時雨の特殊任務 (雷電Ⅱ)
しおりを挟む

第1章 世界の終焉
第1話 敗戦


皆さん始めまして。この度、ハーメルンに投稿させて頂いた雷電Ⅱと申します
まだまだこのハーメルンに慣れていませんが、少しづつ慣れていこうと思います
とは言え、ビターな作品になってしまったのが悩みどころ
どうぞ最後までお付きあい頂ければ幸いです


某日

 

僕は白露型駆逐艦、『時雨』。第二次世界大戦のタイランド湾のマレー半島東岸で潜水艦の雷撃を受けて撃沈された。僕達の間では、『あの戦争』と言う。そう、元いた世界とは異なる異世界、『艦娘』と呼ばれる女の子に転生し、そしてこの世界を危機に陥れている「深海棲艦」の存在と戦う事

 

でもそれは、初期艦である吹雪達から聞かされた話。今は……違う

 

 僕が聞いた話では、大本営は『艦娘計画』を稼働させて艦娘建造に成功した。建造された艦娘は着任すると早速、深海棲艦と戦う事になった。当時の深海棲艦はまだ『最新鋭兵器』を装備していなかったし、練度が高い艦娘だと負傷もせずに敵艦隊を殲滅する事だって可能だった。とは言え、海域は既に敵の手に渡っているため奪還は容易ではなかった。提督も艦娘達の指揮を取り、装備の開発から出撃まで日々、苦労していたと言う

 

既に艦娘は増え、戦果も増えた。海域は解放され、深海棲艦の脅威は下がっていった。そのはずだった

 

僕が建造される前までは……

 

 

 

「私は明石。挨拶はいいわ。早く提督の所へ行って」

 

僕が建造され工廠から出た時、最初に聞いた言葉。待っていたのは工作艦の明石と軽巡の夕張が、何やら忙しく作業をしていた姿だった

 

「えっと」

 

「何かあったっぽい?」

 

「白露型が来たのに!」

 

「はいはーい!何があったんですかー?」

 

その日、白露型の4姉妹が建造されたにもかかわらず、出迎えの明石は表情が暗かった。姉さんや夕立、村雨も呑気だったが、僕は工廠に違和感を覚えた。窓がなく時折、地響きが起こっている。カツカツと机の上で音を鳴らす工具とパラパラと上から落ちて来る埃。そして、何やら慌てている工廠妖精。流石の姉さん達も異変を感じた。地震にしてはおかしい揺れだった。これはまるで……

 

明石は簡単に「艦娘」の存在と艦娘を指揮する提督を軽く伝えると近くにいた五十鈴に声を掛ける

 

「五十鈴、この子達を提督の所に連れて行って」

 

「分かったわ。任せて」

 

五十鈴は戸惑う白露4姉妹についていくよう促された。白露達は五十鈴の後について言ったが、工廠を出るとすぐさま五十鈴に質問攻めした

 

「一番に出て来て、あの態度は何?あの人、工作艦よね?」

 

「村雨のちょっといい所も見てくれないのかしら?」

 

「早くして。その余裕もなくなるわ。先に提督に会わせるわ」

 

五十鈴は白露や村雨の質問を無視し、急ぐよう促された。五十鈴の暗い顔に4人は動揺した

 

「あ、あのー」

 

「何?」

 

「こ、ここってヤバイ所っぽい?その提督さんって人、怖いっぽい?」

 

夕立の質問に五十鈴は急に立ち止まった。姉や妹は眉をひそめ、ひそひそ声で相談していた。ここがやばかったら逃げよう、とか、提督が怖かったらどうしようとか。しかし、時雨はそれはないと思った。本当にここが何かヤバイ所なら、あの態度を取らないはずだ。あれはどう見ても何かから慌てている様子。なぜ五十鈴は暗い顔をしているのか?

 

「大丈夫よ。提督も親切。仲間もいる」

 

時雨を除く3人はホッとした。しかし次の瞬間、五十鈴は冷たく言い放った

 

「でも敵がヤバイ。何人かの艦娘が撃沈されたわ。私の妹、名取も海へ出たっきり連絡が取れない」

 

4人はゾッとした。敵がヤバイ?敵が強くなったと言う事なのか?何があったのか?

 

「ここは基地の地下施設。大阪の港を臨時基地にしたの。状況は最悪」

 

五十鈴が説明している間も、地響きが続いている。白露は不安げに上を見上げた。段々と見えて来る現実に村雨も夕立も不安になった

 

「とにかく、急ぎましょう」

 

廊下を走る五十鈴に4人は慌てて後を追った。まるで見えない恐怖から逃げるかのかように

 

 

 

 一団は地下施設の廊下を走ったが、誰一人とすれ違わなかった。走っている間にも地震とは違う地響き。その地響きのお蔭で廊下を照らす電灯が不安定に点滅する。何が起こっているのか。自分がなぜ艦から女の子になったという疑問よりも、外の世界は何が起こっているのか知りたくなった。不意に広い部屋に出た。この基地の司令部だろうか?多くの艦娘が辺りを右往左往している。艦娘だけではない。陸軍の兵士らしき人達もおり、通信機器を手に取り指示をしていた。どの顔も余裕のない、焦った顔であり通信越しに色んな声が聞こえて来る。その中で白い軍服を着た海軍士官が、無線のマイクを持ちながら叫んでいた

 

「金剛!街に砲弾の雨を降らす艦隊を撃破したか!?」

 

『無理デース!守りが固いネ!』

 

「航空支援はどうした!?赤城と加賀は何をしている!」

 

『赤城です!こちらの攻撃隊は全滅しました!敵は追尾する能力を持ったロケットを使っています!』

 

「全てか!あの艦隊は空母どころか戦艦もないだろ!また対空砲火だけで180機も撃ち落されたのか!」

 

『提督!こっちに墳進弾のようなものが……ダメ!避けられない!』

 

「おい!翔鶴!聞こえたら応答しろ!翔鶴!!」

 

翔鶴と呼ばれた艦娘から応答しない事にイラついた海軍士官は机を拳で叩く。やがて五十鈴の存在に気がついた海軍士官は、五十鈴と時雨達に面と向かい合った。五十鈴が提督に白露姉妹を簡単に紹介した

 

「君達が白露型か。俺はお前たち艦娘を指揮する提督だ。階級は少佐」

 

「提督、何があったの?」

 

「世界の終焉だ」

 

 時雨が質問しても提督は短く答えるだけだった。海図を一瞬だけ見た後、提督は聞いてきた

 

「出来ればゆっくり状況を話したい所だが、今は無理だ。単刀直入に聞こう。戦えるか?」

 

「い、今からっぽい?」

 

 素っ頓狂な声を出す夕立。いや、時雨も白露も村雨も驚いた。まだ実戦経験もないのに、今から戦いに行くのか?いくら何でも早過ぎないか?

 

「分かったよ。敵は強いの?」

 

「外に出れば分かる」

 

 時雨の返事に相変わらず素っ気ない返事しかしない提督。その時、突然スピーカーから怒鳴り声が司令部全体に鳴り響いた

 

『空襲警報!奴ら爆弾を落とした!丁度、地下司令部の真上!』

 

「出ろ!みんな、出るんだ!!五十鈴、直ぐに4人を率いて出撃しろ!」

 

 サイレンと提督の怒号に艦娘達は悲鳴を上げながら司令部から出る。白露姉妹も状況が分からないが、艦娘どころか陸軍兵士まで慌てて逃げている所からして不味い状況なのは確かだ

 

 白露姉妹が司令部から出て廊下に出る瞬間、物凄い轟音と共に司令部の天井から黒い何かが落ちて来た。床に落ちた瞬間、司令部は大爆発を起こした。爆風で五十鈴と白露姉妹も床に叩きつけられた。幸い、全員無事に司令部から逃げれたものの司令部はもはや瓦礫の山と化した。一秒でも遅れたら瓦礫の下敷きになっていたに違いない

 

「な、何なの!今の!?」

 

「深海棲艦が持っている『最新鋭兵器』。海空どころか地面の下まで安全ではなくなった。海に出るわ。ついて来て」

 

 五十鈴は悪態を尽く4人を促すと地上を目指した。何人か艦娘や兵士達とすれ違ったが、誰も4人を見向きもせずに慌ただしく行き交っている

 

「艤装を扱える?無線をオンにして。敵は電波妨害していないし、地下でも無線は使える。周波数は――」

 

 廊下を走りながら五十鈴は白露姉妹に説明をしていたが、時雨は不安が増すばかりだ。いや、姉や妹達もそうだろう。無線の内容が尋常ではなかった

 

『提督だ!誰でもいい!現状を教えてくれ!』

 

『こちら摩耶!提督、生きていたのか!高角砲が的をかすりもしねぇ!秋月達も同様だ!』

 

『対空砲火が通用しないなら、もう空に弾を打ち上げるな!秋月達を率いて最上の艦隊と合流しろ!』

 

『こちら長門!大問題発生だ!古鷹と加古が雷撃を受けた!潜水艦がいる!至急、対潜装備をした海防艦か駆逐艦を寄越してくれ!』

 

『それは無理だ、長門。潜水艦狩りに出かけた海防艦と潮達から連絡が全くない。残念だが、応援は来ない。そこの守りを放棄しろ』

 

『う……うう……うあああ~~!』

 

『誰だ!無線で泣き喚くバカは!』

 

『榛名は大丈夫じゃない!大丈夫じゃないです!勝てない!もうみんな死ぬんです!あの戦争なんて比じゃない……。もうダメ!』

 

『誰か榛名を曳航させて退避させてやれ!錯乱して敵陣に突っ込みかねんぞ!』

 

『了解!たった今、妙高と足柄が暴走する榛名を取り押さえに行った!』

 

 

 

「何……これ……?」

 

 内容からして味方は苦戦している。いや、敗北している。外の様子は知らなくても、状況が酷い事がよく分かる。何かとんでもない事が起こったのだ。どえらい事が……。『あの戦争』を経験したせいか、勘でそう悟った。だとすると、一刻も早く外に出ないといけない

 

 廊下を抜け、階段を上がり外の光景を見た時、時雨はその場に凍り付いた。外は地獄と化していた。空には数え切れない程の航空機が空を覆い尽くしている。見た事がない大型爆撃機が編隊を組んで街に爆弾を沢山落としており、異形の戦闘機が空を自由に飛び回っている。当然、飛んでいる航空機は全て味方ではない。街は火の海と化し、街との距離があるにもかかわらず、人々の悲鳴がここまで聞こえて来る。湾内の海は黒く覆われていたが、よく見ると人型と巨大な鯨のようなものが多数、埋め尽くされていた。巨大な砲を持った人型の女性は、街に向けて無差別に砲撃している

 

「なんて事だ……」

 

時雨は雷を受けたような衝撃を受けた。ここは地獄なのか?何者かの侵略者によって街が蹂躙されている……

 

「突っ立ってないで行くわよ!湾内にいるザコを片付けるわ!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 五十鈴の一喝で時雨達は現実に引き戻された。海へ向かい出撃する。この体で戦うとなると緊張してしまう。鯨か鮫みたいな黒い魚の群れとそれを率いるリーダーらしき姿が航行している。あれが深海棲艦……

 

「あいつら、まだ『最新鋭兵器』を装備していない。目の前の敵を一掃するわ!いい!?」

 

 時雨達は頷き、深海棲艦の一団と戦う事となった。正直言って、これだけの量の敵を撃退するのは不可能だが、やるしかなかった

 

「目標!軽巡ホ級1、駆逐ロ級3。五十鈴、突撃します!」

 

高々と声を上げた五十鈴は砲撃を開始。白露姉妹も慌てて砲撃を開始した。敵は

 

 油断していたのか、成すがまま攻撃を受けた。反撃してくる艦もいたが、照準がとれていないせいなのか、砲弾は明後日の方向へ行ったりしていた。僅か1分で4隻を撃沈した

 

「あれ、何か弱いっぽい?」

 

呆気ない敵の弱さに夕立は拍子抜けた。他の3人の姉妹も同じだ。敵が油断していたとは言え、余りにも弱すぎる。喜ぶこともなく首を傾げる白露姉妹

 

――その時だった

 

「逃げて!早く!」

 

五十鈴の鋭い声と同時に突然、激痛が走った。続いて鼓膜が破れるほどの爆発音と爆風を時雨が襲った

 

「痛いいいい!!」

 

余りの痛さに時雨は叫んだ。何が起こったか分からなかった。海面に倒れ込み、苦痛の余り悶える時雨。痛みは右足からだった。涙目で右足を見ると魚雷発射管に何か槍のようなものが突き刺さっていた。いや、槍ではなかった。魚雷かと思ったが、魚雷にしては可笑しな形だ

 

(これは……?ロケット?)

 

ロケットのようなものが魚雷発射管を突き刺さり時雨の右足を貫通していた。五十鈴や白露達に助けを求めるため辺りを見渡したが……

 

「う……そ……?」

 

 五十鈴も白露も村雨も夕立も大破していた。幸い撃沈されていないものの、艤装は破壊され、海に倒れ込み気絶している。あのロケットの仕業なのか?自分の右足に刺さっているロケットは不発だったのか?しかし、そんな疑問は後回しだ。このままだと敵の良い的だ。時雨は起き上がると、無線で助けを求めた

 

「誰か……誰か助けて……やられた……」

 

無線から応答がない。意識がもうろうとする中、無線の周波数をいじくり回し助けを求めた。確か緊急周波数があったはず。五十鈴さんが教えてくれた。良かった。無線は生きていた

 

「こちら……時雨。五十鈴さんと白露型全員やられた……」

 

『おい、しっかりしろ!救援を寄越す!くそ!全艦に告ぐ!全ての艦隊は撤退しろ!繰り返す!全艦隊撤退!集合場所を伝える!』

 

 助かったと安堵し、再び倒れ込む時雨。海の上でこの行為は危険だが、航行不能であるためどうする事も出来ない。この世界の状況を知るため再び周波数をいじった。ラジオの周波数を拾ったのか、1人の男の声を拾った

 

『……暗黒の日が今も続いています。まるで地獄の門が開き、我々の前に悪魔が現れたかのようです。深海棲艦の姿形そして大きさは様々ですが、大半は成人女性の姿のようです。深海棲艦からは何の要求もなく、交渉可能なリーダーもいません。深海棲艦の目的はどうやら人間社会を滅ぼすだけのようです。沖縄、九州、四国は既に奴らに占領され、東京横浜などの都市では大規模な空爆と海からの艦砲射撃により死傷者が多数出ています。深海棲艦は逃げ惑う民間人を攻撃し、何百人もの男女、子どもの命まで奪いました。軍隊が出動し、最前線基地である大阪にいる艦娘達も深海棲艦に攻撃を仕掛けていますが、防戦一方です。日本だけではありません。各国の大都市も攻撃を受けています。中には既に陥落したとの情報が入って来ています』

 

 意識が薄れる中、時雨は悟った。ここは異世界なのではなく、正真正銘の地獄だと。僕達は兵器。兵器は人の命を奪う物。なら、第2の人生の行く場所は決まっている

 

『しかし、戦いはまだ始まったばかりです。敵に屈する事無く次の言葉を覚えておいてください。明けない夜は決してない。止まない雨は決して無い。皆さん、どうかご無事で』

 

 

 この後、僕達は陸奥が指揮する艦隊に拾われた。足に刺さっていた不発ロケットは無事に取り除かれ、傷も癒えた。しかし、大阪の戦いで艦娘の大半は海に沈んだ。僕たち艦娘には持っていない兵器によって……

 

 

これが僕が建造された時の記憶。そして、地獄の始まりだった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 世界は全てを失った

端的に言おう

 

 世界の成り立ちは通常と変わらず。深海棲艦が現れた事により各国は鎖国状態になった。大本営はその侵略者に対して艦娘という戦力で奪われた海を奪還している

 

これは本来の世界。しかし、これから語る世界は異質である

 

 今から4年半前に深海棲艦が出現した。彼女達は人類に対して対話も交渉もなく、民間人も平気で攻撃する血も涙もない侵略者だった。侵略者に対して、国連はアメリカ軍を主力とした多国籍軍を編成、侵略者を撃退するために深海棲艦に挑んだ。結果は語るまでもなく、惨敗。多くの船と人員の命が失われた。日に日に海と空を奪う者に対し人々が絶望する中、ある希望が芽生えた。日本の大企業である浦田重工業が、最新技術を駆使してある兵器を開発したのだ。一見、妙にのっぺりとした大きな方形のブリッジを持ち、砲が一門と貧弱な武装を積んだ駆逐艦のようである。しかし、火力は従来の軍艦とは桁違いの能力を持つ最新鋭フリゲート艦。現実世界の人が見ればイージス艦と言うに違いない。浦田重工業の新兵器に対して、大本営は以前から熱心に推し進めていたある人物が提唱する『艦娘計画』を蹴り、浦田重工業と契約を結んだ。帝国海軍はイージス艦を大量に購入し配備させ、深海棲艦を打ち破った。他国も同様、浦田重工業からフリゲート艦を購入。深海棲艦に挑み、見事打ち破った

 

 人類は勝った。生け捕りにした深海棲艦は、浦田重工業が研究するために捕虜として連れて行かれたと言う。しかし、それが間違いだった。そう……人類は侵略者に対して勝利したのは一時だった

 

 

 

 深海棲艦の捕虜を研究と称し非人道的な扱いを知った深海棲艦は、大艦隊を率いて浦田重工業の本社を急襲。浦田重工業は壊滅した。深海棲艦は占領はしなかったもののイージス艦の弱点と最先端の科学技術を略奪。戦況は大逆転した。各国の海軍は再び大敗走し、イージス艦は海の藻屑となって消えた。切り札が無くなった事に慌てた大本営は『艦娘計画』を再稼働させたが…………全て手遅れだった

 

4年半前……深海棲艦出現。出現してから僅か2週間でトラック島とハワイを攻撃、占拠。奪還するために出動した帝国海軍とアメリカ海軍の1個艦隊が全滅。この非常事態に対して国連は多国籍軍を編成したが、僅か3日で壊滅

 

4年前……人類の抵抗をものともせず、深海棲艦は勢力を拡大。一方、浦田重工業は最先端の軍事技術を駆使してイージス艦を開発。深海棲艦を追い詰める事に成功

 

3年前……深海棲艦、浦田重工業を攻撃し、根絶やしにする。イージス艦を持った国は真っ先に攻撃を受け、全てのイージス艦は撃沈された

 

2年半前……深海棲艦、太平洋の航路と空路を完全制圧。この事により各国間の連携が取りづらくなる

 

2年前……深海棲艦、スエズ運河を掌握。これにより、深海棲艦は大西洋に侵攻。日本、苦肉の策として艦娘を誕生させる事に成功。しかし、艦娘が本格的に戦うまで7カ月の時間を要した。その後、艦娘建造技術の輸出を実施。欧米では艦娘建造が開始される

 

1年半前……深海棲艦、各国の大都市と軍事施設に大規模な攻撃を開始。この攻撃でパニックが発生。暴動とデモが各地で起こる。提督は艦娘に対して全火力を持って攻撃を仕掛けたが、もはや手遅れだった

 

1年3ヶ月前……艦娘の働きも虚しく、深海棲艦は全海域を制圧。この事により各国は鎖国状態に陥る。物流が途絶えたため、人類は侵略者を他所に食料と資源のために争う事になる。アメリカでは第二次南北戦争が勃発。ソ連、中国は音信不通。欧州・中東では内紛とテロが発生。海外の艦娘状況は不明。一方、日本は艦娘達のお蔭で深海棲艦の侵攻を食い止めていたが、深海棲艦は最新鋭の軍事兵器を装備させて攻撃。艦娘に大打撃を与える。また、沖縄と九州と四国は深海棲艦に占領された

 

1年前…深海棲艦、日本に大攻撃を仕掛ける。提督が率いる艦娘達は大阪を拠点に迎撃を行ったが、惨敗。この大規模な攻撃で大本営・帝国軍崩壊。政府は札幌に臨時首都とし、北海道へ逃げ込む。軍が事実上機能停止した事により、艦娘を率いていた提督は軍の指揮下から離脱。レジスタンスで深海棲艦に戦いを挑む

 

 

 

6ヶ月前……各国の連絡が完全に途絶したため、世界情勢不明。日本、北海道以外は崩壊

 

 

 

現在

 

「提督、巡回終わったよ。海はとても静かだ。これより帰投する」

 

『了解。そして提督はよせ。俺はもう海軍軍人ではない』

 

「ごめん。でも、提督は提督だよ。今でも軍服を着てるじゃないか?僕達の司令官には変わりない」

 

『はあ~。好きにしろ。さっさと帰って来い。深海棲艦に見つからないようにな。今の編成だと海の藻屑だぞ』

 

通信を終えた駆逐艦である艦娘、時雨は皆に向かって静かに言った

 

「帰ろう」

 

5人の艦娘は緊張の糸が緩み、何人かが大きく息を吐いた。無理もない。真夜中に隠れ家の警備に当たっていたのだ。旗艦は時雨。随伴艦は霧島、鳥海、神通、川内、綾波である。この編成はどれも改二になっており、戦力としては十分な火力を持つが、それでも深海棲艦に通用するか。いや、こちらの攻撃が当たれば深海棲艦は撃沈する。しかし、代償は大きいだろう。こちらが全滅するかもしれない。そのため、敵との交戦は極力避けている

 

彼女達は帰路に着く。通常なら帰るまでの間はお喋りをしたりしていただろう。しかし、彼女達は口を開こうとしない。川内は夜戦の歌を歌いながら、顔に笑顔を張り付けているものの、心から笑っていなかった

 

「姉さん、無理しなくていいのよ」

 

「大丈夫だって!あ、夜偵が帰って来た!」

 

川内が持つ九八式水上偵察機、通称夜偵がこちらに向かって来ている。夜偵は本来なら夜戦時に敵艦隊の触接行動をし、味方艦隊の夜戦行動をサポートするのだが、今では艦隊の哨戒に当たっていた。川内の夜偵が高度を下げ、川内がキャッチする直前、夜偵は爆発四散した

 

「攻撃よ!」

 

「さっきロケットのようなものが見えました!」

 

霧島と綾波は攻撃態勢をし、辺りを見渡したが何処にもいない。綾波は聞こえたのだ。夜偵のエンジン音に紛れて空を切り裂くような音が。艦娘達は必死に辺りを見渡したが、依然として敵の姿は見えない。夜と言っても今日は晴れである。晴れの日は月や星の灯りで意外と見えるのだ。しかし、それでも見えない

 

「電探に感あり!方位1-3-5!」

 

「いきなり出現!?なんで探知出来なかったの!」

 

鳥海は敵を見つけたらしく敵発見を知らせたが、神通は驚愕していた。鳥海は32号対水上電探改を装備してレーダーの目を光らせていたが、なぜか突然反応があった。レーダーに発見されないように待ち伏せされたのか、あるいは……

 

「提督、敵艦隊発見!敵編成は……飛翔兵器が近づいて来る!」

 

『すぐそこから撤退しろ!欺瞞紙と例の物を使いながら敵を撒け!』

 

提督の怒鳴り声に反応して艦娘達は蛇行しながら撤退する。しかし、撤退する間にも飛翔兵器は彼女達に向かって追跡していた。その兵器は海面すれすれに飛び、マッハ0.85という速さで飛ぶ4発のロケットが艦娘達に目がけて突進していく。一年前に受けた右足が疼いた。あの時は運よく不発だった。ダメだ。あの飛翔兵器から逃れられない。あの兵器を食らったら、戦艦だろうが戦闘能力を奪う

 

「間に合わない」

 

「隠れて!」

 

時雨が弱音を吐く直前、霧島が時雨の前に躍り出る。霧島の兵装には試作35.6cm砲や探照灯を装備していたが、他にも装備してあった。対空機銃の分類であったが、従来と違ってかなり異質な兵器である。現実世界の軍事マニアや兵器をよく知る者がいるならこう答えるだろう。CIWSと

 

20mm6銃身ガトリング砲が唸り声を上げながら火を吹いた。2発はCIWSの弾幕に阻まれ空中爆発したが、残りの2発は迎撃出来なかった。2発の飛翔兵器は時雨達の手前でいきなり急上昇したかと思うと、逆落しに襲い掛かった。一発は霧島に、もう一発は鳥海に命中した

 

グワン!

 

この世の終わりを思わせる凄まじい轟音に爆風が吹きつけ、時雨は吹っ飛ばされ海面に叩きつけられた

 

「霧島さん!鳥海さん!」

 

綾波は絶叫した。あの飛翔兵器は射程が長いゆえに命中率は異常に高く、威力も戦艦の砲弾並の威力。対抗手段は欺瞞紙とアイオワが提供してくれたCIWSと呼ばれる対空兵器のみ。撃沈されたと思われたが、煙が晴れると2人はまだ海に沈んでいなかった。しかし、被害は甚大であり2人共大破していた

 

「何をしているのです!私の戦況分析では第二波の攻撃が来ます!」

 

「三式弾乙を撃ちます!他の艦はスモーク弾を!」

 

 鳥海は、大破し苦痛で顔を歪ませながらも20.3cm(3号)砲に三式弾乙を込めると空中に発射した。霧島も三式弾乙を発射させた。三式弾は対空兵装の一種であり、陸上型深海棲艦に対しての切り札となる砲弾であるが、霧島と鳥海が撃っている三式弾は別の砲弾である

 

 三式弾乙とは、明石と海外の艦娘であるアイオワの発案の基に開発された苦肉の策である。飛翔兵器は電探(レーダー)を頼りに攻撃を行う。つまり、そのレーダーの目を攪乱すればいいだけの話である。本来なら内蔵された焼夷弾子を大量のアルミ箔を詰め込んで電波妨害用の砲弾にしたのだ。この三式弾乙とCIWSのお蔭で艦娘達の生存率は上がった。……尤もこれは、苦肉の策であるため期待出来ない代物だが

 

三式弾乙は上空に炸裂し、艦娘の上空一帯にアルミ箔と煙の雲が立ち込めた。電探も正常に作動していない事から、敵も攻撃出来ないだろう。だが、アルミ箔の効果時間は限られている。艦娘達はその隙に秘密基地に向けて退却した

 

 

 

「マタ逃ゲラレタ。モット楽シメルト思ッタノニ」

 

 逃げる艦娘を見た戦艦ル級改flagshipは笑っていた。空母ヲ級や重巡ネ級など強力な艦隊がいるにも拘わらず、追跡はしなかった。レーダーが効かないという簡単な理由だが、本当は違う。ただ遊んでいるだけである。もはや、「艦娘は我の敵に非ず」であった。こんな芸当が出来るのは浦田重工業から奪った最新鋭の軍事技術のお蔭である。そのうちの1つであるRGM-84ハープーン・ミサイルは正にそれである。製造が難しく数は限られているが、それでも十分な攻撃能力はある。レジスタンスの牙を抜くのが彼女達の役目である

 

 

 

横須賀

 

 かつて横須賀鎮守府には帝国海軍の重要拠点基地だった。昔は多くの軍艦が停泊しており、基地の周りには街が沢山あった。国を守る軍人は、時には息抜きや休息が必要だ。彼等も人間だ。そのため、基地の周りには居酒屋や商店街などが栄えていた。しかし、今では瓦礫の山である。動く物も人影もいない。それもそのはず、深海棲艦の猛攻で首都は崩壊。横須賀鎮守府も例外ではない。鎮守府も深海棲艦による大規模な攻撃を受け壊滅したためである。民間人も軍人も全員逃げたため、今では基地の墓場である。そんな場所でも六つの人影がそこに向かおうとしている。時雨を率いる艦娘は上陸した後、廃墟の所を歩き続ける。マンホールにたどり着くと彼女たちは下に降りていく。降りた場所は地下室だった。降りると他の艦娘達から砲を向けられていた

 

「艦隊帰投したよ」

 

「よく帰ってきた。損傷した霧島と鳥海は直ぐに入渠しろ」

 

提督と他の艦娘は味方と分かると安堵し構えていた武器を降ろした

 

 ここは捨てられた横須賀鎮守府を提督が地下室を有効に使っていた。生活や艦隊運用が不自由であるものの、敵から隠れるのには最適だ。だが、いづれ見つかるだろう。いや、既に見つかっているかも知れない。その時は基地を放棄する必要性はあるだろう

 

 

 

「敵はこちらを殲滅しなかった?しかも追跡もせずに?」

 

「うん。敵は空母も戦艦もいた。なのに飛翔兵器を撃っただけ。アルミ箔と煙で追跡出来ない奴らとは思えない」

 

 提督室で時雨の報告を受けた提督は考える。最新軍事技術を防ぐ手段がこちらにあるとは言え、戦力は圧倒的に敵が上だ。なのに、ハープーンと呼ばれる兵器を撃っただけだ

 

「そうか。ははは……もう俺達は遊ばれているのか」

 

 提督は笑ったが、それは乾いた笑いだった。時雨は何も言わない。なぜなら、提督は疲弊していたからだ。浦田重工業が崩壊した事により、提督は艦娘を率いて深海棲艦に立ち向かった。初めは善戦していたが、敵は浦田重工業から奪った最新鋭軍事技術を駆使して反撃。こちらを徹底的に叩いた。沈んだ艦娘は数え切れない。深海棲艦の猛攻を食い止める事も出来ず、結局は大都市も軍隊も国も崩壊した。日本だけではない。世界中そうなのだ。政府高官達は北海道に逃げた。現在はどうなっているのか知らないが、風の噂では押し寄せる難民を追い返していると聞く。そのため、本土と北海道の間で戦闘が発生しているとの事だ。本土では生き残った人々が、食料や水を目当てに争っていた。浦田重工業がよく分からない新兵器を世界に売り込まずに『艦娘計画』が早く実現出来ていたら、こんな事にならなかっただろう。

 

 世界は滅んだ。人類は団結して侵略者に立ち向かうどころか人類同士醜い争いをしている。艦娘と提督は地下に籠って戦っているが、押し返す力はほとんど残っていない。提督室と言っても、今では段ボール箱と机しかないのだ。いや、艦娘達の生活も同じようなものだ

 

「提督。『新型兵器』が出来るまで辛抱だよ」

 

 無論、提督も何もしていない訳ではない。1年ほど前、提督は崩壊した浦田重工業からある兵器の設計図を見つけたというのだ。提督曰く、この『新型兵器』が完成すれば深海棲艦を一掃する事が出来ると言う。現在、明石と夕張が不眠不休で『新型兵器』の製造を行っている。場所も新型兵器の詳細も極秘で提督と明石しか知らない。それどころか、提督は大本営や政府に報告もせず独断でやっていた。この事に艦娘達から反発はあったが、提督は強引に推し進めた

 

 提督が言うには、理由が2つある。1つは、この『新型兵器』の正体が明るみに出た瞬間に深海棲艦が総攻撃されてしまうという事。そしてもう1つは、政府や軍の中には深海棲艦のスパイが紛れている可能性があると言う事。人間の中には、深海棲艦と取引をしているとの事だ。食料と生存権を与えられた人間は、深海棲艦の下に働きスパイ活動を熱心に行っていた。艦娘の情報も流しているらしく、こちらの被害も甚大だ。そのため提督は生き残った軍の指揮下から離脱したのだ。スパイがいる以上、誰も信用出来ない。反発していた艦娘も結局は提督のやり方に賛成した

 

「『新型兵器』……。そうだな。もう少しの辛抱だ」

 

完成予定日時は後1週間後。それまでは生き残った艦娘達は時間稼ぎをする事である

 

時雨が退出するのを見届けた提督は、拳を握り机を叩くと苦し紛れに呻いた

 

「すまない、みんな……。しかし、やるしかないんだ」

 

 切り札となる新兵器。しかし、この『新型兵器』は兵器と言えるかどうかと言われると微妙である。それはある意味半分正しく、半分間違いである代物である。時間稼ぎでどれだけの艦娘が失われていたのか。提督は撃沈した艦娘を全て把握していたが、どれだけ悲しもうが沈んでしまった彼女達は帰って来ない

 

 

世界が完全に崩壊するまで残り僅か……。提督と彼女達に勝利の道はあるのか……?

 

 




三式弾乙……この作品のオリジナル兵器。三式弾を改造し、焼夷弾子の代わりにアルミ箔を散布するようにした砲弾。言い換えればチャフ。本編にも語られているように苦肉の策であるため、効果は期待出来ない

CIWS……艦艇用近接防御火器システム。6砲身ガトリング砲とあるので米海軍や海自などが持っているファランクス。なぜ艦娘側が持っているのかは現時点では不明


よく現代兵器が出て来たら一方的な殲滅戦になりそうな展開になるという「深海棲艦終了のお知らせ」。この作品では逆にした結果、「艦娘終了のお知らせ」どころか「世界終了のお知らせ」に。まあ、策があるのか、提督が何とかするでしょう(多分)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 散って行った者

 時雨は地下廊下を歩いた。艦娘達の部屋は昔みたいに艦寮で分かれていない。百名近くいた艦娘も今は半分以下の人数となっていた。資源も資材も満足に行き届かず、中破したままの艦娘もちらほらいた。流石に出撃禁止はしてるが、出撃禁止を受けた艦娘は喜んでもいなかった。中破大破した原因は、あのミサイルと呼ばれる新兵器だ。戦いを挑んでも一方的にやられるだけ。長距離かつ威力が高いミサイル相手に、どんなに装甲を纏ってもたった一発で戦闘能力を奪われてしまう

 

「大丈夫だった?」

 

時雨が廊下を歩いている時に吹雪が声を掛けてくれた。心配してくれたのだろう

 

「僕は大丈夫。皆、無事に帰って来た。これから夕立と会いに行くんだ」

 

時雨は笑顔で答えたが、吹雪は顔を曇らせていた。時雨は時間の無駄という風に吹雪に別れたが、吹雪は時雨が見えなくなるまで見送っていた

 

 

 

時雨はある場所へ行きそれに対面すると話しかけた

 

「夕立、今日も生き延びたよ。新兵器の完成まで一週間。もう少しの辛抱だね」

 

「…………」

 

「今日は久しぶりに晴れた。でもどうしてだろう?晴れても嬉しくない」

 

「………」

 

「ねえ………何で……ごうなっだのがな?こだえでよ」

 

 時雨は泣き崩れた。話し相手は夕立ではなく、夕立の墓石だった。夕立は数カ月前に潜水ソ級によって撃沈された。こちらが油断した訳ではないが、相手の魚雷は何と誘導式だった。潜水能力も今までの潜水ソ級に比べて桁違いと言っていいほど性能が良く、こっちのソナーや爆雷は効果なし。恐らく、浦田重工業から奪った軍事技術なのだろう。結果、海防艦、駆逐艦と軽巡は潜水艦狩りするどころか逆に追い詰められ海に沈められた。海外の艦娘であるアイオワが対抗手段としてスクリュー音等の誘導源を探知することを妨害するマスカーと呼ばれる泡発生装置を提供してくれたが、残念ながら量産は難しく、明石も工廠の妖精もお手上げ状態だった。尤もその頃には日本にある全ての軍関連施設は燃えている状況であったため当てに出来なかった。先程の哨戒も気が気でなかった。今でも覚えている。あの惨劇の海戦を。深海棲艦が浦田重工業から奪った軍事技術を駆使し、多くの艦娘を沈んだ日を

 

 対艦ミサイル数発で撃沈した金剛と榛名、見たこともない戦闘機がこっちの艦載機を瞬く間に撃ち落とし、僅か数分の攻撃で轟沈した赤城と翔鶴。対潜哨戒機と呼ばれる航空機や見たこともない航空機(情報では対潜ヘリコプターと呼ばれている)が潜水している潜水艦を探知し海の底に沈められてしまった伊58や伊19……。この部屋は艦娘の墓場である。もう墓石が五十ほど建てられた事だろうか?

 

(素敵なパーティーしましょう♪)

 

「夕立……」

 

(はぁ。……空はあんなに青いのに)

 

「扶桑さん…」

 

(不幸だわ)

 

「山城さん…」

 

(衝突禁止!)

 

「もがみざん……」

 

 今は聞けなくなった声の主。目から涙が流れ、呼吸が荒くなる。艦だった頃の記憶と同じ……いや、それよりも最悪な状況だった。時雨を除く白露型の姉妹艦も扶桑姉妹ももういない。この部屋は以前は倉庫だったらしいが、今は艦娘の墓場になっていた。遺骨も艤装もない。墓石には名前しか刻めない。声がこみ上げて嗚咽を漏らす。不意に誰かが時雨の肩を叩いた

 

「大丈夫か?」

 

「でいどぐ」

 

 時雨は恥も外見も捨てて泣き顔を提督に向けた。艦娘の大半が撃沈されてしまった。この状況で悲しむなというのは無理である

 

「済まない……。俺のせいだ」

 

「提督は悪ぐない!あいづらのぜいだ!」

 

時雨は提督にしがみつくと泣きだし、提督は泣く時雨を慰めていた。もう限界だった

 

「今日は部屋に戻って休め。俺は他の艦娘も見ていかないと」

 

 

 

 

 

 提督は泣いている時雨から離れると、墓場の周りを歩いた。時雨はまだ、夕立の墓から動かなかったが。墓石は工廠妖精が造ってくれた。石屋でもないのに、造りは見事だった。提督は妖精に感謝した。尤も、遺骨がない。破壊された艤装を納める事しか出来ない。墓場にはちらほら人影がいた。瑞鶴が、千歳が、比叡が、北上が、足柄が、筑摩が、暁が……

 

 

 

「ここ、いいか?」

 

「……」

 

 提督は地面に座り墓石を見続けている天龍の横に座った。返事が来ない事は知っていた。なぜなら、墓石の隣には薙刀が地面に刺さっていたから。誰の物かは語るまでもないだろう

 

「済まない。敵が最新鋭の技術を盗んで我が物として扱っているとは」

 

「言い訳なんかするんじゃねー!あいつは……何であいつらは持っていて、こっちには同類の兵器がないんだよ!あの力があれば、龍田は……龍田は撃沈しなくて済んだんじゃねぇのか!」

 

天龍が提督に掴みかかり、提督を罵倒した。顔は憎しみが込められており、今にも手に持っている刀で提督を斬ろうとしていた。だが、提督は抵抗もしない。それどころか、提督は天龍が持っている刀を自分の首に持って行った

 

「全ての責任は俺だ。軍法会議なんてないのだから安心しろ。お前の罪は問わない。お前の好きにしたらいい」

 

「くそ!」

 

提督を離すと再び座り込む。いつでも殺せるはずだ。だが、殺したところで何も意味はない。龍田が帰って来る訳がない

 

「もうほっといてくれ……」

 

「食事は置いておく。邪魔したな」

 

提督は天龍を置いて動く。時雨はまだ動けるし、戦う事も出来る。しかし、心の傷を負って姉妹の墓石の前に座る艦娘は少なくない。戦える艦娘は僅かだ

 

「提督さん、何?作戦?それともお触り?……もう爆撃する機体もないから好きにして」

 

「いつから水商売を始めた?悪いが、お前を餓死させる訳にはいかない」

 

天龍の次に瑞鶴を見たが、彼女ももう以前の彼女では無くなった。大阪の戦いで翔鶴が沈んでから、瑞鶴は性格が変わった。建造された始めは、押しの強い性格だったのに……

 

 あの日、敵艦隊の対空砲火だけで百十機もの艦載機が全滅させられるなんて誰が想像出来ようか。軽巡駆逐だけの艦隊に負けるなんて誰が予想していたか

 

 

 艦載機がない空母は、格好の的になるだけ。そのため、瑞鶴を含め他の空母達もほとんど出撃していない。艦載機の運用に必要なボーキサイトも節約のために補給は延期された。事実上、制空権を取り返す事を放棄しているようなものだ

 

「そう言えば、加賀さんは元気なの?」

 

「ああ、そうだ。しっかりしているぞ(本当は違う…)」

 

「流石、一航戦ね。あの頃が懐かしい」

 

瑞鶴はうっすらと涙を流した。確か瑞鶴は、いつも加賀といがみ合っていたっけ?しかし、今ではそんな事は絶対に起こらないだろう。瑞鶴だけでない。他の艦娘も似たようなものだ。加賀は人前では沈着冷静で凛としているが、提督は知っている。彼女は隠れて泣いているのを見た事がある

 

(ここは地獄だ)

 

艦娘達をここまで率いたのはいいが、不安が増すばかりだった

 

 逃げる?何処へ逃げればいい?安全な場所はない。海も空も制圧され、陸ももう安全とは言えない。避難民と思ったら、武器を持ち人の物を略奪しようとする者までいる。残念ながら、避難民を受け入れる余裕なんてない。提督の味方は、艦娘の護衛を受けいれてくれた陸軍の一小隊だけ

 

 

 

提督は瑞鶴から離れると、時雨を呼んで墓地の部屋から出た。これ以上、居ても仕方なかった。カウンセリングする時間も無かった

 

 

 

「提督、外の状況はどうなの?」

 

「最悪だ」

 

「本当は知っているんでしょ?」

 

 時雨の質問に提督は被りを振った。本当に知らない。ただ確かなのは、他との連絡がないと言う事だった。以前から、定期的に北海道から臨時政府のラジオの電波を受信したが、ある日を境に受信が出来なくなった。ラジオの故障かと思ったが違う。これが何を意味するか、考えるまでもなかった。しかし、提督は恐ろしい推測とある事実を心の中にしまって、時雨に嘘を言った

 

「北海道から連絡が来た。ラジオ塔が故障したとさ」

 

「そうなんだ。良かったよ」

 

……いつまで誤魔化せるか検討もつかない

 

 

 

 

 

 

 

明石や夕張達が『新型兵器』の開発に成功する事を祈るしかない

 

もう打つ手がない。敵がここを攻撃してこないのは幸運なのだろうか?




大本営や国が崩壊した今、提督と艦娘達は完全に孤立無援
ブラック鎮守府にある引き継ぎ提督に怒りをぶつけるような仕様は存在しません
判断ミスで最悪な事態が起こってしまいます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 会談

昨日の哨戒任務で攻撃を受けた日から艦娘に遠征も含めて出撃命令は下されなくなった。敵の目から隠れるため、資源節約のためと知らされたが、不満を持つ艦娘はいなかった。遠征可能な海域は既に失われたため、艦隊を出しても無駄だ。提督は戦力温存する方向に移ったのだ。そんな中、提督は警備に当たっている陸軍の残存部隊を地下に入れた。外は道徳と秩序が崩壊したため、暴力が支配されていた。敵は深海棲艦やスパイだけでなかった。治安維持と元横須賀鎮守府の警備には陸軍の歩兵部隊が手を貸している。理由は提督と知り合いだそうだ。提督と時雨は陸軍将校を迎えに行った

 

「外の様子は?」

 

「最悪だ。あちこちで未だに略奪や殺人が起きている。助けを求めていると思ったら、武器を隠し持っていたというのが多すぎる」

 

予想はしていたが、一向に改善する見込みない。艦娘達が深海棲艦と戦っている間に兵士達は元横須賀鎮守府を守るために戦っている。そもそも、大本営が崩壊したため強制する事など出来ない。そこで陸軍の将校は志願を募った所、七割近くが新型兵器開発のために艦娘と提督の護衛を引き受けてくれた

 

「こんなに早く世界が崩壊するとは」

 

「全くだ」

 

不満を漏らす提督と将校だったが、今の彼等には何も出来ない。深海棲艦がこの世界に現れてから数年でこのザマである。不意に将校は時雨に質問をした

 

「時雨と言ったな。海には魚はいるか?」

 

「分かりません」

 

海には深海棲艦以外の魚は見当たらなかった。ゴーヤである伊号潜水艦なら分かるかも知れないが、残念ながら今はいない

 

「そうか。私の趣味は釣りだった。君に分かるかな?ボートを漕いでキジハタが釣れる醍醐味は?」

 

「え~と。僕は釣りをした事はないからあまり分からない……かな?」

 

「機会があれば是非、釣りをやって見たまえ」

 

釣りを薦める陸軍将校に時雨は唖然としたが、提督はそうか、それなら釣り竿を作らないとな、と冗談交じりに返事すると話を切り返した

 

「大淀から連絡があった。もうすぐ完成する。明日には全員ここを出る。その前に話しておきたい事がある」

 

「そうだな。軍曹にはまだ詳細は……」

 

時雨を見た将校は口を紡ぐ。提督が進めている『新型兵器』は、信頼出来る者しか知らされていないため時雨の前では話さなかった

 

「移動に最低でも3日かかる。隊長である軍曹には秘密を打ち明けていいと思う」

 

「まだ艦娘には伝えていないのか?」

 

陸軍将校は呆れながら聞いた。時雨が首を横に振るのを見て将校は小さなため息をついた

 

「いずれは伝える。『あれ』を見せた後、詳細な説明をする。俺の部屋で会おう。1時間後だ。俺は墓地へ行ってくる。時雨は艦寮の見回りをしてくれ」

 

提督は将校に伝えると、時雨に艦寮に向かうよう促した。尤も、墓地へ行き艦娘のケアをしているのは気を紛らわせるための手段でしかないのだが、そうでもしないと平常心を保つ事が出来ない。しかし、何かしなければ艦娘達も危ない。既に心が折れた者が数人いる。司令官である俺がここで弱音を吐く訳にはいかない

 

 

 

 

時雨は提督室に向かった。提督に言われた通りに艦寮を見渡したが、満潮を始め数人の体調が優れていないのだ。明石に診せないといけないが、生憎明石はここにいない。『新型兵器』の開発に携わっているからだ。そのため、いつ明石達と合流出来るかを聞くためだ。だが、提督室の扉の前には『会議中』という札が貼られており、中から提督とこの鎮守府の警備に当たっている陸軍の将校と時雨が知らない誰かの声が聞こえて来た。ただ、中から聞こえて来るのは激しい言い合いだった

 

(提督も大変なんだ……)

 

艦娘も部隊も士気は、深海棲艦と民間人による暴徒による悪影響を及ぼしていた。時雨が知っている艦娘達も性格がガラリと変わった者が少なからずいる。撃沈された艦娘を目の当たりにし、艦娘達の間で徐々に絶望感が広がっていた。それでも艦娘達が逃げなかったのは、提督のお蔭と『新型兵器』のためである。提督と元陸軍将校の関係は時雨もよく分からないが、議論している事に邪魔する訳には行かない。だから時雨は静かに立ち去ろうとしたが、言い争いの中で『新型兵器』の単語が出て来た。時雨は脚を止め、扉の前へ静かに行き耳を当てた

 

 

 

「……そうか。『新型兵器』は完成したか。私達が艦娘とお前を護衛したらそれで良い訳だ」

 

「おい!『新型兵器』だって!中佐、全員を騙していたのか!」

 

「騙してなんかいない、軍曹。私は忠告したぞ?この兵器は一発勝負のものだと。期待していいが、決して夢を見るなと。だから、私は志願を募った」

 

「いえ、自分はただ……なんてことだ!!」

 

提督でも将校でもない誰かの怒りの声が聞こえた。恐らく、部隊の隊長である軍曹だろう。その軍曹と将校との間で口論をしていたのだ

 

「俺は現状を全て明らかにした。だが、この『新型兵器』は製作段階で悪用される危険がある。帝国軍や政府どころか民間人さえも信用出来ない今では俺達で何とかするしかない。……艦娘と人の命を引き換えるしかなんだよ」

 

「冗談も休み休み言え!こんなのは作戦とは言えない!」

 

提督の淡々とした口調に軍曹は怒りの声を上げた

 

「まだ大型建造の案があるだろう!2隻しか建造されていないらしいじゃないか!そっちに力を入れた方が…」

 

「聞いていなかったのか、軍曹。俺はまだ見たことはないが、確かに大和型戦艦は強力だ。だが、ミサイルと呼ばれる兵器の前では無力だ。もう深海棲艦と戦える艦娘は皆無に等しい。建造したとしても海に出た瞬間に、撃沈されるだけだ」

 

「じゃあ、今までの戦いは何だったんだ……。自分の部下は消耗品か!お前の艦娘も!いくら方法がないからと言って……」

 

軍曹と呼ばれた人物は落胆したのか、提督に激しく非難した

 

「いいか、軍曹。俺達が直面している敵は、恐ろしいスピードで増殖している。しかも奴らが持つ軍事技術、兵站、戦術においても完全に負けている。浦田重工業の『最新鋭兵器』のデータは失われた。『新型兵器』が唯一の希望だ」

 

「希望だと!もう博打みたいなものだ!提督、これは戦争犯罪に近いぞ!」

 

時雨は扉から耳を離さずしっかりと聞いていた

 

(提督……僕達を騙したの?でも希望って……)

 

軍曹が拳を机で叩く音がした後、沈黙が訪れた。長く続くと思われた静寂だが、提督が沈黙を破った

 

「卑劣かも知れない。確かに作戦でもない。不確定要素が多すぎる。艦娘が真相を知ったら、俺は真っ先に非難されるだろう。だが他に道はあるか?既にいくつかの国が深海棲艦の餌食になっている。世界最強の国も3日前に崩壊した。サラトガが知らせてくれた……もう誰も食い止める事も出来ない」

 

「……!」

 

誰も答えない。無理もない。もう打つ手がないのは将校も軍曹も分かっていたらしい

 

「こんな計画、認められるか!」

 

急に足音が聞こえたため、時雨は物陰に急いで隠れた。直後ドアが勢いよく開き、軍曹は怒りを任せて廊下を歩いていた。時雨は軍曹の背中が見えなくなるまで見送ったが、扉が開いているためか提督と将校の話し声が聞こえた

 

「俺達と深海棲艦の違いって何だろう?神通や時雨などからよく聞かれるんだ。『新型兵器』の進捗状況を。彼女達から感じるんだ。復讐を。いや、復讐ならまだいい。姉妹艦を失い墓石の前に一日中座り込む人もいる。鎮守府の外では、道徳や社会が崩壊して人同士の醜い争いが続いている。深海棲艦は仲間が失っても奴らは学習して強くなっているが……人間と艦娘はどうだろうなって」

 

「人はそんなもんだ。色んな意見があり、皆それぞれの考えや思考がある。聖人もいれば、悪党もいる。世の中は残酷だ。軍曹には私が言っておく。艦娘はお前から言うんだぞ」

 

将校も提督を置いて部屋を出て行くと、軍曹の後を追った。時雨は提督が出て来るを待っていたが、提督は部屋の扉を閉めようとせず椅子に座ったまま、時々ため息をついていた。時雨は満潮の件を胸の中でしまい、気付かれないように立ち去った

 

 この時、時雨は初めて提督に不信感を抱いた。どんなことがあっても提督だけ艦娘を味方してくれると思っていたが……。提督は何を行っているのだろうか?明石や夕張に極秘に造っているものとは何なのだろうか?

軍曹が怒っているのを見ると、『新型兵器』は兵器ではないかも知れない

 

 しかし、周りの艦娘に伝えても暴動が起こるだけだ。『新型兵器』が本当に奇跡をもたらすものだったら、深海棲艦に反撃するチャンスは永遠に失われてしまう。そのため、時雨は今の出来事は心の中に閉まっておいた

 




艦これの秋イベ準備しないと…
因みにアズールレーンもやりましたが、うん、これもこれで。ただ、なぜあの娘はああなった?というのはありました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 四面楚歌

次の日、提督はアナウンスを流して艦娘全員を食堂にて集合させた。こんな朝早くなんだろうかと艦娘達は集まったが、数名は食堂に来なかった。至るところから何事かと口々に声があがるが、提督が姿を現した時に声は静まり返った

 

(もうこんなに少なくなったのか)

 

撃沈された艦娘の名前は常に把握していたが、この戦争の現状を嫌ほど思い知ってしまう。初めは食堂に入りきらない程いた艦娘の数も、今では空いている。彼女達の目には諦めが見てとれる。食料も弾薬も少なくなっているため、士気が低下している証拠でもある

 

「今から言う事をよく聞いて欲しい。大淀から連絡があった。『新型兵器』の完成は間近だ」

 

提督の知らせに食堂にいた艦娘は、歓声を上げた。嬉しさのあまり涙を流すもの、笑顔になり他の艦娘に抱き付く者、提督にどんな新型兵器かを詰め寄る者……

 

皆は喜んだが、喜ぶ艦娘の内、1人だけ違った。時雨だ。しかし、提督は1人だけ反応が違う事に気づく訳がない

 

「待て、気持ちは分かる。これから明石達と合流する。海と空は敵に掌握されているから、陸路で行く。俺の友人である将校と軍曹。そして彼等の部下達が護衛してくれる。一時間後には出発だ。全員、荷物をまとめるんだ。落ち込んでいる艦娘も連れて来るんだ。ここを放棄する」

 

艦娘は我先にと食堂に出た。提督は喜ぶ艦娘達を見送っていたが、ふと見ると1人だけ残っていた

 

「何している、時雨?」

 

「提督……本当にこの戦争に勝てるの?」

 

「どうしたんだ?」

 

時雨は提督に詰め寄った。まるで答えを求めているかのように

 

「まだ提督を信用したいんだ。でもその『新型兵器』が僕達に失望するのようなものだったら……。沈んでいった夕立や仲間に何て言えばいいんだ!僕は…」

 

次第に声が涙声になった。あの会議で何があったかは分からないが、失望させられるものだったら……。しかし、提督は『新型兵器』の詳細を一切教えてくれない

 

「時雨、お前の悲しみはよく分かる。済まない。お前に疑問を持ってしまった事は俺のミスだ。最善の策を練ったつもりだが、完璧ではなかった」

 

「でも!」

 

時雨は抗議しようとした。自分が会議で何かを聞いたのかを。この作戦において意味があるのかと。しかし時雨が口を開く前に提督は遮るように言い放った

 

「到着してから全て話す。最後まで信じてくれ。お前達の犠牲は無駄ではないと。俺も準備をしないといけない。大丈夫だ、まだ希望はある」

 

提督は急ぎ足で食堂に出たが、時雨は動かなかった。まだ頭の中が混乱していたからだ。食堂に取り残された時雨は、様子を見に来た陸奥に声を掛けられるまで暫くの間動かなかった

 

一時間後、艦娘達は将校が用意してくれた軍用車両に乗って目的地に向かう。将校と提督曰く、放棄された陸軍基地から拾い集め修理したものである。軍用車であるため乗り心地は最悪だが、悪くはない。車両も軍用トラック、兵員輸送車、装甲車、旧式戦車とバラついており、統一されていない。艦娘達は2台の兵員輸送車に分かれて乗り、その周りを戦闘車両が護衛している。時々、暴徒の集団が車両に向かって攻撃してきたが、こちらが威嚇射撃しただけで相手は逃げ出した。難民や生き残りも出会ったが、残念ながら救助する余裕はないため放置するしかなかった。足柄が異議を唱えたが、提督は無視した。何でも戦闘に巻き込まれないためだとか

 

「時雨、大丈夫?さっきからボーッとして」

 

「僕は大丈夫。夕立の事を考えてさ」

 

陸奥は未だに考え込んでいる時雨を心配したのか声を掛けたが、時雨は無理矢理笑みを作って答えた。空しい作り笑いであることは自覚している。しかし、自分の今抱えている不安を他の艦娘達に伝播させたくなかった。しかし、無駄と言うべきなのか。度重なる戦闘を目の当たりにして艦娘達は、二つの感情に別れていた

 

「新型兵器があっても無理だ……あんな奴らに勝てる訳が無い!」

 

「敵はいい装備を既に沢山持っている。もう雪風も島風もいない」

 

「私の計算では……もう全滅するのも時間の問題です……」

 

恐怖に駆られ、絶望している者達が大半である。幸運艦も足が速い艦も真っ先に沈められたのを見て、提督が開発している『新型兵器』が有効なのか疑問視していた

 

 

 

「やっつけてやる。……翔鶴姉の仇をとってやる!」

 

「気合いだけではダメ!金剛お姉様と榛名の死を無駄にはしません!」

 

「大井っちを沈めた奴を見つけ出して沈めてやる!」

 

もう一方は、深海棲艦に姉妹や仲間を撃沈され、怒りと復讐に燃える者たちであった

 

兵員輸送車の中で色々な思惑な声がしており、助手席に座っている提督も耳には届いてた。ただでさえ士気が下がっている中、無理もなかった

 

「何か言わなくていいんですか?」

 

運転している兵士が提督に声を掛けたが、提督は返事はせず首を横に振っただけだった。提督も知っていた。人の死を見た人間は冷静にはいられなくと。提督も幾度も見ていた

 

(何処も瓦礫の山ばかりだ)

 

車両に乗って3時間経つが、道路の周りには車の残骸しかない。すれ違う車も人もなく、街も燃え盛る火炎と崩れ落ちる廃墟になり果てており、人影は見当たらない。数年前までは自然が溢れていた山も公園も生命など到底存命する事など出来そうにもない程に焼き払われた。地面は焦土と化し、空気は熱に冒され、空は煙と塵の影響で灰色の空だった

 

『後8kmを走ったら休憩だ』

 

中佐からの無線で連絡が入り提督が返事しようとした時、兵員輸送車は急ブレーキをし止まった。勢い余って艦娘は危うく床に転げ落ちそうになり、提督も顔をしかめて運転手に問いただした

 

「どうした?」

 

「分かりません。前のトラックが急停止をしまして」

 

休憩地点はまだ先だ。止まるのは可笑しい。兵員輸送車の中にいた艦娘も何事かと運転席に顔をのぞかせていた

 

『ブラボー1、何があった!』

 

『道の前に瓦礫が散らばっているので退かします!』

 

『ダメだ、ブラボー1!強引に進め!繰り返す!止まらず進むんだ!』

 

無線から軍曹と兵士のやり取りの無線が流れたが、先頭に走っていた車両であるブラボー1からの応答がそれ以降ない

 

『各員、警戒しろ』

 

他のトラックと兵員輸送車から兵士が吐き出され辺りを警戒する。銃や兵器を周りで警戒するが、何もない。静かなのが返って不気味だ

 

『こちらブラボー2!ブラボー1の隊員がいません!』

 

『油断するな!誰かブラボー1の車両を運転――』

 

部隊を指揮していた軍曹がその先を言う事が無かった。何故なら、車両の周りから一斉に銃撃を受けたからだ。ロケット弾の攻撃を食らったのだろう。戦車もいきなり爆発炎上した

 

『撃ち返せ!各員、反撃しろ!』

 

『クソ!待ち伏せだ!援護射撃してくれ!』

 

『2時の方向にいるぞ!こいつら深海棲艦と手を組んでいる奴らだ!』

 

兵士が瓦礫の隙間や廃墟の影に敵影がいるのを確認し、反撃していく。敵は深海棲艦だけではない。深海棲艦に雇われた軍団である。深海棲艦は人類に対して中世のような奴隷のように扱わず、食料と物資をエサに人を雇っている。当初は家族や友人を殺され深海棲艦を憎んでいた人ばかりだったため敵視していたが、食料も物資も枯渇すると何人かは深海棲艦側に付いてしまった。そのため、陸地ももはや安全では無くなった。深海棲艦から軍事訓練でも受けているのだろう。行き当たりばったりの攻撃ではなく、的確に攻撃している。だからと言って、こちらも黙ってはいない。各兵士達と戦闘車両は将校の指示で反撃を開始した。幸いな事に敵は軽装備で戦闘車両も深海棲艦が持っているような特殊な兵器も所持していない。戦闘車両は敵に集中砲火を浴びせ、敵をなぎ倒して行く。一帯は戦場と化した。艦娘を載せた車両では混乱していた。悲鳴を上げる艦娘がいる中、提督に進言する者がいた

 

「提督、私を外に出してください。赤城さんの仇を討ちます」

 

「ダメだ!まだ目的地についていない!」

 

「あいつらは……あいつらは深海棲艦に魂を売った人間です!」

 

加賀は弓を強く握りながら怒りを顕わにした。艦娘の中には、浦田重工業から奪った兵器であろう攻撃を陸から攻撃受けたのだ。地対艦ミサイルと呼ばれる兵器だが、どう見ても深海棲艦の兵装ではなく、車両による移動式で人でも操作出来る兵器らしい。深海棲艦との戦いで大破し帰投している所を狙われるケースが多発したため、横須賀鎮守府以外の陸地は迂闊に近づけなかった。人間不信に陥る艦娘も少なくなく、助けを求める民間人を無視するケースが起こった。しかし、例え本当に助けを求めている人でも物資が少ない現状では、受け入れても何もしてあげられない。北海道に避難するよう促すしか出来なかった

 

「提督、僕達は艦娘だ。これくらいの銃撃なら平気だし、あいつらはあの兵器を持っていない。だから…」

 

「時雨、言いたい事は分かる。俺だって武器持って真っ先にあいつらを殺したい。だけど、今は任務に集中してくれ!ここでお前達の戦力と時間を無駄に消費する訳にいかない!」

 

時雨の提案をあっさりと蹴る提督だが、その顔には余裕がない。兵員輸送車の中とはいえ、外では兵士達の怒号と機関銃と戦車砲が鳴り響き自分達の乗っている車両に銃弾が食い込む音が聞こえる。機関銃程度なら弾き返せるが、バズーカような兵器が命中すれば無事では済まない。戦闘が行われている状況の中で論争しているのだから、気が気でない。そんな中、無線機から軍曹の声が流れた

 

『全隊員、よく聞け!ここに留まっていると狙い撃ちにされる!それに、あいつらは深海棲艦の増援を呼ぶだろう!部隊を2つに分けるぞ!ブルー7以降の車両は、『荷物』を目的地に確実に届けろ!それ以外の者は、俺とここで暴れる!』

 

無線の声で提督の顔は青ざめた。『荷物』とは艦娘と提督のコールサインである。つまり、軍曹を含めて囮になるという事だ。

 

「待ってくれ、軍曹!ここに残る必要は…」

 

『提督、あんたの考えには賛成した覚えはない。ただこれしかないのなら、腹を括る。ここは引き受ける!その代り、必ず成功させろ!『新型兵器』でこの地獄を変えてくれ!』

 

時雨は凍り付いた。会議で提督に反発していた軍曹だった。それが今では囮になると言っている。提督に反対していた軍曹が、今では協力を?なぜ?しかも囮と言う事は……彼は死ぬつもりなのか?銃を握っている兵士達も?気付けば、時雨は無線機を提督からひったくり軍曹と無線交信していた

 

「僕は白露型二番艦、時雨。僕達も数名残って一緒に戦う、時間を稼ぐよ!」

 

『バカ野郎!何処の誰だか知らんが、お前は俺の部下じゃねぇ!お前達はまだやる事がある!ここで無駄死する必要なんてない!おい、運転手!俺が合図したらさっさと移動しろ!艦娘を絶対に外に出すな!敵は待ってくれん!ブルー1から6!中佐の指示に従って目的地に行け!』

 

時雨の提案を一蹴され呆然とした時雨だが、反論する前に無線機は提督に奪い返された

 

「戦いたい気持ちは分かる。だが、これは命令だ!待機してろ!」

 

提督の鋭い声に時雨も加賀も席に戻ったが、顔は納得していない。相手は人間だ。艦娘が持つ兵装や防御力で軽装備の軍団を一掃出来る。だが、それは却下されたのだ

 

『よし!移動しろ!早く行け!』

 

軍曹の通信と同時に車両は急発進し激しく揺れた。艦娘が悲鳴を上げる中、時雨は確かに聞こえた。提督の呟きを

 

「許せ」と

 

 

 

15台もの隊列で進んでいた車両の半分は銃撃戦とゲリラを強引に突き進み、残りは時間稼ぎのためにゲリラを足止めを行った。人数はゲリラの方が多いが、兵器の質や所持している兵器は陸軍の方が上である。そのためゲリラは、圧倒的な火力に対して大苦戦した。逃げた車両を追おうにも邪魔してくる。ゲリラを率いるリーダーは、無線で応援を送るよう指示したが、応援を求めた相手は人間ではなかった

 

 

 

数分後、たこ焼きに似た深海棲艦の艦載機が軍曹を率いる車両部隊を攻撃し、軍曹を含む残存部隊は全滅した

 

 




艦娘はまだ戦闘せず


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 代償と警戒

休憩地点

 

「提督、気にするな。これが俺達の任務だ」

 

「しかし……弔う事も出来なかった」

 

休憩地点では、暗い空気に包まれた。なぜなら、軍曹を率いる軍団が自分達のために犠牲になったのだ。提督と陸軍将校は安全なルートを探るべく議論するつもりだったが、今ではそれどころでなかった

 

「みんな、あんたの案に同意した。僅かな希望のために私達はここにいる。私達危険な愛国心でも復讐者でもない。れっきとした考えがあるからだ」

 

「……」

 

提督は黙っていた。将校が気を遣っているだろう。提督はそれが理解出来なかった

 

「海も空も敵に握られた。陸も安全じゃない。俺はある理由で海軍に入った。あいつのせいで人生に振り回されるのは御免だ、深海棲艦を倒し英雄になって見返してやるんだって」

 

提督は珍しく弱音を吐いた。もう精神も体力も限界だった。艦娘の前では決して見せる事もない態度であった

 

「今ではこれだ。屍を築いているだけだ。部下である艦娘も将校の部下の兵士まで死んだ!軍曹も!クソ、何てザマだ!!」

 

提督は立ち上がると自分が座っていた椅子を蹴り出した

 

「沈んだ艦娘は大切な仲間だった!それを俺は!いつからだ!いつから俺はこんな冷酷な人間になった!!」

 

「ああ、お前の艦娘達は献身的だった」

 

自暴自棄になる提督に将校は肩を掴み睨んだ。提督は将校を睨み返したが、将校の顔を見て気付いた

 

「中佐はこんな経験を?」

 

「嫌ほど経験したよ。仲が良かった部下が死ぬ。それはよく分かる。しかし嘆く時間はない。感傷は捨ててくれ。それが指揮官の宿命だ。頼む。最後までやり遂げてくれ。出発は1300だ。それまで準備するんだ」

 

将校はそう言い残すと兵士達の様子を見に立ち去ったが、提督は動かなかった。分かっている。仕方がないとは言え、戦うな!と艦娘に命じた自分が情けなかった

 

 

 

3日後

 

軍曹が率いる部隊と別れてから将校と提督が率いる車両は、最短ルートで目的地を目指していた。休憩や補給で立ち止まる事もあるが、兵と車両が減ったため人目がない所に隠れているようになった。あの忌まわしき飛行物体から逃れるために

 

 

 

「敵編隊が来ます!」

 

鳥海の報告により、車両は急停止し兵士も艦娘も息を潜めた。しかし、銃や兵装は空を向けておりいつでも臨戦態勢をしている。良い目をしている。提督は息を潜めながら鳥海が所有している熟練見張員に関心していた。人の視力よりも遥かに良く、早期発見に役に立っている。しかし皆がいくら見渡しても空はどんよりとした鉛色であり、鳥すら飛んでいなかったが、その鉛色の空に何かがきらりと光った。矢尻のような機体が多数、こちらに向かって来る

 

「またあいつらや!」

 

兵員輸送車に乗っていた龍譲はうめき声を上げたが、空母娘は迎撃のために艦載機を上げない。上げても無駄であるのは嫌ほど身に染みている

 

 空は、もう人類のものでも艦娘のものでもなくなった。飛び交っているのは、艦娘の空母が持つ艦載機とは形状が全く異なり、矢じりのような形でプロペラがない機体。空母娘が持っているようなレシプロ機ではなく、恐ろしい爆音とスピードを出す機体である。音速を超えているのだろう、上空を擦過する度に凄まじいソニックウェーブ(衝撃破)が襲って来る。この機体は零式52型どころか烈風とは全く次元の違う航空機だ。こっちの艦載機が練習機のように見えてしまう

 

「我が物顔のように飛びやがって!」

 

提督は悪態をついたが、これらを撃ち落す武器も戦力もこちらにはない。情報によると、F/A-18E『スーパーホーネット』と呼ばれるジェット戦闘機というものであるが、知ったところで何一つ出来ない。なぜならあの航空機は、こちらの攻撃が全く通用しないからだ。零戦や烈風などの艦載機は、百発百中するロケットと熾烈な弾幕を張る機銃によって艦載機は片っ端から撃墜され、目にも追いつけない程の速度を出しているお蔭で重巡や駆逐艦などの主砲、高角砲、機銃とありとあらゆる対空火器も叩き落とせなかった。いくら見越して撃っても、ジェット機ははるかその先を通過していく。防空巡洋艦である摩耶も防空駆逐艦である秋月もこのような航空機相手には全く通用しなかった。撃墜出来る唯一の兵器と言えば、アイオワが提供してくれた兵器くらいだ。しかし、こちらにはあのジェット機のような航空機は保有していない。制空権は事実上、深海棲艦が握っているようなものだ。アイオワが提供してくれたCIWSは射程が短く、また他の対空機銃と違い、数十秒で弾丸を撃ちつくしてしまうため乱用は出来ない。それでも数機は撃墜出来たのだが、焼け石に水だった

 

 敵機はこちらの存在に気がついていないのか、それとも叩く必要がないのか。ジェット機は車両を素通りし東の空へと消えた。ジェット機が消えるとほとんどの者は安堵したが、何人かの兵士と艦娘はうんざりした表情を浮かべていた。逃げ隠れするばかりでなく、軍人らしく艦娘らしく反撃したいと考えているようだ

 

「深海棲艦の艦載機は完全に空の旅を楽しんでいる。こっちは軍が崩壊しているから、戦車を見ても攻撃する必要なしと判断しているかも知れない」

 

将校の言葉を聞いて、提督は頷いた

 

「だとしても、敵機がこちらを全く攻撃しないとは限らない。最悪、歩いていく羽目になる。慎重に進む事になるな。しかし時間が惜しい」

 

提督は焦っていた。状況は相変わらず悪い方向に行ってしまう。一瞬の判断と選択が、部隊を全滅させる事になりかねない。慎重に進んでも、燃料も食料も弾薬も限度がある。そうなると、計画が全て水の泡だ

 

「提督、僕の対空電探を起動させるのはどうかな?空の状況は分かると思う」

 

「しかし相手は電探を逆探知出来る能力を持っているんだぞ?しかも電探に映らない航空機だっている。あの時の哨戒任務とは状況が違う。危険は冒せない」

 

時雨の提案に提督は首を横に振った。確かに対空電探は、鳥海が持つ熟練見張員よりも長距離に探知できる。しかしその電探も敵が一枚上手である。特に無線も電探も妨害して無力化する手段に対して、こちらは全く手も足も出なかった。しかも、敵は電波の発信源を正確に捉える事が出来る。そんな状況で電探を起動させたら、自分達の居場所を知らせるようなものだ。先の哨戒任務もただの監視である

 

「何もしないよりかはマシだよ。見つかったら僕が囮になる。CIWSもあるしさ。明石さんと合流できなければ意味がないよ」

 

時雨の提案に迷ったが、指示を出した

 

「分かった。13号対空電探改の使用を許可する。他の者は注意しろ!」

 

時雨は電探を起動させた。スコープに影は見当たらない。いや、かなり離れた所に一機反応したが、その機体はスコープから消えた。少なくともこの空域に敵機はいない。先程の航空機も既にこの空域からいなくなったらしい

 

「よし、クリアだ!進むぞ!時雨、電探をそのまま稼働させろ!なにかあればすぐに知らせるんだ!」

 

得策ではないが、これしか方法がない。車両は目的地に突き進み、鎮守府から出発して5日後の昼に無事に明石達と合流出来た。幸いな事に軍曹達から別れた時から敵から攻撃を受けず、1人欠ける事も無かった。迎えに来てくれた大淀は大喜びし、一同は安堵した。

 

「提督、長旅お疲れ様です」

 

「お前達も無事で良かった。厳しい任務を与えてしまって。まずは皆を休息させよう。話はそれからだ」

 

 

 

 

 

ただ、提督は1つ誤解していた。深海棲艦はワザと攻撃しなかっただけで泳がしていたのである。車両もしっかりと追跡していた。遠くから監視していたため、鳥海の熟練見張員の目から見つかる事はなかった。しかし途中からレーダー波を検知したため、無人偵察機を引き上げたのである。代わりにレーダーに映りにくい機体を送り再び追跡を開始したのである

 

偵察機を使って監視している空母ヲ級の報告を受けた戦艦ル級改flagshipは、口元を吊り上げ『主』へ情報を送った

 

 

 

サア、狩リノ始マリダ

 

 

 

艦娘やそれを指揮する提督が何を企んでいるか知らないが、これらを叩き潰す必要がある

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 新型兵器の正体

 目的地に着いた一同は疲れ切っており休憩をとっていた。間宮がアイスを提供してくれたお蔭で皆は元気になったが、やはり場所に不満があった。場所は不明だが、海岸付近の火力発電所の跡地である事だ。見た目は廃墟だが、防衛戦には十分な戦力はある。そして当然、地下施設はある。艦娘達は再び地下に連れて行かれた

 

「また地下ね。提督はそんなに土に潜るのが好きなのかしら?」

 

「地下はつまらない。だって昼と夜が分からないじゃん」

 

「姉さん、落ち着いて」

 

足柄を始め、川内や神通が騒いでいる。間宮が振る舞ってくれたアイスは、疲弊していた艦娘にとってごちそうであった。地下施設の食堂は彼女達の笑い声で明るくなったが、1人だけ浮かない顔をしている艦娘がいた。

 

時雨だ

 

 

 

「早く食べないとアイス溶けちゃうわよ」

 

「うん。分かっている」

 

浮かない顔をし一向にアイスを食べない時雨にしびれを切らした叢雲は、声を掛けた。時雨は黙々と食べていた。間宮アイスは艦娘にとってご馳走であり、士気も高くなる。戦闘には士気も大事だが、それでも時雨の気分は浮かない顔をしている

 

 

(こんな計画認められるか!)

 

 

未だに引っかかる軍曹の怒鳴り声。あの会議で何があったのかは知らない。『新型兵器』の真実を知った軍曹が激昂する内容だ。艦娘も激昂する者が少なからずいるだろう

 

「提督は?」

 

「明石さん達と会議している」

 

 隣にいた吹雪が笑顔で答えた。吹雪は努力家だ。深海棲艦が急激に強くなっても諦めずに出撃した。20発の対艦ミサイルをCIWSとチャフで全て躱して敵の懐に入り、敵艦隊を丸々撃破した武勲艦だ。吹雪の働きもあってか他の艦娘も士気が上がり、諦めずに出撃した。その輝かしい栄光も一時だった。四日後には、お返しとばかりに深海棲艦は強力な艦載機を持つ空母ヲ級とゴーヤよりも高性能な潜水ソ級を送り込んで来た。犠牲になった艦娘は数知れず。長門と金剛は対艦ミサイルとホーミング魚雷によって中破し牙を抜かれ、一航戦も五航戦も次々と墜ちて来る自分達の艦載機を呆然として眺めているだけだった。それでも奮闘し重巡クラス1隻を中破させることに成功したが、こちらの被害が甚大なため撤退を余儀なくされた。いや、吹雪がいた艦隊はまだ良かった。別作戦で活動していた艦隊は全滅した。山城、二航戦、愛宕、大井、初月は数分で撃沈された

 

 もう敵に小細工は通用しない。吹雪は泣き喚き他の艦娘達に謝ったが、誰も彼女を攻めなかった。提督も何も言わなかった。ただ「そうか」と呟いただけだった

 

吹雪は精神的ダメージを負い出撃出来ないものと思われていたが……

 

「『新型兵器』を使って反撃させるんだから」

 

吹雪は天龍達と違い3日で立ち直った。提督の『新型兵器』を聞いて立ち直ったのだろう。哨戒任務も遠征も積極的に行った。彼女の瞳からは未だに「火」は消えない。戦う者の「目」をしている。諦めていない証拠だ。時雨はこの戦争に勝てたらいいね、と軽く言った。他愛の無い会話であるもののほんの少しではあるが、不安が和らぐ。

 

 

 

 

 

 一方、提督は明石達から『新型兵器』の状況を聞いていた。ちょっとしたトラブルはあるものの計画に変更はない。しかし、提督は深刻な顔をしている

 

「……提督の計画は私も専門外だったので、完成出来るかどうか不安でした。必要な艦娘と妖精を送ってくれて助かりました」

 

明石は提督が寄越した人達に礼をした。その人達は艦娘と沢山の妖精である。艦娘は明石の他に大淀、夕張、酒匂、秋津洲、プリンツオイゲン、サラトガである。この極秘計画の場所に艦娘と妖精だけで人はいなかった。本来はアイオワや長門もいたが、2人は戦艦だったため戦いながら作業をしていたのだった

 

「整備もバッチリよ。後は――」

 

「後は神に祈れってか」

 

 提督の呟きにその場にいた夕張を始め艦娘達は固まった。『新型兵器』の正体も本当の計画も知っているからこその反応であった

 

「提督、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ!」

 

 大淀の心配も無用とばかりに言葉を強める。計画で日に日にプレッシャーがのしかかる。艦娘の撃沈に涙を流し、自分の無力を思い知り、国も軍も崩壊しても降伏せずに未だに戦っている。今では『新型兵器』というアメで艦娘を従えているようなものだ

 

「すまない。……何千万人ものの人が恐怖と苦痛の中で死んだ。お前達の仲間の大半は海の底に消えた。もう外は地獄に変わってしまった。逃げも隠れも出来ない。これは一発逆転のものだが……もし上手く行かなかったら……」

 

拳を握りしめ苦し紛れに言う提督。しかし、その感傷に浸る余裕も時間もない

 

「全員集める。直ぐに実行しよう。明石達は準備を」

 

提督はそう言い残すと部屋から出るために扉に向かう。もう迷ってはいられない

 

「提督!」

 

 扉のノブに手を掛ける直前に大淀に呼び止められた。提督は振り返ると明石達がこちらに向けて敬礼をしていた

 

「私達は……私達の考えがあってついてきました」

 

「お前達には感謝している」

 

提督も敬礼すると今度こそ部屋を出た。

 

(俺は良い部下に恵まれたな)

 

提督は大淀や明石に感謝した。しかし、やるべきことをしなければならない

 

最悪の場合、この場所が墓になる可能性もあるのだから

 

 

 

 

 

???

 

 提督の指示で艦娘一同はある場所に集まった。本来は倉庫の建物らしいが、明石が作業場として使っていたらしく、工作機械や電気製品など色んな機械が散らばっていた。その片隅に布に覆われた大きな機械らしきものがあったが、布で覆われているため何なのかは分からなかった。そして隣の巨大なコンテナ。何が入っているか分からない。武器だろうか?興味を持ち近づく艦娘がいたが、それらは明石達に止められた

 

 提督は艦娘達を見渡した。『新型兵器』に期待する者、復讐心がある者、姉妹や仲間を失い呆然としている者……

 

色々な感情が渦巻いているのを提督は嫌ほど感じられた

 

もう後は引けない

 

提督は自分にそう言い聞かせた。時間は残酷なものだ。猶予も与えてくれないのだから

 

「提督だ。私の様々な要求に、皆よく応えてくれた。仲間が死んで落ち込む者がいても誰も脱走せず、私を裏切って深海棲艦側に誰1人つかなかった。今までありがとう」

 

提督の丁寧な言葉に皆は驚いた。今回も任務や激励するような話だと思っていたが、今日は何と感謝されているのだ。一体、どうしたのだろうか?艦娘の間で騒めきが発生したが、提督はそのまま話し続けた

 

「ここでもう1つ要求したい。しかし、その前に全てを話す。私の……いや、もうここは軍ではない。堅苦しい言葉は無しだ。まずは俺から謝罪したい」

 

提督は言葉を切った。深呼吸し、震えそうになる身体を抑えてから再び口を開いた

 

「『新型兵器』は俺が考えたコードネームだ。兵器ではない。今の深海棲艦を倒す代物ではない」

 

会場の空気は一瞬にして緊張に包まれた。提督の言葉を聞いた艦娘は、理解出来なかった。新型兵器は兵器ではない。しかも倒す代物ではない……

 

「……どういう事だよ」

 

 まるで夢遊病のようにフラフラと近づく天龍。手には刀が握りしめられ、怒りを感じられた。天龍だけじゃない。他の艦娘も天龍と同じく提督に怒りの目を向けている。失望する者。明石達に詰め寄る者。そして提督に罵倒する者。その中で天龍が提督に一番乗りで提督に詰め寄った

 

「兵器じゃなかったら何なんだよ……。敵に媚びうるための献上品とかか?ここまで戦ったんだ!いい加減な事を抜かすな!」

 

 天龍の怒りに提督は何も言わない。明石達も同様だ。矢矧が酒匂に問い詰め、瑞鶴はサラトガに弓を向けられている。いや、何人かの艦娘は、大淀や夕張に向けて砲を向けていたのだ。しかし明石達は応戦しないどころか、無抵抗で身動きすらしない。提督も天龍を始め摩耶や曙や霞などに囲まれていた。ただ加賀だけは弓を強く握り、その場から動いていなかった

 

「何か答えろよ!それじゃあ龍田は!龍田は無駄死だったのか!」

 

「……」

 

「深海棲艦に寝返らない、唯一信頼出来る人間と思ってついてきたんだ!提督も裏切るのかよ!明石と一緒に一体、何を造ったんだ!」

 

「……」

 

 涙を流し提督の胸倉を掴まれても提督は何も喋らない。クソ提督やらバカなどの悪口に対しても何も言わない。反論も抵抗もせずに天龍に掴まれたままだ

 

「もう話にならねえ!」

 

 提督を離すと刀を振り上げる。大淀が天龍を止めようと駆け寄るが、間に合わない。解放された提督は勢いで床に倒れるも逃げも隠れもしない。ただ天龍が何をするのか分かる。目を閉じ起こるのを待った

 

ガキン!

 

 鉄と鉄がぶつかり合う音。そして先ほどまで部屋に溢れていた怒号は水を打ったかのように静かになった。痛みも来ない提督は目を開けて自分の身体を確認した。何処も斬られた所はない。次に天龍の方を見たが、提督は驚いた

 

「落ち着いてよ」

 

「時雨、何やっているんだ?」

 

 時雨が自分の砲を盾にして天龍の刀を受け止め提督を守っていたのだ。天龍も周りの艦娘も明石達も時雨の行動に驚いた。天龍は握っている刀に力を込め、時雨を押そうとしたが、刀はピクリとも動かない。それどころか、押し返している。

 

「そこをどけよ。俺は提督に用があるんだ」

 

「怒るのは分かるよ。でも、僕も提督に聞きたい事があるんだ。死んだら何も聞けないじゃないか。だから、ここは譲れない」

 

 軽巡と駆逐艦の力量は違う。普通なら駆逐艦が軽巡に勝てる訳がない。そう、普通なら。しかし、時雨は駆逐艦には似つかない力で天龍を押し返していた。時雨は改装され強化されたこともあるが、時雨からは殺気が放たれている。しかも尋常ではない。あまりの殺気に天龍は冷や汗が出て来る

 

「お得意のセリフはどうしたの?」

 

 天龍は刀を降ろすと引き下がった。いや、天龍だけじゃない。曙も摩耶も霞も時雨の殺気に引き下がる。艦娘達は知っている。時雨の実力を

 

 夜間に単独で出撃し、超音速のジェット戦闘機を多数保有する空母ヲ級改flagshipを中核とする艦隊を奇襲、撃破したのだ。ミサイル保有の軽巡ツ級と駆逐ニ級。そして重巡ネ級2隻を撃沈したのだ。予想以上の成果に提督と他の艦娘は驚愕した。どうやって倒したかと提督に質問された時、アイオワから渡された特殊爆弾を起爆させてから砲撃と雷撃をたっぷり食らわして倒したとの事だ。敵は油断していた訳ではないと思うが、恐らくアイオワのお蔭でもあるだろう。敵も反撃したが、時雨は砲弾を神業のように躱し、的確に深海棲艦に攻撃を当てたのだ。弾薬が尽きた時には、深海棲艦の姿はなかった。全員、海に沈めたのだ。それ以降、このような奇跡は二度と起こらなかったが

 

 

 

 時雨の覇気と殺気に静かになった会場だが、時雨は気にせずに起き上がって身体についたホコリを払いのける提督と向き合った

 

「提督、勘違いしては困るけど君を助けた訳じゃないんだ。僕だってあの言葉を聞けば怒る。でも僕の質問に答えてくれない?」

 

「何だ?」

 

「僕は先週に会議を聞いちゃったんだ。内容は分からなかったけど、陸軍の軍曹が怒って会議室から出て行ったのを。でもその軍曹は、逃げずに僕達を護送してくれて、しかもゲリラ襲撃の時に囮になってくれた」

 

提督は何も答えない。ただ小さなため息をつき首を微かに横を振った。時雨はそんな提督を無視して一気にしゃべり出す

 

「だから思うんだ。提督が何をしているか知らないけど、この地獄に変わった世界を変える物に間違いないと思うんだ。だから全て教えてくれないかな。提督もあの会議で言ったじゃないか。『新型兵器』が唯一の希望だ、と」

 

「全くお前という奴は。勿論、話すつもりだ。本来は…。いや、まあいい。俺が今まで何をしていたかを。明石に何を頼んで造っていたのかを」

 

提督は服装を正し海軍帽子をかぶり直すと一同に向かい合った

 

「許して欲しい。俺も決して手を招いていた訳ではない。しかし現在の状況では深海棲艦を倒す事は出来ない。そう現在では」

 

 提督は明石の方に目を向けた。明石は頷くと布を被ったものに近づき、布を取り払った。それは……

 

「な、何だあれ?」

 

 摩耶が驚いた。摩耶だけでない。明石達を除くすべての艦娘も摩耶と同様に驚いていた。それは一見機械のようであるが、まるで近未来の機械のように見えた。それも人1人分載せるカプセルがあるだけでとても兵器には見えない

 

「以前、俺はお前達に崩壊した浦田重工業からある兵器の設計図を見つけたと説明したが、これも嘘だ。本当はある人物の論文と研究成果を元に造った。最も、その人はもうこの世にいないが」

 

提督はそこまで言うと、その機械に歩み寄った

 

「簡単に説明すると、こいつは過去に行ける機械だ。明石のお蔭で何とか造る事に成功した。理論上は過去に行けるはずだ。テストもやった事もないから何とも言えないが。この機械に名前は無いが、米英の戦艦であるウォースパイトとアイオワがこの機械と仕組みを見てこう呼んだ。『タイムマシン』と」

 

「ちょっと待って、過去に行くってどういう事?」

 

足柄が素っ頓狂な声を上げた。艦娘達はざわめき、何人かは顔を見合わせた

 

「そのままの意味だ、足柄。今から4年半前、つまり深海棲艦が出現した時代に行き、浦田重工業よりも先に深海棲艦を倒す。イージス艦とやらを世界に売り込む前に。当時の深海棲艦は、今ほど強くないから倒せるだろう。浦田重工業は潰れるかも知れないが、世界崩壊と比べれば大した事ではない。上手く行けば、この地獄も戦争も無かった事にするのも出来るかも知れない。そうだ。作戦は歴史改変だ」

 

 提督の説明にざわめきが一層、強くなった。予想外の計画に頭がついていけず唖然する者、計画を認めず首を振る者、計画に一理あると提督に賛同する者

 

「ただこれは人類……いや、もはやこれはSF、空想科学の領域だ。何が起こるか分からない。時間旅行も片道切符だ。歴史を変える事は、容易かどうかも不明だ。例え成功し歴史が変わったとしても、時間旅行した者がどうなるか分からない。しかも変わった世界もどうなるかも不明だ。最悪の場合、変わらないどころか地球の生物が絶滅する死の世界になる可能性だってある」

 

「だからあの時の軍曹は怒ったんだね。こんなの作戦とは言えない。不確定要素がありすぎだよ。やり直しも出来ない」

 

 時雨は冷静になりながらも提督の計画に度肝を抜かされた。軍曹の言った通り、確かに博打でしかない

 

「こんなんで上手く行くのか!?誰が行くだ?成功する保証もないのに!」

 

「もうこれしか手がないんだ!他に手があったらこんなバカげた計画はしていない!」

 

 摩耶の非難に提督は吠えた。とっさの感情で反論した事に気づいた提督は、深呼吸し自分を落ち着かせると再び艦娘を見渡した

 

「確かに成功する保証は全くない。完全に博打だ。しかし、わずかな可能性であっても希望に変わりない。今まで秘密して悪かった。お前達を疑ってはいないが、秘密にしていたのは情報が漏れるのを恐れたからだ。お前達の無念の気持ちは分かる。こんな形になってすまない。期待に応えなかった俺の責任でもある。計画は全て明かした。ここでもう一度聞く。まだ俺について来る者は?これから先、最悪の事態になるかも知れない。抜けるなら今の内だ」

 

 提督は待った。誰かが指揮下から抜けるのを。明石達以外の艦娘は迷った。何をすればいいのかどうするのか……。『新型兵器』が兵器でない以上、留まる理由はないはずだ。提督はそう思ったが……

 

「私、残ります!」

 

1人、高々と手を上げる者がいた。吹雪だ

 

「成功したら歴史が変わるんですよね!この地獄が変える事が出来るなら私は司令官についていきます!」

 

吹雪の呼応に皆が口々に進言したが、どの口も同じだ

 

「戦艦陸奥、残ります。ここまで来たら私も付き合うわ」

 

「策がない以上、この計画しかなさそうですね。さ、早くご命令を、司令」

 

「航空母艦加賀も残ります。一航戦の誇りはまだ残っています」

 

「瑞鶴も残ります!幸運艦をここで発揮するわ!」

 

「はぁー。司令官はエグイ事を考えるな~。せやからと言って、うちは逃げへんで」

 

「あたしがいなくなったら、提督の計画はどうなるんだよ?あたしは摩耶様だぜ?逃亡しないぜ!」

 

「計画が無謀でもあたし的には、とってもOKです!」

 

「司令官。ま、計画頑張りなさい。最後まで付き合ってあげるわ」

 

 

 

結局、抜ける者はいなかった。しかも、瑞鶴を含むPTSDになった者も計画を知って戦うと言っているのだ。正直、戦わせるのは気が引けるが、今はそうも言ってはいられない

 

「提督、スマン。カッとなってしまって」

 

天龍が頭を下げる。天龍も逃げない。そして……

 

「少し嫌な予感がするけど、提督の計画なら上手く行く気がするんだ。だから作戦を皆に伝えて」

 

時雨も抜けないようだ。もう腹は括っているようだ

 

「ありがとう」

 

予想は外れた。艦娘は失望しないどころか、皆はまだ俺を信じてくれている。これでようやく一つになれた気がした。沈んでいった艦娘や戦死した兵士達の犠牲は無駄にはしない

 

「では、作戦を伝える。明石、準備を頼む!」

 

 




???「タイムパラドックスだ!未来を変えてはいけない!」
ドラえもん「別にいいんじゃないかな?会社の倒産が原因で残った莫大な借金によってセワシ君を困らせているから、のび太君の傍にいるんだ(過去を変えるのは犯罪だぞ!って言った事はナイショ)」
ハリー・ポッター「歴史改変が何ともないんだったら、何で都合よく全ての逆転時計(タイムターナ)が破壊されたんだろう?」
ジョン・コナー「いや、歴史改変はリスクがある。だから言ってやったのだ。映画は2作目までにしろと」
伊庭三尉「俺達(陸自の一部隊)がタイムスリップして戦国時代に流れ着き、生き残るために戦ったら、実は俺達が織田信長の軍勢として後の歴史に記録されちゃったんだけど」
菊池三佐「バタフライ効果は何処へ行った!?」

新型兵器が超兵器かと思ったら……。なぜ存在するのか、どうやって提督は手に入れたか、はお楽しみに
私が思うにタイムマシンは最強の代物かと
失われた歴史の謎を探るなどが出来る一方、敵が強大になる前に過去へ行って事前に潰せば解決出来るという恐ろしい代物になります。歴史改竄を行う事が可能なタイムマシンはこういった所では、最強かも知れません。しかし、タイムパラドックスが起こるというリスクが起こります
 海上自衛隊の某イージス艦のように歴史介入をためらう作品もあれば、陸上自衛隊のある部隊ように戦国時代へ行き積極的に歴史介入した結果、無意識に歴史修正したという描写など沢山あります。デロリアンを改造しタイムマシンを発明した某博士が後に苦悩するのも頷けますね

 歴史改変は可か不可かは未だに分からないままでしょう。艦これだと、深海棲艦の謎も分かるかも?深海棲艦は未だに謎ですから。それか艦娘が健全だった自分の艦を見る事も?日向や瑞鳳の場合だと、過去から瑞雲と99式艦爆を持って帰って鎮守府に飾ると思います。この作品は…どうなるんでしょうね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 準備

明石達はタイムマシンの準備をしている中、提督はブリーフィングをしていた。その中に陸軍将校である中佐もいた。中佐も呼ばれたのだが、提督が計画を全て明かした事を知ると、お前ならやると思っていたと褒めてくれた

「皆が作戦を放棄しないのを確認された所で作戦内容を伝える。まずタイムマシンについてだ。1つ1つ説明していく。よく聞いてくれ」

 

一同は頷く。タイムマシン自体が艦娘に手に負えない代物だからだ

 

「作り上げたこのタイムマシンだが、問題点が多い。普通の人間……いや、普通の生命体では過去へ送る事が出来ない。身体の負担が大きすぎてとてもじゃないが、人が時間旅行出来る代物ではない。つまり、艦娘の誰かが行かないといけない」

 

一同は唖然とした。なぜタイムマシンは人を送れないのだろうかと。そしてなぜ艦娘だけが無事に送れるのかと

 

「先ほども言った通り、実際にやってはいない。実はこの技術は『ある人物』の研究成果を応用して造った代物だ。艦娘と…そして深海棲艦と深く関わりがあるからだ」

 

提督はそこで一息入れた

 

「次に重要な問題がある。機械の関係により艦娘を送る事が出来るのが限られてしまった。明石の話だと駆逐艦が最適との事だ」

 

駆逐艦達は顔を見合わせた。過去に行けるのは駆逐艦だけ?重巡や戦艦などの大型艦どころか軽巡すら送れないのか?

 

「最後に一番厄介な問題がある。このタイムマシンを動かすためには大電力がいる。幸いな事に俺は、損傷が少ない棄てられた火力発電所を見つけた。燃料も満足出来る量は無かったが、こいつを動かせる電力分はある。火力発電所の残骸を明石達が修理し、発電機も燃料も全て地下施設に設置した。空襲等で電力停止になる事はないだろう」

 

尤も、大破した火力発電所を再び動かすのに明石達は躍起になって修理していたので大変だったらしい。発電機であるタービンが、全てダメだったら計画はもっと先になっていただろう。幸いな事に無事に動くタービンが幾つかあったのでタイムマシンを動かせる電力は確保出来た。敵が地下施設を破壊するための地中貫通爆弾とやらを撃ち込まれたら終わりだが、提督はそれはないと考えている。敵はこっちの計画を知りたがっている。それを確認するまで火力発電所の破壊を極力控えるはずだ

 

「問題はタイムマシンを起動させたら敵は察知するだろう。アイオワの話だと、敵は熱源を探知する方法を持っているとの事だ。敵は俺が何かやっているか知りたがっているらしい。敵も必死になって攻撃して来るだろう。火力発電所を起動させてから転送完了するまでの時間は、最短で15分。機械と時間の関係上、過去に行けるのは1人だけだ」

 

提督の説明に全員が青ざめた。状況は相変わらず悪いのだ

 

「司令官、誰を送る気なの?」

 

暁が不安に聞いてきた。誰を過去に送るのか。皆がとても気にしている所だった。時間旅行に当てられた艦娘は、重大な任務を背負った事を意味する。しかも援軍も送れない。誰がやるのか見当もつかなかった。しかし提督は既に決めていた

 

彼はある駆逐艦に近づくと手に肩を持ち力強く言った

 

「時雨、お前が過去に行け!お前が深海棲艦が出現した4年半前に行くんだ!」

 

 時間旅行に宣告された時雨は頭が真っ白になった。幾多の無茶な命令や任務を受けて来たが、流石にこの命令には頭が追いつけなかった。全員の目が時雨に向けられる。視線が痛く、この場から逃げ出したい。プレッシャーがのしかかり、提督の手が鉛のように重く感じた

 

「無理だ」

 

とっさに出た返事は命令拒否。こんな任務、僕には向いていない

 

「僕には出来ない。他の駆逐艦が最適のはずじゃあ…。過去に行くなんて無理だ」

 

「いや、お前だ!お前が現在いる駆逐艦の中で最適な艦娘だ!」

 

「何で僕なんだい!?運が良いからって僕がこんな任務に向いていない!」

 

時雨は提督の手を振り払い、後ずさりした。提督は険しい顔をしたが、口を再び開いた

 

「俺が運で決めたと本気で思っているのか?それは誤解だ」

 

「では何で……」

 

「4年半前に無事たどり着いたら、真っ先に過去の俺に会いに行け!」

 

時雨を含めその場にいた艦娘達は全員驚いた。過去の提督に会う?

 

艦娘の疑問を他所に提督はポケットを取り出すと時雨に見せた。それは地図と写真だった

 

「これは当時、俺が住んでいた町の地図だ。タイムマシンはその町の近くに転送出来るが、正確な位置までは無理だ。地図に俺が住んでいた住所を書いておいた。向こうに着いたら、昔の俺の所まで来てくれ」

 

「当時の提督、若いんだね」

 

写真を見せられた時雨の感想だった。提督は常に白い軍服を着ていたため、私服を着ている提督の姿は新鮮だった。顔も面影はあるものの童顔だ

 

「ああ、そうだ。大学時代の時の写真だ。今残っている写真はこれしかなかった。話を戻そう。なぜお前を選んだか。それは昔の俺は、俺ではないからだ」

 

「どういう意味?」

 

提督は言うかどうか一瞬迷ったが

 

「なぜなら、昔の俺はクソガキだったからだ。当時の俺は大学生だったが、ちょっとした訳ありで人間不信になってしまった。『ある人物』のせいで俺の学生生活は滅茶苦茶になった」

 

「『ある人物』ってどんな人?『タイムマシン』と関わりがあるみたいだけど?」

 

「そうだ。そして『艦娘計画』に関わっていた人物。艦娘の……お前達の創造主だ」

 

 誰もが事態の把握に言葉を詰まらせた。無理もない。今の提督の話は、衝撃的なものだった

 

「僕達の……創造主?」

 

「そうだ。今ではお前達の存在は当たり前だが、当時はまだ架空の存在だ。『艦娘計画』を知っているか?当時の計画は、政府どころかマスコミも叩かれ、世間では笑いの種だ。余りに非現実的なプランだったから。俺は『あの人』を知っている。……『創造主』と関わりがあったから、社会の批判は俺にも降り注いだ。お蔭で親友も家族も俺から去っていった。周りは四面楚歌。親しかった者は俺との関わりを断ち、話しかけもしなかった。俺は『あいつ』を憎んだよ。人生を狂わせた元凶だったから」

 

誰も言わない。過去の事を思い出したのだろう。提督から微かに怒りを感じた

 

「で、でも。私達が着任した時にはその『創造主』に会いませんでした」

 

「そうよ。建造されて初めに会ったのはあんただけだった」

 

初期艦である吹雪も叢雲も疑問に感じた。初期艦は5人。吹雪と叢雲以外に漣、電、五月雨である。……その3人の艦娘はもういないが

 

「それはあいつが、研究途中に深海棲艦に襲われたからだ。俺が2年前にその『創造主』の研究の跡を継いで『艦娘計画』を稼働させた。国はいつもの手、見せかけだけで資金どころか研究員すら寄越してくれなかった。代わりにここにいる陸軍将校が手伝ってくれた。吹雪や叢雲が知らないのも無理もない」

 

「あの時はお前を放って置けなかったからだ。『そいつ』が何をやらかしたのかも知っている。今まで私がお前達の護衛を引き受けた理由はそれだ」

 

陸軍将校である中佐はニヤリと笑っていたが、艦娘達はそれどころではなかった。初期に建造された吹雪も叢雲も信じられない顔をしていた。初めは国が『艦娘計画』を苦肉の策として再開させたと聞かされていたのだ。しかし、真実は違った

 

「だから昔の俺を説得してくれ。過去の俺の事だ。艦娘の話をしだすとお前を追い出そうとする。聞く耳を持たないはずだ。詐欺師か何かと同様に思われるだろう。もう一度言うが、昔の俺はお前が知っている俺ではない」

 

提督の案に確かに一理ある。駆逐艦の艦娘の中で暁や叢雲みたいに馴れ馴れしい態度をとったらどうなるか。その人は提督でもなければ軍人ですらない。子どもの悪戯として認識してしまうだろう。人を説得するのは容易な事ではない

 

「昔の提督に会って説得に成功した後は?その先はどうするの?」

 

「先程にも言った通り、俺は創造主を知っている。人物も住んでいる場所も。お前を連れて創造主の所に行くだろう。そして『艦娘計画』を急がせるんだ」

 

つまり提督は浦田重工業が新兵器を世界に売りつける前に艦娘の建造に成功させ、深海棲艦を撃破すれば日本を始め世界は艦娘に注目させるとの事だ。深海棲艦も艦娘を好敵手として戦う。深海棲艦が浦田重工業を襲う事を阻止し、世界崩壊するのを防ぐ……。これが提督が考えているプランだ

 

「しかし浦田重工業が保有する技術力は、当時では世界一だ。簡単には諦めないはずだ。『艦娘計画』が実現可能と知ったら、全力で妨害してくるだろう。会社の金儲けの邪魔をしているようなものだ。最新鋭の兵器の完成を急ぐかも知れない。当時の社会情勢は、深海棲艦が出現した時期だったため複雑怪奇だから何が起こるか分からない。会社もぶっ潰しても解決すらならないだろう」

 

「その後は提督も分からないんだね」

 

時雨は呆れた。歴史を改変するのは遥かに難しい

 

「深海棲艦が出現するのを食い止めるという選択肢はどうですか?深海棲艦が現れる原因を叩き潰す方が成功率は高いです。私達もこの世界に存在しない可能性もありますが?」

 

「鳥海、残念ながらその過去へ行けたとしても深海棲艦をこの世界から抹消する事は出来ない。なぜなら……。いや、この話はよそう。俺も詳しくは知らない。『あいつ』の方が詳しく知っている」

 

提督は知っているようだが、話を切りあげた。鳥海もそれ以上、何も聞かなかった。深海棲艦が出撃した原因は大まかに知っているようだが、そこまで詳しくないようだ。分からない以上、今はそんな事を議論している場合ではない

 

「4年半前に行って、浦田重工業が最新鋭兵器を売り込む4年前までに僕と過去の提督と創造主が何とかする。期間はたった半年……。酷いよ。僕にこんな無謀な任務を押し付けて」

 

時雨は非難したが、心の中では分かっていた。過去を変える唯一のチャンスだ。このチャンスを逃してはならない

 

(夕立……また会える日がくるかもしれない)

 

過去に行き、建造が可能になったら夕立……そしてみんなとまた会えるかも知れない。建造された艦娘は、時雨が知る彼女達ではないが、再び会えると思うと……

 

「提督、僕は過去へ行くよ」

 

時雨は決意した

 

 

例え過去の提督だろうと、提督は提督だ。説得するのは容易だろうと。提督と僕達を造った創造主を説得出来れば、世界滅亡を防ぐ事が出来ると

 

しかし、僕は甘かった。楽観視し過ぎた。この任務は非情なものだという事を後から知る事になる

 

 

 

 

時雨は過去へ行く準備を始めた。というより、明石や夕張がほとんどやっているだけで、時雨がやれることは艤装を外すくらいだ。艤装を装着したままだと転送出来ないらしい。その間に提督は他の艦娘と作戦会議をしていたようだ。襲撃した時の防衛戦を構築するためだとか

 

「自分の正体が、艦娘であると告白するのは最終手段だ。昔の俺は、お前の話を絶対信じないはずだ。だから昔の俺に見せるんだ。海の上に立ち、深海棲艦を倒す姿を。当時の近海は、駆逐イ級がうろついているから問題ない。改二に改装されたお前なら出来る。適当に倒せばいい」

 

作戦開始の直前、提督は時雨に念を押した

 

「最後に重要な事がある。これだけは絶対に守ってくれ。過去の俺と『創造主』以外は誰一人信用するな。何が起こるか分からん。確実に信用出来ると分かるまでは気を許すな。警戒しろ」

 

「分かった。艤装も持っていけるのは嬉しいけど、補給と入渠はどうするの?」

 

「『創造主』に会いに行けば何とかなるはずだ。当時の『あいつ』は艦娘の建造は理論上可能という結論に達しているはずだ。補給と入渠は頼めば何とかしてくれるだろう」

 

艤装は明石の特殊な仕様でコンパクトにまとめる事に成功し、何とかハードケースに収まるようにしたのだ。他にも地図や写真。そして戦闘記録や未来の出来事が書かれた数冊のノート。青葉と秋雲が残してくれた写真や絵……

 

「持てる荷物はこのハードケースに入る量だけ。これ以上の荷物は、機械に負担がかかってしまう。貴方のCIWSは防衛戦に使います。ごめんなさい。あなた一人だけ送るのような機械を造ってしまって」

 

「ううん。感謝してる。だって上手く行けば、未来が変わるから」

 

謝る明石に時雨は明るい声で返した。本当は怖いはずだ。心の中で分かっている。しかしほんの少し……少しだけ希望を持てた気がした

 

「それで提督は僕を送った後はどうするの?タイムマシンを守る作戦はどんなの?兵器は?」

 

何気なく時雨は聞いた。タイムマシンが起動すれば、敵が総攻撃を仕掛けて来る。提督は当然、襲撃に備えているはずだ。浦田重工業が開発したミサイルやジェット機を手に入れたに違いない。転送している間、提督は防衛戦をするはずだ。善戦し転送が終われば艦娘を率いて隠れて住むと。時雨はそう思っていた。しかし、提督は黙っていたままだ

 

「提督、どうしたの?」

 

他の艦娘達もこちらを見ている。皆の顔は、真顔で何かから吹っ切れたようだった

 

「提督……みんな……どうしたの?」

 

嫌な予感がした。不安になる時雨を他所に、提督は艦娘を見渡すと再び時雨を見た。提督の顔も真顔になっていた

 

「ダメだ」

 

時雨は悟った。提督も他の仲間も何をしようとしているのか。時雨は陸軍将校を見たが、彼はただ笑っているだけだ。その笑顔は無理矢理作ったかのような笑顔だった

 

「ダメだ、提督!僕が許さない!こんなの作戦じゃない!もう失いたくない!イヤだ!!」

 

目から涙が溢れ、提督に駆け寄った。提督がこれから何をするのか……。何が何でも止めないといけない!今度は西村艦隊の時の比ではない。しかし、誰かが両腕を掴まれ引き戻された

 

「離して、伊勢さん!日向さん!僕のために皆が死ぬのはおかしいよ!ねえ!離して!!」

 

提督も仲間も遠のいていく。本当に会えなくなる。必死に提督の元に駆け寄るため、拘束された腕を離そうともがくが、相手は戦艦だ。力も天龍と桁違いだ。伊勢も日向も何も語らず、無表情で暴れる時雨を引きずっていく。時雨の抵抗も虚しくタイムマシンの前に連れていかれると明石達は早速準備した。カプセルは開き、伊勢と日向は時雨を強引に押し込んだ。時雨は最後まで抵抗したが、手足は縛られ、さっきのハードケースをカプセルに入れると明石はコントロールパネルに向かった。カプセルの中で時雨は泣き喚いた。希望のため、世界のためとは言え……余りに非情過ぎた

 

「時雨、済まない。お前が送る準備をしている間、俺が密かに皆と話した。深海棲艦に立ち向かえる兵器は残念ながら持っていない。防衛戦になるが、俺達が生き残る確率はゼロだ。お前を無事に送り出すまで最後まで戦う覚悟だ」

 

「こんなの間違っている!君には失望したよ!何で誰も提督を止めないんだ!何でみんな死ぬのに平気でいられるんだ!僕にあの戦争よりも酷い光景を見るのは嫌だ!!」

 

時雨は提督の耳を貸さず泣き喚いた。カプセルはガラス張りだが、そのガラスがまるで生と死の境界線のように感じた

 

「みんな、お前を期待しているんだ。だからこれからやる事に引き受けてくれた。これから俺達がやる事を。聞いてくれ。臨時首都である札幌は数日前に陥落した。あそこには俺の母が居たんだ。そこに避難するよう薦めたのは俺だ。俺の手で殺したようなものだ。艦娘も軍曹も俺達を守ってくれた兵士も俺が殺したようなものだ。だから、最後は償わせてくれ。此処で戦って死ぬのは本望だ。捕虜は御免だ。あいつらは捕虜を扱うのを知らないらしい」

 

提督はまるで父親が子どもに言うように優しく話しかける。しかし時雨はただ泣いているだけだ

 

「4年半前にまた会おう。その時はお前が俺を導いてくれ。縛っている手足は、向こうについたら外れる。もうお別れだ。敵を寄せ付けない作戦をしなければ。明石、夕張、秋津洲は火力発電所を動かしてタイムマシンを起動させろ。それ以外の者はついて来い」

 

提督は扉に向けて歩きだし、3人を除く多くの艦娘も提督の後に付いていく。視界が見えなくなるまで時雨は泣く事しか出来なかった

 




ウィンストン・チャーチルの演説「犠牲なくして勝利なし」
戦争が発生している以上、この手の法則からは逃れられない。勿論、この作品も……

話は変わりますが、艦これのゲームだと犠牲は資源だと思います。撃沈はリスクでしょう。大破進軍さえしなければいいだけなので、アニメの如月のような即撃沈ではなくて良かったです。しかし万が一、高練度の艦娘が撃沈したら戦力に穴が出来ます。再び育てるのも一苦労。一から育てる時間も資源もないというのに……。しかも、貴重な装備が喪失したらどうするんだ?牧場やってる暇があるなら攻略出来ていない単体任務をやる方が先(実際に牧場やった事はほとんどない)
特に改装された翔鶴、瑞鶴、大鷹、サラトガが撃沈されたら目も当てられません。カタパルトなんてどうやって再入手するでしょう?よって私はこの4人だけは常に補強増設枠を設置して常に応急修理女神を装備しています。費用は自腹(泣)。指輪もネジも有料だから今更と思いますが、これも犠牲か……
艦これ始めてから今まで撃沈した艦娘は、無しですから良しとしましょう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 火力発電所防衛戦 前編

現代兵器(深海棲艦) VS WWⅡ時の兵器(艦娘)


倉庫から出た一同は、直ぐに迎撃体制をとるために準備をした。サラトガ、酒匂、大淀、プリンツ・オイゲンも戦いに加わる事になった。何しろ相手は最新鋭兵器を持っている。質が高い相手には数でカバーするしかない

 

「資源消費はもう気にするな。あるものは全て使え。ここが決戦だ」

 

艦娘達は頷き、準備を進める。姉妹を失って落ち込む者も戦いの準備をしている

 

「天龍、無理にして戦う必要はない」

 

「何言ってるんだ?龍田の仇を取るチャンスじゃねーか」

 

天龍はやる気満々だ。天龍だけではない。姉妹を失い悲しみに明け暮れた艦娘。比叡、北上、足柄、筑摩、暁は完全ではないものの以前の彼女に戻りつつあった。敵に一矢報いたいという事もあるだろう

 

「本当はもっと戦力が欲しい。大型建造で建造出来たのは矢矧と伊401…。伊401はもうこの世にいない。お前だけだ」

 

「心配しないで下さい。阿賀野姉と能代姉の死は無駄にはしません。テキパキと片付けましょう」

 

実は提督は大型建造に着手した事はある。しかし資源が不足していたため満足に建造は出来なかった。最新鋭軽巡である矢矧が出て来たのだが、彼女が出て来たころには敵はミサイル保有していたのだ。敵を防ぐ手段とミサイルを防ぐ手段がほとんどない以上、無駄と判断し大型建造は中止された

 

「阿賀野と能代の事はすまなかった。時間稼ぎに戦わせたとは言え、もう金剛も長門もいない。赤城も飛鷹も妙高も利根も大井も雪風も朝潮も……。撃沈した数が増えるばかりだ。俺の事を聞いて駆けつけ共に戦った海外の艦娘も沈んでしまった」

 

『艦娘計画』は海外に輸出されたが、既に手遅れだった。それでも何カ国は艦娘を建造する事に成功したらしいが、もはや深海棲艦を止める力は無かった。欧州が陥落する直前、海外の艦娘は日本のある軍人が実は『艦娘計画』と関わりがあるという情報を聞きつけ駆けつけた。欧州を取り戻すためなら、異国だろうと気にしない。しかし、安全な海域が少なくなる現状において、日本に向かうのは容易ではなかった。日本に到着する前に沈んだ艦娘が多すぎた。また日本についたとしても、やはりミサイル攻撃の前には無力だった

 

「イタリアとイギリスの艦娘はほとんど全滅した。ウォースパイトは運よくたどり着いたものの、救助作戦で撃沈された。フランスとロシアは建造に成功したらしいが、現状は不明だ。ドイツもプリンツオイゲンしか生き残っていない」

 

手を握りしめ悔やむ提督。プリンツオイゲンは目を閉じ思い出していた。ビスマルクと一緒に出撃した光景を。そして戦艦ビスマルクや空母グラーフ・ツェッペリンを撃沈に追いやった深海棲艦に対する怒りを

 

「サラさん、アイオワは何処へ?」

 

不意に霧島がサラトガに尋ねた。彼女の記憶が正しければ、アイオワも明石達のチームの一員だったはずだ。アメリカの艦娘であるアイオワとサラトガは、何故か日本で建造された。その中で深海棲艦と立ち向かえる唯一の艦娘がアイオワだった。ミサイルやジェット戦闘機など最新鋭兵器を防ぐ手段は知っていたらしく、欺瞞紙やCIWSなどミサイル対策やホーミング魚雷対策の兵装は彼女の手土産だった。彼女曰く、そのような世界に行っていたとか

 

「本当はシースパロー(艦対空ミサイル)やECM(電子対抗手段)があれば対抗出来るわ」

 

提督どころか明石ですら彼女のアドバイスはチンプンカンプンだったが、彼女の話だと、この手の兵器を防ぐ手段はあるとの事だ。ミサイル防御のシステムは完璧ではないものの、艦娘の生存率は高まった。アイオワ自身も改修を積み重ね、最終的にはミサイル戦艦となった。資源はバカ食いするが、最新鋭兵器を持つ深海棲艦を幾度も撃退し、多くの艦娘を救ってくれた。特に改装時に持ってきてくれた射程距離が長いトマホークというミサイル兵器には驚かされた。勿論、ミサイルの補給は難があったため、乱用は出来なかった。しかしレーダーも兵装もオーバーテクノロジーであり、提督も艦娘達もアイオワの戦いぶりに驚愕した。しかし、タイムマシン製造のための防衛と特殊任務に就いたので暫く離れていた

 

「……Iowaは」

 

「アイオワは佐渡島だ。3ヶ月前に鳥取県である鉱石を手に入れるために輸送部隊の護衛を就かせたのだが、帰り道に急襲された。サラトガとプリンツ、酒匂を守るためにアイオワは奮闘し、敵を撃退した。しかし舵の損傷が大きく、4日ほど漂流していたらしい。復旧次第、合流するつもりだ」

 

サラトガの代わりに提督は答えた。しかし、サラトガは表情は暗かった。事実とは違うからだ

 

「そうですか…」

 

霧島は釈然としなかったが、これ以上、追及はしなかった

 

「提督、これ」

 

酒匂はあるものを提督に渡した。起爆装置らしいが、霧島には何に使うのか検討もつかなかった

 

「出来れば使いたくないが」

 

「世界の終わりに好き嫌いとか言ってられませんから」

 

 明るく笑う酒匂だが、プリンツもサラトガもあまり浮かない顔をしている。実は明石達にもう1つあるものも開発しているのだが、あまり良い代物ではなかった。本当の事は皆に伝えていない。タイムマシンを破壊するための自爆装置だと伝えたが、これは本当に最終手段だ。どうしようもない時、非常手段にてタイムマシンを敵の手に渡らせない最終手段であるためだ

 

「提督、ご命令を。最後の戦いです」

 

加賀は既に出撃準備完了だ。皆の視線がこちらに向けていた

 

「各員、防衛線を張れ!いいか、命を張ってでも火力発電所を守れ!間宮、速吸、大鯨は俺と来い!あれを使うぞ!」

 

 決戦である以上、艦娘は全て総動員である。潜水母艦や補給艦や給糧艦も例外ではない。ただ駆逐艦と同様に出すのは、無理があるため別行動をするよう指示した。他の艦娘は火力発電所を守るために沖合にて展開。陸軍将校が率いる兵士達は、陸からの侵略に備えて火力発電所の守りを固めていた

 

 

 

「敵ノ拠点ハ此処ダナ。見ツケルノニ苦労シタガ、ココデクタバッテ貰オウ」

 

空母ヲ級からの報告に戦艦ル級改flagshipは口角を吊り上げた。作戦は順調だ。『主』の指揮と最新鋭軍事技術を駆使して厄介だった艦娘を難なく撃破出来るようになった。一人だけでこっちの艦隊を壊滅させた化け物の艦娘が何人かいたが、その内の大半は海の底に沈めた。暫くして『主』からの情報では、敵は『新型兵器』を開発しているらしい。開発メンバーは艦娘しか構成されておらず、新型兵器の実態は愚か開発場所も不明だった。潜入スパイを送り込もうとしても、人が送り込めるのはゲリラから艦娘を守っている陸軍の兵士だけ。こうなると迂闊に手が出せない。ここまで情報が徹底していると言う事は相当な兵器だろう。だからと言って攻撃し相手を全滅させたら、その『新型兵器』とやらの場所が分からなくなる。最悪の場合、こちらに大打撃を与えるかも知れない。しかし、今は新型兵器を開発している場所を見つけた。提督を捕まえ情報を吐かせるつもりだ。偵察機の情報だと火力発電所から多数の熱源が探知された。分析によると、奴らは火力発電所を起動させたらしい。いよいよ作戦開始だ

 

 戦艦ル級改flagshipの命令を受けて空母ヲ級改は発艦準備に入った。アウトレンジだけで決めるためである。本来の空母ヲ級は頭の上にある艤装の口から艦載機を発艦させているが、今ある空母ヲ級改は違う。口の中にはカタパルトが装備され、その中にはジェット戦闘機が複数いた。機体の種類は3種類あるが、いずれも黒く塗りあげられている。カタパルトに射出された機体は、アフターバーナーを吹きながら飛び立った。艦載機であるジェット機は編隊を組むと火力発電所に向けて飛び立つ。3種類のジェット機の内、2種類のジェット機には、AGM-84ハープーン(空対艦ミサイル)を沢山装備しており、もう一種類にはAIM-7スパローとAIM-9サイドワインダーの空対空ミサイルを装備していた

 

 

 

 

 

「アドミラルさん!レーダーに反応が!」

 

『来たぞ!迎え撃て!』

 

プリンツに装備されているFuMO25 レーダーに敵を感知した。プリンツが持つFuMO25は21号対空電探よりも性能が良かった。そのレーダーから捕らえた敵機のスピードは恐ろしいものだった。正規空母(加賀、瑞鶴、サラトガ)や軽空母(千歳、龍譲)は弓と巻物などから艦載機を次々と発艦させる。あのジェット機には通用しないと分かっているが、何もしないよりかはマシだ。そう判断した。勇敢に発艦した100機以上の艦載機の大半は、いきなり爆発四散した。ジェット機から発射されたロケットによって撃ち落されたのだ

 

「今度こそ、撃ち落してやるぜ!」

 

「弾幕が薄い……ような気がします。弾幕です!」

 

摩耶と秋月は弾幕を張るが、敵機は中々墜ちない。生き残ったF6Fや烈風や紫電改二が必死にジェット機を追いつこうと目いっぱいエンジンを唸らせたが、中々追いつけない。ジェット機は雷鳴じみた音を轟かせたながら艦娘の上空を通り過ぎると反転して向かって来たのである

 

『何でもいい!CIWS以外、空に撃てるものは全て撃て!』

 

提督の滅茶苦茶な命令に艦娘達は呆れたが、今はそれが最善かも知れない。陸奥、比叡、霧島を始め重巡・軽巡・駆逐艦は一斉に撃ち始めた。主砲、高角砲、機銃、ありとあらゆる火器が火を吹き、上空は曳光弾の軌跡と三式弾の花火で一杯になった。このような濃密な弾幕を張ってもジェット機は墜ちない。それどころかジェット機はこちらに向けて飛翔兵器を撃ってきたのだ

 

「ミサイル防御!」

 

各艦娘はアオイワが残したミサイル防御手段を起動した。Mk.36 SRBOC という艦載用のデコイ展開システムと呼ばれるもので三式弾乙とは性能が桁違いだった。ただ量産は難しく温存していたのだが、今回は全ての艦娘に装備させた。チャフフレアに惑わされて誤爆したのが数発あるが、半分以上のミサイルが向かっている。CIWSも展開したが全て回避するのは無理だった

 

 

 

提督は3人と一緒にあるものを運び出す作業をしていたが、作業していると同時にリアルタイムに戦場の状況は把握していた。作業している途中で海のほうから爆発音が聞こえた。それもたくさん。提督は反射的に無線機を入れた

 

「どうした!大丈夫か!?」

 

『ザザー……陸奥よ。約30機のジェット機は…去っていったわ。あのジェット機……そんなにミサイルを積んで…いないみたい』

 

「本当に無事か?」

 

『日向と比叡が中破、足柄とプリンツは大破したわ。…数人は、やられて撃沈された。たった一発で』

 

「クソ!」

 

提督は悪態をつき、大鯨達は息を呑んだ。アイオワが残してくれたミサイル防御システムも全て防ぐ事は無理だった

 

『おい、しっかりしてくれ!こっちも敵が押し寄せてきた。深海棲艦はゲリラまで動かしたみたいだ』

 

不意に陸軍将校から無線が入って来たが、無線越しに銃撃と砲声、そして爆発音が聞こえる。敵が攻めてきたんだ!

 

「こいつを早く使えるようにするぞ」

 

効果があるかどうか不明だが、やるしかない!

 

 

 

沖合いは地獄と化していた。陸奥が無線で被害報告したのは嘘である。実際に被害は甚大だった。戦艦や重巡はミサイルの直撃に耐えられたが、大破中破で戦闘能力を奪われた。軽巡と駆逐艦は残念ながら無理だった

 

「しっかりして!もうどうしようもない!」

 

目の前で如月が撃沈され泣く睦月に川内は激励した。他の艦娘の同様で撃沈され怒りと悲しみが蔓延していた

 

「川内姉さん、編成を立ちなおして!敵が来るわ!」

 

ジェット機はミサイルを撃ち尽くしたのか、急上昇すると空の彼方に消えた。その後はどうなるか。過去の経験から嫌ほど分かる

 

「敵が見えて来たら攻撃よ!」

 

旗艦である陸奥は命令を下す。もう後戻りも出来ない。応急修理要員である妖精が必死に損傷した艦娘を応急修理していたが、完全に立ち直せるものではない。敵の侵攻を食い止める自身は正直ない

 

(もう勘弁して)

 

戦闘機から発射された対艦ミサイルも威力は半端なかった。まるで戦艦の一斉射撃全てを食らったような衝撃である。初めからこの調子だと、いつまで食い止められるか見当もつかない。もうアイオワから貰った対抗手段も少ない

 

「敵艦隊、接近して来ます!」

 

付近を偵察するよう命じた瑞鶴からの報告を受け各員は戦闘体制を取る

 

「敵の数は!?」

 

「撃ち落されたので正確な情報は分からないわ!」

 

瑞鶴の悲鳴じみた反応に陸奥は歯ぎしりをする。「我ニ追イツク敵機無シ」と謳われた彩雲もミサイルという魔の手から逃げられなかった。敵の対艦ミサイルは恐ろしい。撃たれる前に撃つ。これが戦いの鉄則だが、ハープーンミサイルと呼ばれる対艦ミサイルは戦艦の主砲よりも射程距離が長い。向こうが近づく前にこっちがやられてしまう

 

 

 

「敵ヲ重大ナ損害ヲ与エマシタ。第二次攻撃ハドウシマス?」

 

「待機シテロ。艦隊戦ヲ仕掛ケル。『新型兵器』ヲ手ニ入レル事ガ最優先ダ」

 

戦艦ル級改flagshipはニヤリと笑った。ジェット戦闘機による攻撃で艦娘達を大打撃を与えた。目標はあくまで『新型兵器』を入手することが最優先であるため、殲滅されると困るからである。艦娘を生け捕りにする必要があるため、作戦は海と陸から攻撃を仕掛ける。実は以前に何人かの艦娘を生け捕りにし『新型兵器』について聞き出そうとしたが、知らないと1点張りだった。拷問しても口を割らないため本当に知らないのだろう。無駄骨と分かると、新型ミサイルの実験と称して捕らえた艦娘を標的艦として逃げ惑う艦娘を撃沈した。提督に撃沈映像付きで脅迫したが、提督からは返事は一切なかった。大抵の人間は人質と脅しで屈するが、艦娘を率いる提督は一筋縄ではいかなかった

 

 陸はゲリラとは言え人間であるため、あまり期待はしていないが、提督は焦るだろう。追い詰め、捕らえ奪う事が目的だ。対艦ミサイルであるハープーンミサイルはまだ沢山あるが、これらに頼るつもりはない。対水上戦闘で挑んでやる

 

「イイダロウ。付キ合ッテヤル。ザコヲ排除シロ」

 

勿論、ハープーンミサイルを全く使わないとは言っていない。艦娘との距離をある程度近づくと軽巡駆逐に搭載されている全ての対艦ミサイルの発射を命じた。軽巡駆逐に装備されているランチャーからハープーンミサイルが飛び上がっていった

 

 

 

「敵がこちらに向かってきます!」

 

伊勢からの報告で艦娘一同の間に緊張が走る。敵が来た。最新鋭兵器を持つ相手にこちらの武器が通用するか見当もつかなかった

 

「よくも私の仲間を……。第二次攻撃隊!稼働機、全機発艦!」

 

「待ちなさい!五航戦!」

 

加賀の制止よりも早く瑞鶴は残った艦載機を全て上げた。軽空母である千歳も龍譲もミサイル数発受けて撃沈された。こちらには空母が3隻しかいない。何が何でも一矢報いたい。怒り任せに瑞鶴は持てる艦載機を全て上げたのだ。彗星一二甲や流星改の大群が敵艦隊に殺到するが、別の悲鳴じみた声に背筋が凍った

 

「ミサイル、接近します!」

 

艦娘は再びミサイル防御を取ったが、やはり全て躱す事は不可能だ。ミサイルの飛翔音と爆発と悲鳴が聞こえたが、奇跡的に瑞鶴にミサイル標的にされなかった。己の無事を確認した瑞鶴は静かに目を閉じ、艦載機との意識を繋げる。頭の中に自身の流星改から見た景色が映り出された。まだ遠いが、敵の艦隊がいる。ざっと20体近くいるだろうか。戦艦ル級から駆逐ニ級までいる。その中で極めて目立つ戦艦ル級がいた。戦艦ル級改flagshipと呼ばれる深海棲艦。深海棲艦の指揮官であるらしいが、こいつのお蔭で散々な目に会わされたのだ

 

(よくも翔鶴姉を…)

 

流星改と彗星一二甲の速度を上げ、敵に殺到する

 

(よくも仲間を……)

 

悲しみと怒りを身に任せて近づく。あの恐ろしいジェット戦闘機は深海棲艦の上空にはいない。敵は油断している!もう少しで魚雷の射程距離に入る!そう思った次の瞬間、軽巡ツ級5隻からいくつもの白い煙が上がる。すぐにあのロケットだと分かると回避行動を取る。しかし、残念ながらシースパローやスタンダードミサイルと呼ばれる艦対空ミサイル(SAM)から逃れる手段は持っていない。アイオワも今ある航空機では、躱す事は不可能と言われたのである

 

 特に軽巡ツ級は、何でも浦田重工業が製造したイージス艦を自身に取り込み、最強の防空艦として君臨していた。一時はアイオワの指揮の元、倒す事が出来たが、敵は対策を取ったため姑息な手は二度と通用しなかった。どんな攻撃も通用しない。経験で嫌ほど分かっていたが、艦娘である空母が敵を攻撃する手段はこれしかない

 

「チクショー!」

 

瑞鶴が放った全ての攻撃隊は、一分足らずで対空ミサイルと単装速射砲だけで撃ち落された。流星改が撃墜された事により、意識が途切れ悔しそうに叫ぶ瑞鶴。攻撃を進言するよう加賀に顔を向けたが、隣にいたはずの加賀はいない。代わりに壊れた弓が海の上に浮かんでいるだけだった

 

「う、そ……?そんな。いやああああ~~!」

 

加賀は撃沈された。いつも沈着冷静な性格している癖に五航戦の自分達には厳しい態度を取る。腹は立つが、いいライバルであると認識していた。そんな彼女がもういない。敵は姉や仲間だけでなくライバルまで奪うのか?

 

「早くそこから離れて下さい!嘆く暇はありません!」

 

嘆く瑞鶴に霧島は駆け寄り、涙を流し子どものように泣き喚く瑞鶴を陸の方へ向けて曳航した。今の瑞鶴は敵の恰好な標的である。そのため陸に強制的に撤退させた

 

そうしている内に敵が近づてくる。敵は砲雷撃戦をするつもりだ。日向や衣笠など中破大破している艦娘がいるのに対して、敵は無傷である。早速、心が折れそうだ

 

「砲門開け!ここで食い止めるのよ!」

 

陸奥の号令と共に生き残った艦娘の砲から火を吹いた。敵も艦隊戦で挑む気である。北上や他の駆逐艦は酸素魚雷を発射させ、サラトガも温存していた艦載機であるTBFやF4Uを飛ばして航空攻撃を仕掛けた。尤も艦載機は瑞鶴同様、イージスシステムを持つ軽巡ツ級によって全て撃墜されてしまった

 

たちまち両軍の艦隊から落下する砲弾の水柱に包まれた。特に損傷を受けた日向や比叡に敵の砲火が集中し撃沈されそうになる

 

「援護します!川内姉さん、ついてきてください!」

 

「ちょっと待って!」

 

普段は大人しい性格である神通だが、今ではまるで別人だ。いや、神通はもう以前の神通ではないかも知れない。那珂が撃沈された日から。それ以降、神通の戦果は恐るべきものだった。勝つためならどんな手段を問わなかった。補給し油断している敵艦隊をたった一人で奇襲し、空母を中核とする空母機動艦隊を海の底に沈めた。血まみれで帰投する姿に提督も川内も息を呑みこんだほどだ。

 

神通から発する殺気と威圧で深海棲艦は声にならない悲鳴を上げ、神通に向けて砲撃し続けた。しかし、神通は雨のように降って来る砲弾を軽々躱し確実にこちらの砲撃を当てている。他の艦娘も神通に続き突撃していく。だが、向こうは最新鋭の兵器を持っている。無誘導である酸素魚雷は軽々躱され、百発百中のレーダー射撃によってこちらを押している

 

 だからと言って艦娘も負けてはいない。彼女達は元は『ある戦争』を経験した者達だ。敵が砲雷撃戦を持ち込んだ事で、こちらも反撃したのである。砲雷撃戦は艦娘のお家芸だ。陸奥、比叡、足柄、摩耶などの戦艦重巡はイージスシステムや対艦ミサイルを搭載した軽巡駆逐艦を真っ先に攻撃し、暁や神通は魚雷で重巡リ級や戦艦ル級を大打撃を与えていた。

 

 イージスシステムを持った軽巡ツ級は大混乱した。確かにイージス艦を元に建造された深海棲艦の軽巡は最強だろう。しかし対艦ミサイルを撃ち尽くせば、ただの貧弱な軽巡である。その対艦ミサイルも初っ端で使い果たした。艦娘の士気は落ち、降伏するだろうと高を括っていたが、それがアダとなった。最新鋭の装備をしたお蔭で装甲はほとんどなし、艦対空ミサイルやCIWSは対艦用には向かない。短魚雷やアスロックは対潜水艦用であるため効果は薄い。いや、スタンダードミサイルも対潜魚雷もCIWSも水上艦への攻撃は可能だが、炸薬量や威力の関係により命中しても効果はほとんどない。大型魚雷や主砲とは比べものにならない。127mmの単装速射砲は駆逐艦相手はともかく重巡や戦艦に歯が立たない。如何に命中率が優れていても打撃力が全然違う。そもそも、モデルとなったイージス艦は砲弾や魚雷が飛び交うような艦隊戦なぞ想定して造られていない。特に陸奥の主砲の砲弾が命中した軽巡ツ級は悲惨だった。拍子抜ける程、撃沈した。艦娘の奮闘によりイージスシステムを持つ軽巡ツ級5隻は全て撃沈されてしまった

 

 駆逐ナ級はミサイルの他に5インチ砲を装備していたが、ミサイルを撃ち尽くせば脅威度はない。イージスシステムも装備されていないため、暁や綾波などの駆逐艦から総攻撃を受け撃沈されてしまった。重巡リ級や雷巡チ級、戦艦ル級は最新鋭兵器を搭載していないものの、北上や阿武隈などの酸素魚雷による雷撃によって大破してしまった。如何に最新鋭のソナーやレーダーを装備し回避能力があるとしても、完全に回避する事は出来ない。雷撃や砲弾を食らった深海棲艦は1つ、また1つと撃沈された。意外な事に艦娘は善戦していたのだ

 

 

 

「ソンナハズハ……」

 

指揮していた戦艦ル級改flagshipは焦った。まさか押されているとは思わなかった。慢心したのか?確かに艦娘は正攻法では通用しないと分かると、姑息な真似で攻撃して来た。アイオワが最新鋭兵器の正体と対抗策を教えたに違いない。しかし、所詮はゲリラ戦法と悪あがきのようなものだったため、対抗手段を立てれば問題ない。しかし、ガチンコで砲雷撃戦をやったのは、これが初めてだ。今までは全て対艦・対空ミサイルだけで片付いたからである。最新鋭兵器はこんなにも脆いものなのか?艦娘は士気なぞ落ちていない。それどころか、熾烈に攻撃してくる。これは予想外だった

 

 戦艦ル級改flagshipの疑問も確かに当たっていた。実際にコンピュータという代物は、衝撃に弱くメンテや維持が大変である。戦いを有利に導いてくれる一方、赤ん坊のように大事に扱わないといけないというデメリットがある。特にイージスシステムというものは、ハイテクの塊だ。撃たれると、コンピュータ・システムが破壊されるか狂ってしまう。ジェット機もそうだ。確かに最強だが、手入れが異様にかかる。航空燃料も造るのに手間暇かかる専用の燃料(ジェット燃料)が必要があるため簡単に飛ばせる訳にもいかず、砲撃の衝撃で艦載機に搭載されているコンピュータがダメになる可能性もあるため、空母ヲ級改は沖合に待機させる羽目になった。砲雷撃戦に参加させるなんてもってのほかだ。砲撃を受けて空母ヲ級が無事でも、衝撃で戦闘機に搭載されているコンピュータがダメになって発艦出来ないという事もあり得るからだ

 

「ジェット機ヲ発艦サセロ!」

 

戦艦ル級改flagshipは執拗に追撃する日向や陸奥に砲弾をぶち込んで相手が怯んだ隙に、海域から素早く離れると、沖合に待機している空母ヲ級改に命じた。『新型兵器』が気にはなるが、このままだと負けてしまう

 

 

 

「あの空母を狙え!発艦準備してやがる!」

 

空母ヲ級改が発艦準備している事に気づいた摩耶は、艦娘全員に知らせた。今のところは、何とか善戦しているが、あの恐ろしいジェット機が吐き出されたら今度こそ全滅だ。しかし、空母ヲ級改がいる場所は遠く離れている。陸奥が持つ主砲41cm砲でも射程外だ。航空機も対空兵器で片っ端から撃墜されたので持っていない。主砲の射程距離まで近づかないと意味がない

 

神通と天龍が猛スピードで空母ヲ級改に向かうが、敵は既にカタパルトに艦載機を載せていた。艦載機からはジェットエンジンを唸らせ、発艦しようとしている

 

「間に合わない!」

 

誰かが発した。これで私達は終わりだ。空母ヲ級改はニヤリと不気味な笑いをした。もう……手遅れだったと思われた直後、無線から鋭い声が聞こえた

 

『神通、天龍!その空母ヲ級改から離れろ!』

 

二人は突然の命令に戸惑ったが、反転して引き返した。提督に何か策でもあるのか?それとも……

 

 




没シーン
軽巡ツ級(イージス)「主砲発射管制、マニュアルニ設定。対空戦闘、CIC指示ノ目標。トラックナンバー26――」
戦艦ル級改flagship「何ヲ訳ノ分カラナイ事ヲ言ッテイル!敵機ハ、モウ対空ミサイルの射程圏内ダロウ!」
軽巡ツ級(イージス)「エ?ソ、ソノ雰囲気ヲ――」
戦艦ル級改flagship「イラン!ドコゾノイージス艦ノ真似ハシナクテイイ!海戦ハ食ウカ食ワレルカダ!イージスシステム、全力発揮ダ!分カッタラ、サッサト撃チ落セ!」
軽巡ツ級(イージス)「ハ、ハイ!」
シースパロー、スタンダードミサイル発射→艦娘(瑞鶴、サラトガ)の艦載機全滅
戦艦ル級改flagship「対艦ミサイルモ全部撃テ!」
軽巡ツ級(イージス)「エエット?」
駆逐ナ級「兵器解説トカ、オ情ケデ砲戦デ挑ムシーンは…」
戦艦ル級改flagship「イラン!ト言ウカ、何ノ話ヲシテイルンダ!?無駄口叩カズニ、サッサト撃テ!」
ハープーン一斉発射→艦娘大被害 
戦艦ル級改flagship「ヨシ!突撃ダ!」
軽巡ツ級(イージス)、駆逐ナ級((マダ戦艦イルンデスケド……))


大被害を受けても意外と善戦している艦娘達
艦これのSSの中にはイージス艦であるオリジナル艦娘が出てきます。しかし、なぜか決まって兵器解説とジパングシーンと自己PRするための演習がほとんど……
イージス艦、敵との戦闘で全力発揮してくれません。この作品で登場するイージス艦は全力発揮です。残念ながら、深海棲艦ですが

発見次第、ミサイル発射して相手をボコボコにし、そして相手からの予想外の反撃を受け壮絶な最期を遂げる。これを華麗にやってくれるのが敵の役目です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 火力発電所防衛戦 後編

数分前

 

 艦娘が深海棲艦と戦っている間に大鯨達と準備していたのは、深海棲艦がゲリラに艦娘を陸から攻撃するよう渡した地対艦ミサイルである。戦争においてよくある事は、技術が敵に奪われる事である。この世界も例外ではない。陸軍将校が率いる部隊が艦娘を苦しめているゲリラを排除すると同時に地対艦ミサイルが搭載している車両1台を無傷で手に入れる事に成功した。操作や威力については構造を理解したアイオワから聞いたが、技術差があり過ぎているため提督どころか明石や妖精もこの兵器を把握するのに手こずったのである。残念ながら量産は現時点では不可能であるため、装填している数しか使えない。結局、タイムマシンの護衛用として倉庫に眠らす事になった

 

 使われる事はないと思われていた兵器も、今日の海戦でこの地対艦ミサイルを使う事を提督は決意したのである。艦娘に有効であるなら、深海棲艦にも効くはずだ。ただ、やはりと言うべきかよく分からない兵器を突然扱うのは難しい。アイオワが作ってくれたマニュアルもチンプンカンプンだ

 

「後、どれくらいですか!?」

 

「とにかく終わるまでだ!」

 

提督と妖精は操作パネルと格闘している最中、大鯨はミサイルで撃沈される艦娘の光景に涙を流しながら訴えていた。間宮も速吸も同じだ。これは戦争ではない。ただの虐殺だ。敵のミサイル攻撃で味方の被害は甚大である。砲雷撃戦で何とか押し戻しているものの、いつ防衛線が崩れてもおかしくはない

 

「まだですか、提督!?」

 

「もう少しだ!」

 

「早くして下さい!私には耐えられません!」

 

 大鯨は悲鳴じみた声を上げた。提督も焦っていた。大砲なら弾を込めて引き金を引けばそれでOKだが、目の前にある兵器はそんな単純なものではない

 

「空母が艦隊戦に参加していません!今がチャンスです!」

 

「速吸、言われなくても分かっている!」

 

 空母ヲ級改がなぜ砲雷撃戦に参加せず離れた場所で待機しているのか不明だが、こんなチャンスは滅多にない。しかも、この兵器は長門型戦艦が持つ41cm砲よりも遠くに届き、確実に命中する

 

「ミサイル全て空母ヲ級改に攻撃するぞ!撃沈させてやる!ロックオンは!?」

 

「準備中です!」

 

 妖精も提督のサポートをしていたが、それでも手こずっていた。アイオワ曰く、ミサイルはボタン1つで発射するという説明に怒りを覚えた。何処が簡単だ!

 

「あの空母、ジェット機をまた吐き出すつもりです」

 

 現場が見渡せる所だが、提督と妖精はそれに構わず操作パネルと奮闘していた。適当にいじる訳にもいかない。時間が長く感じたが、実際は数分だったかも知れない。そして……

 

「空母ヲ級改にロックオン出来ました!いつでも攻撃出来ます!」

 

 発射準備完了の報告を受けた提督は、空母ヲ級改に突進している神通と天龍を呼び戻すよう無線で連絡した後、即座に命令した

 

「よし、撃て!」

 

 妖精が発射ボタンを押した直後、馬鹿デカい発射音と噴煙が提督と大鯨達に襲ったのは言うまでもない。提督達が悪態をつく中、発射された6発の地対艦ミサイルは空母ヲ級改に目がけて突進していった

 

 

 

 艦娘達は絶望した。空母ヲ級改からジェット機の発艦を許したら、こっちが全滅してしまう。提督の命令も分からなかった。なぜ離れろ!と言ったのか?

 

 皆が疑問に思った瞬間、何処から飛来して来たのか、ミサイルが空母ヲ級改に殺到し命中、爆発炎上したのだ。搭載していたジェット機は誘爆し、空母ヲ級改は炎に包まれながら、断末魔を上げた。空母ヲ級改は、6発のミサイルの直撃を受けてから、沈むまで艦娘が味わった恐怖を皮肉にも味わう羽目となった。余りにも突然の出来事に艦娘どころか戦艦ル級flagshipまで呆然としていた

 

「一体、何が…?」

 

吹雪が呟くが、この現象に応える者がいない。いや、応える者がいた。無線からだ

 

『危機一髪だったな』

 

「「「「「提督!」」」」」

 

どうやって攻撃したか知らないが、提督が空母ヲ級改を撃沈させたらしい。実際は違うのだが、艦娘達からは歓声が上がった

 

 

 

 戦艦ル級改flagshipは驚愕した。まさか相手が地対艦ミサイルを持っている夢にも思わなかったのだ。空母を守るはずのイージス艦を砲雷撃戦で使った事を悔やんだ。

 

「撤退シロ!」

 

 戦艦ル級改flagshipは生き残っている深海棲艦に撤退するよう命じた。20近くいた深海棲艦も今では5体しかいない。それも全て大破している。空母もイージス艦もジェット戦闘機も失った。こうなるんだったら、潜水ソ級も連れて来るんだった。悔やんでも仕方ない。直ちに応援を呼ばないといけない

 

 

 

『提督、流石ね』

 

「ああ、この兵器は深海棲艦に効くんだな」

 

 陸奥を始め、艦娘達が提督に向けて感謝してくれた。散々、自分達を苦しめて来た敵を押し返す事に成功したのだ。こちらも損害があるものの、最新鋭兵器を持つ敵を撃退出来た。大鯨と速吸が歓声を上げながら抱き合っているのを他所に提督は地対艦ミサイルが搭載された車両を眺めた

 

(この兵器は本当に何なんだ?浦田重工業が開発したものか?)

 

 深海棲艦の戦術は画期的だ。いや、画期的過ぎた。そもそも、こんな兵器を渡す深海棲艦の神経が分からない。ゲリラが裏切る事を考慮していないのか、それとも奪われても何とも思っていないのか?深海棲艦がわざわざ人間のために最新鋭兵器を造って渡すのだろうか?スパイならともかく、高度な技術が詰まっている軍事兵器を与えている時点で色々とおかしい。この兵器だと深海棲艦が出現する前の時代の軍艦でも撃沈出来そうだ。様々な疑問が出て来るが、今はどうする事も出来ない。不意に無線から連絡があった。天龍からだ

 

『提督、喜ぶのは早いぜ。あいつら、援軍を呼びやがった』

 

「……そのようだな」

 

 水平線上は黒かった。海がまるで汚染されたかのようにどんどんと広がり、こちらに迫ってくる。双眼鏡を覗くと、敵の大艦隊がこちらに迫ってきている。空もあのジェット戦闘機が大編隊を組みながら空を飛んでいた。もう敵は容赦しないだろう。大鯨も速吸も間宮も呆然として敵の大艦隊を見つめていた

 

『提督、明石の方へ行ってください』

 

「それは出来ない相談だ、霧島」

 

『違います。『新型兵器』の確認と破壊工作の準備をして下さい。私達がここで食い止めます。私の計算によると残された時間は僅かです』

 

 霧島の意見も尤もだ。時雨を送り出す事が出来なかったら、全てが水の泡となる。タイムマシンが敵の手に渡れば、敵は過去へ送り込むだろう

 

「……健闘を祈る。また会おう」

 

『はい、あの世で』

 

 

 

 提督がタイムマシンの方へ行ったのを確認した陸奥は、自分達の状況を確認した。善戦したとは言え、全員ボロボロである。喜んだ彼女達も今では絶望に歪んだ顔で空を眺めていた

 

「嘘でしょ……」

 

 足柄の声は震えていた。他も同じだ。もう手はない。弾薬も燃料も艦載機もチャフもフレアもほとんどない。CIWSも弾切れだ

 

「陸奥さん、指示をお願いします」

 

「あらあら、本気なの?無線のやり取りを聞いてなかった?」

 

 吹雪の問いかけに陸奥は笑顔で答えた。久しぶりに笑った。姉である長門を失い、仲間を失っても『新型兵器』という希望を持って戦った。『新型兵器』の正体がタイムマシンという事に失望したが、それでも……ほんの少し希望を持てた。艦娘も提督も一緒に笑えるような鎮守府を夢見ていた。この目で見る事はかなわないが、その夢は叶えられそうだ

 

「これから戦って沈むけど…何でだろう…あまり…悔しくはないわ…」

 

 

 

 海岸では瑞鶴とサラトガがいた。艦載機がない彼女達はもう戦える戦力はない。空母の役目を失った二人は、海岸で砲雷撃戦を眺める事しか出来なかった。戦いは勝ったが、敵は増援を呼んだ。もう艦載機はない。空から押し寄せるジェット機の大軍に瑞鶴もサラトガも逃げる事も隠れもせず空を見上げていた。絶望的な状況なのに、2人は呑気に話している。いや、気を紛らわしていると言った方がいいか

 

「サラさん、あいつに勝てる方法ってないの?」

 

「ないわ。アリが象に勝てないのと同じよ」

 

「スズメバチみたいに飛び回る、あのジェット機は何なの?」

 

「3種類の内、1つだけ知っているわ。笑えないジョークだけど……あれはF/A-18E『スーパーホーネット』という機体よ。ホーネットの意味はスズメバチ」

 

「何で知っているの?残り2つは?」

 

I don't know(知らないわ)。艦の記憶って曖昧だから」

 

 本当はサラは知っていたが、ワザと教えなかった。1つは対空戦闘に特化した機体、F-14D『トムキャット』。もう1つはF-35Cと呼ばれた機体だ。どれもアイオワから聞いた。サラトガもアイオワもまさか、『あの戦争』から数十年進歩した兵器を敵が使っているなんて言えなかった。そして本当の理由は……

 

(最新鋭兵器の正体が、未来のアメリカ製の兵器だったなんて言えないわ)

 

 本当は恐れていた。他の艦娘から嫌われる事に。特にドイツやイギリスの艦娘が最新鋭兵器の正体を知ったら、半殺しにされるだろう。もしくは深海棲艦のスパイとして敵視されるかも知れない。だからアイオワは、提督以外は曖昧に言って誤魔化していた。幸いな事に艦娘が持っている艦の記憶は、曖昧な所が実際にあるため他の艦娘はそれ以上追及しなかった。それを利用してはぐらかしていたが、今では明かしておくべきだったと後悔した。タイムマシンで真相を話した時の反応を見ればわかる。提督と艦娘の絆は強かった

 

 しかし、真実を話しても何も出来ないだろう。この世界の軍事技術は、まだそこまでたどり着いていない。対抗手段なんて一朝一夕に造れない。アイオワが提供したミサイル防衛システムも泥縄式のようなもので有効とは言い難い。浦田重工業がなぜ4年前にイージス艦というものを造れたのかは不明だ。アイオワも分からなかった。しかし時雨という駆逐艦と過去の提督が解決してくれるだろう。出来ればあれを葬って欲しい。この世界には不要なものだ

 

(一緒に戦えて光栄でした、提督)

 

 海と空から発射されたハープーンミサイルが、こちらに向かって来ても不思議と恐怖を感じなかった。着弾するまでの間、サラトガは静かに泣く瑞鶴を優しく抱きしめていた

 

 

 

 

 

 提督は走った。霧島の言った通り、タイムマシンが無事に作動したか確認する必要性がある。時間は15分以上も経っているから、既に転送しているはずだ

 

「明石、そっちはどうだ!」

 

『……まだ転送出来ていません!』

 

 予想外の返答に提督は、思考停止に陥った。時雨を過去へ送り出す事が出来なければ、この作戦の意味がない

 

「なぜだ!何が問題だ!?」

 

『転送作業中に故障がいくつか発生しました。急ピッチで修理していますが、それでも五分かかります!』

 

「急いでやれ!こっちはもう限界だ!防衛線はもうじき破られる!成功しなければ全員、無駄死だ!」

 

 もう武器もない、艦娘も戦えない、陸軍将校に無線を呼びかけたが返事がない、もう陸軍もダメだろう

 

「行ってください!ここは私達が食い止めます!」

 

「バカ言うな!」

 

 地下施設に入る扉の前で大鯨は艤装を起動させた。速吸どころか間宮まで戦おうとしている。間宮も艦だった頃は自衛用の14センチ砲を2門備えていた

 

「あの大艦隊を見たでしょう?この武装で艦隊戦は無茶かも知れませんが、時間稼ぎくらいは出来ます!」

 

「分かった」

 

 提督は再び走る。正直言って、あの大艦隊を食い止める手段は皆無だ。それでもここを爆撃しなかったのは、『新型兵器』の噂を広めたお蔭かも知れない

 

 

 

『新型兵器計画』が完成すれば、如何に最新鋭兵器を持つ深海棲艦だろうが、一瞬で撃破し、我々人類はこの災禍から救われる

 

 

 

 勿論、出鱈目だ。しかし、この出鱈目のお蔭で敵は慎重に攻撃している。敵が一気に攻めてこちらを殲滅しなかった理由は恐らくそれだろう。しかし、それは敵に注目されるという副作用を産んでしまった。タイムマシンが敵の手に落ちれば、この世界は終わりだ

 

 本来なら解析できないよう分解して、海に捨てるつもりだったが、今はそんな悠長な事が出来ない。だから時雨を送った後は、タイムマシンを完全に破壊する必要がある。設計図も同様だ。再びタイムマシンの部屋に入ると頑丈な鉄の扉を閉めた

 

 

 

 時雨はまだカプセルの中にいた。迫りくる時間に提督は焦りを感じた。自分の命はどうなってもいい。ただ、やるべきことがある。時雨を過去に送る事だけ成功してタイムマシンを破壊すれば任務成功だ

 

 死は覚悟していたが、無駄死は御免だ。酒匂から渡された起爆装置がポケットの中にある事を確認するとタイムマシンに向かって駆け寄った




現在分かっている事

・深海棲艦(空母ヲ級改)の艦載機……F-14Dトムキャット、F/A-18Eスーパーホーネット、F-35CライトニングⅡ
・軽巡ツ級(イージス)……イージスシステムを取り込んだ事でイージス巡洋艦となる
・深海棲艦は何故かアメリカ製の、しかも未来の兵器を使用
・浦田重工業とイージス艦などの兵器との関係性は不明


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 転送

時雨は落ち込んでいた。外はどうなっているか知らないが、地響きが聞こえて来るため何が起こっているのか分からなかった。ただ不吉な予感はしていた。いくら艦娘が集まろうと、あの最新鋭兵器を持つ敵を撃退する事は不可能だろう

 

それに加え、大問題が発生してしまった。タイムマシンの機械に故障が見つかったのだ。明石達は慌てて修理している。こんなので間に合うのか?

 

「明石さん、出してよ!」

 

「ダメ!じっとしてて!」

 

手足を縛っていた紐を時雨は強引に引きちぎり、開けるようカプセルを叩いた。しかし、夕張と秋津洲は無視して修理をし、明石自身は操作盤をいじっている。そうこうしている内に提督が戻って来てくれた

 

「提督!」

 

時雨は喜んだ。帰って来てくれた!まさか、防衛戦が成功したのか?やはり、奥の手を隠し持っていたのだろう。でなければ提督がここに来るはずがない。時雨は喜ぶ間もつかの間、提督から衝撃の事実が明かされた

 

「早くしてくれ!敵が迫って来ている!無線には誰も応答しない!」

 

「後少しです!夕張、電気系統に問題ある!?」

 

時雨は背筋が寒くなった。明石と夕張の怒号が遠くに聞こえ、提督の言葉だけが耳に反響する。敵が迫って来ている…。無線には応答しない……。まさか…、まさか提督と一緒に出て行った艦娘は……。将校と兵士達は……

 

「提督!僕も戦う!このままだと全滅してしまう!」

 

「いや、お前は過去へ行け!カプセルから出るな!」

 

提督は相変わらずだ。もう嫌だ!僕にこれ以上、辛い想いを味わいたくない!西村艦隊以上の悲劇を背負ってまで去りたくはない!

 

「それなら、皆と一緒に逃げよう!もう無理だ!任務は失敗した!」

 

「ダメだ!お前だけ過去へ行って生き延びるんだ!」

 

「他にあるはずだよ!隠れて生きる方法が!」

 

「いいか、二度と逃亡しようなどと口にするな!お前は過去へ行け!!」

 

時雨は信じられなかった。もう詰んでいるのになぜこんな非情な命令が出来るんだろう?提督の事が好きだったのに……

 

「例え任務の成否でも、この機械は破壊しないといけない。……過去の俺を頼む。命令だ」

 

提督の顔を見て時雨は知った。提督は微かに笑っていた。提督は死を覚悟していた

 

「今までありがとう、こんな事になっても俺を心配してくれて。しかし、まだゴールじゃない。お前の任務は終わっていない」

 

時雨は何も言わない。これは任務じゃない。こんなのは僕に向いていない

 

「提督、修理は終わりました!座標も時間もセットしました!」

 

「明石、始めてくれ」

 

明石はすぐさま操作を開始した。カプセルからプラズマが発生し、時雨はプラズマのまぶしい光を手で遮った。それでも目だけしっかりと提督を見ていた

 

突然部屋の扉が轟音を立てて破壊され、戦艦ル級改flagshipが現れた。深海棲艦が部屋に雪崩れ込んで来ている

 

「提督!」

 

提督に警告を発した直後、時雨の視界は光に包まれ…時雨は何が起こった分からなかった

 

 

 

 時雨の転送を確認した直後、後頭部に激痛が走り床に倒れた。誰かに殴られたのかは分かる。戦艦ル級改flagshipが砲で提督の頭を殴ったのだ。戦艦ル級改flagshipはそのままうずくまっている提督の身体を軽々持ち上げると、野球ボールを投げるかのように部屋の端まで投げつけた。秋津洲、夕張、明石も悲鳴を上げた。重巡ネ級に暴力を振るわれ押さえつけられていた。夕張は抵抗しようとしたが、戦艦タ級に察知され攻撃を受けてしまい大破してしまった。

 

「くっ……」

 

自分が何があったのか把握するのに時間を要した。身体のあちこちに激痛が走る。額は割れ流血し、左目の視界が赤く染まった。立ち上がろうとした瞬間に、銃声が聞こえた。提督は苦痛を上げ再び倒れた。戦艦ル級改flagshipが発射した銃弾が足に命中したのだ

 

「オイ!オ前!ココデ何ヲシタ!?カプセル二入ッテイタ艦娘ハ何処ヘ消エタ!」

 

戦艦ル級改flagshipが吠えている。遠くには明石、夕張、秋津洲が捕まっていた。3人の他に数人の艦娘がいる。酒匂、プリンツ、摩耶、綾波そして鳥海もいた。恐らく、捕まったのだろう。皆、艤装は取り外され全身傷だらけでボロボロだ

 

「サッサト言エ!サモナイトオ前ノ仲間ガドウナッテモイイノカ?」

 

「分かった!何をしたのか言う!」

 

 提督はゆっくり立ち上がりながら、左手に隠し持った起爆装置を操作していた。操作方法は地対艦ミサイルよりも遥かにシンプルだが、深海棲艦はこっちを警戒しているため中々上手く操作出来ない。それどころか奴らはとんでもない事をした

 

「ぎゃあああああ!」

 

「やめて!摩耶、摩耶~~!!」

 

「おい!よせ!やめろ!」

 

何と重巡ネ級はナイフを摩耶の背中を刺したのだ。艦娘と言えど艤装を外せば人間同然だ。最悪の場合、死ぬ可能性もある。鳥海は摩耶の所に駆け寄るが、暴力を振るわれ押さえつけられた。他の艦娘も暴力を振るれた。無抵抗にも拘わらず。苦しむ艦娘を楽しむ深海棲艦。初めはこんな事は無かった

 

「サア、喚ケ。イツモノ声ヲ聞カセロ。『提督、提督助けて』ト」

 

重巡ネ級の楽しむ声に俺は怒りがこみ上げてきた。それと同時に以前から深海棲艦に対してある疑問を思い出した

 

まさか……まさかこいつら……

 

「分かった!答えよう!」

 

「デハ、『新型兵器』ハ何ダ?」

 

 身体のあちこちに傷だらけで瀕死状態の酒匂に砲を向けながら脅す戦艦ル級。他の深海棲艦も重傷を負っている艦娘に武器を向けていた。提督は艦娘の痛々しい傷を見た。どう見ても砲雷撃戦で出来た傷ではない。通常、艦娘が中破大破は艤装が壊れるのと服が破れるだけだ。しかし、捕まっている艦娘は虐待されたように見える。綾波や酒匂の肌に刺し傷と打撲の跡が複数あった

 

「その前に聞きたい。俺の仲間に……艦娘に何をした!?」

 

「人間ガ昔シテイタ事ヲ真似シタケダ」

 

戦艦ル級改flagshipは楽しそうに話す。自慢げに艦娘を虐待したかを。対艦ミサイルで艦娘を一掃した後に生き残りを見つけると拷問したらしい。しかも内容が尋常ではない

 

 装甲のお蔭で何とか浮いて大破している旗艦である戦艦陸奥を見つけると深海棲艦は寄ってたかり虐待を始めた。殴る蹴るなどの暴力を振るった後、沈むまで楽しみながら砲撃したのだ。対艦ミサイルの攻撃から奇跡的に免れた艦娘達も降伏したが、深海棲艦は白旗を無視して沈むまで執拗に攻撃したのだ

 

 

 

「『新型兵器』ヲ素直ニ渡セバコンナ事ニナラナカッタ。オ前ハ愚カダ」

 

「提督……こいつら……頭がおかしい……。戦争は殺し合いだから……虐殺するのは当たり前みたいに……言ってやがる……」

 

 摩耶の苦しむ声に提督は爪が肌に食い込むほどきつく握られていた。深海棲艦は現れた当初は、海や空を航行する船舶や航空機に対しては無差別に攻撃はするものの、人間を捕まえたりはしない。艦娘が深海棲艦と戦う当初は、捕まえて情報を聞きだすために拷問するなんて無かった

 

 戦争中盤辺りから深海棲艦の戦い方が変わった。物資と食糧というエサをぶら下げて人間を味方につける、スパイを送り込んで攪乱させる、艦娘を叩くために反艦娘の人達に地対艦ミサイルという軍事兵器を与える、都市部や工場地帯など内陸や輸送網への攻撃を積極的にする、政府高官や上級士官など上層部や国の重要人物を暗殺する、捕虜を盾にして有力な情報を要求する、捕まえた艦娘を拷問し情報を聞き出そうする……

 

「誰に教わった!?捕虜の待遇は国際条約に書かれているのを知らないのか!?」

 

「ソレハオ前達人類ガ勝手ニ決メタ事ダ。ドウセ、ソンナ条約ハ戦場デハ完全ニ守ッテイナイ。人類の歴史ガ証明シテイル」

 

重巡ネ級の嘲笑いをしている最中、提督は今までの疑念が確信へとつながった

 

(時雨。過去は変えられると言ったが、これは大仕事だぞ)

 

しかし、その確信は証拠がない。時雨に下手な情報を与えてしまうと任務に支障が出る。時雨と昔の俺と『あいつ』がどこまでやれるのか……

 

重巡ネ級に床に押さえつけられボロボロになった酒匂が顔を上げ、俺を見た。微かに頷いたのを見て、俺は歯を食いしばった

 

 

 

俺は負けた。艦娘に対して非情な命令を下し屍を築くだけの無能な人間に成り下がってしまった。責任は俺にある。だから俺は降伏はしない。最後まで抗うつもりだ

 

 

 

時雨……後は頼んだ

 

 

 

「見せてやろう。これが『新型兵器』だ!」

 

 左手の起爆装置を掲げ操作する。タイムマシンの隣にあるコンテナが破壊され崩れ落ち、あるものが姿を現す。コンテナから出て来たのは……たった1発の戦艦の砲弾。しかも艦娘用の砲弾ではなく実物の、しかも16インチ砲弾である。深海棲艦は砲弾を見て笑った

 

「何処ガ『新型兵器』ダ?」

 

砲弾が例え爆発しても大した事はない。深海棲艦から見れば痛くも痒くもない代物だ。しかし、砲弾に描かれているマークを見て戦艦ル級の顔から笑いは消えた。こっちが有利にも拘わらず、戦艦ル級改flagshipは追い詰められたかのように焦り始めた

 

「ナゼ、オ前ハコレヲ持ッテイル!?」

 

(この反応……やはりな!)

 

長い時間、ある疑問がようやく解けた。しかし、残念ながら時間切れだ。もうこの世に未練はない。提督は捨て台詞を吐いた

 

「くたばりやがれ!この外道が!」

 

戦艦ル級改flagshipが動くよりも早く、提督は起爆装置を押し砲弾を起爆させた。

 

 戦艦ル級改flagshipにとっては、そこで世界が突然消滅してしまった。TNT火薬20キロトン分の爆発エネルギーはその場にいた者達に襲い分子になってしまった。火力発電所の近くにいるゲリラも深海棲艦も膨れ上がる火の玉に飲み込まれた。近くを飛んでいた艦載機も最新鋭兵器を搭載している深海棲艦も機能不全に陥った。付近を飛んでいたジェット機は錐揉み状態になって墜落し、最新鋭兵器はただの金属の固まりと化した

 

 

 

 コンテナから出た砲弾の正体は、実は核兵器の一種である。提督がタイムマシン開発と同時に核兵器を開発していた。アイオワは提督に自身の近代兵器の全てを明かす他、長門やプリンツオイゲンや酒匂、長門そしてサラトガは艦だった世界の記憶を元に核兵器の存在を提督に伝えた。アイオワも艦だった頃はW23と呼ばれる核砲弾を一時期配備された事があると進言した。原料であるウランは鳥取県の人形峠で入手可能であり、製造もアイオワ所属の妖精の技術において核兵器の開発は不可能なものではなくなった。初め提督はその爆弾は不要だと考え許可しなかったが、負け戦が続くと開発を許可した。明石とアイオワ所属の妖精のお蔭で核爆弾は完成したが、残念ながら技術不足のためか、艦娘用ではなく実物だったため深海棲艦を撃破する能力を持たなかった。また日本各地にある軍関連施設が全て破壊されたため、1トン近くの核砲弾を敵地に運ぶ航空機も軍艦もない。しかも製造出来たのがたった1発だけで、戦局が逆転する訳がない。そのアイオワも味方を守るために奮闘し行方不明になってしまったため、タイムマシン破壊用に使用する事になった。つまり……自決用だった

 

 

 

 火力発電所も雇ったゲリラも消滅したが、深海棲艦は無傷だった。開発された物は艦娘用ではなかったため熱と爆風と放射線を浴びたが、悪態をついただけで終わった。電磁パルス(EMP)の影響で近代兵器が使い物にならないが、修理すれば問題ない。しかし戦艦ル級改flagshipは怒り狂っていた。提督も艦娘も消滅したにも拘わらずである。あの砲弾に核のマークが描かれているため、戦術核砲弾というものは一瞬で理解出来たが、なぜ奴らはそんな代物を造る事が可能なのか?あのアイオワという戦艦の入り知恵なのか?

 

 戦艦ル級改flagshipは火力発電所を攻略開始からリアルタイムで『主』に映像を送っていた。その『主』が一連の事を解析した結果を伝えた

 

あの機械が何なのかを。カプセルの中にいた艦娘が何処へ行ったのかを。奴らが何をしていたのかを。『主』も激昂し無線越しで戦艦ル級改flagshipを激しく非難した。核爆発で『新型兵器』を完全に消滅させるなんて誰が考えようか?このままでは何が起こるか分からない。自分達はタイムマシンというものを造る事なんて出来る訳がない!サンプルどころか設計図すらない!そもそも専門外だ!あの『狂人』はとんでもない土産を残しやがった!

 

 

 

火力発電所での戦闘で艦娘も提督も陸軍の戦闘部隊も全員戦死した。生き残りは……過去へ旅立った白露型駆逐艦、二番艦「時雨」だけだった




第1章『世界の終焉』は終わりです
まだ2章の題名は決めていませんが、第2章の方もよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 時空を超えて
第12話 未来の使者


4年半前……

 

 日本のとある都市は平和そのものだった。そこにいる人達は己の事であくせく働いている間、深海棲艦が出現し大ニュースになっている事にも気を留めない。海は危険になれど、不思議と陸や都市には攻撃していない。現に駆逐イ級は漁船や駆逐艦を撃退する能力があるが、なぜか陸に対して攻撃しない。漁師や貿易関係の人達は被害を被っていたが、それ以外の人々は対岸の火事と同様に捉えられていた。勿論、他国の交易やシーレーンの問題はあるが、それは軍や政府の仕事である。まだ海と空は徹底的に封鎖されておらず、自分達の生活に影響が出ない限り自分には関係ないとばかりに人々は平和な暮らしをしていた

 

 日は沈み、月が顔を出している深夜。夜遅くまで営業している店も閉まり、静まり返っていた。人気がない小さな路地に突然、プラズマが発生した。付近を通っていた野良猫は逃げ、道路標識に小さな焦げ目を産んだ。稲光のような眩しい光が数回光った後、少女がどこからともかく出現した。まるで雷から生まれた子供のように

 

「ッぐ…ッあ…」

 

三つ編みをし横ハネがある髪をした女性がうめき声を上げながら道路にうずくまっていた。荒々しい息をしてフラフラと立ち上がると辺りを見渡した。近くにハードケースを見つけるとそれを持ち、近くの電柱に背もたれて座り込んだ

 

「提督……ちょっと酷いよ……。時間旅行は……キツイと言ってよ……」

 

時雨は不満そうに呟く。未だに困惑していた

 

(ここは……僕は何をするんだったっけ…?)

 

何か大事な事を忘れているような気がする。思い出そうとするが、頭の中でフラッシュバックのように突然、記憶がよみがえってきた

 

『時雨、お前が過去に行け!お前が深海棲艦が出現した4年半前に行くんだ!』

 

『ダメだ!お前だけ過去へ行って生き延びるんだ!』

 

『今までありがとう。心配してくれて嬉しい。しかし、まだゴールじゃない。お前の任務は終わっていない』

 

頭の中で次々と記憶が蘇り、心は悲しみで一杯だった

 

「提督も、天龍さんも、加賀さんも、霧島さんも、明石さんも、綾波も皆……皆死んじゃった……」

 

生き残ったのは己自身、時雨だけ。全てを託し過去へ行くよう提督から与えられた任務。あの後、提督と明石さんはどうなったのか?タイムマシンを破壊し深海棲艦の手から逃げて無事に生きているだろう。そうだ。提督は奥の手を用意していたはずだ

 

(そうだ……絶対そうだ……まだ生きているはずだ……)

 

自分に言い聞かせているものの、時雨の視線は不安と恐怖にグラグラ揺れている。本当は分かり切っている。もう向こうの未来では既に……

 

「あの地図は……何処にあるんだ?」

 

提督自身が記した地図を思い出し、ハードケースを乱暴に開ける時雨。地図は見つかったが、残念ながらここがどこか分からない

 

(何処なんだ?ここは何処なんだ?)

 

「君、ちょっと遊んでいかない?」

 

時雨は作業の手を止め、声のする方へ顔を向けると3人の男と女1人が声をかけてきた。年齢は高校生のようだが、ニヤニヤ笑い悪そうな顔をしていた

 

「親と喧嘩して家出したんだ~。可哀想に」

 

「悪いけど君たちには興味ないんだ」

 

誰かに声を掛けられたが、無視する時雨。今はそれどころではない。時雨の冷たい態度を見た彼等はムッとして突っかかった

 

「ああん?何だ、その態度は?こっちは親切に声を掛けたのによ~」

 

時雨は逃げずに彼等を観察した。彼等の手からナイフが握られており、時雨に近づいていく

 

「年下の癖に調子にのるんじゃね!身体にたっぷりと教えてやるぜ」

 

彼等は時雨を囲むと一斉に襲った

 

 

 

 

 

「現在地は何処かな?この地図に指を指してくれる?」

 

「は、はい!現在地はここであります!」

 

 男は道路の上で正座をし、時雨に現在地を教えていた。他の三人は道端で気絶していた。彼等は時雨の反撃によって全て気絶させたのだ。時雨がいた未来では、ゲリラや犯罪などから身を守るため、陸軍の将校が艦娘全員に戦闘術を教えたからである。目の前にいるチンピラは艦娘を執拗に攻撃するゲリラに比べれば些細なものだ。地対艦ミサイルは愚か重機関銃やバズーカと違って貧弱なナイフであるため、時雨から見れば脅威は皆無と言っていい。奪ったナイフを素手で曲げるのを見た高校生等は驚愕し、気がつけば一方的にやられていた。彼等から見ればそういう出来事だった

 

「では、僕は行くね。ついて来たら、今度は手加減しないよ」

 

「は、はいいいい~~!!!」

 

地を這ってでも時雨から逃げる男子高校生を他所に、時雨はある方へ向けて歩く。過去の提督に

 

 

 

「ここかな?アパートの名前は合っているから」

 

地図と電柱に書かれている住所を見比べる時雨。提督が地図に補足で書いてあった。アパート名も合っている

 

「それにしても……深海棲艦が現れているはずなのに平和なんだね」

 

 時雨が建造された時は、既に深海棲艦は大都市と軍事施設を攻撃を仕掛け瓦礫と化していた。しかし、この町は攻撃された跡は一切ない。街の灯りや街灯もここまで明るいのかと思ったほどだ。時雨が通った所は住宅地だったが、遠くでは更に明るい灯りが見える

 

(深海棲艦が現れても平和だったんだ)

 

時雨はアパートに入り扉の前まで行くとノックしようとしたが、扉を見て絶句した。扉にはガムテープや紙が沢山貼られており、その上に誹謗中傷とも言える悪口雑言が書かれていた。色んな言葉があったが、特に多かった文字は『狂人』というものだった

 

(苗字は合っている……提督の過去……何があったんだろう?出発する前は教えてくれなかったけど)

 

 一瞬、こんな真夜中に訪れるのは気が引けたが、ここにいても仕方ない。時雨は扉をノックした。応答がない。寝ている可能性があるため、もう一度強く扉を叩く。やはり応答はない。提督はアパートに帰らない日もあるかも知れないと言ったため、留守の可能性もある。タイムスリップも4年半前だが、日付や時刻まで正確ではない。先程の不良高校生から日付も確認済みだ。しかし、彼等はニュースに疎いのか不良高校生は深海棲艦の事を知らなかった

 

(待とうかな)

 

扉の前に座ると空を眺める。街や街灯のせいで空が明るいため星が見えにくい。しかし、全く見えないという訳ではなく明るい星は夜空に輝いている。その夜空の中からさそり座を見つけた

 

(さそり座。するとこっちが……見つけた。北極星だ)

 

 アパートから一旦離れ路地に出ると、星座を見つけると同時に、この土地の方位の位置と経緯度を確認した。時雨が行った事は天体を観測する事で自分の位置が分かるという天測航法と呼ばれるものである。通常は六分儀などを用い、複雑な計算をするのだが、艦娘はその作業を必要としない。余談だが、艦の位置が分かっても敵と会敵するのは別である。島や建物など違い動く目標であるため、場合によっては専用の羅針盤を回す必要があった

 

(やっぱり場所は間違っていない)

 

もし、あの不良高校生が嘘を教えていたら戻って問いただそうと思ったが、今はその必要はなかった。場所も正確だ。時雨は再び過去の提督が住んでいるであろう扉の前まで行くと、座り込んだ

 

(提督……いつ帰るのかな?)

 

夜空を見上げながら、提督を待つ。確かその時の提督は、大学生だから帰って来るはずだ。しかし、提督は時雨が知っている提督ではないと念を押された。それでも……それでも、提督の傍に居たかった

 

 

 

 

「ねえ……ちょっとあんた……あんた。そんなところで寝てどうしたの?」

 

身体が揺さぶられるを感じ時雨は目を覚ました。いつの間に寝ていたらしい。太陽は高く昇っており、鳥の鳴き声が聞こえる。振り返ると白髪の老婆が声をかけていた

 

「ごめんなさい。てい……この部屋に住んでいる人はどこへ行ったか分かりますか?」

 

「この部屋は……」

 

老婆は訝しげに時雨を見たが、ため息をつくと

 

「あたしには分からんよ。何処へぶらついているのか。家賃はちゃんと払っている癖に誰とも話もしない。まあ、あんなことにならなきゃ良い人なんだけどね~」

 

老婆はこのアパートの大家であるが、過去の提督は何処へ行ってるか検討もつかないと言う。大学も夏休み期間に入っているはずなのに、普段は何処へ行っているか誰も知らないという。帰って来ない日も珍しくないらしい

 

「ところであんた……悪徳商法とかそういう類いではないわよね?」

 

「悪徳商法って?」

 

「違うんだったらいいんだよ。この人に訪れる客はいつも詐欺ばかりの人間さ。新聞、消防署の「ほう」、銀行員などがよく来て、その度に怒鳴り声が聞こえて五月蠅い、五月蠅い。この前だってこの人の友人が連帯保証人になってくれ、とばかりに言っててねえ。まあ、当の本人はハンコも押さずに書類を破り捨てて、その友人を蹴飛ばしたわよ。だから気をつけんさい」

 

大家は廊下に座っている時雨を置いて自分の部屋に戻っていった。尤も、大家も悪気で言った訳ではない。少女が待っている人は当分、来ないだろう。その少女も結局、金にたかる人間だと。本性を隠し、親切心で寄ってたかるずる賢い奴だと。初めはそう思っていた

 

 昼過ぎに大家は買い物に出かけようとしたが、先程の廊下を見ると驚いた。まだあの少女がいる。しかもセールスマン達を追い返しているのだ。悪徳商法の中には性格の悪い者もいて脅迫する者もいる。にも拘わらず、少女は平然と受け流していた。暴力を振う者が何人かいたが、それすら軽々躱され投げ技で相手を沈黙していった

 

「くそ、何なんだ?化け物か?」

 

負傷し足を引きずるセールスマン達が逃げるのを見届けると、再び廊下に待つ少女に近づく

 

「今のあんたがやったのかい?」

 

「うん。だって、提督が帰って来た時に困るだろうって」

 

大家は少女が何を考えているか分からない。しかも……

 

「扉に貼ってあった紙やテープ……全部剥がしたのかい?」

 

誹謗中傷が書かれた紙やテープは全て剥がされ、扉は綺麗になっていた。こんな事は一度もなかった。当の本人以外が剥がすなど

 

「うん。提督が困るから。ゴミは何処へ捨てればいいのかな?」

 

大家は目の前にいる少女が理解出来なかった。他人のために悪徳商法を追い出し、悪口雑言が書かれた紙を剥がしている。何のためにやっているのか分からなかった。とりあえず、大家はゴミは自分が捨てると言いゴミを拾うと外に出て行った

 

 

 

 大家は年金暮らしであるため、お金には困っていないが買い物には良く行く。体力も年を取るごとに衰退するのは自分でも分かる。そのため少しでも運動にと歩いて行くのだが、それも短いだろう。数年後には寝たきりになるかもしれない。全て終わった時には既に日が暮れていた。アパートの大家の跡継ぎをどうしようか悩んで帰宅する。アパートに着くと、大家は仰天した。あの少女があの扉の前でまだ廊下に座っている

 

「あんた……まだ居たのかい?」

 

「うん。提督に用があるから」

 

時雨という少女は、ニッコリ笑いながら答える

 

「食事はどうしたのかい?」

 

「僕には必要ないよ」

 

大家は唖然とした。少女の言う事が正しければ、食事抜きで半日も待っている事になる。いや、真夜中に来たに違いない。実際はもっと長いかも知れない

 

「あんた、何処の子だい?」

 

「秘密。答えられない」

 

「うちに入りな。あんたが待っている人は、いつ帰るか分からないから」

 

「ありがとう。でも断るよ。悪いけど信用出来ないから」

 

少女の言っている事がよく分からず、どうしていいのか分からない大家。しかも、こちらを警戒している。そして、ようやく時雨の言葉の異常さに気づいた

 

「ところで、提督って何だい?あんた、軍の関係者かい?」

 

「そんな感じだよ」

 

軽く答えただけで、話を切ろうとする少女。どうしていいのか分からなかったため、憲兵か警察に通報した方がいいかも知れない。しかし……

 

「ねえ、おばあちゃん。迷惑はかけないよ。だから変な事は起こさないでね」

 

大家は狼狽した。自分が何をするか分かったのか?この子は何者だろう?笑顔で話しかけているが、目は全く笑っていない。誰も信用しない目。一体、どうしたらこんな事が出来るのだろうか?普通の少女ではないのは確かだ

 

「分かったわよ。あんたを待っている人がいつ帰って来るか、あたしにも分からない。ただ家賃は必ず払う人だ。明後日には帰って来ると思うねぇ」

 

「ありがとう」

 

少女は笑うと再び空を見つめる。まるで感情が失われたかのような子だ。戦争にでも行ったのか?

 

「何か食べるかい?」

 

「いらない」

 

相変わらず、一蹴する少女。多分、親戚か誰かだろうと自分に言い聞かせるとそのまま部屋に戻った。老後生活に面倒事を起こされては厄介だ。何者か知らないが犯罪者でない事は確かなようだ

 

 

 

「あの婆さん、親切だったけど……警戒しないと」

 

時雨は別に人間不信に陥った訳ではない。ただゲリラを経験したせいか、やはり警戒はしてしまう。尤も、未来世界に比べれば雲泥の差だ。高圧的な態度をとっても、武器は持たず。時雨から見れば、脅威すらならなかった。また時雨は艦娘なので、限度はあれど食事せずに活動は出来る

 

(提督……何があったんだろう?)

 

提督が言っていた、時雨が知っている提督ではないという言葉。『狂人』の言葉と金にたかる悪人共。未来世界でも艦娘を快く思っていない人達から『兵器』と呼ばれ侮蔑された事がある。そのため提督はいつも艦娘を気にかけていた。それどころか、深海棲艦を倒せるという誇りを持て、と言われた事がある。もしかすると、帰って来ないのではなく、帰ろうとしないのでは?

 

(いつか帰るはず。あのお婆さんが正しければ、明後日には帰って来るはずだ)

 

 

 

 翌日、提督は帰って来なかった。しかし、暇ではなかった。悪戯に誹謗中傷の紙を貼ろうとする者やセールスマンなどが絶えずやってきたため、追い出す事をしていた。対応は勿論、丁重に。中には脅す者や暴力を振るう者もいたが、投げ技を決めただけで相手は逃げていった。大家である老婆はただあんぐりと口を開けているだけで見守っていたが、時雨は気にせずに扉の前に座った

 

(まだかな……提督)

 

 

 

 次の日になっても提督は来なかった。昨日まで寄ってたかる人達も訪れなくなった。何人かは来たが、時雨の姿を見ただけで逃げてしまった。今日は雨の日だ。時々、雷鳴が轟く。雨が降っても時雨は喜ばなかった

 

(今日は止みそうにもないな)

 

雨は夜も降り続ける。そんな中、時雨は待ち続ける。提督が帰って来るのを。これは任務なんだ。そう言い聞かせながら、彼女は待つ

 

(提督……酷いよ)

 

 時雨は弱音を吐いた。もう限界に近かった。タイムスリップした日から仲間と会っていない。そうしている内に、彼女は座りながら眠る。しかし、ハードケースだけは片手で掴んでいる。盗まれても即座に対応出来るようだ。実際に泥棒から3回撃退することに成功したのだ。そんな姿を大家は遠くから観察していた。普通なら諦めて帰るだろうと思われた大家も、流石に呆れた。大した精神力だと褒めていいのか迷う所だ。そろそろ当の本人は帰って来ていいはずだが……

 

 

 

 雨が止み、辺りが静かになった午前零時。真夜中の路地にバイクのエンジン音が鳴り響いていた。バイクはアパートに近づいて所定の駐輪場に止まると、1人の男が降りた。男はアパートに着くと真っ先に異常を感じた。いつも嫌がらせで貼っている紙もセールスマンもいない。全て取り払われている。扉の前には三つ編みをした少女が眠っている。学生だろうか?学生服らしい服をしていたが、自分が知っている学生服ではない。近所の中高学生ではないはずだ。ギリーケースを持っている所を見ると、家出か何かか?それにしては変だ。声を掛けようと近づいたが、後少しという所でいきなり腕を掴まれた

 

「誰?」

 

何と少女は跳ね上がるように起き上がり、臨戦態勢でこちらを警戒している。さっきまで寝ていたとは思えない反応で、いつでもこちらを投げ飛ばせる風だった。力も少女とは思えないほど、腕をしっかりと掴んでいる

 

「待て!ここは俺の部屋だ!お前は誰だ!?」

 

誰だか知らないが、この少女も俺に対する嫌がらせの人だろう。相手が女だろうと、こっちの態度は変わらない。少女に向けて怒鳴ったが、何と少女は力を緩めたのだ

 

「提督……遅いよ」

 

力尽きたのかその場に倒れ込む少女。慌てて身体を支えるが、少女は既に寝ていた。顔もまるで安心しきった顔だ。つい先ほどまで警戒していた者とは思えなかった

 

(こいつは誰だ?)

 

とりあえず、彼女を部屋に入れる。さっきの態度だと俺に用があるらしい

 

 

 

 時雨がその男に警戒を解いた理由は……声が提督だった。容姿は違うが、間違いなく提督の声だった。当の本人は分からないだろう。将来、艦娘を率いる司令官になる事を

 




時雨、過去の提督と再開するが……
第2章は後ほど付けます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 再会

皆さん、こんにちは
感想でちょっと指摘されましたけど、ここの時雨は改二です
まあ、補給や入渠は過去の提督が何とかしてくれるでしょう。多分……


 時雨は見知らぬ土地に立っていた。辺りを見渡すと赤レンガ造りの建物が目に入る。しかし、こんな建物は実際に見たことがなかった。何故なら、時雨が着任した時には、鎮守府なんて無かったのだから。提督が軍に入った時の写真でしか見た事がない。既に深海棲艦からの爆撃で艦娘の運営は地下だったのだから。だから、鎮守府は写真でしか見ていない。にも拘わらず、時雨はその赤レンガ造りの建物の敷地の中に立っている。周りには草木が生え、遠くには青い海が見える

 

「……?」

 

 誰かに呼ばれたような気がして、ふと時雨は後ろを振り返る。そして、その顔をパッと綻ばせた。少し離れたところに、白い軍服を纏った提督を見つけたからだ。そこに立っていたのは、提督と自分がよく知る艦娘たち。西村艦隊だった頃の扶桑山城、最上達や白露達の姉妹もいる。いや、他の艦娘達もいる。皆が顔に笑みを浮かべ、しきりに手を振ったり手招きしたりして時雨を呼んでいた

 

「みんな!」

 

 時雨も大きく手を振り返すと、提督達に向かって一目散に駆け出す。一歩、また一歩と提督と仲間たちの距離は縮まっていく

 

 みんなが待っている……。それが嬉しくて、幸せで、時雨は提督の胸に思い切り飛び込んだ。そして――

 

――次の瞬間、銃声が聞こえたと同時に提督の胸から血が噴き出した

 

「……え?」

 

 何が起きたのか理解できず、時雨が思わず足を止める。

 

次の瞬間、提督の体は拍子抜けするほど呆気なく、力なく崩れ落ちる。提督の体が地面にぶつかって立てた音は、妙に乾いた、それでいて生々しい音だった。

 

「提督!」

 

 時雨が悲鳴を上げて、倒れた提督へと駆け寄った。銃弾が貫通したであろう所から、まるで飲料が入ったペットボトルを倒したかのように鮮血が流れ出て、地面を赤く染め上げていく。誰の眼にも、彼が死んでいるのは明らかだった

 

「嫌だ!提督!起きてよぉ!」

 

 悲痛な声で叫びながら、時雨は提督の体を揺する。しかし、返事はない

 

呼吸が浅くなっていくのがわかる。以前にもあった感覚……。いつだろう?他の艦娘達に助けを求めるため、時雨は泣きながら顔を上げる

 

「み、皆! 提督が――」

 

 時雨はそれ以上の言葉が続かなかった。目に映ったのは、更なる絶望の淵に叩き落される光景だった

 

「あ……う、嘘だ……」

 

 周りにいた艦娘達も皆、地面に倒れ伏していたのだ。彼女達が装着していた艤装は原型を留めていないほど破壊され、体もボロボロだった。敗れた服から見える肌は生傷が見え痛々しかった。各々が恐怖と苦悶に顔を歪めながら、息絶えていた。健全だった赤レンガの建物も今や炎を上げながら崩壊し、どす黒い煙は空を覆っていた

 

 その様子は、まさしく地獄絵図。惨劇以外の何者でもない。

 

「う、あ……」

 

悲しみが時雨を襲い、時雨はただ崩壊した鎮守府を見守っていた。もうどうしたらいいのか分からなかった

 

時雨はふと、自分に誰かの影がかかっていることに気付く。もしかしたら、誰かが生き残っていたのかもしれない。助けを求めるために、時雨は再び顔を上げた

 

 

 

 だが、そこにいたのは艦娘などではなかった。更に言えば、人間ですらなかった。深海棲艦である戦艦ル級改flagshipだった

 

「お前は?」

 

時雨は知っていた。あの忌まわしき深海棲艦の指揮官。最新鋭兵器を手に入れ、仲間を沈め、人語を話すあの戦艦ル級改flagship……

 

「がっ!?」

 

 次の瞬間、時雨の体は空中に浮いていた。いつの間にか喉を鷲掴みにされて、高々と持ち上げられていた。その握力は強く、とてもではないが振りほどくことはできない

 

「く、あっ……!」

 

 呼吸ができず、苦しそうにもがく時雨を戦艦ル級改flagshipは楽しむように観察していた

 

「ムダナ足掻キダ」

 

 戦艦ル級改flagshipの周りには何処から現れたのか、他の深海棲艦が集まって来る。空母ヲ級、イージスシステムを持つ軽巡ツ級、重巡ネ級、駆逐ニ級……。空にはあのジェット機の轟音が聞こえ、海は血のように赤く染まっていた

 

時雨は呻き声すら漏らせずに、声なき悲鳴を上げた。戦艦ル級改flagshipは時雨に砲門を向けていたのだ。このままではやられる!しかし、首を掴まれた状態では逃げる事も出来ない

 

「沈メ」

 

砲声が聞こえると同時に時雨の意識は、闇の中に飲まれていった

 

 

 

 

 

「うわぁっ!」

 

 自分の悲鳴で、時雨の意識は一気に覚醒した。上半身を思い切り起こしたせいで、体に掛けてあったタオルケットが体から滑り落ちる

 

「ここは?」

 

時雨がいる所はアパートの廊下ではなく、とある狭い部屋だった。誰かが介抱したのだろう、時雨は布団で寝ていたのだ

 

「夢……?」

 

 先ほどまでの光景が夢であったことを悟り、時雨は安堵の息をついた。しかし、時雨の心臓は早鐘のように胸を叩いていた

 

(ここは何処だ?確か僕は……)

 

「ようやく目を覚ましたか」

 

 背後から聞こえた低い声に、時雨は振り向いた。いや、聞き覚えのある声だった

 

「提督!」

 

「提督って何だ?俺は海軍のお偉いさんではないぞ?」

 

 そこには提督がいた。いや、提督と言うべきか?時雨が寝ていた場所から少し離れた所であぐらをかいていた。服装もTシャツと短パンで姿は若く見える。ただ、言葉はいつも気遣ってくれるものではなく、やや乱暴な言葉。時雨自身も知らない提督の昔の姿だった

 

「てい……僕は一体……?」

 

「お前は半日眠っていたんだ」

 

「え!?」

 

時雨は素っ頓狂な声を上げた。緊張の糸が切れたからとはいえ、随分と長い間眠っていたようだ

 

「ああ、爆睡だ。随分うなされてたようだが、大丈夫か?」

 

「そ、そうなんだ……ありがとう」

 

昔の提督も優しかった。しかし、提督の目はこちらを警戒している。気遣っているが、あくまで親切に対応しただけ。それだけだ

 

「提督、あの……」

 

「だから、提督って何だ?俺はちゃんと名前がある。ところで、ギリーケースはお前のか?」

 

「うん……」

 

本当は沢山話したい。いつもなら、戦果報告や雑談などしている所だが、目の前にいる提督はまるで別人だ。提督であって、提督ではない。いつも優しく、時には笑顔を浮かべていた頃の提督とは違い、まるで犯罪者を見るような眼でこちらを見ている

 

(何があったんだろう?扉に貼っていた『狂人』の張り紙は……?)

 

過去の提督に何があったかは時雨も知らない。しかし、提督は提督だ。話す直前、時雨はあることを思い出した

 

(昔の俺はお前が知っている俺ではない)

 

未来の提督が何度も警告した言葉。初めは何とかなると思っていたが、いざ対面すると警告は重要な事だと改めて認識した。確かに馴れ馴れしい態度を取ると追い出されてしまう。満潮や曙など口が悪い駆逐艦が来たら、間違いなく喧嘩になる。逆に吹雪や睦月など提督に慕っている駆逐艦だと、どう対応するか迷うだろう。下手に話しかければ、追い出されるような気がする

 

「扉の前の張り紙を全部剥がしてくれてありがとう。ついでにわけのわからん連中を追い出した事も。大家から全て聞いた。大家も警察に連絡しようかどうか迷っていたらしい。小さな女の子が大の大人を退けるのだから、始めは不審者と思ったほどだ。しかし……全く、あの大家も甘いんだよ。『あんな可愛い娘が犯罪者には見えん!』とか『あんたが知らない親戚ではないのかい?』とか。はあ……で、お前は誰なんだ?俺に何の用だ?何しに来た?言っておくが、金は無いぞ?」

 

 時雨が知っている提督ではない。自分が知らない提督。下手すれば、全てが水の泡となってしまう。しかし、やらないといけない。では、どうするか?

 

(考えるんだ)

 

 ギリーケースはダイヤル式の鍵がかかっているため、提督は開ける事が出来なかったはずだ。あの中には、未来から持ってきた書類や写真などがあるが、厄介な事に時雨自身の艤装まで入っている。未来の提督曰く、この時代は艦娘は架空の存在である。つまり目の前にいる提督が見れば、改二であろうが、変わった武器しか見えない。いや、下手すれば時雨を危険人物と見るに違いない

 

(よし、まずは話そう)

 

 時雨は自分が艦娘を名乗らずに一から話し始める。深海棲艦が浦田重工業の軍事技術を盗み、世界を滅ぼすことを。自分も深海棲艦と戦ったが、敵が強大過ぎて歯が立たなくなったという事。味方部隊が全滅する手前に過去へ行くよう任務を与えられた事。勿論、艦娘という言葉は避けてあくまで海軍の陸戦隊として戦ったという風に話した。時雨は丸々一時間、未来の出来事を丁寧に説明した。提督は時雨の話に口を挟まずただひたすら話を聞いていた

 

「こんな感じだよ」

 

「つまり俺は近い将来、海軍の司令官になってお前達を率いて深海棲艦と戦うって事か?お前は未来の俺の部下なのか?すると、お前は女性兵士か何かなのか?」

 

「そんな所だよ。だから君に会いに来たんだ」

 

「ははは」

 

提督は笑った。しかし、時雨は見逃さなかった。よく見る提督の笑顔ではなかった。提督の目は笑っておらず、馬鹿にした笑いだった。それどころか警戒が増すばかりである

 

「では、お前を送り込んだ張本人へ伝えてくれないか?勧誘はお断りだと」

 

「僕を送り込んだのは君だよ」

 

笑いながら首を左右に振る提督。完全に信じていない。それもそうだ。未来から来ました、と言われてすぐに信じる人はまずいない。普通なら精神病院送りだろう

 

「では、未来へ送り返してやる。さっさとここから出て行け!」

 

扉に指を指し、出て行くよう促された

 

「出て行け!嫌な連中を追っ払った事には感謝する。だが、こんなバカげた話をしに来たのは『あいつ』以来だ!深海棲艦は知っているが、それは海軍の仕事だ!俺は海軍に入ろうと思った事がない!」

 

(嘘だ……)

 

直感的に時雨は思った。そうでなければ、提督は海軍に入っていないし、時雨も会っていないはずだ。そして、提督自身の言葉に気づいたことがあった

 

(『あいつ』……未来の提督が話していた僕達の『創造主』の事かな?)

 

 質問しようとしたが、提督……いや、目の前にいる若者に聞いても無駄だろう。何かしら嫌っているらしい。しかし、事態は悪化するだけだ。話し合いも成立していない。時雨は悟った

 

もう最終手段を使うしかないと

 

ギリーケースを持ち扉に向かう提督に時雨は大声で怒鳴った

 

「提督!僕は……本当は女性兵士なんかじゃない!僕は『艦娘』なんだ!」

 

提督は動きを止め、その場から動かなかった。空気が重々しく感じ、緊張が高まる。提督はゆっくりと振り向いた。提督の顔を見て、時雨はこの任務は他の艦娘に任せてはいけないと強く認識した

 

 時雨は見たことなかった。まるで汚い汚物を見るような目で、見たことないほど怒りのこもった表情で、他の誰でもない、自分のことを見つめてくる。どんな苦難でも皆に見せなかった表情。時雨は僅かに後ずさりしたが、提督は速足で時雨に近づくと、いきなり胸倉を掴まれた

 

「いくら貰った?」

 

聞いたことのない怒りがこもった言葉が時雨の耳に響いた

 

「いくら金を貰ったかって聞いてるんだ!それとも、『あいつ』は再婚したのか!いや、そんなはずはないよな!まさか隠し子とか言うんじゃないだろうな!正直に答えろ!それとも『あいつ』はついに人体実験に手を染めたのか!くそ!『あいつ』をぶん殴りにいってやる!刑務所に入る覚悟はある!もう限界だ!!」

 

 時雨がどう答えたらいいか迷っていたが、過去の提督は怒りを爆発した。どうやら、『艦娘』のキーワードが提督の逆鱗に触れてしまったらしい。何か手を打たなければ、事態を更に悪化させただけである。このまま放って置けば、提督は犯罪に手を染めかねない。やるべきことは提督の暴走を止める必要だ

 

「提督、ごめん」

 

一言謝ると、提督を投げ飛ばした。と言っても大分、加減してある。投げ飛ばされた提督は畳の上に叩きつけられ、苦痛で呻いている。しかし、こちらを向ける目は全く変わらない

 

「提督がどんな目にあったかなんて僕は知らない。でもこれだけは言うよ。僕は『艦娘』だ。その証拠をみせてやるよ」

 

「そうかい!元は艦だったとか海の上を歩くとか言うんじゃないだろうな!」

 

ゆっくりと立ち上がりながら提督は吠えた。提督の言葉を察するに艦娘の仕組みはある程度、知っているらしい

 

「艦娘を知ってるの?」

 

「知らないね!」

 

「嘘はいいよ。海へ行こう。話はそれから」

 

 時雨の提案に提督は呆れたが、提督は一緒に海へ行く事に渋々と同意した。廊下で待たされている間、時雨は海岸の場所を地図で確認していた。幸いな事に約30分歩けば海岸に着くとの事だ。何とか提督を外に連れ出した時雨は、海岸に向けて歩きだした




ところで艦これSSを読み漁ってますが、ブラック鎮守府立て直しって意外と多いですね
特にブラック鎮守府の前任だった人は深海棲艦の工作員かと思うほど、艦娘に非人道的な扱いをしています。そして艦娘が新人提督に襲って来る間は襲撃ほとんどなし。現れたとしてもザコとも言える程、とても弱い

深海棲艦って実は策士だったのでしょうか?確かに工作員による工作も戦いの1つですから。元ブラック鎮守府の弱っている艦娘を敵とすら見ていないのでしょう

鷹の目のミホーク「うさぎを狩るのに全力を出すケモノとは違う」

ブラック鎮守府は深海棲艦に舐められてまくりですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 証拠

 かつて、ここの砂浜は観光客でにぎわっていた。特に夏では海水浴として人気のスポットでもあった。しかし、深海棲艦が出現してから僅か一週間後で誰も近寄らなかった。深海棲艦が出現したのは太平洋のど真ん中だが、既に日本の近海まで近寄ってきたのだ。と言っても、日本本土を侵略されている訳ではない。問題は海にはある深海棲艦が日本近海でうろついていたからだ。その名前は駆逐イ級。見た目はイルカのような姿をしており、特に脅威という風には見えなかった。しかし、この駆逐イ級は人類にとって十分に脅威だった。口から砲塔を出すと、無差別に海を航行する船舶を攻撃したのだ。そのため、行方不明になった船が急増した。沿岸警備隊や海軍が反撃に出たが、こちらの攻撃を全く受け付けなかった。それどころか、それらの船を片っ端から沈められた。しかし、なぜか陸に対しては攻撃を仕掛けて来なかった。この時から、海は事実上奪われたのだが、陸に上がらない、陸に対しては攻撃して来ないという事が知れ渡ると騒ぎは収まってしまった。砂浜は誰もいなく、立ち入り禁止の看板が立っているだけ。フェンスどころか警察官や警備員すら見当たらない。そんな寂れた所に2人の影が現れる

 

「お前のご要望通りの海だ。海は駆逐イ級だらけ。海に入った人は駆逐イ級に攻撃され殺される。人食いサメよりも性質の悪い連中だ」

 

過去の提督……いや、過去であっても時雨の中では提督は提督だった。本来なら本名を口にする所だが、長い付き合いのせいで慣れない。口癖のようなものだ

 

「で、海水浴でもして遊ぶつもりか?」

 

「提督、文句多いよ」

 

「お前が俺をここに連れて来させたんだろうが!」

 

 実はここに来るまで時雨は、悪戦苦闘した。片道30分なのだが、提督は時雨が気づかれないように逃げようとしていたからだ。しかし、時雨もしっかりと対策をしていた。未来の提督からは『過去の俺は、お前が知っている俺ではない』と念を押されたからである。そのため、提督を砂浜に連れて来るのに大変だった

 

 

数分前

 

 海岸に向かう時雨だが、提督が隙を見て逃げたのを確認すると、時雨はとっておきの切り札を出した。それは提督の財布である。初対面で過去の提督がどんな人間か分かった時雨は、部屋から出る直前に提督の財布を素早く盗んだのだ。当の本人は気づきもしなかった

 

「あ!僕の手に財布がある。これで好きな物が買える!」

 

高々と提督の財布を掲げワザとらしく喜んだが、その直後、こちらに全速力で向かって来る人影があった

 

「おい!いつ俺の財布と盗んだ!?返せ、ドロボー!」

 

「え?提督が僕におごっていいって?」

 

「テメー!調子に乗りやがって!」

 

 時雨は財布を奪おうと追って来る提督から逃げていた。島風ほどではないが、時雨もそこそこ速い。時雨は追って来る提督と距離を保ちながら海の方向へ逃げていた。地図は頭の中に叩き込んでいるため迷う事はないだろう。海へたどり着くまで何人かのとすれ違ったが、こちらを奇異の目で見ていた。ギリーケースを軽々持ち、からかいながら逃げる女子を二十歳近い男が追いかけている姿は、あまりに奇妙だった

 

 

 

「時雨と言ったな。俺をここまで連れて来たのだから、何か重要な事だろうな?嘘だったら、お前を警察に連れていくぞ」

 

提督はぶっきらぼうに言ったが、疲労困ぱいで浜辺に座る提督の姿に時雨は笑った

 

「何だ?」

 

「だって……提督は運動が苦手かなって」

 

「悪かったな。マラソンは苦手なんだ」

 

提督は、時雨から奪い返した財布の中身を確認していた。その間、時雨はギリーケースの鍵を開け早速、作業を始める

 

「お金は盗んでなんかいないよ」

 

「何をしている?それは何だ?武器か?」

 

「これは艤装。深海棲艦と戦うための武器だよ」

 

時雨はギリーケースから艤装を取り出すと、装着した。自分がいつも愛用している艤装。丁寧に整備し続けた明石に心から感謝すると海へ向かって歩き出した

 

「おい、何をしている!自殺する気か!?」

 

提督は制止するだろう。こちらに駆け寄ったが、時雨は既に海に入っていた。いや、海の上に立っていた

 

「時雨、行くよ!」

 

たちまち海の沖合に出ると辺りを見渡す。空にはカモメが鳴きながら飛び回っており、波は比較的穏やかだ。海面をのぞき込むと海は澄んでおり、魚が泳いでいるのを確認出来る。陸軍将校がいれば、趣味である釣りには持って来いの海だ

 

「いい天気だね」

 

あの最新鋭兵器を装備した深海棲艦やミサイルから怯えずに航行出来る事に時雨は嬉しかった。雨は降っていないが、今の時雨は気にしない。あまりにも嬉しさに本来の目的を忘れていたが、直ぐに思い出すと浜辺の方へ振り向いた

 

提督は呆然と時雨を見ていた。まるで店に陳列しているマネキンのように動いていなかった

 

「提督!どう!?」

 

時雨は大声で呼んだが、提督からは一切返事はない。目は皿のように見開き、口は動いている。恐らく独り言だろう

 

(提督もこんな顔するんだ)

 

 驚愕し身動き一つもしない提督の姿を見て必死に笑いをこらえていたが、突然鋭い声が聞こえた

 

「危ない!後ろだ!」

 

 次の瞬間、時雨の背後から凄まじい水しぶきが上がる。それも三つ。現れたのは駆逐イ級である。駆逐イ級はサイズが他の深海棲艦と比べて弱いが、それでも人類にとっては十分に脅威だった。それが三体。その三体とも、時雨に向けて口を空き、砲や魚雷を向けていた。提督は大声で時雨に向かって叫ぶ

 

「逃げろ!そいつは駆逐イ級だ!!」

 

 

 

 常識とは時代とともに変わるものである。この時代の常識は、深海棲艦を倒す有効な手段がないと言う事だ。艦娘もまだこの世界に現れていない。全て未来の提督が教えてくれた。時雨がとった行動は…

 

「とっくに気付いていたよ」

 

逃げるという選択はない。後ろから近づいている事にはとっくに分かっていた。背中の砲塔を素早く動かして展開させ、手に持ってくると砲を駆逐イ級に向けた

 

「残念だったね」

 

駆逐イ級よりも早く時雨は引き金を引いた。砲から火を吹き、砲声が鳴り響いた。駆逐イ級と時雨の距離は近いため、外しようがない。時雨は改二であるため、火力も強力だ。砲弾は駆逐イ級を直撃し、あっという間に撃沈した。仲間がやられるのを見た駆逐イ級は熾烈な攻撃を仕掛けた。魚雷と砲撃で時雨を狙ったが、時雨は何なく躱す。駆逐イ級は逃げる時雨を追跡したが、速さと機動力は時雨の方が上だった。改装され改二になった時雨にとって、駆逐イ級の敵ではない。機動力を活かして砲弾と魚雷を躱すと、狙いを定めて2発砲撃した。二発とも駆逐イ級に命中。駆逐イ級はおぞましい叫び声を上げながら海に沈んでいった

 

(そろそろ不味い)

 

幸い被弾はしなかったものの、戦闘したお蔭で貴重な燃料と弾薬を消費していまった。今回はあくまで自分が艦娘の存在をアピールするための戦いだ。この世界で補給できるかどうか時雨にも分からない。『創造主』に会わないとどうしようもないが、今は仕方ない。撃沈する駆逐イ級を他所に浜辺に向かった。時雨が浜辺に上がるまで提督は身動き取らずに呆然と時雨を見ていた

 

「この勝利、僕の力なんて些細な物さ」

 

「何処が些細な物だよ……」

 

 提督は未だに目の前に起こった事が信じられないようだ。よっぽどショックが大きかったようだが、これで提督は信じるだろう。そうであって欲しかった。もしこれでダメなら……

 

 しかし、その心配はする必要はない、と時雨は思った。独り言を呟いていたが、口にした言葉は「理解できない」「あり得ない」を何回も繰り返している

 

「提督、大丈夫?」

 

「……」

 

無反応。しかし、こちらを宇宙人か何か見るような目で見ており、掛けられた声に反応して2、3歩後ずさりをしていた。その姿は余りにも滑稽で時雨は、再び笑ってしまう。未来の提督が、この姿を見たらどう反応するのだろう?青葉がいれば、間違いなく写真を撮って新聞に載せているに違いない。そして、夢遊病のようによろよろとアパートに向けて歩く提督を時雨は、鼻歌を歌いながらついていった

 




カイル・リース「1作目の時はサラ・コナーを説得するのは大変だった…」


アーケード版の時雨改二は、背中の砲塔を動かして撃っていますが、その砲塔の動き方が面白いです。変形するとは思わなかった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 過去の提督の決断

ありのままの事を話そう

 

 俺は『あいつ』によって人生を狂わされた。深海棲艦とやらが出現したお蔭で人類は敗北を続けていた。いや、これには語弊が生じる。今のところは帝国海軍と米海軍が謎の侵略者に対して撃破しようとしたが返り討ちにあった。一個艦隊丸々全滅し、海には『駆逐イ級』とやらが人食いサメのようにウヨウヨいる状況だ。ザコだが、こちらの兵器が通用しない。本来ならこれを早急に対処しようと国は動くはずだが、一向に改善される見通しは無い。マスコミは心配無用とばかり強調し、国連がアメリカ軍を主とした多国籍軍で深海棲艦を撃破するような内容ばかりだった。人類団結の証として多数の軍艦が出港するテレビの姿は毎日のように映し出された。まあ、この世界はそんな所だろう。謎の生命体が現れても人類は平穏である

 

 なぜ深海棲艦の話と俺が関係しているかと言えば疑問に思うだろう。実は大いに関係がある。『あいつ』は深海棲艦について研究していたからだ。再び、疑問に思うだろう。深海棲艦が出現したのは1ヶ月前だ。それなのに、『あいつ』は数年前からそのことについて研究していた

 

 深海棲艦が現れる数か月前……いや、トラック島とハワイが奪われ世界に激震が走った日よりも前の話だ。俺は『あいつ』に出会いに行った。昔からよく知っているはずだが、上手く行っていない。完全に見捨てなかったのは、クズではなかっただけ。それだけだ。そんなある日、『あいつ』が自宅の部屋に興味本位で入った事がある。『あいつ』は国の何かの研究をしていたらしいが、その中で論文と写真を見つけた。写真を見た時、俺はゾッとした。何しろそこに写っているのは巨大な砲塔やタコのようなものを被っている黒い女だった。初めは、海外のハロウィンの変わった衣装か映画の撮影に使う衣装だと思ったが、論文には機密の文字と論文にはこの人物の危険性について書かれていたため悪ふざけではないと思った。論文の内容はよく分からなかったが、この国……いや、世界に危機が迫って来るような記述だった。筆跡も『あいつ』の文字だった。これを見た時、俺は『あいつ』が何をしていたのか分かった。それと同時に、この国の嘘が見えた瞬間だった

 

 しばらくして、俺が無断で研究部屋に入った事がばれた。写真付きで。どうやって発覚したかは分からない。あの時、人はいないはず。透明人間でも雇ったのか?結局、口論となり仲が良くなることはなかった。そして、深海棲艦が現れトラック島が奪われた数日後のあの日を忘れた事はない。テレビで『あいつ』が何を研究していた事を。大本営の兵器開発にて『あいつ』が政府高官と軍のトップに対して『艦娘計画』を推し進めた事が明らかになった。しかも、新聞の見出しが『大本営に恥をかかせるために推し進めようとした欠陥計画』と何と人をバカにした記事だった

 

 『艦娘計画』がどんなものかは大まかに理解はしている。しかし、これで謎の生命体である深海棲艦に立ち向かえるのか疑問に思ってしまうものだった。実際に、マスコミはこんなやり方で深海棲艦を倒すやり方は正気ではないと強調した。一方で、大本営は浦田重工業が最新鋭兵器の開発に成功したイージス艦と呼ばれる最新鋭兵器を採用する事に決定した。マスコミも浦田重工業を称える一方、『あいつ』を徹底的に叩いた。俺も被害にあった。学校では四面楚歌。友人も交流がなくなり、陰口を叩かれる。陰湿ないじめも何度かあった。初めは怒ったが、いつまでも手を招いている訳にはいかない。かと言って自暴自棄になっても最悪の結果しか生まないため、何かしら対策するしかない。悪知恵というか、逃げるというか地味な生活を送る事にした。何も気にせず、誰とも話さず黙々と将来のために考える毎日。人が沢山居るのに、孤独とは皮肉なものだ。神は時々、皮肉を用意しているらしい。尤も、俺は神なんて本気で信じた事は無かったが

 

……『あいつ』はやはりクズだった。とんだ疫病神がいたせいで、俺の人生は貧乏くじを引いたものだ。そう思われていたが……

 

 この後は語る必要はないだろう。時雨という少女が俺の前に現れた。少女が未来は滅ぶとかそういう話はどうでも良かった。衝撃だったことは、時雨は艦娘だったという事だ。俺がおかしくなったのか……時雨は海の上をスケートのように走り、おまけに駆逐イ級3つを軽々と倒したのだ。あまりの衝撃で俺は、どうやってアパートまで帰ったのか覚えていない。気がついた時には自室で頭を抱えていた。そんな時、台所から旨そうな匂いが漂った。我に返って立ち上がり台所に急ぐ。あの少女、勝手に食事作っている!

 

 

 

 時雨は素早く艤装を外してギリーケースの中に押し込めると、フラフラと歩く提督を追いかけていった。時雨が提督に話しかけても反応せずにアパートに戻る姿は心配よりも笑いそうになる。時雨や他の艦娘達が見たこともないショックを受けた提督の姿。その姿が新鮮で声を掛けないで観察していた。提督は部屋に戻ると畳に座り込み背は壁にもたれながら頭を抱えていた。時雨は提督が正気に戻るまで待っていたが、中々正気に戻らない。しかし夕方になったため、提督のために夕食を作る事にした。食事当番をした事があるため、鳳翔や伊良湖たちには及ばないものの、料理は出来る。冷蔵庫から勝手に持ち出して料理を始めたが、料理の最中に提督が慌てて入ってきた

 

「あ、提督。正気に戻ったんだね」

 

「戻ったじゃねーよ!何、人の冷蔵庫を漁って勝手に料理作ってんだ?」

 

提督は呆れるように言っていたが、初対面の時みたいに怒ってはいない。と言う事は……

 

「提督!ようやく僕の話を信じたんだね!」

 

「はあ……途方もない話だが……あんな光景を見せられたら信じるしかないな。まさか、誰も倒せなかった駆逐イ級を簡単に倒すとは」

 

色々あって疲れたのか提督はため息をついた。もう時雨に突っかかる事もなくなった

 

「お前は……本当に艦娘なのか?」

 

「うん。提督……過去の君をサポートするよう言われたんだ」

 

時雨は嬉しかった。過去の人でもあっても、提督は提督だ。こうして再び会えたのだから

 

「未来の俺が?すると俺は本当に海軍に入るのか?」

 

「うん。でも、提督も面白いね。僕が深海棲艦を倒した時の顔……提督もあんな顔をするなんて初めて見た」

 

「悪かったな。誰だってお前が海に立って、しかも深海棲艦を倒すのを見たら驚愕するぞ」

 

 提督はこう言ってはいるが、自分達がいた世界では当たり前の事だ。艦娘はまだ存在していないのだから、提督の反応は間違ってはいないかも知れない

 

「もう少ししたら出来るよ。待ってて」

 

 

 

 小さなテーブルに時雨は料理を並べ、2人は食べる。と言っても簡単な料理だ。野菜炒めと味噌汁とご飯。今の提督は、大学生であるから仕方ない

 

「上手いな」

 

「本当!」

 

「ああ、本当だ。それで……俺に何をして欲しいんだ?未来の俺がお前を寄越したとしても、俺は学生だ。軍人ではない。やれる事は限られている」

 

喜ぶのもつかの間、最大の問題が待っていた。まずは過去の提督を説得する事に成功したが、今度は『創造主』について話さないといけない。知っているのは提督だけだ。下手すると、振り出しに戻ってしまう

 

「提督、頼むからさっきみたいに怒らないで。提督に何があったのか知らない。話してもなかったから。ただ時間は限られているんだ。だから、単刀直入に言うよ。僕達を造ったくれた『創造主』。『艦娘計画』を立ち上げた人に会いたんだ」

 

提督は食べる動作を止め、険しい顔になったが、すぐさま顔を横に振った

 

「いや、ダメだ。俺は『あいつ』が未だに――」

 

「提督!頼むよ!」

 

時雨は焦った。焦りは禁物だが、どうしても感情的になってしまう。落ち着いていられなかった。時間は僅かだ

 

「お前には分からないだろう。あいつが何をしたかなんて――」

 

「提督の過去よりも人類の未来の方が一大事だよ!深海棲艦との戦いに敗れ……僕以外は……僕以外の艦娘は沈んでいったんだ!提督も、未来の提督も死んだんだ!」

 

時雨の必死の訴えに提督は青ざめた

 

「俺も死ぬのか?」

 

「見た訳じゃない!でも僕が送り出す直前に深海棲艦が雪崩れ込むのを見たんだ!提督も他の艦娘も僕を守るために命を落として行ったんだ!」

 

 時雨は、次第に涙声になっていた。ここまで来て信用されないなんて、過去の提督は何てバカなんだろう。何を躊躇しているのだろう。証拠も見せたじゃないか!?学生とは言え、反発し過ぎだ。何でこっちの願いを聞き入れて貰えなんだ!時雨はふと思い出すとギリーケースを開け、ある物を引っ張り出し提督に渡した

 

「これは……?」

 

「提督が書いたノートと青葉さんが撮った写真、そして秋雲が描いた絵だよ。頼むから僕を『創造主』に連れていって!」

 

 提督はノートを何気に開いたが、途端に険しい顔つきになった。時折、何かつぶやいていたが、熱心に読み始めた。何が書かれてあるかは時雨は知らないが、戦闘記録か何かだろう。廊下で待っていた間の時は、ギリーケースの中のノートは読む気にもなれなかった。ただ提督に会いたいという気持ちが強かったため、未来の提督が残したノートを読む気力はなかったからだ。提督は食べ終わってもひたすらノートを読んでいた。後片付けをし、シャワーを借りて浴び終わっても提督はひたすらノートを読み没頭していた。時雨が声をかけたが、もう寝ろと言われた

 

(やっぱり、提督を説得させるのは難しいかも)

 

 人を信用させることは難しい。どんなに正論を振りかざしても相手に伝わらなければ意味がない。ただ反発するだけだ。提督が時雨を信じたのは艦娘である事だ。それ以上の事は出来なかった

 

(僕は、ここにいても大丈夫なのかな…)

 

 

 

 

 

 どれくらい時間が経ったのだろう。ふと目を覚めると部屋に提督がいない。提督の名を読んでも返事がなかった。遠くから音が聞こえる

 

……爆発音とジェット機の轟音が……

 

(そんな……)

 

 時雨は慌てて艤装を持ちだしアパートを出ると、声を失った。街が燃えているのだ。炎が夜を照らし、煙は月を覆っている。あのジェット機が飛び回り、街を無差別に爆撃している。海の方向からミサイルが飛翔し、遥か遠くの街へ物凄いスピードで飛んでいく

 

「嘘……何で……。まだこんな事は起こらない……はず……」

 

 時雨はうわごとのように呻いた。何が起こったのか分からなかった。確かなのは、深海棲艦が最新鋭兵器を我が物とし、世界中の国々を攻撃している。しかし、まだそんな日は来ていない。……来ていないはずだ!

 

「見ツケタ」

 

ゾクっとした声が聞こえた。時雨が振り返るよりも早く、強い力が時雨を押し倒し床に押さえつけられた。時雨は見た。あの戦艦ル級改flagshipだ!

 

「な、何で――」

 

「コノ時代マデ追ッテ来タンダ。部下ヲ連レテ」

 

時雨は奈落の闇に突き落とされたような気持ちになった。まさかタイムマシンが奪われたのか!?それとも、復元されてしまったのか!?

 

疑問が渦巻く中、砲塔がこちらを向いた

 

「終ワリダ」

 

「あああ…うわああぁぁぁ!」

 

時雨が悲鳴を上げた。もう終わりだ。任務は失敗した。未来の提督の足掻きも水の泡となった。もうあいつらに勝てない。姉妹や仲間達を奪ったという怒りや復讐心よりも恐怖と絶望が時雨を覆い尽くした。そんな中、何処からか頭の中で強い声が響いた

 

 

 

「あああ…うわああぁぁぁ!」

 

「おい、しっかりしろ!夜中に大声出したら近所迷惑だ!」

 

時雨は目が覚め、勢いよく起き上がった。息は荒く、体中冷や汗が流れていた

 

「提督、早く逃げないと!あいつが!深海棲艦がこの時代まで追ってきた!」

 

「落ち着け!まだ世界は崩壊していない!!」

 

肩を抑えられ、落ち着かせようとする提督。なぜ彼はこんなにも呑気に自分を気にしているのだろう!聞こえないのか、あの爆音……

 

「あれ?夢?」

 

爆音も爆発音も聞こえない。それどころか、戦艦ル級改flagshipも見当たらない。逃げる事に成功したとは思えない

 

「ああ、夢だ。もう大丈夫だ。暫くは安全だ」

 

「え?」

 

「お前の話を完全に信じなくてすまなかった。さっきまでは『あいつ』からの悪戯だと思った」

 

 時雨は見た。彼の顔に浮かんでいる表情は厳しいものではなく、柔らかく優しいものであった。微かではあるが、提督の面影が見えたような気がした。人を信じないという感じには全く見えず、時雨を真っすぐ見つめている

 

「明日、連れて行ってやる。事態は深刻だと言う事は認識した。ただ期待はするなよ」

 

時雨は涙を流した。ようやく……ようやく彼は現状を認識した。あのノートは過去の提督を説得出来る事が書かれているのだろう。そうでなければ、時雨に心配し優しく接する事はしない

 

知らぬ間に、時雨の口からはぽつぽつと言葉が零れていた

 

「このままいくと……深海棲艦が強くなっていく。一時は押し返したけど」

 

「ああ」

 

「僕達は戦ったけど、敵は最新鋭兵器を装備して僕達の仲間は次々と沈められた」

 

「ああ」

 

「提督が……未来の提督が過去を変えるために僕をここに寄越して……僕のために命を落として……提督も仲間も」

 

「分かってる。『あいつ』が狂人ではなかったと」

 

 不意に時雨の視界を覆った。提督は時雨の体を優しく抱き寄せた。過去の人間だろうが、提督は提督だった。最初は微かに漏れるだけだった声は次第に嗚咽となり、嗚咽はやがて号泣に変わっていった。大声を上げて泣きじゃくる時雨を、提督はただ黙って抱きしめていた

 

 




没シーン
提督「ところで、どんな悪夢を見た?」
時雨「深海棲艦が世界を破壊する夢だった」
提督「なるほど、審判の日か」
時雨「それから深海棲艦の戦艦ル級改flagshipが現れて僕を襲ったんだ。僕の攻撃では、倒せなくて」
提督「未来の液体型の殺人ロボットか。よし、サイバーダイン社に行って、スカイネットが生まれる前に倒すぞ」
時雨「提督、作品が違う」


 余談ですが、私は艦これとアズレン併用でやっています。しかし、アズレンも今は手に入れていない娘(赤城など)を建造&手に入れるための単純な作業ゲーに。なぜこうなったかと言うと、アズレンは撃沈要素もなければ大破中破要素もない。簡単であるため、かえってサクサクと攻略してやり切ってしまい、既にアズレン放置気味に…。今ではアズレンそっちのけで、秋イベの備えと大型建造で武蔵を手に入れるのために艦これの資源集めをやっている私です。涼月は絶対に手に入れたいので
 アズレンの中には、艦これと似たシステムが所々あるため、あまりハマらなかったという事もあるかも知れない。またレア度が高い艦より、レベルが高い低レア艦の方が強力であるため、かえってレア艦欲しいという意欲があまり沸かなかったのもあるかも……(私個人が経験した感想であるため、あまり真に受けないように)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 時雨、創造主に会う

「提督、『創造主』ってどんな人なの?」

 

「会えば分かるさ」

 

 翌朝、朝食を取りながら時雨は聞いたが、提督からは返事はそれだけだった。態度が柔軟になったとはいえ、未だに教えてくれない。時雨の顔色を見て直ぐに付け加えた

 

「心配するな。ただ……いや、未来の俺も『あいつ』が死んでも嫌っているんだなぁ、と」

 

 微笑みながら朝食を取る提督。朝食と言っても、パンと卵とサラダという質素な食事である。しかし未来の世界では、こんなものはご馳走である。時雨は食べ終わるまで感謝した

 

「未来の世界は飢餓状態に等しい状況か。未来の俺も苦労しただろ?」

 

「うん。食事も質素だったから。あ、でも誰も提督に文句言う人はいなかったよ。麦飯、沢庵、と牛缶とお味噌汁で満足していた艦娘もいたぐらいだから」

 

「それ、満足していると言えるのか?」

 

 首を傾げる提督だが、無理もない。秋月姉妹は質素な食事には慣れていたためか、艦娘の中では質素な食事だけで満足していた。彼女達の艦だった頃は、戦況がひっ迫していた状況だったため身に染みていたとの事だ。世界が違うとは言え、皮肉にも似た戦況である

 

「準備出来たら行くぞ」

 

「分かった。ところで何処に行くの?」

 

「『あいつ』は郊外の方にいる。ここから約40kmくらいだ」

 

「え?」

 

 時雨はあんぐりと口を開けた。せいぜい、ご近所近くにあると思っていたが、まさか遠くまで行かないとは思わなかった

 

「どうやって行くの?」

 

「焦るな。ちゃんと足はある」

 

提督はある物を時雨に渡した。それはバイクのヘルメットだった

 

「予備のものだ。ツーリングした経験は?」

 

そう言えば提督はバイクを持っていたんだったっけ。昔はツーリングが趣味だと言っていたような……

 

 

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん。初めてだから」

 

時雨は戸惑っていた。バイクでしかも二人乗りなんて経験した事は全くない。そのためまだ動いてすらいないのに、時雨は提督に必死に抱き付く形となった

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

「な、なななな何?」

 

「いや、何でもない。ヘルメットを被れ。警察沙汰は御免だ」

 

提督は何か言いたいようだったが、時雨の緊張している顔を見て止めた。実は彼の背中に当たっていることはあえて言わない。……何が当たっているか?

 

……胸の大きな脂肪と言えば分かるだろう

 

震える手でフルフェイスを被った時雨は、再び提督に抱き付いた

 

「運転する時に暴れるなよ」

 

「も、ももももし転んだら?」

 

「そのための艤装だろ。衝撃を和らげるってお前自身言っただろ?」

 

 バイクというのは、事故に会うとライダーは悲惨な目に会う。衝撃がモロに襲うためである。彼はフルフェイスとプロテクター付きのバイクジャケットと革パンツを着こんでいるが、大事故に会えば間違いなく病院送りだ。しかし、彼はツーリングを趣味として大学生時代によく乗っていた。大学の通学は勿論、休みには遠くまで運転していたらしい。なので、彼にとっては事故の怪我なぞ心配している暇はなかったのである

 

「た、確かに言ったけど(深海棲艦の砲撃食らっても死なないって言わなきゃ良かった)」

 

 艦娘は艤装を纏えば、人が木端微塵になるような爆発が起きても衝撃を和らげてくれる。勿論、このシステムは都合のいいようなものではなく、大破の状態だと艦娘であると無事では済まない。入渠しないと撃沈されるか最悪死ぬ可能性があるが、艤装を纏った艦娘にとって交通事故は運が悪くて中破止まりだろう。ゲリラのロケット砲みたいなものがあれば別だが、この時代はゲリラなんていない。よって時雨は艤装を纏ったままバイクの後ろに乗らされている。勿論、ヘルメットを被っている

 

「では、いくぞ。しっかり掴まってくれよ。暴れて事故起こしたらシャレにならんからな」

 

「ちょっと待って。まだ心のじゅ……うわぁ!」

 

 時雨が答えるよりも早く、提督はバイクを急発進させた。彼が持っているバイクはスーパースポーツで排気量は400cc。パワーが強く、スピードも出せる。高速道路にも走れるためツーリングには持って来いの乗り物である。初めて経験するバイクという乗り物に時雨は悲鳴を上げた

 

「止めて!止めて!大破する!」

 

「聞こえないな~」

 

「聞こえているよね!?怖いからスピードを落として!」

 

時雨の必死の叫びを無視してバイクを運転する。一般道路に出て走っても時雨は、しばらくの間、悲鳴を上げ続けた。追い越し可能な車道には自動車を追い越しながら進み、曲がり道はしっかりと車体を倒して曲がる。勿論、道路交通法はしっかりと守っているから問題ない

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 赤信号で停車し、時雨を心配する提督。フルフェイスしているため、時雨の表情は分からないが、必死に何度も頷いている

 

「だ、だだだだだ大丈夫」

 

「深海棲艦を倒す力を持つ少女がバイクで悲鳴か。こりゃ、面白い」

 

「楽しんでいたの!酷いよ!」

 

 抗議しようにも、声が上ずってしまう。艦娘は海の上に走れるが、艦をモデルにしているため艦娘の駆逐艦クラスだと約30ノット。つまり約55.6km/hの速さが出せる。しかし、海とは違う感覚であるスピードにやはり戸惑いを感じてしまう

 

「頼むからゆっくり行って!」

 

「おっと、青信号だ」

 

急発進するバイクに時雨は、再び悲鳴を上げた

 

(この道路、制限速度が60kmなんだけどな~)

 

艦娘が海上で走る速度と同等のはずだが、バイクに乗るのが初めてなのか、時雨は悲鳴を上げている。ジェットコースターに乗らしたらどう反応するか気になるが、とにかく『あいつ』の所まで行かないと。ギアチェンジしエンジンを吹かしながら、目的地までバイクを走らせた。悲鳴を上げ続ける時雨を乗せて

 

 

 

 街の郊外は、人気がない。商店街もデパートも指折りほどしかなく、住宅街が少ないため平凡な場所である。周りは畑ばかりで道路には車一台も通っていない。いや、その道路に一台のバイクが猛スピードで走っている。それは二人乗りしているバイクであった

 

 

 

「着いたぞ」

 

 バイクを止めた提督は時雨に声を掛けたが、時雨から返事はない。腕は胴体を掴んだまま離さなかったので、ヘルメットを軽くたたいた

 

「頼むから離してくれ。降りられん」

 

 しかし、時雨からは何も反応が無かったため離そうとしたが、力が入っているせいか中々、離してくれない。何とか腕を無理やり離し、時雨を降ろさせた。フルフェイスを外すと時雨はやつれていた

 

「おい、生きてるか?」

 

「うん。大丈夫。大丈夫」

 

 ブツブツ呟く時雨だが、大丈夫だろう。ちゃんと立って歩いているのだから。流石に可哀想な気がしたが、今は置いておこう

 

「ここは?」

 

「『あいつ』の家」

 

 時雨は目を上げたが、視界に映ったのは極普通の一軒家だけ。辺りを見渡したが、広大な畑と一軒家が数件あるだけだ

 

「期待外れだったか?」

 

「そんな事はないよ」

 

 時雨はそう言ったが、内心では落胆した。時雨の想像では、軍の研究員か政府関係者だと思っていた。しかし、住んでいる場所から見て『艦娘計画』を立ち上げた人が住んでいるようには見えなかった

 

「とにかく、入るぞ」

 

 提督は目の前の敷地に入り、ドアの横に設置してあるチャイムを2、3回鳴らした。しかし反応はない

 

「当然の反応か」

 

 提督はポケットに手を突っ込み鍵を取り出すと、なんとドアの鍵穴を差し込んだ。そしてカチャリと音がすると、提督はドアを開けて入ったのだ

 

「え?ちょっと待ってよ」

 

 時雨は唖然した。まさかこの家の鍵を持っているとは夢にも思わなかったのだ。急いで提督の後を追った。そのため時雨は、ドアプレートをよく見なかった。彼女が気付いていたら、驚愕していただろう

 

 

 

「おい、いるか!……全く掃除も禄に出来んのか?」

 

 提督の後を追い家の中に入ったが……部屋は広いものの、中は汚かった。ゴミ、服、日用品などは床に散乱し、食卓には新聞と食べ残しの食器が散らばっている。『創造主』にしては余りにもお粗末だ。時雨は呆れてため息をついたが、提督の怒鳴り声で驚愕した

 

「親父!さっさと出て来い!」

 

「え?えー!!」

 

時雨は思いきり声を張り上げた。予想外の人物に時雨は思考が停止状態に陥った

 

「お、親父って……提督の……お父さん!?」

 

「ああ。扉のプレート見なかったか?苗字は俺と同じだ」

 

時雨はブツブツと呟く

 

「えっと……『創造主』って提督のお父さん?では、僕は提督の……何だろう。兄妹みたいなものかな?でも艦娘と人は……」

 

「そこ、独り言うるさい」

 

 時雨の悩みを他所に提督は別の部屋に続く扉を開けようとしたが、ドアのノブを手にかける直前、ドアが物凄い勢いで開いた

 

「何しに来た、このバカ息子が!今は世界の危機を救っている最中だ!」

 

 白髪交じりで眼鏡をかけた中年の男性が現れ、提督の胸倉を掴んだ。顔は提督と似ているが、体系は肥満ではないものの、腹は出ていた。提督は掴まれた手を振りほどいたが、父親は喚いている。酒でも飲んでいたのだろうか。アルコールの匂いが鼻を刺激した

 

「こっちは研究の真っ最中だ!軍の研究を邪魔する気か!?海軍中将に向かって失礼な態度を取るとはどういう事だ!」

 

「何処が研究だ。仕事を放って置いて、昼間から酒を飲むな。少しは片付けしろ」

 

怒る父親に提督は冷たい態度をとっていた。時雨も戸惑いながらも、提督に質問をした

 

「て、提督。この人が僕達を?」

 

「ああ、そうだ。こいつは『艦娘計画』を大本営に説明したため、左遷されたイカれた親父だよ。降格処分を食らって今は『大佐』。職場も海軍工廠の責任者から海兵募集の事務所に異動させられた哀れな海軍上級士官だよ。その時のあだ名が『狂人』」

 

「黙れ!わしは志願兵を集めるよりも重要な研究をしているのだ!」

 

 提督の説明に怒りが増し、提督に詰め寄る。そして時雨の方を見たが、直ぐに視線を提督へ向けた

 

「ところでその子は誰だ!?まさか……付き合っているのか?なんてことだ!父さん悲しいぞ!わしは一生懸命研究している最中に、お前は女の子と楽しくいちゃつくとは!」

 

「誤解するな。こいつは……っておい、時雨!戻って来い!」

 

 提督は時雨を見るが、彼女はなぜか顔を真っ赤にして何かまた意味のわからない言葉をブツブツと呟いてトリップしていた

 

「提督といちゃつく……うん、別にいいよ。僕は提督なら……」

 

「いいか!未来の俺とどういう関係か知らないが、親父にさっさと説明しろ!」

 

 提督はボーとしている時雨の肩を揺さぶり叫んだが、父親は時雨が纏っている艤装を見るなり血相を変えて時雨に近づいた

 

「どけ!……ば、馬鹿な……いや、な…なぜ……!?これは夢か!!」

 

 親父は時雨の艤装を何度も触り、眼鏡を掛け直し、時雨を観察していた。時雨は観察する提督の父親に特に反応はしなかったが、時雨も提督の親父を観察していた。しばらくすると父親は聞いた

 

「お前は誰だ?」

 

「僕は白露型駆逐艦、時雨。『創造主』さん、よろしくね」

 

時雨の丁寧な返事に提督の父は額に手を当て、歓喜を上げた

 

「信じられん!艦娘が実在している!どうやって?まさかそんな……。遂にやったぞー!」

 

 提督の父親はガッツポーズして叫んだ。ここは田舎なので騒音迷惑はないが、彼の喜びはもはやガキみたいであった。余りの反応に時雨は笑ったが、息子である提督はめんどくさそうな顔をしていた。父親は呆れる息子を無視して時雨に聞いていた

 

「調べさせて貰っていいかな?」

 

「ええっと……」

 

「おい、その言い方は卑猥だ。とりあえず、話を聞け」

 

 時雨が困っているため提督は助け舟を出した。なぜ、父親は時雨を艦娘であると分かったのか理解出来なかった。まだ建造もした事もないはずだ。成功しているなら、左遷される訳がない

 

 

 

「……恐ろしい未来だ……」

 

 時雨の説明を聞いた父親は、今や恐怖に打ちひしがれていた。初めは嬉々として聞いたが、自分の息子が艦娘の司令官になる事。深海棲艦が最新鋭兵器を入手し世界を滅ぼす事、過去へ行き歴史を改変させる事を聞かされた父親は、しばらくの間、呆然としていた

 

「提督が……その貴方の息子さんが、『タイムマシン』の研究をしていたから、この時代に来れたんだ」

 

「確かにわしは研究をしていた。だが、その研究は副産物のようなものだ。しかし……本当に造れたのか?エネルギーはどうやって確保出来た?」

 

「それは――」

 

「その話は後にしてくれ。親父、何で時雨の言葉を疑いもせずに信じる?」

 

頷きながら納得する父親。時雨はホッとしていたが、彼の言葉を遮るように提督が声を上げた。彼の疑問はご尤もだ。普通なら信じる方がどうかしている

 

「そりゃ、目の前に現れたら信じるしかないだろう」

 

 未来の提督は過去の自分は信じないだろうと警告した。しかし、『創造主』である父親には何も触れていなかった。提督の父親は柔軟だ。いや、余りにも柔軟過ぎた

 

「艦娘は信じて俺へは不信とは。家族って何だろう?」

 

「おい、それはないだろ!この家から出て行ったのはお前だ!」

 

「原因はアンタだ!経緯はどうあれ、親父の失態のせいで、俺にまで『狂人』というレッテルを貼られる始末だ!」

 

 提督の言葉を発端に二人の間で口論が発生した。双方が蓄積された不満が爆発したらしい。父親は顔を真っ赤にして叫び、提督も負けじと吠えながら罵った。時雨は2人の口喧嘩に戸惑いながらも何とか抑えようとしたが、熱くなった議論を抑える手段など知らない

 

 

 

止まない口げんかに遂に……遂に時雨も怒った

 

「いい加減にして!」

 

 時雨は叫んだ。この時代に来てこれと言った目ぼしい事はしていない。時雨が出会った人は皆、自分勝手だ。迫る危機をどんなに説明しても事態は、一向に改善されない

 

「僕は……僕はただこの時代に来て遊びに来たんじゃない!建造された日からいきなり仲間を失って、負け続けて、最悪な事が起ころうとしている時に、どうして仲間割れするんだ!僕達でもそんな仲違いするような事は無かった!」

 

 艦娘達は一人一人個性があり、着ている服から喋り方まで十人十色だが、流石に大喧嘩する程、仲が悪かった事は一度もなかった。同じグループにいる艦娘は助け合い、話し合い、信頼しる仲間・・・・・・家族に近い存在であり、どんな理不尽な命令でも実行して来た。艦の記憶で軍隊というものを知っている事もあり、団結心はあった。未来の提督も深海棲艦が最新鋭兵器を持っていなければ有能だったであろう。でなければ、逃げ出す事はしなかったはずだ

 

 しかし、それは未来の提督だ。目の前にいる男性は、姿は似ても提督ではなかった。『創造主』である彼の父親も失望していた。『創造主』も結局は力もない、ただのイカれた中年男性だった

 

「もういいよ!勝手に喧嘩して世界が滅ぶのを眺めたらいいさ!」

 

 呆気に捉える2人を置いて時雨は外に出た。外はいつの間にか雨が降っており、時雨の心を現しているようだった

 

「雨は……止まなくていいよ」

 

まるでシャワーにでも浴びるかのように雨に濡れながら時雨は暫く外に立っていた

 




・オマケ
提督「バイクで『あいつ』の所まで行くぞ」
時雨「提督、頼むから安全運転でね!」
提督「何言ってるんだ。結構、乗り回しているから心配するな」
時雨「警察に捕まったり、事故を起こしたりしないで!」
提督「分かってる。お前こそ手を放すな」
時雨「絶対、人格や顔つきが豹変したり、デュエルを始めたり、特撮ヒーローに変身したりしないで!それと道間違えて丘乃上女子高校へ行ったりしないで!」
提督「一体、何の話をしているんだ?」


私の友人に400ccのスーパースポーツのバイクを持っている人がいます。昔誘われ、二人乗りで友人のバイクに乗った事がありましたが、楽しかったです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 未来の記録1 ~落日した世界~

ここから過去編というより時雨が知らない未来の情報が明かされます


雨が降り続ける一軒家の庭に一人の少女が座っていた。濡れても気にならないのだろう

 

「雨はいつか止むさ」

 

 いつも口癖に言っている事だが、今では降り続けようが、止もうがどうでも良かった。未来の提督から託された任務。しかし、その願いも水の泡と化するだろう。過去の提督は無能。その父親である『創造主』も同様。しかも、軍では降格処分されている。とても艦娘を造った人物とは思えなかった。明石や夕張のような機械をいじる人には到底、見えなかった

 

「僕は何のために建造されたんだろう?」

 

不意に口走った言葉。自分は普通の人間とは違う。工廠で産まれた

 

 艦だった頃の世界で国のお偉いさんから人や国を守るために存在すると言われたような気がしたが、今ではそれが疑問に思えて来た。深海棲艦に対抗出来ないのであれば、他の手段を考えようとしなかったのか?浦田重工業がいい例だ。詳しい事は知らないが、浦田重工業は深海棲艦を撃破出来る兵器、イージス艦を造った。つまり、深海棲艦を倒せる手段を持っている事になる。また未来では、一部とはいえ何故か艦娘を叩く団体がいた。海軍軍人の中にもいたらしい。時雨を始めとする艦娘達は理解が出来なかった。敵よりも味方を敵視するとはどういう事なのか?そして、深海棲艦からの攻撃を受けると何故か防げなかった艦娘を批判する。意味が分からなかった

 

 僕達は不要なのか?そんな奴らを守る価値があるものなのか?命よりもプライドや差別が大事なのか?艦娘が嫌いなら望み通り消えよう。あの親父に『艦娘計画』を廃止するよう進言し、自分は隠れて生きる。深海棲艦から攻撃を受け、人が大勢死のうが僕には関係ない

 

「提督は僕達を……艦娘を嫌っていたのかな?」

 

何気に呟いた言葉。それに応えた者がいた

 

「それは違う」

 

時雨は後ろに振り返ると提督がいた。雨にうたれながら。いつからいたのだろう?

 

「さっきはすまない。俺は……未来の俺と違うかも知れない。まだ軍人にもなっていないから。でも、これだけは言える。俺はお前達である艦娘を嫌ってはいなかった」

 

「どうして分かるの?」

 

「お前に渡されたノート。あのノートは助けを求めていたものが書かれていた。その様子だとまだお前は読んでいないようだ。中に入れ」

 

 

 

家の中に入り、濡れた身体を手入れすると提督はノートを持ってきて時雨に渡した

 

「このノートは戦闘記録じゃない。日記のようなものだ」

 

時空転移した直前に、ギリーケースに入れた数冊のノート。その一つが時雨の手元に渡された。時雨は一瞬迷ったが、ノートを開いた

 

 

 

 

 

○月×日

 

 親父は実家で深海棲艦に殺された。警察の調べだと、戦艦ル級改flagshipがやった事だと。深海棲艦の猛攻により、浦田重工業が壊滅した今では、深海棲艦にとって『艦娘計画』は邪魔な計画らしい。だから、国は親父が提唱した『艦娘計画』を再開させた。但し、形だけ。深海棲艦からの脅威にさらされている人々を安心させるためのデマだった。俺は海軍に入隊したが、士官学校で聞いた時は呆れた。親父が死んだ後もバカにする海軍だ。そんな事をする暇があるなら深海棲艦を倒す手段を見つけろよ、と鼻で笑った

 

 

 

○月×日

 

 実は『艦娘計画』の研究機関は海軍の技術部門の小さな部署だった。そりゃ、そうだろう。艦娘なんて架空の存在だったのだから仕方ない。士官学校を卒業したら、上から問答無用でそこへ放り込まれた。部下も居ず、自分ただ1人。俺の経歴を見たのだろう。これが我が家の伝統らしい。軍に入っても味方もいない。人を寄越すよう頼んだが、検討するという一言だけだった

 

 仕事は……ただ座って何か新兵器のアイデアを閃く事。それしか出来なかった。軍の開発部門なのに機械も工具もない。他の部署から借りようとしたが、あっさりと断られた。元は親父の職場だったらしいが、今では左遷の場所らしい。まあ、期待はしていなかった。暫く様子を見る。何もやる事がないなら辞表を書いて、提出しよう

 

 

 

○月×日

 

 ある朝、目を覚ましたら妖精と呼ばれる小人が現れた。信じられるか?妖精が実在しているんだぞ?目を疑ったよ。そいつが言うには、親父の遺言と遺産を受け取って欲しいと言われた。俺は断ったが、妖精は何か魔法か何かをかけけ無理やり外に出かけさせた。俺は仕方なしに妖精の指示通りに進んだ。実家とはかけ離れた場所にある一軒家を見つけた。苗字も違うから引き返そうとしたが、妖精には俺に説明した。あれは偽装だと。中に入ると、俺は驚いた。改装したのだろうか?中は研究施設になっていた。小さな砲か船の形のようなものが沢山転がっており、綺麗にまとめられた論文の用紙がたくさんあった。妖精の言うには、艦娘を建造してくれと。必要な施設は全てそろえてあると

 

 俺は妖精の要望を受け入れた。やっと……やっと人生を変えるチャンスを手に入れた。深海棲艦を倒し英雄になって見返してやれる事が出来る。このチャンスを逃す訳には行かない

 

 

 

○月×日

 

 親父は狡猾だった。初めは艦娘なんてバカげたアイデアだと思っていたが、規模を見る限り本気だったらしい。研究施設を別の場所でやっていたのは確かだ。深海棲艦もここが『艦娘計画』の研究施設とは知らないらしい。それとも本人さえ殺せば、それで終わりと思ったのか?分かっている事は、ここが無事という事は親父を殺した犯人は、此処の事は何も知らない。しかし、これからも全くばれないという保証はない。論文の内容はチンプンカンプンだったが、何とか理解してさせてみる

 

 

 

○月×日

 

 全てを理解するのに一ヶ月くらいかかった。親父は正しかった。憎んだ俺が馬鹿だった。研究は俺が引き継ぐ事にした。理論は別として、残念ながら資金も物資も少ない。少なくとも援助は必要だ。しかも、信頼出来そうな組織か集団で。どうすればいいのか?

 

 

 

○月×日

 

 海軍はダメだったため、陸軍に頼むことにした。当時の陸軍と海軍の関係はあまり良くなかった。なぜなら深海棲艦のお蔭で陸軍は完全に蚊帳の外だったからっだ。ダメ元で頼んだが、何処も断られた。全てを諦めていた時にある所から声を掛けられた。それは……残念だが、本人要望のため記す訳にはいかない

 

 

 

○月×日

 

 親父が残した『艦娘計画』を再稼働を任された俺は、陸軍の援助により建造する事に成功した。工廠から出て来たのは、5人の少女。駆逐艦と呼ばれる艦娘だった。名前は「吹雪」「叢雲」「漣」「電」「五月雨」。初めはマジックか何かかと思ってまじまじと観察していたが、叢雲に叱られた。まあ、そうなるな

 

 

 

○月×日

 

 海軍の上層部に『艦娘計画』が成功し、上層部に伝えた。しかし、返事は相変わらずだった。そこでデモンストレーションを行う事にした。作戦名は『東京湾駆除作戦』。ネーミングセンス無いと吹雪と電に言われたけど無視した。当時、東京湾一帯は駆逐イ級と軽巡ホ級が沢山いたが、吹雪達にとっては練度次第では撃破可能だったため心配は無かった。しかし、数が多すぎたため東京湾にいる深海棲艦を全て駆逐するのは容易ではなかった。24時間交代勤務で10日間連続出撃となってしまった。全て終わった時には、吹雪達も俺も疲労困ぱいになって2日間動けなかった。後で彼女達を慰めるのに苦労した

 

 

 

○月×日

 

 『東京湾の駆除作戦』の成果は絶大だった。マスコミも躍起になって深海棲艦が撃破される光景を報道し始めた。世間は艦娘の話題で持ちきりだった。これまで冷たかった海軍の上層部は、手のひらを返したように優しく接して来た。お偉いさんが来て是非ともお国のために戦ってくれと。ただ……条件が気に喰わなかった。簡単に言えば、俺抜きで艦娘を管理するという内容だった。謝罪も恩恵もなしというおまけ付き。流石に俺も怒った。議論も平行線。上層部の言い分は、指揮系統が乱れるからというものだったが、こっちの知った事ではない。翌日、俺は辞表を出し吹雪達を率いて軍を辞めた

 

 

 

○月×日

 

 軍を辞めたお蔭で住む場所は、父が残した研究施設だった。そりゃ、5人の艦娘の面倒を見る広さの家なんてない。幸いと言うべきか、父親の遺産のお蔭で生活は出来る。しかし何かしらしなければ蓄えは無くなり、いずれかは生活に支障が出る。電や叢雲からは不満が出ているが、こちらも何も考えがある訳ではない。海域を解放して民間船舶を護衛する代わりにお金や資源を貰う。万が一、急襲された場合、補償金を支払う。所謂、民間軍事会社を設立させた。まだ近海海域しか解放出来なかったが、それでも海運会社にとっては嬉しい話だった。艦娘5人の考えは様々だった。しかし、みんな俺についていってくれた。利益は……雀の涙だった

 

 

 

○月×日

 

 色々と問題が抱えていた。建造で多くの艦娘が着任して来た。既に20人もの艦娘が俺の周りにいた。頭が痛いのは戦艦と空母だった。特に空母は使いまわしが良い代わりに補給が大変だった。しかし、運用次第で何とかなるだろう。海運会社の連中と上手く行っているが、何を思っているのかは知らない。海域の解放はこちらの事情もあり、本土から近い海域しか出来ない。海運会社は遠くの海域の解放を望んだが、俺は拒否した。予算も資源も満足出来ない今では、無理な話だった

 

 

 

○月×日

 

 建造は暫く中止した。これ以上、増やしても負担が増えるだけだった。赤城と加賀は軍と関係改善を望んだが、俺は頑なに拒否した。長門も素直になればいいのにな、と言う始末だ。俺がなぜこんなにもなってしまったかと言うと、やはり条件が気に喰わないからだ。また、精神論やプライドで頭が固い連中に引き渡しても無駄だと感じた。艦娘の運営を知らないからだ。従来のやり方と違うと数時間説得しても無駄だろう。確かに艦娘は深海棲艦を打ち負かす力を持つ。しかし艦娘は無敵ではなく、そんな都合の良いものでもない。親父の『艦娘計画』を理解出来ない組織が、艦娘を理解出来る訳がない。無駄に命を散らすだけだ

 

 

 

○月×日

 

 ある日、研究施設の警備に当たっていた川内から連絡があった。海軍軍人らしき人が来ていると。俺はいつでも攻撃出来るよう指示した。と言っても無力化だ。殺人は考えていない。玄関に現れたのは士官学校時代の教官だった

 

「どうぞ、お上がり下さい」

 

「今日は話し合いしに来たんじゃない。頼む。艦娘を海軍に編成させろ」

 

教官は俺を無視して話を薦めた。大淀の薦めにも断った

 

「お断ります」

 

「お前は事態を理解しているのか?」

 

「理解しています。遠くの海で海軍が深海棲艦を撃破したというニュースが沢山入って来ています。朗報の話ばかりです」

 

「いい加減にしろ!嘘情報を真に受けるのか!」

 

教官は怒り任せに怒鳴ったが、とっさに口をつぐんだ。近くにいた艦娘も聞いていたからだ。その場にいた吹雪と叢雲は頭を振り、加賀も長門もやっぱりな、という顔をして部屋の奥に引っ込んでいった

 

「本音が出ましたね。あんな連中に命を懸けてまで守る必要はない。別に国や軍が嫌いだからではない。気に喰わないだけです」

 

「だとしてもやるべきことは分かっているはずだ」

 

教官は鋭い声で俺に指摘する。虚仮にさえたと感じているらしい

 

「分かっています。海域を解放し、民間船の往来を可能にしています」

 

「お前のやっている事は、深海棲艦を撃破出来る力を商売道具に使っているだけだ!」

 

「そうです!それの何が悪いんです!?」

 

俺も叫ばずにはいられなかった。確かにやっている事は誇れるものでもない。しかし、今の状況では国のエゴのために艦娘をタダで与えているようなものだ

 

「大本営も国内世論も艦娘は、国が管理すべきだと。万が一、街が攻撃を受けたらどうする?国民の命を何だと思っている?」

 

「事情も知らない人達がいくら喚いても無駄です!特殊な仕事を理解出来ない人が上手く運営出来る訳がない!国民の命?私や艦娘を非難した人々に命を捨ててまで守る価値なんてあるのですか?それに深海棲艦は陸地に攻撃して来ない。なら、そこまで過剰に守る必要はない。大規模攻撃を受けたなら別ですが」

 

 実は『東京湾の駆除作戦』にはとんでもないオチがついた。ある日、ある新聞社がとんでもない記事を発表した。『艦娘の正体は魔女か?』。内容は俺が黒魔術で悪魔を契約を交わし、異世界から誕生させた悪魔の子だと。勿論、根も葉もないデマだ。しかし、世論はそれを鵜呑みにした。特に街に外出した艦娘が石を投げつけられるなど酷い目に合わされた。人種差別に似た行為に俺は怒り、活動を一切停止した。流石に海運会社は真っ青になって頭を下げてくれたが、マスコミを始め何も手を討たない大本営から謝罪の言葉は全くなかった

 

 

 

 教官は苦虫を噛み砕いたような顔をしていた

 

「お前のバックに陸軍がいるようだが、その陸軍もお前を裏切る可能性だってある。国の敵になりたくないならーー」

 

「その時は彼女達と一緒に小笠原諸島に逃げます。深海棲艦を撃破出来る力を既に持っているなら簡単に追いつけるでしょうね」

 

 あっさりと返された反論に教官は、狼狽した。実はこの時、俺が反逆罪か何か指名手配されたら、艦娘全員引き連れて小笠原諸島の何処かの島に逃げる事になっていた。小笠原諸島の島民は、既に避難しているため無人である。深海棲艦を撃破する力を手に入れるには、通常兵器が一切効かない深海棲艦を何とかして海を渡らなくてはならない。本当にこんな事になったら、大本営にとっては皮肉だっただろう

 

「親父の件以来、あの日からずっと孤独だった。逃げずに地道な人生をした。離婚し別居している母が買ってくれたバイクでツーリングする事だけが唯一の楽しみだった。だが、俺は間違っていた。罪滅ぼしのために計画を成功させた。しかし、親父が世界の悪夢を終わらせようとした計画をあんたらは今も笑った。守るための戦力を拒否したのはあんた達だ。謝罪もこちらの要望もなしに艦娘を無条件で寄越せ、という考えは同意できない。自業自得だ」

 

「歩く兵器を野放しには出来ないんだ!それを……」

 

教官はそれ以上、言う事は無かった。突然、糸が切れたかのように教官が倒れ込んだ。神通が後ろから気絶させたのだ

 

「何をしているんだ?」

 

「もう十分でしょう。貴方の気持ちが少し分かったような気がしました」

 

「教官を放り出してくれ。話し合う事はない」

 

 

 

○月×日

 

 今いる艦娘全員を集め、議論をした。と言っても、今後どうするかである。教官が口を滑らした事で艦娘も海軍の傘下に入らないという意見が多かった。と言うのは、艦娘は艦だった頃の世界について話していた事から大まかな歴史は理解出来た

 

 大東亜戦争と呼ばれる戦争で思う事は特にない。当時の人間でなければ分からない事があるのだろう。しかし、この世界で日本と戦っている相手は深海棲艦だ。一丸となって戦う体制すら出来ていない

 

「でも、薄々気付いていたわよ。お姉さん、これでも大本営の考えなんて手に取るように分かるわよ」

 

「なら、今の現状は分かるはずだ。お前達が艦だった頃の世界は、アメリカと戦争していたようだな。こっちは深海棲艦が現れたせいか知らないが、大東亜戦争は起きていない。でも似たような状況だ。少数精鋭であるお前達、艦娘を大量喪失するような真似をされたら、それこそ勝てない」

 

陸奥の口ぶりに俺は、ため息をつきながら答えた。国のエゴに利用されるのは別にいい。問題は戦いのやり方は、艦娘が艦だった頃の日本の考えと酷似している事だ。精神論で戦争に勝てるのであれば、誰も苦労しない。一般人に銃を供給して引き金の位置を教えて前線に送ればいいというものではない。人命を度外視した人海戦術なら別だが、これを実効する者は相当イカれているだろう

 

「『艦娘計画』で説明したのか?」

 

「何回もだ。だが、上は一向に理解しようとしない。プライドが高いんだろう。柔軟な対応が出来る軍人や政治家は、この国にはいないようだ」

 

長門も呆れていた。ここまで酷いと、どうする事も出来ない。大本営、いや、人は痛い目や現実を見ないと考えを改める事が出来ない。それが大きな組織となると手が付けられない。これは散々な人生を経験した自分でもよく分かる。特に変化を望まない者にとっては

 

「でも深海棲艦が本土を攻撃されたら、こちらのせいにされてしまいます」

 

「大淀、その時はこう言うぞ。『だから言ったのに』」

 

全員が噴き出した。冗談はさておき、本当に深海棲艦が本土を攻撃して来たら、大淀の指摘された事にだろう。しかし、深海棲艦はなぜか陸を攻撃しない。近海にいる駆逐イ級ですら、船は攻撃しても陸に向かって砲を一発も放たない。これがこの世界の常識だ

 

 

 

○月×日

 

大本営の対応が急激に変わったのは『艦娘計画』が成功してから七か月後。またしても軍の使いが来たが、今度は様子がおかしかった。元帥、大将クラスの海軍の総司令官クラスと政府高官が数人。そして……外国人だろうか?軍服を着た白人の男性が数人いる

 

「今度は何ですか?」

 

「お願いだ。力を貸してくれ。お前の要求を受け入れる」

 

元帥の予想外の口ぶりに俺は、内心驚いた。組織はこうも変わるものだろうか?

 

「では、中へどうぞ」

 

俺は研究施設へ招き入れた。椅子に座らせ、話を聞く事にした。天龍と龍田を後ろに付かせたが、護衛みたいなものだ。ここにいる人達なら、彼女2人で取り押さえられるだろう

 

「君達、刀と槍をしまってくれないかな?」

 

「心配しなくても天龍と龍田の2人は私が命令をしない限り、貴方達を切りつけたりはしません。それで何の話です?」

 

海軍大将は時間の無駄だと感じたらしく、彼女二人の凶器を指摘するのはやめ、話始めた

 

「状況は深刻だ。深海棲艦の数は増え、地球の裏側まで進撃した。スエズ運河は敵の手に落ち、既に大西洋まで進出している。報道されていないが、欧州とアメリカの東海岸が攻撃を受けている」

 

俺は耳を疑い、目を光らせていた天龍も龍田も顔を見合わせた

 

「深海棲艦は陸地を攻撃しません」

 

「深海棲艦の戦艦タ級とル級がロンドンとニューヨークに砲撃の雨を降らせ、死傷者を多数出した。浦田重工業が壊滅した現状では、あいつらを撃破する力はない」

 

海軍大将は米国軍人である事を紹介し、その米国軍人は懐から数枚の写真を取り出した。海にずらりと並ぶ深海棲艦に、ニューヨークを攻撃する様子、テムズ川をさか上り、ロンドンを攻撃する深海棲艦。攻撃を受け、自由の女神やビックベンが倒壊する写真……

 

「今から2週間前に深海棲艦は、アメリカやイギリスに大規模な攻撃を仕掛けて来た。工場、高速道路などの交通機関、軍港や飛行場などの軍事施設。ニューヨークやロンドンの住宅街を大規模な破壊をもたらした、という情報が来た」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい」

 

俺は戸惑いを覚え、海軍大将の言葉を遮った。今の話だと、深海棲艦はアメリカとイギリスを徹底的に叩いている事になる

 

「更に攻撃を受ける以前に、米英の政府高官や軍のトップが暗殺されるケースも多発している。米大統領も殺されそうになった。深海棲艦の艦載機から執拗に狙われた。軍のトップを失った事で現場や兵士達に動揺が広がっている」

 

「ただ海上封鎖しているだけの敵が、突然戦い方を変えたとお考えなのですか?」

 

「そうとしか考えられない。今までにない現象だ」

 

海軍大将は大淀が出してくれたお茶を飲み干した

 

「今では、ヨーロッパの沿岸と北米の東海岸が火の海だ。昼夜に続く深海棲艦の空襲と艦砲射撃で各国は混乱している。民間人は逃げ惑い、各国の政府は対応に追いつけない。一部の地域では暴動や略奪が発生している」

 

「お言葉ですが、こちらからは何も出来ません」

 

「いや、あるんだ。『艦娘計画』のノウハウを提供して欲しい。そのノウハウを欧州とアメリカに輸出する。もうこれは国の問題ではない。人類の危機なのだ」

 

海軍大将は必死に訴えていた。話し合いを見ていた艦娘達も唖然としていた。ここまで酷いとは思わなかっただろう

 

「私に何をしろと?世間からは『狂人』と罵られ、軍からは厄介者扱い、『艦娘計画』を嘲笑った人達が、今さら助けを求めても私は何も出来ません。そこのアメリカ軍人は、私に頼まずスーパーマンでも来てもらうよう願った方が早い」

 

日本語が分かるのか、米国軍人はむっとした。海軍大将は冷や汗をかきながら急かすように頼んだ

 

「君の怒りは十分に分かる。経歴を見た。ただ、それでも力を貸してくれ。もう……我々もお手上げ状態だ」

 

海軍大将は暗い表情になっていた。演技ではない。やつれている姿は、本当に追い詰められた状態だろう

 

「君を艦娘の指揮官として任命したい。所謂、提督だ。階級、基地、戦うための必要な物資は提供する。指揮系統はこちらが何とかするし、過度な干渉もしない。その代わり――」

 

「艦娘を建造するノウハウを輸出したい……ですか。いいでしょう。しかし、どうやって輸出する気です?」

 

「ヨーロッパへは大陸経由で運ぶしかない。アメリカへは無理だが、ここで建造してアメリカへ送り出すしかない。ここにいる米国軍人は限られた安全空路を命懸けでアメリカから日本に来た。だが、その空路も今はもう敵の支配下だ」

 

 予想外の口ぶりに俺は、唖然とした。そこまで追い詰められているのに、報道では楽観しているどころか、危機感すら伝えられていない。国民に真実を伝えないのはどういう事か?しかし、ここでこれを批判しても、俺にはどうする事も出来ないし、向こうの問題だ

 

「いいでしょう。では、私からもう一つ条件です。『艦娘計画』に反発する団体や政治家やマスコミなどあらゆる組織は、排除して下さい。軍人もです。それができなければ協力は無理です」

 

 結局、この要望は全て通った。海軍の傘下に入った事に艦娘達は喜んだが、俺は違った。要望がすんなりと通ったという事は、事態がそれほど悪化していると言う事だ

 

 

 

これで深海棲艦を倒す事が出来る。そう思っていたが、何故か俺は素直に喜べなかった。深海棲艦の戦い方の変化に一抹の不安を感じた

 

 

 

嫌な予感がする

 

 

 

俺の考えすぎだといいが……

 

 




艦娘計画を成功し、ようやく軍に迎え入れた提督だが……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 未来の記録2 ~悪夢~

 時雨は淡々と読んでいた。未来の提督は、艦娘を大切にしていた。ただ人間のように接するだけでなく、戦い方まで熟知しているようだ。己自身、勉強したのだろう。提督の活動に感心はしていたが、ある日付の記録からガラリと変わった記述を見て背筋が寒くなった

 

 

 

○月×日

 

「私たちの出番ネ!Follow me!皆さん、ついて来て下さいネー!」

 

 佐世保鎮守府から金剛が掛け声を掛け声を上げて出撃し、一航戦である赤城と加賀、阿武隈、愛宕、睦月は追従するように敵の支配下である海域に向かった。事態は一刻も争うため出撃は、昼夜交代で任務を行っている。遠征も大忙しで、資源を調達していく。生活も活動も変わった。俺は海軍に再入隊という形で再び軍人になったが、以前とは違い待遇も変わっていた。基地も佐世保鎮守府を提供してくれたので喜ばしい事だった。今の俺は軍服を着ており、艦娘を指揮する『提督』となった。ただ艦娘の間では『提督』以外に『司令官』、『司令』など呼び名は様々だった。中には『クソ提督』や『ご主人様』と呼ぶ人もいたが、気にしなかった。以前までは、名前で呼ばれていたのだから

 

 

 

○月×日

 

 資源も戦力も余裕が出て来たため、こちらの規模は拡大していった。海戦は善戦し、海域は次々と解放して行った。こちらが要望していた艦娘を嫌う団体や軍人はこちらには来なかったし、抗議の電話すらなかった。圧力もあるのだろう。マスコミは艦娘を持ち上げる内容ばかりだ

 

「司令官さん、どうしました?」

 

「いや、今日はいい天気だなぁって」

 

 今日の秘書艦の当番は鳥海だ。暇さえあれば、俺は窓の外から海を眺めていた。気になっていて声を掛けたようだ

 

「吹雪と五月雨が言っていました。司令官さんは何から恐れていると」

 

「俺が?まさか!」

 

 俺は笑い飛ばしたが、実は内心はそうではなかった。吹雪も五月雨も初期艦だ。長い付き合いで俺を観察した結果だろう。五月雨は間違っていない。実は気になっている事がある

 

 

 

あまりに……余りに上手く行きすぎている……

 

 

 

 敵が手を抜いているのか、と思うほど連戦連勝しているのだ。損害は酷くて中破止まり。敵の主力艦隊が大西洋にいるという事なら納得するが、俺はそうとは思えない。しかし、艦娘を率いている者が不安な顔をしてはいけない。変な噂が流れかねない。青葉が喜ぶのは別の話だ。海域を解放し嬉々して変える金剛達を迎えるために港に行かなければならない

 

 夕食の食堂では、楽しい会話が聞こえて来る。金剛と榛名が戦果を語り、加賀と瑞鶴は相変わらず、いがみ合っている。無断で飲んでいる隼鷹と千歳には後で叱っておこう。でも、暖かい空間だ。これがいつまでも続きますように

 

 

 

○月×日

 

 俺の……俺の嫌な予感は的中した。海軍に編入されてから5ヶ月後に異変が起こった

 

きっかけは哨戒任務だった伊号潜水艦であるはっちゃん、イク、ゴーヤとあだ名がついていた伊8、伊19、伊58が行方不明になった。しかも、ゴーヤからの通信がこれだ

 

 

 

「イクとはっちゃんが正体不明の回転翼機の攻撃を受けたでち!」

 

 

 

 正体不明の回転翼機とは何か全く分からなかった。再び問い合わせたが、音信不通。俺はすぐさま救助を出すよう指示した。しかし、どんなに探しても彼女達は見つからない。ソナーも引っかかりもしなかった。それでも、皆は諦めずにゴーヤ達がいたであろう海域を二日間探したが、彼女達は見つからなかった。代わりに捜索していた二式大艇があるものを拾ったと秋津洲が伝えた

 

 それは……ゴーヤが髪につけていた髪飾りだった。髪飾りを見た潜水母艦である大鯨は気を失い、艦娘からは悲鳴が上がった。仲の良かったイムヤである伊168は顔を覆って泣き出したため、吹雪達が励ましながら艦寮に連れて行かれた。俺は今までにない出来事に呆然としていた。ゴーヤの安否よりも通信内容が酷く気になった。敵の駆逐艦か軽巡かによって攻撃を受けたならともかく、通信で送った内容である『正体不明の回転翼機』だ。敵の新兵器か何かか?しかし、そんな兆候も情報も一切なかった

 

その日の夜は、俺は眠れなかった。一抹の不安が心に張り付いていた

 

 

 

○月×日

 

 翌日、俺は艦隊を再編成して出撃するよう命じた。任務は2つ。ゴーヤ達が行方不明となった海域を再調査する事。そして、もう1つは敵の新兵器について探る事。敵は新型の航空機、最新鋭の対潜能力を持つ回転翼機を導入したらしい。必ず母艦がいるはずであり、捜索するよう命じた。可能であれば鹵獲、不可能なら回転翼機の撃墜か母艦の破壊

 

 

 

編成は霧島、瑞鶴、隼鷹、利根、五十鈴、初霜

 

 

 

 全て改二に改装され、瑞鶴は装甲空母になっている。艦載機も烈風や流星改など最新鋭の艦載機を搭載し、霧島には試作35.6cm砲など強力な装備をしている。瑞雲など保有している航空巡洋艦である利根もいる事から、例え急襲されても対応出来るだろうと考えていた。昨日までヤケ酒を呑んでいた隼鷹に活を入れて出撃させた。後は成果を待つまでだ。無事で祈る事しか出来ない

 

 

 

 その祈りも無駄だった。救難信号をキャッチし、直ちに金剛達に救援隊を送り出した。皆が帰りを待っている間、金剛達は帰って来た。ボロボロになった霧島達を連れて

 

「霧島が死んでしまうネー!」

 

「嘘だろ……おい!明石呼べ!至急、入渠させろ!」

 

 6人全員、大破で瀕死状態だった。弓矢は折れ、巻物は破れ、砲などの艤装は原型を留めていない程、破壊されている。高速修復剤を使ったが、6人が目を覚ます事は無かった。艦娘達の動揺が広がった。どんなことでも好奇心に駆られる青葉もこの時は、顔を青ざめているのを覚えている。俺も彼女の安否と報告が聞きたかった。敵が突然、強くなった訳を……

 

 

 

 明石から霧島達6人が意識を取り戻したという連絡を受け、俺は急いで駆けつけた。医務室の前には金剛や翔鶴などの霧島達の姉妹艦がいた。俺の姿を見るなり、一斉に質問攻めを受けた。しかし、聞くことがあると言って半ば強引に医務室に入り、扉を閉めた。

 

無理に明石に頼み、何とか6人との面談の許可を頂いた。早速、霧島達の事情を聞いたが、とても信じられない内容だった

 

「軽巡3と駆逐艦3の水雷戦隊にやられただと!」

 

大艦隊か強力な深海棲艦が現れたと思いきや、予想外の敵の規模に叫ばずにはいられなかった。騒がしかった外では、一瞬の内に静まり返った

 

「何でやられた?敵の軽巡の砲塔なんてしれているだろ?」

 

「敵は飛び道具を持っていました。噴進弾…ロケットのようなものです」

 

霧島は声を震わしながら報告して来た

 

「ロケットのようなもの?どういう意味だ?」

 

「瑞鶴の偵察機が敵の艦隊を見つけ、私達はその敵艦隊に攻撃を仕掛けました。瑞鶴と隼鷹、そして利根に攻撃隊を発艦させて航空戦を仕掛けました。しかし、どうやったか知りませんが、瞬く間に全機撃墜されたのです。やむを得ず、砲雷撃戦を行うためこちらが接近すると……敵は……敵はこちらに向けてロケットを発射して来ました。海面スレスレにこちらに向かって来たかと思うと、飛び上がって襲い掛かったのです。全員が大破されるまで一方的にロケット攻撃を受けました。しかし弾薬が尽きたのか、なぜか敵は撤退しました。司令、あのまま攻撃を受けていたら私達全員、撃沈されていたかも知れません」

 

 信じられない報告に俺は頭がついていかなかった。他の五人の様子を見ると、霧島と同様に体を震わせている。たった今、幽霊を見たかのような顔だった。出撃する前まで陽気だった隼鷹も同じだ。怯えている顔を初めて見た

 

「霧島達を頼む」

 

俺はそう言い残し医務室を後にした

 

 

 

○月×日

 

 その日からは悪夢の始まりだった。偵察に出したイムヤ(伊168)が帰って来ず、出撃した艦隊は戦艦から駆逐艦まで全員大破という大敗北をした。例外はなし。一航戦である赤城も加賀も入渠した後も呆然自失だった。あの2人がショックを受けるのも初めて見た。鎮守府では野戦病院と化した。大破する艦娘が余りに多く、艦の時に工作艦を経験した事がある秋津洲も駆り出した。秋津洲も初めは難色を示していたが、次から次へと大破される艦娘を見て手伝い始めた

 

 

 

「何が……一体、何が起こっているんだ!?」

 

事態について行けず半ばヤケクソ気味に叫ぶ長門。だが、それを咎めるものはいない。誰もが同じ心境であった

 

「分からない」

 

俺はそう答えるしかない。敵の兵器が異様過ぎた。自分は何と戦っているのか分からなかった

 

 

 

 状況を調べたが、どれも信じられない兵器であった

 

 初めに、命からがら逃げた伊26であるニムは魚雷攻撃を受けたと言う。何処へ逃げても、まるで肉食獣のように追尾して来たとの事だ。岩礁を盾にして魚雷を誤爆させ、損傷を受けながらも何とか逃げ切ったとの事だ

 

 次にこちらの水雷戦隊が潜水艦による魚雷攻撃を受けた。直ちに潜水艦狩りを行ったが……こちらも驚愕するような内容だった。五十鈴や朝潮、そして海防艦である択捉達によると三式水中音波探信儀(アクティブソナー)で敵の潜水艦を捕らえたが、何と水深を約500メートル潜航しているというのだ。ゴーヤなど伊号潜水艦でもこんなには潜れない。せいぜい100メートル前後だ。しかも、この潜水艦を沈める手段が皆無だった。爆雷は水深300メートルで水圧で圧壊自爆するためだ。爆雷をばら撒いても効果がない。それどころか、雷撃を食らって大破する羽目となった

 

 一番悲惨だったのは、機動部隊だった。一航戦と五航戦を中核とした機動部隊を繰り出して鎮守府に迫る敵艦隊を迎撃に向かわせた。支援艦隊も出撃させた。資源の出し惜しみもせず全力で挑んだ。しかし、そんな猛攻を敵は嘲笑うかのようにこちらを徹底的に叩いた。敵は機動部隊を戦闘不能にした後、支援艦隊も襲い掛かった。支援艦隊である空母の飛龍蒼龍や戦艦である伊勢日向は必死に抵抗したが、それすら無駄だった。帰投した艦娘全員がダメージが大きかった。海に浮かぶのが奇跡と思われる艦娘もいる

 

 

 

 

 

「赤城、何があった?」

 

 作戦に参加した機動部隊の艦娘全員に入渠させた後、部屋に集め事情聴取を行った。傷が癒えたとは言え、艦娘全員顔を引きつられている

 

「責めるつもりはない。しかし、確認したい事がある。俺は敵艦隊を叩くために機動部隊である連合艦隊を編成した。空母4、高速戦艦に重巡、軽巡、駆逐艦を12隻編成させた。雷巡もだ。支援艦隊も長距離砲撃に特化した編成した艦隊だ。帰投した時の会話を聞く限り、全員返り討ちにあい、敵にダメージを与える事が出来ず、全員大破で帰投した。俺から言わせれば、信じられない敗北だ。聞かせてくれ。何があった?」

 

「それが……私も分かりません」

 

赤城が周りを見渡しながら、ためらいがちに口を切った

 

「彩雲が艦隊を発見して、手始めに航空戦を仕掛けました。第一次攻撃隊は敵に向けて飛び立ちましたが……敵影を確認した辺りで想像を絶する対空砲火を受けました。妖精の話では……敵は高射砲を全く使っておらず、もっぱら噴進弾。ロケットとの事でした。しかも……自分でコースを修正しながら飛んで来たのです。そのロケットで艦爆隊や艦攻隊は瞬く間に撃ち落されました」

 

赤城の口調はどこか熱に冒されたようだった。うわ言めいていた

 

「あのロケットはまるで意志があるかのように私達の攻撃隊を狙いました。運よく逃れた攻撃隊も敵の主砲と機関砲の猛攻を受けました。その主砲も機関砲も命中率が異常で、こちらの艦載機をバタバタと撃ち落されました。敵に近づけた艦載機はありませんでした」

 

加賀も話に加わり状況を説明したが、同じ内容だった。霧島達の時と……

 

「ちょっと待て。自分でコースを修正するロケットだと?そんな兵器、聞いた事がないぞ!」

 

俺は顔をしかめた。いくら何でも酷い冗談だ

 

「しかし、紛れもない事実なんです。そうでなければ、100機以上の攻撃隊が全滅する訳がありません」

 

 必死に訴える赤城に俺はたじろいだ。加賀も顔に出ていないものの、歯を食いしばっている

 

「すまない。続けてくれ。その後、どうなった?」

 

「航空攻撃が通用しないと分かると、砲雷撃戦を仕掛けるため私達は、接近しました。ところが、今度は見た事もない戦闘機が襲い掛かって来たのです。『それ』は以前の機体とは違う形をした、恐ろしく速いものです。烈風改も震電改も全く追いつけず、三式弾も摩耶や秋月達による防空艦の対空砲火も役に立ちませんでした。『それ』は私達に向かって空中からロケットを発射し、狙い撃ちされました。威力も高く、命中率もいいんです。4、5発で戦艦である伊勢日向や榛名は大破されました」

 

俺は絶句した。こんなバカげた事があるか

 

「速いって……震電改もか?」

 

「とても速かったです。あんなもの見たことがありません」

 

 赤城は声を震わせた。俺は周りを見た。二航戦も五航戦も伊勢も榛名も摩耶も同じ顔をしていた。挫折感と怒りに満ちた表情だ。俺は休むよう言い、皆を帰らせた

 

 不思議な事に、なぜか敵は止めを刺さなかった。敵が何か考えているか不明だが、ほとんどの者は生きている。帰って来なかったのは……潜水艦である4人だった。4人とも生存は絶望的とし『作戦行動中行方不明』として処理した

 

 

 

○月×日

 

 俺は先日出撃した青葉に写真を提出させ、秋雲に絵を描かせた。2人は先の機動部隊に編成し出撃させた。あの日、青葉にはカメラを持っていくのを許可した。幸い、カメラもフィルムも無事であったため現像出来た。映っていたのは従来とは違う、見た事もない艦載機。強いていうなら、矢じりのような航空機だ。もう1つは敵の姿だ

 

 軽巡ツ級だが、形や武装が大幅違っていた。従来ある砲が全くなく、12.7cm砲らしき主砲が一門だけ。しかし、艤装にロケット発射装置みたいなものが取り付けてある。アンテナらしきものが多数取り付けてあり、八角形の形をしたものが体の周りに飾られている。駆逐ニ級や駆逐ナ級にはロケット発射機のようなものを装備してある。確かに敵は変わった……

 

 

 

「2人はどう思う?」

 

工廠で明石と夕張に写真と絵を見せた

 

「どう思うって……何なんですか、これは?」

 

「俺が聞きたいのは、似たような兵器が造れるのか、という事だ。艦だった頃の世界にこんな兵器は存在したか?」

 

 2人は顔を見合わせた。艦だった頃の戦争の世界を思い出さすのは酷だが、そうも言ってられない

 

「分かりません」

 

明石は静かに言った

 

「あり得ないです。こんな兵器は見たことも聞いた事もないです。ロケットに高性能の誘導装置か何か仕組まれているとしか……本当に造れたとしたらとんでもない科学技術ですよ」

 

「何処なら造り出せる?アメリカかドイツ……もしくはイギリスの技術とは考えられないか?」

 

明石はかぶりを振った

 

「本当に実用化しているなら、私の耳に届くはずです。だって……そんな代物が造れるなら数年前に多国籍軍は、深海棲艦を撃破出来ているはずです」

 

 深海棲艦が現れた時に、国連はアメリカ軍を中心とした多国籍軍を編成した。その時の船は標準レベルだ。誘導するロケットで深海棲艦を攻撃したという話は聞いた事がない

 

「何でもいい。奴らは沈んだ船の怨念のようなものだ。『あいつ』の論文が正しければ、何かしらモデルとなった船があるはずだ。こいつらの弱点とモデルの艦を探せ。こっちでも調べる」

 

 

 

○月×日

 

 暫く出撃を見合わせた。敵が突然、強くなったからだ。しかし、資源の確保は重要であるため遠征を送ったが……帰投の予定時間を過ぎても帰って来なかった。無線の呼びかけにも応答なし。艦載機による索敵を送ったが、その艦載機も帰って来なかった。陽炎型である4人と睦月型4人、軽巡の球磨と多摩が海に消えた

 

 

 

○月×日

 

 ある大都市が攻撃を受けた。深海棲艦である戦艦と重巡による艦砲射撃による砲撃で火の海にあったとの事だ。急遽、艦娘に出撃させたが……結果から言うとほとんどの者は帰って来なかった

 

 

 

 撃沈された。今までは恐らく兵器の性能テスト。それが成功すると、もう手加減する必要はない。敵は艦娘を認めると躍起になって例のロケット攻撃を行った。近づく前に多数のロケットが襲い掛かり……扶桑姉妹と軽空母である瑞鳳と飛鷹。鈴谷、熊野、龍田そして綾波型駆逐艦数人が猛攻撃にあった。無線でリアルタイムに戦況を伝えていたが、例のロケット、矢じりのような戦闘機、そして新型の敵潜からの猛攻に会い、連絡が途絶えた。……無線から悲痛な叫びが頭から離れられなかった。陸奥は泣き崩れ、天龍を含む数人の艦娘は怒り狂い出撃しようとしていた。他の艦娘が抑え、混乱が生じている中……俺は……俺は立ち尽くしていた

 

 遠くで大淀が俺に増援を送るよう進言したが、俺は拒否した。もう……これ以上、犠牲を出したくなかった……

 

 帰って来たのは扶桑と山城だけ。扶桑姉妹にとっては幸運とも言えるべきか。撃沈されなかったものの、瀕死状態だった

 

 

 

○月×日

 

 敵は数日かけて大都市を廃墟にし、死傷者を多数出した。マスコミは防げなかった俺と艦娘を批判した。海を捜索したが、帰投した扶桑姉妹以外、生存者なし。見つかったのは、龍田が使っていた薙刀だけ。……もうのんびりとした甘い声の持ち主は……いない。もうあいつに会えない……。許してくれ

 

 

 

○月×日

 

 鎮守府は異様の空気に包まれた。犠牲が大きすぎた。たった数回の戦闘で十数人が帰らぬ人となった。明日は海軍大将が来る。なぜ来るのかは検討がつく。大淀は「提督の責任ではありません」と言われたが、慰めにもならなかった。『あいつ』……親父がいてくれたら……何で俺はあいつを嫌ったんだ?何か手がかりがないか探すために、研究施設から持ち出した論文を取り出した。詳しく読むことはないと思っていたが、この状況だ。何か秘策を考えていないか……。数ページ読んでいたが、ふとあるタイトルに目が入った

 

『深海棲艦による世界の崩壊の危険性について』

 

その論文には恐ろしい事が書かれていた。そして……

 

「提督、モデルの船が見つかりました!」

 

明石がノックもせずに勢いよく入って来た。それは……

 

「何処でこれを見つけた?」

 

「軍事機密の保管庫にありました。私がこじ開けましたが……映像がこれです」

 

「嘘だろ……」

 

「知らなかったんですか?」

 

「最新鋭兵器としか聞かされていない。マスコミは超兵器としか案内されていない。最高軍事機密と言ってな!この俺が知る訳がない!あのクソったれどもが!」

 

 

 

○月×日

 

 提督室に海軍大将と護衛が荒々しく入って来た。大淀が不在と言って誤魔化したらしいが、俺は招き入れた。不安げに見つめる艦娘を他所に扉を閉めるといきなり罵声を浴びせられた

 

「貴様、深海棲艦による艦砲射撃を阻止出来なかったようだな!街は破壊され、死傷者が多数。責任は取ってもらうぞ!艦娘は役立たずだった!失望したぞ!」

 

「ええ。責任は全て私にあります。ですが、いくつかお聞きしたい」

 

「ほう」

 

 不愉快な感情を露わにしながら、煙草を取り出し火をつけた。ここは禁煙だというのに……

 

「浦田重工業を覚えていますか?軍事機密の金庫の書類の中にこれが入っていました。その艦の名前はイージス艦。高性能な誘導装置を組み込んだロケット攻撃を得意とする軍艦のようですね。どうやってこんな化け物の兵器を造ったかは知りませんが、この軍艦は深海棲艦を撃破し追い詰めました。世界はこの軍艦を買い、各国の海軍の主力艦になった訳です。最も深海棲艦は浦田重工業を襲い、無力化する方法を見つけ海に沈めましたが」

 

「だからどうしたと言うのだ?そんなのは誰でも知っている歴史ではないか」

 

「敵はどうやったか知りませんが、イージス艦をモデルとした艦種があります。技術を自分の体に組み込んだようです」

 

 報告を受けても大将は鼻を鳴らす。なるほど。どうやら一杯食わされたようだ。敵が浦田重工業の技術を盗んだ事は知っているようだ

 

 まあ、いい。これは予想通りだ。政治家などの組織のトップが民衆の前に立つ時に見せる顔は、本来のものと全く別のものだと考えていいと聞かされたが、本当のようだ。特に何の苦労もない、あるいは自分の事を棚に上げライバルをどんな手を使ってでも陥れる者ほど、立場が弱い者に対して横暴で傲慢である

 

煙草を口にくわえライターに火をつける大将の前に例の写真と絵を見せた

 

「これは何だ?」

 

「他にも新型兵器が確認されています。敵は新型の艦載機を持っています。矢じりのような艦載機は、目にも留まらぬ速さで艦娘を襲いました。弾丸よりも速く、百発百中のロケットの攻撃を仕掛け、一方的にやられました。街の空爆も新型の爆弾が使われているのか、地下施設を破壊する専用の爆弾が確認されています。陸軍の地下施設から地下鉄まで徹底的に破壊され、地下に避難した民間人や軍人は生き埋めになりました」

 

「なに?」

 

煙草を口に運ぼうとした大将の手が止まった

 

「ロケットも種類があるらしく、それらは駆逐艦軽巡どころか潜水艦まで組み込まれています。潜水艦は魚雷どころかロケット攻撃も可能で、街にロケットの雨を降らせました。しかも奴らの潜る水深は400から500メートルです。こちらは手も足も出せず、潜水艦狩りに出た水雷戦隊は役に立ちません」

 

「ちょ、ちょっと待て!何なんだ、そのバカげた兵器は!?」

 

大将の顔は驚愕した。護衛もポカンとしており、事態についていけない

 

「浦田重工業はイージス艦だけでなく、他の兵器も開発していたかも知れません。極秘に造られたのを深海棲艦は手に入れた可能性があります。あの攻撃は、一種のデモンストレーションかも知れません」

 

「あり得ない!浦田重工業が開発したのは、イージス艦とやらだけだ!当時の社長が公開し、私も見た!」

 

「工作艦である明石や軍事産業の技術部門、そして来日した米国軍人に尋ねた所、そんな兵器は造れないとの事です。お願いです。浦田重工業が開発した兵器のデータをこちらに寄こしてください」

 

「それは無理だ!国家機密の代物だ!開発出来ない?実際に浦田重工業はイージス艦を造った!いや、兵器だけでない!あの企業のお蔭で我が国の工業力は、欧米に追いつくどころか追い越す事が出来たのだ!もう米国に怯えずに済む!我々も国民も喜んだ!経済は発展し、インフラ整備をやってくれた!国家が出来なかったことを浦田重工業は遣って退けた!浦田重工業は、我が国にとって未来だ!深海棲艦に襲われ壊滅さえしなければ、お前のようなクズを軍に招き入れるは無かった!」

 

浦田重工業を称賛する大将だが、今はどうでもいい。

 

「大将の考えや浦田重工業との癒着はどうでもいいです。所詮は企業。当時の社長は大天才だったかも知れませんが、深海棲艦を侮った。父が書いた論文を読みました。事態は深刻です。奴らは海を赤く染め上げています。変色海域も拡大しているどころか、雨まで降らしています。赤い液体は動植物だけでなく、人体にとって有害です。奴らは、この世界の住民を抹殺しようとしています」

 

論文を手渡された大将は、めんどくさそうに読み始めたが、論文の中盤辺りになると顔が見る見る青ざめた

 

「アメリカは内戦が起きそうですね。東海岸は被害を受け、米大統領は暗殺されたようです。ヨーロッパは壊滅したでしょう。最後に聞いた通信では、『赤い雨が降っている』と」

 

「ど、どうしてそれを……」

 

大将は強烈な電流に撃たれたかのように硬直した。その眼には恐怖の色に満ち、小刻みに震え始めた

 

「米国軍人が親切に教えて頂きました。いえ、ちょっとしたお話をしたまでです。それに欧州の艦娘は建造に成功したものの、戦艦ル級改flagshipを率いる艦隊によって、大半は撃沈されたと」

 

「国家機密をペラペラと」

 

大将は苦々しく吐いたが、俺はすかさず言った。もう何を言っても無駄だろう

 

「世界の危機まで国家機密ですか。マスコミが国有化された理由が分かりました。それでは話は終わりです。では私を逮捕するなり、その場で射殺にするなりして下さい。艦娘を解体したいならお好きに。どうせ、遅かれ早かれ皆死しますから」

 

「待て、どういう意味だ?」

 

予想外の答えだったのだろう。大将は信じられない目でこちらを見た

 

「そのままの意味です。深海棲艦はこちらの生物圏を破壊するための赤い水をこの世界に流しています。先程言った通り、敵は赤い水を陸地に降り注ぎ、動植物を死に至らしめています。欧州がその証拠です。いずれ世界各地に降るでしょう。おまけに強力な兵器を持っている。5年後、世界はどうなっているか分からない」

 

「ふざけるな!何のためにお前や訳の分からない兵器を持った女を軍に編入させたと思っている!?食い止める方法を――」

 

「食い止められません!もう無理です!」

 

 俺の叫び声に大将も護衛も茫然とした。楽観していたのだろう。責任転嫁さえあればいいと思っていた節があるが、現実は甘くない

 

 敵は人間ではないのだから

 

「私は、父のような博士でも専門家でもないのです!出来る事は、世界の崩壊の時間を遅らせる事か安全な所に隠れるくらいしかありません!」

 

「どうすれば奴らの目から隠れる事が出来る?」

 

衝撃の事実を聞かされ、大将は何とか気を保つと俺に聞いた。相変わらず、考えが極端だ。国民が聞いたら怒り狂うだろう。俺は一通り教えると、大将は俺に命じた

 

「今回の件は報告させてもらう。処罰はなしだ。少佐、艦娘という少女達を使って時間を稼ぐんだな」

 

 荒々しく部屋から出て行く海軍大将と慌てて追いつこうとする護衛。爪が食い込むほど拳を握りしめしばらく考えていたが、解決策が思いつかない。急にどん底に突き落とされたようだ。外の空気を吸おうと部屋から出て廊下に出ると、扉の近くに大淀と一航戦の赤城加賀がいた。3人とも顔が真っ青であるのを見ると、さっきのやり取りを聞いたのだろう

 

「海軍大将が帰られたので声を――」

 

「嘘はいい。話を聞いたのなら、偽りはない。今後、どうするか会議をするぞ。口が固い艦娘を選ぶ必要がある。真相を聞いたお前達は、強制参加だ」

 

 

 

呆然としている3人を他所に、再び提督室に入り扉を閉めると同時に、俺は叫んだ

 

「クソったれ!」




自分達の常識を逸脱した、未知の攻撃を受けた時の衝撃は大きいものです
今まで私が見てきた艦これSSにおいて、演習でオリ艦(現代兵器仕様など)がミサイルなどの攻撃を受けても、動じないどころか驚きと感心ばかりする艦娘達の反応に困惑させます

 ジパングのようにイージス艦「みらい」相手に戦ったワスプの攻撃隊などから見たら、化け物でありますが、私達から見ればただの科学技術を駆使した兵器に過ぎない事が分かります
ギャップは恐ろしいです

因みに祖母の家にホコリを被った黒電話を見つけましたが、私は数年前まではオモチャだと思っていました。日常生活も同じですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 未来の記録3 ~限られた選択~

○月×日

 

 次の日、俺は会議を開いた。信頼出来、かつ、口が固い艦娘を集めたのだ。一航戦の赤城、加賀。ビックセブンの長門と金剛に軽巡大淀。そして工作艦である明石、夕張に水上機母艦である秋津洲

 

「Shit!あの大将、殴り飛ばしたいデース!提督を侮辱するなんて許さないデース!」

 

 金剛は怒り狂ったが、他の艦娘は違った。昨日の出来事を聞いた一同は、表情が暗かった。大将よりも父が残した論文の方がショックを受けたのだ。まさか、ここまで事態が悪化しているとは思いもしなかったからである

 

「提督の父の論文が本当なら……本当に誰も生き残れない事なる。これは会議でも何でもない。今すぐに事態を皆に伝えないと」

 

「長門、伝えて何になる?」

 

俺は金剛が淹れてくれた紅茶を飲みながら呟いた

 

「大パニックになるだけだ。地下深く掘れば、奴らの目から逃れられるというのも嘘だ。自然災害ではないんだぞ」

 

後日、大将から連絡があったが、大本営の案は地下深く掘って潜り、深海棲艦がこの世界を去るまで時を待つ事。とてもじゃないが、あまりにも馬鹿馬鹿しいものだった

 

 しかも、いつ用意したのか。北海道に地下深く災害避難用の地下施設があり、そこへ限られた人達だけ住めるという事だ。一体、何のために作ったのか検討もつかない。しかし、今回はそれすら無駄だろう。いずれ見つかる。論文の最後の文は細工しておいた。気付かれても問題ない。数年後には人類は恐竜みたいに絶滅する可能性があるのだから

 

「過ぎた事を議論しても時間の無駄。貴方の父親が死ぬまで深海棲艦を研究していたのなら倒す方法だけでなく、この事態を防ぐ研究もしていたはず」

 

「あるなら俺が見つけている。もう手はない……済まない。俺が……俺が昔、親父と喧嘩さえしなければ……」

 

「提督、自分を責めないで下さい。流石に頭に来ます」

 

加賀はいい奴だ。励ましてくれるのだから

 

「もう一度、父の研究施設を調べてみる。明石と夕張と秋津洲は俺と一緒に来い。長門、俺の代理で艦隊の指揮を取れ。ただ、出撃はするな。今の戦力だと無駄死しかない」

 

 

 

○月×日

 

 俺は直ぐに父が残した研究施設に向かい、全て捜索した。全ての部屋をひっくり返し、荷物も全て調べた。鍵が掛かった複数の金庫も明石と夕張がこじ開けてくれた。しかし何も無かった。金品と工廠や艤装などの設計図。そして、よく分からない論文に札束だけ

 

「流石に無いかも……」

 

 音を上げる秋津洲に俺は、声を掛けられなかった。夕張は金庫から取り出した論文を読んでいたが、途中で放り投げた。関係ない事しか書いていなかったらしい

 

「せめて、あいつらに対抗出来る武器の設計図があればいいんだけど」

 

「大国でも造り出せなかった代物だぞ。仮にあったとしても造れるかどうか」

 

まだ夕張が読んでいない論文を手に取り、読み始めた。数枚めくると興味深い事論文が書かれていた

 

 

 

(時空?ワームホール?この原理を基づいくある可能性??)

 

 それは、深海棲艦が現れた原因について書かれていた。今となっては役に立たないが、ある記述と可能性が書かれているのを見つけると俺はこれに掛けた。もう……手はない

 

 

 

「本気ですか……」

 

その夜、俺の計画を聞いた明石は信じられない風に聞いた。2人も唖然としていた。狂気の沙汰ではなかった

 

「出来るか?」

 

「いくら何でも滅茶苦茶です!電探や大砲などの開発や改修はした事ありますが、あくまで常識の範疇です!」

 

「もう一度、聞く。造れるか?」

 

「……論文では可能性としか書かれていませんから何とも……。理論的には可能です」

 

明石は俺を信じられない目で見ていた。当然だ。俺の計画は馬鹿げている

 

「論文によると親父は深海棲艦の原因を調査している内に、信じられない発見もしたとか」

 

「提督のお父さん、本気で過去へ行きたかったかも?」

 

「さあな。恐竜でも見たくなったかもな。真相は知らないが、親父は止めた。理由は、コストがかかるのと大電力がいるためだ。だが、これしかない」

 

秋津洲も夕張も空いた口が塞がなかった

 

「でも、どうするんです?提督の父の理論が正しかったとして、過去へ行く機械は私でも造った事がありません。設計図を書いていたようですが、本当に動くとは限りません。試作すら造っていませんから。それに資源だけでなく、発電所並みの電力が必要です」

 

「援軍が必要だな。後で陸軍の奴らと声をかけよう。同意してくれるかどうか……」

 

 

 

○月×日

 

 鎮守府に戻って直ぐに集め、情報の整理を行った。しかし、反発されたのは言うまでもない

 

「提督……いくら何でも滅茶苦茶だ。変わらないどころか事態を悪化させているだけだ」

 

「テートク!私でもこれは賛成出来ないデース!」

 

「分かってる。だけど、この手しかない」

 

 長門金剛は真っ先に反対された。無理もない。時間旅行するための機械を造るために時間を稼ぐ。しかも、秘密にするため深海棲艦を倒す超兵器計画。『新型兵器』を開発しているという嘘を大本営に伝える。いや、大本営「だけ」ならまだいい。問題は陸海軍の軍人や国民どころか今集まって貰っている艦娘以外の艦娘達にも伝える事だ。艦娘達は、真相も知らずに戦う事になる。勝つという幻想を信じて

 

「提督、私はどんな命令でも従います。しかし、これは流石に同意出来ません!」

 

「艦娘に特攻するよう命じているようなものです。いいえ、それよりも酷いわ」

 

赤城も加賀も意見は同じだ。反対されて当然だ

 

「分かっている。すまない。お前達を……『あいつ』が望んだ計画をこんな形になるとは……。せめてこちらにイージス艦のような艤装があれば……。何処で道を間違えた?」

 

親父に反発して得たものは何も無かった。親父はクズではなかった。俺は聞き流し、見返してやるために家を出た。結果……艦娘計画が成功しても、既に遅すぎた。軍の思惑くらいで反発しなければ、何とか成ったかも知れない。いや、過ぎた事を悔やんでも無駄だろう。これは罰だ

 

「今すぐとは言わない。ただ保険は掛けておく」

 

誰も言わない。結局、この件は保留となった。彼女達は負けず嫌いだ。その勇気は俺も認めるものだが、今回の出来事に対してその意地は慎むべきだと思った。どんな攻撃を仕掛けても通用しない。そんな気がした

 

 

 

○月×日

 

 艦娘計画を支援してくれていた陸軍将校に現状を全て伝えた。驚く事に陸軍将校は俺の案に同意してくれた。何故かと聞かれると興味があると。親父の事を知っているらしく、以前から『艦娘計画』には興味があったらしい

 

「選択肢としては最悪だが、これしかないとなると仕方ないな。大本営は私に任してくれ。これから日本は大変な事になるだろう。暴動や略奪が起こるかも知れない。テロやゲリラは任してくれ。艦娘の護衛をしておく」

 

「しかし、貴方の部下……兵士達には何と?」

 

「私のところは大丈夫だ。ただ部隊長である軍曹が気がかりだ」

 

将校はメモを取り出し、書き留めていた

 

「あの中佐、1つお聞きになってよろしいですか?」

 

「畏まらなくていい。普通に接してくれ。何だ?」

 

俺は聞かずにはいられなかった

 

「今なら引き返せます。私のしている事は、戦争犯罪です」

 

「何だ、そんな事か?」

 

陸軍将校は笑う。別にどうでもいい、という風に見えた

 

「善か悪かはともかく、これには私なりの考えがある。お前は鎮守府を移転させた方がいい。戦力を温存しておけ」

 

 

 

○月×日

 

 大本営は俺の『新型兵器計画』に飛びついた。大本営は最優先でこちらを援助する事に合意した。……それは兵器でも何でもないのに。データも資料も出鱈目だ。しかも元ネタは、陸軍が発案した怪力光線。所謂、殺人光線だ。これを敵に照射すると深海棲艦を一網打尽出来ると。明石や夕張、そして陸軍将校には済まない事をした

 

 ある軍人は艦娘に変わる兵器だ、と言っていたが、俺は何も言わずに笑顔で答えた。人の考えは千差万別だ。しかし、深海棲艦を倒す事すら出来ない人達が、艦娘を蔑む権利などない。だから俺も好きにした。深海棲艦が目の前に現れ、その人の家族が殺されても俺は知らないし、責任も取らない。俺と同じく誤った道を進むといい。過ちであると気付いた時には、既に手遅れであると

 

 

 

○月×日

 

 敵に有効な攻撃手段がない今、撤退戦を行うしかない。大本営にイージス艦の兵器データを寄越したが、信じられない事実があった。何と建造データは持っていないというのだ。当時の会社は管理が徹底しているらしく、詳細な整備やCICと呼ばれる戦闘指揮所は、会社の人間しか操作していなかったらしい。海兵も船長も艦橋で船の舵を取っていただけ。つまり、完全なブラックボックスと言う事だ。深海棲艦がどうやってイージス艦を無力化したのか分からなかった。当時の報告書では、急に動かなくなったとの事だけ。イージス艦建造に関わっていた会社員は深海棲艦の襲撃で全員死んでおり、当時の乗組員全員も分からないとしか言わない。操作もバカでも分かるマニュアルがあり、乗組員はそれに従って操作していたという事。マニュアルを見たが、船の操縦だけで肝心の兵器システムは無し。流石に呆れたが、今はそれどころではない。敵の最新鋭兵器の情報が余りに少なく、ロケット攻撃を防ぐ方法が見つけられなかった

 

 そのロケットも速すぎて対空砲火も機銃も捕らえられない。いくつか攻撃を仕掛けたが、どれも失敗した

 

 低空飛行、囮作戦、バルジや装甲の増設、夜襲など。しかし、どれも敵に通用せず、いたずらにこちらの戦力を削っているだけだった。夜戦好きな川内が大破して帰って来た次の日の夜は、静かだった。真夜中に、あんなにはしゃいでいた川内が……

 

ただ敵の兵器の鹵獲に成功した。……尤も、雪風の艤装に不発のロケットが突き刺さっていたのを回収しただけ。不発弾とは言え、唯一の成果だろう

 

 

 

○月×日

 

 例の不発弾のロケットを明石が調べた結果、ロケットの内部は炸薬の他に、誘導装置と推進装置があるのだが、どれも全く見たことも無い技術に素材が使われているという。俺はコピーしてこちらも使えるか?と尋ねた所、明石も工廠妖精も首を振った。不可能だと

 

 

 

○月×日

 

 大本営は拠点の異動を命じられた。大阪の港を臨時に使ってもいいとの事だ。俺は素直に返事したが、艦娘達は反対した

 

「大本営は九州の防衛を放棄する気だぞ!」

 

 長門の言っている事は正しい。沖縄は陥落した。大本営は九州……下手すれば四国まで見捨てるつもりだ。民間人の避難も不十分だろう。受け入れ先がほとんどない

 

「分かっている。しかし、どうしようもない。大本営は志願兵まで集めているらしいが、果たして効果があるかどうか」

 

「再びあの戦争と同じ道を歩もうとしているのだぞ!それを黙ってみろと――」

 

「今回は敵が違う。お前たちがいた世界ではアメリカ軍はあくまでも人間の集団だ。しかし、深海棲艦は人間ですらない事だ。しかも彼我の戦力がまるで違う。戦時国際法も無条件降伏も通用しない。それにもう…俺も艦娘が無駄に撃沈される所は見たくない」

 

 未だに有効な攻撃手段がない今、出撃すら出来ない。貴重な戦力が磨り減るだけだ。あのロケット兵器の鹵獲には喜んだが、ぬか喜びだったようだ

 

「明後日、陸軍が用意してくれた輸送機で異動するぞ。大阪には確か米国軍人が、自国の艦娘を建造していたようだが…それも確認したいしな」

 

 

 

○月×日

 

 大阪に着いた我々は、地下に基地を造った。地下を貫通する爆弾に狙われたら最後だが、仕方ない。基地の機能が正常に動作するのを確認した後、俺は艦娘全員に休暇をやった。大阪神戸の街を自由に観光していいと。艦娘は大いに喜び遊びに出た。特に神戸に行きたがっている艦娘が意外にも沢山いた。何でも艦だった頃の世界では、世界は違えど神戸で建造されたと言う事。はしゃぐ姿で基地を出る艦娘達を見送った後、俺は地下施設に戻った。この基地は艦娘と陸軍将校が率いる兵士達が運営していた。今では最小限の人数だ。陸軍の兵士達も外出しているのだろう

 

部屋に戻る途中、帰りを待っていたのか、壁にもたれる艦娘がいた。天龍だ

 

「どうした?外出しないのか?」

 

「そんな気分じゃねぇ。なあ、提督。何人死ぬと思う?」

 

天龍は暗い顔をした。今までは怖いか、と自慢げにする艦娘だったが、龍田がいなくなてから性格が変わった

 

「それは分からない」

 

「嘘が下手だな、提督。もう手はないんだろ?」

 

 天龍はお見通しだった。いや、長門達も知っているだろう。これから先、激しい戦いになる事を。何か手を打たないと本当に不味い事になる。しかし、現実はそんなに甘くなかった。俺も楽観視していた

 

 

 

○月×日

 

 俺は戦う準備を整えていた。基地航空隊も揃え、戦力も揃えた。せいぜい、敵の侵攻が食い止めればいいと思っていた。また、新たに駆逐艦4隻を建造の指示をした。建造の初めから地獄を見せる事になるのはつらい。しかし、やるしかない。最新鋭兵器の弱点さえ分かれば…。浦田重工業が建造したイージス艦の弱点さえ分かれば、何とかなる。でも、敵の勢力はどんな想像も超える衝撃だった

 

 結果から言うと…敵がまた一段と強くなった。高高度から大型爆撃機が飛来し、大阪神戸そして京都の街を無差別爆撃を行った。全て繰り出したのだろう。深海棲艦の新旧が入り混じっており、空には従来の艦載機と例のジェット機が空を我が物に飛びまわっていた。航空基地から雷電や飛燕など局地戦闘機が上げたが、敵の爆撃機はこちらの航空機よりも高く、しかも速く飛んでいる。1機も撃墜出来なかった。深海棲艦の侵攻に艦娘は出撃し応戦したが、数分で防衛線を破られた。地下司令部も爆撃を受け、俺も危うく瓦礫の下敷きになるところだった。建造された白露型4人も敵潜のロケット攻撃にやられた。もう全滅するかと思われたが、意外な所から増援が来た

 

 

 

○月×日

 

 陸軍将校が用意してくれた車両に乗った俺達は車の外から街を眺めていた

 

 

 

 あの日は日が沈んで辺りは暗くなるはずだった。しかし、火の海が辺りを照らしていた。何千もの人々が殺され、道路には多数の人々が都市から逃れようと長蛇の列が並んだ。軍や警察が避難民を誘導していた。艦娘は燃え盛る都市を見て呆然自失していた。俺は無力だった。あらゆる戦略や戦術を駆使したが、どれも敵に決定的なダメージを与える事が出来なかった。既に艦娘の喪失が激しかった。金剛も榛名も翔鶴も沈んだ。羽黒、妙高も帰らぬ人となり足柄の号泣に那智が慰めていた。特に軽巡と駆逐艦の消耗が酷かった。もう言葉にならない。時雨の艤装に例のロケットが見つかった。不発の状態で刺さっていたため、明石と夕張が丁寧に引き抜き処置した。いつ爆発するか分からないため破棄するよう命令した時、ある戦艦がこのロケット兵器に反応した

 

 

 

○月×日

 

 戦艦アイオワは敵が使っている最新鋭兵器を知っていた。彼女は敵から奪って自身に取り込み使いこなせたと言っていたが、それは誤魔化しだ。野営時に誰もいない所で事情を聞いたが、ようやく敵の最新鋭兵器の正体が分かった

 

 アイオワの話だと、建造完了で工廠から出た時には既に周りは火の海だったと言う事。例の米国軍人は既に死亡していたという事、長門が戦艦ル級改flagshipの攻撃で危うく撃沈されそうになったところを助けたという事。資源保管庫にある全ての資源をアイオワの改修にあてたと言う事だ

 

 俺はアイオワとサラトガを歓迎した。特にアイオワの近代化改修された艤装は貴重な戦力だった

 

 次の日、海から救難信号の発信を認めた。罠かと思ったが、英語とドイツ語だったため、アイオワに向かわせた。損傷が酷かったが、間違いなく海外の艦娘だった

 

 

 

○月×日

 

 一同は小さな村に着いたが、そこには誰もいなかった。当然だ。爆撃されたのだから。建物は崩れ落ち瓦礫と化し、道路には沢山の遺体が散乱していた。彼等は先日まで生きていた。それが今では……。流石に駆逐艦達には見せられないため離れた所で野営する事にした

 

 

 

もう沢山だ

 

 

 

○月×日

 

 再び会議を開いたが、全員沈痛な面持ちばかりだった。会議のメンバーだった金剛はもういない

 

「もう……無理だな……」

 

長門が弱音を吐いた。威厳とした姿は、もう見る影もない。長門を率いる艦隊は、戦艦ル級改flagshipを率いる敵艦隊の猛攻を受けた。戦艦ル級改flagshipがロケット攻撃で大破した金剛榛名を止めを刺し、撃沈されたのを見て頭に血が上り、砲雷撃戦を仕掛けた。しかし、相手にかすり傷すらつける事が出来なかった。逆に返り討ちを受け、長門は大破してしまった。アイオワが来なければ沈んでいただろう。赤城も加賀も大淀も同様だ。戦力差が余りにも大きすぎる。敵が強すぎて話にならない

 

 

 

「このメンバーに新たな仲間を加える。アイオワとサラトガ。そして2日前に英独から亡命して来たウォースパイトとプリンツオイゲンだ。アメリカの艦娘は知っているな。もう二人は欧州壊滅する直前にこちらに逃げて来たらしい。だが、生き残りは2人だけ。ほとんどは沈んだ」

 

4人を紹介したが、他の者は驚愕した。アメリカの艦娘の事は知っていたが、まさか欧州から亡命がいるとは思わなかった

 

「いいのですか?」

 

「俺の判断だ。聞いてくれ。敵の最新鋭兵器の弱点を駆使して敵を食い止める。弱点はアイオワが持っているノウハウや武器を使う。だが、それは苦肉の策だ。完全に食い止める事は出来ない。いずれ国どころか世界は滅ぶ。既に国のトップの大半は死に、生き残った者は北海道へ逃げた」

 

陸軍将校からの連絡で今の現状を把握した。日本中の軍事関連施設は燃えているため、もう国の支援は期待出来ない

 

「これより我が部隊は、大本営の指揮下から離脱する。4人には悪いが、俺が『創造主』の息子だからと言って、何も期待しないで欲しい。もう他に道は無い」

 

俺は例の図面を見せた。父親が残した設計図だ

 

「親父が計画途中だった過去へ送る機械を造る。誰でもいい。過去に使者を送り、過去の俺と親父に接触。そして、この最悪な事態が起こる事を警告をする。誤った歴史を改変しなければならない。上手く行くかどうか別だ。このまま、何かしなければいずれ皆バタバタと死ぬだろう。民間人は飢え死。軍人は戦死。俺達は……言わなくても分かるか。それか……最後の数年を有効に使うか」

 

「過去へ送る機械……そんな事が……」

 

サラトガは驚き、他の3人、アイオワ、プリンツオイゲン、ウォースパイトは信じられない顔をしていた

 

「「Time machine」」

 

アイオワとウォースパイトが同時に発した

 

「タイムマシン?」

 

「Yes. It is a machine that comes out in science fiction written by a novelist in the UK. That machine is free to come and go to the future. The name that arrived at that time was Time Machine(はい。イギリスのある小説家が書いたSF小説に出て来る機械です。その機械は未来過去へ自由に行き来するものです。その時についた名称がタイムマシン)」

 

ウォースパイトは説明していた。何とか流ちょうな英語を聞き取れた。しかし、まさか昔にそんなSF小説があるとは……

 

「『タイムマシン』か。良い名前だ。機械の名前はそれでいいだろう。本作戦はこれを製造し、過去に使者を送る。アイオワが提供する武器を使って深海棲艦の侵攻を食い止め、明石達が『新型兵器』の製造する時間を稼ぐ。『新型兵器』は深海棲艦を一瞬で滅ぼす力を持つという噂を流す。これで深海棲艦は民間人を虐殺してくて済む。札幌には伝えておく」

 

「それでは敵にバレるのでは?」

 

赤城は心配していたが、俺は首を振った

 

「一度、大本営に説明してしまったからな。先の大攻撃の際、深海棲艦は海軍大将から情報を聞き出そうとして尋問したらしい。無残に殺されたが。もう敵は偽情報を信じていると見ていいだろう。俺達は降伏どころか、もう逃げる事も出来ない。生きるか死ぬか。それだけだ」

 

 敵は、躍起としてこちらを叩くだろう。しかし、アイオワの武器で、敵は戦略を立て直さないと行けなくなる。それまで時間を稼げるかどうか……

 

「情報を攪乱するために拠点を転々と移動する。難民キャンプを重点に戦う。全滅する前にやるぞ」

 

 

しかし、俺は甘すぎた。後であんなことになるなんて……




オマケ
明石「嘘とは言え、殺人光線を説明するくらいならメーサーを説明すればいいのに」
夕張「それだったら90式メーサー殺獣光線車などの光線兵器ものを説明した方がみんな、喜びますよ」
秋津洲「冷凍レーザーの方がいいかも。凍らせば、みんな食いつくかも」
陸軍将校「となると、我々の部隊は東宝自衛隊に近づかないといけないな」
提督「お前ら、ネタ満載の嘘情報を上層部が信じると思うか?」


 殺人光線の元ネタは史実で様々な珍兵器の開発した陸軍登戸研究所のく号(怪力光線)より参考しました。レーザーを開発していたかどうかは不明でしたが、電磁波兵器は造っていたようです。特にマイクロ波だと、人体の水分が共振して熱を発生します。要するに電子レンジでチンされた状態になるためヤバイです

 因みに、く号である怪力光線の成果は豚一匹も殺せなかったとか(10m先のウサギを殺す事に成功したらしいが真偽は不明)

どちらにせよレーザー兵器は、まだ空想科学の世界でしょう。マイクロ波兵器は、最近になって米軍が開発らしいですが


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 未来の記録4 ~降りかかる悲劇~

 時雨は手が震えていた。時雨が知らない歴史。そして、残酷な事実。指揮官は決して楽な仕事ではないと。日記の記述はもう書いている本人が変わったのではないか、と思うようになった

 

 

??月??日

 

あれから何日が過ぎたのか分からない。カレンダーも見ていない。今は冬だろう。雪が降っているから。日が経つのが早い。明石から定時連絡してくる。通信方法は週に一回に向こうから連絡を寄越してくれる。サラトガの艦載機で。日が経つ事に……仲間が減った……。艦娘達は遺言、もしくは戦闘記録とも言える手紙を書いていた。誰宛てでもない。皆は俺に預けて出撃していった。敵を撃破して帰投する者もいれば……帰らぬ者になった者も……

 

ここで手紙の一部を掲載する。誰か読むことを願う

 

 

加賀「アイオワの技術のお蔭で艦載機が簡単に落されずに済んだ。イージスシステムを持つ敵艦にダメージを与える事に成功した。専門外だけどアイオワの話だと、奴らが使う電波の周波数を妨害する程、強力な妨害電波を浴びせる事。二式大艇に特殊な電子機器を積む事によって防空網の穴を開ける。敵が周波数を変える前に飽和攻撃を仕掛け、爆撃する。損傷を与えるだけでいい。残りは戦艦重巡の大口径主砲と魚雷で食らわせる。初めは大戦果を挙げた。アイオワのミサイルと呼ばれる兵器も絶大だった。……だけど、そんな喜びも五航戦の瑞鶴は笑わない。彼女は大阪の戦いで姉を失った。彼女は人気のいない所で泣いていた。声を掛けようにも話す事が出来なかった。『新型兵器』。もし、真実を知ったら彼女は提督に爆撃するわね。最も、完成まで私や赤城さんが生き残る事が出来るか分からない。覚悟はしている」

 

 

 

千歳「提督さん、私を水上機母艦から軽空母に改装してくれて感謝している。だけど……敵の兵器改装の方が進化し過ぎた。太平洋から無数の深海棲艦が襲って。私はもうお酒を飲むのを辞めた。隼鷹も……。軽空母の仲間がどんどん減って……。だって千代田が!いつも傍に居てくれている千代田が、もう居ない!撃沈された訳でもない!敵を防衛成功して帰投する時、突然、消えたのよ!消えるのは決まって夜!鳥海も川内も分からないと言っていた。千代田だけじゃない!軽空母だけでなく重巡軽巡駆逐艦がまるで神隠しのように消える!海に出るのが怖い!……でも信じてる。海の彼方から千代田が帰ってくる日を。そしたらまたいつものようにお話しよう。それまで出撃して探すから」

 

 

 

木曾「俺に勝負を挑む馬鹿は何奴だ!と言っていた頃が懐かしい。もう敵さんが強い。お前等の指揮官は無能ではない。何で敵を称賛しているんだろう?まあ、敵は勝つためなどんな手を使ってでも戦うからな。……最近では、人間を味方に付けて俺達を攻撃してくる奴がいる。地対艦ミサイルとか言う奴を俺達に向けてぶっ放してきやがった。提督は基地の外に出る事を禁じた。外では俺達を敵視されていた。特に避難民から。提督は放っておけと言われたけど。俺は何を守るために戦っているのだろう?でも、沈む前に一度でいい。球磨姉と多摩姉にまた会いたい。語尾を言わないのか、といつもいじられていた頃が懐かしいよ」

 

 

 

鳥海「最近、任務が長引いていって厳しくなっています。アイオワの対抗兵器が有効である事に皆は喜んだけれど、それでも戦況は苦しくなっている。それに敵も動きを読まれるようになりました。私達仲間である艦娘も減った。減る度に墓標も増えていっている。その中に姉である高雄と愛宕がいる。『ぱんぱかぱ~ん』って愛宕がよく言っていたわね……。昔は顔をよく合わせていた。そして希望も持っていました。それが今は私の中で消え去りそう…。私は、何を守ろうとしているのかすらもう分かりません。唯一、分かっている事は摩耶と提督のために戦っている事。そして正体すら分からない『新型兵器』のために」

 

 

 

天津風「いい風は時々吹いているわ。私達、ブラックよりも酷い所にいる気がするけど、皆は諦めずに戦っている。司令も悪い人ではない。でも、島風はこんな状況なのに相変わらずはしゃいでいる。司令と一緒にかけっこしているけど、それでいいのかしら?私は、連装砲くんも他の娘の連装砲くんと一緒に楽しくじゃれあっている。それが唯一の楽しみ。建造されてからもう20回も出撃している。練度が低いと文句言ったけど、香取や鹿島からこう言われたわ「これがこの部隊よ。敵がいたら迷わず撃ちなさい」。……もう慣れて来る私も問題だわ。『新型兵器』に必要な時間さえ稼ぎ下れば昔みたいに戻るはず。そうよね、司令?」

 

 

 

陸軍将校「本名も所属部隊もここには記載しない。ただ私には家族はいたんだ。もうこの世にはいない。部隊の士気は依然として悪影響を受けている。艦娘だけでなく、部下達も。部隊長である軍曹が尻を叩いているが。しかし……敵も利口だ。国のトップを暗殺するわ、人を使ってこちらを攻撃してくるわ、ミサイルと呼ばれる兵器でこっちが危うく死にかけるわ。ゲリラ達を捕まえたが、ただの民間人が武器を持っていただけだ。敵は食料と水をエサにして人間を従えている。艦娘と提督を殺したら褒美をやるぞ、と。実際、そんな事はない。博士の論文通りだと皆死ぬのに。ある日、艦娘達と兵士達との間で言い争っているのが見えた。部下がゲリラ5人を捕まえたが、追い出そうとする艦娘と情報を聞き出すために捕虜として扱う兵士達との間で衝突が生まれた。私は仲介に入った。1人の部下から銃を奪うとその場で捕虜を射殺した。余りの出来事に皆は声も出なかった。アイオワは聞いた。なぜ殺したのかと。理由?これが俺達の答えだと。提督である少佐に負担しないためだと。少佐も心が半分壊れている。敵から送り付けられたビデオを見て……。艦娘達には希望が必要だ。だから少佐、死ぬまで壊れるんじゃないぞ」

 

 

 

??月??日

 

 ある日、軍の使いから提督の手紙だと言われた。手紙は母からだった。神通は良かったですね、と言ってくれた。封筒を見たが、宛名を見て違和感を覚えた。……筆跡が母のものではなかった。幼い頃から知っている。見違う訳がない。爆発物かと思い、明かりを透かして見たが、入っていたのはビデオテープだけ

 

 早速、再生したが……映像が衝撃的だった。行方不明になっていた艦娘達が映っていた。千代田、飛鷹、高雄、阿賀野、古鷹、名取、那珂、雷、五月雨、漣……。人数が多く、全員ボロボロだった。海外の艦娘も数名確認出来る。ボサボサの髪。痩せこけた体。彼女達が来ていた服は見る影もなく、血と泥でドロドロに汚れていた。生傷が、破れた服のいたるところから覗く

 

『提督、聞コエテイルカ?』

 

音声から冷たい声が流れて来た。彼女達はその声を聞くと身体が震え、泣きだす者までいる。画面に深海棲艦のボスらしきものが映る。戦艦ル級……いや、違う。度々目撃されていた深海棲艦の指揮官らしきもの。戦艦ル級改flagshipだ。金剛と榛名2人を沈め、長門を深手を負わした奴だ。重巡ネ級が目を光らしており、理不尽な暴力を振るっていた

 

『オ前ハシブトイ。『新型兵器』ヲ開発シテイル。我々ヲ殺スタメノ。武装ヲ解除シ降伏シナケレバ、コイツラハ死ヌ。心配スルナ。衣食住ハ保障シヨウ』

 

「提督!こいつの言う事聞いちゃダメ!」

 

大阪の戦いで行方不明となっていた古鷹が身を捩ってカメラに訴えたが、重巡ネ級に殴られた。古鷹は倒れ、そのまま動かなくなった。気絶したのだろう

 

『サッサト降伏シロ!オ前達ハ孤独ダ!国カラ捨ステラレ、国民カラ敵視サレタ今、オ前ガ戦ウ理由ハナイ!『新型兵器』ヲ渡セ!我々ガコノ世界ヲ支配スル!』

 

「クソったれ!!」

 

 

 

 気付いたら陸軍将校に抑えられていた。俺は無意識に棒を持って部屋を暴れていたらしい。持っていた棒は軍曹に取り上げられた。長門と神通が入って来て何事かと聞かれた

 

「何があった!」

 

「分からん。デカイ音が聞こえて駆けつけれたら、お前らの提督が暴れていた」

 

長門と神通は顔を見合わせた。何があったか聞いたが、俺は無視した。モニターとビデオデッキがあった事から何か見たかもしれない。そう思った長門はモニターを付けようとする

 

「見るな!あのクソ野郎、殺してやる!」

 

押さえつけられながらも俺の叫び声を無視してテープを再生した。後は語るまでもないだろう

 

「なんて事だ」

 

長門も映し出された映像を凝視し、将校も軍曹も唖然としていた。神通は……表情がこちらから見えなかった。ただ両手は固く握られていた

 

 

 

○月×日

 

「敵の罠だ!ワザと位置を教える敵がいるか!」

 

「でも、見捨てる事は出来ません!捕まった仲間があんなに……」

 

艦娘達の意見は別れていた。あの映像は本物だった。しかも、わざわざ丁寧に居場所も教えるおまけ付きの映像。そのため、捕まった姉妹を取り戻すために敵拠点を攻撃し救助する者。慌てず様子を見る者。しかし、強行突入しようとする意見が多かった

 

「どうする、提督!」

 

「簡単だ、敵に砲弾をご馳走させる」

 

俺は怒りでどうにかなってしまいそうだ。『新型兵器』を教える訳には行かない。しかし、仲間を見捨てる事は出来ない。もう仲間を失ってたまるか!

 

「これまで散々、酷い目にあった。あいつらの思い通りにさせてたまるか。人語を話す深海棲艦を捕まえて仲間の居場所を吐かせるんだ」

 

艦隊を編成させ出撃させた。アイオワから警告されたが、それも承知で作戦を強行させた。奮戦はしたものの……結局は返り討ちに会い、長門や赤城を始めとする多くの艦娘が撃沈された

 

 

 

??月??日

 

…………………

 

 何で俺はまだ生きているのだろう?何故かって。そりゃ……まあ、これは記録だ。

 

俺ほど間抜けな司令官はいないよ。感情的になって……部下を……艦娘を無駄死にさせてさ。仲間を辱められた映像を見て、あれほど復讐に燃えていた艦娘も今では誰一人いない。基地内は絶望的な空気に満たされていた。救助作戦で生き延びた艦娘はもとより、艦娘達の士気は大幅に低下している。見えない恐怖に体を震わす者。工廠の解体に足を運ぶ所を妖精や他の仲間に止められ騒動を起こす者。墓石の前で一日中座り込む者……

 

もう……限界だ

 

 

 夜、俺は外に出た。敵はここの基地を爆撃して来ない。アイオワが配備してくれた携帯用地対空ミサイル(FIM-92)があるからではない。恐らくこちらから降伏して来るのを待っているのだろう。『新型兵器』であるタイムマシンの状況も絶望的だ。艦娘で送れる人も艦種も限定的だ。駆逐艦だけ。昔の俺が駆逐艦の艦娘を見て信じる訳ない。計画を練り直さないといけないが、中々いい案が浮かばない

 

 誰もいない事を確認すると、俺は拳銃に弾を込めた。たった一発あればいい。俺の身に何かあれば、大淀が後を引き継ぐ

 

 救助作戦が失敗した3日後、敵はまたしてもビデオを送って来た。映し出されたのは、標的艦と称して捕虜の艦娘をミサイルで攻撃する残酷な映像だった。皆は提督や俺の名を叫びながら爆沈していった。俺の失態だ。捕虜となった艦娘は俺を責めればどんなに良かったか。しかし、捕虜の艦娘達は俺を非難しない。助けを求める者もいれば……別れを告げる者、告白する者……。何で皆は俺を非難しないんだよ!

 

 

 

「ごめんなさい…… 私…ここまでみたいです……」

 

五月雨が逃げずにミサイルが着弾する直前までカメラに向かって笑っていた。ボロボロなのに……初めて会った艦娘の1人なのに、こんな形になるなんて……。人の死でこんなに悲しんだのは初めてだ。親父の死よりも悲しんだ

 

 

すまない、みんな……

 

 

俺は口に銃口をくわえ、人差し指に力を入れ引き金を引こうとした

 

突然、何者かに押し倒され、手にしていた拳銃は取り上げられた

 

「提督、何しているんですか!」

 

 神通が悲痛な声を上げていた。川内が息を切らしながら拳銃を俺の手の届かない所まで高く掲げている

 

「川内姉さんが貴方が出て行くのを見ました。いつもと違う歩き方をしていたので、不安になって追いかけて見れば!」

 

「そうか……」

 

 俺は埃を払いながら立ち上がった。そう言えば、那珂も沈んだっけ?2人が俺を殺してくれればどんなに楽だろうと思っていた。しかし、彼女達は取り上げた拳銃の銃口をこちらに向けていない。艤装もない

 

「なぜ俺を殺さない?那珂を沈めたのは俺だぞ?」

 

「貴方のせいではありません」

 

「それで俺が納得出来ると思っているのか!?」

 

俺は吠えたが、神通を見てはっとした。彼女は大粒の涙を溢している

 

「提督を非難しても沈んだ仲間や那珂は帰って来れないくらい皆は分かっています!それに……それに貴方がいなくなると私達はどうなるのです!?解体か敵艦に沈められるかのどちらかしか道はありません!戦う目的まで奪わないで下さい!負けるなんて嫌です!」

 

「もうこれは俺の手に負えない。『新型兵器』なんて」

 

「そんなの関係ないです!」

 

 普段はおっとりの神通とは思えない程の気迫だった。救助作戦の時に仲間が次々とミサイル攻撃を受ける中、怯まずに突撃し、敵陣の懐に入ると鬼神如く暴れまくったと聞かされた。いや、それ以前にも似たような報告を聞いた事があった。半信半疑だったが、今ではわかる。気弱で控えめな雰囲気とは思えない彼女の姿だった

 

「皆、貴方を期待しているのです。私達が建造されてから、貴方はいつも面倒を見てくれました。軍から理解されなくても、国が半壊しても貴方は逃げずに私達を指揮していた。だから皆は提督に応えているのです。……もうこの戦争の勝敗は決しているでしょう。『新型兵器』がどのようなものなのか知りません。ですが、これだけははっきりと言えます!貴方はこんなところで死んではいけない人です!!」

 

神通の説得に俺は頷いた

 

「……判った、お前には負けた。そうだ…俺にはまだやるべき事が……」

 

 

○月×日

 

 作戦を練り直すため拠点を動かした。場所は元横須賀鎮守府。瓦礫の山だったが、陸軍の工作兵と支援で出来てくれた夕張と工廠妖精が不眠不休で地下施設を大幅に改装した。もう抵抗する事は出来ないが、見回りくらいは出来る。そして、俺は長門達が以前から進言していた究極兵器の開発を許可した。俺がこんな兵器を開発するのを許可するとはな。ウランは無事に手に入った

 

 ……代償にアイオワが……。お前もウォースパルトもプリンツオイゲンもサラトガもこの国の艦でないのに、俺の計画のために戦うなんて……

 

 

○月×日

 

 もう敵に遊ばれている。時雨の報告だと、ミサイル二発しか撃って来なかった。追撃して来ない所を見ると、明らかにこちらを舐めている。だが、こちらを地下貫通爆弾で一掃しないのを見ると、敵は『新型兵器』の噂を信じている。なぜだろう?矛盾があり過ぎる

 

 父親の論文を再度調べて見た

 

 おかしい……。浦田重工業が崩壊した日から父親が殺された日の間に深海棲艦が変わっている。いや、変わり過ぎている。最新鋭兵器だけじゃない。内側まで変わっている。しかも……しかも鬼や姫クラスが見当たらない。親父の論文に嘘はない。写真や絵など証拠まであるのに、目撃情報が1つもない。訳が分からない。こんな事あり得るのか?

 

 

 

まさかと思うが……

 

 

 

○月×日

 

 遂に完成との連絡があった。後は……艦娘達にどう伝えていいのか。『タイムマシン』で過去に行く艦娘が気になるが、上手く昔の俺を説得出来るのか。『新型兵器』が兵器ではないと薄々気付いている艦娘が何人かいる。川内、神通、陸奥そして時雨……

 

今思うと、俺は失敗して気付く人間だ。地下から出て外を眺めたが、かつて栄えていた街はもう瓦礫の山となっていた

 

 二日前、救助作戦で参加していた赤城の艦載機、彩雲がこちらに来た。妖精が言うには、方角が分からず飛ばし、不時着した場所が北海道だったという事。生き残った軍と接触しこちらの状況を伝えたこと、そして俺の母が居たこと。敵の猛攻撃で札幌が攻撃を受け、猛攻撃の隙間から命からがら飛んで逃げたという事……

 

 

 

 もう分かっていた事だ。怪獣を倒すには石ころだけではダメだ。倒す力があるのに後手に回り過ぎた結果、誰にも止められない程、怪獣は強くなってしまった

 

 そう言えば、ウォースパルトが話していたっけ?あるSF小説だ。地球侵略しに来た火星人がやって来ても、人間は火星人を過小評価した。三本脚の機械がロンドンを蹂躙し始めて危機的状況に気付いた時には、既に手遅れだった。このまま人類が負けると思われた時、火星人は病原菌で倒れ全滅する。実は火星人は免疫を持っていなかった。そのSF小説では危機は去ったが、こちらの世界はそれがない

 

 

 

 人間は既に負けた。海を見つめていると遠くで深海棲艦がのんびりと航行しているのが目に入る。奴らの住む場所は海の底だ。その海の底の何処かに……沈んでいった艦娘が俺を待っている

 

 この日記を読んでいるのが過去の俺か時雨かどうかはどうでもいい。……作戦が全て終わると……俺は旅に出ようと思う。批判されてもいい。殴られてもいい。ただ……ただ、あいつらにまた会いたい

 

 新型兵器の真相を知って激昂した天龍に刺されるか、瑞鶴の爆撃に会うか、自爆用の核爆弾の爆発を浴びるか分からない。短い人生で散々な目に会ったが、大切な思い出もあった。もう十分に生きた

 

後は頼んだ

 

 

認識番号MO24-454356H  元海軍少佐      

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でこうなったんだよ!約束したじゃないか!」

 

 時雨は大粒の涙を流し泣いた。どんな事があっても僕達の前では、立派に指揮をしていた。しかし、実際は違った。提督の心は衰弱していた。時雨も知らない提督の一面。だから……だから、提督は激昂した天龍が提督を殺そうと刀を振り上げても提督は逃げもしなかった。既に死を覚悟していた

 

直ぐに立ち上がり出て行こうとするが、提督に掴まれた

 

「何処へ行く?」

 

「未来に行かなきゃ!だって提督が!」

 

「落ち着け!お前の任務は歴史を変える事だろ!」

 

時雨は座り込む。気付かなかった。提督は追い込まれていた。仲間の死を。何一つ守れなかった無力さを。非情な作戦を実行してしまった後悔を

 

「信じた理由は俺の事が書かれていた。俺しか知らない。未来の俺は、諦めていない。託したんだ。だったら、俺達で食い止めなきゃ。やり直す唯一のチャンスを、未来の仲間の死を無駄にしないために」

 

 時雨は号泣した。日記の内容は悲惨なものだった。提督はずっと艦娘を見守ってくれた

 

「俺は親父を嫌った。しかし、心のどこかで信じたかった。親父が考えていた事は正しかったのだと。だから、艦娘を置いて逃げ出さなかった。今の俺なら分かる」

 

暫くして時雨は泣き止み、提督と向かい合った

 

「そうだよね。こんな所で諦めちゃダメだ。未来の提督の思い。何もしなければ、海外の艦娘まで申し訳ないよ」

 

「海外の艦娘?」

 

「うん。海外の艦娘達は祖国よりも僕達を気にしていた。特に戦艦アイオワは凄かった。だって敵の最新鋭兵器を奪って身に着けたから。僕も一緒に戦ったけど、本当に凄かった。僕達が出来なかった事を成し遂げたんだから」

 

時雨は無理に笑った。もう迷わない。悲惨な未来を変えないと

 

 

 時雨が目を充血しながら笑顔を見せると俺は頷いた。ただ最後の言葉には少し間違いがある。未来の俺は時雨を考慮したのか、アイオワの事はワザと書いていなかった。別のノートに書かれていた

 

 

敵の最新鋭兵器の正体を

 




次話はある戦艦についてです

今、秋イベやっているため投稿が遅れるかも知れません
E1E2は案外、甲でもいけそうだな(現在E2攻略中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 アイオワの未来記録1 ~覚醒~

ここからはある戦艦の視点になります
あの戦艦です


 時雨が建造された同日、異なる別の場所である艦娘が建造された。それは、米国軍人が来日し大阪で建造していたものだった。本来はアメリカで建造されるはずだったのだが……

 

 その艦娘の名はアイオワ級戦艦、アイオワ。彼女が意識を持ったのは暗闇の中。人間の五感を持っているのを感じた。いや、感じたのは遠くで爆発音が聞こえたからだ

 

「What's happened?」

 

 彼女自身もよく分からない。ここが何処なのか。しかし、自分が何者かは分かる。ミーは戦艦アイオワ。それが私。しばらくして暗闇から光が見えた。外の世界はどうなっているのか、見て見たい。手を伸ばすが、何か固い物にに当たる。鋼鉄の壁か何か分からない。でも私はここから出たい。右手に力を込めて壁を殴る。鋼鉄の壁が脆いのか、己自身が強いのか、鋼鉄の壁は轟音を立てて落ちる。眩い光がミーの目に入った。でも、そんな事は気にせずに声を上げた

 

「Hi!MeがIowa級戦艦、Iowaよ。Yo……What?これはどういう事!?」

 

 自己紹介するアイオワだが、視界に映ったのは半壊している部屋だった。床には軍人らしき者が倒れており、至るところに火が上がっていた。小さな小人のような者がこちらの存在に気づき、歓声を上げた

 

「Hey!何があったのですか?」

 

「深海棲艦からの攻撃を受けています!」

 

 妖精の言葉にアイオワは反応した。よく分からないけど、敵が近くに来ている。攻撃を受けているのなら、その不届き者を倒さないといけない。妖精の警告を無視して廊下を走り、扉を出た瞬間、アイオワは驚愕した。多数の爆撃機が、高高度から爆弾を落として無差別攻撃しているのを。黒い航空機が飛び交っているのを。遠くの海から街に向けて砲撃してくる黒い影……

 

「ここはAmericaではない?」

 

 焼け落ちた看板や標識にジャパニーズキャラクターが書かれたのを見てここは、アメリカではない事を理解する。しかもあの爆撃機は…。だが、姿が似ているだけ。街を無差別爆撃するとは一体どういう事か?

 

 素早く辺りを見渡したが、ふと海岸に目を向けると沖合に人が倒れていた。いや、人ではない。よく知っている艦娘。あの煙突、飛行甲板。忘れる訳がない

 

「まさかSaratoga!?Are you alright?」

 

 アイオワは海に入ると全速力で近づき声を掛けるが、気絶しているのだろう。白い服も艤装もボロボロだった。海を歩き力任せでサラトガを担ぎ、海岸へ向かう

 

「Iowa……?アイオワなの?」

 

「that's right。安心して。陸に上げるから」

 

 気がついたのだろう。サラトガは呻いていた。その時だった。後方からレーダーに反応があった。後ろを見ると4つの影が近づいて来る。小さいためそんなに脅威はないだろう。アイオワは近づいて来る敵に向かい合うと、自身の艤装の砲を動かす。仰角を取り、射撃体勢に入った

 

「……!Iowa、逃げて!!」

 

 サラトガが悲痛の叫びを上げたが、アイオワは首をかしげた。サラトガはあの小さな敵にやられたのだろうか?見た目は弱いし、武装も貧弱な5インチ砲だ。こちらは主砲も装甲も自信があるため、簡単にやられるような自分ではない。16inch三連装砲Mk.7に砲弾を込み発射する直前、アイオワは驚愕した

 

「あの発射装置……まさかmissile!?しかも、ハープーン!?」

 

 冗談ではない!あの小さな敵、対艦ミサイルを持っている!気付いた時には敵はミサイルを発射しており、物凄いスピードでこちらに向けて近づいて来る。対抗手段がない今、アイオワに4発のミサイルが直撃した

 

 如何に装甲があっても、ミサイルには敵わない。一瞬で中破に陥った

 

「Ouch! やってくれたわね!」

 

 やられながらもアイオワは主砲をぶっ放した。レーダー射撃とは言え、命中率はミサイルの比ではない。運よく1つの敵に命中し、一瞬で撃沈した。しかし、残り三つの敵がこちらを狙っている

 

「Iowa、私を置いて逃げて!」

 

「No,生きて戻るわよ!」

 

サラトガを再び担ぐと最大船速で陸地に向かう。敵は再びミサイルを発射し、容赦なくアイオワに降りかかる。高速戦艦と言えど、ミサイルから逃れるための手段は皆無だ。奇跡的に沈みはしなかったが、既に大破状態だ

 

 何とか陸地に着き、建物に入るとサラトガに聞いた。ここはアメリカではなく日本という事。敵は深海棲艦という事。人類は私達、深海棲艦を倒すために艦娘を造ったとの事。亡くなった米国軍人の話によると、この世界は1950年代らしいが、第二次世界大戦愚か太平洋戦争すら起こっていない。艦娘は、艦だった頃の世界の記憶を持っているという事。ここまではアイオワは理解出来る。しかし、なぜその深海棲艦は現代兵器であるミサイルを持っているのかが理解出来なかった

 

「Enemyからの攻撃を受けて……US soldierが死んでサラはどうしたら……」

 

「OK。理解出来たわ。サラ、ここの工廠では改修出来るわよね?」

 

 艦娘の発案者は日本の技術士官らしい。改修も資源と練度があれば可能だ。妖精の話では、資源はまだ沢山あるらしい。アイオワは工廠妖精に資源保管庫にある全ての資源を大改修に回すよう指示した

 

「Iowa……?一体、何を?」

 

「Missileを持っている敵にこの装備はダメ。Meの本当の姿を見せてあげる」

 

 再び工廠に入り公衆電話ボックスのような鉄のカゴに入る。中から音が聞こえ、妖精が慌ただしく働いていた。大改修されているのは分かるが、あの敵に倒す手段をアイオワは持っているのか?

 

「そう言えば、IowaはあのRocketをmissile(ミサイル)と呼んでいた…」

 

サラは作業が終わり次第、アイオワに質問しようと待っていたが、大改修が終わり再びサラの目の前に現れたアイオワの姿を見てサラトガは驚愕した

 

「Iowa?それは?」

 

 

 

 長門は大苦戦していた。兵器の性能差が余りにも違いすぎる。敵の軽巡や駆逐からはロケットのようなものを発射し、こちらの砲が射程に入る前に叩かれた。どんな戦略を練っても通用しない。しかも戦艦ル級改flagshipが嘲笑うかのようにとどめを射している。大破し漂流していた金剛も榛名も沈められた

 

「ドウシタ?ビックセブンノ力ハ、コンナモノカ」

 

「くそ……」

 

 長門は歯ぎしりしたが、自分はロケットを食らって既に満身創痍だ。艤装は徹底的に破壊され砲は射てず、長門は力尽きて倒れていた。何も守れなかった。自分が率いていた由良や響などの随伴艦も奴らに沈められた

 

「死ネ」

 

長門は目を閉じた

 

「戦いの中で沈むのだ…あの光ではなく…本望だ…」

 

 既に死は覚悟していた。提督、後は頼んだ。そして待った。敵がとどめを刺す砲声を。しかし、予想外の事が起こった。耳に聞こえたのは、複数の爆発。目を開けると戦艦ル級改flagshipの随伴艦が撃沈していた。戦艦ル級改flagshipも動揺している。目線も長門ではなく、別の方に向けている。長門も向けると驚いた。あの艦娘は……アイオワか?でも艤装が違う。まるでスマートな艤装だ

 

 

 

「長門!Are you all right!?」

 

「あ、ああ……。お前はアイオワ?」

 

 あの艦娘は長門……。艦娘として会ったこと無いが、第二次世界大戦時の日本の艦艇は知っている。ビックセブンで有名な戦艦の1つだ。その戦艦が瀕死状態だ。まずはボスらしき深海棲艦の注意をそらすため、随伴艦の駆逐艦や軽巡にはハープーンを、重巡一隻にはトマホークを食らわした。アイオワが積んでいるトマホークは本来、対地用だが、アイオワは無理やりロックオンして発射させた。敵は予想もしなかったのだろう。ミサイルの対抗手段を発動する前に撃沈した。重巡は持ちこたえていたが、大破状態だ

 

戦艦ル級改flagshipは素早くアイオワと長門から離れ距離を取ると軽巡ツ級を呼び出した

 

「ヤレ!」

 

「クソ!逃げろ!私に構うな!ロケットにやられる!」

 

 

 

 長門の警告にアイオワは無視した。建造されたばかりで状況もあまり把握していない。しかし今のアイオワには怒りで一杯だ。敵の軽巡の兵装を見て、瞬時に理解した。あの深海棲艦!近代兵器をこの私に向けたわね!

 

Vampire(バンパイア)Vampire(バンパイア)Vampire(バンパイア)!6発の対艦ミサイル接近!」

 

「ECM起動!CIWS発射!」

 

 CICにいる妖精から悲鳴が上がったが、アイオワは淡々と対空戦闘を発動した。電子戦装置であるAN/SLQ-32とファランクスのCIWSを起動させ、迎撃体勢に入った。妨害電波で目潰しをかけられた4発のミサイルは、アイオワや長門を捕らえる事無く通り過ぎた。確実にこちらを狙って来る2発のミサイルはCIWSが対応した。CIWSが唸り声を上げ、迫ってくる対艦ミサイルを全て撃破した

 

「ホウ…」

 

「イージス艦ほどではないが、ミサイルを撃墜出来る!」

 

軽巡ツ級は驚愕した。今まで対艦ミサイルを躱した艦娘はいなかった。目の前にいる艦娘は、何だ!?

 

「な、何だ?今のは?ロケットを撃墜した?」

 

長門が驚いているのを他所にアイオワは主砲を敵艦に向けていた

 

「Fire!Fire!」

 

 アイオワの掛け声で主砲は発射され、戦艦ル級改flagshipを護衛しているイージス艦もどきの深海棲艦を叩き込んだ。油断していたのだろう。砲弾は的確に命中し、軽巡ツ級は一瞬で撃沈した。周りの深海棲艦は、主砲から逃れるためアイオワから逃げたが、一隻だけは違った。戦艦ル級改flagshipだ

 

「オ前、『アイオワ』ダロ?シカモ、太平洋戦争(・・・・・・)時ノ装備ジャナイナ?イイダロウ。暇ツブシニナル」

 

「Nameshipは伊達じゃないのよ!Fire!」

 

 双方の砲が火を吹いた。二つの戦艦同士の砲撃戦が繰り広げられたが、アイオワは気付いた

 

「What?弾を弾いた?」

 

「私ガ近代兵器ニ頼ル者トデモ思ッタカ?」

 

 戦艦ル級改flagshipはゾッとするほどに歪んだ笑みを浮かべていた。アイオワが撃っている弾は16インチ、つまり40.6cm砲だ。その砲弾が命中しても効果がなかった。しかも2,3発は装甲で弾かれている。ここまで装甲が固いのは見たことがない。大和型戦艦でもこんな事はならないだろう。しかも撃っている砲弾も強大だ。一発食らっただけで中破まで持っていかれた

 

「Oh shit!(何、この砲弾!?)」

 

 飛んでくる砲弾はどう見ても16インチ砲の威力を超えている。今まで気付かなかったが、よく見ると戦艦ル級改flagshipが持っている砲はデカイ。下手すると大和型戦艦よりも大きいかも知れない

 

「海ノ底ニ沈メ!」

 

掛け声と同時に上空から5機のジェット機がこちらに向かっている

 

「What?そんな……」

 

 迫りくるジェット機を見たが、どれも見たことがある機体だった。しかし、その機体は黒く塗りあげられており、星のマーク、つまりアメリカ海軍のマーキングがなかった。対空戦闘しようとした時、ジェット機は突如、反転し空へ消えてしまった

 

「チッ、『主』ハ腰抜ケカ?勝負ハオ預ケダ」

 

 通信が入ったのだろうか。戦艦ル級改flagshipもアイオワや長門に目をくれずに撤退した。何があったのか?一刻も知る必要があった

 

 

 

「悪い……。仲間は海に沈められた。もうダメかと」

 

「Nagato。喋らないで」

 

 両者ともボロボロだった。無線での集合地点に向かうよう提督の指示があったので、それに向かって航行していた。集合地点に向かう先には既に他の艦娘も到着していたが、全員大破だった。どの艦娘も悲しみと怒りで顔を歪ませていた。サラトガも既におり、提督と一緒に撤退準備の手伝いをしていた。あの近代兵器によって敗北したのだと思うと、アイオワのはらわたは煮えくり返った。近代兵器と第二次世界大戦時の兵装の差は雲泥の差だ。状況を知らなくても、見ればわかる。これは一方的な虐殺に等しかった。今の艦娘は近代兵器に対抗手段なんて無いのだから

 

 

 

 別の基地に異動するためトラックの中に乗った。街が燃えるのを見てアイオワは悲しくなった。道路には避難民の長蛇の列が出来ていた。艦娘を指揮する提督も自ら動いており、工作艦と一緒に手当していた

 

「ああ――!」

 

「取れました!不発したロケットが」

 

緑色の髪の毛をした艦娘、夕張が血の付いた対艦ミサイルを掲げていた。不発したのだろう。しかし、負傷した駆逐艦である時雨は、ぐったりとしていた

 

「処分しろ。どうせ、俺達の手に余るものだ」

 

ロケット……。アイオワは気付いた。この世界は『ミサイル』という兵器を知らない。そして見た。ロケットの姿を

 

「ハープーン?」

 

つい口走ってしまった言葉。慌てて口に手を抑えたが、反応した人が一人いた

 

「知っているのか?」

 

提督がゆらりと立ち上がり、こちらに迫ってくる。拳銃を抜き怒りで迫ってきた

 

「答えろ!知っているのか?こいつを!?」

 

「提督、落ち着いて下さい!」

 

 明石が提督を抑え、ひと悶着している間、アイオワは必死になって提督に説得した。敵の情報を入手したから知っているだけだと

 

 

しかし……この嘘がいつまで通用するのか分からない。他の艦娘はともかく、提督には事実を伝えなければ。敵が持っている兵器の正体を

 




この作品におけるアイオワの兵装

・16inch三連装砲 Mk.7
・Mk.12 5インチ砲(Mk.68 GFCS) 連装6基
・RGM-84 ハープーン対艦ミサイル 4連装ランチャー4基
・BGM-109 対地攻撃用トマホーク 4連装装甲ボックスランチャー8基
・ファランクス CIWS 4基
・AN/SPG-51 (射撃管制用レーダー)
・AN/SLQ-32 (電子戦装置)
・Mk.36 SRBOC (対艦ミサイル用デコイ展開システム)
・RQ-2 パイオニア (無人偵察機)
など

オリジナル……ではなく、アイオワ戦艦が第二次世界大戦後に改修された実際の兵装
詳細は次話で説明しますが、艦これのキャラの中で実際に現代化改装した艦
多分、アイオワが改二になれた時はミサイルを持ってきてくれるでしょう(嘘)
余談ですが、アイオワ改の改修ボイスが
「Harpoon? Hmm… 悪くないけど…… まだ、早くない? アリ……かな」
との事。残念


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 アイオワの未来記録2 ~近代兵器の説明~

いよいよ、敵の最新鋭兵器の正体です
と言っても、軍事に詳しい人なら分かりますね


 大阪の戦いと呼ばれた次の日、提督に呼ばれた。アイオワは言われた通りにした。艦娘を建造するため来日した米国軍人が死んだ今、これ以上関係を悪化させたくなかった。テントに入ると、提督が待っていた

 

「長門から話は聞いた。助けてくれて、ありがとう。そして、すまない。銃を向けて」

 

「don't worry。気にしていないわ」

 

アイオワは安心した。この提督は大丈夫のようだ。しかし、敵の兵器の正体を知ったらどう思うか?それが気になった

 

「あの兵器を知っているのか?」

 

「Yes。But……」

 

「心配するな。確認するだけだ。敵が持っている、あの異様なロケットは何だ?知っているのか?」

 

アイオワはどう答えたら分からなかった。この世界の軍事知識は遅れている。ミサイルをどう説明すればいいのか

 

「アドミラル。落ち着いて聞いて。ロケットの正体は『ミサイル』というの。種類は対艦用、対空用などがあって……。簡単に言うと、敵を追尾する誘導装置を組み込んだロケットの事よ」

 

「では、そのミサイルとやらは軽巡駆逐艦だけでなく潜水艦からも発射したり、艦載機を撃墜したり、主砲の射程外から正確に攻撃したり出来るのだな」

 

「Yes」

 

アイオワは頷いた。提督はロケットが写っている写真をアイオワに見せた。不発し雪風と時雨の艤装に突き刺さったミサイルだった

 

「このロケットは何だ?」

 

「これは、ハープーンミサイルと呼ばれる対艦ミサイルよ。威力は――」

 

「ちょっと待て。そいつの説明は後だ」

 

 提督はアイオワの説明を遮ると、何やら書類を引っ掻き回して探していた。やがて、数枚の写真と絵を持ってくるとアイオワに見せた

 

「なら、こいつらは知っているか?我々が佐世保に配属された時から複数の艦娘が目撃し、被害を与えた敵の兵器だ。ある日を境に深海棲艦は兵装を変えたが、分かるか?」

 

アイオワは受け取ると写真と絵を見た。深海棲艦とその艦載機を映したもの。どれもアイオワが知っているものだ

 

「F-14Dトムキャット、F/A18Eスーパーホーネット、F35?もう完成したの?フェーズド・アレイ・レーダーとVLS……間違いない。この軽巡ツ級は、ミサイル駆逐艦であるイージス艦をモデルにしてある。駆逐ナ級に対艦ミサイル……まるでミサイル艇ね。SH-60シーホークまであるの?何処で手に入れたの?潜水艦は攻撃型潜水艦?原子力か通常型か分からないけど。But……どうして戦略原潜ではないの?その方が――」

 

「全部、知っているのか?」

 

アイオワはハッとした。しまった。提督は全て観察していたのだ。小声とは言え、口に出してしまった事に後悔したが、もう手遅れだ。提督は試していた

 

「これらの兵器は何だ?何処のものだ?明石だとこんな兵器を造るのは不可能だと。なのに、何でお前だけ知っている!サラトガも知らないと言っているんだぞ!?」

 

「それは……」

 

アイオワは声を出そうとしたが、口が震えた。提督からは強い口調で言われ、たじろいだからだ。この兵器の本当の正体を知ればどうなるか

 

「アドミラル。落ち着て聞いて。これらの兵器は……数十年後の未来兵器よ。しかも……しかも、ほとんどアメリカが開発したもの」

 

「では、何でお前だけが知っている!?」

 

「それは……ミーは艦だった頃の世界……第二次世界大戦後もしばらくの間は、現役だったのよ。ミーの艤装もその時代に合わせて近代化改修されたもの。ミーは第二次世界大戦後も戦っていたから」

 

提督にとって衝撃だったのだろう。提督は、頭を抱えた。正体が未来兵器と聞かされれば、驚くなという方が無理だ。暫くして、提督は口を開いた

 

「あいつらを倒せるのか?」

 

「No……ミーはイージスシステムを装備したミサイル駆逐艦ではない。空母打撃群……いえ、未来の米海軍や米空軍のような軍事力がいないと倒せない。JSDF(自衛隊)がいれば頼もしいけど、このWorldの日本の海軍では……」

 

「よく分からんが、火の粉を振り払える程度か……参ったな」

 

提督は弱弱しく言った。期待していたつもりだったらしい

 

「But、戦い方なら教えてあげる。確かに最強の兵器だけど、パーフェクトではない。弱点もある。ミーの艤装の兵装も提供出来る」

 

「その前に聞く事がある」

 

提督は拳銃を引き抜き、再びこちらに銃口を向けた

 

「アドミラル?何を?」

 

「なぜ俺に手を貸す?アメリカには戻らないのか?こちらに味方しても得はないぞ?」

 

アイオワにとって、提督は何を言っているのか?アイオワは理解出来なかった。なぜこちらを敵視するのか?拳銃を突き付けられても、こちらにとって脅威ではないが、ここで不信感を買うと最悪の場合、追い出されてしまう

 

「アドミラル。落ち着いて――」

 

「落ち着け?落ち着いていられるか!こっちの艦娘の大半は海の底だ。未来兵器だと?本当か嘘かどうでもいい。他所の国の艦娘が命を懸けてまで俺に従う必要性は何処にある?米国軍人の命令か?それとも、深海棲艦のスパイか?」

 

「違います!」

 

アイオワは即答したが、提督はこちらに銃口を向けたままだ

 

「深海棲艦は時々間抜けた事はするが、バカではない。しかし、急に知恵がついたのか、人間のような戦いをしだした。軍や国のトップを暗殺するような事は一度もなかったし、都市や工場などの空爆を積極的にやる事も無かった!人間を使ってスパイを送り込む事も!ある日を境に戦い方が変わった」

 

「アドミラル……」

 

「何が目的だ?アイオワ……いや、アメリカは何を企んでいる?この混乱に乗じて何かやらかすつもりか?」

 

アイオワは答えようとしたが、口に出さなかった。確かにアイオワが艦だった世界では、アメリカは世界の警察と気取っている。しかし、実際は自国の国益のため、自国のためである。この世界はどういう世界情勢か知らない。しかし、このままだと帰国すら出来ない

 

「アドミラル。Yes。確かに…そうよ。But、それは政府の考え。ミーの考えではないの。ユーはどっちが敵なの?USA?深海棲艦?」

 

「……」

 

「それにアメリカもバカではないの。ミーが艦だった頃の世界ではあるプレジデントが言ってたわ。『もし宇宙人の種族がこの地球にやってきて、我々に脅威を及ぼすような事態が起こったら、我々は一致協力してこれに当たらなければならない』。ミーの選択は協力するしかない」

 

尤も、当の本人が本気で国連演説したかどうかは分からない

 

「……」

 

「アドミラル……ミーもどうしたらいいか分からないの……でも、これだけは言わせて。Trust me」

 

提督はアイオワを睨みつけたままだ。緊張した空気が張りつめていたが、しばらくすると提督はため息をつくと銃を降ろした

 

「アドミラル?」

 

「全く……国が違っても艦娘は艦娘だな」

 

提督は呆れるようにアイオワを見た

 

「ちょっとは面白い事をやると思っていたんだ。米国軍人が言った言葉を言うんじゃないかって。サラトガが建造される前、つまり大阪が攻撃される前に艦娘建造をしている米国軍人と会ったんだ。様子を見にな。その時は、もう酷かったね。『アメリカの正義は世界の正義だ』とか『深海棲艦との戦いの後は、対国家用の艦娘を製造する技術を研究してくれ』とか言って来てさ。しかも、報酬の額が凄い。こっちの亡命の話まで出た。呆れて断ったけど」

 

流石のアイオワも呆れた。この世界の米国は、どこまで楽観視し過ぎているんだ?

 

「だからちょっと試したんだ。しかし、お前は米国軍人のようなエゴの言葉すら言わなかった。大統領演説の話は面白かったが、他の言葉は本気に感じられた。米国兵士でも言わないだろう。他所の国のために命を懸けるバカはいないからな。スパイにしては滑稽過ぎるし、暗殺するなら俺は生きていない。お前を信用出来そうだ」

 

「Thank you、アドミラル」

 

柔軟な提督で良かったとアイオワは胸を撫で下ろした。頭が固い人だったらどうしようかと思ったほどだ。後で提督の父親は、私達艦娘の創造主の息子であると聞かされ驚くのは別の話だ

 

「世界の終わりに何処まで戦えそうか?」

 

「I don't know……。近代兵器の量産は期待しない方がいいわ」

 

「でも、一撃は入れれるだろ?」

 

 アイオワは首を振った。近代兵器と第二次世界大戦時の兵器の性能差は隔絶している。例えるなら、大人と子どもの喧嘩のようなものだ。聞けば、近代兵器によって撃沈された艦娘は沢山いるという。対抗手段どころか手も足も出ない彼女達が沈んだ事に深海棲艦に対する怒りが増していく

 

「でも、あくまで苦肉の策。それ以上は……」

 

「やはり、あの計画を実行する事になるな」

 

提督が力なしに呟いたが、大淀がいきなり入って来た

 

「失礼します!沖合で救難信号をキャッチしました!初めは罠かと思いましたが、英語とドイツ語でした!」

 

「それで相手は?」

 

「艦娘です!相手は欧州から来たと」

 

提督もアイオワも驚いた。欧州?どうやってここまで来た?

 

「しかし先の作戦で戦える艦娘が全くいない……。資源も足りない」

 

「ミーが行きます!敵を追い払えるだけの戦力は持ってます」

 

アイオワは自ら進んでいった。先の戦いでもアイオワはテキパキと対処したからだ。敵が近代兵器を持っている以上、迂闊に出しても無駄死にである

 

「……分かった。救助しろ」

 

 

 

 ウォースパルトとプリンツオイゲンの救助に成功し、作戦会議が終了した後に工廠へ案内された。アイオワは、近代兵器であるミサイルやジェット機など近代兵器を明石や提督に説明したが、提督達は頭がついて来れたかどうか。しかし、軍事については理解出来たようで、提督どころか、機械いじりが好きな明石や夕張、そして工廠妖精でさえポカンとしている

 

「……兵器ってここまで進化するの?空母1つで中小国相手に出来る程の打撃力を持っているって…もう滅茶苦茶よ」

 

「イージス艦って未来兵器だったんだ」

 

「戦いの発想が全く違うな。道理でこっちの軍事常識が通用しない訳だ」

 

 明石や夕張、提督が言っている事は正しい。第二次世界大戦時の軍事常識では考えられないものだろう。アイオワは、人工衛星や弾道ミサイルなども説明しようかと思ったが、止めておいた。今は必要ないだろう

 

「しかし気になる事がある。ミサイルと航空機が発達したお蔭で、戦艦は不要となり消えたのは分かったが、なぜアイオワ級戦艦は直ぐに解体されなかった?」

 

「WWⅡの後、別の戦争、冷戦が起こったわ。それでミー達は海軍から除籍されなかった」

 

「冷戦…?暖かい戦いでもあったのか?」

 

アイオワは提督の言葉に苦笑いした。核戦力というのがこの世界にはないため仕方ない事だ

 

 

 

 アイオワは自分達の戦後の成り行きを簡潔に説明した。除籍されなかったと言っても、平時は予備役、有事は再就役を繰り返していた事。航空機の発達やミサイルの登場により、既に艦隊戦は失われていたため、自分達アイオワ級戦艦は主に対地艦砲射撃による火力支援に従事した事。アイオワ級戦艦の姉妹艦は実際に朝鮮戦争やベトナム戦争など参戦していた事

 

 そしてロナルド・レーガンという大統領が、『600隻海軍構想』に基づき、航空母艦の増強と共に、戦艦が正式に現役復帰した事

 

「これは軍拡を続けるソ連海軍に対抗するための構想。でも、ミーもあまりよく分からない」

 

「アメリカが、ここまで国力あるのは驚きだな。600隻海軍構想の時に近代兵器が組み込まれたのか?」

 

「Yes」

 

 近代化改装後も、レバノン内戦など作戦活動に従事し、陸上施設に対して艦砲射撃やトマホーク発射を行ったとの事

 

 しかし、ソ連が崩壊したため、国防予算は大幅に縮小され、膨大な維持費用を要する戦艦は再び退役する事になった。アイオワの姉妹艦である『ミズーリ』と『ウィスコンシン』が湾岸戦争と呼ばれる戦争を最後に、アイオワ級戦艦4隻は退役した。その後、2006年に除籍されカリフォルニア州ロサンゼルス港にて、記念艦として係留されたのを最後にそれ以降の記憶がないという

 

「つまり博物館に運ばれるまで、一度も撃沈どころか解体すらしていないんだな?」

 

「Yes。なぜミーがこの世界に来てしまったかは分からない」

 

「まあ、向こうの世界では、戦艦が消えた事はないだろう。……しかし、第二次世界大戦後も生き残った戦艦か。面白いな」

 

 提督は苦笑いした。艦娘は異世界(第二次世界大戦)で沈んだ船の魂を持つ少女というのが常識だった。しかし、アイオワは向こうでは沈んでいない。艦娘の謎の1つだ

 

 

 

「お前の事は分かった。では、本題だ。ミサイルと呼ばれる兵器は、この世界で製造可能か?」

 

アイオワは己が従事している妖精と顔を見合わせた。既に答えは出ている

 

「ミサイルを始めとする近代兵器が製造可能と聞かれたら、応えはNOです。余りにもtechnologyの差が大きすぎます。半世紀の科学技術を短時間で涵養するのは無理。かなりの時間を要する。それにミーもそんなに強くはない。あくまで新しい軍艦に遅れを取らないように改装しただけ」

 

明石も提督も沈黙してしまった。いや、分かっていた事だ。明石が不発したミサイルを見て困惑していたほどだ。工廠妖精も万能ではない。知識がないため製造すら出来ない。可能であるならアイオワが持っている妖精だが、それでも資源も時間もかなりかかるという

 

「不可能を論じても意味はない。しかし、弱点や対抗手段はあると言ったな?どういう方法だ?」

 

「イージス艦もジェット機もレーダーや熱を利用してミサイルを誘導している。それを何らかの方法で妨害すれば防ぐ事が出来る」

 

 アイオワは自分が知っている限りを説明した。敵の攻撃を防ぐ方法。妨害電波、チャフ、フレア、デコイ、ファランクスによるミサイル破壊……。これは己自身も持っている。自衛用だが、AN/SLQ-32と呼ばれる電子戦装置やCIWS、チャフ・フレア発射装置であるMk.36 SRBOCなどがそうである

 

「これはホーミング魚雷も同じ。ミーが持つ曳航型デコイも効果あるかも知れない」

 

一息つくと、アイオワは再び話し始めた

 

「But、これらはあくまで苦肉の策。本来なら、それはイージス艦やミサイル駆逐艦などの仕事。それに、enemyは当然、対抗手段を持っているはず。現に妨害電波を受けにくい方法も既にある」

 

「同等かそれ以上のの兵器じゃないと倒せないって事か…。あくまで苦肉の策か」

 

 アイオワ級戦艦は、とりあえず新しい軍艦に遅れを取らないようにしただけである。現代兵器を持っていない深海棲艦相手なら別だ。しかし、今回は違う

 

「どうしたもんかな。効果ないかも」

 

「No、アドミラル…。試す価値はある。幸い…幸いミーの妖精は、レーダーを目潰しするための周波数を知っている。火器管制レーダーとSPYレーダーを使用不能にすれば勝機はある」

 

アイオワの大胆な発言に提督は繭を吊り上げた

 

「妨害電波か。でも、向こうはその対抗手段を…」

 

「その逆。ミーの考えが正しければ…深海棲艦はU.S.NAVYをベースにして造られている。時間は限定的だけど、防空網の穴を開ける事が出来る。対抗手段と言ってもすぐに発動出来るとは限らない」

 

「なるほど。お前も米海軍だったな」

 

 電子戦を説明しても分からないだろう。しかし、アイオワは考えがあった。どうにかして勝つ方法を。そして気になっていた事を

 

 

 

 爆撃され破壊された工場を臨時基地とした一同は、早速準備にかかった。提督達が艦隊編成や『新型計画』の準備をしている中、アイオワは自身の妖精と一緒にあるものを造っていた。明石も手伝ってくれた

 

 既に対艦ミサイルの自衛用システムを他の艦娘に共有させた。対艦ミサイル相手に電子戦装置やチャフがないどころかCIWSがなくて、出撃しても無駄死するだけだ。対艦ミサイルを防ぐにはイージス艦が最適だが、それが居ない以上、何とかするしかない。電子戦装置は無理があるものの(量産が難しいため)、CIWSの開発に成功し何とか数を揃えさせる事も成功した。また、明石と一緒にチャフも開発した。チャフ・フレア発射装置であるMk.36 SRBOCが最適だが、全ての艦娘に共有するのは難しかった。そのため、三式弾を改造し、焼夷弾子の代わりにアルミ箔を散布するようにした砲弾を開発する事にした。実験した所、ある一定範囲で電波妨害する力を持つ事を確認された

 

 しかし、対空ミサイルに対抗する手段が無かった。艦載機である零戦やサラトガが持つF6Fですら、対空ミサイルを防ぐ能力はない。それもそれのはずで、電子戦機やミサイル警報機どころか、チャフフレアも持っていない。原子力空母があれば別だが、そんな艦娘は存在しない。そのため、アイオワはある事を思い出し開発する事にした。妖精だけでなく、アイオワ自身も設計図を何度も見ながら造っているため、手間取っていた

 

「アイオワさん…。これは何です?電探にしてはおかしいです」

 

「これはAN/ALQ-131。簡単に言えば、航空機搭載用のレーダー妨害装置よ。1976年にUSAが開発したもの。これでレーダー誘導のミサイルからの脅威を下げられる。赤外線誘導ミサイルとバルカン砲の課題もあるけど」

 

「それが造れるなら、イージス艦とかジェット戦闘機とか言うのも造れる…」

 

「No。無理」

 

 あっさりと言い放つアイオワ。ミサイルはともかく、イージスシステムやジェット戦闘機はハイテクの塊だ。第一、構造も知らない。しかし、電子戦なら何とかいける。それでもこのような技術を造れる事が奇跡に等しい。妖精がいなければこんなものは造れない。無線やレーダーが発達した現代戦では電子戦は重要である

 

「これをどうするんです?」

 

「艦戦や艦攻に搭載出来ないから、大型航空機に積むしかない。それで効果ある」

 

 ただ積むだけなら艦攻なら出来るかも知れない。しかし、複数の妖精で操作したが効率が良いので、大型航空機に積んだ方が得策。そう判断した

 

「二式大艇に積めるかも。秋津洲に聞かないとね…。ミサイル相手はそれでいいとして、ジェット戦闘機はどうします?完全に防御出来ない」

 

「ミーに考えがある。ミーを再び改装する」

 

 

 

 作戦は直ちに開始された。というのも補給を確保しなければならないからである。遠征に必要な海域を取る必要がある。資源も工場の残骸からリサイクルという形で何とかなったが、それでも満足出来ない。立てこもってもいずれは資源は無くなり、戦えなくなる。『新型兵器』を実行する資源も必要だ。生き残っている艦娘全員が港跡地に集められた

 

「我々は現在、絶望的だ。無くなった艦娘は既に半分だ。敵は強い。しかし、どんな敵でも弱点はある。アイオワのお蔭で敵の兵器の弱点が分かった。近海と南西諸島海域。そしてカレー洋を奪還するぞ。出来なければ、こちらの負けだ。戦う資源はもう無い。今ここで決めろ。一泡食らわすか逃げるかだ」

 

 兵站は古今東西、軍隊では重要だ。これを軽視しては戦いに勝てない。その事は、第二次世界大戦を経験した艦娘は、分かっている。そのため、誰一人、辞退しなかった

 

「よし、作戦開始しろ」

 

艦娘達はアイオワと一緒に出撃した。資源確保のために




レーガン大統領「もし宇宙人の種族がこの地球にやってきて、我々に脅威を及ぼすような事態が起こったら、我々は一致協力してこれに当たらなければならない」
白銀 武「実際に宇宙人(BETA)が攻めて来ても、人類は一致団結しなかったんだけど…」
レーガン大統領「(マブラブは)インディペンデンス・デイにはならなかったか……」


人類が団結するかどうかは置いときまして、戦艦アイオワについて説明しますと

 第二次世界大戦後、朝鮮戦争が勃発したため米海軍は、アイオワ級戦艦4隻を再就役しました
 しかし、艦隊戦(というより大和武蔵は沈み、ドイツ海軍のティルピッツ、ビスマルクがいないため、相手となる戦艦がいなかった)は行われなかったため、専ら艦砲射撃で地上部隊を支援していたようです
 冷戦時代に予備役、再就役を繰り返す中、1980年代初頭、ロナルド・レーガン政権時の際、「600隻艦隊構想」を掲げ、この時にアイオワ級戦艦は現代化改装されました
 湾岸戦争ではアイオワは不参戦ですが(二番砲塔爆発事件のため)、姉妹艦である「ミズーリ」と「ウィスコンシン」が参戦し、地上のイラク軍に対して艦砲射撃しました

 ただ、とりあえず新しい軍艦に遅れを取らないように改装されただけなので本作品では、無茶は出来ません。しかし、ミサイルの自衛システムはあるため何とかなりそうです

 本作品の2話や火力発電所防衛戦で艦娘がCIWSやチャフを装備しているのは、アイオワのお蔭です。オリジナルの武器である三式弾乙(チャフ)もアイオワと明石の共同開発で出来たという設定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 アイオワの未来記録3 ~反撃~

 艦娘達は進撃する。『新型兵器』である計画に必要な資源を確保するために

 

 

 アイオワを旗艦に機動部隊が前進する。と言っても大阪で全体の1/3程の艦娘が沈められたため、編成もバラバラだ。正規空母が少ないため、米空母であるサラトガまで動員された

 

連合艦隊、機動部隊

 

第一艦隊、旗艦はアイオワ、赤城、加賀、瑞鶴、サラトガ、霧島

 

第二艦隊、旗艦は比叡、足柄、秋津洲、神通、島風、時雨

 

全員、改か改二であり最強の集まりかも知れない。サラトガもMk.IIに改装された。しかし、苦肉の策が何処まで通用するか……。ある意味、博打に等しい

 

「アイオワ。聞きたい事があります」

 

「What? 霧島、敬語はいいわ」

 

アイオワは気楽に話したが、霧島は心配そうな顔をしていた

 

「貴方の装備…第三砲塔がないのは何故?それに、その装備は……」

 

「Enemyから奪った。それを活用している、それだけ」

 

 他の艦娘からは納得がいかなかった。なぜアイオワだけが敵の装備を使えるのか?アメリカの艦娘の事もあり、特に舞風や香取との関係はギクシャクしていた。しかし、アイオワはそんな事よりも敵の兵器が気になっていた。

 

 米海軍を真似した深海棲艦。イージス艦を模した軽巡ツ級。ミサイル艇を模した駆逐ナ級とニ級。ヲ級改はジェット機を搭載している事から未来の米空母を模しているのだろう。重巡ネ級と戦艦ル級は変わっていないが、射撃システムは変わっているに違いない。対艦ミサイルは艦の上部構造物に打撃を加えるのが目的。そうすれば、レーダー等各種センサー類などにダメージを負い、その艦は事実上戦闘不能。場合によっては、艦は生き残る事がある。つまり、生き残りを狩るための戦力だろう。艦娘に対艦ミサイルを浴びせ、大破している所を止めを刺す。敵の戦術は恐らくこうだろう

 

 米海軍を取り入れた深海棲艦……。聞けば深海棲艦は浦田重工業を襲い、研究開発していた最新鋭の軍事技術を奪って自身にとり込めたとアドミラルは言っていた。……が、アイオワは未だに疑問があった。異世界とは言え、未来兵器を簡単に造れるのだろうか?そして、近代兵器を奪った深海棲艦も使えるものだろうか?

 

 

 

「アイオワさん……。貴方は大丈夫ですか?」

 

声を掛けられ我に返ったアイオワ。周りを見るとこちらに視線が集まっていた。加賀が近寄り、気になっていた事を質問した

 

「アイオワさん。提督と何を話されていたかは知りません。しかし、艦載機を上げて索敵しないどころか電探まで切っているのか不思議です」

 

「加賀…。enemyの兵器はただ強力なアタックだけではない。僅かな電波も解析される。しかも、どんな電波なのか分かるどころか、位置まで特定されてしまう」

 

艦載機を上げてもイージス艦のレーダーに引っかかって位置も分かってしまう。イージス艦に搭載されているSPYと呼ばれるシステムは、確か最大探知距離は500km、同時に追尾できる目標数は200以上。しかも、これはあくまで公式だ。実際のデータは流石のアイオワも知らない。偵察機を上げればこちらの位置が分かってしまう。かと言ってレーダー波を出しても、探知されればこちらに位置を知らせているようなものだ。これは無線封鎖ではなく、電波管制である。敵も電子戦には熟知しているはずだ

 

「高度な逆探知能力?しかし、これでは何も分かりません」

 

霧島は歯がゆかった。先に見つかれば負け。しかも敵は長距離からの攻撃が可能。こんな相手に勝てるのか?その時だった

 

「あれは……ロケットが接近!」

 

Vampire(バンパイア)Vampire(バンパイア)Vampire(バンパイア)!2発の対艦ミサイル接近!」

 

比叡とアイオワ所属の妖精の悲鳴じみた叫び声に、アイオワは反射的に命令を発した

 

「チャフ発射!」

 

艦載用のデコイ展開システムであるMk.36 SRBOCからチャフを発射させアルミ箔の雲を展開させた。しかし、CIWS展開には間に合わない!

 

Brace for impact!(衝撃に備えて)」

 

英語を理解出来ない人でもこの状況は理解出来た。2発のミサイルはアルミ箔の雲に惑わされ突っ込み、空中で爆発した。爆発の衝撃で数人の艦娘が吹っ飛ばされた

 

「ううう……」

 

「何処から?一体、何処から」

 

「南西の方角!電波管制解除!レーダーを展開させて!」

 

アイオワはマシンガンのように命令を下した。現代戦はスピードが大事だ。そもそも軍艦の砲撃戦は、WWⅡ以降行われていない。英海軍とアルゼンチン海軍が闘ったフォークランド紛争ですら、ミサイルの撃ち合いに終わっている。海上数メートルを飛来する対艦ミサイルを探知して処分するまで数秒の間で処置させないといけない。イージス艦があれば楽だが、生憎こちらにはいない

 

 こちらの位置が分かった時点でミサイルの雨が来る!アイオワはレーダーを展開させたが、スコープはクリア……いや、複数の高速飛行物体が来ている!数は10!

 

Vampire(バンパイア)Vampire(バンパイア)Vampire(バンパイア)!」

 

「ECM起動、各艦CIWS迎撃!」

 

接近するミサイルを妨害電波で目潰し、効果がないミサイルはCIWSで迎撃。ECMはともかく、CIWSは何とか各艦娘に行き渡っていた。担当員である妖精も操作方法を教える事に成功した。しかし、悲しきかな。イージス艦ではないため、撃ち漏らしは出てしまう。大多数は撃墜出来たものの、2発は比叡と足柄にそれぞれ命中してしまい、比叡は中破、足柄は大破してしまった

 

「ミサイルが飛来した方角に敵艦隊がいる!」

 

「攻撃隊、発艦!」

 

赤城加賀と瑞鶴サラトガは攻撃隊を次々と発艦させていく。直掩隊は少しだけ残し、残りは全て敵艦隊に向かわせた。二式大艇を随伴させて

 

「あれは役に立ちますか?」

 

「大丈夫よ」

 

二式大艇にECMポットとレーダー警戒受信機(R W R)。そしてチャフフレアを積ませたが、アイオワも正直な所、分からなかった。これで勝てたら奇跡だと

 

 

 

 一方、空母機動部隊である深海棲艦は困惑していた。哨戒任務に当たっていたE2Cから艦娘を発見したため、ミサイル攻撃を行ったが、命中しない。いや、命中しているミサイルもあるが、たった2発だけ。命中率が下がっているのだ

 

 何が起こったのか分からない。機器類をチェックさせたが、異常なし。そんな疑問を他所にレーダーに反応があった。艦娘の空母からおびただしい艦載機が上がった。直ちに艦載機を上げる必要があるが、数が多い。編成を二つに分け、敵機の迎撃。もう一つは敵艦隊の攻撃だった。再び対艦ミサイルによる攻撃を行ったが、突然、レーダーから捉えていた艦娘が消えた。……いや、違う。E2Cが撃ち落された。これではOTH…水平線以遠での攻撃が出来ない。ハープーンは目標への大まかな位置情報の入力もせず、飛翔方向のみ指定し発射することも可能であるため、再び数発発射したものの、確認する事が出来ない。しかし……まるでこちらのシステムを知っているかのようだった。どうやって知った?

 

 

 

「円盤がついている航空機を最優先で撃ち落として、何か意味があるの?」

 

 瑞鶴は不満だった。アイオワから『E2Cホークアイ』という偵察機を見つけたら最優先で撃ち落せと出撃前に言われた。攻撃隊が敵艦隊に向かう途中に発見し、直ちに震電改で追跡、撃墜させた。なぜ震電改かと言うと、ホークアイは約620km/hと高速なので零戦やF6Fには無理だからだ

 

偵察機くらいで躍起になって落とさなくてもいいと思う艦娘達だが、アイオワは違った

 

 E-2C。つまり、早期警戒機がいるということは、敵は戦術データリンクを持っているということだ。これは音声情報だけでなく、位置情報や状態の情報、レーダーを一括して送受信できる。そのため、イージス艦やジェット機などは自分のレーダーに探知出来なくても、他部隊(主に早期警戒機)から情報を元に長距離、中距離ミサイルが撃てるからだ。艦艇の水上レーダーは水平線に遮られて50キロ程しか探知できないため、ハープーンの長所である100キロ以上の敵をOTH(超地平)攻撃するには航空機の支援がいる。過去の戦闘記録に突然、攻撃を受けたとあるので間違いない。提督は躍起になって敵の兵器能力を解析しようと頑張ったらしいが、残念ながらこの時代では無理だろう

 

「敵艦隊にwinするためです。接近して攻撃します」

 

 

 

 その間に深海棲艦の40機の攻撃機は2つに分かれた。1つは艦娘。もう1つは艦載機を迎撃する事。二部隊とも自機のレーダーに捕らえ、ロックした。艦娘に対してはハープーンを、艦載機に向けてAIM-7スパローを複数発射した。ジェット部隊は楽観視していた。ミサイルを撃てば敵に勝てると。艦娘は躍起になってこちらを攻撃するが、ミサイルの前には敵わない。レーダーではもうすぐ着弾する。

 

3……2……1…………?

 

ジェット部隊は困惑した。レーダーにはミサイル命中した形跡がない。艦娘の艦載機の編隊は健全だ。故障かと思ったが、全て故障する訳がない。ハープーンも同様だ。イージス艦も含め20発撃ったハープーンが3発しか命中していない。こんな事は初めてだ。指示を仰ぐが、空母ヲ級改も軽巡ツ級困惑する始末だ。なぜ、急にミサイルが通用しなくなったのか?

 

 

 

「Are you alright!?」

 

「な、何とか……!もうダメかと!」

 

アイオワのECMと各艦娘のCIWSによって対艦ミサイルのほとんどは撃墜出来た。また、アイオワと明石が提案した三式弾を改造したアルミ箔弾頭の三式弾乙のお蔭でミサイルを狂わす事に成功した。しかし、赤城、霧島、瑞鶴に命中し大破してしまった

 

「飛行甲板が……」

 

「ダメージコントロールを急いで!こんな所で出し惜しみすると撃沈する!」

 

比叡、足柄を始め艦娘達には『応急修理女神』を装備しており、立ち直らせる事に成功した。対艦ミサイルの威力が絶大だが、場合によっては立ち直らせる事が出来る。

 

 実際にミサイルフリゲート『スターク』がイラク軍の空対艦ミサイル『エクゾセ』を二発食らったが、ダメコンの活躍によって沈没は免れた。提督に『応急修理女神』の使用の許可を願い、提督も渋々と認めた。艦載機の方も大丈夫だ。二式大艇に積んでいた電波妨害装置(ECMポッド)のお蔭で艦載機は中距離空対空ミサイルの雨を受けずに済んだ。ジェット機は赤外線誘導ミサイル(AIM-9L)を使うだろう。しかし、200機近くのレシプロ機を全て撃墜するのは難しい。ジェット機は予想外の出来事に躍起になっているに違いない。米海軍なら冷静に対応するだろうが、相手は深海棲艦だ。妨害技術を初めて目の当たりにするだろう。アイオワは若干、楽観視していた

 

 

 

 アイオワの思い込みはある意味、正しかった。深海棲艦は躍起になっていって敵を攻撃したが、いずれも失敗している。短距離空対空ミサイル『サイドワインダー』を使って撃墜しようとした。今度はデカイ飛行艇を除いて撃墜出来たが、艦載機は撃墜されても、めげずに空母ヲ級改を目指している。しかも、デカイ飛行艇から幾つものの火の玉が出ており、ミサイルは全て火の玉に吸い寄せられる。赤外線誘導兵器の回避手段であるフレアである事は分かっていたが、なぜ二式大艇に積んであるのか理解出来なかった。艦娘も同じだ。艦娘の艦隊を捕らえ、第二攻撃を仕掛けようとした時、ミサイル警報が鳴り響いたのだ。アイオワから白い煙が何筋も上がっているのを見て、ジェット部隊は慌てて回避行動に移った。なぜ、アイオワに艦対空ミサイル(SAM)が装備されているのか分からなかった。チャフフレアを発射し、対空ミサイルを食らわずに済んだ機体もいたが、対応しきれず撃墜された数が多かった。機体の損失を恐れた空母ヲ級改は引き返しを命じた。ジェット機は貴重だ。大量喪失したら、補充するのに時間がかかる。深海棲艦が大混乱している内に艦載機がこちらに近づいてきた。

 

 

 

 艦娘の艦載機が迫って来たのを確認した深海棲艦は、直ちに対空戦闘を始めた。

 

空母ヲ級改にイージスシステムを持つ軽巡ツ級3、対艦ミサイルを持つ駆逐ナ級2に重巡リ級1。艦娘と比べて数は少ないが、この編成だけで艦娘に大打撃を与えた。再び対空ミサイル攻撃を行おうとした時、高速で近づく飛翔物体48発を捕らえた

 

 

 

 対艦ミサイル?バカな!艦娘はこんな兵器を持っていないはずだ!直ちに対艦ミサイルの迎撃を行ったが、何しろこれは初めてだ。ECM、シースパロー、単装速射砲、CIWSで対応し迎撃したが、2発だけ撃ち漏らしが発生した。1隻の軽巡ツ級はハープーンミサイルを、重巡リ級はトマホークミサイルをくらい大破してしまった。重巡リ級はともかく、軽巡ツ級は大問題が発生してしまった。今のミサイル攻撃でアンテナ類とコンピューターが全て破壊されたため、イージス機能を喪失してしまった。大破したイージス艦は後退せざるを得なかったが、艦娘の艦載機が接近してくる。いつものようにシースパローとスタンダードで片付けようと発射したが、今回は命中した数が少ない。ジェット機も弾切れになっている。スパローは撃ち尽くしてしまった。代わりにM61バルカン砲で銃撃しても、艦娘の艦載機はジェット機は目もくれずに深海棲艦に向かっている。デカイ飛行艇(二式大艇)を撃墜しようとしたが、相手は速度を落として超低空飛行してやり過ごした。お蔭で速度差があり過ぎて狙いにくい。二式大艇しぶとく生き残っているため、電波妨害を取り除く事が出来ない。ECCM(対電子妨害対抗手段)も視野に入れて妨害電波出しているのか、火器管制レーダーが正常に機能しない。慌てて対空砲火で片付けようとしたが、数が多すぎる。イージス艦である軽巡ツ級は凄まじい機動力と主砲とCIWSで空母ヲ級改を守っているが、それでも対処出来ない。空母ヲ級改も再びジェット機を発艦準備にかかったが、降ってくる爆弾と魚雷から守るため回避行動を行うため発艦が出来ない。しかも、空母ヲ級を中核とする機動部隊の周りに水柱が沢山出ている。しかも、上空で爆発が起き、アルミ箔を降らせて来る。艦娘である戦艦がこちらに向けて砲撃を開始した

 

 

 

「射程に入り次第、ATTACKして!」

 

 アイオワは16インチ砲を射撃していた。アイオワは既に対艦ミサイルを全て発射したので、残りは砲撃するしかない。イージスシステムを持つ軽巡ツ級の1つと重巡リ級は大破成功したが、残りは健在だ。アイオワは仰角最大で既に砲撃を開始している。アイオワの主砲の最大射程は約3万9千メートル。通常弾、徹甲弾の他に三式弾乙まで撃っている。電波障害を起こすためだが、どれだけ効果があるか分からない。ただ、ミサイル攻撃して来ないのを見ると、効果はあるのだろう。金剛型である霧島と比叡はまだ射程に入っていないため、艦娘全員は全速力で敵艦隊に接近していた。空母組も残りの攻撃隊を全て発艦させた。敵に有効な攻撃を与えている以上、手を緩める必要なんてない

 

 深海棲艦は恐怖に包まれた。近代兵器は専ら飛び道具だ。それに対して、砲熕兵器は127mm単装速射砲一門だけだ。接近戦に持ち込まれると、これらが不利だ。命中率は非常に高いが、威力は限度がある。装甲も紙装甲だ。しかも、上空には艦載機による爆撃と雷撃を躱さなければならない。既に駆逐ナ級がやられた。緊急信号を発したが、妨害電波のせいで送れない。発信源はアイオワと二式大艇らしいが、艦載機と砲撃が邪魔して上手く狙いない。まさかの苦戦に深海棲艦は焦りを感じた

 

 

 

 狙い通りだとアイオワは思った。イージス艦と言えど、限度はある。近代兵器は、そんなに都合がいい兵器ではない。兵器の性能差はあるが、物量で圧倒する事は可能だ。航空機だけならイージス艦で、艦隊だけなら空母での対処は可能だろう。しかし、複数の敵とエンゲージしたら撃ち漏らしは必ず出て来る。しかも、こちらは電子戦を活用して挑んでいる。三式弾乙によるアルミ箔の雲も有効だ。深海棲艦の艦隊の頭上にアルミ箔の雲を漂わせている。アルミ箔も米軍が使用しているであろうレーダー波長に合わせ切ってある。ミサイルが上手く誘導出来ないのを見ると、大当たりだ。こちらもレーダーや無線などに影響があるが、こちらはハイテクではない

 

 

 

 

 やっぱりだ。予想通りに敵は、米海軍を模している。火器管制レーダーとSPYをどうにかすれば、接近出来る。その目論見は成功した。そして、砲撃戦に持ち込めば勝てる。ジェット機も立ち往生だ。艦隊にたかっているレシプロ機の大軍相手に四苦八苦している。なぜ、そうなったかと言うと性能差が開きすぎてやりにくいからだ。ジェット機は確かに速いが、直線的にしか飛べず小回りが利かない。レシプロ機に合わせてスピードを落とすと失速する可能性がある。そのため、一撃離脱で撃墜するしかない。格闘戦なんて論外だ。M61バルカン砲もそんなに弾薬を積んでいない。軽巡ツ級3隻はCIWSと主砲で撃墜していたが、艦攻である流星改が放った魚雷が命中。一発で轟沈した

 

「やりました」

 

 加賀の攻撃隊が成果を上げた事をきっかけに全員が、必死になって攻撃を開始した。島風は40ノットを超える速度で突進し、敵艦隊に砲撃と酸素魚雷を放った。時雨も軽巡ツ級に向けて攻撃を開始した。1隻は素早く離れたが、もう一隻は対艦ミサイルを食らったため、本来の能力が発揮出来ない。時雨と島風の12.7cm連装砲の集中砲火で、軽巡ツ級は撃沈した。2人はそのまま、最後の軽巡ツ級に向かったが、不味い事が起こった

 

 

「二式大艇ちゃんがやられた!」

 

「Shit!Enemyの兵器が回復する!」

 

レーダー妨害装置を装備した二式大艇が撃墜された。ジェット機からの攻撃からはやはり逃れられなかった

 

 

 

「火器管制レーダー照射されました!こちらのECMも効果はありません!」

 

妖精からの悲鳴が聞こえる。アルミ箔の雲があるとは言え、完全に無力化は出来ない。ECMであるAN/SLQ-32が効かないと言う事は、相手は周波数を変えたようだ。チャフのお蔭でレーダーの目は完全ではないものの、このままだと……

 

「No、このままAttackするわ!」

 

 攻撃を緩めてはいけない!火器管制レーダーは恐らく、イージス艦からだ。攻撃機からのミサイルは無視しよう。こちらには短SAMとCIWSがまだある。近寄って来るF/A18EとF35にロックして攻撃すればいい。それに対艦ミサイルを数発受けても戦艦は簡単に沈むものか!

 

「時雨、島風!あのイージス軽巡ツ級を撃沈して!」

 

 

 

 アイオワの命令で時雨と島風は、軽巡ツ級を攻撃したが、そんな2人の猛攻を軽巡ツ級は無誘導の魚雷を軽々躱し、単装速射砲で反撃を開始した。発射速度45発/分である砲撃を食らい続けたため、2人は撤退した。このまま受け続けても大破してしまう。そう判断した

 

 駆逐艦娘を追い払ったイージス艦もどきの軽巡ツ級に対して、今度は艦爆と艦攻が殺到した。流星改とTBF『アヴェンジャー』が軽巡ツ級に突進し、彗星一二甲とSBD『ドーントレス』が急降下爆撃を行った

 

「五月蠅イ、奴ラメ!」

 

 艦娘に向けてハープーンを発射しようにも、邪魔してくる。そのため軽巡ツ級は、手持ちのシースパローとスタンダードミサイルを全弾発射した。三式弾乙によるチャフのせいで命中率は下がったものの、それでも三分の二以上はミサイルによって撃墜された。奇跡的に生き残った攻撃隊は魚雷や爆弾を投下したが、その攻撃すら躱された。今度は軽巡ツ級は単装速射砲とCIWSを展開させ、逃げていく艦載機を追撃した。この対空砲火によって、艦娘達の艦載機は1機残らず撃墜した

 

「Oh my god…!全機撃墜されたわ!」

 

「そんな……バカな」

 

サラトガも加賀も驚愕した。残り1隻だけだと言うのに、軽巡ツ級の対空砲火によってまたしても全滅させられた。苦肉の策も空振りに終わってしまったのか。空母組が呆然しているが、アイオワは違った

 

(予想していたけれど……。イージス艦は元々、空母を守るための画期的な軍艦)

 

航空攻撃がダメなら、残る手段は1つしかない

 

「Air Attackがダメなら、砲撃戦よ!」

 

既に両者の距離は近い。レーダー射撃は無理だが、光学照準で命中させる事は可能だ

 

 降り注ぐ砲弾に軽巡ツ級は必死になって防戦したが、遂に攻撃が命中した。軽巡ツ級に霧島の試作35.6cm砲の砲弾が命中し、轟沈した。アイオワや霧島、比叡は空母ヲ級改に集中砲火を浴びせ、艦載機発艦を阻止した。しかし、大破する直前、SH60シーホークの発艦を許してしまった。恐らく、軽空中多目的システムを搭載したタイプだろう。大破し逃げていく重巡リ級に止めを刺す神通に向けて、空対艦ミサイルであるハープーンをぶっ放した

 

「スティンガーでシーホークを撃墜して!!」

 

 艦対空ミサイルは貴重だ。それに相手はヘリだ。アイオワの怒鳴り声で妖精はスティンガーを持ってくると、シーホークに向けて発射した。シーホークは退避行動をとったが、ミサイルは命中。撃墜することに成功した。その代わり、神通はミサイル攻撃を受け大破してしまった

 

 激しい戦いが行ってから十数分後……砲声と爆発音が止んだ。もう深海棲艦はいない。ジェット機も尻尾を撒いて逃げた。敵艦隊を全て沈める事に成功し、艦娘は喜んだ。被害は甚大だが、初めて最新鋭兵器を持った深海棲艦を倒した

 

「アイオワさん、凄いね。僕なんか雨のように撃ってくる1門の12.7mm砲から逃げるのに精一杯だった」

 

 時雨は近づきアイオワに声を掛けたが、アイオワからは返事はなかった。いや、空母ヲ級改の残骸を険しい目で見ていた。そして時雨は確かに聞いた

 

Too weak(弱過ぎる)

 

 




おまけ1
イージス軽巡ツ級の艦対空ミサイル(シースパロー)によりサラトガの艦爆隊全滅
サラトガ「ドーントレスが!ハットン隊が全滅した!第二次攻撃を!」
アイオワ「……ユーはワスプじゃないでしょ?」


おまけ2
提督「サラトガ、君の艦載機はどんなものを持っている?」
サラトガ「はい。F6F『ヘルキャット』とSBD『ドーントレス』そしてTBF『アヴェンジャー』です」
アイオワ「アベンジャーズ?」
サラトガ「Iowa……アメコミのヒーローチームではないわよ」
時雨「ガトリング砲?」
サラトガ「A-10Aに搭載されているGAU-8ではないわよ」
提督「2人共、何を言っている。アヴェンジャーと言えば、巨大な狼に跨った首無し騎士に決まっているだろうが」
サラトガ「提督……新宿のアヴェンジャー(FGO)ではありません。TBFの愛称です」



実際はアイオワに艦対空ミサイルを積んではいません。しかし、三番砲塔を撤去して対空ミサイルや格納庫を搭載する計画(FRAM II)はあったそうです。つまり、IFの姿です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 アイオワの未来記録4 ~禁断の兵器開発~

 とある島では異様な空気が漂っていた。その島は深海棲艦の前線基地であり、絶えず深海棲艦を送り出している。この世界に出現してからは、連戦連勝だ。艦娘という人類が造り出した対抗策も、浦田重工業の産物で蹴散らしてやった。後は残党や抵抗勢力の掃除だけだが、予想外の結果が現れた。最新鋭兵器が突然、精度が落ちた。いや、機械そのものは健全だが、対策されたケースがあった。しかし、それは大したものではないだろうと高を括っていたが、被害が増すにつれて流石の深海棲艦も焦りを感じた。そのため司令官である戦艦ル級改flagshipに報告した

 

「何ダト……」

 

戦艦ル級改flagshipは怒った。いや、部下のミスや作戦失敗など些細な事案だったらいい。問題は被害が余りにも大きい事だ

 

「アノ、アメ公ノガラクタガ!!」

 

戦艦ル級改flagshipは怒り狂っていた。余りにも殺気を出したせいで、他の深海棲艦にいた全員が怯んでしまった。まるで目の前に戦車の大砲を突き付けられているような、そんな感覚に全員が襲われる。

 

「ハァ…ハァ…ソ連トフランスノ戦艦ヲ沈メタト思ッタラ、今度ハアメリカ…。シカモ、近代兵器ニ対抗…」

 

 報告では敵は妨害電波を出してレーダー誘導ミサイルや火器管制レーダーを無力化したとの事だ。しかも近代兵器の弱点を的確に突いて攻撃しており、返り討ちに会うというケースが多発されている。原子力潜水艦であるロサンゼルス級をモデルとした潜水ソ級も超空の要塞を模して造ったB52爆撃機も倒された。ここまで来ると、流石に無視できない

 

 大阪の戦いで近代兵器を装備したアイオワが現れた時には驚いたが、特に気にはしなかった。たかが戦艦一つで戦局転換にはならないだろう。そのため、太平洋は部下に任せ、欧州軍の生き残りを掃討するために大西洋へ出向いた。欧州軍の残党は意外に強く、戦艦の艦娘2人も加わっていたが、結局は近代兵器と数で押し切って殲滅した。戦艦は自らの手で倒した。大西洋を片付いたと思ったら、予想外の戦局が待ち受けていた

 

「イイダロウ。タカガ改装サレタ戦艦ニ何ガ出来ル。精々、己ノ国ガ造リ出シタ兵器ノ強サヲ目ノ当タリニスルガイイ」

 

 そのためには、「主」に対して本格的な近代兵器を装備する必要がある。負担がかかるとか言って削減したツケを払ってもらう。しかし、準備するのにはやはり時間がかかるのは言うまでもない

 

 

 

 食堂では、艦娘は祝杯を上げ騒いでいた。勝てない敵に勝てたからだ。アイオワのお蔭でもあるが、やはり勝てて嬉しいのだろう。久しぶりに笑い声と歓声が食堂内に響いた。しかし、瑞鶴や天龍など姉妹艦を失った一部の艦娘は、この宴に参加しなかった。提督もアイオワもである

 

 

 

「敵が弱過ぎると?」

 

「Yes。U.S.NAVYにしては考えられない弱さ」

 

 提督室でアイオワと提督が密かに話していた。日向と伊勢にSH60シーホークを、基地航空隊にはF-100スーパーセイバーを配備した。本当はB52爆撃機を撃退するには第三世代以降ののジェット戦闘機が楽なのだが、妖精が持つ技術で近代兵器を再現できたのはこれが精一杯だった。対潜装備も短魚雷やアスロックが欲しい所だが、仕方ない。SH-60が意外にも原潜である潜水ソ級を撃沈とは言え、効果は抜群だった。爆撃機と潜水艦を蹴散らす事が出来たのだからこれで良しとしよう。提督も艦娘も喜んだが、アイオワは全く喜ばなかった

 

「電子戦や弱点onlyで負けるほど弱くない」

 

 アイオワの指摘に提督は深く考えていたが、やがて机からある写真をアイオワに渡した

 

「浦田重工業がイージス艦を造り進水式を行った当時の写真だ。この艦に見覚えは?」

 

提督の話だと、浦田重工業が開発していたイージス艦らしい。本来は軍事機密だが、最新鋭兵器の正体が分かった今、機密にする必要性すらないとの事だ。アイオワは早速、写真を見たが、違和感を覚えた

 

「……??妙ね……。似ている……でも違う」

 

「どういう意味だ?」

 

 イージス艦の写真を見たアイオワ。しかし、艦だった頃の記憶にあるイージス艦とは似ても似つかない姿だった

 

「イージス艦には間違いない。But,似ているだけ。強いて言えば、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦に似ているけど違う。……でも『こんごう』型にも似ていない。それにしては小さすぎる」

 

「何処が違う?」

 

「イージス艦については、あまり詳しく知らないけど……VLSやアンテナ類が微妙に違う。CIWSも形が変。フェーズド・アレイ・レーダーも小さすぎる」

 

 アイオワは困惑した。リムパックなど散々、イージス艦を見て来た。海上自衛隊が持っているイージス艦も見た事がある。しかし、この写真のイージス艦は似て似つかない

 

「アドミラル。イージス艦はライセンス生産によって他国に供与された事がある。だから国によっては独自設計で造られた事があるけど……これはそれすら当てはまらない」

 

 ライセンス生産とは設計・製造技術を貰う代わりに、許可料をあげる事である。設計や技術があれば、自国内で生産する事が可能である。しかし、技術漏洩にも繋がるため、軍事機密になるものは提供しない場合もある。そのため、『こんごう』型のイージスシステムの一部は供与しなかった。また、国によっては国の事情により独自設計になる事もある。実際に『こんごう』型のイージス艦はアーレイ・バーク級よりも一回り大きい。だが、この船はどれも当てはまらない。余りにも異質過ぎる

 

「コピー艦……かしら?アメリカ国外で建造されたイージス艦は、大なり小なりアーレイ・バーク級の影響を受けて造られているけど、これは似すぎている」

 

「この世界の技術でイージス艦を建造出来る可能性は?」

 

提督の質問にアイオワは首を振った

 

「答えはNO。イージス艦だけじゃない。近代兵器は技術を盗んだだけでは造れない。特に高度なコンピュータやソフトウェアがないと不可能。高度な技術を持って自力で開発できる OR した経験があるレベルの国や企業がないと無理」

 

アイオワは説明したが、提督は顔をしかめた

 

「すると、どういう事だ?浦田重工業も深海棲艦も魔術を使ってイージス艦やジェット機などの最新鋭兵器を召喚出来たという訳か?神か悪魔から新兵器を授かったとでも?奴らはこっちの妖精よりも凄い存在なのか?」

 

 アイオワは答えられなかった。と言うより本人自身も分からなかった。妖精は艦娘のサポートから装備の開発まで行えるが、あくまで常識の範疇だ。アイオワのような未来艤装を携えているならともかく、一から造るとなると話が違う。基地航空隊に配備されたF100スーパーセイバーは何と超音速機である事には提督も明石も驚いたが、これでも骨董品だ。これが限界だった。深海棲艦が持つ最新鋭兵器には太刀打ちできない。またメンテナンスや補給も問題だ。近代兵器は強力な反面、メンテナンスや補給などの後方支援が尋常ではないらしい。実際に未来艤装しているアイオワの補給やメンテナンスは他の艦娘とは比べものにならない。しかし、深海棲艦はそれを難なくクリアしている。海底資源だけで賄えるものだろうか?

 

「I don't know…。But、これだけは言えるわ。Warは奇跡など起こらない。戦争は冷徹な物理学と数学、そして経済学の産物。説明のつかない事象が起こったとしか思えない」

 

アイオワは思い切った事を言ったが、意外な事に提督は何も追及して来なかった

 

「敵から情報を聞き出さないと意味がない。しかし、その余力もない。大本営が崩壊した現状では、どうする事も出来ない。尤も、気になるのがアイオワの産物がいつまで効果があるか、だ」

 

アイオワは苦々しい顔をした。アイオワの考えはあくまで苦肉の策だ。対策されたら、もうお手上げだ。敵が手招いている訳ではない

 

「OK…。何とかするわ。『新型兵器』完成まで時間は稼げる」

 

しかし、やれる事は限られているだろう。もうここで骨を埋める事になるのだから

 

 

 

 初めは善戦は出来た。ミーの妖精のお蔭である程度の近代兵器を生産は可能になった。しかし、それは長くは続かなかった

 

「撤退!撤退だ!この海域は放棄するぞ!」

 

「電……そんな……。もう、許さない…許さないんだから!」

 

資源の補給を確保したのもつかの間、敵は戦力を増強させた。ECCMを強化したのか、妨害電波は通用しなかった。ECMポッド搭載の二式大艇は真っ先に落され、電子妨害も効果が薄くなった。爆撃機が現れなくなったが、代わりにA-10AとF-16Cが現れピンポイント爆撃でこちらの被害が多発した。性能が違い過ぎるためF100は通用せず、基地航空隊は壊滅した。自国で見た兵器が敵に使われるのを見てアイオワは歯を食いしばった。こんな事あってたまるか

 

(妨害電波が効かなくなった……。もう既に対抗手段が……)

 

 アイオワが危惧した事が起こった。現代戦もだが、戦争はいたちごっこだ。相手は手を招いているほどバカではない。妨害電波の対策なんて既に実用化されているのだから

 

 

 

 異動を繰り返しながら戦う一軍。既に劣勢を覆す程の戦力もない。また、新たな問題も出現した。深海棲艦は何と人間を使って艦娘達を攻撃して来た。誘導している事から地対艦ミサイルと分かったが、なぜゲリラがこんな物を持っているのか分からなかった

 

「アイオワ、この地対艦ミサイルは見たことあるか?」

 

「No。少なくともmade in USAではない」

 

地上部隊を率いる陸軍将校が、ゲリラとの戦闘で地対艦ミサイルを鹵獲に成功した。しかし、捕虜から情報は何も聞き出せなかった。自決したらしい

 

「missile自体はハープーンではない。……でも、操作盤にはジャパニーズキャラクターしか書かれていない。But、陸上自衛隊(JGSDF)にこんな安っぽい兵器ではないはず。ロシア製にしてはおかしい」

 

ブツブツと呟くアイオワ。アイオワ所属の妖精も首をかしげるばかりだった

 

「なるほど……。つまり、手作りと言う事だ」

 

「手作り?まさか……いえ、あり得る。対艦ミサイル発射なんて難しくない」

 

イージス艦を造れる程の相手だ。地対艦ミサイルを造るのは容易だ。そもそも、対艦ミサイルを発射する「だけ」ならミサイル艇でも航空機でも出来る

 

「食料をエサに釣るのは的を得ているが……ゲリラにこんな物を渡すとはな。マニュアルも配布していたらしい」

 

「性能は大分、劣るわ。威力はともかく、射程も異様に短い」

 

つまり、劣化版地対艦ミサイルという事だ。射撃システムとレーダーを一体化しているものの、射程は短い。しかし、これは艦娘にとって脅威だった。中破して帰投する中、陸が見えたと思ったら地上から攻撃を受けたという。幸い、現段階では沈んだ艦娘はいなかったものの、この攻撃のお蔭で艦娘の中には人間不信に陥り、避難民を守る事自体、疑問が出ているという

 

(操作どころか構造が簡単。妨害電波とチャフで余裕で躱せる。まるで供与のために造られたみたい)

 

何気に思うアイオワ。しかし、ある事をハッと思う所があった

 

(まさかソ連侵攻のアフガン紛争を参考に……?でも……あり得るの?)

 

1978年、ソ連によるアフガン侵攻時にアメリカはゲリラに非公式であるものの、携帯地対空ミサイルであるFIM-92スティンガーを大量に供与された。高性能であるため、多数のソ連軍攻撃ヘリを撃墜し、ソ連から「ハインドキラー」として恐れられていた。この地対艦ミサイルは性能は劣るものの、艦娘が有しているミサイル防御システムは完璧ではない。別に高性能で造る必要はないという事だ

 

(この地対艦ミサイルが……スティンガーの役割…?いえ、まさか……)

 

ゲリラ攻撃は確かに厄介だ。しかし、ゲリラにしては画期的過ぎる。深海棲艦に未来知識を持つ深海棲艦がいるというのか?

 

『オ前、『アイオワ』ダロ?シカモ、太平洋戦争時ノ装備ジャナイナ?』

 

 あの戦艦ル級改flagshipの言葉が気になる。なぜミーを知っているのか…?時代に合わない軍事技術といい、深海棲艦は己自身が艦だった世界から軍事情勢を学んでいる形跡がある

 

 これは一体、どういう事なのか?深海棲艦にも未来から来た者でもいたのか?それも技術や軍事などの知識やノウハウを持ったもの。しかし、なぜ艦娘側には誰もいないのか?それが不思議だった

 

 

 

 深海棲艦との戦い、疲弊する艦娘、資源の枯渇、ゲリラ攻撃、避難民とのいざこざ、食料危機、暴動……

 

 解決する道がなく、日に日に精神がすり減る毎日。伊401も伊26ももういない。サブマリンは全て沈められた。資源調達で活躍していたサブマリンがもうこの世から去った

 

 アイオワはあるグループを集め、提督にある事を提案しようと相談した。グループは長門、プリンツオイゲン、サラトガ、酒匂。酒匂には『新型兵器』の実情を説明し、他言を禁じるよう命じた。驚いた事に酒匂も素直に同意した。そして、一同はある提案を提督に進言した

 

 

 

「……俺が……俺が最悪の兵器の開発を許可しろ、と言うのか?原子爆弾とやらを?」

 

提督は真っ青になりながら言った。当然だ。たった一発で大都市を破壊する爆弾を造るよう提案したのだから

 

「造るのはW23と呼ばれる戦術核兵器の1つで――」

 

「そういう問題じゃない!お前達が艦だった世界では……その兵器は恐ろしいものなんだろ?日本の広島と長崎に落されて、しかも複数の国が持っているらしいな。そんな兵器を俺が認めると思っているのか!?こんな俺でも良心というのはあるぞ!」

 

「I see。その気持ち、分かるわ。でも、このままだと形勢逆転はあり得ない」

 

 サラトガは暗い口調だ。核兵器……アイオワが所属する妖精に聞くと開発は可能だとの事。ただ原料となるウランが必要だった

 

「お前達は……お前達は核実験と呼ばれる究極兵器の実験場を目の当たりにしたんだろ!?その恐ろしさと愚かさくらい分かるはずだ!俺は政治家でも科学者でもない!」

 

「提督、分かっている!でも、『新型兵器』である『タイムマシン』が完成しなかったらどうするつもりだ!」

 

 珍しく長門が吠えた。長門だけでない。プリンツも酒匂も同じだ。平時であれば、クロスロード組も己の上官に核兵器開発するなどあり得ない。だが、進言した理由は、負け戦続きでクロスロード組も既に限界が来ている

 

「私だって知っている……。ここにいる皆も。最後の記憶は、ここにいる自分達は核実験の標的艦にされた。だが、方法がない。良心が残っているなら、それは捨ててくれ。今は必要ない」

 

「今、決めないといけないのか?」

 

底冷えするような声。提督は額に額に脂汗がにじみ出ている

 

「今でなくてもいい。ただ、決めるなら早めにしてくれ。心配するな。責任は私である戦艦長門を含む5人が取る」

 

「ミー達がウランを採取する。採取した後は、明石達と合流します」

 

 流石に核兵器は、手持ちの資源だけでは開発出来ない。明石や夕張は既にある場所へ移動し、タイムマシンの製造に取り掛かっている。提督はしばらく黙っていたが、検討しておくと言った

 

 

 

 使われる事はないと願いたいが、残念ながらそれは来なかった

 

 深海棲艦は、ゲリラ戦だけでなく、非道な事をやった。人質として脅迫する事を…。アドミラルは強引に作戦を決行した。ビデオに敵の位置も教えている事から間違いないだろう

 

 

 

罠だと知りながら

 

 

 

「俺を止めないのか?」

 

 作戦会議の後、提督は未だにいるアイオワに声を掛けた。他の艦娘は出撃準備のために全員出て行ったにも拘らず、アイオワは出て行かなかった

 

「間違っていない…」

 

アイオワは静かに言った。そう…間違っていない。友軍の救助は別に珍しくない。米軍は戦場でのレスキュー活動に多大なエネルギーを注いでいる。旧日本軍ですらやっていた。但し、日本海軍は救助が容易な状況で無ければ救助そのものをしなかった。尤も、人命軽視というより大量喪失に慣れた感覚で特攻隊を生んでしまった

 

「本当か?艦娘に死にに行かせるようなもんだ」

 

「これはレスキューよ……ミーが艦だった世界の時のカミカゼアタックと違うわ」

 

「同じだ!あのビデオは、明らかに罠だ!だが、見捨てる訳にはいかない…!」

 

 降伏か見殺しか……。提督にとって苦渋の選択だ。仲間を見殺しにするのはもってのほか。かと言って、新型兵器であるタイムマシンを敵の手に渡す訳にもいかない

 

「アドミラル…辛いのは分かる」

 

司令官は時には非情な命令を下す事もある。どうしようもない事も……

 

「お前は……どうするつもりだ?」

 

不意に提督が聞いた。……声が震えている

 

「ミーも出撃する。私はUSソルジャーではなく艦娘。つまり、仲間を救助するために戦う」

 

「幸運を祈る」

 

二人は互いに敬礼した。そして出撃した

 

 我を忘れ怒りを身に任した艦娘の艦隊は……無残な敗北と化した。エネミーの戦力は強大なものとなっていた。ミサイルの雨が降って来て、大半の艦娘は海に沈んだ……。敵にもう小細工は通用しない。ジャミングは無意味。AWACSや電子戦機がいるのだろう。無駄が何1つもなかった。長門もウォースパルトも沈んだ。あの戦艦ル級改flagsihpの砲撃で沈んでしまった

 

「マタ1隻……。戦艦ニシテハ弱イ」

 

あの声……。知っている!大阪の戦いで対峙した時の!

 

気がつけば全速力で駆け出していた。自分の姉が撃沈され怒りで突進する陸奥を追い抜き、トマホークと16インチ砲を撃っていた。これだけの近距離だ。砲弾はともかく、ミサイルは確実に命中した

 

「……!?」

 

「ホウ……マタオ前カ。部下ガ随分ト世話ニナッタ。ドウダ?私ノ最強ノ軍団ハ?」

 

戦艦ル級改flagshipは高々と笑った。確かにトマホークは命中したが、相手はかすり傷すらついていない

 

「モウ誰モ我ラヲ止メラレナイ!コレデコノ世界ハ私ノモノダ!」

 

「Are you crazy?世界を支配してどうする気?やっている事は理解出来ないわ」

 

アイオワは非難したが、戦艦ル級改flagshipは鼻で笑った。まるでバカにしているかのように

 

「貴様ニ言ワレタクナイ。艦娘ニナッテモアメリカハアメリカダナ。ソ連ノ戦艦ノ方ガクレイジーダッタゾ。簡単ニ沈ンデ笑イ転ゲタゾ。コノ星ノ数ヲ見ロ!」

 

戦艦ル級改flagshipの腕には星が沢山ついている。まさか……

 

「You……まさか……」

 

「沈メタ艦娘ノ数ダ。ヨーロッパハ手強カッタガ、所詮ガラクタダ。近代兵器デ簡単ニ海ニ沈ンダ」

 

 気付けばアイオワは全砲門撃っていた。アドミラルは苦しんでいた。あの戦艦ル級改flagshipと近代兵器によって艦娘が沈むのを。国を守れなかった無力さを。そして、他国の艦娘まで手を出し海に沈めたという豪語している戦艦ル級改flagshipに対する怒りを。アイオワは怒りでその戦艦ル級改flagshipを攻撃したが、砲弾やミサイルはイージス軽巡ツ級に迎撃され攻撃が通らなかった。代わりに倍返しで襲って来た。戦艦ル級改flagshipの砲撃だけでなく、他の艦から発射される対艦ミサイルとジェット機の爆撃からの集中攻撃を受け、アイオワは意識を失った

 

 

 

 目が覚めたとき、自分は白いシーツの敷かれたベッドの上で目覚めた。体を起こそうとするが背中から激痛が走り、すぐに中断された

 

(そう……ミーは負けた……)

 

 ボロボロと目から涙をこぼしながら、アイオワは泣き叫んだ。かつて自国の兵器がこの世界に牙を向け、狂わせている事に。それを止める手段が全くない事に。暴れるアイオワに取り押さえる者がいた。陸奥、そして神通と川内だった。

 

 落ち着いた所で3人から事情が分かった。怒りで突撃した艦娘も被害がうなぎ登りに増大し、アイオワもやられたため陸奥は撤退命令を出したとの事。以前いた基地は放棄され、数百キロにある海軍基地跡地に異動した事。アイオワは5日間意識不明だったとの事。生き残った艦娘は数少なくなっている事……

 

 

 

 淡々と語られる神通からの敗走にアイオワは口を挟まずに聞いた。事情が分かると3人にアドミラルの事を聞いた

 

「提督はもう心が弱っています。守るはずだった難民キャンプの人達を見捨てて、艦娘に無茶な作戦をさせて――」

 

「誰のせいでもないわ。あのビデオを見たら、誰だって冷静になれない。ほとんどの艦娘は反対しなかった。代償に多くの艦娘が沈んだ。姉の長門は……もう帰って来ない。捕まっていた子達も」

 

暗い顔をする陸奥。既に分かっていた。ミーは理解した。この世界は死にかけているのだと。残された手は……

 

「ミーのお願いを聞いてくれない?」

 

アイオワは3人に頼んだ。やらなければならない事は……

 

「アドミラルを24時間見張って。責任に押しつぶされて自殺する可能性があるわ」

 

「分かりました。私と川内姉さんが見張ります。ですから、しっかりと休んで」

 

 神通は頷き、3人は部屋から出て行った。アイオワは再びベットに横になると、これから先の事を考えていた。やるべき事は限られている。どうするべきか。そして、妖精から指摘されたW23も問題をどう取り込むべきか

 

 W23の核砲弾の開発には問題があった。妖精の話だと艦娘用ではなく、実物しか出来ない。言い換えると、深海棲艦にダメージを与える事が出来ない

 

 何とかしなくては。敵は待ってくれない




おまけ
提督「核なんか使って見ろ!不死身の怪獣王が誕生する可能性だってあるんだぞ!」
長門「提督、流石にその設定はもう古いぞ。ファイナルウォーズまでだ」
酒匂「今では、太古の海洋生物が深海に投棄された放射性廃棄物によって誕生した設定などシリーズ作品の設定の一切を受け継いでいない独立した怪獣王が人気ですから」
長門「心配なのはマグロを食っている怪獣が、誕生するかも知れないと言う事だ」
プリンツ「え?流石に私達艦娘でも倒せるんじゃない?ミサイル数発食らって死ぬくらいだし」
提督「では、問題ないな。開発するのを許可しよう」
サラトガ「もし本物の怪獣王が誕生したら、サラはニミッツ級原子力空母となって戦います」
アイオワ「……ユーは深海海月姫になっていなさい」


W23はアイオワ級戦艦の16インチ艦砲向けに開発された核砲弾。11話辺りでタイムマシンの開発と並行して核砲弾も開発出来たのはアイオワのお蔭です。ただ、妖精の限界なのか艦娘用には造れませんでした

 まあ、核砲弾の開発が完全に成功しアイオワに載せたとしても、本作品で戦局を転換できるかどうか微妙です。沈黙の艦隊である原潜「やまと」のようにはいきません。通告しても向こうは無視して攻撃されるだけです。核抑止力とは……

 余談ですが、2014年のハリウッド版ゴジラに出て来た空母の名前は「サラトガ」。『GODZILLA 怪獣惑星』の前日譚である『GODZILLA 怪獣黙示録』でも架空艦であるニミッツ級空母「サラトガ」が登場し、13体の怪獣と交戦するという武勲艦。何気に長門と同様にゴジラとの関わりが深い艦だったりする
 また艦娘はゴジラには勝てませんが、マグロを食っている怪獣(ジラ)相手なら倒せると思っています


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 アイオワの未来記録5 ~アイオワの最期~

 ある日、提督はサラトガやプリンツなどクロスロード組を呼び、核兵器の開発を許可した。艦娘が少ない今、クロスロード組で何とかするしかない。長門は既に撃沈されたため、旗艦はアイオワがとることにした

 

「鳥取県にある人形峠に行き、原料であるウランを取る。その後、明石達と合流しろ。アイオワの妖精を使えば何とか出来るはずだ。確か名前は……」

 

「W23。ミーの核砲弾を造る」

 

「そうだった。では出発の準備をしろ。火力発電所でまた会おう」

 

プリンツや酒匂などはすぐに部屋から出たが、アイオワは残った

 

「どうした?」

 

「アドミラル……まさかと思うけど……自爆用に使う気?」

 

「核爆弾一発で戦況が覆すと思うか?」

 

倫理を無視したとしても、今の戦況が覆す訳がない。誰が見ても明らかだ

 

「軍人として失格だな」

 

「そんな事はない」

 

 アドミラルの行き立ちは知らない。しかし、艦娘に対しては努力はしていると感じられた。若いのに艦隊の運用には間違った指揮はしていない。軍隊という特殊な仕事をよく理解している

 

「多くの艦娘を沈めてしまった」

 

「enemyが強すぎただけです」

 

「創造主である父を見捨てずに付き合っていれば、こんな事にはならなかった」

 

「誰もこんな事態になることは予想も出来ない。youのせいではない」

 

アイオワは何とかして提督を説得した。艦隊の指揮官である提督がこんなところで自殺させる訳には行かない

 

「youに罪があるというなら、ミーも同じ。深海棲艦が持つ近代兵器は、ミーの未来の国が造ったもの……」

 

浦田重工業にしろ、深海棲艦にしろ、近代兵器のほとんどはアメリカ産だ。敵はその兵器を何らかの方法でコピーし、こちらの世界に牙を向けた

 

「アドミラル、核爆弾で自殺する気?」

 

「……違うと答えれば嘘になるな」

 

提督は笑った。無精髭を生やしやつれた顔にしては似合わない笑い

 

「世界の崩壊は誰にも止められない。国を守れず、避難民を見捨て、敵に敗北し、艦娘の大半を海に沈めた愚かな提督は他にはおらんよ」

 

アイオワはもう説得するのを止めた。これは従来の戦争ではない

 

「ありがとう。祖国でないのに、ここまで戦ってくれて」

 

「アドミラル!頭を上げて!」

 

何と提督は頭を下げたのだ。ミーが感謝される資格はない

 

「アドミラル、バッドニュースもあるの。核砲弾の件だけど、艦娘用ではなくて実物なの……。つまり、撃てる砲がない。いえ、深海棲艦にダメージを与えられない!ミーのトマホークに核弾頭を搭載する方法も考えたけど、これも不可能」

 

核爆弾製造に着手したが、大問題が起こった。アイオワの妖精なら核爆弾は製造可能だが、艦娘用に造る事は不可能だった。対地攻撃用トマホーク巡航ミサイルに核弾頭を搭載する考えも浮かんだが、これも製造不可能だった

 

「でもタイムマシンは破壊出来るのだろ?残骸すら残さない程、破壊しないと行けない」

 

アドミラルは前向きだ。いや、自ら死の方法を選んでいる。戦って死ぬという……

 

「俺は気がつかなかった。人生は何が起こるか分からないって。過去の俺から見れば艦娘を指揮する軍人になるなんて夢にも思わないだろう」

 

人生何が起こるか分からない。提督の過去はあまり良くなかったと聞く。しかし、彼はそれを後悔しているという

 

「アドミラル……」

 

「艦長や提督は船と共に沈むらしいが、それが出来なくて残念だ」

 

「……」

 

アイオワは何も言わない

 

 実はこれはただの美徳に過ぎない。艦だった世界の旧日本海軍でも沈没時に艦長が運命をともにする義務はない。主力艦の艦長は、一緒に沈んだ人は確かに多いが、その一方で生き残る人もいる。不文律かどうかも怪しい。イギリス海軍は度々あったが、そこまで船と共に沈むのは流石にいない。あくまでケースバイケースであり、組織的な傾向は見られない。アイオワは指摘しようとしたが、止めておいた

 

「アドミラル、過去の自分への手紙は書いた?過去へ行く艦娘は?」

 

「ああ、書いたさ。タイムトラベルする艦娘は……時雨だ。あいつなら過去の俺を説得出来る」

 

時雨……確かレイテの……

 

「火力発電所でまた会おう」

 

 別れの挨拶をし、部屋から出たアイオワ。しかし、それが最期の別れになるとは思いもしなかった

 

 

 

 

 

「こちらビッグスティック、イエローケーキを手にいれた。これより、電気ネズミの所へ向かう」

 

『了解した。気を付けて電気ネズミに向かえ』

 

 

 

 妖精と酒匂、プリンツのお陰で人形峠から天然ウランを何とか手にいれたアイオワ達は、提督と連絡をすると明石達と合流することになっていた。

 

 

 

 因みにアイオワが言った言葉は暗号だ。イエローケーキは『天然ウラン』。ビッグスティックはアイオワの愛称である。電気ネズミは火力発電所の事を指すが、これは艦だった頃の世界で日本に流行ったアニメキャラクターをアイオワが例えたものだ。提督はなぜ発電所が電気ネズミなんだ?と聞かれても、漫画アニメが日本で発達したら、もしかして会えるかもよ。と言って誤魔化した

 

 

 

「シスターサラ、敵を見つけた?」

 

「その呼び方止めて」

 

「OK。ではサラ丸。enemyを見つけた?」

 

 シスターサラもサラ丸もサラトガの愛称である。いや、艦だった世界の国々では、兵器に愛称をつけるのはよくあることである。特にアメリカでは敵の兵器までつけるケースがある

 

 

 

「今のところは気づかれていない。プリンツのお陰ね。ラッキーだわ」

 

「私がラッキーガールですって?全然そんな事ないよ!」

 

 プリンツは慌てて否定したが、今では有難い存在だった。ステルス性もない艦娘が発見されていないのは奇跡に等しかった

 

 

 

「でも、enemyも不思議ね」

 

 提督から教えて貰った火力発電所に向かう途中、サラトガは何気なく言った

 

「深海棲艦は世界を破壊している割には、核兵器を使わないなんて優しいわね。赤い水を流す手段や絨毯爆撃とか気が遠くなる事をしなくていいのに」

 

「クロスロード作戦みたいに核実験はしなかったのかな?」

 

サラトガと酒匂の疑問にアイオワはハッとした

 

(……enemyは核兵器は使っていない?)

 

 

 

 今思えば不思議だった。深海棲艦は米海軍を模している割には、核攻撃を一切しなかった。深海棲艦の攻撃手段は多様であるが、分類は通常兵器のみ。人類を滅ぼす気でいるなら、核爆弾落とした方が手っ取り早い。冷戦ですら核戦争が起きれば人類は絶滅するかもしれないと言われたくらいだ。ハイテク兵器を造れるなら核兵器も造れるはずだ。いや、核兵器どころか生物兵器や化学兵器は一切使われていない。ベトナム戦争で使われた枯葉剤や人体に被害を与える恐れがあるとされる劣化ウラン弾すら使われていないのだ。深海棲艦が保有しているとされるA-10AサンダーボルトⅡの航空隊がこちらの基地航空隊を壊滅させたが、調べる限り劣化ウラン弾の使用を認められていない。出て来たのはタングステン弾などの通常弾のみ。確かA-10Aが使われる対装甲用焼夷徹甲弾であるPGU-14/Bの弾頭は、劣化ウラン合金製だったはず……

 

(Why?)

 

アイオワは首を傾げた時、見張り員の妖精から悲鳴じみた報告が来た

 

Vampire(バンパイア)Vampire(バンパイア)Vampire(バンパイア)!!3発の対艦ミサイル接近!」

 

「チャフ、CIWS発射!」

 

 ECMは間に合わない!素早くデコイとCIWSを起動させ、ミサイル迎撃に向かった。3発の対艦ミサイルは、アルミ箔の雲には目をくれずにサラトガに目掛けて突進していった。アイオワがサラトガの前に躍り出る。ミサイル迎撃は失敗した。アイオワは3発ともハープーンをマトモに食らってしまった

 

「Ouch! 」

 

「Iowa!」

 

まるでヤマト型戦艦の斉射を食らったような威力だった。一気に中破までもっていかれた。2番砲塔は破壊され、発射不可能に陥った

 

「皆は逃げて!enemyの狙いはミー!」

 

 サラトガもプリンツも酒匂も驚き、一緒に逃げるよう進言したが、アイオワは手紙と自身の妖精達半分をサラトガに渡すと再び言った

 

「手紙とイエローケーキを届けて!ミーが時間を稼ぐ!」

 

サラトガは説得するのを止めた。アイオワは既に覚悟している……

 

 サラトガ達が撤退するのを確認すると、アイオワは戦闘準備に入った。SH-60シーホークを発艦させ、対潜哨戒にあたらせた。AN/SPS-49 (対空捜索用レーダー)などレーダーを展開させて警戒したが、敵は見つけられない

 

「サブマリン……ロサンゼルス級原潜……」

 

SH-60は磁気捜索装置、ソノブイなど展開させた所、微弱な音であるが潜水艦を探知出来た。アイオワは直ちに攻撃を許可した。SH-60は短魚雷Mk46を発射し、ロサンゼルス級をモデルとした潜水ソ級の撃沈を確認した

 

「日向はSH-60を愛着していました…」

 

 日向と伊勢に哨戒ヘリコプターを与えた所、2人共すぐにSH-60を使いこなせた。日向に至っては、瑞雲に継ぐ素晴らしい艦載機だと絶賛するほどだ。何か縁でもあるのだろうか?しかし、与えたSH-60も先の救助作戦で失ってしまった。よって、今ある対潜ヘリはアイオワが持っている1機のみだ。着艦するようSH-60に命令した時、爆発した。爆発した原因が分かった。爆発直前、SH-60に乗っている妖精が、『ミサイル接近!』と叫んだからだ。レーダーフル稼働した所、AN/SPS-49 (対空捜索用レーダー)には10機の機影を捕らえた。超音速で飛ぶ戦闘攻撃機、F/A18E『スーパーホーネット』がこちらに向けて接近しているのを確認できた

 

(スーパーホーネット……)

 

 アイオワは忌々しそうに機体を睨んだ。米海軍の戦艦であるアイオワに牙を向こうとしている兵器は、未来のアメリカが開発したものである。アイオワにとって大いなる皮肉だった

 

 艦対空ミサイルであるシースパローを発射しようとしたが、発射する直前、全てのレーダーが使用不能になった。こちらの電子機器が壊れたのではない。敵の電子戦機による妨害電波でこちらの電子の目は無力化された

 

「What?F/A18の電子戦機バージョン?」

 

 アイオワが知らないのは無理もない。アイオワの電子の目を奪ったのは、編隊に異なる機体が紛れていた。それはスーパーホーネットを電子戦機に改良された機体、EA-18G『グラウラー』である。この機体は敵防空網を不能にさせるだけでなく、ターゲットにレーダー誘導ミサイルを叩き込む事も可能である。数発のハープーンが発射されてから着弾までアイオワは、絶望に歪んだ顔でミサイルを睨んでいた

 

 

 

 もう手は無い。携帯地対空ミサイルであるスティンガーで撃ち落せる機体ではない。着弾と同時に衝撃と爆風が襲い、アイオワは海面に叩きつけられた。立ち上がろうとしたが、F/A-18Eの航空隊による第二波のミサイル攻撃を受け、再び海面に倒れてしまった。怪我が酷く、艤装も大破している。VLSやハープーン・トマホーク発射装置は愚か、通信機器も兵装もほとんど破壊された

 

 ミサイル攻撃によりアイオワは満身創痍でありながらも、何とか体を起こしたが、視界に映ったのはこちらに迫ってくる敵の艦隊だった

 

「まだ……まだまだ……Battleshipの時代は終わらないわ。見てなさい…… Fire!」

 

まだ健全な16インチ砲を敵に向かって撃ったが、射撃システムがやられているためほとんど勘で撃っていた。それでも、奇跡的に駆逐二級に命中したが、焼け石に水だ

 

「オヤオヤ?コンナ所ニ、アメリカ艦ガイルゾ?禄ニ針路モ取レナイノカ?」

 

ぞっとするような声がアイオワの耳に届いた。顔を向けるより早く、首を掴まれ、アイオワは宙を浮いた。戦艦ル級改flagshipが片手でアイオワの首を掴みニヤニヤと笑っている。アイオワは振りほどこうともがいたが、拘束を解く事は出来なかった。生き残っている16インチ砲で狙おうとしたが、動くより早く相手の主砲が対応し生き残った主砲のみを破壊した

 

「ドウダッタ?戦艦大和ヤ武蔵ミタイニ、一方的ニ航空攻撃ヲ受ケタ感想ハ?」

 

戦艦ル級改flagshipは嘲り笑っていたが、アイオワは怒りよりも疑問が沸いた

 

(Why……史実を知っているの?)

 

 艦娘が艦であった世界の記憶に持っている理由については、提督から聞いて納得した。創造主である父親も中々の人物だったが、深海棲艦は別だ。知らないはずなのに、なぜ知っているのか?

 

 横目で戦艦ル級改flagishipの主砲を見たが、余りの大きさに絶句した。どう見ても主砲がバカデカい。砲の大きさは50cm砲よりも軽々超えている

 

(まさか……)

 

 アイオワはある推測を立てた。しかし、これを提督に伝える手段はない。無線通信は破壊されたので無理だ。しかし、アドミラルもバカではないはずだ

 

「ふふふ……HaHaHa!」

 

アイオワは声を上げて笑う。それは危機的状況に似合わない哄笑であった。予想もしなかったのだろう。戦艦ル級改flagshipは怪訝な顔をした

 

「何ガオカシイ?」

 

It is too funny!(おかし過ぎるわ)ユーの軍団はU.S.NAVYに比べて余りにも温いわ!ミーが知っているU.S.NAVYは徹底的に叩く!But、ユーの艦隊は手緩いわ!真似しただけ!まるで準備万端ではないみたい!それに人類滅ぼす癖に、核も使わないなんてお利口さんね。空母ヲ級改は……キティホーク級空母をモデルにしているみたいだけど……艦載機の数が足りないわ!金が無かったかしら?」

 

 戦艦ル級改Flagshipからは笑いは消え、怒りを露わにしアイオワの喉を掴んでいる力が一層強くなった。アイオワは苦痛で顔を歪ませたが、アイオワは構わず相手を挑発した

 

「その反応だと図星かしら?B-52のMk82通常爆弾も確かにExpensive(高価)よ。金や資源が豊富なのにサポート面を軽視するどころか、核兵器造らないなんてバカね!」

 

 今考えれば……余りにもおかしな軍団だった。近代兵器を持っている割には、まるで兵器しか持って来ていないかのような軍団だった。近代兵器を製造する能力はあるのに、電子戦や中継機などバックアップ機器や装置を軽視したり、捕まえた艦娘を非人道的な拷問をしている割には、NBC兵器である核・生物・化学兵器を全く使用していない

 

「質だけ高い中途半端な軍団に未来はないわ!そんな中途半端な軍団だとアドミラルに勝てないわ!ユーは何者か知らないけど、これだけは言える!ユーは――」

 

 それ以上の言葉は、アイオワから出ることはなかった。戦艦ル級改flagshipは怒り任せでアイオワを投げ飛ばしたからだ。アイオワは倒れ込み、敵の砲声が聞こえる直前、ある声を確かに聞いた

 

深海棲艦としてはあり得ない声が……

 

「貴様はここで沈め!」

 

 

 

気付けばアイオワは海の中にいた。潜水しているのではない。海面や日の差す光が遠のいていく

 

「Oh my god…。ミーが……撃沈 …?」

 

 戦艦アイオワは艦だった世界では建造してから博物館に運ばれるまで一度も撃沈されなかった。沈んで初めて敗北というのを味わった。この世界は理不尽だが、変える事は可能だ。余り話はしなかったが、日本の艦娘ともっと交流を深めるべきだったと少し後悔した。しかし、タイムスリップする駆逐艦の時雨は上手くやれるだろう。アドミラルの艦娘の中で唯一、生き残った幸運艦の1つだから

 

「意識が…… Admiral…先に行くわ……」

 

時間は十分稼いだ。意識が無くなるまでタイムスリップ作戦の成功する事を祈って……

 

 

 

 

 

 未来のノートにアイオワが書かれた手紙が入っていた。敵の近代兵器の正体。艦娘が艦だった頃の世界の未来について。そして、必死になって深海棲艦の魔の手から味方の艦娘を陰で守っていた事も

 

(アイオワ……確かに受け取ったぞ)

 

今の俺は、まだ学生の身だ。時空を超えて来たのは、時雨という戦力のみ。しかし、何か行動を起こさなければ同じ過ちを繰り返すだけだ。全ての犠牲が無駄になる

 

(これはただの歴史改変じゃない。未来からの警鐘だ)

 

父親と再び口喧嘩してしまったが、今はそうも言ってられない。時雨の怒鳴り声で再度、危機的状況を認識した。しかし、父親と仲良くやっていけるのだろうか?未来のノートを再び読んでいる時雨を見て、俺は不安しか感じなかった

 

  




おまけ
アイオワ「I'll be back」
軽巡ツ級「戦艦アイオワ……親指ヲ立テテ沈ミマシタヨ?」
戦艦ル級改flagship「ネタデ沈ムトハ……オノレ!」


これで回想編は終わりです。思っていたよりも長くなりました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 艦娘計画始動
第26話 深海棲艦が出現した原因


とある家のリビングでは重苦しい空気に包まれていた。時雨は未来で散った艦娘や提督がどれほどの戦いをしたか知ったからだ。時雨は経験していたものの、未来の提督が如何に苦渋な決断をしたのかが分かったからだ

 

「提督、これからどうするの?」

 

「親父に『艦娘計画』を急がせる必要があるな。未来の俺は親父の研究を引き継いだが、それでも完璧ではなかった。建造も中断したという記録もある」

 

 問題なのは、提督が艦娘計画の理論を理解するのに1ヶ月掛かった事と支援がほとんど無かったのが、遅れを取った事だ。また、大本営と提督が対立した事も問題だ。双方の争いによって利を得たのが深海棲艦だった。結局、海域を取り戻すどころか国や世界そのものが崩壊する始末だ

 

「提督。父親とは……」

 

「大丈夫だ。お前が外で空気を吸いに行っている際に詳細を伝えた。大丈夫だ、今度は喧嘩しない」

 

 時雨は安心した。これで双方の間に亀裂が空かない事を祈るしかないが、今度は大丈夫だろう

 

「とは言っても、貧しいのが痛手だ。研究するための資金や資源がない。おまけに国や世論に叩かれる始末だ。誰も支援してくれない」

 

 提督は苦々しく言い、時雨も項垂れた。いくら志が高くても、資金や援助がなければ絵に描いた餅だ。仮に奇跡的に成功したとしても中途半端な戦力になってしまう。未来の提督は、国に仕えるまでの民間軍事会社を経営したらしいが、残念ながら満足出来る戦力は揃える事は出来なかった。民間経営で軍隊を経営するとなると、効率が一段と悪くなる。企業である以上、利益優先になってしまうため大作戦を行う事が出来ず、資源不足に陥りやすい。未来のノートによると、改修も改装も出来ず、練度は高くても改装を見送りされた艦娘が多く、問題になってしまったらしい

 

「それじゃあ……どうするの?」

 

 時雨は提督に聞いた。八方ふさがりという現実からは逃れられない。2人が悩んでいる中、部屋の奥から大量の資料を抱えた父の姿が現れた。時雨がノートを読んでいる間に探したのだろう

 

「世間や国からどうこう言われようが、ワシの研究は独占したいという感情もあった。だからワシの身に何かあったら継ぐよう仕掛けた。妖精という手段で」

 

父親の肩からある生き物が乗っかっていた。いや、生き物にしては人の形をしている。妖精はニッと笑ってこちらに手を振った

 

「妖精……。まさか、もう存在するなんて」

 

 時雨は驚いた。艦娘をサポートする妖精は欠かせない存在だ。いつ現れたかは艦娘ですら知らなかった。まだ艦娘を建造されていないにも拘わらず、既に妖精がいるとは思わなかった

 

「ああ、この妖精は研究で作り出されたものだ。いい仕事をしてくれる。興味本位で研究室に不審者が入って来るのを防ぐためにな」

 

 父親は横目で提督を見たが、提督は何も言わなかった。心当たりがあるのだろうか?時雨の視線が気になったのか、提督は口を開いた

 

「親父、この書類……国家機密だろ?昔、あんたの部屋に忍び込んだ時に見た書類じゃないか?」

 

 提督は駆け寄って資料を見たが、大文字で『国家機密』と書かれた紙を見て訝し気に聞いた。提督はこの書類を見た事があるらしい

 

「ここにあるものはワシが作成した書類だ。左遷された身が、国家機密と言っても説得力なかろう。それに国が滅んだら意味がないのではないか?」

 

提督の父親は優しく言った。あの喧嘩は嘘のようだった

 

「どうであれ、ワシもお前の……いや、未来からのメッセージを見た。時雨を見た時は、未来の事は何とかなるだろうと高を括っていたが、未来の息子のノートを見て、ワシの予想を超えておる。事態が事態だ。早急に手を打たなければならん。やる事は多いぞ。初めに、深海棲艦が現れた原因を話さなければ」

 

「深海棲艦って何者?日向さんがいつも疑問にしていた」

 

 時雨は日向がいつも口走っていた事を思い出していた。

 

『敵艦隊は、何のために攻めてくるのだ…?』

 

 日向は出撃中にいつも、独り言のように呟いていた。尤も、当の本人はその疑問よりも瑞雲やアイオワから提供されたSH-60『シーホーク』を奏でていたため、本気で疑問に思っているかどうか不明である

 

「結果から言うと、ワシもよく分からん。傍観者だ。ただ大まかな推測は出来る。時雨。確か鳥海という艦娘が、深海棲艦に現れる前に送り込んで深海棲艦が出現するのを食い止める提案を未来の息子に言ったようだな?」

 

「う、うん。確かに言っていた」

 

 時雨はタイムトラベルする前に、鳥海が提督に提案していた事だ。しかし、未来の提督は深海棲艦が出現する原因を消す事は不可能だと。提督も父親を見た

 

「行かなくて正解だ。今から6年前の事を覚えておるか?世界中で大騒ぎが起こった出来事が」

 

「さあ?小さかった事もあるし、俺はそんなにニュースを見なかったから。でも、印象に残るような事件だったら俺でも知っているはずだ」

 

提督はかぶりを振った。本当に知らないのか、それとも提督だけが知らないのか。当然、時雨も知らない

 

「まあ、そうだろう。どこの国も必死に隠ぺい工作が行われたからな。……隕石が落下したんだよ。彗星が地球と衝突したんだ」

 

「「え?」」

 

 時雨も提督も唖然として聞いた。彗星?彗星って空母組が持っている艦爆の事ではなくて、天体の事?

 

「彗星って……もしかして、宇宙の?」

 

「そうだ。その彗星だ。当時の彗星は、直径約50キロ。これが地球と衝突したのならば、天変地異が起こり人類滅亡の危機となる。恐竜が絶滅した説の1つだ。衝突する数か月前、世界各地の天文台が観測し、予想針路を割り出した。地球に衝突すると言う天文学者の警告を知らされた世界各国の政府は、この危機を国家機密にした。地下を掘り、自分達と一部の人間だけ安全に暮らせる地下シェルターを造った。ワシも見たが、それはもう突貫工事じゃった。だが、国民にはこの事は伏せていた。彗星が地球に接近するから、綺麗だと。そして、天文学者の予想通りに太平洋の洋上に落下した」

 

 提督の父親の告発に時雨も提督も思考停止に陥った。まさか過去にこんな一大事が起こったとは夢にも思わなかった。それと同時に、その一大事を国民に伏せた各国の政府の姿勢に怒りを覚えた

 

「未来のノートで政府が札幌に首都を異動させたのは、それが理由だろう。札幌近郊にある。当時、世間には石炭の採掘のために工事を行っている説明しているが、実際は地下50メートルの地下シェルターだ。だが、深海棲艦には通用しなかったようだな」

 

 提督の父親の説明に、時雨は納得した。未来で、なぜ政府高官達が北海道に逃げたのかを。尤もタイムスリップする直前、未来の提督は北海道は陥落したと告げられたことから、地下シェルターは役に立たなかったのは間違いない。時雨が考えている中、提督は訝しげに聞いた

 

「しかし、天変地異は起こらなかった。皆、無事だ」

 

「そうじゃ。確かに彗星は、天文学者の予想通り、太平洋上に落下した。しかし、いくら待てど天変地異は起こらなかった。衝突時に発生する地震すら観測されなかった。ある島民や漁船からの目撃者の証言では、火の玉が空から落ちて来たが、着水する直前に空中爆発したとの事だ」

 

 つまり、最悪な出来事は回避されたとの事だ。時雨は安堵した。隕石によって人類は滅亡しなかったからだ

 

「良かった」

 

しかし、父親は暗い顔をしたままだ

 

「ところが、そうでもなかった。確かに危機は去った。大本営は早速、現場に調査隊を派遣した。ワシも技術士官として派遣された。墜落現場はトラック島から近かったから時間はかからなかった。皆、興味津々だった。なぜ、彗星が地球に落下しても被害はほとんどなかったのか?しかし現場を見た我々は、予想外の光景に圧倒された」

 

父親は書類の中から2人に写真を見せた。時雨と提督は、当時の写真を見て絶句した

 

 

 

 海上から数メートルの上空の空に巨大な黒い穴が空いていた。穴は暗黒で光も通さないように真っ黒であり、写真では何があるのか確認出来ない。穴の周りは、放電でもしているのか、稲妻が走っている。別の角度から撮った写真が複数あり、中には航空機から撮ったであろう写真もある

 

「これは何?空に穴が空いている?初めて見るよ!」

 

「そうだ。大本営も軍部もパニック状態だ。予想だにしていなかったからな。専門家も頭を抱える中、ワシはあらゆる分野を模索した。アメリカへ渡り、様々な方向から見た結果、ある仮定に達した。隕石がなぜ空中爆発したかは不明。しかし、爆発の影響なのか時空や次元を超えた通路が開いたのだ。いわゆる、ワームホールだ」

 

 衝撃の告発に時雨も提督も再び驚愕した。まさかこんな事が起こっているとは思わなかった。時雨は、どこと繋がっているのか、聞こうとしたが、口から言葉が出る直前、提督が先に質問をした

 

「それで、その後は?」

 

提督はかすれた声で父親に聞いた。提督も頭に付いていく

 

「結論から言うと、始めは余りにも突拍子もない仮説だから相手にされなかった。だが、大本営も認めざるをえなくなった。誰も説明出来なかったからな。その後、大本営は決死隊と呼ばれる飛行隊をワームホールに送り込んだ。ワシは警告した。ホールの向こうの世界がどうなっているか分からないと。生きて戻って来れる保証はないと」

 

「それで、帰って来れたの?」

 

時雨は恐る恐る聞いた。嫌な予感がした

 

 

 

 なぜなら……隕石衝突しワームホールが開いた地点が、深海棲艦が初めて現れた場所と一致しているからだ。未来の提督の戦闘記録によると、この出現海域に行った事はない。尤も、出現海域にたどり着く直前に深海棲艦はミサイルなどの近代兵器を使用して、艦娘に大打撃を受けたため、たどり着く事は無かったらしい

 

 時雨はは身震いした。まさか、深海棲艦は……

 

「その顔だと既に予想はしているようだな。答えは帰って来なかった。代わりに向こうの世界の住民が出現し、手あたり次第、我々を攻撃してきた。奴らは暗い海の底に住み、縄張り意識が強く、他者を徹底的に叩く。後に深海棲艦と呼ばれた集団だ」

 

 時雨は息を呑んだ。深海棲艦はこの世界の住民ではない?いや未来では、足柄さん達による深海棲艦の説明では、船の怨念らしいと教わったからだ。これは一体、どういう事なのか?

 

「僕達では、深海棲艦は沈んだ船の怨念と教わった。船の乗組員の怨念によって生み出されたものだと」

 

「その表現は正しくもあるし、間違いでもある。実際に沈んだ船を模した深海棲艦も確認されている。しかし、証拠がないためワシからは何とも言えん。特殊な有機生命体である事しか分かっていない」

 

「もしかしてワームホールは、あの世と繋げたのか?」

 

提督は呟いたが、意外なことに父親は否定しなかった

 

「それも否定は出来ん。あの世があるとすれば、ワームホールの向こう側の世界じゃろう。それはともかく、大本営はこの深海棲艦に対して反撃を行った。侵略者を野放しにするわけにはいかないからな。しかし、深海棲艦は通常兵器に対して効果はなかった。結果、帝国海軍は敗走を続けた。トラック島は陥落し、我々も命からがらで逃げた。そこから先は言わなくても知っているだろう。太平洋は奴らの縄張りだ。これも極秘だが、奴らは海を赤く染めようとしている。変色海域も確認されている。赤い水は、向こうの世界ではごく当たり前のものだろう。しかし、この世界にとっては有害だ」

 

余りの衝撃の事実に時雨は呆然として話を聞いていた。初めて聞く歴史だ。未来の提督はともかく、艦娘達は知っているのだろうか?

 

「隕石を撃ち落とそうとは考えなかったの?こんな事態になると予想出来なかったといえ、防ごうと――」

 

時雨は聞いたが、父親は笑い声を上げながら首を横に振った

 

「音速の十数倍も落ちて来る物体をどうやって止めろと?幾ら何でも無理だ。人類は宇宙にすら行ってもいない。宇宙船なんて空想科学の世界だ。未来の息子も深海棲艦を消す事は、不可能と判断したのだろう」

 

 父親の説明に時雨は項垂れた。分かっていたつもりだが、やはり聞かされると気が落ち込む。隕石は艦娘どころか、深海棲艦が持っていたミサイルですら止められないだろう。だから、深海棲艦が出現する原因の時期に送らなかった。未来の提督は、現実的な解決はないと判断したのだろう

 

(何か方法があるはず……)

 

 

 

 時雨はあれこれ考えていたが、提督は何も言葉を発さず、考え込んでいた。しかし、意を決したかのように父親に聞いた

 

「なあ、親父。そろそろ本題に入ってくれ。艦娘の建造技術は、どこで手に入れた?」

 

「提督?どうしたの?」

 

時雨は提督の質問に疑問を持った。なぜ僕達の建造に質問するのか?しかし、提督は予想外の質問を父親に再びぶつけた

 

「まさかと思うが……艦娘の建造は、深海棲艦を参考にしたのか?」

 

「流石にそんな事ないよ。いくら何でも」

 

時雨は呆れたが、父親は顔を曇らせた。笑い飛ばさずに、真顔だった

 

「どうしたの?まさかそんな訳――」

 

「『創造主』か……。残念ながら、ワシにそう尊敬されるような男ではない。魔法使いでも神話に出て来るような創造神ではない。ワシはただの科学者であり、技官だ。息子の言う通りだ。時雨、どうか落ち着いて話を聞いてくれ」

 

 父親はそう言うと、大きく息を吸った。一瞬だけ止めてから、肺の中の空気をすべて吐き出し、それから更に一拍置いて呼吸を整えると、父親は話し始めた。

 

「艦娘の正体は、沈んだ艦の魂に肉体を持たせた有機生命体。いわゆる人造人間だ。その造り方……建造技術は、深海棲艦を参考にしたものだ」

 

時雨は目の前が真っ暗になったような気がした。明石さんは、艦娘建造は科学の奇跡で生み出されたものと聞いた事があるが……

 

 

 

僕たち……艦娘は何者?




運営から正体に関する設定が一切公表されていないため、深海棲艦の正体は未だに不明でです
様々な説が飛び交う中、本作ではちょっと変わった設定にしました
怨念の集合体であるが、それは別次元から出現した特殊な有機生命体という事です。出現した原因が、隕石の衝撃で出来たワームホールです
第8話で時雨がタイムトラベルする直前に、鳥海が深海棲艦そのものを抹殺する事を提督に進言しましたが、拒否されました。その理由がこれです。隕石相手には勝てません。未来の提督は隕石を止める事は諦めたようです

次話は艦娘についてです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 艦娘の正体

「艦娘の正体は、沈んだ艦の魂に肉体を持たせた有機生命体。いわゆる人造人間だ。その造り方……建造技術は、深海棲艦を参考にしたものだ」

 

 時雨の頭の中でずっと響いて来る提督の父親の言葉。提督の父親の口から告げられた内容に、時雨は言葉を失った。

 

「じ、人造人間……?僕達……艦娘は……。僕は……」

 

 時雨は震える唇を動かしたが、事態を呑みこめなかった。僕達は……誰?通常の人間ではない事は、明石や未来の提督から聞いていた。しかし、艦娘の建造が深海棲艦の技術を参考にしたという事に、時雨は衝撃を受けていた

 

「僕達は……深海棲艦?嘘……嘘だよね……」

 

「それは……」

 

親父が口を開く直前、提督が割り込んだ

 

「艦娘は深海棲艦ではない。別物だ。明石も知っている。ノートに書かれていた。『艦娘計画』の理論を簡単にまとめた項目があった。すまん、言い方が不味かった」

 

 時雨はほっとしたが、未だに信じられなかった。未来で『兵器』と罵りながら攻撃してくるゲリラや反艦娘団体とは比べものにならない衝撃を受けた

 

「どういう事……?僕は白露型駆逐艦、2番艦『時雨』。だから僕は、深海棲艦じゃない。僕は敵じゃない。僕は――」

 

「落ち着け。いいか。お前が深海棲艦だったら、未来の俺はお前らを指揮していないぞ。いいから落ち着いて聞くんだ」

 

提督は落ち着かせよういい聞かした。提督の父親も時雨に近寄り、肩を優しくつかんだ

 

「時雨、話を聞くんだ。ワシは人種差別主義者でもなければ、心の狭い人間でもマッドサイエンティストでもない。ワシは、ワシ自身の欲望のためにお前達を造ったのではない。今から簡単に説明する。君達、艦娘の正体を」

 

 時雨は考えるのを止めた。これ以上、考えても無意味だった。確かに提督や提督の父親の言う通りだ。未来の提督もここにいる提督も優しく接してくれている。提督の父親もだ。深海棲艦だったら、こんなに接する訳がないのだから

 

「先程、話した深海棲艦の出撃した原因を覚えておるな。実は、大本営はこの事態に楽観視していた。敵に有効な攻撃が得られない。なら、ワームホールを破壊すればいいと。だが、あれは人が造ったものではない。幾つかの作戦を実行したが、いずれも失敗に終わった。そうしている間に深海棲艦の勢力は拡大し、遂にはハワイまで奪われた」

 

 時雨は父親から渡された資料を見たが、どれも無謀な作戦だった。日本海軍どころか米海軍も敵を舐めている節がある。兎に角、大兵力を投入さえすれば、数の力で圧倒出来ると考えて作戦を強行している。そして、遂には国連の指揮下の元、多国籍軍がハワイ、トラック島に拠点を置いている深海棲艦に挑んだ結果、無残な敗北となっている。ようやく、目を覚ましたのか各国とも深海棲艦に対して挑まなくなった

 

「どうして直ぐに国際問題にならなかったの?これほど重大な事態なのに。海外から援軍を要請すればいいのに」

 

「深海棲艦は未知の生命体だ。上手く行けば、深海棲艦の技術を独占する事が出来る。大本営はそう考えた。だから当初は、国連とアメリカの介入を拒否した。事実、深海棲艦の幾つかを捕まえる事に成功した」

 

父親は写真を渡された。駆逐イ級に鎖をグルグル巻きで縛り上げ持ち帰ろうとする海軍の姿があった

 

「失望したね」

 

「それで、親父が捕まえた深海棲艦を研究したと。解剖して何か分かった事は?」

 

 時雨は呆れ、提督は苦笑いしながら父親に質問した。ノートのお蔭だろう。提督は柔軟だった。いや、元々そうだったかも知れない。彼の父親はさぞかし大変だっただろう。正体不明の敵を調べるのは、難しいからだ。苦労話をするかと思いきや、意外な答えが帰って来た

 

「解剖?いや、解剖はしていないぞ?」

 

予想外の父親の答えに時雨と俺は顔を見合わせた。非人道的な実験どころか、解剖すらしていないのだ

 

「え?どういう事?大抵、こんなものは実験体になるんじゃ」

 

「先程、言った通り深海棲艦は通常兵器が効かないと。物理攻撃が効かなければ、刃物もものともしない。残念ながら、腹を切り裂いて調べる事は不可能じゃった。物理的な力だけでなく、薬品も高圧電流も登戸研究所から持ち出した高出力レーザーと呼ばれる膨大な熱量もダメだった。……レーザー装置は壊れて陸軍士官から怒られたが。兎に角、我々が出来る事といったら、暴れる駆逐イ級を何重もの頑丈な鎖を巻いて遠くから観察するだけしか出来なかった。それが、我々の限界じゃった」

 

 その後、父親は続けて言う。深海棲艦はこの世界、つまり地球上に存在しない何かが物理攻撃を防いでいるのではないか?と睨んだ。きっかけは観察した結果、深海棲艦は全ての攻撃に対して物理的にダメージを防いでいるのではないと推測した。駆逐イ級である外皮と呼ばれるものは柔らかいにも拘わらず、銃弾すら弾いたのだ

 

 確かに筋は通る。異形をなしているとはいえども、あんな身体で水圧が高い海深くに住める訳がない。水圧をものともせず、短時間で浮いたり潜水したりすることは可能だろうか?深海魚でも無理だろう。深海棲艦は、地球上の生物に該当しないと見ていった方がいい

 

 父親の言い分によると、調査の結果、海軍は深海棲艦の住処に建造するための施設らしきものを見つけた。膨大な犠牲を払って調べた結果、父親は地球上には存在しない未知の元素を見つけたとの事だ。父親曰く、これが深海棲艦の力の源ではないかと睨んでいる

 

「それじゃあ、その元素を火薬と一緒に砲弾に詰め込めば」

 

提督は提案したが、父親は首を振った

 

「無理だ。それは加工すら不可能だった。未知の元素は、頑なに他の元素と結びつくことを嫌う。同じ極は、反発しあう磁石のようにな。無理やり積んでも効果はない。未知の元素単体だけでは何の効果もない」

 

しかし、敵はそれを可能としているらしい。生命体が人間と異なるから出来る事だろう。それを武器に、この世界を侵略しているのだと

 

「ワシは考えた。もしかすると、あれは幽霊のような存在かと。だが、それは人間が長い間、想像していたのと違う形だけなのだと。研究している内に確信した事は、奴らは我々よりも違う次元の生命体だと言う事だ。これは推測だが、恐らく奴らは高次元に住み四次元空間を行き来するような生命体であろう。しかし、ワシらが住むような三次元の世界には、出現する事は無い。窓を覗くようにこちらの世界を見ているのだと。科学者として認めたくはないが、人が死ぬと魂は別次元に行くらしい。だが、その先は誰も知らん。しかし、奴らの世界に行くのならある程度、筋は通る。死んだ人の魂を糧にしているため、高次元の世界から三次元の世界に戻る事は出来ない。あの世があるのすれば、深海棲艦の世界の故郷かも知れんな」

 

 父親は説明していたが、途中からはよく分からないため時雨は一応頷いた。ただ、確かなのは別世界に住む生き物であるという事だ。本来なら交わらないものが、ワームホールが開いた事により戦争が始まった

 

「そこで考え出された対抗策は、深海棲艦と同様な兵器をぶつければいいと。深海棲艦という強力な戦力を人工的に造り出せればいいと考えた。深海棲艦の生態系を調べた結果、彼等は特殊な方法で仲間を増やしている事に気がついた。無機物を有機物にする方法だ。ワシは研究を重ね、遂にやり遂げた。未知の元素に特殊な方法を行い崩壊させ、別の元素に作り変える。性能は遥かに劣る。しかし限定的だが、加工は可能だ。我々に親しみを持つ生命体を造り出す事も可能だと思った」

 

「その……別な元素ってまさか……」

 

 時雨は気がついた。建造には必ずあるものが必要であるのを。いや、艦娘では当たり前のように使用しているものが、まさか大発明である事を指しているとは夢にも思わなかった

 

「お前達の間では、それを『開発資材』という。資材は媒介だ。無機物に命を吹き込むために必要な物だ。但し深海棲艦とは違い、正義に溢れた生命体だ。人類を守る守護者。それがお前達だ。艦娘の傷を瞬時に早める『高速修復剤』も艤装も妖精もそこから生まれた。時雨……お前は生まれる前の事を覚えているか?」

 

時雨は頷いた。覚えている。己が艦だった時に撃沈した世界の事を

 

「僕は白露型二番艦、時雨。第二次世界大戦のタイランド湾のマレー半島東岸で潜水艦の雷撃を受けて撃沈された」

 

「この世界では第二次世界大戦なぞ起こっていない。あるアメリカの科学者が言っていた。世界は一つではない。歴史が違う様々な世界があると。多次元宇宙の概念、つまりパラレルワールドというものだ。そうだ。ワシは国を守る軍艦を探していた。この世界の軍艦ではアテに出来んと。数が余りに少なかったから。ワームホールの原理を調べ、奴らに対抗できる軍艦を探していた」

 

 父親は資料を見せた。ワームホールの解析の論文が書かれた。内容はさっぱりだが、父親はある装置を使って限定的が別世界を観察出来る装置があったという

 

「今ではもう動かない。ワームホールを人工的に造り出すのは無理だ。仮にできたとしても、人が異動出来る代物ではないし、機械がオーバーヒートする。限られた時間の中で第二次世界大戦が行われた世界を見つける事に成功した。その沈んだ船から人工生命体を造ろうと考えた。深海棲艦は沈んだ船や人の怨念が生まれたものだ。なら、我々が手を加えればどうか?艦娘も当時の船の魂を持っている。怨念の塊を善良な魂にしてやる事が出来るとな。しかし、実験はまだやっておらん。現段階では、妖精を誕生させる事しか出来ない。艦娘の建造に必要な開発資材がまだ完成しておらんからな。理論が正しくても、成功するとは限らん。しかし、ワシの研究に間違ってはいなかった。未来から来たとは言え、目の前におる」

 

 時雨は唖然とした。創造主は何も悪戯に研究をしたわけではない。それと同時に心のどこかで誇りを感じた。艦娘はやはり国を守るために造られた

 

「未来の俺が、タイムマシンを作り出せたのは――」

 

「その副産物らしい。あれは興味本位で研究していた。だが、それを実現するためには、とてもじゃないが、ワシには出来なかった。だが、艦娘である明石と夕張がやってくれた。間違っていなかった。ただ、改善点は必要だろう」

 

父親は満足そうにうなずいた。もし、ワームホールを研究していなければ、タイムマシンなんて出来なかっただろう。そうなれば、過去に送り出せず世界は崩壊したままだ。今は危機を回避できるチャンスがある

 

「『艦娘計画』は奴らの技術を参考にし、奴らを対抗するための『戦力』だ。だが、大本営は納得しなかった。軍が欲しているのは、そんな代物ではない。軍人が扱う兵器だと」

 

「どうして兵器にこだわるの?」

 

 提督の父親の説明に、時雨は理解出来なかった。国や国民を守るのに、なぜ否定するかが分からなかった

 

「時雨、戦争と言うのは何も凶悪な敵をやっつけ、国民を守るヒーローの存在というものではない。ノートを見ただろう。大本営は頑なに艦娘計画を認めなかったのかを。それを認めてしまえばどうなる?」

 

父親はそこまで言うと自らお茶をくんで呑んだ

 

「今まで軍艦に乗り、国を守ってきた艦長や水兵などの軍艦乗りの人達はどうなる?軍相手に武器を製造している企業は?海軍軍人の大半は職を失うだろう。兵器工場は潰れ、そこに働いていた人は路頭に迷う。尤も、通常兵器も効かない化け物相手に誰が進んで兵士になる者は居るか?応えは否だ。死にに行くようなものだ。……そうだ。ワシは夢を見過ぎた。人間なのに、人間を過大評価し過ぎた」

 

 時雨は何も言わなかった。確かにそうだ。人類同士の戦争は、結局は国益の争いに過ぎない。あの第二次世界大戦も思想や因縁などを全て取り除けば、金と資源目当てである。正義と掲げる国ほど怪しいのだ。博愛主義なんて幻だ

 

「だからワシは元帥に言ってやった。これは人類同士の醜い争いではないと!そのためには日本が先に手本を示すべきだと!しかし、軍の上層部は人類の敵に対処する方法よりも金と権力に溺れる方を選んだ!『艦娘計画』なんぞ、ワシの妄想だとな!軍内部どころかマスコミに手を回してワシは狂人扱いだ!」

 

父親は拳で机を叩いた。余程、思い出したくないものだっただろう。せっかく、深海棲艦を打ち倒すための手段を研究しているのに、国から否定されては怒るな、という方が無理だった

 

「どうだ!ワシの考えを信じるか!」

 

「うん。信じるよ」

 

「ある程度は信じる」

 

時雨と提督は父親の話を聞いて納得していた。提督の父親は狂人ではなかった。ただ斬新過ぎて誰も話を聞かなかったのだと。しかし、提督はある疑問を口にした

 

「深海棲艦が突然現れ、なぜ通常兵器が通用しないのか、艦娘を建造した理由は分かった。でも通常兵器が通用するのはある。親父、浦田重工業を知っているか?」

 

突かれた事が痛かったのか、父親は苦々しい顔になった

 

「ああ……そうだ。この国が栄えた大きな理由は、浦田重工業のお蔭だ」

 

「知っているの?」

 

父親は頭を掻きながらため息をついた。時雨は待ったが、父親は部屋をウロウロと歩くだけで答えようとしない

 

「親父、どうした?」

 

「ああ、すまん。嫌な事を思い出してな。浦田重工業は知っている。そうだ、知っている。一番よく知っている」

 

親父は迷っていたが、思い切って言った

 

「大本営や世間が嘲笑う中、ワシに唯一、支援してくれた会社だった。だが、ある日を境に打ち切られた」

 

父親の言葉に提督はピクリと動いた。勿論、時雨は気付くことは無かった

 

(浦田重工業……親父と拘わっていたのか?……未来兵器であるイージス艦を造った企業……)

 

彼の中では、アイオワから書かれた手紙を思い出した

 

(WAR(戦争)は奇跡など起こらない。冷徹な物理学と数学、そして経済学の産物。説明のつかない事象が起こったとしか思えない)

 

深海棲艦を打ち倒すために大企業が発明した新兵器……。昔は親父の考えよりも画期的な考えであり立派な軍艦だと思っていたが、今の彼の心の中は違っていた

 

 




おまけ1
時雨「僕達、艦娘に対して余り快く思わない人が居たんだ」
提督「何で?」
時雨「何でって……普通の人間ではないから。反艦娘団体から『兵器』だって」
提督「え?何処が?人外だから?」
時雨「それもあるけど――」
提督「それじゃあ、電撃使いだったり、空間移動したり、ベクトル操作出来たりするのか?」
父親「それは超能力者!いつからここが、学園都市になった!(とある魔術の禁書目録等)」
提督「T-ウィルスを使った生体兵器とか?」
父親「それはB.O.W.(バイオハザード)!」
提督「ラグナイト製の槍と盾を持って戦う人達?」
父親「それはヴァルキュリア人(戦場のヴァルキュリア)」
提督「バッタのような格好に変身し超人的な力を発揮できた改造人間?」
父親「それは仮面ライダー(昭和仮面ライダー)」
提督「普通の人間が巨人化したりとかは?実はエルディア人だったり?」
父親「それは九つの巨人(進撃の巨人)」
提督「突然変異によって超人的能力を持って生まれた人間集団」
父親「それはミュータント(XMEN)」
提督「……」
時雨「……」
提督「あれ?あんまり大した事ないような……」
父親「悲しい事言うな!超人的な奴らと比べちゃ駄目だ!」
時雨(大した事ないのに差別されるって一体……)

おまけ2
提督「そう言えば艦娘って男いないのか?」
時雨「そう言えばいない」
提督「何故だ?居てもおかしくないと思うけど」
父親「ああ、それは理由がある。あるコート来た金髪の女性が『人類が艦船関係の公的表記を残す場合、全て女性形の定冠詞を用いる。だから艦の擬人化は女性だ』と言ってたからじゃ」
提督「ああ、なるほど」
時雨「それ、別の世界の人(?)が言った言葉なんじゃ…(蒼き鋼のアルペジオ)」


今回は艦娘の解説と言いますか、この作品の艦娘の秘密ですね
まあ、艦娘の設定は公式にはないため、独自路線で行きました。と言っても艦これのラノベ『鶴翼の絆』を参考にしたのが本音ですが
因みに艦これSSの中には何故か過剰に差別される艦娘……。多分、その世界の住民には艦娘がB.O.W.のネメシスに見えたのでしょう
艦娘は女性しかいないのはなぜか?理由はハルナが既に言っているので、問題なしです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 艦娘研究施設

 浦田重工業……。日本が急速に経済大国になった要因。関東大震災の後にひょっこりと現れた企業だ。初めは小さな企業だが、数年で瞬く間に大企業となった。余りにも急成長する大企業に目ざわりと思った財閥達は、始めは敵対心を持っていたが、後に和解したという。なぜ、歴代財閥は手を引いたのか?それは、浦田重工業の技術力は最先端であり、どれも目を見張るものだった。浦田重工業は日本に工業技術を与えるだけでなく、機械部品の統一化やネジ等の規格統一化を推し進めた。また、浦田重工業の技術力は凄く、農業機械から建設機械まで生産し、世間に富を与えてくれた。それは政治家や役人だけでなく、国民の生活まで一変した。日本の工業力は、欧米を完全に追い抜いた。あの世界恐慌ですら、ものともしなかった。欧米が急激に成長する日本を敵視している最中、例の深海棲艦が現れたという。もし深海棲艦が現れなければ、日米戦争は起こっていたかも知れない

 

 簡潔に説明してくれた父親に時雨は納得した。艦だった世界とこの世界の違うのは、恐らく浦田重工業のお蔭だろう。実際にこの日本の工業力は、艦だった世界とは雲泥の差である。戦前の日本の工業技術力は、欧米の国に比べると激しく低かった。艦だった世界ではゼロ戦やキ61(後の三式戦闘機『飛燕』)を牛車で運んでいたと、提督や父親に説明すると2人共驚いた。提督が所有するバイクを見てもあんなものは見た事がない。それどころか、なぜ道路がこんなにも舗装されているかも謎だ。時雨が建造された時は日本は崩壊していたが、この世界は日本は自分達が知っている日本と違って遥かに豊かであると感じさせられた

 

 

 

「つまり、浦田重工業は日本を大きく変えたって事だよね?」

 

「そうじゃ。ワシらが小さい頃は生きていくだけでも大変じゃったのに、今では物が溢れておる」

 

父親は懐かしそうに呟いたが、2人から視線を感じて話を戻した

 

「ワームホールが出撃し、深海棲艦が現れた当時、向こうが持ちだした事だ。共同研究という名目で奴らの正体と弱点を見つけ出そうと。実は深海棲艦に対抗出来る案は2つあった。ワシの『艦娘計画』。もう1つは浦田重工業からは画期的な兵器」

 

「それがイージス艦?」

 

「イージス艦…。確かそんな軍艦だったと思う。兎に角、その計画案の2つが競合にかけられた。……当然、海軍は浦田重工業の兵器を選んだ。不安定要素満載の『艦娘計画』よりも信頼性が高い、最先端の兵器がいいとな。ワシは諦めてたよ。もうその頃には、妻も息子も離れていったからな」

 

誰も言わなかった。時雨もどう声を掛けていいのか分からなかった。大本営から見れば信頼性の高いものを選ぶだろう

 

「だけど、通常兵器は深海棲艦には通用しないはずだよ」

 

提督は指摘したが、父親はかぶりを振った

 

「いや、実際に撃破出来た。一門の砲だけで10ほどいた軽巡ヘ級や駆逐ロ級を僅か数分で撃破したんだ。たかが一門の砲で。しかも、試作段階で完成すらしていないというから、ワシは開いた口がふさがらなった。どうやってあんな化け物兵器を造ったのか分からん。ワシの理解を超えている」

 

 親父はため息をつくと椅子に座って背もたれをした。話疲れたのだろう。兎に角、成り行きは分かった

 

「提督が……その未来の提督が浦田重工業よりも先に『艦娘計画』を成功させればいいと」

 

「ああ。しかし、まだ工廠である建造システムがまだ出来ておらん。開発資材も万能ではない。問題が山積みだ。ノートには成功した時の記録も入っていたから期間を短縮する事は可能だろう。しかし、何かしら支援がないと無理だ。世界が潰れる前にワシらが飢え死にする」

 

 非情な現実に時雨は無力さを痛感した。守るために力は必要だが、それ以前にバックアップがなければ絵に描いた餅だ。砲は沢山あっても、弾がなければ意味がない。艦娘も人間と同じく生活出来るため生きていけるが、戦うとなると話は別だ。資源や兵装がなければ戦えない

 

このまま何も出来ないのか?

 

「陸軍に頼もう」

 

提督が不意に言った

 

「未来の俺は陸軍に頼んで実現出来た。今回も可能だと思う。名前が書かれていないのが疑問だけど」

 

親父は腕を組み、しばらく考えていたが

 

「確かに陸軍と海軍は仲が悪いが……何もしないよりかはマシだ」

 

 なぜ未来の提督は陸軍将校と仲が良かったのか?時雨が聞いても、未来の提督は答えてくれなかった。タイムトラベルでも陸軍将校の存在は謎だ。何かあるのだろうか?

 

「ワシに陸軍に知り合いはいないが……何とかなるだろう」

 

 

 

 翌日、時雨達は提督の父親が密かに艦娘計画を行っている研究施設に向かった。と言っても、一軒家だ。ただ、その一軒家がとても豪華だった

 

「提督のノート通りだね。博士はどうやって、こんな豪華な家を手に入れたの?」

 

 博士とは提督の父親の事である。元は海軍上級士官とは言え、左遷された身である。艦娘の創造主であるため、時雨は『博士』と呼ぶことにした。提督の父親は苦笑いして別に構わないと言った

 

「そう言えば、この地帯は金持ちの別荘地帯だろ?何処にそんな金があるんだ?」

 

 提督が訝しげに聞いた。確かにここは金持ちの別荘地帯だ。ここに来る途中、身なりのいい人達と幾度とすれ違った。着ている服も持っている車も立派であり、とても時雨達が住める身分ではない。熊野なら似合いそうだが

 

「ああ、とても安く手に入ったんだ」

 

 博士は朗らかに言ったが、時雨も提督も首を傾げた。どう見ても左遷された海軍士官の給料で買える土地ではない。一生働いても無理だろう。例え出来たとしても、多額の借金しか残らない。しかし、提督の父親はどうやって、別荘とも言える一軒家を買ったのだろうか?だが、博士はとんでもない事実を話した

 

「この別荘は、数か月前に強盗殺人事件が起こったんだ。別荘でくつろいでいた家族全員殺された。犯人は逮捕されたが、事件が事件だ。事件が解決しても誰も買い手がつかず、おまけに子ども達が窓を割るなど侵入して幾度と肝試しとして入った事から値段が大幅に下がってな。いい家で良い値段じゃったから、ワシが買ったんじゃ。不動産屋の店員も泣いて喜んでおったぞ。全く、幽霊とか呪いとか非科学的な現象を信じるとは呆れるわい」

 

「おい!今、何て言った!?元殺人事件現場を研究施設に改装するんじゃない!!」

 

 父親の衝撃的な告発により提督は愕然とし、時雨も空いた口がふさがらなかった。所謂、訳あり物件であり、特に事故があった物件は縁起が悪いということで、格安設定にされるケースである。他にも要因は色々とあるが、周囲の相場より遥かに安い物件は必ず何か理由があるものである。事故物件でなくとも周辺の治安が悪いなどとなると安くなるのである

 

「提督。未来のノートに確かこんな事が書いてあったっけ?『東京湾駆除作戦』成功の際、ある新聞が『艦娘は魔女か?』って。確か艦娘は、黒魔術で召喚したという出鱈目という記事。僕たち艦娘が叩かれた時期があったらしいけど、その大元の原因って……」

 

「これだから理系の人間は!深海棲艦や艦娘の存在は認めるのに、幽霊や縁起を認めないなんて!」

 

 時雨は思い出したかのように指摘したが、提督は頭を抱える始末だ。勿論、黒魔術どころか魔女なんて根の歯もない噂だ。しかし未来のノートによると記事の内容が酷過ぎた。ノートによると、提督が黒魔術を使って魔女である艦娘を召喚させたというものだ。未来の提督はマスコミの嫌がらせとして呆れて無視したが、どうやら違ったらしい。本当の原因は、提督の知っている人で、しかも隣にいる

 

 時雨も父親である博士を睨んでいたが、彼は反省するどころか呆れるようにため息をついた

 

「何を贅沢な事を言っている?非現実的な噂なんて気にしていたら、人生損をするだけじゃ。まあ、所々傷んでいたが、全部修理したぞ。業者に頼めば高く付くのを安く出来たんじゃ。安くてかつ広い面積を持つ家なんて、あるわけないだろう。さあ、入った入った」

 

「ふざけるなぁ!艦娘の風評被害を広める原因を作ってどうする!?」

 

提督の絶叫が響き、時雨は何も指摘しなかった。ただ「これは酷い」と呟いた

 

 

 

「どうだ。未来のお前の言った通り、最適な場所じゃろ?くつろげながら研究する家なんて他に見てもいないわい」

 

「……」

 

 博士は自慢げに説明していた。寝室、台所、リビングルームなど。海に近く、海水浴に持って来いの場所だ。休暇などゆっくり過ごせる場所には最適だが、元は殺人事件があった別荘。そのためか、せっかくの別荘が台無しだ

 

「未来の俺は気付かなかったのかよ?」

 

 高級ソファに座り、頭を抱える提督。これが笑い話なら済むが、今の現状だと『艦娘計画』のイメージが悪くなるばかりだ

 

「提督、大丈夫だよ。僕達だって艦の頃だった世界で色々と経験したから。未来でも反艦娘集団から『兵器』とか罵られたからさ。『魔女』とか言われても気にしないから」

 

「それ、慰めになってない!」

 

 時雨は思いつく限り提督を慰めたが、どれも空振りだ。博士も国や世界を守るために『艦娘計画』を実行したのはいいが、支援がほとんどない。そのため、自分で工夫してやりくりする必要があるため、使える物は何でも使え、という事だろう。博士も意地悪くした訳ではないが、もうなりふり構っていられないだろう

 

「いつまで非現実的な事で悩んでいる?深海棲艦はワシの目に見えるが、幽霊は見えん。違いはそれだ。呪いだの縁起だのの言い分は、野蛮人か金の亡者が考えた金儲けしかいない。現実に対処するのが技官の務めじゃ。さっさと行くぞ、研究室に」

 

 博士は意気揚々と案内するが、提督の足取りはとても重く、時雨は提督を先導する羽目となった

 

「明石も夕張もあんな感じか?」

 

「流石に違うよ。あそこまで変人じゃない」

 

「なら良かった」

 

 向かって行く途中で提督は質問したが、明石や夕張が父親のような性格でない事にホッとしたようだ。明石も夕張も流石にあんな性格ではないだろう。自分が知る限りでは

 

 

 

「寝室と子ども部屋を改装して一つの研究室にしたものだ。広さも十分だ」

 

「親父、どうやって二つの部屋を一つにした?」

 

「壁を取り壊したに決まっているだろ?ホームセンターで立派な工具を沢山買う羽目になったが、これでもワシ一人でやった」

 

 父親の自慢話に提督はそうなんだ、と呟いただけだった。後から聞いた話だと、提督の父親は大学院で理工学部を専行してから海軍の入隊。技官として勤めていたららしい。ただ、技術面で携わったお蔭でやり方が豪快だったという。兵器開発も突拍子のないものであり、『電気投擲砲(今で言うレールガン)』というものを研究していたらしい。しかし、実用不可能であると分かると試作品は、倉庫送りとなってしまった

 

「明石さんと気が合いそうな人だね」

 

「本気で言ってるのか?」

 

 技官と工作艦は良いコンビかもしれない。時雨はそう思いながら研究室を見渡した。確かに研究室だ。工廠に似ているが違う。時雨は、巨大な鉄の箱を見つけた。それは、艦娘の建造ユニットである。資源と開発資材を投入すると、艦娘が建造出来る。しかし、未来でよく見ていた建造ユニットと違って形が違う。配線はむき出しで、形が所々、歪だ

 

「これで建造出来るの?」

 

「残念ながら、お前達が見て来たものと比べれば原始的であるはずだ。まだ調整が進んでおらん」

 

 博士は苦々しく言った。艦娘が建造するためには余りにもお粗末なものだ。時雨はユニットを四方から観察していると、提督は父親に向けて質問した

 

「これか、ノートに書かれていたものは。……これは駆逐イ級か?」

 

 時雨は提督に目をやったが、提督が見ているものにギョッとした。駆逐イ級がガラスケースに収められている。反射的に武器を構えたが、艤装は外しているのを思い出した。それにまだ補給すらしていない。提督にアピールするため駆逐イ級を撃退したが、補給方法はまだやってもらっていない。襲われたら、どうしようもない

 

「落ち着け。誰も襲わん」

 

「こいつ、生きているの?」

 

 時雨は恐る恐る近づいた。いつも目にして来た駆逐イ級と全く違う。しかも、艦娘である時雨が近づいて来ても動く気配がない。まるで精巧な銅像のように見える

 

「正確には生まれる前のサンプルだ。有機物になる直前のな。膨大な犠牲と天文学的な予算を掛けて研究した結果、ワシは無機物から有機物に変わる瞬間のサンプルを発見をした。このお蔭で未知の元素を発見した」

 

「僕は今まで見た事がない」

 

「そうだ。誰も見ていないだろう。知らないのも無理はない。駆逐イ級は深海棲艦の中で最も原始的な生き物だ。駆逐イ級が艦娘計画の基礎となった。だが、これについては話せば長い。さっさとやり遂げよう」

 

 ユニットの改造には丸一日かかった。ユニットを壊し、再び組み立てていたのだが、作業は思っていたよりも難航した。何とか試作品を完成させたが、三人とも疲労困ぱいになっていた

 

「もう真夜中だよ」

 

「国を守る戦力を揃えるのは大変だな」

 

 提督の愚痴に時雨は微かに頷いた。簡単に建造出来る僕達が、実は高度な技術で造られた事を身に染みた。工廠が、実は未知な技術を使っているとは思いもしなかった

 

「未来情報によってここまで進歩出来たのはワシも驚いておるが、まだ完成にはお度遠い。開発資材も安定せん。残念だが、ユニットは作り直しだ」

 

「あんだけ頑張ったのに?」

 

時雨は悲観に博士は首を横に振った

 

「無機物……失礼、資源を艦娘にするだけでも高度な技術だ。何処の国も持っていない事をやるからには並大抵の作業ではない」

 

 艦娘建造は提督の父親しか持っていない。というより、誰も相手にしていないため、そうなってしまっただけだが。未来の提督から聞かされていたとはいえ、流石の時雨も艦娘計画の扱いがここまで酷いとは思っていなかった

 

「僕は傷ついちゃったね。僕は存在するのに」

 

「そうじゃな。ワシが大本営に訴えても誰も聞く耳を持たなかった。軍やマスコミの批判ならいいが、訳の分からん宗教団体や市民団体からも批判浴びた」

 

「どうして?」

 

時雨は疑問に思ったが、父親が答えるよりも早く提督が答えた

 

「艦娘という生命の誕生を許さなかったからか?」

 

「え?」

 

 時雨はポカンとしたが、博士は頷いた。聞けば宗教団体の主張によると、生命の誕生という神が決めた事を、提督の父親である博士は逆らったというのだ

 

「未来での反艦娘団体というのもそこから来ているのだろう。そりゃそうだ。ワシの研究は創造論を完全に否定しているようなもんだからな。全く、どうしようもないな」

 

(元殺人現場の別荘を買った博士が、元々の原因なんじゃ……)

 

 時雨は指摘しようとしたが、黙っておいた。せっかくの研究に邪魔されたくないからだ

 

不意に提督が博士に尋ねた

 

「親父、暫くかかりそうか?」

 

「ああ、まだ試行錯誤せねばならないから」

 

ユニットとノートを見比べた博士は怪訝そうな顔をした

 

「明日、ちょっと出掛けて来る。大学の夏休みを有効活用したいから」

 

「何処へ行くの?」

 

「こっちも調べておきたいのがある」

 

提督は行くところがあるらしいが、何処だろう?しかし提督の父親は、息子が何をするのか分かったらしく、口を開いた

 

「浦田重工業か?止めておけ。お前は招かれざる客だ。ワシのせいでな」

 

「誰も社長の所に訪問しようとは言っていない。ちょっと見ていくだけさ」

 

 時雨は怪訝な顔をした。提督は何を考えているのか?この時代の提督は軍人ではない。まだ学生のはず……。時雨の不安顔を察したのか、安心するように言った

 

「大丈夫だ。バカな真似はしない。俺は大学生だ。就職活動に入る前の学生さんだ。訪問は無理だが、就職活動で会社の敷地に入るなら断れないだろう?」

 

「それ、大丈夫?」

 

 時雨は提督がスパイ活動するのか?と思った。幾ら国を守るとは言え、自身が造ったイージス艦とやらが世界破滅に招くと言えば即、精神病院送りだろう。だから、時雨は提督についていくと言った。提督も了承したが、ちょっと不満げだった

 

 

 

(確か今年の会社説明会では、試作のイージス艦を展示していたな)

 

 提督は考えた。彼は、時雨に会うまでは自由奔放していたが、今では違った。彼自身が悲惨な未来になるのを知って、目が覚めたかも知れない

 

 これは絶好の機会だ。アイオワが残した遺言とも言えるメッセージを確かめるために……

 

 




おまけ
時雨「提督、大東亜戦争(太平洋戦争)で日本はアメリカと戦って、負けちゃったけど、勝てる方法あるかな?」
提督「勝てる方法?まあ、あるにはあるが……」

~回想(あり得たかも知れない物語)~
19××年、深海棲艦を殲滅させる事に成功した提督と艦娘達。しかし、米国は太平洋を我が物とするために日本と敵対。様々な国際世論を工作をしたため、日本が激おこ。遂に開戦が開かれた!

大淀「提督、大本営から米国を攻撃するプランを考えろ、という命令が」

大和「アイオワやサラトガなど米国の艦娘が反対していますが、ホワイトハウスの意向は固いと」

武蔵「どうする、提督?また『あの世界』をここでも繰り返すのか?」

深海棲艦という人類共通の敵がいなくなった後の世界は、平和ではない。人類同時の争いだ。それが愚かであるのは分かっていたが、なぜか提督は楽観していた

提督「大丈夫だ。確かに戦争は避けられん。だが、戦力差を見せつけ、迂闊に手を出させない方法なら可能だ。これなら、交渉出来るチャンスが生まれる」
大淀「しかし、あの国が持つ軍事力をどうやって…」
提督「心配するな。ある人物達と出会ってな。日本を再び焼け野原にしないため、大和武蔵を改装させるという事だ」

艦娘達は首を傾げた。改装したからと言って、無敵になる訳でもない。そんな彼女達の疑問を他所に提督は合図を出すと、3人の人物が部屋に入って来た

提督「紹介しよう。左から真田志郎、シバシゲオ、ウリバタケだ。大和武蔵を改二にしてくれると」

真田志郎「こんな事もあろうかと、大和武蔵の改装の設計図は造っておいた」
シバシゲオ「砲や細部の調整は任しとけ!」
ウリバタケ「エンジンは俺がやる」

艦娘達「……」
大和「あの……提督?」
武蔵「そいつら……別の世界の人物なのでは――」
提督「細かい事はナッシングだ。大和、武蔵。改装準備いいか?」

どう反応したらいいのか分からない艦娘達。大和武蔵はされるがままに改装された


とある太平洋の海域

日本に向かう米艦隊だが、ある光景を見て驚愕した
米艦長「日本の艦娘が2人、空を飛んでいるのだが……」
米中将「リセットボタンは?」

そんな混乱を他所に改二にされた大和武蔵は突っ走る
大和「もう大和ホテルと呼ばれないのは嬉しいけど……」
武蔵「清霜!新たな戦艦の姿を見てろー!」

困惑する大和とヤケクソ気味で叫ぶ武蔵は、アメリカの大艦隊と戦う
波動エネルギーのシールドで砲弾を弾き、2人で大艦隊を殲滅させていく大和武蔵
ショックキャノンと煙突ミサイルの反撃で海を埋め尽くしたアメリカ艦隊は壊滅。大丈夫だ。非殺傷だ(多分)

大和武蔵の活躍を見た艦娘達の感想は様々だ
日向「これが航空戦艦の真の姿…」
赤城「艦載機……上げます?」
翔鶴「もうあの2人でいいのではないでしょうか?」
清霜「あと何回改装したら、宇宙戦艦になれるのかなぁ?」
長門「次の改装は……この長門……」

一方、ホワイトハウス
米大統領「補佐官、『辞職』の綴りはこれで合ってるかね?」
補佐官「大統領!辞職はいけません!!」
米大統領「ふざけるな!あんな化け物に勝てるか!!」

~回想終了~

提督「俺ならこうする」
時雨「チートで勝つのはちょっと……」
提督「リアルチートの国と戦争する事自体、無理に決まっているだろ?」


 戦前の日本の工業力は、悲惨です。工業博物館には当時の工業機械が展示されていますが、国産のものと米・独製と比べても作りが雲泥の差。国産工作機械は、部品の合わせ目がいい加減で、やすりで削って無理やり噛み合わせた跡だらけ。その状態で戦艦大和やゼロ戦などの兵器を造ったのだから、別の見方をすると、ある意味凄いです
戦後、どれだけ成長したかが良く分かりますね

あの当時で米国と勝つ方法?真田志郎(宇宙戦艦ヤマト)とシバシゲオ(機動警察パトレイバー)とウリバタケ・セイヤ(機動戦艦ナデシコ)がいればなぁ~、と思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 浦田重工業とイージス艦

良いお知らせと悪いお知らせがあります

良いお知らせは、評価の色が付いた事です。悪い知られは、もしかすると次話が年明けになる可能性になるのかな?って所ですね
文法が怪しいのが悩みどころ。何とか改善せねば


 提督のアパートに帰った2人は(帰り道のバイクで再び悲鳴を上げていた)、早速準備を始めた。と言っても、時雨は何もせず、提督が支度するのを待つだけだ。待っている間が、とても暇だった。そのため、提督が着替えている部屋を除き、掃除など基地にいた頃のように仕事をして時間を潰していた。しかし、部屋が部屋なだけにあっという間に終わってしまった。アパートの扉も嫌がらせの紙は再び貼ってあったが、それも綺麗に片付けた

 

「やらなくてもいいのに?」

 

扉に貼られた嫌がらせの紙を剥がしている最中に、提督が不意に声を掛けた

 

「そんなことないよ。提督の部屋だし、これから暫くいる事になるから――」

 

 時雨が提督を見ると驚いた顔をした。ビシッと着こなし、ネクタイを締めビジネススーツを着ている。髭も剃り、髪も整えている。あの学生身分の大学生が、身嗜みを整えただけでここまで違うのかと。やはり提督は、私服よりも身なりがしっかりした服装の方が似合うかもしれない

 

「……どこかおかしな所があるか?」

 

「ううん。似合っているよ」

 

以前までは普段着であったため仕方ないと言える。尤も、未来では海軍軍服を着ていたとは言え、状況が状況であるためあちこち汚れていた。そして、身なりもそこまでしっかりしていなかった

 

「そうか。お前はどうする?」

 

「ええっと……」

 

 時雨は考えた。確かに浦田重工業には興味がある。後に深海棲艦が奪ったとされる最新鋭兵器が開発や試作兵器が製造されている会社。そして深海棲艦を非人道的な研究していると噂されている。また、『艦娘計画』を退ける程の技術力を持つ企業である。就職活動する学生さんが真っ先に名前が挙がる会社だ。給料も待遇も良いらしい

 

「折角だし、お前も行くか。社会見学もあるし」

 

「うん。そうするよ」

 

時雨も見たかった。どんな企業なのかを

 

 

 

 浦田重工業の支店にたどり着いたのは、約90分後。電車やバスの乗り継ぎを何回かしてようやく近場の駅に着いた。着いた都市は栄えており、人と車の往来が激しかった

 

「凄い!外の世界は、こんなになっているなんて!」

 

「驚く事か?」

 

「うん。僕が建造された時は全部、瓦礫になっていたから」

 

「そうか」

 

 提督は頷いた。これから先、深海棲艦による攻撃でここが焼け野原になるという現実が嫌というほど降りかかってくる。時間は限られている。提督は行くか、といい目的地に向かう

 

 

 

 支店の前では大勢の人が集まっていた。大半の人が就職活動の人達なのだろう。深海棲艦の脅威は、本土にまで及んでいないため不自由はあるものの比較的平和だ。とは言え、就活する学生達にとっては、職選びは大いに限られていた。そのため、就活する学生は自然に裕福な職へと選ぶ。優秀な人は良い職場で就き、平凡な人は普通の職場か、碌な扱いをしてくれないブラック企業か。つまり、競争なのだという

 

「時雨、お前は待ってろ。俺はー」

 

「これはこれは、また現れました。『狂人』の息子さんが来たぞ!」

 

騒がしかった騒音が一斉に静かになり、視線がこちらに集中した。時雨は不安げになったが、ほとんどの視線は提督だ

 

「勘弁してくれよ」

 

 

 

 手続きをして時雨に待つよう言う所でまた邪魔が入った。毎度、誹謗中傷してくる輩だ。名前は知らない。知ったとしても小者だから。就活の時にはほとんどそいつが出て来る。厄介だが、お蔭で未だ内定すら取れていない。そのため、海軍に入隊する事をしたが、それは俺が知る正史だ。今までは無視したが、今回は違う。やるべきことがある

 

「やあ、元気か。お前は会社員には向かん」

 

「それは個人の自由だ。親父に見返してやるつもりだったが、諦めた。ガキみたいな事をする暇があるなら、真面目に就活しろ」

 

その輩は眉を潜めた。いつも言い返しが、違った事に違和感を感じたのだろう

 

「お前、調子に乗るなよ。成績が良くても悪事を働いたら、意味ねーんだ。例え、親だろうがな」

 

「その態度で入社するのか?面接でその態度取って見たらどうだ?俺の予想では、深海棲艦が、お前の家に爆撃して家族諸共死ぬかもな」

 

 相手はキレたのか、こちらを睨んで来る。時雨は卓球の試合を見てるかのように2人を交互に目をやり、周りはヒソヒソ声になった

 

「どういう意味だ。舐めているのか?」

 

「やれやれ、これが平和ボケって奴か。こんなんだったら、国を守る組織は失望するだろうな。危機管理能力がないからこうなるのか?」

 

「いい加減にしろ!」

 

相手は殴りにかかったが、俺の顔面に拳が当たる直前に止まった。見ると、誰かが彼の拳を抑えている。腕を抑えているのは、20後半の女性だろうか。黒髪の女性が細い腕とは思えない程の力で抑えている

 

「テメーは誰――」

 

 女性は相手が喋る隙もなく、鳩尾に強烈なパンチを食らわした。相手は予想だにしていなかったのか、それとも強烈だったのか、俺に突っかかって来た男は膝を着き、地面に倒れた。時雨も俺もポカンとした。何しろ、その女性は無表情で難なく男性を倒したのだ。お礼か何か言おうと口を開こうとした時、複数の人がこちらに向けて駆け寄って来た。その集団の中に、誰もが知っている人物がいた。浦田重工業の社長だ。髪は薄いが、中年にしては足腰がしっかりしている。社長は近づくなり、その女性に対して非難した

 

「全く、何でいつもこうなのか?こんな調子だと、わが社は、常に暴力行為が横行しているというイメージが湧くぞ?秘書の座を変えて貰わなければならん」

 

「では、柔道で取り押さえろと?」

 

「もういい。全く……。ところで、君はここに来なくていい。偏見で人を陥れるのは野蛮人だけでいい。警備主任、こいつを遠くに捨てて来い」

 

 俺に突っかかって来た相手は、驚愕した。まさか、このような事態になるとはおもわなかったらしい

 

「ちょっと待って下さい!誤解です!狂人がこー」

 

「さあ、さっさと来い!」

 

 俺も時雨も周りにいた人達も呆気に囚われるのを他所に、突っかかって来た相手は数人の警備員に引きずられていく。相手は抵抗したが、警備員はスタンガンか何か当てたのか、相手は気絶したらしい。警備員は、捕らえた男を車に乗せると、車は何処かへ行ってしまった

 

「皆様のお気持ちを害してしまったことにつきまして、心よりお侘び申し上げます。それでは就職活動の学生さんは頑張ってくれたまえ!見学者は所定の場所へ!」

 

 過激なシーンを見た人達は社長の謝罪によって再び騒がしくなった。今の場面は、確かに過激だが、学生達はそんなものはどうでも良かった。ライバルが減った事もあるし、何よりも事件ですらならないもめ事に首を突っ込みたくなかった。浦田社長は、騒ぎが収まるのを確認した後、時雨と俺の所にやってきた

 

「外してくれないか。ようこそ、我が浦田重工業へ。と言っても、ここは支店だから自慢できるものは無いが」

 

人々が己のことであくせくしている間、社長は俺に突っかかって来た相手を一方的に殴った秘書と警備員を下がらせると、俺に握手を求めた

 

「ありがとうございます」

 

「気にしなくていい。君がこのような仕打ちになったのは私の責任でもある。会社方針のためとは言え、このような結果になってしまった。ところで、そちらのお嬢さんは?」

 

俺が社長に握手をし終えた時に、社長の目線は時雨に向いていた

 

「僕はしー」

 

「私の遠い従兄弟です。浦田重工業がどれほどなのか見せたくて」

 

 流石に時雨を自己紹介のまま名乗らせるのはまずいので、何とか誤魔化した。時雨も目で「ごめん」と言う風に合図した

 

「君の父親の事は残念だ。私も知っている。深海棲艦とどう戦っていくのか。国からの命令で対抗手段を考えたが、道が違った。私が設計した兵器は受け入れ、君の父親が提唱した『艦娘計画』は凍結され左遷された。ただ、敗者にはチャンスを与えるべきだと私は思う」

 

「しかし、私は四面楚歌です。深海棲艦と戦う事なんて」

 

「そんな事は承知の上だ。何も銃を持って戦う事が軍人の仕事ではない。浦田重工業では、軍や他の民間企業より20年先の進んだ技術を持っている。君の事は父親から聞いている。君は能力に見合った組織に所属すべきだ」

 

浦田社長はポケットから名刺を取り出し、俺に渡した

 

「頼む……気が向いたら連絡してくれ」

 

「分かりました。ところで見ておきたいのがありまして。確かここでは、イージス艦の試作艦が公開されるというのを聞いたのですが。従兄弟の時雨も見たくて」

 

「え?僕はそんなの…」

 

話が時雨に振られたお蔭で時雨は慌てたが、浦田社長は気にすることもなく、満足げに頷いた

 

「いいでしょう。わが社の最新鋭の技術が生み出した兵器をご覧に頂きましょう」

 

 浦田社長は秘書に鑑賞するよう手続きをするよう伝えた後、2人を招き入れて会社の敷地内に入っていった

 

 

 

観艦式というのをご存知だろうか?

 

 観艦式とは軍事パレードのひとつで、軍艦を並べて壮行する式のことである。本来なら海軍がやる行事だが、その海軍の艦艇のほとんどは深海棲艦に沈められてしまった。一般公開する軍艦が無いため、仕方なしに浦田重工業が開発した最新鋭兵器であるイージス艦を公開する事になったらしい。今回はその試作艦である、一号艦である。艦名はまだない。しかし、就職活動に来ていた学生は勿論、観客も海軍のお偉いさんも来ており、皆はその姿に興奮していた

 

「これがイージス艦…」

 

「ああ、新聞で大騒ぎになった艦。そして深海棲艦を撃破出来る兵器か」

 

時雨と提督はイージス艦がよく見える席に座っていた。浦田社長のお蔭で、特等席に座らせてもらった。提督は感謝したが、社長は気にしていないという

 

「あの浦田社長、凄い太っ腹だね」

 

「親父を知っているらしい。内心どう思っているか知らないが、紳士的だった」

 

 時雨は興味があった。未来で浦田重工業の軍事技術が深海棲艦によって奪われ、しかもその兵器によって艦娘の仲間が撃沈されたという苦い経験よりも最新鋭兵器の仕組みに興味が勝った。なぜなら、このような艦艇は艦だった頃の世界には無かった。砲が一門、甲板に埋め込まれているロケット発射機のようなもので海戦するという兵器を直に見るのは初めてだ

 

「でも、力強さに欠ける船だね」

 

「そうだな。戦艦のように大砲をずらりと並べていないから、深海棲艦を撃破出来るなんて想像出来ないな」

 

 しかし、人類が開発した最先端の軍事技術は、皮肉にも深海棲艦ではなく艦娘に向けられる事になる

 

「その兵器が将来、僕達に向けられる」

 

「それを防がないとな。兵器の矛先を向けるのは味方じゃない」

 

 因みに兵器の能力を知っているのは時雨と提督のみ。未来では、深海棲艦の軽巡ツ級がイージスシステムの能力を身に着け、艦娘達を苦しめていた。時雨も幾度と戦った事があるため、その恐ろしさを身に染みていた。提督は違うが、自分自身の未来のノートで大まかな事は把握している。その他の観客はこの軍艦の性能を知らない。外見だけ見せて、中身は機密扱い。つまり、誰も知らないのだ

 

 

 

画期的な兵器と感心する者、早く実戦で活躍するのを期待する者、あり得ないと小バカにする者

 

 

 

 反応は様々だ。そんな中、停泊しているイージス艦の前に用意されたステージに浦田重工業の社長が現れた。現れた事により、観客からは拍手が沸き上がった

 

「皆さん、こんにちは。私は浦田重工業の社長だ。そして、ようこそ浦田重工業へ」

 

 観客は熱狂的な歓声で包まれた。学生、民衆、そして最新鋭兵器であるイージス艦を一目見ようとした軍人達。拍手喝采の中、社長は静まるのを待っていた、やがて、拍手が止むと社長は喋り始めた

 

「会社説明会かつ観艦式のような式典にお越しいただいてありがとうございます。しかし、私は自ら産んだ兵器を自慢するためにこのような式典を開いた訳ではありません」

 

浦田社長は手で合図するとステージの横に設置してある巨大モニターが写し出された。その映像はとても衝撃的なものだった

 

 

 

 黒煙を噴きながら燃え盛る何隻もの艦艇。海面には水兵がオイルに塗れて助けを求める者。沈みかけている多数の軍艦、そしてその周囲を我が物顔のよう航行している深海棲艦

 

「提督、これは?」

 

「世界が、力を合わせ深海棲艦に挑んだ多国籍軍の末路だ」

 

 軍艦のマストに翻る日章旗や星条旗など各国の国旗が半ば焼けちぎれた映像を見ながら提督は答えた。時雨にとって衝撃的だった。初めて見た悲劇。先輩達から人類の兵器が通用しないと聞かされていたが、映像とは言え、実際に人類が深海棲艦に挑み敗北を見たのは始めてだ

 

「あの時は凄いニュースになった。生存者は僅かだ。奴は捕虜をとらない」

 

時雨は息を呑んだ。散々、歴史の授業で習っていた事だ。だが、この映像は深海棲艦が海を支配する軍団である事を改めて認識した

 

 海に出ると死が待っている……。更に艦娘はまだこの世界に現れていない。時雨が苦悩するのを他所に社長は再び演説を始めた

 

「世界が絶望した日、脳裏に焼き付いた決して消える事のない記憶。あなた方は何をしていましたか?深海棲艦は我々の世界に侵略し、日常を脅かしている。彼女達は世界を闇に包み、そして絆を引き裂いた。絶望のふちに沈んだ世界は、再び立ち上がろうとしている」

 

 映像が切り替わり、次に映し出されたのは経済が発展する姿だった。高速道路や鉄道を建設する映像や工場が次々と立ち並び日本を豊かにするもの。そして環境問題を取り組む姿

 

「幸か不幸か、私は天才だった。にも拘らず、私は農家で産まれ貧しかった。勉強する意欲があるのに、金が無ければ何も出来ない。進学なんて夢のまた夢だ。しかし、ある閃きのお蔭で私の人生は変わった。そうだ、何もないなら自分で築くしかないと。私は中学卒業した後に、会社を起業した。それはバクチだった。一家心中する程の借金をしてまで会社を立てた。結果は、映像で見た通りだ。わが社は大繁盛し、日本を立ち上がらせた。様々な事業のお蔭で、日本はもう後進国ではなくなり、アメリカを追い越す程の工業力を持った。それも短期間で」

 

次に写し出されたのは深海棲艦とイージス艦が交差する映像である

 

「国際情勢の関係で日本はアメリカと軍事衝突される直前に、太平洋上にて正体不明の軍団が現れた。その軍団こそが人類の敵である深海棲艦。神は我々に試練を与えたのでしょう。いや、悪魔の悪戯かも知れない。人類以外の敵とどう向き合うのか?いつまでもいがみ合って、深海棲艦を野放しにするのか?いいえ。これからは団結して立ち向かわなければなりません。そのためには人種、宗教、思想などと言った壁を乗り越える必要があります。私は人類団結の象徴として、そして人類共通の敵を打ち破る兵器を開発しました。それが、このイージス艦です」

 

 浦田社長の演説が終わると同時に、再び拍手が湧き起こった。時雨もいつの間にか拍手をしていた。まるで勇気を与えてくれるかのような演説だった。提督は鼻で笑っただけで、拍手はしなかったが

 

「浦田重工業は未来を築く会社。その一歩を踏み出そうではありませんか!」

 

観客は既に熱狂だった。それはそうだろう。今までの日本を支えたのは浦田重工業のお蔭とも言っていい

 

「凄いね、あの人。だって、僕が艦だった頃の日本と全然違うのは彼等のお蔭だよ!ここの日本は凄い」

 

「そうか?俺のバイクも浦田重工業のお蔭だ」

 

提督は苦笑いしていたが、時雨はそんな事はどうでも良かった。しかし、時雨は未来の提督の警告を忘れていた

 

 

 

『過去の俺と『創造主』以外は誰一人信用するな。何が起こるか分からん。確実に信用出来ると分かるまでは気を許すな。警戒しろ』

 

 

 

 もし冷静な判断があれば、これはただのパフォーマンスであると気付くかも知れない。しかし対人関係は愚か、人間関係の経験が浅すぎる彼女にとっては、酷であった

 

 興奮する時雨を他所に提督は、ある紙を取り出した。これから先の演説は、兵器の自慢話みたいなものだろう。そもそも彼の目的は、浦田重工業の社長に会いに来たわけではない

 

 

 

狙いはイージス艦。あの艦についてだ。時雨すら知らない未来からのメッセージだった

 

 

 

宛名は……あのアイオワからだった




おまけ
浦田社長「ようこそ、浦田重工業へ」
 提督 「貴方が……」
浦田社長「そうだ。想像と違っていたか?」
 提督 「はい。違っていました。私は、このような人だと思いました」

   ~回想~
???「出でよ…我が最強にして美しきしもべ!青眼の白龍!」
???「I AM IRON MAN(私がアイアンマンだ)!」
   ~回想終了~

 提督 「これくらいカッコイイ人かと…」
浦田社長「会社の社長全員が『カードの貴公子』か『スーパーヒーロー』の存在と思い込まないでくれ」
 時雨 (何気によく知っているね)


今回はイージス艦を開発した企業である、浦田重工業の話です
と言っても、社会見学のようなものです。しかし、提督は……
そして、浦田重工業の社長が登場。勿論、海馬瀬人(遊戯王)でもトニー・スターク(アイアンマン)でもありません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 偽の盾

何とか切りのいいところまで話を進めることが出来ました
次話は1月上旬にはあげようと思います
それでは、良いお年を


 浦田重工業の社長はイージス艦について演説を始めていたが、俺はそれを無視してノートに挟まれていた紙を取り出した。それは、アイオワが残したメッセージだった

 

『Hi,Admiral。この手紙が過去のAdmiral(アドミラル)に届いているのを願っているわ。ミーが伝えたい事。ミーのfuture(未来)Admiral(アドミラル)で色々と話し合った。このWorld(世界)だけど、明らかに異常。特に浦田重工業という企業について

 

 まず、イージス艦についてここに記すわ。イージス艦……この兵器は、元々空母を守るために造られたもの。WWⅡの終戦後、航空機は発達し、遂には音速を超えるジェット機が現れたの。ミサイルという兵器だけでなく、小型の核ミサイルまで実用化された事により空母を守る船、つまり強力な防空艦が必要だった。イージス艦を設計したのは、ウェイン・E・マイヤーというアメリカ海軍の軍人。確か、彼は『米海軍が生んだ最高の戦闘システムエンジニア』と呼ばれたわ。そう………イージス艦は、空母に対するミサイル飽和攻撃への対処のために作られた兵器。イージス艦は、画期的な戦闘艦との圧倒的な防空能力は空母護衛以外にも使えたため、数か国だけ供与された

 

But,この世界にはイージス艦を造るための状況下はない。War(戦争)、特に海戦は防空が最大の課題だけれど、対艦ミサイルやジェット戦闘機がない世界に対しては、持ち過ぎる力。何のために建造されたか、ミーも分からない』

 

 それはイージス艦について開発経緯や現代兵器について時雨など艦娘が艦だった世界が簡潔に書かれていた

 

 太平洋戦争と呼ばれた戦争が終結後、時代は平和ではなく、新たな戦争を迎えた。アメリカはソ連と衝突した。日本やドイツといった枢軸国が、連合国に降伏すると、今度は米ソによるにらみ合いが発生した。いや、両国だけではない。世界の大半の国は、ソ連を盟主とする共産主義陣営、アメリカを盟主とした資本主義陣営と別れていった。ドイツは二分割され、日本はアメリカ側についた。米ソの両国は軍拡競争を行い、核兵器開発にも力を注いでいた。全面核戦争に突入すれば、人類は絶滅していただろうと言われた程の大量の核兵器が開発・配備されたと言われている。既に一発触発が幾度とあったらしい。米ソは軍事衝突しなかったが、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ソ連のアフガン侵攻など局地戦が起こった。キューバ危機という核戦争一歩手前という事件もあっ

たとの事だ。しかし争いの末、ソ連は崩壊し冷戦は幕を閉じた。それと同時に競争相手が居なくなったアメリカは国防予算を縮小させ、これがアイオワ級戦艦が退役させる一因にもなった

 

(国家総力戦といった事はもう無くなった訳か)

 

俺はアイオワが残した手紙を読みながらため息をついた

 

次に書かれていた事は、『艦娘が艦だった世界』の日本についてだ。真珠湾攻撃から始まり、広島、長崎の原爆投下、そして終戦の詔勅……

 

戦後史も書かれていた。GHQによる統治、新憲法の制定、朝鮮戦争、警察予備隊(後の自衛隊)創設、そして目覚ましい経済成長、世界有数の経済大国となっていくプロセス…

 

 

 

 彼は知らないが、実は未来の提督は子供でも分かる要領で書いておけ、とアイオワに命じた。アイオワの他に戦後生き延びビキニ核実験場まで生き延びた長門や酒匂、プリンツオイゲンなどは、これについて了承した。まさに、過去の提督は何も知らない子供のようなものだったからだ

 

 未来の提督の思惑は、成功したといえよう。これは、時雨が判断するものではない。時雨は戦闘要員であるため、下手な情報を与えると任務が失敗してしまう

 

 

 

 失敗は絶対に許されないタイムスリップ作戦。時雨と出会った日、手渡しされたノートに隠された手紙を見た過去の提督は、歯ぎしりした。己が学生身分であるのは理解している。しかし、そんな身分で世界を救え!と言われても無理がある。しかし、このまま放置しても同じ道を歩む事になってしまうだろう。だが、中々いい妙案が浮かばないし、やることは限られている。自分が出来ることと言ったら、左遷された父親に会い艦娘計画を早めるよう頼むだけ

 

(冷戦終わっても戦争は続いているし、未だに核は存在するのか。平和は天国だけかもな)

 

 しかし、深海棲艦を無事に倒せたとしても真の平和は訪れないだろう。この世界も人類共通の敵が現れ、海上封鎖しているからこそ大規模な戦争はしていない。もし深海棲艦がこの世から消えたら、社会情勢は逆戻りだろう。艦だった世界とは違う世界からと言って、同じ道を歩まないと限らない。ノートでは米国軍人が対国家用の戦闘艦娘を開発するよう頼まれた事が書かれていた

 

(時代に合わない兵器……)

 

 最後の紙は、鉛筆のみ描かれた絵と近代兵器の説明であった。それは、妙にのっぺりとした大きな方形のブリッジを持ち、砲が一門と貧弱な武装を積んだ戦闘艦であるイージス艦。しかし、ここに描かれているものは、浦田重工業が製造したイージス艦ではなく、アイオワの記憶を元に描かれた異なる3つのイージス艦の絵だった

 

(右からタイコンデロガ級、アーレイバーク級、そして日本の海上自衛隊が持っている『こんごう』型)

 

 四方から書かれた図面の艦と性能諸元である。タイコンデロガ級は『あの世界』において世界初のイージス艦であり、巡洋艦だ。アーレイバーク級とこんごう型は似ているが、タイコンデロガ級と比べて小型であるものの、駆逐艦とは思えない大きさだ。イージス艦はあくまで画期的な戦闘艦であって特殊艦ではない。限られているとは言え、他国へ輸出している。もしかしたらアイオワが博物館に眠った後も売ったいるかも知れない。だが、アイオワは他国でもアーレイバーク級を参考に建造するはずだと書かれている

 

 兵器システムは簡潔に書かれていたが、内容は目を見張るものばかりだ。書かれているのは、あくまで標準装備の艦艇だ。これは、未来の提督の判断である。イージス艦に関する兵装だけでも、過去の提督にとって驚愕するものばかりだ

 

 ハープーンをはじめ、各種ミサイルについて説明されており、対空兵器や対潜兵器など索敵システムも説明されていた

 

 これは未来の提督だけでなく、過去の提督も驚いた。これほどハイテクなものになっているとは思いもしないだろう

 

(イージス艦の歴史や性能は分かった。だが、目の前にあるイージス艦は……)

 

 アイオワが残した手紙に書かれている3種類のイージス艦のデータと異なる。パッと見ただけでは、イージス艦だろう。しかし、違和感がある。アンテナの形状が違い、また煙突の形もおかしい。しかも、本来は艦尾にヘリ発着艦の甲板がある所には、VLSと呼ばれるミサイル発射装置がびっしりと埋まっている。イージス艦だけでなく大抵の駆逐艦は、ヘリ発着するための飛行甲板があるはずだが、目の前にあるイージス艦はそれがない。対潜哨戒ヘリコプターであるSH-60 『シーホーク』が、なぜ開発されていないのかが謎だ。未来では深海棲艦も保有しており、ゴーヤなどの伊号潜水艦を撃沈させている。対潜や哨戒を軽視しているのか?またアーレイバーク級に似ているのにも拘わらず、艦橋構造物がやたらと大きい。米海軍イージス艦どころか日本の海上自衛隊であるこんごう型のイージス艦よりも酷いかも知れない。未来でアイオワが、浦田重工業が造ったイージス艦を見て首を傾げるのも無理は無かった

 

「確かに3種類のイージス艦に似ていない。タイコンデロガ級、アーレイバーク級どころかこんごう型に比べたら酷い。何なんだ、これは?」

 

ため息をつきながら、さりげなく呟いた

 

 

 

 その時だ。時雨が突然、立ち上がり辺りを見渡した。いや、まるで警戒しているかのようだ。しかも、息が荒い。まるで幽霊を見たかのような顔をしている

 

「どうした?」

 

 

 

 時雨は浦田重工業の社長の演説を聞いていた。提督は何か手紙を見ていたが、提督も何か考えているのだろう。でも、なぜ手紙とイージス艦を見比べているのか分からなかった。だが、今の時雨はそんな疑問よりも浦田社長の演説の方が興味あった。兵器システムは、なぜか説明されていなかったが、近代化な軍艦であることには大いに興味を持った。あの大きさで駆逐艦と呼ぶには、おかしいのは気になる以外を除いて。提督が何か呟いていたが、その直後、冷水に浴びせられたかのような寒気が時雨を襲った。それが殺気だと直感的に分かったが、その殺気に覚えがある。未来で艦娘の仲間を撃沈させ、未来の提督を敗北に追いやった深海棲艦の司令官、戦艦ル級改flagship……。反射的に立ち上がり、辺りを見渡す

 

「邪魔だ!座れ!」

 

「見えない!どいて!」

 

 後ろの観客から批判されたが、今はどうでもいい。艤装もない今、攻撃されたら皆、死んでしまう

 

「おい、どうした?」

 

 提督から声を掛けられたが、無視して深海棲艦である戦艦ル級改flagshipを探す。どこだ?何処にいる!?まさか、未来からの追跡者?そんなはずはない!そこまで未来の提督は、敵にタイムマシンが奪われるような事をしていないはずだ!

 

「座れ!……どうしたんだ?まるで幽霊を見たかのような顔をして?」

 

提督に腕を掴まれ強引に席に座らされた時雨。しかし、今の時雨は見えない殺気に恐怖した。そして、時雨は自分の呼吸が乱れ冷や汗を掻き始めたことを自覚した事で、これは気のせいではないと思った

 

「提督、深海棲艦が近くにいる!戦艦ル級改flagshipだ!」

 

時雨は提督に警告を発したが、提督は信じられない顔をしていた

 

「まさか?本当にそうなら、既にここ一帯は死体の山だぞ?」

 

確かに深海棲艦が本当に現れたのであれば、既に砲弾の雨が降っているはずだ。しかし、時雨は忘れもしなかった。あの殺気に……

 

 

 

 式典が終わり、帰るまで時雨は警戒をしながら提督と帰路についた。提督は落ち着けと言われたが、時雨は無視した。しかし攻撃されるどころか、接触すらなかった。

 

 

 

 あれは、気のせいなのか?しかし、人間の殺気ではないのは確かだった。その証拠に観客は何も感じていないのか、時雨と同じように感じ取っていない。近くにいた提督ですら感じ取れなかった

 

 だが、本当に深海棲艦が近くにいたなら、なぜ攻撃して来ないのだろう?未来でも、食料と水をぶら下げて従えたゲリラ以外は、徹底的に倒している。過去でも多国籍軍の艦隊は倒している。未来ですら艦娘の仲間を捕虜とし、拷問までし、海の底に沈めた相手だ。そんな相手が殺気を当てただけで済むのだろうか?

 

 

 

 式典を終え、誰もいないはずの会場の隅に誰かがいた。その者は、ある2人組を敷地内でずっと監視していた。思い過ごしだろうと思ったが、とてつもない成果だった。携帯のテープレコーダーで何回も聞いていた。どんなに小さな声でも拾え、処理された「あの声」を

 

『……3種類のイージス艦に似ていない。タイコンデロガ級、アーレイバーク級どころか『こんごう』型に比べたら酷い。何なんだ、これは?』

 

その者の顔の口元が…ぞっとするほどに歪んだ笑みを浮かべていた

 

 




おまけ
提督「イージス艦は凄いな。これほどの軍艦なら実戦では、さぞかし大活躍したんだろう?」
アイオワ「ええっと……Yes……そうよ……」
提督「どうした?なぜ目を背ける?」
アイオワ(米空母の艦載機が強すぎて、相手はミサイル撃つ前に一方的にやられる始末……なんて言えない。トマホークという巡航ミサイルもあるし……)

世界の艦船2006年12月号によると、イージス艦の初実戦は、1984年のレバノン沖
記事によると、タイコンデロガ装備のSPY-1レーダーの信頼性の高い目標探知・識別能力が注目の的となった。 他のレーダーでは探知困難な、砂嵐によるクラッターや東地中海特有のダストによる 異常な電波伝搬の中で、航空目標の90パーセント、海上・陸上目標の50パーセントを確実に補足・追尾したとの事
ただ、イージス艦を評価をしたのは、何と空母航空団のパイロットたち。空母打撃部隊周辺の目標識別確度が上がったことで、 それまでの識別・確認のための飛行回数が減少し、空母航空団の運用効率が格段に改善されたという

コール襲撃事件や衝突事故などやらかした艦でもあるが、それでもイージス艦は評判高いです。能力限界を試されるような実戦はまだないですが、高くないことを示す証拠もない。また索敵など情報収集能力は、非常に有効だという評価を得ています

因みに現時点では、イージス艦が実戦で軍用機を撃墜した『実例』は無い。それ以外だったらある(イラン航空旅客機撃墜事件)。となると、ジパングでイージス艦『みらい』がワスプの艦載機を撃ち落としたのが初実戦という皮肉も生まれます。海自もやるではないか

余談ですが「イージスの父」と呼ばれた彼の名は、後に米海軍の通算100隻目のイージス艦に命名されます。アメリカ海軍のミサイル駆逐艦(DDG-108)『ウェイン・E・マイヤー』です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 鬼と姫は何処へ?

挨拶はおくれましたが、あけましておめでとうございます



「戦艦ル級改flagshipの気配を感じたじゃと?」

 

 翌日、時雨と提督は提督の父親の所に再び向かった。しかし、時雨は別荘に着いた途端、切迫詰まった状態で会社説明会や観艦式をすっ飛ばして、いきなりその話をし始めた

 

「本当なんだ!未来で嫌ほどあいつと戦ったから、確信できる!」

 

「だから言っただろう。気のせいだって」

 

「提督は黙って!」

 

 昨日の晩に2時間も説明したが、提督は理解してもらえなかった。それもそのはずで、深海棲艦が現れたのなら、会場は惨劇になっていただろう。第一、証拠がない。一方、時雨の必死の訴えに提督の父親は顎に手を当てて考え込んでいた。沈黙の数分後、父親は口を開いた

 

「未来で、こいつらを見なかったか?」

 

 手渡されたのは、数枚の写真だった。手渡された写真を見た時雨は、絶句した。そこには、2人の女性の写真だ。いや、人間の女性ではない。なぜなら2人の内、1人の女性は角が生え、両手には大きな鉤爪を持っている。艤装も体の右側に滑走路、左側にはクレーンのついた砲台のようなものがあり、まるで動く基地が擬人化したかのようである。更にもう一1人は、頭の左右に黒い角、白いワンピースにミトン状の手袋をした可愛らしい幼女に見えるが、艤装と姿からして深海棲艦だ。しかし、時雨はこの深海棲艦を一度も見たことがない

 

「これは何?」

 

「ワームホールの出現や深海棲艦が出撃した原因の話を覚えておるか?ワームホールから真っ先に現れ、トラック島とハワイを壊滅させた深海棲艦を指揮したボスだ。こいつらを見た事は?」

 

「こんなのは知らない!これがボス?深海棲艦のボスは戦艦ル級改flagshipと教えられた!」

 

 時雨は思い出したかのように言った。こんな深海棲艦を時雨は、知らない。未来の提督は、交戦した深海棲艦を調べて分析し、僕達艦娘に情報共有していた。しかし、未来の提督はこのような深海棲艦を説明した覚えがない。それどころか、写真に写っている彼女らと遭遇した事は無い。もし、遭遇したら知っているはずだ

 

「本当に見た事がないんじゃな?」

 

「うん。本当だよ。こんな敵と会った事がないし、聞いた事もない」

 

「何なんだ、これは?そう言えば、ノートの最後辺りに鬼・姫クラスが見当たらないと書かれていたが」

 

提督も訝し気に聞いた。提督も知らないようだ

 

「こいつらは姫クラスと呼ばれた。いや、元々こちらが勝手につけた名称だ。写真に写っていないが、もう1つが鬼クラスと呼ばれていた。ワームホールに入った決死隊の生き残りの証言だが、ボスが複数いる。姿が様々だとな」

 

「だけど、鬼・姫クラスなんて知らない!」

 

時雨は叫ばずにはいられなかった。あの戦艦ル級改flagshipこそが深海棲艦のボスだと教えられた

 

「残念ながら、事実だ。この写真に写っている深海棲艦を、我々はこう呼ぶ。『港湾棲姫』と『北方棲姫』。強さや能力は不明だが、ハワイにいる米陸海軍相手をたった一人で壊滅させた。勿論、通常兵器が効かないという事もあるが」

 

 時雨は身震いした。たった1人でハワイ島にいる米軍を壊滅させた?ハワイには確か、強力な艦隊や航空隊などの強力な兵器や人員が配備されたはず。『艦だった頃の世界』でも大本営は、真珠湾攻撃を実行した程だ

 

「どういう事だ?こんな深海棲艦が現れていたなら、なぜ誰も見ていない?未来の俺どころか艦娘達も目撃して交戦してもおかしくないはずだ。ノートには戦艦ル級改flagshipとしか――」

 

「だからおかしいのだ。いくら何でもこれはあり得ん。鬼・姫クラスがいないとなると、その戦艦ル級改flagshipが深海棲艦を掌握しているようにも見える」

 

 博士も提督も困惑している。時雨も同様だ。トラック島とハワイを短期間で壊滅させたのは、姫と呼ばれる深海棲艦がいたからだろう。だが、それなら彼女らは何処へ行ったのだろう?

 

「ボス争いで戦艦ル級改flagshipが勝って深海棲艦の軍団を手中に収めた可能性は?」

 

提督は質問したが、時雨は唖然とした。いくら何でも酷い冗談だ

 

「それは無いだろう。奴らはチンパンジーではない。人と同じく組織的な軍団だ。気になるのがお前の日記。ワシが殺されてから深海棲艦が大きく変わっておる」

 

 流石の博士も提督の冗談を否定したが、深海棲艦が未来と過去に違いがあるとは思っていないらしい。それも常識が異なる

 

「ノートの記述によると、確かワシが殺されてから7か月後、未来のお前が軍を辞め、艦娘を率いて民間軍事会社を設立してから少しの間の事だ。その頃の深海棲艦は、アメリカとイギリスを攻撃した。だが、今いる深海棲艦は陸地を攻撃しない。これは推測だが、奴らはここを移住するために、ワームホールをくぐりこの海に住んだ。しかし、海が無い陸地には興味が無い。実際に、島でもある一定の広さがある島では占拠しないのが定説じゃよ」

 

「なぜだ?」

 

「まだ分からん。ただ、そんなに深い意味はないと思う」

 

提督の質問に博士は、肩をすくめた。これは、深海棲艦に聞かないと分からない

 

「それなら、深海棲艦は何で急に陸地を攻撃したの?」

 

 時雨も疑問が湧き出て来た。確かに深海棲艦は謎に包まれている。だが、生態や行動まではある程度は分かる。実際に未来の提督はそうした。けれども、ここまで敵が変わる事があろうか?

 

「それが分かれば苦労せん。未来のノートでは悲惨さが伝わるが、同時に疑問点が出ておる。しかも軍事技術だけでなく、戦術が画期的だ。こんなのはワシも初めてだ」

 

博士は未来の提督が書き残したノートをめくっては、眼鏡を掛け直し、幾度も読み返した

 

「特にアメリカとイギリスを攻撃したのが興味深い。特にアメリカは、国力、軍事力共に世界最大の国家だ。それも首都や都市部を破壊だけでなく、軍の機能麻痺や軍事基地を狙った兵力の一網打尽にするやり方は、非常に合理的だ。深海棲艦がそこまで知識があるとすれば……大発見だ。しかし、釈然としない」

 

 確かに強力な軍事力を持った国家を破壊するなら合理的なやり方だ。だが、それを実行したのは未来である。今の深海棲艦は、それすらやっていない。規模は拡大しているが、近海をうろついている駆逐イ級は陸に砲を向けない

 

「浦田重工業がやらかしたと思う。俺は敵が人間に紛れて偵察した結果、実験された仲間を見て怒りと同時に途方もない軍事技術を見て喜んだ。ついでに、軍事作戦もな。非正規労働者かアルバイトに紛れて潜り込んで、注意深く偵察すれば容易いもんだろ?その後、襲って奪い、軍事技術と戦術を取り込んだ」

 

「でも、会社はそんな事も見落としたのかな?」

 

時雨の疑問はご尤もだ。仲間が非人道的な実験をされたのを見た深海棲艦が、怒り狂って復讐される事を考えていなかったのか?

 

「そんな事を考えても仕方あるまい。ここは政府でも軍司令官でもないのじゃから」

 

博士はノートを閉じると時雨に向き合った

 

「それは、後回しにしよう。ワシに出来る事はない。ところで艦娘を建造するユニットを完成させるには、データがいる。再び、海へ出向き駆逐イ級を倒してくれないか?」

 

博士の言葉に時雨は喜んだ。久しぶりの出撃だが、問題があった

 

「博士、分かったけど補給が……」

 

「ああ、そうじゃった。まだ試作段階だが、艦娘用に加工した資源がある。未来のノートのお蔭で出来たよ」

 

 艤装を扱うには、纏うだけでは戦えない。弾薬や燃料がないと動かない。それは通常の軍隊でもそう。持ってきてのは見慣れた燃料を満載にしたドラム缶と弾薬がたくさん詰まった弾薬と鋼材だ。弾薬を渡された時雨はそのまま口に入れ、補給を開始した

 

「何だこれ?補給って何だ?……って食べた?」

 

「当然だ。腹が減っては戦は出来ぬというじゃろう?」

 

 未来の提督ならこういうのは当たり前だが、ここにいる提督は過去の人間。よって、弾薬を駄菓子のように食べる時雨を見て驚愕した

 

「おい、艦娘の体の造りはどうなっているんだ?サイボーグかロボットか何かか?」

 

「人間と変わらんよ。我々と同じ炭素系生命体だ。ただ体の造りが僅かに違う。別に不思議がる事はないだろう」

 

「艤装に弾込めるんじゃないのか?燃料があるけど、まさかこれを時雨が飲む訳ないよな?」

 

提督は笑いながら言ったが、時雨が燃料を飲むのを見て、頭を抱えて座り込んだ

 

「どうだ?」

 

「ちょっと苦いかな?でも悪くなかったよ」

 

「俺がおかしいのか?ノートに書かれていたけど、冗談かと思ったが」

 

 時雨は父親と話している最中、提督はため息をついていた。当時の提督は艦娘を全部、把握していなかった。いや、補給方法が信じられなかったらしい

 

「てっきり時雨を解剖して調べるんだと思った」

 

「ワシはマッドサイエンティストじゃない。貴重な戦力を自らの手で潰すバカはいない。出撃して観察し、データを取って研究期間を短くさせるしかあるまい」

 

確かにこれが現実的な方法かも知れない。浦田重工業や大本営に警告を送っても、無視されるか精神異常者として処理されるだろう。それに任務の内容は艦娘計画を急がせる事だ。時雨1人だけでは、どうする事も出来ない

 

「分かったよ」

 

今、やれる事は少ない。あれは気のせいだったかも知れない。そこまで考えると時雨は頷き、3人は海岸へ向かいだした

 

 

 

 立ち入り禁止の看板を無視して海岸で入った一同は、直ぐに準備した。時雨が海に出たと同時に、近海の海中にいた駆逐イ級の集団が姿を現し、エサを求める肉食獣のように時雨に集まった。普通なら海に出た船は破壊され、船乗りは殺されるのがこの世界の常識だが、それは艦娘が現れていないだけの話。時雨は執拗に攻撃して来る駆逐イ級の砲弾を軽々と避けると、12.7cm連装砲B型改二を構えて駆逐イ級に向けて砲撃を開始する。時雨の砲撃を受けた駆逐イ級は断末魔を上げながら海に沈められた

 

「相変わらず凄いな」

 

「そう?結構、簡単な任務だけど?」

 

 弾薬を撃ち尽くすまで駆逐イ級をなぶり殺しし、浜辺に上がって来た時雨を見て提督はため息をついた。確かに時雨にとっては楽勝だ。未来から来たとは言え、練度は高く改二であり、しかも敵である深海棲艦は最新鋭兵器を持っていない

 

だが、敵である深海棲艦にとっては災難だ。既に20体の駆逐イ級が沈められたのだ

 

「こんなんだと、敵が可哀想に思える」

 

「息子よ。これが戦争だ」

 

世の中は弱肉強食である。戦争も例外ではない。より強力な側が必ず勝つ

 

「まあ、確かに。未来では、この光景が逆転されるのか」

 

 提督の呟きに時雨も博士も黙ってしまう。未来では兵装の差で負けたとも言える。博士も時雨も知らないが、敵は半世紀以上の兵器を手に入れ、艦娘達を徹底的に叩いた。兵器の性能差は恐ろしい。プロボクサーとアマチュアボクサーが戦うようなものだ。アマチュアのパンチはかすりもしない。しかし、プロが放つ強力なパンチはことごとく命中する。皮肉にも時雨が過去に来た時点で、敵なしだった

 

「博士、どう?」

 

「ああ。ありがとう。文句1つもない。何か不具合でもあるかな?」

 

「うん。12.7cm連装砲B型改二にちょっと違和感があるんだ。照準が合っていないような気がする。今は大した事はないけど、故障かな?」

 

 

 

 研究施設に戻った3人は早速、12.7cm連装砲B型改二を提督の父親が見たが、予想外の知らせを聞かされてしまう

 

「時雨、残念な知らせだ。あの艦砲だが、確実に修理する事が出来ない」

 

「ど、どうして?」

 

時雨はかすれた声を上げた。あの艦砲は……

 

「簡単な話だ。お前の艦砲の寿命だ。同じものを造ろうにも、ここには、それを造る技術が圧倒的に足りない。整備しようにも、今いる工廠妖精は、まだ練度が低い」

 

「修理は無理なのか?」

 

提督が信じられないと言う風に父親に聞いた

 

「ああ。お前にも分かるように言おう。車は知っているな。お前の大好きなバイクでもいいぞ。乗り物を乗り回していくと、機械部品やタイヤは時間が経つ事に劣化する。清掃や整備はしなければならないが、劣化は避けられん。こういう時の対処法は、朽ちた部品を交換するしかない。しかし、問題の主砲はそれがない。大砲の場合だと、『砲身命数』という」

 

「だったら、妖精を何とかして……」

 

「いや、ここで出来るのは応急修理だけだ」

 

 博士はきっぱりと言った為、時雨は床に座り込んでしまった。顔は項垂れており、目線は目の前にある12.7cm連装砲B型改二をずっと見ていた

 

「おい、大丈夫か?」

 

「この主砲は夕立のもの…」

 

 時雨の元気のない声。提督も父親も何も言わない。時雨の艦砲である12.7cm連装砲B型改二は元々、夕立のものだった。夕立は時雨と同時期に改装され改二となり、果敢に最新鋭兵器を装備している敵に立ち向かった。しかし、捕虜となった艦娘達を助けるための『救助作戦』に参戦した際に、敵潜の雷撃によって沈められた。遺品である艤装は、リサイクルされた。国が崩壊した世界では、補給もままにならない。使えないと判断されるまで兵装は使い続けた。明石や夕張による整備のお蔭で無駄がなかったが、限度はあった

 

「そうか。すまない、時雨。ワシは未熟だ。代わりに12.7cm連装砲をやろう。いざという時に12.7cm連装砲B型改二を使いなさい」

 

「後、何回使えるの?」

 

時雨は何気なく聞いた。もう夕立の遺品は使えなくなる。覚悟はしていたが、いざ使われないとなるとやはり心が痛い

 

「さっきの海戦なら5回出撃出来るだろう。それも長くて。手強い相手なら1回。それが過ぎれば、砲の自壊する。砲身がもたない」

 

「それじゃあ、時雨はもう…」

 

「いや、練度は高いし、肝心の艤装は当分の間、大丈夫だ。今の時雨なら、まだ戦える。だが、未来の息子は兵装のメンテナンスまでは見落としたようだな。それとも、もう資源が枯渇していたのか。真偽はともかく、ワシが何とかするだろうと思ったに違いない。だが、まだ初期段階の研究だ。どうする事も出来ん」

 

 時雨は暗い気持ちになった。確かに時雨は強い。しかし、バックアップするものは原始的であるため、満足に戦えない。入渠も未来よりも劣っていた。普段よりも時間がかかっている。高速修復材も試作段階であるため、使用は控えた。過去に来てから、まるで自分自身の性能が、落されていくような気がした

 

 未来の提督は、そこまで考えていなかったようだ。けれど、ここで落ち込んではダメだ。ここで僕が諦めたら……

 

「提督、大丈夫だよ。だって、今すぐ使えないとは言っていないし」

 

「そうか」

 

時雨は、笑顔で答えた。心配無用として笑ったが、心の中は笑っていなかった

 

「改二の兵装の使用を控えよう。現在、製造と整備が可能な兵装は12.7cm連装砲、61cm四連装魚雷だけだ。打撃力は下がってしまうが、それでいいかね?」

 

「火力不足になってしまう訳か」

 

 提督の言う通りだ。初期に装備された僕の兵装だから文句はなかった。だが、レアな兵装を頼り過ぎたというのも事実だ

 

「大丈夫、僕なら扱えるよ」

 

 使い続けて来た主砲と魚雷は一旦、お預けだ。夕立の遺品である12.7cm連装砲B型改二と改で持ってきた10cm連装高角砲と61cm四連装(酸素)魚雷は、保管する事になった。使う日が来る時は、恐らく強敵と対峙しているかも知れない。時雨はそう思わずにはいられなかった




港湾棲姫「ヤット……ヤット私達ノ出番ガ……。シカシ、写真ニ写ッテイルダケ」
北方棲姫「ゼロモ烈風モ無イ」


おまけ
武蔵「フッ、随分待たせたようだな……。大和型戦艦二番艦、武蔵。参る!」
提督「ん?おかしいなぁ?」
武蔵「どこを見ている?私はここだぞ?正月に建造出来て嬉しくないのか?武蔵持っていなかっただろ?」
提督「いや、そうじゃない。コジロウとニャースは何処へ行ったのかと?」
武蔵「いつから私はロケット団の3人組の1人になったんだ?」
時雨「ゲーム体験談もネタでやるんだ……」


 ついに港湾棲姫と北方棲姫が登場。ただし、写真だけ。彼女達は、何処かにいるでしょう
 そして、時雨は改二の兵装を満足に仕えなくなりました。これは、タイムスリップで支障が出る現象です。過去に行ったからといって、自分がいた時代と同様に補給やバックアップが受けられる訳はありません。イージス艦「みらい」も戦国自衛隊もタイムマシンに改造されたデロリアンも、自分達がいた時代でしか手に入らない貴重な兵器や物資が失われるのを見ていると本当に大丈夫なのか、と思います。代替で凌ぎますが、満足出来るものは大抵ないです

 それはそうと、正月は色々とありましたのでログインする暇がなかったです
武蔵が建造出来て喜んだり、『迎春!「空母機動部隊」全力出撃!』の任務でレ級の存在とE風による羅針盤で苦戦したりと。まあ、何だかんだでクリアしました。ザラさえ出れば大型建造卒業です

それでは、今年もよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 新兵教育

 とある別荘が並ぶ道路に二人の人影が走っている。いや、緊急か何か急ぎ用事のために走っているのいるのではない。

 

ジョギング?いや、2人共、走るのが早い。息を切らし、汗が滴り落ち、それでも必死来いて走っている。偶然、道を歩いていた人達は何事かと首を傾げながら二人が視界から消え去るまで見送った

 

 1人は男性、もう一人は少女だ。屋敷にたどり着くと、2人共倒れ込んだ。何とか立ち上がり、用意していた水を飲んでいたが、水を飲む二人に罵声を浴びせられた

 

「貴様ら!昨日よりも時間が遅れているのに水を飲んでいる場合か!さっさと地面に伏せろ!腕立て伏せ60回だ!」

 

怒鳴られた2人は絶望的な表情をしていたが、彼は無視した

 

「さっさと腕立て伏せをしろ!男女関係ない!人間も艦娘も関係ない!貴様らは、軍を舐めているのか!」

 

2人はすぐさま腕立て伏せをしたが、心の中では悪口雑言を吐いていた

 

 

 

(あのクソ親父!急に教官気取りをしやがって!)

 

(提督に迷惑かけてるかな…?この怒りは、きっとぶつけてやるから)

 

時雨はゼイゼイと息を切らしながら提督と一緒に腕立て伏せをしていた

 

 

 

 一体、何があったのか?話は簡単だ。深海棲艦に対抗するため艦娘計画を実施しているが、作業は難航している。建造のユニットが思うように稼働してくれない。ある日、休憩している最中……提督の父親、博士が思い出したかのように聞いた

 

「お前は海軍に入るのか?」

 

「そうだ。本来はあんたを見返してやるために海軍に入隊するつもりでいたけど、今は違う」

 

博士は頷き、時雨も感心していた

 

「未来の提督と違うね」

 

「そりゃ、俺が悲惨な目に遭うというのが分かるのなら、考えは改まるさ」

 

 ここまでは良かった。しかし、海軍に入隊すると決意を決めた提督に対して、博士の目は鋭く光った

 

「そうか……なら、お前らを鍛えないとな!」

 

 その時の時雨も提督もポカンとして何を言っているか理解出来なかった。その後、彼の父親が何をしたかったのかが分かった

 

 

 

新兵教育だった

 

 

 

 次の日から、訓練に耐えるための基礎筋力、体力作りがメインのメニューが組み込まれ、提督をシゴいたのである。時雨も含めて

 

 世界を救う未来の指揮官とヒーローである艦娘が怠けちゃいかん!と言う事らしい。作業は工廠妖精に任せ(現在の所はこれといった作業は無い)、父親は軍の教官となった。提督も時雨も抗議したが、全く耳を貸して貰えなかった。社会見学の件も何かあれば対応すればいい、との事。この考えは間違いではないだろう。本当に深海棲艦だとしたら、あの場にいた人達は、一人残らず殺されていたに違いない。また、現段階ではどうする事も出来ないため、訓練第一となった

 

 日課は基本的に海軍の教育隊と変わらない。朝早くから起こされ、準備運動。午前中は軍事教育を勉強させられ、午後は筋トレと体育。夜は22時には寝るといった海軍と似た新兵教育

 

 特に厳しいのが、身辺整理だった。海軍の制服や作業服などどこから持ってきたか、2人分用意させられ、時雨と提督は皺がつかないほどプレスする羽目となった

 

 ベットもロッカーも用意され、ベッドメイキング、ロッカーの整頓まで厳しく指導された。しかも、少しでも不備があると居なくなった隙に部屋やベットをぐちゃぐちゃにされるというおまけ付き

 

 

「おお、今日も台風が来たな。さて、ちゃんと片付けろよ。ワシは用事をするからな」

 

 長距離走をやらされ、腕立て伏せをした挙句、部屋がぐちゃぐちゃされた2人が茫然自失しているのを楽しみながら帰っていく博士。2人は直ぐに片付けを実施した

 

「あの、クソ親父め!台風を起こしやがって!!」

 

「歴戦の艦娘に新兵教育させるなんて聞いた事がないよ!!」

 

 父親が居ないのを確認した直後、悪口雑言を吐きながら後片付けをする2人。もう滅茶苦茶だ。時雨は確かに歴戦だが、建造された当時は戦況がヤバかったため、教育や規律は曖昧になっていた。お蔭で提督の父親からは新兵と変わらん!と評価される始末である

 

「博士って技術士官だったよね!?何で士官学校の教官みたいな事をしているのさ!」

 

「知らん!親父の事なぞ分かるか!」

 

 怒鳴り合いながら整理整頓する2人。新兵教育と称して始めてから3日は経つが、未だに尻を叩かれている。2人共ストレスが溜り、爆発寸前だ

 

「どうして父親と喧嘩したのさ!?お蔭で僕まで被害受ける羽目になったよ!?」

 

「俺のせいか、これは!?俺も嫌な事があったんだよ!」

 

 次第に互いを非難する2人。口論をしたのは一度二度ではない。長距離走している時も互いを罵り合った

 

「だって、全部提督のせいでしょ!未来で新兵教育をしなさい、という任務なんて入っていない!」

 

「知るか!俺もまさか新兵教育やらされるとは思っていなかったんだよ!」

 

二人の間に火花が散った。時雨は艦娘だが、艤装はない。一方の提督も疲労困ぱいだが、まだ体力はいくばくか残っている

 

「どうなっても知らないよ。艦娘は人間の力より強いんだ」

 

「そうか。生憎、喧嘩は負けたことがないんだ」

 

 いつでも殴るよう拳をつくる時雨に指を鳴らす提督。互いの距離が近づきぶつかり合う直前、咳払いがした。時雨も提督も素早く気をつけの姿勢を取る。何時からいたのだろうか?

 

「さて、お前ら。喧嘩する程、仲がいいと言われているが、それは外の世界。軍隊で喧嘩はトラブルの種だ!そんなんで、深海棲艦と戦えるか!おい、二等兵!」

 

「はい!(勝手に階級つけるな!)」

 

提督は不満そうだったが、今はそうも言ってられない

 

「何が不満だ!お前がワシの息子だからと言って甘やかしてくれると思ったら大間違いだ!お前は何のために軍に入った!」

 

「侵略者を倒すためであります!」

 

「違うな!お前は社会ではクズだから入った!違うか!」

 

「はい!そうであります!」

 

 2人のやり取りに時雨は、身動き取らずに横目で観察していた。上官が新兵に怒鳴り散らすのは『艦だった頃の世界』で幾度と見た事はあるが、まさかこの世界に来て、しかも自分までやらされるとは思っていなかっただろう。だが、提督が叱られるのを見て少しだけニヤリとしてしまった。それが不味かった。博士の顔がこちらを向いた

 

「おい、誰が笑えと言った!まだ笑っていられるとは気合いの入ったひよっこだな!名前は!?」

 

「ぼ……時雨です!」

 

「何を言おうとした!?なぜ笑った!?」

 

「笑っていません!」

 

「大きい声で言え!聞こえんぞ!」

 

「白露型2番艦、時雨です!笑っていません!」

 

「艦娘だか何だか知らんが、お前はワシから見れば新兵だ!違うか!?」

 

「はい、そうであります!」

 

 お蔭で2人は罰として家の掃除を徹底的にやらされた。全てが終わったのが午前2時だ

 

 

 

「死ぬ……海軍なんて入隊しようと軽々しく言うんじゃなかった」

 

 夜、ベットで愚痴を漏らす提督。時雨も同感だった。まさか提督の父親が、士官学校の教員を経験した事があるとは思わなかった

 

「提督、それを言ったら……未来が…」

 

「変な足枷がついた感じだ…」

 

 まさか未来を変えるためにこんな事をやらされるとは思いもしなかっただろう。しかし、2人共下着姿で各ベットに寝ていたが、疲労困ぱいのせいで何も気にしないというのは別の話

 

 

 

 丸々2週間も罵声を浴びせられたため、2人は不信感を募らせていく。しかし、始めは火花を散らした二人だが、次第に不平不満言わずに訓練に食らいつく

 

 ランニングでペースが落ちた相手を励まし合い、声をかけ指定された時間内に完走しようとする。そして、体力測定で2人共、基準値まで達したのだった

 

「よし、体力は何とかついたな。ワシの指導のお蔭だ!有難いと思え!」

 

「「はい!ありがとうございます!」」

 

腕立て伏せ、腹筋、3kmの持続走を何とか基準値までつけた2人は……喜びもしなかった

 

(プロテインと自主トレのお蔭だろうが……)

 

(提督、早くあの博士の射殺許可を……)

 

 小声で文句を言う2人。とは言え、人間のなれというものは凄まじく、2人にとっては、いつの間にか地獄のような新兵教育も普通にこなせるようになっていた

 

 2人は見返してやるために様々な努力はした。幸い、提督は体力をつけるトレーニング方法をある程度は知っているため、こっそりと独学でやっていたのである

 

(まさか、喧嘩に勝つために筋トレしていたのが役に立つとはな。たんぱく質を摂取し続けて正解だった)

 

(長良さんなら喜びそう……)

 

確か、五十鈴の姉、長良さんは筋トレをよくやっていたような……

 

 

 

 その夜、時雨は部屋で貰った作業服をアイロンしている中、提督が謝って来た

 

「すまんな。俺が自分勝手で。父に見習って不真面目な生き方をしなければこんな事は……」

 

「僕も御免。変な事を言っちゃって……」

 

 提督は別に家を飛び出しただけで、そこまで悪さはしていない。未来の提督が過去の自分にクソガキと言っているのは正しかったが

 

父親に怒鳴られながらも、訓練に励む2人

 

 ここで疑問に思うだろう。なぜ新兵教育では、厳しいのか?『不信感』をわざと煽るようなマネをしたのか?

 

それにはちゃんとした理由がある

 

 新兵には『皆と協力しないと目標を達成できない』、つまり『チームワーク』の大切さを理解させるためである。軍隊というのは、他とは違い特殊な組織である。学生の集団生活とは訳が違う。つまり、わざと辛い状況へと追い込み、『仲間と助け合わなければ』と強く思う環境を作り出しているためである。規律も仲間意識も出来ない人は、軍人になる資格はない。そのために父親は教官をしていた

 

 

 

それに加え……まさかの体力訓練もあった

 

 

 

 それは水泳能力である。いや、可笑しい事はない。海軍軍人になるためには泳げなければならない。提督は問題ないだろう。問題なのは時雨である。水に立った事はあるが、泳ぐ、しかも水泳なんてやった事がない。泳げるには泳げるが、まさか8マイル(15キロ)泳がされるとは思いもしなかった。当然、艤装は許可されず。流石に駆逐イ級がうろつく海では泳がす訳にはいかないため、湖でやらされた

 

「提督、水着で着るのはビーチで遊ぶのが普通だと……」

 

「心配するな。俺も今、そう思っていた所だ」

 

 2人は父親の命令で水着を買ったのだが、提督はともかく、時雨は何を買えばいいのか迷ってしまった。結局、店員に聞いて買ったという事

 

「……」

 

「提督、どうしたの?」

 

「何でもない」

 

 提督は顔を赤めた。無理もない。時雨が選んだのはビキニを選んだのだ。しかも、時雨が着ていた制服をアレンジしたようなもので黒に白赤の線が入っている

 

「お前な……いや、何でもない」

 

 時雨を見ないよう顔を背ける。時雨のスタイルと水着で、彼は意識してしまった。大学生の彼なら無理もないだろう。普通の男性なら……

 

しかし、中年の男性で、しかも頭の固い海軍軍人には通用しなかったようだ

 

「それでは頑張って8マイル(約15Km)泳げ。ほら、さっさと泳がんか!」

 

2人はさっさと水に入り泳いだ。8マイルを泳ぐのは長い。クロールのような体力が消耗する泳ぎ方は出来ない。時速2km弱でのびのびと泳ぐ事になった

 

(艤装ないのが心細い……)

 

 そもそも時雨は艤装つけずに長く泳いだ事は無い。今は普通の人間と大差ない。特殊な艤装や酸素ボンベも無しに長時間潜水出来る潜水艦娘が羨ましかった

 

 後ろから博士がチャーターした船に乗りながら見守っていた。溺れも助けられるためだろう。しかし、ここでギブアップしたら、また博士にしごかれる

 

(さっさと終わらないと……)

 

 しかし、15kmを泳ぐのは容易ではない。どうしてなのか?歩くのならそんなに時間はかからない。だが、泳ぐのは別だ。水の抵抗を受けるのと人は魚のように泳げるわけではない(重ねて言うが、潜水艦の艦娘は別)。時間がかかるし、体力も地上よりも消耗する。父親が言うには、何と8時間は優にかかるらしい

 

 

 

「昼食も水の上でやるの?」

 

 時雨は不満そうに言ったが、父親は無視された。おにぎりと水という簡単な昼食を手渡されたが、ボートに上がらせてくれない。浮いたまま昼食だ。提督の父親曰く、士官学校でもちゃんとやっているとか

 

「これが洋上補給か?」

 

「速吸さんじゃないんだから」

 

速吸がいたら否定いただろう。流石にこれは違うと

 

 かれこれ泳いで8時間たったのだろうか?体力も気力も限界が近づきそろそろ不味いと思われた時、父親から声が掛かった

 

「よく頑張った。試験合格だ」

 

合格の声を聞いて、2人は船に引き上げられた。2人ともグロッキー状態だが、内心は喜んでいた

 

「提督……終わったね」

 

「地獄の新兵教育は終わった……」

 

船が陸地に着くまで船底に横になり、身動き1つもしなかった。

 

 因みに、遠泳の翌日、提督と時雨の首から上は日焼けで真っ黒になった。遠泳の天敵は日差しである。夏故に水面からの日光の反射もあったため、翌日は顔がヒリヒリしていた。時雨も艤装を外して泳いでいたため、提督と同様に日焼けにより真っ黒であったのは別の話

 

 

 

訓練は続く

 

 航海術、海戦、航空戦力の重要性。そして艦娘としての運用方法。時雨自身も戦い方は知っているものの、軍事学がここまであるとは思わなかった。未来の提督のノートにも、戦争は銃を持って引き金を引けばいいというものではない、と改めて認識した。こうしている間に、2人共、軍人として成長していく

 

 

 

自主的な訓練始めてから2か月後、天気は晴天

 

 2人は別荘の前に不動の姿勢で並んでいた。提督はきっちりとした軍服姿で、時雨は自前の服装で並ぶ

 

父親はそんな2人をゆっくり見回す

 

「本来なら、士官学校の教育期間は一年だ。だが、最低限の事は教えたつもりだ。お前は海軍の入隊試験、時雨はこれからも艦娘として戦うんだ!」

 

「「はい!!」」

 

「幸い、大学の卒業単位を既に取ったから良かった。時雨も改二であるから訓練について来れた!」

 

父親は2人を見渡すと高々と声を上げた

 

「それでは本日を持って貴様等の訓練は終わりだ!」

 

 同時に時雨と提督は叫び声をあげて抱き合った。まだまだ課題はあるものの、第一歩になるに違いない。時雨はそう思った

 

 因みに、その日の夜は打ち上げが行われた。提督は既に二十歳を超えていたためお酒を飲んでいたが、飲み過ぎたため親子2人酔いつぶれて寝てしまった。そのため、時雨が後始末する羽目になった。そして次の日に、時雨は親子を正座させ説教したのは別の話




おまけ
時雨「艦娘について僕が説明するよ。本来は、まず初期艦五人の中から選んで艦隊運営するんだ」
提督「つまり、ヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメなど御三家から選んで旅立つようなものか」
時雨「提督の役目は、艦娘を建造したり、ドロップしたりして手に入れて、その娘の練度を上げる。そして、深海棲艦と戦うんだ」
提督「つまり、野生ポケモンを捕まえて育て戦わせる、というポケモントレーナーの事か」
時雨「艦娘は攻撃を受ければ小破、中破、大破する。それを直すには入渠しないといけない」
提督「つまり、ポケモンセンターのことか」
時雨「艦娘は改装すれば強くなれる」
提督「つまり、進化ということか」
時雨「中には、改装するために設計図が必要な艦娘もいるんだけど……」
提督「つまり、進化の石ということか」
時雨「僕達艦娘は深海棲艦と戦うんだけど、深海棲艦の中には強力なボスが居て、上手く撃破すればレアな艦娘がドロップ出来……」
提督「つまり、ロケット団やジムリーダーとバトルしたり、伝説ポケモンをゲットしたりする事か」
時雨「別の鎮守府に所属している艦娘と演習する事も可能だけど…」
提督「つまり、通信バトルということか」
父親「おい、なんでいちいちポケモンに置き換えるんだ!」
提督「別にいいじゃないか。あんたは川柳でも作っていればいい」
父親「誰がオーキド博士だ!」


建造ユニットが完成するまでの間、まさかの新兵教育
新兵教育については海上自衛隊を参考にしました。遠泳は海軍兵学校から続く伝統行事との事。遠泳をやらされた海自の幹部候補生は、日の光によって首から上は日焼けします。
艦娘はどうなのか?艤装のお蔭でしょう(多分)

それはそうと、艦娘や装備の図鑑は、ポケモン図鑑と同様に全て埋まりません(泣)。現在は8割止まりです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 深海吹雪

 夏休みは終わり、秋が深まる中、とある別荘では未だに作業をしていた。提督の父親による新兵訓練は無事に終わったのはいいものの、肝心の艦娘計画はまだまだだった

 

 

 

「実験レポート2045号、未来からノートにより無機物から有機物に変換するユニットは、まだ不完全だ。擬装だけが完成したが、肝心の艦娘は未だに出来ず」

 

「親父、カセットテープに録音するのはいいけど、完成はまだ先なのか?」

 

「科学の実験はトライアル&エラーだ。そう簡単に出来るならとっくに完成している」

 

 建造ユニットで資源と資材を投入したが、出てきたのは12cm単装砲だけ出て来たのだ。装備開発は成功した。しかし、それを扱う人である艦娘がいない

 

「本当に間に合うのかな?」

 

 時雨も段々と焦りを感じた。浦田重工業がイージス艦を売り始めるのは約3か月後。それまでに艦娘の建造を完成しなければ、無意味と化する。艦娘の有効性を世界に知らしめないと意味がない

 

「陸軍との連絡は?資金や物資の援助は有り難いけど、向こうは正体すら明かさない。使いがやって来て艦娘計画に気に入ったとしか言わない」

 

 提督は父親に聞いたが、彼はかぶりを振っただけだ。実は父親は1ヶ月前に陸軍に思いつく限り、連絡をとり艦娘計画を持ちだしたが、どの部隊も機関も全て断られた。陸軍に連絡をやめようとしたその時、一本の電話が鳴った。その者は特殊部隊の部下であり、艦娘計画に気に入った、だから肩入れしたいと言って来たのだ。初めは半信半疑だったが、資金援助どころか家の前に物資まで送られてきた。しかもトラック満載で。ある兵士が自分達の上官の命令によって送ったとの事。何かあったら今伝える電話番号に掛ける事。そう言った後、まるでアラビアンナイトに出て来る魔人のように物資と資金を家の前に置くとこちらの質問は無視して行ってしまった。流石の時雨もこれにはポカンとしていた。しかし、未来で見た陸軍将校と名乗る人物は、現れなかった

 

「残念ながら。しかし、気になる事がある。時雨。未来のせがれは、陸軍将校と仲が良かったと言うんだな?」

 

 時雨は頷いた。確か提督は陸軍将校と仲が良かった。提督は、それしか教えてくれなかった

 

「うん。でも、今の提督の知り合いに陸軍将校は居なかったんだよね?」

 

「ああ、少し気になった。知り合いなら陸軍将校にも接触するように書き記すんだが。意図的に書かなかった可能性があるな。特殊部隊か諜報機関か何かか。しかし、よく分からんな」

 

 提督も疑問に思っていた。そもそも、未来で陸軍将校とどんな関係だったのか?本当に『艦娘計画』に興味があったのだろうか?

 

「今、それを考えても無駄だ。分かっている事は、ワシの計画に賛同している者がいる事だ。利害の一致なのか、艦娘を何か利用しているのかのどちらかじゃろう。ヤバかったら未来のせがれのように小笠原諸島に逃げて研究しよう」

 

 父親は相変わらずだ。とりあえず、正体不明の支援者が、「艦娘計画」に肩入れしている。本来なら不可能と言われた事を可能レベルまで引き上げられたのだから

 

「よし、資源と試作資材をユニットに。2046号だ。始めろ」

 

 2人の妖精は敬礼をしユニットの中に入ると、作業を始めた。しかし、音は鳴れど肝心の艦娘建造の音がしない

 

「建造されていない」

 

「そうか。明石が欲しい所だが、それを手に入れるには建造ユニットを完成しないといけないとは。皮肉だな」

 

父親が苦笑いしながら呟いたその時、全く音が鳴らなかったユニットから音が聞こえて来た

 

「おい、いつもの音と違くないか?」

 

提督は声を上げた

 

「建造する音だ。やった。成功したよ!」

 

時雨は喜んだ。ようやく……ようやく艦娘の建造に成功した。歴史が変えるという重大な任務よりも仲間に会えるという嬉しさで一杯だった

 

「3分で建造出来ないのか?」

 

「カップ麺ではあるまいし、これでも凄い技術だぞ。少しは――」

 

 父親と提督が言い争いを始めたので、呆れていた。声を掛けようとしたその時、冷たい視線を感じた。今は艤装を装着しているため、即座に砲撃体制を取った。冷たい視線は、あの建造ユニットからだ

 

「どうした?」

 

「提督!博士!建造ユニットの中はどうなっているの?」

 

 提督と父親は困惑した。時雨はまるで建造ユニットが、熊か何か獣害な生き物かのように警戒している

 

「親父……何か様子が変だぞ?開発資材を間違えて入れたか?」

 

「そんなはずは……。だが、建造されているのは確かだ」

 

 2人も感じたのだろう。秋とは言え、残暑でまだ暑い。にも拘らず、真冬のような冷気が建造ユニットから出て来るのは何だろう?しかも、建造ユニットから殺気が出ている

 

「建造はこんな風だったか?」

 

「絶対違う」

 

時雨は即座に否定した。幾ら何でも、こんな事はあり得ない

 

「戦闘態勢を取れ!何が出るか分からん!」

 

何処から持ってきたのか、父親は猟銃である散弾銃と軍用の拳銃を持ちだすと、弾を込めて構えた。提督は父親から渡された拳銃を構えた。先の新兵教育で父親は、息子に拳銃の撃ち方を教えていたので扱いは分かる

 

「親父。未来の俺のノートには、こんな現象は無かった」

 

「もしくはワザと書いていなかったかも知れん」

 

 陸軍将校の件からだと、都合が悪いのを書いていないのか、それともただ失敗をしていただけなのか?

 

 時雨は分からないが、確かな事は、目の前の建造ユニットからはかつての深海棲艦のリーダーである戦艦ル級改flagshipと同等かそれ以上の殺気が溢れだしている。不意に目に激痛が走った。慌てて目をこすったが、その原因は己の汗だと分かった。今頃気付いたのだが、時雨は額だけでなく、背中まで冷や汗でびっしょりだった

 

 不意に建造ユニットの扉が開いた。出て来たのは先ほどの建造していた妖精だ。しかし、表情は尋常ではなく、指を指して口が震えており声が出ない

 

「来るぞ!」

 

 父親の叫び声で緊張が一気に広がる。しかし、建造ユニットの中は暗い。いや、床に何かが倒れ込んでいた。人型の女性らしき人が倒れていたが、様子がおかしい

 

「艦娘……じゃない!」

 

提督は悲鳴じみた声を上げた。時雨も息を呑んだ。これは何だ……?

 

 3人が恐怖で固まっている中、建造ユニットの床でうずくまっている女性が動いた。白い右手が動き、もう片方の手を見た時、時雨は悲鳴を上げた。左腕は人間の手ではなく、魚のヒレの様な赤黒い水かきだった。全員が息を呑み武器を構えている中、建造された艦娘ではない人が這うようにこちらに進んでいる。見た目は白いドレスを着た少女。しかし、皮膚は雪のように白く、頭にひび割れのような模様をした角がある

 

「おい、親父!深海棲艦を建造してしまったぞ!こいつ撃っていいか!?」

 

「撃っても無駄だ!通常兵器は効果ない!」

 

「僕が撃つよ!」

 

 時雨は素早く構え発射態勢に入った。12.7cm連装砲とは言え、この距離なら確実に当たる。発射する直前、時雨はハッとした。その少女が発した声に

 

「帰リタイ……帰シテ……」

 

怨嗟の声だが、聞いた事がある声。恐怖の他に懐かしいさを感じる

 

「吹雪……?」

 

時雨はその少女の顔を見た。顔だけでなく姿が似ている……

 

「時雨!何をしている!?早く攻撃しろ!」

 

 提督の怒鳴り声が聞こえたが、時雨は構わず武器を降ろして恐る恐る近寄った。相手も時雨の姿を認めたのか、弱弱しく立ち上がり、提督や父親を見向きもせず、時雨と対面した

 

「帰リタイ……帰リタイ…… 帰シテ……帰シテ……」

 

「吹雪なの?僕だよ。僕が分からない?」

 

時雨は恐る恐る聞いた。記憶が間違っていなければ、吹雪のはずだ

 

「シ……グレ……?」

 

「そうだよ!僕の妹の夕立や睦月ちゃん、そして如月ちゃんの事を気にかけてくれたよね?覚えていない?」

 

 勿論、期待はしていない。馬鹿馬鹿しい推測だが、やってみる価値はある。何か語り掛ければ、艦娘の姿になるかもしれない。勿論、根拠はない。推測で行動するのは無謀だが、無謀はとっくに慣れていた。時雨の言葉に、少女は頭を抑える。まるで子供のように悩んでいるかと思った

 

「ふぶ――」

 

「消エテシマエ」

 

 まるでそこが見えない暗闇のような、虚無のような声。それと同時に殺気が増した。白い少女はいきなり立ち上がると、時雨を押し飛ばした。いや、ただ押し飛ばしたのではない。トラックでも体当たりしたかのように飛ばされたのだ。時雨は壁にぶつかりそのまま倒れる。壁には跡が残ったが、頑丈な壁に凹みとヒビが入っている

 

「あ、あれが深海棲艦――」

 

「撃て!早く!」

 

 親父の声と共に拳銃と散弾銃の銃声が鳴り響いた。銃弾が白い少女に降り注ぐが、白い少女である深海棲艦は何もしない。にも拘わらず、銃弾は皮膚に貫通しない。全て跳弾している。血が流れないどころか、傷1つもついていない。白い少女は五月蠅いハエのように2人を見ていたものの、少女の歩く先はうずくまっている時雨に向かっている

 

「何で平然としてんだよ!化け物か!?」

 

「ファーストコンタクトに比べればマシじゃ!あの時は、戦車砲を片手で受け止めたのじゃから!」

 

「いいから何とかしてくれ!弾切れだ!」

 

 無理もない。駆逐イ級とは格が違う。平然と歩を進めていく白い少女が、提督の目には明らかに不気味に映った。まるで不死身のゾンビを相手にしているような、そんな恐怖を提督に感じさせられた

 

 そんな2人を他所に白い少女は近づきながら凍り付くような声で時雨に一歩、また一歩と近づく

 

「消エテシマエ!オ前モ!私ノ居場所ヘ!何度デモ沈メ!光ナド無イ!望ミナドナイ! 深イ海ヘ沈メ!ソウシテ、ダレカラモワスレサラレテ、キエテイケ………!!」

 

 時雨は起き上がったが、全身から鳥肌が立った。12.7cm連装砲を構えるが、引き金に思うように力が入らない。恐怖だからではない。ある考えが邪魔していたからだ

 

 あれは間違いなく吹雪……。見間違えるはずがない。未来で一緒に戦い、話し合った日々を。建造して初めて攻撃する事を躊躇ったのだ

 

しかし、何かが違う。外見だけじゃない?これは何なんだ??しかも、彼女の体型が異常だ。そして、あの白い少女は、こちらに一歩踏み出すごとに成長している!

 

 建造ユニットから出て来た当初は、幼い少女、暁と同じ身長だった。しかし、今では艦娘の吹雪よりも成長している。おまけにたこ焼きに似た艦載機まで出現させたのだ。こちらに向けて威嚇しているものの、深海棲艦化した吹雪は攻撃して来ない

 

 時雨は再び12.7cm連装砲を構え直したが、やはり手が震え引き金が引けなかった。今度は恐怖が襲った。相手が今まで見たこともない深海棲艦……。戦艦ル級改flagshipよりも恐ろしい存在であるのははっきりと解る。時雨の恐怖を感じ取ったのか、白い少女は威嚇を止め、今度は優しい声で語り掛ける

 

「頑張ラナクテイイ…前ニナンカ進マナクテイイ…」

 

白い少女は手を差し出す。まるで母親のように語りかけるように

 

 

 

「何とかしろ!早く!」

 

「今やってる!有機物を無機物に再び戻す方法だ。シンプルだが、これも実験でやった事が無い……」

 

妖精にハンマーを渡したが、彼女達である妖精は、震え命令を拒否している。博士曰く、『解体』らしい

 

「人間と同じく心臓の位置に中核となるコアがある。それを特殊な工具で当てると維持できなくなり、無機物になるが……。しかし、効果がない可能性もある」

 

「いいから早くやれ!時雨を死なす気か!」

 

 銃で効かない、時雨が戦闘不能状態では、父親が言う『解体』しか方法はない。2人の妖精は意を決するとハンマーを持ち白い少女に突撃した

 

 

 

「一緒ニ帰ロウ…」

 

「僕はまだ任務が…」

 

 未来の提督から託された任務。仲間の無念を、そして世界を救う事が僕の任務。しかし目の前にいる少女は、攻撃する気配などない。たこ焼きに似た艦載機も宙を浮かぶだけで、攻撃して来ない。しかし、白い少女が囁く声は、まるで甘い誘いかのように言って来る

 

「何度デモ、繰リ返サレル戦カイ…。時ヲ超エ…海ヲ超エ…想イヲ超エ…。何度モ繰リ返サレル。無駄ナ足掻キハヤメロ。オ前ノ居場所ハ私達ノ住ム所ダ」

 

「何処なの?」

 

 時雨は聞いたが、白い少女は指を時雨の額に近づけさせた。時雨は逃げようとしたが、後方は壁で逃げられない。白い少女の指が額に触るのを感じると同時に、目の前が真っ暗になった

 短い時間だったのか、視界は直ぐに回復した。しかし座っている場所は、部屋ではなく、何と赤い海の上だった

 

「変色海域…」

 

 時雨は思い出した。未来で深海棲艦が海を赤く染め上げている事を。それは艦娘の艤装を腐食させるだけでなく、海洋生物も生きていけない死の海となる事を。だが、身に着けている艤装は腐敗なぞしていない。これは幻影なのか?

 

そんな彼女の疑問を他所に、数メートル先に人影の集団があった。そして、見た。見たこともない姿をした深海棲艦を

 

 白い肌を持ち赤い目をした女性が沢山居る。しかも、威圧感が半端ない。博士が絵を見せてくれた2人の深海棲艦もいる

 

まさか……まさかこの人達が鬼・姫クラス??

 

だが、時雨はその人達の中からよく知っている2人の女性を見つけた

 

集団の中に、2人一体となっている深海棲艦を見つけた。恐ろしい存在だが、角や爪を除けば……あの姉妹に似ている

 

「扶桑……?山城…?」

 

 何で……何でこんな所に…?よく見ると、艦娘の姿に似た深海棲艦が何人かいる

 

「神通さん……瑞穂さん……照月……那珂……阿賀野さん…?」

 

まさか……深海棲艦の正体は……?近づこうとしたが、前に進めない。艤装が働いてくれない。その時、何処から来たのか白い少女は、時雨の前に現れた

 

「ドウ……貴方ノオ仲間モイル……。一緒ニ行こう。時雨ちゃん」

 

 怨嗟の声が段々と自分の知っている声に近づいていった。昔……正確には未来だが……もう聞くことは無いと思っていた声。間違いなく吹雪の声だった。顔もホラー映画に出て来るお化けのように脅かす顔ではなく友人として見る目、温かい目だった

 

「ふぶ――」

 

 声を掛けようとしたその時、白い少女は悲鳴を上げた。まるで氷が解けたかのように白い少女は消えていく。悲鳴と共にカーン!カーン!と鉄が撃ち込む音が聞こえた。時雨は眩暈と頭痛に耐え切れず、意識を失った

 

 

 

 

 

 目が覚めたとき、自分は白いシーツの敷かれたベッドの上で目覚めた事に気がついた。何が起こったのかを瞬時に思い出すと、素早く上半身の体を起こした。素早く辺りを見渡すと、提督と父親である博士が心配そうに時雨を見ていた

 

「大丈夫か?」

 

「吹雪は?」

 

提督の掛け声を無視して状況を確認しようとした。自分の事はいい。あの深海棲艦……いや、あの少女はどうなったのか?提督は黙っていたが、ゆっくりと話し始めた

 

「吹雪?君が話してくれた艦娘の1人か?でも、あれは艦娘ではなかっただろ?見間違えじゃなかったか?」

 

「どうなったの!?」

 

聞かずにはいられなかった。姿違えど、あれは間違いなく彼女。特型駆逐艦、吹雪型一番艦、『吹雪』だ

 

「解体した。有機物を無機物に――」

 

「どうして!?」

 

博士が説明するのを遮るように大声で問い詰めた。起き上がろうとしたが、提督に抑えられた

 

「どうして!吹雪を殺し――」

 

「いや、死んでいない。再び建造さえ出来れば、彼女は現れるのは可能だ。『解体』は殺害目的のものではない。艤装を無機物にするだけだ。ただ、あれは一体化していたから、全て無機物になってしまった。勿論、建造ユニットが完成すれば、君の友達である吹雪は建造可能だ。先程の出来事を覚えているかどうか分からんが」

 

博士がなぜこんなにも落ち着いて話せるか理解出来なかった。博士は理論が分かってからこその考えだろう。だが、時雨は理解出来なかった。だって彼女は……。殺していないのは分かったが、こんな調子だと建造出来るかどうか不安だ。時雨の不満に気付いたのだろう、博士は、謝罪のような口調で言って来た

 

「だが、違う姿にしてしまったのは私のせいだ。未来の息子の方が利口だ。私も若ければ……いや、もしもの話はやめよう。柔軟な発想がなかった」

 

「どういう事?」

 

時雨は博士の説明に戸惑いを感じた

 

「未来の息子――いや、君の知っている提督は優秀だ。ワシである父親のせいで、彼は孤独だっただろう。だが、現実から逃げただけじゃない。それなりの工夫をしていた。自分の経験を活かし、失敗してもくじけず前に進み、そしてワシを超えたんだ」

 

時雨の傍に座るとノートを見せた。理論や化学式が書かれたノートだが、何と注意書きがあった

 

「ワシは見逃していた。慎重だったのだろう。そして、理解をしている。学問や政治だけではなく、軍隊や戦争までも。だから、建造出来た」

 

博士はノートを閉じ、ため息をついた

 

「だからなのだろう。お前達、艦娘を敵である深海棲艦だけでなく、大本営や政治家から守ったのは。しかし、そんな優秀な指揮官は最新鋭兵器の前に敗れた。ワシは焦るあまりに視野が狭かった」

 

 厳しい環境で生き、かつ柔軟な行動が出来たこそなのだろう。確かに未来の提督は、アイオワと共にミサイルやジェット戦闘機などの最新鋭兵器の対抗策を行った。並大抵の覚悟が無いと指揮なんてやっていないだろう。崩壊した世界で、自殺未遂はあれど艦娘を最後まで見捨てなかった

 

「博士、僕は大丈夫。でも、約束して」

 

時雨は姿勢を正すと頭を下げた

 

「間違いは誰にでもあるよ。今回出て来たのは深海棲艦だけど、僕は確かに感じた。あれは特型駆逐艦一番艦『吹雪』だった。艦娘を建造出来るのは、そう遠くないと思う。後、もう一息だから」

 

 時雨の予想外の言葉に、博士は驚いた。彼は、非難されるのかと思ったのだろうか?

 

「あ、ああ。分かった。……そうじゃな、ワシも言い訳ばかりして逃げる訳にはいかんな。分析して作り直さないと」

 

 博士は立ち上がると部屋を出た。もう大丈夫だろう。提督もやれやれ、と言って肩をすくめた。親子関係も以前よりも改善された。歴史は変わったかどうかわからないが、時雨が知っている歴史とは違う道を進んでいるに違いない。提督は扉のほうを見ていたが、時雨に体を向けると聞いてきた

 

「ところで時雨、未来でさっきの深海棲艦を見た事あるか?」

 

「ううん。どうして?」

 

提督は手を顎にあてしばらく黙って考えていたが、やがて口を切った

 

「親父の話では、あれは名前は無いが、姫クラスだろうと。つまり深海棲艦のボスだ」

 

時雨は再び息を呑んだ。あれがボス?吹雪が深海棲艦になったというのか?

 

「艦娘が深海棲艦に似た存在かどうかはともかく、親父はあれと似た者と出会った。1つは『港湾棲姫』と呼ばれ、もう一つは『北方棲姫』と呼ばれた姫クラスだ。深海棲艦は船をモデルとなっているらしいが、片方は基地らしい」

 

「基地がモデルなら厄介だね。僕達艦娘でも立ち向かえるかどうか……」

 

時雨は平然と答えたつもりだが、内心では怖れていた。吹雪は駆逐艦だ。姫であの威圧なら、戦艦級や空母級はどれほどの力なのか?しかも、基地がモデルとなった深海棲艦をどう対処していいのか検討もつかない

 

「そうらしい。名前はこっちが勝手に呼んでいるから、本来の名前は知らんがな。だが、姫クラスが目撃されたのはファーストコンタクトだけ。それ以降、2人の姫クラスを見た者はいない」

 

 提督の説明に時雨は眉をひそめた。未来で率いた深海棲艦の司令官は戦艦ル級改flagshipだ。未来の提督では鬼・姫クラスを口にした事は一度もなかった。なのに……

 

「確かに可笑しい。今まではどうでもいいと思っていたけど」

 

「これは無視出来ない。もし、見つける事が出来れば好都合だ。もしかしたら、コミュニケーションがとれるかもしれない。場合によっては、交渉も停戦も夢物語ではなくなるだろう」

 

 時雨は微かに笑いながら首を振った。提督はからかうな、と言っていたが、幾ら何でも冗談が酷い。深海棲艦と対話出来て停戦出来てるならとっくにやっていると

 

 

 もし……もし、本当に提督が言っていた停戦が可能であるならどこまでだろうか?艦娘だけでなく、深海棲艦との共存は可能なのか?そして、艦娘は戦いだけでなく、別の道も開けるのだろうか?そうなると、艦娘が深海棲艦になってしまう危惧もなくなる。深海棲艦になった吹雪が見せた幻は、嘘ではないように思えた。証拠がないのだから

 

 しばらくの間、時雨は悩んだが、考えるのを止めた。これ以上、考えても仕方ない。これは提督の仕事だ。僕達、艦娘の仕事ではない。ただ、ほんの少しだけ希望を持てたような気がした

 

 




おまけ
吹雪「何でよ……何で……何でこうなったの?」
時雨(落ち込むのは当たり前だね。ストーリーのためとは言え、艦娘が深海棲艦化しちゃったから)
吹雪「何で……何で深海棲艦化した吹雪(私)は、胸部装甲がデカいの!」
時雨「え!そっちを嘆いていたの!?」
吹雪「当たり前だよ、時雨ちゃん!艦これ劇場版のあれを見た!?私、改二になってもスタイル変わらないんだよ!パンチラなんてネタ扱いだよ!深海吹雪の方がスタイルいいって、私……面子丸潰れだよ!どうすればいいの、これ!」
時雨「えっと(どうしよう……僕、改二なんだけど……)」
龍譲「ほんまや!うちなんか改二になっても未だにまな板やで!漫画などで散々ネタになってストレス溜るわ!」
時雨「ちょ……2人共怖いよ」
吹雪「時雨ちゃん、いいよね(ジト目)」
龍譲「もうヤケや!うちも深海棲艦になったるわ!(ヤケクソ)」
時雨「落ち着いて……流石にこれは、フォロー出来ないから」
吹雪・龍譲「「いいよね、改二になってスタイル良くなった艦む――」」
離島棲鬼「ウルサーイ!」
吹雪・龍譲「「!?」」
離島棲鬼「深海棲艦デモ胸ノ格差ハアルワ!元カラ貧乳デアル私ハドウナルノ!?港湾棲姫ノセイデ影ガ薄カッタワヨ!出番モ暫ク無クテ、周リハ『引キコモリ』ト言ワレタワヨ!アニメヤ映画二出テ、シカモネタ扱デ有名ニナッタダケデモ御ノ字ダロウガ!」
吹雪・龍譲「「贅沢言ってすみませんでした!!」」

建造ユニット完成したと思ったら……出て来たのは深海棲艦化した吹雪
原因は、まだ建造ユニットが未熟だったとの事。お蔭で初期艦の1人である吹雪が、大変な姿に……

アニメや漫画の世界において悪落ちした女性キャラが、普段よりもナイスバディになって、魅力的な(露出度が高い)コスチュームを着るのはよくある事(多分)

 艦これの場合、艦娘と深海棲艦の関係を匂わせる設定はありますが、両者比べると、深海棲艦の方がナイスバディのような気がする
 深海棲艦になれば、パワーアップする上に胸も豊かになる!しかも、艦載機までつく!
改二になっても成長しなかった艦娘達、レッツ深海化だ!

離島棲鬼……?影薄かったけど、強いから問題ないでしょう(適当)

最後に深海吹雪によって幻影で時雨が見た深海棲艦の姫は、海峡夜棲姫、軽巡棲姫、水母棲姫、防空棲姫、軽巡棲鬼です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4章 不穏な影
第34話 秋祭りと事故


ここからは4章です
後に付けます


 季節は秋になったが、この季節はあちこちで様々な行事が行われている。例えば、学校では運動会や学園祭。公園や山では紅葉狩り。田んぼでは稲刈りが行われている。まだ、深海棲艦も本格的な空路航路を封鎖していないため、配給制は行われていない。そのため、陸では平和だ。だが、この平和も時間が経てば見れなくなるだろう。父親も提督も時雨も艦娘の建造ユニットを何とか製造しているが、中々上手く行かない

 

 しかし、時期は迫ってきている。来年の冬には浦田重工業が新兵器を披露する。それまでに艦娘を誕生させなければならない

 

「仮に艦娘の建造が出来たとしても、世間にはどうやって広める?」

 

三人がリビングでお茶に休んでいる中、提督はポツリと呟いた。建造が出来たとしても、誰も評価しなければ意味がない

 

「未来の提督がやったみたいに東京湾にいる深海棲艦を殲滅させる?」

 

「いや、その時は浦田重工業は壊滅していた。今は健全だ。もっとアピールしないと」

 

提督はコーヒーをすすった。ただ駆逐するだけでは効果はないかも知れない

 

「艦娘をアイドルにするのは後の話だ。お前達2人にはここに行ってもらわないとな」

 

父親はある紙を差し出したが、2人は唖然とした

 

「おい、これはどういうつもりだ?」

 

 しかし親父からは何も返事は無い。それどころか今度はニヤニヤと笑いながら時雨と提督を見ている

 

「はぁ~。重大なお使いかと思ったら、近くの秋祭りに行けとか何考えているんだ?」

 

「いいじゃない?僕も興味があるし」

 

 アパートに戻った提督と時雨は、近くに神社で開かれている秋祭りに向かった。時雨は楽しみにしていた。当然だった。自分が建造する初めは、瓦礫だったのだから。一方、提督はというと頭を掻き呆れた顔をしていた。秋祭りなんて行く必要があるのか、疑問だった。将来、己の人生が悲惨であるのになぜこんなにも悠長な事をするのか?

 

「何で秋祭りに行かなきゃならないんだ?」

 

「そりゃ、お前さんの気分転換だ」

 

 秋祭りに行く直前、父親からの返事はそれだった。不満そうな息子の顔を見て、父親は答えた

 

「言い方が不味かったな。いつまでもそんなに悩んでいたら、成功するもんも成功しなくなる。世間では軍人は特別な存在だと思われているが、実際は違う。全員が銃持って戦う訳ではない。艦娘もそうじゃ」

 

父親はジャケットを着るとそのまま家を出た

 

「軍隊は特殊な仕事だが、24時間365日ずっと軍事訓練や勤務している訳ではない。運動会もあれば、宴会もやる。たまには息抜きしろ。時雨もこの世界をあまり知らない。だからせめて、思い出の一つでも作らないとな」

 

 父親の意外な言葉に俺は少し尊敬した目で見た。まさか、そんなことまで考えているとは思わなかったのだ。しかし、それは建て前だったらしい。ここで裏切る事になった

 

「それにワシは行きつけの酒屋に行かないとな。最近、行ってないもんだから顔を出さないと行けない。2人は楽しんで」

 

「おい、酒が飲みたい理由だけだろうが」

 

 俺が非難するより先に父親は素早く外に出た。俺は追いかけようとは思わなかった。不満はあるものの、確かに一理あるからだ。時雨も世界が崩壊する前の街なんて知らないだろうから

 

「凄い人の集まりだね」

 

「ああ、山車祭りと花火大会まであるからな。去年は行っていないから、どんな――」

 

「提督。聞いていい?」

 

俺が説明しようとしている最中、時雨が聞いてきた。真剣な表情をしている

 

「何だ?」

 

「山車祭りって何?」

 

人が賑わっている最中、二人の間だけは静かだった

 

「えっと?時雨。未来で祭りとか知らないのか?」

 

「ううん。こういう秋祭り、見た事ないから」

 

まるで常識を知らない子みたいな反応をする時雨に俺は、困惑した。しかし、それは仕方ない事だった。未来ではそれどころではなかったのだろう

 

「教えてやると、山車というのは――」

 

 提督から説明を聞いた時雨は驚きと戸惑いを感じた。だが、それは始めだった。今では目をキラキラさせて屋台や祭りを見ている。時雨は制服のような黒い服を着ているため、周りは女子学生と勘違いしているようだ。お蔭で一部からは羨ましいそうな目をする人がいたが、時雨はともかく、提督は何とも言えない気持ちになるのであった

 

こうして、時雨は過去の提督と秋祭りを回ることになった。

 

 父親の命とは言え仕方なく簪と学園祭に参加することになった提督。今の時雨は制服とカラーを揃えたキュロットの私服姿である。それに加えて、小さなリュックを背負っている。何でも提督の父親から渡されたものだとか。しかし、時雨は提督と秋祭りを一緒に回れることに心の底から喜び、内心舞い上がっていた。

 

(やった! ……提督と遊べる!……)

 

そんな時雨と比べて、提督自身も内心どうしてよいか悩んでいた。

 

 というのも、暫くの間は行っていない。小さい頃、近場で何回も行った事もあるし、イベントもしれていた。父親の事で友人は居なくなってから、誰かと一緒に回る事はないと思っていたが、まさかこんな事になるとは予想もしなかった

 

「提督、ど、どこ行こうか……」

 

どうしようかと悩んでいる彼を他所に早速時雨は聞いてきた。

 

その顔は赤くなりつつも嬉しそうに微笑み、可愛い表情をしていた

 

 普通の男性なら惚れるところだが、生憎、今の彼にはこういう対応はどうすればいいのか、分からない。こういうのは経験が全く無いからだ

 

「……好きな所へ行っていいぞ。俺はこういうのは苦手だ」

 

 彼の答えは行きたい所を譲っているように見えるが、別の方向から見れば明らかに投げやりな返し方である

 

 通常、こういう時は男性がエスコートするものであり、彼の反応はあまりよろしくない答えだった

 

 しかし、相手は建造されてから幾多の戦場を駆けずり回り、艦娘の中で唯一の生き残りである。それに加えて、常識というものを知らない。異性の付き合い方どころか人の接し方もよく知らない女子である。よって時雨にはこういう解釈になっていた

 

『俺は、どこにでも付いていくから安心して楽しんでくれ』

 

 どうやら、双方とも普通の生き方で無かったのが救いだったらしい。時雨は大いに喜び提督の手を掴むと、提督を半ば強引に連れて屋台の方へ行った

 

「おい、そんなに急がなくても逃げないから」

 

提督の呆れた声は時雨の耳に届かず、興味にある店を手当たり次第に行ったのであった

 

「お前……そんなに珍しいか……」

 

「だって初めてここに来たんだよ!」

 

 一時間くらい経つだろうか?満喫している時雨を他所に提督は半ば疲れていた。色々なものを買って食べたり、遊んだりしているのだから。はしゃぐ時雨を提督は、見守る事しか出来なかった

 

「娯楽は無かったんだな」

 

「そんなことないよ。でも、やる事は限られていたから」

 

 実際は、娯楽といえるものではなかった。未来では、文明が崩壊したためやる事は限られていた。瓦礫から戦争で使えそうなガラクタを集める副産物として色々なものが手に入った。シャンプーやせっけん、香水などが紛れていると艦娘達は喜んだ。チェスや将棋、トランプなど室内の娯楽用品も手に入れる事もあった。陸軍の兵士の1人はキリスト教徒がいたらしく、アイオワやサラトガなど海外の艦娘や少数の艦娘達は祈りをささげていたのが現状だった

 

「ここが灰になるのか……」

 

提督の呟きに時雨は黙っていたが、気を取り直して別の店に目を付けた

 

「提督、ここに行ってもいい?」

 

「ほどほどにしておけよ」

 

 提督は苦笑いしたが、内心では焦っていた。食事も買い物も全て自腹。流石に彼もこればかりは認識していた。大盤振る舞いしていたつもりだが、今では財布の中身は中破だ。これ以上行くと大破してしまう

 

 買い物も食べ物も満喫している2人は、山車を見ていた。種々の飾り物をつけた屋台の列を見た時雨は、こう興奮状態だった

 

「うわぁー!凄い!」

 

 時雨は提督と一緒にいられることに喜び、彼自身もそこまで悪くない気分で満たされた。いつもテレビで流れているものだったが、今は違う

 

「こんな楽しみ……ずっと続くといいな……」

 

 ふと時雨が口をした。自分はタイムスリップして歴史を変える任務。そんな重大な任務に、自分はこんな事をしていいのだろうか?扶桑山城や白露姉妹が見たら、怒られそう……

 

「焦らなくていい。歴史は変わるんだろ?」

 

 提督はカメラを構えると通り過ぎる山車の写真を撮った。時雨は、そんな彼を見ていた。まさか、カメラを持っているとは思わなかった

 

「似合わないか?」

 

「ううん。青葉みたい」

 

 尤も、提督が持っているカメラは、青葉が持っているのとは違う。二眼レフカメラであり、見た目がレトロなものである。提督は考え込んでいたが、カメラを時雨に渡した

 

「い、いいの?」

 

「これはもう中古品だ。生産中止されたから、今では珍しいものだ。これで思い出を撮れ。そして建造されるであろう本来の仲間に伝えるんだ。この国を守って良かったと」

 

 今の段階で建造されても、その艦娘に未来の記憶はない。当然、認識はしないだろう。だが、思い出は残る。世の中、デメリットだらけではない

 

「本当にいいの?」

 

時雨は念を押して聞いた。これは大事な物だったはず……

 

「ああ……俺には似合わない。もう写真撮る趣味はもう冷めたからな」

 

 この後、時雨は何度もお礼をしたのは言うまでもない。時雨は写真を撮りまくった。花火が上がった様子やお祭りの写真、そして提督とツーショット。流石に通りかかった人に頼んだが……

 

「フィルムは明日、カメラ屋さんに持っていけばいいだろう」

 

 祭りが終わり、2人は住宅街の通りを歩いていた。帰路につく中、提督は言ったが、時雨はそんな話を聞いていない。時雨は提督と一緒に秋祭りを過ごした。デートだったかどうか微妙だが、この日、簪にとって忘れない一日となったのは言うまでもないだろう

 

「提督、ありがとう」

 

「ん?まあ、俺も頑張らないとな」

 

 肩をすくめる提督。艦娘の司令官になるからには、責任は重大である。責任に押しつぶされて自殺するような未来は御免だ

 

「提督、僕は必ず――」

 

 時雨は言うつもりだった。悲惨な未来を食い止めるためだけでなく、笑顔で笑っていられる未来。白露達や西村艦隊の皆にも楽しませてやろうと。特に扶桑山城には味わって欲しかった。幸福を

 

 そんな中、トラックが1台、2人に向かって猛スピードで突っ込んできている。いや、車のヘッドライトの光に気づいたが、このトラックは何と真正面から、2人を避けようともせず、しかも全く減速せずに走っている。このままだと激突する!

 

「危ない!」

 

 時雨はとっさに、身動き取れない提督の襟首を掴んで、渾身の力で後ろに引っ張り、提督から貰ったカメラと共にトラックの進路の外へと転がした

 

 時雨に警告と共に投げ飛ばされた彼は分からなかった。ただ、トラックが2人がいたであろう所に突進していたからだ。いや、時雨だけ残っている!このままだと轢かれてしまう!

 

「おい!逃げ――」

 

 声を掛ける間もなく、トラックは時雨と激突。時雨はトラックに跳ね飛ばされ、家のコンクリートの外壁に体を打ち付けられた

 

 彼は急いで立ち上がった。そんな……!時雨を助けるため前半分がペシャンコになったトラックに駆け寄ったが、数歩歩いた所でトラックが盛大に爆発を起こした

 

爆発物でも搭載していたのか?

 

 爆風と炎で彼は、再び離れる羽目になった。近寄ろうとするが、炎の熱さで近寄れない。周りの家は何事かと騒いでいた。普通なら救急車や警察などを呼ぶべきだが、彼にそんな頭は無かった

 

余りにも突拍子もない出来事に現実を呑みこめず呆然としていた

 

「時雨……」

 

まさか、彼女は死んだのか?

 

「時雨、嘘だろ!おい、返事してくれ!!」

 

 悲痛な声を叫ぶが、当然、返事は帰って来ない。提督はトラックから燃え盛る炎を凝視したままだ。虚脱感が襲ったのか、膝をついた

 

 もう助からない……。恐らく、死体も原型を留めていないだろう。やっと、お互いを解かり合えたのに……こんなのあんまりだ!

 

 ただ、彼は1つ誤解していた。相手が普通の人間だったらそうだろう。彼は忘れていた。彼女は軍艦である事に

 

 燃え盛る炎のトラックから物凄い金属音が聞こえた。初めは炎によって崩れる音かと思った。しかし、金属の破片が焼け落ちる音ではなく、投げ飛ばす音がするのはなぜだろう?次に炎から人と思われる輪郭が浮かび上がっていた。そして、炎の灯りで姿がはっきりと見えた時、彼は驚愕した

 

 服が破れおり、そこから肌が出ているが、なぜか怪我はしていなかった。いつから装着していたのだろうか?破壊されいたが、間違いなく艤装である。怪我もなく、五体満足で近づく時雨を見て、始めはゾンビか何かだと思った。しかし、彼女から発せられた言葉は単純明快だった

 

「提督、大丈夫?」

 

「いや、それはこっちのセリフだ!」

 

 彼から見たら、驚愕な場面だ。トラックに引かれて、大爆発をモロに食らったにも拘わらず、なぜ服しか破れていないんだろう?尚、彼女の服から見えそうな部分があるのだが、今の彼にはそんな余裕はない

 

「リュックに艤装を入れていたのを展開させただけ」

 

 実は提督の父親は、万が一のために艤装を持っていくよう言ったのだ。と言っても、人通りに武器を晒す訳には行かない。艤装をコンパクトにした結果、リュックに入れれるくらいの大きさになった。紐を引けば自動的に展開出来るため、即応できる。それに加えて、彼女は戦場にいた身だ。素早い行動のお蔭で被害を抑える事に成功した。尤も、今の彼女は中破だが。しかし、トラック程度の体当たり程度では艦娘を倒す事は不可能だ。駆逐艦がトラックに負けるわけにはいかない!

 

「提督、悲しんだ?」

 

「当たり前だ……」

 

 時雨が無事なのを素直に喜んでいいのか分からない彼だったが、とりあえず、警察や野次馬が来るまで何とかしないと……

 

この後、2人は事情聴取に相当苦労していたのは、言うまでもない

 

 事情聴取をした2人を帰した刑事は、首をひねった。この交通事故は、謎だらけだ。被害者2人の内、1人の少女が服しか破れていないのには不審だったが(艤装は時雨が上手い具合に隠した)、それよりも事故を起こしたトラックに疑問があった

 

 何が不自然だったか……それは、運転手がいないのだ。消火活動を終え、早速調査したが、死体はゼロ。死人がいないのは有り難いかも知れないが、こんな事はあり得るのか?衝突直前に運転手が飛び降りたにしては、おかし過ぎる。被害者2人は否定している。しかも、このトラックは何と盗難車という事だ。ガソリン満載したドラム缶を沢山詰め込んで

 

 盗まれたトラックがガソリンを沢山積んで、無人で走り事故を起こした、なんて報告書に書けるか!

 

 捜査員が必死になって3日かけて調べたが、結局は愉快犯による仕業として幕を閉じた。本来はこんなずさんな捜査の結果を出すべきではない。しかし、今回は原因が全く分からない。確かなのは、犯人が何を考えて事故を起こしたのかが分からなかった。通常、犯罪というのは何かしら目的があってやるものだ。今回はそれが全く無い。男女殺害を目的にしては、余りにもおかし過ぎる。警察が首を捻るのも無理は無かった

 

 しかし、提督も時雨も気付いていなかった。事故現場から数キロ先にある人影が監視している事に。その者は、事故が起こる初めから最後までずっと観察していた。暗殺するつもりが、予想以上の結果を見つけられたのだ。やはり、あの彼女は……

 

直ぐに現場から立ち去り、誰もいない路地に入ると無線を繋ぎ、相手に報告した

 

「こちらホテルワン。兵器は完成していた。繰り返す。兵器は完成していた」

 

『ご苦労。退却しろ』

 

その者はその命令に不服だったが、イラついた声を出さずに淡々と返信した

 

「了解、『主』」

 

 簡単な返事をすると、その者は闇に消えた。トラックによる事故は、ただの事故でないことを気付く者は誰もいなかった




おまけ
提督「いや、本当にありがとう。トラックに轢かれなくて良かった」
時雨「轢かれたら死んでいたね。危なかった」
提督「ああ、危うく別世界に連れて行かれる所だった。主にファンタジー世界にな。犯人は分かってる。自称神様に違いない」
時雨「……それ、ネタにしていいの?」
提督「神様から変な力貰って犯罪紛いの事なんてしたくないわ!それに元の世界に戻れない謎の法則だってあるんだからな!」
時雨「とりあえず止めよう。色々と不味いから(多分……)」

???「チッ!折角、魂を誘拐し別の世界に転生させて放り込めたものを!大抵、チート能力を与えたら、こちらの殺害を感謝されるはずが!あの艦娘、よくやる!」


ある雑誌や漫画で二眼レフカメラを携えた時雨を見て書いてみました。あの二眼レフカメラ、何処から手に入れたのか謎ですね。あれは年代物ですから。提督が与えたのでしょうか?
そして、最後で謎のトラック事故。ネット小説でトラックで事故と言ったらトラック(神様)転生
別方向から見ると『トラック転生未遂事件』です。時雨も提督も危なかったですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 想定外

 家に帰り、今まで起こった事を父親に経緯を説明したが、父親の言った言葉は風呂に入れだけだった。俺は驚いた。なぜ、風呂なのか?怪我を調べるか手当てかと思いきや、まさか風呂に入れだった。そして、時雨も異論を唱えることなく、当たり前のように「はい」と答えただけで父親に言われた通りに部屋の奥に入る

 

「入渠は、今で言うドックだ。彼女達のドックは風呂だ。艦娘用の風呂を造ったのにも気付かなかったのか?」

 

「……風呂に入って治る方が凄いと思う」

 

 実は艦娘の運用については、未来の俺のノートに書かれていたが、どれも信じられないものばかりだ。先の補給もまさか燃料と弾薬を食べるとは思わなかった

 

「兵器は手入れしないと機能出来ん。有機物……生命体になった以上、別のやり方でバックアップしないと」

 

「見慣れるのに時間かかるな」

 

 予備知識があったとはいえ、やはり驚いてしまう。しかしトラックにひかれて、かつ爆発に巻き込まれても服が破れて艤装が壊れるだけというのは納得しなかった

 

「だけど、未だに信じられないのは何でトラックにひかれてもピンピンしているんだ?人外過ぎるのも程があるだろう?」

 

「何言っとる?駆逐艦がトラックくらいでやられるか?当たり前だろ?」

 

 父親から見れば、この現象は当たり前だと呆れて言われるだけだった。しかし、見た目は少女。確かに深海棲艦をやっつけてくれる頼もしい存在だが、トラックにひかれても五体満足で生きているのはなぜか納得出来ない

 

「その内、慣れる」

 

「……そうなんだ」

 

 約4時間後、今と変わらない姿をした時雨が再び現れた。俺は再び無事を確認して安堵したのは別の話

 

 

 

 季節が冬に入ろうとしている最中、驚くべきニュースが入って来た。何と浦田重工業がイージス艦を完成させ、しかも日本だけでなく全世界に売ろうとしているというニュースだ

 

『……遂に人類の希望と言われるイージス艦が完成しました。日本の技術力が、世界を救うのです。浦田社長は、帝国海軍に売却すると同時に各国の海軍に引き渡されると言う事です』

 

どのチャンネルもイージス艦と浦田重工業を讃えるニュースばかりだ。大本営も「これは素晴らしい軍艦だ」とばかり言っている。国民が熱狂する中、ある集団だけは違っていた。時雨と提督だった

 

「どうなっているの?未来に書かれている事よりも2ヶ月より早く完成している」

 

時雨の疑問はご尤もだ。幾ら何でも早すぎる

 

「時雨が着いてから未来が変わったにしてはおかしい」

 

 歴史改変は簡単か難しいか分からない。バタフライ効果みたいに僅かな変化で未来が大きく変わるか、小川に石を投げたからと言って川の流れが変わらない。まだ行動もしていないのに、ここまで変わるのだろうか?

 

「分からん。考えられる事は2つだ」

 

父親は言葉を選ぶかのように慎重に言った

 

「1つは、時雨の未来と我々がいる過去の時系列が違うと言う事だ。似ているが、違う過去の世界と言う事だ」

 

「つまり、僕は過去に似た世界に着いたって事?」

 

時雨は愕然とした。これでは、仲間達を救う事にはならない。歴史改変ですらない

 

「もう一つは?」

 

時雨が反論する前に、提督が父親に聞いた

 

「もう一つは……時雨が現れた事で既に歴史が大幅に変わった可能性が」

 

 父親は苦虫を噛みしめたような顔をし、時雨も提督も唖然とした。前者はともかく、後者になると厄介だ

 

「変わって……どう見ても最悪な方向に進んでいるだろ!どうしてこうなった?」

 

「分からん。なぜ、こうなったのかは?兎に角、何か手を討たなければ」

 

 父親は部屋を歩き回って必死に考えていた。こうしている間も、テレビは浦田社長のインタビューが写し出されていた

 

『……おめでとうございます。どの国家も企業も完成出来なかった対深海棲艦の兵器の開発に成功しましたね。既に実験も成功したと聞いています』

 

 リポーターは社長を持ち上げるばかりだ。しかし、浦田社長は喜びもせず真顔で対応していた。対応も会社の信頼を得るためだろう

 

『どうも。でも、真の成功者は浦田重工業の従業員です。誇らしいものですよ』

 

 バックには何隻ものイージス艦が並んでいるのを見ると、インタビューの場所は港だろうか?

 

『しかし、帝国海軍に最新鋭兵器を売るだけでなく、各国にも売却するという方針ですか?』

 

『その通りです。今は国家が対立する時ではないのです。ただ、イージス艦を操艦出来ると思われる国のみ売るつもりです。既に候補は上がっていますし、相手国も連絡済みです』

 

 余りの手際良さだ。テレビを見ていた時雨や提督だけでなく、社長の隣にいるリポーターも驚くばかりだ

 

『それでは、噂は本当だったのでしょうか?政界進出もお考えで?』

 

リポーターの質問に浦田社長は、初めてにこりと笑った

 

『議論よりも行動です。なので、私は国会議事堂には行きません』

 

浦田社長はカメラの方へ向けると喋り始めた。まるで、宣言するかのように言い放った

 

『皆様はご存知でしょう。政府や大本営は、常に議論ばかりしているだけで行動が遅い。官僚の悪い所だ。その他にも得体の知れない市民団体は、愛国心だの平和だの言っていだけで騒ぐだけの政党か某国の操り人形だ。決してバカにしているのではないぞ。操り人形にしては、よく働いている。それに対してわが社は机上でやり合うのではなく、行動を起こしたまでの事。どちらが優れているか、既にお判りでしょう。多国籍軍の敗北、そして深海棲艦と戦って命を落とした人達に顔向け出来ない。私なら出来る。この最新鋭兵器、イージス艦で。これが日本の、そして世界の未来なのです』

 

 この後、浦田重工業の本社では、一部の政治家からは勿論、極右や極左の団体から抗議の電話が鳴り響いたというのは別の話

 

(イージス艦……どうやって手に入れたか知らないが……まるで自分の手で作ったような言い方じゃないか)

 

 提督は不機嫌だった。アイオワによって書かれたノートには、別世界とは言えアメリカが開発した兵器だ。なのに、まるで自分達が造ったような言い方をしている事に、不満だった

 

一方、父親は時雨にある提案を持ちだしたが、時雨は余り乗る気にはならなかった

 

「いいか、こちらも艦娘計画が成功したと大本営に伝える。これなら、出来るじゃろう」

 

「でも、建造ユニットは完成していない。嘘がばれたら終わりだよ」

 

 父親曰く、デモンストレーションで艦娘が深海棲艦を倒す光景を見せるという訳だ。では、肝心の艦娘はと言うと時雨である

 

「建造ユニットはもう少しだ。このままだと、深海棲艦はイージス艦の技術を自身に取り込むじゃろう。ライバルとはいえ、科学技術が盗まれるのには耐えられん」

 

「分かるけど、上手く行くの?」

 

 このままだと深海棲艦は浦田重工業を襲い、軍事技術が盗まれるだろう。相手が相手だ。諜報という生温い手段ではなく、力ずくで奪われるのだ

 

「ワシが大本営のお偉いさんと話す」

 

「海軍大将と話しても無意味だ。ノート見ただろ?」

 

 話を聞いていた提督は呆れるように言った。未来のノートに書かれている海軍大将は、艦娘が最新鋭兵器を持つ深海棲艦に敗北すると本性を露わにした。元々、浦田重工業を絶賛していた人だ。自慢の軍艦が訳のわからない勢力に一方的にやられば、新たな軍艦が欲しいと思ったに違いない

 

だが、提督の予想とは全く違っていた

 

「海軍大将ではない。統合参謀長の元帥だ。士官学校では先輩だった人だ」

 

「統合参謀長って……最近、出来たばかりのポストじゃないか。凄い」

 

 時雨はともかく、提督は驚くのも無理もない。アメリカでは、陸海軍そして最近になって創設された空軍を統括する統合参謀本部議長に値する。一方、日本では陸海軍はとても仲が悪かった。いや、ただ仲が悪かったというものではない。何しろ、国防予算の分捕り合戦から新兵器開発の角逐が凄まじく、深海棲艦との戦いも、海軍は国内でもう一つの相手と戦っていると言われたほどだ。一部の人では、アメリカのような指揮統括するという話は上がっていたが、思うように実現出来ない。最近になって目が覚めたのかようやくポストが出来たが、果たして効力はあるのかどうか

 

「今は元帥になっておる。あいつは艦娘計画を容認していたが、海軍大将を始めとする多くの将官は大反対してな。そこなら、話は……」

 

「でも、多数決で反対されたら意味ないだろ?」

 

「いや、未来のお前でも会っている。深海棲艦が米英を攻撃している時期だ。お前の要求が、通った時にいた」

 

そう言えば、ノートに米国軍人と共に訪れたと記述があったような。艦娘計画のノウハウを輸出しようと持ちだしたと書かれていた

 

「元帥は柔軟な人だ。ワシが艦娘計画が成功したと伝える」

 

父親の発言に、時雨も提督も顔を見合わせた。まだ、建造ユニットは完成していない。父親が何を考えているのか検討がついた

 

「おい、まさか時雨を建造艦として紹介させるのか?」

 

「僕は別にいいけど、完成していない事がバレてもいいの?」

 

未来から来た時雨を『建造した艦娘』として紹介するというプランだ。これなら、時間は稼げるかも知れない。だが、最善とは言い難い。もし、元帥が「建造する様子を見せてくれ」と言われたら終わりだ

 

「だが、他に方法が思い浮かばない。信じてくれ」

 

父親の提案に時雨も提督も渋々と容認した

 

 

 

 とある喫茶店では、賑わっていた。決して有名店ではない。しかし、デートで来る男女や帰宅途中に寄り道して入る学生達などが多くおり、客足はあった。雑談で騒がしい店内に、ある席だけは静かだった。その者は軍服を着ており、階級は元帥だ。だが、護衛も部下もいない。元帥はため息をつくばかりで、注文した和菓子とコーヒーが着ても、手をつけようとしない

 

 最近は頭の痛いばかりの事が起こっている。彼の仕事は、軍を統括する指揮官である。馴染みやすく言えば、組織を束ねる重要なポジションと言えばいいのだろう。元帥という軍のトップに就いたものの、仕事にやりがいがない。それどころか陸海軍との間でいがみ合う事態までなって来ている。これは流石に不味い。命令系統が機能していない組織ほど弱く脆い。相手が敵国だったら、この期を逃さず攻撃されていただろうが、幸か不幸か相手は正体不明の軍団である。流石に、正体不明の軍団である深海棲艦に対して今のままのやり方は不味いため、統合参謀長というポストを作ったが、組織と言うのはそう簡単に変わる訳ではない

 

 幼い頃、昇進して組織を率いて国を守る立派な組織の長になりたい、という入隊していた頃の気持ちは何処へ行ったのだろう?もう定年までこの管理職でやっていこうという諦めがあり、今では軍を辞めて政界進出に就きたいという意欲すら失われた。政治家になっても得は何一つない。あるとすれば、威張れるくらいだ

 

 頭痛の種は、軍内部だけでない。外部からだ。特にあの浦田重工業という民間企業。あの企業はどうやってやったか知らないが、浦田重工業に味方をする者が沢山いる。軍内部ならともかく、政治家や他社の軍需産業どころか海外まで手を伸ばしている。工業力や技術力が飛躍的に向上したのはいいが、幾ら何でも上手く行き過ぎている

 

 そして、浦田重工業は考えられない事を提案したのだ。それは、最新鋭兵器であるイージス艦を他国に売却するというものだ。普通、苦労して開発した最新のハイテク兵器を気軽に売る国はいない。だが、浦田重工業は違った。ハイテク兵器であるイージス艦を軽々と欧米に売ろうとしていた

 

元帥は海外に兵器売却を止めさせようとしたが、浦田重工業の社長は聞く耳を持たなかった

 

 

 

「幾ら何でもやり過ぎだ。深海棲艦を倒すためとは言え、他国に武器を売ろうとするなんて。もし、米国が裏切って日本に攻撃する可能性が――」

 

「可能性?それはありませんよ。米国も太平洋や中国大陸を手にするどころか、自国の分裂に危機感を持っている。噂では、南北戦争がまた起こるとの事です」

 

大本営の作戦会議室で浦田重工業の社長を呼び出したが、議論は平行線だった

 

「しかし、国会の承認なしで最新のハイテク兵器を売るのは不味い。深海棲艦を倒したとしても、次の時代は最新鋭兵器を使った人類同士の戦争だ。貴社の兵器は、確かに素晴らしい。だが、やっている事は敵に塩を送るようなものだ」

 

 元帥の考えはある意味、正しい。深海棲艦を撃破出来ても、待っているのは人類同士の戦争だろう。世界大恐慌が襲い、更には欧州では不可解な事件がいくつも起こったため、欧州は情勢が不安定だ

 

「その心配はありません。対策済みです。それに何より、多国籍軍の仇を討つ絶好のチャンスだ。決行する」

 

「いつから米国やソ連などの列強国が、紳士的で真に平和を愛する友好国だと思っている?奴らの国々は、猫を被った狼だ。隙さえあれば、こちらの有利に立とうとする国ばかりだ。深海棲艦のお蔭で、圧倒的な工業力を持つ米国との軍事衝突は免れたが、将来起こらないという保証はない」

 

 元帥は考えられる最悪の事態を述べたが、浦田社長は呆れ顔で聞いている始末だ。普通はそんな態度をすれば罵倒されるか殴られるかのどちらかだが、残念ながらその場にいる海軍大将や陸軍大将などの将官は元帥の味方ではない。浦田重工業の味方をしている

 

「浦田重工業は民間企業だ。『ハイテク兵器を外国に輸出してはいけない』という法律はあるですか?この議論もバカバカしくて話になりません。そもそも、あなた方は日本のために何か貢献したのですか?世界大恐慌の危機から救ったのは誰です?軍の暴走を止めたのも?疫病による差別を無くしたのは誰です?貴方ではない。わが社だ。日本を心配するのは結構ですが、国の方針が酷いとしか言い表せない」

 

浦田社長は、ポケットから紙を取り出すと読みだした

 

「また軍が所有する軍事技術が劣悪だった事に、私はあきれ果てました。他にも精神論で何とかなる、熟練の技術者を一般兵士にさせる、私刑が多数ある、予算の奪い合いなど。私は言いましたよね。そんな夢物語やプライドみたいな非現実的な思考よりも科学力を向上させた方が日本を豊かにできると。威張った所で、相手が負けを認めますか?わが社が経営している民間軍事会社の力は、御宅らの軍隊よりも強い。演習で身に染みたでしょう。米国と戦争しなくて良かったです」

 

 社長の嫌味の発言に、元帥は顔をしかめた。浦田重工業は何もモノ作りの会社ではない。警備会社を経営している。民間警備会社は聞こえがいいが、実体は民間軍事会社であり常設軍である。しかし彼等が持つ兵器は、どれも目を見張るものだった。演習に参加した陸軍の師団や海軍の陸戦隊が、蒲田警備会社の一部隊にコテンパンにやられたのだ。更に、治安維持など成果を上げているため、若い人達は軍ではなく、浦田重工業が経営する民間警備会社に入る者が多かった

 

 帝国軍のプライドを踏みにじった浦田重工業のやり方に軍は怒り狂っていたが、今ではほとんどの者は浦田重工業にべったりである

 

 どうやって頭の固い軍の上層部を味方にしたか?その答えはシンプル。金である。「金の切れ目は縁の切れ目」と言われる事もあるが、その逆もある。賄賂、新兵器、科学技術などを帝国軍の将官や兵士達に流していたのだ。初めは浦田重工業の兵器を持つ者の処分、つまり魔女狩りのようなものが行われたが、最先端の科学技術と金の力の前には敵わなかった。国体の否認を目的とし、共産主義活動などを抑圧した治安維持法も、浦田重工業のやり方にはほとんど通用しなかった。浦田重工業に同調する者は警察や特高だけでなく、軍内部どころか政治家まで浸透したのだ。これでは、機能しないのも当然である

 

元帥は歯を食いしばると、強気の姿勢で言い放った

 

「いいか。これ以上、国の命令を無視するなどと――」

 

「元帥殿。浦田重工業は、何も反体制勢力でも非国民の集まりでもありません。日本を発展させた企業が、米ソのスパイである訳がありません」

 

 今度は海軍大将が、なだめるように言って来た。元帥は、言葉を切り辺りを見渡した。海軍大将の意見に頷く者が多かった。同期や後輩である将官までもだ

 

「よろしい。では、12隻のイージス艦隊を二分割させます。第一艦隊は早速、深海棲艦の巣であるトラック島とハワイに向かわせます。ワームホールの地点を制圧したのが確認された後に、第二艦隊は米国に向かわせます」

 

浦田社長は、立ち上がると扉の方へ歩いていく。まだ会議中であるが、浦田社長はお構いなしだ。にも拘わらず、周りは誰も止めようとしない

 

「それは国会が――」

 

「私が承認する!私は帝国軍人ではない!」

 

 元帥が立ち上がったが、浦田社長は話は無用とばかりに話を終わらせる。浦田社長が去ると、周りの将官までも立ち上がり帰ろうとする

 

「お前達!いくら日本に貢献したからと言って、こんなやり方を見過ごすのか!」

 

「元帥殿、時代は変わったのです。これからは、議論よりも行動ですよ」

 

 海軍大将はあっさりと言ったが、浦田社長のフレーズをそのまま言っただけである。元帥の威厳は、既にないのも同然だった

 

 

 

「くそ!」

 

 元帥は数時間前の会議を思い出し、イラつき机を叩いた。コーヒーと和菓子はこぼれなかったが、皿やカップは大きな音を立てた。元帥のイラつきに何人か振り向いたが、直ぐに目を離す。彼等からしてみれば、ただの中年の軍人が仕事で何か嫌な事があっただろうという事だけしか見えない。軍人というのは、特殊な仕事という訳で市民がそこまで畏まる事はない。そんな元帥の所にある人が近づいてきた

 

「お久しぶりです、元帥殿」

 

「中将……いや、大佐。君とはもう合わないと思っていた」

 

 提督の父親である博士は、この時は軍服を着ていた。ただ、本来あるべき中将の階級章はなく、今は大佐をつけている。博士は座ると元帥は真っ先に言った

 

「1分やる。連絡をしたからには何か重大な事だろうな?」

 

「では、単刀直入に言います。『艦娘計画』の再考をお願いします。計画さえ成功すれば、深海棲艦を倒す事が出来ます。ですから――」

 

「もういい。その計画は凍結された」

 

 元技官の説明に元帥は口を挟んだ。いや、元帥は予測していた。大佐の話は、大抵これだけだ

 

「いいか、先輩として言わせてもらう。もう無理だ。大本営は、そんな魔法やおとぎ話よりも科学や物理学である最先端の兵器を選んだ。もう諦めるんだな」

 

 元帥は軽い吐息とつくとコーヒー飲んだ。そう、『艦娘計画』が凍結されたのは既に決定された事だ。以前もそうだった。艦娘計画を提唱した中将は、『狂人』という烙印を押されてもしばらくは粘ったが、妻と息子が去ると抵抗はせず素直に処分に従った。風の噂では密かに研究をしていると言われているが、支援もなしで研究なんかできる訳がない。話を切り上げようとしたが、相手は思いがけない事を言った

 

「艦娘計画は成功しました」

 

元帥は、口からコーヒーを危うく噴き出すところだった。何とか呑みほすと男性の前に目を移した

 

「な、何?」

 

「本当です。実験は成功です」

 

 元帥は信じられない顔をした。提督の父親である大佐は、余りの呆気ない顔に笑い出しそうだったが、彼は上司だ。顔を出さずすかさず進言した

 

「建造出来たのは、白露型の駆逐艦娘、時雨です。残念ながら、試作段階である建造ユニットは、システムダウンしてしまいましたが、修復は可能です」

 

「そうか、それはおめでとう」

 

大佐は、眉をひそめた。褒めるには、余りにも素っ気ない言葉だった

 

「元帥、どうかご再考を」

 

「大佐、すまない。先程言った通り、大本営は浦田重工業の兵器を選んだ。既に深海棲艦の巣であるトラック島やハワイに向けて、出港準備中だ」

 

 元帥は首を振ると、ウェイトレスに追加注文を頼んだ。大佐は焦った。このままでは、破滅の未来の二の舞いになってしまう。深海棲艦は最新鋭の技術を手に入れ、艦娘は海に沈められる。息子は責任に押し潰されて自殺してしまうだろう。これでは、未来からの警鐘が無意味となってしまう

 

「元帥、ワシ……いえ、私は深海棲艦を倒すために研究しました!それを――」

 

「大佐の気持ちは分かる。だが、これは決定事項だ!」

 

元帥は力強く言った。大佐は注文したコーヒーが来ても、飲まずに粘り強く言った

 

「元帥!あんな企業を国防まで任せる気ですか!確かに私の研究は欠点ばかりだ!しかし、あの兵器は浦田重工業以外に造れるのですか!嫌な予感がします!」

 

 父親はノートを読んだが、深海棲艦がイージス艦を含む浦田重工業が持つ軍事技術を奪われた事しか知らない。しかし、残念ながら、それはまだ起こっていない

 

「大佐、誹謗中傷は控えろ!諦めるんだ!」

 

 提督の父親は、俯き目を泳がせた。だが、元帥は慰めもせず、和菓子とコーヒーを平らげるとある言葉を言った

 

「大佐……これは先輩である個人の話だ。……今更……いや、大分前からあの企業のやり方に不信感はあった。現在、ある極秘部隊に調査を依頼している。だが、期待はしないでくれ。何か言いたい事は?」

 

「極秘部隊?」

 

大佐はポカンとした。元帥は……いや、先輩は何をしているのだろう?

 

「大佐、敵は外だけではないという事だ」

 

元帥の威圧に大佐は委縮した。彼等は幼い頃、士官学校で学んだ。そのため、上下関係は今もしっかりとしている

 

「ワシの推測では……浦田重工業は何か企んでおる……だが……」

 

「元帥に向かってタメ語を使うとは、随分と舐められたものだな」

 

大佐は慌てたが、元帥は気にせずにメモ帳に何を書き記した

 

「結構。コーヒー代はこちらが払う。それでは、失礼する」

 

元帥は立ち上がり、店から出る。残った提督の父親は、落胆はしていなかった。昔からとは言え、長年の付き合いの人間である

 

(やはり、あいつも……)

 

 極秘部隊が何なのか検討もつかなかった。しかし、元帥は何かしら調査している事だけは確かだった

 

 その極秘部隊こそが、『艦娘計画』を支援していると聞かされたら驚いていただろう。だが、元帥はその事を大佐に言わなかった。賄賂に似た行いを口にする訳にはいかないのだから




おまけ
提督「やっぱりおかしい。手足を吹き飛ばされるなどの大怪我をしても風呂に入れば完治するのはどうも……」
サイタマ「そうか?筋力トレーニングしていれば、どんな敵でもワンパンで片づける程の力を手に入る事が出来るから」
コブラ「毎朝コーンフレークを山盛り2杯食べていれば握力500kgだせたり、片手で2トンの金塊を持ち上げられるから」
(モンハン)ハンター「人が死ぬような攻撃を食らってもベットで寝れば治るだろ?傷だって回復薬を飲めばすぐに回復する。不思議がる事は無い」
ルーデル「朝起きて牛乳飲んで、朝メシ食って牛乳飲んで体操して出撃して、昼メシ食って牛乳飲んで出撃して、晩メシ食って牛乳飲んで出撃して、シャワー浴びて寝るという毎日を送れば、戦車を約数百両以上も撃破出来るって」
提督「よくよく考えて見ればおかしくないな。うん。戦争や争いが起きれば、人外が現れるのも無理ないか」
時雨「別にいいけど、僕達艦娘よりも人外の人達と比べないでくれない?後、最後の人はちょっと違う」


何やら不穏な動きが……
 陸海(空)軍の仲の悪さは、世界の軍隊を見渡せばよくある現象です。しかし、旧日本軍の陸海軍の仲の悪さは凄まじいものです。予算分捕りから新兵器開発まで火花を散らし、連合軍と戦うほかに国内でもう1つの相手と戦っていると言われたほどです
流石に今の自衛隊ではそんな事はしていませんが、四軍を指揮統括するアメリカの統合参謀本部議長にあたるポストはありません。……まあ、アメリカはああいう国ですから。と言うのも、陸海空軍それぞれ高度に特化された戦力を持っているため、陸軍(陸自)の指揮官が海軍(海自)や空軍(空自)の指揮を取る訳には行きません。軍事作戦する際に陸海空軍の総合戦力を編成する必要があるため、指揮系統の設定も格段に難しくなります

 本作品では元帥は陸海軍を指揮統括しています。と言っても、一枚岩ではなさそうです。おまけに浦田重工業のお蔭で混乱しています

 艦これSSでなぜか良くあげられる艦娘人外説。でも戦争や争い事が起これば、人外は誕生すると思います。サイタマ(ワンパンマン)もコブラ(COBRA)もハンター(モンハン)も過酷な環境に生きていけば人外になれます。現実だっていますから(ハンス・ウルリッヒ・ルーデルなど)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 駆除作戦と救難無線

 提督の父親が元帥と話している間、時雨は提督とどう公開するのか議論していた。空振りしないためには、何かしらアピールする必要がある

 

「僕の装備が良かったら、重巡クラスなら倒せるけど」

 

「だけど12.7cm連装砲B型改二は安易に使えない。魚雷で始末出来るか?」

 

 時雨は考えた。重巡以上の大型の深海棲艦を撃破させるためには、魚雷が一番だ。だが、基本的に無誘導の魚雷を動く相手に当てるのは並大抵ではない。赤城や加賀などが持っている艦載機、特に艦攻があれば便利だが、今は空母組がいない

 

「出来ない事はないけど、難しいね。単艦で多くの深海棲艦を倒すのは」

 

「時雨、1つだけいいか?」

 

提督は、深刻そうに聞いてきた

 

「この計画は変更すべきだ。幾らアピールだからと言っても無茶過ぎる」

 

 そう。アピールするためには、深海棲艦に対して有効である事を証明させなくてはならない。しかし、そのためには相当な数を倒さないといけない。しかも、イージス艦よりも優れているというのを

 

 選ぶ側から見れば優秀なものを選ぶのは当然だ。そのためには、時雨には無茶をやる必要性がある。しかも、バックアップも他の艦娘もなしで。時雨は改装され改二となっている歴戦の艦娘だ。しかし敵が弱いとはいえ、数の暴力でやられるかもしれない。戦争は犠牲が出るのは仕方ないが、ここで時雨を失うのは痛手だ

 

「僕なら大丈夫。それに、計画が上手く行ったら、仲間達と会える」

 

 正確には、過去の艦娘達と言った方がいいかも知れない。未来と一緒に生活していた艦娘と違うが、時雨はそんな些細な事は関係なかった

 

(この場合、もしかしたら……白露型の中で僕が姉になるのかな?)

 

 過酷なアピールを他所に時雨は、呑気にそんな事を考えていた。いや、緊張ばかりしても、身体に悪い事だけかもしれない

 

 別荘で妖精と一緒に建造ユニットを弄っている時雨と提督。何とかなったかも知れない。試運転には、父親である博士の立ち合いが必要だが、それ以外なら彼等では出来る

 

「資源から艦娘が建造されるだなんて、未来の俺は見慣れた光景なのか?」

 

「僕が建造された時は、さっさと戦え!って言われたよ」

 

時雨は妖精と一緒に弄りながら、思い出したかのように言った

 

「酷いな。女の子の扱いが」

 

「別に気にしていないよ。その直後に爆弾が降ってきたから」

 

「前言撤回だ。敵が酷い」

 

 建造された当時、外の世界は酷かった。時雨や白露達は、破壊される都市を目の当たりにし、衝撃を受けた。建造される娘は、『艦だった頃の世界』の記憶以外は何も知らない

 

(あの悲劇は繰り返さない)

 

 時雨はその事だけ考えていた。他の事を心配しても無駄だろう。2人が作業している途中で、博士は帰って来た

 

「親父、どうだった?」

 

提督が声を掛けたが、提督の父親は首を振った

 

「ダメだ。聞き入れて貰えん。新聞の記事に載せるしかない」

 

「記事に載せるって……艦娘は見せ物ではないぞ」

 

 博士はやつれていた。元帥との交渉は失敗したらしい。予想していたとは言え、やはり痛手だ

 

「方法がない。新聞社に行き、記事に書いてもらうようにする方が一番じゃろう」

 

「それではダメだ。そんな不確定要素では、ネタにされるだけで誰も振り向きもしない。別の方法を考えよう」

 

 提督は、ノートを開くと、かつて未来の提督がやっていた『東京湾駆除作戦』の項目を開いた

 

「本気なの?」

 

「それしかない。問題は艦娘が1人だけだ」

 

 未来の提督は、東京湾内にうじゃうじゃいる駆逐イ級を殲滅させた事で世間の注目させたが、今回はそれが難しい

 

「いいよ。この時代の深海棲艦なら僕一人で何とかできる。未来の世界と比べたら楽な任務だよ」

 

 あの恐ろしいミサイルやジェット戦闘機が現れる破滅の未来ではない。任務が厳しいのは幾度と体験している。それに比べて、今回の作戦の相手は駆逐イ級と軽巡ホ級ばかりいる東京湾を駆除するだけ。時間と補給さえあれば、容易いはずだ。駆逐イ級の攻撃もしれている。慢心さえしなければ撃沈されることはない

 

「時雨、何か勘違いしていないか?」

 

提督が時雨に釘を刺すように言った

 

「楽な仕事や任務なんてない。ただ、お前がここで撃沈される訳にはいかない。お前は、重要な戦力なんだから」

 

「提督。軍人らしくなってきたね」

 

 初めて会った時は、本当にクソガキだった。それが今では、しっかりとなっていた。人間というものは、柔軟性がある。個人差はあるが、提督が頭の固い人間出ない事に助けられた。尤も、提督がねじ曲がった性格をしているなら、艦娘を置いて逃げているか、早々に全滅していたに違いない。タイムスリップ作戦なんて思いつかなかったかもしれない。未来では挫けそうになった事があったとはいえ、最後の最後まで指揮している所を見ると、案外素質のある人間かも知れない

 

「色々と勉強したからな。戦術から兵器の特性まで」

 

 提督は父親を見た。父親である博士は、悩んでいた。確かに未来の息子の手段だと有効だろう。日本の首都近くで深海棲艦を片っ端から倒している姿を見せつけたら、自然と注目される。マスコミも軍も政府も無視は出来ないだろう

 

「親父……いや、大佐。よろしいですか?」

 

 博士はまるで驚いたかのように提督を見た。提督は別にからかって言ったのではない。作戦の許可を上官に求めているような口調で尋ねたからだ

 

「あ、ああ。分かった。だが……無茶はするな」

 

 浜辺に向かう2人を見送った父親は、部屋に戻るとソファーに座った。建造ユニットは、完成間際だ。しかし、浦田重工業はノートに書かれている日付よりも早く進めている

 

 己が深海棲艦に殺される事は、分かっている。しかし、深海棲艦に畏怖した訳ではない。自分は軍人だ。死ぬ覚悟は出来ている。だが、これから歩む未来は暗黒だ。研究を重ね誕生した艦娘を無駄死にさせたくはない。浦田重工業から奪った最新鋭兵器によって沈められるのは心苦しい。未来の息子が、悲しんだ理由は分かる

 

(しかし、妙じゃな……)

 

 未来の息子が、艦娘の時雨を送り込んだ。情報を沢山積んだハードケースを持って。もし未来を変えるのであれば、別の方法は無かったのか?建造ユニットのデータは送って来てくれたことには感謝しているが、戦闘記録が余りにも不自然だった。深海棲艦は、なぜ戦いを変えたのだろうか?姫や鬼はなぜ存在しないのか?軍事技術を奪っただけで軍団は、こうも変わるものだろうか?相手は人間ではないとは言え、激変するものだろうか?

 

 提督の父親は知らないが、イージス艦などの最新鋭兵器は未来兵器である事を知らない。提督も伝えていなかった。もし知っていたら、疑いはある確信に繋がっていたかも知れない

 

(考え過ぎか……いや、もう一度、調べるべきじゃ)

 

 時雨が持って来たハードケースは、こっちも持って来ている。あいつの事だ。何か策かあるかも知れない。しかし、ハードケースの中身は空っぽだ。ノートなどは金庫に仕舞い、厳重に保管している

 

「何もないか……」

 

 ハードケースに何も仕掛けられていないのを再び確認すると、父親は地下の倉庫に持って行った。何か仕掛けはあると思っていたが、思い過ごしだったらしい。倉庫に着き、ハードケースを置いた時、微かであるが別の音が聞こえた。初めは気のせいだと思い、今度は力強く叩いた。今度ははっきりと何か当たる音がした

 

(ハードケースの中に何かある!)

 

 彼はハードケースを再び掴むと、力一杯にコンクリートの壁に投げた。ハードケースは音を立てて壊れ、ある物が姿を現した

 

「ビデオテープ?」

 

 息子も時雨も気付かったのだろう。ハードケースの底に埋め込んだかも知れない。彼はビデオテープを拾い上げ自室に持って行った。ビデオデッキに入れ、再生させた。彼は見た。そのメッセージを

 

 それは誰宛てのビデオではなかった。しかし、昔からあった疑惑が確信へと繋がっていった。偶然にも、その確信は未来の提督が核自爆する直前に、そしてアイオワが撃沈される直前に感じた確信と全く同じだった

 

(だが証拠はない……)

 

ビデオを見終わった後、そのビデオも金庫の中にしまい金庫ごと厳重に隠した

 

(ワシは……何のために軍人になったのか……?)

 

 入隊した当時に国を守るという志は、何処へ行ったのか?あの当時、なぜ軍人になりたかった理由は、分かった気がした

 

愛国心でも軍に憧れて入ったのではなく、貧しさから逃れるため

 

ただ、それだけだ

 

 

 

 一方歩いて海岸についた2人は、早速準備を始めた。時雨は艤装装着と補給。提督は高速修復剤と資源の設置、そして通信手段のテストだった。これで指揮官と艦娘とのコミュニケーションは取れる

 

「通信テスト。聞こえるか?」

 

「うん。バッチリだよ」

 

 時雨は無線で返す。提督はトランシーバー使っているが、時雨は艤装を使って通信しているため、機器は必要なかった

 

「歴戦だからと言って、あまり無茶するなよ。魚雷も主砲も初期段階のものだからな」

 

「分かっている」

 

 『東京湾駆除作戦』の決行は明後日だ。戦闘訓練は十分にやってきたが、実戦では何が起こるか分からない。しかも、1人で東京湾にいる何十もの深海棲艦と相手としなればならない。12.7cm連装砲B型改二などの改装兵装は、この世界では修理できないため温存している。もし、空母ヲ級や戦艦ル級などがいれば、改二である時雨も分が悪くなっていただろう。しかし、なぜか東京湾には軽巡ホ級と駆逐イ級しかいない

 

「完全に数VS質だ。弾薬は節約しながら撃て。有限だからな。無駄が無く、かつ的確に砲弾と魚雷を当てる必要がある。残弾と燃料、そして損害をしっかりと把握しておけ」

 

「分かった」

 

 時雨は頷いた。本来なら、こんな無茶な作戦を言い渡されたら不満だっただろう。だが、今の時雨には顔色1つ変えないどころか笑みを浮かべていた

 

「……どうした?何か変だったかな?」

 

「そうじゃないよ……。提督の命令が懐かしくて」

 

 無茶な命令や作戦は、よく聞いていた。なぜなら、未来では戦況が悪くなったのと敵の兵装が異常であったからである。今回も厳しい状況だが、やるしかなかった

 

「無茶はいいが、無理はするな」

 

 時雨は頷くと、早速訓練に励む。訓練と言うが、実際は実戦である。1人で如何に多くの深海棲艦を倒す事が出来るか、だからだ。海には駆逐イ級や軽巡ホ級がうようよいる。稀に雷巡チ級や重巡リ級が姿を現すが、改二で練度がある時雨なら十分に戦えると判断した

 

「時雨、行くよ」

 

 時雨が海に出た瞬間、彼女に向かって全速力で近づいて来る複数の物体。まるで人食い鮫のように集まっているかのようだった。大量の駆逐イ級と軽巡ホ級が時雨に襲った。普通の船舶なら、既に撃沈していただろう。だが、相手は艦娘だ。時雨は駆逐イ級と軽巡ホ級が放つ砲弾や魚雷を軽々と躱すと的確に当てていた

 

「3つ……4つ……」

 

 時雨は敵の撃沈数を数えていた。速力をあげ、舵を切ってジグザグに進んでいた。素早く主砲の射程内に入るとためらいもなく、引き金を引く。12.7cm連装砲は火を吹き、一瞬で駆逐イ級を吹き飛ばした

 

「6つ……8つ……」

 

 軽巡ホ級には魚雷攻撃を行った。予想針路を勘と目測で未来位置に向けて放つ。軽巡ホ級は時雨を躍起になって追跡した事が命取りになった。魚雷をモロに食らい不気味な悲鳴を上げながら沈んでいく

 

「10……12……」

 

 生き残った深海棲艦の軽巡駆逐艦は、時雨を取り囲むようにして追い詰めようとした。速力は誤差はあるものの、決して追いつけない速さではない。取り囲み、集中砲火を食らわせようとした

 

「残念だったね。予測していたよ」

 

 時雨は、飛び跳ねると同時に魚雷を発射。回避しようとする駆逐イ級に主砲を撃ち込んだ。余りの手際良さに深海棲艦は大混乱した。今、目の前にいる女の子は何なのか?

 

「たった5分でもう30近くいる深海棲艦の軍団を3分の2も撃沈させたのか!無双というレベルじゃないぞ!」

 

 浜辺から双眼鏡で戦闘を見ていた提督は舌を巻いた。それはそのはず。時雨は幾多の海戦をくぐりぬけた艦娘だからだ。気の毒なのは、深海棲艦だ。訓練代わりの実戦の標的として駆り出されたようなものである。しかし、戦争は非情だ。陸海空問わず、弱い者が強い者に喰われるのは戦場のならいだ

 

 砲声と爆発音が鳴り響いた海戦は、あっという間に終わった。時雨が出撃してから5分後には、鳴りやんだ。海面には息を切らしている時雨と駆逐イ級軽巡ホ級の残骸が浮いていただけである

 

「提督、終わったよ」

 

『ああ、帰投してくれ』

 

 時雨は浜辺に上がると砂浜に座り込んだ。近代兵器も装備していないとは言え、あの数で対処するには骨が折れた

 

「疲れたよ。東京湾の深海棲艦を駆除するのが大変だね」

 

「……俺はたった一人であの数を数分で倒す方が凄いと思ったけどな」

 

 未だに艦娘の行動に慣れない提督だったが、こればかりは仕方ないだろう。従来の時系だと、吹雪達5人が対処していたが、昼夜交代しながら10日間連続出撃して駆除に成功したらしい

 

(五月雨も大変だったんだね……)

 

 五月雨は白露型駆逐艦6番艦。つまり妹にあたる。明るく前向きでドジっ子の妹だ。未来のノートによると、五月雨も初期艦で現れ『東京湾駆除作戦』に参戦していたとの事だ。大阪の戦いの際に時雨を含む白露達が建造されたが、五月雨は既にいなかった。大阪の戦いに帰って来なかったからである。その後、戦闘中行方不明扱いにされていたが、実は敵に捕らえられていた。五月雨が深海棲艦によって拷問を受け、最後には新型ミサイルの標的艦と称して沈められた。未来の提督は、捕らえられた仲間が拷問され、処刑されるビデオ映像に涙を流したという

 

(もう……誰も失いたくない!)

 

 己は強い。しかし、孤独だ。提督や博士がいるが、サポートであり戦えない。その上、時間が迫ってくる

 

「補給したらもう一度、戦うよ」

 

「ダメだ。暫く休め。焦りは禁物だ」

 

「でも……このままだと僕が来た意味がなくなる!」

 

「気持ちは分かる。だけど、俺達が出来る事は限られている。誤解するな。俺もお前のような艦娘が沢山沈むのは御免だ」

 

 提督はなだめるように言った。だが、時雨は釈然としない。頭では分かっている。未来の提督も警告していた。しかし、時雨も焦っていた。未来を変えようと来たのに、何も変わっていない。最新鋭兵器は売られ、深海棲艦が手に入れるのは時間の問題だろう

 

「このままだと……何?」

 

 微かであるが、何かが聞こえた。目を閉じ、手に耳を当ててその音を聞き取ろうとしていた。波の音でも鳥の音でもない。聞こえて来たのは無線の救難信号。無線は常に電源を入れているため、救難信号の無線を受信したかも知れない

 

「ザザ……こち……陸……部た……応答を……」

 

途切れ途切れになっているため、聞き取りにくかったが、間違いなく救難無線だ

 

「提督!救難無線だ!」

 

「何処から?」

 

「分からない」

 

「無線に応えるんだ!」

 

時雨は言われた通りに応答した

 

「こちら、『時雨』。無線を受信した。聞き取りにくい。応答を」

 

「聞こ……いる……か?こち……陸……部隊……伍長。漂流………海……取り囲ま……救援………を……」

 

 相変わらず聞き取りにくかったが、それでも途切れ途切れに聞こえる言葉から大まかな推測は出来た

 

「提督!よく分からないけど、陸軍の部隊が漂流している!」

 

「漂流だって!一体、なぜ?」

 

 提督も驚愕しただろう。なぜ陸軍の部隊が、海に漂流しているのか?事故か何かか?しかし、そのまま放っておくのも不味い。しかも、深海棲艦がウヨウヨしている海にいるらしい。間違いなく漂流している部隊は、殺されるだろう

 

「提督、どうする?」

 

 時雨は聞いた。目の前にいる男は、まだ学生で軍人ではない。将来、軍人になり艦娘の上官になる男だ。しかし、時雨にとっては提督は提督だ。例え過去の人間であろうとも。提督は一瞬迷ったが、命令を出した

 

「救助しろ!」

 

「でも、『東京湾駆除作戦』が……」

 

「今はそんな事は忘れてくれ。救うんだ」

 

「了解!」

 

時雨は提督に敬礼し補給を急ピッチで済ませると、直ぐに海に出撃する

 

『とりあえず、沖合に出ろ!そうすれば無線が良く聞こえるはずだ!受信の感度が良好になったら、場所を聞け!沈むなよ!絶対に帰って来い!』

 

「提督、縁起でもないよ!」

 

 時雨は抗議したが、今はそうも言ってられない。本当に漂流しているのなら、深海棲艦に殺されているだろう

 

 

 

「済まなかったな」

 

 無線機から手を放した彼は、呟くように言った。確かに時雨に命令した言葉は、あまり良くない。ただ彼自身、胸騒ぎがした。漂流者の事ではない。何かとんでもない事態に巻き込まれる予感がした。その時は……俺は冷静に命令が下せるのだろうか?

 

 

 

 皮肉にも時雨から『提督』と呼ばれた彼は、学生の身分でありながら初めて本格的な作戦で艦娘に命令を下し戦場へ送り出した。彼は未来の記録よりも2年早く艦娘の指揮を取ったと言えるだろう。今までは戦った敵が弱過ぎたのと浜辺付近で活動していただけなので作戦とは言えない

 

 今度は沖合である。しかも単艦であり、万が一の事があっても助ける事が出来ない。彼は決して時雨の腕を疑っている訳ではないが……嫌な予感がする。実戦は何が起こるか分からない

 




救難無線を拾った2人。時雨は救助に向かうが……


 軍隊というのは基本、ブラック。合理的である米軍でさえ、無茶な作戦はします。でも、身体を張って働く職場はブラックなのは当たり前。警察でも消防でも海保でもそう。24時間365日対応しないといけませんから。しかし、流石に根性でカバーしろ!は廃りました

私の考えなのですが、カッコイイと思っている職場ほど大変なものだと思います。普通の会社と違って特殊ですから。艦娘が特殊なのも納得です

因みに艦これゲームは今もやっていますが、私の艦隊が意外と強いのにビックリです。試しにやってみたのですが、EOである1-5から6-5までクリア出来ました。レイテ沖海戦である冬イベの準備もバッチリですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 対空戦闘と救助

時雨は海を駆け巡った。救難無線は聞こえているため、まだ無事だ

 

『こちら……軍……曹……当に救助か?助けて……れ!深海棲艦に……囲まれた!』

 

「現在地を教えてください!助けに行きます!」

 

無線の調子は、相変わらず悪い。しかし、無線越しに銃声が何発か聞こえて来た。深海棲艦に向けて銃を発砲しているのだろう。漂流の信ぴょう性は高い

 

『現在地は……らない……信号弾を上げ……』

 

 時雨は停止し、辺りを見渡す。電波を発信している相手は、信号弾を使って位置を知らせるらしい。時雨は急停止し、四方八方辺りを見渡した

 

「あそこだ!」

 

 南西の方角の空に赤い火の玉が浮かび上がる。信号拳銃から発射されたものだろう。火の玉が浮かび上がっている方角に全速力で航行する時雨。無線の内容が本当なら、深海棲艦は容赦なく漂流者に襲い掛かるだろう。雑音は聞こえるものの、受信は出来ているので生きているのは確かだ。航行したから数分後に、船体を肉眼で確認出来たが、時雨は驚いた。何と、モーターボートだ。煙を上げながら速力を上げて逃げており、後ろからは駆逐イ級と軽巡ホ級の群れがまるで草食動物を狙う肉食獣のように執拗に追いかけている。肉食獣なら、追いつかれなければいいのだが、深海棲艦はそうはいかない。相手は、砲や魚雷が撃てる。モーターボートの周りには、沢山の水柱が立っており、モーターボートもボロボロだ

 

「追われている!」

 

 恐らく、方角が分からなくなって救難無線を使ったのだろう。しかし、今の世界は艦娘は未来から来た時雨を除いて、まだ現れていない。通常兵器が効かない深海棲艦がうろつく海域に、漂流者を救助するなんて無理だっただろう。時雨もこういうのは、初めてだ。だが、やらない訳にはいかない

 

「こちら時雨!応答して!」

 

 無線で叫んだが、相手から応答がない。その代わり、モーターボートに乗っている人は、追跡する駆逐イ級に向けて機関銃を発射している。当然、駆逐イ級は機関銃の銃弾は効かない。時雨は、モーターボートを追い回している駆逐イ級の集団に向かって砲弾を叩き込んだ。先程の訓練とは違い、今度は救助だ。こちらの攻撃がモーターボートに当たらないよう気を付けなければならない。しかし、今の時雨にとっては、朝飯前だ。動いている駆逐イ級を的確に当てているのだ。しかも、外れた砲弾はない。いくつかの軽巡ホ級と駆逐イ級が時雨に気づき、こちらに向かって来た。だが、時雨は既に気付いていた。軽巡ホ級と駆逐イ級の砲撃を難なく躱し、お返しに12.7cm砲弾を叩き込んだ。駆逐イ級は撃沈したが、軽巡ホ級は大破で沈んでいない。本来なら沈めたい所だが、救助が先だ。僅か10分程度でモーターボートを追跡していた深海棲艦の軍団は、壊滅した。時雨は、大破してぎこちない動きをしながら逃げていく3つの軽巡ホ級を確認すると、速度を落としているモーターボートに接近して大声を出した

 

「大丈夫ですか!」

 

時雨の大声に反応したのか、動きを止めたモーターボートには2人の男性がいた。2人共、こちらを見て呆然としている

 

「気のせいか……少女が……海の上を立っている」

 

1人はうわ言のように呻いていたが、2人共まるで糸が切れた操り人形のように倒れ込んだ。時雨はモーターボートに乗り込んだが、余りの光景に絶句した

 

「血で一杯だ……」

 

船に乗っている人達の血だろうか。2人共、重傷を負っている緊張が解けたのか、力尽きたらしい。だが、時雨は船にある物を見て仰天した。何と船底には銃や手榴弾、そしてロケット砲などの武器が積まれていた。武器の密輸だろうか?しかし、相手が悪人にせよ軍人にせよ、このままでは出血多量で死んでしまう

 

「提督!漂流している人達を発見した!2人共、死にかけている!」

 

『曳航できるか!』

 

「やってみる!」

 

 モーターボートとはいえ、艦娘が小型船を曳航した事は一度もないだろう。船底から船をつなぎとめる綱を見つけると、片方をモーターボートに。もう片方を自分の艤装に繋げると早速曳航を開始した

 

「早く早く早く!」

 

 燃料はまだ十分にあるが、流石に速力は落ちる。再び深海棲艦に襲われたら、不味い。時雨はともかく、モーターボートに乗っている2人は危ない

 

「そう言えば、陸軍の部隊って言ってたけど、作業員かな?」

 

モーターボートに乗っている二人組は、軍服を着ておらず、つなぎを着ていたからだ。しかし、軍の整備員も作業する時は、軍服を着ている。何者だろうか?

 

 時雨は提督がいる浜辺まで曳航している間、考えていたが、その思考は直ぐに中断される

 

「深海棲艦の艦載機!」

 

 空母ヲ級か軽空母ヌ級から発艦した艦載機だろう。恐らく、こっぴどくやられた軽巡ホ級が増援を要請したようだ。だが、それらは恐ろしい轟音と速度を出すジェット戦闘機ではない。先輩達から教えられた飛行物体。UFOのような形状をし、レシプロ機並みの速度を出す艦載機だ。しかし、一航戦や五航戦などの空母組や摩耶や秋月などの防空艦娘がいないため、時雨にとっては十分に脅威だ。しかも、負傷者を乗せたモーターボートを曳航している。改二に改装され防御力も十分にある時雨とは言え攻撃を食らえば最悪の場合、大破してしまうだろう。モーターボートも同様だ。爆弾一発命中しただけで海の藻屑だ

 

「不味い!」

 

 今の時雨には、対空兵器を装備していない。未来から持って来た10cm連装高角砲は、別荘の工廠にある。12.7cm連装砲で対空射撃は出来なくはないが、当たる確率は天文学的な数字だ

 

「提督!敵の艦載機が接近している!数は40機!」

 

『直ぐに離脱するんだ!決して、動きを止めるな!』

 

 だが、この命令は難題に近かった。相手の敵機は、艦よりも速い。既に攻撃態勢に入っていた。敵機の艦攻隊は低空飛行しながら接近し、艦爆隊は高度を上げていた

 

「悪いけど、ここは突破する!」

 

全速力で浜辺に向かう時雨。敵攻撃機に向けて主砲を発砲したが、撃墜した機体はない。砲弾は誘導性はなく、イージス艦のようなレーダー射撃や対空ミサイルもない。どう見ても、時雨の方が圧倒的に不利だ

 

「僕が守らないといけないんだ!絶対に!」

 

 恐れていた事が起こった。敵の艦攻隊は魚雷を投下し、艦爆隊は唸り声を上げながら急降下して来た。時雨は主砲を手あたり次第撃っているが、中々当たらない。奇跡的に艦攻1機だけ撃ち落せたが、焼け石に水だ

 

 雷跡を確認した時雨は、回避運動を取る。奇跡的に魚雷を全て躱したが、今度は上空から空を切るような音が聞こえていた。艦爆隊は爆弾を投下したのだ。一発でも当たればアウト。時雨は恐怖に駆られジグザグに航行した。時雨とモーターボートの周りは、複数の水柱が立ったが、命中した爆弾はない

 

「良かった、良かった!」

 

 奇跡的に被弾は無かったものの、今の時雨はパニック状態だ。なぜか?それは、時雨が初めて、急降下爆撃と雷撃を体験したからである。いや、『艦だった頃の世界』では、幾度となく経験した。しかし、建造され過去へタイムスリップするまでの間は、敵はミサイルという時雨の理解を超えた兵器を使用していたからである。幸いアイオワがミサイルの対抗手段を持っていたため、脅威度は幾分か減った。だが、第二次世界大戦時の戦い方は長い間、ご無沙汰している。CIWSがあればかなり楽だが、転送される直前に火力発電所防衛戦のため持っていかれたため手元には無い。つまり、こういう攻撃による対処方法や対空戦闘は久しぶりだったのである

 

『おい、時雨!聞こえているか?大丈夫か!?』

 

「大丈夫!被弾はないよ!」

 

自分は無事であることを伝えたが、心臓はバクバクと激しく胸をうっていた。運動していたからではない。モーターボートが撃沈される恐れとパニックで今の時雨は余裕がなかった

 

『時雨、落ち着け!』

 

「そんな事はない!」

 

『いいや、声の調子が悪い!辛いだろうが、生きて帰ってくれ!何のために、お前はここにいる!?』

 

提督……過去の提督の無線で、時雨の脳裏に焼き付いた記憶が蘇った

 

……皆を守りたかった、しかし守れなかった、白露達の姉妹と扶桑山城が。救助作戦に失敗し、多くの艦娘が撃沈される光景が

 

「大丈夫……あの時と違う!」

 

時雨は気持ちを抑えると、状況把握を行った。今現在、被弾している所は無い。撃墜は1機だけ。弾薬が無くなったのか、敵機は去っていった

 

「第2次攻撃隊がもう……」

 

 不味い事に第2波の攻撃隊がこちらに迫ってくる。恐らく、敵の空母は2つ以上いる事に間違いないだろう。アウトレイジで攻撃してくる

 

(対空戦闘……秋月達がいれば……)

 

 防空駆逐艦である秋月達がいれば、頼もしかった。駆逐艦娘でも出来ない事は無いが、対空射撃は大幅に落ちる。時雨は、逃亡するのを選んだ。流石にこれほどの艦載機相手にする事は出来ない。被弾すれば中破以上の被害に陥る事は間違いない。駆逐艦は速度重視のため装甲は薄い。つまり、全ての攻撃を回避しなければならないという訳である

 

 

 時雨は最大船速で逃げているが、相手はそれを阻む。敵の艦攻隊が、左側から突進して来る

 

(どうすれば……)

 

 無誘導とは言え、曳航しながら魚雷を回避するのは並大抵の事ではない。主砲を構えて対空射撃を行おうとした時、不意に後方から人の怒鳴り声が聞こえた

 

「何が……あの人達は一体……?」

 

 意識を失い倒れていた男2人は、血まみれになりながらも、何と立ち上がり艦攻隊に向けてロケット砲を構えていた。応戦してくれるのはありがたいが、相手は深海棲艦だ。しかも航空機に対して、無誘導のロケット弾を撃ったところで、命中は到底望めないし、仮に当たっても効果は望めない

 

 彼等は。自暴自棄になったのか?しかし、今は咎める事は出来ない。発射音が聞こえ、時雨から遠からぬ海面が大きく盛り上がり、水柱がたった。時雨とモーターボートに接近する艦攻隊が気付き回避したが、数機は水しぶきに突っ込んだ

 

「そうか!でも、無茶だよ!」

 

 時雨は、男2人の意図を悟った。ロケット砲の爆発威力で海水空中に吹き上げて、敵機を巻き込んだのだ。通常兵器が効かない敵機も、膨大な海水の水圧には抗しきれないと睨んだんだろう。その狙いは当たり、数機は撃墜する事に成功した

 

 だが、報復はすぐに返された。艦爆隊は急降下爆撃を開始した。そのため時雨は、爆弾を躱すため再びジグザグで航行した。

 

「おい、ロープを切るぞ!燃料はまだある!陸まで護衛してくれ!」

 

「ダメだよ!怪我している!」

 

 男はもたれかかるも、モーターボートを操縦しようとしていた。確かに曳航しながら、戦うのは危険だ。しかし、彼等は重傷を負っている。時雨が止めようとしたが、相手はは既に綱を切りエンジンを掛けた

 

「早く手当をしないと」

 

「大丈夫だ!それより……お前は……」

 

 男性の顔は血まみれだったが、こちらを訝し気に見ていた。相手はどう判断したらいいか分からないのだろう。降ってくる爆弾やこちらに疾走する魚雷を躱しながら全速力で航行する時雨とモーターボート。今度も奇跡的に命中する事もなかった。時雨は自分の幸運に感謝した。数分後には、再び引き上げた。時雨はモーターボートに近づくと、2人に向かって指示を出した

 

「僕は時雨!浜辺まで誘導するよ!提督に連絡しないと!」

 

時雨は無線で連絡しようとしたが、突然、鋭い声がした

 

「待て!誰と連絡している!?」

 

 別の男が、こちらを警戒しているのか、血を吐きながら拳銃を突き付けている。何という人だ

 

「貴様は、浦田重工業の回し者か!陸軍を舐めるな!」

 

「違う!僕は艦娘だ!浦田重工業の社員じゃない!」

 

 時雨は訴えたが、相手は聞く耳を持たなかった。男は銃を発砲し、時雨は反射的に腕を交差させ庇った。艤装は偽装に食い込んだが、時雨にとっては痛くも痒くもなかった

 

「よせ、伍長!こいつは違う!」

 

「なぜです!?女の子が水面に立つなんて深海棲艦か浦田重工業の新兵器かのどちらかですよ!」

 

「黙ってろ!これは命令だ!……すまん。艦娘だと?お前の仲間はいるか?」

 

「う、うん」

 

 時雨は、戸惑った。伍長と呼ばれた人は確実にこちらを警戒していたが、もう一人は彼の上官なのだろうか?それに彼は、まだ艦娘が現れていないのに艦娘を知っている

 

「その中に……くそ、名前が思い浮かばん!『狂人』と呼ばれた人はいるか?」

 

「うん」

 

 時雨は再び頷くことにした。彼等は何者だろうか?そして、なぜ艦娘計画である博士を知っているのだろうか?そして、浦田重工業を異常に嫌っている。あの企業に何をしたのか?しかし、今はそれを聞くのは得策ではない

 

「よし、その人まで案内してくれ!」

 

「軍曹!」

 

「それしか選択肢はない!攻撃しているならとっくにしている!……部下が馬鹿な事をしてすまない。我々を助けてくれ。頼む!この通りだ!」

 

 軍曹と呼ばれた人は伍長を一喝すると、時雨に頭を下げた。時雨は、どう対応すればいいのか分からなかった。ただ、確かなのは助けを求めているのは間違いない

 

「ついて来て」

 

 時雨は先導し、モーターボートを護衛していた。深海棲艦からの襲撃は今のところは無いが、後ろから再び銃を発砲されないか心配だった。拳銃くらいなら問題ないが、ロケット砲を食らったら流石に不味いかも知れない。とりあえず、時雨は無線で一通り提督に先程のいきさつを話した

 

『分かった。だが、浜辺まで無事に着くことを専念するんだ。話はそれからだ』

 

「分かったよ」

 

 時雨は対空及び対潜を警戒した。深海棲艦は諦めない。縄張りを侵入された者は、容赦なく攻撃されるのは未来と変わりはない

 

 

 

 遠く離れた海域で空母ヲ級はイラついていた。深海棲艦の考えは様々だが、共通点はあった。それは縄張りである。彼女達は多くて6体という集団で行動する事がある。深海棲艦は組織的であり、リーダーも存在している。主に強い者が小さな集団を率いている。だが、彼女達はボス争いというものは絶対にしない。強者は誰なのかは、一目で分かる。そして、深海棲艦は強い者に対して絶対服従である。人間の視点から見れば、不可解な出来事かも知れないが、深海棲艦にとっては常識だった。しかし、最近になってある島国の近海で駆逐イ級が何者かによってやられたらしい。自分達に有効な兵器。似たような存在なのだろうか?

 

 駆逐イ級は、まだ大量にいるため余り痛くもない。問題は人間と呼ばれる敵は、どうやって我々を撃破出来る兵器を開発したのかが分からなかった。諜報や傍受といった戦略的な概念も持たないため、探り用が無かった。縄張りを侵入した者もそうだ。足の速い小型船を沈めるのに、空母ヲ級が出る羽目となった。どういった理由でこちらの縄張りに侵入してこようとしているのかは分からない。だが傲慢にも踏み込んでくるのならばそれ相応の対応をするだけと考え、空母ヌ級まで駆り出し艦載機を繰り出した。しかし、敵は沈まない。邪魔されたのだ。艦載機越しで確認出来たが、小型船に海面に立つ少女が守っていた。しかも、あの少女の攻撃は有効だ。現に数機は撃墜された

 

「アノ少女、何者ダ?」

 

再び発艦させようと上部の口を開いた瞬間に、ある者が近づいて来る。

 

「……!!オ前ハ!?」

 

 空母ヲ級は、握っていた杖を振り上げたが、それは素早く空母ヲ級の首を掴み、高く持ち上げられた

 

「放セ!」

 

 振りほどこうとしたが、相手の方が強い。周りには、空母ヌ級や重巡ネ級などの深海棲艦がいるのだが、なぜか彼女達は『その者』に対して攻撃しなかった。空母ヲ級はパニックに陥ったが、『その者』は短くボソリと呟いた

 

「従エ」

 

 その言葉を聞いた空母ヲ級は、抵抗を止めた。無抵抗になった事を確認した『その者』は、空母ヲ級を海面に降ろした。解放された空母ヲ級は、仕返しすらしなかった。そして、空母ヲ級は『その者』に対して正対した

 

「ゴ命令ヲ」

 

 空母ヲ級は命令を待った。直感的に分かったからだ。自分よりも強いと。空母ヲ級を中核とした小艦隊を掌握する事に成功した『その者』はニヤリと笑った。

 

さあ、狩りの始まりだ。運はこちらに微笑んでいる

 

空母ヲ級と軽空母ヌ級は再び艦載機を発艦させた。逃げている時雨とモーターボートに乗っている2人を目指して

 

 




おまけ
時雨「敵機が……艦載機の攻撃を防ぎきれない」
提督『諦めるな。お前なら出来る』
時雨「提督、流石に40機相手は無理だ」
提督『とっておきの技があるじゃないか。忘れたのか?』
時雨「???」
提督『忘れているようだな。教えよう。時雨……ハイドロポンプで敵を一網打尽にしろ!』
時雨「提督!僕はカメックスじゃないよ!」
提督『出来ないなら他の技だ!高速スピン!ロケット頭突き!みずでっぽう!』
時雨「だから出来ないって!」

深海棲艦「ワクワク」
軍曹及び伍長「ワクワク」

時雨「期待するような眼差しを送っても出来ないからね!」


海に漂流していたのは陸軍の人間らしきもの。何をしていたのか?そして空母ヲ級の艦載機からの空襲。勿論、イージス艦のようにチートである対空兵器も巡航ミサイルもありません
分が悪すぎます。何とか切り抜けるしかないです

近代兵器はないため別の手で行きましょう。時雨には丁度、両肩に砲があるため高圧水が出せるはずです(嘘)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 対空戦闘と追っ手

 ある海域で二つの航跡が陸地に向かっていた。1つは負傷した人を乗せたモーターボート。もう一つは艦娘である時雨。時雨はモーターボートを気にしながら、護衛している。時雨はモーターボートを気にしていた

 

 それは男達から拳銃を向けられたからではない。こういった事は、慣れていた。未来で反艦娘団体であるゲリラ達から銃撃された事は幾度とあったためである。気になったのは、モーターボートに書かれている文字と印だった。あのモーターボートは、どうみても浦田重工業のものだ。それにあの男達は、何かを警戒していた。何に警戒していたかは分からないが、確かなのは、怒りの矛先は艦娘でない事だけだ

 

「君達は大丈夫?」

 

「本当にそう見えるか?」

 

軍曹と呼ばれた人は、必死になってモーターボートを操縦していたが、もう一人は違った。伍長の顔は見る見る青ざめ、しばらくして船底に倒れた。血を流し過ぎたらしい

 

「くそ!くそ!くそ!状況は最悪だ!」

 

 軍曹はハンドルを叩きながら、悪態を尽いていた。何があったか、聞かなかった。今の男性の顔は、鬼の形相だ。そうこうしている内に第三波の深海棲艦の空襲がやって来た

 

「敵機飛来!」

 

「分かってる!」

 

時雨は対空戦闘の準備をし、モーターボートは更に速度を上げた。一刻も早く逃げなければならないが、航空機の方が早い

 

「その主砲で撃ち落せるか!?」

 

「出来ない事はないけど……撃ち落す!」

 

 時雨は怒鳴り返したが、内心は不安だった。対空戦闘は本来、高角砲で行うべきである。高速で動く飛行物体を当てるのは難しい

 

(どうすれば……)

 

時雨は焦っていた。航空兵力の威力は、『艦だった頃の世界』で嫌ほど知っている

 

 まことに航空戦力の威力は大きい。時と場合によっては、わずか数機の航空機で沿岸砲塔十門に匹敵する。『艦だった頃の世界』のガダルカナル島の奪還の飛行場を奪還出来なかったのは、奇襲によってルンガを制圧した米軍がいち早く基地航空隊を進出させたからである

 

 日本軍はたびたびの夜間殴り込みの艦砲射撃によって、米軍の航空兵力を壊滅させようとしたが、カクタス航空隊である米軍はしぶとく生き残った。一時は保有機が僅か10機足らずになった事がある。しかし、この僅かな航空兵力が、ガ島への日本軍の増援を阻み、輸送船団に大打撃を与えるのである

 

 当時の連合艦隊司令部の宇垣 纒中将は日記に『まことに航空の威力は絶大なり』と感嘆に似た文章を書きつけたほどである。つまり制空権を握る事は、とても重要な事である。未来の提督は、艦娘が持つ『艦だった頃の世界』を元に航空戦力も力を入れていた。早々と空母の艦載機である零戦21型や52型を烈風や紫電二型に換装したり、五航戦である翔鶴と瑞鶴は装甲空母に改装したのは、そのためだったと聞く。しかし、その頃の深海棲艦は、強力なジェット戦闘機によって一掃された。一航戦をはじめとする空母組のプライドは、ズタズタに引き裂かれた。戦力差があり過ぎたとは言え、ここまで完封無きに叩かれた事は、『艦だった頃の世界』でも無かった。マリアナ沖海戦の『マリアナの七面鳥撃ち』よりも酷かったと瑞鶴は嘆いていた

 

 時雨の頭をちらりとかすめたのはそのような事だった。過去の世界では、あの恐ろしいジェット機はいない。しかし、深海棲艦の航空攻撃は、脅威に変わりない。第2派の航空攻撃を全て躱すのは奇跡に近かった。己が雪風に次ぐ幸運艦である事に感謝している

 

「兎に角、全速力で逃げて!」

 

「言われんでも分かっとる!」

 

軍曹はモーターボートの速力を上げ、時雨も付き添うように航行する。燃料が大分消費するが、背に腹はかえられない。弾薬も底を尽きかけている

 

「見つけたよ!対空戦闘用意!撃ち方始め!」

 

 時雨は叫び声を上げると同時に、向かって来る敵機に砲弾を撃ち込む。一発でも当たれば、海に落ちるだろう。しかし数が多いうえに標的が小さく、高速で移動する飛行物体に当てるのは至難の業だ。それでも、2機は撃ち落す事には成功した。だが、艦爆隊は爆弾をばらまき、艦攻隊は魚雷を投下した。時雨とモーターボートは、高速かつ小回りを活かして躱し続けた。奇跡的に直撃は無かったものの、至近弾を3発食らった。時雨は小破し、モーターボートは蜂の巣になり、進水し始めている。流石に全ての攻撃を躱すのは不可能だ。長く続くかと思われた攻撃も、ぱったり止んだ。執拗に攻撃して来た攻撃隊も弾薬が尽きたらしく再び空に帰っていった

 

「やった!凌いだ!」

 

「ははは!やった!生きているぞ!」

 

時雨だけでなく、軍曹も喜びの余りガッツポーズした。2人は笑った。あの航空攻撃を凌いだのだ。軍曹は笑い声を上げ、時雨は提督に無線連絡をした

 

「提督、敵の攻撃を凌いだ!今からそっちに向かう。負傷者がいるんだ!」

 

『了解した。出来るだけ早く着いてくれ。再び攻撃があるかも分からん。だから――』

 

 その時だった。時雨とモーターボートの間で物凄い水しぶきが上がった。モーターボートはひっくり返り男2人は海に投げ出された。時雨も水しぶきの威力に吹っ飛ばされた。一体何が起こったのか分からなかった。急いで立ち上がり、辺りを見渡す。次に聞こえたのは、木枯らしのような飛翔音が聞こえて来る。間違いなかった。この音は、戦艦が放つ巨弾の飛翔音……。まさか……

 

 素早く辺りを見渡したが、ある方向を見ると驚愕した。こちらに向かって来ている。深海棲艦の集団が足の速い駆逐艦を先導に重巡、戦艦、軽巡が後に続いていた。こちらを狙っている。特に巨砲の威力が絶大だ。遠く離れた所から、凄まじい巨弾が雨のように降り、時雨の周りは水柱を林立していた。時雨は直ぐに事態を把握するとともに、敵に向かわず海に放りだされた男2人に向かった。1人は何とか泳いで逃げようとしていたが、もう一人はダメだ。瀕死状態で沈みかかっている

 

「僕に捕まって!」

 

重傷を負っている伍長に手を差し伸べたが、彼は時雨の手を突き放した

 

「俺はここ……までだ。軍曹を……頼む」

 

「でも!」

 

「軍曹は……重要な荷物を……持ってる!俺よりも軍曹と一緒に……早く……」

 

 時雨は伍長の苦し紛れの言い分を無視して強引に掴んだ。今は目の前の命を救うのが優先だ。一方、時雨が無視している事に気付いた伍長は、最後の力を振り絞ってもう一つの手に拳銃を握ると自分自身のこめかみに銃口を当てた

 

「待って!」

 

時雨が止めるよりも早く、銃声が鳴った。伍長の頭から血が噴き出し、時雨も血を浴びてしまった

 

「嘘だ……何で……」

 

伍長が拳銃自殺する理由が分からなかった。なぜ死ぬ必要があるのか?不意に時雨の脚を掴む者がいた。目をやるとこちらに向けて泳いだのだろう。軍曹は時雨の脚を掴むと呻くように言った

 

「リュックを受け取れ!これを……」

 

「僕は君たちを助けるために……」

 

「私よりもこれを」

 

「それは命よりも大事な物かい!そんなのは御免だ!」

 

 もうこれ以上、人の死は勘弁して欲しい。記憶が薄れているとは言え、荒廃した未来を忘れもしない。死体の山は特に!時雨は軍曹の手を握ると、そのまま曳航するように進んだ。一刻も早く、この海域から離れなければならない。だが、全速力で航行するのはまずい。今の状態だと引きずったまま高速で移動しているものだ。負傷している状態で水の上を引きずる行為は、殺しているようなものだ

 

「こうなったら……」

 

巨大な水柱が林立させている中、時雨は軍曹を持ち上げると背負う。とんでもない事だろうが、時雨が『艦だった頃の世界』ではよくやっていた事だ

 

 『艦だった頃の世界』では駆逐艦は、過酷な任務ばかりだった。装甲はあるものの、気まぐれ程度。速度と航続距離優先で建造されたからである。駆逐艦はブリキ缶のようなものだった。米海軍では駆逐艦の事を『ティン・キャン』と呼ばれていたらしい。しかし、その世界の大日本帝国海軍は、駆逐艦や潜水艦の艦首に菊のご紋章を飾ることを許されなかった。従って、駆逐艦や潜水艦は軍艦として認められなかったのである。あくまで、補助艦艇という扱いであった。大日本帝国海軍では、駆逐艦を馬車ひきと自己最下として呼ばれた。要は何でも屋だ。対潜哨戒、沈められた船の乗員救助、航空機パイロットの救出、輸送など必要なことを何でもやった。従って駆逐艦や潜水艦は精神的にタフな仕事を求められていた

 

つまり、時雨にとって過酷な任務ばかりしたお蔭で『このような仕事は慣れていた』。皮肉にも、擬人化になってこんなことをやらされるとは思ってもいなかった

 

 軍曹の命令を無視して背負うと、今度こそ全速力で航行した。戦艦や重巡から放たれる巨弾をかわしながら敵艦に目をくれずに陸を目指す。今はそれしかない。負傷人を背負っているため戦うなんて無理だ。駆逐艦の巡航速度は早い。40ノットも出せる島風には及ばないが、30ノット程度なら出せる。

 

 空襲なら問題だが、戦艦や重巡からは逃れられるはずだ。降って来る巨弾も運が悪い限り当たることはないだろう。百発百中のミサイルとは違うのだ。そう思い、確認のため振り返って見たが、時雨は驚愕した。確かに重巡や軽巡は引き離した。しかし、後ろから戦艦ル級が時雨以上の猛スピードで近づいてきているのだ

 

「嘘だよね!こんなの有り得ない!」

 

 時雨が絶叫するのも無理もない。戦艦は基本、足が遅い。高速戦艦である金剛型やアイオワなど知っているが、深海棲艦で戦艦クラスがここまで高速というのは聞いたことがない。動きがノロい戦艦を高速するには、重量を落とす為に主砲や装甲をダウンさせたり、強力な機関を搭載するのが普通だ。アイオワは33ノット出せるらしいが、それでもずっと33ノット出せる訳ではない。金剛型の戦艦は、正確には巡洋戦艦であり本格的な戦艦ではない。しかし、今追ってきているのは自分達が知っている戦艦の常識を逸脱している。しかも、よく見ると左目から青い光を発行させている

 

「まさか……そんな……」

 

 時雨は恐怖が湧き上がってくるのを感じた。未来において艦娘や提督を畏怖させたのはミサイルやジェット機などの最新鋭兵器だけではない。戦艦ル改flagshipである。攻撃・防御が優れており、遥か彼方から巨弾を雨のように降らすもの。常にイージスシステムを搭載した軽巡ツ級に守られている。今、後ろに追ってきている戦艦ル改flagshipは単艦だが、今の自分に太刀打ちする火力はない

 

「うわあああああ!」

 

 恥も外見も捨てて奇声を上げならが逃げる時雨。今の時雨にとってもはや、戦艦ル改flagshipはトラウマだった。いつからだろうか?仲間の駆逐艦がたった一隻の戦艦ル改flagshipによって沈められた時から?未来で散々な目にあったのは確かだ。長門もアイオワもこの敵には敵わなかった。アイオワやウォースパルトなどの海外艦娘からは、「殺戮者(スローター)」と呼ばれたほどだ

 

「逃サン」

 

 聞き覚えのある氷のような冷たい声が聞こえると同時に馬鹿でかい砲声が鳴り響いた。時雨は反射的に舵を切ったが、周りに巨大な水柱が林立した。威嚇に間違いないが、それでも恐ろしいものだ。一発近くに落ち、時雨はもろに至近弾を浴びた。背負っている負傷者には怪我はないものの、時雨は至近弾で中破まで持っていかれた

 

「止めてよ……痛いじゃないか……」

 

 負傷したため速度が落ちてしまった。陸は見えているのに、力が出ない。服が破けているが、今はそんなことを気にしない。陸に向けて何とか動こうとしたが、行く手に何者かが遮った

 

「あああ……」

 

 時雨は恐怖のあまり、立ち止まった。一瞬、背負っている負傷者を落とす所だった。戦艦ル改flagshipがニヤリと笑い、巨大な砲をこちらにゆっくりと向けていた

 

「通してもらう!」

 

 時雨は気を取り直して、右手に付けている砲を戦艦ル改flagshipに向けて撃った。しかし、弾は弾かれるだけで効果は全くない。数発ぶち込んでも戦艦ル改flagshipには傷一つ着かない。これは当然であって、強力な砲を搭載し堅固な装甲によって防護された戦艦相手に駆逐艦程度の主砲は、豆鉄砲同然だ。威力なんてしれている。魚雷も撃ったが、見抜かれ素早く移動し躱された。魚雷は砲弾と違ってノロい。理想な射点ではなく、腰だめの発射だったため敵が難なく躱されたのも無理もなかった

 

「サア、ソノ男ヲ渡セ」

 

「断る」

 

 当然、断る。戦いの際に下手な交渉は、止めた方がいい。それに背負っている負傷者は渡したとしてもこちらを見逃す訳がない。敵が友好的なら、攻撃してこない

 

「ソウカ。ナラ死ネ」

 

 戦艦ル改flagshipが再び砲を向けられた。躱しても至近弾で更にダメージを受けてしまう。時雨は覚悟を決めた時、不意に背負った男性から囁き声が聞こえた

 

「……いいか。今から耳栓をする。目を閉じろ。合図したら全速力で逃げろ……」

 

何をするか分からない。しかし、今はそれに乗るしかない。時雨は目を瞑った

 

 戦艦ル改flagshipは時雨をバカにするかのように笑った。艦娘だかなんだか知らないが、艦種からして駆逐艦らしい。しかも、攻撃なんて痛くも痒くもない。魚雷が当たれば流石にダメージを負うが、易々とかわせる。艦娘は目を瞑っているところを見ると万策尽きたらしい。引き金を引く直前、艦娘が背負っている陸軍軍人から何を投げた。手榴弾か?たが、そんなものは効かない。バカな連中だ。そう嘲っていたが、その手榴弾から突然、眩い光と爆発音が響いた。

 

 何だ?深海棲艦は通常兵器に効かないはずだ!突発的な目の眩みと耳鳴りで顔を覆ったが、何を投げたのか理解した。陸軍軍人かこちらに向けて投げたのは、スタングレネードだ。確かに通常兵器は効かない。しかし、突発的な閃光と大音響は例外だ。視力と聴力を回復させないといけない!しかし、獲物は逃がさない。もう逃げただろう。空母ヲ級も弾切れ、重巡達も追い付けないだろう。あの艦娘は、足が早すぎる!だが、あの艦娘は何処へ行くかは検討している。上手く正体を隠して生きていただろうが、既に知っている!必ず捕まえて見せる!全く『主』は慎重し過ぎだ。わざわざ計画のために『狂人』を生かさなくていいのに……

 

 時雨は全速力で逃げた。まさか背負っていた人が、閃光弾を投げるとは思わなかった。閃光弾の爆発音と共に、「速く行け!」と怒鳴られ、時雨も全速力出げた。長い時間が経過したかに思えたが、実際は十数分だったかも知れない。提督が待っている砂浜が見えて来た。念のため、後ろを振り向いたが、追っ手は来ない。戦艦ル改flagshipを巻いたらしい。もう大丈夫だ。だが、背負っている人は力が尽きかけているのか、息が荒い。声をかけたが返事はない。聴力がまだ回復していないのだろう。提督が待っている砂浜に着くと同時に、倒れこんだ

 

「大丈夫か!」

 

「僕は大丈夫!それよりも、この人を手当てして!」

 

 自分よりも負傷している人が優先だ!艦娘は入渠すれば復活出来るが、人はそうではない。下手すれば、死ぬ可能性もある。提督は早速、手当てをするが、負傷した人は上半身だけ起き上がると、提督の手をつかみ叫んだ

 

「お前は……『艦娘計画』を研究している人か!」

 

「それは違う。ただの水上スキーのテストだ」

 

「嘘はいい!私はある部隊の人間だ……」

 

提督は嘘を言ったが、その男は通用しなかった。咳き込む度に血を吐き出している

 

「このままだと不味い!早く病院に!」

 

「私はいい!これを本部に!」

 

男は背負っているリュックをそのまま渡された。男は血の気が失せていた。もうダメだろう

 

「しっかりして!提督、早くしないと死んでしまう!」

 

「私の事は構うな!お前……艦娘だろ?二人ともよく聞け!……誰も信じるな!特に……特に浦田重工業の者には……奴らは……とんでもない企業だ!早く逃げるんだ!追っ手が……来る前……に!」

 

 男はそこまで言うと力尽きた。提督は慌てて首に手を当てたが、首を振った。もう、息をしていない

 

「そんな……折角、助けたのに!」

 

「いや、そうでもない。この人は艦娘であるお前と俺に警告していた。何かを伝えたかったかもな」

 

 提督は父親である博士に連絡を取り始めている間、時雨はさっき起こった出来事を思い出した。1つは既に息絶えた陸軍軍人。もう1つは、戦艦ル改flagshipである。陸軍軍人が何何をしていたかという疑問よりも戦艦ル改flagshipの存在の方が気になっていた。未来で直接的な対決はしてはいないが、戦艦ル改flagshipの存在は良く知っている。さっき遭遇した戦艦ル改flagshipの動きや喋り方が、記憶にある未来である深海棲艦の司令官である戦艦ル改flagshipと比べて余りにも似過ぎていた。未来から追って来たにしてはおかしい。艦娘である時雨を知っているはずであり、遭遇すれば躊躇せず攻撃している。しかも、陸軍軍人の身柄を要求して来たのだ。深海棲艦にしては、余りにも不可解だった

 

 博士が来るまでの間、時雨は不安そうに海を眺めていた。この世界で何が起こっているのだろうか?追っ手が来ないのは、己の幸運艦であるお蔭だと思いたい。しかし心の何処かで、その楽観的な考えを否定していた

 

 本当に時雨の実力と幸運だけで敵の追跡から逃れたのだろうか?

 




旧日本海軍では駆逐艦や潜水艦は、軍艦として認められませんでした。よって、菊の紋章は飾られませんでした。その上、任務も半端なかったとの事です
駆逐艦の仕事は、対潜哨戒、沈められた船の乗員救助、航空機パイロットの救出、輸送……要は何でも屋でした

余談ですが、占守や国後などの海防艦は、諸事情により何と駆逐艦よりも格上の艦だったとの事。海防艦が実装された時、史実を題材にした二次創作の中には「子日敬礼事件」がネタにされました

子日は艦娘になった今でも、国後に敬礼しているのでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 浦田重工業潜入任務 その1

今回は、時雨達が助けた陸軍軍人さんの話です
いくつか分けてアップさせます


陸軍軍人らしき人を救助してから数日後……

 

 

 

 先日の事件のせいで『東京湾駆除作戦』は延期となった。後始末で時間を食ったからだ。時雨が助けた男性は、完全に身元不明だった。身分を証明するようなものは無かったからだ。後始末は警察がやってくれたが、なぜこの男性が深海棲艦の縄張りである海域にいるのか分からなかった。警察には、沖合いで漂流している所を助けたと説明したが、警察は納得しなかった。当然だ。海に出る事は死にに行くようなものだ。しかし、俺からはそれしか言えなかった。大体は事実だからだ。嘘はほとんどない。せいぜい、時雨が艦娘と戦闘が起こったと言うことだけ。漂流した男性は俺が助けたことにした。時雨は身分証明書なぞ持っていない。あれこれ聞かれると厄介だ。警察も頭を抱えたが、男性の身元が分からない以上、それ以上の事は追及されなかった

 

 親父にも怒られたが、責任は全て俺にあり、時雨は従っただけだと説明した。時雨は人を助けただけだ。しかし、父親はそうとは思わなかった。もし時雨が万が一、撃沈されていたらどうするのか?いや、多数の深海棲艦相手に危険な事だとは思わなかったのか、と。父親の怒りは理解出来る。時雨を援護出来るのは、他にはいない。艦娘は時雨だけで時雨がピンチに陥った場合、救助も出来ない。あの襲撃で生き残ったのが奇跡に近かった

 

「いつも逃げていたお前が、なぜ艦娘を庇う?」

 

親父は凄い剣幕で睨んだが、俺は怯みもしなかった

 

「俺でも何が良いか悪いか区別出来る。確かに時雨を危険にさらした。まだ、ドッグも補給も不十分だ。でも、人助けは当たり前だ。今は秘密だとか言ってられない」

 

俺の説得に親父は何も言わなかった。驚いたのか、それとも反論出来なかったのか。罰は別荘の掃除だけで済んだ。時雨も手伝おうとしたが、俺は親父の手伝いをしろ、と命じた

 

「提督、僕のためにごめん」

 

「いいんだ。お前は悪くない」

 

 休憩中に時雨は謝ったが、俺は別に気にしてはいない。正しいことをしたのは確かだ。それを何かしら批判されても、反論はせずに素直に受け止める。それが第一だ

 

 しかし、漂流していたのが陸軍軍人だった事には親父も驚いた。あの男性は命よりも大事なものと言っていたが、なんだったのか?警察には、あの荷物については提出しなかった。絶命する直前に、浦田重工業の事や艦娘計画を口走った事が気になったからだ。しかも、どうも父親の事まで知ってる節がある。本当に陸軍軍人なのだろうか?親父は、リュックに入っていた荷物を調べてみると言って部屋に持ち帰った。中身はまだ何も見ていない。見る暇もなかった。気にはなっていたが、急ぐ事でもないだろう

 

 

 

その考えは甘かった。もう少し迅速に動いていれば良かったものを……

 

 

 

 あの事件から一週間後、時雨と提督は別の浜辺に向かった。と言っても、今度は状況把握だ。出撃もしない。ただ、無線通信のために時雨は艤装を装着している。先の浜辺は、人目に触れた可能性と警察の現場検証があるため、別の砂浜に行く必要がある。交通手段は勿論、バイクだ。時雨は、バイクの乗り心地に慣れたが、やはり苦手だ。そのため、スピードを落とすよう叫んだ

 

「提督、スピード落としてよ!」

 

「これでも普通のスピードだ。いい加減慣れたらどうだ!」

 

提督は相変わらずだ。本当は制限速度範囲内だが、時雨はバイクという乗り物には慣れない

 

「提督、あの時は……」

 

「気にするな。お前は悪くない」

 

 あの事件の後も時雨は、謝っているが、提督は気にしていない。ただ、決断するのは如何に重大かと言う事を理解出来たと言っていた

 

「あの時は、一瞬迷ったんだ。お前を危険に晒すか、他の命を救うか。口先なら誰でも言える。問題は実行できるかどうかだ。俺は時雨を信じている。お前は強い。ただ、この先うまく指揮出来るか分からないんだ」

 

提督は考えるかのように言った。確かに自分の命を張ってまで国や国民の命を守る価値があるかどうか分からない。軍隊とはそういう組織だ。仕事だからと言えばそれまでかも知れない

 

「未来の俺は上手く指揮していたようだが、今の俺は上手く行けるか心配になって来た」

 

「提督……」

 

 提督は不安が増すばかりだ。未来の提督が出来たからと言って、目の前にいる過去の提督が同じくらい出来るとは限らない。未来の提督から警告された。何が起こるか分からないと。時雨は励ますために声を掛けようとしたその時、提督の父親である博士から無線が入って来た

 

『時雨!聞こえるか!ワシだ!息子と共に直ぐに帰れ!』

 

「どうかしたの?」

 

『話は後だ!いいか!直ぐに帰って来い!話がある!』

 

無線は一方的に切られた。話す内容もまるで慌てているようだった。先程の無線を提督に伝えると怪訝そうな顔をした

 

「親父……全く、何を考えているんだか」

 

 バイクを反転させると、帰路につく。時雨は不安だった。また、親子関係が悪化してしまうと、それこそ終わりだ。修復は可能なのだろうか?時雨の不安を感じたのか、提督はなだめるように言った

 

「大丈夫だ。昔だったら、無視しているよ。自分の末路を知っている。逃げる事なんて出来ないさ」

 

「提督は逃げてばかりいたの?」

 

「言い方が悪かったな。昔の俺は、変な事には首を突っ込まない事にしたんだ。何も干渉せずにひっそりと生きる。それだけだった」

 

『狂人』のレッテルを張られた提督は、どうする事も出来ない。汚名返上なんて並大抵の事ではない。ならば、変な拘りをせずにひっそりと生きていくつもりだったらしい

 

「それって楽しいの?」

 

「孤独は慣れた。友人から裏切られた事も経験していたからな。だけど、人生というのは何とかなるという事さ。周りが何とかしてくれるなんて世の中を舐めている人だ。現実は非情かも知れないが、生きたいならずっと足掻いていく事だ」

 

 時雨は黙った。提督……いや、彼は軍人になれなくても生きていけるらしい。考えが違うのかそれとも、楽観主義なのか

 

「とは言え、『艦娘計画』は我が家の伝統らしい。逃げる訳にもいかんな」

 

「提督なら上手く行くよ」

 

 そうだ。僕が彼を提督にしないと……。彼の父親は言っていた。最新鋭兵器さえなければ、立派な軍人になっているはずだと

 

 そうこうしている内に別荘に着いた。バイクを降り、提督がドアをノックしたが返事はない。提督がドアの取っ手に手をかけたその時、ドアが勢いよく開いた。提督はその勢いで尻餅を付いた。時雨は驚いた。父親である博士が、何と猟銃である散弾銃を構えていたからだ

 

「おい、よせ!」

 

「博士、どうしたの!」

 

 提督は驚愕して銃口から逃げるように地面を引きずり、時雨は反射的に12.7cm連装砲を博士に向けた。気が触れたのか?

 

「お前達か……すまん、敵かと思った」

 

「何があったんだ?」

 

 博士は自分の息子と時雨を確認すると、銃を下ろした。提督は、悪態をついていたが、時雨は父親の様子がおかしい事に気付いた。顔面蒼白で手に持っている散弾銃も震えている。しかも、辺りを見渡し警戒している。何があったのだろうか?

 

「大丈夫か?猪でも出たのか?」

 

「それだったら呼び戻したりはせん!いいから中へ!」

 

 強い口調でいい終える前に提督も時雨も強引に家へ入れた。中に入ると、時雨は驚いた。窓という窓には、全てカーテンをしている。カーテンがない窓は、大きな布か布団で覆っていた

 

「親父、どうしたんだ!」

 

流石の提督も父親の異変に感じ聞いた。何があったか?

 

「覚えておるか!助けた陸軍軍人の事を!」

 

「ああ。あれは仕方がなかった」

 

「お前を責めているのではない!……時雨、未来の息子は、 歴史改変以外に何か言っていかったか!」

 

父親は、時雨の肩を掴むと激しく揺すって来た

 

「ど、どうしたの!」

 

「何でもいい!未来の提督は、何かメッセージか何か言っていたか?特に浦田重工業について!」

 

 親父はまるで取り憑かれたかのように迫ってきた。余りの気迫に時雨は、手を振り払い、後退りした。いつもの提督の父親ではない

 

「親父、落ち着け。何があったんだ?時雨が怖がるだろ!」

 

 提督は落ち着かせようと父親に声をかけた。父親は心が落ち着いたが、今も警戒している

 

「そう言えば……未来の提督はこんなの事を言っていた。浦田重工業については『艦娘計画』が実現可能と知ったら、全力で妨害してくるだろう』って。会社の金儲けを妨害されるから、報復されるだろうって」

 

 時雨は父親に首を傾げつつも思い出したかのように言った。そうだ。僕達が誕生するであろう艦娘計画が実現可能になれば、会社は妨害してくるだろうと言われたのだ。それを聞いた博士は、真っ青になった

 

「おい、何があったんだ?説明しないと分からんだろ?」

 

「男性が持っていた荷物の中に小型のビデオカメラを見つけた。記録用だろう。それを見たが……状況は最悪だ。見るんだ!早く!これが真実だ!」

 

 博士は、不審そうに見ている息子と時雨をテレビの前に連れて行き、ビデオを再生した。映し出された映像を見て、時雨は驚いた。モーターボートに乗っていた男性2人だった。しかしモニターに映っている2人は軍服を着ており、何かを準備していた。小さな部屋の周りには銃や小型無線機などが散乱し、1人がビデオカメラに向かって説明してた

 

『私は西村軍曹だ。今回の任務は私と部下である河上伍長と一緒にある施設に潜入する。任務の内容は浦田重工業を探る事。既に1人は潜り込んでいる。我々の任務は、浦田重工業の企みを暴く事だ』

 

 

 

 我々は陸軍のある特殊部隊だ。部隊名、機動第2連隊。通称『502部隊』。本来は、対ソ連用に作られた特殊部隊だが、深海棲艦が現れた事によって我々の活動も大いに変わった。破壊や通信、情報収集、暗殺、爆破などの極秘作戦だ。うちのボス、中佐は何を考えているか検討もつかない。だが、我々がやっている事は日本のためだ。詳しくは知らないが、上層部の人間によって組織したらしい。最新の武器も道具も優先的に送られた。隊員も厳しい査定の結果で成り立っている。誤解しないでおきたいが、決して危険な思想のために結成したのではない。特高も警察も手が出せない企業の潜入。そうだ、あの企業はうちのボスである中佐が目を付けていた。部隊長も軍曹も気を付けろと言われた。あの企業、何かやろうとしているのか?

 

「西村軍曹、浦田重工業の従業員の制服を入手しました。IDカードも装備も万全です」

 

伍長の報告に西村軍曹は、頷いた。既に準備は整っている

 

「河上伍長、おさらいだ。任務の内容は?」

 

「はっ!今回は潜入任務です。浦田重工業の本社ビルに潜入し、計画を暴くことです」

 

私は頷いた。これが陸軍の中佐からの命令。疑問は数多くあるが、軍隊は命令に忠実だ

 

「浦田重工業の潜入において、厄介なのは警備員だ。あれは最早、軍隊だ」

 

「はい。ドイツ軍のようなヘルメットに見たことがない銃。拳銃の弾を防ぐ防弾装備などです」

 

「演習どころかクーデターの陸軍部隊でさえ負けた強者だ。暗殺も憲兵隊による不当逮捕もはね除けるほどの軍事力を持っている。今の陸軍は、浦田重工業の息にかかっている。非公式の任務だ。失敗は許されない」

 

 そうだ。初めは、浦田重工業の画期的なやり方に不満を持っていたものは多かった。しかし彼等は高度な技術を持ち、強大な軍事組織まで持っている。浦田重工業に歯向かう者は取り込まれるか、潰されるかのどちらかだ。陸軍の内、過激な一個師団が浦田重工業に対し売国奴と称して武力制圧に乗り込んだが、ことごとく敗れた。見た事もない自動小銃、遠くからでも正確に届く強力なロケット砲や迫撃砲、見たこともない軍用車両。夜襲も効果なし。現場の人間の証言によると同じく日本人なのに、まるでエイリアン相手に戦っているかのような錯覚に陥ったとの事だ。軍の暴走を跳ね除けた浦田重工業は、軍や政治家の賄賂や横領などの不正証拠をマスコミを通じて国民に暴いた。国民は政府や大本営に失望し、天皇ですら呆れられた。これによって政府は威厳を無くしたかに思えたが、面子を持たせたのは意外にも浦田社長だった

 

「確かに軍や政治家は間違いを犯した。しかし、私は問いたい。間違いは誰にだってある。私の最先端の技術ややり方に不満を持つものもいるだろう。だが、考えてくれ。彼等を止めた人はいるか?言う事を聞かない子供ば罰するだろう。社会でも犯罪を犯せば警察が捕まえ、法の裁きが行われる。私はそれをやっただけに過ぎない。これからは、より良い社会を築かなければならない。国民の皆さん、私は非国民でも売国奴でも愛国心でもない。当然の事をしただけ。そこで、私は日本のために働く人達を送ります。彼等は、今度の選挙に立候補します。あなた方が選挙に行くだけです。どちらが正しいのか?答えは出て来るはずです」

 

 この演説に誰もが拍手喝采だった。浦田社長は政界進出しなかったものの、彼を支援している政党の支持率は、格段に跳ね上がり実質政治を握っているようなものだ。お蔭で腐敗の原因となりうる汚職を行っていた政治家達は一掃された

 

 確かに浦田重工業のやり方は素晴らしいものだが、どうも好きになれない。とは言え、陸軍や海軍などの士官達の大半は、浦田重工業にべったりだった

 

 西村軍曹は浦田重工業について思い出していたが、河上伍長の声を掛けられて現実に引き戻された

 

「西村軍曹は浦田重工業をどうお思いで?」

 

「ん?やり方は問題ない。ただ完璧過ぎる。何か裏があるに違いない」

 

浦田重工業は完璧だった。いや、完璧過ぎた。政界進出しない割には、政治力が強い。風の噂では、国会議事堂に送り出した政治家達は、浦田重工業の指示で動いていると聞く。これが本当なら浦田社長は政治も長けていると言う事になる

 

「清掃道具に小型カメラを取り付ける。これで記録出来るだろう。中佐は確実な証拠が欲しいとの事だ。既に我々の仲間である日高軍曹が潜入している。監視カメラなどの警備システムは、何とか出来るらしい」

 

「好都合です。しかし、小型カメラも浦田製になるとは皮肉ですね」

 

 そうだ。民生品の大半は、浦田重工業が作り出した技術だった。小型カメラなんてどうやって作ったのか、私の理解を超えていた

 

 

 

「清掃業者の方ですね。浦田重工業へようこそ。今日の清掃場所の場所を教えます」

 

 浦田重工業の本社ビルに着き、いつものように正面玄関に入り、受付で警備員の説明に頷く私達。私達は清掃業者として浦田重工業に働いている。身元も名前も偽装だ。勿論、軍が用意したもので住民票も登録している。直ぐにはばれないだろう。金属探知機を潜り抜けると早速、仕事にかかる2人。いつも面倒くさい身体検査だったが、今回は違う。内心では、ビクビクしていた

 

(上手く行きましたね)

 

 河上伍長は目で合図したが、私は頷いた。正面玄関に立っている警備員が目を光らせている中で生きた心地がしなかった。何故なら警備員が持っている武器は、見た事がない銃だった。連射でき、かつ威力は高く命中率はいい。情報によると、突撃銃(アサルトライフル)という事らしい。つまり自動小銃という事だが、どうやってこんな銃が開発出来るのかが謎だった。軍でもようやく短機関銃である一〇〇式機関短銃を改良した短機関銃を開発出来たほどだ。浦田重工業の最新鋭の兵器ですら魔法のように出て来る。装備もまるで違う。ドイツ兵よりも立派な武装をしている。軍の支給品とは雲泥の差だ

 

「早く行きましょう」

 

 河上伍長もここは嫌な場所らしい。兎に角、仕事をするフリをしながら、任務を達成させなくては。とある倉庫に入ると掃除用具を取り出したが、その途中で分解していたものを組み立てる。小型カメラと記録するビデオ。そして護衛用の拳銃であるブローニングM1910にサプレッサーを組み立てると服に隠し持った。残念ながら、護身用の拳銃は自費だ。あの金属探知機を誤魔化すために清掃用具と一緒に紛れ込ませた

 

 金属探知機でも清掃用具まではかけない。だが、中身をチェックされるため第三者が見ても分からないように分解させた

 

「ここまでは順調だ。まずは社長室だ」

 

「しかし、監視カメラは大丈夫ですかね?」

 

「連絡は出来ないから、祈るしかないな」

 

 もしバレたら永遠に謎が解けない。しかし、時間も惜しいため実行した。あそこに行けば何か分かるかも知れない。トイレから出ると、清掃をするフリをしながら行く。何処にあるかは、分かる。見取り図も頭に入れている

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ」

 

 廊下を歩く際に挨拶する2人。人はそれぞれだった。研究員や作業員などの会社員と幾度とすれ違った。時には、警備員の集団とすれ違った。ここはかなり広い。歩くだけでも大変だった

 

「1ついいですか。ここって凄くいい所ですね。富豪の人は、こんなに立派なのですか?」

 

「ここの建物は、我々の常識を超えている。富豪と言うより、まるで近未来の建物だ」

 

 河上伍長が疑問に思うのも無理はない。確かに浦田重工業は大企業だ。大富豪なら見栄えの為に、何かしら高価な代物を飾っている。しかし、浦田重工業は見栄えよりも効率を重視しているのか作業場が立派だ。専門分野ではないが、工業機械も見たことがない。情報によると、コンピュータと呼ばれるものらしいが、どうやってこんな代物を作れるのかが謎だ。ドイツどころかアメリカですらこんなものは作れないだろう。この建物だってそうだ。高層ビルなんてどうやったら建造出来るのだろう?浦田重工業は魔法でも使えるのか?

 

「おい、そこのお前」

 

 急に後ろから声を掛けられた。私はどうしたのか?と言う風に振り返った。黒いヘルメットに自動小銃を抱えた人が、2人を従えてこちらに向かっている

 

「清掃時間になっているのに、サボっているのか?さっさとやれ。でないと首だぞ」

 

「すみません。実は社長室の清掃するよう言われたのですが、場所はどちらですか?」

 

「清掃場所が変わったか?エレベーターで24階まで行け」

 

 警備員は素っ気なく言うと、再び歩き始めた。廊下に消えるのを待って、私と伍長はエレベーターに乗ると24階のボタンを押した。幸い他の者が乗って居なかったものの、途中で止まるか分からない。また、バレる可能性もある。社長室が清掃場所の対象になっていない。あれは嘘だ。パトロールしている警備員は知らないらしいが、気付かれたら厄介だ

 

 

 

「バレる前に片付けるぞ」

 

 私は伍長に囁くように命じた。ここの警備員は、まるで陸軍並みに強い。常にパトロールしてるため難攻不落だ。しかし、情報は違う。どんなに秘密にしてもいすれはバレる。部下達が非正規社員として働いたお蔭で情報をある程度入手した。見取り図、工場の場所と生産内容、警備情報などは大まかに把握した。大まかとは、重要な部署や機密情報は流石に入手出来なかった。しかし、浦田重工業は何か企んでいる。そうでなければ、我々が潜入することはない

 

 エレベーターを降りたが、今度の廊下は誰も居なかった。いや、廊下の途中で扉があり、扉の前には警備員が二人いた。ある一角だけが厳重に警護されて、普通の人は入れない。どんな構造になっているかも知らない

 

 私は何もなかったかのように扉に向かって歩き出した。当然、警備員によって止められる

 

「待て、清掃業者が何のようだ?」

 

「社長室の清掃に参りました。確か社長は会議に出られる間に清掃するよう依頼されました」

 

 実は浦田社長が会議で一定時間は居ないことは確認している。ここまで厳重だと何かあるのか?警備員は不審そうに睨んだ

 

「確かに社長は会議室だ。しかし、清掃を依頼した事なんて聞かされていない」

 

「連絡されてない?おかしいなぁ。確か書類は――」

 

 私は何事もないような表情を作り、自然な動作で懐に手を入れた瞬間、直ぐに拳銃を抜き、ヘルメットを避けて警備員の頭を撃ち抜いた

 

「なっ!」

 

 もう一人が慌てて武器を構えたが、それよりも早く拳銃を向けて撃ち殺した。警備員二人は絶命し、糸が切れた操り人形のように倒れこんだ。勿論、サプレッサー付きだ。銃声はそこまで響いていない

 

「うっ……ううっ……」

 

「ここで吐くな!」

 

 伍長は口を押さえ目をそらせる。気を緩めれば吐いてしまいそうになるのを懸命に耐えている。人が撃ち殺されたのを間近見るのは初めてらしい

 

「しっかりしろ!数分で探すんだ!」

 

「は、はい……」

 

 警備員から扉の鍵を奪うと中に入った。警備員の死体は倉庫の片隅に置いておいた。もう後日の潜入任務は無理だろう。警備が厳重になっているはずだ。武器を手に取りたかったが、残念ながら荷物になるため置いておいた。バレる前に任務を必ずやりとげなくては!

 

 社長室は綺麗に片付けられており、誰もいない。会議に出ているのは情報通りだ。机の中や本棚を片っ端から調べたが、ほとんどどうでもいいものばかりだ

 

「軍曹、金庫があります」

 

 引き出しから書類に目を通した私は、伍長の報告に目を向けた。見ると、描けてある絵の裏にダイヤル式の金庫が埋め込まれていた。金目には興味ないが、念には念をだ

 

「開けられるか?」

 

「舐めないでください。これでも親は鍵屋ですから」

 

 河上伍長の両親は鍵屋である。勿論、ダイヤル式の金庫の番号忘れて開けてくれる依頼もあり、彼自身も入隊前にアルバイトとして仕事をしていたらしい。掃除道具から金庫開けに使う道具を取り出すと、金庫破りに入った

 

「時間は?」

 

「この金庫は市販です。すぐに開きます」

 

「急げ。余り時間はない」

 

 金庫は伍長に任せ、私は残りの書類に目を通したがどれも関係ないものばかりだ。設計図と帳簿ばかりだ。裏金や癒着の書類もあったが、どれもとうでもいいものばかりだ。我々は警察ではない

 

「軍曹、ちょっと来て下さい」

 

 部下の報告に私は目をやると驚いた。もう金庫は空いていた。伍長の腕に舌を巻いたが、今はいい。

 

金庫の中身は金も金塊もなかった。あったのは……何だ、これ?

 

「小型テレビですか?」

 

「その割にはタイプライターみたいなキーがある。説明書か、これは?表紙に何か書いてある。ラ……ラップトップ?……こんな英語の単語は知らんぞ。でも、調べてみる価値はある。これをもって帰ろう」

 

 よく分からない機械だが、何かヒントになるものがあるだろう。説明書と共に未知の機械を荷物に入れると、直ぐに金庫を閉めた

 

(まだバレていない。警備システムは、無力化したみたいだな)

 

 今のところ、潜入は上手く行っている。あの機械が手掛かりになるかどうか微妙だが、それは解析班の仕事だろう

 

「どうします?」

 

「まだ何かある。もう少し探るんだ」

 

 私は決断した。より多くの証拠を手に入れる必要がある。しかし、私はここで引き返ししておくべきだった

 

 

 

聞いてはいけないものを聞いてしまったのだから

 




おまけ
西村軍曹「準備は出来たな。何か忘れ物、もしくは持っていきたいものはないか?」
河上伍長「はい、段ボールとサプレッサー付きの麻酔銃は持って行かないのですか?」
西村軍曹「何に使うんだ?」
河上伍長「勿論、潜入任務です」
西村軍曹「いらん。麻酔銃に撃たれたら後遺症なしで眠るなんて空想だ。他には?」
河上伍長「特殊装備されている車や面白いスパイ道具は?」
西村軍曹「そんな物、ある訳ないだろ?他には?」
河上伍長「英国紳士のスーツは無いんですか?防弾性能がある傘とか」
西村軍曹「……お前がこの任務に志願した理由が分かったよ」


大日本帝国陸軍には、特殊部隊というものがいくつかありました。本作品ではその内の1つである『機動第2連隊』。通称『502部隊』
 史実では対ソ連のために結成された特殊部隊です。主に破壊や通信、情報収集、暗殺、爆破などのあらゆる技術に精通した精鋭部隊です。と言っても、本来の任務である対ソ連は行いませんでした
本作品ではその部隊の2人が命令によって潜入任務に当たります。浦田重工業へ……

残念ながら、スネーク(メタルギアシリーズ)やジェームズボンド(007シリーズ)、キングズマンのような戦い方は出来ません。そこはご了承下さい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 浦田重工業潜入任務 その2 ~浦田重工業の本性~

 社長室でよく分からない機械を入手した日高軍曹である私と河上伍長。立ち入り制限が掛かっている廊下を歩き始めた。武装した警備員と鉢合わせするのは厄介だが、ここは通る者は誰もいなかった。突然、ドアが開いて従業員が廊下に出るといった事も無かった。今日は休業だったか?そんな情報は無い。他の部屋を探そうとしたとき、何やら声が聞こえた。しかも複数。私は伍長に向かって手で合図し、伍長も了解した。声の発生源は奥の会議室だった。

 

(どうします?)

 

(廊下を見張れ。盗聴するぞ)

 

 あの会議室から何か情報が入手出来るかも知れない。外れだったら、さっさと退散するまでだ。余り音を立てずに会議室に近寄ると、会議室の壁にマイクを当てた。カメラで撮影しているが、確実な証拠を取るために小型のカセットテープレコーダーまで持ち込んだ。音を拾えている事を確認すると私は静かに録音ボタンを押した。伍長は辺りを警戒している。会議室から時折聞こえてくる会話の内容は、はっきりと聞こえる。恐らく、会議室は大きいのだろう。マイクを通じて女性の人が説明する声が聞こえていた。恐らく、浦田社長が雇っている秘書だろう。会社経営の会議かと思っていたが、次の言葉に私は絶句した

 

「……以上を持ちまして深海棲艦を使った米英攻撃プランを説明しましたが、いかがでしょうか?」

 

「大胆過ぎる。こんな事は可能なのか?」

 

 浦田重工業の幹部の人だろう。信じられない風に声を張り上げていた。この疑問に答えるべく、今度は浦田社長が説明していたが、こちらも尋常な説明ではなかった

 

「いいえ。これは、決して不可能ではありません。数年後には世界大戦が確実に起きます。想像を絶する理不尽な戦いが。それを防ぐためには、力を持ち過ぎた大国を叩かなければなりません。まずは国力が有り余っている、2つの国を徹底的に倒します。アメリカとイギリスの主要都市は勿論、工場、高速道路などの交通機関、軍港や飛行場などの軍事施設を爆撃します。ついでに大統領や首相なども暗殺します。両国は必死に反撃するでしょう。しかし深海棲艦には通常兵器は当然、効かないため一方的に倒す事が出来ます」

 

 会議室ではどよめいていた。この人は、何を言っているのか?軍事作戦会議か何かか?しかし、ここは民間企業だ。大本営でも軍の施設でもない。私の疑問を他所に浦田社長の声が説明を続けていたが、その後の説明も驚愕するような内容だった

 

「現在、深海棲艦の一個艦隊は我々の手中だ。しかも、空母も戦艦もいる。現在、特殊な手段を使って深海棲艦を従わせている。他の深海棲艦も加わる予定だ。深海棲艦を使って海を渡り、超大国を攻撃を実行する。皆さん、考えて見てください。陸に攻撃してこなかった深海棲艦である敵が、突然方向を変えたら?そして、呑気に陸地にこもって生活している政府官僚が突然、呆気なく殺されたら?」

 

 社長の演説で、幹部達のどよめきは静まり返った。私は息をのみ、伍長は警戒を忘れて聞いている

 

「国のリーダーを失った国民は、パニックだ。死傷者や被害で事態を収集出来ない。国民の怒りは、暴動を引き起こす。それに米国は丁度いい時限爆弾を抱えている。黒人にアメリカ先住民など多くの民族がいる。長年の人種差別で政府に不満がある者ばかりだ。彼等にこっそりと武器を渡す。ついでに独立させるやり方も。まあ、私から言わせれば勝手に内戦して貰いたいものだ。我々の仕事が、減るのだから」

 

 私は耳を疑った。確かに民族や人種の差別は、褒められたものではない。しかし、その解決策が血を流す戦いを引き起こさせるのは間違っている。人の命なぞ考慮していないやり方に呆然するしかなかった

 

「勿論、米英を叩きのめしたら、次は他の国だ。ドイツ、フランス、ソ連など我々は、好き放題に攻撃できる。この日本も例外ではない。我々の目的は、世界平和のためだ。もう国連や国際世論と言ったシステムは時代遅れだ。これは歴史が証明している。第二次世界大戦を確実に回避するためには、対話ではない。大国を立ち上がらせない程、徹底的に潰す事だ」

 

「しかし、社長。このやり方は、いずればれてしまいます。我々に疑いがかけられるのでは?」

 

「安心したまえ。私の配下である深海棲艦が、浦田重工業を攻撃する。彼女等の目的は、『仲間の非人道的な研究をされたことへの恨み』とすればいい。実際に深海棲艦に対して非人道的な研究はしていたからな。誰も疑わん。我々はワームホールに近いトラック島に移動する。イージス艦の出港と同時に。この国とはおさらばだ」

 

 ぎ、偽装?私は背筋が凍ったような気がした。イージス艦は海外に売り込むために出港させるのでは無かったのか?もはや、正気の沙汰ではない

 

「勿論、この国……いや、この世界に希望を残そう。『艦娘計画』を立案した『狂人』だ。彼は深海棲艦を研究し、対抗策として艦娘計画を推し進めていた。何でも軍艦に命を吹き込むだとか。まあ、そんな事はどうでもいい。私がマスコミや市民団体を通じて彼に批判するよう仕向けた。こんな時に世論は役に立つ。我々がこの国から離れたら、大本営は狂人に頼るしかない。だが、私はわざと完成させる時間を与える。艦娘計画が完成し、艦娘が生まれ戦力が十分に整い次第、今度は艦娘達を徹底的に叩く」

 

 希望を残す?艦娘計画は聞いたことがある。どうやら、スケープゴートされたようだが、なぜ艦娘計画を潰さないのか不思議でならなかった。しかし、次に続く言葉に私は唖然とした

 

「絶望と言うのは、遥か上から落とした方が効果的だ。今まで深海棲艦を倒して来たのに、ある日強くなって戦死者がうなぎ登りのように出たらどう思う?それも未知の攻撃で」

 

「なるほど!深海棲艦の近代化改装はそのためのプランなのですね」

 

な……?深海棲艦の近代化改装?改造するのか?

 

「この近代化兵器は艦娘達が持つ兵器よりも数世代進んでいる。イージス艦である兵器もそのうちの1つだ。威力も軍事力も違う。対抗手段なぞ無きに等しい。艦娘を率いる司令官が、ミサイルなどを装備している深海棲艦隊の攻撃によって一方的にやられる光景を目の当たりにすれば、呆然とするだろう。狂人の息子や艦娘は、戦死するまで何が起こってるか分からない。深海棲艦は魔法か何か使っているかと思うだろう」

 

 イージス艦が数世代先の兵器と聞いて、私は頭が混乱した。何を言っているのか、分からなかった。ただ、確かなのは考えている事が異常だった

 

「だが、念のためだ。『狂人』は近い内に暗殺する。しかし、彼の息子は生かしておく。悲願である父親が作り出された艦娘が、近代兵器によって無残に敗れる姿を拝む事になるからな。下手すれば、自殺するかもしれん。どうせ、狂人も艦娘も我々の計画のための生贄だ。さて、大まかな作戦はこのようなものだ。何か質問は?」

 

すると、幹部が再び質問して来た

 

「我が社の兵器は非公開になっています。しかし、その息子とやらが近代兵器の正体を見破られる可能性はありますか?また、近代兵器が艦娘に負けるような事は?」

 

この幹部の質問に社長は笑った

 

「ハハハ……それはあり得ない。艦娘のベースは、ある世界で起こった世界大戦時代に活躍した船だ。その頃の時代にミサイルなんてものは存在しない。電子機器も骨董品だ。兵器の性能も比べ物にならない。この世界もイージス艦が未来兵器であることにすら気付きもしない。それに取って置きのネタを明かそう。アメリカは莫大なお金を払ってイージス艦を欲している。しかしイージス艦というは、元々アメリカが作った兵器なのだ。皮肉なもんだろ?違う世界とはいえ、自分達が造ろうとしている兵器を買おうとするとは」

 

 この皮肉に幹部達は、笑っていた。楽しいと言った雰囲気だけでなく、まるで狂気の笑いだった。私も伍長も石のように固まって呆然としていた。そんな2人を他所に社長は自慢げに言っている

 

「マイクロチップでも開発されない限り、完全に兵器のコピーは出来ん。特に電子兵器の開発は、理屈が分かっても時間はかかるものだ。軍事技術はそれほどまで隔絶している。それに我々が造ったイージス艦は、ある日付が来たときに動かなくなるようプログラムされている。乗ってる海兵は何が起こったのか分からんだろう。あれは国から金を巻き上げる商売道具に過ぎん。まあ、あのイージス艦も劣化版だからな」

 

 私は話がついてこれなかった。日本を発展された浦田重工業が世界を攻撃?しかも、深海棲艦を味方につけている?どうやって?イージス艦が未来兵器?しかも、手抜きだと?浦田重工業のオリジナル兵器ではないのか?しかし、この情報だけで十分だ!もう長居は無用だ!

 

「録音はいい!帰るぞ!」

 

「は、はい!」

 

 伍長も私と同じく顔が真っ青だった。素早く機材を片付けると会議室を後に廊下を移動する。一刻も早くここから抜け出さないと

 

「軍曹」

 

「言うな!分かっている!」

 

 伍長は小声で質問してきたが、声が震えている。私も冷静を保っていたが、内心は違う。一刻も抜け出したかった。いくつもの任務をやって来たが、今回は私の予想の斜め上をいっている!

 

「あ、あああいつら……クーデターではなくて……深海棲艦を使って……世界を攻撃……」

 

「ここでしゃべるな!エレベーターに向かうぞ!」

 

 幸い廊下には人は居ない。エレベーターまで全速力で走りたい衝動を抑えているものの、早歩きで移動している。警備員が居た扉をくぐり抜け、後少しでエレベーターに着いたその時、後ろから突然、声をかけられた

 

「そこの清掃業者。仕事は終わったか?」

 

 私は振り返った。いつから居たのだろう。一人の男がさっき通っていた廊下に立っていた。顔は知っている。警備主任だ

 

「はい、終わりました」

 

「どこを掃除したんだ?」

 

「社長室です」

 

 穏やかな会話だが、空気は張り詰めているように重く感じられた。警備主任もドイツ兵のような装備を持っている。ニコニコと満面の笑みを浮かべながら一歩一歩近づいて来たが、私の十歩くらいの距離で止まると再び聞いてきた。私は急いで振り返りエレベーターを見た。まだ来ていない

 

「そこで何をしたのか?」

 

「ですから掃除です」

 

 なるべく平常心を保つよう返事をする。警備主任に疑問を持たれては厄介だ。しかし、彼の口からバカにしたかのような言葉を言って来た

 

「ここの監視カメラにバッチリ映っていたぞ。お前達のお仲間は既に殺した。随分と酷い事をしてくれたものだ。警備システムを破壊するとは。警報を鳴らさなかったのは、ネズミを逃がさないためだ。調べた所、清掃業者の2人の身元は不明。書類は全てデタラメ。何か収穫はあったか、502部隊の隊員さん?」

 

既にバレていた!相手がアサルトライフルをこちらに向けた直前、近くで鈍い音が聞こえ、警備主任が倒れ込んだ。伍長がサプレッサーをつけたM1910は発砲した。私は伍長を咎める気は無かった。既にばれているので逃げる必要がある

 

「エレベーターはダメだ!階段へ逃げろ!」

 

「はい!」

 

既に全速力で逃げる2人。長年、軍を勤めている軍人ならこういったパニックでも対処出来ただろう。しかし、伍長はともかく軍曹はパニックを抑える事が出来なかった。証拠を入手出来たのは良いが、中身が軍曹の理解を超えていたためだった

 

 

 

 銃に撃たれ仰向けに倒れた警備主任。しかし、何故か血は流れていない。それどころか起き上がったのだ。伍長が撃ち込んだ拳銃の弾は、防弾チョッキに阻まれただけでかすり傷すらつけられなかった。河上伍長は、防弾チョッキを着ている事を忘れていたため、心臓を狙ったのがアダとなった。冷静でいたならヘルメットを避けて頭をぶち抜く事が出来ていただろう。見た目で分かるのだが、先程の会議を聞いて気が動転していたからだ。2人が階段に逃げていくのを確認すると、無線で矢継ぎ早に連絡する

 

「こちら警備主任。侵入者を見つけた。別命があるまで、逮捕しろ。不可能と判断した場合は射殺を許可する」

 

 淡々とした命令。彼は笑っていた。いや、先程会った時の友好的な笑ではなく、嘲った笑いであった

 

 

 

 私と伍長は階段を飛び降りるかのように降りていった。不必要な道具は全て捨てた。既に正体はバレている。持っていても邪魔になるだけだ。しかし、武器とビデオカメラだけはしっかりと持っていた。18階目で警報が鳴り響き、アナウンスが流れ始めた

 

「警告。不審者が侵入。警備員は直ちに出動せよ」

 

 私は冷や汗で身体中ベトベトだった。普通、スパイというものに対して容赦はしない。死刑を禁止されている国ですら厳しく罰せられる。ここは会社だが、何をしてくるのか分からない。捕まったら、非人道的な拷問もするかも知れない。会議で世界を支配するとか言ってるぐらいだ。拷問くらいどうって事はない

 

 15階目まで来た時、私と伍長は急停止した。警備員達が来たのだ。しかも全員、完全武装である。ヘルメットに防弾チョッキらしきものと防弾性能があるかも知れない金属製の盾、そして自動小銃や短機関銃を構えて上ってきた。私と伍長の姿を見や否や、警告なしにいきなり銃を発砲してきた

 

「逃げろ!」

 

 咄嗟に階段を上がり、16階目の廊下を走る二人。会社員は何事かと振り向いた。中にこちらを捕まえようとする者がいる

 

「邪魔だ!どけ!」

 

 私はこちらを捕まえようとする会社員を投げ飛ばしながら駆ける。近接格闘には自信がある。伊達に軍人になったわけではない。投げ飛ばされた会社員は、悲鳴を上げたが、そんな事は気にしない。周りは右往左往したり、悲鳴を上げて逃げたりして騒がしくなった

 

「軍曹!前から警備員が!」

 

 残念ながら相手はその時間さえ与えてくれない。前後から武器を構えた警備員がこちらに向かって来る。動きや構え方が素人の動きではない。民間警備会社の警備員が、クーデターを起こした陸軍部隊に勝った理由がようやく分かった。帝国陸軍よりも凄いかも知れない。しかも、いつでも射殺する気でいる

 

「武器を捨てて両手を上げろ!お前たちは包囲されている!」

 

 警告の怒鳴り声に俺は、降伏する気は無かった。ここで死ぬ訳にはいかない。前後に展開する警備員達に対して、お互い背を向け合い私は拳銃を向けたが、自動小銃を沢山持つ警備員相手に勝てる訳がない

 

「軍曹、どうします!?」

 

 伍長は指示を仰いだが、声が裏返っていた。どうすればいいか迷ったが、向こうから1発の銃声が響くと同時に伍長が悲鳴を上げ倒れた

 

「おい、しっかりしろ!なぜ撃った!」

 

「警告に従わないからだ。次はないぞ!」

 

 伍長を一瞬見たが、右足を撃たれている。慌てて手当しようと手を伸ばしたが、自分の手に赤い光の点のようなものが、斑点のように浮かび上がった。身体を見ると自分の心臓の所に赤い糸のような光が照射されている

 

「最後の警告だ!武器を捨てなければ射殺するぞ!」

 

「軍人を射殺して済むと思っているのか!?」

 

「もう一度言う!武器を捨てて両手を上げろ!」

 

 最早これまでだ。この奇妙な光は、自動小銃の新たな照準か何かだろう。道理で陸軍は浦田重工業の警備員に勝てない訳だ。自決しても相手は、すぐに見破られる。私は負けを認めようとした時、破裂するような音が連続的に鳴り響いた。それが機関銃の音だと気づいた。何者かが警備員に向かって攻撃しているのだ。警備員は倒れながらも、応戦する。その隙に私は逃げようと伍長を引きずって逃げようとした。銃撃戦の中、確かに聞こえた

 

「西村!目と耳を塞げ!」

 

 気のせいかも知れない。そんなご都合な事は起こる訳がない。しかし、私はそれに掛けた。数秒後、塞いだ耳と閉じた目を通して眩い閃光と耳鳴りがするような爆発音が聞こえた。私はうっすらと目を開けると、警備員達は目や耳を抑えてうずくまったり、床に倒れたりしていた

 

 恐らく、暴動鎮圧用の閃光グレネードだろう。誰が投げたのか?いや、誰がこちらを味方しているのか?援軍は来ないはずだが

 

 不意に後ろから肩を叩かれ、私は反射的に銃を構えた。相手は警備員だが、抵抗するどころか怒られた。しかも、知っている声で

 

「バカ野郎!俺を撃つ気か!俺だ、俺!」

 

「日高!生きていたのか!」

 

 私は信じられなかった。警備主任から死んだと告げられた仲間の死。その日高軍曹が生きていたのだ。浦田重工業の警備員のユニフォームを来てるものの、顔は確かに同期である日高だ

 

「話は後だ!さっさとズラかるぞ!」

 

 二人は負傷している河上伍長を無理矢理立たせると、逃げ出した。警備員の怒号と銃声が廊下に響き渡り、三人に向かって銃弾の雨が降ってくる。

 

「これでも食らえ!」

 

 日高は手榴弾とスモークグレネードを投げて警備員の目を眩ました。これで時間を稼げるだろう

 

 

 

 何とか警備員達を振り切った私達。しかし、脱出するには地上に降りなければならない。そのためには、武装した数十人の警備員の目を掻い潜らなければならない。私は浦田重工業の本社ビルが、桃太郎に出て来る鬼ヶ島のように感じた。いや、鬼だったらどんなに良かったか

 

 

 

分かっている事は、敵は深海棲艦だけではない、という事だった




おまけ
イージス艦「みらい」と戦った米軍の感想

ハットン「とんでもない化け物だ」
グレイ「サジタリウスの矢は恐ろしい」
テイラー「戦艦ノースカロライナが負けるとは……」
ハワード「あの正体を突き止めた人には、5千万ドルの懸賞金を出そう」
etc……

一方、みらいでは……
菊池「アメリカがここまで『みらい』を評価するとは」
角松「くそ!『みらい』はそんな船ではない!」
菊池「角松……『みらい』は立派な戦闘艦だ。それは知っているはず」
角松「ダメだ。我々は海上自衛隊だ。大日本帝国海軍では――」
菊池「このイージス艦……元々、アメリカが開発したものだから、あまり説得力は……」
角松「それ言っちゃダメだろ!絶対に言うな!」
尾栗「何でジパングの作品では、誰も突っ込んで来なかったんだろう?」
アイオワ「何で『みらい』のイージス艦はDDH(ヘリコプター型駆逐(護衛)艦)なの?イージス艦は大抵、DDG(ミサイル駆逐(護衛)艦)よ。Why?」
梅津「大人の事情だ」
アイオワ「……」

 浦田重工業の本性がようやく露わになりました。深海棲艦が近代兵器を持っているかという謎の1つが解けましたね

 艦これSSにおいて現代兵器(主にイージス艦)をモデルとしたオリジナル艦娘が出てきますが、なぜか補給も修理もクリアしているというチートの設定が結構あります
 別にいいとは思いますが、半世紀ものの技術差を穴埋め出来る妖精はある意味凄いです。何せトランジスタや半導体などと言った電子機器を難なくクリアしていますから。例えるなら、江戸時代にテレビや冷蔵庫を難なく作っているようなものです。工廠は元からブラックだったのか?
 本作品でアイオワの未来記録(21~25話)で苦労したのは、それが理由です。技術差が余りに大きいため満足な近代兵器が造れなかったためです。技術差は流石に穴埋め出来ませんから。と言っても、電波妨害装置(ECMポット)やF-100スーパーセイバーなどを作っていますから、それでも十分なチートです。また、ミサイル防御も教えています

 余談ですが、自衛隊の兵器は、大半がもともと米軍から貸与されたものか、技術供与されたものが多いです。ですから、ジパングでは見方によっては、皮肉な戦いをしています

よってみらいの正体を突き止めようとした米兵達は、大戦後にはこう思っているかもしれません

「『みらい』という軍艦。うちが造ろうとしている兵器(イージス艦)と似てないか?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 浦田重工業潜入任務 その3

「すると、死んだふりをしてたのか?」

 

「ああ。気絶しただけだ」

 

 近くの倉庫に隠れた私達は、日高軍曹がなぜ生きていたか聞きだした。日高曰く、私と伍長が侵入している際に、監視カメラの制御室を確保し警報装置を解除していた。上手く監視カメラの係員として就いていたが、ばれたとの事。どうやら、警備主任が時間と金をかけて正体を見抜いたらしい。浦田重工業は手を招いていなかったようだ。胸に3発銃弾を受けたが、撃って来た弾が拳銃だった事。万が一のために心臓付近にこっそりと在庫から奪ったソフトアーマーという防弾チョッキを着こんだため銃弾が人体に入り込まなかったこと、そして血糊を使って死んだと思わせ、主任が消えたと同時に素早く片付けた事……

 

 

 

「お蔭で肋骨が骨折したんだろう。息する度に激痛が走る。あのソフトアーマーというやつ、衝撃まで吸収してくれなかった」

 

「証拠をつかんだが、やつらは普通じゃない。早く中佐の元に」

 

 事情がわかった私は切羽詰まったかのように、会議室での出来事を簡潔にに伝えた。日高は困惑したようだ。無理もない。一企業が、世界を破滅させるなんて誰も思わない。まるで、お子様のヒーロー番組でやってる悪役が、実際に現れたかのようだった。しかし、その議論は後だ。今は脱出に専念するのが先決だ。いつまで潜むわけにはいかない。遠くから警備員の怒号と足音が、段々と近づいていくのがわかる

 

「陸はダメだ。もう道路は封鎖されている。しかも、装甲車まで出撃している」

 

私は落胆した。とてもじゃないが、3人で突破できると思えない。

 

「しかし、海なら何とかできる。港と隣接している。警備用だろう。数隻のモーターボートがあるから、それに乗って逃げればいい」

 

「ちょっと待ってください!深海棲艦がウヨウヨしていますよ!」

 

 日高の提案に河上伍長は、呆れるように意見具申した。正気の沙汰とは思えなかった。だが、日高は伍長の服を掴むと睨んだ

 

「いいか!そのために給料貰っているんだろうが!それしかない!ここで死ぬか、バカな事をやって逃げるか!いい案があるなら聞こう。但し、降伏以外だ!」

 

鬼の形相のように睨まれた河上伍長は、狼狽した。もう策はない

 

「港に行こう。隠れている場所もバレる。案内出きるか?」

 

「庭みたいなものだ。後、その格好でうろつくのは不味い。整備服しかなかったが、これで我慢しろ」

 

 

 

 残念ながら、警備員のユニフォームは入手出来なかったらしい。整備服である以上、武器を堂々と持つ事は出来ない

 

「ところで、お前が持ってる銃は何だ?自動小銃なんてうちには無かったぞ?」

 

「M16A4というものらしい。他にももっと凄い銃や兵器がたくさんあるぞ。これでは、陸軍は浦田重工業の警備員に負けるわけだ」

 

 日高はニヤリと笑ったが、私は首を傾げた。銃の事は色々と熟知していいたつもりだが、M16A4なんて聞いたこともない。これ程凄い兵器があるなら、他国でも開発してもいいはずである。しかし、その疑問は無事にここから脱出してからの話だ。謎解きは後からやってからで十分だ

 

 

 

 私と伍長は、整備員として再び廊下に歩いた。帽子をかぶっているため直ぐにはばれないだろう。監視カメラである警備システムは、日高が壊したと言う。しかし、それも直ぐに復旧するだろう。船場まで相当距離があるため、気付かれずにつくには簡単ではない。廊下には、警備員が沢山居る。会社員や従業員は警備員の誘導によって避難しており、他の警備員は2人以上の集団で不審者を捜索している。不審者とは当然、私達だ。階段は無理だ。通路が狭い上に、鉢合わせしたら助からない

 

「不味いです。警備員のユニフォームがないと突破出来ません!」

 

「いや、警備員にはそれぞれ写真つきの身分証を携行されているから服をを奪っただけでは無理だ。着ている服も特殊で入手出来なかった」

 

 つまり銃や兵器だけでなく、兵士の服まで特殊という訳か。どうしたら、こんな異質な軍隊を作れるのか?些か謎だった

 

「無い物をねだっても仕方ない。と言っても、ここに隠れてもいずれは見つかる。何とか1階まで行き、隣接する港まで行かなきゃならない。ここは、負傷したふりをしよう。幸い、怪我人がいるから」

 

 皮肉った案で日高も伍長も頷いた。怪我の功名というのか?伍長はうたれた右足に包帯を自分の血で赤く染めると、再び巻いた。酷い怪我を見せるためにはそれしかない

 

 

 

 

 

「おい!助けてくれ!従業員が不審者に撃たれた!」

 

日高の怒鳴り声で武装した警備員は、駆けつけた

 

「俺は敵じゃない!整備員が危ない!早く治療を!」

 

「何処へ逃げた?」

 

警備員達を率いる隊長が、声を荒げる。血眼で探しているのだろう

 

「階段を上って上へ逃げた!それよりも早く整備員の治療しなきゃならんだろう。診療所は何処だ?」

 

「エレベーターに乗って1階まで行け!……聞いたな!進め!」

 

 警備員は吐き捨てるかのように言った後、一同は階段へ向かう。どうやら、侵入者の顔までは全員に行き渡っていないようだ

 

「こっちの顔を確認せずに行きましたね」

 

「ああ。憲兵だったら、確認していたぞ」

 

 皮肉っぽく言うと、私達は直ぐにエレベーターに乗る。下へ行くボタンを押し、扉が閉じると同時に安堵の声をあげる

 

「何とかやり過ごしまたな」

 

「いや、下の警備は厳重だ。着いたと同時に、裏口へ行くぞ」

 

 私は耳を疑った。敵もそれを予想して配置しているのではないかと。日高は、私の顔色を伺ったのだろう。

 

「心配するな。いざとなったら……」

 

 潜入任務に当たる隊員は、自決用に青酸カリを持っている。しかし、中佐は非常時のみ使え!と厳命された

 

「1階だ。再び負傷者のように振る舞え」

 

日高の忠告に河上伍長は再び負傷したふりをし、私は伍長の腕を肩に回した

 

 エレベーターの扉が空くと同時に助けを求めた。あくまで、我々は不審者によって負傷した整備員と警備員だった

 

「助けてくれ!不審者に相棒が撃たれた!」

 

「痛い!誰か」

 

「診療所は何処だ!?まだ従業員がいた」

 

1階で待ち受けていたのは、銃を構えた警備員達だった。私達の悲痛な声で警備員達は、銃口を下ろした

 

「全員、撃つな!……大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ!それよりも診療所は?」

 

「外です。お前、案内させろ!」

 

 我々を不審者とも思わず警備員に案内された。その間に警備員の装備を見たが、どれも舌を巻くものばかりだ。見たこともない自動小銃、演習で陸軍の戦車をスクラップにさせた対戦車ロケット砲、見たこともない装甲兵員輸送車……。どうやってこんな兵器を造ったのだろうか?しかし、そんな謎解きは必要ない。上手い具合にビルの外側に出ることが出来た私達。適当に車を奪ったらどんなに良かっただろう。車に向かう際にある人物がいた。あり得ない。そんな!エレベーター付近で伍長に撃たれた警備主任が、警備員を指揮しているのだ。つまり、あれは倒れただけで死んではいない。くそ、防弾チョッキで生き残ったのか!

 

 だが、幸いにも警備主任は部下に向かって指示を出していたため、こちらに気づいていない

 

「不味い。早く港に」

 

私は警告する間もなく、警備主任がこちらを向いた。私の顔を確認するとニヤリとした

 

「バレた!逃げるぞ!」

 

 私の警告より早く、日高は警備員に向けて銃弾を浴びせた。M16A4から発射された弾丸を食らった警備員の数人は身を捩らせて絶命する。しかし、他の警備員は警備主任の指示の指揮下の元、即応体制を取って反撃した。私は警備員達の動きに舌を巻いた。素早い動きで物陰に隠れると自動小銃を構えて撃って来た。私は肩にタマを浴び倒れてしまった

 

「逃げろ!港に逃げろ!」

 

 スタングレネードを投げながら、港に向かう一行。私は急いで立ち上がると2人の後を追った。肩に激痛が走るが、そんな事で一々立ち止まっている訳に行かない。追跡して来た警備員は日高軍曹によってスタングレネードに阻まれたお蔭で振り切る事が出来た

 

「邪魔だ!」

 

 港に向かう途中、前方から躍り出た2人の警備員が銃を構えるよりも早く拳銃を撃つ私と伍長。数発受け、2人の警備員は倒れ込んだ。しかし、防弾チョッキを着ているせいでそう簡単には絶命してくれない。日高軍曹は殴って気絶させると、警備員が持っていた武器と弾倉を私と伍長に渡した

 

「これを使え!」

 

「どうやって使うんです!?」

 

「走りながら教える!急ぐんだ!」

 

 怒鳴り声と銃声が響き渡る中、私達は港の倉庫に走りながら向かった。前方にくる敵は確実に倒しておいた。射撃の腕はこちらの方が上だ。しかし、数が多い上に自動小銃を持った敵を強行突破するのは難しい

 

「クソ!敵が多すぎる!」

 

倉庫の前に止まっていたトラックに身を潜める私達。後少しという所で、着くと言うのに!

 

「伍長、敵の数は!?」

 

「十人以上います!」

 

 もう手榴弾もない。潜めながら銃撃戦を行うしかない。しかし、こちらが一発撃つたびに雨のように反撃してくる。何とか警備員を排除しなければならない。そう思い、トラックの影から様子を伺っていたが、3人の警備員が新たに加わって来た。増援らしいが、3人とも何か長い筒のようなものを携えている

 

「あの3人を狙え!」

 

 日高軍曹が必死の形相で長い筒のようなものを狙っている所を見ると、相当ヤバイものなのだろう。M16A4という自動小銃で狙ったが、この銃は素晴らし過ぎた。距離が離れているにも拘わらず、面白いように当たる。しかも、強力だ。1人が大きな筒を肩に担いだままうつ伏せに倒れたが、その直後、うつ伏せに倒れた隊員から大爆発が起こった。周りにいた警備員は、その爆発に巻き込まれ、運よく逃れた者は2人しかいない

 

「何なんだ!今の!」

 

「無反動砲という奴だ!あの野郎、トラックと共に吹き飛ばす気か!」

 

 日高軍曹はあの兵器を何なのか知っているらしい。生き残った2人を倒すと、武器の鹵獲に当たった。日高軍曹が言っていた無反動砲も手に入れた

 

「こいつは何なんだ?」

 

「カールグスタフというロケット砲だ。俺も詳しくは知らんが、対戦車用の兵器だ。こんな兵器が沢山ある」

 

「何処が開発したものだ?アメリカか?」

 

 名前からして米国製かと思ったが、日高軍曹はかぶりを振った。アメリカどころか世界中でこんな兵器を開発、採用している国も軍隊もいないのだと

 

「では、何なんですか?これらの兵器は?」

 

「それが分かれば苦労しないわ!それより、追っ手が来る!時間稼ぎはする!早く逃げろ!」

 

 私は河上伍長と顔を見合わせた。まさか、囮になる気か?

 

「ダメだ!中佐が言ってただろ!生きて帰れと!」

 

「俺はダメだ。さっきの銃撃戦で腹にタマを食らった」

 

 私は日高の腹に眼を向いたが、唖然とした。着ている黒い服はみるみる赤く染め上げている。止血は無理だろう

 

「お前たち、早く港へ行ってボートを奪うんだ。モーターボートが数隻ある。出来るだけ深海棲艦がいる海を高速で横切れ!そうすれば、追いつけないはずだ!」

 

「それは自殺行為だ!」

 

「変えなければ、死ぬのは一人じゃ済まなくなる。早く行け!ここは食い止める!ロケット砲は持っていけ!」

 

日高は残骸のトラックの影に隠れて座ると、弾倉を取り出し残弾数を数えている

 

「分かった。また、会おう」

 

 私は伍長と共に港へ向かった。モーターボートは難なく手に入った。従業員がいたが、威嚇射撃すると逃げ出した。私は腰を抜かしている従業員に銃を向けると脅した

 

「おい、お前!使えるモーターボートは!」

 

「あ、あれです。ですから、命だけは!」

 

 早速、モーターボートを乗り込むと全速力で沖合いに向かった。捕虜は逃がした。邪魔になるだけだ。港から追いかけて来た警備員がこちらに銃を向けて発砲したが、私が乗り込んだモーターボートは、既に射程外にいた

 

 

 

「追撃を振り切るため深海棲艦がいる海域を突破します」

 

「……」

 

「軍曹!どうかしましたか!」

 

私は思っていた事を口にした。浦田重工業を脱出した時から違和感があった

 

「陸軍をも退ける力を持っている割には、呆気なく脱出出来たな」

 

「予想外だったんでしょう!駆逐イ級の軍団がこちらに来ます!捕まってください!」

 

 まるでわざと逃がしたような感じがあったが、今はそれどころではない。いや、気のせいであって欲しい

 

 

 

 その後、モーターボートに乗った西村軍曹と河上伍長が深海棲艦の追撃から逃げ周る事になった。逃げ回った挙句、危うく命を落とす手前で救難無線を発信させた。海に逃げたのはいいものの、場所が分からなかったからだ。もう手遅れであり諦めた所、まさか本当に救助が来てくれるとは思いもしなかった。おかしな武器を身に纏い、海を駆け、深海棲艦を倒す少女が来てくれるとは夢にも思わなかった

 

その少女こそ、救難無線を偶然拾い、助けに来た時雨だった

 

 

 

 一方、本社ビルの港付近では銃撃戦が未だに行われていた。日高軍曹は予想以上に抵抗していた。単発射撃で応戦していたが、何しろ警備員の数が多すぎる

 

「くそ!掛かってこい!」

 

 私はロケット砲を構えて狙ったが、木枯らしの音がすると同時に自分の体は宙を舞った。変な音が聞こえなかったかかと思うと激痛が身体中に走った。大砲か何かをこちらに向けて撃ったのだろう。しかし……さっきのは迫撃砲を使ったのか?

 

 目が霞んで景色がぼやけたが、やがて視界が回復した。警備員達が銃をこちらに向けて構え囲んでいる。持っている武器は、奪われてしまった。立とうにも、力が入らない。右足が変な方向に向いている事から、抵抗は無駄だろう。そんな中、警備員達を掻き分けるかのようにある人物がやって来た。浦田社長だ

 

「最近の帝国陸軍は、泥棒もやっているのか?」

 

「お前達の悪事を暴くためだ」

 

 日高軍曹は吐き捨てるに言った。どうせ自分は助からない。だが、西村軍曹達が無事に逃げるよう心から祈っていた。それを見透かされたのだろう。浦田社長は眉をつり上げた

 

「逃げた2人を心配してるのかね?おかしいと思わなかったか?なぜ、容易に脱出できたのかを考えた事はなかったかね?」

 

 日高軍曹は、狼狽した。まさか、わざと見逃した?しかし、あり得ない。深海棲艦がウヨウヨしている海域の中を追跡するなど不可能だ。焦る日高軍曹に浦田社長は言葉を続ける

 

「陸は封鎖されている。なら、深海棲艦がいる海域なら追跡出来ない。戦わずスピードを出しながら逃げれば、突破出来るかも知れない。僅かな可能性を掛けたか。大した冒険心だ。だが、甘い。私は予想外の出来事をうまく対処出来るのだよ。我々は、深海棲艦がいる海域の中を航行できる力を持っていると言ったらどう思う?」

 

 日高軍曹は愕然とした。深海棲艦がいる海域に入れば追跡出来ないと思われていたが、逆に裏目に出た事を。そして、もう1つの人物を見て日高軍曹は発狂しそうになった。あり得ない、あり得ない!人類と敵対してるはずの『あれ』が、なぜ浦田社長の隣にいるんだ!

 

「酷い顔だな。だが、この謎はお前には永遠に解けない。お前は、うちの警備会社の社員になって潜入したとは言え、非正規社員で入った。しっかりと調べるべきだったな……射殺しろ」

 

 日高軍曹は、銃声が聞こえたと同時に頭をバットで殴られたような痛みに襲われた。しかし、その痛みは一瞬で、彼の意識は闇の中へ消えていった。彼が見た事は残念ながら西村軍曹達に伝える事が出来なかった

 

 

 

 勿論、記録用の映像を見ていた時雨も提督も知らない。なぜなら、記録用のビデオカメラは西村軍曹がずっと持っていたのだから

 




おまけ
日高軍曹「くそ、コマンドーのようには上手く行かないか」

もうすぐ冬イベがやって来る。次話の投稿が遅れるかも知れません。その場合は、ご了承下さい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 襲撃

 記録用の映像を見た提督と時雨は、思考停止に陥った。陸軍軍人が浦田重工業を偵察していた事には驚いたが、浦田重工業の陰謀の方が強い衝撃を受けた。特に会議室から聞こえた社長の演説に、愕然とした。世界を攻撃しようとする事には驚いたが、その方法がまさか深海棲艦を操って攻撃を行うという計画に暁天した。しかも、計画の内容が未来の記録と類似しているのだ。こんな事あり得るのか?

 

「嘘だろ!」

 

提督は大声を上げた。深海棲艦を撃破する兵器を開発した優良企業が、実は世界を攻撃する過激な企業という事にショックを受けていた

 

「そんな!世界を攻撃するって……!未来の提督はこんな事を言っていなかった!」

 

時雨も提督に負けずに喚いた。しかし、博士は首を振った

 

「いや、これは事実だ。世界が混乱し人々が苦しんでいる中、奴は私腹を肥やしていたのじゃ!」

 

「偽物ではないのか?」

 

提督は訝し気に聞いた。提督も予想外の出来事についていけない

 

「偽物にしては、出来過ぎだ!そもそもお前……会議室の計画と未来の記録と類似しておる事に気がつかなかったのか?陸軍が、こんな巧妙な偽物を造れるか?」

 

提督の父親の指摘に、提督は狼狽した。確かにそうだ。軍は確かに艦娘計画を知っているが、時雨が未来から来た事は知らない。知っていたら、何かしらアプローチがあるはずだ。わざわざ偽物を作って会社を陥れるなんて普通に考えてあり得ない

 

「クソ!まさか!」

 

 提督は歯ぎしりし、両手は拳を作り握りしめていた。部屋は気まずい空気が漂い、沈黙がした。長く続くと思われる沈黙を破ったのは提督だった。父親から散弾銃を奪うと弾を込め始めた。父親は狼狽したが、息子を非難したりしなかった

 

「時雨、荷物をまとめろ!」

 

「提督、どうしたの?」

 

 提督の顔色は、蒼白だった。口調も未来の提督と同様で切羽詰まった命令だった。焦りによって早口で命令する時と同じだ

 

「いいからまとめるんだ!聞こえなかったのか!?」

 

「提督、どうしたの!」

 

 時雨も声を荒げた。足元から恐怖が沸き上がるのを感じた。もう時雨自身も分かっていた。しかし、現実から目を背けたかった。こんな事はあり得ないと否定したかった。だが、提督の言葉は非情なものだった

 

「観艦式に行くんじゃなかった!あの時にどうやったか知らないが、お前の正体に気付いていた。秋祭りの時の交通事故!あれは、お前が人間かどうか確かめる手段だ!何で今まで気がつかなかったんだ!」

 

「提督……そんな事は――」

 

「もうお前自身も分かっているだろ!俺達と艦娘達はエサだ!全て計画されていた!お前が体験した未来の戦争は、浦田重工業が世界を支配するための見せしめだ!俺達は全て奴らに利用されていた!」

 

 時雨は目の前が真っ暗になった。時雨は最悪の考えにたどり着いてしまったが、それを受け入れる事が出来なかった

 

「多分、未来の俺は薄々と気付いていたかも知れない!だが、証拠が無かったんだろう。深海棲艦は怨念のような存在とは言え、人間のように知能を使って攻撃するなんて信じられなかったに違いない。そうだ。ミサイルと呼ばれる兵器を使える時点でおかしい事に、俺は気がつかないなんて!あれは、バックアップや科学知識がないと運用出来ないはずだ!」

 

 アイオワが不思議がっていたのも頷ける。アイオワは深海棲艦が、どうやってミサイルやジェット戦闘機などの未来兵器を使えたのか分からなかった。『Warは奇跡など起こらない』と未来の提督に言った言葉は、当たっていた。劣化版とは言え、イージス艦を造った程の科学技術を所持している企業だ。ジェット戦闘機や現代化改修なぞ、容易い事だ

 

「なんて事だ。クソ、まさか……!」

 

博士も吐き捨てるかのように言った。時雨はどうしたらいいか分からず、オロオロとするだけだ

 

「早く逃げないと!もう、ここは監視されているだろう!真実を知ってしまったからには、口封じのために殺される可能性だってある!」

 

「しかし、建造ユニットはどうする?」

 

「この別荘ごと爆破するんだ!時雨の正体くらい、奴らは見破っているはずだ!奴らは、そう簡単に見逃してくれない。研究資料があればまた造れるだろ?俺は、時雨を連れて直ぐに逃げる!俺も危ない!」

 

 博士は建造ユニットに目を向けたが、本当に爆破していいのか迷ってしまった。折角、ここまで完成した。それを破壊するのか?確かに爆薬は造れるが……

 

「でも何処へ逃げるの!?」

 

時雨が提督に質問をしたその時、風もないのに扉が僅かに開いた。次に聞こえたのは、何か金属のようなものが転がる音だった。扉から転がって来た何かを3人の眼は集まったが、それは石でもなかった。細長い金属製のもの。しかも、この形は……

 

「手榴弾!」

 

 博士の警告よりも早く、スタングレネードは炸裂。眩い光と大音響の炸裂音によって3人の視力聴力を奪われた。その間に何者かによって押し倒され、押さえつけられた。視力聴力が回復した時雨は見た。浦田重工業の潜入した時に陸軍軍人達が撮影していた警備員達に押さえつけられ、銃口を向けられていた。警備員は完全武装しており、いつでも引き金を引けるように構えている。提督は、スタングレネードを食らったお陰で落としてしまった散弾銃を拾おうとしたが、警備員に殴られた

 

「動くな!妙な真似をしたら射殺する!」

 

決して脅しだけではない警告。銃を突きつけられたため、手を上げて降参する時雨達に、ある人物が入ってきた。浦田社長だ

 

「全て見たぞ!」

 

「何をかね?」

 

 警備員に抑えられながらも提督が吠えた。しかし、浦田社長は噛みついて来た怒りを聞き流した。時雨は信じられなかった。日本のために発展させた大企業が、まさかこのような事をするとは思いもしなかった。だが、彼の反応を見る限り、陸軍軍人が撮影した映像の信ぴょう性は高い。信じられないが、浦田重工業の陰謀は恐ろしいものだった

 

「お前の企みも計画も!人類の敵である深海棲艦を従わせて、世界を攻撃するなんて。お前は怪物だ!」

 

「それは陸軍が作った偽物だ。わが社を陥れるための偽映像だ。あんな馬鹿な連中が造ったものを信じるのか?」

 

「どうかしてるぞ!イージス艦とやらを造ったのは、人類を救うためではなかったのか!?」

 

 博士も叫び襲い掛かろうと怒鳴ったが、残念ながら彼は浦田重工業の警備員に取り押さえられている

 

「そうだ。人類を救うためだ。そのためには、犠牲も必要だ。艦娘計画というバカげたことをしなければ、雇ってあげていたものを」

 

 博士は信じられない目で浦田社長を見た。深海棲艦を研究するために、浦田重工業は彼を支援した。しかし、途中で支援は打ち切られてしまった。まさか、艦娘計画を立案したからわざと打ち切られたのか?

 

 浦田社長は時雨に目を向けた。時雨は、未だに現実を受け入れる事が出来なかった。テレビでも会社見学で会った際の人当たりの良さそうな表情は消え失せ、警備員共々家畜でも見る様な無感情の瞳で時雨を見下ろしている

 

「こいつが……そうか。装着させろ」

 

 警備員が時雨の艤装を持って来させると、時雨に装着させ強引に立たされた。何をするか分からなかったが、次の瞬間、浦田社長は警備員から自動小銃を受け取ると時雨に向けて連射した

 

「うああああ!」

 

 艤装を装備したお蔭で今の時雨は、耐久力は駆逐艦同様であり、自動小銃には効かない。しかし、痛みは当然あるため今の時雨は、腕を交差させ自動小銃から撃ち出された弾丸の暴力を耐えるしかなかった。だが、自動小銃の弾倉は多くはない。弾切れになり撃ち終えたと同時に時雨は、砲を浦田社長に向けたが、警備員に殴られ再び床に倒れ込んだ。艤装も呆気なく外された。艦娘を知らないはずなのに、なぜ外し方を熟知しているのか?

 

「なるほど、これが艦娘か。本当に実在するとは。兵器に命を吹き込んだか。流石だ」

 

 

 

 時雨は浦田社長から逃げようとしたが、警備員に押さえられて逃げれない。人に対してここまで怖い思いはしなかった。未来のゲリラに比べ物にならない

 

「お前の狙いは何だ?」

 

「観艦式で言った通りだ。『これからは団結して立ち向かわなければならない。そのためには人種、宗教、思想などと言った壁を乗り越える必要がある』。それを実行するだけの事。自己満足のために世界大戦を引き起こす国を叩くだけだ」

 

 提督は浦田社長の言っている事が分からなかった。この人は、何を言っているのだろう。何を目指しているのか、提督には全く理解出来なかった。そして、内心ではある事に気付いた

 

(こいつが……未来の俺と艦娘を攻撃した。では、ゲリラなどの反艦娘団体は……)

 

 まさかとは思った。信じたくはないが、浦田社長なら実行しているだろう。いや、未来ではしていたに違いない

 

 反艦娘団体と名乗るゲリラは、実は浦田重工業の手下だと。深海棲艦に通じて指示を出せば、可能だと。地対艦ミサイルがいい証拠だ。あんな軍事兵器を一般人が作り出せる訳がない。ゲリラの本人達は、深海棲艦と組んでいると思っているかも知れないが、実は浦田重工業の操り人形であるに気付いていない。汚い手段で、未来の自分と艦娘を地獄に突き落とした張本人である浦田社長に、提督は彼を怒りを向けた。浦田社長は、彼がなぜ怒っているか分からないが、どうでもいいような感じで受け流していた

 

「やれやれ、その顔だとお互い理解するのは不可能だ。結構な事だ」

 

 浦田社長は、提督を一瞥すると時雨に目を向け近づいた。時雨は浦田社長から逃げようとしたが、警備員に拘束されているため逃げる事が出来ない

 

浦田社長は時雨の前に立ち止まり、しばらくの間、時雨を観察していたが、次のように警備員に命令した

 

「その女を連れてこい。確かめたい事がある。『狂人』よりも良い返事が出来るかもな」

 

「よせ!何処へ連れて行く!?」

 

 提督は止めようと立ち上がろうとしたが、警備員に押さえつけられて身動きが出来ない。その間に時雨は、両手に手錠を掛けられた。抵抗しようとしたが、相手が悪すぎた。艤装は装着されていないため、今の彼女は人間の少女と同じだ

 

「提督!博士!」

 

 拘束され警備員に引きずられながらも提督と博士の名を何度も呼んだ。もう、会えないかも知れない。ふりきろうとしても警備員の力は強すぎた。それでも時雨は抵抗する。振りほどこうともがいているとき、後頭部に強い衝撃を受け床に倒れ伏す。混濁する意識の中、首筋にかけ血の生暖かい感触が伝わっていくのを感じた

 

 時雨の抵抗に手を焼いた警備員は、警棒を取り出し思いっきり時雨の頭を殴ったのだ。その間に地面に倒れた時雨を物か何かを引きずるように連れ回すと、ある場所に強制的に座らされた

 

「う、うう……」

 

 痛みで呻く時雨。幸い骨折までには至っていないが、体中が痛い。眼を開けると自分は、車に乗せられている事が分かった。博士の別荘には、見たこともない軍用車両が4台止まっており、周りは警備員が警戒をしていた。提督の言った通り、既に監視されていた

 

「やり方が手荒いぞ。丁重に扱え。研究室に向かう」

 

 浦田社長は時雨を再び観察したが、直ぐに別の車に乗るために移動した。時雨は抗議の声をあげようとしたが、近くにいた警備員に注射器を撃たれた。時雨が覚えている事は、そこまでだった。睡眠薬か何かだろう。意識が段々と遠のいていく。目を開けようと抵抗しようとしたが、残念ながら薬の方が強力だった

 

「提……と……く……」

 

時雨は呟いた後に意識を失った

 

 

 




艦娘「大本営もブラック提督も酷い!こき使いされまくっている!人間は敵だ!」
普通(?)のオリ主「それは可愛そうだ!俺が助けてやる!」
艦娘「ありがとう! 何て優しいんだ! オリ主についていくよ!」

艦娘「敵が強いし、人間も酷い仕打ちをして来る! 誰か助けて!」
浦田社長「知らん。さっさとくたばれ。従える事が出来た深海棲艦で十分だ」
時雨&提督「「コイツ最悪だ!?」」


 陰謀を知った者は、消される運命。まあ、よくありますね。アメリカはエリア51で墜落した宇宙船と宇宙人を調べているという陰謀を知った者は、消されるというらしいですし(スットボケ)
 実は初めは政府のある組織の陰謀という設定を考えていましたが、それはほら、他のSSのオリ主に対峙する敵や史実以上の悪に染まった大本営達が散々やっている事ですし……。深海棲艦を従うオリ主さんも、本当に人類の敵なのか?と思うほど、何故か艦娘には優しく設定していますし……
 国も悪事を働く世の中です。民間企業だってよくやっています
あれこれと試行錯誤した結果、浦田重工業という表向きは善良な民間企業。裏では悪徳企業という別の敵が出来上がりました

それはそうと、冬イベがいよいよ開始されました。前にも書きましたが、投稿が遅れる可能性があります。何しろ、レイテ沖海戦ですからね。気が抜けません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5章 真実と虚偽
第43話 時雨が見たもの


 人間関係とは分からないもの。強い絆があれば、どんな困難な事でも打ち勝つ事が出来る一方、相手が油断した隙を狙って裏切る事もある。家族ですら、何かしらトラブルはある。相手とのコミュニケーションを取るにも、それが真の友好関係なのか、上下関係なのか、それとも利用され騙す人なのか。未来の提督は、人との付き合い方をよく教えていたらしい。尤も、それはゲリラと避難民との区別をつけるためである。しかし、コミュニケーションというのは、マニュアルのように決まり事は余りない。艦娘である僕にはあまりよく分からない。ただ、これには経験と言葉で見分けなくてはならない

 

 犠牲や責任という重い覚悟の上で世界を救おうとした提督。仲間が捕まったり、撃沈され非難を浴びても最後までタイムスリップを実行した提督。時雨や艦娘にとって唯一の味方と思っていた人間の司令官。最新鋭兵器のせいとは言え、敗北し続けた提督に不満を持つ艦娘は少なからずいた。時雨も心の何処かでもっとマシな提督がいれば戦局を変わったかも知れないと思っていた。浦田重工業の社長みたいに最新鋭の軍事技術を提供し、深海棲艦を殲滅するために国の機関や軍の上層部に顔が利くのような人が良かったと思いもした。しかし、それは理想であり、上辺だけだった

 

 

 

 浦田重工業は人類の救世主を気取っていたが、実際は世界を支配するための手段に過ぎなかった。僕達艦娘には理解出来ない考え。そして、僕達艦娘を利用した企業だった。

 

 

「さあ、起きろ!」

 

 男の怒鳴り声で目を覚ます時雨。時雨はまぶたを開きながら、何があったのか分からなかった。深く眠っていたらしい。僕は……一体……。だが、先ほどの出来事を思い出して、ようやく事態を把握した。僕は……捕まっているんだ!

 

「早く出ろ!ようこそ、浦田会社へ!」

 

「離して!」

 

 時雨は抵抗しようと武装した警備員の手から逃げようとしたが、自分の両手は手錠をかけられている。艤装もないため、今の彼女は女の子と変わりない。呆気なく捕まった。警備員は時雨をまるで、ゴミを放り出すからように車から引きづり下ろされ、時雨は地面に倒れた。

 

(ここは……一体……)

 

 立ち上がりながら、時雨は辺りを見渡す。ここは何処だろう。目の前のコンクリートの建物と塀以外は、平野と海岸が広がっているだけで何もない。街どころか人もいない。あるのは軍用車両と警備員だけだ

 

「何を見ている!?とっとと歩け!」

 

 怒鳴り声と共に後ろから押される。時雨は転びそうになりながらも歩いた。今の自分は、倒すどころかここから脱出することも出来ない。警備員の指示に従うしかなかった

 

「提督はどうしたの!?」

 

「しゃべるな!」

 

 質問しても録な答えはしてくれない。時雨をまるで、犯罪者かのような扱いをしている。時雨は未だに事態を理解出来なかった。何を考えているのか?時雨は、建物を観察した。まるで監獄か何かに見えたが、何の施設なのか検討もつかない。門の前に掲げている看板には浦田重工業の名前と「関係者以外は立ち入り禁止」しかなかった。建物のてっぺんに浦田重工業のシンボルマークがかかれた旗がはためいていた。そして、玄関先にある人物二人が待っていた。それは……

 

「あああー!」

 

 怒りの叫びを上げながら突進する時雨。警備員に取り押さえられ地面に伏せられても、時雨はその人物を睨む。その人物は、女の子が酷い目に合っても気にしていない。むしろ、楽しんでいるようにも見えた

 

「おお、怖い怖い。兵器の擬人化というのかな?こんな小娘が深海棲艦を撃破出来るなんて信じられんな」

 

「提督は……提督はどうしたの!」

 

浦田社長は時雨を見下し、時雨は歯を食い縛った

 

「提督……?あの狂人の息子か?監禁している。お前の返答次第で彼の命は消えることになる」

 

 時雨は銃を突きつけられ、警備員に押さえつけられても、身をよじりながら何とかして抵抗する時雨

 

「お前が……僕達を……」

 

時雨は、その後に続く言葉は口から出なかった。全ての元凶が、目の前にいることを

 

「社長、こんな標的艦に見せるのですか?秘密事項ですが?」

 

「その通りだ」

 

浦田社長の隣にいる秘書は問いただしたが、浦田社長は肯定した。

 

(標的艦?)

 

 この秘書、僕を標的艦と。未来の深海棲艦が艦娘達の事を『標的艦』と蔑称していた。なぜなら、ミサイルと呼ばれる兵器で簡単に倒されていたからだ。それに加えて、捕まえた艦娘を面白半分撃沈させられた。しかし、目の前にいる秘書は、深海棲艦ではない。そして未来の状況を知らないはずだ。時雨は信じられない顔で秘書を見たが、その秘書は頑として時雨を見ようとしない

 

「お前は運がいい。返答次第では、雇ってやってもいいぞ。……開けろ」

 

社長の合図で建物の玄関が開き始めた。自動式らしい

 

「僕に何を……」

 

「一緒に来い。私の計画を教えてやろう」

 

社長は建物の奥に入り、秘書はその後に続いた。この建物は何なのか?

 

「さあ、立て」

 

 取り押さえていた警備員は、時雨を強制的に立たせる。時雨も後に続いた。よろよろとよろめきながら必死に考えていた

 

 

 

浦田重工業が……日本を……世界を……僕たち艦娘を……

 

 

 

「さて、君はこう思っているだろう。大企業がなぜこうするかを。目の前にいる社長は正気ではないと。いいや、私は正気だ。これは必然なのだ」

 

「どういう意味……?僕達は……侵略してくる深海棲艦をやっつけるために……」

 

「あー、その綺麗ごとは要らない」

 

社長は立ち止って振り向き、冷たく言った。まるで僕を嫌悪するかのように

 

「だから大日本帝国海軍の兵器は、嫌いなんだ。綺麗事なんぞ、バカでも言える。その世界のスローガンを都合よく捻じ曲げ言っているのか。お前を造った男は、そんな理想を掲げていたのか。お前は騙されているんだよ」

 

「違う!」

 

 時雨は即座に否定した。短い期間だが、博士は……提督の父親がやっていたことは決してそんな人物ではない!日本のために艦娘計画は造られた!

 

「何を言っても無駄か。これだから軍隊というものは。特に軍人は頭が固い。と言う事は、艦娘も同じか。固定概念にこりかたまっている。経験も学ぼうとしない」

 

 浦田社長は蔑んだ目で時雨は見た。一方、時雨も分かっていた。この人に何を言っても無駄だろう。浦田社長は、時雨をこちら側……つまり、浦田重工業に仕えて欲しいという思惑があるのだろう。しかし、浦田社長の誤算は、時雨は右も左も分からない若造と捉えている。まさか、歴戦の艦娘だと思っていないだろう。だが、自分は浦田社長の計画によって破滅した未来から来ました、という訳には行かなかった

 

(何とかして浦田社長を説得しないと)

 

 浦田社長はどういう考えで恐ろしい計画をしているか知らないが、この人の考えを改めれば世界は救われるかも知れない。やってみる価値はある。場合によっては、自分が経験した事をねつ造して伝えればいい。浦田社長の企みは、本当に深海棲艦の反逆によって滅んでしまったと。戦わずにして歴史改変出来るかも知れない

 

 

 しかし、時雨は甘かった。浦田社長は、時雨が考えている以上に綿密で冷酷な計画である事に

 

 

 

 建物に入り、長い廊下を歩いていく一行。時雨は警備員に従って歩いている。あちこち体が痛むが、拘束され艤装が没収されている以上、どうする事も出来ない。エレベーターに乗らされ、地下へ行かされる。時間は長いため、深いかも知れない

 

「何処へ連れて行くの?」

 

「君を雇いたい」

 

 時雨は耳を疑った。この男は何を言っているんだろう?時雨はキッとして睨んだが、浦田社長は時雨の怒りを平然と受け流していた

 

「やれやれ、君は深海棲艦のように素直に従う事が出来ないのか?」

 

「何言われても、僕は君の命令に従わない!」

 

 時雨は再び襲いかかろうとしたが、当然警備員に取り押さえられる。そんな時雨を浦田社長は鼻で笑った。丁度その時、チンという鐘の音が聞こえたと同時に、エレベーターの扉が開く。歩哨していた警備員が、浦田社長の姿を認めると敬礼した

 

「さあ、ここが私の秘密基地だ」

 

 浦田社長は廊下を歩き始め、その後に秘書、時雨と続く。勿論、警備員が時雨をしっかりと監視している。廊下には、窓がいくつもあり、窓の奥には想像を絶するほど広かった。そこには……時雨は信じられないものを見た。

 

 居たのは、何と深海棲艦と人間である。深海棲艦は人を襲うが、そこにいる深海棲艦は人を一切襲っていない。それどころか、人の命令に従っている。しかも、この動きは……

 

「ぐ、軍事訓練?」

 

「そうだ」

 

 時雨は信じられなかった。深海棲艦は浦田社員の指示に従って軍事訓練を行っていた。戦艦レ級や重巡リ級などは射撃訓練や格闘訓練をしており、空母ヲ級や軽空母ヌ級は艦載機を使って飛行訓練をしている。中には、作戦会議まで開いて深海棲艦に教えている者までいる

 

「何で襲われないの?」

 

 時雨は混乱した。一体、何がどうなっているか分からなかった。深海棲艦は人を襲うはずだ。にも拘わらず、ここにいる深海棲艦は、人を襲うどころか人から学習している

 

「君が慕っている博士のお蔭だ」

 

「どういう意味?」

 

博士……提督の父親のお蔭?しかし、社長は笑みを浮かべるだけで再び歩きだした

 

 次の窓の向こうは、別の部屋だった。こちらは人間の軍事訓練だった。巨大な兵器まである。しかし、時雨は立ち止まり、信じられない目で見た

 

「何を見ている?早く歩け!」

 

 警備員の怒鳴り声で再び歩く時雨。しかし、時雨は警備員の怒りよりも軍事訓練を受けていた人達が持っている武器と兵器が気になった

 

(何で『あれ』があるの?)

 

 そう、あの武器は……あの兵器は……未来のゲリラ達が使っていた武器と似ていた。いや、兵器そのものだった。あの兵器は……反艦娘団体が艦娘達を攻撃するために使った地対艦ミサイルと呼ばれるだった

 

 長い廊下を黙々と歩く一行。窓の向こうにある部屋にはいろいろなものがあったが、どれも軍事訓練ばかりだった。ここは、軍事施設なのか?看板には、そのような事は一切なかったが。そして、大きな扉にたどり着いた

 

「手錠を外せ」

 

 扉を開け、入ろうとする直前に社長は言った。時雨の両腕は、解放された。そこは、応接間だろう。ただ、デスクだけでなくモニターや飾り物がたくさんあった。飾り物はたくさんの航空機のプラモデルだが、時雨は息を呑んだ。最新鋭兵器を装備した深海棲艦が持っていた艦載機と同じだった。違う点は、機体のカラーだけだった。しかも、プラモデルの台座には名前がそれぞれ刻まれていた

 

「F/A-18E……スーパーホーネット……」

 

よく見るとたくさんあるプラモデルの内、3つは知っている。

 

「私のコレクションが気に入ったかね?それは、未来の兵器だ。音速を突破し、離れた所からミサイルという兵器を発射させる。まあ、君のような艦娘は、もうじき拝む事になるがな」

 

 時雨は信じられない目でこちらを見た。もう、これらの恐ろしさは身に染みていた。あの一航戦の赤城加賀のプライドをズタズタに引き裂いた兵器だ。なぜ、この男は知っているのか?

 

「その顔だと信じられないという風な顔だな」

 

「どうやって深海棲艦を従えているの?なぜ、世界を攻撃するの?どうして!?」

 

 警備員に止められも、時雨は浦田社長に突っかかっていく。しかし、浦田社長は秘書を下がらせると椅子に座った

 

「質問が多い。だが、答えられる。観艦式で話したかと思うが、私は貧しかった。私の父は、日露戦争で戦死。母親は、一日中働いていていた。幼かった私は、親戚に預けられたが、厄介払いだった。親戚は、私に対して禄な扱いをしてくれなかった。私には妹がいたが、若い頃に自殺した。トラック島で水商売していたからな。学校ではいじめられ、卒業しても水商売しか職を手にできなかった。自分の人生に耐えられなかったのだと思う。しかし、私はチャンスを掴んだ」

 

 社長はそこまで話すと警備員がついでくれたお茶を呑んだ。時雨はただ黙って聞くしかなかった

 

「学校に通えなかった私は、稲作をする事にした。だが、ある日のことある天災で田んぼは全滅。私が絶望したが、それと同時にチャンスを掴んだ。知識と真実を手に入れた」

 

 時雨は何を言っているか分からなかった。だが、浦田社長は天災というものが、彼自身を変えたと思った

 

「それを使って国を変えようとした。私のような貧乏人や格差を無くすため、国を豊かにし、世界に誇れる日本を目指すため。インフラ整備や工業力の底上げ、大震災や世界大恐慌など迅速に対応をした。しかし、所詮は国は国だ。政治家共は自己保身と国益しか見ていない。国に反発する共産党などといった輩にも接触したが、彼等の頭は能天気だ。話にならない。2、3分の話を聞いただけで帰った。しかも、世界は戦争を起こそうとしている。私は失望した。何処の世界でも政治家という人間は無能だと」

 

 浦田社長からは、苛立出し気に話している。彼自身、世界を変えようと動いていた。だが、失望していた

 

「だから、私は政界進出はしない。会社経営し、世界を見て分かった。はっきりさせよう。私は世界の問題を必ず解決させる。まず、手を付けなければならない問題は、この世界を変える事だ」

 

「それが、深海棲艦を使って攻撃させるのとどう関係してるんだ!?」

 

 時雨は吠えた。浦田社長の言っている事は、間違っていない。しかし、やり方が酷過ぎる。世界大戦を回避する方法が、世界を攻撃するなんてもってのほかだ。浦田社長はため息をつくと再び話し始めた

 

「この世界は、似て似つかない。深海棲艦が現れた時、私はこれをチャンスと見た。通常兵器が一切効かない化け物こそ理想的な兵器だと」

 

時雨は困惑した。あれが理想的な兵器?どういう意味だ?

 

「分からんのか?あいつらは、通常兵器なんて一切効かない。つまり、一方的に攻撃する事が可能だ。考えても見たまえ。あいつらを操ると言う事は、世界を握ると同じ事だ。地球の海の割合は、約7割らしい。これがどういう意味なのか。いくらバカな人でも分かるだろ?」

 

 時雨はゾッとした。深海棲艦の戦力は、確かに計り知れない。しかし、同時に時雨は疑問に思った。なぜ、深海棲艦は陸を攻撃して人間を滅ぼさないのか?だが、その答えは浦田社長が次のように言った

 

「しかし、残念ながら深海棲艦は人間社会なぞ興味はない。当然だ。知能の問題ではない。思考能力や概念が、人とはまるっきり違う。イルカは知能が高いが、人間みたいに物を発明したり、陸に上がって列車の切符を買って旅行したりするか?いや、しない。それと同じだ」

 

 確かにそうかもしれない。もし、深海棲艦が人間のような思考能力があったら、たちまち世界を支配していたかも知れない。陸に上がり、世界を征服すれば人類を奴隷のように扱うことだってできたはずだ

 

「どうやって深海棲艦を調べたの?」

 

「お前を作り出した『狂人』のお蔭だ。彼が造ったレポートを読んだまでの事よ」

 

 時雨は愕然とした。博士が?確か提督の父親は、浦田社長の支援の下で深海棲艦を倒す方法を探していたはずでは?

 

「博士から聞いたよ。深海棲艦を倒すために支援したと」

 

「ああ。支援したよ。周りは嘲笑ったが、それは上層部などの人間は知識が乏しいからだ。私は評価したぞ。特に記述内容が、素晴らしかった。僅かなサンプルであそこまで深海棲艦を調べ上げるとは」

 

浦田社長はニヤリと笑った。その笑みはまるで、悪魔が笑うかのように見えた

 

「艦娘計画を除けば、深海棲艦の行動や知能は、大まかに把握した。同時に操る方法もな」

 

「どういう意味?」

 

 時雨は混乱した。あれを操る?薬か何かで使ったのか?『艦だった世界』では、兵士達がよく薬を使っていたと聞いた事がある。

 

 時雨は知らないが、実は軍隊では兵士の士気を揚げるため、恐怖心をやわらげるために麻薬が使用されたケースは古今東西、何処の軍隊でもある。旧日本軍ではヒロポンとして有名だが、米軍では兵士たちの注意力を高めるため覚醒剤(別称、スピード)を配布していた

 

 時代をさかのぼれば、古代ギリシャでは戦争の恐怖を忘れるため、兵士達にアヘン入りのワインを配布し飲ませたという記述がある。また、近年ではベトナム戦争において米軍は、アンフェタミンと呼ばれる覚せい剤が飴のように配布されたとの事だ

 

 しかし、時雨は即座に否定した。薬を使うにしては変だ。第一、どうやって投与したんだ?

 

「どうやら、お前でも分からないらしいな。深海棲艦には姫や鬼と言った上級個体が確認されている。つまり、軍隊で例えれば司令官という訳だ。しかも、想像を絶する程、強い。駆逐艦や重巡などは、姫や鬼の命令には絶対だ。いわば、アリやハチの女王みたいなものだ」

 

 ここまで聞いて時雨は、嫌な予感がした。未来の深海棲艦が姫や鬼級が居ない理由が分かったような気がした

 

「アリやハチでは、性別や役割に応じているらしい。深海棲艦の場合だと、強さや役割、そして知能が高いと言う事。駆逐イ級は、低能で弱い。役割もしれている。では、鬼や姫級はどうか?」

 

「つまり……君は……深海棲艦の鬼や姫級を……倒したって事?」

 

 時雨は声が掠れていた。深海棲艦のボスと呼べる鬼や姫級を倒したらしい。信じられないが、浦田社長は無言で頷いている

 

「私はワームホール付近の海域に特殊な機械を設置した。深海棲艦が嫌がるような装置だ。それらも『狂人』のレポートを参考に作った。まあ、その論文も国は鼻で笑って相手にしなかった。奴らは、ワームホールをくぐりこの世界に来ることはないだろう。この世界に残った深海棲艦は、その装置に近寄る事も出来ん。攻撃も射程範囲外だ。造るのに、金は掛かったが。もう、これ以上の鬼や姫級はこの世界には来ない。こちらに世界に着き海に彷徨う野良の深海棲艦は、私の元に集める予定だ。別の場所でだ」

 

「トラック島に……逃げるつもり?」

 

「ハワイもだ。既に基地は完成している」

 

 時雨は全てが分かった。どうやったか知らないが、姫や鬼を倒す兵器を開発したらしい。でなければ、深海棲艦を従えたりしない

 

「だが、全てが手に入るという所に、『あいつ』は対抗策を見つけてしまった」

 

浦田社長は吐き捨てるように言うと、時雨を睨みつけた

 

「お前だよ。お前は、深海棲艦の駆逐艦相手に難なく倒した。しかも、30体以上も。陸軍の特殊部隊を助けた時も、あれほどの航空攻撃を躱せるとは。私は正しかった。将来、艦娘は私にとって大きな脅威となるとな」

 

「ふざけないで!浦田社長がやっているのは、大量虐殺だ!」

 

 時雨は怒りが込み上がって来た。自分達のやって来たことは、国や人を守るためだ。それを真っ向から否定されたような気がした。しかも、時雨は破滅した未来を知っている。沢山の人々や仲間が殺された事を。その原因が、こんな下らない1人の男のせいで……

 

「私は邪魔する人や組織が嫌いだ。例え、外見が素晴らしい女性だろうがな」

 

「何のために?日本を発展させた企業が、世界を攻撃する過激な企業になるなんて。君は深海棲艦と同じで悪だよ!人類の敵だ!」

 

時雨の怒り声に浦田社長は鼻で笑った

 

「悪……敵ね。見た目と違って思考能力が高いかと思ったら……幼い少女そのものだ」

 

時雨が怪訝そうな顔をした。何が可笑しいのか?

 

「私も初めは信じていた。正義というものを。しかし正義を振りかざした所で、世の中が綺麗になる訳でもない」

 

 浦田社長は、リモコンを手に取るとモニターを付けた。警備員にビデオテープを持って来させると、ビデオデッキに入れて再生した。そこに映り出されていたのは……

 

「これ……は……?」

 

 映像を見た時雨は、唖然とした。港に停泊している軍艦に対して航空機は、その軍艦に目がけて爆撃している。戦争映画かと思ったが、そんなものではない。知っている。この映像を

 

「知っているだろう。その世界は、日本がアメリカに宣戦布告した時に行われた攻撃だ。そう、真珠湾攻撃だ」

 

 それは、太平洋戦争が勃発したきっかけとなった攻撃。『艦だった頃の世界』で起こった戦争記録だった

 

 




おまけ
時雨「浦田社長……話を聞いて1つだけ分かった事があったよ」
浦田社長「何をかね?」
時雨「ここの企業は、ブラック企業ということに」
浦田社長「いや……全然違うから……。何でもブラックと当てはめるな」


ここからは第5章でいこうと思います。章は後につくります

 余談ですが、冬イベで着々と攻略しています。
今のところE4まで進みました。甲乙甲乙です。今回の新しい艦娘はネタのある名前でしたね
ジャーヴィスと聞いてアイアンマンに出て来るAIかと思いましたし、『日振』を『にっしん』て思っててボイス聞いて一瞬混乱しました。某社のカップヌードルかと思った人は私だけではないはず


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 悪魔の囁き

※警告……グロテスクな描写を含みます。そこを頭に入れて下さい
恐らく、次話もグロテスクになる予定……


 時雨は、未だに信じられなかった。浦田社長から『艦だった頃の世界』で起こった太平洋戦争を映像で見る事になるとは思いもしなかった。しかも、説明つきの音声つきである。何かのドキュメンタリーの番組なのか?しかし、時雨はそのような番組は見たことがない。少なくとも、この世界では……

 

 時雨が戸惑っている間にも、映像は進んでいく。真珠湾攻撃に続き、マレー沖海戦、ドゥーリットルの空襲、そして珊瑚海海戦と流れていく。時雨はいつの間にか食い入るように見つめていた

 

 そして、ミッドウェー海戦へ移り、日本海軍が誇る空母『赤城』、『加賀』、『飛龍』、『蒼龍』が次々と沈んだ映像を見て、心が痛んだ。この場に一航戦と二航戦がいたら、涙を流していたに違いない。

 

 映像は容赦なく流してくる。ガダルカナル島では、飢えた将兵が次々と倒れていった。マリアナ沖海戦では、すでに時代遅れとなった零戦が次々と米軍機に墜されていく。時雨はマリアナ沖海戦に参戦した経験あるものの、記憶は曖昧だた。しかし、この映像は何が起こったか分かる。瑞鶴さんが、七面鳥を嫌った理由が分かったような気がした。一方的な敗戦だった

 

 レイテ沖海戦も同様で、一方的な敗北で日本海軍は事実上壊滅した。しかし、時雨は自分達が参加していた第一遊撃部隊第三部隊である『西村艦隊』が紹介された時は、懐かしい目で見ていた。しかし、一方で帝国海軍は作戦能力を無くし、大本営は次々と狂気を見せていった。海軍軍人である宇垣纏や大西滝次郎などは特攻作戦を奨励。橘花、回天、海龍、震洋……もはや正気とは思えない特攻兵器が次々と開発され、多くの若者が太平洋に消えていく

 

 マリアナ、グアムの失陥により、米軍の超重爆撃機B-29が登場し、無差別爆撃を開始したため、街が焦土と化していく。硫黄島は切り捨てられ、沖縄戦では多くの民間人の血が流れ、遂には戦艦『大和』が水上特攻して出撃して、何の成果も残す事無く、鹿児島坊ノ岬九〇海里の海域に沈んでいった

 

 最後は広島、長崎の原爆投下だった。これには時雨は衝撃を受けた。まさか、ここまでやると思いもしなかった。そして、終戦の詔勅で終わったのだ

 

「泣いているのか?」

 

 映像が終わったと同時に浦田社長は、時雨に聞いてきた。時雨は、自分が涙を流している事に気がついた。戦争の悲惨さからか。それとも、仲間である艦娘は、こんな悲しい記憶を持っているのだろうか?

 

「これを見せてどうするの?」

 

「では、聞こう。君は太平洋戦争の世界、つまり異世界から来た。その世界が、戦後どうなったか分かるか?」

 

時雨は分からなくなった。浦田社長は何が言いたのか?

 

「世界は何も変わらない。生活水準と科学技術は発展したが、戦争はまだ続いている」

 

 浦田社長はビデオデッキからテープを取り出すと、別のビデオテープを差し入れた。今度は第二次世界大戦後の歴史のようだが、時雨は愕然とした。太平洋戦争が終わっても戦争は終わっていなかった。アメリカはソ連を意識するあまりに、朝鮮戦争やベトナム戦争など他国へ干渉している。ソ連は崩壊したものの、未だに軍事大国である。しかも、広島長崎に落した原爆である核兵器は、今もあると言う。核戦争が起こった場合、人類は絶滅するかも知れないとの事だ

 

「君が記憶にあるだろう太平洋戦争が終わっても、世界は変わらないどころか酷くなっている。人類が絶滅するかも知れない事件が、一度や二度もあった」

 

 時雨がイラク戦争の映像を見ている最中、浦田社長は優しい声で囁いた。時雨は浦田社長には振り向かずに依然としてイラク戦争を食い見つめていた

 

「科学が発達したお蔭で兵器も進歩した。仮想敵国に対して宇宙から監視する機械、人工衛星まである」

 

「何処でこれを……」

 

「なぜこんな事を知っているかと?君に説明して私に何の得がある?これは会社でも極秘のものだ」

 

 時雨は思考停止に陥った。浦田重工業が黒幕であった事から今までの間、色んな事が起きり過ぎている。自分は混乱していたが、はっきりと分かった事は『艦だった頃の世界』では未来でも戦争は起こっている

 

「日本は確かに平和になった。確かとは日本の平和は、アメリカの庇護の元で成り立っている。しかし、どいつもこいつも海外の国に顔色を見て行動するのだから話にならない。極端な行動しかとれないのか?」

 

浦田社長はビデオテープを取り出しながら静かに言った。時雨は何も言わなかった

 

「さて、本題だ。私達が住んでいる世界でも同じことが起ころうとしている。どんなに貢献しようが、世の中は変わらん。金、権力、法律を巧みに利用する輩がマトモな事が出来ると思うか?しかも、日本だけではない。海外も同じだ」

 

浦田社長は再び椅子に座ると時雨に正対し、言い放った

 

「アメリカは日本に対して嫌悪感を抱いており、ヨーロッパは既にいがみ合いをしている。ソ連は何も動きはしていないが、羊を被った狼だ」

 

「それと深海棲艦を操って世界を攻撃するのとどう関係があるの?」

 

時雨はかすれた声で質問した。この男は。何が言いたいのか?

 

「時間が経てば各国とも深海棲艦を倒す方法を見つけるだろう。だが、倒した所で世界は平和になるか?いいや、違う。世界は、また振り出しに戻る。人類同士の戦争の再来だ。映像みたいな悲劇が確実に起こる」

 

ここまで聞いた時雨は、愕然とした。まさか、この人は……

 

「それではダメだ。なら、第二次世界大戦に参戦した全ての国を潰せば、戦争は起こらない。しかし、そんな都合の良い兵器も軍隊も存在しない。救世軍なんてフィクションだ。深海棲艦がワームホールから現れるまでは。通常兵器も毒ガスも生物兵器も効かない深海棲艦こそが、それを可能にしてくれる」

 

 浦田社長は、ニヤリと笑いながら、しかし真面目な口調で時雨に説明する。この人は、本気で世界を独断で攻撃していたのだ

 

「つまり……それらの国を無差別に攻撃する事が平和の道になるって言うの?」

 

「そうだ。だが、お前を造った『狂人』は、既に対抗策を用意した。私としては、お前のような存在は邪魔だ。目先の行動のために深海棲艦を攻撃してもらっては困る」

 

 時雨は怒りが沸き上がった。艦娘は邪魔な存在?そして、深海棲艦を攻撃する事が目先の行動?

 

「『博士』は……狂人じゃない!人類を救おうとして僕達を造った!僕達は、人類と国を守るために存在するんだ!」

 

「違うな。世界を元に戻そうとするバカしかない。奴は、周りが見えていない。世間がどんな状態になっているか、そこまでの考えは無かったようだ。邪魔する者は徹底的に沈める。反対であるなら、艦娘はミサイルの標的艦になっていればいい」

 

しかし、時雨は浦田社長の言葉をマトモに聞かなかった

 

 こいつが……こいつが全ての元凶。こんな下らない考えで……僕達艦娘が海に沈んだ……。こいつの考えなんて何の価値にもならない

 

「僕達、艦娘の事も無視して攻撃しようとするなんて許せない!」

 

「帝国海軍の亡霊である兵器の存在には元々、興味はない。人間のような存在になったからと言って、私の計画の邪魔でしかない!」

 

 時雨も浦田社長も互いに睨み合った。浦田社長は、時雨をこちら側に引き込もうとしているのは明白だ。しかし、浦田社長は1つだけ誤解していた。時雨は、初めて建造した初期艦だと思っていた。まさか未来から来て、しかも戦争を経験したとは思いもしないだろう

 

「お前は時雨と言ったな。深海棲艦が現れていなければ、駆逐艦である時雨は建造されていたかもしれない。しかし、ここでは『もしも』だ。歴史を変える唯一のチャンスだ。世界の問題を解決するには、強力な軍隊が必要だ」

 

浦田社長は優しげに言ってきた。恐らく、別の方法で説得しようとしているらしい

 

「深海棲艦の鬼や姫級は、私の考えを拒否した。まあ、あいつらはこの世界情勢なぞ興味なかろう。お陰で、予定より時間がかかる恐れがある。お前……いや、お前達の力も必要だ」

 

「どんな事を言われても、君には従わない!」

 

「まあ、聞け。帝国海軍は、当時では世界の指折りの海軍力を持つ。特に、海軍航空隊は強かったらしい。大和型戦艦も魅力的だ。そんな強力な軍隊を、この国の指揮下に置くのは惜しい。何、報酬は出す」

 

 今度は浦田社長は妥協し始めた。対立していていては話がまとまらないと踏んだのだろう

 

「私の指揮下に入るのであれば、問題なかろう。必要な物資や身の安全は保障する。悪くない話だろ?」

 

 浦田社長は、時雨の顔色を伺った。しかし、全く反応が無いため浦田社長はため息をつくと再び言った

 

「仏像みたいに黙られても困るな。何か言ったらどうなんだ?」

 

「浦田社長は……浦田社長は、この世界で何がしたいの?」

 

「この世界の問題を解決する事だ。先の戦争で死んだ兵士の中に私の父親がいた。似たような者はいるだろう。だから、それを防ぐ。そのためには、必要な犠牲だ」

 

 時雨は理解出来なかった。こんな事を平然とする気持ちが理解出来なかった。多少の復讐心や野望ならそれでいいかも知れない。しかし、これは一線を越えている

 

「無駄に話し合ってやるより効果的な計画だ。バカは死んでも治らないと言うが、まさにその通りだ。お前なら分かるだろう。無能な輩に任せて世界大戦の巻き添えを食らうか、それとも防ぐために計画を実行するか。お前はどっちだ?」

 

 しかし、時雨はもう初めから答えは決めていた。自分が過去に送られた理由は、破滅した未来を防ぐため、仲間である艦娘と会うため、そして提督と他の艦娘達に二度と悲劇を味わせないためだ。『艦だった頃の世界』で負けたのは仕方ない。あれは国力の差があったからだ。しかし、目の前にいる男は、違う。艦娘を踏み台にしたのだ。艦娘の仲間がミサイルで沈む姿を何度見た事か!

 

「どんなに言われようが、僕は……僕は君についていかない!僕は提督と他の仲間しか信じない!」

 

 あの日……未来で転送される直前、提督と艦娘達は時雨とタイムマシンを守るために命を落とした。その犠牲を無駄にはしない!どんなに要求されようが、そんな甘い言葉は信じない!

 

(これだけは絶対に守ってくれ。過去の俺と『創造主』以外は誰一人信用するな。何が起こるか分からん。確実に信用出来ると分かるまでは気を許すな。警戒しろ)

 

 恥ずかしながら、たった今、時雨は未来の提督の忠告を思い出した。安易に知らない人を信じていいはずがない!例え酷い目に会おうが、僕は提督と仲間と一緒にいる!時雨は、キッと浦田社長を睨んだ

 

浦田社長は時雨の顔を見て失望と怒気を融合させた嘆息をついた

 

「もう何も言っても無駄か。お前には失望した。狂人も息子も頑固だ。全てを手にできたというのに」

 

 浦田社長は、再び時雨を家畜のように見下す目をした。もう話しても無駄だと言う風に呆れたように言った

 

「僕だって善悪の区別はつく。君がやっている事は悪だ!」

 

「悪?それは違うな。悪とは敗者の事。正義とは勝者の事。過程は問題ではない」

 

 しかし、時雨は耳を傾けなかった。外れた艤装は、警備員が金属製の鞄に入れて携行していた。研究のためだろう。愚かにも時雨と一緒に同行していた。時雨は隙をみてその警備員に向かって走り出すと体当たりで押し倒した。警備員が気付き、こちらに銃を向けて発砲したが、時雨は金属製の鞄を盾にした。数発の銃弾が飛んで来たが、一発が偶然にも鍵の所に命中。鍵が壊れ、中から時雨の艤装が零れ落ちた。間一髪、時雨は艤装を直ぐに拾い上げると、僅か短時間で装着した。艤装を装備した艦娘は強い。駆逐艦と言えど、小銃程度の銃弾を防ぐ装甲はある。時雨が武装した事に気づくと、警備員は自動小銃を一斉掃射を始めた。普通の人間なら、既に死んでいるが、時雨はまるでシャワーを浴びているかのごとく、平然とその場に立っていた。装甲には傷一つ無い。時雨は主砲を浦田社長にしっかりと向けた

 

「浦田社長!提督と博士を解放して!」

 

 時雨が社長に武器を向けた事を確認した警備員は、銃撃を止めた。しかし、警備員に戸惑いは感じず、弾倉を交換していつでもこちらに射撃出来るように銃を構えている。浦田社長は……何と何事もなかったかのように椅子に座っている。それどころか、手を組んでバカにするかのような目で時雨を見ている

 

「私を脅すのか?」

 

「提督と博士を解放しないと、撃つよ!これは駆逐艦の主砲!人間が食らったらただじゃ済まない!」

 

 艦娘の艤装は、軍艦と同等の力を持つ。見た目が小さくても、威力は名前通りである。ここでぶっ放したら社長どころか近くにいる警備員も無事では済まない。いや、ここの部屋は崩壊するだろう。にも拘わらず、浦田社長も警備員もバカにしたかのように笑っている

 

「ははは……。小娘が脅しか。兵器が感情を持って人間のような体を手に入れても所詮は、兵器か」

 

「何が可笑しいの?」

 

余りの気迫に時雨はたじろいだ。こっちが有利のはずなのに、まるで形成が逆転されたかのような錯覚に陥った

 

「兵器はどこまで行っても兵器だって事だ。お前……そんなに人を殺したり、物を破壊したりするのが好きなのか?」

 

「違う、僕は――」

 

「違わない。艦娘である君は、軍艦だった頃は、何をしていたか覚えているのか?兵器は何をするのが仕事だ?」

 

時雨は戸惑い、唾を呑みこんだ。考えたくは無かった。艦娘になって考えたくなかった事……

 

「答えられないなら私が答えよう。艦娘は殺りくを楽しんでいるんだよ!」

 

「何を――」

 

「違うとでもいうのか?陸軍軍人を助けた時、深海棲艦の駆逐イ級軽巡ホ級を大勢殺したじゃないか?」

 

「それは――」

 

 時雨は心が揺らいだ。何処で知ったのかという疑問よりも、浦田社長の言葉がまるでドリルのように抉るかのようだった。自分は兵器ではない。人間だ。未来で避難民から非難された言葉は、誰も動じなかった。しかし、ある言葉だけは流石の艦娘達には動揺した。そう、人殺し集団と言われた時には誰もが反論さえ出来なかった

 

「軽巡ホ級に止めを刺すお前の顔、実に生気に満ちていたと深海棲艦は言っていたぞ」

 

「違う!」

 

 時雨は大声を上げた。あの時、既に監視されていたのか?あの深海棲艦は、既に浦田重工業に操られた軍団だったのか?

 

「自分の内の殺人衝動。それを否定する必要はない。兵器は本来、そのように造られているのだからな。わが社が保有している兵器工場も同じだ。国や国民を守るために他国の人間を殺す兵器を製造している。その兵器を帝国軍に提供している」

 

ダメだ。時雨は聞くに堪えなかった。頭が狂いそうだった

 

「お前も例外ではない。兵器はどんなに言い変えようが、兵器だ。否定して何になる?」

 

 時雨は歯を食いしばった。もう議論しても無駄だ。反論しようとしたが、中々思い付かない、下手すれば、向こうのペースに飲まれてしまう

 

「僕は君とは違う!」

 

 時雨は叫ぶと同時に主砲を発砲した。ここが滅茶苦茶になるが、今はどうでもいい。それに……それに先ほどの浦田社長の言葉は、自分以外の艦娘にも侮辱されたような気がした。一時的な感情が、引き金を引くことになった。爆発の衝撃に備えるため時雨は、引き金を引くと同時に眼を閉じた。確かに砲声は部屋に鳴り響いた。しかし、いくら待てど爆発音はしない。不発だったのか?時雨は薄目を開けて、どうなったか様子見たが、次の瞬間、信じられない光景を見て目を皿のように見開いた

 

「な……!」

 

 主砲は確かに発射された。しかし、何者かがその主砲の砲弾を手で掴んでいた。あの速い砲弾を。そして掴んでいたのは、何と戦艦ル改flagshipだった

 

「ああ、言ってなかったな。深海棲艦を操る方法を。アリの群れと同じで、強い者には絶対服従なのだ。深海棲艦の場合だと、姫や鬼。そのボスを倒したのは、この深海棲艦の戦艦ル改flagship。わが社は戦艦ル改flagshipに対して改装を施し、今では最強の戦艦だ。ここにいる戦艦ル改flagshipは、我々の考えに同意した者であり、現在の深海棲艦の総司令官の立場だ。深海棲艦をコントロールしているのだから助かるよ」

 

「そ……そんな……」

 

 時雨は驚愕し、思考停止に陥った。いつからいたのか、という疑問もあるが、この戦艦ル改flagshipは見覚えがある

 

「マタ、会ッタナ」

 

 怨念のような声を聞いて、時雨は恐怖した。この威圧感、この殺気。覚えている。先の陸軍軍人を助けた時に現れた者。観艦式でその気配を感じた時、そして未来で最新鋭兵器を装備した深海棲艦を指揮した者……

 

 時雨がもう一発、主砲を発射するよりも早く、まるで金属製バットに殴られたような強力な衝撃を受け、そのまま飛ばされた。戦艦ル改flagshipが、時雨を殴り飛ばしたのだ。殴り飛ばされた時雨は、壁を貫通し別の部屋にまで飛ばされた。そこの部屋は、数十人の者が軍事訓練を行っていた。射撃訓練か何かだろう。突然の出来事に全員が、退避した

 

「う……うう……」

 

 時雨は立ち上がるが、既に中破してグロッキー状態だ。たった一撃で、しかも殴られただけで中破になるとは流石の時雨も経験は無かった。長門さんでもこれは無理だろう

 

「ホウ……立チ上ガルカ」

 

「うあああ」

 

 冷たい声に時雨は無意識に口から恐怖に慄く声が出てしまう。先ほどの浦田社長に対する怒りはみるみる内に萎えていき、恐れに染まっていく

 

「来るなあぁぁぁ!」

 

 それでも時雨は絶叫しながら、主砲を連射した。が、相手は戦艦。砲弾は全て装甲に阻まれ、かすり傷すらつかなかった。駆逐艦相手には、分が悪すぎた

 

 戦艦ル改flagshipは何も無かったかのように更に歩を進め、時雨はがむしゃらに主砲を戦艦ル改flagshipへと撃ち続けるが、その全ては装甲に阻まれ、戦艦ル改flagshipには傷一つ着かない

 

 尚も平然と歩いて行く戦艦ル改flagshipが時雨の目には明らかに不気味に映った。まるで不死身のゾンビを相手にしているような、そんな恐怖を時雨に感じさせる。

 

段々と近づいて行く戦艦ル改flagshipに、時雨は後ろへと下がっていく。そして気がつけば時雨の艤装は部屋の壁に当たっていた

 

 それに気づいた時雨は、辺りを素早く見渡した。床には、銃が2、3丁転がっていた。恐らく、軍事訓練を受けていた警備員が置いて行ったものだろう。銃を拾い上げると、戦艦ル改flagshipに向かって引き金を引いた。自動小銃らしく、引き金を引いただけで連射したが、相手は戦艦だ。銃弾は、戦艦の装甲に跳弾するだけで終わった。今度は弾切れした小銃を戦艦ル改flagshipに殴りかかった。銃は鈍器にもなり得るため、人がマトモに食らったら只では済まない。力を込めて殴った銃は、戦艦ル改flagshipの頭部に当たったが、カンと金属音がしただけで何事もなかったかのように立っている。再び殴ろうとしたが、戦艦ル改flagshipは副砲を時雨に撃ち込んだ。流石にバカデカイ主砲は地下室では撃たなかった。しかし、副砲でも艦娘の駆逐艦相手には十分であった。時雨は副砲の砲弾に直撃し、爆発を諸に受け床に倒れた。威力が高く、時雨は痛みで呻いていた。艤装は破壊され、己自身の身体も負傷している

 

「弱イナ。戦意ハモウ失セタノカ?人ハ恐怖ヲ感ジルト、大抵ノ者ハ戦意喪失スル。勝テナイ相手ニ挑ムハ、愚カダ」

 

「あああー!」

 

 時雨は、絶叫すると戦艦ル改flagshipに殴りかかった。既に主砲は副砲を食らったお陰で使い物にならない。ここは海上ではないため、魚雷は使えない。もう、自らの拳で挑むしかない。地上での格闘戦は、未来の陸軍から教わっていたため、戦える。だが、相手も格闘戦にも長けているのか。こちらの拳を片手で難なく受け止めた

 

「無駄ダ。駆逐艦ガ戦艦ニ勝テルカ!」

 

 戦艦ル改flagshipは時雨を軽々持ち上げると、時雨をドッジボールのように投げ飛ばした。時雨は再び宙を舞い、再び壁に激突した。壁は轟音を立てて壊れ、向こうの部屋の様子も見えた。向こうの部屋も同じく軍事訓練が行われており、従業員達は何が起こっているのか動揺していた。既に警備員が駆けつけ避難指示をしており、辺りは騒然としていた。しかし、そんな現場を浦田社長は、ニヤリと見ているだけだ。戦艦ル改flagshipに攻撃を止めるよう指示も出さない

 

「はぁ……はぁ……」

 

 時雨は既に戦える状態ではなかった。頭から血を流し、体中は傷とススだらけだ。ドックに入らなければならないが、現段階ではそれが出来ない

 

「戦争ニハ、ルールガアル。強イ者ダケガ生キ残ル。弱者ハ食ワレルノミ」

 

 戦艦ル改flagshipの非情な言葉に、時雨は再び攻撃を仕掛けたが、戦艦ル改flagshipは察知して副砲を放った。この副砲を躱す余力は無かった。強力な爆発と衝撃を受けた時雨は、鈍い音を立てて再び床に倒れこんだ。しかし、それでも時雨は死なない。人間なら、とっくに死んでいただろう。だが、ダメージはかなり受けたため、今の時雨は改二になっているとは言え、満身創痍だった。立ち上がろうとしたが、パンチドランカーのようによろめいている

 

「中々、シブトイナ。名誉ノ死ヲ遂ゲルノカ?」

 

 戦艦ル改flagshipは嘲笑って挑発したが、今の時雨はそれどころではなかった

 

(勝てない……)

 

 如何に改ニだろうと、あの戦艦ル改flagshipには絶対に勝てない。未来ですら長門やミサイル装備したアイオワを倒した程の力を持っている。ヨーロッパの戦艦の艦娘をいくつも海に沈めたと聞いた事がある。亡命したプリンツオイゲンでは、ビスマルクは戦艦ル改flagshipによってやられたと証言している。恐らく、浦田重工業の技術を使って最強の戦艦にしたんだろう

 

「イイ加減クダハレ」

 

 冷たい声がしたと同時に、腹部に激痛が走る。戦艦ル改flagshipは、ふらつく時雨に近づくと再度腹を殴った。戦艦ル改flagshipは、相手が少女だろうが容赦しなかった。時雨は口から血を吐き、冷たい床に倒れこんだ。もう、立ち上がる力はない

 

「助け……て……」

 

 弱々しい声を出しても、誰も助けない。仲間も姉妹艦もいない。提督も博士も捕まっている。敵はやりたい放題だ。床をはって逃げようとするが、戦艦ル改flagshipに捕まり無理矢理仰向けにされた。視界はボヤけていたが、浦田社長がこちらに顔を覗かせていた

 

「最後のチャンスだ。お前は仲間にならないのか?」

 

「どんなに……痛めつけようが……君の計画には……賛同しない!」

 

 浦田社長によって仲間が沈められた事実は変わらない。戦艦ル改flagshipの恐怖は痛みで薄れ怒りを感じたが、もう反撃する力はほとんどない。それでも右腕に装着している主砲を浦田社長に向けようとするが、右腕が鉛のように重く思うように動かない

 

「やれやれ、艦娘は利口かと思ったが、見てみればただの反抗期の少女だ。私が正しかった。私の計画の邪魔でしかない。こんな奴は、新型ミサイルの標的艦で十分だ」

 

 時雨は浦田社長に飛びかかりたい思いで体を起こすが、身体中痛みが走り僅かに動かすだけで終わった。悔しかった。こんな利己的な行動で、艦娘が犠牲になった事を悔やんだ

 

「さて、この反抗期のガキは躾をしないとな。その右腕をへし折ったら、言うことを聞くだろう。何、『狂人』の論文だと風呂に入るだけで治るそうだ」

 

 浦田社長は愉快そうに笑ったが、時雨は血の気が引いた。狂気を感じさせる。少しでも逃げようと体を捩り、はって逃げる。だが、僅かに動いただけで右腕に強力な激痛が走った

 

「ぎゃああああああーー!」

 

 時雨の右腕は戦艦ル改flagshipの足に思いっきり踏みつけられた。嫌な音が鳴り、腕が不自然な方向へ向き、血も滲み出た

 

「離してー!痛い、痛い!」

 

 時雨は涙を泣き喚いたが、戦艦ル改flagshipはいたぶりに楽しんでいるようだ。左手で足を退かそうと掴むが、動く気配もない。それどころか、踏みつける力が強くなっていく。腕が引きちぎられるかと思ったほどだ。どんなに悲鳴を叫ぼうが、返ってくる返事は笑いだけだった

 

「ハハハ。コレガ艦娘。タダノカヨワイ女ダ。私ノ敵デハ無イ」

 

 戦艦ル改flagshipは踏みつけた足を退かしたが、今度は時雨の左足も思いっきり踏み潰された。時雨の左足は、木の枝が折れるかのように曲がり、踏まれたところの皮膚がどす黒くなっていく

 

「やめてえぇぇぇ!ああああああああ!?」

 

 意識が飛ぶかと思った。体を蝕む激痛とノイズに喉が割れた。戦艦ル改flagshipは、何度も時雨の脚を踏み潰した。もう時雨は、歩くことも出来ない。このままなぶり殺されるかと思いきや、突然、いたぶりは止んだ。意識が朦朧とする中、浦田社長の声が遠くから聞こえた

 

「所詮、狂人が造り出したものなぞ、評価に値しない。例の監獄へ連れていけ。こいつは必要ないが、不可解な事がある。死なない程度で閉じ込めておけ」

 

 どうやら、まだ処刑するつもりは無いらしい。しかし、自分の体はボロボロだ。入渠なぞ、絶対にさせてくれないだろう。未来で深海棲艦に捕まった艦娘は、こんな酷い仕打ちをしたのか?そんな事を考えていたが、残念ながら考える時間を与えてくれない

 

戦艦ル改flagshipが近づき、腹を思いっきり蹴られるのを最後に時雨は気絶した

 

気絶する直前、時雨は心の中で謝罪した

 

(提督……ごめん……)

 

 その後、時雨は別の場所に移動させられた。浦田重工業の警備会社が経営する民間刑務所に……

 

 




大丈夫……。救いの話は用意してあるから……

 それはそうと、艦これSSのブラック鎮守府を読んで思った事は、本当に戦争に勝つためにやってるのか?という疑問があります
 というのも大抵のブラック鎮守府の前任(?)提督が兵器だからと言って、食事制限どころか整備も怠り艦娘を虐げられながらも出撃させている訳ですが、それで戦争に勝てる気でいるの?という単純な疑問です。それで戦いに勝てるなら誰も苦労しないです。また、敵も何もせずに手を招いていないはずです。史実ですら米軍は新型機を沢山開発し、ゼロ戦を圧倒しました。精神論者の集まりなのかな?
 太平洋戦争では無茶な作戦はあったらしいですが、まあ、そこは旧日本軍だけの話でもないのです。米軍もやっていますから。しかし、何故か艦これSSのブラ鎮の酷さはゲームネタがやたらと多いです
 ブラ鎮の提督が発する艦娘に対する罵倒も「どれも同じ事言っているなぁ」と思ったりします

 試行錯誤した上で浦田社長は、艦娘である時雨の罵倒は本作品のようになりました
まあ、兵器も兵士も戦争に勝つためにありますから。そこを怠っても、自分の首を絞めるだけです。しかし、何故か弱体化している鎮守府に都合よく深海棲艦が攻めてこない謎もありますが

 ブラック鎮守府を立て直すためには、ソ連の艦娘であるガングートとタシュケントとヴェールヌイを派遣しましょう。鎮守府に革命が起き赤く染まれば、流石の大本営も焦るはずです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 囚われた時雨

※警告……今話もグロテスクな描写を含みます
グロテスクな描写はこれで終わり……


とある場所

 

 

 

 そこは浦田重工業の子会社、警備会社が経営する民間刑務所である。この刑務所は主に犯罪者の再犯防止を最優先課題としてさまざまな処遇に取り組んでいる施設である。刑務所から出所した者は、社会に馴染めず再犯し刑務所暮らしをする者は少なからずいる。そのような悪循環を浦田警備会社は目をつけ、民間刑務所を立ち上げた

 

 初めての試みにも拘わらず、浦田警備会社が経営する民間刑務所は大成功を納めた。出所者は元より、加害者家族も感謝状が送られる程の人気を誇り、社会からも注目を浴びた。なぜか?それは、出所までの間、受刑者達に対して手厚い職業訓練を行ったからである。ビジネスの基礎はもとより、介護、建設、医療事務、パン職人養成などを教え受刑者達を社会復帰させていた。加害者に対して過剰な保護をしていると被害者の人達からの批判はあるものの、再犯防止の成果には評価できるところがあり、国も後押しをした

 

 しかし、それは浦田警備会社の表向きの顔。裏の顔では、非合法的な事をしていた。人体実験?それは、ばれると信頼が損なわれてしまうため余りやっていない。臓器移植?それは志願者だけだ。では何か?主な事は警備員、つまり兵士の募集。浦田重工業の私兵を育てるためである。精神面や体力面を徹底的に審査し、使えそうな人を軍事訓練に参加させる。犯罪者は様々だ。軍人や警察の他にスポーツ選手やヤクザなど、何らかの法を犯した者が結構いる。社会復帰させるには、惜しい人材だ。そんな人達は、浦田会社の犬として活躍してもらう。実際に、浦田警備会社が保有する戦力は、陸軍の部隊を追い返す程の力を持っている。残りは、設備の建設や給養など安月給で働かせる部署に流した。使えない人や精神異常者は、国の刑務所に送り返している。つまり、金になるものは何でも取り寄せて利用した

 

 浦田重工業は日本、そして人類の救世主を気取っていたが、その裏では世界を手に入れるための戦力を蓄えていた。浦田民間警備会社は、ただの言葉の綾だ。実際は、民間軍事会社である。自動小銃どころか軍用車両まで持っているのだから、事実上、浦田重工業の私兵軍団だった

 

 未来では深海棲艦が支配する海を奪回するために奮闘して来た艦娘や提督は、強大な力により敗北した。最新鋭の兵器を装備した深海棲艦や浦田重工業に雇われたゲリラによって、潰された。浦田の野望の邪魔な存在として、艦娘や彼女達を指揮する提督は、深海棲艦だけでなく人間達からも敵視された。反艦娘団体も、浦田重工業の手によって作られた。過激な市民団体を集めるのは簡単だ。偏見の強い人を集め、支援さえしてくれれば、後は団体が勝手にやってくれる。一部の政治家がよくやる手だ

 

 愛国心や平和や国防などの志は、まやかしに過ぎないかも知れない。権力者の手先として動かされているに過ぎないかも知れない

 

 浦田重工業はなぜこんな事をしているのか?答えはシンプル。全ては金のために。支配力が強いと何でも出来る。深海棲艦は浦田重工業の手先として利用され、艦娘は邪魔な存在として攻撃した。浦田重工業の手のひらで踊らされていたに過ぎない。未来の提督は、深海棲艦の変化に気付いていたが、謎が解けず時雨に託した。自爆間際にようやく謎が解けたが、まだ分からない所がある。戦艦ル改flagshipは何者なのか?

 

 

 

「これから遠征に行って資源を確保してもらいたい。今日は雨だ。視界は最悪だが、敵のレーダーは健全だ。決死隊になるが、大丈夫か?」

 

臨時基地である提督室に集められた艦娘6人は、頷いた。海図や敵勢力は頭に叩き込んだが、戦況が悪い。もう、戦える艦娘もわずかしか残っていない

 

「提督、大丈夫だよ。僕達ならできる。だから心配しないで」

 

 時雨は、提督の任務に聞いた後、答えた。敵はミサイルと呼ばれる兵器を持っている。アイオワが提供してくれたミサイル対策は、装備されているからだ以上だ

 

「僕達は、必ず遠征を成功させる」

 

 世界は崩壊した。守るものはほとんどない。だけど、このまま深海棲艦の思い通りにはさせない

 

「分かった」

 

「僕は大丈夫。提督は優しいね」

 

時雨は提督の身を案じていた。彼はやつれており、目にクマが出来ている

 

(僕が皆を守らないと……)

 

 時雨が心からそう思った。揺るぎようのない強い意志。敵が最新鋭兵器を持とうが、僕達は負けない。そう思ったその時、別の男性の声が部屋全体に響き渡った

 

「守る?お前達は必要ない。金儲けの邪魔な存在は、排除するしかない」

 

 時雨は、辺りを見渡した。何処から声が聞こえたのか?困惑する時雨を他所に、男性の見下した言葉は再び響き渡る

 

「戦争はビジネスだ。聖なる戦いというのが何処にある?」

 

 時雨は提督に目をやったが、提督はいつの間にかいなくなっていた。他の艦娘もいない。提督室にいるのは、時雨ただ一人だけ

 

「英雄は存在しない。愛国心も国防も平和主義もまやかしだ。お前達は、真実から目を背けている。艦娘は、この世にはいらない」

 

「違う!」

 

 艦娘の存在意義を否定する言葉に、時雨はいらつき吠えた。声の正体は、なぜか自分自身でも知っている。しかし、名前が思いつかない。だが、男性の声は容赦なく時雨を罵倒する

 

「いいか、お前達は、一人の科学者が独断で作り上げた存在。そんなあやふやな存在が、社会を受け入れるとでも思っているのか?」

 

「黙れ!」

 

 時雨が怒鳴ったと同時に、大爆発が起きたのか耳が潰れたかと思う程の強い爆発音が聞こえ、その後になって台風のような爆風が襲って来た。施設や提督室は爆風で飛ばされたが、なぜか時雨は飛ばされなかった。腕を交差させ目を閉じ爆風から身を守った時雨は、恐る恐る目を開けたが、目の前には戦艦ル級改flagshipはいた。きのこ雲を背景にしているため、返って不気味に映る。周りは、街の廃墟だった。時雨は攻撃しようと偽装を展開させたが、残念ながら弾は入っていない

 

「オ前達ハ、人類ニ見捨テラレタ。タカガ1人ノ人間デアル提督ニ何がガ出来ル?守ルダト?誰ノ為ニ守ッテイル?」

 

「君も利用されているだけ!自分の身を棚に上げて僕達を非難する資格はない!」

 

時雨は反論したが、戦艦ル級改flagshipは嘲るように笑っているだけだ

 

「浦田会社ハ今後モ栄エル。世界ノ為ニ。オ前達艦娘ト提督ハ、新タナ世界ノ発展ノ犠牲トナリ埋モレ去ルノミ。歴史ガ既ニ証明シテイル」

 

 時雨は地面に埋もれていく感じがした。まるで底なし沼にはまったかのように段々と地面に引きずり込まれていく。いや、地面ではない。数えきれない骸骨が地面に埋め尽くされている。そして、自分の周りには大勢の艦娘が、マネキンのように倒れている。艤装は破壊され、服は破れボロボロの状態でたくさん横たわっていた。声を掛けても返事はしない。吹雪も朝潮も不知火も神通も阿武隈も鳥海も金剛も赤城も瑞鶴も微動だにしていない。提督や博士どころか海外の艦娘までいる。自分は、その上に立っていたのだ。そして、謎の力で自分は埋もれていく。抵抗しようにも、中々いう事を効かない

 

「違う。浦田社長は、狂っている。金のために世界を滅ぼすなんて間違っている」

 

「私ハ世界ヤ戦争ニ興味ハナイ」

 

「狂っている!」

 

「ソレデハ埋モレテシマエ。誰モ助ケハ来ナイ」

 

 時雨は力を振り絞って脱出を図ろうとしたが、既に体の大半は横たわる艦娘達に埋もれていた。そして、遂には首まで沈んでいく……

 

「待って、話を聞いて!止めて!!」

 

遂には体全てが完全に沈み、視界は骸骨と横たわる艦娘に遮られた

 

 

 

「はっ……ここは……」

 

 時雨は目を覚ました。今のは夢だったらしい。急いで辺りを見回すが、全く知らない部屋だったために少し混乱する。窓もなく、明かりは電球1つだけで、薄暗かった。壁どころか、床もコンクリート製でかび臭い

 

 時雨は、未だにぼんやりとする頭で何故自分がこんな所にいるのかを思い出そうと思考する。その瞬間、フラッシュバックする戦艦ル級改flagshipとの戦闘。そして踏み潰された手足の記憶を。全てを思い出した瞬間、激痛が体中襲った。自分の右腕を見ると、壊れた艤装に自分の腕は踏みつけられすぎて、どす黒く潰れていた

 

「ひっ!!?うわあああああ!?」

 

 自分の腕に嫌悪した時雨は慌てて立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。左足は不自然な方向へ曲がって、立とうにも立てない

 

「ああああああ!助けてええええ!」

 

 息が荒くなり、床に這って逃げようとする時雨。ここは、何処なんだ?鉄製の扉を見つけたが、立ち上がってドアのノブを回す事が出来ない

 

 左手で力を込めたが、開かない。ドアを強くたたいても返事はしない。叫んでも反応はない

 

(どうする、どうする、どうする、どうする?)

 

 時雨は必死でこの窮地をどう脱出するか考えた。自分は、大破に等しい怪我を追っている。入渠すれば完治出来るが、ここでは期待しても無駄だ。提督も博士も捕まった。仲間はいない。つまり、自分でこの状態を何とかしなければならない

 

(どうすれば……)

 

 未来で深海棲艦は、艦娘を捕まえては『新型兵器』であるタイムマシンを聞き出そうとした。タイムマシンは機密扱いにしたため、製造に携わった明石達以外には知らされていなかった。そこまでは良かったが、あろう事にか深海棲艦は捕まえた艦娘を徹底的に痛めつけ拷問した。どうやって拷問したか知らないが、未来の提督に脅迫するために送られて来た映像では、捕らえられた艦娘達はボロボロだった

 

(まさか……嘘だよね……)

 

 時雨は泣きそうになった。これから行われるのは、尋問だ。何が何でも吐かせるつもりだ。自分は未来から来たと言えば、相手は信じられないかも知れない。だが、本気で信じてしまったら……。未来の記録は、奪われたのだろうか?

 

 時雨は恐怖し、絶望した。建造ユニットは鹵獲されただろう。まだ未完成だが、もし完成してしまったら……。未来と同じように、深海棲艦が艦娘を標的艦と称して新型ミサイルの標的にされたら……

 

(あああ……)

 

 発狂しそうになった。建造されてから、幾つもの地獄を味わった。幸運は、生き残ることだけしか発動されないらしい。何故か壊れた艤装を装備させられたままだが、当然、弾は抜かれている。無線通信も通じない。必死になって考えている内に……微かであるが、カツカツと歩く音が聞こえて来た。その音が、段々と近づいて来た事に時雨は、血の気が引いた。こちらに来ている!

 

 時雨は部屋の奥に逃げようとしたが、身体が思うように動かない。足音はここの扉の前で止まった。扉は開き現れたのは、艤装を外した戦艦ル級改flagshipだった

 

「君は……」

 

 知っている。研究所で対峙し、時雨を徹底的に負かした深海棲艦である戦艦ル改flagshipだった。ここは、深海棲艦の住処ではないはずだ

 

「やれやれ、随分と反抗的な小娘だな」

 

 戦艦ル級改flagshipは、呆れるような声で言ったが、時雨は驚愕とした。何故なんだ?通常の深海棲艦は、怨念のような声を発する。また、姫(?)として現れた深海化した吹雪も怨念のような声を発していた。しかし、この戦艦ル改flagshipは怨念どころか、底が見えない暗闇のような、虚無のような声を発していない。普通の……女性が話している自然な声。容姿さえ気にしなければ、コミュニケーションを取っても違和感は全くない。声を変えたのか?

 

「気になるか?地上に上がる際は、人に合わせた声を発する。私はそれをマスターした。潜入する術は、ここで学んだ」

 

 不審がられたのか、戦艦ル級改flagshipは面倒くさそうに言ったが、時雨はそれどころではなかった。余りにも人間に近すぎている。こんな現象は、未来の戦争どころか未来の戦闘記録にすら無かった

 

(な……何で……)

 

 今の時雨は、全身を襲う激痛で脳は冴えていた。こんな奇妙な深海棲艦と出会ったのは、初めてだ。おまけに艤装を外しているどころか、鞄を持って来ているのだ。余りにも人間臭い。時雨が納得していないのか、戦艦ル級改flagshipはため息をついた

 

「疑うのは勝手だ。好きにしろ」

 

戦艦ル級改flagshipは部屋に入ると、扉を閉めた

 

「ここは……どこ……?」

 

「ここは、浦田重工業が経営している、民間刑務所だ。刑務所が民間の手で運営しているようなものだ」

 

 時雨は質問すると同時に必死になって考えた。戦艦ル級改flagshipの答えは素っ気ないものだったが、場所までは教えてくれないだろう

 

「僕を……どうする気……?」

 

 身構える時雨だが、意外にも戦艦ル級改flagshipは鼻で笑った。鞄から水筒を取り出すと、時雨の口に持って来させた

 

「飲め。話はそれからだ」

 

 時雨は、水筒から流れる水を貪るように飲んだ。喉が干上がるように乾いていた。水筒にあった水を全て飲み切ると、戦艦ル改flagshipは水筒をしまった

 

「私は『主』である浦田社長の野望には、興味はない。ただ、支配力を強くするために力を行使する事だけは、意見が一致した。利害の一致だよ」

 

「え?」

 

時雨は耳を疑った。支配力を得るために、浦田重工業を手を組んだ?

 

「お前が『軍艦だった頃の世界』の戦争を体験したはずだ。戦争なんてそんなものだったはずだ。兵器は、支配するためにある。強力な兵器を持った者は、力を行使し弱い者を従わせ、王として君臨する。歴史を振り返って見れば、当たり前の事だ。この世界だけではないだろう?」

 

「僕は……僕達は君とは違う!」

 

 時雨は食い掛かった。時雨を始め他の艦娘達は、浦田重工業や目の前にいる戦艦ル級改flagshipのように世界を支配しようと考えた者はいなかった

 

「そうか?銃が発明された時、ヨーロッパの国々は何をしたと思う?他の国を支配するために使われた。スペインが南米のアステカ帝国・インカ帝国を征服出来たのはどうやったかと思う?兵器の力だ」

 

「何が言いたいんだ!?」

 

 時雨は、苛立った。浦田社長といい、戦艦ル級改flagshipといい、ここの人達はとんでもない連中だ。聞いているだけで、怒りが沸き上がってくる

 

「はあ……。要は、目障りな国や組織をぶっ潰してこの世の全てを私の物にすると言う事。バカでも分かりやすく言ったから、これで理解出来ないとは言わないだろうねぇ?」

 

 怨念のような声でもない拘わらず、時雨はゾッとした。世界を攻撃する事に手を貸している深海棲艦は、こんな単純な理由なのか?

 

「不思議がる事は無い。戦争なんてそんなもの。愛国心?誰かのため守る?そんなのは、ドブに捨ててしまいなさい。力もない綺麗事の言い訳は、反吐が出る」

 

「君には……分からないよ……。僕が……僕達が守りたいのは……理由がある」

 

「ほぅ~。そうか?さぞかし立派で感動的なものだったんだろうね」

 

 戦艦ル級改flagshipは嘲り笑ったが、時雨は怒りで一杯だった。自分達は、大切な仲間を守るために戦って来た。ある者は、この世界が好きだった。ある者は、大切な人のために。別の者は、その理由を見つけるために戦っていると言う。だが、目の前にいる戦艦ル級改flagshipは、支配するためという下らない理由で攻撃するのだと

 

「下らない!」

 

「お前から見たらそうだ。しかし、その信念もいつまで続くのか楽しみね」

 

戦艦ル級改flagshipは顔を近づくと、時雨の耳元で囁いた

 

「正義は時が経てば、歪むものよ。力を持つ者は、必ず暴走する。それは武力だけではない。権力も金も法律も全て当てはまる。虐げられた者だって力を与えれば、復讐として相手を必ず襲う。決まりきった事よ」

 

 時雨は戦艦ル級改flagshipから離れた。余りにも気持ち悪かったためだ。もう聞きたくもなかった。自分が信じて来たものが歪められそうだ

 

「何を言っても無駄ね……。残念だわ。『狂人』の親子に深く肩入れするなんて」

 

「君は分かってはいない!僕達が、どんな酷い目にあったかを!」

 

 荒い息を立て、戦艦ル級改flagshipに睨む時雨。しかし、戦艦ル級改flagshipは時雨の怒りに全く気にすることなく、鞄からあるものを取り出した。それは……

 

「……!!」

 

 時雨は声にならない悲鳴を上げた。鎖と拘束用の鉄の輪っか、そしてずっしりとした鉄製の重り。他にも転がって来たが、それが何に使うのか理解すると時雨は震え始めた

 

「大丈夫。正直に話してくれたら、これらは使わないで上げる」

 

時雨の恐怖した顔を見てニヤリと笑った。この女はまさか……

 

「但し喋らなかったり、嘘をついたりしたらどうなるか分かるわね?」

 

 優しい言葉で言って来た戦艦ル級改flagshipに対して時雨は、怒りが引いていくのと同時に、恐怖が沸き上がって来た。この戦艦ル級改flagship……拷問する気なのか?

 

「待って……僕は……」

 

「答えが違う」

 

 戦艦ル級改flagshipの目は笑っていない。抵抗する時雨を捕まえると、あっという間に作業を始めた。時雨は泣きながら懇願したが、相手は全く許してくれなかった

 

「ここは、死刑囚を収監するための特別区画だ。取り調べ室のな。防音仕様で周りが無いと言えば、想像出来るでしょう?」

 

「……」

 

 時雨は苦痛と恐怖で悲鳴を上げそうになった。鎖は部屋の天井から伸び、時雨の両腕を固定し釣り上げ、時雨を立たせ続けている。潰れた右腕を無理矢理拘束し、吊るしたため時雨は痛みで悲鳴を上げた。 しかも両足は、バタつくことができないように鉄の重りが取り付けられていた。もう逃げる事が出来ない

 

「では、早速質問よ。貴方は何者?」

 

 核心的でしかも、痛い所から突いた質問。 時雨は焦った。だが、相手は考えてさせてくれる時間を、与えてくれないようだ

 

「があ……!」

 

 激痛が走り、何が起こったか分からない時雨。戦艦ル改flagshipが時雨にパンチをしたためだ。戦艦の事もあってか、打撃力が違う。しかも、手加減などしていない。人が食らったら、内蔵破裂で即死だろう。まさか……

 

「艤装をそのまま付けた理由は、それだ。艤装は深海棲艦と同様の生命線。これがあれば、人が木端微塵の爆発でも耐えられる。但し、痛みは別だ」

 

 時雨は青ざめた。艦娘であるために、最悪の状況に置かれている事に理解した。なぜ、未来において深海棲艦は拷問をしたのか?その理由が、分かったような気がした。手加減なしで痛めつける事が出来る。例え正しい事で言っても、手を緩めるような事はしない。未来において、捕まった艦娘達に壊れた艤装が付けられたままである理由が分かったような気がした

 

「次は何処を殴って欲しい?」

 

既に殴られた箇所には、既に紫の痣ができ、流血していた。これが幾度も続くのか?

 

「僕は……あの建造ユニットから生まれ――」

 

 次の瞬間、時雨は意識が飛んだ。戦艦ル級改flagshipの拳が、時雨の腹部にめり込む。内臓がひしゃげるような痛みが身体に走ったため、時雨は意識を保つ事が出来なかった。しかし彼女は、倒れこむこともできない。 そして、水を被せられ強制的に意識を回復させる。意識が失っている間に、水がたっぷり入ったバケツを持って来たらしい

 

「建造ユニットは未完成だ。なのに、どうやって生まれた?まさか、胎児から生まれたとか言わないでしょうね?」

 

「う……うう……」

 

 時雨は泣きそうになるが、答える訳にも行かなかった。話せば、将来が見えて来る。自分はどうなってもいい。ただ自分達が、浦田重工業に利用された兵器になるのだけは勘弁だ。だが、助けが来ない事も事実だ。この世界で、艦娘は時雨が1人だけだ

 

「僕は……嘘なんて……」

 

「ふん。なら、艦娘の限界を確かめされてもらう。深海棲艦は、地球上に無い元素を力にして生きている。海上、海中、海辺しか効力を発揮できない。人間とは違う生き方や考え方もあり、身体能力も人間より上だ。お前を造った『狂人』が書いた論文だ。『狂人』は愚かではない。深海棲艦をよく調べ尽くしている」

 

 時雨は、戦艦ル級改flagshipをまともに見る事が出来なかった。自分のことは、よく知っている。確かに艦娘は、確かに人外である力を持っている。しかし、それはあくまで限定的だ。深海棲艦と比較すれば容姿以外は劣るだろう

 

「お前はどうだ?艦娘は、艤装が無いと海を渡れない事は分かっている。いや、それをつけなければ効力を発揮できない。そして、それをつけ続けている限り、死なない事も。中途半端な身体がアダとなったわね!」

 

 時雨は、再び悲鳴を上げ泣き叫んだ。だが、いくら泣き喚こうが、誰も助けなぞ来ない。仲間である艦娘は、この時代にはおらず、提督も未来の提督のような軍人ではない。言うまいと固く決めて出鱈目な事を言ったが、戦艦ル級改flagshipは全く信じなかった。返答する度に、殴られた。意識を失っても、無理矢理起こされ、またいたぶられてる。いつまで続いたのか分からない。それが何時間続いたのか。時雨が気がついた時には戦艦ル改flagshipは居なくなった

 

「…やっと……いなくなった……」

 

 弱弱しい声で時雨は呟いた。相手は疲れたのか、それとも何か用事で出て行ったのか?しかし、相手は諦めたとは思えない。また来る可能性がある。そして、自分の身体と服と偽装は、ボロボロだ。血と汗の匂いが匂う。それが自分から出たものだと知っていても、気持ちが悪かった

 

「……本当の事を言わないと……これが毎日……。ダメ……さすがに死んでしまう……」

 

 しかし、艤装が取り付けられている以上、艦娘は簡単には死なない。ここから脱出する事を考えないと行けないが、どうすることも出来ない。仮に拘束から解放されても右腕も左足も動けない状態で逃げる事は不可能だ

 

「この鎖を引きちぎる方法を考えないと……」

 

「無駄だ。だから、お前の右腕を潰した。希望でも抱いていたのか?」

 

 いつの間にいたのか、戦艦ル級改flagshipが部屋に入って来た。頭が正常に働かなかったのだろう。ドアが開く音が聞こえなかった。今度は、多くの道具を持って来て。鞄から鞭や艤装用の対空機銃などが覗かせていた

 

「……!」

 

「泣きそうな顔しないの。夜でも仕事はあるのは当たり前」

 

夜!まさか、この戦艦ル改flagshipは休みすら与えてくれないのか?

 

「戦争は、夜でもある。さあ、本当の事を話して貰うよ!」

 

 時雨は再び悲鳴を上げる羽目になった。だが、どんなに喚いても誰も助けに来ない。戦艦ル級改flagshipは時雨が苦しみ泣き続ける姿を楽しんでいた

 

 何時間も拷問は続いた。朝から晩まで、深夜でも。手加減は一切なし。食事どころか睡眠すら取らせない。抵抗しようと暴れるが、重りのつけられた両足に、拘束された両腕では満足に動くことすらできない。そんな状態である時雨を戦艦ル級改flagshipは、休みすら与えず、いたぶり続けた

 

打たれ、撃たれ、殴られ、蹴られ、踏まれ、斬られ、刺され、なじられ

 

 涙は枯れ、体はボロボロになり、心は完全に壊れた。だが、そんな状態でも時雨は、自分の正体を明かさない。自分達の艦娘のために守らないといけない。ただ、それだけだった

 

 

 

「強情な奴ね。感服するわ。普通ならとっくに喋ると思うのに、よくこんな痛みに耐えるわね」

 

 どれくらい時間が経ったか分からない。もしくは数日か?時計もなく、戦艦ル級改flagshipもあまり席を外さないため時間の感覚が分からない。感じるのは痛みだけ

 

「何か言わないと困る。私も暇じゃない。それにムチじゃ泣かないか。もっと違うやり方で聞くかしら?」

 

「い……言うよ……」

 

戦艦ル級改flagshipは時雨の反応に喰いついた。やっと心が折れた!そう確信した

 

「では、言え。全て話して貰う」

 

「僕は……」

 

時雨は息を吸い込むと、罵声を浴びせた

 

「僕は君を必ず沈める!本当は、君は僕達が怖いんだろ!艦娘によって沈められるなんて思いもしなかっただろ!人間の兵器には効かないのに、僕達の攻撃は効果あるんだから恐れたんだ!だから、最新鋭兵器という卑怯な手段を使って僕達を攻撃した!だから、僕達をここまで痛めつけた!だけど僕達は屈しない!そんな事をしても、僕達は変わらない!それが僕達、艦娘だ!僕は君を絶対に許さない!」

 

 普段の時雨とは、思えない荒げた声。他の仲間や提督が聞いたら、身が引いていたに違いない。確かに時雨は負けを認めそうになったが、ある言葉だけは自分に言い聞かせていた

 

(負けちゃだめだ……言ってしまったら……全て終わる)

 

 未来や艦娘などの情報を話せば、全てが終わる。犠牲は自分一人でいい。例え、助けが来なくても……。例え、この身体がダメになろうが……。僕は、味方を絶対に売らない!

 

「艦娘を舐めないで!」

 

 時雨の思わぬ言葉に、戦艦ル級改flagshipは唖然とした。全く、心は折れていなかった。それどころか、『提督』と呼んている『狂人』親子を庇っている節がある。なぜ、ここまで庇うのか戦艦ル級改flagshipは理解出来なかった。思い通りにならなかったことで戦艦ル級改flagshipは怒りに任せて、時雨を思いっきり殴った。時雨が気絶しても戦艦ル級改flagshipは肩で息していた

 

(何なんだ、こいつ……)

 

 戦艦ル級改flagshipは諦めかけていた。初めは痛い目に会えば、たちまち自白すると思っていたが、まさかここまで強情とは思わなかった

 

「気が変わった。別のやり方で調べる。閉じ込めたあいつらと一緒に過ごせばいい。せいぜい、負け犬同士仲良くしな」

 

 拘束した時雨を解放すると時雨を連れてある場所へ向かう。勿論、気絶した時雨を床に引きずり回しながら

 

 戦艦ル改flagshipはある場所とは、窓もなく鉄の扉以外、四方がコンクリートで囲まれた狭い牢屋の区画である。ある部屋を開けると中に入る

 

 その牢屋には先客が2名いた。戦艦ル級改flagshipの姿を見た先客達は、少しでも離れるように壁の方へ逃げる。だが、戦艦ル級改flagshipは、先客2名を気にしない。ボロボロになった時雨をゴミを投げるかのように牢屋に入れると、そのまま扉を閉めて行ってしまった

 

 

 

 先客2名の内、1人は時雨に近づかなかった。少女の酷さに驚いた事もあるが、それと同時にこの少女はただの人間出ない事に気付いたからだ。しかし、もう1人は違った。外見は時雨よりも幼いかも知れない。それも少女だった。警戒しながら近づいたが、少女が動かない事が分かると一気に近づいた。怪我の酷さを確認した後に、その者はもう1人の者に訴えた

 

「酷イ怪我ヲシテル。助ケナイト」

 

 だが、もう1人は違った。なぜ助けなければならないのか?自身の本能で訴える。倒れている少女は将来、我々にとって脅威にも成りえる

 

 しかし、彼女には分からない事が1つあった。なぜ、この者を痛めつけたのか?それが理解出来なかった。暫く考えた後に、その者は口を開いた

 

「アイツメ……。毎回……来ルナ…ト……言ッテイル…ノニ……」

 

 




大丈夫……救いは……
牢屋に居た2人は一体……

 それはそうと、現実では日本の民間刑務所は4つしかありません。名前も『社会復帰促進センター』というもの。また、完全に民間委託というものでもなく、PFI(官民協働)刑務所との事

民間軍事会社もピンからキリまであります
戦闘機、攻撃ヘリコプターなどの航空兵器や、戦車、歩兵戦闘車などの軍用車両、輸送用のボーイング707なども運用する程の民間軍事会社もいれば(流石にやり過ぎとの事で政府に潰された)、軍事訓練はおろか防弾チョッキもヘルメットも支給されず、そのまま現地に派遣すると言ったブラック(?)会社まである
ある番組でアメリカ人PMC派遣社員によれば
「イラクにはありとあらゆる国籍の労働者が集まっていました。フィリピン、中国、インド、ネパール、バングラディッシュ、シエラレオネ……最貧国から少しでも高い賃金を求めてきた人々がね」
との事
PMCの派遣社員なのに米兵と武装勢力との間で銃撃戦が始まると、色んな他国語で喚いたり脅えてたりしたらしい
傭兵専門のPMCでないところは人材などは、出稼ぎ派遣社員に近いため完全に赤軍状態で使い捨て。武装勢力に誘拐されて処刑された奴も居るとの事

 それを考えるとメタルギアシリーズに登場する傭兵組織『ダイアモンド・ドッグズ』や傭兵国家である『アウターヘブン』。ある意味、凄いと思います。組織的ですから。カズヒラミラーやビッグボス達の苦労がよく分かります
現地の兵士を誘拐して(フルトン回収)、相手を説得し、自分達のために働かせる。『愛国者達』に立ち向かうためには必要な事だから仕方ないですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 囚われた親子と姫

今年の冬イベント攻略を無事に完了して堀りに専念している私です
特にE7はきつかったです
難易度もありましたが、アイオワとサラトガの二隻目を手に入れるために深海棲艦化した瑞鶴、深海鶴棲姫を36回フルボッコして無事ドロップしました
しかし……深海棲艦化した吹雪はナイスバディになったのに対して、瑞鶴は……。まあ、睦月の件(アニメと劇場版より)もありますし
そして是非、深海鶴棲姫もズイ(ง ˘ω˘ )วズイと踊って欲しいと思ったりしています


 時雨が捕らえられてる最中、提督と父親は、未だに別荘の中に監禁されていた。なぜなら、艦娘計画について喋らされるためだ。ただ2人共、人間であるため時雨のように拷問するような事は出来ない。その代わり、艦娘計画について聞かされた。親子一緒に尋問され、拒否した返答をすると痛めつけられた

 

 ただ、対応は二人には差があった。息子は兎も角、父親は軍人だ。左遷されたとは言え、拷問で口を割るような人物ではないのは確かである。そのため、暴れないように拘束衣を着させ、身動き取れないようにしている。逆に息子は、椅子に座らされ手足とも縛り身動きとれないようにしている。質問に応えない息子に対して、警備員は思いっ切り殴っていた。色々と尋問され痛めつけたが、頑として2人とも喋らなかった。しかし、別荘の捜索は隅々行われ、陸軍軍人が撮影した記録用のビデオテープは見つかってしまった。早速、小型カメラごと破壊されてしまい記録は失われた。更には、艦娘の建造ユニットは押収されてしまった。トラックに積み込まれ、別の場所に移されたしたらしい

 

 その押収された建造ユニットは、実は未完成であると分かった時、浦田社長を始め、浦田の従業員達は首をかしげる。未完成なのはいい。なら、時雨は何処から現れたのかと?その疑問が、時雨の拷問に繋がってしまった。もし、提督が知っていたら怒り狂っていたに違いない

 

 

 

「さて、何か情報は?」

 

「ダメです。口を割りません。どういう事か自白剤も効果なしです。大佐の方なんかは、『ワシは世界最強の男になった!』などと意味不明の事しか言いません」

 

 大佐とは、提督の父親の事である。時雨を民間刑務所に送った後、戻って来て様子見た浦田社長は警備員に聞いた。しかし、警備員からの返事に苦虫を噛み潰したような顔をするといらただしげに壁を叩いた

 

「なんて事だ。こいつらに自白剤が効かないなんて……」

 

「お前はバカだ。自白剤でワシが喋るとでも思っていたのか?」

 

 拘束衣を包まれても睨む父親。提督である父親は、自白剤を打たれてもうっかり喋らされないように訓練されていた

 

 実は自白剤というのは、注射するといきなり本当のことをペラペラと喋る訳ではない。麻酔剤などを使って理性を失わせるために、上手な量を上手に使用し、上手に誘導すれば抑制していた真実をしゃべらせることである。要は、酒を飲み過ぎて酔っぱらいの状態にして、誘導質問するのが自白剤の本質である。訓練されている者であれば、虚偽をしゃべることもあれば、まったくのでたらめを適当に喚く事も可能である。提督の父親は、それの訓練をしていたため喋る事は無かった

 

 一方、提督はというと意識を失っているという。元々、酒に弱い事もあって、たちまち眠り始めたのだ。意味不明な寝言しか言わないため、とてもではないが話にならない。強く殴っても、一向に起きないので自白剤の投与は中止された

 

 

 

「さて、君には何が何でも喋ってもらう。聞きたい事が山ほどある」

 

「何をだ?ワシにまだ、何か喋らされる気か!?」

 

父親は噛みついたが、拘束衣を纏っているため、首を動かす事しか出来ない

 

「全てだ。お前達が、時雨という、あの小娘と共に行動してからだ。お前達親子は、気が変わり、艦娘計画を進行させた。あの少女は何処から来た?そして、何を企んでいる?私の計画にいつ気がついた?」

 

「今までのお前の態度には、見逃して来たが……お前、そこまで墜ちたのか?」

 

 父親は浦田社長をよく知っている。深海棲艦が現れた時、世界は絶望する中、二人の男が立ち上がった。それが当時の海軍中将である提督の父親と浦田重工業である浦田社長だった。2人は世間を気にせずに深海棲艦の正体と弱点を探っていた。つまり、仕事仲間だった

 

「墜ちた?いや、考えを改めたのだ。深海棲艦は、コントロールさえ出来れば人類の敵ではない。昨日の敵は今日の友と言われるくらいだ」

 

「人でなしが!お前が死んでも誰も反対しないだろうな!お前の本性が知れ渡れば!」

 

浦田社長は、舌打ちすると呆れるように話し始めた

 

「浦田会社では失敗は許されない。昔の仕事仲間とは言え、こうも歯向かうとは。全く情けない。だが、これも必然か……」

 

 父親の鬼の形相なぞ気にせずに話し続ける。警備員達も頷くか賛同するかの仕草をするばかりだ

 

「才人とクズ、強者と弱者、私と狂人。スパルタ軍は戦争の本質を理解していた。だが、それを理解する者は誰もいない。永遠にな」

 

「ならば、お前の父親はクズか?国のために戦ったお前の父は、クズだと言いたいのか?」

 

 博士は浦田社長の人生を知っていた。と言うより、浦田社長自身が話してくれた。なぜ、財閥にも匹敵する力を持つ浦田社長は、会社経営のみ留まっているのかと聞いた事があった。彼が言うには、己の父が日露戦争で戦死した。身近な人達が戦死する者を見たくない。科学と金の力で日本の貧しさを欧米のように豊かにしたい。その思いで会社経営しているのだと。その考えは、立派で博士自身も感動した。しかし、浦田社長の本性を見て目と耳を疑った。こんなことをする人間ではないと。しかし、現実は非情だ。陸軍工作員が撮影した映像は、本物だった

 

突かれた所が痛かったのか、浦田社長は醜悪な顔をし睨み返した

 

「私の父は、日本政府が定めた誤った方針の犠牲者だ」

 

「違う!信念のために戦ったんじゃ!国を恨むのは結構だが、やり過ぎだ!」

 

博士の説得に浦田社長は、鼻で笑った

 

「信念のために死んでも、決してそれが真実になるとは限らない。私は真実を知った。ならば、座視するより行動を起こすのが優先だろ?」

 

 浦田社長は相変わらずだ。この人は、夢を実現するために行動している。それは博士と同じなのだが、両者には決定的な違いがあった。浦田社長は、実現するためには犠牲は必要だということ。例え、それが死体の山を築こうが……

 

「いいか、これは――」

 

 浦田社長は話す途中に、大きな音と怒号が部屋に鳴り響く。浦田社長は目をみた先には、先ほど気を失っていた息子が、起き上がり、警備員が腰にぶら下げていた拳銃を引ったくっていた。警備員は取り替えそうとひと悶着していたが、拳銃は拍子で発射され、弾は別の警備員の額に命中。警備員は倒れてしまった

 

「おいおい、やんちゃな息子だな」

 

 浦田社長は、息子が銃を向けるよりも早く、息子が手に持っている銃を掴んだ。警備員は取り押さえようとするが、浦田社長は止めさせた

 

「銃口を向けるときは気を付けろ、と教わらなかったのか?軍隊の基本だ」

 

浦田社長は、息子が手にしている銃を奪わないどころか、ある方向へ向けさせている。自分の父に向けているのだ

 

「止めろ!くそ!離せ!」

 

浦田社長の意図に気づいた提督は、抵抗しようとしたが、自白剤の影響で力が出ない

 

「お前……!」

 

 博士も銃口から逃げようともがくが、残念ながら僅かしか動かない。双方の抵抗も虚しく、提督が握っている銃は完全に自分の父親の方へ向いた

 

「さあ、ちゃんと狙え!戦争とは、犠牲がなければ勝てない。お前の父親が、死んだら解放してやるぞ?」

 

「止めろ!このクソ野郎!」

 

 提督は怒り抵抗したが、握っている銃から手が離せない。銃声が一発、部屋に鳴り響いた。幸い弾丸は外れたが、浦田社長は面白そうに当てようとする

 

「しっかり狙え!弾は有限だ」

 

「くそ!離せ!」

 

続いて2,3発発鳴り響き、その内、発射された1発の弾丸は提督の父親の腹部に命中した

 

「ぐあ!」

 

博士は悲鳴を上げ、提督は怒り狂い、罵詈雑言を吐いた

 

浦田社長は、そんな二人を他所に拳銃と取り上げると警備員に返した

 

「そうだ。世の中は、そんなものだ。他人よりも親しい者を大事にするのが普通だ。私の場合だと、お前達の事なんぞ、どうでもいい。大佐。お前は強い男だが、若くはない」

 

 浦田社長は護衛を呼び、別荘から去る前に残っている警備員に指示を出した

 

「大佐を治療しろ。最低限だ。まだ、生かしておけ。別命があるまで、誰の目にも触れるな」

 

「心配要りません。ここの一帯は、封鎖しました」

 

 警備小隊を率いる隊長は、自信強く言う。もはや、浦田警備会社の戦闘団は精強だ

 

「油断はするな。まだ、こいつらを味方する者がいるかも知れん。警戒を怠るな」

 

浦田社長は、満足そうに頷くと今度こそ別荘から出ていった

 

 

 

 

 

(クソ!何てこった!)

 

 提督は、自分の行いに後悔したことと浦田社長の非道な行いに怒りで一杯だった。確かに自分の父親を嫌っていた。しかし、殺そうとは思ったことは一度もない。未来の提督ですら自分の父親と喧嘩した事に後悔しているという。親父は中年だ。浦田の従業員が手当てはしてるが、包帯を巻くだけだ

 

(幸い、未来の記録ノートは見つかっていない)

 

 実は陸軍軍人の救助した日に、父親は心境の変化なのか、未来のノートや資料を別の場所へ移したという。念のため、との事だ。幸か不幸か、その行動が貴重な記録を守る事になった。つまり、父親しか分からない。厳重に保管してあるという。何があったのかは、聞けなかった。あの時は漂流者を救ったとは言え、無断で行動したこともあり罰を受けていた。だから、時雨の正体はばれないはずだ。尋問も痛みさえ耐えれば何とかなった。自白剤を刺された時には流石に焦ったが、今のところは喋っていない

 

 

 

(待てよ!時雨はどうなっている?)

 

 自分達は監禁されている。と言うことは、時雨の対応も最悪かも知れない。いや、余り手荒な真似をしないはずだ。艦娘というものに興味あるかも知れない。暫くは、何も手は出さないだろう

 

 しかし提督の予想している事とは真逆で、時雨に対しては非人道的な拷問をやっていた。人のように簡単には死なないという艦娘の特徴がアダとなって、幼い相手でもお構いなしにやっていた。しかも、人よりも力のある戦艦ル改flagshipが昼夜お構い無く拷問していると知っていたら、激昂していたかも知れない。だが、今の彼は時雨の安否を知る術は無かった

 

 

 

 とある民間刑務所の特別区画。そこは、重犯罪者や死刑囚を収監する場所だった。だったとは、今では使われていない。国の依頼で重犯罪者達を受け入れていたが、ある日を境に、収監を拒否した。理由は、財政難であるため。実際に、重犯罪者を受け入れても利益にはならない。それが主な理由だった。しかし、本当の理由は違う。その区画を別の理由で使うためだけに拒否したのだ。死刑囚よりも価値のある者への収監。国や裁判所から不満はあったものの、そこに閉じ込めた者を見た者達は納得した

 

 そう……浦田重工業の秘密である。時雨が運ばれ閉じ込められた所こそが、重要秘密であった

 

 

 

「う……うう……」

 

時雨は目を覚ました。長い間、気を失ったらしい。ぼんやりとしていたが、途端、様々な光景がフラッシュバックする

 

「ああああああ!?」

 

時雨は叫んだ。無理もない。長い時間、戦艦ル級改flagshipによって目を覆いたくなるような拷問をされた

 

 未来でも浦田重工業の陰謀により虐げられた艦娘達。自分は無力だった。今の時雨は、傷の手当もされず、お気に入りの服はボロボロで血まみれ、助けを呼ぶも助けは来ず……

 

 右腕と左足はへし折られ。 治療されていない生傷が、破れた制服のいたるところから覗く

 

「助けて助けて助けて!」

 

 鉄のドアに這いながらも助けを呼ぶ時雨。だが、誰も時雨を助けてくれない。もう今の時雨は、廃人になってもおかしくなかった

 

 左手でドアを叩くが、誰も応答せず。時雨が泣き叫ぼうとしたその時、部屋の奥の方で子どものような声が聞こえた

 

「叫ンデモ……誰モ来ナイ」

 

 その声を聞いた瞬間、時雨は凍り付いた。人間の声ではない。幼い子どもの声だが、微かに怨念のような声が混じっている。その声は深海棲艦なのは確かだったが、時雨は聞いた事がない。未来でも……

 

「怪我シテイル……大丈夫?」

 

 弱弱しい電球から照らされる声の主が、時雨の目に入った時、彼女は驚愕した。そこにいたのは、深海棲艦だった。しかも、ただの深海棲艦ではない

 

「君は!?」

 

 声が詰まり、言葉が続かない。時雨の前に現れた者が、余りにも予想外過ぎた。そのため、いままで受けた拷問の痛みさえ吹っ飛んだくらいだ

 

「北方棲姫!?何で……こんな所に!」

 

 博士から見せてもらった写真やスケッチと同じ容姿をした北方棲姫が、時雨の目の前にいる。しかし、彼女も怪我をしている。未来どころか、この時代に来ても確認出来なかった鬼・姫級。時雨が何か言うか迷っていると、今度は部屋の奥の方で別の声が聞こえた。しかも、その声も北方棲姫と同じく怨念がこもったような声だった

 

「コンナ少女ヲ閉ジ込メルナンテ……。アイツラハ……ナニモ…ワカッテイナイ」

 

 次第に目が慣れて、部屋の様子が見えてきた。余り広くない牢屋。拷問した部屋と同じく窓もない。違う点は、簡易ベッド1つがあるくらいだ。その簡易ベッドに人が座っていた。いや、人にしては大柄だ。体つきから見て女性だが、頭には額には大きな角が一本映えている。しかも、両腕は人の手ではなかった。大きな鉤爪を持っており、髪も腰まで達している。しかも彼女の目は、輝いているかのように赤かった

 

「な……そんな……どうして??」

 

 時雨は、理解が追い付かなかった。彼女を知っている!その異形な女性こそ、港湾棲姫だった

 

 時雨は落ち着くと、逃げるように部屋の片隅に移動した。這っていく時雨を見て、北方棲姫は駆け寄って来た

 

「本当ニ大丈夫?」

 

「来るな!あっちへ行け!」

 

 叫び声を上げながら地を這ってでも、北方棲姫から距離をとろうとする時雨。これは罠だ!閉じ込めても僕をいたぶり続けるつもりだ!

 

 だが、時雨は僅かに動いたその時、自分の体が宙に浮いた。何者かが時雨を持ち上げたのだ。しかし、その手は氷のように冷たく、しかも手はごつかった。自分を持ち上げた者を確認するために、首を動かした時雨は恐怖の余り絶叫した。あの港湾棲姫が、時雨を抱えていたのだ!時雨は自分の痛みなぞお構いなしに暴れたが、港湾棲姫は何も言わない。それどころか、時雨をベッドまで運び横にさせたのだ

 

(僕を……どうするんだ?)

 

 時雨は恐怖の余り、体を震わせた。もう、絶対絶命だ。ここで殺されたら……

 

「酷イ。ココマデ痛メ付ケルナンテ……」

 

 港湾棲姫は時雨の潰れた右腕を触ろうとした。時雨は、大きな鍵爪を左手で受け止めると突き返した。港湾棲姫は再び時雨を触ろうとしたため、時雨は抵抗しようとした

 

「攻撃シナイ。最低限シカ出来ナイケド、手当テシナイト」

 

 何処から持って来たのか、木の板を取り出し潰れた時雨の右腕を持ち上げると固定し出した。柔らかい布で固定し始める。北方棲姫は時雨の左足に板を乗せると動かないように固定した。時雨は気がついた。ギプス代わりに潰れた右腕と骨折した左足を固定しているのだと

 

「…ッ…コンナニ…全身…」

 

 港湾棲姫はぐったりしている時雨の上着を脱がせたが、時雨の体はひどいものであった。 痣がないとこがないほど紫に全身晴れ上がり、血がそのまま固まっているため、どす黒く痛々しい傷跡が無数に残る。残念ながら、医療キットがないため水で洗うしかなかった。綺麗とはいかないが、港湾棲姫は布で時雨の体を拭く。布はすぐに黒く染まった

 

「う……うう……」

 

「ドウシタノ?」

 

 時雨は泣いていた。 枯れ果てたと思った両目の涙腺から涙が零れ落ちた。傷口が浸みたからではない。敵であるにも拘わらず、深海棲艦の親玉である港湾棲姫と北方棲姫は優しく対応した。戦艦ル級改flagshipや浦田重工業の連中とは全然違う

 

「何で……僕を優しく……するの?」

 

 時雨は泣いていた。敵である姫級は、紳士過ぎた。敵に情けをかけるというものではない。負傷した者は、治療するという当たり前のように対応した

 

 実は、戦争時において捕虜に対する扱いを人道的に行った例は意外とある。ジュネーブ条約にもあるように、捕虜に関しては丁重に扱うべきという決まり事がある。しかし、守らない国や軍隊もしばしば起こったため効力はあるかどうか微妙である。だが、逆に言えば全く効果はないとは言い難いのも事実でもある

 

 旧日本軍ですら明治期である日露戦争までは、過剰なほど敵の捕虜を遇した。捕虜から戦後感謝状が届いたほどである。しかし、悲しきかな。昭和になってから日本軍はすこぶる硬直した軍隊になってしまったのは、別の話である

 

 それは兎も角、時雨は子どものように泣いていた。敵がここまで優しくするといった行為は、初めてだった。氷のような冷たい鍵爪が、温もりを感じさせるほど優しかった

 

 

 

「ここは……」

 

 手当てされ、攻撃してこない事が分かった時雨は質問した。二人は暫くの間、黙っていたが、港湾棲姫は口を開いた

 

「分カラナイ。ココニ閉ジ込コメラレテカラ、ドレクライノ日ガ経ッタノカ」

 

 時雨は港湾棲姫と北方棲姫を見て気がついた事があった。資料の写真に映し出されていた彼女達には、黒く巨大な艤装や独特の艦載機を持っていた。しかし、目の前にいる二人は、艤装は最低限しかつけておらず、時雨ほどではないが、傷だらけでナイフで刺したような傷や打撲痕も無数にある。身に着けている服もボロボロだ

 

「浦田重工業の手下にやられたの?……酷い……」

 

 2人の傷に時雨は、浦田重工業に怒りを覚えた。確か深海棲艦は理想な兵器と言っている割には、深海棲艦のボスを監禁している。自分に従わない者は、閉じこめるのか?

 

「アイツ二……ヤラレタノカ?」

 

「あいつって戦艦ル改flagship?」

 

 港湾棲姫の問いに時雨は、質問で返してしまったが、港湾棲姫は頷いた。しかし、時雨は港湾棲姫から微かであるが、怒りを感じた

 

「戦艦ル改flagshipに……君の仲間に……やられた」

 

 時雨は呟いた。自分は、深海棲艦によってここまでひどい目にやられた。未来では仲間を、そしてこの時代では残虐な行為をされた

 

「どうして……閉じ込められているの?」

 

 時雨は質問したが、相手は答えない。ただ、何も語らなかった。牢屋の中とは言え、様々な因縁もある事もありお互い警戒している。時雨も全く気を許してはいなかった

 

長い沈黙の間、港湾棲姫はポツリと呟いた

 

「アレハ私ノ仲間デハナイ」

 

 時雨は耳を疑った。仲間ではない?しかし、時雨は戦艦ル改flagshipと戦っているため分かる。未来でも深海棲艦の仲間を指揮していたのは確認済みだ。なのに、港湾棲姫は自分の仲間ではない、とあっさり否定する

 

「仲間でないって……僕達は……酷い目にあった……」

 

 時雨は咳き込みながらも非難がましく言い放つ。自分達は、目の前にいる敵と戦っている

 

「違ウ。……アイツハ……アイツラハ……私カラ……何モカモ奪ッタ」

 

「それでも許さない。現に僕はひどい目にあった。仲間も」

 

時雨は警戒したため、北方棲姫は奥の方へ逃げた。時雨の怒りを感じたのだろう。「何デ怒ッテイルノ?」と呟いているだけだった

 

「貴方ハ……誰?」

 

 港湾棲姫は時雨に質問したが、時雨は無視した。まだ艦娘と戦った事がないから、当然の反応だろう。しかし姫級によって手当されたからと言って、一緒にいる深海棲艦と仲良くする事は出来ない。戦艦ル改flagshipが深海棲艦の仲間であろうがなかろうが、深海棲艦であるには変わらない

 

「ソウ……謝ッテモ許サレナイノハ……仕方ナイ」

 

 港湾棲姫は時雨と話す事を諦めていた。何か訳でもあるのだろうか?しかし、今の時雨は、敵を分析する思考能力は残っていない。右腕の感覚がほとんどないというのは、想像以上に気持ち悪く、足もワニにでも噛まれているかのような痛みが未だにする。吐き気がしそうだ

 

 

 

 何が起きっているか分からない。ただ、現段階で分かった事があった。博士や未来の提督の疑問である『深海棲艦から鬼・姫級が消えた謎』

 

 たった今、時雨は深海棲艦のボスを確認出来た。やはり、彼女達は捕まっていた。しかし……そうなると戦艦ル改flagshipは何者だろう?仲間ではないという言葉が引っかかるが……

 

 

 

(もう……何も考えたくない)

 

 時雨は痛みがあるにも拘わらず、眠り始めた。空腹もあったが、今はどうでもいい。補給はしてくれないのは明白だ

 

ここを抜け出す方法を考えないと




おまけ
提督「浦田社長、お話がしたい」
浦田社長「何だ?ようやく、喋る気になったか?」
提督「いや、気になった事があって……時雨の拷問と親父の自白。そして俺が父親に向けて銃を撃たせた。これって複数の他作品から流用していないか?実は前話を掲載してから2日後に匿名からメッセージが来たんだが。時雨の拷問は、MGS3の拷問シーンとMGSVのカズヒラミラーのソフト版をくっつけたものなのか?との事。参考にしたのは本当なのか?」
浦田社長「な!参考にしていない!いいか。全然違う!」
提督「感想では浦田重工業は『COD:アドバンスド・ウォーフェア』のアトラス社を参考にして創り出した事もバレている。父親の拘束シーンは『ジョジョ二部』であるドイツ軍に捕らえられたスピードワゴンを参考にし、俺は『COD:ゴースト』の拘束シーンを参考にした」
浦田社長「参考にしてない!……まず、お前がその数々の作品を知っている事には驚いたけど、私は軍人でもないし、特別な力なんて持っていない。放電能力もないし、寄生虫ももっていないし、機械の身体でもない!『柱の男』なんて研究もしていない!」
時雨「でも、自白剤のシーンはシュトロハイム少佐のシーンから参考にしたんだよね?」
浦田社長「いいか!参考にした、だなんて言うな!」
時雨「戦艦ル改flagshipの拷問シーンなんてMGS3のヴォルギン大佐がスネークにやった拷問シーンを参考にしたような気がするし」
浦田社長「……何てこった。他作品から参考したものばかりじゃないか」
時雨・提督((折れた))

感想とメッセージが来たので、後書きではちょっとしたネタで
まあ、拷問なんてあまりやり過ぎるとあれなので、数々の作品から参考して創ったのが本音です。実際に現実を参考にして描いた所、某国の強制収容所みたいな感じになってしまったので。流石にこれはキツイと思い……
感想にもあるように浦田重工業はCODに出て来るアトラス社を参考にしました。まあ、アトラス社も実在する某民間軍事会社をモデルにしています。ですから、参考程度なら多少はいいはず(だと思いたい)

もし自白剤が博士と提督に効いていたら社長はこう言ってたでしょうね
「我が社の医学薬学は世界一ィィー!!出来ない事はないー!」
キャラが違うので没になりましたが


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 見破られた時雨の正体

冬イベントの新しい艦娘掘りと勲章掘りのためにEO攻略している私です
資源がちょっと不味い状態ですが、まあ何とか(現段階、資源平均17万)
艦娘強くなり過ぎて、4-5の港湾棲姫や3-5にいる北方棲姫が逆に可哀想と思ったりします
しかし、浜波を出してくれない重巡棲姫は絶対に許しません。とにかく叫びますから
そして叫ぶ度に、ラスダン含めて初霜(改二)の魚雷カットインでトドメを刺されて撃沈します
叫ぶのはいいから、浜波寄こしなさい


 浦田重工業の本社ビルの社長室では、浦田社長はいらただしげに歩き回っていた。金庫の中身は、陸軍の工作員の手によって奪われた。その中身の『あれ』は、大したものではない。『あれ』は計画において基礎となる資料が入っている。もう準備も済ませているので必要ないかも知れないが、問題は何処へ行ったのかが検討もつかない。『狂人』の親子が持つ別荘や家宅を捜索したが、どこにもなし。陸軍軍人が深海棲艦に襲われた時に海に落としてしまったと見ていいのか?しかし、映像の証拠があったため持っている可能性があるのだが

 

 そして、一番の謎は艦娘についてだ。艦娘のプランや内容は、博士の論文にちゃんと書いてあるので大まかには理解出来る。しかし、あの親子はこちらの計画を予想しているかのような行動をしていた。建造ユニットは未完成だが、完成度は高いとの事だ。だが、証拠はない。捕らた艦娘も厄介だ。なぜ、あんなに頑固に反発するのか?未だに理解出来なかった

 

「あの小娘は、正義感で動いているのか?」

 

 浦田社長は信じられなかった。大抵の者は、金で従ったりこちらの要望をすんなりと通ったりしていた。だが、艦娘は違った。軍艦は人の命令で意のままに動かせる。深海棲艦はボスには絶対服従であるため操るのは簡単だったが

 

(いや、人間のように心があるのか?厄介なものを作ったな)

 

 再び脅迫材料を探すが、何分やり方が限られている。時雨は秘書の報告待ちだが、返事は無し。大佐の妻を探したが、捜索に当たっていた警備隊長からの報告によると、何者かに誘拐されたとの事だ。例の502部隊の仕業かと思い、彼等が居る基地を偵察したが、そこには誰もいなかったとの事だ

 

「502部隊……。厄介な陸軍の特殊部隊だ」

 

いらただしげに呟くと、ドアが開き秘書が入って来た

 

「単刀直入に言います。彼女は口を割らなかった」

 

「自白剤は使わなかったのか!?」

 

「薬品に効果あるなら、とっくにやっています。私は貴方の新薬には期待していません」

 

 素っ気ない秘書の報告に、浦田社長は爪が食い込むほど手を握りしめた。今の3人は、監禁している深海棲艦のボス並の脅威がある。何が何でも計画の邪魔はさせない!

 

「3人とも殺したらどうです?社長の慎重な姿勢は分かりました」

 

「私の計画に失敗は許されない!例え、お前が生き返ろうがな!」

 

不可解な言い争いだが、秘書はため息をついた。ここで争っても事態は解決出来ない

 

「疑問は山ほどある!どうやって艦娘計画を再稼働させた!左遷された軍人は、国家予算ほどのお金があったのか!?いいや、違う!502部隊の事もあるが、なぜ艦娘計画に賛同した!?」

 

「502部隊は一度、艦娘計画を見捨てています。実際に大佐は、酒に溺れ禄に働いていないと切り捨てたのです。今は違うようですが」

 

 ここで言う大佐は、艦娘計画を立案した博士である。世間も息子も妻も見放された提督の父親は、自暴自棄になり酒屋に出入りした。研究は続けていたが、1人で完成させるのは無理があった

 

「では、なぜ急に息を吹き返したかのように再稼働した!?あの少女は何者だ!?完成していない建造ユニットからどうやって艦娘を造り上げた?」

 

 艦娘計画の大まかな資料は、実は提督の父親が発表している。建造ユニットそのものは極秘情報だが、艦娘の性質はちゃんと書いてある。よって、時雨が人間ではないのは戦艦ル改flagshipによって見破ったが、それでも不可解だった

 

「捕まえた3人を痛めつけて真実を話させるよりも推測した方がよろしいのでは?監禁や拷問しただけでは、時間の無駄です」

 

「う~む」

 

秘書の指摘に浦田社長は唸った。ここで押し問答しても解決はしないだろう

 

「情報を整理しましょう。あの少女である艦娘の最初の目撃は、例の不良高校生達です。夏ごろの深夜まで遊んでいた不良高校生は、幼い少女と出会い、一方的に殴られたと言われても学校の教師達は相手にしませんでした。しかし、この奇妙な証言は、貴重な証言になった訳です」

 

 観艦式の際に、時雨の正体を見破った浦田社長は、徹底的に少女の正体を探った。『狂人』の息子は遠い従兄弟と紹介したが、彼の親族の中であの少女はいなかった。それどころか、住民票も登録されていない。大佐の隠し子かと思ったが、それも違う

 

「何が言いたい?」

 

「それ以前の彼女の目撃情報はありません」

 

「大佐が密かに作り上げた艦娘だ!それしか考えられん。私は過小評価していた!」

 

「戦艦ル改flagshipは嘘をつきません」

 

 秘書の冷たい言葉に流石の浦田社長も身を引いた。戦艦ル改flagshipは浦田重工業の貴重な戦力だ。それ故に強力である

 

「今まで報告していませんでしたが、工作員に侵入された事もあって知らせない訳にもいきません。これを聞いて下さい」

 

 携帯のテープレコーダーを取り出すと、再生ボタンを押した。それは、大佐の息子である普通の声。だが、浦田社長は驚愕した

 

『……3種類のイージス艦に似ていない。『タイコンデロガ級』、『アーレイバーク級』どころか『こんごう』型に比べたら酷い。何なんだ、これは?』 

 

 浦田社長は秘書が持っている携帯のテープレコーダーを巻き戻して何度も聞いた。間違いなくあの息子の声だ。だが、なぜだ!なぜ知っている!?イージス艦の正体を何処で掴んだ!?

 

「どういう事だ!なぜあいつは、イージス艦を知っている!あの艦の本当の正体は、私と秘書であるお前しか知らないはずだ!?」

 

浦田社長は激しく動揺し、テープレコーダーを握り潰しそうになった

 

 そうだ。真実と知識は自分だけの物だ!ここの社員ですら知らない情報だ!会議室での会話は違う!イージス艦はアメリカが造ろうとしているなんて出鱈目だ!全て間違ってはいないが

 

 だが、この息子はイージス艦の艦名を知っている。それどころか、作り出されたイージス艦が偽物である事すら知っている節がある。どうやって調べた!?この世界では知る事が出来ないはずだ!!

 

「落ち着いて下さい。観艦式の日、あの席に小型のマイクを仕込んだまでの事です。信じられないと思って報告に上げませんでしたが」

 

「だから、あの時3人を調べるよう説得したのか?」

 

 時雨と呼ばれる少女と大佐の息子が観艦式に帰った時から調べていた。ただ、あまり露骨に接触すると感づかれる可能性もあるため、距離を置いておいた。秋祭りもトラック事故はこちらが仕掛けた。結果は予想通りだ。しかし、浦田社長は身柄拘束と言う秘書の進言を拒否した

 

「艦娘は最新鋭兵器を搭載した深海棲艦に実戦させるための標的艦だ。そのためには泳がせる必要もある」

 

「でも、それは別の方法でも出来るわよね?」

 

 艦娘計画を本気で潰さなかった理由は、3つある。1つは将来、最新鋭兵器を装備させた深海棲艦の艦隊に実戦経験を積ませるため。折角の未来兵器だ。戦う相手がいなければ意味はない。これでは、ただの張子の虎だ。2つ目は、世間の批判を艦娘と大佐の息子に被せる事。深海棲艦から攻撃を受け、都市を攻撃しても世間や政府は艦娘と息子に批判が殺到するだろう。こちらの陰謀は、都市伝説に過ぎない。友人や親しい者を失った人々は、深海棲艦よりも艦娘を批判するだろう。つまり、世間のはけ口にさせるためであった。しかし、最後の理由は、ただの私怨に過ぎなかった。違う世界の軍艦を擬人化したものとは言え、正体は帝国海軍の軍艦。浦田社長は、少女とは言え帝国海軍の亡霊に見えたのだ

 

「お前が地獄を味わっている中、私は真実を見た。帝国海軍の亡霊なぞ、この世にあってたまるか!」

 

「感情的な考えはどうでもいいです。本題はここからです。どうやって彼はイージス艦を知っていたのでしょう?」

 

秘書の指摘に浦田社長は、狼狽した。怒りは収まったが、同時に疑問が溢れた

 

「……確かに……まさか陸軍に?」

 

「帝国陸海軍はイージス艦の正体を知りません。よって、あり得ません」

 

 必死に考えた推測も、あっさりと指摘された秘書。この秘書は優秀だが、ちょっととげがあった 

 

「では、何だと言うのだ?あいつは超能力でもあるのか!?」

 

「超能力だとしても、私は驚きはしません。ですが、この資料を見れば分かるかと」

 

 浦田社長は、秘書が差し出した資料をひったくると題名を見て怪訝な顔をした

 

 

「『ワームホールの原理』……?深海棲艦が現れた時に、あいつが書いた論文だ。それがどうした?」

 

「その論文の15項目を読んで下さい」

 

 浦田社長は秘書の示した項目に目を通した。しばらく黙っていたが、やがてポツリと呟いた

 

「タイムスリップ……時間旅行の可能性だと?冗談にしては酷いな……」

 

浦田社長は笑ったが、秘書は真剣だった

 

「実験データを押収しましたが、時雨と言う艦娘の建造データはありませんでした。ですが、不良高校生達と遭遇した数日後に漠然として記録が残っていた。しかも、初めからあったかのように」

 

浦田社長は狼狽したが、秘書の指摘は続く

 

「私は分析官ではありませんが、あの艤装は改装されている形跡があります。しかも、戦闘能力は高い。建造された当初にしては、パニックになっていたとは言え、戦艦ル改flagshipを知っている感じだった」

 

 浦田社長は、冷や汗をかいた。秘書がエイプリルフール!と言ってくれないかと期待していたが、残念ながら彼女はそれすらない。つばを飲み込んだ後に、掠れたような声で聞いてきた

 

「高度な戦闘訓練を受けた可能性――」

 

「戦艦ル改flagshipは嘘をつきません。一方的とは言え、時雨は戦い慣れをしている。これは実戦経験を積んだ証拠」

 

 浦田社長はよろよろと椅子に座り込んだ。今までこれほどの衝撃を受けたのは2度だ。一度は20歳の頃、畑仕事に田んぼに向かったところ稲作全て全面したという自然災害だけだった 

 

「奴は……あの小娘は未来から来たと言うのか?……っ!!まさか!?」

 

「そう。社長の計画を潰すため。歴史改変の可能性が高いです。観光で来た訳ではないでしょう。しかし、あの時雨の態度だと計画の全貌は知らないようです」

 

 秘書は楽しむようにニヤリとしたが、浦田社長はそれどころではなかった。こんなバカげた事があってたまるか! 

 

「それに、未来からやって来たという事は、浦田社長の計画は9割は成功しているという証拠。時雨の他の艦娘は、確認されていません。相当、追い詰められた状態のようです。未来の私達は、止められなかったみたいのようで」

 

「だが、分からない事がある!イージス艦を知っていると言う事は、未来の兵器を知っていると言う事だ!何処で情報を手に入れた!!」

 

「さあ?誰かがしゃべったのではないでしょうか?」

 

 声を荒げる浦田社長に、流石の秘書もここは分からなかった。まさか、未来において、戦後改修され、ミサイル装備された戦艦アイオワが、提督の元に加わったと言う事は予想出来なかった。これは完全に想定外であった。とは言え、秘書の推測が大体当たっている

 

……浦田重工業は、時雨の秘密を推測で見破ってしまった

 

「では、時雨は抹殺しないといけないというのか?残りの親子も!」

 

「いいえ。戦艦ル改flagshipの相手がいないのは困ります。好敵手がいればやりがいを感じます。先ほど、3人全員殺害と言いましたが、あれは冗談です」

 

 浦田社長の問いに、秘書はあっさりと言い放った。歴史を改変させるのは簡単か難しいのか分からない。ただ、いえる事は1つ。主導権は浦田重工業が握っているという事だ

 

「説得はして見ます。こちらの計画に賛同するのであれば、見直すのは最小限になります」

 

「確かに。それでどうする?」 

 

秘書はしばらく考えていたが、大胆な事を言い出した

 

「時雨に真実を話させます。そして息子にも。互いに信頼し合っていますが、それは脆い事を教えてあげます」

 

 

 

 時雨は壁を背にし膝を抱えるように座っていた。もう、時間どころか日にちの感覚が分からない。窓もないため、昼夜の感覚が分からない。いつまで閉じ込めておくのか?そんな時雨を北方棲姫は、どこから持ってきたのか、大きな菓子パンを渡した。行為はありがたいのだが、相手は深海棲艦だ。先入観があるせいか、優しい少女であるにも拘わらず、奪うようにパンを取ると食べ始めた

 

「オイデ……私達ハ分カリ合エナイ関係ニナッテシマッタ」

 

時雨の態度に北方棲姫は不満そうに口を膨らませたが、港湾棲姫は手出しは無用とばかりに呼び戻した

 

「分かり合えないって!僕達をひどい目にあった原因のボス相手に友達のように付き合うなんて無理だ!」

 

「友達……ソウ、怨念ノヨウナ存在ニナッテモ世ノ中ハ変ワラナイ」

 

 港湾棲姫は呟いたが、時雨は無視する。何を言っているのか分からなかった。しかし、確認したい所は合った。牢屋に閉じ込められる時に行っていた言葉

 

「戦艦ル改flagshipは……君の仲間ではないと言ったけれど……どういう意味?」

 

港湾棲姫は言うか言うまいか迷っていたらしいが、やがて口を開いた

 

「アレハ……私ガ解キ放ッタ異端者ダ」

 

「異端者って……建造に失敗したの?」

 

 港湾棲姫は首を振った。言いたくないのか、それとも知られたくないのか?しかし、あの戦艦ル改flagshipを知っているようだ

 

「内部争い?浦田重工業が造り出した深海棲艦?それとも、戦艦ル改flagshipは魂を浦田重工業に売った?」 

 

「ドレモ違ウ。タダ、私ハ愚カダッタ。人ノ怨念ハココマデ狂ウノカト」 

 

 時雨は港湾棲姫の言っている事が理解出来なかった。博士の話では、深海棲艦がこの世界に現れた理由は、深い意味はないものだろうと言っていた 

 

「それは……」

 

 時雨が再び聞こうとしたその時、鉄の扉が開いた。3人の目がその人物に集まった。戦艦ル改flagshipがまた現れた。彼女は何も語らず、時雨に近づこうとした。時雨は身構えたが、今の状態ではどうする事も出来ない。戦艦ル改flagshipは時雨に手を伸ばそうとしたが、その手は時雨の手前で止まった 

 

「何だ?」

 

「ヨセ!オ前ハ間違ッテイル!何モ分カッテイナイ!」

 

 港湾棲姫は戦艦ル改flagshipの肩を掴み、怨念交じりの声で牽制した。時雨は目を見開いた。深海棲艦同士、争っている?すると、嘘ではなかったのか?

 

「黙れ。そのゴツイ手を離せ」

 

 時雨は息を呑んだ。互いに殺気を出しており、息が詰まりそうだ。港湾棲姫は弱っているとは言え、ここまで殺気を出すのか、と思うほどだ。戦艦ル改flagshipはそんな港湾棲姫を殴り倒すと、時雨を強引に引きづり出した 

 

「放して!」 

 

地面に引きずられ時雨が悲鳴を上げても、全く耳を貸さない戦艦ル改flagship

 

「置イテイケ!」

 

「消えろ!」

 

 飛びかかる北方棲姫を難なく払いのける戦艦ル改flagship。彼女は、見た目は時雨よりも幼い少女なのに、手加減なしに攻撃している。扉を閉め、連れて行かれる時雨。どんなに喚こうが、聞く耳を持たない。そして、拷問部屋を見た時、今度こそ本気で抵抗した

 

「いや、止めて!もう嫌だ!」

 

「大丈夫。それは返答次第。素直に答えてくれたらこんな目に会わなくて済むのに」

 

 しかし、時雨はもはやトラウマになっていた。時雨は必死になって抵抗したが、戦艦ル改flagshipの力に抗えなかった。あっという間に拘束されてしまった。手足は鎖で縛り、つるし上げられた

 

 時雨は泣いていた。だが、敵は容赦しない。時雨は身構え目を固く閉じたが、幾ら経っても殴って来ない。薄目を開けたが、戦艦ル改flagshipは呆れたように時雨を見ている

 

「いつまで目を瞑っている?私も暇ではない」

 

「どうして縛るのさ」

 

「お前に話す事がある。真実を」

 

戦艦ル改flagshipは何を言っているのか?真実だって。真実は知っている!

 

「君の話なんか!?」

 

「少しは素直になった方がいいのでないか?」

 

戦艦ル改flagshipはため息をつくと、話し始めた

 

「艦娘計画が世の中に出回った時、世間の皆は笑った。しかし、浦田社長は信じ支援した。その理由は、深海棲艦の正体を突き止めるために支援した」

 

 戦艦ル改flagshipはそこまで言うと時雨の反応を待った。時雨も吊るされながら何を言っているのか分からなかった

 

「どういう……」

 

「お前……自分のことも知らずに生きているのか?自分……いえ、艦娘がどんな存在かと?たかが、軍艦の擬人化とは言え、身に着けただけで海を渡れると思っているのか?人が死ぬような攻撃を受けても五体満足に生きている事に疑問も持たないのか?」

 

 つまり、戦艦ル改flagshipはそんなSFまがいのことが、現時点の人類の技術力で可能なのか、と言っているかのようだった。そんな事は考えた事は無かったが、戦艦ル改flagshipによって強引に思考させられる

 

「何が言いたいの?」

 

「貴方が慕っている大佐。艦娘計画を立案した人は、本当に人類の救世主なの?」

 

「どういう事?」

 

 時雨は痛みを忘れ、戦艦ル改flagshipの話を聞いていた。そして、衝撃的な言葉を耳にする

 

「あの一族をどうして信じるのかしら?長きにわたり『超人計画』を続けた者を」

 




おまけ
港湾棲姫「何モ分カッテイナイ!」
戦艦ル改flagship「いや、分かっている。改装設計図を手に入れるためだけに、あの艦娘軍団が毎月EOに現れボコられる事が嫌になったのだろう」
港湾棲姫「……アア、今月モヤラレタ」
~回想~
港湾棲姫「モウヤラレン!コレガ私ノ本気モードダ!ドウダ!」
武蔵改二「栗田パンチ!」
港湾棲姫「グアァァ!」
4-5クリア!
~回想終了~
港湾棲姫「何アノ艦隊!ラスダンデ武蔵改二ドコロカ大和モ長門改二モ投入シテ!道中デ軽巡棲鬼モヤラレ艦隊全滅スル始末ダシ。加賀ハ、烈風(六〇一空)(改修MAX)と零式艦戦53型(岩本隊)(改修MAX)持ッテキテ制空権取レナイシ!」
北方棲姫「先月ハEO全テ(1-5~6-5)攻略シチャッテイルシ」
戦艦ル改flagship「だから言ったのだ。深海棲艦は進化すべきだと」
時雨「いや、これ以上強くなったら提督業している者から批判浴びるからね」


推測で時雨の正体がバレてしまった模様。時雨の改二が逆に裏目になってしまいました。観艦式の提督の呟きが発端ですが。大丈夫……救いは……

それはそうと、武蔵改二強いですね。イベント海域だけでなく、EOでも強いですから。4-5の港湾棲姫なんて目じゃありません。しかし……なぜ、煙突ミサイルや波動砲などを持って来ないのかが謎です。大和の改二が来たら持って来てくれる……はず!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 艦娘と深海棲艦の因縁 前段

 戦艦ル改flagshipが時雨を拷問部屋に連れて行き、ある事を教えていた時、浦田社長は監禁している親子へ再び足を運んだ

 

 

 

 監禁されてから丸1日がたった。俺は親父と一緒に監禁されている中、必死に考えていた。監禁され、尋問は拒否する度に殴られはしたが、大したものではない。どうやって、脱出するか考えている最中、部屋に浦田社長が再びやって来た。俺は思い付くままありったけの悪口雑言を吐いたが、浦田社長は反応すらしない

 

それどころか、うっすらと笑みを浮かべているのだ

 

「そう怒るな。今日は話をしに来た。真実を。時雨という艦娘は好きか?」

 

 何をいっているのか分からなかった。しかし、次の言葉で俺は、思考停止状態に陥った。浦田社長から口にした言葉。浦田社長は戦艦ル改flagshipが時雨に話した内容と同様、『超人計画』について話し始めた

 

「超人計画?何だ、それ?」

 

 俺は、間抜けた事を言ったが、親父は違った。浦田社長が『超人計画』を口にしたことにより、親父は血相を変えて拘束衣を着ているにも拘わらず、浦田社長に向かって叫んだ

 

「止めろ!貴様、なぜ知ってる!?」

 

「私は深海棲艦を調べていく内に奇妙な歴史事実を発見した。お前の先祖が何をしたのか?平安時代に凄腕の陰陽師がいると」

 

二人の言い争いに俺は、ポカンとした。凄腕の陰陽師?何をいっているのか?

 

「さて、『超人計画』とは何か。それはお前のご先祖様が――」

 

「黙れ!お前は何も分かっていない!まさかと思うが、悪用したのか!?全世界が危険なのだ!」

 

 親父は大声を上げ、浦田社長の説明を遮った。俺は、親父の反応に驚いた。ここまで、血相を変えて叫ぶのは初めてだ。俺ですら見た事が無い。親父と喧嘩した時でさえ……。一体、何なんだ?

 

「親父!黙ってくれ!……それは時雨と関係あるのか!?」

 

「駄目だ!聞くな!お前はまだ若い。だから――」

 

「いい加減にしてくれ!――どういう事だ?」

 

 俺は椅子に縛られたまま聞いてきた。尋問中だったこともあり、体の自由はきかない。だが、聞かざるを得ない。そんな俺を、浦田社長はニヤリと笑った。まるで、悪ふざけをしてるガキのような笑いだった

 

「そうだ。『艦娘計画』と大いに関係ある。お前には知らない真実。いや、記録だ」

 

浦田社長は俺に資料を見せびらかすよう掲げた。それをみた俺は、絶句した

 

「なっ……何だ、これ?」

 

 それは、絵巻物であった。それがどのような価値なのかは知らない。しかし、そこにかかれている絵を見て目が点になった

 

「どうだ?少しは興味を持ったか?」

 

 そこに描かれているのは、異形の形をした怪物が、木造船を襲う場面だった。しかも、よくよく見ると、それは紛れもない深海棲艦だった。駆逐イ級よりももっと小さなの艦種だろうか?そこに描かれているのは、黒い『異形』をした『怪物』が笑いながら、戦船を襲っている。乗っている兵士達はパニック状態だ。しかも、これは……

 

「これは……元寇なのか?」

 

「ほう……描かれている戦船と兵士の姿を見て気付いたか?それなら話は早い。そうだ。鎌倉時代の末期に二度も日本に攻めてきた元寇は、一夜にして多くの戦船が沈められた。その夜に暴風雨を受けて元寇の戦船が沈められたという。しかし、実際は違う。深海棲艦がやったのだ。しかも……お前のご先祖様がやったことだ。操ってな」

 

 俺は親父を振り返ったが、親父は真っ青になったまましゃべらない。それどころか、口が震え額には脂汗がにじみ出ている。俺は親父の反応を見て確信した!

 

 親父は何か隠している!時雨どころか俺すら知らない事を!恐らく、未来の俺も知らないだろう!

 

「どういう事だ?深海棲艦は、隕石によって出来たワームホールによって現れたと」

 

「では聞こう。その空想科学世界に出てきそうな深海棲艦を、君の父親はどうやって短時間で解析し、対抗策を作れたのか?人類の科学技術では、人工的に人間を造り出せていないのに、どうやって艦娘を造り上げたか?しかも、材料は無機物だ。それを考えた事は無かったか?」

 

 俺は、初めて親父を本格的に疑った。艦娘計画は、親父の馬鹿げたアイデアだとはじめは思っていたが

 

まさか……そんな……

 

「そうだ。私が君の父に支援をした理由はそれだ。まあ、当の本人は既に己の秘密はバレていないと思っていたらしいが。甘い!」

 

最後の浦田社長の言葉で、親父は顔面蒼白になった

 

 

 

同時刻、拷問部屋

 

「おとぎ話の中には、実際に起こった事を元にして作られたものがいくつかある」

 

 拷問部屋にて縛られていた時雨は、戦艦ル改flagshipの説明に頭が真っ白になった。それは、提督と同じ反応だった。まさか、提督の父親は重大な秘密があるとは思いもしなかった

 

「深海棲艦は……昔から居た?」

 

「ええ。絵巻物以外に文献まである。その文献によると、面白い物語が書かれている。『昔々、その場所は漁が盛んな村だった。そんなある日、空から巨大な火の玉が落ちてきました。そこから現れたのは、この世とは思えないおぞましい姿をした化け物が現れ、人々を襲いました。人々は神のお怒りだと恐れ、隣の村に住む名高い陰陽師に頼みました。その陰陽師は術を使い、化け物を一瞬の内に倒しました。陰陽師に敗れた化け物は人々に襲わないと約束し、海に帰って行きましたとさ。めでたし、めでたし』」

 

 戦艦ル改flagshipの説明は、まるで子供に聞かせるおとぎ話のように話した。しかし、時雨はそれどころではなかった。絵巻物に描かれているのは、確かに深海棲艦だ。過去に隕石の衝撃でワームホールが開いたのか?

 

「その様子だと、あの『狂人』に隠された秘密を知らなさそうね」

 

「どういう……意味……?人類は過去、深海棲艦に――」

 

「遭遇している。しかも、その者は倒したのではない。操ったのだ」

 

戦艦ル改flagshipは、呆然としている時雨を他所に説明しだした

 

「この文献は戦国時代に描かれたもの。しかし、狂人の血筋を遡ると面白い。深海棲艦は平安時代から人類のある一族と遭遇している。当時は、別名で呼ばれていたようだ。隕石は小さいためか、ワームホールは安定せず消滅したのだろう」

 

 時雨は黙って恐ろしい事実を聞いていた。信じられなかった。まさか……そんなことが……提督の先祖は、深海棲艦と遭遇していた?

 

「深海棲艦を操るといっても、現代のような高度なものではない。恐らく、何かしら取引したのだろう。深海棲艦を従えた者は、強者となってその一帯を納めた。味方からは、戦の神として。敵からは鬼として。深海棲艦の秘密は、ある一族しか知らない。歴史の表舞台に出てこないよう……必死になって、隠し通してきた。だが、隠しきれず、逸話や伝説となって伝わって来た。お前も聞いた事はあるだろう?人魚や河童伝説、海坊主、シーサーペント、クラーケン……」

 

 時雨を全身から鳥肌がたった。まさか伝説は本当だったというのか?あれは、人々が勝手に作り上げた想像上の怪物ではないのか?

 

「お前も見ただろう?牢屋の中を。深海棲艦のボス……港湾棲姫を。奴は、鬼の姿をしている。鬼は伝記上の妖怪のひとつ。だけど、お前は見た。海の底から、そして別次元から来た人類と似た生命体。中には、産まれた方法も何年生きたかさえも分からない深海棲艦だっている」

 

「そんなのはおとぎ話だ!」

 

 時雨は大声を上げた。信じたくはなかった。これが嘘だと思いたい!未来の提督でも教えていなかったし、未来の記録でも書かれていなかった!未来の提督は知らないはずだ!一言も言わなかった!

 

しかし、戦艦ル改flagshipは容赦なく、時雨が知らない『事実』を話し続ける

 

「そうね……確かにおとぎ話ね。でも、深海棲艦は作り話ではない。幻覚とでもいうのか?幻覚なら、こんな絵巻物も文献も残さない。確かに数年劣化した事実は『伝説』となる。私のような深海棲艦は、人類から見ればまさに伝説の存在。でも、深海棲艦は実在する。ここは神話の世界ではない。この世界の海に生息している。世界が絶望するなか、彼は……『狂人』は深海棲艦の存在を既に知っていた」

 

 時雨は口をパクパク開けたまま、声が出なかった。博士は深海棲艦の謎を解き明かそうとし、誰よりも先進的であった。天才だと言えば、それまでだ。しかし……まさか、深海棲艦を昔から知っていたのか?確かに深海棲艦を調べ上げ、艦娘を作ろうとした人物が他にもいそうな気はするが……しかし、そんな情報は聞いた事がない。博士以外に深海棲艦の対処法と艦娘を造り上げた人物は知らない。タイムスリップする直前に、ブリーフィングしてくれた提督でさえ、そんな話は無い。艦娘の『創造主』は……1人だけ。海外で艦娘が造り出したという話は聞いた事がない。艦娘計画は輸出されたのが証拠だ。未来の記録にちゃんと残っている

 

時雨が必死に状況を呑みこもうとする中、戦艦ル改flagshipは話を続ける

 

「だけどね、彼等の計画は明らかに常軌を逸していた。深海棲艦の力を人間にも仕えないかと試行錯誤に研究していた。その力を使って戦に、つまり戦争に使おうとしていた。それが『超人計画』」

 

「そんなことしてどうするの?」

 

時雨は信じられなかった。深海棲艦の力を取り入れる?狂気の沙汰しか見えなかった

 

「人はね、力を得ると何かしら野望を抱くの。そして深海棲艦をコントロールし、統べるために作られた存在にもなる。しかも、外見だけでは人間と見分けがつかない事も出来る」

 

ここまで聞いて時雨は息を呑んだ。まさか……そんな!

 

「もう、ここまで聞いたら分かるでしょう。この計画は、艦娘の元祖のようなもの。尤も、当時は艦娘や深海棲艦という単語は無かった。深海棲艦の力を自身の肉体に取り込み、その力を使って支配しようと企んでいたらしいわ。元寇の殲滅は、あくまでも試験段階。戦う代わりに記録を残さないよう当時の鎌倉幕府と取引が行われた。幕府は褒美を全てあの一族にやってしまってため、必死に戦った武士達に与える褒美は無くなったらしいけれど」

 

「らしい?」

 

 時雨は訝し気に聞いた。圧倒的な力を持っているのに、実行しなかったのか?力を行使したのは、元寇の時だけ?

 

「当時は高度な技術は無かった時代。まして、ワームホールは閉じてため、この世界に取り残された深海棲艦は元に戻る事すら出来なかった。技術がそのままの形に残らない。その深海棲艦の姫は、普通の人と違って長く生きたらしいけど、歳を取りに死んでしまった。あの一族が深海棲艦の力を使えたのは、室町時代まで。残されたのは、数世代先を進んだ科学技術の知識のみ」

 

戦艦ル改flagshipは文献をしまうと別の書物を取り出した

 

「と言っても、歴史の裏に暗躍していたのは事実。その一族は、陰陽師として活躍していた。力や知恵を隠し、ある地域のみ支配をしていた。しかし、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、参戦を拒否したため、その一族は潰された。何故かと言うと、もう既に深海棲艦は居なかった。授かった力はとうの昔に失われた。深海棲艦も無限ではない。隕石なんて都合よく降るものでもない」

 

「嘘をついたツケが来た……」

 

 時雨はポツリと呟いた。どうやって深海棲艦を出会い、艦娘となって過ごしたかは知らない。しかし、この世に無限なんて都合のいい力なんてない。恐らく、嘘をついて周りを何とか誤魔化したのだろう。昔は高度な科学技術なんて無かった。後先の事を考えていなかったのだろう。豊臣秀吉までは誤魔化せなかった

 

「そうでしょうね。深海棲艦から授かった知識なんて他の人から見れば、呪いか何か見えたのだろう。一家皆殺しだったらしいわ。しかし、生き残りはいた。名を変え、住む土地を変え、深海棲艦の秘密を家宝として扱い、密かに研究していた一族。その一族の末裔は、今も生きている。そして、お前がよく知っている人物」

 

 時雨は聞いていなかった。あまりにもショックが大きすぎた。時雨も知らない事実。未来の提督は、そのような事を一言も言っていない

 

「どうして……?」

 

 子供のようにボロボロと泣く時雨。自分達は何者だろう?戦艦ル改flagshipは口角をつりあげると再び話し始めた。まるで楽しんでいるかのように

 

「大佐はね……」

 

 

 

「お前の父親は、ワームホールから出て来た化け物を見て、自分の先祖と遭遇した化け物の同類であると考えに至った」

 

 同時刻、別荘において浦田社長は、淡々と説明していた。俺は、開いた口が塞がらないまま浦田社長の話を聞いていた。こんなバカげた話は聞いた事がない。深海棲艦は昔、この世界に来ていた?そして、俺の先祖が、深海棲艦と接触していたのか?

 

「疑問すら思わなかったか?お前の父親が、深海棲艦を調べ上げ、艦娘を誕生させようとする事には?国家すら正体を突き止めなかった存在なのに、軍の研究員がこんなバカげたものを作れる訳がない」

 

 俺は親父を見たが、彼の顔は真っ青だった。実の所、浦田社長が持ちだした歴史考察が当たっていようが外れていようが、俺にとってはどうでもいい事だった

 

 重要なのはたった2つ、『深海棲艦と人類は過去に接触していた』と『自分は深海棲艦と艦娘の因縁から逃れられない』いう部分のみ。後の補足や考察など大した価値も意味もないのだ。そしてその肝心な部分に間違いが無い事は、自分の父親の顔を見れば明らかだ

 

「さて、私の歴史講義はここまでだ。私は、深海棲艦を調べている内に偶然にもこんな文献を見つけた。調べれば調べる程、面白いものだった」

 

浦田社長は立ち上がると立ち去る前に一言言って来た

 

「私の計画は、そこの親父さんの真似をしただけだ。だから君の親父を支援した。だが、正義感でやったか知らないが、艦娘というのを創り出そうとした」

 

 浦田社長は、自分の非があるというなら、お前はどうなのだ?と言う風に言い放つ。俺は反論も出来なかった。知らなかった、と言えばどんなに楽か!だが、それは言わなかった

 

 なぜか?それは経験上だ。親父のせいで『狂人』のレッテルを貼られてから……。自分は関係ないと言われても通用しない事に。それでは、醜い言い訳に等しい

 

「私の計画は、間違った事かね?偽善者と罵ればいい。だが、それはお前達が言える立場か?」

 

「俺は知らない」

 

「当然だ。自分の因縁は関係ないのだからな。だから、私は計画を立てた。世界のために。亡霊を作り出すお前の親父とは違う。時間をやろう。もし、私に協力するのであればいつでも外にいる警備員に連絡してくれ」

 

浦田社長は今度こそ出て行った。浦田社長が去る直後、俺は親父を問い詰めた

 

「おい、今の話は本当か!?」

 

「……っ」

 

だが、返事は無い。何が何でも話して貰う!これは、見過ごせない!真実は何なんだ!?

 

 

 

 浦田社長の思惑は見事成功したと言えよう。時雨は提督を。提督は自分の父親を疑い始めた。信頼していた相手を疑うと言う事で結束は崩れた

 

 しかし、浦田社長は楽観視していた。相手を屈服させるあまり、大事な事を見落としていた

 

 親子が監禁されている別荘から離れた所にある者が双眼鏡を覗かせながら、監視をしていた。仕切りに無線である者と定時連絡をしている。だが、まだ時間がかかりそうだ。それまで、ここにいなければならないのか、と心の中で愚痴を呟きながら再び双眼鏡を覗きながら、自分に言い聞かせていた

 

『これも仕事だ』

 




おまけ
戦艦ル改flagship「お前も見ただろう?牢屋の中を。深海棲艦のボス……港湾棲姫を。奴は、鬼の姿をしている。鬼は伝記上の妖怪のひとつ――」
時雨「つまり、戦艦ル級は、『砂かけ婆』『お岩さん』『絡新婦(じょろうぐも)』として語り継がれたんだね」
戦艦ル改flagship「アンタ、本当に死にたいの……」


艦娘の誕生をちょっと考察した結果、このような形に
まあ、ちょっとした疑問が『人類はどうやって艦娘を創ったのだろう?』という疑問です
サイボーグ009やフランケンシュタインの怪物みたいに研究所から生まれたと考えたんですが、艦これSSではよくある設定なので、ちょっと頭を捻って創り出したのが今話です
公式設定でも艦娘や深海棲艦は不明です。折角ですから、『起源』というより『創世記』のようなものを書こうと思ったまでの事です。深海棲艦は沈んだ船の怨念の形をしていると同時に、おとぎ話や神話に出て来る伝説の生き物の姿をしていますから
案外、ネッシーも深海棲艦だったりして……
とはいうもののちょっと長くなりそうだったので前段、後段と分けました。父親は何を語るのか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 艦娘と深海棲艦の因縁 後段

浦田社長が去る直後、俺は親父を問い詰めた

 

「おい、今の話は本当か!?」

 

「……っ」

 

「どうなんだ!あのノートに書かれていなかった所を見ると、未来の俺は知らなかったようだ!」

 

声を荒げる俺に親父は目を逸らす。何も言うまいと頑なに口を閉ざした

 

「深海棲艦を知っている癖に、なぜ皆に知られなかった!?俺のご先祖様は、独裁者だったのか?」

 

「違う!」

 

親父は即座に否定したが、顔が真っ青だった

 

「……断じて違う……ワシは……」

 

 目を泳がせ、言葉を詰まらせる父親。手足が縛られていなかったら、父親を全力で殴っている。暴れても解けない。父親の反応を待つ事にした。父親は暫く沈黙を貫いていたが、やがてポツリポツリと話し始めた

 

「何の……誰が書いた文献か知らないが……実際は違う。確かに深海棲艦は過去、この世界を訪れた。しかし、長く続かなかった理由は、ワームホールが直ぐに閉じてしまったからじゃ。隕石の衝撃が余りにも小さかったから」

 

「つまり、偶発的な現象で深海棲艦が現れ、俺の先祖と接触した」

 

父親は、言うべきか言わないべきか迷っていたが、ついに口を開いた

 

「あの文献には、陰陽師が深海棲艦を追い払ったと記述してあったが、実際は違う。ワシの父親……先祖からの代々から続く言い伝えによると、『2人の彼女』は迫害されていた。負傷し弱って海岸に打ち上げられている所を、近くに住む村人たちは恐れ、攻撃をした。異形だったのだから無理もない。当然、相手は反撃したが……」

 

「書かれているのと違うと言う事か。待てよ。2人?」

 

「そうだ。正確には、2人の姫級の深海棲艦じゃ」

 

 父親の説明で俺は困惑した。言い伝えと文献の内容が違う?確かあの文献は、戦国時代に書かれたものと言っていた。恐らく、真実が歪められた状態で書かれたのだろう。そうであって欲しいが……

 

「村人達によれば、火の玉が落ちてそこから現れたのだと。恐らく、ワームホールをくぐり抜ける際に負傷したのだろう。ワームホールが安定していなかったようじゃ。話を戻そう。反撃によって手を焼いた村人達は、ワシの先祖である陰陽師に頼んで悪霊を追い払ってくれと依頼された。しかし先祖は、負傷した『2人の彼女』を助けた。余りにも酷かったのだろう。こっそりと彼女を隠し、村人たちは追い払ったと説明した」

 

「その後は?」

 

俺は話を聞いた。今後のために聞いても損はない。未来の俺は、知っていたのか?

 

「聞いた話によると、『2人の彼女』は別の世界から来たのだと言った。だが、当時は今あるような科学技術は発達しておらん。帰る手段である『穴』、つまり『ワームホール』も閉じてしまった事から『2人の彼女』はここの世界で生きていく事を決めた」

 

「生きていったって……そんな事が出来たのか?」

 

父親は首を振った

 

「いや、流石に外見だけの事が合って、人の目に触れさせなかった。何とか言葉を通じたが、相互の認識が余りにも違い過ぎて意思疎通に苦労した」

 

「言い伝えによると、先祖は『2人の彼女』が持つ力に魅了され、先祖はそれを自分に仕えないかと考えた。先祖は……その『2人の彼女』を閉じ込め監禁し、極秘裏で研究した。本人の同意を得ずにな」

 

「酷いな」

 

 俺は毒づきながらため息をついた。結局、やっている事は浦田社長と変わらない。だが、父親は話を続ける

 

「2人の内、1人は実験に耐えられず死んだ。もう1人は生きていたが。しかし、ある事が起きた」

 

「ある事?」

 

俺は後の言葉に疑問を持った。ある事?何が起こったのか?

 

「8代目辺りからか?鎌倉時代の終わり辺りの頃。その者は、受け継がれて来た知識と産物を手に入れた。しかし、研究している内に監禁された『彼女』との間で次第に互いの心を開いてな。どういったいきさつでそうなったかは分からん。しかし、『彼女』は深海棲艦。そのため、敵ではない事を証明しなければならなかった」

 

「だから、元寇で?」

 

父親は頷いた。どうやら、元寇のあれは、嘘ではないらしい

 

「『彼女』は一緒に潜り抜け海に散って行った僅かな個体を集めて挑んだ。しかし、それで十分だった。その者と『彼女』は鎌倉幕府と取引を行い、極秘裏で動いた。嵐の中、敵の戦船の艦隊に奇襲を仕掛け一人残らず殲滅した。……褒美を沢山もらったと書いてあったが、実際は違う。褒美は僅かだった。だが、特に気にはしていなかったらしい」

 

 本当だったのか?蒙古襲来を撃退したのは天候の仕業ではなく、深海棲艦だというのか?それも操って

 

「その後は?」

 

「いや、その後の詳細は知らん。ただ、鎌倉幕府が倒されてしまった事により転々と移動していたらしい。深海棲艦の力は無限ではない。その者はそれに気付いていた。そのため、閉じ込めたり、実験材料として扱ったりしなかった」

 

 つまり、野望は抱いていなかった。確かに無限でないと気付くとそんな気は起きないだろう。敵対する者もバカではない。そして、何よりも深海棲艦が、それもボスである姫級が心を開いたというのも驚きだ

 

「しかし、『彼女』はその者と過ごしていく内に人間の生活を羨ましく思ったらしい。先祖である陰陽師が術を使ったかどうか知らない。しかし、技術は他よりも優れていたのだろう。そして、その者は『彼女』と一緒にある研究を行った。試行錯誤の結果、『彼女』は人間になった」

 

「おい、まさか……」

 

今の話を聞いて、耳を疑った。今の話って……

 

「そうだ。今で言う『艦娘』の元祖と言った所か。深海棲艦も艦娘も共通点がある。時代は違えど、武器に命を吹き込み、己のものとして扱い、一心同体となる。その力は、人間の力よりも超える。この世界にはない技術だ」

 

「兵士の鏡だな。それで、その『彼女』は帰れたのか?」

 

 肝心の事を聞いた。『彼女』はどうなったのだろう?そこが疑問だった。しかし、父親は首を振った

 

「残念ながら、元の世界に戻れなかった。ワームホールは都合よく空いてくれん。それに『人間』になった『彼女』の力は完全に消え、寿命という呪縛に縛られる事になった。人間と同じく老いて死んだ。部下である個体も自然と消滅したらしい。だが、彼女は幸せだったと聞いている。言い伝えによると『この世界は私が住んでいた世界と違う。初めはこの世界に来てしまった事を呪ったが、来て良かった。仲間にも知らせたい』と言われておる」

 

「そうか。ところで……その『2人の彼女』は誰だったんだ?」

 

 まさか、人間となりこの世界で生きていたと思わなかった。必死に頭を整理したが、どれも驚く内容ばかりでついて来れるのがやっとだ。親父は話を進める

 

「言い伝えられる姿形からして、実験中で初めに死んだのは、『重巡棲姫』。もう1人は『駆逐古鬼』だと思われる。彼女の部下は、魚雷艇を模した小鬼群だとか。当時は高性能な大砲や機銃、魚雷なぞ無かったから、周りが恐れるのは無理はない。話を戻そう。力を失った一族は、その後も研究を止めなかった。何しろ科学技術や知識は、目を見張るものが多かったらしい。戦国時代に、ある土地にひっそりと暮らしたとされる。子孫たちは、『2人の彼女』から伝授された科学技術や知識を上手に使い、一体を納め栄えたと言う。だが、豊臣秀吉はどこから話を聞いたのか、朝鮮出兵の際、元寇を打ち破る程の力を貸して欲しいと言って来た」

 

「だが、力や術は無かった。もう死んでしまったから」

 

俺の言葉に父親は頷いた

 

「そうだ。数世代先の科学技術の知識なぞ武士から見れば何の価値もない。怒った豊臣秀吉はホラ吹き者として一家諸共、打ち首の刑にした。だが、それでも生き残りが居た。その者は、再び転々として生きたという」

 

「俺はその生き残りの末裔か?……待てよ!8代目の先祖は人間となった『駆逐古姫』と結ばれたのか?そんな事、出来たのか?」

 

俺は指摘したが、親父は笑った。何が可笑しいのか?

 

「変か?今さら何を。人類が誕生したのは、進化論か創造論だと言われておる。別の誕生の仕方があってもいいのではないか?」

 

 親父は前向きだ。他人であれば、絶対に拒絶するだろう。しかし、先祖は前向きだった。何があったかは知らない。奇遇な現象を目の当たりにした者は、偏見は不要な思考だったらしい

 

「深海棲艦は昔からこの世界に度々来ていたのだろう。伝説や逸話を残して。しかし、今回の事件はそうではない。意志があるかどうかは別として、敵対しているのは明白だ」

 

「人類と敵対している理由は、この世界に移住して来たって事か?住み心地がいいからか?」

 

「多分な。だから、太平洋を占拠しているのだろう。コロンブスがアメリカ大陸を発見したように。アメリカ大陸に移民した者達が、アメリカ先住民であるインディアンを追い立てたように」

 

 先祖と接触した『重巡棲姫』と『駆逐古姫』はあくまで個人の考えだ。しかし、深海棲艦は組織だ。『重巡棲姫』はともかく、『駆逐古姫』が感じた日々なぞ、知らないのだろう

 

「今の話は信じよう。だけど、親父。もしかして、艦娘計画はそれを元に――」

 

その時だ。親父は大声で俺の言葉を遮った

 

「『超人計画』はフィクションだ!確かに何代かの者が『重巡棲姫』や『駆逐古鬼』に魅了され研究した者がいたが、そもそも身体の造りが違う!無理だ!……だが、何者かがホラを吹いたな。『駆逐古鬼』が人間になったのならば、逆も可能かと勝手に思った馬鹿者だ!見慣れない知識や技術を過信し、勝手に妄想したアホだ!」

 

「だけど『艦娘計画』の基礎となった。言い訳はよしてくれ。非現実的かどうかは別として深海棲艦の力に魅了され、密かに研究はしていたんだろ?でなければ、艦娘は造れない。先祖の試行錯誤の研究が、役に立ったわけだ」

 

俺の指摘に親父は青ざめた。否定はしない所を見ると、間違ってはいないらしい

 

「何代かの子孫が重巡棲姫や駆逐古鬼の知識を元に創れるのではと思い実験したらしい。人外の力を取り込むのがどれほど素晴らしいか。だが、当時の時代どころか現在でも無理だ!出来る訳がない!『超人計画』なんてバカなアイデアだ!」

 

 『超人計画』かどんなものか知らないが、どうやら父親にとって歪な計画だったらしい。もしくは人間が超人になる事は、彼の理に反するものなのか?

 

「だが、親父も今回の事件を見て、研究を加速させた。非現実的な『超人計画』は止め、代案として『艦娘計画』を立案した。しかも、それは代々受け継がれた技術を参考して造り上げた」

 

親父は何も言わない。何か隠しているのか、それとも……

 

「俺の予想だけど、先祖は異世界や平行世界という概念を知っていたのか?いや、知っていたよな。『重巡棲姫』や『駆逐古鬼』から学んだはずだ。知らない訳がない。確か親父は、ワームホールを調べていく内に、第二次世界大戦が行われた平行世界を見つけたとあるが……偶然ではないようだな」

 

 親父は黙っていたが、観念したかのように話始めた。もう隠しても無駄だと思ったのだろう

 

「……そうじゃ。『重巡棲姫』と『駆逐古鬼』の知識は、当時の人々の技術より素晴らしかった。だが、時代が時代だったため再現は出来なかった。深海棲艦の侵攻により、ワシは代々から続く研究を一から見直した」

 

「親父は間違っていなかった。しかし、それは再び返り咲きたいための研究だ。そして、未来の俺は艦娘を完成させた。だが、浦田重工業が一枚上手だった」

 

 恐らく、深海棲艦を調べていく内に、たどり着いたのだろう。文献を手に入れたぐらいだ。しかも、おとぎ話として調査を中断するどころか、丹念に調べ上げた。あの浦田社長、柔軟性がある。普通ならバカげた文献と絵巻物として調べもしないだろう。しかし、実際は違った。浦田社長は、俺の先祖までたどり着けるには容易のはずだ

 

「済まない……ワシは決して……」

 

「あんたの思惑はどうでもいい。今更感もあるし、昔の事は関係ない。聞きたい事は、ここから脱出してからだ。だがな、時雨はどうなる?」

 

 親父は俺が非難されると思っていたのだろう。しかし、なぜ時雨が出てくるのか、困惑していた。俺はいらただしげに言った

 

「分からないのか!?捕まってる時雨も浦田社長が調べ上げた事を吹き込むぞ!それも、改竄して伝える可能性だってある!時雨はどう思う!?」

 

 たちまち親父は青ざめた。時雨は未来から来た。歴史を変えるため。創造主とに会うよう未来の俺が与えた任務。その任務自体に疑問を持たせてしまう。時雨はどう思うか?

 

「それは……」

 

「何て事だ。未来の俺が知っていないとなると……時雨と初めて会った時に、何で洗いざらい話さなかった!!」

 

 そうだ。俺も時雨も親父は、天才だと思った。深海棲艦を調べ、艦娘を造り上げた。しかし、実際は違った。一族の秘密を利用したに過ぎない。例え、一家の秘密をこっそり研究していたとは言え、洗いざらい話すべきだ

 

「浦田社長もだが、親父もだ。……まさかと思うが、母さんはそれを知ったから出ていったのか!?」

 

「……!」

 

 否定していない所を見ると、合っているらしい。『艦娘計画』が発表された日の数日後、母は父親と口論となった。内容はよく分からなかったため、放って置いたが……。結局、和解もせずに離婚し実家に帰って行った。笑いものにされて見限ったと思ったが、どうも違うらしい。昔の俺と同様に研究資料を見てしまったのだろう。反応を見ると明白だ

 

「どう思って研究したかは知らないが、信頼を損ねるような行為をして事をしてどうする!?家族だろ!何で欺くんだ!?未来の俺や散って行った時雨の仲間は、その話を聞いたらどう思う!」

 

 不味い。時雨も同じ事を吹き込むだろう。しかも……時雨を闇に突き落とすために……

 

 

 

 提督の危機通り、時雨にも伝えていた。深海棲艦と提督の先祖のコンタクト。そして、挫折した『超人計画』を過剰に持ち上げていた。戦艦ル改flagshipの説明は、自分達に都合よく書き換えたものだ。実際に戦艦ル改flagshipにとってはどうでもいい話だった。だが、時雨にとっては驚愕する内容だった

 

「『超人計画』は深海棲艦の力を人間のものに出来ないかと考えて研究を重ねた。あの一族は……あなたが慕っている大佐は、艦娘を使って日本を手中に収めたいのよ」

 

「違う……そんな事は……」

 

 時雨は反論しようにもしどろもどろになっていた。信じたくなかった。絶対に!違う!

 

「捕らえられた『重巡棲姫』は『ニクラシヤー!』と憎悪を吐き散らしながら死んでいった。それだけ酷い事をしたのよ。貴方が提督と呼んでいた人も案外、腹黒いかもよ。もしかしたら、大魔王を目指していたかも」

 

「違う!提督は……提督は……」

 

 自分は歴史を変えるためにいる。任務であり、みんなのためだ。しかし、戦艦ル改flagshipの言葉を聞いて初めて提督に疑いを持ってしまった。未来の提督は信頼していた。その信頼が裏切られたような気がした

 

 未来で時雨を守るために艦娘と一緒に戦い命を散らした提督。そんなはずはない!提督がどんな人か見てきている!いつも……いつも僕達艦娘を見守ってくれた!だが、戦艦ル改flagshipは追い打ちをかけるように容赦なく言って来る

 

「もしかしたら、貴方達は、あの息子の私兵のような存在だったかもね。自分達が正しいと思っていても、他の人から見れば悪そのもの」

 

「違う……僕は……」

 

「深海棲艦と艦娘の違いは分かる?外見だけかも。コインの表裏のようなもの。人間ですらないの。そこまでしてこの世界を守りたいの?」

 

「違う!僕は……」

 

 時雨は次第に自信を無くして言った。聞きたくなかった。しかし、反論する言葉が見つからない

 

「頑固ね。でも、事実は変わらないわ。貴方は何のために戦っているの?……未来のために……とか」

 

「!!」

 

 時雨は目を見開き、戦艦ル改flagshipを凝視した。戦艦ル改flagshipの言ったことに驚愕した。既に正体がばれたのか?いや、そんなはずはない!

 

「な……何の事?」

 

平常心を保とうとしたが、さっきの話で動揺していたため声が上ずってしまった

 

「貴方の存在と建造ユニットの謎。そして、『狂人』の過去の歴史を考えて見ればたどり着ける答え。既にあの一族は、ワームホールや異次元の概念はあったみたい。深海棲艦が教えたらしいけど」

 

 そこまで言うと、戦艦ル改flagshipはナックルダスターを右手に嵌めると凄味の強くそして冷たい声で言って来た

 

「さあ、答えて。貴方の未来で何があったの?」

 

「それは……」

 

「まあ、答えなんてどうでもいいけどね。だって、貴方が『艦娘計画』を立案した者と接触したと言う事は、浦田重工業の計画は成功したという事。一発逆転なんて甘いわ!」

 

 時雨は再び悲鳴を上げる事になった。ナックルダスターと戦艦ル改flagshipのパンチ力でハンマーに殴られたかのような激痛が走った。だが、戦艦ル改flagshipは笑っていた。懇願しても止めない

 

 痛めつけられながらも時雨は、心から叫んだ。唯一、信じていた提督。それを疑った。自分は任務で送られたのではなく、地獄に落とすための口実なのかと

 

(提督!……どうして!僕は……どうしたらいいんだ!提督は……僕達……艦娘に嘘をついていたの!?)

 

いくら問いを投げかけようと答えは無い。助けてほしい。 気が狂いそうだ

 

 胸はとうに張り裂け、頭はミキサーをかけられたようにグチャグチャで。考えようにも戦艦ル改flagshipの暴力によって中断され……

 

 

 

「……」

 

「何も話さないか……。ここまでやられも守りたいものは何だ?」

 

 戦艦ル改flagshipは服はボロボロで治療されてない生傷を晒し、全身に血をにじませ、気絶した時雨を見てため息をついた。幾ら何でも、強情過ぎた。もう音を上げたかと思ったが……どうやら、見くびっていたようだ。絆は切れかけているが、完全ではない。こちらの情報を嘘だと思っているらしい

 

「まあいい。指示を仰ごう」

 

 再び時雨を特別区画の牢屋に閉じ込めた。時雨の酷い姿を見た北方棲姫は悲鳴を上げ、港湾棲姫は怒り狂って戦艦ル改flagshipに襲ったが、返り討ちに会った

 

「大丈夫だ。死んではいない。心は死んだかもな」

 

「オ前ハ!コンナ事、許サレルノカ!?」

 

「その言葉、そのままお返ししよう。この世界に移住するためにトラック島とハワイの住民を虐殺し、占拠した張本人が言える立場か?」

 

 二人の間で火花が散った。しかし、それも一瞬だった。戦艦ル改flagshipは鼻先で笑うと、港湾棲姫を突き飛ばした。港湾棲姫は勢いで壁まで飛ばされ激突し、その場に倒れ込んだ

 

「まあ、せいぜい仲良くやっていなさい。呉越同舟と言うでしょう」

 

戦艦ル改flagshipは嘲笑うと扉を閉め、彼女達を閉じ込めた

 

 

 

「酷イ。幾ラ何デモヤリ過ギダ」

 

 港湾棲姫は気絶して倒れている時雨の酷さに絶句した。怪我の酷さは前回よりも増していた。あらゆる体に傷があり、制服は血まみれだった。もう死んでいるのではないかと思ったほどだ

 

港湾棲姫は時雨に近寄ったが、時雨は目を開け叫んだ

 

「嘘……嘘だ!艦娘は深海棲艦を倒すために創られたんだ!君とは違う!」

 

「落チ着イテ」

 

「触るな!」

 

 港湾棲姫は暴れる時雨を抑えようとしたが、手を付けられなかった。暫く、騒ぎが襲ったが、時雨が疲れ寝た隙に手当てをした

 

「コノ子、大丈夫?」

 

「分カラナイ」

 

 北方棲姫は心配そうに港湾棲姫に聞いたが、港湾棲姫は首を振った。何があったかは知らない。ただ、あいつらはこんな少女に酷い目に合わせる事に怒りを感じたのは言うまでもなかった

 

 




おまけ1
父親「『超人計画』はフィクションだ!確かに何代かの者が『重巡棲姫』や『駆逐古姫』に魅了され研究した者がいたが、そもそも身体の造りが違う!無理だ!」
提督「つまり、成功した事が無いと?」
父親「当たり前じゃ!身体の構造が違うから――」
提督「せめて成功して欲しかった。丁度、バイクを持っているのに。叫んでキックの必殺技が放てないのか。いや、蜘蛛に噛まれて超人になるのもいいかもな。それなら――」
父親「……後書きで文句言っても、お前は普通の人間だからな。司令官が戦場に出てどうする?さりげなく、ネタ発言は止めろ」

おまけ2
戦艦ル改flagship「捕らえられた『重巡棲姫』は最期にこんな事を言って死んでいった。『ニクラシヤー!』と憎悪を吐き散らしながら――」
時雨「重巡棲姫は仕方ないよ。特にラスダンでは余りにもうるさ過ぎて、音量を下げたほどだし。初めの頃は、ゲージ破壊出来なかったから、何回もあのうるさい叫びを聞く羽目にもなったのは覚えているよ。勿論、最後で僕が魚雷カットインで仕留めた」
戦艦ル改flagship「……ゲームプレイネタを言うのはやめてくれない?自慢するのも」


後段は父親から聞かされた言い伝えがメインです。文献と異なりますが、全く違う訳でもないようです
どちらが真実なのか?それは、ここでは言及しません
歴史と言うのは、後者が書き記していくものです。伝わって来なかったり、歪められたリしたりします
また、勝った者が自身の都合に合わせて歴史を改変するのは、別に不思議ではありません。真実なんてこの世にはありません。第二次世界大戦でもそうです。例えば、日本がアジアを植民地から解放したのか?それが本当なら、なぜ東南アジアの国々を独立させなかったのか?アメリカや旧ソ連などの連合国は、軍国主義やファシストと打ち破った英雄の国?それは私が知る米露英などの国とは、随分とかけ離れた存在ですね
解釈や経緯は色々とありますが、ここまでにしておきます。政治や歴史論争はややこしいので

一族とコンタクトしたのは、駆逐古姫と重巡棲姫。そしてPT小鬼群。この作品では、さりげなく、元軍を倒しています。勿論、フィクションなので本気にしないように

秘密裏に研究していた『超人計画』。まあ、研究はしたものの『超人計画』は成功例はなく、不可能というものです。よって、提督が仮面ライダーやスパイダーマンのように超人にはならないので過度な期待はしないように


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 提督殺害命令と救助

 浦田社長は時計を見ていた。何を待っているか。それは彼等の返事である。浦田社長は、確かに艦娘を見下していた。軍のある技官が『艦娘計画』を大本営で発表した時には耳を疑った。深海棲艦を撃破出来るというのか?しかし、論文を読み終えた彼は、嘲笑うと同時に恐れた。自分達は偶然とは言え折角、深海棲艦を操る手段を手に入れたと思っていたが、計画が台無しになると思った。艦娘計画のスペックを見たが、彼を驚かせるものばかりだ。無機物に命を吹き込む技術ばかりか、宗教や科学の常識を覆すものだった

 

 浦田社長は、確かに国の命令で深海棲艦を調査する依頼を受けた。そして、深海棲艦の研究が進んでいる者と接触した。当時の彼の階級は『中将』。技官であり、有能だった

 

「深海棲艦をここまで調べ上げるのは、骨が折れる作業ではなかったか?」

 

「幸運だっただけだ。海軍が駆逐イ級を捕らえてくれなければ、お手上げだった」

 

 ある日、酒場で『中将』と飲んだが、どうも不自然だ。深海棲艦の論文自体は、こちらにとって有益だった。そして、戦艦ル改flagshipがこちらの思惑のために働いてくれるのだから、尚更だ。まあ、戦艦ル改flagshipはちょっと特別だ。私の重要な戦力だ

 

 浦田社長は、この者を徹底的に調査した。そして、彼の……先祖の事も調べ上げることに成功した。彼は天才だが、秘密があった

 

 『中将』は『艦娘計画』とやらを発表した際には、嫌悪感を抱いた。なぜ、異世界の……それもよりによって太平洋戦争の帝国海軍を使うのか?全く、理解出来なかった

 

 そのため、マスコミや政治家に彼を陥れるよう依頼した。初めは、抵抗した彼等も金を渡せば喜んで従った。お蔭で『中将』は『狂人』のレッテルを貼り、社会的抹殺に成功した

 

 しかし、『狂人』の艦娘計画を利用出来ないかと考え、チャンスをやった。近代兵器を装備させた深海棲艦の訓練相手に利用できると考えた

 

 深海棲艦の好敵手はいない。抵抗もしない都市を攻撃しても実力はつかない。いかなる軍隊であれ実戦を経験する事によって強くなる。戦った事のない軍隊は、いかに強力であっても張子の虎だ

 

 そのための計画だった。世界を変えるためには犠牲になって貰う。現代兵器を使えば難なく勝てるはずだ。しかし、念には念をだ。ある者に現代兵器と第二次世界大戦時の兵器が衝突する時のシミュレーションをしてくれと依頼した。その者は難色を示したが、何とか引き受けてくれた。その者が作った戦術シミュレーションは、詳細かつ信頼性の高いデータであった。それを参考に深海棲艦のある一個艦隊に近代兵器を積む。その者はとある機関の戦史研究室の人間だったが、データは信ぴょう性は高い

 

 そのデータによると近代兵器を扱っている者が怠けていない限り、現代兵器を持つ艦隊の方が間違いなく勝つと書かれてある。ジェット戦闘機とレシプロ機は全く勝負にならず、イージス艦がいれば防空能力は完璧だ。対艦ミサイルを撃つだけで勝負は決まったようなものだと記述されている。現代兵器には、ミサイルに対して防御システムがあるという。しかし、第二次世界大戦の兵器にはそんなものはない。唯一あるのは装甲だけ。しかし、それもミサイルの威力を高め、集中攻撃すればいいだけなので問題ない

 

 それどころか、米海軍が保有している原子力空母1隻だけで大日本帝国の連合艦隊だろうが、米海軍の太平洋艦隊だろうが数十分で壊滅させられるとまで書かれていた。艦載機にしてもそうだ。速度、攻撃能力、電子戦……WWⅡ時の兵器と現代兵器の戦力は、そこまで隔絶されている。勿論、シミュレーションと実戦は違う。予想外の事態で損害は出る可能性はあると書かれていたが、長い目で見ればこちらの被害は最小限に抑える事が可能だ。予想外の事態も経験を積めば対策は出来る

 

「まるでワンサイドゲームじゃないか。補給や整備を怠らなければ、いいだけだ」

 

 だが、浦田社長は知らない。まさか、現代兵器を知っている艦娘であるアイオワが提督に近代兵器の正体と対策案教えていたとは考えもしなかった。アイオワのお蔭でタイムマシンを開発出来、そして時間を稼いでくれた。つまり、浦田社長は戦う相手を侮っていたのだ

 

「タイムスリップだと……?SF染みた真似をして私の計画を妨害するとは……!」

 

 しかし、浦田社長が描く未来は、思い通りに行かない。『艦娘計画』は早くも息を吹き返すわ、一部の人とは言え計画がばれるわ、時雨という艦娘が未来から来るわ!……私の人生は、いつも誰かが邪魔をしている!

 

「この世に神がいるなら呪ってやる!」

 

「社長、そのお言葉は慎んだ方がよろしいかと」

 

「構わん!私は無神論者だ!」

 

 秘書の指摘に浦田社長は吠えた。世界が何だ?正義が何だ?深海棲艦が何だ!そんなものはどうでもいい!貧困や差別、そして紛争は誰か解決してくれたか!?ほったらかしだ!

 

 圧倒的な火力を持つ近代兵器と通常兵器が効かない深海棲艦を使って傲慢な国々を滅ぼし、支配する!世界を管理すれば、世界の問題は一挙に解決する!

攻撃で破壊したツメ跡は、復興させる。労働者も集えるし、財産も管理する。歯向かうものは、深海棲艦と育て上げた私兵達が対応する。そして、わが社が人類史上初めて世界平和を実現出来る!それも、国ではなく民間会社だ!

 

 艦娘である時雨と艦娘計画を実行した『大佐』には私の気持ちなぞ分かるまい!所詮は、深海棲艦を倒す事しか能のない者達の集まりだ!そんな奴らが、私の計画を邪魔されてたまるか!

 

「考えがあります」

 

「……言って見ろ」

 

秘書は優しく、そして恐ろしい事を口にする

 

「3人の内、1人を殺害します」

 

「艦娘か?あの『狂人』か?」

 

 己の計画を考えて2人を処分する方が手っ取り早い。もう時間は無い。時雨か『狂人』である『大佐』を殺すか。しかし、秘書の出した答えは流石の浦田社長も予想しなかった

 

「『狂人』の息子を殺害します」

 

「何?あれは脅威の内に入らんぞ!」

 

「いいえ。そこが甘いのです」

 

秘書はニヤリと笑うと次のように指摘した

 

「そもそも、時雨を送ったのは誰です?タイムスリップという作戦を考えた者は、『狂人』の息子である可能性が高いです」

 

「バカな!あいつはそんな能力はないはずだ!」

 

 浦田社長は怒鳴った。流石に違う。あれは親に反抗するガキに過ぎない。艦娘の運用能力なんて禄に出来ない。だが、秘書は冷静だった

 

「それだから社長は、甘いのです。未来において艦娘達がタイムマシンを造ったとしましょう。未来の私達は、バカだったのですか?」

 

「何が言いたい?」

 

浦田社長は、訝し気に聞いた。言っている事が分からなかった

 

「少しは落ち着いたらどうです?恐らく未来の私達は、タイムマシンの存在を知らなかったと言いたいのです。もし、本当にタイムマシンを造ったなら未来の私達は、全力で阻止しているはずです。例え、阻止できなかったとしても、タイムマシンを複製し援軍を寄越すはずです」

 

 秘書の指摘に浦田社長は狼狽した。まさか、自分達が考えていた計画は、完璧ではなかった?

 

「確かにミサイルやジェット戦闘機といった近代兵器は素晴らしいです。艦娘を圧倒します。あっという間に海の藻屑となっているでしょう。しかし、彼は艦娘を見捨てず逃げ出さず、指揮を取り続けたと思われます」

 

「そんなバカな!?標的艦や世間のはけ口として艦娘共々生かしている奴が、まさかそんな事を!」

 

「兵器や戦術が進歩しても、戦争の本質は変わりません。未来において『狂人』の息子は、優秀な指揮官であったかも知れません。また、観艦式で盗聴した言葉を推測すると、未来の彼は近代兵器の正体どころか弱点まで掴んでいた可能性があります。そして、何よりも過去へ送り出すための綿密な作戦を立てたかも知りません。彼は手を招いているほど何もしていない訳ではないと言いたいのです」

 

浦田社長は背筋が寒くなった。こんな事あり得るのか?

 

「バカな!」

 

「いいえ。世界最強の国だって、とある戦争においてゲリラと反戦報道で負けた。貴方が大事にしていた金庫の中にあった機械の記録にあったのではないですか?」

 

 金庫の中にあった機械とは、陸軍の502部隊の工作員が盗み出されてしまったものである。まだ見つからないが、浦田社長にとってそれは重要なものではない。資料は全て印刷し、別の金庫に保管している

 

「だが……」

 

「貴方は艦娘を敵視するばかりに指揮官を侮った。彼は素質があった。艦娘のような力はない。しかし、指揮する能力はあった。『大佐』は腐っても軍人です。組織の上に立つという能力は、受け継がれたかも知れません」

 

 浦田社長は考え込んだ。計画の中で市民や世間の不満を身代わりにする組織が必要だった。ただ、艦娘だけの集団では直ぐにくたばってしまう。そのため、指揮する者……息子を生かしておこうと考えていたが……こちらのミスか?

 

「『息子』がいなくてもいいではないですか。私達は建造ユニットを手に入れた。艦娘は生まれた瞬間、私達のもの。計画に賛成するものは雇い入れ、反対する者はその場で沈める。若しくは、洗脳させて標的艦としてなってもらうというのはどうでしょう?」

 

秘書の冷酷な提案に浦田社長は暫く考えていたが、やがて頷いた

 

「分かった。息子を殺そう」

 

息子とは将来、時雨の上官になる人物。つまり、提督だった

 

 

 

 時雨は牢屋の片隅で呟いていた。独り言だった。もう何を信じていいか分からなかった。ただ、時雨はやりたいことがあった。真実が知りたかった。提督は……未来の提督は知っていたのか?僕は……艦娘は提督を信じていいのだろうか?

 

「落チ着イテ。モウ奴ラハ来ナイ」

 

「だって……僕は……僕は艦娘だ。提督の先祖が……世界を支配するために……僕達を創り出したなんて……」

 

港湾棲姫は何も言わない。敵と見ていいのか、それとも同情していいのか

 

 ワームホールが開かれ、この世界に降り立った時、深海棲艦は直ぐに行動した。この世界は、私達の世界と違って住み心地がいい。太陽の光は気持ち良く、水も綺麗だ。港湾棲姫と北方棲姫は切り込み隊長として部下を大勢引き連れて侵攻を開始した。この世界の住民である人間は反撃して来たが、痛くも痒くもなかった。港湾棲姫は有頂天だった。ここを第二の故郷にしよう。そう思った。トラック島と呼ばれる島で逃げ遅れた人間達を捕まえた。どう扱っていいか分からず、とりあえず殺そうとした時、ある少女が話を持ちかけて来た。その少女の提案は、魅力的だった。

 

「私はどうなってもいい。その代わり、他の人間を逃してください」

 

港湾棲姫はその提案を飲むと他の人間を船に載せて逃がした

 

 それが間違いだった。気がついた時には……全てを奪われた。軍団もワームホールも。北方棲姫も港湾棲姫も反撃したが、結局、捕まってしまった

 

 

 

「私達ガコノ世界ニ来タセイデ……」

 

「来たせい!?それで僕が許すと思う!?」

 

 港湾棲姫がさりげなく呟いたが、時雨は反応し吠えた。もうたくさんだった。そうだ。元々は、こんな怪物がこの世界に来たせいで、僕達は……

 

 扉が開くと同時に、思考は中断された。戦艦ル改flagshipが再び牢屋に入って来た。時雨は短い悲鳴を上げ後ずさりした。北方棲姫と港湾棲姫は時雨の前に立ち両手を広げた。時雨を庇う気でいるらしい。戦艦ル改flagshipは鼻で笑うと港湾棲姫を押しのけ、時雨に近寄った。時雨は覚悟を決めたが、暴力は振るわれなかった。代わりに戦艦ル改flagshipから恐ろしい事を時雨に告げた

 

……とうとう恐れていたことが起きた

 

「提督を……殺す……?」

 

「そうだ。彼はもう必要ない。浦田社長の決定事項だ」

 

 時雨は戦艦ル改flagshipに飛びかかったが、戦艦ル改flagshipは時雨を捕らえると足で床に押さえつけた。しかし、時雨は必死だった。提督だけは……提督がいなくなると……。僕は……

 

「やめて!僕を解体してもいい!僕を研究の材料にしてもいい!だから、提督だけは!」

 

「そうか。随分と慕っているんだな。今でも未来でも」

 

 痛めつけたにも拘わらず、時雨の抵抗は衰えることはなかった。押さえつけられた足を何度も殴った。戦艦ル改flagshipは鬱陶しいと思ったのか、蹴りを食らわす

 

「やっぱり、推測は当たっていた。お前は未来から来た。任務のために。そして、彼のために。だから、口を割らなかった。だけど、お前は未熟だ」

 

「止めて!提督だけは!お願い!それだけは!」

 

「……ほう、まだそんな目が出来たか。てっきりもう廃人同然だと思っていたがな。だけど、その必死な懇願こそが証拠だ。やはり、息子が浦田重工業の最大の脅威か。艦娘如きがミサイルやジェット戦闘機を出し抜ける訳がない。優秀な指揮官でなければ出来ない。お前があの息子を『提督』と呼ぶ理由が分かった」

 

 もう完全にバレた!未来から来たという正体も。提督がいないと……彼がいないと艦娘はどうなるんだ!?博士は信用出来ないが、提督は違う!提督を疑っていたが、それは彼の先祖の話だ。上手く生き残って提督と再開し話し合えば、解決出来る!この時代の提督も未来の提督の仕草は垣間見えていた!僕達を見守っていた!

 

 提督がいなくなったら……僕達はどうすればいいんだ!完全に孤独だ!信用できる者が1人もいない!心の支えとなってくれる者がいない!

 

「では、『主』に報告させよう。これで我が社の計画は、誰にも邪魔されない」

 

 戦艦ル改flagshipが牢屋を出た直後、時雨は立ち上がり扉に向かって走った。足が折れているにも拘わらず、無理やり立ったのだ。港湾棲姫は時雨の容態が危ないと察知すると、時雨を押さえつけた。これ以上、危険すぎる。だが、時雨の口からは、時雨とは思えない怒りの声が牢屋に響き渡った

 

「あのクソ戦艦!地獄に落ちろ!一生、僕が恨んでやる!!」

 

「落チ着イテ!」

 

「放せえぇぇ!あいつを殺してやる!」

 

 暴れる時雨を港湾棲姫が抑えたが、とても抑えられない。二人の間で取っ組み合いが始まり、北方棲姫はオロオロするだけだ

 

 

 

刑務所の所長室にて、戦艦ル改flagshipは浦田社長に報告を行った

 

「……間違いありません」

 

『そうか。どうやら、私のミスだ。お前は帰れ』

 

「分かりました」

 

 戦艦ル改flagshipは通信を切ると、自身の身体を変化させた。戦艦ル改flagshipは数分で人間になった。周りには刑務所に勤めている所長や刑務官がいたが、見慣れているのか特に驚きはしなかった

 

「ここは任せる」

 

「分かりました」

 

まるで帰宅する会社員のような挨拶をすると『彼女』は民間刑務所を後にした

 

 

 

 別荘では、警備員を率いる長が本部から新たな命令を無線から聞いていた。非情な命令だが、警備員は簡単に返事をすると部下を引き連れて親子を監禁している部屋へ入っていった

 

「社長からの命令だ。お前を射殺する」

 

指を指された者は驚愕したのは言うまでもなかった

 

 

 

「なっ!」

 

 俺は驚いた。ろくに食事も与えられず、睡眠もとっていない。散々、痛い目にあったのに。まさか、俺が殺されるのか?何かの間違いか?

 

「バカな!殺されるのはワシのはずだ!」

 

「黙れ!」

 

親父は喚いたが、他の警備員に殴られた

 

「どういう事だ?」

 

「社長はお前が脅威であると判断した」

 

 俺は困惑した。何故だ。まさか、時雨の正体がばれたのか?それとも、未来のノートを見つけたのか?しかし、あり得ない。ノートは親父が隠しているし、見つかっていない。時雨が喋れば別だが、あいつは裏切らないはずだ。例え喋っても自分の首を締めるのと同じだ

 

……いや、そんな……、まさか……!

 

「俺にはよく分からんが、社長の言い分だと、未来の『狂人』の息子は優秀だ。素質と言うべきか?それが浦田重工業の計画とって大きな障害となり得る。そのためには、リーダーを排除するのが先決だ、と」

 

俺は驚愕した。まさか、既にバレたのか!あり得ない!

 

「しかし、世の中には不思議なものがあるものだ。深海棲艦が現れた時は、某国の新兵器だと思っていたが」

 

「俺は浦田重工業がどれだけクソかという事が未だに信じられないけどな」

 

 警備員は俺の言葉を無視して、腰に付けている拳銃を取り出すと俺の額に銃口をくっつけた

 

(クソ……!)

 

 こちらはどうする事も出来ない。もう分かっていた。俺達は負ける運命なのだと。どう足掻いても死ぬ運命なのだと。敵が強すぎた。自分の死ぬ時期が早まっただけだ

 

「何か言い残す事は?」

 

「……浦田社長へ伝えてくれ。アンタはクソ野郎だって事を」

 

「心配するな。今の言葉は伝えないさ」

 

 警備員は嘲笑うが、俺はどうでもいい。ただ、自分の無力さを思い知らされた。未来の俺が……いや、今の俺がしっかりしていれば……

 

(済まない、時雨。もう、俺はダメそうだ……)

 

 俺は目を瞑った。親父が何やら喚いていたが、今は遠くの声が聞こえるような気がする。もう、お終いだ

 

 

 

俺は待った。あの世へ行く合図である銃声を……

 

 銃声が聞こえ、そして……顔に何やら生温かい液体のようなものが掛かった。……血の匂いがした

 

(何だ?何が起こった?)

 

 目を開けると、警備員の胴体から血が噴き出しながら倒れている。その警備員は撃たれたらしいが、一体誰が?扉を見ると、見たこともないクリオツナギ状の衣服に身を包んだ三人の兵士がいた。しかも、見たこともない短機関銃を持っている。胸元に下げた手榴弾も見た事が無い。他の警備員が慌てて銃を取り応戦しようとしたが、3人の兵士の方が素早かった。正確な射撃で警備員を倒した

 

「夢か?」

 

 俺は呟いた。何者かが俺達を助けている。そんな都合のいい事は起こらない。第一、こいつらは何者だ?

 

「夢?違う。お前達を助けに来た」

 

 3人の内、1人が近づき縛られて手足のロープをナイフで切断した。いや、他の人も部屋に入り、親父の拘束衣を脱がせようとしている

 

「浦田重工業の動きは?」

 

「反応ありません」

 

 俺の縄を解いた人が部下らしき人と話している間、俺は死んでいる警備員から拳銃を素早く奪うと、銃を向けた

 

「おい、お前達は誰だ!?」

 

「よせ!銃を捨てろ!恩を仇で返すのか!?」

 

「浦田重工業と敵対しているらしいが、こちらの味方とは限らん!なぜ、俺達を助けた!?」

 

「隊長!どうします!?」

 

 兵士達は隊長と呼ばれた人から指示を仰ぎながら俺に銃を向けた。お互いにらみ合いが生じたが、そんな中……日本刀を腰につけた別の一人の男が入り、俺に向けて鋭い声で言った

 

「銃を降ろすんだ!人間不信になるのは仕方ないが、私はお前達の味方だ!『艦娘計画』を支援した陸軍の部隊と言えばわかるだろう?」

 

「で、ではお前がワシらに支援物資を送り届けてくれた部隊なのか?」

 

 親父は驚愕しだが、物資も資金もなく陸軍に援助を頼んだところ、ある部隊が応えてくれた。その部隊なのか?俺はポカンとした。確か時雨が着いて、親父と一緒に『艦娘計画』を再開させようとした。資金満載のトラックを見た時は驚いたが……

 

「浦田重工業のスパイを送ったのも?」

 

「西村軍曹達は気の毒だった。だが、彼等の死は無駄にはしない」

 

その人は俺と親父に近づき安否を確認すると、再び話し始めた

 

「自己紹介が遅れた。陸軍の特殊部隊の1つ『機動第2連隊』。通称『502部隊』。私はその部隊を率いる将校だ。階級は中佐。こいつが部隊長である軍曹。残念だが、極秘部隊のため名前は公表出来ない」

 

「どうして助けが遅かったんだ?時雨は誘拐されたんだ!」

 

「浦田民間警備会社の目から逃れるためだ。あいつらの持つ戦争道具は、ハイテクだ。だから欺く必要があった。済まない、遅れて」

 

 俺は状況を整理した。どうやら、この特殊部隊は浦田重工業を探っていると同時に敵対しているらしい。しかも、艦娘計画を支援している。何を考えているか、分からない。ただ、味方であるという根拠が分からない

 

「あんたが俺達の味方なら、時雨を救助を手伝ってくれないか?」

 

「貴様、誰に言っている!?『中佐』と呼べ!」

 

「いいんだ。彼は軍人ではない」

 

 軍曹が食い掛かって来たが、中佐は下がらせた。他の者も目線が集まっている。親父はオロオロとしておりどうすればいいか迷っていたが、今はそれどころではない

 

「時雨は艦娘だ。どういう理由で『艦娘計画』を支援したのか知らないが、時雨を救出してくれ」

 

中佐は右手を顎に当てて考えたが、やがて口を開いた

 

「いいだろう。時雨が艦娘であるなら、救助する必要がある。潜入工作員の情報だと、時雨は浦田重工業の子会社。民間警備会社が経営する民間刑務所に監禁されている」

 

「民間刑務所?あの、評判がいい所か?……実際はどうなんだ?」

 

 嫌な予感がした。あそこの民間刑務所は、報道がやたらと持ち上げている。……デメリットは全く聞かない

 

「浦田警備会社は、囚人の中から使えそうな人材を選び、軍事訓練をさせ、兵士に育てている。報酬が意外と良いのと訓練のメニューが徹底されているから、警備員は常に精鋭揃いだ」

 

「もうそれは軍隊だろ!」

 

 流石の俺もそこは知らなかった。確かに警備員は、陸軍並の装備をしていたが……。もはや、民間軍事会社ではないか?確か、陸軍の過激な一個師団が浦田重工業を襲ったが、返り討ちにされたという噂があったが……あれは本当だったのか?

 

「それと浦田重工業に不満があるもの……特に過激な組織は秘密裏に捕らえ、味方に付かない限り徹底的に痛めつける。あそこに侵入しようとした某国のスパイは、侵入してから3日で死体となって発見した。ある国では、その国のスパイの生首を荷物で送りつけたという逸話まである」

 

 そこまで聞いて、俺は青ざめた。時雨は重大な戦力だ。貴重な存在であるため、流石に無茶はしないと思っていた。だが、今の話を聞く限り時雨が今、どんな状況に置かれているか理解した

 

「くそ、早く行かないと」

 

俺が出口に向かおうとするが、陸軍中佐が行く手を阻んだ

 

「行ってどうする気だ?あそこは強力な兵器は無いものの、警備員全員は完全武装だ。学生風情のお前が行っても射殺されるのがオチだ」

 

「どいてくれ!俺は……俺は時雨が心配なんだ!あいつは、まだ幼い。捕まった時から、酷い目に遭っているに違いない!あいつは建造されてから、ずっと地獄を見て来た。心まで壊れたら、あいつは立ち直れない!」

 

「分かった。手を貸す。だが、お前も戦ってもらう」

 

 中佐の合図で軍曹は、短機関銃を渡してくれた。普段の俺だったら、拒否しているだろう。しかし、今の俺は怒りで倫理に反する行為に出た。もう、なりふり構っていられない。俺は頷くと受け取り、全員外に出た。外は既に暗く、辺りは警備員の死体で一杯だった。警備員の死体の大半は切り傷があった

 

「ここにいる警備員をどうやって倒したんです?」

 

 隊長である軍曹から短機関銃の操作を教えてもらった俺は、聞いた。警備員に殺される直前まで銃声が聞こえなかったため、刃物で倒したのだろうか?

 

「日本刀と消音付きの狙撃銃で倒した。奴らは夜目でも効くのか、夜襲なんて効果ない。だから、戦い方を変えただけだ」

 

  隊長である軍曹はニヤリとして腰にぶら下げている刀を見せたが、俺にはそうは見えなかった。夜目が良いのはいくら何でもあり得ないのではないか?夜襲でも効果ないと言ってるが、それは別の手段でやってるのではないか?

 

 親父からは、見張り員はとても視力が良かったからだとか……。あの浦田重工業の事だ。アイオワの手紙や未来の俺のメッセージから見て、何らかの方法で夜でも見える機械でも造ってるかも知れない

 

 そう考えていると、警備員に死体の中に何やら天狗の鼻のようなものを付けた奇妙な警備員を見つけた。近寄ると、それは小型の機械のようなものだ

 

「何してる?早く行くぞ!」

 

「分かりました」

 

俺は、警備員の目辺りに装着していた機械を素早く取り、ポケットにしまった

 

 どこから来たのか、兵員輸送車、装甲車、そして小型車両などの軍用車両が現れた。マークと武装を見て502部隊の車両だろう

 

 

 

「親父、例のノートは持ってきた?」

 

「あ、ああ。ここに……」

 

 どうやら、ノートは無事のようだ。西村軍曹達が、浦田社長の金庫から奪った奇妙な機械とともに持ってきたとのことだ。浦田重工業の警備員達が襲う数日前に妖精に頼んで巧妙に隠したらしい。妖精曰く、別荘の外れの森で潜んでいたとの事。荷物は無事だったが、親子共々捕まってしまったため、どうすればいいか迷っていたとの事だ。妖精自身の力は知れている。お陰で警備員に気付かれずに済んだが

 

 俺は未来の俺が書いたノートのうち、アイオワの手紙を引っ張り出した。気になる事がいくつかある。先程の警備員がつけていた機械について……

 

 まだ、出発には時間がある。俺のバイクは捨てられていなかった。バイクにまたがり、車両が出発するまで、手紙に目を通した

目指すは民間刑務所だ!俺はまだあちこち身体が痛く空腹だが、そうも言ってられない!

 

空腹や睡眠なんて全て終われば出来る!




提督というより、軍を動かす指揮官は非常に重要な立場です
何しろ、決断する場面が沢山あります。また勝ち負けともかく、戦場において状況が流動的ですから情報を整理し動かすにはそれなりの能力がいります
そして、敵に狙われる確率が高くなります。司令官暗殺なんて事例は沢山あります
有名な事件だと米軍陸軍航空隊が暗号解読によって待ち伏せ攻撃し、山本五十六大将の搭乗機を撃墜して暗殺した事ですかね(海軍甲事件)
軍隊もそうですが、組織というものはリーダー失ったら大抵、混乱します。指揮系統が混乱してしまいますから
よくよく考えると未来の提督、何気によく頑張っています。逃げないどころか、近代兵器の威力を見せつけられても最後まで白旗上げませんでしたし。ずっとストレスマッハだと思いますが
 メタルギアでも指揮する者(キャンベル大佐やミラーなど)と戦う者(主にスネーク)がいますから。やり取りを見ていると、双方の苦労がよく分かります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6章 逃走と追撃
第51話 時雨救出作戦


 浦田警備会社が経営している民間刑務所の特別区画は、静まり返っていた。いや、数時間前までは喚いていた少女の声が響いていた。しかし、その区画は誰もいない。監視カメラやセンサーがあるため、見回りなんて1時間に1回くらいだ

 

 その少女は、時雨である。戦艦ル改flagshipにありったけの暴言を吐きながら暴れていた。お蔭で港湾棲姫は負傷しているにも拘わらず、時雨を抑えていた。時雨と言う艦娘を助ける義務はない。しかし、幼い少女が暴れている姿を放っておく訳には行かない。激しい取っ組み合いになって騒がしくなった。何とか収まったが、別の問題が発生した。遂に時雨は完全に壊れてしまった

 

「ブツブツ」

 

 時雨は何か念仏のように唱えている。何を言っているのか、港湾棲姫も北方棲姫も分からない。ただ、どうしていいのか分からなかった。自分達が出来る範囲は限られていた

 

 暴れてしまった為に時雨の生傷は以前より増し、遂に右腕も左足も完全に動かなくなってしまった。整備もしていないため、破壊された艤装は赤く錆びている。目は完全に死んでおり、涙の跡がくっきりと残っている

 

「モウ……私ハ……イツカハ……私達モ……帰ル」

 

「ウン……イツカ……楽シイ海デ……」

 

 港湾棲姫と北方棲姫はどうする事も出来ない事に諦めた言葉を呟いたその時、牢屋の中を照らしていた電球の灯りが急に消えた

 

「ン?」

 

 もう電気も付けないほど不要な存在になったか?……いや、嫌がらせにしては可笑しい。鉄の扉についてある小さな鉄格子から漏れていた廊下の電気まで消えている。停電か?それにしては、怒号と急ぐ足音が断続的に続く

 

「何ガ起キテイル?」

 

 港湾棲姫は初めて異変に気付いた。トラック島で浦田重工業に捕まって以来、こんな事は初めてだ。しかも……微かであるが銃声と爆発音が聞こえて来る。この近くで戦闘が起こっているのか?

 

「ドウシタノ?」

 

「分カラナイ」

 

 北方棲姫が不安そうに聞いてきたが、港湾棲姫は首を振った。まさか……そんな都合の良い事はない。そう言い聞かせた

 

馬鹿げている。自分達の牢屋に一緒にいる少女を助けるために戦うだなんて……

 

 

 

「はあ……ワシは出来ん」

 

「何でだ?親父は軍人だろ?」

 

「いいか!ワシは中年だし、負傷している!少しは気遣ってくれ!……ところで何を読んでいるんだ?機械の説明書か?」

 

 俺は負傷している親父と一緒に車の陰に隠れていた。陸軍中佐から待つよう言われたからだ。その間、俺は警備員から奪った機械とアイオワの手紙を見比べていた

 

(暗視ゴーグル……こんなものまであるのか?)

 

 未来では艦娘の基地に夜襲を仕掛けるゲリラがいた。目が良いらしく艦娘も未来の俺も手こずっていた記録が幾つかある。しかし、夜戦バカである川内を始め鳥海や綾波など夜戦に特化した艦娘の戦力を見くびっていたらしく、ある日では川内1人だけでゲリラを撃退したという記録まであるのだから驚きだ。ゲリラはなぜ、夜でも的確に攻撃出来るのか?その正体や謎は、既にアイオワが見抜いていた。手に持っている機械も未来の記録と同じだ。暗視装置というものらしい。電源を入れて覗くと、暗闇にも拘わらず、よく見える

 

 提督は知らないが、提督が手に入れた暗視ゴーグルは、『光増幅式暗視装置』といい、別名『スターライトスコープ』とも呼ぶ。これは、ほんの僅かな光でもあればそれを増幅して映像を映しだすものである。欠点としては光を増幅するので本当に全く光の指してない環境だと流石に映らず、強い光に弱い

 

俺が暗視ゴーグルを色々と弄っている時に、隊長である軍曹が駆け寄り無線機を親父に渡した

 

「元帥からです」

 

「分かった。――お久しぶりです」

 

 親父は無線機を受け取ると早速、話し始めた。実は陸軍特殊部隊である第502部隊を直接指揮していたのは、統合参謀長の元帥である。『艦娘計画』が成功した事を伝えるために喫茶店であった人物である。尤も、非公式であるため502部隊が捕虜になろうが、助けはほぼゼロである。精鋭でかつ命令に忠実。元帥の指示のもと、極秘裏に動いていたという事だ

 

それはともかく、無線機から応答してきた

 

『大佐か。報告は聞いた。よく無事だった。ただ、もう1人の救助は待ってくれ』

 

「無理です。とてもじゃないが、見捨てる事は出来ません」

 

 意外なことに親父は、元帥の命令を拒否した。だが、俺も親父のような立場でも同じように言っていただろう。時雨を一刻も助けなくては……

 

『いいか。お前が造り上げた艦娘の安否を気にしているのは分かる。だが、お前達が入ろうとしている場所は、民間刑務所とは言え、浦田重工業が経営している。中には、100人程の完全武装した警備員がいる。応援が来るまで待ってくれ』

 

「そうだったんですか。では、変電所を爆破したのは正解でしたな」

 

『何?ちょっと待て!どういう――』

 

元帥が喚いていたが、親父は無線を切り軍曹に返した。軍曹も全く不満はなかった

 

 

 

数分前……

 

「情報はこれだけだ。民間刑務所の工作員は1人いるが、派手な事は出来ない。時雨という艦娘は、特別区画にいるらしい」

 

「らしいって?」

 

 民間刑務所から数キロ離れた所で502部隊とともに俺は作戦内容を聞いていた。刑務所にしては、警備が厳重。見取り図は何とか入手出来たものの、完全ではない

 

「そこは重要人物を閉じ込めるための特別区画だ。以前は、死刑囚だったようだが。工作員からだとそこへ連れていかれる所を目撃したらしい」

 

しかし、残念ながら特別区画は一般の警備員には入れないという。位が高い人物か所長でないと入れないらしい。機械で管理されているらしく、警備は厳重だ

 

「くそ!どうやって入るんだ?」

 

「慌てるな。工作員とともにあることをしている」

 

 中佐はニヤリとして腕時計を見ていた。何かタイミングを待っているのだろうか?俺はどんな作戦だろうか、と考えていると、無線機から軍曹の声が聞こえた

 

『中佐、準備出来ました。従業員は睡眠薬で眠らせ運び終えました』

 

「そうか、時間通りだな。では、合図したら起爆しろ。カウントを始める。5……4……3」

 

中佐は腕時計を見ながら合図を送った。何をしているのか?

 

「2……1……よし、爆破しろ!」

 

合図とともに遠くで盛大な爆発音が響き渡り、それと同時に刑務所に近い村の明かりが一斉に消えた

 

「な、何をしたんですか?」

 

 兵士達は歓声を上げる中、俺は戸惑った。何をしたのか?俺の戸惑いに中佐は笑いながら種明かしをしたが、何ととんでもない事をしたのだ

 

「ここ一帯の街に供給している変電所を爆破させた。後は潜入している工作員は刑務所にある予備電源の破壊に成功するのを祈るだけだ。しかし、時間が無い。潜入者の爆破が成否問わず突入する」

 

「変電所を爆破!?」

 

「警備システムと通信システムが厄介だからだ。なら、電気の供給を絶てばいいだけの事」

 

「そ、それはそうですが!」

 

 俺は愕然としたが、中佐は当たり前のように話す。仕方ないとは言え、ここに住む住民達にとって、迷惑極まりない。親父も思いきった行動をする中佐のやり方にため息をついた

 

「これは元帥の依頼なのか?」

 

「残念だが、我が部隊は人員も装備も有限だ」

 

「はぁ……。502部隊は、ならず者の集まりと聞いた事はあるが、まさかここまでとは」

 

 親父は502部隊を知ってるらしい。初めは、元帥から極秘裏で浦田重工業の秘密を暴くために戦っていると聞かれた時には喜んだが、いざ戦い方を目の当たりにすると何とも言えない雰囲気になった。浦田民間警備会社の警備員に比べればマシだが、正規軍が不正規戦するとは聞いたことがないらしい。なりふり構っていられないのは、自分達も同じだが

 

「で、誰が責任をとる?」

 

「元帥には後で説明する。そこは心配しなくていい」

 

「いや、これはワシのせいでもある。ワシが責任とる。何、世間では狂人と呼ばれておるし、所属は違えど階級は大佐だ。君達はワシに脅されたと言えばいい。これで文句なかろう」

 

 艦娘計画の事で負い目を感じているのだろう。陸軍将校は眉を吊り上げたが、結局は賛成した。何しろ、父親は自分達の直属の上司である元帥を知っているというのだから

 

 

 

そして現在

 

無線機を受け取った軍曹は、今度は俺に聞いてきた

 

「俺はお前の護衛ではない。自分の身は自分で守れ。本当に行くのか?」

 

「はい。これは私の責任もあるんです。父の責任もありますが、過去を全く向き合わなかった俺にも責任はあります」

 

 正確かどうかはともかく俺達の過去は、時雨に伝えたのだろう。俺のご先祖がやった事は、真実か嘘かはどうでもいい。ただ、時雨は俺に対して不信感を抱かせてしまうのは不味い。残念ながら、未来の俺も知らなかったようだ。はっきり言って、過去の関係はどうでもいい。ただ、知らなかったは通用しない

 

「よし、派手に暴れてやろう。人を撃つのに戸惑うな」

 

「大丈夫です。今の自分は不機嫌です。体力もあるし、射撃訓練は親父から教わりました」

 

 夏ごろに時雨と一緒に新兵教育の成果を試す時だ。軍事訓練ではないが、何もやらないよりかはいい。後は実戦経験だけだ

 

「やられるなよ」

 

「分かりました」

 

 俺は軍曹から貰った一〇〇式短機関銃改(一〇〇式短機関銃を改良したものらしい)を構えると物陰から出て次の物陰に隠れるために急いでいく

 

「急げ急げ!狙い撃ちにされるぞ!」

 

 既に戦闘は始まっていた。銃声と爆発音が響き、火が辺りを照らした。既に浦田の警備員と502部隊との間で凄まじい激戦が発生した。刑務所からロケットや銃撃が雨のように降ってくるが、陸軍も負けじと応戦している

 

『各員、よく聞け!AB班は正門に撃ちまくれ!C班は側面から攻撃しろ!戦車や装甲車は確認されていないが、注意しろ!』

 

 中佐は無線で指示を出し、兵士は腹ばいになって軽機を構えて火点を形成する。重機関銃やロケット砲が刑務所の正面に集中的に浴び、刑務所の正門は木端微塵となって壊れた。しかし、浦田警備員も負けてはいない。軍用車両はないものの、小型車両は複数ある。ジープと呼ばれる車両らしい。ジープが陸軍部隊の前に躍り出ると、搭載されている重機関銃を撃ち出した。重機関銃は威力が高い。陸軍兵士は、この重機関銃にバタバタと打ち倒された。ヘルメットなぞ軽く貫通する。物陰に隠れていた軍曹は、部下にロケット砲を撃つよう命じた。兵士がロケット砲を構えると引き金を引く。それと同時に耳がつんざくような噴射音を上げながら弾頭を発射した。ジープに向けてロケットが突進し、見事に命中。車両は爆発し、炎を上げながら中の人もろとも焼き尽くしていた。装甲車も前進し、刑務所にいる警備員に向けて重機関銃を撃つ。余りの火力に警備員達は後退せざるを得なかった。中にはバズーカ砲を携えた者がいたが、軍曹がいち早く気づき集中砲火を浴びせるよう指示した

 

 俺は軍曹に離れずについていった。威勢を張ったのはいいものの、戦場がこんなに五月蝿いとは思わなかった。銃弾がかすめる音がする度に、銃弾が俺の身体に当たっていないか、と不安になる。初めは引き金を引くのをためらったが、相手が容赦なく撃ってくるため、こちらも引き金を引きざるを得ない。やらなければやられる。頭ではわかっていたつもりだった。幸い、俺は暗視ゴーグルを付けているため敵の姿が良く見える。短機関銃を何発か撃ったが、中々当たらない。敵兵が動いているのか、俺の射撃が下手くそなのか。恐らく後者だろう。意外にも陸軍部隊が善戦している。陸軍部隊が持っている自動小銃は、強力だ。502部隊の攻撃に対して浦田警備兵は、刑務所の中まで後退した。陸軍中佐が言っていた通り、刑務所には強力な兵器は無い。刑務所の門前や塀の周りには警備員の死体で一杯だった

 

「噴進弾、撃て!」

 

 軍曹の合図に兵士は、ロケット弾を再装填すると再び発射した。ロケット弾は警備員が固まっている付近の地面に着弾すると炸裂し、警備員達を吹き飛ばした

 

 両軍が交戦している最中、刑務所の裏口に近づく軍曹と俺。隠れていたのだろう、不意に物陰から敵兵が現れる。俺は反射的に引き金を引いた。勢い余って躍り出た浦田警備員は、弾を食らって倒れる

 

「いい腕だ。ただ、相手を確認してから撃て。味方を撃ったら、俺が殺す」

 

「……分かりました」

 

軍曹は怒鳴ったが、俺は息が上がっ警備員を見下ろしていた

 

 ……初めて人を撃った。俺は手が震えた。戦争だからってこうも簡単に人の命を奪っていいのだろうか?艦娘は、相手が深海棲艦とは言え、いつもこんな事をしていたのか?

 

「2時クリア!進め!」

 

 軍曹の合図で俺は正気に戻る。この陸軍の部隊は戦い慣れている。何処で戦ったのだろうか?しかし、そんな疑問は後だ。目的を忘れたわけではない。兵士達は銃を構えて侵入を開始した

 

「よし、数人は俺に付いてこい。残りは掃除だ!」

 

 激しい抵抗があったものの、何とか侵入に成功した。刑務所にいる警備員を掃除するため502部隊は進軍する。俺は軍曹とともに所長室へ向かった。建物内にも敵兵は居るため、片付ける必要がある

 

俺は短機関銃を敵兵を向けて引き金を引いた。もう迷う必要はない

 

 

 

 刑務所の所長は焦った。まさか、陸軍の特殊部隊がここに攻めて来るとは思いもしなかった。この停電はあいつらの仕業か?警備システムは作動せず、応援を呼ぼうにも電話すら通じない。奴らは電話線まで切断したのか?それどころか、予備電源までやられたとの事だ。あいつら、この刑務所に工作員を送り込んだな!

 

「連絡出来たか!?」

 

「ダメです!通信手段を徹底的に封じられました!」

 

「早く追い返せ!そのための最新鋭の兵器があるのだろ!援軍が来るまで持ちこたえるんだ!」

 

 所長は叫んだが、その時の彼は502部隊を侮っていた。クーデターを引き起こし浦田重工業を攻め込んだ陸軍の一個師団が負けた理由は、戦力の差が隔絶していたためだ。戦車はオモチャ、三八式歩兵銃を携え銃剣突撃しかしない陸軍に対して、暗視装置や自動火器、果てには重火器を持つ浦田の警備兵には敵わなかった。奇襲も簡単に撃破した。しかし、今攻めて来る部隊は少し違っていた

 

 短機関銃や突撃銃を手に持ち、何とロケット砲や装甲車まで持っている。戦術も画期的だ。万歳突撃なぞしない。いや、銃剣している者もいるが、転がってる警備員が死んでいるかどうかを確認するため、銃剣で突き刺している。今までこんな事はあったか?

 

 実は502部隊の陸軍中佐は、浦田重工業が造った兵器を密かに買ったり、戦術を学んだりして自分達の部隊に取り込んでいた。相手は見下しながら教えてくれたが、そこはどうでもいい。強力な敵に勝つためには、相手を知る必要がある。それに、幸いにも相手は米国でもソ連でもない。日本人だ

 武器の調達にも手を加えた。短機関銃は改造して何とか使い物になったが、自動小銃とロケット砲は独自開発は出来なかったため、銃の設計図を盗む事にした。残念ながら、それぞれ一枚ずつしか手に入らなかったが、それでも大きな成果だった。製造方法は派遣社員として工場に勤めた兵士から教わり、工業機械も小さなものであったが手に入れた。浦田重工業には、陸軍も近代化兵装をするため、と申請し購入した。浦田重工業にたて付くために動いている事がバレて爆撃されてしまったが、密かに地下に造った兵器工場は動いている。工作機械も無事だ

 

 入手した新兵器の設計図の表紙にはこう書かれていた。『64式小銃』と『RPG-7』と。『AK-47』という自動小銃の設計図も手に入れたかったが、残念ながら入手出来なかった。取りあえず、この二つは何とか製造出来た

 

 何処の造った国の兵器か知らないが(因みに64式小銃の設計図には『自衛隊』という単語が沢山出て来たが、中佐も軍曹も困惑した。そんな組織は聞いた事がない)、陸軍中佐はそれらを研究しコピーして自分の部隊に配布した。幸い、64式小銃には銃剣が取り付ける事が出来たため、三八式歩兵銃に慣れ親しんだ古参の者達もこれには満足した。また、アメリカから密かにブローニングM2重機関銃を買い、車両に取り付けて使用している。車両は浦田重工業製のトラックを魔改造して使った。装甲車や戦車は流石に製造出来ないため浦田警備会社から数台盗む事に成功した。泥棒だが、そんな事は気にしない。金で雇っていたとは言え、女性といちゃついた警備員が悪いからだ

 

 よって警備員達はこの敵に対して、困惑していた。明らかに、自分達が知っている帝国陸軍ではない!向こうも強力な火力で撃ち返している!しかも、自動小銃の弾も7.62mm弾だ。こっちはM16とは言え、弾は5.56mm弾だ。そもそも威力も射程距離も違う!狙いも正確だ!

 

「たかが銃剣突撃か自爆攻撃しか能がない軍隊なぞ追い払え!」

 

「おい、俺達はそんな風に見られていたのか。軍を舐めるなよ!」

 

 部下がおちょくっているのか、所長は振り返ったが、声の主は警備員ではなかった。更にいうと声も違うし、姿形も違う。しかも、警備員は床に倒れており、別の人間の人影だった。気づいた時には、押し倒され冷たいものが首筋に当てられていた。よく見ると日本刀だ!

 

「聞きたい事がある。艦娘は何処だ?」

 

「貴様!ここが何処のものだと思うのか?」

 

 くそ!まさか警備員がやられたのか!ここの警備をもっと厳重にすべきだった!何とか考えようとしたが、別の鋭い声が聞こえた

 

「さっさと答えろ!時雨は何処だ!」

 

 銃を当てられてながら、所長は声の主を見た。暗くてはっきりとしないが、間違いない。『大佐』の息子だ。こいつ……暗視ゴーグルを奪ったのか?全く不愉快な奴らだ

 

「良いだろう。鍵をやる。非常用だから空くはずだ」

 

 

 

 俺は銃を向けて軍曹が抑えている所長を脅したが、あっさりと渡してくれた。もう負けた事を悟ったらしい。軍曹は、鍵を奪うと明かりをつけて鍵を照らした。本物だ

 

「お前達……こんな事をしていいのか?」

 

不意に所長は嘲り笑いながら言った。日本刀に付きつけられているにも拘わらずだ

 

「どういう意味だ?」

 

「お前……いや、お前達は日本を敵に回した。浦田重工業はそこまで力がある」

 

「人々を犠牲にした奴が良く言う」

 

俺は冷たく言い放ったが、所長は無視して言い続ける

 

「犠牲だと?科学の発展には犠牲は付き物だ。浦田重工業は正しい。世の中を変える力を手に入れた。お前達は負け組だ。負けると分かっているのに戦うのか?」

 

「そうか!だったら、ここで撃たれても文句は言わないんだな!」

 

 今の言葉で俺は激昂し指に引き金を当てたが、それよりも早く軍曹が日本刀で喉ををかっ斬った。血は勢いよく飛び出し、俺は残酷な場面に吐くまいと顔を背け、必死に口を押えた

 

「さっきの威勢はどうした?」

 

「殺す事はないじゃないですか!」

 

「ちょっと頭に来ただけだ。馬鹿にされたのでな。……そうだ。クーデターとは言え、陸軍が負けた事はいい教訓となった。あのクーデターの中に俺の親友がいたんだ」

 

 軍曹の呟きに俺は、確信した。この人達は、何もしなかったのではない。敵を知り、新しい物を入手し我が物とする。そうでなければ、こんな芸当は出来ない

 

 その後、俺は軍曹と共に扉に待たせている工作員と合流した。警備員は排除したものの、一般の牢屋には囚人が沢山居る。流石に助ける訳にはいかないため放置する事にした。浦田民間警備会社が何とかするに違いない。何もせず放棄する事は無いだろう

 

牢屋越しに喚く囚人達を無視して、一行は特別区画の刑務所に向かう

 

待っていてくれ、時雨!今、助けに行く!

 




救出作戦開始!
武器を鹵獲し研究を行って改良。そして相手を攻撃。戦い方はゲリラ戦に似た戦い方。まあ、よくある手です。装備が劣ったままで、正々堂々と戦うとこちらが全滅してしまいます

 本作品でも10話で未来の提督は反艦娘団体から奪った地対艦ミサイルを使って深海棲艦の空母ヲ級改を撃破しましたから

 提督も銃を取って戦いますが、何しろ一般人です。今話ではあまり活躍しません。まあ、仕方ないです。超人ではないですから(ここ重要)

 本作品の502部隊は、浦田重工業から自衛隊が未だに使っているという64式小銃とメタルギアソリッド3でお世話になるRPG-7を奪い生産して部隊内に配布しています(浦田重工業は何処で手に入れたのか?とか聞かない)
また、陸軍がアメリカからM2重機関銃を買って使ったとありますが、これは史実を参考にしました。尤も、史実では航空機用(ホ103)にですが
一式戦闘機「隼」や三式戦「飛燕」など陸軍航空機に使われていたそうです

ミリタリー要素満載の話になってしまいましたが、次話でようやく提督と時雨の再会です
後に今話から第六章にする予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 再会

 俺と軍曹は、ここの刑務所に潜入している工作員と陸軍将校である中佐と合流。特別区画へ向かった。地下施設で暗闇だが、俺は暗視ゴーグルをはめた。非常用電源も破壊したために、廊下は真っ暗だ。陸軍兵士は懐中電灯で照らしながら、警戒して進んでいく

 

「こちらです。ここから先は、私でも分かりません」

 

「ご苦労。開けるんだ」

 

 非常用の鍵で特別区画に続く扉を開ける工作員。それ以外の者は武器を構えていた。中にまだいるかもしれない。重い扉が開き、素早く辺りを見渡す

 

「大丈夫です。人は居ません」

 

「成る程、浦田警備員はこんな機械を持っていたのか」

 

 中佐は驚くように言ったが、正直な所、自分も驚いている。これでは、夜でもよく見えるはずだ

 

 一同は慎重に進む。俺の心臓は早鐘のように鳴っており、構えている短機関銃に汗がにじみ出る。物陰から警備員が躍り出てくるのではないかという恐怖と今すぐ時雨の名を大声で叫びたい気持ちで複雑な気持ちだ

 

「何も聞こえない……不気味だ」

 

「艦娘以外に誰かここに閉じ込められたのを見たか?」

 

軍曹は愚痴を漏らし、将校は工作員に聞いたが、彼は首を振った

 

「いいえ。ここに潜入した時に私が見たのは艦娘だけです。しかし、他にもいるようです。何でも政府高官を満足させる人物を監禁しているとか」

 

「イギリスの女王でも拐ったのか?」

 

冗談で言う軍曹だが、誰も笑わない。本当に誰かいるなら声がしてもおかしくはない。長い廊下を歩いてようやく牢屋らしき扉が並んだ区画へたどり着いた。近くの鉄製の扉に付いてある小さな扉を開けて中を確認したが、誰もいない

 

その時だった

 

「おい……何か聞こえないか?」

 

軍曹の声に一同は反応した。俺は動きをやめ、必死に何かを聞き取ろうとした

 

そして、微かに聞こえた

 

「誰?………来ナイデ」

 

時雨ではない。しかも、この声……

 

「聞こえたか!今の!」

 

「聞こえましたが……今の声……」

 

 俺は冷や汗をかいている事に気がついた。知っている!この声……秋頃に建造した深海棲艦の姫と同じく怨念の声が聞こえる!しかも時雨よりも幼い声だ!

 

「どうします!」

 

 軍曹も気がついたのだろう。中佐に指示を仰いでいた。中佐も予想外だったらしく、迷っているようだ

 

「声がする方へ行きましょう」

 

俺は中佐が指示を出す前に俺は進言した

 

「深海棲艦の誰かが閉じこれられているかも知れません。時雨が閉じこれられている場所を聞き出します」

 

「しかし、罠だったら!」

 

「深海棲艦がここの番人ならとっくに襲われているはずです」

 

 軍曹が噛みついたが、俺は指摘した。もし、深海棲艦を操っているのなら刑務所の攻防の時に使っているはずだ。しかし、応戦したのは警備員だけ。深海棲艦を操って応戦すらして来なかった。ここが陸地だからなのだろうか?

 

「行こう。選択肢はない。確かに彼の言う通りだ」

 

「……分かりました」

 

 深海棲艦の声がする所まで慎重に進む一同。ある牢屋まで近づき、軍曹が扉についている窓を覗くと後退りした

 

「いる……よく分からないが、深海棲艦だ」

 

「監禁しているのか?何故だ?」

 

 中佐も訝しげに聞いたが、俺は構わず覗いた。暗視ゴーグル越しに中を素早く確認する。人影は3つだ

 

「……!こいつら!」

 

「知っているのか?」

 

「親父が言っていた。行方不明になっていた深海棲艦のボスだと」

 

「な!?」

 

 中佐も軍曹も絶句した。まさか、浦田重工業はボスを閉じ込めているとは思わなかったらしい。俺は中にいる深海棲艦をよく観察した。未来の俺が、疑問に思っていた事。何故、鬼や姫が現れなかったのか?その答えを見つけた。奴等は、深海棲艦のボスを捕らえていた。俺達の存在に気づいたのか、1人の人影がこちらに近づいて来た。その人影に圧倒した。目は赤く、手も人の手ではない。大きな鉤爪みたいだ。

 

「お前は?」

 

「何……シニ……来タノ?付ケテイル物ハ何?」

 

喋った!こいつの喋れるのか?しかし、今はどうでもいい

 

「時雨は何処だ?捕らえられた艦娘は何処にいる!」

 

「艦娘……ソウ……アノ少女ガ……」

 

 深海棲艦の姫が、奥の方へ目をやった。俺はゴーグルで姫が送った目線を追った。1つの人影は、知っている!忘れもしない!

 

「居た!この中だ!」

 

俺は叫ぶと取っ手に手をかけたが、当然鍵は閉まっている

 

「下がっていろ!」

 

工作員は俺を押し退けると、扉に爆弾を仕掛けた

 

「爆発するぞ!耳と目を塞げ!」

 

 俺は言われた通りに耳を塞ぎ、ゴーグルをしまうと目を閉じた。爆弾は爆発し、鉄製の扉が破壊される音が塞いでいても鼓膜が破れるのではないか、と思うほどの破壊音が聞こえた

 

 爆発が収まり、俺は陸軍の将校達を振り解いて駆け寄った。深海棲艦を無視して蹲っている人影に向かった

 

「時雨……助けに来た」

 

 しかし、返事がない。ゴーグルを外してライトを照らした俺は絶句した。光に照らし出した時雨は以前の体ではなかった

 

 痩せこけた体。ボサボサの髪。 右腕は潰れ。おかしな方向を向いた左足。着ていた服は見る影もなく、血と泥ドロドロに汚れていた

 

 治療されていない生傷が、破れた制服のいたるところから覗いている。目は死んでいる

 

「酷い……でも、無事で良かった」

 

俺は泣きそうになった。こんな仕打ちをした奴等を許せない。しかし、時雨が生きている!俺の……俺の先祖のせいで……

 

「この少女が……艦娘なのか?」

 

陸軍将校の声が聞こえたが、信じられないような声をしている。俺は返事はしない。時雨を連れて帰らないと

 

「時雨……おい、聞こえているか?」

 

声をかけるが返事はない。生きているはず

 

「おい……時雨、返事してくれ!」

 

反応はない。頼む!返事してくれ!俺は肩をつかんで時雨を揺さぶった

 

 

 

 時雨は、考えるのを止めていた。自分が何者かなんてどうでもいい。ただ1つ言えることは、自分は与えられた任務に失敗した。自分が建造されてから、戦争を経験し、仲間を大勢失い……

 

 歴史を改変する任務も浦田重工業と戦艦ル級改flagshipに見破られ、自分はボロボロだ。そして自分達は、とある一族の野望のために創られた存在であると言われて……

 

 僕は何を信じていいのか分からない。信じていたものが崩れ去ろうとしている。しかし、提督を怨もうとする気持ちは少しも沸かなかった。なぜなら、相手を批判しても何も変わらない。未来でも不平不満があろうが、何も変わらない。ただ、せめて仲間に会いたい

 

「扶桑……山城……みんな……ゴメン」

 

 自分ももうすぐそちらに行くだろう。仲間に会いたい……未来の提督の記録の最後に謝罪のような日記を書き記していた。世の中よりも、仲間を心配していた。提督の気持ちが分かったような気がした。戦争に負け、仲間が次々とやられる姿に耐えられなかったからだ

 

「時雨……聞こえるか?」

 

 遠くで提督の声がする。視界がボヤけているためよく見えない。人影が近くにいる

 

 ……そうか。これは夢だ。提督が助けに来るわけがない。僕は提督の先祖の野望のために創られた存在だ。そんなわけ……

 

不意に身体を揺さぶられ、つぶれた右腕が動いたため、激痛が走る

 

「痛い!」

 

 うめき声をあげ、自分を揺さぶった相手を再び見る。視界がはっきりしてようやく相手の姿を確認した。ライトの明かりで相手の顔を見た

 

「提督、何で?」

 

 そんなはずはない。自分を助けに来るわけがない。提督が来るわけがない!嘘だ!こんなのは嘘に決まっている!

 

「どうして……?」

 

「助けに来た。帰るぞ」

 

「僕は……君の……先祖の……」

 

「関係ない!」

 

 提督はピシャリと言った。提督がどこで知っていたのか?それとも、戦艦ル級改flagshipと同じように吹き込まれたのか?しかし、そんなことはどうでもいい。この人も……

 

「いいか!先祖に何があったかは知らん!ただ、これだけは言える!お前を助けるために来た!それだけだ!」

 

 それを聞いて大粒の涙がぼろぼろと零れ落ち続ける。頭では否定したが、心のどこかで分かっていた。提督はそんな人ではないと。信頼した後に裏切るのであれば、未来でも気づくはずだ。提督は裏切らない

 

「ごめん。本当は……提督に失望していたんだ。僕は……僕達と一緒に過ごして来たものは嘘だったんだって。艦娘を建造したのも実は、守るためではないと」

 

「違う。俺は世界を支配しようと企むバカではない。浦田社長と一緒にするな」

 

「僕は……この世界に生きてちゃ……いけないんかな?それなら海に沈もうと思う。それ以上生きていても仕方ないから」

 

「ふざけるな!自殺は許さんぞ!」

 

 提督に怒鳴られたが、時雨にとっては、どうでも良かった。提督は自分が知っている提督だった。彼は悪人ではない

 

「提と……」

 

 部屋の中の様子は分からない。だが、一緒に閉じ込められた深海棲艦の姫以外に人影が3つある。よく見ると、時雨も知らない人物……

 

「提督……どうやってここに?」

 

「あ、ああ。陸軍に助けられた。だから――」

 

 しかし、時雨は最後まで聞かなかったら、提督の身に危険を感じた。これは罠だ!提督は罠に嵌められている!洗脳されたか?それとも浦田重工業か戦艦ル級改flagshipの巧妙な罠か?

 

 大破してるにも拘わらず、咄嗟に艤装の兵装を構える時雨。自分がどうなってもいい!ただ、提督だけは死なせてはならない!自分達を信じる唯一の人物が死なれてはいけない!

 

「提督、その人達は誰!?」

 

「この人は――」

 

「ダメ!提督、そいつから離れて!僕が守る!僕が――」

 

「落ち着け!」

 

 提督を深海棲艦の姫だけでなく、陸軍軍人から少しでも離れるよう提督の肩を掴む時雨。力は残念ながら入らないが、それでも時雨は提督を引き寄せようとする。自分の身体はボロボロだが、自分よりも提督の方が優先だった。これ以上、騙されてはいけない!

 

「時雨!今は脱出する事だけを考えろ!」

 

「そんな奴等を信じては駄目だ!嘘に決まってる!僕達を酷い目に合わせるつもりだ!僕を標的艦にして沈めようとしている!」

 

 押し問答してる場合ではないが、身の安全が大事だ!そうしている内に、1人の者がこちらに語りかけてきた

 

「時雨と言ったな……大丈夫だ。敵ではない」

 

「来ないで!僕は騙されない!僕達は提督以外、信じない!」

 

「分かった……軍曹、銃を置け」

 

 軍曹は隣の男だろうか?軍曹は信じられない目でこちらに語った男を凝視し、もう1人も困惑していた

 

「ちょっと待って下さい!」

 

「良いんだ。軍曹、これは命令だ」

 

 当然だ。ここには弱っているとは言え、深海棲艦がいる。奪われたら終わりだ。しかし、その者は拳銃と日本刀を置くと、二人を促した。軍曹ともう1人も渋々と同じように武器を床に置く。深海棲艦はその隙に武器を奪うだろうと思われたが、不思議と行動に出ない。弱っているのか、それともどう判断していいのか?

 

 その者は両手を上げるとこちらに近づいて来る。時雨は警戒した。言葉を探している内に、その者が時雨に言ってきた

 

「私は、特殊部隊である502部隊を率いる陸軍将校だ。訳あって名前は非公式。階級は中佐だ」

 

「それだけで僕が信じるとでも!どうやって提督を洗脳させた!?」

 

「おい、それは無いだろう!」

 

 軍曹は強い口調で詰め寄ったが、中佐は手で制した。この男は、挑発しても激昂しない。何者なんだ!?

 

「私の部隊は、ある任務についている。浦田重工業の陰謀を暴く事。しかし、浦田重工業の力は強大だ。仲間は浦田重工業に同調している。今では友軍ですら、疑う羽目だ」

 

「何でさっさと破壊しなかったんだ!爆撃するなりして!僕達艦娘が酷い目に合わずに済んだのに!」

 

「浦田重工業は、巧妙な手で政治家や軍部を掌握している。危機感を持った依頼人は、私に任務を与えたが、既に遅かった」

 

しかし中佐はそこまで言うと、言葉を切った

 

「何があったかは知らない。同情はする。ただ、全員疑うのは止めてくれないか」

 

「そんなの出来ない!僕をどうするつもり!?」

 

 時雨は涙を流しながら、武器を構えた。弾無いが、相手はそれを知らないはず……

 

「それ以上、近づくと撃つ!提督から離れて!」

 

「武器を降ろせ!時雨、大丈夫だ!俺は正常だ!」

 

 提督はやめさせるよう言われたが、時雨は無視した。もう、何も信じない!提督だけは何とか守らないと。しかし、提督は言う事を聞いてくれない。何で分からないんだ!

 

しかし、武器を向けられても将校は動揺すらしなかった

 

「確かに私達の責任かも知れない。しかし、少しは頭を冷やして欲しい。気になっていたんだが、艦娘はいつもどうやって過ごしているんだ?人との付き合いはした事はないのか?軍人は普通の人と変わらない。私はこう見えても、休みの日にはリフレッシュするぞ」

 

 ニヤリと笑う中佐だが、時雨は気がついた。陸軍将校の……彼の声に聞き覚えがあった。……何処だろう。知り合ってもいないはず……

 

「時雨と言ったな。海を渡れるって本当なのか?海にはまだ魚はいるか?」

 

「知ら……ない……」

 

やり取りも知っている……。何処だろう?

 

「そうか。私の趣味は釣りだった。深海棲艦が出現する前の話だが。君に分かるかな?ボートを漕いでキジハタが釣れる釣りの醍醐味は?」

 

「!!」

 

 時雨は口をあんぐりと開け目を見開いて中佐をマジマジと見た。あまりの驚きに構えた武器も下ろした

 

 僕はこの人を知っている!未来でゲリラから僕達を守ってくれた陸軍将校と隊長である軍曹だ!全く気がつかなかった。そう言えば、よく見ると面影がある。提督と知り合ったとされる陸軍の部隊。こんな事があり得るのか?

 

「釣りはいいぞ。時雨も機会があれば是非、釣りをやって見たまえ」

 

「中佐、釣り自慢はそこまでにしませんか?後、時雨の様子がおかしいのですが」

 

 軍曹は呆れるように言ったが、中佐は気にしない。多分、説得が通ったと思ったらしい

 

「時雨、どうした?」

 

「……後で話すよ」

 

 提督も不審がったが、今はいい。この人なら信用出来る!未来で僕達と共に過ごした!だから、知っている!

 

「よし、ここから出よう。その足では、歩けないな」

 

「どうするの?」

 

 提督は何をするのだろうか?次の瞬間、時雨の身体は浮いた。提督の顔が近いのに気づくと、自分はお姫様抱っこされている

 

「ここから出よう。今はそれだけを考えるんだ」

 

「分かった」

 

 時雨は微かに頷いた。普通ならお姫様抱っこされるのは恥ずかしいだろう。今は違う。提督の手は暖かかった。このまま、ずっとしてほしいと感じられた

 

「行きましょう」

 

「ああ、ところで、こいつらは?」

 

 時雨が警戒心を持たない事を確認した後に、武器を拾った陸軍将校は深海棲艦の姫に指を指しながら提督に聞いてきた。不思議と深海棲艦の姫は、攻撃どころか、武器すら奪わなかった。チャンスはあったはず……

 

「連れていきましょう」

 

「おい!正気か!」

 

「捕虜として扱えばいいだけです。こいつらに聞きたい事は山のようにありますから」

 

 軍曹は呆れたが、深海棲艦の姫達を置いていっても仕方ない

 

提督は港湾棲姫に向き合うと、提案した

 

「色々とあったかも知れない。安全な所まで逃げるのに手を貸してくれ」

 

「……人間ノ命令ハ聞カナイ」

 

「プライドは捨てろ。お前が可哀想だから助けるのではない。それとも仲良く、浦田重工業の繁栄のためにここで死ぬのか?」

 

 提督と港湾棲姫は睨み合った事に、時雨は舌を巻いた。提督や陸軍将校などは普通の人間だ。そもそも腕力も耐久力も違う。それに加えて、深海棲艦のボスだ

 

双方の間でにらみ合いが発生したが、数秒たった後、港湾棲姫は目を閉じ頷いた

 

「分カッタ。……但シ、人間ノ為デハ無イ。北方棲姫ノ為」

 

 港湾棲姫の後ろに隠れている北方棲姫に目をやりながら答えた。幼い姿が姫級であることに一同は驚いたようだが、港湾棲姫の確認が取れると、すぐに行動を移した

 

「よし、ここを出るぞ」

 

 陸軍将校の合図に一同は、暗い廊下を走り、地上へ目指す。港湾棲姫は北方棲姫を赤ん坊のように抱えると、一同の後についていった。走れるが、負傷しているため、不自然な走り方だった。警備員が現れて攻撃して来ないのを見ると、ここの刑務所は制圧した

 

「ブルー1から全軍へ。お姫様は無事だ!おまけ付きもいる!」

 

『ブルー2、了解!早く来て下さい!浦田重工業に感づかれたようです!』

 

 ここからの逃走は容易ではないだろう。しかし、無線のやり取りを聞いて時雨は緊張が途切れた

 

「提督……ありがとう。僕は……見捨てられたかと」

 

「見捨てるものか。それに、お前が何者だろうと関係ない」

 

「浦田社長も戦艦ル級も僕を憎んでいた。帝国海軍の生まれ変わりだからって」

 

「新たな人種差別の持ち主だ。気にするな。奴らはそれが生きがいなんだ。そんな人間はどんなに説得しようが、心変わりしない」

 

 そう言えば、未来の提督も同じことを言わなかったっけ?僕達を罵る奴らなんかほっとけと。一々、気にしていたも心が病むだけだと

 

 人間は多様なものだ。こちらを迫害する者もいれば、救う者もいる。なぜ、それに気づかなかったのだろう、と。どんな人間かを見抜く能力があればいいのだが。ただ、確かな事は一つだけある。提督は、自分達を見下したりはしない人間だ

 




ついに時雨と提督が再開
そして、陸軍の部隊の正体もちゃっかりと出ています
本作品で登場している502部隊……未来で艦娘と提督を護衛していた陸軍の部隊です。釣り云々のやり取りは4話にあります。勿論、本人達は覚えていません

余談ですが、私は釣りをやった事があります。小さな魚しか釣れませんでしたが


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 空からの追っ手

 時雨と訳あって港湾棲姫と北方棲姫まで助け出した一同は、特別区画の廊下を駆けた後、階段を上り地上へ出た

 

 時雨は外の空気を感じた。今は冬なので、肌に冷たい空気が傷口に染みた。寒さよりも傷口の痛さに時雨は、提督の腕を掴んだ。これは夢ではない。提督は現れて、助けに来てくれた

 

 先程まで戦闘が起こったとは思えないほど外は静まり返り、陸軍兵士が辺りを警戒している。真っ暗だが星は輝いており、ある程度は見える。正門を抜けると、数台の軍用車両と兵士達が待機していた

 

その集団の中に彼はいた。バケツを持った博士と整備道具を持った妖精が待機して

 

「早く時雨を!」

 

「……!なんて事だ」

 

 博士も時雨の酷さに息を呑んだ。浦田重工業の連中が拷問するとは思わないだろう。いや、監禁されたことから手荒な真似はするだろうと予測できたのだが、ここまでやるとは思わなかったらしい

 

「下ろしてくれ。高速修復材を被せる」

 

 時雨は自分の身体が地面に降ろされたのを感じた。ひんやりとした地面が背中につけられた傷口を圧迫し、時雨は呻いた。

 

「うう……」

 

「安心しろ。これで完治できる」

 

 時雨は自分が液体に被せられるのを感じると同時に身体中に蝕んでいた痛みが引くのが分かった。何も感じなかった右腕と左足の感覚が戻ってくる。時雨は自分にかけられている液体が何なのかは分かっていた。高速修復剤だ

 

「……っ」

 

 痛みが完全になくなった事を確認した時雨は起き上がって立った。戦艦ル改flagshipにあれだけ痛めつけられた身体は、何事もなかったかのように元に戻っていた。服も艤装もだ。戦艦ル改flagshipに踏みつけられ潰れた右腕も折られた左足も元に戻り動く。恐る恐る立ち上がって体重を掛けたが、左足は何事もなかったかのように支えてくれる。右腕も動かしたが、何事もなかったかのように動いている

 

「大丈夫か?」

 

「うん。博士……聞いていい?『超人計画』は本当なの?」

 

時雨の質問に提督の父親は、苦虫を噛み砕いたような顔をした

 

「すまない……。ワシは……」

 

「親父、色々と事情があるかもしれないが、後にしてくれ」

 

 時雨は色々と質問したかった。父親は悪人ではないかも知れない。事情があるかもしれないが、真実を知りたかった

 

「分かっている。知らなかったは通用しないのは分かる。後で話そう。時雨、まずはここを逃げ出さないとな」

 

「うん。そうだね」

 

 時雨は頷いた。誰を信じていいのかは分からない。ただ提督は僕を心配してくれた。それだけで十分だった。疑問は後から聞けばいい

 

「親父、頼みがあるんだが?」

 

「何だ?」

 

「信頼を得るには行動しないとな。ちょっとした問題があった」

 

 父親は頷いた。艦娘である時雨に不信感を抱かせてしまった。もう過ぎた事を問い詰めても仕方ない。彼はそれは分かっているようだ

 

「何だね?」

 

「お姫さんを頼む」

 

「姫って……な!?」

 

 提督が指を指し父親は目線を追ったが、その姿に驚愕した。負傷しているのだろう。港湾棲姫が足を引きずりながらこちらに向かっている。北方棲姫を抱えながら。予想外の事に陸軍兵士達は混乱し悲鳴を上げながら銃を構える。中にはロケット砲や重機関銃まで構える兵士までいる

 

「待て!撃つんじゃない!捕虜だ!」

 

「ほ……捕虜って」

 

「大丈夫だ!攻撃する気なら私はとっくに死んでいる!」

 

 陸軍将校の命令で兵士達は戸惑いながら武器を降ろす。命令を無視して構える兵士が数人いたが、軍曹の厳しい口調でようやく全員武器を降ろす。親父は信じられない顔で提督に聞く

 

「あれは行方不明になっていた姫級じゃないか!?何処におった!?」

 

「捕らえられていた。一緒の牢屋にいたから」

 

 提督が応える前に時雨は先に答えた。時間が無いため、簡潔明瞭に陸軍将校達にも説明した

 

「つまり、深海棲艦を操るにはボスである姫級を捕らえたって事か!なんというずる賢い連中じゃ!」

 

「そうなのか……?浦田重工業の奴は姫級まで操れていないなんて……。と言うより、深海棲艦なら簡単に突破出来るはずだが?」

 

「ソレハ違ウ。私ノ部下達ハ……指揮権ハアイツニヨッテ奪ワレタ。アンナ奴等ニ操ラレルホド馬鹿デハナイ。奴ラハ私達ニ薬カ何カデ弱ラセタ」

 

 博士の驚愕に軍曹が困惑したが、港湾棲姫は否定した。恐らく、浦田重工業は指揮権強奪の為に姫級を監禁したらしい。捕まっていたにも拘わらず、弱気すら見せない港湾棲姫。北方棲姫を抱えている事から母子の関係のようにも見えてしまう

 

 しかし、ここで疑問が出て来る。浦田重工業はどうやって港湾棲姫を倒したのか?だが、この疑問も後回しだ

 

「親父、あの姫達を頼むぞ」

 

「いや、ちょ……!待ってくれ!」

 

「大丈夫だ。8代目のように優しく扱えばいいだけだ」

 

「ワシは先祖のようにはやっておらん!研究はしてたが、艦娘計画に必要な――」

 

 しかし、博士は文句を言うのを止めた。皆の目が集まっていたからだ。議論よりも早く逃げる準備しろ、という空気が漂っていた。刑務所に残っていた兵士は全員引き上げており、撤収準備をしている。グズグズしていたら浦田警備員の増援が来るかも知れない

 

「大丈夫だよ。捕まっている間、僕を気遣ってくれた」

 

「はぁ……。仕方ない。これも運命か」

 

 時雨もフォローしたため、博士は折れた。トラックや兵員輸送車などの軍用車両に乗った。時雨は提督が乗っているバイクにまたがった

 

「悲鳴あげるなよ」

 

「大丈夫……もう離れたくない」

 

 懐かしかった。バイクが発進しても、時雨は提督の身体をぴったりとくっつけて悲鳴もあげずにいた

 

 

 

 浦田重工業の本社ビルのある区画は大騒ぎだった。所謂、司令塔であり会社が保有している施設を24 時間モニターしているが、その2つの施設に異常が発生した。それは民間刑務所と変電所である。誤作動かと思ったが違う。しかも、通信が取れない。やっと、警備長が連絡がきたが、内容が信じられないものだった。何と陸軍が攻めてきたというのだ。変電所をやられたため、刑務所のある一帯は停電である。刑務所では死傷者多数、増援求むという連絡までしているという。この異常事態は直ちに浦田社長に通報した。数分後、浦田社長が不機嫌な顔をしながら司令塔へやって来た

 

「状況は!?」

 

「わが社が保有している民間刑務所と変電所に襲撃が発生!そこを守っていた看守及び警備員は壊滅しました」

 

「壊滅だと!」

 

部下の報告に浦田社長は叫んだ。あの陸軍ごときでやられたのか!?

 

「他に情報は!」

 

「報告によると、襲った陸軍は502部隊のようです。彼等は囚人には目をくれず、特別区画の牢屋から姫級二人と艦娘を強奪しました」

 

「なんだと!」

 

「それだけではありません。例の親子を監禁していた警備長からの定時連絡が一時間前から途切れました。通信不良と思ったのですが、機器に異常は発見されませんでしたので――」

 

「全部502部隊の仕業か!」

 

浦田社長は近くの椅子を蹴飛ばし、椅子は壊れはしなかったものの床に倒れた

 

 502部隊の工作員に侵入された浦田社長は、直ちに報復として基地を襲ったが、誰もいなかった。隠れているどころか、小癪な手で反撃して来た。しかも報告によると、502部隊は何と自動小銃どころかロケット砲まで持ってるという。何処で手に入れたのか?

 

……まさか、兵器をコピーされた?確かに銃のコピーは難しくないが、それなりの知識や技術は必要だ

 

「戦艦ル改flagshipはどうした?刑務所にいたはずだ!」

 

「入れ違いです。現在、現場に急行してますが、時間がかかります!」

 

これも計算したのか!戦艦ル改flagshipの正体に気付いたのか?

 

 実は刑務所で戦艦ル改flagshipと遭遇しなかったのは、偶然である。流石の502部隊も戦艦ル改flagshipを把握していなかった。あくまで偶然。陸軍や提督にとっては幸運。浦田重工業は不運だった

 

冷静を取り戻した浦田社長は、指示を出した

 

「過ぎた事は仕方ない!だが、この代償は払ってもらう!……格納庫Aにある奴を発進させろ!」

 

 浦田社長の命令に副社長どころか部下も一人残らず顔を見合わせた。あの格納庫の中にある兵器を使うのか?

 

「……よろしいのですか?」

 

「構わん!私が許可する!さっさとパイロットを叩き起こして来い!」

 

 部下の1人は恐れながら聞いて来たが、帰って来た返事は実施せよとの事だ。部下の一人は急いで部屋を出たのを合図に辺りは騒々しくなった。追撃するための準備にかかったのだ

 

「警備隊長!部隊を編成して出撃しろ!奴等を全滅させるのだ!姫級と時雨と狂人の息子は必ず捕らえろ!他の者は死んでも構わん!」

 

命令を受けた警備隊長は、他の者と違いニヤリと笑い敬礼した

 

「分かりました。ですが、報告によると502部隊が持つ武器は、普段の陸軍とは違うようです。格納庫Dの兵器類を使ってよろしいのですか?」

 

「構わん!許可する!武器弾薬をありったけかき集めて攻撃しろ!」

 

「分かりました」

 

警備隊長は意気揚々としながら部隊を編成するため外へ行き、他の者は502追跡の為に動いていた

 

 

 

 本社ビルから離れた場所に秘密の飛行場があった。そこは新型の航空機をテストする場所である。しかし、格納庫のいくつかは人の目に触れないようにいつも閉じていた。警備も厳重で資格を持った人でないと入れない。その格納庫が深夜にも拘わらず音を立てて開いた。格納庫に入っていたのは、ある航空機だった。しかし、この航空機はこの時代には存在してはいないものだった。エンジンがかかり、プロペラが回り出すと滑走路に進み出た。偶然通りかかった一般の人達は、爆音を聞いて夜空を見上げた。ある2機の飛行機が滑走路から飛び上がった。夜中に上がるのは珍しい。しかも……

 

「なあ、あの飛行機。形がおかしくなかった?しかも、プロペラが後ろに付いてたぜ?」

 

「飲み過ぎて目がおかしくなったのか?どうせ、浦田重工業の新型のテストだろうよ」

 

 生憎、その人達は酒に酔っ払った者だったので気にはしなかった。その後も別の格納庫から異形の形をした兵器が現れたが、これは誰も目撃者はいなかった

 

 

 

 502部隊の数台の車両はある地点に向かっていた。人目から離れた場所としか言われていない。現在は国道を走っている。提督と時雨が乗っているバイクは、車列に付き添うように走っている

 

「あいつの話と博士が伝わった話とは違うんだね」

 

「ああ、お前を人間不信にするのが目的だったが……くそ、嫌な情報だ」

 

 バイクに乗っている間、二人は互いに情報を出しあって整理していた。感動の再会やメンタルケアは、後回しだ

 

「未完成の建造ユニットは奪われてしまった。完成してしまったら、浦田社長は直ぐに使用するだろう。建造された艦娘が犠牲になってしまう」

 

「今すぐ奪回か破壊しないと」

 

「いや、今はそれを実施できる力は無い。出来る事は安全な所へ行く事だけだ」

 

 未来のノートや記録は無事だったが、建造ユニットは奪われてしまった。未完成であるため、建造は出来ないだろう。しかし、浦田重工業の力があれば完成させるはずだ。それだけは阻止したかったが、それを実行出来る力は無かった

 

「時雨……俺を恨んでいないか?」

 

「……聞かされた時は……でも、その前に真実が知りたかった」

 

 時雨は歯を食い縛った。身体は治ったものの、精神は完全には立ち直っていない。また、拷問された事への恐怖と怒りが納まらない。あの時は、本気で死を覚悟した。しかし、提督の殺害を聞かされた時は、目の前が真っ暗になった

 

「提督を殺すと知らされた時は……僕は生きる事を諦めた。任務も世界もどうでもいいと」

 

「……」

 

「僕は気づいたんだ。完全な人間なんていないって。完璧な艦娘はいないのも。新型兵器がタイムマシンと聞かされた時だって……僕は……何のために戦っているのか分からない。だって……僕は皆と一緒に楽しく暮らしたい。ただ、それだけなのに。……皆は僕達艦娘を毛嫌っている」

 

 枯れた涙だと思っていたが、涙腺から涙が出た。未来で多くの艦娘が犠牲となった。もう記憶が薄れている。名前は思い出すものの、顔はベールでもかかったかのように思い出せない。タイムスリップする際、最低限の荷物しか持っていっていないため写真も持っていない

 

「もう……戦いたくない。失うのは嫌だ」

 

「……」

 

 提督は何も言わない。どう判断していいのか分からないのだろう。暫く、両者の間で沈黙が続いたが、提督が言葉を切った

 

「時雨……俺は親父の艦娘計画を聞いて馬鹿げたアイデアかと思った。何故か分かるか?」

 

「分からない」

 

「それは女の子が深海棲艦を倒すという計画なんて信じられなかったからだ。冗談かと思ったが」

 

提督アクセルをふかしながら話す

 

「お前の力にも驚いたが……お前の思考能力にも驚いたんだ。見た目が本当に女の子だったから」

 

時雨は何も言わない。そうだ。僕は軍艦ではない。無機物のような兵器ではない

 

「親父は正しかったというより、お前の身体に気をかけた。試験の際、駆逐イ級をたくさん倒しても何とも思わないお前に驚いた。なぜなら、俺は軍人になる事を目指すために軍事関連をたくさん勉強はしたから。……戦場ではパニックになる人もいる」

 

 所謂、シェルショックである。命のやり取りが強い戦場においてパニックを起こす兵士は必ずと言っていいほど出る。勿論、その前に兵士に何かしらメンタルケアをしなければならない。酷いときには退役するのだが、日常生活に戻った兵士の中には、未だに立ち直れない人もいるという。麻薬などに手を染める者や犯罪を侵す者もいる

 

「しかし、お前は違う。見た目は幼い少女なのに、戦ったあとも普通に振る舞う。だから、見守りたかった。お前が壊れないかを気にしていた。……君の仲間の事は気の毒だった」

 

「……」

 

「恐らく、未来の俺もそうだっただろう。駒としてでなく、家族として、そして一緒に戦う仲間として見守っていた。『超人計画』の事を知ったとしても、未来の俺はどうでもいいと思っていただろう」

 

 提督の話によると未来のノートでは、『艦娘計画』が成功しても、大本営に艦娘を引き渡さなかった。米国の対国家戦を想定とした新たな艦娘研究も亡命も断ったとの事だ。

 

「時雨……俺も隠して居たことがある。未来において深海棲艦が使っていた最新鋭兵器の正体。あれはお前が『艦だった頃の世界』の未来に開発された兵器だ」

 

「え?」

 

 時雨は間抜けた声を出した。浦田社長に見せられた映像や棚にあった模型の兵器に見覚えがある兵器が度々登場していたが……

 

「アイオワが教えてくれた。但し、未来の俺は仲間割れを防ぐため、あえて教えてくれなかった。ノートにアイオワの手紙が挟まっていた。コッソリとな」

 

「……!」

 

「どうした?許さないのか?」

 

 時雨は僅かながら怒りが沸いた。未来の提督は、既に敵の兵器の正体も分かっていたのに教えてくれなかった!しかし……

 

「大丈夫だよ。指揮官である提督の判断なんだよね、それ。アイオワの技術が無ければ僕達全員、沈んでいた」

 

「ありがとう。……話を戻そう。観艦式でイージス艦を見たのを覚えているか?あのイージス艦も立派な未来兵器だ。しかし、アイオワの話では歪な形をしているという。しかも、コピーした可能性が高いとの事だ。浦田社長は、何かしらの手段で未来兵器を持ってきた可能性が高い」

 

 提督が言うには、未来の戦争において最新鋭兵器は、ほぼ未来の米海軍をモデルにしいるという。アイオワが確認したとの事だ。しかし、反艦娘団体が使われていた武器は何とロシア製の武器が使われていたという。AK47やRPG-7などと呼ばれる武器を使っていた事によるとロシア製の兵器を渡していたらしい

 

「502部隊はRPG-7と呼ばれる兵器をコピーして使っていた。陸軍将校は浦田製だと思っているが、違う。アイオワが残してくれた手紙に書かれてあった」

 

「そんな……僕達は未来の兵器と戦ったって事!?」

 

 時雨は驚いた。確かに『艦だった頃の世界』では、米海軍は兵器開発は凄まじいものだった。レーダーは備えるし、こっちは未だに零戦だったが、相手は既に新型艦載機を登場させていた

 

 しかし、この世界の未来の戦争は、時雨が経験した戦争は次元が違っていた。そもそも、生き物のように狙う兵器なんて『艦だった頃の世界』でも聞いたことがない

 

「浦田社長の野望はともかく、何か聞かかなったか?どうやって、手に入れたのかは話さなかったか?やつらは、何か不自然な発言をしていなかったか?」

 

 この命令は酷であった。何しろ浦田重工業によって酷い目に合わされたことを思い出さなければならなかった。だが、時雨は拒否しなかった

 

(僕が何とかしないと……)

 

 散って行った仲間も同じ目にあった。自分達の姉妹艦である五月雨も同じく捕らえられミサイルの標的艦にされた。だが、敵に撮られた時の最期は笑って別れを告げた。現在、戦える艦娘は僕だけだ。提督は無事だ。僕は高速修復剤で回復した。ここでくじけば誰がやる!

 

 時雨は必死に思い出した。浦田社長が自分に罵られた言葉、仲間の仇すら取れず戦艦ル改flagshipに力負けした屈辱、牢屋に閉じ込められ補給どころか食事すら与えられなかった日、戦艦ル改flagshipによって暴力が振るわれ身も心もボロボロにされる毎日……

 

張り裂けそうな言葉を必死に思い出す中、ある言葉だけ引っかかった。あの時の……

 

「……!そう言えば……」

 

 提督に伝えようとしたその時、前方に走っていた車両が大爆発を起こした。突然の爆風で提督は、バイクを横滑りしながら停止させた。急ブレーキすれば、バランスが崩れるためだ。後続の車両も突然の出来事に急停止したが、数台は玉突き事故を起こした

 

「攻撃だ!」

 

「何処からだ!?」

 

 隊長は辺りを見渡すが、敵はいない。今は月も星も出ているため、ある程度は見える。しかし、敵が見当たらない

 

 そんな中に、港湾棲姫は車両から急いで出てくると車両の後ろに向かって全速力で走る。そして、何処から持ってきたのか、歯をむき出しにした大きな口がついた白っぽい球形を召喚したのだ。その白い物体は、上空に浮上した

 

 何をしているのか分からなかったが、その時、白い物体は大爆発を起こした。爆風で全員が怯んだ。何が起こっているのか、分からない

 

しかし、爆発音とは別に、航空機であろう爆音が上空を通りすぎるのが聞こえた

 

「あれは!」

 

時雨は見た。上空に奇妙な航空機が通りすぎるのを

 

一瞬とはいえ、炎にの光に照らされた航空機を見て、全員気づいた

 

浦田重工業の刺客だ!

 

「負傷者を収容しろ!早く!」

 

「夜中に飛ぶのか?あり得ない!」

 

「あそこだ!見えるか!」

 

 夜目がいい兵士が居たのだろう。提督は暗視ゴーグルを再びかけると、夜空を見上げた。確かに上空に見慣れない航空機が2機飛んでいる。旋回してこちらに向かってきている

 

「攻撃してくる!早く移動しないと!」

 

「そんな……僕には見えない」

 

 時雨は艤装を構えたが、敵が何処にいるか見えない。そもそも、真夜中に空襲があるなんて思っても見なかった。未来でも夜の空襲はあったが、それはアイオワのF100が対応してくれたからだ。夜戦の空襲は自分達に不利だ。夜戦好きな川内さんでも無理だろう

 

そんな中、港湾棲姫が博士と押し問答していた。何をしているのか?

 

「資源寄越せって何を言っている!」

 

「浮遊要塞ヲマタ造リ出ス!死ニタイノカ?」

 

 時雨と提督は、バイクを降りると駆け寄った。敵が迫って来るなか、この喧嘩は自殺行為だ

 

「親父、何があった!」

 

「資源を渡せって言ってきおった。何の為にするか知らんが」

 

「違う!あれは浦田重工業の戦闘機だ!早くしないとミサイル攻撃を食らうぞ!」

 

 時雨は提督が空に指差した方向へ向けると2機の機影が確認出来る。しかも、何かを発射し、こちらに向けて突進してくる。

 

時雨は恐怖した。あの攻撃は知っている!

 

「ミサイル!提督、危ない!」

 

散々見馴れた事もあって提督を守るように躍り出る

 

「クッ!貰ウゾ!」

 

 港湾棲姫は鋼材が入った箱を奪って口にすると、今度は3つの浮遊要塞を召喚した。浮遊要塞は港湾棲姫を守るように戦闘機から発射されたミサイルに躍り出た。ミサイルは浮遊要塞に命中し、空に巨大な火の玉が出現した。提督は暗視ゴーグルを外していたが、目はしっかりと上空を見上げていた。時雨も見た。ミサイル攻撃してきた機体の姿を。炎の光で機体の姿を目撃した陸軍兵士の反応は様々だった

 

「何だ、あの飛行機は――飛行機か、あれは?」

 

「知らねぇよ!新型の飛行機だろうよ!」

 

「プロペラが機体の後ろに付いていたぞ!」

 

「画期的な飛行機だろうよ!」

 

「飛行機なのに人が乗っていなかったぞ!どうやって、飛んでいるんだ?」

 

「知らねぇよ!というか俺に聞くな!俺だってあんなの見るのは初めてなんだ!」

 

 予想外の航空機の姿に襲われ兵士達も軽くパニックになっているのか言い争いをしている者たちもいる。

 

「何をしている?さっさと撃て!」

 

 中佐が叫ぶ。それよりも早く車両に搭載された重機関銃であるM2が火を吹いたが、未知の航空機を捕らえられない

 

「親父、時雨の対空兵器は?」

 

「あるにはあるが……しかし……」

 

 別荘から試作段階も含め、艦娘の兵装は全て持って来ているという。だが、提督はとんでもない事を告げた

 

「あの航空機を俺と時雨で引き付ける。親父は港湾棲姫を使って撃墜させるんだ」

 

「ちよ……ちょっと待て!」

 

「狙いは俺と時雨だ。若しくはそこの深海棲艦だろう。固まっていては狙い撃ちにされるだけだ」

 

 提督の提案は、二手に分かれてあの航空機を落とそうという事だ。博士と駆けつけた中佐は顔を見合わせたが、提督は無視して時雨と向き合った

 

「時雨。辛いだろうが、撃ち落とせるか?」

 

「……やらなきゃいけないんだね」

 

 時雨は思った。高速修復剤で自分は回復したものの、相当精神が参っていた。メンタルケアをしなければならないだろう

 

(やらないと僕どころか提督も死ぬ)

 

 しかし、敵は容赦なく襲ってくる。もう浦田社長と戦艦ル改flagshipは、時雨の正体を知っている。敵は休む暇も与えてくれない。幸い、あの航空機はジェット機ではない。こちらの弾が当たれば、撃墜出来るだろう。しかし、夜間で航空機を撃ち落とすなんてやった事がない

 

「出来る……出来るよ、提督!」

 

 強い意気込みを込めて答える時雨。そうだ、僕は観光のためにこの時代に来たのではない!

 

陸軍将校は二人の決意に負けたのか、地図を取り出し、ある場所へ指を指した

 

「ここから離れた所に街がある。そこの廃墟になった港へ合流しよう。奴等も街の中までは攻撃しまい」

 

「だと良いのですが」

 

 提督はあまり賛同しなかった。時雨も同様である。戦争において軍は基本、民間人を攻撃してはいけない。これが鉄則だが、これを頑なに守る軍隊は存在しない。しかも、浦田重工業は世界を攻撃しようと企んでいる。陸軍将校には、まだ知らされていないため、仕方のない事だった

 

(街の中でもミサイルを平気で攻撃するような気がする)

 

 提督は知らないが、『艦だった頃の世界』で戦争を経験した時雨は、この点には諦めがついていた

 

 近代戦は総力戦である。国土全てをかけて戦う。非戦闘員を逃してから戦うといった悠長な事はしていられない。サイパン戦もしかり、沖縄戦もそうである。ドイツもソ連も敵に踏みにじられ、多くの民間人が命を落とした。この世界でも同じだ

 

 それは兎も角、二手に分かれて航空機を撃ち落とす事に専念した。時雨と提督2人で。残りは陸軍将校組。港湾棲姫は普通の人と比べて大きいのと監視役も兼ねているので、時雨と提督まで人員が回せない。一緒に行動しろ、と軍曹が主張したが……

 

「お気遣い感謝します。しかし、この敵は厄介です。深海棲艦を利用して撃墜させるには、時間がかかります。空からの攻撃です。固まっていては危険です」

 

「しかし……」

 

 軍曹が何か言いかけた。命令とは言え、危険を犯して時雨達を救助した。死傷者も出ている。死んでいった仲間が浮かばれない。中佐は軍曹の考えに気付いたのか、説得した

 

「軍曹、ここは別れよう。我々は奴らを怒らせた。敵はあの兵器を使っている。固まっていては、狙い撃ちされる。不本意だが、ここは艦娘と捕まえた深海棲艦の力が必要だ。それに彼は馬力のあるバイクを持っているしな」

 

 港湾棲姫が言うには、薬か何かで弱体化しているらしい。しかし、海に出れば回復するという。艦娘とは天と地の差であるが、仕方ない。一同は頷き、素早く行動する。そんなに猶予は与えてくれない。負傷者を収容し出発するまで、博士から武器を貰った

 

「これが高射装置を内蔵した10cm高角砲。改造しておいた。そして13号対空電探と25mm三連装機銃。後は……ちょっと我慢してくれ」

 

 渡される兵装に時雨は舌を巻いた。高射装置を内蔵した10cm連装高角砲は秋月達が保有する兵器だ。まさか造ったのだろうか?それに、残りの二つは開発したのだろうか?質問しようとした時に、自分の艤装から音が聞こえる。溶接するような……

 

「え?」

 

時雨は驚いた。妖精が時雨の艤装に何かを付け加えていた。それも……

 

「これって?」

 

「補強増設だ。お前がいた未来でも可能だったが、資源不足で皆に行き渡っていなかったらしい。何、これくらいならワシでも造れる。最後にこれだ。基礎部品はあのギリーケースに巧妙に隠されていた。ビデオテープと共に。残された手紙には、これは未来では修理仕立てだったらしく、火力発電所の防衛戦に間に合わなかったものらしい。組み立てたが、ワシにはこれは造れん。本当にこれが最後だ」

 

 時雨は博士から渡された武器をまじまじと見た。これがギリーケースに隠されていた?しかも、これは……。未来の提督は、本当に僕たちを……

 

「お前達を作った理由は、何もワシの欲望のために創ったわけではない。確かに鼻を明かしたかったのもある」

 

 時雨は再度博士を見た。てっきり、弾除けのための囮か無茶な命令をされるかと思った。しかし、違う。そんな非情な事をする者ではないと

 

「深海棲艦が現れたその日。ワシはトラック島で親友を失い、多くの人の死を目の当たりした。悲劇を防ぐために研究を始めたのがきっかけだ。先祖がどう思ったか知らないが、ワシは一族の秘密や掟を全て背いた。『超人計画』というバカげた実験ではダメだ。だから――」

 

「僕達を作った」

 

 牢屋で戦艦ル改flagshipから聞かされた事実。初めは怒りと失望で自暴自棄になりかけていた。しかし、いざ対面すると暴言を吐く気は既に失せていた。提督達が助けてくれたこと。そして、この人のお蔭で僕達が生まれた事。腹黒いなら自分は見破っているはずだ。裏切っているならこんなものを隠しておかないはずだ

 

「すまない。『創造主』なのに未来で地獄を味わせて。頼みがある」

 

「何?」

 

時雨は分かっていた。博士が何を頼むかを

 

「……提督(息子)を頼む」

 

「分かっています。僕達の戦友で上官です。僕が守り抜きます」

 

 スリガオ海峡海戦で自分だけ生き残った艦。そして、この世界でタイムスリップするために犠牲になった者達。今度の戦いは本気で不味い。もう後がない

 

皆が忘れても、僕だけはずっと覚えていたつもり……その記憶も薄れてきている

 

だから……

 

「今度こそ、やり遂げて見せる!」

 

 25mm三連装機銃と例の物を取り付けながら自分に言い聞かせた。準備が出来る提督のバイクの後ろに乗り込んだ

 

「捕まっていろ!」

 

 バイクは急発進した。後ろで爆発音と銃の発砲音が聞こえるが、今はこっちの安全が優先だ

 

「提督……来た!」

 

 対空電探で接近しているのは分かるが、何しろ視界が不良だ。振り向いても辺りは、満点の星空と月しか見えない。視界さえクリアしていれば……

 

「これを付けろ!敵から奪った暗視ゴーグルだ。良く見える。但し、光増幅装置だ。強い光に注意しろ!」

 

 渡された暗視ゴーグルを付けたが、これには時雨は驚いた。昼間ほどではないが、暗闇でも良く見える。視野が狭いのが難点だが。緑かかった空から例の機体がこちらに向かって来る。時雨は捕まりながら、艤装に取り付けている25mm三連装機銃を操作した。25mm三連装機銃から火が吹いたが、例の機体は対空砲火に気がつくと高度を上げ旋回した。まるで、こちらを観察するかのように

 

 

 

(厄介な兵器を送り込んできたな)

 

 時雨がバイクの後ろで対空射撃している中、提督はアクセス一杯に吹かして全速力で目的地に向かっていた。速度も制限速度以上、出している。警察に捕まるよりあの兵器の攻撃を食らった方がヤバイ。攻撃を受けた際に暗視ゴーグル越しで例の航空機の姿形を見た提督は歯ぎしりした。深海棲艦を操るのも脅威だが、浦田重工業が送り込んだ兵器も厄介だ

 

(無人航空機(UAV)を送り込むなんて!しかも、米軍の未来兵器を使いやがって!MQ-1『プレデター』って奴か!)

 

 提督はアイオワの手紙によって、あの航空機を見破ったのだ。しかし、提督は誤解していた。上空に飛んでいる兵器は、MQ-1よりも高性能である事を

 

 

 

 時雨と提督を追って来ているUAVは、MQ-9 『リーパー』。MQ-1よりも長い航続距離と高い監視能力および攻撃能力を持つハンターキラー無人機である。しかも、実績は高く『艦だった頃の世界』である未来で活躍している兵器でもある

 

 UAVは高速で移動するバイクを監視していた。UAVに取り付けられているカメラが、提督と時雨を睨むように向けている。両翼には対戦車ミサイルをたくさん吊り下げて……

 




時雨と訳あって助けた深海棲艦である姫2人
しかし、浦田重工業は座視しているつもりはありません。刺客を送り込みます

バイクに乗り制限速度以上出して目的地まで逃げる時雨と提督
それを追って来ているのは、米空軍が使っている最先端の軍事兵器、MQ-9リーパー
対戦車ミサイル『ヘルファイア』、レーザー誘導爆弾『ペイブウェイII』、空対空ミサイル『スティンガー』等の兵装を搭載可能。イラクやアフガンなど活躍し実績のあるUAV
シンゴジラではハエのようにバタバタと叩き落とされましたが(相手がゴジラだから仕方ない)、実際には要人暗殺などの数多くの任務をしています

結構厄介です。時雨と提督は、地対空ミサイルなんて持っていません。何とかなるでしょう(多分)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 時雨 vs UAV

浦田重工業の本社ビルのある司令塔

 

 そこでは、リアルタイムで現場の状況がモニタリングされている。敵味方の位置、戦況、通信が分かり、こちらで的確に指示を出している。無論、UAVの操作も。格納庫にあったのはUAVである。UAV2機を発進させ、車両にミサイル攻撃をしたのだ。しかし、残りのミサイルは港湾棲姫が造り出した浮遊要塞によって阻まれダメージを与えられない

 

「ターゲットは二手に分かれました。ターゲット1,2は街に向けて移動。残りのターゲットは依然、停止中です」

 

ターゲット1,2は勿論、時雨と提督である。赤外線カメラで鮮明に映し出されていた

 

「バイクに乗っているのか?ガキがやりそうなことだ」

 

 浦田社長が呟くと同時に、こちらに向けて光の矢のようなものが飛んで来た。それが曳航弾だと瞬時に分かった。こちらに向けて撃ってきているのだ

 

「ターゲット、対空砲火で応戦しています」

 

 高度を上げて距離を置くため、パイロットは操縦桿を操縦している。一方、もう一つのターゲットは移動しているものの浮遊要塞によって阻まれていると言う。しかし、こちらは問題ないだろう。港湾棲姫は薬などで十分に弱らせている。例え失敗しても次の手がある

 

「艦娘と息子を殺せ。構わん、許可する!」

 

「分かりました。マスターアームオン、レーザー照射。3……2……1……発射!」

 

 オペレーターが引き金を引くと同時にMQ-9からAGM-114 ヘルファイアが発射された。これは対戦車ミサイルである。成形炸薬弾(HEAT)を使用しているため、提督は勿論のこと、艦娘にも有効だ。何しろ、戦車を撃破するために開発したようなものだ。駆逐艦を大破出来る火力は十分にある。奴らは深海棲艦ではない。しかし、倒す必要がある

 

 

 

「ミサイル発射された!」

 

 バイクの後ろに乗りながら25mm三連装機銃で応戦したが、距離があり過ぎて中々当たらない。それどころか、相手は翼から何かが発射された。正体は分からずとも、何なのかは分かる!

 

 時雨の警告に提督は反応した。アクセルを全開させ、ミサイルから逃れようとしたが、そんなもので逃げられるなら未来の僕達は苦労しない。そこで、時雨は切り札を使った。未来でアイオワから提供されたミサイル防御システムであるCIWS。それはギリーケースに巧妙に隠され、博士が組み立てたもの。最後のミサイル防御システムだ。もう入手は出来ないだろう。補強増設に設置されたCIWSが火を吹き、ミサイルを撃ち落した

 

まるで小さな太陽みたいな爆発が起こり、炎が上がる

 

「提督!この装置、壊れたみたい!」

 

「くそ、外して使うしかないな」

 

 眩い光を見た直後、暗視ゴーグルの電源は切れた。電池切れか?見た目は壊れていないようだが?

 

 実は暗視装置である『スターライトスコープ』は強力な光にさらされると自動的にスイッチが切れる仕組みだ。時雨も提督もそこまでは知らなかったのは仕方ない。そんな知識はアイオワも書き残してはいなかった。そもそも、夜目がきく川内がいたため視野が狭い暗視装置を奪ってまで使うという事はしなかった

 

「見えるか?」

 

「何とか」

 

 レーダーが頼りだが、位置は大まかに分かっている。そこに向けて再び高角砲と25mm三連装機銃を叩き込んだ。爆音が遠ざかっているのを見ると、距離をとっているのだろう。しかし、それでは解決とは言えない。この敵機は艦爆や艦攻とは違い、離れた所でも攻撃できる。CIWSはミサイル防御の唯一の武器だ。しかし、アイオワからはこの兵器の使用方法に注意があった。このCIWSと呼ばれる兵器は、わずか射程1.5kmしかない。しかもわずか20秒でマウントされた弾丸約1500発を撃ち尽くすほどの猛烈な弾の膜を張り巡らせる。しかも、補給はない。CIWSが使う弾が余りにも特殊過ぎるからだ。つまり、CIWSが弾切れになる前に撃ち落さないといけない

 

 

 

一方、浦田本社ビルの司令塔では大騒ぎだった

 

「ヘルファイア、撃ち落されました」

 

「何?」

 

パイロットからの報告に浦田社長は驚愕した。聞き間違えか?ミサイルを撃ち落した?

 

「どうやって撃墜した?」

 

 ミサイルの飛翔速度は速い。そう簡単に撃墜出来るわけがない。ゲームかアニメのように撃墜なぞ出来ない!『あれ』の資料に書かれている!イージス艦でもない限り、あり得ない!

 

「分かりません」

 

「もう一発、発射するんだ。対空砲火に気をつけろ」

 

 バイクから高射砲と機銃がUAVを狙ってきている。脅威ではないが、まぐれで当たれば厄介だ。それにこのUAVのオリジナルとは言えない。何とか再現はしたものの、性能は劣化しているのは言うまでもない。本来は人工衛星で操作するのだが、そんなものはこの世界には存在しない

 

 

 

 時雨は盛んに対空砲火を打ち上げていた。花火を打ち上げているが、敵機が落ちない。そもそも、高射砲弾は敵機の直撃を狙うのではなく、近くで空中爆発して飛散する破片により被害を与える一種の榴弾だ。とてもではないが、武装が心細い

 

「撃ち落せそうか?」

 

「敵との距離があり過ぎるよ!」

 

 提督の怒鳴り声に現状を報告した。敵はこちらをいつでも攻撃出来るのに、こちらは有効な兵器がない

 

「そうか……時雨!CIWSとか言う残弾数は?」

 

「まだ余裕はある!」

 

「なら、捕まってくれ!」

 

 提督はなにをするのだろうか?すると、提督は信じられないような行動に出た。ブレーキーをかけ、車体を横滑りをし停車したのだ!

 

「早く狙え!ダメージを与えるだけでいい!」

 

 時雨は提督の大胆な行動に愕いたが、そうも言っていない。13号対空電探で位置を掴むとそこに向けて高角砲と対空機銃を叩き込んだ。25mm三連装機銃の激しい連射音と10cm高角砲の砲声が轟いた。空では次々と花火と思われる爆炎と曳航弾がUAVに向かうが敵機は落ちない。対空射撃が当たっていないのは明白だ

 

 そうしている内に、高角砲と対空機銃とは別に聞きなれない射撃音が鳴り響いた。CIWSが近づいて来るミサイルに反応して攻撃しているのだ。CIWSは基本的に捜索・追尾・照準用のレーダーや電子光学機器等を含めたユニットだ。これは艦の防空システムから独立して対空防御を行えるようにしているためでもある。CIWSは常に電源を入れていた。そのため、接近して来るミサイルに反応した訳だ

 

 凄まじい爆発音が轟いた。時雨は対空射撃を中断し、提督を爆風から守るように被さった。熱風が肌を焼くが、これくらいの事はどうってことはない。艤装のおかげだ

 

「大丈夫?」

 

「……なんとも言えん。まだ、敵機は無事だ」

 

提督は上空を見上げていた。上空には、あの航空機が我が物とばかりに飛んでいる。しかも意外と速い。構えた時には、すでに手遅れだった。CIWSの使い方は分かる。問題はCIWSの弾丸だ。残り半分を切っている。後、一発二溌迎撃出来るかどうかだ。しかも、100%撃墜してくれる訳でもない

 

「捕まっていろ!」

 

 バイクが急発進したため、時雨はバイクから落ちそうになったが、何とか踏みとどまる。対空電探で再び位置を確認すると対空射撃を行った。撃墜出来なくても、牽制にはなる。敵も迂闊には近づけない

 

「町に突っ込むぞ!民家に当てるな!」

 

 時雨は前方を見た。確かに町の明かりが見えた。敵も流石にミサイルを撃てないはず。そう願いたい

 

 

 

「間違いありません!信じられませんが、ターゲットはCIWSを持っています!」

 

パイロットの報告に司令塔にいる全員が驚いた。時雨がCIWSを持っている?どこから入手した?あの兵器は、第二次世界大戦には存在しないはずだ!

 

「こしゃくな真似を」

 

 浦田社長は呻いた。たった二人なのにUAVの攻撃をかわしている。もうひとつの方もだ。502部隊のほうは車両で移動している。しかし、UAVを撃ち落すのを諦めたのか、明らかに防御体制をとっている。弾幕が激しいので近づくのは無理だ。しかも、港湾棲姫の浮遊要塞のお陰で中々命中しない。このミサイルの弾頭は特殊だ。深海棲姫に有効である。何しろ、深海棲艦が使っている弾薬を加工して使用しているのだから。イージス艦のデモンストレーションの際に深海棲艦を撃破したのは、ミサイルの弾頭に深海棲艦の弾薬を詰め込んで使用した。ただ、これにはコストが馬鹿高くつくのと高度な技術が必要のため効率が悪い。深海棲艦の弾丸をそのまま使うと兵器が痛む。実際に鹵獲した砲弾を人が使う大砲で使った所、撃てないどころか大砲自体が爆発した。どうやら、特殊な造りらしい。だから、貴重な兵器をこんな奴等相手に使いたくはない

 

「502部隊はともかく、艦娘と息子を確実に殺せ!」

 

 後に制圧部隊がやってくる。UAVの攻撃はあくまで偵察だ。しかし、叩いておくなら越したことはない。こちらの損害が最小限になる。警備隊長は不機嫌になるかも知れないが、そんな事は知った事ではない!

 

「ターゲット、街に向かっています。どうしますか?」

 

「命令に変更はない」

 

「よろしいので?」

 

パイロットの質問に浦田社長は、はっきりと答える

 

「カバーストーリーは考えてある。お前達はあいつを殺すことだけを考えろ!」

 

「分かりました。ヘルファイア攻撃準備」

 

パイロットもオペレーターも攻撃準備にかかり始めた

 

 

 

 とある街では静まり返っていた。真夜中であるため、皆は寝静まっている。道路も車一台も通っていない。商店街は閉まり、夜の店はとっくにシャッターを降ろしている。しかし、そんな静かな道路を一台のバイクが物凄い勢いで走っている。しかも、射撃音と砲声を夜の街に響かせながら。余りの五月蠅さに何人かは新手の暴走族かと思い、警察に通報した。そのため、パトカーは出撃する羽目になったが……現状は暴走族以上のヤバイ事には気付かなかった

 

「提督、後ろから警邏車(パトカー)が!」

 

「あいつら、捕まえる相手が違うぞ!」

 

 提督は叫んだが、仕方のない事だ。停車するよう拡声器が鳴り響いたが、止まる訳には行かない。現在、浦田重工業が操るUAVが提督と僕を殺しているなんて言っても、聞き入れないだろう。時雨は対空射撃を止めた。これ以上は民家が邪魔で撃てない。逆に言えば、浦田重工業はミサイルを撃てないだろう。浦田社長に良心があれば……

 

 残念ながら、その願いはなかった。ミサイルがこちらに向かって物凄い勢いで来るのが分かる。時雨の警告に提督は交差点を素早く曲がった。奇跡的にミサイルの直撃は避けたものの、ミサイルはこちらを追って来たパトカー数台を吹き飛ばした。爆風と爆炎は民家も巻き込んだ。何が起こったか分かっていた。爆風で煽られ転倒そうになったが、提督は立て直す事に成功した。バイク乗りは伊達ではない

 

「何て奴だ!」

 

「提督、どうすればいい?」

 

これ以上は危険だ。下手にすればミサイル攻撃を受けてしまう

 

「……時雨、対空射撃で当てる自信は?」

 

「どうしたの?」

 

提督は何を考えているのか?何ととんでもない事を提案したのだ

 

「これからあの飛行機に接近する。お前は撃ちまくって落とすんだ」

 

「危険すぎる!」

 

 時雨は叫んだ。確かに近づけば当たる確率は高まるだろう。たが、これは危険だ。自殺するようなものだ。頼み綱であるCIWSも万全ではない!にもかかわらず、提督の顔は笑っていた

 

「何……あの機体には防弾性なんてない。一発でもいい。あの機体に当てればいい。ミサイルで死ぬか、撃ち落すか。どっちがいい?」

 

「でも、機銃掃射されたらどうするんだ?それこそ終わりだよ!」

 

 未来でも空母ヲ級の艦載機であるジェット戦闘機に機銃は積んでいる。しかも、強力なものだ。だが、提督は首を振った。なぜだろう?

 

「あのUAV……オリジナルではないな。本物だったら俺達はとっくに死んでいる。それにあのUAVは機銃はついていない」

 

「本当?」

 

「機銃掃射は一度も食らわなかっただろ?」

 

 確かに一理ある。機銃掃射してるならとっくにやられている。ミサイルもそうだ。未来では、敵の姿が見えなくてもいきなり攻撃を食らった。未来の深海棲艦は装備が充実しているだけで今、空を飛んでいる兵器は試作段階なのか?それとも、陸戦用なだけで海戦用ではなのか?

 

 なぜ、そう思ったかというと、空を飛んでいる航空機は時雨も初めて見た。登場したとしてもそんなに投入されていないだろう

 

「生きるか死ぬか。浦田社長の悔しがる顔を見たいと思わないか?」

 

「提督も悪党だね」

 

時雨もニヤリとした。もう、逃げるのは沢山だ。ここからは反撃だ

 

「電探に反応は?」

 

「こっちに向かっている。丁度、この通り」

 

時雨は指を指す。ミサイルを食らい大破し炎上している交差点へ続く道だ

 

「提督、運転は任せた」

 

「お前はあの兵器を頼む」

 

両者とも一心同体だ。10cm高角砲と25mm三連装機銃が頼りだ。ここで無人機を何とかしないとミサイルの餌食だろう

 

「さあ、行くぞ!」

 

アクセルを吹かし、急発進するバイク。時雨はバイク越しから砲を空に向けた。ミサイル攻撃し、炎の光に敵機を確認した。奴だ!

 

 対空射撃する際にふと、秋月姉妹を思い出した。彼女達は、未来でも摩耶と共に航空機を落としたことがあるという。流石にジェット機は無理だったが、対潜ヘリコプターや対潜哨戒機と呼ばれる兵器を撃ち落としたという。秋月達は、ある意味英雄に近かった

 

 そんなある日、秋月達は生き残っている艦娘達を集めて、10㎝高角砲の説明と同時に対空射撃を伝授してくれた

 

『この砲は砲身が長く恐るべき初速を持っています。タマのスピードが速いため、先読みが出来ます。秋月は長10㎝砲ちゃんがいるけど、皆も出来る』

 

 対空射撃のお陰で敵は無闇に足の遅い航空機を送らなくなったという。代わりに空母組の艦載機が絶対に追いつけないジェット機を送り込んで来たが

 

 時雨は目を開けた。この敵は強い。しかし、あの音速を越えるジェット機に比べて遅い。高射装置も電探も異常ない。CIWSはもう持たないだろう。自分は、防空駆逐艦のような駆逐艦ではない。だが、お願いだ!秋月、照月、初月……力を貸してくれ!

 

時雨はしっかりと狙いを定めて対空射撃を開始した

 

 

 

 

 

「敵はこちらに向かって突っ込んで来ます」

 

「小賢しい真似を。本気で撃ち落とす気か?」

 

 パイロットの報告に浦田社長は呆れるように言った。街に入れば攻撃してこないと思ったらしいが、残念ながら甘い。民間人に被害が出るからと言って攻撃の手を緩める訳にはいかない。再攻撃するために旋回すると、相手は自棄になったのか、こちらに向かって突っ込んでくる。たかが旧式の兵器で現代兵器に勝てる訳がない。確かにUAVはオリジナルではない。遠隔操作も中継機を通して操縦している。ミサイルの射程距離も従来と比べて僅かであるが短い。しかし、だからと言って負ける要素はない。近代兵器であるのには変わりはない!

 

「パイロット!ミサイル発射しろ!」

 

「了解」

 

パイロットは手慣れた手つきでミサイル発射準備体制に入る。その間、映像には対空砲火と思われる攻撃を受けている。しかし、そんな攻撃は当たらん!

 

「ミサイル発射」

 

オペレーターはトリガーを引いた。浦田社長は笑った。これで勝った!

 

 

 

 時雨は秋月達の対空射撃の講義を思い出した。航空機という戦力がある以上、対空射撃は重要であると。敵の航空戦力ははるかに上回っている。しかし、全部が強力な訳ではない。アイオワも教えてくれた。敵の航空機全てがジェットエンジンで動いている訳でないと

 

 時雨はバイクから立ち上がり対空戦闘を整えた。呼吸を整え、こちらに向かってくる機体に全砲門向ける。電探で位置を掴むと引き金を引いた。再び10cm高角砲と25mm三連装機銃から火が吹いた

 

「当たってー!」

 

 絶叫しながら撃ち続ける時雨。相手はミサイルを発射したのだろう。CIWSも起動して応戦している。ガトリング砲の弾幕がミサイルに命中したのだろう。街の上空で凄まじい爆発が起こり、熱風が二人を襲った。今度は耐えることが出来ず、提督はブレーキを掛けたが、間に合わず転倒してしまった。時雨は地面に叩き落とされた。その衝撃でCIWSは粉々に砕けてしまった。例え無事でも既に弾切れである。スクラップになるのは時間の問題だった。地面に倒れた時雨は怪我を気にせずに、すぐに立ち上がって再び上空を見た。爆炎の明かりであの航空機が浮かび上がった姿を見て時雨は声をあげた

 

「やった!」

 

 時雨は歓喜した。対空砲火が命中したのだ!そうとしか考えられない!UAVと呼ばれる機体から炎と煙が上がっている!

 

 UAVは時雨の対空砲火を食らって制御を失って墜落している。そして、先ほどまで自分達が通ってきた道路に激突。燃料か爆薬に引火したのだろう。大爆発が起こった。時雨は直ぐに気絶して道路に倒れ込んでいる提督に向かって急行し立ちはだかると爆風から庇った。熱風と燃える破片か時雨を襲ったが、艤装が自分と提督を守ってくれた

 

「……おい、あのUAVは落ちたか?」

 

爆発音で提督は気がついたのだろう。意識が戻るなり、状況を即座に聞いて来た

 

「うん!あの航空機、撃墜した!」

 

「ははは!ざまぁ見ろ!」

 

 時雨の撃墜報告に提督は盛大に声をあげて喜んだ。しかし、いつまでも喜んではいられない。次の敵が来るかもしれない

 

「野次馬や消防車が来る。今は逃げる事を考えよう。説明しても無駄だ」

 

提督は立ち上がってバイクを起こした。提督は怪我はしているものの、骨折はしていないようだ

 

「バイクに傷が入ったな。右のミラーも無くなっている」

 

「今は気にしないほうがいいよ。幾らでも直せるから」

 

 提督のお気に入りのバイクだが、今は仕方ない。時雨はバイクの後ろにまたがると同時に提督はバイクを発進させた。集合場所に502部隊がいればいいのだが

 

 




おまけ
ハンニバル「艦娘と一緒にバイク乗り回してUAVを撃墜?」
フェイス「俺達は空挺戦車を使ってUAV(リーパー)2機を撃墜したぜ!」
マードック「しかも落ちながら戦った!いや~、高度6000メートルの空気は薄かった!」

提督「何てこった。こうなったら……時雨、こちらも艦娘達全員に飛行能力をつけるよう真田志郎(宇宙戦艦ヤマトのキャラ)さんに頼まないとな!」
時雨「いや……わざわざ対抗しなくても。しかも艦娘が空を飛んだら、物語が成り立たなくなるじゃない?」
コング「そうだ。空を飛ぶのは良くない。いいな、絶対に飛ぶな」
時雨「う、うん。そうだね(なにかあったのかな?)」
コング「飛ぶのは危険だぞ!絶対にな!」←飛行機恐怖症です


未来の提督からの遺品とも言えるCIWSのお蔭とは言え、何とかUAVを撃墜
高角砲(高射砲)は運頼みみたいなもの。しかし、時雨は雪風に次ぐ幸運艦ですから
無人機も活躍していますが、ハッキングなどの対抗策もあるため、まだ当面は有人機が活躍するでしょう
また、UAVも気象条件や対空砲火などで意外と墜ちています。最近は改良したようですが
MiG25と交戦しましたが(こちらはMQ-1プレデター)、残念ながら、あっけなく撃墜されました
余談ですが、ハンニバル達(特攻野郎Aチーム(劇場版))は空挺戦車でUAVを撃墜しました
と言う事は、艦娘も空を飛べば近代兵器であるUAVに勝てる!うん、これは間違いない!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 鋼鉄の怪鳥、現れる

 司令塔では重苦しい空気が漂っていた。パイロットもオペレーターもノイズばかり入るモニターを凝視したまま固まっていた。全員がこう思った。あり得ない!

 

「リーパー1……撃墜されました」

 

「馬鹿な……。高射砲で撃ち落としただと」

 

 UAVはあちこちで花火のような炸裂を潜り抜けると、時雨と息子が乗っているバイクに目掛けてミサイルを発射した。その直後だった。高射砲の破片か機銃が当たったのだろう。左翼とエンジンに被弾したのだ。パイロットは建て直そうと操縦桿を動かしたが、制御が効かなくなった。モニターに道路が近づくのを最後に、映像が途切れてしまった

 

誰もが信じられなかった。近代兵器が旧式の兵器にまけた!?

 

「くそ、どんな魔法を使った!?」

 

浦田社長は叫んだが、実はそこまで驚くことではない

 

 近代兵器は確かに強い。しかし、無敵ではない。ローテクがハイテクの兵器を打ち破る例は少なからず存在する

 

 第二次世界大戦の有名な例は、イギリス海軍が保有していたソードフィッシュである。ソードフィッシュは複葉、オープンコクピット、機体は布張りという第一次世界大戦の遺産である。そんな骨董品の機体でも第二次世界大戦では活躍している。ドイツの新鋭戦艦ビスマルクを追い詰めたのもアークロイヤルの艦載機のソードフィッシュである

 

 なぜ、そんな骨董品のような兵器が、活躍したのか?それは複葉機が旧式過ぎたからである。何しろあまりのんびり飛ぶので、かえって対空砲火の照準がつけにくかったらだ

 

 さらに言えば、潜水艦もそうである。例えば、現実世界において原子力潜水艦は、通常動力艦と比べて水中速力、後続力、攻撃力は優秀だが、静粛性には劣る。通常動力艦は、バッテリー推進の場合はほとんど音を出さない。場合にやっては、原潜が通常動力艦に負ける事もあり得るかも知れない

 

 時と場合によって近代兵器が負ける事を浦田社長は、受け入れる事が出来なかった。近代兵器は無敵のような存在だと勝手に決めつけていたらしい。しかし、実際はそんな事は無い。負ける時は負ける。兵器をよく知らない人が考えるような事だ。尤も、浦田社長は職業軍人ではないため仕方ないのだが

 

「深海棲艦を攻撃した方はどうなった!?」

 

気を取り直すと別のUAVを操縦しているパイロットに怒鳴ったが、帰って来た答えは期待するほどのものではなかった

 

「こちらも有効なダメージを与えれません。浮遊要塞が邪魔を――」

 

「残弾数はどれくらいだ!」

 

「先ほど撃ったのが最後です。――ダメです。また阻まれました!」

 

 パイロットの悲鳴じみた報告に浦田社長は苦虫を噛み砕いたような顔をした。モニターでは車両が移動しているのが映し出されている。ミサイル攻撃を防いだのは本当だ。あの港湾棲姫と北方棲姫は薬で弱体化したのだが――まだ力は、あったのか。それとも、あの大佐が手を貸しているのか?

 

 

 

「……UAVを引き上げさせろ」

 

「分かりました。リーパー2、RTB」

 

 貴重な兵器をこれ以上失う訳にはいかない。撃ち落とされる心配はないが、念には念をだ

 

「警備隊長に繋げ」

 

「はい」

 

 部下に制圧部隊を率いる警備隊長に通信を繋ぐよう命令した。こちらから兵力を送り込む事は容易だが、世間が騒がれてしまう。まだ日本から出る準備が整っていない

 

部下が通信用のマイクを持ってくるまでそのように考えていた

 

「警備隊長、奴等は港に向かっている。恐らくは、深海棲艦の姫級を復活させようとしている。それだけは阻止しろ。兵器使用は自由。浦田の力を見せてやれ。まあ、気楽にやれ」

 

『お任せを。仲間の仇撃ちって訳ですね』

 

 皮肉った声がスピーカーから流れてくる。人的損害はないものの、一機とは言え、UAVの損失は痛かった

 

「奴等を何としてでも捕らえろ!」

 

 

 

 

 

「了解。朗報を期待して下さい」

 

警備隊長は浦田社長との交信を終えると、率いている部隊に無線で状況説明をした

 

「聞いたな!奴等は港で一休みしている!相手は502部隊だ!知っている通り、本社ビルや刑務所に工作員を送り、我々の仲間を殺した!奴等は調子に乗っている!」

 

 部下達は何も語らず黙って警備隊長の話を聞いていた。彼が率いている部隊は、ちょっとした特殊な部隊だ。彼らはある航空機に乗っていた。数は6つ。そのうち、警備隊長は、警備主任からの渡されたプレゼントに乗っていた。この機体は最高だ。他の機体に比べて特別だ

 

警備主任は航空無線で隊員を激励する。戦いにおいて、士気は大事だ

 

「奴等に思い知らせてやれ!我々は陸軍の敵ではないと!奇襲攻撃を実施する!ハンター2、ハンター3。攻撃準備はいいか!」

 

『ハンター2了解』

 

『ハンター3了解。低空飛行をします!到着まで5分。ホーク各機は攻撃態勢に入れ』

 

 彼らが乗っている航空機は、低空飛行を実施した。真夜中に拘わらず航空機の轟音を鳴り響かせて

 

 

 

 街ではパニック状態だった。何しろ、静かな夜に前触れ無しに銃声や砲声、そしてよく分からない航空機の墜落。墜落現場では野次馬と消防車、そして救急車で一杯だった。そんな中……その街に所属する知事と警視総監から県警に電話が一本入る

 

『陸軍の過激派が浦田重工業を襲い、深海棲艦を解放した。現在、ゲリラは深海棲艦と結託して街を襲っている。直ちに民間人を避難させろ。手段は問わない』

 

 命令を受けた県警の署長は思考停止に陥った。冗談にしては酷すぎる。しかし、命令は命令だ。何しろ、消防署どころか、軍にまで通達しているという。これは本物らしい。全ての警官に通達したが、当然、混乱したのは謂うまでもない。

 

 当然、これは嘘である。しかし、UAVが撮影した写真を見て警察機関も大本営も納得せざると得なかった。502部隊が港湾棲姫と北方棲姫と共に脱出する写真をみせられては

 

 

 

 そんな事態が起こってる事も知らずに、時雨は提督のバイクに再び乗ると集合場所に向かった

 

「居た!もう港に着いている!」

 

 集合場所の港には既に502部隊がついていた。港湾棲姫と北方棲姫もいたが、こちらを攻撃するつもりはないようだ。しかし、海上に立つための力は流石にない。時間をかけて回復させる必要がある。彼女はただ待つだけでなく、辺りを警戒している。浮遊要塞も数台確認出来る。招喚したのだろう

 

「大丈夫じゃったか?」

 

 時雨と提督がバイクを止め降りるなり、博士を初め皆から質問攻めにあった。提督は今まで起こったことを簡潔明瞭に説明したが、航空機を撃墜した事を語ると中佐は驚愕した

 

「あの航空機を撃ち落としたのか!」

 

「ああ。こっちも危なかったけど」

 

陸軍将校は目を見開き、軍曹は信じられないという風にウロウロと歩き回った

 

「あの……どうしたんです?」

 

「あ……ああ。俺達はあの航空機を知っているんだ」

 

「「え?」」

 

時雨と提督は間抜けた声を同時に出してしまった。博士も訝しげに見た

 

兵士達も知らないのか、質問をぶつけた

 

「あ、ああ。話そう。私は昔、クーデターに参加していたんだ」

 

 中佐は説明した。中佐が言うには、数年前、日に日に発言力が強くなった浦田重工業に対して不満を持つタカ派の陸軍士官の数人は決起を起こしたとの事。側近も当時の陸軍大将もこのクーデターに同意したという。主な作戦は、首相や大本営などの主要人物の暗殺や警察の弾圧という。ところが計画が漏れ、逆にこちらの士官数人が暗殺されたという。その中には陸軍大将も含まれていたと言う。暗殺の手から逃れた士官達は怒り狂り浦田重工業の本社ビルに押し寄せたが、さきほどの例の機体。たった数機の無人航空機に翻弄されたと言う。航空支援を寄越しても、即座に撃墜されるどころか、陸軍の航空基地が空爆されたほどだ。その後、浦田警備兵がやって来て戦いになったと言う

 

「我々は戦ったが、たった数分で壊滅した。どんな攻撃もビクともしない強力な戦車、強力な火力を持つ装甲車、自動小銃と重機関銃を多数携行している警備員。民間警備会社の警備員によって我々のプライドはズタズタに引き裂かれた」

 

「それで陸軍は大人しくなったのか?道理で深海棲艦が現れても強気に出ないはずだ」

 

 その数年後に深海棲艦が現れたらしい。多国籍軍に参加していた海軍も壊滅。これでは浦田重工業が喜ぶのは無理もない

 

「私と軍曹は本来、死んでもおかしくなかった。おかしくなかった!……だが、ある人物が生かしてくれた」

 

「あの元帥が?」

 

博士は驚くと同時に納得した。なぜ、彼等は元帥の駒として戦っているかを

 

「当時、私は脅されたとはいえ、クーデターに参加した。そして負けてしまった。私と軍曹は瀕死状態だった。元帥が部下を寄越してこっそりと生かしてくれた」

 

「では、浦田重工業と敵対したり、僕達である艦娘を支援してくれたのは」

 

時雨は納得した。なぜ未来で陸軍将校や隊長である軍曹が、艦娘を護衛してくれたのか

 

「私は元帥の命令により特殊部隊の指揮官となった。艦娘計画を支援したのは、浦田重工業に対抗するためだった。初めは、浦田重工業と対抗できる兵器を開発出来ると思っていた」

 

「思っていた?今はどうなんだ?」

 

今度は提督が聞いてきたが、答えたのは将校ではなく、軍曹だった

 

「……正直言って、予想外だった。俺は……信じたくなかったんだ。まさか、こんな少女が深海棲艦を倒すなんて」

 

軍曹は時雨を何とも言えない目で見ていた。彼等も複雑だった

 

「僕達の事……どのように想像したの?」

 

「……せめて奴ら以上の兵器か超人的な兵士かと思っていた。大佐の資料を入手するまでは。刑務所で実際に見るまでは信じられなかった」

 

「失望した?」

 

 時雨は口を挟んだ。陸軍がどう思っているか聞きたかった。未来で何人かの艦娘達が聞いてきたが、どれも曖昧な口調だった

 

「いいや、そんな事は無い」

 

 軍曹は近寄った。そして、時雨の頭を撫でた。不思議と時雨は不快には思わなかった。直感で分かった。この人達は敵ではないと

 

「本当は学校に通わないといけないはずだ。だって……こんな……」

 

 軍曹が言わんとしている事は分かる。未来の記録でも提督は吹雪達の初期艦の姿に戸惑っていたらしい。自分は暁ではないが、お子様扱いしないで、と言いかけそうだった

 

「僕は艦娘だよ?世界を護り深海棲艦と戦うための存在なんだ。『艦だった頃の世界』からやって来た」

 

 きっと理解するだろう。軍曹も将校も何も言わない。兵士達も警戒していた深海棲艦である港湾棲姫や北方棲姫も。どのように想像していたかは知らない。ただ、本当に失望していたなら未来で彼等は護衛なぞしない

 

「そうか……。すまない。見かけで判断するのは禁物だな。それでは、よろしく。艦娘の時雨」

 

将校が敬礼し、時雨も敬礼で返した

 

 

 

 その時だった。上空を警戒していた浮遊要塞が突如、爆発した。全て。港湾棲姫は咄嗟に艤装を展開した。復活したのだろう。艦載機を招喚しようと体の右側に滑走路を準備したが、彼女も爆発した

 

「敵襲だ!」

 

「何処からだ!?」

 

臨戦態勢を整える中、時雨は微かに聞いた。ロケット音に混じってある爆音が。しかも、聞き覚えがある

 

「上空だ!あれを!何だ、あれは!?」

 

 爆音が突然、大きくなった。時雨は息を呑んだ。廃港の建物の上空から何かが空を飛んでいる!

 

「何している!隠れるんだ!」

 

 呆然としている時雨を提督が手を取り、物陰に隠れる。その間も空を飛んでいる何かが深海棲艦を攻撃している。港湾棲姫と北方棲姫は必死になって反撃しようとしたが、相手の火力は苛烈だ。折角、回復した身体は再びボロボロになった。上空からはロケットと機銃掃射で2人の深海棲艦の姫どころか辺りまで破壊している。しかし、瓦礫と炎の中に2人は傷つきながらも辛うじて立ち上がっている

 

『流石に死なないようだな!どうだ、我々が造り上げた対深海棲艦の弾は!?貴重だが、データ収集には持って来いだ!』

 

 しかも、あの航空機にはわざわざ、拡声器でもとりつけているのだろうか?豪快な声が夜空を爆音にも負けずに響き渡った。

 

「くそ、浦田警備員の隊長だ!」

 

 軍曹が苦々しく吐き捨てるように言った。どうも、知っているらしい。その声を聞き建物の物陰に隠れていた中佐まで、忌々そうに空を見上げていた。兵士たちも武器を取って戦闘態勢をとっていたが、全員動揺している。そんな中、時雨は博士のところへ駆け寄った

 

「装備は?」

 

「ここの鞄の中だ。何を――」

 

時雨は博士から鞄を奪うとある装備を探していた。12.7cm連装砲、四連装魚雷、九四式爆雷、12.7mm単装機銃など。しかし今、時雨がほしいのは武器ではない

 

「あった!」

 

探照灯を引っ張り出すと自身の艤装に装着した

 

「ちょっと待て!何を考えている!照射したら狙い撃ちされる!」

 

 提督は忠告したが、時雨は無視した。提督の心配は有難いが、今はそんな事を気にしている訳にも行かない。時雨は急いで物陰から躍り出ると、探照灯を空を飛んでいるものに向けて照射した。探照灯に照らされたのは3つの機体。2つは機体が異様に細いが、他の1つは姿が違っている。探照灯に映し出された航空機を見た兵士達は驚愕した

 

陸軍将校や軍曹だけでなく、博士もだ

 

「何だ、あれは?」

 

「回転翼なのか?」

 

「クーデターの時にはあんな兵器は見たことがないぞ!」

 

口々に言う中で時雨は知っている。形は違う。しかし、この兵器の類は知っている

 

「ヘリコプター…やっぱり」

 

 この爆音は知っている。音は違うが、ヘリコプターのローター音は何度も聞いたことがある。伊8であるはっちゃんや伊401であるしおいなどの潜水艦娘は、この回転翼機によって沈められた。しかも対艦能力もあるらしく、神通達もやられたほどだ

 

 もちろん、感傷に浸るほど愚かではない。直ぐに探照灯を消すと、再び物陰に隠れ提督の近くに寄る。提督は隊長からロケット砲を受け取っている最中だった

 

「提督……あれはヘリコプターだ!未来で見た!形が違うけど」

 

「最悪だ。しかも3機の内、1機が相当厄介だ。撃ち落とせるかどうか」

 

提督は毒つきながらつぶやいた。あの兵器を知っているのか?

 

「提督、あれを知っているの?」

 

「いや、アイオワの手紙に書かれているのと似ているからだ。未来の俺は、アイオワが知っている未来兵器を書き残すよう命令したようだ」

 

 提督は時雨に紙を見せた。それは鉛筆のみで描かれたものであったが、書かれた絵はまさに探照灯に映し出された姿と似ていた

 

「お前が未来で戦ったヘリコプターは、哨戒や対潜に特化した機体だ」

 

 提督は別の紙を見せた。そこに書かれていたのは『SH-60シーホーク』に関するもの。これだ。この兵器は、何度も見たことがある。しかし、上空を飛んでいるのはSH-60ではない!流石の時雨も、あのタイプの回転翼機は見た事が無かった

 

今、上空に飛んでいるものは何だ?

 

「さっき飛んでいるのは陸戦用の攻撃ヘリコプター。片方はAH-1Sコブラ。もう1つはAH-64Dアパッチだ 。どちらも『艦だった頃の世界』の未来のアメリカが開発した最強の攻撃ヘリだ」

 

時雨は思考停止状態に陥った。今、飛んでいるのが陸戦用のヘリコプター?

 

「しかも、不味いことがある。あれを撃ち落す有効手段がない」

 

 

 

 時雨がアイオワが書き残した手紙を見て顔面蒼白になっている中、提督は歯軋りした。あの兵器はスティンガーなどの携帯地対空ミサイルが必要だが、当然そんなものはない。時雨も手紙を見たが、対抗策はたった一言しか書かれていなかった

 

『携帯地対空ミサイル(主にスティンガーミサイル)か航空機で撃ち落すしかない』

 

 それしか書かれておらず、他には何も書かれていない。いや、あるにはあるが、危険を伴うため非推奨と記してある

 

「携帯地対空ミサイルくらい転送してくれ!未来でアイオワが造って配備していただろ!」

 

 提督は叫んだが、流石にそれは無理な注文だった。確かにアイオワは秘密基地の周りにスティンガーミサイルを配備したが、数が圧倒的に足りなかった。しかも、スティンガーに限らず、ミサイル兵器は基本、デリケートであるため適切な整備がなされなければ使えなくなるのは必然だ。使用期限もそれほど長くはない。未来の提督は、最初からアイオワが提供してくれた兵器を送る事を諦めていたのだ。それでも何とかCIWSは送ってくれたが、先のUAVとの戦闘で失われてしまった

 

 ロケット砲であるRPG-7はあるが、こんなものが空飛ぶ相手に当たる訳がない。空母組がいれば何とかなるかも知れないが、残念ながらまだ存在していない

 

 502部隊は即座に応戦したが、コブラとアパッチは502部隊に向けて強力なロケット弾攻撃を食らわせた。あまりの火力に気絶している港湾棲姫と負傷している北方棲姫を除く全員、後退した。しかし、コブラもアパッチも逃がしはしまいと、攻撃の手は緩まない

 

 502部隊の兵士達と軍曹とはぐれてしまったが、探す余裕がない。夜中にも拘わらず、正確な攻撃をして来るのだから無理もない

 

 時雨は廃工場の建物の影に隠れている提督の傍まで走ると肩で息をして落ち着かせた

 

「勘弁してよ」

 

上空を旋回しているヘリを見て時雨は必死に考えた

 

 あれをどうやって撃ち落とすのか、見当もつかない。未来でSH-60を撃墜出来たのは、空母組の艦載機のお蔭だった。速度が違い過ぎたからだ。また、秋月達もヘリコプターを対空射撃で撃墜した事もあるらしい。数少ない戦果報告ではあるが、それでも艦娘達は喜んだと言う。しかし、今回のものはそう簡単に撃墜出来ないだろう。どう見ても、頑丈な造りだ。運は中々訪れて来ないようだ

 




おまけ
時雨「他に攻撃ヘリを倒す方法は書かれていないの?」
提督「ない……いや、待て。書いてある」

攻撃ヘリを倒す方法
1,ジョン・ランボーを召喚する(爆弾付きの弓矢でロシアの軍用ヘリ(ハインド?)を撃墜)
2,コマンドーであるジョン・メイトリックスを召喚する(言わずもがな)
3,ソリッドスネークかビッグボスを招喚する(ヘリ相手に幾度と戦っている)
3,人型ロボットであるイングラムを出動させる(機動警察パトレイバーより。光学迷彩の攻撃ヘリ『グレイゴースト』と戦っている)
4,カプ○ン製ヘリである事を祈る(安心と信頼で定番)
5,シンゴジラを召喚する(但し、日本どころか世界崩壊は必須)


提督「ふざけるな!ある訳ないだろ、そんな力と兵器は!5の選択、選ぶ奴いるのか!?」
時雨「相変わらずネタが沢山あるね……」


 UAVを追い払い、502部隊と合流した時雨と提督。しかし、次に襲ってきたのは何と攻撃ヘリ。AH-1Sコブラ2機とAH-64Dアパッチ1機が襲います
時雨はヘリコプターという航空機を知ってはいましたが、彼女が見たのは対潜ヘリです。よって陸戦用の、しかも攻撃ヘリは始めて見ます
たった3機ですが、大いに脅威です
よって、後書きに描かれてある攻撃ヘリを倒す手段(?)を選ぶ必要があります。どれを選ぶのか(嘘)

 余談ですが、ソードフィッシュのエピソードは結構、ネタが多いです。何せ、複葉機ですから。動画で見た事がありますが、結構、のんびりと飛んでいます。見る度にビス子(ビスマルク)が不憫に思えてならないのは気のせいだろうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 攻撃ヘリの襲来

 時雨は驚愕した。敵の兵器にまさか陸戦用のヘリを持ってるとは思わなかった。若しくは、未来で戦った場所が海上だったからなのだろうか?確か艦載機ではない航空機が現れたため基地航空隊が全滅したのは聞いた事があるが

 

 それ以前に疑問がある。浦田重工業は何処から奇想天外な兵器を出しているのだろうか?まるで魔法のように現れてくる。呆然していて思考停止に陥ったが、提督に揺すぶられ正気に戻された

 

「おい!しっかりしろ!」

 

「だ、大丈夫!」

 

ヘリの爆音が大きいため、両者は大声で話す羽目になった

 

「飛んでいる数は何機だ!?」

 

「6機!全部で6機いる!その内、3機は遠くにいる」

 

 対空電探で把握しているため、スコープにはしっかりと映っている。3機は自分達の近くにいるが、残りは警戒のためか、離れている。近づいて来ないのを見ると、何かを待っているかのようだ

 

「撃ち落とせるか!?」

 

「冗談だよね!」

 

「冗談を言ってるように見えるか!」

 

「無茶言わないで!火力が違いすぎるよ!」

 

 提督の無茶な命令に、時雨は唖然とした。まず、こんな敵と戦った事がない。既に陸軍兵士が反撃に出た。中には重機関銃とRPG-7を発射した兵士もいたが、敵機は察知されて悠々とかわされる。ヘリの機動に陸軍兵士を始め、時雨も驚愕した。速力は戦闘機より遅いが、固定翼では実現できない機動。自由自在に飛ぶため中々狙いにくい。それでも自動小銃の数発は当たったらしいが、ケロリとして効果が薄い

 

 お返しに3機の攻撃ヘリは反撃したが、その火力は熾烈だった。特にロケット攻撃は強力だ。ロケット攻撃と機銃掃射のお蔭で装甲車やトラックは、全て大破炎上した

 

「退避しろ!建物の影に隠れろ!」

 

 被害がうなぎ登りに達した事により、隊長である軍曹の命令が飛び込んだ。兵士達はまだ無事な廃墟の建物の中や物陰に隠れた。時雨も提督も博士も隠れたが、ボロボロになって倒れ込んだ港湾棲姫が残されている。北方棲姫は、体力がある程度回復したのか、黒い艦載機を数機招喚すると攻撃ヘリの襲わせた

 

「帰レ!」

 

立ち向かった黒い艦載機は、AH-1SとAH-64Dに搭載された20mmガトリング砲と30mmチェーンガンによって無残にも撃破された

 

『深海棲艦のガキが!くたばれ!』

 

 拡声器を通して警備隊長が叫ぶと共に、AH-64Dからミサイルが発射された。北方棲姫は慌てて逃げたが、ミサイルは北方棲姫に命中し、北方棲姫どころか周りを巻き込んで吹き飛ばした

 

 502部隊は必死になって飛行している攻撃ヘリを攻撃したが、中々落ちない。彼等は攻撃ヘリが普通の航空機と同じだと思っている節がある。しかし、攻撃ヘリは彼等が想像以上に恐ろしいものであるとは思わなかった

 

 502部隊は自動小銃と重機関銃で応戦したが、墜ちる気配が無い。それもそのはず。自動小銃の威力では、攻撃ヘリの装甲を貫通する事が出来ない。生き残った装甲車による重機関銃の攻撃は試みたものの、軽々とかわされ、逆にヘルファイアミサイルをお見舞いされた。中にはロケット砲であるRPG-7を発射する者もいるが、こんなものが空飛ぶ相手に当たる訳がない。空中を動く目標に当てるのは難しい。更に攻撃ヘリには暗視装置も備えているため、撃つ前にチェーンガン等による反撃によって肉片に変えられてしまった

 

「いいか、徹底抗戦だ!隠れながら攻撃しろ!」

 

 軍曹が吠え声を上げたが、兵士達はそれどころではない。車両のほとんどは大破炎上。死傷者多数。おまけに夜目がいいのか、正確に攻撃して来る。たった3機で、しかも数分で部隊が壊滅寸前になるとは予想もしなかった

 

 

 

『ハンター2よりハンター1。目標及び502部隊を沈黙しました。まだ、廃工場に隠れています』

 

 AH-1Sコブラである『ハンター2』はAH-64アパッチである『ハンター1』に報告した。警備隊長は、最新鋭戦闘ヘリであるアパッチに乗っている。

 

「よし、港湾棲姫付近にいる敵を一掃しろ。その後、ホーク全機来るよう伝えろ」

 

『しかし、この状態で回収作業は――』

 

「俺達には時間が無い。浦田社長は怒り狂ってる。計画を前倒しするらしい。いいな。悠長な事を言う暇があるなら、ホーク全機が来る前に反撃する能力を完全に奪え」

 

 AH-1Sの2機とAH-64D1機は廃工場に潜む敵兵に攻撃を仕掛けた。相手も撃ってきているが、7.62mm及び12.7mmの銃弾だ。この程度では、攻撃ヘリは撃ち落せない

 

 反撃する火点を目印に攻撃ヘリは、虱潰ししていく。攻撃していく中、警備隊長は全機に対して次のように述べた

 

「いいか。我々の翼は強い。イカロスの話を思い出せ。イカロスの父は蝋の翼を与えた。父はイカロスに太陽に近づくなと言ったが、イカロスは嬉しさのあまりに父親の忠告を無視して、空高く飛び太陽に近づき過ぎた。だからロウの翼は溶けてしまった。だが、このヘリはイカロスの翼とは違い鋼鉄製だ。しかも、異世界とは言えアメリカ製だ。自爆攻撃や精神論で突撃するしか能のない軍隊なぞ血祭りに上げろ!」

 

警備隊長の激励により、攻撃ヘリは的確に攻撃を開始した

 

 

 

「おい!何で通常兵器が深海棲艦に効いているんだ!」

 

 先程の戦闘を見た提督は叫んだ。通常兵器は深海棲艦に効果は無い。どんな原理で無効化しているか分からないが、これが常識だった。しかし、AH-64から放たれた攻撃は、効果はあった。オーバーキルと思われるほどだ。いや、北方棲姫が怪我をしているものの、地を這ってまで逃げようとしているのを見ると耐性はあるらしい

 

『流石は姫クラスを持つだけあるな。だから、貴様らは再び捕らえる!』

 

 兵士達はヘリの攻撃力に怯えながらも、首を傾げる。あのヘリはどうみても攻撃特化した機体。どうやって捕らえるのか?

 

 しかし、その疑問は直ぐに解けた。別の方向から爆音が近づいてくる。上空に旋回している3機とは明らかに形が違うヘリ。恐らく、時雨が電探で補足していた、遠くで待機していた機体だろう。その回転翼機が来たのだ

 

増援か?しかし、こちらを攻撃してこない。それどころか、倒れ込んでいる港湾棲姫付近の上空まで接近している。3機の機体が炎で照らされたのを見た提督は叫んだ

 

「あれはUH-60ブラックホークだ!」

 

「輸送バージョンの回転翼か!」

 

 博士も舌を巻いた。こちらを攻撃してきた攻撃ヘリとは違い、胴体が大きい。どうみても数人は乗れそうな機体だ。軍曹も陸軍将校も驚愕した。こんな兵器も見たことがない

 

「くそ、ここまでか?」

 

 あのヘリから警備員が吐き出されば、終わりだ。勇敢に攻撃する兵士もいたが、攻撃ヘリに察知され、機銃掃射された。攻撃ヘリに守られながら近づくUH-60。時雨はあることに気がついた

 

「待って……もしかして港湾棲姫と北方棲姫を再び捕らえに来たかも?」

 

「何だって?」

 

時雨の指摘に提督は顔をしかめた

 

「あんなのを捕まえても奴等に何の得が――」

 

「分からない。でも、気になったことがあるんだ!」

 

 時雨は深海棲艦の牢屋で起こったの出来事を簡潔に伝えた。応急処置をしてくれたこと。何故か艦娘を攻撃して来なかったこと、そして気になったこと。それは……

 

「戦艦ル改flagshipは港湾棲姫や北方棲姫を見下していた。暴力を振るっていたけど、必要ないならとっくに殺しているんじゃないかな?」

 

時雨の疑問に博士は反応した

 

「まさか……そうか!あいつら……」

 

「どうした、親父?」

 

提督どころか、近くにいた陸軍将校までも耳を傾けていた

 

「恐らく……奴浦田重工業はまだ全ての深海棲艦を掌握していない」

 

「どういうこと?」

 

「以前に話したと思うが、深海棲艦は上下関係はしっかりしておる。駆逐イ級や空母ヲ級などの個体は、ボスの命令に絶対服従じゃ。逆らうという思考能力はない。深海棲艦の場合は姫と鬼クラスだ。本来なら」

 

 ここまで聞いて時雨は嫌な予感がした。港湾棲姫を生かしたまま閉じ込めたのは、戦艦ル改flagshipのはけ口のためだけではないような気がした

 

「この時代の戦艦ル改flagshipは……まだ指揮権は無いじゃろう。少なくとも野良の深海棲艦に対しては。しかし、戦艦ル改flagshipが姫や鬼クラスの能力を持てば――」

 

「浦田重工業はこの世界の海に生息する深海棲艦の全てを掌握。同時に制海権と制空権を握ったのも同然。しかも、何処からでも攻撃出来る。何て奴だ!」

 

 提督は嫌悪感を露わにした。これでは事態は悪化する一方だ。皮肉な事に人類の敵であるボスを守らないと行けないという事案が出来てしまった

 

「中佐、あのヘリを深海棲艦の姫に近づけさせないよう攻撃出来ますか!?」

 

「内容はよく分からんが、無茶だ!こっちは被害甚大だ!死傷者だってたくさんいる!」

 

 提督の提案に中佐は怒鳴り返した。反撃したい気持ちはある。だが、火力が違い過ぎる。浦田重工業を追い越そうと自分の部隊を強化したが、相手も進歩していた。いや、隠し玉だったかも知れない

 

 しかし、泣き言は言ってられない。3機の内、1機のUH-60は倒れ込んでいる港湾棲姫の上空でホバリングすると、ロープを降ろした。すると、中に警備員がいたのだろう。ロープを伝って降りて来たのだ。着地した警備員は、倒れ込んでいる港湾棲姫を鎖で縛り上げて拘束している。本人は気を失っているのか、微動だにしない。北方棲姫は傷だらけで反撃する力は無かった

 

「不味い!撃ち落せ!」

 

「僕は深海棲艦を守るために戦っているんじゃないよ!」

 

「大丈夫だ。俺も戦う!よく聞け!」

 

 不満を言う時雨だったが、浦田重工業の狙いの1つは港湾棲姫。浦田社長が喜ぶのも見たくはない。提督は何か策でもあるのだろうか?だが、提督の作戦を聞いた時雨は、不満だった。しかし、そうも言ってられない。幸い、あのヘリはホバリングしている。対空射撃に向かない主砲でもこの距離では当てられる

 

 時雨はUH-60を撃ち落すために隠れていた物陰から出て狙いを定めたが、撃つよりも早く、銃撃を食らった。UH-60のヘリには重機関銃が取り付けられており、時雨はその兵器に蜂の巣にされた。威力も高く、艤装の装甲は簡単に貫通した

 

「う、うう……」

 

 人が食らったら死んでいただろう。艦娘だから耐えれたものの、この威力は不味い。小破まで持っていかれた。WW2の駆逐艦には、戦艦や巡洋艦のような防弾鋼板(普通の鋼板より耐弾性が高い特殊鋼)で出来た装甲は持っていない

 

攻撃にたまらず逃げたが、弾は雨のように降ってくる

 

 

 

「狙え!あいつを蜂の巣にしてやれ!」

 

 UH-60のパイロットは重機関銃の射手に怒鳴った。射手だけではなく、待機している隊員も自動小銃を構えて攻撃している。出来れば艦娘も捕らえたいが、上からは深海棲艦の姫を最優先で回収することだと強く言われている。今のところは順調だ。下ろした隊員も港湾棲姫を拘束している

 

 反撃はない。港湾棲姫は気を失っている。502部隊も攻撃ヘリが対応している。遠くで機銃掃射の射撃音やロケット弾の爆発がしている。もう反撃はなんてものはだろう

 

 ニンマリとしてふと目を向けると艦娘が逃げ回っているとは反対方向に人が立っていた。しかも、武器をこちらに構えている。しかもあの武器は……

 

「RPGだ!回避しろ!」

 

 

 

 俺は建物の物陰や瓦礫に身を潜めて移動した。散々な目にあったが、脳は冴えている

 

「時雨、もう少しの辛抱だ」

 

 ヘリは躍起になって時雨を攻撃している。出来れば、時雨がヘリを落としてくれれば良かったのだが、残念ながらそう上手くいかない。結果的に、時雨を囮にしてしまったが、仕方ない

 

 配置につくと俺は武器を構える。後方爆風を遮るものはない。ヘリは気づいたのか、慌てて回避行動をとろうとしている

 

「遅い!」

 

 RPG-7の引き金を引くと同時に、反動を感じた。ロケット弾は、轟音を撒き散らしながらヘリに向かった。ヘリはようやく動きだしたが、それよりも早くロケット弾はヘリに命中。UH-60は爆発を起こし、きみもみ状態になって落下し、地面に激突した

 

 

 

「やった!」

 

 時雨は感嘆の声をあげた。囮になる事は不満だったが、あのヘリを撃ち落とす事が出来たのは嬉しかった。未来ではSH-60と呼ばれる対潜・哨戒ヘリのお陰で散々、酷い目にあった。撃ち落した事はあるが、こちらの被害が甚大だったことには変わりはない

 

 地上に降りた隊員達はヘリが落された事に呆然したが、直ぐに気を取り直してこちらに武器を構える。しかし、警備員が引き金を引く直前、彼らは銃撃を受けて倒れた

 

「全く、無茶をしやがって!」

 

 武器を構えた陸軍将校がこちらを援護してくれたのだ。時雨は再び提督と合流し、建物の影に隠れた。残りは5機

 

 

 

『こちらホーク1!ホーク2がやられた!繰り返す、例の息子と艦娘によってホーク2がやられた!』

 

 ホーク2とは、ブラックホークのコードネームである。パイロットは航空無線で警備隊長に怒鳴り込むように報告した。しかし、警備隊長は損害報告を聞いても鼻を鳴らした

 

「RPGくらい回避しろ!訓練通りにやれ!何をやっている!?ハンター3!奴等を攻撃しろ!」

 

『了解!攻撃します!』

 

 ハンター3は502部隊の攻撃を止め、現場に急行した。流石の艦娘も攻撃ヘリには敵わないだろう。しかし、この502部隊は本当にしつこい。ロケット砲であるRPG-7を花火のように打ち上げていく。攻撃しても中々、白旗を上げない。しかし、警備隊長はニヤリと笑った

 

「そうでなくてな!ここでくたばっても面白味がない!」

 

クーデターの時の陸軍は、30分足らずで尻尾を巻いて逃げた。それだけ実力差があったのだ。相手が銃剣と小銃で突撃したのだから当然と言えば当然だ

 

しかし、502部隊は違う。あらゆる手を使って攻撃している。恐らく、部隊を率いる隊長辺りが優秀なのだろう。それか、前回戦った事があるのか?

 

「まあ、どっちでもいいがな」

 

警備隊長はトリガーを引いた

 

 

 

 時雨はボロボロになり気絶している北方棲姫を安全な所まで運ぶと再び物陰に隠れた。RPG-7を再装填している提督と無線で指示を出している陸軍将校と出会った

 

「後は港湾棲姫だけ。手伝って」

 

 流石に港湾棲姫は時雨の力では持ち運べない。そのため、助けを呼んだのだ。しかし、提督は別の方角を向いたままだ

 

「提督!どうし――」

 

「逃げろ!早く!」

 

 時雨は提督が目線に向いていた方角の方に顔を向けると、驚愕した。別の機体が接近している。AH-1Sコブラが接近している!

 

一同は一目散に逃げたが、敵は機銃掃射を開始した

 

速度はあっちの方が上だ!しかも、機銃掃射がこちらに向かっている!

 

「銃撃だけなら耐えられる!」

 

 時雨は立ち止まると、主砲を攻撃ヘリの方へ向けた。物凄い衝撃が身体を襲ったが、今度は踏みとどまり確実に狙って引き金を引いた

 

10cm高角砲の砲声が何発か鳴り響いたが、ヘリには一発も命中しなかった。こちらが引き金を引く直前に、攻撃ヘリが躱したのだ!

 

「どうやったら、あんな動きが出来るの!?」

 

 固定翼とは違う動きに時雨は驚く。未来では、回転翼である哨戒ヘリは速度はそこまでなかった。よって運が良ければ空母組の艦載機で撃ち落す事が出来た。但し、ジェット機に見つかりさえしなければ

 

目の前の攻撃ヘリは、造りが違うのか?

 

 実はヘリコプターというのは、固定翼機とは違いホバリングや超低空飛行などが出来る。即ち、ホバリングから機首を正面に捉えながら、真横へ並行移動したり、或いは急減速して後退する事など造作もないのである。一部のヘリは、固定翼機と同じように宙返りを行えたり、高度はある程度必要では有るものの、機体を真横へ宙返りさせるバレルロールという空戦機動(マニューバ)も行える。いまこの場にいるAH-1S、AH-64Dは、そのヘリ特有の特徴を最大限に活かせられるように造られている。この航空機に時雨は勿論、502部隊の兵士達は困惑した。高射砲(高角砲)で撃つには低すぎるし、対空機銃で撃つには敏捷過ぎる。小銃なんて豆鉄砲と思われるくらい効果が全くない。CIWSはもうない。無人航空機との戦いの際に大破してスクラップになっている

 

「時雨、来い!」

 

 別の廃工場から提督達が呼んでいる。25mm三連装機銃で攻撃ヘリを牽制しながら、駆け足で移動する

 

「ダメ!撃ち落せない!」

 

「あの攻撃ヘリ厄介だ。しかも、その隙に港湾棲姫を捕らえるつもりだ」

 

 提督の言う通り、別のUH-60が飛来し隊員を降ろすと、港湾棲姫の拘束の作業を再開した。港湾棲姫は未だに伸びている。502部隊は阻止しようとしたが、攻撃ヘリのお蔭で足止めを食らっている

 

「何という火力だ。これが奴らの力か?」

 

 博士は重傷を負った北方棲姫を抱え、物置で隠れながら観察したが、どれも驚愕するものばかりだった。生まれて初めてヘリコプターという物を見たため戸惑っている。攻撃能力も強力だ。ヘリを狙おうと武器を構えても、察知されロケット攻撃によって木端微塵になるか機銃掃射で蜂の巣にされるかのどちらかだ

 

「クソ!このままだと全滅だ。撤退するぞ。港湾棲姫は見捨てろ!」

 

陸軍将校は制止したが、提督は違った

 

「ダメです!港湾棲姫を奴らに渡せません!」

 

「無理だ!奴らの力は私が良く知っている!クーデターの二の舞いにはさせん!」

 

 陸軍将校は、クーデターの際に浦田重工業の警備隊の力を目の当たりにした。自分達は何も出来ずに敗北した。それが身に染みているらしい

 

「撤退しても、奴らは追って来るでしょう!せめて、攻撃ヘリは撃墜します!」

 

「正気か!?」

 

 64式小銃とロケット弾の残弾数を数える提督に、陸軍将校は唖然とした。正気の沙汰とは思えなかった

 

「提督、ダメだよ!」

 

 時雨は制した。提督の動きや柔軟性には驚かされたが、流石に無謀である。提督に何かあったら僕達はどうするんだ?

 

「僕が撃墜する!機銃掃射を食らっても死なないから!」

 

「よし、では二人で倒すぞ!」

 

時雨は艤装を、提督は武器を手に取ると廃工場から外へ駆けだした

 

 

 

「おい、待て!……何て奴だ」

 

 陸軍将校は制止したが、2人は無視した。引き留めようにも既に視界から消えている。将校はため息をついた。救助作戦の命令が下されてから、奇妙な事が起こっている。幼い女子が戦うわ、学生風情の人間が武器持って戦うわ、『艦娘計画』を立案した大佐は北方棲艦の看病をしているわ

 

しかし、何もしない訳にはいかない。無線で軍曹を呼び出す

 

「軍曹、聞こえるか!応答しろ!」

 

 無線から出たのは部下だった。部下は軍曹は生きている事を伝えると、彼を無線に出すよう指示を出した。部隊は向こうで戦っている。被害は甚大であるが、まだ全滅はしていない

 

『こちら軍曹です。命令をどうぞ』

 

「撤退だ!これ以上、ここに留まっていても全滅するだけだ!」

 

 軍曹が無事であるのを確認すると、直ちに撤退指示を下した。もうあの攻撃ヘリとやらには敵わない。しかし……

 

『中佐、そんな事は言わないで下さい。敵が撤退するまで抵抗します』

 

 何と軍曹は抵抗するという。しかも、部下まで同意を得ているのだ。強制ではない。自分達の意志で

 

「おい、もう被害が甚大だ!こっちに戻って来い」

 

『すみません。雑音が酷くて聞こえないです』

 

 ワザとらしい言い分で一方的に無線を切られた。全く何て人達だ!だが、僅かながら嬉しかった。強敵にも拘わらず戦ってくれることを

 

 

 

 物陰に隠れながら移動する時雨と提督。AH-1SはUH-60を守るように辺りを警戒している。これでは迂闊に近づけない

 

「あの攻撃ヘリをやるぞ」

 

「でも、あの機動性では撃ち落せない」

 

 対空機銃では効果がない。高角砲も運頼みのようなもので、攻撃ヘリ近くに都合よく当たるとは限らない。UAVの時は、天文学的な確率で当てたに過ぎないだろう

 

「大丈夫だ。いいか、よく聞け」

 

時雨は提督の案を聞いたが、出た言葉は拒否だった。こんなのイカレテいる!

 

「提督、ダメだ!」

 

「いいか!このままだと奴らが喜ぶだけだ!俺達の未来を回避するためには傍観するか、それとも俺の案を聞いてバカな事をするかだ!」

 

 時雨は提督を見た。ススと泥で顔が汚れている。この時代の提督は、まだ学生だ。しかも軍人ですらない。にも拘らず、武器を持って戦っているのだ

 

「……分かったよ」

 

確かに提督の案は有効だ。尤も、正気の沙汰ではないが

 

 

 

 ハンター3であるAH-1Sコブラは上空を旋回している。パイロットは、回収作業に当たっているUH-60を護衛している。本当は遠くからTOWミサイルを全弾発射して木端微塵にしてやりたいところだが、任務優先だ。そんな事をすれば、回収部隊を下す事が出来ない。弾薬もタダではない。しかも、502部隊とやらもRPG-7を花火のように打ち上げている。対空機関砲が効かないと分かるとロケット砲で撃ち落そうと考えているようだ。だが、こんなのは愚策だ。戦意が喪失していないのは誉めてやろう。しかし、その勇気もそれまでだ

 

 不意に機体に何かがぶつかる音がした。それが銃弾であることは数秒で理解した。パイロットは銃弾が飛んで来た所に顔を向けると一人の男が銃を手にとってこちらを撃っている。しかも、こいつは……

 

「『狂人の息子』か?いよいよ頭が可笑しくなったのか?」

 

よりによってアサルトライフル一丁でこの攻撃ヘリに立ち向かうとは!

 

 

 

 機首を走りながら逃げている例の息子に向けると、三砲身ガトリング砲の準備をするよう射撃手に命じる。こんな敵にミサイルと勿論、ロケット弾でやる必要はない。後は射程圏内まで接近するだけ。この機体を落とすには地対空ミサイルでないと無理だ。相手はそれがない。あったとしても、エンジン排気口上部にはIRジャマーが積んでいる。これで終わりだ!

 

 

 

 時雨は不満だらけだった。確かに自分達は艦娘だ。『艦だった頃の世界』の時の軍艦ではない。博士の言う有機物であり生命体だ。だからと言って

 

(待ち伏せっておかしいよね?)

 

 瓦礫の山に自分は隠れている。攻撃ヘリは警戒しているだけで発見はされなかったものの、やっている事はあまり褒められるものではない

 

(僕は軍艦だよ?海軍所属だよ?いつから陸戦隊になったんだよ!)

 

 これも立派な戦術と言いたい所だが、時雨は何一つ納得しなかった。かと言って、他の案がある訳でもない

 

 ブツブツ文句を呟きなら、待つこと数分。提督が64式小銃と呼ばれる自動小銃を乱射している射撃音が聞こえる。RPG-7は使わなかった。ロケット弾が勿体無いからだ。例えぶっ放したとしても命中はしないだろう。64式小銃にしてもそうだ。あの攻撃ヘリを撃墜出来る程の威力は無い

 

 提督が通り過ぎる足音を確認した直後、断続的に続く銃声音にヘリのローター音が近づいて来る。時雨は対空電探を確認した。機影はこちらに向かっている。いや、このヘリは提督に向かうだろう

 

 作戦はこうだ。提督が囮になる事。攻撃ヘリは提督を追いかけるだろう。その間に時雨は待ち伏せをし、ヘリが接近するのを確認したら至近距離で攻撃ヘリを攻撃し撃墜する。勿論、提督が撃たれる前に。提督が誘導してくれるとは言え、手持ちの兵装では、かなり接近しないと命中しない。しかも、相手が機銃を使う事が絶対条件だ。ヘリは高度を必然的に下げるはずだ。もし、相手がミサイルを使ったらどうするか?

 

しかし、提督はそれを否定した。お互い指名手配している。となると提督の死体が必要であるはずだ。死んだという確実な証拠が。そのために、ロケット弾すら使わないだろう

 

 時雨は提督の命令に心の底から罵った。冗談じゃない!あんな飛行物体をどうやって落せって言うんだ!しかもあんな方法でやるよう言われるなんて!敵がロケット弾を使ったらどうするんだ!確かに一人くらいでロケット弾は使わないという提督の考えは同意するが。しかし、他に策は無い。渋々、従うしかなかった

 

 時雨は提督に言われたことを思い出しながら、電探を見た。電探で自分が隠れているヘリの距離が近づいて来る。後もう少し……まだ……まだだ……

 

 ローター音が大きくなり、時雨は耳を片手で抑えた。とてもうるさいが、まだだ……

 

 電探が自分の隠れている所の真上を飛んでいる事を示すのを確認した時雨は、瓦礫の山に隠れている所から飛び出した。頭上に攻撃ヘリが飛んでいる。既にヘリは攻撃体制を整えている!

 

 時雨は躊躇せずに隠れる直前に兵装を換装した12.7cm連装砲を自分の頭上に低空飛行している攻撃ヘリに向けた。いくら対空射撃に不向きでも、この近距離なら当たる!しかも、敵は気付いていない!

 

「当たれー!」

 

 時雨は叫ぶと同時に攻撃ヘリの腹部に向けて主砲を発射した。主砲の砲弾は攻撃ヘリの腹部に命中。AH-1Sコブラは秋祭りの時に上がった花火よりも盛大に爆発した

 

 攻撃ヘリは火の玉となり、金属片と燃える破片があらゆる方向に飛び散った。巨大な機体はきりもみ状態となって地上に墜ち始めた

 

落下地点が時雨の近くだと分かると、時雨は逃げるように走った。火葬はまだ早い!攻撃ヘリが地面に衝突すると同時に大爆発を起こし、時雨は爆風で飛ばされ、建物の壁に叩きつけられた

 

「痛たた……」

 

 しかし、時雨は攻撃ヘリの残骸と燃え盛る炎を見てニヤリとした。これで二回目だ。未来の兵器をまた倒した。時雨だけの力ではないが、それでも嬉しかった

 

「おい、大丈夫か?」

 

肩を叩かれて時雨はハッとした。提督が駆けつけてくれた

 

「うん。まさか本当に上手く行くとは!」

 

「ああ。港湾棲姫の回収部隊の邪魔をするぞ」

 

提督と時雨は、撃墜現場を他所に、港湾棲姫が倒れ込んでいる場所へ移動した

 

 

 

『ハンター3が撃墜されました!信じられません!』

 

 警備隊長は指揮を取りながら機体を操縦していたが、まさかの報告に愕然とした。AH-1Sコブラを撃墜した!?バカな!あれは攻撃ヘリだぞ!

 

 しかし、気を取り直すと、残存機に命令を下す。このまま被害が大きいと、あの社長が黙ってはいない。手ぶらで帰るのは御免だ

 

「誰に落された?」

 

『例の息子と艦娘です!』

 

 これは予想通りだった。そうでなくてはならない。自分の追っている獲物は羊ではない。闘牛か?それとも狼か?しかし、それでこそやりがいを感じる

 

 もっとだ!もっと楽しませろ!浦田社長が言う危険人物は、相当いい腕をしている!強力な兵器を相手に怯まずに戦うとは!

 

「全機に告ぐ!ハンター2!ホーク3!港湾棲姫を回収しているホーク1を援護しろ!502部隊との交戦を極力控えろ!追い払うだけでいい!」

 

『了解!しかし、ボスは?』

 

もう1機飛んでいるハンター2であるコブラから質問が飛んだが、彼の答えは既に決まっている

 

「俺は奴らを殺る!このAH-64アパッチが相手してくれる!」

 

警備隊長は操縦桿を握ると現場に急行する

 

(もう手加減する必要性はないな)

 

警備隊長はぞっとするような笑みを浮かべながら、心の中で呟いた




攻撃ヘリは相当、脅威です。装甲もあるゆえに、強力な攻撃を仕掛けて来るため被害甚大です
と言いましても、流石に戦車ほど頑丈ではないため、砲弾並の火力が当たれば撃墜出来ます
……当たれば

『ブラックホークダウン』のモデルとなったモガディシュの戦闘ではRPG-7を花火のように打ち上げてようやく撃墜したようなものです
よって映画やゲームのようにロケランで簡単に撃墜する事は無いです。映画やゲーム等の影響を真に受けた、一部のゲリラ達は真似をした所、悲惨な事態に(バックブラストで自爆したり、察知されて攻撃うけたり……)
提督がロケランでヘリを撃ち落しましたが、これは相手のヘリがホバリングしているためです。ヘリの弱点ですね
時雨が攻撃ヘリを撃ち落したのは、奇策もありますが、一番の理由は艦娘ですから
人が木端微塵になるような武器を小型化して艤装に取り込み、軍艦と比べて柔軟性がある。奇襲なら何とかいけそう(但し、時雨もタダでは済まない)
しかも、次話でアパッチの襲撃が来ます
大丈夫か?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 時雨 vs AH-64Dアパッチ・ロングボウ

「軍曹殿、奴等逃げていきますぜ」

 

 最期まで戦うと誓いヘリと交戦していた502部隊は訝し気に物陰から顔をだした

 

 将校達とはぐれてから、攻撃ヘリと撃ち合いになったが、全く歯が立たなかった。固定翼機とは違う攻撃に苦戦したが、遠くで2機目の回転翼機が撃墜されてから上空に飛んでいたヘリは、撃墜した方角へ飛んでいく

 

「……まさか、艦娘とやらが撃墜した影響ですかね?」

 

「そうだとすると好機だ。中佐に連絡してみる」

 

 軍曹は無線で連絡し指示を仰いだ。彼は罰を受ける覚悟をしていた。命令に背いて攻撃したのだから。しかし、帰って来た無線連絡はそんなものではなかった

 

「おい、撃墜した地点までいくぞ!奴ら、深海棲艦の姫を回収しているらしい!」

 

「いいではないですか?」

 

どうでもいいという風に呟く部下に軍曹は一喝した

 

「馬鹿者!奴らは深海棲艦を操るために回収しているんだ!それがどういう意味を表すか。最悪の出来事だろうが!」

 

 勿論、これは助け出した『艦娘計画』を立案した海軍大佐からの説明だ。軍曹は未だに信じられなかった。艦娘計画を立案した大佐は、西村軍曹が残した記録を見たと言う。深海棲艦を操って全世界を攻撃して自分達のものにするなど……誰が考えようか?

 

 初めは信じられなかったが、牢屋に閉じ込められた深海棲艦の姫2人、そして執拗に攻撃してくる浦田の民間警備会社。この事実は変わらない。認めたくないが、変わらない事実だ

 

「いいか、もうひと踏ん張りだ!」

 

 負傷者は戦闘が終わるまで隠れるよう命じたると、現場に急行する。しかし、空を飛んでいるヘリとは違って到着まで時間がかかるだろう。全く、自分は漫画の世界に迷い込んだのか?本が一冊描けそうだ

 

 

 

 時雨は提督と共に港湾棲姫が倒れているの所に向かったが、厄介な敵が現れた。バカデカイ音を立てながら攻撃ヘリが自分達の行く道の上をホバリングしながら阻む。時雨は武器を構えるが、突然、ローター音にも負けない拡声器がわれ鐘のような音を立てた。その音が人の声である事は理解出来た

 

『中々やるじゃないか!?まさか、AH-1SコブラとUH-60ブラックホークを落とすとは。だが、調子に乗るなよ。直ぐにあの世へ送ってやる!』

 

 時雨と提督がAH-64Dのヘリが機関砲を撃ち始める前に、ヘリから離れるよう走り出した。廃工場の建物の影に身を潜んだが、ヘリは時雨と提督が隠れている場所にロケット弾を撃ち込んだ。そのため、2人はロケット弾が廃工場に命中して建物が崩れ出す路地から逃げ出さなければならなかった

 

広い広場に出たが、二人は立ち止まった。道がなかった。その先は海だ。岸壁の方へ走っていたらしい

 

アパッチが上空を旋回して海上にホバリングすると、機首をこちらに向ける

 

「クソ、しつこい野郎だ!」

 

 提督は悪態をつきながら、自動小銃をへりに向ける。時雨も10cm高角砲をアパッチに向けたが、アパッチからは嘲笑った声が辺りを響かせた

 

『冗談だろ!アメリカが生んだ最高のAH-64D(兵器)に、そんな豆鉄砲とガラクタでたてつく気か?』

 

 相手がいい終える前に、時雨は高角砲を、提督は銃の引き金を引いた。しかし、アパッチは攻撃を察知されて高角砲を回避した。自動小銃が放った弾丸は命中したが、ケロリとしている。この機体も防弾仕様だ

 

「くそ、逃げるぞ!」

 

 提督の命令を聞くまでもない。時雨と提督は再び建物の路地に逃げたが、アパッチから強力なロケット弾による攻撃で辺りは崩れ落ちた。時雨も提督も落ちてくるガラスとコンクリートの破片に気を付けながら逃げ回る

 

「あの機体、さっきの奴と違って強い!どうしよう!?」

 

 時雨は絶叫した。反撃しようにも、敵はその隙すら与えてくれない。躍り出て対空機銃で攻撃しようとしたが、それよりも早く機銃掃射を食らった。しかも、弾の威力は凄く、数発で中破まで持っていかれた。機銃掃射だけで大破されてしまうだろう

 

「何でコイツら、いい武器を沢山持ってるんだ!」

 

 提督は絶叫した。流石に生身なので、無茶はできない。アパッチの攻撃力を見て、攻撃する事をためらってしまう。敏捷で禿鷹のようにホバリングしているへりに対して攻撃出来ない。ロケット砲であるRPG-7も狙えない。撃ったとしても、当たる訳がない。さっきのように油断してホバリングしていれば勝機はある。しかし、相手はバカではない

 

 

 

『出てこい!スクラップにしてやる!』

 

 警備隊長は、ヘリの拡声器を使って嘲笑う声と共に提督と時雨が隠れているであろう場所に強力なロケット弾を食らわす。建物が崩れる中、警備隊長は見た。こちらに何かが高速で向かって来る。それは命中しなかったが、警備隊長は即座にそれが何なのかは分かった。RPG-7だ!

 

発射地点に向けてチェーンガンで叩き込んだが、今度は辺りに花火のようなものが上がった

 

『そんな攻撃で、このアパッチが落ちると思ってるのか!』

 

 艦娘は馬鹿なのか?それとも、艦娘は地対空ミサイルは持っていないのか?ああ、そうだった。WWⅡ時の兵装だった。それなら仕方ない。残念ながら、高射砲で墜とせる兵器ではない。しかも、このアパッチは装甲を施している。高射砲の破片や自動小銃くらいで本気で落とせると思っているのか?いや、知らないようだ。コブラを落としたのは、パイロットが油断したせいだろう。全く……慢心するからダメなのだ!

 

ナイトビジョンで逃げ惑う艦娘を確認すると、30mmチェーンガンで狙い撃ちにした

 

 

 

 高角砲と対空機銃を撃ちながら時雨は攻撃ヘリから逃げた。しかし敵機は中々、墜ちてくれない。もう、囮作戦なんて通用しないだろう。何とか打開策を考えながら逃げている内に、敵の攻撃ヘリからの機銃掃射を受けた。30mm機関砲の威力は強力だ。ロケット弾まで食らい、時雨はたちまち大破まで持っていかれた。陸の場合で大破の状態のままで攻撃を受けたら、戦死する可能性もある

 

「いい加減にして!」

 

 弾丸が艤装や体に撃たれながらも、時雨は何とか別の建物の遮蔽物に隠れた。航空攻撃がここまで厄介なのは驚きだ

 

 息を切らして地面に座り込む。弾薬も少なく、対空電探も無線もさっきの攻撃で壊れてしまった

 

上空では攻撃ヘリが旋回している。こっちを探しているのだろう

 

 未だに銃声と爆音、そしてロケットの飛翔音が辺り一面に響き渡っている。502部隊や博士がどうなっているのか知る術が無かった

 

 地面に座り込みながらも辺りを警戒する時雨。すると、暗闇から一人の人影が近づいてくる

 

その人影は提督だった。バケツと弾薬が入った箱を抱えながら

 

「補給と高速修復剤だ!急げ!」

 

 こちらが攻撃を受けている間に、物質を取りに行ったらしい。破壊されたトラックから引っ張り出したとの事だ。と言うより、工廠の妖精達が、攻撃から免れた資源を安全な所まで運んだとの事だ。時雨はすぐに補給作業に入った。三分もしない間に、修復と補給を終えた

 

『出てこい!それとも、遺書でも書いているのか!?』

 

 拡声器を通じてアパッチのパイロットの声が響き渡る。恐らく、この部隊を率いる部隊長だろう

 

「時雨、頑張れるか?」

 

「勿論だよ!このまま負けていられない!」

 

 時雨は立ち上がると行動を起こした。物陰から躍り出た時雨は、アパッチに向けて高角砲と対空機銃をありったけ放った。高角砲がアパッチの回りに炸裂するが、アパッチは旋回して悠々とかわすとこちらに向けてロケット弾と機銃掃射を行った

 

『逃げろ、逃げろ!いつまで逃げられるかな?』

 

 機銃掃射音と共に嘲笑った声が再び喚く。時雨は逃げながら、対空砲火を放った。物凄い戦いとなったが、それも一瞬だ。時雨を追撃していたアパッチが、攻撃を止め急旋回した。攻撃ヘリ付近に流れ星のようなものが横切ったのが見えた

 

『邪魔をするな!』

 

 恐らく、提督が放ったロケット砲だろう。提督に向けて攻撃してくる。自分はともかく、提督は生身だ。ひき肉になってしまう。

 

アパッチが機首を変え、攻撃体制しているのを時雨は見逃さなかった

 

「僕を忘れていないよね!」

 

 時雨は再び対空砲火を放った。偶然だろうか?アパッチ付近に高角砲の砲弾が炸裂した

 

『うおぉぉ!やったな!』

 

 時雨は唖然とした。さっきのは確かに有効な攻撃だ。しかし、上空を飛んでいる攻撃ヘリは落ちない。煙すら吹いていないのだ

 

 こちらを攻撃するかと思い身構えたが、アパッチは何と沖合いに向けて遠ざかっていった。

 

 故障したのか?そう思ったが、それは早とちりだった。アパッチが海上の上空に向けて飛んだ理由が分かった。ミサイル攻撃するためだ!距離をとるためにわざと離れたんだ!だって機首をこちらに向けているのだから!

 

『食らえ!』

 

 残忍むき出しの声と共にアパッチからミサイルが放たれた。あのミサイルは強力に違いない!未来で散々、ハープーンと呼ばれるミサイルを僕達の仲間が食らったのだから!

 

 時雨は別の建物に隠れ、攻撃を防ごうとしたが、ミサイル方が早い。建物に入ると同時に、強力な爆音と爆風が襲った。廃工場である建物はミサイル攻撃で崩壊した

 

「こんな任務は引き受けなければ良かった!」

 

 艤装は降りかかる瓦礫によってダメージを食らっていく。折角、高速修復剤で全快したのに!あの攻撃ヘリ、相当厄介だ!

 

 攻撃ヘリであるアパッチは、機銃掃射しながら突っ込んでいく。時雨も負けじと高角砲と対空射撃で応戦した。しかし、タマの威力はあちらの方が強力だ。こっちの対空機銃は25mm。それに対して、アパッチに搭載されている機銃は、M230 30mmチェーンガン。しかも、正確な射撃も可能だ。余りの強さゆえに『空飛ぶ戦車』と呼ばれるいるのを時雨は知らない

 

 逃走のあまり時雨は、足に何か躓いて転んでしまった。アパッチはそのまま飛び越してしまったが、旋回してまた向かって来る

 

「不味い!」

 

 立ち上がろうとしたが、その前に何者かによって持ち上げられ運ばれた。自分は簡単に持ち上げられたが、何者かは知っている

 

「提督!降ろして、走れるから!」

 

「転んで倒れていたのに強がるな!」

 

 提督が、駆けつけ助けてくれた。流石に武器は置いてきたらしく、別の建物に隠しておいたらしい。しかし、この攻撃ヘリに対して有効な武器ではないため、荷物になっているようなものだ。だが、時雨はホッとした。なぜなら、数秒後に時雨がこけた場所に攻撃ヘリは執拗にロケット攻撃をしたからだ

 

『隠れてないで出て来い!そうやっていつまで逃げ回る気か?』

 

攻撃ヘリが旋回している。あの鉄の怪鳥から逃げれそうにない

 

「ダメだ。ビクともしない」

 

 弱音を吐く時雨。あんなものが空を飛び回り、強力な攻撃を仕掛けて来る兵器は初めてだ。『艦だった頃の世界』で戦った米軍の艦載機、艦攻であるTBF『アヴェンジャー』や艦爆であるSBD『ドーントレス』とは比べものにならない。一航戦や五航戦などが保有する九九式艦爆や彗星、九七式艦攻や天山も太刀打ちできないだろう。艦戦があれば、撃ち落す事が出来るかも知れないが、今はそれがない

 

 しかし実際のところ、AH-64アパッチは時雨が思っている以上に厄介な攻撃ヘリである事を知らない

 

 AH-64の攻撃力は、スピードを除けばP-51であるマスタングやP-47のサンダーボルトと言った当時の連合軍の最強戦闘機に匹敵する

 

 23mm弾が直撃しても耐えるボディを持ち、メインローターが一部損傷しても最低30分は飛行可能。コクピットは、前席と後席の間に破片や爆風を遮る透明なブラスト・シールドが設置され、被弾した際に二名の乗員が同時に負傷する事を防止しており、座席にもセラミック製装甲を取り付けると共に、着陸脚や機関砲・胴体下部は、機体を水平にさえ保てば墜落のショックにも耐えられる耐震設計だ。しかも、暗視装置も備えており夜間戦闘も可能。ミリ波レーダーで敵戦車も破壊可能であり、対空ミサイルも2発装備出来るため対空戦闘も可能だ

 

 時雨は、そんな化け物といえる兵器と戦っている。増援が必要だが、相手は攻撃ヘリだ。例え航空機が来ようが、返り討ちにされる可能性がある。流石に一航戦や五航戦などといった空母組が艦戦を沢山繰り出し、数で攻められたら分が悪いが、AH-64D1機だけで数十機の零戦52型や烈風などの艦戦に挑むバカはいないだろう。流石の未来の提督もアイオワも攻撃ヘリと遭遇して戦う事を予想できなかった。アイオワもAH-64アパッチどころか、攻撃ヘリや無人航空機と遭遇した場合の対処方法を記しておらず、動植物図鑑程度の内容にしか書いていなかった

 

 それもそのはずで、AH-64Dアパッチは米陸軍所属だ。アメリカ海軍向けのAH-64の案は見送られている。米海兵隊はAH-64のデメリットである整備の複雑さを嫌ってAH-1の発展型であるAH-1W スーパーコブラ及びAH-1Z ヴァイパーを使い続けている。無人航空機であるMQ-9リーパーに至っては米空軍だ。アイオワは海軍所属であったため仕方のない事だった

 

「自動小銃相手では豆鉄砲だ。高角砲かロケット弾で直撃させるか、対空機銃でエンジンを当て続けるか。それしかない」

 

流石にロケット弾といった高威力の攻撃は撃墜出来るだろう。エンジンを攻撃すれば不調になって墜落するかも知れない

 

「弾切れまで待つって事は?」

 

「港湾棲姫が連れ去られる。502部隊が奪還しようとしてるが、もう一機の攻撃ヘリに邪魔されている」

 

 状況を聞く限り、敵は何としても深海棲艦の姫を連れ去るらしい。保護した北方棲姫は意識不明の重傷を負っているため戦えない。502部隊も攻撃ヘリの前では無力だった

 

「まずは、あのアパッチをやるぞ!」

 

 

 

 陸軍将校は、はぐれてしまった502部隊と合流したが、そこは激戦だった。相手はたった3機の回転翼機だ。にも拘わらず、翻弄されている。あの息子が、コブラと言っていた1機の攻撃ヘリと汎用ヘリであるブラックホークに部隊に大ダメージを与えている。死傷者は遠くに運ばせているらしい

 

「浦田重工業にこんな兵器があるとは!」

 

 直接指揮を取っていた軍曹は、愕然とした。ここまでやられるとは思わなかった。まただ。自分の部隊は進歩した。しかし、敵わない。相手は本気になって相手をしなかったということになる

 

 そうこうしている内に、浦田の警備員達は未だに気を失っている港湾棲姫の拘束を完了した。何重にも鎖を巻いている。浦田の警備員はさっそく、空輸の準備に取り掛かった。但し、港湾棲姫は普通の人と違って大きいため、ブラックホークには乗せられそうにもない。そこでヘリに吊るして運ぶ事にした。ブラックホークが港湾棲姫の上空にホバリングすると、警備員は早速、作業を開始した。その一部始終を見ていた陸軍将校は、軍曹に警告した

 

「港湾棲姫が連れ去られるぞ!」

 

「くそ!何でもいい!手段は問わない!作業の邪魔をしろ!」

 

 部下達は苛烈に攻撃したが、攻撃ヘリが邪魔して中々近づけない。隊員の中には、RPG-7でブラックホークを撃ち落とそうと試みた者もいたが、攻撃ヘリが見抜いて阻止されてしまった

 

「全く!あんな化け物をどうやって倒せばいいんだ!」

 

 建物に隠れながら、ロケット弾や機銃弾が雨のように降るのを見て、中佐は絶叫した。自爆攻撃も考えたが、それすら無理だろう。出る前に蜂の巣にされてしまう。被害も甚大。弾薬も僅かしかない

 

中佐は無線にスイッチを入れると、命令を下した

 

「聞け!てっ――」

 

撤退命令を出そうとした時、別の方向から爆発音が聞こえた。何だ?

 

 

 

数分前

 

 時雨と提督は分かれて行動した。固まってもどうしようもない。提督が見えなくなると、時雨は広場に出ると旋回しているアパッチに向けて対空射撃を行った

 

『やっと出てきたか!準備運動は万全か?』

 

敵も馬鹿ではない。対空砲火を避けると、こちらに向けてロケット弾攻撃を始めた。物凄い衝撃が時雨を襲い、時雨は宙を舞った。しかし、地面に激突してもすぐに立ち上がり対空射撃を開始する。人ではこんな芸当は出来ない。艦娘だからこそ、出来る技である

 

『効かんな!』

 

 嘲笑った声と共に機銃掃射される。蜂の巣にされたが、まだ耐えられる。幸い、武器システムに異常はない。双方で物凄い撃ち合いになったが、近代兵器の前では時雨は、劣勢に立たされた。アパッチは突然、回避行動を取った。提督がロケット弾を撃ち上げたのだろう。察知して回避行動を取ったのだ

 

『食らえ!』

 

 体制を立て直すと、アパッチは時雨に向けてミサイル攻撃を行った。ヘルファイアミサイルだ。これを食らったら、タダでは済まない。時雨は即座に遮蔽物に隠れたが、ミサイルは遮蔽物ごと吹っ飛ばした。時雨は再び宙を舞った。

 

 時雨はそのまま地面に倒れたが、即座に起き上がった。今の時雨は、本能で動いている。

 

今まで色んな者達を見送ってきた

 

『艦だった頃の世界』で体験した出来事。この世界の未来で自分のために命をかけた仲間達……

 

 ここで……ここで提督が死んだら自分はどうするんだ!僕だけ生き延びても自分には何もない!今度こそ全てを失う!提督も戦ってくれるのは嬉しいが、提督は僕達を適切に指揮するだけでいい!

 

 僕達が必要なのは司令官だ!艦隊を率いる旗艦のような隊長ではない!そんな者は艦娘にだって出来る!艦隊を編成し指揮する者が必要だ!未来でも提督がいなかったら、全員やられていただろう!そんな人間をこんな所で死なす訳にはいかない!

 

 ヘリが時雨とは別方向に機首を向けているのを見て、直感的に感じた。アパッチは提督を狙っている!

 

「君の相手は僕だ!提督は僕が守る!」

 

 絶叫しながら対空機銃を叩き込んだ。25mm三連装機銃はアパッチに向けて射撃を開始する。アパッチのパイロットも驚愕しただろう。くたばったと思いきや、まだ生きていたのだから

 

 直ぐに回避行動に入ったが、ヘリのローターに機銃弾が数発命中。動力系統がやられたのだろうか?煙を上げながら、高度を下げている

 

「やった!やった!」

 

 時雨は喜んだ。2機目もダメージを与える事に成功した。だが、時雨はすぐに顔を曇らせた。煙は出ているものの、中々落ちない。それどころか、体制を立て直したのだ

 

『嘗めるな!ガラクタごときにやられるヘリではない!』

 

 物凄い衝撃が時雨が襲った。30mmチェーンガンを諸に食らったためだ。時雨は再び大破まで持っていかれた。しかし、時雨は何とこの攻撃を耐えている。普通の人間ならとっくにひき肉にされている

 

「この程度……この程度はあのクソ戦艦に比べて痛くもない!」

 

 クソ戦艦とは、時雨を拷問した戦艦ル級改flagshipである。数日も暴力を振るわれたため、幸か不幸か耐性が出来てしまったのだ。銃撃される中、今度は主砲を狙おうと構えた時、アパッチは攻撃を止めた。それどころか、上昇している

 

「弾切れ?」

 

 膝をつき傷口を押さえながら呟いた。敵は諦めたのか?それとも、本当に弾切れなのか?

 

 しかし、次の瞬間、なぜ攻撃を止めたのかが分かった。ブラックホーク2機が現場から飛び去っていくが、その内1機は、港湾棲姫を吊るしていた

 

「待って!」

 

 叫んで武器を構えたが、既に射程圏外だ。UH-60ブラックホーク2機はAH-1Sコブラに護られながら撤退している

 

追いかけようとしたが、現れた提督に止められた

 

「提督、放して! 」

 

「無理だ、諦めろ!あのアパッチは、時間稼ぎだったんだ」

 

 提督は説得しようとして暴れる時雨を押さえたが、時雨は聞く耳を持たなかった。このままだと浦田重工業は深海棲艦の力をてに入れることになる

 

『ははは!命拾いしたな!今度、会ったときは命は無いものと思え!』

 

笑い声とローター音を響かせながらアパッチも撤退していく

 

 時雨と提督は502部隊の連中と博士と合流したが、被害は甚大だった。特に兵士達の死傷者の数は多すぎた

 

「すみません。港湾棲姫は連れ去られました」

 

「仕方ない。我々は手も足も出せなかった」

 

 軍曹は謝罪したが、将校は気にはしていなかった。いや、怒りや無念さはあるだろう。だが、ここで自暴自棄しても何も解決してくれない。それに、北方棲姫は無事だ。もっとも、当の彼女も負傷しているため何とも言えないが

 

「追っ手が来る前に逃げるぞ」

 

 しかし、魔の手は再び彼等に忍び寄って来ているのを知らない。しかも、海の方から……

 

 深海棲艦の息を吹き返すために港に着いた事が、事態を悪化させてしまった事に気づく者はいなかった

 

 




おまけ
時雨「何であのアパッチは、拡声器を使って喋りながら戦闘しているの!?」
提督「多分、参考にしたんじゃない?ある人物から?」
時雨「嫌な予感がするけど……誰?」

Mi-24(ハインドD)『スネーク!まだだ、まだ終わっていない!』
ソリッドスネーク「リキッドー!」

時雨「……うん、分かったよ。何を参考にしたか」
提督「ハインドDと違って撃墜出来なかったな」

AH-64は、ソ連戦車隊への対抗として生み出された攻撃ヘリ
湾岸戦争においては、イラク軍の戦車・装甲車を800台以上撃破したという。他にもレーダー施設や防御陣地の攻撃に投入され、大きな戦果を記録した事から強力な兵器です

……と言いたい所ですが、その反面、速度や整備性、燃費は悪いといった欠点を抱えています。余りの高額に防衛省は62機導入するはずが、13機で打ち切ったと(その内、1機は墜落しましたし)……
まあ、そんな高価な兵器を米陸軍は、約700機を保有していますから。国力の差ですね

AH-64アパッチは、スティンガー対空ミサイルを搭載することが可能ですが、だからといって戦闘機と空中戦をするという構想はありません
一方的に戦闘機にやられないための自衛用です
艦これSSの中で見つけたのですが、空母艦娘が放った零戦大群相手にオリ艦娘(輸送艦だったような?)はアパッチ数機で無双する描写……といったものですが、私はちょっと苦笑しました
基本的に、攻撃ヘリは固定翼機に比較して鈍足であるため、1vs1はともかく零戦の大群相手に対して攻撃ヘリと言えど負けてしまうでしょう
空母組がいれば攻撃ヘリを撃墜出来たかも知れませんが、残念ながらおらず……

MGS1でリキッド・スネークはロシアの戦闘ヘリMi24ハインドDでジェット戦闘機であるF16を2機落としましたが、ハインドDの搭載ミサイルは対戦車ミサイルだけです。この場合ハインドDではなく、リキッド・スネークの方が凄い(そしてハインドDは、ソリッド・スネークにあっけなく撃ち落されたのはナイショ)

それはそうと、前話の誤字脱字の報告ありがとうございます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 時雨、夜戦に突入す!

こんにちは。投稿が予定(?)より遅れました
というのも、友人と一緒に『よみうりランド』に行っていました
艦これやっている人が聞いたらピンと来るでしょう
「瑞雲祭り」に行ってきました
感想?運営がここまで力入れるとは恐れ入った


 502部隊を攻撃し、港湾棲姫を拘束し帰投するヘリ部隊は、浦田社長に報告した。攻撃ヘリAH-1Sと多目的軍用ヘリであるUH-60ブラックホーク一機失った事も伝えた。報告は大事だ。嘘をついてまで報告する必要はない。ヘリ2機の損失は痛かったが、港湾棲姫を奪還したことは良しとしよう。とりあえず打撃だけは与えたので、もう歯向かっては来ないだろう。しかし、本当の恐ろしさは既に向かっている

 

警備隊長はその者に無線で今までの事を報告した

 

「奴等は骨のある。クーデターのように早々と諦めるような者ではない」

 

『良いだろう。殲滅は任せろ』

 

「だが、油断するな。ヘリを落とされたのは502ではない。例の息子と艦娘だ。お前の力だと倒すのは簡単だが、気を付けろ」

 

 警備隊長は無線を切ると、ブラックホークを守りながら基地に向かって飛行した。後は朗報が来るのをまつだけだ。しかし……あの艦娘はよくやる。攻撃ヘリの力を見ても戦うとは

 

 

 

「気を付けろ……か。そうだな。簡単ニ逃ゲルト思ッテイルノカシラ!」

 

 攻撃ヘリからの無線連絡で報告を聞いた彼女は、ゾッとするような笑みを浮かべた。刑務所による襲撃を聞いた彼女は現場に急行したが、距離関係のため時間がかかり過ぎた。その間に浦田社長は攻撃を仕掛けたが、被害は出ているという。今は廃棄された港にいるというが、彼らの目的はすぐに分かった。深海棲艦の姫の力を復活させるためだ。ヘリ部隊の急襲によって港湾棲姫を奪還出来たが、まだ北方棲姫はいる。あいつはまだ、私の正体や動機を知らない。姿を見ていないのだから。港湾棲姫はこちらを知っているが、そこまで詳しく話していない。502部隊や博士に知られる危険性があったが、ヘリ部隊が回収したため安心していいだろう。話したかどうかは別だ。知っていなければ……まだ隠れる事が出来る。誰も気付きはしない。まさか、深海棲艦が人間に化けるなんて思いもしないだろう。浦田の従業員も秘密を知る資格を持つ者だけだ。彼らは口が固い。仮に外部に漏らしても笑われるだけだ

 

 彼女は人間だった。しかし、冬にも拘わらず海に飛び込んだ。目撃者がいれば、自殺か何かだと思うだろう。当然だ。冷たい海に飛びこめば、普通は死んでしまう。だが、彼女は数秒後に海に浮かび上がって来た。しかも、彼女の姿は人の姿ではなかった。全身黒づくめのスレンダーな女性の姿をした異形の生命体。時雨を右腕と左足を踏み潰し、廃人寸前までに拷問した彼女。戦艦ル級改flagshipは港にいる502部隊に向けて突進した。戦艦にも拘わらず、速度は高速で移動していた。金剛達やアイオワが見ていたら、仰天するだろう

 

 彼女は知らないが、未来では高速で逃げ回る戦艦ビスマルクやローマを追い付き、なぶり殺したほどだ。ビスマルクは自分達を作りだした者、日本にいる『創造主の息子』である提督に会うために滅んだ祖国に涙を流しながら捨てて、日本に向かっていたが、そこを戦艦ル改flagshipが率いる艦隊に襲われた。ビスマルクは時間稼ぎをするため、プリンツオイゲンやグラーフ・ツェッペリン達を逃がしたが、戦艦ル改flagshipの力は桁違いだった。数分でビスマルクを撃沈した後、プリンツオイゲン達に追い付き、執拗にまで攻撃した。イギリスやイタリア、イギリスの艦娘達も同じように考えていたのか、日本に向けて舵を取りながら応戦したが、戦艦ル級改flagshipの攻撃からは逃げられなかった。空母アークロワイヤルも戦艦イタリアも全力で挑んだものの、早々と沈められた。ビスマルクを追い詰めたソードフィッシュもグラーフが持つ連合軍が『悪魔のサイレン』と恐れたJu-87も戦艦ル級改flagshipには敵わなかった。どうも、航空攻撃に対して対策がしっかりとされている。おまけに戦艦ル改flagshipには随時、イージスシステムを持つ軽巡ツ級が常に四隻いるため、艦娘達は手も足も出せなかった

 

 

 

 しかし、この時代の戦艦ル級改flagshipはまだそこまで強くはない。戦力も揃えていない。だが、相手に負ける要素はない。航空攻撃は心配ない。艦娘は駆逐艦だけ

 

 殲滅するのみ!浦田社長は生緩い。どうせなら、ナパームで焼き払えばいいものを。それか、クラスター爆弾とかいう爆弾を使えばいい。あっちの世界で盗んだジェット戦闘機があるだろう!

 

「マア、私ハ経済ナンテ知ラナイ。ソレニ……」

 

それに、その方が楽しめるだろ?

 

 

 

「北方棲姫はどうだ?」

 

「何とも言えん」

 

 博士は北方棲姫を見ていたが、彼は医者ではない、そのため、軍医と手当てする羽目になった

 

「大丈夫なのか?」

 

「分からん。あれだけ爆撃受けても死なないとは……」

 

 提督は北方棲姫を警戒しながら、博士に聞いていた。時雨はなにも言わず、ぐったりしている北方棲姫を見下ろしていた。

 

 深海棲艦をここまで近くに見たのは、この時代に着てからだ。未来では、深海棲艦は容赦なかった

 

 白旗も無視し、痛めつけ、ミサイルの標的艦にされて沈まされた。そのため、時雨の心の中では、未来で仲間がやられたのを今もはっきりと覚えている。牢屋では世話になったが、改めて見ると心境が変わった

 

 見た目で判断してはダメだ。仲間は誰にやられた?操られたとは言え、直接手を下したのは誰だ?深海棲艦だ。浦田重工業と同じくこちらを否定し、圧倒的な力で攻撃し、痛め付け、海の底へ沈まされた。こいつは敵だ!何を戸惑っているんだ!時雨の心の中は、どす黒い感情が渦巻いていた

 

こんな奴が、僕たちを……僕達を海に沈めた

 

 誰も気づいていない。提督も博士も。陸軍将校も軍曹も兵士達の負傷者を見ている。ゆっくりと……音も立てずに主砲を北方棲姫を向けた

 

こいつさえ居なければ……。こいつが浦田重工業の手先として成り下がらなければ……

 

「何してる?」

 

提督が不意にこちらを向いた。ばれた!

 

「退いて」

 

「いいか。今は撃つな」

 

「嫌だ!こいつさえ……こいつさえ居なければ……夕立は!僕の姉さん達は!扶桑も山城も!最上さんだって!」

 

引 き金を引くだけなのに、力が入らない。憎むべき敵なのに、主砲が震えている。博士もギョッとして北方棲姫から離れている。だから、巻き添えなんてない!

 

なのに、何で引き金が引けないんだ!北方棲姫は瀕死状態なんだ!

 

「時雨……涙が出ているぞ」

 

 提督の指摘に時雨は、初めて頬に何かが流れる事に気づいた。目を擦った。僕が泣いている?

 

「僕は……兵器だ!敵を倒すため!仲間を守るため!僕は―」

 

それ以降、言葉が続かなかった。北方棲姫が目を覚ました。こちらが砲を向けているにも拘わらず、怖がりもしなかった。命乞いも非難も

 

それどころか近づいて来る

 

「来ないで!それ以上、近づくと撃つ!」

 

北方棲姫は時雨の警告も脅しも屈していない。それどころか……

 

「コレ、アゲル。ダカラ怒ラナイデ」

 

北方棲姫は港湾棲姫が浮遊要塞を召喚した時と同じように、召喚すると時雨に渡した

 

それは飛行機の模型のようなだった

 

「これって!」

 

時雨は気づいた。北方棲姫から渡された飛行機を。これは零戦だ!

 

「アクタン・ゼロ……アゲル」

 

 時雨は零戦を受けとるとマジマジと見た。この艦載機を知っている。確か龍驤さんの艦載機だったはず

 

 時雨は零戦を抱きしめ、崩れ去るように泣き出した。仲間とはぐれてからどれくらい日にちが経ったか分からない。お別れではない。任務が失敗すれば、もう二度と会えなくなるかもしれない

 

「コノ人、大丈夫?」

 

「あ……ああ、大丈夫だ」

 

 涙で視界がぼやけていたが、聞こえてくる会話の内容から察するに提督は北方棲姫と話している。提督も戸惑って至るのだろう。人類の敵である深海棲艦が子供のように振る舞うとは考えもしなかった

 

「時雨、泣くな。もう――」

 

「だって……この機体……龍驤さんの……。僕を守るために戦った艦娘の1人……」

 

 時雨はポツポツと話し出す。悲しい思いがこみ上げてきて涙のダムがいっぺんに切れるように流れる

 

「もこの時代に着いてから……仲間に合っていない。僕は……『艦だった世界』と同じように仲間を見送った」

 

 提督は零戦を取り上げようとしたが、時雨は離さなかった。これは……これは誰にも渡せない。龍驤さんが建造したら返すんだ!

 

「もう……嫌なんだ。こんな思いするなら……いっ――」

 

 一層……その言葉を言う前に、北方棲艦が海に向けて走り出した。脱走?いや、海に飛び込む直前、北方棲艦の顔が鬼の形相だったからだ。提督も困惑したが、次の瞬間、なぜ北方棲姫が海に向けて突進したかがわかる。沖合いに一人の女性が立っている。いや、異形の女性が立っていた。その者は、兵器を提督や時雨、そして撤退作業を行っている502部隊に向けている

 

「敵だ!早く!」

 

提督の掛け声に現場は大混乱した。

 

まさか、もう敵の追撃が来たのか?しかも、海から?だが、時雨は分かっていた。北方棲姫が激しい砲撃戦をしている相手が誰なのか分かっていた。爪が皮膚に食い込むほど両手を握りしめている

 

悲しみが引くと同時に怒りが湧き出て来る。北方棲姫がコテンパンにやられ、首を掴んでいるのを見て、その相手が何者なのかはっきりと解った

 

「戦艦ル級改flagship……」

 

 未来では深海棲艦の司令官である癖に、姫級を痛めつける謎の存在。そして、艦娘を標的艦と称して沈めた冷酷な女……

 

 主砲を構えたが、引き金は引けなかった。駆逐艦の主砲では、あの戦艦ル級改flagshipの装甲を貫通出来ない事は証明されたからだ

 

「北方棲姫が連れ去られる……」

 

「仕方ないです!残念ですが、深海棲艦の姫級は諦めましょう!」

 

 博士は悔しそうに呻いたが、陸軍中佐はそれどころではない。もし、あの戦艦ル改flagshipがこちらに振り向いて砲を撃って来たら、今度こそ全滅だ。幸い、兵士達は軍曹の指揮の元、秘密基地へ移動している。後は自分と数名の兵士。そして、時雨と博士の息子である

 

「時雨、逃げるぞ!」

 

「ダメだ…」

 

「何を――」

 

「ダメだ!あいつ……あいつが笑う姿を見たくない!」

 

 時雨は怒っている。弱っているとは言え、北方棲姫を数分で倒した。長門もミサイル装備をしていたアイオワも勝てなかった

 

「だけど……あいつは無敵だ!悔しい!どんな艦娘でも深海棲艦の姫でもあいつを倒せない!」

 

「いや、そうでもない」

 

 自暴自棄になりかけた時雨に、博士は口を挟んだ。提督は眉を顰め、中佐は呆れるように博士を見ている

 

「確かに戦艦は、強固な装甲と強力な砲を持っておる。しかし、弱点はある。艦娘だろうと深海棲艦だろうと軍艦である事には変わらん」

 

「どういう意味だ?」

 

 提督も訝し気に聞いた。提督も初めて戦艦ル級改flagshipを見た。姫級があっけなく倒されたことに、この敵が如何に強いか物語っている。しかし提督の父親曰く、弱点はあるという

 

「でも、提督……未来の提督はいくら挑んでも倒せなかった!」

 

「ワシは未来の世界を見た事は無いが、記録を読んで推測は出来る。倒せなかったのは、イージス艦を模した軽巡ツ級とジェット機搭載した空母ヲ級がいたからじゃ」

 

「どういう意味なの!?」

 

 時雨は苛立った。何が言いたのか分からない。大体、戦艦ル改flagshipは戦艦同士の戦いでも負けた事は無い!

 

「ワシが言っているのは、不沈は絶対にないと言いたいんじゃ。戦場では兵科ごとに、あるいは兵器ごとに得意、不得意の組み合わせがあり、それをうまく運用するのが戦術じゃ。未来の戦艦ル改flagshipはそれを活用して弱点を浮き彫りにしなかった」

 

 博士の説明に時雨は気がついた。あの戦艦ル改flagshipは本当に姫級と同じく深海棲艦を掌握する能力はないのか?

 

「でも、工作員を助けた時には、あいつは少数の深海棲艦を操っていた」

 

「恐らく、試作段階である機能を使ったんじゃろう。それに、本当に姫級の能力があるなら、随伴艦がいるはずじゃ」

 

 確かに筋は通る。捕まった際に研究所内で空母ヲ級など少数の深海棲艦がいた。しかし、戦艦ル級改flagshipと格闘したが、研究所内にいる深海棲艦が戦艦ル級改flagshipを援護しなかった。自分のボスを大事にしないものなのか?

 

「だから時雨……怒りは分かるが、冷静になってくれ」

 

「分かった」

 

 手に持った零戦を置くと、最後の高速修復剤を被る。自分の身体が全快するのを確認すると、再び質問する

 

「あいつの弱点は?」

 

「人型になろうが、軍艦の性質は変わらん。水線下にダメージを与えれば、戦艦といえど、致命傷じゃ」

 

「魚雷は躱されてしまう」

 

 工作員を救う際に、戦艦ル改flagshipに向けて魚雷を発射したが、悉く躱された。つまり、相手は魚雷が致命傷になる事を知っている事になる

 

しかし、提督は博士とは別の案を出した

 

「何も沈めなくていい。あいつを戦闘不能にしてやればいい」

 

「何を言って……」

 

博士は呆れるように言ったが、提督は手で制した

 

「今は北方棲姫を助けるのが先だ。そのためには、戦艦ル級改flagshipを無力化しないといけない」

 

「どうやって……」

 

「簡単だ。親父……浦田重工業は最新鋭兵器を持っているんだ。そのためには……ちょっと確認したい事がある」

 

提督の思惑に博士は首をかしげた。自分の息子は何を言っているのだろう

 

 

 

 

 

「離セ、コイツ!」

 

 北方棲姫は自分の首を掴まれているのをほどこうと暴れたが、戦艦ル改flagshipは離そうとする気配もない

 

「サテ、オ前ヲ助ケタ相手ハ何処ダ?」

 

 北方棲姫は答えまいと口を固く閉ざしたが、戦艦ル改flagship鼻で笑うと、港の方へ体を向けた。ヘリ部隊からの報告だと港の廃工場にいる。移動しているかも知れないが、北方棲姫がいるということはまだ、いるかも知れない。いや、ヘリ部隊が引き上げてからそんなには時間は立っていない。戦艦ル改flagshipは北方棲姫をごみのように投げ棄てると港に近づいた。北方棲姫は無力化した。仲間も呼べない。監禁の際に、特殊な薬で無力化したのだから。復活するのは1ヶ月必要だろう。それは自分も出来るが、今の段階で仲間を呼び寄せるのは不味い。深海棲艦が北方棲姫側に付く可能性がある。部下は強い者に対して絶対服従。どんな相手だろうと。そのため、姫は絶対に存在してはならない

 

 不意にロケット弾がこちらに向かって物凄い勢いで向かってくる。コピーされたロケット砲であるRPG-7だろう

 

片手で亜音速で飛翔するロケット弾を掴むと、嘲笑ったように呟いた

 

「幼稚な奴等め」

 

 ロケット弾を別方向に向け手を離す。自由になったロケット弾は、何もない海に向かって飛翔したが、最後には海に着弾し水柱がたった。

 

戦艦ル級改flagshipは港に向けて全砲門を向けると、立て続けに砲撃を開始した

 

 浦田社長から命令は受けていたが、戦艦ル改flagshipは命令を無視した。死体確認なんて面倒だ。それどころか、どう言い訳したらいいか、そんな事を考えていた

 

 

 

「ロケット弾をキャッチした!?」

 

 RPG-7を発射した提督は元より、提督も博士も唖然とした。こんなのあり得るのか?その直後、木枯らしのような音がすると同時に、港の廃工場のあちこちで爆発した。戦艦ル改flagshipがこちらに向けて攻撃しているのだ

 

 一同は逃げたが、提督は違った。RPG-7を棄てると、今度はスナイパースコープが取り付けてある64式小銃で狙いを定めた

 

 浦田警備員から奪った暗視装置はあったものの、先の攻撃ヘリとの戦いで壊れてしまった。逃げている際にどこかでぶつけてしまったのだろう。レンズは割れ、一部破損している。もう使い物にならない

 

 しかし、無くても問題はない。なぜなら、月明かりと廃工場から燃え上がる炎のひかりのおかげで戦艦ル級改級flagshipの姿をとらえた

 

(こいつが……未来で親父を殺し、未来の俺と艦娘を追い詰めたボス)

 

確かに姿形が他の戦艦ル級と違う。主に艤装が……

 

 俺は必死になって戦艦ル改級flagshipを観察した。親父も気にはなっていた。青葉と秋雲が残した写真とスケッチで違和感を覚えたらしい。戦艦ル改級級flagshipにしては異様だ。それを他所にスコープを覗いて必死にあるものを探す。その間も、港にむけて砲撃を撃ち続けている。反撃されても対処出来るのか、顔は笑みを浮かべている。全身を観察すると、あるものを見つけた

 

(やっぱり!すでにあれが付いているのか!)

 

既に親父も502部隊も退避している。陸軍には悪いが、これは俺達の戦いだ

 

「時雨。もう一度確認するが、未来では、神通はあれを無効化した後に奇襲をかけたのだな?」

 

『うん。そうだよ。だけど……本当に信じるの?既に僕が未来から来た事に気付いている』

 

「お前も言ってただろ?神通は華のニ水戦だって。しかも、アイオワですら確認している。それに、正体を知ったからと言って、こちらがどうやって戦ったのかを知る術はない。未来の記録は、奪われていないのだからな」

 

 時雨は隠れているため、無線交信した。違っていたら、北方棲姫を諦めて逃げるしかない。しかし、こいつは俺達を追い詰めたボスだ

 

 神通は完全ではないとは言え、無力化したという。なら、俺は破壊するしかない。戦艦ル級改flagshipはこちらには気付いていない。しかし、親父や陸軍将校からは正確な射撃……つまり、狙撃をした事が無い。実戦で撃ったのは、数時間前。そんな人間が当たるとは思えない

 

海岸付近に地面に腹這いになって二脚で銃を支えスコープをのぞき込む。外したら終わりだ。もし、外したら……

 

だが、相手は海上に居る。波の影響で中々狙えない

 

(くそ……)

 

焦りのため、引き金を引いてしまい目標に当たらず装甲に命中した

 

そのため、戦艦ル級改flagshipはこちらの存在に気づいてしまった

 

『逃げて、提督!』

 

 無線はから悲鳴じみた声が鳴り響いたが、俺は逃げない。港湾棲姫は奪われてしまった。そのため、敵の正体が分からない。せめて、北方棲姫を持ち帰る必要がある。それさえ分かれば……

 

戦艦ル級改flagshipが笑いながら近づいて来るなか、俺は必死になって狙撃をした。しかし、がむしゃらに撃っているため、中々当たらない。戦艦ル改級flagshipに命中したが、ケロリとしている。相手は発砲していないものの、何もかも語らず、ただ笑いながら近づいてきている

 

 俺はまるでテレビに出て来る殺人ロボットが来るかのような恐怖に陥った。感情もない、ただ邪魔な者がいるなら効率よく倒すような存在だ。遂に俺は立ち上がって戦艦ル改級flagshipを撃ち始めた。しかし、相手は僅かに仰け反ったくらいでこちらに接近している。遂に目と鼻の先近くまで来てしまった。しかも、もう弾切れだ!弾倉もない!

 

 戦艦ル級改flagshipは俺を殴ろうとしたが、俺は間一髪かわした。隙を与えず銃で殴ったが、相手は怯みもしなかった。力を振り絞って殴った銃は艤装に当たってしまった。口角を吊り上げ、俺が逃げよう動き出す前に喉を鷲掴みにされて、高々と持ち上げられていた。握力はとても強く、いくら暴れても戦艦ル級改flagshipは微動だにしなかった

 

「オ前……ソンナ武器デ私ニ勝テルト思ッテイルノ?」

 

 戦艦ル級改flagshipはもう片方の手で64式小銃を拾ったが、何と片手だけで握り潰したのだ!こいつ、こんな力があったのか!?

 

「答エロ……時雨ハ何処ダ?」

 

「俺を殺さない理由は、時雨を炙り出すためか?」

 

「ドチラデモイイ。オ前ヲ生カシテモ、我々ハ勝ツ」

 

俺にとってどうでもいいことなのか?

 

「俺を殺すよう命じたのか?」

 

「初メハソウ思ッタ。シカシ、気ガ変ワッタ。貴様ニ絶望ヲ与エテ殺ス方ガイイ。未来デハドウヤッテ出シ抜イタカ知ラナイガ、例エ今カラ行動ヲ起コシテモ、我々ハソレヨリモ進スム」

 

 成る程、時雨が言っているように既に見破ったのか。しかし、このままやられる訳には行かない。戦艦ル級改flagshipは俺が破壊した事も気づきもしない。一瞬の賭けだが、それしかない

 

とにかく、時間稼ぎをしないと

 

「いつから気づいた。時雨がタイムスリップしたのを?」

 

「観艦式デ盗聴器ヲ仕掛ケタ。ドレダケ艦娘ガ社会ニ溶ケ込モウト我々ハ直感的ニ気ヅク。貴様ハ我々ノ生ケ贄ダ。数年前カラ監視ハシテイル」

 

 戦艦ル級改flagshipは自慢気に話している。自惚れているのか?しかし、そんな奴ではない。何としてでも沿岸付近に留まらさせなければ

 

「我々と言ったな。お前はどっちの味方だ?深海棲艦か?それとも、浦田重工業なのか?そんなに虐殺して何が楽しい?なぜ、あの浦田社長の味方をする?」

 

質問をぶつけたが、相手は答えなかった。それどころか、不審に思ったらしい

 

「貴様……時間稼ギシテルナ。何ヲ待ッテイル?」

 

 喉に掴まれた手に力が入り、俺は呼吸が出来ない。窒息死しそうだ。しかし、相手は俺に気をとられ、周囲の警戒を怠っている。しかも、仲間を連れてきていない。何故かは知らないが、どうやら理由があるらしい。不意に喉を掴まれた力が弱まった

 

「吐ケ!何ヲ企ンデイル!」

 

「『艦だった頃の世界』で帝国海軍は、夜戦が得意というのを知らないか?」

 

 

 

 戦艦ル級改flagshipは慌てて周囲を見回した。自分は自惚れてはいない。軍事関連は幾度と学び鍛えている。自分の艤装も欠点が見つかると改修をし、更には浦田重工業の技術を使っている。隠れることは出来ない!そのはずだ!

 

しかし、戦艦ル級改flagshipは驚愕することになる。後ろにいた!時雨が!

 

「何!」

 

バカな!レーダーで周囲を……

 

 ハッとして戦艦ル級改flagshipは気づいた。対水上レーダーが作動していない。いや、破壊されている!

 

 まさか、この男!さっきの銃撃は、レーダーを破壊するために!殴られた所が、変なところだったので気にはしていたが!

 

「やっぱりな。未来の俺にはサポートの艦娘がいた。そいつが言うには、レーダーは深海棲艦用に造られていない。つまり、レーダーやVLSと呼ばれるミサイル発射装置は普通に壊れると」

 

 

 

 未来の記録に前例がある。こっそりと忍び寄り、破壊工作した後に叩いた事例が。特に神通は補給し油断しているとは言え、敵艦隊をたった一人で奇襲し、空母を中核とする空母機動艦隊を海の底に沈めた。それは強力な妨害電波とアルミ箔をふんだんに使ってやったという。その技術はアイオワのお陰だった。大混乱に乗じて、川内や鳥海、足柄などは、暴れまくり近代兵器装備した深海棲艦に大打撃を与える事に成功した

 

 実は、深海棲艦の艤装に取り付けられているレーダーや電子装置を見てアイオワはある事に気づいた。電子機器は従来の深海棲艦の艤装に使われている部品と比べて脆い。いや、コンピュータを小型化したような感じといった所か。そこまで特別な装置ではないのだ

 

『ミーがいた未来世界の駆逐艦はストロングよ。But、弱点はあったわ。それはチープキル』

 

 イージス艦や原子力空母などアイオワがいた未来世界の軍艦の性能は驚くべきものだった。しかし、それと同時に新たな課題が生まれた。それは、ロケット砲や爆弾など安価な武器でも高性能な艦艇に近接して大きな損害を与えてしまう事。実際にテロリストの自爆攻撃でイージス艦に多大な被害をもたらしたらしい

 

 流石に人型となった深海棲艦相手は無理だったが、奇襲攻撃には効果があった。また、アイオワから提供してくれたスティンガーミサイルや秋月達の高射装置付きの長10cm砲の量産のお蔭で哨戒ヘリを撃墜する事も可能になった。更には、アイオワの助言で潜水艦娘である伊401であるシオイと伊26であるニムに静寂性を徹底するよう改修を重ね、深海棲艦の艦隊に大ダメージを与えた。何と遥か遠くから海流の流れだけで深海棲艦の艦隊の真下に到達し、魚雷攻撃をしたのだ。この戦術に提督は勿論、潜水艦娘も驚いた。まさか、成功するとは思わなかった。アイオワは苦笑していたが

 

 但し、その戦果は僅かであり、深海棲艦は対策を講じたため手も足も出なくなった。しかし、タイムマシン計画に必要な時間を稼げたので決して無駄ではない

 

 

 

 今回も提督はアイオワと未来の提督の記録を参考し実行した。戦艦ル級改flagshipについていたのは対水上レーダー……正確には回転しているアンテナ……対水上捜索レーダーを提督が破壊したのだ。狙撃は無理だったが、銃で殴った際に破壊は出来た。それにより、時雨は接近し攻撃を開始した

 

 

 

(提督は凄いよ。僕達のような艦娘の能力はないけど、一瞬にして戦術を立てるなんて)

 

 遠くでレーダーを破壊した事を陸軍将校から借りた双眼鏡で確認した時雨は、夜陰に乗じて戦艦ル級改flagshipに接近した。提督が捕まっても焦らなかった。戦艦ル級改flagshipは、利口だ。下手に動けば察知されてしまう。ゆっくりと……音を立てずに

 

 戦艦ル改級flagshipとの距離が縮まってくる。後もう少し。提督が捕まりながらも、質問を投げかけている。敵相手に冷静にいられる人間は早々いない。いや、本当は怖いはずだ。怒りで恐怖を誤魔化しているのか?

 

 攻撃ヘリとの戦闘や砲撃によって燃え盛る廃工場の炎によって、明るくなっているが、それでも視界が悪い。近づく時雨に戦艦ル級改flagshipは、気付く様子もない。遂に、目と鼻の先まで接近する事が出来た

 

 戦艦ル級改flagshipはようやく気がついたのか、辺りを警戒した。そして、時雨と目が合った

 

「何!?」

 

 戦艦ル級改flagshipはこの状況の不味さを理解した。何しろ近距離であり、両者とも水上に居る

 

「これは夕立の仇だ!」

 

 戦艦ル改級flagshipが動くよりも早く、時雨は12.7cm連装砲を構えた。狙うのは、装甲ではない!提督を掴んでいる腕だ!幾ら何でも腕まで装甲を施しているわけではない!しかも、提督を掴んでいるため右腕付近に付けていた艤装を外している!

 

「ギャアアァァ!」

 

 砲声が鳴り響くと同時に戦艦ル級改flagshipは、おぞましい悲鳴を上げた。砲弾は戦艦ル改級flagshipの右腕に命中し、爆発しなかったものの、ひじを丸ごと持っていかれた。腕を引きちぎられたため、提督は戦艦ル改級flagshipの腕からちぎれた手を掴まれたまま海に落下した。だが、岸から離れていないため、提督は自力で上がり逃げる事に成功した

 

「貴様!」

 

 右腕をちぎられても砲塔を時雨に向け、戦おうとする戦艦ル級改flagship。だが、時雨は既に発射していた。魚雷を

 

 戦艦ル級改flagshipは砲戦を開始する前に、時雨が放った魚雷が命中した。如何に強固な装甲を纏おうが、魚雷には弱い。水線下にダメージを与えるからだ。これは艦娘も深海棲艦も同様である。戦艦ル改級flagshipは雷撃に気づき躱そうとしたが、すでに遅かった

 

 魚雷が立て続けに命中。水柱を吹き上げて、戦艦ル改級flagshipは被弾し、中破まで持っていかれた

 

「オノレ!コノ、ガラクタガ!」

 

しかし、戦艦ル級改flagshipも負けてはいない。照準は曖昧だが、時雨に向けて砲撃を開始した。たちまち、時雨の周りに水柱が立ち上がった。だが、時雨はそんな状況でも巧みにかわして距離を取ると主砲を連射した

 

「残念だったね!夜戦は僕たちのお家芸だ!夜戦バカだけじゃない!」

 

 川内は勿論、神通や足柄達で夜戦を挑み敵を撃破した例は幾らでもある。『艦だった頃の世界』の帝国海軍では、水雷戦隊による夜戦が得意だった。昼間と比べて大分接近しての戦闘であり、いくら小さな砲でも近くで撃てば、威力が上がるものである。米軍がレーダーを発達させる前の夜戦では、日本海軍が連戦連勝だったほどだ。言い換えれば、レーダーさえ潰せば何とかなる。提督は危険を承知で実行したのだ。気を逸らすおまけつき

 

 12.7cm連装砲の威力では、戦艦の装甲を破壊する事は難しい。しかし、無傷という訳には行かない

 

「沈めー!」

 

 時雨は絶叫しながら、戦艦ル級改flagshipに向けて主砲を連射した。初めは砲弾を弾かれていたが、今では装甲が悲鳴を上げている。しかも、魚雷を食らっているため思うように立ちまわれない。戦艦ル級改flagshipはサンドバックのように時雨の攻撃を受け続けた

 

「クソガキガー!」

 

 勿論、戦艦ル改級flagshipもやられっぱなしではない。直ぐに立ち直ると、戦艦の主砲を時雨に向け、火を吹いた。たった1発。その1発を動き回っている時雨に命中させた。戦艦の主砲弾だ。駆逐艦に当たれば一たまりもない。AH-64Dのアパッチのヘルファイアミサイルよりも強力な衝撃を受け、海面に叩きつけられた

 

「ぐっ……痛いじゃないか!」

 

 強がっているものの、大破してしまった。反撃を許してしまった。無線で提督が避難するよう喚いている。うるさいが、この状態で動かない訳にはいかない。標的にされる

 

 身体の悲鳴を無視して、強引に立ち上がり、砲を向ける。しかし、時雨は引き金を引かなかった。いや、引けなかった。戦艦ル改級flagshipの様子がおかしかった

 

「ワ……ワタ……私……私……ワた……を」

 

 中破した戦艦ル改級flagshipは深海棲艦が発する怨念染みた声ではない。壊れたラジオのような、そんな感じだ。しかも、人と同じように喋っている!

 

「貴様ガ……私ヲ……傷つけただと!貴様、貴様が私に傷を負わせただと!ガラクタ如きが私に傷をつけただと!」

 

 怒りで顔を歪め、こちらを睨む。時雨は戦艦ル改級flagshipに一矢報いたという喜びや元凶に対する怒りよりも、恐怖した。戦艦ル改級flagshipの怒り狂った姿に

 

 これは何だ?怨念?いや、余りにもどす黒い。怨みという生易しいものではない。怒りと絶望と憎しみが混ざったようなものだ。時雨もこんな感情を露わにした者を見た事がない。深海棲艦で目の前にいる戦艦ル級改flagship以外にここまでどす黒い艦はいない。牢屋で会った港湾棲姫ですらこんな殺気は出せないだろう。一体、何なんだ?

 

「退却だ!修理が必要だ!貴様らは、どうあがいてモ我ニ勝テン!既ニ計画ハ前倒シダ!」

 

戦艦ル級改flagshipは体制を立て直すと、こちらに向けて冷ややかな目線を送った

 

「貴様ラハ、私ノ餌ダ!ドンナニアガコウガ、標的艦ニ変ワリハナイ!」

 

 戦艦ル級改flagshipは全速力で離脱した。深手を負ったのだろう。北方棲姫には振り向きもせず、沖合に向かい闇に消えた

 

「……はぁ……はぁ……」

 

敵が去っていく。それが分かると緊張が解け、海面に座り込んだ

 

 敵の追撃を何とか火の粉を追い払った。相手に損害を与えたが、こちらの被害も大きかった

 

「あれは何だったの?」

 

 時雨の呟きに誰も答えてくれない。提督も分からないだろう。姫級よりも強く、激しい憎悪を持つ深海棲艦を見たのは初めてだ。北方棲姫どころか港湾棲姫とは比べものにならない。どうやったら、あんな憎悪と殺気を放てるんだ?浦田重工業はあんな奴を従えていたのか?

 

 しかし、その疑問は後回しだ。やるべきことをやらないと。時雨は立ち上がると、伸びている北方棲姫の回収作業に入った

 

港湾棲姫は連れ去られたのは痛かったが、北方棲姫から何か聞き出せるかもしれない

 




おまけ1
川内「何で!夜戦と言ったら私だよ!私を召喚して!直ぐに本編に!」
提督「また今度な」
川内「夜戦したい!夜戦!夜戦と言ったら私でしょ!?」
提督「いや……夜戦を行ったのは川内だけではないからな(帝国海軍自体が相当の夜戦バカだから)」
川内「はやく夜戦~!」
提督「分かった分かった。五周年任務【伍:五周年艦隊出撃!】でクリアしなきゃならない任務があるから、5-3の海域へ行ってくれ!」
川内「やったー!夜戦だー!」
時雨「提督……5-3の海域って……」

数時間後
川内改二、夜戦で敵に挑んだものの、返り討ちに会い大破したため艦隊撤退!
川内「……」
提督「ねえ、夜戦好きなのに負けたってどういう意味?君、改二だよ?ねえ?」
川内「今度こそ……勝てるから!」ボロッ
時雨「提督……分かっていて出したでしょう(5-3ってハードの海域だったはず……)?」

おまけ2
伊401「音を出さずに海流に乗って接近し攻撃出来る方法があるなんて……」
伊26「アイオワさん、凄い戦術です!手を焼いていた軽巡ツ級(イージス仕様)と空母ヲ級(ジェット機運用)を倒す事が出来た!ありがとう!」
アイオワ「う、うん。強力な艦隊を沈めるには役立つ戦法ネ」
アイオワ(……本当は海上自衛隊を参考にした戦術なんだけど……複雑な気持ち……)


「艦これ」のゲームでは、昼間と比べて夜戦の攻撃力が高い理由は、史実を反映させている。と言うより、帝国海軍は夜戦バカだった
簡単に言っちゃうと、列強海軍に数では敵わない、どうする?どさくさに闇にまぎれて襲っちゃえ!という考えで生まれたもの
特に水雷戦隊は夜戦が得意だったようで川内だけが夜戦バカではない(川内が参加した戦闘のほぼ全てが夜戦という所を考えると……うん、間違ってはいない)
大戦中には、水兵の夜間視力を高める為にニンジンを食事に出していたのは有名な話
初戦の大戦果には夜戦の戦果が結構ある
しかし、米軍がレーダーの性能を上げ、フル活用するようになると、夜戦における日本海軍の優位性は失われました。サボ島沖海戦以降になると夜戦でも日本海軍は敗北してしまった。所詮、奇襲であり対策取られやすい

そんな訳で夜戦でも負けた旧日本軍だが、何と旧日本陸軍も夜襲をやって米軍を苦しめたという。旧日本軍はリアル川内ですね

おまけ2は、海上自衛隊の逸話。米軍との演習で、海自の潜水艦はエンジンを停止させた上で潮の流れに乗り「音もなく」米軍の駆逐艦の下に忍び寄り、撃沈判定を出すというリアル原潜『やまと』をやっている。尤も、通常潜水艦であるため特に不思議な事でもないが、相当の練度が必要であるため、ある意味凄い
本当かどうかは不明ではありますが……まあ、海上自衛隊のネタは沢山ありますから
護衛艦『ひゅうが』の艦長が『瑞雲祭り』のオープニングセレモニーで祝辞電報を送ったというエピソードもあるくらいですから


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7章 反撃準備
第59話 逃亡


 僕と提督、そして博士が陸軍の特殊部隊によって助け出されてから、数日後……僕達は有名になった。犯罪者として

 

 

 

 北方棲姫を助け出した後、陸軍の兵士が迎えに来た車両に乗り、極秘の基地に隠れていた。いや、秘密ではない。陸軍の軍用飛行場である岐阜基地に送られた。場所はそこしかなかったらしい。先ほどの戦闘によって全員、疲労困憊であったため、食事と睡眠をたっぷりと取った。僕は、博士が用意してくれた資源と簡易用の船渠(ドック)を用意してくれたため、入渠の心配はなかった。ただ、流石に高速修復材は無くなったため、時間はかかったが

 

 翌日、提督は身体中が筋肉痛で痛いと愚痴をこぼした。それもそのはずで、時雨を助け出されてから、無茶な動きと重たいロケット砲と自動小銃を抱えたまま戦っていたためだ。僕があれこれと世話をしたが、提督は苦笑いした

 

「どうしたの?」

 

「いや、これが実力差なんだなっと」

 

「実力ではないような気がする」

 

 艦娘と人の身体能力の違いだろう。尤も、提督は軍人どころかスポーツマンではないため、ある意味仕方ないのだが。時雨は建造してからずっと戦っていたため、身体に支障はなかった。入渠したお陰で修復された

 

 しかし、問題があった。僕の心は治っていなかった。毎晩、悪夢を見る。戦艦ル級改flagshipからひどい仕打ちをされた時の事が

 

 気がつくと時雨はあの拷問部屋にいた。鎖は部屋の天井から伸び、時雨の両腕を固定し釣り上げている。しかも両足は、バタつくことができないように鉄の重りが取り付けられていた

 

「あ……嘘だ。これは夢だ……これは夢だ」

 

拘束を解こうともがくが、鎖に縛られた両腕両足を外す事が出来ない!

 

「夢だ……違う……」

 

「夢……イイ夢デモ見テルノ?」

 

 時雨は凍りついた。いつの間にいたのか、戦艦ル級改flagshipがニヤニヤと笑いながらこちらを見ている

 

「あ……ああ……」

 

「サテ、始メヨウ。イイ鳴キ声ヲ聞カセテモラオウ!」

 

ナイフを手に取ると、時雨の腹にナイフで思いっきり刺したのだ

 

「ギャアアアァァ!」

 

 時雨が懇願したが、止めてくれない。しかもナイフが自分の身体に刺さる度に激痛が走った。助け出されたのは、本当に夢なのか?殴られる度に全身の骨が折れたかと思った

 

 暫くして時雨を殴り続けた戦艦ル級改flagshipは、時雨に痛めつけるのを止めた。気が済んだらしい

 

「オ前ハ存在シテハナラナイ。艦娘ノ力ヲ奪イ縛リツケ売春婦トシテナラ存在シテモイイ」

 

「違う。僕は……艦娘は奴隷ではない」

 

 時雨は泣いていた。 治療されてない生傷を晒し、全身に血をにじませていた。近づく戦艦ル級改flagshipに対して震える声で懇願する。情けない姿だが、これしか出来ない

 

「お願い……もう止めて」

 

「ソウネ。デモ、目ガ反抗的」

 

戦艦ル級改flagshipは時雨の顔を右手で覆った

 

「何を……」

 

「天龍ニ憧レタ事ハアル?」

 

 次の瞬間、右目に激痛が走った。戦艦ル級改flagshipは右目の眼孔に親指を突き立てたのだ

 

時雨は痛みの余り悲鳴を上げた

 

 

 

「痛い!止めて!嫌だ!」

 

「おい、しっかりしろ!夢だ!お前は助かったんだ!もう心配するな!」

 

 提督の揺さぶりと掛け声で目が覚める。錯乱する時雨を提督が起こしたのだ。慌てて身体を調べるが異状は無い。右目はちゃんと見えている。ホッとしたが、身体を震わせていた。痛みはないものの、夢で見たものが生々しかった

 

 こんなことは一度や二度ではない。浦田重工業によって捕らわれてから、廃工場の港の戦いによる出来事で時雨は、トラウマを抱えてしまった。毎晩、夢に出てくる。ミサイルによって仲間が撃沈された夢。戦艦ル級改flagshipに拷問されるという悪夢。逃げる自分を躍起になって攻撃してくる攻撃ヘリや無人攻撃機……

 

 睡眠をとると、必ずそれらの夢を見てしまい、その度に起きる羽目になった。お陰で睡眠不足に陥ってしまった。博士から睡眠薬を貰ったが、それでも目が覚めた

 

 睡眠時に提督の側で寝たが、効果は無い。子供のような考え方だが、仕方なかった。1人で寝るのが怖かったからだ。提督も了承した。だが、安眠する日は無かった。寝る度に悪夢にうなされ、提督に起こされるといった事案が発生した

 

僕は無力だ。何も出来ない。未来の提督が聞いたら、どう思うんだろう?

 

 

 

 そして、悪いニュースも入ってきた。テレビでは、陸軍のクーデター残存部隊が浦田重工業を襲撃したとの事だ。僕達の顔写真まで。僕は名前不詳と書かれていたが、テロリストのナンバー2という犯罪者で報じられた。そして502部隊は、人類の敵である深海棲艦と組んでクーデターを企てているという出鱈目なニュースも流した。しかし、無人航空機や民間刑務所から撮影したと思われる航空写真や防犯カメラの映像が公開された事により信ぴょう性が増した。大本営や国会議事堂では報道陣とデモ隊と市民団体が殺到しているという。浦田重工業の悪事は、全く触れられていなかった

 

「政府からの発表は信じない癖に、浦田重工業の情報なら真に受けるのか?おめでたい奴らだ」

 

 テレビを見た軍曹は吐き捨てるように言ったが、残念ながら浦田重工業の方が一枚上手だった。何しろ、こちらには身の潔白である証拠がない。こればかりは、どうしようもなかった

 

 

 

「胸糞悪いニュースだ」

 

「僕達……これからどうなるの?」

 

「分からん」

 

 もう、基地の外に出る事は出来ないだろう。街を歩けば、警察か憲兵隊に通報されるのがオチだ。今は陸軍将校や軍曹達が匿ってくれたが、いつまでもじっとはしてられない 

 

 しかし現段階で、この状況を打破するのは難しい。浦田重工業の陰謀を暴露しないといけないのだが、その証拠が全くないのだ

 

 提督と一緒に博士の所まで行ったが、今は忙しかったため話す事が出来なかった。陸軍将校も軍曹も状況を打開するため会議を開いたはいるが、会議が終わり出てくる彼らの顔は深刻な表情だった

 

 

 

「もう……どん詰まりだ……」

 

提督の呟きに時雨は項垂れた。もう、この状況を打開する案が思い浮かばないからだ

 

「提督……何か手は――」

 

「無理だ!これ以上!相手は政府も黙らせる程の力を持つ巨大企業だ!」

 

 提督は吠えた。時雨は提督の反応に驚いたが、時雨はその反応を知っている。救助作戦に失敗した時の反応。自分の無力さを知り、嘆いた時の反応。悲しむのを他人に見せつけないために怒りで塗り替えていた

 

 彼は、諦めていた。未来では逃げる事が出来ない。しかし、今は違う。文明が崩壊していないのだから

 

「時雨……ごめん。俺には無理だ。俺がお前達の指揮官なんて無理だ」

 

「そんな事はない。提督も戦った」

 

「戦って気付いたんだ。俺は……お前を助けるために人を殺した」

 

 時雨は何も答えられなかった。刑務所と戦った際に陸軍兵士達と違って、提督は引き金を引くのをためらったらしい。しかし、相手は容赦なく撃ったためやむなく応戦したという。無我夢中で撃っていたが、命中した弾はほとんどない

 

「お前は悪夢に苦しんでいるが、俺もだ。誰を殺したかは知らないが、幽霊が出る」

 

「僕は地獄に見たよ!提督の悩みなんか僕と比べれば――」

 

「違う!そうじゃない!俺には無理だ!もう未来を背負えない!」

 

 提督は歯を食いしばりながら悔しそうに言った。彼も限界だった。それに加えて、提督は軍人ですらない。にも拘わらず、武器を持って戦ったのだ。熱くなり過ぎて、何も考えていなかったが、冷静になって振り返った事が不味かったようだ

 

「未来の俺は……軍人だった」

 

「違う!若いけど、仕草や癖は本人だよ!」

 

「同じだ!間違いを犯して、危険に晒した!」

 

「提督、落ち着いて!」

 

「もう止めてくれ!……こんな事になるんだったら、軍人に目指すべきじゃなかった」

 

 流石の時雨もあんぐりと口を開けた。まさか、提督がそんな事を言うとは思わなかった。未来の提督でも言わなかった。こんな事はあり得るのか?

 

……いや、違う!確かに未来でも心が折れかけていた!未来の記録に書いてあった!確か自殺しようとしてけど、神通達に止められた!

 

「提督、お願い!」

 

懇願しても提督は聞く耳を持たなかった。それどころか、部屋から出ようとする

 

 時雨は無言だった。自分の無力さを感じた。戦艦ル級改flagshipを倒せたのも攻撃ヘリを撃ち落せたのも自分の運だったかも知れない。『艦だった頃の世界』では雪風は僕よりも長く海に浮かんだ。しかし、この世界では逆に入れ替わってしまった。色んな艦を見送った。でも、提督だけは見送りたくない!この人の代わりはいない!それだけだった

 

提督がドアのノブに手をかける直前、時雨はハッと思い出した

 

「そうだね……僕じゃ無理かな。説得させることなんて。提督本人が来たら上手く行っただろうけど。でも、あのタイムマシンは人間では耐えられない仕組みだから」

 

 提督の動きが止まり、こちらを振り向いた。時雨は何を言っているのか、分からないと言う風に見ている

 

「僕はね、提督が戦って欲しくなかったんだ。だって、提督は撃たれると死ぬ。囮になってくれたり、助けてくれたりしたのは嬉しいけど、無謀かなって。でも、感謝している」

 

「……何だ?」

 

提督がぶっきらぼうに聞いてきた。扉のノブから手を放し、こちらに近づいて来る

 

「……僕を信じてくれたって事。僕が人外と分かって無茶したんだよね?」

 

 提督は何も答えない。そうでなければあんな行動は取らないだろう。無人航空機からミサイルが迫って来た時もそうだ。CIWSがあったからと言って、近づくバカはいない。しかし、彼の返事は予想していた答えよりも違っていた

 

「……いや、お前に強敵を倒すよう押し付けただけだ。俺は……敵兵に向けて引き金を引けなかった。反射的に引き金を引いて1人殺しただけだ。お前を囮に使ってヘリを倒した。……楽して勝ちたかった!それだけだ!」

 

 提督は拳を握りながら呟いた。そう言えば、夜戦時において戦艦ル級改flagshipの時に確実に倒すよう命令されたような……

 

「昔、親父から言われたんだ。軍人は憧れるものではないと。ただのヒーローごっこではない、とな。『狂人』という汚名を返上するためになったつもりだが……」

 

「提督」

 

「銃や大砲は恐ろしい。引き金を引くだけで相手の命が終わる。それが自分にも当てはまるのでないかと。お前は恐ろしくないのか?考えもしなかったのか?撃沈され海の底に沈む恐怖を?未来の俺は、お前達を残酷に――」

 

「提督!」

 

時雨は大声で提督を遮った。泣き言は、もう聞きたくない

 

「僕だって怖いさ!仲間が沈むのを見送って来た!だから、この時代に来た!」

 

 気が滅入りそうだった。こっちは地獄を見て来たのに!しかし、精神問題は解決しなければならない。何とか、目の前にいる青年を提督にさせないと!

 

「誰だって初めは、上手くはいかないさ!僕は大阪の戦いで建造されたけど、吹雪達から聞いたんだ!指揮を間違えても研究して、新たな戦術と戦い方を教えていたって!攻撃ヘリや無人航空機だって、提督は一瞬で兵器の特徴や弱点を理解したじゃないか!」

 

「あれは軍人になるために兵器や戦術を勉強していただけだ。兵器については、資料を読んで調べただけだ。バイクと同じだ。趣味の一環だ。兵器は手入れしないと本領を発揮できない。機械いじりの延長線上のようなものだ。それだけだ」

 

「でも、僅かな時間で敵の兵器を把握して命令するなんて凄いよ!僕達だけだったら、戦艦ル級改flagshipに一瞬でやられていた!あの命令は正しかった!」

 

 確かに戦艦ル級改flagshipの言うように、素質はあったかも知れない。しかし、それは指揮官としての素質だ

 

「指揮官はこんなに怖がったりしない。趣味や勉強の一環を艦娘に――」

 

 しかし、時雨は提督の言葉をまともに聞かなかった。提督は諦めかけていた。僅かながら……タイムスリップする直前に見せた顔。あれは、迷いだ。それが見えたような気がした

 

僕は……どうしたら……

 

 その時……時雨の心の中からどす黒いなにかが涌き出てくる。そのどす黒いものは、自分に向けて囁く。いや、閃いたといった方が正しいのか?

 

(提督と一緒に逃げれば僕達は助かる。世界や日本の事は……どうでもいい。どうせ僕達は、周りの人間から嫌われる。ひっそりと生きていけば……そうすれば……誰ニモ邪魔サレナズニ済ム)

 

 自分も驚いた。自分は深海棲艦ではない。それはわかる。手足も人間だ。深海棲艦化という噂が一時期あったが、そういう事実はない。だから、己は深海棲艦ではない事は分かるものの……時雨の心にある欲望だけが涌き出てきた。提督を独占しようとする欲望が。全てを投げ出し、提督と一緒に過ごすという禁断の選択が

 

(もう、限界だ。あれだけ痛い目にあったのに何も変われなかった。何のために戦っているの?理想?人間を守るため?……戦う事しか能は無いの?違う道がある。駆け落ちすればいい。知らない土地で提督と一緒に暮らせば……他の艦娘はイナイ。チャンスダ)

 

 時雨は頭を抱え込んだ。自分のどす黒い何かは、時雨に囁き続いている。例えるなら、自分の分身が現れたというものだろうか?悪魔と天使の囁きだろうか?今では悪魔が勝っている

 

(もう諦めよう。提督は疲弊している。彼を苦しむ姿を見たくないだろ?)

 

「違う!」

 

遂に大声を上げた。これ以上、囁いて来ないで!深海棲艦化になるわけでもないのに、心が痛い

 

「どうした、おい!」

 

 提督は頭を抱えうずくまる自分に肩を叩いた。自分の欲望を抑えた時雨は、意識を失った

 

 

 

 俺は悩んでいた。将来、自分は艦娘に対して酷なことをするだろうという恐怖があるのだろうか?あいつらから、怨みや怒りは無いのだろうか?艦娘は時雨だけだ。他の艦娘は文章と時雨の証言だけだ。まだ、会ったことがない。軍人になるんじゃなかった。理想と現実は違う。俺には無理だ。このまま身を引こうと思った。このまま……

 

 その時だった。時雨は何か悩んでいた。疲れていたのだろうと思ったが、違う。苦しんでいた。おかしい……親父は時雨を完治させたはず!声を掛けたが、振り向いた時雨の顔はいつも時雨ではなかった。何かから怯えている。しかし、目だけはしっかりとこちらを捕らえていた。表情は怯えているものの、目だけはいつもの時雨の目ではなかった。まるで、引きずり込まれそうな……

 

後は説明するまでもない。時雨が気を失ったため、親父を呼んだ

 

 

 

「どうなんだ、時雨は!」

 

「身体は大丈夫だ。何処も異常はない」

 

 手当てを終え部屋から出てきた親父を見るなり、俺は直ぐに聞いた。身体に異常はないと言ってる割には歯切れが悪そうな言い方だ

 

「では、何なんだ!浦田重工業か戦艦ル級改flagshipが毒を盛ったとか、それとも――」

 

「違う。原因はお前だ」

 

予想外の答えに俺は固まった。俺のせい?何も危害は加えていないはずだ

 

「まだ気づかないのか?全く……良いだろう。付いてこい」

 

 俺は親父の案内により、時雨が寝ている部屋に入った。時雨はベットで横になっていた。点滴しているところ以外は、いつもの時雨だ。まるで気持ち良さそうに寝ている

 

「俺のせいって……何なんだ?」

 

「お前は軍人ではない。だから、そこまで責めるつもりはない。お前は才能はある。あの戦いを見て分かった。しかし、責任から逃げようとしている」

 

親父の指摘に俺は困惑した。俺が逃げている?そんな事はない

 

「もう逃げるのを止めた!ノートを見てそれで……」

 

「いや、お前はそのつもりでいただけじゃ。気持ちが変わっても行動は違う。お前……泣き言を時雨に言ったな」

 

俺は固まった。あの時……俺は未来を背負いたくないと……

 

「自覚はあるな。完璧な人間はおらん。しかし、相手はそうは見てくれん。そんなのは言い訳だ。言い訳は世の中には通用せん。例え、自分に非が無くても」

 

「でも、相手はあの大企業の浦田重工業だ!そんな相手――」

 

「そういう問題ではない!それをお前さんを信頼している時雨に言うな!時雨にとってお前は希望なんだ!」

 

俺は目の前が真っ暗になった。艦娘にとって俺が希望?

 

「時雨は先ほども寝言でうなされていた。お前の名を。それだけ信頼されている。だが、お前は時雨の期待を裏切った。それだけだ」

 

 親父には今までの出来事を話した。それまで時雨は、寝不足により病気になったのか、と思ってしまった。しかし、実際は違う。俺のせいでこうなった

 

「お前が逃げようとしたことで時雨の精神が崩壊しそうになった!いや、もう崩壊してもおかしくないはずじゃ!未来で仲間を失い、元凶である浦田重工業と深海棲艦からいたぶられた!でも、時雨は屈しなかった!何故か分かるか!」

 

 俺は今更ながら、間違った選択をしていたことに気づいた。親父の言う通り、俺は時雨の期待を裏切ろうとしている。例え、そんなつもりでは無くても、相手から見れば裏切り行為だ。だから……

 

「軍隊は仲間同士の信頼も大事だ!親友、若しくは家族と見てもいい!しかし、コレだけは忘れるな!」

 

親父は俺の胸当たりに指を指した

 

「お前は……艦娘を指揮する立場だ!皆を率いる者が不安を煽ってどうする!?司令官が仕事放棄をしてどうする!?公私を混同させるな!そして――共に戦う仲間を見捨てず、裏切るな!」

 

 

 

 親父が部屋から荒々しく出て行っても俺は時雨の側にいた。そうだ、俺は逃げているばかりだ。いや、逃げても言い訳している。それで納得したのだ。時雨は俺を頼っているのに、俺は裏切ったのだ。いや、確かに囚われた時雨を助け出したりした。しかし、それは最低限だ。しかも、時雨を友達か何かと思っている節もある。それが不味かった。普段は、友達として接すればいいだろう。しかし、いざという時は戦わなければならない。その時、友達感覚で接したらどうなるか。任務に支障が生じるは言うまでもない

 

 俺は甘かった。艦隊を指揮する事は、責任を背負う事だと。これはゲームではない。生と死の境で戦うことで遊び感覚でやってはいけない。戦うのであれば、最期まで責務を果たす事。それが身に染みた

 

「ごめんな、時雨……」

 

俺はそれしか言えなかった。未来の俺が見たら殴られているだろう

 

艦娘を裏切るなと

 

 俺は、ベットの上で横たわり、寝ている時雨の傍に居る事しか出来なかった。いや、やるべき事がある

 

謝らないと

 




ここからは第7章から始めます
多分、第8章で章の付けは終わる予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 提督になるための資格

今回はちょっと短めです


 最初に眼にしたのは真っ白い天井だった。意識が少しづつハッキリしていく、どうやら随分と眠っていたらしい…。

 

「知らない天井だ…」

 

時雨は呟いた。僕は……あの時……

 

 勢いよく起き上がると驚いた。提督が椅子に座っていた。しかも、寝ていた。何時間寝たか分からない。ただ、喉が渇いた。そのため、提督を起こさないようベッドから出たが、床に足が付く直後、提督が起きた

 

「あっ」

 

「起きたか。すまん、うたた寝をしてしまった」

 

提督は謝った。時雨は、そのまま通り過ぎようとしたが、提督に止められた

 

「時雨……ごめん。俺は……」

 

「いいよ。提督は悪くない」

 

時雨の答えに提督は驚いた。違った答えを期待していたのかな?

 

「僕は悪かったんだ。僕がしっかりしていれば……」

 

「お前は覚えていないのか?」

 

「覚えているよ。変な気分だった。深海棲艦になったような感じがしたけど、気のせいだ」

 

提督は何か言おうとしたが、口を閉ざした。何があったんだろう?

 

「いや……いい。時雨……俺は逃げていた。自分の人生を切り開くのが……こんなに難しいなんて。しかも、組織のトップだなんて。俺には出来ないと思っていた」

 

「誰にも間違いはあるよ。僕達の仲間でもそうだから」

 

 旗艦に当たった艦娘は、完全ではない。間違いはするし、失敗もする。それと同じだ。勿論、反省会はしている。過去から学ばなければ、同じ過ちをするだけだ

 

「時雨……俺はお前達である艦娘を指揮する者。提督になる資格はあるのか?」

 

「どうしたの?」

 

 提督は未来の記録であるノートを引っ張り出し、手紙を見せた。それはアイオワが書いていたもの。提督はこれを読むように言われた

 

「未来の俺は、とんでもないものを造った。仕方ないとは言え、核兵器を造った」

 

「核兵器って?」

 

 時雨は手紙を受け取ると恐る恐る読んだ。アイオワが書いた日誌。建造当日、あの大阪の戦いだった。アメリカ軍人が駐在していた別の場所で建造された。しかし、造られた日は既に深海棲艦からの猛攻を受けていた。アメリカ軍人は既に死んでいた。アイオワは己自身が近代化された装備を召喚してサラトガや長門達を救うために奮闘。だが、敵は強大になっており、自分だけではとても太刀打ちできない。そのため、冷戦期だった頃の戦争技術を思い出して対抗した。妨害電波、アルミ箔、待ち伏せ、全ての艦娘にCIWS配備、F-100スーパーセイバーやFIM-92スティンガーミサイルなど開発し基地の防空能力を向上……

 

 しかし、敵も対策を繰り出しアイオワの対抗手段はほとんど無力化された。そして、核開発。アイオワはクロスロード組と言われる4人の艦娘……長門、プリンツオイゲン、酒匂、サラトガと共に核開発を推奨した。それはどんな都市だろうと巨大な軍艦だろうとたった一発で提督は余りの禁断の兵器に迷うが、行方不明だった艦娘達が人質にされ脅迫される事態になると核兵器の開発を許可した

 

「こんな恐ろしい兵器が……あるの?」

 

 時雨は嫌な予感がした、いや、分かっていた。自分には。核兵器と呼ばれる究極兵器の使われたのは時と場所は。アイオワはウランの採取の際に襲撃に会い、プリンツオイゲン達を逃がすために奮闘し撃沈された。その中に未来の提督とのやりとりがあった

 

『アドミラル、核爆弾で自殺する気?』

 

『……違うと答えれば嘘になるな』

 

『世界の崩壊は誰にも止められない。国を守れず、避難民を見捨て、敵に敗北し、艦娘の大半を海に沈めた愚かな提督は他にはおらんよ』

 

 時雨は歯ぎしりした。分かっていた。時雨を送り出した直後の仲間と提督は、何があたかを

 

「艦娘は俺を怨んでいるのか?敵が強かったとはいえ、敗北し仲間を沈めてしまった事を」

 

提督は悩んでいた。未来を変えるという気持ちはあるものの、これから起こる犠牲という弊害に少なからず躊躇いがあるらしい

 

 

 

時雨はポツリと呟いた

 

「酒匂さんは怖がっていた」

 

「え?」

 

 提督は驚き時雨をマジマジと見た。時雨が酒匂を出したのは、提督が苦しんでいる1人だと直感的に感じた。後にアイオワからの手紙を見た。アイオワの記録を見て、未来の提督と時雨を除く艦娘達は死んだと言う現実を受け止めなければならなかった。なぜなら、手紙には核爆弾で自爆するような事をアイオワに言っていたからだ。長門達はどう思って恐ろしい核兵器を造ったのかは知らない。だが、酒匂の事は知っている。一緒に艦隊行動した事があるのだから

 

「港の廃工場の戦いで提督の無謀な行動に何か理由があるんじゃないかって。きっと、未来の記録で感じたんだよね。汚れ仕事を僕達に押し付けているって」

 

提督は何も言わない。恐らく、当たっているだろう。確かに現場で戦うのは僕達だ

 

「ある遠征の時に酒匂さんは旗艦に当たっていたんだ。でも、その前の日に僕は見たんだ。酒匂さんが阿賀野さんと能代さんの墓石の前で泣いているのを」

 

 阿賀野も能代もミサイル艇を模した駆逐ナ級に沈んでしまった。矢矧は復讐に燃えていたが、酒匂は違っていた。気が弱かった

 

「その時は僕も一緒の艦隊だったから、声を掛けたんだ。明日、任務だから休んだらって」

 

時雨はその時の酒匂の言った言葉をそのまま伝えた。酒匂の本音を

 

『本当はね――本当の本当はね。旗艦なんてやりたくない。今すぐ何もかも放り出して逃げ出したい。お布団に包まって戦いや世界の終わりの事なんて全部忘れて眠りたい。でもね。それは出来ないんだ。逃げ場はないんだって。誰かがやらなきゃいけないんだって』

 

 提督は銅像のように固まって動かなかった。プリンツオイゲンやアイオワ、そしてサラトガをあまりよく知らない。長門については、話す機会はなかった。しかし、時雨は酒匂を知っている

 

 酒匂は阿賀野型4番艦。『艦だった頃の世界』ではほとんど活躍していない。姉である矢矧が大和と共に赴いた最後の戦いですら、酒匂は留守だった

 

「それでも、酒匂さんは戦った!完璧なんていない!だから!」

 

「そうか……だったら、艦娘は俺を怨んでいないんだな。俺は……お前達を指揮する資格はあるんだな!」

 

「そうだよ!」

 

 提督は、神妙な顔つきで頷いた。その仕草は未来の提督と同じだった。改めて確認するが、この人は未来で艦娘を指揮していた人間だ!間違いない!

 

時雨は提督を向き合った。ずっと言おうと思っていた事を……

 

「提督……約束してくれない?」

 

「何だ?」

 

「浦田重工業を倒したら……僕達を探してくれない?」

 

時雨は腹を括っていた。この人なら大丈夫だ。本人は分からないだろうが

 

「どういうことだ?」

 

「僕は『艦だった頃の世界』から来た艦娘。でも、他にも大勢いる」

 

もう、仲間の記憶も薄れている。親しかった艦娘も曖昧な記憶になっていた。しかし……名前までは忘れていない

 

「白露姉さん、夕立、村雨、吹雪、暁、加賀さん、瑞鶴さん、鳥海さん、足柄さん……神通さん……川内……」

 

 出来れば全員の名前を言いたかった。しかし、それが出来なかった。名前を口にする度に悲しさが溢れ出た。そして、自然と目から涙が流れた。仲間は沈められた。僕には何も残っていない。だけど、まだ希望はある

 

「ああ……約束する」

 

 不意に視界が真っ暗になった。提督が僕を抱き締めたのだ。抱きしめられた腕も体も暖かかった

 

「それだけは約束する。浦田重工業をぶっ倒して、建造ユニットを取り返すと建造に取り掛かろう。その時、お前の仲間を紹介してくれ」

 

「う、う、う、うああぁぁー!!」

 

 

 

 提督の言葉が引き金になり、今まで溜めていたものを全て曝け出す様に泣いた。暖かい涙がとめどなく零れて行った

 

「もう嫌だ!1人は!もう仲間が沈む姿を見送るなんて……僕だけが生き残るなんて!だって!」

 

「ああ。そうだな」

 

 暫くそうしたい。そう思ったが、不意に提督の手が緩んだ

 

 何があったのだろう。目を上げたが、提督は扉の方へ向けている。時雨は、扉の方へ目を向けると、即座に提督から離れた

 

何時から居たのだろう?扉に博士が居た

 

「すまん。ノックしても返事が無かった。それに泣き声がしたから慌てて入ったのじゃが」

 

「言い訳は醜いのではなかったのか?」

 

提督は呆れるように言ったが、その反応は落ち着いていた。以前と比べて

 

「一本取られたな。実は見せたいものがある。時間があるときに来てくれ」

 

「僕はもう大丈夫。何があったの?」

 

時雨の返事に博士は頷いた

 

「前日に無人航空機から襲われた時に渡された対空機銃、CIWSというものについてじゃ。あれは、キャリーケースに巧妙に隠されていた。あるものと共に」

 

「あるもの?」

 

「見ればわかる。だが、とても辛い内容じゃ。それでも、知りたいかね?」

 

博士の問いに時雨は頷いた。無力だからと言って逃げてはいけない。提督も頷いていた。提督も腹を括ったらしい。もう大丈夫だろう

 

僕はまだ大丈夫だ。建造ユニットさえ取り戻せば、仲間に会える

 

……僕が生き残れたら。仲間は僕が守る

 




おまけ
提督「何か……未来世界の俺は、ブラック鎮守府SSにあるブラック提督みたいだ」
時雨「流石に違うよ。内容も違うから」
提督「なら、安心だ。ブラ鎮SSは嫌いだよ。内容が何処かの独裁者みたいで。艦娘のキャラ変わっているし。救う手段もほとんど似たような内容だから」
時雨「もし、提督はブラ鎮にいる艦娘をどうやって救うの?」
提督「ん?俺ならこうする」

~回想(あり得たかも知れない物語)~

ある新米の海軍士官に異動命令が下った。それはある鎮守府にいき、提督の補佐として就くこと。しかし、そこの鎮守府はブラックだった
士官「酷い。ここは刑務所か?」
ここって軍の施設だよな?整理整頓は当たり前という軍の常識を無視、そのため鎮守府は幽霊屋敷。腹が減っては戦は出来ないということわざを知らないのかと思うほど食事すら与えず、娯楽すらないため艦娘達も生気がない。海軍士官学校に出たのかと思う程の頭の悪いブラック提督だ
そして艦娘を差別しているにも拘わらずお気に入りの艦娘がいれば、ダッチワイフとして寝室に連れて行かれる
士官「こんな行為は許されない。何とか証拠を……」
証拠を掴むため提督室に入る。誰もいない。その代わり、床には艦娘が身に着けていた服をみつけた。パンツまで
河内「何しているんだ、あの提督。しかし、このパンツ……フォォー!」

寝室
ブラック提督「榛名、お前は俺の命令を無視した。大破進軍を拒否するとはいいご身分だな。お前の姉妹がどうなってもいいのか?」
榛名「申し訳ありません。お詫びに榛名を。榛名を……」
ブラック提督「うむ、いい眺めだ。では、姉妹を解放しようじゃない」
榛名「ありがとうございます!」
ブラック提督の言葉に榛名は思わず涙を流した
ブラック提督「そういう訳で榛名。君にプレゼントだ」
榛名「え……?」
ブラック提督「君は働かなくていい」
パァンッ!!
 部屋に一発の銃声が響いた

???「残念、それは私の尻です」
榛名に撃ち込まれた弾丸を何者かがケツで受け止めた
ブラック提督「なんだこの変態は!?」
そこには艦娘のパンツを顔面に被り、ブリーフ一丁の男が立っていた。
士官(?)「俺の名は、変態魔神……貴様のような悪党を倒す為に神が遣わした正義の変態だ!」
ブラック提督「やはり変態じゃねえか、憲兵!」
ブラック提督の合図とサブマシンガンを構えた憲兵が現れると同時に銃声が響いた
ブラック提督「やったか!?」
士官(?)「くっ」
ブラック提督「これだけの銃弾を受けてまだ立ち上がるつもりか?」
士官(?)「バカめ、俺は痛めつけられればつけられる程に俺は強くなる!例え銃弾だろうと!」
ブラック提督「まさか、コイツはM!」
士官(?)「フォォー!」
震える憲兵達が予備の弾倉に手をかけるより早く次々と顔面に股間を押し込んでいく
「ひゃあぁ」
「ぎゃあぁ」
「うわあぁ」
一瞬で3名の憲兵達は悶絶しながら倒れた
ブラック提督「くっ、来るな!榛名を殺すぞ!」
士官(?)「トウ!」
ブラック提督「体の自由が!?」
投げつけられた縄が体に巻きついて一瞬で亀甲縛りになった
士官(?)「ここに所属する艦娘達を釈放しろ!」
ブラック提督「わかった。解放する」
士官(?)「よし、だがお仕置きは別だ!」
天井に亀甲縛りにされたブラック提督の綱を強く引っ張ると強烈な締め付けでブラック提督は気を失った

後日
士官「おはよう、諸君。本日からここの鎮守府の提督を勤めて頂くことになった。よろしく」
ブラック提督は逮捕され、新米の士官は提督になった。艦娘達は困惑した
霧島「あの人、大丈夫なのかしら?」
金剛「分かりまセーン。榛名は何故か落ち込んで部屋に籠ってイマース」
摩耶「変な噂聞いたぜ。ブラック提督をやっつけたのは変態だって」
龍田「さっき天龍ちゃんが刀を振り回して提督を襲ったけど、何故か顔を真っ赤にして泣きながら逃げていったわ」
夕立「他の皆も同じ事をやって、顔を真っ赤にして逃げていったっぽい。スカートを抑えながら」
鎮守府は新米の提督によって改善された。艦娘達も笑顔が戻った。ただ、変な能力を持っていたため艦娘は下着を隠すのに躍起になっていた。大本営も憲兵隊も変な能力を持つ新米提督にドン引きし、過度の干渉はしなかったという

~回想終わり~

提督「俺ならこうする」
時雨「何で変態仮面なの?」
提督「誰もやらないからだ」
時雨(ブラック鎮守府SSのテンプレを根こそぎ破壊したね)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話 未来からのメッセージ

 僕と提督は、博士に連れられてある部屋に連れていかれた。そこには、既に陸軍将校と軍曹がいた。彼らは神妙な顔つきで待っていたのだ。その他には、テレビとビデオデッキもあった。挨拶が済むと陸軍将校は口火を切った

 

「時雨、でいいかな?これだけは確認しておきたい。君は今から約4年後の未来から来たと。そして、未曾有の危機が訪れ世界は崩壊した。それを防ぐためにタイムスリップしたと?」

 

 時雨は頷いた。博士が既に説明をしたらしい。将校と軍曹は顔を見合わせ、深い吐息をついた。艦娘という存在は受け入れたものの、まさか未来から来たとは予想もしなかったらしい

 

「僕は君達を知っている。会ったことがあるんだ。反艦娘団体からのゲリラから僕達を護衛してくれた」

 

「私が?」

 

 陸軍将校は戸惑い、軍曹はどう反応してイイのか分からなかった。提督も博士も未来の記録で陸軍の部隊が味方してくれたのが、502部隊であると伝えると驚いた。なぜ、極秘にしたのかは不明だが、どうも意図的に書いていないのは確かだ

 

「未来から来たなら、俺達はどうなった?仲間は?帰る方法もないのか?」

 

「軍曹、そこまでにしてくれ。今は重要な映像を流す」

 

 軍曹から質問があったが、博士が遮った。時雨は分かっていた。もう、仲間は既に居ないのだと

 

「親父、何を流すんだ?」

 

「時雨が持って来たハードケースの中に、このビデオがあった。CIWSとかいう兵器と共に巧妙に隠されておった。ワシはそれを見たから記録と共に隠した。お陰で浦田重工業の奴等に見つからずにすんだが」

 

「だから、未来の記録は奪われなかったのか!」

 

提督と時雨は驚いた。こんなものが隠されているとは思いもしなかった

 

「どうして、隠したの?」

 

「……多分、未来の息子はこういう事になるのを予期していたらしい」

 

時雨は博士の言っている事が理解出来なかった。こういうことを予想していた?

 

「とにかく、見てくれ」

 

博士はビデオデッキにビデオをセットすると、ビデオを再生した。モニターに映し出されたのは……

 

「て、提督!」

 

「これが……未来の俺!」

 

 そう……忘れもしない。未来の提督だった。あの時は、海軍でもないにもかかわらず、毎日ちゃんと海軍の制服を来ていた。顔はやつれているが、髭は剃っている。あの時はいつも髭を剃るのを忘れていて、無精髭していた。映像のために剃ったのか?なら、何時撮ったんだろう?場所は横須賀の地下部屋で撮ったんだろう。部屋に見覚えがある。そして、提督の横にもう一人の女性がいた。その人は、セーラー服を来ており、眼鏡をかけている。……間違いない!

 

「大淀さんもいる!」

 

「あいつも艦娘か?」

 

 軍曹は素っ頓狂な声で聞いたが、時雨は気にはしなかった。まだ、時雨以外の艦娘には会ったことがないのだから

 

「うん!でも、一緒に居たのを見なかった。横須賀の地下基地らしいけど……何時、撮ったんだろう?」

 

「それは後にしよう。よく聞くんじゃ」

 

博士はざわめきを静まらせた

 

 

 

『こんにちは。私は提督。元海軍少佐。認識番号MO24-454356H 。本名は万が一のために伏せておきます。この映像を見ていると言う事は、私の部下である艦娘であるタイムスリップ作戦が困難、若しくは遂行出来ない、死亡しているのいずれかと思われます。出来れば考えたくはありませんが、そうも言ってられません。これは第三者及び作戦不可能と考えている艦娘へ向けての映像です。これを見ている皆さんも彼女からお聞きになったと思います』

 

 未来の提督は映像を通して説明を淡々と行っていた。どうやら、これは万が一のために映像らしい

 

『艦娘である彼女から耳にしたでしょう。『新型兵器』若しくはタイムスリップ作戦の事を。過去へ送り、浦田重工業よりも先に深海棲艦を倒すのが優先だと。そうすれば、我々の世界は奇跡で救われる。……残念ながら半分は間違っています』

 

 提督は無念そうな声が流れた。時雨は驚きはしなかった。深海棲艦は浦田重工業が操り世界を手中にしていたからだ。僕達は、生け贄にされた

 

『タイムスリップ作戦は私の過去と私の父である創造主に警告を行うためのもの。それだけです……我々は助からない。この映像を見ていることは、過去へ送った艦娘1人を除いて私と艦娘達は既に殺されているでしょう。例え奇跡的に生き残ったとしても死んでいるのは間違いない。……我々にはもう、手はないのです。嘘じゃない』

 

提督は数歩歩いて大淀に近づく。大淀は大きな紙に書かれた資料と写真を掲げた。戦艦ル級改flagshipと、近代兵器を装備した深海棲艦の写真だった

 

『深海棲艦の異変に気づいた時には手遅れでした。この異変に対して止める術は何もない。アイオワの未来技術を用いても奴等の侵攻を止めるには圧倒的に火力不足です』

 

 未来の提督が説明する度に大淀は、紙をめくる。次は世界地図だが、深海棲艦が侵攻した事が書かれたもの。そして、世界各地の崩壊した都市、深海棲艦に挑み無惨にも大破し横たわる艦娘の艦隊と農作物や森が枯れて更地になった写真。青葉が撮ったのだろう。カメラを持ち歩きその度に写真を撮っていた。ほとんどの者は、青葉の取材と写真撮影に抗議しなかった。青葉は確か……救助作戦の前までは生きていたと思う。

 

『深海棲艦は、浦田重工業の科学技術を使い我々を攻撃している。しかも、ねずみ算式のように増殖し我々の世界に対して無差別攻撃している。また、赤い水から降り注ぐ雨により生物圏は破壊されていくでしょう。このままだと地球の生命はいづれ滅びてしまう。地球の大地は不毛の地となり、世界規模の絶滅はもはや避けられません』

 

 時雨は驚くと同時に疑問を抱いた。浦田重工業は世界を手中に納めるために操っている。しかし、未来の提督は、深海棲艦によって絶滅すると言っているのだ。……浦田重工業は暴走したのか?

 

『この強大な敵に艦娘は歯が立ちません。例え、浦田重工業の同様な兵器が合ったとしても、数の暴力で太刀打ち出来ないでしょう』

 

 資料をめくる大淀は、涙を堪えている。彼女もこの理不尽な現状に嘆いているのだ。しかし、今はそれは出来ない。未来の提督は気づいていないのか、話を続けている

 

『この災厄を解決出来るとしたら、数年前の事件。ワームホールが出現した原因となった隕石衝突を食い止めるくらいでしょう。しかし、当時の隕石の規模は直径50キロメートルに及ぶため現在の科学技術では、これを防ぐ事は不可能です』

 

『……我々に残された時間は数年……いや、数ヶ月しかない。タイムマシンが完成出来たのが奇跡です。艦娘の犠牲は無駄ではなかった。そこまでして完成させたのは、もう道がないからです。この災厄に対して地下シェルターに逃げて待てば良いようなものではありません。世界は変わり果てた姿となる。命は無くなり、有害な空気と岩と水。そして、何かを破壊していく無数の深海棲艦だけの世界となる』

 

この説明に時雨だけでなく、博士を除く全員が息を飲んだ。ここまで酷くなるとは思わなかった

 

『これが『新型兵器計画』及びタイムスリップ作戦に隠されたおぞましい真実。……私の嘘。数十人の無実の艦娘達に戦いで犠牲を強いるためについた嘘です。何故か?』

 

未来の提督はカメラを見据えていた。大淀も資料を片付けると提督に倣う

 

『それは……使者として送った艦娘と共に未来を切り開くため。そのための時間稼ぎ』

 

時雨は一言も聞き逃すまいとしっかり聞いた

 

『世界が滅亡する日は迫ってきている。過去へタイムスリップしようが、それだけでは時間を止めることは出来ない。タイムスリップ作戦の本質は、未来への可能性を紡ぐこと』

 

未来の提督と大淀は、姿勢を正した。気を付けの姿勢だが、逞しく見える

 

『暗闇に差す一筋の光は、過去へ送った艦娘に委ねる。例え、任務失敗しても誰かが受け継がなければならない。何か手を打たなければ、この世界は同じ過ちを繰り返すだけ。私からは以上だ』

 

 これで終わりでない事を祈りたい。何か対策案があるはず。しかし、現実は非情だった。映像は真っ暗になり、何も映し出さない。時雨を初め、全員は暫くの間、何も写らない映像を見続けていた。やがて、博士はビデオデッキからビデオを取り出した

 

 

 

「未来では……こんな事が起こるのか?」

 

 暫くして陸軍将校は恐る恐る時雨に聞いたが、時雨は頷いただけだ。その他のものは口を開かない。提督と中佐はショックを受け、軍曹も言葉を失っていた

 

「あれが……未来の俺……やせ細っていたな」

 

自分の姿に驚いたらしい。あんな深刻な事を話すとは思いもしなかっただろう

 

「これで終わり?」

 

時雨は博士の方へ向けたが、何も答えない

 

「本当に?」

 

提督も聞いたが、博士は何も言わずビデオデッキからビデオから出しただけだ

 

「いや、まだある。さっきの映像は、まだ艦娘を過去へ送るのを決めていない時の頃だろう。このメッセージは失敗、若しくは困難である時に見るためじゃろう。もしものために……私の息子か時雨が何者かに殺され、第三者に見せる為の……」

 

 つまり、失敗した時のために用意されたらしい。未来の提督は、時雨と過去の自分が逃げ出す事までも予想していたらしい。そのためのビデオだ。真実はおぞましいであると。先ほどのように、隠れて静かに暮らすような事はやめさせるための映像だろう。そして、死んだとしても第三者にも伝えようとするため。……これを見た人はどう思うか分からない。これが精一杯という所だろう

 

「全く……未来の俺は、艦娘だけでなくて自分自身も容赦ないな」

 

自分を知っているからあんな事が出来るのだろう。長所も短所も理解してやがる

 

 時雨と提督が考えている最中、博士はビデオを弄った。分解し、テープを取り出すと別のテープを入れ換えた

 

「それは?」

 

「お前さんと時雨へのメッセージだ。まさか、テープをもう1つ用意するとは。ケースに巧妙に隠すとは」

 

 博士はビデオテープの組み立てが終わるとビデオデッキにセットした。これから何が映るのだろうか?

 

 今度の映像も提督が映っていたが、側には大淀さんではなく、明石さんだった。場所も違っており、提督の後ろの部屋にはあの機械があった。タイムマシンだ!その横には大きいコンテナもあったが……アイオワの手紙だと……あの中に核爆弾が……

 

「あの機械……タイムマシンだ!」

 

「あ、あれが!」

 

 提督は驚いた。まさか、映像で見れるとは思いもしなかったからだ。将校も軍曹も驚いたが、博士は驚きはしなかった。既に見たのだろう

 

映像に映っている提督は口を開いた

 

『こんにちは。……時雨……それと過去の俺……そして、父さん。私の……いや、もう堅苦しいのは無しだ。この映像は『新型兵器』の正体を明かす1時間前の映像だ。この映像を見ていると言う事は、俺は既に死んでいるだろう。何と言えばいいのか……時雨……元気にしているか?』

 

時雨は固まった。新型兵器の正体を明かす直前に撮ったのか!

 

「提督……僕は……元気だよ!」

 

 記録用の映像にも関わらず、時雨は声を上げた。未来の提督は……本当に僕達を……

 

『俺は戦争犯罪者だ。タイムマシン建造のために、勝てない敵に対して艦娘を出撃させた。かなりの艦娘が撃沈された。既に負けると分かっているのに出撃命令を出した。それに加え、大本営や政府、そして市民まで騙して来た。全てはタイムスリップ作戦のため。一部の者しか真実を語らず。恐らく、歴史史上最悪の事をした。アイオワや長門、プリンツオイゲンなどから『艦だった頃の世界』の歴史を学んだ。チンギスハン、ヒトラー、スターリン以上の恐ろしい事をした』

 

部屋は重苦しい空気に包まれた。仕方がないとは言え、真実を語らずに戦ったのだから

 

『だが、これだけは言わせてくれ。俺はお前達である艦娘を仲間だと思っている。そして、俺は自分の意志で軍人に成った。入隊した当初は名誉と汚名返上。ただ、それだけだった。艦娘達と出会うまでは』

 

 未来の提督は話始めたが、しゃべり方は過去の提督と同じだ。歳をとっても変わらない。まあ、4年しか経っていないのだが

 

『俺は『東京湾駆除作戦』に初期艦である5人を出撃させたくなかった。理由は……可哀想だったからだ。変に思わないでくれ。幼い少女が深海棲艦を倒せる訳ないと。見た目で判断した。だが、叢雲に一喝されたよ。『見た目で判断しないの!……何、不満なの?』って』

 

 未来の提督は僅かながらにやりとした。しかし、目は笑っていない。明石は銅像のように立っているだけだ。未来の提督は経験した事を語り続ける

 

『しかし、俺の予想と違って吹雪達は東京湾にいた深海棲艦を倒した。あれは驚いた。ニュースになった時は全員、喜んだ』

 

 未来の提督は朗らかに話しているが、口が震えていた。時雨には分かっていた。あれは恐怖。これから起こる事への……

 

僕を過去へ送るために艦娘が総動員して防衛にあたらせた

 

『今は違う。そんなのは昔話だ。俺は深海棲艦を調べていた。なぜ、陸地に関心のない連中が躍起になって攻撃したのか?なぜ人間のように学習し戦略が立てれるのか?なぜ、深海棲艦である姫級が現れなかったのか?』

 

未来の提督は顔をしかめた。明石が駆け寄ったが、未来の提督は制した

 

『俺はある仮定にたどり着いた。信じたくはなかったが……何者かが深海棲艦を操り世界を攻撃しているとしか考えられない。しかも、人である可能性が高い。俺達は……餌だ。そのためだけに。ずっと待っていた。家畜のように艦娘が強くなり、戦力拡張している俺達を奴らは舌を舐めながら待っていた』

 

怒りを抑えながら、悔しそうに言った。未来の提督は気づいていた

 

『だが、証拠はない。タイムスリップする際に情報を与えなかったのは、混乱を招くからだ。現場の現状と当時の社会情勢は違う。それに左右され任務に失敗するのだけは避けたかった。怒るかも知れないが、分かってくれ!この作戦はやり直しはきかない!そして、お前にプレッシャーを与えたくなかったからだ!』

 

 時雨は口を挟まず黙って聞いていた。部屋は映像から流れる音声以外は、何も聞こえない。陸軍将校達も同様だ

 

『武器も絶望的だ。アイオワの予備であるCIWSしか送れない。ミサイルは論外だ。そのアイオワも……撃沈された。あの忌々しい戦艦ル級改flagshipによって。サラトガが知らせてくれた』

 

 しかし、武器が送れても浦田重工業が保有する戦力に勝てる事はないだろう。未来兵器である攻撃ヘリや無人航空機も持っているのだから。撃墜出来たのは幸運だ。幸運は二度も続かない

 

『……すまん……俺は……この後の新型兵器の説明しないといけない。分かるだろう。……明石……頼む』

 

明石は無言で頷き、未来の提督の側に立つと口を開いた

 

『時雨ちゃん……聞いている。私も怖いの……これから起こることが。でも、伝えないと。これは失敗したときのバックアップ映像だから』

 

明石も同じく映っていたが震えていた。彼女も未来の提督と同じだ

 

『悪い知らせは聞いたとおり、変異した深海棲が世界を滅ぼしている。崩壊ではない、消滅しようとしている。何者かが深海棲艦を操っていると提督は考えているけど……疑問もあるの。こんなことして誰が得をするのかを』

 

 明石は淡々と説明したが、時雨達は分かっていた。原因は浦田重工業。原因は不明だが、浦田社長の野望通りにならなかった

 

『もし、本当に人が関与しているのであれば、その関与した人は何処へ住んでいるのか?そこが重要な問題だと私は思う。惨劇を見る限り、どの土地もどの海域も人も艦娘も住めそうにない。嘘じゃないわ』

 

 明石の声もまた暗かった。こんな暗い声を聞いたのは数回あるが、今映し出されている明石の表情は、それよりも暗かった

 

『その関与した人が何処へ逃げるのか?私の考えは2つ。1つは異変した深海棲艦が拠点としているトラック島とハワイ諸島。恐らく、そこだけが人が暮らせるよう改造している。もう1つは……その関与した人が、もう人間ではないという可能性』

 

明石の告白に全員が衝撃を受けた。……関与した人が人間ではない?

 

『衝撃的な言葉でしょう。でも……これは提督と工作艦である明石と大淀、そして海外艦であるアイオワが情報共有して導き出した答え。その根拠は……時雨ちゃん。知っているなら話すわ。『超人計画』って知っている?』

 

「っ……!?」

 

 時雨は目の前が真っ暗になった。未来の提督は知っていた!どうして!?どうして、平然としているんだ!?

 

『知っている前提で話すわ。『最新鋭兵器』によって被害が出た事により……提督と私と夕張、そして秋津洲は提督の父親が残した研究所をひっくり返して『タイムスリップ理論』を見つけ出した時……提督は別の資料見つけたの。『超人計画』というのを。そして、提督の先祖の事を。この秘密を知っているのは、提督と私である明石だけ。夕張と秋津洲は知らない。知る者が少ない方がいいとの判断で。こんな世界になってしまった為、状況が状況だから。私達……艦娘は……人間ではない。しかし、深海棲艦みたいにただ殺戮や破壊を繰り返すだけの兵器ではない。私達は自分の意志で生きている。人と同じように感情がある』

 

 未来の提督は『超人計画』を知っていたが、皆には黙っていた。しかし、明石はどうして平然として話しているのだろうか?

 

『私は衝撃を受けたけれど、同時に納得出来た。私達は人から造られた存在。しかし、違う所は使われるだけの存在ではないという事。そして『艦だった頃の世界』とは違い過ちを繰り返さないため。私は工廠で兵器を開発し改修していた。当時、兵器の問題を抱えていた所を改善し、零戦や烈風などの艦戦など航空機を一新した。艤装では、それがフルで使える。改装計画も実現出来た。でも……その努力も未来兵器には敵わなかった』

 

 明石の思う所は確かに当たっていた。兵器は物に過ぎない。しかし、兵器は人類の技術が結晶化したものであり、戦いの勝敗に繋がるため軽視は出来ない。戦艦にしろ空母にしろ単純に、この兵器はあれよりも優れている、と比較する事ができないため当たり前である

 

『アイオワが情報を提供してくれた未来兵器を参考に、私達……異変した深海棲艦のボスである戦艦ル級改flagshipの弱点を探るべく分析しました。改修された形跡はあるものの、あれは『艦だった頃の世界』に誕生した戦艦ではない。砲は大和型戦艦が搭載した主砲と同等かそれ以上の強力な艦砲であり、ある程度の対空戦闘は可能。射撃システムも一新しているかも知れない。着弾率はとても正確だと長門さんは言っていた。しかし、重要なのは対空・対潜任務は戦艦ル級改flagshipを随伴している軽巡ツ級ということ』

 

「つまり……あいつは無敵ではないのか?」

 

 提督は呟いた。軽巡ツ級を倒し攻撃を仕掛ければ勝機はある。まだ、戦艦ル級改flagshipは全ての深海棲艦を掌握していない。時雨も分かっているが、問題があった。普通の軽巡ツ級だったらいい。イージスシステムを持つ軽巡ツ級は対処しようがない

 

『人類の敵である存在を操り世界を支配しようとしている者がどんな理由で実行しているかは分からない。それも目先の利益で動いている可能性が高い。最悪の結果をもたらす事を知らずに。それを防ぐのは私達だけと言う事。私達の存在は、深海棲艦を倒すだけではないの。『艦だった頃の世界』の惨劇を防ぐため』

 

 明石はそこまで言うとポケットから紙を取り出し、カメラに映すために広げた。そこに書かれているのは設計図だ。それも……『大型建造計画』

 

『これは……不可能な夢ではない。矢矧や伊401しか建造出来なかったけれど……もし……彼女の力なら……』

 

 時雨は明石の思惑が分かったような気がした。大型建造は強力な艦娘を造り出せる。だが、それは大量の資源を要する。そして何よりも、現れるとは限らない

 

 しかし、何もデメリットばかりではない。あの建造ユニットはまだノーマルだ。もし、大型建造出来るのなら……本来の出来事とは早く強力な艦娘が存在していれば……

 

未来の提督と明石さんは、そんな事を……

 

『私の手元にある建造ユニットは、大型建造は出来る。時間を労したけど、改造出来た。だけど、大型建造が可能だった頃は、深海棲艦は変異していた』

 

 つまり、間に合わなかった。だから、未来の提督は大型建造をやらなかった。敵が強大になり、損傷や撃沈した艦娘が多くなったから取りやめた。そのように聞いている

 

『時雨ちゃん、これを見ていると言う事は辛い目に合っていると思う。私には何が起こったのか、確認する事が出来ない。でも、よく聞いて。重要なのは、これで終わらないと言う事。どんな強敵が現れようとしても、力を尽くせばきっと達成出来る』

 

 明石はそこまで言うと未来の提督に目を向けた。未来の提督は石造のように微動だに動いでおらず、明石が説明している間、口を挟まなかった

 

明石が話を終えたのを確認すると、未来の提督はようやく口を開いた

 

『もし……もし、これを見ている者が過去の自分と親父と……502部隊である中佐であって欲しい。俺は敵が……何者かまでは突き止められなかった。もし、その敵が強大であっても諦めずに戦って欲しい』

 

未来の提督は決したように言った

 

『世界崩壊は避けられない。敵の手に渡さないためにタイムマシンの設計図も機械も破壊しなければならない。つまり、やり直しは出来ない。辛いだろう。でも……時雨、お願いだ。お前しか出来ない。真の敵を倒し、共に未来を現実のものとしてくれ』

 

 映像は終わった。この後、何があるのは時雨は分かる。『新型兵器計画』の正体は兵器ではなく、タイムマシンだったと言う事を。確か天龍が怒り狂ったっけ?僕が止めたけど

 

 この映像のメッセージを見る限り、未来の提督も艦娘も生きてはいない。でも……やり直しは出来る。たった一度だけのチャンス。浦田重工業も時雨の秘密を見破られた

 

「提督……みんな……うん……逃げてはダメだね。逃げても解決した事にはならない」

 

 時雨は何も映っていないモニターに向けて呟いた。もう迷う必要もない。逃げてはダメだ。でも……そのためには敵をどうにかしないと

 




おまけ
提督「これが未来の俺か」
時雨「うん。そうだよ」
提督「髪はあるな」
時雨「まだ若いから」
提督「あのコンテナには核爆弾があるのか?」
時雨「僕は見てないけど」
提督「実はピンボールの部品を使ったインチキ爆弾とかないよな?」
時雨「提督、安心して。ドクはいないから」
提督「デロリアンか猫型ロボットがあれば……」
時雨「だから無いから」

やり直しはきかない。デロリアンか猫型ロボットがあれば……無いですね

ところでファ○通の表紙に『艦これ』五周年記念特集として海自の制服を来た伊勢と日向がありました
階級は不明ですが……伊勢には防衛記念賞がたくさん着けていたのには驚きました
何を貢献して受賞されたのかな?多分……瑞雲祭りかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話 一致団結

 映像を見終わった一同の反応は様々だ。ため息をつく者、互いに顔を見合わせる者。そして、未だにモニターを見続けているもの

 

暫く沈黙は続いていたが、陸軍将校である中佐は沈黙を破った

 

「すると私は本来よりも早く出会ったということか。艦娘とやらに」

 

「そういう問題ではないですよ、中佐!浦田重工業が暴走していたのなら、我々の任務は失敗したんですよ!」

 

 軍曹は真っ青になった。初めはタイムスリップやら世界崩壊やらを聞いたときは、信じられないが、先程の映像を見て真実だと受け止めることしか出来なかった

 

「良いではないか、軍曹。分かっただけでもいいことだ」

 

陸軍将校は時雨と提督、そして博士と向き合った

 

「クーデターの参加を強要されたとはいえ、 浦田重工業は我々の仲間を殺した。そして、今度は己自身も暴走している。それを食い止めなければならない。もう任務や汚名返上だけではない。しかし、我々の力だけでは無理だ。お願いだ、力を貸してくれ」

 

 陸軍将校は軍曹と共に頭を下げた。時雨も提督もどう反応していいのか迷ったが、博士は頷いた

 

「そうじゃな。ワシらもあんた達抜きでは『艦娘計画』が完成出来なかった。未来の息子の声も聞けた。済まない事をしたと思うが、あいつは立派だった」

 

「もう自分探しや逃げるのを止めた。俺は戦いは得意じゃないが、指揮や分析は出来る」

 

「でも銃持って戦っていたけど?」

 

時雨は指摘したが、提督は苦笑いしながら首を振った

 

「銃声や爆発音で耳が変になってさ。それに、俺の戦果はヘリ一機と敵兵1人だけ倒しただけだ。深海棲艦なんて倒せる力なんて無い」

 

「お前はまだ新兵だからだ。それに陸軍の部隊ではない」

 

 陸軍将校は指摘した。まだ戦い慣れていないので仕方ない。しかし、知識と分析能力は優れていると思う。『艦だった頃の世界』の帝国海軍は夜戦が得意だったり、兵器の性能と弱点を僅かの時間で把握するのを見ると素質はあるだろう

 

「そう言えば無人航空機に追われた時に、どうして『あれは機銃はついていない。それにオリジナルではない』と言ったの?」

 

 無人航空機に追われた際、提督は的確な指示を出した。あの時、まるで無人航空機であるUAVを知っているような感じだった。アイオワの情報だけで見破られたとは思えない

 

「ああ、あれか。無人航空機についてはアイオワの情報だけだ。しかし、あの無人航空機……結構近づいてミサイル撃っていただろ?」

 

「うん……確かにそうだった」

 

 夜だったため距離感覚は掴めなかったものの、対空電探ではそこまで離れて撃っていない

 

「アイオワの情報だと空対地ミサイルであるヘルファイアの最大射程は約8,000m。しかも、命中率は余程の事がない限り必ず命中する。本物なら俺とは時雨はこの世にいない」

 

 時雨は真っ青になった。最大射程が8,000mで必ず命中する!?こんな物で僕達を殺そうとしたのか?

 

「でも、そうはならなかった。CIWSのお陰もあるだろうが……あの無人航空機は性能が落ちているようにも見える。少なくともアイオワに書かれてあった情報よりも」

 

「でも、根拠はないんでしょ?」

 

「確かに根拠はない。でも浦田重工業が建造したイージス艦だってそうだ。金を巻き上げるために造るにしてはおかしい。金儲けならコストを抑え、大量生産可能で使い勝手の良い兵器を売りさばけばいい。しかし、そうはしなかった」

 

時雨は舌を巻いた。提督はそこまで考えていたの!

 

「イージス艦は何か別の目的に使うため?」

 

「そうとしか考えられない。アイオワの手紙にも書いてあったように、この世界はアイオワが居た世界と違ってミサイルもジェット機も存在しない。にもかかわらず、浦田重工業はアイオワも首を捻るような粗悪なイージス艦を数隻造った」

 

 時雨だけでなく、その場にいた全員が驚いた。この男、まだ学生なのにここまで分析出来たのか?

 

「まだ推測だから真に受けないで欲しいけど」

 

「いや………頭の片隅に覚えておこう。では、もう一度聞くが、未来のワシの息子のメッセージに従うのじゃな?」

 

博士は自分の息子の推測に驚きはしたが、直ぐに気を取り直し全員に聞いた

 

「今更だが、相変わらずぶっ飛んだ話だ。俺は中佐と共に数年間、陸軍で飯を食って働いてきたが、こんな奇妙な任務は初めてだ」

 

部隊長である軍曹はニヤリと笑った

 

「深海棲艦が現れた時点で突拍子のない事だが……ここまで来たら降りる訳にも行かない」

 

 陸軍将校も降りないようだ。彼も複雑だろう。浦田重工業を崩壊させようも動いていたが、こんな事になるとは思わなかったようだ。まして、艦娘と関わるとは思わなかった

 

 時雨は提督を見た。こちらを見ている事に気づいた提督は、罰が悪そうに笑ったが、彼も同じだ

 

「趣味と軍の入隊試験の勉強でやって来たが、もう腹を括るしかないな。あん悲惨な現象を見たくはない。俺と艦娘達を追い詰めた元凶を倒さないと前には進めないからな」

 

「提督……みんな……ありがとう」

 

 時雨は嬉しかった。艦娘だけではない。他の者も戦おうとしている。提督ももう逃げないだろう。戦う事は出来なくても自衛と艦娘の指揮は出来る

 

「よし、決まりのようじゃ。ワシも戦艦ル級改flagshipに殺されたくはないの。問題はそいつじゃ」

 

 博士は深刻そうに話した。浦田重工業は陸軍に任せるとして、時雨である艦娘は深海棲艦を操る事が出来る戦艦ル級改flagshipを相手しないといけない

 

「問題はやはり戦艦ル級改flagshipの能力と武装だ。奴の力は戦艦だが、普通の戦艦ル級以上の力を持っている。ワシは港であれを初めて見たが、改flagship級でもこんな馬鹿げた力は見たことがない。しかも自立しているどころか、北方棲姫に楯突いた。こんな現象は深海棲艦と言えど、反する行為じゃ」

 

「そうなの?」

 

時雨は驚いた。深海棲艦にもルールというのがあるのだろうか?

 

「北方棲艦は幼いとは言え、姫級だ。戦艦ル級や空母ヲ級などは彼女達の部下のようなもの。人間とは違い自由意思は存在しない。他の者への攻撃とボスである姫や鬼級を命捨てて守る」

 

「そこまで違うの!」

 

 時雨は驚愕した。僕達、艦娘は深海棲艦は『敵』という考え方だけだ。中身は知らない。というより、誰1人として深海棲艦を知らなかった。報道だと宇宙人だとか神の怒りだとか政府が極秘裏に作り出した生物兵器が逃げ出したとかで憶測が流れたものの、正確に正体を把握した者は居なかった。艦娘でも分からなかった。未来の提督は知っていたものの、博士ほど詳しくは知らない。先祖と『超人計画』の産物だろうが、今はそれが頼りだ

 

「怨念の存在とは言え、あくまで生き物。そして人とは違う。文化も思考も違うのじゃろう。しかし、姫や鬼級は知的生命体で上位個体じゃ。それに逆らう者は港で現れた例の戦艦ル級改flagshipだけじゃ」

 

 博士が言うには、戦艦ル級や空母ヲ級などの通常個体の深海棲艦は姫や鬼の為なら命を捨てて守るというものらしい。現に港湾棲姫は浮遊要塞を召喚したが、浮遊要塞は体当たりをしてまでミサイル攻撃から港湾棲姫と北方棲姫を守った

 

 本来はそのはずだが、なぜか戦艦ル級改flagshipは違うらしい。守るどころか、見下している。実際に時雨も見た。牢屋で港湾棲姫と北方棲姫を敬意すら払わず殴る行為を目撃した。深海棲艦同士の争うと思ったが、博士の話だと違うらしい

 

「夜襲ももう通用しない。対策されるだろう。奴の能力と正体を見破らないと、返り討ちにあう」

 

「ちょっと聞いていい?」

 

時雨は博士と提督が考えている最中、聞いた。ずっと引っ掛かっている事を

 

「あいつは僕に酷いことをされた。だけど……どうやって僕が未来から来たというのを見破ったんだろう?あいつも未来から来たのかな?」

 

「いや、それだったら親父どころか俺もとっくに殺されていただろう。……自力で調べたにしても、深海棲艦の姿のままウロウロしたりしないはずだ」

 

提督から否定されて安心した。本当に未来から来たら歯が立たない

 

「それ以前に……本当に人のように滑らかに話したのか、あいつは?」

 

 時雨は頷いた。これを聞いたのは、時雨だけだ。いや、港で中破まで追い込んだ時の戦艦ル級改flagshipは普通の人の言葉で話したが、攻撃を受けて一時的に声が変わったと思っている。しかし、時雨は確信している。あの声……何か訳がある!

 

「北方棲姫は何処?あいつなら知っているかも知れない」

 

「残念ながら、今は療養中だ。いつから閉じ込められたかは知らないが、あの戦艦の攻撃を食らっていたため既に瀕死状態だ。まともに口を聞けず、何も聞けない。ただ、あいつが全てを知っているとは思えん」

 

 港湾棲姫が奪われた事が痛かった。あの姫なら知っていただろう。港湾棲姫は確かこう言った

 

『アレハ私ノ仲間デハナイ』

 

 港湾棲姫は知っていたかも知れない。あれが何者なのか。博士にも牢屋で港湾棲姫とのやり取りを話したが、首を傾げるだけだ

 

「済まないが、ワシにも分からん。情報不足だ」

 

「ごめんなさい」

 

「何も謝る必要はなかろう。それはそうとして、今日はここまでにしよう。ワシも疲れたからな」

 

 博士の一声に皆が同意した。色々あって皆は疲れていた。皆が纏まったのは良いとしても、敵を倒さなければ意味はない

 

 

 

浦田重工業の本社ビルにて

 

 浦田社長は疲れていた。何しろ、今回の被害は予想よりも大きい。捕らえた例の親子と艦娘である時雨は、502部隊によって奪われてしまった。しかも、深海棲艦である姫級二人まで。奪還しようと戦力を送り敵にダメージを与えたが、逃げられてしまった。増援を送ろうにも、注目を集めてしまう。マスコミが嗅ぎ付けられたら厄介だ。幸いにもマスコミを取り押さえる事が出来、国には偽装の情報を流した。まだ、この時代にはインターネットは存在しないため真実が漏れる事はほとんどない。仮に漏れたとしても都市伝説の類に過ぎない

 

 とは言え、無人航空機であるMQ-9リーパーと攻撃ヘリコプターであるAH-1Sコブラ、そして軍用ヘリであるUH-60ブラックホークが失ったのは痛かった

 

「全く兵器を何だと思っているんだ?タダではないんだぞ」

 

 これらの攻撃力は貴重であるため、3機の損失は痛かった。機体の残骸は回収出来たが、どうする事も出来ない。補充も出来るかどうか……

 

 ヘリ部隊を率いた警備隊長に報酬を与えるとある部屋に向かった。社長室と向かい側にある部屋。個人用の部屋にはある人物が椅子に座っていた

 

 彼女は怪我をしていた。傷口に包帯を巻き、特殊な注射を打っている。しかし、時雨に吹き飛ばされた右腕は、何事も無かったかのように付いていた。彼女が座っている横に深海棲艦のものである艤装が置かれていた。戦艦ル級改flagship用である。まがまがしい艤装は、今にも火を吹きそうだ

 

 だが、浦田社長は臆することなく部屋に入ると咳払いした。自分で治療していたので気付かなかったのだろう

 

「大丈夫か?お前が艦娘にやられるとは」

 

「私のミスです。怪我は治ります。損害報告と改修案を後で提出します」

 

「いいか!ここでは敬語はいらん!」

 

 浦田社長は彼女の肩を掴むと安否確認をした。彼女は普通の女性だ。しかも、戦艦ル級改flagshipに変身出来る。彼女は人間かどうか?それは分からない

 

「お前がまた死ぬような事があってはならない。だから――」

 

「浦田社長、私は貴方に従うために力を貸している訳ではありません。私自身の意志です。そのためには、強力なパワーがいる」

 

「だが、核兵器も生物兵器も化学兵器もダメだ。私は第二次世界大戦を食い止めるために計画をしているだけだ。国の戦争によって、親しい者が失うのは見たくない。だが、国は違う。己の私腹のために戦争を行っている。枢軸国や連合国といった国のトップさえいなければ。悲劇は食い止められる」

 

 浦田社長はどうも時雨やアイオワなど『艦だった頃の世界』を知っているらしい。なぜ、知っているのか?ただはっきりしている事は、その情報を使って悪用しているのである。尤も、本人は気付かないだろうが

 

「大丈夫。そんなものは必要ない。社長のモラルに反する兵器が無くても勝てる。まさかレーダーを破壊して奇襲するとは、あいつ中々やる」

 

 平然としているが、内心は怒りで一杯だろう。口調が変わっているのが何よりの証拠だ。まさか、ここまで攻撃を許したのは初めてであろう。港湾棲姫との戦いの際ですら、自分は小破すらならなかった。今回は違う。弱点を見抜かれ、しかも駆逐艦である艦娘にやられたのだ。まして、無誘導である魚雷攻撃を食らったことで彼女のプライドはズタズタだった。しかし、彼女はいつまでも怒っているだけではない。彼女は立ち上がると10枚の紙を渡した。浦田社長は手にしたが、最初のページを見た瞬間、目を見開いた

 

「おい、お前……」

 

「私の事は心配しないで」

 

浦田社長は信じられなかった。しかも、真剣な表情でこちらを見ている。正気か?

 

「そういう問題ではない。操れるのか?こんな機能は、姫か鬼級にしか出来ない。まして、戦艦に艦載機を乗せようだなんて」

 

「出来ない?それは違う。居たでしょう?戦艦レ級が。私が真っ先に倒して、今は独房に捕らえている。戦艦にも拘わらず空母の機能を持ち、雷撃出来る。魚雷は要らない。代わりに別の兵装を付ければいい。但し、あくまで自衛用」

 

「しかし、どう……まさか!」

 

浦田社長は彼女が何をするか分かった。それは自殺行為だ!改装になるが、それには戦艦レ級の能力を!まさか――

 

彼女は浦田社長の考えている事を見抜いたのか冷たく言い放った

 

「私は貴方の影。技術面は任せる。能力は……あいつから戦艦レ級から奪う」

 

「なぜそこまで……私のために?」

 

「貴方のため?それもあるけど利害の一致。貴方の秘密と私が手に入れた力で世界が手に入る」

 

彼女の答えを聞いても浦田社長はそれでも納得がいかなかった

 

 それだけなら自分と同じだからだ。力は違えど、相手をぶちのめす力はある。しかし、どこが違うのだろう?

 

彼女は浦田社長の疑問に気付いたのか、更に口角を上げながら言う

 

「私は貴方以上に社会から拒絶された。父は戦死し、母は私に対して口を聞いてくれなかった。学校では苛められ、世間では差別を受けた。しかし……力を手に入れ、奴等に武器を向けたときは笑ったよ。許してとね。でも……許したとしてその人は改心すると思うの?」

 

 その怨嗟の声を聞いて浦田社長は後退りした。彼女の怨念は、他の深海棲艦より遥かに強烈だった。確か……彼女は人間だったはず!知っているのだから!

 

「ぶち殺してやった!全員ね!弱い者に対して見下す癖に、身の危険を感じたら逃げるなんて馬鹿げているわね!」

 

 右手の拳を掲げながら冷たく笑い、浦田社長は全身の毛が逆立った。ホラー映画に出て来る怨霊が現実に現れたかのような錯覚に陥った。人が深海棲艦になったら、こうなるのか?

 

「貴方が教えてくれた深海棲艦を倒すための計画である艦娘。あれは面白いわね。艤装外せば自由に生きていけるなんて」

 

「だが、お前も出来るだろう?人の姿に戻れるのは」

 

「いいえ。全然違う。時雨を見て分かった。艦娘は私である深海棲艦を狩る事が正義だと思っている。戦争を遊びか何かと勘違いしている。そして、陸に上がったら人とは変わらない生活が出来る。食べたり、遊んだり、仲間と遊んだり……私とは違う。よく、そんな事が出来ると感心する。だから……奴らに絶望を与えてから沈めてやる!死の方が楽と思わせるくらいに!」

 

 浦田社長はやっと彼女……戦艦ル級改flagshipが通常の深海棲艦と違って強いの分かっただけでもような気がした。確かに浦田社長は艦娘を快く思っていない。艦娘が『軍艦だった頃の世界』である大日本帝国海軍の亡霊とみていた。しかし、彼女は世界どころか艦娘までも憎悪する。艦娘と深海棲艦の違いに対してを。人ではないが、人として生きる能力に嫉妬していた。そして、国防のためと胸を張っていける姿に憎悪していた。親が戦死しても誰も慰めてくれなかった。しかしあいつ(艦娘)は違う。仲間が失っても泣いてくれる。艦娘として生きて行けなくても、第二の人生として暮らせる事も可能だ

 

 だから時雨を拷問した。うっかり殺さないよう痛めつけた。逃げないように足をへし折ったり、右腕を踏み潰したりしたのはそのためだ。拘束しただけでは自力で逃げられてしまう。そして、あいつから泣き喚く姿を彼女は存分に楽しんでいた

 

 また彼女は知らないが、未来では艦娘を何人も沈めた。しかも相手のプライドをへし折るのが好きなのか、生き残った艦娘を確認すると堂々と艦隊決戦を挑んだ。ビックセブンの長門をコテンパンにやっつけたのは彼女だ。アイオワが邪魔しなければ大阪湾に沈められていたらしいが

 

 浦田社長は彼女の事を誰よりも知っているつもりだが、目の前にいる女性はまるで別人のように見えた。変身する以外は、自分が知っている姿。しかし、浦田社長は見捨てるといった選択肢は無かった

 

「分かった。お前の好きにするがいい。何とか要望には応えよう。だが、こちらの兵器提供にも限度はあるくらいは理解してくれ。……押収した建造ユニットの件の事もある。それまで養生しろ」

 

「そうして。出来るだけ早く」

 

 浦田社長は部屋から出ると、彼女は確かに呟いた。誰にも聞こえない程、小声だった

 

「時雨……お前の大事なものを奪ってやる。誰かを守るため?私はお前のような小娘は嫌いなんだ。特に綺麗事しか言えないような存在は」

 

偽装を装着し動作を確認する。もう不意打ちは食らわない!

 

「浦田社長……いえ、兄の邪魔はさせない。私は影。その為ニハ、ヤハリ艦娘ヲ始末スル」

 

 彼女は戦艦ル級改flagshipに変形すると何もない壁に睨みつけた。黄色いオーラを纏い、片方の目から青い炎のようなエネルギーを発している。艤装を装着すると、深海棲艦を集めるため部屋から出る。本社ビル深海棲艦が現れても、誰も気にはしない。それどころか、ある人物と出会った

 

「ブラックホークで海のど真ん中まで載せてってやろうか?」

 

「首ニナッタノデハ無イノカ?」

 

戦艦ル級改flagshipを待っていたのか、警備隊長は廊下の壁にもたれ掛かっていた。彼女の問いに警備隊長は首を振った

 

「ボスはヘリを失ったのは俺のせいにしたが、俺は気にはしなかったぜ。金は貰えた。あのアパッチを操縦出来るのは俺だけだ。首にされると思うのか?時間かけて502部隊の工作員の侵入を許した警備主任とは違う」

 

最後になって警備主任は軍の工作員を見つけたが、社長室の金庫に入っていた例の物は奪われたままだ。しかし、何故か浦田社長は気にしていないらしい

 

「遠慮シテオク。燃料ガ勿体無イ。奴ラヲ仕留メルタメニ」

 

「そうか。今度は何を捕まえる?空母ヲ級か?」

 

断られ通り過ぎようとする戦艦ル級改flagshipに声を掛けた。彼女は立ち止まって振り返ったが、意外な言葉が返って来た

 

「軽巡ツ級eliteを2人連レテ来ル。コイツヲ私ノ護衛トシテ働イテ貰ウタメ」

 

簡潔に答えると今度こそ海に向かった。そんな彼女を警備隊長は、見えなくなるまで見送っていた

 




おまけ
浦田社長「貴重なヘリを失いおって!」
警備隊長「申し訳ございません」
浦田社長「許さん」バチバチ
警備隊長「グアアア、己……時雨め!今度こそ、今度こそは!!」

警備兵(油断が原因でヘリを失ったのは揺るぎない事実。罰せられるのは仕方ない。しかし……なぜ……なぜDr.ヘルとあしゅら男爵のやり取りなんだ?)

敵の兵器や戦力の分析は必須。しなければ同じミスをするだけ。それは相手も同じ。奇想天外な攻撃を仕掛けるかごり押しか?
艦これのゲームの場合だと空母に積む艦載機の配置がちょっと面倒です。今では強力な艦戦があるため楽になりました。その反面、撃沈させてしまうと艦載機まで失うので出撃の際(特にイベント)では大破していないか確認していますね。応急修理女神なんて貴重ですから

兵器の損失は痛いものです。有限ですから。なので、アパッチを操縦していた警備隊長はマジンガーZのあしゅら男爵のように土下座したのでしょう(多分)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話 手掛かり

春のミニイベで必死に食料集めしている私です。新艦娘『福江』をドロップするのに6-3を20周してやっと手に入れました。結構、大変でしたね。何しろ、わるさめちゃんを倒して春雨がドロップした時は複雑な気持ちになってしまいます
春雨……もう持っていますから


岐阜基地

 

 この基地は陸軍航空隊がいる。主に戦闘機開発や航空機整備の人材養成の拠点として使われていた。深海棲艦の出現により、部隊は臨戦態勢に入った。深海棲艦が日本領土に近づいたら多数の爆撃機や戦闘機を送り込んで撃破する事。しかし、深海棲艦は通常兵器も効かないため無駄に人員と兵器を失ってしまった。また、クーデター事件の際に浦田重工業に対して一部隊の航空隊が離陸したが、全機撃墜されてしまった。そのため、クーデターの首謀者の逮捕はともかく、規模の縮小と予算削減は陸軍としてはとても痛かった。不満があった故に岐阜基地の基地司令は、浦田重工業の追撃から逃げる502部隊を受け入れた。岐阜基地にいる隊員は特に不満は無かった。彼等も興味津々なのだろう。何処からか聞きつけたのか、『艦娘計画』に興味があるらしい。深海棲艦を倒しただけでなく、浦田重工業の刺客である攻撃ヘリを撃墜したことに関しては。運が良かっただけと説明したが、彼等はそうは思ってはいない。こちらを受けれいたのだから別にいいのだが

 

 岐阜基地に働いている陸軍の兵士達や士官は、作業を進めていた。反撃するための準備。そしてこの場を攻撃して来る可能性を考慮して道路のあちこちに検問を設置した。大本営や政府から502部隊の引き渡しや指揮下に入るよう打診があったが、岐阜基地の基地司令は拒否した。502部隊の将校達や時雨の証言や浦田重工業の悪事の証拠を見せられたお蔭だ

 

 問題は基地の防衛だ。友軍が攻めて来るのも厄介だが、浦田重工業の私兵軍団の方が問題だ。とりあえず、高射砲と対空機銃を多数設置。陸軍の基地航空隊も上空警戒しているため、良しとしよう。食糧や弾薬、燃料の備蓄は一ヶ月しかないが、別に籠城する訳でもないので問題はない。浦田重工業に休みを与えてはならない。移動する必要がある

 

「奴等、ここを攻撃してこないですね」

 

「有りがたいのだが、かえって不気味だ」

 

 陸軍将校も軍曹も首を傾げた。あれだけの戦力があるのに、なぜ攻めてこないのか?戦艦ル級改flagshipが来ないのは分かるが、浦田重工業は別だ

 

 警備を兼ねて反攻作戦を練っていたが、中々アイデアが思い浮かばない。クーデターに参戦していた先輩や後輩に声をかけたが、全て断られた。仕方のないことだった。いや、一人いた。岐阜基地の基地司令は、502部隊を受け入れ匿ってくれた。実は岐阜基地の基地司令の前任は、以前はクーデターに参戦していた。基地司令は覚えている。まだ士官として下っ端だったが、こちらの航空機が多数上がったにも拘わらず、帰投した機体は一機もなかった

 

「多数送り込んだ一〇〇式重爆と一式戦闘機が全滅しただと!」

 

 当時の前任者は絶叫した後に拳銃自殺した。生きたとしても賊軍として捕らえられるのは明白だ。生きて恥を晒されるよりも死を選んだようだ。クーデターの事件は収まったものの、人の心はそう簡単に変わらない。基地司令も浦田重工業のことはあまり快く思っていないため、上からの命令を無視して502部隊を受け入れた

 

「私に出来ることはないか?」

 

「お気遣いありがとうございます。しかし、今のところは気持ちだけ受けとります。何しろ、反撃手段がないのですから」

 

 岐阜基地に着いた初日、匿ってくれた事への感謝の際に基地司令は聞かされたが、中佐は断った。あの攻撃ヘリと無人航空機には太刀打ち出来ない。一式戦闘機である隼も敵わないだろう。例え奇跡的に倒したとしても貴重なパイロットと戦闘機が失われてしまう。そう判断した

 

艦娘である時雨は立ち直った。しかし、気合いだけでは勝てない

 

「何か方法はあるはず」

 

 世界崩壊を救うなんてあまりにも規模が大きすぎる。ただ海を奪うだけの深海棲艦が、浦田重工業のせいで暴走するなんて未だに信じられなかった

 

「中佐、我々は浦田重工業だけを考えましょう。深海棲艦と戦艦ル級改flagshipは彼らと時雨に任せればいいのです。その……我々は専門外ですから」

 

 軍曹は指摘したが、睨まれたため慌てて付け加えた。深海棲艦と浦田重工業のせいで陸軍は面目丸潰れで出番がない。出来れば深海棲艦も倒したいのだが、こちらの攻撃手段が全くないのだ

 

「艦娘の中に陸軍所属の軍艦が居れば……何とか」

 

「幾らなんでも都合が良すぎますよ。時雨と大佐が言っていた『艦だった頃の世界』ですか。向こうの世界の日本陸軍が軍艦を造ったのなら別です。まあ、揚陸艦くらい造っていそうですが」

 

 軍曹も中佐も艦娘の事は聞かされた。異世界というのか、第二次世界大戦が行われた世界の軍艦に命を吹き込ませこちらの世界に艦娘として召喚する。そのためには建造ユニットが必要だ。……浦田重工業に奪われたが

 

「潜水艦でも造っていそうですね」

 

「そんなバカな……海の事を知らない陸軍が潜水艦なぞ造れるわけがない」

 

 中佐は苦笑いした。『艦娘が艦だった頃の世界』の事は聞いている。しかし、流石にそれはないだろうと

 

 

 

 時雨は、提督がいる部屋に向かっていた。お盆に簡単な食事とお茶を載せて。岐阜は内陸であるため、海はない。博士の装備改修や開発を手伝っているが、そこまで時間は取らない。出撃もないため、暇だった。射撃訓練や戦闘訓練もやったりしたが、やっぱり時間は余る時は余る。提督は親父の手伝いをしていたが、あるのものを見つけるとこれを調べると言って部屋に持っていった。それは西村軍曹達が浦田重工業の本社ビルに潜入した際に持って帰ったものだった。リュックの中はよく分からないが、変な機械が入っていたのは覚えている。色々とあったせいでほとんどの者は忘れていた。コンセントが有ることから電気製品である事には変わらないのだが、これは見たことがない。しかも一度は海中に没したにも拘わらず、動いているというのだ。つまり、防水性らしい

 

「提督、入るよ」

 

 ノックして部屋にはいると、提督はまた例の電気製品と付属していた書類をにらめっこしていた。色々と操作していたが、映し出されている画面は変わらない

 

時雨が入ってきた事に気づいた提督は、操作を止め時雨と向き合った

 

「差し入れだよ」

 

「こんな時間か……すまんな」

 

提督はお盆を受け取り机の上に置くと、再び例の電気製品とにらめっこしていた

 

「それ……何なのか分かるの?中佐達も分からないものだし、僕にも分からない」

 

「だから気になるんだ。浦田社長の金庫に仕舞われていたんだ。何か手がかりがあるはずだ」

 

 時雨は提督が読んでいる本を覗きこんだ。海に水没していたため、その本にはシワがはいっている。字は読めるのだが、何と全部英語で記している。それだけなら驚かないが、何と提督は英訳してから操作している

 

「英語も読めるんだ」

 

「大学に通っていたからな。この基地に英和辞典があって良かった」

 

 英和辞典は陸軍将校が基地司令を通して貸してくれたという。今のところ、落ち着ける場所だ

 

「僕も手伝う」

 

提督は一瞬驚いたが

 

「無理するな。気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 提督は苦笑した。むっとして提督が持っていた本を取り上げて読もうとしたが、全く読めない。何が書かれているかさっぱりだ

 

「……金剛さんかアイオワさん、それかウォースパイトさんが居れば」

 

「だから翻訳している。浦田社長の思惑はちょっと外れていたらしいな」

 

「どういうこと?」

 

時雨はキョトンとした。どういう意味か分からなかった

 

「分からないか?浦田社長はどういう考えでこんなのを持っていたか知らないが、奪われても気にしていなかったらしい。どうもこっちは英語を読めないと思っている節があるらしい」

 

「冗談だよね?」

 

「いや、これは結構真面目な話だ」

 

提督は差し入れのお茶を一口飲むと、本の表紙を見せた

 

「これはこの機械の取扱説明書のようなものだ。こういうものは俺も知らない。だが、何か以前は重要なものであったかのかは確かだ」

 

「以前は?」

 

「浦田重工業の連中に監禁された際に、潜入工作員である西村軍曹達が撮っていた小型カメラの事だ。映像記録は破壊し、建造ユニットは奪われた。しかし、西村軍曹が盗んだ機械については少しだけ聞いただけでほったらかしだ」

 

提督は考えながら慎重に言った

 

「以前は重要なものだろう。もう使う事はほとんどない。しかし、そこら辺に置いとくのは不味い。どんなに巧妙に隠してもいずれは第三者に見つかる」

 

「だから英語で?」

 

「いや、英語表記のものを使ったんだ。盗まれても意味がないと言う風に。外国のスパイも深海棲艦によって阻まれているから確率は低い。まさか、軍の工作員が盗み出すとは予想外だったんだろう」

 

 提督は色々と機械をいじっていた。よく分からないタイプライターのようなキーの上に四角い窓のようなものがあった。変な表記があるがさっぱりだ

 

「よく分からない」

 

「分からないのも無理もない。深海棲艦が現れる前、日米の関係は悪化していたからな。敵性語禁止すべきだと騒がれた時期もあった。話を戻そう。俺も半分ほど英訳してここまでこれた。取扱説明書の初めのページにパスワードというものが無ければ入れなかった」

 

 何処が進展しているのか分からない。取扱説明書を片手に、おぼつかない手つきで操作していた。提督は白い矢印を動かしよく分からないオブジェに二度叩いた

 

画面に現れたのは詳細な文章と設計図だった。しかも……

 

「知っているな。これは未来の提督とお前達艦娘を苦しめた兵器一覧だ。軽巡ツ級のイージス化改修と空母ヲ級のジェット機搭載用の改修化などについて記載されている。色々と試作案まであったようだ」

 

「やっぱり……手を貸していたんだ」

 

 時雨は提督が弄っている機械を壊す衝動のを抑えながら呻いた。浦田社長は、僕達を何とも思っていない。見下すどころか沈んでも良心は痛まないらしい

 

「他には何かあるの?」

 

「いや、残念だけど今は何も。ただ、気になるのが一つある」

 

何が気になるのだろう?時雨は分からなかった

 

「何が気になるの?」

 

「この資料を作った人物だ。軍事作戦はいい線にいってるが、浦田社長が作ったようには思えないんだ」

 

「え?」

 

時雨は驚いた。浦田社長が持っていたのに浦田社長が作った資料ではない?

 

「アイオワは、自分がいた世界の米海軍を模していると手紙に近代兵器の概要と弱点を記載していた。しかし、これにはそれがない。それどころか、これがあれば必ず勝てるといった風に書いてある」

 

 提督の話だと、アイオワの手紙の内容には彼女が知りうる『空母打撃群』と呼ばれる艦隊の運用の内容があった。内容は細かく書かれているが、この機械に記載されている資料だと大雑把に書かれているだけという。しかも、提督の言うように『これさえあれば勝てる』という風に強調している

 

「アイオワが使った妨害電波やアルミ箔は書かれていない」

 

「書いてあるが、あったとしても一行で書いているだけ」

 

 色々と不自然さが目立つ。軍事情報や作戦内容があるのに弱点を付かれた場合の対策手段等は書かれていない

 

「俺はアイオワには会っていないが、彼女が居た世界の情勢は大まかには把握した。アメリカの艦隊は『艦だった頃の世界』の第二次世界大戦時代から形を変え世界の警察となった」

 

「どういう意味?」

 

「時雨……可能か不可能かは置いといて、戦いに負けたら艦隊編成や装備をそのままにするか?」

 

 時雨は首を振った。負けたということは、同じ事をやっても通用しないということだ。相手は既に対策をしていたということ。でなければ何時まで経っても勝てない

 

「敗けを経験して、工夫を凝らしていけば艦隊は強くなる。負け戦が続くと幻想にしがみついて変な考えを起こす者もいるが、浦田社長はそんな人間ではない。しかし、ここに書かれてあるのは一般人向け用にも見える。それどころか、これさえあれば、

まるで無敵であるかのように記載されてある。艦娘を舐めていたにしてはおかしい」

 

「浦田社長は軍人ではなかったからかな?」

 

「軍人でなくとも戦艦ル級改flagshipがいる。指揮をとっていたようだが、どちらかというと現場監督のようなものだ。多分、未来の俺のような提督ではないと思う」

 

 時雨は分からなかった。アイオワとはあまり接した事は無いが、確かアイオワと初めて出撃し勝った時、皆が喜んでいるのにアイオワは顔を曇らせていた。そして小声で言っていた

 

Too weak(弱過ぎる)

 

「弱過ぎる……だって?」

 

「そういう意味なの?英語で話していたから何て言っているのか分からなかった。……アイオワと初めて出撃し勝った時、アイオワは喜ばなかった」

 

 時雨は出来るだけアイオワのことを話した。アイオワと共同作戦で初めて最新鋭兵器を持った深海棲艦を撃破した日。皆が喜んでいる中、アイオワは自身妖精と共に出撃以外、部屋に篭り何かを調べていた。一度は部屋を覗いた事があるが、黒板にはぎっしりと何かを書いていた。内容は分からなかったが

 

「……」

 

「提督、どうしたの?」

 

「いや……まさか……時雨。もう一度聞かせてくれないか?浦田重工業に捕まった時に浦田社長と戦艦ル級の言葉を……変な顔をするな」

 

「どうしたの?」

 

 時雨は提督の険しい顔に後退りした。提督が怖いのではない。真実が怖かったからだ。自分でも分からない。僕達はとんでもない相手と戦っているような気がしてならない

 

「多分……アイオワも未来の俺も気づいていたかも知れない。いや……親父も薄々感じているだろうな」

 

 

 

 時間は過ぎ深夜になった。警戒しているものを除いて、岐阜基地の者達はほとんど寝ていた。いや、1人だけ起きている

 

「お前の仲間をひどい目に会わせてはならなくなったな」

 

 時雨が差し入れを持ってきてくれてから手伝ってくれたが、時雨も疲れて寝ていた。俺は毛布をかけてあげると、再び取扱説明書を手に取り、例の機械を弄り始めた

 

「この機械は……成る程。こういうものか。中々、楽しめそうだ」

 

 この機械は良く分からないが、操作を覚えれば後は簡単だ。単語はよく分からないが、アイコンというらしい。よく分からないゲームまであったが、コツは掴めば楽しめる。しかし、俺は遊ぶために機械を弄っている訳ではない

 

 マウスと呼ばれるものを選択し、二回押すと開く。色々な文章が見つかった。軍事作戦、兵器紹介、世界地図、そして第二次世界大戦の歴史

 

取扱説明書を読んでいき、最後のページまで来たとき俺は眉を潜めた

 

 ページが開かない。いや、袋とじされている。水に濡れていたため浮き出たのだろう。よく見ると四方に糊付けされている。明らかに人為的にやったものだ。俺はカッターナイフを使ってページを開くよう切った。開いたページにはある記述が書いているだけであとは何もない

 

「何だ……これは?」

 

それは英字ではない、日本語で書かれていた

 

『秘密のフォルダを見てみない?パスワードは2020.04.01』

 

『あるものを入れておいた。浦田って奴は軍事オタクか?しかも、プラモデル集めで何しようってんだ?おまけに、戦争のシミュレーションをしろと言われたりさ。PCゲーム作りに頼まれたが、それにしちゃおかしい。どっかの国と戦争でもする気か?マニアでもドン引きするぜ。だから浦田の勧誘は断っておいた。お前の考えている事は分からん。ま、精々頑張りな。生兵法は大怪我の元と言うしな』

 

 俺は手を止めた。所々に出て来る単語がよく分からないが、プラモデルという言葉だけは引っかかった。時雨が言っていたプラモデル……地下研究室にF/A-18Eスーパーホーネットなどの戦闘機があったという

 

「まさか!」

 

 俺は検索に英文字で『秘密のフォルダ』を入力した。検索結果は1件だけ現れた。開こうとしたが、開かない。ロックされている。パスワードを入力するよう表示が出た

 

「パスワード!これを入力しろってか!」

 

『2020.04.01』を入力すると現れた。沢山のファイルが

 

1つを開くと、先程見た資料よりも詳細なものだった。しかも……

 

「やっぱり!」

 

 何者が作ったか知らない。しかし、その者には感謝した。これで反撃する材料が揃った。何しろ、浦田社長の秘密が分かった

 

 

 

 文章を読んでいく内に、この機械の事も分かった。謎の人物は理系の人間だったらしく、親切に物理学や機械工学などの資料まで入れている。この機械の資料も見つけた

 

「Laptop……ラップトップか。あの社長はとんだタヌキだな。まして盗むとはな」

 

 それは浦田社長が、なぜ未来兵器を持っていたかを示す証拠が画面に映し出されていた。奴のとんでもない悪事が

 




ラップトップ……何なんでしょう?それは次話で

ここでちょっとした豆知識
太平洋戦争で色々とやらかした帝国海軍と帝国陸軍。しかし、やらかしたのは何も軍部だけではない。実は民間人までやらかしている
代表的な例を挙げると

1,敵性語について
戦後の国民「軍部に強制された!英語は敵国用語だから排斥しろと言われた!」
当時の東○首相「俺は言ってねえよ!お前ら国民が敵性語禁止にしろって騒いだのが原因だから!」
実は敵性語は軍部ではなく国民が騒いで自主規制したのが本当。軍部で英語やカタカナを禁止にしたら業務に支障をきたします
ちなみに一時期から廃止になったのは戦争の長期化で士官不足を補う為、大量増員した際に教育時間短縮の一環として英語の授業を減らし、最終的に廃止となった
陸海軍の整備士達は、普通にボルト、ナットに燃料タンク(海軍では増漕)やエンジンと用語はそのまま使っている。と言うより米軍相手と戦うため英語は必須であると現場の軍人の方が理解していたという
当時の野球状況では国民が進んで和訳にして自主規制したとありますが、外地や前線では割と普通に兵士や士官はストライクだのアウトだのと言っています
銃後の連中の方が前線の兵士より厳しい自主規制をしていたという話

2,かわいそうな象
戦後の国民「動物園の危険な動物の全頭殺処分命令は軍部が出した!」
当時の東○首相「ちょっと待て!確かに危険性があると言ってゾウを殺処分したけど、1頭だけだから。東京都長官(今で言う東京都知事)が全殺処分出したから、俺に言うなよ!」
ちなみに戦争の悲劇として挙げられている作品の1つである『かわいそうなゾウ』。実は部分的にフィクションです。軍が殺処分の命令を出した書類も記述もないです。実際に殺処分命令を出したのは東京都長官。ゾウが戦時猛獣処分を受けたという実話を元にした創作したため仕方ない所はある。しかし、なんでも軍部が悪い!と安易に責任転嫁はしない方がいいと思ってしまう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話 暴露 前編

皆様、こんにちは。雷電Ⅱです。ちょっと悩み事があります。それは春のミニイベが意外とキツイと言う事です
春イベで食材掘っていますが、お米がたくさん貯まる一方です。他が中々出ません
福江のレベリングも兼ねてやっていますが、福江はもうレベル50以上に達してしまいました
ただ良い所は資源はそんなに減少していない事です。バケツは減っていますが


 ある日、提督は皆を呼び集めた。部屋には僕以外の他に502部隊の部隊長である軍曹、将校である中佐、そして博士だった

 

 提督は、浦田重工業の本社ビルに侵入した工作員が奪った機械の調節をしていた。しばらく時間がかかるのでリラックスして待ってくれと言っていた

 

「あいつは何をしているんじゃ?」

 

「分からない。朝は喜んでいたけど」

 

時雨も分からなかった。朝起きたら、提督は嬉しそうだった。何があったのだろうか

 

「準備ができた。……すみません。実は、西村軍曹達が金庫から奪った機械から重要なデータが見つかりました」

 

「見つかった?この機械が?」

 

 軍曹は素っ頓狂な声を上げた。実は西村軍曹達が浦田社長の金庫から機械を盗んだが、どうやって操作すればいいのか分からなかった。本が付属していたが、全部英語で書かれていたため分からず仕舞いだった。しかも、間が悪い事に502部隊の隊員全員は英語を習っていない。悩ましい所だった

 

「しかし、英語が読めたとしてもその機械が何なのか全く分からない。我々も見た事がない。これは何なのだ?」

 

「この本は説明書です。しかし、これは全て専門用語が書かれているため私でも分かりませんでした。ですが、データの中身は違います。日本語です。そして、その資料を作った者がこういう事を予期していたのか、隠していたのです」

 

「資料を作ったもの?何者だ?」

 

中佐は質問したが、提督はかぶりを振った

 

「分かりません。作った本人は匿名で『ディープスロート』と名乗っているのですが」

 

提督も分からないらしい

 

 提督は例の機械を操作すると機械に接続したテレビから映し出されていたのは、数々の兵器だった。しかも……

 

「おい、これは何だ?何かの冗談か?」

 

「あの無人航空機と攻撃ヘリ!イージス艦まであるが、浦田重工業が建造していたと違う!何でこんなに詳細な情報が書いてあるんだ!?」

 

「あの艦載機……未来で赤城さん達を追い詰めたジェット戦闘機だ!提督、これは一体?」

 

 将校、軍曹と共に時雨は驚愕した。浦田社長が刺客として送り込まれた兵器が写し出されていた。しかも、未来において一航戦や五航戦など空母組のプライドをコテンパンにした空母ヲ級が積んでいた航空機まで写し出されていた。その機体の塗装は、黒ではなくちゃんと迷彩色をしている。アイオワの手紙に書いて合った通り、星のマーク、つまりアメリカ海軍のマーキングがあった。捕まった時に浦田社長が並べてあったプラモデルとそっくりだ。イージス艦もそうだ。浦田重工業が造り出したイージス艦と比べると雲泥の差だ。パソコンに映し出されているイージス艦の方がカッコイイ。しかも、その軍艦のマストには旭日旗と日の丸を掲げている

 

「提督……これが何なのか分かっていたの?」

 

「いや、俺も初めて見た」

 

時雨の問いに提督はきっぱりと否定した。知らなかった?

 

「しかし、これが何なのか分かる。これはラップトップ。日本語では『ノート型パソコン』と呼ばれるものだ。簡単に言えば、電算機を高度に発達させた電子機器だ」

 

「「「え(はぁ)?」」」

 

 時雨は呆然とし、残りの三人は間抜けた声を上げた。何を言っているのか分からないという事ではない。これが電算機である事に信じられなかった

 

「ちょっと待て。技術に関しては詳しくないが、電算機ってどういう造りだ?真空管ではないのか?そもそもどうやって映像を映し出されている?ブラウン管でもないのに?」

 

「疑問は分かっています。まず、順番に説明します。ただ、説明の半分は推測です」

 

将校から質問が飛んだが、提督は制した。提督はノート型パソコンを操作した

 

「アイオワの手紙の中に兵器が発達した一因となったのがコンピュータと呼ばれる電子機器です。トランジスタやICチップとかありますが、私は科学者ではないのでそこは省きます。アイオワが『艦だった頃の世界』の未来では、ミサイルやジェット戦闘機などが存在しました。そして、異変した深海棲艦もアイオワが知っている未来兵器が使われていました」

 

提督は一息つくと言葉をつづけた

 

「重要なのは、浦田社長はこれを持っていた。アイオワが『艦だった頃の世界』の未来の世界で使われているコンピュータと呼ばれるものです。しかも、深海棲艦のものではありません。正真正銘、人類が開発した代物です。分かります?私達の未来の世界ではありません」

 

 将校も軍曹も顔を見合わせ、時雨は唖然とした。博士は顔色一つ変えなかったが、内心は驚いていただろう

 

「つまり……浦田社長はその……艦娘が艦だった頃の世界……その未来の軍事技術を使ってこの世界を侵略している。そう言いたいのか?」

 

「ええ。そうです。そして、証拠もあります」

 

 提督は言葉を切り、ある写真をテレビに映し出した。それは何かある機体が行方不明になっている事件だった

 

「これは……何だ?」

 

「ニュースです。この世界のものではありませんが」

 

新聞のものだろうか?時雨も博士も知らない社名が書かれているが、見出しにはデカデカと書かれている

 

『陸上自衛隊のAH-64Dアパッチ1機、演習中に行方不明!』

 

『残骸見つからず!隊員も機体も依然として行方不明!』

 

そして、写真に映し出された機体は……

 

「おい!これって!」

 

「嘘だろ」

 

 陸軍二人は呻いた。行方不明になる数日前の機体の写真だった。そっくりだ。いや、そっくりな訳ない。こいつだ。こいつが俺達を襲った。時雨も歯を食いしばった。間違いない。あのヘリ、本当に未来の兵器だ。それをそのままこっちの世界に持って来たんだ。なぜ、そう思うのか。見間違う訳ない。だって、警備隊長が乗っていた機体と交戦した時に分かる。だって、探照灯に照らされた機体に施された迷彩色が一緒だ。それに……ローター付近に書かれていた機番。先日に見た機体に書かれていた番号と一緒だ。番号が偶然の一緒とは考えられない

 

「こいつら……まさか、別世界で陸上自衛隊という軍の機体を盗んだというのか?」

 

「アパッチも、です。他にも何かしらの方法で盗んだかもしれません。それとも、別の方法で調達のか?そこは確かめようがないのですが……親父、薄々気付いているんだろ?」

 

 親父は頷いていた。これには予想していたらしい。あのイージス艦だってそうだ。一企業が造り出せるような代物ではない

 

「ああ。確かに感じていた。だが……奴らが造り出した兵器は……まさか……」

 

「そうです。時雨達の『艦だった頃の世界』の半世紀以上先の未来の時代から来たのです」

 

 提督の衝撃な言葉に、全員が絶句した。博士はため息をつき、時雨は頭が真っ白になった

 

「アイオワさんと同じく第二次世界大戦後の未来の世界から来た人達って事?」

 

「恐らく、それより先の未来だろう。このパソコンに時計もあるが、何と西暦2020年と表示してある」

 

将校はハンカチで汗を拭いた。これは予想外だったんだろう

 

「つまり我々の敵は、深海棲艦の他に異世界の、しかも半世紀以上の未来からこの世界にやって来た人類と見ていいか?」

 

「正確には浦田社長は、異世界の科学技術を手に入れ悪用し、この世界を侵略したと見た方がいいでしょう」

 

提督は訂正した。どうも、違うらしい

 

「おい、こんなのあり得ない……中佐!こんなバカげた話を信じるのですか!?」

 

軍曹は立ち上がって叫んだ。こんな無茶苦茶な話は聞いた事が無いのだろう

 

「軍曹、落ち着け。『自衛隊』という文字に見覚えはあるだろ?浦田重工業から自動小銃の設計図を盗んだのを。64式小銃……あの設計図に『自衛隊』という単語がたくさんあったじゃないか」

 

「っ!」

 

 将校の指摘に軍曹は狼狽した。なぜなら、知っていたからだ。新兵器を求め浦田重工業から自動小銃という兵器を手に入れた時は、502部隊は喜んだ。しかし、設計図のあちこちに『自衛隊』が書かれていたため首を捻った。色々と探ったが、『自衛隊』という組織は知らなかった。何処にもないはずだ。異世界にあるのだから

 

「話は後にしてくれませんか。まだ、話があるので」

 

提督は言葉を続けていいか、聞いてきた

 

「あ、ああ。続けてくれ」

 

「アイオワの話によると、第二次世界大戦後、日本は朝鮮戦争など様々な条件により大発展し高度経済成長期まで達成しました。そして我々の世界でも時期は違うものの、ある期を境に経済力も工業力も農業力も大成長しました。インフラ整備など国では出来なかった事を何者かが関わった事で成し遂げられました」

 

「それが浦田重工業か?」

 

 軍曹は不快感を露わにした。日本がある期を境に経済も工業力も成長した。何もかも。考え方まで変わった。浦田重工業が関与していたのは明白だ

 

「恐らくそうでしょう。なぜ、浦田重工業はここまで日本を発展し、その後に日本も含め世界を攻撃したのかは分かりません」

 

「……分かるよ」

 

時雨は呟いた。全員の目が一斉に集まった

 

「浦田社長はこう言っていた。失望したって。自分の知識を使って貧困や格差を無くして日本をより良い国を目指すって。でもあれほど尽くしたのに、国は変わらないと愚痴を言っていた」

 

 時雨は聞いたからだ。あれは本心だったのだろう。しかし、そう簡単に上手く行かないのが世の中だ

 

「……俺は政治家ではないから、何とも言えないな。俺も国が何をしたいのかが分からない。……失礼、続けます」

 

提督は咳払いすると再び続けた

 

「そうなると敵は、どうやって未来兵器を手に入れたかは分かりません。なので、推測になります」

 

皆は再び提督に注目した

 

「答えは時雨です。浦田社長の言葉を正確に覚えたお蔭で、ある推測が確信となりました」

 

「あ、あれが?」

 

 時雨は驚いた。僕はそんな事を言った覚えはない。あれは僕達、艦娘を蔑む言葉だけだった

 

「そんな訳ない!浦田社長は僕を――」

 

「時雨、俺はバカじゃない。お前から聞いたら怒り狂うのは分かるが、冷静になれ。お前が聞いた浦田社長と戦艦ル級改flagshipの言葉は、ちゃんと書いている」

 

 提督は数枚の紙を掲げた。書かれていたのは浦田重工業の時に捕まり、罵られた言葉ばかりだ

 

「言いたい事は分かる。だが、重要なんだ。奴らは、お前を蔑むあまり大事な事をうっかり喋ったんだ」

 

顔に出たのだろう。提督は慌てて付け加えた

 

「『学校に通えなかった私は、稲作をする事にした。だが、ある日のことある天災で田んぼは全滅。私が絶望したが、それと同時にチャンスを掴んだ。知識と真実を手に入れた』……これだ。時雨、あいつは確かにそう言ったんだな?」

 

「う……うん」

 

時雨は困惑しながらも頷いた。余り思い出したくはないのだが、答えるしかない

 

「これの何処が――」

 

 軍曹が顔をしかめながら聞いたが、突然博士は立ち上がった。まるで、たった今走って来たかのように汗をかき、荒い息をしている

 

「博士、どうしたの?」

 

「お、お前……まさか!?いや……だが……確かに筋は通るが、そんな事あり得るのか!?」

 

 博士は提督に早歩きで近寄ると紙をひったくった。何度も読み直した後、時雨に近づいた

 

「時雨、あいつは本当にそう言ったのか!?」

 

「うん……そう言ったよ」

 

 何が起こっているのか分からない。余りの形相で聞いてくるため、ビクつきながら答えた

 

「……まさか。ちょっと待て!直ぐに戻る!」

 

 中佐も答えが分かったのか、立ち上がると荒々しく立ち去った。そして数分後、沢山のノートを抱え込んで来ると初めから開き始め調べ始めた

 

「中佐?」

 

「お前も手伝え!青年時代だから、この年の事件一般と奴の生い立ちだ!」

 

「中佐?一体?」

 

「これは命令だ!いいか!確か、ある村の田畑で前代未聞の災害が発生して農産物が全滅したって!台風ではない!あの日だ!」

 

 軍曹は狼狽したが、命令なので探した。ノートをめくる音と独り言がしばらく続いたが、数分後見つけたらしい

 

「これだ!奴の稲作が全滅した日だ!」

 

 ノートを広げ提督達に見せた。それは新聞の切り抜きと地図だった。見出しにはデカデカと書かれていた

 

『農家の田畑に隕石が衝突!○○村の稲作は全滅!』

 

『昨日の未明に物凄い衝撃音と地震が発生。警察の調べによると浦田氏が保有する田畑に隕石が落ちた可能性が高いと見ています。この落下の衝撃で学校や住居のガラス窓が割れたり、地響きによって田畑が滅茶苦茶になったりなど被害が出ています。専門家は田畑の持ち主に落下地点の現場から立ち退くよう申告しましたが、浦田氏は拒否。『隕石はやるからさっさと帰ってくれ!ここは私有地だ!』と石を渡しただけで協力を拒否しました』

 

博士は陸軍将校からノートをひったくると、声に出して読んだ

 

「専門家は『目撃者によると、夜空に強い閃光を放ち、煙の尾を曵きながら落下するのを見たと証言している。目撃証言と被害を察するに隕石の直径は約10メートルもある。にも拘わらず、落下地点の付近にいた浦田氏と家屋は無事なのに不思議がった。陥没穴もないのはおかしい』……これじゃ!奴の住む近くにワームホールが開いたんじゃ!」

 

「これは何?」

 

 時雨は絶句しながら、陸軍将校に聞いた。時雨は頭がついて来れなかった。……浦田が住んでいた農家に隕石が落ちた?

 

「これは浦田社長に関する資料だ。502部隊に配属されて以来、浦田重工業打倒のために集めていた。奴に関するもの、生まれた時から今まで。ほとんど空振りだったが、まさか当たり引くなんて」

 

 中佐は興奮気味に話していた。意味もなく集めていた記録がまさか役に立つとは思わなかった

 

「この記事では浦田社長は、警察や大学教授の立ち入りを拒んだ。しかも、隕石の破片は与えているから去ってくれと叫んだ。間違いない。あいつの家にワームホールが開いたんだ」

 

 提督は苦笑いした。提督の推理はおおよそ正しいだろう。未来兵器とノートパソコンが何よりも証拠だ。異世界の産物だ

 

「成る程。奴は自分の家に隕石が墜ちてから1ヶ月後には回りの田畑を買い占めている。立ち退きを拒否した者は、数日後には自殺している。証拠はないが、殺したのだろう」

 

 軍曹は別のノートを引っ張り出して皆に見せた。それは浦田社長が住んでいた警察の記録だ。不審だったため警察は捜査したが、証拠は見つかることなく時効を迎えている

 

「あの野郎。とんでもない事をしてやがる。なるほど……道理で浦田重工業が造り出した機械は画期的な訳だ。進んだ機械をこの世界に持ち込んだのだからな」

 

 軍曹は苦虫を噛み砕いたような顔をした。浦田重工業があれほどの技術を持っていたという理由が分かったからだ

 

「すると浦田重工業や浦田社長は天才って訳じゃないって事か?」

 

「調達する事自体なら天才だと思います。何しろ、偽物とは言え軍事機密であるイージス艦をこの世界で建造しましたから」

 

 恐らく、向こうの世界では何かしらの後ろ盾があるに違いない。でなければ、こんな事はしないだろう。資料によるとイージス艦はハイテクの塊らしい。当然、機密レベルは高いはずだ

 

「しかし、そうなると疑問がある。もし、浦田社長が異世界からの技術や知識を使って日本を支配してるなら、なぜ奴は総理大臣の座につかなかったのか?下手すれば、異世界の軍団を使って武力制圧だって可能なはずだ。天皇を殺して日本の国王になる事だって出来る。だけど、奴はそれをしなかった」

 

「恐らくですが、浦田社長は国の権力者を全く信用していなかったと思います。私は聞いた訳ではありませんが……時雨が聞いた話を察するに今の国のトップに付いても無意味だったのではないかと思います」

 

 中佐の指摘に提督は答えた。時雨もよく分からなかった。なぜだろう?総理大臣に立てば好き放題出来るはず

 

「国のトップに就いたとしても回りは赤の他人です。裏切りを予想していたかも知れません。かといって、独裁国家のように秘密警察を配備し反体制派を粛清したとしても、怨みを買うだけです。私は聞いていませんが、『共産党などといった輩にも接触したが、彼等の頭は能天気だ。話にならない』と彼は言ったくらいです」

 

「確かに言っていたけど……でも、会社も一緒ではないの?」

 

時雨は疑問に思った。会社の社員も赤の他人だ。なぜなのか?

 

「会社の社員の場合は、金で雇って上手いこと従わせれば何とかなるだろう。技術と知識を我が物としていたかもな。会社員が裏切れば、最悪クビに出来る。1人ではやる事も限られているからな」

 

「何か……酷い」

 

提督の推測に時雨は、腹が立った。国を変えると言った割には結構卑怯である

 

「ま、国会議員になったとしても浮いていたじゃろう。そうなれば、厄介じゃ。自分達とは違う意見を言っても叩かれるだけじゃしな」

 

「警察も軍も黙ってはいないでしょう。しかし大企業のトップとなれば別です。金をちらつかせば、向こうから政治家は寄ってくる。警察も軍も大目に見てくれる。私腹を肥やせるからな……悔しいが、浦田重工業を快く思っていない国の機関は、まるで心変わりしたかのように浦田重工業の味方をした」

 

陸軍将校は拳を握ると机を叩いた。所詮、思想や考えは脆いものかも知れない

 

志が強い指導者でも、所詮は人である。口先では何も出来ない。人を集め従わせ、理想を目指そうとしても何もなければ誰も付いて来ない。宗教団体のようにマインドコントロールしても限度はある

 

 食料を手に入れるにも敵を倒すための武器を購入するにも、資金が必要である。つまり、浦田社長は政治家の影となって国を変えていた

 

「つまり、浦田社長は理想のために国を利用して暗躍していた、と言いたいのか?」

 

「何処まで正しいのか分かりませんが、政界に出ていない事を考慮するとそうとしか考えられません」

 

軍曹の問いに提督は肩透かした。流石にそこまでは分からない

 

「ワームホールが開いて浦田社長は、異世界の……親父の専門用語だと『平行世界』と言った方がいいのかな?そこへ行き、再び戻ってきた」

 

「でも、そんな事は出来るの?僕が時間旅行した際に未来の提督は言っていた。『普通の生命体では無理だって』」

 

「多分……浦田社長の方のワームホールは造りが違っていたのじゃろう。ワームホールの向こうの世界は、深海棲艦が住む世界ではないのが理由だからじゃろう」

 

博士ため息をつきながら時雨の疑問に答えた

 

「しかし、分からない事が1つあります。浦田社長は平行世界で何を見て、こんな狂気に走ったのか。そこが分かりません。未来のアイオワから大まかな歴史は学びました。浦田社長もその世界から学ぶことは出来たはずです。当然、第二次世界大戦が起こる事を予期していたでしょう。国際情勢も良くありませんでしたから。にも拘らず、浦田社長はそれをやらなかった。挙句の果てには、この世界を滅ぼす原因を作ってしまったのか?」

 

 誰も答えられなかった。深海棲艦が現れたのは、その後だ。第二次世界大戦を確実に防ぐためとは言え、深海棲艦を使って世界を攻撃するのは許されるものではない。『艦だった頃の世界』だってそうだ。何が正しいのかは分からない。戦争は間違っているかは……待って……間違い?

 

『帝国海軍の亡霊である兵器の存在には元々、興味はない。人間のような存在になったからと言って、私の計画の邪魔でしかない!』

 

浦田社長の蔑む姿は尋常ではなかった。まるで、存在自体を嫌っているかのように……

 

「浦田社長は僕達を嫌っていた。僕達が『艦だった頃の世界』のあの戦争は間違いだって。偏見かな?」

 

「ただの私怨かもな。これから自分の行いを棚にあげてこちらを攻撃するとは……勝てば官軍、負ければ賊軍って奴か」

 

 提督も呆れ果てた。全てを手に入れる地位を獲得したのに訳の分からない事を引き起こすとは

 

(真実を話さず勝てない敵に艦娘を出撃させた未来の俺と変わらないかも知れない。しかし、違うのは浦田社長はこれを悪と認識していないこと。正義だと思っている)

 

 提督は考えた。浦田社長の思惑を。確かに第二次世界大戦を回避するには、参戦国全てを潰せば回避出来るだろう。しかし、血は流れる。やってることは変わらない

 

「浦田社長の前に現れたワームホールを何とかしないといけない」

 

提督の提案に時雨は頷いた。これを何とかしないと、こちらは勝てない。しかも、早い方がいい

 

時雨がこの時代に来てから変わっている。手遅れになる前に何とかしなければ




今話は浦田重工業の秘密が暴露場面です
簡潔明瞭に応えると若い頃の浦田本人にワームホール開いて先は高度に発達した別世界(現実世界)だったと言う事です。それを悪用し日本を発展させたのが浦田重工業という
まあ、あれです。転生やら神様から授かったチートやらで異世界によく驚異的な技術の持ち込んでヒャッハーするオリ主さんとかいるじゃないですか。浦田社長は正にそんな人間です
しかも、ワームホールを独占しています。「ゲート」のように穏やか(?)なやり方をしていないようです

 浦田の秘密を暴かれたきっかけは捕まっていたとはいえ、時雨の手柄でもあります。もっと言えば、潜入していた西村軍曹達を時雨が助けなければ見破る事は出来なかったでしょう

次回も暴露の話です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話 暴露 後編

運営から伊勢型航空戦艦の改二改装が実装されるようです
『大規模if改装』がちょっと気にはなりますが()
航空戦艦伊勢については改装案が二つあり、航空戦艦案と完全空母改修案がありました

航空戦艦である伊勢が空母になった場合、飛行甲板全長210m、全幅34m、搭載機数54機というものです
多分、伊勢が改二になるものは航空戦艦案であるものだと思います。この場合、3から6番主砲を撤去して飛行甲板(全長約110m、搭載機数約40~45機)を設ける案との事です
結局、時間がかかるということ中途半端なスタイル()となりました
しかし鈴谷熊野の(空母化)の例もありコンバート改装で空母←→航空戦艦になる事も否定は出来ないため、もしかすると空母化はあるかもしれない。あったらあったで面白いですが

豆知識はここまでにしておきましょう


「しかし、そうなると大変な事態だ」

 

陸軍将校は苦虫を噛みしめた顔をした

 

「なぜじゃ?」

 

「考えてみて下さい。浦田氏は未来の平行世界から武器を調達している事になります。勝ち目はありません」

 

 確かに言うとおりだろう。ワームホールの規模は不明。アパッチと呼ばれるヘリを持ち込んだ事から、恐らく車が通れるくらいの通路だろう。分解して持ち込んだとしか考えられない。そして、それが今も繋がっているとなると勝ち目はない。まして、最新鋭兵器の恐ろしさは身に染みている。クーデター然り、未来の戦争然り。こちらが一方的にやられている

 

「そうだね。未来の兵器だもの」

 

時雨も落ち込んだ。敵の強さの秘密が分かったとしても、勝てる分けがない

 

「いいえ。勝てる要素はあります」

 

提督は力強く言った。皆は困惑した。あの軍団を倒せると思っているのか?その自信はどこから来るのだろうか?

 

「何故だ?奴等に弱点なぞ――」

 

「今だからこそあります」

 

提督はパソコンの操作を止めると、紙を見せた。いろいろなことが書かれているが、そこには未来の記録を写したものまである

 

「僅かながらの推測です。平行世界は、どこまでこの世界に干渉しているかです。もし、本気にこの世界を乗っ取っている気なら、すでに軍事的侵攻を行っているはずです。いいえ、仮に平和的であったとしても何かしら行動を起こすはずです」

 

「つまり、向こうの世界はこちらの世界を知らないと?」

 

「浦田社長が向こうの世界に行って何をしたかは知りません。ただアイオワの証言を参考にするなら、『向こうの世界』の日本は、思想や文化が違うかも知れません。軍隊を『自衛隊』などと言葉遊びで誤魔化しているくらいです」

 

提督は中佐が集めた浦田社長の資料を手に取り隕石の記事を掲げた

 

「本気でこの世界を干渉しているなら、わざわざアパッチを盗むなどと考えないはずです。いや、干渉したとしても非公式にやっている可能性があります。向こうも国内事情はあるはずです。私が思うに浦田社長は向こうの世界で知識や技術を学び、戻ってきたと思います」

 

提督はポケットからあるものを取り出した。それは浦田警備員から盗んだ暗視装置だ。壊れていたのを大事にとっていたのか?

 

「それって……」

 

 時雨は思い出した。無人航空機の際にかけた暗視装置だ。夜でもしっかりと見えたのだから時雨は驚いた。無人航空機や攻撃ヘリとの戦闘の際に壊れてしまったが

 

「ああ、暗視装置だ。アイオワの手紙で見たが。だが、こんなものは見たことがない。しかも、こんな驚くべきものでも『向こうの世界』でもちゃんと売っている。それに加えて、これでも旧式だ」

 

提督は再びパソコンを操作すると、ある画像を映し出した。それは手に持っていたものとまったく同じ暗視装置。しかも、値段まで書いてあるのだ。民生品なのか?いや、違う。他にもあるが、どれも驚きだ。しかも……

 

「はぁ?あの機体が……観測用?」

 

 軍曹は素っ頓狂な声を上げ、時雨も開いた口が塞がらなかった。映し出されていたのは、あの無人航空機。MQ-9だ。しかし、驚くところはそこではない。航空記事らしいが、その見出しが驚きだ

 

『民間向けMQ-9、実証試験を日本で実施』

 

そこに映っていたのはあのMQ-9だったが、先日に遭遇した航空機と違って武装がない

 

「記事に内容によると災害に活用するための観測用の機体を実証するために行ったと書いてあります。恐らく、あの航空機を民間用に転用したのでしょう」

 

記事を下げていくと、そこには数名が写っている写真があった。教授や政府関係者だったが、そのうちの一人にある人物が紛れていた

 

「おい、あの野郎が写っている!さては、あの無人航空機とやらをこっそりと盗んだな!いや、それだけじゃない!銃も機械も技術も電気店か本屋で買い漁って持ち込んだな!あっちの世界では骨董品である機械もこちらでは最新だ。兵器も機械も分解してこっちの世界に持ち込んだに違いない!」

 

 軍曹は怒り、将校も苦虫を噛み砕いたような顔をした。博士も時雨も呆れ果ていた。ノートパソコンというのものは驚いたが、『向こうの世界』では当たり前だろう。と言う事は、軍事どころか民生品も驚異的な技術を持っているはずだ

 

「だから浦田の野郎は、農民から大企業の社長に栄転したんだ!天才ではなくて、技術を盗んだんだ!恐らく、詐欺か何かだろう。悪党にも程があるぞ!」

 

 軍曹は吼えた。こんな裏があるとは思いもしなかったらしい。……これがバレたとしても誰も信じないと思うが

 

「でも、これで浦田社長が『向こうの世界』と親密になっていない事が証明されました。どうやって調達したか知りませんが、間違いなく違法でしょう」

 

「つまり浦田社長が保有しているワームホールを潰せば勝てる?」

 

時雨は期待を込めて聞いたが、提督は首を振った

 

「それは分からない。未来の記録によると浦田重工業は『イージス艦の活躍によって捕まえた深海棲艦を非人道的な扱いをした。それに怒った深海棲艦は全力で浦田重工業を襲った』。自作自演だが、浦田重工業が壊滅したとなると、もうワームホールに頼る必要なくなったということだろう」

 

提督の言葉を聴いた時雨は、俯いた。つまり、『向こうの世界』無くて『最新鋭兵器』が製造出来るということだ

 

「今はまだイージス艦を売っていない。つまり、まだワームホールが必要なんだろう」

 

「しかし、時間の問題だ」

 

博士は呻いた。これからどうするか、問題がある

 

「だが、お前。このパソコンという情報を信じていいのか?罠である可能性は?ディープスロートは架空の人物ではないのか?」

 

「確かに罠であると考えたよ」

 

不意に博士が指摘した。この機械は、浦田社長のものだ。博士の指摘の一理ある

 

「でも、この機械を調べていく内に不自然な書き込みがあった。この取扱説明書に」

 

提督は最後のページを見せた。それは記していた

 

『秘密のフォルダを見てみない?パスワードは2020.04.01』

 

「提督、これはどういう事?」

 

時雨は聞いた。何なのかさっぱりわからない。その後に書かれている文も。ただ書かれている事は、余りにもふざけている

 

「これを書いたのは誰なのかって事だ。その者が、この綿密な記述を入れたのだろう」

 

「その者って?」

 

「これは……俺の推測だが……ディープスロートと名乗る人物は、浦田社長が雇おうとしていた職業軍人なのではないかと思う」

 

「え?」

 

時雨は間抜けた声を上げた。博士は眉を吊り上げ、陸軍将校も軍曹も首を傾げた

 

「ただし、この世界の職業軍人ではない。『向こうの世界』の職業軍人だ」

 

「つまり……自衛官って奴か?」

 

「そこは分からないです。……ただ、ディープスロートと名乗る者は、職業軍人でも士官か情報分析員に近いポストに就いている者でしょう。実はアイオワの手紙に書かれている近代兵器を持った深海棲艦の艦隊運用が米海軍に近いと書かれていました」

 

 提督は別の画面を映し出した。それは米海軍の資料だ。それも空母打撃群についてだ。バカデカイ原子力空母を中心に、周りにイージス艦が輪陣形を組んで航行している。ただし、映し出されているイージス艦は、浦田重工業が造ったイージス艦よりもスマートだ

 

「この映像は米軍の第七艦隊と呼ばれる空母打撃群です。簡単に説明すれば、現在で言う空母機動部隊です。この資料に書かれているのは、艦隊の運用方法の他に歴史、弱点や克服などが書かれています」

 

 提督はその資料を画面に映し出すと、もう一つの資料を出した。近代兵器を組み込んだ深海棲艦の案が書かれていたが、余りにも米軍に模していないのだ。どちらかと言うと、猿真似に近い

 

「しかし隠していない資料では、運用方法だけしか記載されていないです。しかも、単純なものです。浦田社長は、隠していない資料を見て艦隊編成したのでしょう」

 

Too weak(弱すぎる)……あれってそういう……」

 

 時雨はなぜあの時、アイオワが呟いたのかが分かった。初出撃で、しかも初めて『最新鋭兵器』を持つ深海棲艦に勝ったにも拘わらず、喜ばなかったのか。恐らく、アイオワは未来の提督から兵器の正体を見破った。出撃も警戒したに違いない。しかし、米軍の兵器を持っている割にはあっさりと深海棲艦に勝ってしまった。その後、深海棲艦はアイオワが生み出した戦術を対策されてしまい敗戦してしまった。しかし、アイオワは不審に思ったに違いない。米軍をモデルにした割には、弱過ぎると。尤も、深海棲艦の相手が第二次世界大戦時の軍艦をモデルにした艦娘のため弱過ぎるというのは語弊があるが

 

「多分な。それともう1つある。ディープスロート本人と思われる書き込みがあった。ただ……ディープスロートが何者なのかは知らないが、浦田社長とあまり関係はなかったようだ」

 

提督は操作すると、テレビにある文が写し出された。その文はちょっと長い。そこにはこう書かれていた

 

『おめでとう。暗号フォルダを見つけたのが浦田だったらゲームオーバーかな?他の者が見ていたら握手をしてやりたい。特に敵対していた者なら。まあ、誰でもいい。ひとまず聞けよ。俺はディープスロート。とある事情により浦田に勧誘されてさ。お袋が病弱している所を目に付けられた。最新鋭の医療機関に治療させるため医療費を提供するから私と組んで働いてくれと頼まれた。友人の付き合いだから手伝ったけど。実際……浦田の頼みなんてどうでもいい。ただ、お前は余り良い噂は聞かない。変な新興宗教団体と組んで何をやらかしているのかい?お前……本当に起業家か?だが、あの日の待ち合わせ時間に俺は早目に付いた。トイレに行って帰って来たら変な人と話していたよな?ちょっと録音しておいた』

 

「録音?」

 

 目で読んだ時雨が聞いた。提督は答えなかったが、パソコンを操作するとスピーカーから音声が流れた。店の中での会話だろう。時々、ウェイトレスや女性の笑い声が聞こえて来る。しかし、2人の音声だけはしっかりと聞こえた

 

『……この話は内密だ。他言無用だ』

 

『何なんだ?俺は仕事がある。儲け話でなかったら帰るからな』

 

それは浦田社長ともう1人の男の声だ。ただ、この声……どこかで聞いたような声だ。確か……

 

「あのアパッチに乗っていた警備隊長の人だ!」

 

「ああ、拡声器を使って攻撃されたら覚えてしまう」

 

時雨は思い出した。あのアパッチに乗っていた人だ。聞き間違える訳がない。音声はまだ流れている

 

『間違いなく驚かれると思いますが、実は私の家にワームホールが開きました』

 

『ワームホールが開いた?ワームホールって……あのワームホール?SF映画に出て来る奴?……バカにしているのか?』

 

もう一人の男……警備隊長である人は嘲りながら笑った

 

『これが証拠です。この紙幣と硬貨はこの時代にはない。いや、昔はあった』

 

コインが床に落ちる音が響いた。しかも複数すると言う事は大量に持って来たのだろう

 

『こんなの、今の技術では造れるだろう?』

 

『他にもあります。この金塊はどうです?刻印はこの世界の何処へ探そうが見つかる訳がない。触っても結構です。本物ですよ』

 

『……スッゲー。こんなデカイ金塊は初めて見る」

 

 浦田社長は金塊を見せたのだろう。金の魅了に見せられ、警備隊長である人は驚きを隠せなかった。金に目が眩んだのだろう

 

『因みに私もこの世界の人間ではない』

 

『……ハッ?何言ってんだ?』

 

『本当だ。それは置いといて……どうだ?一緒に別の世界へ行って一儲けしないか?』

 

浦田社長は説明したが、それは簡単なものだ。異世界だが、そこは過去の日本とは違い平行世界である事。その日本に企業を起こす。技術と知識を使って日本を豊かにすると。しかし、警備隊長である人はそんな話はどうでもいいらしい。重要なのは、金が貰えると言う点だけ。そういう人らしい

 

『信じられねぇ』

 

『しかし、私が住む世界の日本では、この世界の戦前の日本と大体同じだ。私は歴史を学んだ。将来、軍の暴走やら太平洋戦争やらが起こるかも知れん。そんなのは御免だ。だが、私が日本のために動いても軍や政治家は刺客を送ってくるだろう。だから、私兵軍団を作る。対抗するために。お前の軍歴が必要だ。数年前に陸自にいたお前なら』

 

『なるほど。だから、お前は新興宗教団体と組んでいたのか。あのイカれた団体は確か外国から武器を買っているって噂が流れているが本当か?AK-47やらM16とか。C4の爆薬まで買ったって噂になっているぜ』

 

『本当だ。だが、それも用済みだ。警察に証拠となる書類と物的証拠を荷物に積んで送り込んだ。今頃、あの教祖様は大慌てだろうよ。全く……誰がロシア製のMi-17を買えと言ったんだ。呆れてモノも言えん』

 

浦田社長は笑いながら言っている。

 

『でも銃器は大量に手が入ったって訳だ。全く、抜け目ないよな』

 

『兵器の設計図もだ。宗教団体が独自に造った特殊潜航艇でアメリカや中国などから銃器を大量に買い、私の家に運び込ませた。もう用済みだから、潜航したら故障するよう細工した。今頃、海の底だろうよ』

 

『悪魔だな。でも、あの宗教団体もイカレているから互角か……それで俺に何をして欲しい?』

 

『PMCである民間軍事会社を設立したいのだが、相手は国軍だ。火力が足りない。そこで自衛隊機を盗んで欲しい。アパッチ1機を。お前はヘリの操縦は出来たよな?』

 

『スゲー事を注文してやがる。確かに操縦できる。元パイロットだからな。だけど、盗んでも運用はどうする?ミサイルは?メンテナンスは大丈夫だろうな?電子機器がないと動かんぜ?』

 

『そこは心配しなくていい。別の人間にやらす。公安や警察の目を掻い潜りながら他にも人を集めているからな。まあ……もうじきもう1人来るんだが、遅いな』

 

浦田社長がいうもう1人とは、録音している者、ディープスロートだろう

 

『ははは、と言う事は帝国陸軍だが帝国海軍だか知らんが、その世界の軍隊に襲われるから、俺のような人を雇いたいと。そいつらから守ってくれと。盗んだアパッチで』

 

『もう既に10機もの攻撃ヘリや旧式であるジェット戦闘機は調達した。廃棄が決定した兵器をダミー会社と通じてコッソリと頂いたのでな。海外で起こっている紛争から鹵獲した兵器も入手した。大改修になるが、別に構わん。これはあるテロリストを通じて手に入れた。だが、コブラでは威力不足だ。かと言ってロシアのものはちょっと厄介だ。ロシア製は戦車と銃で十分だ。だから、アパッチがいい。不満か?』

 

『いや、第二の人生である民間警備会社も飽きたぜ。俺はちょっと思った事があったんだ。二足歩行動物を撃って見たくてね』

 

『そうか。では、交渉成立だな』

 

『報酬は良くなかったら俺は降りる。ところで人材は何処から?盗むには人手がいる。しかも、自衛官を騙せるような者でないと。以前、住んでいた駐屯地に入るんだ』

 

『心配するな。イカれた宗教団体から何人か抜粋して連れて来たのだよ。あのイカれた宗教団体には大企業や国の機関の人間が沢山居たのでな。有名大学出身の人間までいた。余りにも勿体無いから、役に立ちそうな人からこっちに連れて来させた』

 

『商工の社長が、宗教団体を利用する何んて前代未聞だな』

 

『私の方が上手なのだ。私は神なんか信じない。教祖様は夢を見過ぎた』

 

 ここで音声は途切れた。部屋にはしばらくの間静寂だったが、我に返った時雨は真っ先に口火を切った

 

「……これは『向こうの世界』での話だよね?聞き慣れない単語が沢山あったけど」

 

「そうだ。アパッチを盗むやり取りどころか勧誘まで。あの社長、結構タヌキだ」

 

提督は頷くと再び文章を表示した

 

『まあ、この会話を聞いて信じられなかったけど。結構、クレイジーだった。あの過激派の新興宗教団体と組んでいたのはそのためか。そして、国家転覆を促し武器を買わせたのも。だが、奴らに武装蜂起なんて所詮無理だって事を。だって、お前。銃器の製造方法や兵器の使用方法までは教えなかったな。確かに軍用銃はそう簡単には造れない。AK-47やAK-74は構造が簡単と言っても高学歴がそろってる人が集まっても作れるもんじゃない。工学系の人間がいないと無理だ。頭でっかちを集めてもな。さては俺のアドバイスを参考にしたな。道理で警察が押収したAKの軍用銃は劣化していると聞いたよ。そして、扱いづらいサリンである毒ガスを放置した。ま、あいつらは地下鉄などに使ったがね。崩壊するの時間の問題だ』

 

「地下鉄にサリンを撒いただと?」

 

 将校は嫌悪した。時雨も同感だった。まさか、宗教団体が地下鉄に毒ガスを使うなんて考えてもみなかったからだ。文章はまだまだある

 

『だから、俺は身を引いた。大体、話の内容がよく分からん。ある日、突然家に押し入り第二次世界大戦時代の兵器と現代兵器が戦ったらどっちが勝つか、なんて聞かれた。なに考えているんだ?勝つのは現代兵器を持った軍隊だ。だが、お前は詳細な情報を求めた。仕舞には、補給の仕方や兵器能力まで聞かされた。お前、マジでドンパチしてるんじゃないだろうな?ある日、戦略の海戦シミュレーションゲームを作りたいから軍事情報を教えてくれって頼まれたけど、これもどうかしている。自分では調べられないのか?ああ、そうだった。出来ないんだったな。ミサイル攻撃して終わり。F-2戦闘機に対艦ミサイル沢山積んで攻撃すれば終わりだ。WWⅡの軍艦は対空ミサイルなんて無い。ワンサイドゲームだ。簡単だろ?それじゃあ、ダメ?艦隊同士の戦いを想定で戦ったらどうなるか?米軍が持つ原子力空母を入れたらいいだろ?それがありゃ、連合艦隊どころか当時の太平洋艦隊を僅か数十分で壊滅させられる。……無い?せめて通常型空母か戦艦を前提にシミュレーションしてくれって?お前……これはゲームではなかったのか?戦艦ってアイオワ級戦艦はもう退役したのを知らないのか?何を言ってるんだ?潜水艦ではダメなのか?』

 

 ここから先は長くなるが、愚痴だ。色々と注文していたためにディープスロートという人物は、呆れてしまったらしい。しかし時雨はこの文を見て、これを書いた人物であるディープスロートは生きているのか、疑問に思った。多分、生きているとは思うが

 

『……とまあ、詳細な軍事情報を作ったけどさ。でも、これは穴あきだらけの情報だ。防衛省の機密にもならないものだ。書店で売っている軍事関連の本を参考に作ったものだ。え?なら、このシミュレーションは何かって?これはコンピュータのソフトを使ったシミュレーションの情報だ。ソフトも俺独自の物だ。ちゃんとした軍事作戦ではない?俺の暇潰し用だ。簡単に言えば、戦略ゲームだ。データもそれなりに作ったが、全部手抜きだ。おお、怖い怖い。浦田が怒っているのかな?まさかとは思うが、ファンタジー世界で現代兵器持ち込んで、弱い敵に対して銃をぶっ放しているんじゃないだろうな?ヒーロー気取りしてハーレム目指しているのか?それが本当なら、お前がやろうとしているのは侵略だ。己の正義を世界に押し付けているだけに過ぎない。米露中みたいに。俺が造ったソフトは、自衛隊トップに提出できるような軍事作戦じゃない。趣味で作った自作ゲームだから。まあ、俺の情報を元に軍事作戦が使われているなら俺が鼻で笑う。そして、ゲリラで苦戦してるなら相手の大将は肝が据わっていると褒めてやる。今のアメリカやロシアがWWⅡのような軍事的決着、明快な勝利というような輝かしい栄誉を手に出来ないのを考えれば分かる事。まあ、これが分からないのならお前は失格だな。それでは、頑張ってくれたまえ』

 

『追伸:ああ、お袋の事は別にいい。お袋は末期ガンだ。延命治療を拒否した。お前が渡したお金は、募金しておいた。金なんて要らねぇ。でも酒は頂く』

 

「この人……資料をワザと手を抜いて浦田社長に渡した?何かよく分からない。変人にしてはおかしい」

 

文章はここまでで終わっていたが、この人の考えはよく分からない

 

「恐らく、ディープスロートという人物は、警備隊長と同じく自衛隊と呼ばれる組織の一員だろう。どういう人物か知らないが、現場監督の人間ではないな。艦隊指揮が出来る人間か戦況分析官か」

 

「提督みたいな?」

 

「陸海空軍を知り尽くしているから、艦隊指揮を取っている人間ではないのは確かだ」

 

 提督も手に顎を当て考えていた。浦田社長を雇おうとしていた軍事顧問。その人物が、よく分からなかったからだ

 

「いや、変人ではないじゃろう。ワザと手を抜いたのは命を守るためじゃろう」

 

「どういう事?」

 

博士の言葉に時雨は訝し気に聞いた。ワザと手を抜いた事が命を守ることだって?

 

「これは推測じゃが……ディープスロートは、浦田社長が何をしたのか気付いたのじゃろう。しかし、余りにも馬鹿馬鹿しい現象だったから、警察に訴える訳にもいかない。精神病院に送られるのがオチじゃ。こんなものを誰も信じる訳がない。かと言って、軍事作戦を渡すと機密漏えいの罪に問われるじゃろう。そうでなくても、最終的に笑うのは浦田社長じゃ。そこで本物と見せてワザと手を抜いたものを渡した。一般の人が見ても分からないように。この内部告発のような資料も懸けに近いものだろう」

 

「あり得ますね。浦田社長は職業軍人でないのは確かです。そこまで見抜けなかったのでしょう。ディープスロートには肩書きがあるのですから、完全に信じたのだと思います」

 

 将校も頷いた。つまり、浦田社長は、ディープスロートが作った軍事情報は本物だと信じたらしい。しかし、データを提供した者は呆れ果て手を抜いて渡した。もう付いていけないのだろう。アイオワが不振がったり、異変した深海棲艦が力押しなのか分かったような気がした

 

「もし……その人が浦田社長についていたら」

 

 何気なく呟いた時雨。未来の提督はアイオワのお陰とは言え、必死に指揮を取った。幸い、戦艦ル級改flagshipが指揮を取ったせいか、攻撃の仕方がややゴリ押しがあった。もし、その者が指揮を取っいたら?

 

「考えたくはないな。アイオワの対抗手段なんて難なく見破っていただろう。いや、タイムマシン製造を着手する前にこちらが全滅した可能性だってある。未来戦争を知っている者だ。実戦経験なんて自然と付く。質と量どころか戦術面まで完全に負けてたな。艦娘は瞬く間に海の底だ。時雨もこの場に居なかっただろう」

 

 提督は恐ろしげに答えた。WWⅡの軍艦と現代兵器が戦ったらどうなるかを聞かされた事から、既に艦娘を倒すために計画していたという事だ。もし相手が冷酷な人間だったら、未来の提督と艦娘達は絶対に勝てないだろう。だが、幸いなことに、その者は警備隊長のような傲慢な人間ではないようだ

 

「ディープスロートが何者か知らないが、助かった。それだけでも感謝だな」

 

 提督の安堵するような言葉に時雨は頷いた。こればかりは幸運だったかも知れない。ディープスロートが普通の人間で良かったと

 




手品の種明かしのように種が分かれば呆れられるものです
手品師も大変ですね

兵器や機械類は、平行世界で(イカれた)宗教団体と吊るんで持ち込んだらしいです
宗教団体が武器なんて作れるか!と思われるかも知れませんが、昔はあったそうです。モデルは地下鉄などにサリンを撒いたあの……

その宗教団体は、AK74をコピーして自前で創ろうとしたり、軍用ヘリ(Mi-17)を購入したりと結構本格的な人達だなぁと思ったりしています
その割には自動小銃がちょっとお粗末だったらしかったです。高学歴がそろってる割にはコピーに失敗したりと(職人軽視していたらしいですが)
少なくとも知識だけの素人が作ろうと思っても無理です。AKは名銃だけど言われるほど簡単に作れるわけではありません

ディープスロートはウォーターゲート事件で有名ですね。それを習ったかも知れません
薄々気付いたのか色々なデータを入れているようです

余談ですが、MQ-9リーパーは民間向けとして、洋上哨戒などの監視任務に特化した非武装型『ガーディアン』が開発されています。NASAも保有しており、壱岐空港でデモフライトしています
浦田社長は非武装型のMQ-9を盗んで(?)武装型にしたようです。悪知恵が働く社長だ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話 奇策

ミニイベ任務である『日の丸弁当、量産!』が大変でした
主にお茶を集めるのに苦労しました。米ばかり出ないで欲しいです


 岐阜基地のある部屋では、必死に議論が行われた。502部隊の中佐と軍曹は勿論、提督も博士も忙しかった。机の上には論文や地図、そして浦田重工業の資料などが散乱し、壁に掛けていた黒板はよく分からない専門用語が書き込みが多かった

 

浦田重工業が目論んでいる野望を打ち砕くため、反攻作戦をしなければならない。そのため、計画を立てていたが、厄介な事が起こった

 

『浦田重工業 イージス艦を海外に輸出する時期を早める』

 

新聞の一面はそれだ。テレビも毎日のように報道している。内容によると、先日に起きたクーデターの残存部隊か引き起こしたテロのお陰で浦田重工業は、輸出する時期を早めたということだ

 

『二週間前に起こった事件は衝撃的でした。わが社は深海棲艦を殲滅するためにイージス艦を造りました。しかし、事もあろうに陸軍の過激な一団が我が社に対してテロを引き起こし拘束した深海棲艦を逃す事をした。わが社はいかなる理由があろうがテロを許さない。侵略者がいるにも拘わらず、反逆している行為は愚かだ』

 

テレビには記者会見をしている浦田社長が映し出されていた。フラッシュが光っても、浦田社長は何事も無いかのように話す

 

『これより1ヶ月後。つまり、年が開けた1月の上旬にはイージス艦12隻と輸送艦数隻をアメリカに向けて出港させる。これには私も同行する。私は失望しました。深海棲艦に対抗する兵器を開発する者達を攻撃する事に。実に情けない。私はこの国に失望した。もう少し賢いものだと思った。私からは以上だ』

 

席を立ち、記者からの質問攻めを無視して部屋から去ろうとする浦田社長。このニュースを見た時雨は勿論、提督と博士も驚いた

 

「提督、計画が早まっている」

 

「多分、あの艦隊はアメリカには行かない。トラック島に移住するためだ」

 

提督は呻いた。未来の自分と工作艦である明石のビデオでは深海棲艦に占拠されたトラック島かハワイに移住するためだろう

 

「時間がない。しかし、建造ユニットを奪還する時間もない」

 

建造ユニットの居場所は分かった。潜入した工作員が知らせてくれた。場所は本社ビルの研究施設。今のところ、改装しているという。完成までは程遠いが、それも時間の問題だ

 

「……」

 

「提督?」

 

提督の顔は険しかった。これまで以上に。僕達はこの敵に勝てないのか?

 

「親父、浦田重工業は日本から本当に脱出するのか?」

 

「中佐から聞いたから間違いない」

 

 博士も険しかった。今のところ、行動に映していない。502部隊も準備は進めているものの、反攻作戦をどう立ち向かえばいいのか分からない。取りあえず、襲撃に備えて岐阜基地周辺を警戒していたが、なぜか浦田重工業はこちらを襲ってこない

 

「ここを襲ってこないのは、舐められているからかな?」

 

時雨は何気ない言った。迎え撃つために待ち伏せていると思ったが、脱出するのを見ると相手するまでもないのか?

 

「それか別の理由があるかもな」

 

提督は別のニュースをやっているのを未だに見ている

 

 

 

「何か策は無いか?時間が無い」

 

 会議を何回も開いたが、軍曹からは決まってこれだ。焦りは禁物だが、そうも言ってられない。提督も顎を当てて考える仕草をし、博士は額に浮き出て来る汗を拭いていた

 

「奴等はトラック島へ行く気だ。野良の深海棲艦はイージス艦が対処してくれる。粗悪品だが、性能は十分じゃ。それを防ぐには最新鋭兵器を打ち砕く兵器が居る」

 

 博士の推測では、浦田重工業はアメリカへ行くと装って新たに造り上げたトラック島へ船へ向かわせる。恐らく、計画を前倒しでやるのだろう。必要な人員と物資と共に日本を脱出する気だ

 

「その後、己の工場を戦艦ル級改flagshipの指揮下である深海棲艦の艦隊が破壊される。世間では、ただの襲撃にしか見えん。後は好き放題にやるじゃろう。……歴史は繰り返される」

 

「つまり、ここで逃がしたらお終いなんだね」

 

 時雨は無表情で言った。浦田重工業はトラック島やハワイに移住すると計画を再稼働するだろう。世界を手中に収めるため。そして、深海棲艦を操り世界を攻撃するために。最悪な結果になる事を知らずに

 

「追跡は無理だ。艦娘は時雨1人だけだし、例の戦艦ル級の指揮に入っていない深海棲艦だっている」

 

 提督は呻いた。無差別に攻撃し通常兵器が効かない(但し、浦田重工業が造ったイージス艦は除く)深海棲艦が邪魔して来る

 

「止められるのは私達だけだ。しかし、策が無い」

 

 中佐は指摘した。内心では直ぐにでも止めたいのだろう。しかし、どうすることも出来ない。街に向かったとしても逮捕されるだろう

 

 

 

 会議が終わると皆は会議室から出て行かない。皆は各人、調べていた。時雨も提督の手伝いをしたが、提督はというとノートパソコンと格闘していた。何か対処するための兵器があるはずだと調べて見たが、データが膨大だった

 

「何か分かった?」

 

この言葉を何回言ったのだろう。期待を込めて聞いたが、提督は首を振った

 

「ダメだ。今はゲリラ戦を見たが、これは当てにならない。ただ苦しめるだけの方法だ」

 

 ゲリラ戦というのは進撃してくる敵軍に対し、小規模な待ち伏せを頻繁に行う戦術である。特に長期の消耗戦では一方的に敵戦力を減耗させる事ができるが、これだけで戦いに勝った事にはならない

 

 提督は知らないが、現実世界でもゲリラ戦はそこまで有効ではない。武器弾薬、資金などの供給がなければそうそう長く抵抗を続けられるものではないためだ。いや、ベトナム戦争ではベトナムはアメリカを退けられたが、ソ連の援助と本土で頻繁に起こった反戦運動のお蔭である。米兵達は苦しめられただけである。後のイラク戦争やアフガン戦争ではゲリラ戦やテロは起こったものの、アメリカが勝った事実は揺るがない

 

「ゲリラ戦は自国を主な戦場になる。戦えば戦うほど国土が荒廃する。しかも攻撃の矛先が敵に協力した自国民にも向くから、分裂も招きかねない」

 

「それに浦田重工業はここから離れるから無意味だね」

 

浦田重工業の本丸を攻め落とさなければならない事だ。しかも、期限付き

 

「こちらを炙り出すために声明を発表した。……何故なんだ?」

 

 提督は自問自答している。時雨は机の上に散らばった紙を見ていた。様々な案があるが、どれも最良ではない。相手は攻めず迎え撃とうとしている。返り討ちにならないようにしなければならない

 

「何か兵器があれば」

 

 

 

 俺はノートパソコンを弄っていた。何か情報があれば何とかなるかもしれない。しかし、情報だけでは戦いに勝てない。気合いと気持ちだけで勝てたら誰も苦労しない。未来の俺もそれに気づいていた

 

(最新鋭兵器……)

 

 浦田社長は平行世界の未来から科学技術と兵器を持ち込み侵略を開始した。初めは志はあったかも知れないが、今は怪物だ

 

(平行世界……)

 

 隕石が落ちなければどうなっていたか。深海棲艦の侵略の原因となったワームホールは開かず、第二次世界大戦は起こっていたかも知れない。別世界とは言え、歴史の成り立ちはアイオワや時雨などの『艦だった頃の世界』、つまり平行世界と同じなのだ。世界大戦は起こらなかったが、深海棲艦との戦いは起こっている。いや、泥沼になっているだろう

 

(深海棲艦……)

 

 深海棲艦の詳細な正体は不明だ。しかし、姫級と例の戦艦ル級改flagshipは違っていた。行動も逸脱している。浦田重工業との関係は分からない

 

 北方棲姫に聞いたが、彼女からの答えは「帰レ」としか言わなかった。捕まえた深海棲艦とは言え、負傷しているため丁重に扱っている。時雨の件もあるため閉じ込めたりしない。しかし、北方棲姫は浦田重工業によって痛めつけられたせいで怒りが収まっていない。こちらを攻撃はしないが、話し合う気はないようだ。それに加えて、海が近くに無い。内陸には馴染めないらしく、毎日不機嫌だった。時雨と一緒に説得したが、当の本人はタコ焼きに似た艦載機を周囲に展開して威嚇していた。攻撃する意志はないものの、相当警戒している。しかし、港湾棲姫だったら迫力はあったかもしれないが、北方棲姫は見た目は子ども。猫が怒っているようにも見えて可愛らしいのも確かだ

 

「だが、不思議じゃ。北方棲姫の傷は誰がつけたのか?通常兵器に効かない相手をどうやって……」

 

 親父は不思議がっていた。浦田重工業はどうやって艦娘使わず深海棲艦を攻撃したかは分からない。例の戦艦ル級改flagshipがやったにしてはおかしい。複数いるというのも考えたが、それはあり得ない。あの異様な戦艦ル級flagshipは、単体であるのは未来の記録で明らかになっている。

 

(何か良い手はないのか)

 

 俺はデータを探すのを諦めた時、『近代兵器の弱点』と書かれたファイルを見つけた。何だろう?ファイルを開くと、そこはある兵器の簡易的な論文と設計図があった

 

「在日米軍……防衛省……極秘?」

 

 俺は困惑した。どうも、このデータを編集した者は、どんな人物だろう?詳細な情報を隠したり、密会を録音したり……

 

そして、この兵器。まだ試作段階ではあるが……

 

「これは出来るのだろうか?」

 

 提督はこれに掛けた。この兵器を信用できるかどうか分からない。このパソコンにデータを隠した者は、浦田社長をあまり快く思っていないのは確かだ

 

 俺は早速、この兵器の論文と設計図を紙に書き写す作業にかかった。時雨は、俺の行動に不信がっていたが、いつもの事だと思ったらしく立ち去った

 

 

 

「これって!」

 

「ああ、これなら勝てるじゃろう」

 

 翌日、会議が再び開いたが、提督はまた発表を行った。『新型兵器』といい説明したが、その場にいる全員が唖然とした。僕も驚いた。こんな兵器があるのか

 

「このデータを作った人は、こういうのを予想していたのでしょう。試作段階の兵器を張り付けたと思います。但し、これは平行世界の未来で実用化したのは米軍だけです。理由は、これを起動する電力が余りにも膨大だからです」

 

提督は口を開いた。しかも自信を持った言い方だ。こんなに力強い言ったのは初めてかも知れない

 

「しかし、この兵器は試作段階だ。未来兵器がこの時代に再現出来るかどうか……」

 

 軍曹はやや暗い口調で言った。複雑な理論と設計図、そして専門用語や物理化学の知識は、この会議に居る者では到底わかる代物ではない

 

「いや……出来なくはない。確かに難しい。だが、この者は設計図どころか科学知識まで書いてやがる」

 

「本当!?」

 

 博士は頷くと時雨は喜んだ。これなら、未来兵器を持つ浦田重工業の連中に勝てるかもしれない

 

「しかし、ここでは無理じゃ。人員と試験材料があればいいのじゃが。それを実現させるには、あの艦娘なら出来る。しかし、ここにはいない。参ったな。工廠妖精だけでやるしか。しかも、時間が足りん」

 

「登戸研究所に知り合いがいます。手助けになるでしょう」

 

 中佐は即座に提案した。登戸研究所は大日本帝国陸軍が保有している研究所だ。秘密戦の研究部門である。これで役立つはずである

 

「論文によると、これは航空機に搭載し爆撃するためのものでしょう。効果は半径200メートルらしいですが」

 

「この世界だと恐らく、大型するのは必須じゃな」

 

 博士は複雑な表情を浮かべた。対抗する兵器のノウハウがあるのは嬉しいが、成功するかどうか分からない

 

「仮に成功したとしてどこで使います?」

 

「あー……あの、作戦は考えたのですが、私は学生なので」

 

 軍曹は質問したが、提督は恐る恐る言った。何しろ、軍人ですらない相手が作戦を考えたのだから

 

「構わない。ここは総司令部ではない」

 

 中佐は促すと提督は黒板に大きな紙を張り付けた。恐らく、徹夜で作ったのだろう。全部、提督の文だ。所々、写真もあるが

 

「浦田重工業はこの日本を脱出しようとしています。準備は既に始まっているでしょう。未来の私の記録によると、浦田重工業は深海棲艦に攻撃され壊滅しました。勿論、自作自演ですが」

 

提督は指揮棒を取り出し、指しながら説明した

 

「重要なのはこちらを攻撃していないことです。恐らく、攻撃する必要性はないと考えています」

 

「どうして?」

 

 時雨は質問した。相手は強力な兵器を持っている。それなのに、なぜ攻撃をしないのか?

 

「理由は2つある。1つは戦略上の判断です。わざわざ岐阜基地を攻撃するよりも、こちらを迎え撃てばいいと判断したのでしょう。ゲリラをシラミ潰しするのは骨が折れると考えたと思います」

 

 攻撃三倍の法則というのがある。戦闘において有効な攻撃を行うためには相手の三倍の兵力が必要となるというものだ。尤も、これが全て通用するとは限らない。空爆されれば終わりだ

 

「もう1つは戦力温存です。私達は浦田重工業が保有する3機の航空機を撃墜しました。データによると平行世界の未来の航空機は高額です。1機あたりが目玉が飛び出るほどの高さですから」

 

 先日に交戦したアパッチは、約67億円である。こんな高価な兵器を一企業が沢山、持っている訳がない。補給であるワームホールも限度があるはずだ

 

「成る程。つまり、兵器の数は少ないということか」

 

 中佐は考えながら言った。しかし数が少なくても、こちらの軍勢を簡単に料理出来ると言う事になる

 

「と言っても敵は強大です。まずは囮か何かを使って浦田重工業の警備兵の大半を引き連れます。その隙に別働隊がこの兵器を運びながら本社ビルを目指します」

 

勿論、先程上げた兵器である

 

「これは非殺傷の兵器です。有効範囲に到着したと同時に起爆させます。これで彼等が保有する兵器の大半は無力化出来るでしょう。浦田重工業が混乱している隙に総攻撃をします」

 

提督は説明を終えたが、未だに口を開かずこちらを見ている事に慌てて付け加えた

 

「勿論、私の考えですから無視してもいいですが」

 

「いや、いい。これなら勝てるかも知れない。後は作戦を立てなきゃならない。何しろ、横須賀にある本社ビルを攻撃するのだからな」

 

 何しろ、浦田重工業の本社ビルの回りには住宅街や商店街が沢山並んでいる。これを攻め落とすのはこちらも覚悟がいる

 

「次に浦田社長が保有するワームホールを破壊する事です。これがある限り、私達は勝てません。『平行世界』の住人が浦田社長の悪巧みを止めてくれればいいのですが、全く干渉して来ない事は未来の私の記録でも証明済みです」

 

「破壊……出来る?」

 

時雨は提督に聞いたが、答えたのは博士だ

 

「出来るはずじゃ。ワシが異世界……『平行世界』の軍艦の魂をこちらに呼び寄せた方法と同じじゃろう」

 

「建造ユニット」

 

 時雨は呟いた。艦娘は『艦だった頃の世界』、つまり『平行世界』の軍艦の魂を肉体に宿した生命体。肉体は無機物が必要。建造ユニットは一方通行のワームホールに近いと言う

 

「奴が建造ユニットを奪った理由はそこじゃろう。双方の世界の通路を確実なものとするために」

 

 あの装置が解析されたら今度は、『最新鋭兵器』を沢山持ってくるだろう。何かしら制限はあるはずだ。でなきゃ、大軍を送り込んで来るはずだ

 

「平行世界の日本の動きが気になるが、今後干渉してこないとは限らない。世界が滅ぶまで開いるか分からんが、碌な使い方はせんじゃろう」

 

「ちょっと待って。そのワームホールは破壊可能なの?深海棲艦が出現したワームホールは破壊できなかったって」

 

時雨は質問した。この時代に到着し、博士は始めにそう言ったのだ

 

「それはワームホールが巨大だった場合だ。この会議の前に親父から聞いたが、ワームホールが小さい場合は可能だ。恐らく、移動式のように機械仕掛けでパワーを補い通路を確保したのだろう」

 

博士の代わりに提督は質問に答えたが、これは推測しかない。不安定要素だ

 

 後に博士が説明してくれたが、ワームホールは手を加える事が可能という。それを応用しタイムスリップや平行世界の往き来可能ということ。しかし、深海棲艦と同じく未知の物質で出来た現象なので安定しないという。安定するにはワームホールが巨大でなければならない

 

「小形の場合は不安定じゃ。約1週間から1ヶ月くらいなら開くじゃろう。しかし、それ以上は無理じゃ。エネルギーを絶えず供給しなけれは崩壊する」

 

「浦田社長はワームホールの存在や知識を知っていたのか?」

 

今度は中佐が質問したが、博士は肩をすかした

 

「さあ?ただ、平行世界で過激な宗教団体と接触したと録音にあった。高学歴を持つ人もおったと。そこから得た知識じゃろう。しかし、運のいい事にタイムスリップまでは行き着かなかったようじゃ」

 

 浦田社長がタイムスリップ理論まで行っていたらどうなっていたのだろう。だが、幸いなことに浦田社長はタイムスリップは興味ないらしい。実際に監禁され尋問されたのは艦娘の事だけ。タイムスリップ事は聞かされていない。時間旅行なんてしなくてもいいと判断したのだろう。時雨の正体が分かってもタイムマシンを造ろうとはしない

 

「浦田社長が日本を脱出するまで1ヶ月。奴はわざと猶予を与えた。だから、今度はこっちの番だ。敢えてそれ乗り、一気に倒す」

 

 提督の締めくくりの言葉に皆は頷いた。データを与えた者が何者かは知らない。しかし、ここで倒さなければ同じ道をいくだけ

 

「これなら未来は――」

 

「いや、完璧じゃない」

 

時雨は言いかけた時、提督はかぶりを降った

 

「この作戦には決定的な致命傷がある。戦艦ル級改flagshipの倒し方だ。未来の記録によると、奴は近代兵器に頼っているだけではない。こいつを何とかしないと、勝った事にはならない」

 

 提督の指摘に時雨は項垂れた。こいつをどうにかしないと。しかし、手持ちの装備では火力不足だ

 

「建造ユニットはあいつらが持っていった。恐らく、完成させるためだろう。親父、あいつ等は確かに大型建造用の改修設計まで持っていったんだな?」

 

「間違いない」

 

博士は否定しなかった。それは博士自身が確認している

 

「建造ユニットの完成する日はわかる?」

 

「見たわけでは無いが、502部隊の潜入工作員からの情報を察するに1ヶ月くらいは」

 

博士は唸っていたが、時雨は分からなかった。提督は何をする気だろう

 

「親父……申し訳ないけど浦田重工業は建造ユニットを完成させようとしている。完成したと同時に浦田重工業を襲って奪う。それでいいか?」

 

「「ええ!!」」

 

時雨と博士は驚き、中佐と軍曹は顔を見合わせた

 

「なぜ!?」

 

「そうだよ!もし、あいつらが新しい艦を建造したら……洗脳とか脅迫でこちらを攻撃されたらどうするの!」

 

 時雨は大声を上げた。確かに建造ユニットが完成したら嬉しい。しかし、浦田重工業の手先として攻撃されたら終わりだ。最悪の場合、仲間同士で戦う事に成るかも知れない

 

「いや、時雨。奴等に限ってそれはない」

 

「どうしてそう言い切れるの!」

 

「勘だ」

 

提督の予想外の答えに唖然としてしまった。提督は楽観主義ではないはず!

 

「どうしてそう思うの?僕に対して酷いことをした奴等だよ!」

 

「それだ。奴等は艦娘を見下しているから部下として扱わないだろう。戦場にも出さない」

 

時雨は混乱した。軽蔑しているから戦わせない?

 

「言い方が悪かったな。未来の記録では捕虜になった艦娘は沢山いたらしいな。拷問してタイムマシンを聞き出そうとしたらしいが、奴等は洗脳し未来の俺にスパイとして送らなかった」

 

提督は、未来の記録を見せた

 

「つまり、奴等にとって艦娘は全く信用出来ない存在なのだろう。それか、それが面倒くさかっただけなのか。例の戦艦ル級改flagshipの指揮下の深海棲艦と違って、艦娘は人間性はある。俺が戦艦ル級改flagshipだったら敵である艦娘を使わない」

 

「どうして?」

 

 時雨は分からなかった。姉妹艦や仲間を人質にすれば、それなりに従うのだろうと思っているが、提督は否定している。提督は時雨の不満を感じ取ったのか、説明を付け加えた

 

「時雨、それは考え過ぎだ。浦田社長だったら、こう思っているだろう。どんなに脅迫しても浦田重工業を裏切るかも知れない。逃げるかも知れない。暗殺されるかも知れない。もしくは目を盗んで破壊工作を行い自分達の拠点が吹き飛ばされるかも知れない。監視を付けるより自軍の手駒を強くした方が安上がりだ。思想改造も施していない捕虜である艦娘が、こちらの命令を素直に従うと思うか?俺は思わない」

 

「それは……そうだけど」

 

 時雨は混乱した。確かに僕達艦娘は脅されたからと言って素直に聞くものではない。気づかれないように脱走し応援を呼ぶだろう。従順するフリをしながら敵を倒す方法を考えるだろう。しかし、それはあくまで可能性だ。歴史は変わっているのだから、浦田社長が建造された艦娘を脅迫する手段を使うかも知れない。しかし、提督の言っているように浦田重工業や深海棲艦は、艦娘を手駒として使わなかった。提督の考えている事は、ほとんどあっているのだろう

 

「でも……もし……」

 

「言いたい事は分かる。ただ、浦田重工業は艦娘を信用していない。『標的艦』と称してミサイル攻撃する奴等だからな。どちらにしても酷い奴だが」

 

 時雨は手を握り閉めた。捕虜になった艦娘は二度と戻って来なかった。送られて来た映像を見た事はあるが、映し出されていた捕虜の艦娘達の姿は見るに絶えなかった。全員、ボロ人形のようだった。そして、奴等は何の躊躇いもなく艦娘を沈めた。標的艦と称して、捕らえた艦娘をワザと解放し逃げ回る艦娘を撃沈するまでミサイル攻撃した。アイオワと違ってミサイルを防御システムが全く無い艦娘は、なす術もなく海の底に沈められたという

 

「あいつのせいで……僕達の仲間が……五月雨が……」

 

「分かっている。しかし、奴等は艦娘を洗脳し攻撃してくるなんてないだろ。それは今もだ。戦艦ル級改flagshipから暴力しか受けなかったのが証拠だ。『浦田重工業のためにこちらの兵隊として戦え』なんて言ってなかっただろ?」

 

「あいつらの考えは分かったけど……あまり嬉しくないね」

 

 もし、建造ユニットを奪還出来なければ、生まれてくる艦娘は標的艦として殺されるだろう。戦力として考えていないと言う事は、お荷物だということになる

 

「可能性があるなら、建造した艦娘を盾にするというやり方だろう。それだけは避けなきゃならない」

 

「浦田重工業や深海棲艦がそれを実行したらどうするの?攻撃する?」

 

時雨の質問に提督は一瞬考えたが、次のように答えた

 

「その場合は、救助を優先してくれ。攻撃は最後の手段だ」

 

時雨はホッとした。提督が冷酷な人間でなくて良かったと思った

 

「建造ユニットの完成を浦田重工業に任せるとか飛んだバカじゃな」

 

「悪かったな。でも、仮に建造ユニットを持ち出せたとしても完成できるのか?」

 

「いや……せいぜい使い捨ての建造ユニットになる。数人の艦娘を建造すると建造ユニットはオーバーヒートを起こしてスクラップになるじゃろう」

 

これには提督どころか陸軍将校と軍曹も呆れた。時雨もである

 

「どうして!?」

 

「仕方ないじゃろう。コントロールが……」

 

 博士がそこまで言った時、突然口を開けたまま動かなくなった。まるで時が止まったかのように動かない。時雨が声を掛けようとした次の瞬間、椅子から立ち上がると荒々しく会議室から出て行った

 

「な……何があった?」

 

「いつもの事です。何か閃いたのではないですか?」

 

軍曹は驚いたが、提督はため息をついた。どうやら、こういうのは見慣れているらしい

 

「話を戻します。浦田重工業はこちらを舐めている。だから、その裏をかく。傲慢な奴等をぶちのめす」

 

提督の最後の言葉に皆は頷いた。これで勝てるはずだ。そう願いたい

 




提督は何か兵器を見つけましたが……

余談ですが、感想の中に『艦娘同士の殺し合いは勘弁でお願いします』とありましたが、これについては『この作品において艦娘同士の殺し合いはありません』とお答えします
と言うのも、敵である浦田重工業が艦娘を戦力に加えるメリットが何もないからです。理由は提督が言っているように「浦田重工業は人間不信ならぬ艦娘不信だから」です。戦艦ル級改flaighipのお蔭で深海棲艦が操れますから、裏切るかも知れない艦娘を戦わせるわけには行かないと思っている訳です
と言うのも脅されたからと言って艦娘が忠犬のように従うのは虫が良すぎるような気がします。相手が約束を守るとは限りませんし。それなら従うよりも浦田社長を暗殺するなり裏切るなりした方が得策でしょう
洗脳という手段も考えましたが、これはカルト教や特定の思想団体がやる手段です。確かに思想が強い国ならやっていますが(例:朝鮮戦争中に中国人が捕虜にした米兵を洗脳した)、浦田重工業はカルト教でも特定思想が強い集団でもありませんので

まあ、仲間や友軍とは何だったのかと思っちゃうくらい手加減無しに艦娘同士が殺し合うのはあり得ないんじゃないかなと思ったりします。旧日本海軍ですら、そんな間抜けた事はやりませんでしたし


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話 侵略者の過去

浦田重工業の本社ビル

 

 浦田社長は計画を前倒しした。いずれ真実はバレるだろう。しかし、時間稼ぎであるねつ造は可能だ。陰謀やそれに近い情報を流せば簡単な話だ。幾つかのカバーストーリーを流せば、国の機関は愚か国民も分からない。マスコミは企業には頭が上がらず、平行世界の日本とは違ってインターネットというものは存在しない。真実は闇の中だ。こちらが警察捜査するような話があれば別だが、今はそれはない。まだ異世界とのつながりは重要だ。ワームホールは機械に組み込まれているため、そう簡単に消滅はしない

 

 

 

 あの日。隕石が落ちて己の田畑が滅茶苦茶になり絶望した日。私は変な現象を見つけた。自分の田畑の真ん中に光の靄のようなものだった。初めは霧か何かかと思ったが、どうも違う。煙にしてはおかしい。その靄は空気に散開せず留まっている。そして、その近くに妙なものがあった。小さい四角のような変な物体だ。あちこち弄ったが、あるボタンを押したら四角い物体は光ったのだ。よく調べると機械だ。こんな精巧な機械は見た事が無い。初めは軍か何かの極秘研究ものだと思った。しかし、調べてみる内に分かった。これは違う。一般人が娯楽で使うものだと。写真に写っている人や風景を見たら分かる。軍が遊び道具に使うものを開発する訳がない

 

 私は光の靄を調べるために小屋を建てて邪魔者を片付けた。野次馬を追い払い、警察や専門家達に隕石を渡して立ち入りを拒否させると早速、例の現象である光の靄を調べた

 

 私は色々試した。石を投げると靄に消える。石の他にボール、桑、植物……光の靄に投げると物体は、神隠しにあったかのように消滅する。数日間、小屋に籠り実験をしていたため、周囲から変人と呼ばれた

 

だが、呼ばれても気にはしない。田んぼは無くなった。両親は既に他界し、妹は別の場所にいる。こいつをどうやって金儲けするか考えなくては

 

ある日のこと……靄から人が来た。いや、人と言うより死体だ。変な服を着ていた間抜けた男性の死体だ。遺体を調べたが、どう見ても光の靄のせいではないと分かった。無数の切り傷と殴られた跡が死体の身体に沢山あったからだ

 

「これは?」

 

私は恐怖よりも興味が沸いた。もう失うものはない。父は戦死し、母は病死した。自分自身では生活できないため妹は親戚に預けられた。百姓として田畑を耕したが、隕石で全滅。だからこの目で確かめたい。光の靄の向こう側には何があるのかを。距離を保つと光の靄に向けて突進した

 

 

 

 気がつくと私は、ベットに寝ていた。誰かが快方してくれたのだ。起き上がって辺りを見渡したが、部屋には変な置物と神具。そして、如何にも怪しい女性が微笑みながら座っていた。私が起き上がった事に気付いた女性は、一例をすると語り出したのだ

 

「大丈夫ですか?教祖様が驚きました。神が使いを送ったと聞いて皆は喜びました」

 

「ここは何処だ?あの光の靄は何だ?知っているのか?何処にある?」

 

しかし、女性は神だと教祖様だと言っているだけで話にならない。外の様子が知りたく窓を覗いたが、風景を見た途端驚愕した。バカデカイ建物が沢山並んでいたのだ

 

「ここは……何処なんだ?」

 

 女性に迫ったが、わけのわからない事を口走ってこちらに罵って来た。話にならないので、行く手を阻む女性を押し倒すと脱走した。周りから変な衣服を着た集団が来たが、全員殴り倒した。幼い頃、いじめられていた事もあって喧嘩には強い。それに隠し武器もある。ある者が見たこともない拳銃を取り出したが、私は引き金を引くよりも早く銃を奪った。刃物で脅かされ金を巻き上げられた事もあったので死の恐怖はない。寧ろ、刺して見ろとハッタリを噛まして追い出した

 

「出口は何処だ?」

 

 男性は失禁しながらも簡潔明瞭に答えると殴り倒した。拳銃を隠し持ち、出口に逃げる私。出口には行く手を阻むものがいたが、私が拳銃で2,3人射殺すると全員は尻尾を巻いて逃げた。外に出た私は混乱した。見たこともない建物と物凄いスピードを出して走る車。見慣れない服装をして歩いている一般人。そして、例の奇妙な機械を弄りながら歩く者もいる。光の靄に現れた機械とソックリだ

 

 しかし、驚くことは後だ。私は逃げたが、遠くまでは行かなかった。ここが何処なのか?アメリカかと思ったが、看板や道路標識は日本語だ。話している通行人も日本語を話している。天国かと思ったが、違う。こんな変な天国は聞いた事が無い

 

「見つけたぞ。神の使い!」

 

後ろを振り返ると変な集団がまたしても来たのだ

 

「教祖様がお待ちだ。我々には救済が必要なのだ」

 

 私は気付いた。こいつらは宗教団体なのだと。教祖様というのもペテン師なのだろう。私は素直に彼等の脅しに従った。いや、従ったフリをしていた。下手に動くとこちらが危ない

 

 

 

 それからは私が驚くようなものばかりだ。ここは確かに日本だ。文明が発達した日本。私がいた世界とは違う日本。高層ビルが立ち並び、私が知っている東京は見違えるように変貌していた。そして、何よりも食い物が沢山ある。この世界の住民は、こんな美味いものを食って生活しているのか?

 

この世界で色々な事を学んだ私はある結論に達した。あの『光の靄』によってこの世界に来たのだ。その光の靄はある宗教団体が保有する施設に出現したらしく、信者達は崇めていたという。祠に収められた感じで。そして、どうも私を神の使いか何かと勘違いしているらしい。教祖様にも会ったが、うん臭い者だった。第三者が見れば、ペテン師だと言う事くらい分かるのに、入信者は驚くほどに多かった。イワシの頭も信心からと言うことわざがある。正にそれだった

 

 

 

 私は天国に用があると誤魔化して光の靄に入ったが、あっという間に私が住んでいた小屋の中についた。夢かと思ったが、違う。盗んで隠し持っていた拳銃がある。私はあの宗教団体に捨てたと誤魔化した。警察が聞いたら鼻で笑う嘘だが、あの宗教団体の信者はそれを信じている。間抜け過ぎる。いや、奇妙な現象が起こったのを目の当たりにしたのだから無理もないのだろう

 

 

 

 その日以降、私は向こうの世界から金目になりそうなものを持ち込み、土地一帯を買った。邪魔な奴らは自殺を見せかけて殺した。色々と調べていく内に分かった事があった。専門用語を使うなら、あの世界は別次元の世界……つまり、平行世界の日本だと。向こうの世界にも西暦があったため分かったが、どうやら半世紀以上の未来の日本だ。時間旅行したかと思ったが、違う。歴史の成り立ちが微妙に違うのだ。信者の中に高学歴の学生がいたため、私はその学生から歴史と科学を学んだ。その学生は天国と勘違いしているらしく、丁寧に教えてくれた。そして、平行世界の日本の歴史も学んだ。そう……第二次世界大戦勃発から現代までの様子を

 

「間違っていないのか?」

 

「歴史は間違っていない」

 

「つまり……軍が暴走して日本を堕落させただと?そして……アメリカの傀儡になっていると。今も在日米軍がいるのだな?」

 

「そうです」

 

信者は私を恐れながらも答えた。神の使いがお怒りになられたと勘違いしているらしい

 

「地下活動していた共産党は?軍部が無くなったのだから、喜んだのだろう。私はマルクス関連の本を読んだ。当然、富を平等に分け与えたという行動をしたのではなかったのかね?」

 

「それは……」

 

 信者は口ごもっていたため、私は強引に聞きだした。彼は共産党支持者だった事は知っている。しかし、彼から出る言葉は意味を持たない『平和』のことばかり。敗戦を軍部に押し付けたのはいいが、よく分からない政党になっていた。中身が全く無い

 

「我々は世界平和のために――」

 

「何てことだ!相手を罵る事しか出来ないのか!」

 

 怒りを顕わにした事により、その男は逃げてしまった。テレビというものを見たが、政治家というのは、考えている事が分からない

 

 その日から私は、この世界の社会情勢や世界史を学んだ。情報社会もあって、様々な事を学んだが、どれも失望させるようなものだった。日本は米国と近隣諸国から振り回されている。経済も停滞しており、少子化対策もままならない。工場も人件費削減のために海外に出る始末だ。貧乏だった頃に憧れていた『共産主義』もソ連や中国の実態を見れば明らかだ。マルクスの考えているものは理想しかない。しかも、ここの政党も首相を蹴落とす事しか考えていないのか、国会討論も下らないものばかりだ

 

「良いだろう。政治理想はそんなものだ。所詮、夢物語だ!リーダーが贅沢な暮らしが出来るシステムだ!私は私の世界を変える!第二次世界大戦が起こるであろう世界を変えて見せる!」

 

 

 

 私は光の靄についてどうにかならないか調べていた。幸い、有名大学の学生がいたために教授を紹介してくれた。教授もこの宗教団体の信者だったため、口止めは容易だった。光の靄を維持するための装置は、教授が用意してくれた。何でも物理学の人らしいが

 

「私もよく分かりませんが、この光の靄は一種のワームホールでしょう。信じられませんが、これは興味深い現象です。アニメに出て来る猫型ロボットのアイテムが実現出来るかもしれません」

 

 教授は目を輝かせていた。そして、向こう側の世界に行って見たいらしい。しかし、それは私が禁じた。お前たちは天国へ行く資格はないと脅したのだ。例え、入ったとしても向こうの世界には罠を仕掛けている。何人かは入ったらしいが、気絶させ連れ戻した

 

 教授が作ってくれたワームホール維持装置のお蔭で持ち運びが出来た。と言っても小型トラック並に大きかったため、不便過ぎた。鉄の箱から幾つものの電線が伸びており、光の靄に絶えずエネルギーを与えている。電力は小型発電機のもので十分だという。そして何故かは知らないが私のいる世界では、鉄の箱を通じて光の靄は動かせるのに、平行世界の日本に現れた光の靄は動きもしない。向こうの世界にも同じ処置は施しているにも拘わらずだ

 

 しかし、それで十分だ。私は行動を移した。教祖様に従い宗教団体のために誓うと共に仲間を通じてあれこれ購入する事を命じた。私は教祖様の従うフリをしながら、資金調達のために商社を立ち上げた。信者の仲間も喜んで私の手伝いをしてくれた。利益を上げているのだから付いて来るのは当然だろう。しかし、私には野望があった

 

 この宗教団体の信者は、人材が豊富だった。溺れる者は藁をもつかむというのか、何かを信じなくては生きて行けないらしい。そこで私は、彼等に目標を与えた。私のために働いて欲しい。そうする事で神に救われるのだと

 

 私は大掛かりな計画を実行した。私の世界の横浜に小さな工場を立てると早速、業務を開始した。平行世界の日本の業者だけでなく、海外からの大量の古い機械を一式購入させると、私の世界に持ち込んだ。企業からリストラさせ職を失った技術者を雇い入れ、私の世界に送らせ働かせた。但し、外出は禁止だ。平行世界の日本とこの世界との技術差があり過ぎるため、私の世界で雇った社員が科学知識を理解するのに長い年月を労した

 

 皆は教祖様のため、そして神のために働いているだろう。それは私が言える立場ではない。本人が幸せならそれでいい。但し、私はうん臭く国家転覆を狙おうとしている教祖様とは違い、目標があった。それは私が住んでいた世界を変える事。そのためには、私の住んでいる世界で財閥に匹敵する程の大企業になる事。それを実行するためには苦労した。光の靄を通じて持ち込める資材の大きさは限度があるものの、ワームホールを通じて機械や車両、資材等をどんどん運び入れた。私の世界で浦田会社を設立し、様々な改革を推し進めた。戦後の高度経済成長期を参考に様々な製品を日本に売りさばいた。尤も、平行世界の日本とは違って技術はローテクだ。しかし、私の世界ではこれでいい。中古だろうが、立派なものだ。特に冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビは人々を驚愕させた。たちまち、商売が繁盛して大企業まで発達した

 

 勿論、平行世界の日本である宗教団体にも金を渡さないといけない。使っている貨幣が違うため、金塊で払う事にした。これであの教祖様は満足だろう。躍起になって選挙運動しているらしいが、どうせ落選する。悪趣味な格好と現政権の揚げ足ばかりしている演説に誰が同調するのだろうか?しかし、隠れ身には最適であるため当面は維持しておきたい

 

 だが、問題が起こった。余りに商売が上手く行く事から周りが不満を持ち、中にはヤクザを雇って社員を襲って来た。私は民間警備会社を立ち上げ警備と治安維持に当たらせた。初めは傭兵だけだったが、今では陸軍の一個師団にも渡り合える程の戦力を増した。兵器は密輸を利用して私の世界に持ち込ませた。しかし、私は私が住んでいる世界でも現代兵器が使えるよう考え始めた。『光の靄』が突然、閉じるかもしれない。補給や物資が途絶えたら、平行世界の兵器はスクラップになるだけ。中古のものでいい。何とかしなくては

 

 私は直ぐに行動に出た。その頃だろう。平行世界の日本の軍人と出会った。いや、平行世界の日本だと『自衛官』と言う名称らしい。1人は元陸上自衛官らしく、宗教団体の用心棒として雇われた者。もう1人は母親が宗教団体に入信したためあの手この手で引き戻そうと躍起になっているらしい。母親は気の毒に騙されてしまったらしい。しかし、その母親は病弱している。私はそれに目を付けた

 

 私は2人の自衛官と接触した。前者はともかく、後者は私の行動に不信感を募らせていたが。しかし、彼は幕僚監部という自衛隊の中央に働いているため、逃すのは惜しい。母親の退会と治療費を利用して彼から平行世界の軍事学を学んだ。それを元に私は警備会社を増強させる事に成功した。兵器も自衛隊が退役し廃棄しようとしているスクラップ工場から頂いた。中身は大改修になるが、それでも強力だ。また、海外からも兵器を幾つか調達した。平行世界の水準だと骨董品だろう。しかし、私の世界では最新鋭兵器だ。それ以来、襲撃は無くなった

 

それからだ。私の世界の日本と浦田重工業が急成長したのは

 

 私は私の世界で大企業の社長になり、国を豊かにすることは出来た。私は経済界だけでなく政治の発言力を増した。私の世界では人々の生活は一変した。平行世界の日本とは比較にならないが、それでも急成長した事には変わりない。周りから日本の大天才と称されたが、気にもしなかった。それよりも、世界大恐慌や関東大震災の被害を防ぐ事に力を注いだ。こちらのやり方に不満を持ち、軍のクーデターも持ち込んだ兵器と警備会社の警備兵によって撃破した。全て平行世界の日本のお陰。あのワームホールは私の宝だ。利用してきた

 

 ただ、誤算があった。確かに私の世界では、日本は豊かになった。しかし、政治家は何処の世界にいっても変わらない。政治家や軍人や他企業の社長と付き合う事になったが、形だけ。助言はしたものの口約束か無視かのどちらかだ。それどころか、平行世界の日本の歴史と同じように戦争……第二次世界大戦が始まろうとしている。既にヨーロッパの国々が火花を散らしている。また世界大恐慌を凌いだ事もあってか、軍部は野心を高め中国大陸に進出しようと躍起になっているし、政治家もよく分からない存在になっていた。クーデターを起こして大人しくしていたかと思ったが。アメリカも急成長した日本を警戒してか、技術を寄越せと言って来ている。内容も恐喝に等しかった

 こんなはずはない。国を豊かにしたはずなのに……戦後の高度成長期を真似たはずなのになぜ、こうもばかな事をしているのか?

 

 

 

 そして、もう1つの問題があった。そう……深海棲艦という正体不明の艦隊だ。私の前に現れたのと同じようにワームホールが開いた。ただ、違うのは黒い穴だった事だろう。そして、巨大な故かエネルギー供給しなくても消滅はしない。そこから現れたのは、深海棲艦という異形の怪物

 

 通常兵器が効かないというよりも、私はこの現象に驚いた。平行世界の日本の歴史とは違う現象に戸惑いを感じた。そして、更に悲しい事が起こった

 

 妹が死んだ。何とトラック島で働いていたらしい。そこを深海棲艦に襲われた。生存者は数人だけ。その中に妹はいなかった

 

 実は事件以前にこちらの勧誘したが、妹は断った。何故かはわからない。ただ、学生時代からいじめに会った事もあり精神面に不安定だった。私は何も出来なかった。高校で自殺を図ったのを聞いて駆けつけても彼女は何も答えなかった。水商売を始めたらしい。会社経営に馴染めないのか入社をことごとく拒否した。しかし、私は咎めなかった。本人の自由だ。そうだろう

 

 私は深海棲艦を撃破するための兵器を開発しようとしたが、どれも失敗の連続だった。どういう仕掛けかは知らないが、兵器が全く効かない。試しに近海で泳いでいる駆逐イ級に対戦車ヘリであるコブラで攻撃したが、ケロリとしている

 

「何なんだ?」

 

 私は困惑した。平行世界の日本の科学技術でも効かないとなると倒し用が無い。金儲けに繋がると思ったが、それも無理だ。イージス艦という兵器を持って来れば勝てると見越した考えも甘かった。奴等はどういう原理で物理攻撃を無効にしているのか分からなかった。大東亜戦争は起きないだろうが、それでは解決出来ない。第二次世界大戦は日米戦争だけではないのだから

 

私は世界を変える事に諦めた。あの戦艦ル級改flagshipと出会うまでは

 

「久シブリ」

 

あの日、深海棲艦の工作員か何かが侵入してきた。彼女は人間とは思えないほどの身体能力で警備兵を無力化すると私に交渉しに来た

 

「社長、気は確かか!?罠かも知れないぜ!」

 

 元陸自の隊員である警備隊長は警告したが、私は無視した。私はこの異形の女を知っている。本能で分かった。目の前にいる戦艦ル級改flagshipは敵ではないと

 

 

 

 彼女から提案があった。私に手を貸すと。その代わり、トラック島にふんぞり返っている姫を倒すための力がほしいと。警備隊長は不審な目で睨んだが、通常兵器で深海棲艦を倒す方法を教えると提案した事に彼は納得した

 

 直ぐに要求に応じ、どこにも負けない戦艦の設計図に取り掛かった。戦艦ル級改flagshipの話だと艤装を自在に操り設計図だろうが、それを元に実現出来るものだという。但し、それが実現可能なものであるのみ限る。例えばSF創作に出ているレーザー銃や人型ロボットは不可能だ。あくまで人が開発した兵器のみ。平行世界にある兵器も人が造ったものだ。架空兵器ではない。よって再現出来るはずだ。しかし、問題があった。平行世界の未来には戦艦は無かった。空母とミサイル駆逐艦が主流となっているため、全く参考にはならない。ミサイルもいいが、当時は護衛艦の資料は持っていない。私が立ち上げた警備会社も海戦なぞ想定しておらず、海上保安庁が保有する巡視船ぐらいしかない。そのため、あの自衛官に最強の戦艦を造るにはどういった兵装がいいか聞いて見た

 

 彼は渋りながら戦艦の設計図を製作したが、ますますこちらを不審がった。しかし、後は引けない。完成した設計図は架空艦だった。ある国が造ろうと予定されていた戦艦を参考にあれこれと電子機器を取り付けた感じだ。流石に全て搭載すると大負担になるため、分散する必要があると助言されたが、私は満足した。戦艦ル級改flagshipは、このような設計図や兵装を再現可能だからだ。戦艦のデメリットは聞き流した。まさか、この自衛官も軍艦が擬人化しているなんて思ってもいないだろう

 

 戦艦ル級改flagshipは通常よりも大幅に強化された。そしてトラック島を拠点としていた姫級3人と戦艦レ級を襲って大破させ、トラック島を完全に制圧した。深海棲艦はボスである姫級全員がやられるのを見ると蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。しかし、いくつかは従うのか膝を着いて忠誠を誓った。どうも、蟻や蜂のような存在らしい。戦艦ル級改flagshipのお陰で一部の深海棲艦は操れる事が出来た。深海棲艦がやって来たワームホールを抑え、その海域を封鎖した。深海棲艦を研究している海軍中将。後の狂人が深海棲艦を嫌う特殊電波の発生装置を設置した。それにより、ワームホールを破壊しなくても向こうの世界から深海棲艦がやって来れないだろう

 

 私は壮大な計画を立てた。深海棲艦を操り第二次世界大戦の参戦国を徹底的に破壊して戦争を止める。例え深海棲艦がこの世界から居なくなっても、連合国と枢軸国は戦争をするだろう。誰も平和なぞ考えてもいない。特にアメリカとソ連が立ち上がれないほど徹底的に叩かなければならない。そうすれば冷戦は起きない。そのため、深海棲艦の兵装更新と対抗する兵器であるイージス艦建造を行った。

 

 イージス艦を作ったのは深海棲艦を倒すための兵器。しかし、それは嘘八百だ。金を巻き上げるためのもの。本場のイージス艦と比べても天地の差だ。本当の目的は、軽巡ツ級にイージスシステムを取り入れる事。イージスシステムは強力な兵器である分、ある程度の大きさが必要であるため軽巡ツ級を選んだ。確かに通常兵器は効かないだろう。しかし、念に越したことはない。港湾棲姫が嘘を言っているかも知れない。他の深海棲艦が急襲された場合の対処法だ

 

 イージス艦建造は流石にすべてコピー出来なかったため、民間用の電子機器を組み込んだ。平行世界の日本では、イージス艦は最高機密の兵器だ。彼から聞き出せない。怪しむからだ。データは機密だったため入手出来なかったが、ある手段を使った事によって手に入れた。勿論、偽装工作もバッチリだ

 

 この事件は、公安も防衛省も不審に思うだろう。海上自衛官1人自殺、近隣諸国の工作員多数と大使館の関係者が全員殺された不審死事件には。外交問題になるかもしれないが、平行世界の日本がどうなろうが知ったことではない。それに、市民団体も使える。何しろ、訳の分からない事を喚きながら国会議事堂前に居座っているのだから。彼らには殺した犯人は政府が雇った右翼と警察が極秘裏でやったと吹き込んだら、市民団体どころかマスコミまで疑いもなく信じたのだ。平行世界の日本の国民はこの程度だ。科学技術は素晴らしいが、思考が幼稚だ。これで暫くは真相にたどり着けないだろう

 

 これで安泰だ。そう思ったのもつかの間……あの海軍士官が対深海棲艦用の兵器を作り上げた。そう。それが艦娘計画だった。しかも、平行世界の日本の過去の軍艦から生き返らせるというやり方らしい

 

 私は怒り狂った。このままだとこちらに優位が立てないと。第二次世界大戦の参戦国が艦娘やらを建造されればこちらの計画は破綻する。時雨の能力を見てもそうだ。練度が高いと無双とも言える存在になれる。しかも、そう簡単に沈まない。深海棲艦ほどではないが、身体能力も高く生存率は軍艦に比べて遥かに高い

 

 私は恐れた。自分の計画を台無しにする存在を。私は憎んだ。太平洋戦争で悲劇を生み出した旧日本軍の亡霊に。だから、博士が造り出そうとしている艦娘を葬る必要がある。海に沈めるべきだ。幸い、私には奪った未来兵器がある。これがあれば、こちらは被害を受けずに難なく沈める事が出来る。戦艦ル級改flagshipは艦娘の報告書を見て鼻で笑った。建造した際には、演習として使いたいと。要は標的艦と言う事らしい。私は許可した。あの旧日本軍の亡霊を始末するなら何だって許可する。深海棲艦の方がまだマシだ。戦艦ル級改flagshipが操っているとはいえ、命令に忠実だ。たかが、1人の艦娘で私の計画を破たんする事は不可能のはずだ。そう思っていた

 

 しかし、現実は違った。時雨と言う艦娘が実は未来からやって来たという報告を聞いた時には仰天した。こんなバカな事があってたまるか!あの自衛官は言っていたじゃないか!簡単に勝てると!未来の私はどうなっているんだ!しかし、過ぎたことは仕方ない

 

 ……計画を早めなければ。そして、手に入れた建造ユニットを利用しよう。戦艦ル級改flagshipと深海棲艦を強力にするための生贄にするためのものだと。ローマで剣闘士試合のようなものだ。艦娘が命尽きるまで深海棲艦と戦わせてやる。建造ユニットから召喚されなくなるまで全ての艦娘を沈めてやる。旧日本軍の亡霊は、この世から消さなければならない。でなければ、平行世界の過去の日本のように大惨事を招くだろう。時雨もあの場で始末すべきだった。もう手加減する必要はない。現在は岐阜基地に立てこもっているらしいが、私は放って置いた。爆弾が勿体無いからだ。空爆しようにも、爆弾やミサイルの数が余りに少な過ぎる。平行世界のアメリカが、なぜテロリストの首謀者を殺すのに苦労したのかが分かったような気がした。死んだという証拠がないと安心できない。かと言って陸で虱潰しに攻めようにも数が少な過ぎる

 

「平行世界の米軍のような兵力と兵器があれば楽に勝てるが、無いものをねだっても意味がない。私は魔法使いではない。しかし、もう日本に用はない。出航するまでどう出るか楽しみだな」

 

 私は笑った。トラック島とハワイに移住し本格的な兵器工場を稼働させれば、もう敵は居ない。深海棲艦用の最新鋭兵器も大量に製造できよう。イージスシステムを搭載した軽巡ツ級やジェット機搭載の空母ヲ級が第二次世界大戦の参戦国を徹底的に破壊させなければ。そして、艦娘と呼ばれる兵器を葬るために

 

バカは死ななきゃ治らない

 

 浦田社長は心の中で呟いた。世界を変えるには犠牲が必要だ。人は痛い目に合わないと分からないらしい。私が間違っていた

 

 しかし、彼もその1人に入っている事を知らない。知識が他の者よりあったために悲劇を招いている事を彼は知らない。破滅の未来から来た時雨やこれから起こる事を知っている提督が長い時間説得しても耳を貸さないだろう。何しろ、当の本人は自分の行いを善であると決めつけているのだから

 




 浦田重工業が現代兵器を持っている理由は、ワームホールを通じて平行世界の日本(現代世界)から兵器や工作機械、資材等をじゃんじゃか運び入れたというのが正体
 しかし、中々思い通りに行かず遂に狂気に走ります


ファンタジー世界に転生して兵器を造るよりも『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』のようにワームホールがあれば融通は聞くはずです。補給は出来ますから
ただ、現代日本に世界的な圧力を掛けられるのは間違いなく、この作品でも何かしら騒がれています。伊丹耀司のような人がいれば……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話 艦娘増強

 岐阜基地では忙しかった。反撃するための戦力が密かに集められた。浦田重工業に不満を持つ勢力はある。数は少ないが、何とかなるだろう。イージス艦と貨物船の出航を阻止しなければ、それで終わりだ。浦田社長はこれが世界を救っている行為だと信じているが、事実は違う

 

「作戦はこうです。出港の三日前に浦田重工業の副社長が、国会で証人喚問されます。我々の犯罪を国会で証言するためです」

 

 陸軍将校は時雨と提督と軍曹。そして、作戦参加の要請に応じてくれた基地司令も参加していた

 

「元帥や海軍大将などの将官達も招集されます。恐らく、ここを攻めるかどうか協議しているのでしょう。陸軍は難色を示していますが、海軍は既にクーデター残存部隊を排除するよう強調しています。海軍の陸戦隊を送ろうとしているくらいですから」

 

「我々、同志達と戦うのは不味い。戦力の潰し合いになってしまう」

 

岐阜基地の司令は青ざめた。ここで他部隊が来たら今度こそ終わりだ。国軍としてやっていは行けない事。それは内部対立。特に帝国陸軍と帝国海軍の仲は悪かった

 

 しかし、これは日本だけでなく何処の国でも同じである。何処の国でも陸海軍、あるいは陸海空軍それぞれの仲は悪い。縄張り争い、政府高官ポストの奪い合い、予算や手柄の取り合い等、対立するネタは無限にあるといい。だが、血を流すような争いは愚かだと言っていい。敵が喜ぶだけだ。浦田重工業が漁夫の利として笑うだけだ

 

「元帥が抑えていますが、今はそれどころではありません。何しろ、真の敵が日本を脱出します。――悔しいですが、誰も信じないでしょう」

 

陸軍将校としては総攻撃してまで攻撃したいが、残念ながらそれは叶わない。一枚岩として働いていないからだ。彼等は必死に他の部隊に呼びかけを続けているが、相変わらず応答はない。しかし、幾つかの部隊は応じてくれた。海軍も航空隊は応じ岐阜基地には陸海軍の機体が並んでいたのだから

 

「赤城さん達が見たら驚くよ」

 

「俺は矢が機体に変わる方が凄いと思う」

 

 提督は見た事はないが、空母組は弓矢か巻物を使って艦載機を飛ばすといえ記録を見たため知識はあったが未だに信じられないらしい。しかも、ミニチュアサイズで妖精が操縦するとは想像も出来ない

 

 滑走路に並ぶ機体を後にして艤装のチェックに入ろうとすると、博士がこちらに向けて走ってきた。大事な事かと思ったが、博士は笑っている。何事だろう?

 

「どうしたんだ?」

 

「来てくれ!早く!時雨にも見せてやりたい!」

 

 博士は時雨の手を引っ張りながら連れていこうとする。慌てて時雨はついていったが、力強く引っ張るため小走りに走る羽目になった。

 

「どうしたの?」

 

「見れば分かる!会わせてやりたいからじゃ!」

 

 聞いても、帰ってくる答えは興奮ぎみに話すため答えにもならない。提督も後についてくる。何だろう?先日の博士の閃きの成果を見せるためだろうか?

 

 

 

 一同はある施設に入り、博士が使用している部屋に入った。以前にも訪れたことがあるが、やはり色々な機器があちこち転がっている。しかし、時雨は先日に訪れた時と違うものを見つけた。冷蔵庫のような鉄の箱があった。壊れているのか、白い煙を出している。しかし、冷蔵庫にしてはおかしい。扉は開いているが、何もない。しかも、工廠妖精達は何故か喜んでいるのだ

 

「時雨さん、こちらです!」

 

 時雨の姿を確認した妖精の一人は、時雨を案内した。ある三人の人影があった。それは……

 

「……っ!」

 

 時雨の肩は震えていた。もう会えないかと思っていた。建造ユニットは奪われ、未来では浦田重工業や戦艦ル級改flagshipの餌食となった。時雨が知っていた彼女達の姿は、常に表情が暗かった。しかし、目の前にいる者は違っていた

 

「工作艦、明石です。修理とか工作機械の手入れとか、色々やることあるから、大丈夫です!」

 

「軽巡大淀、戦列に加わりました。艦隊指揮、運営はお任せください。と言いましても、ここは内陸ですが」

 

「不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくです……貴方は?」

 

「軽空母、龍驤や。独特なシルエットでしょ?でも、艦載機を次々繰り出す、ちゃーんとした空母なんや。期待してや!……そんであんたは誰や?」

 

四人は雑談をしていたが、時雨達が来た事により中断をし挨拶をした。しかし、時雨の姿を見た三人は不思議がった。この子は誰だろうと?艦娘であるのは確かだが

 

「う……うう……」

 

 時雨は何度泣いただろう。以前は痛みと恐怖、そして悲しみしか涙は流せなかった。今は違う。これは嬉しさのあまりに泣いた

 

「貴方は時雨ですか?どうかなされました?」

 

不知火は駆け寄ったが、時雨は彼女の胸に飛び込み抱きしめた

 

(何で……嬉しいのに……僕は泣いているんだ?)

 

本当は嬉しかった。建造に成功したんだ。そうとしか考えられない。時雨と同じように未来から来てはいない

 

「ごめん……ね。僕のために」

 

まだ事情を知らないのだろう。しかし、僕は覚えている。未来の艦娘達に何があったのかを。不知火は何も言わずに時雨の体を抱き締めた。泣き続ける時雨の姿を、不知火は泣き止むまで撫で続けていた

 

「教えてくれませんか。彼女に……時雨に何があったのかを」

 

「ああ。そうじゃったな。喜ぶと思って呼んだが、間違いじゃったな」

 

 大淀は博士に質問したが、彼はどう答えればいいか分からなかった。提督もだ。提督もまさか、ここで艦娘を建造するとは思っていなかったようだ

 

「なぜ建造ユニットが?」

 

「いや、これは簡易的なものじゃ。耐久力が弱く、数回使用するとスクラップになる。こいつを造るだけでも資材はかなりいるから、基地司令に頭を下げてお願いしたのじゃ」

 

 後に聞いたところによると、博士は簡易的な建造ユニットを造る事を閃いたらしい。今は、完璧な建造ユニットを造る必要性は無い。しかし、非効率のため本来はしない。そして、博士自身も研究を続行していたため前回のように深海棲艦が出て来る事は無かった。そして、博士は工作艦である明石を建造するために造ったという。余った資源は、艦娘建造に使ったが、3人建造した後に建造ユニットは自壊したという

 

 

 

 

 

「長くなりそうだから座ろう」

 

 提督は皆に座るよう促した。提督もどう反応したらいいのか分からなかったからだ。歓声を上げるべきかどうか迷ったからだ。何も知らないため、順番に説明する必要はある

 

四人の艦娘は頷いたが、不知火は泣き続ける時雨を泣き止むまで撫で続けていた

 

 

 

 提督はこの世界で何があったのかを順序に説明した。四人とも艦娘がどのような存在かは分かっているらしく、博士の説明を省き、迫り来る危機を簡潔明瞭に伝えた。未来の提督のメッセージであるビデオを見せた。大淀も明石もショックを受けた。自分達の姿がとても哀れに見えたからだ

 

 

 

全ての説明が終わった頃には、時雨は泣き止んでいた

 

「ごめん……その……」

 

「大丈夫です。不知火はここにいます。時雨はよく頑張りました」

 

 少し頬を赤らめて時雨は謝罪したが、不知火は優しく頭を撫でた。しかし、他の三人は唖然としていた。あまりの衝撃のあまりしばらくの間、言葉が出なかった。不知火も内心では、驚いているのだろう。四人は気まずそうに互いに顔を見合わせた。ここまで酷いとは思わなかったらしい

 

「これが、この世界に起ころうとしている危機だ。何か質問はあるか?」

 

提督は見渡しながら言ってきた

 

「ええと。キミが将来うちらを指揮する司令官なんやな?未来が破滅するのを食い止めるために時雨を送った」

 

龍驤は慎重に言った。何とか事態を飲み込んだらしい

 

「未来では異変した深海棲艦の猛攻により私達艦娘は全滅。それを防ぐために行動したが、浦田重工業の野望が原因だった」

 

 不知火はてきぱきと言っていたが、内心では動揺しているらしい。未来で自分達は、敵の強大な力に負け撃沈されたことを聞かされたのだから無理もなかった

 

「そして深海棲艦を操っているとされる戦艦ル級改flagshipが浦田重工業に従っている」

 

 大淀の声は震えていた。まさか、人が深海棲艦を操るなんて思っても見なかった

 

「それどころか、戦艦ル級改flagshipは姫級どころか未来では、長門やアイオワなどの戦艦の艦娘を倒したという化け物じゃないですか!おまけに私達仲間を拷問したり楽しみながら沈めるなんて!……ごめんなさい」

 

 明石は怒りに満ちた声を上げたが、時雨を見て謝罪した。未来の記録に戦艦ル級改flagshipが艦娘を蔑むあまり酷い扱いしている事を説明すると、明石は怒りの声を上げた

 

「いいよ。僕は大丈夫だから」

 

弱々しく答える時雨に周りは気まずい空気になった。時雨が辛い目に合っていたのだから

 

「それで、私達は何をしたらいいのでしょうか?」

 

 大淀は既にヤル気満々だった。浦田重工業が日本から離れる前に倒さないといけない

 

 

 

「……なんですか、この兵器の設計図と科学方程式!?これ、難し過ぎますよ!?資源が足りる問題ではないですよ!開発なんて1年かかっても無理ですよ!?」

 

「だからわざわざ使い捨て建造ユニットを造り建造したのじゃ。無駄口叩く前に手を動かせ!」

 

「便利屋さんか何か勘違いしてません?人使い荒すぎますよ~!」

 

 明石は早速、博士と共にX兵器の開発にとりかかった。X兵器というのは、提督がパソコンで見つけた兵器のコードネームである。明石を建造した理由は、ノートパソコンに入っていた秘密兵器を製造するための助っ人のため。明石自身は知らないが、未来では博士が研究資料を元にタイムマシンの製造に成功している。つまり、腕を買ったわけだ。陸軍将校が手配してくれた登戸研究員も到着し、例の兵器設計図とそれに必要な科学知識を見せたが、全員チンプンカンプンだった。何とか、理解は出きるものの開発できるかどうか分からなかった

 

 しかし、そうも言ってられない。早速、着手したが、一日目から全員疲れ果ててしまった。だが、これでは間に合わないということになり、代替品で賄うことになった

 

「でも、それだと予定よりもかなり大型になってしまうじゃないですか!」

 

「仕方ない。機能すればそれでよしじゃ」

 

 明石は愚痴を言っているものの、博士と負けないくらい手を動かしている。いや、明石は艦娘であり工作艦だ。腕利きは明石に軍配が上がるが、知識は博士の方が上手だ

 

「電圧に異常が見られる。この配線系統ではダメじゃ。全部取り外せ」

 

「えぇー!せっかく組み立てたのに!」

 

「鉄の塊で戦う気か!文句言っとらんで手を動かせ!」

 

「鬼!悪魔!創造主!」

 

 二人の間で言い争いがあるものの、やはり技術者同士では息が合っているのだろう。2人のお蔭でテキパキと作業をしているため、一緒に働いている他の者の方が、煽りを受ける形となった。それでも、流石に一ヶ月も不眠不休でやる訳にはいかない。交代で開発する事になった

 

 

 

 一方、時雨と不知火、そして龍譲は作戦を考えていた。大淀は将校達と作戦を擦り合わせるためにここにはいない。仲間集めと戦力を調整するのに忙しかったからだ

 

「敵は来ないですね。相手は分かっていると思いますが」

 

「うん。僕もそう思う。戦艦ル級改flagshipが来なくても警備兵を送れるから」

 

 時雨も困惑していた。あの無人航空機や戦闘ヘリがあれば空襲だって可能だ。録音したのも含めれば航空戦力だってある。しかし、なぜか敵はこちらの反撃のチャンスを与えている。時雨達は知らないが、実は浦田重工業の兵力は少ない。質が如何に高くても数は少ないため、攻めるのには不得意である。そこで、この問題を大本営に全て投げたのである。大本営も帝国陸海軍もこれには頭を悩ませた。何しろ、岐阜基地には浦田重工業に不満を持つ部隊も幾つか加わった事から、迂闊に手が出せない。強行に攻撃すると内戦になってしまう。これでは、何の解決にもならない。議論だけで無駄に時間が流れている。ただ、内陸部を囲むように部隊を展開させて待機しているのは確かだった

 

 

 

 しかし、浦田重工業は岐阜基地の件は放って置いた。艦娘よりも大事な事を実行しなければならない。そう考えていた

 

「まさかと思うが」

 

提督はゆっくりと言った

 

「浦田重工業はこちらを構っている暇はないのでは?」

 

「どういう事でしょうか?」

 

不知火は怪訝な顔をして聞いてきた

 

「多分、何か行動を起こす気だ。そのために人員を割く事が出来ないだろう。大本営は岐阜基地を抑えようとしているが、周りからの反発が強くて実行できない」

 

聞けば博士の先輩である元帥が抑えているらしい。仲間同士の血の争いを嫌っている

 

「何や、それだと安心やな」

 

龍譲は明るく言ったが、提督も時雨も暗い顔をしていた

 

「どうしたんや?」

 

「こんな下らないことでここを攻撃しない訳がない」

 

 時雨は直ぐに否定した。浦田社長は狂っているが、バカではない。背後には戦艦ル級改flagshipがいる

 

 その時だった。駆ける足音がし近づいたと思ったら、扉が勢いよく開いた。大淀が新聞を持って息を切らしている

 

「どうかしました?」

 

「大変です!深海棲艦が!」

 

不知火は大淀の姿に驚かず、落ち着いたように話すが、大淀はまるでマラソンをしてきたかのようだった

 

「深海棲艦が世界各国を攻撃しています!」

 

「「「な!?」」」

 

 大淀の報告に全員が驚いた。新聞の一面には深海棲艦が各国の都市や軍事基地、そして工業地帯を攻撃しているという

 

 アメリカのワシントンやニューヨーク、そしてロサンゼルスは徹底的に爆撃に合ったという。ヨーロッパも酷く、戦艦ル級と空母ヲ級を中核とした深海棲艦の艦隊が艦砲射撃と爆撃によって都市が根こそぎに破壊されたという。イギリスも酷く、深海棲艦の艦隊はテムズ川をさかのぼり無差別に攻撃したという

 

 ソ連は攻撃を受けなかったものの、空母ヲ級の艦載機による空爆は受けたらしい。しかも、政府高官や軍の上層部は何者かによって暗殺されたとの事だ

 

 この大規模な攻撃により、ヨーロッパ各国で火花を散らしていたドイツ、フランス、イギリスは戦争を止め、深海棲艦の迎撃に向かった。しかし、数が多い事に加え、通常兵器には効果が無い。大都市や軍事基地などは火の海と化した

 

 幸い、日本は攻撃を受けていない。しかし、その理由は時雨には分かった。自分達が日本にいるからだ。まだ、日本から出る準備が整っていないからだ。浦田重工業が日本を離れれば、容赦しないだろう。もう、時雨が知っている歴史ではない。大幅に狂いだしたのだ

 

 

 

「北方棲姫は何処だ?」

 

「……まだ何も話していません。傷は癒えましたが、『帰レ』と追い返す始末で」

 

「今は話してもらう!何か知ってるはずだ!」

 

 提督は苛立ちながら北方棲姫がいる部屋に向かった。他の艦娘も慌てて付いていった。何故かこちらを攻撃しないゆえに、可愛さもあって丁重に扱っている。牢屋に入れてはいないのだが、面倒な事があった

 

 

 

 北方棲姫は部屋に籠っている。それだけならいいのだが、ソファーに寝転がりながらテレビを見ている。お菓子を食べながら

 

「おい!話を……って待遇良すぎるだろ!姫級って日常はこうなのか?引きこもってないで外で遊んでこい!」

 

「違ウ!暇ダカラ仕方ナイ!ト言ウカ、帰レ!」

 

提督は部屋に押し入ったが、北方棲姫の意外な生活感に呆れ果ててしまった。他の艦娘も提督と同様、呆れていたが、時雨は違った。時雨は黙っていた

 

「ずっと牢屋に閉じ込められていたし、可哀想だから」

 

「時雨、お前なぁ」

 

「怪我が治ったけど、誰も面倒見てくれなかったから」

 

 実は北方棲姫の怪我は、深海棲艦の事もあってか数日前に治ったが、誰も面倒を見てくれなかった。他の皆は北方棲姫に構う暇はなかったからである。姫級にしては大人しかった事もあり、危害を加えずに放って置かれたのだ。尤も、敵である事には変わらないため誰も近寄らなかったという。北方棲姫も人間や艦娘に係わりたくなかった。しかし、暇だったので遊んでいたのだ。時雨は食事を持ってきたが、相手は受け取っただけで礼もせずに追い返したという

 

「司令、攻撃しますか?」

 

「今は撃つな。……攻撃準備だけしておけ」

 

 全員やる気満々であったため、提督は抑えた。北方棲姫も殺気を感じ取ったため黒い艦載機を召喚した。艦載機はニヤリと笑いながら口を開き、北方棲姫の回りに浮遊している。今にも飛びかかってきそうだ

 

「提督、どうする?」

 

「いいから落ち着け!休戦だ!確かに敵同士だが、今はそれどころではない。龍讓、式神仕舞え」

 

 今にも衝突しそうだが、提督は間に入り、抑えた。時雨は構えなかったが、万が一のためにいつでも攻撃する準備をしていた

 

 不知火と龍讓、大淀は武器を下ろし、北方棲姫も攻撃してこないのを確認すると黒い艦載機を引っ込めた

 

「やっと回復したか。時間が無いから遠回しは無しだ。どうして浦田重工業に捕まっていた?誰にやられた?」

 

「知ラナイ。オ前達ハ奴ラトハ違ウカラ言ウ。……突然、アイツカラ攻撃ヲ受ケタ」

 

てっきり拒むと思っていたが、北方棲姫は浦田重工業とは違う相手だと理解はしていたらしい。しかし、予想外の答えに時雨も提督も呆れた。知らない?

 

「知らないって……言っている意味が」

 

「襲撃ヲ受ケタアノ日、遊ンデイタカラ」

 

 北方棲姫は、人間でいう子供に当たるらしい。しかも、港湾棲姫の妹という。そのため、状況を聞き出す事に苦労した

 

 北方棲姫が言うには、太平洋上にワームホールが出現したその日、3人の姫級がこの世界に来たらしい。住みやすい環境だったため深海棲艦は、この世界に来たと言う。港湾棲姫は、深海棲艦を指揮を取り攻撃してきた。ハワイやトラック島を力づくで奪ったのは自分達であるという

 

「3人?もう1人は誰だ?」

 

「戦艦棲姫サン」

 

 提督は北方棲姫の言葉に違和感を覚えた。3人?港湾棲姫と目の前にいる北方棲姫の他にいるのか?

 

 北方棲姫言うには戦艦をモデルにした姫級らしい。攻撃や防御は優れているという。多国籍軍相手に戦った相手はこいつらしい。らしいというのは、こいつは目撃されていない。いや、参戦した帝国海軍では目撃されていない。後に博士の話によると恐らく、米軍の大艦隊相手と戦って壊滅させたのは戦艦棲姫らしい。生き残った米海兵が簡単な絵を描いたが、正に戦艦棲姫だったという。当時の多国籍軍の作戦は、東西挟み撃ちで攻撃するものだという。アジア主力の艦隊を港湾棲姫と北方棲姫が、欧米軍主力の艦隊は戦艦棲姫が率いる深海棲艦が対処したという。そして、多国籍軍は一方的に敗北したのだ

 

 

 

 戦闘に勝利した後、深海棲艦は仲間を呼び寄せる前に、港湾棲姫と戦艦棲姫が捕まえた島民や軍人をどうするか悩んだ。まだ、彼女達は人間というのを余り知らない。反撃能力を身につけるかもしれない

 

そのため、港湾棲姫と戦艦棲姫、そして戦艦レ級が会議していたのを何度も見たという

 

「その後は?」

 

「……」

 

 提督は促したが、北方棲姫は答えない。それどころか震えている。深海棲艦の、しかも幼いとは言え姫級が恐怖でふるえている

 

「僕に任せて」

 

時雨は質問しようとする提督を制止し、北方棲姫に近寄った

 

「僕が牢屋に捕まった時、君の姉さんは手当てしてくれた。借りを返すよ。僕達は戦艦ル級改flagshipを倒さないといけない」

 

 時雨は北方棲姫を説得した。今は北方棲姫を倒すどころではない。しかし、北方棲姫は未だに震えているのだ。しかも、尋常ではない。深海棲艦が恐怖で震えている?何があったのだろうか?

 

「どなんしたん?」

 

 龍讓は声をかけたが、緊張している。他の艦娘も気づいたのか、息を呑んだ。何か聞いてはいけないような、そんな気がした

 

「戦艦ル級……アイツハ……」

 

やがて北方棲姫は口を開いたが、声が震えている。思い出したくないのか、声が暗かった

 

「アイツハ……元ハ人間ダッタ」

 

「「「「えっ?」」」」

 

その場にいた全員は、思考が停止した。元は人間だった?

 

「誰だ?どんな奴だ?奴の名前は?」

 

「分カラナイ」

 

 北方棲姫は首を激しく横に振った。北方棲姫が言うには、多国籍軍を追い払った後、捕虜の扱いに悩んだらしい。そのため、戦艦棲姫は皆殺しにしようとしたが、彼女の前にある1人の女性が立ちはだかったという。捕らえた人達を逃がして欲しい、その代わり私は残る。どうなってもいい、と言ったらしい。力もないのにも拘わらず、戦艦棲姫と港湾棲姫はその度胸ある女性を気に入り、約束通りに1人を残して捕虜の人間達を逃がした。但し船は自分達で操縦しろ、と言いほったらかしにしたらしいが。余談であるが、捕虜を乗せた船が陸地にたどり着いたという記録は無い。行方不明だという。沈んでしまったのだろうか?

 

「その後は?」

 

「分カラナイ……ソノ数日後、ソノ人間ノ女ハ戦艦ル級トナッテ襲ッタ。レ級モ戦艦棲姫モヤラレタ。港湾棲姫モ立向カッタケドヤラレタ。戦艦ル級ニシテハ強スギタ。アンナ戦艦ル級改flagshipハ見タ事ガ無イ」

 

 北方棲姫の証言に全員が衝撃を受けた。戦艦ル級改flagshipの力はある程度は知っている。しかし、戦艦ル級改flagshipは強敵だ。未来で長門や現代兵器を保有していたアイオワを倒しただけでなく、深海棲艦の姫級も倒したと言うのか?正に一騎当千。これでは、倒すのが容易ではないと言う事ではないか

 

「奴の正体を知っている戦艦棲姫は死んだのか」

 

提督は残念そうに呟いたが、北方棲姫はまた首を振った

 

「違ウ。生キテイル。奴等ハ死ンデイルト思ッテイルダケ」

 

 北方棲姫は説明した。戦艦ル級改flagshipとの戦いで戦艦棲姫が死んだと判断した浦田重工業は、コンクリート詰めにして埋めたという。しかし、どういう訳か生きているらしい。正真正銘の化け物は戦艦棲姫だ

 

「生きているの?」

 

 時雨は驚愕した。コンクリート詰めて生きてるなんて普通なら死んでいる。艦娘でも無理だろう

 

「甘ク見ルナ。戦艦棲姫ハ強サダケジャナイ」

 

北方棲姫は誇らしげに語る。自分達は、人間や艦娘とは違うのだと

 

「場所は何処だ。そこへ案内させろ」

 

「まさか……」

 

「掘り起こす。生きているなら、作戦を見直さないとな」

 

 時雨の予想通りに提督は、墓荒らしをするらしい。いや、この場合は救助というべきか。しかし、何という生命体だろう。通常兵器が効かないだけでなく、生命力が凄まじい

 

「司令。お言葉ですが、危険すぎます」

 

「そうです。敵の罠の可能性も」

 

「ああ。そうかもな」

 

 提督の意外な答えに不知火や大淀だけでなく一同は顔を見合わせた。提督は罠の可能性も視野にいれているが、それも承知の上で戦艦棲姫を助けるらしい

 

何をしようというのか?

 

「時雨、俺は正常だ。しかし……保険はかけておきたい」

 

「何をするの?」

 

時雨の視線を感じたのか提督は付け加えた

 

「俺達は無力だ。戦力も時間も限られている。だからこそだ」

 

提督は何をしようというのか?

 

 




おまけ(サイドストーリー())

遂に深海棲艦を操って世界を攻撃するよう指示を出した浦田重工業
各国は右往左往する中、アメリカも反撃準備を進めていた!……いや、予定である。議員と国防省はある事で揉めていた

米大統領「深海棲艦が大都市を攻撃しているのに、ペンタゴンは何をやっている!」
補佐官「大統領、暫くお待ちを。現在、どの軍団を採用するか揉めている最中でして」
米大統領「何なんだ!敵が目の鼻の先なのに揉めてる最中か!」
補佐官「ええ。重要な事です。何しろ、ジャスティスリーグかアベンジャーズのどちらかを選ばなければなりませんので」
米大統領「なぜアメコミヒーローなんだ!」

米大統領の絶叫を他所に上院議員や下院議員どころか、ペンタゴンまで意見は真っ二つに割れた。軍の会議室では早速、口論になっていた
海軍大将「アベンジャーズの方がいい!アイアンマンやキャプテンアメリカを見て見ろ!カッコイイだろ!」
陸軍大将「屑鉄をかっこよくしたヒーロー映画で有名になったヒーロー軍団はダメだ。バットマンやスーパーマンに決まっている!」
少将「どうせ、今一つだったくせに(ボソ)。グリーンのCG塗れのヒーローとか」
参謀長「何だと!今、誰が言った!」
お互い譲る気はなく、怒号と罵り合いばかり。そんな中、刀を日本背中に背負い赤いタイツを着た者が顔を覗かせる
デットプール「あの~。僕ちゃんはこの後書きでグリーンランタンとして登場するって聞いたけど本当?」
会議室全員「「「「お前はデットプールで良いんだ!分かったら、さっさと出て行け!」」」」
この一瞬だけは全員、同じ意見だったらしい。それも束の間、再び口論が繰り広げられたという。DCヒーローの役をやらせないデットプールは喜んだらしいが

ホワイトハウス
米大統領「一体、どうなっているんだ!」
補佐官「空母ヲ級から発艦した艦載機がこちらに!」
武官「大統領、早く避難を!」
一同は避難を促すが、大統領は動かない
米大統領「いや、私は大統領だ。逃げるわけにはいかない。私も戦う」
補佐官「大統領、気持ちは分かりますが、幾ら何でも……」
米大統領「国民と国を救うため戦場へ向かう。何故なら私は……アメリカ合衆国大統領だからだ!!」
補佐官「え?……あ、あの……今の言葉。と言うか……何です、そのパワードスーツは?」
米大統領「大統領がパワードスーツを着るといったら、あれではないか」
補佐官(嫌な予感が)
米大統領「深海棲艦が来たな!よし、アメリカ製のゲームに出て来た兵器で侵略者を倒してやる……レッツ パーティー!」
パワードスーツを身に纏い深海棲艦に向けて突進していくメタルウルフ。勿論、窓から派手に登場した。さあ、歓迎してやるぜ

一方、大統領執務室に取り残された補佐官は絶叫した
補佐官「メタルウルフカオスは日本の作品です、大統領ー!」


使い捨ての建造ユニットで誕生したのは、龍譲・大淀・不知火・明石です。建造ユニットは使い捨てなのでもう一度造るのは不可能ですが、頼もしいです
一方、浦田重工業も動き出します
深海棲艦が世界を攻撃する中、時雨と提督は……

深海棲艦の本格的な地上攻撃に混乱する世界各国。大国であるアメリカも手を焼きます。マーベルファンとDCファンの対立に苛立ちを覚えた大統領は、パワードスーツに乗り込んで深海棲艦相手に戦います(嘘)。まあ、インディペンデンスデイでも大統領自ら戦闘機に乗り込んでUFO大群と戦う程の国ですから、これくらいは朝飯前でしょう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話 戦艦棲姫復活

 岐阜基地からある一団が出発した。トラック2台と装甲車が1台の小さな軍団。502部隊の隊員数人と艦娘。そして北方棲姫や博士までいた。

 

 既に岐阜県の周辺は陸軍に包囲されている。こちらは犯罪者として扱われているので仕方がない。しかし完全には包囲はしておらず、抜け道もあるため妨害もなく目的地までたどり着いた。但し半日かかるため、朝早く出発したのだ。着いた頃には正午過ぎである

 

「姫級って互いに意志疎通しているのか?無線ではない?」

 

「そうじゃ。姫級は通常個体の深海棲艦とは違い、遠く離れても意志疎通は出来る。複雑な会話は出来なくても、簡単なメッセージなら可能じゃ。我々でいうと超能力というべきか」

 

「そんな事できるんですか!」

 

 博士は説明していたが、横から聞いていた明石は驚きを隠せない。いや、車の中にいた時雨も他の艦娘も驚いた

 

「ただ……当の本人は自覚あるのかが問題じゃが」

 

 北方棲姫を見ながら博士は付け加えた。北方棲姫はキュービックを葬りながら遊んでいる。角や艤装がなければ、幼い少女にしか見えない

 

「浦田重工業の連中も?」

 

「それはないじゃろう。能力は知ってはいるが、とても不便なのは間違いない。命令も簡単なものでなければ空母ヲ級や戦艦ル級などの個体の深海棲艦も聞かないのだからな」

 

 大淀は安心した。もし、無線のように通信手段が使われるのであれば大変だ。北方棲姫も従えていない深海棲艦を操るかも知れない

 

「でも、戦艦ル級改flagshipは違う」

 

「そうじゃな。どういう訳か鬼や姫級と同様の能力を持っておる。深海棲艦全体に各国の都市と軍事基地を襲えと命じたんじゃろう」

 

 なぜ深海棲艦は突然、世界の都市を攻撃したのかはわかったような気がした。戦艦ル級改flagshipはどうやったかは知らないが、姫や鬼級の能力を吸収した。突拍子のない考えだが、その方が説明がつく。自分の常識で物差しを図っていてはいけない。そう考えると同時に時雨は深海棲艦を恐れた。こんな化け物だったのか?自分達が戦う相手は、こんな人外なのか?それを言ってしまえば、艦娘もそうだが

 

「それなら北方棲姫に深海棲艦を襲うなと命じれば」

 

「……それが深海棲艦の話だと北方棲姫の命令を無視しているらしい。理由は不明じゃが」

 

時雨は項垂れた。なぜ深海棲艦はボスの命令を拒否しているのだろう

 

「考えても仕方ない。どっちにしろ鬼や姫級以外の深海棲艦は、浦田重工業の指揮下だ。これを何とかしないと」

 

提督は言いながらノートになにかを書き記していた。記録だろうか?

 

「北方棲姫の話だと、岐阜基地に養生中に回復したとか。牢屋では、使えなかったのを見ると、浦田重工業は何らかの方法で能力を奪った。いや、無効化させられた」

 

「……」

 

「何か心当たりがあるんじゃないか?」

 

「すまん。それはワシにも分からん」

 

 提督の質問に博士は首を振った。しかし、時雨は見逃さなかった。提督はそんな答えにも拘わらず、何かしらノートに書いているのを。些細な事でも記録を残す。今後の対応をするためだろう。実は提督の仕草は、未来でも行っていた。あの記録もずっと書いていたのだろう。提督は日記を書くのが日常なのだろうか?

 

「提督。戦艦棲姫が生きていたとして、どうする気?」

 

 話を逸らすための質問したが、時雨自信もこの質問をしたのは何回だろうか?実は、提督は戦艦棲姫が生き埋めになっていることを博士や陸軍将校に伝えたが、掘り起こす以外は何も答えない。考えがあるとした言っていない

 

 提督が戦艦棲姫を掘り起こすと提案してから軍曹はずっと問いただしたが、提督はぐらかした。ただ誰も賛成しない。案は後で話す。その場所へ行って掘り起こしたいというだけだ。本来は不透明な行動はお断りだが、何しろ時間が無い。X兵器も完成には間に合うかどうかも分からない。提督が考えているのは、予備の作戦だという

 

「心配するな。俺は正常だ」

 

答えはそれだけだ。提督は何を考えているのか?

 

 

 

長野県××鉱山跡地

 

 その場所は、昔は金や水晶が採掘されていた。武田信玄が16世紀に採掘した鉱山といわれる。しかし、採掘され尽くしたため閉山。今では寂れた場所となっている。人影はなく、イノシシや鹿などの野性動物しかいない。そんな場所に山道を強引に進んでいる車列があった。その後方にブルドーザーや油圧シャベルなどの建設車両の数台が後に続いている。陸軍将校が友好的な部隊と連絡を取り、工作部隊から建設車両を借りのである。まだこちらに味方はいる。形だけだが

 

 一同は車を降り、辺りを調べた。戦艦棲姫を何処に埋めたか?北方棲姫の後を付いていったが、直ぐに行き止まりを食らった。地肌ばかりの所にコンクリートで固めたのを見つけた。そして、近くには看板が掲げられている

 

『有毒ガス発生のため立ち入り禁止』

 

「明らか嘘っぽいですね」

 

 不知火の言っている通り、看板がうん臭い。看板もそこまで古くない。明らかに作為的なものである

 

「時間が無い。早速、作業にかかるぞ」

 

 将校は合図をすると同時に建設車両は動き出した。人手でやると時間がかかるからである

 

 

 

「本当に埋めているのかな?」

 

「分からん。信じるしかないだろう」

 

 作業を初めてから二時間経つが、未だに変化はない。北方棲姫の指示に従ってい掘っているが、中々辺りは来ない。皆がウンザリして休憩に入ろうとしたその時、地面を掘っていたシャベルカーの動きが止まった

 

「何かあるぞ!」

 

 隊員の掛け声に皆はその場所に集まった。明かりを集中させ、手持ちの道具で正体を見るために掘った。やがて、地面からコンクリートの塊の一部思われるものが覗かせている。

 

「間違イナイ。コレ!」

 

「よし、掘り出すぞ!」

 

皆は喜んだ。北方棲姫の言った通り、コンクリート詰めて地面に埋めたのだ。後は引き上げるために周りを掘ったが、全体が顕になるに連れて、皆の顔はひきつっていた

 

「なあ……親父。戦艦棲姫ってどんな人だ?」

 

「女性で角があり、そして……」

 

「誰も先祖の言い伝えを聞いているんじゃないよ。どうみても……でかすぎだろ!」

 

 コンクリートの塊を発掘したが、埋まっていたコンクリートの塊は大きすぎた。小さな家並みだ。余りの大きさに引っ張り出して持ちだすというのは不可能だった

 

「鬼が出るか蛇が出るか」

 

「鬼だよ。提督」

 

 提督は近づくと、コンクリートに耳を当てたが、首を振った。何も聞こえてこない。本当に生きているのだろうか?

 

「どうするの?」

 

「想定内だ。時雨、戦闘準備をしてくれ」

 

 提督は何を考えているのか分からなかった。コンクリートの塊のあらゆる所に何か細長いのを置いている。近寄って見たが、提督が置いている物が何なのか分かると仰天した

 

「おい、おいておけ。死にたいのか?」

 

「ちょっ……提督!ダイナマイトで何をするの!?」

 

「コンクリートの塊を爆破させるんだ」

 

時雨だけでなく、龍譲も大淀も驚愕した。この人、何を考えているの?

 

「俺は面倒くさいのはさっさと片付ける人だ。こんな塊を時間かけるよりも爆破して吹っ飛ばせば解決だ。中に埋まっている相手は、どうせ通常兵器なんて効かない相手だから」

 

「いや、やり方が大胆し過ぎやろ!」

 

 提督の答えに龍譲は突っ込んだ。まさか、こんな過激な事を実行するとは思わなかった。時雨は博士に目を送ったが、博士も承知の上か額に手を当てていた

 

「まあ、仕方なかろう。ダイナマイトの使い方を教えてくれと頼まれたから、教えたが」

 

「止めないの!?」

 

「どうせ時間が無い。それに、こんなバカデカイ塊を運ぶのにはクレーンとトラックが必要じゃしな。これを砕くのも骨が折れるわい」

 

 博士はため息をつき、将校も明石も呆れてていた。確かにここは人里から離れているため、直ぐには誰も駆けつけないだろう。しかし、全く気付かれないという保証はない。不知火は、何も疑問に思わないのか既に場を離れて耳に手を抑えている

 

「よし、爆破するぞ!」

 

 導火線に火をつける提督に、慌ててコンクリートの塊から離れた。提督は本気だ。作戦を立て指揮する能力はあるだろう。ただ合理的な行動を重視しているためか、遠回しで実行することが嫌うタイプだろう。でなければ、ダイナマイト使ってコンクリートで生き埋めにされた戦艦棲姫を救うなんて考えはしない。確かに深海棲艦は通常兵器は効果ないが

 

 一同は離れ、耳と目を塞いで爆発を待った。鉱山跡地は再び静まり返ったが、突然大爆発が起こった。艤装の砲声や着弾による爆発とは違う爆発なのか、耳を塞いでも鼓膜が破れるかと思った程だ。時雨は目を開けると、爆炎とはコンクリートの破片が飛び散る中、そこから人のようなものが宙に舞っているのが見えた。それが高々と飛んだと思ったら落下し地面に衝突した

 

「あ、あれが……戦艦棲姫?」

 

 ダイナマイト数本の爆発でも目立った外傷がないのは凄いというべきか。しかし時雨は、その人影に棒のようなものが刺さっているのを見た

 

 爆発が収まると同時に一同は、慎重に倒れている一抱えに向かって進んだ。時雨も不知火も艤装を展開して慎重に進んだが、一人だけ走って近寄るものがいた。北方棲姫だ

 

「起キテ!」

 

 北方棲姫は体を揺らしたが、動く気配がない。安全だと確認した一同はも急いで駆け寄る。ライトを照らし写し出された人影を見て、時雨は息を呑んだ

 

「これが……戦艦棲姫……人間とそっくりだ」

 

 戦艦棲姫を見たのははじめてだ。額には鬼のように一対の角が生えており、胸元にも4本の小さな黒い角が生えている。長い黒髪とネグリジェのようなワンピースを身に着けているため角がなければ、人間と区別出来ない。ただ、人間の心臓の位置あたりに金属の棒が戦艦棲姫の身体を突き刺している。ダイナマイトで突き刺さっていた訳ではなさそうだ。何があったのか?

 

「艤装無いが、没収されたのか?」

 

「さあ?ワシにはサッパリ……」

 

博士も分からないのか、困惑している。艤装は取り上げられたのだろうか?

 

「時雨、貴方は未来で姫級を見たことはないのですか?」

 

「うん……姫級を見たのはこの時代。それも、これで3人目」

 

港湾棲姫とは異なる深海棲艦の姫級。未来の深海棲艦にはこんなのは遭遇していない

 

「博士、本当に死んでいるの?」

 

「分からん」

 

「よく分からないけど、冷や汗が出てくるんだ。……まさか、起き上がって襲ってこないよね」

 

 時雨は感じていた。よく分からないが、心臓は鐘が打っているようにバクバク鳴っている。警鐘を鳴らしているような気がしてならない。こいつは死んでいない。北方棲姫は手を握って泣いている。……まさか、エネルギーを与えているのでは?北方棲姫が無意識にやっているだけかも知れない。第一、岐阜基地で養生中に北方棲姫と意志疎通出来たんだ。脳だけ生きていたとは思えない!第一、鉄棒が心臓に刺さっている以外、身体は無傷だ!

 

「提督、気をつけて」

 

 艤装を構えながら顔を覗き込ませる時雨。過剰な反応かも知れない。しかし、龍讓も不知火も大淀も反論はしない。他の艦娘も感じたかもしれない。こいつは生きていると

 

「分かった」

 

 提督は恐る恐る近づき、閉じている瞼を開いた。人は死亡すると、瞳孔は大きく開き、「光を当てると小さくなる」という瞳孔の特徴が無くなくための死亡確認なのだが、深海棲艦にこれは通用するのか?姫級の瞳は真紅で宝石のように反射している。瞳孔は光に反応していないため死んでいる。時雨は安堵した。そう思っていた

 

 突然、真紅の瞳が動き出した。戦艦棲姫は起き上がると、回りにした人を突き飛ばした。提督と博士は反射的に逃げたためなんを逃れたが、北方棲姫は避ける事が出来ず突き飛ばされ数メートルまで飛ばされた。将校と部下の隊員は銃を発砲したが、戦艦棲姫は全く効果がない。戦艦棲姫は身体に刺さっていた鉄棒を引っこ抜くと地面に捨てた

 

「生きている!コイツ、コンクリートの中で埋まっていたのに生きている!」

 

「装甲車!機関砲で応戦しろ!」

 

 隊員の1人は錯乱したが、将校は動じず装甲車に攻撃するよう命じた、重機関銃は戦艦棲姫に向けて発砲したが、装甲車の装甲を貫通するほどの銃弾が、跳弾するばかりで効果はない

 

「提督、攻撃する?」

 

「いや、待て!攻撃するな!一旦、距離を置け!様子見だ!」

 

 時雨はいつでも攻撃するよう艤装を構えたが、提督は攻撃許可を出さない。何か策はあるだろうが、相手は姫級だ。威圧感が半端なかった

 

「人間メ!ヨクモ私ヲ!」

 

 戦艦棲姫の叫びはこの世とは思えない程の冷たいものだった。こちらを浦田重工業か戦艦ル級改flagshipと思っているのだろう。しかし、敵でないと言っても通じる相手ではない。時雨や不知火だけでなく、提督も博士も将校も目の前の敵が、とんでもない化け物だと言う事に嫌ほど思い知らされる

 

 銃弾が効かないという能力だけではない。海にのんびりと航行している深海棲艦とは違い、冷たくも威厳に満ちた瞳。何よりも人語を解する知能。博士の話では、深海棲艦には独自の言語はあるものの人の言葉を理解し話しているのは姫・鬼級だと言われている。稀に空母ヲ級や戦艦ル級など人型の深海棲艦にも教えていると言われているが、理解しているかどうか分からないと言う。だから、艦娘も人間も無防備に倒れ込んでいた戦艦棲姫に対して息を呑んだのだ

 

 戦艦ル級改flagshipとは違う威圧感。しかも、胸に刺さっていた傷口は塞がっている。これが、戦艦棲姫の力なのか?港湾棲姫も本気を出していたなら相当な威圧感だったに違いない

 

 戦艦棲姫は装甲車の重機関砲に撃たれているにも拘わらず、何もしない。いや、何かを待っていた

 

「地面が揺れている?」

 

隠れていた時雨は驚いた。前ぶれなく、地面が揺れだしたのだ、地震?いや、それにしては可笑しい。

 

突然、大地が裂いて何が現れた。舞い上がる土と砂煙。砂煙が風によって吹き消されると、そこには巨体を持った黒い生物が立っていた

 

「ギシャアァァ!」

 

 怪物はおぞましい叫び声を上げている。なんだこれは?新手の深海棲艦なのか?あちこちに砲塔が覗かせているからには生物兵器のようにも見えるが

 

 巨体を支える二本の足は、大木の根の様に太く逞しい。そんな怪物が現れても戦艦棲姫は怯まない。それどころか、頭部らしい所を撫でている

 

「殺レ!全員、皆殺シダ!」

 

顔を歪ませながらおぞましい声を叫ぶ。怪物は装甲車の方に砲を向けた

 

「アカン!逃げて!」

 

 龍讓の警告に隊員は一目散に逃げたが、怪物は素早かった。雷のような砲声とともに装甲車はダイナマイトの数倍もの大爆発が起こった。装甲車は爆炎に消滅し、激しい炎が上がった

 

「まさか、あの怪物は戦艦棲姫の艤装か?」

 

「ええ!そんな馬鹿な!あれが!」

 

 岩の物陰に隠れた提督は戦艦棲姫を観察していたが、隣にいた明石は信じられなかった

 

あの化け物が艤装!?どうみても生き物じゃないか!

 

「間違いない!信じられんが、本体と艤装がそれぞれ独立しておる!」

 

「化け物が化け物を飼っているのか!」

 

伸びた北方棲姫を担ぎながら観察していた博士も同意見のようだ。彼は戦艦棲姫のうなじから伸びた太いコードで艤装と繋がっているのを見たからだ。ただの怪物ならあんなことはしない。それに、戦艦棲姫本体は艤装を持っておらず、攻撃手段は専ら怪物だ

 

「作戦は失敗だ!逃げるぞ!」

 

将校は無線で指示を出したが、予想外の返事をするものがいた

 

「中佐、僕は引かない」

 

「お言葉ですが、私も同感です」

 

将校は驚いた。艦娘はあの怪物と戦う気か!無謀もいい所だ!だが、確かに時雨が言ったように逃げては何も解決しないだろう。あの大佐の息子……何をやろうとするのか?

 

 

 

 時雨は戦艦棲姫が覚醒したと同時に攻撃体制を取った。やはり、生きていた。浦田重工業は死んだと思って生き埋めにしたらしい。しかし、実際は違った。それどころか、化け物を引き上げるとこちらを攻撃してくる

 

「逃げて!ここは僕が引き受ける!」

 

これ以上、無駄な犠牲を出す訳には行かない

 

時雨は12.7cm連装砲を構えたが、声をかけられた

 

「待ってください!時雨、あの敵に豆鉄砲を撃ち込んでも効果はありません!返り討ちにあいます!」

 

振り向くと、声の主は不知火だった

 

「このままだと犠牲者は出る!だから――」

 

「分かっています。火力は負けますが、こちらは駆逐艦2と軽空母がいます」

 

不知火は冷静だった。この艦娘は、いつもは冷静だったと記憶している

 

「駄目だ。まだ練度は低い。あいつに勝つための――」

 

「司令から貴方の事を聞きました」

 

不意に不知火は言った。いや、こちらの言葉を遮った

 

「確かに辛かったかも知れません。未来で私達が撃沈しているのも分かっています」

 

不知火はそこまで言うと肩を掴んだ

 

「ですが不知火は、ただ時雨と戦艦棲姫との戦闘を観戦するためにいるのではありません。時雨の目の前にいるのは、ただの女の子ではありません。第十八駆逐隊、不知火です」

 

 時雨は黙った。いや、思い出した。そうだ。僕は……僕達は艦娘だ。戦うためいる。暴れている怪物を倒すために。不知火や龍讓さんは守る対象ではない。戦友だ

 

「どうかしましたか?……不知火に落ち度でも?」

 

反応が無かったため無言で頷いた

 

「それでいいです……司令、時雨を落ち着かせました。ご命令を」

 

『よし、配置について合図を待て』

 

 時雨は不知火の後に付いて行った。何時ぶりだろう。他の艦娘と一緒に戦うのは。もうこのような事は無いと思っていたが

 

「不知火」

 

 時雨は周りを気にしながら小さく言った。不知火は立ち止まらず、顔を向けた。不知火の顔は、未来も変わらなかった。戦う時の表情が

 

「ありがとう」

 

「感謝はいいです」

 

 茂み隠れながら、戦艦棲姫に近づく。こちらに気付けば集中攻撃される。何しろ、自分達駆逐艦は、戦艦の主砲に耐えられる程の装甲はない

 

 

 

「こちら不知火。現在、戦艦棲姫の側面にいます」

 

『よし、合図したら攻撃しろ』

 

 提督はこれを想定していたのか、声に迷いはない。それとも、自分の運命を受け入れているのか。始めに会ったときは、本当にガキのような存在だった。今は……

 

「提督、ありがとう」

 

『お前だけ戦っても死ぬだけだ。幸い、数はこちらが上だ。龍讓、爆撃しろ!』

 

『よっしゃー!やったるでー!』

 

 無線はオープンチャンネンであるため、龍讓は張り切っている。上空には、九九式艦爆と九七式艦攻ばかりだ。敵機はいないため、戦闘機はいらないと判断したらしい

 

 

 

 戦艦棲姫は龍讓の艦載機の爆音に気づいたのか、空を見上げた。初めて見るためか、顔を歪ませている。多分、艦娘の存在を知らない。機関銃と同様、効かないと思っているのだろう

 

 九九式艦爆と九七式艦攻は急降下すると爆弾を落とし、戦艦棲姫を爆撃した。戦艦棲姫は驚愕した。ダメージを追っているのだから

 

「コ、コレハ!」

 

 爆撃によって煤で焼けた腕を見ながら、戦艦棲姫は叫んだ。直ちに対空戦闘に入ったが、側面からも攻撃を受けた

 

 

 

『今だ!撃って撃って撃ちまくれ!』

 

 提督の合図とともに時雨と不知火は、物陰から身体を出すと同時に12.7cm連装砲を発砲した。近距離であるため、ほとんど命中した。戦闘棲姫は驚くと同時に背後にいた艤装の化け物を盾にした。しかし、上空から爆弾も降ってくるため完全には防げない

 

「姫級と聞いて覚悟していましたが……意外と弱いのね」

 

 不知火も時雨と同様に攻撃している。砲弾と爆弾が面白いように戦艦棲姫に当たる。不知火は不敵の笑みを浮かべていたが、時雨は違った

 

(まだ目覚めたばかりだから本気を出していないかも……だとしたらチャンス)

 

 本気なら恐らく勝てないだろう。時雨は反撃してこない戦艦棲姫を不審に思ったが、考えても仕方ない

 

 

 

 戦艦棲姫はこちらを攻撃する相手に驚愕した。よく分からない武器を持つ少女によって自分は攻撃されている。致命傷にはならないが、確実にダメージを追っている

 

 あれはいつの日だったか。この世界に来たのはいい。人間の攻撃を簡単に押し退けた。しかし、戦艦ル級改flagshipの反乱により仲間はやられ、自分は幽閉された。相手の人間や戦艦ル級改flagshipは自分が死んだと思ったのか、こちらをコンクリート詰めにされた。意識はあったものの、海から得るエネルギーは途絶えたため意識を保つのが精一杯だ。死ぬのは楽だが、あの戦艦ル級改flagshipと人間を倒すまで死ぬつもりはない。長いこと怒りと憎悪を蓄積していたが、コンクリートを割る力はない。長い年月が経っても事態が変わらないため諦めたその時、変化が起こった。微弱ながらテレパシーで仲間の連絡が取れた。北方棲姫らしい。らしいというのは微弱過ぎて相手が分からない。幼いためテレパシーの使い方がまだ分からないのだろう

 

 戦艦棲姫は懸命に伝えたが、やはり複雑な会話は無理だ。しかし、北方棲姫の言い分だと掘り起こすという。何を考えているのか分からなかったが、花火のような爆発を感じたあと、目から強烈な光を浴びせられた。感覚で分かった。コイツは人間だ。そしてなぜかは知らないが、パワーが満ち溢れてくる。実は北方棲姫が無意識にエネルギーを与えていたのだが、長い間幽閉された事により怒りに満ちて判断力が鈍っていた。そのため、仲間である北方棲姫にも被害が出たのだが、そんな経緯を知る訳がない。戦艦棲姫は咄嗟に攻撃をしたが、よく分からない存在から反撃された。しかも、この姿は……。いや、あの一族が産み出したものか?

 

「良イダロウ。アノ一族カ。モット撃ッテ来イ。退屈シノギニ成リソウダ」

 

 戦艦棲姫は自分自身の艤装に命じた。敵は3体。姿形からして、とても小柄な軽空母が1、駆逐艦が2。そしてどうでもいい人間が沢山いるが、どこかにあの一族がいるだろう。まずは目の前の邪魔な兵器を倒すのが先だ

 

 戦艦棲艦は化け物である艤装に攻撃準備を命じた。これから、こちらに攻撃する不届き者を嬲り殺すために




戦艦棲姫の絵で後ろに立っている化け物のような怪物
あれって戦艦棲姫の艤装なんですね。そのため、本編では復活する艤装の化け物は怪獣のような出現に
艦これの深海棲艦の動きや立ち回りはどうしようかと迷っていた時期がありましたが、艦これアーケードでは華麗に動いてくれるため、助かります。映画ではダイソンは数十秒しか登場しなかった

限定イベントである『決戦!鉄底海峡を抜けて!』のE5でダイソンの事、戦艦棲姫が登場しました。しかも、難易度丙でも平然と2隻登場しますから驚きの連発です。装甲の固い大和が1発で大破するくらいの攻撃力を持っていますから


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話 戦艦棲姫との密約

 時雨と不知火、そして龍譲はがむしゃらに攻撃した。北方棲姫は伸びている。博士達が診ているが、パワーを与えていたため失神している。攻撃してきたが、相手は何もしない。いや、後ろにいる艤装のような怪物から真っ赤な光を放ち始めた。艤装の化け物は赤く、そして怪しげな光だった

 

『時雨、不知火、龍讓!攻撃を止めて離れろ!あれはダメージを受けた現象にはとても思えない!』

 

 提督の無線連絡に時雨は、反射的に砲撃を中止した。未だに攻撃している不知火を遮り、距離を取る

 

「どうしたんですか?今がチャンスです」

 

「待って!嫌な予感がする!」

 

不知火を強引に距離を置いた。爆撃していた艦載機も高度をあげて退避していた

 

「ホウ……イイ判断ダ。人間も賢クナッタナ。チョット前マデハ馬鹿ミタイニ攻撃スル人間トハ違ウヨウダ。貴様ラ、アノ一族ノ者ノ手先カ?」

 

 戦艦棲姫はダメージを受けているものの、外傷はほとんどない。それどころか残忍な笑いをしている。時雨は気付いた

 

「提督!こいつ、さっき『あの一族』って!」

 

『まさか、俺の先祖を知っているのか?』

 

 提督は無線で思わず返信しらしいが、時雨はそれどころではない。戦艦棲姫の艤装の化け物は、咆哮を上げるこちらに向けて砲塔を向けた。真っ黒で不気味な砲身は、高温で鉄が溶けたかのような真っ赤に染まり、何かエネルギーを貯めているかのようだ

 

「何度デモ……沈メテ……アゲル……」

 

「回避して!」

 

 時雨は反射的に叫んで回避行動に移った。不知火も直感的に動いたが、遅かった。化け物に取り付けられていた全ての砲門は、戦艦棲姫の合図で開いた。真っ赤な砲弾が、時雨達に向けて突進して来る。時雨は紙一重で躱したが、至近弾を食らった。まだ、戦えるが、他の者は悲惨だった。不知火は、直撃してしまい大破まで持っていかれた。離れていた龍譲も飛翔した砲弾をモロに受けてしまい、艦載機の発着艦機能を喪失してしまった。距離が離れているにも拘わらず、初弾で命中させた。偶然かそれとも、姫級の力なのか?

 

「うっ!」

 

 不知火は爆風で飛ばされ地面に叩きつけられた。大破し倒れている不知火に近づく戦艦棲姫。無線では提督が逃げるよう喚いている

 

「『重巡棲姫』ト『駆逐古姫』ハ何処ダ?遥カ昔、コノ世界ニ流レ着イタ事ハ知ッテイル。戦艦ル級改flagshipモ貴様ラノ仕業カ!」

 

 戦艦棲艦の全砲門が不知火に向けられた。不知火を木っ端微塵にするくらい攻撃するらしい。不知火は息を荒げながら戦艦棲姫を睨んだが、逃げようにも足を怪我しているため走れない。不意に銃撃が戦艦棲姫を受けた。戦艦棲姫に向けて拳銃を発砲する提督と抑える大淀の姿があった

 

「クソ!不知火!」

 

「提督!落ち着いて下さい!危険です!」

 

 隠れていた提督は、不知火の危機に駆けつけたらしい。確かに助ける行為は正しいが、強大な敵を前に出るのは自殺行為だ。感情的になって助けようとする提督を大淀が抑えている。戦艦棲姫は二人を睨むように見ていた

 

「貴様……アノ一族ノ者カ。『重巡棲姫』ト『駆逐古姫』ヲ実験台ニシテ殺シタノハ。ソシテ、ソノ屑鉄ヲ装着シテイル兵器モドキヲ産ミ出シタカ」

 

「兵器……もどき」

 

 大淀は呟いた。自分達の艦娘の存在や役目を知っている。しかし、深海棲艦を参考に造り出されている事実を突きつけられた事に大淀は狼狽した

 

「ドウデモイイ2人ダガ、死ヌガイイ!」

 

戦艦棲姫の叫び声に大淀は、提督を庇うように前に出た

 

 戦艦棲姫が砲撃する直前、艤装の化け物が突然爆発した。それも半端な爆発ではない。化け物はうめき声を上げ、その衝撃で砲弾は明後日の方向へ飛んでいった

 

「ナ!誰ダ!」

 

戦艦棲姫は辺りを見渡し攻撃してきた者を探した。攻撃してきた相手は直ぐに見つかった。髪飾りをつけた少女が、こちらを攻撃している。何か長い物を投げている。コイツは何だ?

 

 

 

 時雨は戦艦棲姫の攻撃から逃れると、魚雷すべてを取り出した。海上ではないため、魚雷は重荷になるだけ。そう思ったが、あることに閃いた。海上しか使えないわけない。他の方法があるじゃないか!

 

 こいつに勝てなければ、宿敵である戦艦ル級改flagshipを倒す事が出来ない。手持ちの兵装だけでは倒せない。正攻法が無理なら奇策でやるしかない。相手が対策される前に倒さないと

 

 時雨は自分が何者かを再確認した。僕は……僕は白露型二番艦、時雨。「呉の雪風、佐世保の時雨」と並び称された武勲艦。雪風と並ぶ幸運艦

 

 

 

さあ、戦おう

 

 時雨は不知火を助けるために出てしまった提督と大淀を攻撃しようとしている戦艦棲姫に向けて魚雷を投げつけた。その後、時雨は素早く主砲を展開して魚雷に向けて攻撃した。当てるのは難しいが、やるしかない。魚雷は艤装の化け物に当たる直前に炸裂。成功だ。ニ本目を投げたが、残念ながら戦艦棲姫の足元に落ちてしまった。しかし、爆破範囲内であるため失敗ではない。魚雷を爆破させ、爆風を受けた戦艦棲姫は呻いた効果はある!

 

 戦艦棲姫は予想外の攻撃にたじろいた。まさか、魚雷を投げつけて爆破させるような事をするとは思わなかった。魚雷の炸薬量は戦艦の主砲よりも多く搭載されている。そのため、爆発は半端ない。しかし戦艦棲姫は相手の予想外の攻撃に笑った。戦艦ル級改flagshipの件での怒りよりも、目の前の敵に興味が湧いていた

 

「コイツ、戦イ慣レシテイル!」

 

戦艦棲姫はゾッとするような笑みを浮かべた

 

 

 

 時雨は立ち止まった。相手にダメージを与えているのは確かだ。しかし、戦艦棲姫を倒せる程の火力はない。ノーマルの12.7cm連装砲と魚雷だ。そして、何よりも相手が笑ったのだ。しかも、こちらをみて笑っている

 

「フフフ……面白クナッテキタ。久シブリニ楽シメソウダ」

 

時雨は息を呑んだ。戦艦棲姫は楽しんでいる

 

「貴様ノ度胸ト戦イブリニ敬意ヲ払オウ。駆逐艦ガ戦艦デアル私ニ攻撃スルトハ」

 

 戦艦棲姫は時雨を睨んだ。通常の人なら冷たい視線に青ざめるのだが、時雨は全く動じなかった

 

「僕はこの程度の戦艦と戦った!だから、このまま行かせて貰う!」

 

 時雨は再び魚雷を投げたが、戦艦棲姫の方が早かった。戦艦棲姫の副砲が火を吹いた。砲弾は魚雷に命中。爆発は時雨を巻き込むように包み込む

 

「時雨!」

 

 提督は絶叫するが、その数秒後には驚愕する。何と爆煙から時雨が飛び出して来たのだ。しかも、損傷は少ない。時雨は、主砲を戦艦棲姫に撃ち込んでいる。しかも、偽装の化け物を支える脚に集中攻撃している。動きながら反撃を避け、的確に当てている

 

「す、凄い……」

 

 大淀は目を見開いた。時雨は改装が施されており改二である。未来からやって来た事を聞かされた時には半信半疑だった。しかし、時雨の戦いぶりを見て納得せざるを得なかった。明らかに戦い慣れしている

 

 戦艦棲姫の砲撃を避け、近づく時雨。戦艦棲姫は時雨にすべての砲を向けた。駆逐艦娘にしては過剰攻撃だが、戦艦棲姫は笑っていた

 

「褒メテヤルワ。沈ミナサイ!」

 

 戦艦棲姫の命令で偽装の化け物は、この世とは思えない程の咆哮を放つと時雨に向けて砲撃をした。時雨がいた付近に再び大爆発が起こった。余りの爆風に提督も大淀も物陰に隠れるほどである

 

「時雨……さん……」

 

 大乱闘と爆発で気がついたのだろう。不知火は呆然としている。時雨がやられたのか?龍譲も駆け寄り、立ち込めていた煙を見守っていた。視界が悪く、戦艦棲姫も時雨も見えない。それに加えて、パラパラと小石か何か落ちる音以外は聞こえない。暫くして煙が晴れると、提督と不知火達は仰天した

 

「し…時雨……」

 

 提督はうめき声を上げた。何と、時雨は無事だ。戦艦棲姫の目の鼻の先にいる。主砲を戦艦棲姫の顔に突き付けている。この距離だと戦艦棲姫もタダでは済まないだろう。逆に時雨も同じだ。戦艦棲姫の艤装の化け物も拳を上げていつでも時雨に殴れるよう構えている

 

 

 

 二人の間の空気は重苦しかった。提督も不知火も龍讓も大淀も声を発しない。声をかければ、両者とも動き出さだろう。まるで西部劇のガンマン達の決闘で互いに銃を突き付けるシーンにも似ている

 

 長い時間、沈黙が続いたと思いきや、不意に戦艦棲姫が動いた。いや、艤装の化け物に攻撃を止めるよう手で制した。艤装の化け物は大人しく下がったが、戦艦棲姫はずっと時雨を睨み続けている。そんな鋭い視線にも負けずに時雨も睨み返しながら構えていた偽装を下ろした

 

「貴様、駆逐艦ダナ。何故ダ……何故、ソコマデ戦エル?」

 

戦艦棲姫は時雨に語りかける。戦艦棲姫は何を言っているのか?

 

「皆を守るため。それだけだ」

 

「ソコマデシテ戦ウ理由ガアルノカ?火力ガ違ウノニ挑ムトハ。自殺行為ダ」

 

 あのまま戦ったら間違いなく時雨はやられていただろう。しかし、紙一重の回避と的確な射撃で応戦したようなもの。時が経てばいずれは戦艦の砲弾が当たる。戦艦の装甲は頑丈だ。魚雷も限りがある

 

「皆と提督……そして未来を守るためだよ。君には分からないけど」

 

「ククク」

 

「っ!何がおかしいの!」

 

時雨は問いただした。まるでバカにされたかのようだった

 

「私ニ戦イヲ挑ム者ハ、イツモソウ言ッテイル。『家族のため、国のために戦う』『よくも友人の命を奪ったな』ト。ダカラ、笑ッタ。私ヨリモ弱イ癖ニ」

 

 博士が言っていた深海棲艦に挑んで負けた数年前の多国籍軍の事を言っているのか?時雨は怒りを抑えると挑発した。本来の目的を忘れた訳はない

 

「でも戦艦ル級改flagshipには負けた。違う?」

 

痛い所を付いたのだろう。戦艦棲姫の笑顔は消え、怒りに満ちた顔になった

 

「アイツノセイデ……コノ手デ――」

 

 戦艦棲姫は悪態をついたが、途中まで言ったきり黙った。戦艦棲姫の目線は時雨の後ろに向いている。時雨は素早く振り替えると博士と北方棲姫、そしてビクビクしている明石が立っていた

 

「戦う気はない。だから、話を聞いてくれ」

 

 戦艦棲姫は博士の言うとおりにした。いや、応じたのではなく小走りでこちらに向かっている北方棲姫を迎えたのだ。北方棲姫は戦艦棲姫に抱きついたが、戦艦棲姫はこちらを警戒している。やがて、提督達も近づいてきた

 

「戦艦棲姫だな。話を聞いて――」

 

「1分ダ。北方棲姫ヲ助ケタカラト言ッテ、頼ミヲ聞クトハ限ラナイ。一族ノ末裔メ」

 

 戦艦棲姫はどういう訳か知っているらしい。この世界に来た際に独自の情報を入手したのか?いずれにしても、人間と艦娘に対して快く思っていない。浦田重工業の連中とは違う冷たい対応だ

 

「分かった。だが、その前に過去の因縁はなしだ。それが前提条件だ」

 

 提督は話を始めた。簡潔明瞭で分かりやすく戦艦棲姫にあることを提案していた。だが、これは誰も話してしないだろう。回りにいた人全員が、提督の提案に驚愕した

 

「オ前……馬鹿カ?」

 

戦艦棲姫は嘲笑った。いや、戦艦棲姫だけではない。周りも驚愕している

 

「……貴方は……正気ですか?」

 

 大淀は呆れ果てていた。龍譲や不知火は何も発せず、明石は博士に目を向けていたが、博士は何も言わない。将校も軍曹も同様だ。ただ、時雨は提督の提案には全く動じなかった。いや、僅かに動揺したのは確かだった

 

「いや、正気だ」

 

提督は目線が集まっているのにも拘わらず、戦艦棲姫を睨んでいた

 

「何故、私ガソレヲスル必要性ガアル?貴様ラノ手ハ借リン」

 

「いいさ。ここで、俺達を殺しても」

 

戦艦棲姫の挑発に提督は、顔色を変えなかった

 

「ただ、お前はあの戦艦ル級改flagshipに負けた。死んだと思ってコンクリート詰めにした。実際に俺達が掘り起こさなければ、ずっと生き埋めだ」

 

「……」

 

「例えお前が復讐に走って戦艦ル級改flagshipに挑んでも返り討ちに会うだけ。俺達は奴らを倒す。お前も奴らに恨みはあるはずだ。深海棲艦の指揮権を奪ったのだからな」

 

「ソンナモノハ奪イ返ス!」

 

 戦艦棲姫は苛立ちを隠せなかった。彼女にもプライドがあるのだろう。余りの殺気に北方棲姫は小さく悲鳴を上げて、戦艦棲姫から離れた

 

「出来ないはずだ。もうお前の仲間はこの世界にはいない。ここは現実を見よう。……利害の一致だ」

 

 提督の言葉に戦艦棲姫は小さく笑った。だがその声は除々に大きくなっていき、やがて耐え切れないとばかりに決壊を迎えた

 

「何が可笑しい!」

 

 陸軍将校は怒鳴ったが、戦艦棲姫は聞く耳を持たない。ただの人間の事はどうでもいいらしい

 

「イイワ。話ニ乗ッテ上ゲル。但シ、捕ラエラレタ港湾棲姫ヲ助ケル為ダ。オ前達ノ交渉ニ応ジタ訳デハナイ」

 

 戦艦棲姫は両手を上げ、艤装の怪物も威嚇はしなくなった。もう戦う意志はないのだろう。北方棲姫もホッとしたようにため息をついた

 

 

 

「……司令。説明して貰います」

 

 一同は戦艦棲姫を岐阜基地まで連れ帰った。装甲車は失った為、襲撃に会ったら圧倒的に不利だろう。時雨達と提督はトラックに乗っていたが、乗るな否や、提督は質問の集中砲火を浴びた

 

「分かっている。……その前に俺の意見に賛成だった人は居るか?」

 

 提督は質問を質問で返して来た。皆は手を上げない。いや、2人だけは賛同した。博士と時雨だ

 

「僕は提督に従うよ。決めるのは提督だから」

 

「いや、そりゃそうだけどさ」

 

時雨の意見に龍譲は突っ込んだが、歯切れが悪い。先ほどの件で不満の用だ

 

「分かっている。まあ、そうだろう。皆が不満を持っているのは。俺は未来の事を考えていたんだ。人類の敵は結局は、人類だったんだなって」

 

 提督は何を言っているんだろう?人類の敵は、所詮は人類だって?深海棲艦ではないのか?

 

「深海棲艦は敵だ。それは分かる。散々、ニュースでやっていたからな。俺は見ていないが、未来でも艦娘はよく戦ったよ」

 

 不知火達は顔を見合わせた。提督の発言は、建造されて間もない自分達が戦っていないようなものである。流石にそれは聞き捨てならない。大淀が切り返した

 

「提督。お言葉ですが、私達はまだ練度も兵装も足りません。先ほどの戦いも相手は戦艦棲姫です」

 

「そんな事は分かっている」

 

提督はいなした

 

「俺も見たよ。初めての実戦なのに、良く戦っている。しかし、お前達は無敵ではない。戦艦棲姫と同等かそれ以上の力を浦田重工業の戦艦ル級改flagshipは持っている。それに加えて、浦田重工業は俺達が持つ兵器よりも進んでいる。それを倒すのは難しい。記録を見せたから分かるだろう」

 

「それは……」

 

 大淀は口ごもった。未来で深海棲艦がミサイルやジェット戦闘機などの強力な兵器を用いた事によって、自分達は惨敗した。体験していないとは言え、アイオワが残した近代兵器のスペックや時雨の証言などで恐ろしいものである事は容易に想像出来る。何しろ、イージスシステムを搭載した軽巡と駆逐艦の艦隊だけで戦艦や空母を滅多打ちにしたと聞けば、誰も楽観できない。先ほどの戦いもそうだ。戦力差だけではない。能力が違い過ぎた

 

「しかも、浦田重工業は平行世界の日本から兵器や物資をこちらに持って来ている。平行世界の日本が、浦田社長の悪行を食い止めるという希望もない。仮にあるとするならば、時雨がいた未来では地獄を見ていない。ワームホールは奴の物だ。しかし、攻めるには火力が足りない」

 

 艦娘達はまた顔を見合わせた。何しろ、浦田重工業は戦闘ヘリや無人航空機という化け物を持っている。何機持っているか分からない。情報が無いため、不明だ

 

「そうですが、しかし……」

 

大淀が言いかけるのを提督は遮った

 

「待て、俺は君達を責めている訳ではない。悔しいが、誰が指揮を取っても同じだろう。問題はどう戦うかだ。その前に、君達の疑問を答える。大淀……残念ながら、俺達の味方は少ない。それに対して浦田重工業は兵力は少ないだろうが、味方している人は多い。それに奴が『あの兵器』を知らないという保証はない。万が一、先に対策されたらこの作戦は空振りだ」

 

 大淀は黙り込んでしまった。自分達に置かれている状況を嫌というほど、思い知らされる

 

「私も見ましたけど、確かに『あの兵器』は浦田社長が知っていなくても、誰かが知っているはずです。平行世界の米軍が研究しているのなら、対抗策も研究されているに違いありません」

 

 明石は思い出したかのように付け加えた。ディープスロートは確かに狡猾な人だっただろう。しかし、情報だけで戦争に勝てるとは限らない

 

「ミサイルやジェット戦闘機を造る技術だってこちらには、無いんだ。アイオワでも出来なかったのを奴らは、製造し使っている。勝負にもならない。それなら、保険を掛けてから挑むしかない」

 

 時雨は顔をしかめた。確か未来では、アイオワと合流するまでは敵の兵器が分からなかったのだ。不発したミサイルを解析しようとしたが、全く分からなかったという。『艦だった頃の世界』であるアクタン・ゼロのようにはならなかった

 

「司令は私達にどうしろと?私達は浦田重工業が言っていた『標的艦』なのですか?」

 

 不知火は呟いた。嫌味で言ったかのような感じであるが、不知火も内心では分かっていた

 

「いや、違うよ。提督が言っていた。利害の一致だって。何も深海棲艦と仲良くする訳じゃない」

 

時雨の言ったことにより、今度は時雨の方に目線が集まった

 

「時雨。幾ら何でもそれは、無いやろ?」

 

「龍譲さん。僕はずっと地獄を見ていた。雪風と同じように幸運艦。そして仲間の死をたくさん見た。1回目は『艦だった頃の世界』、2回目は破滅した未来」

 

龍譲は何か言いたそうだったが、反論する言葉が見つからないようだ

 

「僕はもう、仲間が撃沈されるのを見たくない。そのために、この時代に来た」

 

 時雨はトラックの壁に背をもたれながら言った。もう、何も失いたくない。しかし、自分が出来る事は限られている。

 

「だから、提督の考えは従うよ」

 

「そうか」

 

 時雨の言葉を聞いても、提督は笑わなかった。提督も本来はやりたくなかったかも知れない。しかし、何もしないよりかはマシだ。何しろ、正攻法で勝てるとは到底、無いのだから。『平行世界の過去の日本』でのマリアナ沖海戦でもそうだ。日米の戦力差は既に開いており、いかなる手段を持っても米艦隊を対抗する戦力は無かったのだから

 

 それが自分達がいる世界でも起ころうとしている。いや、マリアナ沖海戦よりも最悪な状況になりつつある。提督が神風特攻を立案していたら流石に反発するが、幸いそんな人間ではない

 

 後に提督から聞いたが、提督も『平行世界の過去の日本』において太平洋戦争で何が起こったのかを知っていたと言う。艦娘には太平洋戦争と呼ばれる戦争の記憶があるらしい。提督はそれを教訓にして指揮していた。未来の提督も同様で負け戦が続いても自殺攻撃はやるなと厳命したほどだ

 

「正しい決断だったと思いたいな」

 

 皆は議論を止め、だんまりとしている中、提督は僅かに呟いたのを時雨は聞いた。しかし、トラックのエンジン音や揺れで時雨以外、誰も聞こえていないようだ

 

 

 

運命、現実、そう理解して受け止める事が出来るのなら、どれだけ楽だったろう

 

 しかし、時雨と提督は茨の道を選んだ。世界が滅ぶのを防ぐため、歴史を変えるため、元凶である浦田重工業と戦艦ル級改flagshipを阻止するため

 

 歴史を変革するという神にも近い難行の道を時雨と提督は選んだ。どんな試練だろうと、投げ出すわけには行かない。愛する者を守るために

 

新たなる未来を獲得出来るか。差し込む光は、神ではない。己の力で導く

 

例え悪魔と取引しようとも




おまけ
戦艦棲姫「オ前達ガ艦娘。『ぬいぬい』ト『わんこ』ト『任務娘』。ソシテ、『まな板』カ」
龍譲「ちょっと待てや、そこの姉ちゃん!今、サラリとうちが気にしている事を口にしたな!」
戦艦棲姫「何?何処ガ間違ッテイルノ?」ギロッ
龍譲「くっ……こうなったらこっちも言うたる!『ダイソン』『ケツダイソン』『ジェットストリームダイソン』『インフルエンザ発症でイベント皆勤賞しなかった』……」
戦艦棲姫「モット褒メテモイイワヨ」
龍譲「あかん。悪口が褒め言葉になっている」
時雨「ダイソンの方が一枚上手だったね」
提督「しかも火力が違うから攻撃しても返り討ちに会うからな」


提督は戦艦棲姫と何を話したのかは秘密。密約のようにも見えますが
ただ、現代兵器を持っている相手に対して保険は掛けたようです

理由としては兵器の性能差が主です
浦田重工業は戦闘ヘリや無人航空機などの現代兵器を持っているため、これを倒すには容易ではありません

本編でもゼロ戦がほぼ無傷でアメリカの手に渡って、研究・対応されたアクタン・ゼロについて少しだけ触れられていますが、実は旧日本軍も鹵獲機や撃墜した機体を研究はしています

史実ではフィリピンで捕獲した米軍機(B-17爆撃機)は綿密に研究されており、試作陸攻である『連山』ではB-17の研究成果が反映されています

……とここまではいいのですが、B-17を解析した人達の感想は「(B-17自体)凄すぎて真似できない(汗」という事だった(『連山』自体も完成されず)

更に付け加えますと、撃墜したB-29爆撃機の残骸を分解や研究もされましたが、「……こんなの作れる国と戦争したのが間違いだったなぁ(溜息」 という結論になったという

ただでさえ、史実でもこの状態なのにミサイルやジェット戦闘機相手だと次元を超えています
猿が人間の道具を入手しても、研究や真似なんか出来ない。なので、別の方法で戦うようです

イベントと言えば戦艦棲姫と空母棲姫。いつも苦しめられています(笑)。戦艦棲姫(ダイソン)は艦これアーケードでちゃっかりと出たりしていますから、今後は空母棲姫も登場する可能性は高いですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話 X兵器完成と暗殺

伊勢改二の改装を終えて任務を完了した雷電Ⅱです
改二の条件が厳しくなっているが、伊勢改二の姿は中々のもの
EOの5-5と6-5の攻略がちょっとだけ楽になったかも知れません
しかし、やっぱり気になるのは夏のイベントですね


戦艦棲姫を助け出してから二週間後、岐阜基地では慌ただしかった

 

 反抗作戦に必要な戦力や兵器の調達に苦労した。岐阜基地の飛行場には、陸海軍の航空機が沢山並んでいる。頼もしいが、浦田が保有する私兵軍団にどれほど通用するのか?反抗作戦の兵士達は浦田重工業の攻撃、そして鎮圧である。敵も待ち伏せているため、血は流れるだろう。しかし、彼らの戦う相手は、浦田重工業の人間である。時雨達が戦う相手は、浦田重工業に属している深海棲艦の艦隊の撃滅、建造ユニットの奪還、そして戦艦ル級改flagshipの撃破

 

 難題が多過ぎる。また、深海棲艦による世界各国への攻撃もある。こちらにも深海棲艦を使って攻撃される恐れがあるため、提督は艦娘達に警戒させた。北方棲姫や戦艦棲姫も一定期間滞在する間、浦田重工業が操る深海棲艦による攻撃を防ぐよう頼んだ。北方棲姫はともかく、戦艦棲姫は面倒くさそうに鼻で笑ったが、結局は引き受けてくれた。深海棲艦が戦艦棲姫の命令を無視している以上、選択の余地がない。しかし警戒した割には、浦田重工業はこちらには手を出さなかった。いや、偵察機と思わき航空機が接近したが、迎撃機を上げた頃には既に退避していた

 

 一方、博士は海外にも『艦娘計画』を輸出する計画を立てていた。このままでは、人類の文明が崩壊してしまうだろう。ノウハウだけだが、それだけでも輸出せざるを得ない。しかし、現状では難しかった。何しろ、こちらは完全ではないとは言え包囲されている。幸い、博士の知り合いにドイツの大使館員がいるらしく、密かに連絡を取り何とか話をつけて貰った。しかし、ドイツに輸出しようにも遠すぎるため大陸経由で運ぶしかなかった。チャーターした輸送船を使い舞鶴を出港し、不知火と大淀を護衛されないがらウラジオストクまで運ばせた。後は、ドイツの大使館員達が本国に無事に着くのを祈るしかない。現状では、これが精一杯だった。未来の記録では、アメリカ軍人が死を覚悟して日本に来たが、残念ながら今回は来なかったようだ

 

 どれも重労働だ。手持ちの兵力では、勝てるかどうか難しい。艦娘は時雨の他に、不知火、大淀、龍讓しかいない。軽空母がいるため、戦艦ル級改flagshipをアウトレイジで攻撃が出来る。上手く行けば、撃沈も可能かもしれない。龍讓は前回の戦闘を教訓に明石に無理矢理頼みんで、艦載機を一新させた。零戦21型は零戦52型に、九九艦爆と九七式艦攻は彗星と天山に更新された。龍讓は自信満々に戦いたがっていたが、時雨も提督もあまり楽観していなかった。戦艦棲姫との戦闘は初めてであって、錬度も艦載機も良くなかったためである。それは仕方ない面はあるが、戦艦ル級改flagshipは別だ。姫級とは違う強さを持っている。単に未来兵器のお陰とは思えない

 

「安心してな。うちがいるから」

 

「だが、イージス艦をモデルとした軽巡ツ級には気を付けろ」

 

 提督は念を押した。彼女達の熱心な気持ちは理解できる。しかし、簡単に撃沈されてしまうと後がない。無駄死にだけは避けなくてはならない。よって、及び腰になってしまうが、仕方ない。建造ユニット奪還が最優先である

 

「イージスシステムを組み込んだ軽巡は現れるかな?」

 

「分からん。現れたら、極力戦うな」

 

 時雨の疑問に提督は顔をしかめながら言った。敗北主義のような考えだが、何しろミサイルを防御するためのシステムはない。未来兵器を知っているアイオワがいないため、仕方ない。居たとしても果たしてこちらに有利に立てるかと言えば、ノーだろう。未来の提督も様々なアイデアで挑んだが、ことごとく敗れた。レーダーを避けるため超低空飛行での進撃や夜戦を仕掛ける、時間差攻撃や囮を使ったが、イージスシステムを組み込まれた軽巡ツ級やジェット戦闘機を搭載した空母ヲ級の前では無力だった。戦艦も浦田重工業の配下である戦艦ル級改flagshipでやられる始末である

 

「X兵器次第という事ですね」

 

「効果があればな」

 

不知火も納得するしかなかった。兵器の質が違うため『X兵器』に期待するしかない

 

 その『X兵器』も何とか間に合った。艦娘である明石の存在が大きかった。彼女の整備の腕は本物だった。不眠不休に近い作業を行ったため、登戸研究所から連れて来た研究員は、全員過労のため、倒れた。提督の父親である博士も中年であることから休みながら働いていた。流石に限度はある。しかし、全員が倒れても手を動かす者がいた。明石だ。工作艦であるプライドと悲惨な目に合うかも知れない艦娘達を救うためと認識しているのだろう。工厰妖精も倒れ、残り1人になっても働いていた。連絡を受け時雨達が来たときには、明石以外の者は床で寝ていた。明石も顔が酷くクマが出来ていたが

 

「喜んで下さい!頼まれた通り、例の兵器が完成しました!」

 

明石は喜びながら兵器を紹介したが、時雨達は唖然とした

 

 大きすぎた。コンテナ並みに大きかった。大型トレーラーか大型飛行機でなければ運べない。敵から見たら、攻撃して下さい、とアピールしているようなものだ

 

「出来たのは嬉しいけど、小型化は出来なかったのか?」

 

「……流石に無理でした。本来は数十年後の技術ですから」

 

 明石は残念そうに言ったが、パソコンの設計図から兵器を造るのはやはり天才というべきか

 

「いくつある?」

 

「全部で3つ。これが限界です」

 

「それで十分だ」

 

提督は何か策でもあるのだろうか?

 

「明石、ありがとう」

 

「いえいえ、明石にお任せ……くた………さ……ZZ」

 

 もう限界だったのだろう。明石は糸が切れた操り人形のように倒れこんだ。提督は慌てて明石を支えたが、明石は寝込んでいる。艦娘は無敵ではないのだ

 

「未来にも助けられたな」

 

 未来の記録では明石は、タイムマシンの設計に四苦八苦していたという。明石がいなければ、全員全滅していたであろう

 

 

 

浦田重工業の本社ビル

 

ある部屋

 

 港湾棲姫は鎖で繋がれて拘束されていた。そして、深海棲艦のボスにも拘わらず、恐怖の顔を浮かべていた

 

 彼女が恐怖で震えているのは、凌辱されているからではない。拷問されているからではない。非道な実験をされている訳ではない。研究員はいるが、彼等は港湾棲姫に目をくれず、仕事に没頭している

 

港湾棲姫が怯えているのは、信じられない光景を目にしていたからだ

 

 ここは実験場。数々の兵器開発を行っていた所。深海棲艦を倒すための通常兵器であるイージス艦はそこから生まれた

 

 今は、浦田重工業の重要な戦力である戦艦ル級改flagshipの改修。その方法を見て港湾棲姫は、身体を震わせていた

 

「ア……アア……」

 

 戦艦レ級は、戦艦ル級改flagshipに首を掴まれ、身体が宙に浮いている。苦痛と恐怖のあまりで暴れているが、それも徐々に弱まっている。片方の腕で港湾棲姫に手を伸ばしている。助けを求めているが、港湾棲姫は何もできない

 

 戦艦レ級が干からびているのだ。自分の仲間が、よくわからない存在によって力を吸い取っているのだ。戦艦レ級は原型を失い、ミイラと化した

 

「素晴らしい力だ。深海棲艦が人間のような思考能力があれば、世界を我が物に出来るものを。勿体無い」

 

「フザケルナ。オ前ハ……何ヲシタノカ分カッテイルノカ?」

 

 港湾棲姫は、おぞましい行為を見たにも拘わらず、キッと睨んだ。こんな事があってたまるか!

 

「戦争に勝つため。それだけだ」

 

「外道ナ奴メ!我等デモソンナ非道ナ事ハシナイ!」

 

「戦艦棲姫は捕虜を皆殺しにしようとしていた。違うか?」

 

「深海棲艦ハ悪魔デハ無イ。仲間ヲ殺シテマデ強クナロウトトハ思ワナイ!」

 

 港湾棲姫は拘束されながらも、残虐な行為をした戦艦ル級改flaishipに対して噛みついた。どのような思考があれば、戦艦レ級を吸い取って力を取り入れると思っているのだろう。こんなのは吸血鬼だ!我々の仲間でも味方を糧としてまで強くなろうとは思っていない!これは、深海棲艦を冒涜している!

 

「ほう……」

 

 戦艦ル級改flaishipは拘束された港湾棲姫に近づいた。港湾棲姫は逃げようと身体を捩じるが、拘束された体では不自由だ。それに加えて、ある薬のせいで力が出ない

 

「非難をするなら艦娘計画を立案した『大佐』に言うんだな。私と『主』は、それを有効的に使っているだけ。大佐は一族が残した『超人計画』の本質に気づいたため、怖気づき封印した。文献も燃やした。しかし、『主』は残された書物を手に入れ参考にした。豊臣秀吉が一族皆殺しした時に、押収した書類がそうだ」

 

港湾棲姫は恐々と研究施設にあるテーブルに目を向けた、古い文献が置かれている

 

「貴様……ヨクモ!」

 

「そもそも私にこう言ったではないか?深海棲艦は人とコミュニケーションを全く取らない理由を。『私達ハ言葉モ心モアル。人間ニ近イ。ジャア人間同士ハ戦争ヲシナイ?言葉ト心ガアルカラスグニ和解出来ルノ?人間達ハ団結スラシナイ生キ物ダ』とね」

 

「ソレハ戦艦棲姫ガ言ッタ言葉ダ!」

 

 港湾棲姫は咄嗟に叫んだが、声が上ずってしまった。自分自身がここまで恐怖に震えたのは初めてだ

 

「どうでもいい事だ。あの親子と時雨は、建造ユニットを取り返したがっているらしいが、そんなものはくれてやる。『主』は艦娘は沈めるよう言ったが、私は簡単には殺さない。恐怖と絶望を味わせてから沈める」

 

「オ前ハ人間ダッタ癖ニ!何故、コンナ――」

 

港湾棲姫はそれ以上の言葉は続かなかった。戦艦ル級改flagshipに首を掴まれている

 

「お前には分かるまい。誰からも蔑まれ、誰からも手を差し伸べてくれなかったのを。地獄を見て分かった。人なんて結局は自己満足だって事を。お前達の力で復讐は果たせた。でも、心は満たされないんだ。殺戮の衝動と戦いの疼きが。そして、力を欲するのも」

 

 港湾棲姫は戦艦ル級改flagshipから離れようともがいた。健全な彼女だったらこんな拘束は払いのける。しかし、薬を打たれ続けたせいで完全に衰えてしまった

 

「お前はまだ力があるから吸い取れない。しかし、時間の問題だ」

 

戦艦ル級改flagshipは鬱陶しくなったのか、港湾棲姫をゴミのように投げ捨てた

 

「それに力を吸い取っても薬を使わなければ、力は発揮できない」

 

研究員が駆けつけ注射器が入った箱を差し出されたのを受け取り眺めるように見た

 

「お前達の軍団を使って世界各国に攻撃するよう命じた。この国も攻撃するよう命じるはずだ。もうこの世界の深海棲艦は私の物だ。お前達とおなじようにテレパシーを使って指揮できる」

 

 港湾棲姫は唖然とした。こんな事に成るとは夢にも思っていなかったらしい。戦艦ル級改flagshipが姫・鬼級レベルの能力を身に着けるなんて誰が考えようか?

 

「お前はテレパシーは使えん。北方棲姫と連絡出来まい。戦艦棲姫も死に、ワームホール付近は、新たな深海棲艦がこの世界にこれないよう機械を設置した」

 

 港湾棲姫は歯を食いしばった。このままでは、深海棲艦は戦艦ル級改flagshipの意のままに操られる。もう誰の手にも止められまい。戦艦棲姫は実は、生きているのだが、残念ながら意識を保つだけで動く力はなかった。実は時雨達が掘り起こして戦艦棲姫は奇跡的に復活したが、その頃には港湾棲姫は力を失ってしまった

 

「『主』の望み通りに艦娘を始末しよう。でも、あの小娘だけでは満たされない。もっと手ごたえのある奴が来れば。そうすれば、私は強くなれる。この世界で生物界や兵器類の頂点に達する」

 

「……」

 

 港湾棲姫は何も言わない。もう言葉は届かないだろう。あの時の……あの時の捕虜だった頃の女性は何処へ行ったのか?まさか、演技だったのか?

 

 港湾棲姫は後悔した。自分達が行うとした事。捕虜だった女性の人間を自分達に使えないかと。人間社会の事をよく知っているはず。そのために深海棲艦の力となるはずだと考えた。それが間違いだった。奴は人間の皮を被った悪魔だった。逃がした捕虜の船に追いつき真っ先に沈め、一人残らず殺すなどと誰が予想出来ようか

 

 

 

 社長室では浦田社長が待っていた。それは戦艦ル級改flagshipの戦力増強と報告が聞きたかったからだ。進行次第では計画を前倒ししなくてはならない。その前に時雨や例の息子などの奴らが邪魔がなければいい

 

「やはり北方棲姫がこちらの漏らしたか。深海棲艦は人類を見下しているとばかり思っていたが。奴等は隠しているつもりらしいが、監視を逃れる術はない」

 

実際に浦田重工業は、岐阜基地を監視していた。レーダー波もあることから対空レーダーも備えているらしい。平行世界の日本の歴史と違って進歩しているわけだ

 

「しかし、無線傍受と暗号の解読で仲間を増やしているのは丸わかりだ。ミッドウェーの二の舞になるがいい」

 

 無線通信は全て傍受し、暗号も解読している。平行世界で太平洋戦争の戦史を教訓に学んだ。旧日本軍の暗号能力は低かったとのこと。それに加えて、こちらにはコンピュータという素晴らしい電子機器がある

 

 浦田社長の考えは、正しい。第二次世界大戦当時の日本の暗号は、早々と解読されてしまったのだ。外交暗号は機械式(主にパープル)。陸海軍はコードブックによる転換方式をとった。パープルは戦争前から早々と解読されてしまった。ワンタイムパッドを無限式乱数(と称して採用した陸軍暗号は解読されなかった(但し終戦後には部分的に解読された)が、海軍はもっと甘く、しかも沈没した潜水艦から暗号表を盗まれてしまった海軍作戦暗号は、解読されてしまった。つまり、ミッドウェー以来、日本海軍の作戦は米軍に筒抜けだったのだ

 

 余談であるが、第二次世界大戦中、英米はドイツのエニグマと同じく機械式の暗号機を使っていた。イギリスはタイベックス。アメリカはシガバ(M-143-C)と呼ばれるもので、エニグマよりも強力で、枢軸国側に解読されなかった

 

 

 

 しかし、相手は電子戦は敵わないと思っているのか、通信内容が極端に低い。拾ってくる電波もどうでもいい内容ばかりだった。行動を起こすと思って罠を誘ったが

 

「何か策があるのか、それとも戦力がないのか」

 

 向こうが何もしないのなら好機だ。邪魔されずに出港できる。そんな事を考えていると秘書が入ってきた。相変わらずの表情だ

 

「社長、準備ができました。ですが、薬は最後まで取って置きたいと」

 

「隠し玉か」

 

 この秘書は棘がある。全く、いつまで演技を続けているのだ。しかし……もしかすると別の道があったかも知れない。平和で友好的な方法が。しかし、あのワームホールで見てきた並行世界の日本とこの世界の現状を見ればそうも言ってられない。無知は恐ろしい。平民はただの操り人形になるだけだ

 

「ちゃんと始末したんだろうな?」

 

「ええ」

 

 浦田社長の問いに秘書は有頂天になって答えた。内心は楽しくて仕方ないのだろう。戦艦ル級改flagshipが地球上にいる深海棲艦を操る事に。姫・鬼級はいないため安心して命令を出せる。北方棲姫は無理だろう。例え、健在だったとしても一人では何もできない。一握りしか把握できない。テレパシーが違いすぎるのだ

 

「敵になりうる人や最悪の兵器を生み出そうとしている人間を始末するには簡単です」

 

 深海棲艦が各国の都市などを攻撃されパニックになっている最中、奇妙な事件があった。それは世界各国の科学者や軍人、政治家達が何者かに殺されるといった事件だ。殺す方法が主に空母ヲ級の艦載機を使った執拗な攻撃だった。逃げても逃げてもしつこく狙い、撃退する手段がないこともあって、逃げ回った科学や政治家達などは一人また一人と命を絶った。アメリカ、ドイツ、イギリス、ソ連でそういった事件が多発しており、中にはある政治家一家がまるごと殺されるといった事件まであった。トップを失った事により、ある国は混乱して内戦が起きる始末だ。その大規模な暗殺の原因は、浦田社長と戦艦ル級改flagshipである。多数の主要人物殺害を深海棲艦に命じたのはその2人である。彼等は知らないが、未来でもそれを実行した。流石に未来の提督まで命は奪えなかったが、帝国陸海軍を弱体化するのには十分だった。今回はそれが、早まっただけである

 

 

 

ドイツのある街

 

 『艦娘計画』のノウハウを運んだ一行が到着する数週間前……この国では奇妙な事件に警察関係者は首をひねっていた。今回の事件で、深海棲艦が明らかに国のトップを殺そうとしているのは明白だ。現に政治家や軍人が次々と殺されドイツの存亡が危ぶまれていた。そんな中、深海棲艦はなぜこの画家を殺したのかが未だに分からない。現場にいる刑事も首を捻るばかりだ

 

「なあ、なぜこいつが殺されたんだ?」

 

「下手くそな深海棲艦の絵でも描いたんじゃないですかね?」

 

 この人をよく知る人は実際に殺される直前、訳の分からない悪口を言っていたという。しかし、なぜ深海棲艦の艦載機と艦砲射撃が彼の住む家ごと吹っ飛ばしたのかが分からない。相手が相手であるため、こちらはどうする事も出来なかったが

 

「それでこの人の名前は?」

 

 刑事に質問に死体を遺体袋に入れて搬入する際に警官たちは、彼が保有していた身分証を取り出して名前の確認をした

 

「名前はっと…えー……ア……アドルフ・ヒトラーだってさ」

 

 この人物が生きていたら、この国がどうなっていたか。死んだ男が、後にこの国の独裁者になる事に刑事や警官たちは分かるわけがない。しかし幸いなことにこの世界は、浦田社長がいって来た未来の平行世界とは違い、彼は政治家にはなれなかった。まだ画家だったからだ。実は密かにヒトラーの絵をこっそりと買い、平行世界のように政治家を目指すのを諦めさせる計画だったが、どうもこの人は野心が強かったらしい。政治家の道にも考えていると分かると殺害命令を出した。政治の道に歩まず熱心に絵を描いていてば見逃していたものを。この事から浦田社長は、平行世界の歴史を元に多くの人を暗殺する事を実施した

 

 これにより、並行世界の過去で偉業を成し遂げたと思われる人物が多数殺された。独裁者、政治家、軍人、科学者そして原爆開発チーム……。しかし、それは戦後の話であり第二次世界大戦が行われていない今では、ただの人間である。そんな人物達が後世に名声を轟かせる間もなく、戦艦ル級改flagshipが操る深海棲艦の攻撃によりあの世へ送られた

 

 皮肉にも第二次世界大戦を止めると言った浦田社長の野望は達成されたかも知れない。しかし決して合理的な判断ではなく、人道に反する行為であるのも事実である。また、その人物が失った事により新たな悲劇も生んでしまったというのも言うまでもない

 

 個人が出来る事は知れている。そして、戦争を止める事も容易ではないのも浦田社長は知っている。平行世界の日本で見たのだ。自分達は安全な場所に居てプラカードを掲げ政権批判しか喚かない人達を

 

 それでは意味がない。平行世界の日本の人間は、楽観主義もいい所だ。少なくとも平和憲法を軍事大国に輸出しないのが証拠だ。彼等の主張は、軍隊は人殺し集団という。しかし、自軍にしか文句を言わないとは本末転倒だ。近隣諸国では核兵器があるというのにも拘わらずである。呑気なものだ

 

結局は、自己満足でやっている。勝手にそう思っているだけ

 

「だから私はやる。これは大義のためだ。話し合いなぞ、結局は何も解決出来ない。お前達だってそう思って原爆を造ったのだろう?」

 

 浦田社長は、平行世界の日本から手に入れた原爆チームのメンバーであるマンハッタン計画の資料を見た。本来はアメリカに亡命したあるユダヤ人の科学者が、ナチスドイツが原爆をつくる危険があると米国政府に訴えた事により、原爆開発に着手した計画である。それが、まさかアメリカが日本の広島長崎に対して原爆を落とすとは夢にも思っていないだろう。結局は、自分達がやっている事は正義だと思い込んでいる。そうでなければ、原爆なぞ造らないはずである

 

「障害もなく多数の主要人物暗殺を成功したのは人類史上、例を見ません」

 

「そりゃ、そうだ。深海棲艦を使っているのだからな。平行世界の日本のある人達は昔、こう言っていたらしい。『旧ソ連や中国が造った核兵器は平和的なものだ』とね。所詮、人はその程度の認識だ。自分が支持する国を庇うために言い訳するとは。これでは核兵器廃絶なんて無理さ。夢物語もいい所だ」

 

浦田社長は微笑みながら呟いた

 

「核廃絶、戦争根絶はこうやるものだ。何も力もない過激な宗教団体やテロリスト共。ただ政権批判してるだけではダメなんだよ」

 

 核兵器廃絶する方法……それは、核よりも確実に強力な兵器が登場した時か核兵器を保有している国を例外なしに全て処分する事。それも核開発に携わる者も含めて

 

 だが、前者後者とも血は流れるのは必須である。強力な兵器は人々を魅了する。皮肉にも、この世界では平行世界より早く核廃絶を実現させてしまった。もし核廃絶の人達が、浦田社長のやり方を聞いたらどんな反応が来るのだろうか?

 

「ともあれ、502部隊や艦娘がここを攻めてこないとは限らない」

 

「安心して下さい。守りは万全です」

 

 秘書の言うとおり、浦田重工業も隠し玉を持っている。あれを見せれば502部隊も仰天するだろう。それに、戦艦ル級改flagshipの件もある。空母ヲ級の艦載機で攻撃する事も可能だが、それだけでは面白くない。また幼いとはいえ、北方棲姫がいる。コントロールしている空母ヲ級が正気に戻っては困るからだ。そして、どういう訳か大佐は、艦娘を新たに建造したらしい。無人機による偵察で見つけたのだ。迎撃機が上がったため、詳しく観察出来なかったが。深海棲艦による暗殺は、諦めざる得なかった

 しかし、だからと言って日本の主要人物の暗殺は見逃してはいない。艦隊が出発すると同時に決行する。平行世界の日本では散々、軍部が悪者のように言っているのだから構わないだろう。国の機関の建物全てミサイルで攻撃すればいい

 

 しかし、浦田社長はミスを犯した。実はこの偵察で複数の艦娘は確認されたものの、奇跡的に息を吹き返した戦艦棲姫の存在を見逃してしまった。偵察衛星もないため、随時監視できない。時雨達にとっては幸いと言うべきか。もし、知っていたら判断が変わっていたかも知れない

 

 そんな事も知らずに浦田社長は秘書に目をやった。彼女の人生は、干渉すべきではない。『もしも』は無いのだ

 

戦艦ル級改flagshipが艦娘にやられるような事はあってはならない。それだけだった

 




おまけ
ビスマルク「提督、質問があるわ」
提督「おい、お前はまだ登場しないはずだろ」
ビスマルク「別にいいじゃない。それよりも提督。もし、ドイツが第二次世界大戦に勝ったらどうなっていたの?」
提督「歴史にIFはダメだろう。まあ、もしナチスドイツが勝っていたらどうなっている……か。俺はこう思うぞ」

提督の推測 ~もし、WWⅡでドイツが勝っていたら~

恐らくではあるが、恐ろしい世界になっていたに違いない。何しろ、ナチスドイツ出身の組織や人が主に化け物揃いだからだ。ある波紋使いのよると「ドイツの医学や科学には、とんでもねー技術が隠されていて戦争に備えている」と言ったくらいだ。もし、ヒトラーやドイツのトップが有能で、その組織や人外を上手く飼いならして全力でドイツをサポートしたら余裕で勝っていただろう
しかし……
モンティナ・マックス少佐「ドク、敵が滅茶苦茶弱くないか?たった数日で我が軍が勝ってしまったぞ。これでは、『諸君、私は戦争が大好きだ』が言えなくなるのではないか」
ドク「そのようで……」
 ポーランドで吸血鬼研究をしていたものの……ドイツ軍の活躍によってソ連は敗北。
計画は全て白紙になり、同時に吸血鬼による部隊計画たるミレニアム計画も大幅な予算削減を受けた。同時にイエスの聖杯、アークの発掘などが中止されてしまった
ヒトラー「もう強力なパワーはいらないから」
この鶴の一声で決まったのだ
しかし、本国から計画中止を受けたにも拘わらずマックス少佐は諦めない
モンティナ・マックス少佐「研究を続ける予算はまだ溢れるほどある」
ユダヤ人などから奪った資金、資材、そして金品の詰まれたコンテナが基地に積まれて喜ぶマックス少佐
グルマンキン・フォン・シュティーベル大佐「ちょっと待て!ミレニアム機関ばかりズルい!」
マックス少佐「君はヒトラー直属の女魔術師ではないか。魔術なんぞまやかしは役に立たんぞ」
予算の奪い合いににらみ合いが生じてしまう事態に
ゾル大佐「俺が変身しなくても勝てる相手だったとは……」
レッドスカル「キャプテンアメリカが居ないから滅茶苦茶、暇」
ヒーローという宿敵がいないため、退屈する人も出始めた
ルドル・フォン・シュトロハイム大佐「うろたえるな!愚痴を言うんじゃない!ドイツ軍人は愚痴を言わない!!」
ヴィルヘルム・ストラッセ親衛隊大将「高度な技術を持つデスヘッドがドイツを助けるハズが、数日で降伏するソ連やイギリスとか弱過ぎる」
 ヴィルヘルム・ストラッセ親衛隊大将のパワードスーツ部隊、サイボーグのルドル・フォン・シュトロハイム大佐、そして魔術師のゲルマルキン大佐やレッドスカル、そして悪の組織であるゾル大佐などが団結し、連合国の軍隊をものとせず進軍。結果、ドイツは開戦から僅か1週間で圧勝したという
しかし彼らの活躍の割には得たモノは少なく、不満を漏らす者が後を断たなかったという。遂には暇つぶしに別の事をする者まで現れた
ヴィルヘルム・ストラッセ親衛隊大将「早速、月に人間を送り込むか」
月面にドイツの旗が立てられるのも時間の問題であった

~推測終わり~

提督「恐らく、世界は暗黒時代になっていただろう。世界が危機になっていたのは間違いない」
ビスマルク「ごめんなさい、提督。多分、違うと思うわ。と言うより、よくナチスネタである架空人物をたくさん知っているわね!私でも半分しか知らないわよ!!」
時雨「……提督は普段、何を見ていたんだろう?」


 時雨sideはX兵器完成、浦田重工業sideは世界各国の主要人物を暗殺しまくります。ヒトラーやマンハッタン計画に携わった人達などを殺しまくる浦田重工業
お蔭で第二次世界大戦は起こる確率は低くなりましたが……


もし、総統閣下が有能だったら……恐らく人外や強力な組織を一纏めにしているでしょう。多分、連合国の軍隊なぞ目ではない!因みにおまけで出たキャラの元ネタは

モンティナ・マックス少佐とドク←『HELLSING』に出て来るミレニアムのリーダーとマッドサイエンティスト
・グルマンキン・フォン・シュティーベル大佐←翡翠峡奇譚に出て来る親衛隊SSの大佐。女魔術師
・ゾル大佐←『仮面ライダー』に出て来る初代ショッカーの大幹部の1人
・レッドスカル←アメコミ『キャプテンアメリカ』の宿敵
・ルドル・フォン・シュトロハイム大佐←『ジョジョの奇妙な冒険(二部)』に出て来るドイツ軍人。「ある波紋使い」というのは、二部の主人公であるジョセフ・ジョースター
・ヴィルヘルム・ストラッセ親衛隊大将←『ウルフェンシュタイン:ザ ニューオーダー』より。アメリカもビックリするほどのハイテクノロジーを駆使してドイツに勝利をもたらす

上に上げたキャラはナチス出身か親衛隊か残党である。総統閣下はなぜこんな強い組織や人を抱えていたのに世界大戦では負けたのだろうか?
ビスマルク「提督、貴方の考えは少し甘いようね。私が一から教えてあげるわ!」

まあ、ナチスネタでの架空人物は結構います。興味ある人は、読んで見てはいかがでしょうか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8章 反攻作戦
第72話 艦娘の存在と宴会


会議室では騒がしかった

 

 これからどうするのか篭城する必要性もない事も全員理解している。しかし、戦力の隔絶がネックになっている事が頭の痛いところだった

 

「X兵器の方は大丈夫なんでしょうか?」

 

軍曹は陸軍将校に聞いた。確かに完成はした。しかし、効果があるかどうかは不明だ

 

「仕方ない。試験する時間は全くない。ぶっつけ本番だ」

 

「それって全て明石と大佐にかかっていますよね?」

 

 将校の答えに軍曹は更なる疑問をぶつけた。もう後がないのだ。作戦が決行して失敗したら後はない。自分たちは賊軍扱い。浦田重工業は更なる暴走して世界を攻撃するだろう。そうなったら誰にも止められない。時間が必要だが、有限だ。食料も弾薬も不足だ。篭城は論外だ

 

「今、我々に出来る事は二人が天才である事とディープスロートの密告が本物である事を信じるだけだ」

 

策がない以上、これしかない。劣勢を覆すにはそれ以上のことをしなければならない

 

「作戦が失敗したとして、あいつと戦艦棲姫との密約次第だな」

 

将校の言葉に軍曹は顔をしかめた。大佐の息子の提案は、あまり賛成は出来ない

 

「確かに全国に散らばる施設と工場を何とかしないと。あれは厄介です」

 

 軍曹は苦し紛れに言った。実は、もう1つ厄介な事があった。それは、浦田重工業が保有する工場や施設を何とかしないといけない。しかし、それを潰す余力はない。何よりもそこで働いている労働者をどうにかしないと攻撃なぞ出来ない。人質のようなものだ。そこで働いている労働者は、普通の一般市民だ。彼らはそこで働いて生活している。浦田重工業の悪行なぞ、彼らにとっては知った事ではないだろう。生活がかかっているのだから仕方ない

 

 強攻策をとれば、国民から怒りを買うだけだろう。そうなったら、こちらは誰も信用されなくなる

 

「詳細は不明だが、世界各国であちこち内乱が起こっている、何者かが少数民族や先住民に対して武器を渡しているとな。アメリカでは黒人やインディアンが、ソ連では強制収容所から脱走した者達が武器を取って戦っているらしい。武器もAK-47と呼ばれる自動小銃と我々が使っているRPG-7が使われた」

 

 将校の状況説明に軍曹はため息をついた。これをやっているのは、浦田重工業だ。浦田社長は、虐げられた者達に武器と使用方法、そして励ましともなる演説が書かれた手紙を与えているのだ。受け取った彼らはこう思ったに違いない

 

『これは神の贈り物だ』と

 

 実際にアメリカでは、南北戦争に発展しかねない内戦が勃発し、ソ連も内紛で国家が分裂する危機にまで発展した。植民地だった国は次々と独立を宣言し、欧米軍と真っ向から対立した。植民地軍にとっては、陰険な戦いとなり泥沼化となった。ただでさえ、深海棲艦に対処しなければならないのに、ゲリラ化した現地民と戦わなければならなかった

 

 こうなってしまうと人類の絆は、脆い。長い間、虐げられた者にとって深海棲艦なぞどうでもよかった。それどころか歓迎するような感情も持っているらしい。何しろ、憎むべき相手を倒してくれたのだから

 

 実はこれは、浦田社長の作戦でもあった。平行世界の日本の歴史を参考にしたものだった

 

 太平洋戦争時、マッサーカー大将がレイテに上陸した際に、フィリピン国民に向けて演説を行った

 

『私は帰ってきた。フィリピン国民よ。今こそ蜂起せよ。銃を取って日本軍を倒せ。これは祖国を解放するための聖なる戦いなのだ』

 

マッカーサーは秘密放送を使って、フィリピン国民にこう呼びかけた

 

 この演説に多くのフィリピン人がゲリラ化した。日本軍は米軍とともにゲリラとも戦わなければならなかった。その過程で市民の虐殺も起こり、陰湿な戦いとなったのである

 

 平行世界の歴史がそれを証明している。それを参考に浦田重工業は操っている深海棲艦を通して武器や弾薬をせっせと現地に投下しているのだ。後は現地民の原住民次第だ。武器を取って憎むべき相手と戦うのも良し。武器を捨てて隠密な生活をするのも良し。しかし多くのものは、武器を取り長年虐げられた国や軍隊に向けて銃を向けた。よって多数の場所で悲劇が起こったのは言うまでもない

 

「浦田重工業がこの国を離れたらどうなるか。あの未来の記録がそうだ。反艦娘団体は、おそらくそれだろう」

 

「密かにゲリラを育てていたのか。愛国心は脆いって事か」

 

 軍曹は悪態をついた。いや、彼も分かっていた。知れた事だ。何しろ、政権批判があるのだ。不満を持つ者だっているだろう

 

「陰湿な戦いにもなる。それだけは避けたい」

 

 ゲリラや反乱の要素があるとき、戦争というものは必ず陰惨で後味の悪いものとなる。喜ぶのは第三者だ。勝手に殺し合いをやっているようなものだからだ

 

「本来は仲間を呼び寄せたい所だが、傍受される危険もある」

 

「しかし……暗号文も送れないとは」

 

「もうこの戦いは、常識を越えている。己の物差しで図ってはいけない」

 

実は通信を使って仲間の部隊と連絡を試みようとしたが、博士からそれは止めておけ、と強く言われた。電子戦が強く通信内容は全て筒抜けになっていると指摘したからだ

 

 少しはムッとした軍曹だったが、浦田重工業の異様な力を納得せざるを得なかった。これ以上は、奴等の思い通りにしてはならない

 

 ただ、朗報はあった。『艦娘計画』のノウハウがドイツに到着し、早速着手している事をドイツ大使館と通じて伝わった。ドイツではルール工業地帯や都市が深海棲艦によって爆撃されていたため、建造ユニット製造が危ぶまれていたが、何とか製造の目途は立ったらしい

 

 

 

 時雨達は兵装確認のため博士と明石を一緒に研究所にいた。不知火も龍譲も大淀もである。武器弾薬が無ければ戦えない。当たり前である

 

「兵装は十分だ。これで戦えるじゃろう」

 

「ありがとう」

 

 時雨の兵装はメンテナンスもバッチリだ。何時でも戦える。しかし、心の奥底では不安は拭い切れない。これで未来は救えるのだろうか?

 

「どうした?」

 

「博士……僕は不安なんだ。もし……浦田重工業を倒したとしても第二次、第三の浦田重工業が現れるかも知れないと思うと……」

 

 明石は手を止め、不知火も龍譲も大淀もこちらを見た。しかし、時雨は無視した。ずっと思っていた疑問。確かに浦田重工業を倒したら救えるだろう。だが、僕達艦娘は本当に幸せな未来を掴みとれるのだろうか?

 

「君は、何を望みたい?」

 

「僕は皆と一緒に居たい。……でも、浦田重工業のような人から『兵器』だとか『標的艦』とか言われながら、弾圧されたくない」

 

 時雨は床を見ながら言った。自分の知らない未来になるかも知れない。その時……どうなっているのか?答えを求めて博士を見たが、何と博士は笑っていた

 

「どうしたの?」

 

「いや、ワシは間違っていなかった。判断を。先祖代々からの『超人計画』を止めて『艦娘計画』を実行して良かった」

 

博士は立ち上がった。とても、満足しているようだ。何があったのか?

 

「ワシの質問だ。君は何者なんだ?」

 

「何なのか、分かるはずだよ!」

 

時雨はイラついた。真剣な質問に、なぜ博士は喜んでいられるのか?

 

「明石、皆をこの部屋から出て行かせてくれ。……ああ、不知火だけは残ってくれ」

 

明石は困惑したが、素直に従った。何か感じたのだろう。2人で何かを話しているのを分かっているかのような。皆は出て行き、不知火だけは残った

 

「なぜ、不知火をここに?」

 

「私からの質問だ。君達は何だ?艦娘とは何なのだ?『兵器』だとか『標的艦』だとか言っておるが、ワシの考えは違う。誕生の仕方と能力は違うが、見た目は人間。喋り方も人間。そして、人間と同様な感情もある。それだけありゃ、答えは分かるじゃろう」

 

 博士の質問に時雨は困惑した。この時代に来る直前に、未来の提督から聞かされた時、艦娘の創造主のイメージは神のような存在かと思った。実際に会ってみたら、提督の父親であり、左遷された海軍士官だった。少しは失望したが、腕の良さは本物だったので何とか受け入れたが

 

「僕は、戦艦ル級改flagshipや浦田重工業による暴行や殺害は避けたいんだ。戦争に負けて――」

 

「でも、奴らの目を出し抜いてタイムスリップしたんじゃろ?」

 

 時雨の不安げに博士は首を振った。確かに犠牲のお蔭でこの時代に着いたが、それは提督のお蔭だ。僕達だけでは勝てない相手だ

 

「時雨。君が恐れているのは艦娘が、世間に受け入れて貰えるかどうかと思っているのじゃろう」

 

「……うん。そうなる未来になってしまうと……何のために戦っているのか?僕には分からない。僕達を差別する人達に対して命を張ってまで守る価値なのかって」

 

 時雨は不安で一杯だった。『艦だった頃の世界』の時のレイテ沖海戦。僕以外の船は沈んだ。この世界では、未来で僕以外の艦娘は死んでしまった。折角、建造された不知火達に不幸な目に合わせてはならない

 

「時雨、ワシはただ兵器を造っている訳ではない。浦田重工業や他の企業が造るようなものではない。なぜ、『超人計画』を止めたのかを知りたいか?」

 

 博士は不知火に近づくと肩に触った。すると、不知火は突然動かなくなった。分からない。声も発せずに、膝をつきこちらを見ている。目は空虚だった。まるで目がガラス玉かと思ったほどだ

 

「博士、一体何を!」

 

「心配するな。ただ艤装を介して機能を停止させた。いや、意識を失わせたと言った方がいい」

 

 博士は制した。こんな現象は今まで見たこともない。提督はこんな不思議な力は持っていない。初めて見る

 

「ワシがワームホール発生時、ワームホールの正体を探るべくアメリカに一時期行った事を覚えておるか?まあ、どうでもいい。その時にあるイギリス人と出会ったのじゃ。そいつは……まあ、機械専門の科学者で変な奴じゃ。だが、ワシに興味のある研究とテストを教えてくれた。まだ、学会には発表しておらんかったがの」

 

博士は時雨の後ろに立つと肩に手を置き、耳にささやいた

 

「さあ、目の前の不知火を撃て。そうすれば答えを教えよう」

 

時雨は青ざめた。博士は何を考えているんだ!僕が引き金を引くとでも!

 

「何している?お前は兵器なんじゃろ?人の命令には従順なんじゃろ?」

 

「こんなの間違っている!」

 

 時雨は抵抗しようとしたが、動けない。正確には、下半身の感覚が無くなったかのようだ。手や腕は動かせるが。こんな事は一度もなかった。博士がやったのか?下身体の自由が聞かなくなるなんて。しかも、目の前の不知火が驚くべく行動を出した。何と立ち上がり、こちらに向けて砲を向けたのだ!

 

「不知火はお前を殺そうとしておる。戦いの鉄則だ。撃たれる前に撃て」

 

「不知火、待って!」

 

 だが、不知火は無表情で弾を装填した。恐らく実弾だ!このままだと撃たれる!でも、相手は仲間だ!僕達の……大切な仲間だ!

 

「どちらが重要じゃ?任務か、それとも目の前の命か?」

 

「ふざけないで!僕は戦争を知っている!覚悟も戦う理由も国を守る必要性も知っている!」

 

「そんなものはプロパガンダかスローガンに過ぎん。会社が出している求人広告と同じじゃ。ワシが聞いているのは、艦娘は人間を模した兵器か?それとも魂のある生き物か?それだけじゃ」

 

 もう何が言いたいのか分からない。不知火はこちらを攻撃する気だ!博士は正気を失ったのか!どうすればいいのか分からない!

 

「ああぁぁぁ!」

 

 絶叫して力を振り絞った。抵抗したお蔭だろう。動かない足が突然動いたのだ。時雨は不知火に駆け寄り押し倒した。不知火は倒れ込み、時雨は馬乗りの形になった。艤装を素早く奪うと弾を排出したが、出た弾を見て唖然とした

 

「空砲!?」

 

 弾は空砲だった。振り向くと博士は満足そうに頷いている。時雨は立ち上がると、博士に近づいた。博士は……何が言いたかったのか?

 

「時雨、お前はワシを攻撃する事も可能じゃった。しかし、それをしなかった」

 

「当たり前だよ!」

 

「その当たり前が大事じゃ」

 

 博士は床に倒れ動かない不知火を抱えると椅子に座らせた。不知火は人形のように動かなかったが

 

「チューリングという科学者……いや、数学者か。その者は『機械は思考できるか?』というのを考えたらしい。将来、人類は人間に似た機械を造り出せるかも知れない。しかし、その機械に生命体のような意志はあるのか、常に疑問に思っていたようじゃ」

 

「それで僕にあんなことを試したの!」

 

時雨は怒りで一杯だった。せめて別の方法があったはずだ!

 

「それについては謝ろう。ワシはあのような行動に評価しておる。もし、不知火を撃つような行為をしていたら、ワシはお前達に失望しておるがね」

 

「どういう?」

 

「もう気付いておるはずじゃ。ワシは人殺しのような兵器を造らなかった。造ったのは人間に近い存在を」

 

 博士は満足しているようだが、なぜ満足しているのか分からなかった。色々と考えたが、まさかと思い、思い切って聞いて見た

 

「先祖と関係があるの?」

 

「……ああ。『超人計画』というのは深海棲艦の力を人間に取り込み同等かそれ以上の力を出すもの。確かに兵器としては優秀かも知れん。だが、人間性を失う。殺戮(さつりく)しか能がない、ただの化け物じゃ。もう、それは人間どころか艦娘でも深海棲艦でもない」

 

 博士には、浦田重工業が所属している戦艦ル級改flagshipの正体が人間である事を知っている。北方棲姫と戦艦棲姫が言ったのだ

 

「戦争は人を狂わす。どんな歴戦の兵士でも後遺症に苦しむ者もおる。じゃが、お前は違う。ただの殺人道具ではない。笑ったり、泣いたり、怒ったり出来る。安心したぞ。未来の息子もお前を見捨てなかった理由が分かった」

 

博士は時雨の頭を撫でた。不思議と不愉快ではなかった。暁だったら嫌がるだろう

 

「博士、僕はお礼を言いたいんだ。博士は、変な人だけど……出会って良かったと思うよ」

 

博士は苦笑した。どう反応したら分からないだろう。ただ、黙って頷いた

 

「ワシからの最後の言葉じゃ。過去は変えられるのは、これで最後じゃ。タイムマシンが浦田重工業に悪用される懸念もあるが、それだけではない。この世界を破壊しかねん。何が起こるか分からん。タイムトラベル関連の論文や試作設計図は燃やしたぞ。ああ……心配するな。浦田重工業が手にしたワシの論文では、造れん」

 

博士は時雨の驚愕した顔に慌てて制した。あれは興味本位で作っただけだと説明された

 

「歴史改変という事はタイムパラドックスも懸念しなければならん。これも考慮しなくては」

 

 時雨は困惑した。聞き慣れない言葉だ。確かタイムスリップする直前に、提督もそんな事を言っていたような……

 

「タイムパラドックスって何?」

 

時雨の質問に博士は丁寧に答えた。時雨は、ただその言葉を素直に受け入れた。何の恐怖も感じなかった。ただ頷き、不知火を起こすよう頼んだ

 

 目が覚めた不知火は、何があったのか聞かれたが、はぐらかした。貧血だったと伝えると、本人は納得したようだが

 

 

 

作戦決行の3日前

 

 ある会議室では多くの隊員が集まっていた。時雨達は勿論である。時雨も龍讓も不知火も戸惑っていた。自分達はここにいていいのかと思ったほどだ

 

「落ち着け。別に気にしなくていい」

 

「だって……作戦前なのにこれって」

 

 時雨が戸惑っている理由は、目の前には多くのご馳走が並んでいたからである。会議室は最早、宴会の会場と化していた。勿論、書類などの重要なものは別室に保管してある。しかし、お酒も食事も何処から持ってきたのか?隊員達も同様でこんな事になっているとは思わなかった

 

 固まっている最中、陸軍将校と基地司令が会議室に入ってきた。全員が将校認識に目が集まり、静まり返った

 

基地司令の声は会議室に響き渡る

 

「今日は皆の労をねぎらい宴の席を用意させてもらった」

 

その場にいた者達は顔を見合わせた。戸惑っているのだろう。こんなことをしている場合なのか?

 

「皆の不安は分かる。『X兵器』は完成に伴い、作戦の日時が決定した。聞いての通り、3日後だ」

 

 作戦の日時は数日前に決定した。浦田社長がテレビで言っていた艦隊を出港を定めた日よりも2日前だ。X兵器と……提督の予備作戦だ。これは、作戦と言えるものかどうかは不明だ。戦艦棲姫も北方棲姫も既に岐阜基地を去って海に戻った。とても不安だが、仕方ない。不満はあるものの、結局は一同は同意した。但し、それを知る者はごく一部だ

 

 時雨が戦艦棲姫を掘り起こした件から今日までの間に起こった事を思い出している間も岐阜基地の基地司令は喋っている

 

「この基地だけかも知れないが、反逆にも等しい行為にも拘わらず、陸海軍の軍人が纏まっている事に私は嬉しく思う。そして、艦娘の諸君。改めて、ようこそ我が国。我が部隊へ」

 

 話が振られた時にその場にいた隊員達は一斉にこちらを見た。龍譲と大淀は落ち着きがなく、不知火は目線が集まっている事に戸惑いを感じた

 

 時雨はこの場にいる兵士達を見た。『平行世界の過去の日本』と違って兵士の募集要項が違っていた。歴史が異なっているせいか、志願制であり女性兵士も数人いる。浦田重工業が係わったせいなのだろうか?

 

「……恐らく、これが最後の戦いになるだろう。もう後は無い。これが最後の晩餐になる事にならない事を祈る」

 

 基地司令はざっと見渡した。世界がどうこうの話はしない。恐らく、それがいいのだろう。時雨が体験した破滅した未来は、一部の人でいい。ここにいる兵士達は混乱するだけだ

 

「私は君達が戦いに勝利し、再び顔を合わせ共に祝杯をあげると信じている」

 

 将校と基地司令がグラスを持ち、その場にいた者達もグラスを持った。時雨も同様である。勿論、普通の飲み物だ

 

「勝利に――乾杯!」

 

 

 

 はじめは暗い空気が満たされていた。話も少なく、食事を取る音も少なかった。無理もないだろう。その場にいた人は浮かない顔をしていた。そんな中、大淀は歩き回って話し掛けてきた。挨拶しに回っていたのだ。明石も負けずに登戸研究所の人達と話し掛けた。やはり、技術者同士で息があったのだろう。

 

やがて、周りの人も徐々に変化していった

 

艦娘は一体なんだろう、と

 

 初めは女性兵士だけだったが、興味を持ったが一人、また一人と時雨達の元へ話し掛けてきた

 

 それに当てられてか、広場にいた人達にも徐々に笑顔と気力が戻っていった。静けさに満ちた宴会には、いつしか笑い声と歓声が響くようになっていた

 

 作戦が失敗したらもう後がない。籠城する物資なんてない。つまり、ラストチャンスだ。タイムマシンはもう既に存在しない。タイムマシン関連の資料を燃やしたのだ。博士自身も悪い事はしない。それならば、最後の時をめいっぱい楽しんでやろう

 

 龍讓は陸海軍のパイロットの人達と意気投合し、不知火は自分達が何者で『艦だった頃の世界』での出来事を話していた。大淀は陸軍将校と博士と話していたが、楽しそうだった

 

 国を守る同士は仲良くなれそうだ。と時雨は安堵した。この時代で艦娘をどう思われるか心配だったが、特に問題は無さそうだ

 

 

 

時間が経った頃合い

 

 時雨は提督と話すために探したが、博士が外にいると言っているため会場を抜け出した。兵士達と話すのは楽しかったが、五月蠅いのは苦手だ

 

 不知火も龍譲も楽しんでいるから大丈夫だろう。龍譲を見たのは、火力発電所防衛戦が最後だった。龍譲は一航戦である赤城や加賀などの空母組にカウンセリングしていたのを覚えている。未来の深海棲艦の最新鋭兵器……ミサイルやジェット戦闘機に対してプライドがズタズタに引き裂かれ落ち込んでいる所を見事立ち直したと言われている。日本海軍である空母の古参は伊達ではなかった

 

 月明りの庭で建物の壁にもたれ掛かりながらお酒を飲んでいる提督を見つけた。二十歳だから問題はないものの、神妙な顔つきになっていた

 

「提督……どうしたの?」

 

「ああ、時雨か。ちょっと外の空気を吸いたくなったのさ」

 

提督は時雨に気づいたか、ちょっと笑顔を見せた

 

「本当はどうなの?」

 

「……全く、人の心を読むなよ」

 

 提督の表情が、未来の時と同じだった。常に何か策を考えている仕草と表情が一緒だったからだ。仕方ないかも知れない。一番、よく知っている人だから

 

「まあ、いい。何だ?」

 

 時雨は迷っていた。もう、後がないというのを知っている。そのため、不安がのしかかってくる

 

「未来は……変わるよね?」

 

「分からない。本当に変わるかどうかは。ただ、未来の記録とは、異なるから変わっているのだろう」

 

 提督は時雨を見据えた。提督も同じだ。彼も不安である。新兵器と予備作戦で戦力差を覆せるかどうか分からない

 

「ただ……親父が言っていた。『歴史が暴走しているのではないか?』と。もし、浦田社長にワームホール……いや、誰でもいい。変な知識を持って来なければ、俺達はどうなっていたのかな、と」

 

「分からない。でも……僕はこの世界が好きだ。人になった事には驚いたけど、色々な事が出来て楽しい」

 

 『艦だった頃の世界』の時は、自分自身は軍艦だったため仕方ない。いや、意識や自我はないのだから、自覚しているかどうか怪しい。時雨自身も『太平洋戦争』というものについては、記憶があやふやである

 

「そうか」

 

提督は黙り込んだ。この世界が気に入っている事に納得したようだ

 

「世界がどうのと言われた時は実感出来なかったが、自分が住んでいる街も滅茶苦茶になるんだからやらざるを得ないな」

 

「それでいいよ。僕も建造された時は、ショックを受けたから」

 

 あの日……大阪の秘密基地で建造され、外に出た時の光景は忘れられなかった。街が攻撃され、仲間が撃沈される事にショックを受けた。あの時、ミサイルが不発していなければ、撃沈されていた。時雨は存在していなかっただろう

 

「そう言えば、博士と明石さんがこれをくれたんだ」

 

 時雨は艤装を展開すると提督に見せた。それは未来から持って来た兵装。12.7cm連装砲B型改二と10cm連装高角砲と61cm四連装の酸素魚雷を見せた。明石は改修も施したことから火力が上がったかも知れない

 

 ただ劣化は避けられず、今回の作戦で使えば破棄せざるを得ないらしい。しかし、今回が決戦のようなものであるため使用する事に成った

 

「酸素魚雷を食らわせてやれば勝機はある」

 

「時雨。戦いと言うのは、お前1人で戦うものではない。俺達は殺し屋ではない。建造ユニットを取り返し、稼働させ仲間を増やす」

 

「建造された艦娘をその場で戦わせるんだね。僕の時と同じように」

 

 あの時と同じ状況だが、違う点は負け戦ではないと言う事。まだ、最新鋭兵器はないはずだ

 

「心配するな。浦田重工業と浦田社長は502部隊と兵士達の仕事だ。俺達は戦艦ル級改flagshipと浦田が操る深海棲艦を倒さなきゃならない」

 

提督は持っていたグラスに入っていたお酒を飲むとからかうように言った

 

「という訳で体調管理は気を付けろよ。子供は寝る時間だ」

 

「僕は子どもじゃない」

 

 時雨はふてくされたが、提督は笑っていた。子ども扱いはちょっとムッとしたが、それでもうれしい事には変わらない

 

 もう時雨が知る歴史ではないだろう。歴史は大幅に変わっている。しかし、提督と時雨達の艦娘の関係は変わらない。いや、絆は確固たるものだ

 

 

 

2人は宴会場に戻った。自分達が進む道は間違っていないと

 

もし、何らかの方法で一度やり直せるとしたら……

 

誰しもが抱く過去の改変が現実になった時、人は何を思い、何をするのか

 

 何ができるかが問題ではない。愛する人を守るため、死を迎えようとするものを救うため

 

 浦田社長は間違った選択をした。歴史を変える余り、禁忌の行動を起こした。偽りの正義に身を隠す悪人と化になった。皮肉にも独裁者や禁断の兵器を造った者と同じ道を歩んだ。そして、誰も止める者はいない。守るための行動とは言い難い

 

 未来の提督は、この暴走に止められない事を悟ると最後の賭けに出た。偶然とはいえ父が残した研究資料を元にタイムマシンを完成させた。しかし、その代償は大きかった。製造までに時間稼ぎとして艦娘を出撃させたこと。時雨を過去へ送り込んだ後に、タイムマシンを破壊。時雨を除く全ての艦娘と提督、そして護衛を引き受けた502部隊は全滅した

 

 残された時雨は、元凶や真実を目の当たりにしても諦めず戦う覚悟はしている。どれほどの危険があろうとも、例え未来を変える事が限りなく低い可能性があったとしても、全力を尽くすべく立ち向かう

 

これから起こる戦いに

 

 




 艦これSSの中には艦娘が主人公に対して兵器か人間かと問いただす場面があります。私の場合はこのような展開と考えにしました
 艦娘は既に人間性を持っていますから、ただの兵器ではないのは確かです。押し問答よりも体験した方がいいと思い、あのようにしました。兵器には感情はありません。感情があるから博士の命令を無視したのです。時雨のやり方を見たら、よくあるオリ主は戦闘経験の差とか覚悟とか言うかも知れません。でも、私はそうではないと思います。軍人も人間ですから、喜怒哀楽はあります
 要は艦娘は感情のないロボットではない、と言う事です。戦う以外も色んな事が出来ると思ったりします

後に今話から第8章にする予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73話 出撃と素性が掴めない敵

 会議室には大勢の人が集められた。各パイロット達、士官、そして参謀が集められた。全員、502部隊の反抗作戦に同意したものである。当然、その中に提督と時雨達がいた。艦娘達も作戦に参加するので当然である

 

陸軍将校らの幹部達が入り、作戦内容を行った

 

「時は来た。これより反攻作戦を決行。この基地に居る全軍を首都に向けて進軍する。目標は浦田重工業と日本から脱出を図ろうとする艦隊殲滅。既に湾内で出港準備が進められている。この艦隊を逃せば我々は追尾する事は不可能。放っておけば、浦田重工業は深海棲艦を使って世界に攻撃する手を緩めないだろう。我が国も対象のようだ」

 

 隊員達は顔を見合わせた。浦田重工業のやり方に不満を持ち、かつ、502部隊が勇敢に戦った事から志願したのだ。しかし、浦田重工業の裏の顔を聞かされた時は、全員思考停止に陥ったのだ。浦田社長を全員国賊として死刑すべきだ、と過激な発言をした士官でさえ、驚愕したと言う。まさか、ここまでやっているとは思ってもみなかったらしい

 

「奴らは自分の戦力である戦艦ル級改flagshipを使って深海棲艦を操り、世界を的確に攻撃している。数日前には沖縄が大攻撃を受けているとの情報も入った。時間が無い。そこで今回の作戦だ。艦隊が出港前に、浦田重工業は我々の罪を告白すべく副社長が国会で証人として現れる。皆が注目している事象だ。そこを狙う」

 

将校は貼られている関東地方の地図に指揮棒で目標地点を刺した

 

「我々は関東地方にある空港と国会議事堂とマスコミを占拠し、副社長とそこにいる閣僚を人質として立てこもる。既に先遣隊は現地に到着し待機中だ。統合参謀長である元帥は、包囲している部隊を引き上げさせてくれたため、こちらの動きは悟られていない。占拠し、こう着状態になった隙に例のビデオをテレビに流す。これは浦田重工業が数々行った不正の映像だ」

 

 残念ながら、このビデオは癒着や裏金などだ。しかし、浦田重工業の警備兵との戦闘はばっちり撮っていたため大丈夫だろう。戦闘ヘリとの交戦記録もである。これだけでなく過激な映像もあるが、果たして流していいのかどうか。しかし、その映像に映っている本人は、同意しているから問題はないはずだ

 将校と博士が何とか元帥に連絡を取った。元帥も話の内容に驚愕し、何とか秘密裏に手を回してくれたらしい

 

「日本国内は大混乱だろう。混乱している最中、浦田重工業の本社ビルと港を攻撃。空と陸で同時攻撃だ。だが、当然のように待ち構えているはずだ。前回のクーデターの際は、航空兵力は使われなかった。ヘリコプターと呼ばれるものを持っているが、全体の規模は不明である。本隊が浦田の警備兵と交戦する中、手薄となっている所を別動隊が『X兵器』と共に接近する。効果の範囲は200メートルだが、万が一を考えて100メートルで起爆させる」

 

 X兵器がどんなものか隊員達も首を傾げるばかりだ。何しろ、非殺傷兵器が切り札となるとは思わないだろう

 

「別動隊は3つに分ける。1つは試作爆撃機である『深山』に載せ護衛機と共に空から接近。もう1つは陸路だ。残りは予備だ。但し、到着出来ないと判断したら、躊躇わず起爆させろ」

 

 将校は説明を終えると見渡した。隊員達も覚悟している顔だ。将校は時雨や不知火からの話を思い出した。彼女達は、大東亜戦争を経験したという。もし……もし、浦田重工業や深海棲艦が現れていなければ、どうなっていたか?ここにいる人達は、米英と戦争している事だろう。しかし、それは『もしも』だ。今は国内にいる敵を倒さないといけない

 

「何か質問は?」

 

 隊員達は誰も手を上げなかった。いや、1人だけ上げた。その者は海軍のパイロットだ

 

「我々は命令を受けて戦う覚悟はあります。どんな敵だろうと戦います。今回の作戦も事前に説明があったお陰で、この国が危機的状況であると理解しています。しかし、浦田重工業は強敵です。考えたくありませんが、失敗した場合、我々はどうなるのですか?」

 

 全員の目がそのパイロットに集中した。これが新兵だったら、怒鳴られるかも知れないが、そのパイロットは凄腕であるため誰も文句は言わない。いや、隊員達の心境も同じだろう。クーデターの時はコテンパンにやられたのだから

 

「分かっている。失敗及び押し返された際は自動的に予備作戦が実施される。但し、発動の兆候は誰でも分かるものだ。その時は、以下の行動を取れ。――巻き込まれるな。民間人の避難を最優先にさせろ」

 

 隊員達は顔を見合わせた。何が起こるのだろうか。しかし、その予備作戦が何なのかは教えてくれなかった

 

 

 

 時雨達は待機中である航空機に向かった。8機ある深山と呼ばれる陸攻に502部隊と一緒に乗り込んだ。X兵器も積んでいる。但し、X兵器にのせて航空攻撃に使うのは1機だけだ。残りは関東の近くの空港に降りる。その後は車で移動だ

 

「何で浦田重工業の近くで下ろさないの?」

 

「敵の対空兵器が恐ろしいものだからだ。それにヘリと無人機があると言うことは、強力な戦闘機も持っているはずだ。全滅してしまう」

 

 浦田重工業の航空戦力が依然として不明だ。数は少ないだろうが、兵器の質は桁違いだろう。その理由は、千葉の田舎に、浦田重工業が保有する飛行場がある。それだけならいいが、その滑走路が異様に長いのである。住民が少ないため未確認であるが、雷のような音を何回も聞いた事があるという。しかし、飛行場を中心に半径20km立ち入り制限されているため、中に入れない。新兵器の開発のための拠点と謳っているが、もしかすると……

 

「ジェット機ってそんなに恐ろしいもんなのか?」

 

「未来では深海棲艦がジェット機の艦載機を持っていたけど、滅茶苦茶強かった。赤城さんや加賀さんはそれで敗れた。短時間に」

 

 本当は時雨もあまり見ていない。しかし、ミサイルと呼ばれる兵器でレシプロ機が成す術もなく撃墜されれば誰だって放心状態に陥る。まだ浦田重工業は、深海棲艦用のジェット機は用意していないだろう。しかし、平行世界の日本から戦闘機を持ち込んでもおかしくはない。あのアパッチという兵器もそうだ

 

「覚悟はいいか?着陸したらX兵器を守れ。いいな?」

 

 提督の言葉に艦娘達は頷く。提督も同行するが、提督は生身だ。万が一のため大淀が護衛するという。大淀もより良い通信機を持っているため大淀を通じて指示を出せる。博士は明石と共に空港で待機。建造ユニットを確保するまでは動かない。この二人が死なれては意味がない

 

 

 

「提督、大丈夫?」

 

「大丈夫に見えるか?」

 

提督は顔をしかめている。手は固く握り閉めている事から、緊張しているのだろう

 

時雨も緊張している。これが最後だ。もう後は引けない

 

「提督、僕は大丈夫だよ。仲間に会えるから」

 

潜入していた工作員によると強奪された未完成の建造ユニットは、完成したらしい。皮肉にも浦田重工業が完成させたのだから複雑だ。ただテストは、まだしていないらしく作業を終えると放置されているという

 

テストする時間がないのか、それとも意図的なのか。後者でないのを祈りたい

 

「でも、提督は柔軟性があるから指揮出来るはずだよ。僕は……『あの時』の……『あの戦争』のようになっちゃうんじゃないかって」

 

 時雨の『あの時』とは平行世界の日本の太平洋戦争の事を指している。当時、大日本帝国は『一億抜刀 米英打倒』などとみんなで一致団結し国のために……というスローガンを掲げて戦った

 

それが当たり前だった。『艦だった頃の世界』のでは

 

「僕は色々と学んだつもりだった。でも、平行世界もこの世界も戦争を経験して提督と皆と会って……気付いたんだ。僕は未熟だって」

 

「どこが未熟なんだ?ここにいる不知火達は演習してやっと改になったというのに、お前は改二で歴戦だ」

 

 提督は不思議そうに聞いた。確かに時雨はタイムスリップの事もあって、実戦経験している。大淀達も改になったばかりだが、時雨は改二だ

 

「僕が言いいたいのは、戦いの強さじゃない。初めは……大義のために戦えば勝てるかと思っていた。でも、それは間違いだと気付いた。浦田社長に捕まった時に見せられた太平洋戦史の映像とディープスロートが記したデータを見て……実は間違っている。ただ、無意味な戦いになっているんじゃないかって」

 

時雨は思い出した。牢屋に入る前に太平洋戦史の映像を見せられた事を。浦田社長は嘘をついているが、あの戦史の映像は本物だった。ディープスロートの資料に第二次世界大戦時の資料もあったが、内容は一緒だ。それどころか、自分が知らない事まで記している。あの戦争は、間違いだったかも知れない。浦田社長の野望を食い止めなければならないのは分かる

 

「僕は……あの時、反論出来なかった。第二次世界大戦を止めようとする姿勢だけは同調してしまったんだ。僅かだけど。太平洋戦争の戦史を見せられると」

 

「時雨、今は関係ありません。私達が出来る事は、浦田を止めるだけです」

 

 大淀は毅然として言った。確かにそうだろう。仲間の死がかかっているのだから。大淀は、未来でも最期までしっかりとしていた。しかし、龍譲と不知火は一瞬だけ顔を見合わせたが、直ぐに時雨に顔を向けて首を振った。2人も戦史は知っている。ディープスロートの資料を見たのだから

 

「分かっている。僕は誰の血も流したくはない。でも、黙っていれば殺されるだけ。僕達の運命に左右される戦いなのは分かっている。でも――」

 

「しっかりしてや!そんなに悩んでいては戦えへんで!」

 

 龍譲は呆れたが、内心では時雨と同じで不安を抱いている。自分達よりも詳しい戦史に艦娘達は驚いた。提督もである。アイオワが記した記録よりも詳しかったのだ。ディープスロートは、平行世界の日本の住民であるはずなので詳しいのは当たり前であるが

 

「時雨。まずはその過去は頭の片隅に留めておけ。この世界は、平行世界の日本ではない」

 

提督はきっぱりと言った

 

「次に、こう思っておけ。お前は生きている。生きるとは選択する事だ。相手を愛するのか、憎むのか、手を差し伸べるのか、拳を握りしめるのか。人間関係でさえ簡単に答えが出せる訳ではない。それが、社会や国家間になると複雑怪奇になる」

 

提督は本当に……未来の提督だ。緊張しているのに、なぜこうも答えられるのだろう?

 

「俺も色んな事を学んだ。お前が出会った時からも。俺は目的がある。バカな事を考えている組織と異様な戦艦ル級を吹っ飛ばすために。今はそれだけだ」

 

「提督は周りを気にしないの?旧日本軍は、計画無しに戦争を進めたのに」

 

 第二次世界大戦で日本軍は目的がないまま計画無しに戦争を始めた、と戦史に書かれていた。あの論文には唖然とした。僕達の『艦だった頃の世界』の戦争は、無駄だった事に成る

 

「気にはしている。ただ平行世界の日本の太平洋戦争時、ディープスロートが作成した資料通りは『大本営は、未来の自国をどういった形にするか、という「国家戦略」が無いまま戦争を始めた』ことが敗戦の一因だ」

 

提督は顔をしかめながら言った

 

「だから、奴らに何が正しいのかを教える必要がある。ありのままの世界を受け入れたくないのなら、自分で戦って変えるしかない。それも、短絡的な考えではないものでないとな」

 

時雨は頷いた。どうして、こう思ったのだろう?やっぱり、博士の話を聞いた時から。僕は……もしかすると……

 

しかし、提督も不知火達も気付かない。この悩みは僕自身のもの。しかし、心配なのはこの戦いの後、どうなるかが気になった。提督も大丈夫だろう。未来が変わっても、人格が変わらないはずだ。長く近くにいたのだから

 

「それを聞いて安心したよ。博士も提督もしっかりしているって」

 

「その代わり、俺はお前達のように戦えない。武器は手に持っている自動小銃と拳銃しかない」

 

 提督はニヤリとした。何しろ、戦艦ル級flagshipを対処しないといけないのに、指揮官は通常の武器しか持っていない。つまり、せいぜい自衛用というわけだ

 

提督は時雨の肩に手を置いた

 

「お前は、未来の俺の意志を受け継いでいる。理不尽な事態を変えなければならないという意志を。俺は昔、親父のやらかしの件で周りからバカにされた。人間不審に陥った事もあった。しかし、浦田のような過激な事は望んではいない。地道に努力して道を開くしかないのだよ」

 

 提督の過去は、博士のせいで暗いものだった。しかし、諦めたり匙を投げたりはしなかった。だからなのだろう。あの未来の敗戦で艦娘を見捨てなかったのは本心だった

 

「例え世界が闇に包まれたとしても、その闇から救い出す者が現れる。未来では俺が、この時代では時雨、お前だ」

 

「僕は何もしていない」

 

「クソガキだった俺を矯正しただろ?」

 

この言葉に全員が笑った。クールな性格の不知火も微かであるが、笑っていた

 

「闇に立ち向かわないとな。しかし、決して飲み込まれるな。飲み込まれたら、同じ過ちをするだろう」

 

 笑いが落ち着いてから、提督は言った。しかし、提督は時雨とは別の問題を抱えていた。それは、敵の正体が依然として謎であると言う事である

 

 

 

昨日、会議室

 

 その会議室では、数人しかいなかった。将校が父親と共に話があると言って来たのだ。その場にいたのは、親父と502部隊を率いる中佐と軍曹である。この4人だけだった

 

「戦艦ル級改flagshipの件が分かったって本当ですか?」

 

俺は会議が始まると同時に、将校に質問した

 

数日前、戦艦棲姫の証言を元に戦艦ル級改flagshipの正体を突き止めていた。北方棲姫と兼ねて話の経緯は大体つかめたのだ

 

 

 

 深海棲艦がこの世界にやって来て、多国籍軍を排除した日。トラック島にいた島民や軍人など人間を捕虜にした時に、ある女性が戦艦棲姫と取引をしたという。自分がどうなってもいいから、他の人間達の捕虜を逃がして欲しいと

 

戦艦棲姫はその女性を気に入り、自分達の駒として使うようにした

 

『彼女ニ今後、スパイトシテ人間社会ニ潜入シテ貰ウ。人間側ノ事ヲ良ク知ッテイル。行方不明ニナッタ仲間ヲ探シ出セルチャンスニモナル』

 

 港湾棲姫は反対したが、戦艦棲姫は独断で行った。そして、逃げ出さないように自分達の血を体内に注入し、その女性を深海棲艦の一員としたらしい。見た目は人間だが、所々に角や鍵爪があったという。潜入の際には深海棲艦の特徴である角や鍵爪は消えて見えなくなるが、それには体力を消耗するため制限時間があるという

 

 

 

「その女性は、日本に上陸して工作員として働いたらしい。そして、なぜか戦艦ル級改flagshipとなり深海棲艦の拠点として使っていたトラック島を襲撃。姫三人は倒され、ワームホールもブロックした。大佐が考えた対深海棲艦の怪電波を使っているらしい」

 

「……信じられんが、本当じゃろう。しかし、外見を変形できるとは」

 

 父親は呻いた。こんな事に成っているとは思わなかった。対深海棲艦の怪電波とは、深海棲艦を追い払うためのものである。深海棲艦が嫌がる強力な電波を発信して近寄らせないようにする。しかし、それには巨大なエネルギーと施設が必要である。駆逐イ級くらいなら、小型の通信施設があればいいが、姫や鬼級となると、巨大な船が必要である。最低でも戦艦大和並の巨大な船が必要である。莫大な金がかかるためとても非現実的だ。浦田重工業は、どうやって造ったのだろうか?

 

「確か、浦田重工業は海底資源と深海棲艦の生態の謎の究明と称して巨大な調査船を造ったらしいが、まさか――」

 

「それじゃよ。研究用の機材と称して電波発信機を積みおったな。あの時、対深海棲艦の兵器の試作をテストするためと言っておった。誰も不審に思わんかった」

 

 502部隊が調べた資料を漁りながら博士は頷く。しかし、それは重要なものではない。問題となっているのは戦艦ル級改flagshipである

 

「しかし、捕虜を乗せた船が上陸したという話は無い。証言を元に似顔絵を書かせたが、誰だか分からん」

 

 当時のトラック島の記録は、深海棲艦が攻めて来たお蔭で失われた。尤も、現在は警察に頼むことは不可能だ

 

 皆が話し合っている中、軍曹は黙り込んでいた。こんなバカげた話は信じられないのに珍しく黙っている

 

「軍曹、どうした?」

 

「中佐……実は時雨を助け出した時、刑務所にいた工作員が妙な事を言っていました。戦艦ル級改flagshipは時雨を拷問していたらしいのですが、誰も戦艦ル級改flagshipが刑務所を出入りするのを見ていなかったと言っています。変形能力があるなら筋が通りますが」

 

 将校に声を掛けられた事により、正気に戻ったらしい。軍曹はとても言いにくそうだった。ここのところ、突拍子のない事が立て続けに起こっているせいで、感覚が鈍っている。しかし、軍曹はそうではない。それ以上の事態についていけないからだ

 

「誰か分かるか?変装した者を?」

 

「変装する所は見ていません。実は――」

 

 軍曹はある人物を言った。俺も驚き、父親と将校は顔を見合わせた。とても、信じられなかったからだ

 

「確かなのか?」

 

「確かです。部下に二度確認しました。連れて来て貰ってもいいのですが」

 

「そう言うことじゃない。……しかし、あり得るのか?」

 

将校も予想外だったらしい。戦艦ル級改flagshipは、浦田社長の影に隠れていた

 

「だから目を付けられた。観艦式のあの時、時雨がただの人間でない事を一目で分かったんだ。だから、浦田社長は俺と時雨に近づいた。席に盗聴器を仕掛けたのも」

 

 俺は苦し紛れに言った。あの艦観式に行ったのが間違いだった。確かあの時、時雨は強力な殺気を一瞬だけ感じ取ったという。いや、あの時はそんな事を誰が予測できたのだろうか?

 

「実は私も独断で、調べました。……確かにこの人はいました。書類上では。しかも、住所も経歴も学歴も出鱈目です。部下に命じて密かに向かわせましたが、たどり着いたのは住宅街です。聞き込みも行いましたが、誰もこの者を見ていないというのです。学校の教師ですら、その者は在籍していないと言うのです。本当に……何者なのかも分かりません」

 

「つまり、書類偽装か?」

 

 こういうのはあり得なくもない。しかし、戦艦ル級改flagshipが元人間である可能性は大だ。浦田社長が陰で糸を引いていたのは確かだが、戦艦ル級改flagshipになった人間の方が不気味だ

 

「浦田社長の親戚か親族である可能性は?」

 

「彼以外の親族は既に死んでいます。両親だけでなく、妹も既に死んでいます」

 

「妹がいたのですか?」

 

俺は驚いた。てっきり一人息子だと思っていたが

 

「そうだ。だが、その妹は高校時代に自殺した。いじめられていたらしい」

 

「とすると何者だ、こいつは?」

 

「分かりません。浦田社長との関連性が不明です。私も初めは、余りにも怪奇過ぎてついていけなかったのですが」

 

 軍曹の報告に将校も親父も頭を抱えた。敵の正体が、こんな異質だとは思わなかっただろう

 

「親父、人が深海棲艦になるって」

 

「ああ、『超人計画』の一環だ」

 

父親は苦々しそうに言った

 

「深海棲艦の力は強大だ。人に近い……いや、亜人と言うべきか?深海棲艦の力を人体に取り入れると確かに強くなれる。理論上は」

 

「理論上は?」

 

将校は指摘した。とても、気になったからだ

 

「そうじゃ。上手く行けば艦娘に近い能力を持つ人間になれるじゃろう。じゃが、深海棲艦は怨念の集合体のようなもの。理性がある限り、拒絶反応を起こし醜い化け物になる。最悪の場合、死に陥る」

 

「先祖はそれを実行したのか?」

 

俺は驚いたが、親父は何も言わない。本当にそうなのだろう

 

「だからワシは忌み嫌ったのじゃ。先祖の研究を一度見直し『艦娘計画』を立案し成功させた。しかし……本当なら、とても信じられん。拒絶反応もせずにどうやって完成させたのか?」

 

「浦田重工業の科学力では何とかなったという点は?」

 

俺は聞いたが、父親はかぶりを振った

 

「いや、それは考えられん。深海棲艦の力の源は、海の力の他に恐怖や憎悪、苦痛など感情の負の部分を数倍もの増大させておるからじゃ。そんなものを普通の人間如きが耐えられる訳がない。人格崩壊、多重人格を引き起こし、戦えるどころか生きる事さえ難しい。科学でどうにかなるという問題ではないのだ」

 

 父親の説明を受けて俺は黙り込んだ。親父の説明だと、人が耐えられるものではないとの事だ。……しかし、戦艦ル級改flagshipになった人間は、それをクリアしている事に成る。何なのだろう?

 

「親父、それは後にしよう。俺も艦娘達と同行する。――後方で指示仰ぐだけだ」

 

 父親から厳しい目で見られたため、慌てて言った。何度でもいうように指揮官は、安全の場所に居なくてはいけない。万が一、指揮官に何かあったら大変だからだ

 

「だけど、ここで議論しても無駄です。作戦中に向こうから正体を現すかも知れない」

 

「確かに一理ある。情報が足りな過ぎる。お前と艦娘の因縁だ」

 

 将校も頷いた。何しろ、証拠が足りない。浦田重工業の悪行で手一杯で戦艦ル級改flagshipにはお手上げだった

 

 

 

 提督は先日、議論していた事を思い出した。戦艦ル級改flagshipの謎。それを解き明かし弱点を見つけ倒す。大変な作業だ

 

「時雨、戦艦ル級改flagshipを倒すぞ。その前に仲間を集めないとな」

 

「建造ユニットがまだ破壊されていないのが前提だね」

 

 勿論、建造ユニットが無事である事が前提条件だ。資源が無いため再び造ろうにも無理である。よって、無傷で取る必要がある。提督の読み通り、艦娘を標的艦にするために大事にとっていれば

 

「ああ、これが最後だ。ここで奴を逃がしたら終わりと思え!」

 

 八機の深山と多数の戦闘機は滑走路に向かった。目指すのは関東地方にある飛行場である。先遣隊が既に占拠したらしい。先遣隊が簡単に占拠出来たのも、実は元帥のお蔭である。反攻作戦には、心強い味方がいたのでスムーズに進める事が出来たのだ

 




目的や目標がなしに実行してしまうととんでもない事になってしまいます

話で上げられました、旧日本軍は『未来の自国をどういった形にするか、という「国家戦略」が無いまま戦争を始めた』事は事実です
手を伸ばしやすいところに手を伸ばした結果、いたずらに敵を増やしていました

 対米戦も陸海軍は楽観(?)し過ぎて、自力で勝利か講和できるとは考えてなかったらしい
と言うのも真珠湾攻撃に成功して、なおかつドイツがイギリスを破ればアメリカの世論が揺いで講和の可能性が生まれるという、 いわばドイツ頼みの戦争というもの

尤も当時の陸海軍は官僚組織だった事もあり、予算をふんだんに使って戦艦や空母を建造してしまったため、「対米戦?無理です!国力の差で勝てません!」とは言えなかった、という事情もあるとの事
まあ、「やるなら今しかねえ!今なら、短期決戦でいれば何とかなる(かも)!」と調子いいことを考えてしまったのが終わりの始まり、ということらしいです

この世界の日本軍は目的がしっかりしているため大丈夫でしょう。皮肉にも浦田重工業のお蔭かも知れませんが

私の場合だと試験勉強の際、うっかり試験範囲を間違えてしまい、試験本番で焦ってしまいました。お蔭で頭の中でずっとあの人の声が響いていましたよ

DIO「ほぉ。貴様、試験終了チャイム直前まで問題を解いている受験生のように必死こいた気分になっているなぁ」

計画もですが、確認も大事ですね(勿論、試験の点数は悪くありませんでした)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74話 反撃の狼煙 ~電波ジャック~

今回のメンテナンスで白露、天龍、夕雲が改二実装されました
特に天龍改二の姿は、RJが血の涙を流しそう。まあ、しょうがないね


国会議事堂

 

 深海棲艦の攻撃により世界が大混乱するその頃、日本ではある事が行われようとしていた。国会議事堂では臨時国会が開かれた。議会では、様々な人が集まった。国会議員だけでなく軍人や記者達も入り、国会議事堂の外では多くの人が民衆が集まっていた。皆はこれから行われる事に息を呑んで見守っていた。なぜなら、浦田重工業の副社長が、502部隊が行った刑務所襲撃に対する証言だ。岐阜基地では基地司令を始め、クーデター残存部隊や賛同者が集まっているのだ。なぜ、502部隊は浦田重工業に戦いを挑んだのか?その詳細な証拠と証言を国会で提示するために臨時国会が開かれたんだ。そのため、多くの人達が注目した。何しろ、あの大企業の副社長だ

 

 

 

 国会議事堂の広場で民衆が騒いでいる最中、一台の黒塗りの車とパトカー数台が国会議事堂に向かっている。広場で騒いでいた民衆は、警官たちによって追い払われた。マスコミも集まったが、警官達は中へ入らせまいと抑えている

 

 警官と民衆の間で押し問答している中、道が開かれた車両の数台は滑るように進む。国会議事堂の玄関の前へ止まった。ドライバーが車から出るよりか早いか後部ドアが開くと副社長と浦田社長を支えている秘書が降りた

 

 国会議員があれこれと声を掛けたが、全て無視して中へ入る。副社長は迫り来る記者や議員を追い返すと秘書だけ聞いた

 

「すぐに終わりそうか?こんな連中の前に話せとは」

 

「原稿通りに読めば数分で終わります。証拠写真と共に渡して質問を無視し船に乗せます」

 

「そうか。せいぜいバカ騒ぎすればいい」

 

 社長から聞いたが、この秘書は気が利く。但し、棘が無ければの話だ。お触りはなしだ。後ろから目があるのか、軽く躱される

 

「まあ、ゆっくりやろう」

 

 待機部屋に入りながら呟いた。計画通りだ。艦隊が日本を離れれば、浦田重工業が操る深海棲艦の攻撃が始まる。工場を跡形もなく破壊するためだ。もう、この国には要は無い。この巧妙な偽証言と偽装した証拠を大本営と政府に渡せば、内戦が始まるだろう。勝手に争って破滅すれば手間が省ける。副社長は胡散臭そうに長く続く廊下を歩いていた

 

 

 

「それでは、浦田重工業の副社長。証人の場に」

 

 会議室では、国会議員と場内に入る事が許された記者が注目していた。秘書に促され証人台に立った。全員の目が浦田副社長に集まった。彼等にとって大事だ。クーデター残存部隊が岐阜基地に立てこもっているのだ。強引に鎮圧するよう兵を差し向ければ内戦になってしまう。深海棲艦の姫級がいる以上、こういった事は避けたい。既に東南アジアや中国などではいい例だ。中国大陸では、中国共産党も中国国民党も深海棲艦の攻撃によって壊滅され、史実の満州事変なぞ起こっていない。そのため、民族同士が対立しあっている。尤も、二つの集団を壊滅させたのは浦田重工業の仕業だが

 

「では、一ヶ月前に事件がありました襲撃事件についてです。あの刑務所では、対深海棲艦用の兵器を開発すべくボスや複数の深海棲艦を捕らえました。しかし、502部隊はどういう訳か奴らを解放しました。これは我々に敵対する余り、人類の敵と手を結んだと考えられます……」

 

 浦田副社長は、秘書に用意してくれた原稿用紙をただ淡々と読んでいた。別にこれは不思議な事でもなく、国の元首や大統領などは原稿を読みながら演説している。スピーチの直前まで改訂されたケースもある

 

 浦田副社長は延々と述べていたが、全て502部隊と『艦娘計画』を推し進めていた海軍大佐を批判する内容だった。自分達は被害者に過ぎない。それだけだったと

 

 

 

関東地方のとある空港

 

 時雨達が空港に着いたのは副社長が演説している真っ最中である。空港は事前に制圧していたためトラブルは無かった。いや、実際は違う。賛同する者がこちらにいたためだ

 

「急いで運べ!」

 

 X兵器は航空機から降ろされるとトレーラーに載せられた。勿論、このまま本社ビルに向かうと迎撃させられてしまう

 

「提督、テレビを見て」

 

 格納庫で準備している所を整備員の休憩室にあった時雨は置いてあったを指さした。もう、既に始まっているらしい

 

「あの野郎……堂々と言いやがって」

 

 提督は呻いたが、現状ではどうする事も出来ない。しかし、もうすぐだろう。向こうの人が動いてくれるはずだ。既に先遣隊がある事をしている事だろう

 

 

 

国会議事堂の会議室

 

「……以上が我々の被害報告であります。質問は受け付けません。我々には、これから業務がありますので」

 

 怒号の質問と野次が飛んだが、浦田副社長は原稿をしまうと秘書に連れられて扉に向かう。扉の前には歩哨が立っていたが、なぜか止められた

 

「失礼ですが、貴方達を出す訳には行きません」

 

「何なんだ、君達は?私は忙しいのだ!」

 

 通せんぼしている歩哨に対して副社長は怒鳴った。掴みかかろうとしたが、その手は秘書に止められたのだ

 

「失礼します。兵士達の様子がおかしいです」

 

「まさか……」

 

 耳打ちされ、副社長は驚愕した。兵士達の様子がおかしい。国会議員や軍関係者、そしてマスコミを取り囲んでいる

 

「これは、どういう事だ!」

 

「浦田副社長、貴方を拘束させてもらう」

 

 部下を引き連れ、人込みをかき分けながらこちらに来るものが居た。そう、『艦娘計画』を実施した博士の先輩にあたる元帥が現れたのだ

 

「拘束だと!何の権限だ!?」

 

「貴様らの悪事だ。国家転覆罪、市街地での戦闘による民間人の被害、502部隊の殺害命令。……そして、深海棲艦を我が物として世界中の人々を大量虐殺している事だ!」

 

 元帥の声は会場に響き渡り、その場にいた人達は驚愕した。何を言っているのだ、この軍の上層部の人間は?統合参謀は気でも狂ったのか?

 

 そうこうしている内に兵士達が沢山のテレビを持ちながら会場にやって来た。全員がどよめいた。何が行われているのか?

 

「元帥!君は何をしている!?」

 

「私の処分よりもこれを見てください!」

 

総理大臣が一喝したが、元帥は動じない。テレビに写し出されたものは……

 

「なっ!?これは!」

 

 その場にいた者は再び驚いた。そこに写し出されているのは、浦田重工業の幹部らしき人物が淡々と説明している場面だった。らしきというのは、上半身が陰になっていて誰なのか判別が出来なかったのだ。自分が浦田重工業の幹部という人物は、証拠として社員証を掲げたが、もちろん写真は隠されていた

 

『すると、あなた方浦田重工業の狙いは、世界を手中に治めるためだと?』

 

『それだけではない。我々は最新鋭の科学力と軍事力で世界をコントロールしようと企んでいる。社長は特別に造り上げた戦艦ル級改flagshipを使って深海棲艦を操り、この国を含む世界各国を攻撃しようと企んでいる』

 

 1人の優男は手元の資料を広げカメラに向かってよく見せるように広げた。世界攻撃するための作戦内容、世界各国の地図に攻撃する方法が書いてあるもの。そしてトラック島とハワイに工場と居住区を建設していること。そして、深海棲艦の改修案である

 

『社長の口癖は日本に失望したとばかり呟いています。アメリカという大国と戦争するために国を発展させたのではないと。そして、ヨーロッパの国々が小競り合いを始め、再び世界大戦が開かれるだろうと予測していました』

 

 幹部の1人の証言に会場は水を打ったかのように静まり返った。実は、この幹部は偽物である。作戦内容は、時雨と例の息子が持っていた未来の記録を参考に造り上げたものだ。当然、偽物だが浦田重工業にしか知り得ない情報だ。特に深海棲艦の兵装改修案には全員がショックを受けたらしい。おいそれと反論出来ないはずだ

 

場面は変わり502部隊の将校が堂々とした態度で説明をした

 

『我々は浦田重工業の不穏な計画を掴んでいました。元帥の命令により調べた結果、我々でも驚くべく事を企んでいました。奴らは深海棲艦を我が物とし、世界征服を企んでいます!』

 

「嘘だ!これは何かの陰謀だ!」

 

副社長は喚いたが、憲兵達は銃口を向けられ取り押さえられた。秘書も同様だ

 

『しかも、あろうことか深海棲艦を対抗するため元海軍中将が立案した『艦娘計画』を批判するよう仕向けたのも彼らです。実際に試作段階で生まれた艦娘と彼等がした仕打ちを撮った映像です』

 

 場面が変わり映し出されたのは、時雨が深海棲艦である駆逐イ級の集団を淡々と倒す戦闘シーンだ。実は、これは時雨が提督と博士が出会いデータを取るために撮影したものだ。時雨を目の見える範囲で出現し、データを取って研究期間を短くさせるために映像を撮ったものが、まさかこんな所で役に立つとは思っていなかった。拘束された時、西村軍曹達が撮影した映像記録は紛失したが、こういった所は放って置かれた。浦田社長にとって興味が無かったのだろう

 

 テレビを見た人達は、辛酸を嘗めていた深海棲艦が一人の少女に倒される映像には仰天し、中には歓声を上げた。マスコミや評論家たちが『艦娘計画』をバカにしていたが、実際に倒される場面を見せられると喜んでしまう。誰でもそうだ。憎き敵が倒されるのには喜ぶのは当然だ

 

 しかし、次に映し出される映像には誰もがショックを受けた。中には悲鳴を上げるものもいる。何故なら、信じられないものが流れたのだ。それは……

 

『――!ああああぁぁぁぁっ!?』

 

『ふふふ……!どうした!?さあ、泣け!もっと泣け!そうだ、その調子だ!』

 

『止めて!嫌ああああぁぁぁぁ!!』

 

『殺して欲しいのか?だが、安心しろ。簡単には殺さない。さっさと話したらどうだ!?私としては、まだ粘って貰わないと面白くないがな!』

 

『お願い!止めて!誰か助けてえぇぇ!』

 

 映し出されたのは拘束し時雨を拷問している映像である。時雨が酷い目に合わされた拷問の映像がテレビ放送されているのだ。その映像を見た全員が金縛りがあったかのように身動きしなかった。艦娘である時雨を拷問される映像が流れた事もあるが、それよりも拷問相手が深海棲艦である。しかも、戦艦ル級改flagshipだ。それに加えて、拷問道具を持ってくる浦田重工業の従業員には全く見向きもしない。戦艦ル級が攻撃しているのは、艦娘の時雨のみで人間には危害すら加えない

 

 こんな事はあり得るのか?深海棲艦は人を見るな否や、無差別に攻撃してくる。それが常識だ。だが、映像ではそんな常識を打ち破るものだった

 

 しかも、深海棲艦が人間では死ぬだろうと思われる鈍器か何かで艦娘を拷問している。情けも一切なし。誰がこんなのを予想出来ようか?テレビから流れる時雨の絶叫と楽しげな戦艦ル級改fiagshipの狂った笑いに呆然とした

 

「バカな……これは出鱈目だ!」

 

「本当にそう思うか?」

 

 副社長は叫んだが、元帥は冷たかった。勿論、この映像には信ぴょう性が問われるだろう。しかし、この映像を裏付ける証拠は揃っている

 

 浦田重工業が経営する刑務所には、非道な実験をしていた事、深海棲艦を使って世界を攻撃するための作戦資料、そして艦娘の拷問である。死刑囚の顔はこちらで編集して身元不明にしたが、実験映像は本物である

 

 そして、何よりも時雨が拷問された映像が衝撃的だっただろう。手足を鎖と重りで自由を奪われ、つるし上げられている。時雨の身体は、擦り傷や鞭跡や銃痕、そして打撲だらけで服も血まみれだ。これだけで激しい拷問を受けたことを物語っている

 

 実は時雨達が出発する前に先遣隊として部隊は、秘密裏にマスコミを襲撃した。各局を制圧した部隊は、502部隊から渡されたテープを指定時間に流すよう言われた。電波の関係で流せるのは関東地方だけだが、それでも十分だ。だが、内容が余りにも衝撃的過ぎてテレビ局を占拠した陸軍の部隊全員どころか拘束され抗議しているテレビ局員ですら呆然とした

 

 国民も同様だ。テレビを見た国民は、驚きのあまり映像に釘付けになった。しばらくして失望という沈黙の底に静まり、やがて浦田重工業や政府や軍に対する怒りとなって噴出した

 

「なんちゅう出鱈目だ!何なんだ、あの映像は!」

 

「浦田重工業は、優良企業じゃなかったのか!」

 

「深海棲艦と手を組むどころか、あんな幼い少女を拷問するなんて!幾ら何でも酷過ぎる!国民を騙して暴走しているんじゃないか!」

 

「いや、違う。隠しただけだ。だが、政府も軍もグルだ!どうせ、目を瞑っていたに違いない!」

 

「そうだ!浦田重工業を潰せ!政府も軍も全員クビだ!」

 

 群衆は、いまや暴徒と化していた。自分達を守ってくれるはずの軍と政府が悪徳企業と手を組んでいる事に怒らない者はいない。『お国のため』と言われるかも知れないが、限度がある。まして、人類の敵である深海棲艦と手を組んで世界を手中に収めるなんてもっての外だ

 

群衆はこぞって近くの陸海軍基地や浦田重工業に押しかけようとした

 

「ちょっと待て」

 

そんな中で、冷静に立ち返り事実を整理しようとする者もいた

 

「502部隊と言ったらクーデター残存部隊だったはずだ。日本を混乱に招こうとしているかも」

 

「そんな事があるか!深海棲艦は世界を攻撃しているのに、なぜ日本だけ攻撃を受けていない!?それが何よりも証拠だ!」

 

「お前な、そこで働いているかも知れんが、あいつらはお前の事なんてどうでもいいと思っているぞ!」

 

 たちまち口論となり、取っ組み合いも始まった。警官や憲兵隊は、放送局や国会議事堂に立てこもる部隊のにらみ合いよりも群衆に着手せざるを得なかった。実は放送直前に警察と憲兵隊は、先遣隊の動きを察知して出動させた。しかし、先遣隊は精鋭だったこともあり、運よく放送局を無血で占拠出来た。職員を人質とし立てこもって時間稼ぎをした甲斐があった。警官も憲兵隊もこの放送に困惑している。警官はともかく、憲兵隊はまもなく上からの命令で包囲を解くだろう

 

 

 

空港

 

「見なくてもいいです!時雨は、十分戦いました!」

 

「僕は大丈夫。……大丈夫だから」

 

 空港では時雨達は、502部隊が放送している映像を流しているのを凝視していた。映像作成の際に拷問された映像まで使うと将校が言ったが、時雨は否定はしなかった。それくらいしなければ、誰も真実に気がつかないだろう。実は時雨を救助作戦の際に、監視カメラの映像データを持ち帰ったのだ。囚人に対する投薬や人体実験などの非道なデータが沢山あったため、将校はそれを使う事を決意した。勿論、時雨が拷問される映像もあった

 

 しかし、やはりあまりいいものではない。身体が震え、泣きそうになる。不知火と大淀が倒れそうになる時雨を支えてくれた。提督も龍譲も呆然としていた。聞いてはいたが、まさかここまで酷い目に会わされているとは思わなかったからだ

 

あの時……僕は泣いていた。絶望していた

 

 戦艦ル級改flagshipによる拷問で心身がボロボロになり、傷の手当もされず、血まみれで破れた服を何日も着て、助けを呼ぶも助けは来ず、食事も睡眠もとらせず

 

右腕は潰れ、左足はへし折られ

 

廃人になりかけていた。あれは地獄だった

 

しかし、僕はこれで挫く訳にはいかない。手を差し伸べてくれる人は居る

 

 不知火は時雨に拷問映像を見せまいとテレビから離れるよう促したが、時雨は拒否した。僕はここで、音を上げる訳には行かない

 

「顔色が悪いぞ。休んでおけ」

 

「せやで。幾らなんでも」

 

戦いの前に士気や体調も大事だ。戦えない人は、戦場に出すわけにはいかない

 

「僕は大丈夫。本当に大丈夫」

 

 時雨は気を取り直して何とか踏みとどまった。だが、幸いな事にこの映像は確かに効果はあった。情報だと、囚人の人体実験や時雨の拷問の映像に国民は嗚咽と鳴き声と罵り声で溢れているという

 

 皆から介抱され座らされた時雨は、安堵した。誰もかれも艦娘を嫌ってはいない。未来の戦争で未来の提督と艦娘達を苦しめて来た反艦娘団体というゲリラは、深海棲艦の手先ではなく、浦田重工業だった。それだけでも安心した

 

 

 

 国会議事堂の会議室は、映像が終わるまで釘付けだった。何しろ、浦田重工業が隠していた行為をテレビを通じて流していたのだ

 

(これは映像の暴力だ)

 

 副社長は、そう感じていた。もしかすると、全国ネットで流しているかも知れない。真実であろうか無かろうが、これでは浦田重工業に対する反感を買ってしまう

 

 現に非人道的な映像が流れる度に、会議室の空気が明らかに殺気立っているのを副社長は感じ取った。502部隊は、映像を通じてこちらを完全に悪と認識させるためであるのは明白だ。これでは、こちらが大変な事に成る。社長が用意してくれた偽の証拠では、誰も信用しないだろう

 

 実際に将校が考えた作戦は、正に平行世界でも度々行われていた。特に残虐性の証言や映像は使いようによっては、恐ろしい効力を発揮する。世論を誘導しやすくするのが簡単だからだ。虐げられた者達に世間が同情し、加害者を徹底的に批判するからである

 

 例えば、湾岸戦争当時はこんな事があった。1人のクウェート人少女「ナイラ」がアメリカ議会に登場し次のように証言したのだ

 

「病院に乱入してきたイラク兵士たちは、生まれたばかりの赤ちゃんをいれた保育器が並ぶ部屋を見つけると、赤ちゃんを一人ずつ取り出し床に投げ捨てました。冷たい床の上で赤ちゃんは息を引き取っていったのです。本当に怖かった……」

 

 ナイラが涙を流した後、その証言はメディアを通じて報道され、全米が涙を流したと言う

 

 そして、アメリカは中東に軍を派兵し湾岸戦争に勝利した。しかし、戦争終結後に問題が発覚したのである。あの証言をしたナイラは、実は在米クウェート大使館の娘で、アメリカ国内で贅沢な暮らしをし、実際にはクウェートには住んでいないナイラ=アル=サバーであることが明らかになったのだ。ナイラがクウェートから奇跡的に生還したというのも、アメリカの世論がガラッと変わったあの証言も、何もかも全て嘘だったのである

 

 つまり、真実だろうが嘘だろうが、世論を巧みに誘導出来ると言う事である。浦田重工業は上手い事使っていたが、まさか502部隊がこのような事をするとは思わなかったのである。しかも、これが偽者だという証拠がない。映像は全部、浦田重工業のものだ。そして、マスメディアの発展も浦田重工業のお蔭である。浦田社長は、平行世界の日本の高度経済成長期を参考にあるものを持ち込んだ。それはテレビである。マスメディアのにも力を入れた浦田重工業だったが、それが追い詰められる形になるとは皮肉である

 

 映像が終わると同時に副社長は辺りを見渡した。総理大臣や国会議員だけでなく軍人も記者も同じだ。全員、殺気立っている。元帥が引き連れて来た憲兵隊もこちらに銃を向けているのだ

 

「言い訳はあるか、浦田重工業?……いや、侵略者共!」

 

元帥は副社長の胸倉を掴むと叫んだ

 

「日本をここまで発展させ、しかも類を見ない優良企業だと思っていたが、まさか裏でこんな事をしているとは!貴様ら、どういうつもりだ!人々が深海棲艦によって苦しんでいる中……まさか自分達の手先にして、しかも世界各国を攻撃しているだと!?何様のつもりだ!」

 

「こ、これは……」

 

「神にでもなるつもりか!そう言えば、お前のボスは政府批判で有名だったな。確かに軍人や政治家の中には、過激でどうしようもないバカな連中はいるが、世界を滅ぼそうなどと思った輩は誰一人としていないぞ!」

 

 元帥の怒りに押され副社長は冷や汗が出て萎縮していたが、秘書の方は無反応だった。銃を突きつけられても余裕の顔だ

 

「こいつらを拘束しろ!」

 

 元帥が叫んだ直後、テレビの映像が乱れた。502部隊がまた何か流すのか?いや、そんな予定はない、と元帥は否定した。確かに残虐性の映像を流して国民の認識を浦田重工業が悪とさせる作戦は驚いたが、この後の予定はない。と言う事は…

 

「浦田の仕業か?」

 

映し出されたのは、社長室の椅子に座りながら拍手する浦田社長の姿だった

 

 

 

放送局

 

 502部隊に協力していた先遣隊は驚いていた。映像を流して、浦田重工業の悪事を流したのはいい。しかし、まさか浦田重工業が電波ジャックするとは思いもしなかった

 

いや、陸軍中野学校(諜報機関)の協力もあって敵の妨害もある程度は予想はしていた。そのため、この作戦が失敗するとビラを撒くという手段もあったが、放送を妨害される事は無かった。全部流した後に、電波ジャックは無意味のはずだ

 

「これは一体?」

 

「分からん。だが、身の潔白の映像じゃないだろ!」

 

 苦々しく吐く部隊長。何をするか分からないが、ここにいても、もう用済みだ。後は打ち合わせ通り、全部隊浦田重工業の本社ビルに向かうだけだ

 

「よし、従業員は解放して本社ビルに行くぞ!」

 

 兵士達は放送局の職員を解放すると外に出た。民間人を拘束するのは本心ではない。予想通り、外は大混乱だった。放送局を包囲していた警官達も右往左往しており、刑事は無線を握りしめて問いただす始末だ。数人立ち向かって来るものも居たが、簡単に追い払った。警官には恨みはないが、今はここで足止めを食らう訳にも行かない。警官達も、まさかこんな事態になっているとは思わなかっただろう

 

 元帥からの事前の命令で作戦は決行する事に成っている。既に増援が来ており、戦車も装甲車も外に待機していた。既にゴーの合図は出されているのだろう。全員が乗ると同時に発進した

 

 後は順調に作戦が進んでくれればいいのだが。部隊長はそう願わずはいられなかった。時雨を酷い目に合わせた浦田重工業を倒さないといけない。任務よりも時雨に同情したのだ。あの狂った浦田重工業を倒さないと気が済まない

 




 反攻作戦の初めは、テレビを通じて浦田重工業の悪事をばらしたと言う事です。刑務所でコッソリと回収した時雨の拷問映像を流したお蔭で世論が同調してしまいます

本編で出て来た「ナイラの証言」
 冷戦が終結した翌年、イラクによるクウェート侵攻をきっかけに湾岸戦争が勃発したのは、クウェートに侵攻したイラク軍よりも「ナイラの証言」が大きかったでしょう
世界世論が向かった証言と写真一枚
証言は「ナイラ証言」として世界中に配信され、米国議会でも取り上げられました

それがナイラという少女です

「イラク兵がクウェートの病院に来て15人の未熟児を床に放り投げ殺した」と証言し、イラク兵の残虐さを訴えました
そして一枚の写真。これは原油にまみれた水鳥の写真です。今でもネットで見られると思います
これをイラクが海に原油を垂れ流したせいとの事
この証言と写真が世界に衝撃を与え「イラクは酷い」「クウェートを救え」という論調に染まってしまいます
しかし、ナイラの証言そのものは米国の広告代理店がねつ造したものだと判明しました。ナイラという少女はクウェートの駐米大使の娘で、そんな事件は存在しなかったとの事
さらには、原油にまみれた水鳥もイラクとは関係ない場所で撮られたもの

情報操作で世論はガラリと変わってしまうのは世の中です。まあ、当時はインターネットなんてなかったですし
因みに湾岸戦争で一番振り回されたのは多分、日本(金だけ出してアメリカなどから非難され、クウェートからも感謝されなかった)

まあ、悲惨な写真と非道な証拠があれば大抵の場合、世論は同調します。やり過ぎるとバレて誰も相手にはしないでしょう

作品の場合だと、平行世界からテレビを持ち込んで広めたのは浦田社長。マスメディアを発展させたのも浦田重工業。そして、テレビを通じて悪事が暴露されたのは皮肉としか言いようがありません(浦田重工業が窮地に陥ったとは言っていない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75話 内戦勃発

 浦田重工業の副社長と秘書を捕らえ会議室を追い出し、別の部屋に監禁させた直後に何者かがテレビの電波ジャックされた。この後の放送の予定はない。502部隊が流す映像はさっきので全てだ。しかも、チャンネルを変えても同じ場面だ。罵声や野次に満たされた会場は、たちまち静まり返った

 

『おめでとう、502部隊と艦娘の諸君。君達の勝ちだ。我々の悪事をこのような形で世間に暴露するとは』

 

テレビの画面に映し出されいるのは、椅子に深々と腰を掛け拍手する姿だった

 

(一体、何をする気だ?)

 

 元帥はこの男の考えが分からなかった。どうみても浦田重工業は終わりだ。日本経済には大打撃だが、このような悪を見逃す事は許されない。そのため、憲兵隊に浦田重工業の本社ビルに向かわせたのだが

 

(やはり、こいつ……)

 

 密かに知らせてくれた502部隊の将校と艦娘計画を唱えた後輩である大佐の忠告。それは聞いていたが、未だに信じられなかったからだ。たかが一企業相手に軍隊出動するよう要請した事には、元帥も驚きを隠せなかった

 

 しかし、502部隊の将校と大佐は、何とか説得をさせて岐阜基地を包囲させている部隊を解き、浦田重工業を攻撃に向けて待機させるよう説得した。浦田社長が、ただの非国民や国賊のような輩だったらいい

 

 だが、狡猾な輩だったら?少なくとも、浦田社長は意地になったり、怒りに任せたりして突っ走るような人ではない

 

 この目で見なければ信じられないのが人間だが、悲しきかな。元帥は想像力に欠けていた

 

『我々は、何処ぞのバカがやるように放送局を無断で過激な映像を流すような真似はしない。関東一帯のテレビ放送を完全にジャックする事なぞ容易な事。しかし敢えてやらなかったのは、一部隊とは言え、中々興味深かったからだ。まさか、報道を介して我々の悪事を暴くとは』

 

(なっ?)

 

 元帥を初め、その場にいた者は硬直した。自分達に不利になるようなことを認めるのか?

 

『だが、遅すぎる。我々はもう、この国には用はない。私は日本人だが、この国には失望した。父が日露戦争で戦死しても無駄死にと罵られ、母は重労働で周りから蔑まれた。労働者に味方と謳っていた共産党ですら私に失望させた。だから、私は会社を築き日本経済を支えてきたが……もう、どうでもいい。我々は真実を知ったからには、それを防ぐ義務がある。世界大戦を止めるための』

 

 浦田社長は演説ぶっているが、どうも怒りを含んだ言い方だ。元帥は狼狽した。何が言いたいのだろうか?この男は何がしたいのか?

 

『深海棲艦の出現には予想外だが、それを利用する方法を思ついた。我々は平行世界が望んだ世界平和を実現するために実行した。例え、どんな手段を使っても実行する』

 

 会議にいた人達は、何も言わない。何が言いたいのか分からないのもあるが、悪事がばれても、ここまで堂々としているのを見たのは初めてだからだ

 

『やはり、艦娘と502部隊は始末しないといけない。だが、『神国日本』や『皇国不敗』と唱えて亡国の道を導こうとする輩も始末しないといけない。何人かは秘密裏に始末してやったが、あまりやり過ぎると我々の行動に支障が出るのでな。副社長は囮だ!丁度、大勢集まっていたので助かる!政治家も軍人もマスコミも刈り取らなければならない!』

 

 全員は唖然とした。この人は何をしようとしているのだろう?しかし、元帥は嫌な予感がした。まさか……

 

『最後に私を知る者に対してこう言おう。時雨と息子を殺せ!どんな手段をとっても構わん!お前は、もう隠れる必要はない!』

 

 浦田社長は叫ぶと同時に、画面が変わりデジタルタイマーと上空から撮影されているだろう国会議事堂が写し出されていた

 

(まさか……そんなバカな!)

 

デジタルタイマーの数字は3分。しかも1秒1秒とカウントされている

 

「ここを攻撃する気だ!早く避難を!」

 

 元帥の叫びに会議場は阿鼻叫喚となった。トップの者は我先にと扉に向かったが、扉の広さはしれている。悲鳴と怒号が相次ぎ、その場にいた憲兵ですら抑えられない常態だった。パニックになり、皆は人間性を失っていた

 

 元帥は早々と脱出すると、憲兵を率いて副社長と秘書を拘束した部屋に向かった。何とかして奴等の企みを阻止しなくては。その前に情報収集だ。あの2人をどうやって吐かせようか?憲兵隊の尋問は激烈であるのは有名だが、果たして彼等に通用するのか?嫌な予感しかしなかった

 

 その嫌な予感は早くも当たってしまった。角を曲がり2人を監禁している部屋の扉の前に来たが、元帥は絶句した。扉の前に立っていた歩哨二人が死んでいる。いや、殺され方が異常だ。まるで鈍器にでも殴られたかのように撲殺している。胴体にはいくつもの穴があいているが、大きさからして銃弾にしては大きすぎる。まるで拳に殴られたような。しかも、顔は恐怖を浮かべながら死んでいる。元帥は憲兵に命じて扉を開けたが、その光景を見た者は1人残らず顔を覆った

 

「うっ……うわあぁぁぁ!」

 

 憲兵隊長は、絶叫した。耐えがたい血の匂いが鼻孔を刺激し、元帥は反射的に鼻を押さえた

 

「な……何だ、これは!」

 

 憲兵の1人は恐怖で床にへこたれた。無理もない。部屋は監視役として10名の憲兵を置いていたが、何と全員殺されている。その殺され方も異常だ。胴体が滅茶苦茶になったり、首が無くなったり、心臓が抉られたりしている。変死体ばかりで床は血の海だ

 

「一体、どうやったらこんな事が出来る!」

 

 元帥自身も若かった頃は戦場に出向いた事はある。陸軍出身であるため、死体を見るのは慣れている。しかし、こんな変死体は初めてだ!しかも、副社長も秘書もいない!あいつらがやったのか!?

 

 

 

「元帥!早く避難を!」

 

 憲兵隊隊長の警告に我に帰った元帥は、一瞥すると外へ向かった。玄関は、逃げようとする人で溢れ人込みが出来ている。とてもではないが、出ることは出来ない。しかし、外へ出ようともがいていた人々が突然向きを変え、悲鳴を上げながら国会議事堂内へ走っていく。まるで、何から逃げているようだ。元帥と憲兵隊は慌てて壁際に逃げたが、逃げ遅れた憲兵は人込みに紛れてしまい人の波に飲まれてしまった

 

 お蔭で玄関の出入りは容易になったが、何があったのか?急いで出たが、何もない。しかし、国会議事堂の周りにいた人々は何かから逃げ回っている。警官も憲兵も同様だ。なにがあったのだろうか?

 

「元帥!あれを!」

 

 憲兵の1人が空に指を指した。指を指した方向に元帥は目を向けたが、彼は仰天した

 

何かが空を飛んでいる。それは上空を通過すると凄まじい轟音とともに、迷彩色の矢じりのような飛行物体が、国会議事堂の上空に擦過したのだ。4つの飛行物体は、反転するとこちらに向かっている

 

「早く国会議事堂から離れろ!」

 

 元帥は人々とは違って外へ逃げるように走った。あいつらの狙いは、この国会議事堂だ!吹き飛ばす気だ!あんな飛行機は見た事が無い。あんなものは、我が軍には持っていない!迎撃は無理だろう

 

 中年の身体には酷だが、まだ死ぬわけには行かない。国会議事堂の敷地から出た直後、その飛行物体は黒い物体を数個落としている。国会議事堂は見慣れない飛行物体を見て逃げ隠れた者も巻き込んで吹き飛ばした。急いで地面に伏せ、飛んで来る爆風と瓦礫から身を守った。人々の悲鳴と怒号、そして爆音が一気に耳に入る

 

 ようやく収まり立ち上がったが、目に入り込んでくる光景に呆然としていた。国会議事堂が瓦礫と化としていた。遠くでも爆発音と煙が上がっているのを見ると、あの飛行物体が爆撃したのだろう

 

「ようやく分かった。あいつらがなぜ余裕でいられるのを」

 

 奴らはとんでもないものを持っていた。502部隊からの報告では、あんな飛行物体についてはなかった。正直なところ、元帥は半信半疑だった。502部隊から交戦記録を読んだが、その中に奇妙な航空機と交戦したという。ヘリはともかく(回転翼機の飛行原理は以前から知られていた)、無人航空機という報告には流石に信じられなかった。しかし、目の前の奇妙な航空機を見れば信じざるを得ないだろう

 

 だが、後悔先に立たず。恐らく、政治家や官僚の大半は殺されたのだろう。中にいた将官も生きているかどうか分からない。幸い、軍の指揮系統は生き残っている

 

「司令部に行くぞ」

 

「しかし、どちらへ?」

 

憲兵隊長の困惑に、元帥は一喝した

 

「何処でもいい!奴らは本性を出した!戦う気だ!このままだと、あの狂った企業に乗っ取られるぞ!」

 

「は、はい!」

 

 憲兵隊長は慌てて指示を出したが、元帥は不安があった。深海棲艦は艦娘が対応させるとして……あの私兵軍団に勝てるのだろうか、と。さっきの未知の航空機を倒せる手段が思い浮かばない。となると、奴らが保有する私設軍隊や地上兵器の強さが容易に想像ができる。こちらが待機していた一個師団と戦車連隊。そして、岐阜基地から出撃した陸海軍の航空隊で倒せる相手だろうか、と

 

 

 

 空港では待機していた出発の合図が出た。X兵器の1つは陸路で、もう1つは空で運ぶ。残り1つは予備だ。後は効果範囲に近づけばスイッチを押すだけだ。非殺傷なので民間人の被害は含まれない。……ライフラインは死す可能性はあるかも知れないが

 

 元帥の指示によって陸と空から浦田重工業の本社ビルに総攻撃をする。その隙に守りが薄い所に侵入。X兵器を運搬する。ただ、問題なのは陸路ではどうしても海岸を伝っていかなくてはならない。内陸だと、大混乱で足止めを食らいかねない。しかし海岸沿いの道路は、待ち構えている深海棲艦の攻撃を食らうだろう。戦艦ル級改flagshipが指示を出しているだろう。その攻撃を防ぐのが艦娘である時雨達の役目だ

 

「よし、何としてでもX兵器を積んだトラックを守れ!」

 

 大型トラックを守るのは装甲車とジープ数台だ。提督と時雨は装甲車を選んだ。防御力もあり、戦えるからである

 

「そう言えば、未来でも火力発電所に向かう時でもこの装甲車はあった」

 

 時雨は懐かしそうに装甲車を乗った。兵員輸送車であるが、武装もあり防御力はあるためそう簡単に破壊出来ないだろう。未来でも、艦娘達と502部隊の一団は、タイムマシンの隠し場所でエネルギー源である火力発電所に向かう際に使われた軍用車両を見たため、見覚えがある

 

「ああ。これは陸軍が開発した最新鋭の兵器だ……と言いたい所だが、浦田重工業の協力を得て造ったものだ」

 

 軍曹は皮肉たっぷり言った。元々、日本は列強国に比べると国力に乏しく、また島国という環境から日本陸軍の装備は貧相である。しかし、それは平行世界の日本の歴史。この世界では浦田重工業のお蔭で数は少ないものの兵器は一新された。戦車も装甲車も自走砲も供給されて喜んだ。しかし、タネを明かすと平行世界の日本の旧式兵器の技術を持って来ただけである。高度成長を利用して機械化部隊を進めただけに過ぎない

 

「しかも、この装甲車……パソコンのデータによると『60式装甲車』というものだそうですよ。向こうの世界では既に退役しているようです」

 

「「……はぁ」」

 

 提督の説明に軍曹もドライバーもため息をついた。提督がパソコンのデータを調べたが、兵器は元よりライフラインや日用製品が発達したのは、浦田社長が平行世界の日本の歴史である高度成長期を参考にしたらしい。よって、この世界の日本は、アメリカを抜いて豊かになったのだが……

 

「……世界を攻撃するような狂気に走らなければいい会社だったのにな」

 

「太平洋戦争を知っていれば、何で浦田社長は戦争を止めようと努力しなかったんだろう?話し合いでやれば良かったのに」

 

 提督も時雨も愚痴を言ったが、実は世の中そんなに簡単なものではない。大東亜戦争が起こった理由は、覇権争いと利益である。アメリカは太平洋や中国大陸を手に入れるため、日本は手に入れた満州を守るためである。どちらに非があるかはここでは記さない。当時の人間でなければ分からない事が、色々あるからである。並の努力だけでは、世の中は簡単に動かない。尤も、浦田社長は過激な行動をとったが

 

「ま、気にしても仕方ない。深海棲艦という海の化け物が現れている時点で、平行世界の日本の歴史とは違う流れになっているんだ。浦田社長はそこまで考慮していなかった。それだけだ」

 

 気にしても仕方ない。今は目の前の敵に集中するのみだ。502部隊と提督達は、浦田重工業の本社ビルに向けて車を飛ばした。既に外は大混乱だった。テレビによる暴露は上手く行ったようだ

 

『全車両に次ぐ。この作戦失敗は世界終焉に繋がる。後は無い。我々の世界を好き放題にした輩を倒し、再び祝杯を上げる事を期待している。平行世界の日本によると我々は、関東軍隷下部隊であり、活躍出来なかったそうだ。この世界は違う!諸君は日本だけでなく、世界を救うためだ!』

 

 将校は無線を通じて兵士達を奮い立たせた。これから向かう相手は手強い。強力な兵器を持つ私設軍隊に戦艦ル級改flaghsipを始めとする深海棲艦を従えた軍団。どちらも強力だ

 

『軍曹、覚悟はいいな』

 

「死ぬ覚悟はとっくに出来ています」

 

軍曹はマイクを取るとニヤリとした

 

「後は死ぬ事に相応しい意味があるかどうかという事だけです」

 

『世界を滅ぼそうとする浦田社長と戦艦ル級をやっつけるためなら文句はない。例えどんな手段を使っても倒す。我々は無駄ではなかった』

 

全員が頷いた。時雨も提督も頷き、大淀も龍譲も不知火も同様だ

 

「これで平行世界の日本で言われた陸軍悪玉説は無くなりますね」

 

「バカ言え。海軍善玉説の方がドン引きするわ」

 

 全員が笑った。大淀は苦笑したが、内心では呆れているだろう。尤も、これは平行世界の日本の戦後の認識である。パソコンのデータには簡単に書かれてあったが、あくまで偏見である。実際は似たような過ちを陸海軍はやっている。軍が政治に首を突っ込んだ事が間違いだっただろう

 

 パソコンのデータによると明治憲法には統帥権というものがあり、天皇が裁可さえすれば、政府の承認なしに軍を動かせる。そのために軍部が暴走し、日中紛争から始まり太平洋戦争にまで戦火を拡大してした、というのが戦後の史観である。確かにいくら優秀な軍人がいようが、軍人は政治家ではないのである。 近代国家で国家戦略を考えたり交渉をしたりするのは軍人の仕事ではない。国の政策と軍事は分けるべきである

 

 話は逸れたが、一行は本社ビルに向かった。本社ビルに向けて攻撃している本隊次第だ。粘ってくれればいい。こちらの侵入が容易になる

 

 しかし、作戦通りには中々思い通りに行かないものである。出発して走ること数十分後、空母ヲ級が放ったと思われる艦載機が襲って来た

 

 

 

『3時の方向に敵機!さっさと撃ち返せ!』

 

「分かった!」

 

 時雨は高角砲と電探を上手く使いこなして艦載機を撃ち落した。不知火も大淀も懸命に戦っている

 

「つまらないわね」

 

 不知火もこちらを執拗に狙う深海棲艦の艦載機を撃ち落していた。今は走る装甲車の上に乗りながら応戦している。不知火も大淀も同様だ。龍譲は艦載機を繰り出している。ただ、今回は直掩機のみ上げている。沖合に居る空母ヲ級を仕留める余裕がないからだ

 

 10cm高射砲と12.7cm高射砲が吠え、龍譲の零戦52型の艦戦隊が深海棲艦の艦載機をバタバタと撃ち落していく。しかし、いくら撃ち落しても次々と湧き出ている。弾薬はまだ十分にあるが、この調子で襲い掛かってくると脱落する車両が出るかもしれない。深海棲艦を倒せるのは艦娘だけだからだ。なた、別の問題が発生した。浦田重工業の車両が後ろから追いかけていた。ジープとバイクで追いかけて来て重機関砲や突撃銃でこちらに向かって攻撃している。こちらは502部隊が引き受けて応戦している。とにかく、何が何でもX兵器を乗せたトラックを守らなければならない

 

 更に、別の問題も生じた。X兵器を乗せた連山を率いる航空隊は足止めを食らったのだ。なぜなら、先陣隊の航空隊が未知の航空機に遭遇しているという。しかも、全く歯が立たないそうだ。装甲車の中では、提督が敵の兵器の正体を探っている

 

「どんな奴です?」

 

 提督は軍曹から渡された無線で連絡を取っていた。元帥によると浦田重工業が保有していると思われる未知の航空機は、政府機関と近くに会った軍事基地を全て爆撃したとの事だ。機体の特徴から、何とか敵の兵器の正体を割り出した

 

「恐らくF-4とミグ21のジェット戦闘機だと思います。どれも平行世界から手に入れたものらしいですが。しかし、これは骨董品です」

 

『その骨董品に我が軍の戦闘機が役に立たないんだ!というか、何処が骨董品だ!最新鋭の間違いではないのか!』

 

 元帥が怒鳴っているのも無理はない。陸軍の隼や飛燕、海軍のゼロ戦や雷電などの大量の戦闘機がたった数機のジェット戦闘機に翻弄されているからだ。速度が違い過ぎるため、勝負にもならないという。そのため、浦田本社の爆撃に向かった航空隊の一隊は丸々全滅したという

 

「提督、どうしたの?」

 

 弾薬の補給に装甲車の中に入った時雨が、聞いてきた。恐らく、ジェット戦闘機という言葉に引っかかったんだろう

 

「あいつらジェット戦闘機を持っていやがる。退役した機体を分捕ったものと海外から古い機体を買った機体をこちらに持ち込んだそうだ。その機体が、東京の政府機関を全て爆撃。それに加えて、航空隊に大打撃を与えている」

 

 提督は呆れるように言ったが、内心では感心しているのだろう。なぜなら、この時代でジェット機を製造するのは、困難に等しい。この世界に持ち込むにしても、ワームホールという制限の大きさがあるからだ。初めは恐らく、分解して持ち込んだのだろう。工業力と技術力を付けてから、自力で生産したらしい。中身も魔改造して自分達に使いやすく改装している事だろう

 

 何と浦田重工業はヘリや無人航空機だけでなく、ジェット戦闘機まで持っていた。但し、流石に最新鋭を持ち込むのは無理があった。そのため、航空自衛隊にて退役が続けているF-4EJ改を密かに入手し、更には海外からMiG-21を数機買い寄せた。戦闘機だと分からないように分解し、密輸入したのだ。勿論、協力してくれる国もいたお蔭で成功したのが、そんな事情を提督も時雨も知る訳がない。実際に浦田社長は、平行世界でかなり危ない橋を渡ったが、何とか誤魔化して持ち込めたらしい。しかし、そのお蔭で平行世界の日本はある事件が発生したのは別の話

 

 

 

 関東の上空では、大混乱していた。航空攻撃を仕掛けようと多数の戦闘機と爆撃機が浦田重工業の本社ビルへ向けて飛んでいたが、そこに10機程の機体が現れた。その姿と速さに全員が驚愕した

 

「何だ、あれは!」

 

 初めて見るジェット戦闘機に飛行隊長が絶句した。いきなり目の前に現れたと思うと、雷鳴のような轟音と共にすれ違ったのである

 

 これは一種のデモンストレーションだった。余りにも早いので、連山の爆撃機や雷電などのパイロット達は、目で追い切れなかった。たちまち見失ってしまった。思考停止状態に陥る者もいる。司令部からは浦田重工業の兵器は、とんでもないものだと説明を受けたが、まさかここまでぶっ飛んでいるとは思わなかった

 

 ジェット戦闘機は、反転すると遥か彼方の空中からロケットを発射させた。気付くのが遅かった。気付いたとしても振りほどくのは難しい

 

 1機、また1機と空対空ミサイルに食いつかれ雷電や連山は次々と火の玉となった。バルカン砲による攻撃で隼と飛燕はズタズタになり金属の塊と化した

 

 精強である陸海軍のパイロット達は我を失った。自分達は何と戦っているのだろうか?……この地球にこれほどの性能を持つ航空機は存在しないはずだ。流石のアメリカでも無理だろう

 

「帰投しろ!このままだと全滅してしまう!」

 

1人の中隊長の叫びが引き金となり、全機パニックにとらえると反転した。

 

 実は未来でも一航戦も五航戦も元帥と同じ反応だった。ジェット戦闘機を保有する空母ヲ級は、正に脅威だった。赤城、加賀、翔鶴や瑞鶴などはたった数分で自慢の艦載機がジェット機によって壊滅させられた時は、思考停止状態に陥った。ジェット戦闘機にとって彼女には宇宙から来た飛行体と戦っているような錯覚に陥った。『艦だった頃の世界』でもこのような航空機は見た事が無かった。そのために衝撃が大きかったのだろう

 

 

 

「護衛機が役に立ちません!これではX兵器を乗せた爆撃機が近寄れません!」

 

 元帥は航空参謀からの悲鳴に手を握りしめていた。まさか、浦田重工業はこんな隠し玉を持っているとは思ってもみなかった。クーデター時には、対空砲火だけでこちらの航空機を撃墜したが……今度は航空戦力を持っているとは!今の浦田重工業は、まるで魔法使いのようだ。魔法の杖を振る度に新しい戦力と兵器が生まれて来る。平行世界の日本が経験した太平洋戦争だったら、こんな報告は握りつぶして喝を入れていただろう。神風もやっているかも知れない。しかし浦田重工業という敵は、不気味過ぎてその気になれない。やったとしても、嘲笑うかのように躱されるだろう

 

 臨時にたてられた作戦司令部では、どれもひっきりなしに無線の交信が流れており、状況を把握しているが、どれも苦戦している。陸でも同様だ。大部隊を浦田重工業の本社ビルに向けているのに、戦線がこう着状態に陥っているのだ。一個師団と戦車連隊を送り込んだのに、数分で増援要請が出たのだ

 

「何が起こっている!」

 

元帥は報告を寄せたが、陸も恐ろしい報告を受ける事になるのである

 

「……こういった連中を取り締まるべきだったな」

 

陸軍大将は悔しさのあまり涙を流した。彼等がした行為は許さないものだ

 




おまけ
ある部屋にて複数の憲兵の変死体を発見した
元帥「一体、どうやったらこんな事が出来る!」
憲兵隊長「仕方ありません!こうなったら、探偵を呼びましょう!」
元帥「軍の警察官が何を言っている!?誰を呼ぶんだ!」
憲兵隊長「待って下さい、電話しますから。え~と。……毛利探偵事務所の電話番号は何番でしたっけ?」
元帥「やめろ!小さい探偵がこっちに来たら不可解な事件が立て続けに発生するわ!」

江戸川コナン「ハックション(誰か噂している)!」


時雨達が出発している中、別の場所では大変な事に
浦田重工業、本性を露わにします。バイオハザードに出て来るアンブレラ社のように怪物を放ち始めます。隠し玉とも言えるジェット機も持っていたようです。これを参考に空母ヲ級の艦載機がジェット機を乗せて、未来では空母組艦娘を……

そして、問答無用の爆撃。よって、不可解な殺人現場も爆撃によって吹っ飛んでしまいました
コナン君がいれば爆撃を防いでいたかも?何しろ、黒の組織が保有している武装ヘリ(アパッチ?)とやり合って撃墜させましたからね(漆黒の追跡者より)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第76話 虐殺と追跡

平行世界の日本

 

 この物語の世界とは別の世界、深海棲艦が存在しない21世紀の世界が存在していた。神の悪戯かどうかは誰にも分からないが、隕石の衝撃により、制限はあれど双方の世界を行き来可能な通路が生まれた。しかし、これを第二次世界大戦の悲劇を避けるためと己の欲望に使うための理由で悪用している者がいた。それが浦田社長。運が良かった事にワームホールが開いた先が宗教団体のある施設だった事。そして、宗教団体を隠れ身として活動するのが出来た事である。宗教団体は金さえ渡せば何も言わない。そのため、ホワイトな商工を設立し宗教団体を支援する一方、現代技術や兵器をせっせと自分が住む世界へ送り己の野望のために準備していた。元陸自隊員の協力の元、自衛隊の旧式兵器も入手出来た。一見、こんなのはバレるかも知れない。しかし、浦田社長は現代日本の法の抜け道を知っていた

 

 それは、民間技術を軍事転用できるものを入手していたのである。例えば、レーダーのノウハウや武器製造に必要な工業機械は金さえ出せば買える。電卓やコンピューターなんかは自分達の世界では、ぶっ飛んだものだ。特に冶金、化学、加工技術を優先的に取り入れた。何も最先端の技術でなくてもいい。自分達の住む世界は、ミサイルなんてない。銃や爆弾を造って送らなくてもいい。そんなものは向こうの世界でも出来る。鉄やアルミなどの資源はある程度、手に入れればいい。必要なのは、軍事転用できる技術とノウハウそして人員。それだけあれば、十分だ

 

 実は浦田社長の考えは、海外の軍事企業の人と同じである。ある民間の航空会社が海外に航空機に取り付ける部品を売りに行ったら、各国の軍関係者がたくさん集まったと言う。軍事技術は何もミサイルや銃などの火器類だけではない。民生品と軍事品は表裏一体。日本は武器の輸出は厳しくチェックしても、軍事転用可能な民生品はほとんどスルーである。おまけに浦田社長は、最先端の兵器を求めていない。だから、現代日本を誤魔化す事に成功した。入金先を誤魔化した帳簿や税金対策も容易にできる

 

 しかし、問題があった。やはり、兵器が足りない。自衛隊の旧式兵器を入手したが、火力が足りない。そこそこ強く、整備がしやすい兵器が欲しいのである。そのため、海外の兵器がいい。だが、誰かの協力が居る。そのため、宗教団体の教祖様に国家転覆のために必要な兵器リストを渡すとやってくれたのだ。何と某国と繋がりがあるらしく、兵器を秘密裏に運んでくれるらしい。しかし、相手の国は見返りが欲しいらしくイージス艦のデータを欲したのだ。そのため、自分の側近の女性を使った

 

「私にこんな仕事をさせるなんて」

 

 海上自衛隊の幹部を脅迫させイージス艦のデータを盗むと自殺に見せかけて殺した。独身だからそこまで騒がないだろう

 

 そして真夜中、宗教団体の友人であろう人から兵器の受け渡すと言って来た。浦田社長は、相手の指示通りの場所に待ち合わせた。宗教団体が政治家と繋がっている以上、積荷を偽造する事など容易な事。入港して来た貨物船にはギッシリとロシア製の兵器が乗っていた。RPG-7、プラスチック爆弾、対戦車地雷や重機関砲、Mig21や戦車もある。ジェット機や戦車は流石に分解されていたが、組み立てる事も出来るため問題はない

 

「どうやって持って来たんだ?向こうでは、違法ではないのか?」

 

「日本と一緒にしないで欲しい。こっちはこれが商売だ」

 

 ロシア製の武器は、安く買えること、そして頑丈で壊れにくいこと、そしてソ連崩壊によって流通ルートが増えた事もあり、現代でもゲリラやテロリストが使い好んでいる。ジェット機ですら、金さえ出せば乗れるというほどだ。法治国家と謳う現代日本だが、丸め込めばこう言ったことも黙認してくれる。しかし、宗教団体が購入したMi-17が余計だったが

 

「それでは受け取ろう」

 

 浦田社長は手を差し伸べたが、相手の手には拳銃が握られている。サプレッサー付きだ。周りの部下達も銃を構えている

 

「まずは金とイージス艦の情報だ。置いて行って貰おう!」

 

「……やれやれ。どうせ嘘だろ。私の親しい女性によると後ろの物陰に公安がいると囁いていたぞ」

 

 相手は驚愕した。何処の国の人間かはいい。暗闇だったが、滑稽な表情だ。どうやら、目の前の男は警察と内通したらしい。教祖様はこちらの悪事に気付いたのか?それなら、こっちはそれよりも上をいかないと。もう、隠れ身としている宗教団体はいらない

 

「折角、平和的で取引しようと思ったが、どうやら死にたいらしいな」

 

「ハッタリは止めろ!例え俺を殺したとしても外交問題になるぞ!コネがあるんでな」

 

片言の日本語だが、怒りのあまりに怒鳴った。銃を向ければ従うと思ったらしい

 

「この国の外交や政治なんてどうでもいい――やれ」

 

 私の女性は、目にも留まらぬ速さで部下に近づくと胴体にパンチを食らわせた。ただのパンチ。しかし、そのパンチは部下の男性の胸を貫通している

 

「×○□~~!」

 

 母国語だろう。部下達は女性に向けて発砲したが、何と女性はケロリとしている。それどころか、変身したのだ。戦艦ル級改flagshipを知らない人達は哀れだ。化け物が現れたと思ったら、強烈な痛みを味う前に死んでいた。銃声が鳴り響いたが、数分後もすると銃声が鳴り止んだ。浦田社長は逃げも隠れもしない。その必要はない。周りは死体だらけだ。リーダーだった人は失禁して腰を抜かしている

 

「さて、誰の仕業だ?」

 

「こんな事をして――」

 

しかし、相手は悲鳴を上げた。女性は更に死体を持って来たのだ

 

「ツイデニ見張リノ警官モ殺シタ」

 

「○×□――!」

 

 相手はよくわからない叫び声を上げたが、戦艦ル級改flagshipは右腕を踏みつけ潰した

 

「質問に応えろ。誰の命令だ」

 

「た、たたたた大使館だ」

 

「なるほど。他所の国の命令か。では大使館員は皆殺しだ。――頼めるか」

 

「イイワ。コッソリト殺スノネ」

 

 まるで日常の会話の様に軽い口調。故に狂気を感じさせる。流石のリーダーもこの異常事態に頭が付いて行かない

 

「ま、ままま待て!君達は――」

 

 リーダーが覚えているのはそこまでだった。化け物の女性の手の拳がこちらに向かって来たのが最期だった

 

 

 

 その翌日、平行世界の日本のある港でとんでもない事件が発生した。数人の外国人と公安の職員の変死体が発見された。また、ほぼ同時刻に某国の大使館員全員が惨殺されるという事件も起こった。付近を通りかかった人は、玄関前に人の死体が沢山あるのを目撃し通報したらしい。しかも殺され方も異常で、どれも何か鈍器で殴られたらしいとの事。海上自衛隊の幹部の自殺と情報漏洩疑惑も重なった事により、この一連の事件は日本を震撼させ、更には外交問題にまで発展した

 

 警察は事件を必死に究明しようとしたが、手掛かりがなかった。リークしていた公安も宗教団体の裏取引である事は突き止めてはいたものの、現場の人間が死んでいるためどうしようもなかった。自殺した自衛官も同様である。脅迫されたのは分かっているが、不明過ぎる。二人組の男女については情報も少なく、何者かも突き止められない。また、ネットでは様々な噂が流れた。『右翼団体の仕業』『CIAの暗殺』『政府の闇取引を口封じのためにSATによって抹殺』など

市民団体が国会議事堂に押し寄せ、総理を辞めろ!というコールが起こる始末である

 

 しかし誰もこの事件の真相にたどり着いた者はいなく、数か月もすると国民の関心は薄れ、次第に忘れられた。そのお蔭で、兵器をたくさん積んだ貨物船の行方は誰も知らない

 

 

 

その兵器は、時雨達が住む世界で使われていた

 

 陸軍が浦田重工業の私兵軍団と衝突する数分前、民衆は浦田重工業の本社ビルに殺到した。平行世界の日本の戦前ではこんな事は考えられない光景だ。それはともかく、重工業の暴挙に民衆と警官、そして憲兵隊が本社ビルに向かったが、彼等の行進はあるところで止まった。何と、浦田重工業の私兵達が道にズラリと並んで道路を封鎖している。異様な装甲車や戦車も確認出来る。空には見たこともない回転翼機が飛び回っている

 

「な、何なんだ?」

 

 1人の男は呟いた。憲兵隊や警官とは違う威圧感。しかも、警告すら発しない

 

 憲兵隊も警官も戸惑った。今までこんな相手をしたことはない。権力を振りかざして逮捕も出来るが、今回は違う。しかも、部隊長と思われる人が号令を出すと浦田の部隊はこちらに銃口を向けた

 

「なっ……!貴様ら!何をしているのか、分かっているのか!」

 

憲兵隊長は怒鳴ったが、返事はなし。民衆もこの異様な光景には、誰も声を上げない

 

「ま、まさか撃ったりしないよね?」

 

 1人の男は構わず進んだ。幾らなんでも、民間人相手に銃を発砲する事はない。相手は民間企業が雇っている軍団だ。そう思ったのだろう

 

しかし、相手はそんな生易しいものではなかった

 

一発の銃声が響き渡り、その男は血を吹き出しながら倒れる

 

 たちまち阿鼻叫喚となり、群衆は逃げ出した。彼らは悟った。こいつらは本気だ!

 

 憲兵隊と警官は応戦しようとしたが、彼等の持つ装備で倒せる相手ではない。自動小銃どころか装甲車の重機関砲、そして何と戦車砲まで火を吹いたのだ。回転翼機からは、ロケット弾が発射される始末だ。予想外の行動に流石の憲兵隊持つ警官も群衆と一緒に逃げ出した。拳銃ではどうにもならない

 

 逃げている間も、私兵部隊は群衆に向かって発砲していている。私兵部隊が撃つ自動小銃は人体に大穴を開ける。戦車と装甲車は警官や憲兵隊に向けて、火を吹き死体の山を築く

 

 最早、戦闘ではない。虐殺である。ある意味、強行手段ではある

 

「こちらに歯向かう民衆を攻撃しろ。これで、大本営は思い知るだろう。我々は貴様らよりも強いとな」

 

 マスメディアによる世論の訴えなぞ、気にはしていなかった。自分の部隊に命じたのは「歯向かう者は、先制攻撃しろ。例え、例外は一切なし」と伝えた。本来なら、これも考えられない事だ。反発するだろう。しかし、浦田重工業に働く者は、そんな疑問を微塵にも感じなかった。既に浦田社長は平行世界の日本の宗教団体がよく使う手を導入したからだ。洗脳技術を

 

 よって、部隊長の命令が下された部下達は、躊躇なく民間人相手に銃をぶっ放したのだ。言い換えれば、武力弾圧である。本来なら、国民を武力弾圧するような政府や組織は長く続かないし、世間から非難が上がるだろう。しかし、例外も存在するのである

 

 平行世界だと、代表例として中国の天安門事件である。民主化を求めるデモ隊に対して、中国政府は武力で制圧したという。国際世論から批判が出ても、中国政府は否定し続け、時間が経つにつれて人々は無関心になってしまった。それに加えて、経済という力を活かして国際世論の批判を躱している。他の国がやれば、間違いなく国家転覆しているだろう。結局は、外交と経済など上手く使えば非人道的な行為は、相手も目を瞑ってくれる。経済という餌には、誰も抗えないという事である

 

 浦田重工業は、中国政府ほどではないが、大本営や政府に対して巧みに付き合っていた。武力制圧して批判されても、大半の人達は既にトラック島行きの船に乗っている

 

 そのため、武力制圧を実行したのだ。この暴挙の知らせを聞いた陸軍大将も元帥も思考停止に陥った。まさか、彼等がそんな事をするとは思わなかった。最早、これは内乱だ。早速、待機させていた一個師団を向かわせたが、防戦一方でどうにもならないという

 

「なぜ、進軍出来ん!企業が雇っている軍隊を倒せないとはどういう事だ!」

 

「強力な戦車と回転翼機がいるせいです!我が軍の戦車が太刀打ちできません!」

 

 こちらも三式中戦車を繰り出したが、真っ先に撃破されると言う。なぜ、こうも相手は強いのか?深海棲艦が上陸して襲って来たならともかく、企業が保有する兵器の方が国軍よりも強力だったとなれば、面目丸潰れである。しかも、戦車や戦闘機などの兵器は、浦田重工業のお蔭で発達した。欧米に追いついたと思った矢先に倒されたのだからたまったものではない

 

 陸軍の部隊長は物陰から、この異様な光景を目を見張った。元帥の命令で浦田重工業を攻撃したのはいいが、浦田重工業が保有する私兵軍団に恐怖した

 

 こいつら本当に日本人か?兵器が違うし、ユニフォームも違う。歩兵に限っては、自動小銃を持ってやがる。こんな話、聞いていない。大体、あの上部が丸い異様な大きい戦車を破壊する手段なんて持っていない。何処かの部隊が自爆覚悟で攻撃したが、全部無駄に終わったらしい

 

 部隊長も元帥からによる命令には半信半疑だが、浦田重工業のやり方に信じざるを得なかった。逃げ遅れた群衆や憲兵も全員、殺したのだ

 

 西郷隆盛が率いた西南戦争以来、日本で内戦は起こった事が無い。部隊長は初めての実戦だったが、これほど強い敵とは思わなかった。今では逃げ隠れるのが精一杯だ。無線でありのまま報告したが、司令部は信じたかどうか

 

「大尉、どうします!?」

 

 声を震わせながら部下が聞いてきたが、答える事が出来ない。大勢いた部下が、今ではたった一人だ。雨のように降る銃弾と降ってくる光とロケットで部隊は壊滅。私の部隊は数分で壊滅した。いや、数秒かも知れない

 

「他はどうなっている?」

 

「分かりません!」

 

 物陰に隠れながら、通り過ぎる戦車と歩兵を眺めていた。部隊長も部下もこの兵器には驚いた。浦田重工業の支援により三式中戦車が開発出来たが、浦田重工業はそれよりも強力な兵器を持っていた。第一、エンジン音が違う。空を飛ぶヘリも見た事が無い。502部隊という奴らが、この兵器と戦ったと聞いたが、まさか本当に現れるとは思わなかった

 

「戦車は……2種類あるのか……」

 

観察していた部隊長は、行進する浦田部隊に気付いた。姿形が違う

 

 空も同様だ。ヘリとジェット機のお蔭で制空権は失った。以前までは、列強国やら満洲国建国やらで海外と戦う事に成ると先輩から教わった。しかし実際は違った。まさか日本の、しかも首都の近くに敵がいるとは思いもしなかった

 

「移動しましょう!あんな化け物の兵器がいたら、我々は全滅してしまいます!」

 

 浦田部隊が通り過ぎて部下が声を掛けた。勿論、そうするつもりだ。このままだと、本当に日本が壊滅してしまう!

 

 

 

司令部

 

 元帥は司令部に籠って報告を待ったが、返ってくるのはどれも苦戦と援軍要請のみ。善戦したという報告はゼロである。攻勢に出たつもりが、押し返されているという。特に海岸に近くにいた部隊は悲惨だった。深海棲艦による艦砲射撃や空襲で壊滅したという。しかし、これはどうする事も出来ない。深海棲艦には、こちらの兵器が通用しない。幸いな事に東京湾には深海棲艦はあまりいないらしい。何か意図があるのだろうか?嫌な予感がする。確かトラック島に向けて輸送艦隊を出すと502部隊から聞いたが……

 

 兎に角、このままでは不味い。海からの攻撃は深海棲艦が、陸や空からの攻撃は浦田の私兵軍団が相手になっている

 

「早く、502部隊に繋げ!」

 

部下に命じて無線連絡した。このままでは持ちこたえられない

 

『元帥、何でしょう?』

 

「到着するまでどれくらいだ?」

 

『1時間以上はかかります』

 

「30分で到着しろ!奴らが持つ異質の兵器のせいで我が軍は、持ちこたえられない!」

 

 元帥は焦った。反攻作戦が失敗しかねない。陸海軍の総攻撃で浦田重工業の部隊を引き付けるはずだった。装備の質の差はあるかも知れないが、もしかすると数の暴力で勝てるかもしれない。502部隊はその隙に海岸沿いに侵攻。守りが薄い所をX兵器で攻撃。新型兵器を無力化させる

 

 しかし、このままだと押し返されてしまう。急遽、増援で2個師団加えたが、それも押されているという。何しろ、目にも留まらぬジェット機が飛び回り、鉄の怪鳥とも言える攻撃ヘリが地上部隊に向けて狙い撃ちされ、巨大な戦車に押されているという。一企業が持つ兵力が、ここまで強いと頭を抱えてしまう

 

「あの海軍大将は何処へ行った!?」

 

 後輩である海軍大将は、浦田重工業と親しい関係だ。そのため、陸戦隊を出すよう要請したが、はぐらかされた。しかし、こうなってしまうとそうは言ってられない。側近の士官に問いただしたが、予想外の返答が帰って来たと言う

 

「すみません!大将は逃げてしまいました!黙っていろ、と脅されまして」

 

「……何という事だ!」

 

元帥は頭を掻きむしった。軍のトップが逃げるなんてあってはならない事じゃないか!

 

 

 

 首都に近い所で戦闘が発生しているため、道路という道路は避難民ばかりだった。元帥も予期はしていたが、ここまで混乱するとは思わなかった。敵が強すぎたのである。それに加えて、浦田部隊は民間人問わず無差別攻撃しているため、余計に混乱してしまった。海岸付近は既に深海棲艦が展開してしまった事もあって、避難経路が限られている。鉄道も通っているが、とても間に合わない。敵が近くにいる

 

 そのため道路という道路は渋滞で一杯だ。陸軍大将はやむなく憲兵隊に対して、発砲許可の規制を緩めた。このままだと暴動が起きてしまう。それでも、事態を沈静化出来る訳がない。既にあちこちで暴動が起こっている。何しろ、遠くから戦闘による爆発と発砲音が嫌でも聞こえて来るのだ

 

 その混乱に上空で物凄い爆音が響いた。見かけない飛行機が空を飛んでいるのを目撃した市民は、肝をつぶした

 

 明らかに軍の飛行機ではない。消去法で浦田重工業のものとしか考えられない。浦田重工業は、強力な新兵器を持っているという噂は本当だった。そして、無差別攻撃している事も深海棲艦と組んで世界を攻撃している事も。この飛行機の翼の下に吊るしているものは、新型爆弾に違いない!

 

それは単に対空ミサイルに過ぎなかったが、そう考えるとパニックに火がついた

 

 恐怖のあまり失神する者、持病の心臓病の発作が起きて頓死する者、訳の分からない絶叫を上げながら走り回る者

 

 交通統制や避難誘導に当たっていた警官も憲兵も、同様だった。とてもではないが、このパニックを抑える事が出来ない。何しろ、あんなものが空を飛んでいては、抑えようにも抑えられない

 

 道路には町から逃げる人々がいたが、一人だけ逆方向に向かっている者がいた。そのものは女性であり、戦闘が行われている所へ向かっている。ジェット機が飛び回っているにも拘わらず、平然としていた

 

「骨董品でも強力なのね」

 

 女性は呟いた。実は陸軍の部隊長が見た強力な戦車は、平行世界の世界では旧式と化している兵器類だ。特に浦田重工業は、強力な戦車を持っていると無線で喚いているが、女性はため息をついた

 

戦車の正体は、74式戦車とT-72である

 

 前者は陸上自衛隊が10式戦車更新のために74式戦車を廃棄する工場からかっぱらって来た。火器管制も入手出来、オイルを入れると動ける。T-72は旧共産主義圏にて、多く使われた戦車である。尤も貨物船に乗っていたのは輸出用モデルであり、装甲や砲弾の威力等に大幅なスペックダウンを施した、所謂「モンキーモデル」である。米軍相手には全く通用せず、現代日本でも真っ先に撃破されそうな骨董品が、この世界では強力だ。三式中戦車をものともしない。空から叩こうにも、上空にはジェット機が飛んでいる。歩兵が戦闘車両に敵う訳がない。装甲が薄いところを狙うかか対戦車地雷で爆破させるかでやらないと無理である。502部隊がRPG-7をコピーして部隊に普及させているが、そんなもので簡単に装甲が破れはしない

 

 浦田社長が余裕であるのはそのためである。尤も、兵器は万能ではないため数か月前に廃工場で戦闘があった際にヘリが撃墜した時は、驚きもしなかった。弱点を突かれたためだ。しかし、旧式で使い勝手良い兵器を奪い改装を施した発想は確かに有効である。相手から見れば、まるで魔法のように現れているように見えるが、浦田社長にしてはこれといった事はしていない。とは言え、F-4EJやMig-21などのジェット機や74式戦車やT-72といった戦車など持っているのは驚きだ。運用出来たのは、長年に渡って工作機械や技術を持ち込み蓄えた成果でもある

 

そう考えている内に、浦田部隊の警備隊長から無線連絡があった

 

『ハンター1からバトルシップへ。部下がお前の大好きなお友達を見つけたそうだ。どうだ?F-4に爆撃させるか?』

 

「こっちも確認している。手出し無用た。私がやる。楽しみを取っておきたい」

 

『任務を忘れるな。社長が怒るぞ?』

 

 既に空母ヲ級が確認しているが、深海棲艦は人間には興味がない。要人暗殺には、写真と住んでいる場所を渡した程だ。それでも一家殺害など多大な被害が出たが、そんな事はどうでもいい

 

 しかし、無線通信によると反撃されて思うように攻撃出来ないらしい。海岸沿いの道路を通るとは大胆だ。深海棲艦が待ち構えているが、その艦砲射撃をかわしている。道路を破壊するよう命じたが、その前に艦載機の攻撃を食らって阻止されているという。恐らく空母艦娘がいるのだろう

 

「時雨以外にも艦娘がいるという情報は本当だな。しかし、何人いようが、大したことではない。無駄な事を」

 

 人混みの中、ある場所だけは人は、避けている。高級車と護衛が軍人である事から恐らく上層部の人間だろう。その女性は、そう感じた。どうせ、上層部の人間を殺すよう『主』から伝達されている。恐らく、ジェット機と強力な戦車(?)を見て驚愕し尻尾を巻いて逃げようとしたのだろう。後部座席の窓にはカーテンがしてある

 

「おい、お前!何、近づいているんだ!」

 

 護衛はこちらに気づくと銃を構えた。高圧的で怒鳴り散らしている。彼女はそんな護衛を無視して車に触る

 

いい車だ

 

豊吉 和彦(とよし かずひこ)海軍大将が乗っておられるのだぞ!身をわきまえろ!」

 

 護衛は銃を構えたが、その後の事は覚えていない。何故なら、『彼女』は護衛の顔面にパンチを食らわせたからだ。只のパンチならいい。顔面が陥没し、護衛は即死したのだ。何があったのか、分からなかったのだろう

 

「な、お前!何をしている!」

 

残りの護衛は1人の女性を取り囲み銃を向けたが、全員息を呑んだ

 

 凄まじい殺気と睨み付ける目にたじろいだからだ。それでも、海軍大将を守るのが彼等の任務だ。取り押さえようと1人が飛びかかったが、逆に殴り飛ばされた。比喩ではなく、本当に数メートル飛ばされた

 

「発砲を許可する!射殺しろ!」

 

 銃声がなった。しかし、護衛達は驚愕した。弾は確かに命中した。にも拘わらず、倒れるどころか出血すらしない

 

「な、何なんだ!」

 

 恐怖にかられ、護衛全員が女性に向けて発砲したが、倒れない。それどころか、女性とは思えない怪力で護衛を殴り倒したのだ

 

 異様な光景に周りにいた人々は悲鳴を上げて逃げようとしたが、避難している人混みを簡単に逃げる手段はない。たちまち阿鼻叫喚となった

 

「うあぁぁー」

 

 護衛が謎の女性によって殺されるのを見たドライバーは、外見も恥も殴り捨てて逃げてしまった

 

「ちっ……まあ、いい。頂くとしよう」

 

 車に乗ろうと体を振り向くと、1人の軍服を着た男性が、座り込んでいる。さしずめ騒がしいので外を覗いたら、殺戮の現場になっていたため逃げようとしたが、恐怖のあまり腰を抜かしたのだろう

 

「おい、お前。運転しろ」

 

「き、貴様!こんな事を――ぐぁ!」

 

 海軍大将は我に帰って喚いたが、相手の女性は胸ぐらを掴むと力任せに運転席に放り投げた。人をゴミを捨てるかのように軽々投げたのは、早速普通の女性ではない。いや、人間ではない

 

「ブツブツ言ってないで運転しろ。私は艦娘を捕まえなければならない」

 

「貴様、こんな事をして只で済むと思うな!」

 

 海軍大将は何が起こっているのか分からない。しかし、変な輩が護衛を殺し、海軍大将を投げるどころか命令しているのだ。こんな事があってたまるか!

 

(そうだ!こんな事をして、いいはずがない!海軍士官学校では最優秀の成績を納めて卒業した。 江田島では教官を勤めて後輩を育てあげ…… 部隊に配属されてからもみんなから慕われ 尊敬されたからこそ海軍大将になれた。浦田社長との交流を深め、浦田重工業を生み出す軍事技術を軍に取り入れた事で、南雲 忠一や源田 実などのライバルを倒すことが出来た!結婚もして、既に2人の息子と娘がいる!税金だって他人よりもたくさん払ってる! どんな敵だろうと、ぶちのめしてきた。いずれ元帥にもなれる!私は豊吉和彦海軍大将だぞーッ!)

 

 心の中で叫んだ!そうだ!恐れる事はない!相手は世間知らずの女だ!例え、浦田社長のお気に入りの女性だろうと、知った事ではない!高学歴の癖に柔軟性が全くないライバルをたくさん蹴落としたのだ!たかが、女ごときで自分の人生を失ってたまるか!

 

「いいか、よく聞け!この非国民が!死刑にしてやる!絶対に死刑にしてやる!私にこんな事をして――」

 

しかし、残念ながら豊吉大将の罵声はここで終わった。再び胸倉を掴まれたのだ

 

「もう一度言う。……運転しろ」

 

 今度は運転席に押し込められた。苦痛で呻く豊吉大将だったが、今度は震えだした。目の前の女性に恐怖した

 

こいつ、こんな殺気を出していたっけ?

 

浦田社長のお気に入りの女性は、殺し屋だったのか?

 

(何だ、こいつは……そう言えば、数人いた護衛を簡単に倒したぞ。殺される。逃げなきゃ殺される)

 

「た、助け――ひっ!」

 

 豊吉大将は助けを呼ぼうと声を上げたが、その女性の腕を見て悲鳴を上げそうになった。何と腕が黒くゴツイものに変形したのだ。しかも、その形状は……

 

「き、ききき、貴様……そんなバカな!」

 

「さっさと運転しろ。艦娘と502部隊の車両まで運転しろ。場所は追って示す。追いつかなければ殺す」

 

「は、はい!」

 

 彼女が後部座席に乗る間、豊吉大将は先ほどの現象を必死に考えた。しかし、今の現象をどう説明すればいいのか、自分自身ですら分からない

 

(何で……何であいつが深海棲艦なんだ!?どういう事なんだ!こうなるんだったら、あいつを左遷させなきゃ良かった!)

 

 実は艦娘の創造主である博士を左遷させた張本人が、この海軍大将の豊吉和彦である。浦田社長にそそのかされてやったためである。そのため、栄転し海軍大将という座を手に入れた。しかし、それが間違いであったと気がついても遅かった。震える手でエンジンを掛けたが、もう1つ問題があった

 

「あ、あああああの。避難民で道路が溢れていますが」

 

 道路と言う道路は避難民で一杯だ。車も立ち往生しており、避難は滞っている。だが、非情な命令が海軍大将に下された

 

「関係ない。行け」

 

 その女性は最早、他人の命なぞどうでもいいという事らしい。こいつは人間じゃあないのか!

 

「はい……」

 

 蚊の鳴く声を上げながら、アクセルを踏む。これにより、避難民に新たな惨劇が訪れたのは別の話

 

 

 

 幹線道路では、502部隊が率いる車両が浦田重工業の本社ビルを目指していた。時間が有限であるが、X兵器はトレーラーにある。おいそれと速度を上げる訳には行かない。また、幹線道路が海岸沿いに走っている事もあって、浦田兵や避難民の人達に遭遇しなかったが、艦砲射撃と空襲の洗礼を食らった

 

 それでも、時雨達は奮闘した。装甲車の上に乗ると、迎撃した。特に大活躍したのは龍譲だった。艦載機はひっきりなしに発着艦を繰り返している。艦戦は空母ヲ級の艦載機を撃墜し、艦爆隊と艦攻隊は追跡している重巡リ級や軽巡ホ級を攻撃している

 

 時雨や大淀、そして不知火は対空砲火で空母ヲ級の艦載機を追い返していた。撃墜する余裕はない。味方に当たってしまう

 

「提督、敵を振り切った!」

 

「よし、その調子で頼む!」

 

時雨は提督に現状を報告した。このままだとたどり着けそうだ。敵の妨害がなければ

 

「敵の妨害がありません。陸軍が浦田軍を引き付けたお蔭でしょうか?」

 

『本当にそうであればいいけどな。情報によると、一個師団が壊滅的な被害を受けた。強力な戦車とジェット機のお蔭で攻め込めないらしい』

 

 不知火は軍曹に問いただしたが、状況は最悪である。このままだと、浦田兵がこちらに気づくだろう。陽動の意味がなくなる

 

「ですが、浦田重工業が持つジェット機や攻撃ヘリが来てもおかしくはないです。そのまま、見逃す訳はないと思いますが」

 

 大淀が指摘した。大淀は状況分析が得意らしい。時雨を救助した際に、刺客を送り込んだ浦田の戦力を聞いている

 

「攻撃ヘリを送り込む事はないだろう。数が少ないゆえに対空戦闘はそこまで得意としない。それにこちらには龍譲がいる。でないとするなら――」

 

提督が独り言のように無線で言って来たその時、時雨は感じた。殺気を

 

「な、何や?さっき誰かに睨まれたような」

 

「ええ。こんな感じは初めてです」

 

龍譲も不知火も感じたのだろう。大淀も一瞬、幽霊を見たかのように青ざめていた

 

『おい、後ろから車が来てるぞ!何だ?……あれは、海軍大将じゃないか。しかも……何だ、ありゃ!車が血まみれじゃないか!』

 

 軍曹は叫びに時雨は、後方を見てギョッとした。車のバンパーが血塗れになっているのだ。しかも、あの車は確かお偉いさんの送迎用の車のはず

 

「あ、あいつだ。きっとあいつだ!未来で僕達を酷い目に合わせた戦艦ル級改が乗っている!」

 

時雨の警告にその場にいた全員が息を呑んだ。提督も装甲車から顔を出している

 

「海軍大将を人質にするなんて!」

 

「いや、大淀。奴がそんな事をすると思うか?」

 

大淀の言葉に提督は指摘した

 

「あいつは捕らえた艦娘を非道な事をした上で沈めた奴だ。そんな奴が、人質を盾にすると思うか?多分、巻き込まれたのだろう」

 

 これには大淀は更に青ざめた。つまり、あの海軍大将は殺すつもりだろう。不運にも戦艦ル級改flagshipに捕まってしまったらしい

 

 

 

「ワハハハーッ!」

 

 海軍大将は狂気に満ちた笑いを上げながら運転していた。楽しいからではない。脅迫されたとは言え、ここまでやらされるとは思わなかった。道路上に溢れるほどの避難民達を車で人を轢殺したのだ。女子ども関係なし。制止しようと駆けつけた憲兵や警官もである。そのため、ショックで精神崩壊してしまった。後ろに乗っている正体不明の女性は平気であるが

 

「追いつきました!あいつらに追いつきました!――ここまでやったんです!私の命はッ!この海軍大将の豊吉和彦の命だけは助けてくれますよねえぇぇぇぇ!」

 

 狂気に満ちた質問を後部座席にふんぞり返っている女性に投げかけた。もう、逃げ出したい!こんな所で死にたくない!それが本音だ。だから、元帥の反攻作戦に反対したのだ!自分のキャリアを台無しにしたくはない!

 

しかし、彼女の口は冷たいものだった

 

「ダメだ」

 

豊吉大将は、泣きもせず命乞いもせず、ただバカみたいに笑っていた

 

(そ……そうか!これは夢だッ!この海軍大将の豊吉和彦が死ぬわけがない!夢だ!夢だ!バンザイー!)

 

 狂ったように笑いながら現実逃避している海軍大将を他所に彼女は、能力を発動させた。それは 変形であった。肌の色はみるみる内に白くなり、顔も髪も変形していく

 

目も変化して黄色いオーラを纏い、片方の目から青い炎のようなエネルギーを発している

 

 バックミラーで一部始終見ていた豊吉大将は、絶叫した。まさか、人間が深海棲艦に変身するとは思わなかった。脅迫されたときの腕の変形は、浦田重工業の新技術かと思ったが、違う!人間に化けていたのか!

 

「お、おおおお前は何者だ!」

 

「説明シテ私ニ何ノ得ガアルトイウノダ」

 

 深海棲艦特有の怨念じみた冷たい返事に豊吉大将は、悲鳴を上げた。まるで、ホラー映画に出てくる幽霊が、テレビ画面からそのまま現れたかのような錯覚に陥った。豊吉大将は恐怖のあまり、アクセルを踏んだことにより時雨達に追い付く

 

「モットダ。モット近寄レ。サテ、誰ヲ捕マエヨウカ」

 

 戦艦ル級改flagshipの心の中は、502部隊や艦娘の侵攻阻止の命令よりも己自身の欲望を最優先にしてしまった。早速、命令無視だが、誰も止めることは出来ない

 

 戦艦ル級改flagshipは副砲で車の上部を吹き飛ばすと、シートを踏み台にして身を乗り出した。高速で移動する車を何ともないのか、安定している。戦艦ル級改flagshipの砲、全て艦娘が乗っている装甲車に照準を合わせる

 

 

 

サア、狩リノ始マリダ

 

 




実話
日本の某企業「これは気象観測用のセンサーです。上空150メートルまでの乱気流を測定することができます」
ロシア海軍「とても興味深い製品だ。……海軍の航空部隊にとっては」
アメリカ研究機関 副所長「空母に着艦するパイロットに乱気流を警告できる!素晴らしい!」
日本の某企業「え!?いや、ちょっと待て!」

日本の企業が造り出す民間技術は、優れものです
しかし、海外の軍需産業までも注目されているのですから大変です
 冷戦期には米ソは軍事に対して巨額の国家予算が投入されまして、最先端の技術を開発してきました。しかし、それは過去の話。財政上の制約もあり、民間で次々と開発される高度な技術を、逆に軍事に活用するのが主流です

 有名な話ですと、米国防省はスーパーコンピュータをアップグレードするために家庭用ゲーム機であるプ○イス○ーション3を200台購入したとの事。最近だと北朝鮮のものと見られる無人機に日本のカメラが搭載されていたりと日本の民生品は人気です
 武器輸出三原則?民生品と軍事技術は表裏一体。防ぐ事は不可能です。火器類だけが兵器ではないのですから。よって浦田社長も海外の軍事企業と同様に目を付けられました。コンピューター部品や治金技術などは武器ではないですからね。暗視ゴーグルなんてネット注文出来ますし。ただ公安に目を付けられていたらしいですが

なので、こういったジョークが生まれたとの事
アメリカ「ISISの連中はなぜ皆、武器を持ちながら某日本企業の車に乗ってる!?どういうことなのか説明しろ!」
海外「アメリカは馬鹿なの?そんなの日本車が乗りやすい決まってるだろ!」
アメリカは車社会なのに車の良し悪しを見分ける事が出来なかったようで……

そして、物語では海軍大将が真っ先に逃亡していますが、これは史実の旧日本軍でもやっています
日本軍は敵前逃亡した恥ずかしい軍と言われようですが、実は結構オチがあり、満洲のソ連侵攻では関東軍のトップが部下や民間人を置いて、尻尾まいて逃げたくらいです
まあ作品の豊吉大将は逃亡中、戦艦ル級改flagshipにキャッチされてしまいました
ああ、戦艦ル級改flagshipにさえ遭遇しなければ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77話 防空能力

 日本より離れたヨーロッパでは火の海だった。深海棲艦の艦砲射撃と艦載機によって主要都市は破壊されていた。1ヶ月前辺りから攻撃を受け、政治家などの人物も殺された。無論、深海棲艦の対策はしていたものの、深海棲艦には通常兵器は一切効果がないため人々は逃げるしかなかった。人々は内陸に向けて避難した。深海棲艦は、内陸まで行かない事は知っていた。しかし、当然人口密度は高くなり、食料医薬品などの生活に欠かせない物資が不足していた。誰もが思った

 

こいつには勝てない、と

 

しかしそんな最中、戦う集団がいた。日本から運ばれてきた『艦娘計画』のノウハウが到着し建造された艦娘が

 

ドーバー海峡では、2つの艦隊が激突していた

 

 戦艦ル級改flagshipの副官のポジションとして活躍している戦艦タ級eliteである。その戦艦タ級は深海棲艦の艦隊を引き連れて欧州を攻撃していたが、何と艦娘に邪魔されたのだ

 

「邪魔ダ。サッサト帰ナ」

 

戦艦タ級は警告を発したが、相手からは艦載機と砲撃で返事された

 

ドイツで建造された艦娘達が早速、街を蹂躙している深海棲艦に攻撃を始めた。建造され、この世界の事を聞かされたが、まさかここまで酷いとは思わなかった

 

「さあ、かかってらっしゃい!」

 

 戦艦のビスマルクは相手を挑発したが、その顔を余裕がない。空母であるグラーフ・ツェッペリンも重巡プリンツオイゲンも同様だ

 

負ける気はしないが、数が多過ぎる。そして、守るべき非戦闘要員があまりに多すぎる

 

だからと言って、軽々と白旗を上げる訳にはいかない

 

 グラーフ・ツェッペリンはBf109とFw190T改を繰り出して空母ヲ級の艦載機を一掃し、プリンツオイゲンとZ1、Z3は駆逐イ級と雷巡チ級の集団相手に戦っている

 

UIT-25(ルイージ・トレッリ)やU-511は、後方支援の艦隊である輸送ワ級に対して雷撃した。史実と同じく

 

 乱戦の中で2つの戦艦がぶつかる。ビスマルクは戦艦タ級eliteに突進すると必殺の38cm連装砲を食らわす。相手の砲撃も凄まじく、既に中破までダメージを負った

 

(試射無しで当てるなんて!)

 

通常、砲撃というのは簡単に当てるのではない。試射や観測機を駆使し計算をして修正するものである。しかし目の前にいる敵は、どういう訳か簡単に当てて来ている。余りにも命中率が良すぎる

 

「ドウシタ?コノ程度カ?無駄ナ抵抗ハ止メテ降伏シロ。丁重ニ扱ッテヤル」

 

 戦艦タ級eliteは嘲り笑ったが、ビスマルクはキッとに睨んだ。日本から派遣された技術士官から話は聞いている。砲撃の命中率が異常に良いのは、恐らく浦田重工業が関わっているからだろう

 

「私はビスマルク型戦艦のネームシップ、ビスマルク。甘く見ないで!」

 

「……ナラバ仕方ナイ。死ヌシカ無イナ!」

 

 双方の主砲から火を吹き、2人の間に16inch三連装砲から発射される砲弾と38cm連装砲から発射される砲弾が飛び交った。双方とも一歩も引かない

 

 

 

 ヨーロッパで艦娘と深海棲艦が戦っている最中、日本でも同様に双方との戦いが始まろうとしていた

 

「あ、あれが時雨が言っていた戦艦ル級改flagship」

 

「何なんですか、あの殺気は!」

 

 不知火も大淀も息を呑んだ。彼女達は直感的にこの戦艦ル級は、異質であることを感じ取った。先日に交戦した戦艦棲姫とは違う威圧感

 

「……あいつ、以前よりも殺気が増している!気をつけて!」

 

 時雨だけは戦艦ル級改flagshipの別の異質に気づいた。殺気が違う。気をしっかり持たないと心が折れそうだ

 

「また、来やがったか!」

 

「攻撃しますか!」

 

「待て、海軍大将が乗っている!見る限り巻き込まれたらしい。攻撃したら、あいつは死ぬ!」

 

 提督は運転席にいる海軍大将を確認しているため、攻撃中止を命じた。双眼鏡を覗くと明らかにその海軍大将は、狂ったように笑っている。発狂したのだろう

 

 しかし提督はこの人物が、父親を左遷させた張本人。そして彼は知らないが、未来でも会っている。尤も、初めは艦娘を海軍編入しようとあれこれ招いたが、深海棲艦が強力な装備を持ったことで艦娘の敗戦が続くと一転して未来の提督と艦娘を非難した人物である

 

奇妙な因縁がここでも起こった事を彼らは知らない

 

「君ぃ、それは正面から攻撃したらの話やろ。側面ならどうや!」

 

 龍譲は巻物を広げると式神が飛んでいく。いや、式神が艦載機へと姿を変えて、エンジンを上げる。岐阜基地で演習で何度も見ていたが、やはり不思議な光景だった。敵機はいないため、艦爆の彗星と艦攻の天山の航空隊だ

 

「気を付けろ、龍譲!」

 

「分かってるで。戦艦棲姫のようにはいかんわ」

 

 龍譲は何も考えずに攻撃を仕掛けたのではない。ドライバーを傷つけずに攻撃することくらいは朝飯前だ。実際に、『艦だった頃の世界』の海軍航空隊は化け物揃いである。その質の高さは受け継がれている。また、戦艦棲姫との戦闘を教訓に艦載機を一新させたのも大きい。九九艦爆よりも大きな爆弾も搭載可能な彗星。九七艦攻より性能が高い天山は龍譲の攻撃力をアップさせた。戦艦ル級改flagshipを倒せずともダメージを与える事が出来るはず。中破まで持っていけるはずだ

 

「ソロモン海や未来のようには行かないよ、っと!」

 

 

 

側面からの迫り来る航空機を戦艦ル級改flagshipは睨んだ

 

「アノ艦載機ハ龍譲。ナルホド……艦載機ノ練度ガ高イノハ、伊達デハナサソウダ」

 

 龍譲は太平洋戦争時、軽空母で多くの作戦を遂行した軽空母の1つである。編隊は見事であり、動きも無駄が無い

 

 ここまで艦載機の練度を演習だけ上げたのは、龍譲自身の力である。実際に『艦だった頃の世界』では着訓練艦として搭乗員を育成した事もある。その訓練は相当厳しかったらしく、「赤鬼、青鬼でさえ『龍驤』と聞いただけで後ずさりする」と恐れられていた程である。時雨も龍譲の艦載機の猛烈な訓練姿には、舌を巻いたほどである。一航戦である赤城加賀とは違う強さを持っている

 

 しかし艦爆や艦攻が戦艦ル級改flagshipに向けて急接近しているにも拘わらず……戦艦ル級改flagshipは顔色を変えずに艦載機を睨みつけていた。側面から迫り来る艦載機に高射砲と対空機銃を向けると発砲した。数門の高射砲と対空機銃が火を吹いた。通常の対空砲火は、時限信管による射撃は命中率が低いはずである。しかし、戦艦ル級改flagshipの高射砲と対空機銃の命中率は異常だった。弾幕も雨あられのように飛ばしてきている事もあり、彗星と天山はバタバタと撃ち落とされたのだ。強力な防空能力に天山の搭乗員である妖精は慌てて反転して距離をおいた。このまま突っ込むと全滅する。戦闘の一部始終見ていた龍譲も例外ではなかった

 

「な、何や!今の攻撃!対空砲火だけで航空攻撃を防ぐなんて!」

 

 流石の龍譲も驚愕した。無論、警戒はしていた。時雨の証言でミサイルという兵器には気を付けていた。しかし、戦艦ル級改flagshipはミサイルを全く使っていない。高射砲と対空機銃だけで防いだのだ。普通、高射砲はこんな命中率が良い訳がない。対空機銃もだ。こんな事あり得るのか?

 

「くそ!これなら、どうや!」

 

 今度は艦載機を高度を上げるよう命じた。急降下爆撃である。艦船や地上兵器は上面の防御は手薄なため、戦果を挙げ易いために生まれた戦法だ。対空砲火も仰角が取れないかも知れない

 

 彗星は急降下爆撃を仕掛けたが、やはり強力な対空砲火の洗礼を受けた。命中率も半端なく、彗星が次々と火を吹いて撃墜されていく。奇跡的に生き残った彗星が爆弾を投下したが、外れてしまった

 

 

 

「急降下爆撃もほとんどやられた!クソ、どうやったらあんな芸当が出来るんや!」

 

 龍譲は絶叫したが、他の艦娘も同じだった。戦艦なので航空攻撃すればダメージを与えられると思っていたが、実際は違ったのだ。そして、後方から砲声が一発、響き渡った

 

木枯らしと共に艦娘を乗せた装甲車に砲弾が物凄い勢いで迫ってくる

 

「嘘やろ、試射無しで命中させるなんて!」

 

「危ない!」

 

 提督の命令よりも早く不知火は前に出て盾となった。副砲の砲弾は、不知火を直撃した。もし、不知火が盾になっていなければ装甲車は破壊されていた。

 

 強力な爆風と爆音が車列を襲い、装甲車の上に乗っかっていた時雨達は危うく振り落とされそうになった。爆風と砲弾の威力で大破され飛ばされる所を大淀と時雨は空中でキャッチした。間一髪だった

 

「不知火を怒らせたわね……!」

 

 大破し傷口を抑えている不知火は怒りを顕わにしたが、内心では驚いている。戦艦の副砲の砲弾が余りにも強烈だ。副砲でこの威力なら主砲の威力が想像出来ない

 

「X兵器は無事だ!」

 

時雨はトレーラーを見ながら叫んだが、内心では腸が煮えくり返った

 

こんな調子で大丈夫なのだろうか

 

 

 

「成ル程、『マジックヒューズ』ト『40mm対空機関砲』ハ見事ダ。火器管制システムヲ一新スレバ『ミサイル』ヤ『CIWS』ヲ使ワナクテモ防ゲルシ、攻撃モ無駄弾モ無クナル。フン……流石、イージス艦ヲ造ッタ国ダ。発想ガ柔軟ダ。通リデ『マリアナの七面鳥撃ち』ガ起コル訳ダ」

 

「い、今のは何なんですか!?」

 

 豊吉大将は悲鳴じみた声を上げながら聞いてきた。無理もない。車の天井に穴を開けたと思ったら、飛行機と交戦したのだから堪ったものではない。戦艦ル級改flagshipの砲声と爆音で錯乱しそうである

 

「余リ五月蝿イト、貴様ヲ殺ス」

 

 氷のような冷たい声に豊吉大将は、遂に悲鳴を上げた。しかし、逃げたいと思っても逃げる事は出来ない。車から飛び降りたい所だが、そんな勇気はない!慌てているが、彼は気付かない。戦艦ル級改flagshipの手が迫ってきている事に

 

 

 

「本当に、あれが戦艦ル級改flagshipなのか?」

 

「うん。外見は一緒だけど……」

 

「廃工場に現れた時と姿が違うが未来でも、纏っていたのか?」

 

「僕も初めて見る」

 

 身を乗り出した提督は時雨に聞いたが、時雨は曖昧に返事していた。未来で、そして捕らえられ拷問された相手だ。しかし今、目の前な戦艦ル級改flagshipに違和感を覚えた。戦艦ル級の艤装が違っていたのだ。戦艦ル級の艤装は、軍艦を立てたようなものを持っている。しかし追って来ている戦艦ル級改flagshipは、そんなものを持っていない。どちらかと言えば、長門や陸奥が纏っていた艤装に近い形だ。改修したのか?しかし、未来でもこんな変化はなかった。提督も違和感を覚えたのだろう。廃工場の時に戦った時に見た姿が違っていたからだ。言葉では言い表せない異変に時雨はどう反応したら分からなかった

 

「司令、撃ちますか?」

 

「駄目だ、人質がいる!」

 

「しかし、このままでは、やられます!」

 

 大淀の言い分は尤もだ。ドライバーである海軍大将がいる以上、攻撃が出来ない。しかし、何かしなければやられる

 

「なぁ、ちょっといいか?」

 

 不意に龍譲が声をかけた。自慢の航空攻撃が通用しなかった事にショックを受けているようである

 

「艦載機の補充は限られている。待ってくれ!」

 

「そうやない!……何かとてつもない力を隠しているようやけど……あいつの能力は不明やけど、分かった事があるんや」

 

龍譲は慌てて言った。あの攻撃で分析したらしい

 

「一つ。見た事あらへんけど、あいつはミサイルという兵器を頼っておらん。もう1つ、妖精は奴の独り言を聞いたで。確か『マジックヒューズ』と言っておった……よく分からんけど、新兵器、若しくは別の兵器が使われているかも知れへん」

 

「ミサイルを頼っていないの!」

 

 聞いていた時雨は、驚愕した。いや、時雨も思い出した。未来では、アイオワは現代改修でミサイルを装備していたが、それに対する戦艦ル級改flagshipはミサイル装備していない。でなければ、大阪の戦いでミサイルを使っていたに違いない。ミサイルを防ぐ自信があるのか、それとも使えない事情があるのか?

 

「提督、あれを!」

 

 大淀が指を指しながら叫んだ。指先には、戦艦ル級改flagshipを乗せたあの車が横転している

 

僅かに目をそらしただけでこうなっていたのだ

 

「何処だ、何処へ行った!」

 

「あれ!」

 

 今度は装甲車に向けて何かが飛んできた。それは人だった。赤い血を引きながら。ドライバーだった海軍大将が、変死体となって降ってきたのだ

 

「ひっ!」

 

 グロテスクな姿になって落ちきた死体に大淀は悲鳴を上げた。しかし、他のものは違った。装甲車の前に走っているジープに戦艦ル級改flagshipが着地したのだ。隊員は訳の分からない事を喚きながら銃を向けて引き金を引いたが、戦艦ル級改flagshipはかすり傷すらつけられなかった

 

「ジャンプしたのか!」

 

「駄目だ、攻撃出来ない!」

 

 戦艦ル級改flagshipの身体能力に提督は驚愕したが、時雨はそれどころではなかった。別の車両に乗っていた人を掴むと盾のように掲げた。人質を取った隊員は、逃れようと暴れたが、拘束が解く気配はない。抵抗した者もいたが、秒殺された。ドライバーは振り落とそうとハンドルを切ろうとするが、あっという間に気絶させられてしまった。暴走状態なのだが、人が乗っている。攻撃の躊躇いに相手が挑発してきた

 

「ドウシタ。時雨、攻撃シテ来イヨ!コイツモ死ヌ事ニナルケドナ!」

 

「俺に構うな!撃て!」

 

 ジープに乗っていた隊員は喚いたが、時雨はそうはいかない。未来では、仲間の死を見ている。そのため、攻撃に戸惑っている。第一、仲間を見捨てる事は出来ない!

 

「貴様ハ生温イ。未来ヲ救ウ作戦ハドウシタ?攻撃シテ来ナイナラ、死ニナ!」

 

 見たこともないバカデカイ主砲がこちらを向けている。戦艦ル級改flagshipは、こちらを完全に舐められている。しかし、不知火も大淀もどうしていいか分からなかった。例え攻撃出来ても手持ちの武器では、戦艦ル級改flagshipの装甲を破れない

 

「提督!」

 

時雨は提督を見たが、提督は歯を食い縛っている。作戦失敗になるかもしれない。しかし、相手はそう簡単には倒せない。友軍を攻撃するなんてもっての他だ!

 

「くそ、攻げ――」

 

提督が攻撃命令を出そうとした直後、戦艦ル級改flagshipが乗っているジープに向かって別のジープが体当たりした。何と軍曹が乗っていたジープだった

 

「貴様ー!」

 

予想外の出来事に戦艦ル級改flagshipを乗せたジープは、バランスを崩し道路から出でしまった。しかも、最悪の事にここの道路は、海岸沿いだ。崖になっていたため、戦艦ル級改flagshipごとジープは、海に落ちた

 

「……そんな」

 

『何をボーッとしている!奴の脅しに屈するな!』

 

時雨は絶叫したが、無線から軍曹の怒鳴り声が響いた。仕方ないとはいえ、幾ら何でも……

 

『何が何でもX兵器を守れ!手段は問わん!』

 

 時雨は反論しようとした。自分の部下を助けようとしないとは何を考えているのか。軍曹はトチ狂ったのか?抗議しようと息を吸ったが、提督に止められた

 

「お前の言いたい事は分かっている。だが、今は止めておけ!」

 

 提督の鋭い指摘に時雨は、抗議しようとした。だが、止めた。分かっていた。仲間を犠牲にするなんて……

 

 他の艦娘も同様だ。自分達は無力だ。戦艦ル級改flagshipに翻弄され攻撃が出来なかったのを。あんなやり方で攻めるとは。人を盾にするとは

 

「分かった」

 

時雨は悔しそうに呟いた。そうだ。まだ、たどり着いていない。急がなくては

 

 しかし、事態は改善してくれない。水没したジープから水しぶきが上がったかと思うと、こちらに追いつくように何かが海の上を走っている

 

「奴が来る。海から」

 

「くそ、この道路は海岸沿いだ。だが、これしか方法が無い」

 

 提督の言う通りだ。深海棲艦の艦砲射撃が来るからこそ、避難民も浦田兵もいないのだ。内陸を目指せば、避難民の人ごみか浦田兵が待ち構えている

 

戦艦ル級改flagshipはこちらに不適の笑みを浮かべながら近づいて来る

 

「金剛さんと同じ高速戦艦……しかも、あの主砲の大きさは……見た事が無い」

 

 不知火も事態に付いていけない。深海棲艦の知識があるからこその反応だった。異質過ぎた。主砲も大和型戦艦である46cm主砲よりもデカイ。にも拘わらず、30ノット(約56km/h)以上も出して追いつこうとしている

 

「ダメだ。X兵器を守らないと!」

 

 時雨は絶望した。このままだと、全滅してしまう。奴を止める手段がないのか?主砲はこちらを向けている

 

「……まさか。おい、運転手!スピードを緩めてくれ!」

 

「無理です!敵に追いつかれてしまいます!」

 

「良いんだ!あいつの狙いは、X兵器じゃない!俺達だ!」

 

 提督は装甲車の運転手に叫んだ。運転手は困惑したが、速度を落とした。通常、あり得ないのだが、こちらに砲を向けられてはやられるだけだ

 

 装甲車の速度が落ちた事により車列からどんどんと離れていく。そして、何と戦艦ル級改flagshipも速度を落としたのだ

 

「な!?あいつは何で僕達を?」

 

「分からん。X兵器よりも時雨に興味があるかもな」

 

 提督の直感は正しかった。戦艦ル級改flagshipは、X兵器や502部隊の阻止ではない。艦娘だ

 

「軍曹、そのまま行ってください!戦艦ル級改flagshipを牽制します!」

 

『分かった!気を付けろ』

 

 スピードを落として車列から離れる装甲車。艦娘とドライバー、そして提督しかいない。それだけで戦艦ル級改flagshipの気を逸らすしかない

 

「あの戦艦ル級、俺達を捕まえて遊ぶ気だ。逆に言えば、X兵器の正体を知らない。もし、知っていたならとっくに攻撃している」

 

「でも、あいつは前よりも強くなっている」

 

 時雨は主砲を構えた。あいつに小細工は通用しない。沈める事は不可能だが、牽制は出来る。こっちの被害がなければいいが

 

 戦艦ル級改flagshipは海岸沿いの道路を走っている装甲車を追跡していた。わざと外して攻撃している。先ほど撃った砲弾を命を張って仲間を庇った艦娘がいたらしい。最新のレーダー射撃を駆使しているため、狙いは簡単だ。しかし、呆気なく終わってしまうため暫くは泳がせるつもりだ。トレーラーのようなものを護衛しているが、内心どうでも良かった。爆弾抱えて突っ込むようだが、甘すぎる。本社ビルには大勢の兵士や兵器が待ち構えている。アパッチに乗り込んでいる警備隊長には連絡したため、対処できるはずだ

 

「無駄ナ事ヲ。私ヲ足止シテモ辿リ着ケン」

 

 そう言っている間も砲弾が降ってくる。しかし、致命傷になるほどでもない。駆逐艦と軽巡の主砲くらいで戦艦は沈まない。かすり傷にもならない。そう思ったその時、上空から艦載機が殺到してくる。艦載機は全部、天山ばかりだ。海の上を走っているので、雷撃が出来ると思ったのだろう

 

「愚カ者ガ!私ガ何モ考エズニ、貴様ラヲ追イカケテイルト思ッテイルノカ!」

 

 叫ぶと同時に、上空には深海棲艦の艦載機が飛来して来る。数は40機。しかも、全て戦闘機だ。敵機を確認した天山の妖精搭乗員は魚雷を全て投棄して逃げるよう指示した。このまま突っ込んでも全滅するだけだ。しかし、艦載機は逃がす訳がない。一機、また一機と落ちていく。そうしている内に深海棲艦の艦隊が追いついてきた。空母ヲ級1、軽巡ツ級2、重巡リ級1、駆逐ナ級2である

 

 これでも十分な戦力だ。追いつめないといけない。まずは牙を完全に奪わなければならない。そのためには、弾薬を無駄に消耗させること。また、こちらには輸送ワ級の艦隊が後方に控えている。こちらには弾薬は十分にある。艦娘の精神や戦い方は旺盛だが、補給はないだろう

 

「手元ニハ弾薬ヤ艦載機ハ、チャント有ルノカ?」

 

 嘲笑いながら逃げ回る数機の天山を嘲笑いながら眺めていた。迎撃しなくてもいい。弾が勿体無い。空母ヲ級の艦載機で十分だ

 

 

 

「アカン!増援が来てしもうた!」

 

「クソ!ここからは歩きだ!装甲車を捨てるぞ!」

 

「分かりました!煙幕を張ります!」

 

 装甲車には、発煙弾発射機が付いている。煙幕を張る事で敵の視界を遮るものである。幸い、ここの地帯は住宅街だ。隠れて進むのは、不可能ではないはずだ

 

 

 

「ン?煙幕カ?」

 

 砲撃をしていた戦艦ル級改flagshipは、射撃中止をした。装甲車のスピードが落ちたと思ったら、煙が装甲車を包んだのだ。火災にしてはおかしい

 

「煙幕デ隠レテ奥ヘ逃ゲタナ。逃ガサン!」

 

 空母ヲ級に振り向き合図を送ると、空母ヲ級は頷いた。次々と艦載機を発艦させ捜索にあたった。陸地に向かう艦載機に無線が入って来た

 

『なぜ奴らをさっさと仕留めない?』

 

「これは私の戦いだ。手出しするな。邪魔すると例え『主』だろうと歯向かう。それが私との関係のはずだ」

 

 戦艦ル級改flagshipは人の声で素っ気ない返事をした。無人航空機から状況を把握しているのだろう。浦田社長が連絡して来たのだ。普通、戦いにおいて手を抜くのは考えられない。相手が予想外の事をしでかすかもしれない。だが、戦艦ル級改flagshipは、それを承知の上でやっているのだ

 

『君の性格を知ったつもりだが……まあ、いい。艦隊は出港するが、航行の邪魔はするなよ』

 

「『主』が造ったイージス艦が護衛しているのだろ?心配し過ぎだ」

 

 戦艦ル級改flagshipは一方的に無線を切った。手加減しているのは勿論、艦娘を捕まえるためである。殺すのは簡単だ。たかが軽巡駆逐艦と軽空母だ。勿体無い。捕まえ力の糧とするため、標的艦にするつもりである。簡単に言えば、なぶり殺しである

 

「人間ハドウデモイイガ、例ノ息子ト艦娘ダケハ生カシテ捕マエロ。楽シミガ無クナル」

 

 空母ヲ級にはそう命じた。うっかり殺してしまっては大変だからだ。あの息子を生け捕りにしろ、と命じたのは社長自身だ。浦田社長から命じられた歴史人物の暗殺任務はつまらな過ぎた。だが、オッペンハイマーやグローヴスなど原爆開発チームのメンバーとヒトラーやスターリンなどの独裁者を始末するのも一興だ。浦田社長から教えてくれた平行世界の歴史はつまらなかったが、歴史人物を消すのは暇つぶしにはなる。人前では傲慢な態度を取った人が恐怖で死んでいく姿は、中々面白いものだった。だが、何故か岐阜基地への攻撃は許されなかった。きっと、ギリギリまで日本を隠れ身として使うつもりだったらしい

 

(まあ、必死に抗う姿も面白いな)

 

 戦艦ル級改flagshipはニヤリと笑った。欧州攻撃を指揮している戦艦タ級は、ヨーロッパにも艦娘が現れたと言う。面白い知らせだ。自身に満ち溢れた艦娘を沈めるのが楽しくなって来た

 

 




おまけ(あり得たかも知れないヨーロッパ戦)

 ヨーロッパの海岸にある都市や軍事基地が深海棲艦によって蹂躙される中、ある者が現れ深海棲艦に攻撃を加えた!何と1人で駆逐イ級や軽巡ホ級の軍団を倒したのだ
姿形からして艦娘に思えたが、どうも違う
兵士1「1人であの深海棲艦の集団を倒すなんて……何者なんだ!?」
兵士2「艦娘だろうよ。やっと来たか!」
兵士3「いや……それにしては男なんだが?」
兵士1「と言うより、メカっぽくないか?腹から機関砲が出ているのだが?」
兵士2「写真とやけに違うけど……」
兵士達は困惑した。伝えられた情報と違うからだ
艦息?いや、二次創作ネタで使われる艦息にしてはおかしい。武器もどう見ても艤装ではなく、身体収納式だ。まるでサイボーグのような……
???「サイボーグだ!」
兵士1「え!?」
駆逐イ級「食ラエ!」ドン
???「フン!」
駆逐イ級「ナニ!砲弾ヲ手デ弾イタ!」
そう、男の正体は何とルドル・フォン・シュトロハイム大佐だった
シュトロハイム「ブァカ者がァアァァァ!!ドイツの科学は世界一ィィィィ!!軽巡ツ級のパワーを基準にィィィィィィィィ……このシュトロハイムの身体はつくられておるのだァァァァ!!」
周りが呆気にとらわれる中、ハイテンションになっているドイツ軍人は喜んでいる。なんだこいつは!?兵士達も避難中であった民間人も呆然としている中、謎の男は、弾帯を引っ張り出し重機関砲に装填する
シュトロハイム「俺の体はァァ、わァがゲルマン民族の最高知能の結晶であり誇りであるゥゥ!!つまり!すべての人間を超えたのだァァァァ!!くらえ、深海棲艦共、1分間に600発の鉄甲弾を発射可能!30㎜の鉄板を貫通できる重機関砲だ!1発1発の弾丸がお前の体をけずりとるのだ!」
 物凄い姿勢と銃撃音に深海棲艦は悲鳴を上げながら倒れている。兵士達は呆然とする中、ビスマルク達がやって来た
ビスマルク「ちょっとアンタ!何で、この世界にいるのよ!?クロスオーバーになっちゃうじゃない!」
シュトロハイム「心配無用ゥゥ!ここは後書きだからだぁぁぁ!」
ビスマルク「そういう問題じゃないわよ!第一、どうやってこの世界に来たのよ!」
実は建造ユニットから艦娘が生まれて来るのだが、何故かシュトロハイムは造られた(?
)らしい。通常ならあり得ないはずだ
シュトロハイム「愚問だ。だが、教えてやろう。我がドイツの科学は世界一ィィィィィィ!できんことはぁなぃぃぃ!他所の世界の死人を転生させて召喚する事なぞ、容易だからだぁぁぁ!」
プリンツオイゲン(無理矢理過ぎる……)
グラーフ・ツェッペリン(紫外線照射装置がないだけマシだな)
シュトロハイム「艦娘達はソファーに座ってオレの闘いぶりを見てな」
U-511「ソファってどこに?」キョロキョロ
Z1「フ……フラグ立てているような」
Z3「しっ!」
艦娘までも呆気にとらわれたが、ここでシュトロハイムにも予想外の事が起こる

 シュトロハイムのサイボーグの力は研究用として捕らえられた軽巡ツ級を元に設計されている。そう、軽巡である(大事な事なので二度言いました)
よって、戦艦タ級や空母ヲ級などの攻撃力には絶えられなかった
深海棲艦の駆逐軽巡がやられているのを聞いた戦艦タ級eliteは、戦艦と重巡の砲撃と空母ヲ級と軽空母ヌ級の艦載機による空襲を実施。よってシュトロハイムは大破(?)してしまった
戦艦タ級elite「ザコヲ倒シタクライデ調子ニ乗ルナ!駆逐艦ヤ軽巡ハ番犬ノヨウナモノ。我等トハ比較ニナラン!!」
シュトロハイム「ま……まだ勝てん!今の俺の装備では……今の人間の科学では……やつには勝てん!俺は、柱の男どころか深海棲艦にさえ勝てないのか!?」
ビスマルク「もういいから下がっていなさい。後は私達がやるわ」ガシッ!
シュトロハイム「なんだ貴様!何だ、この手は!?上官に向かって!」
ビスマルク「何時から貴方の部下になったのよ!」カチン
戦艦タ級elite「ソンナ機械ヤ艦娘ナゾ相手ニナルカ!」


後日、この異様な戦い(?)を見た人達は口々に言った。爆発音や砲声よりも言い争う声の方がとてもうるさかったと

その後、ビスマルクを率いる艦娘達は謎の男シュトロハイムと共に深海棲艦を倒すために冒険に出る
「ビスマルクの奇妙な冒険」の始まりである(嘘)


時雨達が戦っている中、ヨーロッパでも戦いが始まっています
ちょっとだけ出ていますが、ビスマルク頑張っていますね
後書きではシュトロハイムが出ててんやわんやです。実は一時期、真面目にクロスオーバー作品である『ビスマルクの奇妙な物語』を書こうと思った事はありました(笑)
ただ、書いて見て思ったのですが、こういうのは四コマ漫画でやるべきで小説には向いていないという結論に達して闇に葬りました。クロスオーバーは難しいですね(汗)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78話 降伏勧告

 装甲車を捨てて逃げた時雨達は、住宅街の影に隠れながら進んだ。本来なら住民が住んでいてのどかなそうな風景だが、避難がほとんど完了し無人の住宅街となっている。あのテレビの放送と戦闘で住民は、逃げたらしい。あちこち物が散乱している。中には、飼い犬まで放置されている家もあった。ドックチェーンされており、犬小屋から離れられないが、しきりに上空を飛んでいる飛行物体に向かって吠えていた。可哀想だが、何も出来ないし保護する余裕もない。犬が吠えているのは、上空に空母ヲ級や軽空母ヌ級が放った艦載機が我が物顔で飛んでいるからだ。まるで餌を必死に探している猛禽類のようだ。時雨達はある住宅の敷地に隠れていた。物置小屋の影に隠れて様子を伺っていた。対空電探によると数は50ほど、いるらしい

 

「クソ、ウヨウヨいやがる。追い払えないか?」

 

「零戦が少ないんや。数で全滅してしまうで」

 

「これだけの数を対空砲火だけで防げない」

 

龍譲も時雨も同じだ。この数では追い払うのは難しい。防空能力については時雨は勿論、大淀も不知火も大体同じである。『艦だった頃の世界』では帝国海軍の艦艇は、基本的に対艦射撃を重視したためであり、一部を除いて防空能力は低い。秋月姉妹が居れば別だが、彼女達はいない。いくら弾幕を張ったとしても、全て相手出来る相手ではない

 

 しかし、何としても本社ビルに向かわなければならない。強行突破しようにも蜂の巣になってしまう。大破した不知火に高速修復剤を使ったが、今度は全員大破という事もあり得る。しかも、まだX兵器は敵に攻撃していない。提督は必死に考えている中、不知火が突然、家に向けて艤装を向けた。見つかったのか?

 

「誰です!出てきなさい!」

 

不知火の鋭い声に全員が、身構えた。ドライバーと大淀は提督を守るようにして立っている

 

出てきたのは……1人の男性だ。学生だろうか?提督と同じ歳らしい

 

「待て……敵じゃない。民間人だ。場所を移すぞ」

 

 提督は珍しく暗い声で皆を促した。避難していない人もいるのは珍しくない。しかし、ここで構う暇はない

 

「待ってくれ。お前……」

 

「こんな時も邪魔するのか?浦田重工業に伝えるのか?内定がとれるぞ」

 

微かに怒りを含んだ声。他の人は、困惑したが、時雨は思い出した。確かこの人は……

 

「浦田重工業の観艦式でけなした人?」

 

「……っ!」

 

 その男は何も言わない。見たことがあるからだ。『狂人の息子』としてからかっていた人だ。あの時は浦田重工業の警備員に追い出されたが。ここに住んでいたのだろうか?

 

「俺は……」

 

「さっさと隠れてろ。仕事の邪魔だ」

 

 提督の冷たい態度にその人は、狼狽した。今まで散々、からかってきたのだから当然だろう。感情的にならないのはいいが、完全ではない

 

「提督、話を聴こうよ」

 

「はぁ……。何なんだ、さっさと言ってくれ」

 

時雨は話を聞くよう促した。この人は何が言いたいのだろう

 

その人は、とんでもない提案をしてきたのだ

 

「あの飛行物体のお蔭で困っているのだろ?俺が囮になる。親父のトラックがあるし、浦田重工業の電話番号も知っている。偽情報を流して引き付ける」

 

「……」

 

「内定が取れたお陰で、奴等の無線機も持っているんだ。だから、必ず食い付く。ここの近くにバスが置き去りになっている。……ダメかな?」

 

何とこの人は、手を貸すという。しかも、囮になると

 

「……」

 

「何か言ってくれないか?……その……」

 

腕組みして返事がない提督に、その人は恐る恐る聞いた

 

「謝っただけで許してくれないのは分かる!今回だけは信じてくれ!だから――」

 

「1ついいか?なぜ、俺達を助ける?浦田重工業を助けた方がお前にとって輝かしい未来が手に入るのだぞ」

 

 必死の懇願に提督の冷たく言い放った。提督自身も必死に怒りを抑えている。長い間、からかわれた人だ。博士のせいで、提督は世間から冷たかったからだ。信用する方が無理である

 

「……あの映像を見て信じたくはなかった。親父は殺された。あの兵隊共に。抗議デモ相手に無差別発砲しやがったんだ!軍でもあんな事はしない!親父はあそこで働いていたのに、奴等は民間人を殺しても何ともないんだ!」

 

悔し涙で泣いている姿は、確かに本当らしい。スパイでは無さそうだ

 

「分かった。完全に信用した訳ではないが……やるならさっさとやってくれ。俺達は本社ビルに行かなくちゃならない。バスに鍵はあるのか?」

 

「分からない。見たこともない飛行機を見て運転手が乗客置いて逃げちまったから」

 

 提督の指摘にその人は、狼狽した。恐らく、ジェット機だろう。運転手は逃げたようだ。そんな時、装甲車を運転していた二等兵が答えた

 

「大丈夫だ。そのバスくらい動かせる。鍵無しで」

 

「で、出来るの!?」

 

「ああ。……軍用車の整備員から鍵を紛失した時のかけ方を習った。……裏技だ」

 

 それって犯罪じゃないの?と時雨は突っ込みたくなったが、何とか押しと止まった。今はそんなことで議論する暇はない

 

「分かった。さっさとやれ。俺の気が変わらない内にな」

 

「ああ。……お前も時雨も気を付けて。無事を祈るよ」

 

「ありがとう」

 

 内心は怒っているだろう。しかし、提督は感情的になって殴るという事をしない。時雨と出会ってから変わったのだ。相手は、提督の性格や行動に驚いたのか唖然としたが、直ぐに行動に移した。

 

 

 

『CPからバトルシップ。奴らはトラックで逃げている。南西へ向かっている』

 

「……了解」

 

 司令部からの報告に戦艦ル級改flagshipは首を捻った。恐らく、浦田重工業の連絡員が伝えたのだろうが、それにしてはおかしい。本社ビルから遠ざかっている。空母ヲ級の艦載機も確認出来ているが……尻尾を巻いて逃げるのか?タイムスリップを考えた息子とは思えない行動。目標を変えたか、囮か?もしくは何かの策か、それとも罠か?

 

「トラックヲ足止メシロ。誰ガ乗ッテイヨウガ関係ナイ。艦娘ト息子以外ダッタラ殺セ」

 

 空母ヲ級に命じた。もしかすると関係ない人が乗っているのだろう。誰だ?私を騙そうとする輩は?見せしめに殺すか。それとも、何処へ行ったか拷問して吐かせるか?

 

 

 

「よし、このバス。動きます!」

 

 ドライバーの二等兵は、叫んだ。鍵無しでどうやって動かしたか知らないが、動いたからには良しとしよう。艦載機が明後日の方向へ走るトラックの方へ行った。囮は成功だ。そのお蔭で一同は、捨てられたバスまで移動出来た。しかし、数分で時雨達が乗っていない事にばれるだろう

 

「提督。あの人は……」

 

「言うな。……最後になって手を差し伸べてくれるとはな」

 

 提督にとっては複雑だろう。けなされた人から助けられるとは思いもしなかったらしい。兎に角、無事を祈る事だ

 

「軍曹からです。本社ビルまで後、少しとの事です!」

 

「本当か!?」

 

提督は反応したが、ドライバーの顔は曇っていた。何があったのだろう

 

「どうしたの?」

 

「敵兵が待ち構えているそうです。余りにも多くて突破困難です」

 

「深海棲艦は?」

 

「いいえ。確認されていせん」

 

 なぜだろう?深海棲艦で攻撃すればあっという間だ。それをわざわざ私兵軍団でやるとは。陸に興味はないとはいえ、陸地での活動は可能だ。海から遠ざかっていないのであればだが。しかし、浦田重工業はそれをしない。深海棲艦を操れても、敵味方の区別が出来ないのでは?確かに未来においてゲリラは、深海棲艦と内通はしていたものの、肩を並べて戦うという事をしない。深海棲艦がこちらを攻撃する直前、ゲリラは尻尾を巻いて逃げていた。ゲリラは深海棲艦の特徴を知っている事に成る

 

時雨は、その事を簡潔明瞭に指摘したが、提督は顔をしかめるばかりだ

 

「敵味方区別なしに無差別攻撃か。それとも人間なんて奴等にとって同じかもな」

 

 前者の場合、敵味方識別という面倒くさいと思って行ったやり方だろう。後者の場合は、深海棲艦は人間なんてどれも同じと思うだろう。もし宇宙人が人間を見たら、人種や民族の違いなんて分かるはずがない。艦娘も『特殊な能力を持つ人間』にしか見えないかも知れない

 

「姫や鬼が知能や桁違いの力を持っている理由がそれかもな。ボスである事を示すと同時に簡単に死なない。そして、部下を巧みに使って戦術を立てて攻撃して来る。駆逐イ級などは姫のためなら命を捨ててもいいと思っているだろう。こっちも厄介な相手だ」

 

提督はため息をついた。前途多難だ

 

 

 

浦田重工業の本社ビル

 

「敵は撤退しています。東からの増援部隊は、第三部隊が対処しています」

 

「兵器の質が違えば、数の暴力はどうにでもなる」

 

 報告を聞いた浦田社長はニヤリとした。これで暫くは持ちこたえられるだろう。戦いにおいて数は重要だ。しかし、質が厳かになっていては勝てるものも勝てない。旧日本軍は質を磨いていたため精鋭だったが、こちらの敵ではない。つまり、このまま攻勢に出て総理と対面すれば勝ったも同然だ。尤も、先の爆撃で死んだかも知れないが

 

「天皇がこちらの要求を飲めばそれで終わりだ。まあ、こちら側にとり込めば我々は官軍。あいつらは賊軍だ。太平洋戦争のようには行くまい。もしかすると『天皇万歳』が言えなくなるかもな」

 

 無論、日本軍全てを相手する訳には行かない。相手するだけの弾薬はないのだ。先ずはこちらが正義の存在であることをアピールする。それも大事だ。尤も、出来ればの話だ。そうしている内に副社長か連絡が来た。国会議事堂で秘書と共に憲兵隊に捕まっていたが、脱出。無事に回収できた

 

『社長、第1陣の艦隊の出港準備完了です。イージス艦の燃料弾薬の補給はバッチリです。いつでもトラック島へ行けます』

 

「よし、トラック島に向けて出港しろ。私は第3陣の艦隊に乗る。もしかすると、日本を手中に納めることが出来るかも知れんのでな」

 

『本当にそんな事が出来ます!?奴等は神がかりですよ。社長が保有する資料にも目を通しました。旧日本軍のしぶとさを知っているはずです。奴等が降伏するわけがないじゃないですか!』

 

 無線越しで副社長は信じられないという風に話しかけた。一企業が国を手中に治める。そんな事は前例がない

 

「だったら私が世界で初めてやるということだ。いいではないか」

 

 社長は上機嫌に言った。実際、善戦している。アパッチに乗り込み現場指揮している警備隊長からは、攻勢に出ていいか?と連絡があったばかりだ

 

「君、軍を指揮している軍司令部に繋げ」

 

 部下に軍司令部に繋ぐよう命令した。大本営の建物は全て爆撃した。軍の指揮系統も破壊したかったが、残念ながら出来なかった。元帥は頭が切れる。万が一のために、数人の将官と政治家を避難させたらしい。だが、いつまでもここで無駄に撃ち合う必要はない

 

 

 

臨時作戦司令部 

 

「元帥、浦田社長からです!話したいとのことです!」

 

下士官の知らせに騒がしかった司令部では、一瞬にして静まり返った。向こうから連絡が来た。どう見ても尋常ではない。話し合いで解決する気か?

 

「替われ。――私だ」

 

『元帥、君は生きていたか。F-4の爆撃で死んだかと思ったが』

 

「何が言いたい!民間人まで殺害した外道が!」

 

『では、簡単に言う。――諦めて降伏しろ。無駄に兵士を死なせるのも心苦しいだろう。こちらが用意した降伏文書に調印するんだ。拒否すれば、深海棲艦を使って日本全国に対して無差別攻撃を行う』

 

「なっ!」

 

 元帥は絶句した。こちらの非難を無視して、戦いが始まってから僅かの時間で降伏を薦めて来たのである。しかも、降伏文書に調印するよう命じられた。丁寧で頼んでいるようだが、実際のところ脅迫である

 

「貴様は……何を言っているか、分かっているのか!」

 

『分かっているとも。バカを一掃しているだけだ。君も内心は呆れ果てていたのではないか?軍の腐敗に』

 

 元帥は吠えたが、相手の言葉に中々反論出来ない。自分自身でもイヤほど体験したからだ。深海棲艦の脅威とクーデター失敗の件で軍の組織は官僚化になった事である。普通の政府組織ならいいが、軍や警察などの実力組織でこれは不味い。迅速に対応できないなどの弊害が出てしまうからである。変えようにも人事は、組織の根幹なので余程の外圧が加わらない限りは無理である

 

 実は時雨達が『艦だった頃の世界』の大日本帝国の軍の組織も、官僚化された事によって年功序列になっていた。エリートで兵学校を卒業しても、現場を知らないのでは意味がない。戦場で艦や部隊を操る指揮能力とペーパーテストをパスしただけで昇進する能力は切り分けた方がいいのだが、旧日本軍の組織はそれをしなかった。それに対して、徹底した適材適所主義の米軍とは大分違う。米軍は平時こそ年功序列主義だが、いざ戦時となるとシステムをがらりと変える。ニミッツ少将がいきなり抜擢されて大将に昇格し、太平洋艦隊司令長官になったのは有名である。また、指揮官がミスを犯すと容赦なく更迭される。日本軍だとなあなあではぐらかしてしまう

 

 

 

 この世界でも軍の腐敗に元帥は頭を悩ませていた。自分が主張しても、組織は動かないし変わらない。無駄な話し合いでウンザリしていた程である。だが、それとこれは別である。民間人相手に問答無用でぶっ放す者はいないはずだ

 

「何が狙いだ!いや、言う必要はない!貴様らは所詮、一企業だ!我が軍が全ての戦力を結集させて総攻撃すれば、異質な兵器だろうと対処できんだろう!」

 

 勿論、これはハッタリである。そんな余裕はない。何しろ、時間がないのだ。尤も、異様な戦車と目にも留まらぬジェット機を見て逃亡する兵士も少なからずいる。中隊長までも逃げ出したため、陸軍は集中攻撃は出来ないだろう。士気の低下が心配だ

 

『ふむ……数の暴力か?確かにこちらも不利になるな。……いいとも。やってみたまえ。女子供を集めて竹槍を持って攻撃する気か?それとも飛行機に爆弾を抱えたまま体当たりかな?それとも対戦車地雷を抱えて戦車に飛び込むか?まさか、人間爆弾とやらの桜花でも造って突っ込むか?』

 

「なっ!」

 

元帥は耳を疑った。コイツ……誘っている!何がしたいんだ!

 

『お前らのやり方は手の取るように分かる。米軍だったら苦戦するだろうが、我々は違う。元軍人のアドバイザーのお蔭で、そんなのは対処済みだ。それどころか、以前よりも自爆攻撃に対して対処する能力はある。さっさと軍民共々、無駄に命を散らすよう命じるがいい』

 

(何だ……この社長?)

 

 まるで軍の思惑を見透かされたような気がしてならない。元帥は違うが、クーデター時には自爆攻撃をするよう薦めて輩がいた。そして自爆覚悟で攻撃したが、相手に通用しないどころかマスコミを通じて軍のバカさを見せつけられ、失脚させられた。内部にスパイがいるかと思ったが違う。こいつは、こちらの攻撃パターンを知っている!

 

『市民全員に竹槍持たせて前線に送り込んだらどうだ。だがな、戦車に竹槍が通用しないだなんて三才児でも分かる。それでも送るならどうぞ。民間人まで戦わせて無駄に死なせて……誰が日本という国を守るのだ?』

 

「なっ!貴様!」

 

『降伏して国を乗っ取った際に天皇陛下には事実をちゃんと伝えておくぞ。『軍の上層部達は、自分達のプライドとメンツを守るために部下達の命を無駄に散らすだけでなく、民間人である女子供を半強制的に戦場へ送った』とね』

 

「貴様!よくもそんな出鱈目を!」

 

『何言っても無駄か。私への誹謗中傷には感服するが、そういう暇があるなら改革するなり、新兵器を開発したりと対策は出来ていただろうに。私のやっている事は、一種の正当防衛だ。私に悪口雑言する暇があるなら、書類にサインしてくれ。良い返答を待っているぞ」

 

 

 

 元帥はマイクを握りしめて叫んだが、相手は言うだけ言って、聞く耳持たずに無線を切ってしまった。その場のやり取りを聞いていた軍の上層部達は思考停止に陥った。まるで、こちらの考えが読まれているようだ。基本的に日本軍は徹底抗戦と言ったら、最後の一兵まで戦うものである。しかし、実際にこんなことをしても無意味に等しい

 

余談であるが、浦田社長の言っていた神風特攻隊とやら太平洋戦争の後半である。勿論、軍の上層部はそんな事実を知らないが、異様な兵器の前に自爆攻撃した部隊は少なからずいたである。太平洋戦争時の米軍であれば理解不能に陥るが、浦田社長は何と誘っているのだ。これでは相手の思う壺だ。実際に、自爆攻撃する前に狙い撃ちにされて空振りだからだ。自爆攻撃を主張し攻撃を行った部隊が居たが、逆に全滅してしまった程である

 

 実は浦田の地上部隊には、自爆攻撃に対処するための処置は行われていた。色々と対策されているようで、元帥は浦田社長にこういう対処出来るプロがいると感じ取った。実際にいたのだが、誰かまでは分からない。その者はAH-64Dアパッチに乗って指揮していたが

 

「……待機している空挺部隊に繋げ」

 

暫くして、元帥はポツリと呟いた

 

「何をしている!さっさと繋げ!」

 

 元帥は吠えた。このままだと負けてしまう。しかし、元帥も手を招いているのではない。万が一に備えてある作戦をたてていた。これが通用すればいいのだが

 

 しかし、貴重なX兵器を使用してしまう。本社ビルが最適だが、ジェット機を吐き出してくる航空基地が厄介だ。制空権を何とかしなくては。大佐の側近である艦娘、明石はジェット機相手でも有効だと胸を張って言ったが、果たして効果はあるのだろうか?

 

 




伊58(ゴーヤ)「アレ(回天)はいらないからね!」

どんな理由があろうが、自爆攻撃は外道に当たります
明仁皇太子(後の今上天皇)も、軍部からの特攻の講義を受けて「それでは人的戦力を消耗するだけでは?」と疑問を呈した程。浦田社長はこれを利用して挑発材料とします

因みにブラック鎮守府の生み出した「捨て艦戦法」も特攻に他ならない。過去から学ばないブラック鎮守府のブラック提督とは一体……?

次回はX兵器が――となります



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79話 X兵器、炸裂!

 捨てられたバスに乗り込んだ時雨達は、浦田重工業の本社ビルを目指していた。今のところは妨害はない。囮となってくれた人のお陰なのか、艦載機は明後日の方向へ行ってしまった。しかし、気づかれるのは時間の問題である

 

「X兵器……気づかれたりしていないよね?」

 

「そう願いたい。本当に気づいているなら、あの時に攻撃しているはず」

 

 今のところ、X兵器の正体は気づかれていない。無線通信でもX兵器を搭載し遠くで上空待機している爆撃機は、撃墜されていない。しかし、燃料の関係でいつまでも長くは飛べない

 

「だけど、俺が気になるのは戦艦ル級改flagshipの性格だ。あいつ……楽しんでこちらを攻撃している」

 

 普通、こういった状況で手を緩めるのは考えにくい。戦争というのは叩くときは叩かなければならない

 

 だが、戦艦ル級改flagshipはそれをしなかった。あの場で人質をとって揺さぶるのは、戦艦ル級にとって何の得があるのか?それとも、あいつの戦い方だろうか?隙をついて倒せるのなら未来の俺でも倒せていたはずだ

 

「考えていても仕方ないよ。未来でも、ああいうものだったから」

 

「……だとしても解せんな」

 

 時雨は未来での戦いを思い出した。横須賀にいた時、戦艦ル級改flagshipが形成した艦隊は無敵だった。しかし、優位だったにも拘わらずミサイル2発を撃ち込んだだけだ。未来の提督が極秘裏に製造している『新型兵器計画』、タイムマシンを探るためなら、ある程度理解出来る。だが、目の前にあるX兵器を目も暮れずにわざと手を緩めて攻撃するのは不可解だ

 

提督も時雨も内心では、この不可解な行動に疑問を抱いていた

 

(舐められているにしてはおかしい)

 

 時雨は指摘しようとしたが、ここでは発言するのを止めた。他の者も混乱するからだ。特に不知火、大淀や龍譲は未来の戦争を経験していない。混乱させて作戦に支障が出てしまう。そう考えていた

 

「ちょっといいですか?」

 

提督が考え込んでいる時に大淀が声をかけた

 

「博士から連絡がありました。浦田重工業の私設軍隊は強力で、X兵器を乗せた爆撃機は近寄れないとのことです」

 

 大淀の報告で提督は、苦虫を噛みしめたような顔をした。相手は、兵器の正体を知らなくても、効果を発揮させないと意味がない

 

「それで、引き揚げるのか?」

 

 提督が諦めたかのように返事をした。これでは、未来の自分自身と同じではないか?そう思っていた

 

だが、大淀の返事は予想外だった

 

「いいえ、敵の飛行場にX兵器を仕掛けるとの事です」

 

「「え?」」

 

時雨と提督は同時に間抜けた声を上げた。予定変更したらしい

 

「そんな。本社ビルに向かっている軍曹が危ない!」

 

 時雨は叫んだのは無理もない。本来は敵を引き付け、守りが薄い所に忍び寄り、X兵器で攻撃する手はずだ。

 

しかし、リスクはある。だが、切り札破壊されてしまったら、こちらの負けだ

 

「いや、これでいいのかも知れない。ジェット戦闘機という脅威がある以上、こちらに勝ち目はない」

 

「でも――」

 

「元帥もそれは承知だ。手元の装備では、勝ち目なんてないのだから」

 

 戦力差があれば勝ち目はない。これは当たり前なのだが、だからと言って白旗を掲げるのも愚行である。次は無い

 

「大丈夫やで。あいつらなら――」

 

 龍譲は悔しそうに言ったのも無理もない。先日の宴会で仲良くなったパイロット達は、間違いなく敵飛行場に向けて攻撃するだろう。この作戦が終わって、再び顔を見合わせる人は何人なのだろうか?

 

 

 

 上空で待機していた四発の輸送機『深山』12機に無線で作戦の命令が下された。ただ、当初予定していた浦田重工業の本社ビルではなく、千葉にある飛行場を占拠及び破壊工作である

 

『いいか。敵の兵力は、我が軍よりも少数だ。しかし、強力な航空兵力を何とかしないと、我々に勝ち目はない。大尉、作戦内容は理解出来たな』

 

「分かりました!X兵器と共に飛行場で暴れるという訳ですね!」

 

 空挺部隊の隊長は、ニヤリとした。想定していたとは違うとはいえ、敵陣のど真ん中に降りて暴れろ、という無茶な命令だ。敵の対空砲火やジェット機は強力で全滅するかも知れない

 

『済まない。しかし、航空戦力を何とかしなければ……」

 

「構いません。当時のクーデターは軍の暴走とはいえ、数百人という仲間が死にました。全てあの異様な兵器です」

 

空挺部隊長である大尉は、淡々と無線で語った

 

「戦闘で死ぬのも、この輸送機が撃墜されて死ぬのも、死ぬのは同じです。奴らは調子に乗っています。浦田重工業の新兵器に息の根を止めてやりますよ」

 

 この場にいる部下達も覚悟の上で参加している。状況は無線でリアルタイムに聞いているが、戦況はこう着している。このままだと、浦田重工業は日本を手中に収めてしまうだろう

 

『……分かった。幸運を』

 

無線が切れると同時に輸送機は、元帥が示してくれた飛行場に向けて飛び立つ

 

 元帥の指示だろう。零戦や隼など沢山の戦闘機も現れ、付き添うように護衛している。その後方に四発爆撃機である『深山』が飛んでいた

 

「さて、切り札は通用するのか?」

 

空挺部隊長は、呟いた。今のところ、この『X兵器』を開発した艦娘達(正確には明石だが)信じるしかない。例え、不発に終わっても命を落とすまで徹底的に飛行場を破壊するつもりだ

 

 しかし、敵も待ち構えているだろう。空振りになるかもしれない。もしかすると、敵の飛行場の警備は少数かも知れない。いささか博打であるが、そんな事を言ってられない

 

 これは、一種の肉薄攻撃に近い。実は、平行世界の日本でも帝国陸軍は似たような事をした。沖縄戦で義烈挺空隊という空挺部隊が、米軍の読谷飛行場に強行着陸。破壊工作をするための決死コマンドである。既に米軍と日本軍の戦力差は隔絶しているため戦況はほとんど影響はなかった。しかし、この世界において戦っている相手は、米軍ではないためどうなるかは未知数だ

 

 余談であるが、このような肉薄攻撃という人命軽視の作戦は、全体主義国家でよく見られる。朝鮮戦争では、義勇軍と呼ばれる中国軍。そして、スターリン政権のソ連である。

 

何故かと言われるとそれだけ人員を投入出来る程の力を持っているからである。

 

 尤も、毛沢東は『我が国には五億人の人民がいる。例え、百万人失っても大した事はない』とうそぶいた事は有名である。だから、人海戦術が出来るのである。ソ連はというと多民族国家であるため、他の地域から人を強引に集められた。当然兵士の質は悪いと言うのは言うまでもない。逃亡させないために督戦隊(逃亡すれば問答無用の銃殺)を配備させたほどである。つまり、一種の消耗品である

 

 自由主義国家には、当然こんな事は出来ない。アメリカでは自軍の兵士、特にパイロットの救助にはとても力を入れている

 

 これはヒューマニズムだと思われがちだが、実はそうではない。もっと実利的である。兵士やパイロットを一から育てるよりかは実戦経験を持つパイロットを救助した方が費用対効果において勝るという考えから来ている

 

 しかし、悲しい事に旧日本軍にはあまりこういった思考法はない。白兵戦や自爆攻撃などは、骨を切らせて肉を立つと同じである。つまり、味方の犠牲を顧みずに敵を倒すというものだから、消耗は激しいのは当たり前である

 

 余談であるが、クーデター事件の際に陸海軍が浦田重工業を攻めて来たが、やはり肉薄攻撃を仕掛けて来た。しかし兵力はともかく、兵器の質は隔絶されている。そのため、正攻法が通用しないと分かると、『平行世界の日本の過去』と同じように対戦車地雷を抱えて自爆攻撃や神風特攻などが行われたのだ。だが、何故か通用しなかった。問答無用の無差別攻撃によって陸海軍のクーデター部隊はあっという間に壊滅させられた。無論、神風対策したのが、浦田社長が勧誘した警備隊長である

 

 彼は陸上自衛隊出身であり、レンジャー課程はないものの、ゲリラ対策はしっかりと学んでいる。そのため、神風対策万全で待ち構えていたのだから相手はたまらない。自爆攻撃に有効な攻撃は無差別攻撃と豊富な火力を撃ちまくる事である。隠れていても赤外線カメラで見破られ全員殺したという。敵の指揮官を空爆で殺害した事もあって、米軍が苦戦するような戦法は、彼等には通用しなかった

 

「勝手に死んでいくとは、バカなのか?」

 

 尻尾を巻き退却する陸海軍の部隊を攻撃ヘリから嘲り笑うように見つめながら呟いた。勿論、こういった映像をマスコミを通じて問答無用で公開したのだから、民間人から反発されたのは言うまでもない。しかも、浦田社長が自爆攻撃する映像を天皇陛下にまで見せたのだ。流石の天皇陛下も怒りを露わにしてしまい、軍部も何も言えなくなった。実際に命じたのは自分自身だからだ

 

 だから、浦田重工業には誰も頭が上がらなかった。幾ら『欲しがりません。勝つまでは』とスローガンを掲げても国を豊かにした浦田重工業の前では、無意味と化した。娯楽施設もインフラ整備も家庭用品も全て与えたのは浦田重工業だ。経済力もあり、多額の寄付もし、しかも労働環境は他と比べて悪くない。

 

 国民の関心は主義主張をバカみたいに叫ぶ軍や政治家よりも浦田重工業についていった。軍は半ば逆恨みでクーデターを起こしたが、逆に返り討ちとなって世間から批判を浴びてしまった。今では立場が逆転したが、浦田重工業はまだまだ余力はある

 

 

 

 上空には輸送機に改造された四発爆撃機『深山』12機とX兵器搭載している四発爆撃機『連山』は、各航空基地から出撃した戦闘機や攻撃機と合流した。送り込んだ航空機一部隊は全滅したが、まだまだある。計200機はある。しかし、各航空基地には整備中の航空機以外は出払っている。言い換えれば、これが通用しなかったら終わりということに繋がる。制空権は失ったとみていい

 

「司令部から命令を受けた。目標は千葉にある敵航空基地」

 

零戦に乗っている飛行隊長は、無線で全機に命じた。各機とも『了解』という答えしか返ってきていない

 

「陸海軍の航空機が、こんなに飛んだのは初めて見るな」

 

飛行隊長は呟いた。零戦、隼、飛燕が一式陸攻や九六式陸攻を護衛するように編隊を組んでいる。四式爆撃機『飛龍』も確認できる。全て繰り出したのだろう

 

『どうしましたか?」

 

「いや……ちょっと考え事をしていた。行くぞ!」

 

先日の岐阜基地での話。宴会場で艦娘である龍譲から聴かされた『平行世界の日本』について。龍譲によると艦だった頃は、発着訓練艦として搭乗員を育成していたという

 

 本物の空母である龍譲が就航していたら、自分も搭乗員になっていたかも知れない。しかし、それは『もしも』だ。今は目の前の敵を倒すだけ

 

 

 

千葉県・某飛行場

 

 ここは、浦田重工業が保有する航空基地である。『平行世界の日本』から頂いた技術を使って見事、航空基地を作り上げた。戦闘機もF-4EJ改とミグ21がそれぞれ10機、MQ-9リーパーが1機。攻撃ヘリや武装ヘリが計25機もある。時雨脱走時に無人戦闘機1機、攻撃ヘリ1、輸送ヘリ1失われたが、大した影響はない。作戦機も半数は出払い、残りは交代で待っている。基地警備も配置しており、防空兵器も多数配備している。ミサイルも爆弾も多数あり、ある程度は戦える

 

 ……と浦田社長は思っていた。現に陸海軍の戦闘機や陸上攻撃機を数十分で追い返したのだ。レシプロ機とジェット機は隔絶している。勝負にもならない。ドイツ軍が開発していたMe262のようなものだったら、面白かっただろう。しかし、ここではそれはない。よって、パイロットも整備員も警備に配置されていた兵士達も浮れてはいた。油断ではないが、こちらにはレーダーも対空兵器もある。奇襲なんて無理だ。この時代には、ステルス機も巡航ミサイルもない。例え襲ってきても対処できるだろう

 

しかし、レーダー員からの叫び声で全員が仰天した

 

「未確認の航空機が多数接近!数は100機以上います!」

 

「友軍か?」

 

「違います!」

 

 スコープには多数の反応している。どういう訳か、日本軍の航空機が全てこちらに向かっているのだ。直ちに迎撃機を上げたが、対処できるかどうか?

 

 イージス艦は輸送艦隊に配備され、深海棲艦も無差別の恐れがあって関東地方にはほとんど配備していない。しかも、戦艦ル級改flagshipの命令がないと動いてくれない。その戦艦ル級も『忙しい』と返答するだけで切られてしまった

 

「ふざけるな!艦娘を追い掛け回すよりも味方を助けろよ!」

 

 航空基地を指揮している隊長は怒鳴ったが、元々戦艦ル級改flagshipは社長以外の命令を受け付けない。深海棲艦の仕組みは知っていたものの、やはり納得は行かない。このままだと空爆にさらされてしまう。一式陸攻が搭載されている爆弾の威力は無視できない。貴重な現代兵器が破壊されてしまう。航空基地を取り囲んでいた防空兵器が火を噴いたが対処出切るかどうか?

 

 ホークミサイルを真似て創り上げた自作の中距離地対空ミサイルを全て吐き出され、自衛隊やドイツが保有する自走式対空砲を参考に創り上げた対空砲も撃ちだした。これらは流石にコピー出来なかったが、力をつけた浦田重工業と元陸自によって作り出すことに成功した。レーダー管制であるため命中率は極めて高い

 

 F-4EJやMig21は離陸した後、鷹のように航空基地に押し寄せる日本軍機に襲いかかった。空対空ミサイルを放ったのだからたまらない。レシプロ機である零戦や一式陸攻などは次々と落された。たちまち40機落とされたが、それでも侵攻してくる。直ちに作戦に出している機体を呼び戻したが、ジェット機とはいえ、時間がかかる

 

「数が余りにも多すぎます!」

 

「爆撃機優先で攻撃しろ!……くそ、ここを叩き潰す気だな。だが、ここを爆撃しても無意味だ!」

 

 確かにこれは一理あった。燃料タンクは地下に埋み込まれている。戦闘機は全てで払っているため格納庫は輸送ヘリぐらいしかない。攻撃ヘリや無人機は全て本社ビル防衛に行っている。しかも、この航空基地の部隊も貨物船に載ってトラック島に行くのだ。つまり、遅かれ早かれこの基地は、爆破処理される

 

「敵が接近します!」

 

 部下の叫びに隊長は双眼鏡で見た。対空砲であるバルカン砲やスティンガーミサイルなどのミサイルが打ち上げる中、いくつもの機影を確認した。ミサイルや重機関砲からの攻撃を受け落ちていく航空機が沢山いる。双発の爆撃機が対空網を爆撃したり、戦闘機が地上に向けて機銃射撃している

 

「何と無駄なことを。ここを破壊しないのか?」

 

 隊長は首を捻った。こちらの管制塔や施設に爆弾を落としたほうが大打撃であるはずだ。しかし、日本軍機はなぜかそれをしていない。張り巡らせた対空兵器を執拗に攻撃しているという

 

「いよいよ頭がおかしくなったのか?」

 

 実はそうではない。恐るべき兵器が来ていることを知らない。現代兵器の弱点を積んだ兵器が来ていることに

 

 

 

「対空兵器を攻撃しろ!防空網の穴を開けるんだ!」

 

 飛行隊長は無線で連絡をした。あの博士や時雨から敵の兵器を教えて貰ったが、それでもこの兵器の存在には驚きを隠せなかった。百発百中のロケットなんて聴いたら、驚くな、という方が無理である。しかし、そこで投げ出すのは許されない

 

 よって、博士の息子から取り入れた兵器の情報を分析・研究したが、中々思いつかない。時雨がいた未来では、アイオワがチャフフレアや妨害電波などがあるが、とても間に合うものではない。試作機があるのだが、そんな兵器をここで使うわけにはいかない。よって、考えた作戦は対空兵器を爆撃することだった。確かに、損害を無視して進むのは一応可能だ。だが、これでは切り札が無くなってしまう

 

 そこで、張り巡らせている防空網である対空兵器に爆弾の雨を降らすという事にした。確かにこれは効果があった。対空ミサイルや機関砲は強力だが、無限ではない。弾切れになった兵器に爆弾を落とした。その代わり、撃墜された機体は多いのだが

 

 水平爆撃なので命中率は悪いが、多数いるといくつかは当たるだろう。また、戦闘機による機銃掃射も効果はあった。ジェット戦闘機に対しては御手上げだ。速度が違いすぎる。なので無視して攻撃した

 

「後、もう少しだ!防空網に穴を開けられるぞ!」

 

 奇跡的に落ちていない飛行隊長は叫んだ。これでX兵器を搭載した爆撃機と輸送機は通れるはずだ

 

 

 

 待機していた深山は飛行隊長の合図を待っていたが、ついに痺れを切らした。燃料が少ない。これでは、敵飛行場に着く前に墜落してしまう

 

『待ってくれ。まだ敵の対空砲を片付けていない』

 

「もう待てない!パイロット、進め!連山も着いてくるよう言うんだ!」

 

「了解。皆、捕まってろ!」

 

 深山12機と連山は旋回して飛行場を目指した。4発の爆撃機がエンジンをうならせながら、飛行場に突撃する。虎の子の爆撃機であるが、出し惜しみしても仕方ない

 

『X兵器及び義烈隊発進。彼らを優先的に守れ!』

 

 飛行隊長の無線で大勢の戦闘機が集った。今の所、空母ヲ級からの艦載機による襲撃はない。爆撃され対空砲が破壊されている場所を低空飛行で飛んでいる。近くにいた警備兵は火器で攻撃したが、とても速く捕らえられない

 

「四発爆撃機なぞ落としてしまえ!」

 

 地上にいる兵士は叫んだが、それは無理な話だ。先ほどの対空戦闘で地対空ミサイルも対空機関砲も弾薬を撃ち尽くしてしまった。更に爆撃され大破してしまっているため、どうすることも出来ない。しかし、生き残っている兵器はいるらしく、熾烈に攻撃してくる

 

『対空砲を攻撃しろ!』

 

 火を噴き始めた対空砲には、各機が対応した。中には体当たり覚悟で突っ込む者もいる。流石に地上兵は逃げ出した。いくら強力な対空砲でも限度はある

 

 しかし、ここに厄介な敵が現れた。F-4EとMiG21だ。彼らは基地に降りて素早く補給を済ませると、再び舞い上がって襲ってきた

 

『敵を邪魔してくれ!気をそらせるんだ!』

 

 飛行隊長はまたしても無線越しに命令をしたが、いささか無理があった。速度が速すぎて話にならない

 

「散開しろ!狙い撃ちされる!」

 

 深山の航空隊は散開した。固まっても意味はないが、何もしないよりかはマシだ

 

 零戦や隼は守るように飛んでいたが、ジェット機には適わない。ついに深山1機が対空ミサイルを受けて撃墜した

 

「三号機、四号機が撃墜!」

 

「連山は?」

 

「無事です!」

 

 部隊長は焦った。あの輸送機には約20人の搭乗員が乗っていたが、その機体が落ちていく。焦りは禁物だが、そんな余裕ない。そうしているうちにジェット機からの攻撃を受けて落ちる深山がいる

 

「半数やられました!」

 

「構わん!飛行場は目の前だ!」

 

 

 

 奇跡的にミサイルや対空砲の攻撃を逃れた連山6機と深山が敵飛行場近くまで接近した。護衛戦闘機も少ない。それだけ犠牲を払ったのだ

 

 敵飛行場を視認するために空挺部隊長はコクピット越しで見たが、彼は目を疑った。滑走路が長い。どう見ても2,000mはある

 

「滑走路に降ろしてくれ!後は我々が――」

 

 空挺部隊長がパイロットに怒鳴ったが、それよりも早く地面からロケットのようなものが多数向かっている

 

「間に合いません!胴体着陸します!」

 

「衝撃に備えろ!何か捕まれ!」

 

 空挺部隊長とパイロットがコクピット越しで見たロケットの正体は、携帯対空ミサイルであるスティンガーミサイルである。赤外線パッシブ・ホーミングミサイルであるため、ミサイルは狂いもなく深山連山に向かった。フレアもIRジャマーもない4発の大型飛行機にミサイルが命中して次々と火を吹いた

 

「胴体着陸しろ!」

 

 空挺部隊長は機体の壁に捕まりながらパイロットに向かって叫んだ。パイロットは言われなくてもそうするつもりだが。運が良かった事に連山深山の爆撃機は、爆装していないことだ。よって、被弾関係なく全ての四発爆撃機は、奇跡的に空中爆発することもなく滑走路に強行着陸した。ジェット機は全部出払っているのだろう。機体が見当たらない

 

 ミサイルを食らってエンジンから火を吹きながら格納庫に突っ込む機体もいる。爆発炎上し、一瞬にして修羅場となった

 

 

 

「連山を探せ!早く!」

 

 空挺部隊長は着陸するや否や外へ飛び出した。怪我人がいるが、全滅しなかっただけでも良しと思うしかない。強行着陸した他の機体からも隊員が飛び出している

 

しかし、時間はない。浦田兵がこちらに向かっている。包囲されたら終わりだ

 

「ありました!あれです!」

 

 部下の一人が指を指した。滑走路のど真ん中に着陸したらしい。X兵器は起爆させたのだろうか?確認する必要がある。幸い、距離は離れていない

 

「時間を稼げ!早く!」

 

 既に空挺部隊と浦田兵との間で激しい銃撃戦が発生した。その隙に空挺部隊長は、連山に向かって駆け出した

 

(全滅する前に確認しなくては!)

 

 空挺部隊長はそう思ったが、ある意味正しかった。近代兵器を持つ浦田兵と第二次世界大戦時よりも少しだけ進歩した兵器を持つ空挺部隊の対決は、初めから決まっていた。強い方が勝つ。戦うよりも任務優先だ

 

 胴体着陸し煙をあげている連山にたどり着くと、扉を開ける。中の様子を見た空挺部隊長は絶句した。全員、死んでいる。いや、生き残りが一人いるが気を失っている。恐らく、胴体着陸の際に衝撃でやられたのだろう。奥には、爆弾倉があるがそこには爆弾ではなく、巨大な何かだった。配線やバッテリーがあるため、何か電子機器なのだろう

 

「早く、そいつを起こせ!さっさと起爆させろ!」

 

 部下に命じながら、短機関銃を構えて外に出る。既にあちこちで爆発音や銃撃音が聞こえているが、確実に追い込まれている

 

こちらに向かって来る敵兵を攻撃している中、雷のような轟音がしたため、空を見上げた。例のジェット機が旋回している。また、応援で駆けつけたのだろう。回転翼機二機が現れた

 

「まだか!」

 

「後少しです!」

 

 部下も必死だろう。そうしている間に回転翼機が味方の一分隊を攻撃している。反撃で墜落する気配もない。一分隊を殲滅したAH-1Sが連山に向かって飛んで来る。部隊長は焦った。このままだとやられてしまう!

 

AH-1Sコブラが連山に重機関砲を向けているが、攻撃して来ない。弾切れかと思ったが、期待は早くも裏切られた

 

『そこに隠れているは分かっている!諦めて降伏しろ!ロケット弾で木端微塵になりたくないなら、白旗を掲げて出て来い!』

 

 スピーカーで降伏勧告してくる。連山は滑走路にいるため、二次被害は気にしていないため、ロケット弾を使用できる

 

「もう限界だ!早く!」

 

 コブラが近づきホバリングしているのを見た空挺部隊長は怒鳴った。このままだと任務失敗する!覚悟を決めたとき、奥から叫び声が聞こえた

 

「準備出来ました!」

 

「何してる!早く起爆させろ!」

 

「はい!」

 

 部隊長は悲鳴に近い叫び声を上げながら回転翼機に向かって短機関銃を放った。しかし、ヘリには効果は薄い。と言うより、落ちる気配がない。また、いくら待てど爆発音がしない。X兵器は不発だったのか!

 

『それが貴様の答えか!』

 

「くそ!」

 

空挺部隊長は弾切れになった短機関銃をヤケクソ気味で地面に投げ捨てた

 

 

 

その時だ

 

 

 

 上空を飛んでいたヘリが、何の前触れもなく突然、制御不能になり墜落した。攻撃を受けた所は見ていない。文字通り、突然落ち来たのだ

 

「え?」

 

 突然の現象に空挺部隊長は間抜けた声を上げた。遠くに飛んでいた、もう1機のヘリも同様に墜落している。目にも留まらぬ速さで低空飛行で飛んでいたジェット機も、何の前触れもなくコントロールを失い、管制塔に激突した。爆発炎上し管制塔は破壊されたが、空挺部隊長は喜びもしなかった。基地の付近を飛んでいた2,3機のジェット機とヘリも制御を失って落ちている。味方機も例外ではないらしく、零戦などの戦闘機もエンジン不調になったのか、胴体着陸する機体も確認できる。こちらを命懸けで守ってくれた、あの飛行隊長は無事だろうか?

 

 何が起こっているのか分からない。浦田兵も何やら混乱している。近づいて来る車両もヘリが墜落して以降、燃料切れなのか、全く動いていない。銃は火を吹いているが

 

「大尉、やりました!任務は成功です!」

 

「え?……いや、よく分からないのだが?」

 

 部隊長は困惑したが、連山の乗組員は知っているのだろう。見たことも無い携帯無線機を掲げながら、喜んでいる。こいつはX兵器の正体を知っているのか?

 

「ちょっと無線を貸せ!……おい、X兵器って何だ!?」

 

無線で応答して来たのは、何と女性だ。しかも……

 

『明石です!これは極秘事項なので答えられません!』

 

「お前がX兵器を造ったのか!?」

 

『え……ええ……そうですけど』

 

 新兵器が極秘なのは分かるが、なぜ歯に物が詰まったような言い方をするのか理解出来なかった

 

『兎に角、効果範囲が予想よりも広範囲である事が確認出来ました!まさか半径500メートルまで影響があるなんて!あのデータは本物だった!』

 

 明石と名乗る女性は、興奮気味に話している。もう少し問い詰めようとしたが、止めておいた。なぜなら無線越しに多数の人が歓喜を上げている声が聞こえたからだ。X兵器は奴等の切り札だと言う事は本物だろう

 

しかし……彼女は一体、何を造ったのだろう?超能力を兵器化したのだろうか?

 

 空挺部隊長は任務達成したという実感がないため、戸惑いながらも戦い続けている味方に援護しに向かった。相手が混乱している事から、全滅は免れそうだ。増援も来るだろう。兎に角、この基地を破壊しなくては

 

 

 

 しかし、空挺部隊長とは反対に驚愕したのが、浦田重工業の警備会社である警備隊長だった。特殊無線機によって伝えられた被害に仰天した

 

「バカな!なぜ、奴等がそんな兵器を持っているんだ!!」

 

 警備隊長は怒鳴った。まさか……まさか、あのトレーラーは!爆弾ではない!自爆攻撃だと思っていたが……

 

「早く、ボスに繋げ!緊急事態だ!早く、出せ!」

 

 無線で喚いたが、中々繋がらない。そうしている間も502部隊が護衛しているトレーラーが本社ビルに近づいている!

 

「いいから早く繋げ!……なぜ、こいつらがこの兵器の類いを持っているんだ!あり得ない!」

 

 




おまけ
空挺部隊長(一体、何を造ったんだ?超能力?魔法?古代兵器?エリア51で宇宙人の兵器を奪って来た?それとも……。いや、分からん。考えると頭が痛い。明石とかいうヤツ、何者だ?何故か眠気が来る。多分、明石に……ナニカサレタヨウダ)
明石『ちょっと!失礼過ぎるんですけど!何時から私がマッドサイエンティストになったんです!?大尉、試験問題解けずに寝てしまったアホの学生と一緒ですよ!』
空挺部隊長「……なんて事だ。心を無線越しで読むとは。私は人間でなくなってしまったのか?」
明石『さりげなくネタを入れるのであれば、頭を修理しましょうか?待っていますよ』


 X兵器が敵航空基地で炸裂。何故か近くを飛んでいたヘリとジェット機が勝手に墜ちていきます。次話で正体が明かされますが、気付く人は気付いたのではないでしょうか?元陸自の警備隊長が慌てているので相当厄介な代物でしょう
 勿論、頭の中を何かされた訳ではありません。ACもネクストも登場しません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80話 X兵器の正体

 浦田重工業が保有する航空基地が混乱する中、X兵器を載せたトレーラーを502部隊は、予定通り本社ビルに近づいてくる。途中で浦田兵が待ち伏せていたが、どれも強引に進んだ。特に障害物に対してはロケット砲で吹き飛ばした

 

「爆破範囲に入りました!」

 

「もっと近づけ!あいつらは、気づいていない!」

 

 軍曹の言ってる事は正しい。戦艦ル級改flagshipを率いていた深海棲艦の艦隊は、全て艦娘である時雨達に向かっている。待ち伏せてしている敵兵も、軽火器類しか見ない。これは何かの作戦なのか?それとも、本当に知らないのか?

 

 どうも後者のような気がするが、今は関係ない。大佐の息子から無線連絡があり、バスを拾ってこちらに向かっているという。どうやって戦艦ル級改flagshipを巻いたのか知らないが、兎に角、無事だ

 

そして、博士と艦娘の工作艦である明石から朗報が来た

 

『聞いてくれ、軍曹。X兵器は成功した!』

 

「本当か!」

 

『本当です。担当士官から連絡がありました。特殊無線機以外の電子機器は死んでいると』

 

 突然、無線に割って入って来た明石も興奮気味で喋っている。兎に角、敵飛行場を無力化した。なら、今度は敵拠点に炸裂させてやる!

 

 

 

 一方、浦田重工業の本社ビルは騒然としていた。千葉県にある航空基地から連絡が途絶えた。無線の故障かと思ったが、違う。しかも、遠く離れて警備に当たっている分隊長から連絡が来たが、内容が支離滅裂だ。突然、コンピュータがイカれたと言っている

 

 被害報告に浦田社長は、分からなかった。四発の重爆撃機が飛行場に強行着陸したと思ったら、付近を飛んでいた味方のジェット機とヘリが突然、墜落したという。これは日本軍の新兵器か?しかし、それはないと浦田社長は否定した。第二次世界大戦時の兵器類は、大体覚えている。このような奇想天外の兵器は、聞いたことがない。攻撃を受けていないのに墜落させた?超能力か?それとも、艦娘の新しい能力か?

 

 ジェット機の損失は痛いが、あまり実感が湧かない。悩んでいるときに警備隊長から連絡が来た

 

「何だ?今、忙しい。航空基地が艦娘の新兵器の攻撃を受けた。今は原因究明に――」

 

『何やっている!さっさと本社ビルに接近しているトレーラーを破壊しろ!』

 

警備隊長は、切羽詰まっていた。何をそんなに慌てているのか?

 

「どうした?自爆攻撃の対策ならしている。戦車とヘリを並べて待ち構えている。502部隊を捕らえ、公開処刑にする。奴等の士気を下げる手段だ」

 

 勿論、502部隊の行動は読んでいた。トレーラーを守ってこちらに向かっている事から巨体な爆弾なのだろう。原子爆弾や化学兵器、生物兵器はあり得ない。そんなものを使用すると関東地方が壊滅するからだ。生物兵器も考えにくい。しかし、万が一のために対策チームも戦車と共に待ち構えている

 

 バカの一つ覚えだろうと呆れて放って置いたが、警備隊長の焦り声は無くならない。それどころか、聞き慣れない言葉を口にした

 

『違う!奴等はEMP兵器を持っていている!』

 

「E……え……?何だって?」

 

『レーダーやコンピュータなどの電子機器だけを破壊するために造られた電磁波兵器だ!このままだと、コンピューター搭載している全ての兵器は、使用不能になるぞ!』

 

そこまで聞くと、浦田社長は頭が真っ白になった

 

電子機器だけを破壊する兵器だと!

 

『炸裂したらヘリや戦闘機は墜落するし、戦車もトラックも動かん!中古の兵器を魔改造して全部、コンピュータで制御されているからな!それどころか、試作で近代兵器を搭載した深海棲艦の艦隊も影響を受ける!ミサイルもレーダーも使い物にならんぞ!』

 

「バ、バカな!」

 

予想外の事態に浦田社長は焦った。直ちに攻撃命令を出したが、後の祭りだ

 

「貴様はこれをなぜ、予期していなかった!?」

 

『予期出来るか!電磁パルスの兵器は、俺達の世界でも最近になって実用化出来た兵器だ!第二次世界大戦時の兵器にこういった兵器は存在しない!俺達の世界の誰かが、時雨という艦娘に吹き込んだとしか考えられん!心当たりはいないか!?』

 

 浦田社長は必死に考えたが、中々思い付かない。あり得ないならだ。軍事技術を伝えたにしても、ワームホールはこちらが抑えている。宗教団体や虐げられた現地民などは雇っているが、どれもあり得ない。彼等が高度な軍事技術を持ってこれる訳がない。と言うより、高度な技術なんて知っている訳がないし、持っていないはずだ。

 

(分からん……)

 

 軍事顧問は警備隊長である元陸自の隊員しかいない。こちらの警備会社にテロや軍事作戦を伝え育てたのだ。裏切る訳はない。軍事技術もだ

 

(まさか……)

 

 浦田社長は思い出した。軍事を教えて貰ったのは警備隊長だけではない。艦隊の編成や航空作戦などを教えて貰ったもう一人の自衛官。こちらを支えてくれたが、浦田社長の勧誘を蹴り、ひっそりと去っていった者。

 

この世界を知らないが、何らかの方法で伝えたのなら……

 

(バカな!アイツが裏切っただと!!)

 

 それなら納得がいく!アイツなら出来るはずた!航空自衛隊の幹部であるアイツなら!仕事の関係で海上自衛隊との交流をしていたため、海空の軍事作戦を熟知していた!防衛省の航空幕僚監部の防衛部に勤めていた

 

(あの野郎!これを予期していたのか!それとも、海自の幹部の自殺の偽装を見破っていたのか!?)

 

浦田社長は頭をかきむしった。こんなはずはない!私の夢を邪魔してたまるか!

 

 

 

 浦田社長は知らないが、実はイージス艦の情報入手のために脅迫した海上自衛官と浦田社長に軍事学を教えた航空幕僚監部で働いている航空自衛官は仲が良かったのではなく、まして友人でもない。しかし、海上自衛隊のイージス艦情報漏洩に対して防衛省内で調査が行われたが、不運にも日米合同演習絡みで会う予定だった。関係者全員調査され、その空自の幹部にも容疑が掛けられてしまった。つまり、巻き込まれてしまったのである。その空自の幹部は無罪を主張し、関与を裏付ける証拠も出なかったが、灰色となった。というのも、データを盗んだスパイや国が分からなかったのである。結局、左遷され戦史研究室という小さな部署に入れられた。実はイージス艦のデータを盗んだのは、浦田社長によって命令された戦艦ル級改flagshipである。人間に化けれたのと平行世界には存在しない怪物であったため、捕まる訳がない。警察や公安は首を捻るばかりだ。だが、この事件で浦田に不信感を持ち離れていくどころか、彼は浦田に従うふりをしてパソコンの軍事学のデータに細工を加え、本物の情報を隠したのである。試作兵器のデータを入れたのも、どうやら浦田の企みを何となくであるが感づいたらしい

 

 タネを明かせば、この事態を撒いた原因は浦田社長自身。時雨がいた未来では、空自の幹部のささやかな抵抗は空振りに終わったが、今は違う。EMP攻撃は成功している

 

 

 

 そんな背景を知らずに、浦田重工業の本社ビルを守っていた私兵部隊は大混乱した。向かって来るトレーラーをさっさと破壊しろとの命令を突然受けたからだ

 

 直ちに上空を飛んでいるジェット機を向かわせた。ヘリは鈍足であるため間に合わない。しかし、向こうも気づくだろう。トレーラーの爆弾を炸裂させるかも知れない。そのため、どうするべきか迷ってしまった。近代兵器を身に纏った部隊の弱点でもある。こういった事態を想定していないのもあるが、何よりも替えがないのだ。第一陣のイージス艦の艦隊は東京湾から出ようとしているため問題はない。しかし、こちらの防衛力は下がる。既に航空基地は激戦であるが、何とか制圧に着手しているという。しかし、コンピューター部品はほとんどダメになっており、レーダーもミサイルも使えない。そして、何よりも制空権の確保が難しくなったという事である

 

 

 

 戦艦ル級改flagshipは密告した情報を元にトラックを追いかけていたが、呆れていた。ただの民間人が乗っていただけ。荷物もよく分からないものが乗っていた。手製の爆弾のようで触ると勝手に爆発した。面倒くさいのでトラックごと爆破処理させた

 

「奴等ハドコダ」

 

「知らん!地獄に落ちやがれ!」

 

 捕らえられ殴られながらも青年は戦艦ル級改flagshipの足元につばを吐いた。その後に重巡リ級に殴られる。まあ、予想していた事だ。囮だろうと思って攻撃し捕まえたら、よく分からない人間だった。恐らく、艦娘を見て協力したのだろう

 

「フン。奴ニ同情シタノカ?ズット『狂人』ト蔑ンダ癖ニ」

 

「え?」

 

 その男は驚愕したが、戦艦ル級改flagshipは無視した。どうせ、分かるはずがない。空母ヲ級に再び艦載機を出して探しているので間もなく見つかるはずだ。その最中に予想外の情報が飛び込んできた

 

『バトルシップ、聞こえるか!さっさとトレーラーを破壊しろ!あの爆弾が炸裂したら、お前に搭載されている電子機器がイカれるぞ!』

 

 しかし、戦艦ル級改flagshipは驚きもしなかった。たしかに電子機器をやられると痛い。しかし、戦艦ル級改flagshipは既にかくし球とも言えるものを持っている。また、燃料弾薬どころかコンピュータ部品を満載している輸送ワ級が後方に控えているため、彼女にとって痛くも痒くもない

 

「爆破範囲ハ?」

 

『予想だが400から500メートルだ!』

 

「ナラ、ソノ範囲外ニイル。不幸中ノ幸運ダ。ソレニ、例エそれを起爆させたとしても、銃の数はこちらが上だろう。人は死なないのだから」

 

『……まあ、日本を捨てるのだから問題はないが……。だが、反撃を食らう!もう、遠慮は無用!深海棲艦を使って旧軍を牽制しろ!日本全国にある都市と軍事基地を攻撃させるんだ!作業に支障が出る!』

 

「フン。分かった」

 

 戦艦ル級改flagshipは通信を切ると、捕らえられた青年に向けた。彼は重傷を負っているにも拘わらず、呆然と戦艦ル級改flagshipを見ていた

 

「おい、お前。……何で人間のように喋れるんだよ?」

 

「おっと。うっかりシテイタ。オ前ノオ蔭デ攻撃ヲ免レタヨ」

 

混乱している青年を問答無用で拳銃を使って射殺した。もう用はない

 

「全ク……大人シク降伏スレバ良イモノヲ」

 

 戦艦ル級改flagshipは日本近海にいる深海棲艦の艦隊に無差別攻撃を命じた。お陰で、日本各地で悲劇が起こったのは言うまでもない

 

 そんな状況を他所に、502部隊の車両が本社ビルに近づいていた。途中で艦娘が乗ったバスと合流出来たが、今度はジェット機が近づいてくるという

 

「博士からです!X兵器は効果ありとの事です!」

 

 大淀は喜んでいたが、提督は走破思ってはいない。実は時雨の対空電探に高速で近づく機影を確認しているとの事だ

 

「軍曹!奴等はこの兵器の正体を気付かれた!ここで起爆させるんだ!」

 

本社ビルとの距離は約180メートルだが、範囲内だ

 

『分かった!起爆させろ!』

 

車両は急停止し、作業を開始した。ボタンを押すだけだ。しかし、護衛していた装甲車が爆発した。ジェット機から発射された対地ミサイルが命中したのだ

 

「クソ!」

 

 爆風の煽りを受けトレーラーは横転した。時雨は提督が命じるよりも早くも動いた。起爆方法は、全員教わっている。トレーラーによじ登り、コントロールパネルを開く。そうしている間もMiG21は旋回して攻撃しようもしている

 

「何してる!早く押せ!」

 

「分かっている!」

 

時雨は思いっきりボタンを押した。何も起きない。MIG21は、既にミサイルを発射していた。こちらに飛んでくるミサイルは――そのまま上空を通りすぎ住宅街に着弾し爆発させた。ジェット機も制御不能に陥っているらしくこのまま地面に激突した

 

時雨の対空電探もイカれているのか、ノイズばかり走って使い物にならない

 

「よし、成功だ!」

 

「うん……そうだね」

 

 こういった兵器は見たことがなく、実感も湧かない。しかし、効果はあるだろう。ちょっと疑問を感じてしまった

 

 しかし、時雨の困惑を他所に他は大混乱に陥った。電力システムが止まったため大停電を引き起こし 、通信機器にも影響が出た。効果範囲に入っているジェット機や攻撃ヘリは突然墜落し、戦車も照準装置や動力をやられ動かなくなったという。付近を飛んでいたレシプロ機の内、数機はエンジン不調で墜落したが、ほとんど浦田重工業の航空兵力で壊滅していたため、この攻撃には損害は軽微という皮肉が生まれた。レーダーも機能停止し、本社ビル近くの港に泊まっていたイージス艦や貨物船は、システムダウンして出港できない

 

 

 

 ここまで来ればX兵器の正体は、分かるだろう。電子機器を破壊したのはX兵器から発せられる電磁パルス(EMP)。そのEMPを発生させる兵器……高出力マイクロ波(HPM)兵器である。電磁パルスは主に核爆発で発生することから知られていた。高高度核爆発すれば広範囲に効果はあるが、味方にも影響を受けては意味がない。そのため『平行世界』のある国では、敵側の限られた地域空域に対してのみ効果を発揮できる非核型の高出力マイクロ波(HPM)兵器の開発が進められていた。実際に核爆発を起こさなくとも、コンデンサなどを使えば電磁パルスを発生させることが可能である

 

 しかし、コンデンサから発生する電磁パルスは、微弱であるため増幅させる必要がある。そのため、強力な蓄電装置と電力が必要であるためそう簡単に造れる訳がない

 

 ディープスロートがデータとして残した兵器の分類は、JDAMという無誘導爆弾と巡航ミサイルに搭載可能のHPM兵器(Champ)である。最近になって米軍が開発に成功し、日米合同演習で使われたらしい。電磁パルス対策と効果を試験するために使用していたという。ディープスロートはどうやって手に入れたか知らないが、電磁パルス発生装置を利用した兵器の設計図や電気回路を手に入れたらしい。電気回路と科学知識のデータを残して入れたため、明石と博士は理解するのに苦労した。何しろ、代替システムを製造するのに手こずったからだ。パソコンにも一応記載されていたが、それでも効果を発揮できなかった

 

 そのため博士は明石を建造するために簡易的建造ユニットを造る事を決意したのだ。不知火、大淀、龍譲はおまけで建造したが、それでも十分な戦力だ。時雨だけでは負担が大きすぎる。明石は、自身の能力と工廠妖精の力をフルに使って電磁パルス発生装置の開発に成功した。博士も登戸の連中も不眠不休で作業したが、出来上がったのは巨大な電子装置だった。巨大コンテナ並みの大きさに収まったのは奇跡だろう

 

 しかし、重量があるため巨大な航空機か大型トレーラーが必要だ。軍の試作の大型爆撃機である「連山」と大型トレーラーで向かうことにした。それしか手はない

 

 成功したのは、敵が兵器の正体に気づかれなかったのは幸運だった。また、どういう訳は水際で撃破するつもりらしく、包囲作戦で捕まえる気だったらしい。舐められていた感があったが、兎に角、電磁波攻撃は成功した。浦田重工業は強力な兵器を持っているが、大量に失ってしまうと途端に不利となる。何しろ、電子機器を頼っているのだ。電子機器が麻痺してしまった今、少数精鋭でこの状態は不味い

 

 また、通信システムがやられているため、部隊との連絡が出来ない。高高度核爆発なら、両軍問わずシステムがやられていただろうが、幸いにも局地的であるため、そこまで被害はなかった。しかし、警備隊長は撤退を命じた。幸い、万が一のためにEMPでも壊れない特殊無線機も少なからず部隊長クラスに持たせていたため命令できた。指揮官の仕事は指揮なので、通信機能が高性能というのは珍しくない。しかし、現場は混乱したのは言うまでもない

 

「撤退ッ!?相手を押しているのに、どうしてです!!」

 

『本社ビルが正体不明の攻撃受けてシステムが全てダウンしたんだ。このままだと本社ビルが無防備になる!』

 

 首都に展開している浦田の部隊長は自分の上司である警備隊長に罵倒した。

 

「こちらは戦車も動きますし、まだ電子機器は使えます!」

 

『お前達が進軍しても包囲されてしまったらお仕舞いだ!撤退するしかないだろッ!! 他の部隊に通達させろ!!直ちに引き返すんだ!』

 

 帝国陸軍の地上部隊と海軍の陸戦隊を押していた浦田部隊は大混乱した。電磁パルスについてはほとんどの者が理解出来ないため、新兵器によってやられたと説明することにした。当然、納得する者はいない。しかし、上からの命令だ。従うしかない

 

「撤退だとッ!?」

 

「本部が新兵器にやられたらしいぞ」

 

「糞野郎が!!何やっているだ!」

 

 浦田の部隊達は首都進軍のルートから撤退し本社ビルか港まで戻っていく。突然、あわただしく逃げていく浦田部隊帝国陸軍の地上部隊は、眉を潜めた

 

「准尉殿、奴等逃げていきますぜ」

 

「罠……か?」

 

「それにしては慌ただしい逃げ方ですよ」

 

 撤退しながら奮闘していた彼等は、突然の浦田部隊の撤退を見ていた日本軍は不思議に思った。先ほどまで押されまくられたからである。味方の戦車は真っ先に撃破され、戦闘機も片っ端から落されていく。有利だった彼等が、尻尾を巻いて逃げるとはどういう事だろう?

 

「まさか502部隊の極秘作戦が成功したのか?」

 

「そうだとすると好機ですな。またとない千載一遇ですぞ」

 

「……よし、慎重前進しよう。早速、中隊長に報告してくる」

 

 こうして日本軍はゆっくりと前進を始めた。本当は戦車を使いたかったが、残念ながら戦車は全て破壊された。日本軍の前進に浦田部隊は直ぐに気付いた

 

「奴等が来るぞッ!」

 

「早く逃げるぞ!! 物資は置いていけ!!」

 

「日本軍にあげるのか?あんな奴等に!」

 

「捕まって拷問されるのと一目散に逃げるのはどっちが良いんだッ!」

 

 遂には補給物資を置き去りにして逃げる羽目になった。トラックに乗せるのも限界はある。これに飛び付いたのは勿論、日本軍であるのは言うまでもない

 

「浦田給与だッ!?」

 

「此方は医療品だ。軍医を呼んでこい!」

 

 日本軍は進軍よりも捕獲した物資を奪うことに専念したため進軍が遅れてしまった。実は太平洋戦争でも米国やイギリスの補給物資を略奪する際にも彼等は『ルーズベルト給与』『チャーチル給与』と言って喜んだという。

 

 特に米国輸送機が落下傘による補給物資の投下を誤って日本軍に落とした時は手を叩いて喜んだという

 

 彼等は、梱包されていた食料品であるミルク缶、チーズ、チョコレート、パンなど当時の日本国内では手に入らなかった食べ物を楽しんだと言われている。勿論、誤って投下してしまった連合軍は、上から地団駄を踏んだのは言うまでもない。戦争で数少ない喜劇(?)が起こった1つである

 

この世界の日本軍は浦田重工業のお陰で経済成長したこともあり、不自由はないものの、やはり足りないものは足りない。特に医療品は嬉しかった。戦闘により負傷者が多数いたからである

 

これは帝国陸軍にとって予想外の戦果だった

 

 

 

 一方、浦田社長は暗くなった司令塔にいた。既に部隊の撤退を命じたが、それでも時間がかかるという。ジェット機を主力とした航空戦力は壊滅的であり、戦車も大半は失っていた。やむを得ず、電子機器がやられ動かないT-72や74式戦車は破壊するよう命じた。悔しがっているように見えるが、違っていた。僅かながら笑っているという

 

『おい、これからどうする?』

 

「第二陣の艦隊の復旧を終えたら、直ちに離脱する。間に合わないものは置いていく!」

 

 電磁パルスは確かに厄介ではある。しかし、高高度核爆発ほどの強さではないため生き残る機械は僅かながら存在する。現在、港に停泊している6隻のイージス艦と貨物船は機能停止したが、船長の話だと復旧は可能との事である。幸いにも欧米の原爆開発を警戒していたため、EMP防護はある程度していた。そのため、奇跡的に復旧は出来るのだが、時間はかかるとの事だ

 

『おいおい、尻尾巻いて逃げるのか?……まあ、切り捨てもやむを得ないな』

 

 警備隊長は呆れていたが、流石に全員収容は間に合わない。帝国陸軍もバカではない。時間は伝えてあるものの、上手く行かないのが現場である。浦田社長は無線を切ると、イージス艦の艦長に伝えた

 

「艦長、艦対地ミサイルはどうだ!」

 

『精密な誘導は出来ません!電磁パルスでシステムダウンした箇所はともかく、誤作動が起こります!味方の誤爆もあり得ます!』

 

 イージス艦も電磁パルスを受けてシステムに干渉し誤作動しているという。何とか復旧出来たが、完全ではない。オリジナルではないため、ただでさえ機能は劣るのに更に低下してしまった

 

『ヘリも飛ばせません!大まかな位置でしか……』

 

「構わん!撃てるなら、さっさと撃て!地上部隊が危機的状況だからだ!」

 

『……分かりました』

 

 ここで言う艦対地ミサイルは、戦闘機に取り付けている空対地ミサイルを魔改造したものである。米軍なら巡航ミサイルだが、残念ながら浦田重工業は米軍ではない。独自開発と改造で手に入れた兵器である

 

 イージス艦のVLSから数発の艦対地ミサイルが発射された。到達まで数分もかからない。陸軍である地上部隊は何が起こったのか分からなかった。上空からロケットが飛んで来たかと思うと、爆発と轟音と爆風に見舞われたからだ。破壊力は凄まじく、帝国陸軍の地上部隊はまたしてもすりつぶされた。不発だったのか、地面にめり込むロケットが数本あったが、炸薬があるため近寄れない。それに加えて、増援で浦田部隊がやって来て反撃して来た。戦闘車両が無くても銃や大砲は健在である。戦車は照準システムと動力が使用不能しただけで、撃つだけなら問題は無い。戦車砲の装填は、マニュアルでも動かせる。T-72戦車も動力は動かなくても戦車砲と機関砲で応戦して来た

 

 地上部隊は、浦田部隊の追撃の停滞を余儀なくされた。豊富な火力で撃ってきているためである。また、数機の攻撃ヘリやジェット機は生き残っていた。電磁パルス炸裂時に効果範囲外に居たのだろう。執拗に攻撃を加えた

 

 ロケット弾、ミサイル、機関砲の猛火を地上部隊に浴びせた。流石の帝国陸軍も怯み、後退を余儀なくされた。しかし、ミサイルは今や貴重になった事で補給はロケット弾か機関銃弾しかない。ミサイルも誘導装置が組み込まれているため、誤作動する可能性があるからだ。だが、ここで叩きのめさないと本社ビルは危ない

 

 物凄い銃撃戦が行われていたが、今度は浦田の私設軍隊の方が後退しながら応戦している。帝国陸軍も一気に叩き潰したい所だが、こちらは浦田の猛攻によって陸攻である爆撃機も戦車も破壊されてしまった為、進撃するのは難しい

 

 

X兵器(EMP)による攻撃成功を聞いて喜んだ司令部も今では、皆の顔は険しかった

 

「あれだけ被害を受けても、抵抗するとは」

 

 陸軍大将は苦笑いした。認めるしかない。こいつらは悪だが、強敵だ。クーデターやテロといった生易しい相手ではない。手持ちの兵力でどれだけ戦えるか。現在、陸上輸送機に改造された深山改を使って兵員輸送しているが、それで足りるかどうか。戦車も戦闘機も先ほどのジェット攻撃で8割は失ったのだ

 

「厳しい戦いになる。気をしっかり持たないとな」

 

元帥も頷いた。勝負はまだ終わってはいない

 

 

 

 陸軍の地上部隊と浦田部隊が激突している隙に、提督と艦娘達。そして502部隊は警備が薄い本社ビルに侵入しようとしていた。建造ユニットを奪還するためである

 

 




おまけ(EMPと高出力マイクロ波発生装置(HPM))

提督「電磁パルスについて?物語には出たけど、そこは説明する程ではないと思う。警備隊長が言っているように簡潔明瞭に言ってしまえばいいと思う」
明石「ダメですよ!説明するって感想の返信で約束したでしょう!それに応えないと!」
提督「だけどな、電磁パルスなんて難しいよ。ウィキペ○ィアでも分かりにくく書いてあるから」
時雨「別にいいじゃない。それでも提督は、知っているみたいだから」
提督「まあ、いいが。しかし、電磁パルスは難しい。ここで難しい理論をコピペして貼りつけてもも意味がないから、(なるべく)誰でも分かりやすく説明する」
時雨「提督、今回は真面目だ」
明石「毎回、後書きではギャグ満載だったのに」

提督「まずはEMPである電磁パルスについてだ。電磁パルスとは、あれだ。とても分かり易言えば、映画『GODZILLA』(2014年)で怪獣、MUTO(ムートー)が出しているあれの事だ。電子機器を無力化してしまう能力と思えばいい」
明石「いや、間違っていないけど説明省き過ぎで例えが雑です!」

MUTO(♂)は思った
MUTO「嫁さんに会うために目覚めたら、米軍が待ち構えていた。恋愛を邪魔する奴は、誰であろうと許さん!食らえ、EMP」
米軍「コンピュータが!電子機器が全部、麻痺してしまった!レーダーも使えないし、ミサイルも発射すら出来ん!」
MUTO「これがEMPだ!電磁パルスで人類の兵器を無効化できるので、攻撃をほぼ受けていない。戦わずに勝つのが俺のやり方だ」
米軍「グヌヌヌ」
進撃するMUTO。電磁パルスのせいでコンピュータが全く使えない米軍は、機械式で動く核爆弾で対抗しようとする!さあ、どうするか!


明石「もう怪獣説明になっているじゃないですか!真面目にやって下さい!」
提督「分かった。どうやら例えが悪かったようだな」
明石「全く、何しているんですか」
提督「よし、レザーバックかスペースゴジラを使おう。さて、どうするか――」
明石「いや、同じですから!怪獣持ちださないで下さい!」
(※レザーバック(パシフィックリム)とスペースゴジラもEMP出来ます)


提督「冗談はここまでにして」
時雨「やっぱり」
提督「電磁パルスとは言うのは、電子回路に高圧パルスを発生させて電子回路を破壊される現象。早い話、送電線や送電鉄塔へ雷が落ちたのと似たような状況と思っていればいいよ。最悪の場合、電子回路が焼き切れる事態まである」
時雨「修理は出来るの?」
提督「被害次第ってところ。広範囲に電磁パルス攻撃すると、復旧は短時間では済まない。現代はコンピュータ制御されているから、通信機器類(テレビ・ラジオ・インターネット・アマチュア無線など)などは勿論、生産工場、交通・運輸・流通システム、送電、金融も完全に停止して、すぐに回復できない」
時雨「電磁パルスって広範囲で攻撃出来るものなの?」
提督「電磁パルスは核爆発の際に発生するもの。高度100kmから数100kmの上空で核爆弾を爆発させると、上空高くでは大気が薄いため爆風はほとんど起きないが、地上に電磁パルスを降り注ぐ。因みに過去にハワイで、核実験によるEMP騒ぎがあったから間違いないよ」
時雨「過去に……あった?」
提督「1962年にハワイから800マイルほどの距離で米軍が高々度核実験した際に起こった被害の事。フィッシュボール作戦による核実験。ハワイに影響したのはその中の『スターフィッシュ・プライム』。人工のオーロラを発生させると共に、ハワイの数百の街灯故障を引き起こしたり、防犯アラームが落ちたり、レーダー壊れたり、ハワイの電話システムをダウンさせたり……。復旧に1ヶ月くらいはかかったらしい」
時雨「そんなに?」
提督「当時、低軌道を飛んでいた人工衛星の3分の1が破壊された。迷惑な話だよ」
時雨「で、対策は?当時、こんな被害があったんだから対策は」
明石「勿論、あるわよ」
提督「その前に質問だ。電子部品である真空管・トランジスター・パラメトロン・IC・LSIの内、どれが電磁パルスに耐えられるか?」
時雨「真空管じゃない?よく聞くけど。MiG25もあるし」
提督「……」
時雨「違うの?」
提督「間違っていない。ただ、真空管の場合はあくまで耐性が高いというだけ。強力な電磁パルスだと落雷の直撃のように導通する金属配線に高い電流が流れるので耐えられない。真空管も強力な電磁パルスを浴びせば、ヒータフィラメント線が断線、金属電極が真空放電で溶ける。如何に真空管だろうと万能ではない」
時雨「電磁パルスで評論家達は、MiG25をよくあげるけど」
提督「あれは勝手に言っているだけだな。そもそもMiG25は本気で核戦争想定するために造られたかどうか分からない。というかF-14、F-15だって初期型は真空管使っていたから」
時雨「あ、あれ?」
提督「確かに昔は『レーダーの一次系は真空管回路じゃないと、核による電磁パルスには耐えられない』と 言われていたが、逆に言えば真空管のような素子なら耐久力がある。最近は耐久力のある半導体回路が作れるようになったため真空管に頼る必要はない」
明石「因みに何も真空管に置き換えなくてもシールドしていれば、電子機器は守れる。レーダーや無線はシールドしたら使い物にならないので、一種のブレーカー、フィルターのようなもので保護しているから限定的とは言っても壊れない。電磁波シールドシートなどネットで漁れば売っている。本当に効果はあるか不明だけど」
提督「冷戦時代に米ソがバンバン核実験したお蔭で、現在はある程度EMP防御する手段は生まれている。ただ、全部隊に行き渡って対策されているというのは疑問だな」
時雨「どうして?」
提督「予算関係」
時雨「……」
提督「最近の戦闘機や戦車や軍艦は、コンピュータ無しだと戦力にならない。F-16なんかはコンピュータ無しでは、水平飛行も難しい。全部、電磁パルス対策でシールドつけたりしたら天文学的な金がかかるな。それに真空管は寿命が短いのが宿命。外部振動にも弱いから、電磁パルス対策のために真空管というのは、今ではほとんどの者は使おうとしない」
時雨「MUTOが実際にやって来たら終わり……それはそうと、浦田重工業の場合は何で?」
提督「本作品では浦田重工業の軍事技術は、民生品を流用して魔改造して動いている。軍事技術と民生品は表裏一体だけど、軍(自衛隊)のようにシールドなんてしていないし、そもそも電磁パルスの想定していない。まあ、電磁パルス対策でシールドするには金がかかるし」
時雨「……意外と間抜けのような」
提督「誰も予想出来なかったのが本音。しかも、非核型の電磁パルスを使うとは思いもしなかったから。元陸自の警備隊長が驚いたのはそういう背景」
時雨「本作品で出たHPM兵器って何?」
提督「早い話、電磁パルス発生装置と言った方がいいかな?電子機器を使って電磁パルスを発生させる事。ただ核とは違って出力が低いから、効果は限定的。だから、イージス艦は復旧されちゃったし、逃れた現代兵器もいるけど効果は絶大」
時雨「どうして、米軍はこんなものを開発したの?」
提督「敵レーダー対策だろうな。なにしろレーダーというのは、電波を待っているわけなので。アンテナにシールドしてしまったら使えないから目潰しには持って来いの兵器」
時雨「レーダーと無線を目潰しすると言う事は……」
提督「SAMサイト、レーダー誘導ミサイルなどは使えなくなる。更には車両の不動化、コンピューターや通信関係の破壊、 航法装置を破壊することによる航空機、船舶への攻撃が出来るからこれを食らった敵はたまったものではない。先ほども言っているようにレーダーやアンテナはシールドが出来ないから」
時雨「最後にこれは実用化されているの?」
明石「……」
提督「まだだと思う。米軍も現時点での実用化は公式に発表されていない。でも、完全にSF兵器ではない」
提督(本作品のHPM兵器も架空だけどな)
明石(しっ!)

時雨「電磁パルスとHPM兵器は分かったけど、個人が持つ電子機器も壊れるかな?蛍光灯や懐中電灯とか」
提督「瞬間的に大電流が流れてOKな回路だったら、壊れない」
時雨「そうなの?」
提督「懐中電灯はフィラメントに損傷を与えるほどの強力なパルスを与えられない限り大丈夫。乾電池も使えるから」
時雨「そうなんだ」
提督「芝刈り機も動く」
時雨「へぇー」
提督「大人のおもちゃ、ピン○ロー○ーも動く」
明石「ちょっと!どさくさに紛れて何言っているの、この人!」

提督「長くなったのでこれで終わり。電磁パルスはMUTOが生み出す電磁波と覚えておけばOK。効果はコンピュータ破壊。一応シールドで対策出来るが、レーダーは対策しづらい。そして、HPM兵器の開発した理由は、米軍の関係者がスペースゴジラを見て『これだ!』と思いついて造り上げた兵器と思えばいい(嘘)」
明石「結論が滅茶苦茶!今までの説明、何だったの!?」
時雨(最後はやっぱりこうなるんだ)


電磁パルス兵器は様々あり、爆発を用いたEMP発生装置、キャパシター(コンデンサ)を用いた発生装置、アクティブ・フェーズド・アレイ(AESA)を電磁パルス兵器として利用するなどいろいろあります。これがあれば、現代兵器などを持ってくるオリ艦娘やクロス艦娘を倒せますね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9章 希望と絶望
第81話 元陸自隊員の逆襲


艦これのメンテが終わるのを待っている私です
2期はどうなるのか?


 本社ビルの敷地内では兵士達が盛んに動いていた。数十分前までは余裕だった顔も、今では焦りに変わっている。電磁パルスの兵器のせいで大半の兵器が駄目になった。高高度核爆発のような強力なEMPではないため無事のものもあるが、兵器の数は少ないため痛手だった。とにかく、撤退する友軍と船に貨物を載せる作業で人員は割かれ、本社ビルの警備には申し訳程度にしか配備されていない。本社ビル内も同様だ。社員全員が避難して貨物船に搭乗中であるため、人はほとんどいない

 

 そんな混乱の中、侵入者はフェンスを切って入ってくる。502部隊と時雨達は別方向から進入した。固まっていては発見されやすくなる

 

「こんな所にヘリの発着場があるなんて」

 

「固定翼機と違って僅かな広さでも降りられるからな」

 

 先ほどまでAH-1SやUH-60が補給のために着陸し、作業が済むとすぐに飛び出したのを見た直後だった。中にはCH-53まで降りて来る始末だ

 

「まだ、ヘリが生き残っているなんて」

 

「X兵器の効果は半分しか効かなかったね」

 

 本社ビルの効果範囲内だったものの、帝国陸軍の地上部隊の迎撃のために出撃した兵器は無事だったようだ。予想はしていたものの、出来ればすべての兵器を無力化したかった

 

「仕方ないさ。ここまで来れたのが奇跡だ。油断というか、戦術をミスったのか分からんがな」

 

 恐らくトレーラーの中身は、爆弾か何かと思ったらしく、接近する前に包囲して捕らえようとしたらしい。現に、本社ビルの前にはT-72戦車と装甲車が各三台配備されていた。車両侵入防止措置もされており、途中で墜落したヘリまでいたことから捕まえる予定だったらしい。しかし、早めにEMP攻撃したため戦車は動かずヘリも墜落した

 

そう考えるしかない。こちらを過小評価していたらしい

 

 

 

 実は浦田重工業側も接近していることは認めているものの、数が少ないため、小数の部隊で対応していた。特殊爆弾の可能性も否定できず、生物・化学兵器も考慮し、艦娘と特殊部隊を排除した上でトレーラーを確保する。うっかり起爆されてしまってはこちらにも影響する。旧日本軍も生物兵器や化学兵器の研究をしていたことは浦田社長も知っていたための対応だった。尤も、731部隊のメンバーの拠点であった陸軍軍医学校などは早々に爆撃して潰した。しかし、密かに手に入れた可能性もある。ヤケクソになって自爆攻撃して来たのか?警備隊長も首を捻ったが、特攻の一つだろうと思い、あまり重視していなかった。兎に角、旧日本軍は自爆攻撃がお家芸だ。手持ちの兵器や戦術が通用しなくなると、馬鹿の一つ覚えのように自爆する。この世界でも同じだと思った。自殺攻撃には既に対処出来ている。旧日本軍は神がかりであるため、深く考えなかった。艦娘も旧日本海軍の艦艇の擬人であるということも知っていたためでもある。おまけに、戦艦ル級改flagshipが艦娘達を追いかけて分散したお陰でやりやすくなった。尤も、戦艦ル級改flagshipはそんな事を知らない。浦田社長は「彼女」が楽しんで追い掛け回すことを知っていたので、ある意味助かったのである。分散も想定内だったのだ。後は、502部隊の排除と特殊爆弾確保というシナリオでいた。そのはずだった

 

 だが、トレーラーの中身がまさかEMP兵器とは夢にも思っておらず、慌てて攻撃命令を下したが、既に遅かった

 

 つまり、浦田重工業もまさかEMP兵器だったのは思わなかった。完全に想定外である。電磁パルスという概念も核実験で生まれたものだ。核開発グループだった人たちは既に暗殺した。つまり、消去法でこの世界の人間が考え発明したものではない

 

 浦田社長は警備隊長の指摘を受けて怒り狂ったが、そんな事情を時雨達と提督は知らない

 

 

 

 それは兎も角、彼らは侵入した。通信手段も明石が渡してくれたシールド付きのバックから取り出した予備の通信機器と電探を使った。電磁パルスを防ぐ方法もパソコンにあったためだ。さっきまで付けていた電探は電磁パルスのせいで壊れたが、修理する手段がない。壊した上で捨てた。勿体無いが、仕方ない

 

「タコ1から本部へ。X兵器攻撃は成功。しかし、効果は半分」

 

『聞こえるぞ。しかし……上手くいかんかったか。残念じゃ』

 

本部とは、博士である。明石と共に行動しているが、安全地帯にいる

 

『タンゴが破壊工作しているから、侵入して。早く『荷物』を確保しないと』

 

 明石が割り込んできて指示を出した。『タンゴ』とは502部隊の事で『荷物』とは建造ユニットの事である。明石や博士が言っているように建造ユニットの確保が最優先だ

 

「大丈夫……ちゃんと確保するよ。会うために」

 

 時雨は安心するよう伝えた。もし確保出来たら、仲間に会える。そう思うと早く行きたいという焦りとまた会えるといううれしさで複雑だ

 

「待っててくれ」

 

『絶対に死ぬんじゃないぞ!』

 

 通信は切り、敷地内に侵入した。警備システムは網のように張り巡らされていたが、電磁パルスのせいで案山子同然だ。見回りもいない。というより、人員を割いていないらしい。既に502部隊が対処したらしく、遠くで二人組の見回りが音もなく殺されているのを見た

 

「これが浦田重工業のビル……」

 

 大淀は唖然として高層ビルを見上げていたが、他の艦娘もそうだろう。彼女達は『艦だった頃の世界』の日本を見ていたための反応だ。高層ビルなんて太平洋戦争時の日本なんて存在しない。よって、不知火も龍譲も唖然として見上げていた

 

まるで力の象徴にも見える

 

「急げ急げ!」

 

 敷地内に入り、車列の影に隠れ、建物に近づく一同。その途中でとんでもないものを見つけた。新型兵器だろうか?大型コンテナと見たこともない戦闘機が格納庫から運び出され、近くの港に停泊している貨物船へ向かっている。一部は修理したらしく、作業用の車両は忙しそうに見たこともない戦闘機を運び込んでいた。CH-53がコンテナを吊り上げて運んでいる

 

「あれは戦闘機なんか?……変な形状をしているけどさ?」

 

「未来の奴か?」

 

「これに似たようなものを見た事がある」

 

 時雨は思い出した。アイオワが言っていたステルス戦闘機。F-35C戦闘機である。尤も、アイオワが覚えていたのは、まだ試作段階のF-35なので混乱したと言う

 

「F-35?おい……」

 

 提督はあのパソコンのデータを覚えたのだろうか?時雨は舌を巻いた。形状を見ただけで驚いている。記憶力はいいのは分かるが、それ以前に浦田重工業はなぜ、こんな兵器を持っているのだろう

 

急いで物陰に隠れると報告をした

 

「本部、応答してくれ。あいつら、未来兵器を持っていやがる。貨物船に載せている最中だが。信じられんが、運び込んでいる兵器はステルス戦闘機『F-22 ラプター』だ」

 

『そんなバカな!ディープスロートのデータに乗ってあった米空軍最強の戦闘機か!』

 

 ノートパソコンには兵器一覧があり、提督は兵器の特徴を覚えていた。知っていても損はないだろう。無駄知識だが、まさか役に立つとは思わなかった

 

「写真と形状が僅かに違うが、間違いない。レーダーに映りにくい兵器だ!」

 

『いや……ちょっと待ってくれ!幾ら何でもおかしいじゃろう!平行世界の米軍じゃぞ!国家機密をどうやって盗んだ!』

 

「しかし目の前にある!……待て、時雨が言っていたF-35まである!何であるんだ!」

 

 提督は驚きのあまり動揺し、時雨も唖然としていた。どうやって、手に入れたのだろう。機体が美しいとかではない。浦田重工業の不気味さに狼狽した

 

『……骨董品のジェット機を自前で改造して発展させたのはある程度筋は通るが、ステルス機になると話が別じゃ!第一、どうやって――』

 

『ちょっと待って!提督、明石です!もしかすると……ステルス技術はそんなに難しくないと思います!』

 

明石がマイクを奪ったのだろう。明石が興奮気味で話している

 

「どういう意味?」

 

時雨も唖然とした。工作艦には分かるのだろうか?

 

『多分、形だけ真似したんだと思います。中身は別です!これまでの浦田重工業の兵器を見る限り、平行世界の軍事技術を何らかの方法で再現しています!』

 

 明石が言うには、ここにはミサイルもジェット機もない。敵対国も無理だろう。例え漏れたとしても、技術差があり過ぎて再現どころか対策なんて出来ない。つまり、天敵がいないのである。機能もオリジナルである米軍と比べものにならないだろう

 

「……確かにパソコンにあった写真と形が微妙に違うな。国籍マークもない。それに、こっちにはジェット機もミサイルもない。確かにわざわざ高性能にする必要はないかも知れないが」

 

『これは私の考察です。……時雨の証言とアイオワの手紙を見て考えました。あれは人が乗るのに造られたのではなく、空母ヲ級の艦載機用として開発したのでは?』

 

「「え?」」

 

 時雨は頭が真っ白になり、提督も間抜けた声を上げた。大淀も不知火も龍譲もだ。余りにも、推理が斜め上をいっている

 

『冷静に考えて下さい。……未来の記録では、夜の哨戒時に艦娘が行方不明になったという記述を見ました。更にレーダーには映っていないに突然、攻撃を受けたという記録もあります。私が敵の大将ならステルス戦闘機を夜中に飛ばして奇襲させます。だって、レーダーに映らないのですから』

 

「ちょっと待て!どうやってステルス技術を盗んだ!?未来の技術のものだろ!ガラクタ集めの奴らがそんなものを開発出来る訳ないだろ!」

 

 提督の言っている事は尤もだ。レーダーに映らない飛行機。少なくとも自分達の軍事常識に反する。これでは、電探の意味がないのではないか?

 

そう思った矢先だ。無線から突然、何者かが無線に割り込んで来た

 

『……残念だな。ステルス技術は第二次世界大戦のドイツでも開発していた。種を明かせばステルス技術の理論は、冷戦時代のソ連が生み出したものだ。アメリカは、それを応用させ成功したに過ぎない。つまり、コンピュータと理論さえあれば造れるんだよ。ステルス技術は米国専売の技術じゃねぇ。あの国は高性能の機器を詰め込め過ぎているからだ。命を懸けてX-2計画のデータとサンプル一部を持ち込んだ甲斐があった訳だ』

 

「この声!」

 

時雨は驚いた。この声は知っている!警備隊長だ!確か平行世界の日本の軍隊、陸上自衛隊に所属していた人だ

 

『お前らのせいで鉄くずになってしまった。まあ、どうでもいい。修理すればいいだけだからな。ところで……また会ったと言うべきかな?電波傍受という事を知らないとは愚かだ』

 

「警備隊長……お前は、本当に陸自にいた人間なのか?」

 

『どこまで俺を知っている?『陸自』という単語を使っている事は、俺が住んでいた世界を知っているようだな。ハッ、少しだけ褒めてやる。さっきの会話も面白かったぞ。旧軍の癖にこんな奴等がいるとは。道理で手を焼くはずだ』

 

 提督は話しながら移動し始めた。無線傍受されたと言う事は、既に部隊がこちらに向かっている。その前に侵入しないと。移動している間も、警備隊長が無線で喋っている。周波数を把握したのか?

 

『艦娘も面白いな。ボスの話だと、艦娘は旧日本海軍の亡霊だと思っていたが……実際に見て見ると中々、可愛い所があるじゃないか。……だからか。ボスが考えた計画が上手く行かなかったのは。時雨という艦娘がタイムトラベルしたというのも現実味が湧いた。さっさと降伏しないと鎖で縛られて拷問されちゃうぞ』

 

「僕は……僕は二度と捕まらない!」

 

 時雨は声を荒げた。あれは本当に地獄だ。挑発に乗らないというのは基本なのだが、残念ながら抑えきれない

 

『生意気な小娘が。深海棲艦と戦うしか能のない奴は、哀れだな。不要なものだ。反抗心むき出しだから慰め者しか使えんだろうがな』

 

「抑えて!あいつの言葉を無視して!」

 

 時雨が逆上して罵倒しようとしたが、龍譲と不知火が口を押え、大淀は時雨を覆いかぶさり抑えた。時雨は抵抗しようとしたが、大淀が震えているのに気がついた。彼女も怒っているのだろう。しかし、無線は相変わらず喋り続けている

 

『全く……これだから旧軍は。頭が固いのか?それとも、変なプライドがあるのか?国を守るって国のエゴに使われるだけだと言うのに、馬鹿みたいに張り切って何の得がある?人類のために戦うとか言われてもピンと来ないな。そんな精神の持ち主の集まりだから、日本は負けた』

 

「お前はどうなんだ?」

 

 不意に提督は指摘した。時雨も動きを止め、他の艦娘も時雨を抑えたまま提督を見ている

 

「アンタは国防のために働いていたんじゃないのか?自衛隊の資料を見たぞ。見る限りは――」

 

『ハハハ。確かにそうさ。でもな、それは会社の広告と同じなんだ。綺麗事しか表に出さないのと同じさ。俺の知り合いに刑事ドラマに憧れ警官に入った奴がいるが、数年で辞めたさ。社会も知らない人間が得意そうに語るんじゃない』

 

「何が言いたい?」

 

『バカでも分かりやすく言うと、ヒーローなんて存在しねえんだよ。そんなのは、お子様が喜んで見るようなテレビ番組だ。悪の組織をやっつけたら世の中は平和になるのか?ん?艦娘は元は旧日本海軍の艦艇だろ。聞こえているんだろ?お前ら、『大東亜戦争』ではヒーローだったのか?米軍にコテンパンに負けた軍艦さんよ?』

 

 時雨は怒りで一杯だったが、残念ながら反論が見つからない。知っているからだ。太平洋戦争の事を。自分達は、米海軍に負けた。悔しさで一杯だったが、提督は違った。内心では怒っているらしいが、冷静だ

 

「浦田社長は深海棲艦と戦艦ル級改flagshipを使って世界を破滅させようとしている。金をいくらか貰っているか知らないが、世界が滅ぶとその金も使えない」

 

『勿論、幾つかの都市は残すさ。それに、今でも人類同士争っているんだ。終止符を打つには、必要な事だ』

 

 時雨は唖然とした。本末転倒もいい所だ。深海棲艦が現れて人類が滅びても、仕方がないと言っているようなものだ

 

「愛国心や国防よりも金を選ぶのか?」

 

『浦田社長は、太っ腹だ。下っ端の3等陸曹がもらえる給料の千倍の金を支払ってもらえるんだから。必死になってヘリの操縦免許を取って攻撃ヘリのパイロットになっても給料はあまり上がらない。手当も保険云々で消える始末だ』

 

「誰かを守るために戦うという考えはないのか!誇りは無いのか!」

 

『バカ言ってるんじゃね。正直者はバカを見るという奴だ。大和魂というヤツか?ならば、俺の考えを言ってやる。そんな下らない誇りでメシが食えるかよ!』

 

「扉が見つかりました!」

 

不意に大淀が指を指した。ガラスの扉だが、開けて入れるだろう

 

 その時だ。突然、爆音が聞こえた。聞いた事がある爆音。ギョッとして音のする方向へ向けるとアパッチが向かって来る

 

「何でヘリが無事なんだ!?」

 

時雨は叫んだが、それに応えるように無線から嘲り笑い声が聞こえて来た

 

『このアパッチは陸上自衛隊から盗んだ機体だ。当然、電磁パルスにも対処出来てる!ツメが甘かったな、能無しに屑鉄女が!』

 

「早く、建物に入れ!」

 

 提督は絶叫したと同時に全員が建物に入ように逃げた。機銃射撃音が鳴り響き、辺りに無数の穴が空いた。幸い、逃げたお蔭で誰も負傷していない

 

全員、息を切らせて立ち止まっている中、時雨は無線で喚いた

 

「僕は、仲間を守るためにタイムスリップしたんだ!君とは違う!確かにオカシイ人もいる!だけど、仲間が理不尽に死ぬのを黙って見過ごす訳にはいかない!」

 

 時雨の怒りの声に、全員は時雨に目を向けた。時雨は怒りのあまり、肩で息をしている。こんな連中のせいで。こんな人達のせいで僕達艦娘は犠牲になった

 

『……ハッ。勝手にほざいてろ。理想と現実くらい見分けたらどうだ?国を守る事が正義なのか?素晴らしい事なのか?国のエゴのために?国は正義なのか?日本でなくてもナチスやソ連を見れば一目瞭然だ。アメリカですら怪しいぞ?今でも正義気取りか?なぁ、旧日本海軍の亡霊さんよ。何か言ったらどうだ?』

 

「僕達は違う!」

 

『大義なんて何の役に立たないぜ。嘘や切り捨てなんて何回もしたら、愛想が尽きて辞めるのが目に浮かぶな』

 

 しかし、時雨は今度こそ無線を切った。話し合いは無理だと言う事を理解していた。だが、警備隊長の言葉に全員、何も言わない

 

「行くぞ。建造ユニット確保が先だ」

 

「提督。僕は……」

 

「言うな。アイツは何かあったのだろう」

 

 提督はそれ以上、言わなかった。時雨も他の艦娘も同じだ。時雨は反論出来なかったのではない。軍の短所を知っていたからこそ、反論出来なかった

 

 『艦だった頃の世界』の帝国海軍の軍人はプライドが高い。兵学校に鍛え抜かれたのだから当然だ。幼年学校から純粋培養された帝国陸軍の軍人ももっと頭が固い

 

 柔軟な戦術と工業力を持つ米軍とは違い、艦隊決戦思想から中々抜け出さなかったのも敗因の1つだ。そのため、海軍のしごきは凄く、特に戦艦に至っては新兵を犯罪者のように見ていたらしい

 

こんな歌があった

 

『鬼の山城、地獄の金剛、音に聞こえた蛇の長門。日向行こうか伊勢行こか、いっそ海兵団で首つろか』

 

『地獄榛名に鬼金剛、羅刹霧島、夜叉比叡、乗るな山城鬼より怖い』

 

 戦艦陸奥の第三砲搭爆発も新兵による自殺だと言われているほどだ。米軍でも新兵の教育は厳しいが、帝国海軍のようなやりすぎの私刑はしない

 

 これでは、国を守るどころか士気が駄々下がりである。しかも、帝国海軍の戦艦の中で大活躍したのは金剛型くらいだ

 

「まあ、軍や国に失望したのも無理ないかもな」

 

 提督は内心、呆れ果てていた。未来の記録でも、父親の影響もあって、艦娘建造出来るまでは隅っこの部署に配属されたという

 

 どうやら人が人を統治している限り、物事は簡単には行かないようだ。だが、ならず者のテロ集団である浦田重工業を止めないと不味い。何しろ、大日本帝国という国を押し潰そうとしている。少数精鋭もあって、旧日本軍の強さはバカに出来ない。米国ですら手を焼き、原爆まで落とした程だ。それを赤子の手をひねるかのように攻撃して来る。知識と科学力だけで出来る事ではない。いや、深海棲艦を使ったとは言え、列強国を壊滅させたほどだ。思想はともかく、やり方が異常過ぎる

 

「大淀……戦艦棲姫に打電しろ」

 

「提督……それは!」

 

大淀だけでなく、全員ギョッとした。まさかやるつもりなのか?

 

「提督、私が打電すれば後戻り出来ません。まだ時間は――」

 

「考えたさ。だが、奴等の好きにはさせん。俺も少しは期待していた。奴等の改心にはな。話し合いも。しかし、もう無理だ。相手は聞く耳なんて持たない。これは俺の手に追えるものではない」

 

 誰も声を発しなかった。相手が悪過ぎる。自分達のメンバーでは、組織を倒せる程の力は無い。既に犠牲者が大勢いるのだ

 

「提督、僕はついていくよ」

 

時雨は不意に言った

 

「このままだと、遅かれ早かれ同じ道に行ってしまう。だから……あいつらの自信を奪うんだ。あれは、浦田のものではない」

 

 時雨は思った。僕達は深海棲艦と戦うために存在している。浦田重工業が喜ぶ標的艦ではない。未来で捕虜となった仲間達を思った。酷い目に合わされ、新型ミサイルの実験と称して沈められる映像を送られたのだ。僕が体験した事をこの人達には、味わって欲しくない

 

「……ええんやろうか?うちらが勝手にやって?うちは別にいいけどさ。……君と時雨の言い分は間違ってはないと思うし」

 

「少なくとも不知火は、姫級と戦う方がマシです。それに港湾棲姫は敵であれど、時雨を手当てをしました」

 

「全員一致だな。責任は俺が取る。敵の部隊が来る前にやるんだ」

 

 大淀は一瞬だけ躊躇したが、直ぐに打電を行った。別に機密でも何でもないので、平文で打った

 

それは、起動のコードである。機器類は、海に逃がした戦艦棲姫に渡したものである

 

 

 

当然、浦田重工業も傍受したが、何なのか分からない。通信班も首を傾げるばかりだ

 

『すみません、警備隊長。私にはよく分かりません。ただ、暗号ではないのは確かです』

 

「いや、いい。無線傍受、よくやってくれた。ところで、制圧部隊は編成出来たか?」

 

 通信班は艦娘達が使う無線を傍受し、攻撃したが、ビルの中へ逃げてしまった。流石に本社ビルをミサイル攻撃するわけには行かない。502部隊も侵入したらしく、数台の軍用トラックがやられた。だが、こちらのスナイパーが数人倒したと連絡したのでおあいこだ

 

『制圧部隊は三個編成です。これで制圧できます』

 

「油断するな。制圧は任せた。俺は撤退する部隊を指揮して来る。後片付けは頼んだぞ」

 

 アパッチは現場に急行し、制圧部隊はビルに突入した。電磁パルスの影響で電子機器は使えないが、予備電源は生きているため明るい。しかし、制圧部隊は予備電源も落とした。暗闇で襲うのが得意だからだ

 

 

 

???

 

 ある海域で戦艦棲姫と北方棲姫が航行していた。目指すのはあの場所だ。渡された機械。これが起動すれば障害無く行ける。しかし、コードを入力しないと起動出来なくなっている。イラついたが、壊してしまっては元も子もない。空母ヲ級や戦艦ル級などの部下達は、こちらの命令を受け付けもしない。あの『女』は厄介な事をしてくれたものだ

 

「ア!大淀サンカラ打電ダ」

 

 イルカと遊んでいた北方棲姫は不意に叫んだ。戦艦棲姫は注意深く聞くと確かに聞こえる。数字が15桁だが、間違いない。コードだ

 

「ヤレヤレ、何デ私ガ人間ノ後始末ヲシナイト、イケナイノカシラ?」

 

呆れるように呟いたが、内心では喜んでいる

 

 

 

やっと……やっとあいつに会える!

 




おまけ
提督「F-22とF-35のステルス戦闘機がある」
時雨「やっぱり盗んで?」
提督「いや、違うだろう。恐らくだが――」
一同「ゴクッ」
提督「宇宙から来たロボット生命体が教えたんだろう」
龍譲「んな訳ないやろ!」
時雨「流石にそれはなんじゃないかな?」
提督「多分、あの中に変形して隠れているかも知れん!」
不知火「となると全ての戦闘機を調べないといけませんね」
時雨「だから、無いから」
???「「トランスフォーム!」」
スタースクリーム「忌々しい小僧め、中々やるではないか!」
ブラックアウト「バレてしまっては仕方ない。殺してやる!」
大淀「提督、流石です!勘だけで見破るなんて!」
龍譲「何でや!」
時雨「ちょっとおかしいって」
提督「落ち着け、想定外だが仕方ない。戦うしかない!」
不知火「しかし、あんな敵と戦った事が――」
提督「心配するな!私にいい考えがある!」
時雨「提督、フラグ立てちゃダメだよ!」


ステルス技術をざっくり説明すると、レーダーが使われ始めた第二次世界大戦の頃から既に研究され始めた。レーダーが発達すれば、その目から逃れる技術を研究されるのも当然の流れ

警備隊長が言う「ドイツでもステルス戦闘機を開発していた」というのは全翼機のホルテン Ho229。全翼機であるため尾翼などの反射物が少なく、更にはレーダー波吸収を企図してカーボン塗料を塗布などステルス技術を考慮して造られたという。後にステルス機F-117やB-2の開発に際しても参考とされました

「ステルス技術の理論は、冷戦時代のソ連が生み出したものだ」というのは、ソ連の電波工学の権威、ピョートル・ウフィムツェフは1957年に『物理工学的解析理論』という理論を発表した事が発端です。内容はとても難しいが、簡潔明瞭に書くと『電波に関する物理学の論文』
 ただとても難しいものであったため、当時のソ連はまったく相手にされず、軍事機密扱いともされなかった事もあり、この理論は無防備に海を渡りアメリカへと伝わったという。そのアメリカも当初は関心を持っていなかったが、空軍の研究所がこれを翻訳。その後、本格的なステルス機であるF-117、F-22、F-35、B-2を造り上げたと言う

当然、後を追うようにロシアはSu-57や中国はJ-31を開発しましたが

ステルス機というのはレーダー反射断面積(RCS)を少なくするのが絶対条件であるため、設計に複雑かつ膨大な計算をこなさないといけません。今ではコンピュータがあるので楽(?)ですが、当時はそう簡単に出来るものでなく、仮にソ連が『物理工学的解析理論』やステルス技術の重要性を気付いても、既に国力の衰退が始まっていたので、開発は大きく遅れたり中止になっていたでしょう

余談ですが、『米軍が日本の塗料(フェライト塗料)を使ってステルス機(F-117)を完成させた』という話は嘘である。「エリア51ではエイリアンの技術供与によって新型航空機の数々が極秘で開発されている。その航空機がF-117だ!」と同じくらいの出鱈目である。ディセプティコンであるスタースクリームがステルス技術を教えたというなら納得は出来ますが(トランスフォーマー)


おまけ2
(ツイッターの)友人「『艦娘の人権を!』っていうSSがあるけれど、現代社会のリアルさを追求するとなると、最もリアリティ高いのは「艦娘がコンビニに来ると事件かと思う」「艦娘は出来るだけ市民の前に出て来ないでほしい」「艦娘は怖い」とか、そういう声がいっぱい出そうだと思う」
提督「そうなったら、艦娘達は辞めて別の仕事に就くなりすると思うよ。差別をするくらい余裕と言う事は平和である証拠。なら、わざわざ国を守る必要性ないから」
友人「え?いや、艦娘は国を守るのが――」
提督「人間だって人種や宗教や肌などで差別があるんだから、そこを棚に上げて差別するのは本末転倒過ぎるだろ。下手すりゃ、深海棲艦から攻撃受けても艦娘は助けてくれんよ」
友人「……」


ブラック鎮守府があったらどうなるか?私が思うに差別というか奴隷のように扱うと、艦娘は国を全く守らず軍を去っていくだろう
意外と知らないかも知れないが、軍人(自衛官)も毎年辞める人は少なからずいる
キツイ、汚い、危険という3Kで誰もが定年まで自衛官(軍人)になるたいと思う人はいません。海外も似たようなものが多く、こういうのは古今東西あります。人間ですらこれなのに、そこに差別要素が加わると全員辞めるでしょう。大儀名分もただの案山子と分かれば、士気もダダ下がりです
国防や平和はタダではない(今の日本が平和なのはアメリカのお蔭)
恐らくですが、タフで変人である人間が向く仕事だろうと思う
休暇を減らして出撃回数を増やすために書類を偽造してまで出撃したハンス=ウルリッヒ・ルーデルや撃墜された海に落ちたが、乗艦だった瑞鶴へ31km泳いで帰還した広瀬正吾(瑞鶴「!」)。米艦隊に単艦で突撃し、旗艦含む多数の艦をフルボッコにするという頭のおかしい戦果を叩き出した夕立の艦長である吉川潔(夕立「っぽい!」)
当時の海軍航空隊もバケモノの巣窟であり、結構な面子があったという(空母組「!!」)
要は、爆裂魔法ばかりする頭のおかしい爆裂娘のような人が沢山集まっていると思えばいいかもしれない(めぐみん「おい!」)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82話 戦艦ル級改flagship

艦これ第二期が始まりましたね
全て初めから……
深海棲艦、どさくさに紛れて海域を奪ったのか


 ビルに侵入した時雨達は慎重に進んだ。短波無線で僅かながら502部隊と連絡したが、数名死傷者が出たらしい。陸軍将校と合流して侵入したが、博士と明石は置いてきたという。元々、三人はバックアップのために安全な所へ居させたのだ。しかし、中佐は現場指揮官の経験者のこともあってわさわざ出向いたのだ。大胆にも二式複座戦闘機 である「屠龍」に乗り込みダイビングしたらしい。電磁パルスの後だったため、地上から攻撃を受けなかったのだ。尤も、浦田重工業の部隊はそれどころではないだろうが

 

「大胆過ぎる……」

 

「提督も人の事は言えないよ」

 

 無線連絡を終えて呟いた提督に時雨は指摘した。何度でも言うように提督は、大学生だ。軍人ではない。軍事訓練したとは言え、やはり人を撃つのに抵抗はある。しかし、人は環境に適するものであり、適材適所指揮するのだから、これはこれで良いのだろう

 

「不気味やわな……人がいないなんて」

 

「気をつけて」

 

 不知火も龍譲もヒソヒソ声で話していた。それは、浦田重工業の本社ビルは、真っ暗だったからである。昼間で窓から差し込む日光は奥まで届かない。よって、薄暗い。また、ビルの中の事もあり探照灯も使えない。海上とは違い、バレたら蜂の巣だからだ

 

一同は進んでいたが、声を押し殺して進む。少し前、遠くから複数の足音と金属が擦る音が聞こえたからだ。全員、武器を構えながら進む。物陰から人が出そうだ。実際にゴキブリやネズミが床を動き回っているのを見て、提督は、危うく自動小銃を発砲しそうになった

 

「司令、落ち着いてください」

 

「ああ……」

 

圧部隊が来る前に、建造ユニットを手に入れなくては

 

 

 

「ここを右に曲がって上の階に上がります」

 

「潜入工作員が言ったのと同じ場所にあればいいがな」

 

 潜入工作員は作戦決行までギリギリ見張って報告していた。しかし、予定外に動かされては意味がない。破壊されたら、ここまでの苦労が水の泡だが、提督はその可能性は低いという

 

「未来の記録だと、例の戦艦ル級は、楽しみながら艦娘を捕らえて酷い目に逢わせて、撃沈させている」

 

「でも、もし提督の推理が違っていたら……」

 

「分かっている。だが、俺はそうは思えない。アイツは、確かに強い。しかし、軍艦ではない」

 

 時雨も首を捻った。提督は何を考えいるのだろう。敵の考えがわかるのだろうか?

 

階段を登り、長く迷路のような廊下を歩く一同。途中で警備隊長が送り込んだ制圧部隊を確認し、通りすぎるのを待つまで隠れていた

 

「生きた心地がしないです」

 

 敵の部隊が通りすぎ視界から消えてから一同は廊下に出た。部隊全員は必死に探していたが、何とか巻いた

 

「戦艦ル級を倒すには……あれと同じ力を倒す艦娘を出さないと」

 

 時雨は独り言のように呟いた。時雨は真っ先に思い浮かべたのは大和型戦艦だ。46cm砲を積んでいるため、如何に防御力があろうとあの戦艦ル級でも通用するはずだ

 

 建造ユニットを起動するには工廠妖精の力が必要不可欠である。今は提督が保有している。博士の説明によると浦田重工業が凄かろうが、起動出来ないはずだ

 

 博士から建造ユニットについて聞かされた時雨は安心したが、提督は落ち着きがなかった。戦艦ル級改flagshipの動きが非常に気になったからだ。こちらを過小評価しているだけならいい

 

 しかし、解せないのは浦田重工業に捕まった際、提督を殺そうとしていた。だが、今回はどういう訳かさっさと殺そうとしない。遊んでいるようにも見える。浦田社長は愚かだが、バカではないはずだ

 

(建造ユニットを破壊されなければいいが)

 

 未来の記録では、戦艦ル級改flagshipは捕まえた艦娘を完全に遊んでいた。拷問どころか面白半分、撃沈させている。はけ口として痛め付けたような記録もあるのだ。時雨もそれで廃人になりかけた

 

(まるで楽しんでいるみたいだ)

 

 提督は思った。兵士というより、異常殺人者のように思えてならない。特に時雨を拷問された映像を見たが、戦艦ル級は笑っていた。あの笑いは異常だ

 

(何もなければいいが)

 

 

 

 提督が考え事をしている中、無線連絡してきた。どうやら、制圧部隊は502部隊時を排除するために進んでいるらしい。実際に交戦したという。何とか追撃を撒いたが、増援が来るそうだ

 

「あの部隊、こちらよりも502部隊を排除しようとしている」

 

「……まあ、艦娘は小火器に対して効果は薄いからな」

 

 勿論、艤装を纏っているのが条件だ。駆逐艦でも装甲はあるため大丈夫だ。小火器程度なら耐えられる

 

「よし、その隙に建造ユニットを確保……待て、龍譲は何処だ!」

 

 提督が見渡した時、鋭い声で指摘した。時雨はハッとして見渡したが、一人欠けている。大淀も不知火も辺りを見渡して必死に探す。しかし、龍譲はいない。忽然と消えた

 

「おい、さっきまでは確かに居たぞ。迷子になる艦娘ではない!何処だ!」

 

「分からない。提督に指摘されるまで全然気づかなかった!」

 

「確かに不知火の後ろにいました……敵の攻撃?」

 

「そんな!電探を稼働させているのに反応は一切なかった!」

 

 全員、狼狽したのも無理もない。大淀には、22号の電探が装備されている。電磁パルス対策されたシールドの箱に保管されたものなので壊れていない。性能も確かだ。侵入する前に性能チェックはしたのだから。とすると、消去法で敵の攻撃である可能性が高い

 

「不味い。提督、どうする?」

 

「クソ!建造ユニットまでもう一息だってのに!」

 

提督もこれには予想外だっただろう。まるで幽霊だ

 

一同は固まって警戒した。龍譲は何処へ行ったんだ?

 

そんな中、足音が廊下に響き渡った。数は1人。金属音は聞こえない事から、非戦闘員か?

 

一同は武器を構えた。皆の心臓の鼓動が高まる。敵なのか、そうでないのか

 

そして、遂に現れた。ショートヘアで迷彩服を着た女性が。浦田の警備員である部隊章を付けている事から敵だ。しかし、右腕には赤十字の腕章をしている事から衛生兵だろう。武器も持っていない。しかも、小柄な人を抱えながら慌ててこちらに走っている

 

「止まれ!」

 

提督は銃を構えて警告した。女はこちらに気づくと怯えるように小刻みに震えた

 

「あ、ああ、貴方達は誰!?」

 

「その前に名乗れ!何者だ!」

 

 質問を質問で返す提督。全員が警戒したが、その女性は切羽詰まったように早口で話す

 

「私は田中衛生兵です!後方支援するために部隊と合流する途中に廊下で怪我を負った人がいました。今から救護班に連れて行く途中です!」

 

衛生兵は負傷し抱えている小柄の女性を差し出したが、皆は気付いた

 

「「「「龍譲!」」」」

 

 衛生兵が抱えていた小柄の女性は、龍譲だった。しかし、龍譲の様子が変だ。服は破れ、打撲傷と切り傷が多数ある。しかも、龍譲の表情がおかしい。ぐったりしている。顔色が悪い。喋れないのか、こちらを見た龍譲は僅かに動いている

 

「俺達の仲間だ!龍譲を渡せ!」

 

「ちょっと待って!この子は負傷しているのよ!重傷よ!貴方達は治せるの!?死ぬ可能性だってある!直ぐに手当てしないと!」

 

 衛生兵は必死に訴える。言っている事は間違いないが、相手は浦田兵の一員だ。捕虜として捕まってしまう可能性がある

 

「ダメです!貴方の会社のボスは戦艦ル級改を始め深海棲艦を雇っています。渡す訳にはいきません!」

 

 大淀はきっぱりと言った。普通に話しているため、制圧部隊が気付く可能性があるが、そうも言ってられない

 

「いい加減にして下さい。貴方達の事は知りませんが、私は衛生兵です!貴方は女性兵士か何か知りませんが、負傷兵の待遇はジュネーブ条約で決られています。我が社は、国際条約を取り入れています!それでも不審に思うのであれば、誰か1人見張りを立てて別の診療所で見てもらうというのはどうでしょう?これでも、医師免許を持っています。文句を言う輩は、私が説得して排除させます」

 

「どうします?」

 

 不知火も提督に指示を仰いだが、提督自身も迷っている。何しろ、相手は医師免許を掲げているのだ。名前も顔写真も一緒だし、偽装ではなさそうだ。間違いないだろう

 

 しかし、時雨は声を上げなかった。全身の毛が逆立った。冷や汗が溢れ、手が震えだした

 

 微かであるが、声に聞き覚えがあった。いや、以前に目の前の衛生兵の声を聞いた事はない。だが、微かに聞き覚えがある。まるで無理矢理、声帯を変えて話しているような……。しかし、あり得るのか?目の前にいる、普通の女性の人間が……情熱的で人道的に訴える衛生兵が……

 

 時雨は疑問よりも本能を優先した。狂ってるかもしれない。しかし、それしか考えられない!第一、どうやって海軍大将を捕らえたんだ!?深海棲艦がノコノコと人の集団に……しかも、人間社会に溶け込めたんだ!?

 

「て、ててて提督!――あいつだ!あいつだ!間違いない!敵だ!」

 

「時雨?どうかしましたか?」

 

「早く撃って!あいつは敵だ!戦艦ル級改flagshipだ!」

 

 時雨は叫んだ!引き金を引きたい所だが、抱え込んでいる龍譲が邪魔で、狙えない!田中衛生兵は狼狽して、後ずさりした。しかし、それは演技だ!ずっと戦って来た!皆には欺けても、僕の目は誤魔化せない!そうしている内に、大淀と不知火が時雨の身体を抑えて銃口を無理矢理降ろさせた

 

「何を言っているのです!?幾ら何でもあり得ないでしょう!」

 

「落ち着いて下さい。あの人は敵ではありません。本当なら不知火達はとっくに殺されています!」

 

「違う!間違いない!あいつだ!」

 

 焦ってしまい撃とうとするが、射線が取れない。敵は何を考えているか知らないが、間違いなく殺される!助けを求めるため提督の方を向けたが、提督も銃を降ろしている!

 

「提督!こいつだ!」

 

「時雨、落ち着け。深海棲艦は人間には興味ないが、自分達の勢力圏を広げるために攻撃して来る。奴等は人間の考えとは違う。脅迫で雇うなら分かるが、化ける事は無い。親父も言っていたから確かだ。考え過ぎだ」

 

「提督!」

 

 時雨は絶叫した。確かに証拠はない。博士の方が深海棲艦に詳しい。これでは、相手の思うつぼだ

 

「提督!何しているの!早く――」

 

「時雨、黙ってくれ!」

 

 抗議しようとしたが、逆に一喝された。抑えられた手を振り払おうともがいていた時雨は、大人しくなった

 

(提督。皆。どうして気がつかないんだ!)

 

 これでは、どうする事も出来ない。時雨が錯乱したと思っているのだろう。伝えたくても中々伝えられない

 

提督はその衛生兵に近づき、提案した

 

「分かった。不知火と共に行かせよう。だが、浦田重工業所属ではないのが、絶対条件だ」

 

「はい!分かりました!」

 

田中衛生兵は安心したらしく、喜んだ。警戒を解いて、近寄って来た

 

「ところで俺は龍譲に大事な物を預けていたんだ。今、必要だから触っていいかな?服のポケットにあると思う」

 

「もちろんです。ですが、怪我をしていますので気をつけて下さい」

 

提督は衛生兵に抱えてられている龍譲に近寄り手を握った

 

 

 

 

 

 一瞬だった。提督は衛生兵から龍譲を強引に素早く奪った。小柄であるため素早く奪えたのだ。そして、龍譲を大淀の方に投げると、瞬時に銃を構え田中衛生兵に向けて発砲した!しかも、弾倉が空になるまで連射したのだ!

 

衛生兵は、銃弾を食らい血を吹き出しながら倒れた

 

「提督……一体、何を――」

 

「猿芝居もいい加減にしろ!この殺戮快楽者が!」

 

大淀は非難しようとしたが、提督は大淀の声を遮るほどの鋭い声で言った

 

「もうバレているんだ、戦艦ル級改flagship!いや、浦田社長の秘書であり妹!浦田結衣(うらた ゆい)!」

 

「「「え!?」」」

 

二人は唖然とした。時雨も驚いた。提督は衛生兵の変装を見破るどころか、敵の正体まで掴んでいた

 

「どういう……」

 

「時雨、お前が捕まった刑務所で社長の秘書が頻繁に出入りしていた。しかし、同時に刑務所内では入れ替わるように戦艦ル級改flagshipが現れる。信じられんが、こいつは肉体を自由に変える事が出来る」

 

時雨は提督の説明に頭が付いていけない

 

「あの社長に信頼されてる程だ。身内か何かだ。……あの社長には妹がいたが、高校時代に自殺している。もし……自殺が偽装なら……」

 

「……妹……どうして?」

 

「浦田社長の親戚や親族は全員死んだ。しかし、妹だけは違う。こいつが通っていた高等学校の生徒全員が、不審な死を遂げていたからだ!」

 

 時雨は理解出来なかった。僕達を追い詰めたのは浦田社長の妹?しかも、自殺を装い、深海棲艦に化けていた??そして、過去に高等学校の生徒を全員殺したのか?

 

 色々と聞きたい事があるが、残念ながら理解する時間はない。倒れた衛生兵が、何と動き出したのだ!

 

「……ククッ……ククククク……フフフフフフ」

 

 

 

 銃弾を浴び倒れた衛生兵から笑い始めた。何が起こっているか分からない。助け出した龍譲を見ると龍譲は、喋れないのだろう。必死に口を動かしていた。唇の動きで読み取れたが、たった二文字だけで十分だ

 

 

 

 て き

 

 

 

 龍譲の息絶え絶えに伝えたメッセージに大淀も不知火も臨戦態勢に入ったが、その直後に二人は悲鳴を上げた

 

 倒れた衛生兵が突然、起き上がった。しかも、吹き出した血も、ビデオを逆再生したかのように吸い込まれている。傷口から流れ出る赤かった血も見る見る青くなり、銃創も完治している。恐るべき治癒力だ

 

あの必死で優しそうな衛生兵が、みるみる内に残忍な笑いを上げていた

 

「初めましてというべきかな?貴様、私の擬態を見破るとは。しかし……今のは痛かったぞ。死ぬほどではないが」

 

「龍譲さんに何をしたんだ!」

 

「心配するな。ちょっと毒を入れてやっただけだ。早く手当てしないと本当に死んでしまうぞ」

 

 時雨は問答無用で主砲を発射した。砲声が鳴り響いたが、相手は右腕を盾のようなものを展開して防御した

 

「駆逐艦の主砲で戦艦の装甲が破れると思っているの?それとも、同じ手が通用すると思っているの?私が学習していないとでも思っているのか?」

 

(そんな……こんなの未来でもなかった!)

 

 未来では度々、戦艦ル級改flagshipの強さは報告されたものの、このような戦い方は見たことがない。まして、人間に化けて襲うなんて!単に手の内をさらさなかったのか?それとも、あの夜襲の攻撃によって強くなったのか?しかし、ここまで強くなるのだろうか?

 

「ん?お前、驚いているようだけど、未来の私はこんな戦い方をしたかしら?それとも、まさかバージョンアップしてる事に戸惑っているのか?」

 

「……っ!」

 

 時雨は声を上げない。まるで見透かしたような鋭い視線にたじろいでしまった。未来でも見たことのない力……未来を変えるどころか、敵が強くなってしまった!

 

「お前が……戦艦ル級改flagship!」

 

「そうよ。名前まで突き止めるとはな」

 

 戦艦ル級改……いや、浦田結衣はこちらに向けて砲を展開した。時雨は慌てて庇うように立ったが、何と撃ってこない

 

「どうした?俺を殺さないのか?捕まった時に殺すよう浦田社長に指示を出したのはお前だったはず」

 

提督は挑発したが、相手は冷静だ

 

「……お前は建造ユニットを稼働させるために必要な妖精を持っているはずだ。重要な資材と共にな。あの建造ユニット……深海棲艦ばかり出てうんざりしていた所だ」

 

 実は建造ユニットは未完成だったため、深海棲艦ばかり建造されてしまうという結果になった。建造ユニットを回収した浦田重工業だったが、技術はあれど博士のような知能はない。深海棲艦と艦娘は表裏一体であるため、完成させても不安定さはそのままだ。よって、稼働しても深海棲艦ばかり吐き出す結果となった。博士はそれに気づいて心臓部である機械部品を開発したが、組み込む前に拘束され取り上げられた。盗んだものであるため、浦田社長もお手上げだったのだろう

 

「お前が再稼働するという考えは読んでいた。主は諦めて破壊するよう命じたが、私が止めた」

 

「初めから誘っていたという訳だ」

 

 提督はニヤリと笑ったが、時雨は提督の首筋に汗が大量に出ているのを見逃さなかった

 

「君は……誰?深海棲艦と思っていたけど……本当に……元々は人間なの!?」

 

 時雨は未だに信じられなかった。今までは戦艦ル級改flagshipが深海棲艦のボスだと思っていた。浦田重工業と手を結んでいたと思われていたが、実は人間だった?

 

「いいや、時雨。私は人間ではない」

 

浦田結衣と呼ばれた女性は、一歩一歩こちらに向かって歩きだした

 

「な!」

 

「嘘……」

 

不知火も大淀も声を上げた。髪が短く、普通の女性が変形しだした

 

「この姿は知っているでしょ?」

 

 服も自在に変えられるのか、肉体どころか迷彩服も変形したのだ。変わった姿はスーツ姿の女性は、艦観式で会った秘書。時雨も思い出した

 

 そして次の変形には、時雨を含め3人とも悲鳴を上げた。髪が肩まで伸び、肌が白くなる。しかし、艤装はない。目も変わり、一目で深海棲艦のものだと気づく

 

「私は浦田結衣ではない。それに人間でモ無イ。更ニ言エバ深海棲艦デモ無イ」

 

声も変わり、深海棲艦の声である怨念に混じる声だ

 

 そして何処からか現したのか。彼女の周りから艤装が展開された。巨大な砲搭、無数の対空機銃と高射砲。レーダーと思われるアンテナ。しかも、艤装が深海棲艦のものではない。どちらかと言えば、艦娘の艤装を黒く染め上げたかのようだ

 

「ソレ以上ノ存在ダ。下級ノ深海棲艦ト同類ニシテ貰わないでくれない?」

 

「声が……人間と混じっている!」

 

大淀は驚愕した。戦う前に深海棲艦の特徴を博士から学んだ。学んだための反応だ

 

「戦艦ル級……じゃない!あり得ない!」

 

「自分の常識で物差しを測らナイデクレナイ?」

 

不知火も青ざめ、艤装を構えているにも関わらず、後ずさりしている

 

「なんという化け物だ」

 

「オ互イ様ヨ。未来ノ私ハ強カッタヨウネ。モシ、艦娘ガ有利ダッタラ初メカラ浦田重工業ヲ襲ッテイタ。計画ハ成功ダッタ。気ヅイタダケデモ、誉メテヤル」

 

お世辞だったが、提督は銃を構えたまま相手を罵った

 

「知らせてくれたのは、502部隊の連中、そして未来の記録のお陰だ!未来の俺と艦娘の犠牲は無駄にしない!」

 

「ダカラドウダト言ウノダ?理解シタカラ何ダト言ウノダ?タダノ人間ト駆逐艦軽巡ノ艦娘ニ何ガ出来ル!」

 

 相手は元人間にも拘わらず、提督を人間と蔑む事に時雨は驚いた。人間では無いのか?

 

 しかし、何もしない訳にはいかない。時雨は酸素魚雷を手に持つと、相手に向かって投げ出した。主砲がダメなら魚雷。残念だが、時雨の力ではそれしかない

 

だが、当然相手はそんな単純な攻撃に倒せる相手ではない

 

「クドイ!魚雷ナンゾ当タラナケレバ済ム話ダ!」

 

 無数の対空機銃が飛んでくる魚雷を銃撃し迎撃した。提督は急いで身を伏せたが、大淀も不知火も主砲で攻撃した。魚雷は空中で爆発したが、戦艦ル級改flagshipには多数の爆発が起こった。しかし、いくら主砲を当てても戦艦ル級改flagshipは怯まない。効果が全くないのだ。逆にバカデカイ主砲9門がこちらに向けられた

 

「屑鉄ニ成リナ!帝国海軍ノ亡霊共ガ!」

 

「伏せて!」

 

 時雨は叫ぶと同時に大淀と不知火を強制的に床に伏せさせた。その直後に強烈な砲声と大爆発が辺りを響いた。巨大な砲から砲弾が発射され、物凄い轟音を響かせながら通り過ぎた。砲弾は、遠くのビルの壁に命中し、バカデカイ轟音と巨大な穴を開けた。衝撃も凄くビルが地震でもあったかのように揺れたのだ

 

 揺れにより転倒しないよう踏ん張る時雨は、歯ぎしりした。あんな巨大な砲弾は見たこともない。いや、有るにはあるがどうみても大和型戦艦よりも大きい。それにあいつ……自分達の拠点を破壊しても何も思わないのか?

 

「うおおぉぉ」

 

 提督は立ち上がりグレネードを投げた。普通のグレネードに深海棲艦に効果はない。そのため提督は、スモークグレネードと閃光グレネードの両方を投げた

 

 グレネードを投げた事を確認した戦艦ル級改flagshipは、迎撃を開始したが、それよりも早く手榴弾は爆発した。眩い閃光に加えて煙が立ち込み、さしもの戦艦ル級改flaghipも怯んだ。そのため、副砲で乱射した。あちこちで爆発が起き、廊下が崩れ去る音とうめき声が聞こえる。煙が消え、視界が良好になった時には時雨達は居なかった

 

 戦艦ル級改flagshipは廊下に落ちている光る金属片を拾った。副砲……いや、155mm砲のレーダー射撃を狂わせた原因だ。グレネードにチャフを混ぜたらしい。こちらがレーダー射撃を使っていると知っていたらしい。いや、知っているだろう。未来から来たと言う事は、私の戦い方を見て研究したと言う事だ

 

「チッ……逃ゲタカ。コレヲ使ッテPzH2000の射撃ヲ躱スとは。まあ、逃げ回ればいい。やはり、あの空自の幹部はパソコンに細工をしたな。兄さんは、猿にパソコンは使えないと豪語していたが。だが、どうでもいい事だ。私は私自身で改造したのだからな。勝手に弄らせて貰った」

 

 あの空自の幹部とは、パソコンに秘密のデータを入れた『ディープスロート』の事である。浦田社長は最期まで気付かなかったが、妹である人物は疑った。しかし、彼は見落としていた。それは深海棲艦の力は戦艦のデメリットを打ち消すのと、彼女はパソコンのデータを逆に利用して自身で改造した

 

 PzH2000も『平行世界』で見つけた武器だ。こいつは元々、155mm自走砲であり、艦載砲としても一時期候補に挙がっていたらしい。しかし、性能は十分であったため武器を深海棲艦の能力を使ってスキャンしてコピーし自分の艤装に取り込んだ。自身でも改造出来たため、副砲として使っている。使い勝手も良好。中々の物だ

 

「やはり、兵器は理論でどうこう語るのではなく、実戦経験させ改良してから使うものだ。私が独自に組み立てた戦艦で葬ってやる」

 

戦艦ル級改flagshipはニヤリとして笑った。さて、鬼ごっこといくか

 

 

 

 薄暗く長く続く廊下に走る集団がいた。大学生一人、艤装を纏った艦娘が四人。そのう一人はぐったりとしている

 

 提督は煤まみれで、他の艦娘も慌てている。途中で制圧部隊に出くわさないかと思ったが、彼らにはそういった考えはなかった。戦艦ル級改flagshipの姿が異質過ぎた。人が深海棲艦になることなんて不可能に近い。博士でもそう指摘した。しかし、出会った戦艦ル級改flagshipは、その常識を打ち破っていた。しかも、擬態までしているのだから混乱するのも無理もない

 

「な、何だったんですか、あれ!人に化けるなんて!しかも、元人間って!」

 

「時雨はあれを見たことあるのですか?」

 

「知らない!僕も初めて知った!」

 

 頭がついていけず、混乱する艦娘。提督は半ば、予想はしていたらしく簡潔明瞭に説明したが、それでも納得はいかなかった。未来で仲間を死に追いやった事や拷問された事で憎しみが沸いているが、そんな事よりも正体が異常過ぎてどう反応していいか分からない

 

「では、僕達はあいつにやられたってこと!?血に飢えた人間の化け者に!人間が深海棲艦になったら、ああなるの!?」

 

「知らん!ただ、雰囲気が戦艦棲姫や港湾棲姫と全然違う!だから、異常なんだ!あの社長、実の妹とは言え、どうやってあんなものを手懐けた!?」

 

 人に化け、誰とも区別もつけず、しかも強力な艤装を保有している。そして、艦娘には一切容赦しない。絶望を味あわせてから沈めているらしい

 

「ここまでくればいいだろう!龍譲は?」

 

「分からない!」

 

 暗いため、懐中電灯で龍譲を見たが、症状が酷い。呼吸が浅く、顔色がとても悪い。声を掛けても反応はしてるものの、喋れないようだ。身体中、冷や汗をかいている

 

「何だ、これ!本当に毒か!?」

 

「そんな……しっかりして!」

 

 不知火も声を荒げて励ますが、症状は一向に改善しない。それどころか、悪化している

 

「提督、私が時間稼ぎします。早く、建造ユニットの所へ!」

 

 大淀は艤装を展開すると戦闘態勢を取る。しかし、大淀は軽巡。戦闘相手に敵うとは思えない

 

「しかし!」

 

「提督も薄々感じているはずです!戦艦ル級改flagshipは異常なものだと!建造ユニットを破壊しなかったのは、私達を完全に釣るためだと!」

 

「……っ!」

 

 提督は何も言えなかった。頭では分かっているが、命令を出すのは酷だ。まして、相手は捕まえた時雨を廃人寸前まで拷問した相手だ。殺されないかも知れないが、地獄を見るのは確実だ

 

「提督、建造ユニットを稼働させて戦力を増やすしかない!」

 

 時雨は即座に促した。ここで押し問答しても意味はない。それどころか、喜ぶのは、戦艦ル級改flagshipだ

 

「分かった……気を付けてくれ」

 

 提督は龍譲を抱えると一目散に建造ユニットの場所へ移動した。時雨も不知火も一緒に付いていく

 

 

 

(提督を……未来の私達を手出しはさせない!)

 

 大淀は、身を潜めながら、一本道の廊下を息を殺しながらにらんでいた。自分の能力は、通信にも長けているが、相手は戦艦。駆逐艦である時雨や不知火には荷が重すぎる相手だ

 

 建造された日、提督や自分達艦娘を創った博士から事情は聞いたが、内容が想像を絶するものだったために当初は、信じられなかった。正直、半信半疑と言った所だが、戦艦ル級改flagshipを見て、時雨の証言や記録は本物だと確信を持った。何しろ、自分達が知っている深海棲艦とは違う。相手が艦娘を痛め付けてから沈めるなんて聞いたことがない。時雨の拷問でもそうだ

 

 大淀はこちらに来るであろう道に砲を突き出し、何時でも撃てるようにした。22号電探も作動させ辺りを警戒した

 

(こちらが気付かずに龍譲が拐われたスコープを見なかっただけ。今度はそうは行かない!)

 

 実は電磁パルスを防ぐためのシールドに電探を入れていたため、電探は無事だ。ちゃんと作動している。建物に入ってから、周囲を警戒していたため、スコープを見るのを怠っただけだ

 

そう言い聞かせた。そうであるはずだ!絶対に!

 

しかし……

 

(でも……何で気付かずに……)

 

 厳かになったとは言え、普通は気づくはずである。まして、相手は深海棲艦だ。電探には映るはずである。艦娘が搭載している電探は特殊であるが、人間が使っている電探と同じである。なのに、何の前触れなしに襲ってきた

 

警戒しながら、困惑をする大淀。しかし、あることに気付いて悪寒がした

 

(もし……電探に映らない能力を持っていたとしたら?)

 

 大淀はかぶりを振って、その考えを否定した。あり得ない!あいつは戦艦だ!どうやって探知出来なくするんだ!本当にそれが出来るなら、苦労しない!『艦だった頃の世界』の太平洋戦争でレーダーに映らない方法はとっくに思いついていたはず!日本海軍はレーダーによって苦しめられたのだから!

 

 ステルス技術なんて戦後から開発されたものだ!あの警備隊長が言ったくらいだ!第一、レーダーに探知されない方法なんて、帆船のような船全体が木製でもない限り――

 

 

 

「帆船……」

 

 嫌な予感がした。レーダーに映りにくい簡易なやり方は、金属を一切使わない事である。レーダーというのは、金属体がもっとも電波を反射しやすく、木製の物体や生き物は映りにくい。エンジンなど金属が使われるのだから、無理であろう

 

 しかし、戦艦ル級改flagshipは人にも変身出来る。どういう原理か知らないが、肉体を変形出来るらしい。あの変身能力は異常だ。深海棲艦の特徴まで自由自在に変形出来るとしたら……

 

「もしかして……人に変身すると……艦娘の電探に反応しないとするなら……」

 

 小声で呟く大淀。生き物はレーダーに映りにくい。鳥の群れのようにたくさんいれば、別だ。人に変われば、中身まで変わるのだろうか?しかし、これは想像に過ぎない。だから、こんな奇想天外なことが事実であって欲しくない!

 

 

 

その時だ

 

その仮説に答えるかのように後ろから冷たい声が聞こえた

 

「へぇ~。艦娘もやるじゃない。バカではないのは分かった」

 

 暗がりで急に聞き覚えのある声に大淀は心臓が飛び出そうになった。既に接近されていた!訓練されたのか、気配さえ感じなかった

 

 大淀が動くよりも早く、相手の方が素早かった。頭を捕まれると、そのまま壁に叩きつけられた

 

「ぐっ!」

 

 強烈な痛みで頭から生暖かい液体が、滴り落ちるのを感じたが、それでも相手に向けて砲を向ける。しかし、残念ながら相手の方が上手だった。人間の姿をしているのに、物凄い力だ!しかも、女性なのだから異常は更に増す

 

 相手は素早く大淀の腕を掴むと強引に捻ったのだ。苦痛で呻く大淀に相手は、大淀をそのまま投げ飛ばした

 

 地面に叩きつけられたため身体中、激痛が走ったが、それでも戦おうとする大淀。しかし、急いで立ち上がろうとしたが、それよりも早く相手は馬乗りになって拘束し、首を捕まれた

 

「いい抵抗だ。気に入ったぞ」

 

「は、離して!」

 

「さっさと大人しくなりなさい」

 

 戦艦ル級改flagship……いや、人の姿になった浦田結衣は、拳を握りしめると腹を思いっきり殴った。容赦ない一撃。大淀は意識が飛ぶか思ったほどだ

 

「がぁ……!」

 

 涙目になりながらも相手を睨む大淀。しかし、相手は薄暗く視界が悪くても夜目が効くのか、大淀の表情を読み取ったらしい

 

「あら、随分と生意気な眼ね。私……その眼をする人を見ると徹底的に痛めつけたくなるの」

 

「貴方は異常よ!こんな事――」

 

「そうか、右腕が無くなってもいいんだな?」

 

 突然、鈍い音と激痛が大淀を襲い、大淀はこれまでに上げた事がない悲鳴を上げた。浦田結衣は大淀の右腕を掴むと握りつぶしたのだ。彼女の握力は異常で、大淀は本当に腕が引きちぎられるかと思ったほどだ。不吉な音と激痛が彼女を襲う

 

「お望みなら右手を肩から切断してやろう。どうせ、治る見込みはないのだからな」

 

「貴方は……元は人間なのに!人間なのにこんな事をして良い訳がない!」

 

自分の右腕が破壊されているにも拘わらず、大淀は息も絶え絶えに訴えた

 

「兵器の癖に、人間性を訴えるの?私は深海棲艦なの。貴方の敵。そシテ、私ハ艦娘ニ絶望ヲ与エル存在」

 

 話している途中で変身したのか、深海棲艦特有の怨念の声が混じる。姿も変わり、戦艦ル級改flagshipに変わり始めた

 

「『主』……兄サンハ言ッタ。貴様ラハ大日本帝国ノ亡霊ト。イヤ、ドイツニハ既ニ『ナチス』ノ亡霊デアル艦娘ガイル。国ノエゴデ国民ガ犠牲トナル『ファシズム』ヤ『全体主義』ノ存在ハ徹底的ニ破壊シテモ良イト言ッタ。世界ノ警察ニナルデアロウ米国モナ。アノ国ハ自己中心ラシイ。ソレラノ国カラ誕生スル『兵器』ガドノヨウナ存在カ創造出来ル」

 

「艦娘は……そんな存在ではない!大佐は、そんなちっぽけなことで私達を造ろうとしたのではない!艦娘は国の体制とは無関係!」

 

「別ニドウデモイイ。オ前ガ何者ダロウト何ダロウト。例エ私ガ元人間だろうと」

 

 声が再び変わり、今度は普通の女性の声だ。しかし、敵である事には変わらない。不意に握り潰さ田右腕の痛みが消えた。手をを退かしたらしい

 

「貴様が何者だろうと関係ない。ただ、私は艦娘が嫌いだ。兵器如きが人類の救世主のように振る舞っていると反吐が出る。深海棲艦の力で堕落してしまった人を粛清しようとしているのに」

 

「人が沢山死んでも……何も思わないの!」

 

「思いもしない。誰もが『平和が大事だ』という。でも、嘘だ。力が無いと世の中が安定しない世界なんか滅べばいい。戦艦棲姫は教えてくれた。『人間同士争ウノハ愚カ過ギテ醜イ』だと。その通りだ。そんな連中を守って何の価値がある?」

 

浦田結衣の目から狂気が垣間見た。怒りではない。こちらを軽蔑しているようだ

 

「ところで……ねぇ、艦娘って普通では死なないのよね?よって、別のやり方で艦娘を殺す方法を数日前に思いついたけど試してみる?」

 

 何処から出したのか、浦田結衣は手に何かを掴んでいる。探照灯で照らし大淀に見せるように掲げる。それは魚だったが、大淀は驚愕した

 

「……っ!」

 

「フフ。ゾッとしたな。こいつはフグ。こいつの毒は素晴らしい。化学を知らない人でもテトロドトキシンを聞けば、ふぐ毒と真っ先に思い浮かべるものだ」

 

 浦田結衣は嘲笑ったが、大淀は血の気が引き震えだした。テトロドキシンは猛毒で青酸カリのおよそ800倍にも匹敵する。しかも有効な治療法が無いため、中毒になってしまったら「人工呼吸をして、何とか持ちこたえる」くらいしか手段はない

 

「あ……ああ……」

 

「私は海に潜れるし、毒知識はある。龍譲は面白かったぞ。ずっと『提督』と『助けて』とばかり泣き喚いていた。さあ、大淀。ふぐ毒で苦しめ!」

 

 ふぐを捨てテトロドトキシンが入った注射器に持ち替えた浦田結衣は、抵抗し暴れる大淀を力づくで左腕を掴むと注射した

 

「嫌あああぁぁぁ!止めてぇぇぇ!」

 

「あはははは!どうせ、死にはしないだろ!普通の人間だったら、こんな量を注入したら直ぐに死ぬのに艦娘は生きていられるなんて!」

 

 大淀は相手を恐怖した。相手は早速、人間ではない。深海棲艦ではない。悪魔そのものだ。抵抗する気も失せた。注射が終わり相手が腕を離したと同時に逃げようともがく大淀。しかし、相手は見逃さない。暴れる大淀を力加減もせず殴った。時雨にした事と同様に徹底的に痛めつけた

 

 相手の暴力とふぐ毒によって段々と身体が痺れ苦しくなっていく大淀に対して、悪魔は目の前の艦娘を徹底的に痛み付けた。まるで艦娘の存在そのものを否定しているかのように……

 




制圧部隊を撒いたと思ったら!

豆知識として……
1,簡易的なステルス
レーダーに映りにくい兵器を簡易的に造るとすれば、金属を極力使わないという事である
第二次世界大戦では、イギリスが開発した爆撃機である DH.98 モスキート
この爆撃機は何と、(正真正銘)ほとんど木製。開発した経緯は、鉱物資源の不足が心配されたため、この木製の爆撃機が開発されたとの事
しかし、この(英国面の)爆撃機。無武装で軽量化と低抵抗化を実現し、高速で敵を振り切る高速爆撃機(試験時の最高速度630km/h。参考までにドイツの主力戦闘機であるBf109Gで最高621km/h、零戦五二型で564km/h)となり、派生型まで生まれたという超高性能爆撃機
また、木材を使用したことでレーダーから探知されにくいという副次的な効果を生んだという
作品では電探に映るはずである深海棲艦が映らない。高度なステルス技術ではなく、『人間』として近づいたため大淀の電探に反応しなかっただけである。金属である艤装を消し、深海棲艦要素を無くして変身出来るので気付かれずに近づけたという

2,テトロドトキシン
トラフグやマフグに含まれる猛毒
痺れとめまいが起き、嘔吐や呼吸困難、血圧の低下、呼吸停止の様な症状が現れ、最悪の場合、死んでしまう
しかも、本作品では戦艦ル級改flagshipは血管注入している。この場合、フグを食べて食中毒になるよりも性質が悪い
ヒョウモンダコもフグと同じくテトロドトキシンの毒を持っており、噛まれたら最悪1時間前後で死に至るという
解毒方法はない。ただし、呼吸困難を防ぐことさえできれば、あとは体内での自浄作用(毒は、時間の経過とともに分解されて排出される)されるという。風呂に入って身体が治る艦娘は大丈夫……だと思う
え?それくらいで人外?……ヒョウモンダコの魚人であるヒョウゾウの猛毒を受けても平気であるモンキー・D・ルフィ(ONE PEICE)の方がよっぽど化け物。上には上がある
 因みにテラフォーマーズに出て来た劉翊武(M.O.手術 ヒョウモンダコ)も何気に恐ろしいものです。しかし、テトロドトキシンは元々はフグ(などの動物)が体内で合成している毒素ではない。魚人であるヒョウゾウはともかく、劉翊武は人為変態した所で場合によっては、無毒なヒョウモンダコ型人間になる可能性も……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83話 揚陸艦

 提督が戦艦ル級改flagshipと交戦している中、502部隊は制圧部隊と戦っていた。いや、正確には押されていた。狭い空間とは言え、相手の装備は優秀で練度も高い。物凄い撃ち合いになったが、やはり押されていた

 

「中佐!軍曹!早く行ってください!ここは引き受けます!」

 

 部下の一人が自分の上司に向かって叫んだ。電磁パルスを食らって電子機器を麻痺させたというのに、相手の火力は低下していない。士気も旺盛だ

 

「仕方ない!行くぞ!」

 

 将校は軍曹と数人の部下を引き連れて目的地までいった。誰もいな薄暗い廊下には、銃声と爆発音が響き渡るが、進むにつれて遠ざかっていく

 

既に502部隊の人数は10名まで減った

 

(3分の2もやられるなんて!)

 

軍曹は悔しそうに心のなかで叫んだが、今は悲しみに暮れる暇はない。任務第一だ

 

「この階です!建造ユニットは研究室に入れられたままです!」

 

「潜入工作員が居た日まで、だ」

 

 軍曹は訂正した。さっきまで動かされた可能性も否定出来ない。一同は暗い廊下を進んだが、突然、ビルが揺れたような爆発音と振動が襲った

 

「な、何だ!?」

 

「誰かが、ビルを破壊しているのか?」

 

全員身構えたが、その爆発音はそれ以上起こらなかった

 

将校も軍曹も首を捻った。今のは何なのか?

 

 実は別の場所で戦艦ル級改flagshipがビル内で時雨達に向けて主砲を発射させ、その砲弾がビルに命中し爆発した衝撃である

 

 一同は身構えたが、何も起こらないと分かるとすぐに移動した。一々、構っていられない。本社ビルも無人だ。だったら、先へ進むのが先だ

 

 502部隊の一同は、制圧部隊と交戦はしたが、それ以降の妨害はない。将校も軍曹も不審に思っていたが、彼らは知らない。ビルには侵入者防止措置が色々と張り巡らせていた事を。そのシステムも電磁パルスでシステムダウンしているため、全く作動していないのだ。予備電源は生きてはいるが、照明がつくだけでは意味がない

 

そのため、制圧部隊は予備電源を切ったのだ。照明がないビルの中は昼間とは言え、薄暗い

 

 

 

「もうすぐです!」

 

「ああ、ここを行くぞ!俺も建造ユニットがどんなものか知りたいしな!」

 

 軍曹の心臓は、早鐘のように打っていた。待ち受けているのは罠か、それとも希望か?

 

 分厚い扉を爆薬で爆破されると、全員、部屋に圧倒された。見たこともない機器類や研究機材、そして資源が入っているコンテナが沢山あったが、その部屋のど真ん中に巨体冷蔵庫のようなものがドンと置かれている

 

 その周りは標本なのだろうか?深海棲艦の駆逐イ級や軽巡ハ級などがガラスに納められているのがたくさんある。将校は近寄ってガラスに記した表札を見た

 

『建造第1号』

 

「艦娘を造ろうとしたら深海棲艦が出てきた訳だ」

 

 懐中電灯で研究室内をよくよく見ると、壁や床に所々傷痕がある。恐らく、建造ユニットから出てきた深海棲艦が暴れたに違いない

 

「よし、頼んだぞ」

 

 軍曹はポケットから博士から預けられた工廠妖精を優しく置いた。工廠妖精は敬礼すると、早速作業にかかる

 

それまでの間、502部隊は辺りを警戒した。追っ手が来るかもしれない

 

(なぜ、こんなものを爆破しようと思わなかったんだ?)

 

 軍曹は疑問に思ったが、実は戦艦ル級改flagshipの独断である。利用するために置いておいたのだ

 

 兎に角、建造ユニットは無事だ。しかし、ここを運び出す手段がない。近くに貨物用のエレベーターがあるが、電源が無いため動かない

 

作業音が研究室内に鳴り響く中、無線が入ってきた。大佐の息子からだ

 

『中佐、聞こえますか!』

 

「聞こえている。こっちはもう着いたぞ。早く来い」

 

『聞いてください!奴と接触しました!軍曹の推測は間違っていません。戦艦ル級改flagshipは元人間!繰り返します!元人間です!』

 

 無線を聞いていた将校と部下達は驚愕した。深海棲艦の親玉が元人間。誰が予想出来ようか

 

「やはり、あの秘書は――」

 

『浦田社長の妹、浦田結衣です!自殺は偽装です!』

 

 将校は士官だったこともあり、冷静に通信していたが、内心では驚きを隠せなかった。潜入工作員から聞いた奇妙な報告。軍曹によると戦艦ル級改flagshipと秘書が同時に現れることはない。刑務所で時雨を拷問していた戦艦ル級改flagshipの行方が分からなかった。しかし、部下の推測で変身しているのではないかと指摘した。工作員は一喝される覚悟で報告したが、軍曹は追及しなかった。ここのところ、妙な事が起こっている。あり得ると感じたのだ

 

 そして、その推測は正しかった。まさか、浦田結衣とは思わなかったが、血の繋がった仲ならあり得るだろう。だから、従ったのだ

 

『恐らく、建造ユニットは我々をつり上げるための餌!あいつは異常です!能力が上がっています!』

 

「待て!どういう意味だ!」

 

予想外の報告に将校は、咄嗟に聞き返したが、答えたのは時雨だった

 

『未来でも見たこともない姿になっている!何度も見たから間違いない!パワーアップしている!』

 

 将校は、愕然とした。大佐の話ではボスを倒せば深海棲艦は洗脳から解かれ浦田重工業から離れるだろうと教わった。しかし、そのボスが強くなったという。これでは倒しようがないのではないか!

 

『急いで向かっていますが、あいつはこちらを狙っています!振り切るため時間がかかります!』

 

無線では悲痛な報告だが、こちらも同じだ。微かだか、遠くで物音が聞こえた

 

「早く来い。特殊部隊がこっちに来る。通信終わり」

 

 無線を切ると軍曹は全員を見渡す。将校は頷き、直ちに戦闘態勢に入る。こちらに特殊部隊が来る。時間稼ぎのために牽制していた部下達はもう……

 

「中佐!建造ユニット完成しました!」

 

小さな声が響いたが、将校は誰の声なのか察しが着いた。工廠妖精だ

 

「本当か」

 

「はい。建造可能です」

 

 しかし、喜んではいられない。敵が来る!もしかすると戦艦ル級改flagshipなのかも知れない。将校は突然、あることを閃いた。狂ったと言われるかも知れないが、どうでもいい

 

「私達で艦娘を建造出来るか?」

 

 全員が唖然とした。確かに資源や開発資材はある。しかし、テストもやっていないのに出来るのか?

 

「危険過ぎます。深海棲艦が現れる可能性だって――」

 

「承知の上だ。軍曹、私はバカではない。このままだと全滅する。まだ、戦いに勝っていない」

 

「しかし――」

 

「敵が近づいて来る。ここで博士や息子が来るのを待っている訳には行かない。彼等だけでは太刀打ち出来ない」

 

 ここでいう彼等とは提督と艦娘達の事である。まだまだ数が少なく、とてもではないが厳しい戦いだ

 

しかし、深海棲艦が召喚されれば、502部隊は全滅。一瞬のバクチである

 

「電気なしでも建造できるか?」

 

「はい!」

 

工廠妖精は中佐の質問に頷いた。妖精はやる気満々だ

 

「よし、作業にかかれ!」

 

 兵士達は直ちに行動を開始した。とは言え、やり方はある程度は聞いていたものの、やはり操作は難航した。取りあえず適当に資源と開発資材を建造ユニットに投入すると、建造ユニットは直ちに動き出し、建造完了までの時間が2時間30分

 

「早く出来ないのか!」

 

「出来ます」

 

 予想外の時間に悪態をついたが、工廠妖精はさらっと肯定した。出来るなら早く言ってくれ、と怒鳴りたかったが、今はそうも言ってられない

 

「やってくれ」

 

工廠妖精はガスバーナーを何処からか召喚すると建造ユニットに入り込む

 

 カウンターが一瞬でゼロになり、扉が開く。502部隊全員は息を呑み、またある者は銃を構える。軍曹も将校も息を呑んだ。軍曹は拳銃を構えたが、将校は武器も構えない

 

扉が開いたが、中々出てこない。暗くてよく見えないが、姿からして深海棲艦ではない。帽子をかぶっているのは分かるが。中学生あたりか?

 

「大丈夫だ――銃を降ろせ」

 

姿を確認した将校は、部下に指示した。軍曹達は目くばせしたが、素直に従った

 

その者は将校に言った

 

「あ――貴方は誰なのでありますか?」

 

「私は――」

 

将校は簡潔明瞭に事情を説明した

 

 

 

 

 

 制圧部隊であるアルファチームは、足止めとして残した少数の502部隊の兵士達を蹴散らすと、先へ進んだ

 

「アルファ1からハンター1。敵は建造ユニットに到着した模様」

 

『よし、一網打尽にしてやれ。釣り上げは成功のようだな』

 

 本来は色々とトラップを仕掛けていたが、EMP効果で全部ダメになってしまった。しかし、EMPのお蔭で建造ユニットは動かないはずだ。あれにもコンピュータが仕込まれている。壊れているため、動かすのに四苦八苦しているだろう。それに、貨物用エレベータも動かない。つまり、着いたとしてもそれは希望ではない

 

『奴等は、何とかして建造ユニットを動かすだろう。だが、コンピュータが吹っ飛んでいる今、建造ユニットもシステムダウンしている』

 

「了解。鉛玉を食らわせます!」

 

 制圧部隊のリーダーは、慎重に進んでいく。警備隊長の話では、建造ユニットには、こちらの技術を使っているという。つまり、コンピュータを組み込んであるという。本来は、罠を仕掛けて捕まえる予定が、今では餌釣りである。しかし、先の電磁パルスのお陰で建造ユニットの制御システムは壊れている。つまり、建造ユニットを動かすためには、あの『狂人』の手が必要である。だから、囮に使ったのだ

 

 戦艦ル級改flagshipの件もあり、血眼になって探すよりと誘き寄せ、一網打尽にするのが効率がいい。予備電源も切ってあるため、そう易々と再稼働出来ないはずだ

 

 

 

 制圧部隊も警備隊長も浦田社長もそう考えていた。電気が無くては動くものも動かない

 

 しかし、彼等は誤解していた。建造ユニットは確かにそうだ。しかし、これは未知の技術も加わっているのだ。それは妖精である。博士は妖精を呼び出す事も操る力もあった。主従関係というより人とのコミュニケーションが必要になる。よって、使い捨ては出来ない。妖精も嫌気が差して働かなくなるからだ。しかし、心を通わせたものだけが、操れるし妖精も働いてくれる。

 

 妖精の技術は人類のものとは違うため、コンピュータや電気がなくても動かせる力はある。但し、万能ではないが

 

 よって……建造ユニットは電気無しでも動く。浦田重工業が気づかないのは、単によく分からないものだったからである。『平行世界』から仕入れた未来技術ということもあり、早々に取り外され捨てられた。その代わり、博士から奪った設計図通りに作業を進めたため、工廠妖精の仕事の手間隙が省けた。心臓部である重要区画を弄るだけである。その部品も、先の簡易建造ユニットで実証済みだ

 

 つまり、浦田重工業は代々続く研究と技術を軽視していた。元々、『超人計画』は野望のために造られた計画。それは間違っていなかったが、提督の父親である博士は違った。報われなかった事もあって世間に知れ渡る事はなかったが、それが役に立つとは思わないだろう。コンピュータや未来技術に敵わない妖精の力には。だから、建造ユニットはなぜ深海棲艦の……それも下級の深海棲艦が生まれるのか理解できなかった

 

 

 

 アルファチームであるリーダーは、研究室の前に着くと、合図で進軍を止めた。罠を警戒したが、それらしきものはなかった。しかし、待ち構えているに違いない。彼は拡声器を手に取りボリュームをマックスにすると、警告を発した

 

「502部隊に告ぐ!直ちに武装解除して投降しろ!ジュネーブ条約に従い、捕虜を丁重に扱う事を約束する!」

 

 リーダーは待ったが、返事はない。居ないと思ったが、研究室に続く廊下はここだけ。よって、逃げたとは考えにくい。貨物用のエレベーターを伝って行けば別だが。リーダーは次のように指示を出した

 

「よし、催涙弾を撃ち込め」

 

 命令を受けた部下は、グレネードランチャーに催涙弾を込めると、研究室に撃ち込んだ。これで炙り出してやる

 

たちまち白い煙が研究室内に充満したが、中々人が出てこない

 

(おかしい……催涙ガス食らっても平気なのか?)

 

 催涙ガス……催涙剤は、涙腺を刺激するため、涙や鼻水などが出る他、皮膚にはピリピリしたような刺激を与える毒ガスの一種である。ガスマスクを持っているのか、それとも逃げているのか

 

「ガスが治まったら、進むぞ」

 

 部下に命じながら、M-16を構える。浦田重工業は重く扱いにくい兵器よりも、優れたものを与えてくれるのだから喜ばしい。実際は、『平行世界』から密輸して持ち込み、量産したものだが

 

 ガスが治まり、制圧部隊であるアルファチームは警戒しながら入る。誰もいない。いや、一人だけいた。建造ユニットの前に立ち、ガスマスクをしている者が

 

「手を上げて膝をつけ!」

 

 全員が銃を構えたが、相手は投降する気配がない。それどころか、ゆっくりとガスマスクを外す

 

「お前は……誰だ?」

 

「陸軍のようですが……502部隊にこんな奴はいません」

 

 502部隊の潜入工作や諜報によって、こちらも対抗し制圧部隊を編成した。過去に西村軍曹達の潜入を見破ったのはそのためである。ここを攻めて来るまで潜入し建造ユニットの状況を必死に伝える部下も居たが、放って置いた。建造ユニットは餌であるため、別に気にはしない。つまり、双方の間で諜報合戦が繰り広げられたのである

 

しかし、目の前にいる女性兵士は、リストには載っていない。いや、彼女が来ている制服も見た事が無い

 

「答えろ。新兵のようだが、意地を張っても負けは負けだ」

 

 リーダーはニヤリとしながら近づいた。目の前の女性は、抵抗どころかこちらを見つめ返している

 

 リーダーは目の前の女性に首をかしげた。服装からして陸軍だろう。しかし、この制服仕様は見たことがない。艦娘にしてはおかしい。砲搭が見当たらない

 

「貴様は誰だ?」

 

「自分、あきつ丸であります。将校殿の命令により、貴官を無力化するのであります」

 

「な!」

 

 全員は一斉に構えた。艦娘なのか?しかし、このような情報は一切なかった。リーダーは浦田社長が持っていた帝国海軍の艦艇の名前を一通り覚えていたが、『あきつ丸』というのは聞いたことがない。それもそのはずで、『あきつ丸』は『平行世界の日本の太平洋戦争』では陸軍が建造した軍艦であるからだ

 

 リーダーが知らないのは無理もないが、兎に角、確保する事が優先だ。恐らく、オリジナルの艦娘だろう

 

「さあ、さっさと手を上げろ」

 

「1つ質問して宜しいですか?貴官は艦娘を虐げていると?」

 

「当然だ。日本を狂わした軍国主義の兵器なぞ信用なるものか」

 

 リーダーは素っ気ない返事で返したが、元々は浦田社長の考えを真に受けただけに過ぎない。『平行世界』の歴史を学んだこともあって毛嫌いしているのだ。実際に艦娘は関係ないが、先入観もあって浦田社長と同じ考えを持っていたのである

 

「そうでありますか。なら、汚名返上という形で貴官を倒すのであります」

 

 あきつ丸という女性は、キッと睨むと右手を帽子の翼に手を添えた。何をしようとするのだろうか?

 

「妙な動きをするんじゃね!さっさと……ギャー!」

 

 リーダーは何が起こったか分からなかった。ただ、右頭部に強烈な痛みが走ったからだ。アルファチームは、驚愕した。リーダーが悲鳴を上げたかと思ったら、頭から血を吹き出して倒れたからだ。床で悶絶している所を見るとまだ、生きている

 

「リーダー!……クソ女が!」

 

部下の一人は激昂し銃を構えたが、引き金を引く直前にM-16が木っ端微塵に壊れた。前触れもなく突然、壊れたのだ。何が起こったか分からない。混乱する隙に、あきつ丸は即座に離れると、何処かへ隠れてしまった

 

「今のは何だ!」

 

「イッテェ~!あの女!俺の耳に何をしやがった!」

 

「リーダー!無事だったのですか!」

 

一同は直ぐに後退し、円陣を組むと辺りを見渡した。敵は見当たらない。いや、どこからだ!

 

「敵は何処からだ!今のは何だったんだ!」

 

「リーダー、見て下さい!私の銃に小さな穴が空いています!」

 

「ライトを使え!502部隊が隠れているぞ!」

 

破壊されたM-16をよく見ると、小さな穴が開けられている。破壊力は凄まじく鉄も貫通しているらしい。ヘルメットを被っていなかったら間違いなく死んでいただろう。もはや、敵の位置を悟られても問題ない

 

「居たぞ!」

 

ライトで辺りを照らしていた部下が、鋭い声を上げた。全員が目を向け銃を構えたが、リーダーは驚いた。一瞬だが、見えた。動いていたのは人型だ。しかし、あまりに小さい

 

「小人?」

 

部下は素っ頓狂な声を上げて愕然とした。リーダーも同様だ。こいつが俺達を攻撃したのか?

 

「何だ、あれ!おもちゃの兵隊か?」

 

「たかが虫けらにビビるな!」

 

 部下達は一斉に銃撃したが、別の方からM-16とは違う銃声が聞こえ、一人が悲鳴を上げる。銃声は明らかに三八式歩兵銃だが、銃声が小さすぎる。しかし、威力は本物だ

 

部下達が混乱する中、リーダーはまさかと思い、発煙筒を炊いて掲げた

 

「な!」

 

 リーダーは驚愕した。小さな小人の集団が、こちらに向けて三八式歩兵銃と九六式軽機関銃をこちらに向けている。九七式手榴弾を構えているものもいる

 

「気づいたでありますか。自分は陸軍の特種船。その丙型の『あきつ丸』であります。陸上戦闘ならお家芸であります」

 

 隠れているのだろう。何処からかあきつ丸の声が響き渡った。よく見ると、こちらは囲まれている

 

「くそ!一旦、退却するぞ!」

 

 リーダーの命令に数人の部下は、小人がいない出入り口に向かって走ったが、あるものを見て慌てて引き返した。戦車砲が鳴り響き、壁を破壊したのだ

 

リーダーは目を凝らした。それは小さな物が動いている。オモチャかと思ったが、違う。エンジン音が戦車そのものだ。近づく小さな物にライトを当てると、リーダーは驚愕した

 

「八九式中戦車だと!おい、冗談だろ!」

 

「おい……小人が持つサンパチが銃を壊す威力だとすると……」

 

 つまり、小さくても威力は本物。つまり、戦車砲の威力はそのままだ。人が木端微塵に成るかも知れない。しかも、よくよく見るとく九五式軽戦車や九七式中戦車まで居やがる。空には見たこともないオートジャイロ機がいる。戦車6台に20名前後の小人の戦闘集団。そして、オートジャイロ機が1機がハエのように飛び周っている

 

「全たーい、構え!狙え!」

 

「フン、旧軍の癖に生意気な」

 

あきつ丸の号令で構える小人集団と迎え撃とうとするアルファチーム

 

一瞬、静寂が訪れたが、両陣の同時合図で火を吹いた

 

「「てーっ!」」

 

 

 

 

 

 502部隊の隊員達は貨物用のエレベーターの近くに隠れていた。建造された艦娘から「自分が追い払います!」と自信満々に言ったのだ。将校はやらせてみた。何か策があるらしい。そして、三八式歩兵銃の銃声と制圧部隊の銃声が鳴り響ていたが、どうも時雨達とは違う力のようだ。2,3分だろうか?長く続くと思われる戦闘が続いたと思いきや、銃声も悲鳴も消えた

 

「終わったのか?」

 

軍曹は呟き、将校達は貨物エレベーターから顔を出した。辺りは暗かったが、工廠妖精がここの電源を復旧させたのだろう。研究室だけ照明が付いた

 

「将校殿、任務は終わりました。文字通り、なるべく殺さずに無力化に成功しました!」

 

 あきつ丸は中佐の姿を確認すると、姿勢を正して敬礼をした。見ると、制圧部隊全員が倒れている。中佐は情報を聞き出すために生かすよう命じた。また、人質として使える。そう判断した

 

 無茶難題だが、あきつ丸はあっさりと了承した。しかも、あの強力な制圧部隊を無力化させるとは流石だ

 

 それもそのはずで、制圧部隊にとっては戦闘妖精の存在が驚異だったからだ。夜目が良いのか、正確に狙い撃ちされるし、カ号観測機からは手榴弾の雨が降らされる始末だ。それに加えて、八九式中戦車や九五式軽戦車などは脅威だった。確かに装甲は薄い。しかし、アルファチームは対戦車兵器なんて持っていない。装甲が薄いとはいえ歩兵にとっては十分な脅威だ。それに対してアルファチームは、近代兵器は持っているものの、こういう事態は初めてである。流石に自動小銃と手榴弾では厳しい。小人を吹き飛ばすためグレネードランチャーをぶっ放したが、効果があるかどうか分からない。幾ら応戦しても別方向から銃弾が飛んで来る。あきつ丸という存在のお蔭で、制圧部隊は大混乱したのだ。その隙にあきつ丸は突進して格闘戦で丁寧に無力化させた。流石に小火器では倒せない。被弾もあまり気にしない事もあって、的確に格闘戦で相手を倒した。戦死者は数人出たが、負傷者も含めほとんどの者を捕らえる事が出来た

 

 

 

 一部始終を見ていた502部隊にとっては、目を見張るばかりだ。これが陸軍所属の軍艦なのか?

 

「ああ。ありがとう。お前たちもな」

 

 陸戦隊や陸軍の服装を着こんだ妖精達は、あきつ丸にならって将校に敬礼をした。彼女達のお蔭だ

 

「自己紹介が遅れた。私は502部隊を率いる陸軍中佐だ。名前は非公式だから、そこは分かってくれ」

 

「分かりました、将校殿!ところで502部隊というと……機動第2連隊の事でありますか?」

 

「君が思っている『艦だった頃の世界』の機動第2連隊とは違うかも知れない。何しろ、満州事変なんてこっちの世界には無かったのだから」

 

あきつ丸は驚いた。この世界の歴史が根本的に違うのだから無理もない

 

「色々と話したい事はあるだろうが、現在の状況を簡単に説明する。君も手伝ってもらう。君は――」

 

「揚陸艦であります!」

 

「よし、戦闘員である妖精に命令してここの守りを固めてくれ。もうじき仲間がここに来るだろう。敵に奪還されたなんて出来ないのだからな」

 

 あきつ丸は命令通りに研究室の守りを固めた。他の者は、負傷し動けない制圧部隊を拘束し、彼等の所持品は全部取り上げた。よく分からないものが多かったが。その時、軍曹はゆっくりとあきつ丸に聞いた

 

「君は『艦だった頃の世界』では陸軍によって建造された船と言う事か?」

 

「はい、自分は日本陸軍の特種船に当たるのであります。日本海軍からは『軍艦』とすらみなされず、十六条旭日の軍艦旗を掲げませんでした」

 

 あきつ丸のはきはきとした答えに軍曹は、更に困惑した。陸軍が建造した船?とてもではないが、自分の理解を超えている

 

時雨からは、陸軍所属の船なんて聞いた事がないのだが

 

 実は陸海軍の仲の悪さによって生まれた船というのを知らないのだから仕方ないかも知れない。『平行世界の日本』の太平洋戦争では、予算の奪い合いで陸海軍の仲が悪かったのは有名だ。ただ、これは上層部の話であって、現地で働く下士官達はそこまで悪くなかったと言う

 

 尤も、この世界の帝国陸海軍のプライドをズタズタに引き裂いたのは浦田重工業の事もあり、『平行世界の日本の過去』のような事は起こっていない。勿論、陸海軍の仲の悪さは緩和されたもののいがみ合いが続いているが

 

「建造ユニットは立ち会った軍人に影響されるというのか?他にも誰がいる?」

 

「分からないのでありますが、自分は『陸軍船舶部隊』である『暁部隊』に所属しておりました。もしかすると――」

 

しかし、軍曹は話を最後まで聞かずに建造ユニットの前へ駆け足で移動した

 

「おい、もう1人造れるか?」

 

「開発資材は一つしかないため、これが最後です!」

 

工廠妖精は答えたが、無理もない。元々、502部隊の任務は建造ユニットの確保である。開発なんて緊急時のみでしか配布されていない。動かないだろうと思って博士からあまり持たされなかったが、実際に建造できたのである。軍曹はもう一隻造るよう指示した

 

「よし、やってくれ」

 

「軍曹、確かに戦力になるかも知れないが、俺達は上陸戦を支援する艦艇しか出ないぞ?我々は、海軍ではないからだ」

 

「お言葉ですが、中佐。ここにも戦艦ル級改flagshipが来るかも知れません。万が一のために」

 

 本当はどうでも良かった。どんな艦娘が来ようが、深海棲艦と戦えるはずである。火力不足なら砲やら航空機やらを搭載して魔改造すればいい。もしかすると、陸軍にも面子が立つかもしれない。そう考え、建造ユニットを再び稼働させた

 

建造が完了し現れたのは――

 

 

 

 現れた彼女の姿と能力を知った軍曹は、絶叫した。過剰に期待したせいでもあって、ショックを受けて落ち込んでいるという。兵士達は困惑したが、中佐の命令を受けて作業を開始した。残念ながら、上司である隊長を構う兵士は居ない

 

落ち込んでいる軍曹を彼女は一生懸命に訴えた

 

「モグラじゃないもん!まるゆだもん!」

 




あきつ丸「自分はあきつ丸であります!戦闘妖精部隊に戦車、そしてカ号観測機を積んでいるのであります。これが自分の軍隊であります」
虹村形兆「装備は古いが、精強で強襲上陸を想定した部隊。我がスタンドのバットカンパニーに近い存在を持っているとは。艦娘もやるではないか!」


様々な理由から陸軍が建造したあきつ丸。まさかの出現に制圧部隊は、逆にやられてしまいます。そして、2人目は……

アルファチームが負けた理由は、クレイジーダイヤモンド(ジョジョ第4部)がいなかったから
あきつ丸「違うであります!」


※あきつ丸の戦闘妖精に関しては、『大発動艇(八九式中戦車&陸戦隊)』と『特大発動艇+戦車第11連隊』、そして『カ号観測機』を参考にして出しました。陸戦隊と陸軍の将兵は違いますが、ここは涙を呑んでスルーしました。建造時に持って来れたのも工廠妖精さんのお蔭……という設定です。初期装備だけだとインパクトありませんので


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84話 新たな仲間

二期の海域を全て解放するのにちょっと手間暇かかった私です
オリョクルは無くなったり、2-4がちょっとだけ簡単になったりと変化していますね
ただ、中部海域(6-5は除く)は相変わらず鬼畜。しかし、燃料弾薬ペナルティの改善は大きいから多少はマシになったのか……
尚、イベントでは神鷹(客船シャルンホルスト)が実装されるとの事。スウェーデン海軍であるゴトランドも登場するらしく、賑やかになって来そう


 時雨達は薄暗い廊下を走った。提督は龍譲を抱えている。とてもではないが、回復する見込みは無い。今は、目的地に着くためだ。既に502部隊は到着していると言う。制圧部隊が妨害されると思ったが、今のところはない。しかし、彼等は気が気でなかった。薄暗い物陰から、浦田結衣が襲ってきそうである

 

走る事数分――

 

「見て!研究室から灯りが!」

 

 時雨は叫んだ。このビルは電磁パルスで照明が落ちた。しかし、数メートル先の扉からは光が漏れている。つまり、誰かが研究室を復旧させたと言う事だ。一同は止まると、提督は大声で上げた

 

「風!風!」

 

「川だ!大丈夫だ、味方だ!」

 

 互いの合言葉は作戦決行時に決まっていた。風と質問をぶつけられたら川と答える。簡易的な合言葉だが、非常に役に立つ。扉は開くと同時に眩しい光が襲った。薄暗い所にいたため、目を覆う羽目になった。それでも、時雨達は転がるように研究室の中に入る。あの怪物に襲われるのだけは勘弁だ

 

「よく無事――おい、1人足りないがどうした?それに、龍譲は、どうした?」

 

「僕達を庇うために大淀さんは――」

 

時雨はそれ以上、声が出なかった。大淀が今、どうなっているのか分からないからである。無線にも返事が無いのが不気味だ

 

「龍譲を!手当てをしてくれ!」

 

「何だ、これは?衛生兵、診てやってくれ!」

 

衛生兵は駆け寄り、ぐったりしている龍譲を診た。解毒剤はあるのだろうか?

 

「ところで中佐、建造ユニットは?」

 

「大丈夫だ。奴等は動力源を壊したらしいが、それ以外が無事だ。工廠妖精のお蔭で建造可能だ」

 

提督と時雨はホッとした。どうやら、建造ユニットは無事のようだ

 

「だけど、本当に建造出来るかどうかやってみないと」

 

「大丈夫だ。私達で出来た」

 

 中佐は合図をすると、灰色の制服を着た女性がこちらに来る。時雨は驚いた。未来ではない。『艦だった頃の世界』でも珍しいかも知れない

 

あり得るのだろうか?

 

「自分、あきつ丸であります。ここの守りは万全であります」

 

「もしかして……揚陸艦?」

 

「そうであります!」

 

 時雨は聞いた事があった。陸軍籍船という存在を。よく見ると彼女の周りに陸戦隊と思われる戦闘妖精がいる

 

「信じられんな。よろしく。ところで、軍曹は?」

 

 提督が質問をすると、2人共目線を落とした。何があったのだろうか?まさか……

 

時雨は辺りを見渡したが、ある一角の所に落ち込んでいる男性兵士がいた。よく見ると軍曹だが、どうしたのだろう?表情は分からないが。何やらブツブツと言っている

 

そんな彼を小さい子どもが揺さぶり、励ましている

 

「ねぇ、隊長さん。落ち込まないで下さい。まるゆも、お役に立ちます!」

 

「やっぱり陸の人間は、深海棲艦に挑んではいけないんだ……うん……こうなるんだったら親父の跡を継ぐべきだったんだ。……でも、酒屋なんて俺には似合わないし……」

 

 軍曹は何か憑りつかれているのか、よく分からない。その隣には、小さな女の子が必死に励ましている。しかし、この小さな女の子は、スク水を着た小学生中学年程度に見えるショートカットを来ている。もしかすると……

 

「なぁ、軍曹の隣にいる子供って艦娘?」

 

「僕は見たことないけど」

 

時雨は必死に思い出そうとしたが、未来では潜水艦娘はいなかった。誰だろう?

 

「おい、まるゆ。こっち来て自己紹介を」

 

将校は声をかけると、まるゆは小走りでかけてきた。動きが子供そのものだ

 

「初めまして…まるゆ着任しました!」

 

まるゆは時雨達に向かって敬礼をした。陸軍仕様の敬礼であるため、全員困惑した。これは陸軍の船なのか?

 

「やっぱり、この敬礼の方がいいのかな~?」

 

今度は海軍式に敬礼したため、余計に混乱する。時雨も首をかしげる

 

「時雨。この艦娘を知っているか?」

 

「知らない」

 

「不知火も知りません。まるゆという船も聞いたことがないです」

 

「え?聞いてないって…そんなあ!」

 

提督、時雨そして不知火からも首を傾げるような仕草にまるゆは泣きそうである

 

「君は潜水艦なの?」

 

 時雨は慌てて質問した。ごーや達と同じように水着と艤装らしきものを纏っていることから潜水艦娘と判断した。ただ、潜水艦が曳航して使用する無動力の水中輸送コンテナである運貨筒をなぜ持っているのか、不明だが

 

「まるゆは――」

 

「平行世界の太平洋戦争時の陸軍が自前に開発した輸送用の潜水艇だ!……平行世界の日本軍人はバカばかりなのか!」

 

 ゆらりと立ち上がった軍曹は、まるゆの説明を遮るかのように、力無くしてこの世の終わりかというくらい呆れるように叫んだ。まるゆは驚いて提督の影に隠れたが

 

「ぐ、軍曹殿。お、落ち着いて下さい。これには色々と訳あって――」

 

「わかるよ。説明は大体分かった。建造された経緯も。でもな、魚雷も撃てない潜水艦って何なんだ!どうやって戦うんだ!しかも輸送艦の割には、搭載量は少ないって!」

 

あきつ丸は落ち着かせようと宥めたが、軍曹は再び落ち込んだ

 

「そうとうショックだったようだな」

 

「そのようだね」

 

まるゆに罪はない。が、あきつ丸という陸軍船が出てきたことにより、期待していたらしい

 

「あの~。まるゆはどうしたら?」

 

「とりあえず、軍曹を慰めてやってくれ。こっちも、作業をするからな」

 

まるゆは提督に聞いたが、提督は簡潔に答えた。これではラチが明かない

 

「本部、応答してくれ。『荷物』は無事だ。タンゴの連中が上手く稼働させてたようだ」

 

『そうか!予想外じゃが、それでいい。妖精は持っているな』

 

 提督は持っていた工廠妖精を取り出すと、早速作業にかかる。それまでは時間がかかりそうだ

 

一方、時雨と不知火は手当てを受けている龍譲の方を見に行った。しかし、こちらの方は酷い有り様だ

 

衛生兵は処置はしたので命を落とすことはないと言われたが、とんでもない事を聞かされたときは驚愕した

 

「「フグ毒!?」」

 

「そうだ。症状からして、間違いない。残念だが、ここでは処置出来ない」

 

時雨は龍譲を見た。意識はあるが、本人は苦しそうだ

 

「何とかならないの!?」

 

「フグ毒であるテトロドトキシンは、解毒方法はない。フグ毒が身体から抜けるまで呼吸を維持できるようにするという方法が精一杯だ。大抵は死ぬが、生きているのが奇跡だ」

 

衛生兵は信じられないように語っているが、時雨はそうは思わなかった。艦娘は艤装を纏っているからこそ、生きる事が出来る。しかし、痛みや苦しみは別だ。あの戦艦ル級改flagshipはとんでもない事を思い付く!

 

「時雨、龍譲は何かいっています!」

 

 不知火は気づいたのだろう。みると龍譲の口から微かだか、何かを言っている。時雨は急いで耳を近づけて聞いたが、それはとんでもない事を口走っていた

 

「……こ……殺し……て……くれや……苦し……い……」

 

「ダメだ!死のうだなんて思わないで!」

 

時雨は叫んだ。このままだと何も変わらない!

 

「絶対助かるから!だから――」

 

時雨は励まそうとしたが、大淀の事を思い出した。龍譲でこの扱いだ

 

時雨は立ち上がり、入ってきた扉に向かって突進したが、誰かに止められた

 

「離して!」

 

「落ち着いてください!」

 

「そうです!これは罠であります!」

 

不知火とあきつ丸が慌てて時雨を押さえつけた。助けにいこうと見抜いたらしい

 

「大淀さんを助けないと!」

 

「飛んで火に入る夏の虫です!敵はこちらを誘っています!」

 

「でも、あいつは!僕達をゴミのように扱って殺すんだ!」

 

 時雨は怒りと焦りで一杯だ。大淀はどうしているのだろう?自分と同じ酷い目にあっているかも知れない。楽しみながら攻撃している!

 

不意に右の頬に痛みが走った

 

「え?」

 

それが平手打ちされたと分かった。不知火が叩いたのだ。突然の出来事で、時雨は呆然とした

 

「時雨、誰だって助けたい気持ちは同じです。ですが、落ち着いてください!」

 

 不知火から鋭い指摘に戸惑ったが、時雨は見逃さなかった。不知火の目から涙が出てることに

 

「感情的になって行動してもやられるだけです!貴方まで捕まったら……何をされるか」

 

「……」

 

「全てを背負い込まないで下さい。時雨は強いですが、救世主ではないのです」

 

 時雨は冷静を取り戻した。不知火の言うとおり、あいつの思い通りになってしまう。あの戦艦を倒す手段がない

 

「ごめん。僕は……」

 

あの戦いで自分だけが生き残ってしまう恐怖。忘れたくても忘れられない。この世界でも似たような事が起こっている

 

「運命って……変えられないのかな?」

 

不意に口に出してしまった言葉。自分は誰も救えないのか?

 

「変えるために来たんだろ?それに、お前が行かなくてもいい」

 

それに応えるかのように提督が声をかけたが、慰めにもならなかった

 

振り向き反論しようとしたが、時雨はあるものを見て驚嘆した

 

「て、提督!これは!」

 

「お前が望んだことだろ?」

 

 提督はにやりとした。確かに時雨は考えすぎたかも知れない。ずっと1人だった事もあり、慣れてしまったかも知れない

 

もう会えないかも知れない。しかし、その考えは振っとんでいった

 

提督の後ろに沢山の人影がいたからだ

 

「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」

 

「あんたが司令官ね。ま、せいぜい頑張りなさい!」

 

「綾波型駆逐艦「漣」です、ご主人さま。こう書いてさざなみと読みます。」

 

「電です。どうか、よろしくお願いいたします。」

 

「五月雨っていいます!よろしくお願いします。護衛任務はお任せください!」

 

吹雪、叢雲、漣、電、五月雨がいた。いや、それ以外にもいる

 

「オレの名は天龍。フフフ、怖いか?」

 

「初めまして、龍田だよ。天龍ちゃんがご迷惑かけてないかなあ~」

 

「川内、参上。夜戦なら任せておいて!」

 

「私が鳥海です。よろしくです」

 

「古鷹と言います。重巡洋艦のいいところ、たくさん知ってもらえると嬉しいです」

 

「マイク音量大丈夫…?チェック、1、2……。よし。はじめまして、私、霧島です」

 

時雨は目頭が熱くなった。彼女達が建造された。これなら……これなら勝てるかも!

 

涙ぐむのを堪えた時雨は、皆の前に立つと一言だけ言った

 

「皆……お帰り」

 

 

 

 

 

「すると、敵は元人間で凶悪な深海棲艦のボスって事でいいのか?」

 

「そうだ、天龍。建造して早々だが、奴を倒さないといけない」

 

 これまでの経緯を簡潔明瞭に説明した提督。全員、半信半疑だったが、とりあえず危機的状況なのは認識したようだ。しかし、時雨は自分は未来から来たと説明すると、全員から質問攻めにあった。浦田重工業の件で驚いているのに、改二でしかも未来から来たとなれば驚くなと言う方が無理である。時雨は困惑しながらも一つ一つ質問に答えていったが……

 

「大和型戦艦を建造するには、もう少し改装しないといけない。親父をここに呼ばないと」

 

「でも、危険だよね?」

 

 提督の案に時雨は指摘した。残念ながら、大型建造を安定化させるためには、もう少し改良が必要だ

 

「心配するな。大佐と明石は、こっちに来る。地上部隊もこちらを押しているからな」

 

 陸軍将校はリアルタイムで戦線の状況を把握していた。一向に戦況が好転しない元帥は、試作である兵器を全て繰り出した。重戦車 と装甲車。そして、爆撃機と戦闘機を全て繰り出した。やけくそのように見えるが、深海棲艦による艦砲射撃と空襲によって海岸沿いの被害が無視できないレベルに達していたからだ。さっさと解決したいからかも知れない

 

「二式大艇で来るよう手配した。だから、この建造ユニットを運ぶぞ」

 

 既に工廠妖精によって、貨物用のエレベーターは動かせる。短時間で修理できるのは、流石と言いたい所だが、それでも一時間くらいはかかる

 

しかも、重量があるだけに人手はいるだろう。人力しか手はないのだが

 

「よし。なら、どうするかは分かった」

 

 提督は頷くと、時雨と話している艦娘一団に向かった。一同は提督が近づくことに気づくと騒がしかった彼女達は、お喋りを止めて提督に集中した

 

「出来ればゆっくり状況を話したい所だが、今は無理だ。単刀直入に聞こう。お前達は戦えるか?」

 

「はい!」

 

吹雪を始め、全員が答えた。艦娘の誰1人拒否する者はいない

 

「情けない話だが、何処ぞのバカの集団が、深海棲艦を使って世界を攻撃しようとしている。浦田重工業の地上部隊は、陸軍に任せるとして……こちらは例の戦艦ル級改flagshipを倒さなければならない」

 

 全員は互いを目配せした。龍譲の症状を見れば、戦艦ル級改flagshipは明らかに常軌を反している

 

「浦田社長は第二次世界大戦を止めるために動いたらしいが、今では過激になっている。軍を嫌っているせいか、俺も含め艦娘も嫌っている」

 

艦娘達は何も言わない。ただ、提督の言葉を傾けていた

 

「だが、俺の考えは違う。艦娘は帝国海軍の亡霊ではない。そして、俺は先祖の野望のために艦娘を召喚したのではない。故郷を守るためだ」

 

「それを偏見と差別を受けて黙っている俺達ではない。起こりもしない変化をただ黙っているだけの俺ではない。奴等に教えてやる。俺達は、以前とは違う存在だと。だから、国防を軽視すれば痛い目にあると!」

 

全員声を上げた。提督に賛同したのだ。時雨は懐かしい目でやり取りを見ていた

 

 この時代に来たときは、提督と僕だけだった。それが今では増えている。予断は許されない状況だが、提督の言うとおり1人で抱え込まなくていいかも知れない

 

「俺達は奴等の遊び道具ではない。笑ったり、愛したり、胸を張る事に権利は必要なのか?そうじゃない。誰だって思っているはずだ。ただの兵器ではないと!お前達は生きている。その事実を奪わせしない」

 

 誰も声を上げなかった。中には驚く者もいた。この少年は何なんだ?だが、戸惑いは一瞬だけだ。全員の意識が自分へ向いたのを確認すると、彼は指示を出した。

 

「よし、早速、作戦を開始するぞ! 救助隊、前へ!」

 

 提督の声を受け、選抜された乗組員が彼の前に整列した。霧島、鳥海、古鷹、天龍、龍田、そして川内だ。駆逐艦は除外した。流石に荷が重すぎる

 

「お前たちの任務は、捕まった大淀の救出、及び戦艦ル級改flagshipの威力偵察だ!奴らと遭遇した場合、可能であれば撃破しろ!不可能であれば無理に戦わずに撤退しろ!必ず生きて帰ってこい!いいな!?」

 

「了解しました!」

 

 霧島は眼鏡を光らせながら頷く。しかし、霧島には提督と事前に打ち合わせをしていた。撤退する気はない。『予備作戦』のために戦艦ル級改flagshipの気を逸らさないといけない。それでも、霧島はやる気満々だ。なぜなら、『艦だった頃の世界』の大戦時には、戦艦と戦った事があるからだ。そう簡単にはやられないだろう

 

 それはともかく、一同は早速、準備にかかる。工廠妖精は装備を開発して装備を支給させた。霧島達が優先であるため、仕方ない。残りは、建造ユニットの警護と運運搬だ。その間、提督は建造ユニットの前で腕組みをした。本来なら強力な艦娘を召喚したかったが、残念ながら建造ユニットはランダムである。研究用だろう。まだまだコンテナの中には資源が沢山ある。余裕でもう十人くらいは建造出来そうだ。しかし、無計画に建造する訳には行かない

 

「この戦力だと烏合の衆だ……」

 

 戦いにおいて質と量のバランスは難しい。質を優先してしまっては、数で負ける。かと言って量を重視しても質が劣れば、ただの烏合の衆である。両方を両立させて運営している国は、アメリカくらいだろう。言い換えれば、それだけ国力があると言う事だ

 

「提督~。司令官が弱音を吐いてはいけませんよ~」

 

 提督の呟きに応えるかのように龍田が囁いた。提督が振り返ると、龍田の他に天竜と鳥海がいた

 

「すまない。仕方ないとはいえ、こんな仕事を押し付けるなんて」

 

 戦艦ル級改flagshipの能力は、依然として未知数だ。先ほどのような変身能力は、時雨も知らない。注意深く調べる時間も無いため、こちらから攻撃を仕掛ける

 

幸い、戦艦である霧島の建造が出来たため、これは喜ばしい。撃破は出来なくても、何らかのダメージを与えるはずだ

 

「計算通りに行かない事もあります。心配しないで下さい」

 

「しかし……」

 

 提督は迷っていた。やはり、戦いに送りたくないのだろう。皆の前では、ああは言ったが、いざとなるとやはり躊躇してしまう。彼が躊躇する理由は、あの戦艦ル級改flagshipの戦い方である。何しろ、気づかれずに襲ったり、毒攻撃を仕掛けたりしているからだ。彼女達に酷い目に会わせたくない。それだけだ

 

だが、その気遣いは艦娘にとっては不要なものだ

 

「提督。将来、軍人というのは前向きの考えをしないとやってられないだぜ。どうこう言われようが、オレは天龍なんだぜ」

 

天龍はニヤリとした。自分達の運命を知ったとしても戦う気だ

 

「私達はただやるだけですよ。任務達成に向けて。……失敗すようとして失敗する人は居ません。もしいたとすれば、それは人間の屑です。向上心のない人に生きる価値はありませんから」

 

 鳥海の指摘には流石の提督も苦笑した。まさか、ここまで言われるとは思わなかったからだ

 

「分かった。頼む。時間稼ぎをしてくれた大淀を救ってくれ」

 

 提督は頷いたが、隣にいた時雨は浮かない顔をしている。不安そうな目で自分たちを見つめるのに気がついた3人は、今度は時雨に話しかけた

 

「……不安か、時雨?」

 

時雨は、無言のままで小さく頷いた

 

「あまり心配するな。オレや鳥海は、夜戦には慣れている。川内もいるのだから問題ないぜ」

 

 そこで一度言葉を切って、天龍は後ろに控える霧島や川内、そして古鷹を見やる。今度は鳥海も話しかけた

 

「私も含めて、戦闘力と防御に自信がある者を選抜しました。深海棲艦ごときに早々、やられるようなことはありませんから」

 

それに応えるように龍田は頷いた

 

「大丈夫よ~。ところで……私はいつ死んだか聞かせてくれない?」

 

 龍田は甘ったるい声で質問したが、時雨はハッとした。龍田は時雨が建造される前に沈んでいた。天龍はショックで人格が変わったという。だが、それは旧史だ。今は時雨が知っている未来ではない

 

「2人共互いに励まし合っていたよ」

 

「そう~」

 

 しかし、龍田は直感的に時雨が嘘をついているのを見破っていた。だが、龍田は時雨を問い詰めたりしない。時雨は、不安と安堵の両方の感情を持っているのを感じた

 

「だから、提督と陸軍の連中を頼むわよ。建造ユニットが破壊されたら終わりだから~」

 

 尤も、戦艦ル級改flagshipの考えている事は、違うだろう。だが、奪われたら奪われたでこちらが不利になる。駆逐艦娘達とあきつ丸、そしてまるゆは建造ユニットを移動させるための作業員だ。幸い、制圧部隊の捕虜がいる。盾には出来るだろう。……奴等に人の心があればだが

 

「分かった。だから……全員生きて帰って来てね」

 

 

 

 研究室の扉の前に霧島、鳥海、古鷹、天龍、龍田、川内が身構えていた。電磁パルスの事もあって研究室以外は真っ暗だ。それに、敵が扉の前に待ち構えているかも知れない。しかし、6人は恐怖の微塵も無かった

 

「将校殿、扉を開けます!」

 

「よし、合図したら開け!準備はいいな!」

 

一同は一斉に身構えた。502部隊だけでなく、あきつ丸の戦闘妖精達も駆逐艦娘も警戒している。もしかすると、扉を開けた瞬間に、敵が雪崩れ込むかも知れない

 

「夜じゃないけど、やりますか」

 

「……相変わらずだね」

 

川内の不満そうな言葉に古鷹は、呆れた。昼間だが、電源が落ちて建物のほとんどが真っ暗闇という事に不満だったらしい

 

「3……2……1……開けろ!」

 

 まるゆのショックから立ち直った軍曹とあきつ丸は、研究室にある重い扉を開けた。目に映ったのは、薄暗くなっている廊下だけ。戦艦ル級改flagshipも警備兵もいない。安全が確認されると吹雪達はホッとした

 

「霧島艦隊、出撃します!」

 

「任せたぞ!」

 

 6人は一斉に薄暗く続く廊下に向けて突進した。6人が出て行くと同時に研究室の扉は閉められた

 

「不安か?」

 

「うん。ちょっとだけ」

 

 本音は行ってほしくなかった。まだ、建造されたばかりで、練度もそこまで高くない。工廠妖精が開発した装備も何とか数を揃える事が出来たため、簡単にはやられないだろう

 

 しかし、相手はあの戦艦ル級改flagshipだ。まだ、時雨しか交戦していないため未来の時のように強くはないだろう。だが、バージョンアップしているため、予想が全くつかない。つまり、提督は作戦が終わるまで祈る事しか出来ない

 

 だが、相手の方が更に上を行っていた事を時雨も提督も知らない。深海棲艦の艦載機が、遠くから霧島達を観察している事に。つまり、研究室に深海棲艦の手下と制圧部隊を送り込まなかっただけの話である。戦艦ル級改flagshipは自由奔放な戦いであるために、提督も予想できなかった。未来の提督が、なぜ苦労したかと言うと、戦い方が常軌に反していたからだ。お蔭で心身共に疲弊していたが

 

 距離が離れた場所で偵察機の報告を受けた戦艦ル級改flagshipはニヤリとした。敵が多いと喜ぶ人はいない。こちらが不利になるだけだ。しかも、戦艦ル級改flagshipを従えている他の深海棲艦は一部を除いて、別の場所で待機している

 

つまり、今の状況はワンマンアーミーと言う事だ。だが、それでも戦艦ル級改flagshipは焦らない

 

「ネェ?私ヲ倒ソウトコチラニ仲間ヲ送リ込ンダヨ。聞イテ?助ケニ来タラシイヨ?ネエ?」

 

戦艦ル級改flagshipは床に転がっているあるものを強く踏みつけていた。それは捕まってしまった大淀だた。しかし、今の大淀の姿は、ボロボロであった

 

 制服は泥と血で汚れ、眼鏡は壊れ、傷口が破れた制服のいたるところから覗く。逃げないようにしたのだろう。足はおかしな方向に向いている。常人の人から見れば見るに堪えないものだ。艤装も屑鉄になるほど壊れている。もう砲は撃てず、海上に浮かぶことは出来ないだろう

 

「マア、喋レナイカ?『ふぐ毒』デ麻痺シテイルカラ。苦シイよね?分かるよ。私をバカにした人や裏切った友人が、そんな表情して死んでいったかを」

 

 浦田結衣に変身して嘲笑ったが、大淀は反応しない。反応出来ない。ふぐ毒であるテトロドトキシンは、麻痺毒だ。本来なら呼吸が出来なくなり、窒息死してもおかしくないのだが、艤装を付けているため艦娘は人間とは違い、死なない。その代償として、大淀本人にはふぐ毒が身体から出て行くまで十数時間以上耐えなければならない。その上、戦艦ル級改flagshipは大淀をボコボコにしたのだ

 

 やり方は簡易的でサンドバック代わり。毒が回った大淀を鎖で両手で縛り天井に吊るすと、徹底的に殴ったのだ。しかも、戦艦ル級改flagshipの力で暴力を振るい、最終的には鎖が力に耐え切れず切れて大淀は遠くまで飛ばされるくらい殴ったのだ。普通の人が食らえば、既に死んでいる

 

「戦艦がいるから楽しめそうだ。さて……どうやって倒そうか?」

 

浦田結衣はゾッとするような笑いをすると通信を入れた

 

「バトルシップからブラボーとチャーリー。艦娘がそちらに向かっている。ブラボーは、攻撃を仕掛けろ。効果がないと思ったら下がれ。後は私がやる」

 

『了解。しかし、浦田社長がまだこのビルにいます。何でも重要な要件でいるとか』

 

 浦田結衣は兄が何をしているのか、真っ先に分かった。あいつに問いただすためだろう。しかし、それは愚策だ。人を責めても好転にはならない

 

「チャーリーは迎いに行ってやれ。流れ弾で死んだらシャレにならない」

 

『分かりました』

 

 呆れるように命令した後に通信を切ると、意識が朦朧としている大淀を引きずって歩いた

 

 罠を仕掛けて、奇襲を仕掛け、混乱した隙に攻撃する。捕まえた後の楽しみは、終わってからでいい

 




おまけ
提督「まるゆに罪は無いが……しかし、武器もない状態でどうやって戦うんだ?」
将校「心配するな。武器が無くなった場合でも戦えるよう訓練されている。改善計画自体は非現実的過ぎて棄却されたが」
提督は首をかしげた。確かに『平行世界』の日本陸軍は、無茶な事をやっている。何か策でもあるのだろうか?
時雨「武器も弾薬も持たずにどうやって戦うの?」
将校「気孔部隊の編成を考えていた所だ」
提督・時雨「「気孔部隊?」」

将校の想像図

浦田重工業は強敵だ。兵器も戦術も隔絶している。そのためには、こちらも別の力を磨けば言い訳だ。2000年の歴史を持つ中国より伝わる一子相伝の暗殺拳を学べばよい

そして、決戦の時。武器を持たない数百人の502部隊の兵士が浦田重工業の部隊の突進する。嘲笑っていた彼等だったが、それは数秒で青ざめる事に成る。次々と浦田兵に被害が出ているからだ!
日本兵「泰山天狼拳」
浦田兵「冷たい!ベブッシ」
日本兵「泰山流双千条鞭」
浦田兵「ぐわあああ」バラバラ
浦田兵「撃って撃って撃ちまくれ!」
日本兵「華山鋼鎧呼法!ぬははは、弾丸なぞ効かぬわ」
浦田兵「銃弾が弾かれた!?」
日本兵「北斗有情鴻翔波!」
日本兵「南斗翔鷲屠脚」
日本兵「北斗剛掌波」
浦田兵「コイツら、本当に人間なのか!?」
強力な蹴りが戦車を吹き飛ばし、見えない熱波みたいなモノがジェット戦闘機を巻き込みながら墜としていく

浦田司令部
警備隊長「撤退だ!あの訳の分からない連中から逃げるんだ!早く運転しろ!」
運転手「ノボハッ!」
運転手の頭が破裂
警備隊長「嘘だろ!」
将校「お前が警備隊長だな」
警備隊長「クソ、死にやがれ!」
引き抜いた銃から飛び出した銃弾が日本兵に当たらず、空を切り警備隊長の背後に立った日本兵が頭に指を突き刺した
警備隊長「貴様、502部隊の……まさか、噂に聞いた中国より伝わる恐るべき暗殺拳か!?帝国陸軍が導入するとは……」
将校「そうだ、肉体の経絡秘孔に衝撃を与え内部の破壊を極意とした一撃必殺の拳法だ。そしてその経絡秘孔の一つを突いた。お前はもう死んでいる」
警備隊長「ひでぶっ!?」
警備隊長戦死

回想終了

将校「――という予定だった。こういうのをやって見たかった」
あきつ丸「凄いであります!これなら、自分の火力が上がり、もう『烈風拳』とネタにされずに済むのであります!」
まるゆ「まるゆも習いたい!」
提督「艦娘に教えたら、楽して海域攻略出来るな。装備開発せずにラスボスまで余裕で戦える。遠征で襲われても返り討ちに出来るから撃沈の可能性はほぼゼロだ」
吹雪「流石にそれは止めた方が……」
叢雲「あんた達、何と戦いたい訳?」
時雨「どうでもいいけど。提督……やったらダメだからね」



建造ユニットで建造すると、編成して大淀を救助するよう命じます。まるゆが出た理由?理由なんて無い
とは言え、あきつ丸(と「まるゆ」)は補助艦艇の類であるため、吹雪達と一緒に行動します
火力が低いので、暗殺拳を教えればいいかも知れません。レベルが低い艦娘に暗殺拳(北斗の拳)を教えれば、攻略は楽かも知れません(但し、合法とは言っていない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85話 暗闇の戦いと予想外の戦果

台風凄かったですね
そのためか、嵐に風評被害が……
嵐「俺のせいじゃない!」


「さて、扉を眺めても仕方ない。吹雪達は建造ユニットを貨物エレベータに載せる手伝いをするんだ。残念ながら、運搬する機械は、特殊兵器で壊した」

 

 霧島達を送り込んだ提督は、皆にやるべきことを伝えた。戦いは流動的だ。何が起こるか分からない。外の現状は元帥の指揮と陸軍の地上部隊や海軍の陸戦隊。そして僅かに生き残った各航空隊が頑張っているお蔭で、浦田部隊を押している。先程、例の無人戦闘機(MQ-9)やヘリ(AH-1S)を1機ずつ落としたと連絡があった

 

こちらも霧島達の作戦成功を祈るだけではダメだ

 

「つまり、全員でこの巨大な建造ユニットを数メートル先にある貨物エレベータに向けて押すんですか?」

 

「それ以外の案があれば聞くが」

 

吹雪は唖然とした。距離はそこまでではないが、どう見ても一トン以上はある

 

「駆逐艦でも馬力はあるだろうから」

 

「ちょっと、アンタ!建造初っ端から何で力作業なの!大体――」

 

叢雲は非難がましく言ったが、途中で言葉を切った。誰かさんによって

 

「叢雲……力作業なんて僕が経験した地獄に比べればマシだから」

 

「え……えっと……時雨。別に文句じゃないか……いや、ちょっと怖いから!目が怖いから」

 

「時雨姉さん!叢雲、怖がっていますから!」

 

 時雨はニコニコしながら近づいて来るが、叢雲は本能的に後ずさりした。何しろ、時雨の目が笑っていない。五月雨も自分の姉の様子にオロオロするばかりだ

 

「時雨、ビビらせてどうする?……すまん」

 

「いいのです」

 

「でも、不思議なご主人様ですね」

 

 自分の上官が謝る。仕方ないのだが、時雨から見れば不思議な光景だ。尤も、私服姿で学生風情の提督が指揮を取るのも凄いのだが。だが、和んで来た雰囲気をぶち壊す輩が居た。縄で縛っている捕虜たちだ

 

「いい気になっているのも今の内だ。社長や戦艦ル級に逆らって生き延びた奴はいない。お前らはどうせ死ぬ。味方がこちらに来るだろう。陸軍は銃殺刑で、そこの艦娘とかもな。深海棲艦搭載予定の新型ミサイルの標的艦に」

 

「黙っていろ。侵略者共が!」

 

 軍曹は捕虜を殴ったが、それでも奴等の闘志は消えない。音を上げないのが凄い。高度に訓練された部隊なのか、それとも神がかりなところがあるのか?

 

 制圧部隊から取り上げたものもよく分からない。502部隊も首をかしげるばかりだ。武器は兎も角、所持品もおかしなものばかりだ。携帯シャベルやら防弾チョッキやらガスマスクやら……。どう見ても、自分達が持つ装備品よりも優れている。これらを造り上げるのに金がかかるはずだ。1人1人の兵士に配布するとなると……浦田重工業がどれほどの経済力を持っているのか、嫌ほど分かる

 

「ん?」

 

 提督は取り上げた装備品の中にあるものに目が止まった。薄い四角いようなものだ。提督はそれを拾い上げると捕虜達に聞いた

 

「これは誰のだ?」

 

「俺のだ。壊すなよ。どうせ、それが何なのか、分からんだろう。……全く、これだから学徒出陣で成り上がった少年兵は」

 

 この部隊のリーダーらしいが、こちらを嘲笑っている。しかし、提督から発する言葉に驚愕する事に成る

 

「ああ、知っているぞ。確か『スマートフォン』だろ?よく分からんが、中々のものだ。学生出陣は太平洋戦争終盤で行われた徴兵の事だ。兵力を補うためのな。……どうやら、この世界の人間じゃないな?」

 

 全員の目が捕虜のリーダーに集まった。軍曹はリーダーを引きずり出すと胸倉を掴んで叫んだ

 

「貴様……よくも俺達の世界を滅茶苦茶にしたな!」

 

「黙れ!貴様ら軍国主義のせいで日本は焼け野原になったのだ!それを――ぐあ!」

 

 反論しようとしたリーダーは、再び軍曹に殴られた。捕虜達は騒ぎだしたが、兵士達は駆けつけ騒動が起こった

 

「おい、静まれ!――本当にコイツは、この世界の人間ではないのか?」

 

「誰でもいいです」

 

 将校も予想していなかったらしく、戸惑った。まさか、こんな事態になるとは思わなかったらしい

 

「時雨、コイツをどうする?」

 

「猛毒を注入しよう。龍譲はフグ毒にやられた」

 

 時雨のさらりとした答えに衛生兵は、ニヤリとして注射器を出した。目で合図しているから軍医は、時雨の意図に気付いたのである。因みに龍譲は、今も重体だ。しかし、衛生兵の話によると死ぬことはないらしい。毒が抜けるまで待つしかない

 

「丁度良かった。シアン化カリウムを持っているから」

 

「ちょっと待て。衛生兵が何で青酸カリ持っているんだ!?」

 

 シアン化カリウムとは青酸カリの事である。当然、猛毒だ。衛生兵が小さな瓶から白い粉を取り出して水に溶かした。液体を注射器で吸い取るのを見たリーダーは喚き始めた。縛っていても暴れているため、軍曹だけでなくあきつ丸も加わった

 

「よし、地獄へ送り出してやる」

 

「自決用か……貴様ら正気じゃないな!これだから軍国主義は嫌いなんだ!それを――おい、止めろ!近づけさせるな!」

 

「人間いつか死ぬのであります」

 

「ふざけるな、この軍国主義の手先が!おい、本当に止めろ!」

 

 衛生兵が注射器を掲げながら近づいて来るため、リーダーは焦り始めた。吹雪達もオロオロするばかりだが、まるゆは吹雪に何か囁くと全員わざとらしく頷いた

 

「死にたくないなら俺の質問に答えろ。……浦田社長が保有するワームホールは何処だ?」

 

「なっ!」

 

 予想外の質問にリーダーは目を見開き、抵抗する身体を止めた。予想外だったのだろう

 

その隙に軍医は腕に注射器を当てる。まだ、薬品は血管に送り込んでいない

 

「全てバレているんだ。元の世界に帰れなくなっても知らんぞ」

 

「黙れ!俺の親は元赤軍派だ!偉大な革命戦士だ!浦田社長が俺にそれを――」

 

「衛生兵さん、この人は偉大な戦士らしいですから名誉ある死を与えてやってはどうです?両親がとても喜ぶと思いますよ」

 

 まさかの返しにリーダーは愕然とした。しかし、遅い。針が肌に刺さり、注射器の中に入っていた液体が、リーダーの身体の中に入り込む

 

「よせ!よせ!嘘だろ!――分かった!言う!この階の上だ!俺はこの世界の人間じゃない!頼む!」

 

 威勢のいい姿は何処へ行ったのか?素直に吐いたため、全員が手を放した。完全にほったらかしだ

 

「何してる!俺は死にたくないんだ!早く治療を!」

 

 リーダーは懇願したが、なぜだろう。誰もかれもが笑っている。時雨は余りのおかしさで声を上げて笑いそうになった

 

「おい、これは――」

 

「青酸カリは保存が難しい。反応性が高いから毒性が失ってしまう。毒性は高いが、毒殺には向かん。持ち歩く必要性が何処にある?」

 

「はっ?」

 

 笑いを堪える衛生兵にポカンとするリーダー。頭の整理が追いつかず、困惑するばかりだ

 

「テレビか小説の見過ぎだ。コイツは素人だ」

 

「バカな。ナチスドイツの幹部は捕まった時、自決用に青酸カリを――」

 

「あれは、シアン化水素だ。毒ガスの一種。『青酸』違いだ。創作と現実の区別くらい見分けたらどうだ?」

 

唖然とするリーダー。どうやら、この人は知識を持っていなかったらしい

 

「バカにするな!俺は、これでも国立の一流大学出身だぞ!」

 

「ほぅ、そうか?ただの食塩水の見分けも付かない人間が威張る事か?」

 

 しかし、この情報は貴重だ。この建物にワームホールがある!時雨はようやく勝機が見えて来た。これで浦田社長が未来兵器と科学技術を持ち込めなくなる!

 

「提督、破壊するチャンス!」

 

「確かにこれを見逃す訳には行かない」

 

 時雨と提督は頷き、リーダーを無理やり立たせた。ワームホールに案内させるためである。しかし、そうなると拘束を解かないといけない。502部隊も数が少なく、これ以上頼むわけには行かない。駆逐艦娘では、心細い

 

「もう1人建造した方がいいな。逃げ出そうとすると、問答無用でぶん殴れるくらいの」

 

「おい、俺は女に殴られても案内はしないぞ」

 

 

 

「こ……こちらです。着いてきて下さい」

 

 すっかり丸くなった遠藤というリーダーは、案内役を努めた。丸くなった原因は、艦娘相手に対して罵倒したからである。それにより新造した艦娘を怒らせたからである。その艦娘は……

 

「提督……こいつ誰?とてもウザいし、ムカつくんだけど?」

 

「気にするな。タダの差別主義者だ。けど、よくやった」

 

 本気で殴った拳をさすりながら、摩耶は聞いてきた。彼女が起こるのも無理もない。建造早々、悪口雑言しか言わない人が喚いていたからだ。本人も腹が立って殴ったのだが

 

「摩耶さん……」

 

「ん?どうした?」

 

 時雨は駆け寄り摩耶を見た。未来では、音速を越える戦闘機を撃墜出来ないと嘆いていた。対空戦闘を得意とするプライドを引き裂かれ、性格が変わったが、今では頼もしいかった。いや、本来の姿だ

 

「建造早々で申し訳ないが、一緒に来てくれないか?こいつの見張り番で」

 

「……いいぜ」

 

ビクビクする遠藤を呆れるように了承した

 

「時雨と不知火は、俺と一緒に来てくれ。ワームホールを破壊する。残りは建造ユニットを頼む。中佐、お願いします」

 

 本来なら危険な行為だ。しかし、電磁パルスの影響で地上部隊はそれどころではない。戦艦ル級改flagshipは、霧島達が惹き付け交戦しているはずだ。あの戦艦ル級改flagshipだ。獲物を見逃すことはしないはずだ

 

「分かった。もし、浦田社長にあったら伝えてくれ。『地獄へ堕ちな』と」

 

「わかりました」

 

 吹雪達と502部隊は建造ユニットを移動させる間、時雨と摩耶と提督は別行動を取った。遠藤を先導させながら

 

 

 

 

 

 一方、霧島達はというと制圧部隊と遭遇し交戦している。と言っても一方的だ。砲は強力であるし、戦艦巡洋艦の装甲は自動小銃では貫通しない。薄いところでもだ

 

「撤退しろ!」

 

502部隊を追撃していたブラボーチームは敵わないとみると尻尾を巻いて逃げた

 

 

 

「何だ?威勢いい割には呆気なかったぜ」

 

「……そうでもないよ」

 

 夜戦を得意とする川内は、顔を曇らせた。撤退する時に相手は、無線通信をしたのだ

 

『バトルシップ!未確認の艦娘と交戦中!小火器類、効果なし。繰り返す、効果なし!』

 

『ソウカ。オ前達ハ撤退シロ。敵ウ相手デハナイ。奴等、稼働サセタナ』

 

 川内が気になったのは、制圧部隊と通信した相手が気になった。通信傍受はよくやる手であるため、珍しくない

 

 しかし、相手が深海棲艦となると別だ。それに加えて、あの深海棲艦は微かに喜びを含んだような言い方だ

 

「夜ではないけど、負けないよ!」

 

川内は高々言ったが、それに応えるかのように無線が入ってきた

 

『……聞こえるか。それで終わったと思ったら大間違いだ』

 

「っ!誰だ、テメー!」

 

 天龍はとっさに怒鳴ったが、普通はこんな事はあり得ない。敵に対して通信をするなどと

 

「天龍、落ち着いて。私が話します。……私は霧島です。貴方は?」

 

『霧島……あの金剛型の戦艦か。ハッ、下らん。ザコは引っ込んでろ』

 

全員が驚いた。こちらをザコ?

 

「大淀さんはどちらに?」

 

『取り返すというの?いい度胸ね。死にに行くなんて。流石は負けた日本海軍って事はある。ワザワザ2回も負ける必要はないだろ?』

 

「なんだ、こいつ!」

 

 天龍は歯ぎしりした。タダでさえ、『艦だった頃の世界』の記憶を持っているのに、こんなに見下されている。まるで、こちらを否定しているかのようだ

 

「司令が言っていました。人の命を弄ぶ人だと。快楽殺人者と」

 

『否定はしない。でも、力を得るには犠牲も必要なの。だカラ、貴方ヲ殺シテ力ヲ得ルノ』

 

「「っ……!」」

 

 突然、深海棲艦特有の声に変わるのを聞いて、天龍と古鷹はビクッとした。龍田は顔には出ていないが、内心は驚いている

 

(時雨ちゃん……私はまだ死なないわよ)

 

 龍田は臆せずにそのまま行こうとする。頭の上の電探をフル稼働しているのか、出撃する前に比べて僅かであるが、上を浮いていた

 

「この先に反応があるわ。行きましょう」

 

「龍田……」

 

「天龍ちゃん、言わなくていいわ」

 

龍田は天龍を制した。天龍も薄々感じているに違いない。時雨の反応に。罠である可能性が高いが、相手が何処にいるか分からない。そこを目指していけば何かあるに違いない

 

「古鷹、探照灯を」

 

「うん」

 

 古鷹には瞳がオッドアイで左側に探照灯の機能が組み込まれている。左目から光が照射する。危険かもしれないが、どちらにしろ倒さないといけない

 

「大丈夫。誰もいない」

 

「気を付けていきましょう。敵は暗闇に紛れて襲ってきます」

 

 霧島は皆を引きつ入れて進んでいく。研究室が攻撃されたら不味いため移動する事にした。突然襲われて、毒攻撃されたら再起不能になってしまう。龍譲は毒に打たれてから暴力を受けたとの事だ。これでは、大破中破しなくても艦娘を戦闘不能にしてしまう

 

『ふぐ毒であるテトロドトキシンは、麻痺毒に当たる。龍譲の腕に注射針の跡があったから、短時間で中毒になったと思う』

 

出撃する直前に502部隊の衛生兵は、テトロドトキシンについて説明した。恐ろしい毒で、しかも解毒方法がないという。加熱しても毒素が分解されないため、非常に厄介だ

 

『敵は、フグやヒョウモンダコなどから毒を取り出して加工したのだろう。ただ、この毒は細胞そのものを破壊する作用はないため、助かれば後遺症は残らない。心臓にも影響はないため、呼吸さえしていれば助かる』

 

つまり、大淀が生きていれば助かる可能性はある。尤も、相手は性格の悪い人だが

 

「この階だけでも制圧しましょう。提督と仲間のためにも」

 

鳥海を始め、一同は慎重に進む。これで何もなければいいのたが

 

 暗い廊下を進んでいくとちょっとした広間に出た。恐らく、階段ホールだろう。しかし、その広間のど真ん中に何かある。十字架か何かが

 

古鷹は探照灯で照らしたが、全員が息を呑んだ

 

「な……何なんだよ……これ」

 

 その十字架が教会にあるイエスキリストだったからいい。しかし、そこに貼り付けられているのは銅像ではない

 

女が貼り付けられている!全身傷だらけで!

 

しかも……

 

「あの野郎!大淀をこんなにしやがって!」

 

 天龍は激昂した。大淀が十字架に貼りつけされている。手足胴体には何重にも鎖が巻かれていた。艤装装着しているため、生きてはいるものの、探照灯に映し出された大淀の顔は死んでいた。建造されこの世界に召喚されて早々、仲間が酷い目に遇わされるのを見れば、誰だって腹が立つ

 

 天龍は本能で動いた。このまま放って置くのは、可愛そうだ。さっさと卸して手当てしないと!

 

だが、仲間の救出は中々上手く行かない。まして、相手の罠であるなら

 

「天龍ちゃん、危ない!」

 

 龍田は天龍の首根っこを掴み、強引に引き留めた。流石の天龍も止まったが、勢い余って尻餅をついた

 

天龍は抗議しようとした。だが、それは数秒で気持ちが切り替わる事になる。風を切る音と床に重い金属が落ちる音。古鷹の探照灯に照らされたのを見ると、天龍はギョッとした。巨大な斧が床に突き刺さっている。しかも、それを持っている者は……

 

「惜しい。そこの天使のような艦娘がいなければ、首と胴体が離れていたがな!」

 

「テメェー!」

 

 天龍は素早く起き上がると、斧でこちらを攻撃しようとした相手に向けてを突き刺した。いや、相手は素早くかわすと1発のパンチを食らわす。たった1発だが、強力であり、天龍はそのままぶっ飛んでしまった

 

「フン、威勢だけはいい」

 

 浦田結衣はニヤリとしたが、その隙に龍田は薙刀で切りつけようとした。狙いは首だ。天龍ちゃんを切りつけようとした人は例え、誰であろうと許さない。しかし、相手の首に当たる直前で止められてしまった。しかも、片手で

 

「あらー、もう少しで首が斬り落とせたのにー」

 

 龍田は甘ったるく声で脅している。だが、にこやかな表情は直ぐに曇り始めた。距離を置こうと薙刀を引っ込めようとしたが、相手から離れない。刃を握っているのだ!微動だにしない!

 

「おやー?何かあったのか?」

 

 副砲であるPzH2000が龍田の方へ火を吹いた。龍田は手から薙刀を離したが、それが命取りになった。浦田結衣が龍田に目がけて蹴りを入れたのだ。蹴りは龍田の腹に命中。そのまま吹っ飛ばされた

 

「天龍!」

 

「やっぱり待ち伏せされていた!主砲よーく狙ってー…撃てーっ!!」

 

 古鷹は浦田結衣に向けて20.3cm砲を向けて砲撃を開始した。しかし、古鷹は後に仰天する事に成る。物凄いスピードでこちらに向かって来たのだ。しかも、砲弾を避けている!

 

「人間の動きじゃない!」

 

古鷹から見れば人間の皮を被った別の生き物に見えた。実際はそれに近いが

 

 浦田結衣は、奪った薙刀を古鷹に向けて投げた。古鷹は間一髪で怯んだが、接近を許してしまった

 

「鳥海、私に構わないで撃って!」

 

 古鷹は、結衣にがっちりと掴まれ盾にされた。抵抗するが、振りほどけない。それどころかパンチを入れられ黙らせた

 

「どうした?撃って見ろ!仲間を殺す覚悟があるならなぁ!」

 

 鳥海は迷いが生じた。古鷹が捕まってしまった。これでは、撃てない。相手は嘲笑ったが、結衣は何かに感づいたのか、すぐに古鷹を離して距離を取った。暗闇から魚雷が古鷹と結衣に目がけて飛んで来た。手裏剣のように文字通り

 

 飛翔した魚雷は結衣だけでなく古鷹にも命中したが、爆発はしない。ただ、古鷹に怪我を負わせてしまったが

 

「信管抜きの魚雷か?小賢しい真似を!」

 

「夜ではないけど、暗闇の戦いは私の方が上!」

 

 川内は着地すると両手から主砲を発射させた。如何に力を持とうが、14cm砲の直撃を受ければ死ぬはずだ!

 

砲弾は確かに命中した。そのはずだ

 

しかし……

 

「へぇ~。でも、レーダーで丸分カリヨ?動キハ大体読メル」

 

「なぁ!」

 

 川内は驚愕した。川内は薄暗い空間でも目はよく見える。相手の姿は人間ではなかった。川内の目の前に悪魔が居た

 

 異様な形をした戦艦ル級改flagshipが川内の前に立っていた。先ほどの砲弾も装甲に弾かれたのだ。川内は慌てて攻撃したが、逆に副砲が火を吹いた。川内に命中し、小破してしまった

 

「ひゃぁっ!」

 

 川内は体制を立て直そうとしたが、相手はそれを許さない。戦艦ル級改flagshipは川内に近づくが、阻むように黒い影が急接近していた

 

「うおおぉぉぉ!」

 

 天龍は刀を振りかざしながら突進していく。反対側からは龍田だ。薙刀を持っている

 

「挟ミ撃チ……無駄ナ事ヲ」

 

 二つの刃は、簡単に受け止められてしまった。戦艦ル級改flagshipは、右手には天龍の刀が。左手には龍田の薙刀の刃を握っている。しかも、血すら出ていない

 

「な、何てパワーだ。全然、動かない……」

 

 物凄い力で刀を捕まれている。びくともしない。それどころか、薙刀や刀からミシミシと不吉な音が聞こえる

 

「は、放せ!」

 

「断ル」

 

 戦艦ル級改flagshipは砲搭を動かし、天龍と龍田に向けた。バカデカイ砲にたじろいだが、このまま武器を手放す訳にも行かない!

 

そんな中、掛け声と共に砲声が鳴り響く。戦艦ル級改flagshipではない。別の場所で

 

「主砲、味方を当てずに狙って!……撃て!」

 

 35.6cm連装砲9門が轟き、距離が近い事もあって戦艦ル級改flagshipは諸に食らった。浦田結衣は掴んだ刃を離し数キロ飛ばされた

 

「良し、次弾装填!」

 

「サンキュー、霧島!」

 

 天龍はお礼を言ったが、直ぐに射線の邪魔にならないように避けた。再度、砲声が鳴り響き、その直後に轟く爆発音と共に微かであるが戦艦ル級改flagshipのうめき声が聞こえる。天龍達が戦っている間、鳥海は張り付けられた大淀を降ろしたらしく、介抱していた

 

「……鳥海……さん」

 

「喋らないで下さい」

 

 鳥海は声を掛けたが、大淀の悲惨な姿を見て泣きたくなった。彼女の姿は血まみれでボロボロだった。踏みつけられたのか、腕は変な方向に曲がっている。反応はあるものの、症状は龍譲と同じくふぐ毒だ

 

「酷い」

 

駆けつけた古鷹も天龍も絶句した。幾ら何でもやり過ぎだ。虐待ではない。拷問だ

 

「くそ!浦田結衣という奴、絶対に許さねー!刀で切り刻んでやる!」

 

天龍は激昂したが、残念ながらそれは出来ない。龍田の警告音に全員が息を呑んだ

 

「……皆、あいつに集中砲火を浴びせて」

 

 天龍は違和感を覚えた。建造して間もないが、龍田はいつも甘ったるい声で話す。個性があっていいのだが、今の龍田は違う。明らかに焦っている

 

「はぁ……はぁ……」

 

 いつの間に川内が近くに立っていたが、川内も息が上がっている。夜戦や暗闇の戦いは得意としているはずだ。建造して間もない事もあるかも知れないが、艦娘は本来、船の記憶はある。なので、初っ端から戦える能力はある。なのに、なぜ彼女達の顔には、驚きと焦りが現れているのか?

 

「そんな……艤装が治っている!」

 

 霧島は驚愕した。相手にダメージを与えた。命中したし、確かに効いたはずだ。徹甲弾ではないが、霧島が持つ主砲は強力だ

 

 しかし、35.6cm砲弾を食らって傷を負っても、相手は時間が経てば何事もなかったかのように元通りになる。驚異的な治癒能力と修復能力が備わっているのか?

 

「私の戦況分析が……あり得ない」

 

 霧島も後ずさりしている。ここまで恐怖や驚きをしているのは、相手にかすり傷しかつけられていない事だ。その傷ですら治っていく

 

「皆さん、主砲よーく狙ってー…撃てーっ!!」

 

 鳥海の合図とともに一斉に火を吹いたが、戦艦ル級改flagshipはまるで、雨に打たれているかのように平然と歩いている

 

「ソウダ。艦娘デアル、オ前達ハソレバッカリダ。理解出来ナイ者ハ殺ソウトスル」

 

 軽巡重巡の主砲には、効果がほとんど無い。霧島の主砲の威力には、流石に相手は怯んだが、数メートル移動しただけで終わった

 

「ダガ、私ヲ殺セル武器ナゾ、オ前達ハ持ッテイナイ」

 

「冗談だろ……」

 

 天龍は震える声で呟いた。あんなに攻撃しているのに、ダメージがないなんて聞いた事がない。ビルの壁は抉れるほど破壊されているのに、戦艦ル級改flagshipは平然と立っている

 

「ソウ言エバ、未来カラ来タト言ウ時雨ハ何処ヘ行ッタ?マサカ、自分ノ手ニ負エナイト分カッテ、オ前達ニ託シタノカ?」

 

「時雨は……」

 

天龍は歯を食いしばった。自分達の運命は知らされている。だから……

 

「時雨はお前が嫌いだとよ!」

 

「ソレハ結構。ヤハリ、逃ゲタノダナ。アノ刑務所デ泣イテイタゾ。手足ヲ切断シタ方ガ良カッタカナ?ソレトモ――」

 

 その後の言葉は続かなかった。龍田が薙刀を振りかざして戦艦ル級改flagshipに飛びかかったのだ。天龍は一瞬だけ見た。龍田の顔を。怒りに満ちた顔を

 

 龍田は戦艦ル級改flagshipに飛びかかり切りつけようとしたが、戦艦ル級改flagshipの方が素早かった。振り落す直前に龍田に急接近すると、腹を殴ったのだ

 

「がはぁ!」

 

 流石の龍田も、これには耐えられなかった。宙を舞ったが、床に激突する直前に天龍が受け止めた

 

「兄サンノ話デハ、艦娘ハ軍艦ノ転生体だと教えてくれたが、実際にあって見ると超能力を身に付いてた人間ではないか!だが、満足だ。これで私の方が強いと証明された!」

 

 人間の声に戻り、勝ち誇って高笑いする戦艦ル級改flagshipに天龍達は歯ぎしりをした。倒す手段がない

 

「どうする?」

 

「……司令の言う通り時間稼ぎをします。何処かに弱点が分かるかも」

 

川内は唖然とした。霧島は圧倒的に不利な状況でも戦おうとしている

 

 しかし、相手は生易しいものではない。それどころか、とんでもない事を思いついたらしい

 

「だが、何時までも遊んでいられないな。かと言って、私の主砲副砲で攻撃してしては面白くもない」

 

「な、何を――」

 

 明らかにこちらを舐めている。艦娘は全力で攻撃しているのに、相手は副砲だけで応戦しているのだ。実力があり過ぎる

 

「私は兎を狩るのに全力を出す肉食獣とは違う。そこで、貴様らがどんな軍艦をモデルにしようが関係のない残酷な攻撃方法を思いついた!」

 

 戦艦ル級改flagshipは艦娘に見せびらかすように両手をかざす。古鷹の探照灯によって照らされたのは、沢山の注射器だ

 

「「ま、まさか!」」

 

鳥海と霧島はぞっとした。何て事を思いつくんだ!

 

「ほう、2人はゾッとしたな。ピンと来ない間抜けな4人にも教えてやる。このの注射器全てには、高濃度のテトロドトキシンであるふぐ毒が入っている。更に私の艤装の砲は、空気銃に変形させる事も出来る」

 

 この説明を聞いた四人は、鳥海と霧島同様に青ざめた。こいつの艤装、麻酔銃のように撃てるのか!

 

 麻酔銃とは空気銃の一種で本来は、野生動物保護の際や、動物園で動物が逃げ出した場合などの捕獲用に、麻酔を打つ際に利用されるものだ。相手の艤装には、そんなものまで備わっていたのか?それとも、浦田結衣である戦艦ル級改flagshipの艤装は、自分の意志で自由自在に変えられるのか?

 

「逃げて!」

 

「もう、遅い!手遅れよ!!」

 

川内は叫んだが、相手は逃すわけがない

 

 鈍い音と同時に沢山の注射筒が襲ってきた。砲弾や魚雷とは違う、恐ろしい物が飛んで来る。タダの軍艦だったからこんなのはどうってことはない。無機質であるから当たり前である。しかし、艦娘は兵器の前に女の子

 

 生き物である以上、テトロドトキシンである恐ろしい毒を受けると中毒になってしまう!

 

 六人は物陰に隠れるなど注射筒を避けたが、飛んで来る数が多過ぎる。古鷹は集中砲火される危険性があると判断して探照灯を切ったが、相手はこちらの位置が分かるのか、空気銃仕様にも拘わらず、正確に射撃して来る。紙一重で避けるのが精一杯だ。反撃は論外だ。何しろ、雨あられのように降ってくる。艤装は中世の騎士のような全身鎧ではないため、どうしても回避を優先してしまう

 

「クソがー!」

 

 天龍はと言うと刀で飛んで来る複数の注射器を叩き落していた。空気銃から飛び出す注射器の速度は、そこまで早くない。しかし、天龍に飛んで来る数十本の注射器を被弾せずに叩き落とす事なんて誰も真似できない。だが、天龍はそれを難なくやっている。

 

「ホゥ……何処マデ防ゲルか楽しみだな!」

 

不意に攻撃が止んだ。弾切れなのか、それとも攻撃パターンを変えたのか?

 

皆は警戒しながら見渡した

 

「川内、敵は何処?」

 

「僅かに見えたけど、姿を変えて何処かへ行った」

 

 鳥海は川内に確認したが、夜目が効く川内はかぶりを振った。夜戦を得意とする川内も今では、余裕がない。まさか、ここまで非道な攻撃を仕掛けるとは思わなかったからだ

 

「オレの電探も反応なし」

 

「私も」

 

天龍、龍田も同様だ。時雨が言っているようにレーダーに映らないらしい

 

「分かりました。古鷹、探照灯をもう一度――」

 

鳥海は古鷹に命令をしたが、古鷹からは返事は無い。それどころか、体が震えている

 

「古鷹さん、どうし――不味い!毒を受けている!」

 

 古鷹の身体には数本の注射器が刺さっている。筒の中にある液体が無い事から注入された!

 

 古鷹が倒れた。霧島は慌てて古鷹を診たが、既に遅かった。顔色がみるみるうちに蒼くなり、苦しみだした

 

「ははは。明かりを持っている奴が食らったか。次は誰だ?」

 

 何処からか、嘲笑うかのように浦田結衣の声が響き渡った。何処から来るか分からない。不気味過ぎてパニックを起こしそうだ

 

「霧島さん、どうします?」

 

「作戦通りにやって下さい。このまま撤退しても戦力を立て直す余裕がありません」

 

 状況が状況だ。相手の戦力が不明過ぎるため、このまま挑むのは良くない。しかし、ここで引き下がったら浦田結衣である戦艦ル級改flagshipは攻勢に出るだろう。建造ユニットを移動作業に入っている駆逐艦娘達や陸軍の特殊部隊が危ない

 

「分かりました。皆さん、夜ではありませんが、夜戦の力をお見せする時です」

 

 全員は艤装を構えた。古鷹は、重傷を負っている大淀と一緒に壁の隅の方へ置いた。分かっていたからだ。このまま逃げても喚いても相手が喜ぶだけだと

 

「時雨の悲しみと司令官さんの命令を背負っています。ならば、最後まで戦う時です」

 

 全員一致で頷いた。と言っても、策を考えないといけない。探照灯の役目である古鷹は再起不能になり、電探には映らず。こんな狭い所で照明弾を打ち上げる訳にも行かない

 

(何か前兆があるはず)

 

川内は注意深く見渡した。攻撃を仕掛ける直前に、何か兆候があるはず

 

「……フン、良いだろう。何処まで戦えるか?」

 

 暗闇の中で浦田結衣は呟いた。パニックになって逃げるかと思いきや、まさか撤退もしないとは

 

(そうでなくてはな)

 

 そのため、浦田結衣である戦艦ル級改flagshipは熱くなった。如何に倒すという手段ではなく、どうやって戦意を挫けさせるかに

 

 

数時間前

 

トラック島

 

 トラック島はかつては日本海軍の一大拠点だった。『日本の真珠湾』ないし『太平洋のジブラルタル』とも呼ばれ、ある時点までは『平行世界の日本の過去』と同様に栄えていた

 

 しかし、ワームホール出現した事により、深海棲艦がトラック島を襲撃。日本軍は抵抗したものの、僅か3日で落とされたと言う。深海棲艦の拠点になるかと思いきや、今度は戦艦ル級改flagshipの反乱と浦田社長の野望により、浦田重工業の拠点となってしまった。ハワイも同様だ

 

 浦田重工業が密かに要塞を建設していたのだ。偽装の攻撃で世界から目を眩ませ、社員全員を要塞へ移動。第二次世界大戦を引き起こすとされる参戦国への攻撃をする予定だった

 

 時雨という艦娘がタイムスリップしたお蔭で予定が大幅に狂ったが、予定を繰り上げただけだ。そう思っていた

 

その要塞は……炎を上げて陥落していた

 

 要塞が崩れ去る中、通信室では通信士が必死になって本社ビル及びこちらに向かって来るイージス艦隊へ警告を行った

 

「クソ、何故だ。なぜこちらでコントロールしてた深海棲艦が反乱を起こした?」

 

 要塞は強固だ。攻撃面だけでは、深海棲艦にダメージを与えるのは難しい。対深海棲艦兵器は、完成しているものの量産が難しかった。だが、防御面では強固だ。おまけに深海棲艦の一個艦隊を戦艦ル級改flagshipなしで完全に操る事に成功した艦隊を保有している

 

 頭部に機械を埋め込めて指示を出す。機械は深海棲艦が命令を下すボスだと誤認させることで忠実なしもべとなった

 

 だから、防御は自信があった。浦田結衣である戦艦ル級改flagshipのお蔭で本土からの航路空路は確保出来た

 

しかし突然、変化があった。作業員兵士達は戦死した。これでは持たない

 

「送信完了した。クソ、どうなっている……」

 

 送信を終えた通信兵は、窓から双眼鏡を見た。制御不能になり暴れている深海棲艦が見える

 

何が起こったのか?彼は科学者ではないが、いくつか推測が出来る

 

コンピュータのエラーかそれとも……

 

「おい、嘘だろ……」

 

通信兵は唖然とした。水平線から何かがいた。見た事が無いものがいた

 

 本社から注意喚起していた艦娘ではない。あいつらはここまで来れないはずだ。しかし、あり得るのか?こいつは、北方棲姫でも戦艦棲姫でも戦艦レ級でもない。港湾棲姫でもない

 

「どうなっているんだ?」

 

意味が分からない。会社の失態なのか、それとも……

 

 

 双眼鏡を通して彼が目にしたのは、ぞっとするような笑みをした異形の怪物だ。赤い片目をし人の形をした怪物が

 

 その怪物は人間に近いが、えげつない形の腕をしており、指先は鉤爪になっている。通信兵を恐怖させるのに十分だった

 

 通信兵は双眼鏡を目から外すと同時に悲鳴を上げた。双眼鏡を通して観察していた怪物が何と目の前にいた!何時の間にここに居たんだ!こいつはさっき数キロいたはずなのに!まるで瞬間移動したような……

 

 通信兵は咄嗟に逃げようとしたが、怪物は出口を塞いだ。逃げ場を失いオロオロする通信兵に怪物は語り掛けて来た

 

「ココハ通シマセン。殺ス前ニ……アノ戦艦ル級改ハドコ?」

 

 

 

 瓦礫と化した要塞の数キロ先にある一団が目的地を向けて航行している。その速度は、想像を絶していた。情報を聞き出した通信兵を殺した怪物もその集団にいる。迷いは一切ない

 

 その怪物は北方棲姫と戦艦棲姫から事情は聞いた。だが、約束を守る必要はない。その集団と敵対しているとは言え、相手も人間。なぜ、人の言うことを聞かないといけないのか?

 

 それが答えだ。尤も、戦艦棲姫は好きにして良いと言われているため、彼女も早々無視した。捕らえられた仲間を救い出すのが優先だ。その後、仲間を酷い目に合わせた人間達に恐怖と絶望を与えてやる!

 

 




おまけ
天龍「お前なんか怖くねー!」
戦艦ル級改flagship「ソウカ。ダッタラ、増援デコイツモ加エヨウ」

赤い三角頭「……」
処刑マジニ「……」

天龍「フフフっ……例え別世界から怪物を呼び寄せても怖くねーぞ!」ガクガク
龍田「そうねー。天龍ちゃんは怖がらないから」
戦艦ル級改flagship「デハ、モウ1体追加――」
川内「いや、もう戦おう!」
龍田「大丈夫。威嚇や脅しはよくある事ですから」ニコニコ
天龍「ああああ。そそそ、そうだぜ。脅しに屈する訳にはい、いい、いかねーから」ガクガク
鳥海「物凄い汗が噴き出ていません?」
古鷹「プレッシャー与えてない?」
戦艦ル級改flagship「デハ堕辰子ヲ」
天龍「いつからこの作品は、ホラーになったんだ!?さっさと戦おうぜ!」
霧島(声が裏返っている……)

一方……
提督「という訳でさっさとワームホールの所へ案内しろ。でなければ、こいつらがお前を呪い殺す」
貞子・伽椰子「「……」」
遠藤「何でコイツらを呼び寄せた!オカシイだろ!」
提督「そりゃ、この2人を呼び寄せたのは理由がある。お前の件が終わったら戦わせるんだから」
摩耶「映画では対決シーンが短過ぎたんだよ。今度は格闘ゲーム並に戦わせ――」
時雨「ホラー作品になるから止めよう。僕達の存在が薄くなるから」
不知火(司令は、ホラーも見るんですね)


劇場版では天龍は怖いものが苦手なようです。ホラー映画やゲームは苦手なのだろうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第86話 ディープスロートの助言

北海道の地震、凄まじかったですね
今回は長めです


 吹雪達は建造ユニット運搬を任している最中、時雨は提督と摩耶、そして不知火と共に行動をしていた。リーダーに案内役をさせながら

 

 どうやら、この人は平行世界の人間、つまり21世紀の日本から来たらしい。但し、肩書きは学歴以外は録でもなかったが

 

「俺は一流の国立大学出身だぞ。それをよくも――」

 

「そうか、そうか。大学では、銃もって人を殺したり、罪のない女の子を虐待する快楽殺人者に手を貸したりするのは犯罪だと習わなかったのか?」

 

 捕虜である遠藤は抗議していたが、提督の方が上手だった。学歴と経歴で自慢しているらしいが、提督は簡単にあしらったのである

 

「平行世界の日本は太平洋戦争に負けたが、見事立ち直り、平和になったと聞いていたが……何かがっかりだな」

 

「理想しか追い求めていないように見える」

 

「平行世界の人間って、こんな人間ばっかりなのか?」

 

散々言われて遠藤は腸が煮えくり返っているが、相手は武器も持っていて強い

 

 とてもではないが、中々反論出来ない。それはそうで、考え方や観点が違うからである。まして、『平行世界の日本』とは違い、この世界は平和ボケなどしていない。戦後の平和主義なんて知る訳が無く、時雨達にとって戦後の考えが中々理解出来ないものだった

 

 戦争で酷い目にあったから平和主義に走ったのはいい。しかし、そのためには自衛手段である軍事行為も禁じるという事については時雨と提督を始め、誰も理解出来なかった。よって、遠藤の悪口雑言には、何言ってるのかさっぱりだった

 

「軍国主義とか殺人集団とかネトウヨとか訳の分からない事言っているが……よく陸自の人間は、こんな奴を雇ったな」

 

「つまらないわね」

 

「爆弾造ってテロ起こすってどういう考えを持てば、そこにたどり着けるのか、知りたいぜ」

 

 摩耶も呆れ果てながら、監視していた。実際は、彼の両親が日本赤軍か何かだったらしく、思想も受け継いでいた。しかし、時代が変化しているので誰も見向きもしなかった。国際指名手配犯と言う事もあり、戸籍偽装で日本に住んでいるという

 

 だが、爆弾や銃器を扱えるので警備隊長は雇い入れたという。後に、時雨が知る未来にて艦娘に対してゲリラ活動を行ったという。簡易的な地対艦ミサイルで艦娘にダメージを与えたのは彼のお蔭と言っていい

 

 そのため、時雨だけでなく、提督も摩耶も不知火も目を光らせていたため遠藤は逃げる事すら出来なかった。時雨も可哀想とは思っていない。国を守るためには、どんな人でも守らなければならない。しかし、こちらに武器を向けたのであれば別だ。遠藤は怒りで一杯らしいが、どうする事も出来ない。武器は取り上げられ、反抗すると摩耶に殴られたため、プライドがズタズタに引き裂かれた

 

「こ、この扉の向こうだ」

 

「本当にここなのか?」

 

 提督は訝し気に聞いた。何の変哲もない扉だったからだ。もっと厳重な場所と思っていたのだが。ワームホールをくぐり抜けてこの世界に来ているため、知っているはずだ。移動された可能性もあるが、これは賭けだ。もし、ワームホールが持ち運び込まれたら諦めるしかない

 

「摩耶、こいつの顔を殴ってもいいぞ」

 

「いいのかよ!何か知らないけど、またムカついてきたから、殴りたくなったぜ!」

 

「待て、ちゃんと教えた!本当だ!カモフラージュだ!」

 

遠藤は必死になった。摩耶の鉄拳制裁には、懲りたらしい

 

「では、開けろ」

 

「ここは電子鍵でロックされている!開けるには、カードが無いと!」

 

「どうします、司令。爆破させますか?」

 

「やりたいが、爆破させるとこちらの存在がばれてしまう」

 

 たちまちいざこざが始まったが、時雨は加わらず扉を観察した。見た目は普通の鉄製の扉だ。しかし、遠藤の話だと厚さ100センチメートル、重さは30トンという銀行にある大型の金庫扉ほどあるらしい

 

 時雨は手を掛けて引こうとした。鍵がかかっているかどうか調べるためだ。が、予想に反して扉はゆっくりであるが、開いたのだ。非常用電源が入っているのか、扉の向こう側は明るかった。その代わり、長い廊下が続いていたが

 

「……」

 

「この先はどうなっている?」

 

ポカンとする遠藤に提督は、質問をした。手間暇が省けたので助かった

 

「小さな部屋があるだけだ。出入り口は貨物用の通路があるだけ」

 

「そうか。案内ご苦労」

 

 遠藤は何が起こったのか理解出来なかった。摩耶が後ろから殴って気絶させたからだ。これ以上の案内は不要だ

 

「提督、声が聞こえる」

 

「油断するな」

 

 時雨の忠告に提督は自動小銃を構えると前へ進んだ。摩耶も時雨も慌てて後を追った。気絶した遠藤を掃除道具に入れるロッカーに隠したためだ

 

「提督、お前もちょっとは落ち着けよ」

 

「落ち着いているなら、とっくにやっている」

 

 提督は小声で気遣う摩耶に指摘した。時雨も同様だ。何せ、聞き覚えのある声が響いているのだから

 

「浦田社長だ」

 

 それを聞いた摩耶は顔を曇らせた。時雨から聞かされた未来の事。自分達を地獄へ突き落した張本人。それがいるという

 

「どうするの?殺す?」

 

「出来れば捕らえて502部隊に引き渡す」

 

 尤も提督にとっては、浦田社長がどうなろうとどうでも良かった。ただ、彼は人を殺すのに抵抗感があるのは否めない。これが現在の提督のメンタリティの限界であり仕方なかった。未来の提督なら出来たかも知れないが。妹である浦田結衣に引き金が引けたのは、彼女は化け物であるため、抵抗感が無かっただけである。第一、それで死んでいたら誰も苦労はしない

 

「でも、変だね。……怒鳴り声が聞こえる」

 

 時雨は不思議がった。話す内容は分からないが、怒鳴っている声が微かに聞こえる。廊下にはあちこち物が散乱している。大きなコンテナが二、三個ある。その内の1つには、日本語以外の文字が書かれていた

 

「ロシア語と英語……海外から手に入れたらしいな」

 

「しかも、これ。西暦が2000年代のものばかりだ。間違いない」

 

 どうやら、当たりらしい。ワームホールを通じてここに運び出している。長く続いている廊下を慎重に進む一同。その間も怒鳴り声が時々聞こえるが、それも大きくなっている。近づいている証拠だ

 

「提督、扉」

 

非常口と書かれた扉から声が聞こえる。一同は、頷き微かに開けた

 

 扉の隙間から見えた光景に息を呑んだ。広い部屋だ。学校の体育館くらいはある。そこも機材やらコンテナやらが散乱しているが、量は遥かに多い。遠藤の言ってる通り、貨物運搬用の扉もある

 

 そして、その空間のど真ん中に光る霧を見つけた。機械が周りにあるため何かの実験らしいが、時雨も提督も直感で分かった

 

「ワームホールだ。あの機械は、維持装置だろう」

 

「電磁パルス食らったのに復旧させるなんて」

 

 時雨は舌を巻いたが、考えてみれば向こうはこちらの世界よりも高度な文明の発展を遂げた日本である。向こうの世界の人が修理したのだろう

 

 そして、その霧の前に人の集団がいた。制圧部隊だろう。完全武装した人達がおり、リーダーがある人物に対して忠告している

 

ある人物とは……

 

「社長、艦隊の出港は準備完了です。既に、東京湾に待機しております」

 

「もう少し待ってくれ……貴様、私を裏切ったな!どういうつもりだ!?」

 

 間違いない。浦田社長だ。しかも、電話で誰かを罵っている。時雨達は、滑り込むように部屋に入ると、荷物の影に隠れた。大丈夫だ。警備兵も浦田社長も気づいていない

 

「よくも新兵器で私の邪魔をしてくれたな!……惚けるな!お前のせいでこっちは大損害だ!」

 

 浦田社長は電話で怒鳴っている。何があったのだろう?電話で怒鳴る相手が知りたい。しかし、ここはチャンスだ。例え、外しても駆逐艦の主砲は威力がある。ここで仕留めればいい

 

「EMP兵器とやらを私の敵対する組織に送ったな!……知らんだと?いい加減にしろ!嘘が下手くそだ!それで騙せると思ったか!」

 

 時雨は艤装を構えようとした時、止められた。誰だろう。止められた手を見ると、何と提督だった

 

「提督?」

 

「待て。まさか、この会話……」

 

提督は信じられない顔で物陰から覗いていた。何か気がついたのだろうか?

 

しかし、相手は待ってくれない。浦田社長の電話は終わった

 

「良いだろう。そこまで惚けるならこちらにも手を討つ!タダで済むと思うなよ!」

 

 投げるように受話器を置くと、メモ帳を取り出した。あるページを破り捨てて近くにあったゴミ箱に捨てると、速足で貨物用通路に行く

 

「ワームホールを運び込め!直ちにだ!」

 

 護衛の武装集団も慌てていくが、こちらには気付いていない。2人ほど残っていたが、一団が視界から消えると摩耶と不知火は素早く無力化した。2人は油断した事もあって、何が起こったか理解が出来ないまま気絶した。提督は発砲を禁じた事もある。時雨は浦田社長を追いかけようとしたが、それは提督に止められた。何で邪魔をするんだ?

 

「提督、どういうつもりだよ!チャンスだったじゃないか!」

 

 時雨は小声で、非難がましく言った。最大のチャンスを失った。提督は何がしたかったんだ!

 

しかし、提督は首を振った。どうしたのだろうか?

 

「奴を殺すチャンスはまだある。奴が電話で何を話していたか、覚えているか?」

 

 提督の質問に時雨は呆れていたが、先ほどの浦田社長の電話のやりとりを思い出した。……そう言えば、電話でEMP兵器と言った

 

「まさかっ!」

 

「そうだ。あの電話はワームホールを通じて向こう側に通じているんだろう。電話線が光の靄に続いている。かけた相手はもしかすると……」

 

「そいつがあたしたちを助けたディープスロート?」

 

 摩耶にも一連の事を簡潔明瞭に伝えているため、話についていける。実は提督はこういった事は得意のようだ。未来の提督も、過去の提督に事情を説明する内容は、分かりやすいものだった

 

 提督は光る靄に近づき電話を調べていた。この電話機も見た事が無いものだったが、未来テクノロジーを感じさせるものだ。提督はゴミ箱から浦田社長が丸めて捨てた紙を拾うと広げた

 

「間違いない。電話番号と……メールアドレス?よく分からんな。連絡先だろう」

 

「大丈夫なの?」

 

「今の所は俺達の味方だ。周囲を警戒してくれ。特にゲートをくぐり抜けて来る人も現れるかも知れない」

 

 提督は受話器を取り上げると、ボタンを押した。受話器は僅かながら離しているので、周囲を警戒していた時雨と摩耶、不知火には聞こえている

 

 

 

 しばらく電話の呼び出し音がなったが、切れたと同時にその直後に不愉快な怒鳴り声が受話器から喚き始めた

 

『いい加減にしろ!知らんと言ったら知らん!お前の敵対する組織なぞ――』

 

「ディープスロートか?」

 

提督は怒鳴り返さず冷静に、そしてはっきりと言った。電話の相手は急に黙った

 

「俺は……そうだな。提督と呼んでくれ。浦田社長と敵対している組織の1人だ。ノートパソコンと呼ばれる機械に隠されたデータを見た。EMP兵器のお陰でこちらに有利に戦っている。とても感謝している。あれが無ければ俺達は、死んでいただろう」

 

『ちょ……ちょっと待て!まさか……いや、いいだろう』

 

「本当にディープスロート?」

 

「まさか、浦田社長を欺いた人と話せるなんて」

 

 時雨も不知火も驚き、摩耶は困惑していた。別世界で、しかも浦田社長に非協力的だった人と話せるとは思わなかった。電話の向こうは慌てているだろう。動く音が聞こえる

 

「提督、僕に変わって!話したい事があるから!」

 

「待て、こちらも色々とあるんだ」

 

 受話器は一つしかないため、話す人は限られている。……と思った矢先にディープスロートは呆れるように言って来た

 

『……他にもいるのか。その電話機にハンズフリー機能はついているか?受話器を取らなくてもスピーカーとマイクで話せる』

 

「よく分からないけど、凄い機能だな」

 

摩耶は呆れるように言った。電話機が、ここまで進歩するなんて考えられなかった

 

 

 

 この世界の事情やワームホールの事を簡潔明瞭に説明する提督と時雨。ただ、艦娘や深海棲艦は触れなかった。パソコンには深海棲艦は無かったためだ。向こうの人間には理解出来んだろう

 

『……事情は分かった。やはり、こちらの世界の兵器と科学力を君達の世界に持ち込んで暴れているんだな』

 

「知っていたの!」

 

『バカを言え。ワームホールや平行世界の概念なんて、まだSF小説か映画の産物だ。だが、俺は薄々感じていたんだ。しかし、こんな無頓着な事を警察に言っても精神異常者とみなされるから俺は、何もできん。パソコンデータの改ざんが精一杯だった』

 

 時雨は叫んだが、相手は否定した。未来の平行世界でも、ワームホールというものは空想科学の分類らしい

 

『だが、これでつじつまが合う。実は、こちらの世界で突拍子もない出来事が立て続けに起こっていた。中古で廃棄が決定された自衛隊の兵器が忽然と消えたり、国際指名手配の武器商人達の死体が日本のある港で発見されたりと騒がれている。中古のコンピュータや工業機械が何者かによって大量に仕入れたり、海外で日本人が武器を買ったりして大騒ぎだ』

 

「無人戦闘機もか?」

 

「無人戦闘機?まさか……いや、MQ-9ガーディアンが1機、日本上空で行方不明になった。そちらに現れたのか?」

 

 提督も時雨も顔を見合わせた。間違いない。浦田社長は向こうの世界から、武器を大量に仕入れていた。しかも、非合法で

 

「お前は何者だ?パソコンのデータを見る限り、自衛官と呼ばれる軍人だろ?そうなのか?」

 

『……そうだ。俺は防衛省の航空幕僚監部の防衛部に働いている。航空自衛官で一等空尉……君達に分かりやすく言うと日本空軍軍人の大尉だ』

 

「日本に空軍が創設されるなんて」

 

 不知火は驚くように呟いた。なぜなら、自分達が住んでいる日本は、まだ空軍を持っていない

 

 実は第二次世界大戦では、イギリスやドイツ、そしてソ連などは組織として独立した空軍を保有していた。それに対して、アメリカと日本は陸軍航空部隊と海軍航空部隊をそれぞれ主力航空戦力として擁していた。日本とアメリカが空軍を創設しなかった理由は、諸説があるものの、要は別に空軍を創設しなくても陸海軍の各航空隊で充分だったからである。空軍が創設しなかったのは、航空兵力を軽視していなかったという訳ではない。日本もアメリカも独立した組織である空軍を創設したのは戦後である

 

「それでは大尉。浦田社長が行っている侵略行為に手を貸していたのか?」

 

『失礼だな。俺は血を流す事はしない。少なくとも、有事……失礼、戦争でも起こらない限りは。浦田は、第二次世界大戦の軍団と現代の軍隊が戦ったらどうなのか、をシミュレーションしてくれと頼まれた。初めは軍事学を教える事がきっかけだったが』

 

「つまり、こういう事になるのを知らなかったと?」

 

『そうだ。身勝手な母が、宗教団体に入ったお蔭で退会させるのに苦労した。途方に暮れた俺の前に浦田がこちらに接触して来た。特別に退会させてやる。その代わり、色々と教えて欲しい、と』

 

 ディープスロートは不機嫌そうに言って来た。まさか、浦田社長に手を貸すと思われていたのだから、たまったものではない

 

「だが、お前のお仲間である陸上自衛官だった人間が、AH-64Dアパッチと呼ばれる戦闘ヘリで俺達を殺そうとしたんだ。何か知っているのか?」

 

『……あの金の亡者め。やはり、あいつは陸自の戦闘ヘリを盗んだんだな。数が少ないと言うのに。……すまない。止めなかった俺が悪いと言うべきか』

 

「どういう事だ?」

 

どうやら、ディープスロートは、警備隊長を知っているらしい

 

『あいつは自衛官候補生という任期制隊員……つまり、派遣社員に近い待遇で働いていた。この制度の給料は民間企業の派遣社員よりも良いが、それでも少なくてな。昇任する人間は、極一部に限られている。限界を感じたんだよ。運よく三等陸曹になったのはいいが、全く報われなかったため自衛隊を辞めた。ヘリパイロットは大変だからな』

 

提督は呆れた。どうやら、自衛隊に入ったものの、自分に合わなくて辞めたらしい

 

「軍の人間が、こんな事をするなんて」

 

『仕方ないさ。国を守るという立派な行いも大事だが、自分の人生や将来も無視は出来ん。そこまでは面倒も見きれない。強要は出来んよ。それにあの件で自衛官の給料が下がって事もあって辞めてしまった』

 

「あの件とは?」

 

『政権交代した時期が最近起こったんだ。ただ、その政党はよく分からん政治家ばかりでな。近隣諸国とべったりなんだ。前政権の政党には、親米ポチと罵っている癖にな。自衛隊の給料を再び減らしたんだ』

 

 ディープスロートは仕方ないという風に言ったが、それでも時雨は納得できなかった。平行世界の日本は何があったのか分からない。政局不安定というのは分かるが

 

 しかし、自衛隊は予算不足と人数不足であるため、悩みを抱えているのだから無理もない。実は自衛隊というのは、特別職国家公務員に当たる。太平洋戦争の反省と言う名目でシビリアン・コントロールを取り入れているが、意味を履き違えられている。軍事のプロでないただの役人達が組織を牛耳っている

 

 憲法9条を見ても分かるように、健軍の大義というものが全く否定されているため、隊員のモラルを盛り上げるのにも限界がある

 

 大体、世界中何処を見ても、健軍の大義、つまり存在の意味がはっきりしない軍隊はない

 

 余談であるが、任期制という自衛官候補生も職業訓練と資格を取るために入るようなものである。任期が近づくまで昇任しなければ、肩叩きが待っている

 

 

 

 何処の軍隊も同じだが、給料は良いものの、中々見合ったものではない。自衛隊の場合は、人を増やそうにも予算が厳しいため、上手く行かないのが世の常だ。また、政治家も相当厄介のようである。一部の政治家は、自分達は高額なお金をもらっている癖に、国を守る自衛隊に対しては冷たい目で見ると言う。これでは、誰からも呆れられる。どうも一部の政治家は、日本という国なんてどうでもいいらしい。そのような事が、どうも『平行世界の日本』で起こったらしい

 

 

 

『情けない話だが、世の中バカが蔓延っていてな』

 

「すっごく分かる。こちらも似たようなものだ。だけど、その大バカのせいで、こっちの日本はヤバイ事になっている。それどころか、世界を攻撃している!第二次世界大戦を止めると言う名の下で!既に世界各国は攻撃を受けた!手を貸してくれ!」

 

『おいおい。俺は陸自の普通科や基地警備のような銃持って戦う人間ではないぞ!それに俺は、防衛省にある戦史研究室にいる。海上自衛官の幹部が自殺したのとイージス艦の情報漏洩の事件でこちらに疑惑がかかって左遷させられたから何も出来ない』

 

 どうやら、ディープスロートは左遷させられているらしい。……ん?海上自衛隊の幹部が自殺?イージス艦の情報漏洩?

 

「提督!」

 

「間違いない――そのイージス艦とやらがこちらの世界で建造された。それだけでない。無人戦闘機やら戦車やらジェット戦闘機やらが出て来て、地上部隊では苦戦を強いられている!そちらの日本の空を守っていたF-4EJが、この世界で浦田社長が悪用している!仲間も皆も爆撃された!だから、何でもいい!手を貸してくれ!!」

 

「……」

 

「お前は浦田社長を疑ったからデータを隠した。敵対する相手がいると信じて。正直言って、あれが無いと俺達は勝てなかった!いや、それだけでない。時雨も摩耶も不知火も……全員の命が掛かっているんだ!今も戦っている!浦田重工業が生み出した怪物戦艦と!データを読んだ!自衛隊は、日本を守る軍事組織だろ!お前が国を守るという使命があるなら、俺達の世界を救う手伝いをしてくれ!こちらも国と国民を守らないといけない!戦術でも戦い方でも何でもいい!」

 

 提督の説得に相手は無言だった。確かに戦史研究室にいる航空自衛隊の幹部だろう。しかし、自衛隊は国を守る仕事だ。軍隊とはそういうものだ。国が無くなればどうなるかなんて分かっているはずだ!

 

しばらく沈黙が続いたが、やがて相手は口を開いた

 

『提督、勘違いしないで欲しい。俺は国を守るために自衛隊に入隊した。金のためだとか景気不況で仕方なく入ったとか、どこぞの三等陸曹のような理由で自衛隊に入った訳ではない。俺の祖父は、海軍航空隊の零戦パイロットだった。ガダルカナル島の戦いで戦死した。祖父はどう思って軍人になったのか、興味があったからだ』

 

 ディープスロートの入隊動機に時雨は勿論、摩耶も不知火も目を見張った。祖父は海軍航空隊?ガダルカナル島って……

 

『俺は防衛大学校に入学し、希望通りに航空自衛隊になれた。パイロットには成れなかったが、幹部候補生学校を卒業し職種が決まった時に、事件は起こった。同期である友人が自殺した。海に憧れて海上自衛隊になったというのに。身分を偽って機密文書を盗み、その後で自殺なんて誰も浮かばれない。……何がやりたいのか分からない政党が政権を握り、明らかに異常な宗教団体が姿を現した。マスコミも周りも学校の先生でさえ、特定の政党や宗教団体を持ち上げる始末だ。今では、もはや国民どころか国が可笑しな道に進もうとしている』

 

 ディープスロートの話だと、日本は平和になった。ただ、冷戦時代の米ソ対立からおかしな考えを持つ人が現れていたのだと言う

 

「軍国主義を嫌うのは良いが、だからと言って他所の国とべったりなのはどうかと思う。とは言え、そんなおかしな考えをこちらに持ち込まないで頂きたい!浦田社長は俺達の世界の住民だが、怪物に変えたのはあんた達だ!責任はあるぞ!」

 

『……そうだな。安全の所から傍観するのは目覚めが悪い。三等陸曹の件もある。それに向こうでは浦田重工業だっけ?それを倒さないといけないのは分かった』

 

「そちらの世界では浦田はどんな立場だ?」

 

『ある宗教団体の幹部だ。商工のトップで宗教団体の資金の援助をしている。浦田の経歴は偽造なのは分かっていたが、本当の経歴が何なのか誰も分からなかった。だが、これではっきりした。浦田は、お前達の世界の住人だな』

 

「そうだ」

 

ディープスロートは確信したかのようにとんでもない事を告げた

 

『そのゲートの向こう側は、恐らく過激な宗教団体の拠点だ。その宗教団体が厄介だ。信者も多く、政治家や大企業にも顔が効く。噂では極道も手を結んでいるらしい。浦田をそこを住処に使っているだろう』

 

 しかし、時雨達はここに着いたが、誰一人ゲートをくぐって現れた者はいない。向こうでは何があったのだろう。電磁パルスによって機械の修理をしているのか?それとも、別の理由があるのか?しかし、最大のチャンスである事には変わらない

 

「宗教団体ってどんなものだ?」

 

『俺も詳しくは知らん。興味なくてな。ただ、最近になって過激になって来ている。武器を海外から買い付けたり、化学兵器を造っていたりしている。お役所は目を瞑る始末だ』

 

摩耶は驚愕した。どういう考えを持ったら、こんな事が出来るのだろうか?

 

「何処と戦う気だよ?」

 

『俺達、自衛隊だろうな。しかし、こちらは憲法に記載されている『宗教の自由』という名目で自衛隊どころか警察も動かけない』

 

「情けねーよ!さっさと全員逮捕しろよ!」

 

『取りあえず聞け。爆弾は持っているか?』

 

爆弾?どうするつもりだ?

 

『警察も腰が抜けるような大量の爆弾をゲートに放り込め。時限式にセットするんだ。投げ込んだ直後にゲートを破壊しろ。爆発したら物騒になるかも知れんが、警察は確実に動ける』

 

「分かった。――探せ!」

 

一同は一斉に探した。金品や電子機器などがあったが、中々見つからない。しかし――

 

「提督、これ使えないかな?『爆発物』って書いてあったから」

 

時雨は床に散らばっていたコンテナから粘土のようなものを手にかざした。提督は時雨から受け取ると急いでコンテナの中身を見た。そして、駆け足で電話機に向かうと興奮しながら話した

 

「コンテナの中にC4だっけ?プラスチック爆弾というものが大量にある。これは使えるのか?」

 

『やっぱり海外から武器を買い占めていたな。プラスチック爆弾をかき集めて起爆準備に掛かれ。起爆のやり方はパソコンに入っているはずだ』

 

「よし――本部、聞こえるか?」

 

提督は無線で自分の父親と明石を呼び出した。明石と父親は状況を呑みこむと早速、時雨達に指示を出した。あのパソコンは明石が持っている。当の本人は、目をキラキラさせながら弄っていたが

 

「よし、不知火、摩耶。爆弾の起爆の準備をしてくれ」

 

「いいぜ!」

 

「分かりました!」

 

 不知火と摩耶は無線を聞きながら爆弾の起爆準備に入った。傍受される恐れがあったが、ここで何とかしないと後がない。周波数を変えているから、暫くの間は大丈夫だ

 

『……ところで、お前達の世界では女性も武器を持って戦っているのか?』

 

「不思議か?」

 

『いや、1940年代の世界と思っていたが』

 

「ここは、そういう世界だ。お前達の過去の世界ではない」

 

 提督の言葉に相手は困惑したらしい。それもそのはずで、第二次世界大戦の時に女性が武器を持って戦うのは考えられなかった。女性差別ではなく、当たり前だったからだ。実行した国はソ連だけだ。尤も、ソ連は平等を謳っていたため、「男女平等だから」という名目で女性も戦っていたらしい。尤も、提督は艦娘について説明は省略した。深海棲艦や艦娘なんて『平行世界の日本』には無いのだから

 

「準備するまで時間がかかる。次に怪物戦艦についてだ。お前は関わっていたのか?」

 

『そうだ。だから、あいつに出鱈目を教えた。ナチスドイツが計画していたH級戦艦というバカげた戦艦の存在を教えた。超大和型戦艦に匹敵するからあいつは愕然とするだろうな。空母の方が強いと言うのに強くて大きい戦艦を設計して欲しいなんて』

 

 相手は笑っていたが、提督も時雨もあんぐりと口を開けた。間違いない!戦艦ル級改flagshipがやたらと強い理由が分かった!悪意はないかも知れないが、ディープスロートのミスである!

 

「ちょ……超大和型戦艦に匹敵って……」

 

「嘘だろ」

 

 どうやら、戦艦ル級改flagshipの強さの理由の1つが、モデルがとんでもないものだ。これでは勝てる訳ない。道理で未来の戦いにおいて長門や近代兵器装備されたアイオワやられるはずである。しかも、今ではどういう訳か強くなっている

 

「大尉……残念ながら奴は戦艦を造った!しかも、滅茶苦茶強くて苦戦している!ここだけは、お前のミスだ!」

 

『え?何だって?冗談だろ?』

 

向こうは呆れるように返事したが、こちらはそれどころではない。霧島達が危ない!

 

 

 

 その頃、霧島達は大苦戦していた。戦艦ル級改flagshipに変身した浦田結衣に対して、どんなに砲弾を叩き込んでも平然としている。ただでさえ、古鷹は中毒になっているというのに

 

「ここまで固いなんて!」

 

 鳥海は歯を食いしばった。ただの戦艦ではない。防戦一方である。砲塔が大和型戦艦よりもデカいため、恐らく架空艦だろうと推測した。しかし、どうする事も出来ない。そして、何よりも相手は主砲を一発も撃っていない!つまり、主砲を撃たなくても勝てると言いたいのだ!相手の副砲と毒攻撃を躱しながら撤退する霧島達

 

(司令、霧島艦隊は……持ち堪えられません!)

 

霧島は死を覚悟していた。自分は本格的である戦艦に勝てないと。だが、弱音を吐く訳には行かない!

 

「戦える者は!」

 

「古鷹と大淀以外は戦える!だけど、何か策を立てないと全員、やられてしまう!」

 

 天龍の怒鳴り声に霧島は冷静になった。こちらの攻撃が通用しない。まともにやりあってはダメだ

 

ならば……

 

「皆さん、いい作戦があります。死にたくない艦娘は、直ぐに逃げて下さい」

 

霧島は最後まで戦う気だ。勿論、残りの者も霧島についていく

 

「全員、やるわよ!」

 

 毒攻撃してくる浦田結衣に対して再び動き出した。その動きを見ていた戦艦ル級改flagshipは呆れるように見ていた

 

「勇敢ト馬鹿ハ違ウノヨ」

 

浦田結衣は口角を吊り上げた。すばしっこい艦娘を捕まえなければ

 

 

 霧島が戦っている間、時雨は考えた。霧島さん達が浦田結衣である戦艦ル級改flagshipを倒せるとは思えない。数は多いが、攻撃防御は浦田結衣が上だ

 

「本当なんだ!僕はあいつにやられた!奴を倒さないといけない!悪いけど、倒す方法を教えてよ!」

 

『倒すって……そちらに空母はいるのか?航空攻撃を仕掛ければ沈むはずだ』

 

「出来なかったんだ!イージス艦やジェット機に阻まれて倒せない。今は電磁パルスのお陰で未来兵器を無効化出来たけど……それでも強いんだ!」

 

 時雨は訴えた。簡単に言う相手に腹が立つ。実際は電磁パルス範囲の外に居たため、免れたのである。提督をバカにしていた人が囮として引き連れて時間を稼いでくれたが、それがアダとなってしまった

 

『しかし空母の方が、戦艦よりも強いのは証明されているはずだ。こちらの太平洋戦争において、大和武蔵やプリンスオブウェールズの戦歴を見れば分かる。決して理論で語っている訳ではない』

 

「それは分かるよ!でも、倒すためには――」

 

『可笑しいな。日本海軍は艦隊決戦のために艦隊を編成させたと聞いている。相手は一隻なんだろ?航空機が無くても、艦隊戦を仕掛ければ勝てるはずだ』

 

 相手は軽く言っているが、残念ながらこちらの事情は分からない。軍事常識も違うのだろう。これでは、どうする事も出来ない。しかし、提督は時雨に向かって首を振ると電話機に話し始めた

 

「俺の部下がすまない事をした。とにかく、航空攻撃に対して戦艦は弱いのだな」

 

『ああ。それは間違いない。しかし、妙だな。偽物とは言え、イージス艦を造るくらいなら、戦艦は不要だと気付くはず。タフで速度も速いゆえに、とても固く容易に偽装が出来る戦車とは違う。地上戦闘と海上戦闘は別物だ。そちらの世界では戦艦を一体、どういう使い方をしているんだ?』

 

 これを聞いて提督も時雨も確信した。浦田結衣は、バトルマニアであるが、戦い方は正々堂々とやりあってはいない。恐らく陸海両用のために戦艦を選んだのだろう。海上ではバックアップがいるかもしれない。しかし、地上ではどうか?遮りがあまりない海上とは違い、陸では偽装が容易で隠れる事も可能だ。戦場の鉄則として航空機では全ての陸上戦力を駆逐することはできないのだから

 

「大尉……実は……」

 

提督は艦娘と深海棲艦について説明した。これでは埒があかない

 

 

 

『……つまり、俺達の世界の軍艦の魂がそちらの世界に流れ着いて擬人化したというのか?女の子になるというのか?』

 

「信じろとは言わない。だが――」

 

『いや、いい。科学では説明できない現象が起こっている。信じよう。しかし、仮にそうだとしても航空攻撃が圧倒的に有利である事は変わりない』

 

 ディープスロートは指摘した。この人、呑みこみが早い。いや、身の回りに奇妙な事が起こっているから驚かないのだろうが。下手をしたら、初日に提督と出会った反応をしていたかも知れない

 

「自己紹介はまだだったけど、僕は白露型駆逐艦、時雨。だけど、あいつの防空能力には、龍譲の航空隊は手も足も出なかった」

 

時雨はここに来る途中、龍譲の艦載機が難なく打ち落とされていくのを見た

 

『使った兵器は?対空ミサイルか?』

 

「違う。『マジックヒューズ』というので落とされた。何なのか、分かる?」

 

 本当は龍譲の艦載機の搭乗妖精が聞いた言葉だ。詳しい説明をしても理解出来ないだろう

 

『マジックヒューズ?あのVT信管の事か?』

 

「知っているの!?」

 

『近接信管、または電波信管とも言う』

 

 ディープスロートは簡単に説明したが、時雨にとっては驚愕なものだ。VT信管は太平洋戦争にてアメリカが開発したもの

 

 高射砲の弾から電波を出して目標との距離を測り、近くなったところで炸裂するという。時限式とは違い事前セットの必要がなくなり、飛躍的に『命中率』が向上する代物だ

 

 レーダー、近接信管、そして航空管制という当時の米艦隊の防空体制に時雨は舌を巻いた。何しろ未来兵器ではなく、自分達が『艦だった頃の世界』のアメリカと戦っていた相手の力である

 

 これには作業を行っていた摩耶も不知火も同じだった。『艦だった頃の世界』の時の米軍はとんでもない事を考える。自分達は何と戦っているんだ!

 

「……道理で瑞鶴さんが七面鳥を嫌うはずた」

 

『気合いは必要だが、気合だけでは戦争には勝てない。特に科学が発達している時代は。戦国時代とは違う。気合だけで勝てるなら太平洋戦争では、とっくに日本はアメリカに勝っていたよ』

 

 時雨は何も言えなくなった。敵を知るのは戦いにおいては重要だが、残念ながら、あの時の日本はそれどころではなかった。国力が違いすぎていたのである

 

「対処法は?」

 

『電波妨害やチャフを使えば凌げる。しかし、命中率がいいと言うなら、その近接信管は真空管ではなく、マイクロチップを使ってるな。火器管制レーダーを破壊しない限り、苦戦は免れない』

 

「どういう意味だ?」

 

提督は首を傾げた。近接信管を持っているのなら、倒しようがない

 

『高射砲というのは航空機に当てるものではない。航空機は速いからな。敵機の近所で爆発させ、敵機を爆発に巻き込む兵器だ。命中しなくてもパイロットに心理的負担を与えるのにも使える。VT信管はあくまで防空兵器の一部に過ぎない』

 

「そうなのか?」

 

 提督は唖然とした。高射砲のイメージが違っていたからだ。数打てば当たるものだと思っていたが

 

「提督、そいつの言ってる事は間違っていない」

 

 作業しながら聞いていた摩耶もこれには同意した。摩耶は防空巡洋艦である。真価は発揮できなくても、戦い方は知っているのだ

 

『どちらかと言えば、対空射撃やレーダー管制、そして連動している対空機関砲が脅威だろう』

 

「CIWSとか?」

 

『いや、恐らく隠し玉で温存しているだろう。弾丸を沢山食うからな。恐らく、ボフォース40mm機関砲の改修版を使用しているだろう。L/70機関砲かも知れん。神風特攻隊に対して活躍した兵器だ』

 

提督は何も言えなくなった。敵は弱点を見せない

 

『しかし、そいつは対空ミサイルを持っていない。ある意味、賢い選択だな。戦艦にミサイル積んでも邪魔なだけだ』

 

「でも、アイオワは積んでいた」

 

 時雨は思い出した。未来では、アイオワは第三砲塔を外して対空ミサイルを沢山積んでいた。その事を説明するとディープスロートは唸った

 

『アイオワ級戦艦か……確かに昔は改修案があったが、計画だけで実行していない。しかし、それはお前達の中にミサイルなんて持っていないから無理矢理やったのだろう。苦肉の策ではないか?』

 

 時雨はアイオワの事を思った。アイオワは無茶をしたのだ。着任した当時は、敵から奪った兵器とばかり陰口を叩いていたが。そんな事は無い。タイムマシン建造のために時間稼ぎしてくれたのだ

 

「でも、勝てるとは思えない」

 

 時雨は心細く言った。難攻不落の戦艦だ。弱点もしっかりと対策されている。恐らく、独自で改修して使っているのだろう

 

『時雨、これだけは言う。兵器は人間と同様に完全なものは存在しない。向き不向きは必ずある。戦艦の弱点は航空攻撃と潜水艦だ』

 

「でも……」

 

『戦艦は制空権があってこそ真価を発揮する。制空権を確保出来たら一式陸攻なり重爆なり殺到させてお陀仏させるんだ』

 

 時雨はどう反応したらいいのか分からない。この人は軍人なのだが、兵器を知り尽くしている。分析官らしい

 

『駆逐艦でも状況によっては戦艦に打ち勝てる。落ち込む事はない。最強は存在するが、無敵は存在しない』

 

「分かった。少しは気が晴れたよ」

 

話が終わるときに摩耶と不知火から爆弾のセットが終わったと告げた

 

「大尉、今すぐ逃げるんだ。浦田社長の追っ手が来るかも知れない」

 

『俺は逃げんよ。入信した母は既に他界した。何でも難病を神の力で治せると信じたらしい。止めなかった責任はこちらもある』

 

 ディープスロートの告白に誰も言わなかった

 

「お気の毒です」

 

『ああ、母の入信のお陰で、家族に負担が懸かった。そのお蔭で妻は一方的に離婚。娘にも会っていない。イージス艦の情報漏洩の件で濡れ衣を着せられた。騙されたとは言え、浦田に軍事学を教えたのは私だ。責任はある。お前達に迷惑をかけた』

 

 不知火も絶句した。この人は、不幸な道を歩んだのだ。隙をつけこまれたとはいえ、余りにも可愛そうだ

 

『しかし驚いたのは、隠したパソコンのデータを見てEMP兵器を造るとは。ダメ元で入れたが、まさか製造する力があるとは。造った人は何者だ?』

 

「工作艦、明石と父のお蔭だ。何時までも手を招いている俺達ではない。俺や艦娘はただの飾りではない。深海棲艦と戦うためにいる。与えられた仕事をしているだけだ」

 

 時雨は提督を見た。この時代に来た時は、ガキだった。今では違う。未来の提督そのものだ

 

『お前達の世界では、お前達の強さがあるって事か。……そうだな。俺も酒で逃げるのは終わりだ。EMP兵器の設計図は、装備開発庁からコピーしたものだ。米軍が開発したHPM兵器を参考に計画されていた。予算関係で凍結されて金庫に仕舞われていたが』

 

「ちゃんと伝えておけ。立派に機能したぞ。見直したらどうだ?爆弾を投げ込んだら、ここのワームホールを破壊する。もう、話す事はないだろう。ありがとう、一等空尉」

 

『健闘を祈る。提督に艦娘達』

 

 電話は途切れた。やることは決まった。コンテナに大量に詰め込んでいたプラスチック爆弾のセットは完了した。幸い、起爆装置は機械式であったため電磁パルスの影響はない

 

その他にもう一つのコンテナにそこら辺に散乱したものを詰め込んだ。銃器類、火薬類、刀剣に機械部品。どれもこの世界のものではない。ディープスロートによると、銃器類は違法だ。爆発跡で銃器の跡が見つかると、流石に支援して来た愚かな政治家達は手のひらを返したかのように庇う事はしないだろう

 

「摩耶。済まないが、あの遠藤をここに連れて来てくれ」

 

 

 

「ほら、連れて来たぜ。どうするよ」

 

 未だに気絶している遠藤を摩耶は呆れるように抱えて来た。どうするつもりだろうと時雨は首を傾げたが、提督はテープと自動小銃、そしてプラスチック爆弾を抱えている

 

「そこに置いてくれ。――乱暴に扱うなよ。よし、こうしてと」

 

 提督は何を考えているのだろうか?しかし、提督の作業に三人共、吹きだしそうになった

 

「提督……もう危険人物じゃない?」

 

「安心しろ。弾は抜いてある――よし、放り込め!」

 

 提督と時雨達は爆弾が沢山入ったコンテナと武器と機械類が沢山入ったコンテナを光の靄に投げ込んだ。ほとんど蹴飛ばしたのだが

 

次に気絶した遠藤を無理やり起こした

 

「イッテー!何……ちょっと待て、何を……うわあぁぁ!」

 

 摩耶に投げられた遠藤は、情けない悲鳴を上げながら光の靄に消えていった。あっちでは面白い事に成っているだろう

 

「よし、機械を破壊しろ!撃って、撃って、撃ちまくれ!」

 

「「「てっ-!」」」

 

 三人はワームホールの周りに合った機械に向けて砲撃を開始した。駆逐艦2に重巡1の砲撃だ。機械は轟音を上げながら爆発炎上した。光の靄であるワームホールもエネルギー供給を断たれたのか、光が増している

 

「くそ!魚雷でも何でもいい!あの中に投げ込め!」

 

 時雨達は魚雷を抜くと放り込む。提督も手榴弾を投げ込んだ。爆発が再び起こり、光の靄は一層輝きを増した。部屋が真昼の太陽みたいに明るくなる。一同は目を覆った。しかし、数分だっただろうか、光は突然消え部屋は何事も無かったかのように消えた。光の靄であるワームホールは消えた

 

 

 

ワームホールの向こう側の世界

 

 ここは宗教団体の施設であり、浦田社長が青年時代に流れ着いた場所である。今では改装を終え、立派な商工の会社になっている

 

 信者達は定期的に光の靄に出入りして浦田社長に物資を投げ入れ入れていた。制限はあるが、人の行き来自由であり、電磁パルスのせいでワームホールのエネルギー供給が断たれたとしても、こちらで修理できる。浦田社長の命令によって、光の靄の出入りを禁じて機械の修理をするよう命じた

 

 よって人の行き来自由を中断したが、それが命取りになった。突然、コンテナ2つに1人の男が光の靄から現れたのだ

 

「クッソー!あの女、よくも俺を殴りやがって!」

 

 遠藤は悪口雑言吐いたが、周りの人はそれどころではない。突然現れたコンテナを調べた人は、驚愕して叫んだ

 

「爆弾だ!しかも、起動している!」

 

「30秒後に爆発する!逃げるんだ!」

 

 この警告に周りは阿鼻叫喚となった。ワームホールの修理のために人を呼んだ事もあって、一目散で逃げた

 

 遠藤はコンテナを見た。C-4を時限式にセットさせてやがる!あいつら、なぜC-4の使い方を知っている!?旧軍にプラスチック爆弾なんて無いのに!

 

 しかし、ここで怒っても意味がない。浦田社長が大切にしていたワームホールが爆発とともに突然、消滅したため遠藤は逃げざるを得なかった。パニックと怒りで我を失っていたため、両手と腹にあるものが巻きつけられている事に気がつかなかった

 

 遠藤が外に出た直後、巨大な爆発音と爆風が体全体を襲った。爆発の衝撃で施設の窓ガラスが割れ、買い物や通勤で賑わっていた通りは、一瞬で修羅場となった

 

「あの野郎~!」

 

 遠藤は悪態をついていた。足がよろめき、近くに会った電柱にもたれ掛かろうとした時、自分の腕を見て驚愕した

 

「なっ!」

 

 何と自分の右腕に拳銃が握られていた。いや、手に拳銃を握らせたまま腕ごとテープが巻かれている!左腕にはM-16を持っており、こちらもテープが巻かれている。離そうにも何重にも巻かれてたテープのお蔭で離せない!それどころか、体中にC-4が巻かれている!幸い弾は抜いているのか、引き金を引いても弾は出なかったが、この姿を見て不審人物ではない、と言っても誰も信じないだろう

 

「銃持ってる!この人、銃持ってる!!」

 

「爆弾を体に巻き付けているぞ!」

 

「誰か警察を呼べ!テロリストだ!」

 

 施設が爆発した事により、野次馬が集まった人々は遠藤を見て悲鳴を上げた。中にはスマートフォンで撮影している人もいる!

 

「クソったれ!!」

 

 遠藤は逃げたが、ここは大都市である。監視カメラはあるし、目撃者が大勢いる。数分後、駆けつけた特殊急襲部隊(S A T)に包囲されたのは言うまでもない

 

 

 

『ニュース速報です!東京都の××××で爆発事件が発生しました。この爆発により死傷者は――』

 

 テレビやネットを見ていた人々は驚愕した。そこは最近有名になった宗教団体だった。その施設の1つに、謎の爆発が起こったのだ。更に付近で銃を持っていた不審な人物を逮捕したというニュースまで飛び込んで来た

 

 警察と消防が駆けつけ死傷者を病院に搬送すると同時に爆発原因を調べた。爆発の残骸に大量の軍用銃や兵器を見つけるのは容易かった

 

 その翌日、警察は以前から目を付けていた宗教団体に対して家宅捜索を踏み切った。支援して来た市民団体やマスコミ、挙句には特定の政党まで反発したが、警察が付きだした証拠品に誰も反論出来なかった。何しろ、軍用銃や重火器などの兵器が大量に発見されたのだから

 

 夕方になっても現場が騒然としている中に、空自の制服を着込んだ人が近寄って来た。爆発によって滅茶苦茶になったビルを見て航空自衛官は、目を閉じた

 

(あれは夢ではなかったんだな)

 

彼は心の中で呟いた。平行世界というのは空想の産物ではなかったのだと

 

 

 

 ワームホールが消えた事を確認した提督と摩耶、そして不知火は喜ばなかった。なぜなら、時雨が気絶をしたのだ。理由は不明。声を掛けても返事はしない

 

「時雨、起きろ!どうしたんだ?」

 

提督は体を揺さぶったが、反応は無い。時雨はある夢を見ていた

 

 

 いや、時空を通って来たからこその現象とも言うべきか。神の悪戯なのか、ワームホールは爆発の余波で時雨にあるものを夢の形で見せた

 

過去の起こった、ある事実を

 




おまけ
刑事「つまり、別世界で戦争ごっこやっていたら、気の強い女に殴られ気絶させられたと?」
遠藤「はい」
刑事「気がついたら両手に銃を握らされたままテープが巻かれ、爆弾を持たされたと?」
遠藤「そうなんです!信じて下さい!」
刑事「そんな嘘を信じろと言うのか!警察舐めるなよ!何処でテロを起こす予定でいた!?」
遠藤「本当なんです!旧軍にスマートフォンも奪われたんです!」
刑事「旧軍って何だ!?」

マジックミラー越しで見ていた刑事(まあ、仮にそうだとしても間抜けだわな。女に殴られるって。最近の女性は、女子力が高いからな)


女子力(物理)

時雨達は、ディープスロートとの対話した後にワームホールを破壊しましたが……


 自衛官候補生の採用年齢が引き上げられても入る人はいるかどうか。自衛官候補生の制度は、職業訓練と称して入る者もいます。任期制であるため、期限が近づくと民間企業の就職活動を支援します
警備隊長がなぜ自衛隊を辞めたか、の理由がこれです。自衛官は24時間365日働いていますから。度重なる過度な仕事に嫌気が指し自衛隊を辞めて、民間会社に働いている所を浦田社長が目を付けられ……というものです。運よく三等陸曹になったのはいいが、仕事がきつかったらしいです
 そう言ってしまうとディープスロートである空自の幹部が通っていた防衛大学校なんて地獄ですから。タダで大学が行けると嬉々して入学し、数日で辞めていった人間は沢山います。国を守るのは大変である事は当然なのですから

 ブラック鎮守府もので愛で救われるなら……自衛隊のみならず全世界の軍隊は、苦笑いするでしょう。軍隊にホワイトなんて存在しない。と言うより、ホワイト軍隊というのを見て見たいものです

アメリカ海軍特殊部隊『ネイビーシールズ』の活動を描いた映画である『ネイビーシールズ』を見れば、ブラック企業のように無意味な作戦に戦力を使い捨てる事は事実上不可能と分かるはずですから(作戦ミスなんてしたら軍法会議もの)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第87話 怪物戦艦の過去Ⅰ ~人は悪魔になり得るか?~

初秋イベントでヒャッハーしている私です
今回はドロップが豊富ですね。掘りを優先するため甲攻略は止めておこう


「提督!不知火!摩耶さん!」

 

 時雨は暗闇の中を走り回っていた。ワームホールに砲撃した直後、眩い光が目に入ったと思ったら、自分は暗闇にいた。何処までも続く闇。走り回っても、提督に合わないどころか、壁にぶち当たらない。自分がどこにいるのか、見当すらつかない。自分はビルの中にいたはずだ!

 

時雨は焦っていたが、突然、視界が開けた。そこは……

 

「え?」

 

 ある家の部屋だった。知らない部屋。提督のアパートでも博士の実家でもない。制服や置物を見れば、ここは女の子の部屋だと分かる

 

 掛けてある制服は、学生服だろう。なぜ自分はここにいるのか、理解出来ない。扉を開けようとしたが、何故か開かない。ノブが固く、扉を叩いても誰も返事もない。オロオロとしている中……開かなかった扉が開き、1人の女子が入ってきた。髪が短い普通の女子。10代後半に見える

 

「あ、あの。ここはどこ?気がついたら、僕はここにいて――」

 

 時雨は切羽詰まっりながらも早口で説明したが、相手はこちらが見えていないのか、普通に歩いている。こちらに近づくと、時雨の身体をすり抜けてしまった。何が起こったか、分からない。まるで、幽霊のような……

 

 いや、幽霊にしてはおかしい。周りの部屋もおかしいのだ。品々が古く、明かりも裸電球1つだけ。貧乏であるのは間違いないが、窓の外は寂れた村である。電線もそんなになく、街も発展もしていない

 

まるで、自分が再び過去へ遡ったような……

 

 再び視界が暗くなっかたが、すぐに明るくなった。場所も変わり、何処かの家の部屋から学校へ変わっていた。木製の机や椅子が沢山並べられており、黒板がある。時雨は直ぐに学校だと分かった。高等学校だろう。制服も見たことはないが、集まってある男女を見ると学生だと分かる。何処の学校かは不明だが、士官学校ではないのは確かだった

 

 初めて見る高等学校。しかし、1つだけの席は違っていた。あそこだけの机が違っていた。時雨は興味本位で席に近づいたが、なぜ違っていたのか理解すると後ずさりした

 

机の上には悪口雑言が書き殴られている

 

バカ、死ね、消えろ

 

 それしか書かれていない。周りにいた人達は盛んにその机に指を指しては、悪口を言う始末だ。教室の扉が開き、先程見た女子学生が入って来た。入るや否や周りの学生達が集まる。男女関係なく

 

 その女子学生は何処かに連れて行かれたが、どれも禄でもないものばかりだ。時雨は彼女が何をされていたのか分かった

 

いじめだ

 

 ある空き教室で倒れながらも彼女は、壁をぼんやりと見つめていた。学生服は乱れ、あちこち受けた暴行の跡が肌を見せる。今日も同じだ

 

 この状況を打開する方法を考えていた。高校進学してから想像を絶するいじめを受けた。理由は不明。恐らく、父が日露戦争で戦死したのが原因なんだろう。しかし、私は父には一度も会っていない。私が生まれた時には、既に死んでいたのだから

 

 その父の戦死について何処で歪んだのか、高校進学してからいじめが始まった。初めは女子による無視や嫌がらせから始まった。いじめは男子にも急速に広まった。担任の見ていない所で、罵られ、暴行を加えられる

 

 最初に止めに入っていたクラスメイトも、次第に見てみぬふりをするようになった

 

暴行、恐喝、脅迫、集団無視、次第に過激になるいじめ……

 

 脅されいたため、担任にも相談できず、母は一日中、働いているためどうする事ができなかった。兄は忙しいと言って何かをやっている。助けは無い

 

 クラスメイトが怖くなり、かつての友達も離れていった。身内も宛にできず、どうすることも出来ない

 

いつか耐え忍べば、いつか相手は飽きて止めるだろう。

 

 そんな希望的観測で抵抗する気も失せていた。しかし、いじめはどんどん加速していく。そして、その我慢も限界を越えた

 

今までされたことを振り替えって来た

 

 毎月のように脅し取られるお金。女子からのいたずら、男子からの暴行。そして、遂には性的暴行までされた

 

 

 

 この明らかにいじめという領域を超えている。このままではいずれ殺されてしまうかもしれない

 

 自分が何をしたのか?何に気に入らないのか?全く見に覚えもない。もしかすると、最近、試験的に導入を実施した男女共学の高等学校に入学したのが不味かったかも知れない。学費を満足に払える身分ではないから仕方ないかも知れない

 

弱い者が淘汰され、強い者が幅を利かせる。そして、弱者は何も得られない

 

 今の自分は最底辺で淘汰される人間だと理解した。自然の世界でも肉食獣は本能で獲物を狩る。自分はたまたまか弱い草食動物だ

 

 私は悟った。黙っていても、耐え忍んでも、もがいても同じ。なら、肉食獣のように狩る側につくしかない

 

選択肢は1つ

 

 

 

 私の教室にいるクラスメイト全員を復讐する事。自分の苦しみを味合わせる事。手段は問わない。例え、どんな手段を取ろうとも

 

 

 

 まずは1人目。男子生徒だ。成績優秀で運動も抜群である。しかし、この男子生徒はとてつもなく腹黒かった。「良かったら、力になるよ」と近づいてきた。私は涙を流して、その男子生徒を信じた。そして、誰もいない場所で暴行された

 

私は怒った。少しでも信じた私がバカだった。1ヶ月調べ尽くして、行動に出た。彼が影で女子生徒に手を出している事を掴んだ

 

 私は実行した。密告したのだ。楽しそうに話している他校の女子生徒と話しているところに親達が待ち構えていた。どうも、被害者の親達らしい。中には腕に自信がある人もいた

 

 その男子生徒は、集団リンチされた。被害者の女子生徒も加わり、彼は無惨な姿となった

 

「今度、やってみろ!警察に突き出しからな!」

 

 親は男子生徒に罵ると、退散した。1人取り残され、ボロボロになった男子生徒は泣きわめいた

 

 そんな自業自得である光景を私は遠くから眺めながら喜んだ。家に帰っても部屋でバカみたいに笑っていた。楽しくて仕方ない

 

 しかし、私は笑うのを辞めた。1人を復讐しただけ。それだけだ。まだまだ狩る者は沢山居る。数週間掛けて練った復讐だ。失敗する訳がない

 

 それからというものの、私は復讐に入った。不良男子には、警察や両親を使って補導を。女子には性犯罪者を招き入れて紹介してやった。数年前に指名手配である性犯罪者を偶然出会ったのだ。こちらを襲って来たが、ナイフを使って抵抗した。いつもはいじめられていたら怯えていたが、今はその微塵も感じない。死の恐怖は無かった。激しい取っ組み合いが始まったが、何とかこちらが勝った

 

匿う代わりに自分のコマとして扱った

 

 初めはバレないか心配していたが、意外と上手く行った。1人、また1人と補導や謹慎処分が増えると、流石のクラスメイトも空気が暗くなった。皆はストレスを抱えていた。そして、八つ当たりは当然、自分にも回って来た

 

 

 

「チッ……こいつ疫病神か?だが、関係ねぇ!テメーは俺らのオモチャだ!」

 

 物置小屋で私は、犯された。数人の男子生徒達によって。だが、全てが終わりゴミのように放って置かれた私は、泣きもしなかった

 

「フフフ……アハハハハハ!」

 

 私は狂ったかのように笑った。もう隠れてこそこそと復讐するのは止めた。これからは法を犯そうが、命を奪おうがどうでもいい

 

 私が死んでもいじめている奴等は何も変わらない。身内も友人も先輩も頼れる人はいない。家族は死んだも同然だ

 

「みんな、私と同じ地獄に墜ちて欲しいだけ。それだけ」

 

 その後も笑い続けた。もう、普通に生きていく事は出来ないだろう。そのためには、力が欲しい。人を簡単に屈服させるほどの絶対的な力が!

 

 

 

 私は図書館に籠った。必死になって本を探す姿を見た職員や客は、不審がっていたが、どうでもいい。しかし、これといった成果は無かった。薬物は入手の難易度が高く、例え実行できたとしても証拠が残る。参考程度の知識しか入らなかった

 

「なあ、お前……段々と人相が悪くなってきていないか?」

 

 ある日の事、こちらの駒として使っていた逃亡犯が、さらりと言った。コイツの名前はどうでもいい。だが、犯罪者がこちらの姿をどうこう言われてもどうでも良かった

 

「それなら、さっさと手を動かして。悪人さん」

 

「悪人……か」

 

 犯罪者は黙々と作業を続けた。初めて出会った時以降、私に従っている。本人は隠れ家が欲しかったらしく、従っているのだが

 

「俺が犯罪者になったきっかけを教えてやろうか?」

 

「知らない女を襲って強姦したでしょ?」

 

「違う。あいつとは知り合いだった。恋人だった。だが、あいつの親の都合で結婚相手は既に決まっていた。俺は彼女の両親に説得しようとしたが――」

 

「嵌められた」

 

 男性は頷いた。どうやら、冤罪らしい。その恋人の両親が勝手に仕込んだのだろう。恋人も親の言う事を信じてこちらを見限った

 

「でも、何でその後も強盗や強姦を――」

 

「開き直ってやった。俺はもう帰る場所もない。うっぷん晴らしだ。お前が通報しようがどうでもいい。刑務所でも飯は食えるからな」

 

「……」

 

 私は黙っていた。この犯罪者……必死に生きようとしている。だが、信用してはいけない。こちらを襲ったのだから

 

「なあ、知っているか?」

 

犯罪者はふとある事を口にした

 

「人間って簡単に死ぬって事を」

 

 犯罪者はゾッとするような笑みをした。普通の人なら後ずさりするだろう。しかし、私は興味津々だった。簡単に死ぬ?

 

 

 

「おい!止めろ!出せ、このアバズ――ぎゃああぁ!」

 

 私は優越感に浸っていた。先日に私を襲った男子生徒達に向かって石を投げたり、熱湯をかけたりしているのだから

 

「単純過ぎて拍子抜ける」

 

 犯罪者が呆れたのも無理もない。下駄箱に指定された場所と時間に行くよう手紙を置いたのだ。賭けに近いが、何と先日に襲われた集団全員が来た。まあ、警察告白するという脅迫状を送ったのだから。勿論、脅迫する証拠もない

 

 代わりに落とし穴という罠を沢山仕掛けた。私は哀れにも落ちていった不良たちを見下していた。不良たちはこちらを罵ったが、人通りがない夜の場所で騒がれても全く問題ない。例え居たとしても殺そう

 

 

 

「やめてくれ……助けてくれ……」

 

 ネズミの死体や石を投げ捨ててから数分後、不良達は怯え切っていた。完全に参ったのだろう。既に身体がボロボロである。だが……

 

「『やめて』『助けて』……私、何度アンタ達にそう頼んだ?一度でも聞き入れてくれた事あったかしら?女性に暴行して、自分達に何も罪がないというの?」

 

 この言葉で不良たちは絶望した。この女、本気だ。俺達を殺そうとしている!いや、流石にそれはしないだろう。何せ、女子がする訳がない

 

 しかし、その希望も甘かった。彼女はあるものを手に取った。月明りで彼女が持っている物を見て、全員悲鳴を上げた

 

「おい、……止せ、止せ!」

 

「お前、狂ったのか!」

 

 何と、彼女が持っていたのは弓矢だった。こちらに向けて弓を引いている!逃げようとしても数十メートルの穴の中に逃げ道があろうか?

 

 彼女は穴からはい上がろうともがく男子生徒に向けて矢を放った。弓矢の練習をしていたのか、初めから命中。男子生徒は倒れた

 

「ひ、人殺し!」

 

 男子生徒は悲鳴じみた叫びを上げたが、降ってくる矢を躱さないと行けなかった。しかも、先ほど矢に刺さった者は、苦しみ出して死んだ

 

「あ……ああ……」

 

 男子生徒は恐怖し、失禁した。あの、女に。一体、彼女の近くに立っている見知らぬ男は彼女に何を吹き込んだのだろう?

 

 だが、それを考える時間は無かった。1人、また1人と矢に刺された。致命傷でないにも関わらず、突然苦しみだして死んだ者もいる

 

 

 

「アハハハハハ!まさか、本当に死ぬなんて!」

 

「当たり前だ。トリカブトの毒を使っているんだ」

 

 犯罪者は何を教えたのか?それはトリカブトである。トリカブトは有毒植物である。強力な毒性を持ち、経口から摂取後数十秒で死亡する即効性がある。そのため、世界各地でも狩猟用の毒矢に塗布する毒の原料とされており、日本でもヒグマを狩る時に使われていたらしい

 

「毒の知識を身に付ければ、強力な武器となる。他にもフグ、蛇、キノコなどの生物毒は、役に立つ。わざわざ、危険を冒して店で買う必要性すらない」

 

「ふーん。よく知っているわね」

 

「親が薬屋だったからだ」

 

 しかし、私は犯罪者の言葉なぞ聞いていない。穴に横たわっている死体を見て、私は笑った。私の手で殺した。道徳心だとか抵抗感だとかそんなものは、微塵も感じなかった。すがすがしい気分だった。苛めていた人を絶望を味合わせてから殺したのだ。哀みなんて一切なかった。死んで当然だ。お前たちが私をこんな風にしたのだ!

 

私達は穴を埋めると帰宅した。次の犠牲者を探さなくては

 

 

 

 今までの出来事を見ていた時雨はゾッとした。これは、テレビ番組ではない!余りにも生々しいし、現実感がある!触れず話せずの光景に戸惑いだったが、いじめられた女子学生を見て息を呑んだ。無抵抗の女子学生を、しかも強姦された苛めに対しては流石に時雨も怒りを感じた。よって、その女子学生が復讐として行動した場面では、仕方ないと割り切った。自分がその女子学生がされたことと同じ目に会ったら、自分は怒り、場合によっては復讐するだろう

 

 しかし、毒矢で人を殺すのは流石にやり過ぎだ!殺人に手を染めている。しかも、彼女は後悔も哀れみも全くない!『艦だった頃の世界』の太平洋戦争では確かに人を殺したかもしれない。だが、それは戦争だ。相手もその事は承知の上で銃火器を手にして引き金を引いている。しかし軍隊でさえ犯罪は、ちゃんと対処している。だから、軍隊には軍隊警察であるミリタリーポリス……憲兵隊が存在する。尤も、『艦だった頃の世界』である日本軍の憲兵隊は民間に対する司法警察も兼ねていたため、思想犯の取り締まりが凄かったらしい。それは兎も角、時雨には既に戦争とただの殺人の区別はついていた

 

 だから、時雨は行き過ぎた復讐に嫌悪した。そして、その女子学生が今では悪魔にも見えた。虐められ死にそうな顔が、今ではゾッとするような笑顔をしていた。いじめによって性格が歪んだとはいえ、人がここまで狂気になるのだろうか?

 

 そして、初めて殺人が行われた時から、その女子学生の行為は過激となっていた。辺りが暗くなり、別の場面が映し出されているのは、目を覆いたくなるような残虐な場面ばかりである

 

 ある部活の合宿で学生だけでなく、顧問の先生や宿屋の主人まで食中毒死した。原因は毒キノコ。食用キノコと間違って食べたと警察は判断して事故処置とした

 

 ある場面では階段から転落死したというもの。どうやら、腹痛によって便所に急ぐ余り、踏み外しというもの。また、野生動物である熊に襲われ瀕死の重体になったというもの。なぜ、熊が人里に降りて行ったのか誰にも分からない

 

そして、行方不明になる学生が跡を立たなかった。その理由は……

 

「止めろ、止せー!」

 

 斧を掲げて迫り来る女子生徒から必死に逃げようもする男子生徒。しかし、動きがおかしい。毒でも盛られたのだろうか?遂には力尽きて地面に倒れたが、例の女子生徒は嬉々している

 

「悪かった!俺が悪かった!だから――」

 

「安心して。立派な墓石を作って上げる」

 

満面の笑みを浮かべる女子生徒。そして、そのまま首を跳ねた

 

 

 

「あ……ああ……」

 

 身の毛のよだつ光景に時雨は、子動物のように震えだした。過度の暴行を受けボロボロになった被害者である女子生徒への同情は、完全に吹き飛んだ。いじめによって怪物が生まれた!

 

 そうとしか見えない。時雨は、この悪夢から目が覚めて欲しいと思った。だが、一向にこの悪夢から覚めてくれない

 

 しかし、強引な行動であるため、流石の警察も疑いだして捜査に乗り込んだ。だが、証拠は全くなく、警察も手を焼いた。また、例の女子生徒はいじめにあったという過去がある事から警察も事情聴取しかしない

 

「私は知りません。興味ないですから」

 

「そうか。てっきり喜ぶと思ったんだが」

 

「私は人を殺す勇気なんてありません。この前も『お前がやったのだろ!』と暴力を受けましたから」

 

手の怪我を見せる女子生徒。警察はその場にいた担任に厳しい目を向けた

 

「お宅の学校教育は、どうなっているのですか?」

 

「すみません。善処いたします」

 

担任は戸惑いながらも蚊が泣くように言う

 

 

 

「待って!この人が犯人だ!逮捕して!」

 

 警察が帰る姿を時雨は叫んだ。これは幻かも知れない。しかし、この場を見せられては叫ばずにいられない

 

 時雨は1人になった例の女子生徒を見た。警察官に見せた泣いた姿は消え、ぞっとするような笑いをしていた

 

 

 

 場面が変わり、物置小屋の場面なった。時間が経ったのだろう。蝉の鳴き声が聞こえてくる。しかし、例の女子生徒と犯罪者のペアを見れば、どうでも良いことだ

 

 

 

「いずれはバレる。焦りすぎだ。警察の捜査能力はバカに出来ない」

 

「ええ、そうね。なら教えて欲しいのがあるの」

 

女子生徒は忠告には全く耳を傾けない

 

「その前に言わせてくれ。クラスメイト全員を殺すのか?」

 

「ダメなの?」

 

「構わん。だが、困難だろう」

 

犯罪者は首を降った。とてもではないが、困難である

 

「1ついい?何で、私に従ったの?」

 

「お前の悪が凄まじいからだ。並の人ならこんな事はしない。だから、見てみたかった。お前の復讐に」

 

「勘違いしないで。復讐はもう止めた」

 

意外な事を言う例の女子生徒。何を言っているのだろう?

 

「私は強くなる。どんな相手だろうとぶちのめせる絶対的な力が欲しい。どんな手段だろうと」

 

 この女子生 徒は、何を夢見ているのだろう?絶対的な力?そんなのは空想的だ。しかし、誰も疑わなかった完全犯罪には、近くで見ていた犯罪者にとって満足するものだ

 

「良いだろう。では、自殺しろ」

 

 

 

 ある家で事件が起こった。指名手配犯が、ある1人の女子生徒と母親を襲ったという事件。母は心臓が弱かったこともあり、心臓麻痺で死んでしまった。残された例の女子生徒は、絶望して家に火を放ったとされる。後日、警察官は遺書らしきものを見つける。それは、指名手配犯を罵る手紙だった。白骨化した遺体も発見され、事件は幕を降ろした

 

 逮捕された指名手配犯は、パトカーに乗せられるまで「某高校生の殺害は、俺がやった!殺して見たかったんだ!」と自慢したという

 

 それにより遺族や被害にあった学生は、指名手配犯に罵声と石を投げつけたが、彼は全く気にしていない

 

 この場面を見た時雨は、信じられなかった。自殺は嘘に決まっている。母親を殺したんだ。そして、あの白骨化した遺体も、例の女子生徒ではないだろう。そのように考えていると、警察は書類に自殺した名前を声に出しながら書いていた。その名前を聞いて時雨は悲鳴を上げた

 

「名前は浦田結衣っと」

 

 

 

時雨が悪夢を見ている中、ビルのある階では戦いが続いていた

 

 その階は砲弾と機銃弾で滅茶苦茶になり、穴が空いている。そんなボロボロの廊下を5人の艦娘が息を切らしている。とてもではないが、敵が強い。たった1人だ。その1人を殺せない。人に変身する時は、レーダーには映らない。しかし、こちらには夜目がいい艦娘がいる。特に川内と鳥海のお蔭で暗闇に動く影を見きれた。艤装もないので、防御はそこまで高くないはずだ。しかし、身体能力は高いらしい。砲弾や刃は躱されるし、格闘戦でも強い。コッソリと爆弾付けられてしまい、被害が出る始末である。だが、戦艦ル級改flagshipでいる時と人になっている時の時間間隔は同じである事を霧島は見破った

 

「霧島さん、奴の能力は本当に無限じゃないんだろうな?」

 

「間違いありません。戦って確信しました。人への変形能力……あれは、無限ではないと」

 

霧島は暗闇に目をやる。見えない廊下が、一層不気味であった。夜戦経験である自分達でもここまで恐怖に駆られた事はない

 

「恐らく、戦艦ル級改flagshipでいる時は、エネルギーの消費が激しいのでしょう。何らかの補給があると思います。毒攻撃も弾薬節約のためでしょう」

 

「分からないのは、なぜ1人なのでしょうか?大勢で襲って来れば一網打尽出来るのに」

 

 鳥海が不思議がるのも無理はない。なぜ、1人なのか?下っ端である深海棲艦は沢山居るはずだ。操れるのだから。しかし、敵はそれを実行した。しかも、楽しんでいるという

 

「なあ龍田、大丈夫か?」

 

「天龍ちゃん、大丈夫……私は」

 

しかし、天龍はその言葉を真に受けなかった。僅かに見えた龍田の顔は、顔面蒼白だった。毒攻撃を躱しながら、幾度と浦田結衣を切りつけようとした。だが、薙刀は空を斬るばかりで中々当たらない

 

「川内さん、作戦通り」

 

「いいよ」

 

 ふぐ毒にかかった古鷹と暴力を振るわれ重体になっている大淀をここから運び込まなくてはならない。先ほどの通信では、502部隊と吹雪達は建造ユニットを降ろしている最中であると言う。ただ、貨物用エレベーターを完全に復旧させる事は出来なかったらしく、スピードが遅い。増援で新たな制圧部隊が投入されたらしく、あきつ丸と陸戦隊である妖精が交戦しているという。戦車があるため有利だが、弾薬は限りがある

 

「時間はありません。時間が経てば、敵が有利になります。敵をおびき寄せます」

 

 一同は物陰から出る。これ以上、隠れても意味がない。霧島達は物陰から出て来ると警戒しながら廊下を進む

 

だが、相手はこちらを休ましてはくれない

 

「危ない!」

 

 川内は警告すると同時に霧島達の前に躍り出る。その瞬間、毒入りの注射針が雨あられのように降ってきた。その辺にあった机を破壊して造った盾で防いだが、それでも全てを防ぐ事は出来ない。隠れきれなかった右肩と足に刺さるのを感じた川内は直ぐに抜いたが、倒れ込んだ

 

「川内!」

 

「あそこにいる!撃て!」

 

 暗闇の中に微かであるが、人影を確認した。そこに砲弾を叩き込んだが、どういう訳か相手は避けない。それどころか、反撃して来る

 

「20.3cm砲!結衣じゃない、重巡リ級よ!」

 

「あの野郎、囮を使いやがって!龍田、あいつを……って、龍田ー!」

 

 龍田がいない。敵は囮を使って、どさくさに紛れて龍田を誘拐した。こちらの注意を引いたとは言え、明らかに慣れている!

 

「天龍、待って!」

 

 無闇に走ろうとする天龍に鳥海は阻止した。霧島は、素早く重巡リ級に砲弾を叩き込んだため、相手の攻撃は沈黙した。逃げたか死んだのか分からないが、今はどうでもいい

 

「邪魔するな!俺は――」

 

「分かっています!見捨てる事はしませんから!」

 

 肩を掴まれ厳しく言う鳥海。鳥海の剣幕に天龍は、戸惑った。やり取りを見ていた霧島も助言した

 

「大丈夫です。私の予想では、相手を騙す事に成功したようです」

 

「え?」

 

天龍は間抜けた声を上げたが、何なのか分かった。川内、お前って奴は……

 

 

 

「フン、相変ワラズノ戦イ方ダ。レーダーデ丸分カリ。サテ、サッサト仲間ヲ呼ベ。デナイト、身体ガ滅茶苦茶ニナルゾ」

 

 誘拐された龍田は、既にボロボロだった。龍田は抵抗したが、相手の方が強かった。何しろ、圧倒的な暴力で大破状態まで持っていかれたのだから。今の龍田は、息を切らして床に倒れている。幸い毒を注入されなかった。いや、する必要性はないだろう

 

「くっ……」

 

「何ダ、ソノ眼ハ?私ハソノ反抗ノ眼ハ嫌イダ!」

 

 立ち上がろうとする龍田に戦艦ル級改flagshipは本気で殴り飛ばす。龍田はその勢いで壁に激突すると再び床に倒れ込んだ。激突した壁は、ヒビが入っている

 

血を吐き出す龍田。薙刀は破壊され、反撃する力はない。あるとすれば……

 

「分かった。……提督に連絡する」

 

「ホウ」

 

龍田は無線を入れた。相手は直ぐに出た。こちらの状況を知りたがっているらしい

 

『龍田!どうした?』

 

「ちょっと……聞きたい事があるの。艦娘は何なの?」

 

『どうした?何が言いたい?今はそれどころではない!』

 

「いいから……確認したいだけ」

 

 龍田は何とかして普通に話したかったが、身体中を蝕む激痛と相手の威圧感で声が震える

 

『どうした、龍田!何を言っている!?』

 

「私は……いや、艦娘は人間社会に溶け込めるのかなぁ~って」

 

 龍田は相手の方を見つめながら無線通信する。この敵を見て思った事があったからだ。提督も勘付いたのか、聞いてきた

 

『何があった?』

 

「あら、提督は『艦娘は人間』と言うと思ったのに。私はね、艦娘は人間じゃないと思うの。……そう思いたいの。だって……」

 

 龍田は生唾を飲んだ。尋常ではない殺気に身体の震えが止まらない。ここまで憎悪が増したモノは、何なんだ?

 

「普通の人間が悪魔になるなんて……考えたことも無かった。艦娘も悪魔になったら……シャレにならないわよね。……とても怖い。深海棲艦とは違う化け物になるのは見たくないから」

 

「誰モ遺言ヲ残セトハ言ッテイナイ!」

 

 龍田は意識が飛ぶかと思った。戦艦ル級改flagshipの拳が、龍田の腹部に振り落されたのだから。だが、龍田は恐怖に飲み込まれ悲鳴を上げるよりも、勇気と無謀を選んだ。最後の力を振り絞って戦艦ル級改flagshipの腕を掴んだ

 

「貴方の……負けよ……」

 

 艤装から14cm砲弾を束ねた塊を取り出した。ここで戦艦ル級改flagshipは龍田の意図に気付いた

 

「コイツ、自分ガ持ッテイル全テノ砲弾ヲ爆弾ノ代ワリニ!戦イノ最中ニ改造シタト言ウノカ!」

 

戦艦ル級改flagshipは距離をおこうとしたが、龍田は掴む力を緩めない

 

(コイツ、500kg並のパンチを殴ってボコボコニしたのに力を緩めない!)

 

「貴方の命運は尽きた!」

 

 龍田は金切り声を上げると大量の砲弾を爆破させた。流石の戦艦ル級改flagshipも、この爆発には応えた。至近距離で、しかも大量の砲弾が炸裂した事により戦艦ル級改flagshipも損傷を追った。致命傷までは行かなかったが、戦艦ル級改flagshipを退却させるのには十分な攻撃だった

 

 勿論、龍田にもダメージを与える。ズタボロにされた事もあって、龍田は逃げる事は出来ず爆発を諸に受けた

 

 幸い、龍田は艤装を外されなかったため死ぬことはないものの、意識不明の重体で廊下に横たわっていた。窮鼠猫を噛む。龍田は最後まで戦い抜いた。爆発の音を聞いて駆けつけた霧島達は、現場の凄まじさに声も出なかった

 

 

 

 遠く離れた所では足を引きづりながら移動する人影があった。それは、戦艦ル級改flagshipの姿では無かった

 




Q.もしかして悪堕ちパターンか?
A.いいえ。普通の人間が悪魔になる姿を見てどう思うか?です


 「スタンフォード監獄実験」というのが過去にありました。学生を囚人役と看守役に分けて、監獄を模した実験場でそれぞれの役割を担ってもらうというだけなのですが……。最初はバイト感覚で善良だった学生が、実験が進むにつれてとんでもない方向性に行き、僅か数日で実験は中止になったという
まあ、仕組まれていたというイカサマがあったらしく真偽は不明ですが(アブグレイブ刑務所の捕虜拷問は実際あった事件ですから)

簡単に言えばどんな人間でも、状況を整えれば悪魔に転じるという事です。虐められた少女が出した行動をみて時雨は……

ワームホール破壊の余波で時雨にある人物の過去を映し出します。このある人物の過去編は、予定では3話に分けます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第88話 戦艦怪物の過去Ⅱ ~乗っ取り~

初秋イベの攻略は終了したので、後は掘りですね
……大変だ


 浦田結衣は自殺を偽装した。社会に出た兄を捨てた。どういうトリックをしたか知らないが、農家から会社経営に栄転したらしい。元々、兄は自己中心的だ。母親を気遣っていたかも知れないが、私は母親が嫌いだった。働いていて家を開けていたからではない。私を憎んでいた。私の姿を見て。老いていく自分の姿と私である姿の差に不満を感じたのだろう。確かに私は綺麗ではない。しかし、だからと言ってこちらに八つ当たりは勘弁してもらいたい。母親は言った。兄を見習えと

 

だが、死に際直前に母親はこう言った

 

「私と似た者同士ね。どんな手段を使っても勝ち取りなさい」

 

 そして、母親は犯罪者によって殺された。いや、自ら殺されに向かったのだ。私は身分を偽装してトラック島へ向かった

 

 トラック島は、軍事基地の建設のために発展途上だった。海軍は欧米に追い付こうと軍艦をせっせと造っているが、それでも数は足りない。私はコッソリと生きていく事を決めた。あの犯罪者は牢屋の中だ。私の自殺偽装は証拠がないため、例えしゃべったとしても証拠がない

 

 と言っても、自分がこれからする事に目標は無かった。何か力があればいいのだが。せいぜい、働いている同僚のトップの座に君臨するくらいだ。殴ろうとした相手に対して徹底的に痛めつけた。あまりの行為に周りは怖気づき、止めに掛かった店長ですら気が引けた。だが、それだけだ。水商売の良い身分になったに過ぎない。こればかりは無理があるためどうすることも出来ない

 

 一方、兄は出世して大企業の社長になった。新聞で何度も見たし、浦田重工業が造り出したテレビは驚くばかりだ

 

 手紙でこちらを勧誘する話はあったが、私は断った。身分が違いすぎる。 私は存在しない人間。自分の事で兄の人生を滅茶苦茶にしてはいけない。そう考えてひっそりと暮らした

 

人生を諦め、命が尽きるまでコッソリと生きる。それだけだ

 

 

 

あの日が来るまでは

 

 

 

 あの日、海軍が避難命令を出した。何でも海底地震によって津波が来ると。しかし、私はそれが嘘だと分かった。なぜなら、説明が簡潔明瞭だからだ。私は不平不満を言いながら防空壕へ向かう避難民から抜け出して山に隠れた。途中で兵士達の集団を見つけて聞き耳を立てていた。何でも隕石が落ちてくるとか

 

 隕石……そうか、それであんなに慌てていたんだ。夜空にはっきりと輝く彗星は、私でも見たことがない。彗星接近には、尾に含まれる猛毒成分により、地球上の生物は全て窒息死するという噂が流れたが、どうでも良いことだ。それで、死んだらそれまでだ。人間も所詮は生き物に過ぎず、天体の災害には勝てないと

 

 だが、いくら日が過ぎても何も変化はなかった。毒ガスで人がバタバタ倒れる事もなく、地震も津波も襲ってこない。避難命令も解除された。

 

 人々は何があったのか、口々に政府や軍に不平不満言ったが、それも数日だけで町の活気は元に戻った

 

 しかし、軍港や飛行場は違った。ひっきりなしに輸送機が到着して、兵士達も慌ただしかった。士官の人間が沢山、こちらにやって来ている。中には、大学教授らしき人もいる。何があったのだろうか?

 

 だが、時を経つにつれて軍の活発な動きに誰も気にしなくなった。遊びに来た軍人も「軍事機密だ」としか言わなかった

 

 他国と戦争するかと思いきや、そうではない。最近は海外の軍艦も停泊している。その海外の海軍士官も水兵もどういう訳か、殺気立っていた。何があったのだろうか?

 

 

 

 奇妙な動きが起こってから数年後……悲劇が起こった。トラック島に正体不明の軍隊が攻めてきた。それは人でない。異形の姿をした集団だった。どういう原理で水の上を進んでいるのか、軍の攻撃をもののせず一方的に蹂躙しているのか、分からない。遂に上陸まで許してしまった。異形の集団は(後に軽巡ロ級や雷巡チ級と呼ばれる)上陸すると、地上部隊と交戦していた。しかし、地上部隊や陸戦隊は異形の集団にかすり傷を負わせる事も出来なかった。お偉いさんは既に逃げていた。島民を見捨てたのだ。兵士達を全員殺した深海棲艦は、民間人を捕らえた。燃える街や軍港を見て茫然とする人々は、抵抗する気も失せていた。いや、中には勇気を持って隠し持っていた武器で殺そうとしたが、全員死んだ。怪物は死なず、死体が増えていくだけ

 

「ココヲ私達ノ前線基地ニスル。人間達ハ、ココヲ奪還シニ来ルダロウ」

 

「デモ、勝テルノ?私達ダケデハ………」

 

「威力偵察ト仲間ノ救出。ソシテ、北方棲姫ニ実戦経験ヲ積マセルタメダ。妹思イモ大概ニシロ。人間達ハ、私達ノ世界ヲ攻撃シヨウトシタ」

 

 私は物陰から観察していた。深海棲艦のボスだろう。他の深海棲艦とは違う姿をしている。そして、何と言っても威圧感が半端ない。学校に人々を収容し捕まえたにも係わらず、堂々と話している。あの怪物を飼っているのか、武器と生き物を融合したものを引き連れている。人々は恐怖した。どうすることも出来ない。立ち向かう者がいたが、全部無駄に終わった。彼女の肌はナイフを突き刺さらず、弾丸も刺さらない。逆に立ち向かった者は簡単に殺された

 

「人間ッテ愚カネ。勝テナイノニ戦ウナンテ」

 

 圧倒的な強さの差に人々は、震え上がった。救助も期待できない。勝てるならここが占拠される訳がないのだから

 

 次の日には、多国籍軍がここの島を攻めてきた。水平線から多くの軍艦が現れ、灰色に染まった。世界各国から集まった各国の軍艦がトラック島に終結した。多国籍軍だが、海軍を持っているのは少数だ。よって、大半は日本海軍である

 

 島民は喜んだ。これで自分達は助かる。例え助からなくても、自分達を軟禁状態にした深海棲艦を倒してくれると

 

 島民が歓喜に包まれる中、深海棲艦は特に民間人を弾圧しなかった。いや、する必要性はないと言った方がいいだろう。角が一本しかなく、大きな鉤爪を持つ深海棲艦のボスが部下達に命じて迎撃に入った

 

 

 

結果から言うと、喜んだ島民は全て絶望と恐怖に飲み込まれた

 

 各国が派遣した艦隊は、ことごとく沈められた。深海棲艦はこちらを攻めてきたと同様に全く攻撃が通用しなかった。ボスは戦闘機や攻撃機を多数召喚して爆撃したり、砲撃で戦艦を撃沈したりしていた。これは戦争ではない。一方的な虐殺だ。多く沈められ、数隻だけが逃げてしまった

 

「何だよ、こいつら」

 

「連合艦隊が……アメリカの太平洋艦隊が……壊滅した……もうおしまいだ」

 

 島民は絶望する中、私は顔には出さないものの内心では嬉々していた。こんな奴等がいるとは!変な武器を身に付くだけで、戦艦を難なく倒した。しかも、攻撃受けてもビクともしない!虐められていたから求めていた答えだ!自分は弱い。だが、奴等の力は強大だ。どんな軍隊を退ける程の力を持っている!

 

 

 

数日後、とある海岸では、またしても2人のボスが話し合っていた

 

「戦艦棲姫、ソッチハドウ?」

 

「アア、沢山沈メテ来タ。『ハワイ島』ト呼バレル島ハ手強カッタガ、全部沈メタ。艤装ニ付イテイル、コノ星ノ数ハ沈メタ軍艦ノ数ダ」

 

「……悪趣味」

 

 戦艦棲姫は怪物艤装の手足に沢山の星形の印を付けて、見せびらかしていた。つまり、それだけの数を沈めたのだ。港湾棲姫は、あきれているが

 

「北方棲姫ハドウダ?」

 

「ヨク戦ッテイル。戦艦レ級ガ面倒ヲ見テイル」

 

 港湾棲姫は言葉を濁したが、戦艦棲姫は問い詰めなかった。何故なら、雷巡チ級が1人の女性を連れてきたのだ

 

「何ダ、人間?」

 

 戦艦棲姫は凄まじい殺気と威圧感を放ちながらドスの効いた声で聞いた。大抵の人間は、これで震え上がるものだ。しかし、その女性は怯みもしなかった。それどころか、訴えて来たのだ

 

「お願いです……捕虜の人達を本土に帰して下さい」

 

「何?」

 

 戦艦棲姫は唖然とした。ここのところ、深海棲艦は捕虜をほったらかしだ。しかし、食料補給はないので飢えてしまうのは時間の問題だ。深海棲艦は人との交流は避けていたため、捕虜は野放し状態だ。あちこちで略奪や暴行が多発している

 

「勿論、タダとは言いません。私だけがこの島に残ります!」

 

 1人の女性は訴えたが、戦艦棲姫の艤装の怪物は、咆哮を上げて威嚇した。戦艦棲姫も鬱陶しく冷たくあしらった

 

「帰レ。人間デアルオ前ラニ興味ナイ!」

 

「コイツらを探して居るんでしょ?」

 

その女性は、本を掲げて戦艦棲姫に見せびらかした。それは……

 

「っ!コレハ!」

 

 戦艦棲姫だけでなく、近くにいた港湾棲姫も驚愕した。それは、自分達に関する事であった。『超人計画』という資料と自分達に関する書類。なぜ、人間は深海棲艦である自分達の事を知っているのか?

 

「誰ガコレヲ書イタ!?」

 

「分からない。でも、見つけ出して上げる。誰のものか」

 

 この資料はほんの一部しか見せていない。というのも水墨画である深海棲艦の一覧が書かれてあった本を崩壊した軍港から見つけたのだ。人々は食料を探すために崩れた基地を荒らしたが、資料は手を付けていない

 

 何か役立つ物がないか調べたが、海軍士官の部屋に二冊の本があった。恐らく、トラック島が攻撃された時に慌てていたため、落したのだろう。この本の持ち主を探さなくては……

 

 

 

「つまり昔、お仲間がこの世界に来たの?」

 

「ソウヨ。私達ノ住ム世界ハ違ウ。ワームホール出現時ニコノ世界ヲ知ッタ。第二ノ故郷トシテ住ム」

 

 戦艦棲姫の説明によると、深海棲艦と呼ばれる異形の集団が住む世界は、特殊らしい。新たな住処を求めてここに来たらしい。しかも、以前にもワームホール出現したらしい。ただ、以前のは不安定で仲間が先に行ったっきりであるという

 

「だったら、見つけてあげる。島民は疲れ切っているの!」

 

「イイダロウ。気ニ入ッタ!」

 

戦艦棲姫はニヤリと笑った。どうやら、使える人間がいたのに喜んでいた

 

 

 

「ドウシタ、港湾?浮カナイ顔ヲシテ?」

 

 浦田結衣が島民に本土へ帰れると伝えるために街に戻った後、港湾棲姫と戦艦棲姫は場所を移動していない

 

「アノ子……何カ不気味ニ思ウ」

 

「ソウダナ。巧妙ニ隠シテイルガ、中々ノ憎悪ト妬ミダ。差別サレタノダロウ。人間ハ団結出来ナイ愚カナ生キ物ダ」

 

 元々、深海棲艦は撃沈された艦や沈んでいった船の魂が別世界に流れ込み、生命体となる存在である。人間の負である絶望や憎しみや悲しみなどを敏感に感じ取っている。だから、人の短所である事は手に取るように分かるのだ

 

「エエ……ダケド……」

 

「心配シ過ギダ」

 

 戦艦棲姫は呆れていた。港湾棲姫はおっとりとした性格だが、人類が造り出した艦隊をたった1人で壊滅させる程の力を持っている。それをただの1人の人間で心配する必要はない

 

「勿論、裏切リハ想定シテイル。デモ、逃ゲラレナイヨウニシテアゲル」

 

戦艦棲姫は嬉々していたが、この幻影を見ていた時雨は叫んだ

 

「ダメだ!その女性を深海棲艦にしては!」

 

 過去の映像だろう。変えられない過去の出来事だと分かっても、時雨は叫ばずにはいられなかった

 

「本当に!奴は悪魔なんだ!深海棲艦にしたら、世界を破壊する!」

 

 

 

 その翌日、深海棲艦は沈んだ輸送船を引き上げて動かせるようにした。どういう原理か知らないが、まるで魔法のようだ。島民も目を丸くしたが、戦艦棲姫の言葉で一目散に輸送船に乗り込んだ

 

「サア、サッサト乗ッテ。乗ラナイノナラ殺スワヨ」

 

 目を光らす深海棲艦に島民は歓声を上げなかったが、それでも逃げるように乗り込んだ。島民の中に船を操縦出来る者がいるらしく、出港した

 

「約束は守ったんだね」

 

 浦田結衣は安堵するように言った。自分は正しい事をしたと感じているのだろう。……実際は違うのだが

 

「エエ。デモネ、私達ハ人間ヲヨク知ッテイル」

 

 戦艦棲姫は浦田結衣に対面すると冷笑した。次の瞬間、浦田結衣は首を掴まれた。戦艦棲姫の爪が浦田結衣の首に食い込んでいた。血が流れるかと思いきや、流血はしない

 

「な……何を……」

 

苦しみながら息絶え絶えになる浦田結衣は、戦艦棲姫に聞いた

 

「ダカラ、裏切ッテ逃ゲナイヨウニシテアゲル。オ前ハ私ノ血ヲ送リ込ンダ」

 

 不意に戦艦棲姫は首を掴んだ手を放した。浦田結衣は地面に倒れ込んだ後も苦しんでいる

 

「人ハチョットノ事ダケデ蔑ム。ダカラ、オ前ノ身体ヲ人間デハ無イヨウニシテヤル。拒絶反応デ死ンダラソレデ終ワリダケドネ」

 

 戦艦棲姫は苦しみ悶える浦田結衣を置いて後を去った。戦艦棲姫は、良い手駒が手に入ったと思っている。人が深海棲艦になったら、簡単に裏切る事は出来ない。人間社会では、受け入れないし、実験材料となるだけだ

 

 しかし、戦艦棲姫は1つだけミスを犯した。……それは普通の人間だったらの話。では、何かしらの野望を持って近づいたのなら?

 

「フフフ……アハハハハハ!」

 

 深海棲艦が近くに居ない事を感じ取った浦田結衣は、狂ったように笑った。苦しみはとっくに無くなっていた

 

 これだ!この力だ!どんな攻撃を受けても死なない身体になった!そして、人間の数倍の力を手に入れた!近くに立っている大木をパンチ1つだけでへし折る事が出来た!

 

 しかし、まだ自分の能力を把握していない。鏡で外見を見ると、右手は鍵爪になっており、頭部には角が生えている

 

「だが、まだまだこんな物では無イハズダ。イズレハ深海棲艦ヲ手中ニ収メテヤル。ダガ、協力者ガイル」

 

 浦田結衣の声は、深海棲艦独特の声に変化した。どうやら、人間と深海棲艦のハイブリッドが誕生したようだ。しかし、悲しむ必要性は何処にも無い。嬉々していた。自分に秘められている強力なパワーを制御するには、何かしら支援が必要だ。だが、浦田結衣は既に目を付けていた

 

 日本の大企業の社長になり、財界や政界に顔を利かせている身内がいる。化け物扱いされたら他所を当たるが、もし手を貸してくれるのなら……

 

 

 

 深海棲艦のボスである戦艦棲姫は人間社会に潜り込めるために行く制していた。数日間は戦艦棲姫に戦い方を教え込まれ、そしてスパイとして働くよう叩き込まれた

 

 それは、洗脳教育である。別にこれは、人間同士の戦争においてよくある洗脳のやり方だ。だが、戦艦棲姫は人間の醜い部分を浦田結衣に見せた。それが手っ取り早い方法だったのだろう。人質として監禁されたトラック島の街でも死体は数体確認出来た

 

「見テ。コノ女性ノ死体。ストレスノハケ口トシテ性的暴行ヲ受ケテ死ンダワ」

 

戦艦棲姫は女性の死体をゴミを見るような眼で冷たい。浦田結衣はというと……

 

「そうね。これは酷い」

 

 死んだ女性に同情するかのように悲しんでいる。可哀想なので埋葬してもいいのか、と聞いたらあっさりと認めてくれた

 

 数日後、このトラック島にある船団がやって来た。その船団は白旗を掲げるとともに船員全員が両手を上げた

 

『We are not enemies. We want a discussion(我々は敵ではありません。我々は話し合いを望んでいます)』

 

 拡声器から英語が流れ込んでくる。浦田結衣は学生時代にはいじめもあった事もあり英語の授業は禄に受けていない。しかし、今の自分は英語が分かる。まるで、脳内変換されているかのように……

 

「私達ノクラスニナルト人間ノ言語ハ、息ヲスルヨウニ分カル」

 

「凄い」

 

浦田結衣は、驚いた。深海棲艦には、こんな能力があるなんて

 

 船団はイギリス海軍だった。特使として派遣したらしい。整った顔と制服を着こんだ特使と陸海軍の士官が立っており、話し合いを持ちかけたのだ

 

「我々は対話をしに来ました」

 

 一緒に乗り込んでいるであろうと従軍記者もしきりにカメラを撮っている。撮影用のフィルムも回っている

 

「貴方達は、人間並に高い知能がある事は分かっています。興味深い事です。しかし、我々は平和のためにここへ来ました」

 

海軍士官は深海棲艦のボスである戦艦棲姫に手を差し伸べた

 

「『手を差し伸べる』という行動は、万国共通です。文化や民族が違えど、講和を望んでいる事が伝わるでしょう」

 

 英国海軍の士官の手の差し伸べに、戦艦棲姫はしばらくの間、手を見つめていたが、やがて戦艦棲姫はその手を取った

 

「やった!」

 

「話が通じた!」

 

 乗組員も従軍記者も歓声を上げた。嬉しいのだろう。未知の生物と交渉するのは。だが、浦田結衣は見逃さなかった。戦艦棲姫がニヤリと笑っている事に

 

「っ!」

 

 海軍士官も感じ取ったのか、手を引っ込めようとしたが、力の差があり過ぎて中々手を離せない。そして、戦艦棲姫は素手で士官を殴った。力は人間の数倍はある。そのため、士官は吹っ飛び絶命した

 

「ち、中将!」

 

「う、撃て!撃ち殺せ!」

 

「やっぱり対話無理じゃないか!!」

 

「米国から聞いていた情報と違う!」

 

「誰だよ、こんな奴と交渉しようと持ち掛けた奴は!ひたすら待ち続けた時間はなんだったんだ!?」

 

 船員は大混乱した。どうやら、トラック島とハワイ島ヲ含む海域は、随分前から世界の国々が注目していたらしい。しかし、戦艦棲姫は容赦しない。隠していた怪物艤装を呼び寄せると船団全員皆殺しにした。また、待機していた港湾棲姫の指示で深海棲艦達は、イギリス船団を一気に襲った。ほとんどの者は殺したのだ

 

「なぜ、殺したの?」

 

「嘘臭イカラヨ。欲望ノ塊ガ見エ見エ」

 

 どうやら、イギリスは深海棲艦を何らかの方法で自分達の物にしようという考えらしい。爆発炎上する船団の中から北方棲姫と戦艦レ級が、鞄を抱えて持って来た。詰め込んで持って来たらしい。それは……

 

「医療機器に銃器。それに捕獲方法の訓練が書かれた本と資料」

 

「コレガ奴等ノヤリ方ダ。人ハ欲望塗レタモノヨ。ヨク平和ヲ口ニスルワネ」

 

 戦艦棲姫は既に見切っていた。奴等が何をするかを。こちらをどうやって利用するかを考えていたようだ

 

 

「イギリスがこんな事をするなんて」

 

「アラ?貴方ハ人間ナノニ過剰評価スルノネ」

 

戦艦棲姫は嘲笑った

 

「人間ハ私達相手スルヨリモ、人間同士争ウノヲ優先スル存在。人類ハ愚カナノ」

 

 戦艦棲姫は浦田結衣に人類が愚かな存在を教えている。こいつらは救いようがないものだと。自分勝手なものだと

 

 戦艦棲姫の言っている事はある意味正しいかも知れない。有史において、人類が博愛主義であり、紳士的で平和を愛する存在はいない

 

「貴方は何と比べて、人間は醜いと感じているの?」

 

「全テヨ」

 

戦艦棲姫が言うには、深海棲艦から見れば人類はこう見えるらしい

 

 野蛮な毛無し猿、異物には過剰に反応・排除、それでいて、強者の影に隠れながら弱者に見せ掛けの優しさで近づき、陥れ、その傷口に死なない程度に塩を塗り込み、助けるフリをしながら搾取し、自己保身も済ませ勢力を蓄えてきたあたりで、吸い尽くされた弱者の屍を踏み台にし、今度は邪魔な強者の抹殺に掛かる

 

 そういう観点らしい。だから、戦艦棲姫は警戒しているのだ。自分達は人類に関わるのは得策ではないと

 

「平和?講和条約?私達ワ、違ウ種族ヨ?肌ノ色ヤ民族ダケデ、イガミ合ウ人間ガ、私達デアル深海棲艦ト仲良ク成レル訳ナイジャナイ」

 

そう言う風に言われたら普通の人間なら怒るだろう。そう……普通の人間なら

 

 余談であるが、ワームホールが開いて数年の間、様々の国が訪れ調べ始めたという。あまりにしつこかったため、深海棲艦はこの世界に来て排除したらしい。しかし、戦艦棲姫は深海棲艦の方が被害者だとばかり言う

 

 この幻影を見た時雨はどうする事も出来なかった。人間がそういう生き物だから仕方ないと割り切れる事は出来る。『艦だった頃の世界』でも知っているからだ。だが、相手は普通の人間ではない。まして、誰も助けも来ないいじめられた人間だ。浦田結衣はクラスメイト、そして深海棲艦に歪められた。そして、心の中で怪物となる

 

 こうしている内に使節団はやって来る。アメリカ、フランス、ソ連。中には中国や日本もやって来たが、戦艦棲姫がやった対応は同じ。全員皆殺し。これを見た時雨は、深海棲艦がやっている事は仕方ないのではないかと思った。確かに深海棲艦がやっている事は残虐行為だろう。しかし、各国の使節団は、明らかに深海棲艦を何かしら利用しようとするために近づいて来る。戦艦棲姫や港湾棲姫にとっては、自分達の仲間を守っているに過ぎない。人間の負の部分を知っているからこその反応である

 

 

 

 数日後、戦艦棲姫は浦田結衣に日本潜入の任務を与える。変形能力を身に着けたお蔭で外見は人間そのものに変身できる。戦艦棲姫も港湾棲姫も喜んだ。北方棲姫は可愛くすればと助言したほどだ

 

「行って来る」

 

「重巡棲姫ト駆逐古姫ノ行方ガ知リタイ」

 

 戦艦棲姫はそう言った。この世界の移住が目的だが、仲間の事を気にしていた。例え遥か昔に死んだとしても。だが、何かしら暮らしていたのなら分かるはずだ。『超人計画』と書かれた本を見れば

 

「コレノ持チ主モ知リタイ」

 

「分かった。期待して」

 

 浦田結衣は海に進んだ。彼女は深海棲艦と同様に海の上を立つ事が出来る。戦艦棲姫は、重巡リ級eliteと軽巡ツ級elite、そして戦艦ル級改flagshipを浦田結衣に同行するよう命じた。護衛と監視目的である

 

「奴ガ裏切ッタラ躊躇ナク殺セ」

 

「分カリマシタ」

 

 この戦艦ル級改flagshipは他の深海棲艦と違って話せるのだろう。自我はあるようだ。だが、この場面を見た時雨は嫌な予感がしてならなった。この戦艦ル級改flagshipは、普通だ。語弊はあるかも知れないが、未来の世界で残虐性を露わにしたようなものではない

 

 

 

 場面は暗くなり、次の画面を見せられた時雨は絶句した。硫黄島だろう。『艦だった頃の世界』で島の特徴はある程度、知っている。だが、その島ではとんでもない事に成っていた!

 

「……お、お前……深海棲艦と取引して俺達を見逃した女」

 

「そうよ」

 

 島は血の海と死体の山だった。状況から察するにトラック島の島民達が乗った船は硫黄島に漂流したらしい。そこへ浦田結衣は訪れた。浦田結衣は、漂流者を全員殺した

 

「なぜ……なぜ俺達を殺す!お前は……俺達を!」

 

「簡単な話。目撃者は殺す」

 

「なっ!」

 

水夫は絶句した。トラック島での取引は何だったんだ!

 

「本土にたどり着けないよう重油の量を調節しておいた。深海棲艦の奴等は気付かなかったようだが。私は海運会社にも勤めていた。無駄な知識が役ニ立ッタヨウダ。細工シテ正解ダ」

 

「ひっ!」

 

 水夫は絶命した。彼女が手に持っていた重機関銃によって。対空機銃だが、威力は高い。浦田結衣の大虐殺を見ていた戦艦ル級改flagshipら三人は、絶句していた。確かに自分達も人を殺しているかも知れない。しかし、ここまで残虐はしていない。まして、無抵抗な人間なら。自分達はあくまで正当防衛のためだ

 

「何ヲシテイル?」

 

「醜い人間を殺しただけだ。お前達と同じように」

 

「貴様ト同ジニスルナ!」

 

 戦艦ル級改flagshipは激昂した。人間はどうでもいいが、異常ともいえる虐殺に戦艦ル級改flagshipは嫌悪感を覚えた。幾ら何でも酷い

 

「敵を倒すためには手段を選ばない。それが貴様らの考えではないのか?」

 

「確カニソウダ。ダガ、不必要ナ殺戮ハシナイ!」

 

 戦艦ル級改flagshipは重巡リ級eliteと軽巡ツ級eliteに命じた。奴を殺す命令を出した。だが、浦田結衣の方が一枚上手だった。深海棲艦の力で招喚した機関銃で手足を狙った

 

「グッ!」

 

 通常兵器ではないため、深海棲艦も悲鳴を上げる。致命傷ではないが、急所に当たる。怯んだ隙にそれぞれ拳を入れた

 

「チッ!コイツ、何カ企ンデイルナ!」

 

 戦艦ル級改flagshipはこの女は危険と判断した。羊を被った狼とはまさにこの事だ。あれは演技だ。戦艦棲姫を騙せる人間が存在するとは!

 

 しかし、相手を捕らえられない。戦艦ル級改flagshipの砲弾は、地面を耕すだけだ。浦田結衣は、砲撃を躱しながら戦艦ル級改flagshipに急接近する

 

「私は人間を超越する。そのためには、力のある貴様の精気を吸い取ってやる!」

 

 浦田結衣は、戦艦ル級改flagshipの首を掴むと爪を首に食い込んだ。戦艦ル級改flagshipは抵抗したが、既に吸われているのか地面に倒れ込む

 

「そうだ!貴様の力を寄越せ!強いのだろ!トラック島から見ていたぞ。私はチャンスを得た。深海棲艦の研究をしていた者がいた!『超人計画』を手に入れた!」

 

 浦田結衣は、ある海軍士官の人間が持っていた資料を読んでいた。それが『超人計画』。戦艦棲姫にすら教えていない。焼けたと思わせて偽装したのだ。論文は既に読み終えていた。あの本には、こう書いてあった。深海棲艦の力を人に取り込むにはある条件が必要だと

 

それは3つである

 

・女性である事

 

・憎悪、嫉妬、殺意、憤怒、狂気、絶望などのいずれかの負の感情が増大である事

 

・深海棲艦の力は普通の人間では、制御できない。人の感情や衝動が適正でなければ暴走してしまい、最悪の場合、死んでしまう。人間性がある限り、人が深海棲艦になるどころか、制御できない。制御出来れば、超人的な腕力や敏捷性を得る。ただし、理論だけで成功した者はいない

 

 これだけ読むと深海棲艦の力を人には扱えないものだと分かる。第一、深海棲艦は強力な力を持っている。通常兵器が一切効かない相手に対してどうやって捕らえろと?仮に捕らえた所でどうする事も出来ない。また人の感情や心は、そう簡単に操れたりしない。実行したとしても、『超人計画』は未知の領域だ。膨大な金と時間がかかるのは明白だ

 

 だが、浦田結衣はそれをやってのけた。それが出来る要因があったからだ。戦艦棲姫だ。人を見下すあまり、逃げられないように血を与えたが、それと同時に彼女に力を与えてしまった。そして、偶然にも『超人計画』の条件が揃う結果となった

 

「貴様、ヨクモ!離セ!」

 

「嫌だね!私は人間や深海棲艦を超越スル!例エ、戦艦棲姫ダロウト倒ス!貴様ノ軍団ヲ手ニ入レル!」

 

 浦田結衣は、戦艦ル級改flagshipの力を吸っている。相手は見る見る内にミイラになっていく

 

「グッあああアアァァ!」

 

 浦田結衣は、ミイラになった戦艦ル級改flagshipを離すと同時に苦しみ出し、地面に倒れ込んだ。とても苦しいらしく、結衣は悶絶した

 

 このビジョンを見て、時雨は失敗したと願った。無駄な願いかも知れない。勿論、浦田結衣は死ななかった

 

地面に倒れ込んだ結衣は目を開けた。口からは笑い声が漏れていた

 

地面から立ち上がる頃には、戦艦ル級改flagshipに成り代わっていた。力を手に入れたのだ

 

「フフフ……アハハハハハ!」

 

 浦田結衣は、戦艦ル級改flagshipとなった。皮肉にも『超人計画』はある一族ではなく、復讐と野望に満ちた女性が手に入れた

 

「ホウ……重巡リ級eliteと軽巡ツ級eliteガ私ニ従ウノカ。気ニ入ッタ」

 

 浦田結衣を殺そうと敵意をむき出しにしていた重巡リ級eliteと軽巡ツ級eliteは、突然大人しくなり、従うという仕草をした

 

 どうやら、下級の深海棲艦はある条件で従うらしい。それは戦艦棲姫が血をわずかに注入したからだろう。微量とは言え、結衣は姫級の能力まで手に入れてしまったのだ

 

「サア、兄サンノ所ヘ行コウ。最先端ノ科学技術ヲ持ッテイル。深海棲艦ニハ出来ない事が出来る」

 

 戦艦ル級改flagshipは浦田結衣に変身した。短時間で自分の能力を大まかであるが、理解したのだ

 

 

 

再び場面が変わった。浦田重工業の本社ビルの中だ

 

 大勢の警備員が武器を構えて戦艦ル級改flagshipに向けている。入り口に入るまで強引に入ったらしい

 

「深海棲艦め、このビルから立ち去れ!」

 

「言ッタハズダ!社長ヲ呼ンデ来イ!」

 

 双方とも一歩譲らない。時折、はずみで警備員が銃を暴発させたが、戦艦ル級改flagshipにとっては、かすり傷にもならなかった。かと言って、その者を殺そうとしない。双方ともにらみ合いが発生している中……浦田社長が現れた

 

「来てやったぞ!何者だ!?」

 

浦田社長は脅すように言った

 

「お前を殺す事が出来るぞ、侵入者。まだ試作段階だが、対深海棲艦の兵器は開発済みだ!」

 

「ソレハ駆逐イ級ヲ倒ス程度ノ威力デシカナイ。人間ノ科学技術ダケデハ、深海棲艦ヲ倒ス事ハ出来ナイ」

 

 戦艦ル級改flagshipは姿を変えた。本来である浦田結衣に。他の警備員もだが、浦田社長が一番驚愕した。死んだと思った妹。自分ではどうする事も出来ず、死を受け入れた浦田社長

 

「いいだろう。客だ。案内させろ」

 

「社長、気は確かか!?罠かも知れないぜ!」

 

 警備員の長だろう。本人は警備隊長と名乗っていたが。浦田社長に警告を出した。人類の敵を招き入れるなんて正気の沙汰ではない

 

「大丈夫よ。戦艦棲姫みたいに殺しはしない」

 

 

 

 連れて行かれたのは会議室だが、そこにいたのは浦田社長と警備隊長。そして、浦田結衣である。警備隊長は浦田結衣の正体を知って驚愕した

 

「自殺は偽装で深海棲艦の能力を手に入れた。しかも、強い力を……ハハ、とんでもない妹だな」

 

 浦田社長は何も言わない。複雑な気持ちだろう。学生時代に自分の妹がいじめにあったのに何も出来なかったのだから

 

「気にはしていない。だけど、私も驚いた。ワームホールを通じて高度な科学技術をとり込み日本を発展させるなんて」

 

「だが、暮らしが豊かになっても国の進む道は変わらない。政治家や軍人たちは調子に乗っている。平行世界の日本の歴史とは違うが、同じ道を歩もうとしている」

 

浦田社長は苦い顔をした

 

「このまま暴走が続けば、私達のような人は現れる。政府のエゴによって戦争で親が死ぬような社会は御免だ」

 

「でも、何も日本だけではないでしょ?戦艦棲姫は言っていた。『私達ハ言葉モ心モアル。人間ニ近イ。ジャア人間同士ハ戦争ヲシナイ?言葉ト心ガアルカラスグニ和解出来ルノ?人間達ハ団結スラシナイ生キ物ダ』とね」

 

浦田結衣は、人間はダメな生き物だと言われ続けていた戦艦棲姫の言葉を引き出した

 

 

「間違ってはいない。平行世界で人類の歴史を学んだ。第二次世界大戦では各国とも何をしていたか、気になるかね?」

 

 浦田社長は、映像を見せた。浦田社長が何を見せようとしているのか、この場を見ていた時雨は理解出来た。自分が捕まった時に見せた『艦だった頃の世界』で起こった太平洋戦争を映像だ。もし、深海棲艦が現れていなければ起こっていただろうという映像だ。ただ、浦田社長は時雨が見せた時よりも長いものだった

 

 第二次世界大戦が起こったものについてだ。世界大恐慌が起こった事で世界の歯車が狂い始める

 

 満州事変、日中戦争、ナチスドイツの誕生、日独伊防共協定、第二次世界大戦が勃発、日独伊三国同盟締結、日本軍が真珠湾攻撃を行い、太平洋戦争が始まる

 

映像は続く

 

 ポツダム宣言で日本は無条件降伏。日本は焼け野原となった。そして日本は高度経済成長期を迎え、平和で豊かになった

 

 しかし、それは日本だけの話だ。海外では核兵器が開発され、核戦争に突入すれば人類は滅びるだろうと言われている。冷戦が終結しても貧困、紛争、格差社会などは全く解決されなかった。社会主義国家であるソ連ですら解決出来ず、それどころか崩壊してしまった

 

「これが真実だ。深海棲艦がこの世から消えたとしても、映像で映し出された歴史は必ず起こる。日本はアメリカかソ連と戦争状態になるだろう」

 

「そうね。戦艦棲姫は知っていた。別次元の世界から見ていた」

 

 戦艦棲姫から色々と教わった。欧米が東南アジアでの植民地支配を。東南アジアのある国に上陸した浦田結衣は戦艦棲姫に連れられて見せた

 

「コレガ人間ノヤル事ダ。人種ガ違ウダケデ奴隷ノヨウニ扱ウ」

 

 現地民は欧米人に対して頭を下げるばかりだ。安い労働力で働かせ自分達は利益を得ている。しかも、兄から見せた映像だと太平洋戦争では日本軍は南方資源の獲得のために東南アジアを支配下に収めた。映像の一部では植民地解放と言っていたが、日本軍も欧米と同じ事をしている

 

 第二次世界大戦、太平洋戦争、冷戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ソ連のアフガニスタン侵攻、湾岸戦争、同時多発テロ、イラク戦争……

 

近代史を見せられ浦田結衣は、口にした

 

「弱い者が淘汰され、強い者が幅を利かせる。そして、弱者は何も得られない。例え、素晴らしい思想を掲げても結局は、何処も同じ」

 

 浦田結衣は、ある野望を抱かせた。自分は既に人ではない。人と深海棲艦を超越した存在だ。全ての頂点に立っている。まだまだ能力向上出来る。初めは国をそして世界を支配する。戦艦棲姫は自分達の仲間を守る事しか考えていない。奴等の住処は海だ。陸の支配なぞ考えていない!

 

「父さんが戦死し、いじめられて分かった。この世を救う神なんていない。何処だろうと同じ」

 

「同意見だ。私も失望した。国を豊かにさせれば、明るい社会を築けると思ったんだがね」

 

 浦田社長はため息をついたが、浦田結衣は目に火がともった。自分は蔑まれて来た。追い込まれ死んだ方がマシかと思ったが、死んでも意味は無い。復讐なんて降りかかる火の粉を払いのけただけだ

 

「大本営は、中国大陸へ向けて軍を派遣しようとしている。満州事変を起こす計画まである。ドイツも政局不安定だ。歴史通りになる可能性が高い。深海棲艦なんてヨーロッパの人々から見ればどうでもいい案件だ」

 

「ならば私と手を組み、世界を手中に収める。人間性や平和解決を解いても無駄」

 

「目的は何だ?犠牲者が出るぞ」

 

「他人の事なんて興味ない。広島長崎の原爆投下や枯葉剤、劣化ウラン弾を見たでしょう。他国の人間なんてどうでもいいのよ。勝てば官軍負ければ賊軍ってもの。平行世界の国では、核兵器を持って発言力を得た。この世界において私達はそれ以上の力がある。どんな攻撃も受け付けない深海棲艦と最先端の兵器がある。これで世界の頂点に立つ」

 

 浦田結衣の提案にその場で見ていた時雨は、 戦慄を感じた。虐められた人間が、復讐に走ったが、力を欲し、そして世界の頂点に立つと言う

 

「気に入った。だが、お前の話だと深海棲艦は姫級である姫級3人が支配しているんだな?どうやって、深海棲艦を手中に収める?」

 

「暴力だ」

 

「……別の方法がある。偶然お前が見つけた『超人計画』の本。私は誰が持っていたのか知っている。史上初めて深海棲艦を手中に収める事が出来る。『あの一族』よりも」

 

浦田結衣は眉を吊り上げた。あの一族が、後に『艦娘計画』を立案する博士であると

 

 

 

 場面は変わり、再びトラック島である。トラック島の周りには、深海棲艦が警備をしている。空母ヲ級と軽空母ヌ級は艦載機を飛ばして上空を警戒し、駆逐軽巡は目を光らせていた。指揮をしていたのは、戦艦レ級。彼女は警備を請け負っていた。何もないだろうと思われた時、何かが近づいて来る

 

 戦艦レ級は首を傾げた。こちらに向かって来ているのは、浦田結衣という女性を監視していた戦艦ル級改flagshipだ。しかし、様子がおかしい。負傷しているのだ

 

「ウ……ウウ……」

 

「何ガアッタ!」

 

 戦艦レ級は駆け寄った。人間が深海棲艦を倒す手段は、持っていないはず。なのに、なぜボロボロなんだ?

 

「結衣ガ……結衣ガ……」

 

 戦艦レ級は気付くべきだった。警戒すべきだった。倒れ込む戦艦ル級改flagshipを抱えていなければ、捕まる事は無かった

 

「結衣ハ、人間ト貴様ヲ超越シタ!」

 

 戦艦ル級改flagshipはナイフで戦艦レ級の胸を突き刺した。深海棲艦の力で召喚した武器なので容易に貫通した

 

「キ、貴様ー!」

 

 戦艦レ級は素早く離れると攻撃するよう命令した。だが、周りの深海棲艦は頭を抱えている。中にはのたうち回っている者までいる

 

「バ、馬鹿ナ!」

 

 戦艦レ級は目の前の戦艦ル級改flagshipに恐怖した。いつも笑顔で海を駆け巡っていた戦艦レ級が、初めて顔をこわばらせた。こんな事はあり得るのだろうか?下級の深海棲艦に命令するなんて。まるで鬼・姫級のような

 

 戦艦レ級は主砲を戦艦ル級改flagshipに向けて砲撃した。相手が不明過ぎるのと身の危険を感じた。こちらの火力は強力だ。戦艦レ級は戦艦では出来ない艦載機の発着艦と雷撃が出来る。戦艦ル級改flagshipに数発砲弾をぶち込むと、艦載機で空爆。そしてトドメの雷撃を食らわせた。この攻撃を凌ぐ船はいない。深海棲艦でも鬼姫級くらいだ

 

 だが、ある光景を見て戦艦レ級は驚愕した。水しぶきと爆炎が収まると戦艦ル級改flagshipは平然と立っていたからだ。いや、艤装は破壊されていたが、何と修復している

 

「ナ、何ガ起コッテイル?何ナンダ?オ前ハ、人間ナノカ?」

 

 戦艦レ級は浦田結衣の存在を感じていた。どうやって戦艦ル級改flagshipになったかは知らない。力を奪ったのはいいとしよう。だが、どう見ても戦艦ル級改flagshipよりも強力だ!戦艦レ級の攻撃を受けてもものともしないなんて!

 

「戦艦レ級、私ハ素晴ラシイ力ヲ手ニ入レタゾ。『超人計画』ト戦艦棲姫ノ血デ私ハアラユル存在ヲ超エタ!」

 

 戦艦レ級に下級の深海棲艦が寄ってくる。まるで、ゾンビのようだ。コイツ、姫級のテレパシーを使って操っている!

 

 自分の部下を撃つ事に躊躇した戦艦レ級は、ここで命取りとなった。仲間から砲撃を立て続けに受けてしまい、大破してしまった

 

 

 

「ナ、何ダ!?」

 

 トラック島でのんびりしていた戦艦棲姫は驚愕した。仲間の様子が変だ。沖合いで爆発音と砲撃音が聞こえたと思ったら、近くにいた下級の深海棲む艦は、頭を抑えた苦しみだした

 

「ワ、分カリマセン……姫級デハナイ、テレパシーデ自我ヲ失イソウデス」

 

 側近に居た空母ヲ級改flagshipは、苦しみながらも伝えた報告に戦艦棲姫は愕然とした。テレパシーは姫・鬼級の特権の能力だ。これで下級の深海棲艦を操り従えている。複雑な交信は出来なくても、距離は関係なく情報共有もできる。地球の裏側でもだ

 

 何者かがその能力を悪用している。しかも、洗脳のようだ!混乱している戦艦棲姫に、1人の女性が近づいてきた。浦田結衣だ

 

「貴様……ドウイウ事ダ。何故私達ノ能力ヲ使エル!答エロ!」

 

「『超人計画』のお陰よ」

 

激昂する戦艦棲姫に対して浦田結衣はさらりと言った

 

「過去に来た二人の深海棲艦の姫級は、ある人間と接触。そこで非人道的な実験をした」

 

 浦田結衣は、提督の先祖である事を伝えた。戦艦棲姫でなく、この場面を見ていた時雨も息を飲んだ

 

 内容は捕まえた時に聞かされたのと同じ。平安時代に遭遇した一族は、知識と力を手に入れた。それだけでなく、深海棲艦を自分達のものに出来るかを研究していた

 

それは……

 

「人間に深海棲艦の血を投与しても、タダの下級怪物になるだけ。強力な深海棲艦の個体の精気を全て吸い取らないと発揮できない。だが、それだけではその個体をコピーしたに過ぎない」

 

ここまで聞くと戦艦棲姫は愕然とした

 

「マ、マサカ!貴様、脳ヲ!」

 

「知っていたのか。脳を弄れば、人間の未知の才能を開花させる事を。過去に重巡棲姫と駆逐古姫がここへやって来た。その一族は、ある結論に達した。いくら深海棲艦と人間は違えど、身体の造りは大まかに似ていると。肉体もだが、脳も改造しないといけない」

 

 戦艦棲姫は唖然とした。この女、本当に人間か?普通の人間ならこんな事はしない。例え、非道な研究員や政府機関でさえ手を出さないだろう。人格多重を引き起こし拒絶反応を起こす。確率は遥かに高い。無駄に金だけ吹っ飛ぶだけだ

 

仮に成功したとしても、人間には戻れるか分からない。と言うより、前例がない

 

「私と私の知り合いである者は、極秘裏で過去に接触した『ある一族』を見つけた。そして、2人が死んで埋葬された墓も。数百年埋もれていたにも拘わらずミイラ状態だったが、私は二つの身体の一部を使い、脳手術を施した」

 

「コ、コイツ!」

 

「貴様は私に血を与えた。人間だから扱えないと。もう、人間の暮らしは出来ないと判断した。だが、私は違う!普通の暮らしなぞ興味ない!」

 

 戦艦棲姫は間違いだったと悟った。洗脳は失敗した。それどころか、逆に利用された!しかも、強くなっている!

 

「今では貴様よりも強イ。私ノ野望ノタメニ軍団ヲ渡シテクレ。コノ世界ノ頂点ニ立ツタメニハ、深海棲艦ノ力ガ必要不可欠ナノダ」

 

 ここまで聞くと戦艦棲姫は、怒り出した。こいつは深海棲艦の禁忌を犯したのだ。よりによって、深海棲艦の力をただの人間が手にしたのなら……怒る以外に何があろうか?しかも、姫級である自分を騙したのだ。プライドが許さない!

 

「仲間ヲ売ルクライナラ、死ンダ方ガマシダ!コノ戦艦棲姫ニ刃向カウトハ!覚悟シテモラウゾ!」

 

 戦艦棲姫は怪物艤装に命じて攻撃を命じた。戦艦ル級改flagshipも攻撃態勢に入った。だが、戦艦棲姫は見抜いた。明らかに従来の戦艦ル級とは違う艤装に

 

「コイツ、艤装マデ改造ヲ!」

 

「ホウ!私ノ戦艦モデルはH42ト呼バレル戦艦ヨ!架空艦ヲ実現シタ!48cm砲ノ威力ヲ食ラエ!」

 

 戦艦棲姫は青ざめた。戦艦棲姫が保有する主砲は16インチ砲……つまり、40.6cm砲である。姫級である自身の強さもあって火力は倍増されているが、相手の方が上手だ!コイツ、私達を倒す気である!ハッタリでない!

 

「沈ミナサイ!」

 

「消エロ!」

 

 双方の砲から火を吹いた。素早く移動し砲撃して、相手の攻撃を躱す。雷のような砲声が轟くと同時に地震のような地響きが起こる。周りの木や建物は砲弾が命中すると木端微塵に吹き飛ばした。近くに居た深海棲艦は、爆風に吹き飛ばされ、小型の駆逐イ級達は海まで飛ばされた。時雨は耳を塞いだ。何という激戦だ!たった2人の戦いで周りが滅茶苦茶だ。結衣は戦いに専念しているためか、テレパシーの呪縛から解かれた周りの深海棲艦達は戦艦棲姫に援護しようとするが、巨大砲弾が飛び交っており、危なくて援護できない。何しろ、空母ヲ級改flagshipは空母組に空爆要請し戦艦棲姫をバックアップするために艦載機を飛ばしたが、結衣の対空射撃でほとんど落とされた

 

「対空射撃ダケデ落サレルナンテ!」

 

 空母ヲ級改flagshipは驚愕したが、時雨は何をしたのか分かった。未来兵器である対空兵器で全て撃ち落したのだ!この時点で既に対空能力を手に入れた!

 

 激しい砲撃戦が繰り広げられる戦い。爆炎と爆風で埃や塵が舞い、何が起こっているか分からない。長く感じられたが、数分だったかも知れない。不意に砲撃戦が終わった。視界が晴れた時に映し出された光景は、衝撃的だった

 

 

 

 戦艦棲姫は、鉄の槍で串刺しになっていた。提督達と一緒に掘り出された時に、刺さっていたのは分かっていたが、実感できなかった。あんなに強い姫級が……

 

 尤も、浦田結衣も無傷ではなく、負傷しており艤装も中破している。しかし、従えたのだろう。補給ワ級が近づくと彼女の前に資源を差し出した。浦田結衣は手を伸ばし物資を体内に取り入れ始めた。負傷や損傷した箇所はたちまち治った。どうやら、補給しただけで体力は回復するらしい。入渠や高速修復を必要とする艦娘とは違う修復力!恐るべき身体能力だ!

 

 深海棲艦を倒さないといけない使命を背負っているのに、時雨はなぜか姫級を応援していた。浦田結衣を倒す手段なんて何でもいいとさえ思った。姫級を倒せるなんて……自分達に倒せるのだろうか!

 

 そんな時、遠くで悲鳴が上がった。時雨は声がする方向に目を向けると、港湾棲姫と北方棲姫がいた。恐らく、戦いが発生した時に駆けつけたが、戦艦棲姫が浦田結衣にやられた映像を見て衝撃的だったのだろう

 

「北方、逃ゲテ!」

 

港湾棲姫の鋭い声に北方棲姫は一目散に逃げた。逃がしたと言うべきか

 

「ヘェ。深海棲艦デモ家族愛ハあるのか。私と違って……いい身分だな」

 

「オ前。何ヲシタ!」

 

 おっとりとした外見とは違い、港湾棲姫は姫級。殺気と威圧感を露わにし、時雨は背筋が寒くなった。過去の映像であるにもかかわらず

 

「見たままの通りだ。戦艦棲姫を殺した。いや、まだ生きているかな?だが、残りはお前だ」

 

「私ヲ倒シテモ深海棲艦ヲ掌握出来ナイ。私達ハ威力偵察デ来テイル」

 

 港湾棲姫は艤装を展開した。滑走路を模した怪物は、威嚇するように咆哮を上げている

 

「ああ、知っている。だが、ワームホールは私の仲間が抑えた。今頃は、塞ぐ事は出来なくても来れないようにしている。つまり、貴様らは孤立したという訳だ」

 

 ゲラゲラ笑う浦田結衣に港湾棲姫は歯ぎしりした。こんな人間がいるなんて。これだから人間はあまり好きではない!

 

「私の駒として働くなら命は助けよう。断るなら戦艦棲姫の二の舞いになる」

 

 串刺しにした戦艦棲姫を地面に投げ捨てるとそのまま蹴りを入れた。力が尽きたのか、戦艦棲姫の身体はサッカーボールのように飛び、地面に激突。深海棲艦の特徴はあるため怪我は無いものの、扱いが酷い

 

「私ハ港湾棲姫。陸上型深海棲艦デアリ、深海棲艦ノ長。オ前ニ明ケ渡スヨウナ愚カ者デハナイ。私ヲ倒シテカラニシロ!」

 

港湾棲姫は浦田結衣を睨み、戦闘態勢に入った。浮遊要塞がどこからか出現し、彼女を守るように浮いている

 

「フン、ならばしょうがない。力ずくデ貴様ラノ軍団ヲ奪ウシカ無イナ!」

 

浦田結衣は戦艦ル級改flagshipに変身した

 

 これを見た時雨は思った。深海棲艦は深海棲艦の考えはあるのだろう。人類に脅かす存在だが、彼女達にも事情はある。だが、港湾棲姫も戦艦棲姫もこの世界を破壊する事は望んではいない。やり方が酷いとは言え、第二次世界大戦を止めるために深海棲艦の力を使う浦田重工業。話し合いすら応じず、自分達のために行動し、例え邪魔が入ろうと全力で排除しようとする深海棲艦。どちらが正義なのか、分からなかった。ただ、分かっている事は港湾棲姫や戦艦棲姫は、浦田結衣とは違い真っ当な考えを持っている

 

「オ前ハ何モ分カッテイナイ。大キナ過チヲ犯シテイル!」

 

「違ウ。全テハ我ラノ意ノママニ……」

 

 港湾棲姫の艤装は口を開いた。口から多くの艦載機が飛び出した。エイのような艦載機と丸い艦載機が混じりあった深海棲艦の航空機は、纏わりつくように飛び回ると、港湾棲姫の指示で戦艦ル級改flagshipに突進した

 

「フフフ……ハハハハハハ!」

 

 戦艦ル級改flagshipは突進した。対空射撃しながら、バカデカイ主砲で応戦する。港湾棲姫も負けじと砲撃を開始した

 

 双方とも譲らない戦い。砲撃の中、肉弾戦まで行われた。まるで、映画かアニメで見た映像が、目の前で繰り広げられている。トラック島が沈むのではないかと思われた

 

 だが、戦いは続かない。いや、結果は分かっていた。だが、認めたくなかった。港湾棲姫が勝てばいいと思ったりした

 

戦艦ル級改flagshipは、歴史通り港湾棲姫をぶちのめした。艤装は徹底的に破壊され、港湾棲姫自身も満身創痍だ

 

「ウワアァァァー!」

 

 陰で見ていたのだろう。北方棲姫は怒りを顕わにして浦田結衣に襲ったが、結衣はパンチ1つで無力化した

 

「愚カナ。私ニ力ヲ与エテオキナガラ、私ノ野望ニ同意しないとは。だが、これでやりやすくなる。人類の兵器が一切通用しない深海棲艦に、驚異的な科学力を持つ近代兵器で、この世界を支配してやる!邪魔する者は全て葬ってやる!」

 

 浦田結衣は笑った。絶対的な力を手に入れた。姫級であるボスを倒し、ワームホールの出入りを妨害した。増援は来ない。周りの下級の深海棲艦は膝を着いて頭を項垂れている。こちらの指示に従うと言う事だ。逃げていった個体もいるが、どうでもいい

 

上空には数機のヘリが飛来した。既に計画は進んでいた。私は浦田結衣。戦艦ル級改flagshipであり、深海棲艦のボス。兄と組んで世界の頂点に立つ!

 

「本当に制圧して掌握しやがった」

 

 高度な文明の発展を遂げた別世界の日本から来た警備隊長は、唖然呆然とした。ここまで無茶ブリをし、人類の敵である深海棲艦を掌握するとは思わなかったからである。他の警備員も同様だ。浦田社長を除いて

 

「流石は妹だ」

 

 浦田社長も笑った。兄は自分が描く理想像を実現出来ると思ったのだろう。私はどうでもいいが、世界の頂点に立つためには組むしかない!

 

 このビジョンを見た時雨は、体を震わした。狂っている!初めの苛められた少女の姿はどこへ行ったのか?哀れみを感じ同情した自分を恨んだ。数日で深海棲艦を掌握するなんて、どんな艦娘でも出来ない!いや、どの国の人達だろうと、出来ないだろう!

 

 歪んだ心は、大きく育ち世界に牙を向いた。国を滅ぼせるような力を持つ深海棲艦のボスを、浦田結衣はバックアップはあるものの事実上、単身打倒した。つまり、浦田重工業はどの組織よりもどの国家よりもはるかに強大な存在を手に入れた

 

 どんな犯罪や虐殺を起こそうと誰にも止められない!誰だろうと、例え国家の元首や国王、大統領ださえ彼女の自由を束縛することはできない。

 

 気まぐれ1つで、国家は滅亡し、社会秩序は崩壊してしまう!いや、既に未来では起こった!

 

 廃工場での夜襲でダメージを与えたが、あれは相手が油断したに過ぎない!今では対策され、より強くなってしまった!

 

(僕は何も出来ない!僕は何も守れない!)

 

 深海棲艦に対抗する存在である艦娘でさえ止められなかった。艦娘ですら止められない深海棲艦が出現したら……僕達はどうなるんだ?

 




おまけ
劉就武(大丈夫だ。テラフォーマーズと和平交渉してすれば、日本の実権を握る事が出来、我が国がヒーローとなる!)
イギリス士官(大丈夫だ。深海棲艦との和平交渉が成立したら、世界の覇者となる!)
祈る者(いやいやいや……君達はバカなの?)
戦艦棲姫(余りにも腹黒過ぎるわ。第一、違う種族との話し合いなんて……)
祈る者・戦艦棲姫((人間と話し合いをすれば禄でもない事くらい、誰でも知っていますよ))


まあ、生まれも外見も異なるから人との対話なんてしないでしょうね。特に人類の敵は。深海棲艦と艦娘が仲良く出来るのは、ギャグ漫画くらいだと思います

また、艦これSSの中でオリ主(オリ艦)が深海棲艦化になる話がありますが、あまり艦娘と全面対決しません
そこで私はこう思います。こんな人もいるんじゃないかと思ったりします

ディオ「俺は人間をやめるぞ!ジョジョーッ!」
ディオ「俺は人間を超越するッ!」

このような腹黒い人がいてもおかしくないかと


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第89話 怪物戦艦の過去Ⅲ ~征服された世界~

秋刀魚イベントはあるんだと感心してしまう私です
それはそうと新艦娘を手に入れるためにバカンスmoodeにしてる深海棲艦を倒す
ダメだ、何か艦娘が悪役になっているぞ?


浦田結衣は、暗い廊下の中を足を引きずりながら歩いた

 

「あそこへ行かなくては……」

 

 浦田結衣は戦艦ル級改flgshipに変身出来ない。いや、変身出来るのだが、先ほどの自爆攻撃で負傷したのだ。まさか龍田が、自分が保有してる砲弾を爆弾に造り変えたのは驚いた。道理で薙刀による攻撃しかしなかったはずだ

 

(クソ、まだ本調子ではない。実戦経験で成長させるしかない)

 

浦田結衣の戦艦ル級改flgshipは第二次世界大戦のドイツ海軍が建造を計画していた超弩級戦艦をモデルとしている。モデルは『H42』

 

 

 

 モデルにした経緯は、浦田重工業と接触した時、戦艦ル級改flagshipの改修に手を付けた。何しろ、戦艦棲姫と港湾棲姫を相手にしないといけない。そのため、浦田重工業の科学技術と例のパソコン……空自の幹部の軍事アドバイスを参考にした。彼はH級戦艦を紹介した

 

 データによると、ビスマルク級戦艦の拡大改良型で、搭載している砲に比べると船体が大きく、防御区画が非常に広いことも特徴的である

 

主砲も魅力的であり、これなら倒せるだろう。『超人計画』と自身の身体を駆使して『H42』に改装する事に成功した

 

 しかし、問題が生じた。確かに強い。48cm主砲は大和型戦艦を超えている。10.5cm連装高角砲や20mm対空機銃なども魅力的だ。だが、48cm主砲弾は当たらなければ意味がない。近距離なら兎も角、遠距離攻撃になると戦艦の主砲は当たる訳がない。虚しく海面を抉るだけである。一方、空母は艦載機さえあれば、遠くから攻撃が随時可能だ。洗脳し支配下に置いた空母ヲ級と模擬戦闘をした所、こちらが敗れた

 

(兄さんは気付いていないが……一尉は軍事学に手を抜いている)

 

 皮肉なことに模擬戦闘した事により、空自の幹部の思惑が見破られた1人でもあった。だが、彼女は伝えなかった。軍事学は良い線まで行っている。なら、それを上手く利用しようと考えたからである

 

 目を付けたのは、戦車とレーダー射撃である。なぜ、目を付けたかと言うと『平行世界』の戦艦は砲も砲弾も製作技術がロストテクノロジー化してるためである。アイオワ級戦艦は湾岸戦争まで使用していたらしいが、この戦艦はどちらかと言うと沿岸砲撃用重砲プラットフォームとして使っていたらしい

 

(なるほど、一尉は見た目で誤魔化したな。確かに砲が沢山あれば強いと錯角している。そのため、維持費がかかるであろうH級戦艦を紹介した……まあ、いい。こちらで調べよう。独自路線になるがな)

 

 結衣はアイオワ級戦艦を真似た。電子機器は一新し、米軍が使用した対空兵器を導入した。対空レーダー、近接信管、40mm機関砲などを備えた

 

 次にMBTである戦車を徹底的に調べた。『平行世界』の艦船の防御が、装甲などの受動的なのからCIWSやミサイルなどの能動的なものに変わったのに対し、戦車は今だに装甲頼りであるか?

 

 応えは直ぐに見つかった。陸上車輌の索敵手段は何だかんだで未だに目視であるからである。必ずしも見通しの利く環境で戦わないため、迎撃対象を発見するのが間に合わないからである。遠距離から一方的に攻撃できる訳ではなく、ガチンコの叩き合いになると装甲頼りは必須である

 

 人型となった深海棲艦は、何も全て『平行世界』の軍艦に真似しなくていい。陸上に上がれば、無敵に近い。装甲も更新し、自身の砲を受けても耐えられる装甲を手に入れた

 

 最後に射撃管制システムだが、これは容易だった。建造しているイージス艦のレーダー射撃を流用すればいいだけの話である。結衣が身に着けたレーダーはOPS-14対空レーダーやOPS-28対水上レーダーであり、海上自衛隊の標準レーダーだが、それだけで十分だ。後は連動するよう兄が改装してくれる

 

 つまり『H級戦艦 H42』がモデルだが、近代化改修を施した戦艦ル級改flagshipである。レーダーも高性能であり、コンピューター内蔵されているため、主砲の命中率は高い。このお蔭で、戦艦棲姫と港湾棲姫を倒せたのである

 

 しかし、装備になじむのは時間がかかる。それを見越したのか、未来から時雨がやって来た。たかが駆逐艦娘と高を括っていたが、ここまでやるとは思わなかった

 

(なるほど、私に敵わないから味方を増やすか……だが、甘いぞ!)

 

 まだまだ、自分自身の能力を高める事は出来る。しかし、軍艦である以上、弾切れや被弾は免れない。治癒能力も修復能力もあるが、かなり疲弊する。変身もそうだが、体力を使うのだ。回復させるには補給が必要である事には、艦娘と変わりない。まさか、龍田が自爆覚悟で攻撃するとは予想外だった

 

 別部屋に補給ワ級が待機している。結衣は補給ワ級が待機してる部屋にたどり着くと扉を開けたが、中を見て仰天した。補給ワ級が倒れており、資源は散乱している

 

「な!これは!」

 

「やっぱりね!こんな仕掛けだと思った!」

 

天井裏から何かが降りて来た。忍者のような身のこなしに結衣は、一歩引いた

 

「貴様!なぜ、ここに!」

 

 バカな!変身を解く前までは龍田以外は遠くに居たはずだ。レーダーに映っていた……が、結衣は川内の姿を見て唖然とした。川内は艤装を身に纏っていない!

 

「アンタと同じ方向を使わせてもらうよ!」

 

「艤装を外してここに来たのか!」

 

 どうやら、龍田を誘拐する時に艤装を取り外して追跡していたらしい。深海棲艦と戦う時は心細いが、彼女の身体能力なら躱せるのは容易だ。しかも、補給ワ級だ。武装は取り外している

 

「補給艦に武装を着ければよかったね!」

 

「チッ、コイツ!」

 

 川内はクナイを手にすると、結衣に襲い掛かる。忍者の武器で艦娘の装備にしては、気休め程度の武器だが、接近戦では役に立つ。無防備な補給ワ級を殺すくらいは出来る。結衣も負けじとばかり応戦し、互いに激しい肉弾戦が繰り広げられた。クナイと毒針の投げ合いまで発展したが、手持ちの武器はそれくらいだ。結衣は疲労で戦艦ル級改flagshipに変身出来ず、川内は艤装を鳥海達の場所へ置いてきたままだ

 

(早く来てよ!)

 

 川内は胸の中で呟いた。苦戦ではないが、彼女から殴られた威力は強烈だ。何しろ、クナイを空中で掴むと握りつぶしたのだ

 

(霧島さん、早く来てよ!)

 

川内は段々と焦った。折角、倒せそうなのに!

 

 

 

 

 

時雨は目を瞑り、耳を塞いだ

 

 これは過去のヴィジョンだ。これから起こる事案は知っている。浦田結衣が、なぜあそこまで狂ったのか。それが分かったからだ。確かに過去の人間関係やいじめで歪んだのは否定できない。しかし、その解決手段が絶対的な力を手に入れる事になるなんて……

 

 早くこの悪夢から目が覚めて欲しい。頬を突っ張ったり、頭を叩いたりしたが、一向に覚める気配がない。時折、聞こえる悲劇の音が塞いだ耳を通して聞こえる

 

「止めろ……悪かった。許してくれ」

 

「嫌よ。因果応報というのを知らない?」

 

 懇願する数々の声。そして呆れる結衣の笑い。そして、銃声と悲鳴。復讐ではない!もう虐殺だ!立場が逆転しただけだ!

 

「つまらない。全員殺しても全く面白くもない。てっきり武器を取って殺しに来ルト思ッタラ泣クダケ。言イ訳ヲスル馬鹿モイル。害虫駆除ト変ワラン。所詮、コノ程度カ。人間ッテツマラナイ存在ダ。戦艦棲姫ノ言ウ通リダ」

 

冷たい声が鼓膜に刺激する度に鳥肌が立った。戦艦棲姫とは違う冷酷

 

 

 

 聞こえて来るのはそればかりだ。時雨は耳を塞いでいる手の力を強めたが、ある言葉が耳が入った事で塞いでいた目と耳を解放した

 

「……艦娘計画?」

 

「そうだ。こちらで妨害を行っているが、奴はやる気だ」

 

社長室にて兄妹との会話。浦田社長は、あまり好ましくない言い方だ

 

「奴は別世界で起こった戦争にて沈んだ軍艦……その魂を具現化させる方法で深海棲艦を対抗するらしい」

 

「別にいいじゃない。退屈していた所よ。浦田重工業が壊滅したという偽装をしてトラック島に引きこもっているのに」

 

「そうではない!その軍艦とやらは、大日本帝国海軍の軍艦だ!あの軍国主義が造った船だぞ!禄でもないはずだ!」

 

 浦田社長は、吠えた。浦田社長は、平行世界において第二次世界大戦から21世紀までの歴史を知っている

 

「深海棲艦が駆逐されたらどうなる?第二次世界大戦と呼ばれる戦争が起こるのは目に見えている!」

 

「考え過ぎじゃない?人間同士、争って沢山死んだら、こちらのやり方がやりやすいんじゃない?」

 

「そんな事あるものか!科学技術が飛躍して発展する可能性だってある!何らかの拍子で対抗手段を手にすれば、深海棲艦が狩られる!折角、強力な軍団を手に入れたと言うのに!」

 

 浦田社長の考えは、一理ある。深海棲艦に対抗出来る兵器が艦娘以外であるなら、深海棲艦は狩られる事に成る。……艦娘は首になるだろうが

 

「だから、『狂人』と呼ばれる左遷された海軍大佐を殺すよう命じたのね」

 

「息子が再稼働するとは思わなかった!」

 

「でも、いいチャンスよ。深海棲艦に効果あるなら、立派な実戦経験を積める。そういう計画だったけど?」

 

 この会話を聞いて、時雨は思い出した。未来の記録だと、提督は艦娘計画を再稼働して、海軍編入されるまで民間企業として艦娘と一緒に運用していた。父親が殺されても稼働したのは感心するが、このヴィジョンを見た時雨は嫌な予感がした

 

 これは未来のヴィジョンだ。つまり、浦田重工業側のものだ。自作自演で浦田重工業はトラック島及びハワイ島に要塞を築き、移住している。……何もなければいいのだが……

 

不安を抱える時雨を他所にヴィジョンは進む

 

「それで私に何をしろと?」

 

「予定通り、まずは大国を潰す。イギリスとアメリカを攻撃しろ。徹底的にだ」

 

「それじゃあ、引っ掻き回すのね」

 

平然と会話する2人。時雨は青ざめたが、残念ながら場面が変わった

 

 

 

今度は海上だ。

 

いや、そうではなかった。川のようだ。何処なのかを見渡したが、ある建造物を見て驚愕した

 

「自由の女神……」

 

 時雨は浦田結衣が、どこにいるのか理解した。何と、アメリカのニューヨークにいる!彼女の周りに次々と深海棲艦が浮上する。重巡リ級、軽巡ツ級、空母ヲ級、空母ヌ級、戦艦ル級……

 

「タ級ハテムズ川ヲ遡ッテロンドンニ到着シタ」

 

『いいだろう。攻撃を開始しろ』

 

「待って!」

 

 時雨は叫んだが、次の瞬間、深海棲艦全員は砲という砲を発射した。空母ヲ級、軽空母ヌ級は艦載機を全て繰り出してマンハッタン島を襲う

 

 珍しそうに眺めていたニューヨーク市民は、驚愕した。深海棲艦が攻撃してきたのだ。陸地に興味なく、陸に砲すら撃たない深海棲艦が、なぜ急に変わったのか?

 

 だが、考える暇は与えてくれない。橋やビルを破壊し、道路や航行している船を攻撃する深海棲艦にニューヨークはパニック状態だった。駆けつけた米軍も歯が立たない。通常兵器は一切効かないからだ。駆けつけたP-40『ウォーホーク』やF4F『ワイルドキャット』の戦闘機や建物に隠れながら深海棲艦に砲撃するM3中戦車と一〇五ミリ榴弾砲、そして六〇ミリ迫撃砲も必死に応戦した。だが効果は一切なく、戦艦ル級と空母ヲ級の艦載機によって食われたのである

 

 それどころか、戦艦ル級や重巡リ級達はマンハッタン島に上陸すると無差別に逃げ惑う市民や街を攻撃した。巨弾がホテルやレストラン、遊園地などで炸裂した。食い止めようと米陸軍の地上部隊が駆けつけたが、勝負は一方的でオモチャの兵隊のようにバタバタと倒れた。何しろ、戦車砲が直撃してもけろりとしている。米軍の心を打ち砕くには十分な戦力の差だ

 

「もうダメだ!」

 

 部隊が次々と全滅するのを目の当たりにした米軍の司令官は、撤退指示を出した。このままでは、全員死んでしまう!戦うよりも国民を避難優先させるよう指示を出した。

 

 

 

「何ダ、米軍ダカラ沢山引キ連れて来たのにあっけないわね」

 

浦田結衣は呆れるように呟いた。深海棲艦は通常兵器が効かないのもあるが、深海棲艦自体も強い

 

「やれやれ、折角だから土産にこいつを頂こうか?」

 

 戦艦ル級改flagshipに変身すると主砲全て、ある方向に向けた。それは、自由の女神である

 

 強力な艦砲が一斉射撃したのだからたまらない。自由の女神は木端微塵に打ち砕かれ、破片となって崩れ落ちた

 

「良い土産だ」

 

 落下し水しぶきを上げながら沈んでいく自由の女神の象徴たる松明を潜水カ級達に命じてサルベージするよう命じると、付近に航行していた貨物船に載せると撤退を命じた

 

 

 

 アメリカとイギリスを徹底的に叩いた浦田結衣は、自身のアンテナを使ってラジオを聞いていた

 

『――親愛なる合衆国国民に、いや、現在この放送を聞いている全人類同法諸君に申し上げます』

 

米英大都市を攻撃した翌日、アメリカ政府は重大発表が行われた

 

『既に報じられている通り、現在、我が合衆国領土、及びイギリス領土で深海棲艦による攻撃を受けました。深海棲艦はご存知の通り、人類とは異なる生命体以外の事は不明です。深海に棲み、人類や陸には興味なかった彼女等は、本格的な侵略を開始しました』

 

『数時間後には、欧州とアジア各国で深海棲艦が暴れており、予断を許さない事態です。これまでのところ深海棲艦は、戦闘行動を中止する動きを見せません。交渉もなく、呼びかけにも応じません。彼女達の意志は明白です。この世界を征服し、人類に替わる支配種族として君臨する事です。人類以外の知的生物が、我々に敵対しているのです』

 

『全世界の人類、全世界の土地、全人類の利益が大きな危険に晒されています。しかし、現在でも人類は一致団結して立ち向かう態勢下ではありません。我々は既に人類以外の知的生命体による侵略行為を受けているにも拘わらず、人類同士で争っているのです』

 

『人類は、今史上最も重大な戦いを迎えようとしています。現在世界で行われている戦争全ての即時停戦、並びに深海棲艦を対象とした全世界の軍事同盟の締結を呼びかけ、必ずやハワイ、そして海を人類の手に取り戻し、敵を根絶やしにすると誓います。勝利なくば我々人類の破滅に繋がる戦いです。アメリカ、そして全人類に神のご加護があらんことを』

 

 このアメリカ政府の発表に対してアメリカ国民は、熱狂した。議員も軍人も立ち上がって拍手しているらしい。この大統領演説と偵察機によって中継された映像を見た浦田結衣は、大袈裟に笑った

 

「ヘェー。人類ノ危機……ヨク、言エルワネ。人類ノ絆ナンテ脆イモノヨ」

 

結衣は無線通信して、社長に指示を出した

 

「兄さん……いや、『主』。チャンスよ。人種差別されている人達や植民地の現地民に武器と携帯食料を投下して。こちらは軍事施設や交通網の破壊に専念する」

 

『既に実行している。ジャンボジェット機で積んでいる最中だ。一万メートルという高高度から投下する』

 

 高高度から物資を投下するらしい。まだ、ジェット機は存在しておらず、高高度を飛ぶ戦闘機も存在しない。B-29も登場しておらず、レシプロ機でも、高度1万メートル以上を飛ぶにはターボチャージャーと言われるものが必要であるが、そんなものは後の話だ

 

 インディアン、黒人、植民地であるアジアやアフリカ各国の現地民、そしてソ連によって弾圧された少数民族に、武器弾薬と医薬品、そして食料を投下した。励みになる書類を出して。初めは警戒した彼等だったが、親切心でやっている深海棲艦と謎の支援者に手を出した。彼等は、この世界危機を他所に独立運動やデモを行った。独裁政権で強制収容所にいた人達を解放する始末である。長年虐げられた怨みは、そう簡単に拭えるものではない。密かに支援してくれる存在によって、現地民は欧米軍に攻撃した。その中で一番、泥沼化したのが中国である。何しろ、中国では漢民族以外の少数民族をたくさん抱えているからである。挙句の果てには中国国民党や中国共産党とは違う勢力が出る始末である。特に香港では、悲惨だった。植民地としてのイギリス統治していた事もあり、武器を持った中国人はイギリス人を追いやった。中には残虐行為までしている人達もいる

 

 このような事が世界各地で多発していたため、世界は人類同士の戦いへと突入した。そのため、深海棲艦はやりたい放題である。アメリカやイギリスが呼び掛けた人類団結は、空振りになり始めた。アメリカ自身も、黒人とインディアンの蜂起に手を着けなければならないし、イギリスも植民地を次々と失う始末だ。ドイツもソ連も戦艦ル級改flagshipが政府高官全員皆殺ししたため、国内は大混乱に陥った。独裁者という求心力を失った国は、大混乱するのが定めである。そこを狙われた

 

 ヨーロッパも大規模な攻撃を受け混乱するなか、人々は人類の敵よりも人間同士、争う事を選んだ

 

 時雨は、このやり方に複雑な気分だった。艦娘は、国や人を守らないといけない勤めがあると教わったが、その信念が揺らいでいた

 

 人間は、一致団結すらしない。倫理や社会が崩壊すると、こうも崩れ去るのか?なぜ、人類の敵よりも同胞を争うのか?

 

 

 

 

場面が変わり、時雨はある光景を見て驚いた

 

「佐世保……」

 

 そう、景色や港の風景を知っている。『艦だった頃の世界』でもよく知っている場所……佐世保だ

 

 そんな場所に、レンガ造りの鎮守府が立っていた。未来で海軍編成して間もない頃の時

 

 敷地内では、顔を知っている仲間達がいた。赤城、加賀などの空母組や高雄達の四人組の重巡が楽しそうに話している。神通や吹雪達もいて楽しそうだ。このときはまだ、時雨は建造されておらず、複雑な気持ちだ

 

 だが、このビジョンは悪魔の立ち振舞いを見せるものだと気付いた時雨は、仲間よりも浦田結衣を探した

 

 敷地外に眺めている女性がいた。顔は違うが、間違いない。浦田結衣だ。外見の変形は出来るが、性別までは出来ないらしい。しかし、時雨は浦田結衣が浦田社長とは違う考えを持っていると感じた。彼女の目には、怒りでも憎悪でもない

 

軽蔑と妬みだ

 

 

 

 浦田結衣は艦娘を見ていた。ここのところ、日本の近海を中心に海が奪われるという報告を耳にした。しかも、深海棲艦を倒せる力があるらしい。どんな軍団なのか?さぞかし精強だろうと思ったが、実際に目で見ると呆れ果てた

 

「こんな奴が……深海棲艦を倒しただと?ただの……少女が……」

 

 信じられなかった。どう見ても、ただの少女だ。艦娘というのは、女性兵士か何かと思っていたが……

 

「私は力を求めて人間を辞めた。人の道を外してまで手に入れた。後悔は無い。だが、コイツらは人の姿を保ったまま力を手に入れている」

 

 浦田結衣は、艦娘に嫉妬した。自分とは違う力に。そして、軽蔑した。まるで自分が通っていた高校生時代の事を。虐められる前までは、楽しい学生生活だった。にも拘わらず……姉妹艦同士で仲良くし、『狂人の息子』として世間から笑い者にされた青年も出世している

 

「すみません。この鎮守府に用がありますか?」

 

 ふと見ると小学生から中学生前半くらいで政府を来た少女が声を掛けた。色々と考えていた事もあり、気付かなかった

 

「いや、軍の施設なのに女子校のようになっているから不思議がっていたところだ」

 

「そうだったんですか。安心して下さい。私達は艦娘ですから」

 

 その少女はこの施設を説明していた。何でも、奪われた海域を奪還するために戦っているだとか

 

「申し遅れました、私は吹雪です」

 

「そうか。女の子が戦場へ行くなんて、お前の司令官は酷い事をするもんだ」

 

「そうではないですよ。私達は私達なりの戦いをしているんですから」

 

吹雪は不満そうに反論した

 

「でも、珍しい意見ですね。ここの街の人はあまりいい顔をしませんから」

 

「どういう事だ?」

 

結衣は訝し気に聞いた。何の不満があると言うのだろう?

 

「いや、あまり言いたくはないのですが、私達艦娘に対して街の人は、陰口で言っているんです。『艦娘は出来るだけ市民の前に出て来ないでほしい』とか『艦娘は怖い』とかで。睦月ちゃんなんて豆腐を投げつけられたくらいで」

 

「つまり、差別と偏見に晒されているって事か?」

 

「あ、いや。別に全員という訳では無いのですよ。ただ、深海棲艦よりも私達を冷たい目で見るなんておかしいかなって」

 

吹雪は慌てて言ったが、結衣にはある感情が沸き上がって来た

 

(コイツら……差別されているのに抗議すらしないのか?)

 

 結衣はますます、艦娘に対して嫉妬した。自分とは違う存在。私は人間を辞めているのに、艦娘は人間に近い存在。どうも納得しない。世間では、兵器だとか深海棲艦に似た性質を持つ怪物とかが流れていた。しかし、結衣は違った。なぜ、こいつらは人間のように暮らしていけるんだ!

 

だが、そんな感情を表に出さずになだめるように言った

 

「大丈夫。どうせ、そんな人達は口先だけだから」

 

「え?」

 

 吹雪は戸惑ったが、結衣は吹雪から去った。よく分からない女性を見送っていた吹雪に白い軍服を来た海軍士官。提督が近づいてきた

 

「どうした、何かあったか?あの女性、こちらを観察していたような気がしたが」

 

「ううん。何でもありません」

 

 吹雪は笑顔で答えた。悪い人間ではなさそうだと判断した。だが、このヴィジョンを見た時雨は、胸騒ぎがした。今の言葉に引っかかっていた

 

 

 

 場面が変わり、今度は何処かの会場だ。ある市民団体が集まっているらしい。時雨は壁に掛かっている垂れ幕やプラカードを見てショックを受けた

 

『艦娘を佐世保から追い出そう!』

 

『奴らの人間への好意は口だけだ!』

 

『兵器に人権はいらない!』

 

 艦娘の悪口ばっかりである。しかも、集まっている人がとても多い。全員鉢巻を巻いている

 

「それでは、田中さん。貴方は艦娘が深海棲艦と戦う所を見たと」

 

「はい、そうです」

 

 時雨は田中という苗字にギョッとして振り向いた。その女性は間違いない!衛生兵に化けて近づいた姿。ビルに潜入する際、提督は見破ったが、この者達は気付きもしない

 

何をするのか……時雨は反艦娘団体の主張で不快に思っていた事は全て吹き飛んだ

 

「彼女達の武器は、軍艦に搭載されている兵器と同様の力を得ています。例えば、駆逐艦が持つ主砲。あれは車一台を簡単に破壊する力を持ちます」

 

この証言に全員がどよめいた。この言葉で周りからは声が上がった

 

「なんて事だ……そんな少女が街をうろつくなんて」

 

「だから、艦娘配属は反対だって言ったのに!」

 

「こんな異質な存在を政府が認めるなんて。大本営と海軍は何を考えているんだ!?」

 

身勝手な意見しか言わない人達。しかも、誰も艦娘を庇う人はいない。全員一致らしい

 

「では、貴方達は艦娘をどう思っているのですか?人間ではないと?」

 

「艦娘が人間?では、艦娘に性質の似ている人型深海棲艦は人間だって言うのか!ふざけんな!」

 

1人の男性の叫びに会場は拍手喝采だった

 

「もう、我慢ならない!鎮守府に行って文句をいってやろう!」

 

「まあ、待ってください。貴方達はそれを何回も実行しましたが、憲兵達に阻まれている。無駄ですよ」

 

田中……いや、浦田結衣は指摘した

 

「では、どうしろと?」

 

「簡単な話です」

 

 結衣は指を鳴らすと1人の男性が入ってきた。その人は、結衣にくっついていた犯罪者だった。その者は鞄を抱えている。取り出した物を見て、全員が驚愕した

 

「な、何だ……これは?」

 

「銃です。こっちは手榴弾――」

 

「そうじゃない!何でこんなものを持ち込んでいる!」

 

あれほど騒がしかった会場は、水を打ったように静まり返った

 

「何って艦娘が嫌いなんでしょ?だったら、殺してしまいなさい。必要なら重火器も上げるわよ」

 

「いや、お前……」

 

 市民団体は、思考停止状態に陥った。ここまで直球に提案する人は、始めてだったからだ

 

「我々は人殺しでは――」

 

「あれ?貴方達は先程までこう言っていませんでした?『艦娘は人間じゃない』って。言い換えれば、艦娘殺しても殺人すらならないんですよ?」

 

「確かに艦娘は人間ではないと言ったが、それとこれとは違う!」

 

「艦娘を猪と見て殺せばいいじゃない。脳内変換すれば――」

 

「短絡的な事で解決しようとするな!」

 

白髪が混じった男性が、不愉快そうに言った

 

「深海棲艦と艦娘。どれも人には出来ない化け物だ。これらの関係性も分からないため抗議しているだけだ」

 

「つまり、仕組まれていると?」

 

「全て偶然と思っているのか?」

 

 老人は自論を述べ始めた。だが、浦田結衣は聞き流した。なぜなら、どうでもいい考えだからだ

 

「現実はもっと残酷で、また気まぐれだ。都合良く人類の敵が現れた思ったら、人類の味方が現れる。そんなのは、それこそフィクションの世界だけだ」

 

「恐らく、なんらかの意図が絡んでいると、そう考えてもおかしくないだろう」

 

「何が言いたいのか、結論から言おう。この世界は、もう終わっているんだ。神に見放されたのだ。それを――おい、なぜ欠伸をしている!」

 

老人は、目の前の女性が大きな欠伸をしてつまらなさそうに聞いていたからである

 

「さっさと言え。お前は何が言いたい?」

 

「深海棲艦と平和条約を築く」

 

 あまりの突拍子のない意見に浦田結衣は、鼻で笑った。目の前の女性の態度が変わった事で市民団体全員は結衣に睨んだが、彼女は全く気にしない

 

「不可侵条約を結べば奴等は攻撃して来ない。奴等は知性があるとある雑誌で読んだ」

 

「その通りだ。条約締結すれば、戦う必要もない。艦娘を絶対の存在とは思わないほうがいい。第一、人間じゃないんだぞ」

 

「ワシらは艦娘のように艤装を付けることが出来るか?海の上を自由に走れるか?通常兵器すら傷つけられない深海棲艦に傷を付けらるどころか、奴らの攻撃を喰らっても生きていられるか?どういう仕組みなのか、誰も説明しない」 

 

「艦娘は『感情を持つ兵器』だ。化け物に過ぎん!」

 

 賛同のような声に老人は、緩めた口許を更に歪ませ、不気味な笑みを作り上げた。これで、相手は艦娘を嫌うはずだ。だが、彼女は呆れる始末だ

 

「では、深海棲艦は素晴らしく、正義の存在だと?」

 

「人の話を聞いていたか!化け物が――」

 

「やれやれ。反艦娘団体とやらを興味あって近づいたが、どうやら本当に口先だけの人間集団らしいな。自分は安全な所にいて、力も無いくせに悪口しか言わない。挙げ句の果てに人頼みとか――コイツらを駒としようと考えていた私がバカだった」

 

 市民団体は狼狽した。段々と彼女から放つ威圧感に。冷や汗が出てくる。野次も次第に無くなり始めた

 

「米国の黒人やソ連の少数民族は使えたが、コイツらは使えないとは。仕方ない。反艦娘のゲリラはこちらで編成するか。『主』に頼むしかない。それにコイツラハ、昔ノクラスメイトト同ジダ。マア、コノ程度ノ考エシカ無イト思ッテイタガ」

 

「え?な、何だ……お、おお前――」

 

「気ガ変ワッタ。全員、皆殺シダ。コンナ奴等ノ命ノ価値ナゾ全ク無イ」

 

 浦田結衣は本性を表した。戦艦ル級改flagshipに変わり武器を乱射したため、会場は阿鼻叫喚となった

 

「深海棲艦だ!人に化けるなんて!」

 

「嘘だろ!逃げろ!」

 

「駄目だ!ここの会場は、深海棲艦に囲まれている!」

 

 今までの威勢は何処へ行ったのか?市民団体は浦田結衣に怯え逃げ出した。しかし、いつの間にか出入り口という出入り口に下級の深海棲艦が包囲されており逃げ道は無い。警察や憲兵とは違い、殺す気でいる。重巡リ級と軽巡ツ級達は主砲副砲、そして機銃を乱射し、駆逐イ級は戦車のように突進してくる。人は飛ばされ、撃たれ、殴られながら次々と死んでいく。深海棲艦の出現に阿鼻叫喚となる人々。時雨は、何も出来ず、呆然としていた

 

 

 

「ひっ……い、いいい命だけは……」

 

 大勢殺され、会場は血の海になり、人の死体の山を築きあげていた。男2人と女性5名が生かされているだけ。学生らしい歳の人もいる

 

「サテ、ドウデモイイ話ばかりだったが、気に入った所はある。深海棲艦と友好条約を締結して平和を築くだって?」

 

「あ……ああ……」

 

「ま、どうでもいい。能天気どころか自ら戦いもせず、文句しか言わない。そんな奴は、要らん」

 

 浦田結衣は呆れていたが、していた。変死体となった老人からあるファイルを奪った。それは……

 

「貴様らは艦娘を追いかけ回しているのか?まあ、艦娘の名簿を持って帰るとしよう。ありがとう、私達の天敵の情報や人数を詳細に教えてくれて。これで心置きなく、艦娘を倒す大義が出来た。礼を言う」

 

「嘘だ……嘘だ嘘だ!深海棲艦は陸を攻撃しないって!」

 

 男性は絶望した。このような事態になるとは思わなかった。この市民団体には自分の妻も息子もいた。それが、深海棲艦に殺されゴミのように捨てられているのだから

 

「自分の都合のいい話しか聞かない奴は、役に立たん。お前の敵はどっちだ?私か?それとも、艦娘か?」

 

「テメー殺してやる!」

 

 隠し持っていたのだろう。包丁を手にすると結衣を刺し殺そうとした。だが、結衣は難なく受け止めると粘土のように曲げてしまった。それどころか、副砲を使って腕を吹き飛ばした

 

「ぎゃあああ!」

 

「人間に近い艦娘は毛嫌うほど差別しておいて、人間ではない深海棲艦と友達になれる。そして、何かの陰謀だと社会か政府のせいにする。フン、この程度の発想が、お前達の人間の限界と言う事か。どうでもいいが、呆れる」

 

 もう一人の男を射殺する浦田結衣。こんな理不尽な事を想定していなかったらしい。いや、艦娘ばかり敵視するあまり、肝心な事は考えていない間抜けなのか?

 

「おい、何だこれ!」

 

そんな中、1人の男性が入ってくる。それは昔、出会った犯罪者だ。顔は嬉々している

 

「お前がこんな立派になってるとは思わなかったぜ!」

 

「お世辞はいい。だが、私の手を借りず脱獄した事は褒めてやる。脱獄の祝いだ。そこの五人の女性、好きにしていいぞ」

 

 震えていた女性達は悲鳴を上げた。逃げようとしてる女が2人いたが、軽巡ツ級に殴られた。腕を吹き飛ばされた人は何が起こっているか、分からなかった。深海棲艦が人を雇っている!?

 

「お前も元は女だろ?いいのか?」

 

「構わん。私は女性にも虐められた。可哀想なんて思いもしない。数分後にはここを爆撃する。さっさと連れて帰れ」

 

 犯罪者は喜びの余り捕らえられた女性を連れ去った。片腕を失った男は、逃げるように去ったが、結衣は追いかけなかった。どうせ、何も出来はしない。それに、誰も信じないだろし、誰も同情しないだろう。人類の味方である艦娘を嫌ったのだ。深海棲艦から攻撃受けて目が覚めたとしても遅すぎる。数分後、空母ヲ級の艦載機による空襲で全て吹き飛ばされた

 

 後日、片腕を失った男は、自殺した。病院へ行き今までの出来事を警察や憲兵に訴えたが、誰も相手をしなかった。せいぜい、治療と調査と被害報告を聞いただけである。しかも、人に化ける深海棲艦がいると訴えても、誰も信じなかった。浦田結衣の予想通りに誰も相手をしなかった。深海棲艦の脅威からから守ってくれる艦娘を嫌っている人が、今更助けを求めるなんて何を考えているのか?周りは冷たい目しか見ていない

 

腕だけでなく、何もかも失った男性は自ら命を絶つのは時間の問題だった

 

 

 

 このおぞましい光景に時雨は、泣き出した。確かに艦娘を快く思わない人もいるだろう。だが、敵はそんなものを区別する事なく襲った。使えないと分かると切り捨てる。使える者は雇い、使えない者は問答無用で襲う

 

……もう、人ではない。怪物だ

 

 

 

場面が変わり、今度は海上にいた

 

『深海棲艦に近代兵器を搭載した。空母ヲ級改修はまだだが、軽空母はヘリ空母として、軽巡ツ級はミサイル駆逐艦風に改修した。後は――』

 

「もういいか?兵器システムは全て目を通した」

 

『分かった』

 

 心配するのはいいが、無線で何を言っているのか?艦娘のお蔭で巡回して航行している深海棲艦の艦隊が、艦娘によって撃破される。偵察機を上げて観察したが、艦娘はいい気になって航行している。潜水艦娘が3人いるが、呑気なものだ

 

「さあ、いい気になっている潜水艦を沈めるとしよう。対潜ヘリで始末しろ」

 

「止めて!」

 

 時雨は声を上げた。何が起こるか理解した!これは、未来の映像だ!日記で読んだため何が起こったか、分かっていた。だが、叫ばずにいられない!軽空母ヌ級から黒く塗り上げられたSH-603機が吐き出された

 

時雨は走り出した。ヴィジョンなので、航行は出来ない。この日に航行していた潜水艦娘は確か、伊8と19、伊58……

 

 無駄だと分かっていても、身体が動いてしまう。だが、ヘリの方が早い。あっという間に追い抜き小さくなっていく

 

 そして遠くまで飛び、ある地点まで着くと空中停止した。次の瞬間、3機のヘリから何かが発射されるのを見た。白煙を上げて海に落下する

 

「ダメだ!逃げて!」

 

 叫び声も虚しく、別の場所で水しぶきが上がった。何が起こった分かった。撃沈したんだ

 

 この次に起こる出来事を時雨は知っていた。艦娘と深海棲艦のパワーバランスが狂ったのだ。兵器の性能差で艦娘は狩られる事となった

 

 霧島、瑞鶴、隼鷹、利根、五十鈴そして初霜が対空ミサイルと対艦ミサイルだけであっさりと片付けられた。相手は何が起こった分からなかっただろう。艦載機は片っ端から墜とされるし、砲雷撃戦も戦艦の主砲に入る前にミサイルでやられる

 

「未来兵器、強過ギダロ?」

 

大破しよろめきながら尻尾を巻いて逃げる霧島達を、戦艦ル級改flagshipは遠くから見て呆れていた。これでは、戦争にもならない。全滅するのも容易い

 

時雨はもう耐えられなかった。結衣が艦娘に何をするのか、分かっていた。己を強くするために艦娘を狩るだろう。そして、自分のはけ口として捕まえる

 

世界がどうなろうが、知った事はない。世界の頂点に立つために手段は選ばない。例え、国を滅茶苦茶にするために、赤い水を悪用して環境破壊する事も

 

 

 

 そのおぞましい映像の始まりを告げるのは、遠征の帰還の艦隊をステルス戦闘機で爆撃するものであった。次に聞こえてくるのは悲鳴と怒号。艦娘の砲声が聞こえたが、数十秒で沈黙してしまった

 

 時雨はそれを見るなり、恥も外聞も捨てて背を向け、そして耳と目を閉じた

 

(何も出来ない……僕には何も出来ない……)

 

 一秒が永遠に感じられるような感覚を独り耐えながら、ひたすら時間が過ぎるのを待った

 

 

 

耳を抑えていた時雨だったが、あるラジオ音を聞いてハッとした

 

『……暗黒の日が今も続いています。まるで地獄の門が開き、我々の前に悪魔が現れたかのようです。深海棲艦の姿形そして大きさは様々ですが、大半は成人女性の姿のようです。深海棲艦からは何の要求もなく、交渉可能なリーダーもいません。深海棲艦の目的はどうやら人間社会を滅ぼすだけのようです。沖縄――』

 

このラジオは知っている!時雨自身が建造した日だ。だが、目に映ったのは、自分自身がいた基地ではなかった。海上だ

 

堂々と立っている戦艦ル級改flagshipの前に肩を抑え、うずくまっている巫女の女性がいた。頭から血を流し荒い息をしている。艤装も破壊され大破状態だった

 

「オ前ガアノ金剛?活躍シタ戦艦ニシテハ弱イナ」

 

「よくも……榛名を!許さないデース!」

 

 金剛は立ち上がると主砲を向けた。しかし、戦艦ル級改flagshipの方が早かった。全砲門発射した砲弾は、金剛の艤装諸共、破壊した。水しぶきと爆発音が収まった時には、金剛はいなかった

 

「そんな……嘘だ!」

 

時雨は金剛と榛名には、会っていない。建造された時には、沈んでいた。分かっていたが、それでも悲惨だった。金剛の最期を見たのだろう。長門が突進し戦艦ル級改flagshipに挑んでいた

 

砲撃戦が繰り広げられたが、時雨は再び目と耳を塞いだ。後の事は知っている。もう一度、仲間である艦娘が死ぬのを見たくはなかった

 

 

 

 

 

どれくらい経ったのだろうか?不意に聞き覚えのある声が聞こえた

 

懐かしい声が……

 

「山城?」

 

 そうだ。この声は山城だ。確か未来で沈んだはず……。いつも、不幸と嘆いていた。会いたかった仲間。そして、思わず目と耳を開けてしまった

 

目に入り込んだ凄まじい光景に時雨は絶叫した

 

山城は吊るされ、全身傷だらけだ。戦艦ル級改flagshipが自分にされた光景

 

 鎖は部屋の天井から伸び、山城の両腕を固定し釣り上げ、立たせ続けている。両足はバタつくことができないように重りが取り付けられている

 

「お願い、知らないの!新型兵器が何なのか……」

 

「どいつもこいつも同じ事を言う。海軍大将もだ。下手すると殺してしまうぞ。まあ、貴様らは死なないがな」

 

 山城の目の前には、弓を構える戦艦ル級改flagship。弓矢はどう見ても空母艦娘のものだ。奪ったのか

 

「姉様に合わせて。無事なの?」

 

「新型兵器を教えてくれたらな!」

 

 浦田結衣は戦艦ル級改flagshipであるため、弓矢は艦載機にはならない。しかし、矢の威力は強力だ。何しろ、和矢は鉄製のフライパンを貫通する威力があると効いた事がある。しかし、結衣が手にしていらいる矢の先端は、丸みを帯びており、刺さる心配はないがその分、打撃力が強化されている

 

 

 

 山城は矢に射たれる度に悲鳴を上げた。当たった場所には紫の痣ができ、体のあちこちから流血している

 

「飛龍とかいう空母の弓矢は、凄いのを持ってるな。どうだ?嘗ての仲間の武器にいたぶられる気分は?」

 

「悪魔!飛龍を沈めるなんて!あんたは――がはあぁぁ!」

 

 罵る山城に対して、結衣は山城に向けて矢を放つ。放たれた矢が高速で飛来し、腹部にめり込んだからだ

 

しかし、倒れこむこともできないため、山城はそのまま立たされたままだ

 

「ああ、そういえばお前の姉は、私が沈めた。余りにも鬱陶しかったから」

 

突然の告白に山城は、顔を強ばらせた

 

「でも、面白かったな。模擬海戦で私に勝ったら妹を解放してやると言ったら、乗ってきたよ。当然、ミサイル数十発食らわせた。それでも沈まず、私に挑んで来たからトドメは私が沈めた。中々、タフだったぞ」

 

「よくも……よくも姉様を!殺してやる!姉様を殺したあんたを――」

 

 しかし、それ以降の言葉は山城から出なかった。戦艦ル級改flagshipは、山城に強烈なパンチを食らわしたからだ。手加減なし。拘束していた鎖は切れ、山城は今度こそ吹っ飛ばされ倒れた

 

「フン、新型兵器を探れと言われたが、ここまで難航するとはな。アイオワとお前達のボスである提督、中々やってくれる」

 

痙攣し気絶して倒れている山城を、ゴミのように引きずり出す

 

 

 

 結衣が手にして向かった先はある牢屋である。地下室に降り、扉の前に立つ。鍵を開け、中に入ると中から凄まじい悲鳴の数々が、部屋の中から響き渡った

 

 未来の戦争で行方不明になっていた艦娘達がいた。全員、ボロボロで怯えきっている。例外なし。駆逐艦娘から重巡、戦艦娘まで……。海外艦娘であろう者もいる

 

「山城……みんな……そんな。酷い!」

 

 分かっていた、時雨も捕まった時も戦艦ル級改flagshipに拷問された。強力な力を付けた結衣は、艦娘相手を徹底的に痛め付けていた。そのため、己の敵である艦娘を見下している。いや、反艦娘団体よりも酷いかも知れない

 

人権は完全に無視。監禁し、放置。暴力は振るわれ、全員怯え切っている。食事は出るが、粗末なものだ

 

「はあぁぁ!」

 

 それでも、立ち向かう者はいた。那智と加古だ。だが、どこから現れたのか?重巡リ級が立ちふさがり警棒を取り出すと、立ち向かう重巡二人殴り倒した

 

「「ぐあぁぁ!」」

 

 2人は苦痛で悶絶した。数少ない抵抗も刈り取られたのだ。そして、追撃するかのように戦艦ル級改flagshipは部屋の隅っこの方で怯え固まっている所へ主砲を向けた

 

「止めて!」

 

 ボロボロで全身傷だらけにも拘わらず、駆逐艦娘達を守ろうと立ちはだかる物がいた

 

……阿賀野だった

 

 悲痛な懇願で身を挺してまで守ろうとしている阿賀野を見た戦艦ル級改flagshipは、阿賀野に向けて主砲を発射した。戦艦の主砲弾をまともに受けた阿賀野は、飛ばされボロ人形のようになって飛ばされた

 

「イイカ。今度逆ラッタラ、抵抗スル者ニ加エテ、誰カヲ罰スル。何時ニナッタラ学ブンダ?」

 

「鬼!悪魔!私達をこんな事をして!」

 

「ヘェ?コノ状況ガ分カラナイ人ガ居タナ。聞キ間違イカ、蒼龍?」

 

 戦艦ル級改flagshipは飛龍の弓を引くと、矢を放った。轟音を撒き散らしながら、蒼龍の頭に直撃した

 

「中々、思イ通リノ所ニ当タラナイナ。目ヲ狙オウトシタノニ」

 

 戦艦ル級改flagshipは嘲笑っている中、高雄は気絶している蒼竜に駆け寄った。矢は蒼龍に刺さっていないものの、丸みを帯びた矢の打撃力は凄まじい。脳震盪を引き起こして気絶した

 

「サテ、駆逐艦娘数人連レテ行ク」

 

 戦艦ル級改flagshipの命令を受けた軽巡ツ級は、陽炎達に手を伸ばす。全員、悲鳴を上げ逃げ惑い、ある者は阻止しようと立ち上がったが、全て暴力によって沈黙させられた

 

「貴方達は……何のためにこんな事を!」

 

「高雄、勘違イシテイナイカ?コレハ戦争ダ。捕虜ノ待遇ガ五ツ星ホテルダト思ッテイルノカ?」

 

 殴り倒され踏まれてながらも高雄は戦艦ル級改flagshipを睨んだ。幾ら何でもこんなのはあんまりだ

 

「マア、艦娘モ哀レダナ。負ケ戦バカリデ国民カラハ敵視サレ、深海棲艦カラ虐待サレル。国ヤ軍ハ私ガ滅ボシタ。味方ハ誰モイナイゾ?」

 

「ああぁぁ!」

 

 戦艦ル級改flagshipは、床に転がる高雄を壁に沿って震え上がって固まっている艦娘達の方へ力一杯、蹴飛ばした

 

 あちこちで悲鳴や泣き声が上がってる艦娘達を戦艦ル級改flagshipは無視して部屋から出て行く

 

 

 

 時雨は泣きだした。自分達はなぜ、ここまで酷い目に合わないといけないのか?生まれが違うだけで周りから差別されないといけないのか?その疑問が沸きだした。こんな事になるんだったら、人間を守らなくていいのではないか?と思うようになって来た 

 

 別に人類と敵対しているわけでもないというのに、何故艦娘である自分達をここまで酷い扱いを受けねばならないのか?

 

 ただ普通の人間ではないというだけの理由で、反艦娘団体とかいう連中はこちらに害を為しているという。こんなのでは、報われないのではないか?結果的に反艦娘団体は敵に塩を送るような事をした

 

 そうしている間もビジョンは残酷な場面しか映さない。島を監獄にしているため、捕まえられた艦娘は逃げ道もない。助けもない。未来の提督は捕虜を助ける戦力なんてない。テレビ番組のように強い正義のヒーローが助けてくれるというご都合主義なんて存在しない

 

 演習と称してミサイル標的艦となって撃沈した艦娘。過剰な拷問で廃人寸前になりかけた艦娘。重労働させられ余程の事がないと休ませてくれない艦娘……

 

幸い、人員に余裕がないのか、それとも浦田社長が艦娘を異常に嫌っているのか知らないが、慰安婦に引き渡すような事はしなかった

 

しかし、それだけだ。扱いが酷いのは変わらない。

 

「地獄だ……未来の世界は地獄だ……」

 

 不安定になる感情を抑えながらその場で座り込んだ。自分が出来る事は何もない

 

 時雨は再び耳と目を閉じた。もう沢山だった。しかし耳を強く抑えても、微かに聞こえる悲鳴と爆発音は完全には防げない

 

 震えながら泣きだした時雨。もうこの悪夢から目が覚めて欲しい。僕達は奴隷か慰み者なんかではない!

 

(嫌だ嫌だ嫌だ……僕はこんな未来は嫌だ!)

 

時雨は心の中で強く叫んだ。もう手段がない

 

 

 

 どれくらいの時間が経ったのか。ふと、塞いだ耳から聞こえて来る爆発音や悲鳴は聞こえてこない。代わりに別の声が聞こえた

 

「時雨……もう悪夢は終わった。よくやった」

 

時雨は心臓が止まったかと思った。聞き覚えのある声だ。いや、懐かしさがある

 

 恐る恐る目を開け、耳を塞いでいた手を退かした。先程まで見たビジョンは、流れていない。あるのは、白い空間だった。周りには何もない。そんなよく分からない所に時雨はいた。そして、目の前に提督が立っていた

 

 いや、提督ではない。建造されてからタイムスリップまで一緒に居た提督。私服で学生風情という姿ではない。大人びており、白い軍服を着こんでいる海軍士官だ

 

……間違いない。未来の提督だ。しかも、優しく接している。幻想ではない!

 

「え?な……んで……?」

 

今までのビジョンを見せられた事全てが吹き飛んだ。未来の提督は、死んだと思っていたのに!

 




この作品を描く前に、あるユーザーさんとのやりとりでこんなメッセージがありました
『もし、深海棲艦が艦娘よりも強くなったらどうなるか?艦娘が一人残らず全員戦死したら、ブラック鎮守府や大本営、そして艦娘を嫌う人達は未だに艦娘のせいにするのかな?』
という事です
まあ、実際にどうなのか?
第一、戦争は過酷なものです。一旦始まった以上、落ち着くところまで行かなければ収まらない力学を持っています
言い換えると手持ちのカードは、最大限に使わないといけないと言う事です
負ける側は徹底的に叩かれます。旧史においても連合国、ドイツを完膚なきまで叩き、首都ベルリンにまで攻め込み廃墟となさしめた
ベルリンを攻め込んだソ連軍は、八歳から六十歳に至るまでベルリンの婦女子全てを強姦したと言われています
日本軍により民間人の殺害、略奪、捕虜虐待などを行った記録のもあれば、アメリカ兵による日本兵捕虜の集団殺害や虐待が行われた記録もあります

 人間同士の戦争でも色々と問題があるのに、深海棲艦が人類に対してマトモな扱いはしないでしょう。この作品では敵はちょっと違いますが、あまり変わらないような気がします。敵は、無差別に攻撃するでしょうから

 艦娘が大敗した世界……よく艦これSSであるブラック提督や反艦娘団体などは艦娘であるヒーローが敗北した世界を想像した事はあるのでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第90話 未来の提督との再会

ゴトランドと岸波入手には手こずりました。お蔭で何回、ボスを殴った事か……
しかし、秋刀魚イベントが気になりますね


 時雨は、頭が真っ白になった。今まで見た悲惨なビジョンで心が痛んだが、未来の提督を見て全て吹き飛んだ。しかも、夢ではない!頬をつねったが、痛みは感じただけで目の前の人物は消えない!

 

時雨の仕草に未来の提督は、苦笑いした

 

「大丈夫だ。夢じゃない。と言っても、語弊がある。それは兎も角、よく頑張った」

 

 提督……いや、未来の提督は前かがみになると座り込む時雨に頭をなでた。懐かしかった。不愉快の欠片もなかった。ただ、会いたかった

 

「提督……本当に提督なの!」

 

「ああ、本当だ。俺は死んだはずだが、どういう訳か過去へ送り込んだ時雨と一緒にいる。無事だったか」

 

 時雨は警戒した。もしかして、敵の策略かも知れない。だが、時雨は直感的に目の前にいる未来の提督は、本物だと確信した。証拠はない。ただ、艦娘と提督の絆は簡単には切れない。時雨は立ち上がると飛びつくように提督に抱きついた

 

「う……うう……何で……何で僕が……僕達がこんな目に……」

 

「すまない。傍にいてやれなくて。そして、酷い目に合わせてしまって」

 

間違いなかった。未来の提督の事はよく知っている。癖も喋り方も

 

「だが、敵の拠点を襲撃してワームホールを破壊したのはよくやった。ありがとう」

 

 その言葉を聞くと、時雨はハッとした。未来の提督は、なぜそこまで把握しているのか?

 

「提督、ここは?」

 

「ああ。その事なんだが」

 

未来の提督は時雨を離すと、肩を透かした

 

「実は俺もよく分からないんだ。自爆用の核爆弾スイッチを押したと思ったら、いつの間にか、この空間にいた。ここがどこなのか、どんなものなのか、俺には分からない」

 

提督は苦笑いした。本当にここが分からないらしい

 

「だけど、綺麗だ」

 

 何処から光が入ってきているのか、分からない。風もなく、物音もしない。水を打ったような静けさとは正にこれだろう。しかし、時雨はこの空間を嫌悪する事はなかった

 

「だが、これだけは言える。我々は四次元空間にいる。お前が浦田重工業が隠し持っていたワームホールを破壊した時、エネルギーの余波が時雨の脳に干渉したのだろう。お前は時間旅行したのだから。タイムマシンは、『あいつ』がワームホールの研究をした時に産んだものだから」

 

「提督がここにいるのは、タイムマシンを破壊したから?」

 

「さあ?ただ、先に逝った艦娘達はここにはいない。残念ながら」

 

提督は少し寂しげに言う。そうだ、未来の提督は自爆したんだ

 

「提督、質問していいかな?」

 

「答えられる範囲なら」

 

「どうして、僕がワームホールを破壊したと知っているの?幽霊になって僕を見ていた?」

 

「違う。答えは時雨、先ほど、お前が見たビジョンと同じように俺も見たからだ」

 

未来の提督は首を横に振った

 

「俺は『あいつ』と違って科学は詳しくない。ただ、ワームホールは時間的特異点だと書いてあった」

 

 提督は顎を手に当てている。無精髭を生やしておらず、やつれてもいないため海軍士官そのものだ

 

「ワームホールは、その前後の時間の流れを見せているのだろう。悔しいが、俺達の世界は侵略されていた。しかも、人間の悪によって。俺も時雨と同じように見せられ、何が起こったのかようやく分かった。予想はしていたが、俺自身信じられなかった」

 

 提督は言葉を切った。何かを言いたそうだったが、やがて決心したかのように口を開いた

 

「暫くしてから、この空間はあるものを見せてくれた。お前が過去の俺と接触して任務を働いてくれたことを」

 

「見てたの?その……なんか恥ずかしいな」

 

時雨はモジモジした。しかし未来の提督は無表情だった

 

「いや、あの頃の俺をあそこまで導いてくれたのは感謝している。俺を『あいつ』……親父と仲直りさせたことも」

 

しかし、提督の声は暗かった

 

「だが、お前が浦田重工業に捕まり、戦艦ル級改flagship……浦田結衣に拷問されたとき、俺はお前と同じように泣いた。本当だ。お前まであんな酷い目に合わせてしまった。お前が壊れたらどうしようかと……心配で……」

 

「大丈夫。僕は僕のまま。壊れていない」

 

 恐らく、未来の提督は今までのビジョンを見ていたのだろう。拷問されたときの映像も。刑務所で浦田結衣による拷問で、時雨が廃人にならないのは奇跡に等しかった

 

「あいつらは酷い。それしか言えない。どの国よりも大きな過ちをした。戦争、虐待、差別、拷問、そして環境破壊……。お前に過酷な任務を与えた上に、酷い目に合わせてしまった。艦娘計画を稼働しなければ――」

 

「提督!それは違う!」

 

時雨は反論した。確かに艦娘を見下す人もいるだろう。だが――

 

「僕は自分の意志で戦っている!あんな悲劇を繰り返さないためにいるんだ!僕の事は僕で決められるから」

 

時雨は力強く言ったが、すぐに慌てて付け加えた

 

「あっ。でも、色々と教えて欲しいかな。社会に溶け込む方法とか」

 

「ハハハ……そんなのは、戦争が終わってからでいい。急ぎ過ぎだ」

 

時雨の反応を見て未来の提督は笑うと、歩き出した。時雨も後を追う

 

「何処へ行くの?」

 

「見せたいものがある。そこまで距離があるから、歩きながら話そう」

 

 時雨は未来の提督と一緒に歩いた。懐かしかった。何処へ連れて行くかは知らない。しかし、自分の好きな人と歩いて行くのは不愉快なんて全くない

 

未来の提督は、歩きながら時雨に説明していた

 

「我々から見れば、この現象は超常現象だ。誰にも分からない。だが、大まかな事は分かる。全ての元凶かもな」

 

「艦娘は、提督の先祖の研究の成果で生まれた事も?」

 

 時雨は、捕まった時に聞かされた事を思い出した。確か昔、先祖と深海棲艦は接触していた事を

 

「それもある。しかし、艦娘計画で分かった事がある。生命の誕生は、神が生み出されたものではない。そういう仕組みだ。従来の概念では説明出来ない。どんなに科学が発達しても解明出来んだろう。艦娘計画は、社会にとって少しばかり荷が重かったようだ」

 

「反艦娘団体が聞いたら、怒りそうだね」

 

「大抵の人間は、理解出来ないものを酷く恐れる事だ。しかし、全員ではない」

 

時雨は先ほど見たビジョンを思い出した。やたらと排斥したがっている。

 

「俺の親父みたいな柔軟な発想を持つ人は余りいない。稀なタイプだろう」

 

 確か博士は人類の誕生だって、未だにはっきりしないのに艦娘くらいで怒るのは視野が狭いって言っていたような……

 

「でも、研究施設がないからって犯罪が起こった別荘を買って艦娘計画を行ったのはどうかと思う」

 

「親父は科学者だ。無神論ではないが、科学に宗教持ち込むのはバカだ、と言ってたくらいだからな」

 

未来の提督は微かに笑った。親子で何だかんだと喧嘩しても、やはり家族愛はあったようだ。時雨は不意に疑問を口にした

 

「この先どうなるのかな?」

 

「誰にも分からない。浦田重工業に打ち勝っても、また壁にぶち当たるだろう」

 

未来の提督は、歩く足を止めた。時雨はなぜ止まったのか、前をみた

 

 何時からあったのだろう。そこには大きな木が立っていた。長寿の大木が、未来の提督と時雨の目の前にあった。まるで、突然現れたようだ。さっきまでは、何もない白い空間を未来の提督と一緒に歩いていただけなのに

 

「この木は?」

 

「ビジョンを見せた正体かな?俺はこいつを『生命の樹』と呼んでいる。全ての枝が、歴史となって未来へ広がっている。『あいつ』……いや、親父によると世界は無数にあると言う。僅かな違いで違う世界が造られる」

 

その大樹は、風が吹いていないため葉や枝がこすれる音もしない。鳥も虫もいないため、とても静かだ。しかし、よく見るとその枝は、普通の枝ではなかった

 

「分かるか?『艦だった頃の世界』の枝が何処にあるのか?高次元に深海棲艦が住む世界が何処にあるのか?」

 

「先祖もこれを見て……?」

 

「さあ、ただ誰かここに来た事があるようだ。落書きした跡がある」

 

提督は大木に向かって指を指した。そこには、漢字で長々と書かれていた。残念ながら、古い文字であったため、読解は不可能だ。恐らく、提督の先祖だろう

 

「提督。僕を過去へ送れば、崩壊した未来は防げると確信していたの?」

 

時雨はふと聞いた。あの時、提督はどう思っていたのだろう

 

「正直に言おう。残念ながら、確信は無かった。完全に博打だった。だが、それだけではない。本当は……お前だけでも生きて欲しかったからだ」

 

提督は悲し気に言った。限られた時間と戦力で出来た事は、知れていた

 

「建造ユニットは、平行世界の軍艦の魂を具現化させる機械。当然、1人1人の役割は設計されてある。清霜がどんなに戦艦を夢見ても出来ない」

 

「清霜が聞いたら怒りそう」

 

ここに清霜がいたらダダこねるだろう。建造ユニットを改造するよう進言するかも知れない

 

「いや、そんな事よりも大事な事はあるだろ?」

 

提督は首を振った

 

「俺は親父の遺産であった建造ユニットを見て考えた。排斥する人間や浦田は、艦娘を兵器としか見ないが、俺は違う。お前らと暮らして分かる。戦う以外にも興味を持って行動してもいいと。戦う以外でも趣味を持ったり、夢を見て偉大なものを目指してもいいはずだ」

 

 時雨は未来の提督を見た。この人は、どんな生き方をすればそのような考えが出来るのだろう

 

「でも、どんなことをすればいいのか?」

 

「初めは身近なものでもいい。例えば、金剛達は紅茶が好きだ。俺は、金剛に紅茶が詳しく書かれていた雑誌や本を買ってやった。金剛は大喜びだった。自分でも知らない事が書いてあると」

 

 金剛が喜ぶ紅茶はどんなのだろうか?時雨はそう思いながら、ふと思った事があった

 

「僕は……僕達は孤独なの?」

 

 時雨はふと疑問を口走った。自分達は普通の人間ではない。しかし、見た目も行動も人間だ。それなのに、溝があるのはおかしいのではないか?

 

「違う。艦娘でもありながら、同時に普通の人間でもある」

 

提督は時雨と向き合った

 

「確かに艦娘と人間は違う。だが、違う所がいい。『平行世界の日本』や『浦田重工業』のような同じ過ちはしなくて済む」

 

未来の提督は何が言いたいのか、分からなかった。同じ過ちをしなくて済む?

 

「どういう意味?」

 

「つまり、選択肢があると言う事だ。自分で自分のしたい事が出来る。それは良い事だ。自由意志は誰にも奪う事は出来ない。それに、周りから学び合っている。『艦だった頃の世界』、戦争、俺、そして世の中の事を。怨念を糧にして生きている深海棲艦とは違う事が出来る」

 

 未来の提督は何が言いたいのか分かったような気がした。艦娘は、兵器のような無機質なものではない。選択肢は沢山ある

 

「そんな事……いや、僕一人だけで」

 

「それは違う。ワームホールは超常現象だが、世界の介入や歴史改変は、人の意志でも出来る。四次元空間に来て分かったが、歴史や生命の誕生というのは絶対的なものや決められたものではない。しかし、人々はそれを不変であると思っている。神の冒涜という名でお茶を濁している」

 

「でも、浦田重工業は間違った事をした」

 

 時雨は今まで見たビジョンを見た。浦田結衣は許されない所はある。しかし、彼女は社会によって性格は歪められた

 

「確かにそうだろう。しかし、それは選択の問題だ。人生……いや、生命誕生や進化論もそうだろう。困難な事はあろうだろう。失敗して挫ける者もいるだろう。だが、それが人生というものだ。何も国を守るという大義だけで生きていく存在でもない」

 

 時雨は、少しばかり考えていた。もし……もし、深海棲艦との戦いが終わったら?自分達はどう生きるか?誰かが提督と縁を結ぶかも知れない。誰かが人生失敗して野たれ死ぬかも知れない。だが、普通の人間でもそういう人もいるのではないか?

 

「でも、浦田社長も浦田結衣も怪物になったのは、世の中に失望したから。ディープスロートが残したパソコンで色々と学んだんだ。平行世界の未来の兵器は、僕が想像を絶するものばかりだった」

 

あのパソコンの中に未来兵器が沢山あった。イージス艦やジェット機なんて氷山の一角だ。何しろ、宇宙から仮想敵国を監視する人工衛星というものがある

 

「僕が造られた理由は分かるんだ。『艦だった頃の世界』と同じ。今は艦娘で女の子だけど……敵を倒すため、仲間を守るため、どんな理由があったって僕は兵器で、突き詰めてしまえば人を傷つけるために造られた存在なのに」

 

人はなぜ戦争をするのか?歴史を遡れば、人類は古来から戦争をしている。原因は様々。食料や資源の争いから始まり、異なる宗教や民族間同士のいがみ合い、国家間での争い……

 

 兵器は人の争いで生み出されたものである。技術が発展するに連れて兵器も発展する。艦娘も結局は、人の知能と肉体を手に入れたに過ぎないのではないか?イージス艦も科学技術が発展した象徴だ

 

(お前が『軍艦だった頃の世界』の戦争を体験したはずだ。兵器は、世界を支配するためにある。強力な兵器を持った者は、力を行使し弱い者を従わせ、王として君臨する。歴史を振り返って見れば、当たり前の事だ。……銃が発明された時、ヨーロッパの国々は何をしたと思う?他の国を支配するために使われた。スペインが南米のアステカ帝国・インカ帝国を征服出来たのはどうやったかと思う?)

 

 遺憾ながら時雨は、戦艦ル級改flagship……いや、浦田結衣から言われた言葉を思い出した。未だに、あの言葉が冷たいナイフのように思った。間違ってはいない。事実だからだ

 

表面的な議論だけでは、戦争は無くならない。無くならない以上、兵器は存在する

 

「確かにそうだ。しかし、お前はそれを受けいれている。過去の悲惨な過去を忘れてはいない。それに、我々がより良い道を示せば変える事が出来る」

 

時雨は提督を見た。なぜ、そんなものを信じているのだろう?未来の戦争で経験したはず……

 

「言いたい事は分かる。しかし、間違ったからと言って永遠にそのままとは限らない」

 

時雨は口を開く前に、提督が先に発した

 

「確かに俺達は負けた。時雨、恐れる事は無い。世の中は不変ではない。そのためには、希望を持つんだ。希望は、時には強力な武器にもなる。お前の任務は何だ?」

 

提督の質問に時雨は答えた。迷いもなかった。どんなに痛めつけようが、一度たりとも忘れていなかった

 

「過去に行き、提督を説得して、艦娘計画を早めて未来を救う事」

 

 初めは簡単な任務だと思った。しかし、それは前途多難の連続だった。過去の提督はクソガキだったし、創造主も予想通りの人物ではなかったし、浦田重工業はブラック企業を通り越して悪の組織と化している。だけど……建造ユニットから現れた仲間を見て、時雨は嬉しかった。しかも、未来で会った事がない2人も入れて。陸軍所属の艦娘が現れるなんて誰が予想出来ようか

 

「あきつ丸もまるゆも俺は、会った事がない。それだけでも進歩だ」

 

確かに未来は変わっているだろう。しかし、その反動なのか、浦田結衣である戦艦ル級改flagshipは未来とは違い、強くなっている節がある

 

「戦艦ル級改flagshipが強くなっているのは、歴史の修正力?」

 

「それは違う。敵も変化しただけだ。浦田社長は兎も角、浦田結衣は倒さないといけない」

 

「過去に虐められた悲劇の人間を説得して改心するよう呼びかけるというのではないんだね?」

 

 時雨は驚きもしなかった。戦艦ル級改flagshipは元人間である。てっきり逮捕しろ、と言われると思ったからだ

 

「事情がどうあれ、限度というものはある。奴は力を手にして世界の頂点に達そうとしている。しかも、それが超人計画の一部なのだとしたら、葬らなければならない」

 

「浦田社長の方は?」

 

「浦田社長は、第二次世界大戦を回避するために、偶然とはいえ深海棲艦を操って世界を過剰に攻撃した。だが、結果として新たな戦争を生んでいる。戦争を回避させようと出た行動が、結果的に世界を滅ぼすきっかけとなった」

 

 結果的に、自分達が住む地区以外の場所なんて気にはしないのだろう。地獄になったのも『お前達が招いた結果だ』と言いかねない

 

「浦田重工業を倒したとしても深海棲艦は、世界の攻撃を止めない」

 

「そうだろう。しかし、深海棲艦は陸地には興味が無い。海は奪われても、世界を滅ぼすような事はしない」

 

 楽観的な憶測だが、港湾棲姫や戦艦棲姫を見ると世界を滅ぼそうとしている雰囲気ではない。敵ではあるが、戦艦ル級改flagshipのように残虐行為はしないだろう。人とは違う価値観のせいかもしれない

 

「だから、時雨。お前は希望を持って欲しい。皆と仲良く暮らせる日が来るのを」

 

「本当かな?」

 

「本当だとも。この樹を見ればいい。見たいものが、全て見えるはずだ」

 

時雨は樹を見上げた。葉や枝を見て、この大木はただの植物ではないと理解した

 

あらゆる世界のあらゆる事象が枝や葉の一枚一枚に刻まれていた

 

「これは……」

 

「ある者はこう言うだろう。『アカシックレコード』と」

 

 アカシックレコード……それは宇宙誕生からの全ての記憶、過去から未来までの出来事を記録する存在。人類の誕生、動植物の進化、そして戦争の歴史……

 

 

 

時雨は納得した。何をしなければならないのか

 

「僕は帰れるの?」

 

「いつだって帰れる。お前が帰りたいと思う気持ちがあれば」

 

未来の提督は、相変わらず優しかった。浦田重工業さえなかったら、こんな上司で憧れの人だっただろう

 

「忘れるな。自分はどんな存在なのかを。そして、何をすべきかを。嘆く必要はない。お前はまだ、建造されたばかりなのだから」

 

「変なこと言わないでよ」

 

 建造されて数年は生きている。改ニまで改装され強くなったが、自分はまだ未熟だ。学ぶ事はまだある

 

「勿論、1人が出来る事は限られている。しかしお前には過去の俺がいるし、仲間がいる。お前にはお前の未来が待っている。艦娘は人類を守る存在だと胸を張って生きていける世界を、浦田重工業が悔しがるような世界を創るんだ」

 

そうだ

 

まだ仲間がいる

 

家族として、共に生きてくれる人達がいる

 

そして、姉妹艦の存在も

 

「分かった……!」

 

 今にも泣き出しそうな表情で未来の提督を見つけていた。未来は変えられるという希望を持って

 

「ありがとう。後、もう少しだ」

 

 不意に未来の提督と大木の姿がボヤけた。涙のせいではない。何が起こったのか、分かる。しかし、時雨はそれを受け入れた

 

僕はまだ、やるべき事があるのだから

 

 

 

 ビルのある一室で川内と浦田結衣の肉弾戦は、続いていた。艤装を外したとは言え、人とは桁違いの身体能力を持つ川内と疲労しているとは言え、強力な力を手に入れた浦田結衣は、武器も持たずに格闘していた。飛び道具は使い尽くし、格闘戦している2人

 

しかし、川内は浦田結衣の変化にギョッとした。殺気が増しているのだ

 

「フフフ、そうだ。いいぞ。こんな艦娘がいるとは予想外だ。だが、想定内ニシテヤル。人ノママデモ戦エルト!」

 

「なっ!」

 

 浦田結衣は、確かに疲弊している。しかし、それとは裏腹に嬉々している。危機的状況にも拘わらず。そして、何と艤装を一部、召喚している。それも、先程で見た艤装とは違う形状をしている

 

(まさか!)

 

 川内が心で叫ぼうとしたその時、別のドアが勢いよく開く。中から霧島と鳥海、そして天龍だ

 

「よくも龍田を!」

 

「チッ!」

 

「川内、無茶し過ぎです!」

 

 天龍は突進して浦田結衣が刀を受け止めている最中、鳥海は艤装を川内に投げ寄こした。鳥海もまさか、艤装を外して結衣と同じくステルス行動するとは思わなかった。だが、無事であった事に内心ではホッとしているらしい

 

 霧島は主砲を使って砲撃しようとはしなかった。何しろ、結衣の動きが人間離れしているからだ。動きがトリッキーで狙いが定まらない

 

 結衣も霧島が脅威である事を知っているため、霧島に急接近すると殴ろうと拳を上げた。近すぎると撃てないと踏んだのだろう

 

「この時を待っていました!」

 

 霧島は、主砲で攻撃しようと思っていない。狭く閉鎖した空間では、主砲発射は危険だ。それに、主砲を撃ち込んでも躱すだろう。霧島は、結衣が放つ拳を腹部に直撃する手前で捕まえたのだ。結衣は驚いた。まさか、パンチを受け止めるとは思わなかったからだ。慌てて引っ込めようとしたが、中々離れない

 

「コイツ!」

 

結衣はもう片方の手で殴ろうとしたが、その片方の手も鳥海が素早く捕まえたのだ

 

「なッ!離せ!」

 

 結衣は鳥海を振りほどこうと腕を振ったが、鳥海は離そうとしない。川内も加勢に加わったため動きが鈍くなった

 

「捕まえました!」

 

「離セ、ガラクタ共ガ!」

 

結衣は拘束を振りほどこうと足で蹴るなどして抵抗したが、中々振り解けない

 

しかし、霧島も鳥海も川内も焦りを感じた。結衣は戦艦ル級改flagshipに変身していない。にも拘わらず、物凄い力である。コイツの力は、一体どこから来ているんだ?油断すると振り解いて逃げてしまう

 

だが、この状況を見逃す人はいない

 

「うおおおぉぉぉ!」

 

刀を構え突進する天龍がいた。刀の刃は、両腕を拘束し身動きが取りにくくなっている結衣に向けられている

 

「龍田と大淀と古鷹、そして時雨の仇だ!」

 

 今の結衣は、戦艦ル級改flagshipではない。そのため、邪魔となる装甲はないはずだ。焦る結衣を他所に刃は、結衣の心臓を貫通した

 

「グッ!」

 

 天龍の刀によって身体を突き抜かれた結衣。抵抗する力が弱まる中、天龍は荒い息をし、刀を握りしめたまま結衣に向かって怒鳴った

 

「言ったはずだ!刀で切り刻んでやる、と!」

 

勝った!心臓が破裂して、奴は即死のはずだ!

 

 天龍は心の中で勝利を確信した。霧島も川内も鳥海も天龍の刀に目を向けて、天龍と同じように考えていた。流石に心臓がやられては、如何に怪物戦艦だろうと死ぬだろう。生命体である以上、死も存在するのだから。そのため、結衣が頭を項垂れても微かに口角が釣り上がるのを見た者はいなかった

 




やったか?

次回で分かる……はず……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第91話 選択と思想

気がつけば10月
時が経つのは早いですね


「時雨!おい、時雨!」

 

 提督の呼び掛けと揺すりで時雨は眼が覚めた。気絶した間、移動したのだろう。ワームホールがあった部屋とは違う。机や椅子が沢山あることから会議室のようだ。あちこち身体が痛いのは、倒れたからだろう

 

「時雨、大丈夫ですか?」

 

「不知火、大丈夫だから」

 

「なら、何で涙を流しているのですか?」

 

不知火に指摘され、咄嗟に頬に手を当てた。不知火の言った通り、涙を流していた

 

「僕は、どれくらい気を失っていたの?」

 

「精々、5分という所だ。502の奴等は、下で博士と合流出来た。資源もあるから大丈夫だろう」

 

 しかし、提督の言葉に時雨は内心焦った。先ほど見たものが、夢かどうかは分からない。だが、あの空間で見せたビジョンや未来の提督と対話した事は鮮明に覚えている。夢にしてはリアルだ

 

 もし、あのビジョンが本当なら……恐らく、霧島は苦戦している。このままだと……

 

 

 

「な、何で心臓を刺したのに死なないんだ?」

 

結衣を刀で刺した天龍は、戸惑いを感じた。戦艦ル級改flagshipの変身を解いているので、浦田結衣は人間と変わらないはずだ。艦娘も艤装を外せば、人と変わらない。怪我もするし、流血もする。しかし、刺された結衣は死なない。それどころか、項垂れていた頭がゆっくりと上がった。その顔は、ぞっとするほどに歪んだ笑みを浮かべている

 

「甘いな。頭ヲ狙ウベキダッタナ」

 

 周りに拘束され、天龍の刀に刺された浦田結衣は、艤装を強制的に展開した。急に力が回復したのか、拘束していた霧島と鳥海、そして川内は焦り始めた

 

「く、抑えきれない!」

 

霧島は至近距離から砲撃しようとしたが、それよりも早く全ての主砲がこちらに向いた

 

「死ネ、アノ時ノヨウニ!」

 

戦艦ル級改flagshipの主砲全てが火を吹いた。近距離であるため、躱しようがない。48cm砲の主砲弾を諸に食らった霧島は、大破し吹っ飛ばされた。片腕が自由になった結衣は、身体に刺さっていた天龍の刀を簡単にへし折った。鳥海と川内は危険と判断して拘束していた腕を離して距離を取ったが、川内は応戦しよう呆然として立ちすくむ天龍の前に躍り出る。しかし、14cm砲を向けるよりも早く、首を掴まれてしまった

 

「虫ケラガ!」

 

 戦艦ル級改flagshipは窓に向けて川内を野球ボールのように投げた。ここは3階である。窓ガラスは割れ、川内は割れたガラスと共に落下したのだ。高くはないため死ぬ危険性は無いが、艦娘と言えども無事では済まない

 

「な、何で生きているんだ?」

 

天龍の声はかすれていた。信じられなかった。人間に変身した時が弱点だと思っていたが

 

「アア、確カニ補給ヲ断ッタノハイイ。ダガ、掃除スベキダッタナ!」

 

戦艦ル級改flagshipは床を指さした。散らばっていた資源が散乱している

 

「まさか、足から補給を!」

 

「貴様等ト違ッテ、瞬時ニ修理修復ハ出来ル。言ッタダロウ。ザコダトナ」

 

 気を取り直した天龍と鳥海は応戦したが、相手を撃退出来ない。何しろ、20.3cm主砲と14cm主砲の砲弾を直撃させても、相手はケロリとしている

 

「コノ私ニ敵ウトデモ思ッタカ?」

 

 戦艦ル級改flagshipは撃ち続ける鳥海と天龍に急接近した。戦艦にも拘わらず、素早い。鳥海は間一髪躱したが、天龍は捕まえられてしまった

 

「離せ!」

 

 喉を捕まえられ、咳き込む天龍は抵抗した。だが、相手が片手に何かを持ち、その何かを胸に当てられた時に天龍は愕然とした

 

「あ……ああ……」

 

「オ前ノ刀ダ。痛カッタゾ」

 

「あああぁぁ!」

 

 天龍は激痛で悲鳴を上げた。いや、刺された痛みで悲鳴を上げたからではない。初めて相手の力に恐怖した。仲間に理不尽な暴力をされたのを見て復讐や怒りで一杯だった天龍は、今では恐怖に支配されていた

 

「逃ゲルノカ。時雨モ同ジヨウニ床ヲ這ッテデモ逃ゲテイタゾ」

 

 床に震えるながら這っている天龍に蹴りを入れる。何度も何度も。恐怖と苦痛で悶える天龍

 

「大破シテ殺スノハ簡単ダ。ダガ、ソレデハ私ノ気ガ収マラン!」

 

 戦艦ル級改flagshipは何度も天龍に蹴りを入れる。天龍は体を丸め身を守ったが、暴力の前ではそんなのは無意味だった。艤装は不吉な音を立ててひしゃげ、身体を蹴られた跡は痣と血が出ている

 

「止めて……」

 

 大破して倒れながらも天龍が受けている理不尽な暴力に、霧島は怒った。鳥海が何処へ行ったか分からない。逃げたのか、何か策があって撤退したのかは知らない。しかし、霧島は鳥海を責めたり、批判したりしない。目の前の強敵を前に十分戦っているのだから

 

「その足を退けろ、悪魔!」

 

 霧島は吠えながら、奇跡的に無傷であった一門の主砲を発射しようとした。が、霧島は引き金を引く直前、相手を見失った。何処へ行ったのか?

 

「流石、戦艦同士ノ砲撃戦ヲ経験シタダケアルナ。根性ハ認メテヤル」

 

 いつの間に近くに居たのか、すぐ横に戦艦ル級改flagshipが立っていた。主砲を向けようとしたが、戦艦ル級改flagshipは霧島の砲身を掴むとゴムのように曲げてしまった。これでは主砲が撃てない。霧島は立ち上がろうとしたが、それより先に喉を掴まれてしまった

 

「貴様等ハ過去ニ負ケルタ世界カラ来タ存在ダ」

 

霧島を高々と掲げる戦艦ル級改flagship

 

「貴様ノオ蔭デ対策や経験が得られた。感謝する」

 

 霧島はようやく分かった。コイツ、戦いながら学習している!中途半端な戦力では、倒せない!しかし、それを伝える手段がない。艤装に内蔵されていた通信機器は破壊された

 

 霧島は、その後の事は覚えていない。強力なキックを食らったため意識が飛んだのだ

 

「鳥海は隠れてイルナ。マア、ドウデモイイ。仲間ヲ見捨テルナンテ大シタ腰抜ケダヨ」

 

戦艦ル級改flagshipは、床に倒れ意識が朦朧としている天龍を踏みつけた

 

「弱イナ。マア、負ケタ事ガアルノダカラ、大シタ事デモ無カロウ」

 

 

 

 貨物用エレベーターで地上に出た502部隊と吹雪達。あきつ丸の陸戦隊の妖精達が先導している。敵は居ない。だが、隣接する街からは、あちこちで煙が上がっている

 

「状況はどうなっているんですか!?」

 

「……苦戦している。奴等、イージス艦と呼ばれる最新鋭兵器から遠距離攻撃している」

 

 吹雪の問いに将校は苦々しく答えた。元帥と連絡したのだろう。何とか追い詰めようとしているが、敵の抵抗が手強い。初めて外に出た艦娘達。本当に内戦が行われている

 

「とにかく、離れないと」

 

「おーい!こっちだ!」

 

軍曹が指示を出そうとしていた時、誰かがこちらに声を掛けるものがいた

 

あきつ丸と502部隊の隊員は慌てて戦闘態勢を取ったが、近寄る人影を確認すると全員、銃を降ろした

 

「明石と大佐、本当にきたんですか?」

 

「仕方ないじゃろう。息子の頼みで強力な艦娘を建造するよう言われてな」

 

実は時雨が気絶している中、提督は自分の父親に強力な艦娘を召喚できるよう頼んだ。大型建造可能な建造ユニットに改装する事。不完全であるため、完全にしないといけない

 

「えーと……貴方が創造主さん?」

 

「そうじゃ」

 

「マッドサイエンティストには見えないわね。司令官の話だとイカれた中年の男って言われたけど」

 

「……全くあいつめ」

 

叢雲の反応に博士は呆れた。誰が、吹聴したのかすぐに分かった

 

「浦田重工業は建造したかったらしい。お蔭で資源を丸々頂いた」

 

軍曹はぎっしりと詰まった資源を見せられた明石は驚愕した。こんな量を賄える浦田重工業が羨ましい

 

「だけど、どんな敵なのですか?司令官さんから聞かされましたが、電は想像がつかないのです」

 

電の言っている事は正しい。未来の世界を知っている者は、時雨しか知らない。未来の記録は、未来の提督自身が書いたため、昔の本人は兎も角、他の人だと中々伝わりにくい

 

「そうじゃ、ワシも奴を見たが――」

 

戦艦ル級改flagshipの存在は不明。元人間らしいが、博士自身も未だに信じられない事だった

 

しかし言いかけた時、何かが割れる音がしたかと思うと空から何かが降ってきた。ガラスの破片から逃げるために一同は避難した。何かが鈍い音を立てて落下したが、その何かを見て一同は驚愕した

 

「川内さん!」

 

川内はボロボロだった。左足は不自然な方向に曲がり、艤装も破壊されている。吹雪と五月雨は駆け寄り、気絶している川内を担いだ

 

「う……嘘でしょ……」

 

「……霧島さん達は……どうなったのですか?」

 

龍譲がやられ、提督が送り込んだ内の1人がやられた。そう言えば、何も言ってこない。無線にも応じない

 

「大佐、急ぎましょう。状況は不味いです」

 

「ああ……この歳になって過酷な労働は勘弁したい」

 

気を失っている川内の容態を見た明石は、早速作業に掛かった。中々、好転にならない。このままだと、倒せるかどうか不安になってくる

 

「明石、龍譲を見てくれ」

 

「でも、私の能力では小破までしか……」

 

「解毒方法くらい出来るじゃろう!早く毒を出してやらねば!」

 

忙しそうに作業を開始する明石と博士に、漣と電も手伝う。川内の惨状を見れば

 

だが、好転には中々転じてくれない

 

 

 

時雨達は、外に出るため急いでいた。一階まで急いで降りたのだ

 

「提督……戦艦ル級改flagshipを倒せると思う?」

 

「やらなきゃダメだろ?」

 

「あいつは強い。でも、勝てそうにない」

 

姫級を倒せるくらい強い。奇襲は無理だろう。後は、集中的に攻撃するしかない。だが、相手は1人ではないはずだ

 

「お前が寝てる間、親父に頼んで建造を頼んだ。空母2と戦艦3。ランダムだが、それくらいあれば倒せるだろう」

 

これだけの戦力なら、倒せるだろう。只の戦艦なら……

 

「提督、油断しないで。相手は……」

 

「わかっている。しかし、相手の能力は未知数だ。霧島達のの威力偵察の結果を待つしかない」

 

だが、提督は知らない。霧島達は、全滅している事に。追い詰めたものの、無線連絡する間もなく、一方的にやられた事に

 

 

 

 浦田社長は、貨物船へ乗るために急いでいた。しかし、やはり動きたく無いのだろう。日本を捨てるための力と時間が圧倒的に足りない

 

「クソ、あの時雨とかいう艦娘のせいで全てが狂った。疫病神か、あいつは」

 

たかが1人の小娘によって、己の野望と計画を滅茶苦茶にした。空自の幹部が提供した設計図をもとにEMP兵器を作り上げて近代兵器を屑鉄にする始末だ

 

 今まで築き上げたものが崩れ去っている。ワームホールの部屋に残した作業員からの連絡は来ていない。無線にも応えない。爆発音が聞こえたが、何か関係があるのだろうか?

 

「あの『狂人の息子』も気に食わん」

 

独り言のように呟いた。が、この呟きに答える者がいた

 

「浦田、世界を破壊するのは止めろ。世界はお前のものではない」

 

 浦田社長は歩きを止めた。連れの部下も聞こえたのか、辺りを見渡す。薄暗い廊下には誰もいない

 

 

 

いや、誰かがいた。白い軍服を着こんでいる海軍士官が

 

「誰だ!?」

 

 部下は武器を構えたが、相手は臆する事なく近づく。部下は銃を発砲したが、相手は倒れない。いや、当たっているが、すり抜けているようだ

 

もう1人の部下は、捕まえようと飛びかかるが、雲を掴むかのように捕らえられない

 

「な、幽霊なのか!」

 

 護衛の警備員は困惑したが、浦田社長は動じない。普通の幽霊なら、トリックやらで喚き立てるだろう

 

しかし、浦田社長はその海軍士官の顔に見覚えがあった

 

「成る程、幽霊か。死んでも時空を超えて説教しに来たのか、『狂人の息子』!」

 

「そのあだ名で呼ばれたのは久し振りだ。浦田、お前は過ちを犯した」

 

「過ちだと?第二次世界大戦こそが全ての過ちだ!戦争は人を苦しめる!国は国民を道具のように扱う!神風特攻隊を見れば分かる事だ!」

 

神風特攻隊……これは一種の自爆攻撃である

 

 なぜ、何故日本軍は対艦攻撃にレシプロ機による自爆攻撃を選んだのか?それは、米機動部隊に対して日本軍は有効な攻撃手段が無かったからである。熟練パイロットは次々と戦死し、兵器の性能の差は隔絶するばかりである

 

 アメリカは次々と新型機が登場している中、日本軍は新型の艦上戦闘機を造れず、パイロットも技量未熟でとてもマトモに爆撃や雷撃はおろか、水平飛行すら困難な者ばかりという

 

そのため、考え着いた攻撃手段は自爆攻撃しかなかったのだ

 

 とは言え、悪あがきにしかすぎず、初期の米軍は人命を顧みないという神風特攻隊にパニックに陥った事もあり、それなりの被害をもたらしたものの、対策が講じられ神風特攻でさえ有効ではなくなったという

 

「確かに神風特攻隊は悲惨だ。だからと言って艦娘を弾圧する理由にはならない。北上も伊58も人間魚雷である回天を嫌っている。経験したからだ。命を粗末に扱っても碌なものではないと」

 

「どこぞの差別主義と一緒にするな!奴等は軍国主義に生まれた兵器だ。思想も受け継いでいる!そんな奴等と仲良くする事態、間違いなのだ!」

 

「俺は長い事、艦娘と付き合ったが、そんな思想はない。少し偏見が強過ぎないか?」

 

浦田社長は未来の提督を睨んだ。時空を超え、対立していた

 

「対話による交渉や平和共存は可能だ。親父のように、柔軟な考えを持つべきだ」

 

「そんなのは無駄な努力だ。社会は食うか食われるかだ。深海棲艦の前に人々は争う始末だ。対話は何も成果を出さない。平行世界でも同じだ。お前に何が分かる?」

 

「俺が聞いた平行世界の話では、そうではなかった。アイオワは良い場所があると何度も言って来た」

 

 アイオワは『艦だった頃の世界』の情勢を詳細に伝えた。未来の提督は聞いていたが、どれも驚くような内容だった

 

 日本は豊かになり、人々は飢えに苦しまずに済んだ。娯楽やレジャーランドが沢山あり、家族は楽しんでいる。漫画やアニメなどは日本が優れていて面白いと言う

 

『でも、アメリカにもアメコミというのがあるわよ。アドミラルも楽しめると思う』

 

 アイオワは慌てて言ったが、未来の提督は頷いていた。分かっていた。平行世界の日本は平和なのに……

 

「どうやら、見る所が違うようだ」

 

「そうだ。貴様はいい所しか見ていない。アイオワ……そうか。うっかりしていたよ。アイオワ級戦艦の存在を忘れていた。あの戦艦は第二次世界大戦で造られた戦艦だな。しかも米海軍だ」

 

 浦田社長はようやく気がついた。未来の提督は、なぜ近代兵器を前にして屈しなかったのかを。タイムマシンだけではない

 

「いいか、お前がやろうとしてる事は集団虐殺だ。第二次世界大戦の参戦国を無差別に攻撃するのは――」

 

「そうだ。どうせ、血に飢えた国だ。死人が口を挟むな」

 

「お前も血に飢えている。分からないのか?社会はお前が思ってるような悪ではない」

 

 未来の提督は説得しようとしたが、残念ながら浦田社長の部下の無線連絡を聞いている始末だ

 

「社長、爆発音が何なのか分かりました。どうやら、例の息子と艦娘がワームホールの部屋で破壊工作を行った模様です」

 

「そうか。だが、丁度いい。亡霊の前で奴等を殺す。言い合いはもう飽きた!来い!」

 

 部下を引き連れて過去の提督と時雨の所へ向かう一同。浦田社長は、未来の提督が驚くような事をするだろうと思った。何かしら妨害したり、人間性を訴えたりするかと

 

だが、未来の提督は、そのような事は一切しない。寧ろ、淡々と話しているだけだ

 

「過去の俺や時雨を殺しても同じだ。時雨は……艦娘はお前の妹よりもずっと偉大だ。未来兵器が無くても大事な物を持っている。決着は彼等がやる。約束しよう」

 

予想外の返答に浦田社長は足を止めた。余りにも予想外過ぎた答えだ

 

「お前は幽霊の存在だが、幽霊に苦しみはあるのか?軍国主義やナチ公やアメ公、露助など艦娘と過去のお前を殺した後、その亡骸の上に新たな世界を建設してやる。世界大戦や冷戦という過ちを無くすにはそれしかない。お前は未来について考えた事があるのか?甘ったるい考えで?言っただろ、理想を語るだけでは何も解決出来ないと!」

 

「何もかも人や社会のせいにするよりも自分の正義をゴリ押しするやり方を考え直したらどうだ?それこそが人間の悪であって、戦争の根源的思想そのものだ。海外艦を受けれて接したが、彼女達はそんな考えも無かった」

 

 未来の提督は知っていた。祖国を捨てて日本に亡命したウォースパイトやプリンツオイゲン。事情により日本で建造され祖国を知らないアイオワやサラトガ

 

 彼女達は、そんな思想を持ってもいない。そして、守るために存在だ。特にウォースパイトもプリンツオイゲンも人と接した事はあるが、そこまで悪い印象はなく、逆に感謝されたという

 

「反艦娘団体もそうだが、お前も柔軟性がない。同じ場所で同じことを何度も言っている進歩のない人だ。全ての問題を解決する魔法使いなんて存在しない。苦難を乗り越え立派な人間になった者もいる。その可能性をお前は否定した。悪しか見ず、最悪のやり方で。例え、長い道のりでも無駄ではない」

 

未来の提督は一息つくと最後とばかり言った

 

「俺は人間の愚かさは知っている。確かに軍部も艦娘計画には興味を示してくれず、当初は最低限の事しか保障されなかった。深海棲艦を害獣駆除と考えている節があった。本当はそんな楽なものではないはずなのに。だが、人間にも素晴らしい所だってある。お前は過去の俺と時雨の所へ行くと死ぬ」

 

「いいだろう。どっちが正しいか。貴様は何も分かっていない。人生を無駄にしたな」

 

 浦田社長は吐き捨てるように言うと、部下からの無線の指示に従って行く。警備員と浦田社長は時雨達の方へ向かったが、未来の提督は動かなかった

 

「人間は本当に何も学ばない生き物だ」

 

 学生時代、自分は父親と喧嘩して家を出た。艦娘計画によって周りから叩かれ、自分にも批判対象となった。親父のせいと初めは思ったが、今は違う。正しかったのだ。せめて親父の夢を叶えるべく、艦娘計画を再稼働させ成功した。しかし、艦娘の建造に成功しても周りの反応は冷たいものだ。それどころか、深海棲艦はある者の野望によって世界を支配する軍隊と化する始末である

 

「アカシックレコードで変化した未来を見て来た。だが、ほとんどは浦田重工業のような悪党が出て人類同士の争いしかしない。深海棲艦は太平洋を拠点として海域を奪われてもほったらかしだ」

 

 浦田は第二次世界大戦を止めるために深海棲艦を使って世界を攻撃した。一方、ある未来も見た。偶然、戦艦ル級改flagshipである浦田結衣の存在を知った未来の自分は過去の浦田結衣の暗殺を艦娘に命じた。浦田重工業は深海棲艦を掌握出来ないし、元となる対深海棲艦兵器も完成しない。開発したとしても、そこまで強力なものではない。世界を攻撃する手段は失うだろう、と。しかし、事態は好転しない。人類は深海棲艦よりも艦娘に対する暴虐を選んだ。政府も軍も腐敗したり間違った方向に進んだりした結果、艦娘と人間との間で紛争が起こってしまった。日本政府や軍が弱体化している所を浦田重工業が、日本の実権を握ってしまったという結果を生んだ。こうなってしまっては浦田社長を暗殺しても意味がない。いや、浦田社長の代わりはいくらでもいる。会社そのものを倒す必要があるが、過去の自分達にそんな力はない。業績悪化させる経済力も無く、私設軍隊を相手にする戦力もない。艦娘が居たとしてもテロによる破壊活動しか出来ない。そこまで万能ではないからだ

 

その『IF』とも言える世界を未来の提督は見た

 

ふと、ビジョンで戦艦棲姫が浦田結衣に教えた言葉を思い出した

 

『私達は、違う種族よ?肌の色や民族くらいで、いがみ合う人間が、私達である深海棲艦と仲良く成れる訳ないじゃない』

 

 情けないが、深海棲艦である戦艦棲姫は妥当な考えだっただろう。彼女達は、人間がどんな存在か理解したうえで、人と接する事を拒んだ

 

「そうだな。深海棲艦が来ている今、我々も進歩しないとな」

 

未来の提督は、呟いた。どうやら、浦田重工業を倒しても課題はあるらしい

 

 




Q,どうすれば日本は太平洋戦争を回避出来たのでしょうか?あの当時、太平洋戦争を考えると政治や戦略が無茶苦茶だったのが原因でしょうか?
A,(戦争回避は)難しいでしょう。無茶苦茶かどうかは、当時の考え方があるため簡単に説明出来ません

世に「~はこうすれば勝てた」とか、「私ならこうする」的なものは沢山あります
ただ、こういうのは後出しジャンケンと穴だらけの考察不足であるため、あまり参考にはなりません

 こう言った事象の考察を行う時に重要なのは、誤った判断を行った人物達は、決して知能が低い馬鹿ではないはずです
 何故、日本がろくな大戦略も持たず、勝ち目の無い太平洋戦争に突入したのかは、 一般に流布している「軍部の暴走」の一言で片付けられる単純な物ではありません。多数の要因が複雑に絡み合っている物ですから
 根本問題をたどれば明治期の近代日本軍創設当初まで遡って考えなければ見えて来ないと思います
 とても「あそことあそこをちょっと直せばOK」なんて単純な物では有りません

 本作品の浦田重工業は強引な方法を選びました。深海棲艦が駆逐されても、人類同士の戦争が起こると予想していたからです。国は1人の考えのために動きませんから
未来の提督のように粘り強く交渉する必要がありますが、やはり応えますね。結局、喜ぶのは深海棲艦という事に……

時雨が引き受けたタイムスリップの任務。何気に危ない橋を渡っています。一歩間違えれば、別の恐ろしい世界が出来ていたかも知れません。未来の提督は、アカシックレコードで何を見たのか……
まあ、そこまで考えてしまうと時雨に負担が懸かってしまいます。こういうのは、艦娘ではなく、艦娘を指揮している提督が最適かも知れませんね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第92話 未知の大型戦艦現れる!

今月は色々と私情で忙しくなった雷電Ⅱです
予定より遅れてしまう事はありますが、エタッたり去ったりはしません。その辺は活動報告なりで伝えます

恒例の秋刀魚イベントが始まりましたが、中々集まらない


「なんて事だ。航空攻撃は意味ないではないか!?」

 

「姫級倒したって……もう化け物じゃないかよ!」

 

 時雨は気絶している時に、自分が見たものを簡潔明瞭に伝えた。伝えたのは過去の映像……トラック島での出来事だけだ。未来の世界は伝えなかった。あの映像は自分も目を閉じていたため、知らない。知らない方が良いかも知れない

 

「しかし、ワームホールがどうして時雨だけ見せたのですか?あのワームホールは、何か意志があると?」

 

「分からない」

 

 時雨は首を振った。夢の中で未来の提督の幽霊が現れて対話した、と言っても信じない。未来の提督が言う通り、超常現象だ

 

「だけど、意味はあると思う。浦田結衣は悲惨な過去があるから、『超人計画』を成功させ深海棲艦となった。内容は違うけど」

 

「どうでもいい」

 

提督は呆れるように言った

 

「過去で辛いのがあったのは同情するが、理由があるから暴力を正当化するのはバカがやる事だ。それも、他人も巻き込んで!」

 

「どうするの?」

 

「どうせ、対話は無理だろう。さっさと片付けるぞ」

 

 一同は廊下を進む。とにかく、ビルから出るために出口を探す。警戒しながら進む一同。だが、目の前に何かが転がるのを見て全員、驚いた

 

「手榴弾だ、逃げろ!」

 

 皆が逃げる間、時雨は咄嗟に動いた。この手榴弾は本物だ。提督が危ない。艤装はしている。よって、手榴弾を抱え込んだ。爆発と破片が飛び散らないようにするためである。次の瞬間、腹に強い衝撃が来たが、問題ない。手榴弾くらいで艦娘は死なない

 

 しかし、これは罠だ。わざと投げたんだ。時雨が立ち上がる瞬間、何かに殴られ強制的に仰向けにされた

 

「そんな!」

 

「また会ったな。この疫病神が」

 

 浦田社長の部下の一人がこちらに向けて銃を向けている。しかも、デカい。他の警備員の中には、デカイ銃を持って構えている。狙撃銃にしては大きい

 

「全員、武器を下げろ!艤装も下すんだ!」

 

「クソ!」

 

摩耶も不知火も提督も構えたが、時雨が人質になっているためにらみ合いが生じた

 

「浦田社長!」

 

「さっさと武器を降ろせ。それとも、時雨がどうなっても知らないのか?」

 

 浦田社長は、何かを持っている。金属製のチューブか何かだ。部下はボンベを持っているが……

 

「いいだろう。兵器だから死なないと思っているらしいが、私は兵器に詳しい!」

 

 浦田社長は金属製のチューブを操作すると、チューブの先端から火が出た。それを見た時雨は、何なのか理解した。これは……トーチ!?

 

「おい、まさか溶接機械か!」

 

「ガス切断機だ!100mm以上の厚板も切断可能だ!小火器が効かない艦娘でも、これならどうだ!」

 

 浦田社長は吐き捨てるように言うと。腕に当てられた時雨は、凄まじい悲鳴を上げた。艤装を付ける事で軍艦の防御力を確保出来るが、流石の溶接用品である火力には勝てない。時雨は暴れたが、押さえつけられてはどうしようもない

 

「腕が切断されてもいいのか!?」

 

「分かった!武器を捨てる!艤装を解け!」

 

 残酷な場面を見せられた提督は、不知火と摩耶に武装解除を命じた。まさか、溶接用品を持って来るとは思わなかった

 

「クソが!卑怯な事を!」

 

「卑怯だと?これは戦争だ。卑怯もクソもあるか!」

 

 摩耶は浦田社長に睨みつけたが、摩耶が艤装を解除したのを見届けるとトーチを警備員に渡した。その後の行動は素早かった。腰から拳銃を取り出すと摩耶に向けて発砲したのだ!

 

「摩耶さん!そんな!」

 

 腹部に弾丸が命中し倒れる摩耶を不知火が受け止めた。提督は荒い息をしていた。ここまで艦娘を嫌うとは異常過ぎる

 

「なんて事を!貴方はそれでも人間なのですか!?」

 

「軍国主義の兵器に言われたくない!」

 

摩耶を抱える不知火は吠えたが、浦田社長は冷たく言い放った

 

「浦田社長、もう終わりだ!」

 

「何を言ってる?それはこちらの台詞だ。我々の警備兵は頑張っているぞ。たった今、警備隊長は最終兵器を使うよう命じた。モアブとか言う爆弾を乗せた輸送機がこちらに向かっている」

 

不知火も時雨も何の事か分からなかったが、提督は仰天した

 

「その様子だと知っているようだな」

 

「アンタ、正気か?最大級の爆弾を使うなんて」

 

「あの一等空尉め!どれだけデータを入れた!?」

 

 浦田社長は吠えた。どうやら、なぜ提督達がここまで抵抗出来たのか分かったらしい。しかし、残念ながら遅いかも知れない

 

「一尉はアンタのために教えた訳じゃない。三等陸曹の事も心配していただけだ」

 

「それがどうした?警備隊長は陸自だが、国の仕事に嫌気が指して辞めただけだ。私が拾ってやったんだ」

 

「アンタがそそのかしたんだろ?」

 

「違うな!お前はいつから軍隊は、映画に出て来るヒーロー集団だと思い込んでいる!?」

 

 軍隊と言うのは、国防が基本の仕事である。しかし、隊員1人1人が本気でそう思っているかどうかは不明である。何度も言う通り、軍隊は組織である。不祥事や犯罪、そして上官の横暴も少なからずある。無論、こう言った軍隊内の犯罪は、憲兵隊(自衛隊では警務隊)が対処する。だが、国によってはその憲兵ですら横暴する事態まである

 

 例えばソ連軍では、部隊が勝手に退却するのをふせぐため背後に督戦隊をおいた。これは 憲兵(MP) のようなものだが、逃げ出す将兵をその場で射殺する権限を与えられていた。独ソ戦の初期、スターリンは軍司令官の1人を後退したという理由で射殺したことがある

 

 ソ連軍兵士は前からだけではなく、うしろからも飛んでくる弾と戦わなければならなかった。流石の旧日本軍ですら、ここまではやらなかったが

 

「提督……あたしは『艦だった頃の世界』の……国の思想なんて……興味ないぜ」

 

「嘘をつく必要なんてない。いや、必要性はあったか。悪を倒す必要が」

 

 撃たれた摩耶は、息絶え絶えに訴えたが、浦田社長は耳を貸そうとしない。どうも、初めっからそう思い込んでいるらしい

 

「必要……世界への攻撃。罪の無い人を殺す事が?」

 

「世界を救うためだ!浦田重工業に歯向かう者がいなくなれば、戦争なぞ起きん!貴様のようにただ戦うしか能がない人は、視野が狭いだけだ!」

 

「間違っている!誰もが浦田に付いていく訳では無いんだ!」

 

 耐えかねた時雨は叫んだが、浦田社長は一向にこちらの話を聞かない。浦田社長は考えを改めない。ビジョン通りに世界を攻撃して、滅ぼすだろう。自分達が住む所以外は地獄に変えるだけだ

 

「視野が狭い?意味が分からないな。深海棲艦を使って攻撃する行為は、人類の敵と言っているようなもんだぞ!」

 

提督も負けじと怒鳴ったが、浦田社長はいなした

 

「運は私にチャンスを与えたんだ。ワームホールの出現や結衣の深海棲艦化。なら、私のやるべきことは決まっている」

 

「チャンスだと?大虐殺の間違いじゃないのか?」

 

「違うな。先制攻撃だと認識している。枢軸国と連合国の国々を攻撃し破壊したのは、第二次世界大戦後で世界を牛耳るのを止めるためだ。ソ連だろうが、ナチスドイツだろうが、イギリスだろうが、碌な世界を築けはしない!アメリカですら、あのザマだ!パソコンで見ただろうが」

 

 アメリカは冷戦終結後、世界の警察となり超大国となった。中国もロシアも負けじと追いつこうとしたが、結局は張り合うだけである。しかし、アメリカでさえ世界を破壊しようと望んでは無い。やっているなら、冷戦でアメリカは核ミサイルを発射しているはずである。しかし、アメリカも非道なことをしてきたのは事実である

 

「正気じゃないぞ」

 

「正気じゃないのはお前たちだ。数年になれば世界は平和になる。列強国は死に絶え、弾圧された国や民族は自由を取り戻すため蜂起する。もう世界大戦は起きない。深海棲艦のお蔭でな」

 

「なぜなんだ?」

 

「誰もやらないからだ。私は平行世界の日本で学んだ。綺麗事ばかり並べている割には誰も実行もしない。だから、参戦国の政治家達や軍人を抹殺した。ついでに核兵器開発に携わった人間までも。これで原爆投下どころか人類が核兵器を手にする日は遠のいた。冷戦も無くなった!」

 

「神のつもりか!?」

 

「神ではない!当然の事をしてやっただけだ!」

 

 提督と浦田社長は、互いににらみ合った。この言い合いを見ていた摩耶も不知火も唖然としていた。ここまで気が狂った人は、初めてかも知れない。確かに作戦や指揮を怠り兵士を無駄死にさせた司令官はいた。日本だけでない。他国でも似たり寄ったりだ。そういう世の中だ。仕方ない面はある

 

しかし、それを全て否定するために攻撃するのは同意できない

 

「分かった……話すだけ無駄という訳だ。降参だ」

 

「提督、お前!」

 

傷口を抑えながら摩耶は叫んだが、提督は言うのを止めるよう手で合図した

 

「そうだ、502部隊が必死に運び入れた建造ユニットは、警備部隊が包囲した。電磁パルスとタイムスリップは驚いたが、結局勝つのは私という訳だ」

 

 

 

 浦田社長の言うとおり、建造ユニットを守っている吹雪達と502部隊は包囲されていた。重巡ネ級と戦艦タ級、駆逐イ級の集団が502部隊と艦娘達を包囲したのだ。吹雪達は攻撃したが、何しろ攻撃力も防御力も違う。丁寧に攻撃されてしまい大破させるだけで終わった

 

「クソ、警備兵は深海棲艦の後ろに隠れてやがる!」

 

軍曹は忌々しそうに呻いた。深海棲艦の集団の後ろに警備兵が潜んでいる。攻撃しようにも、深海棲艦が邪魔で狙えない。当たったとしても虚しく弾くだけだ。人の軍隊と深海棲艦。この組み合わせは最悪だ

 

「ごめんなさい」

 

「いや、いい……よく戦った」

 

 大破し攻撃出来ない事に吹雪は謝ったが、博士は首を振った。こちらは無力だ。龍譲は明石のお陰でようやく解毒する事に成功したが、本調子ではない。立ち上がる力が出ない

 

「くそ、うちが健在だったら……」

 

 巻物から艦載機を召喚出来ない。502部隊も深海棲艦への攻撃を諦めた。とてもではないが、通常兵器で戦うほど愚かではない。建造ユニットで新たな艦娘を製造しているが、作業途中であるため高速建造出来ない

 

「将校殿、どうします?」

 

「まだ、諦めた訳ではない」

 

 八九式中戦車が撃破され、牙を抜かれたあきつ丸は指示を仰いだが、将校も内心焦った

 

(おい、まだ来ないのか?)

 

 大佐の息子が考えたとんでもない予備作戦が発動されてもおかしくないはずだ。どうした?

 

 

 

 浦田社長は疑問に思った。コイツらを捕まえた理由は、幽霊である未来の提督に見せつけるためだ。ワームホールは破壊されたが、まだ戦力はこちらにある。帝国陸軍の部隊と陸戦隊に目がけて大型爆弾を投下した。押し返す力はないが、帝国陸海軍を壊滅する事は出来た。そして、艦娘を率いる大佐の息子と艦娘を包囲した。しかし、解せない事があった。バーナーで焼かれ人質としている時雨は、顔色を変えない

 

「お前、何を企んでいる?」

 

浦田社長は時雨を無理矢理立たせると、拳銃を突き付けた

 

「答えろ!何を企んでいる!」

 

「おい、止せ!」

 

 浦田社長の謎の激昂に提督は戸惑った。なぜ、浦田社長はイラついているのか分からない。さっきまで自分が有利と言ったのではないか?

 

しかし、浦田社長は違った。先ほどまで謎の幽霊と遭遇したからだ

 

(同じ場所で同じことを何度も言っている進歩のない人だ)

 

あの言葉が離れられない。違う、そんな事は無い!私は学んだんだ!

 

「時雨から手を離せ!」

 

「お前達は何を企んでいる!警備兵が持っている銃はバレットM82だ!貴様の身体を真っ二つにするくらい威力はある!」

 

 警備兵が持っているバカデカイ銃の正体は、大型狙撃銃であるバレットM82である。アメリカでは民間で買える銃であるため、手に入れるのはそう難しくない

 

「立って撃つには厳しいんじゃないか?」

 

「心配するな。外さねぇよ」

 

警備兵は苦々しく言ったが、持っている手が微かに震えている。相当重そうだが、鍛えたのだろう。しっかりと保持している

 

 しかし、時雨は胸倉を掴まれながらも視線は、別方法に向いていた。他には見えないのだろうか?廊下の遠くに白い軍服を来た海軍士官。未来の提督が立っている。提督や摩耶や不知火どころか浦田社長には、全く気づかないようである。時雨の目線に気付いたのか、振り向いた側近の警備兵は居たが、すぐに提督の方へ銃を向けた

 

(提督……まさか、浦田社長をここへ?)

 

 

 

「だから言っただろ。力になると言ったんだ!」

 

「どういう意味だ?」

 

 提督は降参だと分かるように両手を上げた。だが、何を言ってるのか、分からない。摩耶も不知火も訳が分からないという風に提督の方へ見ていた

 

「世界大戦を避けるため、世界を征服したいって?いいだろ。力になるよ」

 

 提督は賭けに出たのか、それとも未来の提督の残像意識が浦田社長をある地点に誘導したのか、それとも、神の御業なのかは分からない

 

 意図したなら否定するだろう。全くの偶然。その偶然は、時には驚異的な現象を引き起こす

 

 突然、壁が爆発し崩壊した。あまりの出来事で警備兵は、混乱した。提督達は、これを見逃さなかった。自分達近くにいた警備兵を襲った。突然の出来事で目を離した警備兵は、何が起こったか分からないだろう。提督は警備兵から武器を奪い、摩耶と不知火は瞬時に艤装装着した

 

浦田社長は、時雨を離さなかったが、突然の出来事に困惑した

 

廊下の外は、屋外で海に面していた。その光景に驚愕した

 

「なっ!」

 

 海上は火の海だった。東京湾の沖合いに停泊していた貨物船が爆発炎上している。乗組員は助からないだろう。だが、浦田社長は自分の船よりもあるものに目を向けていた

 

海上に誰かが立っていた。だが、外見からしてどう見ても艦娘ではない。人間とは違う生き物だ。いや、生き物というのは語弊がある

 

 その者の腕は、えげつない形をしており、指先は鉤爪になっている。幾重にも配備された物々しい砲身を前方に向けており、さながらハリネズミのようだ

 

「凄い格好してるな」

 

 提督も見たのだろう。何しろ、淡いピンク色のツインテールに片目隠れ、そして黒いビキニ姿なのだ。普通の女性ならいい格好だ。そう、普通の女性なら

 

「ボス、警備隊長から無線連絡です!」

 

警備兵は提督達に警戒しながら浦田社長に無線を渡した

 

「どうした?」

 

『何を呑気に返事してる!あれは何だ!鬼級なのか?それとも姫級なのか?だけど、何でこちらに攻撃している!?どう言うことだ!?』

 

 警備隊長は支離滅裂に喚いていたが、無理もない。正体不明の鬼級が東京湾で暴れまくっているのだから

 

「何をした?」

 

無線から手を離した浦田社長は、掠れた声で提督に聞いた

 

「言え!何をした!?」

 

「だから、言っただろ?浦田社長には負けたから手を貸すと」

 

提督は初めて笑った。まるで待っていたかのような言い方である

 

「お前達は深海棲艦を操って世界を攻撃しているんだよな?でも、寂しすぎないか?ボスがいないのだから」

 

「な、何を――」

 

「お前達は親父が設計した怪電波を実用化したみたいだな。深海棲艦を近寄らせないための。だけど、それを無効にする事だって出来るんだ。その装置を戦艦棲姫に渡したよ。対怪電波の装置を」

 

ここまで聞くと、浦田社長は真っ青になった。

 

こいつ、まさか!

 

「ふ、ふざけるなー!」

 

浦田社長は絶叫した。まさか、こんな方法をやるとは!

 

 

 

数週間前

 

「ワームホールを塞いでいる機械を破壊して貰いたい。浦田重工業は、深海棲艦を寄せ付けない怪電波と特殊な方法で塞いでいる」

 

コンクリート詰めされ生き埋めにされた戦艦棲姫を掘り出した日、提督はある提案を持ち出した

 

「ワームホールは、ある専門家が塞いだんだろう。どうやって実用化したかは、残念ながら分からない」

 

恐らく、平行世界の日本の学者が、発明し実用化したのだろう。21世紀の科学力なら可能だ。何しろ、浦田社長の前に現れた不安定であるワームホールを安定させたのだから。これが正しい事が分かるのは後の話である。ワームホールを安定させるために装置が設置されていたからだ

 

恐らく、親父よりも優秀な学者を抱え込んだに違いない

 

「だが、怪電波の方は親父が考えた技術だ。対深海棲艦の怪電波とは、深海棲艦を追い払うためのもの。人間には効かない。深海棲艦が嫌がる強力な電波を発信して近寄らせないようにするものだが、それを無効化する方法もある」

 

「いや、確かにあるんじゃが……」

 

親父は口ごもるように言ったが、考え直したのか抗議すらしない

 

妨害電波のように怪電波と同じ周波数の強いノイズ電波を放射する方法だ。ちょっと特殊だが、難しく無いだろう

 

「ワームホールを覆っている怪電波を突破したら、そこにある施設を破壊してくれ。そうすれば、あんた達の仲間を呼び寄せる事が出来るだろう」

 

「オ前……馬鹿カ?」

 

 流石の戦艦棲姫は嘲笑った。こんな頼み事をする人は初めてである。今までは、友好と称して利用しようと企む人達ばかりだったが……

 

 

 

 戦艦棲姫は、手にしたのは怪電波を無効にする電波発信装置である。ただ、悪用されないようにコードを入力しなければ起動しない。そのため、戦艦棲姫はイラついたが

 暫くして、大淀から入電が入った。間違いない。解除コードだ。コードを入力すると機械は起動した。どうやら、あいつらは上手く行かなかったようだ。上手く行っていたら、起動させないつもりらしい。だが、勝利の女神は彼等たちに微笑まなかったようだ

 

 戦艦棲姫はワームホール周辺に展開されている電波範囲に近づくと機械を作動。一気にワームホールの近くにいる施設に急接近すると木っ端微塵に吹っ飛ばした。施設にいた人は何があったのか分からなかっただろう。今まで、平和だったのだから。ワームホールの影響なのか、天候は快晴で深海棲艦は来ない。システムをチェックすればいいだけだったのだから

 

 不快だった怪電波は消え、ベール状に覆われたワームホールは、元のワームホールに戻った

 

「ヤッタ!」

 

 一緒に付いてきた北方棲姫は喜んだが、戦艦棲姫は複雑な気持ちだ。人の手を借りてここまで来れたのだから

 

 テレパシーを使って援軍が来るよう連絡して数分後、数人の姫・鬼級が降りてきた。下級の深海棲艦もである

 

皆は新たな世界に困惑する中、1人だけ違った。南方棲鬼は戦艦棲姫に近づくと、短く聞いた

 

「敵ハ何処ダ?」

 

 

 

 南方棲鬼はトラック島を襲った後に全速力で日本に向かう。他の深海棲艦も慌てて追いつこうとするが、彼女は早い。周りには護衛要塞がエスコートしているだけだ。深海棲艦は補給が必要なものの人類の船舶や艦娘程ではない。日本に向かっている最中、ある船団と出くわした。いや、こちらが出した偵察機の内、1機が発見したのだ。その偵察機から連絡は途絶えたが

 

 怪電波を感じたものの、そこまで不快に感じなかったため強引に突撃する。護衛要塞にも力を与えたため逃げ出さなかった。駆逐イ級や軽巡ホ級クラスなら耐えられず逃げ出すだろう。しかし大型艦、特に姫級にとってはそよ風にしか感じられない

 

 当然、相手の船団も深海棲艦の接近を探知している。相手は驚愕しているはずだ。深海棲艦を寄せ付けない怪電波を突破したのだから。それは当然で鬼・姫級には対応していない

 

 しかし、何もしない訳にはいかない。浦田重工業の艦隊を護衛している護衛艦長達は手順通りに攻撃する

 

「何者か知らないが、舐めるな!」

 

 南方棲鬼と遭遇したのは、浦田重工業がトラック島に向けて送り出した第一輸送艦隊だった。イージス艦5隻と貨物船2隻の集団だ。遠くから監視していた哨戒ヘリからデータを受け取ったイージス艦は、対艦ミサイルの発射準備に入った

 

甲板上に三十五度で固定されたキャニスターから発射されたハープーン(流石に90式艦対艦誘導弾はコピー出来なかった)は、ブースターで上昇した後に下降して、簡易慣性航法システムにより海面すれすれに目標に接近、アクティブホーミングで目標をロックすると、ホップアップし逆落としで突っ込む

 

 このハープーンはコピーしたものだが、対深海棲艦用に攻撃する事が可能である。深海棲艦でも大型艦になれば、レーダーの反応は船舶と変わらない

 

 本家のハープーンよりかは性能は落ちるが、この世界は、まだECMと呼ばれる妨害電波、チャフ、艦対空ミサイル、CIWSなんてない

 

「何処の馬の骨だか知らないが、こちらに牙を向けた事を後悔させてやる!」

 

 イージス艦の艦長は、スコープに映るレーダーを見ながら吐き捨てた。イージス艦の方が探知距離も射程距離も長い。アウトレイジで一方的に倒す事は可能だ。四発のミサイルがもう少しで着弾する

 

そう思われた。だが、手前付近でミサイルが消えたのだ

 

「命中したか?」

 

『いいえ、何かに遮られたようです』

 

 敵の動きをリアルタイムで観測していたヘリに問いただしたが、帰って来た返事は否定した

 

「敵は何だ?」

 

『分かりません。見た事はないです。しかし……不味い!気付かれた!』

 

 遠くから、そして気付かれずに観測していたヘリは、敵に見つかってしまったのだろう。対潜ヘリは鈍足だ。SH-60の最大時速は約三百キロ。敵の戦闘機に捕捉されたら、たちまち撃墜されてしまう

 

「もういい、逃げろ!」

 

『ダメです!振り切れません!メーデー、メーデー!敵の攻撃を食らった!』

 

パイロットの悲痛な叫びと共に連絡が途絶えた。敵は何なんだ?

 

「怪電波の調子は?」

 

「最大限の出力を出していますが、効果ありません!こちらに向かってきます!」

 

 怪電波も効かないとは、何なんだ?本当に深海棲艦か?戦艦ル級や空母ヲ級でも逃げ出すレベルだぞ?

 

 だが、水平線から現れた深海棲艦の姿を見て艦長を始め、乗組員全員が驚愕した。水平線から現れたのは戦艦ル級でも空母ヲ級でもない。いや、自分達が知っている深海棲艦ではない。姿形が違う!

 

「え?」

 

 何と正体不明のボスは、こちらの艦隊を確認するとジャンプして宙返りしたのだ。ジャンプした高さも半端でなく、軽く見ただけでこのイージス艦を飛び越えるくらいだ

 

『イラッシャイ……歓迎スルワネ……』

 

 着水時と共に巨大な水しぶきを上げながら、怨念染みた声を発していた。その声は、なぜか船内まで響き渡っていた。音の距離感関係なく聞こえる事に全員、驚愕した

 

「な、何だあれ!?」

 

「うろたえるな!こっちには未来兵器があるんだ!さっさとミサイル攻撃させろ!」

 

今や目視でも確認出来ている。艦長は双眼鏡を覗いて敵を観察していた

 

「資料にあんな奴いたか?」

 

「いいえ。資料にはありません。正直言って、何なのか分かりません!」

 

 副長も困惑していた。今まで下級の深海棲艦を模して演習はした。資料も目を通したが、見た事もない敵に戸惑いを隠せない。何しろ、約40キロ以上も離れているのにも拘わらず、相手から放つ威圧感は半端ない

 

「構わん。こっちは戦艦ル級改flagshipと幾度と出会って来たんだ!それに未来兵器もある!正体不明の深海棲艦に怖気づくな!」

 

 艦長はすぐにハープーンの発射準備を命じた。彼女の周りに浮いている丸い物はよく分からんが、ボスさえ倒せば尻尾巻いて逃げるだろう

 

 イージス艦は再びハープーンを発射した。今度は6発。炸薬は約100kgあるし、半徹甲弾頭を積んでいる。しかも、炸薬は特殊な技術を使っているため深海棲艦には有効だ。試験でも普通に沈めている。一発で仕留めなくても数発命中すれば流石に撃沈出来る

 

 よって、勝負はあっという間に着くはずだ!だが、ミサイルが姫級に命中する直前、突然なにかに当たったのか、爆発したのだ

 

それも全て

 

「どういう事だ?」

 

「機械の故障か?」

 

 乗組員は困惑した。ミサイルが全て不調になる事はあり得ない。しかし、ずっと双眼鏡で観察していた艦長は叫んだ

 

「なんて事だ!あの野郎、丸っこい奴で盾にして守っているぞ!ミサイルが命中しないのはそれか!」

 

 

 

 南方棲鬼は見た事が無い艦隊に近づいた。不快な怪電波の発信源を破壊する必要がある。しかし、敵(イージス艦)は、見た事もない方法でこちらを攻撃しようとしている。遠くまで届くのか、突然攻撃を受けた

 

 しかし、彼女の周りに浮いている3つの護衛要塞は、直ぐにミサイルの針路の前に立ちふさがると南方棲鬼を守るように立ちはだかった。二発は護衛要塞に衝突すると大爆発を起こし巨大な火の玉が出現した。残り一発はホップアップしたため空振りであった

 

「グッ!フフフッ」

 

ハープーンミサイルは南方棲鬼に命中したが、大した事ではない。確かに凄い攻撃だが、恐れる事は無い。遠くで観察していたよく分からない飛行物体(SH-60)を撃墜させると、接近した

 

 

 そして、今は艦隊に接近している。護衛要塞を五つ引き連れて来ながら(二つは中破)。再びイージス艦は対艦ミサイルを発射したが、南方棲鬼は例の攻撃を見通してか、ミサイルの針路上に護衛要塞に行くよう命じた

 

 護衛要塞は、命令された通りにハープーンミサイルの針路上に躍り出るとそのまま衝突した。護衛要塞は、姫・鬼クラスを守るための存在。飛翔する戦艦の砲弾ですら受け止める事も出来る。亜音速であるハープーンミサイルを受け止めるのは容易い事だ。当然、ダメージは受けるし、蓄積されると撃沈する。だが、護衛要塞は命を張ってボスである鬼・姫級を守る存在。命を捨てる覚悟すらある

 

 そのため、なぜ南方棲鬼に対深海棲艦である対艦ミサイルが通用しなかったのか、イージス艦乗組員全員が唖然とした。まさか、こんな方法で攻撃を躱すとは!

 

「部下が死んでも……何とも思わないのか?」

 

 士官1人は呟いたが、元々、深海棲艦は人間ではない。人間の価値観なぞ無きに等しい。いや、このような方法でミサイルを防ぐなんて誰が思おうか?

 

「何している!残りの対艦ミサイルも撃て!丸っこい奴は残り2つだ!飽和攻撃すれば、奴でも死ぬ!」

 

「敵、艦載機を放ちました!」

 

艦長が部下に叱咤した時、レーダー担当員から悲鳴が上がった。まさか、艦載機を放てるとは!

 

「迎撃しろ!早く!」

 

 

 

 南方棲鬼は航空攻撃を開始した。射程があり過ぎるため、航空攻撃を仕掛ける事にしたのだ。艦載機50機全て放った。空母らしきものがいないため、全て艦爆か艦攻である

 

「墜チナサイ!」

 

 手からエイ状の艦載機を放つと敵艦に向けて殺到させた。イージス艦に殺到した艦爆隊と艦攻隊は、瞬く間に対空ミサイルによって撃墜された。短SAMであるスタンダード ミサイルであるSM-2とRIM-7Mのシースパローである。しかも5隻いる。南方棲鬼が放った艦載機は瞬く間に全て撃墜された。だが、艦載機が全て撃墜されても、彼女は全く怯まない。なぜなら、彼女は恐怖を知らない。確かに50機ものの航空機を対空砲だけで撃ち落したのは目を見張るものだろう

 

 だから、どうなのだ?人間も中々やる。しかし、それくらいで逃げ出すのは鬼級のプライドが許さない。だから、攻撃する。何者か知らないが、自分達の仲間が良い様に使われたのだ。港湾棲姫を捕まえた連中だ。なら、代償は払ってもらう!

 

 南方棲鬼は、イージス艦が対空ミサイルを発射している間にも接近する。そして、距離が35キロまで到達すると全ての16インチ主砲をぶっ放したのだ

 

 しかも、発射方法が凄い。彼女は、両腕をパンチする仕草をしている。腕を振る度に、腕に装着している主砲から火を吹く。しかも、繰り出すパンチが早いのと装填速度が速い事もあって連続砲撃してくる。普通、戦艦の装填速度はそこまで早くない。パンチを繰り出す速さから見てどう見ても数秒で装填されている

 

たちまち艦隊の周りに水しぶきが上がった。それも多数

 

「早く攻撃しろ!」

 

 まさか、ここまで熾烈な攻撃をするとは思わなかったからである。いや、深海棲艦の対策はしてきた。対深海棲艦の兵器も真っ先に開発したのだ。しかし、それは下級の深海棲艦だ。確かに戦艦ル級改flagshipはいるだろう

 

 だが、イージス艦の乗組員全員は姫・鬼級がここまでマルチファイターである事は知らなかったからである。あれは航空戦艦なのか?

 

 艦長はそんな事を考えてる間にも彼女から放った巨弾が艦隊に降り注ぐ。各艦に回避行動とるよう命じたが、そのうち一隻が着弾してしまった

 

「くそ!」

 

 イージス艦の一隻が南方棲鬼が放った砲弾が命中、そのとたんイージス艦は炎に包まれ、真っ二つになって撃沈した

 

「あいつは何なんだ!」

 

 他のイージス艦は対艦ミサイルを発射して反撃を命じたが、どれも護衛要塞に阻まれる始末である。イージス艦とは違う防御方式。流石に残り1つとなったが、南方棲鬼はイージス艦隊に食らいついて振り払えない

 

 そうしている内に、遠くから別の深海棲艦が追いついてきた。空母棲鬼も参戦したのだ

 

 ただ空母棲鬼は、接近する前に艦載機を大量に発艦させた。南方棲鬼からの報告だとエアカバーはないと分かっている。そのため、全機発艦させた。48機の艦戦と96機の艦爆・艦攻隊である。どれも脅威なものであり、膨大な航空機に全員が仰天した。

 

「何度デモ……何度デモ……沈ンデイケ……!」

 

 怨念染みた声で艦載機を送り込まれたが、これも瞬く間に撃墜された。イージス艦は100近い目標を同時に探知し、十数発のミサイルを同時に迎撃することができるため、このような芸当が出来る。撃ち漏らしが出ても単装速射砲とCIWSで対応可能だ

 

 しかし、残念ながら艦長……いや、浦田社長はミスジャッジをした。それは、『イージス艦=全てにおいて最強』と思ってる節がある。確かにイージス艦は最強である。だが、そもそもイージス艦は戦艦を相手とする設計をしていない。能動的防御を前提とする現代の艦船は、対処不能な兵器で攻撃された場合、著しく不利になるのを知らないからである

 

 元々、浦田社長は軍人でも何でもない。イージス艦に乗っている作業員も寄せ集めだ。元軍人はいるが、海自出身の自衛官はいない。全て現地民から集めた

 

 浦田社長は、平行世界の軍事評論家達の番組を鵜呑みにしている傾向があった。しかし、テレビに出ている評論家達が言っている事は全て正しいとは限らない。評論するのは人の自由であるため、出鱈目を言っても面白ければ誰も咎めない。また、それを起用するTV局も大事なのは事実よりも視聴率である

 

 軍事学の詳細な事は、平行世界で出会った空自の幹部から全て聞いた。陸は兎も角、海空の戦いは知らないためである。その海自の人とのつながりは無かった。幸い、空自の幹部は海上戦闘は知っていたため(空自は対艦攻撃も視野を入れている)、そこから学んだ

 

 しかし、空自の幹部が不審に思い、浦田社長に渡すパソコンデータに手を抜いた。つまり、『この兵器さえあれば勝てます。イージス艦は一騎当千であり、無敵ですよ』と言う風に描いたのである

 

 本来、イージス艦は、飽和攻撃に対処するための防空艦という性格が最も強いため、積極的に敵艦に喧嘩を売るような艦ではない。対艦戦闘能力自体は、普通の駆逐艦(護衛艦)とさほど変わらない。同時対空攻撃対象数が通常の艦より圧倒的に多いというだけであって、ガチンコで、しかも戦艦を相手にする事は想定していない

 

 また、航空支援や潜水艦などバックアップの面も書いていないため、援軍という視野もない。空母も艦載機自体が発達したお蔭で造る事は不可能である。そもそも、海自が持っているのはヘリ空母であり、護衛艦隊の対潜・観測ヘリを効率良く運用する為の船であるため参考にならない。米海軍の方が参考になるが、妹のお蔭で深海棲艦を改修して、それに近いものなら出来るなら兎も角、一から造るには流石に無理があった

 

 更に浦田社長が持つイージス艦は、性能がダウンしている上に、エアカバーもなし、敵との接近を許している事もあって、未来兵器を持っているにも拘わらず、押されているのだ

 

 何しろ、三万メートルの彼方から、凄まじい巨弾が降ってくる。対艦ミサイルに対しては、それなりに防衛手段があるが、戦艦の主砲に対してはない。いや、飛翔する戦艦の砲弾の迎撃は出来ない事はないが、わざわざ当てるよりも回避行動した方が早い。そもそもミサイルが勿体無い!

 

 イージス艦長は、迷ってしまった。対艦ミサイルはまだあるが、あの丸っこい奴(護衛要塞)が邪魔で中々当たらない。食らっても平然としている。対艦ミサイルは効果ないのか?

 

「どうします、艦長?」

 

「輸送船から連絡です。怪電波のアンテナがやられて送信出来ません!」

 

「クソ、撤退しろ!」

 

 艦長は直ぐに急速回頭して、逃げ出す事にした。悔しいが、あの深海棲艦はよく分からない存在だ

 

 だが、それを逃がす南方棲鬼や空母棲鬼ではない。空母棲鬼は怪電波が消えるのを確認すると補給ワ級を呼び寄せたのだ。早急に補給を済ますと再び艦載機を放った。一方、南方棲鬼は執拗に追跡している

 

 その間も様々な攻撃をした。艦載機は無くても砲撃と魚雷がある。深海棲艦には、人類とは異なる独特の射撃システムがあるため三万メートルにも拘わらず、命中率はいい方だ。しかも、魚雷まで発射している。無誘導であるため回避出来るが、多種多様な攻撃に悩まされていた

 

「コイツ、本当に何なんだ!?」

 

「艦載機が多過ぎる!迎撃が間に合わない!」

 

「ハープーンが命中したのに、まだ戦えるなんて!」

 

 各員は悲鳴を上げたが、実は不思議でも何でもない。確かに戦艦に大量の対艦ミサイルを食らえば、撃沈は出来なくても戦闘能力を奪えるだろう。命中する度に船員の死傷者が発生し、場合によっては火災が発生することもある。被害甚大のため、放棄・自沈ということもことも充分にありえる

 

 だが、それは通常戦艦である場合。人型となった深海棲艦にとっては怪我をしたに過ぎない。おまけにハープーンでは戦艦の装甲を貫通する能力はない。戦艦は元々、打たれ強く出来ているためである。よって、ハープーン3発食らって中破しているにも拘わらず、命中率は落ちているものの射撃は健在である

 

「墜チナサイ!」

 

 南方棲鬼は再び拳を上げた。パンチする仕草をする度に砲撃してくる。イージス艦の乗組員全員は気が気でない。それどころか、艦載機がやってきて執拗に攻撃してくる

 

そして、最悪な事態が起こった。多数の深海棲艦がこちらに向かっているのだ。対艦ミサイルは残り少ない。これでは全滅してしまう

 

 

 

 イージス艦長が覚えているのは、これが最期だった。南方棲鬼が撃った砲弾が、イージス艦に直撃。真っ二つに裂かれ、撃沈した。他にも多数の艦載機が殺到して沈む船。中には、潜水棲姫が沢山の潜水ソ級や潜水カ級を引き連れて待ち伏せし、雷撃される始末である

 

残りのイージス艦はそれぞれ奮闘したが、やがて一隻、一隻と海に没した

 

「チッ……」

 

 中破し傷を癒す南方棲鬼。手強く、見たことも無い力だったが、結局はごり押しで倒した。どうも、接近戦に弱かったらしい

 

舐められているのか、それとも対処出来なかったのか?

 

 

 

 しかし、南方棲鬼は沈む船からある物を引っ張り出した。それは折れたとは言え、スタンダードミサイルの弾頭だった

 

「何ダ、コレハ?見タ事ハ無イナ」

 

南方棲鬼は弾頭とは言え、一人の人間では持てないミサイルの弾頭を軽々持っている。それどころか、分解したのだ。複雑な造りで真似出来ないものであったが、どういう仕組みの兵器か理解すると、己自身を変化させた

 

 装甲を施し、護衛要塞も補充させ強化させた。また、この兵器は機械で誘導している兵器らしいため、多数の部下である深海棲艦を連れて行った。いくら凄い兵器でも数は少ないはずだ。なら、数でごり押しして恐怖を味合わせてやる

 

 沈む船の物陰から見た艦長は、青ざめた。あの重いスタンダードミサイルの弾頭を1人で持ち上げるのには驚いたが、それよりもミサイルを分解した事に驚いた。力づくで分解しているのではない。丁寧に分解しているのだ。しかも、彼女の鍵爪が自在に変形出来るのか、ネジは工具に変形させネジ等を緩めている

 

「ば、馬鹿な。整備兵でもあれを分解するのに数時間の教育が必要なのに」

 

 説明書もなく、しかも時計職人のような手際でミサイルを分解している。こんな事があっていいのだろうか?

 

 だが、彼が覚えているのはそこまでだった。南方棲鬼の作業を食い入るように見たために警戒を怠ってしまい、戦艦棲姫に見つかったからだ。艦長は脳天に銃弾が撃ち込まれ、彼の遺体は暗い海に沈んでいった

 

 

 

 ミサイルを弄んでいた南方棲鬼だったが、興味を無くすとミサイルを海に捨てた。遊んでも仕方ない。ある場所へ向かった。目標は日本の東京湾

 

 そして、南方棲鬼は下級の深海棲艦を引き連れると東京湾で大暴れした。彼女が放った砲弾が偶然、時雨達の近くに着弾したのだ

 

 




おまけ
艦長「スタンダードミサイルを予備知識なしで分解しやがった。これが、深海棲艦のボスなのか!」
近くに居た若きジョセフ・ジョースター「ス、スゲー。時計みたいになめらかで正確な動作でミサイルを分解しちまった!何なんだ、コイツら!」
解説王「凄い知能の持ち主という事か!」
艦長(まさかアイツ(南方棲鬼)よりも強い鬼・姫級は居ないよな……)


イージス艦と戦艦大和が戦ったらどっちが勝つか?
色々と夢が広がるが、やはり真面目に考える人はいるらしい

「戦艦大和を護衛艦の対艦ミサイルで撃沈できるか?」
1,護衛艦搭載の対艦ミサイルでは、戦艦大和の集中防御区画を破ることはできない。よって、撃沈は難しい
2,一方、対艦ミサイルでも、集中防御区画以外の破壊は充分に可能である。また、命中するたびに、死傷者が発生し、場合によっては火災が発生することもある

 これらにより艦船の運行・戦闘行動に支障をきたし、命中弾の数や運次第ではあるが、戦闘不能。火災発生→放棄・自沈ということもことも充分にありえる

 ハープーンで沢山打ち込んで動けなくして、魚雷でとどめを刺せば終わり

そう、普通の戦艦ならそれでいい……


イージス艦の前に現れたのは、戦艦大和でも艦娘でもない、深海棲艦のボスである南方棲鬼。しかも、南方棲鬼は「戦艦」としているものの、航空戦・雷撃戦もこなすマルチファイターというもの。レ級だけじゃなかった!

護衛要塞を引き連れて

私が艦これを始めたのは2016年なので、南方棲鬼と戦ってはいない
戦ったのはアーケード版で
登場シーンが凄く、ジャンプして宙返りしたり、手のひらから艦載機を飛ばしたり、砲撃がオラオララッシュ如くパンチを繰り出したりして、出るゲームを間違えてる気がする

よくSSに登場するオリ艦娘(?)であるイージス艦は最強で無双していますが、第二次世界大戦基準の兵装とは言え、イージス艦一隻で多数の艦隊相手に無双出来る程、強くは無い
 イージス艦でも艦隊戦で接近戦になってしまったら、さすがに現代の護衛艦相手でも装甲と火力の点から、負ける要素が生まれてしまう
 単体だけで強さを見れば強いが、イージス艦はイージス艦の役割があって、積極的に相手に喧嘩を売るためでもない
本当に無双したいのなら対艦ミサイルを沢山積めるF-2の航空団と潜水艦も送り込んだ方が良いかも知れない。F-2を撃ち落せる兵器は、無いのだから

そうなってくると、本当にただの作業ゲーになってしまうが……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第93話 浦田重工業、崩壊

アーケード版の北方棲姫と戦ってきました
感想は「可愛い、(甲だと)強い、心が痛い」
何しろ、撃破されるモーションが仰向けに倒れながら爆炎に包まれる姿ですから
あれ、どっちが正義で、どっちが悪だったっけ?
クリアしても喜ばないって珍しい


 北海道の千歳基地では、浦田重工業に味方した事が最大の過ちであった。目の前に広がる地獄絵図を眺めながら、飛行隊長はそう考える。

 

 ここは海軍航空隊であるが、浦田重工業が日本を乗っ取ろうと行動しているのに対して、ある集団も浦田重工業に賛同し立ち上がった。立ち上がると聞こえはいいが、実際は反逆である。千歳基地の基地司令達を殺害すると戦う同士を募った。隊員達は困惑した。なぜ、軍を裏切る必要があるのか?確かに国に不満はあるが、そこまでしてやる必要性がどこにあるのか?他国からの侵略なら兎も角、友軍同士でなぜ戦う必要があるのか?

 

 基地の隊員の半分去った。去る者は放って置いた。あいつらもいずれは分かるだろう。今は浦田重工業の全面バックアップだ。その千歳基地に浦田重工業が保有する航空機が進出した。巨大な輸送機が並び、戦闘機が護衛する

 

巨大な輸送機に積まれるのは、隊員全員見たことも無い爆弾だった

 

 MOAB……聞いた話だと巨大な爆弾らしい。何でも爆撃機には載せられないので、輸送機の貨物室に入れて、後部から貨物の空中投下と同じ方法で投弾すると

 

 善戦していた浦田警備兵だったが、謎の攻撃を受けたため、爆撃命令が出たらしい。反乱部隊は、浦田警備兵と共に輸送機を使って陸海軍の基地を爆撃していた。威力は凄い。見たことも無い巨大な爆発。立ち上るキノコ状の雲

 

 飛行隊長は、浦田重工業に付いていったのは正しいと確信した。ついていった部下達も同様だ。実行力があり、理想を掲げる浦田重工業は正義だと

 

 

 

だが、その正義は巨大な悪によって蹂躙していた

 

「はぁ……はぁ……こんな事があってたまるか!」

 

 千歳基地の滑走路に並ぶ戦闘機と輸送機が爆発炎上している。浦田重工業に肩入れしてから一時間後に深海棲艦から攻撃を受けた。深海棲艦は浦田重工業が操っていたのではないのか?

 

 だが、偵察機の報告では違っていた。見たことも無い深海棲艦が現れたのだと。ソイツのお蔭で深海棲艦はこちらの命令を無視しているという

 

「ダメです!数が多過ぎます!」

 

 こちらは40機近くも戦闘機がある。だが、あいつが放つ艦載機は、400機近くある。MOABを積んだ輸送機は真っ先に撃墜され、対深海棲艦の弾丸や爆弾を積んだ戦闘機爆撃機は、全て撃墜された

 

 また、ソイツは何と砲撃まで出来るらしい。お蔭で街に展開していた部隊は、一方的にやられる始末である

 

千歳海軍航空隊の基地の上空では、物凄い数の深海棲艦の艦載機に覆われた

 

「ははは……滅茶苦茶だ。航空機の数は多いし、砲撃までする……対抗兵器があっても敵わない。深海棲艦は俺達に手に負えない」

 

もはや、笑うしかない

 

とんだ化物を敵に回したのだ、と。

 

 その思考を最後に、まるで電源でも切るように飛行隊長の意識が途切れた。空から雨のように降る爆弾を食らったからである。他の隊員も浦田兵も同じ運命をたどった

 

 その破壊を北海道の沖合では、洗脳から目を覚ました深海棲艦が『ある者』を守るように航行していた。反乱部隊が言っていた『ソイツ』は、足をプラプラさせてたり伸びしてるような仕草をしながら執拗に攻撃している。撃墜された艦載機はいるが、僅かである。攻撃ヘリであるコブラが2機、『ソイツ』に向かったが、『ソイツ』は艦載機を召喚すると襲うよう命じた

 

 攻撃ヘリのパイロットは驚愕した。獰猛な鳥の群れが襲った錯角に陥ったからだ。如何に個別性能で優越だとしても、数の理論で押されては敵わない

 

攻撃ヘリは奮闘したものの、あっという間に敵機に食われ撃墜していくのを『ソイツ』は見ていた

 

「ダカラ……無理ナノヨ」

 

彼女の名前は、飛行場姫。北海道と呼ばれる土地に自分達の仲間が洗脳されていると聞いて向かったのだ。人間なんてどうでもいいが、自分達の仲間を利用しようとした集団は許せない。そのため、基地を執拗に攻撃した。そして、何故か人間の武器が通用したのだが、飛行場姫は戸惑うどころか歓喜していた

 

「チョット怪我シタダケヨ」

 

飛行場姫は暫く周辺海域にいるつもりだ。こちらの仲間を奪還しつつ、不届き者を攻撃するために

 

 

 

 一方、佐世保の街は火の海と化していた。その街の中に浦田重工業の施設があった。浦田重工業の決起のお蔭で街の住民達は、避難した。浦田兵が街を支配していたが、それがアダとなった

 

 前兆なんてなかった。海から『アイツ』が現れたのだ。『アイツ』は強烈な殺気と威圧感を放ちながら佐世保に接近した。浦田重工業が抱え込んでいた深海棲艦は早速、裏切り『アイツ』側についてしまった

 

 浦田兵は抵抗したが、彼等は鬼・姫級の恐ろしさを知らない。何しろ、地対艦ミサイルを躱す方法がある事を。護衛要塞のお蔭で対艦ミサイルは、『アイツ』に届かない。いや、仮に命中しても『アイツ』の攻撃は止まない。『アイツ』は抵抗する者……浦田兵を施設ごと根こそぎ破壊したのだ

 

 一方、佐世保の住民達は高台や避難区域から唖然呆然としていた。民間人だけでなく、避難作業に当たっていた軍人も警察官も消防隊員も今置かれている自分たちの状況を甘んじて受け入れることが出来なかった

 

街がたった一人の怪物によって蹂躙されている

 

「ああ、ああ……」

 

一人の男性は、佐世保の街が燃えるのを立ち尽くしながら見てる事しか出来なかった

 

何もかも厄災によって失われていく……

 

「何てこった……俺は……あんな奴と平和条約を築こうと考えたのか……」

 

 その男性は、深海棲艦を友好条約を結ぼうと市民活動していた一人であった。彼は知らないが、後に提督達が佐世保に居た時に、艦娘を嫌う反艦娘団体の1人だった。深海棲艦は知能がある。なら、対話も出来る。平和的解決があるんじゃないかと

 

だが、その信念を打ち砕いたのは深海棲艦のボスだったのは皮肉と言いようがなかった

 

「忌々シイ」

 

 怪物が怨念染みた声を上げながら街を砲撃してくる。砲身は鉄が溶けたように真っ赤に染め上がる。放たれた砲弾は、禍々しい赤い光を放ちながら街に着弾する。どんな建物だろうと木端微塵に吹っ飛ぶ

 

「深海棲艦出現は、政府の陰謀だとか某国の新兵器だと思っておったが……あんなものを見ると、陰謀論を信じたワシが馬鹿じゃったよ」

 

 近くに居た老人も、声を震わせながら呟いた。いや、市民活動していたメンバー全員は思った。深海棲艦は人間の常識なんて通用しない、と。そう結論づけると深海棲艦との和平交渉の考えを諦め始めた。いささか情けないかも知れないが、未来では使えないと嘲笑って浦田結衣に殺されたよりかはマシかもしれない

 

 『アイツ』……市民活動家の心を簡単にへし折った泊地棲鬼は、佐世保を過剰に攻撃した。浦田重工業の事もあるが、自分達の仲間が良い様に使われた事に怒り心頭だった。しかも、人間によって。傲慢で極まりない存在は過剰に攻撃して思い知らさせないといけない。そうこうしている内に別の所から、浦田兵の増援がやって来てこちらを攻撃してくる。攻撃ヘリと対戦車ミサイル部隊がやって来ても泊地棲鬼は怯まない

 

「来タノカ」

 

泊地棲鬼は呟くと同時に攻撃目標を変えた。狙いはこちらを攻撃してくる不届き者を

 

 

 

欧州では戦闘が止んだ。いや、深海棲艦が一方的に戦闘を打ち切った

 

「な、何が起こったんだ?」

 

 グラーフ・ツェッペリンは訝し気に呟いた。深海棲艦の攻撃は熾烈で防戦一方だった。日本から運ばれてきた『艦娘計画』のノウハウが到着し建造された艦娘が立ち向かったが、敵わなかった。何しろ、数が多い。U-511もプリンツオイゲンも大破し、Z1とZ3は満身創痍で海上に倒れている

 

 ここまでかと思い覚悟を決めたドイツ艦娘達だったが、何故か相手は攻撃を辞めた。いや、リーダーである戦艦タ級が突然、何者かに攻撃を受け撃沈されたからだ

 

「コンナトコマデ……攻メテ来タノ?バカナノ?愚カナノ……ッ?」

 

浦田重工業が送り込んだ深海棲艦だったが、ある者が来たお蔭で黙らせたらしい

 

「助かったが、あれは何だ?」

 

「分からない」

 

グラーフの問いにビスマルクは首を振った

 

「だけど、あまり会いたくはないタイプね」

 

 その者は、深海棲艦である事に間違いはない。しかし、一本の長剣を両手で持っており、姫騎士の様な姿をしている姿を見てタダの深海棲艦と思うのだろうか?

 

 その者は戦う気はないらしく、深海棲艦を引き連れて去っていった。海上に残されたのはドイツ艦娘のみ

 

「夢に出てきそう……」

 

 帰路につく際にビスマルクは呟いた。後に深海棲艦を纏めて去った者を『欧州棲姫』と呼ばれるようになった

 

 

 

 警備隊長は驚愕した。見た事もない深海棲艦。どう見てもボスだ。殺気や威圧感が半端ない。どういう訳か、出現している

 

 それどころか、各地にある浦田重工業の施設が襲撃しているのだ。深海棲艦のボスのお陰で支配下にあった深海棲艦は正気に戻る始末である。戦艦ル級改flagshipはどういう訳か艦娘と戦闘しており、周りまで把握していない。東京湾は、よく分からないボスが現れる始末だ

 

「おい、社長!聞いているか!これもお前の作戦か!」

 

『違う!なぜ、出現したか分からん!』

 

「じゃあ、誰かが意図的に召喚させたってか!ワームホールは支配下ではないのか!」

 

警備隊長は怒鳴ったが、相手から返事はない。これでは、計画が水の泡だ。警備隊長は、目の前のボスに攻撃するよう専念した

 

「ハンター各機、あの奴を狙え!地上部隊に連絡しろ!地対艦ミサイルも用意するんだ!」

 

しかし、地上部隊の大半は大混乱していた。何しろ、味方の後ろに敵が出現したのだ。苦労して旧軍の地上部隊を追い払ったと思ったら、今度は強敵が現れた。しかも、こいつは専用の武器でしか倒せない!南方棲鬼から放たれる巨弾に逃げ惑うしかなかった

 

『ダメです!もうこちらは、八方塞がりです!現代兵器の大半はコンピュータが狂って使えませんし、飛行場は深海棲艦の空襲で事実上、壊滅されました!もう、退路も進軍も出来ません!』

 

「クソ!」

 

 悪態をつく警備隊長は、あの一等空尉を思い出した。こちらがいくら説得しても、この世界に移住するのを拒否したことを

 

『そこまでして、浦田から離れるのか?軍事の知識は、お前が詳しいんだ。俺は陸しか知らない。頼むよ』

 

『断る。正しい道だか何だか知らないが、他所へ行って改革するなんて正気か?そこに住む人達の考えを全否定する事は得策ではない。反発を生む』

 

『戦後の日本だって、鬼畜米英から従米属国になったんだ。人の考えなんて簡単に変えられる!』

 

『それは、一部の人が勝手に言ってるだけであって、視野が狭いだけだ。そういう人達を鵜呑みにしても録な事はない』 

 

 あの一等空尉は浦田から去った。この場にいれば、帝国陸海軍や艦娘を戦術で瞬く間に制圧しているだろう。指揮能力は、悪くない方だ。しかし、あいつは今はいない

 

 アパッチは無事で兵装も先ほど補給したばかりだ。味方機はコブラ2機。ジェット戦闘機は、燃料が尽きて墜落した

 

「奴を倒す!対深海棲艦のミサイルと機関砲弾がある。倒すぞ!」

 

 コブラ二機と従えてアパッチは、先頭を飛行する。既に会社の敷地は、艦砲射撃によって滅茶苦茶になっていた

 

「TOWとヘルファイアで一斉射撃だ!いいな!」

 

『『ラジャー』』

 

南方棲鬼に照準を合わす三機の攻撃ヘリ。ヘルファイアは、対艦用として開発されている事もあり、効果はあるはず。いや、深海棲艦にミサイルを防御する機能なんてない

 

「てっー!」

 

警備隊長が号令を下すと同時に、アパッチに吊り下げているヘルファイアは、火を吹き真っ直ぐ南方棲鬼に突進した。コブラもTOWを発射している。南方棲鬼は何が起こったか分からなかった。突然、攻撃を受けたのだ。護衛する護衛要塞はいない。しかも、中破したままである事もあり、ミサイル攻撃は流石に堪えた

 

「ギャアアアァァァー!」

 

炎に包まれながらも断末魔を叫ぶ南方棲鬼。この世とは思えない叫びに警備隊長は、ゾッとしたが、相手はやられたのだ

 

『敵、ダウン!』

 

「よし、次のターゲットに向かうぞ!」

 

恐れる事はない。深海棲艦も結局は、近代兵器の前には無力ということだ。旋回しようと操縦桿に力を入れようとした時、コブラから悲鳴じみた声が、無線を通じて警備隊長の耳に響き渡った

 

『隊長!敵は健在です!しかも……何だ、あの姿!』

 

警備隊長は、海の方に目を向けると愕然とした。炎と煙からあのボスが出てきたのだ!しかも、姿が変わっている!

 

 

 

ボスの姿は変わらない。しかし、下半身が巨大な腕が生えた艤装に包まれている。まるで鬼のようだ

 

艤装も砲塔も以前よりもゴツくて沢山ある。

 

(何なんだ、こいつは!)

 

流石の警備隊長もこれは予想外だった。倒したと思ったら、何と強くなって復活した!まるでゾンビのようだ!

 

しかし、深海棲艦ではこれが当たり前である。鬼や姫級は、大改装して強くするのは朝飯前である。手に負えない、もしくは本気を出したい時に発動可能である

 

 戦艦棲姫と港湾棲姫などは先遣隊ということもあるが、人間の武器では殺られないと分かるとある程度の戦力と能力しか送らなかった。過小評価もあるが、本気で戦う必要性なしと思ったらしい。それが仇となって戦艦ル級改flagshipに負けてしまったが

 

しかし、今の深海棲艦は本格的な戦力をワームホールを通じて送り込んだ。

 

そのため、警備隊長を始め、浦田の警備兵は驚愕した。こんなのは聞いていない!

 

『隊長!どうします!?』

 

 コブラのパイロットから指示を仰いでいるが、警備隊長自身もどうすればいいのか、分からなかった。しかし、考える暇はない。敵は手から艦載機を召喚すると、こちらに向けて飛ばしてきた

 

『墜チナサイ!』

 

掛け声と共に深海棲艦の艦載機が、攻撃ヘリに向かっていく。

 

「クソ!迎撃しろ!」

 

 対空ミサイルと重機関砲を発射して抵抗しようとしたが、相手は多数に無勢。しかも、戦闘機だ。攻撃ヘリは、戦闘機のように対空戦闘を得意としない。精々、火の粉を振り払うくらいである

 

 コブラが2機とも火を吹いて落ちていく。アパッチは逃れようとしたが、深海棲艦の戦闘機と比べて鈍足であるため振り払えない

 

そして、目の前に深海棲艦の艦載機が現れた

 

白く口がパックリ空いている。歯並びがいい

 

「クソ。あの一尉の言う通りだな。思想云々は役に立たんな」

 

それ以降、警備隊長は覚えていない。仮に分かったとしてもどうしようも無いだろう

 

 深海棲艦の艦載機が、アパッチを襲った。アパッチは攻撃に耐えられず、錐揉みになって落下。墜落した

 

いや、浦田重工業の部隊全てが危機的状態だった

 

 

 

 アパッチと南方棲戦鬼の戦いを見ていた時雨達は、唖然とした。以前、あんなに苦戦していた未来兵器……それもアパッチとコブラの戦闘ヘリを呆気なく落としたのだ

 

それだけでない。浦田社長が呆然としてる中、無線から次々と連絡が入ってくる。それも指示を求めるものや被害が出ているものが多い

 

『大変だ!深海棲艦がこっちに攻撃してくるぞ!』

 

『おい、どう見てもボス級じゃないか!何でここにいるんだ!』

 

『ボスを狙え!何をしてる!?』

 

『ダメだ!対艦ミサイルだけでは足りない!ボスなんかは直撃しても死なないぞ!』

 

『あの丸っこい奴を何とかしろ!盾にしているせいでミサイルが当たらん!』

 

どれも悲鳴じみた報告ばかりだ。部下も動揺しており、浦田社長に目が集まる。浦田社長も呆然としている

 

「どういうつもりだ?」

 

 掠れた声で提督に聴く浦田社長。時雨を人質としているのに、追い詰められてるようである

 

「一体、どういうつもりだ!?」

 

「深海棲艦はお前達の軍隊ではない。だから、返したのさ。戦艦棲姫の話だと、お前たちが支配下に置いた深海棲艦を正気に戻す事が出来ると」

 

 提督の先祖の話だと、テレパシーで深海棲艦を指揮している。だが、結衣はそれを悪用して下級の深海棲艦を洗脳し支配下に治めた。だから、港湾棲姫などの姫級を弱体化させたのだ

 

「姫・鬼級をたくさん連れて来たようだな。しかも、どういう訳か移動が早い。お前達が支配下に置いた深海棲艦は、正気に戻ったらしいぞ?」

 

 砲撃によって壁に穴が開けられた風景は、砲撃によって施設が壊され出て来る下級の深海棲艦がぞろぞろと出て来ている。そこに南方棲戦鬼が近寄っている

 

 

 

 南方棲戦鬼はイラついていた。どうやって自分達の仲間をコントロールしているのかに。しかも、人間がやった事だ。空母ヲ級は、呆然としているし、戦艦ル級は目が覚めたような仕草をしている。そして、よく分からない装備を纏っている事に戸惑っている軽巡ツ級などを見た南方棲戦鬼は、吠えた

 

「オイ貴様等、何ヲヤッテイル!人間如キニ支配サレヨッテ!」

 

「ア……アア……」

 

 戦艦ル級は腰を抜かし、空母ヲ級は狼狽した。駆逐イ級も軽巡ツ級も後ずさりする始末だ。何しろ、ボスである南方棲戦鬼が、怒っているのだから

 

「サッサト、ソノ変ナ装備ヲ捨テロ!汚ラワシイ!」

 

 南方棲戦鬼の一声で深海棲艦は行動を起こした。身に着けていたミサイルランチャーやレーダーは海中に捨てた。空母ヲ級は、試作段階であるジェット機をゴミを捨てるかのように放り投げたのだ。どうも人類の兵器には、嫌悪感があるらしい

 

 南方棲戦鬼は凄まじい声を上げた。それは怒りだ。もし、キリスト教徒がこの場に居たらあれこそ魔女の悲鳴と言うだろう。甲高い声に全員、ギョッとしたのだ。しかも、遠くに設置されていた臨時司令部まで聞こえたのだ

 

「あれが……予備作戦……」

 

「バカな考えだと思ったが……今となっては仕方ないか」

 

陸軍大将も元帥も高台に上り一部始終、双眼鏡で覗いていた。容姿は官能的だが、外見は恐ろしい。そのため、以前から声が上がっていた深海棲艦と対話するという案は、世間知らずと言う事だと改めて実感した

 

「各部隊に伝達。浦田重工業に向かう部隊を除いて、全部隊は海岸沿いから撤退」

 

「浦田部隊は?」

 

「奴等がやってくれる。あいつは怒り狂っているぞ。自分達の仲間がいいように使われていたのだから、怒り狂うのも無理はない」

 

 南方棲戦鬼は、仲間を従えて浦田重工業の施設に攻撃をしていた。以前まで操られていた下級の深海棲艦も同様だ。空母ヲ級は、従来の艦載機を繰り出し、戦艦ル級は砲撃を開始。浦田重工業の施設を攻撃していた。しかし、南方棲戦鬼の砲撃は強力だ

 

「私ノ砲撃ハ本物ヨ」

 

 放たれる主砲は、地上部隊諸共、耕された。何しろ、攻撃が強烈だ。浦田部隊も応戦したが、残念ながらそんな力はない。かと言って陸地には帝国陸軍が待ち構えているため、撤退出来ない

 

 

 

 いや、浦田重工業の本社ビル付近ではない。浦田重工業が保有する基地も工場も離れ小島に設営した補給所にも鬼や姫級が出現した

 

 駆逐棲姫や軽巡棲鬼が第二艦隊であるイージス艦に殺到して撃沈され、浦賀水道の近くにある工場では装甲空母鬼が放つ強力な艦載機によって空襲が起こった。泊地棲鬼が暴れまくったお蔭で地対艦ミサイルの部隊は全滅した。何しろ、ミサイルを放っても下級の深海棲艦か護衛要塞が盾となってボスを守る始末だ。これでは性質が悪い

 

 

 

 よって、長年に渡って力を蓄えて来た浦田重工業は、深海棲艦によって崩壊していく。部隊も深海棲艦から攻撃されるとは思わなかった。戦艦ル級改flagshipのお蔭でコントロール出来たとばかり思ったからだ

 

 

 

「よくも……よくも!」

 

「世界を攻撃しようとした奴が、何を言っている?」

 

提督は呆れるように静かに言った。浦田社長は顔を真っ赤にしている

 

「お前は……世界を滅ぼす気か!?」

 

「滅ぼしているのはお前だ!妹を利用し、深海棲艦を自分の軍隊に組み込み、挙句の果てに偏見で国や艦娘を蔑む。やってる事は、お前が忌み嫌う国と変わらない」

 

提督は浦田社長を睨んだ。浦田社長も予想も出来なかった。まさか、姫級を召喚するとは……

 

「お前も同じだ。深海棲艦のボスをこの世界に呼び寄せた。核兵器をこの世に持ち込んだと同然だ」

 

「言い訳はしない。確かに人類の敵を増やした。だが、お前も人類の敵だ。時雨が経験した世界では、お前たちが住む区域以外は、地獄だったと言っている」

 

浦田社長は一瞬、顔が蒼白になったが、すぐに気を取り直した

 

「なら、人類は愚かだって事だ。人類は、神になれなかったという事だ。深海棲艦は悪魔だが、私は違う。なぜなら――」

 

「米英中露仏の常任理事国は、非道なことを沢山した。だから、世界を支配して平和な世を作るというのは正しい、と言うつもりか?」

 

提督は、吐き捨てるように浦田社長の演説を遮った

 

「俺から見れば、どれも同じだ。確かに人類の敵が現れても、一致団結しない人類には呆れる。だがな、支配してまでするような事か?こちらの言い分を聞かないからと言って、武力と言論弾圧して従わせるのは間違っている。お前は怪物になっている!大量殺戮者という名の怪物に!」

 

 浦田社長は怒りで時雨の拘束に力が入らなかったのだろう。時雨は、掴まれている手を強引に振りほどいた。浦田社長は痛みで悲鳴を上げ、部下は慌てて時雨を攻撃しようとする。しかし、時雨は素早く提督の元へ駆けたため狙いが外れる。時雨は警備兵を攻撃しようかと迷ってしまった。敵とは言え、相手は普通の人間である。しかし、こちらに武器が向けられているため、抵抗しない訳にはいかない

 

 自動小銃に撃たれながら、反撃しようとする時雨。しかし、主砲が火を吹く前に相手は脚から血を流して倒れたのだ。撃たれたらしい

 

撃った相手はというと……

 

「よくもこちらに武器を向けたな!」

 

 提督は64式小銃を構えている。しかも、引き金を引いているのだ。摩耶も不知火も囲まれていた浦田兵と戦っていた。ただ、不知火は兎も角、摩耶は重巡であるため主砲を撃つのは不味い。そのため、対空機銃で相手を無力化している

 

提督と2人のお蔭で時雨は脱出し、敵も床にうずくまっている。浦田社長を含め全員、殺していない。手足を撃っただけだ

 

「大丈夫か、時雨」

 

「うん。ありがとう」

 

 時雨は満面の笑みを浮かべた。もう、艦娘の指揮官としてやっていけそうだ。だが、提督はちょっと甘いような気がした

 

「そうか……お前は人を殺すのが苦手のようだな」

 

 そう……提督は敵を無力化しただけ。殺していない。しかも、摩耶も不知火も同様で無力化しているだけだ

 

「ああ、人類同士の争いは止めないとな。でないと、艦娘が人類に失望して守る必要ないと思われたら終わりだ」

 

 意外な反論に時雨だけでなく、浦田社長もポカンとしている。だが、直ぐに気を取り直して邪悪な笑いをした

 

「艦娘が人類に失望しただって?バカをいうな!人殺し兵器が何を言っているか!」

 

「懲りないようですよ?」

 

 しかし、不知火は浦田社長の悪口雑言に激昂もせず、ただ提督に報告するだけである。摩耶もだ

 

「仕方ない。法で裁くために憲兵隊へ引き渡そうと思ったが、気が変わった」

 

「どうする気だ?」

 

 提督の呆れるような、失望するような言い方に摩耶は、聞いてきた。摩耶からして見れば、天誅を下したい所だ。何しろ、撃たれたのだから

 

何をするのか?

 

「時雨、お前に任せる」

 

「分かったよ」

 

時雨は艤装を構えた。これは戦争だ。だが、ここで殺したらやっている事は、浦田社長と同じだ

 

「私を殺しても世の中は変わらんぞ!お前達も同類だ!正義のヒーローなんていない!社会は残酷だ!お前も時雨も艦娘も社会に淘汰されるだけだ!」

 

浦田社長は最期と察したのだろう。高々と演説ぶっているが、時雨はため息をつくだけだ

 

「提督はいつも言っていた。僕は……僕達は学ぶことが多いって」

 

「は?」

 

予想外だったのだろう。浦田社長は、戸惑った。何を言っているのか?浦田兵も同様だ

 

時雨は浦田社長と見つめたまま自分の主砲を外に向けて発射した。発射した砲弾は、海に落ちて水しぶきを上げただけだ。摩耶は唖然とし、浦田社長は笑った

 

「提督、どうしてだよ!?」

 

摩耶は非難がましく言ったが、提督は何も言わない。浦田社長は、勝ち誇ったように未だに笑っている。足を撃たれても、そんなのは気にしないという風に

 

「どうやら、お前は人を過大評価している!そいつはそんな勇気はない!何しろ――」

 

しかし、浦田社長は凍り付いたかのように言葉を切った。目は外に向けている。浦田兵もである。時雨は何も躊躇ったから、外に向けて砲撃したのではない。あれを呼び寄せるための砲撃

 

 

 

 その砲撃に反応したのだろう。遠くに居た南方棲戦鬼が物凄い勢いでこちらに向かっている!時雨の砲撃を感知した南方棲戦鬼は、人類の抵抗だと勘違いしたらしい。下級の深海棲艦は別の場所にて攻撃している。仲間が人類の施設を攻撃している様子を眺めている中、こちらに向けて攻撃を仕掛けて来た。南方棲戦鬼から見れば、抵抗勢力と見えたらしい。深海棲艦の鬼・姫級は相手を徹底的にやっつけるという考えがある

 

「俺は人を殺さない。だが、助けもしない。特に深海棲艦側についている人間はな!」

 

提督は時雨の手を引っ張ると砲撃で空いた穴から逃げ出した。摩耶も不知火も後に続いた。浦田社長は逃げようとしたが、何しろ脚を撃たれている。逃げようにも逃げる事が出来ない。警備兵も悲鳴を上げながら床を這いずり回っている

 

「愚カ者メ!」

 

 南方棲戦鬼は叫びながら砲撃を開始した。南方棲戦鬼はビルの中に人がうずくまっているのと、そこから逃げようと走っている集団を見たが、当の本人はどうでも良かった

 

 何しろ、こちらに向けて攻撃を仕掛けて来たのだ。そんな不届き者は、始末しないといけない

 

南方棲戦鬼が持つ全砲門が、一斉に火を吹いた。南方棲戦鬼が放った砲弾は、赤い光を輝きながら目標へ突進する

 

「貴様ー!よくもこんな事をー!」

 

 浦田社長は吠えたが、それが最期だった。砲弾は、着弾と同時に炸裂。炎と爆風は、ビルの中にいた人の集団をこの世から吹き飛ばした。浦田社長とその場にいた警備兵を吹き飛ばしたのだ

 

 

 

 南方棲戦鬼は勝ち誇ったかのように攻撃した場所を見つけていた。次にビルを攻撃しようと攻撃しようと装填したが、煙と埃が漂っている中からある集団が飛び出して来た

 

 

 

「提督……お前、人を殺さないって」

 

「深海棲艦好きらしいから紹介しただけだ」

 

 全速力で走る提督と時雨と摩耶、そして不知火だった。戦艦の砲弾が放つ砲弾の爆発をまともに食らったら人は無事では済まない。しかし、摩耶と不知火は提督を庇うようにして爆風から守ってくれたのだ。最も、全ては防げず灰を被っていたが

 

「よし、仲間と合流するぞ!」

 

 提督は南方棲戦鬼を見向きもせずに全速力で走る。南方棲戦鬼から攻撃を受けたら一たまりもない

 

 

 

 南方棲戦鬼は、逃げていく奇妙な集団を攻撃しようかと迷った。今まで出会った人間は、武器を持ってこちらを攻撃されるか、喚きながら逃げるかのどちらかだった。しかし、あの人間と一緒にいるのは何者だ?

 

見た目は人間だが、南方棲戦鬼は直ぐに見破った。自分達と似たような存在……

 

 

 

 不意に聞いた事が無い爆音がした。矢じりの形をした飛行物体が、目も止まらない速さでこちらに向かっている

 

「墜チナサイ!」

 

 南方棲戦鬼はジェット機を迎撃するために戦闘態勢に入った。護衛要塞は防御態勢を取り、南方棲戦鬼も艦載機を出現させた

 

あの少女を相手にするのは後回しだ!

 

 

 

 

 

 戦艦ル級改flagshipは、無線で一連の出来事を把握していた。しかし、信じられなかった。まさか、ワームホールを開通させて、深海棲艦を呼び寄せるとは!

 

「コノ気配ハ鬼級……マサカソンナ事ガ」

 

 しかし、戦艦ル級改flagshipは、深海棲艦をコントロールしている。それなのに、察知出来なかった。ずっとモニターしていたのだ

 

それが何故……

 

「確かに今の私達では、貴方に勝てない」

 

 喉を掴まれながらも霧島は、はっきりと話している。ボロボロだが、意識はある

 

「司令は決断しました。貴方を勝たせる訳にはいかないと」

 

「チッ……利害ノ一致カ」

 

 大体、想像出来た。時雨は、自分の性格をある程度、知っている。つまり、利用されたのだ。自分が虐められている過去を知ってるかどうかはいい。しかし、相手を痛めつけてから倒すのは把握していた。

 

つまり、目の前にいる艦娘は、私の注意を逸らすため……

 

 テレパシーで下級の深海棲艦を洗脳するのは出来るが、永遠ではない。定期的にやらないとこちらに従ってくれない

 

 それにつけこまれた。戦艦棲姫は人間嫌いなのは、知っている。だが、戦艦棲姫と取引したのは艦娘ではないはずだ。だとしたら……

 

「ソウカ。ナラバ仕方ナイ。隠シ玉ヲ使ウトシヨウ」

 

 戦艦ル級改flagshipは、艤装から注射器を取り出すと自分の体内に注射した。何をしたのか、霧島は分からない

 

「何故、オ前達ト戦ウ時、止メヲ刺サナイノカ。私ハ深海棲艦であると共に人間でもある。肉体というのは、鍛えれば鍛えるほど強くなる」

 

 霧島は結衣が何を言ってるのか、分からなかった。突然、普通の人間のように喋り出したのだ

 

変化する結衣の姿に霧島は愕然とした。艤装が変化している!

 

「なっ!そんな!」

 

「ありがとう。私をココマデ強クシテクレテ」

 

 浦田結衣の目的に気づいた霧島は、逃げようともがいたが、何と相手は手を離したのだ

 

 霧島はその後の事は覚えていない。48㎝の砲弾九発をマトモに受けたのだ。余りの威力に霧島は壁を突き破って外に吐き出された

 

「そ……そんなバカな……」

 

 成長する戦艦ル級改flagshipの姿を天龍は、恐怖で声もでない。まさか、戦うごとに改装するとは思わないからだ

 

 不意に戦艦ル級改flagshipの背中が爆発した。どこから現れたのか、鳥海が結衣の背後から砲撃をしたのだ

 

「鳥海、逃げたと思ったが。何か一発逆転の奇策でも思い付いたのか?」

 

「司令官さんが撤退命令を出さない限り、私は戦う!」

 

鳥海は強気だ。しかし、天龍は見た。鳥海の足が微かに震えているのを。どんなに攻撃してもびくともしないどころか、成長する相手に恐怖を抱くな、という方が無理である

 

「言いたいのはソレダケカ?ナラ、屑鉄ニナルガイイ!」

 

 48cm砲が鳥海と天龍に向けられ発砲するまで、鳥海は叫びながら20.3cm砲を撃ち続けた。どんなに逃げても好転しない。なら、戦うまでだ

 

 

平行世界の日本

 

 ある病院に急用患者が担ぎ込まれてきた。救急隊員と看護師が、手術室に運び込まれる中、駆けつけた医師に救急隊員が矢継ぎ早に報告して来た

 

「26歳の航空自衛官が何者かに撃たれ意識不明の重体です!」

 

「なぜ、空自の人間なんだ?現場の人間では無いだろ!」

 

 医者が不機嫌になるのは無理もない。この病院では、民間人の他に警察官と陸自隊員が運び込まれていた

 その理由は、提督達が爆弾を投下した事から始まる。浦田社長が隠れ身としていた過激な宗教団体は、蜂起した。兵器密造したのがバレたため、ある地帯を解放区と称して占拠した。何しろ、重火器どころかロシアの軍用ヘリまで持っているのだから、警察は自衛隊にも応援を呼びかけた

 

 世間は大混乱したが、意外にも早く収まった。その理由は、この過激な宗教団体を弾圧に支持する国が幾つかいたからだ

 

 その中には、近隣諸国まで含まれていた。実は、浦田社長が平行世界に取引していた武器商人の出身国は、その近隣諸国だった。この武器商人が、浦田社長を殺したのは分かっていた。証拠は無いにしても、武器商人が売った兵器の足取りを掴めたのは容易だ

中古とは言え、ジェット機やヘリを大量に買った宗教団体を庇うとは何事か?アメリカも銃火器が行方不明になっている事を掴んでいた

 

 その周辺国やアメリカの非難に流石の市民団体も宗教団体を支援して来た政党も委縮してしまった。言い訳しようにも、自分達が支援して来た宗教団体が、裏で兵器を買ったという証拠があるため反論出来ない。それも平和主義を第一として掲げる政党なら、論外だ。政党のトップである首相は、やむなく防衛出動を出した。これ以上、他国に迷惑をかける訳にはいかない……

 

 戦闘は起こったものの、数時間で鎮圧された。教祖様も信者達も逮捕され、過激な宗教団体も向こうの世界である浦田重工業と同様、崩壊へと向かった

 

 だが、生き残りがいたのだろう。裏切りと判断して僅かの期間に滞在していた空自の隊員を狙撃した

 

 犯人は逮捕されたが、撃たれた相手は無事では済まない

 

「緊急手術するぞ!弾丸を摘出し――」

 

医者が看護師に指示する中、一尉は意識を取り戻した。と言っても、微かに目を開けただけだが

 

(そうか……撃たれたのか……でも、データはちゃんと送信した)

 

 彼はプログラマーの人間であった。防衛大学校に入る前にプログラミングをして独自のゲームソフトを創るのが趣味であった。防衛大学校に入っても電気工学や機械工学など理系を学び、趣味と混ぜながら暮らしていた

しかし、母が宗教団体に入信した事により人生は一変した。性格が変わり果ててしまった母。止めさせようと躍起になって動いたが、効果なし。海上自衛官の自殺で漏洩疑惑をかけられ、それにより妻も娘も去っていった

 

 しかし、彼は諦めなかった。宗教団体を崩壊すべく情報収集し、ネットに流したのだ。裏金、闇取引、麻薬、兵器密造等

 

 幾つものサーバーを経由してネットに拡散したのだからバレる事は無い。仮にばれても、どうでも良かった。失う物なんて無い

 

(後悔はない……だが、提督と時雨とかいう艦娘に会いたかったな)

 

 電話で話した相手。浦田と戦う者が他にもいた。それだけでも十分だった。浦田は、何がしたかったのだろう?

 

 しかし、彼は考えるのを止めた。どうせ、自分の命は尽きるのだから。助かる事は無いだろう

 

(さようなら、提督に時雨。日本版のディープスロートは死ぬ定めらしい)

 

彼は再び意識を失った

 




おまけ
戦いの後、ビスマルクは疲れのあまり直ぐに寝たが、彼女が見た夢は正に悪夢だった

欧州棲姫「オーイ、ビスマルク!会イニ来タヨ」
アークロイヤル「ビスマルク、ここで会うとは!おおい、おおーい!」
ビスマルク「いやあぁぁぁ!」
欧州棲姫「ナゼ逃ゲル!待テ!」
アークロイヤル「仕方ない、ソードフィッシュ隊、発艦!奴の足を止めろ!行きなさい!」
ビスマルク「来なくていいから!2人で襲うなんて卑怯よ!」


プリンツオイゲン「ビスマルクお姉様が悪夢にうなされている」
グラーフ「『来るな』とか『複葉機が』とか寝言で言っていたな」
Z1「起こしてあげた方がいいんじゃない?」


浦田重工業崩壊。え?周りにも被害が?深海棲艦は人類の敵です。仕方ない面はあるものの、やはりピンポイントで攻撃して欲しいものです
……まあ、民間人に被害が起こらず、戦闘員だけ攻撃なんて現代戦でも難しいですが

浦田社長はストーリーから退場。警備隊長も死んだでしょう。

まだ、戦艦ル級改flagshipがいますが……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第94話 戦力増強

秋刀魚イベント完了した私です
谷風に新たな改装が……。念のため、レベルを上げよう


 浦田重工業の地上部隊は、深海棲艦のボスが出現した事により、大混乱した。自分達の軍団が手に入った事への喜びが絶望に変化したためだ

 

 地上部隊は右往左往するばかりだ。指示を求めても無線からの返事は無い。自分達のボスである浦田社長や警備隊長はいない。いや、警備隊長が乗っていたアパッチは撃墜されたのを他の部隊も目撃しているのだから、分かっているはずである。しかし、浦田警備兵は誰もが信じられなかった。自分達の上司が、戦死したのを受け入れる事が出来なかった。地上部隊だけではない。非戦闘員までも同じだった

 

 

 

 浦田重工業の研究員達は、地下研究室で書類や薬品をケースに慌ててしまっていた。所長は研究員達に今までの研究の成果を出来る限り持ちだすよう命じたのだ

 

「所長、我々はどうなります!?」

 

「反政府組織か海外にいく。まだ、輸送機があればいいのだが」

 

 所長がいう輸送機とは千歳航空隊の事を指している。千葉の飛行場は、帝国陸軍の空挺部隊によって制圧されたと聞いているからだ

 

しかし、彼は知らない。飛行場姫によって、千歳海軍航空隊の飛行場は壊滅した事を

 

「深海棲艦の研究データは、誰もが喉から手が出るほどのものだ。3体の遺体も忘れるな」

 

「ですが、コイツはどうしましょう?」

 

 研究員はあるものに指を指した。鎖で拘束され檻に閉じ込めていた港湾棲姫だ。港湾棲姫は、幾度の実験によって衰弱している。流石に姫だけにあって、生命力は強く研究員の手に余るものだった。何しろ、腕力が人間よりも強い。こんな相手をどう扱えと

 

「コイツも連れて行く。何か役に立つだろう」

 

 同行していた警備兵は、頷くと港湾棲姫の運搬準備に掛かった。だが、港湾棲姫は笑っていた

 

「何だ、コイツ?笑っていやがる」

 

 化け物が笑う。警備兵は顔をしかめたが、港湾棲姫は分かっていた。テレパシーの力は無いが、懐かしい気配を研究員達よりもいち早く感じたからだ

 

「生キテイタ……マサカ、本当ニ」

 

「何?」

 

 警備兵はドイツ製の短機関銃MP5A3を構えた。どうせ、撃ったところでこいつは死にはしない

 

だが、遠くで物音が聞こえた。いや、破壊音と言うべきか……

 

「おい、ここは核シェルター並に設計した地下施設だけど、平気なのか?」

 

一人の研究員が何気に呟いたが、所長はそうは思っていない

 

誰かが侵入したんだ!100mmの鋼鉄製の扉を何者かが破壊したんだ!

 

 その直後、遠くで銃撃と破壊音が微かに聞こえたが、数秒で沈黙した。警備兵は無線で状況を聞こうとしたが、応答はない。いや、1名だけ答えたが、出た相手は仲間ではなかった

 

『会イニ来タワ。私ノ仲間ハ死ンデイナイデショウネ?』

 

 無線機から冷たい声が研究室内に響き渡った。誰もが声を発しなかった。攻めて来たのは帝国陸軍でも艦娘でもない。深海棲艦の親玉が来ているのだ!

 

「ど、どどどうしましょう!敵が来て……」

 

「慌てるな!コイツを人質にすれば何とか切り抜けられる!」

 

「しかし、戦艦ル級改flagshipでさえ能力を吸い取れなかった奴ですよ!抵抗する力は無いにしても、生きる力は我々よりも――」

 

「そんな事言っている場合ですか!相手は人間ではないのですよ!人間の軍隊だって、非情な事をするのに、相手が礼儀正しい相手だと言うのですか!」

 

 たちまち研究員の間で口論が始まった。歴史を振り返っても、古今東西において礼儀正しい軍隊は存在しない。勿論、深海棲艦も例外ではない。そんな中、厚い扉から物凄い音が響き渡った

 

 ドーン!

 

 頑丈に閉じていたドアから響き渡り、周りは静まり返った。皆の目は扉の方に向ていた

 

「救助部隊……ですか……?」

 

「深海棲艦の救助部隊だろう」

 

 研究員の1人はすがるように呟いたが、所長は即座に否定した。人間の救助部隊なら分厚い鉄の扉を殴った跡が残る程、叩くはずはない。いや、殴っているといった方がいいのか……。答えは1つしかない

 

「なんて事だ!もう敵が……」

 

「う、うわあぁぁぁ~」

 

 たちまち研究員達はパニックに陥った。こんな事になるなんて!辺りが騒がしくなる間にも、敵はドアを殴り続けていた。ドアは変形し、殴った跡も多くなっている 

 

 そして……遂にドアは轟音をたてながら飛ばされ、何者かが入って来た

 

 黒いワンピースを身に着けている女性が入って来た。研究員の1人は、女性の職員かと思ったが、容姿を見た彼は小さな悲鳴を上げて腰を抜かした

 

角が生えており、眼も赤い

 

「馬鹿な、お前は死んだはずだ!」

 

 それは、提督達が生き埋めにした戦艦棲姫だった。忘れる訳がない。自分達の手で内陸部に埋めたのだから!

 

「生キ返ッテ来タワ。私ガ眠ッテイル間ニ仲間ヲ酷イ目ニ合ワスナンテ」

 

「なんて事だ!半信半疑だったが、本当に生き返るなんて!」

 

戦艦棲姫は嘲笑っていたが、所長は気が気でない

 

 あの時、確かに死亡したと確認した。戦艦ル級改flagshipは、心臓に鉄の槍を突き刺した。生命活動は停止していた。しかし、死体を研究しようにもメスが通らない。傷1つ付けていないどころか、腐敗すらしない。火葬で遺体を焼こうとしても、現れたのは火傷すらつかなかった横たわる戦艦棲姫の姿だった。怪物艤装も同様だ。解剖しようにも、刃物すら通らない。あまりの不気味さに埋めて処分する事にした

 

 これで解決したかと思われたが、まさか提督達が掘り起こして、しかも生き返った事に驚きを隠せなかった

 

「ン~?人間ノ常識デ、コノ私ガ死ヌト思ッタカ?」

 

 戦艦棲姫のきつく言い放ったと同時に何かが扉を突き破って入って来た。それは、怪物艤装である。おぞましい吠え声に研究員達は悲鳴を上げた。腰を抜かし床を這って逃げようとする者、訳の分からないまま喚く者、化け物に屈しず武器を構える者

 

「サア、全員死ヌ覚悟ハイイ?」

 

「待て、話し合おう!取引だ!悪くないだろ!」

 

所長は両手を上げ、降参である事を戦艦棲姫に見せびらかせた

 

「取引?」

 

「そうだ。我々はお前達に協力する。あんた達のバックアップくらい出来るはずだ。悪くないはずだ。アンタの仲間も解放する」

 

 所長は、マシンガンのように一気に話したが、戦艦棲姫はつまらなそうに聞いているだけだ

 

「お互い水に流そう!暴力では何も解決しない!私がいた国では、戦争をしない事を掲げている!憲法で戦争放棄と――」

 

「死ネ」

 

 怪物艤装から無数の機銃が現れると、一斉に火を吹いた。反撃する者はいたが、戦艦棲姫には効かない。虐殺であるが、戦艦棲姫は気にしない。港湾棲姫に何をされたのか、すぐに分かったからだ。怪物艤装は銃撃を止めた。全員、血を流して倒れ、動かなくなっているからだ。……いや、1人だけ息がある

 

「アラ、マダ生キテイタノ?」

 

「深海棲艦には……知能が……あるはず」

 

「ダカラ?ツマラナイ話ヲ聞クタメニ来タンジャナイワ」

 

戦艦棲姫は怪物艤装に殺すよう命じた。トドメの一撃で所長は、絶命した

 

 

 

「アリガトウ。モウ駄目カト……」

 

 拘束から解放され、荒い息をしながら港湾棲姫は、礼を言った。北方棲姫も来ており、自分の姉を介護していた。自分の姉がここまで弱っている。北方棲姫は、ワ級を呼び寄せた

 

「ホッポ……奴等ニ何カサレタ?」

 

「ウウン」

 

 北方棲姫は首を横に振った。どうやら、艦娘である時雨とその人間集団は、北方棲姫を丁重に扱ったらしい

 

「安心シロ。奴等ト取引ヲシタ」

 

「貴方ラシクナイ」

 

「仕方ナイ。コウデモシナイト、助ケラレナイカラナ」

 

 戦艦棲姫は不機嫌そうに答えた。何しろ、こんな組織を倒すのに人の手を借りる事に成るとは思わなかった。しかし、今の自分では、単体で浦田重工業に挑むのは無謀だ。対深海棲艦の兵器はあるし、戦艦ル級改flagshipの力を奪った浦田結衣までいる。あの女を化け物に育てたのは自分のこともある

 

「早ク逃ゲナイト」

 

「心配スルナ。空母棲鬼ト離島棲鬼ガ外デ見張ッテイル。南方棲戦鬼モ暴レテイルカラ、人間共ハ此処ノ奪還ナンテ出来ンダロウ。ソンナ事ヨリ『レ級』ト『重巡棲姫』、『駆逐古姫』ヲ探スゾ」

 

 どうやら、戦艦棲姫は救出と同時に仲間を探しに来たらしい。大きいコンテナの中から自分達と同じ存在がいるのは分かる。懐かしい感覚。異世界へ行き、帰れなかった二人と浦田結衣にやられた者

 

 鍵がかかったケースを強引にこじ開けた。中には、ミイラ状態になった3人の遺体が横たわっていた

 

「レ級……重巡棲姫……駆逐古姫モ無事ダ」

 

 戦艦棲姫がいう無事は、人間の感覚とは語弊が生じる。それはそのはずで、ミイラ状態でも蘇生出来る能力はあるのだから。ケースから取り出した書類によると、浦田重工業は『一族』が埋葬したとされる墓から掘り起こしたものらしい。浦田結衣があの時、強くなったのかが分かった。重巡棲姫の身体の一部が無くなっている。ミイラになっても、僅かながら力は残る。しかし、拒絶反応するほどではない。浦田結衣は戦艦ル級改flagshipでありながら、姫級の力を手に入れたのだ

 

「ン?」

 

 戦艦棲姫はレ級の身体を見て眉をひそめた。首に幾つもの穴がある。数や大きさからして人間の指だろう。誰がやったのかは、大体想像はつく。しかし、なぜこんな事を?

 

 戦艦棲姫は知らない。レ級が持っていた能力を盗み、己の身体に取り込むための手段である事を

 

 戦艦レ級……航空戦、砲撃戦、雷撃戦、夜戦をこなすマルチファイターである。火力だけなら、鬼・姫級にも劣らない。浦田結衣は、何を盗んだのか?

 

 

 

 戦艦棲姫が地下研究室内にいる中、本社ビルの敷地では大騒ぎだ。吹雪達と502部隊を包囲していた浦田部隊に変化が訪れた。突然、重巡リ級や軽巡ホ級らが苦しみ出したのだ。そして、南方棲戦鬼が東京湾で暴れているのを浦田警備兵は困惑した

 

このチャンスを軍曹達は、見逃す訳には行かない

 

「よし、今だ!撃って撃って撃ちまくれ!」

 

 下級の深海棲艦は、混乱して戦えない。軍曹が号令をかけると同時に部下達は、捨てた武器を急いで拾うと警備兵に向けて攻撃した。あきつ丸も隠し持っていたカミ車である特二式内火艇を召喚し、あきつ丸自身も武器を取って戦っていた

 

 突然の事態に混乱した警備兵は、逃げ出した。まさか、深海棲艦のボスらしきものが現れるとは思わなかったらしい。警備隊長が乗っていたアパッチも撃墜されては自分達はどうしろと?

 

「逃げろ!早く!」

 

 地上部隊は逃走した。乗って来た車も置いていった。しかし、ここで厄介な事が起きた。洗脳が溶けた下級の深海棲艦が正気に戻ったのだ。戻ったからと言って、こちらの味方ではない。現に重巡リ級は頭を押さえながらもこちらに砲を向いている

 

「不味いのです!」

 

「心配するな! もう少しで完成する!」

 

 電は叫んだ。自分達は大破しているため、満足に戦えない。だが、博士は脅威が無くなったのを感じると素早く高速建造したのだ。妖精もあわてて作業に入る。そして、建造ユニットから新たな艦娘が出てきた

 

「私が、戦艦長門だ。よろしく頼――」

 

「自己紹介はいいから、さっさとあの敵を攻撃しろ!」

 

「え?な、何だ?こいつらは?」

 

 長門からしたら、よく分からないだろう。建造ユニットから出て来たと思ったら、重巡リ級が武器を振り回してこちらを攻撃しろうとしている。次に、軽巡ホ級の軍団が、怯えている駆逐艦娘と避難させようと奮闘する陸軍部隊を見て、長門は咄嗟に行動に出た。まずはこちらに攻撃しろうとしてくる重巡リ級を41cm砲で粉砕。次に、速足で駆逐艦娘と陸軍部隊の前に駆け寄ると守るように立ちはだかる。軽巡ホ級と駆逐イ級の砲撃を受けたが、びくともしない

 

「フッ、効かぬわ!」

 

 深海棲艦は自分達の攻撃が通じない事に驚いたが、長門は戦艦であるため当然である

 

 駆逐イ級と軽巡ホ級が必死になって攻撃する中、長門は自慢の41cm主砲で丁寧に一つ一つやっつけた。そんな中、解毒に成功した龍譲も立ち上がると戦いに参加した。しかし、艦載機を発着艦する能力までは回復していない。明石の制止を振り切ると、龍譲は思い切った行動に出た。何と12.7cm連装高角砲を装備して深海棲艦に向かっていったのだ。予想外の行動に流石の明石も博士も唖然とした。空母が砲撃戦するなんて聞いた事が無い。しかし、龍譲はそれをやってのけた。高角砲で駆逐イ級と砲撃戦を展開していたのだ。しかも、良い勝負である

 

 強力な攻撃を受けた深海棲艦は、驚愕した。何なんだ、コイツらは?しかし、その疑問は後回しだ。生き残った下級の深海棲艦は慌てて海へ逃げ出した。ここでわざわざ死ぬ訳にはいかない。それに、テレパシーで自分達のボスが呼んでいる

 

「ふっ!怖気づいたか」

 

「やったで!」

 

 龍譲と長門は喜んだが、他の人は唖然としていた。長門は兎も角、龍譲のやり方が強引過ぎた

 

「何で空母が、砲撃戦に加わっているんだ?」

 

「別に珍しくないで?以前にやった事あるしな」

 

 軍曹は突っ込んだが、龍譲は当たり前のように話す。『艦だった頃の世界』で何をやったんだ?だが、深海棲艦を追い出したため、軍曹は口をつぐんだ

 

「長門さん、ありがとうなのです」

 

「助かりました。もうダメかと」

 

「ふっ!ビックセブンがいるから安心しろ」

 

 駆逐艦娘達から感謝されて長門は、戸惑いながらも照れていた。長門は駆逐艦娘が好きらしい

 

 そうこうしている中、漣がある方向に指を指しながら素っ頓狂な声を上げた。時雨達が来たのを目にしたのだ

 

「ご主人様が来ました!」

 

「ようやく来たわね。何を――って何で全員煤塗れなの!」

 

「怪我しているけど、大丈夫でありますか!」

 

 時雨達の姿を見た艦娘達は質問攻めにあった。とりあえず、摩耶を明石に診てもらう事にして、陸軍将校と軍曹、その場にいた全員に今までの事を簡潔明瞭に話した

 

「成程、ワームホールは破壊したのじゃな!」

 

「浦田社長は死んだか!というか、何で深海棲艦のボスに殺させるんだ?」

 

 博士は手を叩いて喜んだが、軍曹は呆れていた。出来れば、提督か時雨のどちらの手で殺して欲しかった

 

「僕は提督の指示に従っただけだよ」

 

「艦娘が嫌いだったから、助けなかった。それだけだ」

 

時雨は淡々と話し、提督もどうでもいいような感じで返事をした

 

「いや、これで良かったかもな。人間不信のあまり、深海棲艦の力に頼った。その報いを受けたんだ。深海棲艦はお前達には従わないとな」

 

 将校は静かに言ったが、内心では違っていただろう。出来れば、司法で裁くために捕らえたかった

 

「それで、あれはどうするの?」

 

 叢雲は海の方に指を指した。彼女が指した先には、海岸沿いの施設に向けて艦砲射撃している南方棲戦鬼の姿だった。艤装という艤装が真っ赤に光ったと思うと、一斉射撃を行う。南方棲戦鬼が放つ砲弾は、戦艦棲姫と同じく赤い光を放ちながら浦田重工業の施設を攻撃している。浦田兵達は右往左往しているのだろう。リーダーを失い、立ち向かう武器も片っ端から破壊されたのだから

 

「あいつも倒す。密約違反だ」

 

「深海棲艦のボスを呼び寄せておいて、それは無いんじゃない」

 

「約束守る人だと思うか?」

 

 密約は攻撃するよう取引をしたが、攻撃対象は浦田重工業の施設のみ。当然、深海棲艦はそんな約束を守ってはいなかった

 

よって、住宅街や繁華街などにも被害が出始めている。帝国陸海軍は既に安全地帯まで撤退していた。敵わないからである。出来る事といったら、次々と投降する浦田兵を捕まえるぐらいしか出来なかった

 

「最初から裏切ると思っていたのですか?」

 

「助けたのに、こちらを攻撃しただろ?」

 

 不知火は呆れていたが、提督は当たり前のように話す。時雨も提督の提案を全て賛成した訳では無い。浦田重工業を倒すために深海棲艦を利用するのは、あまり良いものではない。しかし、あの時点において現戦力で浦田重工業を倒せるかと言われるとノーである

 

「では、私はあれを倒すんだな。艦隊戦なら――」

 

「いや、長門。残念だが、そいつの相手はお預けだ」

 

提督は長門が拳を握りしめ、やる気満々で海を行こうとするのを制止した

 

「戦艦ル級改flagship……だね?」

 

 時雨の呟きに龍譲はギョッとした。川内が大破し、気を失っているのを見れば分かる。それだけ強いと言う事だ

 

「奴は戦艦棲姫と港湾棲姫と戦って倒した事がある強敵だ。単体でも強い」

 

 提督は建造ユニットに歩み寄ると操作を開始した。博士も手伝ったが、特に何も言わない。どうすべきか分かるのだろう

 

 一同は早急に整備と補給に急いだ。摩耶の怪我は、明石の力で完治し、川内も意識を取り戻した。しかし、川内は目が覚めると悔しそうに今まで起こった事を話した

 

「心臓を突き刺しても――死なないだと!」

 

「まるゆ……怖いです」

 

 軍曹は愕然とし、まるゆは後ずさりした。艦娘達も絶句した。自分達は人外である事は理解している。だが、敵は自分達よりも強力だ。化け物に等しい

 

「時雨、お前は未来から来たのは本当なのか?」

 

「うん」

 

長門は川内からの報告を聞いたが、時雨は頷くだけだ。何度も聞いてきたのだから

 

「私はあいつと戦ったのか?退けたのか?」

 

 時雨は何も言わず首を横に振った。未来の戦争で、長門は負けたのだ。圧倒的な力を持つ戦艦ル級改flagshipは、長門の戦意を挫くだけでなく、真っ向から戦って沈めたのだ

 

「そうか……」

 

 時雨の説明を聞いた長門は、悲しそうに呟いた。拳を握りしめただけだ。長門は『艦だった頃の世界』では帝国海軍の象徴でもあった。「陸奥と長門は日本の誇り」と言われた程である

 

艦隊決戦して負けたと聞かされて、どう思ったのだろう?

 

そんな事を気にせずに提督と博士、そして明石は建造ユニットを稼働させる

 

 

 

暫くして4人の艦娘が現れた。戦艦と空母2人ずつだ

 

「航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ」

 

「航空母艦、加賀です。……あなたが私達の提督なの? 学生に見せるけどそれなりに期待はしているわ」

 

「英国で産まれた帰国子女の金剛デース!宜しくお願いシマース!」

 

 頼もしい人達が現れる。それぞれ艦娘として召喚した。どれも懐かしい人達。そして、自分が知らない艦娘が現れる

 

「フッ、随分待たせたようだな……。大和型戦艦二番艦、武蔵。参る!」

 

「武蔵さん!?」

 

 時雨は驚愕した。まさか、大和型戦艦が現れるとは思わなかったからだ。長門よりも巨大な主砲塔、46cm三連装砲だ。『艦だった頃の世界』では、世界で最大級の主砲を持つ戦艦である

 

他の艦娘と違い、威圧感がある

 

「武蔵……そうか、お前が」

 

 武蔵は提督と目が合い、提督は唖然としている。何しろ、他の艦娘と違って威圧感があるのだ

 

「で、どういう状況なんだ?」

 

 

 

 時雨と提督は、今までの出来事とタイムスリップについて簡潔明瞭に言った。『艦だった頃の世界』では歴戦であったためか、口を挟まず最後まで説明を聞いていた。時雨のタイムスリップには、何とか話がついていけたらしい。内心では、驚いているだろうが、表情を変えない。しかし、戦艦ル級改flagshipの存在には流石に嫌悪感を抱いた

 

「つまり、私達の相手は、沖合に暴れている深海棲艦よりも元人間で狂った戦艦ル級改flagshipを倒せと言う事か?しかも、強いと?」

 

「情けない話だが、深海棲艦のボスは俺の判断で呼び込ませた。これ以上、浦田社長が深海棲艦を駒に世界を攻撃させないためにな」

 

「しかし、相手は容赦ないようですが」

 

 加賀は指摘したが、全くその通りである。南方棲戦鬼は、陸地に対して主砲を乱射している。施設という施設は徹底的に破壊され、それどころか、周囲の住宅街まで被害が及んでいる

 

「勿論、あいつも倒す。約束を守っていない奴は嫌いだ」

 

「なら、良かったです」

 

加賀は安心したかのように指摘した

 

「戦場に性善説を持ち込まれては困ります」

 

「そこまで腐ってはいない。それに戦艦棲姫も見抜いていた節もあるがな」

 

 提督は思い出していた。戦艦棲姫は、こちらの提案を嘲笑っていたし、最初は断りもした。利害の一致という点で協力したようなものである

 

「しかし、相手は戦艦です。もし、深海棲艦のボスが洗脳を解いたのなら、敵は1人のはず。叩くチャンスです」

 

 赤城は指摘したが、提督は黙った。確かに赤城の言い分は正しい。いくら強力な主砲と防御を持っているからと言って、自分達の戦力で十分である。練度は低くても空母2、戦艦3で一隻の戦艦を倒せるはずである

 

これでも、過剰な戦力だ

 

「……川内、お前は奴が補給していたのを見たらしいな」

 

「そうだよ。後、もう一息だったけど」

 

 提督は考えていた。顎に手を当てながら。思考中の仕草が未来の提督とそっくりだ。時雨は心の中で思った

 

「提督?」

 

「あ、ああ……武蔵。お前の補給はどれくらいだ?」

 

「え?何を――」

 

「どれくらいだ?」

 

「長門の2倍だ。大破すると、その分資源は沢山食う」

 

 武蔵はムッとしたが、淡々と答えた。大型艦は強力な分、補給も大変だ。入渠も時間がかかる。大型艦であるため、当たり前なのだが

 

「おい、嘘だろ」

 

「提督、その言い方は失礼だろ!」

 

「違う!戦艦ル級改flagshipの方だ!アイツは武蔵並の力があるのに、なぜ補給が艦娘よりも少ない!?大型艦だろ!?なのに、補給が少ないって、あり得るのか!」

 

 提督の叫びに全員がハッとした。確かに補給にしてはおかしい。主砲が大和型戦艦よりも大きいのは確認済みだ。修理も資源を武蔵同等かそれ以上なのに……

 

「確かに、少なすぎるよ……よく考えたら……」

 

 川内も思い出したのだろう。補給ワ級はそんなにはいない。2体いたが、彼女等が持っていた資源で補給と修理が出来るのだろうか、と

 

「何てことだ……本当なら……奴は鬼級どころか姫級に進化する可能性がある」

 

「どういう意味ですか?」

 

博士が途方も暮れた声に加賀は反応した

 

「深海棲艦の力の源は、この世界にはない未知の元素だ。その元素は、深海棲艦に様々な力を与える。動力源、弾薬に艦載機。修理も改装も可能じゃ。その元素のお陰で深海棲艦は、戦える状態じゃ。強さ云々は兎も角、補給において完璧なものなのじゃ」

 

「つまり、相手は、その元素というのがあれば常に戦える存在なのか!深海棲艦が大型艦を多数抱えている理由がそれか!」

 

「深海棲艦は艦娘とは違う。艦娘は燃料や弾薬などで補給や修理など出来るが、未知の元素での補給は不可能。深海棲艦からしてみれば代替エネルギーとしか見ておらん」

 

ここまで聞いた時雨は真っ青になった。まさか……

 

「……て、事は浦田結衣は無敵?」

 

「悪用してる時点でその類いになるじゃろう。しかも、さっき新たな艤装が出たと川内が言っておったな」

 

「う……うん」

 

全員の目線が川内に集まったため、川内はどぎまぎしながら頷いた

 

「艦娘は鍛えれば改装が出来る。しかし、深海棲艦も出来る。まさか、戦って強くなるとは……」

 

「何だよ、それ!完全に化け物だろ!」

 

提督は唖然とした。提督ではない、

 

その場にいた艦娘全員もだ。まさか、ここまで化け物とは思いもしなかった

 

「親父、答えてくれ!いくら弾薬補充出来るからと言って未来兵器まで補充されることはないよな!」

 

「多分……しかし……奴が能力を上げたのなら……」

 

 奥歯に物が挟まったような答えに提督は、頭を抱えた。これでは、浦田重工業を倒しても意味がないのではないか!

 

「提督、心配しないでくだサーイ!私達が倒すデース!」

 

「そうだ。私達は未来で沈んだかも知れないが、そう簡単にはやられん!」

 

「ああ、この武蔵もいる。『艦だった頃の世界』では、多く被弾しても浮いていられたのでな」

 

金剛、長門、そして武蔵はそんな事はお構い無しに言う

 

「大丈夫です。未知の敵が来ようと倒して見せます!」

 

「そうです。一航戦の力を敵に見せてやります!」

 

 赤城も加賀も弓を力強く握った。最終的に艦娘全員戦うことにしたことを選んだ。時雨も同様だ

 

「そうか……分かった」

 

提督は不覚にも目が潤むのを覚えた

 

 彼女達は、艦娘である前に日本を守る軍艦なのだ。彼女達は、日本海軍の軍人そのものだ。国を守るための存在。それ以上でもそれ以下でもない

 

 

 

しかし、そんな感動的な事は長くは続かない。上から轟音が聞こえたかと思うと何かが落ちてきた

 

それは――

 

 




おまけ
提督「明石、摩耶がおかしくなった!」
明石「おかしくなったって……どういう意味です?」
提督「多分、銃弾を受けたせいだろう。兎に角、見てくれ!」
明石「分かりました……摩耶、貴方――」
摩耶「カーニバルだよっ!カーニバルだよっ!カーニバルだよっ!」クルクル
提督「実は、誰かが俺達を監視するために作り上げた存在なのかと、心配で心配で」
明石「あー、気にしないで下さい。次話になったら正気に戻りますから」
時雨(ネタをメタ発言で返した?)

おまけ2
金剛「英国で産まれた帰国子女の金剛デース!宜しくお願いシマース!」
提督「金剛……あれ、未来のノートとは容姿が違う。間違いだったのかな?」
金剛「どう書いてあるのですカー?」
提督「黒いドレスを着て、髪は金髪。「めんどうくさい」といつも呟く女性かと」
金剛「それ……別世界の艦だと思いマース……」
時雨「大戦艦だよ、それ」
提督「そうか、間違いだったか」
時雨(楽して勝ちたかったのかな?)

おまけ3
赤城(?)「ようやく会えたね指揮官様。ゆっくりと親睦を深めましょう」
加賀(?)「ここに私を満足させてくれる敵がいるというのか?」
提督「……すまん。けものフレンズの方々は、今すぐ元に居た世界に帰った方がいい。今は戦時だ。悪い事は言わないから危険だぞ」
赤城加賀(アズレン)「「アズールレーン出身です!『フレンズ』ではなくて『KAN-SEN』です!ワザとでしょ!」」
加賀(艦これ)「この人、ここ(後書き)では、こういう性格ですか?」
時雨「うん(大丈夫かな)……」


空から降ってきたのは?
提督達は奪った資源で艦娘が増強。決戦兵器、武蔵登場しました。活躍出来るか?

龍譲が高角砲で砲撃戦したのは、史実ネタ
12.7cm連装高角砲で砲撃戦を始めた挙句、連合軍の哨戒艇を倒したとの事。空母って何だったっけ?

擬人化のゲームやアニメが増えてきましたね。初めて『りっくじあーす』や『蒼き鋼のアルペジオ』などを見た時は、驚きましたが。今では『ドールズフロントライン』をやってはいますが、なぜM134ミニガンが実装されていないのか?とても謎です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第95話 奇襲

サンマ漁、終わりましたね。後は秋イベに備えます
それはそうと、アーケード版ではMI作戦が発動。空母棲姫が初めて出てきました

ブラウザ版で幾度と戦っていたので驚きはしませんが、気になるのが1つ……空母棲姫ってあんなにセクシーだったっけ?本格的なエロゲーかな?散々、イベントで痛い目に会ってきましたが……
『空母おばさん』と呼んですみません


上から何かが落ちてきた。それは霧島だ。いや、それだけではない

 

 天龍、鳥海、古鷹がガラスを突き破って落ちてくる。ガラスの破片が降ってきたことにより、駆逐艦娘と502部隊は避難した

 

しかし、金剛は違った。何しろ、自分の妹が落ちて来たのだから。金剛は、落ちて来る霧島を降ってくるガラスを回避しながらキャッチした。摩耶も川内も同様だ

 

 

 

 普通の人では出来ない芸当を艦娘は、やってのけた。ビルの三階あたりから落ちて来た艦娘が無事で、それを受け止めた人も平然としているのか?人の潜在能力が十パーセントだけじゃなくて百パーセントでも無理であるはずなのに、提督を始めその場にいた者は誰もツッコまなかった。見慣れていた、としか言いようがない

 

「霧島、どうしたのデース!」

 

金剛は霧島の姿を見て絶叫し駆け寄った。霧島は酷い姿だ。艤装は徹底的に破壊され、彼女は怪我をしている。意識は朦朧としており、死んだかと思ったほどだ

 

……普通の人なら死んでいるはずだが

 

「霧島、答えてるのデース!何が――」

 

「お姉様……本当に……」

 

 霧島は、うっすらと眼を開け、自分の長女であることを確認した。横に成りながらも金剛のの方へ頭を向けた事から、目はやられていないようだ

 

「金剛……お姉様……」

 

 自分の姉を見つめる霧島。この世界に召喚されても、また金剛に会えたのだから。しかし、霧島は何かを見たのだろう。物凄い形相で金剛に警告した

 

「お姉さま、危ない!上!」

 

 金剛は上から何かが落ちてくるのを感じていた。それがただ事ではないと分かると、霧島を抱えると猛スピードでその場から逃げ出した

 

 金剛と霧島が移動した直後、二人がいた場所に何かが落ちてきた。まるで、戦艦の主砲弾が着弾したかのような物凄い衝撃音と共に砂煙を撒き散らす

 

「な、何だ!」

 

長門は狼狽したが、時雨はわかっていた。何かが落ちてきたのかを

 

「気をつけて!」

 

時雨は艤装を構えると共に叫んだ

 

「アイツだ!僕達を酷い目に合わしたのは!」

 

「……冗談だろ」

 

 長門は感じ取ったのか、声が上ずっている。いや、長門だけではない。凄まじい殺気を感じ武蔵と赤城と加賀。摩耶も顔を強ばらせ、臨戦態勢に入った

 

「あきつ丸、まるゆ。お前ら陸軍は博士と提督を連れて避難しろ」

 

「しかし――」

 

「避難しろ!揚陸艦がいても無駄だ!アイツはヤバい!本能で感じるんだ!」

 

 摩耶は叫んだ。軍曹も将校も武器は構えているものの、部下達も含めて避難している。本当に不味いらしい

 

「駆逐艦はいいが、あたしの後ろに隠れていろよ!」

 

「でも!」

 

吹雪は訴えた。他の駆逐艦娘も同じだ。こんな殺気を出してる相手にどうしろと?

 

 土煙が晴れ皆の視界に入ったのは、深海棲艦である戦艦ル級改flagship……いや、面影はあるものの艤装が従来のと違う。戦艦娘のような艤装に近い。しかし、黒く塗り立てられており、禍々しいものである。戦艦ル級改flagshipの特徴ともいる外見はあるものの、もはや別物だ

 

「チッ……モウ少シデ踏ミ潰セタノニ」

 

「てっー!」

 

長門は反射的に号令を下した。戦艦の本能として攻撃を銘じた。空から降ってきたのは、人間でも深海棲艦でもない

 

悪魔そのものだ

 

 しかし、砲弾は悪魔を捉えず虚しく地面を抉るだけだ。悪魔は、咄嗟にジャンプしたのだ。人間……いや、艦娘でも無理だろう

 

高く飛び、摩耶の前に着地するとニヤリと笑った

 

「よくも鳥海を!」

 

 20.3cm主砲を乱射したが、悪魔はケロリとしている。重巡の主砲は、戦艦の装甲に命中しても虚しく弾かれるだけである

 

 摩耶は何が起こったか分からなかった。バットで殴られたような衝撃を感じると同時に飛ばされたのだ

 

 吹雪と漣、電も攻撃を加えたが、駆逐艦の主砲は豆鉄砲だ。効くわけがない。金剛と長門は攻撃を続行したが、相手の動きに眼を見張った

 

「は、早い!」

 

「ワタシと同じ高速戦艦!」

 

 金剛は愕然とした。地上だからなのか、速くて動きを捉えられない。どうみても人間離れしている!地上だから出来る芸当なのか?

 

 悪魔は立ち塞がる艦娘に次々と殴り飛ばしたり砲撃したりながら、確実にある人物に向かっていった。それは……

 

「不味い!」

 

 提督の方へ確実に向かっている。提督を殺す気だ。回りにいた艦娘は必死になって食い止めようとしたが、中々当たらない。提督も逃げながら64式自動小銃で攻撃しているが、相手はかすり傷すら追わせない

 

「司令、逃げ――」

 

「邪魔ダ!」

 

  不知火は提督の前に立ち塞がったが、戦艦ル級改flagshipは不知火を蹴飛ばした。時雨も動いたが、間に合わない!

 

 だが、覚悟を決めた提督の前に誰かが立ち塞がり、戦艦ル級改flagshipの進撃を食い止めた

 

それは――

 

「武蔵!」

 

「早く逃げろ!こいつは私が!」

 

武蔵は戦艦ル級改flagshipを押さえつけながら、提督に警告した

 

「ホウ……中々ノパワーダ」

 

「武蔵の力は伊達ではないぜ」

 

武蔵は不敵の笑みを浮かべたが、内心では戸惑いと恐怖を覚えた

 

 初めて見る強敵。『艦だった頃の世界』で味わった悔しさや無念さなどは全て吹っ飛んだ

 

 戦艦ル級改flagshipの両腕を押さえて提督の殺害を止めていた。武蔵を無視して、砲を提督に向けようとするが、提督は既に時雨達と共に避難していて狙えない。他の艦娘も武蔵を援護しようとするが、距離が近すぎて攻撃出来ない

 

「オ前、本当に武蔵か?」

 

「そうだ!」

 

 不気味に笑う戦艦ル級改flagshipに武蔵は答えた。敵を止めたのはいい。しかし、相手は全くといっていいほど、嘲笑っている。余裕があるようにも見える。博士や提督から敵について聞かされたが、武蔵自身も半信半疑だ。人が化け物になって艦娘を過剰に攻撃している、なんて誰が信じようか?

 

 だが、目の前の敵を見て、武蔵も信じざるを得なかった。深海棲艦の怨念じみた声が、人間の声にかわったからだ。普通ならあり得ないはずだ

 

「随分と必死になって私を食い止めているが――この程度か?」

 

「っ!なっ!」

 

 武蔵は驚愕した。捕らえた敵の両腕のこれまで以上の力が加わったからだ。戦艦の、特に大和型戦艦の馬力は凄まじい。擬人化したお陰でそこまで強さはないが、それでも通常の人の腕力よりもある

 

武蔵は焦った。力負けしている

 

「捕まえる事が出来ないからご自慢の主砲で殺そうってか?」

 

「なっ!ぐあぁぁ!」

 

 武蔵は46cm主砲を戦艦ル級改flagshipに向けたが、敵に見抜かれ、発射するよりも早く、敵は頭突きをした

 

威力も半端なく、頭突きを食らった武蔵は、吹っ飛ばされたのだ

 

「まだだ、この程度!」

 

「貴様が出る幕ではない」

 

 戦艦ル級改flagshipは、注射器の束を取り出すと全て武蔵に投げた。不知火は慌てて武蔵を庇おうとしたが、武蔵は不知火を突き飛ばした。敵の攻撃を受け止める気だ。武蔵の身体に注射器が刺さる

 

「一人で攻撃を受けて他人を守るとは流石だ」

 

「黙れ、貴様……よくも……!」

 

 注射器は勿論、フグ毒が入った毒液である。それを10本受け止めたのだ。生命体である以上、何かしら影響を受けるのは必須だ

 

「こんな毒攻撃、蚊に刺されたような物だ!」

 

 毒がまわる前に攻撃しようとする魂胆だろう。今度こそ主砲で攻撃しようしたが、相手は嘲笑った

 

「お前を相手してやってもいいが、やることがあるんでな。陸奥の爆沈事件知ってるか?」

 

「なっ!発射中止!直ち――」

 

武蔵は敵が何をしたか分かった。先ほどの力比べに何か細工したのか!?

 

 武蔵は慌てて艤装を解除しようとしたが、間に合わない。46cm主砲の1つが大爆発を起こした。戦艦の弱点は、他の艦艇と同様に火薬庫引火である。特に内部の爆発は危険である。原因不明とはいえ、陸奥は第三砲搭の爆発で撃沈するほどである

 

内部爆発により、武蔵は戦闘不能に陥った

 

「私の艤装は変形自在だ。ロボットアームのようにな。艤装に入り、小細工するのは容易な事よ。フン、決戦兵器も牙を抜けば後がないものだ」

 

 戦艦ル級改flagshipは爆発により大破され横たわる武蔵を嘲笑ったが、すぐに移動を開始した。41cm砲弾と35.6cm砲弾が襲い、九九式艦爆がこちらに殺到している

 

「カッカするな。やること済ませたら、お前らも海に沈める」

 

 煙幕を大量に張って視界を奪う浦田結衣。金剛も赤城も長門も必死に攻撃したが、煙で何も見えないため攻撃出来ない

 

煙が晴れた頃には、結衣はいない。結衣は既に海に出ている

 

「追撃するな!くそ!あの野郎……」

 

「武蔵、しっかりしろ!」

 

提督は怒りに満ち、長門は武蔵に駆け寄った。明石も博士も愕然とした

 

 唯一、対抗出来るとされる戦艦が、たった今倒された。しかも、敵は嘲笑うかのように簡単に倒したのだ

 

 

 

「まさか!」

 

「武蔵さん……そんな!」

 

戦艦ル級改flagshipが去った直ぐに明石と博士は駆け寄った。だが、武蔵は地面に横たわりぐったりしている

 

 艤装内部からの大爆発と毒攻撃を食らったのだ。普通なら死んでもおかしくはない。追撃したい所だが、あいつはこちらの戦力にダメージを負わせたのだ

 

「鳥海、おい!」

 

「天龍さんが……誰か手を貸して!」

 

「本当に元は人間なのか?」

 

「あれが例の戦艦ル級改flagship……何も出来なかった」

 

負傷している艦娘を診る者と見たことも無い熾烈な攻撃を目の当たりにして呆然とする人が多かった

 

「赤城さん、艦載機を使って追いましょう!」

 

「待って下さい。提督の話が本当なら無暗に追撃してはいけなせん」

 

 加賀は弓を引いて発艦準備に入ろうとしたが、赤城に止められた。空母組も悔しいのだろう。何も出来なかったのだから。まだ、艦載機の準備がまだ出来ておらず、戦艦ル級改flagshipが現れても、回避する事で精一杯だったからだ。飛行甲板と弓がダメになったら、艦載機は飛ばせないし、仮に出来たとしても数が少なすぎる。擬人化しても、空母の欠点は解消されていない

 

 

 

「そんな……」

 

 皆が混乱している中、時雨は呆然とした。艦娘は増強し、未来において仲間を死に追いやった浦田重工業の息の根を止めた。浦田社長は死んだため、再建は無理だろう

 

 しかし、浦田結衣は降伏を選ばない。まだ戦う気だ。提督が考えた深海棲艦を使った予備作戦。浦田社長は兎も角、深海棲艦となってしまった相手に通用するのか疑問を持った

 

その予想は、残念ながら的中してしまった。敵は必至だ

 

「時雨、おい!」

 

「うわっ」

 

 唖然として立ち尽くしている所に提督の声と共に肩を叩かれ、つい驚きの声を上げた 

 

「何をぼうっとしている。……早く怪我人を運ぶぞ」

 

時雨も急いで提督の後についていった。長門も金剛も追撃よりも仲間を気にしていた

 

「装備と戦略を見直して奴を倒すぞ」

 

「だが、奴が東京湾を出たら追えなくなるぞ!」

 

 長門は倒れている武蔵に目をやりながら、指摘した。あんな化け物をこの世に放つ訳にはいかない

 

「分かっている。しかし奴は、深海棲艦のボスと戦うだろう」

 

結衣の目的は一つ。報復だ

 

 

 

 

 

 東京湾の浦賀水道には二人の深海棲艦のボスがいた。装甲空母鬼と軽巡棲姫が停泊していた。装甲空母鬼は南方棲戦鬼の援護のために艦載機を送り込んでいたが、今はその必要がないため、護衛にしてる軽巡棲姫と話していた

 

 戦いの最中に呑気に話すのは普通ならあり得ない。しかし、港湾棲姫を捕らえた人間の組織による抵抗は弱まったため、こちらも余裕が出来たのだ

 

「フフフ……南方棲戦鬼ニナッテイルワネ。相当、怒ッテイルワ」

 

「戦艦棲姫ハ?」

 

 朗らかに話しかける装甲空母鬼だが、軽巡棲姫の反応は短絡的なものだ。というより、真面目であるため中々気楽にならない

 

「既ニ建物ノ中ニ入ッテイルワ。港湾棲姫ノ救助ニ成功シタラシイ」

 

 戦艦棲姫と北方棲姫は、南方棲鬼が暴れている隙に、浦田重工業の地下研究施設に入った。そこは、時雨が最初に連れていかれ、戦艦ル級改flagshipと出会った場所である。相手も抵抗はしてるものの、浦田重工業の崩壊は避けられない。よって、苦戦することはないだろう

 

「全ク、私達ノ部下達ヲ我ガ物ニシヨウダナンテ」

 

「シカシ、ドウヤッテ洗脳サセタノカ気ニナリマス」

 

 一同は戦艦棲姫から今までの出来事を聞いていた。が、やはり信じられなかった。人間が深海棲艦ノニ力を取り込み、下級の深海棲艦を操るなんて誰が信じようか?姫や鬼級なら分かるが

 

「人間ハ調子ニ乗ルト……ン?アレハ?」

 

 軽巡棲姫はあるものを見て、話を中断した。戦艦ル級改flagshipが来ている。一人でこちらに向かうのはおかしい

 

「戦艦棲姫ガ言ッテイタ奴カ?」

 

「デモ、普通ノ戦艦ル級改flagshipデスヨ?」

 

 確かに普通の戦艦ル級だ。両腕に巨大な艤装を持って近づいてくる。戦艦棲姫が言っていた異質とは違う

 

「ドウシタ?何ガアッタ?」

 

「戦艦棲姫ガ救援要請ガアリマシタ」

 

戦艦ル級改flagshipは答えたが、軽巡棲姫は違和感を覚えた

 

 確かに戦艦ル級改flagshipだ。しかし……なぜ、砲搭が大きく見えるのは錯覚なのだろうか?戦艦ル級なら沢山見てきた。間違える訳がない。誰かが装備を変えたなんて聞いていない

 

まさか……

 

「止マレ!ソノ主砲ハ何ダ!?」

 

「……コレハ……貴様ヲ沈めるためだ!」

 

 戦艦ル級改flagshipの艤装が瞬く間に変化した。両手に持っていた艤装は変形し、身体に纏うように装着している。そして、こちらに向けて瞬時に砲を向けると全門発砲したのだ

 

「コイツガ……グァ!」

 

 装甲空母鬼も予期出来なかった。戦艦棲姫から特徴を聞かされた。しかし、まさか本物の戦艦ル級改flagshipに化けて来るとは思わなかった。そのため、察知できなかった。襲撃も想定していなかったため、偵察機すら上げていない。人間の兵器では、自分達は傷付けられない。そのため、慢心してしまったのだ

 

 だが、そう簡単にやられる訳にはいかない。装甲空母鬼は、空母であると同時に砲撃能力まで備えている

 

 大破したため艦載機を飛ばす能力は失われたが、抵抗する力は残っている。砲は火を吹いたが、戦艦相手には火力不足だ

 

「何カシタカ?」

 

「クッ!」

 

 装甲空母鬼は再び攻撃しようとしたが、それよりも早く相手の主砲が火を吹いた。48cm主砲をまともに食らったため装甲空母鬼は撃沈してしまった

 

「……ッ!」

 

「ホウ……距離ヲ取ッテ策ヲ考エテイルノカ?イイダロウ。精々、頑張ッテ。コレデ奴ヲ倒セル」

 

 軽巡棲姫は距離を取り戦闘態勢を取ったが、相手は嘲笑った後、東京湾の湾内に向かった。軽巡棲姫は直ぐに軽巡棲鬼達と連絡を取った。1人で戦うのは無謀だ。かと言って、部下達を連れて行くとあいつに操る可能性がある。戦艦棲姫の言っている事は正しかった

 

 そして、戦艦ル級改flagshipが湾内に向かっている理由は 分かる。南方棲戦鬼と戦うためだ。支援艦隊を倒してから本体を潰す作戦らしい。連絡はしたが、軽巡棲姫は不安を隠せなかった

 

 

 

 南方棲戦鬼は、軽巡棲姫からの連絡を受け取ると、地上への攻撃を止めた。そして、殺気と威圧感を感じ取ったた。深海棲艦に似た殺気だが、何か混ざったような感じだ

 

 こちらに向かって来ているのは、戦艦ル級改flagship……いや、人型である外見だけだ。艤装は徹底的に改造されているようだ。それに、普通の改flagshipなら片目に水色の炎を灯しているが、何故か赤いのだ

 

「貴様……何者ダ?」

 

「私ノ兄ノ敵討チダ。ヨクモ破壊シテクレタナ」

 

戦艦ル級改flagshipの言葉を聞いた南方棲戦鬼は、直ぐに見破った

 

コイツ……戦艦棲姫が言っていた例の……

 

「貴様ハ、私ヲ怒ラセタタメダ!」

 

 南方棲戦鬼は、部下の深海棲艦に攻撃するよう命じた。戦艦ル級と重巡リ級、そして軽巡ツ級が殺到したが、浦田結衣である戦艦ル級改flagshipは戦うどころか、手を制しただけの仕草をしただけだ

 

 次の瞬間、戦艦ル級改flagshipに殺到していた深海棲艦達は動きを辞めた。南方棲戦鬼以外を除く深海棲艦は、ビデオ映像を止めたかのように微動だにしていない。空母ヲ級が放った艦載機は、上空を旋回しているだけで攻撃して来ない

 

「馬鹿ナ!ナゼ、コンナ事ガ出来ル!?」

 

 南方棲戦鬼は驚愕した。完全に深海棲艦を操っている!広範囲ではないだろうが、確実に操っている。重巡リ級達の目は、何か蒼い光を発している

 

「オ前達ノ能力ヲ研究して鍛えたからだ。今では、こうして意のままに操る事が出来る。歯向かうことも無いし、命令に忠実。中々のものよ」

 

「貴様、鬼・姫級の能力ヲ悪用スルトハ!本当ニ人間ナノカ!?」

 

 南方棲戦鬼は信じられなかった。確かにテレパシーを使って深海棲艦を指揮したり、仲間とのコミュニケーションを取ったりしている。しかし、まさかここまで悪用するとは思わなかったのだ。普通の人間なら無理だろう。人間の機械でもここまで出来ないはずだ!

 

「だが、お前もテレパシーを出している。自分がボスであると。確かにコイツらは自分達のボスには攻撃なんてしない。本能でな。つまりお前を倒せば、こいつらの艦隊を再び手に出来るし、私は貴様よりも強いという事が証明されるという訳だ」

 

 ここまで聞かされては南方棲戦鬼は黙っていない。囚われた仲間を救い、それを実行した人間達に攻撃をするはずだが、予想外の異様な兵器に南方棲戦鬼は怒り狂った。深海棲艦が人間如きに舐められる……そんな事はあってはならないはずだ!

 

「貴様は鬼級か……始末してくれる」

 

 バカデカイ主砲が向けられても南方棲戦鬼は怯まなかった。こちらには、戦艦の主砲の他に魚雷攻撃や航空攻撃まで出来る

 

つまり、多種多様な攻撃が可能なのだ

 

「人間風情ガ生意気ナ……イイダロウ。身ノ程ヲ教エテヤル」

 

 南方棲戦鬼と戦艦ル級改flagshipの間でにらみ合いが起こったが、直ぐに砲撃戦が発生した。巨弾が飛び交う中、南方棲戦鬼は魚雷と艦載機を繰り出した

 

有利になると確信したが、数分後、驚愕する事に成る

 

 

 

 提督と博士、そして艦娘達が集まっているところは大混乱していた。なにしろ、たった短時間で揃えた戦力にダメージを与えたのだから

 

「クソ、あの野郎……よくも龍田を!」

 

「鳥海……しっかりしろ!何があった!」

 

「霧島……無理をしてはいけませーん」

 

 浦田重工業が崩壊しているのは明白であるため、502部隊がビルに入り、残っている艦娘の捜索に当たった

 

屋内の戦闘であったため、戦いの場所は直ぐに見つかったが、発見された艦娘で無傷の者は居なかった

 

特に大淀は、浦田結衣による拷問のため、意識不明の重体だ

 

「大淀さん……」

 

 徹底的にやったのだろう。既に高速修復材や入居で治らない程まで痛め付けられた

 

一歩間違えれば、死んでいたかも知れない

 

「僕の時は直ぐに治ったのに」

 

「それを見越して痛め付けた可能性はあるわ。時雨ちゃんの場合、拷問されても治った……だから、手加減なしでやったのよ。情報を吐き出すためもあったかもしれない」

 

全身包帯に巻かれ、ぐったりとする大淀を診ながら、明石は静かに首を降った

 

ここまで非道な事をする者は早々居ない

 

一方、武蔵の容態も酷かった。何しろ、ふぐ毒注入と艤装内部による火薬庫引火のダブルパンチを食らったのだ。流石の武蔵もこれには堪えた

 

「攻撃を受ける事には……慣れたはず……そのはず……だった……」

 

「もう喋るな。奴は武蔵を知っておった可能性がある。手を焼くと感じて、あのような攻撃をしたのじゃろう」

 

 ふぐ毒によって麻痺になり、更に艤装の爆発によって大破してしまった武蔵を博士が診ていた

 

 修理しようにも手元の資源が尽きてしまう。奪った資源は豊富だが、無限ではない。武蔵と大淀、そして古鷹は残念ながら戦力外として見るしかない。駆逐艦娘も48cm主砲弾を食らって一撃で大破させられた。漣と五月雨は、大破してぐったりしている。死ななかったのが奇跡だ。いや、艤装を付けていなければあの世だっただろう。特に、古鷹は悲惨だった。鳥海によると、自分達をビルの外へ投げる前に麻痺し倒れている古鷹を徹底的に痛めつけたのだ。行動出来ないように両足を潰し、更には古鷹の艤装の砲という砲を破壊したのだ。明石が見たが、修復出来ないほどまで破壊されており、スクラップにするしかないと言われた

 

「提督、どうしよう?」

 

「奴は深海棲艦であるボスと戦うはずだ。動ける者だけでいい。奴を倒すぞ」

 

目の前で切り札が無くなっても提督はやる気だ

 

「HEY、提督ぅー。例の敵戦艦ですが、どーします?」

 

「どうするか、ではない。倒す以外はない」

 

 金剛の質問に提督は否定した。捕まえようとは考えていないらしい。元人間だったとしても

 

「こっちが躊躇すると、奴は調子に乗る。幸い、奴は東京湾にいる。倒すなら今しかない。外海に逃げてしまったら、追跡が出来なくなるぞ」

 

 提督の言っている事は正しい。浦田結衣は深海棲艦だ。よって、人間社会に居なくても生きて行ける。一方、こちらは資源に限りがある。潰すとしたら今しかない

 

「待ってくれ。未来は変わったはずだ。元凶である浦田重工業の会社が崩壊したんだ。1人で何が出来る?」

 

「いや、変わってはおらん。恐らくじゃが……変わらないどころか、最悪の方向へ向かっている可能性がある」

 

軍曹は指摘したが、意外にも返答したのは博士だった

 

「説明が難しくて省略するが……鳥海から連絡を受け『超人計画』を再度確認した。間違いない。浦田結衣は深海棲艦化したのではない。融合したのじゃ」

 

「「「「え?」」」」

 

博士の説明に提督と時雨、502部隊の隊員全員と艦娘達は唖然とした

 

融合?

 

「どういう意味です?ただの深海棲艦ではないのですか?」

 

「深海棲艦は高次元に生きる生命体だ。どんなに頑張ろうが、人間が深海棲艦に成れる訳がない。仮になったとしても、自我を失い深海棲艦として生きていく事になるじゃろう」

 

 博士の説明に将校の顔は嫌悪感を露わにしていた。深海棲艦になると、自我を失う。あまり良いものではなさそうである

 

「ちょっと待って!あいつは人間と深海棲艦に変身しながら戦ったよ。しかも、人間のように話して――」

 

「それじゃ。奴は深海棲艦になっているのに、完璧に自我を保っている。いや、下級の深海棲艦を支配しておった。浦田社長の高度な科学技術の影響だと思っておったが……いや……まさか……そんな」

 

博士は何か思いついたのだろう。説明がしどろもどろになってきた

 

「どうした?何か奴に心当たりが」

 

「いや、これは仮説だから根拠はない。しかし、これは確実じゃ。奴は……自分の意志で改装しておる。勝手に進化しておる!」

 

「「「「「はあ?」」」」」

 

艦娘達は素っ頓狂な声を上げた

 

「戦いながら改装って……何だ?艤装が強化するのか?」

 

「そうじゃ。深海棲艦は独特な方法で進歩しておる。勿論、実用化するまで時間は要する。じゃが、奴の兄は未来技術を知っておる。奴もバカでない限り、未来兵器を召喚するじゃろう」

 

「時が経てば強くなるって……化け物じゃないか!?」

 

 長門は愕然とした。つい先ほどまで例の戦艦ル級改flagshipの事を聞かされても、特に危機感を覚えていなかった。艦隊戦を仕掛ければ勝てると。相手は『艦だった頃の世界』のような米軍ではない。空母でもないため、自慢の41cm主砲を撃てば倒せるだろうと。だが、突然現れた浦田結衣。そして彼女が持つ主砲は己が持つ主砲よりもデカイ。そして、何よりも戦い方が多種多様だ

 

卑怯ではあるが、戦い慣れている!

 

「しかし、どうして未来は変わらないと分かるんだ?」

 

「残念じゃが、これは憶測しかない。スマン」

 

 はぐらかされた答えに軍曹は不満だったが、時間の無駄というばかりに肩をすくめた。なぜなら、質疑応答している間に帝国陸軍の部隊がやって来た。機甲師団だろう。3台の戦車がこちらに向けて進んでいるからだ

 

「オーイ!こっちだ!撃つなよ、味方だ!」

 

「分かっている!……全く、あいつら本当に生きていたのか!?」

 

軍曹の前に戦車が止まると、一人の兵士が現れた。階級からして戦車長らしい

 

「戦車第三師団が来てやったぞ。元帥の命令だ……お前ら無茶し過ぎるぞ」

 

「いつもの事です。緊急事態だったので」

 

「人質である少女を助けるために変電所を吹っ飛ばして街一帯を停電させた部隊が、言う事か?」

 

 戦車長の呆れに将校は、軽く受け流した。赤城さん達から、何の事?と言われた時、時雨ははっきりと答えられなかった。仕方ないとは言え、刑務所に捕まっていた自分を助けるために変電所を吹き飛ばしたのだ。そのため、街は数日間停電になったため、あまり良い感じではない

 

「浦田部隊はどうしました?」

 

「立て籠もったり、降伏したりで作戦は順調だ。ただ、こちらも被害を受けてな。バズーカとかいう奴にやられまくって今では、この有様」

 

 戦車長が言うには、もっと居たらしい。浦田重工業の反乱で出動したが、こちらよりも巨大な戦車と回転翼機で8割失ったらしい

 

 しかし、時雨達の電磁パルスと深海棲艦のボスの出現により、海岸沿い付近以外は展開しているらしい

 

「戦車が足りないから試作兵器を引っ張り出す始末だ。それを……おい、戦車の上に乗るな!」

 

 戦車長は、自分の背後に誰かが乗るのを感じたため、振り返った。乗っているのは、まるゆとあきつ丸である

 

「この戦車……一体、何なんなのでありますか!?見たことも無いです!乗っていいのでありますか!?」

 

「おい、コイツ誰だ!?」

 

 あきつ丸の興奮に戦車長は、指を指して聞いてきた。見知らぬ女が、勝手に戦車に乗り込もうとしている。しかも、何故か兵器に詳しく操縦士も困惑するばかりだ

 

「これ、 88mm砲でありますか!?日本の戦車はここまで進歩するとは!」

 

「なぜ、ここまで詳しい?」

 

 目を輝かすあきつ丸に戦車兵は、狼狽するばかりだ。スクール水着であるまるゆも乗りたいと言う始末である

 

「五式中戦車でありますか!!これが、『艦だった頃の世界』にあれば!試乗してもよろしいでありますか!?」

 

「少佐、何とか言ってください!」

 

 ねだるあきつ丸に操縦士は、助けを求める始末だ。あきつ丸が興奮しているため、落ち着くよう指導するのに時間を労したのは言うまでもない

 

「まるゆも乗りたい」

 

「その前に潜水艦だろ。潜れるのか?」

 

「まるゆは潜れます!」

 

「いや、腰を抜かして動けなかっただろうが?それどころか、あいつはお前を素通りしていたぞ」

 

 軍曹とまるゆも論争する始末だ。結衣は抵抗する艦娘を攻撃してダメージを与えていったが、何故か近くに居たまるゆには攻撃しなかった。……敵として認識していなかったかも知れないが

 

 陸軍のちょっとしたハプニングに時雨達は、放って置いて作戦を立てた。敵は戦艦なので、あきつ丸とまるゆは出撃させない方針だ。提督曰く、別の方法で運用するらしい

 

……まるゆが魚雷を撃てるなら出撃するしかない。なりふり構ってられないのは今もである

 

 




おまけ
提督「戦艦武蔵を無力化したのは、やはり武蔵の経歴か……」
時雨「どうして?」
提督「武蔵は熾烈な航空攻撃を受けても簡単に沈まなかったからな」

シブヤン海海戦で、武蔵は米軍機の攻撃を受けて艦隊から落伍。その後も波状攻撃を受け続ける
しかし、武蔵は簡単に沈まない。米軍も驚くばかりである

武蔵耐える!必死に耐える!

だが!…………沈んでしまった

提督「こんな感じだ」
武蔵「なぜカイジネタなんだ?」


武蔵……大破……
浦田結衣は(卑怯な手で)武蔵を攻撃して戦闘不能に追いやります
魚雷20本以上、爆弾17~44発命中、至近弾20発以上(諸説あり)食らっても9時間浮いた武蔵を、短時間で無力化
……まあ、火薬庫引火は危ないですから。陸奥も原因不明ではありますが、火薬庫爆発で沈みました

今度は長門を応援しなくては


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10章 最終決戦
第96話 連合艦隊出撃


谷風改丁になっても中破は、足を開く
本人は何も気にはしないのだろうか?


 東京湾はある者同士が戦っていた。深海棲艦のボスである南方棲戦鬼とその座を奪おうとして攻撃してくる戦艦ル級改flagshipである

 

巨弾が飛び交い、下級である深海棲艦も巻き添えを食らったが、大部分は2人の戦いから離れた。それでも被害は大きく、海岸にも着弾した。巨弾は地面を抉り、クレーターを創る。隠れていた浦田兵も撤退し遠くから眺めていた陸軍の地上部隊や海軍の陸戦隊は怯えながら二つの戦いを眺めていた

 

そんな戦いも終わりを迎えようとしている。南方棲戦鬼は艦載機を飛ばし、砲撃しながら隙を見て雷撃を行った。しかし、これだけ攻撃を繰り出しても南方棲戦鬼の表情は、険しくなるばかりだ。なぜなら、南方棲戦鬼が苦戦しているからだ

 

「貴様、ソノ能力……」

 

「そうだ。戦艦レ級から奪った能力だ。助かるよ」

 

 南方棲戦鬼は怒り目の前の敵を撃沈させたい所だが、苦戦しているためどうしようもない。仲間を呼んだが、来るまで時間がかかる

 

「いいぞ。デメリット無シニ戦艦ノ他ノ能力ヲ加エル事ガ出来ルトハ」

 

「コイツ!」

 

「ドウシタ?人間ヨリモ素晴ラシイ生命体ナンダロ?戦艦棲姫カラ習ッタ。人間は愚かだと。争いが全くない平和な世界すら築きも出来ないと。だから、私はこの世界の頂点に立つ。お前の力は私の足元にも及ばない」

 

「私ヲ舐メルナヨ」

 

 だが、南方棲戦鬼は自分の劣勢が覆せないのはわかっていた。己の艦載機は片っ端から撃ち落とされ、相手から見たこともない攻撃を受けている。飛べる艦載機は無く、艤装は破壊され射撃管制もやられた

 

「ル級ノ癖ニ……艦載機ヲ使ウトハ」

 

 南方棲戦鬼は空に飛んでいる飛行物体を睨んだ。上空には黒く塗り立てられたものが空を飛んでいる。深海棲艦のものではない。しかし、結衣から放たれた艦載機は、異様なものであった

 

 円盤状のような航空機。通常の航空機とは思えない機動を繰り出し、スピードもそれなりにある。とても強く、コイツらのお陰でこちらの艦載機はバタバタと撃ち落され制空権を奪われた

 

護衛要塞も撃破され、砲雷撃戦も苦戦を強いられている。火力が違い過ぎる

 

「私ハ…モウ…ヤラレハシナイ!」

 

南方棲戦鬼は、歯を食いしばりながら戦艦ル級改flagshipに攻撃を加えた。魚雷も艦載機もない。残るのはボロボロになった装甲と主砲である。しかし、いずれ弾は尽き装甲も砕けるだろう。最後まで戦うつもりだ

 

(クッ!コンナ所デ沈ミハシナイ!)

 

 南方棲戦鬼は最後の力を振り絞って引き金を引いた。主砲が火を吹き、木枯らしのような飛翔音を立てながら戦艦ル級改flagshipに向かった。戦艦ル級改flagshipはニヤリと笑った。浦田結衣は余裕の表情をしているのを見ると本気で戦っていないらしい

 

 

 

 一方、時雨達の艦娘は、出撃準備に入った。練度も高くなく、いきなり実戦である。中破大破した艦娘もいたので、高速修復剤で済ませた。入渠の方がいいが、時間がかかるためそんな悠長な事を言ってられない。しかし、数は限られていたため、天龍と龍田、そして鳥海に使う事にした。一方、博士は装備の開発だけでも、と工廠妖精と共に開発していた。艦載機だけは何とか最新のものを揃える事が出来た

 

「烈風……知らない子ですね」

 

「そりゃ、平行世界では未完成だったからのう」

 

 太平洋戦争では、零戦の後継機である烈風は、間に合わなかった。しかし、仮に間に合ったとしても戦況は覆せなかっただろう。米軍もF8Fという機体を開発していたのだから

 

 戦艦の砲弾は九一式徹甲弾しか開発出来なかったが、戦艦の数はこちらが多い。命中させるためには、着弾観測が必要がある。観測機を飛ばすためには、制空権を取らなければならない。そのためには、空母が必要だ

 

 戦艦ル級改flagshipは艦載機搭載能力はないが、空母ヲ級を操る可能性がある。零戦でもいいかも知れないが、妖精が開発した兵器は、例え間に合わなかった兵器でも再現が可能である。整備もバッチリで燃料もハイオクガソリンを使っている。そのため、『艦だった頃の世界』においても、戦後アメリカは本国に持ち帰った零戦や紫電改などにオクタンが高いガソリンを入れて飛ばしたところ、グラマンF6Fに劣らない性能を発揮し、舌を巻かせたと言う実話があったという

 

 勿論、『平行世界』の日本の工業力では、オクタン価が高いガソリンを精製出来ず、戦争の中盤以降には松根油を使って飛ばす始末である。航空機の場合、入れる燃料にも左右されるのだからたまったものではない。しかし、今は『艦だった頃の世界』である環境ではないため、こういった課題はクリアしていた

 

 

「突貫工事で装備を揃えたが、まだまだ不十分だ。しかし、くつろぐ暇はない。相手は悪魔だ。ここで奴を仕止めるぞ!」

 

 提督は艦娘達に激励を送った。霧島達のように返り討ちにあうかも知れない。しかし、奴をここで取り逃がしたら被害は広がるだろう

 

「奴は艦娘を……いや、この世界諸共、嫌っている。止められるのはお前たちだけだ」

 

「ああ!武蔵の仇は取ってやる」

 

 長門は拳を握りながら吠えた、実際は死んではいないのだが、武蔵は出撃不可能だった。提督を始め、他の艦娘も指摘しなかった

 

「敵の強さが見えない。隠し持っている可能性がある」

 

「どういう意味です?」

 

 赤城は質問した。空母、いや、航空機が戦艦を仕留めるのは簡単である。『艦だった頃の世界』でもマレー沖海戦で実施したのだ

 

「赤城さん……僕はあの戦艦ル級改flagshipがよく分からない。未来世界でもあそこまで強くなかった」

 

「それにあいつは進化している。時雨が知っている戦艦ル級改flagshipは、いない」

 

時雨とさっきまで戦った川内が提督の代わりに答えた

 

「だが、恐れる必要はない。浦田重工業という未来技術は、もう無いだろう。切り札として持っている可能性は否定できないが、数に限りがあるはずだ」

 

 提督の言っている事は正しい。ジェット機やミサイルなどの現代兵器は、確かに強力だ。しかし、これらの兵器は通信をはじめとする複雑なサポートシステムや兵站がないと稼働しない。ユニットを創るにしても一朝一夕に作り上げるのは出来ない。浦田重工業は中古でお手ごろなシステムを使う事で、この難点を克服した。戦術や軍事面は、一等空尉のお蔭で欠点を浮き彫りにしたらしいが

 

 ……だが、浦田結衣はどうなのか?浦田社長と違って現場の人間である。未来でも、それなりに抵抗する艦娘と戦っていたのだ

 

「元帥の話によると、東京湾の湾口付近にて空母型の深海棲艦のボスを倒したらしい。そして、湾内にいるボスに向かっている。……奴が何も考えもせずに戦いに挑んでいるとは思えない!奴を湾内から出させるな!資源は気にするな!アイツをぶちのめして来い!」

 

 鹵獲した資源は豊富だが、建造や入渠のために現在は半分だ。提督はあるもの全て使ってでも奴を倒そうとしているらしい

 

「心配いりません。鎧袖一触よ」

 

 加賀は沈着冷静な性格だ。しかし、時雨は内心ではどう思っているのだろう?時雨が経験した未来の戦争について話したが、話し終えるまで誰も口を挟まなかった。加賀や瑞鶴などの空母組は、敵の航空機が強すぎたためにほとんど出撃しなかった。赤城が沈み、翔鶴を失い墓の前で茫然自失になって一日中座り込んでいる瑞鶴を支えていたと語ると、加賀は「そう……」と言っただけだ。内心では、驚いているだろう。悲惨な事になるとは思っていなかっただろう

 

「連合艦隊、出撃します!」

 

 空母組の赤城、加賀。戦艦の長門と金剛。重巡である摩耶と鳥海。軽巡川内と天龍。駆逐艦の時雨、吹雪、不知火である。他の者は予備要員となった。龍譲は回復したが、身体の事を考え予備要員となった。全員無傷で戦闘に勝つことは旗艦は長門が取る事になった

 

時雨が旗艦の方がいいのでは、という声もあったが、時雨はこの案を降りた。

 

 皆が出撃する前に誰かが声をかけた。その誰かは理解していた。未来の提督だ。声がした方向に振り向くと、未来の提督がいた

 

 他の者は見えないのだろう。準備したり、仲間と話したりしている。提督や博士すら気づいていない

 

「時雨、大丈夫か?」

 

「まだ、いるとは思わなかった」

 

 時雨は怪しまれないように小声で返事した。頭が可笑しくなって出撃しない、と思われては大変だ

 

「提督……超人計画は、先祖の人達は浦田社長のように野望を持っていたのかな?」

 

「装備の最終チェックしろ。不具合で起動出来なかったとなれば、笑えないからな」

 

 時雨は直ぐに装備チェックした。うん、不具合はない。武器は全て稼働するとは限らない。何かしら不具合で事故があるのは、よくある話だ

 

「お前は立派だ」

 

未来の提督の悲しげな言葉に時雨は手を止めた

 

「拷問部屋で浦田結衣が言っていた。戦争がある限り、兵器は存在する。確かにその通りだ。人は力を得ると、傲慢になり、他所を征服しようとする」

 

時雨は何も言わない。戦艦ル級改flagship……浦田結衣が言っていた

 

「だが、お前は人の心がある。もっと学ばせたかった。お前達が社会の中で生きていける……共存するため」

 

 提督は戦後の事まで考えていたようだ。しかし、その望みは当分ないだろう。仕方ないとはいえ、ワームホールを開き深海棲艦の鬼・姫級を呼び寄せたのだから

 

「僕はどうすればいいの?」

 

「強く生きるんだ。何もかも絶望せず。希望を持て」

 

未来の提督は相変わらず優しかった。遠くに提督がいるが、気付いていない。いや、時雨以外見えないだろう

 

「もう会うことは無いだろう。忘れるな。歴史が変わる現象がある。どんなことがあっても、遂行するんだ」

 

「うん」

 

 時雨は覚悟を決めていた。『艦だった頃の世界』では、西村艦隊は、己自身を除いて全滅した

 

「アカシックレコードでは、この時間軸の結末がどうなるかはなかった。我々が干渉したお蔭で未来予測は不明。どうなるかは分からない」

 

「でも、浦田結衣を東京湾に逃がすと不味い」

 

「そうだ。奴はまだ諦めないつもりだ。深海棲艦の女王になる可能性がある。それだけは止めないと」

 

時雨はいつでも出撃できる。皆も同じだ。海岸に並んで出撃態勢を取った

 

「そう言えば、時雨は何をブツブツと独り言を言っていたのですか?」

 

「ちょっと自問自答していた」

 

 隣に居た不知火が聞いてきたが、時雨ははぐらかした。近くに未来の提督が居る事なんて知らない。時雨以外、見えないからだ

 

「俺はもう死人だ。だが、俺の過去なら出来る。学ばせてくれるはずだ」

 

 未来の提督は時雨に向かって言って来た。誰も聞こえないだろう。長門が激励の言葉を投げていたが、誰も未来の提督に気付いていない

 

「でも、僕達のために指揮を取っていた」

 

「いや、俺の最終目的は艦娘と人の共存だ。2つの種族の架け橋になるようにと思ってな。現実は厳しいが、夢くらい持ってもいいはずだ」

 

未来の提督が言うと同時に長門は出撃するよう命じた。抜錨だ

 

「皆……大丈夫かな?未来の戦争みたいに……」

 

 ほんの少しだけ恐怖を覚えた。未来兵器は破壊したはずだ。だが、浦田結衣の能力は不明だ。『生命の樹』が見せたビジョンのようになるのは……

 

「心配するな。これは未来の戦争ではない。ハイテク兵器が存在する平行世界ではない」

 

「時雨、お前どうしたんだよ!皆、待っているぞ!」

 

 時雨は我に返ると、時雨以外の艦娘は既に海面に居た。時雨がまだ海の上に居ない事に気付いた天龍が、声を掛けたのだ

 

「生き生きとした艦娘を見送ったのは佐世保以来だ……お前なら救える。仲間も過去の俺も世界も」

 

時雨は静かに海に出た。もう迷わない。これが最後のチャンスだ

 

「さあ、行くんだ!ケリを付けて来い!」

 

「時雨、行くよ!」

 

 時雨は仲間と合流すると、直ぐに目的地に向けて舵を取った。誰も話さない。敵は強い。奪った資源もこの戦いで底をつくだろう。しかし、次は無い

 

「絶対に負けない!」

 

時雨は力強く言い聞かせた。侵略者に負けてたまるか!

 

 

 

 艦娘達が編隊を組んで出撃する様子を地上から戦艦棲姫が見ていた。時雨や提督達がいた場所から離れているため出会う事はなかった。そして、航行している艦娘達もこちらの存在に気づかれていない。尤も、相手はこちらを相手する暇はないだろうが

 

 港湾棲姫だけでなく、かつての仲間を救った。ミイラ化した仲間に命を再び吹き込むことは可能だ。地球にはない物質のお陰で、遺体になろうが、甦る事は出来る。流石に遺体が木っ端微塵に吹き飛ばされては無理だが

 

 兎に角、戦艦レ級も重巡棲姫も駆逐古姫もエネルギーを与え肉体再生に成功した。まだ目を覚まさないが、それも時間の問題だ。聞きたい事が山ほどあるので、まだ出港する訳にも行かない

 

 寝ている三人は、怪物艤装に運ばせて地上に出た。港湾棲姫も北方棲姫の手を借りながら何とか自力で歩いた。北方棲艦と違い、長い間捕まっていたのだから無理もない

 

「ドウシタノ?」

 

「アレガ艦娘……人類ヲ守ル存在……」

 

 戦艦棲姫の動きが止まったことに港湾棲姫は聞いた。帰って来た返事は、僅かながら不愉快な返答だった。研究施設で見つけた超人計画……その亜種とも言える計画で艦娘は生まれた。自分達の技術を利用して生まれた存在。そして、人間に近い

 

「アイツラハ私ガ倒ス」

 

「可哀想ダヨ。助ケテクレタノニ」

 

 北方棲姫は不意に口にした。相手が北方棲姫であったこともあり、戦艦棲姫は反論しなかった

 

「ソレハ甘イ考エダ。アイツラヲ助ヨウトハ思ワナイ。助ケルト後悔スル。オ前ニモイズレ分カル」

 

 戦艦棲姫は相手の事もあり、余り強い口調で言わなかった。北方棲姫に難しい理論を言っても分からないだろう

 

 しかし、港湾棲姫はそうは思わなかった。戦艦ル級改flagshipは、自分が知る能力ではない。段々と脅威になっていている。現に南方棲戦鬼から発している救難信号を受信していた。軽巡棲姫は仲間を呼んで現場に急行している。しかし、戦艦棲姫は南方棲戦鬼を助けるだけだとテレパシーを使って命じた。浦田結衣である戦艦ル級改flagshipは艦娘達が倒してくれる。自分達の代わりに倒してくれる。戦艦棲姫は勝手に戦って双方自滅した方が嬉しい。例え浦田結衣が勝っても、戦いで疲弊しているはずでトドメを刺せるはずだ。だが、戦艦棲姫は楽観しているのではと港湾棲姫は思うようになった。人類や艦娘を嫌うのはいいが、その考えのお蔭で酷い目に合っている事を忘れている

 

 港湾棲姫は以上の事を踏まえて指摘しようもしたが、決意を揺るがない戦艦棲姫を見て、止めておいた。話し合っても無駄である

 

 そうだ。これは人類の過ちであり、人類の問題なのだ。こちらに害をなさない限り深海棲艦である私達が、首を突っ込む必要はない、と

 

 そう考えると、海岸で待っている空母棲鬼と離島棲鬼に向けて歩いた。今は、こんな場所から逃げる事が優先だ

 

 勿論、港湾棲姫も深くは考えずに浦田結衣の存在を楽観はしていた。多数の鬼・姫級がこの世界にやって来た事も合ったらしい。現に浦田重工業を壊滅させる事に成功した。所詮、敵は1人だ。補給も修理も限られているはずで、いくら深海棲艦の力を手にしたと言っても限界はある。深海棲艦は無敵ではない。南方棲戦鬼は苦戦しているだろうが、結局は押して勝てるはずである

 

 そう……戦艦ル級改flagshipが普通であればどんなに良かった事か……

 




話があまり進まないのは戦いの前兆でもある……

ここからは第10章となります
後に付け加えておきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第97話 能力の発達

 時雨達は、戦艦ル級改flagshipがいるであろう場所に向かった。東京湾での海戦は初めてだ。それもそのはずで、大抵は外海が主な戦いの場所だ

 

だが、近くまで来て時雨達は、あるものを見て衝撃を受けた

 

「提督……聞こえているか?」

 

『どうした?』

 

「信じられない……深海棲艦のボスが……」

 

『何だ?どうかしたのか!?』

 

「深海棲艦のボスが、撃沈している!」

 

そう……長門達は信じられない光景を見ていた。南方棲戦鬼は火だるまになっていた

 

「ソンナ…マサカ…ソンナ事ガ……」

 

 南方棲戦鬼は無念そうに口にした後、海に沈んだ。時雨も不知火も摩耶も唖然としていた。戦闘ヘリであるアパッチを簡単に墜としたボスが撃沈した

 

「チッ、手コズラさせやがって。深海棲艦の軍団を再び操る事はいいが、現代兵器を捨てるよう命じるとはな。今のところ、一隻しか生き残っていないが」

 

 浦田結衣は頭を掻きながら、再び操って呼び寄せた深海棲艦を眺めた。洗脳が解かれた深海棲艦の艦隊が、再び浦田結衣のものとなってしまった

 

 その光景を見た艦娘は衝撃的だった。長門や鳥海などは目を見開いた。忘れるわけがない。武蔵を戦闘不能に追いやった者が、鬼級である深海棲艦のボスの近くに浦田結衣が面倒くさそうに立っている。下級の深海棲艦を従えて

 

「浦田結衣!貴様ー!」

 

「大きな声を上げなくても聞こえているぞ。レーダーでとっくに掴んでいる」

 

 長門の怒りに結衣は呆れるようにこちらを見た。長門の威圧を何ともないかのようだ

 

「どうした?自ら沈みに来たのか?安心しろ。全員、戦闘不能にした後、海底が尤も深いマリアナ海溝に沈めてやる」

 

 一同は唖然とした。マリアナ海溝は世界で最も深い海溝である。沈んだら浮き上がれないかも知れない

 

「貴様、堂々と戦え――」

 

「貴様は黙ってろ。ガラクタが」

 

 長門の怒りを結衣は黙らせた。結衣にとって長門の怒りは、目の前に飛ぶハエが邪魔のような存在だ

 

「用があるのは時雨……お前だ」

 

 戦艦ル級改flagship……いや、結衣の目線は時雨しか見ていない。不知火や吹雪は時雨の前に出て庇うように立っている

 

「僕は大丈夫」

 

「おい、時雨!」

 

 天龍達の制止を振り切って時雨は艦隊の前に出る。長門達は警戒している。突然、攻撃して撃沈されたらたまったものではない。初めて対峙する2人。未来では戦艦ル級改flagshipの軍団は優位に立っていた。しかし、今は逆転している。そのはずだ!

 

「ただの小娘がここまでやるとは……」

 

「僕だけじゃない。提督と周りの人のお蔭だよ」

 

 時雨は建造されてから今までの出来事を振り返った。仲間と自分を犠牲にしてまで過去へ送り込んだ未来の提督。学生で右も左も分からない過去の提督。艦娘である僕達を造ってくれた提督の父親である博士。巨大な悪に屈することも無く戦い挑んだ将校と軍曹、その部下である502部隊の隊員達、そして浦田社長と決別し密かに対抗兵器のデータをパソコンに忍ばせたディープスロート……

 

僕達である艦娘以外に支えている者がいた。自分達は、ただ造られた存在ではないのだと

 

「浦田社長は死んだよ」

 

「知っている」

 

時雨は兄の死を伝えたが、結衣はあっさりと即答した

 

「死体も確認した。だが、兄は使命を果たした。第二次世界大戦を止めるための計画。つまらないものだと思っていたが、改めてそれが正解だと認識したよ」

 

 結衣は、時雨を睨んでいる。時雨は気付いた。ボスが現れた原因は、提督であると。だから、先ほど提督を殺そうとしたり、東京湾で暴れているボスを倒したりしたのはそれだ

 

「話し合いなんてしてくれないのは分かる。復讐のためでしょ?」

 

 時雨は、ワームホールが見せたビジョンを思い出しながら、伝えた。彼女は昔、虐められた。理由は不明だが、何らかの原因があるはずだ

 

「僕は知っている。君の過去を」

 

 時雨は話しだした。周りの艦娘も知っているため、口を挟まない。尤も、出撃する前に浦田結衣の過去を周りに話した時は驚いていたが。話している間、浦田結衣は睨んだだけで口を挟まない。話終えたと同時に結衣はため息をついた

 

「どこで知ったかなんて興味は無い。だが、それは昔の話。男女関係なく虐められた時はそうだった」

 

結衣は何も隠さずに話し始めた。向こうはこっちが調べたと思っているだろう

 

「だが、虐められた原因はすぐに分かった。何だと思う?」

 

「誰かに怨まれたとか?」

 

「違う。1人の勝手な妄想だ」

 

 結衣は語り始めた。戦艦ル級改flagshipの艤装はこちらにしっかりと向けられていたが、彼女の目は怒りに満ちていた

 

「日露戦争が勃発した時、父は兵士だった。当時は徴兵制だったから不思議では無かった。そして父は、親友と共に戦死した。だが、その父の親友には、娘がいた。私は戦争だから仕方ないと割り切っていたが、その娘はそうは思わなかった。私の父が殺したと勝手に思い込んだ」

 

「なっ!?」

 

 長門達は驚愕した。周りの艦娘達には、戦艦ル級改flagshipや浦田結衣の事を伝えた。流石に未来の提督が幽霊になって現れた事は伏せたが、それ以外は全て伝えた。伝えたこその反応だ

 

「その娘の母親は再婚したが、相手が悪かった。酒癖が悪く、借金ばかり作ったらしい。その堕落した人生を私のせいだと思い込んだ」

 

「そんなバカな……日露戦争で日本は大勝利した。国も戦死者には補償が――」

 

「そんな事か?長門、私もその娘も国の功績や名誉なんてどうでもいいんだよ」

 

長門が口を挟んだが、結衣は冷たく言い返された

 

「この力を手に入れ、嘗てのクラスメイトを皆殺しした。親や家族までもね。情報を引き出して聞いた時は呆れたよ。逆恨みも甚だしい」

 

「それで、その娘はどうしたの?」

 

時雨は分かっていて聞いた。結衣が何をしたのか、何となく分かったような気がした

 

「私を見た時は真っ青になったわ。あの顔は傑作だった。そして、捕まえて心も身体も完全に壊れるまで痛めつけた事も。初めは威勢が良かったがな。『お父さんを返して』とか『お前は悪だ。正義のためにやったんだ』とね。最後には自殺したが」

 

その場にいた全員、息を呑んだ。その娘は人間だ。深海棲艦になった結衣の力に為す術がなかった

 

「だから僕達を痛めつけたんだ。ただ殺さない理由も」

 

「ああ、満足して死ぬのは見たくない。恐怖で震え絶望して死んだ方が、面白味があるだろう」

 

 結衣の歪んだ顔に時雨は、歯を食いしばった。ビジョンを見た事も含め、戦艦ル級改flagshipは艦娘を痛めつけてから沈めている。未来の戦争において、艦娘を捕虜したのも切り札であるタイムマシン、『新型兵器』を探るためではない

 

時雨を拷問したのも、情報を吐き出すためではない。全ては己の欲求のため

 

「だが、戦艦棲姫のお蔭もある。兄がもたらした平行世界の情報だけではない。この世界情勢も学んだ。戦艦棲姫は、人を嫌うのは人間の本性を知っているからだ。過去に何をしたのか。世界史を学べば、係わりたくない生き物だ。間違ってはいない」

 

「お前も人間だろう!」

 

「私は人間を超越した。人はどんな策を練っても、必ずボロが出る」

 

結衣は時雨だけでなく、長門を睨んだ

 

「だから私は兄の計画に賛同した。人はつまらない事でいがみ合いをする。ならば、支配して世界の頂点に立ってやる」

 

 しかし、ここで何かが結衣に向かってきた。影は三つ。姿形からして鬼か姫級だろう。艦娘を気にせずに結衣に向かって突進してきたのだ

 

「フン、軽巡と駆逐艦の鬼と姫か」

 

 三つの深海棲艦のボス……軽巡棲姫と軽巡棲鬼、そして駆逐棲姫が砲や魚雷を放ちながらやって来る

 

「あの鬼め、増援を呼びやがったな。いいだろう!お前達に見セテヤル!」

 

「ウオオォォ!」

 

 軽巡棲姫は、叫びながら結衣に向けて突進してくる。艦娘達はどうすべきか迷った。逆鱗に触れたのか、怒りが尋常ではない。しかし、両方相手する暇はあるのか?

 

「どうするネ!?」

 

「っ!撃つな!まだ攻撃はするな!」

 

 長門は戦闘態勢を取り、今にも砲撃しようとする摩耶や鳥海に厳命した。ここで、無理に相手する必要はない。一方、結衣は攻撃を受けているのに、反撃してこない。それもそのはずで軽巡棲姫達が放つ砲弾は全て弾かれている

 

魚雷も易々とかわされる始末だ

 

しかし、軽巡棲姫は諦めない。隠し持っていたナイフで刺そうとする。接近戦をするつもりだ。だが、結衣の方が速かった

 

素早く右手で軽巡棲姫の頭を掴み、渾身の力で締め上げる

 

「グァアアアアアッ!!」

 

凄まじい悲鳴に時雨は、全身の毛が逆立った

 

「放セ!」

 

駆逐棲姫は捕まった仲間を助けようも駆けつけたが、逆に蹴られ倒れている所を強く踏まれた

 

「な、何を?」

 

鳥海は愕然とした。あの姫と鬼を簡単に捕まえた。何故、倒さないのか?

 

しかし、疑問よりも早く結衣は捕まえた3人を解放した

 

自由になった軽巡棲姫と軽巡棲鬼、そして駆逐棲姫は浦田結衣を攻撃しない。それどころか艦娘にしか目を向けていない

 

「まさか……そんな!」

 

「時雨、貴様のお陰で鬼や姫も操れるぞ。軽巡と駆逐艦クラスが精一杯だが、最終的には全て操ってやる!戦艦棲姫も空母棲鬼も地上型の深海棲艦も!」

 

結衣の能力を見た艦娘達は、悟った。コイツが深海棲艦の全指揮を取ったら世界を攻撃する!自分達は日本とその周辺しか守れない!

 

「これが貴様等の違いだ。兄ガ死ンデモ私ガ受ケ継グ。世界ノ頂点ニ立チ」

 

『聞こえているか!全員、あいつを倒せ!奴を東京湾から出すな!』

 

提督もモニターしていたのだろう。無線機が喚いていた。提督も、たった今、結衣の脅威を認識した

 

このままだと、世界どこでも好き勝手に攻撃出来る!質どころか数ですら敵う相手ではない!

 

「世界中の人々を虐殺する気か?」

 

「確カニ辛イ選択ダロウ。ダガ、人が増えれば増えるほど、争いは発展する」

 

「正気ではないぞ!」

 

「いや、私だけ分かる事だ。人それぞれ様々な考えがある。僅かに考えが違ったり、欲があったりすると争いになる。私が受けた虐めも社会現象の1つに過ぎないだ。唐突に起きた。なら、その元を断てばいい」

 

ここまで聞いた長門は愕然とした。これでは、独裁者そのものではないか!

 

「何でも悪と決めつける気か!?」

 

「お前は全ての人や国が、博愛主義のような人達ばかりだと思うか?お前らを弾圧する者だっているかも知れない。そんな奴がお前達の前に現れたして、それでも人を守りたいと思うのか?」

 

「勘違いしている!僕達だってそれくらいの善悪の区別くらいついている!」

 

長門が口を開く前に時雨は、吠えた

 

「僕達だって意志はある。君より強い!」

 

時雨から出た言葉に長門を始め、この場にいる艦娘達は驚いた。どうやったら、そんな言葉が出るのだろう

 

(時雨……そうか、我々は無機質の兵器ではない)

 

 長門は思う所は合った。博士や提督から深海棲艦や艦娘の存在について聞いていた。確かに人類の敵である深海棲艦は脅威だ。しかし、人類を守るために自分達が戦う必要性はあるのだろうか?

 

『艦だった頃の世界』の戦争でも人の争いをよく知っている。そして、己自身がビキニ環礁にて実施された原爆実験である「クロスロード作戦」に参加させられた。争いに果ては無い

 

 だが、それでも日本を守るという使命はある。自分は、日本を代表する超弩級戦艦長門だ。ビックセブンなのに、海戦はほとんど行っていない。矛盾はあるかも知れない。浦田結衣から否定的な意見にも一理あるかも知れない。しかし、それが正解なのかと聞かされると首を横に振るだろう

 

「そうだ……私達は人間ではないかも知れない。私達を嫌っている人もいるだろう。だが、私は艦娘の前に国を守るための建造された軍艦。人々の命が脅かされる者を倒すためにいる!それが艦娘だ!お前如きに屈するような者ではない!」

 

 長門は結衣に向かってきつく言い放った。結衣は何か言おうとしたが、彼女は戦闘態勢を取った。OPS-28対水上レーダーに多数の未確認機を捕らえていた。OPS-14対空レーダーに、まだ反応は無い。と言う事は……

 

「超低空飛行していたか。道理で空母が見当たらないト思ッテイタガ。イイダロウ!全力デ掛カッテ来イ!」

 

 OPS-28対水上レーダーは水上目標のみならず、低空警戒レーダーとして低空を飛行する対艦ミサイルも探知可能だ。対艦ミサイルよりも鈍足で多数の敵機なら捕らえる事は容易だ

 

「低空飛行でも捕らえるなんて……」

 

鳥海は舌を巻いた。レーダーに捕捉されないために航空機は、低空飛行を飛ぶといった事はよくある。しかし、敵のレーダー性能は、自分達よりも性能が良い

 

「来イ、時雨!オ前ノ力ヲ見セテ見ロ!」

 

 

 

 海岸で無線と双眼鏡で見ていた提督と博士は驚愕した。あの戦艦、鬼と姫まで操っている!

 

「不味い事になりおった。まさかと思うが……奴はボスである鬼や姫まで操り追った!」

 

「不味いどころではないだろ!おい、聞け!奴を東京湾から出すな!どんな手段を使っても構わん!攻撃するんだ!」

 

 もはや、無線傍受なんて気にする必要はない。海岸で待機している艦娘も驚愕していた。まさか、こんな事に成るとは

 

「親父、流石に艦娘まで操られるって事はないよな?」

 

「構造が違うから、それは考えられんが」

 

「それを聞いて少しは安心した!」

 

「全然、安心ではないのです!」

 

 そばで博士と提督のやり取りを聞いていた電は絶叫した。いや、意識不明の重体である大淀を除くその場にいた艦娘達も同様だ。これでは、敵が増えていくのではないか!

 

提督は何を考えたのか、話している陸軍将校達の所へ足を運んだ

 

「すみません!この近くに浦田重工業の私設部隊に艦隊を攻撃する部隊を知りませんか!?」

 

「何を言っている?」

 

「知りませんか!?」

 

「確か暴れまわっていた深海棲艦を攻撃しようとした部隊が居た。だが、回転翼機が落とされてから大半の兵士は兵器を置いて逃げたぞ」

 

軍曹の代わりに戦車長が代わりに応えた。距離はそう遠くないらしい

 

「待て、どうするつもりだ!?」

 

「敵の武器を奪ってあの野郎を攻撃するんだ!多分、電磁パルスでやられた兵器を修理したに違いない」

 

「おい、待て。落ち着け。……一緒に行くぞ。確かに浦田重工業が造った兵器なら効果あるかもな。少佐、頼めるか?」

 

「……お前ら、こんな現象を見てよく平然としていられるな」

 

 戦車長は頭を抱えていた。話は聞いていたが、武器を抱えながら海の上を航行する艦娘、威圧感と殺意と怨念を放ちながら浦田重工業を攻撃する深海棲艦達。戦争止めるも謳いながら深海棲艦を操り世界征服を企む浦田重工業……

 

突拍子のない事を平然と話す502部隊に戦車第三師団の連中は困惑するばかりだ

 

「取り敢えず、ヤバい連中を倒すため武器を奪うって事だな。どうせ、浦田兵を倒しに向かったんだ。それくらい手伝わせてやるよ」

 

戦車長は呆れながらも了承した。何策があるのか?

 

「親父、武蔵と大淀を頼む」

 

「言われんでも分かるわい。……回復できるかどうか……」

 

負傷した艦娘を明石や博士に任せることにした。連れていっても無理だろう

 

「将校殿、一緒に行ってもいいでありますか?」

 

「どうせ、そのつもりだ。しかし、陸戦は――おい、待て。それは何だ?」

 

「武器であります」

 

「何処で手に入れた?」

 

 あきつ丸も行く気満々だったが、あきつ丸は何かを背負い、巨大なものを手にしていた。見たことがない武器を抱えるあきつ丸に全員、驚いた

 

「これでありますか?これは敵兵が乗り捨てた車両にあったものであります。明石殿が改造してくれました」

 

「弾に限りがあるから気を付けてね」

 

手当てをしていた明石は注意をしていた。だが、陸軍将校達は唖然としていた。武器が大きすぎて鈍器かと思ったほどだ

 

「鹵獲した武器を使うのはよくあるが……明石、お前」

 

「いいではないですか」

 

 博士も呆れていたが、明石は知らん顔だ。あきつ丸のやっている事は別に珍しくもない。『艦だった頃の世界』の太平洋戦争でもどこの国でもやっていた。但し、大抵は使い切りであり、弾が無くなれば破棄か破壊である

 

「あの~、隊長さん。まるゆは?」

 

 白いスク水着を着こんだまるゆは軍曹に聞いたが、軍曹は艦娘達がいる方へ指を指していた

 

「お前も支援して来い」

 

「ええ!?」

 

「魚雷は撃てるだろう!明石から聞いたぞ?」

 

 軍曹の命令にまるゆは驚いた。いきなり実戦である。まるゆは困惑するばかりだ。何しろ、まるゆは輸送用潜水艦である。伊号潜水艦とは別物だ

 

「おいおい、お前は艦娘なんだろ?役に立たないのか?」

 

「そんな事ないです!まるゆもきっと、お役に立ちます!」

 

 軍曹の懐疑的な言葉にまるゆは即答した。流石にそこまで言われると黙ってはいない。が、勿論これも計算の内である。軍曹は満足そうにうなずくとまるゆを抱え込むと海に向かった

 

「よし、ではお前もあいつを倒して来い!」

 

「え?隊長、まだ心の準備が」

 

「陸軍も深海棲艦倒せる事を証明するためだ!頑張れ!」

 

「まるゆ、怖いです」

 

「心配するな。奴の目の前にいたのに攻撃されなかっただろ!」

 

 浦田結衣が奇襲攻撃した時、腰を抜かしたまるゆが近くにいたが、艦娘を攻撃する浦田結衣は、なぜかまるゆを攻撃しなかった。目すら合わせていないため、気がつかなかったらしいが

 

「大丈夫だ。こっそりと近づいて魚雷をぶっ放せばいい」

 

「隊長、大雑把過ぎます!」

 

 まるゆの両肩に手を置き励ます軍曹にまるゆは全身震えて首を横に振る。役立つと言った事を後悔してしまう

 

「これが終わったら、甘いお菓子買ってやるから」

 

「え?本当!」

 

「そうだ。という訳で。さっさと行って来い!」

 

 軍曹はまるゆを素早く抱きかかえると、ボールのようにまるゆを投げた。ダイナミックな進水方式である

 

 宙を舞って着水するまでまるゆの悲鳴が響いたが、着水時の水しぶきが上がり収まった時には何もなかった

 

「直ぐに潜水するとは、あいつもなかなかやる」

 

(潜水というより沈んだように見えたような……)

 

 提督を始め、他の艦娘も唖然として水面を見ていた。気泡が見えたが、やがて姿を消した。無事、潜航したようだ。多分、沈没はしていないはずだ

 

「よし、行って来い。ワシは元帥に連絡する。無線機は持っておるか?」

 

 

 

 

 浦田結衣の能力に驚愕したのは、艦娘や軍人だけではない。深海棲艦の姫や鬼達であった。南方棲戦鬼が撃沈されたことよりも衝撃的だった

 

「アイツ……マサカ、アンナ能力ヲ!」

 

戦艦棲姫も予想できなかった。たかが一隻の戦艦に何が出来るのか?例え、強力でもいつか消耗して撃沈される。そう思っていた。しかし、戦艦ル級改flagship(浦田結衣)は、どういう訳か進歩していた。改装と言った方が正しいかも知れないが、意味の違いに変わりはない

 

「待テ!オ前ガ行ッテモ、操ラレルノガオチダ!」

 

 怒り任せに動く戦艦棲姫に空母棲鬼は立ち塞がった。空母棲鬼が放った艦載機が戦艦棲姫の周りにまとわりついている

 

「デハ、ドウシロト?」

 

「マア、待テ。奴ガ操ル力ヲ持ッテイルナラ、我々モ無事デハ済マナイ」

 

 空母棲鬼は、考えた。確かに自分達である鬼・姫級を操る力は恐ろしい。だが、効果範囲はあるはずだ。で、無ければここにいる自分達は操られてるだろう。限定的だが、時間が経つにつれてこちらにとって脅威だ。あの戦艦は、艦娘が戦うのだ。どうやって、あの化け物戦艦を倒すか、遠くで観察する必要がある

 




おまけ
まるゆ「やだ!どんどん沈んじゃうー!」
只今、海底に向けて潜水中(注、沈没ではありません)


時雨とその仲間、浦田重工業壊滅させ、現代兵器を破壊
しかし、戦艦ル級改flagship、能力をアップ

長門以下の艦娘は、東京湾で艦隊決戦仕掛けようとしますが……

一方、まるゆは軍曹によってダイナミック進水させられます。行け、まるゆ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第98話 未確認飛行物体、襲来!

今回はUFOが登場します
……勿論、アメリカ空軍で用いられている用語です。宇宙人は出ません


『おい、聞け!奴を東京湾から出すな!どんな手段を使っても構わん!攻撃するんだ!』

 

 無線から流れて来た提督の命令。しかし、そんな命令を受けなくても時雨を始め、艦娘達はそうするつもりだ。だが、相手は強敵。戦艦でもあることから、簡単には沈まない

 

 時雨達と離れた所に赤城と加賀が航行していた。防空艦として摩耶も同行したが、彼女達も無線から伝えられる敵の内容で驚くばかりである。しかし、何もしない訳にはいかない

 

「第一次攻撃隊、発艦してください!」

 

 赤城は掛け声を上げながら弓を引く。加賀も習って艦載機を上げる。敵は戦艦だが、空母ヲ級が一隻いるため、烈風も同行させた。艦爆である彗星と天山である艦攻、そして艦戦である

 

全て発艦させた時に提督から無線が入って来た

 

『赤城、加賀!奴を沈められそうか!?』

 

「鎧袖一触よ。心配いりません」

 

『お前達の気持ちを聞いているんじゃない!奴を仕留められるかどうかだ!』

 

加賀は答えたが、帰って来た返事は予想外のものだった

 

赤城も加賀も顔を見合わせた。ここまで直球に聞いてくる人はあまり居ないだろう

 

「提督……正直に答えます……艦載機の数が足りません」

 

「敵戦力が不明過ぎる事もありますが、沈めるには爆弾も魚雷も足りません」

 

二人は答えたが、正直どう答えて良いかわからない

 

『くそ、何でだ。ディープスロートは航空攻撃で仕留められると言っていたのに』

 

 提督は独り言のように呟いたが、仕方ないと言える。戦艦は、打たれ強く出来ているため、無力化はともかく、沈めるとなると話は別である

 

 第二次世界大戦が始まる前は戦艦が航空機に沈められないと思っていたからである。これは当然で、ダメージを与えるのが難しいからである。大和武蔵に限っては、米軍が繰り出した攻撃隊は400機近く出したと言われているくらいだ

 

当時の「作戦行動中の戦艦を航空機で沈めることはできない」という常識を覆したマレー沖海戦でも同じである。戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスを日本軍は一式陸攻と九六式陸攻を繰り出して沈めたが、あの時はイギリス側はエアカバーが無かった。派遣される予定であった空母が航行していたら、どうなっていたか分からない

 

『平行世界で起きた太平洋戦争』とは状況が全く違うため、仕方ないかも知れない

 

 

 

「第二次攻撃隊……いえ、第三次攻撃隊も必要かも知れません。艦載機の補充が必要不可欠です」

 

『どれくらい送ればいい!?』

 

「提督、敵は対空砲火ではありません」

 

赤城とのやり取りに加賀は口を挟んだ。加賀は、攻撃隊から連絡を受けていた。奇妙な航空機の報告に

 

「提督……敵は本当に戦艦なのですか?」

 

『どういう意味だ?』

 

「攻撃隊は……敵は航空戦艦だと言っています」

 

『何だって!?』

 

 

 

 浦田結衣はニヤリとした。まだ装備を捨てていないイージス仕様の軽巡ツ級はあったが、たった一つだ。空母ヲ級もジェット機を捨てたお蔭で自前の艦載機しかない。しかし、結衣は何も現代兵器を頼るつもりはなかった

 

(時雨がタイムトラベルした事は現代兵器でも仕留められなかった。つまり、現代兵器は魔法ではない)

 

 確かにイージス艦やミサイルなどの現代兵器は強力だ。だが、それを発揮するためには相当の環境が必要不可欠である。特にジェット戦闘機の運用については兄が苦労していたのは聞いていた

 

 21世紀の設備や装備をこの世界で完全に再現するのは無理であり、その時代の武器を自前で開発や整備するためには、その基礎技術を持たなければならなかった

 

 どんなに単純な兵器だろうが、コピーはコピー元である本家の兵器を上回ることが出来ないため、劣るのは必須である

 

(フン、ならばこの時代基準に発展させた兵器を使おう。密かに研究を頼んで正解だった)

 

 実は浦田結衣は、時雨を捕らえた際に対策として独自路線で兵器の研究をしていた。技術部門の人間を数人寄こしてくれたため、自前の兵器が完成したのだ。汎用性が高く、強力な兵器を

 

 

 

 時雨達は一航戦の攻撃隊が接近する事に場を離れた。巻き添えを食らっては危ないからである。また、浦田結衣が操った深海棲艦がこちらを襲って来た事も合って無暗に突撃できない。数は20と少ないが、侮れない相手だ

 

 長門金剛を始め戦艦は、襲って来る深海棲艦を薙ぎ払いながら攻撃したが、数が減らない。時雨も戦っていたが、結衣である戦艦ル級改flagshipの変化を見て驚愕した

 

「長門さん、あれ!」

 

「な、航空甲板だと!?」

 

長門は驚愕した。航空戦艦……空母のような航空機運用能力を付加された戦艦である。しかし、虻蜂取らずのものであり、実現に至ったのは日本の伊勢型戦艦の伊勢・日向だけである。その伊勢や日向も『艦だった頃の世界』では飛行甲板に対空兵器を並べて敵機を追い返したり、輸送として使ったりと従来の使い方とは異なる運用であった

 

だが、戦艦ル級改flagshipは、そんな欠点を抱えていないように見える。それどころか、発艦した機体も異様だ。深海棲艦が使う機体ではない。空母艦娘達が使うような航空機だが、その機体は何と円盤状だったのだ

 

 円盤状の機体はほんの僅かな距離を滑走しただけでふわりと宙を舞った。発艦した数は約40機。その大半の機体の腹には、爆弾を抱えているため艦上爆撃機だろう

 

 この現象を見た時雨達は勿論、彗星や天山、そして烈風に乗っていた妖精は、目を疑った。戦艦ル級改fagshipから円盤状の航空機が上昇し、ひらひらと舞うようにこちらに向かっている

 

「そんなものでビビると思ったら大間違いだ」

 

 艦戦である烈風の妖精隊長は、全機に敵機の迎撃を命じた。一航戦は、『艦だった頃の世界』においてシナ事変にも参戦した事も合って、実戦経験が豊富で乗員の練度も非常に高い。例え、正体不明の航空機が現れても倒せる自信はあった

 

 烈風隊は円盤航空機に突撃し、出会い頭の一撃を放つ。烈風の20mm機銃2門と13mm機銃2門が火を吹いたが、敵機は烈風の射線をひらりと躱す

 

「クソ!」

 

 烈風は急旋回して、正体不明の円盤航空機に追いすがろうとした。烈風は零戦にも劣らない空戦性能を持っている。円盤航空機の後方に付き、射点を確保した

 

「獲った!」

 

 妖精隊長が引き金を引こうとした時。前方の敵機が急に上昇した。円形の機体が眼前に立ち上がり、機体全体でブレーキをかけた形になった。妖精隊長は驚き、立ち上がった敵機を左に躱した

 

「何だ、今のは!?」

 

 いくら『艦だった頃の世界』の記憶は薄れているとは言え、今の飛行方法は見た事が無い。それもそのはずで、『平行世界のロシア』において、アクロバットチームが編み出した『ブガチョフ・コブラ』と呼ばれる戦技と全く同じのを、円盤航空機は使ったのだ

 

 妖精隊長は呆気に取られている隙を敵機は見逃さなかった。敵機は翻って烈風の後ろを捕らえると攻撃を行った

 

妖精隊長が乗った烈風は、右の主翼をもぎ取られ、洋上へ墜ちていった

 

 

 

「提督。第一次攻撃隊、敵と接触。円盤型の新型艦載機に苦戦中!」

 

 赤城は淡々と提督と連絡したが、内心では驚いていた。妖精達から伝えられる内容を聞いて驚くな、という方が無理であった

 

「航空戦艦に……円盤状の艦載機……」

 

 加賀も険しい表情だった。零戦の後継機である烈風は、性能が良かった。そのため、苦戦はするだろうが、ミッドウェー海戦のようにはならないだろうと。だが、現実は非情だった。敵も異様な方法で進歩していたのだ

 

「敵が来やがった!」

 

 摩耶は艤装を構えた。敵の攻撃隊が。しかし、赤城と加賀そして摩耶は『艦だった頃の世界』で無念に敗れた思いが吹っ飛ぶような光景を見て呆気にとられた。深海棲艦の艦載機に混じって見たことも無い奇妙な円盤航空機が飛んでいる

 

 パンケーキが空を飛んでいる。赤城が未確認航空機を見て真っ先に思い浮かべたのはそれだった

 

 だが、それが演習だったらどんなに良かったか?直掩隊の烈風が迎撃し、赤城と加賀は回避行動に出る。回避しながら赤城は、未確認航空機を観察した。浦田結衣は艦娘と同じように航空機の形をしている。深海棲艦のものではないのは確かだ

 

 だが、赤城も加賀も怪奇な形態の航空機にしかみえなかった。とてもではないが、人間の手で作られた航空機とは思えなかった。しかし、エンジン音は空を響いており、プロペラもついている。黒く塗り上げられているため、深海棲艦の艦載機と同類に見える。信じられないが、あんな形態でも飛べるらしい

 

 そのせいなのだろうか?皿のような航空機は、直掩の烈風隊の猛攻をものとせず、戦っているのだ。通常の航空機とは思えない機動に烈風隊は苦戦していた

 

「何なんだ、あれ!?あんなものが飛べるのか!?」

 

 摩耶は高射装置内蔵の12.7cm高角砲や25mm三連装機銃で応戦したが、正体不明の円盤航空機はひらひらと対空砲火を躱している。まるで、こちらをからかっているようだ

 

「提督、博士!正体不明の航空機出現により、苦戦しています!見た事もない円盤状の航空機です!」

 

『円盤の航空機だと!データにはそんな航空機は無い!』

 

 帰って来た答えは困惑である。提督はパソコンデータに目を通していたが、データの中に円盤航空機は無かった

 

『ワシも知らん……見ているが……何なんだ、あれは?』

 

 博士も知らないらしい。いや、赤城加賀だけでない。負傷し海岸で手当てしている艦娘も海上に居る艦娘も同様だ

 

 太平洋戦争において、円盤状の航空機というのは見た事が無い。いや、連合軍のパイロットが空で目撃した未確認飛行物体を目撃した例はある。『艦だった頃の世界』においてヨーロッパ上空にて、米軍航空団はUFOの出現に度々悩まされた。それらをボギー。またはフー・ファイターと呼んだ

 

 噂ではドイツ空軍が開発した新型機ではないかと噂が流れたが、戦後そうではないと分かった

 

 だが、艦娘や要請パイロットが目にしているのは、そんなあやふやな存在ではない。何しろ、攻撃している

 

 一方、加賀は回避しながらも敵の航空機を観察した。例の円盤航空機。形状は似ているものの、微妙に異なっている。決定的な違いは、エンジンの数だ

 

「提督、円盤航空機は2種類あります。1つは双発で艦戦仕様。もう1つは艦爆でしょう。単発ですが、二重反転です。そして、腹に爆弾を抱えています」

 

 加賀は状況をリアルタイムに伝えた。パニックにならず、分析していた。そうしている間も円盤型航空機がこちらに向かっている

 

「舐めるな!」

 

 摩耶は高射装置内蔵の12.7cm高角砲と25mm三連装機銃を打ち上げている。しかし、敵の航空機は前面投影面積が少ないため中々当たらない。それどころか、ひらひらと砲弾の炸裂をかわす始末だ

 

 加賀の接近に成功した5機の円盤航空機は、爆弾を投下した。千ポンド(約500kg)の爆弾が加賀に直撃した

 

「加賀さん!」

 

 爆弾の着弾と同時に爆発に巻き込まれた加賀。沈みはしないものの、空母機能を失ってしまった

 

「クソが!」

 

 摩耶は叫びながら対空砲を撃っているが、中々当たらない。それでも2、3機撃ち落とせたが、反撃が凄まじかった

 

 円盤航空機はヒラヒラと弾幕を掻い潜り、摩耶に向けて爆撃を行った。幸い、命中弾はなかったものの、至近弾を受け小破してしまった

 

「加賀さん!摩耶さん!」

 

赤城が叫ぶ中、無線を通じて提督が悲鳴のような声を上げていた

 

『赤城、加賀は撤退しろ!』

 

「待ってください!攻撃隊の知らせを受けるまでは動きません!」

 

しかし、その直後に第一次攻撃隊から連絡を受けて赤城は再び驚愕することになる

 

攻撃隊も熾烈な攻撃を受けているという

 

 

 

護衛機が円盤の艦載機に悩まされる中、攻撃隊は目標の上空についていた

 

 戦艦長門以下は敵との距離を置いて、遠距離から攻撃している。しかし、離れているため、命中弾はほとんどない。海上戦において軍艦同士の砲撃戦は本来、そこまで命中率はない。まして、遠距離になると命中する確率はぐっと減る

 

 敵は目標である戦艦ル級改flagship以外の深海棲艦が応戦している。浦田結衣は後方でのんびりとしている始末だ

 

 まるで、こちらを舐めている節がある。一番機である彗星に乗っている妖精隊長は、突撃するよう命じた

 

「あの野郎……全機突撃だ!一航戦の力を見せてやれ!」

 

 迎撃機から逃れた一航戦の攻撃隊は、浦田結衣である戦艦ル級改flagshipに対して攻撃態勢に入った

 

他にも目標はいるが、赤城や加賀は異質の戦艦ル級改flagshipだけを攻撃するよう厳命された。よって自分達の獲物は、戦艦だけだ

 

 急降下爆撃隊は高度を取り、雷撃隊は高度を下げた。前後左右から例の敵戦艦に向けて、天山と彗星は思い思いの航路を取って突撃を開始した

 

 

 

 浦田結衣は多数の敵機が来るのをレーダーだけでなく、目視でも確認していた。艦娘は距離を置き、遠距離攻撃を行っている。練度は高くないため、射撃能力はそこまで高くない

 

 だが、航空機は別だ。先ほどまで建造されたのにも拘わらず、手強い。機体も烈風と彗星、そして天山。どれも太平洋戦争の後期、もしくは間に合わなかった航空機だ。性能もいいし、空戦能力は高い。円盤航空機で迎撃し撃ち落しているが、相手は怯みもしない。学習したらしく、戦法を切り替えて挑んで来た

 

「フン。太平洋戦争を経験したからか?まあ、いい。高性能の艦載機で、この飛行能力。新米のパイロットでは出来ない芸当だ。海軍航空隊は、太平洋戦争開戦当時世界最強の航空戦力。その能力をこの世界でも反映させているのか?」

 

 一航戦……第一航空戦隊は日華事変以来の実戦と猛訓練を潜り抜けていたため、最強であったのは間違いない。技量のみで彼我の性能差を完全に逆転する能力を持っているのは確かであった。零戦も当時の機体の性能は規格外であった事もあり、登場当初は最強でもあった。1機の零戦を撃墜するまでに、連合国軍の戦闘機は12機墜落させられるとまで言われたほどである。連合国の戦闘機を圧倒したことから、そのパイロットから『ゼロファイター』の名は深刻な脅威と見なされ、連合国側では『(ゼロの)姿を見たらすぐに逃げろ』という命令が出されていたほどだ

 

 烈風はその後継機であり、零戦の能力を受け継いでいる。自分の艦載機である円盤航空機でも、押されているほどだ。つまり、空母の艦娘は赤城加賀あたりらしい。実際に当たっていたが

 

「なるほど。攻撃方法が見事だ。兵器というのは正しい使い方と知識があればここまで強くなれる。そして、この私を航空攻撃で仕留めようということか……『狂人の息子』も柔軟性があるな」

 

 そうしている間も攻撃隊と爆撃隊が接近して来る。イージス仕様の軽巡ツ級が前に出るとスタンダードミサイルを発射した。だが、弾薬節約のために発射した数はあまりにも少なかった。数機撃ち落したが、多数いるため効果が薄い。そもそも、イージス仕様の軽巡ツ級はたった今、復旧させた所だ。南方棲戦鬼の命令に反応せず、奇跡的に生き残っていた。しかし、現段階ではまだ試作段階であるため本来の機能が発揮出来ない。数年経てば実用化出来、止まっているハエを撃ち落すかのように第二次世界大戦時代の航空機を一掃出来たかも知れない。しかし、現段階では高性能レーダー艦でしかなかった

 

 また、ミサイル攻撃を受けても引き返そうともしない。現代兵器をものともしない。現代兵器を知らないこそ突撃しているのだろう。でなければ、無闇に攻撃したりしない

 

「いいだろう。私の防空能力を見せてやる!ミサイル無しでも対空戦闘出来るのだよ!」

 

 彗星の編隊は、爆撃すべく急降下していった。彗星は唸りを加え、他の深海棲艦には目をくれずに戦艦ル級改flagshipのみを目指して急角度で突撃する。『艦だった頃の世界』では搭乗員の技量の事もあって、ある時では命中率が約80%という驚くべき記録を残している

 

 彗星の機体は稼働率が悪かったが、この世界ではそうではない。設計通りの性能を出している

 

 だが、戦艦ル級改flagshipの噴き上げた5インチ対空砲弾の1発が彗星1機の直前で炸裂した。広がった火球と飛び散った破片の散布界に彗星は諸共突っ込んでしまった

 

機体全体が焼かれ、切り刻まれ、発動機から火を噴き、燃料と抱えていた爆弾に引火して爆散してしまった

 

 更に対空機銃も火を吹いたが、この弾幕も強烈だった。一発当たっただけで主翼がもぎ取られる程、強力であり狙いも正確だった。どうみても摩耶に装備している25mm対空機銃ではない。それ以上の威力がある

 

 この5インチ対空砲弾と対空機銃の餌食になったのは、急降下爆撃である彗星ではない。雷撃進路を取っていた天山艦攻隊にも対空砲火を受けた

 

 爆炎と破片が突撃した艦攻と艦爆にまとわりつき、機体を焦がし、主翼をもぎ取る

 

イージス仕様の軽巡ツ級も単装速射砲で応戦して的確に攻撃している。他の深海棲艦も対空砲火を上げていたが、軽巡ツ級と戦艦ル級改flagshipの方が威力も正確さがある。天山と彗星は次々と浦田結衣の上空で散華している

 

「攻撃中止!ダメだ!このまま突撃しても全滅するだけだ!」

 

 状況に慌てた艦攻隊の隊長は、残存全機に突撃中止を命令した。敵の対空砲火は、自分達が知っているものと明らかに異質だった。上空の新型艦載機と対空砲火のせいで3分の2がやられた

 

 それでも猛烈な対空砲火の中、奇跡的に生き残った彗星一機は爆弾投下に成功したが、至近弾で終わった

 

 天山攻撃隊長は母艦である赤城に報告したが、赤城もあまりの被害に驚愕していた。赤城も加賀もイージス艦、特にイージス仕様の軽巡ツ級とジェット機搭載可能の空母ヲ級を警戒していた

 

 敵の現代兵器は、電磁パルスと姫・鬼級出現によって脅威を取り除くことには成功した。イージス仕様の軽巡ツ級は一隻いるが、浦田重工業が壊滅している以上、弾薬の補給は無いだろう。飽和攻撃すれば倒せる。如何に優秀とはいえ、いづれは弾薬が尽きダメージを与えることに成功する

 

 そう思っていた矢先に異様な対空砲火と正体不明の艦載機である。これには、艦娘どころか無線で報告を受けた提督も博士も驚いた。時雨自信も困惑していた。こんな攻撃方法は見たことがない。自分が知っている戦艦ル級改flagshipが航空戦艦だったことは確認されていない

 

 

 

何があったのだろう?あそこまで強くなかったはず……

 

 時雨が知っている未来の戦争では、戦艦ル級改flagshipは確かに強力な砲を積んでいたが、航空機を搭載した事は無かった。未来の提督もアイオワも確認している。純粋な戦艦だと。しかし、この時代の戦艦ル級改flagshipは違う

 

戦艦ル級改flagship……いや、浦田結衣は何をしたんだ!?

 

 不敵な笑みをしてる戦艦ル級改flagshipに時雨は、拳を握りしめた。このまま強くなってしまっては倒せなくなる!

 




おまけ
軽巡ツ級(イージス)「アノ……ジパングノ――」
浦田結衣「敵は対艦ミサイルでもジェット攻撃機でもないから」
軽巡ツ級(イージス)(いや……ここはイージス艦が活躍する所だろ!)
未来世界と違ってまだ試作段階だから仕方ないね

おまけ2
加賀「あの円盤機は一体?」
赤城「パンケーキが飛んでいる……」
加賀「赤城さん?」
赤城「お腹が空きました」グー
摩耶(頼むからここでも腹ペコキャラにしないでくれよ……)


敵機の正体は?勿論、近未来兵器ではありません
近未来兵器である架空兵器もいいですが、ここで出してもパワーバランス崩れてしまいます
尤も、浦田重工業は現代世界から科学技術と兵器を手に入れているため、画期的な近未来兵器はありません。現実世界でも現段階では、レールガンや光線兵器が実用化していないのと同じです
円盤航空機に反重力システムとバリアとレーザー光線は積んでいません。当然、提督が某大統領のように熱い演説をする予定もありません

余談ですが、今週辺りは私情のため更新が遅れます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第99話 XF5Uフライングパンケーキと艦隊決戦

長門に新たな技が……
しかし、二番艦によっては長門の見せ場を奪う場面が多々あったりするという


何もかも知らない……どうなっているの?」

 

「時雨……落ち着くのデース」

 

 呆然として空を凝視した時雨に金剛が声をかけた。金剛も三式弾で応戦しているが、円盤航空機はヒラヒラとかわされる始末だ

 

「時雨が知ってる未来は旧史デース」

 

「でも!」

 

時雨が抗議をあげようとしたが、駆け寄った長門が手で制した

 

「分かっている。だが、未来兵器を一網打尽にして破壊したのは時雨のお陰だ。後は……あいつだな」

 

長門は無線通信を行った

 

「赤城、加賀!被害報告!」

 

『攻撃隊壊滅!私も加賀さんも爆撃されて中破!発艦不能!』

 

「退避しろ!ここからは艦隊決戦で仕掛ける!」

 

 長門は遠くで嘲笑っている戦艦ル級改flagshipを睨んだ。操られ浦田結衣を守るように深海棲艦がいる。空母ヲ級もいるが、一隻だ。着弾観測は無理だが、戦える。問題は姫・鬼級3人の能力が未知数だ

 

「こんな艦隊戦を望んではいないが……奴を沈める!時雨の行いを無駄にするな!」

 

「ウオオォォー!」

 

 艦娘全てが突進した。遠距離攻撃しても無駄だ。かといって接近すると危ない。敵は48cm砲だ。しかし、相手は遠距離砲撃しない。当たらないと分かっている。だから、一発も発砲しない

 

それなら接近して攻撃するしかない!

 

 

 

「フン、ヤケになったか。航空攻撃でダメージを与え、私が損傷している隙に艦隊戦仕掛けるつもりだったのか。だが、私はそんな事はお見通しだ。全艦、攻撃しろ!」

 

 イージス仕様の軽巡ツ級と空母ヲ級。鬼姫である軽巡棲姫と軽巡棲鬼、そして駆逐棲姫はその場に残し、後は全て突撃を命じた

 

 試作段階とはいえ、未来兵器は無くなっている。駆逐軽巡重巡合わせて15体、戦艦ル級2体

 

使い捨てとはいえ、これでも十分の戦力だ

 

(そうだ……この兵器は強力。VT信管と円盤航空機である艦戦のF5Uフライングパンケーキ、そして改造版である戦闘爆撃機F6Aのフライング・フラップジャックは強力だ)

 

 浦田結衣は内心細く微笑んだ。近接信管は知ってるだろうが、この機体は艦娘も知らないだろう。いや、艦娘計画を実施した海軍大佐やその場に息子。そして、502部隊の連中も知らないはずだ

 

 航空自衛隊の一等空尉も知らないだろう。何しろ、この機体は計画のみで終わった機体なのだから

 

 

 

 第二次世界大戦……海戦の主役は、戦艦から航空機へと変わっていった。しかし、航空機には当然ながら滑走路が必要である。そのため、多くの航空機を搭載出来るのは飛行甲板を持つ空母などに限られた

 

 もし、空母以外の軍艦にも航空機を搭載出来たとしたら?日本軍は強風や瑞雲など水上戦闘機を採用したが、米軍はある航空機を開発していた。巡洋艦や戦艦などにも航空機を積み、滑走路のいらない航空機を

 

 その機体は、XF5U『フライングパンケーキ』である。アメリカの航空技師は、僅かな風で凧が高く舞い上がるのを参考にして創られたものだという。試作機であるV173では、60馬力のエンジンを2発という非力でにも拘わらず、高い性能を示して見せたという。特に離陸性能についてはたった6メートルで離陸が出来たという記録があった

 

 しかし、開発に難航し機体が完成した時には第二次世界大戦が終わっていた事。そして、航空機はジェット機に移りつつあったため、テスト飛行を行う事なく計画は中止された

 

 浦田結衣は、平行世界において、自分が艦載機積めないかと調べていた所、この機体に目をつけた

 

「戦艦に艦載機を乗せる?正気か?」

 

 時雨の夜戦で負傷した数日後、改装プランを見た兄は仰天した。円盤航空機を積むのを驚いたからだ

 

「私は深海棲艦の艦載機は操れない。どうも、造りが違う。だが、水上機ではダメだ。フロートが邪魔なお蔭で空戦能力が落ちる。独自で捜した所、可能な機体を私は見つけた」

 

 結局、兄は了承しアメリカが完成しなかったF5U『フライングパンケーキ』の実用化に成功した。また、兄はF5Uの戦闘爆撃機である発展型を生んだ。その名称はF6A『フライング・フラップジャック』と名付けられた

 

 形は似ているが、大きく違っていた事は尾翼が垂直尾翼のみで、機首に1基のエンジンを配備し、そこには三枚の二重反転プロペラが配備されていた。戦闘爆撃機という訳である。艦攻である魚雷搭載は見送られた。流石にそこまでは出来なかった。しかし、補助用であるため別に重視する必要でもない。空母の発着艦能力を奪えばいいだけである。よって、航空魚雷搭載の艦載機仕様の案件は破棄した

 

『艦だった頃の世界』では、計画のみに終わった機体が、空を飛んでいる。艦娘は実用化出来なかった烈風を配備したが、浦田結衣も同じように機体を持っていた。性能も中々のものだ。まだ隠し玉はあるが、別に見せびらかす必要はない。万が一の事がある

 

 しかし、戦艦ル級は艦載機を持っていない……その場に常識が覆されてたのだから、艦娘側は大混乱したようだ

 

 空母組である艦娘も無力化に成功した。近接信管による対空砲弾と40mm機関砲、そして20mm機関砲で撃退した。近接信管は砲弾等が目標に命中しなくても、最接近時に起爆する事でダメージを与える事を目的とした信管である。当時はVT信管と呼ばれ、こちらも米軍が開発した対空砲火である。現在も近接信管は砲弾から対空ミサイルまで活用されている。海上自衛隊からのデータの中に単装速射砲用の近接信管弾を見つけた。流石に完全なコピーは出来ないが、現代兵器にはありふれた技術であるため浦田重工業の技術では容易な代物だ。しかも、太平洋戦争時の米軍が使っていたVT信管よりも性能が良い

 

 赤城と加賀が送り込んだ攻撃隊は、F5Uフライングパンケーキと近接信管と40mm機関砲による防空兵器によって三分の二も撃ち落す事に成功した。これで暫くの間は、空母艦娘による航空支援はして来ないだろう

 

 だが、艦娘もやられっぱなしではない。態勢を立て直すとこちらに向けて突撃してきた

 

「いいだろう。かかってこい!」

 

 

 

全ての艦娘と操られた深海棲艦の間で砲雷撃戦が行われた

 

 制空権が取れなかったため、零式偵察機が発艦出来ず弾着観測も出来ない。あの円盤航空機は今も上空を旋回している。恐らく、弾着観測に必要な水上機を撃墜するためらしい。しかし、長門も金剛も弾着観測なしで行うつもりだ。互いの距離は近い。光学照準でもやっていけるだろう

 

「照準良し……てっー!」

 

「全砲門!Fire!」

 

 長門、金剛の艤装から火を吹き、重巡である鳥海も軽巡の天龍と川内も砲戦に入った。吹雪や不知火も高速を活かして砲雷撃戦に入る

 

当然、敵も撃ち返してきた。数は深海棲艦の方が多いが、意外にも艦娘の方が善戦していた。何しろ、深海棲艦である戦艦が浦田結衣のを除いて2隻しかいなかった。不知火と時雨が放った魚雷が命中。難なく撃沈する事に成功した。もう一隻の戦艦ル級には、長門が放った主砲が命中。中破に陥り、射撃能力が落ちてしまった。わざわざ沈める必要もない。これは殲滅戦ではない。鳥海や川内も善戦し、重巡リ級や軽巡ツ級相手を撃沈した。建造初日で善戦するのに時雨は舌を巻いたが、実は鳥海も川内も初実実戦ではない。ビル内で浦田結衣と戦っていた時が初実戦である

 

そのため、敗れ大破されても、出撃を強く要望したのだ。ある意味、報復だろう

 

 

 

「ホウ……中々ヤルナ。流石ハ大日本帝国海軍ノ艦船ダ。背水ノ陣トハコノ事カ」

 

 浦田結衣は砲撃戦には参戦せず、遠くで眺めているだけだ。イージス仕様の軽巡ツ級は空母ヲ級と共に遠くに下がらせた。防空艦として使用するしかない。己自身は何とか出来るだろう。空母ヲ級は艦載機を発艦させ、執拗に艦娘の妨害を行った。また浦田結衣は姫・鬼を手下にした軽巡棲姫と軽巡棲鬼、そして駆逐棲姫に突撃するよう命じた

 

「ウ……ウウ……」

 

「抵抗スル力があるのか?だが、無駄だ」

 

 軽巡棲姫が頭を抱えながら結衣を睨んだ。姫でも抵抗力はあるらしい。しかし、結衣は再び頭を鷲掴みして突き放した。今度こそ抵抗が無くなった

 

「さあ、行け。精々、奴等ヲ沈メルノダナ」

 

 3つの鬼級はそのまま艦娘の艦隊に突進した。突然の攻撃に艦娘達は再び混乱した。鬼・姫を戦う事自体が初めてである。軽巡や駆逐艦であるにも拘わらず、攻撃や防御は下級の深海棲艦と比べものにならない。しかし、姫や鬼を前にしても怯まず戦うのは艦娘としてプライドが許さないのだろう

 

川内と鳥海が立ち塞がり、砲撃して注意を逸らした

 

「早く敵の所へ行ってください!」

 

「なッ?鳥海!?」

 

鳥海は長門と金剛を先に行くよう促した事に長門は驚く

 

「あの化け物を倒すには、修復が追いつかない程の攻撃を与えるしかありません!心臓がダメなら脳を攻撃するんです!」

 

「でも、効果あるか分からない」

 

 時雨は迫り来る駆逐イ級を砲撃で追い払いながら叫んだ。何しろ、敵のボス……浦田結衣である戦艦ル級改flagshipを倒した艦娘がいないのだ。今まで傷を付けた者は、己自身である時雨と龍田のみである。前者は夜襲、後者は自爆攻撃だったが

 

「でも、やってみる価値はあるネ」

 

金剛も思う所があった。ビル内で戦った霧島から詳細な戦闘データをしっかりと受け取ったのだから

 

「ここは私達が!貴方達が弾薬と体力をここで使う訳には行きません!」

 

 鳥海は叫んだ。軽巡である川内と駆逐艦である吹雪達は残り少ない深海棲艦を相手していた。ノーマルである戦艦ル級は素早く撃沈したため、戦艦娘がいる訳にも行かない。重巡リ級は鳥海が相手をし、駆逐イ級や軽巡ホ級などは川内や吹雪達が相手をしている。尤も、軽巡棲姫と軽巡棲鬼、そして駆逐棲姫も相手しないといけないため苦戦は免れないが

 

「すまない……行くぞ!」

 

 長門と金剛と天龍、そして時雨は深海棲艦の艦隊を突き抜けた。数は少なく、攻撃を躱すのは容易だった。駆逐棲姫が襲って来たが、金剛が35.6cm主砲を斉射。近距離であるため、全弾命中した。流石に撃沈出来ないが、ダメージは受けたに違いない。と言うのも、怯んでその場を離れたため戦果確認する余裕もなかった

 

 

 

 艦隊を抜けた先には異様な軽巡ツ級と空母ヲ級、そして戦艦ル級改flagshipである浦田結衣がいた。異様な軽巡ツ級……時雨は知っている。イージス艦仕様のものだ

 

「チッ……あの鬼……現代兵器を捨てるよう命じたお蔭で火力が弱い」

 

 試作段階であったとは言え、レーダーシステムや火器管制やミサイルなどはほとんど海に捨てられてしまった。南方棲戦鬼が命じたのだが、その判断は正しい。浦田重工業は崩壊しているため、整備や補給は出来ないだろう。例え出来たとしても、再現は難しい。南方棲戦鬼が忌み嫌っている事もあるが

 

「浦田結衣……個人的には貴様を知らん。だが、貴様は私達の仲間に手を出して傷つけた」

 

 長門は睨んだ。既に主砲の照準も合わせている。距離も遠くなくため、いつでも撃てる。しかし長門の怒りを浦田結衣は、臆しないどころか、そよ風のように受け流していた

 

「私は艦隊決戦を望んでいたが、こんな決戦は望んでいない」

 

「お前の都合で艦隊決戦が決まるとでも思っていたのか?自分の都合がいい事象が起きてくれるという幻想を抱くなんてバカがやることよ」

 

浦田結衣は嘲笑った。尤も、これは結衣の方が正しい。敵が相手の都合に合わせて戦わせてくれるものではない

 

 人間というものは、自分の都合のいい希望を抱くものである。特に軍人はその傾向が強い。『艦だった頃の世界』でも大本営や陸海軍上層部は自分達の都合で決戦と称して構えていたが、米軍から見ればどうでも良かったのである。大本営の思惑なぞ構わず勝手に動き回り(当たり前だが)、戦況を引っ掻き回した。大和や武蔵がノコノコ出てきても、米軍は戦艦で迎え撃たずに空母の艦載機を繰り出して沈めたのだ

 

米軍ですら、そこまでお人好しではないのだ。当然、他の敵も同様である

 

「Hey、浦田!私の実力を見せてやるねー!だから、ここで沈んでくださーい!」

 

金剛は全砲門を向けたが、相手は嘲笑うだけだ

 

「図に乗るなよ?たかが虫けらが。私は世界の頂点。新しい未来を切り開く超人となった。旧軍の兵器ごときの戯れ言に付き合ってられるか?」

 

 浦田結衣は、主砲1発だけ発射した。試射だろう。金剛と長門の目の前に着弾したが、巨大な水柱は発生し、長門も金剛も手で覆いながら降りかかる海水を防いだ

 

「何て威力だ。時雨や霧島の言う通り大和型戦艦よりも威力がある」

 

 長門は呆気にとられていた。聞いてはいたが、ここまで威力があると臆してしまう。長門が持つ砲塔は41cm主砲だ。威力も射程も違う

 

攻撃防御がこちらよりも上だ。だから、奇襲の際に武蔵を無力化したのか!

 

「貴様を倒して私は強化する。来い、英国かぶれに役立たずの戦艦共。スクラップにしてやる」

 

 浦田結衣の宣言に長門も金剛も身構えた。ここまで言われてはこちらも黙ってはいない

 

「お前……血も涙もないのかよ?」

 

天龍は声を震わし顔を真っ赤にして言った。怒りで平常心を保てないのだろう

 

「天龍、お前は害虫であるススメバチやゴキブリに涙を流した事はあるのか?」

 

「「「ッ!!」」」

 

 この言葉を聞いた3人は怒りの頂点に達した。この人は、本当に悪魔だ!この世に存在してはならない者だ!

 

「死んでも文句はないよね!?」

 

 時雨も3人と同様で怒りに満ちていたが、意外と冷静だった。魚雷発射管から魚雷を放とうとした時、誰かが手を制して発射しないよう命じた。時雨は誰が制したのか、分かった。金剛だった

 

「金剛さん!?」

 

「私達がやるネ」

 

「心配するな。私達は『艦だった頃の世界』では艦隊決戦も出来なかった。ここで出来るなら手加減なしで挑める!」

 

 長門と金剛は敵である戦艦ル級改flagshipに向けて突進した。砲撃戦に持ち込むためである。有効射程距離に入っているが、やはり近づいた方がいい。命中率も威力も上がるからである

 

「音を上げさせてやるネ!」

 

 金剛は右へ、長門は左へ回りながら敵に砲搭を全て向ける。流れ弾に気を付けているため、互いに斜線を気にしている。二人とも初実戦だが、実力はある。『艦だった頃の世界』での厳しい訓練や多忙な作戦参加の成果だろう

 

「撃ちます!Fireー!」

 

「全主砲、斉射!て――ッ!!」

 

 金剛の35.6cm主砲が、長門の41cm主砲が火を吹き、砲声が辺りを轟かせた。余りの大きさに時雨は、耳を塞ぐ形となった。久々に戦艦の砲声を聞いたような気がする。今までは恐ろしいジェット機やミサイルだけだったので、ある意味懐かしかったかも知れない

 

 浦田結衣がいた場所には多数の水柱が立ち、爆発音が響き渡った。至近弾でもダメージは追うはずだ

 

「やった!命中した!」

 

 時雨だけでなく、天龍も歓声を上げた。多数の水柱で敵の姿は見えないが、無傷ではないはずだ。結衣が戦ったボスである南方棲戦鬼は油断したに違いない

 

そう思っていた

 

 だが、その願望は幻だった。水柱から黒い塊が勢いよく飛び出し、金剛へ向かった。金剛は回避しようと動いたが、間に合わなかった

 

「「金剛(さん)!」」

 

 長門と時雨は叫んだが、金剛は首を掴まれ持ち上げられていた。金剛は振りほどこうとしたが、敵の力の方が上だ

 

「Shit!放すデース!」

 

「金剛……お前は巡洋戦艦……いや、装甲巡洋艦を発展型であるオンボロがこの私に歯向かうとは……随分と舐められたものだな!」

 

金剛はもがいていたが、内心では青ざめていた。金剛型戦艦の事を敵は知っている!

 

 元々、金剛型戦艦は高速戦艦ではない。装甲巡洋艦を大改装して戦艦となったのだ。本格的な戦艦相手ではとても分が悪い

 

「クソ!金剛を放せ!」

 

長門は突進する。砲撃すると金剛に当たってしまう。格闘戦で挑む長門

 

だが、相手は金剛をバスケットボールを投げるかのように長門に向けて投げた

 

 勢いと突然の出来事に長門は回避出来ず、そのまま衝突。長門は金剛を抱えるように倒れる

 

「サア、沈め」

 

浦田結衣は砲を向けようとしたが、何者かに遮られた。それは……

 

「君を東京湾から出すわけにはいかない!」

 

12.7cm連装砲B型改二から放たれた砲撃が戦艦ル級改flagshipに当たる。時雨もただ見ていた訳ではない

 

結衣は動きを止め、時雨を睨んだ

 

「時雨、廃工場でよくも攻撃してくれたな。だが、お前は駆逐艦だ。お前ごときの対策なぞ簡単に取れる」

 

 結衣は呆れるように冷たく言い放ったが、その間、金剛と長門が素早く立ち上がり砲撃態勢に入った

 

「てっー」

 

「Fire!」

 

 掛け声と共に砲声が轟いた。聞き慣れた35.6cm主砲と41cm主砲。そして、それよりも巨大な砲声が鳴り響き周りに水しぶきと爆風が時雨と駆けつけた天龍を襲った

 

 水しぶきで視界が悪く何も見えなかったが、すぐに収まり時雨達の目に映ったのは、中破し怪我をしてる金剛と片方の主砲がもぎ取られ険しい顔をしてる長門だ

 

一方、結衣は装甲に傷があったが、それだけだ

 

「私はH級戦艦をモデルにしてると同時に近代化改修した戦艦だ。お前達の力なぞ足元にも及ばん!」

 

「な、なんてパワーデース……」

 

「くそ、この長門が……ビック7が……道理で武蔵を無力化した訳だ」

 

 長門は歯を食い縛った。あの戦艦、こちらの攻撃をかわして、的確に当てている。照準装置が画期的なお陰だろう。これでは、勝負にならない

 

天龍も応戦し14cm砲を発射したが、装甲に弾くだけで効果がない

 

魚雷を撃ちたい所だが、ここで撃ってもかわされるだけだ

 

「邪魔は倒しておくが、お前達の相手をしてる訳にもいかない」

 

 浦田結衣はあるものを呼び寄せた。それは、川内と一騎討ちしていた軽巡棲姫が時雨と天龍の前に立ちふさがる

 

川内も後を追うように追跡したが、重巡リ級に阻まれてしまった

 

「あいつらを沈めろ。弾が勿体無いからなぁ」

 

「クソ、あの野郎!」

 

 天龍は吐き捨てるように叫んだが、相手は嘲笑うだけだ。今は突進して来る軽巡棲姫を何とかしないといけない

 

でないと、金剛と長門を助けに行けない

 

 

 

「ええっと……浮上が出来ないよ」

 

東京湾の海底に、まるゆは悩んでいた。軍曹によって海に放り投げ出される形で出撃となったが、今の自分は浮上できずにいた。いや、『艦だった頃の世界』でも珍しくない事だったため、気にはしていない。だが、いつまでも海底の散歩をしている訳にはいかない。泳いでいるのではない。海底を歩いているのである。東京湾であるからこそ出来る事である

 

水上で爆発音と砲声が聞こえてきている。艦娘達は、敵と交戦しているんだ!

 

「浮上しないと!」

 

ジャンプして浮上しようとするが、中々上手く行かない。しかし、ここで諦める訳にはいかない!五回くらいジャンプしてようやく身体が浮くのを感じた

 

「やった!」

 

 まるゆは喜んだが、それも束の間。今度は深度調整が出来ない。このままだと、浮上してしまう。だが、そんなのはどうでもいい。今の自分は深度調整が出来ない。経験を積めば出来るだろうが、今は戦闘に参加しないといけない。隊長さんである軍曹に自分の活躍を見せつける時だ。とにかく、浮上が最優先だ

 

「ぷは!」

 

 海面に出たまるゆは素早く辺りを見渡した。場所は予定よりも外れたが、遠くで戦艦同士が戦っている。例の戦艦ル級改flagshipを知っているため、直ぐに目標を発見できた

 

「どうしよう……潜ろうにも体が浮いちゃう」

 

 浮上したのはいいが、今度は潜水出来ない事に気がついた。慌てたまるゆだが、今は戦場に向かうのが先だ。攻撃方法は後で考えよう

 

 よって、まるゆは『艦だった頃の世界』でやった事と同じように日の丸を掲げて水面を泳ぐ事にした。小さな旗を頭に付けただけだが、味方からの攻撃を防ぐためには必要な事だ。まるゆは浮上したまま戦場へゆっくりと航行していた

 

 

 

「何……アレ?」

 

 まるゆがいる地点よりも遠く離れた所に潜水新棲姫は、理解に苦しんだ。戦艦棲姫の命令によって偵察するために派遣されたのだが、前方にて突然、何者かが浮上して来たのだ。戦艦棲姫からの情報共有により艦娘である事には気付いたが、何か変だ

 

 身体が小さく、しかも何を考えているか?白昼堂々日の丸を掲げて浮上航行しているため、流石の潜水新棲姫も理解に追いつかなかった

 

「マサカ……敵ノ策略?ソレトモ『一族』ノ巧妙ナ作戦?」

 

 直ぐに沖合にいる潜水棲姫と無線連絡して状況を伝えたが、潜水棲姫も理解出来ない案件であるため答えに窮してしまった。人間の兵器である潜水艦でもこんな事はしない。しないはずだ

 

「攻撃スル?」

 

『待テ、罠カモ知レン。距離ヲ取リナガラ観察スルンダ』

 

 艦娘や浦田結衣という脅威がある以上、下手に手を出してはこちらの戦力が削れる。そのため、潜水新棲姫は遠くでまるゆを監視するだけにした。しかし、相手の足が遅いため現場にたどり着くのは予定よりも時間がかかってしまう

 

 ある程度、時間が過ぎても何も起こらないようなら、そのまま見逃そうと考えていた。今は裏切った戦艦ル級改flagshipを相手にしないといけないのに

 




登場した兵器詳細
・(X)F5U『フライングパンケーキ』
計画のみで終わった円盤翼を持った航空機。双発のエンジンを持つ。史実ではV173である試験機を開発、飛行に成功した。60馬力搭載にも拘わらず、高い性能を示して見せ、特に離陸性能についてはたった6mで離陸が出来た
その形状によりUFOとして誤認されたという逸話がある

2020年4月30日にてXF5Uは実装されました。これは私も驚きました!


・F6A『フライング・フラップジャック』
こちらは私が考えたオリジナル機体。円盤翼だが、二重反転プロペラを採用。千ポンド(500kg)の爆弾を搭載可能な戦闘爆撃機

・近接信管
電波を発信し目標の近接で作動する信管。太平洋戦争にて米軍はVT信管(マジックヒューズ)を開発し実用化させた
今でも近接信管は活躍している。対空砲弾からミサイルまであるのでありふれている
海上自衛隊でも76mm速射砲弾用の対空砲弾である05式近接信管を開発しています

近接信管と円盤航空機の正体が現れました。どちらも米軍が開発(片方は計画のみの機体)ですが、仕方ないでしょう
F5Uフライングパンケーキは戦艦少女Rにも登場したりしています。もしかすると、艦これにも実装するかも知れません
赤城が真っ先に手に取るかも


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第100話 新たなる兵器と艦娘

 浦田重工業が反乱を起こしてから数時間、避難民は陸の奥へと逃げた。避難場所へ逃げても避難民達は困惑していた。政府機関やマスコミは攻撃され、軍の鎮圧をものともせずに日本を蹂躙。深海棲艦も浦田重工業の命令に従っているのか、浦田重工業の私設軍隊だけは攻撃して来ない

 

 民間人だけでなく、避難誘導を行っていた消防や警察、そして憲兵隊も不安が漂って来た。特に憲兵隊は無線から軍の状況を断片的であるが、把握していた。圧倒的な強力な兵器とどんな攻撃も効かない深海棲艦に勝てるはずがない

 

 市民達の中には、そう考える者が少なからずいる。パニック状態に陥ってしまった。警察も憲兵隊も必死に押さえていたが、そう簡単に治まる訳がない

 

だが、高台や山に避難した人達は、信じられないものを見ていた

 

 反乱が起きてから数時間後、事態は再び急変した。無敵と思われていた浦田重工業の兵器が突然、機能しなくなった。浦田重工業の私設軍隊は撤退したが、それでも抵抗は続いている。ところが、何と深海棲艦が気が変わったのか、何の前触れもなく浦田重工業の私設軍隊を攻撃しだしたのだ

 

「一体、何が起こっている?」

 

 国会議事堂の爆撃から命からがら逃れた記者は、この光景に呆然とした。自前の双眼鏡を除くと見たことも無い女性のような人が、指揮を取っている。見たことも無いとは、これまで資料を見ていた深海棲艦に載っていない個体だった

 

 記者が見たのは南方棲鬼である。浦田重工業の施設に対して過剰に攻撃している事から、何かしらやらされたのだろう。推測であるため確証はないが、どうも深海棲艦は浦田重工業の味方ではないようだ。ただ、『異例』の戦艦ル級によってやられたが

 

 そして謎の少女と交戦した光景を見て、記者は更に困惑した。彼女達は何者だろう?確か数年前にある海軍士官が『艦娘計画』を発表したような……

 

記者は証拠を残すためにカメラを構えると奇妙な戦いにシャッターを押した

 

 

 

 そんな困惑を他所に2つの軍団は、東京湾で火花を散らしている。鳥海達は戦艦ル級改flagshipの支配下に置かれてしまった軽巡棲鬼と駆逐棲姫を主力とした水雷戦隊と戦っている数では深海棲艦の艦隊が勝るが、火力は鳥海と川内の方が上だ。鳥海と川内は、ビル内とは言え、1時間前に戦艦ル級改flagshipと交戦したためもあって、軽巡棲鬼と駆逐棲姫とやり合っている。魚雷と砲弾を躱しながら的確に当てている。不知火も重巡リ級を倒す程の能力を持っている。先ほど建造されたばかりの吹雪も負けじと戦っている。まだ射撃能力は低いが、複数の駆逐イ級と渡り合えているため、問題ないだろう

 

 鳥海達が戦っている場所から離れた所に2つの戦いが行われた。時雨は天龍と組んで軽巡棲姫との戦っている。武装や能力を見て軽巡だが、姫級だからだろう。火力が戦艦並の力を持っている。天龍も奮闘したが、まとももやり合っても負けるだけだ。そもそも、攻撃防御が違い過ぎる

 

 だが、天龍は悔しさよりも驚きの方が勝っていた。確かに軽巡棲姫は強い。だが、時雨は軽巡棲姫と対等に戦っているのだ。高速で接近して主砲を数発当てると、全速力で逃げる。隙を見て魚雷を発射する始末だ。しかも、魚雷は全て命中している。魚雷の威力は絶大だが、速度が遅いのが難点である。だが、時雨はまるで軽巡棲姫の行動を予測しているかのようだ。それどころか、軽巡棲姫が放つ降り注ぐ砲弾の雨を掻い潜りながら戦っている。まさか、躱しているのか?被弾してもいない

 

「舐メルナ!」

 

 軽巡棲姫は吠えた。洗脳されたとは言え、駆逐艦娘に一方的にやられては黙ってはいない。軽巡棲姫は接近して攻撃しようとしたが、時雨は魚雷攻撃でお見舞いした

 

「天龍さん、援護を!」

 

「あ、ああ……」

 

時雨の戦い方を見て天龍は舌を巻いた。まさか、ここまで強いとは……

 

改二や装備のお蔭ではない。それだけの修羅場を潜って来たらしい

 

 天龍は気を取り直すと執拗に時雨を攻撃する軽巡棲姫に突進。軽巡棲姫に向けて刀を振り下ろす。天龍龍田は砲雷撃の他に白兵戦も可能である。接近しなければならないが、彼女達が持つ武器の威力は強力だ

 

「グッ!」

 

「へへ……怖くて声も出ねぇかァ?オラオラ!」

 

軽巡棲姫は咄嗟に左手に装着していた艤装を盾にして防いだが、天龍は攻撃の手を緩めなかった

 

「来ルナァ!」

 

「断る!」

 

刀と偽装から火花が散る。だが、全て防げず天龍の猛攻に軽巡棲姫は距離を取るために後退した

 

「憎ラシヤ!」

 

軽巡棲姫は吐き捨てるように言ったが、彼女のマスクが割れ、右目が晒された。その眼は暗い蒼色であった。だが、闘志の炎は消えていない

 

「クソ、コイツをやり合っている暇はねぇのに!」

 

天龍が言っている事は正しい。もう一つの戦いは、蹂躙に等しかった

 

浦田結衣である戦艦ル級改flagshipは強敵だった。長門と金剛が組んで戦っているが、相手にかすり傷程度しか負わせていない。それどころか、身動きをほとんど行っておらず強力な火力を長門と金剛に向けて叩き込んでいる

 

金剛は高速戦艦である速度を活かして攻撃を躱していたが、どうもワザと手を抜いているらしい。その証拠に副砲で応戦しているのだ

 

 しかし、飽きて来たのだろう。主砲を2発放った。それも48cm主砲である。その2発とも金剛に命中。たちまち中破に陥ってしまった

 

「サア、長門。オ前は私にどのように楽しませてくれる?」

 

(……こんな奴にどう戦う!?)

 

敵は航空戦艦に大改装されたとは言え、欠点が無いように見える。そんな事が可能なのか?伊勢日向でも、ここまでの火力は無いだろう

 

 長門は知らないが、浦田結衣は戦艦レ級から力を吸収。そして、その能力を発揮するための薬品を撃ち込んだからである。戦艦レ級は深海棲艦の中でも特殊な個体だ。エネルギー消費は膨大だが、圧倒的な火力を搭載する事が出来る能力を持つ

 

 そこを浦田結衣に目を付けられた。流石に全ての能力を引き出すのは無理だが、それをカバーするだけの兵装はある

 

艦載機はF5UとF6A。もう1つあるが、まだ見せていない

 

(敵は油断している。しかし、時間の問題だ!)

 

 ただでさえ、敵の主砲の口径は48cmだ。しかも、射撃能力は未来技術を用いているせいか、精密である。あんなものを食らえば、どんなに重厚な装甲を纏った戦艦でも戦闘不能に陥ってしまう

 

 

 

 圧倒的な火力を前に長門は、追撃する戦艦ル級改flagshipから逃げながら弱点を模索していた。これでは勝負にならない

 

 

 

 東京湾内で海戦が行われているのを他所に、地上では戦闘は終結しつつあった。浦田の残存部隊は未だに抵抗していた。だが、そんな抵抗も徐々に少なくなっていたのである

 

「ここで負けてたまるか!軍国主義共を殺せ!」

 

 ある隊長は部下達に叱咤したが、部下達は従わなかった。それどころか、こちらに武器を向けている

 

「な、何を!」

 

「何がより良い世界を築くだ?こんな世界に連れてきて戦争してるだけではないですか?」

 

部下達の士気は既に下がっており、厭戦ムードが漂っていたのだ。自分達のボスである警備隊長も浦田社長も死んだ。自分達はどうなるんだ?武器弾薬だって無限ではない

 

「お、お前ら――」

 

部隊長は武器を下ろすよう命じたが、それよりも早く相手は拳銃の引き金を引いた

 

「なぁ……俺達、やってることは米帝や軍国主義と変わらないな」

 

「違う世界とは言え、日本人同士で殺し合いなんて……」

 

「お前は他所の世界出身者だったか。俺は家族に飯を食わせるために働いたつもりだけど、もうついていけない」

 

 マインドコントロールされた人達もここでようやく目が覚めたらしい。平行世界から来た人も現地で雇われた人も愚痴を吐いた

 

もう、戦争は沢山だ。たかが政府批判や理想のために血を流す価値なんてない。彼等は、未だに戦うよう叱咤する上官に向けて引き金を引いた。どうせ、部下達に責任を擦り付けて逃げるつもりだろう

 

 軍隊において上官を殺しというのは珍しくない。将校は絶対的権力ではないため、味方から殺される事も考えないといけない。当然、憲兵に捕まるのがオチだが、平時はともかく戦時になるとそうも言ってられない。何らかの拍子で殺されるからだ。旧日本軍でも考慮してる所はあったが、部隊長はそれを考慮していなかった。いや、会社と同じように部下が働き蟻のように従うと思ってるらしかった

 

 会社だとそれでいい。しかし、軍隊となると話が違う。何しろ、部下達は武器をもっているからだ

 

「ワームホールは壊されたらしいぞ」

 

「どうやって帰るんだよ……」

 

「ここに住んだら?向こうの世界では指名手配犯だろ?」

 

「理想は所詮、理想か……」

 

「まずは殺されないために白旗を振ろう」

 

地上では浦田部隊は次々と陸軍の地上部隊に対して降伏した

 

 

 

 しかし、やはり一部は抵抗が熾烈だった。何しろ、浦田社長も警備隊長もいないのだ。後継者だと名乗り、部下達を率いて戦う者もいる

 

「戦艦ル級改flagshipからの命令だ。この兵器を艦娘に攻撃しろとのことだ」

 

 部隊長は戦艦ル級改flagshipと連絡を取る事に成功。爆撃から逃れ無事であった武器をかき集めると未だに抵抗していた。偶然、提督が狙っていたものであった

 

そのため、戦車隊と502部隊との間で戦闘が始まった

 

しかし、こちらは人数が少ない。対策は戦車ミサイルによって五式中戦車が吹き飛ばされたことにより、距離を取らざるを得なかった

 

「ダメだ!近付けない!」

 

「どうしてだ!?こちらも人が少ないんだ!」

 

「アホか!これは試作戦車だぞ?五式戦車を失ったら後がなくなるわ!兵器を何だと思ってる!?」

 

 軍曹は抗議したが、戦車長も黙ってはいない。兵器はタダではない。そんなものを湯飲みの如く消耗する訳にはいかない。まして、やっと欧米と肩を並べるほどの戦車を開発出来たのだ。そんなのをここで失う訳にはいかない

 

 一方、物陰に隠れていた陸軍将校と提督と一緒についてきた五月雨、そしてあきつ丸を含む部隊は最終手段に出た

 

「よし、あきつ丸。いけるか?」

 

「将校殿、いつでもいけます!」

 

 あきつ丸だけでなく、戦闘妖精達も敬礼していた。こんな状況でも士気は高いらしい

 

「本当に大丈夫ですか?こんなばかでかい武器を持って?」

 

「大丈夫であります!」

 

ビルで包囲された時、浦田部隊から鹵獲した武器は2つ。そのうち1つは普通の人が持てそうな武器ではない

 

しかし、あきつ丸は軽々と持ってるのだ

 

「よし、行け!」

 

あきつ丸は戦闘妖精達と共に物陰から飛び出した

 

 

 

 浦田残存部隊である部隊長は目を疑った。陸軍服を着た一人の女性が現れた。彼女の地面の周りにラジコンほどの大きさの戦車が2、3台動いている

 

 しかし、部隊長はそんな奇妙な現象に驚いた訳ではない。彼女が手に持っている武器に驚いた

 

「お、おい……あれって……」

 

「ミニガンじゃねぇか!」

 

 浦田兵が驚愕するのも無理はない。6本の銃身を持つ電動式ガトリングガンであり、毎分2千〜4千発という単銃身機関銃では考えられない発射速度を持つ。しかし、最大で135kgという重量に加え、反動も凄まじいため個人で携行品は不可能である……そのはずだ!しかし、あきつ丸は黒い鉄の箱を背負いながら、M134を抱えているのだ!

 

あきつ丸がミニガンを浦田残存部隊に向けていることから残存部隊は慌てた

 

この女、本気だ!映画の真似をする間抜けではない!

 

「逃げろ!」

 

部隊長が叫ぶと同時にブーンという芝刈機のような音が辺りを鳴り響かせた

 

装甲車はたちまち蜂の巣のように穴が空いた。いや、それだけじゃない。車両だろうが、人がろうが球は貫通する。燃料タンクに多数の弾丸が命中し、ガソリンに引火、爆発炎上してるジープがいる

 

「応戦しろ!」

 

「無理です!蜂の巣になってしまいます!」

 

「ヘリを呼べ!早く!」

 

「ダメだ!撃墜されてしまう!」

 

 浦田兵は大混乱に陥った。まさか、旧軍が、しかも一人の女性がミニガン抱えて乱射しているなんて誰が想定しようか?

 

「何だよ、あれ?未来から来た殺人ロボットか?」

 

1人の人間が持てそうな武器ではないを一人の女性が抱えて反動をものともせず乱射してる。部隊長からして見れば悪夢そのものだ

 

不意に相手の発射音が鳴り止んだ。弾切れらしい

 

「あの頭のおかしい女を攻撃しろ!」

 

部隊長が叫んだが、今度は別方向から小人のような集団から攻撃を受けた

 

ミニガンをぶっ放している間に移動したらしい。こちらも手強く、しかも威力が高い。『ガリバーの旅行記』に出て来る小人が現れたかのような錯覚に陥った

 

「おい、ヘリは何処にいる?さっさとこっちに来い!」

 

 

 

 提督も五月雨は耳を塞ぎながらあきつ丸の乱射を物陰から見ていた。明石からは発射速度を落としているらしいが、それでも凄まじい火力だ。装甲車や車両がズタズタになったのだ。鹵獲した兵器は、ミニガンというらしい

 

相手は大混乱しているが、弾切れになるた反撃を受けた

 

しかし、あきつ丸は撃たれながらも平気で提督達が隠れている方へ向かった

 

 

 

「装填に時間がかかるからこれを使ってくれ」

 

「了解であります」

 

提督から別の武器を受け取るあきつ丸。使い方は手に取るように分かるらしい

 

「ヘリを呼んだらしい。気を付けろ」

 

「それまでは暴れるのであります」

 

重機関砲を受け取りながら将校の注意を聞くと再び前線に出た

 

浦田部隊から見たら悪夢そのものだ。あの女、また物騒なものを持ってきやがった!

 

引き金を引くと同時にドドド!と重い銃声が鳴り響いた。浦田部隊は反撃したが、あきつ丸は艦娘であるためちょっとやそっとでは倒れない。手榴弾やロケット弾で攻撃しようとした浦田兵もいたが、あきつ丸は即座に見破り優先的に攻撃した。ロケット弾は明後日の方向へ飛び、投げる直前で弾を食らい、手榴弾を落としたために被害があった集団までイル。戦闘妖精も厄介であきつ丸を攻撃しようとする部隊に対して妨害を執拗に行った

 

T-72戦車が出てきても全く怯まず、それどころか戦闘妖精が爆弾をこっそりと仕掛けられ大破する始末だ

 

「あいつ、何処かの特殊部隊か!?」

 

「クソ、旧軍にあんな化け物がいるなんて!」

 

「落ち着け!」

 

 あきつ丸が今度はM60を乱射したため、浦田兵は余計に大混乱した。構え方は素人ではないが、重機関銃を握ったのは初めてらしい。しかし、ミニガンといい反動をものともせず、おまけに射撃はいい。こちらの兵がバタバタと倒れる始末だ

 

そんな中、何処からやって来たのか?上空からヘリが飛来してきた

 

UH-60の重武装バージョンだろう。ロケット弾やマシンガンを装備したヘリがあきつ丸に向けて攻撃してきた

 

流石にあきつ丸は物陰に隠れて撤退したが、再装填し終えたミニガンを将校達から受けとると、再び躍り出るとミニガンをぶっ放した

 

ヘリも驚いただろう。まさか、ミニガンを一人の女性が携行してるとは思いもよら無かった。いや、無線から状況を聞いていたが、内容があまりに常識を逸脱していたためパイロットも半信半疑だったのだ

 

 しかし、何もしない訳にはいかない。ロケット弾やマシンガンで応戦しようとしたが、相手はミニガン。既に遅く、あっという間にズタズタになってしまい、操縦不能に陥り撃墜してしまった

 

「何なんだ、あいつ!」

 

 部隊長は愕然としていた。たった1人の人間によって蹂躙されている。このままでは、貴重な兵力がすり潰される

 

 部隊長は撤退しようかどうか指示を出そうとしたが、敵は戦車を出して来た。形状からして話から聞いていた五式中戦車だろう。部隊長はたった今、増援でやって来てくらたT-72に攻撃命令を出した。勝利の女神はこちらに微笑んでくれた!

 

「奴を攻撃しろ!」

 

 あきつ丸は先程の隠れ場所とは違う方向に駆け抜けたため、部隊長はあきつ丸に集中砲火を浴びせるよう命じた。五式中戦車がT-72に向けて砲撃を行ったが、砲弾はことごとく弾かれた

 

 戦車の攻撃防御共、違い過ぎたため仕方がなかった。T-72は走って逃げるあきつ丸に対して砲撃。あきつ丸が走っていた場所の付近に砲弾が着弾。爆発が起き、あきつ丸は宙を舞った

 

「やったぞ!」

 

 部隊長はガッツポーズをした。戦争映画の主人公気取りをした者を吹き飛ばしたのだ。あきつ丸が地面に落ち、動かなくなった。近くに居た浦田兵は戦死したか確認するために前進を行った。『一人だけの軍隊』の主人公のような人も流石に戦車に勝てなかったようだ

 

 五式戦車も後方にいた兵士達も慌てたらしく、盛んに攻撃して来た。しかし、銃弾くらいでT-72が撃破される事はない

 

「よし、奴等をぶっ殺せ!」

 

 部隊長は命じた途端、T-72が突然爆発した。上部の砲塔は吹っ飛び、残された車体は煙を上げている。余りの急展開に部隊長は思考停止に陥った。何が起こったか、状況を把握する前に、バットで殴られるような衝撃を受けて倒れ込んだ。502部隊の狙撃兵が、彼の脳天に弾丸を撃ち込んだのだ。彼は何が起こったのか、永遠に分からないままだろう

 

 

 

「よくやった。陸上戦闘でもここまでとは、心強い」

 

「ありがとうございます!」

 

 戦闘が終わり、将校はあきつ丸に感謝した。まさか、ここまで強いとは思わなかっただろう。

 

「なあ……俺達、まだほとんど何もしていないんだが。もう、あいつ1人でいいんじゃないかな?」

 

「敵兵からロケット砲を奪って攻撃するって……」

 

あきつ丸の奮闘に戦車長は、提督に向かって呆れるように聞いてきたが、彼も同意見だった。五月雨も艤装を持っていたが、陸上戦闘は得意ではない。彼も時雨のように地上戦闘するよう命じなかった。尤も、それを得意とする艦娘がいるので心強いのだが、まさか残存部隊とは言え、一人であそこまで戦うとは思わなかった

 

「あー、五月雨。すまん。俺の我儘につき合わされて」

 

「そんな事はないです。護衛任務と補給要員として頑張りましたから」

 

 提督の謝罪に五月雨は慌てて言った。五月雨は博士から彼を護衛するよう命じた。残存部隊がいるため、護衛は必要だ。彼は普通の人間だ。銃弾一発当たれば致命的だろう

 

……とは言え、ほとんどの敵はあきつ丸が片付けたのだが

 

「戦車砲食らって何で小破なんだ?」

 

「不思議でありますか?」

 

「いや、俺はもう何も言わない」

 

疑問を疑問で返された提督はため息をついた。兎に角、あの兵器を探さなくては……

 

 

 

 

 

「お前の目的はこれか」

 

「ああ、まだ健在で良かった」

 

 軍曹は提督の意図が分かった。投降した残存部隊から情報を聞き出した一同は、ある場所に向かった。そこは浦田重工業が保有する軍用車両の駐車場だった。ほとんど南方棲戦鬼の砲撃によって破壊されたが、運よく生き残っていた車両が3台あった

 

「よし、こいつを運び込むぞ。誰か運転してくれ」

 

「待ってくれ。トラック運転手はそんなにいる訳ないだろ?」

 

軍曹は部下に命じたが、誰もが困惑した。提督が欲していた兵器は、トラックであるため運転する者は少ない。戦車長は指摘したが、将校はこう提案した

 

「ならば、戦車の操縦士に任せればいい。頼めるか?」

 

「そりゃ、俺達の部下はトラックを運転できるが、人数が少ない。第一、俺達の戦車を運転する人間だっているだろうが。それを――」

 

 戦車長は途中で途切れた。何やら熱心な視線を感じたからである。恐る恐る振り向くとあきつ丸が目をキラキラさせながら戦車長に向けている。戦闘妖精達も同様だ

 

「……お前、トラックの運転できるだろう?」

 

「戦車しか運転出来ないのであります!」

 

「はぁ……好きにしろ」

 

 戦車長は頭を抱えながらそう命じた。あきつ丸が残存部隊を掃討し、貴重な戦車を守ってくれたのは確かだ

 

「提督、この兵器って使ったことあります?」

 

兵器を運搬する作業にかかる中、五月雨は提督に聞いていたが、帰って来た返事に五月雨は驚いた。初めてならなぜ、これを運ぶのか?

 

「簡単な事だ。化物戦艦を沈めるのに手段なんて選んでいる暇はない」

 

 

 

 

 

戦闘を終え、港に着いた一団。港では、人と荷物が増えていた

 

「親父、武蔵は?」

 

「ダメじゃ。奴は大量の毒を注入しおったから出撃は無理じゃ」

 

武蔵の顔色は未だに悪い。艤装は外され簡易毛布に横たわる武蔵に誰かが看病をしていた。ポニーテールをし、セーラー服のような服装をした女性だ

 

「抜けるまで待つしかあるまい」

 

「冗談……じゃない!あいつ……この武蔵によくも!」

 

「無理するな。普通ならとっくに死んでるわい!」

 

武蔵は博士の言葉を無視し動こうとしている。しかし、ふぐ毒のせいで立つことが出来ない。這って海に向かおうとする武蔵に近くに居た女性が取り押さえた

 

「ダメです!博士の言う通りに横にならないと!」

 

「離してくれ、大和!こんな屈辱、耐えられない!」

 

 艤装を外しても武蔵は力強い。弱っていても提督では抑えられない。しかし、大和と呼ばれる女性は、難なく抑えているのだ。博士の呼びかけに明石は鎮静剤を持ってくると暴れる武蔵に注射を行った

 

「ところで君は?」

 

「失礼しました」

 

女性は武蔵が大人しくなったのを確認すると不動の姿勢をして敬礼を行った

 

「大和型戦艦、一番艦、大和です」

 

「え?えー!」

 

大和の敬礼に提督は驚愕した。確かに見たことも無い女性がいたのだから、艦娘だろうと予測していたが、大和型戦艦だったとは……

 

そう言えば武蔵が大和って言っていたが、あの大和だったとは

 

「艤装はどうした?」

 

「明石に預けてもらっています」

 

「そうか……じゃなくて!な、何で?資源は――」

 

「お前さんが変な兵器を探している間、元帥と連絡取って必要な物資を持ってくるよう頼んだからじゃ」

 

博士は淡々と説明した

 

 

 

提督達が兵器を探している間、博士は無線で臨時司令部にいる元帥と連絡を取った。状況を聞いた元帥は直ぐに必要物資を手配したのだ

 

まだ被害に合っていない倉庫や貯蔵施設から、ありったけの物資をかき集めると爆撃機である深山に詰め込んで送り込んだ。着陸する暇は無いので、落下傘による投下で行われた。博士は明石と共に再び建造ユニットを稼働を実施

 

大和と伊号潜水艦である艦娘が建造されたとの事だ。今までの説明を聞いた彼は、周りを見渡した。502部隊の軍医と明石は負傷した艦娘に必死に看護していた

 

赤城と加賀、そして摩耶も無事帰還したらしく、補給を行っていた

 

 

 

「伊58と伊168は鳥海達の援護するよう出撃させた」

 

「させた?よく応じたな」

 

「まるゆだけでは心細いし、アイツに勝てると思っておるのか?」

 

 博士の指摘に提督は何も言えない。確かにまるゆだけでは心細い。だが、建造された彼女達を見れなかった

 

提督は今までの状況を整理すると早速、行動に移った

 

「大和、戦えるか?」

 

「え……まさか、出撃ですか!」

 

大和が感嘆の声を上げた。出撃するのが嬉しくてたまらないらしい。何があったのか、知らないが

 

「どうした?」

 

「この大和を使って頂けるなんて!武蔵の敵討ちも出来ます!大和も本当に嬉しいです!」

 

 提督は大和が顔をキラキラさせている事に首を傾げた。普通なら怒りに満ちているはずのだが

 

 感情を上手い事、コントロールしているのか?それとも、出撃する事が本当に嬉しいのか?提督は困惑したが、まさかと思い、思い切って聞いた

 

「おい、親父。まさか、今の状況を説明していないのか!?」

 

「……スマン。ワシも軍医も明石の手伝いに精一杯でな。ゴーヤには友軍支援で行け、と言っただけで」

 

「……なんて事だ」

 

提督は頭を抱えたが、ここで押し問答しても意味がない

 

「大和、今から話す事をよく聞け!」

 

提督は淡々と現在の状況を簡潔明瞭に話し始めた。目を輝かせた大和は、次第に顔から消え、話し終えても呆然としていた

 

「武蔵は深海棲艦にやられたって!」

 

「正確には違う」

 

状況を理解した大和は、怒りで身体が震えていた。まさかここまで酷い状況とは!

 

「赤城、加賀……出撃出来るか?」

 

「おいおい、少しは気を遣えよ!」

 

提督の問いに、近くに居た摩耶は抗議した。自分達は先ほどまで戦ったのだ。まだ、整備が終わっていない。しかし、赤城と摩耶は摩耶とは違う答えをした

 

「艦載機の補充は済ませました。艤装に問題がありますが、無視できます」

 

「こちらも同様です」

 

「編成は?」

 

摩耶が呆気にとられる間も両者の間でやり取りが行われている

 

「艦攻による攻撃を重視で行う予定です」

 

「ダメだ。重い魚雷だと格好の的だ。全て艦爆にしろ。但し艦戦を多く積め。制空権は取らないとだめだ。無力化、もしくは時雨達の援護をするんだ」

 

「分かりました」

 

赤城は艦載機を素早く整理する。彼女に従えている妖精も黙々と作業に取り掛かる

 

「加賀、あの円盤航空機を倒せるか?」

 

「大丈夫です。ちょっと驚きはしましたが、円盤航空機の動きは覚えました」

 

提督の質問に加賀は、提督に向けて真っ直ぐ見つめると力強く返事した。妖精搭乗員も同様だ。降りる気はないようだ

 

「いつでも出撃出来ます。ご命令を」

 

「ちょ、ちょっと待てよ。提督、あたし達を酷使させ過ぎだ!赤城も加賀も疲れているぜ?さっき帰ったばっかりだ。奴を後から追跡し――」

 

しかし、摩耶はその後の言葉が出なかった。睨まれたからだ。空母組の赤城と加賀が、摩耶を睨んでいる。提督は2人に目をやったが、再び摩耶を見た

 

「摩耶、今はそうも言ってられない。逃がす?そんな事は考えていない!時雨も長門も戦っているのに、弱音を吐くな!」

 

「長門さんはともかく、時雨は改二なんだよ!あたし達より経験が豊富なんだ!」

 

「そうだ、確かに時雨は強い。しかし、ここで負けたら時雨は立ち直れないだろう。未来は変えられないと悟った時、アイツは壊れてしまう」

 

実はその兆候は何度かあった。時雨が刑務所で拷問された時、提督と創造主が自分達に勝利をもたらすものだと。だから、非道な拷問に対して奇跡的に耐え抜いた。その後の無人機と戦闘ヘリとの戦いもやってのけた。だが、岐阜基地に逃れられたとき、時雨の前で弱音を吐いてしまった。そのお蔭で時雨は……

 

「だから、戦力がある限り戦う。資源も時間も有限。長門達が敗れる可能性が高い。散々、振り回されたが、もう容赦はしない。だから、摩耶。これだけは言う」

 

提督は力強く言った

 

「弾も燃料もくれてやる!その代わり、敵を倒せ!それだけだ」

 

摩耶はポカンとした。てっきり罵倒されるか、艦娘に責任転嫁させられると思っていたが……

 

「摩耶さん、私のお気遣い感謝します。しかし、私達は一航戦の誇りがあるのです」

 

「ここは譲れません。まして、航空戦艦の艦載機によって敗れるなんて……思い出しただけで頭にきました」

 

 赤城と加賀は既に戦う気でいる。どうやら、浦田結衣が放たれた艦載機によって、彼女達の闘志に火がつけたようだ。加賀は顔に出していないが、内心ははらわたが煮えくり返っているようだ

 

 たかが航空戦艦に搭載されている少数の艦載機に多数の空母艦載機が敗れるなんて空母組から見れば面目丸潰れである

 

「い、いや。そんなつもりで言った訳じゃ……」

 

摩耶は慌てて言ったが、幸い提督は気にするような人ではないらしい

 

「奴の動きを封じたいが、方法が限られている。相手が東京湾から出れば、補給艦である補給ワ級を呼び寄せる。大量にな。それに対してこちらの武器弾薬は有限。この一回の海戦分しかない」

 

「そりゃ、そうだけど……」

 

摩耶は困惑した。皆、やる気だ。負傷した艦娘も立ち直って出撃準備する気でいる

 

「だけど……どうやって倒すんだ?」

 

「手っ取り早いのは大和が持つ主砲弾を多く食らわせる事だ。奴はH級戦艦をモデルにしている。46cm主砲弾を食らえば流石のアイツでもタダでは済まないだろう」

 

ここまで聞いた大和は海に向かおうとした。己が出撃するのだから

 

「待て、勝手に行こうとするな。奴はあんな巨艦でも30ノット以上も出す高速戦艦だ。お前の姿を確認したら、奴は逃げるぞ。恐らく、正々堂々と戦いはしないだろう」

 

「しかし!」

 

「聞いてくれ。ここからは正念場だ。赤城、加賀やれるな?摩耶と一緒に出撃だ。沖合に出たら、指示があるまで待機だ。気付かれる以外はな」

 

赤城と加賀は頷くと直ぐに出撃した。摩耶は赤城と加賀の後を追うように出撃する

 

「親父、EMP兵器は?」

 

「飛行場にて待機しておるわい」

 

「飛ばすよう命じてくれ。あの兵器を使う」

 

その時、明石は会話を聞いていたのだろう。作業の手を止め、口を挟んだ

 

「待って下さい。イージス仕様の軽巡ツ級はともかく……レーダーを破壊しても相手は強力な艦砲を持っているんですよ?」

 

「命中率を下げられるかも知れない。何もしないよりかはマシだろ」

 

電磁パルスは電子機器のみを破壊できる。レーダーや火器管制システムを破壊出来るかも知れない

 

自分の父が無線連絡している隙に提督は、龍田に近寄った

 

「龍田、ちょっといいか?」

 

「な~に、提督?」

 

 龍田は甘ったるい声で聞き返した。あちこち包帯を巻かれ痛々しいが、彼女は笑顔だ。但し、目は笑っていないが

 

「怪我の養生中で悪いが、頼みたい事がある」

 

 提督は龍田にある作戦を説明した。それは戦艦ル級改flagsipを高確率で倒せる手段だった。しかし、リスクが高い。龍田は提督が話している間、口を挟まなかった。説明が終わっても龍田は、黙ったままだが、ようやく口を開いた

 

「提督、本当にそれしかないの?」

 

「機雷のようなものがあればいいのだが、手元にないし、数が揃えるのに時間を要す。浦田結衣は狂っているが、強さは本物だ。従来の戦術では勝つことは難しい」

 

「意地悪で聞いていないわ。最初は提督の案には反対だったけど、今は違う」

 

フフフといたずらに笑う龍田。提督に呆れているように見えるが、内心ではないだろう。龍田の右手には、修復して貰った薙刀を手に持っていたが、握っている手に力が入っているのを提督は見たからだ

 

「分かった。準備が出来次第、出撃する。俺は鹵獲した地対艦ミサイルの発射準備に入る」

 

提督は龍田との会話を終えると、鹵獲した地対艦ミサイルに向かった

 

使うのは初めてだが、未来の記録に合った地対艦ミサイルが、抵抗を続ける武装集団から奪う事に成功した

 

後は使うタイミングだ

 

 




大和型戦艦の一番艦、大和登場

早速、出撃しようとするが……

M134ミニガンは重量的にも反動的にも、人間一人で抱えて発砲するなど到底不可能なシロモノ
しかし、逆を言えば人外で力持ちであれば『いい』はず
ターミネーターのT-800やバイオハザードのネメシスは反動や重量をものともせず射撃出来たので艦娘も可能()のはず!

ガトリング砲は連射力、火力ともにすさまじい武器。防空兵器であるCIWSは(M61バルカン砲)にも使われている
ジパングにおいてドーントレス一機をろくに落とせない描写があるが、恐らく訓練弾混ざっていたのでしょう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第101話 共闘

来月下旬にイベントがあるみたいですね
今年の年末は大変だ……


 時雨は天龍と共闘しながら軽巡棲姫を相手に戦っている。砲撃戦を展開して何とか持ちこたえている。時雨は相手の砲撃を躱しながら、的確に当てている。しかし、経験が少ない天龍は息切れをしていた。相手の砲は6インチであるため、一撃による撃沈はないが、ダメージは大きい。既に2発も食らっており、天龍は中破している

 

「天龍さん!」

 

「大丈夫だ!こんな所でやられる天龍じゃねぇ!」

 

 攻撃を受け膝をついている天龍。威勢はいいものの、肩を押さえ頭から血を流している。経験の差はどうしても埋められない。いや、周りも同じようなものだ。鳥海や川内は奮闘しているものの、軽巡棲鬼と駆逐棲姫による猛攻に押されている。数は減ってはいるが、軽巡棲鬼と駆逐棲姫が手強い。特に空母ヲ級が厄介だ。絶えず航空攻撃して来るため、それも警戒しないといけない。吹雪も不知火も中破に陥っている。そして、何よりもほとんどの者は疲弊している。初実戦のため、仕方ないかも知れない

 

「クソ……こんな所でくたばってたまるかよ」

 

 天龍は小声で吐き捨てるように呟いたが、中々好転しない。長門と金剛は戦艦ル級改flagshipと戦っているが、2対1にも拘わらず、長門と金剛が苦戦している。あの巨大な主砲と正確な射撃能力がネックらしい。助けに生きたいが、下級である深海棲艦が邪魔だ。軽巡棲姫が身構えると同時に突進して来た

 

「貴方ノ……帰リ道ハ……無イノ……」

 

 軽巡棲姫が突進する。時雨は天龍を庇うように蹲っている天龍の前に躍り出る。相手は砲を構えながら突進して来る。時雨も直ぐに砲戦準備に入った。魚雷も発射する事も考えないといけない

 

戦艦ル級改flagship用として温存していたが、このままでは天龍がやられてしまう

 

「時雨、俺に構うな!」

 

「ダメだ!折角、仲間に会ったんだ!天竜さんは沈んではいけない!」

 

 天龍は逃げるようきつく言ったが、時雨は拒否した。未来の戦争で天龍は、性格は変わってしまった。そんな事はさせない!

 

 軽巡棲姫が主砲を発射する直前、木枯らしのような音が聞こえた。次の瞬間、軽巡棲姫が爆発した

 

「砲撃!誰が?」

 

軽巡棲姫は撃沈しなかったものの、中破してしまった。軽巡棲姫は距離を取りどこから攻撃して来たか、辺りを見渡した

 

「あの爆発は戦艦の主砲……誰が?」

 

 時雨も素早く辺りを見渡した。金剛と長門ではない。霧島は養生中であり、武蔵もまだ復活していない

 

では、誰か?

 

時雨は主砲を発射した相手を見て唖然とした。予想もしていていなかったからだ

 

「全ク、貴様等ト裏切リ者ガ共倒レスレバイイモノヲ、面倒クサイ事態ヲ引キ起コスナンテ」

 

「え……ええ?」

 

天龍も時雨と同様に唖然とした。しかし、天龍の場合は、小刻みに震えている。相手が放つ威圧感と殺気によって

 

「何で……何で戦艦棲姫が?」

 

 

 

「何で?」

 

時雨は困惑した。ワームホールを開通しに行った戦艦棲姫がこちらに向かっていた。何しに来たのか?

 

時雨は身構えたが、戦艦棲姫は呆れるように横目で睨んだ

 

「ソウ身構エルナ、時雨。用ガアルノハ、裏切リ者ダケダ」

 

時雨は戦艦棲姫が何を言ってるのか、分からなかった。何故、ここにいるのか?

 

 不意に砲声と爆発音が止んだ。浦田結衣が攻撃を中断したらしい。長門も金剛も唖然としている。鳥海と川内は困惑し、不知火は肩で息をしながら戦艦棲姫を凝視していた

 

「な、何で……?」

 

吹雪は呟いたが、そんな所を浦田結衣が叫んだ

 

「ヘー。生キテいたのか?何しに、来たんだ?」

 

嘲笑う戦艦ル級改flagshipだが、戦艦棲姫は冷たい目で浦田結衣を見つめていた

 

「何故、裏切ッタ?」

 

「裏切る?裏切ったつもりはないわ」

 

 浦田結衣は荒い息をしている長門と中破しながらも困惑をしている金剛を他所に戦艦棲姫を見た。浦田結衣は小破どころか、かすり傷もついていない。あれだけ、撃ち込んだのにピンピンしている

 

自己修復能力が高いのか、それとも装甲が厚いのか?

 

「裏切った覚えはない。ただ、お前は私の提案を一蹴した。それだけだ」

 

 嘲笑う浦田結衣に戦艦棲姫はため息をついた。時雨は双方を交互に見た。浦田結衣は深海棲艦化してるとは言え、人間だ。深海棲艦である戦艦棲姫はどう思っているのだろう

 

「ハァ……ナラ、沈ミナサイ!」

 

 戦艦棲姫はため息をついてが、それも束の間。命令と共に怪物艤装に取り付けられた砲塔全てが火を噴いた。浦田結衣はすぐに回避し応戦したが、照準を合わせていなかったのだろう。砲弾は明後日の方向に飛んでいき、別の場所で巨大な水柱が上がった

 

「どういうつもりだ?」

 

 戦艦ル級改flagshipは睨んだが、戦艦棲姫は時雨に目を向けた。天龍は慌てたが、それよりも早く戦艦棲姫は口を開いた

 

「人間ハ身勝手ダナ。コレダカラ関リタクナカッタガ、オ前ヲ産ンダノハ私ダ。ダカラ沈ム邪魔ハスルナ」

 

「「え?」」

 

天龍は啞然としたが、時雨は分かっていた。戦艦棲姫もケリをつけにきたのだ

 

「私ハ奴ヲ倒ス。タダ、力ヲ振リ回シ自分勝手ナ世界ヲ創ロウト言ウナラ、深海棲艦ガ許サナイ」

 

「フン。人間や艦娘が嫌いではなかったのか?」

 

互いに冷笑し睨み合っているが、結衣は目は笑っていない

 

「お前達は……私達を助けるために――」

 

「ソレハモット、アリ得ナイナ。人類ガ産ミ出シタ人形ナンゾト馴レ合ウ程、落チブレテイナイ」

 

「に、人形って…酷い言い方ネ」

 

 攻撃の手が止み、その隙に駆けつけた長門と金剛は唖然としていた。はじめてみる深海棲艦のボスの決断に長門は期待を込めて聞いたが、あっさりと返された

 

金剛も戦艦棲姫の指摘に不満だった。自分達を人形と罵るなんて

 

「私達ハオ前達ヲ駆逐スル。貴様等ト仲良クスルナゾ論外ダ。ダガ、馴レ合イハ無クテモ共闘ハアリ得ル」

 

「共闘…」

 

 時雨は呟いた。共闘……それは互いにの者が友好的でないにしても同じ敵を相手にするというもの。僅かな望みであるが、艦娘と深海棲艦が互いに手を取り合う事が出来ればと思う事がある。しかし、現実は非情である。深海棲艦は人間を嫌っている。絶滅させる意図は無いが、関わることを極端に嫌っている

 

「何であんた達まで嫌われなきゃならないんだよ!」

 

「肌の色や民族くらいで、いがみ合う人間が、私達である深海棲艦と仲良く成れる訳ないじゃない、だからでしょ?」

 

 戦艦棲姫が言うよりも先に時雨は天龍の疑問に答えた。あっさりと、しかも危ない答えを口にしたことにより全員がギョッとした。戦艦棲姫は眉をひそめたが

 

「貴様……ドコデソンナ言葉ヲ?」

 

「そんな事は後だ。僕だって仲間を守るために戦う。君もそうでしょ?」

 

「随分ト上カラ目線ダナ、小娘。マア、イイ。ソノ心意気ニ褒メテヤル」

 

 長門たちは啞然とした。時雨が深海棲姫と話し合っている。友人のように話しているんではない。張り合っているのだ

 

「サア、オ前達ハドウスル?小娘ト私ハ戦ウ選択ヲシタ。オ前達ハ?」

 

「分かった。一時休戦だ」

 

「飲ミ込ミガ早クテ助カル」

 

 長門は戦艦棲姫を睨みながらも返事をした。選択肢はない。今の自分達では敵を倒せない

 

「感動的だな。『敵の敵は味方』という奴か?そう言った王子は自らの臣民に裏切られて、斬首されたのを知らないのか?」

 

「ソンナ呑気ナ事ヲ言ッテル場合カ?」

 

「ああ、艦載機がこちらに向かってる。お前の仲間か?だが、探知範囲内には、下級の深海棲艦は護衛要塞以外はいない。ボスが単体に挑むのか?」

 

「操ラレテルノガオチダ。ソレニ2人ダケデ十分」

 

戦艦棲姫は笑ったが、内心は違った。本当はもっとなぶり殺したかった。だが、テレパシーを使って洗脳と言う厄介な能力のお蔭で接近できない。空母棲鬼が南方棲戦鬼の艦載機の生き残りを回収して分析した結果、ある事が分かった。そのため、接近できたのだが、こちらに不利なのは変わりない。仲間は置いてきた。港湾棲姫は回復しておらず、北方棲姫が面倒を見ている。離島棲鬼は彼女達の護衛だ。仲間は呼び寄せたが、補給の事もあり、時間がかかる

 

 一方、浦田結衣は既に把握していた。イージス仕様の軽巡ツ級から送られるデータを確認した。多数の機体が来ている

 

「ミサイル、全て撃テ!」

 

相手が誰だか分かる。昔、戦艦棲姫自身が言っていた仲間の事を。恐らく、空母棲鬼だ!

 

 

 浦田結衣の推測通り、東京湾の湾口にて空母棲鬼が航行していた。彼女は浦田結衣の能力を観察していた。恐らく、テレパシーで戦艦棲姫を洗脳したらしいが、鬼や姫だけ操るためのある行動をしていることに気がついた。あの女、鬼や姫だけには触れてから操っている。下級の深海棲艦なら一定範囲にいれば、あいつらの意のままだ。姫や鬼がいなければ範囲外に出ても問題はない。しかし姫や鬼がいるため、範囲外から出さないだろう。干渉されて正気に戻る可能性がある。つまり、触れなければ問題ないと言うことだ

 

 推測だが、恐らく高確率で当たっているだろう。でなければ、南方棲戦鬼は浦田結衣の支配下に置かれているはずだ。まだ、大型艦を操れる能力がないと言うことだ

 

しかし、時間の問題だろう

 

「何度デモ…何度デモ…沈ンデイケ……!」

 

 指先から艦載機を多数召喚させると鈴の戦艦ル級改flagshipに向けて飛ばした。狙いは、裏切り戦艦ル級改flagshipではなく、あの厄介な軽巡ツ級と空母ヲ級である

 

 艦戦と艦爆と艦攻を多数繰り出した空母棲鬼。搭載の数は空母ヲ級よりも多い。空母ヲ級は浦田結衣の指示に従って艦載機を発艦、迎撃した。イージス仕様の軽巡ツ級も艦対空ミサイルを発射して撃墜した。だが、どんなに落としてもやって来る。150機近く繰り出したらしい。物量で推し量る気だ

 

 誤爆を懸念して距離を置き、遠距離から撃ってくる長門達の砲弾や航空攻撃に対して浦田結衣と空母ヲ級、そしてイージス仕様の軽巡ツ級は回避行動したが、全てかわせるものではない。空母ヲ級は艦載機を繰り出したが、全く歯が立たない。空母棲姫の艦載機の方が強力だ。瞬く間に全て撃ち落された。対空ミサイルを使って撃ち落したが、相手は全く怯まない。空母組の艦娘とは違う猛攻。流石の浦田結衣も苦戦した

 

浦田結衣はF5Uを発艦させて迎撃する事を諦めた。敵の数が多過ぎる事もあるが、艦載機が貴重なのだ。元々、戦艦を無理矢理、航空機を乗せたためでもある。それは数が少ない。相手に航空戦力はないのなら別だが、今は違う。如何にF5Uが強かろうと、数に押されてしまう。一航戦である空母組の艦載機に勝てたのは、運動能力と強力な武装のお蔭である。しかし、空母棲鬼の艦載機は、艦娘の……いや、人間の兵器である空母運用とは異なる方法で戦っている。戦力不合理という概念がないのか、多数撃ち落しても引き下がろうともしない。これでは分が悪い。それなら、対空砲火を打ち上げた方が得だ

 

 苛烈な対空砲火をくぐり抜けた空母棲鬼の艦載機は戦艦ル級改flagshipには目を暮れずに空母ヲ級とイージス仕様の軽巡ツ級に殺到した

 

「ソンナ兵器デ引キ下ガル私デハナイ。敵機直上……急降下!」

 

 艦載機が多数落とされても空母棲鬼は全く引き下がらない。消耗率8割だが、撤退の指示は出していない。普通の海軍軍人なら唖然としているだろう。消耗すれば後が無くなり、今後の作戦に大きく影響する。航空兵力は寄せ集めのようにはいかない

 

 しかし、それは人間の考え方や運用方法だ。深海棲艦が使う艦載機なぞ艦娘とは違う方法で補充が出来るし、それよりも彼女に引き下がるという概念はない。倫理でもなく、単純な戦い方である

 

 空母ヲ級は雷撃と急降下爆撃を多数受けて大破。イージス仕様の軽巡ツ級は、単装速射砲とCIWSで応戦したが、数が多過ぎて全て迎撃しきれない。爆撃を受けて沈みはしなかったものの、大破してしまった。元々、イージス艦は装甲なんてない。強力な迎撃能力があるため、不必要な装甲は外している。逆に言うと、弾薬が尽きるとただの高性能レーダー艦となてしまう。犠牲は払ったものの、厄介な防空艦と空母ヲ級を空母棲鬼は仕留めたのだ。後の下級の深海棲艦は寄せ集めだ。こちらが下さなくても艦娘が倒してくれるだろう

 

 

 

「チッ!あの野郎」

 

 浦田結衣は、虎の子である軽巡ツ級を見て舌打ちした。自前の艦載機であるF5Uを温存しておいて正解だと思った。仮に出しても貴重な艦載機が消耗するだけである。それなら、別の方法でやるしかない

 

 彼女は軽巡ツ級の現戦力を見る。レーダーダウン、イージスシステム喪失、艦対空ミサイルであるシースパロー及びスタンダードミサイル残存なし。ECM装置喪失。対潜ロケットであるアスロックはあるが、対潜ヘリであるSH-60は爆撃で破壊されたため使えなくなった。対艦ミサイルと127mm単装速射砲は無事だが、火器管制がイカれているため精密性に問題がある

 

空母ヲ級は中破してしまい、ぐったりとしている。もう、こいつは戦力にもならない

 

(仲間なのに容赦しない……成る程、戦艦棲姫の言うとおり、人間の思考能力とは違うようだ)

 

 浦田結衣は戦艦棲姫の戦い方に感服した。艦娘ならそんな事はしないだろう。人質になろうが、友軍である仲間を見捨てたりはしない。しかし、深海棲艦は容赦しない。どうも、下級の深海棲艦は量産出来るせいか、それともどんな相手だろうが仲間を盾にしても屈しないというスタンスなのか?しかし、姫や鬼級は違うらしく仲間意識があるらしい。気にはなるが、どうせ話してくれないだろう

 

いづれにしても、浦田結衣にしてはどうでも良かった

 

「よくもエアカバーであるヲ破してくれたな!ダガ、お前ノ仲間ノ空母モ道連レダ!死ニヤガレ!」

 

 実は対空戦闘の際に結衣はこっそりとF5Uフライングパンケーキを発艦させた。空母ヲ級の艦載機と一緒にどさくさに紛れていたのだ。勿論、迎撃のためではない。敵の空母を探るためである。飛んできた方向を探った所、空母棲鬼の位置を確認した。空母棲鬼の艦載機によって迎撃されてしまったが、位置さえ分かればこっちのものだ

 

「ツ級、ハープーン全発射だ!こっちも発射する!」

 

「不味い!連絡して逃げるよう言って!」

 

浦田結衣が何をしているのか分かった。しかし、いつからだろう?浦田結衣である戦艦ル級改flagshipがミサイルを搭載し発射する姿は初めて見た。未来の戦争でさえも搭載していない。イージス仕様の軽巡ツ級とジェット機搭載の空母ヲ級がたくさんいたため、不要だと判断したのだろう。時雨がタイムスリップしたお陰で今のままでは不味いと判断したらしい。深海棲艦のボスである空母を沈める気だ

 

 しかし、未来の世界ならともかく、現在の状況だと現代兵器の事を知ってるのは時雨だけだ。現代兵器の装備をしていた戦艦アイオワはいない。しかも、隠し持っていたらしく、戦艦棲姫は『何を言ってるんだ?』とばかりに呆れていた。戦艦棲姫は現代兵器の恐ろしさなんてしらないのも無理もない。コンクリート詰めにされたため、目撃すらしていないのだ

 

 そうしている間も、大破した軽巡ツ級から8発と戦艦ル級改flagshipから放たれる1発の対艦ミサイルであるハープーンが発射された

 

「ナッ!空母棲鬼、逃ゲロ!奴ノ攻撃ガオ前ノ方ヘ行ッタゾ!」

 

 ようやく、危険性を理解したらしく戦艦棲鬼は仲間に緊急連絡をした。しかし、残念ながら通信を受け取った空母棲鬼は内容が分からなかった。これだけ遠く離れた距離をどうやって攻撃するのか?

 

 だが、遠くから何かが高速でこちらに接近するのを確認すると回避行動に移った。ロケットのようなものが近づいている……

 

 空母棲鬼は逃げようとしたが、ミサイル防御である防空艦は存在しない。対空砲火で防げるものではない

 

 そのため、計9発の対艦ミサイルを諸に受けてしまった。対艦ミサイル1発だけでは沈みはしないが、流石に多数受けてしまったらタダでは済まない。爆発炎上し、空母棲鬼は炎に包まれてしまった

 

そんな状況でも彼女は悲鳴を上げたりしなかった

 

「コレデ勝ッタト……思ッテイルノカ?カワイイナァ……」

 

余裕を持ったかのような言葉を最後に空母棲鬼は撃沈してしまった。まるで、後悔はないというふうに……

 

 

 

 仲間から空母棲鬼の撃沈を聞いて戦艦棲姫は突進した。長門達も続くが、金剛はともかく、長門は低速なので遅れる事となった。

 

「どいて!」

 

 執拗に邪魔する軽巡棲姫に魚雷攻撃をして大破させ航行不能にしたことに成功した時雨は、後ろを振り返らずに突進した

 

 天龍が何か言ってるが、制止だろう。しかし、時雨は無視した。今はアイツを倒さないといけない

 

今は戦艦棲姫と戦艦ル級改flagshipとの間で壮絶な砲撃戦が繰り広げられていた

 

「空母棲鬼トソノ仲間ノ仇ダ!」

 

「 お前を相手スル気ハナイ。サッサト失セロ!」

 

 掛け声と共に浦田結衣は一斉射撃を行った。浦田結衣の命中率は高く、流石の戦艦棲姫も全て食らったら撃沈していただろう。しかし、随伴していた護衛要塞達が盾となって立ち阻んだ。大爆発が起き、巨大な火の玉が出現したが、収まった時は何も無かった。巨大な砲弾は、後が残らない程、木端微塵に吹き飛ばしたのだ

 

「これで盾は無くなったな」

 

「貴様モナ!」

 

 両者との間で高速で移動しながら砲撃戦を繰り広げる。金剛も煽られる形で支援砲撃しているが、相手は巧みに躱している。それどころか、厄介な事が起きた

 

浦田結衣は3機の航空機を放ったのだ

 

円盤航空機(F5U)2機だが、戦闘機だ。爆撃仕様の円盤航空機は発艦していない。よって、こちらは大した脅威ではない。もう1機に問題があった。それは、SH-60という対潜ヘリだ

 

「空母ヲ級がいなくても、制空権は私の物だ!」

 

 

 

「不味い!天龍さん、アレを撃ち落して!」

 

「え?でも、あんなのを撃ち落しても――」

 

「いいから撃ち落して!敵は見せびらかすために飛ばしているんじゃない!」

 

時雨の必死の言葉に天龍は引き下がった。軽巡なのに駆逐艦に引っ張られてるような気がしたからだ

 

 普段なら天龍もプライドがあり、口論になっているだろう。しかし、時雨から放つ殺気と威圧に天龍は、拒否出来なかった

 

(時雨……お前はどんな戦いを?)

 

 時雨は一瞥すると浦田結衣に突進する。天龍も後を追うように動き出したが、数秒後、戦艦ル級改flagshipが何をしたのか初めて分かった

 

「まさか……弾着観測のための艦載機なのか!」

 

 

 

 戦艦棲姫は距離を取った。浦田結衣は戦艦棲姫を触れようと突進するが、戦艦棲姫は紙一重で躱して砲で反撃した

 

「ドウシタ?逃げ回ってないで殴り倒したらどうだ?」

 

「洗脳サレタクナイカラナ。貴様、鬼ト姫級ダケハ手デ触レナイト操レナイラシイナ」

 

「理解していたのか、私の能力を。これで2人目という訳か。どうして、お前達はそんなに知能があって賢いんだ?」

 

 会話を聞くことによるとどうやら浦田結衣は、鬼や姫だけは手で触れなければ効果はないようだ。軽巡棲姫などは捕らえられてから操られたのだ

 

 南方棲戦鬼も浦田結衣に掴まりそうになった事があったらしい。しかし、南方棲戦鬼は浦田結衣の行動に不審がり、最後まで抵抗した。結局は沈める事に成ったが

 

「まあ、いい。レーダー射撃だけでは中々当たらん。しかし、気が変わった。全員、一気にスクラップにしてやる!」

 

 戦艦ル級改flagshipは砲のそれぞれを遠くで戦っている艦娘達に向けた。川内達は下級の深海棲艦の艦隊と戦っていた。現在のところは善戦しており、敵の残存は残り重巡リ級2、軽巡ホ級1,駆逐イ級1、となった。軽巡棲鬼も小破しており、駆逐棲鬼も中破している。だが、鳥海も川内も損害は軽微であるものの、連続で戦っていたため疲弊している。吹雪も不知火も弾薬が減っているのか、後方に下がっている。初実戦なのに、ここまでやれるのは正直言って奇跡と言っていい

 

 南方棲戦鬼が武装放棄を命じたお蔭か、それとも武蔵の件で全員必死になって戦っているのか。だが、悪魔は彼女達に砲を向けた

 

「消えろ、この虫けらが!」

 

「川内さん、鳥海さん逃げて!!」

 

 浦田結衣の掛け声と時雨が川内達に無線で怒鳴ったのが同時だった。次の瞬間、巨大な砲は火を吹き、辺りを轟かせた

 

 

 

 鳥海も川内も吹雪も不知火は、何が起きたかを理解する暇がなかった。敵の砲撃と雷撃を躱して、己の主砲と魚雷を叩き込む。多数の深海棲艦の艦隊に対して効率良く当て、かつ、敵の攻撃を確実に躱す。数がこちらよりも多いため、苦戦するだろうと思われたが、意外と善戦したのだ。敵の武装が貧相だったのだ。苦戦したのは途中で参戦した軽巡棲鬼と駆逐棲鬼であったが、川内と鳥海の連携により押し返す事が出来た。どうも、洗脳を解くには戦艦ル級改flagshipをどうにかしないといけないらしく、戦艦棲姫がいても変化は無し。撃沈は無理でも無力化は出来る

 

 しかし、あと少しという所で、無線から怒鳴り声が鳴り響いた。誰か分からなかったが、木枯らしのような音が多数したと思ったら、自分達は殴られたような衝撃を受け火だるまになっていた

 

艤装が破壊され、服が焼け、身体は吹き飛ばされた。

 

「まさか……こんな……」

 

 辛うじて意識を保つことが出来た不知火は、自分がどうなっていたか把握していた。今は海面に倒れているらしい。艤装の損傷も酷く、攻撃どころか航行が出来ない。頭から出血しているのだろう。生温かいものが、流れるのを感じ取った。視界に映っていたのは、火の海だった。炎の中で二つの影が見えた。軽巡棲鬼が炎で焼かれ悶えている。鳥海もいたが、気絶しているらしく倒れたまま身動きしていない。川内も吹雪も同じだろう

 

「なぜ……どうやって遠距離から……正確に当てれ――」

 

 戦艦の遠距離攻撃は、中々あたるものではない。長門達も一航戦の航空攻撃の間、必死に遠距離攻撃したが、戦艦ル級改flagshipに命中していない。だが、相手はそれをやってのけた。偶然ではない。しかも、深海棲艦や艦娘関係なしに攻撃したのだ

 

不知火は、何が起こったのか分からないまま力尽きてしまった

 

 

 

「グッ!」

 

 先程の攻撃でダメージを受けたのは遠くで戦闘を行った集団ではない。戦艦棲姫もだ。全砲門が遠距離攻撃に使われた訳では無い。たった一砲門だけ戦艦棲姫に向けられていた

 

 レーダー射撃であるため命中率は高い。しかも、48cm主砲だ。流石の戦艦棲姫もダメージを負ってしまった

 

「おや、どうした?具合でも悪いのか?」

 

「貴様、何ヲシタ?」

 

「教えるほど親切心なんてない」

 

 実は浦田結衣が飛ばしたSH-60は対潜警戒のために飛ばした物では無い。弾着観測のために飛ばしたのだ

 

 SH-60は長門達が持つ水上機と違って高性能なレーダーを積んでいる。トリッキーな動きで長門達が放つ対空砲火を躱しながら観測データを浦田結衣に流していたのだ。そのため、遠距離攻撃でもより精度が高い砲撃が可能になった

 

「さあ、戦艦棲姫。私と一緒に世界を乗っ取ろう」

 

「……オ前ナンゾニ……」

 

 抵抗する戦艦棲姫だが、更に48cm主砲を立て続けて食らって大破してしまった。怪物艤装も身動き取れず、力尽きて倒れてしまった。浦田結衣は沈まない程度の手加減をしている事から洗脳して仲間にするのは明白だ。首を掴まれ宙を浮く戦艦棲姫は抵抗したが、やはり時間の問題である

 

「チッ、抵抗しやがって」

 

 悪態を尽きながらも暴れる戦艦棲姫の洗脳の作業の間、何者かが邪魔をした。立て続けてに主砲を受けていたが、威力を察するに相手は時雨だ

 

「結衣!お前を殺してでも止める!」

 

 時雨は主砲を乱射しているが、何とほとんど戦艦ル級改flagshipに命中しているのだ。しかも、的確にレーダーアンテナを攻撃している

 

「時雨、よくやるネ!」

 

「中々やるな」

 

金剛も長門も負けてはいない。特に金剛は中破しても射撃はしている。命中はしなくても牽制にもなるため浦田結衣は、戦艦棲姫を手放すしかなかった

 

「お前は人間ではなく、化け物だ!だから殺しても後悔はしない!」

 

「いい根性だ。砲撃の腕も威勢も認めよう。だが、消えるのは貴様だ、時雨!」

 

 戦艦ル級改flagshipのキャニスターから一発のロケットが発射された。それが何なのか、時雨でも分かった。ハープーンミサイルは時雨が反射的に回避行動を取る時雨を捕らえていた

 

 時雨がいた所から水柱が立ち上がった。戦艦による主砲の着弾時の爆発とは違うが、水しぶきが収まった時には時雨は消えていた

 

「爆発の規模が小さいのが気になるが、レーダーで敵影喪失を確認した。海底で寝ぼけな、小娘!」

 

「そんな……テメー!」

 

今の場面を見た天龍は14cm主砲を放ったが、お返しに48cm主砲の洗練を受けた。天龍は一瞬で大破に陥り、金剛も奮闘したが、自分が撃った主砲が相手に効果がほとんどない

 

「Shit!あの装甲、何で出来ているのデース!?」

 

「答える必要はない」

 

 金剛に向けて対艦ミサイルを発射して動きを鈍らせると、浦田結衣は急接近。金剛を殴り倒した

 

「確か太平洋戦争で色々な任務を請け負っていたな。だが、強敵である戦艦と戦った事が無いだろ!」

 

「グッ!」

 

浦田結衣は金剛を片足で踏みつけながら話す

 

「安心しろ、恐怖を味わせてから沈めてやるから」

 

「金剛を離せ!」

 

長門は吠えたが、相手は嘲笑うだけだ

 

「攻撃するならして見ろ」

 

「分かった!やってやるよ!」

 

 長門が口を開く直前、誰かが先に言った。長門は目を見開いた。声に聞き覚えがあった。それもそのはずだ。さっきミサイル攻撃で沈んだはずだった

 

 浦田結衣も長門以上に驚愕した。何しろ、突然、レーダーから反応が現れた。それは後方に現れて急激に突進して来る。しかも、それは……

 

「何!?まさか!」

 

「地獄から戻っていたよ、結衣!」

 

 浦田結衣の目に映っていたのは、時雨が動かなくなったハープーンミサイルを持ちながらこちらに突進する姿だった。これには、海面で蹲っている金剛も荒い息をして肩を押さえている天龍も驚愕した

 

 何しろ、攻撃を食らって撃沈したはずなのに、まるで生き返ったかのように突然海面から現れ、しかも無傷のまま突進している

 

これを見て驚くな、という方が無理である

 

 我に返った結衣は、迎撃しようとしたが、時雨は大胆な事を行った。何と探照灯を戦艦ル級改flagshipに向けて照射。昼間ではほとんど意味はないが、双方の距離は近い。時雨は探照灯を目くらましに使ったのだ

 

「目が!」

 

「残念だったね、使えるかも知れないと思って隠し持っていたんだ!痛いのを食らわせてやるよ!」

 

 時雨は手に持っていたミサイルを装甲が薄いであろう場所に突き刺した。流石の結衣もこれには堪えた。薄いとはいえ、ミサイルが装甲を突き破って身体に刺さったのだから

 

「ぐあぁぁ!貴様、よくも!」

 

 直ぐに態勢を楯無48cm主砲を向けたが、時雨はそれよりも早く突き刺したミサイルに目がけて砲撃を放った。近距離であるため、照準は容易だ。砲弾はミサイルに命中。爆発を起こした

 

 結衣が怯んだ隙を長門も天龍も見逃さなかった。天龍は金剛を救い出すと共に、砲撃を実施。長門も一斉射撃で攻撃を繰り返す

 

 だが、相手は攻撃を受け続けながら移動を開始。主砲をぐったりしている金剛と運び出している天龍を同時に攻撃した。そして、時雨に対しては副砲であるPzH2000で狙撃。回避出来なかったのか、時雨は砲撃を諸に受けて中破に陥った。だが、海面から高速で移動するスクリュー音を結衣は聞こえていた

 

 時雨は回避に間に合わず、受けたために動かなかったのではない。魚雷を発射するために回避しなかった。酸素魚雷による雷撃は日本海軍のお家芸であると言われている。近距離であると同時に波状で発射しているため、浦田結衣でも回避が難しい

 

4発中2発を食らってしまい、航行能力に影響が出てしまった

 

「はぁ……はぁ……」

 

時雨は息を荒げ、怪我を負っているものの、結衣を睨んでいた。結衣も睨み返す

 

「忘れていたよ、貴様は幸運艦だったな。不発するとはな」

 

「僕は経験済みだから驚くことは無いよ」

 

 あの時放った対艦ミサイルは不発だったらしい。実は、ミサイルや砲弾などが不発というのは珍しくない。前例も数え切れないほどたくさんある。確率論だが、時雨が受けたミサイルは不発という訳だ

 

 恐らく、ミサイルの衝撃で水中に入った事を利用して艤装をワザと外して海中に潜んでいたらしい。そして時を待って艤装を装着。艤装を付けた艦娘は強制的に浮上する事に成る。時雨は中破であるが、航行可能だ

 

「だが、これだけ攻撃したとしてもかすり傷程度だ」

 

「レーダーの目は潰した」

 

「ああ。だが、レーダーも私の艤装に馴染んだため、自己修復は出来る。深海棲艦の援軍なんぞに期待するな。無駄なあがきは止めろ」

 

 どうやら、未来の兵器であるレーダーは、深海棲艦の艤装として馴染んだらしい。エネルギー源は不明だが、当分の間は破壊出来そうにもない。深海棲艦の増援も期待出来そうもない。戦艦棲姫は戦えるらしいが、大破しており戦闘を継続できるかどうかは不明だ。その代わり、浦田結衣が率いていた艦隊を無力化に成功し、敵は結衣自身だ

 

しかし、時雨は絶望もせず、不適の笑みを浮かべていた

 

「撃墜したヘリも?」

 

「貴様……兵器だけでなく、幸運まで使って戦うとは……」

 

「自衛隊から兵器を盗んだ集団に言われたくないよ。君達の兵器じゃない」

 

 時雨は雪風に次ぐ幸運艦である。敵の事情や成り行きのケースがあるが、それでも幸運艦である事には間違いない

 

しかし、幸運もこれまでのようだ。弾薬は僅か、そして燃料残量も少ない。艤装も中破しており、戦闘能力を発揮出来なさそうだ

 

「フフフ……確かにな。さあ、覚悟はいいか?」

 

 時雨に向けて砲を向けようとすら浦田結衣。時雨は歯を食いしばった。絶体絶命なのは変わりない

 

しかし、彼女の攻撃を邪魔をし、時雨を守るものがまだいた。それは長門だった

 




おまけ
長門「深海棲艦から艦娘は人形と言われるし、敵からは標的艦と言われるし、全く何なんだ?」
時雨「深海棲艦と仲良くなれそうにないね」
長門「提督、我々の艦娘は一体、何なんだ?」
提督「それは……」
天龍「そう言えば、軍艦に命吹き込むならなんでデザインは女性姿なんだ?コマンドーみたいに筋肉ムキムキのボディなら戦いに有利なはずだ。これで流石のブラック提督も迂闊に手を出さないだろう」
吹雪「いや、それはちょっと……あれかも……」
電「ロボットもいいのです。T-800みたいな」
鳥海「サイボーグでもいいような?」
川内「えー?機械よりもニンジャスレイヤーみたいにダークヒーローにしようよ!」
武蔵「それ、お前がなりたいだけだろ」
あれこれ口にする艦娘。しかし、提督は既に答えを持っていた
提督「あー、とりあえずはっきり言っておこう。なぜ、艦娘は常に女性なのか?それはだな――」
一同「ゴクッ」
提督「これは人類の趣味だ。諦めろ」

「・・・・・」

時雨「……そ、そうなんだ。人類の趣味なら仕方ないね」
叢雲「一回、人類は滅びた方がいいんじゃない?」
龍譲「身も蓋もない答えやな」

戦艦棲姫「私達ガ女性デアル理由ハ?」
空母棲姫「敵ヲ油断サセルタメダ」

遂に深海棲艦と艦娘が共闘。深海棲艦は距離を置きながら戦おうとします
東京湾、大変な事に成っていますね

艦娘はなぜ女性なのか?それは人類の趣味です(多分)
なのでこの責任は創造主である博士です
博士「違うじゃろ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第102話 反撃の鉄槌

 地下研究室の入り口前にてある小さな集団がいた。いや、地下研究室は戦艦棲姫が徹底的に破壊したため、既に廃墟と化している

 

 港湾棲姫はため息をついた。まだ航行は出来ないため、戦艦棲姫と空母棲鬼の救助には行けない。あの2人も浦田結衣という人物には許せないのだろう。しかし、空母棲鬼はロケットのようなものによる攻撃を受けて撃沈してしまい、戦艦棲姫も苦戦中だ

 

洗脳能力がある以上、下手に下級の深海棲艦を送り込む訳には行かない。とは言え、姫や鬼級も戦闘能力がある者でないとダメだ。幸い、接触しないと出来ないらしいが、それでも能力が発達する可能性だってある。今のうちに叩くべきだ

 

だが、該当者が居ない。飛行場姫も泊地棲鬼も敵を殲滅したものの、代償として燃料と弾薬を全て使い切ってしまった。特に泊地棲鬼はロケットのようなものを数発受けて損害を食らっている

 

 直ぐにはこちらに行けない。潜水新棲姫が応援に駆け付けたが、途中で正体不明の艦娘と出会って警戒しているらしい

 

正体不明の艦娘とは勿論、まるゆなのだが、潜水新棲姫はそんな事を知る事はない

 

(厄介ナモノヲ創ッタナ)

 

深海棲艦と出会い、そこから生まれた『艦娘計画』。人間はよく分からない。駆逐古鬼と重巡棲姫に何があったのだろうか。特殊な技術によってミイラ状態だった三人は、肉体再生されており、今では生前と変わらない姿となっていた。ただ現在のところ、目を覚まさないだが。あの当時、何があったのか?

 

「ネェ……チョット見テ」

 

港湾棲姫と離島棲鬼は北方棲姫の声を掛けられても海の方へ目をやっていた。戦況を見ている最中だ

 

今は忙しいと小声で言ったが、袖を掴みながら声を掛ける北方棲姫に離島棲鬼は反応した。これでは集中出来ない

 

叱ろうと振り向いたが、北方棲姫が指す指先の現象に離島棲鬼は愕然とした

 

「馬鹿ナ……1体居ナイ!」

 

聞いていた港湾棲姫もすぐさま振り向いた。確かに三体の深海棲艦が肉体再生のためにコンクリート上に横たわっていたはずだ!それが、今では2体になっている

 

「何処ヘ?」

 

「分カラナイ……」

 

港湾棲姫は北方棲姫を見たが、首を横へ振った。北方棲姫は、見張りをやっていたが、飽きて来たため飛行機ごっこで遊んでいたという。だが、その際に風が吹き出し飛行機が飛んでいきそうになった。慌ててキャッチしたが、その際に映った光景は救助し横たわっている3体の身体の内、1つが無くなっていたという

 

「馬鹿ナ、マダ動ケナイハズダ!」

 

誘拐にしては可笑しいし、人間が近づいてきたのなら、いくら遊んで油断している北方棲姫でも気付く。よって、予想よりも早く目を覚ましてこっそりと抜け出したとしか思えない

 

重巡棲姫と戦艦レ級はまだ横たわっている

 

「駆逐古鬼……何処ヘ?」

 

 

 

 

 

一方、提督達はある作戦を実行するために準備をしていた。その準備が終わり、出撃準備が整った

 

「戦艦大和以下6名、出撃します」

 

大和が敬礼し、他の艦娘もならって敬礼した

 

出撃するのは大和、霧島、龍譲、龍田、漣、電、五月雨だ。駆逐艦娘は緊張のあまりに身体が震えている

 

「ああ、気を付けてかかれ。作戦通りにやるんだ。龍譲は赤城加賀と合流、霧島は単独で支援。他の者は……分かっているな」

 

提督の言葉に大和は微かに頷いた。これは作戦なのだろうか?確かに龍譲の艦載機に特殊な爆弾と霧島にある仕掛けを仕掛けているが

 

「よし、出撃しろ」

 

艦娘達が出撃する中、提督は短い間見送っていたが、すぐに作業にかかった

 

「大淀、寝ていろ。そんな身体では――」

 

「断ります!艦隊指揮を……いないと……きゃ!」

 

大淀は数分前に奇跡的に目を覚ました。喜んだ明石だったが、直ぐに顔色を変えた。何と修理中である艤装を身に着けると立ち上がったのだ。松葉杖を尽きながら歩きだしたため、明石と博士が止めに入った。この状態で行っても殺されるだけである

 

「おい、幾ら何でも無茶し過ぎだ!」

 

流石の軍曹も呆れてしまった。艦娘の人外には驚くが、それでも都合のいいものではない。今の大淀は全身に包帯を巻いており、フラフラと歩いている。ミイラが歩いているように見えたため、将校はミイラが現代に蘇ったと思い込み、念仏を唱える始末だ

 

「私、生きていますから!」

 

「寝ていろよ。まだ、治っていないだろ?」

 

提督も呆れていた。まだ、傷口が塞がっていないのに

 

「……それは何ですか?」

 

大淀は提督が何かを弄っている。その何かは、トレーラーのような車両だ。トラックの貨物の所に何か筒のようなものが6つ付いている。提督はトラックの横に付いているパネルを操作している

 

「未来の戦争で反艦娘団体が使っていた兵器、地対艦ミサイルだ。資料を見ると、深海棲艦が出撃した当初、浦田重工業は21世紀の兵器を参考に対深海棲艦用として地対艦ミサイルを造った。ただ、これは独自で製造したらしい。アイオワ曰く、21世紀の兵器に比べたらお粗末ツらしい」

 

 未来の戦争において何者かが地対艦ミサイルを横流しをしていた。当初は深海棲艦だと思っていたが、本当は浦田重工業がやっていた。独自で造り上げたものらしく、名前は不明だ。射撃システムとレーダーを一体化しているものの、射程は短く、性能も『平行世界』の兵器には全く敵わない

 

 しかし、艦娘にとっては脅威に等しかった。アイオワは、鹵獲した地対艦ミサイルに驚きと呆れで見ていた。余談であるが、タイムスリップ作戦において、提督は鹵獲した地対艦ミサイルを使用。空母ヲ級を撃沈させる成果を出したという

 

「それ、使えるのか?」

 

 軍曹が呆れるように声を掛けたが、提督がボタンを押すとトラックに搭載していたキャニスターが動き出した。軍曹を始め全員が身構えたが、キャニスターが上を向けただけで終わった

 

「これを……使って攻撃しようと――」

 

「いや、これを使っても奴は、防ぐ手段を持っているだろう。だから、確かめる必要がある。この作戦が失敗したら……笑ってくれ」

 

「いえ……流石にそれは……」

 

大淀は何か言おうとしたが、身体に激痛が走ったため、よろめいた。明石が駆け寄って車いすに座らせる事にした。戦う意志はあるため、強要は出来ない

 

 

 

博士も地対艦ミサイルを眺めていたが、武蔵に声を掛けられた。武蔵はふぐ毒が回っているため、動けない

 

「どうした?」

 

「頼む、戦わせてくれ!」

 

武蔵は周りが聞こえないよう小声で、そして上半身を無理矢理起き上がって耳元で囁いた

 

「しかし……」

 

「『超人計画』の本質を隠す気なのか?」

 

武蔵の指摘に博士はギョッとして武蔵から離れた。そんなはずはない。あれは封印した。息子も知らないはずだ

 

「惚けるな……奴が現れた時……博士の顔、顔面蒼白だったぞ」

 

荒い息をしながら、博士を睨んだ

 

「戦艦ル級が……深海棲艦があんな風になるか?浦田結衣が偶然……『超人計画』を知ったにしてはおかしいと思わないか?」

 

「……分からん。だが、ワシはワームホール出現から深海棲艦が現れるまでトラック島におった。後で本が数冊無くなっている事に気付いた」

 

 武蔵は眉を吊り上げた。ここまで聞いたら分かるだろう。トラック島に浦田結衣が居た。浦田結衣が落とした本を拾い上げ読んでしまった。深海棲艦の力を人体に取り込む方法が書いてあった

 

「だが……あり得んのじゃ!どうやって……進化するのか?霊長類でさえ数百万年で進化したのに、数か月という短期間で進化するのは……幾ら何でも!」

 

「なあ、博士……知っているんだろ。どうやってやったかを」

 

「……」

 

「提督だって戦っているんだ……ここで何もせず横になっている……悔しい」

 

武蔵は再び横になった。もっと力があれば!そのためには!

 

武蔵の威圧に博士は観念した。しかし、そのためには犠牲は出る

 

「……『超人計画』はあくまで先祖の野望。だが、阻止する者もおった。禍々しいものだとな」

 

「それで?」

 

「深海棲艦は特殊な生命体じゃ。物理法則を無視してな……深海棲艦の元素を加工し――」

 

「奴は深海棲艦だ。自分の過去を……私が綺麗さっぱりにするんだ……戸惑う必要なんてあると思うのか?」

 

武蔵は博士を睨んだ。博士が怯えているが、武蔵は無視した

 

「提督の作戦……上手く行くと……思っているのか?」

 

博士は拳を握りしめた。もう、逃げるのはよそう。浦田結衣が『あのページ』を読んでいる可能性もある。武蔵を何とかしなければ

 

そのためには

 

「戦争には犠牲が付き物じゃ」

 

ある条件下による薬は造れるだろう。問題は副作用だが、武蔵は戦艦であるため心配する必要はない。心配するのはもう1つ問題……

 

 

 

 

 

東京湾沖合

 

浦田結衣は時雨に砲撃しようとする。だが、それを邪魔する者がいた

 

浦田結衣に向けて砲撃を行った者がいた。威力は金剛よりも高い。たが、仰け反ったくらいで終わった

 

「今度、ミサイルとかいう兵器を使ったらタダでは済まさないぞ!」

 

攻撃したのは長門だった。まだ、戦える艦娘はいた。既にほとんどの艦娘は大破して戦闘不能である。深海棲艦も同様だ

 

怒り狂う長門に対して浦田結衣はため息をついた

 

「長門……そんなに艦隊決戦が好きなのか?」

 

「なぜ艦の名前を知っている?」

 

「よく知っている。特にお前はな。兄は第二次世界大戦の軍艦を調べていた。クロスロード作戦にて嘆いているのはお前だけではない」

 

 長門は耳を疑った。提督や時雨から聞かされていたが、この人達は自分達が受けた経緯を知っている!

 

「で、どうだったんだ?」

 

「何を言ってる?」

 

「核爆発を受けた感想は?」

 

長門は腸が煮えくり返っていた。核兵器を食らった経験を楽しく聞いているのだ

 

しかし、長門はふとある疑問があった

 

「何故、お前達は核兵器を使わない?いや、核兵器を開発しない?」

 

 浦田重工業はなぜ核兵器を開発しなかったのだろうか?奇しくも、これは未来の戦争にてアイオワも同じ疑問を抱えていた。無差別攻撃や艦娘の拷問など非道な事を行った彼らが、なぜ核兵器を手にしなかったのだろう、と

 

「ああ。その事か?フフフ……」

 

「何がおかしい?」

 

「その疑問、私も兄に聞いた。しかし、兄は『悪魔の兵器は葬らなければならない』と思ったらしい。兄は原爆ドームを、そして核兵器の問題を調べていた」

 

浦田結衣はニヤリと笑った

 

「核兵器は強力だ。私も欲しかった。だが、兄は『あんなものは私の理想には邪魔な存在だ』と言っただけで終わった。放射能汚染で支障がきたすこともあるだろう。尤も、核廃絶をバカみたいに叫ぶ平行世界の日本人の真を受けたかもな。叫ぶだけで何も出来ない集団に同情したのか?」

 

「お前は欲していたのか?」

 

核廃絶云々はともかく、どうやら兄妹でも互いの意見は完全一致ではないようだ

 

「ああ、欲しかったさ。戦わずにして他国を屈するためには、強大な抑止力である核兵器が必要だ。しかし、兄はただの悪魔の兵器としか見なかった。それどころか、この世界の原爆開発者に関わった人物を全て抹消した」

 

「……!」

 

長門は目を見開いた。半信半疑であるが、浦田重工業のやり方や規模を見れば本当らしい

 

……本当に核兵器を廃絶したのか?

 

「どうした、喜ばないのか?かつては核兵器の実験艦にされた軍艦として」

 

「……お前……艦娘でも深海棲艦でもないのに、なぜ力を求めている?」

 

「ん?お前達、艦娘は兵器ではないのか?兵器は相手を倒すために人間が造った道具だ。守るだとかカッコイイだとかタダの道具だとか、そんなのを言うのは現実逃避とバカだけだ。敵を殺すため、倒すため、相手を威嚇し従わせるために存在する。お前も『艦だった頃の世界』において、コレクションのために建造されたのか?」

 

「もういい!いいだろう!艦娘は兵器だと言ってやろう!だが、我々は殺人機械ではない!」

 

遂に長門は堪忍袋の緒が切れた。目の前の戦艦はタダの戦艦ではない。そして、艦娘を差別するための人間ではない。力を求めるために深海棲艦になったのだ

 

41cm主砲が火を吹き、長門が突撃する。しかし、長門は25ノット。30ノットを悠々と高速で出せる戦艦と距離が縮まらない。砲撃も当たらず、逆に余裕で当てて来る。至近弾を食らったが、威力が高い。だが、長門は熱くなっていた。自分達は艦娘だ。人間が『兵器だ』と言って差別されるのだったらまだいい。相手は艦娘を知らないだけだ

 

だが、目の前の戦艦は違う。ただ、力を求めるために戦艦ル級改flagshipになったのだ。しかも浦田結衣の言い方は、まるで殺すために力を手に入れたのだ

 

「随分とムキになってるな。安心しろ、ビキニ環礁に連れてってやる」

 

「うおぉぉ!」

 

長門が吠えた直後、無線が入った。提督からだ

 

『時間稼ぎよくやった!反撃するから巻き込まれるな!』

 

 

 

 この無線を聞いた長門は勿論、時雨も唖然とした。勿論、打ち合わせどころか、作戦を聞いていない。しかも、普通に無線を入れて来たのだ

 

当然、相手も聞こえているだろう。浦田結衣もニヤリとした

 

「何を言っているんだ?」

 

だが、それも一瞬。浦田結衣は動きを止めギョッとして陸の、提督達がいる方向へ体を向けた。沖合とは言え、岸からは近い。そこから何かがやって来た

 

「あ、あれは?」

 

「知っている。あれは……ミサイルだ」

 

 間違い。ミサイルだ。散々、見て来たのだ。四発の地対艦ミサイルが目にも留まらぬ速さで進んでいる。しかも……

 

「チッ!奪われたのか!」

 

 狙われたのは浦田結衣だった。提督達が奪った地対艦ミサイル。本来は対深海棲艦用に造られるはずだった。まだ、艦隊を持たない浦田重工業は、せめて地上による撃破を目的に作られたものだった

 

 そこへ浦田結衣が深海棲艦の力を手にしたばかりか、深海棲艦の艦隊をコントロールが可能になったため、早速使い道が無かった。対深海棲艦用の兵器は貴重だが、艦娘にも狙えたため未来の戦争において反艦娘ゲリラに横流しをした

 

しかし、今では浦田結衣が狙われているのだ。数は4発

 

「ミサイルで狙おうというのか?だが、それは骨董品だ。ECCM能力なんて無いわ!」

 

 浦田結衣は電子戦装置を作動させた。電波妨害でミサイルのレーダー誘導を妨害するためである

 

ミサイルを躱す方法は主に2つある

 

1つは対空ミサイルやCIWSなどで撃墜するハードキル。そしてもう1つは妨害電波やチャフなどを使ってミサイル誘導を妨害するソフトキルである

 

 防御手段は臨機応変だが、相手の技術レベルが低ければ、ソフトキルのほうが有効である。第3次中東戦争で駆逐艦エイラートを沈められた後のイスラエル海軍は、第4次中東戦争でチャフとECMを使ってこれに対抗。エジプト海軍のP-15艦対艦ミサイルを全て躱したという

 

 妨害電波によってレーダーの目を奪われた対艦ミサイルは、戦艦ル級改flagshipを捕らえることなく、素通りし海に着水した

 

「何を考えているんだ?あの地対艦ミサイルはローコストで作り上げたものだぞ?ECM対策なんかほとんどしていない」

 

 深海棲艦とは言え、第二次世界大戦の軍艦並のレベル。そんな相手にECCM能力なんてほとんど必要ない。仮に妨害電波を出しても第二次世界大戦時代の妨害電波くらいは凌げる

 

「それを……は?大型爆撃機に……多数の航空機?何を考え入るんだ?」

 

浦田結衣はレーダーの反応に困惑した。コイツら、どこから現れた?

 

「低空飛行か?」

 

浦田結衣はF5UフライングパンケーキとF6Aフライングフラップジャックを全て発艦させた。執拗に攻撃する長門を相手する暇はない。しかし、ここは東京湾。動きが制限されている

 

 陸にも上がれるが、上がった所でどうにかなれるわけでもない。浦田重工業を失った以上、行動も制限される

 

 

 

「敵機が来ます!」

 

「予想通りか!」

 

深山に乗っていた機長は、機銃担当員からの報告に頷いた。命令を受けて離陸後に低空飛行で侵入したが、やはり見つかった

 

だが、レーダーに発見されても機長は怯まない。別に構わない。既に範囲内だから

 

「起爆させろ!」

 

 機長の命令に担当員は待ってましたとばかりに、爆弾倉に直行。明石達が造り上げたEMP兵器を起爆させる。勿論、爆発はしない

 

 電磁パルスだけが一定範囲だけ発生するだけだ。ボタンを押し電磁パルスの発生を確認した機長は、旋回して上空へ逃げた。何回もの電磁パルスを発生出来る。流石に沢山は出せないが、1、2回は発生出来るはずだ

 

 

 

 浦田結衣は舌打ちした。レーダーが全てダウンした。OPS-14だけでなく、火器管制レーダーまで破壊されたのだ

 

「これは……電磁パルス?まだ、残っていたのか?」

 

 電磁パルス兵器……電子機器だけを破壊するだけに開発された兵器。高出力マイクロ兵器(H P M)である。艦娘達も影響を受けるが、ほとんど効果は無い

 

 電子機器も古いばかりで、効果があってもレーダーか無線が一時的に誤作動するくらいだ

 

「だが、未来技術のレーダーもマイクロチップも私の艤装に馴染んだ。修復できる。それを――」

 

しかし、浦田結衣は言葉を切った。目視で再び確認したのだ。第二波のミサイルを

 

(クソ、電磁パルスのせいで電子戦装置が使えん……止むを得ん!)

 

浦田結衣は高速で移動。中破し倒れている軽巡棲姫を掴むとミサイルの前に掲げた。提督が放った4発のミサイルは、軽巡棲姫に全て当たった

 

 時雨の攻撃によって大破し意識が朦朧としていた軽巡棲姫は、何が起こったか分からないだろう。誰かに拾い上げられたと思ったら見慣れない四つのロケットがこちらに突進してきたのだから

 

「な、味方を盾に!」

 

 長門は浦田結衣のやり方に怒りを顕わにした。洗脳したとは言え、仲間を使って盾としたのは見過ごせない。まるで消耗品扱いだ

 

長門はそのまま攻撃しようとしたが、時雨は鋭い声を出した

 

「待って!長門さん、これは提督の作戦だ!」

 

「え?」

 

「間違いない。浦田結衣が持つ電子の目を奪ったんだ!」

 

長門は戸惑った。なぜ、これが提督の作戦なのか?

 

「しかし、どうしてレーダーを奪ったと言いきれる!」

 

「勘だよ!」

 

「戦場に勘?それはあり得ない!」

 

「長門さん、説明する暇はない。だけど、浦田結衣はミサイルの回避のやり方が違うのに気がつかない?」

 

長門は浦田結衣に目を向けた。戦艦ル級改flagshipは東京湾に沈む軽巡棲姫を目にも暮れず提督達がいる方向へ睨んだ

 

顔は僅かに見たが、今の彼女は嘲笑っていない。焦っている

 

「時雨……お前を信じよう」

 

 

 

「あの狂人野郎!まさか、EMP兵器を使うとは!」

 

浦田結衣は初めて動揺した。EMP兵器ではないく、彼の作戦に

 

「コイツ……私の修復に要する時間を調べていた。ダメージを追い過ぎるを、それを修復するために使うエネルギーは膨大だ」

 

 EMP兵器を使うなら初めから使えばいい。なのに、対艦ミサイルを撃ってからEMP兵器を使った。これはどういう意味なのか?

 

 提督の狙いはレーダーだけではない。浦田結衣が搭載する対空兵器と射撃能力を奪うためである。電子戦装置もだが、射撃管制にはコンピュータが使われており、正確な射撃するためには欠かせない存在だ

 

 コンピュータの無力化を確かめたのだ。地対艦ミサイルが当たる当たらない関係ないだろう。要は効果があるかどうかだ

 

 恐らく、龍田の時の戦況を分析したのか?強力なダメージを負えば、修復に時間がかかるのを。あの自爆攻撃で思いついたのか?

 

 しかし、それは後回しだ。目視で遠くから多数の航空機がこちらに向かってきているのを確認した。数機ほどだが、彩雲も見える

 

 

 

「よし、提督の読み通りや!アイツ、深海棲艦を盾にしおったで!」

 

彩雲から電磁パルスによる攻撃をしっかりと確認した

 

 前と後では対応がまるで違った。妨害電波でリアルタイムの通信は出来なかったが、EMP効果直後は通信は回復した

 

当然、無線機も電磁パルスに対応している。真空管も無事だ

 

『よし、攻撃しろ!』

 

提督の合図に赤城、加賀、そして龍讓から艦載機が多数放たれた

 

 但し、龍讓は遅れて出撃したため離れているが。艦載機である烈風に艦爆の彗星である。艦攻の天山は入れていない

 

その烈風の中に微妙に姿が違うものまで混ざっている

 

 

 

「よし、各機突撃!」

 

烈風の一番機である飛行隊長の妖精搭乗員は無線で指示した

 

本来なら機内電話は『艦だった頃の世界』ではあまり評判は良くなかった。しかし、この世界ではしっかりと聞こえる

 

烈風隊はF5Uフライングパンケーキと交戦を開始した

 

 

 

「何?押されている?」

 

 浦田結衣は怪訝な顔をして空を見上げた。迎撃に向かわせたF5Uの艦戦は烈風に押されているのだ。しかも、数で押されているという数の暴力ではない。こちらの動きを把握して攻撃している

 

(まさか……短期間で対策したというのか!)

 

 浦田結衣は驚いたが、赤城と加賀にとっては、珍しくもない。一航戦のパイロットはベテラン揃いである

 

 実は先の空戦で生き残りの搭乗員は、直ぐに円盤翼の独特の機動を分析。しっかりと対策を練っていた

 

「ミッドウェーとは違います!」

 

「少し驚きましたが、負ける要素はありません」

 

「面白い動きやけど、敗けへんで!」

 

 

 

赤城も加賀も龍讓も円盤翼機の襲来に善戦していた

 

 烈風の隊長妖精搭乗員は迫り来るF5Uに向けて13mm機銃を放つ。F5Uは、円形の機体を翻して、13mmの射線をかわした

 

 だが、烈風の搭乗員は、F5Uのトリッキーな機動は織り込み済みだった。烈風はインメルマンターンを決めると素早くF5Uの後方についた

 

 烈風の搭乗員は容赦なく20mm機関砲を放つ。F5Uはまるで砕けたクラッカーのように爆ぜ飛んだ

 

艦爆のF6Aも同様だ。円盤翼機の独特の機動に対策はしているらしく、次々と火を吹いて次々と撃ち落とされていく

 

 また、龍譲の航空隊の中に烈風の改修版である烈風改を乗せていた。明石が何とか開発する事に成功した。但し、資源は消費してしまったが。烈風改も少数だが、混ざっていた。速度も旋回能力も烈風よりも上であるため、流石のF5UやF6Aも烈風改には敵わなかった

 

 所詮は航空戦艦の艦載機として採用した円盤翼機だ。より強い敵が現れれば不利になってしまう。搭載する機体の数もも空母と比べて劣るのは必須である

 

(一航戦……いや、日本の航空兵力はここまで高いのか?)

 

浦田結衣は疑問に思った。舐めていた訳でもなく、対策はしているはずだ。

 

だが、浦田結衣は知りもしない。WWⅡ当時の日本の航空機は、意外と性能は良かった。但し、きちんとした整備とガソリンの良さなどの環境があればの話である

 

 戦後、零戦52型や疾風を本国へ持って帰ってハイオク燃料を入れて飛ばした所、驚異的な性能を出したという実話がある。それに加えて、赤城と加賀、そして龍譲の空母の艦載機の妖精搭乗員は、この世界による実戦経験はほとんどないものの、『艦だった頃の世界』の記憶は覚えている

 

 トリッキーな動きで攻撃する円盤翼に翻弄された妖精達は、報復も込めて対策を検討。そして、補充する機体や新たな戦術の規格を短時間でやり遂げた

 

 普通の人なら気が遠くなりそうだが、艦娘である空母組と妖精にとっては、朝飯前である。強さは強力であるが、F4FやF6Fを凌駕する訳でもなく、敏捷性さえ対策出来れば容易だった

 

 戦いは兵器の性能差だけで決まるものでは無い。数、兵士の士気、戦術、バックアップシステムなど組み合わせて初めて本領を発揮する。一方だけ重視してもあまり意味を持たない。提督はそこを配慮していたため、勝てているのだ

 

そのため、今では円盤翼機は押されている。航空戦艦の艦載機の搭載は知れている

 

「敵は艦爆しかいない?何を考えている?」

 

浦田結衣は眉をつり上げた。艦攻である天山が見当たらないのだ

 

しかし、この数なら問題ない

 

「対空砲射撃開始!」

 

 

 

 戦艦ル級改flagshipから近接信管付きの対空砲弾が発射され始めた。対空砲火が開くなか、龍讓が放った機機の彩雲が上空へ侵入してきた。

 

「投下よし!」

 

「やったれ!電探欺瞞紙投下ッ!!」

 

 彩雲の両翼に付けられていた燃料タンクが落とされた。燃料タンクは落下してから途中でパカリと二つに割れて中から大量のアルミ箔が散布された

 

 

 

長門はあの彩雲が何をしているのか、わからなかったが、浦田結衣は直ぐに気付いた

 

 

 

「コイツら!近接信管の弱点を使ったか!!」

 

 

 

 VT信管である近接信管は電波方式を使っており、電波を発して敵機を撃墜する。要はアルミ箔の欺瞞紙を投下すればVT信管は誤作動を起こしてアルミ箔に爆発するのであった

 

 チャフの効果は一定時間しかないが、それでも対空砲火の穴は僅かに開けることができる

 

 そもそも、チャフなんて気休め程度しかない。本当の狙いはレーダー射撃管制。これを叩けば正確な射撃が出来なくなる

 

 

 

「ようし、今が好機だッ!! ト連送を打てッ!! 全機突入せよッ!!」

 

 

 

 彗星に乗っていた艦爆である搭乗員は、真っ先に急降下する。日本軍の急降下爆撃の命中率は高く、時には80%にもなる

 

一方、慌てた浦田結衣は直ぐに40mm機関砲や20mm機関砲を繰り出した。次々と火を吹く彗星だが、数が多すぎて全てを防ぎ切らない。お蔭で数発の爆撃を食らってしまった。しかも、レーダーアンテナもやられ、レーダー射撃が使えない

 

一見、無意味な攻撃だろう。しかし、浦田結衣は余裕なんてない。驚いていた

 

(あの狂人……自己修復に時間がかかるのを利用してるだと!?)

 

戦艦レ級の力を取り入れ、兄の技術によって近代化改装した戦艦ル級改flagship。それが浦田結衣の力

 

一見、無敵に見えるが、所詮は戦艦である。空母の航空攻撃には分が悪い

 

 更に『超人計画』を参考に自己修復する能力を身につけたが、残念ながら無限ではない

 

 複雑な機器類や兵器であるほど修復時間はかかる。戦艦の主砲や装甲、機銃程度ならそこまでかからない

 

 問題はハイテク機器である。複雑な造りであるため流石にこれは時間がかかる。また、ダメージも限度があり、巨大なダメージを追うと一朝一夕に治らない

 

 場合によっては、艦娘と同じように補給が必要になる。深海棲艦なら元素で十分だが、残念ながら浦田結衣は違う

 

 

 

 これをチャンスと見た長門も時雨も反撃を開始した。戦艦棲姫も大破でありながらも砲を放っている。元々、タフであるため、無茶も出来る

 

「チッ、一旦距離を離れ……」

 

これでは形勢が不利だ。航空戦艦の計画は間違ったかも知れない。円盤翼機も半数近くがやられている

 

「……ん?」

 

 回避行動している余り、海面に何かを見つけた。音をよく聞くとスクリュー音だ。しかも、速い

 

「ぎょ、魚雷だと!一体、誰だ!?」

 

 発射した地点には、艦娘どころか深海棲艦もいない。急に現れたのだ。だが、敵は魔法使いではない

 

と言う事は……

 




おまけ
長門「なぜ、核兵器を開発しなかった?」
結衣「それはだな……」

回想初め

浦田社長「核開発研究所だな?私だ!私の声がわからないのか!原爆はまだ出来んのか!!」(CV徳○完)
責任者「世界各国の原爆投下は時期尚早です」
浦田社長「黙れ!私が投入といえば投入だ!」
所長「しかし、不安定な新兵器投入は運用が難しいです」
浦田社長「黙れ!このまま合衆国に敗北しろというのか!」
所長「貴方、社長ですよね?」

回想終了

結衣「という訳だ。コントロールが難しいとばかり言っておいて何を――」
時雨「核開発しなかった理由ってそっち?」

おまけ2
大和「戦艦大和、出撃します!」
提督「ああ、気を付けろ。死ぬなよ」
大和「はい、もう『艦だった頃の世界』のような事にはなりません!」
提督「例え死んでもお前を忘れない」
大和「そんな不吉な……」
提督「沈んだとしても絶望するな。将来、お前が再び活躍するかも知れない」
大和「え?」
提督「異星人からによる侵略攻撃を受けた時、お前は宇宙へ羽ばたくだろう。強力な波動砲を装備して侵略者を蹴散らす無敵の戦艦に――」
大和「あの、完全に別作品ですよね?」
叢雲「……本当に改造出来たらチートよ」


魚雷は一体、誰が発射したのか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第103話 激戦

報酬で烈風改が支給されるとは……


「ふざけるな!誰だ、魚雷をこんなにたくさん撃った奴は!?」

 

 浦田結衣は激怒するのも無理はない。戦艦ル級改flagshipに向けて20本の数の魚雷がこちらに向かっている。しかも、ほとんどの魚雷に雷跡が無いため酸素魚雷だ。酸素魚雷の威力は絶大である事は知っているため、回避せざるを得ない

 

もし、聴音を怠っていたら回避出来ないだろう

 

 素早く回避して魚雷を躱さないといけない。幸い、無誘導である事は分かっているのだが、数が多過ぎる

 

 

 

誰が魚雷を撃って来たのか?

 

それは伊58であるゴーヤと伊168のイムヤ、そしてまるゆと潜水新棲姫である

 

 ゴーヤとイムヤは博士と明石が戦艦大和建造時と同時並行で建造した。元帥が用意してくれた補給物資を受け取ると、味方の苦戦に加勢するために密かに行くよう命じた。但し、状況はあまり伝えなかった。そんな余裕は無いと言う事もあるが、敵が強いと伝えると出撃をためらうかも知れない。博士はそう考えた

 

 残念ながら、息子である提督は地対艦ミサイルを鹵獲するために戦車隊と502部隊と一緒に行ってしまった為、提督も建造状況を知らない。知ったのは、博士と合流し大和の姿を見て初めて把握したのだ

 

 まるゆは軍曹の強制出撃したが、問題は伊号潜水艦よりも鈍足で更に目的地を間違えてしまった。必死に航行している所を潜水新棲姫に見つかったが、余りにも不審だったため距離を置いて観察していたのだ

 

2組が現場に着いたのは多少の誤差はあるが、あまり問題は無い。勿論、互いの存在も知らない

 

 

 

「あ、あれなの?」

 

「聞いていたのと違うでち!」

 

イムヤとゴーヤは東京湾で繰り広げられている海戦に戸惑っていた

 

 艦娘の創造主である博士から味方艦隊を支援するよう言われた。負傷し養生している艦娘がいる事に不審がっていたが、博士も明石も手当てのために忙しかった。提督も不在のため仕方なく出撃したのだ。また、まるゆも既に進出してることもあって、提督の指示を仰ぐのを待つことなく出撃したのだ

 

 ゴーヤもイムヤも敵は異様な戦艦ル級改flagshipだと言われた。対潜警戒はしているだろうが、こっそりと狙えれば問題ないと判断した。戦艦は対潜兵器なんて積んでいないため、駆逐艦軽巡さえ気を付ければ攻撃出来るだろう

 

 

 

 勿論、無断出撃だが、今の提督は学生であり、正規の軍人ではない。問題はないだろうし、通信して指示を仰げればいい

 

 ゴーヤもイムヤも提督がいい人かどうか心配していたが、現場に来てその心配は吹っ飛んだ。心配するのは提督の性格ではなく、敵の強さだった

 

「あれ、戦艦なの?」

 

「砲がデカイでち」

 

潜望鏡深度で観察したが、戦いも自分達の理解を越えている

 

 戦艦から円盤翼機が出現したり、遠距離攻撃を試射もせずに命中させたり長門や金剛の猛攻をものともせず逆に長門達が苦戦している

 

しかも、姫級と仲が悪いのか深海棲艦同士で戦う場面もあった

 

詳細な情報を聞いていないため、2人の潜水艦娘は唖然としている始末だ

 

「どうするでち?」

 

流石の伊58であるゴーヤも戸惑い、イムヤである伊168は答えに窮した

 

 戦艦に対潜能力があるとは思えないが、戦いを見てるとそうは思えなくなってしまう。何しろ、単体で複数の相手と戦って互角なのだ。正確には違うのだが、ゴーヤ達が着いた頃には、結衣が操っていた深海棲艦の艦隊はほとんど全滅してしまったからだ。如何に性能が隔絶したとしても多数を相手にするのは空想でしかない

 

しかし、長門達が相手をしている敵はそれを難なくやっている

 

イムヤは咄嗟に無線で通信を行った。これでは埒が明かない

 

 

「すると今は追い詰めたのだな!?」

 

『はい、そう……だと思います』

 

 提督と名乗る人物と交戦を行ったが、真っ先に聞かれたのは状況把握だった。簡潔明瞭に答えると、次にこちらの戦力を聞かれた

 

『で、やれそうか!?』

 

「「出来る(でち)」」

 

 イムヤもゴーヤも答えたものの、戸惑いを隠せなかった。乱戦の中、味方に当てずに敵だけを狙うのは至難の業である。魚雷も一直線にしか進めず、速度も砲弾に比べて遅い

 

「近づいて撃てば……」

 

「敵にばれちゃう」

 

 伊58は接近しようとするが、伊168は否定的な考えだ。本来、敵にこっそり忍び寄って魚雷をぶち込むっていうのが潜水艦の戦い方である。しかし、戦艦ル級改flagshipはどう見ても高速だ。酸素魚雷は航跡が出ないものの、音までは消してくれない。振り切ってしまう可能性がある

 

 酸素魚雷は射程が長いものの、無誘導であるため当たる確率は無きに等しい。また、酸素魚雷の威力は高く、下手すれば奮闘している駆逐艦娘まで当たってしまう。駆逐艦娘が酸素魚雷を当てているが、あれは距離が近いからだ

 

 しかし、何もしない訳にはいかない。戦艦ル級改flagshipが艦載機による攻撃とロケットのような攻撃に対して奮闘している間に、どさくさに紛れて魚雷を前門発射した。距離があり過ぎるが、命中すれば撃沈出来る

 

「魚雷さん、お願いします!」

 

 

 

 同時刻、別の場所で潜航しながら航行していたまるゆとその後方で警戒していた潜水新棲姫も魚雷を発射した

 

潜水新棲姫は敵が航空攻撃に対して混乱に乗じて攻撃を実施した。まるゆの存在を警戒していたが、今はそんな事を言っている場合ではない。また、敵は兎も角、前に航行している艦娘のような存在にバレてもいいかも知れない

 

お蔭でまるゆは大混乱した。魚雷を撃ったと思ったら、突然、後方から魚雷がやって来て素通りすれば驚くなという方が無理である

 

「ひゃあっ!」

 

「チョット黙ッテナサイ!」

 

 魚雷に驚いたまるゆは声を出してしまった。本来、潜水艦は音を発しないようにするべきである。敵に気づかれてしまうと、振り切るのが難しい。まして、ここは東京湾である。深度も潜水艦にとっては深くない

 

「だ、だだだ誰?」

 

「イイカラサッサト魚雷ヲアイツニ撃チナサイ!」

 

「魚雷は……もう持っていないです……」

 

「ハァ!?」

 

 潜水新棲姫は唖然とした。警戒した相手は、2発しか魚雷を積んでいない潜水艦娘だった?こちらの苦労が何だったのか、分からないのではないか

 

 ちょっとしたいざこざが発生したが、言い合いの途中で両者とも固まった。強力な殺気を感じたからだ

 

「誰だ!?私を攻撃した不届き者は!?」

 

 水中マイクでもあるのだろうか?水中の中で、怒りに満ちた声が響き割った。あまりの殺気と怒鳴り声でまるゆと潜水新棲姫は口論を止め、互いに抱き合って震えだした

 

 そして、遠くで何かが着水した音を聞いた瞬間、潜水新棲姫は一目散に逃げた。戦艦棲姫よりも強烈な殺気だ。あの着水音も対潜兵器か何かだろう。しかも、複数聞こえる。航行しながら状況把握していたが、敵は何気に強い。空母棲鬼を遠距離で仕留めた奴だ

 

 一目散に逃げた潜水新棲姫だったが、ある者だけ取り残された。まるゆである。元々、急速潜航して逃げるなんて出来る訳がない

 

3本の魚雷がこちらに向かって来ても身動き取れずにオロオロするばかりである

 

「ど、どうしよ~!」

 

3本の音響ホーミング短魚雷がまるゆに殺到した

 

 

 

「誰だ!?私を魚雷で攻撃する奴は!?」

 

 浦田結衣は怒りで一杯である。ここまで飽和攻撃されたのは予想外であった。電磁パルスには警戒していたが、それに囚われて別の攻撃を受けてしまう事態になっていた

 

浦田結衣は全門斉射して長門を牽制すると、自分自身に搭載してるハープーンミサイルを空母組にいる方へ。そして、大破して漂流しているイージス仕様の軽巡ツ級に対潜ロケットであるアスロックを発射するよう命じた

 

 貴重な現代兵器だが、ここで使わない訳には行かない。そして、何よりも潜水艦が居る事に憤っていた

 

 何しろ、己の装備に対潜兵器なんて無い。ソナーはあるが、あくまで対潜警戒である。F5U『フライングパンケーキ』はもとより、F6A『フライング・フラップジャック』は潜航している潜水艦を攻撃する手段を持たない。可能であるなら、自身に搭載されている対潜ヘリであるSH-60だけである。自慢の対潜ソナーもあり、この時代の魚雷は無誘導であるため躱せると判断した

 

 如何に擬人化した兵器や化け物がいるとは言え、相手は米海軍のバージニア級原潜やロシア海軍のヤーセン型原潜、そして海上自衛隊の最新鋭潜水艦であるそうりゅう型潜水艦の能力を持っていない。第二次世界大戦の潜水艦は、遠くから対艦ミサイルを撃つどころか誘導魚雷も無い

 

 よって、流石の結衣も戦艦に対潜能力をつけようとははなから思っていない。対潜警戒するのは駆逐軽巡の役目であり、戦艦がすべきではない。その軽巡駆逐の深海棲艦はやられてしまった。戦艦棲姫と空母棲鬼によってイージス仕様の軽巡ツ級と空母ヲ級は大破に追い込まれ、電磁パルスで電子機器は使用不能。トドメに時雨と正体不明の潜水艦から雷撃を数発受けてしまった。戦艦同士の戦いはこちらが優勢だが、他の艦との戦闘だと難しい。時雨のような幸運は兎も角(ミサイル不発は流石に結衣自身も驚いた)、潜水艦の雷撃には堪えてしまった。数発受けて中破状態である。現在の所は修復しているが、間に合わない。戦闘に不必要なものは後回しにした

 

この多彩な攻撃により、結衣は怒りを顕わにした

 

「たかが骨董品の兵器ゴトキニヤラレルトハ……イイダロウ。出シ惜シミ無シダ」

 

 異様な戦艦ル級改flagshipの目が一段と赤く輝いた。ここまで追い詰められたのは時雨とあの狂人の息子だ

 

(時雨は兎も角、あの息子、がむしゃらに攻撃命令していない!アイツ、指揮能力がここまであったのか!?)

 

 結衣は艦娘計画の立案者である海軍大佐を警戒していた。息子は学生であるため、そこまで指揮能力はないだろうと。しかし、実際は違った。断片的ではあるが、無線傍受をしていたが、艦娘に命令しているのはあの息子だ

 

(パソコンデータだけで直ぐに指揮出来る訳では無い。アイツ、こんな才能が……)

 

 普通、戦術はそう簡単に思いついて実行出来る訳でもない。勘のいい人間は探せばいるが、それを実行するのは容易ではない。予想できるすべてに対して対策を立てるのは、人的余裕とか物的余裕などがよほど豊富でないと難しい

 

 巨大な砲と正確な射撃能力、そして艦載機を積み深海棲艦を操る。あの息子はこちらに対して無闇に攻撃命令していない

 

徐々に削っているのだ

 

 

 

 浦田結衣は大破した軽巡ツ級にかけより、自己修復を発動した。全て機能回復するには、時間がかかる

 

よって、対潜ミサイルであるアスロックを回復。念のため対潜ヘリもである

 

 また、自身の能力であるハープーンミサイルも回復させた。ハープーンは位置さえ分かればいい

 

 

 

浦田結衣の行動に長門と時雨は動いた。大破し横たわる軽巡ツ級に何かしている

 

「アイツ、一体何を?」

 

「不味い、イージス艦を復活させる気だ!」

 

 時雨は咄嗟に叫んだ。正確には違うのだが、敵の行為は好ましくないのは確かだった。時雨は軽巡ツ級に向けて砲撃を開始したが、浦田結衣が庇っているせいで当たらない。駆逐艦の砲撃では、戦艦ル級改flagshipの防御力を撃ち抜けない

 

「時雨、任せろ!」

 

長門は全砲門向けたが、相手も砲門を長門と時雨に向けていた

 

 長門は奮闘する時雨を片手で突き飛ばした。時雨に被弾させないためである。時雨は飛ばされながらも状況と長門の心情を瞬時に理解したが、それでも長門の対応に不満があった

 

 着水しても時雨は直ぐに駆けつける。その間、両者とも砲撃戦を繰り広げられた。だが、敵は動けないとは言え、攻撃防御も長門よりも上である。砲声と飛翔音が鳴り響き渡り、両者ともに水柱が上がった

 

だが、水しぶきが収まり時雨の目に映っていたのは長門が中破し蹲っている姿だ

 

「照準装置がイカれたが、命中率が下がっただけだ。勝った気でいるのか?」

 

「装甲に傷を付けただけなんて……」

 

 残念ながら長門の主砲弾では、戦艦ル級改flagshipの装甲を貫通出来なかった。いや、艤装から煙が出ており、損傷している。中破だろう

 

「お前の処分は邪魔を片付けてからだ」

 

 浦田結衣は指を鳴らすと同時に軽巡ツ級は多数のロケットを発射した。ロケットは飛翔する、パラシュートが大きく開き、ゆらゆらと空中を飛翔し始める

 

「な、何だあれは?」

 

 大破し力尽きた天龍は空を見上げて驚いているが、時雨は何なのかすぐに分かった

 

対潜ロケットだ!潜水艦娘か深海棲艦の潜水艦が居るのか!?

 

しかし、どうすることも出来ない。撃ち落そうにも弾頭は着水してしまった

 

 

 

 潜水新棲姫は何かが高速でこちらに向かっているのを聞いた。しかも、何か音波は発しながら近づいてきている。しかも、速い!

 

 その正体は、超音波を送信してその反射波を利用するというアクティブ音響ホーミング魚雷だが、そんなものを潜水新棲姫もまるゆも知る訳がない

 

 しかし、敵に発見されたのだから逃げる必要がある。潜水艦は、敵にこっそり忍び寄って魚雷をぶち込むっていう戦い方が基本である。正に狩りをする狼であるが、発見されてしまうと途端に狩られる立場に陥ってしまう。潜水艦は本来、偏った兵器である。敵に発見されていない状態は猛威を振る舞うが、潜水艦ハンターである駆逐艦や対潜哨戒機などに見つかってしまうと逃げざるを得なくなる。駆逐艦は兎も角、航空機に対しては潜水艦は無力だ

 

 

 

 しかし、相手は戦艦なのに、対潜能力を持っているのか?潜水新棲姫は裏切り者の戦艦ル級改flagshipに驚愕したが、実際はそうではない。結衣は確かに自前のソナーはあるものの、潜水艦を攻撃する手段はほとんどない。唯一の手段は数機の対潜ヘリだけである

 

 対潜ミサイルであるアスロックを撃ったのは、瀕死状態であるイージス仕様の軽巡ツ級であった。アクティブソナーで東京湾の水面下を捜査。敵潜が居る事を確認した

 

艦娘である潜水艦3つと小さな潜水艇がいた。なぜ、潜水艇がいるのか分からないが、兎に角、結衣は持てる火力で潜水艦を攻撃した

 

どうぜ、第二次世界大戦の潜水艦だ。艦娘になろうが、『平行世界』の海自の最新鋭潜水艦か米海軍の原子力潜水艦のような能力は持っていまい

 

 

 

 短魚雷に狙われた潜水新棲姫とまるゆは慌てて逃げたが、潜水新棲姫はともかく、まるゆは鈍足である。元々、輸送艇である。よって、まるゆは遅れをとってしまった

 

3発の内、2発の短魚雷は近くにいたまるゆに突進していく

 

 

 

 

 

「な、なんの音?」

 

遠くでソナー音に続き、爆発音が鳴り響く。しかも、海中だ。軽巡ツ級が放ったさっきのロケットと関係があるのか?

 

「一旦、逃げた方が……」

 

「まだ、まだ撃つチャンスがある」

 

伊58は歯を食い縛りながら、次の魚雷の発射準備に入った

 

伊58は『艦だった頃の世界』において重巡インディアナポリスを沈めた経歴がある。しかも、インディアナポリスは原子爆弾を運び終え、帰投する途中であった

 

 しかし、伊58の戦歴はそれくらいである。『艦だった頃の世界』において伊58の任務は、終戦までに人間魚雷である回天……特効兵器を搭載して攻撃する事であった

 

 元々、回天は酸素魚雷を改造して、搭乗員1人が乗れるようにしたものである。太平洋戦争の中期頃、潜水艦と駆逐艦の数が減り使い道が無くなった九三式酸素魚雷を何とか役に立てようと、海軍の若手士官が考えたものである

 

 海軍も大本営も回天に期待していたが、結局は馬鹿馬鹿しい戦果を挙げることなく終わってしまった。所詮、魚雷に人間を乗せたからと言って魚雷の性能が上がる訳がない。インディアナポリスを沈めたのも通常魚雷である

 

結局、正攻法に勝てない相手に小手先の奇襲攻撃は通用しなかったのである

 

 それは兎も角、ゴーヤは接近したのだ。いくら射程距離が長い酸素魚雷があっても、当たらなければ意味がない

 

 時雨と長門が奮闘しているなか、どさくさに紛れ魚雷を発射したが、ほとんどかわされた。そして、何故か他方の方から敵に向けて魚雷を発射しているのもいるが、他の艦娘もいるだろう

 

これは自分の獲物だ!絶対に仕留めてやる!

 

そう考えるとゆっくりと接近した。しかし、相手はそんな生易しい相手ではなかった

 

「伊号潜水艦だな!スライスして刺身にしてやる!」

 

 発見された!直ぐに反転して逃げようとするが、潜水艦の速度は速くても20ノット。振り切るのが難しい

 

そして、何かがこちらに向かってきているのだ

 

「ぎょ、魚雷!」

 

「追尾する魚雷があるなんて!」

 

 まるで生き物のようにこちらに向かっている。ゴーヤやイムヤにとって不幸なのは、海上自衛隊の潜水艦や米海軍の原子力潜水艦のような魚雷防御システムやデコイなんてない

 

 故障でもしない限り命中する。そして、ゴーヤとイムヤに短魚雷が命中。凄まじい爆発を起こした

 

 

 

 一方、一航戦である空母組もロケットのようなものを食らって中破してしまった。彼女達の視点に立つと、「円盤航空機と奮闘して制空権を奪ったのに、突然、魚雷を抱えたものが高速で襲って来た」としか言いようがないのである。赤城と加賀は中破し、龍譲は大破してしまった。防空艦である摩耶は狙われはしなかったが、ロケット攻撃を見て思考停止状態に陥った。ロケットで攻撃して来た??

 

「何なんだよ、これ……」

 

 折角、F6AとF5Uの機動を見切ったのに、強力な兵器を使いやがって!これでは、艦載機は発艦できないではないか?

 

摩耶は提督に今の状況を無線で連絡した

 

 

 

 時雨は愕然とした。多分、魚雷を撃ったのは潜水艦娘だ。雷跡が無かったので酸素魚雷であるのは間違いない

 

 聴音する限り、数は15。戦艦ル級改flagshipが逃げないように多方向から撃ってきたのだ。数本は雷跡があったので深海棲艦のものだろう

 

 しかし、距離がありすぎるのと浦田が咄嗟に動いたため魚雷は回避されてしまった。それでも数本は命中して大ダメージを与える事に成功はしている

 

 だが、結衣の反撃が凄まじかった。浦田結衣はイージス仕様の軽巡ツ級に触れると一部を復旧。対潜兵器を発射してしまった

 

 一航戦の艦載機も気づいたようで阻止するが、爆弾だけでは戦艦は沈みはしない。艦攻を随伴出来なかった事を悔やんだ

 

 しかし、仮に天山がいても、対空砲火に食われていただろう。彗星も被害が甚大だからである

 

ロケットが水面に着水して暫くの間……別々の場所で巨大な水柱が立ち上がった

 

 時雨は軽巡ツ級に向けて砲撃をした。大破した軽巡ツ級は砲を撃って反撃したが、既に瀕死状態。軽巡ツ級は撃沈した

 

しかし、浦田結衣は呆れるように冷たく言い放った

 

「もうイージス艦は必要ない。深海棲艦の潜水艦も居たとは。デコイを出して逃げようとした事は褒めてやろう」

 

尤も、デコイではなくまるゆなのだが、浦田結衣は知る訳がない

 

次に浦田結衣は4発のミサイルを発射した。狙いは何なのか分かる

 

「骨董品の空母が……海の藻屑にしてやろう!」

 

「止めて!」

 

 時雨は砲撃をしたが、相手は素早く動き時雨に接近してきた。時雨は逃げようとしたが、捕まってしまった

 

首を捕まれ持ち上げられる時雨。逃げようともがくが、相手に効果はない

 

「お前の仲間は弱い。浦田重工業を崩壊させた事にはちょっと驚いたが、あれは隠れ蓑だ」

 

「敵討ちじゃないの!?」

 

「それもある。だが、感情なんて既に捨てた」

 

 しかし、時雨は相手の話を聞くお人好しではない。艤装から最後の魚雷に手を伸ばすが、結衣は時雨よりも早くもう片方の手で魚雷を奪った

 

「中々、いい動きと戦い方ではないか。しかし、強力な武器が無ければ、ただの小型船だ、お前は」

 

 結衣は魚雷をある方向に向けて槍のように投げた。投げた先には、時雨を助けようと突進する長門だった。飛んで来る魚雷に慌ててかわそうと方向転換しようとするが、結衣は副砲で魚雷を狙撃

 

長門は魚雷の爆発を諸に受けてしまった

 

「そんな!」

 

「いくら数でカバーしようが、お前達の武器は骨董品だ。勝てる訳がない」

 

今度は結衣の艤装に取り付けられている48cm主砲が後方を向けた

 

結衣の体越しにみると戦艦棲姫、金剛、天龍がこちらに向けて突進してきた

 

 こちらが接近していることに気づかれた金剛達は、 慌てて回避行動を実施したが、相手は既に砲撃を開始した

 

 次々と容赦なく砲弾が放たれ、金剛達を蹂躙する。

 

 捕まっている時雨に当てないように攻撃していることもあるが、距離が近いため照準はそこまで難しくない。問題はの砲撃は強力ということだ。しかも、正確な射撃をしてくるのだから余計に性格が悪い

 

 砲雷撃戦が終わった時、立っている者は一人もおらず全員が海上に転がっていた

 

「ほらどうした? 損傷を受けたが、ある程度は回復した。まだ戦えるぞ?」

 

 結衣は嘲笑する。それは最早悪夢以外の何者でもなかった

 

 いっそ悪夢であって欲しかった。それほどまでに、この怪物は強くなり過ぎたのだ。

 

 戦艦であるため向き不向きはあるものの、強力な砲撃と強固な装甲と短距離離着艦可能な艦載機。そして、自己修復を持っている。そう簡単に殺せないときた

 

もう何かの冗談だとしか思えない

 

「嘘だろ……こんなのありかよ……」

 

「つ、強すぎるネ……」

 

 もう立ち上がる力すら残っておらず、天龍と金剛は絶望の声をあげる

 

 あれだけ攻撃したにも拘わらず、敵は健全であるため、二人のの心をへし折るのに十分すぎた。余りにも理不尽であるため弱音を吐いてしまった

 

「グッ……マダマダ……」

 

「こんな……程度で……ビックセブンは……」

 

 戦艦棲姫と長門は流石というべきか、まだ立ち上がる気力があるらしい。しかし二人の艤装の損傷は激しく、その全身は酷く傷付いている

 

 いくら艦娘は人間よりも身体能力が優れているとは言え、無限ではない。浦田結衣である戦艦ル級改flagshipも無敵ではない。しかし、戦力差を何とかしないと戦況は覆す事は不可能に近い

 

「戦艦棲姫にも……圧倒するなんて……」

 

「『超人計画』は人体強化する手段。不死身に近い力が手に入る。かつて、それで天下を納めようとした一族がいた。しかし、それは失敗に終わった。内部分裂のためにな」

 

「当たり前だ。博士が……嫌っていた理由が……分かった」

 

 なぜ博士は『超人計画』を嫌ったか、分かるような気がした。強力な力を手にする者は決して善人であるとは限らない

 

 何かしら悪用する者は必ずいるだろう。結衣は世界なんてどうでもいいかも知れない。いや、既に証明済みだ

 

「倫理観や人間性で訴える気か?まあ、絶対的な正義なんて存在しない。お前達もどこまでお利口さんになれるか?」

 

 結衣は嘲笑ったが、不意に時雨の首を掴んだ手に力をいれ、時雨を投げ飛ばした

 

時雨は海面に叩きつけられるが、直ぐに立ち上がる。身体はあちこち痛み、悲鳴を上げているが、捕まり拷問されたときに比べればマシだ

 

 しかし、時雨の視界に映っていたのは、結衣は時雨から離れ海面に手を伸ばしている姿だ。何かを掴んだらしく、何かを引っ張り出した

 

そして……

 

「離セ、裏切リ者ガ!」

 

 水面から現れたのは白いワンピースを着た白いロングヘアーの幼女だった。さっきの対潜攻撃を受けたのか、あちこち怪我をしている。深海棲艦の潜水艦なのだろうか?首を捕まれ拘束されているが、幼女は必死に抵抗している。時雨は知らないが、まるゆと一緒にいた潜水新棲姫である

 

「こっそりと攻撃するつもりだったか?ソナーでバレバレだ。仲間はどこだ?」

 

「知ラナイ!」

 

「どっちでもいい。潜水艦の姫級だな。さあ、手駒ニシテヤル」

 

 時雨は焦った。不味い、あの深海棲艦は結衣によって洗脳されてしまう!白い幼女が、頭を抱えながら凄まじい悲鳴を上げた

 

時雨は動き出したが、それよりも早く何かが結衣に体当たりをした

 

「サセルカ!」

 

 戦艦棲姫は体当たりをし潜水新棲姫を助け出した。救助を確認した怪物艤装は巨大な腕で結衣を殴りかかる

 

女の腰ほどもある太い腕で拳を突き出した。

 

水しぶきが舞い、何かがへし折れる音が響いた。

 

 やった! その光景を見て時雨は思わず拳を握った。

 

 ――だが

 

「余り粋がるな。無駄に体力使ってしまうじゃないか」

 

「…………ッッ!?」

 

時雨は愕然とした。敵は倒れていない!

 

 結衣は戦艦棲姫の拳を小さな掌で止めている!それどころか、怪物艤装が恐ろしい悲鳴を上げている!

 

「ナッ!」

 

「がっかりだよ。あんたに憧れていたのに」

 

 結衣は怪物艤装に強力な蹴りを入れる。しかも、身体の差があるのにも拘わらず、戦艦棲姫に向けて蹴り飛ばされているのだ

 

 物理法則を無視した光景に流石の戦艦棲姫も愕然とした。そのため、咄嗟に反応できず戦艦棲姫は思い切り怪物艤装に叩き付けた。

 

「ガアァァ!?」

 

「キャァ!?」

 

二体の怪物が盛大に吹き飛び、海面を削りながら飛ばされてしまった

 

 

 

非現実な光景に時雨は、震え出した。ここまで強いと倒しようがない

 

しかし、追い討ちをかけるように結衣はとんでもない事をした

 

「お前の大事な仲間は、無事なのか?」

 

 戦艦ル級改flagshipは一発のミサイルを発射した。しかも、ミサイルが向かった方角は……

 

 

 

「あ、ああ。そんな……」

 

 それは提督達がいる場所だ。海岸にいるまだはずだ。警告しようと無線に入れたが、報告する途中に結衣に殴り飛ばされた

 

 

 

 

「提督……短時間ですが、時雨から通信がありました」

 

「何と言ってきた?」

 

「分かりません。逃げろとしか……」

 

 地対艦ミサイルを発射し、結衣の電子機器を破壊する。コンピューターを破壊すればこちらに勝機はあると思ったが、相手は強い。何しろ、強力な大砲を積んでいる。イージス艦のようなハイテクの塊ではない

 

「クソ……浦田結衣は電磁パルス対策のためハイテク積んでいなかったのかよ」

 

 電磁パルスの後、空母組の空襲と戦艦による攻撃で徐々に戦力を奪う。敵の自己修復は無限ではない

 

 それは分かったのはいいが、敵も簡単にやられるだけではない。対艦ミサイルと対潜兵器だけを優先的に回復させたのだろう

 

 潜水艦娘は攻撃を受けたと連絡を最後に応答がない。空母組もロケットのようなものを受けてしまった。中破であるため撃沈はしないものの、空母の能力を失ってしまった。帰投してもいいか?という連絡があるという。長門もリアルタイムで連絡してきたが、戦況は芳しくない

 

「一艦だけでここまで……」

 

 大淀が呟いた。このままでは全滅してしまう。そのため、海面に目を向けたその時、何かが物凄いスピードを出しながらこちらに向かっている

 

「あのクソ女!遠距離攻撃出来るのか!」

 

 今思えば敵はミサイルを積んでいるとの情報はあった。しかし、浦田重工業が崩壊した今、貴重であるため乱用はしないだろうと思った。いや、攻撃してこないと勝手に思い込んだだけである

 

提督もそこまで頭が回らなかった

 

「伏せろ!」

 

 提督は大淀を庇うように立ち塞がった。地対艦ミサイルを出し惜しみするのではなかった

 

明石も軍曹も将校も慌てて逃げようとするが、間に合わない

 

 

 

 提督は目を閉じ身構えた。爆発の衝撃を。しかし、爆発音は遠くで起こっているように聞こえた。爆風も炎も来ない

 

恐る恐る目を開けたが、信じられないものが提督なの目に飛び込んでいた

 

「世話ノ焼ケル一族ダ」

 

海上に誰かがたっていた。

 

灰色の和服と膝丈の袴を着た女性が立っていた。いや、艤装は深海棲艦のものなので、深海棲艦なのだろう

 

あきつ丸は慌てて攻撃しようと武器を構えたが、相手は怯みもしなかった

 

「諦メナナヨ。ソンナ貧弱ナ武器デハ私ヲ倒セナイ」

 

 しかし、相手は攻撃する意志は無いのか、艤装をこちらに向けてはいない。あきつ丸と駆けつけた将校達が戸惑う

 

 艦娘はほとんどいない。今いるのは、あきつ丸と負傷している大淀と武蔵だけだ。明石は工作艦であるため除外している

 

 大淀はよろめきながらも無理矢理、艤装の砲を向けようとするが、誰かが遮る者がいた

 

それは……

 

「親父、何を?」

 

「待ってくれ……そんなバカな?」

 

 親父は何か新薬か何かを製薬していたらしい。内容も秘密と言っているだけで明かしてくれない。しかし、目の前の深海棲艦が現れた姿を見て駆けつけたのだ

 

「駆逐古鬼……」

 

「ソウ、貴方ガ創ッタノネ。彼女ヲ」

 

 駆逐古鬼は博士の目を見ながら大淀とあきつ丸を指を指した。小柄の身体なのに圧倒的な威圧感を放っている。大淀とあきつ丸、そして駆けつけた明石も目を見合わせた

 

 なぜ、艦娘が生まれたか。大まかな事は聞いている。しかし、どうも何か知っているらしい

 

「まさか……数百年前……」

 

「蘇ッタ」

 

 駆逐古鬼は淡々と話す。その時、もう一発の対艦ミサイルがこちらに向かっている。結衣がもう一発放ったものだろう

 

目標に命中しなかったことにもう一発打ち込んだらしい

 

「危ない、逃げ――」

 

 だが、駆逐古鬼は提督の忠告には無視する。それどころか、抵抗もせずに躱しもせずにミサイルの針路上に平然と立っている始末だ

 

 ミサイルは狂いもなく駆逐古鬼に命中し、炎と爆発が彼女を襲った。だが、爆発が収まった頃には、まるで何もなかったかのように立っている

 

「効いていない!」

 

 提督は信じられなかった。あのミサイルは浦田重工業が製造した対艦ミサイルのはず。深海棲艦にも効果はあるはずだ。それを諸に受けても何事もなかったかのように立っている

 

いや、偽装が黒ずんでいる事から無傷ではないようだ

 

「『平行世界』の兵器によって艦娘は苦戦しているのに、あんなに立って――」

 

「コノ程度ノ威力デハ、私ハ大破シナイ」

 

 何事もなかったかのように独り言を言う駆逐古鬼だが、周りは驚愕していた。全く効果が無いように見える

 

「何で平気なんだ?」

 

軍曹は唖然としていたが、駆逐古鬼は素っ気なく言い放つ

 

「飽和攻撃ナラトモカク、アンナ程度デハ沈マナイ」

 

 どうやら、ミサイルでも鬼・姫級は対艦ミサイル数発だけでは沈まないらしい。だが、提督は耐久力が艦娘よりも高いのは納得いかないようだ

 

「ところで……何の用だ?」

 

皆が駆逐古鬼に向けて武器を構え警戒する中、提督は淡々と質問をする

 

 

 

 伊58は意識を取り戻した。何があったかを思い出したのだ確か、追尾する魚雷にやられたんだったっけ?爆雷とは違う対潜兵器……

 

たった一発で沈んでしまう

 

「そんな……ゴーヤは……また海へ……」

 

どんどん沈む身体。浮上しようにも艤装が言うことを聞かない

 

「嫌……」

 

ゴーヤは泣きそうになった。提督の顔も見ず、一方的にやられるなんて理不尽過ぎる

 

「嫌でち!死にたくないでち!」

 

 ゴーヤは子供のように泣き喚いた。折角、貰った命だ。生きたいという感情が沸き起こった。『艦だった頃の世界』には無かった感情

 

しかし、現実は非情だ。海面が遠くなっていく

 

「嫌でち!嫌でち!死にたくないでち!」

 

ゴーヤはだだっ子のように泣きした。その時、誰かが声をかけた

 

「あの~」

 

 ゴーヤは動きを止めた。何と人の声が聞こえた。水中の中でも話せる事から潜水艦娘だ。しかし、イムヤではない

 

そして、自分の身に起こっている事を把握した

 

ゴーヤは海底にいるらしい。そして、声をかけた人は白いスク水を着た小柄の女の子。艤装があることから艦娘だろう

 

「君は……」

 

「まるゆです」

 

「よろしく。ところで……ここは天国?地獄?」

 

「分かりません~」

 

戸惑いながらもまるゆという艦娘に問いただしたが、相手も分からないらしい

 

 ゴーヤ自身も自分の身に何があったのか分からなかった。確かに攻撃を受けた。撃沈されたのは確かだ。しかし、何故か生きている……

 

「あ、居た居た。ゴーヤ、ここに居たんだ」

 

次に声をかけられ歩きながら近づいて来るのは、イムヤだった

 

「何があったでち!沈んでいたのに生きているのは――」

 

興奮状態になりながら早口で話すゴーヤだが、イムヤは手で制した

 

「分かっている。攻撃を受けて撃沈しても私達が生きてることに疑問持ってるんでしょ?」

 

 イムヤ自身も先ほどまで泣きわめいて居たらしい。自分がこれから死ぬんだと。しかし、どうも死んでいないらしい

 

「何故でち!?」

 

「あー……何て言えばいいか……これは私の予想だけど」

 

イムヤは考えながら慎重に言葉を選んでいるようだ

 

「ここって東京湾だからじゃない?」

 

「……」

 

ゴーヤは絶句した。そう言えば、確かここは東京湾だったような……

 

 

 

 東京湾の最深部でも70m程度。伊号潜水艦は艦によって誤差はあるものの、100mまで潜れる。まるゆも小柄でありながら安全潜航深度110mである。尤も、安全潜航深度を超えた潜水をしていたらしいが

 

つまり、伊58達は浅瀬に乗り上げた船と同じであるのだ

 

「攻撃受けて座礁って聞いたことないでち」

 

「よく分からないけど、私達は生きているの。東京湾内だったから助かっただけよ」

 

恐らく外洋だと戦死していただろう。浮上できずに深い海に沈む……

 

考えただけでもゾッとする。そう思うと海底でのんびりとする必要はない

 

「帰るでち」

 

「歩いて帰るの?」

 

「仕方ないでち。浮上出来ないんでしょ?」

 

潜水艦娘は出撃した海岸に向けて海底を歩きながら出撃した場所へ向かった

 

まるゆも出撃する途中で東京湾の海底を歩いていたらしいが

 

 時雨達が洋上で奮闘する中、海底ではある小さな集団による海底の散歩が始まったのである

 

 

 

「くっ!」

 

蹴られながらも時雨は立ち上がった。これでは、また未来の戦争と同じだ

 

味方はもう戦える力が無い

 

「諦めろ。もう小細工は通用しない。お前の仲間も死んだ」

 

「提督は生きている!諦めない!」

 

時雨は結衣を睨んだ。降伏する気は無い

 

 一方、結衣は顔には出さないが、内心では焦っていた。弾薬燃料が半分を切った。如何に強かろうが、撃つ弾が無いと意味がない。また、現代兵器はほとんど失ってしまった。レーダーやコンピュータは応急処置で何とか復旧したが、こちらも無傷という訳では無い

 

 しかし、時雨達の戦力は既に壊滅している。長門も戦艦棲姫も大破して力尽きている。空母組は対艦ミサイルで黙らせ、潜水艦は撃沈された(但し、生きている事を誰も知らない)

 

 だが、何より気になるのは息子がいる海岸に対艦ミサイルを撃ち込んだが、どうも途中で爆発している。もう一発撃ち込んだが、結果は同じ。ミサイルを迎撃する装置は無いはず……

 

 しかし、もうミサイルは無い。代償は払ったが、戦艦ル級改flagshipの大改装は間違っていなかったようだ

 

「もうお終いか。屑鉄が私に勝てる訳が――ん?レーダーに反応?」

 

 結衣は何者かが近づいて来るのをレーダーで探知した。電磁パルスの影響で完全復旧ではないが、反射パターンから見て戦艦だ。しかも、大きい。長門以上もありそうだ

 

「フン、決戦兵器がのこのことやって来たって訳か」

 

 結衣は知っていた。兄の第二次世界大戦の兵器の講習で習った世界最大の戦艦の存在を

 

 




おまけ
駆逐古鬼「ATフィールド!」
浦田結衣「ふざけるな!」

伊号潜水艦娘撃沈(但し、死んだとは言っていない)
東京湾は潜水艦にとって浅い方です。しかも、リアルな潜水艦ではありませんから乗組員はいません(妖精除く)。ピンピンしています

撃沈であるが……死ぬのは深い海に沈んだ場合で浅瀬なら問題ない
ホラ、艦これ漫画で艦娘達は夏に海に潜って泳いでいますが、あれは撃沈にはならない
今のゴーヤ達はダイビングをしている訳です
潜水艦娘のみ浅瀬(100メートル以下の海域に限る)で撃沈にならない。そう言うことです()

深町「その通りだ。東京湾で潜水艦沈められても引き揚げればいい。俺の艦である『たつなみ』もそうだった」
速水「でも、あれは撃沈されたというより米原潜に押し潰されたと……」
深町「余計な事を言うな!」

『沈黙の艦隊』でも東京湾に沈んだ「たつなみ」を引き上げていますから
真珠湾攻撃で沈んだ戦艦もアメリカは引き上げられましたからね




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第104話 巨砲、火を吹く

予定よりも投稿が遅れました
それはそうと、イベントがクリスマス明けに開始
戦力を整えなければ……

そう言えば脚注機能が実装されたのですね。私としてはある意味、助かったりします


大和達が出撃する直前の時

 

「本当にこれしかないでしょうか?」

 

「逃げられたら終わりだ。こちらには追跡する力なんてない」

 

大和の質問に提督は答えた。敵のスピードに対して大和の速度では追いつけない

 

 

 

「霧島にあるものを渡した。これで奴のレーダーにはあれしか映らない」

 

霧島は息を呑んだ。他の者もそうだが、霧島の任務は重要だ……

 

「私も全力で走れば追い付く――」

 

「いや、大和。アイツはそんな生易しい奴ではない。自分よりも強い相手は戦わない。武蔵を無力化したのもそれかも知れない。奴は決してお前の射程距離には入って来ない」

 

大和は何も言えなかった。無茶して追い付こうと意見をのべたが、相手はレーダーを持っている。レーダーの反射面積を見ればどんな艦か想像は出来る。相手が逃げてしまえば意味がない

 

 

 

現在

 

「レーダー反応がデカイ。ヤマト型か……また懲りずにやって来たのか」

 

 浦田結衣は呟いた。海岸から何かが近づいて来る。大和型戦艦の火力はバカに出来ない。流石に改装した戦艦ル級改flagshipでもズタズタになるだろう。武蔵を無力化したのもそれだ。あの時、奇襲出来たから接近出来た。まともにやり合う気は、結衣には微塵も無かった

 

 レーダーの探知精度は復旧したとはいえ、電磁パルスのせいで低下している。だが、それでも反応は大きい事から間違いないだろう

 

近くで大破し力尽きている長門や金剛の反応よりも大きい

 

「今更、決戦兵器がノコノコと出て来ても私が戦うとでも思っているのか?」

 

結衣の選択は、時雨を見向きもせずに湾口に向かっていた。逃げる気だ

 

「待って!」

 

 時雨は追い付こうとしたが、既に速力は落ちている。このままだと逃げられてしまう。金剛も長門も動けず、天龍に至っては息切れして膝をついている

 

だが、湾口に向かっていた浦田結衣は、突然、進路変更をした

 

 それは先ほど結衣が鳥海達に向けて遠距離砲撃した地点だ。下級の深海棲艦まで攻撃した事から無差別攻撃だろう。深海棲艦の艦隊は艦娘とは違って大半は撃沈してる。姫級である軽巡棲鬼などは沈んではいないものの、気を失って倒れている。艦娘が横たわっている所に人影がいた

 

そこには龍田がいた。叢雲と漣と五月雨、そして電もいる

 

 いや、そこはいい。増援だったからまだマシかも知れない。しかし、この集団は異様過ぎた。叢雲達が曳航しているものに愕然としていた

 

 

 

「え……龍田さん……何を……」

 

信じられなかった。普通はあり得ない。何をしているんだ!?

 

「何でボートに資源を積んで運んでいるんだ!」

 

 

 

 龍田達の命令は、大破し力尽きている鳥海達と空母組に補給と高速修復材、そして工廠妖精を積み込んでいた

 

 あくまで緊急用のやり方だ。入渠せずに回復する方法ではあるが、正規のやり方ではない。しかし、龍田達はそれを実行したのだ

 

 

 

 潜水艦娘が雷撃してる最中に補給開始したが、時間がかかってしまう。鳥海に高速修復材をかけて回復させている最中に敵がやって来た。異様な戦艦ル級改flagshipが猛スピードでこちらに向かっている

 

「龍田さん」

 

漣が敵の接近してるのを知らせた。敵はこちらを狙っている!

 

 

 

 

 

「龍田……一体、何を……」

 

 天龍も信じられなかった。遠いが、龍田達の行為は無謀以外、何者でもない。戦場に補給物資を輸送するなんて自殺行為だ

 

「龍田!どういうつもりだ!」

 

長門も気づいたらしく、肩を押さえながら無線で叫んだ

 

しかし、返事は一言だけ

 

『提督の命令よ』

 

「何をしてるんだ!相手は資源を食らっただけで回復する化け物なんだ!」

 

結衣も嗅ぎ付けたらしく、進路を変え龍田の方へ向かっている。不味い、資源を奪う気だ

 

『敵が来たわ。戦闘開始』

 

「ま、待て!」

 

長門は逃げるよう指示を出したが、相手は無線を切った。

 

 

 

 

 

 結衣は嬉々していた。補給物資が積んだ巨大ボートがある。布で覆われているため中身が見えないが、間違いない

 

(何故、補給物資を運んだ?)

 

岸から遠くないとは言え、このやり方は自殺行為だ。負傷してる艦娘を拾うという手段を何故、取らなかったのか?

 

罠か?それとも、本気で頭がおかしくなったのか?

 

 しかし、無線傍受してる限り、間違いないようだ。大和も後方から来てるが、追い付けないだろう

 

そんなことを考えながらも結衣は、立ち塞がる水雷戦隊に攻撃を仕掛けた

 

「あら?ノコノコと来るなんて?死にたいのかしら?」

 

「自分の事を気にしたらどうだ?」

 

 勿論、主砲は使えない。ボートまで巻き込まれてしまっては意味はない。副砲で片づけてやる

 

 

 

『提督、どういうつもりだ!』

 

『どうして戦場に資源を輸送したのデース!』

 

 長門と金剛から非難の声が殺到した。当然だ。これでは、栄養満点のディナーを与えているに等しい

 

『提督、どういうつもりですか!』

 

『一体、何を考えているんだ!?』

 

「ど、どうします?」

 

大淀はおどおどしていた。皆の批判が殺到するのも無理はない

 

「やはり、伝え――」

 

「ダメだ!」

 

大淀の困惑に対して提督はピシャリと言った

 

「そのための囮だ。龍田も電達も了承してる」

 

「しかし――」

 

 大淀は抗議しようとした。こんな作戦は捨て艦か何かだ!絶対におかしい!龍田達が沈む可能性だってある!

 

「大淀、艦娘達は大事な存在であることは知ってる。見捨てもしない。それは約束しよう」

 

 提督は淡々と言っていた。大淀は何か言おうとしてるが、負傷した身体を無理に働かせているため、あちこち痛い

 

「だが、勝つための手段は無茶しないといけない。何も『必ず死んでこい』とは言っていない。そこを間違えないでほしい」

 

「……」

 

「地対艦ミサイルだって残り少ないし、もう手に入らんだろう。辛いことだが、勝つためだ。今のところは上手く言ってる。奴は戦艦大和は遠くにいると思い込んでいる」

 

提督の作戦は、無茶に等しい。だが、ここまでする必要性はあるのだろうか?

 

 しかし、提督の作戦のやり方に一理ある。異形の戦艦ル級改flagshipの速度は速い。大和が無茶して駆けつけても嘲笑うように逃げるだろう。事実、大和から遠ざかっている

 

敵は、大和型戦艦と戦わないつもりだ

 

「しかし、龍譲の式神でああいう使い方は……」

 

 明石は呆れるように言っている。実は出撃する際に龍譲の式神をある方法で使えないかと提督に頼まれた。どうも、空母組の式神や矢が艦載機に変形するのを見て考えたらしい。そこで、龍譲の出撃前に彩雲のチャフ搭載の際に1つだけ予備として取って置いたが

 

「私の苦労、考えて下さいね。霧島の分も」

 

「ああ……」

 

 明石は愚痴を言っていた。まさか、こんな事を頼まれるとは思いもしなかったからだ。提督も内心は不安だ。もし、航行中の大和の存在がバレたら、大和は全力で浦田結衣を阻止する。しかし、その場合は骨が折れるだろう。また、仕留められるという保証はない

 

「親父は何をしているか知らないが、そんなのを待ってる余裕はない」

 

博士は重要な話があると言う事で駆逐古鬼と武蔵を連れて何処かへ行った。陸軍将校は忠告したが、博士は問題ないという

 

「指揮官って大変ですね」

 

「『艦だった頃の世界』の帝国軍人は、優柔不断なのか?それとも、腰抜けなのか?」

 

「うわ、手厳しい」

 

 明石は呆れると同時に関心していた。一ヶ月前くらいに建造された時の提督とは、雰囲気が違う。初めて会った時は、見た目も会って指揮が出来るのか疑問であったが、今は違う。任せていいと思う。心身ともに成長している。時雨も変わった。初めは悩みを抱えているせいか、無表情が多かったが、作戦発動前の宴の頃には笑顔を見せるようになった

 

仲間もいるのか、それとも変わったのか?両方だろう

 

「どうした?」

 

「いえ、別に。それで、無線の非難はどうします?」

 

 大淀の艤装を通じて無線では、問いただす者と非難する者で分かれていた。大淀も困っているのだろう。車椅子でどう返答すれば迷っている

 

「大淀、寄越せ。……違う、マイクだ。倒れている艦娘を見捨てる事は出来ない」

 

『ふざけるな!敵に塩を送ってどうする!……龍田、逃げろ!』

 

『何、考えてるんや!幾ら何でもおかしいやろ!?』

 

 天龍と龍譲の怒鳴り声が聞こえたが、提督は無視して、スピーカーから流れる非難轟々の嵐をものともせずに双眼鏡を覗いている

 

 

 

「くそ、ダメだ。通じねえ!おい、龍田。逃げろ!」

 

 天龍は足を引きずりながら追いかけようとするが、距離があり過ぎる。長門も金剛も全速力で駆けつけようとするが、大破しているため本来の力が出せない

 

駆けつける中、空母組から連絡があったが、どれも信じられないという内容ばかりだ

 

『赤城です。さっきの内容はどういう事です!?』

 

『時雨、どういう事だよ!?未来では、本当にアイツが提督だったのかよ!?』

 

 混乱、怒り、罵倒が無線で溢れている。時雨も返事に窮してしまった。提督は何を考えているのだろうと

 

 長門は自身の主砲を最大仰角で撃っていたが、相手に当たらない。金剛は35.6cm主砲であるため射程外だ

 

 長門の砲声に混じって、遠雷のような砲声が辺りを鳴り響かせている。巨大な飛翔音と水柱が立ち上がった。遠くで大和が砲撃しているのだ

 

「大和、いくら射程が長いからと言って遠くにいる敵に当たるとは限らんぞ!」

 

 長門は無線で怒鳴ったが、なぜか大和は返事をしない。如何に巨大な砲でも敵に当たらなければ意味がない。レーダー照準や弾着観測などがなければ、30km彼方の目標に戦艦の砲弾はそうそう当たらない

 

事実、大和が放った砲弾は全て外している

 

「大和、応答しろ!」

 

「なぜ、黙っているのデース!何か言ってくださーい!」

 

「無線が壊れているのか?……なぜ、大和は全速疾走しない!?」

 

長門は怒りと焦りで苛立っている。出撃してから一向に好転に転じない

 

「どうして……」

 

 時雨は提督のやり方に憤りを感じた。なぜ、提督はこんなやり方を?自分達を大切にしてくれるのは嬉しい。しかし、これでは逆効果だ。まして、助けるためとは言え、資源をボートに積んで戦場に運ぶなんて!

 

 

 

 龍田達は鳥海や川内達が倒れている地点まで移動すると、早速手当てを開始した。浦田重工業が崩壊した施設から小型ボートを見つけると、ボートに資源を詰め込み、シートで覆い曳航したのだ

 

 提督の命令で負傷した艦娘を治療させる事だ。入渠する暇はないので、応急処置となるが、仕方ない

 

「大丈夫ですか?」

 

 電は倒れている不知火に駆け寄り手当てを開始した。不知火は意識を取り戻したが、ボートを見て状況を把握。彼女の顔はみるみるうちに青ざめた

 

「あ、貴方達……何をして……いるの?」

 

「救助に来たのです」

 

 電は淡々と答えたが、不知火はそれどころではなかった。冗談ではない。救助のためとは言え、これでは格好の的だ!

 

「あのボート……まさか……」

 

「資源が積んでいるのです」

 

「何をしているの……早く逃げなさい!」

 

 不知火は忠告したが、電は言う事を聞かない。それどころか、叢雲も漣も救助活動に専念している

 

「どうしたの!はや――」

 

 不知火が一段と強く叫ぼうとしたが、砲声と砲弾の着弾音が遠くから聞こえて来る。しかも、何かが高速で近づいてきているのだ

 

不知火は横たわりながらもこちらに迫ってくる怪物に絶句した

 

「そんな……」

 

既に遅い。司令は……司令はどうしたんだ?

 

 

 

 浦田結衣は嬉々して龍田達がいる地点に向かった。救助活動のためとは言え、こんな事をしているとは思わなかった。ボートに資源を詰め込んで運ぶとは。ボートはシートで覆われているため中身は、見えない。艦娘がシートを少しだけ剥がして資源を取り出す姿を確認できるくらいである

 

 ここが東京湾だからこそ、出来る業だろう。外洋では無理だ。転覆するし、邪魔なだけだ。初めはあの狂人の息子が考えた罠だと思ったが、無線傍受している限り、その線は薄い。内容も混乱と怒りと息子への抗議で支離滅裂だ

 

「なるほど……可愛いから手助けしているって訳か。優しさがアダとなったな!」

 

結衣は資源を奪うために急行する。敵に塩を送るレベルではない。愚かであると

 

しかし、お宝を前に数人の艦娘が立ち塞がる

 

「へえ……軽巡と駆逐艦4人が私に歯向かうとは」

 

「あら、貴方が死にたいと思っているなんて」

 

 龍田は薙刀を構えながら、甘ったるい声で話しかけた。叢雲は槍を構え、漣も電も主砲を戦艦ル級改flagshipに向ける

 

「龍田、よくも自爆攻撃してくれたな。お前は、そんな減らず口を叩けるのは今の内だ」

 

「あら、そうかしら~?」

 

 龍田は目にも留まらない速さで接近して薙刀を振り下ろした。龍田が持つ武器は、艤装であっても貫通する能力はある。敵の装甲や能力によりけりだが、相手は化け物になったとは言え、元は人間。切り刻めると思ったらしい

 

だが、相手はそんな生易しい者ではない。何と、刃を素手で掴んだのだ

 

「……ッツ!」

 

「ほう……龍田。余裕な顔をしているが、お前は恐怖を抱いただろう?」

 

 龍田は表情を僅かながら曇らせた。結衣の指摘通り、龍田は敵に恐怖を抱いた。相手が強すぎるとか嫌悪感といったものではない

 

 不気味過ぎた。ビル内で戦った相手とは思えなかったからだ。振り下ろした薙刀も相手は、一歩も動かずに刃を掴んだのだ

 

「死にたいのは貴方でしょ?」

 

 龍田の合図に叢雲が躍りかかった。叢雲は近距離で魚雷を放とうとするが、それよりも早く結衣は機銃で魚雷を撃ち抜いたのだ

 

「なっ!」

 

魚雷の炸薬は、砲弾よりも多い。魚雷は敵艦に大ダメージを与えるものだが、デメリットは何らかの拍子で爆発してしまう。日本の駆逐艦が魚雷発射管に機銃掃射をうけて魚雷が誘爆、沈没したという話もあったという*1

 

 敵を沈めるのに危険物を持ち歩かなければならない。火薬や燃料の引火には気を付けているが、陸奥のように爆発するものは爆発する

 

叢雲は魚雷が自爆、誘爆したため大破してしまった

 

「魚雷はダメなのです!」

 

電は咄嗟にさけんだが、駆逐艦の主砲では戦艦の装甲を撃ち抜けない。逆に副砲で丁寧に撃ち抜かれてしまい、戦闘不能になってしまった

 

 駆逐艦娘と戦闘してる間も、龍田は距離をおいて14cm主砲を叩き込んだが、砲弾は虚しく弾かれるだけだ

 

結衣が駆逐艦娘を片付けると龍田の方へ体を向けた

 

「……ッ!」

 

「やっぱり恐怖してたな」

 

龍田は無意識に震えている腕に力をいれると、再び接近した

 

主砲はダメ、魚雷も火力を利用される。ならば、接近して首を切り落とすだけだ

 

 だが、動きは全て読まれ、再び薙刀を捕まれてしまった。それどころか、奪われしまった

 

「良い武器だな」

 

結衣は問答無用で奪った薙刀を龍田の腹部へ刺した

 

「う……うう……」

 

 龍田は何があったのか、理解するのに時間を要した。自分は刺されている。鋭い痛みが身体を蝕み、目が霞む。体に力が入らず、海面に倒れる

 

「よくやった。無能な上司のおかげでお前は、軍神になれたんだ」

 

龍田は言い返す事が、出来ない。喋れないからだ

 

「……まあ、艦娘は簡単には沈まない。だが、そこがいい。沈まない限り、苦しみ続けるのだから」

 

 艦娘には安全装置のようなものがあり、一発で轟沈しないよう設計されている。戦力をそう簡単に失わないようにするための措置だ

 

 しかし、これにはデメリットがある。修復しない限り、永遠にそのままだ。大抵は痛みは和らげてくれるが、限度はある。時雨が受けた拷問や龍田のように刃物によって刺された場合は、永遠に付きまとう

 

「狂人は艦娘を大切するあまりに、愚かな行為をした」

 

 

 

「龍田ー!クソ、あいつ許さない!」

 

 龍田と結衣の戦闘を見ていた天龍は、叫ばずはいられなかった。龍田が刺されている

 

全速力で向かっているが、それでも時間はかかる。仮に追い付けたとしても戦える武器がない

 

 金剛も長門も力尽きて脱落した。赤城達も駆けつけたが、空母の能力を奪われてしまっては、どうしようもない

 

唯一、無傷である摩耶は駆けつけたが、結衣の資源強奪に間に合わない

 

『提督、お前は本当に何を考えているんだ!』

 

声が割れんばかりの怒りの声を無線を通じて叫んだが、提督からの返事はない

 

それどころか、結衣は無線に割り込んで来る始末だ

 

『時雨。狂人の息子……いや、お前のボスの考えはこの程度か?』

 

「……ッ!」

 

『まあ、艦娘が大事なのは分かるが、甘ったるい考えだ。兵站は重要だが、間違ったやり方だな。護衛も少ない。いや、元々そんな能力はお前達になかったか』

 

 結衣の嘲笑い反論が出来ない。兵站……日本軍はシーレーンを軽視したというのが定説になっているが、単に大日本帝国海軍のシーレーン防衛能力はほとんど無かったのである。いや、商船護衛の必要性すべきだという者もいたが、帝国海軍には護衛するための軍艦が無かったからである*2

 

「何で大和がボートの近くに居ないんだよ!」

 

天龍は悲痛な声を上げていた。速度差があるとはいえ、随伴が出来るはずだ

 

 天龍と時雨は真っ先に結衣に追いついたが、主砲がこちらに向いていたため動きをやめた

 

「やれやれ、お前たちがどんなに必死になっても私に勝てない。猿が人間に勝てるか?どんなに策を練っても無駄だ」

 

 天龍はヘナヘナと座り込んだ。もう勝てないと思ってしまった。時雨も資源が入ったボートの周りを見た。龍田と一緒に行動していた電もむら雲や五月雨などが大破し意識を失い横たわっている。そして、龍田は薙刀に串刺しに刺されている。鳥海達と同様に

 

「五月雨……どうして?」

 

「提督の……命令だから」

 

 五月雨は未来では、捕虜になって沈んだことを提督は、日記で呼んだはず。なのに、何で出撃させたんだ?

 

「龍田……さん」

 

時雨は龍田に駆け寄った。龍田はぐったりとしている。目をうっすら空けていることから意識はあるのだろう

 

「何でだよ……」

 

天龍は呟いた。どっちを恨めばいいのか分からない。敵か、それとも提督か?天龍が横たわる龍田に近づき上半身を起こして抱えるように泣いた

 

 

 

 結衣が資源に入っているであろうとしているボートに近づいている。空母組も摩耶もこちらに向かっているが、間に合わないだろう。大和は後方だ。とても、間に合わない。如何に強力だろうが、相手は外道な行為を平然とする化け物。お行儀よく出迎えるなんてしない。

 

結衣は全回復してしまう

 

提督は何をしているのだろう。時雨は龍田のほうへ見た。なぜ、こんな馬鹿げた任務を龍田は受けたのだろう

 

(え……?)

 

時雨は見逃さなかった。龍田の顔を見た。……微かだが、笑っている?

 

(まさか……)

 

 時雨は提督の行動をもう一度思い返した。未来も現代も提督は提督だ。人の癖が無くなることはない。特に得意分野とするところは……

 

 提督はタイムマシンを作り上げるため、時間稼ぎのために僕達艦娘を戦わせた。敵は未来兵器があるのを知っていて。しかし、提督は指揮を怠った事は一度も無い

 

捕虜の映像を見せられた時は、彼は怒っていた。完全に捨石とするような人ではない

 

(提督は無意味な作戦なんて立案しない!まさか、これは!)

 

 龍田も気づいたのだろう。天龍に気づかれないよう時雨だけ顔を向けるとしきりに口を動かしていた

 

読唇術はあまり得意ではないが、彼女はこういっている!

 

『さ・く・せ・ん・せ・い・こ・う』

 

 

 

 結衣はボートに近づいた。どうやら、本当に資源をボートに積んでいるらしい。シートで覆われているが、形からして山積みのように積んでいるらしい。戦闘不能になった艦娘の応急処置のためだとか

 

(本当らしいな。騙しにしては演技には感じられなかった)

 

 勿論、警戒はした。ノコノコと補給物資を前線まで運び、現場で修理するなんて聞いた事がない。艦娘は人間の兵士と違って衛生兵は存在しない

 

いや、工作艦はいるが、貴重な艦娘だ。貴重な艦娘を出す勇気は無かったようだ

 

無線傍受しているが、内容は息子への非難と戸惑いだった。龍田の自爆にも警戒したが、そんな気配は感じられなかった

 

 あっさりと片付けたが、大破し倒れるまで龍田も駆逐艦娘も必死になって戦っていたのだ。間違いないだろう。罠なら、何かしらアクシデントをするからだ

 

「補給ワ級を呼び寄せる手間が省けた。さあ、一気に片付けよう」

 

結衣はボートに近づくとシートを一気に剥がした

 

 

 

 シートが結衣の手によって剥がれボートの中身を見た時雨は、驚愕した。いや、天龍もだ。怒りは消え、時雨と同じように驚愕していた

 

一方、嬉々していた結衣もボートの中から現れた人物を見て目を見開き愕然とした

 

「何!?」

 

 ボートの中から現れたのは大和だった。時雨は初めて会うが、艤装を見て間違いない。あの主砲の大きさ、艤装の形は忘れもしない

 

 大和型戦艦が勢いよく立ち上がると、艤装を展開し、主砲を全て結衣に向けた。予想外の出来事に流石の結衣も対処出来なかった

 

「第一、第二、第三主砲!斉射!始めー!」

 

「馬鹿な!なぜ、貴様がここに!?」

 

結衣が応戦よりも早く、大和に積まれている巨大な砲が紅蓮の炎をあげた。

 

鼓膜が破れる程の砲声と爆発音。距離が近いため、衝撃波が倒れている艦娘も含めて時雨と天龍を襲った。ボートは転覆はしなかったものの、あおりを受けて倒れている艦娘と共に流されていく。爆炎が大和に近い

 

あの巨弾が結衣に直撃したのだ。炎と煙が収まると、大破した戦艦ル級改flagshipが姿を現す

 

「やった!効いている!」

 

 時雨は歓喜した。九一式徹甲弾の前には、流石の結衣も堪えたらしい。防御力が異常に高い装甲でも、46cm砲弾はやすやすと貫通したのだ

 

「き、きざま~!よくも、こんな~!」

 

 9発の大和型主砲弾を諸に食らっても反撃しようとしているのだ。無事である48cm主砲が旋回して大和に向く。だが、大和は次弾装填は既にしているらしく、結衣が行動を起こす前に引き金を素早く引いた

 

「貴方の蛮行を、大和は許しません!次も直撃させます!このまま装甲を撃ち抜かせて頂きます!」

 

 再度、砲声が鳴り響いた。あまりの近距離であるため、回避しようがない。いや、2発は外れたが、4発は直撃。結衣の手前で着水した九一式徹甲弾は水中推進によって命中した

 

そのため、爆炎だけでなく、巨大な水柱が立った

 

「バカな……遠くに居た大和は一体?まさか、そんな……ぐあぁぁぁ!」

 

 あまりの衝撃に結衣は、吹っ飛ばされたのだ。着水時には、砲弾や魚雷よりも巨大な水柱が立ったのだ

 

「大和さん……ずっと隠れていたのデスカ!」

 

「冗談だろ!艦娘を資源に積んだボートと一緒に隠すなんて!」

 

「ちょっと待てや!じゃあ、遠くにいる大和は誰や!」

 

 未だに速度が遅く、遠くにいる大和は誰なのか?しかし、結衣が攻撃を受けてから速度を上げた。しかも、まるで、セミの脱皮のように大和の姿がぱっくりと割れたのだ。中から現れたのは、何と霧島だった

 

「お姉様、ご無事ですか?」

 

「霧島?これは一体?」

 

 金剛も頭が付いていけず、混乱している。駆けつけて来た大和は、実は霧島だった?

 

「皆さん、騙してごめんなさい」

 

「それはいい。どういう事だ?」

 

長門は霧島と大和を交互に見た。霧島も46cm主砲を付けているが、第一主砲のみだ

 

「提督の作戦?」

 

「ええ。そうです」

 

秘匿するために味方まで騙す作戦を立てるのは、提督しかいない。タイムスリップ作戦でもやったくらいだ

 

「どういう事ですか?教えて下さい」

 

「分かりました。でも、その前に補給を」

 

 ようやく現場に到着した空母組は、真っ先に霧島に問いただしたが、霧島は冷静そのものだ

 

 

 

数十分前

 

「作戦はこうだ。龍田と他の駆逐艦娘は補給物資と工廠妖精を前線に届ける。応急処置だが、ある程度は回復するだろう。小型ボートに詰め込み、曳航していく。小型ボートは502部隊が見つけてくれた」

 

「待って下さい。敵が勘付かれたら終わりです。敵の手に渡ってしまいます」

 

 霧島達が出撃する前にブリーフィングを行ったが、作戦が逸脱している。何を考えているのだろう

 

「そうだ。奴にディナーを上げる」

 

「正気ですか?どういう事です?」

 

大和は抗議したが、次の言葉に大和は唖然とした

 

「ボートに載せるのは補給物資と高速修復剤。そして、大和。お前だ。但し、艤装は敵が補給物資に手を付けるまでは外した状態でだ」

 

「え?」

 

大和は信じられない顔をした

 

「補給物資と一緒にボートに乗るって事ですか?」

 

「そうだ。奴を誘い込む。いくら強かろうが、奴は本物の深海棲艦ではない。資源を少なからず必要とする。奴は腹を空かせている。奪ってまで補給するだろう。それがチャンスだ」

 

ここまで聞いてようやく、その場にいた艦娘達は提督の作戦の意図に気付いた

 

「霧島、お前は大和になれ。これを着るんだ。明石が造った変身用スーツだ。こいつを着こむと大和になれる。更にアルミ製だから、レーダーはよく反射する」

 

「しかし、46cm主砲なんて撃ったことが――」

 

「命中しなくていい。牽制にもなる」

 

 だが、いくら変身しても見破られるだろう。レーダーで誤魔化しても近寄れば終わりだ。46cm主砲は金剛型戦艦の艤装に搭載する事は可能だ。命中率は大幅に下がる

 

「浦田結衣は勝てる戦いをしている。しかし、結衣の敵対者が自分よりも強かった場合は、卑怯な手を使って勝っている。武蔵に対してやったようにな」

 

「それじゃあ……龍田さんと私達の任務って」

 

叢雲は戸惑いを隠せなかった。この作戦で危険なのは水雷戦隊だ

 

「――必死になってボートを守るんだ。奴がこちらの作戦を悟られないように」

 

「天龍ちゃんが怒り狂いそう」

 

龍田は呟いたが、実際はそれどころではない。大混乱するだろう。時雨も含めて

 

「ああ。だが、奴は無線傍受できる。俺達をどう思おうが知った事ではない」

 

仮にこちらの作戦に気づいたら、空母組を回復させ追跡させる。流石に、航空機は船で追いつけるはずだ

 

「だから、龍田。お前は――」

 

「大丈夫よ。近づいて来てるなら倒すチャンスじゃない」

 

龍田は朗らかに言ったが、提督は見逃さなかった。微かだが、龍田は震えている

 

 

 

 

 

 皆が素早く補給している間、霧島は早口で事情を話したが、誰も口を挟まなかった。聞き終えた頃には、補給は終えていた

 

「すると、提督はあたし達が激昂するのを承知で実行したのか?」

 

摩耶は信じられないという風に呆れていた。長門も金剛も同じだ

 

「提督は未来でもこうなのか?」

 

「一度だけ実行したことがある」

 

 時雨が真っ先に思い浮かべたのはタイムスリップ作戦だ。真相を一部の艦娘しか伝えず、タイムマシンを『究極の新兵器』と誤魔化して戦わせた

 

やり方には賛同出来ないが、客観的に見ると間違ってはいない

 

『聞こえるか?黙って実行して済まなかった』

 

不意に無線連絡が入った。提督だ

 

「いいえ。お陰で最悪の事態にならなくて済みました。東京湾から逃げていくという事に」

 

赤城はてきぱきと答える。ここで提督を非難するよりも任務優先だろう

 

『あの怪物戦艦はどうなった?』

 

「流石にあれだけ攻撃を受けたら沈んでいるとは思いますが」

 

 加賀は何気なく呟いたが、時雨は補給すると直ぐに結衣が倒れている地点まで行こうとする

 

「時雨、どうしたネ?」

 

「生きてるよ。まだ」

 

「What?」

 

金剛は信じられない風に愕然とした

 

「大和の主砲を諸に受けたんだぞ。いくら何でも――」

 

「長門さん、あれは生きています!」

 

大和も時雨に付いていく。時雨の言うとおり結衣は生きていたのだ。瀕死状態ではあるが

 

「信じられん。負傷者はボートに乗せて岸に帰れ。漣、電、五月雨は曳航しろ」

 

 彼女達は直ぐに実行した。鳥海、龍譲、川内、龍田、吹雪は戻された。大破は応急処置が出来ない。漣達は大破したが、航行に問題はないため、曳航は出来る。不知火は何とか復帰出来たため現場に留まることにした

 

「龍田の作戦を無駄にはしない!」

 

天龍も怪物戦艦が倒れている場所へ向かった

 

 

 

「あー……殺す……殺してやる!」

 

結衣は自分の被害状況を把握していた

 

48cm主砲損傷、火器管制オフライン、レーダーダウン、艦載機全壊……

 

 深海棲艦仕様の装甲はズタズタになった。このままでは、こちらが撃沈されてしまう。結衣は立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞かない

 

(大和の攻撃力……ここまでとは……武蔵に対しては無力化できたと思ったら……)

 

 H級戦艦は元々、日米英の戦艦と違って全体防御方式を取っている。集中防御に比べ装甲厚は薄くなるが、損害を受け難くなるのだ。結衣は、それを実行した。つまり、沈みにくく設計している*3

しかし、これには弱点もある。火薬庫などの急所には、装甲は厚くない。一長一短ではあるが、こちらにはレーダーがある。だが、あの息子の策略によって再び食らってしまった

 

「頭痛がする……身体の修復が出来ない……私がここまで……ここまでやられるなんて」

 

 結衣がもがいている時、誰かがやって来た。あの大和だ。傘を持ち、巨大な艤装を身に纏ってこちらに向かってくる

 

優美な容姿をしてるにも拘わらず、こちらに向けられる視線は冷たかった

 

「武蔵にした行為を私は許さない。いえ、他の仲間に手をかけた事も」

 

「……」

 

大和の主砲は全てこちらに向けられている

 

「シートの隙間から貴方の戦い方を見ていました。貴方は存在してはならない。いえ、生かしてはならないと確信しました」

 

(こいつ……)

 

最早、こいつらは逮捕等と言うことをしないだろう。隣には時雨もいる

 

「観念しろ。もし投降するなら、お前の最適な場所へ連れてってやる。マリアナ海溝までな」

 

長門も復活しており、こちらを睨んでいる。もう、無理だろう。こいつらは本気だ

 

普通なら絶望して自暴自棄になるだろう。自殺するかも知れない

 

「…………フフフ……ハハハッ……」

 

 

 

 だが、結衣が取った行動は笑いだ。小さく笑い声をあげる。だがその声は除々に大きくなり、高笑いしたのだ。気がおかしくなったのか?

 

「アーッハッハッハッハッハッハッハッハ!」

 

「な、何だ?こいつ?」

 

 強気である摩耶もこの時はゾッとして後ずさりをした。いや、天龍も赤城達も同様だ。大和と長門は怯まなかったが、表情を僅かに変えただけだ

 

 本当に気がおかしくなったのか?躊躇してしまったために、結衣の手にはあるものを持っていた

 

「良いだろう!ここまで追い詰めた事に!だがな、これで勝ったと思うな!本来なら使いたく無かったが、もう自分の命がどうなろうと知ったことではない!」

 

 結衣が持っていたのは、注射器だった。しかも、自分に向けている!毒針ではない!502部隊の軍医によるとフグ毒は、即死するような毒ではないと説明した!

 

「大和さん!攻撃を!まだやる気だ!」

 

 時雨は叫んだ。結衣は降伏なんてしない。今思えば、敵は降伏なんてしたことがあるだろうか?

 

 浦田社長は最期まで降伏しなかった。負けを全く認めない。しかも、敵は注射器を隠し持っていた。毒薬なら艦娘に向けている。自殺かも知れないが、時雨は直感で否定した

 

自殺する人ではない!

 

「てっー!」

 

 大和だけでなく、他の艦娘も砲撃を開始。駆逐艦と軽巡は魚雷を全て発射した

 

結衣がいた地点には、大爆発と巨大な水柱を起こした。爆煙と炎、そして水しぶきで視界は不良だ

 

 

 

やった……これで終わった

 

 

*1
これは駆逐艦『如月』の事を指す。F4Fワイルドキャットによる100ポンド(約45kg)爆弾及び機銃弾が魚雷若しくは爆雷に命中。大爆発を起こし船体が真っ二つに裂け一瞬にして沈没した

*2
よく旧日本軍が負けた理由は兵站管理の観念が著しく欠如していたと言われているが、あくまで敗因の1つ。日本がアメリカに負けたのは兵站だけではない。生産力、技術、効率的な組織運営、人材など全てにおいて劣っていた。戦力の補給も大きな工業力や莫大な資源が必要。敗因は国力の差、工業力の差である事には変わりない

*3
日本や米国、英国の戦艦はいわゆる集中防御を採用。これは防御区画を重要区画のみに区切ることで装甲を厚くする方式。重要区画は安全度が高い半面、無防御区画が損害を受けやすく、浸水しやすくなってしまうことが弱点




やったか?

感想で装甲による記載ありがとうございます。ただ、それぞれに建造目的があり、それぞれに特徴があるため比較は難しいです
とは言え、大和型戦艦に搭載されている主砲の威力は
『撃ち出される46cm砲弾の破壊力は2万メートルの距離では厚さ55cmの垂直鋼板、または厚さ19cmの水平甲板を貫通することが出来た』
『太平洋戦争 日本の秘密兵器 海軍編』より
とあります。まあ、46cm主砲の前には装甲纏っても意味は無きに等しいです。敵(結衣)もそこはよく分かっていたらしく(48cm主砲持っているので)奇襲で武蔵を無力化したという

軍艦はガンダムのモビルスーツの装甲ようには行きません。鋼鉄の咆哮?あれはああいう世界です

今年中にもう1回は更新したいのですが、私情の関係のため無理かもしれないので一応言っておきます。よいお年を


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第105話 H級戦艦『H44』の脅威

年内の更新は無理かも……と言っていましたが、何とか話が書けました
これで今年の更新は終わりです
来年である一月上旬あたりから再開する予定です


 浦田結衣に集中砲火をした後、時雨は少しだけ前に進んだ。持てる火力で集中砲火したのだ。あれで死んでいなければおかしいくらいだ

 

酸素魚雷、戦艦から駆逐艦の砲弾、そして艦爆による爆撃まで

 

いくら強固な装甲を身に付けてもダメージは通るはずだ。瀕死状態であるなら撃沈している

 

「終わった……」

 

博士からの忠告を思い出したが、今のところは身体に異変はない

 

僕たちは勝ったんだ!

 

未だに水しぶきと煙で視界は不良だが、浦田結衣は死んだ

 

長い任務だった

 

 

 

安堵して集中砲火した場所を一瞥して、皆の方へ身体を向けた

 

「終わった……これで――」

 

 しかし、時雨は顔を曇らせた。仲間全員、固まっている。しかも、視線は時雨の後方に向けられている

 

「どうしたの?」

 

「時雨……もう十分だ。お前はよく戦ったからさ」

 

天龍は笑顔で答えたが、どうもおかしい。無理やり笑顔を作っているようにみえる。いや、他の艦娘も同じだ。摩耶も不知火も赤城も加賀も長門も金剛も同じ表情だ

 

全員、顔が引きっている

 

「あの……」

 

「時雨……振り返らずにこっちに来い」

 

長門は何気なく声をかけている。しかし、僅かながら震えているのだ

 

(大和……さん?)

 

大和の様子もおかしい。艤装の主砲の仰角をあげているのだ。しかも、傘を持っている手は震えている

 

「時雨……もう終わりました。早く……こちらへ」

 

不知火がこちらに来るよう招いている。しかし、時雨は皆の表情を見て胸騒ぎがした

 

おかしい……なぜ、皆は時雨の後ろを凝視しているんだ?赤城も加賀も矢を放とうとしている。艦載機を上げるのに、なぜ手が震えているのか?

 

「どうしたの?」

 

「時雨……後ろを……振り返るな……」

 

 長門の声は震えていた。しかも、後ずさりしている。こんな表情や姿を見た長門は見た事が無い。未来の戦争の時はプライドはズタズタにされたとしても弱気になったりしない。なのに、長門は青ざめている

 

 そして、なぜだろう。初めは気にはしていなかったが、段々と背筋が寒くなって来た。それも次第に殺気も混じっている

 

 

 

まさか……

 

 

 

「時雨、後ろを振り返るな!」

 

 時雨は忠告を無視して振り返った。辺りは煙で覆われていた。いや、煙にしてはおかしい。まるで霧だ。その中に何かがいた

 

巨大な何かが

 

次の瞬間、時雨の全身の毛が逆立った。恐怖で悲鳴を上げそうになった

 

「時雨、ドコニ行く気だ?逃がサンゾ!」

 

「嘘だ!」

 

 時雨は逃げようとしたが、巨大な手のようなものが時雨をわしづかみした。拘束された時雨は、抵抗しようとしたが、強過ぎで離れない

 

時雨は巨大な手と思ったが、違う。冷たい。しかも固い。よく見ると巨大な金属の手だ

 

「時雨ー!」

 

 天龍が悲壮な声を上げ駆け寄るが、長門と摩耶は行く手を阻んだ。時雨は逃げようと振り切ろうとするが、全く動けない。それどころか、艤装が不気味な音を立てている。強力な締め付けに時雨の偽装が悲鳴を上げているのだ

 

「ヤア、時雨。オ前の上官は中々やるじゃアナイカ。あれはちょっと驚イタゾ」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。忘れもしない。それもそのはずである。さっきまで聞いていた声だ。抵抗を止め顔を向けると結衣が居た

 

「……ッ!」

 

「恐怖シタナ。ソリャそうだろう。倒したと思ッタ相手ガ蘇ったからな!」

 

しかし、時雨は浦田結衣が蘇った事よりも姿形に畏怖した

 

 浦田結衣は戦艦ル級改flagshipの姿をしていない。白い肌で赤目をしている事から深海棲艦の鬼や姫級の特徴を持っている。そして何よりも艤装がデカく、大和よりも大きい

 

「……戦艦ル級じゃない?」

 

「大和。私は深海棲艦ではナイ。深海棲艦ノ王ダ」

 

結衣は勝ち誇ったかのように冷たくあしらった

 

「私ヲ殺ス事は不可能だ!私は完璧ナ存在……私はH44戦艦改だ!」

 

 結衣の姿は変わっていた。かつては深海棲艦を隠れ蓑にしていたため戦艦ル級改flagshipとなったのだろう

 

しかし、もう姿を隠す必要はない。それどころか、姿がおぞましい姿となっている

 

砲搭も巨大であるどころか、副砲、対空砲もズラリと並べらている

 

 しかも、距離は短いが飛行甲板まである。スキージャンプのようなものがあるが何だろう?艦載機が見えないが……

 

「大和、撃て!撃つんだ!」

 

「分かっています!」

 

長門の咄嗟の叫びに大和は叫び返した。まさか、甦るとは思わなかったからだ

 

「下がれ!俺達では無理だ!」

 

「しかし、時雨が」

 

「必ず助けます!ですから、不知火は下がってください!」

 

天龍も救助しようもがく不知火を抑え、引き下がらせた

 

やっと倒したと思ったから、今度は強くなってきた?

 

「てっー!」

 

大和の合図に長門も金剛も主砲を放った

 

 相手も応戦したが、強力過ぎた。全回復した霧島も金剛も一気に大破した。こちらの攻撃は当たったが、結衣は大和以外の攻撃を紙一重回避した。巨大にも拘わらず、目にも留まらない速さの砲弾を回避するのも凄いが、何よりも金剛型の砲弾が命中しても装甲に傷が付かない。長門の41cm主砲弾もだ

 

 一方、咄嗟に回避し奇跡的に長門と大和は当たっていないが、敵の艦砲の威力に戸惑った

 

「何、この威力?」

 

 無理もない。敵の主砲は46cm主砲よりも巨大だった。外れた弾は巨大な水柱が立った。どう見ても威力は大和よりも上だ

 

 艦爆隊である彗星は急降下爆撃を実施したが、対空砲火は以前よりも増している。次々と対空砲火に食われていく

 

『航空攻撃もダメです!』

 

『爆撃隊から爆弾が跳ね返されたとありました。残念ですが、艦攻がないと無理です』

 

赤城も加賀も戸惑いを見せていた。火力が足りない

 

それどころか、とんでもないものを飛ばして来たのだ

 

飛行甲板に何かが離陸したのだ

 

 

 

 時雨は呆然としていた。味方が苦戦している。世界最強と謳われていた大和もである。砲撃戦を繰り広げていたが、押されている。折角、倒せたと思ったのに

 

 その時だ。結衣は艦載機を上げた。しかも、円盤航空機ではない。プロペラも無いことからジェット機だろう。

 

 しかも、垂直離陸しているのだ。航空機の離陸でこんな事をするのはみたこともない。未来の戦争でもあんなもんは見ていない

 

 時雨が知らないのは無理もない。垂直離着陸機であるYak-38*1とAV-8BハリアーIIが飛行甲板から発艦しているのだ

 

「行ケ!奴等を殲滅しろ!」

 

結衣の号令にジェット機は轟音を響かせながら烈風隊に突進した。赤城と加賀の搭乗妖精は驚愕した。プロペラのない飛行物体が目にも止まらぬ速さでこちらに突進したのだ

 

しかも、ロケットを発射して撃ち落としているのだ

 

「何、あれ!」

 

「速すぎる!」

 

赤城も加賀も驚愕した。自分の艦載機だけでなく、こちらまで攻撃する始末だ

 

「クソ!」

 

摩耶は赤城と加賀を庇うために前に躍り出た。プロペラのない飛行物体(ハリアー)から発射するロケットは、赤城と加賀を狙っている。そのため、対艦ミサイルを阻むために前に出たのだ

 

対艦ミサイルは全て摩耶に命中してしまい、大破する羽目となった

 

「変な艦載機のせいで全滅してしまう!」

 

天龍は、艦載機による機銃掃射から逃れるように逃げ惑いながら叫んだ

 

どう見ても普通の威力ではない。攻撃機らしい

 

「早く、通信を!」

 

不知火は混乱しながらも通信を入れようとするが、通信は繋がらない

 

ノイズばかり走って使えないのだ。妨害電波によるものであるが、そのような事は不知火も知りようがない

 

一方、大和と長門は結衣に向けて攻撃を行ってるが、苦戦している

 

 厄介なジェット機が機銃掃射をしている。対空砲や水上機は真っ先に潰される始末だ。妨害電波によって、無線は使えない

 

しかも、敵の主砲は強力だ。長門は敵の砲撃を諸に受けてしまい、大破してしまった

 

「何だ、この威力は!」

 

「長門さん、逃げて下さい!敵は少なくとも50cmはあります!」

 

 大和の分析結果を受けて長門は驚愕したが、大和自身も内心驚いている。威力が余りにも高すぎるからだ。大和は兎も角、長門は太刀打ちできない

 

「ヘェ……主砲を見破っタカ。これは50.8cm連装砲だ。威力も射程もケタ違いだ!」

 

「「なっ!」」

 

 大和も長門も驚愕するのも無理はない。史実には大和型戦艦と同等か以上の主砲を装備した戦艦は実在しない*2。本来のH級戦艦は架空戦艦だ

 

それを実現させたのか?

 

 大和は焦っていた。『艦だった頃の世界』では余り活躍出来なかった事もあり、提督の出撃において心から喜んだ

 

 だが、現実は違った。敵が異質過ぎだ。『艦だった頃の世界』では航空攻撃で沈められたが、今度は戦艦で沈められそうだ。しかも、艦隊決戦で敗れる

 

「てっ-!」

 

 大和の主砲は吠えたが、お返しの反撃が余りにも痛い。紙一重で回避しているが、どう見ても遊んでいるようだ

 

「ふん。私の力は大和よりも強い事が証明された。分かった。もう満足だ。一気に片付けよう。お前達は私を怒らせた」

 

「こんな事あってたまるか!」

 

 長門は膝をつきながら呆然と敵の姿を見つめていた。やっつけたと思ったら蘇生して強くなった?大和は必死に攻撃しているが、謎の航空機と電波障害のせいで攻撃が当たりにくい。弾着観測もレーダー照準も出来ないため、主砲の命中率は落ちてしまったのだ。しかも、敵の主砲の威力は強力だ。50.8cm……ふざけているのか?

 

 しかし、長門は怒りよりも疑問を持った。どうやって、あんな事が出来る?まるで艦娘の大改装のようなものだろうか?しかし、ここまで強力な装備や船体まで進化するのだろうか?艦娘でも無理だろう

 

「こんな所で大和は沈みません……!」

 

 焦り出し弱音を吐く大和。このままでは、負けてしまう!巨大な主砲が大和を捕らえる

 

「大和さん、逃げて。僕はどうなってもいいから!」

 

 拘束されながらも叫ぶ時雨だが、時雨を掴んだ巨大な金属の手は強引に海面に叩きつけられた

 

「時雨、お前は味方が苦しむ姿をただ黙って見ているだけでいい。――さよならだ、戦艦大和!」

 

 結衣は引き金を引く瞬間、何かが海面から飛び出し襲い掛かった。それは人型だった。潜水艦娘でもなければ、結衣によって戦闘不能にされた潜水新棲姫でもない

 

「え?あれは!」

 

 押さえつけられながらも横目で襲撃する者を見た時雨は、唖然とした。浦田社長を砲撃で殺した深海棲艦の姫級。しかし、姿が変わっている

 

「また、お前か?進化したとしても私に勝てん!」

 

「私ハ、モウヤラレハシナイ!」

 

 それは浦田結衣の砲撃戦で沈められた南方棲戦鬼だ。いや、進化して復活したらしい。艤装も以前よりごつく、重装備になっている

 

 浦田結衣を襲っていたのは、より進化した姿の南方棲戦姫である。腕部の艤装に装備されている鉤爪で引き裂こうと飛びかかったが、結衣は片手で防いだ

 

「いい所に来た。サア、手駒ニシテヤル!」

 

「ヤッテミロ!」

 

 触れた事により、結衣は洗脳しようとするが、南方棲戦姫は眼光鋭く鬼気迫る顔でこちらを睨みつけている

 

 それどころか、南方棲戦姫はとんでもないことをしたのだ。艤装から魚雷を吐き出すと投げナイフのように投げだしたのだ

 

「チッ!撃ち落せ!」

 

 結衣は離れると同時に、隠し玉ともいえるCIWSを起動させると飛んで来る魚雷に目がけて射撃を開始した。魚雷は空中で迎撃され、巨大な火の玉が出現した

 

 しかし、その間に多数の艦載機が結衣を襲い攻撃した。余りの多さに結衣は応戦するのを止め、引き下がって距離を置いたのだ。だが、攻撃していた多数の深海棲艦の艦載機は、何故か引き上げた。結衣は怒りで歪んでいた

 

 ――結衣が捕らえた時雨がいない?金属の手が無くなっている?引きちぎられたようにも見える

 

 突然の出来事に長門達は頭についていけない。あの鬼は沈んだはずなのに、姫級となって復活した?

 

「何、余所見シテイル。復活シタノガ珍シイカ?」

 

「え?」

 

後方から突然、声を掛けられた。長門と大和は振り返ると時雨を抱えた戦艦棲姫が現れた。結衣の攻撃をあれだけ受けて大破したのに、もう回復している?

 

「時雨!良かった!だが、どうやって――」

 

「礼ヲ言ウナラ空母棲姫ト南方棲戦姫ニ言ウンダナ」

 

戦艦棲姫は時雨が拘束した巨大な金属の手をアメのように曲げると時雨を解放した

 

「ありがとう」

 

「借リヲ返シタダケダ。何時マデモ我々ガオ人良シダト思ウナ」

 

 戦艦棲姫だけではない。沈んだと思った空母棲鬼と南方棲戦鬼が進化して姫級になったらしい

 

「ヘェ。やるじゃないか。死んだと思ったが。進化したから生き延びたのか。だが、ダメージが大きいから復活に時間がかかった。化け物にしてはよくやる」

 

「貴様ニ化ケ物呼バワリサレル筋合イハ無イ!」

 

 戦艦棲姫は結衣を睨んだ。艦娘だけでなく、深海棲艦からも敵対している結衣は残念そうにため息をついた

 

「面倒くさい。一気に片付けてやる!今度こそ撃沈したりしても復活は出来んだろう。大人しく洗脳されな!」

 

 結衣は飛行甲板から複数の艦載機を発艦させた。それは空中停止して結衣を守るように飛行している。50.8cm主砲も向けられいつでも戦えるのだ

 

 深海棲艦である姫達は思った。人間とは関わりたくもないし、深海棲艦に対抗するために造られた艦娘の存在も目障りだ

 

 本来は叩くべきだが、今はそうも言ってられない。浦田結衣の操り人形になってしまう。皮肉にも結衣を化け物にしたのは戦艦棲姫自身だ

 

 艦娘達も思った。世界は違えど、日本は日本である。義理は無いが、黙って見過ごすことはできない。深海棲艦を倒す必要はあるが、今のところは共闘することになるだろう

 

「結衣、貴様は悪だ!この世にいてはいけない!」

 

「ハハハ!悪?私は悪と善といった概念を超越した存在。大人しく沈みな!」

 

長門の怒りに結衣は嘲笑っていた

 

「僕達は乗り越えて見せる!」

 

時雨も叫んだ。本当は怖い。逃げたいくらいだ。でも、ここで逃げるわけにも行かない!

 

両者の間で激しく激突した。砲弾が飛び交い、巨大な水柱がいくつも立った

 

 上空では轟音を響かせながら駆け巡るジェット機に、レシプロ機や深海棲艦の艦載機が必死に応戦した

 

 

 

そんな中、一部始終を見た鳥海達は唖然飛び交いしながらも岸に着いた

 

 未だ連絡が取れない事に焦っていた提督達がいたが、見たことをありのまま話すと頭を抱えた

 

 

 

「強くなって蘇っただと?どうやって!」

 

「分かりません。総攻撃を仕掛ける前に注射を打ったのが原因かと」

 

 鳥海は慎重に述べたが、誰も答えられない。こんなことになるとは予想外だからだ

 

「大和が応戦していますが――」

 

「なんて事だ。何が起こったんだ?」

 

 突然の電波障害で時雨達と連絡が取れない。それどころか、上空で待機していた連山も撃ち落された

 

通信内容も「攻撃を受けた!墜落する!」と言ったっきり連絡が取れない

 

 それもそのはずで、結衣が発艦させたハリアーが撃墜したのだ。如何に攻撃機だろうが、レシプロ機である爆撃機を撃墜する事は容易である。何しろ、レーダー警戒装置どころかフレア・チャフもないのだから

 

そんな事を彼等は知らないが、提督はもうEMP兵器は失ったと考えていた

 

 先程使ったのだ。結衣が見逃す訳がない。そして、地対艦ミサイルも使えない。レーダー照準が使えないからだ。電波障害は無線通信だけでなく、レーダーにも及ぼしている。これは奴の攻撃か?

 

「提督、私が行くよ!」

 

川内は行こうとするが、それは提督に止められた

 

「バカ言え!お前だけが行っても戦況が変わる訳がないだろう!」

 

 流石に強くなった戦艦相手に軽巡が挑んでも戦況が変わらない。しかし、提督は怒りを鎮めると深呼吸して落ち着かせた

 

 海岸で息を切らし、服も艤装もボロボロである艦娘達が凍り付いた表情で自分を見つめていたからだ。提督はこの瞬間、指揮官の孤独と重圧を感じたのは初めての経験だったからだ

 

 艦娘の命は全て提督の手中にある。これを生きながらえさせるのは自分の責任である。自分がパニックなどに陥るとそれは不可能になる

 

「親父のところへいくぞ。武蔵と一緒に行ってから時間が経ち過ぎる」

 

 親父は確か浦田重工業の工場へ行ったはず。南方棲戦鬼の砲撃で免れた施設へ行ったらしい

 

 

 

 しかし、その場所へ足を運んだ一向は、施設に部隊展開しており包囲しているのには驚いた。地対艦ミサイル奪取のために一緒に戦っていた戦車隊もいた。五式戦車の主砲は、施設に向けられていつでも攻撃出来るようになっている

 

「ようやく来たか!お前の親父さん、弱ってるぞ!」

 

「えっ!?」

 

「駆逐古鬼だったっけ?そいつはやっていないというが、信じられんでな。しかし、武器を向けても逃げもせんのだ」

 

軍曹は俺達が来るのを見つけると早口で説明したが、提督は急いで駆け寄る

 

現場には兵士が銃を構えて駆逐古鬼を囲んでいる

 

しかし、駆逐古鬼は怖じけないどころか、正座して目を閉じている

 

 離れた所では、親父は荒い息をしながら座り込んでいる。冷や汗をかいてることから何かをしたらしい

 

だが、それよりも問題なのは武蔵がいない

 

何処へ行ったのか?

 

 

*1
旧ソ連が開発したVTOL戦闘機。史実では兵器として致命的な欠点を抱えていたが、こちらはどうも克服しているようだ

*2
大和型戦艦と同等の主砲を積んでいた軍艦はイギリスの軽巡『フューリアス』である。もう一度言う。軽巡洋艦である。この艦は40口径457mm(18インチ)砲Mk.I 単装2基を積んでいた。後に航空母艦に改装された




おまけ
一方、東京湾海底も危機が迫っていた。ゴーヤ達は大ピンチ
野生のギャラドスが現れました
メガロドンが突然現れました
マンダが現れました
三体の怪物が海底を歩いているゴーヤ達を襲ってきます。全速力で逃げる潜水艦娘
ゴーヤ「いつからここは魔境海域になったでち!」
イムヤ「ジョーズ以上のピンチよ!」
まるゆ「待って。今から助けを呼ぶから」
ゴーヤ「誰でち?あんな化け物に勝てる艦娘いるの!?」
まるゆ「平行世界のまるゆさん」
ゴーヤ「……」
イムヤ「確かに倒せそう……」

戦艦ル級改flagship(H42仕様)からH44戦艦(近代化改装)へ
スペックを乗せてもピンと来ないため簡単に表すと50.8cm砲を搭載、全長も排水量も原子力空母『ニミッツ級』を超えている
しかも軽空母の能力を手に入れているようでハリアーとYak-38を飛ばしている

ラスボスになったが大丈夫か?

一方、海底もある意味、ピンチ。しかし、まるゆは平行世界のまるゆさんを召喚するそうです
ついでにギャラドスをゲットしよう

というわけで今年の更新は終わりです
よいお年を


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第106話 武蔵改二

遅くなりましたが、明けましておめでとう

年末や正月の間は色々ありました
艦これのアニメ2期が発表されたり、イベントがちょっときつかったり

アニメ二期の主人公が時雨。嬉しいですね


「親父!おい!」

 

俺は駆け寄った。この状況は何だ?深海棲艦のボスである駆逐古鬼が兵士に囲まれている。しかし、駆逐古鬼は全く動じないどころか、礼儀正しく正座している。何をしたのか?襲ったのか?

 

それにしては、訳の分からない道具や機械が散らばっているが

 

「何をしたの!アンタ!」

 

川内は武器を構えたが、動じない。龍田も薙刀を突きつけたが、反応は同じだ

 

「死にたいの~?」

 

「ソレハ皮肉カ?死ニカケハオ前ダロ」

 

 駆逐古鬼は呆れながら龍田を見つめた。龍田の腹部は包帯でグルグル巻きに巻いている。刺されたままで帰投したため、提督も明石も仰天した

 

刺された刃物を引き抜き止血しないといけない。そのため、治療に苦労した。艤装があるとはいえ、痛みを和らげるにも限度がある。麻酔もないため、引っこ抜くしかない

 

全員が龍田を取り押さえ、舌を噛まないようにハンカチを口に入れてから明石は薙刀を引き抜き、止血を行った

 

荒治療のため本人は気絶したが、止血を終えた頃には意識を取り戻した

 

「無茶しないで下さい。傷口が広がりますよ」

 

「いいじゃない」

 

龍田は朗らかに言ったが、顔色が悪いのは誰が見ても分かる。一行がいざこざがあったが、陸軍将校とあきつ丸が駆けつけてきた

 

「ああ、いた!やっぱり入れ違いだったか」

 

「何があったのです?」

 

俺はすぐに聞いた。この状況は何なんだ?

 

「ああ、実は私も詳しく知らない。何せ大切な話があると言ってお前のお親父さんと武蔵とそこの深海棲艦がこの施設に入った。何か実験していたが、突然音がしなくなった。部下が入った所、こうなっていた」

 

「何が?」

 

どうも何かを実験していたらしい。駆逐古鬼は正座して何も語らない。ただ、息子を呼ばない限りは何も話さないし、動かないと言ったっきりという

 

「答えろや!爆撃してやるで!」

 

「オ前ノ攻撃デハ私ハ傷付カナイ。駆逐艦デアルオ前ニハ無理ダ」

 

「うちは軽空母や!」

 

「アラ?コレハ失礼。小サイカラ分カラナカッタヨ」

 

駆逐古鬼の挑発に龍譲は切れた。式神を手に持ち発艦するつもりだ

 

「やってええか?こいつにうちの力を見せたる!」

 

「落ちつけ。まだ飛行甲板の巻物は修理していないだろ?」

 

「君もまな板というのか!うちがずっと気にしてる事を!」

 

「一言も言ってないわ!落ち着けと言ったんだ!」

 

龍譲は熱くなりすぎてしまい、攻撃しそうな勢いだ。だが、そんな押し問答を弱々しい声で止める者がいた

 

親父だった

 

「待ってくれ。駆逐古鬼は何もしておらん。ただ、昔話をしていただけじゃ」

 

「『超人計画』って奴か?それと今の状況とどうも関係ある?」

 

「昔モ似タヨウナ事ガ起コッタカラダ」

 

駆逐古鬼の言葉にその場にいた全員は驚いた

 

「似たって……結衣のような化け物に?」

 

「正確ニハアソコマデ強クハ無カッタ。当時ハ文明ガ低ク妖怪ト言ッテ納得サセタ」

 

駆逐古鬼の当時の状況はこういうことらしい

 

提督の……博士の先祖は転移した時に傷付き、流れ着いた深海棲艦を捕らえた。妖怪と恐れられた村人とは違い好奇心で接したのだ

 

彼等は初めは優しかった。疫病や災害に苦しむ人々を助けるために陰陽師をしていると聞かされると、駆逐古鬼は感激したという。そのため、駆逐古鬼は重巡棲姫と共に知識を教えた。科学技術と医療である

 

しかし、彼等はそれを独占するために駆逐古鬼と重巡棲姫を監禁した。しかも、深海棲艦の弱点を知ったらしく、武器を作り弱らせ、生殺しのまま生かされたという

 

「酷い奴等だ」

 

「仕方ノナイ事ダ。我々ハ世間デハ怪人。ソンナ態度サレテ当然ダ」

 

「当然?貴方……弾圧されているのに、当然って?」

 

提督は呟き、周りも同じ事を思っていた。時代は飛鳥時代であるため、人権という概念なんて存在しない。しかし、明石は納得しなかった

 

弾圧されて当然?

 

「不思議カ?私ハ人間トハ違ウノダ。恐レテ当然ダ」

 

「いや、そういう事を聞いてはいなくて――」

 

「高度ナ文明ヲ築イタカラト言ッテ、人間ガオ人好シニナル訳デハナイ」

 

 駆逐古鬼はピシャリと反論した。奇しくも似たような概念を聞いた者がいた。浦田結衣、そしてアカシック・レコードでの記録を見た時雨である。戦艦棲姫が人類を野蛮な集団と見下していた

 

「オ前ハ亜人カ?」

 

「亜人じゃありません!艦娘です!」

 

「……ソウ」

 

駆逐古鬼は明石の反論に興味を示さなかった。

 

「以前あったと言っていたな?『超人計画』のせいで怪物になった悪党がいたのか?」

 

「ソウダ。オ前達ハ、知能ハ有ルヨウダシ、説明シテモ分カリソウダ」

 

 鳥海や川内は噛みつこうとしたが、提督は食い止めた。ここで言い争っても仕方ない。提督と艦娘である鳥海達と陸軍将校、そしてその場にいた軍曹と隊員達は博士と

 

駆逐古鬼の話を聞いていた

 

 

 

 深海棲艦……とある世界で人類とは違って進化を遂げた生命体である。深海棲艦が住んでいる世界は、高次元であるため、この世界の物理法則などは縛られない。それは、異世界に行っても通用する。地球上には無い元素のお陰である。そのため、人類が造り出した武器は通用しない

 

 

 彼等は、いや、この場合は彼女達は別世界……平行世界の様子を観察する装置を発明した

 

 彼女達はテレビをみるかのように彼女達は地球文明を観察していた

 

人類がどのように文明を手に入れ、発展したかを

 

 彼女達は下した結論は人類に拘わらない事。例え、向こうが干渉しても力ずくで追い出そうとのことである

 

 そのため、この世界に流れ着いた時、監禁されても何も思わなかったらしい。内心では、妖怪として恐れていたが、彼女達にとってはどうでも良かった。寿命が短く、いずれは何らかの拍子で解放してくれるだろうと思っていたらしい。重巡棲姫は非道な実験に耐えかねて死んだと思っていたが、実際は付き合いきれないと考え眠りについたという

 

「眠りって……」

 

「睡眠期間という。動物の冬眠と同じじゃ。深海棲艦の場合は、地球上の動物と異なり死んだように見える。ミイラになっても、海水さえ掛ければ肉体は甦り、復活する。時間は掛かるが」

 

「それだけ長寿ということには驚くが、その割には深海棲艦の考えも単純だな。観察した結果が俺達と関わらないということか?」

 

「デメリットノ方ガ大キイカラダ。宗教ヤ人種ヤ民族等デ排除サレルカラダ。艦娘モイズレハ、差別サレ生キル道ヲ失ウ」

 

「人間にも良いところはあるぞ?お前達も神や仏のような存在ではあるまい。俺達に自慢できるような事か?」

 

 噛みつこうとする龍譲を抑えながら提督は、呆れるように言った。駆逐古鬼はピクリと眉を動かした

 

「……ソノ言葉……何処デ聞イタ?」

 

「俺が考えた事だ。どうした?」

 

「……私ニソウ言ッタ者ガイタ」

 

皆が誰だろうと疑問に思っているところを博士は言った

 

「8代目じゃ。深海棲艦の力に魅了する他の者とは違って駆逐古鬼と接したのじゃ。彼はそのまま連れ出し、旅に出た」

 

「何で?」

 

「分カラナイ。言ッタ言葉ガ『可哀想だ』ト」

 

 駆逐古鬼曰く、彼は深海棲艦を実験動物か妖怪のような見る目ではなく、優しく接したのだ。初めは警戒した駆逐古鬼はまともに取り合わなかったが、次第に牽かれたという

 

「では、本当だったんだな?薬を服用して人間になったのも、蒙古襲来の時にお前が撃退したのも?」

 

「人ニ成ッタノカト聞カレルト分カラナイガ、ソウ言ッタ実感ヲ感ジタ」

 

 駆逐古鬼は否定も肯定もしなかった。現状では、浦田重工業が掘り出した文献よりも博士が持っていた資料が正しかったと言う事だ。全てではないが

 

「それで『超人計画』って何だ?」

 

「生命の進化のサイクルを早める方法。深海棲艦の技術を応用したものじゃ。資源は食うが、己が持つ武器や身体能力を意図的に進化させる方法」

 

「それって改装では――」

 

明石が口を挟んだが、博士は弱弱しい手で制した

 

「確かにそうかもしれん。兵器を改造させるという点ならその呼称はおかしくないじゃろう」

 

「えっと……ごめん。話がよく分からん」

 

 龍譲は困惑していた。他の艦娘も陸軍将校達も同じである。艦娘が兵器なのか、人間の女の子なのか?なのだろう

 

 しかし、創造主である博士はそういう問題点を焦点に当ててはいない。使い捨てや実験動物として扱うマッドサイエンティストでないのは確かだが、どうもこの提督の父親は違うようだ

 

「話からして兵器の改装と生命の進化は一緒と言う事か?」

 

「そうじゃ」

 

「いくら何でも無頓着過ぎる。兵器は人の手によって改造や整備をするものだ。艦娘を人として接しているが、改装が進化なんて」

 

「……恐らくお前とワシの認識は別次元のものじゃ。いいじゃろう。分かりやすく話そう」

 

博士は話し始めた。提督も周りも静かに効いていた

 

 

 

 ダーウィンが唱えた進化論を知っているだろうか?人は猿から進化したものだと。地球が誕生してから46億年の間、生命は海から生まれ、進化して地上に繁殖したという

 

しかし、誰もが受け入れた訳でもない。当時、人々に衝撃を与えた大胆な仮説であったためである。創造論を唱える宗教家を始め、あらゆる学者はその考えを疑問視し反発したという

 

 それは当然な事で、誰も猿から人に進化した現象を見た者はいないからである。だが、それが人というものである。長年、信じて来たものが真っ向から否定されれば反発するのも当然

 

 しかし、進化の証拠となるものは少なからず存在する。化石を調べれば生命の繁殖や絶滅した事などが大まかに分かるものである。化石の人類は数百万年前に出現している事から人類も特別な存在ではないと言う事に成る

 

 共通祖先からの進化、集団内の変異の変化によって生じる進化、種分化と分岐による生物多様性、適応進化における自然選択という進化理論には議論があるものの揺るがないものだろう

 

 艦娘計画や超人計画の基本技術は、生命誕生と進化を凝縮させたものである。戦場は常に変動する。柔軟な思考を持ち、強力な力を持てば僅かな兵力でも戦況を覆す事が可能である

 

「勿論、数もそれなりに揃えておかなければ意味がない。如何に高性能な兵器でも一度に存在出来るのは一か所だけで戦線に影響を与えない」

 

 博士は付け加えるように忠告した。提督の父親は科学者でありながら軍人である。質だけ拘っている訳でもないようだ

 

 博士が言うには、先祖が残した文献や実験材料を見たからだ。実際に遺産を手に取って実験した所、先祖が遺したものは本物だと受け入れた

 

それと同時に、これはオカルト物では無く、科学的である事も理解したと言う。世間に公表しても異論や反発が起こるのは必須だからだ

 

 

 

「つまり、妖精の存在や艦娘の建造はオカルトではなく、科学的な現象?」

 

「現代科学の分類ではない。ちょっと異端なものだ。無機物に刺激を与え有機物にする事なんてどんな論文を書いても誰も見向きもしないじゃろう。実際にそうじゃったから」

 

「……確かに。俺も親父は何をしているのか分からなかった」

 

提督は狼狽した。提督自身も昔、父親の考えに疑問を持ち出て行ったのだから

 

「えっと……私達の……艦娘の存在は……」

 

「人間とは異なる進化の過程で生まれた生命体とでも言おうか。人類は猿から、君達は兵器から進化した」

 

艦娘達も動揺した。ここまで直球に言って来る人は居なかったのだから

 

「話を続けていいかね?」

 

「は、はい……」

 

 艦娘は戸惑う中、明石は何とか頭に付いていこうとしていた。自分達が何者なのか知りたいようだ

 

博士の話は続く

 

 

 

 しかし、進化と言えども限度はある。進化でも短時間で出来るのだろうか?人類とは違った進化したとはいえ、進化だけで艦娘や深海棲艦が誕生するのだろうか?

 

実は進化論の中にはこう言った疑問が存在する

 

それは「キリンの首はなぜ長いのか?」である。

 

 実は首の短いキリンと首の長いキリンの間の「中間の首の長さのキリン」の化石が発見されていないことである。これでは、なんらかの原因で「キリンの首は急速に伸びた」としか説明しようがなく、今でも謎に包まれている。突然変異といった進化説もあるという

 

 また、進化学にはウイルス進化説というのがある。ウイルスによって運ばれた遺伝子がある生物の遺伝子の中に入り込み、変化させることによって進化が起きるという説である。人間の進化も、急速に、不連続に進化した跡が認められるものの、これはウイルスによる水平遺伝が影響しているのではないかとも言われているという

 

 

「勿論、これも説じゃ。じゃが、深海棲艦はウイルス進化とは別の方法で可能とした。我々とは違う進化過程をな。深海棲艦に取り込まれている元素、その元素を別の物に変換した元素。妖精の間では『開発資材』と呼ばれておる」

 

「命を吹き込む事が進化?しかし、兵器は自ら思考を持ったりはしない。生まれがどのようなものは関係ないが、見分け方くらいは俺でも出来る」

 

「いや、お前は兵器が何なのかあまり知らんようじゃな」

 

 

 

 兵器も武器も元々は人類が開発した。人類が誕生し知識を手にした時から始まった。敵を倒したり身を守ったりするために造られたものである。人類がものを書き、記録を残すようになった頃には、既に当たり前のように戦争が起こったと追われている。古代エジプトでも武器は青銅器であれど、戦いはあったと記録が残っているという

 

 人が武器に使われる道具は日々進化していった。石器や青銅器は鉄に変わった。科学や知識が発達するようになると、戦争のやり方は時が経つにつれて変化していく

 

 特に銃が発明されると戦争は劇的に変化していった。人や物を運ぶために発明された航空機や車や船は、戦争に使われるようになった。それも時代とともに変化していくものである。兵器も国や環境によって特徴やドクトリンなどによって違いは生まれる者である

 

 浦田社長が横流しした平行世界でも兵器や軍事学は驚異的なものである。敵を倒して戦力を低下させると同時に味方の損害を如何に無くすかを視野に入れているのが多い。例えばイージス艦は本来、艦隊防空艦であるため積極的に喧嘩を売るものでもない。元々は米軍が開発した物であり、空母を守るために開発されたものである。如何に敵の攻撃を防ぐことが出来るか?米軍はイージス艦という兵器にたどり着いた

 

「人類が地球上に存在する限り、戦争も兵器もこの世から消えない。兵器は人類が生み出した科学の結晶じゃ。ワシや先祖達はそれに習っただけに過ぎん」

 

「では、深海棲艦が存在する限り、艦娘も存在しなければならないという事か?」

 

「他の方法で深海棲艦を倒せるなら退役と言う形で艦娘は戦線から引き下げられる事が出来る。しかし、無理じゃろう。現段階で、深海棲艦を倒す手段は艦娘以外にはおらんのだから」

 

 博士はここまで説明すると一息ついた。その間、誰も発しない。艦娘も陸軍将校達も。ここまで説明してくれる人は居ないのだから

 

だが、やがて鳥海は沈黙を破った

 

「浦田結衣はH44という戦艦に変わったようです。これも『超人計画』に?」

 

「『超人計画』は進化の暴走。生命は進化しているが、短期間で出来るものではない。例外もあるが、頻繁にはしない。だが、『超人計画』は進化のサイクルを早めておる。生命の冒とくにも等しい。自分の意のままに改造する事が出来る。しかも、艦娘とは違い、深海棲艦を基としておる。補給も艦娘ほどではないが、大食ではない。これからも進化してしまうじゃろう」

 

「何も縛られずに進化し続ける戦艦……もう化け物でも何でもないぞ?」

 

 提督は結衣に対して怒りが沸いた。平行世界の日本……いや、世界において戦艦は存在しない。アイオワ級戦艦が生き残ったくらいだ

 

 つまり結衣が今後、どのように進化するか誰も検討も出来ない。しかも、ディープスロートからH級戦艦について電話を通してある程度は知っていた。しかし、帰投して来た鳥海達から情報ではどう見ても設計通りではない

 

 それは想定内ではあったが、まさか軽空母の能力を手にしているとは思わなかった。パソコンデータと照合した結果、VTOLという戦闘機らしい。円盤航空機を進化させたのか?

 

「ワシが先祖からの遺産を手に入れた時、『超人計画』は人類の宝だと思ったことがある。実験を稼働させた。遺産を手にしたワシじゃが、時が来れば解き放つよう秘匿するようにと先祖からの言いつけを無視した。……ワシはお前くらいの歳で既に難病にかかっておった。パーキンソン病という奴に」

 

「パーキンソン病?」

 

「不治の病の1つじゃ」

 

 パーキンソン病とは手足の震えや筋肉のこわばりなど、運動機能に障害が現れる病気である。50から60歳に発症する場合が多いが、稀に若くから発症する事もある。しかも、症状が進行すると日常生活に必要な事が出来なくなり、最悪の場合は寝たきりになるという

 

「ワシは若くして病気になった。治療法なんて存在しない。ワシは生きたかった。それだけじゃ。ワシの父は既に他界したため、妻に内緒で薬を製造した」

 

「治ったの?」

 

古鷹は呟くように言った。まだ毒に犯され出撃はしなかったもののしっかり歩いている

 

「結果から言うと奇跡的に治った。細胞が進化し病を治した。しかし、研究してる内に恐ろしいものも見えてきた。生体兵器のものを」

 

「深海棲艦のようなもの?」

 

明石は恐る恐る聞いたが、博士は首を振った

 

「深海棲艦よりももっと悪い。感情もなく、人間性もない。ただただ敵を倒すだけの存在。殺人機械……いや、機械はまだマシかも知れん。メンテナンスは必要じゃからな。しかし、生体兵器は違う。補給はあれど自己修復、自己進化する。こうなると、最悪じゃ。気分次第で国をも崩壊させる事も可能じゃ」

 

博士の告白に誰も口を挟まなかった。静かだった。ここまでおぞましいものだとは思わなかったからだ

 

「だから、ワシは超人計画を封印した。いや、捨てたのじゃ。代わりに違う道を選んだ。だが……ワシがトラック島に行かなければ……深海棲艦の襲撃で急いで脱出したが、持ち歩いていた本が二冊無くなっていたのじゃ」

 

「あの女は偶然手にしたのか?……クソ、なんて事だ」

 

将校は嫌悪感を顕にした。超人計画の一環とは言え、あんな化け物を浦田重工業は作ったのだ

 

政治家はどう思おうが知れないが、あんな兵器は不愉快極まりないものだ

 

「話は分かった。……本題に入る。対策は?当時も似たような事が起こったのなら、どうやって倒した?」

 

「成ル前ニ阻止シタカラダ。ダケド、アソコマデ成長シタラ止メヨウガナイ」

 

駆逐古鬼は冷たく言った。察するに止めようとする行為は昔の方がやり易かったのだろう

 

「それで武蔵は?」

 

「出撃させた」

 

「出撃させたって?まだ完治してないだろ?」

 

武蔵は浦田結衣の毒攻撃を食らったのだ。フグ毒なので解毒剤なんてないはずだ

 

「そうじゃ。だから大改装させたのじゃ。より強力な艦に仕立てた」

 

何が言いたいのだろう?提督も艦娘も首を傾げたが、明石は何かを思い出したかのようにハッとした

 

「え?……まさか……いや、そんな事……」

 

「おい、明石。何だ?」

 

提督が訝しげに聞いたが、二人は熱が入ったのか提督を無視して話している

 

「まさか……『あれ』を武蔵にしたのですか?でも、資源もなくて」

 

「ワシの血から薬を作った。艦娘計画は超人計画の亜種のようなものじゃからな」

 

「血を抜いたって……どれ程抜いたんですか?献血ではないんですよ!」

 

「構わん。命懸けじゃ。寧ろ、副作用で浦田結衣のように成るんではないかと危惧していた」

 

「いい加減にしろ!何の話をしてるんだ!」

 

明石と博士の話が長いため、提督は堪忍袋の緒が切れた。どうやら、技術者同士しか話が分からないものらしい

 

他の艦娘も陸軍将校も同じであった。このままでは埒が開かない

 

「つまり提督の父親には、『超人計画』で完成した薬が今も流れているんです。血液と共に。この薬は、普通の薬品と違って体外から排出されないから今もあるのです」

 

「正確には治癒能力だけを持った薬品だ」

 

明石は周りの苛立ちをなだめる様に説明し、博士も付け加える様に言った

 

「だから、血を抜いた。500mLも抜いて製薬するのはこの歳ではキツイ」

 

「つまり、『超人計画』の薬品を作って武蔵に使ったのか?」

 

提督は呆れていた。ここまでやるとは思わなかった

 

「武蔵さんに打ったって……それって!」

 

「大丈夫じゃ。多少の危険性はあった。拒絶反応し死に至る可能性もあったが、武蔵はそれも承知で薬を打った。奴は進化……いや、大改装した。艦娘の先を行った」

 

 親父の説明に皆は顔を見合わせた。今の説明だと、武蔵は超人計画の薬品を打った。劇薬らしいが、武蔵は深海棲艦にはなっていないようだ

 

「武蔵は何処へ?」

 

「こう言っておった。『奴をぶちのめしてくる』と」

 

皆が混乱し、提督は大淀の艤装に付属している無線を使って通信を試みている中、博士は壁に背をもたれた

 

説明するのに疲れたのだ

 

「無理シ過ギダ。私ヲ解放シタ者モソウダガ、トンデモ無イ事ヲスル。ドンナ敵デモ知恵ト力ヲ使ッテ己ヨリモ強イ敵ヲ倒スノダカラナ」

 

「ははは……それがワシの考えよ。時代は変化しておる。柔軟な対応をしないとはな」

 

博士は武蔵の身を案じた。まだ、ペーパープランとは言え、あんなことを言うとは……

 

 

 

 

 

 艦娘と深海棲艦の連合軍がH級戦艦であるH44に挑んでいるが、互角で戦っている。いや、あれだけの数を慌てず丁寧に葬っているのだ

 

AV8ⅡハリアーとYak-38は赤城加賀の艦載機を片っ端から落としていき、空母に向けて対艦ミサイルどころかロケット弾と機銃掃射してくる始末である

 

 摩耶も天龍も対空砲火を撃ち上げているが、こちらをからかうように的確に攻撃してくる

 

「クソ、五月蝿いハエだ!」

 

 轟音と共に攻撃してくるYak-38を摩耶は苛立ちを隠せなかった。天龍は刀で叩き落とそうと振り回している始末である。当然、こんな攻撃は当たりもしない。それでも2機は落したが、天文学的な確率による命中で撃墜したに過ぎない。赤城も加賀も中破してるどころか、艦載機を半数も失った。これ以上の消耗は不味いと悟り後退する羽目となった

 

 しかし、空母棲姫は違った。直掩機もせずに全ての艦載機を結衣に向けて放った。膨大な数の深海棲艦の艦載機にハリアーもYak-38も防ぐ事は出来ない。合わせて30機しかいない

 

 対空ミサイルもバルカン砲も尽きているため収納したのだ。その間も仕掛けてくるが、結衣は盛んに対空砲火を撃ち上げている

 

 近接信管に40mm機関砲でズタズタになる。また、スタンダード対空ミサイルを数基持ってるのか、ミサイルを発射して撃墜している

 

しかし、百も近い艦載機を防ぐ事は不可能だ。限度がある

 

 少なからず損害はでた。だが、相手は巨大な戦艦。人型とは言え、艤装が巨大であるために爆弾投下で当てるのは簡単だが、致命的なダメージにもならない。お返しに対艦ミサイルによる攻撃を食らってしまい、空母機能が喪失する始末だ

 

一方、大和と長門、そして戦艦棲姫と南方棲戦姫は盛んに砲撃を開始したが、中々ダメージを与える事が出来ない。装甲が固く、長門の41cm主砲弾が弾かれているのだ

 

(一体、どうやったらこんな戦艦が!?伊勢達も出来なかったのに!)

 

 大和は砲撃しながら、内心では驚きを隠せない。戦艦に空母機能を付けるなんて何処の海軍でもやったことはない

 

 いや、確かに伊勢型戦艦は改装はされたが、あれは何も航空戦艦として造ったのではない。間に合わなかっただけである

 

 

 

 そもそも戦艦と空母を合わせてもアンバランスとなるのは必須である。対空面積は大きくなり、攻撃を受けやすい。飛行甲板が至近弾でも破壊されないことから装甲してると考えられる

 

 しかし、これだとトップヘビーとなり浮いていられない。提督が言っていた浦田重工業の技術なのか?

 

 

 

 実は浦田重工業でもこんな戦艦は実現出来ない。可能にしたのは、雷撃も艦載機搭載も可能な戦艦レ級の力を結衣は吸いとったのだ。深海棲艦にはとんでもない技術を持っており、浦田重工業はそれを悪用したに過ぎない

 

 

 

しかし、そんなことを大和は知らない

 

 

 

 だが、大和もこんな怪物戦艦の存在を信じざるを得なかった。奮闘していた南方棲戦姫と空母棲姫は大破してしまった。抵抗していた長門も50.8cm主砲弾を数発受けて大破した。長門の装甲ではあのバカデカイ砲弾を防ぐ装甲なんてない。金剛も霧島も悲惨だった。たった一発で戦闘能力を奪ったのだ。二人とも意識を失って海面に倒れている。一航戦の赤城も加賀も戦闘不能であり、摩耶と天龍は結衣の艦載機による航空攻撃だけで大破してしまった

 

 戦艦棲姫は損害を無視してまで突っ込み、白兵戦まで持ち込んだが、相手の力は上だった

 

50.8cm主砲を近距離で何発とも当てたのだ

 

 気がつけば戦闘可能な艦は大和と奇跡的に攻撃を免れた時雨だけである。いや、意図して攻撃対象にしてないだけだろう

 

 

 

「サア、残りはお前達ダ」

 

 結衣が倒れ込む戦艦棲姫を一瞥すると、大和と時雨を睨んだ。結衣の回りに垂直離着可能な三機のジェット機がホバリングしている

 

敵はいつでも攻撃出来る

 

(ダメだ……惜しい所まで追い詰めたのに……)

 

 時雨は震えた。自分が無事なのは運ではない。後で拷問する気だ。事実、結衣の目は大和ではなく、しっかりと時雨を睨んでいた。当然だ。浦田重工業を崩壊させ、結衣を追い詰めたのは時雨である

 

 

 

 結衣がこちらに向けて突進した時、時雨は悲鳴にも成らない声を上げて逃げた。結衣の拷問は一度受けている。あれ以上の事をするだろう。しかし、結衣は30ノット以上の速度を出せるためたちまち追い付く

 

「砲雷撃戦!一斉射撃!」

 

 逃げる時雨を助けるため、大和は結衣の前に踊り出て砲撃を開始した。だが、結衣は大和の攻撃を受けても強引に突進。そのまま殴り飛ばした

 

 予想外の敵の行動に防ぐ事ができず、吹っ飛ばされてしまう。立ち上がろうとするが、結衣は蹲る大和に向けて50.8cm主砲を叩き込んだ。46cm主砲も耐える装甲も50.8cm主砲弾には耐えられなかったが、あまりにも固いため中破に留まった。

 

 大和がダウンした結衣は再び逃げる時雨に目を向けた。高速で移動し追い付くと再び金属の巨大な手を生やして捕まえたのだ

 

「放して!」

 

「お前は私に勝てん!いくら仲間を呼び数で立ち向かおうが、それを打ち破る力も手に入れた!」

 

 暴れる時雨を押さえるために金属の手は容赦しない。このままでは握り潰されてしまう

 

苦しむ時雨を他所に結衣は艤装の一部を斧に変形させた

 

「首を跳ねてやる!お前の幸運も尽きたな!」

 

海面に叩きつけ強制的に時雨を仰向けにする。斧が高々と掲げられ今にも振り下ろされそうだ

 

「止めて!」

 

 大和は立ち上がって助けに行こうにも被害を受けているため、艤装と体が言うことを聞かない

 

 

 

 皆の視線が結衣と時雨に集まった。助けようにもほとんどの者は大破している。救助にいけない。精々、出来る事は罵倒と涙を流す事しか出来ない

 

 

 

だが、結衣も含めて誰も気がつかない。一人の艦娘が高速で接近していることに。結衣も時雨を執着するあまりレーダー確認を怠った。普段だったら驚いており、退避しているだろう

 

 

 

「サヨナラだ!狂人の息子にお前の首を見せてやる!初めから殺しておけば良かったな!」

 

 泣く泣く時雨に向けて斧が振り下ろされた。時雨は恐怖のあまり泣きながらも目を閉じた。自分は斬殺されてしまう!

 

 そして待った。自分の死を。撃沈よりも恐ろしい死が来るのを。しかし、いくら待てど変化は来ない。意識もあるし、荒い息をしている

 

それどころか拘束していた金属の手の力が弱まっている

 

(な……何が……起こったの?)

 

恐る恐る目を開ける。涙で視界は歪んでいたが、すぐに回復した

 

 斧が時雨の首の直前まで来ていた。いや、それどころか震えながら上がっている。誰かが止めているのだ

 

(え?誰?)

 

次に時雨は結衣の方へ目を向けた。さっきまで残忍な笑いをしていた結衣の表情は、驚愕に変わっている。しかも、目線は時雨ではなく、押さえている者へと向けていた

 

結衣を押さえている者は誰か?時雨はその者を見たが、時雨は目頭が熱くなるのを感じた

 

 

 

 奇跡が起こった。実際は博士か明石がやったのだろう。一人の艦娘が結衣を押さえ時雨を助けている!

 

それは……

 

「てめえ!よくも時雨を泣かしたな!」

 

 武蔵は強烈なパンチを浴びせた。たった一発で結衣はよろめいたのだ。戦艦大和でさえダメージが今一つだった艤装が攻撃を受けている!

 

その隙に武蔵は時雨を拘束している金属の手を拳一つで粉々にした

 

「時雨!大丈夫だ!戻ってきた!」

 

「むざじさん!」

 

時雨は泣きながらも、武蔵の格好に驚いていた

 

 

 

 建造された武蔵の姿が違っていた。マントとさらしの姿が今では儀礼用の軍服のようなものを着ている。艤装も変化している。時雨は武蔵に装備されている主砲に凝視していた

 

大和型戦艦の主砲、46cm主砲よりも大きい!一体、どういう事なのか?

 

「お前!毒を受けたはず!」

 

 結衣は立ち上がるが、その顔を驚愕していた。武蔵は砲撃で結衣に叩き込んだ。近距離なので外しようがない。砲弾は艤装をえぐり、飛行甲板も破壊した。攻撃を受けた結衣はのけ反った

 

小破しても尚、結衣の表情から驚きは消えない

 

「な、なにぃー!バカな!今のは20インチ砲!」

 

 結衣は武蔵を凝視していた。大日本帝国海軍の艦艇を全て暗記して来た。いや、第二次世界大戦の参戦国の兵器は覚えたつもりだ。20インチ砲を持った艦艇はいなかった!アメリカどころか日本ですら取りやめたほどだ

 

 20インチ砲である50.8m主砲は浦田重工業の科学技術と深海棲艦の力を合わせようやく実現出来たほどだ。それなのに、艦娘である武蔵は青天の霹靂のように装備している!

 

「あり得ない!大和型戦艦である武蔵が20インチ砲を装備しているだと!?……まさか、まさか!」

 

 浦田結衣はある艦艇の資料の中に大和型戦艦についてある事が書いているのを思い出した

 

(大日本帝国海軍は大和型戦艦の強化版……超大和型戦艦を建造しようとした計画があった!まさか、それを実現したのか?)

 

 しかし、そんなバカげたものを一朝一夕に造れるものではない。自分自身が体験した超人計画のような個体に進化をさせない限り

 

……進化?

 

「そうか。ことにあろう事か。お前も『超人計画』の劇薬を打つとは!よくも死なずに、済んだものだ」

 

「お陰様でな。この武蔵、貴様を倒すために改二となった!」

 

武蔵と結衣がにらみ合っている中、時雨は2人を交互に見た

 

武蔵が僕と同じ改二?武蔵は大和型戦艦ではない?

 

 いや、聞いた事がある。アメリカが46cm砲搭載の新型戦艦を建造することへの懸念から、更に大口径の51cm砲を搭載することが計画されたのを。大和型をベースに51cm砲登載可能にするという超大和型戦艦というのを。都市伝説かと思っていたが

 

改二は戦闘能力を上げるだけでなく、『艦だった頃の世界』において計画のみで実現出来なかった改装が実現可能出来る力だ

 

 未来においても瑞鶴は最終的に装甲空母になっていた。翔鶴型空母は装甲化やカタパルト装備なんて『艦だった頃の世界』では実現出来なかった事だ*1

 

 改二になるには戦闘能力が向上する反面、艦娘の心身により強い負担がかかるため、ある程度の経験と時間が必要だが。博士はそれをクリアしたのか?

 

だが、今はそうも言ってられない。結衣を倒すチャンスが再び出て来た

 

「いいだろう。どちらが上か……ケリを付けてやる!」

 

互いの巨大な砲が紅蓮の炎をあげた。巨艦同士の戦いが始まったのだ

 

 

*1
装甲甲板にするとトップヘビーとなり、艦載機搭載も減少してしまうという欠点がある。装甲空母である大鳳の建造も苦労したと言う。また日本は空母用のカタパルトを開発することが出来なかった




オマケ
提督「つまり、『超人計画』は進化と言う事か?」
博士「そうじゃ。ウイルス進化と同じ原理でやっておる」
提督「人間にやるとどうなる?」
博士「身体能力は向上する一方、命の危険になるし、精神も破壊される。結衣のように狂っているなら兎も角、普通の人がやると廃人になってしまう」
提督「いや、何か能力が身に付かないのか?」
博士「何を言っておる?」
提督「スタンドが発現するとか?未知のウイルスよって能力が出ると」
博士「確かにその作品ではそういう設定かも知れないが、出る作品間違っておるぞ?」
時雨「では、僕もスタンドが……」
博士「だから無いから!」


武蔵が進化(大改装)して武蔵改二に

ゲームにおいても(試作)51cm連装砲を搭載可能どころか持ってくる事から武蔵改二は大和型戦艦ではなく、ペーパープランだった超大和型戦艦であると思われる
また、大和も51cm連装砲が搭載出来る事から改二は超大和型戦艦に近い事も

あるサイトでは武蔵改二は798号艦型を意識しているとの事から『超大和型戦艦』に近い存在なのかな?

よって、武蔵改二はゲームと同様、51cm連装砲や10cm連装高角砲改+増設機銃などを詰め込んで敵に挑みます。遅ければ時雨が危なかった


余談
実は物語においても『超大和型戦艦』を出そうと思ったりしました
但し、こちらはオリジナル艦娘ではなく、大和を(無理矢理)改二にしてオリ敵と戦うと言ったストーリーを考えていました
浦田結衣が架空戦艦であるH級戦艦を改装させているのだから、大和武蔵を超大和型戦艦に改装させようというシナリオです
超大和型戦艦は大和型戦艦の強化発展型です。翔鶴瑞鶴の改二甲のように史実において翔鶴型は装甲空母された事もありませんし、カタパルトも装備された事もありません。よって、大和改二(IFバージョン)として登場させる予定でした

……が、物語を書いている途中で武蔵が改二実装したため、ストーリーを変更。武蔵のみですが
予定されていた事が先にゲームで反映されるとは思いもしませんでした
深海棲艦や艦娘などの考察であるように大改装も改二もある意味、進化かも知れません

武蔵(改二)「よし、レクイエム化だ!」
博士「だから、そんな能力は無いから!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第107話 決着

皆さん、こんにちは
ちょっとドタバタして予定より遅れてしまいました
正月でのんびり過ごして来たのが、急に忙しくなったため大変でした

それはそうと今回のイベントは中々強敵でした。甲攻略出来なかった……
掘りも完了。ジョンストンは攻略中に出て来てくれましたが、早波は50周してようやく……

何回、戦艦棲姫と南方棲鬼を殴った事か()

一方、アーケード版では江風や海風などが実装する一方、戦艦レ級も登場
魚雷を大量に打ち込んだり、尻尾から艦載機を吐き出したりとアーケードでも暴れています

北上「あんなに先制魚雷を撃てるなんて」
大和「ブラウザ版よりも厄介なんですけど!」

倒すのに苦労しました



その日の海は荒れていた。人型とは言え、巨大戦艦の威力が低下する事は無い。よって、双方の間で熾烈な砲撃戦が繰り広げられた

 

「うおおぉぉぉ!」

 

武蔵は51cm主砲を立て続けに発射した。敵である浦田結衣に不覚にも不意打ちを食らってしまった。今度はそのお返しだ。結衣は時雨を追い掛け回す事に執着するあまり、周囲の警戒を怠っていた

 

「武蔵?その姿、どうしたの?」

 

「大和、そんな事はいいから援護してくれ!」

 

大和は戸惑っていたが、武蔵の要請に大和も砲撃戦に参加する。一騎打ち……いや、大和も加わったため1対2である。しかも、互いに援護はない

 

「51cm主砲を手にするとは。だが、そんな小細工は私に通用しない!」

 

互いに巨弾が飛び交い、巨大な水柱が立つ。妨害電波を出しているため、大和武蔵はレーダー射撃は出来ない。観測機もハリアーのお蔭で飛び立てないだろう

 

しかし、大問題があった。H44である結衣は自己修復の能力を持つ。だが、艦載機は別だ。そんな能力はなく、弾薬燃料もスペック通りだ。よって、撃墜される危険性はないが、燃料切れで墜落する事に成る。飛行甲板も破壊された。現在は修復しているが、収容するのに時間が圧倒的に足りない

 

何しろ空母棲姫や赤城加賀の空母を攻撃したり、艦載機を撃ち落したりしたのだ。空戦をした事もあって弾切れ状態である。収容し補給出来たジェット機は半数だ。残りの機体を収容しようにも艦隊決戦をしてる最中だ。危険が大きすぎる

 

「どうした?遠慮はしない!」

 

二連装である51cm主砲が火を吹く。それが3基あるため計6門もある。そんな巨大な砲が近距離で飛んで来るのだから堪らない

 

「チッ!死にぞこないが!」

 

結衣も負けじと撃ち返してくる。レーダー射撃をしているため命中率は結衣の方が上である。しかし、大和も参戦しているため骨が折れる

 

「いくぞ、大和!」

 

「はい!」

 

武蔵の援護要請に大和は答える

 

武蔵の51cm砲と大和の46cm砲が吠える。H44になった浦田結衣も50.8cm砲で撃ちかえす

 

巨大な砲弾が飛び交い、外れた砲弾は巨大な水柱が立つ。命中した砲弾は艤装の一部を破壊する。成り行きとは言え、艦隊決戦が発生した

 

平行世界の太平洋戦争ではほとんど起こらなかった事がこの世界で起こっている。戦艦同士の戦いは熾烈なもので、経験したことがある霧島も近寄れない。中破しながらも立ち上がる戦艦棲姫もである。危なくて近寄れない

 

 

 

(クソ、飛行甲板が破壊されて発着艦が出来ん!)

 

結衣は歯軋りした。ハリアーやYak-38を飛ばしているのに武蔵の接近に気づかなかった。いや、時雨を執着するあまり、警戒を怠った。地対艦ミサイルだけでなく、敵の電子の目を奪うために妨害電波を出せば敵の攻撃は落ちると思い込んでいた。思い込んでしまった。

 

また、武蔵と砲撃戦を展開してるが不味い事が起こっている。射撃能力はこちらが上だが、砲雷撃戦では劣っている

 

ビスマルクを初め、H級戦艦は近接戦闘重視で装甲は均等である。沈みにくいという点ではいいが、飛行甲板までは装甲化されていない

 

というより、空母の飛行甲板はどこも同じだが、戦艦の砲弾に耐えれるよう造られていない。250キロ爆弾に耐えられるよう装甲を220mm並の強度にしたが、戦艦の主砲までは防げない。第二次世界大戦時に各国が航空戦艦のプランを参考にしてイメージしたが、やはり純粋な戦艦とやり合うのは無理がある*1

 

何しろ40cm主砲弾の直撃を耐えるにも、少なくとも300mm以上は必要だとされている

 

 実際に大和の重要区画であるバイタルパートの装甲は360mm。主砲砲塔防盾は650mmある。46cm砲の砲弾に耐えうることを前提とした防御力はこれくらいは必要である

 

 実は結衣の弱点だったりする。飛行甲板は自己修復可能だが、被害の大きさによっては時間がかかる。長口径による射程距離の長さを活かしてアウトレイジする方法だ。例え、不覚にも接近したとしても凌げる方法はある。レーダー射撃でも正確さは第二次世界大戦の船舶でも負けない。弾着観測でも哨戒ヘリを使えば精密さは更に増す

 

 だが、大和が直前まで艤装を外して補給物資の荷物に紛れるなど予想外の事までは対処は出来ない。しかも、接近されれば別だ。接近すればレーダーを頼る必要性なんて無い。光学照準でも可能だから。対艦ミサイルをまだ抱えているハリアーとYak38を大和武蔵に向けて攻撃するよう命じた

 

それしか手は無い*2

 

 

 

武蔵はプロペラがない航空機から発射されるロケットに耐えながら接近した。51cm主砲なんて『艦だった頃の世界』でも製造されていないのだから初めてである。46cm主砲の感覚で撃つ訳には行かない

 

よって、接近する事にした。遠距離攻撃では当たらないからだ。確率論で頼らず直接ぶちのめした方が効果的だ

 

「敵ロケット来ます!」

 

 妖精の報告と同時に轟音と衝撃が襲う。強力なロケットが武蔵を襲うが、武蔵は無視した。10cm連装高角砲改と増設機銃数で撃ち落せる代物ではない。それで撃墜出来れば摩耶がやっている。尤も、彼女は運よく2機も落としたらしいが。51cm砲弾に耐えられる厚さの装甲は流石に纏っていないが、それに近い装甲は纏っている*3

 

(まあ、沈む時は沈む。だが、アイツだけでも道連れにしてやる!)

 

武蔵はミサイルの豪雨に怯む事無く執拗に攻撃して来る結衣に向けて砲撃を開始した。大和も負けじと撃っている

 

双方との間で巨大な水柱が立ち上がった。その中に命中した砲弾もある

 

「これしきの傷!主砲、一斉射だ。薙ぎ払え!」

 

50.8cm主砲弾を数発受け対艦ミサイルを食らっても怯まない武蔵。装甲が予想よりも耐えてくれた

 

妖精が再装填完了したとの報告を聞くと武蔵はブザーも鳴らさずに引き金を引いた。51cm主砲は再び砲声を轟かせた。一斉射撃によって妖精から悲鳴が上がったが、タフだから大丈夫だろう。電波障害があるため、電探による射撃は出来ないが、光学照準でやるしかない

 

砲弾は再び結衣に直撃する。飛行甲板を破壊したため、発艦される恐れはない。後は本体のみだ

 

 

 

武蔵が攻撃態勢を取った、その時だ。無線からけたたましい声が響いた

 

『聞こえるか!?電波障害が消えた!怪物戦艦は何処だ?』

 

「提督?」

 

 武蔵は驚いた。実は武蔵が砲撃した時、偶然にも電子戦装置に命中したのだ。そのため、妨害電波が取り除かれ無線が通じた

 

 武蔵は自身に装備されている21号電探改二を確認した。スコープはクリーンだ。これでこちらもレーダー射撃が出来る*4

 

大和も無線を受信したのだろう。敵の位置を伝えている

 

「フン!海の藻屑にしてやる!」

 

結衣は自身のH44である艤装に自信があった。まだまだ進化は出来るが、今は目の前の敵を倒すのみだ。あの劇薬は一種のドーピングのようなもの。体力の消耗が激しい

 

だが、こちらが圧倒的に有利なのは変わりない。一騎当千可能な力を手にしたから

 

しかし、こちらに向かって来るミサイルを結衣のレーダーに捕らえていた

 

「しつこいぞ!地対艦ミサイルでこのH44改を沈めようだなんて思うな!」

 

ECMは使えないため、チャフとCIWSで対応した。ミサイルの性能が弱い事もあるが、結衣はミサイルを全て撃ち落としてしまった

 

『クソ、もうこちらから援護射撃は出来ない!』

 

「提督よ!もういい!こちらで倒す!」

 

「いい気になるなよ?ちょっと進化したからと言ってこちらが圧倒的有利である事には変わりはない!」

 

結衣と武蔵は砲撃しながら接近していた。戦いは肉弾戦にまで発展した

 

 結衣の拳と武蔵の拳がぶつかり合うと、そこから強烈な衝撃波が発生し大和も後ずさりをするだった

 

 大和と武蔵改二は必死になって戦っている。2人の猛攻を結衣であるH44は応戦した。だが、相手の火力の方が強力だ

 

 

 

 ――本物の化物だ

 

 そう、時雨は心から思った

 

 あの世界最強の大和と武蔵が、本気で戦っているのに、一人の戦艦に押されている。敵の水上打撃能力は強力だ

 

 航空攻撃でも潜水艦による雷撃も嘲笑うかのようにかわされる。鹵獲した現代兵器でも効果がない

 

 いや、元々数が少ないからかもしれない。ディープスロートである空自の一尉がいればどうなるか分からない。何か策でも練ってるはずだし、平行世界の日本の軍隊である自衛隊なら対処出来るかも知れない。浦田重工業がやったように対深海棲艦用の兵器を積めばいいかも知れない。いくら自衛隊でも警備隊長のような人はいないはずだ

 

だが、それは『もしも』の話だ。ワームホールは破壊している

 

怖い。恐ろしい。

 

 時雨は、自分が怯えている事を理解しなくてはならなかった。足は震え、歯がカチカチと鳴る

 

今の自分に何が出来る?

 

 雪風と共に幸運艦などと言われているが、局自分がやっているのは怯えて震える事だけだ。

 

 少しでもいい……大和と武蔵の助けになる、何かがしたい。しかし、自らが持っている兵装では無理だ

 

主砲は豆鉄砲であり、酸素魚雷も尽きてしまった

 

「おい、時雨!」

 

「誰っ!?」 

 

 壮絶な艦隊戦に呆気を取られていたため、我を忘れていた。声と共に肩を叩かれ、つい驚きの声を上げ、身構えてしまう。

 

「ぼうっとするな!……時雨は下がっていろ。もう、あたし達には手に追えない」

 

摩耶は悔しがるように撤退を薦めた。

 

「ダメだ!ここは――」

 

「あいつらの砲を見ただろ!もう駆逐艦や軽巡がどうにかなるレベルの問題では無くなってんだ!……天龍も赤城さんも加賀さんも戦闘不能になった。鳥海が付き添ってくれるから」

 

「ここは危ないです。早く撤退を」

 

 先ほどまで電波障害があった事もあったため、提督は通信が回復する直前に鳥海を差し向けたという。既に3人は鳥海の伝言通り撤退しているらしい。ここに居ても足手まといという

 

「でも……」

 

 時雨は何とか反論しようとしたが、言葉が見つからない。深海棲艦の姫級も長門も金剛も霧島も戦闘不能だ。空母組も潜水艦娘やられる始末だ

 

敵は単体でも強力だ。こちらの数の暴力なんて何ともしない

 

 しかも、下級の深海棲艦も操れるという。東京湾だからかも知れないが、外洋に出たら終わりだ。下級の深海棲艦の艦隊を従えるだろう

 

そうなると戦力差で負けてしまう!浦田重工業が崩壊している今、通常兵器では倒せない!

 

「……ダメだ!何とかしないと!」

 

「バカ言うな!あたしも悔しいけど、敵が強すぎるんだ!提督もそれくらい分かってる!」

 

 実際に戦えない者は撤退していいと連絡があった。電波障害が無くなっても、敵が弱体化する訳がない

 

どうすれば勝てる?

 

 鳥海の話によると武蔵は超人計画である劇薬を使用したらしい。まだ、作れる事には驚いているが、武蔵が超大和型戦艦に近い存在になることには驚いている

 

 しかし……武蔵が進化しようが、結衣には及ばない。結衣には平行世界からの軍事技術をイメージ出来るのか、ジェット機まで進化させている

 

 このまま進化する可能性も出来ないはずだ。鳥海の話だと超人計画による改装は、正規ルートではない。場合によっては艦娘も命を落としかねない

 

武蔵の場合は偶然成功しただけだ。他の艦娘も成功するとは思えない

 

(どうやって……)

 

武蔵と結衣の肉弾戦を呆然と眺めながら時雨は思った

 

艦娘である僕達は、弾圧される運命なのか?

 

 結衣は一人だが、深海棲艦の艦隊を洗脳させ率いることが出来るし、自己修復や自己進化出来る

 

このままでは消耗するだけだ

 

超人計画は悪なのか……?深海棲艦は人に利用され、艦娘は弾圧される存在なのか?

 

 それとも、深海棲艦は世の中を滅ぼすだけの存在なのか?艦娘は後始末するための掃除屋なのか?

 

(僕達は何のために戦っているのだ?)

 

 時雨は座り込んだ。鳥海はしきりに撤退するよう言ってくるが、時雨は無視した。この世界がどのように進んでいくかは知らない。アカシックレコードにもなかった

 

 結衣はH級戦艦を現代化改装している。無理矢理したようだ。艦娘が改ニになってもそんなのは手にしなかった。夕立も改ニになり、火力は上がったが、敵を退ける事が出来ず、未来で沈んでしまった

 

(超人計画がなければ……こんな苦しみなんて……)

 

 時雨は今まで経験した事を思い出した。大半は苦い経験だけだ。楽しい事なんてあまりない

 

超人計画……艦娘計画……進化……改ニの存在……浦田重工業……

 

 

 

様々な事を思い出す中、偶然か頭は冴えていた

 

(改ニになっても未来兵器は積めなかった)

 

(浦田重工業は平行世界の日本を騙して兵器や科学技術を横流しにした)

 

(深海棲艦と艦娘はコインの表と裏)

 

(建造ユニットが未完成の時、深海棲艦化した吹雪が出てきた……)

 

しかし、吹雪はそのような事は覚えていないという。初めて合ったのだと

 

(過去に深海棲艦と提督の先祖は会った)

 

自分でも分からない。なぜ、こんな事を考えているのか?

 

(駆逐古鬼は人に成った……もしかして……艦娘になった……?)

 

鳥海の話だと駆逐古鬼は人に成ったというのを聞いたという。……本当に変わるのか?

 

(深海棲艦は別次元の世界で進化した。艦娘は兵器から進化した……)

 

(僕は改ニになったけど……浦田結衣のような力は手にしていない……)

 

改ニは身体的負担がかかるが、練度が高いとその負担も軽減出来るという。身体的能力と兵装によっては、『艦だった頃の世界』以上の力を手に出来る

 

 しかし、半世紀以上の軍事力を身に纏った事なんてない。瑞鶴も装甲空母になり、カタパルトを保有していたが、平行世界の米海軍の原子力空母のような力は持っていない。平行世界の未来において自衛隊が空母を持っていないからかも知れないが、それならなぜ、結衣は実現出来る?H44であるH級戦艦はペーパープランのはず。ディープスロートも言っている

 

(改装……進化……艦娘は無機物ではなく生命体……)

 

まさか……

 

 時雨は勢いよく立ち上がると岸に向かって全速力で駆け出した。缶が悲鳴をあげる程、全速力を出した

 

「時雨!」

 

鳥海の制止を無視して時雨は駆け出した

 

 

 

「ヘェー。時雨は逃げたな。敵わないと思って逃げたらしいな」

 

武蔵と結衣が取っ組み合いの最中、現場を離れる時雨を見て結衣は嘲笑った

 

 武蔵は結衣を睨んだが、内心は時雨に失望はしていない。敵わないから逃げたのは仕方ないかも知れない。しかし、武蔵はそうは思えなかった

 

(時雨……お前が何をしようとしてるのか知らないが、時間稼ぐはキツいぞ)

 

武蔵は時雨の表情を一瞬だが、見たのだ

 

少なくとも絶望した表情ではなかった。まるで何か思い付いたような……

 

 東京湾の海面を走り、岸に上がった時雨は提督の姿を見や否や、駆け出した。体があちこち痛いが、時雨は無視した

 

ここで倒れたら意味がない!

 

「時雨!無事だったか?」

 

「僕は大丈夫!それよりも聞いて!」

 

 提督は時雨のボロボロに驚きながらも聞いてきたが、時雨は声を掛ける仲間を無視して先ほど閃いた事を一気に話した

 

話が終えた時は全員、顔を見合わせていた

 

「おい、本気か?」

 

「だってそうじゃない?僕は改二だよ!」

 

「どうなんだ?」

 

提督は驚きながらも近くに居た明石に尋ねたが、明石も困惑していた

 

「分かりません……でも、そんなのやっても意味がないと思います。だって、敵である浦田結衣は元々人間なんですよ?」

 

明石はかぶりを振った。時雨の提案には根拠がない

 

「何回も言っていますけど、私は全然覚えていないんですよ!」

 

吹雪も付け加えるように叫んだ

 

「深海棲艦と艦娘に類似点はあるのは分かりますが、流石にこれは――」

 

「いや、確かに一理ある。生命は常に道を探すという点を見ればあり得るかも知れん」

 

不知火も戸惑いを隠せなかったが、彼女の指摘を遮るかのように博士は言った

 

博士は軍曹に支えながらも歩いている。何があったのだろう?そして、隣にいる深海棲艦は?

 

「彼女は?」

 

「心配するな。今は敵じゃない」

 

博士は座り込むと何か考えている。時雨は待った。今の考えが正しいと信じたい。いや、信じるしかない

 

「お前は覚えておるか?製薬方法を?」

 

「……馬鹿ヲ倒スノニ人ニ成ッタ事ガアル深海棲艦ニ頼ムトハ」

 

 駆逐古鬼はため息をつくと小型の注射器を取り出した。そして、腕をまくり上げると注射器を刺し、血を吸い上げていた

 

「な、何を?」

 

「実験材料トカダッタナ。製薬方法ハ知ッテイル。一緒ニ造ッタカラナ」

 

「一緒に造った?」

 

「人間ニ興味ガアッタカラダ。オ前ノ先祖ハ面白イ人ダッタゾ?」

 

 『超人計画』は地球上の生物でも使えるが、やはり超人的な生命体である深海棲艦が一番いいとされる。だが、副作用も大きく並の人間が扱うものではない

 

余談だが博士は昔、海洋生物を元に研究していた。先祖代々から受け継がれてきたものらしい

 

「実験動物に製薬って……昔にそんな技術があるなんて……」

 

 明石は驚きを隠せなかった。昔の人はここまで凄かったのか?

 

「確かにそうかも知れん。じゃが、歴史を遡れば別に不思議でもあるまい。江戸時代では一般大衆ですらアサガオや金魚を交配して楽しんでおった。火薬や電気を扱う技術も遥か昔から存在しておった」

 

 博士は説明した。生活水準やモラルは今よりかは低いが、決してバカではない。どうやら、我々が考える以上に先人の知恵や技術は偉大だったらしい

 

博士は座りながら材料を手に取ったが、機材に触れる直前で倒れ込んだ

 

「博士!」

 

「おい、親父!……全く、血液を大量に抜くからだ!」

 

時雨は博士が疲労で倒れたと思っていたが、実際は違うらしい。何だろう?

 

だが、明石は前に進み出ると博士に力強く言った

 

「大佐、私に製薬方法を教えて下さい!」

 

「ッ!」

 

「分かっています。だけど、私も艦娘です!」

 

 明石は工作艦である。戦闘艦ではないため、戦う事が出来ない。しかし、何か役に立ちたいと思ったらしい

 

「……分かった。やるんだ。『艦娘計画』では欠かせない技術だ。それを転用すれば実現出来る。ワシの言った通りにやるんじゃ」

 

 

 

 武蔵と大和の2人は結衣に全力で戦いを挑んでいた。大和は既に中破しており、戦闘不能になりつつある。だが、撤退する気は全くなかった

 

「ちッ!折角のハリアーを台無しにしやがって!」

 

「黙れ!」

 

結衣の攻撃目標は大和から武蔵へと変わった。大和はあれくらいでいいだろう。だが、武蔵の方が厄介だ。あの装甲……51cm主砲を耐える装甲ではないが、やたら固い

 

「ふっ。この主砲の力、味わうがいいぜ!」

 

51cm連装砲が再び砲火を上げる。九一式徹甲弾が大気を引き裂いて飛んでいく。巨大な砲弾はH44に命中する。既に飛行甲板は使い物にならない。ジェット機も弾薬尽きたため飛んでいるだけである

 

「舐めるな!」

 

 結衣は吠えた。武蔵に向けて砲撃を開始した、既にこちらの射撃能力は低下していた。51cm主砲は威力が高く、自己修復に間に合わない。電子機器は軒並みいかれているため、正確な射撃は出来ない

 

だが、負ける要素は全くない。目視でやってやる

 

それどころかとんでもないものを使ったのだ。副砲にある砲弾を装填すると武蔵に向けて発砲したのだ

 

「つあああ!」

 

武蔵はのけ反った。副砲の砲弾なのに武蔵の装甲を貫通して51cm主砲の1つを破損させた

 

「な、何だ?これは?」

 

予想外の事に武蔵は戸惑う。自慢の装甲が副砲によって貫通したのだ。結衣はそれを見逃さなかった。武蔵に向けて一斉射撃を開始した。超大和型戦艦に近い力を手にした武蔵も50.8cm砲弾を一斉射撃を食らえば無事な訳がない

 

「副砲に劣化ウラン弾を積んだ。貴重な代物だ。兄に黙って調達したからな。お前さえいなければ、苦しまずに済んだものを」

 

結衣の暗い声に武蔵は歯ぎしりした。相手はまだ隠し玉を持っていた

 

劣化ウラン弾……タングステン合金弾よりも高い貫通能力を発揮すると言われている砲弾である。結衣は平行世界のアメリカから奪った。中東の紛争地帯に展開している米軍の戦車を攻撃。砲弾を奪ったのだ。都市から離れていた事も合って目撃者も少ない。その場にいた米兵も皆殺しにした

 

「よくも!ぐぁ!」

 

武蔵はそれでも戦おうとしたが、既に火力は失われている。自慢の51cm主砲はひしゃげている

 

「武蔵。お前の力、そしてお前の戦いぶりを認めよう。しかし、哀しいかな。いくら改装しようが、私には勝てない!」

 

『超人計画』である事に加え未来技術を取り入れた結衣は厄介な存在となった。深海棲艦の能力と強力な兵器の前では勝つのは難しい

 

「礼を言うぞ。私をここまで強くしてくれて。この私はここまで強くなった。外洋に出て姫級を始末し下級の深海棲艦を指揮下に置けば、この世界は私の物だ。生温い兄とは違う世界を創る事が出来る」

 

 相手は武蔵を完全に舐めている。後ろから大和が砲撃しようと身構えたが、結衣は向きを変えずに砲塔を向けただけで砲撃した

 

「そんな……この大和がまた……」

 

大破し膝をつく大和を横目で確認した結衣は鼻で笑うと再び武蔵を見据えた

 

「私の手で直接始末してやろう。これで邪魔者は片付く!」

 

 一歩、一歩と武蔵に近づく。武蔵は身構えるが、既に航行能力はほとんどない。だが、まだ手はある

 

(一門はまだ無事だ。近距離から砲撃してやる!)

 

 しかし、それで致命傷を与えるとは思えない。相手は強い。武蔵は覚悟を決めた時、結衣は歩く足を止めた

 

「え?」

 

 武蔵は息を呑んだ。こちらの思惑がばれたのか?いや、結衣は岸の方向を向けている。彼女の目線の先に何かが近づいている。新たな艦娘だろうか?しかし、その者の姿を確認した武蔵は驚いた。時雨が単体で突進している?

 

「やけくそになったか。元はと言えば、あの小娘のせいで計画が狂った。手加減せずに始末してやる!」

 

ハリアーもYak38も弾薬は尽きている。よって、自身が装備している対艦ミサイルを使う事にした。

 

ミサイルが発射される直前、武蔵は結衣に飛びかかった

 

「させるか!」

 

結衣は50,8cm主砲で仕留めようとするが、武蔵が早かった。武蔵は体当たりすると結衣に滅茶苦茶、殴った。その衝撃でミサイルは時雨とは違う方向に飛んで行ってしまった

 

「姑息な手を!」

 

H44と武蔵との間で取っ組み合いが再び始まった。殴り合いが起こった。51cm砲も近距離で叩き込んだが、お返しに50.8cm砲弾による洗礼を受けた

 

そんな中、何かが結衣に刺さる。結衣は武蔵を投げ飛ばすと、首筋に刺さったものを引き抜いた

 

「これは?」

 

結衣もよく知っている。ふぐ毒を詰め込んで艦娘に毒攻撃した時の注射器だ。ビル内から拾ったのか?

 

「何をバカな事を?私に毒は効かない!」

 

体内に入ったが、容器の中は毒だ。時雨は毒攻撃しようとしている

 

「いいだろう!旧日本軍のように神風特攻のように無駄死にしていろ!」

 

 結衣は砲撃で沈めようとしたが、再び誰かが阻止した。大破状態であった大和と戦艦棲姫だった。怪物艤装は咆哮を上げながら拳を振るい、大和も46cm主砲で応戦しようとする。時雨を沈めまいと攻撃したのだ

 

 結衣も立ち向かった2人の攻撃を迎撃した。砲撃、ミサイル、劣化ウラン弾による副砲攻撃で最後の抵抗を根こそぎ奪った

 

 所詮は近づいて来るのは駆逐艦だ。蚊を殺すくらい簡単な作業だ。今までは運だけで生き残ってきたようなものだ

 

独自に設計したH44が負ける訳がない

 

再び時雨は何かを撃って来た。薬品入りの注射器は艤装に当たらず皮膚に刺さった。しっかりと狙ったのだろう

 

「死ね、時雨!」

 

駆逐艦の主砲の砲撃の後に巨大な主砲の砲撃音が鳴り響く。巨大な水柱が立ち、時雨の姿が消える

 

「時雨!貴様、よくも!」

 

時雨は沈んだ。武蔵は激昂して無理矢理立ち上がる臨戦態勢を取った。だが、武蔵は信じられない光景を目にした

 

「ギャアアァァ!」

 

結衣はおぞましい悲鳴を上げていた。左腕が無くなっている?駆逐艦の主砲で持っていかれたのか?

 

「な、何だ?これは!?」

 

 結衣は何が起こったか分からない。武蔵もだ。何が起きているのか、全く分からない。武蔵の自慢の主砲でもビクともしなかった相手が、駆逐艦の攻撃が効いて悲鳴を上げている?

 

「驚くことはないよ。これも『超人計画』の一環だから」

 

 皆が混乱している時に、その疑問に答える者がいた。武蔵は驚愕した。時雨が生きている!あの砲撃は外れたんだ!ただ、水柱が大きすぎて消えたように見えただけだ

 

「な、何?」

 

結衣は手を抑えながら時雨を睨んだ。結衣の表情は、焦りが浮かんでいる

 

「僕を拷問している時に言ったじゃないか。『深海棲艦の力を人間にも使えないかと試行錯誤に研究していた』って」

 

時雨は淡々と話している

 

「『深海棲艦の力を自身の肉体に取り込み、その力を使って支配しようと企んでいた』……だけど、全員がそうじゃなかった。提督の先祖も危険性を認識していた。そして8代目は、特定の深海棲艦が人になる事が出来る薬を開発した」

 

「……!」

 

 結衣は驚愕した。あれは洗脳するために吹き込んだ嘘だ。確かに駆逐古鬼に対して使用したと書いてあったが

 

……まさか

 

「駆逐古鬼は人間になったんじゃない。艦娘になった。昔はそんな言葉なんて無かった。駆逐古鬼は艦娘になった日から死ぬまでの出来事を覚えていない。建造ユニット初日に深海棲艦化した吹雪が出て来た。解体して建造した際には、そんな事は覚えていなかった。艦娘になるとどういう訳か記憶も肉体も一新されるんだ」

 

 結衣は時雨が何をしたのか分かった。最初の毒攻撃は油断させるため。本当の目的は相手を油断させるため

 

「深海棲艦と艦娘はコインの表裏といったのは、君だよ。僕達は人間ですらないかも知れない。だけど、君も同じ。だから、君を元に戻す。本来なら毒なんてないものだけど」

 

 結衣はギョッとした。空を飛んでいたハリアーとYak-38が木の葉のように落ちていく。いや、結衣の艤装も様子がおかしい

 

艤装は見る見る内に赤く錆び初め、一部は重さに耐え切れず海中に落ちていく

 

「君は劇薬を使った。進化のサイクルを早めたお蔭で深海棲艦でも艦娘でもなくなった。だから、無害に等しい薬でも君にとっては劇薬なんだ。強力な力を手にしたけど、艦娘どころか人間に戻れない」

 

 時雨が思いついたのは、偶然だった。いや、これまでの経験を思い出した事もあるだろう。それとも、アカシックレコードでこういう光景を見たかもしれない。真相はどうでも良かった。敵が弱っているのだから

 

「妙に思ったんだ。君が深海棲艦以上の力を持っていると同時に艦娘に似たような能力まで持っているから。劇薬を使わなかったら、こんな事にならなかっただろうね」

 

 冷たく言う時雨に結衣は怒り狂っていた。『超人計画』は進化のサイクルを早めるもの。究極にまで発達させた生命体は、既に怪物となっていた。そのため、解毒剤ともいえる薬品に対しては拒絶反応を起こしたのだ。そのため、本人の身体だけでなく、艤装まで及んでしまった

 

「もう君は最強ではない。僕の攻撃を食らったら君は死ぬ」

 

時雨が砲塔を向けても結衣は逃げもしない。今は怒り一杯で冷静さを欠けていた

 

「し……時雨ー!」

 

怨念のような怒り声に時雨は怯まない。これで倒せる。確実に倒せる!

 

しかし、彼女は気付かない。時雨も変化している事に

 

*1
実は戦艦・巡洋艦と航空母艦を合体させた艦の計画や研究は何処の国でも行われいてた時期があった。例えば、ドイツの大西洋作戦方航空巡洋艦、イギリスのライオン級改装航空戦艦案、アメリカの航空戦艦試案、ソ連の10581号計画艦など。第2次世界大戦前には、三段飛行甲板時代の赤城に20センチ連装砲でははく36センチ砲乗っけたような「航空戦艦」「戦艦空母」が、各国で構想されていた事も

*2
航空戦艦が伊勢型航空戦艦以外実現出来なかった理由は、排水量の割には戦艦・巡洋艦としては火力が足りない、空母としては搭載機が少なすぎという中途半端な代物なので物にはならないなど多数のデメリットが存在するからである。まあ、あまり掘り下げてしまうと伊勢や日向どころか扶桑山城、最上達まで被害が及ぶためここではこれ以上は言わない。伊勢や日向の航空戦艦も史実では実戦機を搭載して「戦艦空母」として実戦運用されたことは一度もないため実力は不明である(航戦や航巡の艦娘にはナイショだ)

*3
超大和型戦艦の装甲はどうなっているか?実は分からない。というのも当時の資料も残っていないため不明である。一説には51cm主砲弾での耐えられるよう設計する予定だったが、余りにも分厚すぎて一枚板で成形できず、二枚重ねにする……というものである。武蔵改二も装甲値が増えているため、それにちかいような扱いだろう

*4
例えば22号対水上電探では、当初は実戦で使えるレベルではなく、実用化出来たのはレイテ沖海戦直前だったとの事。レイテ沖海戦では、射撃レーダーとしても使用しており、戦艦大和を始め金剛や榛名などがレーダー射撃を実施している




おまけ
提督「あれが武蔵改二の強さ」
不知火「流石、大和型戦艦です」
提督「ああ、これで当面は安心だ」
吹雪「安心って?」
提督「深海棲艦以外の敵とも戦えるって事だ。宇宙人であるプレデターや殺人ロボットであるT-1000にも戦えるから安心だ」
武蔵『提督、私は筋肉モリモリマッチョマンの変態ではないぞ!』

※艦これ漫画において大和は『大和ホテル』と弄られるのに対して武蔵は能筋扱いである。ある漫画だと鉄球を粘土のように削ったり、駆逐艦娘に筋トレをさせたり……

いよいよこの戦いのラストが見えてきました

時雨は結衣の異常な進化に気付きます。自分自身が改二である事もあるのでしょう。お蔭で形勢が逆転出来ました

次回は――

おまけ
Q、世界はどうなっているか?

A、欧州は深海棲艦の猛攻を受けて荒廃、アジアとロシアは内戦勃発、アフリカと中東とオーストラリアは不明

アメリカはどうなっているか?
マグロを食っているジラが上陸しました
ハリウッド版ゴジラが上陸しました
ハリウッド版キングギドラが上陸しました
ハリウッド版ラドンが上陸しました
ゴジラアースが上陸しました
メカゴジラがバーチャル世界から現実世界へ抜け出してきました(レディプレイヤーより)
巨大な宇宙船が飛来して来ました(インディペンデンスデイより)
ロキがやって来ました(マーベルより)
サノスがやって来て今にも指パッチンしそうです

アメリカ「海外に軍隊を派遣している場合じゃねー!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第108話 任務完了、さらば時雨

今回は何も語りません
正真正銘のラストバトルです


「馬鹿な……艦娘になる薬だと!」

 

 浦田結衣は苦しんでいる。自分の力が弱まるのを感じた。巨大で黒い艤装は赤錆によって浸食されるかのように広まっている。不気味な金属音が鳴り響き、機銃や副砲が重さに耐えきれずボロボロと落ちていく

 

 垂直離着陸機であるハリアーもYak-38も影響が及び、次々と海に墜落していく。急な出来事にその場にいた武蔵も大和も唖然としていた

 

「そう。僕は改二に改装されたから分かる。改装だけで飛躍的な力は手に入らない。アイオワさんは『艦だった頃の世界』で改装されたから、現代兵器を持って来れた。だけど、君は違う」

 

「なっ!?」

 

「未来の提督も僕達の生存率を少しでも高めるために改装には怠らなかった。……それでも沈んでいった艦娘もいるけど」

 

 時雨は目を閉じた。未来で幾人の艦娘が行方不明になったり、撃沈したりしたか。目の前で夕立が撃沈された時は、目の前が真っ暗になった。何のために改二になったのか分からない

 

 瑞鶴もそうだった。僕が建造される前に自分の姉を失った。そのため、提督は苦労したと言う。いや、天龍も龍田を失い性格が変わった。龍田が刺された時は、焦った。天龍の落ち込む姿を見たくは無かったからだ

 

 建造ユニットは同じ艦娘を複数も建造したりしない。撃沈した艦娘もである。まだまだ分からないところはあるが、確かなのは建造ユニットはそんな都合がいい代物ではない事だ。何かしらの法則があるのだろう

 

「僕達は創造主が深海棲艦の力を元に創られた生命体。元素の関係かどうか知らないけど、深海棲艦が艦娘になることだってある。その一部を見たんだ、僕は」

 

「化け物め……」

 

「いくらでも言っていいよ。君と君の兄は僕達の事を生贄人形か亡霊としか見なかった。だけど、僕達にも自由意志や感情はあるんだ」

 

 出撃する前に博士が言った言葉を思い出した。博士は変人の所はあったが、決して愚かな人ではない

 

「僕は……僕達は人形でも奴隷でも標的艦でもない。抗議や反発だってするさ」

 

「貴様!」

 

 結衣は立ち上がると浸食されていない砲塔を向けて砲撃しようとした。だが、それを拒む者がいた。いや、もう主砲は撃てないだろう。反動には耐えられないのだから自滅する

 

しかし、自爆で死ぬのを許さない者がいた

 

「テメー!よくも龍田を刺したな!」

 

 天龍は刀を構えると結衣の腹を刺した。刀を一振りしたため、結衣の肉は切れ血が飛び出る

 

「クッ……クッゾー!」

 

「お前のせいで仲間どころか関係ない人まで巻き込まれた!可哀想だとも思わない!このツケは払ってもらうぞ!」

 

武蔵も立ち上がると傷口を押さえ蹲る結衣へパンチを容赦無く叩き付ける。

 

 

 

 最初の一撃で歯と血が舞う。殴られたの顔が拳の形へと変形して飛ばされた。武蔵は追撃すると血まみれで睨む結衣に再びパンチを叩き込む

 

 結衣は赤く錆びた艤装で盾にするが、艤装は煎餅のように簡単に割れ、左手に命中する。右腕は折れ再び結衣は宙を舞う

 

 落下し痛みで転がる結衣に再び攻撃しようと武蔵は駆け寄るが、後ろから誰かが武蔵を止める者がいた

 

 武蔵は強引に行こうとするが、後ろから抑える者も相当パワーがあるらしく、中々前に進めない

 

 イラついて後ろを振り向くが、抑える者が誰か分かると少し驚き、動きをやめた

 

「待ってください!」

 

「大和、止めるな!アイツに同情でもしたのか!」

 

「違います!時雨が!」

 

大和は必死に時雨の方へ指を指した。何があったのか?

 

面倒くさそうに時雨の方へ向けたが、時雨の体の変化に目を見開いた。時雨の身体は何か様子が変だ。所々、光の靄のようなものが巻き付いている

 

 ……いや、違う。何かがおかしい。時雨の左腕が光の靄のようなものに覆われている?

 

しかも胴体も右の頬も妙だ。靄のようなものが纏わりついていて離れない。艤装も所々、靄を包み込み、まるで光っているようだ

 

「まさか……」

 

 武蔵は時雨の砲を見ながらも副砲で結衣の右足を撃った。結衣の悲鳴で右足は吹っ飛んだ。痛みで呻く結衣を無視した。武蔵は愕然とした

 

光の靄が突然現れ、時雨の右足を包み込んだ

 

「なっ!?何だ!」

 

 武蔵は倒れ込んだ結衣と時雨を見比べた。結衣が攻撃を受けると時雨も同じように攻撃を受ける?

 

 いや、時雨は出血どころか悲鳴すら上げていない。ただ、呆然と光の靄を眺めているだけだ。あれだけ怒りに燃えていた天龍も摩耶も異変が起こっている時雨を見て右往左往するばかりだ

 

「貴様、何をした!」

 

 武蔵は倒れ込んでいる結衣の胸ぐらを掴むと、持ち上げた。主砲で威嚇しても結衣は笑うだけだ

 

「知らんな……殺すんじゃないのか?殺れよ、ヒーロー気取りが」

 

「コイツ!」

 

武蔵は歯軋りした。提督から聞いてはいたが、敵は命乞いどころか降伏すらしない

 

「痛め付けるだけか?お前も私と同じだな。やられたらやり返すのは私もやった。だから、殺せよ。さっさと殺しなよ、殺人兵器が」

 

「クソ!」

 

武蔵はゴミのように結衣を投げ捨てると、通信を入れた

 

自分達の提督や創造主なら分かるかも知れない

 

 

 

「時雨の身体に異変があったって、どういう意味だ?」

 

『分からない!結衣を攻撃するとその箇所と同じように時雨の身体に光の靄のようなものに包み込んでいるんだ!』

 

 武蔵の荒い息の音と共に報告してくる提督は、混乱した。戦艦H44改を倒し結衣が弱体化している矢先に、問題が出てきた。時雨の身体に光の靄が包み込んだ?

 

「時雨!大丈夫か!」

 

『大丈夫。痛みも感じない。だけど、暖かいんだ』

 

今は冬で空気が冷たい。それなのに、暖かいとはどういうことなのか?

 

『提督、時雨を包んでいる光の靄……浦田重工業にあったワームホールの靄とそっくりだぜ!』

 

 摩耶は興奮じみた声で報告してくる。なんなんだ?浦田結衣のH44を弱体化させたのに、なぜ問題が出て来る?

 

「おい、時雨は大丈夫なのか?」

 

『分からない。しかも……透ける!光の靄に掛かっている艤装や腕が透けて触れられない!』

 

 報告が支離滅裂で提督も頭がついていけない。提督は明石の方へ振り向いたが、明石も分からないらしく、首を振るばかりだ。艦娘も動揺が走り、駆逐古鬼も顔をしかめている

 

「一体、何が……」

 

 提督は何が起こっているか周囲を見渡した。実際には見ていないが、なぜワームホールである光の靄が現れたのか?浦田重工業のワームホールが影響を及ぼしているのか?艦娘や軍曹達が動揺している中、1人だけ違う反応をしている者がいた。座り込み、ただ頭を項垂れている者が

 

それは……

 

「親父、時雨に起こっている現象を知っているのか!?」

 

 提督は自分の父親である博士に詰め寄った。周りも静まり返り、みんなの視線は2人に集まっている

 

「大淀、無線を」

 

 博士は自分の息子を無視して大淀に命じた。大淀は戸惑っていたが、車椅子を動かして艤装に取り付けられていた通信機器のマイクを渡した

 

「時雨……発現したのか?」

 

『うん……多分。これで未来は救われるの?』

 

「ああ。未来は変わった証拠じゃ。君の行動に感謝する」

 

『ありがとう』

 

 博士と時雨のやり取りを聞いても誰も理解出来ない。その場にいた者は不安を抱えていた

 

「何が起きているんだ。『行動』って何だ?」

 

「岐阜基地での宴会の数日前、ワシはタイムスリップ理論の論文を燃やした。未来のお前と明石が造り上げたタイムマシンじゃ。もう悪用されないためにな」

 

「何を言っている?」

 

「未来のお前でも気付いてはいるのだろう。じゃが、方法が少ない。幸い、ワシの研究を見つけた。そのお蔭で皆が助かる」

 

 博士の言葉に誰も理解出来なかった。時雨や博士から未来の戦争に付いて聞かされたが、あまり実感が湧かない

 

 おぞましい敵がいたため、ある程度は認識したようだが、タイムスリップは半信半疑だった

 

「例えの話をしよう。ある者が過去へ旅立って若い頃の自分の父親を出会った。そして、誤って自分の父親を殺してしまった。そうなるとどうなる?」

 

 この例えを聞いた瞬間、誰もが理解をした。この例えが本当ならその者は消滅する!存在しない事になってしまう!

 

「海外の学者ではこういう現象をタイムパラドックスと呼んでおった」

 

「な、何故なんですか!博士の言葉が本当なら、時雨がこの時代に着いた瞬間、歴史は変わっているはずです!」

 

明石は愕然とした。本人も信じたくなかったのだ。時雨が消滅?

 

「それは影響が余りにも小さすぎたからじゃ。たかが駆逐艦娘1人だけでは何の影響にも及ばん。浦田重工業は大企業じゃ。1人の艦娘がどんなに暴れても浦田重工業に捕まるだけで終わる」

 

 博士の説明によると、時雨が過去へ行っただけでは、何の影響にもならないのだと。例え学生時代の提督と創造主が動いても、何も変わらない可能性がある。博士は左遷させたお蔭で広報官、提督も学生身分であるため、浦田重工業からして見れば、石ころ同然であった

 

「浦田重工業を崩壊させても時雨は消滅しなかった。つまり、歴史が変わっていない証拠じゃ。遅かれ早かれ、時雨が経験した破滅の未来が訪れる。時雨は浦田重工業が支配する世界からやって来た」

 

「どうして今、起こっているんです!?時雨がこの時代に来たら直ぐに消め――」

 

明石は言葉を切った。何か思い付いたのか?口を魚のようにパクパク開けている

 

「どうした?」

 

 明石は何か思い付いたらしい。急いで振り返り、提督の肩を掴むと揺らしながら一気に話始めた

 

「未来を変える手段が異質の戦艦ル級改flagship……いえ、H44である浦田結衣が鍵なんです!つまり、元凶を全て倒さないと変わらないという事です!浦田重工業は崩壊し浦田社長も死にました!しかし、時雨が消えない理由は、浦田結衣がいるから!アイツがいるから滅びた未来の世界が存在する!時雨は未来で建造した艦娘です!だから――」

 

「世界を滅ぼす元凶が生きている限り、未来から来た時雨は存在するだと!?ふざけるな!」

 

提督はようやく、気づいた

 

 タイムパラドックス……過去改変による現象である。過去に干渉すれば、未来も変化する。しかし、時雨は過去に干渉しているにもかかわらず、本人は消えない。つまり、影響が小さすぎたのだ

 

「何故なんですか?浦田重工業は崩壊してしまって、世界を支配する力はないはずです!浦田結衣1人がそこまで影響力を……」

 

赤城は抗議しようとしたが、明石と同様に何かを思い出したのか、言葉が続かない

 

皆は知っているのだ。敵の力を

 

『私は下級の深海棲艦を操る事が出来る!』

 

 独自で能力を開花させ、テレパシーを使い、深海棲艦を意のままに操る。敵は複数だ

 

「歴史の修正力……いや、敵も黙っていない。浦田社長が逮捕されれば、不味かったかも知れない。何者の手引きによって釈放させられるかも知れないと。どんなに痛めつけようが、生きている限り、浦田重工業は別の形で復活する。お前は浦田社長を殺せないかと思っておった。502部隊も浦田社長をいきなりは殺さんじゃろう。逮捕するのが第一だったはずじゃ」

 

提督と陸軍将校は青ざめた。博士は自分の息子は、人を殺す事が出来ないと踏んでいた。学生であるため、仕方ないとも言える。衝動的に引き金を引いて射殺することもあるが、低確率だろうと。502部隊も手柄として逮捕していたかも知れない。後は司法による裁きがやると。研究室で殺すよう言ったが、あくまで言葉の綾であった

 

しかし、博士の予想は違っていた。浦田社長は日本に影響を与えた人だ。いくら悪事が暴露しようが、崇拝する者は必ずいる

 

 いかなる形であれ、彼が生きていること自体が不味いのだ。その名を担ぐ者が干渉するに決まっている

 

よって、博士は浦田社長が逮捕された場合、確実に殺す方法を考えていた。最悪の場合は強力な爆弾で爆死させればいい

 

 しかし、何故か浦田社長は逃げるのを止め、息子と時雨の方へ向かった。感情的になって判断が鈍ったのか?誰かに挑発されたのか?いずれにしろ、提督と時雨は直接手を下さずに深海棲艦のボスで殺させた。不本意ではあるが、目的は達成したのだろう

 

浦田重工業の私設軍隊も統制が乱れ、降伏する者も現れた

 

 恐らく、指揮官が戦死したのではないかと博士は睨んだ。軍隊において、大切なのは装備品もあるが、やはり有能な指揮官である

 

指揮する者がいないと組織は動かない。それは艦娘もであるが、敵も同じである。実際に警備隊長が乗ったアパッチは、南方棲戦鬼の艦載機によって落とされたが

 

 そして最大の問題は、ガンである浦田結衣の存在だった。未来の記録によると、異質の戦艦ル級改flagshipは予想していた通り人だった

 

 しかし、まさか先祖が行っていた『超人計画』を実行しているとは思わなかった。艦娘を誕生させたのは博士だが、同時に滅ぼす力を浦田兄妹に与えてしまった

 

このままだと埒が明かない

 

 未来の記録を参考に武蔵を『超人計画』である進化薬を与え改ニにさせたのはそのためだ。まさか、難病を治すために命を懸けて打った薬が役に立つとは……

 

代償として大量の血を抜く羽目となったが

 

 しかし、時雨が戻ってきた際に深海棲艦を人間に戻す方法はないかと聞いてきた。思い付かなかったが、確かに可能だ。原料である深海棲艦の血液は、近くにある。製造も可能だ。代々、受け継がれてきたのだから

 

 そして、予想通り拒絶反応を起こした。進化のサイクルを早める薬品と遺伝子を組み換えて艦娘になる薬品が混ざり合ったお陰だ

 

しかし……彼女を殺せば……

 

殺さなければ……世界は……

 

 

 

博士は一瞬の間、今までの出来事を思い返した

 

艦娘が叫び、悲鳴を上げてる中、博士は目を閉じた

 

(さらばしゃ。勇敢な駆逐艦娘よ)

 

 

 

「何とか出来ないのか!?」

 

「無理じゃ。ワシは科学者であるが、神様ではない。……すまない、ワシにはどうする事も出来ない」

 

 提督は詰め寄ったが、首を振るばかりだ。提督は迷った。問い詰めたところでどうとなるわけでもない

 

502部隊である陸軍将校も軍曹も青ざめた

 

時雨は消える?

 

「将校殿、出撃します!」

 

「バカ言うな!」

 

「では、どうしろと!見捨てるのですか!」

 

「そうは言っていない!」

 

あきつ丸と将校は口論し、艦娘も助けに行くか行かないか、揉めていた

 

 加賀は天山を発艦させて現場に向かわせた。何か解決する手がかりが見つかるかも知れないと。それは願わぬ想いだとしても

 

 

 

 武蔵は無線連絡したが、何も返事は無い。いや、時雨と博士との無線は聞いたが、何を言っているのか分からない

 

何を意味するのだろうか?『未来は変わった証拠』って何だ?

 

 不意に砲撃を食らった。いや、副砲だろう。砲弾は装甲を弾いただけで痛くも痒くもない

 

 浦田結衣は立ち上がった。副砲で撃ちぬき足を吹き飛ばしたはずだ。なのに、足が生えている?

 

いや、不思議ではない。結衣は注射器を持っている!また、注入したのか!

 

「そうか……何が起きているか知らんが、私を殺せば時雨に不味い事が起こるらしいな。あの光の靄……兄が持っていたワームホールの現象に似ている」

 

 武蔵は戸惑った。結衣の言葉を信用出来ない。しかし、結衣の脚が再生されると時雨に起こっている現象は変わっている

 

 時雨の脚に纏っていた光の靄が消えたのだ。どうやら、連動している。何が起こっている?無線で問いただしても誰も応答しない

 

 そうこうしている内に、結衣は無事である艤装を刀に変形させると武蔵に飛びかかった

 

「コイツ、まだ戦う力があるとは!」

 

 さっき打った薬のお蔭でもあるのだろう。錆の浸食が止まっている。それどころか、変形しているように見える

 

 武蔵は刀を両手で受け止めた。真剣白刃止めである。武蔵は装填済みである51cm主砲を向けようとした。だが、引き金が引けない

 

「どうした?撃ってみろ!私を殺したいのではないのか?」

 

(コイツ、調子に乗っている!)

 

 無線も傍受されたのだろう。だから、強気でいられる。おまけに予備の薬品まで隠し持っている。博士の話だと通常の人間には耐えられない劇薬である。しかし、相手はそれをクリアしている。武蔵本人でも全身に激痛が走ったのに

 

「舐めるな!」

 

 武蔵は蹴りを入れて引き離そうとする。しかし、相手にそれよりも早く刀を離し、副砲で武蔵を叩き込んだ

 

 武蔵が怯んだ隙に結衣は外洋へ逃げようとしたが、天龍と摩耶と不知火、そして鳥海が取り囲んでいる。大破しているが、長門と大和も踏ん張っている

 

「さっさと降伏しやがれ!」

 

 天龍は威嚇したが、結衣は怯む様子はない。左腕はなく、傷も沢山あるのに降伏すらしない

 

「いつになったら学習するんだ?」

 

 結衣はゾッとするような笑みを浮かべると天龍に近づく。天龍は焦った。敵は弱音すら吐かない。それどころか、艤装が回復している?

 

攻撃するなら今の内だ。だが、攻撃すれば時雨が……

 

 それは他の艦娘も同じだ。理由は分からない。敵の新兵器なのか?このままだと、犠牲が出る!

 

「さあ、殺すなら――がぁ!」

 

 何者かが目にも止まらない速さで結衣に接近して砲撃した者がいた。2、3発撃たれた結衣は怯み、爆発の反動で後ずさりする

 

誰が攻撃しているのか?包囲していた艦娘は、後退し誰が攻撃しているのか見た

 

それは――

 

「時雨!おい!」

 

 それは時雨だった。時雨は砲撃し怯んだと同時に結衣に接近。予備を持っていたのだろう。注射器を結衣に刺したのだ

 

「貴様、私を殺すと――」

 

「消滅する。それくらい分かっている!」

 

 時雨が結衣を追い詰めていたのだ。状況とは言え、駆逐艦が異質の戦艦を追い詰めている。この光景を見た者は唖然としていた

 

「コイツ、また薬品を!離れろ!!」

 

結衣は時雨を投げ飛ばした。吹っ飛ばされた時雨は天龍の近くに着水し転んだ

 

「おい、止めろ!解決する方法は他にも――」

 

天龍が駆け寄ったが、時雨は直ぐに立ち上がると、天龍が手に取っていた刀を素早く奪った。そして、天龍の制止を振り切り結衣に立ち向かう

 

 時雨は刀の振り方なんて知らない。しかし、これは凶器なのだから突き刺せばいい。相手は艦娘を何とも思っていない

 

 時雨が持っている刀は、態勢を立て直そうとする結衣の身体を貫通した。血は流れていない。いや、傷口からは赤い血は流れていない

 

博士が言ったように拒絶反応しているのだ。進化サイクルを早めているため、人間にも戻れない身体になるらしい

 

結衣は悲鳴を上げ抵抗するが、時雨は難なく躱して仕切りに砲撃する。

 

 これでいい。もう後悔はない。時雨の身体に光の靄が再び纏っていく。このままいけば、全身を纏うだろう。その後、どうなるかは知らない。だが、撃沈ではないはずだ

 

「司令!時雨が暴走を!指示を!」

 

『……』

 

「司令!」

 

 不知火はしきりに無線で怒鳴っていたが、提督どころか岸に居る艦娘からの応答がない。何をやっているんだ?

 

暫くして無線が入って来た。提督からだ

 

『時雨……俺が過酷な任務を与えた俺のせいだ。未来の俺だろうが、俺は俺だ。すまない』

 

涙声が混じった声に時雨は、砲撃を止め距離を置いた

 

「泣かないで、提督!僕は……僕の考えでこの時代に来たんだ!未来の提督だって分かっていたんだ!」

 

 だってそうだ。未来の提督は、タイムトラベルの危険性を説明した。どうなるか分からないと言っていたが、内心は分かっていたはずだ。彼は片道切符と言った

 

つまり、歴史改変したらどうなるか、想像がついているはずだ

 

 時雨は周囲を見渡した。損傷を負った艦娘がいる。攻撃するか否か迷っているらしい。不知火や摩耶がこちらに向かっている。何が何でも時雨を止める気だ

 

 

 

 時雨は思った。『艦だった頃の世界』とは逆の事が起こっている。レイテ沖海戦の時、西村艦隊でも時雨だけが生き残った。山城、扶桑、最上、山雲、満潮、朝雲は沈んだ

 

 山城達はいないが、今のところは沈んだ艦娘はいない。いや、潜水艦娘は攻撃を受けたが、撃沈ではないはずだ。大破して漂流している。そう思いたい

 

「他の艦娘を頼むよ。……ありがとう、提督」

 

『分かった』

 

時雨は無線を切ると天龍達が制止する手を振り切って結衣に立ち向かった

 

「私が死ねば、貴様にとって不味い事が起こるのだろ!」

 

「もう、慣れたよ。僕は君を倒す!」

 

時雨は結衣に接近する。あと少しで倒せる!

 

 

 

(こ、虚仮にしやがって……)

 

 結衣は全身の痛みに耐えながら歯ぎしりした。自分の身体から力が抜けているのを感じた。何とか劇薬を使って持ち堪えたが、もう無理だ

 

 回復するには大量の時間と資源が必要だ。だが、どういう訳か時雨にも影響を及ぼす

 

チャンスだと思ったが、時雨は自分の命を投げ出している

 

 このままでは不味い。だが、他の艦娘は違う。仲間を大事にするあまり、攻撃しない。それどころか、捕まえようとしている

 

(臆病風にでも吹かれたのか?それとも、拷問するつもりか?同じ目に合わせて私に恐怖を味合わせてから処刑するのか?……私にそんなのは無駄だ!学生時代にて既に倫理観は捨てた!拷問どころか死ぬのも怖くない!あるのは単純な思想だけだ!)

 

結衣は呻きながら近づく時雨を睨んだ

 

(強力な力で敵を徹底的に倒し、全てを奪い、完全に支配する!それだけだ!どんな手段を使っても!)

 

結衣は艤装を構えると時雨に向かって叫んだ

 

「良いだろう!貴様の言う通りだ!私が創り出す世界にお前は邪魔な存在だ!」

 

結衣は海面に手を突っ込むと海水を時雨にかけた。突然の出来事で時雨は目を覆った

 

「どうだ!この目潰しは!」

 

 結衣は吠えると副砲を構えた。主砲は使いものにならない。しかし、副砲は生きている

 

「勝った!死ね!」

 

「死ぬのは君だよ!」

 

 時雨は反射的に目を閉じたため、海水にかからなかった。そして、感覚だけで主砲を構えた

 

狙いは朽ちたH級戦艦であるH44改

 

 相手よりも先に主砲を放つ。その砲弾は偶然にも敵の巨大な砲の中に入った。主砲には、朽ちたとは言え、弾薬がたっぷりと入っている

 

そこに12.7cm主砲弾が入り込んだのだから堪らない。50.8cm砲塔は大爆発を起こした

 

「ぎゃああぁぁぁ!!」

 

結衣は深海棲艦と人の混じったような悲鳴を上げた。既にボロボロだ

 

時雨は近寄ると主砲を撃ち続け、隙を見て予備の薬品を注入した

 

 耐性が出てるかも知れないと博士から忠告が入った。だとしたら、やるべきことは一つ。薬品を過剰に投与をすればいいだけだ

 

 普通の薬でも過剰な投与は危険とされている。しかも、劇薬であるため流石の結衣も耐えられない

 

結衣も抵抗するが、全てかわされた

 

 

 

 激戦を見ていた艦娘達は唖然としていた。時雨の強さには目を見張ったが、誰も歓声を上げない

 

 光の靄は、段々と拡大しながら時雨を包み込んでいる。このままだと博士が言うように消滅してしまう

 

既に明石は無線を使って単刀直入に話している

 

「時雨、止めろ!このままだと消える!」

 

天龍と不知火は駆け寄ろうとするが、何者かに止められた

 

「止めておけ。手出ししてはいけない」

 

「何故です!?」

 

「アイツの覚悟に水を差すつもりか!……時雨もわかっているはずだ」

 

天龍も不知火も抗議しようとした。しかし、武蔵の顔を見て思い止まった

 

……武蔵が泣いている?

 

「私達は……救われたんだ……」

 

 涙は滴り落ちていく。博士や提督から時雨のいきさつを聞いたのだろう。ようやく、実感したのだ。時雨は救うためにタイムスリップしたのだと

 

 誰も手出ししない。赤城加賀が放った攻撃隊も上空を旋回するだけだ。皆は二人の激戦から目を離さなかった

 

 

 

「クソ!この私が駆逐艦風情に負ケルとは!オノレ!」

 

 主砲副砲が使えず対空機銃で時雨を攻撃する。40mm機関砲なので、無傷という訳には行かない

 

しかし、時雨は強引に接近すると、薬品を再び打ち込んだ。これで最後だ

 

「お前なんかに………亡霊ごときが……兵器ごときにヤラれるなんて!」

 

「そうだよ。君は死ぬんだ」

 

時雨は冷たく言い放った

 

「皮肉だよね。兵器から進化した艦娘は人間性や理性を持っているのに、君達のような人は野蛮な心しか持っていないなんて」

 

「ッ!」

 

「僕達は……艦娘はまだ産まれたばかりだ。学ぶ必要があるんだ。僕達は自由意思を持っている!国を守るために手を貸すけど、奴隷になれと命令されるなら手を切る!僕達は自由なんだ!」

 

 時雨は攻撃しながら、力強く言った。攻撃を受けながらも結衣は隙を見て時雨を掴むと思いっきり投げた。しかし、時雨は投げられても笑っていた

 

海面に叩きつけられても倒れたまま空を眺めている

 

太陽の日は傾きつつある

 

今日は快晴だ。曇り空一つもない。青い空は徐々に赤くなっていく。あの時のように雨なんて降っていない

 

「貴様ごときにー!」

 

結衣は時雨を殺すべく砲を向けたが、火を吹く事は無かった。彼女の艤装全て赤い錆に覆われている。彼女も大理石の石像のように固まる。拒絶反応を引き起こし、肉体が変形し硬直したのだ

 

 そんな石像を打ち砕く者がいた。武蔵が主砲を発砲。石像は粉々になった。骨も肉も飛び散らずに白い粉だけが爆発と共に飛ばされた

 

 

 

 過剰攻撃だが、武蔵はそれくらいしないと気が済まないのだろう。自分自身に毒を受けたのだから

 

しかし、結衣を殺した事で時雨の身体に変化が訪れた

 

光の靄は時雨を包み込んだ。僕の存在が消える……

 

 何故、分かるのか自分自身でも分からない。感じるのだ。タイムスリップしたからかも知れない

 

もう、時雨の存在が消えそうになっていることにも気付いていた

 

 仲間達は時雨に駆け寄って口々に言った。よくやったとか、博士が何とかするからとか言っている

 

 しかし、1人だけ違った。武蔵は涙を流してはいるものの、目はしっかりと時雨を見据えていた。本人は分かっているのだろう

 

(成すべき事をやり遂げたな)

 

時雨は幸せそうな笑みを浮かべて、無線を開くと言った

 

「提督……みんな……さよなら……僕はやり遂げたよ……」

 

「おい、待て!時雨!」

 

 天龍が駆け寄ったが、時雨に触れる事は無かった。元凶の最期である浦田結衣は死んだ。そのため、自分の存在を繋ぎとめていた見えない力が断たれたのを感じ取っていた

 

光の靄は時雨を覆いかぶさると一層、輝きを増し……消えた

 

「っっっっっ!!」

 

大和を始め、その場にいた艦娘は声にならない叫びが響き、涙を流した。撃沈でも戦死でもない。存在が消えたのだ。こんな理不尽な事があってたまるか

 

 

 

「悲しむのはまだだ!来るぞ!」

 

 皆が泣いている中、武蔵は声を張り上げた。ハッとして顔を上げると目を見開いた。何時からいたのだろうか?深海棲艦の艦隊が近くに居たのだ

 

回復したのか、戦艦棲姫を始め、全員は回復している。入渠しないと回復出来ない艦娘とは違う能力が備わっているのか?

 

 戦艦棲姫の怪物艤装が吠え声を上げ砲塔が、艦娘に向けられる。南方棲戦姫も空母棲姫も身構える

 

コイツら、やる気だ!

 

「やる気か!なら、遠慮はなしだ!」

 

 武蔵の号令に素早く戦闘態勢を整える艦娘一行。しばらくの間、にらみ合いが続いたが、戦艦棲姫はため息をつくと手で合図する

 

「なっ!?」

 

全員が驚いた、南方棲戦姫も空母棲姫も戦闘態勢を解いたのだ。何なんだ?

 

「オ前達ヲコノ場デ倒シテモ、私ノ心ニ後味ガ良クナイ物ヲ残ス。私達ダケデハ、アンナ化ケ物ヲ倒セナカッタ。厄介ナ能力ノオ蔭デ」

 

 戦艦棲姫を始め深海棲艦にとっては、浦田結衣との戦いは不利だった。洗脳はされる、深海棲艦の能力を超えている、部下は操られる……

 

 深海棲艦だけでは、解決は出来なかっただろう。つい先ほどまで、姫や鬼級を洗脳する能力まで身に着けた

 

「ダカラト言ッテ、貴様ラニ対スル態度ハ変ワラナイ。如何ナル形デアレ私達ヲ倒ス力ハアル。今日ハ見逃ス。疲レタノダカラナ」

 

 どうやら、戦う気はないらしい。武蔵は三人の後ろに見慣れない深海棲艦の姿があった

 

 武蔵は知らないが、浦田重工業に捕らえらたり、結衣と交戦しやられたりした深海棲艦の姫級達である。北方棲姫と離島棲鬼と港湾棲姫である。港湾棲姫は弱弱しく北方棲姫が心配していたが。潜水新棲姫も洗脳されそうになった事もあり、ぐったりしている。当分の間、潜水は出来ないようだ

 

 戦艦レ級も重巡棲姫もどこかげっそりとしている。身体回復は楽な物では無い。駆逐古鬼もため息をついていた。本当は分かっている。捕らえられた三人は無事ということに。代わりに軽巡棲姫と軽巡棲鬼と駆逐棲姫は見つからなかった。

 

撃沈されたのだろう。外洋で装甲空母鬼が撃沈されたのは聞いているらしい

 

 

 

「……分かった。それでいい」

 

「感謝スル」

 

 深海棲艦の鬼・姫級は外洋を目指して航行する。武蔵を始め、他の艦娘もただ眺めるだけだ。両者とも戦う気力もなかった

 

しかし……戦艦棲姫は立ち止まると振り向き、武蔵を見つめていた

 

「フフフ……貴方ノ力……面白イワネ。楽シミガ増エタ」

 

そう言い残すと戦艦棲姫は東京湾外を目指した。人と関わりたくないと言う風に

 

「……嫌な奴だったな」

 

 武蔵は呟いた。いずれ、自分達が戦う事に成るだろう。それでも、H44改である浦田結衣に比べればマシかも知れない

 

 

 

「艦隊……帰投しました」

 

 提督達がいる岸に大和達は帰って来た。全員、ボロボロである。金剛も霧島も浮いているのが奇跡とも言える状況だった。既に重い空気が漂っていた。勝ったはずだ。世界の危機から救ったし、喜んでもいいはずだ

 

しかし、誰も歓声を上げなかった。時雨が消滅したからだ。撃沈が生易しく見える

 

「そうか」

 

 提督の目は充血していた。彼も泣いていたのようだ。半年前からずっと居た艦娘が消えた

 

「ごめんなさい!私達が――」

 

「止めろ!お前達のせいではない!」

 

 大和が反射的に謝罪した。世界最強であったはずなのに、仲間を守れなかったのだろう。しかし、提督は制止した

 

「今の俺達は悲しみで泣いている暇はない」

 

 理不尽な事だろう。しかし、歴史改変しなかったら、それ以上の理不尽な事態が起こっていたに違いない

 

時雨は最後までやり遂げたのだ。仲間も世界も救ったのだ

 

 提督は海に向かって敬礼した。挙手の敬礼である。帽子はかぶっていないが、彼はまだ軍人ではないのだから仕方ないだろう

 

 掛け声と共に1人、また1人と彼に倣って敬礼する。遂に艦娘と502部隊全員が日が沈む海に向かって敬礼していた

 

 

 

崩壊した未来の世界

 

 そこは、辺りは瓦礫の山である。車や列車は鉄の塊と化し、あちこちに白骨化した遺体が所々、散らばっていた。かつては東京と呼ばれた場所であったが、今は見る影もない

 

 誰もいない場所に一人の男が座っていた。白い軍服を着こんでいる海軍士官がいた。いや、影は無い事から彼はゴーストのような存在だろう

 

(そろそろ辛い決断を下す時だ)

 

 未来の提督は心の中で呟いた。アカシックレコードは全てを見せてくれない。ただ、タイムトラベルの理論の中にタイムパラドックスの記載もあった。この事から、全ての元凶が死んだら時雨は間違いなく消滅するだろう

 

 浦田社長を挑発し自分の過去と時雨に誘導したのも彼の仕業だ。アカシックレコードを見て、どうすれば南方棲戦鬼の近くへ誘導出来るか、その映像を見せてくれたのだ。偶然にも浦田社長を殺さなければならないと思ったのは父親だけでは無かった

 

 最後の浦田結衣はどうなるか?残念ながら、先祖の『超人計画』を我が物としているため、どうする事も出来ない

 

 時雨に別れを告げたのは、干渉を止めたからである。これはその場にいる者と過去の自分が決める事だ。自分は既に肉体はないのだから

 

「っ?」

 

 ふと見ると誰かがやって来る。1人の男性だ。通勤なのだろうか?スーツ姿だ。崩壊した世界に会社なんてないはずだ

 

 また、誰かが彼の前を通り過ぎる者がいた。今度は女性である。買い物だろうか?そして、子どもいる。母親の手を繋ぎながら

 

「これは?」

 

 未来の提督は辺りを見渡した。瓦礫だらけだった町は、いつの間にか沢山の建物が並んでいた

 

車の往来もあるし、電車も通っている。自分が知っている東京の姿だ

 

……まさか、時雨が決断を?

 

 彼は浦田結衣を殺せないと思っていた。時雨の身体の変化を見て父親は分かるはずだ。いや、その危険性も以前から分かっていたはず

 

 にも拘らず、実行した。恐らく、時雨自身がやったのだろう。不安要因は取り除くために。仲間と未来のために。でなければ、生半可な覚悟なんてないはずだ。彼女の決断だった

 

「そうか……ありがとう、時雨」

 

 彼の呟きは誰も聞こえない。誰も彼の姿を見える者はいない。しかし、確かに彼女は大勢の命を救った

 

 タイムパラドックスで消えるのは時雨だけではない。幽霊が浄化するように彼も消えていった。この奇妙な現象を見た者は誰もいない。人混みの中にも拘わらず……

 

 

 

現在の浦田重工業跡地

 

「どうだ?見つかったか?」

 

「いいえ。妖精からは何も」

 

 皆が手当てしている中、加賀は艦載機を飛ばしていた。出撃した潜水艦娘達を探すためである。東京湾で戦闘があった事から、その海域にいるに違いない

 

しかし、潜って確認する手段はない

 

「彩雲の燃料が無くなります。残念ですが」

 

「いい。帰投するよう命じろ」

 

僅かな望みがあったかも知れない。本当は大破して漂流しているのだと

 

しかし、海面には潜水艦娘はいない

 

「俺のせいだ。俺が投げ飛ばしてなきゃ」

 

「軍曹の責任ではないですよ」

 

軍曹も後悔しているという。やはり、無理だったか

 

「ゴーヤもイムヤもまるゆも戦ったんだ」

 

皆の気持ちは同じだ。立派に戦ったのだ。今日は大勢の犠牲者が出た

 

「ゴーヤさん」

 

「大丈夫なのです。敵が強過ぎただけなのです」

 

「そうよ。彼女の分まで生きないと」

 

 吹雪も電も叢雲も励ます。何か言わないと彼は立ち直れなくなる。時雨を失ったのに、潜水艦娘までも失ったのだ。建造して直ぐにである。父親である博士も謝ってはいるが、彼には謝罪ではないだろう

 

他の艦娘も次々と言った

 

「心配するな。あいつなら生きているさ。他の者が生き残っただけでも奇跡だ」

 

「漂流しているかも知れません。明日にでも」

 

「いや、本当に大変だったでち」

 

「ロケットで攻撃なんて何なの、あれ?」

 

「まるゆ、怖かったです」

 

「そうです!時雨姉さんのためにも探さないと……って?」

 

 武蔵、赤城、五月雨の他に聞き慣れない声が三人分、聞こえる。全員が振り向くと三人の影が居た

 

「やっと戻って来たでち。海底を歩くなんて思ってもみなか――」

 

「いや、何でお前達は生きているんだ!」

 

「酷いでちー!」

 

2人の叫びが辺りに響いた

 

 

 

「浮上できなかったから東京湾海底歩いて戻って来た!?よく汚い所を歩いたな?」

 

「撃沈しても生きれるものなの?」

 

 ゴーヤ達は必死になって今までのいきさつを話したが、提督も明石も信じられなかった。浅瀬とは言え、撃沈されても死なない?

 

「まあ、潜水艦娘だからじゃないかの?外洋だったら、こんな事は出来んわい」

 

 博士も苦笑いした。まさか、生きているとは思わなかったからだ。いや、生きていると願ってはいたが、望みは薄いと思っていたらしい

 

「提督、偵察機から沖合に四体の人影が漂流しているとの事です。意識はないようですが、姿形からして深海棲艦ではないようです」

 

 話している最中、加賀は報告して来た。どうやら、東京湾の沖合に何かがいるらしい

 

「川内、五月雨、漣。漂流者がいるらしい。民間人が流されたのだろう。頼めるか?」

 

 川内達は了承すると、すぐに出撃した。艤装はつけているものの、最低限の燃料弾薬しか積んでいない。敵がいないのだからこそ、出来る業である

 

「提督よ。これからどうする?」

 

沈む太陽に目をやりながら、武蔵は質問をした。武蔵も思う所はあるだろう

 

「そうだな。戦後処置は大変になるな。艦娘をどうするかも」

 

 瞑目しながら、提督は言った。浦田重工業との戦後処置は大変な事に成るのは明白だ。忙しくなるだろう

 

「資源は底をついた。まずはそこからだな」

 

「大和型戦艦である私達の出番は当分、ないわね」

 

 大和は悲しそうに言った。『艦だった頃の世界』でも大和型戦艦は扱いは温存の対象だったのだ*1

 

「何を言ってる?強敵と存分に戦えたのに、それでも不満だったのか?」

 

「……もう二度とあんな敵と戦いたくありません」

 

 大和はため息をつきながら答えた。あんな敵がいたら、逆にこちらの命が危ない。それでも、役に立ったのだから彼女の心境は複雑な気持ちだ

 

 しかし、戦いが終わった後も安心できないらしい。提督を初め、父親である博士も艦娘達も502部隊も同じ考えだった

 

 

 

 一方、彩雲の知らせを受けて出撃した川内達は、漂流者を見て愕然とした。自分達と同じ艤装をしている事から艦娘だ

 

しかも、どういう訳かこの漂流者を知っている。何処から流れて来たのだろう?

 

「提督、艦娘が……艦娘が漂流している!」

 

『何だって?誰なんだ?』

 

 驚くのも無理はない。提督もである。その場に五月雨も漣も信じられなかった。こんな事があり得るのか?

 

「分かるよ。だって……神通と那珂だから!」

 

川内はへなへなと座り込んだ。もうすぐ夜になるのに、なぜか喜ぶ気にもなれない

 

 何処から現れたのだろう?建造ユニット以外にも艦娘が現れるのだろうか?五月雨は顔を覆いながら泣き、漣も呆然として海面を見つめていた

 

川内達の近くに眠ったように横たわる艦娘達がいた

 

 

 それは神通、那珂、阿賀野、そして春雨だった。彼女達は、軽巡棲姫達が大破し漂流していた地点と同じところに居た。軽巡棲姫達は何処へ行ったのか、誰にも分らない

 

*1
大和型戦艦は作戦自体は参加したのであって、全く稼働していなかった訳では無い。1944年の「マリアナ沖海戦」で初実戦である。武蔵の初任務も、連合艦隊司令長官である山本五十六の遺骨を母国へ送り届けるというものだった




神通「私は誰?ここは何処?」


次回は最終章です

尚、まだお話は続きますからね。
これで終わりじゃないですよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終章 改変された未来
第109話 帰還


節分イベントの5-4と5-5クリア条件の任務は厳しい。節分の豆ってそこら辺のスーパーで買ってはダメなんですかね()

それはそうと、今話から浦田重工業との戦いの後の話です
章も『最終章 改変された未来』

舞台はあの戦いから4年後の話です


気がつくと時雨は、闇の中にいた。

 

何も見えない暗闇の中、彼女は自分の状態について思い出す

 

 自分は『あの最後の戦い』で消滅したはずだと。提督と創造主や仲間と共に浦田結衣を初め、浦田重工業を潰したのだと

 

(ここは…………どこ? 僕は死んだはず………)

 

 時雨は考えた。自分がどうなるか?人や艦娘が死ぬとどうなるか?そんなことは考えた事も無かった

 

意図的に避けていたかも知れない。死後の世界なんて考えても無駄だと

 

(死後の世界なんて、ここまでに暗く静かなんだ……)

 

時雨はそんなことを考えていた

 

 聞いた話だと死者はあの世に行ったらまず閻魔による裁判を受け、死後の世界での扱いが決定されるとされると仏教では伝えられているものだが、実際は違ったらしい

 

自分はこれからどうなるのか?やはり、あの世というのは存在するのか?

 

 

 

しかし、時雨は考えるを止めた

 

成すべき事は成した。

 

故にもう心残りはない。強いて言えば、提督と仲間にまた会いたい。それだけである

 

 身体がどうなっているか、分からない。また、無機質である軍艦に戻るのか?それも運命だと結論づけた

 

(ん?光?)

 

深い闇の中に一筋の光が見えた。星のようにキラリと光ったのだ

 

 初めは気にもしなかったが、その光は段々と大きくなる。眩しさのあまりに手を覆ったが、手の感覚がない

 

光は太陽のように眩しくなり……時雨は思わず悲鳴を上げた

 

 

 

「はっ!」

 

気がつくと時雨は横になっていた。知らない天井が視界に入った

 

 自分は荒い息をして、ベットに横になっている。身体は鉛のように重く、言うことが聞かない。しかし、それは一瞬であり、何とかして上身体を起こす

 

「ここは?」

 

ゆっくりと辺りを見渡す。病院なのか?

 

 医務室のベッドのようだ。『食事前には手洗いするように』だとか『身体に異変を感じたら診察!』などの張り紙がある

 

窓は空いており、外から潮の匂いが病室に入ってくる

 

「天国かな?それにしても……」

 

 余りにも現実感があり過ぎる。ここがあの世とは思えない

 

 不意に遠くから声が聞こえた。しかも、複数。足音も聞こえ、こちらに近づいてくる。敵か?時雨は見渡したが、自分の艤装はない。つまり、丸腰だ。隠れようかと迷っていると、不意に聞き覚えのある声が聞こえた。いや、聞き覚えではない。懐かしい声だ

 

「時雨、大丈夫っぽい?」

 

「大丈夫よ。だって、ただの貧血よ?出撃前に倒れるなんて珍しいけど」

 

時雨は固まった。幻聴であってほしい。そんなはずはない。未来の戦争にて村雨と夕立は撃沈したはずだ

 

そうしている内にお喋りと足音がこちらに近づいていき、扉が勢いよく開いた

 

「いっちばん先に入ったよ!」

 

「時雨姉貴が驚くだろ。ほら、驚いているし」

 

「江風……あなた、少しうるさいわ。声、大きいから」

 

ぞろぞろと自分と変わらない女の子が入ってくる。しかも、3人は知っている

 

 村雨、夕立、白露姉だ。何で?何でここに?しかも、後から来る人は……誰?しかし、初めて会った感じではない。まるで、会った事があるような感覚だ

 

「白露姉さん?それに……どうして?」

 

「提督がお見舞いにいけって言われたから白露型全員できたよ。あ、五月雨は忘れ物をしたから後で来るって」

 

「代わりに満潮が行く事になったよ。涼風の本気、見せたかったな!」

 

 皆は口々に言っていたが、時雨は混乱している。出撃?それに、涼風?涼風は、自分が知っている限り建造されてない。未来でも建造はされていない

 

不意にマントを羽織っている赤紅色の髪の女の子に聞いて見た

 

「君は、誰?」

 

「誰って、どうしたんだよ?改白露型の江風だよ!改装済みの!……貧血で記憶飛んだのか?」

 

江風は呆れるように見ていたが、時雨はますます混乱した

 

江風?君が?初めて会うのに、何処かで会ったような……。何だろう?

 

「時雨姉さん、本当にどうしたの?」

 

「頭の打ちどころが悪かったのかしら?海風、本当に心配です」

 

「何か様子がおかしいっぽい」

 

 見舞いに来てくれた人達は顔を見合わせる。記憶喪失だとか寝ぼけているとか言っている。何か酷い言われようだが、なぜだろう?涙が出て来る。胸に締め付けられるような、切ない気持ちは

 

「時雨姉……無理しなくて……いいからね」

 

 癖のある長い緑色の髪で左右にヘアピンしている女の子が、途切れ途切れに喋りながらも心配してくれている

 

「……」

 

「む、無理しなくていいからさ。山風もほら。笑顔で」

 

「江風……うるさい」

 

 周りが心配する中、時雨は頭を押さえていた。少し軽い頭痛がする。頭の中に何かが流入してきたのだ。記憶なのだろうか?自分の知らない記憶が。だが、曖昧な記憶で何も思い浮かばない。まるで、テレビの映りが悪いのをみている感じだ

 

「山風?君が?」

 

「う……うん」

 

「今日はいつ?何年?」

 

「今日?今日は確か――」

 

白露が日にちを聞いた途端、自分の中の記憶が生々しく蘇った

 

 提督にタイムマシンを押し込まれてから東京湾での戦い。自分は、白露が言った日付にタイムスリップした!覚えている!この年、この日付!僕たちが廃墟化した火力発電所にいた!

 

 だけど、どうなっているんだ?これは何?この光景は?窓の外は平和だ!海が綺麗過ぎる!時雨が知っている未来の世界なら海は濁っており、深海棲艦の艦隊がウヨウヨしているはずだ

 

白露達がますます不安そうな顔で見つめているが、誰かが入って来た

 

「五月雨、たった今来ました!」

 

「慌てないの。全く、私はナースではないのに。提督は絶対に私を便利屋だと思っている」

 

 息を切らせて入ってくる五月雨と盆に食事を乗せて来た明石だ。2人は、雰囲気を感じ取ったのだろう

 

「ど、どうしたの?」

 

「時雨がおかしくなったっぽい」

 

直球的な答えに明石も戸惑う。時雨は間髪入れずに明石と五月雨に問いただした

 

「あ、明石さん!あの後、どうなったの!何で四年も経っているの!」

 

「え?ちょ、ちょっと待って。何の話?」

 

 明石は狼狽した。急に切羽詰まったような質問をされたらそうなるだろう。しかし、五月雨は違った。まるで石像のように固まったからだ。五月雨の様子を見て時雨は直感的に分かった。僕の言っている事が分かる?

 

「浦田重工業はどうなったの?H44改は!?東京湾で木端微塵になったけど、どうなったの!?」

 

「大和さん達が総力を上げて戦った新型の深海戦艦と国家反逆した悪徳民間企業?知ってるぜ!反乱を起こす前に制圧した部隊なら。あの時に江風も建造されたら活躍できたかもな!」

 

明石が口を開く前に江風はニヤッと笑った

 

「部隊って?」

 

時雨は思い出しながら聞いて見た。部隊?

 

「知らないのか?陸軍の特殊部隊と提督が率いる艦娘数名のエースが一緒になって極秘裏に巨大悪徳企業を倒したんだよ」

 

「何で白露が一番先に建造されなかったか謎だったけど!」

 

「博士に聞いたらわかるんじゃない?」

 

「噂だと未来から来た艦娘がいたから阻止出来たとか。でも、何故か機密扱いになっているんだよな。何でか知らないけど」

 

「しかも、未来から来た艦娘は時雨に似た少女だったとか」

 

「未来から来た艦娘、どんな娘か気になるっぽい」

 

「春雨……覚えている?」

 

「いえ、春雨は漂流されている所を拾ったと聞かされました」

 

 口々にいう姉妹達だったが、ガシャンという音で皆は静まり返った。明石が盆を落としたのだ。茶碗は割れ、食べ物が床に散らばった。だが、明石は気に留めない。それどころか、身体を震わせていた

 

間違いない!時雨は再び問いただした

 

「結衣が爆発した直後に僕は消えたけど、何か聞かされていない!?」

 

「消えたって時雨は消えていないっぽい」

 

夕立は唖然としてしていたが、その直後、明石は金切り声を上げた

 

「時雨……あ、あなた……まさか!」

 

 その声を聞いた後の事は余り覚えていない。気付けばベッドの上から跳ね起きていた。明石と五月雨の反応を見れば十分だ。どう伝わっているかはどうでも良かった

 

本当に歴史が変わった

 

 跳ね起きた、部屋から駆け出していた。白露達は慌てて止めようとするが乱暴に振り払って先へと行く

 

運ばれた直後なのだろう。着替えはしておらず、自分がいつも着ていた制服の姿だった。しかし、寝間着でも構う事無く走っていただろう

 

「時雨、待って!」

 

 後ろから白露が叫んだが、お構いなく廊下を走った。不思議な感覚だった。初めての廊下や建物のはずなのに、知っている感じだった。提督室が何処なのか、何処へ行けばいいのか、初めから知っていた

 

 廊下には艦娘達がいた。知っている顔、まだ会った事もない顔。だが、今は提督に会いたい!彼なら知っているはず!走っている時雨を見て驚きと抗議をする声がしたが、時雨は無視した

 

「コラ!廊下を走るな!」

 

 走っている最中、天龍の怒鳴り声が後ろからした。振り返るとカンカンに起こる天龍とニコニコしながらなだめる龍田の姿が確認できる。後ろを見ながら走った事もあって誰かとぶつかってしまった。勢い余って時雨は尻餅をついたが、相手は盛大に転んでしまった

 

「ちょっと、危ないじゃないの!……姉様、大丈夫ですか?」

 

「山城、大丈夫よ。心配いらないわ」

 

頭に打ったのか、押さえながら立ち上がる人は……間違いない!扶桑、山城だ!

 

「……どうしたの?幽霊を見たような顔をして」

 

扶桑はぶつかった相手が時雨だと分かると声をかけた。二人も感じたらしい

 

何か違うと

 

一方、時雨は唖然として二人を見ていたが、ある事を思い出し一気に喋った

 

「山城、身体は大丈夫?」

 

「え?私はぶつかって――」

 

「手足縛られて拷問受けたとか、標的艦にされたとかされてない!?」

 

「ちょ、ちょっと待って!何の話!?拷問って?誰にもされてないわよ!」

 

山城は戸惑ったが、時雨は確信した。本当に歴史が変わった!

 

「時雨、待って!」

 

 扶桑の制止を無視して提督室へ向かう時雨。後から追いかけた白露達が時雨が何処へ行ったかを聞かれたが、扶桑と山城が落ち込んでいるのを見て放っておいた

 

「私、誰かに拷問された事になっているなんて……不幸だわ」

 

「気にしないで。時雨はちょっと錯乱しているのよ」

 

 どんよりと暗くなった山城に扶桑が慰めていた事に周りの人は何があったのかすら声をかけなかった。立ち直るのに時間を要するらしい

 

 その間も時雨は提督室へ向かう。遠征から帰って来たと思われる駆逐艦達を無理やりかき分けたり、仲良く歩いている重巡二人組にぶつかりながらも走っていく

 

途中で「何なのです!?」「ちょっと気を付けてよ!怪我したらどーするの!」などと聞こえてくるが、気にはしない

 

 提督と書かれた看板が貼ってある扉を見つける立ち止まった。落ち着くため深呼吸をするとノックもせずに思いっきり扉を開けた

 

 部屋は広く、士官が座る机と椅子があった。その部屋には数人の艦娘がいた。休憩時間らしく、雑談で賑わっていた。金剛姉妹も長門達も赤城加賀もいた。眠たそうにしている川内やため息をつく大淀、漣と曙までいる

 

しかし、提督室にいる艦娘よりも提督を探していた。そして、彼を見つけた

 

 もう、あの時の学生時代の彼ではない。大人びており、海軍士官である白い軍服を着ている。アカシックレコードで見た時の提督の姿と同じだ!

 

 時雨がノックもせずに入ってきたため、皆はお喋りを止め時雨の方を見たが、時雨は気にもしなかった

 

 それどころか、勝手に涙が出てくる。本当は泣いちゃいけないはずだ。彼は時雨の上官だから。しかし、溢れ出てくる涙とどうしようもない感情は止める事が出来ない

 

手で顔を覆い、その場で座り込んでしまい、嗚咽をこらえていた

 

予想外だったのだろう。提督室は騒がしくなった

 

「提督!時雨に何をしたネ!」

 

「クソ提督。倒れた原因は、まさか時雨を――」

 

「ちょっと待て!俺は何も知らないぞ!」

 

「提督、いくら何でも――」

 

「加賀、もう昔の話だ。いいか、俺はもう昔の出来事は引きずってはいないからな!」

 

 ちょっとしたいざこざがあったが、時雨にとっては嬉しかった。自分が経験した崩壊した未来の世界とは違う。本当に良かった!

 

僕は帰って来た!

 

 時雨は話そうと顔を上げ話そうとするが、中々出ない。何を言おうか迷ってしまう。時雨は涙声で短く話した

 

「で……でいどぐ……立派に……立派になっだんだね」

 

時雨の声を振り絞った一言で騒がしかった提督室は静まり返った。陶器が割れる音がして、誰かが悲鳴を上げたが、それだけだ

 

 涙で視界が悪かったが、1人の人影が近づいてくる。それは、提督だと直感的にわかった。半年近くいたのだ。見違える訳がない

 

「時雨……お前……覚えているのか?初めて出会った時の?」

 

時雨は激しく頷いた。

 

「覚えでいるよ!ぼぐは……君のアパートでずっど待っていだんだよ!会った時は、本当に悪ガキだっだよ!」

 

「嘘だろ!本当に……まさか、そんな……戻ってきたんだな、時雨!」

 

 不意に視界が暗くなった。何があったのか、分かる。提督が自分の身体を抱きしめた。背中をを優しくさすってくる

 

「お帰り、時雨」

 

「う、う、う、うああああー!」

 

 提督の言葉が引き金になった。時雨は今まで溜めていたものを全て曝け出す様に泣いた。暖かい涙がとめどなく零れて行った

 

 建造されてから録な目に会っていない。強敵によって皆は撃沈し、唯一の逆転のチャンスであるタイムスリップ作戦でも苦戦が多かった

 

 強敵を前に弱音すらも吐けない、弱みも見せられなかった。……常に気を張ってないと自分が自分でなくなってしまうのかもしれない恐怖と闘っていた。結衣との戦いで危うく廃人になりかけた

 

そんな状況でも時雨はやり遂げたのだ。もう自分は1人ではない

 

 

 

しばらくして抱きしめていた腕が解いた。時雨は涙を拭くと辺りを見渡した

 

 今、気がついたが、ざわめきが聞こえる。廊下には大勢の女の子がいた。いや、艦娘だった。しかし、自分がいた崩壊した未来と比べて多い

 

戦艦、空母、重巡、軽巡、駆逐艦、海防艦……

 

 

 

初めて見た顔も何人かいる。皆は何が起こったのか、様子を見ようと集まったのだ

 

「提督、その……」

 

「あー、すまん。そうだな、本当の事を話さないとな。まずは、金剛が割ってしまったティーカップを片付けないとな」

 

「は、はい!片付けないと!」

 

 金剛は我に返ると落として割れてしまったカップを片付け始める。比叡も後を追うように手伝い始める

 

 皆は赤城達が対応してる中、提督は座り込んでいる時雨を立ち上がらせながら言った

 

「俺は破滅の未来の時と雰囲気は違っているか?」

 

「あまり変わっていないよ」

 

 時雨は微笑みながら答える。尤も、時雨が覚えていた破滅の未来の時の提督は、痩せていたし、どこかしら暗かった

 

しかし、性格や雰囲気は変わっていない

 

 時雨は不思議そうな顔をしている扶桑山城と白露姉妹が視野に映った。話したい事は山ほどあるが、今は何があったのか把握する事だ

 

「あの時から大分経った。積もる話をしようか」

 

 提督と時雨は会議室に向かいながら歩いて行く。大淀は艤装と電話を引っ張り出すと盛んに通信を行った

 

「大淀です!信じられません!帰ってきました!あの時の時雨が帰ってきました!バンザーイ!」

 

興奮気味でマイクと受話器で話す大淀を他所に2人は廊下を歩く

 

 

 

 横須賀鎮守府の講堂には、大勢の艦娘が集まった。大淀が集まるように放送を流したのだ

 

時雨が到着する前、提督は簡潔明瞭に話した

 

あの日、艦娘を運用するための準備に時間がかかったこと

 

そして、浦田重工業の行為は、国家反逆という形で幕を下ろした。関係者や会社員は全員逮捕されている

 

 しかし、時雨が未来から来た事は話していない。いや、秘密にしていた。突拍子のない出来事でもあるが、その他にも問題があったからだ

 

「時雨が未来から来た事は秘密にしよう」

 

 艦娘が運営出来る鎮守府が完成し、資源も溜まり艦娘な建造可能になった時、提督は大和達に提案した

 

「時雨も建造されるだろう。しかし、現れる時雨は、あの時の時雨ではない。変にプレッシャーを与えたくない」

 

「確かにその方がいいわね。覚えていない艦娘に、有りのまま伝えても本人は混乱するわ」

 

 叢雲も考えながら言った。確かに身に覚えもない人に、未来からタイムスリップしたという事を伝えても実感が分からないはずだ

 

 一連の事件……公式には502部隊や提督が率いる艦娘は、極秘裏に陰謀の情報を入手し阻止するために戦ったとなっている

 

 真実を知るものは極一部の関係者だ。目撃者もいたが、オカルト関連のものと片付けられた。と言うより、浦田重工業の反乱や深海棲艦の地上攻撃によって、被害は大きかった

 

 国民はそんなオカルトよりも、復旧と浦田重工業の反乱の衝撃などで手一杯だ。証拠として映像が流れた時雨の拷問も、時雨が消滅したため浦田結衣の残虐のインパクトを与えるだけ映像となった。尤も、結衣も死んだため映像は無価値となり、テープは廃棄処分となった。もう、映像はない。マスコミも浦田重工業のジェット機による空爆で徹底的に破壊されたため、テレビラジオの放送は暫く止まっていた

 

 また、浦田重工業の私設部隊が暴れ戦闘になったため、国民の怒りは浦田重工業に流れた

 

 そのため、世間では『博士が初期の艦娘を造ったが、深海棲艦となった結衣との戦闘で相討ちとなった』となっている

 

 1人の記者が当時の海戦の様子を撮影し新聞に出したらしいが、国民は余り関心を持たなかった。普通なら大騒ぎのはずだ。だが、日本の大企業である浦田重工業は深海棲艦を操り、最先端の科学技術を使い、日本も含めて世界征服を行っていた事の方が衝撃的だった。よって、艦娘の目撃談もスキャンダル専門の週刊誌のように多くの人々は、軽く流されて終わってしまった。それだけ、浦田重工業のやり方が衝撃的だからだ

 

艦娘の存在が公になったのは、事件から一年後である

 

 

 

 国と国民が復興に手をつけている間、提督と艦娘達は鎮守府設立のために動き回った。初めは何もない状態での運営であるため、大変だったという

 

 しかし、未来の……正確には失われた時間軸だが……ノートに書かれたような事にはならなかった。元帥も了承を得て、海軍所属となった。艦娘は海軍の別動隊扱いだ。その辺の指揮系統はややこしくなるが、仕方ない

 

海域を次々と解放し、規模も大きくなった。

 

 戦果も変動はするものの、こちらが有利だ。しかし、提督の心の中は晴れない。正式に海軍士官となり、艦娘を指揮することになったが、やはり時雨の事は離れられない。失ったものが大きすぎた

 

建造ユニットから出てきた時雨を見て、どう反応したらいいか分からなかった

 

 

 

「どうしたの、提督?僕に興味があるの?」

 

 提督は他の艦娘と同様に訓練させ、出撃させた。時雨の練度が上がり、改ニに改装された時、提督は固まった。いくら別の存在とは言え、やはり時雨は時雨だ

 

「ごめん。ちょっと考え事していた」

 

 提督は無理やり笑って誤魔化した。だが、傍に居た秘書艦である加賀は分かっていた。割り切れていないのだ

 

「すまない。あいつを見ていると……」

 

「気にしないで下さい。私もそうしていたかも知れません」

 

加賀も悲しそうに答えた。皆、同じだった。時雨が戻ってくるのでは?

 

 そのような錯覚を覚えた。しかし、何も知らない本人にプレッシャーを与えてはいけない。仮にばれても、それは別人と教えればいい。実際に未来から来た時雨の扱いは、他人の空似の扱いだった。流石に政府機関や大本営に話せない。話がついて来れないからである。一応、提督の父親の先輩にあたる元帥には伝えたが、彼は分かったどうか……。博士も平行世界の概念やタイムスリップを説明するのに苦労したらしい

 

 ただ、浦田重工業が暴走して世界を崩壊させた事に付いては納得したようだ。元帥もまさかそこまでやるとは思いもしなかったらしい。浦田重工業の件は機密扱いとなり……というより普通の事件ではないため機密にしなくても大半の人は信じないだろうが……一般人の常識の範囲で関係者を処分することにした

 

 

 

 もう、あの時の少女は戻って来ない。提督や長門を始め、未来から来た時雨を知る者も諦めた時に奇跡が起こった

 

時雨は帰って来た。超常現象でこんな事があり得るのか?

 

 

 

 講堂には既に大勢の艦娘が集まっていた。大半は初めて見た顔だ。しかし、どういうわけか覚えている

 

 提督と共に戦った艦娘である大和達は皆の前に立って時雨について教えた。尤も、以前に青葉が嗅ぎ付けたらしく、鎮守府新聞で広めたが、誰も信じられなかった

 

 ただの与太話という形で終わったのだ。しかし、今度話すのは真実だ。騒がしかった講堂は静まり返り、提督と大和達の話を口を挟まずに聞いていた

 

話終えると、皆の目線が時雨に集まった

 

「悪意で隠したわけではない。ただ、建造された時の時雨は、知らなかった。別人だが、どういうわけか戻ってきた。時雨の話だと、今日の日付でタイムスリップしたらしい」

 

 時雨は提督の言葉を聞きながら、当時の事を思い出した。タイムマシンを守るために出撃した艦娘達

 

火力発電所での戦いで全員、戦死したのだろう

 

 しかし、今はそんな事は起きていない。あの時の艦娘達はここにいる。瑞鶴の隣には銀髪の大人しそうな艦娘が隣に居た。時雨はその艦娘が誰であるか分かった。翔鶴だ

 

 提督に続き、大和達も当時の状況を話していた。浦田重工業との戦い、理不尽な戦力。それに対してどう戦ったのかを。最後に時雨の番が来た。何を言おうか一瞬の間、迷ったが、深呼吸した後に口を開いた

 

「皆……僕は時雨。ここで建造された時の僕は余り覚えていない。でも、記憶の片隅に微かだけど、覚えているんだ」

 

ここで一息ついた。皆は耳を傾けている

 

「皆は知らないけど、僕は崩壊した世界で建造された。あの時、敵が強すぎて沈んでいった艦娘が多かった。姉妹をなくして悲しみに暮れる艦娘もいた。……味方はいなかった。孤独だった」

 

 時雨はアカシックレコードで見た結衣の残虐については触れなかった。知らない方がいい

 

「ずっと孤独だった。敵が強くて敵わなかった。あの戦いでも建造された仲間に会えて嬉しかった。……だけど、仲間が未来の時のように酷く痛め付けられた時は怖かったんだ。また、あの繰り返しになるんじゃないかって」

 

段々と声が涙声になった。泣いちゃダメなのに、悲しみを抑える事が出来ない

 

「でも、皆生きている!それどころか、仲間も増えていた。こんな光景を見る事が出来るなんて……僕の妹達も……西村艦隊も……大和武蔵も……うう……」

 

 時雨は再び泣きそうになる。全員、生きている。改変した歴史で歩んでいた時雨の記憶だと、誰も撃沈されていない

 

 立つことが出来ず、座り込もうとするが、誰かに支えられた。誰かは分かった。提督だった

 

「約束したからな。お前にも見せたかった。仲間がいることに」

 

五月雨を除く白露姉妹と西村艦隊も時雨の近くに集まった

 

「本当に……時雨は未来から来たっぽい?」

 

「青葉さんの言っていた事は本当だったんだ」

 

 全員、何を話せばいいか迷っている。しかし、疑問があった。何故、噂で未来からきた艦娘が来たとなっているのだろう?そして何故、皆は受け入れているのだろう?

 

過去の提督と初めて会った時は一蹴された。突拍子のない事だから仕方ない

 

 しかし、誰も笑ったりしない。仲間だからと言えばそれまでだから、それにしてはおかしい。限度がある

 

「提督……何で僕が崩壊した未来から来た事を信じているの?」

 

 寧ろ、知っている感じがある。タイムスリップは超常現象だ。過去の提督ですら初めは信じなかった

 

「ああ、それはな。ある日、青葉が嗅ぎ付けられてな。俺の金庫の中にあった書類をこじ開けて記事に書いたんだ」

 

 提督はこっそりと逃げようとする青葉を捕まえるよう手で合図しながら言った。青葉は逃げようとしたが、霧島と榛名が青葉を捕らえるとこちらに連れてきた

 

「浦田重工業の件はいい。ただ、タイムスリップ関連の書類を記事にしたのは、流石に俺も怒った。まあ、あの時は全員、鼻で笑われたため助かったが」

 

「ア、アハハハハ」

 

青葉は笑いながら誤魔化そうとしたが、提督はやれやれとばかりに首を振った

 

 しかし、情報が余りにも突拍子もないものばかりであり、そのときの時雨も身に覚えがないため、オカルトものと決めつけられたらしい。金品を盗まなかったとは言え、流石に個人の金庫をこじ開けるのは犯罪に等しかった行為であるため、二週間の謹慎となった

 

「だって、提督は何か隠してしたじゃないですか?長門達と一緒に」

 

「そうか。節度や限度という講義を二時間かけてやろうか?」

 

 青葉は言い訳しようとしたが、提督はニヤリと笑っていた。ただ、目は笑っていないため本気らしい

 

「と言うことは青葉の記事は――」

 

「大体は合っている。ただ、俺は親父のような科学者ではないから、タイムスリップやら進化論はお手上げだ。青葉もちんぷんかんぷんだったらしく、結論だけで書いたからな。タイムマシン乗ってやって来たなんて記事に書いても、そりゃ誰も信じない」

 

扶桑の問いに提督は頷きながら答えた。青葉は酷いです!と言って抗議したが

 

 

 

 皆が雑談で話している所、大淀がこちらに向けて駆けて来た。あの時の大淀は満身創痍だった。今は大丈夫そうだ

 

大淀は提督に耳打ちをすると提督は頷いた

 

「それはそうと、お前に会いたい人がいる。大淀が連絡しているから、もうすぐ来るだろう。まだ、来ていない人がいるが」

 

「誰?」

 

誰だろう?時雨は気になった

 

「ああ、お前と同じ破滅の未来から来た艦娘だ」

 

「え?」

 

時雨は首を傾げた。時雨と同じく未来から来た艦娘?しかし、タイムスリップしたのは自分だけだ。後の人達は……

 

「いや、お前のようにタイムスリップしてきたのではない。ちょっと特殊でな」

 

提督は合図すると大淀は呼びに行った

 

誰だろう?皆も不思議がっていた。ただ、大和と武蔵はため息をついていたが

 

「誰なのですか?」

 

「明るい艦娘よ。苦手な人ですけど」

 

どうやら、大和達は知っているらしい、誰なのだろう?

 

やがて、扉から1人の艦娘が現れたのだが、姿を見て時雨は驚愕した

 

皆も驚いているだろう。しかし、本人は全く気にはしていない。時雨に全速力で駆け寄ると時雨に抱きついてきた

 

時雨は誰なのか、分かった。しかし、あの時は確かに親しくなかった

 

その艦娘とは……

 

「やっと会えた!時雨も頑張ったわね。Great!ミッションコンプリート出来て、ミーも嬉しいわ!」

 

「まさか……あの時のアイオワさん?」

 

時雨は抱きつかれ戸惑いながらも時雨は提督に聞いた

 

「ああ、海外の艦娘もいる。留学という形で滞在している。アイオワもその一人だ。日本に着いたと同時に真っ先に会って来て話してきたから、驚いたよ」

 

提督は肩をすくめながら言った。どうやら、艦娘計画は輸出されたようだ

 

「でもあの時、アイオワさんは撃沈された」

 

 提督の話だとアイオワは沈んだ。戦艦ル級改flagship……浦田結衣によって撃沈されたはずだ

 

「あー……多分だが、平行世界のアメリカでは戦艦アイオワは沈んでいないからじゃないか?」

 

 提督曰く、破滅の未来で沈んだアイオワの魂は、『艦だった頃の世界』……平行世界のアメリカに行ったらしい。沈んでいないため、暫くの間はそこにいたとの事だ。何故、沈んだアイオワの魂があの世に行かずに記念艦となった戦艦アイオワに宿ったのかは分からない

 

本人もその記憶を覚えているという*1

 

「そして、この世界においてアメリカは艦娘を建造した。つまり、再び戻ってきたんだ。記憶と共に。だから、『消えた破滅の未来の戦争』をより詳しく知ることが出来た。悲惨だった事も」

 

 提督は説明していた。アイオワは武蔵と長門によって時雨から引き剥がされるのを見ながら言った

 

「海外の艦娘もいるの?」

 

「数人はな。深海棲艦の本拠地は太平洋のど真ん中だ。だから、ここを対深海棲艦部隊の基地になっている」

 

勿論、提督も大変であるようだ。詳しい話は後で聞く事にしよう

 

次に現れたのは、よく知っている人物の集団だ。502部隊の人達だ

 

「本当に帰って来たのか!墓石を立ててしまったぞ!どうしてくれる!」

 

「軍曹、縁起の無いことをいうな……帰って来たんだな」

 

「時雨……帰還出来て自分もうれしいのであります」

 

「まるゆも嬉しいです!」

 

 陸軍部隊も喜んでいた。しかし、提督は見逃さなかった。陸軍部隊なのに、腕章がついていた。確か、あの腕章は……

 

「中佐、あの……この腕章は……憲兵?」

 

「ああ、左遷された。浦田重工業を潰したのはいいが、やはり破壊活動と命令違反は不味かったらしい」

 

将校は笑っていたが、悲しげな表情である

 

「ごめんなさい」

 

「とんでもない。寧ろ、お礼を言いたかった。浦田重工業を倒せたのは、時雨のお陰だ。だから、後悔はない。それに左遷は表向きの話だ。特殊部隊には変わらない」

 

「将校殿は釣り仲間が出来て嬉しいのでありますから、気にしないでください」

 

「あきつ丸、それは機密事項だ」

 

あきつ丸はこっそりと教えたが、陸軍中佐は笑いながら指摘した

 

 その後も何人かの艦娘と人が来た。当時、岐阜基地の基地司令を務めていた人、登戸研究所の連中、英仏独露の艦娘も集まった。そして、博士もいた

 

今は中将の階級らしい。艦娘の艦隊司令官という肩書きとの事だ

 

 

 

 時雨は嬉かった。皆は生きていた。世界情勢や日本の国内事情など知りたい事があるが、それは後からでも出来る

 

 確かなのは、多くの人達を救った。時雨は再び泣いた。嬉しくて泣いたのは、初めてだったかも知れない

 

姉妹達があたふたして慰めてくれていたが、それも嬉しかった

 

 

 

 皆が時雨の周りに集まっている中、提督と博士は遠くから見ていた。アイオワと大和も一緒である

 

 時雨は帰って来た。あの時の時雨は、いつも悲しそうな目をしていた。それもそのはずで、何人もの死を見てきたのだ。建造された時の時雨は、明るく振る舞っていたのだ。『破滅した未来』から来ていないのだから、当然だ

 

だから、悲しまなくていい。帰って来てのだから、本人も幸せになってほしい

 

「ミーも嬉しかったです。タイムトラベルが出来るなんて」

 

「だからと言って頼まれても、造らんわい。向こうの世界ではタイムマシンは車というのが常識なのか?」

 

博士は呆れながら呟いた。一体、どんな考えをすればそうなるのだろう?

 

「それはそうと……まさか帰ってくるとは……フフ」

 

「どうした、親父。笑ったりして。タイムパラドックスして消滅したはずなのに、意識だけが戻ってきた現象の報告を聞いても驚きもしないなんて」

 

提督は訝しげに聞いた。こんな現象が起こっても、戸惑いすらない

 

「いや……確かにタイムパラドックスは起こったが、時雨本人が死んだ事実はない。つまり、肉体や艤装は消滅しても、魂は消滅しなかったようじゃ。時雨の魂自体が本来の時間に戻って来たのじゃろう。それが、改変された未来でもじゃ。タイムトラベルした日付に」

 

「そうなのですか?」

 

 大和は唖然とした。確かにタイムパラドックスはあのときに起こった。大和達の目の前で見たのだ。時雨が消滅したのを

 

「仮説じゃ。もしかすると……魂という概念も科学的に証明出来るかも知れん」

 

「何でもいいが、解剖とかするなよ」

 

「何を言っとる!それをやるのは野蛮で頭の硬い科学者じゃ!そいつらと同類にするな!ワシはその上をいっとるのじゃ!」

 

博士と提督とのやり取りにアイオワは笑った

 

「アイオワさん、どうしました?」

 

「大和……ミー達の創造主の話はあの時のフューチャーでも聞いていたわ。あの時のアドミラルは、期待しない方がいいと言われたわ。確かに間違いなかった。ギリシャ神話に出て来る人かと思っていたのに」

 

「ちょっと待て!創造論のような事を期待してどうする!?お前は科学者を何だと思っておるのだ!ワシは、神話に出て来る格好をしなければならないのか!?」

 

「No。寧ろ、宇宙人だと思っていたわ。タコ型で三本脚の戦闘機械に乗っているのだと」

 

 提督は自分の父親がアイオワに噛みつくのを笑っていたが、提督はそんな事はどうでも良かった。確かに超常現象だろう。しかし、現実に戻ってきた。歴史が変わっても、タイムパラドックスで肉体が消滅しても、魂は本来の時間軸に戻って来たのではないか?改変だろうが、未来は未来だ

 

恐らく、自分の父親の事は間違ってはいない。現にあの時の時雨は戻ってきた

 

 

 

「大淀、間宮さん達に宴会の準備をさせてくれ。足りない分は俺が払う。それと、今日の演習と出撃は取り止めだ」

 

「はい!」

 

大淀が動いている中、未だに時雨の周りに集まっている集団を提督は見ていた

 

 

 

タイムパラドックスから今日に至るまで色々あった

 

詳細は後からでも出来る。時雨も感じているだろう。世界は崩壊していない、と

 

*1
アイオワ級戦艦4隻は全て健在のまま退役を迎え、4隻共記念艦や博物館として現存している。アイオワ戦艦は現在もロサンゼルスで博物館として保存されている




という訳で時雨は戻ってきました。建造された時雨に上書きされたようです
ホラ、平凡なオリ主の意識が、何らかの形である作品のキャラに憑依するという二次創作が結構あるじゃないですか。それに近いような事が起こったようです
 ただ、憑依した身体も時雨本人なので問題は全くありません。歴史が改変されているため、カルチャーショックを起こすくらいです

 え?消滅したのに戻って来た?時雨は四次元空間を2度も経験しています。また、改変したとは言え『時雨が撃沈や死亡』した事実はありません。提督も撃沈した艦娘は今のところないようです。その影響でしょう。一方、未来の提督は既に死んでいますから、奇妙な現象は起きません

 アイオワは『平行世界(現代世界)のアメリカ』において記念艦で保管されています。その影響なのか、建造された時に記憶と一緒に帰って来たそうです。歴史改変されたため、周りから見ればアイオワの建造は初めてですが、当の本人は2度目になります。つまり、歴史改変前の建造は『無かった』事になります

歴史が改変される前の未来の戦争を経験した艦娘は、時雨とアイオワだけです


因みに本作品では艦娘と艦娘と関わりのあるオリキャラの死亡は1人もいません(モブキャラは別)
提督及び時雨以外の艦娘は浦田重工業が崩壊したため生きています。潜水艦娘は撃沈されましたが、浅かったため死んではいません。創造主である博士も502部隊である軍曹も中佐も生きていますし、時雨もアイオワも戻ってきました。深海棲艦の姫級も何気に生きています(人外ですから)

良かった。戦争物で敵がチートなのに、艦娘と艦娘側のオリキャラは本当に誰も死んではいない。『原作キャラ死亡』タグを付ける要素が無くて良かった

尚、豊吉和彦海軍大将は歴史改変前でも改変後(正確には76,77話)でも死んでいます(しかも、敵キャラである浦田結衣に殺されるという)
まあ、国防を怠ると碌な事にはならないという訳です

改変された歴史と世界情勢と国内事情の詳細は次話です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第110話 宴会

節分の豆が大分、たまって来ました。銀河入手まで後一息!


 その日の夕方、講堂は騒がしかった。机の上には間宮と伊良湖と鳳翔が作ってくれた食事が並べられ、時雨は皆の前で立っていた

 

 挨拶が終わると、皆は目の前の食事を食べたり飲んだりして楽しんでいた。流石に駆逐艦達にお酒は与えていないが、何人かはこっそりと飲んでいる者がらしい。その度に注意はするが、何故か年齢を持ちだされて正当性を主張する始末である*1

 

 

 

「そう言えば、僕が消えてから世界はどうなったの?海外の艦娘がいるって事は人類同士の戦争は無くなったって事だよね?」

 

 時雨は周りの挨拶が終わると、提督に近寄り質問した。確かに海外の艦娘がこれだけいるのも珍しい。ビスマルクやアイオワもいるし、泥酔しているイタリアの重巡もいる。響はソ連の戦艦娘と一緒に話したりしていた本当に第二次世界大戦は無くなったのだろうか?憑依という形で融合したとは言え、この世界での建造から今までの記憶が曖昧だ。また、旧史の記憶の方が刺激が強かったのだろうか?

 

 念のため、明石さんに検査をしてもらったが、異常はないという。ただ、様子を見るため出撃は当分、見合わせる方針にした

 

「ああ、そうだな。お前は知らないんだったな?」

 

提督はビールジョッキを置いて話始めた

 

 

 

あの戦いの後、海軍に保護され大本営に連れていかれたとの事だ。と言っても大本営は爆撃されたため、別の施設に連れていかれた。

 

 博士の先輩である元帥が待っており、中佐と博士は有りのまま報告したが、内容が内容の為に混乱したという

 

 

 

提督と艦娘達は丁重に扱われ、後日にて緊急会議が開かれた。

 

 空爆によって国会議員や軍人、役人など大半は死んでしまったため、後任選定に時間が掛かってしまったが

 

 その代わり組織がすっきりしたため、大本営連絡会議の準備は意外にも終わった

 

 副総理を初めとする国会議員数人。帝国軍からは統合参謀長である元帥と陸軍大将と海軍中将(海軍大将は戦死したため)以下数名。皇族から何人か出席された

 

その人達の前で502部隊と提督達が今回の事件と今後の事を説明したという。余りの出席者に提督は、緊張して早口で話してしまった

 

艦娘も大和と長門が代表として証言した。慣れているのか、堂々としている

 

 

 

「今回の事件は前列がありません。いえ、深海棲艦以上の事件であることは確かです。何しろ、世界を手中に治めるため、世界各国を火の海にする予定でした」

 

「一企業が深海棲艦を使って世界攻撃だと?何てこった……」

 

 副総理は頭を抱えた。まさか、浦田重工業がこんな事をするとは夢にも思わなかったらしい。他の人達も同様である

 

「浦田重工業……いや浦田社長は、世界大戦……第二次世界大戦を止めるために狂気に入ったと?」

 

「そういう認識で結構です。浦田社長は、平行世界の日本の未来から歴史を見て実行しました。初めは日本を発展させる事によって世界大恐慌や関東大震災などを防ぐ事で世界大戦に巻き込まれないように動いていたのでしょう。しかし、関東軍が南満州鉄道の線路を爆破しようとする計画を知ると……あちらでは満州事変と呼ばれていますが……浦田社長は強硬策に出ました」

 

 陸軍中佐は淡々と述べた。浦田社長の部屋から書類や物品を押収したが、大半は歴史関連の書類ばかりだ

 

「満州事変が起きる前に関東軍の幹部は次々と不審な死を遂げました。いえ、何人もの軍関係者が亡くなりました。我々の捜査では、浦田重工業の私設部隊の仕業だと断定しました」

 

「証拠はあったのですか?」

 

副総理は質問したが、中佐はかぶりを振った

 

「いいえ、ありません。ただ、当時の陸軍内部ではそういう噂が広まりました。タカ派の人達は、捜査を待たずに部隊を率いて浦田重工業を先制攻撃しました」

 

「つまり嵌められた、と?」

 

「残念ですが、そうなります。朝鮮半島も手放され、帝国陸軍は日本に押し戻されました。私は元帥の指揮の下で証拠を掴むため502部隊を立ち上げました」

 

 ここまで伝えると全員がため息をついた。浦田社長が持っていた資料を見たが、どれも驚く事ばかりだったからだ

 

もし、浦田重工業が存在せず、そして深海棲艦が現れなかったら……

 

 日本は満州事変を起こし、支那事変、太平洋戦争、そして終戦を迎えていただろう

 

会議室には重苦しい空気が漂っていた。余りにも衝撃的な事実だったからである

 

「それでは、我々はどう転んでも最悪の事態になるという運命ですか?アメリカと戦争をし、B-29の爆撃によって焼け野原になるか、浦田重工業の策略によって国家が壊滅するか。深海棲艦によって資源が断たれ、国民が飢えるか。我が国である日本は、最善の策を講じる事が出来ないと?」

 

 皇族の一人が呟いた。彼らも見たのだ。平行世界の日本の歴史と浦田重工業の反乱を見れば頭を抱えるのも無理もない

 

「いえ、違います。確かに過ちはしました」

 

 中佐は力強く言った。中佐自身も初めは、浦田重工業への復讐のために部隊編成したのだ。しかし、事実が明らかになるにつれて、彼もまた考えが変わった。

 

「浦田社長が掲げる考えも分からない訳ではありません。確かに第二次世界大戦……太平洋戦争の歴史を学び止めるという考えはあったかも知れません。何しろ、彼等の父親には日露戦争で嫌な思い出があったのは確かです。しかし深海棲艦を利用し、世界中の都市を無差別に攻撃、政府高官や軍人や科学者を暗殺などの非道な行為が釣り合うかと聞かれると私はそうは思いません。浦田重工業は非道な行為をしました。それだけは間違えないで下さい」

 

中佐は一瞬の間、考えた。もし、深海棲艦がこの世界に現れなければ……

 

 平行世界で起こった第二次世界大戦は考えは確実に起こるだろう。それを1人の人間が止められるかと聞かれるノーである

 

 ヒトラーやスターリンなどの歴史に記していたであろう独裁者は浦田結衣が放った深海棲艦によってなすすべもなく死んでいった。深海棲艦による徹底的な空爆と艦砲射撃により、ヨーロッパは焼け野原になり、あのアメリカもロサンゼルスやニューヨークも崩壊したことから、どの国も世界大戦を行う国力も無かった。日本も浦田重工業の反乱や深海棲艦の攻撃によって痛めつけられた

 

 死傷者の人数は計り知れない。その代わりに第二次世界大戦は起こらず、その後の冷戦も起こらないだろう。ドイツや朝鮮半島の分断はなくなり、米ソ間での核開発競争なんて当分の間は起こりもしない

 

 だが、それでこの暴挙は釣り合うのか?別の方法があったかと聞かれたら、すぐには答えられないだろう

 

どちらが正しいのだろうか?

 

(いや、これは個人で考える事ではないな)

 

 将校は心の中で呟いた。確かに悲劇を止めるためには強硬で非情な事をしないといけないだろう。しかし、それは余りにも危険な事だ。他人の意見すら聞かずに一方的に決めつけ実行すれば、それ以上の悲劇を招く

 

「戦後でも日本は奇跡的に立ち直りました。平行世界の日本でも出来たのです。我々もやる事をしなければなりません」

 

 中将は博士と共に浦田重工業にあった資料とディープスロートのノートパソコンにあったデータを見せた

 

映写機とスクリーンを用意し、解説しながら映写し始めた

 

 吉田茂が戦後の首相を荷ない、復興に努力した事、それはアメリカ依存の経済復興であった事

 

 新憲法で軍備を禁じられたが、1950年の朝鮮戦争をきっかけにアメリカはやはり日本に軍事力が必要な事を痛感し、警察予備隊、のちに自衛隊を発足させたこと

 

 しかし、これは専守防衛の『軍隊』であった事。一方で朝鮮戦争によって所謂、戦争特需をもたらし、それが日本の復興にさらに一役買った事

 

 所謂、保守の55年体制が始まった事。この体制下で経済はじわじわと成長し、60年年代には高度経済を迎える事

 

 90年代のバブルで頂点を迎え失速するまで、日本経済は右肩上がりの成長をつづけた事

 

 まだまだ資料はあるが、この辺りで映像を止めた。これ以上は説明しなくてもいいだろう

 

「まだ、他に資料もありますが、全て説明すると時間がかかります。歴史資料を全て提出するので研究して下さい」

 

映像が終わるまで出席者からは夢が覚めたかのように目をしばたたいた

 

「しかし、この映像は本物であると理解していただきたい。我々の協力者であるディープスロートはある理由があって浦田重工業側につきました。彼は賭けである機械に細工をして我々に浦田重工業の弱点を教えてくれました。彼も平行世界の日本の軍人であり、浦田の暴走を阻止するために戦いました。危機は取り除きました。これからもです。幸いな事に我々は、違う世界の歴史とは言え、未来予測は可能です。浦田重工業の遺産を有効に使い、復興に励むことです。日本が満洲建国せず、中国国民党軍と戦わない。またアメリカと戦争をしないという選択肢も出来る訳です」

 

「つまり、この膨大な資料は我々の利益となる事とはこの事かな?今後の日本にとっては?」

 

副総理は尋ねる

 

「そうです。深海棲艦が出現している中、他国と戦争している場合ではありません。深海棲艦がこの世界からいなくなった後もです。あなた方も中国や東南アジアなどに兵を送り込み、アメリカと戦争し、膨大な死傷者や経済損失を出して国民からの信頼を失いたくないでしょう。違いますか?」

 

「うーむ」

 

 副総理は唸ってしまった。普段なら弱腰やら売国奴などとレッテルを貼られるだろうが、生憎そんな気持ちにはなれないだろう。浦田重工業の反乱と平行世界の日本の歴史を見せれば、感情的になって批判するのは得策ではない。尤も、東京大空襲や広島長崎の原爆投下の映像を見せられ、ショックを受けたが

 

「確かに一理あるな」

 

「戦わねばならぬ戦争ならば、我々は戦う」

 

陸軍大将はきっぱりと言った

 

「世界には武力でしか解決出来ない事柄もあるのだ」

 

「何も日本国憲法のように紛争解決のために軍隊を解体しろ、とは言いません。しかし、中国戦線で日本軍支那派遣軍が中国国民党軍と赤軍相手に10年以上も泥沼の戦いなぞしたくはないでしょう。違いますか?」

 

「うーむ」

 

 中佐の指摘に大将も唸った。陸軍大将も中国戦線で泥沼化になるなんて思いもしなかったらしい。これでは、無意味な戦争だ。戦後に国民が進駐した米軍よりも軍部を批判するのも無理もないだろう。国民に嘘をついてまで戦争する事は、後で酷い目に合う。資料にははっきりと書いてあるし、浦田社長が大日本帝国軍を嫌うのも分からない訳では無い*2

 

「それで君達の対価は……」

 

副総理は出席している大和と長門に目をやりながら言った

 

 ここから先は言わなくてもいいだろう。復興のためには資源が必要だ。日本は国内資源が少ないために、海外から物資を輸入し、製品を輸出しなければ生きてけない国家である。海上交通網であるシーレーンを防衛しないといけない

 

現在で深海棲艦に有効な攻撃力を持っているのは艦娘である。彼女の力が必要だ

 

 勿論、彼女達を運用には支援やバックアップが必要だ。どんな強力な兵器でも補給が無いと戦えない。軍隊では当たり前の事である

 

「……分かった」

 

副総理は答えた。どうやら、この人は頭の回転が早いらしい

 

「議論は必要だ。と言っても前向きに議論していく。数日すれば返答はする」

 

会議は終わり、後は待つだけである。大本営と政府がやってくれるだろう

 

「しかし、大丈夫なのか?」

 

「心配するな。……多分な」

 

長門の疑問に提督は答えたが、いささか不安があった。突拍子のない話を政府と大本営が受け入れるか?

 

長門達もその辺りが不安だった。艦娘の扱いについては、人として扱って欲しいという要望が通って欲しいのもあるが、それ以上に深海棲艦と戦うための条件が通るかが重要である

 

しかし、その点は国や軍の善意を信じるしかない。尤も、そんな善意を全てにおいてやっている国や組織は世界中を見渡してもいない

 

艦娘もその点は分かっている。何しろ『艦だった頃の世界』での日本のやり方は知っているからである。連合艦隊の旗艦をしていた艦娘もいたので、その辺りも大丈夫である。但し、そのうちの一人は入院しているが

 

「俺達は正義感の強いバカではない。しかし、向こうも分かってるはずだ」

 

 流石に政府の役人も今の日本が、どのような状況か分かっている。浦田重工業が崩壊したため、シーレーンは再び失われ、浦田重工業の反乱と深海棲艦の攻撃によって、被害は大きい

 

こうしている間も、民間人は苦しむばかりだ

 

 その間、提督と艦娘達は艤装の整備保全や運動などを行っていた。資源はないため、最低限のことしか出来ない。皆は不安だったが、提督は楽観的な考えだった

 

 深海棲艦のボスである戦艦棲姫などの姫級は恐ろしいが、決してバカにではない。縄張りの海域に立ち入った者は攻撃するが、陸地には攻撃しない

 

 浦田重工業に懲りたのか、こちらを警戒している。太平洋戦争の米軍では、そうはいかない。徹底的に叩く軍隊だ。皮肉にも敵は人間でないため助かった

 

 

 

一週間もしないうちに元帥を通じて大本営から回答が来た

 

内容は

 

『艦娘を海軍の別動隊という形で受け入れる事に同意する。そちらの要望である艦娘を日本人として扱われる事も了承する。他の機関や皇族には、こちらが擦り合わせもあるので、もう少し時間が欲しい』

 

 これが回答であった。時間がかかるのは、役人の悪い癖だが、提督や艦娘にとっては、それで十分だ。とにかく、深海棲艦を倒すため、政府が認めたという事実があればいい

 

 政府か軍か世論が艦娘の存在を認められなければ、艦娘が建造された意味がない。深海棲艦を倒すための戦力である艦娘の意義も失われる

 

生きるだけなら誰でも出来る。最悪の場合は、日本から離れる事も出来る

 

「最悪の場合の対処は、どういう根拠で小笠原諸島に逃げるという考えが浮かぶんだ?」

 

「誰も簡単に来れないからな。そうでもしないと、相手はつけあがるぞ?」

 

 要はアメとムチである。簡単に例えると『国防には手を貸すが、裏切ったら指揮下から離れるからな?』である。軍隊はボランティアでやってる訳ではない。艦娘も同様である

 

 

 

 提供された土地は横須賀にある海軍基地である。横須賀鎮守府である。と言っても、浦田重工業の空爆のせいで、廃墟と成り果てていた

 

施設も半壊であり、地面もクレーターの跡があちこちある

 

「予想はしていましたが……」

 

「何処も同じだからな」

 

浦田重工業は軍施設を徹底的に叩いたため、何処も似たり寄ったりだ

 

「まずは再建からだな」

 

 

 

 その日から全員、土木作業員となった。流石に人手だけでは時間がかかるため、明石は建設機械を数台作った

 

妖精が運転してくれたため、その辺りは大丈夫だ

 

 次に食料だが、仕入れる業者がほとんど無かった。反乱と爆撃のせいで何処も立ち直っていない

 

 問題はないのだが、このままだと心細い。農作業しようと提案があったが、提督はそんな経験はない。艦娘もである

 

……いや、一人いた

 

「耕したぞ?何を植えればいいのだ?」

 

「……やった事あるのか?」

 

「『艦だった頃の世界』でな*3

 

 提督もその場にいた艦娘も呆れていた。艤装を外して麦わら帽子を被って耕す武蔵の姿に、誰もが思った

 

全然、違和感がない

 

 敷地の一部は広大な畑を持ち、野菜と米を植えた。収穫は先だが、食料不足にはならないだろう

 

 

 

 数日後、施設を建て直しは終わった。遠征に行く事にしたが、その前に海域を奪還しないといけない

 

 弾薬も燃料も限られているため演習も満足出来ない。軽巡と駆逐艦だけの艦隊で近海の海域を奪取するしかない。そのため、天龍と龍田は駆逐艦娘と一緒に出撃する日々が続いた。重巡と戦艦、空母は待機続きである

 

 

 

 ただ、彼女達も何も暇でやっている訳では無い。大和は皆を集めて砲術や海戦の講義*4を行ったり、龍譲は赤城加賀と共に艦載機の飛行訓練を行った

 

 大淀は元帥と連絡を取りながらリアルタイムで情報交換をし、摩耶は対空射撃を訓練したり、鳥海と古鷹は『艦だった頃の世界』で戦った経験を活かして戦術面を提督に教えていた

 

 一方、提督はというと忙しい毎日だった。装備の開発も、艦娘を召喚する『建造』もしないといけない。女の子である艦娘との共同生活も負担の1つだった

 

試行錯誤を繰り返し、鎮守府はようやくまともに動き出した。艦娘も増え、戦果も上がった

 

 

 

 国内情勢も復興が進みようやく一段落した所で、大本営は艦娘の存在を明らかにした。但し、明らかにしただけであり、艦娘達はマスコミの前には出なかった

 

民衆が受け入れない事もあるかも知れないという恐れがある事もあるが、彼女は映画のロックスターや有名人ではないのが本音だからである

 

「アイドル活動してはダメなんですか!?」

 

那珂だけは不満だったが。艦娘の理論は博士が論文を纏めて公開していたため、学会も認めざるを得なかった。しかし、予想していたよりも反感はなかった

 

『朗報だ。意外ではあるが、世論は君達の味方をしている』

 

「本当なのですか?」

 

『マスコミを上手く使ってリークしたため、大体の事は国民は知っている。中将の論文の件もあるが、浦田重工業が生み出した新型深海棲艦H44改との戦闘を見て感情移入している。露骨に不平不満を言う輩もいるが、少数なので無視していい』

 

 ある日、元帥が電話で朗報を知らせてくれた。長門は驚いたが、元帥は楽しそうに言って来る。その場にいた加賀も大淀もホッとした

 

「ちょっと待って下さい。中将って……」

 

『お前の親父さんだ。大本営に報告する将官がいないとダメだろう?左遷も浦田重工業の差し金だから元に戻っただけだ』

 

提督は愕然としたが、元帥は呆れながら言った

 

「あの親父……自分も栄転しやがって」

 

『おい、上官に向かって何を言っとる!?褒めないとはどういう神経しておる!?』

 

「冗談だよ……良かったな」

 

浦田重工業の存在が消えた為、こちらのバッシングは無くなったらしい

 

 博士によると日本は元々、神は自然界の様々な物を「依代(よりしろ)」として宿るという考えがあったからではないかという

 

 古代日本では『神は姿をもたない』と考えられていた事から、古い神社では山が御神体だったり、岩が御神体という事もあったという。鏡や剣、勾玉など人が作ったものにも神は宿ると考えられ、御神鏡もその一つだという。人にも神は宿ると考えられており、神を宿すことのできる人は『巫女』と呼ばれていたという

 

 付喪神の話も有名でこれは人間が作った道具であっても、愛着を持って長年使っていると魂が宿るという考えだという

 

 普段使っている道具でも長く使っていれば魂は宿る。日本人は物に対する愛着が特に強い民族だからこそ艦娘の存在には抵抗感がないという

 

『未来の記録での反艦娘団体の存在も恐らくは、浦田重工業が手を加えた組織じゃろう。取引や使役した事もあるじゃろうが、原因を辿っていけば浦田重工業がスポンサーだからじゃ』

 

「確かに艦娘を攻撃する兵器、地対艦ミサイルもゲリラに渡すために造っていたから間違いないだろう」

 

 未来の記録では、地対艦ミサイルを使った攻撃で艦娘に被害が出ただけでなく、民間人に不信を抱いて関係が悪化したと記してあった。しかし、改変された時間軸ではそんな事は起こっていない。外出した艦娘もいるが、特に何もされてもなく、問題も起こっていない

 

「しかし、科学者である親父が何でそんな事を知っているんだ?」

 

『ワシの祖父……いや、代々と言い伝えられた考え方じゃ。深海棲艦と出会ってから科学だけでなく、多神教も僅かながら力を入れていた。古来の人は、分かっていたのだろうかと』

 

「宗教は切っても切れない存在です。軍艦には艦内神社というのがありますから」

 

加賀はフォローしたが、提督は首を傾げた。どうも、自分の父親に対する認識が違っていたらしい。確かに事故物件で安く買った別荘を研究所に改装するのもどうかと思うが、完全に無神論ではないらしい

 

「ともあれ、心配事が減って良かった」

 

提督は安堵した。どうやら、権力を持つ人が偏見を持つと民衆まで伝染のように染まるらしい。右へ倣えという奴だろう。その病原体がいないため、国民は反感も湧かないのだろう。浦田重工業のシンパも時が経つ事に減っていった事もある

 

 

 

 海域を攻略するには戦力が居る。そのためには、新装備と資源の確保が重要である。明石と話し合い新装備の数も充実した。新しい艦娘が現れる度に歓迎会を開いたりして士気を高めた。那珂がステージに立って歌いたいとせがんだのであるテレビ番組の年末の歌合戦に匿名で参加した。一応、人気はあったらしく、広告塔にはなったらしい。本人は一番を狙ったらしいが

 

地元との交流も特に問題は無かった。周辺住民もそれなりに良好である

 

 やがて、艦娘と提督を護衛する憲兵隊が来ると通達があったので、どんな人達だろうと待ち構えていたら、まさかの502部隊の連中だった

 

「浦田シンパによるテロがあってはいけないから派遣された」

 

「本当は?」

 

「お前達に会いたかった」

 

 陸軍将校はニヤリと笑った。どうやら、これが本当らしい。あの事件の後、人事異動が起きた。浦田部隊との戦いで戦死者が多かったのだから仕方ない

 

502部隊はしばらくの間、浦田重工業の残存部隊の掃討の任務を受けていたが、暫くしてその任務が解かれた

 

「浦田重工業は壊滅した。お手柄だった。だが、仕方ないとはいえ、命令違反と破壊活動をした事実は消えない。勲章を受賞した者でもな」

 

 陸軍大将は済まなそうに伝えた。流石に放送局を占拠して映像を流すのは不味かったらしい

 

「502部隊は別の部署に移される。もう、君達は特殊部隊ではない」

 

「構いません。罰は受けます。ですが、異動先を選ぶことは可能でしょうか?」

 

陸軍大将は眉を吊り上げた。此奴は何を言っているのだろうか、と

 

「何処だ?言って見ろ」

 

「ある鎮守府の護衛です。海の上の戦いは得意でも地上戦闘は不得意のはずです。深海棲艦と戦える人達がテロによって被害を受けたとなれば、軍の笑い者です」

 

「幸い、二名ほど艦娘はいます。陸軍も深海棲艦と戦えると証明できます」

 

 陸軍大将は502部隊の将校と軍曹に呆れていた。どうやら、腹は括っていたらしい。陸軍大将はフッと笑った

 

「……そうだな。確かにあの鎮守府を失ったら痛い。いいだろう」

 

 陸軍大将は言ったが、実は初めからそうするつもりだったらしい。確かに目に余る行為をしたが、彼等は任務を遂行したのだ。処分は、あくまで表向きである

 

 こうして、502部隊は憲兵隊となった。以前とは違って、女性兵士も数人はいるから交流も深まるだろう

 

 

 

 海域の確保やシーレーン防衛により、経済の停滞や資源の枯渇は免れた。海外との接触により何とか交渉が出来た。ヨーロッパもドイツを始め艦娘計画は順調に広まっていた。アメリカとイギリスとフランス、そしてイタリアも艦娘建造に成功し早速、出撃しているらしい。近年ではつい最近ソビエト政権が崩壊したロシアでも艦娘建造に成功した。海外も艦娘の抵抗感に対しては特に無かった。尤も、都市部や軍事基地に大打撃を与えられ、深海棲艦がウヨウヨして航路空路が活用できない現状では、受け入れないと言う選択肢は贅沢かも知れない。感情的になっても碌な事にはならないと言う事だろう

 

 アメリカも深海棲艦が攻撃した事により南北戦争勃発の危機があった。何とか回避する事は出来たが、火がついた暴動が収まる気配がない。大統領も『平行世界のアメリカの歴史』と違って別の人が大統領になったらしい。人種問題も取り組むべきだという声もあり、前向きに検討しているとの事だ

 

 寧ろ、深海棲艦を倒してくれたのだから喜んでいるらしい。島国であるイギリスも航路が開けたため喜んでいると言う

 

 しかし、深海棲艦も手強くなり強力な新型の姫級の深海棲艦も確認されている。戦艦棲姫も進化しているとの情報まであった。戦艦水鬼となってコテンパンにやられたらしい。相手も手を招いているだけではない。強くなっていると考えた方がいい

 

「各個で深海棲艦を撃破しても意味は無い。太平洋にある本拠地とワームホールを何とかしないと」

 

 提督は呟いた。どうやら、浦田重工業を倒したら世界は平和になるという考えは幻想らしい。コンクリート詰めから助けた戦艦棲姫を始め深海棲艦の鬼・姫級は、相変わらず人類に対して冷たかった。艦娘もである

 

「日本の艦娘だけ戦うのは危険だ」

 

 大作戦の後の宴会で騒ぐ艦娘を眺めながら提督は呟いた。このままだと、敵の思い通りだ

 

『私達ハ、違ウ種族ヨ?肌ノ色ヤ民族ヤ宗教ダケデ、イガミ合ウ人間ガ、私達デアル深海棲艦ト仲良ク成レル訳ナイジャナイ』

 

 ある日、話し合いが出来ないかとあらゆる手段でコンタクトを取ったが、馬鹿馬鹿しい結果は出なかった。奇跡的に深海棲艦のトップと話す事が出来たが、平行線だった

 

 深海棲艦はこの世界から出て行かないらしい。元々、海水に棲む生命体であるため、この世界が気に入っているのだ。人類と交流したくない

 

「しかし、浦田重工業のような考えでなくて良かったですね」

 

「……戦争が泥沼化になりそうだ」

 

 大和は慰めるように言ったが、提督は首を振った。平行世界で起こったベトナム戦争になりかねないと危惧はした。尤も、深海棲艦は人類と講和を結ぶ意志なんてないのだから。人間のように反戦意識というのは無いらしい

 

「どうしたものかな?」

 

提督は呟いた。日本だけでは負担が大きすぎる。敵陣を叩く方が有効かも……

 

 

 

「それで海外の艦娘を受け入れたんだ」

 

宴会の席で時雨は言った。浦田重工業がいないとここまで変わるものなのか?

 

「日本だけ真面目に戦っても意味がない。派遣としてここに来ている。ヨーロッパは数人の艦娘を寄こしたし、アメリカも日米交流という名の下で派遣した」

 

 提督はビールを飲みながら説明した。扶桑山城から聞いたが、働き過ぎて体調を崩した事は何度かあるらしい

 

「深海棲艦は不定期だが、大艦隊を編成してこちらに挑む事が何度かあった。新型の深海棲艦の目撃情報もある。深海棲艦も変わっている」

 

「まだ平和ではないんだね」

 

 時雨は残念そうに言った。浦田重工業を倒すために塞いでいたワームホールを開く。元は提督の案だったが、あの時は提督や博士だけの戦力で浦田重工業に挑むのは困難過ぎた

 

「浦田重工業を倒すのに深海棲艦のボスを利用したなんて大本営はよく納得したね」

 

「まあ、あんな兵器を保有している相手に対してそんな悠長な事をする訳には行かないからな。……正直言って、浦田結衣がマトモでなくて良かった事にホッとしている」

 

 提督は無表情になった。あの戦いの後、残骸を探すため東京湾海底の調査を実施。浦田結衣の遺品であるF5UフライングパンケーキとF6Aフライング・フラップジャックの残骸の回収に成功。架空兵器とは言え、レシプロ機であるため復元をして徹底的に調べた。操る人がいないため性能は落ちているものの、それでも烈風と互角に戦える艦戦である事には間違いないと結論付けた。アイオワもサラトガもF5Uを見て驚いていた。敵がF5Uを製造するとは思わなかったらしい

 

 鹵獲した円盤航空機は、半分は記念用として保管し、残りは演習用の汎用機として専ら使っていたが、やはり最終決戦を忘れられないものらしい。空母組は円盤航空機との演習で負けは許されないという謎の掟が出来たお蔭で五航戦も雲龍型も軽空母組も振り回された。敗北すると加賀にしっかりと絞られた

 

伊勢日向も航空戦艦の艦載機がこんな高性能である事に対抗意識を燃やしてしまい、瑞雲を改修できるよう明石や夕張に無理を言ったらしい。改修というのは聞こえがいいが、実際は魔改造に等しい

 

とりあえず、水上戦闘機である二式水戦改と強風改、六三四空仕様の瑞雲を提供する事で納得してもらえた。扶桑山城も瑞雲12型が支給された事により喜んだという

 

 50.8cm主砲もレーダーも対艦ミサイルも見つかったが、薬の作用のせいか、完全に錆びて劣化していたため使い物にならず、地下に保管された。AV-8ⅡハリアーとYakー38も見つけたが屑鉄と化してしまったため、復元される事無く地下に治められた

 

ただ、何もしなかった訳でもなく電探の改修や噴式の開発につながったため無駄ではなかった。摩耶と秋月達も対空兵器の改修には喜び、防空艦として活躍した

 

「敵は恐ろしく強かった。歪んた精神の持ち主だったが、馬鹿では無かった。もし、空母やイージス艦などになったしたら……いや、あのまま進化すればどうなっていたか検討もつかない」

 

「勝てたのはまぐれだったのかな?」

 

時雨は自信なさそうにいった。結局は運が良かっただけなのか?

 

「そうではない。これは偶然ではない。『運が良かった』と片付けるような事象ではない」

 

提督は時雨の肩を優しく叩いた。悩む必要はないのだから

 

「それはそうと、戻って来て早々だが、ある作戦を行う予定だ」

 

「作戦?」

 

何か大海戦が起こるのだろうか?深海棲艦との戦いはまだ続いている。戦艦棲姫が新型のボスと共に身構えている事だろう

 

「そんなに身構えなくていい。海戦ではない。ある人物と出会うための任務だ」

 

「ある人物?」

 

「元帥が逮捕した浦田重工業の人が多過ぎて対処に困っているらしくな。その解決策として親父はあるものを造っていた。数日前に完成したと言って来たから任務は近いうちに発令される。丁度、戻って来たんだ。ある人物に会いに行ってもらいたい」

 

 提督はニヤリとした。ある人物とは誰だろう。しかし、提督はお楽しみだ、と言って席を立ち足柄達の方へ向かった。時雨は追いかけようかと迷ったが、今はそんな事は後からでも出来る。時雨も駆逐艦娘が集まっている所へ向かった。何故か長門も混じっているが気にはしない

 

 笑い声と歓声が響く宴会場。戦争中だが、破滅した未来よりかはマシだ。時雨はこの世界が好きになった。皆と一緒にいられるのだから

 

*1
どう見積もっても十代前半程の外見年齢をしている駆逐艦娘の中には、平然と飲酒をしている者達が何名かいるらしい。艦娘は飲酒の年齢制限には引っかからない?

*2
日本降伏後に進駐した米軍は当初、日本人が考えていたような過酷な軍政や報復を全く行わず、逆にふんだんな食糧支援や農地解放といった改革を行い、終戦後の絶望的な日本国を下支えしたことを行った。今まで散々に「米英は鬼畜だ」と教えられた国民はこのギャップの激しさに「どうしてこんな悲惨な戦争を長々と続けたんだ!大本営発表やら嘘で散々騙し続けて戦争を継続させ、多くの国民を死地に追いやりやがって!米英軍だってちっとも鬼畜じゃねぇじゃねぇか!」と言う反応のほうが大きかったという。おかげで連合軍のいい加減な裁判で、戦犯扱いされた無実の兵士の家族が、日本各地で村八分にされるという悲劇が起きた

*3
武蔵の乗組員は食糧事情を改善すべく手の空いたものはトラック島で畑を耕し、野菜を作って暮らしていたという。『武蔵農園』と呼ばれた。

*4
大和の艦長は各艦の士官を集めて砲術講義などを盛んに行ったという。『大和大学』とも呼ばれたと言う




おまけ
長門「私、なにもしていないが!大和も武蔵も戦闘以外でしっかりと働いているのに!」
提督「秘書艦にしたのだからいいだろう」
長門「アニメの設定を持って来ただけじゃないか!」
長門は絶叫したという。明石と夕張に遠征出来るよう大改装してくれないかと話をもちかけられたという
夕張「改二は駆逐艦の主砲や大発が積めます」
長門「おお、そうか!楽しみだな!」
明石(燃費の関係で提督は遠征なんてさせない……なんて口が裂けても言えない)

世界情勢
ヨーロッパ……浦田重工業による深海棲艦の攻撃により焼け野原。独裁者も死んだため第二次世界大戦は行われなくなった
チャーチル「ワシの出番は!ワシは!?ヒトラーがいないからワシは全く活躍出来ないのではないか!?」
 チャーチル……暗殺はされなかったものの、普通に生きて普通に暮らしたという。首相にもなれず。本人曰く、深海棲艦は専門外との事

東南アジア・アフリカ……浦田重工業が崩壊したものの、独立運動は続いた。深海棲艦がいるお蔭でヨーロッパは植民地を手放す事に成った

中国……群雄割拠しており、内戦は続いている
中国「蒋介石も毛沢東もいない。日本も攻めて来てくれないし……どうしよう」

ロシア……浦田結衣が軍部や政治家を一掃したため、政権は維持できずソ連は崩壊。後に建造して召喚されたガングートとタシュケントはバーに行ってお互い泣いたと言う

アメリカ
米帝は伊達でなく、時間があれば都市も軍も再建は可能だが、米政府は保たなかった
トルーマン大統領「深海棲艦によって軍も都市も工場も壊滅だと……。黒人もインディアンも反乱は起こるし、主要政治家も軍人も殺されまくるし」
海軍元帥「もはや日本と戦争を行うのは不可能です」
陸軍参謀総長「もはやこれまでです。オレンジ計画は夢物語です」
トルーマン「アメリカは太平洋戦争に勝利するハズだった……。それなのに、あの車椅子の大統領は死に逃げおって!」
秘書官「大統領閣下、1935年からやり直すしかないありません……」
国防長官「はいはい、トルーマン大統領……戦後処理です」
トルーマン「畜生めー!!」

半壊したホワイトハウスからは悲鳴が鳴り響いたと言う……


浦田重工業との戦いから4年間をまとめた歴史です
簡略ですが、世界はある意味、平和だった。しかし、傷口は大きく未だに立ち直る国も少なくないというのが本音です

艦娘については浦田重工業の資料と引き換えに人権獲得したという事です
まあ、これは私の考えもありますが、異世界召喚された主人公が突然「貴方は勇者です。魔王を倒して」と言われて、どうして主人公は「わかりました、任せてください」とそれに従うのかに疑問を持ったからです

 作品によっては違いはあるものの、「困ってる人を助けようぜ!」と言い出してなし崩し的ってのが多いような気がします

……ちょっと、ありえませんよね?
 見知らぬ異国に誘拐されて「はい助けます」って主人公さん、実は召喚先の王国のエージェントかなにかですかね?

 エージェントならそうやって思考誘導する展開は納得できますが、違うなら誘拐されて誘拐犯に協力する理由が無いと思います

よく艦これ二次の(特にブラック鎮守府SS)は提督がブラックにも拘わらず、操り人形のように素直に従い、反発しないのかに疑問を持ったりします
なので、人外にしろ何にしろ、何かしら取引あったから日本に暮らせるのではないか、と思ったりします。まあ、日本も魂が宿るという考えはあるため抵抗感はないかと。ドラえもんだってロボットなのに作品内外では誰も機械呼ばりはしません。露骨に嫌う人はいないでしょう。そんな感じです
海外?大丈夫なのではないでしょうか?『トランスフォーマー』や『アイアンジャイアント』のような感覚で接しているかも知れません


次回は『あの人』が出ます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第111話 航空自衛官との接触

もう二月ですね
まだ寒いです
節分イベントが終わったと思ったらバレンタイン限定任務です
それに加えて、2月4日に戦艦の比叡が発見されたというニュースがあった為、関連して実装された任務までありました
運営さん、仕事が早い……

前回までの誤字脱字報告、ありがとうございます


「リンクよし。これで人工ワームホールは開きます」

 

「よし、始めてくれ」

 

宴会から数日後、皆はある施設に向かった。艤装は必要ないらしく、皆は手ぶらだ

 

 岐阜基地の実験室……嘗てはHPM兵器……電磁パルス兵器の開発していた場所だ。今は改装され施設は大きくなっていた

 

その部屋の真ん中には大型の機械が設置されていた

 

「提督、これって……」

 

「見覚えあるだろう。浦田重工業が保有していたワームホール維持装置だ」

 

まるで業務用の冷蔵庫が沢山並んでいるようだ。なぜ、これがあるのか?

 

「実は国はある問題を抱えていてな。逮捕した浦田重工業の関係者の中には、この世界の住民ではない人が多い」

 

「まさか、送り返すの?」

 

「人が多過ぎて警察関係者から刑務所が悲鳴を上げていると言ってきた。つまり、収容する場所も逮捕者を養うだけの予算もないんだ」

 

 提督曰く、あまりの人の多さに警察も裁判所も困っているという。予算もそこまでないとの事だ。かといって野放しさせる訳にもいかない。再び、浦田重工業のような組織が出て来る可能性もある。尤も、逮捕した者は大人しいが、数名は過激な事を喚いているという。ソ連やナチスなら強制収容所か毒ガスでやるだろうが、そんな事は日本には出来ない

 

「だから、ここの住民ではない人間と物を元に戻す。幸い、浦田社長は平行世界の日本で物理学者を抱えていたらしい。その資料を元に平行世界の座標を割り当てた」

 

「でも、逮捕した人達は何処にいるの?」

 

時雨は見渡した。誰もいない

 

「ここにはいない。ここから五キロ先の平野にいる。一斉に全部を転送するためじゃ」

 

「ぜ、全部!?」

 

時雨は唖然とした。提督の父親である博士はそんな事が出来るのか?

 

時雨がまじまじと博士を見たため、彼は慌てて言った

 

「いや、流石にワシ一人だけでは無理じゃ。国の支援があるからこそ可能になった事じゃから。国も追い詰められておったからな。ただ問題があっての……膨大な電力が必要だから関東一帯は大停電になる」

 

 いくら艦娘の創造主とは言え、支援がないと無理らしい。……ちょっと待って。関東一帯が大停電?

 

「それ、大丈夫なの?」

 

「表向きは全発電所の点検と称して停電予告はしておる」

 

時雨は空いた口が塞がらなかった。ここまでやるとは思いもしなかった

 

……しかし、逮捕者が多いためやらざるを得ないだろう

 

「それと僕に何の関係があるの?」

 

「簡単な事じゃ。逮捕者が平行世界にたどり着いたという観測者が必要じゃ」

 

時雨はこれを聞いて理解した。何をするのかを

 

「帰ってこれるの?」

 

「勿論。ただ、人工ワームホールを通過するとは言え、身体の負担は大きい。片道だけならともかく……往復となると」

 

 博士の説明によると一種の時空酔い……つまり、船酔いのような症状になる。しかし、片道旅行ならともかく、連続して往復するのはあまりよろしくない

 

あまりのショックで意識不明の重体になってしまう可能性がある

 

時雨は目を瞑った。以前、やったことがあるから問題はない

 

「いいよ。僕が行く」

 

白露姉妹達を始め、その場にいた人はざわめいていたが、時雨は牽制した

 

「分かっている。だけど、これは僕の仕事なんだ。以前にも体験したから」

 

 白露は何か言いたそうだったが、止めておいた。時雨が経験した事は知っている。そのため、何も言えない状態だった

 

「向こうの世界にいる猶予時間は74時間26分。この腕に装着する子機で往復出来る。但し、これは一度っきりじゃ。電力が持たないのでな。時間が来ると強制的にこの世界に連れ戻される」

 

時雨は時計のようなものを受け取りながら、聞いていた

 

「つまり、平行世界に行って囚人が無事に到着出来たかを伝えるための観測係?」

 

「そういう事じゃ」

 

博士は頷いた。しかし、他の艦娘からは不安の声があった

 

「済まない。質問させていいか?」

 

「どうした?」

 

長門は手を上げると疑問を口走った

 

「観測係が必要なのはわかる。しかし、囚人を送り出すために1人の艦娘を危険に晒すのは納得がいかない」

 

 長門の言い分は尤もだろう。なぜ、犯罪者相手にここまで手厚くやらないといけないのか?

 

『確実性を持たせるため』や『浦田重工業とは違う』と言われればそれまでだが

 

 

 

 何人かの艦娘も長門の意見に賛同していた。しかし、博士は予想はしていたらしく、ニヤリと笑うと手で制した

 

「落ち着け。ここまでは国の仕事じゃ。本題に入ろう」

 

「ほ、本題?」

 

長門を始め、全員は唖然とした。今、国の仕事と言ったのではないか?

 

「国からの依頼は『平行世界の住人を戻せ』と言っておった。観測係なんぞ一言も言っておらん。これはワシと息子のワガママじゃ」

 

「どういう……?」

 

「観測係の本来の任務はこの持ち主と会うためだ」

 

それはディープスロートのノートパソコンだった。知っている人はあっ!と声をあげた

 

「提督……いいの?」

 

「大規模な転送準備には時間がかかる。その前に観測係を送るが……別に現地の人間と接触するな、とも命令を受けてない」

 

提督は悪戯の子供のように笑った。一人分を送る電力は既に確保したという

 

つまり、今から平行世界へ行き72時間26分の間に……

 

「時間差はあるかも知れない。大量の紙と鉛筆を用意した。皆がこうして生きているのは、一尉のお陰だ」

 

 

 

 

平行世界

 

『……今回の事件を受けて○○政党の支持率は一気に下がりました。尚、宗教団体から賄賂を受け取っていたという政府関係者は行方不明となり、警察は何らかの事件に巻き込まれたとして捜査しています。これを受けて野党に転落した与党を初め各党は……』

 

個別病棟で横になっている1人の男性はニュースを見ながらもため息をついた

 

 ニュースはどれも過激な宗教団体と○○党を非難するものばかりだ。ちょっと前までは持ち上げていたのに、一切反省もせずにあっさりと切り捨てた

 

 やはり、武器兵器の不法所持は響いた。しかし、対人兵器ならともかく、重火器まで持っていたのだから驚くのも無理もない。戦車とヘリで革命と称して東京まで進軍する始末だ。警察はお手上げで自衛隊も○○政党である首相が防衛出動も出さなかった

 

 しかし、ここで意外な事が起こった。まず、中国が新興宗教を取り締まらない弱腰政権を非難した。(浦田結衣によって)殺された武器売人は元々、その国の出身である。更に駐日大使も何者かによって殺されたのだから、中国も溜まったものではない

 

 アメリカも不法所持していた兵器がなぜ、宗教団体が持っているのか?その事を激しく非難し始めた

 

 この2国からの非難に○○政党は対処仕切れず、防衛大臣は自衛隊法を全て無視して自衛隊に防衛出動を出した。宗教団体の傀儡になっていた首相には愛想が尽きたからである。防衛大臣は、その後周りが批判される前にさっさと辞表を出して去っていった。これを皮切りに次々と離党した議員が出たため、○○党の支持率は急速に低迷したのである

 

 一方、防衛出動に出動した自衛隊は、激戦はしたものの、相手は正規軍ではない。あっという間にクーデターは鎮圧され事件は終息した。関係者は全員逮捕。武器も押収した。中には自衛隊の旧式の兵器まで見つかったのだから自衛隊関係者は、驚いたという

 

 左翼団体や特定の市民団体などからは批判は遭ったものの、過激な宗教団体の実態が明らかになるに連れて声が小さくなった。何しろ、重火器が大量に出てきたのである。○○党や宗教団体は必死に弁明したが、完全に言い訳であるため、世間には全く通用しなかった

 

 未だに混乱している中で、ある空自の幹部は何者かに狙撃された。彼は1ヶ月、生死をさ迷っていたが、奇跡的に命はとりとめた

 

不意にテレビの電源が消えた。しかし、彼は真っ黒な画面を見続けている

 

近くにいた三人の内、誰かがリモコンで消したのだろう

 

「今回の事件で機密漏洩の疑いは晴れた。……すまなかった」

 

 公安から来た人は頭を下げた。本来ならこんな事はしない。プライドが高いからである

 

しかし、余りにも異質な事件にそうは言ってられない

 

 謎の男女が機密情報などを盗んだという証言が出てきた今、その二人を追わなくてはならない

 

しかし、二人は見つからないだろう。浦田は、手の届かない所にいるのだから

 

「それでは、失礼」

 

公安人は病棟から出ていく。そう言えば、名前は聞いていなかったな

 

 公安が出ていくのを確認すると残りの人は口を開いた。情報本部から来た草柳主任情報官と自分の上司である宮島三佐だ

 

「さて、君は浦田という人物に情報を渡したと。しかし、それはでっち上げだと。ここまではいい。しかし、浦田容疑者が今どこにいるか、本当に分からないのかね?」

 

「はい、検討もつきません」

 

「長田元3等陸曹の行方は?確か浦田にくっついていた元自衛官だ。アパッチヘリ強奪とパイロット殺害容疑もかけられている」

 

「分かりません。アイツとは仲は良くなかったので」

 

 事件が明るみになる中、宗教団体は元自衛官がアパッチを盗んだという証言をしたらしい。陸自も驚愕し、行方不明となった機体を再調査。証言通り、元陸自の隊員が盗んだということを突き止めた。だが、肝心の機体が何処へ行ったのか分からないという

 

「お前が撃たれた数日前に電話したのは分かったが、場所すら言わなかったのか?」

 

「はい。相手は何も言わなかったので」

 

 草柳は困惑した。彼の情報漏洩は白なのはいい。浦田に渡した情報もデタラメだ。本人の言うとおり、ゲームから作り出したものだ。警務(自衛隊では憲兵を警務と呼ぶ)も、浦田はよくこんなものを信じたなと呆れていたが

 

 だが、分からない事は彼のスマートフォンの着信記録が不明ということだ。なにしろ、東京都にある宗教団体の施設が爆発した地点だからだ

 

その発信記録も不明。まるで存在していなかったような……

 

浦田容疑者はどこから電話をかけたんだ?爆発さえしなければ証拠が出てきたものを

 

「分かった。後は宗教団体の悪事の情報をネットにバラした行為は特別に見逃そう。……可哀想だからじゃないぞ?訴える人がいないのでな。警察も自衛隊もそんな事で構っている暇はないのだ」

 

「はい」

 

 彼は短く答えた。しかし、草柳は返事を聞くと直ぐに病棟から出ていった。どうやら、仕事らしい

 

 しかし、宮島三佐はまだここにいる。何か用でもあるのか?彼の目線に気づいたのか、宮島は苦笑した

 

「いや、気にするな。実はお前にお見舞いの人が来てな。病院の受付でバッタリと会ったんだが、急いでいるというものだから私が特別に面談するよう取り計らった。彼女は新聞を見てこちらに来たらしい。本人も被害者らしくてな」

 

宮島三佐は笑ったが、彼は笑わない。寧ろ、なぜ死ななかったのか?

 

道を踏み外していないのに、人生は狂いっぱなしだ。せめて、一矢を報おうとあれこれやったが、焼け石の水だ

 

 宗教団体を崩壊させても彼は気が晴れなかった。誰と会っても、この気持ちは晴れないだろう

 

「誰です?」

 

「扶桑 時雨という少女だ」

 

「そうですか……」

 

 彼の視線は定まっておらず、答えも覇気がない。彼のベットの近くにある机には親戚や知人、そして同期からお見舞いの手紙や差し入れがあったが、彼は未だに手をつけていない

 

宮島三佐は早く食べないと腐るぞ?と茶化していたが

 

 

 

暫くして誰かが彼に声をかけた者がいた

 

田村 則正(たむら のりまさ)一等空尉ですか?」

 

 ふと顔をあげ扉に目を向ける。宮島三佐が入れたのだろう。セーラー服のような服装を着込み、眼鏡をかけている。髪は横はねており、髪飾りをしてる少女は大きな紙袋を下げながらお辞儀していた

 

そして、なぜだろう?何処かで聞いたような声だ。この少女……さっき時雨と?

 

しかし、彼は心の中で否定した。そんなバカな事はない。考えすぎだと

 

「僕は扶桑 時雨。ニュースで見たんだ。撃たれたって。だから、君の上司に無理を言って面会の許可を貰ったんだ」

 

「そうか」

 

 変わった名前だと田村は思ったが、彼は少女の言葉を聞き流していた。彼が撃たれたのは新聞に載った。そのため、ちょっとした有名人だろう

 

 今回の事件で被害者の数名から接触があったが、彼はあまり関わらなかった。事後の事は警察や司法がやってくれる。こちらも被害を受けた

 

少女は紙袋を机の上に置くと、話始めた

 

「僕は浦田からも酷い目にあった。僕だけじゃなく、仲間も。だから、君に会いたかった」

 

「俺は何もしていないさ。ただ、情報を流したり、告白したりしただけだ。お蔭で俺は撃たれてしまったが」

 

 田村は苦笑した。彼もまさか、浦田が異世界へ行って軍事侵攻するとは思わなかったが。しかし、そんな話は誰にもしていない。余りにも突拍子のない話だからだ。精神病院に連れていかされるのがオチだ

 

「世の中、正義なんて無かった。宗教団体は崩壊したが、今は分裂し、小規模となって活動している。もしかすると、また復活するだろう。命が幾つあっても足らない」

 

 尤も、彼が宗教団体と関わったのは、母親が入信したからである。その事から人生の歯車が狂い始めた

 

「これからどうするの?」

 

「さあ……どうなるかなんて分からない。ただ、娘にはまた会いたいと思っている」

 

「会わないの?」

 

「連絡が無くてな。……妻が堕落でもしない限りは大丈夫だろう」

 

 田村は肩をすくめたが、内心は違っていた。離婚した理由は母親の入信だ。負担が大きすぎて去ったのだ

 

彼もそれは理解していたし、止めもしなかった

 

「良かったら、僕達の所へ来ない?良いところだよ」

 

「いや、お誘いなら断るよ。もう懲りたからな。それに、冷遇されても自衛隊という組織に愛着はある」

 

 田村は笑いながら首を振った。左遷されたものの、折角の職場を手放すのも惜しい。それに彼はプログラマーでもあった。数日前には、お詫びとしてサイバー防衛隊に編入しないか?というお誘いがあった。特に問題はなかったため、本人は了承した

 

「……ところで、何処かで会ったかな?」

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、聞いたことがあるような声だから。会っていたなら覚えているはずなんだが」

 

 田村は顎に手を当てながら聞いた。彼は撃たれて1ヶ月間も生死をさ迷っていた。リハビリも受けてようやく歩けるようになった

 

 後は回復するのを待つだけだが、役所の人が絶えず面談したお陰で入院生活が長引いてしまった

 

「気のせいだよ。それでは、僕はこれで。気が向いたり思い出したりしたら屋上に来て。まだ時間はあるから」

 

 女の子は丁寧にお辞儀をすると部屋から出ていった。出ていった後も、彼はどこで会ったのか、思い出そうとした。まるでお誘いのように聞こえたが、誰だろうか?

 

しかし、彼には考える時間さえ与えてくれないらしい。また、誰かが来たのだ

 

「あなた……大丈夫?」

 

今度来たのは何と彼から去った妻だった。娘と一緒に来たのだ

 

「パパ!」

 

 娘が駆け寄って来たため、無理やり笑顔で迎えた。そう言えば、もうすぐしたら、小学生だったな。ランドセルを買ってやらないと

 

「お前……どうして、ここに?」

 

 彼の質問に妻は答えてくれた。妻も夫の現状を上司から聞いて離婚したことに後悔していたという。夫が撃たれた事でショックを受け、見舞いに行こうか迷っていた。しかし、あの時はテロを警戒していたため一般人の面談は当面の間は禁止されていたため入れなかったという

 

「……そうか」

 

妻から聞かされた事に彼は目を伏せた。もう厄介事は起こらないようだ

 

そう願いたい

 

「ところで、このお土産と手紙の数は何?」

 

 机に妻も驚くのも彼は苦笑した。適当に答え、菓子も気に入ったら持って帰ってもいいと言った時に娘が聞いてきた

 

「ねえ?これは何?」

 

 ふと見ると娘は先程の女の子が置いていた紙袋を指差していた。妻も興味を持ったらしく紙袋から取り出したが、何やら沢山の物が入っている。しかも、全て紙で包んでおり中身は見えない

 

「何やらたくさん入っているな。何なんだ?」

 

お礼とは言え、ここまでするだろうか?

 

「あら、これは飛行機の模型ね。良くできている」

 

妻は箱から取り出しながら言った。確かに模型の飛行機だ

 

 しかし、この飛行機の模型は零戦だ。しかも、余りにもリアルだ。まるで、本物の零戦を小さくしたかのようなものだ

 

「あの女の子……なぜ、こんなものを?」

 

「さっき見舞いに来ていた女の子?私も廊下ですれ違ったけど、丁寧に挨拶してくれたわ」

 

妻もあの女の子に会ったらしい。入れ違いということか?

 

何か手紙でもあるのか?と探していたところ、小さなメモ紙を見つけた

 

 書かれている内容は非常に短かったが、彼は目を見開いた。ようやく、思い出した。色々な出来事があったため、記憶から忘れていた。若しくは、半信半疑だったかもしれない

 

内容を見るまでは

 

『ディープスロートさん、有り難う。提督も他の艦娘も君には感謝している。皆からのプレゼントだよ』

 

この文字を見て相手が誰なのか、思い出した。しかし、あり得るのか?この世界にやって来たと言うのか!?

 

「ちょっと待ってくれ。すぐ戻る」

 

彼はベッドから飛び出し、妻には待つよう言うと廊下を駆け出した

 

 リハビリを真剣にやって良かったと思った。すれ違う人達も不審な目で見送ったが、構わない

 

 階段をかけ上り、何とかして屋上に着いた。外は晴れており、いい天気である。周りには誰もいない。いや、フェンスには1人の少女が街を眺めていた

 

 間違いない。相手もこちらに気づいたのか、ゆっくりと振り返った。カメラを持っていたが、デジタルカメラではない

 

「お前だったのか……道理で聞いたことがあると思っていたが」

 

「うん。やっと思い出したんだね。僕は白露型駆逐艦、『時雨』。異世界から、もう一つの日本からやって来た艦娘だよ」

 

 時雨は自己紹介をした。艦娘については、先の戦いで電話の際、提督が簡潔明瞭に話したからある程度は知っている

 

「でも、向こうの世界も四年後とは限らないと博士は警告したけど、僕は気にはしていない。繋いだ時間軸がズレたのか知らないけど、まだ6ヶ月しか立っていないんだってね」

 

 時雨は笑顔で話していたが、田村は固まったままだ。彼女が言うには、向こうでは四年前の出来事らしい

 

どうやら、こちらの世界に来るときに時間がズレていたらしい

 

「どうやって、俺がディープスロートだって分かった?いや、何しにこの世界へ来た?」

 

「浦田重工業の書類から君の名前を見つけたんだ。浦田重工業の社員名簿に軍事オブザーバーの欄から君の個人情報が書かれた紙を見つけた。電話の際、航空自衛官と名乗っていたからこの人だろうって。また、この世界に来たのは2つあるんだ。1つは本来のものをここへ送り届けるため。もう1つは君にお礼を言いたいため」

 

 時雨は言うまいか一瞬迷ったが、はっきりと言った。田村は目の前の少女が信じられず、言葉が見つからない

 

「お礼なんて……俺は何も……ただ宗教団体や浦田を一泡吹かそうと」

 

「そのお陰で僕と僕の世界は救われた。あのまま、浦田についていたら僕達は酷い扱いを受けていた」

 

時雨は淡々と説明した。自分の世界ではどんなことが起こったのか

 

 

 

 艦娘である時雨は、ある戦いに巻き込まれた。深海棲艦と呼ばれる謎の軍団と戦うために造られたという。しかし、その深海棲艦は見たこともない強力な武装を持っていたという

 

 後で調べた所、それは半世紀以上の科学技術を用いた兵器であると分かった。戦艦アイオワが見破ったのだ。アイオワは湾岸戦争まで健在だったので現代兵器を熟知していたのだ

 

 時雨の上官である提督は、過去を改変するためにタイムマシンを作り上げた。しかし、容易ではなかった。限られた時間と資源で作り上げたため行く人は限られてしまった。また、時間稼ぎのために出撃し撃沈された艦娘も大勢いる。捕まってしまった艦娘も……

 

 提督はタイムマシンの存在と時雨に過酷で辛い任務を与えられた。時雨は、仲間と離れたくなかった。しかし、誰かがやらないと全滅してしまう

 

時雨は泣きながらも過去へ旅立った。与えられた任務を抱えながら……

 

 時雨は過去の提督を説得し、艦娘の創造主と接触する事に成功した。だが、彼らは仲が悪く軍を左遷された技官だった

 

半ば失望したものの、何とか彼らを説得し『艦娘計画』を再稼働させていく

 

 だが、その途中で邪魔が入った。浦田重工業だった。浦田重工業は、深海棲艦を倒す新兵器の開発に成功。国も国民も喜び、深海棲艦を駆逐する事に成功。浦田重工業は人類の救世主とまで言われた。深海棲艦はこの暴挙に怒り浦田重工業を奇襲、壊滅させた。深海棲艦は新たな兵器技術を身につけ、遅れて実用化した艦娘を攻撃したというのが表の歴史だった

 

 しかし、実際は違った。浦田重工業は人類の救世主ではなかった。侵略者だった。浦田社長は、以前に平行世界の日本に立ち寄ったらしく歴史を学んだ。最新鋭の兵器開発も平行世界から持ってきたに過ぎない。第二次世界大戦……太平洋戦争の事や深海棲艦の力を手に入れた妹の存在を知ると直ぐに実行した

 

 時雨は囚われ、浦田結衣から拷問を受けた。しかし、廃人になる直前に手を差し伸べる者達がいた。彼らも浦田重工業を倒そうと諜報活動していたという

 

 浦田が決起を起こし、日本は大混乱に陥った。鎮圧に向かおうとしていた軍は全滅の危機にあい、艦娘も結衣相手に大苦戦した

 

 しかし、強大な敵を前に艦娘も日本の帝国軍も怯まずに闘った。ディープスロートの電磁パルス兵器のお陰で戦況は変わった

 

 私設部隊を撃退し、ワームホールを破壊し、浦田重工業を崩壊させ、艦娘の宿敵であるH44改、浦田結衣を倒すことに成功した

 

 

 

「……そうか。本当に良かった」

 

 田村は時雨の話を聞いて安堵した。電話がかかってきた時は半信半疑だった。しかし、本当だった。多次元世界の存在や試作され凍結された電磁パルス兵器の設計図を実用化させたということは、その世界の住民は力を持っている

 

浦田は侮りすぎた。彼らを見くびっていたのだ

 

「浦田は死んだんだな。長田三等陸曹も」

 

「うん。提督が言っていた。長田警備隊長は乗っていたアパッチが撃墜されて死んだって」

 

「警備隊長になっていたとは……全く」

 

 田村はため息をついた。元々、長田は金の亡者だった。任期制隊員の事もあり、陸士の間は給料は少なかった。曹に昇任し、ヘリパイロットになったが、自衛隊に失望して辞めてしまい、民間警備会社に勤めていた。そして、浦田と接触したという

 

「長田は俺の友人でもないが……お前達に大分、迷惑をかけたな。代表として謝罪する。誤解しないで欲しいが、一部の人間が暴走してしまっただけだ。自衛隊だけでなく、この世界まで嫌いにはならないでくれ」

 

「頭を上げてよ。もう済んだ事なんだ。ただ、僕達は無事であることを伝えたくて。死んでしまったらどうしようか、迷っていたから」

 

 実際にこの世界に来る前にディープスロートが宗教団体に暗殺されてないか、心配だった

 

「そうか……向こうの世界はどんな感じだ?」

 

「良いところだよ。内戦の爪痕が残っているけど、復興は順調だし、僕達も弾圧されずに皆のために戦っているよ」

 

時雨はニコリと笑った。あっちでもとりあえずは一段落したようだ

 

「……一つ、嫌な事を聞くかもしれないがいいかな?」

 

「構わないよ。何?」

 

「浦田についてはお前が悩む必要はない」

 

「ッ!」

 

時雨は動揺し、顔が少し曇った。何か知っているのだろうか?

 

「お前の話を聞いて、浦田がなぜあんな行動したか、分かったような気がした。浦田はある作家に憧れたのかも知れない」

 

「ある作家?」

 

時雨は聞き逃すまいとしっかりと聞いた

 

「ああ……ちょっと癖が強くてな。俺も好きにはなれない。1970年にある作家が、憲法改正のため自衛隊の決起を呼びかけた事件だ。本人は陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地で総監を拘束監禁し、バルコニーに集まった自衛官達に向かって演説をした。勿論、自衛官の反応は冷たく、本人は自害した。だが、本人はこう演説した『日本は、経済的繁栄にうつつを抜かして、ついには精神的にカラッポに陥って、政治はただ謀略・欺傲心だけ』『諸君は永久にだねえ、ただアメリカの軍隊になってしまうんだぞ』と*1

 

時雨は驚いた。作家が過去に軍事基地へ侵入して高官を監禁しクーデター起こすよう演説するとは思わなかった

 

事件であったため、日本史には小さく載っていたため見逃したかも知れない

 

「俺から言わせれば、彼の言い分も分からない訳ではない。確かに自衛隊の立ち位置もあやふやな存在だ。自衛隊発足も元々はアメリカがやったことだからな。しかし、もう刀を振り回して他者をねじ伏せる時代は来ない。批判されるのがオチだ。だが、浦田はその作家に興味津々だったしい」

 

田村の瞳ははどこか遠くを見るような目だった

 

「浦田から去る前に聞かされた。なぜ、君たち自衛隊はクーデターを起こさないのかと。俺はこう答えた。国民の信頼を損ねるからだと。日本はアメリカの従属である質問については、日本はそういう国なんだと答えた。日本はアメリカとやり合う国力も軍事力もなく、外交は下手だ。だから、アメリカの顔色を伺うものなんだと。簡潔に説明はしたが、浦田はどうも納得がいかなかったらしい。歴史背景を詳しく説明しても納得しない人であるから、余り言わないでおいた」

 

 事情や歴史的背景などを知らない人は、『弱腰』や『言い訳』を使ってあっさりと切り捨てる

 

 確かにそれは正しい。一々、聞いていては時間がかかるし、聞き手は絶対に納得はしない。しかし、把握しない者が勝手な振る舞いをするのは危険過ぎる

 

「浦田は自分が住んでいる国を知らな過ぎた。浦田だけではないだろうが、どうもそういう輩が多くてな。国防を蔑ろにする傾向があるようだ」

 

「分かっているよ。提督は浦田が怪物になったって言っていた」

 

 尤も、提督が言った言葉ではない。浦田重工業から出てきた書類や過去に体験したアカシックレコードを見て思った事だ

 

 彼らは仕切りに軍や思想を嫌っていた。徹底的に潰したいらしく、帝国軍を傀儡にしたほどである。艦娘をあれほど異常に嫌っていたのも第二次世界大戦という産物を葬るためだろう。しかし、偏見が行き過ぎると、録な事にならない

 

「もう一度聞くけど、僕達の世界に来る?」

 

「遠慮するよ。変な輩がいても、俺にとってはここが故郷だから。思い出が沢山ある。それに、目標も出来たからな」

 

田村は時雨の誘いには首を振った。彼にとっては、ここが故郷だ

 

「分かったよ。会えて良かった、ディープスロートさん」

 

 時雨は右手に着けていた時計を見ていた。腕時計かと思ったら違う。光だしたのだ

 

田村もそれがなんなのかは知らないが、分かっていた。彼女は元の世界に帰るのだ

 

「何かあったら連絡して来い。戦闘要員ではないが、手助けくらいはしてやれる」

 

「分かった……有り難う」

 

今にも泣き出しそうな表情で、時雨は腕時計を見ていた

 

 これで本当に任務が終わった。彼も真っ当な人間だ。こんな人が僕達の世界にもいたら……

 

 

 

以前の時のように体が透けていく。元の世界へ戻ろうとしている。まもなく粒子となって、この世界から完全に消え去るだろう

 

最後の挨拶はどのように表せばいいだろうか?

 

 ――そうだ

 

「ありがとうございます、田村一尉」

 

時雨は表情に笑みを浮かべる。泣きながら、それでも無理に笑って

 

彼女は挙手の敬礼をした。彼女も軍に所属しているのだから

 

「元気でな、時雨」

 

 彼も同じように敬礼をした。もう会う日は来ないだろう。再び世界が混乱したりしなければ……

 

 

 

 光の粒子となって消えた時雨を見送った後、元の病室へ向かった。余り長い時間離れていては、看護師から怒られるからだ。廊下を歩く途中、慌ただしく走る数人の男性とすれ違った。それは、こちらと面談した警察と公安だったが、表情は険しかった

 

すれ違う時、彼らの愚痴を耳をした

 

「いままで行方が分からなかった容疑者達が、縄に縛られたまま見つかったって、どういう事だ!?」

 

「通報した住民からは激しい地震と共に現れたと」

 

「しかも、兵器が沢山出現したってどういう事だ!?宗教団体が隠し持っていた兵器か?だとすれば、また大騒ぎだぞ!」

 

 彼らは不平不満に言いながら走っていく。田村は振り返らずに病室へ向かった。病室には、妻も娘も待っていたが、妻はテレビを見て唖然としていた

 

「貴方、見て。××県の村外れで容疑者と兵器が見つかったって」

 

 妻はテレビの方へ指を指していた。彼も見たが、内心は分かっていた。時雨が来たのは、この事だろう

 

 恐らく、この世界に送る転送が可能になっため、送るついでにこちらに会いに来たらしい。その証拠にテレビは、生中継として山積みにされていた兵器類を映し出されていたが、その中の壊れたAH-64Dアパッチを見つけた。あれは行方不明になった時の陸自の攻撃ヘリだ

 

 時雨は撃墜したと言っていたが、映し出されていたアパッチは、何事も無かったかのように置かれていた

 

誰かが直したのだろう

 

彼は興味なさそうに紙袋に入っていた物を取り出していた

 

 零戦、F6F、瑞雲などの戦闘機の模型が六機。小さいが、戦艦長門と戦艦大和の模型が2つ。そして、アルバムがあった

 

 アルバムを手にした彼は一瞬、躊躇ったが、思いきってアルバムを開けた。そこには、沢山の写真が貼ってあった。時雨とその仲間が写し出された写真ばかりだ

 

 鎮守府と門に書いてあるが、写っている艦娘の姿は女子校のような感じだ。体育訓練もしているし、行事もある。しかし、戦闘は本物で彼女が操る能力は、凄まじい

 

 集合写真を見たとき、若い海軍士官と時雨が中央におり、笑っていた。皆も同じだが、どうやら俺のために撮ったらしい

 

(そうか……浦田の敵対者がまさか、こんな人達だったとは……)

 

 もし、この時代で女性が戦場に行くことになったら、世間は騒ぐだろう。女性差別というかも知れない。しかし、それはこの世界の日本の話だ

 

 向こうではそれが常識らしい。彼女も胸を張って深海棲艦という軍団と戦っているだろう

 

「パパ、それは?」

 

 夢中になっていたため、気がつかなかったのだろう。娘が覗くように覗いていた。妻も零戦の模型を手にとって不思議そうに眺めている

 

「変わった女の子ね。こんなものをプレゼントにするなんて」

 

妻も呟きながら零戦の模型を置くと、他のお土産の方へ手を伸ばした

 

 彼は心の中で微笑んでいた。妻や娘に多次元世界や艦娘などを話しても信じないだろう。しかし、心の中に仕舞うべきではない

 

彼女は確かに存在するのだから

 

「おいで……そうだな。ちょっとしたお話をしようか?」

 

娘を近くに座らせると彼は語りだした。娘に変わったおとぎ話をするのも悪くはない

 

 

 

「時雨、帰ったよ」

 

 時雨が光の中から現れると周りは一斉に駆け寄った。夕立や白露は現れるや否や抱き締めたため、時雨は対応に困ってしまった

 

 時雨が平行世界に行ってる間、周りは帰ってこないのではないか?と不安になり、ずっと待っていたのである

 

 

 

「そうか……本人も元気だったんだな」

 

 周りが落ち着いた後、時雨はいままで起こった事を報告した。向こうの世界のお金は浦田重工業から見つけたため問題は無かったが、彼を探すのに苦労した。幸い、ニュースで大きく取り上げられた事もあり、彼が入院している病院も分かった

 

 しかし、面談は予約が沢山いたため、時雨はその後でいいと了承したという。待合室で待っている途中で、宮島さんという人と会って面談を譲ってくれた

 

 

 

「浦田社長達が潜んでいた宗教団体も崩壊したから、復活する事はないよ」

 

「そうか……時間差はあったが、どうやら向こうの世界も一段落したようだな」

 

尤も、こちらの世界の存在は知らないようだ。それとも、秘密にしているのか?

 

 しかし、提督はその可能性を否定した。浦田が密かに持っていた物だ。向こうは、何が起こったのか分からないだろう

 

仮に気づいてもこちらの世界に接触する手段はないようだ

 

「まあ、俺としてはそれでいい。逮捕者の証言も向こうでは真に受けんだろう」

 

「兵器まで転送するなんてね。邪魔だったんだ」

 

 実はあの戦いの後、政府や軍は浦田重工業の兵器は回収を行った。兵器の設計図も何枚かは手に入った

 

強力な兵器と兵器設計図を手に入れたのはいいが、問題があった

 

 大本営は、軍の研究機関に研究される意向にだったが、とても手に終えるものではない。大手企業や大学教授まで参加させる事になり、巨大プロジェクトとなった

 

 それらの兵器のコピーを1日でも早く造り上げる事が、大本営の念願だったが。それは期待出来そうにも無かった

 

例えば、ジェット機の実用化は試作機はあるものの、実用化まではまだ先であるし、音速を突破する方法なんて容易ではない

 

 それに加えて、ジェット戦闘機が積んでいた兵器システム、特にその追尾システムについてはちんぷんかんぷんだ

 

 コンピュータも、代用品として真空管を使ってしまうと、一つの部屋くらいの広さを要する

 

これでは兵器とは言えない。とても、航空機に積めそうにない

 

 コンピュータも何台か確保できたが、電磁パルスのせいで動かない。試しに解体したが、さっぱり理解出来なかった

 

 電子兵器も理屈は分かっていても、兵器として作り出すには時間が要する。少なくともトランジスタや半導体を作らないといけない。工場も浦田重工業と深海棲艦によって破壊されたが、ようやく修復は終わった所である。量産する手段すら整っていない

 

 妖精の力もそこまで復元する能力は無い。限度はある。あくまで艦娘用の兵装を運用するためである。アイオワは現代兵器については分かっていたが、膨大な資源を食うため今は装備どころか再現もしていない

 

 破滅した未来では、大半の資源はアイオワに回していたから実現出来た。今はそんな状況でもないし、無理を言ってまで再現する必要性もない。ハイスペックの兵器を持って来ても負担になるだけであり、アイオワは現代兵器の開発には着手していない

 

「恐らく浦田社長が強気に出たのはこれが理由じゃろう。コンピュータなんぞ、我々には造れんと。だから、最新鋭兵器を独占出来たようじゃ」

 

「補給がある上にコピーされる心配もほとんどない。よく勝てたと思う」

 

提督は呟いたが、田村一尉がこの場にいたら驚くだろう

 

半世紀以上も差がある兵器を持った軍団と戦って勝ったからである

 

 大人と子供の喧嘩のようなものであり、フェアな戦いではないからだ。電磁パルス兵器と深海棲艦の姫級乱入があったため、辛うじて勝てたと見ていい

 

 

 

 そのため、膨大な数の兵器を鹵獲したのはいいが、余りにも多過ぎて保管する場所がない。かといって他国が浦田重工業の真の姿に気付き、欲しがるかも知れない

 

 直ぐには造り出す事はないだろうが、技術革新する可能性も否定できない。そのため、廃棄処分が難しくなった

 

何かいい案がないか迷ったとき、元帥は提案した

 

「平行世界の日本に送り返そう」

 

この言葉に周りは驚いた

 

「設計図はともかく、鹵獲した兵器をたくさん保管できない。中には自衛隊から盗んだ兵器もある。逮捕者も含めて送り返そう」

 

この鶴の一声で決まったという

 

 博士を中心にプロジェクトは進み、一年かけて完成したという。その時に、ディープスロートと接触出来ないか、と提督は話を持ち出したという。時空を往復するため艦娘に使者を送る事は決まったが、誰を送るか?

 

悩んでいるときに時雨が帰って来たという

 

そのため、時雨が使者としてディープスロートと接触することに成功した……

 

 

 

「また、会えるかな?」

 

 帰りのバスを待っている間、時雨は提督に質問した。もし、会うとしたらこっちはどんな災難に巻き込まれているのだろう?

 

「出来れば、平和な時に会ってみたいな」

 

何らかの拍子でこの世界に来たら……?

 

 しかし、提督は頭を振った。彼の人生に水を差す事をしてはならない。彼も向こうの世界で元気にやっているだろう

 

「さあ、鎮守府に帰るぞ。明日は3組を遠征に行かせないといけないからな」

 

一部の艦娘からは不平不満に言う者もいたが、本気で嫌っている訳ではないだろう

 

明日から再び、鎮守府の日常が始まるのである

 

*1
これは三島事件を指す。憲法改正のため自衛隊の決起(クーデター)を呼びかけた後、本人は割腹自殺をした




おまけ
時雨「帰って来たよ。お土産もたくさんあるし、写真も撮って来たよ」
提督「へぇ~。60年も経てば街並みも変わるんだな」
武蔵「これが呉で、こっちが佐世保?」
金剛「私が覚えている日本とは違いマース」
不知火「高層ビルがたくさん立ち並んでいる……」
大和「大和ミュージアムって恥ずかしいんですが」
アイオワ「お揃いね、Great!」
長門「長門博物館は……ないのか……無念……」
ガングート・タシュケント「それで平行世界では1つのソ連になったかい?」
時雨「……(諦めていなかったんだ)」


空自の人間と接触した時雨の話でした
まあ、田村一尉も家族を持っていますから平行世界には行かなかったようで……
再び会うのは来るのか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第112話 鎮守府の一日

無事に銀河を手に入れ、バレンタイン限定任務も終了
陸奥改二もある事から大改修するための資源と必要であろう設計図は既に準備済み

陸奥改二はどんな容姿かと思っていたが、メディアミックス雑誌の広告の表紙に陸奥改二の姿が
容姿はネタバレしても問題なのかな?


 僕は白露型『時雨』。建造されたのが遥か昔のような気がするけど、鎮守府に着任したのは最近のような感覚がする

 

 建造された時の失われた未来では、鎮守府ではなかったし、タイムスリップ先では艦娘計画を手伝ったり、悪徳企業と戦ったりでマトモな日々では無かった

 

改変された時間で建造されてから憑依するまでの記憶は覚えているけど、どうも欠落している所がある

 

でも、気にする事は無い。僕はまだ存在するから

 

 

 

 平時の鎮守府は平和だった。深海棲艦との戦いもいざこざのようなものなので、失われた未来の戦争より全然忙しくない

 

代わりに別の事で忙しかった

 

 鎮守府の朝は早い。起床時間は朝の六時。夏であるため、既に太陽は昇っている。起床ラッパが艦娘達の寮に響き渡ると、ざわざわと騒ぎだす

 

百を超える艦娘がいるのだから無理もない

 

「ちょっ、まっ……!時雨、早くない?」

 

 時雨はラッパが鳴るのを聞くと、直ぐにベットから飛び出し、身支度をしていつでも出れる。余りの速さに一緒の部屋に居た村雨と白露も驚く。夕立は……まだ寝ている

 

「一番は白露なのに!」

 

「一番よりもまだ寝ている夕立を起こさないと。起きて!」

 

「むにゃむにゃ……ぽい」

 

時雨はまだベットに寝ている夕立を起こそうとするが、本人は起きる気配がない

 

「夕立、起きよう。朝の点呼が始まるよ」

 

「眠いっぽい」

 

「長門さんに怒られるよ?」

 

「それは嫌っぽい!」

 

長門の単語を聞くと、夕立は起き上がった。何か嫌な事でもあったのだろうか?今日の当直は長門と古鷹だが

 

 

 

廊下には既に他の駆逐艦娘達が、バタバタ速足で歩いて行く音と足音がした

 

「あー、めんどくせー。人数確認なんて他のやり方あるだろ?」

 

「本当よねえ。暑さでお肌が汗でべとべとになっちゃう」

 

「もう、他の子も出たよ!急いで!」

 

朝なので不平不満言う子もいる。しかし、やはり早い所は早い

 

 外は戦艦、重巡、軽巡と艦種ごとに定位置に並んでいる。駆逐艦娘が多いため、全員集まるのに他の艦よりも時間がかかった

 

「気をつけ!」

 

赤城が号令をかけると全員が背筋を伸ばして気をつけをする

 

 今日の当直である長門と古鷹が整列する艦娘の前に立ち、点呼の報告を各艦種から受けていた

 

 

 

「潜水艦寮、総員9名、事故無し、現在員9名」

 

潜水艦娘の報告が終わると長門は朝礼台に立った

 

「諸君、お早う!現在において傷病扱いによる欠員はいない!四か月前の海戦以来、大海戦が行われていないが、敵はいつ襲って来るか分からない!常に気を引き締めろ!私から以上だ!これより、朝の体操を行う!」

 

「はい!」

 

艦娘達は一斉に答えると、運動場に広がって朝の体操を行った

 

 

 

 

 

朝礼が終わり、朝食が済んだ後は勤務である

 

 主なことは海域のパトロールとシーレーン防衛である。時折、深海棲艦の小規模艦隊に出くわすが、追い払う

 

 中には、空母戦艦を中核とした艦隊も出てくるが、こちらもそれなりの艦隊を編成して迎え撃った

 

 潜水艦警戒のため、対潜哨戒機である東海はひっきりなしに飛んでおり、届かない海域は、大鷹から放った対潜哨戒機(931空)が飛び、軽巡駆逐及び海防艦がパトロールしている。

 

 こちらも潜水艦娘を出して哨戒に当たっているが、敵も黙ってはいない。小規模ないざこざが起こっている

 

 

 

遠征組と出撃組が出発すると、他の艦娘は待機である

 

 勿論、何時でも出撃出来るよう準備を整えているが、何時までも緊張し続けると疲れる

 

 大抵は暇潰しで本を読んだり、小さなゲームをしたり、お菓子を食べたりしている。待機室には、ソファやテレビがあり、キッチンまである。飲み物も海外の艦娘が来てから品が沢山ある。日本茶から紅茶、コーヒーまで。流石に飲酒は禁物だ

 

「隼鷹、イヨ、ポーラ。隠し扉に隠していたお酒は、没収した。……土下座しても返さんぞ。飲んでいい時間は、勤務が終わってからだ。飛鷹、手を貸してくれ」

 

 提督の前に土下座をする2人だが、提督は飛鷹と共に隼鷹を引きずって行った。伊14は部屋の片隅に伊13に絞られている

 

 

 

 そんな感じの鎮守府だ。数ヶ月前までは大規模な作戦を行った事もあって今は落ち着いている

 

「……」

 

「時雨、落ち着きがないっぽい」

 

 今週の時雨は待機に割り当てられ待機室にいたが、落ち着かない。皆は落ちついているのに

 

 金剛型姉妹は長女である金剛がいなくてもティータイムで姉妹と共に紅茶を優雅に飲んでいるのに、時雨はお茶を僅かに飲んだだけだ

 

いや、他の艦娘もまったりしている

 

(平和過ぎる……)

 

 勿論、平和が第一なのはいい。常に敵の強さにびくつく必要はないし、空襲もない。異様な戦艦ル級改flagshipに誘拐される心配もない

 

だが、どうも落ち着かない

 

「本当に大丈夫?」

 

「カルチャーショックという奴っぽい」

 

 姉妹も心配している。時雨は曖昧な返事をしていたが、やはり誤魔化せない。彼女は数日前までは戦争の世界と強敵との戦いを経験したからだ

 

いきなり、平和の世界に放り投げられたのも同然で落ち着きがない

 

「大丈夫だよ。直ぐに慣れるって」

 

「う……うん」

 

時雨は無理に笑った

 

「五月雨と涼風と江風、そして海風は出撃したんだね。大丈夫かな?」

 

「心配しなくていいわよ。練度も高いし」

 

 村雨はなだめる様に言ったが、やはり時雨は心が晴れない。妹たちが心配だからではない。白露型の姉妹達も練度は高い。夕立や村雨だけでなく、江風も改二である。最近では、白露姉さんも改二の改装も上がって来ていると言う。仲間の実力も知っている。しかし、どうもこの世界には馴染めないのだ

 

 皮肉にも絶えず襲って来る強敵の世界に居たことに慣れてしまった時雨にとっては、とても平和過ぎた。喜ぶべきだが、何故か喜べない

 

(悩んでも仕方ないね……)

 

時雨はお茶をお代わりしに行った

 

 

 

 港では出撃組がイラついていた。遠征組はとっくに出港しているのに、出撃組はまだ海に出ていない。それもそのはずで1人足りなかったからである。制空権を取るために欠かせない軽空母である隼鷹が来ていなかったからである

 

「ゴメン。待たせちゃった」

 

「遅いデース」

 

 金剛は呆れたように非難したが、本気で怒らない。というのも、隼鷹の性格は皆が知っているからである。なぜ、反省をさせないかというと隼鷹は実力があるからである。改二である事もあり、艦載機の保有数も多い

 

唯一の難点は低速だが、余程の事がない限り支障はない

 

「出撃時間はとっくに過ぎているのになにやっているんだ?」

 

 遠征組の見送りに来ていた天龍は呆れていた。出撃組もいたので見送るために待っていたが、待ちくたびれていた。実はこれは初めてではない。大抵、起こっている事だからだ

 

『破滅した未来の世界』だったら、そんな悠長な事はしないだろう。しかし、『改変された世界』ではそんな事は起こらない

 

 深海棲艦は確かに厄介だが、浦田重工業のような邪悪な事はしていない。少なくとも無差別攻撃や艦娘拷問などはしていない

 

 陸地に興味がないどころか世界征服なぞ興味は無い。博士の言う通り、ただこの世界に住み着くために侵略しているらしい

 

 それでもこの世界、特に人間の交渉は全く譲らない。浦田重工業でなくても敵は敵である

 

「では、出発デース!」

 

 金剛は手を伸ばすと出撃した。さっさと任務を終わらせて無事に帰ってくること

 

それだけだ

 

 

 

「ナイス、五月雨!調子いいじゃん!」

 

 敵艦との交戦が終えた後、涼風は五月雨に声を掛けた。今回は五月雨が大いに活躍していた

 

 海域をパトロールし敵と遭遇したら攻撃。連続連勝で陣取っていたボスまで撃破した。敵はボスがやられると逃走した。敵に大ダメージを与えたのに対して、こちらは金剛中破、隼鷹大破。海風は小破。江風はダメージをわずかに受けただけだ

 

後は撤退するだけだが、敵の追撃もないため慌てる必要もなかった

 

「良かったら食べてよ。せっかく持って来た戦闘糧食。隼鷹スペシャルだよー」

 

隼鷹は口にしなかった戦闘糧食を五月雨に渡した。士気を高めるために戦闘糧食であるおにぎりも振る舞っていたが、口にする必要は無かったようだ

 

「え?いいのですか?」

 

「いいって」

 

 隼鷹はそう言うと金剛と一緒に鎮守府に戻る。彼女達は入渠が必要だ。護衛として海風と江風は付き添っていた

 

 海域に残っていたのは、涼風と五月雨だったが、涼風はおにぎりを食べるよう薦めた

 

「私達は報告書を書かないと」

 

「五月雨、久しぶりの出撃じゃんか。時雨姉もあんな感じだし」

 

 『破滅した未来』から来た艦娘のお蔭で世界が救われた。その艦娘は時雨らしい。建造された時からそんな噂が広まっていた

 

 青葉新聞が掲載された時は呆れていたが、どうも本当らしい。そして、噂は本当だった

 

 宴会した日、時雨の様子は違った。いや、振る舞いや性格は時雨だ。ずっと一緒に過ごして来たのだから分かる

 

 しかし、明らかに違う所があった。時雨から発する威圧や覇気は、以前と違って比べものにならない。また、戦い方に無駄が無かった

 

 時雨が参加した演習を見たが、駆逐艦娘達は驚嘆した。彼女が撃つ砲弾や魚雷は的確に当てて来る。攻撃を受けても全く怯まず、まるで後ろにも目があるのかと思うほど避けるのだ

 

 一緒に参加していた戦艦扶桑山城も時雨の戦闘能力に驚き、相手をしていた練習巡洋艦である鹿島もオロオロする始末だ

 

しかし、演習が終わって周りが駆けつけて褒められても時雨はニコリともしない

 

 

 

「多分、後遺症だろう。今まで恐ろしい世界に居たんだ。いきなり平和な世界に放り込まれたのだから無理もない」

 

 時雨を除く白露型と西村艦隊の艦娘を集めた提督は、時雨の様子を説明した。やはり、時雨の様子に心配したのだ

 

「時雨は毎晩、うなされているっぽい」

 

「私なんかは、病人を見るような眼を向けて来るのよ。……気遣ってくれるのは嬉しいけど」

 

 夕立は心配そうに言い、山城はため息をつきながら答えた。……しかし、山城は過剰に心配してくれる時雨にどうも不快ではないらしい。他の艦娘も似たような報告をしてくる

 

(……無理にして戦ったんだ。戻って来た事でぶり返したのだろう)

 

提督も時雨の症状は何なのかは分かる。戦争後遺症である*1

 

 艦娘は軍艦の魂が宿った生命体。そのため戦闘能力は高く、精神ダメージによる耐性は高い。実際に海防艦は見た目は幼女だ。そんな彼女でも敵潜水艦相手に戦っているのだから大したものである

 

 勿論、精神ダメージによる耐性は高いだけであって、完全にダメージを受けないとは限らない。浦田結衣からひどい目に合わされた大淀はしばらくの間は、戦う事が出来なかった

 

 ふぐ毒を受けた龍譲と古鷹はふぐを食べる事が出来ず、霧島と鳥海は精神トラウマを受けていた

 

 幸い、症状は軽かったため一ヶ月すれば治った。症状が重かった大淀は、戦闘任務から解いた。彼女は専ら、通信要員として働いていた

 

……中には全く精神ダメージを受けなかった者もいた。龍田と天龍は砲雷撃戦だけでなく剣術にも励み、川内は神通が呆れるくらい夜戦に執拗し、武蔵は筋トレに励むために筋トレマシーンの購入をせがまれた

 

当然、筋トレマシーン購入は却下したが(それでも諦めずに自費で買ったという)

 

 しかし、時雨の症状は大淀よりも重い。あのような過酷な任務を受けたのだから無理もない。しかも、自力で抑えているのだ

 

「恐らくですが、他の艦娘達の前には弱音を吐かないというプレッシャーがあるのではないでしょうか?」

 

「……症状があるのに、自ら抑えているなんて」

 

 明石の指摘に提督は困惑した。普通の人間なら精神病院に送るレベルだと言う。しかし、時雨は上手い事隠しているのだ。明石が言うには、例えフラッシュバックが突然起こっても彼女は平気なのだと。それも普通に振る舞っている。こんな芸当が出来るのは並大抵の人では無理だ。艦娘でもいないだろう

 

「『艦だった頃の世界』のように荒っぽい手段をやる訳にはいかない」

 

 提督は呟いた。実は提督が言う荒っぽい手段と言うのはドラッグ、つまり薬物治療の事である。『平行世界の歴史』においても第二次世界大戦やベトナム戦争では実際に行われた

 

 旧日本軍は、特攻兵士に猫目錠と呼ばれる高揚剤を支給した。これを飲むと恐怖心が消えて、夜目が効くようになる事から呼ばれた。猫目錠と如何にも魔法薬のように聞こえるが、その正体は覚醒剤である

 

 連合軍もコマンド兵士にはベンゼドリンという精神高揚剤を支給した。聞こえはいいが、これも覚醒剤の一種である

 

 ベトナム戦争では、ヘロインやマリファナが米軍の間で蔓延した。これは軍が支給した訳ではないが、戦意の失せた兵士を戦わせるために黙認した

 

 このため、復員した兵士達は後に深刻な後遺症……ドラッグ依存症に悩まされる事に成る*2

 

 しかし、まさか艦娘相手にこういったドラッグを使う訳にも行かない。人道的にも反するし、組織は機能しない

 

「メンタルケアさせるしかないな。こちらも時雨に任務を与えないようにする。お前達も気遣ってくれ」

 

 本来なら入院は必要だろう。他の艦娘に影響が出るからである。しかし、当の本人は弱音を誰であろうと全く見せない。無理強いすれば、逆効果だ

 

 

 

五月雨は先日の話を思い出していた

 

(時雨姉さんの分まで頑張らないと)

 

 あの日、時雨は消滅した。彼女は一晩中泣いていた事は覚えている。そして、奇跡的に戻って来た

 

だが、彼女の心は壊れそうだ。下手をすると戻って来ない可能性がある

 

「そんなに考えても時雨姉は大丈夫だって。明石も提督も気遣っているんだから。悩み事はせずにあの岩場でゆっくり食べてなよ。あたいはその辺をチャチャと哨戒してくっからさ」

 

 涼風は岩場を見つけると、座って待っているように言う。五月雨は一緒に行こうとしたが、涼風は既に哨戒に行ってしまった

 

(はあ……)

 

 帰り分の燃料もある。弾薬もあるため、奇襲があっても反撃は出来るし逃げる事も出来る。仕方なしに岩場に座ると竹皮の包みを解いた

 

「おいしい♪」

 

 五月雨は戦闘糧食であるおにぎりを食べていた。戦闘糧食を作っているのは長波と阿賀野だ。提督か鳳翔のどちらかが提案したらしいが

 

「あれ?1つ多い?」

 

 五月雨は首を傾げた。鎮守府の戦闘糧食であるおにぎりは、竹皮の包みの中には三つ入っている。しかし、隼鷹から渡されたおにぎりの数は四つあるのだ

 

「食べていいのかな?」

 

五月雨は最後の1つのおにぎりを口にした

 

 

 

「ただいまーと……え?」

 

 数十分後、哨戒を終えた涼風は岩場に戻った。五月雨はもうおにぎりを食べ終えた事だろう。あまり長く留まると怒られてしまう

 

涼風は五月雨を迎えに来たが、何かおかしい。岩場に誰かが倒れている

 

それは……

 

「五月雨ー!大丈夫か!?」

 

 涼風は驚愕した。五月雨がぐったりと倒れていた。慌てて近寄って声を掛けたが、返事は無い

 

「息はしているから生きているけど」

 

 しかし、五月雨の顔は赤い。息も荒く、まるで病気にかかったようだ。何だ?深海棲艦の攻撃か?そんな兆候は無かったが

 

 

 

「どうした?何があった?」

 

「分かんないよ。休憩中に周囲を警戒して戻って来たら五月雨が倒れていたんだ!」

 

 五月雨を曳航し、鎮守府に戻って来た涼風は助けを呼んだ。直ちに長門達は駆け寄り状況を聞いたが、分からないと言う

 

「戦闘終了後に起こったよね?不調は艤装と身体……どちらなの?」

 

「それも分かんない!隼鷹さんに貰ったおにぎりを食べてただけだもん!」

 

 涼風はオロオロした。五月雨の様子が明らかにおかしい。白露達も駆けつけたが、やはりどうする事も出来ず涼風と同じく混乱していた

 

「何があったんだよ?」

 

白露はぐったりする五月雨を見て唖然とした

 

「もしかして……毒攻撃?」

 

「浦田結衣が生きていたのか!?」

 

「おい、落ち着け。ふぐ毒の症状とは違う。それに勝手に決めつけるな」

 

 霧島の疑問に長門が反応するが、提督は制した。軍医に頼むべきだが、生憎502部隊の連中は旅行に行っていた。少数の警備要員しかいない

 

 提督は軍医ではないが、龍譲などふぐ毒を受けた艦娘を目の当たりにしたことからふぐ毒攻撃は否定した。違いが大きすぎる。また、浦田結衣が生きていた説は避けたかった。噂にすると問題が起こるからだ

 

「待って、時雨。出撃しなくていいから!」

 

「扶桑、どいてよ!僕の妹がやられたんだ!」

 

 過剰に反応する艦娘がいた。言うまでもなく、時雨だ。体調不良を攻撃を受けたと思ったのだろう。艤装を取りに行こうとする時雨とそれを止めようとする扶桑との間でいざこざが発生した

 

「何で、浦田結衣が生きていると思った?」

 

「……ゴメン。てっきりアイツの仕業かと」

 

 天龍は時雨を見て提督に謝った。鎮守府内では冗談で浦田重工業の噂を流したりしていない。ふざけている青葉もである。時雨に配慮しているためだ

 

 だが、目を離したすきに五月雨が倒れたと聞かされては、真っ先に思い浮かぶのは敵の攻撃。天竜はそれしか考えられなかったのだ

 

一方、出撃から帰って来た海風達は泣いていた

 

「五月雨は大丈夫なのか?」

 

「姉貴は死んじまうのかい?」

 

「ヤダー!ヤです!」

 

「落ち着け。心配するのもいいが、お前らも煽るな」

 

 提督は落ち着かせようとしたが、騒ぎが収まる気配がない。討伐しようと提案する艦娘まで現れる始末だ

 

(落ち着け。あの時とは違う。パニックになってはならない。まずは五月雨に何があったのか突き止めないと)

 

 提督は医務室に五月雨を運ぼうとした時、彼の鼻にある匂いがした。しかし、それは五月雨から出る匂いにしてはおかしい。あってはならない匂いだ

 

(え?もしかして……涼風は確か隼鷹からおにぎりを貰ったって言ってたな)

 

 提督の疑念は確信へと変わった。そうとしか考えられない。と言うより、隼鷹は何をしている!

 

「おい、心配するな。五月雨は大丈夫だ。病気にも毒にもかかっていない。酔っただけだ!」

 

「「「「え?」」」」

 

 あれだけ騒がしかった港は提督の怒鳴り声で一瞬にして静まり返った。予想外だったのだろう

 

「酔った?船酔い?」

 

「涼風、五月雨は隼鷹からおにぎりを貰ったって言っていたよな?」

 

「う……うん」

 

涼風はゆっくりと頷いたが、提督は呆れたままだ

 

「隼鷹は酒を隠し持って出撃していた事があって厳しく取り締まったんだ。だが、あいつはずる賢くてな。酒粕を大量に漬けた奈良漬けを作って戦闘糧食と一緒に詰めて持って行った事があった。後でしっかりと叱っておいたが、あいつ懲りずに*3

 

「え?では、五月雨は?」

 

時雨は五月雨を見ながら聞いた。まさか五月雨は……

 

「ただの酔っ払いだ」

 

「酔ってないよ~。ていとく~、らいじょーぶ」

 

 五月雨は目を覚まし立ち上がったが、何と笑っていたのだ。しかも、呂律が回らないため何を言っているのか分からない。フラフラと今にも転びそうだ

 

「「「「えー!」」」」

 

 皆は驚いた。奈良漬けを食べて酔っぱらった事もあるが、五月雨の姿にも驚いた。ここまで陽気な五月雨はお目にかかれないからだ

 

「あれ~?提督が3人いる~?」

 

「いや、居ないから!」

 

 駆逐艦達は慌てて五月雨を快方しようとするが、本人は酔いつぶれている。正常な判断は出来ない

 

「ど、どうすればいい?」

 

「江風、落ち着け。誰か飲み水を持って来させろ。後、隼鷹を風呂から引きづり出して来い。高速修復剤の使用も許可する」

 

「そちらは大丈夫です。既に夕張と飛鷹が浴場へ向かいましたから」

 

「そうか」

 

数分後、夕張と飛鷹は隼鷹を連れて来た。隼鷹は訳が分からず引き連られていたが

 

 

 

「報告書きっちり書けって言われちゃった」

 

 涼風は出撃の報告書に唖然としていた。何しろ、通常の書類と違って詳細項目が多い。被弾箇所、被弾数、敵の艦種などを記載しなければならない

 

「ここまでやる?」

 

 しかも、午後の秘書艦業務の作業まで分担するよう言われたのだ。書類の量が多く、とても半日でやる作業には見えない。村雨も呆れるしかなかった

 

「皆、力を合わせれば出来るから」

 

 時雨は早速、書類に手を付けたが、他の白露型は困惑した。白露型全員でやってもいいと言われたが、やはりデスクワークの仕事は疲れる。出撃や遠征とは違うエネルギーが必要だからだ

 

「それにしても五月雨は凄いね。こういう書類も一杯書いているんだ」

 

五月雨は初期艦の事もあり、秘書艦に就いた事は何度もあるらしい。ドジっ子だが、仕事はしっかりやっているという

 

「あれ?時雨姉さん、さみたれの事、ほめた?ほめたー?照れちゃう~」

 

「う、うん……」

 

 五月雨も一緒に椅子に座っているが、やはり酔いは覚めないらしい。寝るよう言ったが、本人は寝ないどころかはしゃいでいる

 

どうも、五月雨は酔うとこうなるらしい

 

「だって~、時雨姉さん。大変たったんれしょ~。五月雨も負けないように頑張ってましたから~」

 

 後で聞いたところによると五月雨はあの日、時雨が消滅した日、隠れて泣いていたと言う。しかし、次の日からは鎮守府を立ち上げるために働いたと言う

 

「ごめんね。心配かけちゃって」

 

 時雨は呟いたが、五月雨は酔っているため聞こえないだろう。白露達はどう反応した

 

らいいか分からず、重い空気が漂っていた

 

「五月雨を一人にしたのはあたいのミスだ。だから、気にする事は無いって」

 

「実は金剛さんから間宮券を貰ったの。終わったら全員で行きましょう」

 

涼風が責任は自分にあると言っている中、海風は間宮券を見せびらかせた。いつまでも雰囲気を暗くするわけには行かない

 

「本当に!?」

 

「よっしゃ!いっちょ頑張るか!」

 

その場にいた白露達は目を輝かせた。間宮券はこういった時に使えるらしい

 

「時雨姉さんも一緒にな」

 

「いいの?僕は……」

 

「いいって。姉妹だろ」

 

 涼風は気前よく言ったが、やはり時雨には気を遣っていた。提督の言う通り、時雨はちょっと危ない。『破滅した未来』を経験したからだろう

 

 だったら、自分達が出来る事は一つだ。ここでは、これが鎮守府のやり方だと。時雨に必要なのは、時雨を安静にさせる事。それが必要だ

 

「ありがとう」

 

時雨はニコリと笑った。時雨は思った。この日常は夢ではないと

 

 

 

「もう!何であたしはこんな事を!」

 

「なぜって原因は貴方でしょ!」

 

嘆いている隼鷹を見て、飛鷹は叱り飛ばした

 

 2人がいる所は、演習場。隼鷹が酒入りの奈良漬けを五月雨に食べさせた罰である。罰は練度向上。どんな手段を使っていいから演習に勝つことである

 

その方法とは……

 

「あ、パンケーキが飛んでいる!」

 

「だから、敵機ですって!さっさと飛ばす!」

 

 それは艦戦であるF5Uフライングパンケーキと艦爆であるF6Aフライング・フラップジャックの編隊を8割以上倒す事である

 

 要は空襲の被害を抑える事が彼女達に与えられた任務である。演習と聞こえはいいが、実際は反省任務である

 

「あ!烈風と零戦21型を間違えて持って来てしまった!」

 

「ちょっと!なにやっているの!?」

 

 隼鷹の悲鳴に飛鷹は愕然とした。飛鷹は元々、無関係なのだが、連帯責任として参加させられたのだ。だから、艦戦しか積んでいなかったが、艦戦を間違えたらしい

 

「形どころか色すら違うのにどうしたら間違えるのよ!」

 

「お説教はいいから、敵機が!もう近くに!」

 

 F5Uは隼鷹の零戦を蹴散らし、F6Aはその隙に急降下爆撃を開始する。慌てて回避しようとするが、間に合う訳がない

 

 

 

「では、もう一度。艦載機の交換を認めますから、あの編隊を倒しなさい」

 

監督は提督ではなく、加賀である。あまりの呆気ない敗れ方に加賀は内心怒っているようだ

 

「8割叩き落せって40機中32機も撃ち落すのは難しいぞ」

 

提督も呆れたように言う。空戦において、味方の損失を抑えて敵をなるべく多く叩き落とす。敵も当然、対策されているため、敵の損害は5割与えれば十分と見ている。勿論、敵の練度が低かったり、装備が劣悪だったりすれば8割以上の損害を与える事も可能だ

 

 しかし、隼鷹と飛鷹が相手している円盤航空機は、かつては浦田結衣が保有していた艦載機。復元し性能が落ちたとはいえ、それなりの強さは持っている

 

 練度が高い搭乗員や高性能な艦載機があれば倒せるが、こちらが弱いと爆弾の雨が降る

 

厄介な演習相手である事には変わりはない

 

「良いんです。私達、空母組はそれくらいの力が無ければなりません」

 

「提督さん、何とかして下さい。あれを倒すのに大変だったんだからね!」

 

小声で瑞鶴が不満を言ったが、加賀は瑞鶴を睨んだ。瑞鶴は無視したが

 

「スマンな。F5Uの運用をお前に任して」

 

「いいんです。サラも珍しいものがあるとは思わなかったので」

 

 F5UとF6Aを運用しているのはサラトガの搭乗員達だった。サラトガも浦田重工業には興味を示してたが、浦田結衣の艦載機を見て驚いたと言う

 

幸い操縦には難が無く、性能もまずまずだったのでサラが受け持つ事に成った。元々は米軍機である。本人も興味津々である

 

 F5UもF6Aも塗装はF4FやF6Fのネイビーブルーのカラーリングをしている。その代わり、マーキングは米海軍のものではなく、日の丸にしている

 

「準備出来たら発艦させろ。隼鷹と飛鷹が戻って来たぞ」

 

「はい」

 

サラトガがF5UとF6Aを次々と発艦させていく。サラトガも手を抜く気は無いらしい

 

鹵獲した円盤航空機は飛ばす事が可能と分かると、提督は円盤航空機を演習で使えないかと考えた。仲間同士の演習も大事だが、何時までも同じ相手をしていても練度は上がらない

 

 そこでF5UとF6Aをの円盤航空機のみで編成した飛行隊を仮想敵機部隊*4として編み出した。幸い、F5Uの飛行能力は申し分ない。これで空母組も練度が上がりやすくなるだろう

 

……が、どうやら空母組には教導隊には負けてはならないという謎の掟が出来てしまった。瑞鶴も翔鶴も必死の形相で教導隊と戦ったものだから、後が怖いものなのだろう。掟を作ったのは加賀らしい

 

後から来たアイオワとサラトガは、F5Uと烈風の空戦を見て宇宙戦争かと思ったらしい

 

初めは基地航空隊が運営していたが、後にサラトガも円盤航空機の運用を受け持った

 

「せいぜいお前の機体を有効に使ってやるよ、浦田結衣」

 

何時までも過去に引きづるわけにはいかない。乗り越える必要もある

 

上空で円盤航空機と軽空母の艦載機が上空で空戦しているのを眺めながら

 

 

 

しかし、提督も他の艦娘も予想はしていなかった

 

翌日も別の騒動が起こる事に

*1
正しくは戦闘ストレス反応ともいう。昔は砲弾神経症(シェルショック)とも言われていた

*2
中には電気ショックを与えて立ち直らすという治療法もあったという

*3
酒粕には8~10%のアルコールが含まれているが、熱を通せばアルコールは飛ばせるためよっぽどでないと作中のようには酔わない

*4
現実世界だと航空自衛隊の飛行教導群(米軍でいうアグレッサー部隊)の事を指す。軍の演習・訓練において敵部隊をシミュレートする役割を持つため腕のいいパイロットが操縦しているという




おまけ
隼鷹「酒を寄越すのです」
伊14「禁酒反対なのです」
ポーラ「美味しいお酒を飲んでこその人生なのです」
提督「おい、お前らそんな性格していないだろ?口調まで変えてせがんでも変わらんぞ」
アイオワ「まあまあ、アドミラル、こういう時はお酒を嫌いにすればいいのよ」
提督「いや、どうやって……」
アイオワ「はい、プレゼント」禁酒法時代の密造酒(工業用アルコール)を渡しながら
榛名「榛名からもプレゼントです」戦後動乱期に出回ったバクダン(燃料用アルコール)を渡しながら
ガングート「これもやろう」ソ連食糧危機当時に売られていたウォッカ(工業用アルコール)

提督「おい、どこでこんなものを!」
榛名「しー!(あんな人でも危険な酒という事くらい分かります。流石に三人共……)」
隼鷹「いや、あたしらを殺す気か!」
隼鷹と伊14は抗議を上げようとしたが、ポーラがとんでもないことを言った
ポーラ「心配する事はありません。工業用アルコールだからって何です?燃料の代用品として考えれば」
隼鷹「そうか!思いつかなかった!」
伊14「うっふふふ!じゃあ、艦娘なら飲めるね~♪」
ポーラ「提督、みんな~。ありがとね」
提督「おい、ちょっと待て!逃げるな!メチルアルコールは失明する危険性だってあるんだぞ!工業用アルコールを貰って喜ぶバカはいないわ!」
隼鷹「大丈夫だって。あたしたちは兵器だから」
提督「そういう問題じゃねー!」

ガングート「なあ、艦娘ってメチルアルコール飲めるっけ?」
某店主「メチルアルコールを飲める人が居るとは!サービスしてやるよ!」
提督「やめんか!飲めない設定だ!艦娘は生命体だから無理だ、いいな!」

※メチルアルコールは人体に有害です。北斗の拳に登場した店主のように販売してはいけません


軍艦や潜水艦といった航海で、長期間特定の場所に拘束されるところでは乗組員のストレスは貯まる所
そのため、各国では様々なストレス解消を用意していたが、やはり酒は切っても切れないものらしい
イギリスには伝統的にラム酒の配給があったという。『パイレーツ・オブ・カリビアン』で海賊たちが好んで飲んでいたお酒ですね
伊14の乗組員全員がネジが外れたレベルの酒豪の集まりのようなエピソードがある。ポーラも海に飛び込むにあたって体を温めるためにワインを飲み始めたというが

勿論、危険な行為であるため絶対にしないように

他にも海自の護衛艦では身体鍛える人が多いらしく、空いたスペースにトレーニングマシンをおいて それを使ったり、甲板をジョギングしたりしているらしい。他にもDVDで映画を見たり、ゲームをしたり……

ロシア(ソ連)の大型原潜の中にはペット(小鳥とか観賞魚)を飼ったり植木を置いていたらしく、米海軍の原子力空母ではスター○ックスや美容室などがあるという

来月あたりで本編は終わる予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第113話 深海鶴棲姫

いよいよ陸奥改二実装ですね
資源と設計図は準備万端です
レベルは94あるので問題はないはず


某県のある小島

 

「よし、釣れたぞ!……アジか。まあ、こんなものだ」

 

 鎮守府にちょっとしたいざこざがある中、502部隊は旅行へ行っていた。二泊三日のキャンプである。将校達は小さな島へボート向かって釣りをする事が唯一の楽しみである。因みにあきつ丸とまるゆも一緒に同行している

 

海を渡るので護衛が必要だ

 

 ……と言いたい所だが、近海は艦娘の働きのお蔭で深海棲艦はいない。数年前には駆逐イ級がウロウロしていたが、今はいない

 

あきつ丸もまるゆも将校達の誘いで釣りを楽しんでいる。竿も自前で買ったものだ

 

「将校殿よりも大物を釣るのであります!」

 

「そうか。だったら巨大な鮫でも釣ろうか!アイツが驚くぞ!」

 

「張り合いは止めて下さいね。陸奥が怒りますよ?」

 

 軍曹は呆れていたが、将校は勿論、他の隊員も同じだ。浜辺で遊んだり、泳いだりしている。数名の隊員を鎮守府に待機させて、残りは休暇である

 

新隊員との打ち解けにもなるし、何よりも気持ちがいい

 

台風も来ていないのだから、将校は思い切って休暇をする事にした

 

 

今日は異変は無い。深海棲艦も来ないだろう

 

しかし、トラブルとは向こうからやって来る。世の中、そういうものである

 

 

 

「将校殿」

 

 将校は釣り糸を垂らして待っている中、あきつ丸が声を掛けた。何か釣れたのかとあきつ丸の方へ顔を向けたが、将校は驚いた

 

あきつ丸の顔は険しかったからだ

 

「哨戒に出していたカ号観測機が……何かを捕らえたと?」

 

「え?」

 

 将校は唖然とした。あきつ丸は艦載機を出していたらしい。回転翼の艦載対潜哨戒機で魚群を探していたのか?

 

しかし、どうもそんな感じではない

 

「深海棲艦か?」

 

「そうです!しかも、撃墜されました!」

 

「何てこった!……全員、退避!陸地に逃げろ!今すぐだ!」

 

 まさか、ここを襲うとは!?しかし、休暇気分とは言え、やはり元は特殊部隊の隊員

直ぐに島の奥に逃げだした。こんな所をのんびりとする訳にはいかない

 

「クソ、こんな時に!」

 

「威力偵察?それとも、本土侵攻?」

 

「いえ、敵は2体よ!」

 

隊員は隠れながらも観察している。民間人がいたら、パニックになって騒いでいるだろう。しかし、女性も混じってるとは言え、切り替えが早いのは練度が高い証拠である

 

「よし、偵察を出すぞ。誰か俺に付いてくる人は?」

 

 

 

軍曹と隊員3人、そしてあきつ丸は木に隠れながらも様子を伺う

 

 ビーチには隊員が遊んでいた遊具やバーベキューの焚き火が散乱している場所を誰かが歩いている

 

それは……

 

「あれは……扶桑山城ですか?」

 

「そんな訳ないだろ。角が生えているから深海棲艦だ」

 

 隊員は呟いたが、軍曹は否定した。確かに遠くから見たら扶桑型戦艦だ。しかし、双眼鏡で観察すると、艦娘ではない

 

そして、距離があるにも拘わらず、背筋が凍ったかのような錯覚に陥った

 

「新型の奴だろう」

 

「連絡をしなければ」

 

「したいのは山々だが、発信しても探知されてしまうぞ」

 

 軍曹は頭を悩ました。無線通信すれば、間違いなくアイツは警戒する。こちらにはあきつ丸とまるゆしかいない。まさか、ここに姫級の深海棲艦が現れるとは思わなかった

 

「コノ島二艦娘ノ反応ガアッタガ、気ノセイダッタカシラ?」

 

扶桑に似た姫級はビーチに散らばる物を破壊しながら呟いた

 

怨念のような氷のような冷たい呟き。しかし、その声は扶桑の声に似ていた

 

 

鎮守府

 陸軍部隊が危機と直面している一方、鎮守府内は相変わらず平和である。昼食時間も騒がしい。間宮さんや伊良湖さんも腕を振る舞っている

 

変わった事と言えばこんな事くらいだ

 

 

数十分前

 

「お、島風の連装砲じゃねーか」

 

 天龍が外を歩いている中、島風がつれあるいている連装砲ちゃんが3体共、何やら遊んでいた。島風は何処か行っているようだが

 

「アイツ、また競争ごっこしているのか。お前もアイツの相手をして大変だなぁ」

 

 島風の連装砲は他の駆逐艦娘と違って自立稼働している。どう動いているのか、不明である。秋月達や天津風も似たようなものを保有している

 

「ま、俺も着任した時は、遠征失敗して提督に迷惑かけちゃってさ。出撃した初日は連続して大破だったし。でもな、ここの奴等はみんないい奴だし、提督だってああ見えて……ってお前に行っても仕方ないか」

 

 天龍はつい熱くなって連装砲ちゃんに話していた。今までの事を話すのも悪くないと。どうせ、こいつらは喋らないのだと。連装砲ちゃん達は熱心に聞いていたが

 

 つい天龍は連装砲ちゃんに愚痴を言ってしまった。それが災いを引き起こす事も知らずに

 

 

 

現在

 

「……って天龍が言っていたって」

 

「そうか」

 

 提督は島風の報告を楽しげに聞いていた。人語を話さない小動物がどうやったのか、島風の連装砲ちゃんが天龍の言葉をそのまま伝えたのだ

 

当然、それに過剰に反応する人もいる。勿論、喋った本人である

 

「あの野郎!何で人語を話せるんだ!真っ二つにして……龍田、離せ!」

 

「いい話じゃない~」

 

「龍田も笑うんじゃねー!」

 

恥ずかしさで顔を真っ赤にし、刀を握る天龍を笑いながら龍田は抑えていた。他の人も反応は様々だ。呆れる人もいれば、クスクスと笑う人もいる

 

「おい、あんまり連装砲ちゃんを苛めようとすると、痛い目に遭うぞ」

 

「はっ!俺がこんな奴にビビるかよ!」

 

 暴れるのをやめ得意そうにする天龍。提督に言われるまでもない。たかが連装砲ちゃんに怖じける天龍ではない

 

しかし、提督は指摘する

 

「いや、他の連装砲から怒りを買ってもいいなら仕方ないが」

 

提督は笑いながら違う方へ視線を送っていた

 

 天龍は何なのか、初めは分からなかったが、何やら視線を感じる。しかも、複数。天龍は恐る恐る向きを変えると片隅に何かがいた。その何かが天龍を睨んでいる

 

「いや、ちょっと待て!冗談だって!そう睨む必要ないだろ!ちょっと!!」

 

 天龍は慌てて言ったが、それ……いや、彼等は睨むのを止めない。天龍を睨んでいるのは連装砲達だ

 

 天津風の連装砲くんと秋月姉妹が保有する長10cm砲ちゃん達が天龍を睨んでいる。あまりの凄みに天龍は後ずさりしていていた

 

 この光景に周りは集まっていた。駆逐艦娘の連装砲達に怖気づく軽巡は中々、見れない。天津風と秋月達はなだめていたが

 

「それはそうと加賀。この組で遠征させる」

 

「分かりま……!?」

 

 近くでいざこざが起こっても、提督は関与しない。まあ、これくらいなら天龍も対処できるだろう。そう判断した

 

 提督は今週の秘書艦である加賀に遠征組の編成を書かれた紙を渡したが、内容をみた加賀は驚いた

 

「いいのですか?」

 

「軍医は大丈夫だろうってさ」

 

 提督は答えたが、加賀はあまり賛同出来なかった。艦隊の編成は問題ない。問題なのは……その編成の艦娘の名前に時雨が入っていたからである

 

 加賀は食堂を見渡して時雨を探したが、時雨はいなかった。時雨は食堂にはいない。医務室にいたのである

 

 

 

医務室

 

「そのキャンディ、食べていいかな?」

 

「自己責任ならいい。……賞味期限ギリギリのものだ」

 

 時雨は机の上に置かれていたキャンディの入ったガラス皿に手を伸ばそうとしたが、軍医の忠告に手の動きを止めた

 

 軍医は看護師から受け取った診断書を読んでいる中、時雨は落ち着かない。時雨は怪我をしてはいない。メンタルケアでここにいる

 

 時雨は時空を超えてこの世界へ来た。何とか馴染めようとしたが、やはり難しい。悪夢を見たのも一度や二度ではない。本も雑誌も興味を示さず、この間に開かれたバーベキューでもあまり楽しめなかった

 

 夢に出て来るのは決まっていた。拷問部屋、破滅した未来、そして浦田結衣との戦闘。仲間の笑い声が、浦田結衣の高笑いに聞こえたのが何度かあった。時雨の様子を心配した提督は軍医に通うよう言った

 

 時雨の相手をしている軍医は元502部隊の軍医だった。精神科医もやった事があるらしく、時雨を診てくれた

 

「症状は改善している?」

 

「うん、改善している。最近はよく眠れている。悪夢も見なくなった」

 

時雨は正直に答えた。実際に軍医が出してくれた精神安定剤は効いた

 

「ディープスロートと会った後は、全然落ち着かなかった。全て終わったのに。演習場から聞こえて来る発砲音を聞くと、過剰に反応した」

 

 田村一尉と出会い、別れてから翌日、演習場から聞こえる発砲音と艦娘達の声で過剰に反応してしまい、乱入するといった事案があった

 

 また、出撃も時雨がほとんど倒した。奮闘したと聞こえがいいかも知れないが、周りからは、まるで他の艦娘が戦わせないように素早く倒したようだとの事だ。提督も時雨の様子がおかしい事に気づき、当面の間は遠征も含めて出撃はなしになった

 

「でも、今は大丈夫。改善しているって分かるんだ」

 

「ふむ」

 

軍医は時雨の受け答えを聞きながら書いている

 

「それで……何時なの?」

 

「何時とは?」

 

「何時、出撃出来るの?」

 

軍医の動く手が止まった。時雨は出撃と言ったのか?まだ、戦う気なのか?

 

「……お前の上司である中佐に説明しておく。判断するのは彼自身だ」

 

(提督次第か)

 

時雨は内心では少しガッカリした。自分は大丈夫なのに、なぜなのだろう

 

「帰っていいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 時雨は医務室から出る前にキャンディを何個か手に取った。腐っていなければ大丈夫だろう

 

「……よろしいのですか?」

 

「難しいな」

 

 ナースの疑問に軍医は首を振った。改善しているのは確かだ。しかし、危なっかしい所はある。白露達が懸命に支えてくれた事も合って助かっている

 

だが、本当に出撃のゴーサインを出していいのだろうか?

 

「精神科医は魔法使いではないからな。やる事は限られる」

 

 医者は外傷を治せるが、心の傷は治せない。精神安定剤はあくまで異常な精神興奮をしずめるための薬剤だ。風邪のように治る薬ではない

 

環境やバックアップも大事だが、やはり当の本人自身次第である

 

(だが、時雨は強い。普通の人なら除隊されている)

 

 軍医は時雨の心の強さに驚いている。艦娘だからという事で片づけられるものではない。危なっかしいが、挫けるような娘ではないだろう

 

改善しているのは確かだが、果たして?

 

 

 

「今日の遠征組が発表されました。指名された者は港に集まって下さい」

 

 午後、秘書艦の加賀からの発表で皆は驚いた。遠征は特に驚く事ではない。資源確保や輸送船護衛はよくやっている

 

では、なぜ皆は驚くのか?それは編成された艦娘の名前の中に時雨があったからである

 

「遠征……か。悪くないかな?」

 

「何、言ってるのよ!何で白露の名前はないのは!?」

 

 白露は不満そうだ。時雨が精神不安定の時から、白露はいつもそばにいてくれた。夕立や村雨なども時間があれば一緒にお供していた。提督も時雨を心配してくれた

 

時雨は立ち直っているのは確かだが、何時治るのか分からない

 

しかし、時雨は出撃したがっている。中々、難しい問題だ

 

「遠征なら問題ないだろう」

 

「うん。そうだよね」

 

提督はああは言ったが、時雨は何処か納得しない。やはり、心の病はそう簡単には治らないか

 

「天龍、頼んだぞ」

 

「分かったから、早くコイツらを下がらしてくれ!」

 

遠征の旗艦は天龍だが、本人は連装砲達にまとわりついついていた

 

 秋月達と天津風はオロオロしているが、島風はほったらかしである。面白半分で放っているのだろう

 

「専門外だ。原因はお前だろ」

 

「薄情者!」

 

「そうよ。天龍ちゃんが悪い」

 

「龍田、絶対楽しんでいるだろ!」

 

龍田は島風と一緒に天龍の連装砲達のいざこざを楽しんでいる

 

 天龍は何とか引き離すと(お菓子を遠くへ投げて連装砲達がそっちの方へ言った隙に逃げた)、港へ向かった

 

 

 

「よし、集まっているか!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 何とか連装砲達から巻いた天龍は、声を荒げた。不満だからではない。遠征は地味な任務だが、重要な仕事である。簡単ではあるが、ミスをすれば失敗する事には変わりはない。天龍の叫びに周りの駆逐艦娘は答えた。近くに居た龍田と見送りに来た提督はニコニコしていたが

 

「龍田は第六駆逐隊を率いて北方海域への遠征。俺達は南西諸島海域へ遠征だ!」

 

集まった駆逐艦からはオー!という叫び声が上がる。その中には時雨もいた

 

「時雨、辞退するなら今のうちだぜ?」

 

「そんな事を考えた事はないよ」

 

 天龍の問いに時雨は答える。仲間と一緒に出撃……。遠征や出撃の記憶もあるが、それは憑依する以前の記憶だ

 

事実上、初めての出撃だ

 

天龍が率いる駆逐艦は五隻

 

満潮、雪風、朝雲、そして不知火である。雪風と朝雲は改、満潮と不知火は改二である

 

「時雨と一緒に出撃出来て嬉しいです!」

 

「別に司令官からお願いされたから来たわけじゃないからね!」

 

「朝雲、準備万端よ!……時雨も準備は万全よね?」

 

一同は時雨を気遣っていた。提督だけでなく、皆も心配しているらしい

 

そして……

 

「不知火です。また、一緒に戦えますね」

 

「あの日以来だね」

 

忘れもしない。不知火は建造してから時雨と共に奮闘している。四年前に戦艦棲姫と戦った事が昨日のように感じる

 

「おい、俺もいたぞ……まあ、いい。遠征だからって気を抜くんじゃねーぞ!」

 

 

 

遠征出発直前に提督は時雨に話しかけた

 

「大丈夫か?」

 

「提督……僕のために……ありがとう」

 

「お前のお陰だ。それはそうと……お前に言うことはないが、これだけは覚えて置いてくれ。先日に座学を覚えているか?」

 

「うん」

 

 時雨はこの世界に来てから深海棲艦について学んだ。艦娘は海域を開放しているが、深海棲艦も何も手を招いているだけでない

 

新型の深海棲艦も出現しているとの事だ。それも艦娘の姿と酷似しているという

 

そして、深海棲艦も学習しているのか、対艦娘の戦術まで生み出している

 

 

 

「これだけは忘れるな。大航海時代の宣教師、H44改との教訓、そして力の意味」

 

「うん……分かった」

 

 時雨は強く頷いた。提督は深海棲艦と戦う能力なんてない。しかし、指揮能力は高い。これだけでも有難い。やはり、才能なのだろうか

 

「行って来る」

 

 

 

「時雨、どうだ?」

 

「懐かしいよ」

 

 天龍の質問に時雨は素直に答えた。『破滅した未来』では遠征は命懸けだった。潜水艦によるハンターや航空機の脅威があったからだ

 

 しかし、ここではそんな事は起きていない。いや、別の脅威はあるのは間違いないだろうが

 

 

 

遠征は特に問題はなかった。資源を積み込んだ後は帰るだけ

 

 遠征した海域は、制海権と制空権を既に把握しているため、奇襲される可能性はない

 

 しかし、だからといって深海棲艦は諦めるような事はしない。裏をかくのも新型の深海棲艦の姫級が出現するのもある意味、進歩と言えるだろう

 

 

 

「どうしたのよ、時雨?落ち着きがないじゃない」

 

「何でもないよ。久しぶりの遠征なのか、誰かに見られているような気がして」

 

満潮は時雨が後ろを気にしているため、声をかけた

 

 視界には敵の姿はない。上空もクリアだ。電探があればいいのだが、遠征なので重武装はしていない。万が一の事があれば、救助信号を出せばいい

 

しかし、どうも誰かに見られている

 

「雪風も頑張るので心配しないで下さい」

 

「……ありがとう」

 

時雨はにこりとした。雪風の笑顔を見て時雨は元気になったらしい

 

 時雨と雪風は『艦だった頃の世界』において激戦を生き延びてきた武勲艦だ。雪風は幼い艦娘だが、戦闘になると驚異的な戦闘力を発揮する

 

夜戦では、探照灯だけで三機もの敵機を落とした。幸運はこの世界でも発揮しているらしい

 

「そうだね。僕と雪風がいれば大丈夫だね」

 

「……二人揃ったら周りの運を吸い取りそうなイメージがあるわね」

 

満潮は呆れるように言ったが、不満ではない

 

 満潮は時雨のタイムスリップ作戦の記録を見たが、余りにも想像を絶するような記述なので初めは信じなかったという

 

しかし、時雨の様子や共闘した艦娘を見れば、信じざるを得なかった

 

「出撃するのはいいけど、撃沈なんてしないでよね」

 

「分かったよ。満潮も改二に改装出来たんだね」

 

 満潮はツンツンしているが、時雨を心配してくれている。提督からのお願いもあるのだろう

 

「さっさと帰るわよ。道草くってテレビドラマを見逃すのは嫌よ」

 

満潮の言葉を皮切りに皆は速度を上げて帰路に着いた

 

仕事は終わったようなものだ。満潮の言うとおりさっさと帰りたいのだろう

 

 

 

 

 

「なんなのよもう!後ろをチラチラ見て!」

 

朝雲は苛立っていた。もうすぐ鎮守府なのに、朝雲は気になって仕方なかった

 

原因は時雨である。後ろを頻繁に振り返りながら航行しているからである

 

「ゴメン……でも、どうしても気になるんだ」

 

時雨は謝ったが、やはり気になるのだ。背中がムズムズする。精神不安定ではない。『破滅した未来』でも敵に襲われる直前の感覚

 

「気のせいよ!敵の姿はない!しかも、昼間よ。そんな状況でどうやって襲うのよ!」

 

朝雲が苛立つのも無理はない。朝雲も何度か出撃しているため、実戦経験はある。そのため、朝雲は時雨が過剰に反応してると思っているのだ

 

時雨は反論しない。実際に自分は精神不安定であることは把握している

 

やっぱり気のせいだろうか?

 

不意に時雨を庇う者がいた

 

それは……

 

「朝雲、そこまでにして下さい。時雨に非はありません」

 

「不知火……まあ、貴方がそう言うなら――」

 

「不知火も感じます。誰かに見られているような気がしてならないのです」

 

この爆弾発言に皆は凍り付いた。時雨の精神不安定ではなかった?

 

「ああ。俺もさっきから感じていたんだ。どうやら、気のせいで片づけられそうにもない。電探があればいいんだが、仕方ない。警戒を怠るな」

 

 天龍の命令に皆は密集隊形を組んで対空・対潜警戒を行った。姿が見えないと言う事は、敵は潜水艦か艦載機かのどちらかだ

 

 しかし、ソナーには音はなく、空には航空機はない。いや、雲はあるためクリアとは言えないが

 

「東の方から敵影多数です!」

 

 皆は警戒する中、双眼鏡越しで監視していた雪風は、叫び声を上げた。何かを見つけたらしい

 

「敵は何だ?数は?」

 

「数は12……あれは……PT小鬼群です!」

 

「何!?」

 

 天龍は驚愕した。PT小鬼群……魚雷艇を模しているとも言われる。最近になって頻繁に出現している深海棲艦だ

 

こいつの防御力は紙装甲なので、駆逐艦の主砲でも沈められる

 

 しかし、回避能力は人類の魚雷艇よりも高く、中々当たらない。航空攻撃も雷撃もこちらを嘲笑うかのように避けるのだ

 

「何でこいつらがここに……砲雷撃戦用意、近づけさせるな!」

 

 天龍の掛け声で駆逐艦娘は素早く動く。縦列陣から縦列陣に組み直すと主砲を撃ちまくった。互いに支援は無い。いや、天龍は既に無線封鎖を解除して通信を行った。応援は来るだろう

 

「ああ、もううざいのよ!なんで簡単に避けるのよ!」

 

「第九駆逐隊を、なめないでよ!」

 

 満潮と朝雲はイラついていた。敵は攻撃して来ない。その代わり、物凄いスピードと回避能力で艦娘の砲弾を回避しながら、こちらに突進して来る。魚雷戦を展開する気だ

 

「沈め……沈め!」

 

 不知火は12.7cm連装砲C型改二を撃ちながら、過激な言葉を吐く。PT子鬼群も無傷では無く、6つは沈めた。誰が当てたのかは不明だが、PT子鬼群の回避能力は完璧ではない

 

 だが、PT子鬼群は怯みもせず、突進を続けている。近代国家の軍隊ならとうに引き上げている

 

「天龍さん、応援は!」

 

「五航戦を率いる艦隊が向かっているが、間に合わねえ。こちらも突撃する!主砲だけでなく、対空機銃で蜂の巣にしてやれ!俺は刀で真っ二つにしてやるからよ」

 

 天龍は突撃命令を下す。魚雷戦をしないのは、余りに目標が小さすぎるからである。しかし、敵は魚雷艇だ。魚雷に当たれば、損害は出て来る。遠征で手に入れた資源を気にするが、今はそんな事を言ってはいられない

 

皆は砲撃を止め接近準備に入る

 

(妙だ。何で広い海に魚雷艇が?)

 

 PT子鬼群は『艦だった頃の世界』である米海軍が使ったいたPT魚雷艇を模していると言われている。こいつは魚雷二本を積んだスピードボートで速度は40ノット。しかし、装甲はゼロどころか、ベニア板なのだ。だから、対空機銃でも倒せる

 

 猛速を利して敵に突っ込み、魚雷をぶっ放した後は、一目散で逃げる。これが魚雷艇の使い方だ。戦法というよりヤクザの殴り込みに等しい。深海棲艦の場合だと普通に戦っているのだから分からない

 

 しかし、如何に深海棲艦だからと言って無謀に突撃するようなものだろうか?遠征を狙ったものなら分かるが、それにしてはおかしい*1

 

だが、悩んでも仕方ない。突撃命令を下す直前に何者から無線連絡して来た

 

『皆、下ガッテ!私ガ取リ除ク!』

 

「な!?誰だテメー!」

 

『後ニシテ!助ケルカラ!』

 

相手は一方的に無線で喋ると、聞く間もなく無線を切ったのだ。今のは誰だ?

 

「た、助けるって」

 

「しかも相手は深海棲艦だよ!」

 

天龍は戸惑い、時雨も驚愕した。何だ、今のは?

 

「ちょっと待って……今の無線通信の相手……瑞鶴さんの声に似てなかった?」

 

 満潮は戸惑っていた。いや、満潮だけでなく、皆も同じだ。確かに無線相手は深海棲艦だ。だが、なぜ瑞鶴の声が混じっているのか?

 

冗談かサプライズかだろうか?しかし、戦闘中にふざける艦娘ではないはずだ

 

 皆が困惑する中、雲から何かが出現した。航空機だ。しかし、味方のものでは無い。深海棲艦の艦載機だ

 

「敵機襲来!」

 

「くそ、五航戦は何をやっている!」

 

 天龍は絶望に歪んだ顔で空を眺めていた。秋月達がいれば良かったが、生憎いない。深海棲艦の艦載機はこちらに

 

 

 

向かって来ず、PT子鬼群の方へ飛んでいった。そして、PT子鬼群に対して爆撃を行ったのだ

 

「馬鹿な、深海棲艦の航空機が深海棲艦を攻撃した!?」

 

天龍は、何がどうなっているのか分からず狼狽えていた。時雨もその場にいた他の艦娘も同じだ

 

仲間割れか、それとも何かの罠か?

 

深海棲艦の艦載機は艦娘を見向きもせずに明後日の方向へ飛んでいった

 

深海棲艦が飛んでいく方角にある人影があった

 

艦娘ではない。姿や艤装から見て明らかに深海棲艦だ。だが、様子がおかしい

 

「ずい……かく……さん?」

 

瑞鶴に似た深海棲艦。そのように見えた。白い髪にこめかみ当たりから二本の短い角が生えている

 

しかし、身体はボロボロだ。切り傷や打撲傷があり、血も流している。艤装も破壊され、煙を上げている

 

「怪我……している?」

 

「仲間割れ?何なの?」

 

「静かにしろ!おい、それ以上、近寄るな!」

 

 天龍は騒めく駆逐艦娘達に一喝すると、近づく謎の深海棲艦に向かって威嚇する。負傷の規模からしてかなり痛めつけられたらしい

 

「降伏スル。ダカラ、攻撃シナイデ」

 

瑞鶴の声に似た深海棲艦は両手を上げた。本当に降伏しているらしい

 

「提督、謎の深海棲艦がこちらに対して降伏して来た。姿形から見て姫級。だけど、怪我をしている。仲間割れのようだ」

 

『警戒しながら近づけ。……しかし、仲間割れか。そんな兆候は無かったが』

 

「見て見ないと分からねーだろ」

 

周りは警戒しながら、近づいてて来る。時雨は改めて敵の姿を観察した。瑞鶴に似ているようで似ていない。破壊はされているが、戦艦の主砲らしきものが確認出来、艤装はまるで鯨のようだ

 

「今の攻撃はお前がやったのか?PT子鬼を撃退したのは?」

 

「エエ。私ガヤッタ。襲ワレテイタカラ助ケタノ」

 

瑞鶴に近い姫級から出る言葉は覇気がなかった。痛めつけられたように見える

 

「亡命ヲ希望スル。頼メルカ?」

 

「なッ?亡命!?」

 

相手はとんでもない事を口走ったのだ。周りは騒めいた。今までこんな事はなかったのだ

 

「1つ、質問していいかしら?……何で深海棲艦である貴方が私達を助けたの?」

 

満潮は睨みながら質問した。普通ならあり得ない。深海棲艦が亡命するなどと

 

相手は黙っている。答えに窮しているのだろう

 

「聞こえなかったの?艦娘と深海棲艦は敵対関係。普通だったら深海棲艦は私を速攻で沈めてくるのが当たり前。なのに貴方は私を攻撃どころか、敵意も向けてこない。しかも、助けてくれた。どういう事?」

 

満潮は再び質問したが、相手は沈黙するだけだ。やがて、相手は降参したのか、白状した様に口を開いた

 

「貴方達ハ深海棲艦ニ穏健派ト過激派ガ存在シテイル事ヲ知ッテイル?」

 

「穏健派?過激派?何だそりゃ?」

 

天龍達は首を傾げた。他の者も知らない。時雨もである

 

相手は細かく説明し始めた。

 

「深海棲艦ハ二つノ派閥ニ別レテイル。穏健派ハ人類ニ対シテ敵意ヲ持ッテイナイ集団。平和的解決ヲ望ム者達ナノ。逆ニ過激派ハ人類ヤ艦娘ニ敵意ヲ持ッテイル連中ノ集マリ。戦イコソ全テト思ッテイル者達」

 

「つまり、タカ派とハト派の集団と言う事か?」

 

「ソンナ感ジダ。ダガ、穏健派ハ数ガ少ナク、周リカラ蔑マレテイル。コノ傷モ仲間カラ『弱腰』ト罵ラレテ痛メツケラレタ」

 

相手の説明に天龍は訝し気に聞いた。そんな情報はまだない。敵も変化しているのか?だが、敵意はないようだ

 

「証明できるのか?俺達を攻撃して来ないという保証は?」

 

「敵ノ情報ヲ渡ス。ダカラ――」

 

「分かった。提督へ連絡して保護するよう言ってやるからよ。待ってくれ」

 

天龍は無線通信を行った。提督も驚いているだろう。まさか、深海棲艦の姫級が亡命するとは考えられない

 

「敵ではないのですか?」

 

「エエ。ソウヨ」

 

雪風は近づいて来て話しかける。まるで親友のようだ

 

相手は深海鶴棲姫と言う名らしい

 

「瑞鶴に似ているわね」

 

「ズイカク?」

 

「ああ。瑞鶴と瓜二つだ」

 

他の駆逐艦娘も興味を持った。艦娘に似た深海棲艦はこれが初めてではない。だが、近くで見たのはこれが初めてだ

 

深海鶴棲姫と天龍達は打ち解け合っているが、馴染めない者がいた

 

時雨だ

 

(本当に敵じゃないの?深海棲艦が変化している事は聞いたけど……)

 

浦田重工業は滅んだお蔭で、深海棲艦は人の手から完全に離れた。進化する事も確認されているが、本当に穏健派が誕生するようなものだろうか?

 

(戦艦棲姫は浦田結衣をスパイとして送り込んだけど、結衣はパワーアップして深海棲艦を掌握した。四年も経つと深海棲艦は丸くなるの?)

 

確かに人類にも平和主義者はいる。深海棲艦にも誕生したのか?

 

「時雨、貴方の意見は?」

 

「……え?」

 

「呆れた。考え事していたの?提督からは自己判断で任すって言って来たのよ」

 

提督の返事は、深海鶴棲姫を鎮守府まで連れて帰れ、但し不測事態が生じた場合は現場で判断する、との事だ

 

「それで、時雨はどうするのですか?」

 

雪風は時雨に駆け寄って来た。雪風は可哀想だから連れて帰ろうとの事だ。満潮も朝雲も同意見だ

 

「僕は――」

 

深海鶴棲姫から目を離し雪風と対面した時、不意に強烈な視線を感じた。だが、時雨は反応せずに無理に笑顔を作って答えた

 

「――連れて帰る事に賛成だよ」

 

周りは連れて帰ろうという声で一杯だ。提督も了承している。だが、提督の声は暗かった

 

『分かった。連れて帰ってくれ。時雨、警戒を怠るなよ』

 

(まさか……)

 

提督は気付いている?いや、まさか……

 

でも、なぜ?浦田重工業は倒した。浦田結衣は死亡している。だが、なぜ自分は納得できないのだろうか?

 

敵だから?それとも……

 

「時雨、落ち着いて下さい」

 

不知火は時雨の様子に気付いたのか、近寄り時雨の手を握った

 

「貴方の事を四年前から知ってます。帰って来て嬉しかったです。そして、我々も……学ばなければなりません」

 

不知火は時雨の手を握りながらも人差し指を動かしていた。それがモールス信号だと言う事に時雨は気付いた

 

不知火……君は……

 

「では、貴方を連れて行きます。しかし、提督の話では鎮守府は大混乱になっていると。一部では解剖しろ、との事です」

 

「ソウ。ヤハリ、話シ合エナイノネ」

 

深海鶴棲姫は悲しそうに答えた。当然だ。敵である姫級が投降するとなれば警戒するのも当然だ

 

「ええ。しかし、心配しないで下さい。そんな事はさせません」

 

不知火はきっぱりと言った

 

「ソウ。良カッタ。安心シテ――」

 

深海鶴棲姫がホッと胸を撫で下ろした時だった。不知火の眼光が鋭く光った。不知火と時雨の行動は素早かった

 

「「沈め!」」

 

不知火と時雨は掛け声とともに主砲を深海鶴棲姫に向けると発砲した。砲弾は深海鶴棲姫に着弾し爆発。辺りは爆炎と煙が立ち込め、視界が悪くなった

 

「な、何を――」

 

あまりの出来事に満潮達は呆気に取られていた。2人共、何をやっているのだろうか?

 

だが、天龍は刀を振り上げると煙の中に突進した

 

ガキン!

 

鉄と鉄がぶつかり合う音。だが、その後の音は聞こえない。視界が晴れ、時雨達の目に映ったのは、深海鶴棲姫と天龍が睨みあっていた

 

深海鶴棲姫は自分自身の艤装を盾にして天龍の刀を防いでいたのだ

 

「傷が……ない!艤装も健全!どういう事!?」

 

「不思議でもないさ。どうやってこんな芸当が出来たのか分からないけど、味方のフリをして近づき、油断している所を襲うつもりだったんだ。怪我も派閥も嘘だ」

 

「つまり、全て演技!?」

 

 満潮は驚いていたが、時雨は違った。一瞬だけ感じたのだ。彼女が放つ殺気を。時雨は提督の忠告を思い出した。

 

 大航海時代の宣教師。大航海時代、ポルトガルとスペインは新世界・アメリカ大陸を探検と征服を行った。アステカ帝国、インカ帝国など現地勢力を支配下に置いて植民地化し、現地民を奴隷として連れ帰った

 しかし、派遣された宣教師たちはそういった粗暴な連中とは違って紳士的だった。親しく接して来るため、現地民は警戒を解く

 だが、実はこれらの宣教師達も尖兵に過ぎなかった。貿易の利を吹聴しつつ、本音は植民地化をやりやすくするためである。武力制圧だけでは反発するだけであるからだ

 

甘い蜜を与えて相手の警戒を解き、一気に洗脳させていく

 

侵略者がよくやる手段である

 

「教エテ頂戴……何時、気ガ付イタ?」

 

「途中からだ。俺達には優秀な駆逐艦娘がいるからな」

 

「ソウカ。艦娘ハ人間ト同ジヨウニ愚カダト思ッテイタガ、違ッタヨウダ」

 

深海鶴棲姫の目は冷たかった。巨大な砲塔が天龍に向けられる。至近距離で撃つ気だ

 

「フッ!俺がそんなものでビビると思っているのか?」

 

天龍は相手より早く14cm主砲を相手に向けて砲撃した。砲弾は命中したが、爆発は起こらない。代わりに煙が立ち込み上がる

 

煙幕を展開したのだ

 

「全速力で逃げるぞ!救難信号を出せ!敵は頭も使うようになったってな!」

 

天龍は撤退指示に周りも撤退する。長居は無用だ

 

煙の中から砲声が雷鳴のように鳴り響いているが、無闇に撃っているため回避は余裕だ

 

後は救助が来るのを待つしかない

 

 

 

「戦艦水鬼サン、作戦ハ失敗シマシタ」

 

『馬鹿ナ。奴等ハ見抜ク力マデ持ッテイルノカ?』

 

「見破ッタノハ時雨トイウ艦娘デス。アノ小娘、コチラノ監視ヲ真ッ先ニ気付イテイマシタ」

 

 深海鶴棲姫は深海棲艦の上官である戦艦水鬼に連絡をしていた。作戦は失敗。よってこのまま、艦娘の基地である鎮守府に攻撃を仕掛けると

 

「コレヨリ追撃シマス。増援モ寄コシテ下サイ」

 

深海鶴棲姫は演技で沈めたPT子鬼を水中から呼び寄せると引き連れて追跡していく

 

そう……深海鶴棲姫がPT子鬼を沈めたのは演技。ただ水の中に隠れていただけである

 

 

 

???

 

「時雨……ソウカ、退屈シノギニナリソウダ」

 

深海鶴棲姫からの報告を聞いた戦艦水鬼は口角を吊り上げた。四年前に出会った小娘に間違いない。作戦が見破られた事も納得がいく

 

「イイダロウ。コチラカラモ出向ク事ニシヨウ」

 

 

*1
夜間、狭い海域で島陰や陸地の陰に隠れて奇襲攻撃をかける、という使い方しないと魚雷艇で戦艦や重巡などと戦うなんてのは無謀である。深海棲艦だからこそ無謀な事が出来るのであろう




穏健派の深海棲艦「私達は平和を愛する集団です」
普通のオリ主(オリ艦)「そうなんだ!一緒に暮らそう!」
穏健派(?)の深海棲艦「ありがとう!何て優しい人間なんだ(フフフ……)」

穏健派の深海棲艦「私達は平和を愛する集団です」
時雨「罠だ!攻撃しないと!」
深海棲艦「おやおや、意外と頭が回る艦娘がいるのね」

たまに見るのですが、艦これSSの深海棲艦の中には、穏健派と過激派に分かれていて穏健派は紳士的で真の平和を愛する集団となっていますが……何故か主人公は手を差し伸べ上手くいく
でも、そうなると疑問があるんですよね。人間に近い艦娘を兵器だ何だと差別や問題があるのに、人間ですらない深海棲艦は大人しければ何の抵抗感もなく仲良くなれる


ギャグや四コマ漫画ならいいですが、シリアスの話になると……

善良なオリ主=深海棲艦を味方(嫁)にする
ならば、シリアスで戦争物を題材とするこの作品は……、と思った結果がこの戦いです



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第114話 変化する者達

陸奥改二に続いて日向の改二の情報が
伊勢は戦闘空母になったが、師匠はどうなるのか?


「こちら第二艦隊の天龍!敵襲を受けた!応援は何時になったら来るんだ!?」

 

『こちら第三艦隊……もうすぐ着きます。艦載機による航空支援は5分です』

 

「3分で来てくれ!敵は艦載機を放ちやがった!」

 

 翔鶴の返答に天龍は無線で怒鳴り返した。敵はPT小鬼を引き連れて肉食獣に追いかけてくる

 

 艦種は正規空母のようだが、どういう訳か戦艦の主砲を持っている。しかも、巨大だ。大和型戦艦並の口径はあるに違いない

 

艦載機も白い形をした物が襲ってくる。魚雷を抱えている艦載機も混ざっている

 

「対空戦闘だ!無理に撃ち落とさなくていい!撃退しながら撤退だ!」

 

天龍は対空砲火を撃ち上げながら命令をしていた

 

 秋月のような対空戦闘の能力はないが、それなりにある。しかし、敵の航空機は強力だ。クマバチのように襲い掛かって来た

 

(未来を変えたけど……深海棲艦はここまで強いの?)

 

 時雨は対空兵器を撃ち上げながら心の中で呟いた。浦田重工業の仕業ではない。ハイテク兵器を使っていないし、艦載機も深海棲艦の仕様の物だ

 

しかし、ここまで変わるのだろうか?

 

 

 

「ヘェー。中々ヤルジャナイ」

 

 艦娘の奮闘に深海鶴棲姫は感心した。こちらの演技を見破るだけだなく、航空攻撃に対して防御している

 

 少なくとも素人の集団ではない。下級の深海棲艦との小競り合いはあった。艦娘は船を守るために出撃している。だが、深海棲艦から見れば折角、奪った縄張りを失いたくない

 

 そのため、近づく船や航空機は無差別に攻撃しているが、その度に艦娘と呼ばれる者との戦闘になる。些細な抵抗と思っていたが、どうも違う。戦い慣れているし、組織的だ

 

 仲間の命を大事にしているらしく、損傷が大きいと撤退している。重巡リ級辺りからは腰抜けと嘲笑っていたが、鬼・姫級の意見は違った

 

「中々ヤルワネ。戦闘経験ヲ積ンデ挑ムラシイ」

 

 つまり、学習しているのだ。先日は艦娘をコテンパンにやっつけ追い返したが、数日すると強くなってこちらに挑んで来た

 

 艦娘という存在はよく分からない。外観や能力は人間だ。人間社会に溶け込めるらしい。しかし、姫級は分かるのだ。艦娘は深海棲艦に近い存在でもあるし、遠い存在でもある事を。だから、なぜ彼女達は人類に味方するのかを理解出来なかった。少なくとも、仕方なくやっている風ではないのだ

 

 

 

 浦田重工業を倒しても世界は平和ではない。深海棲艦を駆逐出来ていないどころか、深海棲艦も変わっていた

 

なぜ、このような事が起きているのか?

 

 

 

4年前、時雨達の奮闘により浦田重工業が崩壊した後、世界は変わった

 

 世界は2つに分かれた。浦田重工業の反乱による被害から立ち上がる国とそうでない国と

 

 国力の余力のある国は、海を取り戻すべく対深海兵器の研究を行った。浦田重工業の技術である対深海棲艦の兵器は素晴らしいものだった。浦田重工業は深海棲艦のエネルギーの源である未知の元素を兵器化する事にした。その技術を応用したため、浦田重工業の兵器は深海棲艦を倒せる事が出来たし、戦艦ル級改flagship、H44改である浦田結衣の艤装発展にも繋がった

 

 唯一の弱点と言えば、コストが高いという点である。炸薬や弾丸などに深海棲艦の元素を無理やり混ぜ適合させるため、莫大な労力と金がかかるのである

 

 少なくとも、経済に優しくない。自衛用ならともかく、攻勢に出れば国が破たんする。浦田重工業はあくまで自衛用であったため、経済破綻する事は無かった。浦田結衣が深海棲艦を操る能力があった事もあるのだろう

 

 国防予算は増えざるを得ず、税金も上がるのは目に見えている。博士からの助言の事も合って日本は研究用として留まった。浦田結衣が行ったであろう、『超人計画』も倉庫送りだ。国の機関も残骸から薬品の製造方法を見たが、とてもドーピングや薬品といった代物ではない。高確率で死ぬ薬品だ。ドラッグよりも危険な存在であるのは確かだ

 

 深海棲艦の元素を元に製造した薬品だが、成功するには負の感情や人格が歪んでいなければならない。深海棲艦は元々、そういった知的生命体だ。浦田結衣は虐められた過去があるため、こういった難題は乗り越えた。戦艦棲姫の血を体内に入れられても死なないどころか、適合したのはそのためだ。改二に進化した戦艦武蔵は乗り越えたが、完全に博打である。元々、正規の大改装ではない。失敗すれば死に至る

 

 精神や性格が歪んだ人間なら超人の兵士は生み出せるかも知れない。しかし、軍や政府は畏怖した

 

「国の安全保障を犯罪者や精神異常者に委ねるとか……正気ではないぞ」

 

「流石に……これはダメだな」

 

 浦田結衣のような人が出るかも知れない。国を守るどころか国を滅ぼされるかも知れない。現に浦田結衣は憲兵の数十人や豊吉海軍大将を惨殺し、艦娘である時雨を拷問した

 

 憲兵隊ですら彼女の拷問のやり方に嫌悪したほどだ。逆に言えば、それほど凄まじいものだったと言える(彼等は知らないが、『失われた未来』では浦田結衣は都市部などを無差別攻撃するどころか、多数の艦娘を捕らえて拷問していた)

 

 また、対深海棲艦の兵器開発も見送られた。ただでさえ、国内は復興に励んでいるのだ。開発するにも製造するにも金がいる。しかし、増税すれば反発されるのは必須だ。時間がかかるのも仕方ない

 

だが、秘密と言うのは漏れてしまうものである。日本の場合、防諜は苦手とも言える

 

 技術は外部に少なからず漏れた。しかし、流石に高度な技術を要するため、危険を冒した国は倉庫に眠らせるしかなかった。あまりにも複雑怪奇過ぎるし、実用化するのに何十年かかることか。苦労して入手した『超人計画』も馬鹿馬鹿しくて話にならない。薬物の化学式を見たが、訳が分からなかった。実験動物も片っ端から死ぬ始末である。そんな対深海棲艦兵器の開発に成功した国がいた。

 

アメリカとロシアである。いや、正確にはタカ派と呼ばれる集団だ

 

 アメリカは対深海棲艦の兵器が日本にあると分かるとスパイを派遣して兵器情報を入手した。但し、白人のスパイではない。日系軍人である

 

 1940年代のアメリカは黄禍論を引きずっており、人種差別があったのは仕方なかった。しかし、戦争は別である。米軍は日系人の若者を兵士に徴用したのである。徴用であるが、ほとんどは志願者だったらしい

 

 日本が深海棲艦の対抗手段や浦田重工業の新技術を持っている。その情報を手に入手するために日系兵士を育てていたのだ

 

 日本語とジャパノロイジーを教え込み、日本と戦争した日には戦線を送り込む。その手はずだった

 

 だが、日本は艦娘計画を輸出した。建造は成功し、戦艦アイオワや駆逐艦サミュエル・B・ロバーツが現れるとアメリカ議会や軍人達の態度は一変した

 

 見た目は美少女だし、何よりも軍が手こずっていた敵をあっさりと深海棲艦を倒した。空母サラトガまで建造されると大半は艦娘を味方したのだ

 

 ある議員は艦娘をプッシュし、更には人種問題を解決するとして大統領選に立候補。圧倒的な支持率でその議員は大統領になってしまった

 

「クソ、女性の力を借りて大統領になりやがって!」

 

「日本の技術を受け入れおって!しかも、奴等は神の領域を犯した!」

 

批判はあったが、大統領は聞き流した

 

「どうでもいいと私は思うぞ。人類の敵と戦うのに、人類同士が争っている場合ではないと、なぜ君達は思わないのか?」

 

「生命を生み出す技術だぞ!刃向かうかも――」

 

「私は別次元から来た人間だと思っている。本人はそう言っている。寧ろ、日本はあっさり受け入れているのに、君達は反発する理由はなんだ?」

 

「なっ!」

 

「君達の敵は深海棲艦ではないのか?それに彼女が持ち込んだアニメは面白かったぞ」

 

 実はアイオワがそう言ったのである。別次元から来たというのも間違ってもおらず、アイオワも深海棲艦の脅威を主張したが、受け入れない者もいる

 

 アメリカは元々、マスプロの国。つまり自動車や機械の大量生産になれている。自動車メーカーの工場が、ベルトコンベアの生産プログラムと部品を変えるだけで飛行機や戦車を作り出している

 

船においても、駆逐艦や輸送空母クラスならば、月産は可能な造船所を持っている

 

 つまり、アメリカは巨大な戦争マシンである。『平行世界の日本』はこんな国と戦っていたのだから、身の程知らずである。浦田重工業もアメリカを無差別攻撃のもそれが理由である

 

 今は復興しており、ハワイ奪還やパナマ運河を占拠した深海棲艦を叩き潰すために攻勢をかけているが、兵器が効かない相手ではどうにもならない。爆撃機は片っ端から撃ち落され、軍艦も海の藻屑になる始末だ

 

極秘裏で化学兵器を使用したが、全く効果がない

 

 深海棲艦の爆撃によって怒り狂った市民は、日が増すにつれてモンロー主義のような状況になってしまった

 

そのため、『艦娘計画』が日本から伝えられても、あまり歓迎はされなかった

 

 勿論、アイオワは何もしない訳にはいかない。折角、再びこの世界に来たのだ。異質の戦艦ル級改flagship(当時のアイオワは、まだ提督達と出会っていないため、正体は知らなかった)の脅威に対抗するためにはアメリカの協力が必要だ

 

 初めに彼女がやった事は、艦娘が敵ではないという事を伝えるためにある手段を行った。『平行世界のアメリカ』からの知識でロボットアニメ2作とSFテレビドラマを伝えた

 

 1つは宇宙から来た巨大ロボットものと別惑星で地球とは異なる進化を遂げた生命体、超ロボット生命体のもの。もう1つはSFドラマである

 

 アイオワは『艦だった頃の世界』で兵士達が娯楽で見ていたテレビを見たことがあるので、それをそのまま映画会社に伝えたのだ

 

 会社は革新的な物語だと喜んでいたが、アイオワは複雑な気持ちだ。確かに詐欺の分類にあたるだろう。だが、元々は未来のアメリカが創るアニメや映画だ。浦田重工業によって受けた被害は計り知れない

 

 アメリカも変わらなければならないと思っていたが、やる事は限られている。しかし、アイオワは思った

 

(何も力強くで変える必要はない。ミーも米海軍だから)

 

 アイオワは『艦だった頃の世界』で見た知識を活かして祖国を立て直した。それはテレビ放送の番組と映画である

 

 アメリカのテレビ放送が始まったのは1941年。つまり、太平洋戦争が始まった年に既にアメリカではテレビ放送が始まっていたのである。映画館でディ○ニーの漫画映画を視聴している一般市民はいる。テレビでニュースやドラマを視聴している国民もいる

 

一般市民が騒ぎ立てれば政府も無視は出来ない。如何に超大国でも、独裁国家ではないのだ。味方を付けるためには、何も政治家に限った話ではない

 

 そこでアイオワがやった事はドラマや番組、映画である。今は3作だが、大反響を産んだ。特に宇宙や異星人は受けが良かったらしく、あるキャッチフレーズが有名となった

 

『宇宙。それは最後のフロンティア――』

 

 放送が開始された日から、市民はテレビの番組に釘付けだった。子ども受けを狙ったつもりだが、まさかここまで人気になるとは思っていなかったのだ

 

 勿論、アイオワ自身も自国の事は理解していた。アメリカというのは、戦争中でもアニメや映画を作っていたのだ。スターたちは前線慰問にもつとめ、出征したスター達もいた。大戦後には出世して空軍准将となった者もいる

 

 だが、これは予想外であった。サラトガも呆れていたが、ある意味、仕方のない事だった*1

 

 大衆には娯楽は必要であるため、映画館やテレビが出現したのもそのためだ。また、軍隊という集団生活の中で中々娯楽が無いので受けた事もある。頭が固い士官もいたが実はこっそり買っていたり見ていたりしていた

 

 そして、アイオワは米艦娘を引き連れてパナマ運河に居座っていた深海棲艦の軍団を駆逐。解放に成功した。運河棲姫と交戦、撃破した映像は全米に流れ、熱狂させたのだ

 

急速にアメリカが艦娘を受けれられたのも艦娘の努力でもあった

 

 運要素もあるだろうが、成功したのは間違いない。ヒーロー物の作品の資料を伝えた後は、深海棲艦との戦いである。米海軍もバックアップしたお蔭で、深海棲艦と戦う事が出来る。出来れば、日本にいる提督と創造主に会いたい。何やら日本で、内戦が勃発したというが何があったのだろうか?

 

 

 

 ようやく地盤を固めたアメリカの艦娘達だが、ここに来て問題が起こった

 

 どんな国でも過激な連中はいる。極右や極左などといった存在はやはりいる。それがある政府役人に雇われたとなると面倒である

 

 崩壊した浦田重工業から盗んだ対深海棲艦の兵器が流出。早速、実装されたらしい。既に深海棲艦のある拠点を目指しているという

 

 アイオワは彼等の阻止に向かった。確かに深海棲艦を倒す力を持ったのならいいのだろう。だが、どうも良くない事が起こりそうな気がする。また、過激派はロシアと通じていたらしい。所謂、情報漏洩である

 

 犯罪行為であるし、黙認する訳にもいかない。ロシアにはガングート達がいたが、残念ながら手を貸して貰えなかった。ロシアも徹底的にやられたお蔭で本人はともかく、部隊を送るなんて出来ない

 

 

 

米艦娘達が行くしかなかった。しかし、流石に全員を連れて行くしかない。駆逐艦数隻を同行してもらった。艦娘は戦艦アイオワと空母サラトガに決まった。別に出撃ではないからだ

 

「それでユーは何が狙いなの?」

 

 ある島を向かう最中、アイオワは日系兵士であるジャック・ホリグチ軍曹に問いただした。彼はある軍のチームに参加していたらしく、日本の浦田重工業の兵器情報を盗んだというスパイである

 

 勿論、咎める気はない。国家間においてはスパイ工作はよくある事だ。だが、彼はチームのやり方に疑問を持ち、逃亡。こちらに接触したのだ

 

「我々、日系連隊はある准将とOSS*2から声をかけられました。日本で何があったのか調べろと。そして、私は潜入しましたが――」

 

日本人の顔立ちだが、声を震わしながら英語で話した

 

 

 

 浦田重工業の反乱と新型の深海棲艦の存在の調査だった。だが、調べていく内に全くよく分からない情報が出て来たのだ。浦田社長の野望ともいえる論文と深海棲艦化した人間。しかも、『超人計画』の概要を沿ったものだ

 

 浦田重工業の野望を阻止するために戦った勇敢な部隊や艦娘も、まるで浦田重工業のやり方を知っているかのような戦い方だ。なぜ、左遷され諦めた技官が艦娘計画を再興したのか分からない

 

 特に分からないのが初期の艦娘だった。まだ完成すらしていないのに、まるで初めから存在していたかのようだ

 

「で、それはOSSに伝えた?」

 

「いいえ。伝えたのは兵器情報と浦田重工業の野望だけです。時雨という艦娘は、極秘で作ったのだろうと片付けられました」

 

 アイオワは時雨が何をしたのか分かった。タイムスリップに成功したのだ。尤も、タイムスリップなんて誰も信じないだろう。科学者ならともかく、頭の固い軍人は信じないし、仮にそうだとしても重要な事ではないと切り捨てる

 

一刻も会いたいのだが、それは後だ

 

「それで、ユーは何を見たの」

 

「分からないのです。OSSの副局長も極秘だと言っていましたが、ある地下の実権を見たのです。『超人計画』を。医官は青い液体を注入するだけだと言っていましたが、注入された被験者は絶叫し死んでしまいました」

 

「『超人計画』?」

 

サラトガは頭を傾げた。初めて聞く単語だ

 

「知らないのですか?深海棲艦の力を身体に取り入れて能力を持つことです。科学的な解釈は私も分かりません。しかし、副局長は造ろうとしているのです。第二の『浦田結衣』……いいえ、神を」

 

「え?」

 

アイオワは唖然とした。どういう事なのだろうか?

 

 ホリグチ軍曹の話はこういう事だ。浦田重工業は深海棲艦を操る事に成功した。それは戦艦ル級改flagshipに変身した浦田結衣のお蔭だと。『超人計画』は『艦娘計画』の亜種である事

 

浦田結衣の能力は高く、艦娘を圧倒していた。あのモンスターと言われる大和や武蔵とやり合えるらしい

 

 深海棲艦を操る事が出来れば、世界を支配できる。浦田重工業の浦田社長の考えはともかく、浦田社長と同じ事を実施しているという

 

あまりの狂った計画を見たホリグチ軍曹は脱走した。そう言うことである

 

「仲間は?」

 

「……分かりません」

 

ホリグチ軍曹は言った。どうやら本能で脱走したらしい

 

(ミーが知っている太平洋戦争史では、確か日系連隊の合言葉は『ゴー・フォー・ブローク(当たって砕けろ!)』。日系二世達がアメリカ人としてアイディンティティを証明するために、損害を恐れず戦っていたと聞いた。つまり、ホリグチ軍曹の戦意を挫く程の非道だったってこと?*3)

 

 

 

 アイオワ震える彼を見て思った。時雨のお陰で世界の崩壊は免れた。しかし、問題は次から次へと出てくる。

 

「馬鹿げた実験と野望は辞めさせないと」

 

アイオワは独断専行するOSSの副局長に怒った。時雨の任務は無駄にしたくはない。特に異質の戦艦ル級改flagshipの非道なやり方を見たのだ

 

「失われた未来」にて降伏勧告ともいえる送られたビデオ。しかし、それは拷問だった

 

捕まった艦娘達が血と涙と汗でボロボロにされた姿は衝撃的だった

 

強制収容所かと錯覚したほどだ

 

(絶対に無駄にはしない!)

 

 アイオワは心の中で呟いた。時雨まで受けた聞かされたら平常心を失っていたかもしれないが、幸か不幸か知る由はなかった

 

 

 

 一部の組織は暴走する思惑も分からないわけではない。アメリカのためと思っているのだろう。だが、彼らは知らない。アイオワ達も知らない

 

 深海棲艦は『平行世界』のテロリストのような存在ではないと。少なくとも胡坐をかいてはいない。彼女もまた進歩していた

 

 

 

マーシャル諸島の某島

 

「副局長、上陸の準備が出来ました」

 

下士官の報告を受けて副局長はうなずいた。今のところは作戦は順調である。対深海棲艦の砲弾の威力は絶大だった。戦艦『ノースカロライナ』と空母『ミッドウェー』を中核とする一個艦隊に試験運行として海軍から借りたのだ。艦長以下の海兵も何も知らされていない。対深海棲艦を倒すための兵器試験だと思ったからだ

 

軍の極秘についても了承した。こういうことには慣れている

 

しかし、マーシャル諸島まで航行せよ、という命令には流石に目を疑った

 

「私の部下を危険にさらす気か!?ハワイ奪還ならともかく、太平洋ど真ん中の島を占拠するだって!」

 

「艦長、これはアメリカのためだ。あまり騒ぐと命令違反として逮捕する」

 

副局長は冷たく言った。立場は副局長が上だ。しかも、艦隊の指揮官まで同調しているのだ

 

「船を進めろ。私は忙しいのだ」

 

艦長は素直に返事するしかなかった。救難信号を出そうにも無線室は押さえられている

 

一個艦隊はある野望のためにマーシャル諸島へ向かった

 

 

 

「ここ一帯は確保しました。後、艦長から伝言です。『指定時間まで戻らなければ問答無用で引き返すと』」

 

「そうか。……腰抜けめ」

 

尤も、ブリッジには副局長が率いる部隊が見張っている。反乱が起きても問題ない。水兵の中にこちらに同調したり、金で雇ったりする者がいるため問題ない

 

「鬼・姫級の血を入手するぞ!遺体を手に入れば、ボーナスをやる!」

 

この言葉に部隊の士気は上がった。これで、問題はないだろう。脱走兵が出た日系連隊は全員、左遷させた。実験しただけで逃げやがって

 

 

 

 OSSの副局長がなぜこの島を選び上陸作戦を立案したか?それは深海棲艦の通信から得たものだった。深海棲艦の言語は独特だ。しかし、人類の言語を理解しているらしく、違和感なく話せるらしい。現在のところ、7カ国語話せるとの事だ

 

暗号も手を焼いたが、何とか解読に成功。深海棲艦の思惑が分かったからだ

 

 マーシャル諸島の岩礁で何かをするらしい。しかも、ボスまでいると。何かの実験施設らしく、戦力を増強させるためらしい

 

 副局長はさっそく手配した。ロシアにも協力してもらったが、深海棲艦を倒した後はアメリカが天下を取る。ロシアは陽動として北太平洋で暴れてもらう。北方棲姫とやらに攻撃すれば反応する者はいるだろう

 

 予定通り、目的地に進行中。襲ってくる下級の深海棲艦がいたが、全て撃破。小銃で駆逐イ級を倒したときは歓声を上げた。こんな事はいままでなかった

 

 だが、目的についた時、彼らが目にしたものはそんな喜びも吹き飛ばすようなものだった

 

「な、何だこれは!?」

 

「そんなバカな。こんな……こんな事って!」

 

 米兵士達は困惑した。一個連隊の中隊長は一括したが、彼も動揺している

 

 昼間なのに、辺りは暗い。まるで日食が起こったかのような暗さだった。いや、太陽は出ており、明るいはずだ。だが、どういう訳か辺りが暗くなっている

 

そして、陸地にあったのは建物だ。軍港があり、短い滑走路があり、更には軍の建造物らしきものもある

 

 しかし、人はいない。無血占拠となるが、どうも喜ぶ気にもなれない。ホラー映画の撮影に最適な場所だ

 

いや、なにかが居た。ドックらしき建物の近くに何かがいた

 

銅像なのだろうか?変な台座の上に奇妙な金属製の銅像がいくつかある。しかし、何なのか分からない

 

「落ち着け!こちらには深海棲艦に通じる兵器はある。慎重に調べるんだ!」

 

「「「はっ!」」」

 

米兵達は早速、調べる事にした。周囲を警戒しながら前進し、鉄の塊に近寄った

 

「これは……」

 

中隊長は息を呑んだ。金属製の銅像ではない。深海棲艦で姿形からして鬼・姫級だ!台座の上にうずくまっているように見える。まるで胎児の中にいるようだ!

 

「何だ、これは?初めて見る。……台座に何か書いてある!翻訳しろ!」

 

すでに大学の言語学に依頼して深海棲艦の言語は読めるようになった。下士官が翻訳した所、次の名前が出て来た

 

「水母棲姫、海峡夜棲姫、護衛棲水姫、防空棲姫、駆逐棲姫、深海双子棲姫、そして深海鶴棲姫」

 

次々と翻訳している中、機械を持った技官から悲鳴じみた声を上げながら報告した

 

「副局長、こいつら……生きています!」

 

「何!?」

 

「確かです!生命反応があります!……銅像ではありません!信じられませんが……これは深海棲艦の誕生装置です!」

 

技官が叫ぶのも無理はない。誰も深海棲艦が生まれる所を見たことがないのだ。副局長は台座をよく見た。台座と思われた物は、見たことのない機械だ

 

(建造……いや、生命の誕生?ああ……神様)

 

副局長もこの時は神を拝んだ。こんな事があっていいのだろうか?

 

「もう一体います!……これは一体!?」

 

副局長は、報告してきた兵士の方へ目を向けた。黒いワンピースを着た角のある女性が金属の塊に埋め込まれるように眠っている。しかも、黒い管のようなものに繋がれている。その隣には魔物のような黒い怪物が眠っているように見える。札にはこう書いてあった

 

『戦艦棲姫の大改装実施中。予定、戦艦水鬼』

 

実験か何かか?しかし、ここで考える時間なんてない

 

「よし、運び込むぞ。この金属の人形を本国の地下シェルターに移さないとな」

 

 副局長は、自分の将来について考えていた。深海棲艦をコントロールすれば、アメリカは強力な力を手に入れる

 

ハワイ奪還が可能どころか、太平洋の主導権を握る事が出来る

 

 ソ連が崩壊したとは言え、ロシアに牽制は出来るし、日本にも睨みをきかせる事が出来る。オレンジ計画も再構築しなくてはならないかも知れない

 

そうなると日本と戦争になるかも知れないが、仕方ない。アメリカのためだ

 

彼は内心で細く微笑んでいた。しかし、兵士の絶叫に我に帰った

 

恐怖でイカれたのか?ため息をつこうとした時、絶叫の内容を聞いて愕然とした

 

「戦艦水鬼が動いている!」

 

「魔物が目覚めた!」

 

怪物は唸り声を上げ、大木のような腕で兵士を殴り殺した。兵士は肉片となり、一部始終を見ていた他の兵士は悲鳴を上げ銃を乱射している

 

「まさか、目覚めている!……怪電波の出力を上げろ!奴はこの電波に苦手だ!」

 

副局長はパニックにならず、冷静に命令を下した

 

 技師はすぐさま、電波発信器を弄った。この電波は深海棲艦に不快な電磁波を発する。浦田重工業はそれを使いワームホールの防ぐ手立てとしていた

 

 発信力は入手した兵器情報の三倍。これなら鬼・姫級も悲鳴を上げて正常な判断が出来ないはずだと

 

 しかし、魔物は全く怯まない。それどころか、金属に埋め込まれていた女性までも起きた。繋がれていた管を強引に抜くと、金属の塊から抜け出し着地した

 

 左額に角一本生えた女性は、関節を鳴らしながら目の前にいる米兵達を見つめていた

 

「……私ガ進化ノ為ニ眠ッテイル間ニ人間ガドノヨウニ変ワッタカ、貧弱ナ発明ト罠ニ掛カッタ武装集団ヲ見レバ、想像ガ出来ルナ。強クナッテ攻メテ来タト思ッタガ、失望シタ」

 

「しゃ、喋った!」

 

「英語だと!なぜ、人間の言語を話せるんだ!?」

 

米兵達は口々に言ったが、副局長はそれどころではない。罠?罠と言ったのか!?

 

「ソンナ頭痛ガスル電波二対シテ私達ガ何モ対策ヲシテイナイト思ッタカ!」

 

 米兵達は何が起こったか分からなかった。戦艦水鬼の合図で怪物艤装から無数の機銃が出現。米兵達に銃弾の雨を降らせたのだ

 

副局長以下、全員は反撃する間もなく戦死した

 

 米兵達の死体を見向きもせずに歩きだす戦艦水鬼と怪物艤装。新たな仲間の建造を目覚めさせるために近づけさせた

 

 全ては予定通り。浦田重工業の件で戦艦棲姫は仲間に対して警戒を強めた。そして、戦力も増強した。最適と思われる場所に基地を作り、仲間を増やす

 

「時ハ来タ。目覚メタマエ。戦友達ヨ」

 

 数体の銅像が合図とともに動き出した。黒色の金属肌が見る見るうちに白くなり、光沢と血色がついていく。手足も動き出し、彼女達は誕生した

 

まだ数体は動いていないが、もうすぐ誕生するだろう

 

『新タナ誕生、オメデトウゴザイマス。妹デアル戦艦棲姫モ喜ンデオラレマス』

 

「久シブリダ、空母棲姫。近クニ人間ノ艦隊ガ要ルハズダ。探シ出シテ追イ出セ」

 

『モウ全テ沈メテシマイマシタ。火ノ塊トナッテ』

 

 空母棲姫の連絡に戦艦棲姫……いや、今は戦艦水鬼はニヤリとした。空母棲姫が言う戦艦棲姫とは、二番艦に当たる。数年前、あの浦田結衣という女に負けた事実を彼女は、素直に受け入れた

 

そのため、彼女はパワーアップしたのだ。仲間を増やすとともに

 

 

 

「本当にこの海域?」

 

「はい……」

 

船を進めるアイオワ一行。ここまでの航行は問題ない。深海棲艦による襲撃も簡単なものだ

 

だが、マーシャル諸島に近づくにつれて辺りは暗くなる。太陽は昇っているのに、まるで皆既日食のような暗さだ

 

「サラ、偵察は?」

 

「ダメ。何も引っかからない……待って。海面に何かが燃えている?」

 

 索敵に放ったTBDから何か発見したらしい。燃えている?確認した所、搭乗妖精から悲鳴じみた報告をしてきた

 

 空母『ミッドウェー』と戦艦『ノースカロライナ』が燃えていると。周りは戦艦ル級や重巡リ級などが囲まれていると

 

「まさか……そんな……全滅している!」

 

 サラトガは驚くのも無理はない。対深海棲艦を搭載した兵器は全く役に立たなかった事に成る!どういう事だ!?

 

「shit!撤退するわよ!」

 

「なぜです!?」

 

「艦隊が全滅したなら、上陸したOSSの役人も死んでいる!それにここにいても死ぬだけ!」

 

 ホリグチ軍曹は抗議したが、アイオワは否定した。既に生存は絶望的だろう。救助するにしても限られている。それに、敵の拠点に近づいているのだ。敵は見逃す事は無いだろう

 

「う……うう……」

 

「サラ?どうしたの?」

 

「sorry……何だが気分が悪い。ここに来てから悪寒がするの……」

 

サラトガの顔色は悪い。気分が優れないのだろうか?

 

 いずれにしても、もう手遅れだ。艦隊に撤退を命じさせ、アイオワもサラトガを抱えた。何があったのだろう?額に手を当てたが、熱は無いようだが

 

しかし、既に手遅れだ

 

木枯らしがしたと同時に横を航行していた駆逐艦は爆発炎上した

 

「そんな!」

 

 アイオワは愕然とした。ホリグチ軍曹以下数名の船員は何が起こったのか分からずに戦死したのだろう。アイオワは周囲を警戒し、近づく艦隊を発見。だが、姿形を診て彼女は愕然とした。深海棲艦のボスとも言える鬼・姫級が接近しているのだ。しかも、多数の下級の深海棲艦を引き連れて

 

「サラ!エネミーよ!」

 

「うう……」

 

「いいわ。サラ、休んでいて」

 

 航空支援が無いのは痛いが、サラトガに強要させるわけには行かない。何とか敵の追撃を巻かなければ

 

鬼・姫級は何も発砲もせずに艦載機も飛ばしたりもせずに近づいて来る。そして、約50メートル辺りまで近づくと停止した

 

「な、何?」

 

 アイオワは警戒した。特に戦艦ル級改flagshipには警戒した。相手はなぜこちらを睨んでいるのか、首を傾げたが

 

深海棲艦の群れから一人の姫級と魔物が前に出た。ボスなのだろう

 

「オ前ノ仕業カ?我々ノ巣ニ人間ノ兵士ヲ送リ込ンダ馬鹿ハ?」

 

「what?」

 

「……ソノ反応ダト知ラナイヨウダナ。目ハ嘘ヲツイテイナイ」

 

 相手はやれやれと首を軽く振ったが、アイオワはそれどころではなかった。彼女の姿を見て感じた!それは高い知能が成せる技ではない……本能的に……『勝てない』とッ!

 

「……ン?ドウシタ?」

 

「友人が殺されたのよ。だから片を付ける!……私の火力、見せてあげるわ…… Open fire!」

 

 アイオワは問答無用で砲撃する。例え、多数の深海棲艦がいようと何もせずに降伏する訳にはいかない。16inch三連装砲 Mk.7から放たれた主砲弾は全て命中。大爆発が起こり、爆炎と爆風がアイオワを襲う

 

「Yes!命中よ!」

 

 アイオワは喜んだが、直ぐに違和感を覚えた。周りは全く反応していないのだ。それどころか余裕を感じさせる

 

 嫌な予感がした。そして、その予感は的中した。爆炎と煙が収まり、相手は姿を現す。全く効いていない!目の前の鬼も怪物艤装もかすり傷1つすらつけていない!16インチ主砲弾は弾かれたのだ

 

(全然効いていない!……助けてモンタナ)

 

モンタナ級戦艦がいればどんなに良かったか。だが、計画のみの戦艦が艦娘として召喚する事はないだろう

 

「相当、訓練サレタ強力ナ艦娘カト思ッタガ、期待外レダッタカ」

 

「貴方は誰?」

 

「我ガ名ハ戦艦水鬼。忌々シイ人ノ魔ノ手ヲ振リ払ウ為ニ進化シタ者ダ」

 

 戦艦水鬼は冷たい視線をアイオワに送った。アイオワは戸惑った。自慢の主砲が通用しない。それどころか、相手の艤装の主砲は自分が持っている主砲よりも巨大だ。異質の戦艦ル級改flagshipとは違う強さ。そのプレッシャーにアイオワは、心が折れそうだった

 

ここは引くべきだ。サラトガに先に逃げるようにしなければ

 

「仲間ノ心配ヲシテイルノカ?ダガ、オ前ノ仲間ハイナイ。既ニ我々ノ仲間ニナッテイルノダカラ」

 

「何を?」

 

「アイオワ……サラは……サラは……炎ガ…熱イ、熱イ!」

 

 アイオワは戸惑ったが、後ろから聞こえるアイオワのうめき声が、段々と怨念染みて来ている。しかも、殺気まで感じる

 

 ハッとして後ろを向けたが、アイオワは驚愕した。うずくまっているサラトガの身体に異変が起こっていた。赤毛である紙も皮膚も大理石のように白くなり、艤装も変化していく。深海棲艦になっている!?

 

「ユーは何をしたの?」

 

「何モシテイナイ。勝手ニ暴走シタノダロウ。ビキニ岩礁ト呼バレル地デ何カ嫌ナ思イ出ガアッタノカ?」

 

 戦艦水鬼は呆れたように指摘したが、アイオワは直ぐに理解した。ビキニ岩礁!『艦だった頃の世界』では米軍が水爆実験した場所だ!

 

サラトガは確か……

 

「くっ!」

 

 もう八方ふさがりだ。アイオワは怒りのあまり戦艦水鬼に砲を向けたが、相手の方が早かった。たった一発。たった一発でアイオワは大破したのだ

 

凄まじい衝撃にアイオワは吹っ飛ばされてしまった。水面に叩きつけられ、身動き1つ取れない

 

覚悟を決め、目をきつく閉じたが、何時まで経ってもトドメを指してこない

 

「何時マデ寝テイル。艦娘ハ海ノ上デモ寝ルノカ?」

 

ハッと起き上がろうしたが、身体に激痛が走って起き上がれない

 

「Why?」

 

「何故カ?1ツ聞ク。貴様ハ時雨ヲ知ッテイルノカ?」

 

「時雨……」

 

アイオワは表情には出さなかったものの、内心では驚いていた。なぜ、知っている?

 

「アイツト同ジ目ヲシテイル。強敵相手ニ挑ム目。普段ハ優シイガ、戦イノ時ニナルト険シクナル。オ前モ仲間ナノカ?」

 

「……ええ」

 

戦艦水鬼は暫く黙っていたが、やがて向きを変え立ち去ろうとする

 

「何故、沈メナイ!?」

 

「何ヲ言ッテイル。死ニ急グ必要モナカロウ。オ前ノ仲間ハ預カル。捕虜トシテ」

 

アイオワは戦艦水鬼の言っている事が理解出来なかった。情けを掛けられたのか?

 

「勘違イスルナ。先ホド仲間カラ連絡ガアッテナ。南方棲戦姫ガ退屈シテイル。好敵手ガ居ナイトナ。沈ムニハ惜シイ。今度会ウ時ハモット強クナッテカラ、コノ戦艦水鬼ニ向カッテ来イ」

 

 戦艦水鬼はそう言うと、今度こそ立ち去った。どうも、情けではないようだ。しかし、アメリカに帰る手段は無い。艦娘であるため、餓死は無いだろうが、航行は出来ない。漂流になるのは必至だ

 

「サラトガ……必ず連れて帰る」

 

 周りからは何を言われようが……生き恥を晒してもサラトガを助け出す。幸い、日本には艦娘の創造主である博士がいる。彼なら何とか出来るはずだ

 

アイオワは海流に流されながらもそんな事を考えていた

 

 

 

現在・鎮守府

 

アイオワは手を握りしめていた。過去に起こった事を

 

結果から言うと、アイオワは日本の艦娘達に助けられた。提督にサラトガの行方を捜索するよう進言した所、彼も了承を得た

 

しかし、アイオワは分かっていた。サラトガが何処へ行ったのかを

 

ビキニ岩礁には新型の深海棲艦の姫級が居座っていた。その深海棲艦は付近を通過する航空機や船舶を無差別に攻撃していた

 

 縄張りのために居座っているらしい。通信内容からして『深海海月姫』と呼ばれているとの事だ。他の艦娘が深海海月姫の姿と彼女から放つ威圧感で圧倒されていたが、長門や酒匂、そして海外留学しているプリンツオイゲンも深海海月姫の正体が分かっていた

 

戦闘に勝利し、傷ついた深海海月姫は見る見るうちに変化していった

 

「サラトガ……Sorry……会いたかった」

 

 横たわるサラトガにアイオワは涙を流して謝罪した。もう、二度と手放すつもりはなかった

 

 一連の事件において本国には報告したが、アメリカも困惑する始末だ。国内事情もややこしくなってしまったため、アイオワとサラトガはしばらくの間、留学という名目で日本の鎮守府に滞在するよう命令された

 

 アイオワもサラトガもアメリカの命令には素直に従うしかなかった。サラトガは提督の父親である博士の検査を受けた。今のところは問題はないという。ただ、なぜ艦娘が深海棲艦に変貌したのか、分からないと言う

 

アイオワは気分が落ち込んでいる最中、驚くべき事態が起こった

 

あの時雨が戻って来たのだ。アイオワは嬉しかった。深い中ではなかったが、提督から話を聞いていた。アイオワも提督に『失われた未来』の世界について話したため彼も喜んでいた

 

これで、皆は救われた。そう思っていた。だが、今度は時雨に危機が迫って来ているという

 

「ミーが行きます!」

 

「いや、待て。君が話していた戦艦水鬼が気になる」

 

提督はアイオワが出現しようとするが、提督は止めた

 

確かに助けたい気持ちは分かる。だが、今は待機だ

 

「Why?」

 

「奴は罠を仕掛けて来た。たった一人の深海棲艦の姫級が来るにはおかしい」

 

確かに深海棲艦は変化している。『失われた未来』の浦田重工業とは違う戦略

 

深海棲艦もやられっぱなしではない

 

「第二艦隊次第だ。……心配するな。金剛もいるし、神通も摩耶もいる」

 

五航戦は仮想敵機部隊の存在のお陰で強くなっている

 

あれだけ自分の不幸を嘆いていた翔鶴も瑞鶴と共に装甲空母であり、強力だ

 

 

 

『旗艦、翔鶴!敵と遭遇!第三艦隊を援護します!』

 

 

 

 

 

「チッ!忌々シイ!」

 

深海鶴棲姫は苛ついていた。目の前の艦娘を航空攻撃していたが、邪魔が入った

 

艦娘の艦載機だ。しかも、とても強い。艦戦も強力でたちまち制空権は失われた

 

急降下爆撃も雷撃も無駄がなく、随伴していたPT小鬼は全滅した 。深海鶴棲姫

 

も爆撃は食らったが、小破であり問題はない。しかし、戦力が足りない。随伴を引き連れて来るべきだったか

 

深海鶴棲姫は接近する艦隊を見た。自分と同じ顔した者が混じっている

 

『どうして私に似ているか知らないけど、仲間に手出しはさせない!』

 

相手は練度が高い。相当の訓練や実戦を潜り抜けて来たのだろう

 

こちらに向けて艦載機が飛来してくる。まだ艦載機は残っているが、このまま出しても全滅してしまうだけだ

 

しかも、偵察機まで混ざっている。弾着観測射撃するためだろう。事実、戦艦娘もいる

 

「コレデ……勝ッタ……ツモリ……?

 

ハッ!冗談……ジャナイ!帰レル……ト思ウナヨ!」

 

深海鶴棲姫は叫んだ。戦う力は無くても降伏する気はない。しかし、それに答えるようにテレパシーで伝えてきた

 

『苦戦シテイルヨウダナ。手伝ッテヤロウカ?』

 

 

 

 

 

時雨は第三艦隊が深海鶴棲姫を攻撃しているのを眺めていた。敵の空襲で悩ましていたが、翔鶴と瑞鶴の艦載機によって助けられた

 

五航戦の強さは強力で、たちまち形成が逆転した

 

『私に任せるデース!』

 

金剛は張り切っていた。何しろ、姫級がいるのだ。何度も大海戦に出ていたため、金剛はこのような事は慣れている

 

35.6cm主砲が仰角を上げている。戦艦の主砲を食らえば相手も只では済まない

 

『バーニング、Lo――』

 

その時だった?金剛が主砲を発射する直前に爆発が起きた。事故か?

 

いや、第三艦隊は一斉に金剛から離れた。摩耶は大破し倒れている金剛を無理矢理引っ張りながら無線で叫んだ

 

『砲撃だ!しかも……この威力は、戦艦だ!』

 

『気を付けろ!敵は何処かにいます!』

 

神通の警告に周りは警戒する。ここで反転して逃げ出すのは不味い。追撃される危険性がある

 

深海鶴棲姫も動きを止めた。攻撃もして来ない。だが、五航戦を睨んでいる

 

一瞬の静寂

 

 

 

「敵弾来ます!回避!」

 

雪風が静けさを破った。根拠はない。直感である。しかし、第二艦隊である天龍達は一斉に回避行動に移った。幸運艦は伊達ではない

 

回避行動している中、木枯らしのような飛翔音が聞こえ、巨大な水柱が複数立ち上がった。あのまま、移動していなければ確実に大破してただろう

 

下手すれば撃沈していたかも知れない

 

「雪風、よくやった!しかし……何で俺達しか狙わねーんだ!」

 

天龍は悪態をついた。それもそのはずで、第三艦隊には攻撃していない。こちらを狙っている

 

「一体、何処から?」

 

「天龍さん、分かったよ。海中から撃ってきている。一瞬だけど、海面から深海棲艦の砲塔が見えた」

 

天龍の疑問に時雨は答えた。周りは唖然とした。あんな状況で見つけたのか?

 

「敵は何なんだ?」

 

「分からない。だけど……いる」

 

時雨は落ち着かせるために深呼吸をした。このままでは敵の思うつぼだ

 

天龍は翔鶴に現状を伝えたが、相手は混乱していた。摩耶は電探を装備しているが、深海鶴棲姫以外の反応は無いと言う

 

皆は警戒する中、時雨は見つけた。離れた所に海面から僅かに砲塔と電探のアンテナらしきものが出ているのを!形から見て深海棲艦のものに間違いない!

 

敵は潜望鏡のように覗いていたのだ!

 

素早く主砲を放つ時雨。天龍達もそちらの方向へ射撃を行う。金属のようなものが水しぶきと共に飛ばされたのを見ると少なくとも、ダメージを与えたようだ

 

「よっしゃ!これで――」

 

天龍がガッツポーズする中、攻撃した所から何かが浮上して来た。それと同時に威圧感と殺気が増し、時雨を含めその場にいた艦娘達全員が顔を引き締めた

 

「あ、ああ……」

 

満潮は巨大な怪物艤装を見て戦意が失せた。それもそのはず、筋骨隆々の四肢をもつ双頭の魔獣が現れたのだから無理もない。そんな怪物艤装を従える黒いドレスの妖しい女性も現れる

 

『あれは……度々目撃されていた……戦艦水鬼!戦艦棲姫の上位個体よ!』

 

瑞鶴が震えながら無線で伝えた。こいつは深海棲艦の中で屈指の攻撃力と防御力を持つ。噂では、20インチ連装砲を保有していると言う

 

皆が固まっている中、戦艦水鬼は第三艦隊を睨んだ

 

「チッ!全員逃げろ!天龍様が相手になってやる!」

 

天龍は刀を構えると同時に駆逐艦娘に逃げるよう命じた。とてもではないが、駆逐艦娘には敵わない

 

だが、戦艦水鬼は鼻で笑うとある艦娘に目をやると、ニヤリと笑った

 

「時雨……マタ会エタナ。記憶ノ片隅ニトドメテオイテ正解ダッタ」

 

「し、知り合いなの?」

 

満潮は戦艦水鬼にめをやりながら時雨に聞いた。なぜ、敵は時雨を知っている?だが、時雨は返事はなかった

 

忘れもしない。この殺気と威圧感。話し方も遠い過去のように聞いた事がある

 

「まさか……あの時の戦艦棲姫?」

 

 

 

浦田結衣に敗れコンクリート詰めにされた戦艦棲姫。提督達がある作戦のために掘り起こして自由にした。武蔵からは仲間を連れて何処かへ行ったと聞かされたが

 

「ドウヤッテ戻ッタカ知ラナイガ、コノ戦艦水鬼ト戦ッテ貰ウゾ」

 

怪物艤装に装備されている巨大な砲塔がこちらに向けて来る。本来なら怖気づいてしまうだろう。明らかに大和型戦艦に装備されている46cm主砲よりも大きい

 

武蔵の51cm主砲と同等だ

 

だが、時雨は逃げようとはせず、それどころか前に歩きだした

 

「まさか、君ともう一度戦う事になるとはね」

 

あの巨大な主砲の威力と攻撃力は身に染みている。浦田結衣がH44改並の強さを持っているのは確かだ

 

しかし、戦艦水鬼と浦田結衣の違いはある。戦艦水鬼は純粋な戦艦である。そして、戦いに誇りを重んじている深海棲艦だ

 

『アカシックレコード』で見た時の戦艦棲姫は、ハワイで沈めた軍艦の数を数えていた。敵には心を許さない一方、仲間想いがある。実際に浦田結衣の反乱の時には、彼女は激昂していた

 

 アイオワの話も戦艦水鬼は、大破したアイオワを放っておいた。戦意喪失した者には手を出していない。そういう性格らしい

 

そして、目を付けられたのも身に覚えがある

 

 コンクリート詰めから掘り起こした日、暴れる戦艦棲姫と戦ったのだ。魚雷と12.7cm主砲を巧みに使ってやり合ったのだ

 

戦艦棲姫にダメージを与えたのだから、嫌でも相手は覚えている。しかし……まさか武蔵のように進化したのか?

 

だが、今はそんな疑問はどうでもいい

 

目の前の敵を撃退しなくては

 

「君のような姫級と戦えて僕は嬉しいよ。だけど……また勝たせてもらうよ」

 

 

*1
当時のディ○ニーアニメでは対日プロパガンダなど流していたという。日本兵の姿も眼鏡を掛け出っ歯の格好をしている

*2
戦略事務局の事。CIAの前身

*3
史実において当時の米軍はハワイとアメリカ本土の日系人(二世)から編成した部隊を作っていた。特に第442連隊は勇猛で死傷率は全米軍の中で高かったと言う




時雨、嘗て出会った戦艦棲姫と会う
しかし、相手も進化していた

アイオワ視点となりましたが、浦田騒動から四年間、何が起きたか簡易的に記しました。太平洋戦争時の史実ネタも多少ながら入れています

戦艦水鬼は20インチ砲……つまり、50.8cm主砲を積んでいます(公式設定)
何の軍艦をモデルにしているのでしょうか?

時雨を好敵手と見て挑みますが、時雨も引き下がる訳には行きません
まあ、浦田結衣(戦艦H44改)と戦った経験がありますから問題はないでしょう


余談ですが、来月(3月)あたりで本編は終わる予定ですと前話あたりで言っていましたが、後から考えて終わるのはまだ先になりそうです
ラストですから手抜きする訳にも行きません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第115話 鎮守府防衛戦と新型機

艦これアーケードにてイベントである『渾作戦』が発令
早速、ワルサメちゃんである駆逐棲姫に会いに行きました

……甲は強いです
いや、マジで。わるさめちゃんがとてもすばしっこいのです。回避高くて全然当たりません。PT子鬼群並の回避力があるのではないかと思った程です
『T字』『疲労度』『装備』『練度』を真剣に考えないと勝てません
とは言っても春雨に特効はあるらしく(?)、春雨とワルサメとの戦いが今も行われています





「む、無茶よ。駆逐艦がアイツに勝てる訳ない」

 

 朝雲は声を震わしながら叫んだ。時雨はやる気だ。だが、とてもではないが勝てるとは思えない

 

「時雨、逃げましょう!私達だけでは無理よ」

 

朝雲の言っている事は正しい。駆逐艦が戦艦に勝てる可能性は低い

 

ダメージを与えられる兵器も魚雷くらいだ。朝雲も怖じけるのも無理はない

 

しかし、時雨の答えは正気を失うようなものだった

 

「大丈夫。僕は負けない。皆は逃げて」

 

「いや、時雨。幾らなんでも――」

 

「ええ、いいでしょう。但し、時雨だけ戦うのではありません」

 

朝雲の抗議を遮るように不知火が言った。時雨に近づくと、戦艦水鬼の方へ睨んだ

 

「どうして?」

 

「もう、目の前から消えないで下さい。貴方だけ強くても戦況は変わりません」

 

不知火は微かに微笑んでいた

 

「いいぜ。戦って死ぬのも悪くない。龍田に怒られるかも知れないけど、英雄さんを死なすわけにはいかないしな」

 

天龍も刀を手にしながら時雨の横に立つ

 

天龍も不知火も一緒に戦う気だ

 

「そんな……僕のために……」

 

「そんな事はありません。雪風も時雨も沈む訳にはいきません!」

 

「ゆき……かぜ……?」

 

いつの間にいたのだろう。雪風も近くにいた

 

「ダメだよ!雪風は――」

 

「雪風は沈んだりしません!時雨も最後まで生き残ったのです。雪風もできるはずです!」

 

 雪風の目は真剣だった。『失われた未来』では幸運は発揮したものの、現代兵器に対しては通用しなかった

 

時雨が建造されたときは既に沈んでいた

 

「何で?」

 

時雨は掠れたような声で聞いた。僕が守らないといけないのに

 

「……時雨は1人ではありません。所詮、1人の艦娘……いえ、1人の軍艦が強かろうと守る範囲は限られています」

 

不知火は静かに言った

 

「それに、時雨だけ背負い込んでも私達まで不安にさせないで下さい。私達は仲間です。もう……あのような世界ではないのですから」

 

時雨は何も言わない。そうだ、今は違う

 

「分かった」

 

時雨は強く頷いた。もう、1人ではない

 

「遠征なのに、敵と戦うなんて……。私がいなきゃ話にならないじゃない!」

 

「皆と無事で帰れるかどうか心配になって来たわ」

 

 満潮も朝雲も不平不満に呟いていたが、留まる事になった。全速力で逃げても相手は逃がしてくれないだろう

 

それに、強敵相手は何度かやった事がある。仲間も大丈夫のようだ

 

「ごめん、僕のために……」

 

「いいから、さっさと倒して帰るわよ!」

 

満潮はきっぱり言うと戦艦水鬼に主砲を向けた。戦艦相手に駆逐艦の主砲は豆鉄砲だが、何もしないよりかはマシだ

 

「提督、聞こえているか。これから戦艦水鬼と戦う」

 

『気を付けろ』

 

提督は短い言葉で返信した。満潮は冷たいわね、と鼻で笑ったが

 

「作戦会議ハ終ワッタカ?」

 

 戦艦水鬼は目を細めた。こちらの押し問答の間、相手は攻撃せずに待っていたのだ。礼儀正しいのか?それとも、戦闘能力に自信があるのか?

 

「僕は君を倒してみんなと帰る!それだけだ!」

 

雨は降らないだろう。いや、天候に頼らなくても帰って見せる。以前もそうだった

 

「駆逐艦ニシテハ中々ノ度胸ダ。泣キ叫ブト思ッテイタガ」

 

「僕は負けない。絶対に!」

 

「思ッタ通リダ!オ前達ハガラクタデハナイ!全身全霊ヲ持ッテ貴様ヲ沈メル!」

 

 戦艦水鬼はニヤリと笑うと時雨達に指を指した。怪物艤装はそれに応えるかのように叫び時雨達に砲塔を向けた。一斉射撃。戦艦水鬼の主砲は20インチ砲……50.8cm主砲である

 

 巨大な水柱が時雨達に立ち上がったが、時雨達は砲声と共に回避行動を取ったため直撃は免れた。時雨は戦艦水鬼の副砲がこちらを向けても気にはせず、それどころか突進して来た

 

「酸素魚雷を積んで良かった」

 

 酸素魚雷は威力は高く、雷跡は無いので優れているが、やはり無誘導であるため当てるためには相当の技量が必要だ。

 

しかし、相手は大型であり、後ろには怪物艤装がある。距離が近い事もあり、あれに当てれば傷つくはずだ

 

 魚雷が直撃、水柱が上がった。時雨を始め、そこにいた艦娘達は歓声を上げたが、水しぶきが収まると驚愕した

 

「アラ、何カシタノ?」

 

「嘘?全然効いていない」

 

 いつも言葉使いがキツイ満潮もこればかりは驚いた。一発とは言え、酸素魚雷がほとんど効いていない?

 

「なら、何回も当てるまでだ!」

 

「ソレハドウカシラ?」

 

 怪物艤装は咆哮を上げながら20インチ砲がこちらを向き発砲していく。いや、断続的に射撃をし、他の者までも砲撃を行った

 

 

 

 艦娘達は回避していたが、やはり全て交わすのは難しい。朝雲に命中して大破。不知火は至近弾を受け小破である

 

「そんなんで、不知火は沈まない」

 

「何時マデ持ツカシラ?」

 

「真っ二つになっても復活します!」

 

ギロリと睨む不知火。威圧感を放つ眼光は伊達ではなく、近くにいた満潮も後退りしたほどだ

 

しかし、相手は戦艦水鬼。怯むどころか、歓喜していた

 

「思ッタ通リヨ。戦艦水鬼二沈メラレル資格ガアル」

 

戦艦水鬼の砲撃は熾烈になった。巨大な水柱があちこちで立ち上がり、その度に艦娘達は水を被っていった

 

 

 

 遠くにいた第三艦隊である翔鶴達も援護に向かおうとするが、深海鶴棲姫が邪魔して救助に行けない

 

それどころか敵に助っ人が来たのだ

 

「私ガ……オ相手……シマス」

 

 白と緑色の巨大なモノが浮上すると、五航戦の艦載機を狙い撃ちした。強力な火力と対空射撃で彗星一二甲と流星改を次々と撃ち落としていく

 

「そんな……直掩隊も援護に――」

 

「翔鶴姉、ダメ!以前に戦った防空棲姫と同じ防空能力を持っている!艦載機が無くなってしまう!」

 

 瑞鶴は直ちに攻撃中止を命じた。一年前に確認された深海棲艦の姫級の防空駆逐艦。精密な対空射撃と弾幕を張る。そのため、空母組はこの姫級の駆逐艦に散々、手を焼いた

 

 空母は柔軟性や汎用性が高く、制空権を取るのには欠かせないものだ。但し、艦載機があればの話だが

 

片っ端から撃ち落とされては、空母は攻撃手段を持たない。艦爆や艦攻が全滅したのも珍しくない

 

 ボーキサイトは貴重であるため、艦載機の損失は痛い。今は昔と比べて豊富であるため問題はないが、大量に損失しては被害は無視できない

 

 提督は浦田重工業が別世界から持ち込まれたイージス艦よりかはマシだと言ってはいるが、それでも秋月達よりも強力な防空駆逐艦であるには間違いない

 

防御力も攻撃力も高く、頭が痛い存在だ

 

 更に深海鶴棲姫は仲間を呼んだらしく、下級の深海棲艦を呼び寄せた。水平線から黒い艦隊がこちらに向かってくる

 

第三艦隊は時雨達を助けるどころではない

 

「おい、このままでは私達も全滅する!提督に増援要請を!」

 

「既にしたわ。しかし、来るかどうか……」

 

「何でだ!金剛は大破して本来の力を発揮できないんだぜ!?」

 

 摩耶は鳥海の報告を聞いて叫んだが、神通はそれどころではない。随伴していた北上も神通も顔を見合わせた

 

微かであるが、提督の声に混じって爆発音と砲声が聞こえたからだ

 

「あの深海鶴棲姫……トロイの木馬である可能性があります。艦娘に似た深海棲艦を見れば興味を引くのではないかと思ったのでしょう」

 

「鎮守府に奇襲かけるつもりが、時雨と不知火に見破られてしまったから強襲になっちゃった訳ね」

 

神通の推測に、北上はため息をつきながら反応した。酸素魚雷はまだまだあるため、問題はない。しかし、全員無事に帰れるかどうか……

 

「持ちこたえるしかありません。提督は15分待ってくれと」

 

鳥海は第三艦隊全員に伝えたが、皆は絶望なんてしていない。提督は切り捨てるような人ではないからだ

 

ただ、ちょっと時間がかかると

 

「日頃無理しているため問題はないデース!」

 

大破しながらも金剛は立ち上がると攻撃態勢に入る

 

 

 

 時雨達が戦艦水鬼と深海鶴棲姫が率いる深海棲艦の艦隊と交戦している中、鎮守府は襲撃を受けていた

 

 初め深海鶴棲姫の亡命の知らせを聞いたときは不審に思った。深海棲艦の亡命なんて聞いた事がない。いや、そういう類いは聞いた事がある

 

 実はある日の事、過激な環境団体が深海棲艦を保護するようキャンペーンを上げた事があった。初めは小さな市民団体だったが、時が立つに連れて規模は大きくなり、マスコミも政治家も彼らを援助するようになった

 

 浦田重工業が深海棲艦を手懐けたのなら、自分達も出来る

 

勝手な思い込みが、社会問題となってしまった。市民団体は軍だけでなく、艦娘にも敵視し出したため、提督はやむを得ず艦娘の外出を一定期間、中止したほどだ

 

しかし、それは意外にも早く瓦解する事となった。

 

まず、深海棲艦はイルカやクジラのような大人しい野性動物ではない

 

次に深海棲艦はシャチやサメよりも危険な集団である

 

更には深海棲艦は知能もあり、組織的である

 

 友人を訪れるような感覚で接触しようとした市民団体もマスコミも政治家も例外なく攻撃を受けた。特に戦艦レ級が可愛らしい仕草で近づいて来たときは、活動家達は喜び、友達になったと無線で盛んに発信していた

 

 その後の彼らの行方は分からない。後日、漂流している活動家を海軍が発見したが、彼は何かに怯えて話そうとしなかった

 

 また、北九州にある大学の海洋研究所は深海棲艦の危険性をマスコミを通じて必死に伝えた。自分達の都合のいいように勝手に解釈しているだけだと市民団体達に警告を行った

 

 このため、深海棲艦の保護団体を名乗る人達は減っていった

 

 九州は四年前に佐世保を初め深海棲艦の攻撃を受けたのもあるだろう。復興のためにと会社を興したらしい。深海棲艦の目撃情報を寄越してくれる

 

 提督は浦田重工業を倒すためにワームホールを開放し深海棲艦を呼び寄せた事があるため、複雑な気持ちだった。もし、やらなかったら浦田重工業は暴走していただろう

 

 実は提督も知らないが、佐世保を壊滅させられた泊地棲鬼を見た市民達である。旧史においては佐世保を拠点にしていた時には、反艦娘団体になっていた。但し、余りにも幼稚な考えであったため浦田結衣に殺されてしまったが

 

 佐世保の市民達は、浦田重工業の反乱が起こった日から、深海棲艦を独自で研究していた。初めはボランティアのようなものだったが、今は私立大学を作り、海洋研究所として構えている

 

 

 

 『失われた世界観』では艦娘を嫌っていた彼等は、『改変された未来』では海軍、特に艦娘に協力的であった。特に深海棲艦の目撃情報は大変役に立っていた

 

特に新型の深海棲艦の情報については役に立った

 

尤も、敵は通常の攻撃では沈まないのが難点だが

 

 

 

よって、鎮守府や関東地方にとっては突然の事だった

 

「空襲ゥッ!!」

 

 横浜に空襲警報が鳴り響いた。対空電探が数十機の深海棲艦の爆撃機が飛行していたのを探知していたためである

 

「艦娘は何をしているんだッ!!」

 

 市民の避難活動をしていた一等兵はそう叫んだ。深海棲艦の爆撃機が来たら、死傷者や損害が出るだろう

 

 

 

 横須賀鎮守府にも敵機襲来を確認していた。先程の新型の深海棲艦もあって待機していた艦娘もいたこともあり、迅速に動けたのだ

 

生憎、二航戦を中核とする第一艦隊は出撃しており、伊勢日向と雲龍姉妹の数人は博士の依頼に行ったため、通常よりかは少ない。提督と数人の艦娘は地下に籠っている。万が一、指揮官が死んでしまっては作戦は困難になる

 

しかし、負ける要素はない

 

既に対空電探が南方から飛来する敵攻撃隊を探知したため、迎撃機を上げていた

 

艦娘の艦載機ではない。基地航空隊の局地戦闘機と陸軍機である

 

 一式戦闘機『隼』、三式戦闘機『飛燕』、四式戦闘機『疾風』、雷電や紫電改などが舞い上がり、深海棲艦の航空機を次々と撃墜させていた

 

しかし、数は圧倒的に多い。200機以上はいるだろう

 

「やむを得ない。龍譲、千歳、千代田、瑞鳳!艦載機を上げて迎撃させろ!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 四人の声が唱和した。龍譲は式神で、瑞鳳は弓矢を放ちながら艦載機をあげる。千歳と千代田は棺桶のような艤装を使う。それが、複雑に変形して、蓋が開くのだ

 

二人は両手の操り棒を操作して艦載機を発艦させた

 

 零式艦戦52型、烈風、紫電改二、紫電改四が舞い飛び上がり、敵機の迎撃に向かった。上空では空中戦が熾烈に行われており、善戦はしていた

 

 しかし、敵機は損害をものとせずに本土まで飛来し、爆撃を行ったため被害は少なからず出てしまった。秋月達は必死に対空射撃を行っていたが、全て防ぐ事は出来ない。数が多過ぎるのだ

 

 完璧な防御は存在しない。現代兵器ですら無敵ではないのだ。でなければ、自分達は浦田重工業を倒す事なぞ出来なかっただろう

 

「提督、第二派が来ます!」

 

「待機させた赤城加賀とサラトガを向かわせろ!……全く徹底的に叩く気だな!」

 

 第一波は撤退したが、直ぐに第二波がやって来た。明らかにこの鎮守府を叩き潰すために攻撃している。市街地も攻撃目標だが、鎮守府が優先らしい。第二派は別動隊だと考えて良いかも知れない。提督は待機させた一航戦とサラトガに出撃を命じた。軽空母の艦娘は補給が必要なため、引き下がらせた。基地航空隊も補給のために撤退した。艦載機の消耗も大きかった

 

唸るエンジン音に機銃の音が響く。次々と敵機を撃墜していった

 

「恐らくあの敵機は、陸上型深海棲艦のものだろう」

 

「ええ……あの姫はよく飛ばしてきますから」

 

 鳳翔は呟いたが、思い当たる事があったからだ。大規模作戦が行われた際に高確率で出会う航空攻撃。臨時に作られた基地航空隊にも爆撃する始末である

 

偵察機でははるか遠くの海域から飛行場姫やリコリス棲姫が艦載機を飛ばしているという。秋月達や摩耶は奮闘したが、やはりこの攻撃は痛い

 

「奇妙な光景です。米軍機と日本機が並んで敵と戦うなんて」

 

「そんなに珍しいか?」

 

 提督は笑ったが、近くに居た大淀はそうでは無かった。艦娘の記憶にある『艦だった頃の世界』の戦争。常に米軍機と戦っていた彼女達にとっては不思議な光景だと言う

 

しかし、太平洋戦争を経験した事はない提督はそんな実感は沸かない。いや、艦娘達も同じである。確かに米軍の猛攻で日本海軍の軍艦は沈んだが、艦娘となった彼女はあまり気にはしていない

 

 龍譲曰く、人間との価値観の違いという事であるらしい。龍譲はサラトガに沈められたが、彼女はサラトガと仲良く話していると言う。アイオワも日本の艦娘と打ち解けている。ドイツやロシアの艦娘も同じである……尤も、龍譲は別の事を気にはしていたらしいが

 

 大日本帝国を恨む余りに世界を攻撃した浦田社長は、こういった事を知らないようである

 

「今の所は何とか行っているな」

 

「日頃の訓練の成果ですね。仮想敵機部隊と一航戦のお蔭……ッ!提督、深海棲艦の艦隊が接近中!駆逐ハ級、軽巡ツ級、重巡ネ級、戦艦ル級……いえ、これは戦艦ル級改flagship!」

 

 鳳翔が放った偵察機が見つけたのだろう。浦賀水道から接近する艦隊を見つけたと言う

 

 戦艦ル級改flagshipの報告を聞いて緊張が走ったが、皆は落ち着いていた。異質なものではないのは確認済みだ。浦田結衣に化けていれば直ぐに分かる

 

「どうやら敵は戦艦ル級改flagshipを出せば艦娘は逃げるだろうと思っているらしい」

 

「舐められたものだな」

 

 長門は苦々しく言った。無理もない。敵は浦田重工業が生み出した怪物となった元を送り出した。どういう意図があるか知らないが、舐められているのは確かだった

 

「長門、霧島!古鷹と川内を率いて迎撃に向かえ!利根と筑摩も連れて行け!」

 

「いいだろう。改装されたビッグ7の力、侮るなよ」

 

長門は改二になっており、以前よりも強力な力を持っていた。あっという間に沈めるだろう。少なくとも、負ける要素はない

 

霧島と長門を率いる艦隊は直ちに出撃し接近する敵艦隊と交戦した。砲撃戦が発生したが、勝負は数分で決した

 

 長門と霧島は戦艦ル級改flagshipを優先的に攻撃。敵は恐ろしい悲鳴を上げながら沈んでいった

 

 かつて苦戦を強いられた異様な戦艦ル級改flagship。違う存在とは言え、やはり倒した時は皆は喜んだ

 

「フッ!私を沈めるのならH44改でも呼んで来い!」

 

 長門は叫ぶのも無理もない。駆逐ハ級などは旗艦がやられたため、一目散に逃げたのだ。あの時の敵と比べて弱く感じてしまった程だ

 

 皆が喜んでいる中、突然、辺りに巨大な水柱が立ち並んだ。砲撃か?

 

「敵艦見ゆ!……あれは?」

 

 霧島は辺りを見渡し敵影を見て驚愕した。以前、会った事がある姫級……

 

 浦田社長や警備隊長を殺害した深海棲艦のボス。結衣に沈められたが、進化して復活した姫級

 

「貴様達カ。マタ、再ビ会エルトハナ」

 

 南方棲戦姫が戦艦レ級や他の深海棲艦を引き連れてやって来たのだ。忘れもしない。あの艤装、あの威圧感。南方に拠点を置いている深海棲艦がなぜ、ここに?

 

古鷹や川内が戸惑う中、長門は不敵の笑みを浮かべた

 

「なるほどな。戦艦ル級改flagshipを送り出せば、私達が泣き喚くと思っていたのか?」

 

「当テガ外レタ。シカシ、楽シメソウダ。退屈シノギニハナリソウダ」

 

 南方棲戦姫は悲鳴のような声を発すると戦艦レ級も他の深海棲艦も呼応するかのように叫んだ。それは怨念のような声で辺りを響かせたのだ

 

余りの音響に動揺したが、彼女達は撤退する気はない

 

「水底ニ落チテイクガイイ!」

 

「全主砲、斉射!て――ッ!!」

 

 長門の掛け声と南方棲戦姫の雄叫びが重なり、更には幾多の砲声が鳴り響いた。かつては強敵である浦田結衣と共に一時的に手を結んだ二つの軍団は、今や対立していた

 

深海棲艦は所詮、敵である。どのような生命体なのかは不明だが、人類とは相いれない存在であるのは確かだ。如何に市民団体が唱えようが、現実は変わらない

 

 

 

「敵は攻勢に出たのは珍しい。叩くのは良いが、今はあの深海棲艦の艦隊を相手している場合ではない」

 

提督は地下の作戦会議で皆と一緒に机の上に広げられた海図を睨みながら言った

 

「ああ、第二艦隊と第三艦隊を助けないとな」

 

「それもあるが、502部隊がキャンプしている島に深海棲艦が現れたとの事だ。こちらも助けたいが、相手は戦艦だ」

 

しかし、南方棲戦姫を率いる艦隊が邪魔している。通り道が浦賀水道しかないのだ

 

敵はこのタイミングを期に攻めて来たらしい。深海棲艦の天敵は、艦娘。なら、拠点を潰せばそれでいい

 

「深海鶴棲姫が現れる直前にビスマルク達に向かわせたお蔭で押し返す力が足りない」

 

長門から連絡があったが、やはり分は悪い。戦艦レ級もいるお蔭で被害が甚大だという。更には第四派の敵機が飛来して来た。空母組は応戦したが、空母ヲ級や軽空母ヌ級が複数いるお蔭で空も突破口が見つからない。敵は輪形陣を組んでいるため、容易ではない

 

つまり、第二艦隊と第三艦隊を助ける事が出来ない。陸攻を送り込む事が出来ない

 

「提督、提案が」

 

「何だ?」

 

大和は意見具申を述べたが、彼女の口からとんでもない事を言った

 

「戦艦大和が出撃します。他の艦娘と共に艦隊を突撃するのです」

 

 大和の提案にその場にいた艦娘達は顔が引きずった。提督は大和が何をするのか、分かった

 

「水上特攻を命じろと?」

 

「希望者もいます。命令があればすぐにでも――」

 

「ダメだ。そんな命令は下せない」

 

提督は大和の提案を却下した

 

「確かに無理に突撃すれば突破できる可能性はあるだろう。犠牲を出してでも勝てと?」

 

「しかし、このままでは全滅してしまいます!」

 

大和も必死になるのも無理はない。何か手を討たなければ誰かが戦死するだろう

 

「博士がいれば私達は建造出来ます。同じ艦娘は存在しない。そう仰っていました。建造ユニットさえあれば、艦娘も建造出来ます。この国さえ守れば――」

 

「確かにそれを実行すれば、成功するかも知れないし、俺も生きられる。だがな、それをやったらこの国を守る価値は無くなる。そうは思わないか?」

 

「え?」

 

「俺達は何のために生き残るんだ?ただのうのうと生きるためか?折角、浦田重工業という魔の手を払いのけたのに、艦娘に死ねと命じるなんて」

 

 提督は声を荒げた。確かに戦争は犠牲が付き物だ。しかし、今の考えは浦田社長が喜びそうな作戦だ。戦艦H44改との戦いで何も学んではいないのではないか?

 

「俺は、戦力を維持したいだけではない。『誰も失いたくない』からだ。絶対に倒せないと思っていたH44改だって倒した。どんな要素があろうが、実際に勝った。田村一尉が言っていた通り『無敵はいない』という事が証明されたんだ」

 

「提督……」

 

「だが、あの時……時雨は消滅した。心に穴がぽっかりと開いた。それと同時に恐れた。今まで親しかった艦娘が居なくなるという事も。……親父もそうだった。顔を見合わせていた友人や威勢のいい先輩が戦場で散った。だから、散って行った戦友の悲しみは分かる。本当は1人だって戦場なんかに送りたくはない」

 

地下室は静まり返った。皆の目が提督に集まる

 

「誤解はしないで欲しい。君達の勇気と戦意を侮辱するつもりはない。しかし、俺は毎日艦娘達を見ている。友人と笑い、間宮の甘味を喜び、将来を語ったりしている。……本来なら国が守るべき存在だ」

 

 無論、女性の兵士や軍人はいる。だが、幼い子供が戦場へ行くとなればどう思うのだろう。いくら誤魔化しても何も知らない人達からは『少年兵』に見える。子供や婦女子を無理やり戦闘員にする国は末期に近いと言っていい

 

「……提督、ごめんなさい。大和はただ……」

 

「気にするな。時雨を助けたい気持ちは分かる」

 

大和も思う気持ちもあるだろう

 

「だが、どうやって突破する?この武蔵でも多数相手には骨が折れる」

 

 南方に拠点を構える艦隊の戦力は相当なものだ。特に戦艦レ級の姿は確認されており、その強さは強力だ

 

「……少なくとも、翔鶴と瑞鶴に艦載機を送ろう。それだけでも時間稼ぎにはなる」

 

「しかし、制空権を取らなければ……。一式陸攻が撃ち落されるだけです」

 

「誰が一式陸攻を使えと?明石、新型機を使え。もうテストは済んだだろう」

 

皆は何を言っているか分からなかったが、明石は分かっていたらしく唖然としていた

 

「確かに完成はしていますが、無茶です。まだ、装甲空母の発着艦もやっていないのですよ!」

 

「テストはやっただろ。それにあの速さでは追いつけまい。基地航空隊に連絡するんだ。滑走路が使えなくなる前に」

 

「もうどうなっても知りませんよ!」

 

明石は不平不満を言いながらも無線で通信を行った。まさか、あの機体を使うとは……

 

基地航空隊では騒然としていた。搭乗員の妖精は、格納庫にある機体を引っ張り出した

 

 新型機ではあるが、実戦に使えるかどうかと聞かれると微妙だ。爆装は出来たが、戦艦相手に通用するかどうか

 

しかし、何もしないわけには行かない

 

 ある一航空隊が滑走路を走り、物凄いスピードで上昇したのだ。赤城加賀達は手を振り、龍譲達は歓声を挙げていた。全くとんでもない事を考えている

 

 

 

 空母ヲ級は目を見張った。何かが空を飛んでいる。物凄いスピードだ。浦田重工業が保有していた航空機よりも遅いが、深海棲艦の艦載機では追えない

 

60機近くの航空機は、敵機を簡単に振り切ると全速力で時雨達にいる海域へ向かった

 

 

 

「ドウシタ?コノ程度ノモノ?」

 

 深海鶴棲姫は嘲笑っていた。瑞鶴も翔鶴も多数の艦載機を失ったのだ。時雨を助けに行くどころか、敵を倒せない。それどころか、鎮守府も攻撃を受けていると言う

 

(艦載機があれば……)

 

 瑞鶴は歯ぎしりした。翔鶴は中破したが、装甲空母なので発着艦は問題ないだろう。問題は攻撃隊が新型の防空駆逐艦によって全滅に近い損害が出た事である。艦戦だけ持っても話にならない。遠くでは時雨達が戦艦水鬼相手に戦っている。奮闘しているため、誰も被弾していない。いや、朝雲が大破している。大破している状態で戦っているのだ。もし、これ以上のダメージを受けたら撃沈してしまう。一刻も助けなければ!

 

「コレデモ……クラエ……!」

 

 だが、現実は非情だ。敵は多数の艦載機を飛ばして来た。まだ余裕はあるが、このままでは消耗するだけだ

 

瑞鶴は発艦するために弓を引いたが、矢を放つ直前に無線が入って来た

 

『翔鶴、瑞鶴!聞こえるか!?』

 

「提督さん!?鎮守府はどうなっているの?」

 

『こちらの事はいい!いいか、増援を寄越した。艦載機を受け入れる準備をしろ!絶対に壊すなよ!』

 

「提督さん、どういう意味!?」

 

 瑞鶴は困惑した。艦載機を受け入れる準備をしろとはどういう事か?土壇場で艦載機を開発したのか?しかし、新型の防空駆逐艦が居る限り、落とされるだけだ。瑞鶴が今度こそ矢を放とうとした時、翔鶴が鋭い声を上げた

 

「瑞鶴、あれ!」

 

「ッ!あれは……提督さん、あんなものを開発していたの!?」

 

 翔鶴と瑞鶴が驚くのも無理はない。新型艦載機は幾度も装備された事もあって珍しくは無くなった。だが、飛来して来た航空機は五航戦も驚いた

 

「何ダ……アレハ?」

 

「ッ!速イ!」

 

 防空埋護姫も深海鶴棲姫も驚愕した。こんな速さで飛ぶ航空機は見た事が無い。強力な機銃掃射で深海棲艦の艦載機を撃墜すると、防空埋護姫にロケット弾を受けた。対空射撃を行ったが、速すぎて追えない

 

『荷物は届いたか?』

 

「提督さん、無理し過ぎ」

 

 翔鶴も瑞鶴も話は聞いていた。新型機による発着艦のテストも。シミュレーションを行っていたため、新型艦載機の着艦は難なく終えたのだ

 

「噴式戦闘爆撃機を送るなんて。燃料切れ起こしたらどうするの!」

 

『航続距離ギリギリにお前達がいるから問題はない』

 

「滅茶苦茶よ。……でも、サーンキュ!」

 

瑞鶴は飛行甲板に乗っている噴式である橘花改を眺めながら答えた

 

 提督が送り込んだ艦載機は艦偵型である試製景雲を改装した噴式景雲改。もう1つは橘花改である

 

 浦田重工業のようなジェット機でなくても、自前のジェット機生産は可能だ。但し、取り扱いは悪い

 

「イイワ。海ニ沈メテ上ゲル!」

 

深海鶴棲姫は笑った。まさか、こんな機体を寄越すとは

 

戦艦水鬼が言った通りだ。好敵手だと

 

五航戦と深海鶴棲姫との間で空戦がまた繰り広げられたのである

 

 




おまけ
明石「基地航空隊の飛行隊に名前を入れては?」
提督「良い考えだ。……これでどうだ」

基地航空隊
1,コトブキ飛行隊 使用機体 一式戦闘機『隼』
2,カナリア自警団 使用機体 紫電一一型
3,ハルカゼ飛行隊 使用機体 三式戦闘機『飛燕』(九七式戦闘機は古すぎたため……)

明石「……提督も、少し修理したほうが良いみたいですね(荒野のコトブキ飛行隊を見たのね…)」
提督「そうか。なら、X-02S『ストライクワイバーン』を」
明石「もっとダメです(チートですよ、それ)!」

艦これが二期になってから噴式はあまり使わなくなった……
苦労して改修と開発したのに
もう少し強くしてもいいのに……と思ったりします

噴式の説明は次話になります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第116話 救助部隊出撃!

瑞雲祭り……またやるんですね
折角なので、開催期間中に八景島へ行こうと思います


「チッ!ドコデ、コンナ戦闘機ヲ!?」

 

 深海鶴棲姫は動揺した。明らかに艦娘が保有する従来機よりも早い。放たれた矢からは艦載機が出撃したが、その速さは目に追いつけない。数年前に裏切り者である浦田結衣が進化した際に持って来たもの(ハリアー)程ではないが、レシプロ機よりも速いのには変わりない。深海棲艦の艦載機が追いつこうと必死に追尾していたが、一向に距離が縮まらない

 

あれよあれよと言う前に既に敵機がやって来たのだ

 

「攻撃シテクル」

 

 防空埋護姫は警告を発し、深海鶴棲姫は顔を覆ったが、何かが顔に当たった。爆弾だ。しかし、照準が甘いのか、それとも速すぎるだけなのか、外れが多い

 

また、対空射撃で三機が火を吹いて落ちていった

 

「フッ!チョット驚イタケド、私ヲ倒スノハ不可能!」

 

 深海鶴棲姫は焼けて煤になった艤装を見ながら吠えた。確かに見た目は驚くものだろう。しかし、五航戦が放つ新型機は『速いだけの戦闘機』しか見えなかった

 

「見掛ケ倒シモイイ加減ニシロ!」

 

深海鶴棲姫は艦載機を再び放つと第三艦隊に襲うよう命じる

 

 

 

 一方、第三艦隊は新型機が来てくれた事に喜んだが、ぬか喜びで終わっていた。というより、期待していた攻撃力よりも低いのだ

 

強いて言うなら『無いだけマシ』レベルである

 

「提督、橘花改は本当に役に立つのか!?浦田結衣が持っていたよりも弱弱しいぜ!」

 

『仕方ないだろ?うちらが造れるジェット機は、これが精一杯だ。これでも『艦だった頃の世界』よりも優れているぞ?』

 

「もっと強く出来なかったのか!?」

 

 摩耶は叫んだの無理はない。四年前にハリアーやYak-38と交戦、攻撃を目の当たりにしたのだ。そのため、橘花改と噴式景雲改の攻撃能力が弱く見えてしまう。ハリアーは百発百中の対艦ミサイルに対して、橘花改は爆弾投下である

 

 実際に『平行世界の日本』の太平洋戦争にて橘花改は試作で終わり、景雲改も計画段階である。飛行出来て攻撃出来ると言った事はある意味、凄いことであるが、そんな史実を摩耶は知る訳がない*1

 

『愚痴を言うな。増援が来るまで持ち堪えろ。浦田結衣が持っていたジェット機の残骸とドイツの艦娘、グラーフからの指導の下、ようやく和製のジェットエンジンが出来たんだ。全滅させたりするなよ*2!』

 

「言っている事が滅茶苦茶よ!」

 

 瑞鶴が絶叫に近い声を出すのも無理はない。性能や運用に関しては橘花改に乗っていた搭乗妖精から一通り聞いたが、どう見ても扱いにくい代物だ

 

 少なくとも戦闘機同士の格闘戦には全く向いておらず、ジェットエンジンも寿命が短い。一撃離脱、つまり速度を活かした攻撃しか出来ない航空機だ。恐らく、従来通りの艦戦の使い方ではダメだろう*3

 

 唯一、救いなのは800kg爆弾である対艦爆弾を積める事だが、それだけだ。ロケット弾も積めるらしいが、今は必要ない。駆逐イ級がいればいいのだが、生憎近くにはいない

 

「瑞鶴、やるしかない。発艦用意!」

 

 翔鶴は噴式景雲改の矢を構えると弓を引く。噴式は通常と違って力を使う。以前から明石の噴式のテストに何回も行っていたが、やはり緊張してしまう

 

折角の艦載機を失う訳には行かない

 

 景雲改と橘花改は勢いよく飛び上がると敵艦に殺到した。景雲改は対艦攻撃を、橘花改は対空戦闘に専念した。但し、一撃離脱を行っているため、行ったり来たりしているのだが

 

北上も密かに配備させた甲標的と自身の魚雷管から魚雷を大量に発射し、鳥海達も砲撃を開始した。せめて、目の前の姫級2人を何とかしないと時雨達を助ける事が出来ない

 

別に沈める必要もない。中破大破にして追い出すだけである

 

 

 

 

 

 一方、天龍達の組は苦戦していた。相手は20インチ砲を持つ姫級。浦田結衣がH44改の時に装備していた主砲と同じである

 

朝雲は大破しているが、士気は衰えず粘り強く戦っている。巨大な砲弾が不気味な音を出しながら飛んで来るが、皆は巧みに回避して接近している

 

「もう一度、魚雷を!当てれば!」

 

「主砲を撃ち続けて!けん制になるかも知れない!」

 

満潮の怒鳴り声に時雨は頷いた。戦艦に対して駆逐艦の主砲は豆鉄砲になるが、それでもけん制にはなるかもしれない

 

戦艦水鬼が一斉射撃を行った。他の艦娘は回避行動したが、雪風と満潮に巨大な水柱が立ち上がった。爆発音も聞こえた事から、命中弾があったらしい

 

「や、やったわね!?」

 

被弾した満潮は怒り狂っていたが、闘志は衰えていない。一方、雪風は奇跡的に無事である。いや、心配する必要は無かったようだ

 

「不沈艦の名は、伊達じゃないのです!」

 

「雪風、左から攻撃して!僕は右から!」

 

 雪風と時雨は戦艦水鬼を挟又攻撃を行おうとしていた。これは両舷から挟み込んで時間差で攻撃する。これは両舷から挟み込んで時間差で攻撃する。狙われたフネは少しでも速度が落ちるとつかまってしまう。本来は空母の雷撃隊(艦攻隊)が得意とする攻撃なのだが、今は仕方ない

 

 戦艦は駆逐艦のようにそこまで小回りが利くとは限らない。また、戦艦といえども雷撃には弱い。舵をやられると身動きがとれないかも知れない。戦艦ル級改flagship時の浦田結衣の時には大破にまで追い込み撤退させる事に成功した。『艦だった頃の世界』でも戦艦ビスマルクは舵をやられた事が敗因に繋がり、第三次ソロモン海戦では戦艦比叡も舵をやられたため悲劇が生まれた

 

姫級に効果があるかどうかは不明だが、やってみる価値はある

 

しかし、相手は戦艦。巨大な砲弾の雨を降らせて来る

 

「あの野郎と違っていい腕じゃねぇか、褒めてやるよ」

 

天龍も20インチ砲の砲弾を食らい、大破してしまった。軽巡の中で血の気が多い艦娘の1人だったが、相手は戦艦。分が悪い

 

「挟ミ撃チ……ソウハサセナイ」

 

 戦艦水鬼は雪風と時雨を照準に合わせて砲撃を開始した。怪物艤装は咆哮を上げ、左右に展開しようとする時雨と雪風に照準を合わせる。しかも、迷いは全くない

 

(しまった!あの艤装怪物、頭が2つある!)

 

戦艦水鬼の艤装怪物は、戦艦棲姫よりも恐ろしい存在となっていた。浦田結衣の影響なのか?それとも、元々そんな力があったが、かくし球として今まで温存したか?

 

だが、そんな考えよりも自分の身の安全をしないといけない

 

(やられる!)

 

時雨は覚悟したとき、艤装怪物が爆発した。誰かが12.7cm主砲を当てたのだ

 

第三艦隊ではない。深海鶴棲姫によって阻まれて来られない

 

深海棲艦の艦載機が執拗に邪魔をし、神通や鳥海の援護を阻んでいた。天龍、満潮と朝雲は大破しており、従来の力が発揮できない

 

では、誰がやったのか?

 

それは――

 

「沈め!!」

 

「不知火!」

 

不知火が12.7cm主砲を乱射しながら突進していく。まさか……

 

「ダメだ!」

 

時雨は叫んだ。不知火自身が戦艦水鬼の注意を引こうとしている……

 

「……僕がやる!やるんだ!!」

 

時雨は叫びながら魚雷を発射した。遅れて雪風も発射した。双方から酸素魚雷が放たれた

 

 挟又攻撃している事を確認した戦艦水鬼は、慌てず落ち着いていた。不知火の猛攻を無視。左に航行していた雪風に一斉射撃を行った

 

 戦艦娘がいたら、間違いなく大破しそうな火力だが、水柱から現れたのは小破した雪風だった

 

「コノ攻撃ヲカワストハ……」

 

「不沈艦の名は、伊達じゃないのです!」

 

「貴様モ運マデ味方ヲシテ戦ウトハ……気二入ッタゾ」

 

 不知火に向けて砲撃しながら魚雷をかわした。雷跡が見えないはずが、戦艦水鬼は分かっていたらしい

 

 しかし、時雨は攻撃が外れても闘志は消えない。魚雷はまだある事もあるが、戦艦水鬼の戦い方を見ていた

 

 戦艦水鬼は攻撃の手を緩めてはいない。砲撃も強力だ。しかし、攻撃を受け、大破した満潮や天龍には手を下さない。気を逸らそうと躍起になっていた不知火に対して攻撃し中破に陥った不知火に対してもトドメを刺そうとしない

 

「どうして僕達を殺そうとしないの?」

 

「ドウイウ意味ダ?」

 

「普通なら撃沈するはずだ。なのに、何で?情けでもかけているのかい?」

 

「情ケ?……フフ」

 

戦艦水鬼は動きを止めた。戦争にとってこれは自殺に等しい

 

「時雨……私ハオ前二会イタカッタ。何故ナラ、尊敬シテイルカラダ。私ヲ掘リ起コシタ日、オ前ハ居タ」

 

 戦艦水鬼が話している間、周りは静まり返っていた。波の音も聞こえないと思ったほどだ。背後には雪風がいたが、戦艦水鬼を攻撃しようとしなかったのだ

 

 体が動かないのではない。その時だけ戦艦水鬼の殺気が消えたのだ

 

「私ノ攻撃ヲ怖ジケモセズ、アロウコトカ、私二立チ向カッタ。ソノ時ノオ前ノ目ハ鋭カッタ。今マデ私ト戦ッタ相手ハ隠シテハイルガ、恐怖ガアッタ」

 

「それとどう関係あるの?」

 

「駆逐艦トハ思エナイ強敵ダッタカラダ。ソシテ、貴様ハ強運マデモ味方ニツケテ戦ッタ。私ニトッテ強者コソ真理。勇者ヤ英雄コソ友デアリ友情。『雑魚』ヤ『ガラクタ』ハ飽キルホド相手ニシテ来タ。ダカラ違イガ分カル」

 

 敵であることには変わりない。しかし、浦田結衣のような残忍さや邪悪はない。狂騒的な笑いを響かせるような者ではない

 

 時雨は両手に持っている砲を握り直すと再度、戦艦水鬼に向けた。今までは向けると同時に発砲していたが、今は違った。身構え戦う準備をした

 

 それは、『失われた未来』や浦田重工業などと戦っていた身構えではなく、演習で戦うような感覚

 

 赤城や加賀の一航戦がどんなに実戦に出ても、弓道の礼儀作法を怠っていないの同じ。まるでスポーツか決闘のような雰囲気だ

 

「僕は敵に敬意を払いたくなるような気持ちになったのは初めてだ」

 

 こんな感覚は滅多にないだろう。戦艦棲姫……いや、戦艦水鬼はそういった性格かも知れない。雪風も不知火も身構え戦う準備をした。2人も逃げるという選択は無い。仲間と共に無事に生きて帰る。それだけだ

 

「ヤル気ニナッタカ。デハ、行クゾ!」

 

 戦艦水鬼の掛け声と共に空気が変わった。肌にビリビリと刺さるような殺気が戦艦水鬼の全身から噴き出していたからだ

 

時雨も怖気づかず応戦した。日本の沖合いで意地とプライドの戦いが勃発した

 

 

 

 

 

時雨たちが戦っている間、鎮守府は攻撃を受けていた

 

足柄達の重巡や川内達の軽巡が駆逐イ級や軽巡ホ級などの進撃を止めていた。だが、南方棲戦姫は更に戦艦ル級flagshipを送り込んできた

 

比叡、榛名、霧島の高速戦艦や重雷装巡洋艦である大井は応戦した。大井は甲標的を展開させ必殺の酸素魚雷を食らわせていた。湾内の事もあってか、魚雷は次々と深海棲艦の艦隊に命中。中には、一撃で沈んだ下級の深海棲艦もいる

 

 予備戦力はまだあるが、全て防ぐことは不可能だ。現に南方棲戦姫は浦賀水道を塞ぐような形で艦隊を展開させており、次々と敵を送り込んで来る

 

 浦賀水道を抑えられては艦娘は外洋に出られない。潜水艦娘を送り込んだが、戦艦レ級の艦載機によって攻撃を受けた。戦艦レ級の艦載機は、空戦だけでなく、対潜哨戒機としても役割を果たせるらしい。伊58などは反転、撤退した

 

 

 

 現在、鎮守府は戦艦ル級flagshipからの艦砲射撃を受けていた。膨大な破壊力を持った砲弾が降ってくる

 

 水柱が立ち、鎮守府前にいる艦娘達は悲鳴を上げる。水柱を作った衝撃波が岸辺に襲ったのだ。予備戦力として迎撃に向かった艦娘の艦隊が向かい交戦している

 

そして、最悪の知らせが来た

 

 

 

地下室

 

「長門を率いる艦隊が南方棲戦姫にやられた。アイオワとガングート達が駆けつけて救助しているが……戦艦レ級のせいで苦戦している。サラトガも制空権争いに苦戦している」

 

 アイオワとガングートを率いる艦隊が南方棲戦姫との戦いを引き継いだ。長門達は下がらせてドック入りとなった。高速修復剤を使いたい所だが、今は数が限られている。現在では、激しい砲雷撃戦が展開されているのだ

 

「提督よ、出し惜しみは負けるぞ?」

 

「分かっている。……だが、主力艦隊が一気に失うと残るのは軽巡と駆逐艦だけになるぞ」

 

 武蔵と大和は出たくてウズウズしている。比叡達は戦っているのに、自分達は出さないのはなぜなのか?

 

 いや、分かっているのだ。一気に攻勢に出れば大破は続出。目の前の艦隊を倒したとしても救助にいく艦娘がいない。基地航空隊も敵の航空攻撃によって滑走路をやられて離着陸ができない。一式陸攻だけでなく、防空戦闘機である局地戦闘機や陸軍機が飛び立てない

 

現在、急ピッチに修復を急いでいるが、間に合うかどうか

 

「提督、何を待っているんです?」

 

 提督はチラチラと腕時計に目をやっていた。落ち着いてはいるが、何かを待っているかのようだ

 

「提督、一体何を――」

 

大和が声をかけたと同時に扉が勢いよく開いた。入ってきたのは扶桑山城だ

 

「扶桑型戦艦、扶桑が……キャ!」

 

扶桑と山城が司令室に入ってきたが、扶桑は何かに躓き、盛大に床に倒れた

 

「姉様!大丈夫ですか?」

 

 山城がオロオロしている中、廊下の後ろでは額に手を当てため息をつく最上と呆気にとられている山雲と白露達が居た

 

「おい、まだ出撃していないのにこけるな……大丈夫か?」

 

提督は呆れ、大和達は提督と扶桑達を交互に見合わせた

 

「これはどういう?」

 

「今に分かるさ。――よく聞け!これから敵艦隊を突破して第二艦隊と第三艦隊を救助するぞ!」

 

提督は声を張り上げて指揮を始めた

 

「大和と武蔵は一航戦を率いて南方棲戦姫の艦隊を叩き潰せ。アイオワ達が持ちこたえているが、戦艦レ級のせいで不利だ。お前達が出撃して存分に暴れるんだ!」

 

「しかし、それでは救助に行く艦隊に損傷が出てしまいます!」

 

大和が懸念するのも無理はない。例え倒したとしても無傷は奇跡的に等しい。外洋に出れば敵に遭遇する可能性だってある。なるべく被害は最小にした方がいい。しかし、浦賀水道にいる敵は強力だ

 

 何しろ、時雨達が戦っているのは深海棲艦の中で最強と言われている戦艦水鬼だ。しかも、姫級が複数いる

 

「救助は大和達がいくのではない。扶桑達だ」

 

「え?」

 

「大和と武蔵が南方棲戦姫の艦隊に突破口を開くんだ。その隙に扶桑達が第二艦隊と第三艦隊の救助に向かえ!」

 

提督の作戦に全員が唖然とした。扶桑達と白露型が救助に向かう?

 

「待ってくれ。時雨が相手している敵は戦艦水鬼だぞ!」

 

 武蔵が指摘した。扶桑山城は改二とは言え、積める主砲は41cm砲だ。相手は50.8cm砲を持っている。とてもではないが、勝負にならない

 

「仲間を救うのも第一だが、鎮守府や都市も守らないとな。それに、何も全て相手する必要はない。戦艦水鬼の艦隊はともかく、南方棲戦姫は徹底的にやっつけないといけない」

 

 どちらを優先的に救うか?確かに仲間は大事だ。友軍を見捨てる訳にもいかない

 

戦力低下にもなるが、艦娘の士気にも拘わる

 

 しかし、軍隊というのは国や国民を守るためにいる。防衛戦に失敗すれば、国民からはタダ飯食らいと批判されかねない

 

実際は違うのだが、国民は軍の組織というのを知らない。艦娘も詳しく知らないだろう

 

今は艦娘の存在を国民は受け入れているが、この防衛戦で批判されかねない

 

よって、提督は日本本土に攻撃しようとしている艦隊を優先的に叩くことにしたのだ

 

「それに、第二艦隊と第三艦隊を救うのは扶桑達と白露達だ」

 

「え?わ、私達?嘘……」

 

「こんな時に嘘をついてどうする……お前達は一体、何だ?時雨とはどういう関係だ?満潮や朝雲は?」

 

この言葉に暗くなっていた山城はハッとした。いや、他の艦娘もだろう

 

白露達も顔を見合わせた

 

「扶桑、山城、最上そして山雲は第一遊撃部隊第三部隊だろ?白露達は大切な姉妹だろ?俺が行きたい所だが、残念ながら行けない」

 

「でも、助けに行くなら大和達のような強力な艦娘が――」

 

「いや、お前達だ。仲間だろ?姉妹だろ?自分達の手で救いたくはないのか?」

 

山城は意見具申したが、提督は言葉を遮った

 

「どうなんだ?嫌なら降りてもいい」

 

 一瞬、地下室は静まり返った。聞こえるのは遠くで砲撃が繰り広げられているだけだ

 

誰も引かない。それもそのはずだ。ここで不幸や無謀などと言ってはならない。大切な仲間を救うためだ

 

 軍隊において、生死をかけて闘わねばならない戦地では、部隊や隊員は仲間として強く団結する事がある

 

 戦争だけでなく鎮守府は、1人で運営している訳では無い。そのため、仲間意識は自然と高まる傾向にある

 

「よし、大和武蔵は南方棲戦姫と戦艦レ級の気を引くんだ。扶桑達はその隙に外洋へ出ろ」

 

「しかし、私達は速度が――」

 

「出来ない事もないだろ?」

 

 皆は提督が何を言っているのか分からなかったが、明石は微妙な顔をしていた。確かに機関部を調整すれば何とかなるだろう。その代わり、装備品を減らさないといけないのだが

 

 

 

 鎮守府の港には、陥没孔や瓦礫で一杯だ。他の艦娘が必死になって応戦していたが、大規模で攻めて来た深海棲艦の前では心細い。比叡達も中破で満身創痍の状態だ

 

だが、そんな中、強力な砲撃で駆逐イ級などを蹴散らした艦娘がいた

 

 戦艦大和武蔵と航空母艦である赤城加賀。そして扶桑山城が率いる艦隊。それを見た艦娘達は歓声を上げた。やっと主力艦隊を投入したと

 

「比叡、よくやった!入渠しろ!」

 

『は、榛名は大丈夫です!』

 

「お前が沈んだら誰が戦力の穴埋めをするんだ?増殖する訳でもあるまいし!つべこべ言わずに撤退しろ!」

 

 提督の怒鳴り声で比叡達は慌てて撤退した。まさか、撤退命令を出すとは思わなかったからである

 

「旗艦、大和。南方棲戦姫と交戦します!」

 

『気を付けろ!』

 

 大和と武蔵は鎮守府近海にいる敵艦隊に46cm主砲弾と51cm主砲弾を食らわした。巨大な破壊力は駆逐イ級どころか重巡ネ級まで一撃で撃沈したのだ

 

 敵艦を一掃した大和武蔵達は苦戦しているアイオワに合流すると援護射撃を行った。巨大な砲弾が南方棲戦姫に命中し、戦艦レ級も一航戦の航空攻撃によって怯んだ

 

「アノ時ノ大和ト武蔵カ?……感服シタゾ。紛レモナク最強ノ戦艦」

 

「おい、51cm主砲弾を食らって小破なのは傷ついたな」

 

 武蔵は呆れたように呟いた。南方棲戦姫や戦艦レ級は度々目撃され、交戦した事がある。しかし、この敵は16inch三連装砲を撃つだけでなく、艦載機も搭載し魚雷も発射する

 

 戦艦レ級に至っては先制雷撃する能力があるらしく、交戦した艦娘は酷い目に合う始末だ

 

 艦載機も異常に強く、強力な砲撃能力もあり、強固な装甲を身に纏っている。とても、厄介な敵である。浦田結衣が戦艦レ級の力を吸収したのも頷ける

 

「やっと来てくれたの?遅いわ」

 

「済まない」

 

 武蔵は中破しているアイオワに謝罪した。だが、大和がアイオワに近寄った際、小声で作戦を簡潔明瞭に伝え、アイオワは微かに頷いた

 

「全主砲薙ぎ払え!」

 

 大和の掛け声と共に46cm主砲が再び吠えた。武蔵も51cm主砲を発射し、アイオワもガングートも一斉射撃した。4人の戦艦娘が一斉射撃する姿はほとんどないだろう。敵艦隊もこの攻撃に危険性を感じており、回避行動に移ったが、巨大な砲弾は一隻ずつ撃沈されていった。赤城加賀の一航戦が放った艦載機が雷撃と急降下爆撃によって、更に敵艦隊は混乱した

 

「今だ、扶桑!さっさと行きやがれ!」

 

「山城、遅れないで!突撃よ!」

 

 後方から扶桑達が猛スピードで横切る。本来なら扶桑型戦艦は低速である。しかし、扶桑山城は『改良型艦本式タービン』と『強化型艦本式缶』を同時に

 

装備。艦速を向上させたのだ。扶桑山城も敵艦隊には目も暮れず、駆逐艦並の速さで外洋に出ようとする

 

「ヤラセルカ!」

 

 戦艦レ級は一斉射撃を受けても慌てず、横切ろうとしている扶桑艦隊に向けて魚雷を発射した

 

 戦艦レ級の尻尾である艤装の口から大量の魚雷をまき散らしたのだ。数は40以上もあるのだろうか。重雷装巡洋艦である北上もビックリな魚雷の数である

 

「魚雷多数接近~。そうなるのね~」

 

「呑気言ってないで、避けて!」

 

 間延びした口調で話す山雲に最上は慌てて警告を送った。折角、突破出来たと言うのに被弾しては意味がない。大和達や提督の作戦が無駄になる

 

波状に向かって来る魚雷を扶桑達は必死の回避行動でかわす。更に敵の艦載機も襲って来たのだ。対空砲火を打ち上げているが、気休め程度にしかならない。特に山城は必死の形で降ってくる爆弾と向かって来る魚雷を躱していた。しかし、針路はある方向に保ったままだ

 

追撃する敵の攻撃を躱す中、不意に敵の追撃が止んだ。射程圏外に出たのだろう

 

「こちら扶桑。無事、外洋に出られました。山城、涼風、五月雨が小破しましたが、作戦に支障はありません」

 

『よくやった。迎えに行ってやれ』

 

 無線で無事を伝えた後に、全速力で第二艦隊と第三艦隊の場所へ向かう。白露型と扶桑達が艦隊を組んで戦った事はそこまでない。しかし、彼女達の目的は同じだ。かつて共に戦ったの仲間を救うため。姉妹艦である時雨を助けるため

 

 

 

「レ級、追ウナ。アレハ戦艦水鬼ノ方ヘ向カウノダロウ」

 

「デモ!」

 

「戦艦水鬼ガ簡単ニ沈ムトモ思エナイ。ソレニ、目ノ前ニ好敵手ガイル」

 

南方棲戦姫扶桑達には追う事もせずに、大和達に目を向けた

 

「大和型戦艦ダナ。貴様ノ砲撃ヲ賛美シヨウ」

 

「この武蔵が姫級に圧されている?」

 

南方棲戦姫の威圧感は半端なかった。深海棲艦の姫級は、強敵だ。撃破しても平然と舞い戻ってくる。特に南方海域では散々、手を焼いていたのだ

 

南方棲戦姫は口角を吊り上げながら大和を睨んだ。戦艦レ級も口元に無邪気な子供っぽい笑みを浮かべて

 

戦艦レ級が鮫のような尻尾から艦載機を取り出すと飛ばして来た。南方棲戦姫も砲撃する構えをする

 

「それなら……やるしかないわね!」

 

浦賀水道にて二つの強力な艦隊が激突した

 

 

*1
史実では試作機が飛行しただけである

*2
史実の橘花は日本初の国産ジェット機でもある。但し、橘花は『特殊攻撃機』であり、戦闘機ではない

*3
橘花はドイツが開発した世界初の実用ジェット戦闘機Me 262を元としているが、そのMe262も格闘戦を行うのを禁じた。旋回をすると速度が落ちるからである




おまけ
明石「扶桑型に缶つけて高速化させるんですか?」
提督「戦艦は基本、低速だからな。仕方ないさ(史実ネタを入れると話がこじれるから無視しよう)。最近は高速活かさないと攻略出来ない海域があるから悩み所だ」
山城「姉さま……航空甲板を外しましょう」
扶桑「落ち着いて山城。飛行甲板を外しても私達は低速よ」
日向「そうだ。それに飛行甲板を外しては瑞雲が積めないぞ」
一同「「「……」」」

噴式がやって来たのは良いが……
噴式である橘花改と試作景雲改、実は当時のジェット機は画期的でしたが、やはり取り扱いが難しかったです
橘花は終戦直前に日本が開発した純国産ジェット機
但し、注釈でも書いてあるように実際は特殊攻撃機であって、戦闘機として開発されていなかったようで
本来は800Kg爆弾を時速650Kmで敵艦に爆弾をお届けするという(特攻機として使おうとしていたらしい)
試作機の中には30mm機関砲が取り付けられていたものもあり、戦闘機としても使おうとしていたらしい

では、実際に飛んでいたらどうなっていたか?

Me262シュヴァルベの経歴と変わらなかったのではないかな……?

M262も燃費の悪さによる航続距離低下やエンジンの信頼性も低かったので活躍は出来なかったのだろう
仮に本作品のように抱えていた問題を全てクリアしても『足が速いだけの戦闘(爆撃)機』くらいですね
そりゃ、正確無比なレーダー管制やホーミングミサイルがないのですから仕方ありません。浦田結衣が持って来たAV-8B ハリアーIIがチートなだけです(まあ、そのハリアーも現実世界では結構、落とされていますが)

しかし、時間稼ぎにはなるので問題ないと思います。扶桑達が来るまで持ちこたられるか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第117話 帰投

大変長らくお待たせいたしました
更新に時間がかかってしまいました。リアルに忙しくなるってキツイです
艦これも日向改二に大改装。ヘリコプター出ましたね
ヘリコプター自体もドイツやアメリカなどで研究はされ、ドイツではFa223を飛ばしています(前にヘリ登場の際はチートだって感想で言われたけど、ヘリは別にオーバーテクノロジーでもないのだが。AH-64Dアパッチもイラク戦争で普通の対空砲火で落とされていますからね)
艦これアーケードも雲龍は手に入りました。ユーちゃんはまだ手に入れておらず。しかし、雲龍の中破した時の姿はR18ではないか?と思ったりします


第三艦隊である時雨達は戦艦水鬼と交戦した。姫級一人と艦娘6人が対峙していた

 

 互いに航空支援もない。巨大な砲弾と駆逐艦の主砲弾飛び交い、水面下では駆逐艦娘が放った酸素魚雷が疾走していた

 

しかし、勝負は確実に戦艦水鬼に傾いていった

 

「面白いことしてくれたじゃない……倍返しよ!」

 

満潮は叫んだが、既に航行が難しくなってきた

 

満潮と不知火が大破していた。天龍も中破しており、砲撃の射撃能力が下がっている

 

まだ戦える艦娘は奇跡的に無事である雪風と時雨である

 

「流石、幸運艦……だが、このままだと……」

 

天龍は歯を食いしばりながら呻いた

 

 軍艦には運不運というものがある。僚艦とおなじ修羅場をくぐっていてもいつも自分だけ無傷という軍艦が現実に存在する。所謂、幸運艦である。幸運艦は日本海軍に限らず海外でも存在する

 

 雪風と時雨は『艦だった頃の世界』において、直接関わったことはほとんどないものの、どちらも激戦を生き延びてきた武勲艦である

 

『呉の雪風、佐世保の時雨』とも言われたほどだ。この世界においても幸運を発揮していた

 

 しかし、戦艦水鬼に決定的にダメージを与える事が出来ない。駆逐艦娘が保有する。12.7cm主砲では豆鉄砲に等しく、酸素魚雷はかわされる

 

相手は2~3分ごとに撃ちまくるため、そうとう分が悪い

 

幸運も長くは続かない。遂に敵の砲撃が雪風に命中した

 

「でっ、でも、沈みませんから!」

 

「50.8cm食ラッテ中破トハ……面白イ」

 

艦娘は中破以上のダメージを食らうと航行や戦闘能力に影響する。深海棲艦とは違って簡単には沈まないよう設計されてるものの、決して沈まない訳ではない

 

戦艦水鬼は距離を詰めて雪風にトドメの攻撃をしようとする。

 

「雪風が危ない!」

 

時雨は素早く移動して雪風の方へ走り、雪風の肩を持つと逃走した。大破して立ち止まっている天龍達や第三艦隊から離れながら

 

戦艦水鬼の魔の手から離さねばならない。時雨はその思いで一杯だった

 

「逃ゲルノカ?オ前ハ、何時カラ卑怯者ニナッタ?」

 

不機嫌そうに言う戦艦水鬼に時雨は無視した。戦いに卑怯なんてない。これは作戦だ

 

 何とかして魚雷の装填を終えなければ!

 

 帝国海軍は魚雷の次発装填装置を持っていたが,それでも2回で終わり。しかも、時間がかかる。艦娘になると、ある程度は解消されたが、やはり装填には時間がかかる

 

大砲のようにはいかないのだ

 

 時雨は雪風を引きずるように逃げるが、速度が落ちているせいで戦艦水鬼から逃れられない

 

不意に後方から爆発音とうめき声が聞こえた

 

 後ろを振り返ると、橘花一機が猛スピードで急降下して戦艦水鬼にロケット弾攻撃をしていた。戦艦水鬼の怪物艤装はうめき声を上げながら対空機銃を射ち上げていたが、橘花は対空砲火を潜り抜けるとあっという間に上昇した

 

 五航戦である翔鶴瑞鶴のどちらかが、時雨の戦いを見て援軍を寄越したのだろう。上空では、艦娘の艦戦と深海棲艦の艦戦が制空権争いを行っていた。橘花改と景雲改は速さを活かした一撃離脱戦法で戦っていた。今まで零戦などで戦っていた妖精達にとってはとても使いにくい機体だが、それでも使いこなしている

 

橘花改は大きく旋回すると、戦艦水鬼に向かって再びロケット弾を食らわす

 

 戦艦水鬼の怪物艤装はうめき声を上げながらも時雨に向かってくる。ギリギリまで攻撃をし、機首を上げて去っていく事から弾薬が尽きるまで援護する気だ

 

「無駄ナ足掻キヲ」

 

戦艦水鬼は去っていく橘花改を忌々そうに睨んだが、すぐに視線を時雨に戻す

 

「雪風しっかり!」

 

 時雨は雪風を引っ張りながらも曳航しているが、戦艦水鬼が橘花改に気をとられている隙に耳に近づけると作戦を簡潔明瞭に伝えた

 

悪あがきだが、仕方ない。雪風も唖然としたが、直ぐに頷いた

 

 戦艦水鬼がこちらに向けて砲撃する中、橘花改は大きく旋回。再び戦艦水鬼に向けてロケット弾と30mm機銃で攻撃をする。戦艦水鬼に小さな爆発と30mmが食い込んだが、戦艦水鬼は五月蝿いハエのような感覚だ。無視して時雨に近づく

 

 奮闘した橘花改だが、怪物艤装の対空砲火に捕まってしまった。操縦不能になり、煙を吹きながらも墜落していく

 

「貴様、戦イカラ逃ゲテモ――」

 

「君から逃げてなんかいない。巻き添えを食らわないだけだ」

 

「何?」

 

戦艦水鬼は眉を上げた。何をしたのか?

 

「僕は艦娘だ。君を倒して皆を連れて帰る。それだけだ」

 

時雨は足を止めるとキッと戦艦水鬼を睨んだ。戦闘中に動きを止めるのは格好の標的だ。しかし、時雨は何かをしたらしい

 

「ン?コノ匂イ。……貴様! 」

 

戦艦水鬼は何かの匂いを嗅ぐと、愕然とした。匂いの正体が分かったからだ

 

船を航行する者ならよく知っている匂い。重油である

 

よく目を凝らすと水面に濁ったものが海面に浮かんでいた。時雨は遠征で積んできた油をわざと滴ながら逃げていたのだ

 

 本来はこれは潜水艦がやる事である。『艦だった頃の世界』において、潜水艦撃沈による戦果確認油が浮き上がるか、潜水艦 内部のいろいろな物体...乗員の死体もふくむ...が浮かぶのを待って確認をする。しかし狡猾な潜水艦艦長はわざとゴミや油を流して撃沈を偽装する事もある

 

 時雨は、偽装ではないが、油を流して火をつけることらしい。油の膜が海面に浮かんでいた

 

 しかし、重油は燃えにくい。海水に浮かんでいる事もあって点火しにくい。いくら、時雨の主砲で撃っても燃える事はない

 

 だが、戦艦水鬼はハッとして上空を見た。さきほど被弾した橘花改がこちらに向けて墜ちて来る。妖精は脱出したようだが。それに加えて、あの掛け声が聞こえる

 

「ファイヤー!」

 

 大破しながらも金剛は、遠距離で攻撃してくる。砲弾が花火のように炸裂した。金剛も時雨の思惑に感づいたらしく、三式弾を撃ってきたのだ。時雨も雪風も砲弾を爆弾に手早く改造すると放り込んだ。四年前の龍田が浦田結衣に対して攻撃した方法である

 

「貴様!……ヨクモ!」

 

戦艦水鬼が叫ぶ中、重油は引火し爆発炎上した。

 

 重油は常温では引火しづらいですが、一度火が付くと燃焼温度が高いため、消火が難しい

 

しかも、時雨はこっそりとは言え、広範囲に撒いたため海上火災が発生した*1

 

 勿論、戦艦水鬼はこの程度では死なない。炎の中から戦艦水鬼が現れた。自身は焼かれているが、火傷はしていない

 

時雨は断続的に主砲を撃ち続けた。炎で倒せないのは分かる。しかし、足止めにはなる

 

 主砲と共に魚雷も撃ち込んだのだ。炎に纏っていた戦艦水鬼に爆発を受ける。しかし、戦艦水鬼は闇雲に砲撃しており、まだ戦える

 

どうやら、戦艦水鬼を倒す火力が圧倒的に足りない

 

「皆を守らないと……僕が……僕が強くならないと……」

 

 時雨は海上火災を避けながらも移動しながら炎の中にいる戦艦水鬼に向けて攻撃し続ける

 

足止めも限りがある。戦艦水鬼が炎の中から出たら、今度こそ終わりだ。

 

戦艦になりたい

 

 不意に清霜に似た感情が生まれた。駆逐艦では戦艦は倒すことが難しい。浦田結衣のように不意打ちではないのだ

 

「時雨……もう止めてください!」

 

雪風の悲痛にも耳を貸さない。恐らく今の自分は無謀な攻撃だろう

 

天龍や不知火からも止めるよう言ってきた

 

 

 

第三艦隊も深海鶴棲姫と防空埋護姫の攻撃によって、大破する艦娘が多くなっている

 

 特に金剛が重油に火をつけるために三式弾を放ったことから、金剛に集中砲火が多くなっていた

 

北上も九三式酸素魚雷を全て放ったが、敵の方が上手だ

 

魚雷をかわすどころか、艦載機を使って真っ先に潰したのである

 

 

 

戦艦水鬼が炎からでるのも時間の問題。時雨は躍起になって攻撃する

 

不意に後ろから誰かに止められた。誰かは知らないが、振り返って確認をする間もない

 

「……ぐれ……よ」

 

 何か聞こえたが、時雨は無視して振りほどこうとする。すると、掴んだ相手は、強引に時雨の体の向きを変えた。余りの力強さに時雨は尻餅をついてしまったのだ

 

時雨を掴んだ相手は……

 

「いい加減にしなさいよ!……アンタは死にたいの!」

 

「満潮……」

 

大破した満潮が肩で息をしながら時雨を睨んだ。

 

「この部隊はぬるい理由が分かったわ。仲良しごっこではなくて、時雨のためだったのね!」

 

 時雨はなぜ、満潮が怒っているのか分からなかった。時雨ではなく、提督にも怒っている?

 

それにしては、何に対して怒っているのだろうか?

 

時雨が困惑する中、満潮は一気に話始めた

 

「どういった経験をしたのか、知らない!でも、ここは『失われた未来』ではないのよ!皆、生きているし、強いのよ!」

 

満潮は怒ると同時に呆れるような感じだった

 

時雨がなぜ、このような心理的ストレスを感じたのか?

 

それは『失われた未来』の戦争と『現在の戦争』の体験が違っていたからである

 

 

 

 『失われた未来』と違って快適で安全な場所にいるのに加えて、出撃も航行している敵が弱く戦闘の実感がないためである。

 

 勿論、下級の深海棲艦の哨戒であるため、建造ばかりの艦娘ならともかく、経験を積んだ艦娘ならば撃破は容易である、しかし、時雨にとっては非現実的な状況であった。そのため、精神的に追い詰められる結果となってしまった。

 

 また、日常と戦場のオンオフの切り替わりがあまりにも無さすぎて、自分で自分が分からなくなってしまった事もある

 

 『失われた未来』で敵が異常に強く、海に出れば、殺される前に殺さなければいけないというのが暗黙の了解が備わっていた時雨にとっては、今の鎮守府には馴染めなかったのだ

 

何時、日常が地獄になってしまうかも知れない

 

そんな恐怖やプレッシャーが時雨に重くのし掛かっていった

 

「違う!僕が強くならないと!もし、あの敵が来たら――」

 

「そんな心配はいらないわ。それに、私達も提督もバカな所はあるけど、愚かではないわ」

 

満潮は微かに笑った。それは冷笑でもバカにした笑いでも呆れた笑いでもない

 

時雨に安心させようとする笑い

 

「え?」

 

 時雨は分からなかった。満潮はこんな艦娘だったのだろうか?『失われた未来』では、ピリピリしていたが……

 

 その時、火の海から戦艦水鬼が表した。敵は無傷だ。いや、焼け焦げた跡があることからダメージはあったようだ

 

残念ながら、小破すらしていないが

 

「マサカ重油ヲ撒イテ火ヲ付ケルトハ。私ヲ馬鹿ニシテイルノカ?」

 

 戦艦水鬼は睨んだ。時雨は直ぐに応戦しようと艤装に手をかけたが、満潮は何と時雨の前に躍り出て庇うように立ったのだ

 

これには時雨どころか戦艦水鬼も唖然とした

 

「自分ノ命ヲ盾ニシテ時雨ヲ救ウツモリカ?大した自己犠牲だ」

 

「違うわよ。アンタは艦娘をそんな風に見ていたの?バッカじゃない?」

 

 満潮は戦艦水鬼に挑発した。態度は深海棲艦でも同じだ。とてもではないが、無謀である。時雨の戦い方も無謀ではあるが

 

 戦艦水鬼は他の艦娘達にも目を向けた。誰もが戦艦水鬼に怒りの矛先を向けている。特に不知火は大破しても闘志は消えていない

 

「ソコマデシテ何故戦う?不利ナ状況ナノニ降伏シナイ理由ハ?」

 

「聞きたいの?」

 

「イヤ!話サナクテイイ!ヤハリ今スグ沈メルコトニシタ!オ前達ノ拠点デアル鎮守府ガ増援ヲ送ラレル前ニナ」

 

 戦艦水鬼は時雨と満潮に砲撃しようと攻撃態勢を取る。怪物艤装は咆哮を上げている。しかし、そんな状況でも満潮の表情は変わらない

 

「提督は何もしていないというなら、それは偏見よ」

 

 満潮は冷たく言い放った。こんな状況で何を言っているのだろうか?時雨は混乱した。なぜ、余裕なのだろうか?

 

 戦艦水鬼は引き金を引く直前、爆音が聞こえた。離れた所で深海鶴棲姫が戦っている艦娘が放った艦載機だろう。例え、爆撃機がいても戦艦水鬼を傷つける力はないはずだ。しかも、一機だけだ。だが、次の瞬間、巨大な水柱が戦艦水鬼の周りに立ち上がった。そして、上空を飛んでいた機体が機銃掃射しながらこちらに向かっている

 

「ナ?アノ機体ハ!?」

 

戦艦水鬼は唖然とした。ただの艦爆だったらいい。こちらに突進して来る機体にフロートがついている

 

 

 

 この現象に驚いたのは戦艦水鬼だけではなかった。時雨もである。あの機体に見覚えがあった

 

「瑞雲……あの機体は……」

 

 金星六二型の爆音野太い爆音と20mm機銃の連射音が鳴り響いていた。250kg爆弾を抱えて急降下爆撃をしているのだ

 

明らかに牽制している。あの機体の持ち主は……

 

『時雨、聞こえる?助けに来たわよ』

 

「扶桑……」

 

洋上に目を向ける。遠くに艦娘達がいた。増援だ

 

「何で?……何で皆が?」

 

『酷い言い方ね。……私達第三部隊、西村艦隊には時雨が必要なの』

 

『航空巡洋艦最上、現場に到着したよ!』

 

『お腹が痛いのを我慢してきた甲斐はあったわ~』

 

「山雲……あんたって」

 

 朝雲は呆れていたが、時雨はそれどころではなかった。扶桑と山城がなぜいるのか?いや、扶桑だけではない

 

『一番に駆けつけてきたよ!』

 

『一番に拘る理由は何?時雨、駆けつけたわよ!これから村雨のうんといいとこ、見せたげるっ!』

 

『相手は姫級だけど、ソロモンの悪夢、見せてあげる!』

 

『時雨を守ります。護衛任務は大丈夫です』

 

 時雨は信じられなかった。扶桑山城だけでなく、白露型姉妹が全員いるのだ。駆逐艦娘が多い編成をしたのかが不思議だ

 

「どうして……何で!僕が守らないと!」

 

『時雨姉貴、頼むから何もかも背負わなくてもいいんだぜ?』

 

『皆と一緒に無事、帰投しましょう』

 

『あたし達も頑張っちゃいますから、引きずらないで下さい!』

 

『時雨姉……援護しに来たよ』

 

『時雨姉さん、今度は私達が助ける番ですからね!』

 

時雨は不意に涙を流した。仲間が駆けつけた来た。僕を助けるために……

 

「……皆、ありがとう」

 

 震える声で時雨は無線で答えた。今までは、強力な敵に対して自分の力と周りからのバックアップで何とか切り抜けて来た。まさか、自分が助けられる日が来るなんて思わなかった

 

『……間に合ったな。全艦隊、戦艦水鬼及び新型の姫級を攻撃!生き残ってくれよ』

 

誰かが連絡したのだろう。提督の声が無線を通して聞こえて来た

 

しかも、無線はオープンチャンネルだ。当然、戦艦水鬼にも聞こえている

 

「馬鹿ナ。南方棲戦姫達ガ叩イテイルハズダ!」

 

『ああ、あの全裸に近い姫さんと雨がっぱを着こんだ異様な尻尾を付けた子供の事か?大和達が撃退した。お蔭でこちらも大破した艦娘は居たけどな』

 

 まさかの返しに戦艦水鬼は愕然とした。南方棲戦姫と戦艦レ級を中核とした艦隊を撃退した?飛行場姫やリコリス棲姫による空襲も防いだのか?最新の知らせでは、基地航空隊を叩いたというが……

 

 

 

しかし、考えるのは後だ。

 

「対空レーダーニ反応ッ!!2ツノ攻撃隊ガ接近!!」

 

 防空埋護姫から悲鳴じみた報告が来たが、戦艦水鬼も自身が搭載する電探で既に確認していた。日本本土から飛来して来たであろう攻撃隊がやって来る

 

大きさからして陸攻隊だろう。護衛戦闘機がついて来ている

 

 この時襲来したのは護衛の一式戦 隼III型甲と一式陸攻(二二型甲)と銀河である。その中には一式陸攻とは違う見慣れない双発爆撃機も混じっている

 

 別方向には艦爆であるJu87C改と艦戦のFw190T改の編隊がやって来た。ドイツ艦娘が放ったのだろう。水平線の先に、艦娘の姿が僅かに見えていた

 

『502部隊を助けたと思ったら、今度は遠征組を助けろって提督も人使い荒いわね』

 

 不満そうに呟くビスマルクが無線を通じていっていた、恐らく、提督に向かって行ったのだろう。502部隊を助けたってどういう事なのか?時雨にも分からなかった

 

 しかし、一番驚いたのは戦艦水鬼である。まさか、仲間を助けるためにここまでやるとは思わなかったのだ。いや、鎮守府には主力艦隊である南方棲戦姫を差し向けたのだ

 

火の粉を振り払って駆けつけただと?

 

 深海鶴棲姫はこの増援に驚き、慌てて艦載機を上げたが、Fw190T改は敵機を蹴散らす。扶桑山城達も応戦を行って第二艦隊と第三艦隊を援護する。戦艦水鬼も扶桑山城からの攻撃だけでなく、一式陸攻からの雷撃を防ぐために対空戦闘を行う。もう、時雨に構う暇はない

 

対空砲火を上げ、回避行動をしたが、航空魚雷を数本食らってしまった。しかし、基地航空隊の攻撃は止まない。右から見慣れない双発の攻撃機が戦艦水鬼に迫ってきた

 

「魚雷カ?ダガ、撃チ落シテ――」

 

 戦艦水鬼がそう言った瞬間、見慣れない双発機から何かを発射した。海面から水柱が上がったが、砲弾が飛んで来た方向から見て艦娘からのものではない。あの双発機からだ

 

「大砲ヲ航空機ニ載セテイルノカ!?」

 

余りの予想外の攻撃に戦艦水鬼だけでなく、艦娘からも驚いた。こんな航空機がいるのか、と

 

 双発機の正体はキ109。四式重爆撃機飛龍に75mm砲を付けた機体である。元々は『艦だった頃の世界』では帝国陸軍が開発した特殊防空戦闘機であるが、提督とあきつ丸は特殊攻撃機に改造したのである

 

 余りの奇想天外な作りに明石も呆れていたが、いざ製造し試験飛行した所、中々の性能だったため喜んだと言う。特に地上攻撃や対艦攻撃には効果があるため、少なからず温存していた。まだ、実験機だが、提督は実戦に出す事にした

 

戦艦水鬼が思考停止している間にも、他のキ109が戦艦水鬼に砲撃をして命中を与えた

 

流石に撃沈は無理だが、中破まで被害を与えた

 

『戦艦水鬼に告ぐ。今すぐ降伏しろ。なぜ、こちらを攻撃をした?』

 

「降伏?貴方ハ馬鹿ナノ?ソレニ、人間ガ作リ上ゲタ組織ハ時間ガ経ツニ連レテ腐敗スル。ダカラ頃合イヲ見テ潰ソウトシタ。悪イカ?」

 

 戦艦水鬼は恐らく、浦田結衣と浦田重工業のような組織や人を警戒しているだろう。地上を攻撃しないという深海棲艦だが、近年は軍事基地や工場などの地上にも攻撃している。しかも、大抵は対深海棲艦の兵器を研究している施設だ。大半は非人道的な施設。後は試行錯誤でやっているよくわからないものだ。中には、艦娘が住んでいた施設まで含まれていた

 

『腐敗は俺や艦娘まで対象扱いか。悪いが、そこまで落ちぶれていない』

 

「時雨トイウ艦娘ガソンナニ大事カ?幼イ少女ノタメニ助ケルノカ?」

 

『時雨だけが特別な訳では無い。周囲を見ろ。……俺は1人の艦娘に何もかも託す事は考えてもいない。仲間を救うために派遣したんだ』

 

 戦艦水鬼は周囲を見た。時雨達の前に扶桑山城が庇うように立っている。いや、他の艦娘も同じだ。第三艦隊もドイツ艦娘が援護して深海鶴棲姫に攻撃をしている。防空埋護姫も対空砲火を打ち上げているが、数が多過ぎて対処出来ない

 

形成が逆転した

 

「……成程。1人デ戦ッテイル訳デハナイノカ」

 

戦艦水鬼は目を閉じた。これ以上、戦っても無意味だ

 

「全軍、撤退ダ。次ノ作戦ニ移行スルゾ」

 

「ソンナ!マダ、決着ガ――」

 

「命令ヨ」

 

 深海鶴棲姫の抗議に戦艦水鬼は凄みの効いた声で命じた。ここで感情的になっても沈むだけだ

 

「時雨、イイダロウ。勝負ハオ預ケダ。ダガ、今度ハオ前達ガ攻メテ来ル番ダ。ソレマデ待ッテイルゾ」

 

「な、何を――」

 

「慌テルナ。ソンナ主砲デハ私ニハ痛クモナイ」

 

 山城は41cm主砲を発射したが、戦艦水鬼は砲弾を受けてもケロリとしている。だが、戦艦水鬼は反撃もしない

 

ただ、時雨にだけ目をやっていた

 

「私ハ高次元カラ来タ生命体。オ前達ノ事ハ調ベタ。ヨッテ、ソレナリノ戦場ヲ用意シテアゲル」

 

「どうして?」

 

「コノ力ダケデハ、オ前達ヲ仕留メル事ハ出来ナイ。全身全霊デ挑ム。オ前達艦娘モソウシロ」

 

 艦娘達は唖然としていた。無線でオープンチャンネルで宣言しているのだから、無理もない。提督も聞いているだろう。鎮守府だけでなく、大本営も驚いているはずだ

 

日本からそこまで離れていない

 

「君は……僕に情けでもかけているのかい?」

 

「情ケ?ソンナツモリハナイ。私ハコノ世界ニ来ルマデ色ンナ敵ト戦ッタ。特ニ異世界トノ戦イデモナ。ドンナ世界デモオ前ノヨウナ英雄ハイル……ソノ者達ヲ倒シテ来タノダ。奇襲ニヨル攻撃デ沈ンデハツマラナイ。オ前ハソノヨウナ存在デハナイダロ?」

 

 時雨は戦艦水鬼をマジマジと見た。こんな敵がいるのか?戦艦棲姫だった頃はこんな性格なのか?深海棲艦は非道な事ばかりするものだと思っていたが

 

「分かったよ」

 

 時雨は戦艦水鬼が潜航し姿を消えるまで視線を向けていた。潜水艦娘が潜る深度よりも深い海底に住む深海棲艦

 

敵であるが、憎めない存在。それが深海棲艦というものなのだろう

 

浦田結衣のような敵も居れば、礼儀が正しい者もいる

 

 

 

 時雨達は他の艦娘から守られながら鎮守府に帰投した。あちこちで火が上がっているが、鎮守府は壊滅していない

 

岸には提督と他の艦娘も待っていた。46cm主砲らしき砲塔が数本置かれていたが、時雨は何も疑問も持たなかった。恐らく、大和と武蔵が使った艤装の一部だろう

 

「提督……艦隊は無事に帰投したよ」

 

時雨は敬礼しながら報告した。しかし、提督は報告を聞いても何も語らない

 

「提督、どうしたの?」

 

「時雨……頼むからもう消えないでくれ」

 

 提督は口を開いたが、声はいつもより低かった。時雨は提督の顔を見てハッとした。疲労困憊し生気を失った提督の表情……『失われた未来』の時の提督とそっくりだ

 

「お前が消えたら……俺はどうすればいいんだ?」

 

「提督……ごめんなさい」

 

「謝る必要はない。お前が後遺症で苦しんでいるのは分かる。本当に無事で良かった」

 

 誰も声を上げない。重い空気が漂ったが、提督は入渠するよう言う指示を出した。他の艦娘が後片付けで動く中、時雨はその場から動かなかった

 

「大丈夫よ。時雨は皆を救ったわ」

 

「ああ。あの深海鶴棲姫という奴の演技を見破っていなかったら、鎮守府は崩壊していたぜ」

 

 扶桑と天龍は言ったが、時雨は耳に入らない。提督の期待を裏切ったのか?もっと強くならないといけないのか?

 

そんな時雨の気持ちを見透かしたのか、香取が近寄って来た

 

「心配しないで下さい。元はと言えば、時雨の負担を無くすために心配していただけです」

 

「どういう意味?」

 

「1人の艦娘がいくら強くても艦隊には勝てない。時雨が強くても……いえ、大和型戦艦が単体に出撃しても数の暴力で負けてしまう。単体で強さ比べするのは愚策です」

 

香取はまるで学校の教師のように丁寧に説明した

 

「必要なのは『戦艦水鬼』に勝つ方法ではなく、深海棲艦に勝つ方法です。どんなに強力な兵器や超人的な兵士でも、戦場では一箇所でしか運用できない。そのためには、一騎当千のような艦娘ではなく、数も揃えないといけないのです。それも高練度の艦娘を」

 

「提督がいつも言っている強さの意味って?」

 

「提督は貴方の事をよく話していました。そのため、運営には手を抜いた事はありません。初めての運営だったにも拘わらず、鎮守府の規模は大きくなりました」

 

香取さんの言っている事は分かりやすい。自分だけが強くなっても意味がない。必要なのは信頼と協調性。仲間を守るためにやった行動が危険に晒してしまったのだ

 

「でも、時雨の経歴なら仕方ないかも知れませんね。あんな恐ろしい戦争に巻き込まれるなんて」

 

「ううん、そうでもないよ。僕は皆を守りたかった。皆が笑っていられるような鎮守府があったらいいなぁって思っていた。でも、実際に鎮守府に着くと……怖くなるんだ。誰かが僕達を地獄へ送るような強敵がいると思うと」

 

誰も言わない。扶桑山城だけでなく、白露型姉妹も第三艦隊である艦娘も黙ってしまう

 

「でも、分かった事があるよ。……もう、頑張らなくていいんだね」

 

 時雨はもう涙を流していなかった。肩の荷が降りたような、そんな気持ちだ。泣いてはダメだ。もう、仲間が簡単に死ぬような世界ではないのだから。自分の手で救った世界なのだから

 

「もう、大丈夫なようね。だったら、提督に報告しなさいよ」

 

「満潮、時雨を虐めないの」

 

 満潮の言い方に朝雲は指摘した。そのため、ちょっとした口論が起こったが、悪ふざけのようだ。『失われた未来』ではこんな光景は無かった

 

 時雨は満潮と白露が猫のにらみ合いのように火花を散らしているのを後に、復興を指揮している提督に向かった

 

提督は時雨の姿を見ると、大淀に任せて時雨に近寄る

 

「提督、僕は……その……」

 

「いいさ。俺はお前を頼り過ぎてしまった」

 

「ううん。謝るのは僕だから。でも、今まで通り頼ってよ。僕はそのための存在だから」

 

 時雨は笑顔で答えた。笑顔になったのは久しぶりかも知れない。何時だったのだろう?岐阜基地以来だろうか?

 

「それはそうと、無人島にキャンプしている502部隊がこっちに来る。迎えに行かないとな。お前が元気になったって」

 

「そうだね」

 

 502部隊はキャンプしている最中、新型の深海棲艦と遭遇したらしい。何でも『まるゆ』の雷撃で挑発。敵が躍起になってまるゆを追い掛け回している中、あきつ丸は隙を見て島を脱出。艦載機を放って救助を要請したのだ

 

 ドイツ艦娘が出撃して交戦。正体不明の姫級は反撃したが、どういう訳か戦うのを止め、逃げてしまった

 

「提督、僕の出撃は何時かな?」

 

「軍医に診てもらうのが先だ。戦争後遺症を直そうな」

 

 戦闘ストレスに陥った兵士の七割は三日で 戦闘に復帰できるとされている。しかし、一割近くは二度と復帰出来ずに後遺症に苦しみ続けると言った悲惨な出来事があるという

 

 酷い時には退役後にも、背後から近付いた家族を反射的に殺害するという痛ましい例もある事から、提督は時雨に気を遣ったのは言うまでもない

 

 実はこれらはアイオワの助言で気遣ったのである。ベトナム戦争や湾岸戦争にて戦争後遺症に掛かる人はいるという。時雨の場合は、恐らくこの世界に馴染めずPTSDになったのではないかと助言したのだ

 

「無人戦闘機のパイロットも戦争後遺症になるのか?*2

 

「カメラ越しで見る光景が非現実的に思えてしまう。デスクワークのような職場では日常と戦争の区別がつかなくなる」

 

普段はマイペースなアイオワだが、相談した日には真剣だった

 

「艦娘にとってはこれが日常。私は浦田結衣と戦っただけだから分かりませんが……

 

『失われた未来の記録』は考えられません」

 

一緒に居た大和も複雑な思いである。『艦だった頃の世界』でも戦場は悲惨だが、艦娘達にとってはそこまで生々しく覚えてはいない。夢を見ているようなものであり、記憶が曖昧だからである

 

 しかし、時雨の場合は艦娘の姿で悲惨な戦場を経験したのだ。一気に日常に生活した彼女にとっては、馴染める方が酷である

 

今の時雨は危うい。だが、立ち直らせる事が提督の仕事である

 

時雨が提督と話している中、誰かがやって来た。それは―

 

「随分とやられてしまったのう」

 

 艦娘の創造主である博士が伊勢日向達を連れてやって来た。見慣れない艦娘が1人いる。誰だろうか?この世界に付いた時から艦娘の名前を憶えているが、会った事は無い。新造艦かな?

 

どうやら、鎮守府が襲われたと聞いて駆けつけたらしい

 

「来るのが遅いぞ、親父。まあ、南方棲戦姫や戦艦レ級は撃沈出来なかったからな」

 

「46cm主砲を地上砲塔にしてぶっ放したり、一式陸攻の機銃を全て降ろして滑走路半分で飛ばすよう無茶な命令をして肝が冷えたわい」

 

博士から呆れた呟きに時雨は唖然とした。46cm主砲が岸に転がっていたのはそのため?提督は苦笑していたが

 

「そんな事より、伊勢日向に何をしていたんだ?」

 

「新型瑞雲の開発だ」

 

「日向、あれ以上は強くならないと思うが」

 

 日向の無表情の返答に提督は頭を抱えた。まさか、本当に新型瑞雲を開発していたのか?一緒に同行していた鈴谷や熊野もため息をついていた

 

「そんな事は無い。円盤航空機に打ち勝つ瑞雲を作らなければならない。浦田重工業が出来たのから、瑞雲だって出来るはずだ。だから――」

 

「日向、黙って……ごめんなさい。実は私達の大改装の研究をしていたのです」

 

「大改装?」

 

「はい。水上機だけでなく、艦戦も艦爆も積める戦闘空母を研究していました」

 

 伊勢が言うには、航空戦艦の先ともいえる大改装の可能性を模索していたらしい。伊勢型戦艦も改装プランはあったらしく、艦娘にも反映出来ないか?色々と試験的にやっていたらしい。鈴谷も熊野も軽空母に進化出来るのではないか、と研究されていたらしい。『艦だった頃の世界』においてifプランがある。武蔵のように反映出来るかもしれない。勿論、『超人計画』である薬物を使う訳には行かない。但し、実用化まではまだ先と言う

 

「まあ、試験運行に敵と遭遇しましたけどね」

 

「遭遇したって……大丈夫だったのか!」

 

「撃退はしました。それに、仲間も連れてきました」

 

 博士の合図で見覚えのない艦娘が前に出るとお辞儀をした。紫色の髪型をした新しい艦娘だ

 

「第四駆逐隊、萩風です。司令、ご指示をお願いします」

 

「萩風!君が?」

 

時雨は驚いた。萩風は『失われた未来』にて居なかった艦娘だからだ。それがなぜ?

 

「ああ、それについては後で話そう。それで――」

 

「親父……まさか隠し子なのか?」

 

 予想以上の質問に全員が固まった。伊勢日向は萩風と博士を交互に見たが、鈴谷はニヤニヤとしている

 

「そんな事はあるか!不倫なんてする訳がなかろう!」

 

「でも、博士~。別れた奥さんは冷たい目で睨んでいたけど?」

 

「誤解だ!生命誕生するために浮気をするワシだと思うか!」

 

 余談であるが、提督の母親は博士と仲直りはしたらしい。但し、完全ではないらしく、別居中である。登戸研究所の事務職員の事も合って顔を合わせる事もあるらしい

 

「昨日の夜は怖かったです。博士の妻から母親は誰なのか、一晩中問い詰められました」

 

「トラウマ植え付けているじゃん。どうするの?」

 

「だから、誤解だって言っているわ!」

 

「でも、また会ってみたいですわ。何しろ、最高級の牛肉を食べさせてくれたのですから!」

 

「お袋、早速艦娘を味方にしている」

 

提督は呆れていた。どうやら、提督の母親は艦娘と意気投合出来る仲らしい

 

時雨は笑っていた

 

 そうだ。これが僕が守りたかった鎮守府。まだ大変な事もあるけど、『失われた未来』に比べれば平和だ

 

 もう怯える必要なんて無いんだ。遠くで五航戦の瑞鶴と一航戦の加賀が言い争っているが、喧嘩ではない。ライバル意識だ。墓石の前で座り続ける姿を見るよりも……

 

 

 

 浦田重工業は滅んでも戦争は終わらない。艦娘も深海棲艦も進歩して海戦を繰り広げられている

 

 しかし……どんなに潰しても欲がある限り、悪は滅びはしない。博士の言う通り、浦田重工業を担ぐ者が必ずいる。何しろ、日本を貢献した者だからだ

 

「ちっ。これでは、侵入出来ないじゃないか」

 

 鎮守府から遠く離れた所で双眼鏡を覗いていた一人の男性がいた。忌々そうに双眼鏡から離すと車に乗る

 

彼は田中 湊(たなか しん)。浦田結衣の辛抱者である

 

 反乱のお蔭で浦田重工業のシンパを持つ者はほとんどおらず、関係者は逮捕されたが、誰もが見逃していた

 

 時雨もである。浦田結衣が幼い頃、出会った異常殺人者である。尤も、アカシックレコードで登場した事も合って、時雨自身も覚えていない

 

 田中は自力で監獄から脱出した後、見知らぬ人を殺して変装させ自殺するよう見せかけた

 

これで時間は稼げるはずだ

 

「お前がくたばっては困る。折角、どさくさに紛れてドックに侵入しようと思っていたのに。だけど、まだ時間はある」

 

 彼は二つの瓶に向かってニッコリ笑う。その瓶の中はホルマリン漬けされた左腕と石の破片である

 

 そう……浦田結衣の左腕である。時雨が薬物注入した直後に吹き飛ばしたものである。石の破片も左腕も彼が回収した

 

 彼は四年前、浦田重工業の反乱にどさくさに紛れて脱獄した。浦田結衣に加勢するためである。だが、横須賀に着いた時には、浦田結衣はやられていた

 

 彼は怒ったが、せめて遺品だけでもと思い、隙を見て遺体を回収した。艦娘も疲労困ぱいと時雨が消滅した事も合ってそこまで監視していなかった

 

 海面にあったのは左腕と石化した頭部。だが、調べていく内に艦娘の技術なら蘇られるのではないか?という偏った考えを持つ。そのため、深海棲艦による鎮守府襲撃の際には、ずっと待機していたのだ。だが、期待は裏切られた。艦娘は強い。浦田結衣が負けた理由も分かる

 

「待っていろ。生き返らせてやるからな」

 

 勿論、根拠はない。妄想の類である。彼は提督の父親である博士ではない。左腕もすでに生命反応はないのだから

 

……田中 湊が持っている遺品は杞憂で終わるか。それとも……

 

 

*1
重油は、石油製品の中でも火を近づけるだけで燃え出すガソリンなどと違って、火を近づけてもすぐには燃えず、引火する危険性が比較的低いが、風や燃焼方法など条件によっては海上火災を引き起こす。東日本大震災の海上火災の原因は、海面に浮かぶ重油に引火したものとされている

*2
無人航空機のパイロットは短い時間で平和な日常と戦場を行き来し、従来の軍事作戦では有り得ない生活を送ることや、敵を殺傷する瞬間をカメラや赤外線カメラで鮮明に見ることがストレスになるため、普通の兵士よりもPTSDになりやすいという




時雨は無事に戻ってきました。鎮守府も攻撃する者を退けました。深海棲艦だけでなく、他の者からも……
最後は不吉を呼ぶか……?

余談ですが、キ109は陸軍四式重爆撃機『飛竜』に八八式75mm高射砲を積んだ特殊防空戦闘機。『高射砲を飛行機に搭載して空中から撃ったらB-29撃墜出来るんじゃね?』というアイデアから生まれたもの
史実では、活躍場面はありませんでしたが、一機だけB29を撃墜したらしいです
記述によると『ドォー!という爆音と共に砲弾は編隊中央で炸裂、1機のB-29が翼をもがれ墜落していった』との事
提督とあきつ丸は地上攻撃に使おうと明石と共に開発したらしいです()

まあ、AC-130ガンシップには105mm榴弾砲を搭載していますからね。不可能ではないです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第118話 証人喚問と始まりの地

皆さん、お待たせしました
新年度の事もあってバタバタしています
五月か令和に変わるとの事。そして、春イベントが開催されるとの事
ゴールデンウイークってこんなに忙しかったかな?


 鎮守府の復旧は意外にも早く終わった。重機と工廠妖精のお陰もあるが、やはり艦娘達のお陰でもある

 

 損害は軽微である。但し、死傷者は出てしまったのが痛かった。避難していた町の人は、空襲警報が解除された後は、それぞれの家に戻った。破壊された公共機関や家は、復興が行われた

 

 四年前の反乱でも自動的に復興が行われた。あの日に比べればマシだと言える。502部隊の隊員達も無事に帰って来てくれたのでホッとした。怪我人はいるものの死者はいない。まるゆは大破したが

 

 艦娘も全員、入渠が終わった。大和武蔵などの主力艦娘は1日近く入ることになった。何時、敵が来てもおかしくはないため備えるのが普通だが、既に哨戒線を張っているため、奇襲はないだろう。例え、哨戒網をすり抜けても、高速修復材を使えばいい。資源は備蓄の半分は使ったとは言え、まだ十分にある

 

 遠征は欠かさずやっているため、備蓄は問題ないだろう。遠征の艦隊が襲われる事も考え、迅速に動ける軽空母組が待機しているが、危惧していた事は起こらなかった

 

数日後、提督はある方へ出張する事に成った

 

「出張?」

 

「正確には証人喚問だ」

 

今週の秘書艦の当番は時雨だったが、提督の言葉に驚いた

 

「何かやらかしたのか、提督?」

 

「……理由はこれだ」

 

 長門は困惑したが、提督は片隅にあるテレビを付けた。丁度、ニュース番組をやっており、先日の空襲についてだった。しかし、評論家を始めとするテレビに出ている人は、どれも防げなかった鎮守府を批判していた

 

内容も容赦ない。艦娘は税金泥棒とまで言われる始末である

 

「深海棲艦の空襲をなぜ予測できなかったのかって酷い言いがかりだ」

 

「提督は逮捕されるの?」

 

「いや、流石にそれはない。……だが、世の中は馬鹿もいるって事だ」

 

 世間からは今回の事件について、旭新聞を筆頭にマスコミは挙って艦娘だけでなく軍を非難した

 

 それに応えるようにマスコミの報道を信じた大半の国民も特定の政治家も陸海軍を非難したのだ

 

 マスコミの思わぬ反撃に博士の先輩である統合参謀長である元帥は頭を悩ませる事になった。

 

 しかしマスコミは空襲を行った深海棲艦の艦隊殲滅を陸海軍に無理矢理約束させた。更に何処から入手したのかは分からないが、軍の作戦内容を発表して早期攻略を約束させる始末である。実はまだ案なのだが、マスコミは寄ってたかって攻略するよう差し迫った

 

「マスコミは自分勝手だ」

 

 提督はため息をつくのも無理はない。非難されるのは仕方ないが、それでも自重すべきである

 

「まあ、仕方ない。これから出かけるが、誰か一緒に行く者はいるか?」

 

「何処へ行くの?大本営?」

 

「違う。国会議事堂だ」

 

 予想外の事にその場にいた艦娘は驚愕した。まさか、ここまでになるとは思わなかったからだ

 

「これは軍の問題じゃないの?」

 

「そうなんだが……日本の悪い所は変わっていないな」

 

 提督は困ったような顔をした。確かに深海棲艦を守るために艦娘は配備された。しかし、殲滅する事は出来ない。海は広いし、深海棲艦は潜水艦よりも深い海底に潜る事も出来る

 

「悪い所って?軍の問題を政治家達が首を突っ込む訳?」

 

「そうだな。知らないのも無理はない」

 

提督は提督の説明を聞いていた

 

 簡単に説明すると、四年前……浦田重工業を崩壊させ政府に今回の事件を説明した。そして、浦田重工業が保有していた資料(それに加えて田村一尉の資料)を見せた。つまり、提督と502部隊達は『未来における利益』となる資料を提供するとともにこちらの存在を認めさせることにしたのだ

 

 結果から言うと、政府内は大きく変わった。行政改革が行われ、組織も改組された。特別警察、いわゆる特高は解体され、公安というセクションも誕生した

 

 本来ならこういった大きな改革はないだろう。しかし、浦田重工業の反乱と未来の……正確には平行世界の日本の歴史だが……記録を見せれば誰だって変えざるを得ない。何しろ、自分達や国が悲惨な戦争に巻き込まれたとなれば誰だって嫌だからである

 

未来の資料は最重要機密として扱われ、法整備や憲法改正まで行われた

 

 なぜ、改正したかと言うと明治憲法にあた天皇大権、つまり統帥権を外す必要があったからである

 

統帥権というのは、『軍隊を統率し指揮する権利』である。当時は天皇が最高司令官であり、軍隊を統率する権能を持っている事である

 

 ここまで来れば問題ではないように見えるが、実はこれが大きな問題を引き起こす原因にもなる

 

 当時の軍人達はよく『統帥権干犯』を掲げた。簡単に表すと「神聖なる天皇のみが持つ統帥権を侵害するのか!」と言う事である

 

 軍部に批判的な文官や政治家が、軍部の意思決定を覆そうとしたり、非難したりすると、「それは統帥権干犯だ」と言って、封じ込めて来たのである

 

 後にこれが軍部の暴走と繋がり、満州事変からシナ事変にいたる戦乱を引き起こしたのである。ディープスロートである田村一尉がいた世界の歴史はそうなっている

 

 改正の時には主に軍部から批判はあった。だが、天皇もこの点は了承していたため、この問題は直ぐに終息する事になる。流石に天皇に言われてしまえば、軍部も何も言えない。天皇も太平洋戦争の記録を見た時は絶句したと言う

 

 また、改正の際も他の条文も変える事にした。皇室はイギリスの立憲君主制を参考にし、議員制民主主義を徹底する形にした。皇室は一切政治にも軍事にも係わらず、国家としての象徴的行事に従事する

 

 この辺りはイギリス王室と変わらない。次に国民主権を尊重して国民の権利は拡大され、思想や言論、信仰などの自由も取り入れた

 

 軍事の方も艦娘が表したこともあって改組になった。アメリカのようにシビリアン・コントロールのもとにある軍隊にしたのだ

 

 健軍精神もあくまで国防。つまり、侵略は考えずに国防のみを考える軍隊にした

 

 これは『平行世界の日本』である自衛隊をある程度、参考にした。士官学校も兵学校も改組、教育方針を変えた。元帥の指揮の元、大日本帝国軍は大幅に変わった。また、空軍の創設も検討中との事である

 

田村一尉がみたらどう思うのだろうか?

 

 

 

「国防省が置かれ、その長は文官になったが……議論はやっぱり起こるんだよ。自由を何でもしていいと解釈してな」

 

「敵は撃退したのに」

 

提督の説明を聞いた時雨は不満そうだったが、他の艦娘も同じだ

 

「……まあ、狂気に走って日本破滅は免れたが……何か釈然としない」

 

長門も頭をかきながら愚痴を漏らしたが、こればかりは仕方ない

 

 この世界は深海棲艦や浦田重工業などの関与もあって、田村一尉が居る『平行世界』の道と離れつつある

 

浦田重工業が亡き今、日本が自力で発展をしなくてはいけない

 

 『平行世界の日本』は戦後、アメリカの軍事の傘に入り、産業国として発展した。この世界では違うため独自路線にはなる。浦田重工業が遺した技術も他の企業が取り入れており、問題は無いだろう

 

 しかし、一番の問題は日本は島国という点である。貿易は勿論、シーレーンである海上交通路を確保しないといけない

 

艦娘のお蔭で深海棲艦からの脅威は取り除かれた。しかし、今回の事件で艦娘に対する懐疑的な意見が出て来たのだ

 

「人の不幸は蜜の味というだろ?」

 

「……そういうものかな?」

 

 時雨は納得は出来ない。シーレーンが破壊されれば、日本を攻めなくても勝手に枯れる

 

「イギリスでも補給路は最大限に気遣ったわ。Uボートからの通商破壊を防いだのに」

 

「日本は目先の勝利しか見ていないからな」

 

 イギリスから派遣されたウォースパイトの指摘に提督は呆れながら答えた。横で聞いていたビスマルクは微妙な顔をされたが

 

 『艦だった頃の世界』ではイギリスは第一次、第二次大戦の二つの大きな戦争を通じて海外から補給線を頼った。これを守るために最大の努力を払った

 

それでもドイツのUボートのために多数の輸送船を失い、息の根を止められそうになる

 

日本の場合だと、太平洋戦争において二年で決着をつけていたらしい。しかし、四年も続いたのである*1

 

 東南アジアを抑えれば、油も手に入り更に余裕は生じると思った節がある。しかし、補給路を断たれるということを計算しなかったのである。護衛艦隊も少なく、輸送船団の損害が急増すると慌てて本腰を入れた。駆逐艦や海防艦をつけることでお茶を濁した

 

日本の欠点はいつでも泥縄式である。先見の明や予知能力が欠けていた。『失われた未来』においても浦田重工業が自作自演で滅んだことを目の当たりにした大本営は慌てて提督と艦娘達に声を掛けたのだ

 

 今回でも罠は見破ったものの、被害に対して防衛が甘いのではないか?と指摘された

 

「で、わざわざ国会議事堂で証人喚問?酷いよ?」

 

「今に始まった事はない。批判はある程度は仕方ないが……度が過ぎるのは良くない。何としても『ユダヤ人』のような事は避けなくてはな」

 

 ビスマルクとプリンツ・オイゲンは居心地が悪そうにしていたが、提督は気にはしていない。ヒトラーは死んだのだから、ドイツは今のところは平穏だ。他国に過剰に肩入れすると内政干渉となる

 

 時雨は提督に何か考えがあるのか聞こうとした丁度その時、大淀が電話をもって来てくれた

 

「提督、神威からです」

 

「そうか」

 

提督は受話器を取ると、ある任務に就いている神威の声に耳を傾けていた

 

「ああ……本当か。ようやく説得に応じたか。……よく頑張ってくれた。後で合流しよう」

 

提督はそう言うと受話器を置いた。微かだが、提督は頷いている

 

「よし、準備は万端だ。では、国会議事堂へ行こう。……誰か一緒に行動する者は?」

 

 艦娘達は困惑した。何を話しているのだろう?補給艦である神威は、数日前から姿を消している。極秘扱いしているため、何をしているのかほとんどの者は知らない。502部隊とよく行動しているらしいが

 

 

 

「本当に来たんだ……」

 

 時雨は未だに信じられなかった。実感が湧かないのも無理はない。自分は国会議事堂の前に居る。四年前の爆撃で崩壊した国会議事堂も、再建された。いや、正確にはまだ未完成ではあるが、外見だけだ

 

半分が工事中であるため、シートに覆われている

 

「緊張するな。俺も行くのは初めてだ」

 

「もう高官の前に立つのは慣れちゃいましたけどね」

 

 大和は苦笑した。結局、一緒に同行出来たのは、大和と矢矧と時雨である。鎮守府を空にする訳に行かない。鎮守府では、臨時で長門が指揮を取っている。本人もやる気満々であったため、特に問題は無いだろう。今の大和は紅白のセーラー服ではなく、女性用スーツを身に纏っていた。矢矧もである

 

 時雨が普段来ている服は特に問題ないため、そのまま連れてきている。勿論、艤装は無い。不要だからだ

 

「すまんな。こんなことに付き合わされて」

 

「いいんです。いい経験だと思うわ」

 

 矢矧も問題ないようだ。マスコミを避けて裏口から入った。流石に門前で質問攻めに合わせるのは不味い

 

 

 

今回の空襲において、こういった事は珍しい

 

 確かに日本は太平洋戦争を経験せず、復興も自力で何とかした。まだ、爪痕はあるが

 

『平行世界の日本』では、終戦と同時に一大勢力となった共産党は、こちらの世界ではまだ公党になっておらず地下に潜ったままだ。ソ連が浦田重工業と浦田結衣によって崩壊してしまったためだ。

 

問題はマスコミと野党の出方である

 

 艦娘の存在をあまり快く思っていない人もいるらしく、中には過激な発言をする者までいる。当然、こういった声は少ない。源を辿ると浦田重工業の考えを鵜呑みにしている者達である

 

 浦田重工業が消えても排他的な思想が完全に消えた訳ではない。要は置き土産である。非力な集団ではあるが、毎回こういった事は目に余る行為である

 

 よって、今回の空襲による被害を食い止めなかったのには、軍の不備があったのではないか?そのため、任期満了に近い首相はマスコミと野党の質問攻めにあった

 

「報告が軍の発表だけでそれを鵜呑みにしろと言われても、我々としても躊躇わざるを得ません。そこで、指揮官である海軍少佐と艦娘の方を参考人として招致したいと考えているのですが」

 

 前線にいる軍人と艦娘の話を聞きたい。鎮守府からあまり外に出ない艦娘は一体、どういう存在なのか知りたいのだろう

 

これなら、拒否する理由もないはずだ。今は戦時下ではない。浦田重工業の事もあって軍部も政府も威厳は『平行世界の戦前の日本』にはなっていない

 

野党やマスコミの追及に与党も官邸も、真実が伝わり攻撃を躱す事が出来るのであれば……という理由で呼んだのだ

 

 

 

 浦田重工業がテレビ(ブラウン管仕様)を持ち込んだお蔭で、マスメディアが発達。当然、国会中継も全国放送で流れた。視聴率はお察しではあるが

 

しかし、今回の事件の事やマスコミが騒ぎ立てた事から、視聴率は瞬く間に急上昇したのである

 

 議場では大和、矢矧、時雨が現れると一斉にどよめいた。提督もいるが、海軍軍人であるためインパクトに欠けており、無視している傾向である

 

本人は特に気にはしていないが

 

 議員達や中継カメラの目線も合って時雨は落ち着きが無かった。ここまで注目されるものなのか?中継カメラがある事は鎮守府にいる艦娘達も見ている事である

 

実際に見ていたらしいが

 

最初の質問に立ったのは少数の野党である党首である

 

「指揮官である参考人に聞きます。今回の事件によって復興した都市が再び爆撃されました。死傷者も少なからずいます。何故、こうなったのでしょうか?」

 

党首の質問に答えるために前に出る提督

 

「えー。それは深海棲艦が強かったからです」

 

 この回答に野党党首は絶句した。『自分や艦娘に力が足りなかったからです』と日本人がよくする真面目で自己批判的な答えを期待していたからである

 

四年前に浦田重工業の蛮行を止めた1人と言う事は認識されていたが、どうやら新聞に書かれていた程でも無かったようだ。いや、新聞の方が独り歩きしていたらしい

 

「つ、つまり力量不足を転嫁しているだけではないですか!?民間人にまで被害があったのですよ!それについては責任は無かったのですか!?」

 

党首の批判に提督は顔色一つ変えずに聞いている委員長に名前を呼ばれ再び前に出た提督だが、答えは相変わらずだ

 

「力量不足って何の事ですか?それと戦艦レ級や南方棲戦姫が日本近海に現れた責任が自分にあると?」

 

「私が言っているのは貴方の指揮官としての能力だとか、艦娘の運営方針だとか、軍や政府の対応に問題はないのかと聞いているんです!それと深海棲艦の出現が貴方の責任とは言っていません!ただ、現場で関わった者として犠牲者が出たらどう受け止めているのか、聞いているのです!」

 

 息を荒くし顔を真っ赤にしている野党党首に提督はため息をついていた。時雨は唖然とした。国会議員に対してなぜ、提督はこのような態度を取っているのだろう?

 

大和と矢矧に目を向けたが、2人は微塵たりとも顔色を変えていない。それどころか、提督に耳打ちして注意する事もしない

 

時雨は気付いた

 

提督?もしかして、演技?

 

「ええ。力量不足であるのは確かです。はっきり言って重巡以下の主砲は豆鉄砲でした。空襲も強力で、制空権を取る事が難しかったです。戦艦レ級と呼ばれる深海棲艦も異質でした。何しろ、51cm主砲を耐えましたから。それに私達は浦田重工業のようなハイテク兵器はありません。誤解がないよう言っておきますが、無敵は存在しません。絶対無敗という事もありません。戦争はスポーツではないのですから。勿論、犠牲者が出た事には残念に思います」

 

 愚痴交じりの回答に野党からは不謹慎だとヤジが飛んだが、与党は苦笑していた。鎮守府もそれなりに公開はしており、戦果も隠さずに報告している

 

 誇張はあるものの、それなりに結果は出しているのだ。嘘情報もあるが、放っている。……最近ではF5Uフライングパンケーキの存在のお蔭でUFOブームが出てきている。アイオワもノリノリで第二のエリア51と喜ぶ始末である

 

「それに姫級や戦艦レ級の強さは、あなた方でも知っているはずです。既に公開はしています」

 

「あんな情報を信じろと?」

 

「隠す必要性はあるのですか?」

 

戦艦レ級や鬼・姫級の強さについては概ね公開している。しかし関係者はともかく、他の人達……特に政治家は信じられなかった

 

 たかが子供のような姿をした者が戦艦並みの主砲に加えて空母の能力を持っている。そして、雷撃までするというのだから、誰も信じられなったからだ。要は過小評価しているのだ

 

尤も、深海棲艦自体がオカルトに近いのでそこを追及されると答えに窮するのだが

 

「それでは質問を続けます」

 

今 回の事件で防衛に関わった艦娘に質問された。大和も矢矧も当然、参加したので包み隠さず答えた

 

勿論、46cm主砲を砲台にして沿岸から撃った事には呆れられたが

 

「では、次の参考人」

 

今度は時雨である。時雨が立った時、皆はどよめいた

 

何故なら、四年前の少女に似ていたからだ

 

「僕は時雨。誤解がないように言うと、四年前の彼女とは違う存在。だから、当時の事は分からない」

 

 タイムトラベルの事を話すと精神異常とみなされるため、今の時雨は赤の他人としている

 

「貴方は、どういう根拠で深海鶴棲姫と呼ばれる姫級の演技を見破ったと?」

 

「殺気までは隠していなかったから」

 

時雨は淡々と答えた。他の議員からの質問はあったが、深海棲艦は話し合えるのか?不自由はあるか?といった質問だった

 

時雨は答えたが、どうでもいいような質問内容だったため、適当に答えた。提督が真面目に答えなくていいと言われたのも分かる気がする

 

 

 

次に別の議員が出てきた。質問するかと思えば予想外の事を話したのだ

 

「……人類は今、未曾有の危機に直面しています。深海棲艦の侵攻、奪われた海域……亡くなった人々がいます」

 

悲痛な面持ちをしたと思えば今度は艦娘を睨むような目で見てきたのだ

 

「そんな悲劇的戦争を終結に導くのは、ご存じ『艦娘』という存在です。少女の姿をした、軍艦の化身……『非人間』」

 

 時雨は目を見開いた。こんな議員がいるのか?大和に目を向けたが、大和もムッとした表情になっている

 

「『車』に人権を与える人がこの世にいますか?『船』を憐れむ人がこの世にいますか?……残念ながら、いるのですよ。そんなどうしようもない阿呆が」

 

どうも提督を名指しているようだ。野次と怒号が飛ぶが、男の演説は続く。

 

「『艦娘だって人間だ!大切にしよう!』だなんて馬鹿げた事を言う連中がいます。きっと彼らはこの国を滅ぼしたいのでしょう」

 

いつの間にか議員は熱く語る

 

「そういう連中は、艦娘の見た目が可愛い少女だからそんな事を言ってるのですよ」

 

 議員の白熱した論弁は止まらない。まるで、艦娘は人ではないという風に言っているのだ

 

時雨は抗議しようと立ち上がったが、誰かによって止められた

 

提督だ

 

「提督、何で!?」

 

「落ち着け」

 

「でも!」

 

 時雨は噛みついたが、提督は首を微かに横に振った。議員の発言は過激であったが、賛同するものは僅かだった

 

何を言っているのか、よく分からないからである

 

「あー、議員。何時まで話しているのですか?」

 

「……え?」

 

委員長は呼び止めたが、彼も呆れていた

 

「ちょっと、今良いところなんですよ!」

 

 議員と委員長が揉めている中、提督は腕時計を見た。そして、ニヤリとすると立ち上がる

 

「提督、どうするの?」

 

 時雨は不安そうに聞いた。議員の発言はとても過激だ。自分達は人ではないというレッテルを貼ろうとしている

 

浦田重工業ほどではないが、この考えが世間に広まっては艦娘は肩身が狭いだけだ

 

「心配するな。まあ、レイシストの類いだな。安心しろ。今から引っ掻き回すから」

 

 提督は悪戯好きの笑顔をしながら答えた。提督は何を考えて居るのだろう?大和も矢矧も不安そうにしたが、提督は安心するように手で制した

 

「委員長、少し宜しいですか?」

 

手を上げ前に進み出る。どうやら、答弁するらしい。中継カメラや議員の目線が提督に集まっている

 

「あー、先程の発言は中々興味深いです。『艦娘に人権などいらない!』という所は。……まあ、議員が艦娘は人間ではないとお考えならその通りでしょう」

 

 辺りは騒然とした。てっきり怒ると思いきや発言を肯定しているのだ。時雨は唖然とした。提督は何を考えているのだろう?

 

策でもあるのか?

 

「では、貴方にお聞きします。艦娘と仲良くできないと?」

 

「その通りだ!」

 

議員は相手が敗けを認めたと思ったのか、喜びながら答えていた

 

「では、議員は相手が正真正銘の人間なら仲良く出来ますよね?」

 

「その通り!人間ではない物に人権なんてとんでもない!」

 

「そうですか……」

 

提督はニヤニヤしながら答える。議員も提督の反応に眉をつり上げた

 

この者は何を考えているんだ?

 

「委員長、参考人をもう2人を連れて来てもよろしいですか?……いいぞ!入って来ても!」

 

 提督は委員長の許可を待たずに扉に向かって怒鳴った。扉が開き、入って来たのは2人の男女である

 

 1人は知っている顔だ。補給艦である神威だ。マタンプシと呼ばれる鉢巻きを巻いている以外を除けばスーツ姿である。神威は中年男性を連れて来たのだ

 

 しかし、場内ではどよめきが起こった。先ほどまで熱弁を語っていた野党議員も唖然としている。委員長は連れて来るのを知っていたらしいが、入って来た人物にポカンとしている

 

「おい、何を連れて来たんだ!」

 

さっきの野党議員は怒鳴った。時雨は野党議員の怒鳴り声に違和感を覚えた

 

 『誰』ではなく『何』である。神威の事かと思ったが違う。議員は連れて来た男性に指を指しているのだ

 

「相手に対してそれは失礼ですよ。れっきとした『人間』を連れて来ました」

 

「なぜ、この場にアイヌを連れて来た!?」

 

「去年、北方水姫と呼ばれる『水姫級』の新型深海棲艦を中核とした艦隊が北方からの侵攻にて北海道を拠点にした際に知り合った友人です。貴方とは真逆な対応をしてくれました」

 

 議員は顔を真っ赤にして抗議したが、提督はさらりと言った。どうやら、議員は男性の事を知っているらしい

 

「失礼な人だ。私の名前は菅野です。彼は北方から攻めて来る深海棲艦を追い出してくれると約束しました。海上は激戦となりましたが、彼と艦娘達は北方の防衛戦に成功しました。そこの議員と違って彼女達に感謝をしています」

 

 菅野はてきぱきと証言している。辺りは騒めいたが、菅野は無視している。一方的に話すと神威と共に矢矧の隣の椅子に座ったのだ

 

「どういうつもりだ!」

 

「可笑しいですね。貴方は『人間』となら仲良くなれるのではないのですか?『人間』に人権を与えて何か悪いのですか?別に彼は、犯罪行為を犯してはいません」

 

委員長の制止を無視して罵倒する議員に対して提督は朗らかに言った

 

「質問なら何だって受けます。しかし、議員。貴方の言動には驚きました。同じ人間に対しても差別発言をするとは」

 

提督は嘲笑うような声で言う

 

「少佐は何を考えている?」

 

「深海棲艦を倒すのは急務です。だが、深海棲艦を倒すための国内情勢を安定させなければなりません。ある意味、千載一遇です。アメリカの新大統領の演説を知らないのではないでしょうね。米国は深海棲艦を一致団結して立ち向かうために人種差別を撤廃しています。国内紛争を避けるためです。日本でもこういった事をしないといけません」

 

 提督の演説に時雨はまさかと思った。どうやら、今回の事件で世論を引っ掻き回す気だ。一方、艦娘を批判していた議員は顔面蒼白だ。予想外だったのだろう

 

……いや、数人の議員は無反応だ。恐らく、提督が話を持ち掛けたのだろうか?

 

「私は野党議員の意見はどうでもいいと思っています。艦娘は貴方にとっては人間ではなく人形に見えるのでしょう。しかし、貴方の発言がまるで浦田社長のようにも聞こえるんです。己の欲望のために列強国を無差別に攻撃し支配しようとしていた。……もっと分かりやすく言いましょう。スペインは欲望のためにインカ帝国を滅ぼしました。民族虐殺を日本国内で起こして欲しくはないのです」

 

「な、何!?」

 

議員は逆上して立ち上がったが、提督は手で制した

 

「落ち着いて、まずは意見を聞かせて下さい。高学歴を持つ議員が艦娘を差別する理由を聞かせていただきたい。勿論、それ相当の言い訳はあるのでしょうね?浦田社長は深海棲艦を使って世界征服をするため、深海棲艦を倒す力を持つ艦娘の存在が邪魔だったらしいです。貴方はそんな野蛮な人ではないはずです。さぞかし、素晴らしい考えがあるのでしょうね?」

 

 提督は挑発するように聞く。尤も、浦田社長は『艦だった頃の世界』である軍国主義や大日本帝国を嫌ったために艦娘も嫌ったが、ここで言っても分からないのだから敢えて言わなかった。知ったとしても分からないだろうが

 

 一方、議員は動揺を隠しきれずにいたが、それでも何とか息を整えて自らの理論を述べた

 

「艦娘は人間ではない!艦娘は兵器であり、人外な存在は――」

 

「貴方は生物学者か何かですか?貴方の知識で恣意的に相手を断定するのは感心しないものです。それに人間は猿から進化し、艦娘は兵器から進化した。私の父も生物学者も艦娘は人とは変わらない知的生命体であると結論づけています。まあ、文系出身の人間は、こういった事には興味ないらしいですが」

 

 議員の噛みつきに提督は平然と答えを返した。既に博士は艦娘の科学的根拠について公開しているため、誰もが反論出来なかった。学会も概ね認めている。異論を唱える者はいるが、あくまで否定的な意見であるため博士は放っておいている。他の意見も参考にするらしいとの事である

 

 しかし、怒り狂う議員は、進化論やミッシングリンクなどの話なんて絶対に分からないだろう

 

「少佐がどう言おうが、艦娘は意志を持った兵器です!人類に反逆するかも知れません!」

 

「貴方はその理由としてエスノサイドを肯定するおつもりですか?それに浦田結衣は、深海棲艦になった途端、世界征服を企んでいたらしいですよ?あんな存在でも、元は人間です。まあ、そんなに危険なら護衛でもつけておけばいいのではないですか?」

 

畳み掛けるように答える提督に、他の議員は笑っていた

 

艦娘は危険だから、という考えは通用しないことははっきりと分かっている

 

 車は危険だからといって自動車廃止を唱える者はいない。それと同じである。流石の艦娘も艤装で町を彷徨く者なんていない。と言うより邪魔である

 

「では、話を終えます。まあ、人間がそんなに大事というのなら、古くから居るアイヌ人とも仲良くなれるでょう。という訳で私達はこれで帰ります。友達作り頑張って下さい」

 

「おい、冗談ではないぞ!」

 

「何時からアンタは艦娘差別主義から民族差別主義に入ったんだ?私達は移民ではないのですよ?」

 

菅野は呆れて指摘したが、相手は聞こうとしない

 

 議員は何やら喚いていたが、提督は艦娘達に合図するとさっさと帰っていった。菅野はまだ言う事があるといい、時雨達に帰るよう促された

 

何を考えているのだろう?

 

「提督、何をしたの?」

 

待機室に着いて早速、時雨は提督に聞いた

 

「簡単なことだ。浦田結衣のような人が現れないようしてるだけだ」

 

提督は答えたが、時雨には分からない。提督は時雨の困惑していたため、付け加えた

 

「言い方が悪かったな。簡単に言うと、『些細な事で騒ぐ人に対して相手するつもりはない』ということだ。それに差別はどう頑張っても無くならない。しかし、行き過ぎた行為は止めさせるべきだな」

 

「大変だね、人間も」

 

「おいおい、人間だって格差社会はある。それに、過大評価は身を滅ぼす事もある。少しは気を付けろ」

 

提督は呆れながらも説明はする

 

 要は社会が艦娘は日本の敵と認識させない事である。正確には、艦娘という存在を認めさせることである。差別云々はいいとして、先ほどのような過激な議員がいれば、最悪の場合、迫害されてしまう。迫害……それは、強者が弱者に対して行ってきた行為である

 

 ユダヤ人や黒人などの歴史を見れば、人間ですら皮膚の色が違う、国の出身や民族が違うというだけでいがみ合いはあるのだ。全ての人間が善人とは限らない。もし、そうなら犯罪や戦争なんて起こらないし、警察や軍隊という組織はとっくに無くなっているはずである

 

 老若男女関係なく大虐殺した独裁者は歴史を見れば必ずいる*2。『平行世界』でもいたのだ。『失われた未来』でさえ、人類同士で争う日々だ。本能だけで赴くままに行く人間は、必ずいる

 

「あの議員だって艦娘嫌う理由は、あまり大した理由はないかも知れないぞ」

 

「……誰を信じればいいのかな?」

 

「もう分かっているんじゃないか?経験すれば、自然と身に着く」

 

 時雨は疑問をぶつけた。時雨は思い出した。提督は人間だ。では、なぜ自分は従っているのだろうか?それは信頼出来る人物だからである

 

 提督は僕達を裏切った事は一度もない。浦田社長のように騙したり、浦田結衣のように拷問や殺害なんてしていない

 

 先ほどの過激な発言も昔だったら、提督の制止を振り切って殴り飛ばしていただろう

 

「うん……そうだね」

 

強敵がいたお蔭で無差別に人間を嫌わなくて済むだろう。『失われた未来』では、国を守る大義名分すら失われていたからだ

 

「提督と私は一般市民との交流を推し進めています。特に派遣先の場所では、地元の住民との交流は盛んです。去年では、鎮守府祭を開きました。……記憶にあるかどうか分かりませんが、貴方も頑張っていました」

 

去年、提督は鎮守府祭を開いた事がある。学校の文化祭のようなものを鎮守府でも出来ないかと大和を始め、数人の艦娘が提案した

 

初め提督は渋ったが、結局はゴーサインを出した。艦娘が一般人との触れあいをするにはうってつけである。雑誌や漫画などの情報だけでは物足りない

 

結果は大成功であり、ほとんどの者は満足した。特に大きなニュースにはならなかったが、地元紙では見出し一面に飾った

 

時雨は参加していない。しかし、記憶にはある

 

、艦観式のように一般客も呼び寄せている。海軍は何も極秘部隊でも何でもない。一般人にも海軍を理解してもらうためでもある。

 

 鎮守府祭では、いつもと違って、親子連れや子ども達のグループなど一般客の人で賑わっていた。艦娘達は出店や展示で一般客と接していた。艤装も一部ではあるが艦娘の装備である連装砲が公開されており、一般客は写真を撮ったり、歓声を上げたりしていた。特に島風の連装砲ちゃんや秋月達の長10cm砲ちゃんは人気だった。天津風の連装砲くんでは、目からビーム出るのか?と男子に聞かれたりした

 

 そして、艦観式では皆で演習をやったりした。空母組や航巡組が放つ艦載機の航空ショーや戦艦の空砲射撃などが行われた。司会は青葉が行った。霧島はやりたがっていたが、本人は実演組だったため、仕方なかった

 

 

 

「心配するな。また、鎮守府祭はあるさ」

 

 時雨は奥底に眠る記憶を掘り起こした。この世界に戻って来た時に白露姉さんに写真を見せてくれた。体験した事のない思い出。しかし、確かに思い出は残っていた

 

「うん……楽しみにしている」

 

自然と笑顔が出て来た。自分は笑う事が出来た

 

「ちょっといいですか?」

 

 声を掛けられ時雨を始め、皆が振り向いた。いつの間に居たのか、神威が連れて来た菅野さんがいた

 

「こんにちは。私は菅野と言います。少佐、ありがとうございます。このような場を設けてくれまして」

 

「いえ、私は貴方に背中を押しただけです。父のお蔭です」

 

 提督は菅野から差し伸べられた手を握手しながら答えた。確かに連れて来る自体、凄いのだろう。後で聞いたところによると、博士の知り合いに政治家がいたらしい。何でも四年前の浦田重工業の反乱の件で研究会を開いているという

 

 浦田重工業が保管していた『平行世界の世界の情勢』や田村一尉の置き土産であるパソコンデータを参考に研究を行っていたとの事である

 

「私達はそれで十分です。以前まではそんな声すらかけられなかった。神威という艦娘がいるとは思いもしなかった」

 

 尤も、神威は『艦だった頃の世界』ではアメリカで建造されたのだが、どういう訳かアイヌの民族衣装を身に纏っている。金剛とは違う性格の持ち主である

 

「誤解しないで欲しいのは、この場にアイヌ問題を持ち掛けたのは、何もあなたを利用しようという訳ではありません。嘘や無価値な主張を平然と続ける輩を黙らせる必要性があったからです。研究会では民主主義に加え、国民主権、福祉、生活向上にも力を注いでいます。しかし、『差別』『人権』『平等』という言葉が安易に使われて、不用意に政策に取り組まれる事だけは避けなくてはなりません。近い内に新憲法が制定されますが、まずは国内の問題を片付けないといけなかったからです。人類のためと称して迫害するのは、あってはならない事です。……尤も、満州事変が起こらなかった事にホッとしていますが」

 

 最後の言葉は何を言っているのか、誰も理解出来なかった。もし、あきつ丸や502部隊の人がいたら微妙な顔をしていただろう

 

 満州国をデザインしたのは、陸軍の統制派と呼ばれる者達であった。満州事変を起こし、軍事力によって支配地を拡大していったが、関東軍参謀本部にも統制派の人達がいた。石原莞爾や板垣征四郎などである

 

 しかし、満州国の設立そのものは日本の国策となった。日本の国力を強化するために、満洲の資源は欠かせないものだったからである。だから、大本営は関東軍の『暴走』を許した

 

 だが、関東軍は何も植民地経営しようという訳では無い。清朝一二代の最期の皇帝、宣統帝溥儀を担ぎ、共和国として発足させた。所謂、五族協和(漢民族、満州族、朝鮮族、蒙古族、日本人)、王道楽土形式が謳い文句である。白系ロシア人も居住していたが

 

 溥儀の身分は共和国執政。しかし、溥儀は不満に思ったらしく二年後には皇帝に即位した

 

もっとも、理想主義者の石原は青写真を描いていたとも言われている

 

 日本はアジアとの連携を取り、白人と対決するだろう。無論、そのためにはまだまだ日本の国力は足りない。満州五年計画によって国力を養い、アメリカと雌雄を決する。その戦いは十年後になるだろうと予測していたという

 

 だが、その観点で言えば、国力を無駄に使いアジア人との連携を乱す日中戦争はやっていはいけないものである

 

 結局、中国戦線では日本軍支那派遣軍と中国国民党軍、赤軍が三つ巴になってしまった。アメリカは中国国民党軍を助けている事もあって泥沼化になってしまった

 

ロシアに攻め込んだナポレオンのような戦いをするべきではない

 

 話は逸れてしまったが、もし艦娘に対して何らかの迫害が起きれば、反乱が起こるのは当たり前である。何処の世界もそうした事は起こっており、アイヌ人ですら反乱は起こった*3。寧ろ、起こらない方がおかしい。内戦が勃発するのは目に見えている

 

 こうなると深海棲艦が喜ぶだけである。天敵を消し去ってくれたのだから、喜ぶのは当たり前だ。何時まで経っても問題は解決しない

 

(戦艦水鬼がこちらの出方を楽しんでいるような雰囲気だったな)

 

 提督は内心ため息をついたが、こればかりはどうしようもない。人類の問題であるのは確かである。特に組織というのは、必ず腐敗するものである。権力と利権を持っている程、腐敗するものである。それは鎮守府も同じである。一歩踏み外せばどうなるのだろうか?

 

「ともあれ、今後とも応援していきます」

 

両者は共に固い握手を結んだ

 

 

 

 国会の乱入によってニュースである艦娘問題は人権問題にすり替わってしまった。新憲法には既に盛り込まれていた事も合って話題になっていた。艦娘に人権などを付与する事に反対だった者達は、中継で流れた場面に思考停止状態に陥った。まさか、こんな事になるとは思っていなかった

 

 あれほど艦娘は人間でないと喚き散らした議員も今は黙ってしまった。自分達が唱えている『人類』とは何なのか?

 

「議員が言う『人類』とは日本人だけの事を指しているのですか?」

 

「人間の危機というのは、当然世界各国の人間も含むんですよね?あらゆる人種や民族にも適応されるのですよね?なぜ、あのような発言をなさったのですか?」 

 

 議員は記者からの質問攻めを回避していた。都合の悪い事は忘れる。よくある常套手段である

 

 

 

「提督、何処へ行くの?」

 

 国会議事堂を離れ、神威と菅野を送った一行は、別の場所へ向かっていた。時雨達は提督の車に乗っている。普通車であるが

 

「寄り道だ。ちょっとな」

 

 提督はそう答えるだけで目的地を言わない。時雨は窓の外の景色を眺めていたが、証人喚問の事もあって疲れが出て眠ってしまった

 

「着いたぞ」

 

 提督に起こされた時は、車は止まっていた。既に日は沈んでおり、暗くなりつつある。街の明かりもポツポツと灯っている

 

「ここって……」

 

 時雨は辺りを見渡す。ある海岸沿いにある墓地の入り口である。しかし、時雨はこの場所を知っているような気がする。まだ、この場所が何処か分からないのにも拘わらず

 

ふと、時雨が居る所から僅かに離れた所に火力発電所があった

 

……あの火力発電所……まさか

 

「未来の俺のノートに座標が書いてあった。どうやら、お前がタイムスリップした場所はここらしい」

 

 時雨の反応を見て提督は頷いた。あの日、タイムマシンを動かすために廃墟とした火力発電所を生き返らせた。僕を過去へ送るために多くの艦娘が命を散った

 

確か旗艦は陸奥だった。今は長門と共に健全だ

 

 提督は付いて来るよう言われ、墓地の中を歩いた。そして、大きな墓石の前に止まった

 

「お前が四年前に消えた日、墓を立てた。いや、お前の墓ではない。『失われた未来』で犠牲になった艦娘の墓だ」

 

 墓石に名前は彫られていない。代わりに駆逐艦の艤装に付いている主砲らしきものがおいてあった

 

「提督も大変だったわね。石屋から何の墓なのか?って首を捻っていたから」

 

矢矧はクスクスと笑っていた

 

「ありがとう……僕は立ち直れたみたいだ」

 

 時雨は答えた。皆を救おうと思って旅立ったが、皆に救われたような気がする。あの議員の罵倒も狂気染みた世界や浦田結衣に比べれば大した事では無かった

 

言い換えれば、それだけ平和と言う事である。しかし、その平和は脆い事も認識させられた

 

「提督……僕の行動は無駄ではなかったんだよね」

 

「ああ。お前のお蔭だ」

 

 時雨は、タイムマシンを守るために出撃した艦娘の姿を思い出しながら言った。尊い犠牲によって今の世界がある事に

 

「提督、深海棲艦との戦いはどうなるの?」

 

「そこが気になるか。少なくとも当面は大丈夫だろう」

 

あっさりとした提督の言葉に時雨はポカンとした

 

「巨大ワームホールを破壊する手段は幾つかあるものの、その海域にたどり着く事は難しい。幾多の深海棲艦が待ち構えている」

 

「無暗に戦っても、ワームホールにたどり着く前に弾薬燃料は尽きて撃沈してしまいます。残念ですが、それが現実です」

 

 大和は現在の状況を教えてくれた。深海棲艦は増強はしているものの、無限に仲間を増殖はしていないらしい。また、赤い海も最近では見ないらしい

 

 どうやら、移り住むのに自分達の世界の水を流すのは得策ではないと判断したのだと言う

 

「そこからどうなるかは、私達次第です。既に、旧史の出来事も浦田重工業が隠し持っていた『平行世界』の情報も役に立たなくなっています」

 

「大和さん」

 

大和も思う所はあるのだろう

 

「深海棲艦とのコミュニケーションも不可能ではない。だが、講和は難しいな。少なくとも、今の現状においては」

 

 提督は残念そうに答えた。人類が艦娘との関係が築けないのなら、深海棲艦との対話も不可能である

 

 あの議員が、人間ですらない深海棲艦と対話なんて出来る訳がない。例え出来たとしても戦艦水鬼は嘲笑うだけである

 

「分かったよ。提督、僕はまだ戦うよ。ここにいる皆のために。平和の海を取り戻すために。そして、平和の海を駆け巡りたい。艤装も付けずに」

 

時雨の表情は笑顔になっていた。もう、泣くことは無いだろう

 

世の中の矛盾を知って尚、それでも彼女は夢の果てを目指す

 

例え、それが困難な道のりであろうとも

 

 奇妙な運命に巻き込まれ、捻じ曲げられ、磨耗し、戦いの果てに時雨は一つの答えを掴み取る。

 

 それは世界の平和という漠然とした考えでもなく、己の名誉でもなく、希望へ繋がる明日である

 

 今後は今よりも激しい戦いになるだろう。終戦まで全員生き残る事を願うばかりである

 

彼等は帰路につく。自分達の未来のために

 

 

*1
実はこの二年は、当時の日本の備蓄量から計算したものである。山本五十六大将が、近衛首相から戦争遂行の見通しを聞かれ一年や一年半は存分に暴れて見せると答えたのはこの事から来ている

*2
史実において大量虐殺を行った歴史上の支配者で一位が毛沢東 犠牲者、約7,800万人。二位がヨシフ・スターリン 犠牲者、約2,300万人。3位がアドルフ・ヒトラー 犠牲者 約1,700万人である

*3
これはシャクシャインの乱を指す。




予定では完結は後もう少しですかね

プロット通りにはうまくいかないものです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第119話 同じ存在

金剛の改二丙実装間近ですね。既にケッコンカッコカリやっているのでレベルは問題ないです
エイプリルフールでは無かった!
そうと分かればランカー報酬である35.6cm連装砲改二を入手出来なかった事が悔やまれる
ランカー報酬を貰うために必要な戦果を取得するのに大変なんですよね
……まあ、改装すれば35.6cm連装砲改二を持って来る可能性もあるかもしれませんが……


「提督……あんな行為して大丈夫なのですか?」

 

「別に俺達の上司でもなければ、指揮下でもない。印象は悪いかも知れないが、同時にあいつらの本性も見えただろう」

 

 次の日、鎮守府では会議が行われた。今後の作戦にてどうするかである。集まったのは長門と陸奥、鳥海と摩耶、赤城と加賀、大淀と矢矧に時雨と夕立である。今までは実戦経験が豊富であった綾波だったが、今では時雨に交代した。古参だからである。時雨は申し訳なさそうに謝ったが、本人は気にはしていない。

 

「皆、唖然としていたわよ」

 

「そうか……寧ろ、テレビが壊されているのか心配だったぞ」

 

 国会中継の件で鎮守府に帰って来て早々、出迎えに来た艦娘から質問攻めにあった。提督は何とかして落ち着かせ寮に戻らせたが

 

テレビ中継されていたのだから、当然艦娘も見ている

 

野党議員の過激な発言には怒っていたが、提督の予想外の対応に唖然としていた

 

だから、大淀はどう反応していいのか、分からない

 

「何であの議員は、露骨に菅野さんという人を毛嫌いしていたんだ?」

 

「何……艦娘くらいで嫌うのなら、他国の人や他所の人種も付き合える訳がない。アイヌですらあの反応だ。こちらが説得しても無駄だ」

 

提督の答えに長門は納得はしない。こういった事は、まず無くならない

 

プライドが高いのか、それとも生理的に嫌うのか?

 

ただ、どちらにしても深海棲艦との戦いを知らない人であるのは間違いない

 

「第二次世界大戦を経験した記憶があるならある程度は分かると思うぞ」

 

「今は人類同士がいがみ合う場合ではないというのに」

 

「深海棲艦との戦いは海上戦がほとんどだからな」

 

深海棲艦は『艦だった頃の世界』と違って日本侵略は考えていない。あくまで海域の占領。一定範囲の小さな島なら上陸は出来るが、広い面積を持つ島は無理だ

 

「まあ、あの一件で親父から怒られたが、想定内だから問題ない」

 

「処罰は?」

 

「反省文だ。もう書いて出した。……本題に入ろう。深海棲艦の動きだ。空襲を行った敵だが、戦艦水鬼は何かをやる」

 

提督の言葉に皆は黙った。反省文を一晩で書いたのも凄いが、今は言わない方がいい

 

「敵は艦隊決戦を挑むのだろうか?」

 

「だとしても驚きはしない。過去に何度もあった。正々堂々とまではいかないが、強力な艦隊を編成して日本から離れた海域に出現する。それも、海上航路に現れる。こちらを誘っているんだよ」

 

長門は期待を込めていたが、提督は苦笑いした。艦隊決戦と聞けば、戦艦の出番はあるからだ

 

「だから、どこに出るか大方予想は出来る」

 

「シーレーンは守らないといけませんが、上からは艦隊を殲滅しろと言って来ています」

 

「……やれるものならとっくにやっている。ただ、艦娘が出来る範囲は限られているのが現状だからな」

 

大淀の指摘に提督頭を掻いた

 

シーレーン防衛は、常に一隻一隻のタンカーや商船に護衛つけてたりはしてない

 

 

 

 やり方は、色々な方法がある。今はどっか特定の国と戦争してて、その国がタンカーを攻撃してくるような状況とは違う

 

 

 

 深海棲艦の艦隊が出現したら、ある地域に警備と深海棲艦対策に当たっているのが現状である

 

派遣も何回かあったとのことだ。時には、ヨーロッパまで遠征したこともあるという

 

「でも、深海棲艦は通商破壊をあまりしないんですね」

 

「……別に日本を滅亡させるためだけ存在している訳でもないからな。縄張りに侵入する相手を無差別に攻撃しているから、こっちが負担になる事には変わりない」

 

 深海棲艦は縄張りを張っている。そのため、深海棲艦が出現しない海域に航路を持っている

 

 しかし、縄張りはいつも同じとは限らない。気まぐれなのか、それとも戦略なのか、海域にちょっかいを出している

 

「何とか航路は確保しているが、油断ならない」

 

「でも、守りながら深海棲艦を殲滅って難しくない?」

 

「……そこが頭の痛いところだ」

 

時雨の指摘に提督は顔をしかめた

 

海域を開放しても、深海棲艦は隙を見て奪い返そうとしている

 

会議は長い間、行われた。今のところは現状維持という方針になった

 

 

 

 

 

今週の秘書艦は時雨である。提督の仕事は沢山あるが、書類整理が多い

 

時雨も提督の仕事を手伝いをし、終わったのは、日が傾いていっていた

 

「お疲れ様」

 

「書類はもう見たくないな」

 

提督は不満そうだが、いつもの事なので気にはしていない

 

テレビではニュースをやっていたが、ある場面を見て時雨は驚いた

 

「提督、博士が映っているよ!」

 

「本当か!……全く、有名人になって」

 

提督の父である博士は海軍中将である。そして、艦娘の生みの親でもある。本人はニュースアナウンサーと対面しており、インタビューを受けていた

 

『……今回は艦娘を産んだという海軍中将をお越しいただきました。降格処分を受けましたが、浦田重工業の反乱の一件で汚名返上になりました。本当に1人で成功させたのですか?』

 

『そうです。当時の私は、何かあるという疑惑と研究を独自でやっていた事もあり、艦娘計画を成功させました。軍でも一部の集団から支援がありました。援助が無ければ浦田重工業の悪行を止める事は出来なかった』

 

博士の回答を聞いて提督と時雨は苦笑いした。本当は違うのだが、あまり本当の事を話すのは不味い。時雨のタイムスリップという事実を世の中に公表してはいけない

 

『元は技官ですが、海外に行って科学者と出会ったりしていたらしいですが、中将の中では、若かった時から艦娘計画という概念は出来上がっていたのですか』

 

『いいえ、当時の私は私の趣味のようなものです。世の中はまだ知らない事がある。思わぬ発見があるかもしれないという事から独自に研究を行った。お蔭でこのような結果に繋がりました』

 

 博士は淡々と答えていた。『超人計画』の由来は博士が長年、試行錯誤に研究で生み出された産物となっている。大昔に深海棲艦が現れ先祖と接触し生まれた技術という事は、公になっていない。と言うより、証拠もないため、噂はあるものの証拠は無きに等しかったためほとんどの者は本気にしなかった。証拠も証言も出鱈目である。提督もあまり本気にしなかった。先祖代々の言い伝えでも本当かどうか分からないのである。浦田重工業が見つけた文献も南方棲戦鬼の砲撃によって失われたため残っていない

 

 唯一の証言は駆逐古鬼と重巡棲姫だけだが、本人は何とも思っていないらしい。少なくとも怨みはないようだ。先の空襲も報復攻撃ではない事ははっきりしている。2人は何処へいるのだろう?

 

『四年前の浦田重工業の反乱についてどうお考えですか?』

 

『実に悲しい出来事だったと言わざるを得ません。日本を発展させた大企業がこんな形になるとは』

 

『浦田重工業がもしあのような事件を起こさなければ、艦娘と浦田重工業は手を結んで深海棲艦と戦っていたでしょうか?』

 

『一時であると考えます。仮にそうだとしても、共通の敵がいたため休戦したに過ぎません。深海棲艦がこの世から完全に駆逐されれば、浦田重工業は艦娘を排除しようとしていた。次の戦いが起こるだけです』

 

 予想外の答えだったのだろう。アナウンサーは、目をぱちくりした。答えは素晴らしい事に成っているという答えを期待していたに違いない

 

 しかし共に戦った仲でも、いざ戦いを終われば友は敵になる事はあり得る事象である。人類の歴史でもよくある事だ

 

だが、アナウンサーはここまで頭が回らなかった

 

『中将は、艦娘が現れた事で社会に大きな影響はあるとお思いですか?数年後、人類と艦娘との間で戦争が起こるのではないかと言う懸念があるという声もありますが』

 

『馬鹿馬鹿しいにも程がある。外国人が日本に来日すれば人類が消滅すると?その者がスパイやテロリストならともかく、彼女達は一般人です。我々は野蛮人ではないのですから』

 

『艦娘や深海棲艦が現れた事で人類の存続が危ぶまれていると言う声もあります』

 

『というと?』

 

『艦娘がどのような存在かは知りませんが、我々人類においても未知の領域です。何か不味い事でも起こるのだろうと思います。デメリットもあるはずです』

 

博士は顎に手をやり沈黙したが、すぐに回答をした

 

『深海棲艦はともかく、艦娘が現れたからと言って人類の存続になるか、は考え過ぎませんか?そもそも、人権というのは何か?君は知っているのか?』

 

『それは――』

 

博士は段々とため口になって来ている。呆れていると言う風に見える

 

『最近、国連はある決議を行った。世界人権宣言というのを。条文では『全ての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である』と。宗教も文明も価値観も人種もバックグラウンドもなにもかも違う人たちが集まり議論し合意した、人類史上類を見ない宣言だ。その中で人類の定義はない。なぜ、いけないのか?そこが気になるのが?』

 

『それでは、中将は人間を作っている事に成ります。これは倫理に反するのでは?命の冒涜ではないかと言われています』

 

『それは一個人の意見かね?『人間の両親の交配により懐胎した母親の胎内で成長し出生した生命体が人間である』という定義を作らないといけないのか?』

 

『そうとは言っていません。ただ、何かしら不味い事でも起きるかも知れないと言いたいのです。奴隷人間の生産という修羅道への転落するかも知れないという意見もあります』

 

『それは知っておる。しかし、それは文明が衰退した時か人類が衰退した時だと私は考える』

 

博士はアナウンサーが困惑した表情をしていたので、再び口を開く

 

『艦娘を差別や区別することを是とする理論的根拠は存在しないと考えています。寧ろ、なぜそうするのか聞いて見たい。艦娘には別の扱いをしてもよいと考えている人は、他の人と同じように考え、人格をもつ人の臓器を無理矢理取ったり、実験体にしたりしてもよいと、本気で考えているのか?人類が多年の努力により克服し、今なお克服するための努力を続けている「差別」。新たな差別を生むことを是とする論理的な根拠を聞いてみたい』

 

『い、いえ……それは……』

 

予想外の答えにアナウンサーはしどろもどろだ。ここまで話すとは思っていなかったのだ

 

『人権や人類の見方は国によって違う。一昔前のアメリカでは公然と差別がおこなわれ、差別立法が当たり前のように成立していた。日本でも、治療法はあるのにハンセン病患者はいわれなく人権を大きく制限されていた。皮肉にも浦田重工業が治療法を持って来たお蔭で解消された。自分の子を虐待し愛情を掛けない家庭もいる。艦娘だけが特別ではない。寧ろ、自分達の歴史を振り返ってみてはどうかね?』

 

『しかし、艦娘は兵器に近い存在なのですよ?暴走したらどう責任を?』

 

『君には子どもはおるかね?私の息子は、反発して家出をした時期があったぞ?しかし、犯罪は犯さずに立派に成長して軍人になったわい。自由意志は誰にも奪えん。これは生命体共通の事例だ。全ての人間が善良な市民ではあるまい?暴走というが、その例えはただの犯罪者ではないかね?普通は警察を呼ぶじゃろう?君には常識が無いのかね?』

 

 博士の呆れ顔にアナウンサーは顔面蒼白していた。暫くしてコマーシャルが流れたが、提督も時雨も唖然として画面を見つめていた

 

「提督の父親って変わらないね」

 

「色んな所から学んで知識を蓄えた為、思いもよらない考えが沸くんだ。だが……全く、職場や家だけでなく、マスメディアの人間まで言うなんてな。話が噛み合わない……いや、そもそも相手の考えが幼稚かも知れんな」

 

提督も呆れ果てていた。天才であるのは確かなのだが

 

 艦娘でも博士の考えや理論を分かる者は明石くらいだ。夕張も何とかついているが、それでも限界がある。そのため工廠には、専門書がずらりと並んでいる

 

海外艦からは、図書館なのか?と間違われたらしい

 

「それはそうと、近い内に大作戦が発令される」

 

「いつなの?」

 

「もう、そろそろだ。ただ……お前はどうなのか?」

 

時雨は提督を見た。大作戦……何だろう?

 

「もう、機密にする必要はないな。フィリピン周辺海域にて深海棲艦の大艦隊が度々、目撃されている。 しかも、敵はそこを拠点としているらしい」

 

フィリピン周辺海域……時雨は息を呑んだ

 

知っている……あの海域の事を……。『艦だった頃の世界』ではあの戦いがあった

 

「レイテ沖海戦……」

 

「向こうではそう呼ぶらしいな。今回の敵は深海棲艦だが」

 

提督は、時雨に聞いた

 

「お前はどうする?」

 

「え?」

 

「お前は再び艤装を装着して戦えるのか?」

 

提督の問いに時雨は直ぐに答えられなかった

 

 軍医からは、戦闘ストレス反応の症状は収まったと言われた。暫くの間はドクターストップがかかっていたが、今は違う

 

 演習や遠征でも無茶な戦闘は行っていない。香取や鹿島も戦闘に出しても問題ないと言われた

 

「提督……僕に命令しないの?」

 

時雨は提督の問いに疑問を持った。命令ではない?

 

「親父も言っていただろ?自由意思は誰にも奪えない、と。今度の大作戦はちょっと訳があってな。参加の有無を聞くことにしたんだ」

 

「それだったら、全員参加しないとなったらどうするの?」

 

「いや、分かるはずだ。フィリピン海域にて、再び戦艦水鬼が確認された。四年前に助けた戦艦棲姫だ。奴はこちらを誘っている。『艦だった頃の世界』の戦場を再現している」

 

時雨は戦艦水鬼が撤退する際に残した言葉を思い出した。戦いの場を用意する、と

 

「お前はどうする?受けて立つか?」

 

「それは……」

 

 

 

提督は時雨の答えを待っていた。彼の頭に、自分の父との話し合いを思い出していた

 

数日前……

 

 国会議事堂の証人喚問へ行く直前、数人の艦娘と博士の会議があった。参加した艦娘は、川内姉妹三人と萩風、扶桑と山城に瑞鶴にアイオワである。502部隊の将校と軍曹も加わっていた。内容は伊勢型戦艦の大改修予定ともう一つ気になる事……

 

「伊勢型戦艦が戦闘空母になる可能性は分かった。……まさか、そのために集めたのか?」

 

「……違う。真剣な話じゃ」

 

父は首を振りながら封筒から写真を出す

 

「深海棲艦において奇妙な現象も起こっておる。『深海鶴棲姫』だったか。あの艦娘……瑞鶴に似ているだろ?」

 

「俺は直接目で見ていないが、キ109の搭乗妖精は写真を取ってくれた。……確かに瑞鶴に似ていると言って来た」

 

時雨達を救うために陸攻を刺し向けた際、敵艦を撮影するようにと伝えたのだ

 

写っていたのは確かに瑞鶴に似た深海棲艦だ

 

「伊勢達に改修案のために試験航海していた途中、奴と出会った。駆逐水鬼と名乗っておったが」

 

博士は写真を机の上に置き、皆に見えるようにした。見たこともない姿形である事から、深海棲艦の姫級だろう

 

しかし、深海棲艦にしては首をかしげるものである。まるで艦娘のように見える

 

「安心しろ。結衣のような存在ではないわい。……遭遇した伊勢日向と鈴谷熊野は交戦し撃沈に成功した。……しかし翌日、海の上に漂流している者がいると通報があって救援に向かった」

 

「……まさか、萩風だった?」

 

冗談だろうと思ったが、父の表情は変わらない

 

「漂流する前の出来事は覚えている?」

 

「いいえ、覚えていません。艦娘の存在も『知っている』だけで、なぜこうなったのか……」

 

しどろもどろに話す萩風。しかし、俺はまさかと思い親父に聞いた

 

「沈めた深海棲艦が艦娘になったのか?……だが、それはまだ分からないと言っていただろ?」

 

 実は深海棲艦が艦娘になって現れたケースは珍しくない。神通と那珂、阿賀野、春雨は東京湾沖で発見された。恐らく、軽巡棲姫らが何らかの方法で艦娘になったという。本人も漂流していた以前の記憶は無かった。しかし、自分達の存在は認識しているという

 

念のために調べたが、特に問題もなかったこともあり、部隊に編入させた

 

「そうじゃ。だが、無視できなくなった。恐らくじゃが、何らかの拍子で艦娘は深海棲艦に、艦娘が深海棲艦になる事もある……常に発動するとは限らん」

 

「ああ。だが、深海棲艦は同じ奴を補充して来る。しかも、そいつを沈めても現れない」

 

 提督も薄々と感づいていた。軽巡棲姫らはなんらかの方法で艦娘になったらしい。だが、決戦が終わって数か月後には軽巡棲鬼や駆逐棲姫は確認されている。沈めると艦娘が出現するような事象は無かった

 

「何か知っているのか?」

 

「あくまで説じゃ。……東京湾での決戦においては結衣が関係していたらしい。8代目が製造した艦娘になる薬品。その影響がテレパシーを通じて軽巡棲姫らに影響を受けたのじゃろう。操っておったからその影響じゃろう」

 

 親父は淡々と説明した。四年前の決戦は衝撃的な事件だったため、神通達の現象は半ばほったらかしの状態だった。しかし、身体の変化は無く、他の艦娘と同様に改装も出来た事から問題ないだろうとのことだ

 

「明石は艦娘が撃沈されたら深海棲艦になるとこっそりと教えられたが、俺は疑問だ。何しろ、深海棲艦化した艦娘はサラトガだけだ。……勿論、撃沈させていない。『失われてた未来』では撃沈した艦娘が深海棲艦した記録は無い」

 

 尤も、浦田重工業や浦田結衣のせいでそれすら許されなかったと言えばそれまでだ。『失われた未来』では結衣は深海棲艦を掌握していたのだから

 

「それに私は沈んでいないのよ。なのに、私とそっくりな深海棲艦がいるなんて」

 

「2年前の作戦で、軽巡棲姫と接触した時は、私の戦い方と似ていました。姉さんは分身ではないかとからかわれました」

 

瑞鶴と神通は口をそろえていた。彼女達も疑問を持っているのだ

 

「俺達はこんな深海棲艦と出会った。……まるで扶桑山城に似ていたぞ」

 

 軍曹はキャンプに現れた深海棲艦を写した写真を見せた。海岸に歩く2人の深海棲艦。深海棲艦特有の角や爪、艤装を除き、外見は扶桑姉妹と瓜二つである。後に海峡夜棲姫と名付けられたとの事だ

 

「扶桑山城が502部隊とあきつ丸をドッキリするために現れたのなら別ですが」

 

「笑えないぞ。生きた心地なんてしなかったからな」

 

軍曹は苦笑していたが、将校は笑わなかった

 

「だが、深海棲艦は艦娘を真似する必要性はあるのか?嫌がらせのためにやる訳ではあるまい」

 

将校の言いたい事は尤もである。なぜ、似せる必要があるのか?

 

「これも説じゃ。だが、根拠はないため本気にしないで貰いたい」

 

「構いません。教えてくれませんか?」

 

神通は頭を下げた。ここで聞かない訳にもいくまい

 

「艦娘の存在は知っておるな。進化の過程だと。そのため、考えている事は同じじゃろう」

 

「というと?」

 

収斂進化(しゅうれんしんか)を知っておるか?」

 

 

 

 収斂進化とは全く別種の生物が、環境の類似性にあわせて、同じような形に進化する現象である。シャチとサメを見れば分かるように進化の過程は違えど、似たような形状をしている。恐竜時代に生きていた魚竜も、外見はイルカやサメに似ている

 

 見た目がそっくりだから近縁種ないし共通の祖先を持つ存在だと思ったら、遺伝子的には全く別の存在であったという事例もある

 

「二人の人間が、時にまったくおなじ発明を思いつくこともある。その事から似ているのだろう」

 

「しかし、サラトガの件はどうなる?」

 

 サラトガはOSSの暴走を止めるためにアイオワと出撃していたが、ビキニ岩礁にてどういう訳か深海棲艦となった。前触れなしである。アイオワも驚いていたのだ。『平行世界』のビキニ岩礁では核実験が行われていたのと関係があるのか?長門、プリンツオイゲン、そして酒匂はそのような事は起こらなかったが……

深海海月姫になった期間のサラトガは何も覚えていないと言う

 

「艦娘の建造技術は深海棲艦を基にしておる。恐らく、核となる元素に影響したのじゃろう。サラトガの場合、本人の記憶を掘り起こされ暴走してしまった」

 

「……」

 

 親父は推測を述べていたが、俺は考えていた。サラトガの件は見てはいない。だが、深海化した吹雪は見た。吹雪自身は覚えていない

 

「人間性を失えば艦娘は深海棲艦になると?」

 

「かどうかはともかく、そうでない場合が気になるのぉ」

 

実際に瑞鶴と深海鶴棲姫は対面し交戦したが、特に変化はない

 

(駆逐古鬼は何の艦娘になったんだ?)

 

 ふと、提督はそんなことを考えていた。人の生活に興味を持ち、8代目の協力も合って人になった

 

(姿形はまるで神風型に似ている)

 

勿論、似ているだけで関連性があるわけでもない

 

しかし……神風が建造された当初、こんなことがあった

 

『待たせたわね、司令官。神風型駆逐艦、一番艦、神風。推参で……』

 

 建造ユニットから出た時、俺の顔を見るな否や固まった。しかも、マジマジと見ていたのだ

 

『どうした?』

 

『すみません……その……何処かでお会いしました?』

 

 神風の最初のやり取りはこれだ。秘書艦であった金剛も明石も工廠妖精も不思議がっていたが……

 

 

 

(いや、まさかな……)

 

 会議の中、提督はこの事を胸にしまった。歴史によると蒙古襲来にて神風が吹いたという

 

その神風というのは台風ではなく……

 

 

 

 

 提督は時雨の答えを聞くまで先日の出来事をちらりとかすめたのはそのような事だった

 

時雨は思った。戦艦水鬼は何らかの方法で太平洋戦争を知っている

 

フィリピン海域に現れたということは……

 

「そうだね…進むしかない。ここで立ち止まっては駄目だ。止まない雨は、ない……ね」

 

 時雨は作戦に参加する決意をした。深海棲艦は未だにいる。誰かがやらないといけない。そして、密かに期待していた。敵が用意した罠かも知れない。しかし、僕たちが決着をつけないといけない。自分達はへこたれるような軟弱者ではないと

 

特にシーレーンを守らないといけない。他の国が守ってくれる訳でもない

 

勿論、シーレーン防衛は、軍の仕事の一環なのだが

 

「そうか……なら、準備しないとな」

 

 

 

 提督は夕食を食べ終えた後、私室に戻った。最近は残業が多くて寝不足だ。周りから寝るよう言われたのだ。指揮官が健康不良だと問題がある

 

 勿論、早く寝る気である。大作戦へ向けて計画を練らないといけない。しかし、ベットに寝る前に彼は机から書類を取り出した

 

 それは彼の父である博士が寄越した論文である。勿論、彼は専門家でもないためそう簡単には分からない。しかし、この論文だけは理解するために彼は膨大な時間を要した

 

 いや、論文に書かれているほとんどは科学的な事象である。問題は、深海棲艦と艦娘についてである

 

『……深海棲艦はどのように誕生したのか分からない。しかし、確かな事は海で不自由もなく生活するために進化したのではないかと考える。つまり、深海棲艦は我々で言う軍団。特に駆逐イ級から空母ヲ級などの下級深海棲艦は人工の兵士とも言える。指揮官は鬼・姫級である事から組織的な存在でもある。深海棲艦もまた……海で戦う者である艦娘とも言える存在。艦娘計画も超人計画も深海棲艦を参考にして生み出された計画である。つまり、深海棲艦と艦娘は〝同じ存在"である。近年において、遺伝子の研究が進んでおり、艦娘と深海棲艦、そして人類に共通の遺伝子情報があるという。だが、深海棲艦も艦娘も人類も生命体。生命体である以上、それぞれに心があり、自我があるのも当然。よって、自我や欲望などの感情が沸くのも自然の摂理である。つまり、世間の一部で言う人類の反逆の懸念は間違っている。人類の歴史でも弾圧されれば反乱が起こるのは当然であり……』

 

 提督は読むのを止めた。これは非公開のものである。戦時中の事もあり今の段階で発表されれば混乱するだろう。特にこの状況では……

 

(親父に『ワシはやるべきことをやっただけだ。お前も好きにしろ』と言われた。この世に正しいものはない。なら、自分の価値観に従って行動すればいいだけ。それも、後になって後悔がないように)

 

 一歩間違えば、折角救った世界は壊れてしまう。いや、平行世界の歴史に足を取られて堂々巡りを繰り返す事になるだろう。深海棲艦がいるのも拘わらず、内紛や虐待などの内ゲバをしていては、何も教訓を得られなかった事に成る。時雨の行動や『失われた未来』の警鐘も無意味となる

 

 時雨……いや、彼女達に本当の事は言えるはずがない。深海棲艦と艦娘が『同じ存在』などと言えない

 

 だが、提督の中では科学的な見解について、納得はしている。人間でも似たような事をしている。遺伝子は同じだろうが、皮膚の色や民族の違いなどの違いだけで差別や紛争などを繰り返していた。ならば、艦娘も深海棲艦も神話に出て来るような特別な存在でば無いのではなかろうかと。一方で、深海棲艦と艦娘が『同じ存在』である事には、納得がいかないでいる

 

 悪魔が元々は天使だったにしろ、忌む存在には違いない*1。だからこそ、この世界にやってきた者を闇へ追放出来るのも彼女達しかいないのだ。一見、矛盾しているかも知れないが、世の中は白黒とはっきり分けない方がいい

 

しかし、これだけは言える

 

 希望を捨てない事。それが艦娘の使命。時雨もその使命のために命懸けでタイムスリップして来たのだ

 

時雨や『失われた未来』の自分達の使命が無駄ではなかったと証明するために……

*1
この場合は堕天使の事を指す。堕天使の中でも有名な元天使といえばルシファー。悪魔サタンである




おまけ
深海鶴棲姫『我は汝 汝は我』

瑞鶴「それは言っちゃダメ(ペルソナのネタ……)!」

劇場版において深海棲艦化は「艦娘は撃沈されると深海棲艦となり、深海棲艦が撃沈されると艦娘になる場合がある」と加賀が説明していました

ただ、深海吹雪と吹雪がばったりと出会ったりと、奇妙な現象も起こるようです

深海棲艦の正体は公式は不明です。艦娘と表裏一体説や乗組員亡霊説などありますが、一番好きな説は水の中で独自に進化した生命体。水中生命体ですね(持論)
だって、怨霊の塊であるなら、夏になると水着でバカンスしてたり新春で着飾ってたりなどとする事はないと思う(違う、そうじゃない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 暁の水平線へ

大変お待たせしました
元号が令和に変わりましたね

それはそうと、タイトルに嘘はございません。更新が長引いたのもそれが理由です


 時間は慌ただしく過ぎ、いつの間にか季節は秋に近づいていった。日本国内は、浦田重工業の反乱以降は、安定している

 

都市も復興は順調で、新しい建物が次々と姿を表した。

 

 といっても完璧ではない。浦田重工業というバックアップがないため、遅延はしている。道路網や電話回線、水道網などのライフラインは何とか復旧しつつある。浦田重工業の反乱や深海棲艦の爆撃でズタズタにされたからだ

 

 問題は地方だが、こちらは大都市が再建された後、おいおい手を打つしかない。しかし、浦田結衣も深海棲艦も都市部を優先的に狙っていたので、地方もそこまで被害は受けていない

 

 深海棲艦が近海にいないため、漁も再開され、漁獲高が急速に上がった。流石に遠洋は無理だが、艦娘が制圧した海域なら可能だ

 

戦争中だが、国民が飢えてしまっては意味はない。それにわざわざ監視船にする必要はない。『艦だった頃の世界』の太平洋戦争では漁船は監視船として駆り出されて、漁どころではなかった

 

 憲法も博士達が結成した勉強会の成果もあって、国会を通過した。近い内に制定されるだろう。反対もあまりいない

 

ともかく、日本は急テンポで再生していった

 

 しかし、これで安泰と言えば違う。フィリピン沖に現れた深海棲艦を何とかしないといけない

 

そのため、海軍は艦娘をフィリピン海域に派遣する方針を行った

 

 輸送船やタンカーが沈められては、日本は飢えてしまう。あれほど艦娘を嫌っていた一部の議員もマスコミも黙りしていた

 

 重油がなければ、火力発電所は動かず、電力供給も出来ない。日本では手に入らない食料や資源、医薬品などもストップする。艦娘でさえ油が必要だ。日本の食料生産能力も限度がある。アメリカのように広大な土地は無いからだ。特にボーキサイトも貴重だ。遠征で手に入るが、それは自分達の運用のためである。民生品にまわせるだけの量なんてとれない

 

 理想だけ唱えては、意味がない。特に何らかの手も打たずに高望みだけの理想は絶対に実現しない

 

 中には別の方法で深海棲艦を倒そうと考えた一部の人もいたが、馬鹿馬鹿しい戦果は上がらなかった

 

 通常兵器では深海棲艦を倒す事は出来ない。海軍も海上保安庁(平行世界の日本を参考に新たに新設された)も、そういう無知で短絡的な人を追い返した

 

「悔しくないのですか!……いえ、人間でない物に守られてプライドもないんですか!?」

 

「何を言っているのだ?」

 

 勿論、話にもならない。深海棲艦を倒す能力がないのだから仕方ないのもあるが、彼らは艦娘に対して特に嫌悪感すらなかった

 

(俺らに血を流させておいて、なにを平和主義者ぶってんだ、この偽善者は?)

 

 この人達は視野が狭い。兵士にしろ、艦娘にしろ、結局は武力に頼るわけである。兵士か艦娘かの違いがあるだけで、逆に毛嫌いする理由も分からない

 

 確かにライバル間はあるものの、排除しようとまでは思わない。中世の魔女狩りではあるまい。流石の海軍も海保もそこまで落ちぶれていない

 

 しかも、フィリピン沖辺りで日本の貿易航路を脅かしている現状において、どうやって解決するのか?

 

 しかし、これらの問いに彼らは答えない。あったとしても、非現実的な答えばかりである。軍事も社会も分からないから仕方ないが、少しは勉強してから発言すべきである

 

 

 

 

そんな些細な事を他所に海軍は派遣準備に入る。艦娘にも出動命令が出て準備に入る

 

提督も今回の作戦に参加する艦娘に声をかけた。作戦名も『レイテ沖海戦』と命名した

 

 単に『艦だった頃の世界』の太平洋戦争から取った。公式名称は『フィリピン沖海戦』であり違うのだが、馴染みがあるためその方が艦娘にも士気が上がる

 

実際に艦娘達も士気が上がり、作戦参加に志願する者は多かった

 

 海外艦も参加表明している。アメリカ艦も問題はなかった。『艦だった頃の世界』の事は引きずってはおらず、トラブルもない

 

「艦娘達は国境を越えて手を取り合って深海棲艦と戦っているのに、反対派はヒステリックな叫びしか出来ないですね」

 

 テレビの討論会の番組で、元海軍関係者は、未だに反対を唱える者に冷たく言っていた。相手は何も言わない

 

 指揮を執っているのは、海軍士官とは言え、海外艦との共同作戦は珍しい。外国の軍隊と共同作戦に参加は、互いに信頼がないと出来ないからだ

 

世の中は、思想だけでは成り立たない。妥当性の問題が付きまとうからである

 

 特に国の安全保障は、思想ではなく妥当性が全てに優先されるのだから仕方ない。『平行世界の日本』において自衛隊が、なぜ存続できたのか、安全保障を考えれば必要不可欠だからである*1

 

よって、艦娘の存在はほとんど問題にならなかった

 

「提督、この事は予想していたの?」

 

「ある程度はな」

 

 提督は時雨の質問に答えた。艦娘の批判の声も少なくなってきている。浦田重工業の置き土産も消えつつあった

 

「提督よ、出港準備出来たぞ」

 

 武蔵は報告してきた。武蔵も今回の作戦に参加している。いや、艦の中は艦娘と妖精で一杯だ

 

 提督と時雨は、艦娘支援艦にいる。去年、就航した軍艦だ。名前は『おおすみ』である。『平行世界の日本』の海上自衛隊の輸送艦から取ったものである

 

多少の装備は違うが、『平行世界の日本』の海上自衛隊が保有する『おおすみ』のスペックは変わらない。基準排水量八万九千トンの大型艦である

 

 建造途中であった客船を軍が買い上げ、明石達の手によって軍艦に切り替える方法もあったが、客船は何かと不便であるため、一から造ることなったのである

 

戦争を通じて、客船を徴収する事は普通である。戦時に借り上げる事を想定して、建造資金の一部を肩代わりする事も珍しくない

 

 特に陸軍の将兵や支援物資を大量輸送するためには客船の方が良かったのである。

 

 但し、軍艦に改装するとなると話は別である。客船と軍艦は根本的に設計思想が違うため、色々と不具合が出て来る。特に、商業船の機関は経済性を第一に設計されているから、自在な加速力を要求される

 

 特に、商船改造空母は工夫でもしないと使い勝手が悪いものとなっている。何しろ、艦載機を飛ばすために素早く風に立たなくてはならず、また素早く原位置に復帰しなくてはならなくなるからである。『平行世界の太平洋戦争』では米空母の護衛空母はカタパルト等で補って運用したが、日本は開発が出来なかった。

 

 しかし、これは支援艦であるためそこまで速力を上げる必要はないだろう。『おおすみ』は深海棲艦の襲来が来ても艦娘を吐き出させることも可能だ。僅かだが、自衛用兵器は搭載している。戦闘艦ではないのだから些細な問題は無視していいだろう

 

 必要なのは輸送能力を持った軍艦が重要だからである。何しろ、敵はフィリピン沖にいる。そこまでたどり着くだけなら艦娘でも出来るが、日本から遠すぎる。

 

現場から離れた所で艦娘は出撃する事に成っている。提督は乗船して指揮を取る形だ。提督は艦長役も務める事に成る。支援艦の操縦は主に妖精と艦娘が行う事に成っている。元々は艦だった事もあり、船の操縦も短期間で終えた。揚陸機能もあり、上陸用舟艇も2つ積んでいる。孤島に基地航空隊を建設するためである

 

陸攻は勿論、局地戦闘機や陸軍機も積んでいる

 

 普通なら一つの船にこんなには載らない。艦娘と妖精のお蔭で搭載可能である。巨大な船体に貨物と艦娘を満載し、喫水が深く沈んでいた。貨物室には、資源や艤装が大量に入っている。大掛かりな作戦のために必要な物資だからである

 

 食料も一ヶ月分は積み込んだ。万が一、長引けば沖縄に寄港すればいい。但し、沖縄も台所事情は厳しいため上手い事やるしかないのだが

 

 

 

 慣熟訓練もやっており、運営に支障はない。既に数回は使用している。通常の駆逐艦も同行させている。勿論、艦娘ではなく、普通の軍艦である

 

深海棲艦以外の敵……主に海賊等を警戒するためである

 

「こっそりと出港出来ないものなのか?」

 

「提督よ、折角集まってくれたのだ。対応しないとな」

 

 

 

 港には大勢の人が集まっていた。軍人だけでなく、一般人も支援艦『おおすみ』を見送りに集まっていた

 

「無事に生きて帰ってこい」

 

「はい、全力を尽くします」

 

 提督と元帥は互いに敬礼をした。作戦成功の有無は全て提督に掛かっている

 

言い換えれば、国の運命も握っているといい。フィリピン沖は日本のタンカーなどが通る場所だ。奪還出来なければ、日本は飢えるだろう

 

エネルギー資源や鉱物資源については言われるまでも無かった

 

「頑張って!」

 

「行ってみたかったのです!」

 

「鎮守府は任せてください」

 

 居残り組の艦娘は、出撃組を見送っていた。全ての艦娘を連れていく事は出来ない。本土の守りも疎かにしてはいけない

 

 出撃する組は、『艦だった頃の世界』で発令された作戦名、捷号作戦に参加した艦娘を主に連れて行った

 

 大和武蔵を中核とした水上部隊は第一遊撃部隊(栗田艦隊組)、那智旗艦である第二遊撃部隊である志摩艦隊、そして、機動部隊本隊(小沢艦隊)である

 

対潜警戒として海防艦娘も駆逐艦娘も連れて行く

 

潜水艦も警戒しないといけない

 

 そして、重要な艦娘編成……第一遊撃部隊第三部隊である。通称、西村艦隊。彼女達の相手は、扶桑山城に似た深海棲艦、海峡夜棲姫と戦うためである

 

 フィリピン沖に現れた海峡夜棲姫……恐らく、主力艦隊だろう。しかも、情報ではスリガオ海峡辺りに潜んでいるらしい

 

西村艦隊はスリガオ海峡を通り抜け、海峡夜棲姫を倒す事が任務である

 

「まさか、こんな日が来るなんて……第二戦隊、旗艦山城!第一遊撃部隊、第三部隊!何もかも同じ……ふ、ふふふふ……」

 

 式典の中、西村艦隊の一人の艦娘は不気味な笑いをしていた。本人は喜んでいるのだろうが、周りは何があったのか気が気でなかった。満潮も諦めたらしく、頭を抱えている

 

「山城、落ち着こうね」

 

時雨も落ち着かせようとしたが、山城は意識が宙に浮いているのか、気がつかない

 

「大丈夫かな?」

 

時雨は不安だ。扶桑山城も航空戦艦で改二になっている

 

「時雨、山城は大丈夫よ。一緒にスリガオ海峡を抜けましょう」

 

扶桑は申し訳なさそうに小声で言ったが、本人もウズウズしていた

 

やはり、選ばれたのが嬉しいのだろう

 

「山城……喜ぶのはいいが、改二になったからといって無敵になる訳でもないからな。大改修の資源揃えるのにどれだけ苦労したか……」

 

 提督が席に戻ると山城に小声で話した。笑みを浮かべていた山城は、冷水を浴びせたかのように固まった

 

後から聞くと、大改装である改二になるための大改装に必要な資源は多かったらしい*2

 

 山城も改二改装には喜んでいたが、消費資源量を聞かされると目玉が飛び出たほど驚いたという

 

 扶桑や時雨にも自慢できる、もう欠陥戦艦とは言わせないと浮かれていたが、現実は非情であった。幸い、改装に割くほどの資源はあったため問題は無かったが。

 

しかし、資源を貯めるのに提督も遠征に行っている艦娘も苦労したという

 

勿論、山城だけではないが

 

 尤も、改二になったからといって極端に強くなる訳ではない*3。やられる時はやられる。こればかりは仕方なかった

 

 

 

 式典が終わると出撃組の艦娘全員が乗り込んだ。集まった軍人や観客は旗を振りながら声援を送っていた

 

 あきつ丸は502部隊から熱烈に見送られていた。あきつ丸は陸軍の艦娘だから仕方ない。まるゆは連れていけなかったが

 

提督はまだ乗船していない。時雨と大和も提督の横にいた

 

「陸奥、龍譲……留守の間の指揮は頼むぞ」

 

「いいわ、提督も負けないでね」

 

「任しときな!鎮守府はうちが守ったるで!」

 

 提督の不在の間は、陸奥と龍譲が指揮をとることになった。陸奥が提督代行、龍譲は陸奥の補佐役である

 

「安心して行け。ワシも暫く鎮守府に滞在するわい」

 

「工廠に引きこもるのだけは止めてくれ」

 

 博士も見送りに来ていたが、どうも違うらしい。元々、技官なのだから仕方ない。明石といつも気が合う

 

「本題に入ろう。……深海棲艦との戦いはこう着状態じゃ。残念だが、休戦も難しい」

 

博士は顔をしかめた。領海やシーレーン防衛は艦娘がほとんど行っている。そのため、艦娘の負担が大きい。勿論、艦娘の強化に手を入れているが、敵も手を招いている訳では無い

 

 新種の深海棲艦も確認されており、敵勢力も拡大している。無差別に攻撃しているため、とても厄介なものである

 

 日本は島国であるため、何としても深海棲艦との戦いを終わらせたい。それが本音だ。しかし、泥沼の戦いになるのは必須だろう

 

「紙に平和と書いても深海棲艦は、武器を捨てない。だったら、それに応えるだけだ」

 

提督は静かに言った。残念ながら、停戦協定や平和条約は難しいだろう。しかし、コミュニケーションは出来るのだから、交渉はある程度は可能だ

 

「時雨は……もう大丈夫か?」

 

「うん」

 

 時雨は頷いた。時雨は、自分が二つの道に立たされていると感じられた。1つは戦いの放棄。もう一つは戦うために

 

「お前はワシが艦娘を作った理由を知っているはずじゃ。だから敢えて聞く。全てを知った上でまた戦うのか。艤装を捨てて第二の人生を歩むことも出来たはず。もっと、明るい未来が見えて来るかも知れん。一部の人がどう言おうが、あいつらは何も分かっていない。少なくとも、ワシはお前を押すつもりじゃ」

 

「ありがとう」

 

時雨は真っ直ぐ博士を見つめた

 

「でも、僕は改変された世界をあまり知らない。記憶にあるのに、経験はしていない。だから、僕はまだ提督と仲間と共に戦うよ。ディープスロートも言っていた。改変されても、僕達の故郷や居場所はここなんだって」

 

「そうか……なら、ワシからは何も言う事もあるまい」

 

博士は微かだが、頷いていた。恐らく、時雨だけに言った言葉ではないようだ

 

「それでは、行って来る」

 

「ああ。行って来い……少佐」

 

提督と博士は踵を揃えて敬礼の姿勢を取った。時雨も大和も提督に倣って敬礼する

 

 

 

 時雨達が『おおすみ』に乗船するのを見届けながらも博士は考えた。これだけの出事だ。歴史改変は不変ではない事が証明された

 

 タイムスリップという現象だけで世界は変わる物なのか?バタフライ効果はある意味、正しかったかもしれない。勿論、たまたま上手く行っただけかも知れない。

 

もし、まぐれだと赤の他人から言われても、博士はこう反論するだろう。それは時雨のお蔭だと。運要素もあるかもしれない

 

 だが、変えたきっかけを作ったのは時雨である事は否定できない。彼女は口にはしなかったが、自分の上司である提督と仲間に再び会いたいという目的があったのだろう

 

そのきっかけが、歴史を変えた、未来も変えた。仲間と提督に会いたいために時雨は戦った

 

 事件の全貌は歴史に刻むことは無いだろう。若しくは、深海棲艦との戦いが終わって数十年後に明らかになるかも知れない

 

 しかし、これだけははっきりしている。時雨を始め、艦娘達は自分の息子である提督の命令に従っているだけではない。自分の意志で戦っているのだ

 

提督もそれを了承している

 

 しかし、歴史を変えるための戦いの犠牲者は大勢いた。戦死者も多く、浦田重工業の反乱の日には追悼式典が毎年行われていた。夢や理想が夢想で終わる訳がない。

 

時雨達や提督は戦いを終えるために海に出るのではない。新たな旅立ちでもある

 

 時雨達は『おおすみ』に乗り込んだ。出港の汽笛が鳴り、岸から離れると観客の声援は大きくなった

 

 

 

「好き勝手に言っているな」

 

 長門は半ば呆れるように言った。確かに盛大に見送られるのはいい。だが、声援の大半は航路を確保してくれ、である

 

 艦娘達は全通甲板に出て観客に向かって手を降っていたが、沖合いに出るとため息をついた。期待されている分、プレッシャーは大きい

 

もし作戦失敗したら、どうなるのだろう?

 

「あまり考えるな。やることをやるだけだ」

 

 提督は既に見えなくなった岸に目を向けながら言った。負ける気はしない。常に爪は研いでいる。訓練も怠った事もない

 

「でも、こんなに見送られたのは初めてだ」

 

 時雨は微かに微笑んだ。『失われた未来』では、こんなことは無かった。反艦娘のゲリラから攻撃を受ける始末である

 

 しかし、『改変された世界』では一度として起こっていない。過激な発言をする者はいたが、一部の人であり、艦娘に攻撃しようとする者もいなかった

 

「よし、持ち場に戻れ。対空、対水上、対潜警戒を厳としろ」

 

駆逐艦に守られながら『おおすみ』はフィリピン沖近くに向かう

 

未来のために

 

 

 

 ある孤島では、深海棲艦の姫級が集まっていた。日本からこちらに向かう艦隊を発見したというのだ

 

「戦艦水鬼、アイツラガ来タ」

 

「潜水新棲姫ガ率イル潜水艦隊モヤラレタ」

 

 艦娘を乗せた母艦を中核とした駆逐艦隊がやって来るのを潜水新棲姫が発見した

 

潜水新棲姫は直ちに雷撃するために攻撃を開始したが、対潜哨戒機や海防艦に邪魔されて、逆にやられたという

 

 哨戒網を張っていたが、次々と突破している。勿論、何人かの艦娘にダメージを与えたが、それでも押されているのだ

 

 

 

 特に五十鈴や大鷹と呼ばれる対潜に特化した艦娘は厄介だった。奇襲は恐らくダメだろう。艦娘の実力ははっきりしている

 

「イイノ?レ級モ南方棲戦姫モ猛攻ヲ受ケテ大破し退シタ。彼女達ノ実力ハ本物」

 

 港湾棲姫は指摘した。戦艦水鬼は艦娘の実力を図ろうと奇襲作戦に出た。こちらから攻勢はあまりしない。陸に興味はないからだ。しかし、天敵を潰すのは別だ。よって、新入り(深海鶴棲姫)にある工作を命じた。仲間割れをし、追い出されたので亡命するという偽装を行った。傷を負っていれば、誰かが同情するだろう

 

 大抵の人間はこれで騙される。特に環境保護団体(?)のような組織には簡単に騙せた。戦艦レ級に対しては見た目とは裏腹に強力な武装をしている。接触してきた人や船は全て沈めた。反撃されても痛くも痒くも無かった

 

 

 

 よって、艦娘も騙せるだろうと思ったが甘かった。誰かが見破ったのだ。深海鶴棲姫のミスかと思ったが、駆逐艦娘に見破られたという

 

しかも、見破った者は時雨と呼ばれる艦娘。偶然の一致だろうか?

 

 戦艦水鬼は待機していた南方棲戦姫と戦艦レ級に強襲をするよう命じた。飛行場姫と空母棲姫には空襲を命じた

 

 激しい激戦が行われたが、相手は強い。色んな相手と戦ったが、ここまで強力な艦隊とは思わなかった。しかも、偽装を見破ったのはあのときの時雨だった

 

戦艦水鬼は狂喜し、時雨を含む艦隊と交戦したが、強襲組はあっさりと撃退されてしまった

 

しかも、救出するための戦力も半端なく、こちらも被害を受けた

 

 

 

 よって、今回はフィリピン沖にて通商破壊活動をしたのだ。また、海峡夜棲姫の提案でもある。本人もある艦娘と決着したいと言ってきたのだ

 

「舞台ハ整エタ。奴等ハ挑戦状ヲ受ケ取ッタ」

 

「ソウ……」

 

 戦艦水鬼の作戦に港湾姫は口を挟まない。確かに四年前の出来事には恩がある。しかし、交流は別問題である

 

浦田重工業と呼ばれる連中を見れば、この世界との住民の接触は避けた方がいいだろう

 

 

 

「ヨシ、受ケテ立ッテヤル。艦隊、配置ニ付ケ」

 

戦艦水鬼は集まった深海棲艦に命じた。艦娘を向かい撃つために

 

 

 

「マタ戦争?」

 

「仕方ナイ。オ姉サン達ノオ仕事ダカラ」

 

 艦隊を見送る港湾棲姫に北方棲姫は無邪気に聞いてきた。尤も、北方棲姫は人の子供のような感情を持ち合わせていない。攻撃を受けたら、反撃する

 

人間では、『少年兵』と呼ばれるが、北方棲姫はそいつらよりも格段に強い

 

「指揮官ノ性格ニ問題ガ無ケレバ立派ナンダケド……」

 

港湾棲姫は愚痴を漏らし、そばにいた駆逐古姫もため息をついていた

 

二年前くらいにビキニ諸島に軍隊が押し寄せてきた事には驚いた

 

 暗号もテレパシーも使わずに平文で通信しているのだ。誰もがチャンスとして攻めてきて当然だ

 

 北方棲姫の縄張りにも押し寄せ、攻撃を受けたという。いや、あの時は通常兵器だったので囮作戦だったかもしれない

 

 勿論、港湾棲姫は怒り、進化して港湾水鬼になると北方棲姫を攻撃した輩を撃滅した。周りからは、『あいつを怒らせたら終わりだ』と囁かれた

 

 しかし、戦艦棲姫曰く、人間の軍隊をわざとビキニ諸島におびき寄せたという。敵の強さを見極めるとか

 

 勿論、押し寄せる軍隊は敵ではなくあっさりと勝ってしまった。余りにつまらなかったので、アイオワには情けをかけたが

 

戦艦水鬼は戦闘の達人だが、戦う意思が無いものには手を出さない

 

 その代わり、こちらに攻撃する者は、全力で応える。戦艦水鬼の中には美学があるらしいが、港湾棲姫にはとても理解出来なかった。しかし、リーダーの素質はあり、深海棲艦の大半は戦艦水鬼についていっている

 

 居残り組は前回の戦闘で負傷したレ級と南方棲戦姫である。勿論、何かあれば駆けつける手筈になっている

 

「大丈夫。アイツラハ何モ分カッテイナイ」

 

ここで港湾棲姫が言う『アイツラ』とは誰の事を指しているのか分からない

 

艦娘か、艦娘を指揮している提督か、それとも……

 

 

 

 

 

 艦娘母艦が出港してから数時間後、現場海域に到着した。正確には、フィリピン沖手前だが。作戦海域から距離を取りながら艦隊を組んでゆっくりと航行している。提督は直ちに作戦を開始

 

 『おおすみ』から作戦行動するための艦娘の艦隊が吐き出され、作戦海域へ向かう。

 

深海棲艦が多数潜むとされるスリガオ海峡海戦を叩き潰さなくてはならない。『艦だった頃の世界』で志摩艦隊を組んだ事がある艦娘を出撃させた

 

 無論、全てを出す訳にも行かないので志願した者から抽選で連合艦隊を編成して送り出した

 

「こちらの実力を見せてやれ」

 

「任せてくれ!」

 

 旗艦である那智は頷いた。今の那智は改二である。資源の心配は提督に任せていけばいい。こちらは全力で叩くと

 

 那智を含む人の艦娘は艦尾へ向かった。『平行世界の日本』の『おおすみ』にはLCACと呼ばれるエア・クッション型揚陸艇を積んでいる。こちらの『おおすみ』は艦娘を発進させるデッキになっている

 

「第二遊撃部隊、抜錨完了!」

 

「よし、出撃!」

 

 提督の合図で妖精は、後方デッキが開く。六人の艦娘は、海へ飛び込むと海面を走り作戦海域へ向かった

 

 

 

「スリガオ海には多数の敵が潜んでいる。那智からの連絡で現場海域は天候も悪く、何故か昼間でも暗いらしい。小沢艦隊も出撃準備をしろ!」

 

 提督は艦内放送を終えると椅子に座った。指揮は艦橋で行っている。見晴らしが良い

 

全通甲板では、瑞鶴を始め空母組は出撃準備をしていた。全通甲板にしたのは、航空機の発着艦のためではなく、艦娘の出撃準備のためである

 

 海上自衛隊の『おおすみ』も空母ではない。ヘリは発着艦出来るものの空母機能はない。それと同じである。ヘリを載せる計画はあるが、この世界ではヘリを実用化出来る技術を持っていない。しかし、アメリカはR-5と呼ばれるヘリが開発中とあり、数か月後には実用化されるとの事である。浦田重工業のものとは大分劣るが、別に戦闘機として運用する訳でもないので問題は無いだろう。案外、艦娘用の艦載機にも転用できるかも知れない*4

 

……浦田重工業が保有するヘリよりも劣るが、哨戒機としては役に立つだろう*5

 

「しかし、あそこまで張り切らなくてもいいのに」

 

 今の瑞鶴は、彩衣装に陣羽織を着用している。レイテ沖海戦を意識していたのか、瑞鶴と武蔵は妖精と明石に特別仕様の服装を頼まれたのだ

 

 提督も士気が上がるならと許可を出したが、ここまでとは思わなかった。それでも、本人は喜んでいるのだからいいのだが

 

「瑞鶴が喜んでいますから」

 

 翔鶴はニコニコしながら瑞鶴を眺めていた。小沢艦隊の旗艦は、瑞鶴である。だから、あんなに張り切っているのである

 

いや、瑞鶴はまだ良いかも知れない。問題は……

 

「提督、まだですか。まさか、全ての敵をやっつけたのですか?」

 

山城は提督に駆け寄ると迫るように問い詰めていた。どうやら、美味しい所は志摩艦隊が平らげると思ったらしい

 

「あのな、そう簡単に敵を撃破出来たら誰も苦労しない。戦いたい気持ちは分かるが、抑えような」

 

 山城は、満潮と最上に抑え提督から引き離した。扶桑は平謝りしていたが、彼は気にしない。作戦発令される前から山城は情緒不安定だった

 

ブリッジには翔鶴や妖精の他に西村艦隊がいた。扶桑山城はもとより、最上も満潮も鉢巻を巻いている

 

「提督、僕は……出来れば戦いたいな」

 

「……心配するな。戦艦水鬼はこだわりがあるが、馬鹿ではないだろう」

 

提督は苦笑いした。栗田艦隊くらいで全滅するほど深海棲艦は弱くないはずである

 

 

 

???

 

「敵ヲ撃退シマシタ。シカシ、コチラノ被害モ甚大デス」

 

 苦し紛れに報告して来る軽巡ツ級を聞いた戦艦水鬼は口角を吊り上げた。敵は相当な訓練をした艦娘だろう自軍の強さは把握している。いや、全ての姫と鬼級の戦力を把握しているのだ

 

よって、敵の強さはある程度は予想出来る

 

「ヨシ、奴等ヲ倒シテ――」

 

「待チナサイ。敵ハ手強イ。コチラカラ出テ行ッテモ返リ討チニ合ウ」

 

 戦艦水鬼は打って出ようとする深海鶴棲姫を抑えながら言った。敵は強い。そのため、向こうが不利になるようなフィールドを作った

 

 赤色海域である結界を作り出し、一帯を環境を変えた。磁場を強くしたので、羅針盤などは大幅に狂う

 

 レーダーも無線も制約を受けるはずだ。近距離はともかく遠距離になると難しくなる。大抵の海軍は、入るや否や大混乱に陥り、撤退する羽目となった

 

 米海軍は粘ったが、味方の被害が多すぎると尻尾を巻いて逃げ出した。まだ、懲りていないらしい

 

しかし、今度の艦隊は違う。艦娘だ。しかも、強い

 

「海峡夜棲姫、迎エ撃テ。必要ナラ防空埋子姫モ送ル」

 

『有難ウゴザイマス。戦艦水鬼ハドウサレマス?』

 

「後デ出向ク。肩慣ラシニハ丁度イイ」

 

戦艦水鬼は更に改装を受け戦艦水鬼改となった、武装も更新し、最強の存在だ

 

フィリピン沖での戦いは長く成りそうだ……

 

 

 

 敵と遭遇し、交戦し、勝って進む。負傷した艦娘は撤退し、『おおすみ』まで戻された。戦力にならないからである。スリガオ海峡には多数の砲声や艦載機の爆音、そして爆発音が鳴り響いていた

 

激戦が繰り広げられ、敵を掃討出来た

 

 

 

そして……

 

「志摩艦隊より入電。『海峡夜棲姫の出現を確認。舞台は整えたし』」

 

「よし、いよいよだ。西村艦隊、出撃準備しろ!」

 

 無線連絡を受け取った大淀は提督に報告した。これで敵艦隊を叩ける!提督の艦内放送により、艦内は慌ただしくなった。しかし、艦尾デッキには既に西村艦隊のメンバーがいた

 

皆の気持ちは同じだ。レイテ突入するのは自分達という想いはあるだろう

 

 そのため、艦内放送を聞いた瞬間、直ぐに艤装を装着した。扶桑山城の艤装は巨大であるにも関わらず、本人達は服を着るかのように難なく装着したのだ

 

最上、満潮、朝雲、山雲も準備は完了していた

 

提督が艦尾に着いた頃には、すでにデッキは開いていた

 

「もう出撃準備は終わっていたか……」

 

 提督は苦笑いした。彼女達は一刻も早く出撃したいのだ。提督の命令を待っている

 

「言う事は無い。暁の水平線に勝利を刻め!……行って来い」

 

「みんな……うん、行こう!」

 

 時雨を始め、西村艦隊のメンバーは全員敬礼をした。通常の編成は六人だが、今回は特別に七人である

 

旗艦は山城であり、扶桑、最上、時雨、満潮、朝雲、山雲である

 

 普段は口が悪い満潮もこの時ばかりは自重していた。それほど、今回の作戦は重要であると認識している

 

 

 

 七人の艦娘達は『おおすみ』から降りると海に立つ。扶桑山城を中核とした艦隊が『おおすみ』と並行して航行する

 

 南に下れば現場海域だ。偵察では現場海域は日中にも拘わらず、皆既日食のような暗さになっていると言う。不気味な海域だが、自分達はそこへ行くのだ

 

全通甲板には数十人の艦娘がいた。西村艦隊を見届けようと集まっていた

 

「提督、感謝しているよ。必ず帰ってくるから……それまでここにいてね」

 

『分かっているよ。どこにも行かずに待っている。とにかくベストを尽くしてくれ』

 

 時雨と提督の間は固い絆で結ばれていた。四年半前のアパートで会って以来、度々の試練を経たのだ。練度もかなり高い

 

「うん……そうだね」

 

この先の戦いは激戦となるだろう。しかし、時雨は嬉しかった

 

再び、この編成で組めたことに

 

(僕は……ずっとこんな光景を……夢見る事さえおこがましいと……)

 

扶桑、山城、最上、満潮、朝雲、山雲がいる。あの時とは違う。今度は勝つために……

 

「ほら、行くわよ。今回の主役はアンタなんだからシャンとしなさい」

 

満潮は時雨に近寄るとそっと肩を手にした。いつもの満潮とは違っていた

 

「忘れ物、一杯あるんでしょ?」

 

「うん。満潮、みんな、油断しないで行こう」

 

時雨は涙を流した。雨は降るかどうか分からない

 

「時雨、行ける?頼りにしてるから。私達第三部隊西村艦隊の出撃よ!」

 

山城は掛け声を上げると同時に西村艦隊は、スリガオ海峡へ向けて舵を切った

 

『おおすみ』の全通甲板にいた艦娘だけでなく、『おおすみ』を護衛していた駆逐艦の乗組員も歓声を上げていた

 

 西村艦隊によるスリガオ海峡への攻略も順調。目標は扶桑山城に似た姿を持つ姫級深海棲艦、海峡夜棲姫である

 

 当然、深海棲艦は全力で妨害して来る。しかし、西村艦隊は防衛線を次々と突破していく

 

 

 

「邪魔だ…どけえぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 山城は吼えながら砲撃する。山城の気迫に敵艦隊は怖気づく。山城の執念はそれほどだった。他の者も山城を援護して攻撃していく。反撃すら与えない。こっそりと忍び寄るPT子鬼群である魚雷艇も満潮が警戒していたため、見抜き撃沈させた

 

「扶桑、山城、みんな。僕達は遂にここまで来たんだ」

 

 進む連れて辺りは暗くなった。時間はまだ昼時なのに、真っ暗だ。太陽は出ているが、皆既日食のように薄暗くなっている。しかし、針路はこれであっている。世界が違っても地形は同じだ!

 

 以前は時雨を除く他の艦は沈んでいる。しかし、今回は起こらない。僕達は運命に打ち勝ったんだ!

 

「被害はあまり大した事ないけど……これならいける」

 

「最上……残念だけど敵はやる気だよ」

 

 暗闇から巨大な影が浮かび上がった。川内ほどではないが、夜目は効く。現れたのは、502部隊が目撃したという海峡夜棲姫

 

「ココ…ハ…通レナイシ……通サナイ……ヨ……ッ!」

 

 敵の話し方に全員驚いた。声が扶桑山城と瓜二つだ。だが、その驚きは一瞬であった。全員、砲を敵艦隊に向けた

 

 時雨は無線を入れる。発進した電波が『おおすみ』まで届くか分からないが、それでも提督に伝えたい

 

「こちら第一遊撃部隊、第三部隊!スリガオ海峡に敵を発見!突破するため、攻撃する!」

 

時雨は言い終えると同時に引き金を引いた

 

 

 

彼女達は海を進む。想いはそれぞれある

 

ある者は大事な者達を守るために、ある者は理想を追い求めるために

 

 しかし、それは『国家の存続のための大義』ではなく、『国を守るための大義』である。

 

 田村一尉のパソコンにも書いてあった。論文のようなものであったが、そこには特攻隊員についてであった。遺書もあり、田村一尉も戦時中について研究していたと言う

 

かれら特攻隊員はみな幼く、純粋である。全員判で押したように、国のために喜んで身を捧げますと書いてあった。両親、愛する者達への告別の言葉を記したものもいる

 

 勿論、『俺も後から行く』と言いながら部下達を特攻に送り出し、結局はのほほんと生きながらえた指揮官達もいた。しかし、特攻隊の英霊に謝すと遺書に記して自決した大西中将もいたのである

 

そのため、提督も艦娘達も無茶な作戦はしない。過ちを起こさないためである。いや、艦娘なら大丈夫だろう

 

彼女達は命を無駄してまで戦うほど、愚かではないのだから。『艦だった頃の世界』だけではなく、『平行世界の日本』からも学んだのだ

 

 

 

矛盾した事実を気に留めず、ただ理想のために戦い進んでいく

 

その先に破滅も孤独もありはしない。あるのは――求めていたモノだけ。

 

 結局、真の平和はそう簡単に訪れないらしい。だが、理想だけは捨てない。それがこの世界を生きている証拠だから

 

 暗い海の上を、艦娘達は航行し戦っていく

 

 

 

かくして――この特殊な任務の話は終わりを告げる

 

後の事を記す必要は無いだろう

 

世界はまだまだ続き、提督も彼女達も歩み続ける。

 

浦田重工業のような悪魔の集団は稀なものだろう。しかし、時雨達はそんな悪の集団に打ち勝ったのだ

 

しかし、それで浮かれるような事を時雨を始め、提督も艦娘達もしない

 

 浦田重工業が復活しても、心配いらないだろう。彼等は悪に立ち向かう力も精神もあるのだから

 

例え亡霊が復活しても……その時は全力で阻止する

 

 

 

提督も時雨も艦娘達も気づいた

 

理想は夢想で終わるはずがない

 

 時雨は、世界を救うだけでなく、新たなる日本、そして新たなる世界を創り出す可能性を見つけたに過ぎない

 

タイムスリップ作戦は、間違いなくその幕開けを切り開いた

 

そう信じたい

 

時雨はその事を誇りを持っていた

 

いつか世界が真の平和が訪れるように――

 

――例え困難な道のりだろうと。

 

 

*1
憲法絡みで自衛隊は違憲と唱える政党はいたものの、現時点では誰一人自衛隊や日米安保を廃止した者はいない。社会党の村山首相は政権を取ると手のひらを返したように自衛隊を合憲。まあ、日本の安全保障を考えたら、絵空事だけでは実行できないと言う好例でもある。尤も、民主党政権時代も右往左往して結局、何がしたいのか分からなかったり(国連待機軍……本気でやろうとしていたのだろうか?)

*2
扶桑山城の場合、改二に必要な資源は弾薬2400、鋼材である3500。武蔵や翔鶴などになると……。余談ではあるが、作者は資源よりも設計図集めならぬ勲章集めに苦労した。今では全ての艦娘に大改装を終わらせたため落ち着きましたが

*3
とはいいつつも艦これのIF改装は魔改造ものが多い。武蔵改二もであるが、扶桑山城にも当てはなる。扶桑山城の改二だと『装甲強化』『41cm三連装砲10門搭載』『飛行甲板搭載』とビックリの改装である。史実でも改造案は複数あるものの、艦これの場合は全て反映させている。実艦でやれば間違いなく費用対効果に見合わないため、流石の旧日本海軍でもこんな無茶ブリな改装はしないだろう。艦娘スゲー妖精スゲーになるが、そこは気にしない(今に始まった事ではない)

*4
艦これ装備であるS-51Jネタ。戦後機体ではあるが、原型であるR-5の初飛行は1943年8月であり、1945年にはアメリカ陸軍航空隊に納品されています。なので一応ですが、戦中の兵器でもある。まあ、震電や橘花より余程、実現性がある装備だったりする

*5
海上自衛隊はS-51を導入した。ただ哨戒機としての能力は低かったらしく、主に練習機として用いられて導入してから十年後には退役した




皆様、今までありがとうございました。
これにて『時雨の特殊任務』は完結となります。
賛否両論なSSだったとは思いますが、こうして無事完結させる事が出来たのも皆様のおかげです
この後の展開については今のところは何も考えていません

 ……まあ、あるにはあるのですが、プロットも完璧なものではないため、まだ試作段階です。ただ、もし続編が出るのであれば、その時は深海棲艦がメインだろうと思います
続編がないときは……田中 湊が持っていた遺品は、ただの飾りとなります
まあ、『鰯の頭も信心から』とはこの事です
ので、それまで各自の想像にお任せします

実は112話から117話までは後日談にしようかなと思っていましたが、その必要性ないだろ、という事で本編に組み込みました
ラストの更新が遅れたのも私情だけでなく、書くのに時間がかかった事もあります。手を抜く訳にも行きませんから

後……これは私の考えです
ハーメルンの存在を知り、色々な艦これSSを見ましたが、いつもこういう疑問があります
「ブラック鎮守府にしろ、艦娘の弾圧にしろ、何で艦娘は酷い目に合っても自分の力で勝ち取れないのか?オリ主に頼るか罪の無いオリ主に八つ当たりしか出来ないのか?」
艦娘にもキング牧師のような活動家が生まれてもいいのではないか、と
まあ、書く側にも色々と有ると思いますが……

 ただこれだけは言えたりします。倫理や人権を無視したとしても、ブラック鎮守府SSは史実の神風特攻隊よりも酷いかも知れません。補給も修理もせずに沈む前提で出撃って……それほど戦況はヤバかったのか?その割には本土には被害が無かったり……

 その特攻隊も終戦まで特攻を拒否し続けた部隊もいたほどです(有名なのは海軍の『芙蓉部隊』。そう言えば、実装されましたね)。撃墜王である岩本徹三も『生きる道あってこそ兵の士気は上がる。表向きはみんな、つくったような元気を装っているが、影では泣いている。勝算のない上層部のやぶれかぶれの最後のあがきとしか思えなかった』と著書に書かれています

出撃拒否したり抗議したりする艦娘は居なかったのか?

 軍隊、取り分け個人の兵士というのは、可能な限り生き残って敵を倒すことが絶対条件。これは軍事の基礎の基礎です。本来、全ての訓練や制度はその為にあるといって過言ではないのです

古今東西、ありとあらゆる戦いで組織が死を決したとき、それは負ける時のみです
 そして負けが決定的であるのに、ただ悪戯に引き伸ばすためだけの作戦を強要する組織は、すでに死に体も同然でしかありません
 つまり組織としては瓦解している訳です。こうなると、建て直しなんてそう簡単に出来るとも思いません

 ただ誤解して欲しくないのは、国に残した人々のために、死を賭して立ち塞がろうと気高く出撃していった人々が居たことを私は疑ってはいません
 ですが、それを強要して憚らず、美談に仕立て上げ、軍事組織としての本分を忘れたことに対して容認出来ない訳です

 ネタとしてならいいかも知れませんが、リアリティーやシリアスを考慮するとちょっと考えにくいですね。もうブラック以前の問題です

 また本編では登場したオリキャラのほとんどが敵役で強力な兵器を持っていましたが、これは私の拘りだったりします

 確かにオリ主がチート能力を行使して虐げられる艦娘達を助けたりするのも有りかも知れません
 しかし、私は思うわけです。艦娘自身が巨悪に立ち向かって仲間や世界を救うのもありではないかと

 美少女で普段は大人しいのに実は強く強敵相手に立ち向かう程の精神力がある。年端もいかぬ少女を戦場へ送るなんて酷いと思われがちですが、別に艦娘に限った話ではないと思います
 別世界では銃弾を避けたり、素手で金属柱を切断したりする毛利蘭(名探偵コナン)や約300kgはあるライドベンダーを軽々と持ち上げる泉比奈(仮面ライダーOOO) などいますからね。プリキュアや東方Projectに関しても言うまでもありません

 提督や博士など味方するオリキャラはいますが、あくまでサポート……という事にしました

 ただ、巨悪の役は深海棲艦にはしませんでした。実は私自身も深海棲艦の鬼級姫級は好きでして、魔改造はしたくはなかったのですね(戦艦ル級改flagshipに変身できる浦田結衣は別です。現代兵器が敵役で使ったのもストーリー上の都合です。そこは申し訳ない……)
そのため、艦娘組に対立する悪役を作るのには苦労しました

 本作品を書いて一年半くらいでしょうか。長かったようで短かったようでもありました

それでは皆様、今までありがとうございました
また機会があれば、どこかでお会いしましょう


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 20~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。