伝説になんてなれないけれど。 (puc119)
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序章
少女と剣


 

 

 

「ん~なんだろ、これ。剣……なのかなぁ」

 

 目の前には、なんて名前なのかも分からない大きな大きな木。

 そんな木の根元には、これまた大きな剣のような物が突き刺さっていた。

 

 いつものよう山の中へ探検に出かけ、途中でランポスと遭遇。ランポスはちょっと面倒だから、そのランポスに見つからないよう探索をしていると見覚えのない場所へたどり着いた。

 人の手が加えられていないこの山は、どこもかしこも木や草で鬱蒼としている。そうだというのに、ここだけは開けた場所にあり、太陽の日差しだって差し込んでいた。

 毎日のようにこの山で遊んでいる私ではあるけれど、こんな場所があったなんて初めて知った。

 

 そして何より気になってしまうのが大きな剣。

 埋まっている……というか、木に突き刺さっているせいで正確な大きさは分からないけれど、それはもしかしたら私と同じくらいの大きさがあるのかもしれない。

 

「よーし……引っこ抜こう」

 

 気になったら直ぐ行動。

 私はあまり頭が良くないから考えたってどうせ分からない。その変わり行動力は人一倍あると思う。オババには、もう少し落ち着け、なんて毎日のように言われているけれど、きっとこの性格ばかりは変えることができないんだろう。

 

 どうしてこんな場所にこの剣があるのか、そもそもこの剣が何なのかはよく分かんないけれど、その柄を両手でしっかりと掴んでから全力で引き抜こうとしてみた。

 

「……抜けない」

 

 抜けなかった。すごいぞ、びくともしない。

 確かに大人の男の人と比べたら力は弱いけれども……何というか力が足りないだけじゃないような……うーん、なんなんだろう。

 

 その後も、どうにかその剣を引っこ抜こうと色々頑張ってはみた。でも、どれだけ力を入れようが、どんな方法で抜こうとしようが、その剣は少しも動いてくれない。地面に刺さっていれば掘るってこともできたけれど、その剣は見事に木の根に突き刺さっている。困った。

 せっかく面白そうなものを見つけたっていうのに、これじゃあなぁ。

 

 突き刺さっているその剣のことは気になったけれど、抜けないのなら仕方が無い。結局、その日は諦めることにした。

 

 

 別に特別な出来事だとか、そういうことがあったわけじゃない。

 私とその剣との出会いは、なんでもないただの日常のひとコマの中にあったのだから。けれどもきっと、私の物語っていうのはこの日から始まったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 私が住んでいる村は決して大きな村といえない。この世界には、たくさんの人間が住んでいる場所もあるみたいだけど、私はこの村から出たことはないし、私の村へ訪れる人なんていなかった。

 昔のことが書いてある本だとかそういうものもなく、この世界の歴史だとかそういうものは、この村の大人の人たちから聞いただけ。

 

 この世界には“モンスター”って呼ばれる生き物がいる。

 私は生きているのだと、ランポスとかアオアシラとか小さなモンスターしか見たことがないけれど、そのモンスターには色々な種類がいるらしい。大きな翼を持ち、空を飛ぶモンスターや、水の中を自由に泳ぎ回るモンスター。

 そんなモンスターたちはどれもこれもがすっごく強く、私たち小さな人間はそんなモンスターたちの脅威に怯える日々。本当かどうかは分からないけれど、モンスターの中には、私の村にいる皆で戦っても勝てないモンスターだっているらしい。

 

 つまり、今、モンスターがこの世界の頂点にいる。

 

 けれども、昔……それこそ数百年前は違ったみたい。

 

 人間の身体よりもずっとずっと大きなモンスターを倒すような人間がいたって聞いている。それも、ひとりや二人じゃなく、もっともっと多くの人間が。

 

 そして、そんな人間は“ハンター”と呼ばれていた。モンスターを狩る者。私にとってはおとぎ話の主人公。そんな存在。

 モンスターを倒し、その脅威から多くの人々を守り続けていた。どれだけ大きなモンスターだろうと、どれほど強いモンスターだろうと、そのハンターたちはモンスターへ立ち向かったみたい。

 たぶん、その時はモンスターと人間との間にそれほど大きな差はなかったんじゃないかなって私は思う。

 

 今となっては信じられないことだけど、そんなこともあった。

 

 ――あった。つまり昔のできごと。

 

 今から数百年前。

 ハンターは……人間はモンスターに負けた。

 

 ずっとずっと昔のことだから詳しいことは分からない。けれども、それまではどうにかモンスターに立ち向かうことのできていたハンターたちが負けてしまったらしい。

 

 そんなできごとから数百年。

 人間たちは細々とした暮らしをすることになってしまった。

 

 ハンターの存在はおとぎ話の中だけとなり、昔のようにモンスターと戦おうなんてことを考える人はきっともういない。

 弱肉強食のこの世界。負けてしまった人間はそんな生活をすることしかできない。

 私はハンターたちのいたときの生活を知らないし、今の生活にだって十分満足できている。けれども、やっぱりモヤモヤとした何かを感じちゃうんだ。

 そのモヤモヤが何なのかはいくら考えたって分からなかった。

 

 ハンター、か。

 

 

 

 

 

「オババ! 山にね、剣が刺さってた!」

 

 あの剣が刺さっていた場所から村までの帰り道が分からず、いつもよりも少しだけ遅い時間の帰宅。そんな私に待っていたのは、オババのゲンコツだった。アレ、ちょー痛い。

 

「……剣? そんなもん、聞いたことないけどねぇ。シャル、あんた何処まで行っていたんだい?」

 

 シャル。

 私の名前がシャルルリエっていうことから来ている呼び名。可愛らしいし、私自身気に入っている。

 

「んとね、ん~……よく分かんないや」

 

 あの剣は是非とも持ち帰りたいし、また行きたいのだけど……たどり着けるかなぁ。それこそ、毎日のようにあの山へ探検に行っているけれど、あの場所へ行けたのは今日が初めて。なんだか面白そうな香りがするし、是非とも手に入れておきたいところだ。

 

「はぁ、そうかいそうかい。探検もいいけれど、あまり無茶はするんじゃないよ」

「がってんだー」

 

 よーし、明日こそはあの剣を引っこ抜いてやろう。

 

 

 そして、次の日。畑の作業を終わらせてからいつものように山へ探検に出発。

 昨日は何も持って行かなかったけれど、今回は昔オババからもらったカッコイイナイフを持っていくことに。今日は引っこ抜けるといいんだけどなぁ。

 

 ふんふんと自分でも何の歌だか分からない鼻歌を口ずさみながら、途中で拾った木の枝を振り回しながら山の中を探検。

 とはいうものの、やっぱりあの剣が突き刺さっている場所は分からなかった。

 

 そんな時だった。

 

「おお? おー……お?」

 

 私から少し離れた場所に見たこともないモンスターの姿が。

 私が今までにこの山の中で出会ったことのあるモンスターはランポスにランポスのでっかいやつ、あとはアオアシラっていうハチミツが好きなモンスターくらい。けれども、今回出会ったモンスターはそれらの姿とは全然違う。

 

「あー……翼持ちかぁ、翼持ちはなぁ、ちょっとなー」

 

 どうせ言っても聞かないからってことで、私は自由に生きているけれど、オババから翼持ちのモンスターからは逃げるように、ってことだけは言われている。

 そして、私の少し先にいるモンスターはその翼持ちだった。翼にしゃくれた嘴。扇形の大きなものはたぶん、耳だと思う。さらに、うっすらと緑がかった青色の身体。その青色は今まで出会ってきたどのモンスターよりも綺麗に見えた。

 そんな見た目カッコイイモンスターではあるけれど、私じゃあのモンスターに勝つことはできない。ランポスくらいなら、叩いたり蹴ったりしてなんとかなったんだけどなぁ。

 

 だから私は名前も分からないそのモンスターから離れようと思った。

 けれども、そう上手くもいってはくれないらしい。

 

 できるだけ静かにその場を離れようとしたつもりだった。そうだというのに、私の存在に気づいたアイツ。

 両翼を挙げ、私向かってトコトコと走ってくる姿はちょっと可愛らしいけれど、そんなものをゆっくり眺めている時間なんてない。私は狩られる側で、アイツは狩る側でしかないのだから。

 

「ああもう! こんなことなら、こやし玉も持ってくれば良かった!」

 

 今更そんなことを言ってもしょうがない。まさに、後の祭り。

 

 生い茂った木なんかを避けながら、全力で逃げる。毎日毎日この山を探検していたおかげか、自分でも驚くくらい速く動けていたと思う。

 けれども、相手は常識なんて通用しないモンスター。私は木を避けながら逃げる必要があるけれど、相手はそんなもの関係無しに私へ向かって走ってくる。

 後ろから響く轟音。その音に追いつかれた先の未来なんて考えたくもない。

 

 ただ、アレだね。あんまりアイツの脚は速くないんだね。

 私を追いかけてきているのは確かなのだけど、アイツとの距離はどんどん離れている。少しだけ、余裕ができた。

 そう思い後ろを振り返った瞬間のこと。

 

 アイツが火の玉のようなものを吐き出してきた。

 

 私目掛けて飛んできた火の玉を転がってどうにか回避。そんな火の玉は私を通り過ぎ、大きな木へぶつかり弾けた。焦げ付くような、噎せ返る炎の香りが広がる。それは死の香り。私が初めて感じた匂い。

 

 呼吸は一気に荒くなり、心臓が暴れた。

 

 ただ――そんな状況を楽しんでいる自分がいたのは確かだと思う。

 

 崩れた体制を直し、また逃走を始めることに。流石に炎は無理。てか、ずるい。私も炎とか吐き出してみたい。

 

 それからアイツは炎を吐き出しながら私を追いかけるようになった。ソレが私に当たらなかったのは本当に運が良かった。

 

 そして

 

 

「――か。お――誰か――のか!」

 

 

 声が、聞こえた。

 それは聞いたことのない声。村の人の声じゃないことは確か。

 

 別に助けを求めていたとかじゃない。ほとんど無意識だったと思う。

 そんな状態のまま私はその声の聞こえた方へ向かった。

 

 鬱蒼としていた景色が開け、しっかりと届いた太陽の光。一瞬だけ見上げると、突き抜けるような空が見えた。

 そんな場所にある名前も分からない大きな大きな木。それと、その大きな木に突き刺さっている大きな剣。

 

「おっ、ホントに人がいたか! そこの嬢ちゃん、ちょいといいかい?」

 

 また聞こえた声。けれども、誰がその声の主が見当たらない。

 

 ……はっ、まさか、あのモンスターか!

 なんてことを思い、後ろを振り返ったけれど、クエクエッ言いながら元気に私を追いかけてきているばかり。だから、たぶん違うと思う。

 

 むぅ、そうなるとこの声は……

 

「おーい。おーいってば……あれ? もしかして聞こえてない? 聞こえてない感じですか? 大剣ですよー、君の目の前にいる大剣ですよー」

 

 ああ、なんだ。あの刺さっている剣だったんだ。

 

「いや、なんで剣が喋るのさ」

「んなこと言われても、喋れるもんは喋れるんだ」

 

 あー……そういうもの、なのかなぁ。

 いや、やっぱりおかしい気がする。だって、私の知っている剣は喋らない。

 

 声の主が剣だと分かって驚き、さてじゃあどうしようか、なんて考えていた。

 そんなことをしていたせいで、追いかけ続けてきたアイツがついに私に追いつく事態に。これは……ちょーっとマズい。

 さっきまで逃げていた場所とは違い、完全に開けた場所。走ってくるだけなら私だって逃げ切れたと思う。けれども、あの大きな翼が飾りじゃないとしたら……

 

 逃げられる気はしなかった。

 

「うん? 珍しいなイャンクック亜種か」

 

 どうやってアイツから逃げようか必死に私は考えていた。そうだというのに、のんきな声が剣から聞こえる。

 イャンクック。たぶん、ソレがアイツの名前。亜種っていうのは……よく分かんないや。ああもう! そんなこと今はどうでもよくてっ!

 

 むむぅ、こうなったら――

 

「ああ、なるほど。そういう状況か。おい、嬢ちゃん! 俺を……」

 

 剣から聞こえる声。

 そんな声を無視して剣の元へ。

 

 そうしてから、突き刺さっている剣を一気に引き抜いた。

 

 昨日はどれだけ力を入れようが、どんな方法を試そうがダメだった。けれども、その時は力なんてほとんどいらなかったんじゃないかな。

 

 引き抜いた剣は本当に私と同じくらいの大きさで、その色は先っぽだけが青く、あとは燃えるような赤だった。

 両手でしっかりと掴む。予想よりも重くはない。

 

「よーし、よくやったぞ嬢ちゃん。随分と久しぶりになっちまったが……ま、ひと狩りいくとしようか」

 

 私にとって初めてのクエストが始まった。

 

 

 

 

 

 

★ ★ ★

 

・シャルルリエ総記

・緒論

 

 今では多くの人々がその名を知るシャルルリエであるが、そのシャルルリエに関する資料は驚く程に少ない。

 彼女の生まれ故郷や、どのような環境で彼女が育ったのか、そして彼女がハンターを目指した目的なども分かっていない。

 そのように多くの謎を持ち、またその謎の多さも彼女の魅力のひとつである。しかしながら、シャルルリエの功績を考えるに、我々は彼女の生涯をまとめる必要性を強く感じた。

 拙作は、そのシャルルリエの生涯をまとめた初めてのものとなる。また、拙作は様々な資料を用い、シャルルリエの生涯をできる限り忠実に書いたものであり、彼女の英雄談を高らかに謳うものでないことを御留意願いたい。

 

 






のんびり書いていきます。
本編最後のシャルルリエ総記は後書きへ移すかもしれません。



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青怪鳥

 

 

 両の腕にかかる重み。私の身長と同じくらいもの長さを持つ剣。その切っ先を目の前にいるモンスターへ向けた瞬間、アレだけ震えていた手が――止まった。

 確証なんてない。けれども、今なら戦えるって思ったんだ。

 

「嬢ちゃん、名前は!」

 

 そして、手に持ったその剣から声が聞こえた。喋る剣なんて聞いたことがないし、それも気になるけれど、今はそれよりも大切なことがある。

 

「シャルルリエ! シャルでいいよ!」

「あいよ、シャル。そんじゃ、全力で斬りつけてやれ! せっかくのクエストなんだ楽しんでいこう」

 

 とはいえ、剣なんて使ったことがないし、どうやって戦えばいいのかが全く分からない。私が急に武器を持ったせいか、相手は様子を伺っている感じだけど、いつまた私を襲ってくるのか……その前に一発くらいはお見舞いしてあげたいところ。

 

「よーし、シャル良い感じの集中だ。大剣を使ったことはあるか?」

「ないよ!」

 

 あるわけないでしょうが。

 

「オッケー、ないんだな! えっ……? ないの?」

 

 この剣は私をなんだと思っているんだろう。この世界で剣を使いモンスターと戦ったことのある人間なんてきっとほとんどいない。

 だって、そういう世界になってしまったのだから。

 

「あーま、まぁ、アレだ。俺が動きの指示を出すから……っ! 突進来るぞ、避けろ!」

 

 剣の人が何かを言っている途中、ついにアイツが動き始めた。

 今までみたいに両翼を挙げトコトコと走ってくる動きとは違い、今回の動きはずっと速い。

 

 そんな相手の突進をローリングすることでどうにか回避。ただ、手に持っている剣のせいで私の動きがかなり悪い。この剣が重いわけではないけれど、これだけ大きいとやっぱり大変。もうこの剣を捨てて逃げた方がいい気がしてきた。

 

「よし、ナイスローリング。えっとじゃあ、シャル。狩りの経験は?」

「ない!」

「あい分かった。つまり状況は最悪ってわけだな!」

 

 そういうわけです。

 剣に感情なんてものがあるのかは分からない。でも、この剣の人の声はどこか嬉しそうに聞こえた。それにきっと私だって――

 

「ただ、悪いばかりじゃあない。あのイャンクックもかなりの手負いだ。上手くいけば一発で倒せるかもしれんぞ」

 

 なんて剣の人に言われ、初めて気づいた。

 私への突進攻撃を外し、あの名前も分からない大きな大きな木へ激突したアイツの体は確かにボロボロ。切り傷のようなものもたくさんあるし、大きな耳みたいな部位も欠けている。

 

「ビビるな、怯むな、臆するな。狩りっていうのは相手に飲まれた瞬間負ける。虚勢でも良い。失敗することなんて考えるな。今ばかりは胸張って、前を向け!」

 

 大丈夫、それだけは得意だから。自分に嘘をつけるほど器用な性格をしてないけれど、いつだって私は前だけを向いてきた。

 

 目を閉じてから、短い呼吸を一度。

 それは、私の中にある何かを切り替える行動。

 

 目を開けた。

 視界が広がる。

 準備、完了。

 目標は、目の前にいる私なんかよりもずっとずっと強いモンスターの討伐。

 

「振り向きを狙え! 力を込めろ、あのでっけえ嘴へ剣を振り下ろせ!」

 

 剣の人の声。

 前方へローリングをして相手との距離も詰める。走るよりも転がった方が速い。

 

「大丈夫、その斬れ味だけは保証してやる。ぶちかましてやれ! 勝利はもう直ぐ目の前だ!」

 

 そして、相手が振り向くと同時に、渾身の力を込め、相手の頭目掛けて剣を振り下ろした。

 

 

 ガキン――と、まるで石でも叩いたかのような音が響く。

 すごい、はじかれた。めっちゃ手が痺れる。

 

「…………」

「…………」

「クエーッ!」

 

 あー、えっと。い、一応ダメージは通ったみたいで、相手は怯んでくれた。怯んでくれはしたけれど……

 

「うそつきーっ!!」

「……いや、あれ? おっかしいなぁ。クックの嘴くらいならいけると思ったんだが……あー、ずっと刺さっていたからなぁ。やっぱり斬れ味が落ちてたかぁ」

 

 よく分からないことを呟く剣の人。

 何が勝利は直ぐ目の前だ! だ。期待したのに! あっ、なんかいけそう、とか思ったのに!

 

 私の攻撃を喰らったせいか、相手はいかにも怒ってます、といった状態。両翼を動かし、その場でピョンピョンと跳ねる姿はちょっと可愛い。でも、そんな場合じゃないのだ。

 こちらの状況はかなり悪い。

 

「よ、よし! とりあえず距離を取れ。あと、砥石! シャル砥石は持ってるか!」

「あっ、うん。一応、あるけど……」

 

 もうなんか、この剣の人を信用できなくなってきた。じゃあどうするかっていうと、どうしようもないのだけど。

 

「よし、その砥石を使って俺を研いでくれ。それで今度こそ大丈夫だ! ……たぶん」

 

 本当に大丈夫なのかなぁ。

 

 オババからもらったナイフを研ぐために砥石は持ってきている。けれども、怒っているモンスターを目の前にゆっくりと剣を研いでいる時間はちょっと……

 それでも、他に方法なんて私には分からなかったから、相手との間に大きな木を挟んで逃げることに。ただ、やっぱり剣が邪魔で動きにくい。

 

「背中に背負ってくれ! そうすれば走れるようになる」

 

 剣の人にそう言われてから直ぐに剣を背中に。でも、背負い方なんて分からないからやっぱり時間はかかってしまった。

 そんなんで走れるようになるのかなぁ、なんて思っていたけれど……あっ、すごい、めっちゃしっくりくる。たぶんだけど、そういうふうにこの剣は作られているんだろう。

 

 そして始まる木を挟んでの鬼ごっこ。

 相手はその嘴で啄いてきたり、炎を吐き出してきたりとそりゃあもうすごかったけれど、そんな攻撃は全部あの木が防いでくれた。この木がなかったらなんて考えたくもない。

 

 ……どれくらいの時間、そうやって相手から逃げ続けていたのかは分からない。緊張とかそういうものもあって、そろそろ私の体力も厳しくなってきている。でも、砥石を使っている時間なんて見つからない。これじゃあジリ貧だ。

 

 私が逃げ続けている間、剣の人は色々とアドバイスをくれた。

 閃光玉はあるか、とか。こやし玉は、とか。音爆弾や小タル爆弾は持ってきているか、とか。でも、私が持ってきていたのは、ナイフと砥石だけ。

 まっずい状況だ。

 

 それでも、そうやって生きることにしがみつき、逃げ続けていたのは無駄じゃなかったみたい。

 

「おっ、疲労状態! シャル、今だ! 砥石を使え!」

 

 剣の人に言われてから相手の様子を見ると、嘴からよだれを垂らし、その両翼はだらんと垂れ下がっていた。疲れが溜まってきていたのは相手も同じだったらしい。

 

 きっとこれが最初で最後のチャンス。生きるか死ぬかの分岐点。

 私はオババみたいに砥石を上手く使うことはできない。だからこの剣を研ぐのには時間がかかってしまう。でも、今しかないんだ。

 

 木を挟み、背中に背負っていた剣を手に取り、もう祈るような気持ちで砥石を使う。

 

 燃えるような赤色をした刀身へ1回、2回、3回。緊張のせいで震える手で、色々な気持ちを込め砥石を使った。

 そして、4回目。

 燃えるような赤色の刀身がうっすらと白色に光った。

 

「突進! さけろ!」

 

 白色に光ったのを確認してから、剣の人の声を聞き、相手の動きなんて見ないでがむしゃらにローリング。

 そんな私をかすめるように、相手は私のすぐ横をものすごい速さで通り過ぎていった。

 まさに、死と隣り合わせの状況。きっと、ずっとずっと昔にいたハンターって人たちは毎日がこんな状況だったんだろう。

 そんなことを思ってしまった。

 

 私はそんなハンターなんかじゃない。ハンターがどんな存在だったのかなんて分からない。けれども、今、この瞬間だけは私もハンターって存在になっていたと思うんだ。

 

「研げた!」

「ナイス! 反撃開始といこうか!」

 

 自分よりもずっとずっと大きな相手へ立ち向かう。ただただ狩られる側から、今度は狩る側へ。それがハンターってものなんじゃないかな。今ばかりは私もそんな存在に。

 

 砥石を使っただけで何かが大きく変わるなんて思えない。

 ただ――もう負ける気はしなかった。

 

 私に向かって突進をしてきたアイツはそのまま転ぶように地面へ倒れ込んだ。

 

「さっきと同じように、振り向きを!」

「りょーかい!」

 

 やっているのは命のやり取り。私もアイツももうボロボロだ。

 だから、この勝負の決着はもう直ぐ目の前にあるんだろう。

 

 一度攻撃を当てた時と同じように、ローリングをして相手との距離を詰める。やっぱり心臓は暴れた。呼吸は乱れる。何故か目からは涙が溢れ、視界がボヤける。

 

 でも、もう手は震えなかった。

 

「いったれぇえっ!」

 

 

 そして、全力で――振り向きへ大剣を振り下ろした。

 

 

 ガキンと弾かれたとさっきとは明らかに違う確かな手応え。

 燃える赤色の刀身は一気にアイツの大きな嘴を切り下ろし――

 

「Bang」

 

 爆ぜた。

 

 自分でも何が起きたのかは分からない。石のように硬かった相手の嘴は面白いくらい簡単に斬ることができ、それでもって何故か爆発まで……

 ただ、その攻撃を当てたところで、相手はもう動くことはなかった。今更になってまた震え始めた手。

 

「いよっしゃー! クエストクリアだな!」

 

 心の底から嬉しそうに響く剣の人の声。

 

 もう動くことのない相手を確認。その瞬間、私の身体から力は一気に抜けて、その場へ座り込んでしまった。

 もう無理。疲れた。手にも足にも力が入らない。

 

 ただ、気分は悪くない。

 

「ねぇ、剣の人」

「ん? どした?」

 

 私はハンターなんて存在じゃない。普通の人間だ。今はまだ。

 昔のハンターはきっと毎日毎日、こんな生活を続けていたんだろう。そんな人たちが昔はたくさんいたなんて信じられない。

 そして、そんな存在に私も……

 

 

「私、ハンターになれるかな?」

「ああ……もちろん。なれるさ」

 

 決めました。

 私、ハンターになります。

 

 

 

 

★ ★ ★

 

・第1章

・青怪鳥

 

 数多くのモンスターを討伐してきたシャルルリエであるが、その彼女が始めて討伐したモンスターはイャンクックの亜種――青怪鳥と言われている。

 しかしながら、景色に溶け込むような体色のため発見は難しく、そもそも青怪鳥の存在数は少ない。そのため現在、青怪鳥の討伐は一流のハンターになるための登竜門であり、見つけること自体が幸運の兆しとも言われている。

 また、青怪鳥だけでなく、イャンクック自体がシャルルリエを語るに当たり、なくてはならない存在となったが、それは第2章ドンドルマ攻防戦にしてその詳細を記述する。

 

 



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昔語りと大剣

 

 

 私が倒したアイツはイャンクックっていう名前のモンスターらしい。しかも、普通のイャンクックとは少し違い、そのイャンクックの亜種なんだって。別名は青怪鳥。その綺麗な色の鱗や甲殻は人気もあると剣の人が教えてくれた。

 そんなこともあり、せっかく倒したのだから私も鱗を一枚だけもらっておくことに。

 ずっとずっと昔にいたハンターたちも、こうして自分が倒した相手からその素材をもらっていたんじゃないのかな。

 

 青怪鳥との戦いは予想以上に私の体力を奪ってくれたらしく、体力が多いと思っている私でも倒してから暫くは動くことができなかった。

 それでも座って休むことで、その体力も回復。

 

「よっし、帰ろっか」

 

 今日は本当に色々なことがあった。オババに教えてあげたいことがたくさんある。

 剣の人はどうしようかとも思ったけれど、せっかく引っこ抜けたのだし、これもオババに見せてあげたい。オババに見せた時の反応が楽しみだ。

 

「剣の人もそれでいい?」

 

 一応、確認。ヤダって言っても持っていくつもりだけど。

 

「ああ、構わんぞ。俺だけじゃ動けんし、この場所に居ても仕様が無いからな。どうせなら俺だって色々な世界を見てみたい」

 

 そんな剣の人の声を聞いてから、地面へ刺しておいた剣をまた背中へ。

 

 ……世界、か。私はあの村から外へ出たことがない。だから、そこにどんな景色が広がっているのかも知らない。

 そんな世界のことを考えると、心が踊った。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……ホント、あんたって子は」

 

 村までの帰り道が分からなかったから、昨日と同じようにまた帰る時間が遅くなってしまった。さらに、何度もローリングをしたせいで身体が泥だらけだったこと、見つけたら逃げろと言われていたモンスターと戦ったこと、なんだかよく分からない大きな剣を持ってきたこと、などなど。色々なことが重なり、そんな私に待っていたのはやっぱりオババのゲンコツだった。ちょー痛い……

 

「あっ、それでね、オババ。この剣喋るんだよ!」

 

 オババに叩かれた頭は摩りながら報告。きっとオババだって喋る剣を見たら驚くはず。

 

「おバカ。剣が喋るか!」

「ああいや、喋れるぞ」

「喋るんかいっ!」

 

 オババの言葉に私によりも早く応えてくれた剣の人。

 そんな声を聞いたオババは大きな声を出したあと、私の担いでいる剣を見つめ、固まった。いつもいつも騒がしいオババだけど、今日はまた一段と騒がしい。

 私にはよく、もう少し落ち着け、なんて言うくせにオババも落ち着きがないって私は思うんだ。

 

「……驚いた。今の声は本当にその大剣が?」

 

 ふっふーん。どうだ! 流石のオババでも喋る剣には驚いただろう。あと、なんでかは分かんないけど、この剣は斬ると爆発もするんだ。

 

「どうやらそうらしい。どうしてかは俺も分からんがな」

 

 それにしても、この剣って何なんだろうね? とりあえず持ってきちゃったけれど、喋る剣とか意味分かんない。

 

「アタシもそれなりに長い時を生きてきたけれど、喋る大剣を見たのは初めてだよ。それに、その見た目……もしかして炎王龍の大剣かい?」

「おお、よく分かるな。作るときは大変だったが、良い武器だよ」

 

 炎王龍……? なんのことだかさっぱりだ。とりあえず、どうやらこの剣はすごいってことなんだとは思うけど。

 

 よく分からないことが多かったし、私がどうやって青怪鳥を倒したのかとか、オババには言いたいことや聞きたいことがたくさんあった。でも、どうやら今日はもう限界らしい。

 ああ、ダメだ。今日は本当に疲れた。アレだけ身体を動かしたのなんて久しぶりだし、それもしかたのないこと。少しでも気を抜くと直ぐにでも寝てしまいそうだ。

 ……うん、今日はもう寝ることにしよう。

 

「……おばば」

「うん? なんだ……ああ、眠いのか。寝るのは良いけど、その前に身体をちゃんと洗うんだよ」

 

 はーい。

 ああ、本当に疲れたな。こんなに疲れているのだし、今日はぐっすりと眠ることができそうだ。

 

「おやすみなさい」

「お休みシャル」

 

 

 

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「それで……あんた、何者だい?」

 

 紙タバコへ火を付けてから、俺の目の前にいる老婆はそんな言葉を投げかけてきた。

 顔に刻み込まれた深いシワ。落ち着いた物腰。その年齢は明らかに俺よりも上だろう。

 

 うん? ああ、でももしかしたら俺の方が年齢は上なのかもしれないのか。そもそもどうして大剣になっちまったのか分からんが、あの木に突き刺さっていた時間は短くないだろう。

 どの道、色々と聞かなきゃならんことがある。今の俺には知らないことが多すぎるんだ。

 

「さっきも言ったが、そもそも俺がどうしてこの身体になったのかも分からんよ。この大剣を俺が使っていたことは確かだが」

「なるほど、ねぇ……つまり、あんたは」

「ああ、ハンターをやっていたよ」

 

 自分でいうのもアレだが、それなりの実力を持っていたハンターだと思う。それこそ、この大剣を作るくらいの実力はあったのだから。炎王龍――テオ・テスカトルの素材を用いた大剣。それが今の俺の身体。

 この大剣は好きだったが、まっさか自分自身がその大剣になるとはねぇ。人生分からないものだ。まぁ、今は人ですらないが。

 

 

 それから、老婆には今のこの世界のことを色々と聞いた。

 そんな老婆の話は信じたくもない内容だったが……まぁ、そうなっても仕様が無いのかもしれない。だって、あの戦いで俺たちハンターはモンスターに負けたのだから。

 それからもう数百年。信じられんよなぁ。

 

「ハンターねぇ……あの戦いにあんたは参戦していたのかい?」

「まぁ、な」

 

 酷い戦いだった。

 本当に酷い戦いだった。

 

 空を埋め尽くすんじゃないかって量の飛竜。地上には飛べないモンスターどもが蔓延り、それらが人間の住む場所を襲った。

 俺たちだってただでやられるわけにはいかない。だから、全力で抵抗したさ。自分のため、何かを守るため、全てのハンターたちが戦ったと思う。

 次々と仲間たちが倒れていく中、俺だってこの大剣を振り下ろし続けた。我武者羅に、直向きに……まぁ、それでもモンスターどもを倒すには届かなかったわけだが。

 

 最期に俺が見た景色は……どんなものだっただろうか。記憶に靄のようなものがかかり、どうしてソレを思い出すことはできなかった。

 

「……もう、この世界にハンターはいないのか?」

 

 そんな戦いから、人間がモンスターに負けてから数百年。この世界も随分とまぁ、変わってしまったものだ。

 

「表向きはそうさね。ただ、王都やドンドルマのような大都市では、どうにかしてハンターを復活させようとしているって聞くよ」

 

 復活、か。それは有り難いことだが、きっと時間はかかるだろう。それにハンターになれる人間は多くない。

 普通の人間と比べ、超人的な体力に力。そして――心の強さ。それらがあって始めて人間はあのモンスターどもと戦うことができる。

 そして何より、モンスターと戦うなんて常に死と隣り合わせのことをしたがる人間が、どれほどいるのだろうか。

 

「……確かにアタシたちはモンスターに負けたよ。けれどもね、そのまま終わってしまったわけじゃない。現にアタシたちはこうして生きていて、こんな小さな村でも多少のモンスターくらいなら何度も倒してきた」

 

 人間たちが絶望的な状況なのは変わらない。

 けれども、きっと反撃のための種火はまだ残ってくれている。つまりは、そういうことなのだろう。そうだというのなら……希望はある。まだ終わっちゃいない。

 

「アタシだって若い頃は素手でアオアシラを倒したこともあるさね」

 

 バケモノかこの婆さん! この世界の人間のためハンターをやってくれよ。流石に俺だって素手でアオアシラは無理だぞ。只者ではないと思っていたが、何者だこの婆さん。

 

「でも、アタシももう年だよ。最近は若いもんに任せっきりだ」

 

 ……どうやら俺はとんでもない村にいるらしい。

 いや、まぁ、モンスターなんぞ何処にでも現れるものだし、こうして生きていくためにはそのモンスターを倒さなければいけないんだ。だから、誰かが戦う必要はあるのだが。

 

 ああそうだ。この村のことも気になるが、それよりも聞きたいことがあった。

 

「あの嬢ちゃん……シャルは何者なんだ?」

 

 あの時は勢いで俺を使ってもらったが、普通の人間にとってハンターが使う武器は重すぎる。しかも俺はその武器の中でもかなりの重量がある大剣。それを普通に使うことのできたシャルは……

 

「それがアタシにも分からないんだよ。もう十数年も前になる。まだ歩くこともできないあの子をアタシが見つけたんだ」

 

 シャルとこの老婆に血縁関係がないのは確かだろう。これまで多くの者を見てきたが、ハーフの存在は見たことも聞いたこともないのだし。

 そして、この老婆の言葉を聞く限り、シャルの両親は分からないってことか。つまり孤児、ねぇ。親近感が湧くじゃないか。

 

「それでも、あの子は立派に育ってくれたよ。まぁ、ちょいとばかし元気がありすぎるのも困ったものだけどね」

 

 そう言って老婆は何処か楽しそうに笑った。

 確かに、あの猪突猛進さは危ないよなぁ。若い者はそれくらいで良いのかもしれんが、アレじゃあ何処へ向かって突っ走って行くのか分かったものじゃない。

 

「……シャルはハンターの素質がある」

「ああ、知っているよ。当の本人は気づいていないだろうけどね」

 

 初めて武器を担ぎ、初めてモンスターと戦ったというのにアレだけの動き。的確な状況判断。冷静さと強い心に熱い気持ち。今はまだ危なっかしいばかりだが、良い指導者さえいれば、きっと立派なハンターになるだろう。

 

「あんたはこれからどうするつもりだい?」

「あー……こんな身体だしなぁ。ひとりじゃ動けんよ。けれども、せっかくこの身体になったんだ。俺にできるのはモンスターと戦うことくらいだろう。そして、俺もそれを望む」

 

 俺ひとりでこの世界をどうにかしようなんて思っちゃいない。しかし、だ。負けっぱなしってのは嫌いなんだよ。確かに身体は変わっちまったが、俺はもう一度モンスターと戦いたい。

 

「ああそうかい。そうだねぇ……このままこの村に居てもモンスターと戦うことはできるだろうさ。でも、あんたほどの大剣をこの村に置いておくのはちょいともったいない」

「何を、言いたいんだ?」

 

 こんな身体だ。俺が活躍するためには誰かに使ってもらうしかない。

 

 そして、この話の流れ的に俺を使うのは――

 

「あの子は動き始めたらもう絶対に止まらない。それに、この村はあの子にとってあまりにも小さすぎる。これも良い機会だってアタシは思うんだ」

「……つまり?」

 

 目の前の老婆は口に咥えた紙タバコを吸い、真っ白な息を吐き出す。

 そんな真っ白な煙で色づいた景色の先、老婆はもう一度笑ってから声を出した。

 

 

「あのバカ娘のことよろしく頼むよ。ハンターさん」

 

 

 止まっていた物語は動き始めた。

 

 

 

 

★ ★ ★

 

 

・第1章

・武器

 

 数え切れないほどの量のモンスターと戦ってきたシャルルリエであるが、彼女はその時、ひとつの大剣を使い続けていた。

 その大剣は古龍――テオ・テスカトルの素材を用いた大剣だったと言われている。残念ながら、その大剣がどうなったのかは不明であるものの、彼女が炎王龍の大剣を使い続けたのは確かである。また、当時、彼女の使っていた大剣は世界にふたつとない物であり、現在の基準で考えても一級品だったと考えられる。

 しかしながら、当時の武器防具の加工技術は衰退しており、例え素材があったとしても、シャルルリエの使っていた大剣を作ることは不可能であった。そのような大剣を彼女がどうやって手にしたのかは不明である。

 また、その大剣は言葉を発することができた、との証言もあるが、その詳細についても不明である。

 

 



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旅立ち

 

 

 私には両親の記憶がない。

 だからといって、それを寂しいと思ったことはないし、そういうものなんだろうって思っている。それにオババを始め、この村の人たちは私のことをちゃんと育ててくれた。本当の家族っていうのがどういうものなのか、私には分からないけれど、私にとっての家族っていうのは、この村の人たちになるんじゃないのかなって思うんだ。

 

 確かに、私は村の人たちとは容姿が全然違うし、あんまり良い子ではなかったと思う。それでも、今、こうして私が立っていられるのはこの村の人たちのおかげなんだ。だから、この村は私にとって本当に大切な存在。

 

 そもそも、私はこの村を出たことがない。私の世界はこの村とあの山だけ。でも、それで私は満足していた。朝起きて、オババと一緒に朝食を食べ、畑の手入れをし、残った時間はオババや村の人たちとお喋りしたり、あの山へ探検に行って、夜はぐっすりと眠る生活。

 そんな生活だけで私は十分満足していた。

 

 けれども、私はあの剣と出会ってしまった。

 私にとっておとぎ話の存在でしかなかった“ハンター”というものに触れてしまった。

 

 初めて武器を手に持ち、初めて大型のモンスターと戦ったあの感覚。それを上手く言葉で表すことはできないけれど、強いて言うのなら――楽しかった。

 

 そうなるともう無理。外の世界が……私がまだ見たこともない世界が気になってしょうがない。

 つまり、私はハンターって存在になりたいっていうこと。

 

 

 

 

 

 あの剣を手に入れ、イャンクックを倒してからもう二日の時が過ぎた。

 ダメだって言われていた翼持ちのモンスターと勝手に戦った罰ってことで、山へ行くことはオババから止められている。だから、いつもなら山へ探検に行っている時間は村の皆に、あの剣を見せて回っていた。

 村の人皆に見せて回っていたせいか、剣の人は疲れた、なんて言っていたけれど、剣も疲れることはあるのかな? てか、そもそもホント、この剣は何なんだろう。

 

 そんな二日間を過ごした。

 けれども、私の中にあるひとつの気持ちは揺れるばかり。ゆらゆら……ゆらゆら、と。

 

 何かをしようと思ったらもう止まらないこの性格。でも、今回ばかりはどうしても悩んでしまった。安全が約束されていない外の世界へ私が行ったところでどうなるのかは分からないし、そもそも今のこの世界でハンターになれる保証もなかったから。それに、私がこの村から出て行ってしまったら……なんて考えてしまう。

 それでも、私の気持ちは揺れ続けた。

 

 

「……シャル。飯も食べずに何を考えているんだい?」

 

 オババと一緒に食べる、夕食の時間。

 オババの作る料理は美味しい。私も一応、料理くらいはできるけれど、オババの料理と比べたら全然だ。そんなオババの作った料理を食べる時間は私も好きな時間。

 そうだというのに、あの揺れ続ける気持ちのせいで、私の手は止まっていた。

 

「あっ、うん! なんでもないよ!」

 

 なんでもないはずがない。

 そうだというのに、どうしてか私の口から出た言葉はそんなものだった。

 

 もし……もし、私がこの村を出てハンターを目指す。なんて言ったらオババはどんな反応をするのかな。いつものように、バカ言うんじゃないって怒るのか、それとも――

 

 思わず何かを口走りそうになる。けれども、どうにかその衝動を抑え、オババの料理を口へ運ぶ。ただ、その時だけはオババの料理の味もよく分からなかった。

 

 隠し事は苦手だ。そんなことができるほど、器用な性格じゃない。だから、オババも私の様子がおかしいことには気づいているんだろう。

 

「はぁ……」

 

 そんな私の様子を見て、オババはため息をひとつ。

 心臓が跳ねた。それはイャンクックと戦っていた時とはまた違う緊張感。ただ、この緊張感はちょっと好きになれそうにないかな。

 

「あのね、シャル」

「……うん」

 

 オババは手に持っていたお皿を置き、真っ直ぐと私を見た。それに習って私もオババの方を真っ直ぐと向いてみる。

 

 

「どうせ考えたって分かりやしないんだ。難しいことは考えなくて良い。シャルはシャルのやりたいことをやれば良いんだよ」

 

 

 そして、そんな言葉を私へ送ってくれた。優しく、微笑みながら。

 

 ……きっと、オババは分かっていたんだろう。私が何を思い、どうしたいのかを。それも、私よりもずっと私のことを分かってくれていた。

 

「……でも、私がいなくなったら、オババ寂しくない?」

「はっ、何かと思ったらそんなことを気にしていたのかい。大人を舐めるんじゃないよ。憎たらしく、可愛い我が子がそれで成長できるっていうのなら、それ以上の幸せなんてないんだ。それに安心しな、アタシだってあと300年は生きるつもりだよ」

 

 いつものように厳しい口調。

 

「言ってごらん。シャル、あんたはどうしたいんだい?」

 

 でも、その言葉の裏にはオババの優しさがしっかりと見えた。

 

 

「私――ハンターになりたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 ――ハンターになりたい。

 

 目の前にいる少女が老婆に対し、そんな言葉を送った。

 今にも泣き出しそうな顔で……けれども、しっかりとした口調で。

 

 シャルとの付き合いはまだ二日ほどしかないが、この少女がどんな人間なのかは理解できている。その性格をひと言で表すと、素直ってのが一番しっくりくるだろうか。

 隠し事や嘘が苦手。面白いものは面白い、つまらないものはつまらない。シャルはそれをはっきりと伝えることができる。そして、他人を思いやることのできる心。それがこの少女の魅力。

 

 シャルがどんな環境で育ってきたのかは分からない。けれども、此処まで素直な人間はなかなかいない。ひねくれネジ曲がり、嘘偽りだらけの俺とは正反対だ。

 きっと、育った環境が良かったってことなんだろう。この老婆も含め、この小さく特殊な村に住む人々から受けた愛情のおかげといったところだろうか。

 

 噂には聞いていたが、まさか本当にこんな村があるとはねぇ。

 

 

 そして、ハンターになりたい、とシャルが老婆に伝えてから、物語が進むのは早かった。シャルやあの老婆が本当のところ、どう思っていたのかは分からない。けれども、あの少女を――シャルルリエを動き出させるのには十分だった。

 

 シャルが自分の気持ちを打ち明けた次の日のこと。

 

「シャル、あんたに渡したいものがあるからちょっとおいで」

 

 なんて老婆がシャルに伝えた。

 そんな老婆のあとへ続くシャル。その背中には俺。

 色々な景色を見ることができるのだし、何処かに放っておかれるよりは良いが、最近はシャルの背中がすっかり定位置となってしまった。

 俺は大剣なのだし、別におかしなことではないが、やはり自分が大剣になったという実感が湧かない。これもいつか慣れてしまう日がくるのかねぇ。

 

 そして、老婆に案内され、たどり着いた場所には――

 

「え? えっ、なにこれ! オババ、これなに!」

 

 ハンターが身につけるようの防具が置いてあった。

 

 青と黄色を基本とした配色。がっしりとした鎧のような形状。

 

「……ジンオウ防具か」

 

 それは、雷狼竜――ジンオウガの素材を使った防具。

 ジンオウガは無双の狩人なんて二つ名が付けられるほど強いモンスターだ。俺がまだ人間だった時代なら分かるが、ハンターっていう存在が消えかけているこの世界でよくまぁ、こんなものを用意できたものだよ。

 装飾品だってちゃんと付けてあるし……すごいな、普通に羨ましいレベルだ。

 

「ああ、そうだよ。そのうちシャルに渡すつもりだったんだけどね。まぁ、丁度良い機会さね」

「これ、私がもらっていいの?」

 

 そのジンオウガもこの老婆が倒したんかねぇ。ホント、何者なのやら。ジンオウガ、強いんだけどなぁ。

 

「ハンターを目指すんだろう? それなら防具くらいは身につけておきな。サイズはちゃんと合っているはず。そして、今のアタシたちに用意できる最高の防具だ。大事にするんだよ」

 

 そういえば、シャルって今まで防具無しの状態だったんだよな。そんな状態でイャンクック亜種と戦っていたのか……俺は遠慮したいよ。

 

 老婆から受け取ったジンオウ防具をシャルは早速装備。武器と防具を身につけたその姿はまさにハンターだった。

 まぁ、その中身がどうかっていうとアレだが。

 

 それにしても……

 

「なんで、頭はガンナー用なんだ?」

 

 確かだけど、剣士用のジンオウ防具頭は、ジンオウガのソレをデフォルメした耳が付いていたはず。しかし、今シャルが装備している頭防具は耳がない。

 

「趣味だね」

 

 誰の趣味だよ……

 

 

 それから防具をもらえたことが嬉しかったのか、シャルはまた村人全員へ見せて回った。もちろん俺も一緒に。

 老婆やシャルが言っていたように、この村は大きくない。それもかなり小さい方だろう。そんなこともあり、一日あれば村人全員のところへ行くこともできる。此処はそんな村だ。

 

 けれども、この村一番の特徴は――村人が竜人族ということ。

 

 俺も竜人族とは何度も会ったことがあり、世話になった者もいるが、竜人族だけが住む村というのは初めて見た。

 噂に聞いたことはあった。竜人族だけの住む村があるということを。他にもこういう村があったりするのかねぇ。いやはや世界は広いものだ。

 そんな中、シャルだけは竜人族でない普通の人間。ホント、謎の多い少女だよ。まぁ、一番謎なのは他の誰でもない俺なんだろうが。

 

 そして、シャルが防具を受け取った次の日。

 

 旅立ちの時が来た。

 

「よーし、準備完了だ! それじゃ、皆行ってくるね!」

 

 シャルが旅立つということで、村人全員がその見送り。愛されているねぇ。

 

 ジンオウ防具に、ハンターなら誰もが持っているナイフ。それと、背中に担いだ炎王龍の大剣。見た目だけならもう立派なハンターだ。

 当たり前のように俺もシャルについていくことになったが、それに関しては何の文句もない。流石に何も知らない少女のひとり旅は無茶ってものだしな。まぁ、俺にできる限りのことはやるつもりだ。

 それに、俺だってまたハンターっていう存在になりたかったんだと思う。こんな身体になってしまってもそう思ってしまうんだ。

 

「……シャル、最後に言っておくよ」

「うん? なに?」

 

 お別れなんて言ってしまうと、何とも寂しく思ってしまうものだが、そんな悲壮感はない。それも、この少女の明るい性格のおかげなんだろう。

 

「あんたはアホだ」

「なんだとー!」

 

 ……いや、今は怒らずにちゃんと聞きなさいよ。たぶん良いことを言ってくれると思うから。

 

「お聞き」

「聞きます」

 

 ふむ、これからこのシャルとふたり旅になるわけだが……だ、大丈夫だろうか。なんというか、俺じゃあこのシャルを止められる気がしない。いくら喋れるといっても俺、剣だしなぁ。

 まぁ、そんなこと考えたって仕様が無い。せっかくの旅立ちなんだ。今くらいは明るく前向きにいくとしよう。

 

「どうせあんたじゃ何かを考えたって良いことなんて浮かばない。だからね、もし迷ってしまった時は難しいことを考えるんじゃなく、シャルが正しいと思うことをおやり。分かったかい?」

「えっと……つまり私のやりたいようにやればいいってこと?」

 

 いや、なんか違うぞ。そうじゃない気がする。

 ただ、今は口出しできるような雰囲気じゃない。此処は黙っている場面なんだろう。

 

「あー……まぁ、それで良いか」

 

 老婆が妥協した。

 良いのか? 本当にそれで良いのか? これからシャルと一緒に旅をする俺は不安しか感じないんだが。

 

「うん、それで良いことにしよう。やりたいことをやるのが一番ってことには変わらないのだし」

「分かった。そうする!」

 

 ああこれはダメだ。大変な旅になる予感しかしない。

 

 ……ま、旅なんてそれくらいの方が面白いんだろうけどさ。

 

「さて、それじゃあ行ってきな」

「はい! 行ってきますっ!」

 

 そして、老婆の言葉を受けた少女は、村人たちへ大きく手を振ってから歩き始めた。

 目的地は俺が人間時代お世話になっていた場所でもあるドンドルマ。

 

 天気は晴れ。突き抜けるような青空が何処までも広がっている。道のりは長いかもしれないが、少しずつ進んでいこう。

 

 

 

 

★ ★ ★

 

 

・第1章

・故郷

 

 残念ながら、シャルルリエの故郷については不明とされている。また、幼少期にどのような生活を送っていたのかも分かっていない。

 しかしながら、近年公開された探検家クィントゥス・ロロットの日記にその手がかりとなる一文が載っている。その内容は

 

 ドンドルマから真東に進んだ場所、山奥の奥に竜人族だけの住む村へたどり着いた。

 その村の住人から『シャルルリエという人間を知っているか』と聞かれた。

 

 といったものである。クィントゥスのたどり着いたその村は現在でも確認されておらず、シャルルリエがその村とどのような関係なのかも不明である。また

 

 信じられない。老婆が素手でアオアシラを倒した。ヤバい、この村ヤバい。

 

 といった、明らかに嘘と思われる内容も記述されており、信頼性に欠けていることも否めない。それでも、その竜人族だけの住む村がシャルルリエと何かしらの関係を持っていた可能性は高く、彼女に関する貴重な情報だと我々は考えている。

 

 






シャルルリエの防具ですが、MHXXのEXジンオウ防具(頭のみガンナー用)をイメージしています。
頭だけガンナー防具なのは作者の趣味です。


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ハンターを目指す道
たまには釣りでもいかが?


 

 

 何が楽しいのかは分からないが、ふんふんとよく分からない鼻歌を口ずさみながら、道のような場所を進むシャル。途中で拾った木の枝を振り回し、目に止まった草を採取したりと道草も多い。相も変わらず呑気なものだ。いや、まぁ、陰鬱とした状態でする旅なんかよりもよっぽど良いことなんだが。

 

 そんなこの旅の目的地はドンドルマ。詳しいことはあの老婆も分からないと言っていたが、どうやらドンドルマなどの大都市ではハンターを復活させようとしている動きがあるらしい。つまり、ドンドルマへ行けばシャルもハンターになれるかもしれないってこと。

 ハンターという存在が消えかけてしまっているこの世界でハンターを目指す少女。その道のりは険しそうだ。

 

 んで、じゃあ、あの村からドンドルマまでどれくらいかかるのかってことだが……

 

『そうさねぇ……ひと月も歩けば、ドンドルマへ通じる道くらいにはたどり着けると思うよ』

 

 とのことだそうだ。やはり道のりは長い。てか、長すぎる。あの村は大都市から見て外れの方にあるだろうとは思っていたが、まさかそこまでとは……

 一応、道っぽいものがあり、それを進んでいけば良いそうだが、その道を使う人間がいなかったせいか、今シャルが歩いているこれを道と呼んで良いのかは分からない。

 

 ほぼほぼノリと勢いだけで旅へ出てしまった。とはいえ……これ、大丈夫か? 残念ながら、俺が人間だった頃も旅というものを経験したことはない。狩場へ行くのだってギルドが手配してくれたものを使っていただけだ。つまり俺は旅ってものに関して完全な素人。アドバイスなんて何もできない。

 唯一の同行者である俺がそんな状態。あの村人たちは温かくシャルの旅立ちを見送ってくれたが……もう少し考えた方が良かったんじゃないだろうか。女の子のひとり旅なんぞそんなに簡単なものじゃないだろうに。この旅はちょいとばかし難易度が高いぞ。

 

「あっ、そういえばさ。剣の人って何ていう名前なの? 剣の人、じゃおかしいもんね」

 

 そうだというのに、シャルはどこまでも明るかった。自分の置かれている状況を分かっているのだろうか……

 一応、食料なども持ってきているが、流石に一ヶ月は持たない。問題は山積みだ。

 

「あー……名前かぁ」

 

 そりゃあ、ある。

 とはいえ、今はこんな状態。今更人間だった頃の名前にこだわる必要はないだろう。じゃあどうするかってことだが……

 

「じゃあ、師匠と呼んでくれ」

 

 旅に関しては何のアドバイスもできんが、狩りに関してならいくらかのアドバイスができる。これでも長い間、ハンターを続けていた身だ。シャルがハンターを目指すっていうのなら、それも丁度良い。

 

「えー……」

 

 不満そうな顔。

 なんだよ、良いじゃないか。俺だって一度くらいそう言われてみたかったんだ。

 

「狩りのことだったり、ハンターってものはしっかりと教えてやる。だから、その呼び名が合っていると俺は思うぞ」

「うーん、そこまでいうのならそうするけど……んじゃあ、よろしくね、ししょー」

 

 酷い棒読みだった。

 いかにも、仕方無いなぁ、といった感じ。敬う気持ちが微塵も感じられない。なんだろうか、この遣る瀬のなさは。

 

「……ああ、よろしく。それでシャル。これからはどうするつもりなんだ?」

 

 ドンドルマを目指すのは良いとして、目下の目標は食料の調達だろう。何をするにおいても腹が減ってはどう仕様も無いのだから。

 

「そりゃあ、もちろんハンターになるよ!」

 

 ああ、うん、それは良い心がけだと思うぞ。ただな、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくてだな、とりあえず今のこの絶望的な状況をどうにかした方が良いと思うんだ。

 旅をしたことのない俺がいうのもアレだが、旅ってのは想像以上に過酷なものなんだろうから。

 

「いや、そういうことじゃなくてだな。今後の食料とかはどうするつもりなんだ?」

 

 とりあえずの問題はそれだろう。

 アプトノスと竜車でもあれば良かったが、現在は身体ひとつの旅。多くの持ち物を運べるわけでもない。必要な物を必要な分だけ。そういう旅だ。

 

「そりゃあ魚とかお肉を食べようと思ってるけど……あっ、ちゃんと野菜も食べるよ!」

 

 おう、栄養バランスまで気にするとは流石だ。

 

 いや、違う。そういうことじゃない。だから、その食料をどうするんだって俺は聞きたいんだ。運良く草食竜と出会えたとしてもソレを上手く解体し、生肉を手に入れることだって難しい。

 モンスターから素材を剥ぎ取る関係上、ハンターなら当たり前のようにできることだが、それを普通の人間ができるかというと……

 

「むっ、水の音。それじゃあ今日のご飯は魚にしよう」

 

 そんな俺の心配を余所に、やっぱり元気な様子のシャルルリエ。元気なのは良いことだけど、お兄さんはそんな君が心配でなりません。

 

 まぁ、そんな心配は全て杞憂に終わったわけだが。

 この少女、俺が思っていた以上にハイスペックなんだ。

 

 

 水の音が聞こえた、といったシャルは道から外れ山の中へ。

 俺にはそんな音なんて聞こえなかったし、道から外れて大丈夫なのかも心配だった。しかし、シャルの予想は当たり、目の前には川が流れていた。

 

「よーし……釣るか!」

 

 アイテムポーチの中から釣竿を取り出し、さらに石の下などの地面を探索。そして、見つけた何か(たぶん釣りミミズ)を針へつけ、糸の先を水面へ垂らした。

 

 それは明らかに手馴れている動作。

 

「釣り、よくやるのか?」

「あー……うん。私が生きるためには必要だったからなぁ……」

 

 俺の言葉に対し、シャルは遠い目をして答えた。

 いや、お前の人生に何があったんだよ。俺だって釣りくらいやったが、その釣りに自分の人生を懸けたことはないぞ。てか、そんな奴見たことがない。

 

「おっ、かかった!」

 

 早速、シャルの竿に当たりがかかり、何かを釣り上げた。その見た目的に……ハレツアロワナか? 確か、絶命時に破裂する特性を持っていたはず。そんな特性もあり、徹甲榴弾などの調合素材に使われることが多かった。食べたことはない。

 

「あー……爆発する奴かぁ、これはなぁ、ちょっとなー……お前は美味しくないからなー」

 

 ……食べたことあるのか。どんな味なのだろう。

 

「ほら、川へお帰り。もう釣りには引っかるなよー」

 

 そして、ぶんぶんと手を振りながら、釣ったばかりの魚をシャルはまた川の中へ戻した。どうやら、本当に釣りをやったことがあるらしい。今回みたく魚を釣ることのできる場所さえ見つければ、食料も多少は安定してくれるだろうか。

 

 それからもシャルは釣りを続けたが、釣れるのはハレツアロワナやキレアジばかり。シャル曰く、キレアジは焼けば食べることができるらしいが、食べることのできる部位は少なく、あまり美味しくないと言っていた。あと、生でキレアジを食べるのは本当に無理らしい。まぁ、砥石の代わりに使われるような魚なのだし、それはそうだろうが。

 

 

 そして、釣り始めてもう何匹目か分からないくらいのこと。

 

「よっしゃー、今日のご飯だー!」

 

 ついに、シャルが食用の魚を釣り上げた。

 その全身は黄金に輝き、神々しさすら感じる。つまり、黄金魚を釣り上げました。

 

「え? それって食えるのか?」

「うん。生だとあんまり美味しくないけど、焼くと美味しいよ」

 

 マジか、それは知らんかったわ……

 そもそも黄金魚を食べようなんて思わないのだし、それもそうだが。俺が釣った時は直ぐ売ってしまっていたんだ。黄金魚を一匹売れば、腹いっぱい食べてお釣りがくるくらいのお金が手に入る。

 それにしてもホント、シャルはどんな人生を歩んできたのだろう……

 

 釣り上げた黄金魚。シャルはそれにナイフを使って鱗と内蔵を取り、木の枝を使って作った串で突き刺した。さらに、火まで起こし調理の準備は完了。その手つきはやはり手馴れていた。

 

「やけに手馴れているんだな」

「そう? これくらいなら村の人たち皆できるよ?」

 

 ……あの村ってなんなんだろう。

 確かに、此処までできるのなら、ひとりで旅に出てもどうにかなりそうではある。

 

 そんなわけで、この旅を始めて最初の料理は黄金魚の丸焼きとなった。

 贅沢ができるような状況ではないというのに、すごい贅沢だ。俺もこんな身体じゃなければひと口いただきたいんだがなぁ。

 まぁ、今ばかりは美味しそうに焼けた黄金魚を頬張るシャルを見るだけで満足しておこう。

 

 これからも旅は続く。決して楽なことばかりではないだろう。

 そんな中、この明るい少女の笑顔が曇ってしまわないことばかりを俺は願っているよ。

 

 

 



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ハンターという存在

 

 

「今日のご飯はー、香りのする草とケルビの内蔵焼きー」

 

 旅を始めて二日目。

 一応、道っぽい場所を歩いているものの、相変わらず景色は山の中なため、進んでいる気はしない。そうだというのに、シャルは今日も今日とて楽しそうだった。

 

 そして、たまたま出会したケルビを倒し、今はその解体中。魚をさばいていた時もそうだったが、その手つきはやはり手馴れているように見える。また、やたらとよく分からん草や木の実を集めていると思っていたが、それも食用だそうだ。

 そしてどうやら、今日の飯はホワイトレバーらしい。腐りやすいのが少々アレだが、脂の乗ったホワイトレバーって美味しいんだよなぁ。

 

「解体の仕方とかはあの老婆から習ったのか?」

「うん、基本はそうだよ」

 

 まぁ、そうだろうな。流石に自分ひとりの力だけでここまではできないだろうし。

 あの村は外部との繋がりがなく、自給自足の生活を強いられている。きっとそんな背景もあったのだろう。物に溢れ、恵まれていた俺にはそんな生活なぞ想像くらいしかできない。

 

「昔さー、オババにね。このナイフ一本だけ渡されて山の中で一ヶ月過ごせって言われたことがあるんだー」

 

 ごめん……想像以上だった。恐ろしく過酷な生活を送っていた。

 

「死ぬかと思った」

 

 いや、よく生き残れたな。本当に。

 

 なるほど、それで釣りをしていた時、生きるために必要だったとかなんとか言っていたのか。あの老婆だって何もそこまでしなくとも良いだろうに……そんな経験が今、こうして活かされているわけだが普通なら……ああいや、違う。そうじゃないのか。あの老婆のことだ。きっといつの日かこうしてシャルが旅へ出ることを考えていたのだろう。多分だが。

 

「自分の好きなものを、お腹いっぱい食べることができるのってさ、すっごい幸せなことなんだよね」

 

 ヤバい、俺、泣きそう。剣だから泣けないけど。

 シャルのことはただのアホな少女だと思っていたが、そんなことはなかった。このままでは好きになってしまいそうだ。

 もし俺の身体が元に戻ったら、お腹いっぱい好きな物を食べさせてあげるからな。

 

「おっし、解体終わり! うむうむ、私の糧となる食材に最大限の感謝をし、いただくとしよう!」

 

 お前、たまに難しい言葉を使うよな。言葉の意味を理解しているのか分からんが。まぁ多分、理解していないだろう。

 

 解体作業も終わり、手に入れることのできた素材はホワイトレバーに生肉とケルビの角、あと毛皮も手に入れたが、今は鞣す道具もないため、持っていかないことに。

 生肉という食料が手に入ったのも美味しいが、ケルビの角も有り難い。ハチミツにニガ虫。あとはマンドラゴラも必要になるが、それらが手に入ればいにしえの秘薬を調合することができる。調合に関する知識をシャルがどの程度持っているのかは不明だが、良い物を手に入れた。

 

「うーん、火起こすの面倒だなぁ……あっ、もしかして、ししょーを使えば簡単に起こせる?」

 

 木の枝を集め、その上に薄い大きな石。そんな石の上には手に入れたばかりのホワイトレバーにシャル曰く、香りのする草が山盛りに。後は火を点け、焼くだけだ。

 そんな状況で、シャルがなんとも不穏ことを呟いた。

 

 いや、待てシャル。確かに、俺を使えば爆発を起こせるが、あの爆発は無属性であって炎が出ているわけじゃ……なんて言おうとしたが、一度動き始めたシャルはもう止まらない。

 

「うーん、こう……ちょっとだけ当てる感じにすれば――」

 

 優しい手つきでそっと、集めた木の枝に俺を当てる。

 

 その結果、せっかく手に入れた食材が消し飛んだ。

 集めた木の枝は爆ぜ散り、薄い大きな石は反転。その上に乗っていた食材が宙を舞う。

 

「…………」

「…………」

 

 言葉が出なかった。

 こんな時、なんて声をかけてあげれば良いのかが分からない。

 

「わ、わたわたしの……か、糧となる食材……」

 

 その……なんか、ごめん。今回は別に俺が悪いわけじゃないけど、ごめん。

 

 失敗から学ぶことは多いが、どうせなら成功から学びたいものだって俺は思うんだ。

 

 因みに、飛び散った食材はその後、ちゃんと洗ってからシャルが美味しくいただいた。

 

 

 

 

 

 

 

 旅生活3日目。

 昨日手に入れたケルビの生肉はどうやら干し肉にするらしく、今は塩水に漬けているところ。最初は色々とダメな気しかしなかったこの旅だが、この調子ならなんとかなりそうだ。それも、シャルが想像以上に生きるための知識があったおかげだろう。

 とはいえ、今までは危険なモンスターとの遭遇がなかったというのも大きい。生態系の頂点であるモンスターが蔓延るこの世界。このままで何処まで行けるのやら。

 それに、シャルがハンターを目指すというのなら、モンスターとの戦い方も覚えなければいけない。そう考えると難易度の高い旅ということに変わりはないだろう。

 

「むっ、なんかいる。んー……ししょー、アレなに?」

 

 そして、旅を始めて3日目にして、漸く危険度の高いモンスター遭遇した。

 

「ああ、アレはブルファン……いや、体毛が白いし大きいな。あれはそのブルファンゴの親玉であるドスファンゴっていうモンスターだよ」

 

 攻撃方法は突進とあの大きな牙を使ったものだけ。危険度も高くなく、装備が整っているのだし、今のシャルでも倒すことは可能だろう。

 ただ、ドスファンゴがいるってことはどうせ、ブルファンゴもいるよなぁ。それも決して少なくない数が。一頭一頭と戦う分には問題ないが、集団で来られるとちょいと面倒くさい。

 

「あー……なるほど! つまり、倒せばいいってことか!」

 

 いや、なんか違うぞ。そうじゃないと俺は思うぞ。

 

 いつか話そうとは思っていたが……ふむ、せっかくの機会だ。シャルにハンターというものを教えるとしよう。

 

「ちょっと待て、シャル」

「どうしたの?」

 

 今にもドスファンゴへ向かって走り出そうとしているシャルをどうにか止める。今はまだ俺たちの存在に気がついていないが、いつ気づかれてもおかしくない位置。

 

「あのドスファンゴと戦うのはダメだ」

「えー、なんでさ」

 

 俺の言葉を聞き、やはり不満そうな顔をしたシャル。

 

 ハンターという存在が消えかけてしまっているこの世界。もうそんなことは気にしなくとも良いんじゃないとも思う。けれども、このシャルの目指しているものが、俺がそうであったハンターというのなら、言わなければいけないことがあった。

 俺みたいな人間が、ハンターってものを声高々に謳うのはおかしいかもしれない。しかし、今のこの世界、ハンターという存在をちゃんと教えてあげられる者はもう俺しかいないんだ。そうだというのなら、役目ってものがある。

 

「とりあえず、ドスファンゴから離れよう。この場所じゃそのうち見つかるかもしれん」

 

 

 ドスファンゴと戦うことを止めたせいで、ブーブー文句をいうシャルであったが、どうにか俺の言うことを聞き、素直にドスファンゴから離れてくれた。

 

「なぁ、シャル。ハンターってどんな存在だと思う?」

「モンスターを倒す人」

 

 十分にドスファンゴから離れたところで会話を再開。内容はハンターについて。

 まっさか、俺なんぞがそんなことを教える日が来るとはねぇ。昔の俺を知っている人間が今の状況を見たらどんな表情をするか分かったものじゃない。

 

「まぁ、それもある。ただな、それだけじゃないんだ」

 

 ……俺のいた時代、ハンターはたくさんいた。

 そして、そんなハンターになる理由ってのは人それぞれ。きっとハンターの数だけその理由があっただろう。ただモンスターを狩ることを目的とした者。富や名声を求める者。モンスターに対して何かしらの想いを抱える者。きっと色々な理由がそこにあった。もしかしたら、女の子にモテたいって理由でハンターを目指した人間だっているかもし……いや、流石にそれはないか。

 それは良いとして、だ。こうしてハンターってものが何かを教えている俺だって、金を稼ぐことができるっていう理由でハンターになった。

 

「モンスターを倒し、モンスターの脅威から人間たちを守るってのは大切な役割だ。けれども、ハンターがやらなきゃいけないのはそれだけじゃない」

「んー……じゃあ、なにをするの?」

 

 ハンターになっていた時代、そんなことを意識したことはなかった。ギルドを通してクエストを受注し、あとはひたすらモンスターを倒すだけ。そんな生活だった。

 だから、俺にこんなことをいう権利はないかもしれん。でも、このシャルには俺のようなハンターじゃなく、立派なハンターになってもらいたい。

 

 それこそ、ハンターを称える言葉の中でも最高である()()()()()()()()()と呼ばれるような存在に。

 

「ハンターってのはな。人間のことだけじゃなく、モンスターのことも……つまり、この世界全てのことを守ってやらなきゃいけない存在なんだ」

 

 あの時代、ハンターはギルドから依頼されていないモンスターを狩ることは御法度とされていた。小型種や乱入など、例外はあったものの、ギルドに所属していたハンターはそのルールを守っていたはず。

 じゃあ、なんでそんなルールがあったかっていうと、自然を……この世界を壊さないためってことなんだろう。絶妙な生物バランスで成り立っているこの世界。特定のモンスターを乱獲すればそれだけで生態系は乱れてしまう。それだけは防がなければいけない。

 

 確かに、俺たちへ依頼されたクエストのほとんどは人間のためのものだった。けれども、それだけではなかった。イビルジョーや狂竜化モンスターなど、人間だけではなく他のモンスターの脅威となる存在だって俺たちの依頼対象だったんだ。

 それは、この世界を守るために。そして、きっとそれがハンターの役割だったんだろう。

 

「よく、わかんない……」

 

 まぁ、そうだろうな。

 正直、こんなことを言っている俺だって分かっていないのだから。それに、きっと俺がいくら考えたところで、じゃあどうすれば良いのかっていう答えは浮かばないだろう。

 でも、シャルにはそうなってもらいたくない。今はまだ分からないことだらけかもしれないが、いつの日かそれを分かってくれる日が来てくれることを願っているよ。

 それに、シャルならきっと……俺はそう思うんだ。

 

「ああ、今はそれで良いさ。きっといつの日か分かる時が来るだろうから。ま、アレだ。倒す必要のないモンスターは倒さないようにしろってことだよ」

「うん、それならわかる。がってんです!」

 

 ホント、素直で良い子だ。それもあの老婆たち村人のおかげなんだろう。こりゃあ、下手なことを教えて俺みたいにならないよう気を付けないとだな。

 

 俺なんかにそんな役目が務まるかは分からんが……まぁ、やるだけやってみよう。この身体でできることは少ないが、きっとそれくらいなら俺でもできるだろうから。

 

 

 



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勇気の姿

 

 

「だからな、もっとこう……さっと納刀できんのか?」

「そんなこと言ってもさー」

 

 ドンドルマを目指す旅を始めて5日目といったところ。

 今はまだ大型種との戦闘はないが、良い加減動きくらいは教えておいた方が良いだろうと思い、シャルへ大剣の使い方を教えているところだ。

 そして、あのイャンクック亜種と戦っていた時や、ケルビを倒した時も思ったが、どうにもシャルは納刀の動作が遅い。最初はただ大剣の扱いに慣れていないせいなのだろうとしか思っていなかった。しかし、どれだけ練習させようが、何度試させてみようが、やはり納刀の動作は速くならない。不器用な人間ではないのだし、これくらいさっとできそうなものだが……

 

 大剣という武器を使うに当たり、納刀の遅さというのは致命的だ。抜刀状態で速く動くことのできない大剣は、抜刀斬り、納刀を繰り返して戦うのが基本。大剣使いの中には納刀スキルを発動させる奴だっていたくらいだ。

 だから、シャルにももう少し納刀の動作を速くなってもらいたいって思っているんだがなぁ。

 

 うーん、納刀が遅くなるスキルなんて聞いたことがないし、スキルのせいではないと思う。まぁ、何度も練習を重ねればきっと速くなると信じよう。

 そんなわけで、その日の練習はそれくらいにして、旅を再開。溜め斬りや強溜め斬り、そして薙ぎ払い、とまだまだ教えなければいけない動作はたくさんある。まぁ、長い旅となるんだ。今は焦らずゆっくり教えていくことにしよう。

 

「ししょーってさ。剣なのにいろんなことを知ってるよね。私が拾う……おおー、でっかい川がある!」

 

 とことこと歩きながら、シャルが俺に何かを聞こうとした時だった。

 今までは多くの木に囲まれた景色ばかりであったが、それが一気に晴れ、目の前には草原の丘のような景色が広がっている。そして、シャルが言っていたように、大きな川も。そんな景色は森丘とよく似ていた。

 

「水浴びの時間だー!」

 

 もう川のことしか頭にないのか、その川へ向かって走り出したシャル。

 現在、食料も充実しているし、魚を釣る必要もない。それほど身体が汚れているわけでもないが……まぁ、せっかく川が流れているのだし、水浴びするのには丁度良いだろう。

 

 川へ近づき、さっさと防具を脱ぎ捨て、俺を地面へ突き刺し、インナーだけの姿となってから川の中へ飛び込むシャル。いくら周りに人のいない状況とはいえ、女の子なのだしもう少し気をつけた方が良いんじゃないかって俺は思うぞ。

 シャルがどう思っているのかは知らんが、一応、俺だって男なんだけどなぁ。

 

 それから、楽しそうに川の中を泳いだり、身体やその長い黒髪を洗うシャルを横目に、青空を泳ぐ真っ白な雲をボーっと眺めていた。

 危険なモンスターどもが蔓延るこの世界。そんな場所でするひとり旅なぞ、安全なはずがない。けれども、こうしてゆっくりのんびりとした時間を楽しむことができるっては旅の良いところなのかもしれんな。

 

 

 どれくらいの時間、シャルが川で水浴びをしていたのかは分からんが、それなりの時間を使って楽しみ、ようやっと俺の場所へ戻ってきた。

 

「楽しかったか?」

「うん、満足だ!」

 

 完全に水を拭き取れていないせいで、髪の毛などはまだ湿っている。そんな状態のシャルは元気良く笑顔で答えてくれた。

 そりゃあ、良かったよ。過酷な旅には違いない。そうだというのなら、息抜きはやはり大切だ。

 

 防具の装備も終わり、背中へ俺を背負えば旅を再開する準備も完了。ゆっくりでも構わない、また前へ進んでいこう。

 

「んじゃ、行くか」

「おおー……お? あら? ねぇ、ししょー。なんかこっちに来る」

 

 シャルの声を聞いてから、当たりの様子を確認。

 その瞬間、先程までシャルの遊んでいた川の中から勢いよく、大きな黄色のモンスターが飛び出してきた。

 それは、明らかにシャルを狙っている動き。

 

「……水獣――ロアルドロスだな」

 

 まーた、面倒な奴が出てきたものだ。

 

「え、えと、アレも戦わない方がいい?」

 

 できればそうするのが一番だと思う。けれども、今回は相手に見つかっている状態で、しかも相手が相手。アイツから逃げるのはちょいと厳しい。ゲリョスなんかと同じように狂走エキスを保有しているせいで、コイツは何処までも追って来やがるんだ。

 ロアルの危険度はイャンクック亜種よりも低い。水中で戦うアイツはヤバいらしいが、今は陸上。それにそろそろシャルも大型種と戦う経験がほしいとも思っていたところだったりする。

 運良く、取り巻きも見当たらない。ちゃんとした防具はある。俺が言うのもアレだが、武器は超が付く一級品。普通に考えれば問題なく倒せる相手。

 

「……いや、今回は戦おう」

「いいの?」

 

 今回ばかりは仕様が無い。

 ただ、大型種とちゃんと戦うのは初めてといって良いくらいだ。だから、とにかく安全に。

 

「ああ、今回はな。ただ、この場所じゃちょいとマズい。川からできるだけ離れるんだ」

「りょーかいです!」

 

 水の中へ入るとアイツは直ぐに体力やスタミナを回復する。だから、とにかく水から遠ざかるように。わざわざ相手のホームで戦う必要なんてないしな。

 

 

 

 

「おー……ま、まだ追ってくる」

 

 俺の言葉を聞き、シャルは直ぐに川から遠ざかるよう動いた。そして、あの川の近くからひとつの丘を越えた場所。そうだというのに、ロアルはまだシャルを追ってきている。

 やはり陸上では動き難いのか、その動きはそこまで速くもないが、振り切るまではできていない。いくらスタミナの多いシャルでも流石に逃げきれんよなぁ。ロアルの何がシャルを追うようここまで駆り立てるんだ……なんて思ったが、そういえばジンオウ防具って挑発スキルが発動するんだったかな。もしかしたらソレが関係しているのかもしれん。

 

「よし、シャルそろそろ良いぞ。……このクエストを始めよう」

「がってん!」

 

 後ろを振り返ると、のそのそと此方へ向かって走ってくるロアルの姿。鬼ごっこは此処までだ。戦闘開始といこうか。

 

「とにかく相手の動きをしっかりと見ること! んで、隙を見つけたら俺を叩き込め!」

 

 シャルの納刀の遅さはどうしても気になるが、もうそんなことを言っている余裕はない。

 

 シャルの口から短い呼吸音が聞こえた後、少女は一気にロアルへ近づいていった。迷いなど微塵もなく、ただただ真っ直ぐに。

 そんなシャルの様子を見てか、グッとその体を沈めるように力を込める動作をしたロアルドロス。

 

「飛びかかり来るぞ。避けろ!」

 

 そして、俺の言葉が終わる前にロアルはシャルへ向かい一気に跳んできやがった。

 シャルはそのロアルの飛びかかりをローリングで躱し、背中へ背負っていた俺を掴んだ。

 

「今! 頭を狙えっ!」

 

 さらに、飛びかかり攻撃で隙のできた相手の顔面へ抜刀斬り。

 初めて見る相手。初めてと言って良い大型種との戦闘。そうだというのに、この対応力は流石だ。ホント、コイツは化けるかもしれん。

 

 しかしながら、溜めていない攻撃だったことと、爆発も引けなかったことで、せっかくぶちかました一発も手応えはあまりない。

 ロアルくらいなら、最大限まで溜めた攻撃を入れられれば一発で倒せるくらいの火力はあるはずなんだが……むぅ、納刀よりも溜め方を教えるべきだったか。

 

 俺が教えた通り、抜刀斬りを当てた後、シャルは直ぐに納刀。けれども、その動作はやはり遅い。ロアルが怒り状態になり、動きが速くなったらちょいとヤバいかもしれん。

 

 

 それからもシャルは隙を見て、コツコツと抜刀攻撃をロアルの顔面へ叩き込み続けた。けれども、溜め斬りができないせいで、ダメージ量は期待できない。

 まだ被弾はないものの、シャルも疲れてきているのか、回避がギリギリになることも多い。それと、やはり納刀の遅さがキツい。これならいっそのこと抜刀状態のまま戦った方が良いんじゃないかってくらいだ。

 

「その溜めってどうやるの!」

「振り被るように上段で構えて力を込める!」

 

 もう何度交わしたのかも分からない会話のやり取り。

 極論を言ってしまうと、大剣なんて溜め斬りさえできれば十分な火力を出せる武器だ。使いやすさだけなら、どの武器にだって負けない。

 けれども逆にその溜めができないとなると……

 ホント、溜め斬りさえ当てられれば、その状況を一発でひっくり返せるくらいの武器なんだが。

 

 溜めることができず、十分に力の込められていない一発をロアルの顔面へ。運良く、爆発を引くことはできたが……マズイな、このままじゃジリ貧だ。

 

 そして、シャルの攻撃後、相手は今までよりもずっと速い動きで突進をしてきた。

 

「むぅ!」

 

 その突進をローリングでギリギリ回避。

 まっずいねぇ、ついに相手も怒り状態ですか。まぁ、アレだけポコポコと殴られればそりゃあ怒るってもんだが。

 

「っつ! シャル、もっかい突進来るぞ!」

 

 シャルを通り過ぎたロアルだったが、直ぐに方向転換。そして、そのままシャルへ向かって2回目の突進攻撃。豊富なスタミナを使っての突進連打。これだからコイツは!

 

 そして、その突進がローリング後、ようやっと納刀したシャルへ直撃。

 

 自分より何倍もでかい相手の突進。いくら優秀な防具を身につけているとはいえ、ロアルの突進を喰らったシャルは吹き飛ばされた。

 

 受身も取れず、地面へ転がされたシャルルリエ。それはこの少女に対して絶望的すぎる火力。

 

「シャル!」

 

 思わず叫んだ。

 これは、俺が受けていたような一応の安全が約束されたクエストじゃない。ネコタクはなく、助けてくれる仲間もいない。一度でもダウンをすればそれがそのまま死へと繋がってしまう。

 

 常に死と隣合わせ。それがハンターというもの。んなことは分かっていたはずだった。

 倒れ込んだ少女。何もできないこの身体。自責の念ばかりが積もる。

 

 な~んて湿っぽいことを思っていたわけだが――

 

 

「あいったー。むぅ、こんにゃろー!」

 

 

 どうやら、この少女はやはり普通と違うらしい。

 アレだけの突進を受けたというのに、普通に起き上がった。痛い、くらいで済んだらしい。いや、お前、何者だよ。

 俺だって、タフな方だとは思っているが、もしかしたらそれ以上かもしれん。

 

「怒った!」

 

 そして、そんな言葉を叫んだ瞬間――少女の右腕が青い光を放った。

 つまり、力の解放。スキル、本気が発動。それはあの雷狼竜――ジンオウガが超帯電状態になった時を彷彿させるもの。

 本気スキルを発動させているハンターは何度か見たこともあるが、やはり何度も見てもカッコイイ。

 

 力の解放状態となったハンターは攻撃の会心率が上がり、スタミナの消費がかなり減る。発動条件は面倒だが、この状態になったハンターは本当に強いんだ。あと、とにかくカッコイイ。

 

 ……とはいえ、いくら本気スキルが発動したところで、根本的な問題の解決は何もできていない。溜め斬りさえ当てられれば……

 

「突進!」

「わかってる!」

 

 さらに相手は面倒な怒り状態。隙を見つけるのも厳しい。

 本気スキルが発動したんだ。暫くの間、スタミナはほぼ気にしなくて良いはず。それならいっそ此処は逃げた方が……いや、怒り状態のアイツから逃げるのはやはり厳しいか。

 何か良い案は思いつかないものかと考えるが、どうにも思い浮かばない。いくらシャルがタフとはいえ、そう何度も何度も攻撃を喰らうわけにもいかないんだ。

 

 突進を躱したあと、その小さな隙へまた抜刀斬り。やはり、溜めることはできていない。厳しい状況。

 お願いだからそろそろ倒れてもらえないだろうか。疲労状態になってくれるだけでも良いんだ。

 

 抜刀斬り後、やはりゆっくりとした動作で納刀をしようとするシャル。一方、ロアルは頭を上げる動作。それは、その巨体を使ったローリング攻撃の前動作だった。どう考えたって、回避もガードも間に合わない状況。

 

 そんな、まさに絶望的な状態。納刀の遅さがついに響いてきやがった。

 

 そしてシャルは俺を納刀しながら、ロアルドロスのローリング攻撃を身体に掠らせるように――イナした。

 

「おっ、お! なんか上手くできた! それにしても……コイツめぇ」

 

 今、何が……起きた?

 

 ローリングをしたわけじゃない。ガードでもない。絶対に避けられない立ち位置だった。そうだというのに、シャルは被弾せずさらに納刀も完了。

 それは俺の知っている大剣の動きじゃ……

 

 いや……違う。

 そうじゃない。そうじゃないんだ。これもちゃんとした大剣の動きじゃないか。

 

 やたらと遅い納刀。

 大剣を使っているにも関わらず溜めることのできない攻撃。そして、今のイナシ。ヒントはいくらでもあったじゃないか。ただ、俺がそれに気づいていなかっただけ。

 

 コイツは……シャルルリエは――ブレイヴスタイルだ。

 

 

 



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基本は3つ。4つはたまに

 

 

 俺が人間だった時代、それこそハンターなんて数え切れないほどの人数がいたんじゃないかと思っている。

 それだけの数のハンターがいたんだ。そんなハンターたちが使う武器だってたくさんある。大剣や双剣などの切断武器。ハンマーや狩猟笛といった打撃武器。そして、ヘビィボウガンや弓などの遠距離武器など色々な種類があった。

 それだけの種類があるんだ。そりゃあハンターの戦い方なんていくらでもある。けれども、そんなハンターの戦い方だって基本的な動きは同じだったはず。

 例えば、俺の使っていた大剣は相手の隙を見て最大まで溜めた一発をぶち込み続ける。そんな戦い方が基本だった。そして、そんな基本的な動作っていうのは、武器種ごとにほとんど決まっていたはずなんだ。

 基本的な動き。いわゆるテンプレ。それは、過去のハンターたちが積み重ねてきた経験を基にした、より効率的に戦う方法。

 

 けれども、そのことに例外もあった。

 普通のハンターとは全く違うような戦い方をするハンターたちが確かにいた。

 

 狩技と呼ばれる特殊な動きを多用しながら戦うストライカースタイル。

 モンスターを踏みつけ跳躍し、空中での戦いを得意としたエリアルスタイル。

 敢えてモンスターからの攻撃を誘い、それを回避やガードすることでカウンターのような立ち回りをするブシドースタイル。

 なんだかよく分からんが、めっちゃタルを振るスタイル。

 そして、一定の攻撃や回避をすることで、爆発的に自分自身を強化するブレイヴスタイル。

 

 俺たち普通のハンターの戦い方はギルドスタイルと呼ばれていたが、そんな特殊な動きで戦うハンターたちがいたんだ。

 しかしながら、その特殊な動きができるハンターは少なく、またやろうと思ってできるものでもない。こればっかりは生まれ持っての才能があるかどうかってだけ。

 

 そして、どうやらこの少女――シャルルリエはそんな特殊な戦い方のひとつである、ブレイヴスタイルだったらしい。

 全武器に共通するブレイヴスタイルの特徴だが、とにかく納刀が遅い。また、基本的な動作もできないものがある。大剣でいうとソレが溜め斬りに当たった。

 

 一見、ブレイヴスタイルはデメリットしかないスタイルに感じる。納刀が遅く、溜め斬りのできない大剣なんて本当に火力が出ないのだしな。

 けれども、その遅い納刀中は相手の攻撃をイナし、回避することができるんだ。さらに、一定量攻撃をし続けることでブレイヴ状態へと変わる。そのブレイヴ状態がヤバい……とは聞いているが、どんなものなのやら。

 

 今までのシャルを見ている限り、ヒントなぞいくらでもあった。それでも俺が此処まで気づくことができなかったのは……まぁ、俺がブレイヴスタイルのハンターを見たことがなかったからだろう。

 十数年ほどはハンターをやっていたが、ブレイヴスタイルで戦うハンターを直接見たことは一度もなかった。噂で聞いたことがあるだけで、本当は存在しないんじゃないかって思っていたくらいなんだ。エリアルスタイルやブシドースタイルのハンターはそれこそ、嫌になるくらい見てきたんだがなぁ……

 

 

 

 

「よーし……なんかテンション上がってきたっ!」

 

 ロアルのローリング攻撃を見事にイナしてから叫んだシャル。

 しっかりと納刀も完了し、さらに、その身体から青白いオーラのようなものが吹き出した。

 たぶんだが、これがブレイヴ状態ってやつなのだろう。俺も実際に見るのはこれが初めてだ。

 

 力の解放により右腕から青い光を放ち、ブレイヴ状態となったことでオーラを纏う少女。その姿はやたらとカッコイイ。

 

 このロアルドロスと戦い始めてもうどれくらいの時間が経ったのかも分からない。けれども――そろそろ反撃開始といこうか。

 

 まぁ、とはいえ、ブレイヴ状態で何ができるのか俺には分からん。この状態なら強いとは思うんだが……

 

 俺がブレイヴスタイルに対してそんな状態だったため、シャルにできるアドバイスもない。そうだというのに、シャルは迷うことなく、ローリング攻撃を終えたロアルへ向かって俺をしっかりと掴んだ。握る手に力を込め身体を大きく捻ってから姿勢を下げる。そこから振り被るように構え――

 

 溜めた。

 

 それは普通の溜め斬りとは違う、強溜め斬りと呼ばれていた動作。しかし、普通は抜刀状態からその姿勢に移ることはできないはず。けれども、シャルはその強溜め斬りの動きをした。

 

「そのまま限界まで溜めろッ!」

 

 シャルの動作を見て、何かを考える前に叫んだ。この状況に頭が追いつかない。けれども、シャルのしている動作は俺の知っているものと同じ強溜め斬り。確かに、いきなりその動きをしたことには驚いたが、知っている動きだというのならできるアドバイスもある。

 

 溜め始めたことで、俺の身体が1回、2回と光を放ち輝いた。

 そんなシャルへ真っ直ぐと向くように振り向くロアルドロス。

 

 そして、3回目の光。

 

「いっけぇぇえええっ!!」

 

 そんなシャルの雄叫びとともに、ロアルドロスの顔面へ大剣最大の攻撃が直撃した。

 

 今までの溜めていない攻撃とは明らかに違う手応え。最大まで力の乗った渾身の一発。

 その攻撃はいくら大型種といえ、相手の命を叩き潰すのに十分なものだった。

 

「ふっふーん、どうだ、このやろー!」

 

 最大まで溜めた攻撃に爆発も乗ったことで、ロアルの顔面はそりゃあもう酷いことに。それがブレイヴスタイルのおかげなのか、この大剣の力のおかげかはまだ分からない。けれども、この戦いで得たものは本当に大きい。

 こりゃあ、また教えなきゃいけないことが増えたな。俺だってブレイヴスタイルに関しての知識はほとんどない。色々と試しながらやっていくとしよう。

 ま、そんなことだって後で考えれば良いこと。今ばかりはこのモンスターを無事討伐できたことを喜ぶべきだろうよ。

 

「……はぁ、疲れた」

「お疲れ様シャル。よくやったぞ」

 

 群れを形成し、大量のルドルスを引き連れることの多いロアルが単体でいてくれたこと。鬱陶しい水弾攻撃をしてこなかったこと。水辺から離れた陸上で戦えたこと。そもそも、そのロアル自身の強さがどれだけ高く見積もっても上位レベルだったこと、などなどと運が良かったことには違いない。

 それでも、ほぼ初めてとなる大型種を相手にアレだけの動きができ、さらに討伐までしたんだ。それは十分すぎる結果。そのことは素直に褒めてあげることだろう。

 

「あっ、剥ぎ取りしなきゃだ。んー……ねぇ、ししょー、コイツって美味しいの?」

 

 知らんがな。ロアルを食べた話とかも聞いたことがない。

 てか、え? なに? もしかしてコイツを食べるつもりなのか? そりゃあ倒し、命のやり取りを終えたのだし、その相手をちゃんと食べてやるってのは大切なことかもしれんが……いや、コイツを食べるのは止めておいた方が良いと思うぞ。コイツの亜種なんて毒を持っているのだし。

 

「あー、食べるのは止めておけ。その代わりに素材をもらっておけば良いだろうさ」

「そっかー、美味しくないのかー……うん、じゃあそうする」

 

 今までの暮らしが要因なんだろうが、基本的にシャルは美味しく食べられるか、そうではないか、で物を分けるらしい。

 この世界に美味しいものはたくさんあるんだ。わざわざ味も分からない物を食べる必要はないだろう。

 な~んて思ってしまうのも俺が恵まれていたって証拠なのかねぇ。

 

 俺の言葉を受け、シャルはロアルドロスの解体を始めたが、ロアルの肉や内蔵などには手を出さなかった。ロアルを倒したのだし、できれば狂走エキスがほしいところだ。ただ、残念なことに今はその狂走エキスを入れておくものがない。空きビンでも持っていれば良かったんだがなぁ。

 結果的にシャルが手に入れたのは、水獣の爪と鱗。そして、海綿質の皮をいくつかとなった。ただ、せっかく手に入れた素材も今は利用することができない。爪や鱗くらいならまだ良いが、海綿質の皮は大きいし邪魔になりそうだ。水分が抜ければもう少し運びやすくなったりするだろうか。

 

 って、ああそうだ。大切なことを忘れていた。

 

「おい、シャル」

「んー? どうしたの?」

 

 海綿質の皮が気に入ったのか、ペシペシと叩いているシャルへ声をかける。

 まぁ、その皮って弾力性もあり手触りが良いもんな。俺も嫌いじゃないぞ。

 

「持っていく素材は3つだけだ」

「えー、なんでさ」

 

 正直、こればっかりは俺もよく分かっていない。でも、ダメ。剥ぎ取った素材は3つだけ。たまになら4つだったり、大型種なんかはもっと持っていっても許すが、基本は3つなんだ。

 前回のケルビの時のように生きるために必要だったら仕方無い。しかし、今回は違う。別にロアルの素材は生きるために必要ってわけじゃないんだ。倒した礼儀として剥ぎ取るのは良いとして、その素材は3つまで。

 

「……前も言ったがハンターってのはな、自分のことばかりじゃなく、この世界――自然のことを考えてやらなきゃいけない。だから、素材を取りすぎるのはダメだ。最低限の素材だけもらい後は自然に還すのが礼儀なんだよ」

「そうなんだ……うん、わかった。じゃあ鱗と爪と皮のひとつずつにする」

 

 ……今、とっさに考えたものだったが、シャルちゃんったら納得してしまった。騙しているつもりはないのだが、なんだろう……罪悪感でヤバい。

 あと、ちょっとこの子、素直すぎやしませんか? もう少し他人を疑っても良いと思う。悪い人に騙されやしないかお兄さんは心配です。まぁ、基本的には俺がついているわけだし、その辺りのことは俺がフォローすれば良いんだけどさ。

 

 さてさて、どうにかしてロアルドロスも倒すことができたんだ。確かに、手に入れることのできた素材は少ない。しかし、この戦いで得たものはずっとずっと多いはず。そうだというのなら、それだけで十分だろう。

 

 それじゃ、また旅を続けるとしましょうか。

 

「ねぇ、ししょー」

「うん? どした?」

 

 何処か遠くの方を見ながら、まるで呟くように小さな言葉を落としたシャルルリエ。

 

 

「ここって……どこ?」

 

 

 シャルに言われてから慌てて辺りの様子を確認。

 ロアルドロスとの戦闘のため、シャルが水浴びをしたあの川からはかなり……てか、もう川が見えないくらい離れてしまった。しかも、川から離れるのに必死だったせいで、どっちから俺たちが来たのかも覚えていない。

 

「あー、何処だろうな。ここ……」

 

 旅を始めて5日目にして迷子。道のりは長い。

 

 

 



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出会い

 

 

 あんな道に見えないような道を進んでいたんだ。いつかこうなるだろうなぁとは思っていた。

 右も左も、前も後ろも知らない景色が広がるばかり。それを他人は迷子と呼ぶのだろう。

 

「いやぁ、困ったねぇ」

 

 困っているようには見えないが、たぶん困っている状態のシャルがそんな言葉を呟いた。力の解放もブレイヴ状態も解けており、いつもの状態に戻ったシャルルリエ。

 

 あのロアルドロスとの戦闘に必死だったせいで、元の場所にどうすれば戻ることができるのかは分からない。

 旅の経験なんて全くないからなぁ。こんな時はどうすれば良いのだろうか。

 

「ねぇ、ししょー。これからどうしよっか?」

 

 ホント、どうすっかなぁ。

 できることなら元の場所に戻りたいのだが、それはちょいと厳しい。

 

「まぁ、アレだ。迷っちまったもんは仕様が無い。これならいっそ開き直って進めば良いんじゃねーか?」

 

 いくら迷子になったとはいえ、進み続ければ何かが見えてくるだろう。進む道は見失ってしまったが、ただそれだけ。足を止める理由にはならんだろうさ。

 んなわけで、旅を再開。どうせ長い旅になるんだ。少しくらい寄り道するのも悪くない。

 

 そんな俺の提案は失敗だった。もしかしたら、元の道に戻れたのかもしれんが、これで俺たちは完全に道から外れてしまったのだから。

 けれども、結果的にそれは正解だったのだろう。よく旅に例えられるこの人生。そんな人生どうなるのか分からないというのなら、旅だってどうなるのかは誰にも分からないのだろう。

 

 

 

 標となる道を見失い、宛のない旅となってから暫く。これまでのように木に囲まれた景色ではなく、視界の開けた場所を進んでいることもあり、様々な種類の生き物の姿を見かけた。

 それは草食種が主であったが、大型種らしきモンスターもちらほらと見かる。

 

「世界ってさー。おっきいんだねー」

 

 ロアルとの戦闘で疲弊した体力を回復するため、むしゃむしゃと薬草を食べながらシャルがそんなことを呟いた。

 

「そりゃあ、そうだろ。俺だって、この世界がどれだけ広いのかすら分かっていないくらいだしな」

 

 俺のいた時代は飛行船技術も発達し、人間の行動範囲は本当に広がった。それでも、この世界がどれだけ大きく、どんな世界が広がっているのかは分からなかったんだ。この広い世界にとって、人間ってのはそれほどに小さな存在。

 今の時代にも飛行船などの移動技術は残ってくれているのかねぇ。まだまだ分からないことが多い。

 

 現在は食料が充実していることもあり、特に草食獣を狩ることもなく、ただひたすらに何処かへ向かって進む。それにシャルはロアルと戦ったばかりなんだ。今はできる限り戦闘を避けたい。

 

 暫くの間は木のない草原が広がるばかりだった。しかし、いくつかの丘を越え進んでいると、その景色も少しずつ変わっていくように。今はただ真っ直ぐに進んでいるが、この調子だとまた森の中を進むことになりそうだ。

 ただ、森の中って景色が開けていないこともあって、つまらないんだよなぁ。それにあの視界の悪さのせいで、いつモンスターに襲われるのかも分からん。モンスターの中には人間よりもずっと感覚器に優れた奴がいる。そんな奴らからの奇襲は面倒だ。

 

「あっ、ししょー、ししょー。なんかちっこいのが戦ってるけど、アレなに?」

「んー……いや、俺には見えんぞ」

 

 シャルの指差す方向を見ても特に変わった様子は見られない。この少女は目と耳が恐ろしいほどに良い。それはハンターにとっても大きな武器となるだろう。そればっかりは生まれ持っての才能で、そんな才能を持っているなぞ羨ましいものだ。

 

 それにしても……ちっこいのが戦っている、ねぇ。こんな何もない場所に人間がいるとは思えんが、この何もない状況を変えることのできるチャンス。

 

「シャル、その戦っている奴の所へ向かってくれ」

「がってん!」

 

 俺の言葉を聞いてから、シャルは走り始めた。連戦は勘弁してもらいたいが、このチャンスを逃したくはない。

 

 何かが見えた場所へ進み始めて暫く、ようやっと俺にもシャルが見たものが何なのか分かってきた。

 アレはブルファンゴに……獣人族か?

 人間でなかったことは残念だが、今ばかりは獣人族に会えただけでも嬉しいものだ。

 

「シャル、助けてやれ!」

「わかった!」

 

 詳しい状況はまだ分からんが、どうやら2匹のアイルーがピッケルと木の枝でブルファンゴと戦っているらしい。とはいえ、アイルーじゃブルファンゴを倒すことも難しいのか、もうなんかボッコボコにされていた。お得意の大タル爆弾特攻でもしない限り、勝つのは難しいだろう。

 

 ただ、その状況もこのシャルが現れたことで一変。

 シャルが行う初めてとなる他人のための戦いはアイルーを助けるためといったもの。

 

 そんなアイルーたちへシャルは一気に近づき、背負っていた俺を掴んでから、その手に力を込めた。

 

 

「こんにゃろー、2対1はずるいぞ! 助太刀するよ!」

 

 

 うん? 2対1? いや、ちょっと待ってね、シャルちゃん。お前はどっちを助けようと……

 

 そしてシャルは――ピッケルを持ちブルファンゴと戦っていたアイルーに抜刀斬りをした。

 そんなシャルの攻撃を喰らい、もうなんか面白いくらい綺麗に吹っ飛ぶアイルー。

 

「バカヤロー! そっちじゃない! ちっこい方を助けるんだ!」

 

 鬼か、お前はっ! 泣きっ面にブナハブラどころじゃない。完全にトドメの一発だ。見なさいよ、残ったアイルーのあの絶望した顔を。

 俺だって肉球のスタンプ目当てで、何匹かアイルーを倒したことはあるが、既にボロボロな状況のアイルー相手にそれはできんぞ。

 

「え? でも、2対1はずるいよ?」

 

 いやうん、まぁ、そうっちゃあそうなんだが、アイルーなんてそれでもブルファンゴには勝てんし……

 てか、そもそもブルファンゴを助けようとする奴なんて始めて見たぞ。どうしたら、そんな考えに……あー、アレか。以前、俺がハンターは全てのことを守らないといけない、的なことを言ったからか。

 アイルーのことを知らなかったってのもあるだろうが、このシャルのことだ。あの言葉をそのまま受け、今回はブルファンゴの味方になったってことだろう。まぁ、うん、素直なのは良いことだと思うぞ。

 

「とにかく、今はそのブルファンゴを倒すんだ」

「えー、そう言うならそうするけど……」

 

 はぁ、こりゃあ、また教えなきゃいけないことが増えましたね。

 

 なんてことくらいしか、その時は思っていなかった。つまりそれは、その教えることの難しさを俺は分かっていなかったってことだろう。だって、俺にとってブルファンゴは狩る相手でしかないのだから。そんな存在を守ろうとなんて考えたこともなかった。一方、アイルーは人間の助けとなり、守る価値のある存在だ。そうだというのなら、ブルファンゴとアイルーどっちの味方になるかなんて、もう考える必要もない。

 けれども結局のところそれは、人間のことしか考えていなかったってことなんだろうな。

 

 何かを守るということは、何かの敵にならなきゃいけないってこと。

 じゃあ、全ての者を――この世界のことを守らなきゃいけないハンターは誰の敵で……誰の味方なんだろか。

 

 

 その後は、シャルがブルファンゴへ抜刀斬りを一発喰らわせたところで、戦闘が終わった。ドスファンゴが相手だったら違っただろうが、相手がブルファンゴ程度ならこんなものだろう。

 

「いよっし、討伐完了! 大丈夫だった? えっと……ちっこいの!」

「ソイツはアイルーって言う名前の獣人族だ」

 

 最初にシャルから攻撃を喰らったアイルーは目を回して仰向けに倒れ、残ったアイルーの方も何がなんだか分からないのか、怯えたような顔でシャルを見ている。

 まぁ、いきなり仲間をぶっ飛ばされたと思ったら、今度は急に敵を倒してくれたのだし、そうもなるだろう。

 

 最初に吹っ飛ばしたアイルーだが、たぶん命に別状はないはず。アイルーは本当に弱い存在だ。現に今もブルファンゴ相手に蹂躙されてしまうくらいなのだから。けれども、その小さな身体は恐ろしいほどにタフだったりする。アイルーが死んだところは見たことがなく、聞いたこともない。極限化したラージャンのデンプシーが直撃してもコイツらは元気なくらいだしな。

 

「そっかー、アイルーっていうのかぁ。ちっこいなー。あと、大丈夫だった?」

「あっ、う、うニャ。だ……だいだいだ、大丈夫ニャ」

 

 ようやっと喋ってくれたアイルー。けれども、やはりその顔は強張り、もう今にも泣き出しそうだ。

 

「喋った! お前も喋れるんだね!」

 

 そして、シャルがそんな大声を出したところで、ついにそのアイルーは泣き出してしまった。

 

 

 泣き出してしまったアイルーを相手にどうして良いのか分からず、おろおろするシャル。けれども、それからシャルが一生懸命敵意はないことを伝え続けると、そのアイルーも落ち着いてきてくれた。

 

「それにしても、お前は何をやってたの?」

「み、皆でマタタビを探していたら、ブルファンゴに襲われちゃったのニャ……に、人間さんは?」

 

 やはりまだシャルのことが怖いのか、警戒心の解けないアイルー。けれども、会話ができるくらいにはなったのだし、良しとしようか。それに、ここでアイルーと出会えたのは大きい。もしかしたら、人間の住んでいる場所とかも知っているかもしれんしな。

 

「私はハンター目指して旅をしているんだ」

「はんたぁ……うニャ。じゃあ、人間さんはモンスターたちと戦うのかニャ?」

 

 シャルの言葉を聞き、目の前のアイルーがそんなことを呟くと、うニャーとか、あニャーなんて言いながら、地面から幾匹ものアイルーが飛び出してきた。その数は合計で8匹ほど。これだけの数がいてもブルファンゴ1頭倒せないのか……まぁ、アイルーは臆病でできる限り戦いを避ける性格だし、それも仕方無いんかねぇ。

 

「おおー、めっちゃ増えた! うん、そうだよ。さっきもね、おっきい奴を倒したんだ」

 

 ぽこぽこと地面から出てきたアイルーたちに囲まれ、随分と賑やかな状況に。けれども、やはりシャルのことが怖いのか、アイルーと俺たちの距離は空いていた。

 んー……今の時代のアイルーはどんな存在なのだろうか。俺のいた頃、アイルーはもう人間の生活になくてはならない存在だったが。

 

「うニャ……昔、人間さんにはボクたちもお世話になったニャ。いっぱいいっぱいお世話になったニャ。だから、オモテナシをしないといけないニャ」

 

 ……昔、ねぇ。

 じゃあ、今はどうなんだ? ってことだが、まぁ、それもそのうち分かることか。ただ、一度モンスターに負けてしまった影響は、俺が思っている以上に大きそうだ。

 そんな現状を把握するためにも、さっさとドンドルマのような大都市へ向かいたい。

 

「だから……もし良ければ、人間さんにはボクたちの里へ来てもらいたいニャ」

 

 ただまぁ、少しばかりの寄り道も悪くはないだろう。

 

 

 

 

 

 

★ ★ ★

 

 

・第1章

・獣人族

 

 現在、我々人間にとって獣人族はなくてはならない存在であるが、シャルルリエのいた当時はその獣人族と人間の関係はなくなっていた。そのような状況は大昔にあったモンスターとの大戦で人間が負けてしまったことが大きいと考えられている。

 また、その大戦により人間の持っていた多くの文明は衰退し、ハンターという存在ですら消えかけてしまった。しかしながら、獣人族は人間が忘れてしまったその文明や知識の一部を残しており、そのことがハンターの存在を戻す上でも大きなものとなった。

 シャルルリエがどのようにして、その獣人族たちと関係を持ったのかは不明である。しかし、彼女と獣人族の繋がりがハンターの存在を戻すため、この歴史上必要不可欠であったことは確かだろう。

 

 



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獣人族の里

 

 

 シャルの持つ、その明るい性格のおかげでもあるのだろうが、アレだけ怯えていたアイルーたちもすっかり心を開いてくれた。

 8匹ものアイルーと一緒に、なんだかよく分からん歌を口ずさみ進む光景は何とも賑やか。たったひとりで始めたこの旅も騒がしくなったものだ。まぁ、それも悪い気はしない。

 

 アイルーたちの住む里へ案内するといった提案をシャルは快く承諾した。俺もそのことを断る理由はなく、今はそのアイルーの里を目指して進んでいるところだ。

 クエストが行われるフィールドにもアイルーが住んでいる場所はいくつかあり、俺も何度か其処へ足を踏み入れたことはある。けれども、其処は決して規模が大きいといえず、数匹のアイルーやメラルーが踊ったり休んでいたくらい。少なくとも、里と言える規模ではなかったはずだ。今回連れて行ってもらえる場所もそんな感じなのかねぇ。

 

 よく分からん鼻歌を行進曲代わりにとことこ進む。開けていた景色も、直ぐに木に囲まれた景色となり、何処へ向かっているかもう本当に分からない。まぁ、元々そんな旅だったわけだが。

 

 そして、太陽の光すら差し込まないほどに鬱蒼としてしまった森の中、教えてもらなければまず気づかないであろう場所。人間が屈むことでやっと通ることができるくらいの小さな穴が空いていた。

 

「この先にボクたちの里があるニャ!」

 

 どうやら、アイルーたちの住む里の入口までたどり着いたらしい。

 その入口へ、此処まで一緒に歩いてきたアイルーたちは次々と入っていった。

 

「おおー、すごい! なんだか秘密基地みたいだね!」

 

 そういえば、昔、俺が見たアイルーの住む場所の入口もこんな感じだったなぁ。これなら、大型種も中へ入ることはできないし、何より見つけ難い。そうやってアイルーは昔から自分たちを守ってきたのだろう。

 

 そして、最後のアイルーに続いてシャルもその中へ。

 入口が狭く、背負っていた俺が壁に当たってしまうせいで、なかなかに苦労したが、どうにか入ることに成功。

 

「んもう、ししょーってもう少しくらい小さくなれないの?」

 

 無茶言わんでくれ。いくら喋ることができるとはいえ、身体の大きさは変えられんぞ。それに俺は大剣なんだ。これだけ大きいからこそ、アレだけの火力を出すことができる。

 

 そうやって文句を垂れるシャルであったが――

 

「……すっご」

 

 アイルーの里へ入った瞬間、その景色を見て固まった。

 

 アイルーの大きさが大きさということもあり、全体的に小さなものが多く、また家と呼べるような建物もない。

 しかし、アレだけ鬱蒼としていた景色は一気に晴れ、太陽光が差し込み、随分と明るい場所に。さらに、その場所の真ん中では大きな焚き火が行われ、小川は流れ、随分と神秘的な場所となっていた。

 その開けた場所はかなり広く、そして何よりも数え切れないくらいのアイルーの姿が。それはまさにアイルーの里といったもの。こんなでかい規模のアイルーの住処は俺も初めて見た。ホント、この世界は俺の知らないことばかりだ。

 

 そして、そんなアイルーの里へ俺たちが入ってきたのに気づいたのか、ニャーニャー言いながら、たくさんのアイルーたちが近づいてきた。

 

「……人間さん?」

「人間さんニャ。初めて見たニャ」

「マタタビをもらえるかもしれないニャ」

「マタタビ……うニャ! オモテナシニャ?」

「オモテナシニャ!」

「宴の時間ニャー!」

 

 一気に大量のアイルーたちに囲まれてしまったが、どうやら悪い雰囲気ではないらしい。先ほどのアイルーも言っていたが、人間を持て成してくれるのだろう。

 いくらシャルとはいえ、慣れない旅なんだ。その疲れは溜まっているはず。此処でゆっくり休むことができれば美味しい。

 

 一方、シャルルリエの様子だが、アイルーの里の景色に圧倒されているところを、大量のアイルーたちに囲まれてしまったせいで、何が何だか……といった感じ。何かを考える前に行動してしまうシャルでも困惑することがあるんだな。

 

 それから、ドタバタと騒がしい音を立てながら、アイルーたち曰く、宴が始まった。

 どうして良いのか分からない様子のシャルはアイルーに案内されるがまま、人間よりもずっと大きなキノコが生え、東屋のようになっている場所へ。

 そんな場所へシャルが座ると、焼いた魚や、たぶん先程シャルが倒したであろうブルファンゴから取れた肉を焼いたもの、あとは木の実や野菜など大量の料理が運ばれてきた。

 

 そして、その大量の料理を挟み、正面にいる1匹のアイルー。それはいかにも風格のありそうなアイルーであり、多分この里でも立場が上の方なのだろう。

 

「ニャふ。よくぞ来てくれたニャ」

 

 そんなアイルーがシャルへ向かってそんな言葉を送った。

 

「あー、えっと……おじゃまします」

 

 俺のいた時代、アイルーと人間はかなり良好な関係だった。お互いに手を取り助け合い、持ちつ持たれつの関係。とはいえ、まさか此処までの対応をしてくれるとは……その理由はなんなんだろうな。

 

「どうして俺たちにここまでのことをしてくれるんだ?」

 

 持て成してもらえるのは有り難いが、その理由が分からないとやはり困惑してしまう。確かに、シャルはブルファンゴからアイルーを守ったが、こうして歓迎されているのはそれだけが要因じゃないだろう。

 だから、そんなことを聞いてみた。

 

 しかし、急に剣である俺が喋ったせいか――

 

「うニャーッ! 剣が喋ったニャー!!」

 

 アイルーの里が一瞬でパニックに。

 

「……ししょー」

 

 ジト目のシャル。

 え? 俺か? 俺が悪いのか? い、いや違うぞ。俺だって別に混乱させようと思っていたわけじゃなくてだな……まぁ、その、なんだ。……ごめん。

 俺だって、この身体になりたくてなったわけじゃないと思うんだがなぁ……

 

 パニック状態は暫くの間続いたが、目の前にいた風格のあるアイルーが、落ち着くニャ! なんて言ったところで、そのパニックも少しずつ落ち着いてくれた。

 まぁ、最初に地面の中へ避難したのは他の誰でもない、そのアイルーだったのだが。

 

「びっくりするから急に喋るのはやめてほしいニャ」

「だってさ。ししょーは暫く喋っちゃダメだからね」

 

 ……なんだろうか、この遣る瀬無さは。剣差別は良くないと思うぞ。他にできることがないのだし、俺だって喋りたいんだ。

 

「うニャ。改めて歓迎するニャ。人間さんが来たらオモテナシをするのはずっと決まっていたことニャ」

 

 その理由を聞きたいんだがなぁ。その他にも聞きたいことがたくさんある。

 ねぇ、やっぱりまだ喋っちゃダメ? ダメですか、そうですか。寂しいなぁ……

 

「確かに、ボクたちと人間さんたちは離れ離れになってしまったニャ。けれども、人間さんたちにしてもらった恩をボクたちは忘れないニャ。あっ、料理を食べるニャ!」

 

 恩……ねぇ。

 たぶん、それは俺がいた頃の話。……まぁ、あの戦いってことなんだろう。人間がモンスターに負けてしまったあの戦いのことに。

 

 本当に遠い昔のことだ。そんなせいで、随分と曖昧な記憶となってしまったが……それでも、あの戦いを忘れることはできやしない。

 あの戦いは人間とモンスターだけが関係していたわけじゃなかった。人間だけじゃなく、シャルの育った村にいたような竜人族。そして、この里にいるアイルーや奇面族などの獣人種もその戦いに参加した。突如、俺たちの住む場所へ現れた大量のモンスターたちと戦うため。

 その戦いに負け、細々とした生活を続けなければならなくなったのは、きっと人間だけではないはず。しかし、今もこうして人間含め、獣人族たちが生きていられるのは……あの時、戦った者たちのおかげなのかもしれない。

 

 確かに、俺たちは負けた。けれども、それで全てが終わってしまったわけじゃない。きっとそういうこと。

 

 ……そうとでも思わなければ、俺たちも救われない。だから、そう思ってしまうことくらいは許してもらいたいかな。

 

「んー……よくわかんないけど、うん。じゃあ、いただきます」

 

 俺が喋ったことで起こったパニックは完全に収まり、そこから本格的な宴は始まった。

 大量に出された料理を食べた後は、大きな焚き火を囲み、大量のアイルーと一緒に踊るシャルルリエ。傍から見ている俺にとっては、何がなんだかさっぱり分からんが、シャルは楽しそうにしていたし、それだけで十分か。

 けれども、この旅だったり、先のロアルとの戦闘の疲れが溜まっていたせいか、太陽が沈み始めたくらいで、シャルはほとんど倒れこむように寝てしまった。

 

 睡眠はしっかりと取らせるようにしていたが、いつモンスターに襲われるのか分からない状況が続いていた。そんな状態でちゃんと休むことはできなかったはず。しかし、今ばかりはそんなモンスターたちに怯えず休むことができる。

 いくらハンターの素質を持ち、普通の人間とはかけ離れた超人的な力を持つシャルとはいえ、その中身はただの少女なんだ。

 お疲れ様。今はゆっくりと休んでくれ。

 

 

 シャルが寝てしまったこともあり、騒がしかった風景も徐々に落ち着いていった。そして、俺の目の前には風格のあるアイルーが相変わらず座っている。

 

「……お前は何者ニャ?」

 

 そのアイルーがそんな言葉を落とした。

 

「今はただの大剣で、この少女――シャルルリエにハンターってものを教えているものだよ。どうして俺が大剣になってしまったのかは分からん。それと、あの戦いを経験した……元ハンターのひとりだ」

 

 あの戦いからもう数百年。例え寿命の長い竜人族だろうと、今のこの世界にあの戦いを経験した者はもういないだろう。あの戦いを経験したのはこの世界でもう俺だけだ。

 自分に与えられた役割の大きさが嫌になる。この世界のために戦うとか、そんなキャラじゃないんだがなぁ……

 

「あニャー! また喋ったニャ!」

「お、恐ろしいニャ」

「剣が喋るとか意味分かんないニャ……」

 

 俺がまた喋ったことで若干のパニックを起こすアイルーたち。勘弁してもらいたい。まぁ、俺だって、いきなり剣が喋り始めたら混乱すると思うが。

 

「……あの戦いでボクたちは人間さんたちと離れてしまったニャ」

 

 一方、慣れてくれたのかパニックを起こすこともない風格のあるアイルー。自分から喋りかけておいてパニックを起こしたら、どうにかしてハッ倒そうと思っていたが、その必要はなくなった。

 

「人間と一緒に暮らしているアイルーはもういないのか?」

「うニャ。ボクは聞いたことがないニャ」

 

 そりゃあ、また寂しいことで。アイルーたちが作ってくれる料理は本当に好きだったんだがなぁ。それを食べることのできないってだけで、今の人間たちは大きな損をしていると思ってしまうよ。

 

 ……料理のこともそうだが、ネコタクを始め、武器防具やバリスタや大砲などの技術にもアイルーの知識が不可欠。つまり、ハンターという存在を復活させるのには、アイルーがいなければいけない。

 

「それに人間さんたちは、ボクたちと一緒に暮らしていたことをもう忘れてしまったかもしれないニャ。もしかしたら、もうボクたちは人間さんたちと一緒に暮らすことができないかもしれないニャ」

 

 この世界でハンターってものを目指すシャルの道のりは本当に険しい。少なくとも、シャルと俺の力だけでできることじゃない。

 そんな世界になってしまったんだ。

 

「もし、人間が頼んだら……それでも、また人間と一緒に暮らしてくれるのか?」

 

 だから今はとにかく繋がりがほしい。

 例え小さなものでも、きっとこの先、それがあの少女の力となってくれるだろうから。そして、それがもう一度人間を立ち上げるために必要なことなんだろう。

 

「もちろんニャ! 人間さんたちは忘れてしまったかもしれないけど、ボクたちはあの頃のことを忘れないニャ。だから、もしボクたちのことが必要になったら直ぐにでも力になるニャ。それは、この里だけじゃなく、この世界にいるたくさんのアイルーがそう思ってくれているはずニャ!」

 

 ありがとう。それは心強いよ。本当に。

 

 さてさて、此処まで言われてしまったんだ。

 最初はひとりの少女をハンターにするだけ、だなんて随分と気楽な考えでいた。けれども、もうそれだけで終わらせることはできやしないだろう。

 本当に大きな役割を押し付けられてしまったものだが、ソレをできるのが俺だけだっていうのなら……まぁ、やるだけやってみたい。

 負けっぱなしでいるのも、逃げるのも嫌いなんだ。俺なんかに何ができるのかは分からんが、あの少女のため頑張るのと同時に――この世界のため頑張ってみるとしよう。

 

 

 



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暗中模索

 

 

 シャルが寝てしまい、朝になるまでの間は、あの風格のあるネコとずっと喋っていた。シャルが寝ている間はいつも暇していたものだが、今回はひとり寂しい夜を過ごすことなく、なかなかに有り難い。

 この身体になってから、睡眠というものは必要なくなった。また食欲なども湧かず、シャルがどれだけ美味しそうに料理を食べようと、それを羨ましいとは思わない。ホント、人間を辞めてしまったものだ。

 

 そして、あのネコに聞いたのは、今の世界がどうなっているかってこと。

 俺が今までに手に入れている情報は、外との繋がりがないあの村で聞いたことだけ。そんな情報だけじゃあ、この世界を知ることはできないだろう。

 

 そして、そのネコの話だが……まぁ、予想通り厳しいものだった。

 ハンターがいなくなってしまったせいで、当然ギルドなどは存在していない。また、モンスターを狩ることがなくなっているため、ハンターが装備する武器防具などを加工できる者もほとんどいないんじゃないかと言っていた。

 ホント、厳しい状況だ。現在のシャルの装備はジンオウガ防具に武器は俺と、俺のいた時代でも十分すぎるもの。しかし、他の者たちは違う。どれだけシャルが凄腕のハンターになろうと、ひとりだけじゃどう仕様も無い。

 ちゃんとした武器防具無しで戦えるほどアイツらは優しい存在じゃないんだ。

 

 とはいえ、悪い話ばかりじゃなく、どうやらこのアイルーの里から1日ほど歩いた距離に人間の住む村があると聞いた。しかも、その村まで案内してくれるとも。

 最終的な目的地であるドンドルマまではまだまだ距離はありそうだが、人間の住んでいる場所へ行けるのは美味しい。

 

 

「せっかくこの里へ来てくれたのニャ。人間さんもゆっくりしていくと良いニャ」

「それは俺が決めることじゃないからなぁ」

 

 風格のあるアイルーが言葉を落とす。

 ただ、俺たちがゆっくりすることはないだろう。あのシャルの性格を考えると、起きたら直ぐにでも出発すると言い出すはず。あの少女がこの場所で止まるとは思えなかった。

 まぁ、今回はきっとしっかり休めたことだろうし、直ぐに出発しても大丈夫だと思うが。

 

 

 そして、次の日。これで、旅を始めて6日目。

 相変わらずシャルは気持ち良さそうに寝ているが、そんなシャルを叩き起すような出来事が起きた。

 

「うニャー。大変ニャ! 里の直ぐ近くにケチャワチャが現れたニャ! このままじゃここまで来るニャ!」

 

 急に地面から飛び出してきたネコがそんな言葉をあの風格のあるアイルーへ伝えた。

 

 んー……ケチャか。確か、ケチャワチャの主食はオルタロスなどの昆虫で、アイルーを食べることはないはず。てか、アイルーを食べるモンスターっているのだろうか? ジョーなんかは食べそうだが、アイツはなんだって食うからなぁ。

 とはいえ、面倒なことになったのは確かだろう。危険度の高いモンスターではないが、もし里の中にまで入ってきたら、いくらかの被害は確実に出る。

 

「むニャ……ニャンターたちは?」

「もう戦っているニャ! でも、相手が強いニャ……」

 

 おおー、この里にはニャンターがいるのか。

 実際に見たことはないが、確か龍歴院なんかではかなり活躍していたはず。俺はオトモアイルーを連れていなかったが、ニャンターという存在を知ってからは真剣にオトモをつけようか悩んだりもしたものだ。

 ただ、そんなニャンターでも厳しい、と。この時代じゃハンターだけじゃなく、ニャンターも危うい存在になっているってことかねぇ。

 

「おいシャル、起きるんだ。クエストが届いたぞ」

 

 さて、そうとなればもう、やることはひとつだろう。

 少しでも大型モンスターとの戦闘経験がほしい今、このチャンスは見逃せない。

 

「……はっ、起きます!」

 

 そして、俺の言葉を受け、シャルが飛び起きた。

 相変わらずの寝起きの良さ。どっかのアイツも見習ってほしいものだよ。

 

「んー、何かあったの?」

「モンスターが現れたそうだ。行けるか?」

「行ける!」

 

 おっし、良い返事だ。

 もしそのケチャワチャが亜種の方だというのなら、かなり厳しい戦いになるが、そうじゃないのなら、シャルでも十分倒せるはず。それに、今はニャンターたちも一緒に戦ってくれるんだ。多少の無茶だってできるだろう。

 ダウン回数に制限は無し。ベースキャンプも近く、これほどに美味しいクエストはない。

 

「そんなわけでシャルを戦いに向かわせようと思うが、大丈夫か?」

 

 一応、あのアイルーに確認。

 

「もちろんニャ! よろしく頼むニャ」

 

 だそうだ。

 もう止まる必要はない。クエストの受注も完了。そんじゃ、気張っていこうか。

 

 

 

 

 地面から飛び出してきたアイルーに案内してもらい、件のケチャワチャがいる場所へ。

 そのケチャワチャだったが、有り難いことに通常種。亜種の方は例え俺でも弾かれるほど硬い耳が本当に鬱陶しく、その全てが上位のさらに上であるG級個体。アレは俺も苦手だったなぁ。いくら亜種とはいえ、所詮はケチャだろ。なんて気楽な気持ちでいったらボッコボコにされたのをよく覚えている。

 一方、通常種の方はイャンクックみたく、初心者ハンターの練習台にされるほどの実力。それでも、今のシャルには厳しいだろうが、丁度良い相手だ。

 

「おおー、アイルーたちが……えと、戦ってる?」

 

 そんなケチャワチャの周りには3匹のアイルーの姿。

 初めて見たが、アレらがニャンターって奴なのだろう。

 

 ただまぁ、アレだ。アレを戦っているといって良いのかは微妙なところだ。一生懸命ブーメランや爆弾を投げたり、杖のようなもので戦うのは良いが……正直、ケチャワチャに遊ばれているようにしか見えん。ケチャの攻撃で簡単に吹き飛ばされるその姿は蹂躙されている、といった方が正しそうだ。

 身体の大きさが全然違うからなぁ。やはりネコじゃ厳しいのだろうか。

 

「シャル、一応言っておくが、今回もアイルーたちを助けるんだぞ? 間違ってもアイルーに斬りかかるなよ?」

 

 前回が前回だけに、一応のアドバイス。

 コイツの場合、3対1はずるいぞー! とか言ってアイルーに斬りかかりそうだし。今回そんなことをしてしまったら、流石に追い出される。

 

「了解!」

 

 ああ、頼んだ。最初から全力でいこう。

 

 俺もブレイヴスタイルについてはまだまだ分からないことが多い。分かっているのは、イナシができることと、ブレイヴ状態になれば溜め斬りができることというくらい。また、シャルはそのことすら分かっていない可能性もある。

 とはいえ、シャルがやることは変わらない。抜刀斬りを繰り返し、少しでも早くブレイヴ状態となり、最大まで溜めた攻撃をブチ込むだけだ。問題はそのブレイヴ状態となるのにかなりの時間がかかるってことなんだよなぁ。ブレイヴ状態にさえなれば強いと思うのだが。

 

「前回と同じように抜刀斬りを繰り返せ! あと、危ない時はイナシも上手く使っていけ」

「わかった!」

 

 相手の攻撃をイナすことができるのはかなり美味しい。これまでは攻撃後、ローリングで相手との距離を取る必要があったが、イナシを使えば前よりも攻撃できるチャンスは絶対に増える。多少、無理矢理でも攻撃を入れられるんじゃないだろうか。

 

 アイルーたちで遊ぶことに夢中なのか、シャルのことは目に入っていない様子のケチャワチャ。

 そんな相手に、シャルの一発が入った。

 溜め無しの攻撃はやはり軽いが、相手の不意を付き爆破も引け、それなりのダメージは入ったはず。

 

「あっ、ししょー、イナシって何?」

 

 抜刀斬りを当て、ローリングをした後、ゆっくりと納刀をしながらシャルがそんなことを聞いてきた。

 

 ……あれ? 言ってなかったっけ? あのロアルを倒した後、教えたような気もするが……まぁ、今更そんなことを考えても仕様が――

 

「右! 爪攻撃!」

 

 考え事をしていると、躊躇なくシャルへ向かってケチャが長い腕をぶん回しての爪引っかき攻撃をしてきた。容赦ないねぇ。

 

「おわっ! ず、随分と動きが速いんだね」

 

 その攻撃をイナしたシャルルリエ。

 ほぼほぼ偶然ではあったが、攻撃をイナし納刀も完了。いや、ホント便利だなイナシって。

 

「イナシってのは今、お前がやった行動だ。できるのは納刀時、危なくなったら今のようにイナせ!」

 

 ロアルと違い、牙獣種であるケチャの動きは確かに速い。その分、一発一発の火力は低いが、その火力の低さも怒り時になると跳ね上がるんだ。それが牙獣種の特徴。怒る前に倒すことができれば一番だが……ブレイヴ状態や力の解放と、こっちも準備には時間がかかるからなぁ。

 

「あー……うん。なんとなくわかった!」

 

 たぶん、分かってない。

 この戦い中にイナシを覚えてくれるよう祈るばかりだ。

 

 ブレイヴ状態になることのできる条件は一定以上の攻撃や、イナシをすることだと思う。前回のことを考えるに、かなりの攻撃をしなければいけないだろう。

 

 ただ、もっと早くブレイヴ状態になることができるはずなんだ。実際にブレイヴスタイルで戦う人間を見るのはこのシャルが初めて。

 その程度の知識しか持っていないが、ブレイヴスタイルは本当に強い戦い方だと聞いた。そうだというのに、今のシャルを見ている限り、これを強いということはできない。だからきっと何か俺の知らない方法が……あー、もう! こんなことになるのなら、アイツの話をもっとちゃんと聞いていれば良かった。

 

「危ない攻撃はイナして、攻撃を当て続けろ。とにかくできる限り早くブレイヴ状態になることを考えるんだ!」

 

 怒り状態になられるのは面倒だが、シャルにはあの本気スキルもある。また、ニャンターたちがいてサポートもしてくれるというのなら、持久戦だって悪くはないはず。

 まるで、手探りで暗闇の中を進んでいるようだが、そうでもしなければ何かを掴むことはできない。

 

 今は、とにかく前へ。

 

「あー、えっと、ブレイヴ状態って……なに?」

 

 ただ、厳しい戦いとなるのは確かだろう。

 

 

 



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跳べ

 

 

「あーもう! それずるいぞ!」

 

 再びその姿を消してしまったケチャワチャに対してシャルルリエが叫んだ。

 

 少しでもダメージを受ければ周りにいるネコたちが回復笛を演奏してくれる。また、応援ダンスや、鬼人笛の演奏などのサポートはばっちし。

 とはいえ、今回は長く厳しい戦いになるだろうと思っていた。

 

 ただ、この状況はちょっとなぁ……

 いくら長く厳しい戦いになると思っていてもこういうことじゃないんだ。

 

「おっ、やっと出てき……冷たっ!」

 

 太陽光すら遮るほど鬱蒼とした森。そんな中、ケチャワチャが其処ら中に生えている木の上を飛び回るせいで、その姿をまともに見ることもできない。

 そして、やっと出てきたと思ったら、今、シャルが喰らったような水弾を飛ばしてくる。

 ……俺があの水弾を喰らった時は結構痛かったと思うんだが、どうやらシャルに対してはそこまでのダメージがないらしい。それは優秀な防具を身に付けていることだけが要因ではないだろう。この少女、色々とおかしいんだ。

 

 まぁ、それは良いとして、それにしても、本当にこのケチャは鬱陶しいな。これだけ木が生えているのだし、相手のホームグラウンドではあるが、こっちからほとんど攻撃できないこの状況はかなりキツい。

 ようやっと姿を現したかと思えば、先程のような水弾を飛ばすか、その大きな尻尾で木にぶら下がったまま引っかき攻撃をしてくるくらい。攻撃チャンスが本当に少ないんだ。

 さらに、何が鬱陶しいかって、コイツ攻撃が当てた後、俺たちへ見せつけるかのように手を叩いて喜びやがる。その姿は腹立たしいったらありゃしない。あと、個人的にその長い鼻も嫌いだ。

 

 木にぶら下がっている状態のコイツへの対処法は、操虫棍やガンナーで直接攻撃、閃光玉で目を眩ませる、あとは音爆弾などを使い大きな音を出すこと。そうすれば直ぐに叩き落すことができる。

 閃光玉はなく、ガンナーもいない。しかし、今一緒に戦っているアイルーたちの中にはボマーがいた。だから、そのアイルーに頑張ってもらいたいところなんだが……

 

『この爆弾はボクたちの持つ技術の結晶ニャ。いくら雨が降ろうと爆発でき、水の中でも大丈夫なのニャ! さらに! 超消音効果も持っているニャ!』

 

 とのことだそうだ。ボマーネコがいるってのに、やたらと静かだと思っていたが、そういうことらしい。いつか、その技術力が実を結ぶ日の来ることを願っているよ。

 雨や水中でも使える爆弾は良いと思うが、音のしない爆弾って需要はあるのだろうか……

 

「うー……怒った!」

 

 この戦いを始めてからどのくらいの時間が経ったのかは分からない。けれども此処でシャルのスキル、本気が発動。シャルルリエの右腕から青い光が弾けた。

 ここで力の解放が発動したのは美味しいが、如何せん攻撃を当てられないからなぁ。一度でも良いから叩き落すことができればかなりのダメージを稼げるとは思う。さて、どうしたものか。

 

「ねぇ、ししょー。こういう時はどうすればいいの?」

 

 ちょい待って。俺も一生懸命考えているから。

 アイテムによる叩き落としは無理。相手はリーチの長い大剣でも届かない位置。ホント、困ったものだよ。

 

「むぅ。こうなったら、ししょーをぶん投げて……」

「待て、シャル。それはダメだ」

 

 ギリギリで保っている世界観が崩壊するからそれだけはやめてくれ。ハンターは武器を投げちゃいけないのだ。そういう決まりなのだ。

 

 うーん、シャルがエリアルスタイルだったり、段差でもあれば飛んで攻撃できるのだがそれも……ああ、なるほど。段差、か。それならいける可能性があるじゃないか。

 

「おい、誰でも良いからトランポリンをおける奴はいないか?」

 

 確か、ネコの技の中にそういうものがあったはず。実際に使ったことはないが、どんな武器だろうと、その場で飛び上がることのできるトランポリンを設置できる技が。

 

 そして、そんな俺の声を聞いてから、アイルーたちが動き出し、ニャーニャー言いながら直ぐにトランポリンを設置してくれた。てか、3匹全員が設置できた。あらやだ、トランポリン大人気だ。

 

「おおー! なにこれ、なにこれ!」

「シャル、それを使って飛び上がれ! んで、あのケチャワチャに攻撃を叩き込め!」

 

 これで攻撃自体は届くようになったはず。ぶら下がっている状態のケチャは直ぐに落ちてくるし、あとは攻撃を当てるだけだ。

 

「これすごい! めっちゃ飛べる!」

 

 そして、設置されたトランポリンを使いピョンピョンと跳び、楽しそうな声を出すシャルルリエ。

 

 ……あの、シャルちゃん? 楽しんでいるところ申し訳ないんだけど、一応ソレ、ケチャワチャに攻撃するための物だからね。それは忘れないでね。

 そんな調子でトランポリンを楽しむシャルの様子を見てか、アイルーたちまでトランポリンを使い意味もなく、ピョンピョン跳び始めた。すごい光景だった。ああ、うん。皆が楽しそうで何よりです……

 

 しかしながら、全く意味がなかったわけではなく、ピョンピョン跳んでいるアイルーへ水弾を当て、ケチャワチャが手を叩き喜んだ。

 それはトランポリンを使えば十分に届く距離。

 

「今だシャル! 跳べ!」

 

 そんな俺の声を聞く前に動き出していたシャル。そして、アイルーが設置してくれたトランポリンを使って跳躍。そして、未だ手を叩き喜んでいるケチャワチャへ攻撃をぶち込んだ。

 

 いくら溜め無しの攻撃とはいえ、やはり尻尾だけでぶら下がっている状態は不安定だったのか、そんなシャルの攻撃を喰らっただけで叩き落とされたケチャワチャ。

 

「チャンス! ラッシュかけろ!」

「がってん!」

 

 このケチャワチャには随分と遊ばれてしまったが、さて、反撃開始といこうか。

 

 

 叩き落され、バタバタともがくケチャワチャへシャルがひたすらに攻撃。まだ溜め斬りはできないが、アイルーたちの協力や爆発も重なりかなりのダメージを稼げたはず。

 そんな攻撃を受け続けたケチャワチャだが、自分の耳をまるで仮面でも被るかのように顔を覆った。つまり、これで相手は怒り状態。

 さらに、怒り状態となったから直ぐに、ケチャワチャが大きな咆哮を上げた。

 

「お? よーし、テンション上がってきたーっ!」

 

 クックやロアルと違い、小さいながらもケチャのバインドボイスは直接聞くだけで怯んでしまうほどのもの。しかしながら、シャルはそのバインドボイスを見事にイナた。

 

 多分、偶然だとは思う。丁度、納刀とのタイミングが重なっただけ。けれども、そんなイナシをしたところでシャルの身体から青白い光が。

 ここに来てやっとブレイヴ状態。

 相手は攻撃力が上がり、動作の速くなる怒り状態だが……この状態のシャルなら負ける要素がない。

 

 つまるところ、この勝負は俺たちに勝ちってこと。

 

 

 

 

 

 

 

「よしゃー、おらー! 倒したぞー!」

 

 両爪を使っての引っかき攻撃。それを上手くイナしてからの、最大まで力を込めた強溜め斬り。そんな攻撃をケチャの顔面へ叩き込んだところで相手は動かなくなった。

 その動きは俺が指示したわけじゃなく、見事としかいえないもの。

これまで、多くのハンターを見てきたが、この少女はハンターとしてのセンスが本当に飛び抜けている。時代が時代ならさぞ有名なハンターになっていたことだろう。

 

「ああ、お疲れ様シャル」

 

 とりあえず、無事ケチャワチャを倒したシャルへ労いの言葉を。一緒に戦ってくれたアイルーたちも、なんだかよく分からん踊りをして喜んでいる。

 

 とはいえ、また考えなければいけないことも増えてしまった。それは俺がブレイヴスタイルことについて詳しくないことが原因。

 確かに、ブレイヴ状態となったシャルは強い。危険度の高いモンスターやG級のモンスターが相手となれば厳しいだろうが、このケチャワチャくらいの相手なら無双できるくらいだ。また、まだ2回しか見ていないため何とも言えないが、ブレイヴ状態となったシャルの溜め速度はやたらと速い。このシャルに集中スキルは付いていないはずだし、多分、それがブレイヴスタイルの特徴なんだろう。

 

 しかし、如何せんそのブレイヴ状態となるのが遅すぎる。これまでのように、初っ端からラッシュをかけてこないような相手なら問題ないが、そうじゃないモンスターなぞいくらでもいる。そんな奴らを相手に今のシャルが戦うのはちょいと厳しいだろう。正直、シャルならブレイヴスタイルよりも俺と同じギルドスタイルの方が絶対に強い。ブレイヴ状態にならなければ溜めることができないってのは、それほどに大きいんだ。

 だから、できるだけ早くブレイヴ状態になれる方法を知りたいんだが……どうしたもんかねぇ。

 

 まぁ、そればっかりは戦いを繰り返し探していくしかないのだが。他にできることといえば、シャルへ現在分かっている情報を教えてやるくらいだろう。

 現在のシャルは知識などなく、ほとんど感覚だけで戦っているが、それはよろしくない。少なくとも、イナシやブレイヴ状態くらいは教えておいた方が良さそうだ。

 やらなきゃいけないことが多いねぇ。

 

 ま、“ししょー”なんて呼ばれている身なんだ。やれることはやるさ。

 

 



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繋がり

 

 

 アイルーたちとともにケチャワチャを倒した後、再びアイルーたちの里へ戻ることに。そこで昨日と同じような宴が開かれた。

 俺にとってみれば、ケチャワチャの討伐くらいなんでもないものだが、今のこの世界ではそうでもないらしい。もしかしたら、それはこのアイルーの里だからってこともあるだろう。しかし、ハンターのいないこの世界にとって大型種モンスターの討伐ってのはそれほど簡単なことでもないんだろうな。

 

 そんなわけで、結局もう一日この里でお世話になることに。

 まぁ、大型種と戦い、シャルだって疲れているはず。それに焦ったところで仕様が無いんだ。今日もゆっくり休んでもらうことにしよう。

 

 まだ昼間でもあるにも関わらず、里の真ん中にある大きな焚き火を中心に踊るたくさんのアイルーとシャルルリエ。周りを見れば、お酒を飲んだのかマタタビを使ったのかは分からないが、酔っ払い寝ているアイルーたちの姿も見られる。それはまさに宴といった様子。

 俺がハンターだった時代も、こういった宴が開かれることはあったが、ケチャワチャを倒したくらいで開かれることはなかった。盛大な宴が開かれるなぞ、超大型モンスターを討伐した時くらいじゃないだろうか。

 

 宴は好きだ。

 あの愉し気な空気が流れる中、美味い料理を食べ、酒を飲み、知ってる奴も知らない奴も関係無しにただただ騒いでいるのが好きだった。

 ホント、懐かしいねぇ。

 

 こんな身体となってしまっているせいで、その宴に直接参加することはできない。けれども、そんな様子を見ているだけで、俺も十分楽しめていたと思う。

 

 モンスターに負け、ハンターは消えてしまった。

 人間にとっては何とも絶望的な状況であるが、それでも、今のような空気はまだ残ってくれている。それが嬉しかったんだろう。

 いや、まぁ、今この場所にいる人間はシャルだけなわけだが……

 

「ししょー、ししょー。初めて飲んだけど、お酒って美味しいんだね!」

 

 先程までアイルーたちと一緒に踊っていたシャルが、とことこと俺の元へ近づいてきてから、そんな言葉を落とした。そんなシャルの手には、コップのようなものが。

 

「は? え、お前お酒飲んだの?」

 

 シャルの詳しい年齢は知らない……というか、多分本人も分かっていないだろうが、その見た目的に、十代半ばといったところ。そうなると地域によってはまだ飲酒を禁止されている年齢だ。

 それに、今は一応俺がシャルの保護者みたいな存在なわけで、悪いことは止めなければいけない。んじゃあ、この飲酒が悪いかっていうと微妙なところだが。俺もお酒は好きだったからなぁ……

 とはいえ、シャルは俺のような野郎と違い、一応女の子なんだ。此処は止めた方が良いのかもしれない。

 

「ちょーおいしい!」

 

 めっちゃ良い笑顔で言われた。

 あー……そう言われると、止め難いな。お酒、美味しいもんな。

 

 ……俺の偏見もかなり入っているが、ハンターとお酒は切っても切れない関係だと思っている。実際、俺のパーティーにもクエストから帰って来た後だけじゃなく、行く前にも必ず酒を飲むような奴だっていた。

 まぁ、ソイツは例外としてもハンターが酒好きだったのは確かだろう。ハンターの集まる集会所なんぞ、ほぼほぼ酒場みたいなものでもあったくらいなのだし。

 

 そうなると、シャルにお酒を禁止するのは何か違う気もしてくる。いや、でもなぁ……

 

「ししょーも一緒にお酒を飲めれば良かったのにね」

 

 表情はいつも通りの明るい笑顔。テンションもいつも通りの高さ。酔っているようには見えない。そう考えると、見る人によってはシャルなんぞ、いつも酔っているように見えるかもしれんな。

 

 ま、飲み過ぎなければ良しとしよう。

 別に遠慮しているつもりはないが、なんというか……シャルにはシャルのやりたいことをやってもらいたいんだ。酒だって飲み過ぎなければ悪いものでもない。もしシャルが本当に道を間違えそうになった時、俺が正しい道を示してやれればと思う。

 

「……ああ、いつかそんな日が来ると良いな」

 

 こんな身体になってしまったんだ。元の姿に戻ることができるだなんて思っちゃいない。それにそんなことを考えたって仕様が無いことではあるが……やはり想像くらいはしてしまう。

 ホント、いつかそんな日が来れば良いって思っているよ。

 

 

 

 

 ケチャワチャを倒したことで開かれた宴は、夜遅くまで続き、その間シャルは踊ったり食べたり飲んだりと全力でその宴を楽しんでいた。よくまぁ、そんなにずっと騒いでいられるものだと思うが、コイツのスタミナ量はちょいとおかしいからなぁ。

 ま、本人が楽しめていたのならそれだけで十分だろうさ。

 

 そして、次の日。

 名残惜しく感じてしまうが、このアイルーの里を離れる時が来た。

 

「せっかくこの里へ訪れ、ケチャワチャだって倒してくれたんだニャ。もう少しゆっくりしていっても良いと思うニャ」

 

 風格のあるアイルーのそんな言葉だが、建前っぽさは感じず、多分これは本音なんだろう。この里にいた時間は長くないというのに、随分と懐かれてしまったものだ。

 まぁ、相変わらず俺は怖がられているわけだが……

 

「んー、いっぱいゆっくりしちゃったからなぁ。これ以上はなー。それにそろそろ動き出したい気分なんだ」

 

 昨日アレだけ騒いだというのに、今日も今日とて元気な様子のシャルルリエ。お酒を初めて飲んだはずだが、二日酔いは大丈夫なんだろうか。酒が美味いのは確か。ただ、あの二日酔いだけは遠慮したいよ。

 

「うニャー……それは残念ニャ」

 

 そして、シャルの言葉を聞き、風格のあるアイルーだけでなく、周りにいたアイルーたちも一斉にため息をこぼした。

 シャルがここまで懐かれているのはその性格もあると思う。ただ、きっとアイルーって存在は人間と繋がりを求めるんだろう。それはただの妄想かもしれんが、その考えが間違っているとは思えない。

 

 そして、そんなことが嬉しかった。

 

「ありがとね。いっぱいお世話になっちゃった」

「俺からも礼を言う。助かったよ」

 

 今回のアイルーたちとの出会いは、この旅においてかなり大きい。

 ハンターってのはモンスターというあの巫山戯た存在と戦わなければいけない。そんな時、アイルーたちの助けがあれば本当に有り難いんだ。人間だけで戦えるほど、モンスターは優しい存在ではないのだから。

 

「気にしないで大丈夫ニャ。人間さんが来てくれたことは本当に嬉しく思っているニャ。だから、人間さんにはこれを渡すニャ」

 

 そう言ってから、風格のあるアイルーが首飾りのようなものをシャルへ渡した。

 

「ああー、ありがと! えっと、これなに? すっごいキレイだけど……」

「ボクたちの宝物ニャ」

 

 んー……ネコ毛の紅玉とまんまるドングリを使った首飾りか?

 紅玉ってのは飛竜種の体内で希に発見される宝石。天鱗ほどではないにしろ、その価値は高く本当に手に入らない。どれだけのハンターが紅玉を手にするため苦しんだのかも分からないくらいだ。

 ただ、ネコ毛の紅玉は宝石などではなく、ただの手玉だったはず。それでも、流石は紅玉と呼ばれるだけあり、シャルのもらったそれは宝石のように輝いていた。まんまるドングリの方は……俺もよく分からん。アイルーたちにとっては宝物ってことなんだろう。

 

「その首飾りを見せれば、きっとこの里以外のアイルーたちだって人間さんに協力してくれるはずニャ。それは、ボクたちと人間さんの友好の証ニャ!」

 

 アイルーたちをボコボコにして無理やり奪い取った証拠だとも考えられそうだ。なんて思ったが、それを口に出すのは止めておいた。ここは良い話ってことで終わらせてあげたい。

 

「これから人間さんがボクたちの力を必要としたら、いつでも頼ってほしいニャ。確かにボクたちは人間さんより小さく、力だってないニャ。それでも、ボクたちはきっと力になるニャ」

 

 頼もしい言葉。本当に有り難いよ。シャルの未来において、アイルーの力は絶対に必要となるだろうから。

 

「うん、わかった! ふふ、じゃあその時はよろしくね」

 

 もらった首飾りを身に付けてから、良い笑顔で言葉を落としたシャルルリエ。本人はまず気づいていないだろうが、この繋がりは大きい。ホント、色々と持っている少女だよ、コイツは。

 ただハンターを目指すだけだっていうのに、きっとこの少女はそれだけじゃ終わらない。まだ先のことは何も見えないが、少しずつ少しずつ中心へ近づいている。そしてその先には……何があるんだろうな。

 

「人間さん、名前は?」

「シャルルリエ。シャルでいいよ」

「うニャ! 良い名前ニャ」

 

 そして、最後の最後となってから、漸く少女が自分の名前を言った。

 その名前は忘れないことをオススメする。きっときっとこの世界中へ広がる名となるはずだから。

 

 さてさて、そんじゃ、そろそろ出発するとしよう。まだスタート地点にすら立てていないんだ。焦ったところで仕様が無いけれど、進んでいこう。

 

「よおっし、私たちはそろそろ行くね」

「ありがとう、世話になった。それと道案内頼む」

「了解ニャ。人間さんたちの里が見える場所まではちゃんと案内させるニャ」

 

 人間の住む村にさえ着くことができれば、きっとドンドルマまで通じる道だって分かるはず。先は長いが、今までと違い今度は道が見えている。悲観することは何もない。

 とはいえ、ホントやらなきゃいけないことが多いよなぁ。とりあえず、ブレイヴスタイルのことを知る必要があるだろう。そして、モンスターとの戦い方や便利なアイテムの調合方法なども教えておいた方が良さそうだ。ただ、それを上手く教えてやれる自信はない。シャルほどではないにしろ、俺だって身体で覚えるタイプだったんだ。いやまぁ、できる限り頑張る予定だが。

 

「うん、お願いね。それじゃ、出発だー!」

 

 今日も今日とて元気な様子で何よりだよ。気張っていくとしよう。

 

 そういえば、シャルって自分以外の人間を見たことがないんじゃないか? あの村は竜人族しかいなかったし、この里も獣人族だけ。

 ああ、うん。ハチャメチャな人生を歩んでいるんだな……まぁ、きっとそれがシャルルリエという人間なんだろう。それに物語の主人公ってのはそれくらいが丁度良い。

 

 俺はもうこんな姿なんだ。今更主役を張れるような存在じゃない。だから期待しているよ、主人公。

 

 

 

 

 

 

★ ★ ★

 

 

・第1章

・酒

 

 シャルルリエは無類の酒好きだったと言われており、クエスト後はもちろん、クエストへ行く前にも飲酒をしていた。また、現在のドンドルマギルドに酒場があるのも彼女のためではないかとも言われている。さらに、彼女が酔っている様子は確認されておらず、アルコールに対して異常なほどの耐性を持っていたと考えられている。

 しかしながら、シャルルリエが活躍していた当時はハンターと酒との間に特別な関係もなく、彼女が行っていたクエストへ出発する前の飲酒などは考えられないことであった。ハンターとしての実力もそうであるが、シャルルリエの行動は当時普通のハンターとかけ離れていたと考えられる。

 ギルドはもちろん、ハンターという存在ですら曖昧なものでしかなかった。そのような背景の中、現在のようにハンターと酒が切っても切ることのできないほどの関係となっていることもシャルルリエの影響が大きいだろう。

 

 



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女王の領域
始まりの村


 

 

 

「おーし、そんじゃ大剣の使い方についてまた教えていくぞ」

 

 あのアイルーの里から離れて少し。シャルの前には3匹ほどのアイルーが道案内ってことで歩いている。

 そんなアイルーに先導してもらい歩いている道は、今まで俺たちが歩いてきたものよりもずっと道っぽくない道だった。多分、大丈夫だとは思うが、本当に人間の住む里へたどり着けるのか不安だ。

 まぁ、この道を使っているのもアイルーくらいなのだろうし、ちゃんとした道を歩かせてもらえるとは思っていなかったが。

 

「あー……お勉強かぁ、お勉強はなー、ちょっとなー」

 

 そして、俺の言葉を受け、随分と渋い表情となったシャルルリエ。勉学を好みそうな性格でもないし、何かを考えるっていうことが苦手な性格。ただ、それじゃあちょいとマズい。いくらシャルの腕が良いとしても必要最低限の知識が必要なんだ。

 

「ハンターとして必要なことだぞ?」

「うむ、聞きましょう」

 

 異常なほど素直な性格ってこともあり、理解さえできれば大きな力となってくれるはず。

 ただ、コイツはアホだからなぁ……頭が悪いわけじゃないんだろうが、アホなんだよなぁ……

 

 まぁ、とりあえず今分かっていることを教えていくとしよう。

 

「まずだな、シャルが使っている武器……まぁ、俺のことなんだが、大剣っていうんだ」

 

 シャルは俺のことを剣と呼んでいたが、ハンターが使う剣にだっていくつかの種類がある。片手剣、双剣、太刀、剣斧、盾斧、そして大剣といった感じ。

 今、その全部を理解する必要はないが、自分の使っている武器の特徴くらいは覚えておいた方が良いだろう。

 

「んで、その大剣なんだが、一発一発の攻撃がかなり強い代わりに、動作が遅いっていう特徴を持っている」

 

 大剣は手数で攻撃する武器じゃない。数打ちゃ当たるの理屈が通らず、ただ一発に全てをかける武器。そして、その一発はどんな武器にだって負けないだろう。大剣はそういう武器だ。

 

「ただな、その攻撃ってのも当てりゃ良いってもんじゃないんだ。今まで何度も言ってきたが、溜め斬りをすることでやっと火力を出すことができる」

 

 何度も言うが、大剣なんて溜め斬りさえできればもう後は何だって良いくらいだ。大剣はそんな武器なのだし、何かを考えることが苦手なシャルには合っているかもしれない。

 ま、その溜め斬りがなかなか上手く当てられないんだけどさ。

 

「うーん、それは私もなんとなく分かってるんだけど、なんか上手く溜められない」

 

 それは俺も一番悩んでいることだよ。

 前回、大剣について教えた時は、まだシャルがブレイヴスタイルということをまだ知らなかった。そのせいでやたらと遅い納刀のことばかりが気になってしまっていたが、納刀の方はどう仕様も無い。今、考えなければいけないのはどうやったら溜め斬りをできるかってこと。

 

「そのことだが、お前はちょいと特殊でな。ある程度の時間が経過しないと溜め斬りができない体質なんだ」

 

 もしかしたら、ブレイヴ状態となる前から溜め斬りができるかもしれんが、俺はその方法を知らない。ホント、他のスタイルだったら色々と教えられたんだが、ブレイヴスタイルだけはなぁ……

 

「なんと、それは知らなかった。……あれ? じゃあ、私ダメじゃん」

 

 今のままじゃな。

 ただ、きっと何か良い方法があるはずなんだ。どうにかしてその方法を知りたい。

 

「確かに初速……あー、戦い始めたばかりはあまり強くない。けれども、溜められるようになった時――ブレイヴ状態となれば一気にお前は輝く。それに、イナシができるのもかなりでかい」

「んー……イナシってのはあのバシュンってなるやつのこと?」

「そうバシュンってなるやつのことだ」

 

 大剣は他の近接武器と比べ、モンスターに張り付くことが少なく、被弾することも多くない。それでも、イナシができることで溜め斬りを当てるタイミングはずっと増えるだろう。ギルドスタイルだった俺からすると正直、かなり羨ましい。

 

「アレのやり方は分かってるか?」

「うん。ししょーを背中に担ごうとする時にできるよ」

 

 よしよし、それは良かった。イナシができるってだけで、被弾はかなり減るはず。

 

「それで、溜められる状態になるにはどうしたらいいの?」

「あー、それが俺にも分からないんだよなぁ。ある程度攻撃をすれば良いってのは分かるんだが」

「えー……ししょーってわりとポンコツだよね」

 

 こら、傷つくからそういうこと言うのやめなさい。これでも傷つきやすい性格なんだ。

 いや、だって仕様が無いじゃん。ブレイヴスタイルだけは本当に分からないのだから。

 

 

 その後も強溜め斬りからの薙ぎ払いや、斬り上げなんかも教えたが、やはり言葉で説明するだけでは難しい。ま、戦いの中でコツを掴んでいくのが一番なんだ。

 今回はそういうことにしておこう。

 

 それからはもう教えることも諦め、いつも通りシャルと雑談をしながら、アイルーの後を歩き続けた。

 そして、そろそろ太陽も沈み始めるんじゃないかって頃のことだった。

 

「おおっ? なんか見える!」

 

 俺にはまだ見えないが、シャルが何かを発見。多分だが、件の人間の住む里とやらが見えたってことだろう。

 そうやってシャルが騒ぎ出してから、少しばかり進むと、漸く俺にもそれが見えてきた。山の麓へ隠れるように存在しているため、少々見つけ難いが、確かに建物が見え、その建物の煙突からは煙が出ているのも見えた。つまりそれは人間が住んでいるという証拠。

 ただ、その里の規模は残念ながら大きくなさそうだ。まぁ、シャルのいた村と比べればかなり大きいのだろうけれど。

 

 そんな里が見えてきたところで、此処まで案内をしてくれたアイルーたちともお別れ。

 ほとんど丸一日かけての道案内ありがとな。多分、今後お前たちアイルーの力を借りる時がくるはず。その時はまたよろしく頼むよ。

 

 アイルーたちと別れてからシャルは走ってその里へ向かった。

 そんな里の入口には『エークノーム』と書かれた大きな看板が。そのエークノームってのがこの里の名前なんだろうが、残念ながら聞き覚えはない。そもそも俺のいた時代にこの村があったのも分からんが。

 

「人が……たくさんいるっ!」

 

 里の中へ入ると、シャルがこれまた大きな声をひとつ。

 

 シャルは人がたくさんいると騒いでいるが、実際はそんなことない。どちらかといえば人は少ない方だろう。町というよりも、村といった感じ。ただ、シャルの暮らしていた里と比べれば確かに人や建物の数は多かった。

 なんとものんびりとした空気が流れていそうな村ではあるが、それなりに活気はあるらしく、其処彼処から賑やかな声も聞こえてくる。これなら飯屋や宿くらいはあるだろう。せっかく人間の住む村まで来たんだ。色々な情報を集めつつ、ゆっくりするのも悪くない。

 

「ここがドンドルマかぁ。でっかいなぁ、人がいっぱいいるなぁ」

「いや待てシャル。此処はドンドルマじゃないぞ? てか、入口の所にでかでかと『エークノーム』って書いてあっただろうが」

 

 どう考えたら、此処がドンドルマになるというんだ。

 ドンドルマはこの村と比べ物にならないほどの大都市。俺もドンドルマで何年も生活をしていたが、それでもドンドルマの全てを知っているわけじゃないくらいだった。

 ……そんなドンドルマに着いたとき、シャルはどんな反応をしてくれるのだろうか。

 

「そうなの? でも、いっぱい人がいるよ?」

「まぁ、うん、そうなんだが……えっとな、お前のいた里がちょっと特殊なだけで、普通の村ならこれくらいの人は住んでいるものだぞ」

 

 現在のこの世界にいる人間の数は分からないが、多分俺のいた頃とそれほど変わってはいないだろう。モンスターと比べたら確かに人間は弱い存在だ。けれども、そう簡単に消えるような種族じゃない。

 俺はそう思っているよ。

 

「そんじゃ、この村を探索しつつ、とりあえず泊まれる場所は探そう」

 

 村の入口で騒いでいたせいか、村の住人の視線を感じる。別に悪いことをしているわけじゃないが、変に目立つのはあまり良いことじゃないだろう。

 まぁ、格好が格好だし、このシャルがそんなおとなしくしているとも思えんが……

 

「りょーかいです!」

 

 とりあえずは宿の確保。んで、それができたら飯を食べることのできる場所を探して情報収集って感じにいきたい。情報集めといったら酒場になるわけだが……まぁ、酒場くらいは流石にあるか。

 

「あっ、そうだ。シャル、お前ってお金を持ってるのか?」

 

 大事なことを忘れていた。宿に泊まるにも、飯を食うにしてもお金が必要。この時代の物価はどんなものなのやら。

 

「えっと……お金?」

 

 首を傾げられた。

 

 ……さて、これはどうしたものか。

 

 

 

 

 

★ ★ ★

 

 

・第1章

・エークノーム

 

 現在のエークノームはシャルルリエの像や大きな祭りの影響もあり、観光地として賑わいを見せている。しかし、彼女がそのエークノームへ訪れた時、大都市から大きく離れていることや特産物に恵まれていなかったことなどもあり、賑わいを見せていたとはいえない状況であった。そのエークノームが彼女の人生を大きく左右するほどの場所となる。

 現在も残っているシャルルリエに関する資料は少ない。しかしながら、このエークノームには彼女に関する最も古い資料が残っていた。つまり、シャルルリエの歴史はこのエークノームから始まったと考えても過言でないだろう。

 また、エークノームにてシャルルリエは唯一無二の親友となる竜人族の少女――ミリィ・スチュアートと出会うこととなった。

 

 



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女王の石像

 

 

 お金を持っているかどうか聞いたら首を傾げられた。さて、これはどうしたものか……

 既に日は沈み始めているし、もう直ぐにでもあの真っ暗な世界が訪れそうだ。俺としては早々に宿を確保してから酒場で情報集めをする予定だったんだがなぁ。

 

「あー、シャル。まずだが、お金のことは分かるか?」

「知ってるといえば知ってるけど見たことはないなぁ」

 

 あいよ、了解。

 ふむ、困ったな。まぁ、外界との接触がほとんどない村にいたのだし、お金を見たことがないのも仕方の無いことか。

 とはいえ、これから生活していく中でお金を知らないままってのはマズい。時としてお金は命よりも重くなることがあるくらいなのだから。

 

 シャルルリエほどの実力があれば、お金を稼ぐことなど難しくはないだろう。けれども、それは俺がまだハンターをしていた時代の話だ。今の世界ではそのハンターの存在が消えかけているせいで、どれほど実力があろうとそもそもクエストを受けることができず報酬を得られない。

 ホント、どうすっかなぁ。お金がないものは仕方無いのだし、今日は野宿をすることとなりそうだ。せっかく人間の住む村へ着いたというのに……

 

 大型モンスターの素材もいくつか持っているのだし、それを売ってとりあえずのお金に変えられたりしないものかねぇ。

 

 ま、とりあえずシャルにはお金の説明をしておこう。動き出すのはそれからだ。

 

 

 

 

 それからシャルへ簡単ではあるがお金の説明を行った。

 そんな俺の説明を聞きちゃんと理解してくれたのかは怪しいが、とりあえず何かを得るためには基本お金が必要だという最低限のことを理解してくれたと思う。

 あとは今の世界の物価がどの程度のものかってことくらいか。そればっかりは見て回らないと分からない。

 

「そんじゃ、シャル。とりあえず雑貨屋を探して今持っている素材を売れるかどうか聞いてみようか」

「お任せ!」

 

 今のこの世界はハンターが消えかけているんだ。そうだというのならきっとモンスターの素材はかなり貴重なはず。貴重すぎて逆に値段がつかないってこともあるだろうが、まぁ、今くらいは前向きに考えよう。

 

 それから、ぽてぽてと雑貨屋を探し決して大きくはない村を見て回った。

 けれどもアレだ。どの店も開いていないんだ。まだ暗くなり始めたばかりの時間だというのにもう全ての店が閉まっている。この村に着いた時はまだちらほらと見えていた住民たちもいなくなってしまっている。ヤバい、詰んだ。あと酒場や宿らしき店も見つからない。つまり、思っていた以上にこの村は小さいらしいってこと。

 

「夜はなぁ、暗いからなぁ。皆家に帰っちゃったんだろうね」

 

 なんともよろしくない状況だというのに、明るい様子のシャルルリエ。これで今日は野宿がほとんど決まってしまったのだが、そのことは分かっているのだろうか。

 

「店が開いていないのは仕方が無い。また明日になったら村の中を見て回ろう」

 

 さてさて、そうなると今日は何処で一晩明かそうか。村の中で勝手に野宿をするのは流石にマズいよなぁ。

 

「ん~……ねぇ、ししょー。これってなに?」

 

 そういってシャルは目の前にある大きな石像を指差した。

 現在俺たちがいるのは村の中心にある広場のような場所。その広場の中心には大きな石像があった。

 

「暗くてはっきりとは見えんが、雌火竜――リオレイアの石像だと思う。なんでそんな石像がここにあるのかは知らん」

 

 大きな翼と長い尻尾。そして背中や尻尾にある特徴的な棘。異名として陸の女王。精巧な石像とは言えないが、これがリオレイアを表しているのは確かだろう。

 

「ほほー、リオレイアっていうのか。強いの?」

「シャルが今まで戦ってきたモンスターよりは強いだろうな」

 

 飛竜種の中ではそれほど強いモンスターじゃないが、初心者ハンターなんかが簡単に狩れるような相手ではない。コイツを倒せるようになれば一人前のハンターとして名乗れるって印象だ。

 しっかし、どうしてレイアの石像があるんかねぇ。これだけ大きな石像なんだ、そこに何の意味もないってことはないだろうが、レイアが人間に対して益となる行動なぞしないだろうに……

 

 まぁ、そんなことだって明日また聞けば良いか。今はとにかく身体を休めてもらおう。今日だってほぼ一日歩きっぱなしだったのだし、それなりに疲れは溜まっているはず。ただ、野宿じゃ疲れだってあまり取れないだよなぁ。

 なんてことを考えながらも、シャルに村を出て野宿の準備をさせようと思っていた時だった。

 

 それは大きな出会いとなる。

 俺やシャルルリエ……そして、この世界にとって。それほどの出会いだった。

 

「え、えっと、旅のお方……でしょうか? 見かけない顔ですが。こんな時間にどうされました?」

 

 声が聞こえた方を確認。

 そこには背中に何かの武器を担いだ少女がひとり。そして、その少女は竜人族だった。

 

「こんにちはー。んとね、まだ開いているお金を探して雑貨屋さんを売ろうと思っていたんだけど、ししょーの夜は暗かったんだ」

「シャル落ち着け。意味分からんことになってるぞ」

 

 なんだよ、まだ開いているお金と師匠の夜って。あと勝手に雑貨屋を売るな。

 

「はっ? え? 今、声が……あれ?」

 

 俺の声を聞いてからキョロキョロと辺りの様子を確認する竜人族の少女。

 

「あーもう、だからししょーは勝手に喋っちゃダメだって言ったでしょ」

 

 また怒られた。いやだって、お前が意味分からんことを言うからちゃんとツッコミをしないと……とか思ったんだ。

 

「驚かせて済まない。俺は大剣だが色々あって喋ることができるんだ。それで今はこの少女――シャルルリエと一緒に旅をしているところだよ」

「これ、ししょーも意味わかんないこと言ってるよね」

 

 まぁ、そうだけど、それが本当のことだしなぁ。それにどうして俺が喋るのかは俺だって分からない。

 

「あっ、はい。よく分かりませんが、なんとなくは分かりました……えと、それで今は何を? それに旅というのは……」

 

 理解の早い娘で助かった。此処で叫ばれでもしたら洒落にならんしな。まぁ、考えるのを諦めただけかもしれんが。

 

「この村へは今来たばかりなんだ。だから宿を探していたんだが、その宿が見つからないし、そもそもお金も持っていない。んで、旅をしている目的だが……ハンターを目指しているんだよ」

 

 シャルに喋せるとどうなる分からないため、俺が答えることに。全てを理解してくれるとは思わないが、俺たちの状況を知り、少しでも協力してもらえたら有り難いかな。

 

「ハンター……」

 

 そして、俺の言葉を聞いた少女はそんな言葉を呟いてから、その顔を落とし、何かを考えている様子。

 俺にとっては何の違和感もない言葉だが、ハンターという存在が消えかけたこの世界で、その言葉ってのはどれくらいの大きさなんだろうな。

 

「なるほど、それで貴女は武器を持っているのですね。それに立派な防具も……」

 

 装備だけは俺のいた世界でも文句無しの一級品だからなぁ。特に武器の方はすごいぞ、作るのめっちゃ大変だったんだからな。

 

「それでねー、今はししょーと一緒にドンドルマっていう街を目指しているんだ。私はシャルルリエ。シャルって呼んでくれたら嬉しいかな。貴女は?」

「あ、えと、ミリィ。ミリィ・スチュアートと申します」

 

 うむ、ミリィね。了解。物事の理解も早く優しそうな性格の良い娘だ。

 

「それで……シャルさんはこの後どうされる予定ですか?」

「大自然のベッドに寝転がり、満点の星空に囲まれながら夜を明かす予定だよ!」

 

 言い方はお洒落だが、要するにただの野宿である。今は暖かい季節だからまだ良いもののそんなに良いものじゃない。

 

「え、えと……つまり野宿ってことでしょうか」

「そうだな」

「ですよね……」

 

 ほら見なさい、ミリィが若干引いているじゃないか。

 まぁ、シャルみたいな少女が良い笑顔で『今日は野宿なんだ!』とか言ったらそりゃあ引くわな。

 今までだって野宿は何度もしてきたんだ。だから別に問題はないだろうが、それが普通の生活だとはいえないだろう。シャルは自分が一般と比べてズレていることを理解しているだろうか。してないんだろうなぁ……

 

「その、もし良ければ私の家に泊まりませんか? あまり広くありませんが部屋も空いていますし……」

 

 あら、それは願ってもないことだ。

 いくら野宿に慣れているとはいえ、やはりちゃんとした場所で寝た方が良いに決まっている。それに今の世界の新しい情報だって集めることができるだろう。今はとにかくこの世界のことを知っておきたい。

 

「おかまいなくー。よっし、それじゃししょー寝る場所を探しに行こっか」

「おいこら、ちょっと待てシャル」

 

 明らかにお言葉に甘える場面だったでしょうが。どうしてお前はいつもそう俺の予想の斜め上の行動を取るんだ。ラージャンの気光ブレスだってそんな予想外の動きをしないぞ。他人に気を遣うような性格でもないだろうに、なんで今ばかりはそんな遠慮気味なんだよ。

 

「えー、でも悪いじゃん。いきなり知らない他人を泊めるのは大変だと思うよ?」

 

 すごく真っ当な意見だった。

 その優しさや気遣いを少しでも俺に向けてもらえればと思う。なんで俺に対してはいつも厳しいのだろうか。やはり大剣だからだろうか……

 

「あっ、そんな、私は大丈夫ですよ? それに、いつもひとりで寂しいと感じていましたし……」

「ほら、ミリィもこう言ってくれているんだ。今はお言葉に甘えておけ」

 

 とはいえ、此方は本当に1ゼニー無しだからなぁ。ロアルやケチャの素材くらいは渡しておいた方が良さそうだ。それが必要とされるかは分からないが。

 

「あっ、うん。それじゃあ、お世話になります」

「はい、どうぞゆっくりしていってください」

 

 ペコリと頭を下げたシャルに対して、ミリィは優し気な顔でそんな言葉を落としてくれた。

 とりあえずこれで今日の宿の確保は完了。ホント、今回は運が良かった。いや……今回も、か。

 

 運命。なんて言葉を使いたくはないが、シャルの行動一つひとつが上手く噛み合っていく。

 あの竜人族の里で育ち、俺を拾い、獣人族との出会いを通し、竜人族の少女――ミリィと出会うこともできた。それはまるでできすぎた物語のように思ってしまうもの。

 それがたまたまの偶然なのか必然だったのかは分からない。けれども、それがシャルルリエという人間だったから引き寄せられたものだというのは確かなことだろう。

 

 ま、その時の俺はそんなことを全く思っちゃいなかったんだけどさ。

 だって未来なんて分からないものなのだから。きっと、誰にも。

 

 

 



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