が彼のお手製なのだ☆ 布装備から革装備、おしゃれ用からガチ仕様まで、裁縫一筋サクラバ! サクラバをよろしく♪」

「ムサシちゃん、はな、離してオネガイ!」

「……おっと」

 

ムサシが手を離すと、サクラバさんは一目散に群衆を掻き分けて逃げていった。

……全く重ねて失礼になるが、知らずに街で彼の開いている店に入ったとして、きっと私は彼の姿を見た瞬間にUターンして別の店を探してしまうだろう。

 

「ありゃりゃ振られちゃった☆ これは歌で悲しみを癒すしかないわね」

 

ムサシは纏った白いコートを翻した。

これは左右に淡い黄色のラインが入ったもので、コートの下のズボンやパーカージャケットからベルトや靴といった装飾に至るまで、男性的ながらセンスを感じさせる逸品だ。

……サクラバさんの店は流行るわね。

 

「なんか突然別の世界に閉じ込められちゃった怒りを込めて歌います。デレステやりてー……………………話が逸れた☆ 聴いてください!」

 

怒り? 悲しみじゃなかったの? デレステってなに? 全ての疑問を置き去りに、ムサシは眼鏡を取り出して、素早く装備した。……なんで?

 

「アニメ、ログ・ホライズンより……【database】」

 

「ログホラだー!」

「ピッタリ過ぎんだろ……ブラックジョークかって」

「ぎゃー! シロエちー!俺だー! 助けてくれー!」

 

曲名を聞いた途端、観衆の一部が騒ぎだした。そんなに有名な曲なのだろうか。

 

ギターを叩き、ムサシが二曲目の演奏をはじめた。

【ウィーアー】よりも、さらに激しく、荒々しく、彼女は歌う。まるで理不尽への反抗心を代弁するかのように。

 

英語の歌詞が大半を占める曲なのだが、ムサシの発音は自然なものだ。……そういえば日本人には見えない容姿だけど、英語圏の出身だったりするのだろうか? 謎の多いコだわ。

 

日本語のパートに入ると、観衆の大多数がムサシに合わせて歌いはじめた。いいのだろうか?

……いいのだろう。みんな楽しそうだし。

 

(本当に、ピッタリな曲ね)

 

戸惑い、疑問、理不尽への怒り。それらと闘えと、諦めるなと、そして叫べと駆り立てる歌。

 

足が自然と地面を踏んでリズムを刻む。

叫ぶように、私も歌う。

 

いつしか熱気そのものになったように、音楽に合わせて意識を白熱させていた。

 

 

 

*****

 

 

 

日が暮れて、薄闇の第二層に月光が差し込んだ。

ライブは終わるどころかますますその勢いを増すばかり。

大空洞はもう、とっくに満員で、移動に苦労するほど。

外では歌声の聞こえる範囲に出店が出て、テーブルや椅子が設置され、ほとんどお祭りのようだ。

騒ぐ口実を探していた人は、意外に多かったのかもしれない。

 

ムサシのライブは、一曲歌う度に協力者を紹介し、また次の曲を歌うというのを繰返し進行する。……たまに着替えも挟む。

 

ステージ設営をしたグループ、人集め担当や、資金提供者、全体の調整を買って出た人。

少なくとも壇上に現れた人は多くの人に顔と名前を売ることに成功したわけで、満足げな顔をしていた。

 

とりわけ、キバオウとディアベルが並んで出てきた時には唖然としたものだ。

 

【アインクラッド解放隊】なる攻略ギルドを結成する。我こそはと思うものは参加してほしい。

……といった内容をキバオウが大仰に話し、ディアベルが横からニヤニヤしながら茶々を入れる。過剰なリアクションを挟んでキバオウがツッコミを返す……という流れだ。漫才コンビかしら?

 

話を聞くに、今のところキバオウがリーダー、ディアベルがサブリーダーの二人組らしい。

私達があの場を去ってから一体何があったのか、気になるところね。

 

「……はいっ【冒険でしょでしょ?】でした☆次の曲に入る前に、今日のこの場所、大空洞を紹介してくれた人をお招きしちゃいまーす! 先日のボス攻略は参加を見送ったものの、十人の集団を率いて様々なクエストを進める男! 【不屈組】リーダー、否、組長! ルシアン♪」

「誰が組長だ、誰が……」

 

また、ムサシが一曲歌い終えた。

本当に、どの曲をとってもムサシや現状にピッタリ即していると思えるから大したものだ。

 

大号泣している人や叫びっぱなしの人は最早珍しくもなく、感極まって倒れてる人や、先程は興奮からステージに乱入した人もいたくらい。(ムサシ直々に【丁重に歓迎】されていた)

 

……さて、今度ムサシに招かれ壇上に上がったのは、なんとも人相の悪い人だった。

 

落ち窪んだ三白眼、痩せこけた頬、ライトアップされてなお青白い顔色が不健康で危険な印象を強めている。

腰に提げている短剣も、この世界では自然なはずなのに、その筋の人にしか見えない。

 

「……ご紹介に預かった、【不屈組】のルシアンだ。うちは攻略を目指すが、それは必ずしも早急な迷宮区の攻略を意味しない。……全員を強くし、一歩一歩たしかに進んでいく。やる気があって気づかいの出来るやつは誰であれ、何レベルであれ歓迎する」

「……凄い……風格だ……やはり組長……」

「ぶん殴るぞ」

 

杞憂だったみたい。

ステージ上の二人はどうやら相当に仲がいいらしく、しばらく微笑ましいやり取りが続く。……彼氏って感じでもないけど、会場中からルシアンに対する嫉妬のブーイングが飛びはじめた。

 

「なにムサシちゃんとなかよくしてやがるー!?」

「セイレーンはオラのもんだ! テメーなんざ怖くねえ!」

「そうだー! 引っ込めヤクザ野郎ー!」

 

「いやっちっげーよ! ゾッとすること言ってんじゃねーよ! えー、不屈組のルシアンでした! よろしく!」

 

それだけ言い残し、ルシアンさんはステージを駆け下り、姿を眩ませたのでした。

 

ムサシ? ムサシなら、一連の騒動にお腹を抱えて笑ってるわよ。

 

「あはははは! ……ふー! さてさて、宴もたけなわではありますが、次の曲がラストになりまーす☆」

 

ざわつく会場、ブーイングどころか悲鳴まで上がっている。

 

「流石に今日はネタぎれなのよねー。……心配しなくても、そのうち歌いたくなったらまたやるわよ。……その日までみんな、死んじゃだめだからね♪」

 

……突然そんな事を、真剣な顔で言ったりするのは、ズルいでしょう。

 

「また必ず会いましょう……聴いてください」

 

【オトノナルホウヘ→】

 

 

 

*****

 

 

 

もう、すっかり真夜中だ。

 

大空洞の隠し通路を登り、アタシは外壁の上に出て、篝火の月の光に照らされたウルバスの街を眺めていた。

 

……風が、体から火照りさらっていく。

残るものはなんだろう、寂寥? ……焦燥かな。

 

「ムサシ」

「……あれ、アスナ」

 

どれだけ自分の中に浸っていたのだろう。

背後から近づくアスナに声をかけられるまで気づかないとは、ドチャクソ疲れてるとはいえ、不覚。

 

「なんで此処が?」

「貴女の位置はお見通しなのよフレちゃん」

「なるほど、ハロー、ジュテーム」

 

アタシの自然な愛の告白。

 

「となり、座るわね……いい景色」

 

アスナさん、これを華麗にスルー。

 

「まあうん、ここはお気に入りになる予感……なにそれ」

「【アイス・セー・ソー茶】……知らない?」

「なにそれ知らない。……アタシにもチョーダイよ」

「はい」

 

え?

 

「え、アスナさん、これじゃ間接ちゅーダヨ?」

「……? べつにいいじゃない。女同士でも気になるタイプ?」

「……いいえぇ。……苦い」

 

酸っぱい。……キンキンに冷えてやがる。

……ありがてぇ。

 

「お菓子もあげるわよ。……随分おつかれね」

「そりゃ、昨日思い立って今日のこれよ」

「うわ」

 

あ、バカを見る目だ。

 

「バカね。急ぎすぎじゃない?」

「だってさー、人間の足は短いのよ、走らないと損じゃない♪」

「また分かるような分かんないようなことを……ふふ」

 

あ、笑ってくれた。……かわいい。

 

「なぜ笑ったし?」

「ふふふ、いえ、なんか不思議だったの。さっきまであんなスゴいライブを観てて、聴いてて、今はそのミュージシャン本人と並んで座って街を眺めてる。……素敵な贅沢だわ」

「そこはアイドルって呼んでほしかったなー」

 

光栄だけどさ。

やっぱりアイドルという肩書きには執着があるアタシです。

 

「私、アイドルってよく知らないし。……そこ、こだわるところ?」

「勿論、大いに」

「……それじゃ、アイドルのムサシさん。一つ、質問していい?」

「なんでもどーぞ」

 

苦く冷たい炭酸を呑み、やたらに甘いクリーム菓子を頬張る。

 

「今日のライブの曲ってさ、みんなを勇気づけるような歌ばっかりで、それを意識して歌っていたんでしょう?」

「……いやー」

 

いや、いや、いや、そんなこた、ないっすよ?

アタシはただ歌いたかったのを歌っただけで、いやでも確かに意識はしたのかな、カラオケでついつい面子で歌う曲を決めちゃうみたいなさぁ……そういうの、あんじゃん?

 

「そんなことは……」

「でも、最後の【オトノナルホウヘ→】だけは、なんというか、違った気がするのよ」

 

あれ、アスナさん? 聞いてます? 言い訳を聞いてくれません?

 

「えっと、違ったって、どう?」

「私達、観客に向けての歌じゃなくて、別の事を考えた、他の誰かに向けた歌……だったと思う」

「……は、え」

 

思わず息をのむ。

 

「図星?」

「……うん、図星☆ すごいねアスナ」

「あら、音楽にもムサシにも、それなりに詳しいのよ私」

 

初めて、貴女を驚かせられた気がするわ。

なんて言って微笑むアスナ。こっちは心臓止まるかと思ったよ。

 

【オトノナルホウヘ→】

 

前世の俺が、一等好きだった曲。……遠くにいる、遠くに行く人を思い出した時には歌いたくなる。

……なんでもどーぞなんて言わなきゃよかったぜ。

 

「ママ……おかあさんのね」

「うん」

「おかあさんの作った、クロケット……コロッケ食べたいなぁ、なんて」

「うん」

「思いながら……歌いました」

 

そんな、アタシの告白を、どう受けとめたのか。

 

「そっかあ、おかあさん、かあ」

「うん、おかあさん」

 

それからほんのちょっと、沈黙。

二の句が継げないと言うか、困る。

アスナの顔を見れないし、アタシがどんな顔をしてるか分からない。

 

「ねえ、ムサシ、歌ってよ」

「……んあ?」

「明るい曲を聴きたいわ。……貴女のセンスで、この夜にピッタリの曲をお願い」

「…………難しい注文をするわね」

 

センスってなによ。

期待した目で見ないでほしい……しかし、そこはプロ意識、あるいはこの身に宿した芸人魂。

 

滑らかに相棒のギターを実体化。ジャジャーンと鳴らして調子を確める……意味ないけど。

……そうね。

 

「アスナと、この夜におくります、聴いてください」

「……ええ」

 

【シュガーソングとビターステップ】

 

今日はいいライブだった。

最初から、最後まで、アタシとみんなが笑ってた。

 

もちろん、今夜はいい夜よ。

友達がアタシの歌を笑顔で、手を叩いて聴いててくれる。

 

 

 

私は大丈夫。

この歌が、向こうに届けばいいのにな。




好きな曲を紹介できる……もしや作者って最高なのでは?(錯乱)

歌詞は書けんが!

改修しました。過去最長?
楽しかった。


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えぴそーど・もあ・ぶれいどわーくす
鉄色の雲、空色の女


前の話も読んでね。


叩く、打つ……鍛え上げる。

何度も、何度もくりかえして、たった一本、無二の剣を造り出す。

 

ここは剣の世界。職人の製作した武器には、魂が宿る。

プレイヤーメイドでも、似たような武器は巷に溢れている。でも、全く同じ武器は一度だって確認されていないらしいことから、囁かれてるオカルトだ。

 

その話を聞いた時、なんだか、いいなって思ったっけ。

鎚を握る右手に力がこもる。

 

規定回数の打撃を終えたことで、インゴットが光を放ち始めた。

ふう、と息をつく私の目の前で、光は剣へとシルエットを変じて、その内から金属の光沢が現れる。

 

「……うん、良い出来ね」

 

バランスの取れた性能の、素直な片手直剣。

誰に贈るでもなければ、頼まれたから造った訳でもない。……見知らぬ誰かの為の剣。

 

ふと、共用工房から、窓を見る。

どんよりと曇った空。……いつ降りだしても、おかしくなさそうだ。

 

アインクラッド第一層、はじまりの街、そこで、リズベットは鉄を打つ。

 

 

 

*****

 

 

 

はじまりの街は、最初のうちは恐怖と無気力、退廃の漂う場所だった。

 

一歩でも、街の外に出れば即ち待ち受けるのは死である。

そう考えて只管の待機を選んだプレイヤーばかりが残った街ならば、それは必然だったろう。

 

誰かが命を賭して攻略し、自分達はただ漫然と身動ぎもせずいるという状況は人々の胸に根源的な罪悪感と強い無力感をもたらした。

 

リズベットはそんな暗い雰囲気に甘んじるのを良しとせず、自分に出来る事をやってやろうと最初に鎚を握ったプレイヤーの一人だ。

 

そんな事は無駄だと。

ゲームクリアなんて出来っこないと、やっかむように言われた事もあるが、そのたび歯を食い縛って工房に向かったものだ。

 

そんな気運が変わりはじめたのは、いつだったか、シンカーさんが街のみんなをまとめようと動き始めた時か、とうとう最前線プレイヤー集団が第一層をクリアした時か……あるいは、何故か上層で【鍛冶】や【裁縫】どころか【音楽】や【舞踏】までもが絶賛されている、なんて噂が聞こえてきたあたりかも知れない。

 

戦えなくても、街から出られなくても、何なら、人前に出ることすら怖くても、出来ることはある。

 

いつしかはじまりの街の住人は、みんな思い思いのスキルを鍛えはじめた。

 

ギルドの正式な立ち上げから一月半が経ち、いまやここは職人の街であり、芸術の街でもある。もちろん、発展途上の黎明期ではあるが。

 

一日の冒険を終えた攻略組が、はじまりの街に降りて来ることは最近では珍しくもない。

酷使した武装を鍛冶屋に預けて、奏でられる音楽を楽しみながらプレイヤーメイドの料理にありつく。

もちろん、その身に纏う服は職人のこだわりが光る一品なのだ。

 

「変われば変わるもんよねー」

 

街と、そして一端のブラックスミスたる自分を省みて、リズベットは力なく笑った。

 

ここはギルド【MTD】の第一女子寮の食堂だ。

寮母さんの作ってくれた和風の朝御飯に舌鼓をうち、グラスの水を飲み干す。

今は他に人はいない、がらんとした印象を受ける。

 

【MTD】は、今やはじまりの街のほとんどの全プレイヤーが所属する他に例のない巨大ギルドであり、リズベットの一応の所属先でもある。

 

一応、というのはあんまりにも締め付けや規定が緩く、ご近所付き合いの延長線上という感覚が抜けないからだ。

 

シンカーの下、ギルド員の調整や支援を担当する管理部は、やりがいがあると嘯きながらも悲鳴をあげているが、リズベットはじめ生産部にとっては三食に住居に資金援助に情報援助から望むなら顧客との折衝まで肩代わりしてくれる有り難すぎる組織なのだ。

 

(それだけに、なあんか、ね)

 

最近、不意に込み上げては波のように引いていく罰当たりな閉塞感を、ピッチャーから注いだお代わりの水と共に飲み下す。

……生憎の悪天候でも、今日は接客すると決めた日だ。

リズベットは自分に与えられた販売ブースへと向かう。

 

(商人のみんなに卸せば勝手にやってくれるのになんて、みんな言うけど……どんな顔したやつが私の剣を使うのか、知りたいと思って悪いかしら)

 

なぜだろう、今日はなんだか気分が逆立つ。

とんと客が寄り付かないのは降りだした雨のせいだろうか。……この眉が寄っているせいではないと思いたい。

 

現実そのままの無難な髪型と茶髪。

洒落っ気のない作業服を着た姿は、さながら土木作業員の女子中学生?

 

(かわいい服なんて恥ずかしいし……)

 

持っていないわけではないが、自分で選んだそれを堂々と着て店頭に立つのは髭面の職人親父どもと喧々諤々やりあうのとは全く違う度胸がいるのだ。

 

「ノックしてもしもーし? やってるー?」

「……あ、は、はい!?」

 

雨で足音が聞こえなかった。

元から綺麗な剣を更に磨いていたところに、多分今日の唯一の客が来た。

 

「えっと、ご用件は……」

 

慌てて対応しながらリズベットは忙しなく客を窺う。

 

……綺麗な女性だ。

まず間違いなく自身より美人と思えるプレイヤーに、リズベットは初めて出会った。

 

濃い青色の、改造された袴のような服の上から赤い飾り布を各所で羽織り、きらびやかな腹帯で締めている。

特徴的な輝く銀髪、雲の上の青空のような瞳。腰に帯びた曲剣。

 

(あれっ……この人)

 

疑問を確認するためにリズベットが再度口を開くより早く、女サムライが用件を告げた。

 

「カタナを一本、打ってほしいの」

 




リズベットは可愛い。
だから活躍させたい……当たり前だよなあ?


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さあ旅立とう、不吉なコブ付きで!

ランキングのってるやんけ! 書かな!(使命感)
書いた。(満足感)

もっと早く書けるようになりたい。


やったー! 生リズベットちゃんだー!

わーい! やったぜ!

 

まだピンク色じゃないんやな、茶髪だ。

ちょっと残念だね。

 

「カタナ? あっはい。……いえ、そうじゃなくて、ムサシさん、ですか?」

「そだよー☆」

 

なにやら作業着の茶髪美少女が対応に困っておるわ。

街中で突然よく知らない有名人に会っちゃったみたいな感じ。

 

まあ、今やフレムサシちゃんってば、ちょっとしたタレントだからこんな対応も慣れたもんよ。

 

「ふつうに武器の注文に来た只のお客なんだから、大仰に構えないでほしいわね。ほら、タメ口、タメ口」

「……いや、お客様なら、タメ口はダメでしょうが」

「うんうん!」

 

流石の対応の速さ。惚れるぜ。

 

「でも、カタナ? 一応は造れま……造れるけど、まだ肝心のカタナスキルの修得者が出てないんじゃ……って」

「やっぱり、察しがいいわね。……そう、私ことムサシこそ、多分プレイヤー初のカタナスキル修得者よ! どんどんパフパフー♪」

「は、はあ」

「でね、稀にモンスタードロップすることは良くあるんだけど、今んとこ満足いくようなのは手に入んないのよ。……当たり前だよなー」

「なるほど、だからオーダーメイド、ですか。……うーん」

 

まだたどたどしいね。……そこもいいね!

 

「ここの職人のなかじゃ上の方ではありますけど、一番の鍛冶ってわけじゃ、ないわよ私。それでもいい?」

「ティンときたのよ。貴女じゃなきゃ、ヤ」

「いやティンとってなによ!?」

 

ふざけないで頂きたい。

こちとらフラりと来たように見えるでしょうが、そこそこ手間かけてんだぜ。

 

シンカーさんに恩と顔売って、ここの情報はほぼ筒抜けってくらいのとこまで持ってきてから頼んでるからね。今日こうしてモア……リズベットちゃんが店頭に立つのはあらかじめ把握済みよ。

 

「貴女はこうして雨の日も真面目にやってるじゃない。そんな人が仕事を掴む。至極当然なりよ」

「そんな……とってつけたような事言われても嬉しくないし。……あと、他のみんなが不真面目ってわけじゃないわよ。造った武器を商業部に卸してひたすら工房に籠ってるのが多いだけ」

「……効率的、なのかしらねそれ」

 

あと、ちょっと嬉しそうね貴女。

……逃がさんぞー、逃がさんぞー。

 

リズベットの将来性は保証付きだ。

お得意様になったら今後、武器に困ることはないだろう。可愛いし。

 

「よろこんで請けさせてもらいたいけど、いくつか条件があるわ」

「ん、聞きましょう」

 

おお、強い視線だ。……シリアス味あるね。

 

「カタナに最適な材料って噂されてる素材があるの。特殊なインスタントクエストのクリア報酬よ……名前は【玉鋼】」

「おお、いかにもねー……で、それをとってこいって? 場所はどこ? 条件は?」

「焦んないで……聞いても意味ないわよ。一人で行ってもフラグたたないクエストらしいから」

「……この私が知らないのはそれでかー」

 

此処までの階層は、全部自分の足でマッピング済みよ。(歌い踊りながら走って斬りながらだから、見落としがないとは言わない)

 

「そのクエストに一緒にいって、道中で私を鍛えてほしいの」

「……んへ?」

「なにも攻略組にしろなんて言わないわ。……一人で圏外に出て、確実に帰ってこれるくらいにしてほしい」

 

なんで見ず知らずの私に頼むのかは……同性だからだろうか。

 

圧倒的に少ない女性戦闘員がこの非戦闘主義ギルドにいるとも考え難い。

必然、本格的なレクチャーを頼むとなると男性プレイヤーになるだろうし、抵抗があるのもわからなくはない。

 

「あー、んー、動機が知りたいわね」

「……動機?」

「このギルドの仕組み、素人目で見ても大したもんよ。……きっと社会経験豊富な人達が頑張ってるんでしょうね。……ぶっちゃけ、外に出る必要ないんじゃない?」

「それが嫌なのよ……独立したいの!」

「ほう」

 

リズベットはキュっと口を引き結んで、続ける。

 

「分かってるわよ、利口じゃないことなんて。なんだかんだこのギルド、嫌いじゃないし。……でも私はいつかは独立したい。私って根がいい加減だから、何でも誰かがやってくれるなんて腐っちゃうわ」

「……ちょっと分かる自分が悲しいわ」

 

人間、堕落するのは一瞬よね。

 

「鍛冶の経験値でレベルは上がってるし、見込みがなかったら途中でやめてもいいから、お願い!」

 

……正直、遠慮したい気持ちは大きい。

人に教えた経験なんて、小学生時代のガキ大将気味のやつだけなのだ。……だけど。

 

「……ダメなの?」

「……まっかせて☆」

 

そんな、すがるように見られちゃ断れないじゃんよ。

二人旅で手取り足取りレッスンして立派なアイドルにしてやるぜ!

 

「ありがとう! じゃ早速準備するからちょっと待っててね。必要な頭数はたしか最低三人だから、もう一人どっかから引っ張ってくるわ! 詳しいクエスト内容も調べてくるわね!」

 

……え、三人?

 

 

 

*****

 

 

 

非戦闘を旨とするギルド【MTD】の主な部署は五つ、管理部、生産部、芸能部、商業部、そして探索部。

 

この探索部というのが何をするところなのかというと、圏外に出る活動全般、というところだろうか。

今、市場に出回っていない素材を手に入れて来るための採掘やクエスト、圏外に出る非戦闘員の護衛などが主な仕事。

つまり、例外的に、武力を有する部署ということになる。

 

小一時間後。

 

金属製の鎖で編んだ頭巾のような頭防具、コイフで顔を半分以上覆った新メンバーを、リズベットはそこから引っ張ってきたらしい。

 

「ムサシ、こいつはウチの探索部のエースで今回のクエストに付き合ってもらうやつ……モルテ、挨拶!」

「あはははー、あいかわらずリズベットさんはキツいですねー。ま、そこが可愛いんですけどー。おっと、いきなり殴ることないでしょうー? あははぁ、ではでは、改めましてご紹介にあずかりましたー、モルテですぅ。あのムサシさんとクエストいけるとかもー光栄だなぁ、マジ、エンジン入れてくんで、よろよろー 」

 

無邪気さと軽薄さ、そして演技くささが入り交じる声でモルテはそう言ってきた。

 

かなり黒に寄った色合いのモンスター素材スケイルアーマー、同じ素材で造られたグローブとブーツが、狩りゲーの【シリーズ】っぽくて宜しい。

 

武装は片手直剣に、ラウンドシールド。

定番だけに、安定している。けど、曲者感バリバリ感じるし、隠し玉の一つや二つや三つは有るんだろうなぁ。

 

……なんか、軽くてアブない兄チャンだな、なんて印象は、パーティを組んで見えた彼の名前の綴り【Morte】を見て吹き飛ぶのであった。まさかの伊語・仏語ネタかい! なるほど、不吉な格好も頷ける。

 

やべぇ、こいつ隠れ中二野郎だ。……出来る!

 

勝手な親近感を覚えて好感度を急上昇させながら、私は【モート】くんに右手を差し出した。

 

「こちらこそ改めまして、お世話になるわ。短い間になると思うけど楽しい旅にしましょうね」

「……あはあ、はい。短い間ですけどー、あはははー」

 

ぎゅっと握手。

にこっと笑顔。

 

生憎の天気だけど、旅立ちよ。




モルテ、おめーの口調むずい、激サック。

当たり前かもですが、主人公の前世はシリーズ全部網羅していたわけじゃありませんし、読んだことを忘れていたり、思い出したりしながら頑張ってます。


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みんな、いっしょうけんめい、はたらいている!

なぜ人は冒険に出るのか。


とある階層、竹林と荒野を超えた外縁部に、藁葺き屋根の庵がある。

 

「なに、玉の鋼がほしいだと? 昔は作ってたが魔物が出るようになって廃れたよ……」

 

「……あ? 魔物は倒すから鋼を鍛えろ、だあ? ……はは、こいつは傑作だ。二つ返事で応と言ってやりてえとこだがな……」

 

親父は外の、何もない荒野を眺めて嘆く。

 

「今となっちゃ無理だぜ、まず、炉がない……」

 

 

 

*****

 

 

 

ざっく、ざっく、ざくざく……。

 

かくして、旅だってからほんの小一時間後には、三人組はスコップが大地を削る音を聴いている次第である。

 

「あはははー、しっかし、意外な展開ですねーそして心外なことですねー、ですですねー。なんで自分が粘土採掘担当なんですかねーリズベットさーん、いい加減に代わって下さいよー」

 

響かせているのは主に、口が減らないデンジャラス・陽気野郎・モルテくん。

 

ざくざく…ざっく、ざく。

 

「いや違うわよリズ。スキルアシストに乗るっていうのは……こう、ずぱぱーん! よ、ずぱぱーん!」

「なによずぱぱーん! って! ムサシ、さっきからあんた、私が素人だからって適当にやってないでしょうね!?」

 

そんなフード男を尻目に、私たちレディは個人レッスンに励んでいるのである。

私の行き当たりばったりで要領を得ない説明にも真剣に取り組んでくれるので、ついついこっちも熱が入る。

 

ざっくざっくざっく、ざくざく。

 

「……無視ですかーお二人ともーそうですかー。あはははー泣きますよー、いいんですかー見た目から不審者と評判のモルテくん、恥も外聞もなくスコップ放り出して泣きわめきますよー、いいんですかー?」

「ふざけてないわよ。なんていうか、説明が難しいというか何が難しいか分からないというか……ちょっと、もう一回スキル出して」

「……こう? 」

 

リズベットのもつ片手鎚が光り、軽快なサウンドを響かせスキルが空を薙ぐ。

それが少々【遅く】感じるのは彼女のステータスが低いからばかりではない。

 

「そうそう、で、次はその動作をあらかじめイメージしておいて再現するというか、自分の動きを上乗せする感じよ」

 

こくこく頷いて、リズベットは再び武器を構える。

 

「……てい! ……やった、今のいい感じじゃなかった!? ねえ!?」

「おー! いい感じでしたとも! 流石リズ! よっ! 天才! 日本一!」

 

ざっくざっく。ざっくざっく……ぴたっ。

 

「びぃえええーーーー! おぎゃーーーー!」

「うるさい、黙れ」

「うるさい、埋まっときなさいよ」

「あはぁ、いくらなんでも酷くないですかねーーー!?」

 

 

 

*****

 

 

 

「なんだと? もう粘土を集めてきただと? ……なるほど、おめえらが本気なのは分かった。……なら次は鋼の材料だ。……つまり砂鉄だ。竹林の中を通る川の底に積もってる砂鉄はそこらの剣には向かんが、カタナにはピタリと合うのさ……」

 

ばっしゃばっしゃ、ばしゃっ。

続いて怪しきラテンのモルテくんが響かせるは騒々しい水音。

 

「ムサシさーん、リズベットさーん。手伝ってくださぁーい、川底えんえん浚うこの作業、激激ダルダルぴーぴーぴーなんですけどー……」

 

しかし騒々しさでは本人も負けてはいない。放っておいてもクルクル調子よくそのしたが回るので、今一任せっぱなしでも罪悪感が湧かない……凄いなモルテくん。

 

ばしゃばしゃ、ばっしゃ……ばっしゃ。

 

「スイッチって私が叫んだら、リズはすかさず走り込んで一撃ね。そしたらまた間髪入れずにスイッチって叫んで私とポジション交代」

「ねえ、ムサシ、この練習やる意味あるの? 私パーティ組む予定ないし、いちいち叫ぶの恥ずかしいっていうか……」

 

眉を何やら情けなく曲げて、言外にやりたくないと訴えてくるリズベット。むむ、駄目だぞそんなことでは。

 

「もしもぉーし! もしもぉーし! あとリズベットさん、その考えはヤバいです。ヤバあまーですよぉ。実際、馬鹿に出来ない練習だと、自分も思いますねぇー」

 

おっと、台詞をとられてしまった。その通り。

 

ばしゃばしゃ、ばっしゃ。

 

「リズ、練習で叫べない人はね、本番でも叫べないもんなのよ。いざチームプレーしようと思ったら分かりやすい意思表示って凄く大事なの。……固定パーティ組む予定なくて、即席パーティ上等の貴女は尚更なのよね……てなわけで、とうっ! スイッチ!」

「……わーかったわよ。……スイッチ!」

「ベネ! ディ・モールトベネ! いい叫び!」

 

飲みこみが早いなぁ。プロデューサー冥利に尽きる。

 

「……あはぁ、なんでイタリア語なんですかー?」

「さて、なんでかしらねーモルテくん。多分私が生粋のジョジョラーだからねモルテくん」

「…………あはははーなるほど」

 

ばしゃばしゃ、ばっしゃ!

 

 

 

*****

 

 

 

「よくもこんだけ集めてきたもんだ。これなら望みはあるぜ。……あと必要なのは火力だな。いいか、あの竹で炭を作るとだな……」

 

さく、さく! すぱっすぱぱっ!

 

「いやー、これは今度こそ代わるべきですよぉムサシさーん、もしくは協力プレイを見せるときですよー。竹を切りまくっては爺さんのところに運ぶ、得意でしょぅーこういうの。スイッチ! チームプレー!」

 

すぱぱっ! ばさばさ……。

 

「いいかしらリズ。この世界でも最後にものをいうのは、本人自身の性能なのよ。分かる?」

「……いや、どういうことよ? 現実で剣道やってればこっちでも強いとか、そういう話? たしかによく聞くけれど、眉唾な気がするわね。向こうにはパラメーターとかないし、こっちじゃ関係ないでしょ。死にたくないから引きこもってる元運動部とか沢山知ってるわよ」

 

ざっざっ……さく! さく!

探索部のエース(他称)死神モルテは今日始めてその卓越した剣技を炸裂させていた。……竹に!

 

「あはははー、それはそいつらがビビりなだけですよー!」

「……まあ、関係は大有りよ。散々練習して体を動かすことに慣れていて、試合で培われた度胸でモンスターを前にして動ける。……そして、練習や実践こそが成長に繋がると実感している。すごく大事よ」

「……そう言われると、なるほどって感じね」

「モンスター相手だろうと最近話題のPK連中が相手だろうと、大事なのは観察力や冷静さ。恐怖に負けない勇気。……そもそも遭遇しないための事前の情報収集や人脈。どれも、数字の強さとか関係ないでしょ」

「ふむふむ」

 

すぱぱっ! すぱぱっ! すぱぱっ!

 

「あはははー大変いい話ですがー、そろそろ本当に、代わってくれませんかねー? 午前中いっぱい、実質働いてるの自分だけじゃないですかー。ブラックですよー! ブラッキーですよー!」

「ブラッキー君は私のダチだから問題ない。はい論破」

「ええぇーーー?」

 

 

 

*****

 

 

 

「……炭が全部仕上がるまでは時間がある。炉もまだ乾いてねえし。そうだな、日が暮れる頃合には万事準備を整えとくからよ」

 

太い笑みを浮かべた親父にやんわりと庵から追い出され、私たちは荒野の開けた場所で、大分遅れたお昼にしようかということになった。

 

今にも降りだしそうな灰色の空の下、倒れて乾いていた竹を燃やした火を囲み、各々がお弁当を取り出した。

 

「三人分のつもりで、沢山作ってもらっちゃったわ」

 

そう言ってリズベットが取り出したのはバスケット一杯に詰まったサンドイッチ。

色とりどりの具材と柔らかそうな白いパン生地のコントラスト。

付け合わせのポテトサラダと揚げ物が美味しそうだ。

 

リズベットの寮母さん謹製のピクニックセットはハードボイルドな雰囲気を和らげる穏やかさ。

 

「常に食料携帯しておくのはぁ、冒険者の心得ってやつですよーリズベットさん。さ、さ、お二人ともどーぞどーぞ。けっこーイケるんですよこのビスケット。火で炙ってもまた味が変わっていいですしぃ、そうだ、自分秘蔵のジャムコレクションを出しましょうかねー、かねー。あ、バターやクリームはジャムじゃない? いいーじゃないですかー美味しぃーんですからぁー」

 

モルテくんがへらへらと披露したのはゴロゴロと大きく焼かれたビスケットだった。

マックとかハンバーガーショップで出るようなやつより、少しゴツい。

 

そしてコルクで栓をされた色とりどりのガラス瓶。

食材の色から味の類推が困難なソードアートオンラインであるからして、例えば紅いジャムを舐めることさえちょっとした冒険だ。

……そのまんまイチゴ味っていうことは、まずない気がする。モルテくんだし。

 

「……で、ムサシのそれ、なに?」

「え、ウドンだけど?」

 

丼(に似たお碗)に盛られた真っ白の麺(かなり細くてどちらかというと素麺に近いという説もある)。そこに水筒から注がれて湯気を立てている麺汁(みたいな色あいの薄茶色スープ)。

 

かなりアレではあるものの、ウドンと言って差し支えないのでは?

 

ずるずるー! ずびずばー! ずるずる……。

 

「おおー、これはこれはまた、素晴らしいおあじですー。コンソメみたいな汁にちょっと粉くさい麺が絡まってなんとも……」

「こら、モルテ! いただきますがまだでしょうが!」

「どれも美味しそうよねー!」

「んぐ、はぁい、いただきますー」

「……はあ、いただきます!」

 

 

 

*****

 

 

 

パチパチとはぜる火に当たりながらだと、不思議と気分が高揚して、おしゃべりになってしまうのはなんでだろう。

 

いつでもうるさいモルテはともかくも、ムサシまでもが楽しそうに冒険譚や音楽家の苦労話を話してくれるのが、なんだか、思えば奇妙なことだ。

今日この日のことを芸能部の連中に話したら、相当羨ましがられるに違いない。

話し方を間違えると恨まれるまで有りそうなのがこわい。

 

「……は、ハッッシン!」

「……あはははーリズベットさん、リズベットさん、何処に発進するんですかー? 何処着ですかー?」

「……っ! うるっさいわね! ただのくしゃみでしょ!」

「寒くなってきたかしらね……」

 

ムサシはそうつぶやくと、深い紺色の甚平を取り出して、それを隅々まで見聞するようにごそごそしてから、「うんうん」と頷いて、私に羽織らせてくれた。

 

「……あんがと」

「どういたしまして☆」

「おぉームサシさん、カッコいいですねー。イケメン! 激リスペクトー!」

「いやー、どーもどーも」

 

ムサシは笑って立ち上がると木の実のような形をした小瓶を取り出した。

 

「おぉー! カレ瓶じゃないですかー! つよつよ白エルフからしか出ないって話題のレア物ですねー!」

「カレス・オーの水晶瓶ね、私ってば、色々なスキル上げてるから、こういうの無いと追いつかないのよー」

「なにそれ、どんなアイテム?」

「これ一本に、スキル一個の熟練度を保存しておける瓶ですよー! 激激レアレア! ……まあでも、スキル上げってかなり遠い道程ですしー前線組以外での需要はビミョいですかねー」

「……え、なにそれ、すっごいじゃないの!」

「ふっふっふ、顔が広いと便利ヨネー。欲しいアイテムとか売ってあげるから俺のために歌ってくれ、なんて言われることもちょくちょくよ」

 

ムサシはあれよあれよという間に瓶をしまい、ギターを取りだし、発声練習まで始めてしまった。

 

「うっしゃー☆ 一番! ムサシ! 歌いまーす♪」

「よっ待ってましたー! あはははぁー!」

「やったー! 私も聴きたい!」

 

「ではでは、この生憎の天気と楽しい冒険にこの歌を添えましょう!」

 

【曇天】

 

それは、私も知ってるアニメソングで、なんだか懐かしくて、私が求めていたもので、だから、本当に降りだした雨がありがたかった。

 

頬に伝うのは、雨だった。

……決まってるでしょう?




クエストを作るって大変ですね。
プログレッシブは偉大。


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雨の中で炎は燃える

待ってくれていた方はお待たせしましたー。書くのむずかしい!楽しい!


ねじり鉢巻の親父が声を弾ませて言った。

 

「おう、来たか。鉄も炭も炉に入れて準備万端よ。何時でも点火できるぜ!」

 

夕刻、再び訪れた庵から歩いて数分の位置に、粘土造りの炉はあった。

超大型のバスタブのような形状で、両脇にこれまた大きな……ふいごって言うのかしら、あれが付いてる。

 

「おやっさん、コイツも入れてやってくれないかしら」

「あん? ……構わねえが、出来にはそれほど違いはねえぞ」

 

ムサシが親父さんに渡したのはこれまで腰に差していた曲刀だった。

鞘から抜かれた鋼の刃は薄闇の中でも鈍く光り、最大まで強化された逸品であることが分かる。

 

「それこそ、構わないわよ。……こういうのには心持ちが大事でしょ」

「……ま、あんたがそういうんなら」

 

親父さんは深く頷くと、炉の脇に設えた急拵えの櫓に登り、曲刀を丁寧に落とし込んだ。

 

「……どうも、玉鋼は必ず出来るって訳じゃなさそうね。ふいごで火を煽る役が二人に、モンスターの相手する役が最低一人は必要と見た」

 

あごに手を当てて唸ってみせるムサシの瞳はシトシトと降る雨の下でなお澄みわたり、そこからは静かな高揚感が窺える……気がする。

 

確かに、愛剣を更新する時の、よくある拘りではあるけれど、これからボスの相手をするのに愛剣を放棄して大丈夫なのだろうか。……どうにも分かんない奴よね。

 

「ですねー。……よかったんですかームサシさん、大一番を前に愛剣を手放すとかー本当ヤバくないですかー」

 

まあ、分かんない奴と言えば、モルテも大概なのだけど。

コイツは気がついたらうちのギルドに所属していて、一週間ばかり前にはもう、探索組のエースになっていた。

初対面から微妙にむかつく言動とペースを身に纏った男で、遠慮が要らない、気安い仲だ。腰に吊ってる片手剣も、今は仕舞っているらしい片手斧も、私の作なのだから。

 

「それとも、自分の出番ですかねーいやー、それはそれはーテンション上がっちゃいますよーアゲアゲですよー」

「うーん、そーねー張り切ってるモルテ君には悪いけど、……リズ、貴女やってみない?」

「え?」

「えー、ぶーぶー」

 

何を言い出すのか。

 

「親父さんの話を聴く限り、かなり見た目でっかくておっかないヤツが出てきそうな感じじゃない。そういうのに殴りかかる経験が必要だと思うのよ」

「いやいや! 待ってよ! ムリムリ! 無理!」

「大丈夫、だーいじょうぶ! とにかく大丈夫ー」

「うわー、こんな慌てるリズベットさん、初めてみたなー、あははー」

 

にこにこ笑うムサシとへらへら笑うモルテ。

両者あんまりにも余裕しゃくしゃくな態度に私まで安心してしまいそうになるけど、ここは退いてはいけないところだろう。

 

「いや、真面目な話、ホントに大丈夫よ? レベルは足りてるはずだし、危ないなって思ったら私たちが直ぐに助けに入るから。貴女を死なせることは無い。そこんところの見極めは私やモルテ君を信頼して欲しいわね」

「いや、それじゃ鉄が駄目になっちゃうでしょ! クエスト失敗じゃない! ムサシ、アンタの剣も、台無しになっちゃうのよ!?」

「あ、そっち? ……んー、そっかそっかー」

 

私の言葉の何が面白かったのか、ムサシはますます笑みを深めている。……ゆるい。

 

「うん、ぜったい大丈夫。リズには大抵の敵に対抗できる手段を授けたわ。……それに、私の勘は当たるのよ」

 

 

 

*****

 

 

 

「それじゃ、火を点けるぞ。お前ら赤い色が見え始めたらふいごを交互に、途切れず踏み込むんだ、いいか?」

「了解、んじゃモルテ君、息を合わせていきましょう」

「あいあいさー、お任せをー。合わせるのではなく合ってしまうのがイケてる男子ですよー」

 

ぎっこぎっこ。

 

「……ごめんなさいねモルテ君、いろいろ勝手に決めちゃって。埋め合わせは奮発しますとも」

「あははーいえいえー。自分は楽しければ何でもいいやつなんでー。ムサシさんとリズベットさんにこき使われるのも癖になってきたところですよー」

「ふふ、うーん、そんならアタシぃ、びしばし働かせちゃうぞー☆」

「あはぁ、すみませーん調子にのりましたーやめてくださいー」

 

ぎっこぎっこ。

 

「そうだ、聞いていいかしら」

「んー、なんでしょー? スリーサイズとパンツの柄以外ならなんでもお答えしますよー、なーんて、あはははー」

「よーし、それじゃあ初恋エピソードでも……あと、なんでMTDに入ったのか聞いていい?」

 

ぎっこぎっこ。

 

「あははー自分ってば見ての通りの硬派なもんでー恋などしたことないのでーす。あんなに苦しいなら愛など要りません。まー幼稚園の先生とか小学校の保健医さんにときめいてたのはあれ、ノーカンですよねーあれは誰でもときめくはずなのでー。あ、ギルドに入ったのは安定しそう、してそうだからですなー」

「……恋をしないのが硬派とは限らないし、聞いてる感じ淡い初恋ばりばりだし、公務員志望の今どきの学生みたいなこと言ってるわね」

「あはぁ、なんですかなんなんですかー、リサーチですかリアル割り出しちゃうあれですかそうですかー。逆に聞きますけどムサシさんはなんでソロやってるんですかー? それこそ安定なんかとは程遠い、いつ死んじゃってもおかしくないプレイスタイルですよねー……死にたかったり?」

 

ぎっこぎっこ。

 

「そんなわけないでしょう。全世界に蔓延る三十億人のファンが泣くわ。私くらい生き汚いやつは他にいないのよ?」

「むむっ正体見たり! さてはムサシさんー、リアルアイドルですねー向こうに戻ったらサインくださいよー」

「………………はぁ」

 

ぎっこぎっこ。

 

「……いやー、なんでそんなに悲しそうな顔で大きく溜息をー? なんかゴメンナサイ」

「謝らないで……単に私の修行が足りてないだけだから。……かつて輝かしいステージを目指して努力していた日々を思い出してしまうのよ……」

「……あれれー? これ、もしかして思ったより大分年上レディ? 地下アイドル活動長かったりしますー? 」

「ええ、実はそうなの♪ 永遠の十七才です、キャピ☆」

「うわーどこまで本気なのか分かんなくて反応に困るなーあははー」

 

 

 

*****

 

 

 

「くっそーなんかやけに楽しそうねあいつら」

 

雨音のせいで喋っている内容までは聞き取れないが、ふいごを踏みながらもやいのやいの騒いでいるのが分かる。

それでも作業の音はテンポよく、確実で乱れがないのは流石と言うべきだろう。

 

どこまでも自然体でいる彼らに比べて、油断したら弱気が顔を出す自分が情けない。

……正直、代わってほしい、逃げたい、なんて思う私がいる。

 

「ああ、だめね、緊張してきちゃった……」

 

ギュッと手の中のメイスを握り直す。

私が今まで作ってきた中でも傑作の一つだ。直線的フォルムが鈍色に輝き、頼もしい重厚感が心を落ち着けてくれる。

 

ブーツと鎧は革製で腕のいい職人仲間に頼んだ揃いのもの。

色は茶色ながらも花をあしらったかわいいデザイン。……私に似合っている気は全然しないけど、性能はいい。軽くて動きやすくてある程度は身を守ってくれる。

私用の金属鎧が作れるようになっても、変えるべきか悩ましい。

 

その上に羽織っているのがムサシの甚平。

どうやら防具というよりはアクセサリー扱いらしい。防御力はほとんど期待できないけれどとても暖かい上に濡れないのでお世話になっている。

 

……ぐだぐだ悩んでいても仕方ないわよね。もし失敗してもムサシなら許してくれるだろうし、三人で素材集めたら、今日中に再挑戦できちゃうかも。

 

「……ええい、女は度胸よ! 来るなら早く来い!」

 

私の覚悟が決まるのを待っていたかのように、竹林の中からそいつは現れた。

 

燃え盛る焔が大男の形をとったかのようなモンスターが、十分な太さで連なる竹を気にする様子もなく焼きながら進んでくる。

 

「ゴアァアアーーー!!」

 

火花を散らしながら咆哮をあげて、私を、いえ、その後ろの炉の方を燃える炎の目で睨んでいる。

英語の成績に自信がない私なりに、その名前を読みとってみるなら……。

 

『エレメント・オブ・ファイヤ』

 

炎の精、かしら、とても強そう。

 

「……はやまったかも」

 




意味深な感じが出てればいい。(願望)


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第二の炎

とにかく投稿する勇気。


ゴウッ、と、一条の炎が空間を走る。

何度目かのステップ回避に辛うじて成功したけど、冷や汗ものの迫力だ。

 

「う、くぁっ……」

 

あれは火炎放射器でもなければ火魔法なんてものでもない。ただの拳だ。だから恐くない。

 

「恐くない……恐くないったら……きゃぁ!? あっついあっつい?」

 

エレメント・オブ・ファイヤの出現に戸惑いながらも駆け寄って接近戦を挑んだのは、正しい判断だったと思う。

 

竹林と炉までは数十メートルはあるけれど、真っ直ぐに突き進む炎男を放置すれば到着まで一分かからない。

……なんでこのゲームにはマトモな遠距離武器がないのかしら。そしてなんで投剣とまで贅沢言わないからせめて長柄の武器とか選ばなかったのワタシ!?

 

メイス一本でどうにか立ち向かえているのは後ろから響くムサシのギターと歌の力が大きい。

 

「~~♪」

「……これも、銀魂よね。修羅だっけ?」

 

とっても格好いい曲だ。

 

【吟唱】スキル。

 

巨大ふいごを踏みながらギターを鳴らすムサシの歌声は、このゲームの世界では心理的なやつだけじゃなく数字として確かな力になる。

 

今や音楽の本場と化した【はじまりの街】でも使い手のごく少ないエクストラスキル。

歌声の届く範囲のプレイヤーに様々なバフを振りまくことが出来る強力な代物だ。

 

ライブを聴いてる私には火耐性と素早さ微上昇が付与されているというわけ。

 

(戦えてる、戦えてはいる……けど)

 

「……てぇい!」

「ゴァアア! ゴァアア!」

 

攻撃が、効かない。

 

唸りを上げて燃える拳を潜り抜けてメイスを直撃させると、その部分の炎が散りはする。

でもいっそう勢いを増した火勢がすぐに穴を塞いで元通り。

 

倒す目が見えない上に、こっちを倒すことじゃなくてふいごまで進むことを優先してるから、足止めするためには突っ込んで、体を張るしかないんだけど……っ。

 

「ふぅ……」

 

落ち着け、落ち着け。

川原で受けたムサシのレッスンを思い出すのよ。クールになる、よく観察する。

 

『観察すると言うのは見るのではなく観ることよ、聞くのではなく聴くことよ……』

 

……?

 

「ゴァアア! ゴァアア!」

「うわ!? あぶな!」

 

掠めた! 大きく広げた両腕からの抱きつくようなダイブ攻撃!

初めて見るモーションに反応が遅れるが、右に転げるような感じで緊急回避。

 

「あはははー大丈夫ですかーリズベットさん、苦戦してますねーやばいですねー。ちょっとこっちにダッシュして代わってくれませんかねー!」

「……いえ! やらせて!」

 

声を張れば十分聴こえるくらいの位置まで後退しちゃってたか。

背後からのチェンジ要求をつっかえして、私はもう一度エレメント・オブ・ファイヤの前に立ち塞がった。

 

私の気のせいだろうけど、無機質なAIに支配されている筈の炎の瞳の中に「またお前か、しつこいな」みたいな光が見えるような。

 

低く唸り、此方に向かって無造作に振り下ろされる拳を、今度はバックステップで回避。

大振り攻撃で隙だらけの胴体に肉薄し、メイスを振り上げた。

 

さっき、転げる前に感じた違和感は、初見の攻撃モーション……だけじゃあない。

冷静に、よく観察してみれば、こいつエレメント・オブ・ファイヤは、その燃え方が不自然なのが私にはなんとなく分かる。

 

炎は、基本的には木材、炭、油類なんかの燃えるものが『燃えて』生じるもので、下から上に昇るもの。この世界でも基本的には現実と同じで、そのリアルで美しいグラフィックは好ましいと感じることもあるくらいだ。それが炉の中なら、なおのこといいんだけど。

 

翻って、そもそもこのエレメント・オブ・ファイヤ、一体何が燃えているのかしらね?

 

もしも等身大を構成するだけの木材なんかが燃えているなら、何度も叩いてほとんど手応えがないのはおかしい。

私の攻撃が捉えていたのは、光と熱の現象としての炎でしかなかったのだ。

 

……そして、ただ燃え続ける炎の化身にしては、燃え方が絶対おかしい! その身体の一点から全身に波及してるようなイメージ。……その発火点を探ってみせる!

 

(伊達に毎日毎日、バカみたいに炎を睨んでる訳じゃないっての!)

 

橙色の光を宿したメイスを、目の前の炎の「火元」と見定めた左脇腹に振り下ろす。

 

片手打撃武器共通の基本ソードスキル【ブロウ】が何時ものように起動し、思った通りのモーションが始まるのに乗っかるイメージ。

 

加速した鉄槌が狙い過たず命中。

ガツンっという硬質な手応えに笑みを浮かべながら、思いきり振り抜く!

 

「オオォ……」

 

エレメント・オブ・ファイヤは低くうめき声を漏らして蝋燭の火のようにかき消えていく。

その向こうに地面に転がる球体を見つけた。

 

それは深い赤色をした、ボーリング球よりは小さいくらいの球だった。ガラスのような質感で、勢いが殺しきれないのかコロコロ転がって徐々に遠ざかっている。

 

「お、おおおー!? すっげえ、なにやったんですかーリズベットさん、……ってやばくないですアレ?」

「……え?」

 

燃え上がる、青白い炎が見えた。



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夢であったら

待っていてくれた方はお待たせしました。ぼちぼち再開ー。


あ、まずい。

憤怒の雄叫びと共に全身を青白く染め上げた炎男の右腕が、リズベットを捉え、吹き飛ばした。

 

「行くわよ!」

「えっ、いーんですかー?」

「いい!」

「……らじゃー!」

 

ふいご踏み踏み作業を一抜けして駆け出す。後ろからモルテ君が追ってくる気配。

状況は良くない。元からほとんど情報の無いクエスト。多少の想定外はそれこそ想定の内ではあるけど、その中でも良くない方だ。

 

青く変わった炎から五歩ほど離れた位置に転がるリズベット。怒りに歪んだ形相で全身を文字通り燃え上がらせているエレメント・オブ・ファイヤ。青炎男でいいか。

 

誰とも接触していない間にもゆっくりと減っていく怒れる青炎男のHPゲージが見える。

 

ボスにお決まりの能力向上本気モードってやつだろう。攻撃無効の不死身がヤツの特徴だったことを考えると……どうあってもヤバい。リズだけに任せられるラインを越えてしまった。

 

(すまんなカーパライン、ここは女の子優先ということで許してくれ)

 

なんとなくの確信がある。こうなってしまったら青炎男を倒せたとしても玉鋼作製は失敗扱いだろう、という。

 

背後の炉の中で燻っている元相棒の現鉄塊から意識を切り、今まさに倒れたリズに追撃しようとする青炎男へと予備のカーパライン(新品)で攻撃する。

 

ソードスキル【レイジング・チョッパー】を起動、駆け抜けながら使える突進技だ。

極力無駄を排除したモーションですれ違いざまに三連撃! ライトエフェクトに大きく炎が波立ちはするけど、まるで手応えがない!

 

「……効いてないわね。モルテ君、あとお願い!」

「あいあいーまむー」

 

観察してた感じ、リズがぶっ叩いた赤玉が核になっていて、派手に燃えてる部分への攻撃はほとんど意味がないと予想できる。

スライムとかレイス系のモンスターに似た特性だけど、外から核が見えないのが厄介。

 

(リズベットの様子はっと……)

 

見た感じでは部位欠損や状態異常などはない。倒れたまま起き上がらないが、HPの色は緑を維持している。動けないのか、動かないのか……。

 

一念発起して街を出て、実際にモンスターと闘ったら心が折れてしまうプレイヤーは稀によくいる。原作でのリズベットの冒険が語られていたかも思い出せないが、このタイミングで青炎男と出会っていないことは確実だ。

 

「ちょっと、リズ大丈夫?」

「……あ、ムサシ?」

 

絶望的な顔をしてるんじゃないかと僅かな危惧を抱きながら覗いたリズベットの瞳はキラキラと輝いている。ほのかに頬が色づいて興奮状態って感じだ

烏滸がましい心配だったかな。ちょっと色っぽ可愛い。

 

しかし今は一秒を争うクエスト中。あまりモルテに任せっぱなしも良くない。

 

「あ、ムサシ? じゃないわよ。大丈夫なら立つ! 」

「うん、あのさ、私、気づいちゃったかも。まだ大丈夫かも玉鋼」

「ん? 気づいた?」

「このクエストの攻略法」

「乗った。詳しく申せ」

 

 

 

*****

 

 

 

ムサシは私の思いつきの攻略法を鷹のような鋭い表情で数秒の間吟味すると、満足気に頷いた。

 

「……いけそうね。っていうかそれしかない」

「本当に?」

「なによ今さら、自信無いの?」

「当たり前でしょ。百戦練磨のムサシと違ってね、こっちは単なる鍛冶屋さんよ。こんな鉄火場初めてだし……」

「別の意味の鉄火場経験豊富なリズだから……鍛冶屋だからこそできる、気づける攻略法なんだと思うけどね……なるほど、道理でフラグ条件が……」

「もう……」

「え、無理なの?」

 

ムサシが空色の瞳を見開いて、ほんとに意外そうに聞いてくるから……。

 

「は? 余裕だし!」

 

 

 

 

なんて威勢よく叫んで、私はもう一度、メイスを抱えて待っているのだ。

 

「今回は絶対はやまったわね……」

 

前を見る。

 

「あははー駄目ですねこれ。どんだけ斬ってもスカばかりー。え、リズさんさっきどう当てたんですかー?」

「炎の揺らぎで見分けたらしいわよ。さっきのコロコロが火元で、よく見ればどこから炎が出てるか分かるんだってさ」

「えー……ムリムリーどう見ても全部燃えてますって! あははー。リズさんに騙されてませんかムサシさん、あはぁ」

「失敬ね、それに多分正解よ。実際核は有ったし要はスライムとかと同じよね。……私も見えてきたよーな?」

「え、マジでじま!? ちょっと当ててみてくださいよ答え合わせですよ」

「いやさっき説明したでしょ私が、いや私達が切り殺しちゃ意味ないの。リズを待ちなさい」

「あ、さてはハッタリですねムサシさんー? ホントは分かってないからそうやって言い逃れしてるんだー。あははー見栄張ることないでしょー」

「はあ? どうやって私が嘘ついてるって証拠よ。こんな炎男、軽く畳んでやってもいいのよ? ん? 処す? 処す?」

 

いや、処しちゃダメでしょーが終わりでしょうが。

軽口を叩きながらエレメント・オブ・ファイヤの周囲で牽制を続ける二人。ますます火力を上げて激昂を示すボスを前にして緊張感の欠片もない。

ただ仲良しの友達とゲームをしてるみたいに……楽しそう。

 

「美味しいとこはもらうけど、ね」

 

本当に不思議な人達に感化されてか、私の口元にも笑みが浮かぶ。

 

よく見える。右足付近にある核が徐々に登ってきて……もうちょい……いい子……そのまま……そのまま……今だ!

 

「スイッチ!!」

 

今日一番の大声を上げて、私は駆け出していた。

世界は狭まり、二人の仲間さえ意識の外だ。私と敵、いや、私と的、それだけしかない。

 

メイスを両手に持ち、重単攻撃のソードスキルを撃つ。

 

「ってえええぇえい!!」

 

ジャストミートだ。

ここがグラウンドなら確実にダイヤを回れる渾身の一打。

 

甲高い音と共に核を失なったエレメント・オブ・ファイヤの巨体が搔き消えた。

 

核は曇天を背景に橙の放物線を引き、燻る炉に吸い込まれるようにして飛び込んだ。

 

ホームラン。

 

爆発的な炎が上がり、親方が嬉しげな悲鳴をあげる。

 

ムサシが振り返って親指を立てていたので、私も応じてやった。

 

「どんなもんよ」

 

 

 

*****

 

 

 

雨が降っている。

笑顔の親方に有無を言わさず送り出された私達は帰路を急ぐ。……まだ足元がふわふわしてる。

 

「エレメンタルなら精霊って意味になるけど、エレメントは要素ってニュアンスなのよ」

「へえ、博識ねムサシ。火の要素……なるほどって感じよね。最初から燃料って名札ついてたわけ」

「あははー。終わってみたらかなり凝ってて楽しいクエストでしたねえ」

 

結果としては最上のもの。

どうにも玉鋼にもランクがあって、親方は最高の出来だと請け負ってくれた。

 

遠くから雷鳴。

 

「でも、ちょっと残念」

「あははーなんですムサシさん、なにか有りましたー?」

「いやね、リズに貸してある外套あるでしょう。こんなこともあろうかとビックリドッキリ機能が有ってね」

「あ、そうなんだ。教えてくれてたら良かったのに」

 

本当に、夢みたいな心地。大きすぎる成功体験に酔った私は雨に濡れてもまだ熱い。

 

「サクラバさんが最近修得した秘密技らしくてね、袖口に仕掛けがあるの。……出番無かったわね」

「あははー、まあ、どれだけ周到に準備したって何事も……」

 

だから、一際大きい雷鳴に合わせるようにしてモルテが剣を抜き、一切躊躇わずに目前を歩いていたムサシがソードスキルを無防備に受けて吹き飛ばされ……。

 

「え……?」

 

振り向き様にモルテがこちらに投げたナイフがお腹に突き刺さり……。

 

「予定通りってわけにはぁ……いかないもの、ですねぇ……あはぁ」

 

稲光に照らされたモルテの、心底おかしいといった表情を見ても、少し夢かと思ったんだけど。

 

「……え? ……あ」

 

視界に映る、麻痺の状態異常表示。

 

頬を伝う冷たい雨と、遠く聞こえる雷鳴が、絶望を運んで来たのだった。




道化キャラって怖いよね。


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武蔵と戦う、ということ

武蔵の肖像画を思い浮かべて下さい。
史実のでもお気に入りの漫画でもいい、貴方の思う強い武蔵の眼を思い浮かべて下さい。

……それです。




 

その時、瞬時にあまりに多くのことが起こりすぎて、リズベットは後から思い返しても全ては分からないほどだった。

 

「リズ! 袖を確認して!」

「……!?」

 

吹き飛んだムサシが叫んだ。

リズベットから見てモルテの向こう更に五メートル程の距離に横倒しに倒れているのだ。

彼女のHPゲージはみるみるすり減っており、黄色くなって尚もその速度に陰りはない。

 

モルテはムサシの指示出しに明らかに動揺した。

渾身の不意討ち、倒れたムサシに今も赤々と輝くダメージ痕。それでこの判断の早さと来たら!

 

「……あはぁ、マジっすか」

 

ちらり、とリズベットの方を見てから、モルテは素早く身を翻してムサシに向かって走った。

 

リズベットが咄嗟に事態を把握できずに呆然としていたのが一つ、そして倒れたムサシがその姿勢のまま凄まじい手捌きでウィンドウを操作しているのに気づいたからだ。

 

いつからか、叫んだ時には既に?

リズベットにナイフが投げられた時か。……まさか、斬られたその直後ということは無いだろう……。

 

ここでようやく(といっても、リズベットが思い返すにこれ以上は望めない早さなのだが)我にかえって、まるで動こうとしない体を強引に動かして、甚平の各々の袖に左右の手を擦り付けた。

 

ピコン、と軽い音をたてて甚平からウィンドウが浮き上がったと思ったら、向こうで信じられない事態が進行していた。

 

モルテがいよいよムサシに到達し、その手に持った片手剣を振り上げた時である。

 

「……It's a show time♪」

「……は?」

「やっぱりか……エドワードめ」

 

何かを呟いたムサシに、モルテが何故か動きを一瞬止めた。

同時にムサシのHPゲージがほとんどドットを残して真っ赤に、しかし確実に残して止まった。

 

そして、二人の周囲に、様々な、そして雑多なアイテムが山のように降ってきた。

 

「はあっひゃああ!?」

「あっはははは☆」

 

『所有アイテム完全オブジェクト化コマンド』リズベットが(もしかしてモルテも)知らなかった操作が完遂され、ムサシがストレージに蓄えていたあらゆるアイテムが二人の周囲に瞬時に実体化し、散乱したのだ。

 

「くうぅう!? マジすか、やばやば!?」

「あっは♪ 吹っ飛べ!!」

 

ドレスやマントに視界を塞がれたモルテに向けて掴みかかり、ポーン、と。冗談のように、重さを感じさせることなく背後へ向けて投げたのだ。

 

ライトエフェクトがなかったから、彼女は純粋に技術と高めたステータス補正で投げたのだ……と思う。

学校の柔道の記憶も朧気なリズベットでは「一本背負い……みたいな技」としかいえない。

 

リズベットからムサシ、ムサシからモルテはほとんど同じ距離で一直線に並び、そこでようやく、束の間の静寂が訪れた。

 

甚平の「隠しポケット」からアイテムが取り出される。……HPポットだった。

 

「……動けないじゃない」

 

 

 

……………

 

 

 

死ぬかと思った!

 

雷で照らされたモルテの影に反応出来なきゃ死んでた!

 

死ぬかと思った!

 

1個でも判断と動作ミスったら死んでた!

 

死ぬかと思ったーーー!

 

モルテ! モルテ! この野郎バカ野郎。マジでやりやがったイヤ怪しいとは思ってたよでもさ良い感じだったじゃん苦楽ともにしたじゃん背中から斬るとか普通しないだろああ普通じゃねえからPKなのかそして何より最悪なことは……!

 

「ヒャハーー! ハハハー!!」

「命のやり取りとか……」

 

少しも状況は改善してないってことだ!

 

「面倒なことになってんなー!」

 

虚勢ではあるが、笑顔は崩さずに。

受け身から素早く転身して突っ込んでくるモルテに対峙する。

こんなこともあろうかと回復アイテムより先にカーパライン(予備の無強化)を先に拾っておいたのだ!

 

「逃げなくていいんですかぁ、HP真っ赤のムサシさん?」

「逃げるのも、真っ赤なのも、あんたの方だって事を教えてあげる☆」

 

いざ、良く、眼を凝らして……水に成りきる!

 

 

 

……………

 

 

 

この状況は、モルテ自身にとっても意図したものではなかった。

そもそも短絡的で刹那的を自認するモルテにとって計画通りの思い通りに物事が進んだことの方がレアなのだが……。

 

『ムサシって女にゃ、手を出すな』

 

そんなモルテが尊敬する数少ない相手であるところの『ボス』が何故にあんな事を言っていたのか、今をもって分からない。

だが、そもそも目障りになってきた【MTD】を潰すためのスパイ及び工作が任務のモルテが独断専行でこんなことしてるのがバレたらそれこそボスに殺されかねない。

 

……でもでもぉ、しょうがないじゃないっすかぁ。

 

今日一日一緒にいただけで、ムサシ、彼女の危険さは分かる。そもそも件の【MTD】だって彼女が切っ掛けで出来たって話もある。生かしておくだけ俺達にとって危険……いや、そうじゃない。

 

どうせ殺すなら、俺が殺したい。

 

そう思わせるだけの魅力が彼女にはある。

余裕綽々のその顔。死にかけの状態でなお笑顔が消せない強い女。でも内心はどうだ? 震えているんじゃあないか?

 

……案外、ボスも、自分で殺したいから待ったをかけているのか。

 

 

「逃げなくていいんですかぁ、HP真っ赤のムサシさん?」

 

モルテが思うにデュエル、つまり人対人の一騎討ちは、互いのステータスが近いほどに心理戦の様相を帯びるものだ。……興奮に冷や水を浴びせ、恐怖を思い出させるのは常套手段だろう。

 

「逃げるのも、真っ赤なのも、あんたの方だって事を教えてあげる☆」

 

曲刀を手に不敵に笑ってみせるムサシに、モルテの方が苦笑してしまうほど、全く超人的な精神力だ。

……今まで見てきた、無慈悲に狩られる一般プレイヤー達も訓練で体力を赤くしてやった同輩連中も、仮想の顔色を真っ青に染めて震えることしか出来ない有り様だったものだが……。

 

「ヒャア!」

「……っ!」

 

向こうは一撃掠っただけで命取り、ムサシの攻撃は消極的にならざるを得ない。

 

大振りに、威嚇を込めての上段切り、返しての下段……素早く横薙ぎ……負ける要素がない、はずなのに!

 

「なんで……」

「なんで攻撃を読めるのか? 私を読めないのか? ……不思議?」

「……うっ」

 

当たらない。完全にモルテの片手剣の間合いを見切っているとしか思えないギリギリの回避を繰り返し、的確に、ボクシングでいうジャブのような小刻みな攻撃で少しずつこちらのHPを削ってきている!

 

「なんでっ」

「……さぁて」

 

慌てて、鎖頭巾の感触を確かめる。

今はまだあまり知られていないが、この世界で一定以上の感情や意識の集中はシステムに察知されて『顔に出る』

 

その中でも眼の動きは顕著で、そこに注目すれば大抵のmobのプレイヤーも案山子も同然というのがボスの、そしてモルテの見解だ。……そこを隠す装備をわざわざ着けているのだ。

 

……しかし。

 

ムサシの瞳は、動かない。

じっとこちらを窺う青い瞳は静謐な湖面のような冷たさで、手を見る、足を見る、そういった動きがない。微動だにしない。

 

「隙あり!」

「……ひゃ!?」

 

微かな動揺を見てとったか、ムサシがソードスキルを起動した。……だが、それはモルテにとってもチャンスだ。

 

曲刀はポピュラーな武器であり、現行のスキルはモルテ達にとっては研究しつくしたものであり、先読みすれば……いや、違う!?

 

カタナ専用ソードスキル【浮舟】

 

下からの円弧型の斬撃に咄嗟に盾を合わせるが、ガードの上から凄まじい衝撃をくらい、体が浮く。……不味い!

 

上下二連撃、一拍をおいて、これまでで最強の突き!

 

カタナ専用ソードスキル【緋扇】

 

辛うじて直撃を避けることが、モルテに出来る唯一のことで、彼は再び宙を舞った。

 

 

 




種明かしは次回


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