側近の苦難 (ペンタブ)
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苦難と魔王の覚醒

「勇者に負けた」

 

「……左様でございますか」

 

 いつも通り「いってくる」とだけ残して戦地に出かけた主が、翌日いつも通りに帰ってきて開口一番に放った言葉に側近は眉をひそめた。

 負けたわりにはピンピンしていますね、と野暮なことはこの際聞かない。主の異常なまでの回復力であれば、瀕死程度(・・)なら数時間で全快するからだ。

 

「では此度の戦は我々魔王国側の敗退ということでございますか」

 

「まだ国は(・・)負けてない」

 

「……あくまでも本拠地に辿り着くまでが勇者の冒険であると?」

 

「然り」

 

 あっけらかんと肯定してみせた主の姿に、側近はああまたかとため息を吐いた。

 

「それは魔王様の意見であって、敵国側がどう捉えるのかは分かりませんよ。それに目の前で主が敗れる姿を目にした戦士たちの士気もありますし、このままではいたずらに屍を増やすだけだと思いますが」

 

「…………。……そうか。…………そうなのか?」

 

 だめだこれは。側近は頭を抱えた。

 主である魔王は、魔族の中でも最高の肉体と魔力を持った“万夫不当”という言葉を体現したような存在だ。

 戦に出れば数千を一手に引き受け、凪ぎ払ってきた。

 繁殖力の弱い魔族が瞬く間に増殖していく人族に対抗できていたのは、他でもない魔王の存在が大きい。

 

 強きものが国を収め、弱きものがひれ伏す。それが魔族のみならず全ての種族に共通した意識だ。

 今もそれが変わることはないが、しかし、魔王は『力』にこだわりすぎるあまり『強さ』の意味を履き違えているようだった。

 

「魔王様。お言葉ですが、もはやこの戦に勝機はありません。魔王様は王国の策略にまんまとしてやられたのです」

 

「策略?」

 

 聞き覚えのない言葉に魔王は思わず首をかしげた。

 策略、戦略、そういった頭を使ったことはてんで駄目な魔王には、なんのことだかさっぱりだった。

 

「戦争は火力が全て……それは前時代の考えです。今の時代、策を弄さず愚直に進行するのは魔王様くらいですよ」

 

「…………」

 

 軍を率いて敵を打ち倒すのも立派な戦だが、今はそれよりも裏で行われる水面下の戦いがメインのはずだ。

 影を制するものは光を制す。今の魔王は、日の目ばかりを気にしていて、背後の殺意に気がつかなかった者の末路そのものだ。

 だが生半可な策では、魔王の強靭な肉体に傷をつけることは不可能であるのも確か。となれば、人族だけの仕業とは思えない。

 

「魔王様の敗因は勇者だけではないのではありませんか?

 正直におっしゃってください。他種族(イレギュラー)がいたのではないですか?」

 

「……いた」

 

「それは?」

 

「……エルフ」

 

「エルフ!」

 

 予想外の協力者に側近は驚く。

 エルフは他種族との交流を断っている独立した種族だ。人族はどうやって丸め込んだのか、なんにせよエルフの独自の魔法は魔族の膨大な魔力をして厄介だ。

 これは魔王が負けるのも頷ける。戦争ともなれば、積極的でないにしてもエルフの数は数百。それほどの数が魔王に向かって一斉に魔法を放てば、魔王の『無意識の魔力壁』もさすがに破れてしまうだろう。そこに勇者が全力で斬り込めば……。

 

「むしろよく生きていましたね!」

 

「景色が舞った時は死ぬかと思った」

 

「それは首が飛んだってことですか!」

 

 主の回復力を甘く見ていたようだ。

 側近は突然頭痛に襲われた。これでよくもまだ負けてないと言えたものだ。もう魔王国はおしまいだ。

 

「側近、我はまだ負けてない」

 

「ファルスです。どうして肩書き呼びなんですか」

 

「…………」

 

「覚えられないんでしたね」

 

 これだ。主に足りないのはこれなのだ。

 魔王は絶望的に頭が悪い。基本とする能力は高いので、やろうと思えば他言語を数時間で覚えるくらいはできるだろう。しかし残念ながら、魔王にはその『やろうと思う』機会がないのだった。これではその頭脳も宝の持ち腐れだ。

 

「魔王様には『知恵』を学んでもらわなければいけませんね」

 

「知恵……それは、お前が我の飲み物に毒を盛るようなことをいうのか」

 

「なんですか? まるで『それは、お前がいつもやっている無駄な行動のことか』と言っているように聞こえますが」

 

「違うのか?」

 

「違いますね。私は魔王様を始末して次期魔王の座に着きたいと画策しているのです。まったく無駄ではありません」

 

「……そうか」

 

 毒薬程度で死ねるのなら魔王にはなっていない。

 実のところは『部下が全員味方だとは思うな』という側近なりの警告だったりするのだが、魔王にはいまいち伝わっていない様子だった。臣下を疑わない権力者というのは、さすがに危うい。

 

「……敵国は勝手に『魔王を倒した!』と盛り上がっている可能性がありますし、何か手を打たないと不味いですよ」

 

「攻めるか」

 

「また舞いたいんですか?」

 

 エルフが敵に回ったとあれば、正攻法で向かっても同じことの繰り返しだ。加えて自軍も今頃降伏ムードだろう。

 敵を牽制しつつ味方を奮い立たせる必要がある。

 

「魔王様、私に考えがあります。早急に準備をお願いします」

 

「無理だ。我は眠りたい」

 

「永久に眠るのは我が国の安寧を保証してからにお願いします」

 

「明日には……」

 

「お願いします」

 

 側近の鬼気迫る態度に久しく狼狽えた魔王は、しかたなく指示に従うことにした。

 

 

□■□

 

 

「魔王は倒した! 我々の勝利だ!」

 

『おおー!!』

 

 後退する魔王軍を追い詰め、勇者は得意気な表情で聖剣を天に掲げた。それに同調するように、歓声が響き渡る。

 魔王は満身創痍。無様に自国へ逃げ帰った。もはや勝利は確定したも同然だろう。

 人族と魔族の長い因縁もこれでおしまいだ。歴史は今、人族の圧倒的勝利として終幕を迎えたのだ。

 

「やりましたね。これで我らの領土が広がります」

 

 まるで絵画に描かれた女神のような美しい女性が、勇者の横に立った。

 自然の象徴である緑色をした髪、完成された容貌、そして特徴的な長い耳。彼女はエルフ族からの支援軍の司令塔だった。

 

 エルフに負けず劣らず優れた容姿をもった勇者は、心底満足げに笑顔を向ける。

 

「ああ。感謝するよ。君たちがいなければ、苦戦は間逃れなかった」

 

「それでも負けていたとは言わないところに、あなたの傲慢さがうかがえます」

 

「あはは、言われてしまったか」

 

 関係は……良好とは言えなかった。

 エルフ族が人族に協力したのは、単に利害が一致したためだった。魔王国を落とせば、もはや互いに用はない。

 

「まあいいです。我々には領土が必要ですから、そのためなら肥豚の飼育もやむを得ません」

 

「ふむ……そういえば、どうして君たちはそこまで領土にこだわっているんだい? 今まで困った様子なんてなかったのに」

 

「不必要な詮索は契約違反ですよ。それともその喉元を切り裂かれたいですか?」

 

「そうなれば、今度は人族(僕たち)エルフ族(君たち)の戦争になるね」

 

 一瞬、不穏な空気が漂った。互いの魔力がぶつかり他方に散ったことによって、全てのエルフ族と一部の優秀な人族が何事だと注視する。

 いざこざか。エルフ族としては何の問題でもない事柄だったために、二人の会話に耳を傾けていた一部のエルフは勇者に向かって魔法を放つ準備まで始める。

 

 しかし、それは一瞬(・・)だった。一瞬(・・)で、全ての者の意識は別の場所へ向けられたのだ。

 

――轟音。

 

 隕石でも落ちたかというほどの衝撃が、周囲に飛び散った。これには勇者もエルフ族の司令塔も表情を驚愕の色に染める。

 特にエルフ族の動揺は顕著だった。魔法なら、その気配を察知して即座に対応できた。ならば自分たちが気づけなかったそれは、物理的に成されたものということになる。そして、あそこまでの衝撃を生む“何か”とは――。

 

「あ、あれは――!」

 

 煙が晴れたころ、ようやく視界に入ったものを見た勇者は思わず声を上げた。

 

「魔王っ!!」

 

 勇者の叫びに、周囲はざわつく。

 衝撃の正体は、紛れもなく数刻前に逃げ帰った魔王そのものだった。

 まさかもう復活したのか。なぜこのタイミングなのか。懸念は増えるばかりだが、それよりもまず、目に入った姿に驚いた。

 

「なんだその姿は……なにがあったというんだ、魔王!」

 

 前に繰り広げた激戦など欠片も思わせないほどに綺麗になった肌艶はいいとしても、その姿は異常だった。

 長く伸びた朱色の髪は黄金に染まり、魔族特有の紫色の瞳は青く変色していた。全身から溢れ出す魔力はいつにも増し、もはや肉眼でも捉えられるほどになっていた。

 

 この数刻の間に何があったのか。首を落とした時とはまるで違っていた。

 

「……我は極限の状態に死期を垣間見、そして抗った。この姿は己が終焉を克服した我の、新たな境地」

 

「なん……だと……!?」

 

 息を飲む。

 ただでさえ理不尽染みていたのに、更に強くなったというのか。

 感じる魔力だけでもその強さは二倍、あるいはそれ以上。勇者は笑顔を忘れ、エルフは冷や汗を流した。

 とんでもないことをしてしまった。勝利を確信した勇者は、魔王にとどめを刺さなかった。

 

 あのとき殺しておけば――。

 

「……後悔している場合ですか。やつを見逃したのは我々も同じです。甘く見ていました。

 ここはどう切り抜けるかを思索するのが最善ですよ」

 

「あ、ああ」

 

 互いに考えることは同じ。エルフも魔王にとどめを刺さなかったことを後悔していた。だからこそ勇者の感情が読めた。

 戦慄する部下たちを背に、二人はゆっくりと行動を開始する。勇者は聖剣を。エルフは魔法を。魔王の様子をうかがいながら、慎重に。

 

「無駄だ。どれほど策を弄そうと、もはや我には届かぬ」

 

「っ! や、やってみなくては……」

 

「死にたいのか?」

 

 威圧。二言を許さないほどの恐怖が勇者たちを襲った。

 魔王の魔力はどういうわけか増してきていた。その底知れなさに、足が竦む。

 完全に弱気になってしまっている勇者たちを見下すように視線を遊ばせた魔王は、口許に笑みを浮かべる。

 

「我は感謝しているのだ」

 

「感謝、だと?」

 

「そうだ。この満ち溢れるパワーは、他ならないお前たちのおかげで手に入れることができたのだからな」

 

 皮肉にもほどがある。

 自分たちが下に見られていることは明白だった。しかし、それほどまでに魔王は強くなっていたのだ。

 勇者は唇を噛む。見下されている事実に、なにより手出しができない自身の無力さに苛立っていた。

 

「お前たちは恩人だ。ならば礼をしなければなるまいと、我は舞い戻ってきた」

 

「礼……?」

 

「この戦、手を引け。そうすれば今回は(・・・)お前たちを見逃してやる」

 

「ふ、ふざけるな。僕たちは……!」

 

「ならばここで死ぬか? 実のところ、我はこの力を持て余していてな……試しに暴れてみたいとも思っているのだが」

 

 魔王は握りしめた手を愉快そうに見つめ、チラリと勇者を一瞥する。

 その瞳には絶対的な自信が宿っていた。

 緊張が走る。辛うじて理性を巡らせたエルフが、勇者の傍に寄って耳打ちする。

 

「……ここは引くべきです。私たちは無駄死にするために協力したのではありません。勝機がないならエルフ族(我々)だけでも手を引きますよ」

 

「……くそっ」

 

 分かっている。ここで戦えば、自分(勇者)諸共あっけなく全滅することだろう。

 苦汁の選択だった。

 しかし命には変えられない。魔王の気が変わらないうちに決断しなければならない。

 

「…………わかった。僕たちは撤退する」

 

「賢い選択だな、勇者よ」

 

「くっ!」

 

 勇者が条件を飲むと、魔王は失笑して背を向ける。

 ……が、思い出したかのように振り向き、

 

「いつもより饒舌に語っているのはパワーアップしたせいだから。ちょっと興奮してるだけだから」

 

 とだけ残して去っていった。

 

 その後、勇者は王国に戻り、国王に事の始終を話した。それは瞬く間に国中に広がり、国民を恐怖の底に陥れた。

 

 エルフ族はこれ以上の接触は不利益と判断し、人族との協力関係を取り下げて魔王国に対して緊張状態に入った。

 

 そして主の圧倒的なパワーアップを目にした魔王軍の士気は前例にないほどに高まり、魔王国は活気を増したのだった。

 

 誰もが魔王の変貌を恐れた――――その背景を疑いもせずに。




スーパー○イヤ人ではないです。


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苦難と魔王の覚醒―経緯1―

 魔王は側近にされるがままに玉座に座ると、言われるままに言葉を反復していた。

 

「我は極限の状態に死期を垣間見……はい!」

 

「我は……極限の状態に…………かいまみ」

 

「なんですか? 全然聞こえませんよ? もっとハキハキと、自信に満ちたようにキリキリと!」

 

「我はかいまみ」

 

「台詞忘れました? 省略しすぎてなに言ってるのかさっぱり分かりませんよ!」

 

 側近の横暴な態度に、魔王は怒るでもなくげんなりとしていた。

 そもそも感情の変化に乏しい魔王は、こんなことでは怒りはしない。

 面倒。それだけだった。意図もよく分からないことを延々とやらされて、そろそろ勝手に瞼が落ちてきて……。

 

「魔王様! お願いですから真面目に取り組んでください! 時間もありません、ここが正念場なんですよ!」

 

「我は……少年では……」

 

「おい寝るな! 寝るなこのポンコツがっ!」

 

「…………」

 

 思わず素が出てしまったことにも気付かずに主の肩を掴んで乱暴に揺するが、ここで魔王の強靭な肉体が裏目に出てしまった。側近の魔族とはとても思えない矮小な力では、いくら揺すってもゆりかごのような心地よさしか感じない。むしろ眠気を助長していた。

 

「……この国、終わった」

 

 気持ち良さそうに眠る主を見つめて、側近は呟いた。

 

 

□■□

 

 

 魔王城は大きい。弱肉強食を地で行く魔族の間では、強いものこそ正義なのだ。だからこそ、その権威を示すために魔王城は他国の城と比べても倍以上の大きさで設計されていた。

 魔王城に住み込みで働く者が一番苦労するのは、他でもない魔王城の構造だ。理由は様々あれ、どの職業でもそこに住むとなれば、始めの一週間は間取りを覚えることに費やされる。

 寝ても覚めても廊下を歩かされるその所業は、後にも先にも魔生最大の苦痛であると、魔族たちは語る。

 

 そんな多くの魔族を泣かせてきた赤い廊下を、ふらふらとさ迷い歩くものが一人。

 

「じきに攻めてくる……おしまいだ……逃げるんだ……」

 

 それは側近だった。魔王城の側近といえば、誰もが彼を連想する。性格と行動に難がある魔王を親身になって支えているのはその側近くらいのものなので、魔王に仕えるものであれば彼の存在は嫌でも記憶に残るのだ。

 四六時中魔王の傍にいる側近が一人でいるところは珍しいもので、時折すれ違うメイドからは奇異の眼差しを向けられていた。

 しかし今の側近には、そんな視線を気にかけている余裕はない。

 

「荷物をまとめて、台車を用意しないと……魔王様を運ばなければ……海に捨ててやる……くふふ」

 

 もはや狂気と言えるだろう。

 人とエルフの軍団が魔王国に攻めてくる。頼みの綱は熟睡していて目覚める気配はない。

 魔王軍がこの国に現れた時がリミットだ。敵は逃げ帰る魔王軍を追って構わず攻めてくるだろうから。

 

「あれ、側近じゃん。魔王様放ってお出かけとは珍しいね」

 

 体だけではなく視界までもふらつく中で、ふと前から声をかけられた。

 側近は腐敗した魔物(マミー)のように覚束ない動作でその人物を視界に入れると、不気味に笑う。

 

「側近? だれの? 魔王は死んだ」

 

「なに言ってるの……」

 

「なにって…………っ!」

 

 少女の困惑した声が側近の耳に入る。

 その瞬間、あやふやだった側近の意識が覚醒する。

 

「――ま、魔女!? どうしてここにいる! 幹部は戦地に赴いているはずだろう!」

 

「魔導師だよ! 二度と間違えるな! 紅茶と水くらい違うからな!」

 

「質問に答えろおおお!!」

 

 明らかに情緒不安定。落ち込んでいると思えば笑いだし、果ては怒鳴り散らす始末。

 強引に肩を掴んできて血走った形相で叫ぶ側近の姿に魔導師は唖然とする。普段の彼の姿からは想像できないものだったのだ。

 

「なになに、魔王様に当てられてついに気が狂った!?」

 

「貴様が戦線を離脱したら、敵が攻めてくるだろ!?」

 

「知るかよ! ワタシは魔王様を送るために帰ってきたの! 今ワタシだけ戻ってもワタシの魔法はエルフの魔法に相殺されるし、打つ手なしだよ!」

 

「そんな言い訳知ったことか! 今すぐ戻って一秒でも長く足止めをしろ! その間に俺は海を渡って無人島で狩り暮らしを始めるから!」

 

「バリバリ保身目的だし、もはや自発的な島流しだよそれ!」

 

 側近の支離滅裂な発言の数々に、剽軽者として通っている魔導師もさすがに煮えを切らす。

 掴まれた肩を乱暴に振り払い、彼女は側近に向かって魔方陣を展開した。

 

「いい加減に……しろ!」

 

「な、貴様、裏切るつも――」

 

 驚愕に顔を歪める側近を、眩い光が飲み込んだ。

 もともと戦闘が得意ではない側近は咄嗟に目を手で覆うことしかできず、なす術なく魔法を受けてしまった。

 側近は死を悟った。まさかこんなところに裏切り者がいたとは。魔王様に知らせる前に命を失うことが悔やまれる。……そう思っていたが、いつまでたっても意識が残っている。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……なんだ?」

 

「精神を制御したの。狂わす魔法があれば、正気に戻す魔法もあるさ」

 

 恐る恐る目を開けると、変わらず魔導師が目の前にいた。

 視界が冴え渡り、顰め面をした彼女の様子が側近にはひどく面白いものに見えた。

 

「いつも誰かを困らせている貴様が困り顔とは、滑稽だな」

 

「困らせたのは誰だ。……まあ、魔王様の敗退の件は分かるけど、それにしても動揺しすぎだよ。なにがあったのさ」

 

 魔導師に言ってもどうにもならない事だが、このまま一人胸の内に閉じ込めておくには荷が重いと思った側近は、バツが悪そうに口を開いた。

 

「いや、実はふと突破口を思いついたんだが、魔王様はそんのこと知らんと眠りについにてしまってな。魔王様なしではどうにもならないから、つい取り乱してしまったんだ」

 

「突破口……それってどういう?」

 

「魔王様は普段無意識に魔力を垂れ流しているだろ? それがある種のプレッシャーになっていたんだ。なら、自分の意思でもっと膨大な量の魔力を放出して、敵の前で『我は復活した! おまけに強くなった!』とか言えばビビるかなと思ったんだ」

 

「なるほど」

 

 子供騙しだ。少し考えれば分かる。

 こけおどしとしても下策極まりないことだが……しかし、それなりの演出を加えた場合、相手の心象はどんなものになるだろうか。

 魔導師は考える。本来彼女は“知識”を武器にする存在だ。“精霊”の力を借りるエルフ族の魔法とは違って、魔導とは学問であり、それを扱う者の実力は“知識”の量に依存する。

 魔王軍の幹部として魔王に一目置かれている彼女は、魔王国でも最高峰の頭脳を有しているはずなのだ。

 

「……魔王様がいなくても、実行できることはできる」

 

 その彼女があらゆる状況を想定し、自身の持ち得る全てを組み合わせ、一つの答えを導き出した。

 いつになく真剣な声音で呟いた魔導師に、側近はいささか狼狽する。

 

「い、いや、魔王様がいないとダメだって……」

 

「居ないなら、作ればいいじゃない」

 

「…………は?」

 

 魔導師の言葉に、側近は呆然とした。



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