もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら (しゃけ式)
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Main 1話

◇◇◇・・・時間経過

◆◆◆・・・視点変更&時間経過



 

 葉は赤く色づき、心地よい風が吹く。落ちる葉を見る度に季節の流れを感じる。そろそろ服装も見直さなければ、と考えるくらいには気温は下がっていた。

 

 

 三浦優美子──私は大学の後にあるバイトからの帰り道に、特にやることもなく街を歩いていた。バイト仲間は用事があると言ってすぐに帰り、他の大学の友達に当たっても時間が面倒臭いと言われ1人きり。

 

 時刻は午後7時頃、夜ご飯を食べるには丁度良い時間。一人暮らしの私はバイト終わりはいつも自炊していたが、面倒な時は惣菜や外食で済ますこともある。つまるところ適当にしているということだ。

 

 どうしようかと考えていると、これまた丁度おあつらえ向きに居酒屋が目に入った。この際だ、もうここに入っちゃえと思うのに長くはかからなかった。

 

 花の女子大生が1人で居酒屋なんてめっちゃもっさくね?とも思ったけど、どうでもいいやと考え直して入ることを決める。

 

 

 中に入ると、思っていた居酒屋とはイメージが違って驚く。もっと汚いかと思っていたら、案外綺麗じゃん。

 

 

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」

 

 

「1人です」

 

 

「生憎満席でして、相席ならばすぐにご用意させて頂きますが」

 

 

 相席……、正直あまり良いイメージはない。というか知らない人と飲むとか面倒臭いし。

 

 

「待つって、どのくらい?あと相席の人は何人ですか?」

 

 

「恐らく30分くらいかと…、相席の方は御一人様です」

 

 

「………んじゃ、相席で」

 

 

 嫌な顔をしながらもそう決める。別に待っても良かったとは思うが、この時はなぜか待たない方が良い気がした。

 

 

 

 ──それが、赤い糸を手繰り寄せた初めの一歩だったんだけど。

 

 

 

 案内されたところはふすまで仕切られた場所で、丁度2人ほどが入れるような狭いところだった。相席とは言ってたけど、よもや対面式だとは。本格的に二人飲みになりそうで、だが確かに友人ないしは恋人と来る分にはなかなか良いスペースである。

 

 これがおっさん相手だったら、てか男が相手だったらやだなあ…。

 

 

 恐る恐るふすまを開けると、残念なことに男が座っていた。見た感じは地味目で眼鏡を掛けており、顔は良く見えないが不細工ではないと思う。白が基調である黒のボーダーのTシャツに1枚羽織り、下はジーンズ。街ですれ違ってもほとんど気づかないような感じだ。あと多分同い年くらい。

 

 

「それではメニューが決まり次第お呼びください」

 

 

 案内した後は我関せず。店員は私が何かを言う前にそそくさと部屋を後にした。多分私が出ていくとか言うのを恐れたのかな。そんなことしないのに。

 

 

「あー、どうも。あーしのことは気にせず飲んでいてください」

 

 

 一応一言だけはかけておく。相手の男は声も出さずに首肯で答えた。別に話したいわけじゃないけど、ちょっと癪に障る。

 

 ここで嫌がらせのように話しかけるのは、私の悪い癖なんだろう。

 

 

「同い年くらいっすよね?あーしハタチなんすけど、何歳くらいですか?」

 

 

「…同じだ」

 

「ならタメで良いや。てかあんまり喋んない方が良い?」

 

 

 何気なく話しただけ。そこに他意は存在せず、至って普通の会話。ただここからは急速にその意味を変えていく。

 

 

 

 

「……お前、気付いてないのか。三浦」

 

 

 

 

「え?………もしかして、あんたヒキオ?」

 

 

 

 

 赤い糸の繋がる相手はヒキオ。これは運命を信じた2人の物語。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「何年ぶりくらいだっけ。2年くらい?」

 

 

「そりゃ卒業したのが2年前だからな。少なくとも俺はお前と会った覚えがない」

 

 

 気だるそうな話し方に回りくどい言い回し。私は高校生の頃からこの話し方が嫌いだった。

 

 

「てかあんたなんで1人で飲んでんの?まだ友達いないとか?」

 

 

「それはブーメランか?まあ友達はいねえけど」

 

 

「あーしは人が捕まらなかっただけだしセーフ」

 

 

 何がセーフなんだ……、と呟いてから水を飲む。今気付いたけど、ヒキオまだアルコール頼んでないじゃん。テーブルにはコップに入った水と砂肝しか置かれていない。

 

 

「とりあえずあーし頼むけどヒキオも生でいい?」

 

 

「ああ。あと言っとくが俺の手持ちは少ないからな」

 

 

「別に奢ってもらうとか考えてないし」

 

 

 言い方にイラついてつい棘のある言い方をしてしまった。しかしヒキオは気にした素振りを見せず、砂肝に舌鼓を打っていた。

 

 

 思えば私とヒキオはいつもこんな風な距離感だった。私が強い言い方で責めても、萎縮せずに自然体で答える。たまにキョドってたのはキモかったけど、知り合い以上友達未満というなんとも言い難い関係。

 

 ……あとなぜか隼人と仲が良かった。隼人は時折私には見せない顔をヒキオに見せていたし、2人の間に何か特別なものがあったのは言うまでもないだろう。気にならないかと言えば嘘になるけど、わざわざ聞く程でもない。

 

 そもそも、今では隼人とほとんど会っていないのだから。

 

 

 店員を呼び、生を2つとつまみを適当に頼む。本当は牛乳でもあれば良いのにな、と考えたが口には出さなかった。私はそんなに酒に強いというわけでもないので、用心することに越したことはないからね。

 

 

「なあ、お前(けむり)って大丈夫か?」

 

 

「へ?…ああ、煙草?別に大丈夫だけど」

 

 

 反射的に答えると、ヒキオはそうかと短く答えておもむろにカバンから煙草を取り出した。一本手に挟んでから、付けていたペンダントを煙草に近づけて火をつけた。

 

 

「なんか洒落てるもの使ってんじゃん」

 

 

「平塚先生いただろ?あの人が誕生日にくれたんだよ」

 

 

 まるで土星を模したようなそのペンダントは、およそ地味目な服装をしたヒキオには不釣り合いで、かえってそれがペンダントを一際目立たせていた。

 

 

 煙を肺に入れてから一気にはき出す。ヒキオは私に気を遣ってか上を向いて出していた。

 

 

「てかその煙草の匂い甘っ。そんなんあるんだ。なんかアイス?というかカステラっぽい」

 

 

 私の想像していた煙草はもっとタバコタバコしたものだったため、つい口にしてしまった。

 

 

「人生が苦いもんなんだ。煙草くらい甘くさせてくれ」

 

 

「それコーヒーの時にも言ってたっしょ?」

 

 

「なんで知ってんだよ…」

 

 

 ふう、とため息をつきながら煙草を灰皿の上に置く。机に投げ出されている煙草の箱を見ると、シックな色に白でPeaceと書かれていた。直訳で平和。かつて1度だけ隼人から聞いたヒキオの行動原理には、悲しいほど合致している気がした。Peace(平和)を吸い自らの体を滅ぼす。どこまでも皮肉が効いている。

 

 あの時は半信半疑で、正直今も疑いがないわけではないが、パズルのピースがはまった感覚が残った。

 

 

「あ、そうそう。別に煙がかかることくらい気にしんくていいしね」

 

 

「そりゃありがたい」

 

 

 とは言いつつも少し横にずれてから前にはく。これ以上言うのは野暮だと思ったので何も言わなかったが、一つだけは言っておくことにする。

 

 

「煙草はマジで体に悪いから気付けな」

 

 

「ああ……。そういやお前オカン属性あったな」

 

 

「誰がオカンだし」

 

 

 店員が入ってきて、さっき頼んだものを置いていった。ようやくアルコールにありつけるかと思うと、意外とヒキオと話していたんだななんて感じた。高校生の頃ならこれほど話が続くとも思えないし、その意味ではお互い大人になったってことなのかな。

 

 

 私が生の入ったジョッキをかざすと、ヒキオはそれを不思議そうな目で見ていた。

 

「え?乾杯しないの?」

 

 

「むしろなんでするんだ。別にめでたくないだろ」

 

 

「こういうのはノリだから!はやく!」

 

 

 なみなみ入ったジョッキはなかなか重く、ずっと掲げているには辛いものがある。

 

 

「お、おお…。これが“ノリ”な。なるほど」

 

 

 じゃあ、と言いヒキオもジョッキを掲げる。私の乾杯!の音頭でお互いのジョッキがぶつかり合い、キン、と綺麗な音を立てた。

 

 私は普通に飲んだが、ヒキオはいい飲みっぷりで半分以上はなくなっていた。

 

 

「あれ、こういうのって一気にいける所まで飲むのが礼儀なんじゃねえの?」

 

 

「もしそんなのが礼儀ならアル中で死ぬ人が倍増するし」

 

 

「なるほど。他には何かないか?」

 

 

「他?」

 

 

「ノリのことだよ。知ってて損は無いだろ」

 

 

 ヒキオがノリについて勉強…?コイツのことだし、覚えたところで意味無いとは思うんだけどなあ。この調子なら友達なんてできそうにないし。

 

 

「…ま、強いて言うなら勧められた酒は断らないことかな。断られるとなんか盛り下がるし」

 

 

「なるほどな」

 

 

「どしたん、別にあんたが覚えたところで使う機会ないっしょ」

 

 

「………」

 

 

「?」

 

 

 どこか言いにくそうな、微妙な顔付きをしてヒキオは閉口していた。

 

 

「実はな、なんか飲みに誘われた」

 

 

 それだけ言うと残っていたビールを飲み干し、そっぽを向く。

 

 でも何で飲みに誘われたのことがばつが悪いのだろうか。別に恥じらうことではないし、まして嫌がることでもない。それ自体に行くのが面倒臭いというのはあるだろうが、だからと言って伝えるのまで嫌にはならない。

 

 ……そのタイミングでヒキオは1人呑みをしていた。ああ、なるほどね。

 

 

「練習してたんだ。可愛いとこあんじゃん」

 

 

「飲みなんてほとんど行かないからな。てか可愛いとか言うな気色悪い」

 

 

「あんたがね」

 

 

「……ごもっともで」

 

 

 そこで会話は途切れ、ヒキオは2杯目を頼もうと店員を呼んだ。ついでに私の分も頼んでもらった。

 

 

「ねえ、話戻るんだけどそのペンダントマジでカッコいいね。ちょい見せてみ?」

 

 

 ヒキオは嫌がりもせず首から外し、私に手渡した。やはり見ただけでも高級なものだとわかるような、少なくとも私ら学生には手が出ないようなものなのは確かだ。これを生徒にあげるっていいのか先生……。

 

 試しに付けてみると、女の私にはあまり似合わないように感じた。アクセントとしてはいいかもしれないが、別段自分から付けていこうとは思わないレベル。

 

 

 けど、なんとなくこの重さはしっくり来た。

 

 

 ヒキオに返そうとペンダントに手を掛けると、丁度同じタイミングでちょいトイレ、なんて言ってから部屋を出ていってしまった。私は外すタイミングを失い、戻ってきてから渡せばいいかと手を戻した。

 

 

 あーしもなんか付けよかな。そう思うくらい、この重さのフィットする具合は良いものだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「でさぁヒキオ、そん時その男がさ!!」

 

 

「お、おお。というかその前に。お前、時間大丈夫か?そろそろ10時回るぞ」

 

 

「え、嘘!?マジじゃん!」

 

 

 あれから2時間は話しただろうか。ほとんどは私の愚痴で、あとはお互いの近況くらいを飲みながら話し続けていた。

 

 アルコールも相まって、いつもより饒舌に語っていた気がする。あんまし覚えてもないけど。

 

 

「そろそろ帰るか」

 

 

「…わかった。はい、あーしの分」

 

 

 適当に3000円程机に置くが、ヒキオはそれを受け取ろうとせずに顎を触っていた。

 

 

「やっぱいいわ。ここは俺が払う」

 

 

「へ?まあ奢ってくれるんならありがたいけどさ。あんた持ち金少ないんじゃなかったの?」

 

 

「こんくらいならなんとかなる」

 

 

「……もしかして、これもノリを意識してる?」

 

 

「うるせえ」

 

 

 図星。得意になった私は笑みを浮かべそうかそうかとヒキオの肩を叩いていた。

 

 

 

 支払いが終わり外に出ると、刺すような冷たさが身体を襲った。思わず身震いし、ヒキオが風上に行くように隠れた。

 

 

「なんだよ急に。…うぅ寒ぃ」

 

 

「風よけ。こっちもクッソ寒いし」

 

 

「そうか。それとお前も電車か?」

 

 

「うん」

 

 

 それだけ聞くとヒキオは歩き出した。しきりに手を擦り合わせながら歩く姿は滑稽に映り、見るに耐えなかった私は何かカイロなり適当なものを渡せるかカバンを探す。

 

 

 ……手袋。でもワンセットだと遠慮しそうだなあ。

 

 

「ヒキオ」

 

 

 そこで思いついた一つの案を提案するあたり、私も多少は酔っていたのだろう。

 

 

「手袋片っぽだけ貸すから、はい」

 

 

 左手用の手袋を渡し、その後左手を差し出す。既に私の右手には右手用の手袋をしてある。

 

 

「片方だけ…?…と、この手はなんだよ。金でもとんのか?」

 

 

「アホかっつーの。あーしは左手が寒いし、ヒキオは右手が寒いっしょ?なら手、繋げばいいじゃん。ん!」

 

 

 再度左手を突き出す。ヒキオは手持ち無沙汰な右手を虚空で動かしたが、観念したかのように私の手をとった。

 

 

 ……意外と暖かい。月並みだけどゴツゴツもしてるし、やっぱり男の手って感じがする。

 

 

 手袋をシェアして手を繋ぐ。傍から見れば完全に恋人同士であり、それを意識した途端少し顔が熱を帯びた。条件反射のごとくヒキオの顔を見上げると、彼も少しだけ赤くなっていた。酔いのせいなのか、はたまたは別の理由があるのか。

 

 駅への道中、気恥しさのせいで私は最後まで聞くことができなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 無事家に辿り着き、ベッドへ服も脱がずにダイブする。

 

 

「痛っつ!なに!?」

 

 

 胸の辺りに何か打ち付けられたような痛みを感じ、飛び上がって確認する。そこにはあまりの自然さにより今の今まで気付かなかったものがあった。

 

 

「あーしヒキオのライター持って帰ってきてんじゃん…、てか連絡先も聞いてないから返せないし。……まあいいや、どうせどっかで会うでしょ。寝よ」

 

 

──またどこかで会う。そんな根拠もないただの直感を、その時の私はなぜかまるでそれが必然かのように感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話

 俺のライターが消えてから3日後の朝。俺はいつもよりスッキリした頭で覚醒した。

 

 頭が冴えているのは禁煙(強制)の賜物なのか。恐らく三浦が間違えて持っていったであろうライター以外で煙草に火をつけるのがなぜか躊躇われたため、俺は絶賛無駄に禁煙中なのである。

 

 

 三浦に言われたからではない。断じて。

 

 

 ……ああ、いかんな。煙草のことを考えたら吸いたくなってきた。だけどコンビニで安いライターを買うのは、なんか負けのような気がする。

 

 ただ勿体ないんだよ。そう、勿体ない。カートン買いしたPeaceが寂しそうにこっちを見てるからな。そろそろ口付けくらいしてやらないと目覚めないだろ?身を焦がすほど俺のことが好きみたいだし。

 

 

「由比ヶ浜にでも連絡先聞くか」

 

 

 一人暮らしのため独り言を言っても引かれない。その代わり独り言は増えたけど。

 

 簡単にだけ由比ヶ浜に伝えて、重い体にムチを打ち洗顔しに行く。この時期は寒いけど眠気を取るのには丁度いいからな。

 

 

 

 

 

────

 

From.ヒッキー

 

 

三浦の連絡先を教えてくれ。多分確認とかいらねえからよろしく。

 

 

────

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 さて、由比ヶ浜の鬼のような着信履歴と一通のメール(恐らく三浦のアドレスだと思われる)を華麗に無視して、いやまあ無論後で返事はするけども、今日はそれ以上に大事なことがある。

 

 

 お友達(仮)との飲み会だ。今日の講義が終わってから、夜の6時半に最寄り駅集合。人数は俺を含め男4人。

 

 妄想の大学生活ではこんなむさくるしい字面の飲み会なんてなかったが、そうでなくともこの飲み会は大学生になって初めての飲み会だ。多少浮かれてしまうのも無理はない。はず。

 

 

 どうせ男だけの軽い感じの飲み会だ。今から緊張してどうするんだとも思う反面、どんな話のネタを持っていくか必死に考えている俺もいる。

 

 ぼっちネタ…は引かれるし、アニメネタなら…いやいや、相手がサブカル嫌い系男子だったらどうすんだよ。

 

『え、比企谷そういうの好きなの?見た目通り〜(笑)』

 

『どうりでキモいと思ったわ〜(笑)』

 

 想像しただけで死にそうになる。やめろ俺。ネガティブな発想を捨てるんだ。

 

 

 ……まあ話のネタに関してはおいおい考えるか。とりあえずは相手の話に合わせて、その場のノリについていく。酒は勧められたら断らず、最初には乾杯。あとは……、あれ?よく考えたらあいつほとんど教えてくれてなくね?残ってんのは金払うだけ?もしかして俺財布になりに行くのか?

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 時は流れて時刻は午後6時15分。場所は最寄り駅から近い本屋の中。本当は今日そいつらと出会ったときに「飲み会までどっかで遊んでいかね?」とでも言えたらよかったのだが。残念なことにそれが言えるならば大学に来てまでぼっちにはなっていない。

 

 

「あれ?比企谷くん?」

 

 

「へっ?!」

 

 

「あ、やっぱ比企谷くんじゃん。こんなとこでどしたん?…って、あれか。時間潰してたんだよね」

 

 

 誰だこのチャラい茶髪男…、じゃねえわ、今日の飲み会相手だ。そいつの後ろには残りの2人も立っている。おおよそ俺の適当な服装とは異なり、3人ともガチガチに着飾っている。

 

 俺も考えたけど、男だけなのに1人だけ勝負服とか恥ずかしくて死ねるだろ?つまるところ安牌を選んだら意識していなかった他家にアガられたというわけだ。

 

 

「お、おお。そろそろ向かおうかと思ってたんだ」

 

 

 手に取っていた本を置き、そいつの方へ向く。そのまま場所へ向かうのかと思いきや、ノータイムで茶髪が俺の持っていた本を手に取った。

 

 

「へえ、比企谷くんってこんなの読むんだ。普通の本じゃん」

 

 

 普通の本じゃないってどういうことだよ。いきなり多方面に喧嘩を売ってんじゃねえか。

 

 

「なんかラノベ?とか読むと思ってたわ〜」

 

 

 あははは、と後ろのやつが茶化して3人で笑う。あいつらの中ではラノベが普通の本じゃなく、俺はそれを読むやつだと思われてたんだな。

 

 残念ながらラノベも読みます。今はたまたま見てなかっただけです。

 

 

 俺の中でこいつらの評価を下方修正しながら、そろそろ(くだん)の場所へ向かうとのことで、やっとか内心ため息をつきながら本屋を出た。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「ここ…?」

 

 

「そうだけど、何か問題でもあった?ここバイト先とか?」

 

 

「いや、そんなことはないんだけどな…」

 

 

 いつぞやの居酒屋。さらに言うなら3日前に行ったばかりの、2年ぶりに三浦と再会した居酒屋だ。

 

 偶然だろうが、俺はこの居酒屋には変な縁があるのかと適当に考えて中に入った。

 

 

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

 

 

「8人です。予約してた比企谷ですが…」

 

 

 勝手に俺の名前使ってんじゃねえよ。てか俺の名前使う方が面倒くさいだろ。一応珍しい名字に入るわけだし。

 

 

「ああ、はい。ではこちらへどうぞ」

 

 

 連れられるままに歩く。着いた場所は前にいた狭い2人席などではなく、大きく開けた宴会用の席だった。軽く見積もって10人くらいは入るだろうか。

 

 

「広すぎないか?」

 

 

 ついそう聞いてしまうくらいには、場違いな広さだった。

 

 

「え?まあ相手含めたらこんなもんじゃね?それともあれ?狭い方が女の子とくっつける的な?比企谷くんも案外やらしいじゃん!」

 

 

「……待て待て、俺ら4人じゃないのか?」

 

 

「そりゃまあ、合コンだし」

 

 

「え」

 

 

「言ってなかったっけ?ごめんごめん!だって比企谷くん見た目はカッコイイから相手喜ぶと思ってさ」

 

 

 なんの言い訳にもなってねえよ。てか見た目()ってクソ失礼だな。それよりも合コンて……っつかツッコミどころが多すぎて処理しきれねえ。

 

 そういやこいつらいつも4人組なのに今日はなぜか3人か。つまり俺は数合わせに使われたってことかよ。まあ下手に幹事とかやらされるよりはマシか。

 

 

「ちなみに相手の人数は?」

 

 

「4人。てかさっき8人ですって言ってなかったっけ?」

 

 

 言われてみれば…、いや覚えてねえわ。そん時は比企谷ですの印象が強すぎる。

 

 

「おっ、そろそろ着くみたいだぞ!お前ら服装直しとけよ!」

 

 

「言われなくとも、てかお前こそ髪の毛直したら?めちゃくちゃ外ハネしてるぞ!」

 

 

「うっせえファッションだよ!」

 

 

 やいのやいのと騒ぎ出す3人。これは俗に言うところの内輪ノリというやつだろうか。楽しそうではあるが、あそこに入りたいかと言われると閉口せざるを得ない。手持ち無沙汰(この場合は口無沙汰か?)な俺は、気持ち整える程度に髪の毛を手で触った。別にワックスやスプレーなんて洒落たもんは使ってないから本当に触っただけだが。

 

 

 

 ノックが聞こえると、それまで鏡やら櫛やらと騒いでいた3人はそれらをすぐさまカバンに直し、どうぞと茶髪が言う。

 

 

「こんにちは〜、今日はよろしくねー!」

 

 

 黒髪、茶髪、金髪1、金髪2と個室に入ってくる。いかにも女子大生ですと主張する姿に、思わず目をそばめた。

 

 

 ……てか嘘だろ、なんでここにいんだよ。

 

 

「え、ヒキオ!?ウッソなんでここにいんの?!」

 

 

 いつもの金髪縦ロール(名前は違ったはずだが、もう忘れた)にギャル系の服装、極めつけは胸に下がっている俺のライター。間違いなく3日前に出会ったばかりの三浦優美子だ。

 

 

「あれ、優美子知り合い?いいじゃんカッコイイ人じゃん!」

 

 

「んなの見た目だけだし。あ、あとこれ。前間違って持って帰ってたからさ、返すよ」

 

 

 首に掛けていたライターを外して俺に渡す。俺はああとだけ言ってそれを受け取り、首に掛ける。やっぱりこの重さは落ち着くな。

 

 ふと隣を見てみると、俺の左にいる3人は何が起きているのかわからず唖然としていた。そりゃぼっちだと思っていたやつが合コン相手のリーダー格思しきやつと知り合いなら、困惑もするわな。多分それ以上に俺の方が困惑してるけど。

 

 

 ……変に縁があるのはこの店じゃなくてこいつ(三浦)か。

 

 

「と、とりま座ってよ!まずは自己紹介から、ね!」

 

 

 促されるまま4人は座り、自己紹介が始まった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「へえー、じゃあ三浦さんは比企谷くんと同じ高校だったんだ」

 

 

「そ。そんで一昨日くらいにここで出会ってライターを間違えて持って帰ってしまったってこと。あーしとヒキオにそういうのはないから」

 

 

 自己紹介を終えると、早速私とヒキオの関係について聞いてきた。疑る一同には本当に何も無いとしか言えないのだが、せめてもの代わりとして出会った経緯とこの前のことを話した。女友達はなあんだとテンションを収め、男どもも同じくなんだと息をつく。

 

 大方ぼっち臭いヒキオがなんで私と知り合いなのかと勘繰っていたのだろう。ほんと浅はかだね。

 

 

 どうでもいいが、相手の中にいる茶髪のやつは若干だけど隼人に似ている。爽やか系の顔にみんなをまとめようとする行動力。

 

 あとは、どこか滲み出る偽善臭さ。

 

 

「じゃ、ちょっとだけお花摘んでくるね?」

 

 

「はーい。了解でーす」

 

 

 取り巻きその1が答えるなり、私たちは部屋を出た。花?摘む?などと1人疑問を持つヒキオに説明したくなったが、置いていかれそうになりやめた。まあ誰か説明してくれるでしょ。それこそ爽やか茶髪辺りがね。

 

 

 

 

 

「ね、誰が良さげ?」

 

 

「まだ何とも言えないけど、見た目だとやっぱ比企谷くんじゃない?あと茶髪の人」

 

 

「名前くらい覚えてあげなよ〜。優美子は?」

 

 

 トイレでの会話。合コンの初めに女がトイレに行くと、しばしばこういった会話が始まる。

 

 

「あーしは特に。別に今日だって来たくてきたわけじゃないし」

 

 

「そう?優美子可愛いのに勿体ないなー」

 

 

「じゃあさ、あたし比企谷くん狙っていい?」

 

 

「「おおーっ!」」

 

 

「…え、マジで?」

 

 

 思わぬ発言につい聞き返してしまう。高校ではぼっち筆頭だったヒキオが、まさか合コンで狙われる対象になるとは。確かに顔は整ってるとは思うけど、それにしたって………、ねえ?

 

 

「うん。優美子が行くんならやめるけど、ダメ?」

 

 

 上目遣いでそう聞いてくる。

 

 

「女が女にやってもイラつくだけだっつの。あと別にいいから、あーしに確認とかいらないし」

 

 

 元々彼氏でもなんでもないし。様式美だとはいえ、少し癪に障った。

 

 

 ──それがどんな意味を持つのかは、その頃の私には見当すらつけていなかったけど。

 

 

 その後は誰が誰を狙うかしっかりと話し合い、トイレを後にした。ちなみにあーしは適当にやり過ごす係。男から狙われない程度に、適度に会話に参加するといった暇な係である。

 

 

 

 

 

「お、帰ってきた?とりあえず全員分の生注文しといたし、他にいるものがあったら言ってね」

 

 

 帰ってくるなり茶髪が早速気が利きますよアピールをする。この辺りの透けて見えるところが隼人と違うところだね。

 

 

「ねね、席替えしない?ずっと男対女の構図じゃ深まる仲も深まらないし!」

 

 

「いいじゃん、やろっか!割り箸はこっちが持ってるし、どんどん引いて!」

 

 

 やだ〜、エッチなこと考えてるでしょ〜。なんて言うが3人は本心ではウェルカムに違いない。こういうのであーしが当たってしまうと、この3人はすかさず助け舟を出す。それが傍観係の唯一の旨みであり、また4人の安寧のためでもある。

 

 

 引いた先はヒキオの隣であり、私が端っこだ。あーしの向かい側は茶髪で、ヒキオの反対の隣は先ほどヒキオを狙うと公言したあの子だ。

 

 

「比企谷くんって煙草吸うんだよね?なんかいがーい」

 

 

 早速話しかける。行動の速さは多分4人の中で随一だろう。

 

 

「え、あ、まあ。最近は3日だけ禁煙してたけど」

 

 

「禁煙?なんで?」

 

 

「えっと、あの。三浦にライター取られてたから…」

 

 

「なんかあーしが悪いみたいじゃん。随分偉くなったし?」

 

 

「元は間違えて持って帰ったのが原因だろ」

 

 

 ガチガチのヒキオは、私が小突くと途端に柔らかくなった。ちょっとだけ頬が緩む反面、向かい側が怖くなったりもした。

 

 

「もー、比企谷くん優美子にだけ打ち解けすぎ〜。もっとあたしとも話そ?」

 

 

 先ほど私にやった上目遣いを披露。また(ども)りながらもおうとだけ返したヒキオには、まさにてき面であった。

 

 

 

 

 それから私たちは思い思いに話し、頃合かと思ったのか茶髪が先ほども使った割り箸を出して王様ゲームをしようと言い出した。気落ちを隠せずにいたのか、斜向かいの友人に目で注意されてしまった。

 

 古いからこそ愛される。確かに距離を縮めるにはもってこいではあるんだけどね。

 

 

「「「王様だ〜れだ!」」」

 

 

 あ、私が王様。まずは一安心かな。

 

 

「じゃあ3番があーしの生頼んで。あ、足りない人の分も頼むね」

 

 

「え、ああ、うん…」

 

 

 どんなのが来ると思えば、期待はずれもいいところの内容が来て落ち込む取り巻き2。合計3つ頼んでから、ゲームは再開された。

 

 

「「「王様だ〜れだ!」」」

 

 

「お、俺か。なら1番は隣の人と手を繋ぐ!あ、繋ぎたい人の方でいいからね〜」

 

 

 結構えぐいのぶち込んでくるなこいつ…。別に内容自体は軽いものだが、繋ぎたい方という言葉だけで(くらい)が跳ね上がる。

 

 

 そんな可哀想な奴は誰かと思えば、なんてことはない。近くにいた。

 

 

「……俺か」

 

 

 呟くヒキオに思わず隣のやつはえ?え?マジ?などと色めきたっている。この場合ならこいつの性格上……。

 

 

「三浦。ん」

 

 

 案の定私に右手を差し出す。やっぱりと思う反面、ヒキオの隣が怖いから若干ビビる。

 

 

「一応聞くけど、なんで?」

 

 

 針のむしろであるヒキオに一応蜘蛛の糸を垂らす。飛びつかないなら飛びつかないでいい。船ほど高尚なもんじゃないし。

 

 

「え。……まあ、利き手が右だから?」

 

 

「あっそ。まああーしもなんも思わないから別にいいけど」

 

 

 言うなり出された手を握る。そういえば3日前も手を繋いだな、なんて思い出す。あの時とは差し出す相手が逆だな、とかそんな適当なことを考えていた。

 

 

 ……はずなのに。

 

 

「あれ、三浦さん顔赤くね?もしかして意識してた?」

 

 

「は、はぁ!?んなわけないし!!」

 

 

 急激に顔へ血が昇り、勢いに任せて手を引く。ヒキオはなんともないようだったのが余計腹立つ。1発腹にグーを入れてから、次だと催促する。

 

 

 

 ……いやマジで、意識してるとかそんなんないから!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よう実最新刊読みました。新刊とか読むとそのタイトルを書きたくなる症候群どうにかしなきゃ…。


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3話


今更ですが、作者はオリキャラを出すのが好きではありません。展開上やむなくだすことはありますが(今回みたいに)、名前は極力つけないようにしています。つけるとしてもモブネームとかですかね。名字だけとか。





 それからも王様ゲームは続き、一段落ついたのはそれから20分くらいした後だった。

 

 

「ごめん、ちょっとトイレいい?」

 

 

 茶髪がそう言って席を立つと、余っていた取り巻き2人もコバンザメのように追いかけて行った。取り残された俺はどうしたらいいんだよ……。

 

 

 仕方なく残っていたビールに口をつけ、煙をはく要領で息をつく。煙草を吸い始めてからついた癖だ。

 

 ……無言が続く。どうしようか悩んだ挙句、とりあえずこの場を離れることが最善だと考えた。

 

 

「すまん、ちょっと外で煙草吸ってくるわ」

 

 

 立ち上がり歩き始めてから言い残す。ライターは首に掛けてるし、ピースもポケットに入れてある。そのまま個室を出ようとすると、思いもしないところから声が上がった。

 

 

「ね、あたしもついて行っていい?あたし人が煙草吸うところ見るの好きなんだ〜」

 

 

 俺の左隣のやつがそう言って立ち上がる。別に断る理由もないので首肯だけして、ふと三浦の方へ視線を向ける。

 

 1人でスマホをいじっているようだったので目は合わず、声をかけるともなしに俺と隣のヤツは外へ出た。

 

 

 

 

 

 肌寒い空気がまとわりつく。こんなのに抱きしめられても冷える一方だな、とかくだらないことを考えながら煙草を取り出す。てかなんでライターはつけても暖かくならないんだろうな。寒さは増すばかりである。

 

 

 ゆっくりと煙をはく。この場合は吹くといった方がいいだろうか。3日ぶりに味わう煙は想像以上に感慨深く、体の芯から落ち着いていくのが感じられた。

 

 

「比企谷くんってさ、今彼女いる?」

 

 

「…ああ」

 

 

 そういや、こいつの存在を忘れていた。煙草を吸う時はいつも1人で、ともすれば他のことも1人ではあるが、ともかく意識すらしていなかった。

 

 

「え、いるの!?」

 

 

「ん?ああすまん、彼女はいないぞ」

 

 

 彼氏なんてもっといないがな。言わないのは言わずもがなではなく、ホモの発想すらこいつみたいな人種はないと思ったからだ。

 

 

「そっか。……ねえ比企谷くん」

 

 

「?」

 

 

「月、綺麗じゃない?」

 

 

 言われて見上げると、雲間には半月とも言えない中途半端な月が鎮座していた。

 

 

 肺に溜まった煙をかざすように吹きかける。一瞬曇る月に美しさは感じず、ただそこに“ある”としか思えなかった。

 

 

「俺に情緒はわからん」

 

 

 濁すことしか出来ず、その返答に不満を持ったのかそいつはそうとだけ短く答えた。

 

 

 そしてまた静寂が訪れる。もしも相手が三浦ならば会話は続くのだろうか。そう考えるくらいには、あいつとの会話は自然なものに感じられた。

 

 

 ……まあ、アルコールのせいだったかもしれないがな。

 

 

 このまま2本目に突入しようかと再度ポケットに手を突っ込むが、ついてきていたやつが寒そうにしていたのでやめた。いくら自分から来たとはいえ、これ以上待たせるのには抵抗がある。

 

 

 戻ろうと踵を返すと、服の端をつままれた気がした。

 

 振り向くと案の定、若干俯きながら何かを言おうとしていた。

 

 

「ね、ねえ比企谷くん。…連絡先、交換しない?」

 

 

 かじかんだ手を重ね合わせながら、間にはスマホが握られていた。

 

 

 これは狙われていると考えていいのだろうか?正直数合わせに使われただけなので無理にそんなことはしたかなかったのだが、逆に断れるかと言うと俺にそんなレベルの高いことは無理だった。

 

 

 結局俺は頷くしかできず、なすがままに連絡先を交換した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「お、戻ってきたね!じゃあ続き始めよっか!」

 

 

 私の前の茶髪はヒキオ達が帰ってくるなり、そう提案した。ヒキオはなんともなさそうだが、あいつが妙にほくほく顔なのが少し気になった。さては連絡先でも交換したのだろうか。

 

 

 お決まりのコールがなされると、今度はヒキオが王様になったようだ。今日は初めて王様をやるので(そもそもヒキオの人生の中では王様ゲーム自体が初かもしれないが)、若干戸惑っているように見えた。

 

 

「あんま緊張しなくても、適当にしたらいいよ」

 

 

 私がそうアドバイスすると、ヒキオはすまんとだけ言ってから命令を下した。

 

 

「じゃあ2番は残ってるアルコールを一気飲みで。もちろん自分のだけな」

 

 

 当たった2番の取り巻き2はえ〜、比企谷くん結構えぐいね〜なんてぼやきながらも飲み干した。元々残り少なかったからとはいえ、確かにえぐい。

 

 

 意図せずだろうけど、こんな命令したら過激化するに決まってる。とりあえずは水面下でさぐり合いをし、どこかで均衡が崩れたら一気に攻める。崩すには充分の命令だった。

 

 

 王様だーれだ、あ、俺?ラッキー!

 

 

 茶髪が1人で騒ぐ。そのラッキーの意味は果たして王様になれたからなのか、問い詰めたくもなったが下手に口は挟まない。というよりも、流れを作れるからだと言わなくても透けているからね。

 

 

「じゃあ1番と4番が、ポッキーゲームで!俺丁度ポッキーもってるし!」

 

 

「は、はぁ!?それすんの?!」

 

 

「あれ、三浦さんもしかして当たっちゃった?」

 

 

 下卑た笑を浮かべる茶髪に取り巻き1、2。

 

 

「いや、まああーしは3番だけど…」

 

 

 ヒキオが蒼白になった時点で察しはつく。盗み見ると割り箸には4番と書かれており、残る1番は誰かと見渡すと存外あっけなく見つかった。

 

 

「うっそ、マジで…?ちょーラッキーじゃん…!」

 

 

 当たったのは例のヒキオ狙いを公言したあいつ。嬉しさを隠そうともせず噛み締めていた。

 

 

 ……なんでだろ、ほんの少し。ほんの少しだけ胸にもやがかかる。

 

 

「…なあ、これマジでやらなきゃダメなのか?」

 

 

 さすがにこれは冗談では済まないと感じたのか、ヒキオは茶髪に尋ねた。しかし答えなんて。

 

 

「そりゃ王様の命令は絶対だし?臣民は王の前にひれ伏せ!なんてね〜」

 

 

 ケラケラと笑う3人組。机を叩いて黙らせたい衝動に駆られるが、断行するほど子供ではない。

 

 

「じゃあ……、しよっか?」

 

 

 まさに水を得た魚。ここで落とすと言わんばかりの意気込みに、私は大きなため息をつく。

 

 

 別にヒキオなんてどうでもいいし、なんであーしがこんな思いをしなきゃいけないのさ。

 

 

 無理に納得をさせて、顛末を見守る。

 

 

 

 

 ──それが出来れば本当に大人だったのにね。気付いたら私は両手で机を叩いていた。

 

 

 

 

 驚く一同に物怖じせず見返す私。それが不審の目に変わるのに時間はいらなかった。

 

 

 

 隣で息をつく音が聞こえる。まるで煙を吐くような仕草に、一瞬だけ目が奪われた。

 

 

 そして次の行動に私は一瞬以上目を奪われざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「はあぁぁ………、やっぱ王様ゲームとかくだらねえわ。なんで好きでもないやつとこんなことしなきゃダメなんだよ。大体俺数合わせに使われただけだろ?てか三浦、お前が1番しらけたわ。場の“ノリ”を考えろっての。………帰るわ」

 

 

 

 

 

 全員が唖然とする中、ヒキオはおもむろに立ち上がり5000円札を机の上に置いて部屋を出ていった。

 

 強ばった空気が解けるのは、それから少ししてからだった。

 

 

「……何あれ、マジで意味わかんないんですけど」

 

 

「超最悪。なんか冷めちゃった」

 

 

 その後は男勢からもヒキオの悪口が出てき、男女は悪い意味で盛り上がっていた。

 

 

「ね、優美子もそう思うでしょ?あれはないって!!」

 

 

「…え?まあ……、かな」

 

 

 しどろもどろになりながら、かろうじて返事をする。

 

 

 

 ……これが前に言ってたやつなんだよね、隼人。現に私は非難されてもおかしくなかったのに、今は完全に被害者扱いだ。

 

 

 

「ごめん、ちょっと帰るわ。金はまた今度返すから」

 

 

 鞄を持って個室を飛び出す。もう後ろ姿すら見えないヒキオを、どうしてか私は見つけられると確信しながら走り出していた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「とは言ったものの、どこに、いんのさ……、はぁっ」

 

 

 髪は乱れ、息は切れ、汗で濡れる。あれから1時間は走り通しで探したが、見つからない。

 

 

 

 やっぱり小説みたいに都合良くはいかない。わかっていたはずなのに、どこか期待していた自分がいた。

 

 

 

 人のいそうな場所、具体的には駅や繁華街など行ける場所は行き尽くしたのに、影すら見当たらない。泣きそうになる心を抑えてまた走る。

 

  

 残ってるのは人通りの少ない路地や川沿いの道だけ。確率で言うとさっきよりもぐんと下がるが、探さないよりはましだ。

 

 

 ──なんでこんなにムキになっているんだろう。そんな疑問すらその時は湧いていなかった。

 

 

 

 

 住宅街を抜け、路地を抜け、残る河川敷に着く。ここがダメならもう諦めるしかない。

 

 

 ここは開けた場所なので辺りを一望できる。見渡す限りに人はおらず、再度見直すがやはりいない。

 

 ここまで来て見つけることが出来ない。そう思うと急に力が抜けてへたりこんでしまった。

 

 

 涙が溢れる。その理由は苦労が報われなかったからか、見つけることが出来なかったからか、単に疲れたからか。

 

 

 それともお礼と文句すら言えない惨めさからか。

 

 

 かつて結衣が言っていたことを思い出す。ヒキオはその後の相手の気持ちを考えずに助けてしまう。例えそれが自分を傷つけることになっても、かえりみず。

 

 

 その時の私はなんて思っただろうか。多分だけど、そんなのただのキザ野郎じゃんとかじゃないかな。そんなのに熱を上げる結衣はどうかしてるとまで思った。

 

 

 だけど話を聞くのと実際に体験するのでは嫌でも違いを思い知らされる。結果論だけを見れば総合ダメージ量は最も少ない。最大多数の最大幸福というやつだろうか。

 

 

 けど幸福のあとのダメージは?あんたが傷つくことで受ける私の傷は?

 

 

 答えなんて出ない。ヒキオに逢えないのが、まさかこんなに辛いとは夢にも思わなかった。高校生の頃の私に教えても全く信じないだろうね。

 

 

 止めてもまた流れる雫は月に輝いているのかな。これはヒキオのことを考えないようにする思考の逃げだと理解しながらも、思わずにはいられなかった。

 

 

 

 甘い香りに包まれる。その意味を理解するのも放棄し、涙を拭う。その匂いが最も涙を止めるのに。

 

 

 

 

 

「……汗だくじゃねえか、三浦」

 

 

 

 

 

「……ヒキオ………?」

 

 

 

 

 

 見上げる先には、今私が1番逢いたかった相手が立っていた。手に挟んだ煙草からは柔らかな煙が溢れてる。

 

 

「…なんでそんな状況なのかは聞かない。ただまあ、とりあえずだな」

 

 

 私は何も言わずに続きを待つ。ヒキオはしゃがみこんで私と視線を合わせ、頭に手を乗せた。

 

 

「……悪かった。泣かせたみたいだな」

 

 

「…ぷっ、キザすぎ…んでしょ……っ」

 

 

「…泣くか笑うかどっちかにしろ。顔がぐしゃぐしゃだ」

 

 

 照れた顔を掻くヒキオは、まるで子供みたい。普通なら飛びつくなりするのかもしれない。けど私にそこまでのことをする度胸はまだない。

 

 

 漂う煙に心地よさを感じながら、再度ヒキオは口を開いた。

 

 

 

「なあ、今日の月って綺麗か?」

 

 

「……あーしには綺麗に見えるよ。あんたは知らないけどさ」

 

 

 急に何を言い出すのか。突拍子のない質問に、素直な言葉を述べる。

 

 

「俺はさっきまではなんも思わなかったんだがな」

 

 

 本当に何の話だ。そう突っ込むより早くヒキオは続けた。

 

 

 

 

「ただ何か、今は綺麗に見えたんだよ」

 

 

 

 

 不思議なこともあるもんだ。そう括り、ヒキオは煙草の火を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4話

 時刻はそろそろ10時を回る頃。秋の夜は着込んでる俺でも寒いと感じるほどで、汗に濡れた三浦ならば一際寒いだろう。

 

 

「寒くないか?」

 

 

 言ってから気付いた。分かりきったことを聞いてしまうあたり、俺も寒さにやられているな。本当に俺でこれなら三浦はどれほどなんだ。

 

 

 ──この頃の俺は、それが“心配”なのだとは知る由もなく。

 

 

「寒くない……っしょん!」

 

 

 おおよそ女らしくない豪快なくしゃみ。個人的には聞こえよがしな可愛らしいくしゃみよりも好感が持てる。

 

 

「わけのわからん嘘はつくな」

 

 

「だって……」

 

 

 と言いつつ、どうするかを思案する。俺の服を着せてやるか、とっとと送り返して早く風呂に入ってもらうか。

 

 ただ服を着せるのは根本的な解決にはなっていない。それに汗をかいているから遠慮する(三浦の場合は嫌がるという方が似合いそうな気がするが)可能性もあるため、良い案とは言えないだろう。

 

 

「ここからお前ん家までどれくらいある?」

 

 

「さあ」

 

 

「『さあ』ってお前」

 

 

「だってここどこか知らないし」

 

 

 あんたを探すので精一杯だったから、と小さく呟くのを俺は聞き逃さなかった。あえて言及するのも墓穴を掘りそうで何も言わないが、少し照れくさい。

 

 

「…ここからさっきの居酒屋の最寄り駅まで10分てとこだ」

 

 

「なら30分弱?うちそんなに駅と近くないからねー」

 

 

 ……30分。その間濡れ鼠状態で過ごすのは、身体的にも衛生的にも悪い。

 

 

 仕方ない。

 

 

「嫌なら断ってくれてもいいしな?」

 

 

 唐突な俺の発言に三浦は何?と訝しむ。

 

 

「俺ん家すぐそこだから、とりあえず風呂入れ。そのままじゃ風邪引くだろ」

 

 

「…え、もしかしてヒキオあーしを落とそうとしてる?」

 

 

「アホか。風邪引かれると俺にも罪悪感が残るだけだ」

 

 

「あっそ」

 

 

 何とも思わなさげな態度で答える。実際何とも思っていないのだろう。あくまで罪悪感に対する罪滅ぼし。あくまで衛生的な配慮。そう思えば先程まで悩んでいたのも馬鹿らしくなった。

 

 

「……なら、お願いしようかな」

 

 

 ん、と俺が歩くのを促す三浦。口を挟むでもなく俺は帰路を辿った。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 ヒキオの家は割と新しめではあるが普通のアパートで、1DKといかにも学生らしい部屋だった。

 

 

「…何これ、天井?」

 

 

 玄関を抜けると天井が一気に高くなった。というか玄関の天井が低いのかな。何にせよ玄関と部屋の天井の高さが違うというのは私にとって異質に写った。

 

 

「ロフト。若干値は高めだけどカッコイイだろ?むしろこれを見て決めたまである」

 

 

 確かに男が好きそうなデザインではあり、これなら実質2DKのようなもので良いかもしれない。

 

 

「とりあえず風呂が出来るまでは適当にしててくれ」

 

 

 ヒキオがキッチンの方に行くと、私は特に遠慮もすることなく座布団の上に座り込んだ。

 

 一人暮らしなのに律儀に2つ置かれている座布団に少し笑いを覚え、しかもどうせぼっちなんだから使わないじゃんと考えると笑いを止められずにはいられなかった。

 

 

 少ししてヒキオがお茶を持ってきてくれ、対面に座った。向かい合うのは少しだけ気恥ずかしくも感じた。

 

 

 暖かい。お茶を手に取った時、最初に抱いた感想はこれだった。温かいとは違う、ふわっとしたあたたかみ。今の私にこの感覚を形容できる言葉はないけれど、多分ヒキオなら何食わぬ顔で言葉に変えることができそうな気がする。

 

 

「これほうじ茶?ホント何から何までカッコつけてるよねあんた」

 

 

「うるせ。美味いからいいんだよ」

 

 

「それにしても、ヒキオ部屋めっちゃ綺麗じゃん。男の部屋って汚いもんだと思ってた」

 

 

「まあこの部屋はな。ロフトとかは本だらけだ」

 

 

 へえ、あとで見に行こうかな。心の中でだけ呟きながらお茶を飲む。うちのは麦茶で済ませているため、少し新鮮である。

 

 

 ヒキオがスマホを触り出してからは会話は途切れた。後を追うように私も滞っているメールなりLINEなりを返していく。

 

 

 もう無言が気にならないんだな。私達は互いにそう気付きながらも口にすることは無かった。

 

 

 

 

 お風呂が沸きました、と流れる。立ち上がると、ヒキオが

 

 

「服とか下着はどうする?もしあれなら出しておくが」

 

 

と言ってきた。これは新手のセクハラか…?

 

 

「てかヒキオ、なんであんた女物の服持ってんの。キモ」

 

 

「待て待て、妹だ妹。勝手に犯罪者に仕立て上げるな」

 

 

 ああ、妹か。なるほどと納得したが、冗談半分にもう一度だけ疑惑の視線を送る。はぁ、とため息をつく姿はなぜか様になっていた。

 

 

「借りれるんなら借りたいけど、ヒキオの妹とあーしってサイズ合う?」

 

 

「………まあ、大丈夫だ。うん、大丈夫」

 

 

「そ。なら借りんね。どちらの意味でも」

 

 

 まるでヒキオのような言葉遊びをしてから、風呂場へ向かう。ヒキオはあいよと返事して残っていたお茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

 洗面所で服と下着を脱ぎ、洗濯機に放り込む。人の家で裸になるのはやはり少しだけ抵抗があるが、それも脱いでしまえばなくなる。万が一にも扉が開かれたら目潰しだな、と身構えるが来る様子はない。

 

 

 風呂場も例に漏れず綺麗にしており、シャワーを浴びてからシャンプーなりどうしようか悩む。人んちのやつを勝手に借りるのは人としてどうなの?とも思うけど汗の気持ち悪さにはあがなえず借りさせてもらう。ヒキオには事後報告でいいだろう。

 

 

 一通り体も洗い終えると、やっと湯船に浸かる。

 

 

「っはぁぁ…」

 

 

 思わず息がこぼれた。冷えた体が芯から温まるのがわかる。この時間だけは何も気にせずに体を自然に委ねることが出来る。

 

 

 ……このまま帰るのめんどいなあ。お風呂に入っているとどうしても眠たくなってしまい、どうにも動く気力が削がれる。

 

 ヒキオに泊めてつったら泊めてくれるかなあ。それは流石に許してくれないとは思うけど、ホント帰るのが面倒臭い。

 

 

 まあ、私達は年頃の男女だ。いくら互いにその気がないとはいえ、その辺はモラルの問題だね。

 

 

(ヒキオがあーしん家に泊めてくれって言ったら断るのかな)

 

 

 その自問にはとっさに答えられず、体をお湯の中へ押しやるのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「お風呂ありがと。…てかヒキオ、あんたまだ飲むの?」

 

 

 お風呂から上がり、置かれていた服に腕を通してから元いた部屋に戻ると、ヒキオは缶ビールを1本開けていた。

 

 

「思ったよりも美味く飲めなかったからな」

 

 

「まあわからなくもないけどね。あーしもああいう場で飲むアルコールはそんなに好きじゃないし」

 

 

「いい経験だった。もう2度と合コンは行かねえな」

 

 

「あーしと飲むのは?」

 

 

「…別に不味くはなかった」

 

 

「素直に」

 

 

「普通に飲めたよ。美味かった美味かった」

 

 

「そ。ならビール1本貰うね。なんせあーしとだと美味しく飲めるらしいし」

 

 

「てめえそれが狙いか…」

 

 

 言質を取ってキッチンに向かい、残っていた3本のうち1本を手に取る。戻って対面に座りヒキオの顔を覗くと、すでに赤くなっていた。

 

 

「この銘柄あーしの好きなやつじゃん。わかってんねヒキオ」

 

 

「これくらいの甘さが丁度いいからな。たまにマジで沖縄に住みたくなる」

 

 

「別にどこだろうと味は一緒っしょ…」

 

 

 種類は豊富らしいけどね。そう思うと私も行きたくなる。

 

 

「あ、そうそう。ヒキオの妹さん胸めっちゃでかくない?あーしも割とおっきい方だと思ってたけど、この服ちょっとだぼついてるし。結衣といい勝負しそう」

 

 

「…」

 

 

 あ、胸見た。すぐに視線をそらしていかにも興味無さげに振舞っているけど、男の、それも1対1での視線に気付かない女はいない。別に気にしないんだけども。

 

 

「まあ、でかいんじゃないか?…うん、でかい。でかい」

 

 

「何それ、なんか自分に言い聞かせてない?」

 

 

「んなことねえよ。この場には俺とお前しかいないだろ?んで小町のことを知ってんのは俺1人だけだ。つまり知ってる俺がそうだといえばそれが証拠になるわけだから、小町は…、俺の妹は巨乳だ」

 

 

「急に饒舌だし。なんかあんの?」

 

 

「いや、まあ別に」

 

 

「あ、そうそう。あーし今日泊まっていい?」

 

 

「…なら俺がロフトで寝るから、隣の部屋のベッド使え」

 

 

「……意外。断るもんだと思ってた」

 

 

「俺がお前の立場なら帰んの絶対面倒臭がるからな。大方そんなとこだろ?」

 

 

 ぐい、とビールを傾ける。ヒキオに見透かされたのはなんか癪だけど、泊まれるのならお言葉に甘えよう。幸い明日は授業はないし、早く起きてすぐに家に帰らなければならないといったこともない。

 

 

 ……ただ、初めて男の家に泊まるというのは、ちょっとだけ緊張する。

 

 

「あーしのことわかってんじゃん。じゃあ…」

 

 

 メイク落としてくるね。言おうとしたが固まってしまった。

 

 寝るにはメイクを落とさなければならない。肌のことを考えると当たり前のことだけど、ヒキオの前ですっぴんをさらけ出すのは、ちょっとだけ恥ずかしい。

 

 

「なんだ?ビールならあと……3本くらいか?飲むなら付き合うけど」

 

 

 悩んでいても仕方がない。もしここで落とさない選択をするなら帰らなければならない。それは面倒臭い。いやマジで、他意とかなく。

 

 

「メイク落としてくる」

 

 

「あいよ」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 2本目を開け、もう1本を三浦の座っていた場所の前に置く。いらない世話かもしれないが、何となくあいつは飲みそうな気がした。

 

 

 落としてくると言ってからちょっとすると、三浦が戻ってきた。いつものギャルっぽい雰囲気はなくなり、代わりにどこか清楚なイメージを持った。元が金髪なので本来の意味とは多少異なるかもしれないが、少なくともいつもよりは純粋な風に見えた。

 

 

「ど、どう…?」

 

 

「は?」

 

 

 何が、という前に三浦は答えた。

 

 

「だから、あーしのすっぴん。別に変じゃないよね?」

 

 

 何を聞くんだコイツは。これを答えさせて俺に一体何を期待してるというのか。ここで変だと言えば拳が飛ぶこと間違いなしで、変じゃないと言えばそれこそ変に勘ぐられるかもしれない。

 

 正直な感想は、“すっぴんでも綺麗だと思う”だ。しかしこれを言うわけが、言えるわけがない。

 

 

 ましてこれから家に泊まるやつに対してなんて。

 

 

 どうやらこの質問がまずいものだと気付いたのか、三浦はごめん忘れてと流れる速さで言ってきたので、言葉通りにする。一安心だな。

 

 

 

 

 それからお互い2本目を飲み干すまでは前の2人飲みと変わらないような会話をしていた。

 

 途中三浦が感謝と謝罪をしてきたのには驚いたな。こいつもちゃんと成長しているんだな、とお前何様だよレベルの感想を抱きながら気にすんなとだけ返しておいた。今ので三浦との縁も切れただろうな。確かあの時はそんな漠然とした考えを持っていた。慣れたこととはいえ、若干寂しくも感じたのは果たして当たり前なのか。答えは出るはずもない。

 

 

 三浦が眠そうにしていたので、俺は新しい歯ブラシの場所を教えてからロフトへ上がった。まだ読みかけの本があったので、俺はそれを終わらせてから寝る。上からそれだけを伝えて栞のページを開いた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 短編だったので思いのほか早く終わったため、もう1冊短編を読んでから洗面所へ向かった。歯ブラシはコップに入れているのだが、俺の青の隣に三浦のピンクが立てられているのを見て手に取ろうとした。

 

 

 ……いやいやいや。落ち着けよ俺。何勝手に人が使った歯ブラシ取ろうとしてんだよ。変態か。こういう時は明日のことを考えて心を落ち着かせるんだ。

 

 朝起きて三浦と飯食ってから送る。んで家に帰ってから洗濯なり掃除なりして、スマホいじってから昼飯。昼からは寝て夜飯を食べて寝る。うん、いい感じだ。

 

 

 今度はちゃんと青いの(俺の歯ブラシ)を取り、歯磨き粉を付けて歯を磨く。なんか先に水をつけてやるのは間違いらしいな。前になんかのテレビで見た。

 

 

 それと、さっき読んだカフカの『変身』はやっぱえげつねえな…。有名だけあっていつかは読もうと思っていたが、あんな結末なら読まない方が良かった気さえしてくる。

 

 何とも言えぬ後味の悪さを残した後に生まれるのは、気落ちと少しの後悔だけだった。だがああいったものにも触れてこそ、初めて喜劇を喜劇たるものだと思えるのだろう。

 

 

 やっぱり妹は正義。半ば辺りまではそう思っていたんだけどな…。

 

 

 ああ、妹で思い出した。三浦に小町は巨乳だと言ってしまっていたな。一応万が一のことを考えて、明日は来るなと連絡しておこう。嘘だと思われると(まあ嘘なわけではあるが)後々面倒だからな。元々そんな高い頻度で来ることはないが、たまにふらっと来るそのタイミングは不規則なので可能性が0ではない。念には念を入れて、だ。

 

 

 口をゆすいで歯磨きを終える。ロフトに戻る前俺の部屋の音を聞こうと静かにすると、小さな寝息が聞こえてきた。どうやら寝られたようで俺は安心し、電気を消してから俺も布団に入った。

 

 

 おやすみ。久しく言っていない言葉を心の中で唱え、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、三浦の声と朝飯の匂いで目が覚めた。その前にインターホンの音が聞こえた気もし、寝ぼけた頭で情報を整理すると三浦が出てくれるようだった。

 

 

 ……昨日ちゃんと小町には来るなつったし、小町ではないだろう。いや、嫌がらせのためにくることはあるかもしれないがそういったことをあまりする方ではない。

 

 と、信じたい。

 

 

「今行きまーす。あとヒキオは顔洗ってな」

 

 

 三浦がぱたぱたと足音を鳴らして玄関の方へ移動する。言われた通りロフトから降りて洗面所へ向かおうとした時、俺は気付いた。

 

 

「あ、待て三浦!やっぱお前は出るな!」

 

 

 時すでに遅し。気付いたのは三浦が鍵を開けてからだった。

 

 

「おはよ、ヒッキー!朝ごはんは……って、これどういうこと?」

 

 

「ヒキオ。あんた彼女いんのにあーし泊めたん?ちゃんと説明しなよ」

 

 

 ……やっぱこうなるんだよな。小町と同じくらいの頻度で来る由比ヶ浜をすっかり忘れていた。

 

 

 そして、針のむしろとはこういうものかとどこか他人事のようにも感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あーしさんの胸の大きさを確認するために俺ガイル妄言録3巻を読み直すと、最後のページにエプロンを着たお嫁さんルミルミがいました。お嫁さんにしたくなりました(小並感)



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5話

閑話的な。今はまだ土台部分です。



 由比ヶ浜と三浦が対面に座り、俺は正座。無論座布団はあいつらが使っており俺は地べたである。

 

 

「流れで正座してるけどな、お前ら勝手に誤解してるだけだぞ?」

 

 

「ならさっさと話す。あーしは別に良いけど結衣が可哀想っしょ?」

 

 

「だからそれが誤解だつってんだろ…。まずそもそも俺と由比ヶ浜は付き合ってない。家事やりに来たとか言ってたまに家来るんだよ」

 

 

 ろくに出来やしないくせにな。あえては言わないが三浦は俺の表情で察したようであり、あーねとウェーイ特有の言葉で納得の意を示した。

 

 

「勘違いね、ごめんごめん。じゃあ朝ごはん出来てるし食べよっか」

 

 

「すまんな、なんか気遣わせて」

 

 

「いいよ、そんな面倒なことでもないし」

 

 

「ねえヒッキー!あたしは!?何の誤解も解けてないよ!もしかしてあたし方面は誤解がないの?!」

 

 

「昨日、飲み会、三浦、酔う、濡れる、泊める。OK?」

 

 

「ぬ、濡れる……」

 

 

 頬を紅潮させ、両手でそれを隠すように手を頬に当てる。そのあざとい仕草に俺は少しドキッとしたが、由比ヶ浜はそれ以上追求してこなかった。

 

 

 

 

 そして俺と三浦は出来上がってから放置されていた朝飯をやっとこさ食べだした。食パン1枚にバター塗ったやつとシーザーサラダは先程も言ったように三浦が用意してくれたもので、少しだけ意識するものの口には出さない。てか朝からサラダ食うの久しぶりだな…。

 

「てゆーかさ、優美子はなんであたしの服着てるの?」

 

 

「んぐっ!」

 

 

 食パンが気管に入りそうになりげほけほとむせる。最初は何も言ってなかっただろうが…。安心していた俺の純真を返せよ。

 

 

「え?これヒキオの妹さんのじゃないの?」

 

 

「それあたしが置いていってるやつだよ」

 

 

 嘘が露見し、さらに誤解されそうな言い方をする由比ヶ浜に必死でアイコンタクトを取ろうとするが、努力も虚しくそもそもこちらを見ない。

 

 

「なんで置いてってるかはこの際置いとくけどさ、ならもしかしてこのブラとかも結衣のなん?」

 

 

 あっけらかんとした態度で、三浦は服を捲り自身の着けているブラジャーを見せた。

 

 

 ……“服を捲り”??

 

 

「おま、ちょ、ビッチかてめえ!」

 

 

 ピンクを基調にレースが入っているブラジャー。うん、エロいね(語彙力不足)。てかそれは昨日俺が風呂場に持っていったやつだけども。流石の由比ヶ浜も下着までは俺ん家に置いていない。まあ置かれても困るのだがな。

 

 

 ……いや、マジで。あわよくばとか期待なんて全然してねえから。

 

 

「へ?ヒキオ昨日(持ってく時にこのブラ)見たんじゃないの?てかいちいちそんなこと気にしてたら禿げるっつの」

 

 

「昨日(優美子の胸を)見た!?やっぱヒッキー達付き合ってるんじゃないの?!」

 

 

「んなわけないだろ、てかさっさとしまえ!」

 

 

「あ、一応言っとくとそれあたしのじゃないからね」

 

 

「由比ヶ浜は由比ヶ浜で話をこじらせるなよ!」

 

 

 まあ悪いのは話すのを面倒臭がった俺だけど。別に服も小町のを渡せればよかったんだが、如何せん胸囲がなあ……。三浦に貸したのだって小町が見栄を張ってでかいのを買ったやつだし。あいつサイズの服なんて着た暁にはボディーライン丸見えになること間違いなしだ。

 

 ……べ、別に想像なんてしてないんだからねっ!

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「じゃああーし帰んね」

 

 

 朝ごはんを食べ終わると私は一足先にそう告げた。一足先に、とは結衣はまだ残るっぽいのでという意味である。

 

 

「ん。んじゃまたな」

 

 

「うん。また」

 

 

 別れは存外淡白なものであり、しかし何気ない“また”に少しだけ心が弾んだ。こういうことを自然に言い合える仲になったのだと意識すると、私らしくもなく嬉しさが込み上げてくる。

 

 

「あ、待って優美子!あたしも帰るから」

 

 

 そう言っていそいそと荷物を詰める。荷物といってもスマホだけだけどね。

 

 

「いいけど、結衣来たばっかじゃん?いいの?」

 

 

「ちょっと優美子と話したいこともあるし…、てかこのあと用事あった?ないならどこかで話したいかなー、なんて」

 

 

「いいよ。あーしも結衣と久しぶりに話したいし」

 

 

 ヒキオはすでに我関せずとばかりに本を読み始めていた。恐らく起きた時にロフトから持ってきていたのだろう。

 

 

 今度こそヒキオにさよならをして、私達2人は家を出た。

 

 

 

 

 

 

 二日酔いに朝の日差しはきつく、軽くだがズキズキと痛む頭を意識しないように歩く。ていうかさっきまでは痛くなかったんだけどね。それこそ意識してなかったってことかな。

 

 結衣は至って自然に歩いており、昨日は飲んではいないようだ。そういうのを見ると前日飲まなければよかったと勝手に後悔してしまう。

 

 

「で、結衣。どこで話す?つってもまだ9時半くらいだし重いのは勘弁して欲しいんだけど」

 

 

「う〜ん…、じゃあスタバとかは?」

 

 

「おっけ。この辺あったしね」

 

 

 私と結衣は地図を見ることもなく進行方向を変える。スタバの位置くらい、女子大生にとったら自分ちのレベルで把握している。少なくとも私や結衣みたいなタイプならね。

 

 

 

 

 

 予定通りスタバに着くと、私がエスプレッソフラペチーノ、結衣がキャラメルフラペチーノを頼み受け取ってから2人席に腰掛けた。

 

 

「にしても、本当久しぶりだよね。優美子と2人」

 

 

「だね。半年くらい?」

 

 

 姫菜を含めた私達3人は卒業後も何度か遊ぶ仲であり、その延長で結衣ともどこか行ったりしている。ただ最近はバイトのために遊びに行くの自体が億劫になることもしばしばあったので、会う機会がなかったというわけだ。

 

 

 スタバはここ独特のカジュアルな雰囲気を醸し出しており、客を見渡しても、間違ってもヒキオみたいな暗い感じの人はいない。皆それぞれが輝きを放っており、友達と話している人やレポートに着手している人、1人優雅にコーヒーに舌鼓を打つ人と様々だ。

 

 心做しか外に見える景色も明るく映る。朝だから、などといった光度の話ではなく、世界自体がキラキラ光っているような、個人の受け取り方によって異なる明るさ。どこか綺麗さを感じたのも勘違いじゃないのだろう。

 

 

「で、結衣。あーしに訊きたいことがあるんじゃないの?」

 

 

 飽くまで優しく、間違えても高圧的にならないように。語調はもう直らないと思うけど、せめて言葉の雰囲気だけは柔らかくしなきゃ。

 

 

「うん、えっとね…」

 

 

 もじもじとして煮え切らない態度。高校生の頃の私ならば即座に早く言え、と急かしていただろう。いつからかそれだけでは生きていけないのだと気付けたのはよかった。いつまでも女王様気分はダメだ、つってね。

 

 

「……優美子さ、本当にヒッキーと付き合ってないんだよね?」

 

 

「それはさっきも言ったし。あーしがヒキオと付き合うなんかないない」

 

 

 言葉を飾らず、事実を報告する。事務的にも見えるその返答に嘘は一切なかった。

 

 

「じゃあさっき言ってた…、その、濡れるって言うのは?もしかしてだけど………」

 

 

「?」

 

 

「………セフレ、とか?」

 

 

「はあああ?!!!」

 

 

 え?今結衣セフレって言った??セフレってあのセックスフレンド!?

 

 

 思いのほか大きな声が出てしまい、周りの客もびっくりしてこちらを見ていた。私は軽く一礼し、結衣も結衣で困り笑いをしながら頭を下げていた。

 

 

「…とりあえず、あーしとヒキオの間にそういうのはないから。セフレなんてもってのほかだし」

 

 

「で、でもヒッキー濡れたって…」

 

 

「あれは汗!あの時は走りどおしで汗だくだったのをヒキオが“濡れた”って言っただけ!」

 

 

「あ、え、マジ!?ごめん優美子!あたしなんか変な勘違いしてて……ああもう恥ずかしいっ!」

 

 

 堪らず結衣は手で顔を覆い、いやいやと首を振っていた。その動きに合わせて大きい胸も揺れる。私はあまり恨めしいとも思わないけど、例えば私が雪ノ下さんとかだったらどう思うのだろうか。

 

 きっと氷の視線で結衣の胸を凍らせるに違いないね。少なくとも高校卒業の時までは貧乳のまんまだったし。

 

 

 それから少しして落ち着いた結衣は、顔を近付けて声を潜めた。

 

 

「あたしもヒッキーとは何もないからね。自分から出向いてるだけ」

 

 

 果たして結衣のその言葉に意味はあったのか。いや、意味はそこに“ある”のだが、私に言うことでそれが意味を成すのだろうか。

 

 普段ならあまりこういったことは考えずに、表面を切り取ってそうとしか返さないだろう。心の中だって同じことを考えているはずだ。

 

 けどヒキオに出会ってから、今までは考えなかった裏を少しだけ考えるようになった。ならされたと言った方が正しいかな。

 

「そう」

 

 

 結局返した言葉はそれだけで、奇しくもそれは表だけを見た時の返答と同じものだった。そこに差異があるとすれば、やっぱり私の受け取り方だね。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 それからはウインドウショッピングやお互いの愚痴を言い合ったりして、あたりも暗くなったところで解散した。

 

 

 西の空がまだ赤い。左から右へと綺麗なコントラストが描かれたキャンパスに白は一切見えず、夜なのに秋晴れという言葉をふと連想した。

 

 ネオンが光りだす黄昏時には疲れを見せながら歩く人もいれば、これから飲み会だと言わんばかりの揚々とした雰囲気のグループもいる。様々なモノが入り混じっているのを見ると、その中のどれにも属さない自分にどこか異物感を覚える。

 

 

 今日は早く帰ろう。飲む気にもなれず(そもそもお金をそんなに持っているわけではないが)、帰って早く寝ることだけを考えて帰途をたどる。

 

 

 と、そこに。

 

 

 Prrrrr , prrrrr。

 

 

「…何?」

 

 

『何とはなによ。嫌そうな声して』

 

 

 電話の相手はお母さん。肉親だからこそ、臆面もなく嫌な顔を見せれてしまう。

 

 

『それでいきなりなんだけどね、できれば明後日の1日だけ(ゆう)ちゃんを預かってほしいのよ』

 

 

「優ちゃんって、あの幼稚園くらいの女の子?」

 

 

『そうそう。なんか優ちゃんの幼稚園お休みみたいで、タイミング悪く両親も家を空けなきゃダメらしいのよ。ひとりだと心配だから、ってことであんたに白羽の矢が立ったわけ』

 

 

 優ちゃんとは幼稚園児の女の子で、下の名前が(ゆう)だから優ちゃん。母方の叔母の娘、つまり私のいとこに当たる可愛い女の子だ。

 

 

「でもあーし、明日大学あんだけど」

 

 

『何時まで?』

 

 

「昼まで。文系は1年終わったらコマ数激減するしね」

 

 

 文系の楽さを考えると、たまに見る理系の人達はそのうち過労で死ぬんじゃないかとまで思えてくる。別に文系を馬鹿にしてるんじゃないけど(てか私も文系だし)、さっきも言った通りコマ数が段違いなのだ。あとは法学部もヤバいね、うん。

 

 

 そろそろ日も落ち、本格的に夜が顔を覗かせる。急激に落ちる気温に物理的に身震いし、帰る足を早めた。

 

 

『じゃ、それ休んでいいからお願いね。よろしく!』

 

 

「ちょっと待っ……」

 

 

 呼び止めたものの先に切られ、電話を掛け直してもでない。

 

 

 ……ほんと良い性格してるわ。さすが私のお母さんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を済ませ風呂も上がり後は寝るだけとなったその頃、ようやくお母さんからメールが届いた。

 

 内容はやはり明日の優ちゃんのことであり、朝の8時頃に優ちゃんを連れてこちらへ来るそうだ。休めると言っても起きる時間は同じかと考えると、少しだけ気分が沈んだ。

 

 またメールには他の注意事項のようなものも書かれており、朝は運動、昼は勉強をさせろとのお達しが。どうやら優ちゃんはお受験をするようで、今の時期はとても大切らしいから出来るだけ規則正しい生活をさせたいとも書かれていた。

 

 

 ……その裏には、恐らく私が総武高に受かったというのも関係しているはずだ。親戚が一堂に会した時に私が報告した時、ただ一人おばさんだけが少し複雑そうな顔をしていた。今の大学も決して低い偏差値のところではないし、間違えても良い気分でないのは確かだろう。

 

 それにお母さんはさっきのやり取りにも表れているとおり、やることこそ馬鹿っぽいがおばさんよりも頭が良かったと言う。完全に仮定の上に仮定を重ねた根拠の無い推論ではあるが、もしもあの時の何とも言えない表情が私の考え通りならば、おばさんはお母さんにコンプレックスを抱いている。

 

 

 そんな内ゲバに巻き込まれる優ちゃんは気の毒だな。私はそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ん?オリキャラを出すのが苦手と言ったくせにポンポン出してんじゃねーよ?

ロリキャラなので許してください(謎理論)



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6話

ちょっと真ん中のあたりに追加しました。話の展開に支障はありません。



「じゃあ、お願いね」

 

 

 朝の8時、綺麗な空にいわし雲が連なる。二月(ふたつき)前には見えなかった景色が広がっており、否応なしに季節の移り変わりを感じさせられる。

 

 

 さて、そんなセンチに浸っていた私こと三浦優美子は、約束通り優ちゃんを受け取っていた。

 

 久しぶりに会った優ちゃんは少し背が伸びており、それでも腰あたりに顔が来る程度だけど成長を感じる。逆に髪の毛は短くなっていた。前はロングと言えるレベルだったけど、今は肩くらいまでしかない。

 

 どうでもいいけど今優ちゃんは私のお下がりを着ている。どこか既視感を感じ、思い返すとあれは昔私が子どもながらに親へ買ってとせがんだやつであり、気付いた時には酷く合点がいった。黒タイツの上にライトブルーのホットパンツ、上は英語が入ったTシャツに青と白のストライプのアウター。

 

 これは気を利かせてくれた結果なのだろうか、なんて考えていると優ちゃんは私の服の端っこをつまんできた。

 

 

「お姉ちゃん、お家入ろ?外寒い」

 

 

「ああ、ごめんごめん。でも後でバドミントンとかしようね?」

 

 

「……うん」

 

 

 私は優ちゃんの手を取り、部屋に戻った。

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

 

 ぺこりと頭を下げた優ちゃんは、自身の脱いだ靴をちゃんと整えて部屋に上がった。ただ部屋にお尻を向けてたところは減点なのかな。……いや、あれは家主にと尻を向けるのがダメだったんだっけ。てことは優ちゃんの行動は満点?だとしたら優ちゃん凄くない?え、マジでヤバい気がしてきたんだけど。

 

 

 どうやら優ちゃんは人見知りしない性分のようで、礼儀正しくはあるがもう座布団に座っていた。足を伸ばしてパタパタしている様子はいかにも小さな女の子という感じがした。

 

 

「優ちゃん、何して遊ぶ?」

 

 

「んーとね、あれやりたい。ポーカー!」

 

 

「え、ポーカー?」

 

 

 子どもの口から出ることに酷く違和感を覚えた私は、思わず聞き返してしまった。

 

 

「うん。ダメ?」

 

 

「いや、大丈夫だよ。じゃあちょっと待っててね」

 

 

 最近の子はなんだろ、成長が早いのかな。それよりも現代知識の乱雑さ?少なくとも私が小さい頃は七並べとかババ抜きくらいしかしなかったな。神経衰弱も覚えんのが面倒くさくてあんまやらなかったし。

 

 

 トランプを引っ張りだし、カードを切って私と優ちゃんの分を5枚ずつ配る。最後に山をお互いの間に置いて、手札を捲る。

 

 全色揃っているのにペアが一つもないというゴミ手。幸先悪いな、と思いながら唯一重なった2枚の同色を残して手札を捨てる。とりあえずコールと言おうとした時、あることに気付いた。

 

 

「ねえ優ちゃん。ポーカーってどんなルールかわかる?」

 

 

 そんなことを聞かれたのが心外だったのか、優ちゃんはちょっとぷりぷりしていた。

 

 

「もう、それくらい知ってるもん!要らないカードをお互いに出して、どっちかがストップって言ったら交換はそこで終わり。勝負して強い方が勝ち、でしょ?」

 

 

「ああ、なるほどね。うん、じゃあ優ちゃんは何枚捨てる?あーし3枚ね」

 

 

「優ちゃんは2枚!」

 

 

 いやあ、ギリギリセーフだったね。危うくガチポーカーを始めて優ちゃんを置いてけぼりにするところだった。優ちゃんが説明してくれたポーカーはとても簡単なルールで(ポーカー自体が簡単なルールというのもあるとは思うが)、初めて聞いた私でも滞りなくできそうだ。

 

 

 さ、後はいい感じに優ちゃんを楽しませるだけだ。

 

 

「あ、ストップストップ!」

 

 

「え、早くない?じゃあいっせーのーで、で見せよっか」

 

 

「うん!」

 

 

「「いっせーのーで!」」

 

 

 私のはノーペア。対して優ちゃんはスリーカードだった。どう見ても私の負けである。

 

 

「やったあ!お姉ちゃんよわーい」

 

 

「やっぱブタじゃ勝負になんないね」

 

 

「ブタ?」

 

 

「ああいや、何でもないよ。次やろっか!」

 

 

 こうして私達はそれから1時間ほど、ポーカーやスピードなどをして遊んでいた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「じゃ、そろそろバドミントンしに行こっか」

 

 

 トランプも一段落し、このままでは午前中に運動させてあげることが出来なくなると焦り始めた私は、半ば強引にそう切り出した。

 

 

「…もうちょっとだけお家いちゃ、ダメ?」

 

 

「ダーメ。それはお昼ご飯に取っとこ?」

 

 

「……うん」

 

 

 優ちゃん、露骨にテンション下がってるなあ。もしかして運動嫌いなのかな。でもおばさんに怒られるのも嫌だし、ここは我慢してもらわなきゃ。一応ルーティーンを守るという大義名分もあることだしね。

 

 

 

 

 

 

 近くの大きな公園に行くと、幸い誰もおらず伸び伸びとバドミントンをできそうだった。

 

 

「じゃあいくよ。はい!」

 

 

 パン、とアンダーから羽根を軽く打ち上げる。しかし優ちゃんは取ろうともせずにただ落ちる羽根を見ていた。

 

 

「どうしたん?ほら、打ち返さなきゃ」

 

 

「……ねえ、お姉ちゃん」

 

 

 俯きながら、控えめな声で言う。優ちゃん、というより幼稚園児らしからぬその態度に何事かと私は目をむいた。

 

 

「これお母さんに言われたから?」

 

 

「これ、っていうと、バドミントン?バドミントン自体はあーしが考えたけど」

 

 

「じゃあなんでお外なの?これもお姉ちゃんが考えたの?」

 

 

「いや…、それは優ちゃんのお母さんからだけど…」

 

 

「ほら!!みんなお母さんばっかり!!お母さんばっかりずるい!!」

 

 

「お母さんばっかりって…」

 

 

「知らないもん!」

 

 

 吐き捨てるように大声を出し、優ちゃんはその場から逃げようと走り出した。無論私が追いつけないわけないし、そもそも公園だから見失いもしないだろうけど…。

 

 

「痛ったあい!」

 

 

 言わんこっちゃない。コケてしまった優ちゃんは泣きそうになりながら、それでも立とうとする。私は患部を水で流すために優ちゃんのもとへ歩き出した。

 

 

 なんともなかったらいいんだけど。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「マジで1年終わったらやることねえなあ…」

 

 

 俺は朝イチにあった講義を受けた帰り、1人そんなことをぼやいていた。

 

 いや、別に不満なわけじゃない。楽に越したことはないし、その今の楽な分1年の時に頑張ったというわけだが、にしても落差が酷くて拍子抜けを覚えずにはいられない。

 

 

 帰り道、そのまま帰るのは本格的にこの早起きを否定するような気がし、俺は適当に散歩をしていた。

 

 歩道にいる小鳥が必死に地面に落ちた人の食べかすをついばみ、煽る風に驚きながらも再び食べる。今日の強い風は木枯らしなのか、いつもの撫でるような冷たいものとは違い刺すという表現が実に的を射てる感じだった。

 

 

 あてどもなくさまよっていると、車の音がない静かな場所に出た。どうやらこの辺は住宅街のようで、この時間は往来が少ないようである。

 

 将来はこういったところで静かに暮らしたいな。そう思わずにはいられなかったが、よく考えたらこんなところに住めるのはちゃんと働いて、なおかつ収入が高い人だけか。なら俺は一生あの部屋でもいいか、ネガティブだとは自覚しつつもそれを否定しない自分がどこかにいた。

 

 

 ……なんか誰かと会う気がする。もう一つ言えば最近よく出会うやつ。こういう俺が普段しない無駄なことをしている時は、大抵あいつがいるはずだ。

 

 

 衝動に駆られてあたりを見渡すが、あいつはどこにもいない。安心するやら、落胆するやら。

 

 

 いやいや、何言ってんだよ俺。落胆とかないわ。会えなくて落胆とか材木座でもしねえよ。気持ち悪い。

 

 

 そろそろ帰るか。俺は住宅街を大回りして帰ろうとした時、ふと視界に遊具が見えた気がした。もう一度見るとやはりそこには公園があり、最後にブランコでも乗っても罰は当たらないだろと考えてそこへ歩き出した。

 

 

 ──そこにいたやつに、俺はついぞ気付かぬまま向かってしまった。

 

 

 気付いた時には時すでに遅し、そこには猛スピードで突進し器用にこけたロ…、女児がいた。器用なこけ方というのは、スピードの割に受け身を取ってこけたということだ。つまり普通に前にこけるより傷が少ないというわけである。

 

 

「大丈夫か?…おお、ちょっと血出てるじゃねえか。水で洗わなきゃな」

 

 

 なるべく優しい、具体的には葉山を意識して声をかける。しかしこの子には全然効いていないようで、それどころか警戒さえされているように見える。

 

 

「…いや」

 

 

「え?いやだって傷…」

 

 

「お母さんが言ってたもん。変な人にはついて行っちゃダメだって。先生も言ってた。だから行かない」

 

 

「ぷっ、あはははは!ヒキオそれマジウケるし!」

 

 

 最近めっきり聞き慣れた声。予感も馬鹿にできないな、切に感じた。

 

 

「…やっぱりお前か、三浦。俺のことは後で笑ってくれていいから、早くこの子の手当してやってくれ。俺じゃ変な人みたいだ」

 

 

「はいはい。ほら優ちゃん、血流そっか。あと絆創膏は…」

 

 

「俺が持ってる」

 

 

「おっけ。んじゃ出発!」

 

 

 三浦は涙目の優ちゃんとやらと手を繋ぎ、蛇口のところまで歩いて行った。俺はどうしようか一瞬悩んだが、絆創膏のこともあるのでついて行くことにした。

 

 

 ……べ、別に変な人って言われたのを気にしたわけじゃないんだからねっ!

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、ありがとう」

 

 

「気にすんな。…どうせ俺は変な人だからな」

 

 

「ヒキオ根に持ちすぎだし」

 

 

 私にさとされて、優ちゃんはもじもじしながらヒキオにお礼を言った。これもまたうつむき加減で言ったため聞き取りづらかったが、しっかり言えただけ偉いね。私は何も言わずに優ちゃんの頭を撫でた。

 

 

「親戚の子か?」

 

 

「そうだけど、なんでわかったの?」

 

 

「そりゃお前の娘ってわけにはいかないだろ。姉妹って年齢差でもなさそうだし」

 

 

「ああ、なるほどね」

 

 

「ねえ、お兄ちゃんはお姉ちゃんの…、えっと、かれし?なの?」

 

 

「「ないない」」

 

 

 2人して変にハモった。なんか若干恥ずい。

 

 

「そうだ、ねえ優ちゃん。さっきのお母さんばっかりってどういうこと?あとヒキオは帰ろうとしない」

 

 

 一応乗り掛かった船ということで、ヒキオには帰らせない。2人より3人のが楽しいはずだからね。それと先ほど走り出した理由。おおよそ検討はついているが、一応確認する。

 

 

「…お母さんに言わない?」

 

 

「言わないよ」

 

 

 しゃがんで視線を合わせ、そう誓う。安心したのか優ちゃんはぽろぽろと言葉を紡ぎだした。

 

 

「優ちゃん来年から小学生でね、でもみんな一緒の小学校に行くのに、優ちゃんだけ別のとこに行くの。優ちゃんは嫌なのに…」

 

 

「要はお受験したくないってことか。けど優ちゃん自身はそれを言えない」

 

 

「うん。言ったらお母さん怒るもん」

 

 

「あんたよく今のだけでわかるね…。あーし言えないことは初耳だし」

 

 

 そう言えばヒキオって雪ノ下さんとよく話してたからね。頭の回転は早いのだろうか。奉仕部でも色んな問題を解決してたみたいだし、そのあたりは素直に尊敬する。

 

 

「なあ三浦、なんで優ちゃんはこのことを言い出したんだ?走ってたのと関係あるのか?」

 

 

「どうでもいいけどやけにヒキオ首突っ込むね。キャラじゃなくない?」

 

 

「ロ…、小さい子が困ってるのは見過ごせないだろ?」

 

 

「ロリコン」

 

 

「ば、ちょ、ちげえよお前。誰がロリコンだよ誰が」

 

 

「焦りすぎ。……多分だけど、決められたルーティーンが嫌なんだと思う。今午前中は運動して午後は勉強をさせられてるみたいだし」

 

 

「なるほどな」

 

 

「ねえ優ちゃん、何かしたいことある?」

 

 

 声を掛けられると思っていなかったのか、優ちゃんは目をぱちくりしていた。

 

 

「…したいこと?」

 

 

「今日だけはお姉ちゃんがしたいことさせてあげるから。運動も勉強も一切無し!ただお母さんには言ったらダメだからね?」

 

 

 依然しゃがみこんでいる私はふわりと優ちゃんの頭を撫でる。この瞬間だけはちょっと口角が上がり、可愛くはにかむ。

 

 

「じゃあ、優ちゃんショッピング行きたい!ショッピング!」

 

 

「最近の子はこんなこと言うのか…。俺なんかこの頃はずっと公園にいたわ。1人でな」

 

 

「んな悲しい事実知りたくないし。ならショッピング行こっか!」

 

 

「うん!」

 

 

「え…、俺も?」

 

 

 当たり前だし。言わずもがなでしょ。私達3人はバドミントンの用具を家に置きに行ってから、改めて近くの大型のモールへと向かった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「優ちゃんが1番乗り!」

 

 

 自動ドアをくぐり抜けてジャンプする。ませたところがあるとはいえ、やはりまだ幼稚園児。年齢相応の行動に私とヒキオは目を細めた。

 

 

 ……こいつマジで大丈夫だよね?ロリコンってネタだよね?

 

 時折見せる鋭い眼光に少しの疑惑を持ちながらも、私達は歩を進める。

 

 

 初めに入ったのは子ども服が沢山売っている店で、優ちゃんがいかにも気に入りそうなところだった。

 

 それもそのはず、雰囲気が普通の服屋と何ら変わらないのだ。普通ならもうちょっとファンシーな気もするが、ここはそういった気遣い(?)は一切無い。それでいて優ちゃん、現役の幼稚園児が気に入ったわけだから、ここの戦略は大いに成功しているのだろう。

 

 

「ねえねえお兄ちゃん、これどお?かわいい?」

 

 

「ん?ああ、世界一可愛いよ」

 

 

「きっも!ヒキオマジきっも!」

 

 

「おいやめろ三浦俺の傷を抉るな。その単純な言葉が1番鋭いんだからな」

 

 

「あはは!お兄ちゃんきもーい」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「うっわ…、それはマジできもい」

 

 

 やっぱりこいつロリコンだし。ただこんなキツい言葉の応酬でも笑っていられる優ちゃんは、私に似て将来有望だね。間違ってもヒキオみたいにはならないだろう。

 

 

 ただその分、そうなった時には女王様だけじゃダメだってことを教えなきゃね。先人の轍は踏むだけ損だ。

 

 

 その後も優ちゃんは逐一ヒキオに似合うか聞いており、初めの変な人との印象は既に消えているようだ。そう言えば高校生ん頃の林間学校手伝いの時もヒキオは子どもに懐かれてたっけ。

 

 でも確かあの子はぼっちだったわけで……。

 

 

「優ちゃん!ヒキオから離れた方がいいよ!ぼっちになる!!」

 

 

「お前今日どんだけ俺のこと切りつけるんだよ!!」

 

 

「大丈夫だよー!優ちゃん友だちいっぱいいるもん!だからぎゅー!」

 

 

「おうふ、お、おい。やめとけって。三浦がやべえ目付きになってるから」

 

 

「幼女に抱きつかれる。意訳して殺してください…か」

 

 

「エキサイト翻訳かお前は!」

 

 

「あははは!」

 

 

 私達の漫才みたいなやり取りに、優ちゃんはけたけたと笑っている。外に出た時の暗い表情は晴れていた。

 

 

 

 

 

 お昼も済ませ、日も暮れてきたのでそろそろ帰ろうと2人に告げる。ヒキオはやっとかと言いたげな表情で、対称的に優ちゃんは残念そうな顔をしていた。

 

 

「そろそろお母さんも迎えに来るからね」

 

 

「うん…。でも今日は楽しかったよ!ありがとう、お姉ちゃん。お兄ちゃん!」

 

 

「こちらこそ、遊んでくれてありがとね。優ちゃん」

 

 

「俺にはないのか」

 

 

「ヒキオは終始きもかっただけじゃん」

 

 

「……だからその言葉は切れ味が鋭いんだよ。しかもお前のやつは刃こぼれしないしな」

 

 

 またヒキオが意味のわからないことをぶつぶつと呟いている。言葉遊びが好きなのか、ヒキオはたまに私にわからないことを言う。素直な気持ちを遠まわしに言う、何ともヒキオらしいところだ。

 

 

 それに雪ノ下さんとも相性が良さそう。

 

 

「ただ今日は俺も楽しかったよ」

 

 

 そう言うとヒキオは突然しゃがみ、優ちゃんと目線を合わせた。

 

 

「ありがとな、優ちゃん」

 

 

 私と同じように頭をぽんぽんとしながら、ストレートに想いを伝える。

 

 

 なんだ、ヒキオもやればできんじゃん。

 

 

「……ん」

 

 

 優ちゃんは恥ずかしそうに添えられた頭の手を両手で包み、左右に動かした。

 

 

「……優って呼んでくれなきゃ、やだもん」

 

 

 手は頭に押さえたまま、優ちゃんはそっぽを向き呟いた。顔は朱に染まり、不格好ながらも必死にヒキオの手を動かす。やっとヒキオは優ちゃんの要求を理解したようで、自分から撫で始めると、優ちゃんはえへへと控えめにはにかんだ。

 

 

 ……ん?ちょっとこれまずくない?なんでヒキオは齢4歳の女の子を虜にしてんの?

 

 

「ちょ、ヒキオ!あんたそれ以上は犯罪だし!」

 

 

「だよな、だよな!?やめ時見つかんなくて焦ったけどこれ事案だよな!?優ちゃんも俺みたいなヒモを通り越して糸みたいなやつはやめとこう、な?」

 

 

「……だから、優ちゃんじゃなくて優。ダメ?」

 

 

 身長差も相まって優ちゃんは上目遣いになる。同性の私から見てもあれは可愛いと思える仕草に表情で…。

 

 

「…ごめんな、優。俺働くわ」

 

 

「あんたそれ今日(いち)きもいからね!!」

 

 

 

 そんなやり取りもしつつ、私達は家路を辿っていた。このまま柔らかい時間がずっと続けばいいのに。そう思わせるには充分な穏やかな一時だった。

 

 

 

 

 しかし、それが続くほど運命は甘くなくて。

 

 

 

 

「優……?それに優美子ちゃんも…。……ねえ、お勉強は?この時間はお勉強してなきゃダメでしょ?ねえ」

 

 

 私たち3人と優ちゃんの両親が出会うのは、それからすぐのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くなったのでここで分割。てなわけで次回もロリは出ます(歓喜)



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7話

まだ書かなくてもその内筆が乗るだろ(適当)

とか調子こいて気付いたら3週間が経過していました。時間って怖い(小並感)

続ける意思はありますので、どうか話半分程度にでも読んでいただければ幸いです。



「優ちゃん?この時間はお勉強よね?」

 

 

「えっと……、うん…」

 

 

 目を見開いて威圧する母親にたじろぐ優ちゃん。おばさんの後ろには難しい顔をしたおじさんが立っていた。

 

 

「あの、おばさん」

 

 

 意を決して声をかける。なに、という言葉は返ってこず視線で続きを促していた。

 

 

「今日だけは許してくれませんか?」

 

 

「なんで?」

 

 

「だってほら、優ちゃん嫌がってるわけですし。お受験に関してはあーしに言えることはないですけど、勉強だけならあーしにも教えられることがあると思うんです。ルーティーンは大事ですよ?けどあーしの経験上休み無くずっとだとそのうちバレないようにサボるのが関の山です」

 

 

「優とあなたは違うの。ましてお姉さんの娘と私の娘が同じわけないじゃない」

 

 

「そうかもしれませんけど…」

 

 

「人の家の方針に口出ししないでちょうだい。大体優美子ちゃんは昔から…」

 

 

「やめろ」

 

 

 静止をかけたのは優ちゃんのお父さんだった。後ろから見守っているだけかと思えば、強い口調でおばさんを止めた。

 

 おばさんは何か言いたそうな顔をしていたが、優ちゃんのお父さんはそれより早く言葉を挟んだ。

 

 

「優美子ちゃんに当たるのは違うだろ。たまたま優のストレスを解消してくれたのが優美子なだけであって、ルーティーンを崩したんじゃないと思うぞ」

 

 

 おばさんを見据える目は驚くほど力強く、しかし威圧はしない優しいものだった。

 

 

「でも…、」

 

 

「すいません、少し良いですか?」

 

 

「ダメ」

 

 

「なんでお前が止めるんだよ」

 

 

 やれやれとでも言いたげな顔のヒキオ。このまま喋らせちゃダメ。もし許したらあの時の二の舞になる。

 

 

 

 

「悪いとしたら全部あーしです。だから優ちゃんは怒らないでください」

 

 

 

 

 あとこいつもついてきただけです、そう付け加えてから、初めて優ちゃんの方を見た。依然怯えた様子ではあるが、何かを決意したと形容するに相応しい顔つきだった。

 

 

「ちが、お姉ちゃんは違う、違うの!」

 

 

「優まで…。……そう、みんな私に反対するのね。」

 

 

 太陽も落ちかけ、夜が顔を出し始める。夕日に(さら)されたおばさんの顔は、酷く気落ちしていた。

 

 

 …この場合は気落ちと言うよりも、落胆が近いのだろうか。四面楚歌と言うと語弊を生みそうな気もするが、意見を(たが)える人を敵とするならば言い得て妙だ。

 

 お母さんと()()だった頃から、あるいはこんな感じだったのかな。なぜかその顔には慣れも見えていた。

 

 

 

 暫く無言が続く。完全に暮れた辺りは先程までとはまだ違った顔を示した。おばさんはもちろん、優ちゃんのお父さんも声をかけようとしない。正直なところ私はこの気まずさに耐えかねるレベルで、まして私がヒキオの状況ならどれほど疎外感を受けるのだろうと考えていた。

 

 

 そんな中、沈黙を破ったのは優ちゃんだった。

 

 

「…お姉ちゃんは違うもん」

 

 

「それはさっきも聞いたわ」

 

 

 ぞんざいな態度に見えながらも、口調は極めて柔らかい。そこにはちらりと諦念すら見えていた。

 

 

「けどね」

 

 

 まだ小さいから言いたいことをすぐに口に出してしまう。纏まらないうちから、また纏めないうちに言葉を紡ぐのは年相応の行動だ。そんな優ちゃんがお母さんを必死に説得しようとしているのを、おばさんさおろか周りも聞き入っていた。

 

 

「別の小学校に行くのはいいよ。でもちょっとだけ友達とも遊びたい…」

 

 

「優……」

 

 

「お勉強もするし、運動だってするから、お手伝いもするから、おねがいします」

 

 

 ぺこりと頭を下げる優ちゃん。その綺麗な礼に思わず私は目を見開いた。

 

 

「……しょうがないわね。結局あなたが言った通りじゃない」

 

 

 へ、あーし?!と口をついてしまう前に優ちゃんのお父さんは言葉を返した。言わなくてよかった…。

 

 

「そりゃ俺も同じだったからな?手に取るようにわかるさ。……さて、優美子ちゃん。それに彼氏の君も」

 

 

 否定するのも面倒なのでそのまま顔を向ける。ヒキオも特に訂正するつもりはないようで、優ちゃんのお父さんの言葉を待っている。

 

 

「優の面倒を見てくれてありがとう。……本当に、ね」

 

 

 含みを持たせた理由は言わずもがな。一々確認するのも無粋であり、私とヒキオは同じタイミングで一礼した。

 

 

「こちらこそ楽しかったです。良ければまた優ちゃんと遊びに来てください」

 

 

 最後に私はそう締め括り、ヒキオは改めてもう一度礼をした。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 18時半。優ちゃんの荷物を回収して別れを済ませた後、私とヒキオは玄関前に立っていた。

 

 

「お前ん家ってここなんだな」

 

 

「変態」

 

 

「別にストーカーなんざする気ねえっての。…てかそれで思い出したわ」

 

 

 変態の言葉で思い出すこと。一体何をヒキオは言おうとしているのか、少し気になりながらもヒキオの目を見た。

 

 

「お前俺んちにブラとパンツ忘れていってるぞ」

 

 

「…え、え?……いやいやいや、だってあーし服持って帰ってん……じゃ…」

 

 

 思い返してみると、そう言えばヒキオんちの洗濯機にまるごと服一式をぶち込んでいた気がする。…帰りには一応そこから回収したはずなのに、まさか見落としていたってこと?いやいやでもブラとパンツ……は、あの時借りてたんだっけ。つまり忘れてもおかしくない状況で……。

 

 

「ヒキオそれ今持ってる!?」

 

 

「今日会ったのは偶然だぞ」

 

 

「それでも聞いてんじゃん!!ちょっとは理解しろし!!」

 

 

「持ってたらドン引きするだろうが!」

 

 

 最もな言い分に思わずなるほど、と頷きそうになる。どうやら私は思った以上に焦っているらしい。なんか一周まわって冷静になってきた。

 

 

「ヒキオんち行くよ。ビールある?」

 

 

「何さりげなく飲む気でいるんだ」

 

 

「ないなら買いにコンビニ寄るけど」

 

 

「…一応何本かはある。お前こそ泊まるなら服持ってきとけよ……って、あるんだっけか。うちに」

 

 

「死ね!!」

 

 

 横蹴りを脇腹に入れ、ヒキオは苦しそうな顔をしながら歩き出した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「ヒキオ、早くしないとパンツのこと結衣に言うよ」

 

 

「何様だよマジで」

 

 

 俺と三浦は真っ直ぐ俺の家に向かい、ブラとパンツを手渡すなりビールを催促してきた。由比ヶ浜ならなんとなく事情を察してくれそうだしほっといてもいい気がするが、こいつ(三浦)の場合脚色マシマシで話しそうだからな。やりかねない。

 

 

 ビール缶を2本机に持っていき、対面に座る三浦に片方を渡してから俺も座った。一応座布団の上とはいえ、そろそろ本格的に寒くなってきた。炬燵でも出そうかと思案する。

 

 

「俺先に煙草吸うし飲んでていいぞ」

 

 

 箱から1本取り出して机に投げ出す。そんな気はなかったのだが、三浦は目敏く放り出したパッケージを見ていた。

 

 

「あれ?何これ色違い?」

 

 

 色違い、とは恐らく居酒屋で2人飲みした時に見られたやつとのことを言っているのだろう。あっちはネイビーに文字だったが、俺が今机に放ったのは黄色に文字が書かれているやつだ。どちらもPeaceとあるのでそう思ったんだろうな。

 

 

「まあ大体合ってるな。中身は一応違うけど」

 

 

 説明してもよかったが、ロングピースがなんたらライトがなんたらと言っても興味ないかと思いそれ以上は言わなかった。

 

 

 火を点け、煙を吸う。ふう、と吐くこの自己陶酔にも似た余韻が煙草をやめられなくする。というかやっぱロングピース強いな。流石のタール量だ。

 

 …これでこのレベルなら両切りとか絶対無理だな。吸うとしてももう少し慣れてからだ。

 

 

 幾度と煙を吸っていると、特有の脳クラ(俺命名、名の通りクラクラするため)が襲い、どこかへトリップするような錯覚に陥る。この脳クラが俺の赤信号を示しており、灰皿に煙草を押し付け火を消した。

 

 

 その一連の流れを三浦は飲みもせず見ていた。

 

 

「どうした三浦。煙草吸いたいのか?」

 

 

「いや、別にそんなつもりじゃないけど…。なんか絵になるなあって」

 

 

「そりゃどうも。記念に1箱やるよ」

 

 

 隅に置かれた1カートンの中から1箱取り出し、ついでに平塚先生からライターを貰う前に使っていた100円ライターも渡す。

 

 ん?平塚先生からは20歳の誕生日にライターを貰ったのに100円ライターがあるのはおかしい?察してくれよバーニー。

 

 

「え?いやいや、悪いって。てかあーしも欲しいわけじゃないし」

 

 

 対する三浦はそれほど好意的な反応ではなく、返そうとしていた。

 

 

「…あれ見えるか?俺が持ってきたところの煙草」

 

 

 残り8箱ほどが並んでいるところを指さす。

 

 

「見えてるけど、それが?」

 

 

「で、だ。この箱何本入っているか知ってるか?」

 

 

「さあ。12本くらい?」

 

 

「20本だ。それで1カートンは10箱」

 

 

 ここまではいい。量が多くてもいずれはなくなるわけだから。

 

 だがしかし。

 

 

「これ賞味期限あるんだよ。大体半年ちょい先くらい」

 

 

「要は1日に何本も吸えないやつを1カートン間違えて買っちゃったから在庫処分してくれってこと?」

 

 

「なんであの時俺は酔っ払ってるのにコンビニ行ったんだろうな…」

 

 

 黄昏ながら缶を開ける。三浦は依然開けておらず、渡された煙草をまじまじと見ていた。

 

 

「シールのとこは全部取らないように気を付けろ」

 

 

「はいはい」

 

 

 言われた通り三浦は片方だけ開け、ぎっしり詰まった中から1本取り出した。

 

 

「ねえ、これどっちから吸うの?」

 

 

「白い方。線入ってる方だ」

 

 

 ああ、なるほどねと返して早速火をつけようとする三浦。ぎこちない手つきでライターから煙草に着火し、炙りすぎかと思うくらい火を当ててライターを消した。

 

 

 三浦は火のついた煙草に口をつけ、見様見真似で息を吸った(誰でも初めは見様見真似だけども)。むせることなく、それでいてしっかり肺に煙を溜めてから一気に煙を吐いた。

 

 

「あれ、あーしこれ案外行けるね。煙草って意外とちょろい?」

 

 

「煙草は初めから行ける人と行けない人がいるらしい。俺も前者だったから気持ちはわかる」

 

 

「…っふうー…。…ってあれ、なんなクラクラしてきた。ヒキオ〜、これヤバイやつ?」

 

 

「俺はいつもそこでやめてる。…けどお前の場合はまだちょっとだけしか吸えてないな。とりあえずそこまで来たらあとは自分のタイミングで消せばいい」

 

 

 わかった、と答えた三浦はそれから2、3度吸ってから火を消した。他の銘柄とは異なる独特の匂いが部屋を満たし、お互い吸い終わったというのにその後も余韻に浸っていた。

 

 しかし換気をしないわけにもいかないので一旦立ち上がる。三浦は初めての喫煙で柄にもなく緊張していたのか、糸が切れたように机に突っ伏していた。

 

 

 ベランダを解放し、網戸越しに部屋と外を隔てる。漏れ出す煙の後は目に見えないが、確かに消えていく。

 

 

 机に戻ると三浦はビールを開けようとしており、それに倣って俺も開ける。

 

 

「乾杯は?」

 

 

「しなくていいだろ」

 

 

 短く返すと、三浦はうんとも言わず口に運んだ。銘柄は以前飲んだやつである。

 

 

「ヒキオ」

 

 

「なんだ?」

 

 

「今日また余計なことしようとしたでしょ」

 

 

 余計なことって言うと、やはり優ちゃんの母親に言おうとしたことだろう。

 

 

「俺なら総合ダメージが少なくなると思ったからな。お前も親戚との仲が悪くならずに済む」

 

 

「でも」

 

 

「前のことみたいにはしないようにするつもりだった…けどもまあ、結局一緒だわな」

 

 

 ビールを呷ってそう漏らす。そう、結局同じなのだ。俺のやろうとしていることは確かにその場でのダメージ総数は少ない。しかしその後に発生する痛みは考慮していない。過去の俺は自分には(のち)に起きる痛みなんて、俺に関しては考える必要が無いと思っていた。それはひとえにぼっちだからと言う理由で片付けられるものであり、事実ある時期まではそうだった。あとは俺が傷つくことに慣れていたというのもある。

 

 

 しかし自分で言うのもなんだが俺の存在は希薄だった頃とは変容し、今にしたって俺が傷を受けることで三浦にも傷が行く可能性は拭えない。いや、以前の合コンで泣かせてしまっているあたり既にこれは確定事項か。俺のために泣く、なんてセンチでロマンティックなことは言わないが、助けてもらった(これも自分で言うのは躊躇われるが)ことに対して自身に不甲斐なさや憤り、果ては純然たる悲しみさえ抱くかもしれない。

 

 

 俺の考えていたことが透けて見えたのか、それ以上三浦は言及してこなかった。静寂に包まれる部屋には喉を通る液体の音しか聞こえない。

 

 

「…あ、そうだ」

 

 

 思い出したかのように三浦が呟く。俺は口を挟まず続きを待った。

 

 

「ヒキオなんか優ちゃんにめっちゃ好かれてたね」

 

 

「幼女の頃の好きなんて一過性だ」

 

 

「なんか幼女って呼び方キモいし。せめて幼児にしな」

 

 

 謎の忠告を受け、三浦は再度豪快にビールを呷った。

 

 

「また遊んでって言われたら遊んであげなよ」

 

 

「そん時はお前も一緒だよな?」

 

 

「当たり前。あーしがいなかったらヒキオ手出しそうだかんね」

 

 

 

 取り留めもない会話をそれからも続け、途中で酒が切れても俺と三浦は夜が更けるまで話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8話

 12月に入って少しした頃。私は大学の帰り道に並木道を歩いていた。木枯らしは私を正面から殴りつけ、葉のない裸の木を懸命に揺らす。

 

 思わず寒さに顔を歪め、両手にした手袋を顔に添える。せめてもの抵抗だが、見た目ほど効果はない。なにせ手袋に体温から不足無く熱が伝えられているわけではないのだ。しかしほとんど意味の無いことでもしないよりはまし、言い換えると少しは意味があるのだからするべきだと言える。

 

 少し行くと並木道は普通の歩道に変わり、その先には病院もある。そのためかもしくは季節のせいか、現在で歩いている人は目に見える限りだと私を除いて2人ほどしかいない。そのどちらも手袋やマフラーの他にイヤーマフやコートを着ており、私みたいにめちゃくちゃ寒がっているわけではなかった。

 

 かくいう私も手袋は先ほどの通り、ベージュのコートも着ている。ポケットの部分はふわふわの毛で覆われており暖かそうに見えるが、この服は意外と通気性が良く防寒着としては及第点を割るレベルである。

 

 

 このままだとまずい。そう悟った私は早く家に帰ろうと考えたが、ここから駅までもなかなか距離がある。駅よりも近くの店やデパートで時間を潰せたらなあ、そんな風に思わずにはいられなかった。

 

 

「丁度お昼も食べてないしね」

 

 

 誰ともなしに呟く。この辺りに飲食店なんてあったかな。どちらかというのここは住宅地にあたり、車の往来や人の多さは周りよりも上だがいかんせん店の数に欠ける。

 

 結局思いつく限りでは大型モールのフードコートしかなく、そこへ行くことを決めた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 ついて早々、私は喫煙室へ向かった。喫煙室はトイレに近いことが多く、ここのも例に漏れずトイレへ向かったら自然と見つかった。

 

 中に入り鞄から貰った煙草とこれまた貰ったライターを取り出し、煙草に火をつける。私の周りには1人壮年の男性がいた。スーツを着ているので昼休み中なのだろうか。

 

 肺に煙を溜め、細かく吹く。極端にではないが少し口をすぼめているので、見ようによるとキス顔にも見えるかもしれない。そうなると私は煙草とキスしていることになるのかな、なんてヒキオの考えそうなことを頭の中で呟きながら煙草を堪能する。

 

 私のペースは2、3日に1本となかなかに健康的なものだ。身体に悪いのはわかっているが、貰った手前捨てるのも悪いからね。結局吸いたい時に吸うというのに落ち着いた。それが2、3日に1本なわけだから、私の体はまだまだ健康と言えるだろう。

 

 

 私が吸い終わる頃にはスーツの男性はすでに出ていた。私1人だけが支配する空間はどこか懐かしい気もしたが、はっきりと心当たりを見つけられなかったので思考を打ち切り外へ出た。

 

 出たは良いものの食欲が起きない。来る途中は何を食べるか考えていたのに、私の心は今や見る影もない。

 

 

「屋上でも行こうかな」

 

 

 ここの屋上は小さなテーマパークのようになっており、珍しく駐車場は屋上にはない。代わりに建物内に含まれている。

 

 

 昔ここに来たかな、と思い返してみたが一切覚えがない。実家からそれほど遠い距離でもないので来たこともあるかもしれないが、少なくとも今は思い出せない。

 

 

 

「うわっ、子ども多っ」

 

 

 屋上では何か催しをやっているのか、大勢の親子で溢れかえっていた。普段を知らない私でもこの場所が盛り上がっているのを感じ取れるし、屋台みたいなのやら大きな風船やらで賑わっているのは想像に難くない。

 

 

 奥にはステージと長椅子が用意されているので、おそらくはヒーローショーか何かだろう。ちょこちょこ大人だけのグループも見えるのでもしかしたら本人挨拶とかなのかもしれない。あんまわかんないけどね。

 

 

 ……お腹が空くまでとりあえず回ってみようかな、なんて歩いたのが運の尽きだったのかも。

 

 

「ね、ねえお姉さん。もも、もしかして君もこれ見に来たの?」

 

 

 いかにもな風貌をした男2人組がナンパしてきた。正直これをナンパと言って良いのか、認めていいのかわからないがとりあえず胸糞悪いことだけは確かだ。

 

 

 こういう相手の時はナンパ撃退法No.4だね。

 

 

「……は?あーしになんか用?」

 

 

 私より少し高いくらいの身長だろうか。ヒールを履いていたので目線は同じくらいになっている。唐突の威圧が功を奏したようで、その2人組はすみませんと言うや否や走って逃げ出したようだ。

 

 ああいうのホント鬱陶しい。まあチャラ男じゃなかっただけまだましだけども。あれがチャラ男だったら逆ギレされて面倒臭いことになっていたのだろう。

 

 そういう時は撃退法No.1の『ごめんなさい、あーし彼氏いるので(隼人の写真見せながら)』が最適だ。いくら振られたとはいえ、こういった使い方なら隼人も許してくれるだろう。

 

 

 

 それだけは、私の特権なのかもしれないね。

 

 

 

 さらに歩くこと5分。たまに目に入る先ほどの2人に対して少しイラついたので、外を一望できそうなところへ移動した。屋上だけあって景色は良い。これが春とかなら並木道の桜も綺麗に映るのだろう。

 

 

 ふと隣を見ると、どうやらここの店員が休憩をしているのか煙草を吸っていた。帽子を深くかぶっており、顔までは見えないが背丈からして男だろう。子どもたちを見ては、風船を見る。そして煙草を吸う。この繰り返しだ。

 

 

 ……なんか怪しくない?そう思いこの人が煙草を吸い終わってからも観察していると、風船を見ては子どもを見るといった不可思議な行動を繰り返していた。休憩にしては時間もおかしい。

 

 

 そこからの行動は早かった。

 

 

「ねえあんた、さっきから挙動不審だけど本当にここの店員?」

 

 

「は?」

 

 

「警察」

 

 

「…その早とちりは何とかしろよ。俺じゃなかったら何されるかもわからん」

 

 

 帽子を取り、素顔を顕にする。見た目は同い年くらいで顔は割と整っている。髪の毛は染めたりせず普通の……、ってか。

 

 

「またヒキオ?偶然続きすぎて引くレベルなんですけど。あーしのストーカー?」

 

 

「今回はお前が声掛けてきたんだろうが…」

 

 

 声を掛けるというか警察呼ぶよ勧告かな。てか最近ヒキオとよく会う気がする。もしかしたらこういうのが運命だったりしてね。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「へえ、そんなバイトあるんだ。全然知らなかった」

 

 

「こんなのは探そうとしなきゃ見つからねえしな」

 

 

 曰く、風船を見ていたのはバイトだそうだ。日当9000円らしく、ヒキオがするのは専ら日払いのものであり、その理由というのも長い間バイトしていたら気付くとぼっちになってやめているからだという。

 

 

「楽しい?」

 

 

「いや、全く。けど楽なんだよ」

 

 

「あーしには出来ない仕事だわ。絶対飽きる」

 

 

「慣れたら割の良い仕事なんだよ。今日のは6時には上がれそうだしな」

 

 

「そう」

 

 

 時給に換算すると確かに良さげだな、なんて思いながらその場を後にしようとする。ずっと話してるような仲でもないし、少なくとも私には話すことは無かった。

 

 

「三浦」

 

 

「何?」

 

 

 呼び止められるとは思っておらず、反射的に立ち止まる。

 

 

「……お前、今日の夕方から、っつか6時以降空いてるか?」

 

 

「まあ空いてるけど」

 

 

 言いにくそうなことなのか、ヒキオは少し変な顔をしていた。

 

 

「駅前の甘味処つったらいいのか、付き合ってくれないか?」

 

 

「…」

 

 

「何UMA見つけたみたいな顔してんだよ」

 

 

「UMA要素はあるでしょ、目とか」

 

 

「ねえよ、いやあるけど」

 

 

「アプリオリで先天的なUMAサイドの未確認的眼球というか」

 

 

「玉縄っぽく言ってんじゃねえ。てかお前知らないはずだろうが」

 

 

 実際は結衣から聞いたし知ってます。一時グループで流行ったまであるし。

 

 

「とりあえず6時過ぎにここいたらいい?」

 

 

「いや、6時半に駅で頼むわ。その方が楽だろ」

 

 

「おっけ。んじゃあーしご飯食べてくる」

 

 

 あいよと返し、ヒキオはまた風船を見上げた。

 

 

 まさかヒキオに誘われるとは思ってなかったな。こんなデートもどき?って言っていいのかわかんないけど、ヒキオは絶対にしないと思ってた。誘うとしても結衣とか雪ノ下さんとか、他にはあの後輩生徒会長とかね。

 

 

 そこを抑えて私が選ばれたって考えると、少しばかりの優越感に浸れた。まあたまたまここに私がいたからだと思うけどね。

 

 

 それまでどうしようかな。私は不覚にも弾んだ心でフードコートへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6時半、ヒキオに指定された時間丁度に駅へ着いた。見渡しても見当たらず、バイトが長引いたのかと勘繰る。

 

 

「おい」

 

 

「うわあっ!!…ヒキオ、あんたミスディレクション使いすぎ。自重しろし」

 

 

「その『自重しろし』は使い所迷走しすぎだ。店はこっちにあるから」

 

 

 ヒキオはいつもの地味な服装をしており、間違ってもデートに来る服装ではなかった。大きめの黒いコートに濃いベージュのズボンを履いており、奇しくも私のコートと合わせているみたいで幾分かの羞恥心を覚えた。

 

 バイト終わって直で来たはずだから意識してるわけないんだけどね。よくある被り。よくある偶然。

 

 

 ……にしてはヒキオとの偶然は多い気もするけどね。未だに連絡先も知らないのに、よくこれだけ一緒にいるよ。ホントに。

 

 

 連れられた先は何度か入ったことのあるところで、全体的にキラキラしているカフェだ。中はニスで煌めく木の机が並び、カウンター席には何人かの男がPCを叩いているのみで残りの殆どは女が占めている。

 

 

「確かにここはヒキオ1人じゃ入れないね」

 

 

「そういうことだ」

 

 

 私と同じかそれよりちょっと下くらいの女の子がぱたぱたと駆けてき、私が2名と伝えると奥の席に案内された。対面式で、椅子とソファが机を挟んでいた。

 

 

 私がどっちに座るか、と聞こうとしたらヒキオはそれより早く椅子の方へ座った。

 

 

 ……こういうの、ちょっとずるい。結構ストライクなことしてくんじゃん。

 

 

 無言の圧力とは違うけど、ともかく2人とも座ることが出来たので改めてメニューを広げる。

 

 

「メニューなんだが、カップル限定のこれ頼んでいいか?」

 

 

「は?ちょっと何回か飲んだだけで彼氏面すんの?それマジキモイんだけど」

 

 

「昼のやつもだがお前は結論を急ぎすぎんだよ。ちゃんとこれの内容見たか?」

 

 

 指で示すメニューには、カップル限定糖分甘々!と初見では意味のわからない殺し文句が書かれていた。写真には普通のパフェの1.5倍くらいのものが映っており、下の方には『カップル限定♡ごめんなさいっ!』と注意書き。昨今のインスタ映え意識というやつだろうか。確かにこれなら映えそうな被写体ではある。

 

 

「あーしの悪い癖だね。直すよ」

 

 

「そんな重く受け取らなくてもいいが…、とりあえずこれ頼むわ。お前は?」

 

 

「これあーしも食べていいんだよね?」

 

 

「そりゃな」

 

 

「じゃあ何も頼まない。その代わりこれ割り勘ってことでお願いね」

 

 

「これくらいは俺が払うぞ?元々言い出したのは俺だし、金も入ってるからな」

 

 

「…なんか毎回奢られると癪に障るけど、それならお願い」

 

 

 すいません、と店員に声を掛けてカップル限定のパフェを頼む。こういう店の店員は笑顔を絶やさないから凄いよね。私のとこは真顔でも全然許されるあたり、ここの教育は凄いのだろうとひとり戦慄を覚える。絶対できないな、私じゃ。

 

 

「結衣あたりならできそうだね」

 

 

「何の話だよ」

 

 

「独り言」

 

 

 そうかと返すなりヒキオは鞄から本を取り出した。ハードカバーのその本はこういった場所だと妙に映え、ともすればこれから食べるパフェよりもインスタ映えするんじゃないかとも感じる。

 

 

 

「お待たせいたしました、こちらカップル限定のスペシャルパフェでございます。あと恐縮ですがカップルだという証明、お願いできますか?」

 

 

「ん?証明?」

 

 

 その声は誰のものか。ヒキオとも私とも取れぬ発言に店員は慣れた口調で答えた。

 

 

「例えばキスであったり、手を繋ぐであったりですかね。中にはハグをされた方もいましたよ」

 

 

「え、なにそれ聞いてないし」

 

 

「ですが書かれておりますので…。嫌でしたら別に結構ですが…」

 

 

「あんま店員さんを困らせんなよ。ほら」

 

 

 落ち着いた声で私をたしなめ、机の上にあった私の手を指を絡めて掴んだ。

 

 

「これでいいですか?」

 

 

「ひっ、ヒキオ!?」

 

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

 まるで開花したような笑顔を浮かべ、店員は胸の前で両手を重ねていた。

 

 

「それに彼女さん、顔真っ赤ですねっ!」

 

 

「は、はあ!?なってないし!てか恥ずかしくないし!」

 

 

「それではごゆっくり!」

 

 

 一礼してその場を離れた店員は、心做しかスキップしているように見えた。無論そんなことは無いだろうが、上機嫌なのは間違いないだろう。

 

 

「てかヒキオもいつまで握ってるし!」

 

 

 乱暴に握られていた手を振りほどき、パフェに2つ刺さったスプーンのうち1つを手に取り口に運ぶ。甘さの暴力とも言えるような一口は胸焼けを起こしそうなレベルだった。

 

 

「…お前意外と初心だよな。ブラとか見せてくるくせに」

 

 

「うっさい!!」

 

 

 思い切り脛を蹴り上げた。ヒキオが悶絶している様子を見ても、一口の甘さは変わらなかったけど。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「今日は悪かったな。付き合わせて」

 

 

 1時間くらいだろうか。だらだら話しながら食べたりしてると日もすっかり落ちていた。

 

 

「別に。その代わりあーしがどっか行きたいとこあったらついてくること。いい?」

 

 

「まあ俺でいいならな」

 

 

 冷たい風が吹く。さらったのは会話そのものであり、暫しの静寂が流れる。

 

 

「…ねえヒキオ」

 

 

 絞るように出した声はまた危うくさらわれるところだった。

 

 

「なんだ?」

 

 

「行きたいとこあってもさ、連絡取れなかったら意味無いじゃん?」

 

 

「……ああ、なるほど」

 

 

「いや、だから…、えっと」

 

 

 なんだか無性に恥ずかしい。ただ連絡先を聞くだけ。なのになぜかこんなにも照れくさいのはなんでだろう。

 

 

 意識なんか、してるはずないんだけど。

 

 

 ぶーっ、ぶーっとマナーモードにしていたスマホが揺れる。

 

 

「ごめん、ちょいメール」

 

 

 丁度良いタイミングでメールが来た。とりあえずこれの処理をしている間だけでも落ち着こうとメールを開けると、そこには登録していないアドレスのものが届いていた。

 

 

 

 ──登録しておいてくれ。比企谷

 

 

 

「…あんた格好付けるときホントしすぎるくらい付けるよね」

 

 

「前に由比ヶ浜から聞いてたんだよ。ライター返してもらうためにな」

 

 

 それなら納得ではある。送る前に合コンで出会ってしまったわけなので、送る理由がなくなったのも合点はいく。

 

 

 

 ただし。

 

 

 

「ヒキオのこれは若干ストーカーっぽいし」

 

 

 

「お前の合点は早合点ばっかだな。いやマジで」

 

 

 お互いに微笑を浮かべ、最後にはまた風が会話を奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書き始めは明るかったのに、終えてみたら周りが暗くて驚きました。最近は日が落ちるのも早くなりましたね。



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9話

『〜〜♪』

 

 

「……んあ、目覚まし…?」

 

 

 頭上ではアニソンが鳴り響いていた。手探りでスマホを探し、重いまぶたを開けて音楽を止める。昨日はアラームをセットした覚えがないんだけどな…。

 

 布団の上で伸びをし、脱力する。何度か繰り返して目を覚まし、洗面所に移動しながらスマホを確認すると、先ほどの音楽はアラームではなくメールの着信音だった。普段メールを使う機会がないから思い当たらなかったというわけか。何それ酷くない?

 

 

「てか寒ィ…」

 

 

 12月17日。秋の面影も消えてから本格的な冬へと移行する。11月末あたりまでは温暖化やべえとか思ってたのに、気まぐれだったのは女心と空だけじゃなかったってわけだな。この寒さだと顔を洗うのも一苦労だ。

 

 とは言いつつも、温かくはせず冷水のまま顔に叩きつける。温水にするのはなぜか負けみたいに感じるからな。

 

 

 顔も洗い歯も磨き、食パンをトースターにぶち込んでからメールを確認した。

 

 

「…そんな気はしてたけども」

 

 

 差出人は三浦。会う頻度はそれほど多くないはずなのに、なぜかいつも一緒にいる気がする相手。内容はまだ見ていないが、恐らくいつもの宅飲みだろう。曰く店で飲むのは高くつくし、そもそもそんなとこでカッコつけながら飲む仲じゃないでしょ、らしい。これに俺はどう反応すれば良いかわからず、ただそうかとしか返せなかった。まあお互いに浮ついた感情がないのは確かである。

 

 

 

──

 

 

From 三浦

 

 

24日空いてる?空いてたらどっか行かない?

 

 

 

──

 

 

 

 ……浮ついた感情なんかねえし。いや別にクリスマスに初めてサシで女子から誘われたとかで浮かれてねえし?でもだからと言って断るのは筋違いだろ?折角俺を誘ってくれたんだ、しかも俺自身予定なんざあるわけない。

 

 

 トースターが子気味のいい音を立てて焼けたことを知らせる。ようやく暖まりだしたこたつから精一杯の嫌な顔で出て、食パンを取りに行く。普通より少し長めに焼いた食パンは程よく焦げ目をつけ、裏返すと網目状に模様が入っている。食パンを皿に置きマーガリンを冷蔵庫から取り出し、再度こたつに入る。皿を持つ手とこたつに入れた足は温もりを持ち、芯から暖まる錯覚を覚えた。

 

 

 左手で食パンを食べながら、右手でスマホをいじる。右の親指が文字を刻んでは消し、それを繰り返してやっと返信が出来上がる。最後に誤字を確認してから、三浦に送信した。

 

 

 

──

 

 

To 三浦

 

 

空いてる。その日は授業もないし、時間と場所頼むわ。

 

 

 

──

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 大学からの帰り道、俺は授業中に思いついた(この場合は思いついてしまった、かもしれない)ことに頭を悩ませていた。

 

 

(やっぱこういう時はプレゼントとかっているのか。俺のノリセンサーならいると反応してるんだが…)

 

 

 どんな時でも常に最悪のケースを想定しろ。今回だと“え、何調子乗ってんの?普通にキモいし”だ。しかし逆パターンの“マジで?普通こういう時は持ってくるのが当たり前じゃん?ノリもわかんないとか、キモ”かもしれない。

 

 ……あれ、これ詰んでね?もしかして最善策はそもそも断ることだったか?

 

 とは言いつつも、そんな選択肢は端からないわけで。どこぞのヘタレ不良系ぼっちも100人の友達がいないなら1人を100人分大切にしろと言われていることだし。三浦が100人分に当てはまるかは別としてだが。

 

 

 まだ5時前だというのにもう空が色を変えている。黄色とオレンジの狭間、東の空は既に暗くなりかけてもいた。

 

 

 ヒートテック2枚重ねに黒の大きいコートのおかげで体の寒さは凌げているが、如何せん顔が冷たくて仕方が無い。眼鏡とマスクをすれば完璧ではある。しかしそうなると職質されそうで怖いしなあ…。

 

 余談だが、俺は時たま伊達メガネをして外に出る。理由というのもその時々で、三浦と大学生になってから初めてあった時のような顔を隠したい時や、今回のように寒さ対策など色々である。あとは眼鏡をかけていると小町が褒めてくれるからだな。むしろこれが半分以上を占めていると言ってもいい。だって小町だしな。異論は許さん。

 

 

 

 結局買うことにした俺は適当な店に入った。こういうのがブティックと言うのだろうか、いかにも洋服店といったシックな店構えに華やいでいる内装。1人で入るには気後れもしそうなところだが、店員と話さなければいいだけのことだ。あれ販促にはなると思うけど俺みたいなやつには無意味だと思うんだよな。むしろ逆効果まである。

 

 たまたま近くにあった服を手に取り値札を見ると、どこか高級感のあるフォントで6400円とあった。大理石のような床に天井にある扇風機みたいなやつ(確かシーリングファンだったか)のせいで少なくとも5桁はするのだろうと思っていたが、どうやら見た目ほど高くないらしい。とりあえずここで買うことは決まった。

 

 

 なおも物色していると、それまで声をかけてこなかった女性の店員が近付いてきた。緊張するやらげんなりするやら、今まで気付かれていなかったのかと思うと癪だが、今更自分に存在感を求めても無意味だろう。自分で断言するのもどうかと思うが。

 

 

「あの…、何かお探しですか?」

 

 

 なぜか怪訝そうな目で訊いてくる。接客業でそれはダメだろう。

 

 

「ああ、えっと…、……?」

 

 

 俺にとっての三浦って何だ?恋人なわけはないし、かといって高校の頃のような他人とも違う。友達と言われるとそれも首を捻らざるを得なく、改めて考えてみると俺と三浦は不思議な関係だったようだ。

 

 

「…まあ、女にプレゼントですかね」

 

 

 結局出てきた答えは明言を避けたものだった。相答えるなり店員はああ、と意を得た様子で途端に笑顔になった。

 

 

「この時期だとやっぱりクリスマスですか!贈るとしたらお洋服か小物かとかは決めておられますか?」

 

 

「いや、別に決まってないですけど」

 

 

「なら小物にしましょう!お洋服だと身につける機会が限られてしまいますし、相手も相手で毎回着なきゃダメかと気を揉んでしまいますから」

 

 

「…ああ、なるほど」

 

 

 確かに俺が女ならそういったことを考えるかもしれない。小物と言うと、帽子とかペンダントだろうか。ふと思い出して胸のライターに触れ、軽く揺らしてみた。あいつも言っていたが、やはりこの重さはしっくりくる。胸の重みが俺の足を地につけてくれる気さえしてくる。こういった心底から気に入るようなものを贈ってみたいものだ。

 

 

 そう思うと、やはり平塚先生は偉大である。亀の甲より年の功…、おっと背中に冷や汗が垂れたぞ?恐怖が体に染みついてるのか、怖い怖い。

 

 

「こちらなんてどうでしょう?」

 

 

 店員が手に持っているのは大きめのマフラーだった。赤地に薄い黒の線がチェックとして入っており、黒の縦線と横線が被っているところは緑色っぽくなっている。

 

 

「小物ってマフラーとかも言うんすね」

 

 

「これはストールですけど、そうですね。今年は寒くなるらしいですから丁度良いのではないでしょうか?」

 

 

 マフラーじゃなくてストール?ネックレスとペンダント的な違いか?よくわからんが、適当にそうですねとだけ返しておいた。

 

 

「そういえば雪もそろそろ降るらしいですよ。寒冷前線も抜けてわかりやすい西高東低ですからね〜」

 

 

「…??まあ、とりあえずそれにします」

 

 

 俺の即決に驚いたのか、勧めたのは店員のはずなのに目をぱちくりしていた。

 

 

「即決ですね」

 

 

 奇しくも俺の考えていた単語と被り、心の中で苦笑を浮かべる。

 

 

「悩みすぎて変なのを選ぶより良いと思って」

 

 

「なるほど」

 

 

 

 それからはレジで支払いを済ませて店を後にした。4800円と俺にしてはなかなかの高額な買い物だったが(確か最近だとカートン買いが最高額だったはず)、納得のいく物が買えて満足である。

 

 

「……あ、あれも販促か」

 

 

 独り呟く。途中にあった店員が話す雪のくだり。生憎俺は内容の意味がよくわからなかったが、恐らくこれから寒くなると意識づけてストールを買わせようとするテクニックなのではないだろうか。

 

 

 合点がいき、ふと空を見上げた。今日は気温に見合わず晴れ模様である。雪は降りそうにない空だが、寒さだけは降雪の予感を漂わせていた。眼前に広がる街の風景もクリスマス一色であり、世界全体が雪を望んでいるようにも思え、そうじゃないのは俺と青空だけじゃないのかという錯覚さえ覚える。

 

 

 雑踏に取り残された俺は、そんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1週間は早いもので、気が付けば約束の日(クリスマスイブ)。10時に駅前で待ち合わせ、アウトレット行きたいと書かれたメールをもう一度確認し、9時半を示すスマホを閉じる。駅はいつも以上に混雑しており、心做しか人々の服装も綺麗に着飾っている気もする。対照的に俺はいつも通りの格好で、黒のコートに濃いベージュのズボンを着ていた。だって黒とかカッコいいだろ?こんな格好してたらもしかするとVRMMORPGに囚われるかもしれないからな。平仮名で言うとばーちゃるりありてぃまっしぶりーまるちぷれいやーおんらいんろーるぷれいんぐげーむ。長いな。

 

 

 15分ほど待つと、改札の向こうから見慣れた金髪縦ロールが歩いてきた。白のコートに足のラインを強調した黒のパンツを履いており、周りにいる男の視線を総ナメしていた。

 

 …あ、何人か彼女に殴られてるな。よきかなよきかな(ゲス顔)

 

 

「ヒキオ早っ。待った?」

 

 

 15分ほどな。そう答えようとしたのだが三浦の視線がいつもとは異質なものだと気が付いた。いや、異質というほど仰々しいものでもないが、少なくとも何かを期待している目だった。

 

 

「……いや、今さっき来たところだ」

 

 

「…うん、合格。ヒキオのくせによくわかってるじゃん」

 

 

 どうやら正解だったようで、内心安堵の溜息をつきながらそりゃよかったと返した。

 

 

「その服前も着てた?」

 

 

「いつの話かわかんねえけど、まあ大体この服だな。特にコートはこれしかない」

 

 

「なら丁度良いじゃん。アウトレットで適当に見繕ってあげるし。あとあーしにもクリスマスプレゼントとして色々買ってもらうからね」

 

 

 …来た。この流れだ。

 

 

「それなんだがな、三浦」

 

 

「どしたし、そんな改まって」

 

 

 ピッチを上げる心臓に落ち着けと命じながら、バッグに入れてある包装されたストールを取り出した。

 

 

「……クリスマスプレゼントとして、これで勘弁してくれないか」

 

 

 三浦は差し出した包装を受け取り、丁寧に中身を取り出した。

 

 

「ストール?あーしにくれんの?」

 

 

「…まあな。だからアウトレットでは何も買ってやらんぞ」

 

 

「………」

 

 

 5秒ほど無言だった三浦は、やがてお手本のような笑顔で笑った。

 

 

「ヒキオこれ良い感じじゃん!あーしこういうの欲しかったし!」

 

 

 言い終わるなり器用にストールを首に巻き、どう?と訊いてきた。

 

 

「悪くないんじゃねえの。……似合ってるよ」

 

 

「…そっか。ありがとね、ヒキオ。んじゃ行くよ」

 

 

 歩き出す三浦に、俺は少し遅れてついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





本当は11月末日までには投稿しようと思っていたのですが、11月って侍じゃね?と気付いた時には残り30分で12月でした。遅筆ですみません。



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10話

お気に入り数が爆上がりしていて天変地異か!?と思っていたらどうやら日刊ランキングに載せていただいていたようです。10位代半ば辺りだったはずですね。ありがたい話です。


…そ、そのせいで嬉しくなって書き上がるのが早くなったわけじゃないんだからね!(長




 電車に揺られること15分。俺と三浦は予定していたアウトレットに到着した。広々とした駐車場に所狭しと立ち並ぶ店舗の数々。

 

 服を買いに行ったことならば何度かあるが、こういったアウトレットに来た経験は1度もない。若干緊張した面持ちで身構えると、見かねたのか三浦が苦笑いでからかってきた。

 

 

「何、もしかして緊張してんの?あーしと一緒だから?」

 

 

「ばっか違えよお前、俺はただこんなキャピキャピしたとこには来たことなくてだな…」

 

 

「どうでもいいけどキャピキャピって表現古すぎない?流石にやばいっしょ」

 

 

 え、キャピキャピって古いの?たまに会う某女教師は割と普通に使ってるのに?ジェネレーションギャップってこわ…、おっと冷や汗が。てかこの流れつい最近もやったぞオイ。

 

 

 与太話もそこそこに、俺達は適当な店に入った。洋楽がBGMに使用されており、オーソドックスな服屋と言える。明るい店内であり、マネキンに着せられた冬用のコーデはその店の雰囲気を体現しているかのようだった。カジュアルと形容するのが最も的を射ているだろうな。

 

 

「お、これとか良くない?」

 

 

 三浦がまず手に取ったのは何故かサングラスで、大きめのそれは三浦の顔を用途以上に隠した。

 

 

「冬だぞ」

 

 

「別にいいっしょ、冬でも。あーしこういうの好きだしキープっと」

 

 

 そう言いながらもサングラスを元の場所に戻す。キープと言うとカゴなりなんなりに入れるのを想像したが、見た目を意識してなのかそういったことはしないようだ。それともそこまでほしくはないのか、どちらにせよ俺にはわからない感性である。

 

 

「あーしロンスカ欲しいんだよねー。あとパンツ」

 

 

「え、お前急に何言ってんの。やっぱりビッチか?」

 

 

「パンツ↓じゃなくパンツ↑!あとやっぱりってどういうことだし」

 

 

「なんで最近はズボンのことパンツって言うんだろうな。そもそも紛らわしいからズボンって言うことにしたんじゃねえの?」

 

 

「ああ、それはあるかもね。あとやっぱりってどういうことだし」

 

 

「マフラーとストールも謎だよな。あれを見分けるやつらの気が知れん」

 

 

「あれは元の用途が肩掛けか首に巻くかだから大きさで判断できんね。あとやっぱりってどういうことだし」

 

 

「あ、この服良さそうだな。小町によく似合いそうだ」

 

 

「あーしがさっきのビッチ発言忘れると思ったら大間違いだからね?」

 

 

「………」

 

 

 安易に人をビッチ呼ばわりしてはいけない。三十路教師をからかった時に出る冷や汗と同種のものをかきながら、そう悟りました(白目)

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 あれから何軒か回ったが、結局三浦は何も買うことは無かった。入っては見て、試着したと思ったら買わずに出る。俗に言うウインドウショッピングとはこのようなものなのだろうか。経験が無いからわからないが、そういうものなのだろうと勝手に納得する。無論俺は何も買っていない。

 

 

「あれ?あそこあんなんできてたんだ」

 

 

 三浦の示す店はパッと見余り目立たなく、表にある名前にも聞き覚えがない。しかし三浦の発言からしてもできて間もないのは確かであり、周りの店よりも幾分綺麗に映った。

 

 

「しかも丁度ロンスカ置いてんじゃん。行くよ」

 

 

「よくこの距離で見えたな…」

 

 

 連れられるまま店に入る。全体的に白を基調としており、所狭しと並ぶ商品の数々はどれも親しみやすいようなものだった。物を買わせるのなら入り組んだ構造の方が良いとは有名な話だが、ここはそんな小細工を嘲笑うかのように開けた店内である。

 

 

「良い雰囲気じゃん、ここ。あーしドンキみたいなゴチャゴチャしたの嫌いなんだよねー」

 

 

「意味はあるんだけどな」

 

 

「ああ、あれっしょ?コンビニの左回りの法則的なやつ。あっ、これ可愛い」

 

 

 俺の返事も待たず商品を物色する。アホそうな見た目だがたまに博識なところを見せるところは、由比ヶ浜とは違う、また雪ノ下とは別の知性を感じる。見た目で判断するのは俺の性に合わないが、世間一般のイメージと照らし合わせた時のギャップがあるのは事実だ。

 

 

 恐らく、俺がこいつにどこか惹かれるのはそういったとこなのだろうな。

 

 

「…いや惹かれるつってもそういうのじゃねえけど」

 

 

「は?何?」

 

 

「独り言だ」

 

 

「そ。それよりこれ良くない?」

 

 

 三浦が手にしているのはジーンズみたいな色をしたロングスカートだ。ジーンズといっても濃いめのものであり、生地も厚そうに見えるので見た目も機能性も中々良さげだと思う。

 

 

「いいんじゃねえの。上に白のもこもこしたやつとか着たら合うと思うぞ」

 

 

「ついにあーしと感性似てきたね。それ同じこと思ってた。こんな感じの服のことっしょ?」

 

 

 指を走らせスマホを見せてくる。画面に表示されていたのは考えていたものと全く同じ系統だった。

 

 

「それだな。買うのか?」

 

 

「うーん…、まあまだ何も買ってないし買おっかな。丁度ヒキオのくれたストールにも合いそうだし」

 

 

 そう言って三浦は試着すらすることなくレジのところへ持っていった。余程気に入っていたのか、または着ずともわかるのか。どちらにせよ俺にはわからないことだが、遠巻きに見ても三浦に悩みの色は見えなかった。

 

 

 

 

 

「お昼どうする?」

 

 

「フードコートとかねえの?……ってか寒っ」

 

 

 外に出ると、朝よりも冷え込んだ空気に思わず体を縮こまらせた。雲も薄く広がりだして、太陽は見えなくなっていた。

 

 

「まあ冬だしね。気圧配置もお手本みたいな感じだったし」

 

 

 何それ、最近流行ってんの?ストールん時も聞くとは思わなかったが、まさか三浦から聞くなんてな。文系なのに何でそんな詳しいんだよ。もしかして俺が知らなさすぎるのか?

 

 

「フードコートは多分混みまくってるんじゃない?ほら、そこフードコートだけど並んでる人めっちゃいるし」

 

 

 指差すところを見るが、生憎俺にそこまでの視力はないので判断はできなかった。

 

 

「アマゾネスかよ」

 

 

「目のこと言ってんなら南米じゃなくてアフリカでしょ。どうする?外で良いならそこにハンバーガーとか売ってるとこあるけど」

 

 

「そうするか。寒ィつっても我慢出来ないほどじゃねえし」

 

 

「んじゃあーし買ってくるから、適当に座るとこ確保しといてよ」

 

 

「あいよ」

 

 

 三浦が先にあるハンバーガーショップに向かうのを確認してから、俺は空いているテーブルと椅子を確保した。椅子とテーブルはいずれも木で出来ており、テーブルの真ん中にはパラソルが貫いていた。大きめのパラソルは少々の雨が降っても濡れない程度には広かった。

 

 

 しかし、やはりというか周りを見渡すとカップルが多いな。いつかのカップル限定というフレーズは見ないが、クリスマスカラー一色のここは言外に男女を歓迎しているようにも思える。バイトらしきサンタコスの男は軽く見渡しただけでも2人、トナカイも合わせると3人いた。性格上俺にはああいうバイトはできないだろうな、と他人事のように考えながら空を見上げた。パラソルのことを失念していたので正確にはパラソルの内側を、というのが正しいが。

 

 椅子を後ろへやって再度見上げると、雲に覆われた太陽を見つけることが出来た。今日は風も強いのでみるみるうちに雲が流される中、太陽だけは居場所を変えずそこに佇んでいる。どこかでこんな風景を見たなと感じながらも思い出すことは叶わず、そうこうしている内に三浦がこちらへ歩いてきた。

 

 

「適当に買ったけどこれでいいよね?」

 

 

 三浦が俺の前に置いたのはリブサンドだった。ハンバーガーかと思ったらまさかのチョイスだな。別にこれはこれで好きだが。

 

 

「いくらだった?2000円あれば足りるよな」

 

 

「それあーしの分も数えてるっしょ。いいよ、これくらい奢るし」

 

 

「…まあストールもやったしな」

 

 

「自分で言うとかマジないんですけど?まあつっても、あーしめっちゃ奢られてるから気にしなくていいしね、ホント」

 

 

 考えてみるとなるほどと言ってしまいそうになるが、これを口に出すと本当に“ない”やつだろうとは察しがついたので飲み込む。

 

 

「ならお言葉に甘えて。……の前に、煙草吸うか。最近頻度多くなってるな…」

 

 

 ポケットに入れていた箱を取り出し、慣れた手つきで火をつける。昔はつけてもつけても火がたたないと苦労したもんだな。

 

 

「火つくの早いね。あーし4回くらいしなきゃつかないんだけど、なんかコツとかあんの?」

 

 

「エスパーかよ。……コツっつか、お前つける時に吸ってないだろ?吸いながらつけたら一発でいけるはずだ」

 

 

 俺も気付くまでに5本は無駄にしてた。まあ三浦には言わねえけど。

 

 

 肺を煙で満たし、気持ち斜めに吐く。いくら三浦も喫煙者と言えど、正面から叩きつけるのはマナー違反だろう。

 

 

「前は頻度1日に1回って言ってたよね。今どんくらい?」

 

 

「言っても2、3本だけどな。脳クラさせんのは夜だけとはいえ」

 

 

「ああ、それあーしもよくなる。風呂上がってのぼせた時みたいな感じのやつだよね」

 

 

「それだな。煙草の場合は心地良さも伴うけどな」

 

 

 灰を落とそうとした時、ここに灰皿がないことに気付いた。仕方なくリブサンドを左手で持ち、残された包装紙に灰を落とす。包装紙といっても純粋な紙ではなく肌触りがつるつるするものなので火が起きる危険性はなかった。

 

 

 

 

 

 それから少しして、俺と三浦はアウトレットを出た。最終的に三浦はロンスカ、俺に至っては何も買わないというひやかしもいいところの客だった。まあアウトレットなんてそういうものかと考え直し、人がまばらな道を2人で歩いていた。

 

 

「近郊都市とはいえ、これ人少なすぎだろ。ましてクリスマスじゃねえのかよ」

 

 

「クリスマスだからこそかもね。つってもこの時間なら人増えてもいいと思うんだけど、まあたまたまっしょ」

 

 

 今の時間は2時の中ほど。元々食べだした時間が遅かった上に食べ終わってからも駄弁っていたのが原因だ。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

 思い出したかのように三浦が口を開く。

 

 

「プリクラ撮らない?あーし地味にヒキオと撮ったことないんだよね」

 

 

「なんで義務みたいになってんだよ」

 

 

「別にあーしが撮りたいだけだし、それとも撮られたら魂抜かれる的な話?」

 

 

「いつの時代だよ……、まあいいけど。ただこの辺にはそういうのないだろ」

 

 

 大型モールやアウトレットは車でならやっと行けるような、中心部からは遠く離れたところにある。それは土地が安いからであり、ゲーセンのような縦に伸ばせば広い土地はいらないところは駅近くに位置することが多い。つまりアウトレットとプリクラは近くに並立しないということだ。

 

 三浦もそれはわかっているようで、どうしようかと唸っていた。

 

 

「…あ、あれならいいんじゃない?」

 

 

 真っ直ぐ伸びた道の先には、なぜかポツンと置かれている証明写真機があった。

 

 

「証明写真機でプリクラって、お前はどこぞのスクールアイドルかよ」

 

 

 それもリーダー。高校生の頃の中心にいた境遇を考えるとあながち間違いでもない気がするが、ああいやこいつに限ってあれだけの可愛さは振りまけないな。カリスマだけならわからんが。

 

 

「あーしはそっちより今の方が好きだし。ほら、行くよ」

 

 

「おい、服引っ張るな…、ん?お前スクールアイドル系女子のこと知ってんのかよ。意外性ありすぎだろ」

 

 

「なんか結衣がこういうのどう?って言うから一緒に見ただけだけどね」

 

 

 そういえば由比ヶ浜に神田明神に行ってみたいとか話した気がするな。元を正せば俺から伝わってんのかよ。世間は狭くてこわい(小並感)

 

 

 

 証明写真機の中に入ると、ありきたりな感想だが意外と狭いことがわかった。入るのは俺も三浦も初めてであり、思ったよりもくっつくことに落ち着かない思いをしていた。

 

 

「ちょっとヒキオ、今あーしの足触ったでしょ」

 

 

「狭いから仕方ないだろ…、いや触ってねえけど」

 

 

 とりあえず金を入れると、急に機体が喋りだした。どうやらカラーか白黒かを選べと言っているようだ。

 

 

「カラーでいいよな?」

 

 

「ひゃっ!」

 

 

「……カラーな」

 

 

「今の忘れないとヒキオはヒキコになるからね」

 

 

「えっ」

 

 

「裁ち(ばさみ)

 

 

「出会った中で今のが一番怖えな」

 

 

 雑談(?)を交わしながら、適当に設定を決めていく。進めながらわかったことだが、プリクラと違い証明写真は1枚きりしか出てこないらしい。ん?なんで俺がプリクラのことに詳しいかって?そりゃお前戸塚に関することなら忘れるわけないだろ。

 

 

「ほら、撮るから早く位置につけ」

 

 

「それ絶対プリん時にいう言葉じゃないし…。まあプリじゃないけど」

 

 

 最終確認をし、前のボタンを押す。カメラの奥が一瞬光り、これでいいかと機体が訊いてくる。俺と三浦は本当の証明写真のように真顔だった。

 

 

「…あーしなんかこれは違う気がする」

 

 

「だな」

 

 

 取り直しを押して、もう一度カメラを見る。あれ、これ何も変わってなくね?と思ったその時急に背中へと柔らかい質量がのしかかってきた。

 

 

「ほら、さっさと押す!」

 

 

「おま、近すぎるだろ!」

 

 

 俺のツッコミも虚しく、先にボタンを押した三浦は後ろから抱きついて俺の首に手を回していた。

 

 

 出来た写真はまるで男女のそれであり、驚いた顔で三浦を見る俺と俗に言うあすなろ抱きをした三浦が映っていた。

 

 

「これいいじゃん。決定」

 

 

 三浦は再度ボタンを押し、現像が始まる。機体がありがとうございますといって初めて撮影が終わったことに気がついた。

 

 

「…いつまで抱きついてんだよ」

 

 

 撮り終わったなおも抱きつきながら機体を操作していた三浦に、諦念の混じった声で言う。前のガラスに映った三浦の顔はどんどん羞恥に染め上がり、しかし形相に反して何も言わず機体の外へ出た。

 

 

「ハサミで切って…っと。ほら、半分」

 

 

 差し出した写真にはどう見てもカップルの2人だった。突き返すのもおかしな話なので一応受け取り、スマホのカバーにあるポケットへ入れた。

 

 

「あれ、もしかしてヒキオ意識してんの?」

 

 

「うるせえ」

 

 

「安心しな、あーしがヒキオになびくとかないから。ただ真顔のままじゃ味気なかったっしょ?だから仕方なくああしただけだし」

 

 

「……その割には赤い顔で写真に映ってるみたいだけどな」

 

 

「裁ち鋏じゃなくても普通のハサミならここにあるからね?」

 

 

「正直すまんかったと思ってる」

 

 

 三浦はスマホのカバーを外し、スマホとカバーの間にその写真を入れてからまた歩き出した。遅れて俺も歩き出すが、なぜか普通に歩いて追いつけるペースではなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「意外とかかったな」

 

 

「まあアウトレット行くだけでも割と歩くしね」

 

 

 4時頃、俺達は元の駅へ戻ってきていた。帰ってきたは良いもののこの後のことを全く決めておらず、どうしようかと立ち止まっていた。

 

 

「この辺だっけ。河川敷」

 

 

「懐かしいな」

 

 

 合コンの日、俺が三浦を見つけた場所。なぜか帰る気にもなれず歩いていたところへ、(うずくま)る人影を見つけた。あの予感めいた感覚はなんだったのだろうか。全くの偶然ではあるが、すべて導かれていたような気もする。無理に名前をつけるならば、月を綺麗に見るための導きだろうか。自分でも臭いと思いながら独り心の中で笑う。

 

 

「行くとこもないし、行くか」

 

 

「うん」

 

 

 今度は俺が前を歩き、三浦は後ろからついてきた。

 

 

 

 

 

 程なくして到着はした。何も無いまっさらな景色にゆっくりと流れる川。川沿いだからだろうか、寒い風が何度も通り過ぎる。

 

 

「何もないな」

 

 

「月も見えないしね。…あれなんだったの?本当に意味もなく?」

 

 

 あれとは月が綺麗に見えたことだろう。確認せずに話を進めた。

 

 

「合コンの時俺が外に煙草吸いに行ったのは覚えてるか?」

 

 

「あいつと一緒に行ったやつだよね」

 

 

「多分それだな。その時に『月が綺麗じゃない?』って聞かれたんだよ。その時は何も思わなかったんだが、三浦を見つけた時は綺麗に思えた……、おい変な勘違いはするなよ?」

 

 

「月が綺麗ですね、っての?あーしがヒキオのこと好きになる事はないから残念だね」

 

 

「俺もねえから。お前に告白するくらいなら戸塚に告白して玉砕するわ」

 

 

「あんた本当に戸塚のこと好きだよね……。やっぱ今は月見えないかなあ」

 

 

 見上げる三浦につられて俺も空を仰ぎ見る。太陽はもう少しで落ちそうであり、夕日が徐々に顔を出していた。

 

 

 

 

 ふわり、と白が舞い落ちる。

 

 

 

 

「雪?…いいじゃん、ホワイトクリスマスってやつ?」

 

 

「だな」

 

 

 チラチラと降りてくる雪は夕日に照らされ幻想的な様子を醸し出していた。

 

 粉雪はやって来ては消え、それを繰り返す。少しの間俺と三浦は時間を忘れていた。

 

 

「三浦」

 

 

「何?」

 

 

「この後どうする?宅飲みなら俺んちでいいけど」

 

 

 問われた三浦は、吐き出した白い息を解きながら。

 

 

 

「なんか今日みたいな日にアルコールはもったいないし。………もうちょっとだけ、浸っていたいかな」

 

 

 

 それからは俺と三浦は口を開かなかった。一体どれくらいそうしていたかはわからない。

 

 

 俺は三浦の肩に乗る雪が染みていくのを、ただぼんやりと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




咲-Saki-作品が3作同時発売されていてビビりました。ロリ怜と慕とビビクンが可愛すぎて禿げますねホント。



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11話

「今年も後少しだねー」

 

 

「ねー」

 

 

 12月31日、大晦日の19時半。私は家族でおばあちゃんの家に来ていた。元々お正月くらいは家に帰ろうと思っていたのだが、せっかくだから今年は親戚揃って年を過ごそうとなり今に至った。親戚と言っても母方のおばあちゃんという性質上、集まっているのは私のところと優ちゃんの家族だけである。そんなわけで今私と優ちゃんは居間でくつろいでいた。

 

 ここはゆうに築70年を超えており、今のようなコンクリート造りのものではなくて、構成されている殆どが木で出来ている。普通の家屋にしてはかなり広く、こうして優ちゃんと2人で床に座り込んでもまだまだスペースが余るほどだ。恐らく今いる7人(私の家族と優ちゃんの家族、それにおばあちゃんを合わせての数。おじいちゃんはすでに他界している)が集まっても圧迫感を感じないだろう。

 

 

「お姉ちゃん」

 

 

「ん?」

 

 

「お兄ちゃんはいないの?」

 

 

「ヒキオは…、お兄ちゃんは来ないね。来て欲しかった?」

 

 

「うん。だってあれから1回も会ってないもん」

 

 

 視線を落とし、少しもじもじしながら呟く。それにしても、ホント優ちゃんはヒキオのどこがそんなに気に入ったんだろう。確かに年下相手だとヒキオは無条件で優しくなる。それはあの後輩生徒会長を見ると顕著にあらわれているし、度々会話に出てくる妹の影響もあるのだろう。ただそうだとしてもたった1日で私と同じくらい、ともすると私より懐いているようにも見える。

 

 

 …やっぱロリコンの成せる技なのかな。これ言ったらヒキオ怒りそうだな、なんて考えながら優ちゃんの頭を撫でていた。

 

 

「んっ、何?」

 

 

「会いたい?」

 

 

「誰に?」

 

 

「お兄ちゃん」

 

 

 何を思ったのか、私はふとそんなことを提案していた。優ちゃんはすぐに処理できなかったのか大きな目をまん丸にしていた。

 

 

「うん!」

 

 

「だよねぇ」

 

 

 今からは現実的に不可能だ。ヒキオの住んでいるアパートからここまでは割と骨が折れる距離であり、そもそも優ちゃんが起きていられる時間までに到着できるとも思えない。

 

 

「今日は無理だけど、またすぐに会えるようにしとくね」

 

 

 結局私はお茶を濁した。いらない期待を持たせちゃったかな、なんて反省していると優ちゃんはすぐに返答した。

 

 

「じゃあ明日!明日の神社!」

 

 

「ああ、初詣。それなら…」

 

 

 どうなんだろう。尻すぼみに声のボリュームが小さくなり、無意識のうちにスマホを手に取る。この時間に寝ているなんてことはないだろうし、今から連絡すればもしかするといけるかもしれない。ただそんな勝手なことをお願いするのはなんというか、気が引けた。

 

 

 ……実際はそんなことより我儘なお願いもしてるんだけどね。要は合理化してる、私がヒキオに連絡しない理由を。

 

 

「クリスマスん時はいけたんだけどなあ…」

 

 

「??」

 

 

 私の呟きはすぐに消え、興味を失った優ちゃんはカーペットの上にごろんと寝転がった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 夜も深くなり、経つこと2時間。優ちゃんが起きていられるギリギリの時間だ。私とお父さん、それに優ちゃんと優ちゃんのお父さんは大きなテーブルの前に各々が座っていた。おばあちゃん達母娘3人は年越しそばを用意していた。実は私も手伝うと申し出たのだが、子どもは座っていなさいと軽くあしらわれた結果がこうである。

 

 もうアルコールも飲める歳なんだけどね、心の中でそう思ったが口には出さなかった。母娘での積もる話もあるのかもしれない。それに優ちゃんと遊ばせておくという理由もあるのかもしれない。色々勘案した結果手を出さないのが正しい選択だと考えたのだ。

 

 

(にしても、今年も終わりねえ)

 

 

 なんか高校の頃より一年が早くなってる気がする。確かルーティーン化される行動が多くなるとかなんとかだったっけ。よく覚えてないけど。

 

 てかヒキオと再会したのもつい3ヶ月前のことなんだよね。初めは居酒屋の相席で、その次は合コン。それから宅飲みとかしたり優ちゃんの面倒を見たり、なんて。思い返すとやはり時間相応にしていることは少ないけど、一緒にいた時間は1年よりも長く感じる。友達とだってそんな感覚は覚えたことがないし、あの頃の隼人にだってそんなことは思いもしなかった。

 

 ならヒキオとは一体どんな関係なんだろうか。友達はなんか違和感があるし、無論好きな相手でもない。じゃあ他人と言われるとそれも違う。多分これはヒキオに聞いても、私と同じような答えしか返ってこなさそう。お互いに同じ疑問を持つけどお互いに答えを持っていない。本来持つはずなのにね。

 

 無理に理由を探すなら、それは私たちの関係が中庸だからかな。こんなこと認めたくはないけど、友達と恋愛の真ん中にすっぽり収まってるからだと思う。いくらヒキオに恋愛感情はないと言えど、たまにする異性を感じさせる振舞いにドキッとさせられることもある。でもそこにはやはり恋愛感情がないからそれだけで終わるし、気まずくなったりもしない。

 

 

 ……なんか色々考えてたらごちゃごちゃしてきた。要は不思議な関係、それだけ。

 

 

「年越しそばできたわよ〜」

 

 

 母娘3人が呼びかける。座っていた私含め4人は立ち上がり、そばを取りに行く。お父さんはおばあちゃんの分も持ち、後はみんな1つずつ運んでいった。優ちゃんのは小さなお椀に入っていたので子どもでも楽々持つことができていた。

 

 

 みんな机の周りに座ると、全員がおばあちゃんの方へ視線を向けた。おばあちゃんの家で年を越す時は、いつもこの年越しそばの時間におばあちゃんが一年を締めくくるという恒例行事があるからだ。

 

 

「今年もお疲れ様でした。来年も頑張っていきましょうね。それでは、いただきます」

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

 来年はどんな年になるのだろうか。まだ見ぬ時間に思いを馳せながら、私は年越しそばを啜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気も澄み雲もまばら。肌寒さは感じるが我慢出来ない程でもない。神社に集まる人たちの服装もそれほど過度な防寒具は見えず、気持ちのいい朝に皆気分を昂らせていた。

 

 

「人多いね、お姉ちゃん」

 

 

「だね。まあここ割と大きい神社だし」

 

 

 私は優ちゃんと手を繋ぎながら神社を歩いていた。お母さん達もおり、私達は親族7人で初詣に来ていた。

 

 

「着物動きづらい〜」

 

 

「あーしも着る必要あったのかな…」

 

 

 優ちゃんは全体的に白とピンクで構成されたもので、花模様が散りばめられているその柄はお正月にふさわしい縁起の良さそうな雰囲気を醸していた。

 

 対して私のは黒がベースで袖と足のところに沢山の花があしらわれていた。優ちゃんは髪が短いからそのままだけど、私は三つ編みでハーフアップをつくり後ろで纏めている。そこに(かんざし)みたいなものを飾り、いかにも初詣に来た女子大生といった見た目になっていた。

 

 

「あ、甘酒。優ちゃんもいる?」

 

 

「あったかい?」

 

 

「うん。ぽかぽかしてるよ」

 

 

「じゃあ飲みたい!」

 

 

「おっけ」

 

 

 優ちゃんの歩幅に合わせながら、甘酒を配っているところへ歩いていき2つもらう。どうやら父親2人はすでにもらっていたようで、2人して舌鼓を打っていた。

 

 

「はい、優ちゃん」

 

 

「ありがとう!」

 

 

 優ちゃんは私の手を離し、甘酒を両手で持つ。あったかーい、と1人喜ぶ姿は微笑ましかった。

 

 ……甘酒って子どもでも飲めたよね?一抹の不安を覚えながら、甘酒を煽った。

 

 

「…おお、なかなかおいしいじゃん」

 

 

 甘酒といっても私がもらったこれは言うほど甘くなく、むしろお酒の印象が強かった。口に広がるほのかなアルコール臭は程よい心地よさを覚えさせ、これなら父親2人が喜ぶ理由もわかるなと勝手に理解していた。

 

 

「優ちゃん、大丈夫だった?」

 

 

 ふと気付いて優ちゃんに声をかける。大人の舌で美味しいと感じるのなら、優ちゃんの舌だとやばいんじゃ?という心配のもと訊いてみたが、優ちゃんは存外に大丈夫な様子だった。

 

 

「これ美味しいね!しかもあったかい!」

 

 

「そっか、よかった。それ美味しいって感じるのは大人の証拠だよ?すごいじゃん」

 

 

「ホント?優ちゃん大人!すごい!」

 

 

 破顔しながら見上げる。ある種の癖にもなっているが、優ちゃんの頭を撫でるといじらしい様子で甘酒から暖をとっていた。この子めっちゃ可愛いね、ホントマジで。甘酒を持っていなかったら抱きしめてたレベル。

 

 

 時間を潰していた甲斐もあり、参拝するところは少し人数が減っていた。昼になるにつれて人数も多くなるのが普通だが、ここは少し経つと色んな催しが開かれる。甘酒もその一部で、みんながそれに釣られる時間帯だけは若干人数が減るのだ。私は優ちゃんと2人で列の後ろへ並んだ。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんは何をお願いしたの?」

 

 

「あーしは特に…。あ、そうだ優ちゃん。こういうとこでのお願いは人に言ったらダメなんだよ?叶わなくなっちゃうからね」

 

 

「え、ほんとに?」

 

 

「うん。ところで優ちゃんは何をお願いした?」

 

 

「えっと、優ちゃんはね〜…、って言っちゃダメだよ!」

 

 

 あはは、そんな笑い声が私たち2人を幸福感で包む。和やかな雰囲気につい顔も綻んでしまう。辺りを見るとやはりというか、徐々に人が増えてきた。さっき並んだ列も私が最後尾だった時の2倍ほどになってるし、そろそろ帰り時かなあなんて思っていると。

 

 

「…あ、あれもしかして」

 

 

 よく目を凝らすと、見慣れた黒いコートにたまに付けている黒縁のメガネ。ぴょこんと立ったアホ毛でもわかる通り、ヒキオが遠くに立っていた。恐らく参拝の列に並ぼうとしたがあまりの人の多さに躊躇しているのだろう。

 

 

 ちょうど良かった、優ちゃんにも言ってあげよう。昨日も会いたがってたしね。そう思えたのはヒキオの右隣にいる2人を見るまでだった。

 

 

(結衣と雪ノ下さんか…。奉仕部で、ってことね)

 

 

 結衣はヒキオの袖を引っ張って列へ進もうとするが、ヒキオは長蛇の列を見て辟易とする。その時ばかりは雪ノ下さんも同調している様子であり、2人の間にたってやれやれと言わんばかりの顔だった。

 

 

 

 

 まあ、それ以上に。

 

 

 

 

(…あそこには入れないなあ。似た顔なら知ってるのに、あーしに見せたことない顔してるし)

 

 

 

 

 ふう、と軽いため息をつく。優ちゃんに帰ろうかと伝えようとするが、急に優ちゃんは手を離した。

 

 

「ねえねえあそこ!お兄ちゃんがいる!」

 

 

 そう言って優ちゃんはまるでスカートを上に持ち上げて走るお姫様のように走り出した。またこけるから危ないよ!そう言おうとした時にはすでにヒキオのもとへ辿り着いていた。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

 ばふっ、という擬音が聞こえてくるような飛びつきっぷりにヒキオも含め周囲の人は瞠目していた。

 

 

「え、あ、なんだこれ。おい由比ヶ浜、軽蔑した目で見んな!雪ノ下もスマホ下ろせ!」

 

 

 大きな声はここまで届き、ふと笑みがこぼれた私はヒキオの方へ歩いていった。

 

 

「ほら、ヒキオ困ってるよ?」

 

 

「あ、ごめんなさい…」

 

 

「優ちゃんだったのかよ…」

 

 

「「優ちゃん!?」」

 

 

 結衣と雪ノ下さんが一斉に驚く。どっかで優ちゃんのこと知ってたのかな?

 

 

「ちょ、ちょっとヒッキー!何そのあだ名!!あたしそれ聞いてないし!!」

 

 

「そうよ比企谷君。いくらあなたと言えどやっていいことと悪いことがあるわ。というかあなたがやることなら殆どのことが許されないまであるわね」

 

 

「?………、ああ。そういうことか」

 

 

「どういうことだし」

 

 

 持ち前のヒキオの察しの良さにより早くも合点がいったようだ。私は意味がわからずヒキオが話し出すのを待っていた。

 

 

「“優ちゃん”は三浦じゃなくてこの子だ。誰が三浦のことを優ちゃんなんか呼ぶかよ気色悪い」

 

 

「……ヒッキーのバカ」

 

 

「おま、ちょ、マジで気色悪い真似してんじゃねえよ三浦。鳥肌立ったぞ」

 

 

「ちょっとそれどういうことだし!てか優美子もだからね!」

 

 

 ワイワイ話していると、今度は後ろから父親2人が私達を見つけたのか歩いてきた。

 

 

「ん?君もしかして優美子ちゃんの彼氏の?あの時はお世話になったね」

 

 

「おい待て優美子、お前彼氏いたのか!?」

 

 

「ヒッキーが彼氏!?!?優美子どういうこと!?」

 

 

「ストップストップ!!全部誤解は解くからちょっと黙るし!」

 

 

 優ちゃんのお父さんの爆弾発言に周りが一層ざわめき立つ。全部説明し終わる頃には、すでに参拝の列の人々は一新されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の宅飲みにて。

 

 

「ヒキオ、初詣のこと覚えてる?つってもそんな前じゃないけど」

 

 

「阿鼻叫喚ってあのことを言うんだろうな。お前の親父さんがクソ怖かったことは覚えてる」

 

 

「それじゃなくて。あーしが声かける前、ヒキオすっごい良い顔してたよ。やっぱ奉仕部って良いね」

 

 

「……ま、否定はしない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




棟方愛海ちゃんに声帯が与えられましたね!デレ劇見た時自分でもどんだけでかい声出すんだよと驚きました。驚き声に驚く。これ永久機関じゃね?

自分はありす担当で、キュートだと師匠担当です。3週間連続で担当の子の話が来てご満悦のしゃけ式です。



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12話

今年はやけに寒いと思ったらラニーニャが起きてるらしいですね。これ豆知識なんですけど、ラニーニャって南米のどっかの言葉で『女の子』って意味なんですよね。

そのせいで自分はラニーニャは『クーデレ猫っ子の女の子』というイメージがあります。エルニーニョはドレッド頭の黒人男。



 1月と半ばを過ぎ、辺りは極寒と言うに相応しい寒さだった。大学の講義を受けているため今は寒くなく、むしろ暖かすぎるとも言えるが、道中はマジで凍死するんじゃないかと思うくらいである。窓の外に広がる寒さを尻目に、私は話半分に板書を取っていた。

 

 

「最近比企谷君とはどうなの?」

 

 

 友人が小声で話しかけてくる。彼女は前に合コンへ一緒に行った子であり、ヒキオを狙った子でもある。

 

 

「は?まあ普通に遊んだりとか宅飲みしたりだけど」

 

 

「へえ〜」

 

 

 にやにやと含みのある笑いで返事をする。片肘をついて煽る姿に少々イラッとしたが、口には出さない。

 

 

「いやいや、別にあいつとはなんもないから。マジで」

 

 

「でも宅飲みばっかかー。色気ないね」

 

 

「何回かは飲み屋とか行くけど」

 

 

 それも高くつくからあんま行かないけどね。私もヒキオも自炊は出来る方であり、わざわざつまみのために飲み屋に行くのは馬鹿らしいとお互い感じるのだ。

 

 

「それも色気ないじゃん。もっとほら、バー的なところとか?」

 

 

「…え、バー?行ったことあんの?てかあーしらが行くような場所なの?」

 

 

「今どきみんな行ってるよ?インスタ映えするし…、そういえば優美子インスタやってなかったっけ。じゃあ行ったことないのも無理ないか」

 

 

 嘘、マジで?そもそも飲むのにバーでなんてという選択肢はないし、てか1年以上一緒なのに誘われない私ってどうなの?なんか無性に負けた気分になってきた。

 

 

「…それってさ、行ったこと無かったりしたらやっぱ遅れてる?」

 

 

「まあ、一般的な女子大生からしたら?」

 

 

「そっか。じゃあ今日行ってくるわ。一緒に来ない?」

 

 

「やだよ、今日彼氏と既に予定あるし。こういう時こそ比企谷君じゃない?…っと」

 

 

 先生の終わりの合図で半数以上が席を立ち始める。どうやら最初にとった板書以外は全て口頭で説明したようだ。一般教養なんか適当にしたらいいと思う反面、ちょっと勿体ないことをしたなと感じる。

 

 

「てか、普通に考えてヒキオはないっしょ。絶対そんなとこ行ったことないって」

 

 

 あのヒキオに限ってバーなんて…、いや、もしかしたらあるかも。なんか変なとこで格好付けるし。

 

 

「じゃあ今から電話で聞いてみて、行ったことあったらその場で誘うことね?その代わりなかったら私がバーについていってあげるからさ。デートもぶちるし」

 

 

「…わかった。つっても賭けにすらなんないと思うんだけどね」

 

 

 スマホを操作してヒキオに発信する。ヒキオにメールはよくするのに電話はあまりしたことがなく、若干緊張しながらコール音を聞く。丁度4回目のコール音が止んだところで、ヒキオは電話に出た。

 

 

『もしもし』

 

 

「あ、ヒキオ?いきなりなんだけどさ、ヒキオってバーとか行ったことある?」

 

 

『まあ、何回かは』

 

 

「…え?」

 

 

『だから何回かはある。バーだろ?』

 

 

 ……え?マジで?ちょっと予想はしてたけど、ホントに?私ヒキオにすら負けてんの?

 

 

「ね、ね、どうなの?やっぱりあるんでしょ?ああいう系の男子って、意外とそういうの知ってると思うんだよね〜」

 

 

「……ヒキオ」

 

 

『なんだ?』

 

 

「今日あーしバー行くから、夜予定空けときなよ。いつも行ってるとこ連れてって」

 

 

『…藪から棒だな。何時がいい?』

 

 

「じゃあ7時に駅で」

 

 

『ん』

 

 

 そこで電話は切れ、スマホを机に置き一度ため息をつく。流石に白い息は出ないか、室内だし。

 

 

「誘ったってことはやっぱり行ったことあったか〜。だよねぇ、比企谷君てモテそうだもん」

 

 

「モテるかどうかは関係ないし」

 

 

 ヒキオがモテることを一概に否定出来ないのが腹立たしいけどね。出していた筆箱を乱暴に鞄へ詰めた。

 

 

「ま、ともかくデート誘えて良かったじゃん。私は比企谷君の性格ガチで無理だけど、優美子なら合いそうだし?」

 

 

「表面で判断すんなし。てかデートじゃないっつの」

 

 

 コートを持って立ち上がると、私達2人は教室を後にした。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 電車を降りた私は、上りのエスカレーターに乗りながらそんなことを思っていた。

 

 この時間は帰宅やら外食やらで人が多くなる。都心でないだけマシだとは思うが、それでも近郊だけ合ってやはり人は多い。移動時間を鑑みると定時の人たちは今が丁度ピークなのだろう。前後を見るとスーツを着た人が10人はいた。

 

 改札を出て真っ直ぐ行った先の左。いつもヒキオはそこの柱にもたれかかっている。大体1人でぼーっとしてるか、スマホを触っているかの二択だ。今日は何もせず流れる雑踏を見ては軽く息を吐いていた。

 

 

「ヒキオ」

 

 

 私が軽く肩を叩くと、ヒキオはをオーバーとも取れる勢いで肩を上下させた。

 

 

「って、三浦かよ。いきなり叩かれてクソビビったわ」

 

 

「ヒキオが敏感すぎるだけだし」

 

 

「なんせ触られた経験があまりないからな。菌扱いされたことならあるが」

 

 

「あれ何が楽しいんだろうね。あーしんとこもあったよそれ」

 

 

「小規模なシンクロニシティなのかもな」

 

 

 歩き出すヒキオに遅れてついていく。同時にヒキオは歩く速度を少し落とし、私と隣になるように調節する。いつの間にか歩道側も歩かされており、ヒキオのこの対女スキルは一体どこで磨かれたのだろうかと不思議に思う。

 

 ……ま、多分妹さんだろうね。後は後輩生徒会長。後者に至ってはあの頃の結衣も嘆いてたし。

 

 

 

 

 

「ここだな」

 

 

「なんか思ってたのと違う」

 

 

 眼前に見えるビルは想像するような大きなものではなく、5、6階位の小ぶりなビルだった。

 

 

「高層ビルは俺もほとんど行ったことねえよ。てかそんな高そうなとこ俺が好んで行くと思うか?」

 

 

「…ないね」

 

 

「心配しなくても、中に入れば思ってたところになる」

 

 

 開けたビルの正面に入り、左手にあるエレベーターに乗る。ゴウンゴウンと音を立てる様は年季を感じ、不自然なまでに明るい中も合わさってどこか胡散臭く感じる。すっごい失礼だけど。

 

 これは一人じゃ来れないな。去来した考えは4階で止まったエレベーターが開いてから改めさせられた。

 

 

「すっごヒキオ、これマジでバーじゃん!こっちは想像通りだし!」

 

 

「だろうな。俺が知ってる中だとここが1番バーっぽい」

 

 

 明るいエレベーター内とは一転、どこか薄暗いそこはいかにもといったところだった。入って右にカウンターとバーテンダーがおり、左にはテーブル席が2つある小さな店構え。アンティークなライトと全体的にシックな雰囲気は想像のものとぴったり重なる。

 

 バーテンダーの人がこちらに気付くと、何も言わず笑顔でカウンター席を手で示した。

 

 

「ヒキオ、あれヤバいし!今のめっちゃカッコイイじゃん!」

 

 

「だな。てかあんま騒ぐなよ、恥ずかしい」

 

 

 ヒキオに窘められても私の勢いは衰えず、浮ついた状態で席に着いた。バーテンダーの人は見た限りでは壮年の男性であり、長身でいてガッチリとした風貌はおよそバーには似つかわないように感じた。ただひとえに強そうだな、なんて稚拙な感想しか出てこない。

 

 

「何にします?」

 

 

「あ、えーっと……」

 

 

 ……あれ、こういう時何頼めばいいんだろ。メニュー表ないしわからないじゃん。とりあえず酒の名前言えばいいの?ビール…はおかしいし…、なんだろ、ハイボール?

 

 

「は、ハイボール!ハイボールは?!」

 

 

「ハイボールってまた身もふたもない言い方だな…。ハイボールってウイスキーか?」

 

 

「ああ、バーボンの方。バーボンソーダ?1つお願いします」

 

 

「俺はカルアミルクで」

 

 

「かしこまりました」

 

 

 バーテンダーさんは軽く会釈すると大きな冷蔵庫の方へと向かった。中から取り出したのは氷の入ったグラスだった。あの丸い氷ってどうやって作るんだろ。私が削ってもああなる自信は全くない。

 

 

 てかそれより。

 

 

「カルアミルク頼むとか可愛いね、あんた」

 

 

「度数は低くねえからトイトイだろ。いや何がトイトイか知らんが」

 

 

「よく考えたらカルアミルクって去年1回飲んだだけじゃん、あーし」

 

 

「去年はまだ19だろうが…」

 

 

「ヒキオだってそれくらいあんじゃないの」

 

 

「そういや煙草は19か。てかお前もよくハイボールなんか頼むな」

 

 

「あーしは別に何でも飲めるから」

 

 

「はい、こちらバーボンソーダです。こちらはカルアミルク」

 

 

 会話に割って注文した品を出してくる。このままフェードアウトするかと思いきや、バーテンダーさんはヒキオに話しかけた。

 

 

「そういえば今日はお連れ様が違うようですね」

 

 

「連れって前回の時すか。あれはたまたま下で会っただけで…」

 

 

「何、誰と行ったん?」

 

 

「葉山だよ。……俺は1人飲みのつもりだったのに、あいつは」

 

 

「…へえ、隼人ね」

 

 

 まさかヒキオからその名前を聞くとは思わなく、私はそれだけしか返せなかった。

 

 その異変をヒキオは目敏く見つけたようで。

 

 

「前から思ってたんだが、お前らってなんかあったのか?」

 

 

 一切の遠慮なく直球で訊いてくる。気の置けない仲を喜ぶべきか、デリカシーの無さに怒るべきか。それすら判断もできず、ハイボールを一杯煽ってからすげなく答えた。

 

 

「……別に」

 

 

「まあ、言いたくなかったらいい」

 

 

 それほど聞きたいわけじゃないしな、と付け加える。

 

 

「そんな重い話じゃないけどね。あーしが勝手に避けてるだけ」

 

 

「そうか」

 

 

 そういうと、ヒキオはカルアミルクを一気に半分ほど飲んだ。決して低くはない度数なので少しの間顔をしかめたが、それも終わるとポケットから煙草を取り出した。

 

 

「…ああ、バーで煙草ってよく見るもんね」

 

 

 想像の世界で、だけど。

 

 

「他に客がいたら控えるけどな」

 

 

「まあそれはそうかもね。今は嫌煙家も多いらしいし」

 

 

 胸のペンダントを咥えた煙草に近付け、火のついた煙草から吸った煙をゆっくりと吹いた。徐々に広がる煙草の香りは瞬く間に辺りの雰囲気を変え、時間がゆっくりになった気さえした。

 

 

「なんか煙草の匂い嗅いだらあーしも吸いたくなってきたんだけど」

 

 

「吸えばいいだろ」

 

 

「それ頂戴。一吸いだけでいいから」

 

 

「ん。てか一吸いって単語初めて聞いたわ」

 

 

 受け取った煙草を口にやり、吸える分だけ吸ってため息のように吐く。まどろみのようにも感じるこの時は、喫煙特有の感覚だ。

 

 

「はい、返すね」

 

 

「お前口紅付けんじゃねえよ…。なんか汚いな」

 

 

「は?あーしの唇が汚いって言うの?」

 

 

「こええよ」

 

 

 言いながら、ヒキオは再び煙を吐く。その顔には一切の躊躇は見られず、良くも悪くも私達はお互いを男女と意識していないようである。所々を切り取れば意識しているところだってあるが、総括してみると男女というよりは友人と言った方が馴染む。ざっくりいうと飲み仲間なんて表現もできる。

 

 

 半分ほどになった煙草を灰皿の上に置き、火を消さずにヒキオはそれを見ていた。

 

 

「何一人で煙見てるし。キモ」

 

 

「キモくはないだろ」

 

 

 そう返すが、ヒキオはそれでも消そうとしない。副流煙でも吸ってるのかな。それなら両切り買えばいいのに。

 

 

「ほら、紫煙をくゆらせるって表現あるだろ?」

 

 

「煙草の煙を表す時のやつ?」

 

 

「おう。なんか煙草置いたらたまに紫に見えるらしいんだが、見えたことなくてな。灰皿がある時は毎回やってんだよ」

 

 

「あれは光の屈折が原因らしいですよ」

 

 

 バーテンダーさんがそっと教えてくれる。光の屈折って言葉聞くの、中学の頃やった以来かな。文系だと聞く機会が全くないし。

 

 

「…あ、見えた」

 

 

「え、マジで?こっちからは普通に白なんだけど」

 

 

「こっち来い、ほら」

 

 

 ヒキオは席を立とうとする。しかしそれよりも私がヒキオに寄る速度の方が早かったため、何時ぞやの証明写真のように0距離になってしまった。

 

 

 ……やったのは自分だけど、ここまで来ると流石に意識してしまう。自業自得の典型、なんか少し恥ずかしい。

 

 

「あ、マジじゃん。若干紫に見えるし」

 

 

「わかったから離れろよ。重い」

 

 

「根性焼き何ダース作りたい?選ばせてあげる」

 

 

「単位がおかしすぎるだろうが。いやそもそも根性焼きがおかしいわ」

 

 

 冗談をかましながら、バーにいた2人の男女はそれからもゆっくりと飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 





卑金属「いやっ、やめて!」

貴金属「卑しい分際で何を言う!大人しく俺にやられろ!」

卑金属「いやあああ!!!」

???「そこまでだ!」

卑&貴「あ、あなたは王水!!」

王水「貴金属の蛮行、目に余るものなり!消えろ!」ドパァ

貴金属「うわああああああ!!!!」ジュウウウ

卑金属「か、カッコイイ…」ジュン


今回の話はクッソ難産だったのにしょうもない話はポンポコ思いつくという。ただプロットはなぜか8話分くらいできました。今話が書けないからといって現実逃避した結果ですね。


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13話

来週のデレ劇またありすが出ますね!!!クリスマス近いからサンタさんの話で出てくれるとは考えていましたが、予告では隣に裏声さんがいたのでどんな話になるのやら。

まあありすが出てくる時点で神回確定なんですけどね!!!ありす可愛いよありすうううううう!!!!!!



 ピンポーン。

 

 

「ん…、誰だよこんな朝早くから…」

 

 

 インターホンにより睡眠から起こされる。スマホを確認すると時間は7時を指しており、授業の無い今日は昼前まで寝ようと目論んでいた算段が途端に潰えた。こんな朝早く、しかもアポなしで来るやつは小町か三浦の2択だろう。せめて前日に連絡くらいしてくれれば、こんな嫌な目覚めにはならなかっただろうに。

 

 頭を掻き少しイラつきながら玄関へ向かい、鍵を開けた。

 

 

「誰だ」

 

 

 イラつきが声に出たようで、思ったよりも低い声だった。眠いのも相まって目付きも悪く、威圧していると取るには充分な雰囲気だった。

 

 

「あ、えっと…、ごめん。……やっはろー?」

 

 

 体を縮こませながら遠慮がちに挨拶する。由比ヶ浜は困ったような、しかし必死に笑顔を作っていた。

 

 

「あの、その……、…今日バレンタインじゃん?だからヒッキーに渡しに来たっていうか…」

 

 

「……今日って14日か。くれるのはありがたいけど、なんでこんな朝早く?」

 

 

 由比ヶ浜の家からここまでだと、めちゃくちゃではないにしろ割と時間はかかる。逆算していくとこいつは一体何時に起きたのだろうかと、果たしてそこまでする必要はどこにあるのかと単純に疑問が浮かぶ。

 

 

「…ヒッキーに、最初に渡したかったから」

 

 

 寒さからなのか、頬を紅潮させながらそう言う。原因が寒さじゃないことくらいわかってはいるが、それを口に出せるほど俺は格好良い人間じゃない。

 

 

「……外寒ィな。中入るか?」

 

 

「う、うん!」

 

 

 明るく答えた様はまるで尻尾を振る犬のようで、パッと表情が晴れた由比ヶ浜は俺が家に入るとすぐに後をついてきた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

『今日バレンタインだよね。優美子はやっぱり比企谷君?』

 

 

「……っはあぁぁ…。なんであーしこんな悩んでんのさ」

 

 

 午前9時半。今日は授業がないため遅起きの私は顔を洗いに洗面所へ向かった。合計10時間も睡眠できたため寝覚めは良いが、テンションは下がっていく一方だ。

 

 それもこれも昨日の友人のセリフのせい。2月14日というと、女子なら誰でも意識する特別な日だ。友チョコ義理チョコをあげるかどうか、本命はどうするかなど、バレンタイン前日はまさに戦いなのである。特に友チョコをあげる相手の探りあいなんて面倒臭いというレベルじゃないしね。私は気に入った相手にしかあげなかったけど。

 

 

 冷たい水を顔に受け、意識を覚醒させていく。

 

 

 男相手にあげるのは私にとってはあまりない経験で、それこそ隼人くらいにしかないんじゃないだろうか。あの時の隼人の嬉しそうな顔を思い出すと、今となっては嫌悪感さえ抱いてしまう。それは振られたからなのか、振られる前に気付いてしまったことからなのか。

 

 

 ともあれ、今はヒキオにあげるかどうかだ。今から手作りだと流石に間に合わないし、渡すとしても市販のものになる。まあそうなるのなら高めのやつを適当に見繕えばいいけど、それも昼からのバイトが始まるまでに選ばなければならない。

 

 

 顔を拭き、歯を磨く。鏡に映る私の顔はもう寝起きのものではなかった。

 

 

(…つってもヒキオにねえ。地味にヒキオモテるし一杯貰いそう。奉仕部に後輩生徒会長含めたら3つ。ヒキオごときにあーしの足して4つって勿体なくない?なんか癪に障るし)

 

 

 そう頭の中では考えつつも、私はすでにどこでチョコを買うかを決めていた。合理化するのならバイトの時間までに無駄なく行動するためだと言えるが、実際はこの思考こそが無駄なのだと気付くのに時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 朝ご飯を食べ、チョコの売っている場所、デパ地下へと私は足を運んでいた。昨今のバレンタインの経済効果は凄まじく、それを象徴するかのように並ぶバレンタイン関連の広告はあたりを埋め尽くすほどだった。

 

 当日とはいえここは賑わっており、中にはカップルで来ている人達も散見される。平均的なデパ地下の筈なのになぜかいつもよりも煌びやかに感じた。お店の人も普段とは違う積極性を見せ、男性にはこの甘みが少ないこれが〜、なんて必死に説明している。ヒキオは甘いのが好きだから当てはまらないな、そんなことを思いながら適当に歩いていた。

 

 

「バレンタインのチョコですか?」

 

 

 見たところ20代半ばから後半の女性が歩く私に声をかけてきた。店の雰囲気は高級感が漂っており、この人もワイシャツに黒のベスト、そして長い黒のスカートを着てビシッとキメていた。恐らくは制服だろう。

 

 

「はい。甘いのってどんなのがありますか?」

 

 

「そうですね…、こちらなんかはどうでしょう?」

 

 

 差し出されたものを受け取る。どうやら色々なタイプのチョコの詰め合わせのようで、レプリカのガラス越しに見る限り白やピンク、薄い茶色とどれも甘そうだった。

 

 

「値段は…、え」

 

 

 3200円。大体12個入りでその値段。1個300円弱ってマジ?よく考えたら今まで全部手作りだったから相場わからないし、これが普通なのかな。

 

 

「…他にはどんなものが?」

 

 

「これの6個入りだと2000円、他のは…」

 

 

「ああいえ、すみません。やっぱりこれ買います」

 

 

 ちょっとケチろうとしたら1個300円超えるじゃん。観念して私は3200円をレジへ持っていった。

 

 

 ……昨日から作っておけばなあ。そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 11時。あるアパート付近にて。

 

 

「確か比企谷君の家はこの辺りよね…。いっそ彼に聞こうかしら……、いや、ダメね」

 

 

 長い独り言も気にしなくなるほど、雪ノ下雪乃は焦っていた。もう小一時間もこの近辺を歩き回っており、過去にはなかった経験に1人焦燥感を感じていた。目的は勿論バレンタインのチョコを渡すためであり、前に1度行った時の記憶を頼りにさ迷っていたのだった。

 

 

「ったく…、ここマジでどこ?」

 

 

「……川崎さん?」

 

 

「……マジで…」

 

 

 2人は気まずそうに目を合わせ、示し合わせたように互いが目を逸らす。

 

 

(どうして彼女がここにいるのかしら。…まさか比企谷君?)

 

 

(なんでここに雪ノ下が…。……まあ十中八九同じなんだろうけど)

 

 

「…お久しぶりね、川崎さん」

 

 

「だね。高校以来?」

 

 

「そうね」

 

 

 そして無言。続かない会話に2人はどうしたものかと悩み、静寂も暫くに雪乃は本題を切り出した。

 

 

「もしかしてだけど、比企谷君かしら」

 

 

「そっちは?」

 

 

「お察しの通りよ。私には奉仕部として渡さなければならない義務があるもの」

 

 

「私だって妹が世話になってる借りがあるし。お互い苦労するね」

 

 

「苦労するならやめれば?」

 

 

「そっちこそ」

 

 

 2度目の静閑。今度はどちらも敵対以外のものが見て取れ、ここからどうしようかと2人はまたも悩むこととなった。

 

 

 結局大志経由で小町に家の住所を聞くことになり、2人は仲良く目的地へ向かった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

(バイトまで時間あるし、先に渡しとこっかな)

 

 

 チョコを買った帰り、私はそんなことを考えながら車が多い道路の歩道を歩いていた。昼からバイトは入っている。しかしそれもまだ余裕があり、移動時間を鑑みても充分間に合うレベルだ。お昼ご飯は考慮に入れていないが、それもヒキオの家で何か作らせてもらえば解決である。ヒキオもお昼ご飯を作る手間が省け、私も時間のロスなく過ごすことが出来る。

 

 

 ただ問題は、ヒキオが家にいなかった場合だ。

 

 

 私はたまたま授業がない日だったが、今日は普通に平日なので大学に行っている可能性は大いにある。そうなると徒労にしかならないけれど、それを今考えたって答えが出るはずもない。

 

 

(…いや、電話すりゃいいじゃん。それがダメならメールとか)

 

 

 そう思いついた時にはすでにスマホへ手が伸びていた。すでに慣れた操作を行おうとするが、その前に画面が急に変わった。どうやら電話の着信のようで、送り主はバイト先の店長からだった。

 

 

「もしもし」

 

 

『あ、ごめん三浦さん!今すぐ来れない?』

 

 

「え、まあいいですけど…。でもなんで?」

 

 

『実は1人倒れちゃって。今は大丈夫だけど昼頃ってヤバイじゃん?だからお願いできないかな』

 

 

 誰が倒れたのだろうか。しかしそれを聞けそうな雰囲気ではなく、普段通りに見える言葉の節々にはどこか焦りが見えた。

 

 

「わかりました。多分20分後くらいに着けると思いますんで」

 

 

『お願いね!』

 

 

 短く念を押すと店長はすぐに電話を切った。私は早足になりながらスマホをしまった。

 

 

(…ヒキオんちの案、無駄になっちゃったじゃん)

 

 

 あの流れなら何も気にせず渡すことだってできただろうに。少しの勿体なさを感じながら、私はバイト先へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 ピンポーン。

 

 

「…ったく今度は誰だ。たまの休日くらい休ませてくれよ」

 

 

 まあ全然たまの休日と呼べるほど授業数があるわけじゃないが。本日3回目のインターホンにそろそろ辟易としながら、玄関口へ移動する。鍵を開けるとそこにはまたしても女が2人いた。

 

 

「お兄ちゃん遅いよ!小町がインターホン鳴らしたら2秒で出なきゃ!」

 

 

「先輩も酷いですよ〜、川崎先輩を家に呼ぶんならわたしも呼ばなきゃダメですって!で、川崎先輩はどこへ?」

 

 

「あいつらならもう帰った。…ってかなんでお前らがそれ知ってるんだよ」

 

 

 先ほどのまるで地獄のような時間はマジでなんだったのだろうか。雪ノ下と川崎の向かい合う姿は竜虎相搏つという表現がまさに的を射ており、間に挟まれた俺はさながら睨まれたカエルのようだっただろう。

 

 ただ要件だけ見れば義理チョコを渡しに来てくれただけだったので、ますます俺は混乱したのだった。地獄って今期のアニメのせいで楽しいイメージがあったけど、やっぱ地獄は地獄だな。あんなの2度と味わいたくもない。

 

 

「大志君から連絡来たんだよ。なんかお姉ちゃんがお兄ちゃんの家知りたい〜って」

 

 

「…なるほど」

 

 

 それで雪ノ下は川崎について行ったというわけか。今ほど住所を雪ノ下に教えておいたらと思った時はないな。

 

 

「それより先輩」

 

 

「とりあえず中入れ。寒い」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 俺達3人はすぐに炬燵のテーブルへ移動し、3人が3人とも炬燵へ入っていた。

 

 

「で、ですね先輩」

 

 

「悪い小町、飲み物頼めるか?」

 

 

「ここお兄ちゃんの家じゃん…。待ってて、今行くから」

 

 

 そう言ってゆっくりと立ち上がった小町はキッチンへ向かう。あの嫁スキルを見る限り、小町が妹じゃなかったら全力でアタックして玉砕していたことだろう。いや玉砕すんのかよ。

 

 まあ兄妹だからこういった関係なのだろうが。

 

 

「先輩!!」

 

 

「なんだようるさい。てか姦しいわ。1人で3人分とか阿修羅かよ」

 

 

「気持ち悪いツッコミは置いといてですね、さっき先輩が言った“あいつらならもう帰った”の“あいつら”って誰ですか?」

 

 

「あ、それ小町も気になったー!」

 

 

 遠くからわざわざ声を張り上げてまで同意する。まあ隠すことでもないので、俺は包み隠さず話した。

 

 

「…雪ノ下先輩ですか。流石にあの人も焦るんですね」

 

 

「俺の方が焦ったわ。あんな状況は1回で充分だ」

 

 

「お茶できたよー」

 

 

 キッチンからお盆に乗せた温かいお茶を持ってきて、小町はそれを丁寧に俺や一色の前に置いていった。お盆は地べたに並べ、小町も炬燵に入る。

 

 

「やっぱり結衣先輩も来てましたか?」

 

 

「まあな。まだ俺が起きてない時間だったから流石にイラッとはしたけど」

 

 

「……てことはチョコいっぱいあるんですね」

 

 

 拗ねたように一色は呟く。最近見ていなかったあざといその仕草にやられそうになるが、すんでのところで踏みとどまる。俺が俺じゃなかったら俺じゃなくなってたところだぞ、マジで(意味不明)

 

 

「やったねお兄ちゃん!チョコが増えるよ!」

 

 

「バカお前不穏な言い方はやめろ」

 

 

「てことではい!これは小町から!」

 

 

「これはわたしからです。味わって食べないと雪ノ下先輩と川崎先輩に言いつけちゃいますからね?」

 

 

「不穏どころじゃない脅しはやめろ」

 

 

 机の上に置かれたチョコは、左から順に小町、一色のものである。小町のチョコは綺麗にラッピングされてあるが、そのラッピングの仕方を見る限り手作りのようだ。対して一色のは箱の形からして市販のものであり、ハートの容器に入ったチョコは恐らく10個入りだとかそういう類のものだろう。

 

 

「これで何個?」

 

 

「4。ありがたいことにな」

 

 

 以前の俺なら考えられない数だ。やはり俺にとって高校時代は転換期になっていたのだろう。

 

 

「これから増える予定は?」

 

 

「ない……、まあ、ない……か?」

 

 

 頭には三浦がよぎる。今日会った人の中でも小町を除けば今最も仲良くしているのは三浦だろう。しかしあいつが俺の家に来るなんて殊勝なことはしないかと考え直すが、来ないとも言いきれない仲なのがなんとももどかしい。まあそれがなんだというわけでもないがな。

 

 

「なんですかその歯切れの悪い返事。こういうとなんですけど先輩にチョコをあげる物好きなんてもういなくないですか?」

 

 

「直球で俺を殺しにかかるな。てかその理屈だとお前も物好きの1人じゃねえか」

 

 

「なんですかもしかしてチョコもらったからってわたしに好かれているって勘違いしているんですかごめんなさい告白はもう少しムードのある感じでお願いします!」

 

 

「久しぶりに見たな、そのお家芸」

 

 

 一々内容を聞いたりはしないが、懐かしいものを見てなぜか心が和んだ。

 

 

 ……なんか和んだら眠くなってきた。そうだ、寝よう(唐突)

 

 

「俺寝るから、家出る時は戸締りよろしく」

 

 

「え、え!?もう合鍵ですか?!さすがにそれはまだ早いですって!」

 

 

「いろはさん、今の小町に対してですよ…」

 

 

 最愛の妹の声をBGMに、俺はゆっくりとまどろみの中へ溶けていった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「っはあぁぁ…、疲れた」

 

 

 バイトも一段落し、私は帰るために人の少ない裏道を歩いていた。このあとのことを考え、鞄に仕込んであるチョコをどうしようかとまだ悩んでいた。

 

 

(なんか渡すのめんどくなってきたし。もうこれあーしへのご褒美でも良い気がしてきた)

 

 

 それほど今日のバイトは忙しく、不謹慎ではあるが今日倒れた子はラッキーとさえいえるレベルだった。

 

 つっても今はすでにヒキオの家に向かってるんだけどね。自分の家の方面からは少しずれており、飲みながら話す愚痴が増えたなくらいにしか感じていなかった。

 

 

 すっかり日も暮れた裏道はいつも以上に暗く、ここなら襲われても文句は言えないな、なんて感じた。

 

 

 それから歩くこと15分。もう見慣れたアパートに着きヒキオの家のドアの前に立つと、不意にドアが開いた。

 

 

「あれ。えっと、確か……」

 

 

「え、三浦先輩?なんで?ここ葉山先輩の家じゃないですよ?」

 

 

「ヒキオんちでしょ?流石に何回も来たら覚えるし。てか隼人関係ないし」

 

 

 ヒキオの部屋から出てきたのはまさかの後輩生徒会長と多分ヒキオの妹さん。見た目は全然似てないけど1人が好きそうな雰囲気とかは少し似ている。

 

 

「もしかしてチョコですか」

 

 

「まあそれもあるね。多分いつもみたいに宅飲みすると思うけど」

 

 

「なっ…」

 

 

「もしかして三浦先輩ってお兄ちゃんとクリスマス一緒に過ごしました?」

 

 

「まあ…、過ごしたって言うと語弊生みそうだけど。一緒にはいたよ」

 

 

「キャー!じゃあ今のところ一馬身リードですね!!ささ、どうぞお入りください!お兄ちゃんなら炬燵で寝てますんで!」

 

 

「ちょっと小町ちゃん?!先輩と2人っきりだよ!?いいの?!」

 

 

「オールオッケー!さあ、早く早く!」

 

 

 妹さんに促されるまま部屋に通され、ドアが閉まる。外では妹さんと後輩生徒会長の言い争いが聞こえてくるが、気にせず中に入る。

 

 言われた通りヒキオは炬燵で寝息を立てていた。気持ちよさそうな寝顔に起こすのが躊躇われたが、このままだと風邪を引きかねないので控えめに肩を叩いた。

 

 

「ヒキオ、そんなとこで寝ると風邪引くよ」

 

 

「んん……、お袋うるせえ…」

 

 

「誰がオカンだし。ほら、さっさと起きる」

 

 

「……なんだよ、って三浦か。いつの間に」

 

 

「妹さんが入れてくれたっぽい。ほら、チョコあげるから」

 

 

「何個目だよ……」

 

 

 そこまで言って今のが失言と気付いたのか、慌てて言い訳をしようとするがもう遅い。

 

 

「何個貰ったん?お母さんに言ってみ?」

 

 

「お袋みたいなこと言うなよ。…妹除いたら、4個?」

 

 

「クソ(たら)しじゃん。女の敵だね」

 

 

「寝起きにその斬れ味の罵倒は響くからやめてくれ…」

 

 

 それから私とヒキオはいつものようにビールを開け、ツマミを夜ご飯として今日のことを話すのだった。

 

 

 今日はツマミにチョコもあるしね。話すことは多そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




刃牙に花山っているじゃないですか。あいつが学校に通ってたら、とりわけ俺ガイルとのクロスだと面白いことになるんじゃ?と思い1話分を書き上げてからもう一度花山についてしっかり調べてみるとなんとすでにスピンオフで同じネタがありました。

無駄骨とまでは言いませんが、見つけた時の徒労感は半端なかったです(笑)


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14話

 ピンポーン。

 

 

 日もまだ昇きっていない時間。空耳かと思われたインターホンを無視し、一応スマホを確認する。時刻は午前5時半であり、やはり空耳だと決めつけて再び眠りにつく。

 

 

 ピンポーン。

 

 

「……空耳であってくれよ」

 

 

 起きたくないと主張する体に鞭を打ち、ゆっくりと体を起こす。両腕を天井へ上げ、大きく伸びをしてベッドから出る。やっと暖かくなってきたとはいえ、未だほの暗い早朝は空気が冷たく身体を震わせながら玄関へ向かった。

 

 

 ドアの前に立ったところで、俺は覗き穴から外を見る。前回は由比ヶ浜だと気付かずに心底嫌な顔をしてしまったため、同じ轍は踏みまいとの考えだ。

 

 

「……葉山?と、あれは…」

 

 

 男が女を背負っているように見え、しかもその男が葉山っぽい。だが葉山に家は教えたことがなく、それにこの時間に訪ねてくるのも不可解だ。一抹の恐怖心を覚えながら、ゆっくりとドアを開けた。

 

 

「やあ比企谷。久しぶりだね」

 

 

 件の男はやはり葉山であり、スポーツウェアを着ていた。右手にはリストバンドもあり、恐らく朝走っていたのだろう。しかし汗が見えないことより葉山は走り始め、もしくは背負っている女をおぶってから長い時間が経ったかのどちらかなのは明白である。

 

 

「後ろのは…、三浦か」

 

 

 いつものコートと特徴的な髪型。さらに葉山との関連から三浦だと判断するのは容易だった。なぜかメイクは落ちておらず、また三浦はおぶられてなお今も寝ているようだ。

 

 

「朝走っていたら駅の柱のところで寝ていたんだよ。家に送ろうと思ったら急に優美子が道案内してくれてね。優美子の家かな、なんて思っていたんだけど」

 

 

「てことは寝たのはついさっきなのか」

 

 

「だね。そこのアパートって言ったっきり。表札見たら比企谷ってあって驚いたよ」

 

 

「…ま、とりあえず入れ」

 

 

「お邪魔するよ」

 

 

 2人を中へ迎え入れ、葉山の背中にいた三浦をベッドへ寝かせる。部屋から戻った俺と葉山は炬燵に入った。

 

 

「………」

 

 

 家に入れたはいいものの、三浦が起きるまで何を話せばいいか全くわからない。時間を見てもまだ5時40分前といったところで、三浦が起きるとは考えづらい。

 

 

「比企谷」

 

 

 そんな気まずさを破るのはやはり葉山であり、流れるように会話を始めた。

 

 

「最近優美子と仲がいいのか?」

 

 

「まあ、そうだな。よく飲んだりしてるんだよ」

 

 

「なるほどね。ちなみに俺は優美子と飲んだことないよ。雪乃ちゃんなら何回かあるけどね」

 

 

「んな牽制されても困るだけだ。ちなみに俺は雪ノ下とサシでは飲んだことない」

 

 

 俺の返しが意外だったのか、葉山は目を丸くした。しかしすぐに笑顔を取り戻す。

 

 意外の中には、別の意味もあるんだろうけどな。一々言わないが。

 

 

「なんで優美子は比企谷の家を説明したんだろうね」

 

 

「意地の悪い質問だな」

 

 

「かもね」

 

 

 その自嘲的な笑みには、高校時代によく見た仮面の笑顔は見られなかった。

 

 

「ただ優美子と仲良くやるんならさ、間違っても俺みたいにはするなよ」

 

 

 今日一番語調の強い釘。つい返答することを忘れ、改めて葉山の顔を見た。

 

 笑顔ではなく、真剣の忠告。やはり三浦と葉山の間には何かあったのだろうか。

 

 

「次に比企谷は『お前らの間に何があったんだ?』と言う」

 

 

「お前らの間に……、ってやらせんな」

 

 

 こいつもそんなネタ振りするんだな。俺の中の葉山像に修正を入れ、話を続ける。

 

 

「だがなんかあったのは事実だろ」

 

 

「まあね。といってもそんなに重い話じゃないよ?…少なくとも俺にとっては」

 

 

「ここまで言っといて話さないなんてことはしないだろうな」

 

 

「俺の出す問題に答えられたら言ってもいいよ。一問しかないけどね」

 

 

「なら早く問題を言え」

 

 

「俺の好きな人は誰でしょう?」

 

 

「雪ノ下」

 

 

「…即答だね」

 

 

 当たり前である。高校時代のこいつを見ていればそうなのは明白であり、その上先ほど交わした会話からも簡単に理解することが出来る。

 

 

「じゃあそれを念頭に置きながら聞いてくれ。優美子が卒業式の日に俺へ告白した事は知ってるか?」

 

 

「知らん」

 

 

「まあそうだったんだよ。それでさ、俺の答えは当然NO。比企谷も知っている通り、俺には別の好きな人がいたからね」

 

 

 だろうな。ならそこで起き得る事件(事件と呼ぶには飛躍しすぎかもしれないが)は葉山の返事だろうが、こいつに限って三浦を、ひいては人を傷つけるような断り方をするとは思えない。

 

 自分が傷つきたくないからな。

 

 

「どう断ったんだ」

 

 

 しかしここにしか問題が介在する隙間は無く、そう聞くしかなかった。

 

 

「普通だよ。他の人と一緒で、『ごめん、優美子とは友達でいたい』さ」

 

 

「……なるほどな」

 

 

「今にして思えば、この返事が一番の悪手だよね。何が問題かって、この断り方を()()()()からなんだよ」

 

 

 つまり周りの人に比べて優越感を感じていた三浦は、断られ方がその周りの人と全く同じだったため自尊心を傷つけられたということだ。いかにも三浦らしい傷つき方で、ともすれば葉山のことを仮面を被った偽善者として嫌いになってもおかしくない。

 

 

「だから三浦はお前の話をすんのが嫌なのか」

 

 

「俺は知らないけど、もしそうならそれが正解だと思うよ。だから比企谷」

 

 

 それまでの空気とは一転、重い静寂が支配する。

 

 

「どうか優美子を傷つけないでやってくれ。優美子はああ見えて依存癖があるからね」

 

 

 見た目には見えない、三浦の特性。オカンスキル持ちなんて呼んではいるが、見ようによれば世話をする相手が必要なやつとも言える。穿った考えに過ぎないかもしれない。しかし穿てば考えられてしまうのは、やはりそういった側面を三浦が持っているからだろう。

 

 

「じゃあ俺はそろそろ帰ろうかな」

 

 

 立ち上がろうとする葉山を、俺は静止した。

 

 

「どうしたんだ?別に仲良く話す仲でもないだろ?」

 

 

「三浦が起きた時のことを考えろ」

 

 

「…忘れてた。説明役は必要だよな」

 

 

 炬燵に入り直した葉山を尻目に、俺はお茶を汲みにキッチンへ向かった。このまま何も出さないのは、葉山相手とはいえ流石の俺でも心が痛むからな。

 

 

 ……べ、別に葉山に帰って欲しくないわけじゃないんだからね!(誰得)

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 

 肌寒さに目を覚ます。いつもとは違うベッドの感覚に新鮮さを覚えながら、開けた薄目をまた閉じる。もう一度眠りにつこうと意識を暗転させようとするが、あることに気付く。

 

 

「…あれ、ここどこ?」

 

 

 昨日は女友達と飲み会で、それから12時くらいにお開きして、それから……。

 

 

「…ここヒキオんちじゃん」

 

 

 よく見ると見慣れた部屋であり、帰るのが面倒臭い時はいつも泊まっているところだ。もうすでに何回もここで寝ており、だからこそ初めは違和感だけでまだ寝れそうに感じたのだろう。

 

 私の服装を見てみるとやはり家には帰っておらず、次いで顔も確認するとメイクは落ちていない。鞄はベッドの脇においてあり、ヒキオが運んでくれたんだと考えると心做しか内側が暖かくなった。

 

 

 さすがにこのまま寝ているのも申し訳ないな、と思い部屋から出る。どうせ炬燵に入って本でも読んでるんだろうな。いたらお風呂借りれるか聞こう。

 

 

 そんな考えは、目の前の光景を見るなり一瞬で消え去った。驚愕に塗りつぶされた思考はまともに働かず、ただその状況を呆然と眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「だからこうだって!比企谷のそれは腰が高すぎるし角が小さすぎるだろ!」

 

 

「いやいやこれくらい大胆不敵にするのがトリケラトプスに決まってんだろうが!恐竜時代の覇者だぞ!」

 

 

「それはティラノサウルスだから!トリケラトプスはそうかもしれないけど恐竜拳は人間の技だろ?!そんな隙だらけで勝てるわけないじゃないか!!」

 

 

 

 

 

 家主のヒキオはともかくなぜか隼人もおり、2人はしきりに恐竜拳?というのをやっていた。足を前後に開き、右手をアッパーの途中みたいなところで止め、左手を頭の上から構える。なるほど、意味がわからない。

 

 てか2人ってこんな仲良かったの?

 

 

「おお、三浦。起きたのか。ほら行け葉山!今こそトリケラトプス拳の時間だ!」

 

 

「だからあれは恐竜拳だって!勇次郎が言うんだから間違いないだろ!」

 

 

 ツッコミを入れつつ、私に向かってしっかり恐竜拳を構える隼人。めちゃくちゃ楽しそうな2人を見て、私はつい。

 

 

「……どうでもいいし。あとあーしお風呂入るから。置いてある服出しといてくれない?」

 

 

 それだけ言い残し、風呂場へ向かう。脱衣所で脱いでる時に時折聞こえてくる笑い声がなぜだか腹立たしく感じ、遅ればせながら襲う頭痛に顔を(しか)めた。

 

 

 

 

 

「はい、どういうことか説明するし」

 

 

 風呂上がり、私は炬燵を挟んで向かい合っていた2人の間に入って本題に入った。先ほどの馬鹿みたいな雰囲気とは一転、怖いくらいに静まり返っていた。

 

 

「それはこっちのセリフでもあるのはわかる?…って言うと、語弊を生むかな。昨日のことは覚えてるかい?」

 

 

 まず隼人が答える。ヒキオはただ座って聞いているだけだ。

 

 

「12時くらいまで女友達と飲んで、飲んだ後……」

 

 

 先程もここで思い出せなかった。記憶がなくなるほど飲むのは久しぶりで、そしてその“記憶がなくなるほど”というフレーズによってそこから思い出せないことに気付いた。

 

 

「優美子は駅で寝てたんだよ。俺が見つけたのが5時過ぎくらいだったから、多分5時間くらい外で寝てたんだろうね」

 

 

「…マジ?」

 

 

「笑い事じゃないぞ」

 

 

 次に口を開いたのはヒキオで、いつもの雰囲気とは違いどこか怒った印象を覚える。

 

 

「まだ外は、まして夜中なんて寒いに決まってる。それに駅なんざどんなやつがいるかわからねえだろ。たまたま今回は何もされずに葉山が見つけてくれたから良かったものの、本来はどうなっていたかわからねえんだからな?」

 

 

 ヒキオのそれは本気で私の身を案じてくれているような忠告で、私は小さな声でごめんとしか言えなかった。

 

 

「……いや、まあそれはあーしが悪かったとして。さっきのあれは何?ヒキオと隼人ってそんな仲良かったっけ?」

 

 

 この空気感のせいで危うく忘れるところだったが、寝起きの時のあれはなんだったのかと訊かなければならない。別に関係の無いことだが、単に好奇心として気になるのだ。

 

 

「いや、まあ例えばお前が起きるだろ?で、俺しか家にいないと」

 

 

「うん」

 

 

「そしたら変な誤解を生みそうだろ?別に俺が朝お前を拾ったことにしてもいいけど、そんなの絶対信じなさそうだからな。てか俺も信じねえ」

 

 

 確かにヒキオが朝早くに外へ出るなんて天地がひっくり返っても有り得ない。よんどころ無い事情ならまだしも、気分で出るなど信じられるものも信じられないだろう。

 

 

「だから状況確認のために残ってもらってたんだよ。トリケラトプス拳はただの暇潰しだ」

 

 

「だから恐竜拳だって。まあそういうことだからさ、俺は帰るよ。またね」

 

 

 そう言って隼人は立ち上がり玄関の方へ歩いていく。私もヒキオも一々呼び止めるなんてことはせず、ガチャと鳴ったドアの音を聞き出ていくのを待った。もう一度ドアの閉まる音がし、帰ったことを確認するなりヒキオは再び口を開いた。

 

 

「葉山は寝かかっているお前の説明を受けて歩いたらここに来たって言ってたんだよ」

 

 

「へえ。信頼されてんじゃん、ヒキオ」

 

 

「……まあ、だから。なんつーか、その」

 

 

「何?」

 

 

「酒で眠くても自分の家か、ダメなら俺ん家でもいい。外で寝るようなことはすんな」

 

 

「…あんがと」

 

 

「それは葉山に言ってやれ」

 

 

 お互い無言になり、ヒキオは煙草を取り出した。地面に置かれてあったペンダントをいつものように咥えた煙草へやり、火をつけて一気に煙を吐く。ヒキオの匂いとも言えるピースの独特な香りは、すぐに部屋を満たしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 





アニメ版のAqoursはそんなに応援したくならないのに漫画版のAqoursはめちゃくちゃ応援したくなる違いって何なんでしょうかね。ていうかアニメ版が悪いとかじゃなくて、漫画版のAqoursがなんというかですね。応援したくなるというか(語彙力不足)

ひとえにはわわ梨子ちゃんが好きだからですかね!(笑)



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15話

気付けばもうそろそろ大晦日ですね。クソほどどうでも良い話なのですが、『黒のストッキング』と入力しようと思ったら最初『クロノス突起ング』と出て思わず笑ってしまいました。




「今日泊まんのか?」

 

 

「んー。てかもう終電ないし」

 

 

「…おお、もう12時かよ。まだちょっとしか飲んでないだろ」

 

 

「つってもビール2本は飲んだけどね〜。あーしは3本だけどー」

 

 

 3月14日、午前0時。いつものように俺と三浦は家で飲んでいた。最近はほとんど週1ペースで飲んでおり、こいつに会うまでの飲む量と比べると真剣に数倍レベルでアルコールを摂取している。煙草に酒となかなかに酷い生活を営んでいるが、こういうのができるのも若いうちだけだと考え改善しようとはしない。夭折ならそれまでだ。

 

 

 三浦はテーブルの隣でごろごろしている。スカートではないラフな恰好なので下着が見える可能性はない。炬燵をしまってからはその光景が当たり前になっていた。初めは散々文句を言った三浦だが、今となってはそれを普通に受け入れている。何事も慣れであり、それで言うと俺はこの飲酒量にも慣れてしまったのだろう。

 

 

「ねえヒキオ、今日ホワイトデーじゃん」

 

 

「だな」

 

 

「あーしに何か渡すものあるんじゃないの?」

 

 

「……」

 

 

「え?ないの?」

 

 

「まあ…」

 

 

「マジで言ってんの?あーしがあげたの3200円だよ?それのお返しつったら普通5桁のやつとか想像するじゃん?でも蓋を開けてみたら5桁どころか1桁、それも0乗してやっとプラス1される数?」

 

 

「お前いつもより酔ってるだろ…」

 

 

 ビール2本飲んだだろと言ったくだりにもあるが、こいつが酔うと大抵語尾が伸びるか口数が多くなる。今のそれはまさに典型だな。

 

 ……俺もすぐに答えを言わないあたり酔ってるのかもしれないがな。

 

 

「散々ぼかしておいてなんだが、お前の分も一応ある」

 

 

「今出せないの?」

 

 

「チョコレートリキュールって聞いたことないか?あれを買ってみたんだが、今日飲むのはなんか勿体無いだろ」

 

 

「なんだ、あるんじゃん。ビビらせんなし」

 

 

 ふうー、と大きなため息をついた三浦はおもむろに立ち上がってタンスの方へ向かった。中から自分の服を取り出すと、お風呂入ってくると言って風呂場へ向かった。湯をためていないので風呂と言うよりかはシャワーと言った方が的確か。

 

 あいつが上がるまでに後片付けでもしておくか。俺はテーブルの上に置かれた5本のビールを捨てに行った。

 

 

 

 

 

 俺も風呂に入り、いくらか覚めた頭で部屋に戻ると、三浦がいつも寝ている部屋から俺を呼ぶ声が聞こえた。リビングへ来て呼びに来ないあたり、すでに布団の中へ入っているのだろう。

 

 部屋に入ると案の定三浦は布団にくるまっており、しかしやけに壁際の方へ寄っていた。ともすれば人が1人入れるくらいにはスペースが空いていた。

 

 

 ……いやいや、まさかな。

 

 

「ねえヒキオ、ソフレって知ってる?」

 

 

「は?おま、ちょ、え?セフレ?!」

 

 

「セフレじゃなくてソフレだし!!セックスじゃなくて添い寝!!」

 

 

「でかい声でセックスとか言うなよ。壁ドンされたらどうすんだよ」

 

 

 まだ経験はないが、一人暮らししたてはビクビクしながら生活したもんだ。

 

 

「とにかく、ほら」

 

 

 ポンポン、と空いたスペースを叩く三浦。俺はその場で立ちすくんでいると、三浦は不思議そうな顔をして早くと催促した。

 

 

「…電気消してくるわ」

 

 

 一旦部屋を出て、つきっぱなしだったリビングの電気を消す。暗闇の中で再度どうするべきか考えるが、放置するのも面倒だと思い観念して三浦の待つ部屋へ向かう。

 

 若干酔いが覚めたとはいえ、受け入れてしまうあたりマジで酔ってるんだよな。部屋に入った俺に躊躇は既になかった。

 

 

「こっちも電気消すぞ」

 

 

「んー」

 

 

 電気を消し、布団の空いたスペースに入る。既に人肌で暖められた布団の中は寝るには快適で、このまま寝てしまいそうなくらいだった。

 

 

 しかし、不意に背中を小突かれた。

 

 

「なんでずっと反対向いてるし」

 

 

「うるせえ」

 

 

 断じて照れ隠しではない。いつもの俺の寝る向きがこっち側なだけだ。ただ落ちそうなくらい端へ寄っているため、掛け布団は半分ほど被れていない。半身の温もりと半身の冷気が俺の正気を保たせていた。

 

 あれか、半冷半燃ってこんな感じなのかもしれんな。

 

 

「別にいいじゃん。ほら、こっち向いてごらん?」

 

 

「たまに出てくるオカンキャラやめろ」

 

 

 なおも反対を向き続ける俺に口では無理だと悟ったのか、三浦は身体ごとこちらへ向かせようと両手で引っ張り出した。もろに人肌に触れる。冷やされていた半身は気付けば正気を保つ機能を失っていた。

 

 

「ほら、これでいいだろ」

 

 

 諦めて三浦の方へ向く。顔の距離はおよそ10cm弱で、鼻息はかからないがあまりの近さに狼狽するほどだ。少し足を動かすと三浦の膝に当たり、そこで気付いたが三浦はまるで胎児のような格好で寝転んでいた。イメージに似合わず可愛らしい寝方である。からかってやろうと思ったが、蹴り落とされては困るので自重する。というかやはりシングルに2人は、それも男女が入るのは無謀すぎるだろう。

 

 

「やっぱ2人って無理じゃね?これシングルだしよ」

 

 

「入れてるからいいっしょ。んじゃあーし寝るし。おやすみ」

 

 

 適当な返事をし、目を閉じる。酔いのためか赤みを帯びた顔は暑そうに見えた。実際俺も半分ほどは体が外に出ているが、もう半分は暑くて仕方がない。

 

 

 ……こいつの顔、やっぱ整ってるんだよな。寝る直前、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 早朝を過ぎた頃、私は冬にしては異様な暑さにより目を覚ました。暖房つけてくれてるのかな、と確認するがエアコンは動いていなかった。遅れてやってくる頭痛に、そういえば昨日はなかなか飲んでいたなと記憶を思い出す。確か3本くらい飲んだはずだが、生憎そこまで鮮明な記憶は存在しておらず、沢山飲んだこととヒキオの家に泊まったこと、それにホワイトデーのお返しはチョコレートリキュールということだけしかはっきりとは覚えていない。

 

 

 がさ、と目の前の布団が動く。そこで私は初めてあることに気付いた。

 

 

「……え、ヒキオ?嘘」

 

 

 目の前の7、8cm位先にヒキオは寝ていた。たまに見る寝顔と同じ表情で、ぐっすり眠っている。

 

 

(………マジで?いやでもあーし服は乱れてないし、ヒキオも服は着てるし…。寒いから迷い込んだって言っても、1月とか2月はそんなこと全くなかったし、てかむしろ今日は別段寒くもないし)

 

 

 朝の回らない頭で色々思考を巡らせていると、唐突にヒキオは目を覚ました。私の顔を見るなりおはようと言い、ベッドを出ようとした。

 

 

「いやいやいや、ちょっと待つし」

 

 

「あ?なんだよ」

 

 

 少し機嫌の悪そうな声で返す。あんま気にしたことなかったけど、もしかしたらヒキオって朝弱いのかもね。

 

 

「なんであーしとヒキオ同じベッドで寝てんの?もしかしてヤったの?」

 

 

「変なこと朝っぱらから聞くなよ…」

 

 

 それだけ言うとヒキオは今度こそベッドを出て、洗面所へ向かった。取り残された私はまだベッドで寝ている。

 

 

「…結局どっち?いやヒキオとヤるとかマジでありえないんですけど」

 

 

 初めてが記憶無いとかもっとありえないけどね。遅れて私は洗面所へ顔を洗いに行った。

 

 

 

 

 

 静かな朝食の風景。私とヒキオは机を隔てて食パンをかじっていた。ヒキオは多少寝癖が残っているが、私はいつでも外に出られるようなレベルで整っている。見た目によらずメイクはすぐ終わるため、そちらも終えている。

 

 

「ねえ、ヤってないよねあーしら?流石に情緒なさすぎじゃない?」

 

 

「ヤってねえから安心しろ。てか昨日のこと覚えてねえのかよ…」

 

 

 大きな溜息をつき、食パンをかじる。起きがけの心底だるそうな雰囲気はなくなっており、いつもの様子で座っていた。

 

 

「そういえばあんた今日どうすんの?サンタ的な感じで回ってくの?」

 

 

 無論配るのはチョコであり、説明せずとも理解したヒキオはそのまま会話を続けた。

 

 

「おう。ちょうど授業もないしな」

 

 

「あーしは午前中はあるから合流は午後からかな」

 

 

「…え、お前も一緒に回んのかよ」

 

 

 眉を寄せて私の方を見る。食べていた手を止め、私の答えを待っていた。

 

 

「あーし1人家に置いとくのはまずいっしょ」

 

 

「いや別に構わんけど」

 

 

「…あ、マジ?んじゃ合鍵渡してよ」

 

 

「小町に渡してるからもうない………、こともないか。玄関の小物入れみたいなとこに予備が入ってる」

 

 

「おっけ。大学の行きしなに取ってから行く。あーしのもいる?」

 

 

 横に置いてあったカバンを持ち上げて示す。食パンを食べ終わったヒキオはお皿の上で手を払った。

 

 

「あっても意味無いだろ。てか男に合鍵を渡すってどうなんだよ」

 

 

「別に気にしなきゃいいだけだし。ほら、あっても損は無いし」

 

 

 そう言って雑に放り投げる。机の上を山なりに飛んだ鍵をヒキオは慌てることなくキャッチした。左手で取る様はまるで捕球するようで、なぜか高2の頃のテニス勝負を思い出した。あの時はヒキオとこれだけ仲良くなるとは全く思っていなかったな。恐らく今それを昔の私に伝えても十中八九信じないだろう。

 

 

「…まあお前を運ぶ時なら使えるか。お前ん家のが近い時だけだけどな」

 

 

「そういやヒキオってあーしん家泊まったことないよね。今度泊まりに来なよ」

 

 

「女がホイホイと……、って思ったが今更感が凄いな」

 

 

 ヒキオは食パンを運んだ皿の隣にあるお茶を飲み干し、それから5分ほど話していた。

 

 

 

 

 

 ヒキオの合鍵をカバンに入れ、家を出ようとする。しかしそこで1つ言い忘れていたことを思い出した。

 

 

「ヒキオー!お返し渡すんなら先に結衣からにしときなよー!」

 

 

 大きな声で居間のヒキオに伝える。そこから返ってきた声もまた大きなものだった。

 

 

「あいよー」

 

 

「あと1個だけ!あーし送る時に鍵使うって言ったけど、それあーしが持ってるの使えば良いんじゃないー?」

 

 

 遠くでそういえばそうか、と声が聞こえたのは玄関のドアを出てから閉める直前だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 朝の冷気も落ち着き、陽気が全身を包む。平日の午前ということで人通りや車の往来は少なく、気分良く歩いていた。

 

 現在は由比ヶ浜の家へ向かっており、出る前に連絡してみると5分とたたないうちに返信が返ってきた。内容は家にいるんだけどどこで落ち合う?というものだった。しかし何件も回らなければいけないためどこかで長居するわけにはいかなく、家で待っていてくれとだけ送った。意味深な三点リーダが2つとわかった、待ってるね。との言葉に少々ドキッとしたがそれを文面で返すほど愚かではない。返す言葉も思いつかず、結局はそのまま無視の形で向かうことになった。

 

 

 先程も言ったようにこの時間は本当に静かで、由比ヶ浜の家がある住宅街も閑静と言うに相応しい雰囲気だった。

 

 由比ヶ浜と書かれた表札を見つけ、その家のインターホンを鳴らす。オーソドックスな音が鳴り響き、応答もないままぱたぱたと家の中から聞こえてきた。

 

 

「ごめん、待った!?」

 

 

 出てきた由比ヶ浜はなぜか息を切らしていた。服装はピンクのモコモコしたパーカーにショートパンツ、黒のストッキングとラフな格好をしていた。

 

 

「待ちようがないだろ。強いて言うならそれ俺が言うべきだし」

 

 

「だし、ってヒッキーが使うと違和感あるね」

 

 

 指摘されて初めてそう口にしたことに気付く。別に日本語としてはおかしくないが、あいつの影響を受けてだとか考えるとなぜか軽い羞恥心を覚えた。

 

 

「ホワイトデーだから、だよね?」

 

 

 恐る恐ると言った表現が最も的確だろう、由比ヶ浜は探るような目付きで俺に問いかけた。

 

 

「ああ。これなんだが…」

 

 

「待って!…それさ、あたしの家に入ってからでいい?」

 

 

 今度は懇願するような眼差しで首を軽くかしげた。それにNOと言えるほど俺は図太くなく、お邪魔しますとだけ言って由比ヶ浜の家に上がらせてもらった。

 

 

 

 

 

 中ではなぜか由比ヶ浜お手製のクッキーを食べさせられました(白目) ちなみに俺の渡した市販のクッキーは喜んでもらえた。知らずに買ったが有名なところのやつらしい。良い偶然だな。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 由比ヶ浜の家を出た時間はすでに昼飯時だったので、雪ノ下の家へ向かっていたところを急遽自分の家へ行き先を変えた。腹をすかしながら向かうのも馬鹿らしく、またどこかで食べるのも金がもったいないため定期圏内の俺の家へ戻るという算段である。まあ算段と言えるほど高尚なものでもないが。

 

 

 家に戻り鍵を開けると、玄関には見慣れた女物の靴が置いてあった。三足くらいのローテーションの中のひとつであり、朝合鍵を渡した途端入る三浦に微妙に笑いが込み上げる。居間へ行くと炒飯の匂いがし、キッチンを見ると三浦がフライパンをせわしなく動かしていた。

 

 

「ヒキオおかえりー。どう、渡せた?てか何人に渡した?」

 

 

「ただいま。色々あってまだ由比ヶ浜1人だ。その炒飯俺の分もあるか?」

 

 

「あるからあんま焦んなし。んじゃ午後からのサンタ業務はあーしもついてくからね」

 

 

「…それ割と怖えのはおれだけか?」

 

 

「刺されて死んだら残りはあーしが配るから安心しな。っと、もうそろそろいっか。ヒキオ、食器持ってくの手伝って」

 

 

 三浦はそう言って大皿を2つ食器棚から取り出す。向かった俺はそのどちらもを手に持ち、三浦はスプーン2つとお茶の入ったコップ2杯を持っていった。意外と三浦の持ち方は技術がいるよな。そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

「ああ、食べれる美味いもんっていいよな……」

 

 

「あんがと。てかそれ結衣に失礼だし」

 

 

「状況把握早えな」

 

 

 

 

 

 場所は移り雪ノ下のマンションのエントランス。俺と三浦は番号を押すところの前で立ち止まっていた。

 

 

「…なあ、やっぱ俺1人で行くべきだと思うんだが」

 

 

 文字通り手に汗を握り、ゴクリと喉を鳴らす。心做しか手も震えてきた。怖えよ。あと怖い。

 

 

「あんた雪ノ下さんにビビリすぎだし…。いいよ、あーしが呼び出したげる」

 

 

 事前に教えていた番号を入力し、呼び出しと書かれたところを押す。俺の家のインターホンよりかは幾分上品な音が流れ、鳴ってから3秒ほど経つと応答が返ってきた。

 

 

『……なぜ三浦さんがここにいるのかしら、ガキ谷君』

 

 

「確かに三浦はオカン属性持ちだし、言い得て妙だな…」

 

 

 上手いことを言うもんだ。今の状況もまるっきりガキだしな。

 

 

「あーしらホワイトデーのお返しに来たんだけど」

 

 

『随分と仲が良いようね』

 

 

「まあ合鍵も持ってるし」

 

 

 今朝のことをこれみよがしに振るう三浦。こいつの雪ノ下嫌いは筋金入りだな。

 

 

『……生憎私の家は2人までしか入らないわ。つまり入れるのは比企谷君だけよ』

 

 

 突然意味のわからないことを言い出す雪ノ下。どうやら三浦の合鍵発言に少なからず動揺しているようだ。

 

 てか俺は当事者なのになんで傍観してるんだろうな。不思議なことだ(他人事)

 

 

「あっそ。じゃあ早く開けるし」

 

 

『言われなくともわかってるわ』

 

 

 正面の自動ドアはそれから音もなく開いた。繋いでいた通話(と呼べるのかはわからないが)も切れ、後は進むのみとなった。

 

 

「…んじゃ行ってくるわ。悪いが適当に待っててくれ」

 

 

「いや、ちょっとストップ」

 

 

「なんだよ」

 

 

 三浦は腕を組みながら仁王立ちしている。その貫禄ある佇まいに思わずたじろぐほどだ。閉まりかけた自動ドアに足を挟み、それをセンサーが感知して再度ドアを開く。

 

 

「あーしが雪ノ下さんの家に行ったら面白くない?」

 

 

「お前こういう時心底性格悪いな……」

 

 

 確かに雪ノ下は2人しか入れないとは言っていたが。そのあたりは雪ノ下の落ち度だったのかもしれない。三浦は俺の返事も待たず俺が手に持っていたクッキーの袋を奪い、自動ドアの向こうへと消えていった。取り残された俺は軽く溜息をつき、外へ煙草を吸いに出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くなったのでここで切ります。まさかホワイトデー回が2話続くとは思わなんだ…。





ここから下、下ネタにつき注意。苦手な方はブラウザバック推奨です。


最近英文を読む機会があったのですが、その中に『the intimacies of womb』というのがありました。直訳すると子宮との親密性です。恐らく皆さんも感じたことでしょう。


こ れ ち 〇 〇 じ ゃ ね ?


結果は違いました。ですが壁をノックだなんだと思ったそこのあなたは間違いなく自分と同類です。


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16話

元日にNHKでやっていた映画は見ましたか?パッと見だとあれはアシマが可愛いという感想に至りそうですが、真に可愛いのはアニーとクララベルだと思うんですよね。

何の話か?トーマスの映画に決まってるじゃないですか。グレートレールウェイショーの前日、アシマに引かれたアニー(クララベルかもしれませんが)のトーマスを心配する顔は完全にメスのそれでした。いつも一緒にいるが故に顔を見ること、また見られることは叶わないため、心配はいつもトーマスに見られずに終わる。それが今回顔を合わせての心配だったところに思わずテンションが上がりました。久しぶりに見るトーマスってやっぱり面白いですよ。




 携帯灰皿をポケットに、俺は一服していた。高級マンションの下で喫煙は初めてであり、中から出てくる人になんか言われねえだろうなとビビりながら煙を吐く。漂う煙はすぐに消えた。何も吸わずに息を吐き、もう一度煙を吸う。今度は味わうように、肺を煙で満たす。昔はむせそうになったが今ではすっかり慣れ、ゆっくりと肺の中をリセットする。長めの煙草も半分ほどとなったところで、前方に知った顔を見つけた気がした。

 

 

「…最近よく会うな、葉山」

 

 

「比企谷か。奇遇だね」

 

 

 濃いめのデニムパンツに白シャツを合わせ、黒のカーディガンを上から羽織っている。三浦と同様いかにも大学生といった服装を遺憾なく着こなす爽やか野郎は、いつもの笑顔を貼り付けてこちらへ歩み寄ってきた。

 

 

「雪乃ちゃんへのお返しだよね?」

 

 

「ああ。てかお前も貰ったのな」

 

 

 雪ノ下が葉山にあげるとは。高校時代はあれだけ嫌っていたのに、心境の変化というやつは怖いものだ。

 

 

「まあ限りなく義理に近いかな。大学生になって前よりも家族間の結び付きが強くなったんだよね。陽乃さんのチョコなんて食べるのが怖くて仕方なかったよ」

 

 

 それは普通にわかる。生憎俺にはなかったが、あの人の贈るものなんて何が入っているか知れたもんじゃないからな。

 

 

「というかなんで比企谷はこんなところでタバコを吸っているんだ?それとも緊張しているのか?」

 

 

「……説明は面倒臭いから省くが、端的に言うと三浦が俺の買ったやつを渡しに行ったんだよ」

 

 

「じゃあ俺はここにいない方がいいかな」

 

 

 思案顔で顎に手を添える葉山。一々行動が様になっており、つくづくイケメンは得だと再確認する。俺でさえ思うレベルなのだ、女からすれば飛んで火に入る夏の虫どころの話じゃないのだろう。

 

 だからこそ、過去の三浦は惹かれたのだろう。それが偽物だとしても。

 

 

「優美子のことだけどさ」

 

 

 唐突に話を変える。それまでの軽い空気とは少し異なる。

 

 

「俺と優美子は根本的に合っていなかったんだよ」

 

 

「だろうな」

 

 

 片や完璧人間、片や世話の焼きたがり。本質を見ると相容れないのは明白だ。

 

 

「優美子には君が合ってるよ」

 

 

 俺のことを“君”と呼んだ口調から、なぜか俺は高校時の俺と葉山の関係を想起した。いつからかこいつは俺のことを“ヒキタニ”と呼ばなくなっていた。それの意味するところは知る由もないが、今の二人称の意味は当たりをつけることが出来る。

 

 つまるところ、高校時代の関係との決別。その対象は俺ではなく三浦であり、あいつが俺に三浦を譲ったということだ。別に三浦があいつのものだったわけではなく(望めば手に入っただろうが)、まして俺のものになるわけでもないが、その言及に意味は無いだろう。

 

 本質はそこじゃない。

 

 

「…そろそろ三浦が帰ってくる頃だ。そこの茂みにでも隠れていろよ」

 

 

「かな。まあ適当に散歩でもしているよ」

 

 

 そのまま来た道を引き返し、葉山は辺りへ消えていった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 雪ノ下さんとの口争を終え、エントランスへ戻る。煙草を吸っているのかと考えていたが、そんなこともなく1人その場に佇んでいた。

 

 

「って、やっぱ煙草吸ってたんじゃん」

 

 

「まあ吸いたてだからな。人差し指とかまだ匂い残りまくってるし」

 

 

「訊かないの?」

 

 

「雪ノ下との話か?別に渡せたんならそれでいい。……怖くて訊けねえのが大半だが」

 

 

「聞こえてるし」

 

 

 インターホンを鳴らし、出てきた時の雪ノ下さんの顔は凄かった。若干上気した顔かと思えば私を見るなり温度が急転直下し、極めて冷静に、見ようによれば理知的に質問してきた。どうしてあなたがいるの、や私は比企谷君しか入れないと言ったはずよ、などなど。私が別に入らなくてもいいからこれだけ受け取ってと言うと、雪ノ下さんはどこか悔しそうにそれを受け取った。あれだけ感情を見せた雪ノ下さんは初めて見た。そう思うとやはり奉仕部の関係はいとも簡単に感情を動かす、安っぽい言い方をすれば絆のようなものが3人を繋いでいるのだろう。そう思うと少し悪いことをしたな、と感じ流石に次からはこういうことはしないでおこうと1人反省をした。私がされたら確かに嫌だしね。

 

 

「次は川崎ん家だな」

 

 

「歩きで行ける距離?」

 

 

「多分な」

 

 

 歩き出すヒキオに慌ててついていき、隣を歩く。身長差はあるはずなのにそれを感じさせないスピードは、いつもながらよくそんなこと出来るなと思う。今日はその教育者である小町?には会えるのかな。前に一度あった時はほとんど話さずに別れたため、話せるならば話してみたい。そう思いながら私は自分のペースで歩いた。

 

 

 

 

 

 それから間もなくして一軒家へ到着する。表札にはしっかり川崎と書かれており、目的地だと確信する。結衣の家ほど大きくなく、かつ雪ノ下さんのマンションほど高級感は漂ってはいないが親しみの持てる家である。やや古びたインターホンをヒキオが押し、応答を待つ。カメラは付いているが正面にヒキオが立っているせいで私の姿は映ってないだろう。

 

 

『はっ、はい!?今すぐ向かうからちょっと待ってて!』

 

 

「別に急がなくても…」

 

 

「ごめん、待った!?」

 

 

「早えなおい。どんだけ急いでるんだよ」

 

 

「だって、いきなり比企谷が来るから……、あ?なんでそこに三浦もいんのさ」

 

 

「急に喧嘩ふっかけてくるとかマジ有り得ないんですけど?別にあーしあんたの家に来たかったわけじゃないから。ヒキオについてきただけだし」

 

 

「だからなんでついてきてんだよって言ってんの。そんなことも汲めないわけ?」

 

 

「待て待て待て。てかそこで見てる大志、助けてくれなきゃ小町は俺が貰うぞ」

 

 

「それはダメっすよお兄さん!姉ちゃんも、外に立たせんのは可哀想だろ?早く中入ってもらおうよ!」

 

 

「…まあ、後で全部聞くからね。入って」

 

 

「別に隠すことなんかないけどね」

 

 

 私がそう言いながら家に入ると、ヒキオもビクビクしながら家へ上がった。針のむしろなのはわかるけど、売られた喧嘩は買わなきゃ。さっきと違うのは向こうから先にふっかけてきたってとこだし、罪悪感なんて微塵も感じていない。

 

 

 居間はかなり綺麗にされており、ゴミ一つ見えない。テーブルを挟んで私と川崎は向かい合っており、右にヒキオがいて反対側には大志と呼ばれた子がいる。恐らく弟だろう。

 

 

「とりあえず、これ」

 

 

 短い沈黙を破ったのは意外にもヒキオであり、雪ノ下さんに渡したものと同じものを取り出す。一々言わないが、少しだけ優越感に浸ることが出来た。

 

 川崎は先程とは一転、小さな声でありがとうと呟いた。ほんのり頬を朱に染めている様からどう見てもヒキオに好意を抱いているのは明白だが、ヒキオが気付いている様子はない。

 

 

 多分、気付けないんじゃなくてあえて気付かないんだろうね。

 

 

 と、そこへ高い声が乱入してきた。

 

 

「あー!はーちゃんだー!」

 

 

 とたとたとた、と体重のない子が走る時特有の擬音を鳴らしてヒキオに飛びつく。川崎の面影を残す幼女はヒキオに抱きついて頬擦りしていた。

 

 

「けーちゃんか。久しぶり」

 

 

 左頬にくっつく“けーちゃん”を左手で器用に撫で、その行動にけーちゃんは目を細める。嬉しそうな顔は見ているだけでこちらも癒される。

 

 

「ほら、けーちゃんにもホワイトデー」

 

 

 そう言って鞄から小さな袋を取り出す。けーちゃんはそれを受け取って自慢げに川崎に見せた。よかったじゃん、と川崎も同様嬉しそうにして頭を撫で、またけーちゃんはにこにこしていた。

 

 

「…ヒキオ、あんた幼女にもホワイトデーとかやばいね。やっぱロリコンだし」

 

 

「ちげえよ馬鹿。川崎にだけやってけーちゃんにあげない時のことを考えろ」

 

 

 言われてみると、確かに気まずそうな雰囲気になりそうだ。体良くあしらわれた気がしないでもないが、口には出さない。

 

 

「レディーに貴賎はないっすからね!」

 

 

 大志とやらも意味のわからないことを言う。ヒキオも意味わからなそうな顔をしていた。

 

 

「てか比企谷。なんで三浦といんの?あんたらそんな仲良くなかったでしょ。てか三浦は比企谷のこと嫌ってたじゃん」

 

 

「あー、なんつうかな。説明すんの面倒臭えな…」

 

 

「今は仲良いから別にいいっしょ。今日も気付いたら朝同じ布団で寝てたし」

 

 

「ばっ、お前馬鹿オイ」

 

 

 予想だにしない私の発言に単純罵倒しかできないヒキオ。その焦りが逆にリアルに思えて(実際本当のことだが)、川崎は見るからに焦った。

 

 

「え?嘘、マジ、ええ?」

 

 

「お兄さんやべー!かっけえ!!」

 

 

「すまん俺帰るからまた今度なあと大志うるせえ」

 

 

 矢継ぎ早にそう言って鞄を取るのと歩き出す動作を同時に行い玄関へ逃げる。ショートした川崎は引き止めることも叶わず、また私もそれに続いて玄関へ足早に移動した。

 

 最後にけーちゃんがばいばいと大きな声で言ったので、ヒキオは同じくばいばいと返した。ヒキオじゃないけど、小さい子ってやっぱ可愛い。保育士とかもいいかもしれないね。免許とか取れないから無理だけど。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 次はヒキオの家に向かうことになった。残すは妹さんと後輩生徒会長だけであり、後者の家は知らないため呼び出すことになった。近くの公園でいいかとヒキオは1人呟いて、移動中にスマホでメールを送っていた。返事はわかりましたとだけ来て、効率良く時間を使うためにまずは家に行くという流れである。その公園は家からも近いらしいし、特に私からも異論はなかった。

 

 

「あんたの実家ってここなんだ。あーしあんまりこっちには来たことなかったかな」

 

 

「高校時代の話か。俺もここ以外あんま行ったことなかったな」

 

 

「…根暗自慢やめるし。陰気が移る」

 

 

 他愛もないことを話しながら歩くこと十分程、比企谷と書かれた表札を見つけた。

 

 

「あんたん家イイじゃん。良い感じにおっきい」

 

 

「なんでわかるんだよ…って表札か。まだここから遠いのに良く見えたな」

 

 

「あーし目は良いから。……訂正、目も良いから」

 

 

「何の訂正だよ」

 

 

 話しているうちにヒキオの家の前に到着する。門を開くと鍵を差す前に扉が開いた。

 

 

「おかえりお兄ちゃん!と…、ああ!三浦さん!お兄ちゃんがいつもお世話になっています!」

 

 

「小町だっけ?いつもお世話してるけど、気にしなくていいからね」

 

 

「俺の知ってる社交辞令と違うぞ。酒で酔ったお前を介抱すんのは誰だよ」

 

 

 私と妹さんの会話にツッコミを入れつつ、家に入ろうとする。しかし妹さんに邪魔されてヒキオは入ることが出来なかった。

 

 

「何で邪魔するんだよ」

 

 

「早く向かった方が良いんじゃない?いろはさんああ見えて真面目だし」

 

 

「…それもそうだな。なら先にこれ渡しとくわ」

 

 

 鞄から既に見慣れたクッキーの箱を妹さんに渡す。妹さんがありがと、とだけ言うのを確認するとヒキオはこちらを見てきた。

 

 

「どうした、行かねえのか?」

 

 

「……あーし小町ちゃんと話してていい?公園にはヒキオが1人で行ってきな。良い?」

 

 

「勿論ですよ!ささ、三浦さん入って入って!お兄ちゃんはすぐ行く!」

 

 

 はいはい、といつもの気だるそうな感じで門を再度開け、右へ曲がる。歩くスピードは先程よりも早かった。

 

 

「じゃあ中へどうぞ!」

 

 

 私は促されるままヒキオの家へ招かれた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「お待たせしましたか?」

 

 

「今来たところだ」

 

 

「合格です。今のいろは的にポイント高いですよ!」

 

 

 公園に着き10分くらいすると、一色が公園へ入ってきた。実際待ったと言うには短い時間なので、別段意識した答えではなかった。言葉は選んだという点では意識したとも言えるが。

 

 一色は黄色のミモレ丈のスカートに体のラインが出るような白の上服を着ていた。春らしい服装に、今年初の春の季節感を感じた。

 

 

「とりあえずこれを…」

 

 

 鞄の中からクッキーを取り出そうとする。しかしそれを遮るように一色は大きな声で静止した。

 

 

「待ってください!……その前に1つ、言いたいことがありますので」

 

 

 俺はその独特な雰囲気に何も言うことが出来なるなり、鞄に突っ込んでいた手を体の横へ戻した。無論クッキーは持っていない。

 

 

「先輩」

 

 

「なんだ」

 

 

「今からわたしが言うこと、予想つきますか?」

 

 

「……」

 

 

「好きです、先輩」

 

 

 俺はまだ何も言わず、一色の目を見続ける。正面からその視線を一色は受け止め、同じように見つめ返す。

 

 

「葉山先輩の時とは違います。憧れとかステータスとか、そんなのは関係なく好きになりました」

 

 

 言わなくても、こいつの目を見ればそれは簡単にわかることだ。あの日に見せた涙が嘘というわけじゃない。しかし“おもい”の漢字が違うこともまた事実だろう。

 

 

「俺は」

 

 

「はい」

 

 

「…なんというか、告白されんのは初めてなんだ。だから返事が変な感じだったとしても許してくれ」

 

 

「ふふっ、先輩らしいですね」

 

 

 今日初めて見せた笑顔に、俺は思わず安堵してしまう。この関係が続けばいいのに。そう思わずにはいられず、俺の返事によって変わってしまうだろうことは火を見るより明らかだった。

 

 

「ごめん」

 

 

 無情な一言は、気付けば口から出ていた。

 

 

「お前にそういう気持ちを持ったことはない」

 

 

「……そうですか!ですよね〜、やっぱりわたしじゃ分が悪いですもん!ちゃんと返事してくれて、ありがとうございます!」

 

 

 意外にもあっけらかんとしている一色に逆に俺が戸惑う。何を言えばいいかわからず、口を開いては閉める挙動不審なことをしていた。

 

 

「じゃ、早く帰ってください!ほら、早く早く!」

 

 

「あ、いやでも俺お返し渡して…」

 

 

「いいですからっ!…早く」

 

 

 尻すぼみの言葉に心配をしてしまうが、振った俺にそんなことをする資格はない。振り返らず歩き出すが、一色の足音は聞こえない。恐らくその場で立ったままなのだろう。

 

 

 ──公園を出る間際、鼻をすする音が聞こえたのは空耳ではなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「じゃあね、小町」

 

 

「さようならです優美子さん!」

 

 

 家から三浦を拾う。いつの間にかこの2人はファーストネームで呼び合うほどに仲良くなっていた。

 

 

「で、どう?渡せた?」

 

 

「いや」

 

 

「……そ。それって多分今のヒキオの顔と関係あるんだよね」

 

 

「俺の顔?」

 

 

 考えてもいなかった三浦の言葉に俺は首を傾げ、オウム返しをしてしまう。

 

 

「なんか泣きそうな顔になってるし。パッと見はそんな感じじゃないけどね」

 

 

 どういうことなんだよ、と返そうとするが声は出なかった。しかし理由は確かめずともわかる。

 

 

 あの心地よかった関係が崩れたからだろうな。これからも一色は普通に接してくれるかもしれないが、お互いの間に開いた溝は埋まることがない。

 

 

「……帰るか」

 

 

 

 

 その日飲んだ酒の量は、いつもよりも多かった。その時の俺はチョコレートリキュールだから飲みやすいのだと、自分を誤魔化すので必死だったことだけは覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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17話

ラブライブのssコンテストに出てみようと思い応募したらまさかの掲載不可…。内容が若干アンチじみているからですかね。そんなつもりはないのですが。結構頑張ったのに残念です。




 午前のみの授業が終わり、俺は大学の掲示板の前で唸っていた。いやまあ唸っていたと言っても悩んでいるだけだが。大学でもめでたくぼっちな俺が独り唸ってるとか不審者にも程があるだろう。想像するだけで気持ち悪い。

 

 

(楽そうでかつ印象がいいのは…、ないな。両立してるのがねえわ。池の水を抜いた後の生物保護とか誰がやるんだよ)

 

 

 俺が見ていたのはボランティア活動に関する掲示板で、3年になったということからそろそろ就活をするかと思い立ったのがこの行動だ。サークルにも入っていないためツテで見つけるのは叶わないため、自力で探すしかない。

 

 疲れを感じ、ほとんど無意識に煙草を取り出す。だが俺と同じく隣でボランティアの掲示板を見ていた女がぎょっした顔でこちらを見たため、戻すことに。

 

 そういえばこの大学どこもかしこも禁煙だったか。喫煙室に入ってまで吸おうとも思わないため、自重する。何かの間違いで教授と2人きりになった時には目も当てられないからな。良が可になるレベルだ。ちなみに俺にとって優を取ることは戸塚ルートに入るくらいの難易度である。偶然何回かとったことはあるが、積極性という面でぼっちの俺にはハードルが高すぎる。あれ?何回かとれたってことは戸塚ルートに入れるのか?なんかテンション上がってきたぞ?

 

 

 と、浮き足立った俺へツッコミを入れるかのようにスマホが振動する。俺自身が既にマナーモードなのだ、スマホなんてマナーモードで然るべきだろう。もしかしたら俺はサイレントマナーまである。

 

 最近の着信履歴は殆ど三浦、たまに小町と言う中学の頃の俺の着信履歴みたいになっていた。一応補足すると、全てが家族で占められているという……、まあこの話はいい。てか三浦もオカンっぽいだけで家族じゃねえしな。

 

 

「もしもし」

 

 

『ヒキオ、来週の月曜日って空いてる?』

 

 

「まあ一応。授業はない」

 

 

『じゃあその日幼稚園でボランティアね。もう申し込んどいたし、それじゃ』

 

 

 プツッ、と通話が切れる。

 

 

 ……つまり、事後承諾ってことか?とりあえず楽そうでかつ印象が良さそうなボランティア活動が見つかったことだけはよしとする。事後承諾なのは腑に落ちないが、それも多くの友人がいる三浦だから出来たことなのだろう。

 

 

 風に揺られ、遠くの桜が花弁を散らす。何十枚も落ちたように見えたが桜は依然としてピンクを保っている。あれが全て落ちるのは一体いつなのだろうか。久しぶりに花見でもしてみたいと感じるが、誘う相手がいないため即座に思考を打ち切る。

 

 三浦を誘っても酒盛りになるだけだしな。 奉仕部ならどうだろうか。つっても柄じゃないからやっぱ無理だな。それに奉仕部でないとはいえ一色のこともある。由比ヶ浜あたりが知らずに誘う可能性もあり、危ない橋は渡るもんじゃないと思い断念。

 

 

 こういう“気遣い”は、一色にとってはありがた迷惑なんだろうけどな。散った桜を見ながら、そんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒキオ、その椅子運んで。1列10席だからね」

 

 

「はいよ。…一気に3席は重いか」

 

 

 件のボランティア活動の日、俺と三浦はすでに活動の一環である用意を手伝わされていた。お遊戯室?とかいう準体育館的な場所に30席を並べるという、言わば雑用である。到着した時に挨拶した園長先生はどこぞのヤーさんみたいなのではなく、いかにも優しそうなふくよかなおばあちゃんだった。出会い頭に握手を求められ戸惑いはしたが、悪くない第一印象になったとは思う。

 

 にしても、こういう時の三浦はまるで人が変わったみたいだな。園長先生との挨拶でもそうだったが、行動力が普段とは大違いだ。過去に1度だけ合宿で同じボランティア活動を行ったが、あの時には見えなかった一面だ。単に俺が見ようともしていなかっただけかもしれないが。

 

 

 俺と三浦は無事に30席を並べ終え、園長先生のところへ行くとお遊戯室の前で待っておいてのお達しが。来た道を引き返しお遊戯室へ戻ると、すでに何人かの園児が椅子に座っていた。まばらな座り具合を見るに、もしかしたら席は決まっているのだろうか。

 

 

「…んな熱心に見なくても園児は逃げないし。ロリオ」

 

 

「熱心に見てねえし変なあだ名つけんな。マリオのパチもんかよ」

 

 

 見たことのない顔だからか、お遊戯室に入ってくる園児らはしきりにこちらを見てくる。あれ誰ー?など周りの子らに訊いている子も多くなり、後ろから入ってきた若い先生が早く座りなさいと急かす。

 

 

 と、考えていたのも束の間。突然腰へかなりの衝撃が走った。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

「おお、優ちゃん」

 

 

 どうやら優ちゃんは遠くから俺の腰へタックルしてきたようで、しっかり俺の腰にしがみついている。てかそこ良く考えたら男の大事な急所だから。バレると怖いから早くどいてくんねえかな。

 

 

「ヒキオ」

 

 

「ひゃ、はい」

 

 

「たててたら去勢するし。覚悟しときなよ」

 

 

「」

 

 

 あまりの威圧感に絶句する。声だけだとどの“たつ”のニュアンスなのかはわからないが、まあ去勢の言葉でわかるだろう。……たまに高校時代以上の威圧感を放つんだよな。怖い怖い。

 

 

 程なくして優ちゃんは先生に連れられ、自分の席についた。これで全員が座っていることになり、先生が朝の会を始める。

 

 

「みなさん、おはようございます!」

 

 

「「「おはようございます!!」」」

 

 

 園児らは子ども特有の一言一言が長いおはようございますをし、先生を見ている。ここで誰も話し出さないのは幼稚園教育の賜物なのだろうか。

 

 

「今日は、1日だけ、ローリー先生の代わりに、新しい先生が来てくれたよ!さ、どうぞ!」

 

 

「ぶっ」

 

 

「何吹いてるし。ほら、さっさと行くよ」

 

 

 三浦に連れられ前へ向かう。いやでも幼稚園でローリー先生だぞ?完全に狙ってるだろ。……ローリーがあだ名でないことを祈るばかりだな。

 

 

「じゃあ先生方!お願いします!」

 

 

「はい。三浦優美子です!あーし子ども大好きだからみんなと会えて嬉しいよ!よろしくね!」

 

 

 パチパチと拍手が鳴り響く。鳴り止まぬまま、三浦は俺の肩を叩く。

 

 

「……いやいや、お前キャラ完全に崩壊してんじゃねえか。誰だよ」

 

 

「うっさい。これくらいの方が子どもには受けがいいからだし。てか早くやんないとハードル上がるよ」

 

 

 それもそうだと思い、一度咳払いをする。それを何の合図と思ったのか園児は拍手をやめてしまった。

 あたりに響く静止音。これが漫画なら完全に『シーン』という擬音がつくだろう。

 

 …あれ?俺何を言えばいいんだ?あいつみたいなキャラは男にはおかしい、てか危ないし、かといって下手にテンション上げてもキモがられるだけだ。ならば落ち着いて挨拶しかないが、それもまた園児には向かないだろう。

 

 

 有り体に言うと詰んでるな、これ(白目)

 

 

 雪ノ下と川崎を同室で対峙させた時レベルで頭を回転させ、何をとち狂ったのか俺は。

 

 

 

「にょ、にょわ〜!ハッチマンだにぃ!みんなとハピハピした……、すんません、宜しくお願いします」

 

 

 

 と、どこぞの某巨人系アイドルの挨拶をしてしまう。先生と園長先生は苦笑いをし、三浦は大きな溜め息をつく。園児でさえも拍手がまばらという大惨事。

 

 

「…あんたの方がキャラ崩壊してんじゃん。ウケる」

 

 

「その言い回しは別のやつと被るからやめろ」

 

 

 しかし、拍手は突然大きなものに変わった。なんと優ちゃんが気を利かせてくれたのかかなり大きな音で拍手してくれ、周りも釣られて拍手をする。そのタイミングで先生はこの機を逃すまいとしたのか両手でパンパンと2回叩いた。

 

 

「はい!じゃあみんな、今日1日、宜しくお願いします!さん、はい!」

 

 

「「「よろしくおねがいします!!」」」

 

 

 こうして俺の黒歴史は増え、朝の会は終わった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 朝の会後、俺と三浦は先生と一緒に椅子を片付けていた。あの挨拶の手前先生と顔を合わせるのはなるべく避けたいところだが、仕方ないものは仕方ない。

 

 

「あの、ハッチマンさん」

 

 

「あ、すいません八幡です。いや比企谷です」

 

 

「ああっ、ごめんなさい!」

 

 先生が声を掛けてくれる。正直恥ずかしく話すのは躊躇われるが、話しかけられて無視するのは失礼だろう。

 

 

「あの、優ちゃんとはお知り合いなんですか?」

 

 

「ええ。前に三浦…、そこの金髪縦ロールとの縁で。あいつの従姉妹なんですよ」

 

 

「そうなんですか!言われてみれば似てますね〜」

 

 

 あはは、と愛想笑いか素の笑いか見分けがつかない笑顔を浮かべる。てかよく見るとこの人美人だな…。歳は3、4つくらい上か。ポニーテールでエプロンみたいなのを着ている、いかにも幼稚園の先生といった風貌である。

 

 

「あと、三浦さんの髪型はゆるふわウェーブですよ」

 

 

「そっすか」

 

 

 前にも聞いたツッコミ。そういえばそんな名前だったか。俺には判別がつかねえけど。それから少しの間は会話がなく、もしかして世間話をしに来てくれたのだろうかと考え出したところで再度先生は口を開いた。

 

 

「あと少しですし、2人は先に外で園児達と遊んでてくださって大丈夫ですよ!」

 

 

「いや、でも悪いですよ」

 

 

「いえいえ、優ちゃんのためにも行ってあげてください!」

 

 

「なら、お言葉に甘えて」

 

 

 本当は雑用をしていた方が気は楽ではあるのだが、ああ言われた以上行かざるを得ない。三浦を呼んで行くぞと伝えるが、なぜか三浦は少し機嫌が悪かった。

 

 

「…あっそ。んじゃあーしあっち行くから。ヒキオそっち頼むね」

 

 

「何怒ってるんだよ」

 

 

「別に怒ってないし」

 

 

 そう言いながらも右側に垂れた髪をくるくると回しては戻す。三浦が何かを隠している時のサインだ。これを突っ込むほど馬鹿ではないため、言われた通り“そっち”へ向かう。やはり三浦は反対方向へ向かったため、とりあえずはクールダウンをさせておこうという結論に至る。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

「おふっ」

 

 

 またしてもタックルをする優ちゃんに、今度は思わず咳き込んでしまう。子どもの力と侮るなかれ、なかなかに強い飛びつきは受け止めるのにも一苦労だ。

 

 

「あっちでおままごとしよ?」

 

 

 そう言って優ちゃんは指を指す。示した方向には5人ほど女の子がおり、キャラもののシートの上にそれぞれがちょこんと座っていた。

 

 

「わかった」

 

 

 優ちゃんは俺の手を引いて歩く。着いたところで優ちゃんを除く5人が俺をまじまじと見つめてくる。ぼっちは視線に慣れていないからな。思わず目を反らすとある女の子が口を開いた。

 

 

「じゃあハッチマンはお父さんね!あたしはお母さん!」

 

 

「わかった」

 

 

「優ちゃんもお母さん!」

 

 

「おう……、え?」

 

 

「あたしもお母さんだよ!」

 

 

「わたしも!」

 

 

「すまんちょっと待ってくれ。お母さん役は誰だ?」

 

 

「「「はい!!」」」

 

 

 6人が一斉に手を挙げる。まさかの一夫多妻制の国設定に、困惑する俺は何も言えなくなっていた。

 

 

「お兄ちゃんはろくまた?のお父さん!じゃあスタート!」

 

 

 一夫多妻制じゃなくて六股の方かよ。なおさらダメじゃねえか。

 

 

「ねえお父さん。この服のくちべにって誰のよ!」

 

 

「え、ああ、それはだな…」

 

 

「ちょっとあなた!この女誰よ!」

 

 

「あ、えと、そいつは…」

 

 

「あらあなた?最近ごぶさたじゃない?」

 

 

「やめ、女の子がそんなこと言ったらダメだぞ」

 

 

「…一生あたしのこと、覚えててよね」

 

 

「どこで聞くんだそんな呪詛みたいな言葉」

 

 

 ロリっ子たちがあーだこーだ言いながら俺を責め立てる。時に園児同士が責めあったりもするので、それを止めたりもしながら約1時間もの間、俺は園児達に振り回されていた。

 

 

 

 

 

「…あー、疲れた」

 

 

 やっと六股おままごとから解放された俺は、一服するために幼稚園の生い茂った裏庭のようなところへ移動していた。こういった場で煙草を吸ってもいいものかと悩んだが、そんな非常識なことさえも合理化してしまえるレベルで疲れていた。

 

 子どものエネルギーってどこから来るんだろうな。むしろ吸われてるまである。

 

 

 煙草を取り出し、胸にあるライターを口に咥えた煙草へ近付ける。しかし火を付ける直前、誰かに声をかけられてしまった。

 

 

「あら、比企谷さん」

 

 

「…ども」

 

 

 声をかけてきたのはまたしても先生であり、まずいところを見られたかと焦る。

 

 

「あっ、煙草は吸われて大丈夫ですよ!…ただ、匂いの残らない程度にしてくださいね?」

 

 

 綺麗な笑顔で忠告してくれる。教えてくれたのはありがたいが、なら先生はなぜこんなところへ来たのだろうか。

 

 しかしその理由は、すぐにわかるところとなる。

 

 

「これ、みんなには内緒ですよ?」

 

 

 口の前に人差し指を当て、しーっと音を鳴らす。その手の中指と親指に挟まっているのはまさかの煙草だった。100円ライターで手際よく火を付けると、吸ってからの吐き出しがなかなかに早かった。口腔喫煙だろうかと注目すると、あることに気付いた。

 

 

「黒煙草ですか。渋いですね…」

 

 

 鼻につく匂いと黒ぐろと主張する煙草。およそ若者が吸うものではなく、まして幼稚園の先生が吸うなんてミスマッチにもほどがある。

 

 

「すみません!匂いきつかったですよね」

 

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 

 手の煙草を胸のライターでつけ、肺に煙を溜めてから一気に吐く。黒煙草の独特な匂いとピースの純粋な煙草の匂いが混ざり、カオスな異臭が出来上がっていた。もう1度だけ吸ってから、携帯灰皿に吸殻を入れる。見ると先生も灰皿を出そうとしていた。

 

 

「よかったら」

 

 

「ありがとうございます。では遠慮なく」

 

 

 押し付けて火を消し、灰皿の中に入れる。しっかり閉めたことを確認し、ポケットに戻した。

 

 

「さっきのお礼ってことで、1本お家などで試されてみますか?」

 

 

 先生はパッケージから黒煙草を1本取り出し、先ほどと同様よかったらと言って俺に渡す。

 

 

「黒煙草ってなかなか手が出ないと思うんですよね。でも試したいからって1箱買うのはもったいない、ってことで!」

 

 

「そう言われたら受け取るしかありませんね。ありがとうございます」

 

 

「いえいえ!今度またお仕事をご一緒する機会があったら感想教えてくださいね!」

 

 

 先生は大人の余裕からなのか、余裕のある笑みを浮かべて園児の元へ戻って行った。俺もそろそろ戻るかと思い、一応匂いを手で散らしてからその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「今日は1日ありがとうございました」

 

 

「いえいえ、こちらも助かりましたよ。またいらしてね」

 

 

 午後7時、幼稚園を出る間際三浦と園長先生は別れの挨拶を行っていた。俺は三浦の斜め後ろで何も言わずに立っており、夕飯は何にしようかなんて適当なことを考えていた。

 

 

「比企谷さん」

 

 

 そう呼んだのはやはり先生だった。

 

 

「これ、私のアドレスですから黒いの試したら感想送ってください!」

 

 

「え、いやでも次って…」

 

 

「いいじゃないですか、ほら!」

 

 

 俺の手を外から手で包み、アドレスの記載された紙を無理やり握らせる。急なボディタッチに顔が熱を帯びたが、もうすでに暗いため目立ちはしないだろう。

 

 

「じゃあお2人さん、お元気でね」

 

 

 最後に園長先生が笑いながら手を振ってくれる。俺と三浦は声を揃えてありがとうございますと感謝を述べ、帰り道を歩いた。

 

 

 

 

 

 道中、三浦はまだ不機嫌な様子で話しかけてきた。

 

 

「あんたさっき何握らされてたの」

 

 

「なんでまだ怒ってるんだよ…」

 

 

「怒ってないし!」

 

 

 朝と同じ問答。このままでは埒が明かない。

 

 

「アドレスだよ。昼前に煙草吸ったんだけどな、その時に先生が黒煙草持っててそれの感想を聞かせてくれって」

 

 

「黒煙草?」

 

 

 聞き慣れないフレーズなのか、先程までの険悪な態度は薄れていた。

 

 

「あとでうちに来たら見せてやるよ」

 

 

「別に行くとか言ってないし。……行くけど」

 

 

 拗ねたようにそう漏らす。それから長い間無言のまま歩いた。その時にはもう無言の気まずさはなくなっており、ここまで三浦に気を許していたのかと気付くとどこか恥ずかしく感じた。

 

 

 と、そんな折前方に綺麗な光景を発見した。稚拙だが言い得て妙な表現のはずだ。

 

 

「おお、夜桜か」

 

 

「凄いじゃん。しかもライトアップまでしてある」

 

 

 日の落ちた暗い夜に照らされた満開の桜。時折花弁を散らす様は一層幻想的な雰囲気を醸すのに一役買っていた。

 

 

「…これが花見代わりだな。酒もねえし」

 

 

「ヒキオ何1人で喋ってんの?」

 

 

「何でもねえよ」

 

 

 煙草はないが、長く息を吐く。不意に触れた情緒にしみじみと浸りながら、俺と三浦は桜並木を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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18話

 雨の擬音にはしとしとというものがあるが、よく聞いてみると雨はサーやザーザー、音だけを抽出して切り取ったらパタタタタと言った方が的確である。別にしとしとが雨の降る音だけを表したものだとは一概には言えないが、私には文学的に創り出された一種の比喩、言い換えるなら心象風景としての言葉だと感じる。

 

 でもなぜ突然私がそんな話をしたのか。理由は単純、雨の音をじっくり聞く機会があったからだ。ベッドの上で、することもなくただひたすらに雨の音を聞いていた。

 

 

 不意に着信音が鳴る。メールだけは送ったはずなのに、それだけでは信じられなかったのかな。私は重い体に鞭を打ちスマホを手に取った。

 

 

『もしもし、優美子?今日スイパラ来れないってマジ?私達1ヶ月くらい前から言ってたやつだよ?』

 

 

 電話の相手はいつもの大学の友達であり、電話口の後ろからは話し声が聞こえた。電話主の他に2人いるはずなので、恐らくはその子らの会話だろう。

 

 

「ごめ、ゴホッゴホッ!…あーし今マジでヤバイからさ。あんたらだけで行ってきな」

 

 

『マジな方で風邪じゃん。スイパラの後お見舞でも行こうか?独りだと寂しいでしょ?』

 

 

「いや、これ伝染ったらヤバめのやつだし来なくていいよ。てか来んなし」

 

 

『ふ〜ん。……あ、いいこと思いついた』

 

 

「何」

 

 

『えっと、まあそれは後のお楽しみってことで!じゃあバイバイ』

 

 

「え、ちょ」

 

 

 こちらの返事も聞かず電話を切り、プープーと音が部屋に響く。“いいこと”が何かは結局聞けずじまいのままだが、それに思考を巡らすことが出来るほどの余裕は今の私にはなかった。

 

 ベッドの近くに置かれている体温計を手に取り、脇に挟む。ひんやりとした感触が心地よいが、すぐに常温に温められてしまう。

 

 

「うっわ、8度6分……」

 

 

 7度台ならまだ気合でなんとかなるが、普通に高熱と言えるような体温だと何かするにも一苦労だ。やはり動く気にはなれず、体温計を元の場所へ戻して仰向けに寝る。朝のため電気は消しているが、雨のため雲が空を覆っているため少し暗い。

 

 梅雨はそもそも動くこと自体が億劫になる季節なのに、風邪なんて引いた時には本当に何もしたくなくなる。晴耕雨読とはよく言ったものだが、本を読もうにもこの調子だと集中出来なさそう。私は八方塞がりになり、また天井を見上げた。何の変哲もなく代わり映えのない景色に溜め息をつくが、天井の柄が変わる見込みはない。

 

 自分が寝ているベッドから地面の高さとベッドから天井までの高さを相対比較する。そうやって見ると意外と天井は近くにあり、どことなく圧迫感を覚えて寝返りを打った。すると今度は地面との近さにいつもの平衡感覚が揺さぶられた感じがした。熱のせいだろうと判断はつくが、原因が地面なのかもという疑念は晴れない。嫌になって目を瞑ってもなぜか息苦しくなる。

 

 

「……学校なくてよかった」

 

 

 無理やり独り言を捻り出し、いつもの私らしくしようと努める。こう見えて私は大学の授業はほとんど漏らしたことがない。そのためみんなが思っているほど私は大学の授業を休むことに抵抗がないわけではなく、出れる日は必ず出るようにしている。と言っても周りには必ず友人がおり、真に1人で受けたことは殆どないためいざ1人で受けるとなったら尻込みしてしまいそうではあるが。

 

 

(つかこの時期に風邪って何。夏風邪にしては早いし)

 

 

 まあ1000年くらい前ならギリ夏だけど。あまりのくだらなさに失笑する。そういえばヒキオもたまにこんな感じで笑うっけ。ヒキオの場合はなんかキモいけど、もしかしたらこんな感じで変なことを考えては笑ってるのかな。

 

 

 ……なんか人のこと考えると余計虚しくなる。風邪だから誰も呼ぶことは出来ないけれど、そんな合理的な話は関係なしに寂しい。今の私はまさに“独り”であって“1人”ではない。病気時特有の孤独に潰されそうになるが、それをリセットするかのようにペットボトルへ手を伸ばす。一度喉を潤せば眠くなるだろう。

 

 

 ゴトッ。

 

 

「…っ、最悪…」

 

 

 熱のため朦朧としており、握っていたはずのペットボトルがいつのまにか地面に落ちた。体を曲げて床にあるペットボトルを取ると、そのまま蓋を開けて水を飲む。朝ご飯には何も食べていないので水でお腹を膨らませる。500mLあったうちの半分弱を一気に飲み干し、また机の上に置き直す。そのままベッドへ戻り、また天井とのにらめっこを始める。

 

 

 やっぱダメ、寝る。このままだと治るものも治らない。病は気から、なんて言うけど気をどうにかしなかったら病はずっと残るから。目を閉じ睡魔に身を委ねようとするが、肝心の睡魔がどうにも襲ってこない。激しい頭痛が顔の熱と相まって寝たくても寝かせてくれないのだ。一人暮らしでの風邪は初めてで、新たな経験だと思い込むもこんな経験いらないと心が勝手に判断する。

 

 

 ……なんで私こんな辛いんだろ。悪いこととかなんかしたっけ。ていうかお見舞いいらないって言ったけど、やっぱ寂しいものは寂しい。掛け布団を抱きしめるが隙間を埋める媒体にはなり得ず、虚しさだけが残る。いつもはお母さんが看病しててくれたんだよね。一人暮らしすると親のありがたみがわかるって話、マジだったんだ。今ほど親を恋しく思ったことはない。

 

 

 窓を叩く雨音は他の雑音を消し、無情に一人であることを自覚させる。しとしとと降る雨に私はなぜか共感を覚えた。

 

 

 私はおもむろにスマホを手に取り、カバーを外した。機体とカバーの間には1枚の写真が挟まっている。

 

 

 半年ほど前に証明写真で撮ったツーショット。抱きつく私にヒキオは目を丸くしており、私もまたほんのり顔を赤らめている。写真に映る服は冬物で、窓の外の光景もあり季節の移り変わりを感じた。

 

 

「…こんなことしてるから寂しくなるんだってば。……独りってマジで嫌…」

 

 

 そんな泣き言を漏らしても返ってくる声はない。雨のBGMは私の不安を払ってくれるはずもなく、むしろ助長さえしてくる。空一面に広がる雨雲を恨みのこもった視線で睨めつけるが、そんな自分にまたも虚しさを感じた。

 

 

「逢い…」

 

 

 その言葉が続かなかったのは、不意に鳴ったインターホンのせいだ。体を動かすだけで頭痛が走るが、出ないわけにはいかないので寝ていた体を起こす。しかし鍵の開く音がしたので行動を止めた。

 

 

(あーしお母さんに言ったっけ。……ダメ、なんも考えられない)

 

 

 ともかく入ってこれる人ならいいや。私は起こした体をまたベッドへ落ち着かせ、丁寧に掛け布団を被った。

 

 

 私の家は玄関から少し歩いたところにドアがある。この家は一間なので私からはドアがしっかりと視界に映る。天井を見ないせめてもの抵抗からか、私はドアをじっと見ていた。

 

 

「お邪魔します。…顔赤いな。マジで風邪じゃねえか」

 

 

「ヒキオ…?」

 

 

「おう」

 

 

「なんで……」

 

 

「前に鍵渡されただろ。…こっちじゃないな、お前の友達に連絡貰ったんだよ。合コンの時から一切なかったメールがな」

 

 

 そう言いながらヒキオは部屋の中心にあるテーブルへ荷物を置き、腰を落ち着ける。ビニール袋は2つあり、恐らくは近くの薬局とコンビニのものだろう。

 

 

「薬は?」

 

 

「飲んでない。朝も食べてないからね」

 

 

「ならお粥作るから待ってろ」

 

 

 立ち上がったヒキオを私は声で静止し、ヒキオは訝しげにこちらを覗いた。

 

 

「なんだよ」

 

 

「帰って」

 

 

「いや、だってお前風邪…」

 

 

「いいから帰って!!伝染すとかマジないから…」

 

 

 声がだんだん弱くなる。さっきまでは寂しくて仕方なかったのに、いざ人が来ると追い返してしまう。そんな二律背反のような、寒くて体を温められないヤマアラシのような自分に嫌気が差す。しかし今言っていることも本心なのは事実である。

 

 

 じゃないと、排反事象にはなり得ないから。

 

 

「…頼むから、早く帰ってよ……」

 

 

 最後には声が潤んで、そのまま消えた。

 

 

「……残ってやるから」

 

 

「…え?」

 

 

 

「いいから、とりあえず掴む手を離せって」

 

 

 

 風邪のせいなのか、孤独のせいなのか。気付かぬうちに服を握っていた手に気付き、ゆっくりと離す。居てほしいと思う心に対しての帰れという言葉。しかし無意識のうちに居てくれるよう頼んでいるこれまた心。トリレンマとも言えない私の身体はまるで自分のものではないみたいだ。

 

 

「泣くなよ」

 

 

 立ったまま私の頭に手を置く。途端私はその暖かい手に優しさを感じ、押し留めていた涙が決壊した。

 

 

「あんたがそんなことするから、泣くんじゃん…っ…!」

 

 

 泣いている私は明らかに先ほどよりも悲しそうに見えるだろう。しかし内面はその見た目とは180度逆なのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「ほら、出来たぞ」

 

 

 小さなお椀に入った少量のお粥を差し出してくる。よく風邪に良いと言われる葱や生姜が入っていた。お椀を持つ手のひらはほんのり温まり、ほっと一息つく。

 

 

「…美味いじゃん」

 

 

「俺が料理出来んのは知ってるだろ。何回ツマミ作ったと思ってるんだ」

 

 

 実家のものとはまた違う、ヒキオの味。その感じにどこか慣れを覚えていたのは、やはりそれだけ一緒にいたからなのかな。

 

 

 まだ本格的にいるようになってから1年も経ってないのにね。相性ってやつ?

 

 

 その後は私がお粥を食べ終わるまで無言だった。私は所々躓きながらも黙々と食べ続け、ヒキオは鞄から取り出した本を読んでいた。私が食べ終わるとヒキオは本を閉じ、薬局の袋から薬を出した。

 

 

「ほら、食ったんなら飲んで寝ろ。水は…、これか」

 

 

 ちょっと前に落としたペットボトルと一緒にヒキオは薬を渡す。受け取る時に少しだけ手が触れ、変に意識してしまったが顔には出さない。てか出たとしても熱だからと言えば顔の赤さは誤魔化せるけどね。

 

 渡された3錠を口に放り込み、続けて水で流す。ペットボトルの蓋を閉めて床に座っているヒキオへ返した。

 

 

「あ、なんか効いてきたかも」

 

 

「プラシーボ早すぎだろ」

 

 

「でもほら、もう普通に……っ!」

 

 

 急に体が動かなくなり、後方へ倒れる。声も出ずただやばいな、これと楽観的に考えていた。

 

 

 しかし、私が布団へ倒れ込むことはなかった。

 

 

 

 

「…ったく、まだ寝てろ」

 

 

「ちょ、ヒキオ……」

 

 

 

 

 ヒキオは私が倒れる寸前私の肩を抱くようにして受け止めた。必然的に距離は近付き、思わず私は軽く拳を作って胸の前に当てていた。

 

 

「ち、近いって……」

 

 

「ん、悪い」

 

 

 そう言ってヒキオは私を丁寧に寝かせた。手持ち無沙汰な握り拳は掛け布団を掴み、顔の上まで一気に引き寄せた。

 

 

「…?寝顔見られたくないんなら反対向いてるけど」

 

 

 全然違う。そんなことすら訂正できず、布団の中で丸まっている。

 

 

 

 思えば私は何度ヒキオを意識したのかな。性別を越えた友情、いつもそんな風に思っていた。初めは居酒屋で、次は合コン。そこから仲良くなって、去年はクリスマスまで一緒に過ごした。どれだけヒキオを男として見てしまっていたかはわからないけど、この心地良い関係を続けたくて私はひたすら友達だと言い聞かせてきた。

 

 

 

 でも、さっきので気付いた。あんなベタなので気付かされてしまった。

 

 

 

 今になって思い返すとどれも運命的であるヒキオとの出逢いに、私は初めから惹かれていたのだ。

 

 

 

 

 ──私はヒキオのことが好き。やっと気付いたのは、しとしとと降る梅雨の日だった。

 

 

 

 





今回の話は丁度4500字だったんですよ。そしてこの話は18話。余りなくピッタリ割り切れるってなんか凄いですよね。



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19話

「優美子ってさ」

 

 

 梅雨の雨雲は晴れ、初夏の足音が鳴り響く。日付で言うと7月の頭辺り、ようやく終わった長い梅雨に私は気持ちを昂らせていた。

 

 大学の食堂で私を含む女4人組はご飯を食べており、机を挟んで2対2で座っていた。丁度私の向かい側に座っていた子が不意に呟き、私は食べる手を止めた。

 

 

「なんか最近綺麗になったよね」

 

 

 頬杖をつきながらそう言う。唐突に繰り出された賛辞に、私は礼よりもまず訝しさが勝った。

 

 

「急にどしたし。てかあーしが綺麗とか知ってるし」

 

 

「相変わらず自意識過剰〜。でもなんか綺麗になったよ。思わない?」

 

 

 周りの子に同意を求めると、2人は確かにとなんの反対意見もなく肯定した。別にメイク変えたとかはないんだけど。

 

 

「何?もしかしてあーしが恋してるとか……」

 

 

 途端、顔が熱を帯びる。あの時自覚した恋心に進展はなく、ただ想いを募らせていた。雨雲が晴れた後もバーに行ったり遊びに行ったりもしたけど、依然伝えられてはいない。

 

 

「……そんなん、別にないし」

 

 

「「「きゃー!優美子ちょー可愛い!」」」

 

 

「は、ちょ、声でかいし!てか3人ともハモんな!」

 

 

 周りの生徒があまりの大声にギョッとしてこちらを見る。私は視線で3人に合図を送り、お辞儀をさせてから机に置かれたお茶を飲む。

 

 

「で、お相手はやっぱり比企谷君?」

 

 

「いや、だからそんなんじゃ」

 

 

「あれでしょ?看病に向かってもらった時でしょ?」

 

 

「……」

 

 

 寸分の狂いもない的確な言葉に、私は口を半開きにしてつい閉口してしまう。それは肯定と同じであり、再び3人が沸き上がるのだった。恋バナで盛り上がる中学生かよ。言ってやりたかったがそれよりも早く話を振られた。

 

 

「あ、じゃあさ。優美子海誘えば?」

 

 

「海?」

 

 

「そ。落とすには定番の場所でしょ?なにより優美子ってスタイルめっちゃいいし」

 

 

 海か。確かに男女の仲を男女として深めるにはよくあるシチュエーション、というかロケーションだろう。実際私のスタイルも魅力的なものだと自負できるレベルであり、海は良い手かもしれない。

 

 

「…んじゃ帰り水着買ってく。あんたらも来る?」

 

 

「私ら今日合コンだからパス」

 

 

「え、あーしそれ聞いてない」

 

 

「言ってないからね。別に来ても楽しくないでしょ?好きな人いるわけだし」

 

 

 三度図星をつかれ、確かにと納得してしまう。今合コンへ行っても空気を悪くするだけだろうし、そのことを責めるのはお門違いも良いところだ。むしろ英断である。

 

 

「まああーしが行ったら男全員奪っちゃうからね〜」

 

 

「片思いのくせに」

 

 

「実はうぶな乙女のくせに」

 

 

「処女のくせに」

 

 

「あんたら別々にあーしのこと中傷すんなし!!てか最後のは別にいいじゃん!!」

 

 

 立ち上がって捲し立てる私にまたも周囲の視線は集まってしまい、一礼して座り直す。3人はケラケラと笑っており、本気で怒ってはいないが毒気を抜かれた。

 

 

「ま、頑張んなよ!優美子!」

 

 

「…ん」

 

 

 お礼を言うのが照れくさくなり、口を閉じながら返事をする。この友達も、あの時ヒキオが助けてくれなかったらいなかった。そう考えると本当にヒキオには足を向けて寝れないな、なんて感じる。

 

 まあガンガン向けるけどね!だってヒキオのベッドからだと足の向きは思いっきりロフト方面だし。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 時間は夕方前。日も高くなりまだ日没には遠い。大学からモールへ行くには徒歩で20分位であり、私はその道中をゆっくりと歩いていた。

 

 人通りの少ないこの道は散歩コースにはもってこいであり、舗装された道路の両脇には綺麗な白いガードレールが設置されている。綺麗な、と形容するものではないだろうが、ペンキを塗ってから時間があまり経っていないのか傷はほとんど見られない。この辺りは行政はそれほど金をかけていないらしく、この車道だって止まれの文字も半分消えかかっている。それなのに場違いなほど新しいガードレールはきっちりと車道と歩道を線引きしており、梅雨前、いや梅雨の間でさえ気付かなかったのだから恐らくそのあたりに塗装が行われたのだろう。

 

 

 往来の少ない車に気を良くしながら歩いていると、7月だというのにアスファルトの隙間からたんぽぽが咲いていることに気がついた。春先に見るような綿毛のたんぽぽで、立ち止まりしゃがんでじっと見つめる。微細な風にそよそよと揺られるが、綿毛は飛ばさない。ふっと軽く息を吹きかけてみると、なんてことはなくいくつかは飛ばされてしまった。そのうちの数個はすぐ地面に着地したが、残りは高く舞い上がる。その様子を目で追うが次第にそれらは姿を眩ませ、落ちてくる頃には見えなくなっていた。

 

 

 なんとなくこれ以上たんぽぽを飛ばす気にはなれず、立ち上がって歩を進める。季節外れの春の象徴は、果たして意味があったのだろうか。自分が主人公ならあれに意味はあったのか。そんなくだらない妄想話を展開していた。

 

 

 

 

 

「うっわ、やっぱ人多っ」

 

 

 モールに着き中へ入ると、辺りは人だらけ、とりわけカップルが多く目に付いた。別に男女が一緒にいるだけでカップルな訳では無いだろうが、とりあえず男女の組がそこら中に散見された。

 

 

(…てかそれだったらあーしとヒキオもカップルに見られるわけだしね。見られたことないけど)

 

 

 ……いや、結衣には何回か疑われたっけ。そう思い出した時、私は嫌なことに気付いた。

 

 

 

 

 ヒキオのことを好きになるということは、すなわち結衣と戦うことになるということだ。それも年単位で片思いし続けている結衣と。

 

 

 

 

 そこまで考え、打ち切るように溜め息をつく。煙草に火をつけた後はじめに煙を吐く時のような速さで、次の息をすぐにしたくなるような溜め息。はあ、というよりはふうといった音に聞こえるその溜め息は、今日の間はこれ以上出てこなかった。

 

 

 少し歩くと、件の水着売り場に着いた。店頭には水着を着たマネキンのカップルが腕を組んでいた。女の方は普通に可愛らしい感じの水着なのに、なぜか男の方はブーメランを着ている。

 

 

(こんなんヒキオが着たらどうなるんだろ。外出れんのかな)

 

 

 ていうか絶対着てくれないし。ブーメランを履いてる人なんてよく考えたら見たことがない。やっぱ寒いのか、それとも性癖的な意味で暑くなるのか。どちらにせよ考えるのが嫌になり即座に思考を切り捨てた。

 

 

「水着をお探しですか?」

 

 

 私と同い年くらいの女性が歩み寄ってくる。こういう店特有のラフな格好で、メイクもナチュラルなものだ。私はとりあえずはいとだけ答えた。

 

 

「どのようなものが良いとかありますか?」

 

 

「うーん…、なんかこう、男を落とせる的な…、なんというか……」

 

 

「お、男ですか…」

 

 

「あ、あれ。闘争心を煽る的なやつ」

 

 

「そ、そうですか。でしたら…、はい。こちらなんかはいかがでしょうか?」

 

 

 店員さんが持ってきたのは全体的にヒラヒラした見た目のビキニで、白地に赤や青などの水玉模様のものだった。パッと見は子どもっぽいデザインに思え、私は受け取ったものの難色を示していた。

 

 

「ヒラヒラは男性の闘争心を煽るそうですよ」

 

 

 水着について補足をし、私は頭を悩ませる。別に変ではないだろうけど、私が思っているのとはなあ…。

 

 

「他は何かありますか?ヒラヒラとかじゃなくて、なんか大人っぽいやつ」

 

 

 大人っぽいやつ…、と独り言を呟きながら店員さんは探してくれる。その間私も色々見たりはしているが、いまいちしっくりくるものはない。

 

 店員さんの手が止まり、連動して私も手を止める。差し出してきたのはオーソドックスな黒のビキニにデニムショーツ。

 

 

「デニム系って大人っぽいとはなんか違いません?」

 

 

「私もそう思ってたんですけど、男の方曰くズボンみたいなのにブラを隠さないで見せつけてるみたいでエッチに映るらしいんですよ。そういう意味では大人っぽいと思います!」

 

 

 それに黒のビキニなんてエッチの定番です!と息巻いて説明する店員さんに頷きながら、それを着てみた時の自分を想像してみる。

 

 

 てか想像しなくていいじゃん。

 

 

「すみません、試着って大丈夫ですか?」

 

 

「それなら奥に行ったところです!では私はこれで」

 

 

 そう言って離れていった店員さんを目で見送り、私は試着室へと向かった。

 

 

 

 いざ着てみるとなかなか様になるもので、ほとんど何もしていないが均整に保たれているスタイルは水着の良さを遺憾無く発揮していた。

 

 

(自分で言うのもどうかと思うけどね)

 

 

 しかし似合っているものはしょうがない。これにしようと決め、水着を脱いでいく。一応周りからは見えないとはいえ、公共の場で脱ぐのは慣れない。多少羞恥心を覚えながら、気持ち早めに着替えを済ませた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 水着の支払いを終えた私はあてもなくモール内を歩いていた。目に付くカップルは皆一様に楽しそうで、私も誰かと来たら良かったのにと1人愚痴る。

 

 

(このままここにいても何もすることないし。帰ろっかな)

 

 

 それともヒキオんちにでも行ってみようか。時刻はもう5時前であり、この時間なら家にいるだろう。最悪いなくても合鍵で開ければ良いだけであり、ヒキオもすでにそのことには慣れている。まだヒキオがうちにいるという逆パターンはないが、帰るのが面倒臭くかつ私の家の方が近ければありえるかもしれない。

 

 

 大方ヒキオの家に行くことが私の中で決まってきたその時、私は不意に立ち止まってしまった。原因は目の前。未だにギクシャクしてしまう相手。

 

 

「やあ優美子。久しぶり」

 

 

「…久しぶり。1人なんだ」

 

 

「さっきまでは友達といたんだけどね」

 

 

 いつもと変わらない爽やかなスマイルを浮かべ、柔らかく話す。その友達が男か女かは訊かなかった。その問いに意味があるとは思えず、またそれが私に何も関係しないからである。

 

 そんな折、隼人は突然おかしなことを言った。

 

 

「ちょっとだけ2人になれない?」

 

 

「あーしと?信じられないんだけど」

 

 

「いやいや、本当に2人だよ。話したいことがあってさ」

 

 

「……わかった。けど早くするし」

 

 

「じゃあ外で話そっか。ここの2階から踊り場に出れたよね」

 

 

 そう言いつつも答えは待っている様子ではなく、隼人はエスカレーターの方へと歩き出した。遅れてついていく私に、わかりやすく隼人は歩く速度を落とした。10人中10人が気遣いだとわかるその行いに、私は過去の自分に酷い羞恥を覚えた。

 

 

 自分だけは特別だと感じていたあの時。卒業式の日に後輩を振ったのと全く同じ振られ方をして目が覚めたあの日。何よりも辛かったのは、あの後ずっと友達でいてくれと念押しされたこと。その時初めて私は女避けに使われていたこと、そしてスクールカーストを保つための便利な女として扱われていたことに気付いてしまった。

 

 

 被害妄想が入っているのは否めない。そうかもしれないが、1度そう考えてしまえば払拭するのは難しい。あれ以来私は隼人にあの頃の憧れを抱けなくなっていた。

 

 

 2階のベランダのような踊り場に出た時は、すでに日が傾きかけていた。西の空はは紅く染まり、東の空の端の方はすでに紺色へと表情を変えていた。綺麗なコントラストに思わず声が出そうになるが、同じタイミングで隼人は口を開いた。

 

 

「比企谷とは仲が良いんだね。全然知らなかった」

 

 

「…去年の秋頃かな、あーしが居酒屋行ったら相席になってさ。その時からちょくちょく会うようになった」

 

 

 どこかぶっきらぼうに答えてしまう私に、隼人は気を悪くする素振りもなく滔々と語り出した。

 

 

「比企谷は凄いやつなんだよ。高校の頃は大っぴらには言えなかったけどさ、誰よりも人のために動いていたのは間違いなくあいつだ。覚えてるかな、相模さんの時」

 

 

「文化祭?」

 

 

「そうそう。あれも比企谷がいなかったら今頃イジメ問題とかで総武高が取り上げられていたかもね」

 

 

「……まああれは相模が悪いし。虐められても当然かもしんないじゃん」

 

 

「イジメに良いも悪いもないよ。……優美子も体験したらわかると思う」

 

 

 自嘲気味に呟く隼人はやはりどこまでいっても格好がつく。日暮れも相まって幻想的にさえ映る。

 

 

「あーしはいじめられないし。てかいじめてんの見たら黙らせるし」

 

 

「優美子ならできるかもね。…いや、俺もそうすれば良かったのかな。ただ嫌われる覚悟が出来ていなかっただけか」

 

 

 はは、と自身を嘲笑う。何の話かイマイチ掴めないではいるが、これが隼人の行動原理のような感じなのはなんとなく伝わった。

 

 隼人は頭を2、3度掻き、遠くを見ながら言葉を紡いだ。

 

 

「比企谷は良いやつだ。俺なんかよりよっぽどね。高校生の頃はあいつと話したいことが山ほどあった」

 

 

 独白とも言える隼人の吐露は、言葉を選んでいる様子もなくただ思っていることを素直に出しているようだった。

 

 

「…ま、だから最近はたまにバーとか一緒に行ったりするんだけどね」

 

 

「え、マジ?」

 

 

「その時話していてわかったんだけど、比企谷は多分奉仕部と同じくらい優美子のことを大切に思っているよ」

 

 

 隼人の思いがけない言葉に私は言葉をなくし、視線だけで本当かと質問する。隼人は微笑し本当だよと答えた。

 

 

「聞くところによると、合鍵も交換してるんだってね」

 

 

「まあ…、あれはそういうんじゃないけど」

 

 

「同じことだよ。あの比企谷が信頼出来ない相手に鍵なんて渡すわけがない」

 

 

 隼人はいつでも同意を求めるような言葉、もしくは意見の1つとして考えを述べることが多々ある。むしろそれが殆どだが、それだけに今の断言には力が篭っていた。

 

 

「……眩しいな」

 

 

「ああ、夕陽?なら戻る?」

 

 

 暮れはしないが左へ顔を向けると目が眩む。2人とも前を向きながら話していたため気にならなかったが、時間が経つにつれて顔を照らすようになってきた。

 

 

「いや、これで終わるから大丈夫だよ。最後に覚えておいてほしいんだけどね」

 

 

 私の左側へ立っていた隼人は私の方へ体を向ける。条件反射で隼人の方を見るが、後ろの夕陽が私の目を襲った。反射的に目を細める。

 

 

「結衣に遠慮するのはやめておきなよ。別に優美子のためじゃなくて、飽くまで比企谷に対する誠実さ……って、これも俺の意見だから鵜呑みにはしないでいいけどね」

 

 

 見透かされているような物言い。恐ろしく的確な意見に私は言葉を返すのも忘れ、隼人の続きを待った。

 

 

「譲られた結衣もそれはそれで可哀想だしね。結衣の性格上。…じゃあ帰るよ。比企谷によろしく伝えておいてくれ」

 

 

 そう言って2階の踊り場からモール内へ戻っていく。私はさようならも言わず、振り返って夕陽を眺めた。その時になって初めて私は隼人がヒキオのことを“ヒキタニ君”ではなく“比企谷”と呼んでいることに気付いた。その真意は汲み取れなかったが、単に呼び間違いが直っただけではないだろう。

 

 

 コントラストは紺の割合が多くなっており、暖かい風が身体を包む。うっすら聞こえる蝉の声を耳朶に響かせながら、私は日没までそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





アプリ麻雀あるある

2位俺 (オーラスで1位を捲る手が完成!ここはダマでしっかりアガらせてもらお!)

4位人 「ロン!ノミ手1300点!」

2位俺 「は?」


いやまあ自由やけどさあ…。折角の手やったのにさあ…。


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20話

19話を投稿し終えて2日目くらいでしょうか。お気に入り件数が2000を超えたので「20話投稿で2000突破、これまた運命的ですね(笑)」と前書きだけ思いつていたのに中々話が完成せず、いざ出来たときには2100を超えていました(笑)

本当に嬉しい限りです。感想や評価も励みにさせていただいております。




 冷房の効いた部屋に1人座りながらスマホとにらめっこ。その画面は発信履歴のところであり、電話のマークを押せばヒキオに繋がる。夏休み真っ只中、私はヒキオを海に誘おうと電話をかける直前だった。

 

 

「何であーしこんな緊張してんの?」

 

 

 一人暮らしが続くと独り言が増える。例に漏れず私も家ではよく1人で話しており、少しでも緊張を紛らわせようと緊張を声に出す。しかし紛れることはなく、画面の2cm手前で硬直した親指を動かせずにいた。

 

 

 閉めきっているため音は小さいが、外からはセミの鳴き声が聞こえる。アブラゼミだろうか。けたたましく鳴くセミは早くしろと催促しているように感じた。

 

 

「…うっさいなあ、かければ良いんでしょかければ!」

 

 

 セミにぶつくさ文句を言いながら、意を決して電話のマークを押した。

 

 そもそもなぜこんなに緊張しているかというと、今回のようにヒキオを“男”として誘うのは、言い換えるとヒキオを落とすために誘うのは初めてなのだ。去年のクリスマスは単に一緒にいたら楽しそうだと思ったからで、普段の酒盛りだって別段男として意識して誘った訳では無い。

 

 コール音が4度ほど鳴った後、ヒキオは電話に出た。

 

 

『もしもし』

 

 

「ヒキオ?あんた水着持ってる?」

 

 

『一応』

 

 

「じゃあ海行くよ。」

 

 

『…それ今日の話か?』

 

 

 一気に声のトーンが下がる。私が誘ってめちゃくちゃ乗り気だったことなど1度もないが、いつにも増してだるそうなのは目的地が海だからだろう。インドア派を自称しているヒキオにとっては嫌なのかもしれない。

 

 

「別にいつでもいいけど、今日でいいじゃん。予定あった?」

 

 

『いや。まあ今日行くんならそれでもいいが』

 

 

 しかし結局来てくれるあたり、やはりヒキオはどこまでも人に甘い。その優しさに甘える私が1番甘いのは言わずもがなだけどね。

 

 

「じゃあ場所は後で送るし。あーしがヒキオん家向かうからヒキオはレンタカーでも借りといて。じゃ」

 

 

『あ、おい!』

 

 

 最後に何かを言いかけていたが、切ってしまったものはしょうがない。私は前に買った水着を取りにタンスへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 用意を持ってヒキオの家へ向かうと、ヒキオはすでに外で待っていた。白の英字Tシャツにデニムと見た目よりも楽さを重視した格好がヒキオらしい。隣には古びた軽自動車があり、すでにレンタカーを借りて持ってきていたようだ。

 

 

「お待たせ」

 

 

「ん」

 

 

「なんかその車ボロくない?普通レンタカーって綺麗なもんじゃないの?」

 

 

 外観は普通の白の軽自動車だが、白だからか汚れや傷が目立つ。ボディには横に広がった傷が目を引き、他にも塗装の剥げたところや凹んだところなど、良い風に言えば年季が入っているのがわかる。

 

 

「個人経営んとこならこんなもんだろ」

 

 

「ふーん。まあいいし。どっちが運転する?」

 

 

「お前に任せんのは怖い」

 

 

 そう言ってヒキオは私の返答も待たずに運転席に乗る。運転してくれるのはありがたいけど、癪に障る言い方に何かを言い返そうかと考える。しかしこれもヒキオの優しさかと思うとそんな考えは一気に霧散し、私も遅れて助手席に乗り込んだ。

 

 

 どこか慣れた手つきでキーを回してエンジンをかけようとする。しかしキュキュキュキュッと音を立てるだけでエンジンはかからず、何度か試すとやっとかかった。

 

 

「…これ本当に大丈夫?あーし死にたくないんだけど」

 

 

「よくあることだろ。まあ値段相応だってことだな」

 

 

「ああ、それ聞くの忘れてた。お金いくら?後で払う」

 

 

「5000円」

 

 

「…ん?それ12時間?」

 

 

「とりあえず車出すぞ。送られたとこでいいんだよな」

 

 

 訊いている形ではあるが返事は待たずに車を出す。急に動いた車に身体を揺さぶられた。

 

 

「24時間で5000円って破格だろ?」

 

 

「え、それ安すぎない?てか勝手に車出すなし!事故ったらマジ死刑だかんね?!」

 

 

 大丈夫大丈夫、と軽く手を振るヒキオに私はひやひやしながらシートベルトをしっかりと締めた。

 

 

 ……エンジンめっちゃガタガタなってるけど大丈夫だよね?なんかめっちゃ怖くなってきた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 目的地に着いた私達は車を駐車場に置き、少し歩くと水平線が見えるほどの海へ出た。控えめな人の喧騒に時折聞こえる波の音。ざざ、と海特有の効果音によりやっと海へ来たんだと実感が湧く。

 

 

「おお、すげえな」

 

 

「ね。あーしも海来たの久しぶりだから結構感動してるし」

 

 

「あれだな、人がそんなにいないのがいい」

 

 

 控えめな喧騒、と言ったように来ている人はまばらである。家族連れであったり友人同士であったり、はたまたはカップルであったりと多種多様ではあるが、見える限りでもそれらの絶対数は少ない。

 

 

「んじゃ着替えてこよっか」

 

 

「俺は下に着てるからいい」

 

 

 そう言うなりヒキオは下に着ていたデニムを脱ぎ、英字Tシャツも脱いだ。脱いだ服は大雑把に畳んだ後持っていた鞄に詰め、一瞬で着替えが完了した。

 

 

「……ヒキオのそれマジ子どものすることだし」

 

 

「早いからいいんだよ。場所とってくるからお前は早く着替えに行け」

 

 

「あーしのプロポーションにやられないように座禅でもしときなよ」

 

 

 その言葉にヒキオは私に背を向けたまま手をヒラヒラと振り、場所取りへと向かっていた。ヒキオの海パンは無地の紺色であり、いつかに見たトランクスの形とよく似ている。

 ……いや、マジで偶然だから。大体お風呂に隣接してる洗濯機にパンツをそのまま置いとく方が悪いし。多分未使用だったけど。

 

 

 

 備え付けられた更衣室で水着に着替え、そこを出てヒキオを探す。パラソルなんて重そうかつかさばりそうなものは持ってきていないため、長方形のビーチマットを頼りに辺りを見渡す。少しすると簡単に見つかり、マットを敷いて1人で座っていた。隣には膨らませた浮き輪が1つ置かれている。

 

 

「お待たせ」

 

 

「おお」

 

 

 こちらを一瞥した後、すぐに海の方へ顔を向ける。その横顔からはなにも読み取れなかった。

 

 

「感想は?」

 

 

 仁王立ちでヒキオに問う。

 

 

「お前あれだな、なんかでかい」

 

 

「胸見んなし」

 

 

「ちげえよ立ち方とか色々鑑みてのことだ」

 

 

 それは遠回しに態度がでかいって言ってんの?とりあえずヒキオの背中を足で押しといた。

 

 

「まあでも、似合ってるんじゃないか。高校の頃に見たやつより大人っぽくなってると思う」

 

 

「……なんかストレートに誉められると恥ずいし」

 

 

「どうしたらよかったんだよ」

 

 

 また憎まれ口を叩いてしまう。しかし夏が理由と言うには暑すぎる顔の熱に、私はバレないようにヒキオからは見えない方向を向いた。

 

 

「なあ三浦」

 

 

「何?」

 

 

「海って何をすればいいんだ」

 

 

「何って……、体焼いたりビーチバレーやったり?あ、あと海に入ってゆったりするとか」

 

 

 とりあえず思い付いたことを羅列していく。立ったままだったので私はヒキオの隣に座り込み、お互い海を見ながら話す。

 

 

「んじゃそれやるか。流石にビーチバレーは無理だが」

 

 

 ヒキオは立ち上がり隣の浮き輪を持って海へ歩きだした。足の指とかかとを器用に使い足裏と砂場との接地面積を減らそうと歩く姿はどこか滑稽に映り、私もついていく。

 海へ足を踏み入れると、それまでとは異なる温度に顔をしかめた。一方ヒキオはまだ海に入っておらず、押し寄せた波の後の黒くなっている砂のところでもたもたしていた。

 

 

「……早く入ってくるし。熱湯風呂じゃないんだから」

 

 

「人に冷たくされるのは慣れてるが水に冷たくされるのは慣れてねえんだよ」

 

 

「じれったい。そらっ!」

 

 

 バシャッ!と蹴りあげた水がヒキオを襲う。狙い通り以上の出来で、縦に伸びた海水は余すところなく体を濡らした。

 

 

「……意外と冷たくねえな」

 

 

 そこからのヒキオの行動は早く、気付いたら肩まで浸かっていた。手に持っていた浮き輪の中に入り、本格的にくつろぎだす。愉悦といった表情は温泉に浸かっているようにも錯覚するほどだ。

 

 

「てかそれあーしの!!何勝手に取ってるし!!」

 

 

「泳げない訳じゃないだろ?今は貸しといてくれよ。……あぁぁ、極楽だな。後温泉いきたくなってきた」

 

 

「どうでもいいし!ほら、返す返す!」

 

 

 すぐさまヒキオの方へ水の抵抗を受けながらも歩き、浮き輪を上から脱がせるように引っ張る。ぐいぐいと引く私にバランスを保つのが必死なのか、しきりにやめろと言いながら両手で浮き輪のサイドを押さえつける。

 

 

「ちょ、危ねえから!!ひっくり返……、うおっ!?」

 

 

「わぷっ!?」

 

 

 バランスを崩し180度回転するヒキオにつられ、私も巻き込まれる。2人揃って海へダイブし、目を開けられなくなる。

 

 

「ぷはっ!」

 

 

 私が次に水面から顔を出したときにはすでにヒキオも体制を建て直しており、耳に水が入ったのか右耳を下に向けて頭を左から叩いていた。

 上がってきた私に気付いたヒキオは一旦水抜作業をやめ、こちらに顔を向けた。

 

 

「お前なあ……、……。……?……ありがとうございます」

 

 

「は?何が……って、うわ、嘘?!!あーしの水着!!!ヒキオはこっち見んな!!!」

 

 

 やけにヒキオが胸を見るなと思ったら、なんと私のビキニはいつの間にか外れて海を漂っていた。私は揺れる胸を押さえながら一瞬で水着を掴み取り、ヒキオの見えない方向でつけ直す。幸い他の人には見られなかっただろうが、ヒキオには、あまつさえまじまじと見られてしまったことは確定している。

 

 私は再度ヒキオの方へ向き、口を開いた。

 

 

「正座」

 

 

「待て今ここ肩まで浸かるレベルの深さだぞ」

 

 

「正座」

 

 

「……マジかよ」

 

 

 観念したのか本当にヒキオは潜って正座をしようとする。しかし浮力によって(しかも海水であるため)すぐに浮いてきてしまう。何回か試したが駄目なようで、諦めて顔を出した。

 

 

「まあ正座はいいし。……感想は?」

 

 

 予想だにしない言葉だったのか無言で目を丸くし、その後小さな声で。

 

 

「……意外とピンク」

 

 

「はっ、ちょ、やだそういうのマジでやめるし!!!」

 

 

 純粋に恥ずかしくなった私は、ヒキオから浮き輪をぶんどって沖の方へ逃げた。きつく結び直された水着はもうほどける心配はなさそうだが、最後にもう1度だけ確認しておいた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 日が傾いて夕日を海が反射し出した頃。俺こと比企谷八幡は重大な危機に直面していた。

 

 

「パンツ持ってくんの忘れてた……」

 

 

 更衣室のなかで独り呟く。こういう役回りって普通女がするもんじゃねえの?別に俺スカートじゃないからラッキースケベなんざ起きようがないぞ?

 なんて軽口を叩くが、ポケットからパンツが出てくるわけでもない。仕方なく海パンを脱いでからタオルで下半身を拭いた後ズボンを直に穿く。いつもとは全然違う感覚になぜか愚息が反応してしまいそうになるが、深呼吸を2度ほどして落ち着く。

 

 

 その後着替え終わった俺は(無論ノーパンだが)出てこない三浦を待っていた。ちょっとでも風が吹くと股間がダイレクトに風を受け、シバリングが起きる。せめてもの抵抗で股間をさりげなく右手で隠し、左手は尻にやる。これで風が吹いても寒くない、完全のフォーメーションの完成だ。夏に言うとは思わなかったが、暖かいってやっぱりいいよなあ。

 そんなことをしているうちに三浦は着替えを終えていたようで、荷物を持って俺の目の前に来ていた。

 

 

「……なに股間とお尻押さえてんの。気持ち悪いし」

 

 

「そうか。ほら、行くぞ」

 

 

 何事もなかったかのように駐車場へ向かう。ほら、こうやってクレバーに対処すれば何もかも解決だ。三浦だっていぶかしみながらも後をついてくるしな。流石に歩く時は手を離したが、別段三浦がそこを突っ込んでくる様子はない。ほっとしながら駐車場へ歩を進めた。

 

 

 

「荷物全部持ったか?」

 

 

「大丈夫。全部後ろに積んでる」

 

 

「そうか」

 

 

 エンジンをかける前に最後の確認をし、車を起こす。朝と同様鍵を捻ってもキュキュキュキュッと音をたてる。初めはかからないが何度かすればエンジンもかかるはずなので、それから2、3度鍵を捻る。しかしエンジンは一向にかかる様子がなく、6度目も不発だったため一旦手を止めた。

 

 

「……これエンジンかかんねえんだけど」

 

 

「え、マジ?あーしに代わってよ」

 

 

 席を入れ換え、三浦も挑戦するがかかりはしない。3度もすると三浦は車から外へ出て、一服と言って煙草を取り出した。

 

 

「とりあえず電話かけてみる」

 

 

「お願い」

 

 

 レンタカーをネットで検索し、記された電話番号にかける。朝もだったが2コールもしないうちに電話に出る当たり、殆んど仕事がないのだろうか。

 

 

「すみません、お宅で借りたレンタカーが動かないんですけど」

 

 

『エンジンがかからないってことですかい?』

 

 

 電話に出た方はこれまた朝と同様気の良さそうな人で、声から判断するに恐らく60そこらのお爺さんだろう。定年後に始めたってのが最もしっくり来るか。

 

 

「そうですね。朝に借りたものなのですが」

 

 

『ああー、あれか!あれたまに動かなくなるんだよな!すみません、迷惑かけちゃって!』

 

 

 あっけらかんとそう答える。……つまりなんだ、俺らはここから帰れないのか?よしんば車が動いたとしても、途中で止まる可能性もあるってことだよな?

 

 

『すみません、今車を見れるやつが出張中でして。悪いけど今日は宿とってそこで一晩明かしてくんねえかな?……あ、予定がお有りなら夜半にでも向かわせますけど』

 

 

「……少し待ってください」

 

 

 スマホのミュートボタンを押し、ことのあらましを三浦に伝える。こいつのことだからてっきり騒ぎ出すかと思えば、存外に落ち着いた様子だった。

 

 

「あーしは明日授業ないからいいけど。ヒキオは?」

 

 

「俺はあるけど、まあパンキョーだパンキョー。だから休んでいい」

 

 

 別名一般教養。俺の後ろの席にいた若いやつ(つっても2年とかだろうが)が言っていたのを真似してみた。最近はこういう略し方が流行っているのか、周りのやつはしきりに「パンキョーマジメンディー」と意味のわからない呪文を唱えていた。切れ目どこだよ。マジ+メンディーかマジメン+ディーか、もしくはデイの活用形か?パンキョーしかまともにわからなかったためこれしか使えない。

 

 

「なにそれ、最近その略し方知ったの?てか一般教養なんか3年になるまでにとっとくでしょ普通」

 

 

「……後に回してたらいつの間にか3年になってたんだよ。一般教養影薄すぎだろ」

 

 

 まるで俺みたいなやつだ。俺が一般教養を嫌いなのはもしかしたら同族嫌悪かもしれない。

 

 

「じゃあとりあえず宿借りるって伝えるからな」

 

 

「おっけ」

 

 

 吸い終わった煙草を携帯灰皿に突っ込む三浦。その仕草にたどたどしさがなくなったのはいつだったか。親は一緒にいると子どもの成長に気付かないらしいが、これもそういう類か。

 ミュートを解除してその旨を伝えると、お爺さんは何度もありがとうと言ってから電話を切った。到着は明日の午前8時頃で、当たり前の話だが駐車場代と宿代は向こうが持ってくれるらしい。それなら多少は高いところを借りて小旅行の気分でも味わってみようかと考えるが、この時期にアポなしで行けるところなんて限られているかと思い直す。

 

 

 丁度スマホをいじっていた三浦に宿を調べてもらったが中々見つからず、やっと宿が見つかったのは西の空が暗くなりかけていた頃だった。

 

 

 

 

 

 

 




マジでラッキースケベに遭遇してもその場ではStand upしないと思うんですよね。今回の八幡のあのシーンでその描写がないのはそのためです。



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21話

「それでは、朝食は8時からとなっておりますので」

 

 

 着物を着た旅館の方は正座をしながら恭しく礼をし、ふすまを閉めた。

 俺と三浦はあの後当日でも入れる旅館を見つけ、その辺で夕食を済ませてからチェックインした。部屋は2階にあるオーソドックスな八畳の部屋で、奥には机を挟んで向かい合わせになっている椅子が2つ並んでいる。そこのベランダから見える景色は一面の海で、なぜこんな条件の良い部屋が余っていたのか不思議なくらい綺麗な眺めだった。

 

 

「ねえヒキオ。クーラーつけて良い?」

 

 

 座布団の上に座っている三浦は手でリモコンをもてあそんでいる。俺自身特に暑いと感じることはなかったが、断る理由もないので。

 

 

「どうぞ。あ、けどそんなに強くすんなよ」

 

 

「わかってるし」

 

 

 ピッ、と軽い電子音を鳴らす。割りと古めの旅館だと冷房の音がうるさかったりするが、ここは古いにも関わらず(飽くまで外観が古めだというだけだが)一切音をたてずに稼働している。店員と言っていいのかわからないが、さっきの人だってかなりレベルの高い接客をした辺りここは当たり物件だったのかもしれない。レビューにそういったことは書かれていなかったので、知る人ぞ知る的なポジションなのかもな。

 三浦は部屋の中央に置かれたテーブルに体を投げ出し、だらだらとしている。後ろから見ている俺はさぞ不審なことだろう。だって前のめりになってるからズボンからパンツが若干はみ出てるんだぞ?パンツも意外とピンク……、ってそんなことを言っている場合じゃないな。まあ突っ込まねえけど。

 

 

「ヒキオー。あーしの肩揉んでー」

 

 

「めんどくせえ。誰が好き好んでやってくれるんだよそれ」

 

 

 いやほんとマジで。これ頼んでやってくれるやつとか聖人君子レベルだろ。

 

 

「んー、隼人とか?」

 

 

「確かにあいつならやりかねないな。……あ、そうだよ戸塚ならやってくれるわ。戸塚の手を煩わせるとか極刑モノだけど」

 

 

「あんたマジで戸塚のこと好きだし……。どこがそんなに良いの?」

 

 

 顔は依然こっちに向けずに言う。三浦のパンツを見ながら話していると、愚息に直履きなので若干起立してきたため視線を逸らす。結局コンビニは無く、また旅館の方も切らしているそうだ。パンツを切らすってどういうことだよ。なんかブランドでもあんのか。

 

 

「どこってお前、どこもかしこもに決まってんだろ。聞くか?俺の俺的戸塚可愛いランキングベストセン」

 

 

「あーしの知ってる100倍位の桁で若干引いてるんだけど」

 

 

 ちなみに言い間違いではない。これ豆な。

 

 

「お風呂入ってくる。ヒキオも行くっしょ?」

 

 

「ここ温泉ついてるんだっけか。……っと、多分この辺に」

 

 

 立ち上がってふすまの近くにあるクローゼット的なところを開ける。予想通り浴衣と帯が置いてあり、大小合わせて4着ほどある。俺は2番目に大きいやつを手に取り、そのつぎに小さいのを三浦に渡した。

 

 

「あんがと」

 

 

「まあ寝巻きなんざ持ってきてないからな」

 

 

 俺と三浦は浴衣と服をいれる袋を持ち、下の階にある温泉へ向かった。

 

 

 

 

 

 脱衣所で服を脱ぐなりすぐに温泉へ向かい、かけ湯をして露天風呂へと歩いた。体を洗ってからとか行儀の良いことしてたら風呂を楽しめないだろ?最低限のことはしたらすぐに露天風呂へ入る。これが最も温泉を満喫できる。少なくとも俺はそう考えている。

 重い戸を開け、冷気が素肌を襲う。タオルを巻くなんてことはしていないため直で喰らうが、無視して温泉へ。真夏といえどやはり夜は冷え、芯から凍えさせられる。幸い周りに人はいないため、安心して独り言を言える。

 

 

「うぅ……、寒ィな」

 

 

 ドポンと音を鳴らすくらい勢いよく入り、子どもの頃のように肩まで浸かる。さっきまでは寒かった体が今度は徐々に体温が上がるのを感じとれるほど熱を帯びていった。こうして表現するとまるで恋をしているやつの顔みたいだが、今の俺は温泉に恋していると言っても過言ではないな。温めてくれるのがこれほど気持ち良いとは。

 

 恋愛が頭によぎると不可抗力で異性のことを連想してしまう。三浦に由比ヶ浜、雪ノ下に川崎、あと一色と戸塚……。小町もいれると7人も出てくるのか。分不相応な気もするが、ここにいる全員がバレンタインをくれたと考えると中々俺って凄い気がする。てか凄くね?何これモテ期?

 ……どうでも良いが異性で初めに出てくるのは三浦なんだな。別に比較するつもりはないが、いつの間にか奉仕部と同等レベルまで俺の中で存在がでかくなっている。今一緒に泊まることになったからというと簡単に説明はでき、むしろそれが正解なのかもしれないが、大きくない存在ではないのも事実だ。三浦との始まりから思い返してみると、何度も偶然が重なった結果こうなったと言える。そこに必然性はなく、不確かな確率の上に成り立った関係と考えるとむしろ運命的なものまで感じる。

 

 

「三浦と運命、か。普通にあり得そうだな」

 

 

 素直にそう思うくらいには絞られた確率だろう。俺は露天風呂から上がり室内に戻った。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 風呂から出て部屋に戻ると、三浦はまだ帰ってきていなかった。男の風呂より倍レベルで長い女の風呂って何をやっているんだろうな。恐らく一生わかることのない問題なので早めに考えるのをやめ、奥の椅子に座って海を眺める。

 日中に泳いだ場所とは異なるが見た目は殆ど同じであり、昼のことが細部まで思い出される。砂浜がクソ熱かったこと、対して海の中は良い感じの加減だったこと、ひっくり返ったこと、ラッキースケベに遭遇したこと……。

 

 

「落ち着け」

 

 

 自分で愚息に注意し、ことの滑稽さに2割ほど起きた彼はすぐに眠りについた。当然浴衣の下は全裸であり、さっきよりも装甲の耐久値が下がっている。冷房は切り網戸にして風を入れると全裸オン浴衣には丁度良い温度になり、ゆっくりとした時間の中一人を過ごせていた。

 机の上に置いておいた煙草を手に取り、火をつけて煙を吸い込む。ゆっくり煙を出して余韻に浸る。真っ暗闇の海には殆ど何も映っておらず、恐ろしくさえ感じるほどだった。

 

 扉の開く音が聞こえ、ふすまが開かれる。三浦はいつもの巻いている髪の毛をストレートにして垂らしていた。浴衣は金髪に似合うのか?と一抹の不安を抱いていたがそんな心配など鼻で笑うかのように着こなしていた。帯により胸が強調され、自然と目が引き寄せられてしまうが煙草により回避。万乳引力やべえな。

 三浦は持っていた服の入った袋を乱雑に放ると、そのままこちらへやってきた。

 

 

「なに見てんの。海?」

 

 

「まあな。恐ろしい空ならぬ恐ろしい海だ」

 

 

「あーしに宮沢賢治とか言われても知らんし」

 

 

 そのツッコミがわかっている証だが、俺は何も言わずに煙草を消した。立ち上がると、三浦はどこへ行くのか訊ねてきた。

 

 

「下にゲームコーナーあっただろ?こういうとこは変なレトロゲーとかあって面白いんだよ」

 

 

「へえ。あーしも行って良い?」

 

 

「逆に来るなってどういうことだよ」

 

 

 答えを聞かずに歩を進める。素直じゃないし、と三浦に突っ込まれたが俺はそれにも返さず目的地へ向かった。

 

 

 

 

 ゲームコーナーには案の定人はおらず、機体は合計で6台程、後はUFOキャッチャーとテンプレのような品揃えだった。

 

 

「なんか雰囲気良いじゃん」

 

 

「だな」

 

 

 実用性を必要とする冷房のような一新するべきところは一新し、こういった情緒を感じさせるものは残す。いかにも日本人が好みそうな雰囲気作りだ。現に俺も三浦も良い雰囲気だと判断している。

 

 

「おお、レトロゲーと言えばだな」

 

 

 そこには有名な弾幕ゲーの機体があり、備え付けられた椅子に座りこむ。自転車の2人乗りのような横座りで三浦も隣に座り、100円玉を投入する。

 

 カラン。

 

 

「……あれ、入らなかったか」

 

 

「こういうやつ特有ってやつっしょ」

 

 

 再度100円玉を入れるが、それでも入らない。何度試してもこの機体は100円を受け入れてくれず、興が覚めたので席を立った。

 

 

「ヒキオ帰んの?」

 

 

「時間潰せればと思ったが、無理っぽいしな。他のやつは大体格ゲーだからやる気も起きん」

 

 

「なら外の海見に行かない?あーし夜の海間近で見たいんだよね」

 

 

「……まあいいか。行くぞ」

 

 

「今日ヒキオ結構強引だし。あーし何回置いてかれてんのさ」

 

 

 

 

 

 ざざ……、と波が押し寄せる。それ以外の音は本当に何も聞こえなかった。

 

 

「三浦」

 

 

 孤独感に耐えきれず用もないのに三浦を呼ぶ。左隣にいる三浦はしきりにキョロキョロしていた。

 

 

「何?」

 

 

「いや、なんでもない」

 

 

「呼んだだけってこと?ヒキオも怖い?」

 

 

 隣でいたずらっぽく笑う三浦はいつものようで、急に現実に引き戻されるような気がした。夢の国から覚めたような不快な引き戻しではなく、底無し沼から引き上げられる救われたような。言いすぎかもしれないが、ベクトルはこっち方面である。

 

 

「『も』ってことはお前も怖いのか?」

 

 

「ん、まあちょっとだけ。なんか吸い込まれそう」

 

 

 海に視線をやりながら言う。つられて俺も海を見ると、言い得て妙な例えに唸らされる。

 

 

「……手でも繋ぐか?」

 

 

「なに、心配してくれてんの?格好いいじゃん」

 

 

 俺ではなく遠くを見つめる。三浦の顔に感情は書いておらず、何も読み取ることはできなかった。

 

 俺達の声と波の音。孤独を感じるには十分なシチュエーション。例に漏れず俺も三浦も言い表せない恐怖に包まれた。

 

 

 

 だから俺は手を繋ぐことにした。指を絡め、しっかりと握る。顔を見ずとも三浦が驚いていることはわかり、しかし三浦は何も言わなかった。少しして握り返された手からは確かな体温を感じ、独りの孤独がふたりの孤独へと変わった。

 

 

 

 しばらくそうしていると、突然海の奥に光が点った。それも1つではなく、遠く離れた場所からもう1つ。さらに他のところでも点りだした。

 

 

「漁火か」

 

 

「いさりび……、ああ。漁のあれか」

 

 

「あんまわからねえけど、イカとかか」

 

 

「あーしも知らないからパス。……ちょっと、何で手離そうとしたし」

 

 

 少し手の握りを弱めると、手ではなく口から注意される。

 

 

「いや、俺の手汗気持ち悪いかと思って」

 

 

「あーしもかいてるから一緒。……だから、このまま」

 

 

 きゅっと握ってきた手を俺は握り直し、部屋に戻ったのはそれからいくらか時間の経った頃だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「じゃあ電気消すよ」

 

 

「頼む」

 

 

 三浦は垂れている紐を2度引いて部屋を暗くし、俺の隣の布団に入る。漢字の『二』の形に並べた布団はおよそ30cm離れており、部屋の大きさの割りに近いなとも感じるが別に俺が何をするわけでもないので口には出さない。というか大きさよりも年頃の男女がこの近さで良いのかというモラルの問題もある。それも相手が三浦だからというだけでかたがつくのだが。

 ……なんてまるで意識していませんよという(てい)ではいるが、さっきまで手を繋いでいたやつの言うことじゃないよな。妙に目が冴えて寝れる気配がない。

 

 しかしすぐに聞こえる隣からの寝息。三浦の反対を向いていた体を入れ換え、顔を見ると完全に寝ていた。顔が見れるということは必然的にこちらへ顔を向けて寝ているということになるのだが、それがなんだかもどかしく感じる。何度も見たことのある寝顔はやはり変わらず綺麗で、柄にもなく顔に熱を帯びるを感じた。

 

 

(やばいな、さっきのから意識してしまって敵わん)

 

 

 やりだしたのは俺だが、延長を迫ったのは三浦。ここに俺の思う意図が本当にあるのか、考えると同時に今の関係が変わるのかと、変わってしまうのかと思考を巡らせる。奉仕部とはまた違った心地よさに俺は心酔している。これは確実だ。であれば継続をすれば良いのだが、発展を望んでしまう俺もいる。その気持ちが何なのか必死に考えないようにするが、冴えた目は切れる思考をもたらす。

 

 

 寝つくまでの時間は何時間もある。俺はこの日初めて同じ問いに時間単位で費やした。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 ざざ、と波の音が耳朶に触れた。朝の日差しで起こされた私は、上半身だけ起こして伸びをする。パキっと音がなるということはやっぱりなれない環境だからかな。

 私の右にはヒキオが未だ寝ているが、掛け布団は左にある。つまり私はヒキオの掛け布団を奪い、かつ自分のものは隅にやったということになる。相変わらずの我が儘に自分で笑いそうになるが、冷房もつけずに寝たので寒くはなかった。その点では風邪の心配はないけど……、と思いながら何気無しにヒキオの方へ向く。

 

 仰向けで寝ており、股間からは見慣れないものが天を衝いていた。

 

 

「……は、はぁ!?ちょっとヒキ、ヒキオ!早くそれしまうし!!!」

 

 

「んぁ、何だよ三浦……。まだ飯の時間にゃ早えだろうが……」

 

 

「それ!!早く直して!!!」

 

 

「……あ?……、おお。失敬」

 

 

 低血圧なのかテンション低めに着崩れた浴衣を直す。それでも主張を続ける股間に目が止まるが、必死に見ないようにする。

 

 

「てかなんでヒキオノーパンなの?!」

 

 

「ああ、まあこれは……。昨日パンツ持ってきてなかったんだよ」

 

 

「ガキっぽいことするならソコもガキっぽくしとくし!なんで臨戦態勢だし!!」

 

 

「臨戦態勢ってお前な……」

 

 

 私は早々に立ち上がり、洗面所へと向かった。冷水で顔を洗っても記憶はこびりついており、同時に昨日胸を見られたことも思い出して余計恥ずかしくなった。冷たい水で顔の熱をとろうとするが、それほど意味があるとは言えなかった。

 

 

 

 

 

「ヒキオ」

 

 

「はい」

 

 

「面倒臭いとは思うけどさ、もう1回だけ海行かない?今から」

 

 

 私の急な提案に案の定ヒキオは嫌な顔をし……、と思ったら案外そうではなかった。しかし。

 

 

「手なら、その、あれだ。何かその場の雰囲気というか……」

 

 

「ちが、別に違うし!ただ夜との対比が見たいだけだし」

 

 

 この言葉に嘘はない。昨日の孤独さに対して朝の海はどんな風景を見せてくれるのか。一種の好奇心でもあった。

 

 

「わかった」

 

 

「ストップ!今日はあーしが先に行くし」

 

 

 昨日は散々後をついていかされたからね。今日は私の番。足早に歩くとヒキオはゆっくりとついてきた。

 

 

 

 

 

 朝の日差しが体を射抜く。快晴の空模様に自然とテンションも上がり、昨日とは全く違う感じに1人で驚いた。

 

 

「昨日とは違うな」

 

 

 そう言ったのは勿論ヒキオであり、ヒキオもまたいつもより目を大きくしていた。

 昨日はただ広がる海に押し潰されそうな気さえしたが、今日の海は水平線が広がるほどの雄大さに心が洗われる心地がした。月並みな表現だがそうとしか言い表せない。

 

 

「ヒキオ」

 

 

「なんだ」

 

 

「手繋ぐ?」

 

 

 ヒキオの方へ体を向けて手を差し出す。昨日とは全く反対の構図で、少し可笑しく感じた。

 

 

「……今日の海は怖くないぞ」

 

 

「まあね。でもほら、あの……」

 

 

 ヒキオもわかるっしょ?この言葉を口にするのは躊躇われた。これを言ったら後戻りできなくなる。殆ど勝ち戦だろうと、お互いの気持ちが理解できようと、口にしない間はお互い知らないのだ。

 

 露天風呂で呟いたヒキオの独り言。同じ時間に入っているのだから嫌でも聞こえてくる。およそヒキオの言葉とは思えない『運命』に驚くほどしっくりきた私は、あの時認めた感情はやはり間違いではなかったのだと確認できた。

 

 

「ほら」

 

 

 左手はポケットに突っ込みながら、右手を私の方へ差し出す。指が若干広がっているのは、昨日の繋ぎ方と同じで良いという意思表示だ。少なくとも私はそう受け取った。

 

 

 残り数cmで手を繋ぐ。その直前、私のスマホが鳴動した。びっくりして戻してしまい、ヒキオも手持ちぶさたになった右手を腰のとなりに落ち着けた。

 

 

「……ごめん、電話」

 

 

「おう」

 

 

 まだ7時になるかそこら。こんな時間に誰だと表示を確認すると、そこには『由比ヶ浜結衣』と書かれていた。

 

 

「もしもし」

 

 

『優美子?ごめんね、こんな朝早くから』

 

 

「あーしも起きてたから別に良いし。それで?何かあった?」

 

 

『何か、ってわけじゃないんだけどね。……その、相談がしたくて』

 

 

 結衣が私に相談?思いもよらない言葉に戸惑った私は無言で続きの言葉を促した。

 

 

『あたし、ちゃんとヒッキーに告白しようと思う』

 

 

 ──それは、およそ考え得る限り最悪のタイミングの相談だった。

 

 

 

 

 

 

 



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22話

今日から新しいプリキュアが始まるとのことで好奇心から1話を視聴。主人公の妹が佐藤亜美菜で2話以降も視聴することに決定しました。

……にしても、赤ちゃんの泣き声の『ハグゥ……、ハグゥ……』はどうかと思いますけどね(笑) 普通に笑いました。




 “あたし、ちゃんとヒッキーに告白しようと思う”

 

 

「はぁ……」

 

 

 今日何度目かわからない溜め息をつく。海での一泊から無事に帰った私は、結衣を待つために駅を出たところで柱に背を預けていた。大学がないため帰ってからは結衣の言葉と十分すぎるくらい向き合うことになり、結衣と会う前から疲弊しきっていた。

 電話の最後に結衣から会って話したいと言われたため、結衣のバイトが終わってから会うことになった。6時に駅前で、と言われ15分前に着いた私はこうして待ちぼうけを食らっているというわけだ。待ちぼうけと言えるほど待ってるわけじゃないけどね。

 

 結衣はヒキオのことが好き。これは間違えようのない事実だ。高校生の、それも2年の頃から恋い焦がれていたはずで、対する私は1ヶ月、良くて2ヶ月が関の山だろう。好きになった早さは関係ないとは言うが、好きになっている期間が長ければ長いほど一途の証明にはなる。また5年も待ったのに報われないなんて、そんなことを考えるだけでぞっとする。そもそも“待つ”こと自体がヒキオ相手には“違う”のかもしれないが、それを本人に言ったところでどうにかなるわけでもない。

 

 こんな調子で昼の間はずっと唸っていた。

 

 

(てか多分だけど、ヒキオはすでにあーしのこと──)

 

 

「ごめん優美子! 待った?」

 

 

 息を切らしながら遠くで声を上げる結衣に思考を奪われ、一旦考えることをやめる。ピンクのショートパンツに白を合わせ、なんだか全体的に淡いコーデをしていた。こちらへ走ってくる時には案の定周りの男の視線を残らずかき集め、それを私が睨み付けて離散させる。大きな胸を揺らしながら私の前に到着した。

 

 

「そんな待ってないから安心しな。そこのカフェだっけ」

 

 

「そうそう、あたし実は行ったことなくてさ~。優美子は?」

 

 

「何回かあるよ。なんか雰囲気いいんだよね」

 

 

 話しながら私達は移動し、件の店に着く。キラキラとした雰囲気、天井の木組みに女率の高さ。中には男もいるがその殆どがパソコンを叩いている。

 何名様ですかと問われ、2人と答えると奥の2人用テーブルへ連れていかれた。ソファータイプのと椅子があり、結衣が気を利かせる前に手前の椅子へ座る。一瞬立ち止まった結衣だったが、微笑んでありがとうと口にしてソファーの方へ座った。

 

 

「ねえ優美子、どれがオススメ?」

 

 

「なんだろ、ソイラテとかかな」

 

 

 ここに限らず私はカフェへ来ると3回に1回はソイラテを頼む。元々豆乳が好きなことに加え、あの優しい舌触りが癖になって一躍私のお気に入りへと昇華したのだ。しかし毎回頼むと流石に飽きてしまうので、3回に1回と頻度を抑えているというわけである。

 

 

「あっ、このカップル限定スイーツ美味しそう! でも優美子とカップルっていうのは流石に信じてもらえないかな」

 

 

 カップル限定スイーツ。メニューにあるこれはいつかに食べた大きなパフェであり、その写真を見てふとあの日のことを思い出した。ここは前にヒキオが誘ってくれたカフェである。デパートの屋上で誘われカップル限定スイーツを頼み、店員さんの前で手を繋いだ。

 ……そういえばあの頃は手を繋いだだけで焦ってたな。いつの間に焦らなくなったんだろ。気付かなくても地味に距離は近づいているんだね。そんなこと結衣に言えるはずもないけど。

 

 

「あーしは特製コーヒーでいいや。結衣は?」

 

 

 問われた後もうーんと唸っていたが、結局私の勧めたソイラテにするようで、その2つを店員さんに注文する。かしこまりましたと礼儀正しくお辞儀をし、決して遅くはなく、かといって早すぎもしないちょうど良い速度でカウンターの奥へと消えていった。

 結衣の方へ視線を向けると、なにやら決心を固めたような顔をしていた。いよいよ本題に入るのだろうか。

 

 

「会って話したい、ってやつなんだけどさ」

 

 

 予想は当たっており、内心でまた溜め息をついてしまう。

 

 

「やっぱりあたし、ヒッキーのことが好きなんだよね」

 

 

 頬は染めず、事実を事実として述べる。機械的とも言える様子は結衣には似合わなかった。

 

 

「まあそれは知ってるし」

 

 

「だよね。でさ、まあ優美子もヒッキーのことが好きじゃん?」

 

 

「え?」

 

 

 予想だにしない結衣の言葉に動揺する。咄嗟に出た言葉は一文字で完結し、意図せず結衣の言葉を待つ形になる。

 

 

「いくらあたしがヒッキーを好きでもさ、そこまで盲目にはならないよ」

 

 結衣らしからぬ発言に私は言葉を返せず、代わりに目だけで意思を伝えていた。

 

「だからさ、勝手に抜け駆けみたいなことはしたくなかったんだ。自己満足って言われたら確かにそうなんだけど、どうしても伝えたくて」

 

 

「あーしがヒキオのことを好き、ね」

 

 

 私のなかでそれはすでに確かな感情として芽生えている。看病された日に初めてその気持ちに気付き、今日の朝ではそれがあと一歩のところで成就するというレベルにまで達していた。

 しかしそれは言い換えると結衣の失恋。5年も待ったのに報われない悲劇。私が報われることで生じてしまう涙。そんなのは、身勝手にもほどがある。 

 

 こんな時ヒキオならどうするだろうか。

 

 

 ──決まっている。考えないようにしていただけだ。

 

 

「そんなわけないっしょ、流石にそれは考えすぎだし」

 

 

 冗談を笑い飛ばすように、私はそう口にした。今度は結衣が目をぱちくりさせる。

 

 

「それってあれっしょ?あーしがよくヒキオと飲んでるから的な」

 

 

 胸は痛まない。

 

 

「別にあーし他の男友達とも飲んでるよ?」

 

 

 本当はいない。けど結衣にそれを知る術はない。

 

 

「てかヒキオって高校ん時マジ地味男だったじゃん?あーしにああいうのは合わないって」

 

 

 なら毎週ペースでお酒なんて飲まない。一瞬で出来上がる矛盾を無視して。

 

 

「結論、あーしはヒキオのことは好きじゃないし」

 

 

 言い切った。今度からこれを覆すとそれは嘘をついていたということになる。自分で自分を追い込む。その馬鹿らしさに嘲笑が込み上げてくる。笑顔の元は威嚇だとよく言われるが、これは威嚇の全くの反対。言い方は悪いけど餌を譲る形だろう。

 

 

「え、嘘。あたしの勘違い?」

 

 

 結衣がみるみるうちに顔を赤くする。両手を頬に当て、何度もえ? と呟いている。好きだと言ったときは普通の顔だったのにね。する表情今と逆でしょ。

 

 

「勘違いも甚だしいし。大方結衣が告る前にあーしに告らせるつもりだったっしょ」

 

 

「何でわかったの?!」

 

 

「結衣の考えることくらいあーしにはお見通しだっつの。どうせヒキオもあーしのこと好きだって思ってんじゃない?」

 

 

「優美子エスパー?!」

 

 

 先程の重い空気とは一転、弛緩した雰囲気になる。本当に驚いている様子に少しだけ胸が痛まないでもないが、それは結衣への罪悪感を胸の痛みのせいにしているだけ。

 店員さんが頼んだ飲み物を運んでくる。コーヒーを私、ソイラテを結衣の前に迷うことなく置く。私の今日の服装は黒を基調としているので、大人っぽく見える。コーヒーをこちらに置いたのはだからかな。

 ……結衣がソイラテっぽいからか。ふわふわした見た目で、男なら誰だって結衣を魅力的だと思うだろう。自分に自信がないとはお世辞にも言えないけど、結衣にコンプレックスを感じるほどには精神的に参っていた。

 

 

「あっ、ソイラテおいし。さすが優美子」

 

 

「でしょ?あーしマジ大豆推しだからね。この前もヒキオと大豆使ったお酒をさ……」

 

 

 しまったと思い言葉を止め結衣を見ると、やはり微妙そうな顔をしていた。そりゃそうだ。自分の好きな相手が別の異性とお酒を飲んでいるなど、嫌ではあれど好む人なんているわけがない。

 

 

「ごめん、配慮足りなかったし」

 

 

「う、ううん!今のは完全にあたしが悪いって!だから謝らないで!」

 

 

 その“謝らないで”には他意が含まれている気がした。穿ち過ぎだと思うけどね。

 

 

『あたしが出来ないことを出来ている優美子が謝らないで』

 

 

 考えたらダメと思いつつ、自然に補完してしまう。そんなことを考えてしまう自分が本当に嫌になる。

 

 

「……自己嫌悪ね。初めてだし」

 

 

「ん?」

 

 

「何でも。んでいつ告んの?」

 

 

 告白する、とだけ言って結局しないケースは結構多い。そういう子は大抵自分のペースで良い感じの時が来たら、なんて舐めた態度で構えて最終的に手頃なやつに乗り換える。別に結衣がそんな子と一緒と言うわけではないが、ハッキリさせておかないと私が気持ち悪い。完全に自分の性格のせいだけど、それはひとまず置いといてね。

 訊かれた結衣は恥ずかしそうにしながらも、しっかりと答えを持っている顔をしていた。

 

 

「……2週間後に花火大会あるじゃん?それ誘って、それでその時にしようかなー、なんて」

 

 

 落ち着かないのかしきりに両手の指を絡めたりキョロキョロしたりしている。

 

 

「いんじゃない?あーしあんま行ったことないからわからないけど、雰囲気良さそうだし」

 

 

「実は高校の頃にも告白しようとしたんだ。それも花火大会の時」

 

 

「へえ、初耳だし」

 

 

「けど電話が来てうやむやになっちゃって……。だから今回はその、く、屈辱戦?雪辱を晴らす?みたいな感じでさ」

 

 

 雪辱戦に屈辱を晴らす、もしくは雪辱を果たすかな。一々言い間違いを訂正することなく結衣の言葉を待った。

 

 

「えっと、まあそういうことだから!ごめんね、なんか変な勘違いしちゃってて」

 

 

「気にすんなし。あーしも今日やることなくて暇だったから」

 

 

「そっか。……それにしても優美子、なんか焼けたね。海?」

 

 

 こういった具合で会話はガールズトークへと傾き、帰る頃にはすでに日は落ちていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 7時半頃、私はやっと家に着いた。鍵を開け玄関に入ると、見慣れない男物の靴が一足置かれていた。私は自然と頬が緩んでしまい、その隣に綺麗に自分の靴を並べた。

 

 

「てか部屋の電気点いてるし」

 

 

 呟きながらドアを開けると、案の定ヒキオは脚の短いテーブルの四方にある座布団に座っていた。

 

 

「おかえり」

 

 

 当たり前のように、何気なく言葉をくれる。その暖かさに胸が締め付けられた。

 

 

 けど、初めに抱くやっぱり感想は“嬉しい”だった。

 

 

「ただいま。てかここあーしの家だし」

 

 

「知ってる。……お前、何泣いてんだよ」

 

 

「え、嘘」

 

 

 慌てて目元を拭う。しかし涙を拭いた感覚はなかった。

 

 

「……あーし泣いてなくない?」

 

 

「だとしても泣きそうではあったんだろ」

 

 

 目敏く拭ってしまった意味を理解し、座布団に座ったまま私に言う。

 私はずっと立っているのも辛いのでテーブルを挟んでヒキオの正面に座る。何を考えているか相変わらず読めない顔をしているけど、今はどこか心配が見えた。

 

 

「ご飯食べた?」

 

 

「まあ多少は。三浦は?」

 

 

「あーしも食べた。で、なんでここにいるわけ?手錠に興味湧いたから?」

 

 

「お前が鍵渡したんだろうが」

 

 

「まああーしもヒキオん家入りまくってるからお互い様だけどね。んで、何」

 

 

「大家さんがなんか珍しい酒をくれてな。言ってみたらただの芋焼酎なんだが、これタロイモからできたやつらしいんだよ」

 

 

 へえ、とこぼして取り出した瓶を受けとる。見た目だと違いがわからないけど、確かに好奇心はそそる。

 ……じゃなくて。

 

 

「ごめんヒキオ、今日は帰ってくんない?あーしやることあるし」

 

 

「……珍しいな。お前がやることなあ」

 

 

「うっさいし。良いから、早く」

 

 

 ぐいぐいとヒキオの体を押す。ヒキオはバランスを崩すだけで立ち上がろうとはしない。

 

 

「それ終わったら飲むのはダメなのか?明日は授業ねえし待てるけど」

 

 

「今日は、ダメ、だから!」

 

 

 必死に押すこと暫し。やっとヒキオは立ち上がり脇の鞄を手に取った。不審に思っている様子だったが、私は一切の理由も言わず扉を指差す。

 しかしヒキオが扉を開ける直前。思いだしたかのように私はヒキオを制止した。

 

 

「……今度はなんだよ」

 

 

「結衣のこと」

 

 

 初めはいつものように気だるげな感じだったが、私の真剣さを見て表情を引き締めた。

 

 

「正直さ、ヒキオも結衣のこと気付いてるんでしょ?」

 

 

 核をおもいっきり抉る。明言はしなかったが伝わるのはわかりきっており、またヒキオもはぐらかしたりはしなかった。代わりに長い間言葉に迷っていたが、それもすぐに終わった。

 

 

「流石に5年も向けられればな」

 

 

「告られたらOKしなよ。ヒキオもわかってる通り、5年も想ってくれてるんだし報われないと可哀想じゃん」

 

 

 その言葉をまるで咀嚼するようにヒキオは受け止め、返答しようとする。しかしまた言葉に悩んでいるようで、口を開いては何も言わず閉じる。何を言うのか予想がつかず、私はただ黙って見ていた。

 暫くするとヒキオは言うことが纏まったようで、言葉を声に出した。

 

 

「例えばの話だからな」

 

 

「うん」

 

 

「例えば……、あの、俺がもし他のやつを……その。なんか超越的というか、そういう確率を超えたもんを他のやつに感じているとするだろ」

 

 

「……うん」

 

 

「こんな陳腐な言葉は使いたくないが、仮にそれを運命と置く。その運命を感じている相手が由比ヶ浜じゃなくても、俺は由比ヶ浜を受け入れるべきなのか」

 

 

 若干ではあるものの、ヒキオは顔を赤くしていた。夏の夜が暑いとはいえ、それが理由になるほど暑さは万能ではない。およそヒキオに似つかわない“運命”という言葉。それは昨日温泉で聞いた独り言と同種のものだと気付かないわけがなかった。

 

 

 

 ──ここでもう少しだけ勇気があれば、この時に私はヒキオとくっつけたのかもしれない。それが出来なかったのは、ひとえに私が臆病だったからだ。

 

 

 

「当たり前だし」

 

 

 断言する私にヒキオは目を丸くし、続けざまに。

 

 

「運命って言ったら、結衣こそ運命なんじゃないの?出会い方ってサブレ助けたからなんでしょ?漫画みたいじゃん」

 

 

「……ま、そうだよな。すまん、忘れてくれ」

 

 

 忘れられるわけがない。お互いはっきりと口にしていないが、今のは言ってみたら宛名不明の告白みたいなもの。お互いに元の宛名を知っているけど確認を取らないから飽くまで推測にしかならず、何事もないように今の関係が続く。

 

 ……今さら気付いた。何事もハッキリとさせたがる私だけど、この関係は曖昧なまま続けたいと願っている。明らかにヒキオの影響で、そのことが嬉しくなると同時に十字架を背負ったような錯覚にも陥った。

 

 

 その後ヒキオは何かを悟ったような顔をして家から出ていった。テーブルの上に置かれっぱなしになった芋焼酎を何も考えずに数分ほど見つめていたが、何が起きるわけでもないのでその瓶を冷蔵庫に詰めた。

 これを開けることはないのかな。そんなことを入れる際に思ったが、友人関係が解消されたわけでもないので別にそんなことはないかと疑念を振り払う。ただ瓶を見るたびに今日のことは思い出すだろうな。確信めいた予感はあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドン、ドン。胸に響く音が私の気力をどんどん削る。遠くで行われているであろう花火大会はここからだと見えないが、音だけは伝わってくる。ふとベランダに目をやるが方角すら違うためただの夜しか見えないが、私にはそれだけで花火を見ているようだった。

 

 

「今頃ヒキオは結衣と花火大会かな。うまくいくと良いんだけどねー」

 

 

 独り言には誰も返答しない。代わりに花火の音だけが耳に届き、その容赦のない答えに自然と顔が曇る。

 

 ブーッ、ブーッ。

 

 

「メール……?」

 

 

 不意に届いたメールに誰からだろうかと予想しながら確認をする。送り主は結衣で、タイトルは無題と書かれていた。私の鼓動は一気に加速し、口から心臓が出そうになっていた。

 

 

 

──

 

 

From 結衣

 

 

オッケーもらえたよ!相談のってもらってありがとね!

 

 

 

──

 

 

 

(……まあ、あーしが発破かけたんだしそりゃそうなるか)

 

 

 私はおめでとうとだけ打って返信し、スマホをテーブルの上に投げ出した。水平に滑るスマホは落ちる寸前のところで止まるかと思えば、力が強すぎたのかテーブルを越えて床に落ちてしまった。幸い画面は割れてなさそうなので安心だが、取りに行くのも億劫なのでそのままにする。

 

 ついにヒキオが彼女を持った。これからは気軽に泊まったりとか飲んだり出来なくなるんだろうな。私はその事実を至って客観的に捉えていた。

 

 

 

 ──涙は出なかった。代わりに視界はぼやけていたけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




デレステのバレンタインイベントとかにフレありのイベントとか来ないですかね。それかフレありで限定カモン。なきにしもあらずだとは思うんですよ。




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23話


更新しようと思ったらUAが丁度20万を超えていました。テンション上がったので次話は早く更新できそうです(フラグ




 緑だった木が綺麗に赤く色付き、あれだけ五月蝿かった蝉も鳴りを潜めた。冷たくなった風は容赦なく吹き付け、軽装で外に出たことを後悔する。昼食を食べた私は何かに促されるまま外へ出たが、別段何もすることがない。とりあえず電車に乗って定期圏内の適当な駅で降りたまではいい。問題はその駅の周りにモールはなければ簡単な娯楽施設もない。完全に降りる駅を間違えたというわけだ。

 

 

「にしても寒っ。あーし何で出てきたんだろ」

 

 

 周りに人がいないためふと独り言を漏らす。このまま突っ立っていても寒さが増すだけなのでひとまず歩き出した。近くには川が流れており、丁度自身の左側は河川敷になっている。スポーツ漫画だとよく見るあのテンプレートなやつで、しかしスポーツ漫画のように河川敷で黄昏ている学生は見当たらない。

 

 

(……てかここ前にヒキオがあーし見つけた場所じゃん)

 

 

 もうそろそろ1年前になる。あの合コンからもう1年も経ったと考えると何故だか少し怖くなった。あの頃はまだ恋愛感情はおろか友人関係だって築けてなかったはずだ。なのにヒキオの家に泊まったのは今考えてもどうかと思うけど、初めにあんなことがあったから今年の梅雨まで男女の間に友情が成り立っていたのだろう。友人の線引きが恐ろしく恋愛方面へ近かったからあれだけ仲良くなれた。今の状況もあと1年すれば変わるのかな。そんな楽観的かつ希望的観測は意味がないとわかりつつも、思わずにはいられない。

 

 ここから見た奥の空は黒雲が広がっていた。私の頭上は鰯雲がちらほら見えるだけで天気が崩れる気配はないが、それも数時間で終わるだろう。黒雲には物事を妨げるものみたいな意味があるけど、結衣にとったら私はやっぱり黒雲なんだろうか。

 ……いや、後押しして成功もしたんだからそんなことはないかな。むしろ白雲?でも積乱雲とかだったら結局雨降らしてるから一緒じゃん。何かこの思考めっちゃヒキオみたい。ここで1人で笑うまでが一連の流れで──

 

 

「あれ、生徒会長?」

 

 

「……一色です。一色いろは」

 

 

 その一色さんは河川敷に黄昏るように座っていた。先程のスポーツ漫画が頭をよぎるが、そんな冗談を受け入れられそうにない一色さんの顔は暗く沈んでいた。

 とりあえず私は少しの間を空けて隣に腰を下ろし、ポケットから煙草を取り出した。

 

 

「なんかあった?一色さんめっちゃ顔沈んでるし」

 

 

「いろはで良いです。……まあ、あったっちゃありましたね」

 

 

 煙草を手で覆い火をつけながら聞く。口を開くと少し顔が晴れた気がしたが、依然辛そうなのはそのままだ。私は煙を正面に吹き、しかし風のため煙の全部がいろはにかかった。

 

 

「ごめんいろは。座るとこ移動する」

 

 

 私が立ち上がろうと手を地面に置くと、それと同時にいろはは私を制止した。

 

 

「気を利かせなくて大丈夫ですよ。……その匂い、先輩と同じやつですよね。これだけは覚えてしまいました」

 

 

「まあヒキオに勧められたやつだからね。んで、何があったし?ヒキオ関連?」

 

 

 まどろっこしい聞き方は私には向いてないため直球で聞く。恐らくそうだろうと当たりをつけて言ったが、質問形式なのは流れでその問題を話しやすくするためだ。

 

 

「はい。実はさっき先輩を見たんですけど、隣に結衣先輩もいたんですよね。まあそれだけだとたまにあることだし別に気にしないんですが、結衣先輩が先輩と腕を組んで歩いてたんです。……これってそういうことじゃないですか?」

 

 

 私はその確認に何も言うことができず、小さく首肯だけする。というか結衣はまだ周りの人に言ってないんだ。確かに言いふらすことではないけど、少し意外に感じる。ということは雪ノ下さんにも言ってないのかな。そこまではわからない。

 

 

「そこで思ったんですけど、わたしと結衣先輩ってどこに差があったのかなーって。胸とかで決める人じゃないですし、ならやっぱり一緒にいた時間ですか?」

 

 

 一瞬そうかもと考えたが、断りそうだったヒキオを焚き付けたのは私だったことを思い出す。そんなことさえ忘れようとしている自分はさぞあさましいことだろう。いろはもそんな理由じゃないとわかっているような表情だった。

 

 

「でもそれだと厳密には雪ノ下先輩の方が確か長いんですよ。ならわたしはどこを直したら先輩に受け入れてもらえたのかな、とか考えちゃってたらこんなことに」

 

 

 とりあえず話し終えたいろははふう、と息をついた。初めよりは幾分ましな顔になったようで、とりあえずは安心して煙を吹く。

 

 

「あの、三浦先輩」

 

 

「何?」

 

 

「煙草、ちょっとだけもらってみて良いですか?」

 

 

 単なる煙草への好奇心でないことは明白で、しかも同じのをヒキオが吸っているのも知っていたため理由も明白だった。

 私は指に挟んでいた煙草をいろはに渡し、隣から見守る。ぎこちなく人差し指と中指で挟んでいる様子はまるで初めて吸うときの私みたいだった。

 

 

「これをそのまま吸ったらいいんですか?」

 

 

「そう。あんまり吸いすぎたらむせるから注意ね」

 

 

 はい、と小さく返事して煙草を吸う。途端、いろははむせ返り煙草を口から離した。

 

 

「げほげほっ、げほっ。……うー、ダメですこれ。わたし吸えません」

 

 

 涙ぐみながら私に煙草を返す。この涙は戦略的な涙じゃなく本当の涙であることは容易にわかった。

 

 

「これタール量凄いらしいしダメな人はダメでしょ。あんま気にすんなし」

 

 

「ちなみに三浦先輩は最初吸えましたか?」

 

 

「まあ一応は。確か吸えてた気がする」

 

 

「……三浦先輩相手だったら素直に諦めもつくんですけど」

 

 

 不意にいろはが変なことを呟く。相手とはこの場合ヒキオと付き合う人だろう。もしくはヒキオを狙ってる人かな。

 

 

「あーしとヒキオじゃ釣り合わないっしょ」

 

 

「まあ世間的に見たら援交とか思われそうですけど。でも聞く限りだと三浦先輩達って超仲良しなんですよね?それこそ2年かけて作り上げた奉仕部の仲を1年弱で」

 

 

 確かにそう考えると私が似合うというのも頷けはする。客観的に見てそうではないと断じるには状況証拠が残りすぎている。

 

 

「わたしって一応奉仕部とかなり仲良くしてたじゃないですか。だから多分他のみなさんより感じることがあってですね」

 

 

 いろはの顔は羨望や納得、それに疑惑の入り交じった難しい感情を表していた。

 

 

「奉仕部って3人で初めて出来上がる絆って感じなんですよ。だからあの作り上げた理想を壊すのはもったいないというか……。だからそういうのを抜きに二人で仲良くなった三浦先輩が相応しいと感じないでもない、みたいな」

 

 

 まあわたしなら結衣先輩と同じ状況を選ぶと思いますけど。いろははそう付け加えた。

 

 

「あんまり言いたくないですけど、先輩方って本当に運命の赤い糸で結ばれてるんじゃないか、なんて思うんですよね。だってあの先輩ですよ?あの人が1年で打ち解けるなんて普通だったら考えられないじゃないですか。それも高校生の頃は嫌いではあれど好きでは決してなかったような人と」

 

 

 高校生の頃は確かにどちらかというと嫌いな方だった。感情は伝播するもので、恐らくヒキオも同じように思っていたのだろう。

 

 

 けど。

 

 

「……うん。言われてみたらそうかもね。でもヒキオは結衣を選んだ。仮に運命……、なんか言うの恥ずいけどさ、そういうのがあーしらにあったとして。必ずしもそれを成就させなきゃダメってことはないっしょ?それが大人ってことなんじゃないの」

 

 

「……なるほどです。わたしと運命の捉え方が違うからこんな感じなんですね」

 

 

「捉え方?」

 

 

 いろはが示す抽象的な言葉を私はすぐに理解できず、ついオウム返しをしてしまう。煙草を消し携帯灰皿に入れ、続きを待った。

 

 

「わたし的には、運命っていうのは結婚するまでが運命なのかなー、と思いまして。三浦先輩のはあらかじめ相手が決まっていて、それに対するお膳立てもいっぱいあるけど付き合うとかまでは自由ってことですよね?」

 

 

「まあ大方はそうだし」

 

 

 最後が若干違うけど、説明はしない。それはこの流れにとって不必要であり言うだけ無駄だ。

 

 

 私はヒキオと繋がっているかもしれないけど、ヒキオは結衣と繋がっているのかもしれない。いろはの言う私の運命は双方が繋がっていることが保障されているけど、私の言う運命は一方通行もありえるということ。その場合に子どもみたく私を優先させるのはあまりにも身勝手、まして結衣のような一途な子に対してはなおさらだ。

 

 

「わたしは振られてしまいましたけど、三浦先輩も後悔のないようにした方がいいですよ」

 

 

 実感のこもった忠告は耳が痛いもので、逃げるように川へ目を向けた。一定の速さで流れる川は全く滞らず、私もあんな感じですらすら過ごせたらなあ、なんて思いが去来した。

 

 

「じゃあ、さようなら。()()

 

 

 そう言っていろはは駅の方へと歩き出した。いつものような快活さは背中からは見えないが、今日出会ったときのような陰鬱さもまた背中からは見えなかった。

 

 

 最後に言い残した“先輩”。いろはがそう呼ぶ相手は1人しかおらず、しかし状況からすると私以外いろはの先輩はその場にいないのでその先輩は必然的に私になる。

 しかしその2つとれる意味をどちらか選択することは無意味で、むしろどちらの意味でも言ったのだと理解するのに時間はかからなかった。

 

 

 遠くで雷が鳴る。見ていなかったため稲光は見えなかったが、恐らくあの黒雲のある場所で落ちたのだろう。私の上に待つ空は鰯雲を並べた綺麗な空であり、そのミスマッチ具合に私は酷い違和感を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「きゃっ!」

 

 

 ピシャン!と雷鳴が轟く。突然の音に由比ヶ浜は組んでいた腕の力を強めて縮こまる。不意に胸を押し付けられる形になるが、不思議と前のように慌ててしまうことはなかった。

 

 

「ねえヒッキー、ここ晴れてない?なんで雷鳴ったの?」

 

 

「正面見ろよ。黒い雲あるだろ」

 

 

「あ、ホントだ。後ろにはないの?」

 

 

 言われて振り向くが、そっちは多少の雲を残して晴れている。雲量は3くらいか、なんて考えているとまたも雷が鳴った。蒼天を仰いでいるにも関わらず雷が聞こえる。これが青天の霹靂ってやつか。成り立ちは知らねえけど状況だけ見るとまさに読んで字のごとくといった慣用句だろう。

 

 

「ねえヒッキー。そろそろ腕組むのはやめて手を繋ぎ……うわあっ!?」

 

 

 3度目の雷鳴。毎度毎度律儀に反応する由比ヶ浜に苦笑を覚える。この調子だと数時間後には一雨来そうだな。

 

 

「どっか入るか」

 

 

 このままだと由比ヶ浜が可哀想であり、善意で提案する。

 

 

「あ、えっと、手……。……うん。どっか入ろっか」

 

 

 気付くと由比ヶ浜は俺と組んでいた腕を離していた。歩きやすくなるためこちらとしては楽だが、一々報告して組ませるなんて意味のわからないことはするべきじゃないだろうということでそのまま歩く。遅れてついてくる由比ヶ浜の歩くペースへ落とし、隣に並ぶ。由比ヶ浜は少し暗い顔をしていたが、俺には心配する言葉もどう言えば良いかわからなかった。

 

 

 

 

 

「じゃあまたね、ヒッキー」

 

 

「おう」

 

 

 6時頃になって俺達は解散した。なんでも由比ヶ浜が間違えてバイトのシフトを入れてしまったようで、これからバイトのため夜ご飯も食べずに分かれたというわけである。

 

 昼からとはいえ流石に疲れた。普段こうして出歩くことがないため、何時間も歩くのは来るものがある。彼女なんて出来たことがないためどうやって接したら良いかもわからないので、もしかしたらそういった面の心労もあるかもしれない。ともかく今さら動く気にはなれず、家に帰って飯を作るのも億劫だ。

 

 どこかに入って食べてから帰ろう。そう思い良さげな店を探すが惹かれるものは見当たらない。まだ日は暮れかけといったところなのにどの店も待っている人がいるので余計に適当なところで待とうとは思えない。

 

 

 仕方なく夕暮れ時に歩く。夕日に照らされているのは俺だけじゃないが、スポットライトを当てられている感覚に陥った。

 

 そのまま歩くこと数分。懐かしい店を発見した。

 

 

(合コンの、三浦と出会った居酒屋か)

 

 

 あの時の(といってもせいぜい1年前だが)外観と殆ど変わらず、割りと大きめの店構えに少し古びた扉が目を引く。外から見る限りだと待っている人はおらず、久しぶりであったり待っている人がいないからと適当な理由をつけて中に入る。本来の理由は今の俺には不適切。考えてはいけない。

 

 中もやはり変わっておらず、外観に反して小綺麗な内装は清潔な印象を与える。

 

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」

 

 

 すぐに店員がこちらへやってきて人数を問う。1人だと伝えるとなぜだか少し悩みだした。

 

 

「ちょっと失礼しますね」

 

 

 いきなりそう言って店の奥へと消えていく。すみませんって何に対してだよ。待たせるんならせめて理由くらいはだな……、と独りでぼやいていると件の店員はすぐに戻ってきた。

 

 

「すみません、お待たせしてしまいました」

 

 

「いえ」

 

 

「それでご案内なのですが、生憎席が埋まっておりまして。相席という形でならすぐにでもご案内できるのですが」

 

 

 相席。その言葉を聞いてわかりやすく俺の心臓は跳ねた。徐々に加速していく鼓動の理由は1つで、しかしこれも考えてはいけない類のものだった。

 

 

 普通に考えてあいつがいる可能性なんて0に等しい。たまたまこの時間にここへ入り、たまたま1人席が埋まっていて複数席に案内され、たまたま俺が誰よりも早く三浦のところへ相席を勧められる。常識的に考えてあり得るわけがない。

 

 

 ──だが、そんな“ありえない”を何度も手繰ったのが俺と三浦だった。何かに促された気がしたのは、恐らくたまたまじゃないのだろう。

 

 

 相席を許可したのは、恐らく期待していたからか。普段なら絶対に断るところを曲げたのは、だからとしか考えられない。

 店員に案内された場所は奇しくもあの席で、忘れもしない扉に懐かしさを感じた。

 

 

「では」

 

 

 そう言って店員はどこかへ行った。俺は1人扉の前で立ち尽くしていたが、逸る鼓動を押さえつけて中へ入る。

 

 

 

 

 

「……ふふっ、やっぱヒキオじゃん。久しぶり」

 

 

「久しぶり。……俺もそんな気はしてたんだけどな」

 

 

 

 

 

 三浦の柔らかい笑みに、俺はらしくもない笑顔を浮かべて席につく。テーブルの上には砂肝しか置かれておらず、三浦の顔色からもわかる通りまだアルコールは頼んでいないようだ。

 

 

「とりあえず生2つ頼むよ。ヒキオもそれで良いよね」

 

 

「おう」

 

 

 呼び出しボタンを押し、三浦はやって来た店員に手際よく頼む。それだけだったので店員はすぐに消え、また俺と三浦だけの空間に戻った。

 

 

「そういやヒキオ、今日結衣とデートしてたらしいじゃん」

 

 

 にやにやしながら聞く三浦は意地の悪そうな顔をしていた。誰かに見られていたのだろうか。もしくは由比ヶ浜が三浦に話していたかだが……、まあそれはないだろう。

 

 

「まあな」

 

 

「もしかして付き合ってることあんま周りに言ってないの?」

 

 

「由比ヶ浜と話した結果そうすることにした。……特に雪ノ下なんかは、なんというか、シビアな感じだろ」

 

 

「おお、ヒキオがシビア使うんだ。なんか意外」

 

 

「それくらいは常識の範囲内だろ」

 

 

 本当は由比ヶ浜が話していたのを使っただけです。そんなことはおくびにも出さず、会話を続ける。

 

 

 と、その瞬間一際大きな雷鳴が轟き一気に部屋が暗転した。

 

 

「……おお、停電とかガチじゃん」

 

 

「こういう時って女はビビるもんじゃねえのか」

 

 

「あーしがそんなことしたらむしろヒキオがビビるっしょ」

 

 

 ごもっともで。ドアを開けて店内から外を覗き見ると、いつの間にか豪雨がアスファルトを叩いていた。持っていない傘に思いを馳せつつ、部屋へ戻る。

 

 

「雨降ってた?」

 

 

「かなり。お前傘持ってるか?」

 

 

「あーしの女子力舐めんなし」

 

 

 自慢げにカバンから折り畳み傘を取りだし、見せつけるように突き出す。口紅のような赤色をした折り畳み傘は三浦に似合っていた。

 

 

「帰りにまだ降ってたら入れてくれ。んで近い俺んちに……」

 

 

 一泊していけとは言えなかった。前までならいざ知らず、今の俺には彼女がいる。そんなことをするのは由比ヶ浜にとって失礼だろう。

 

 

「ま、すぐやむでしょ。やまなかったらまたその時考えるし」

 

 

 あっけらかんとそう言う。会話がなくなると、途端に聞こえてくる雨音になぜ今まで気付かなかったのだろうかと不思議に思う。時折鳴り響く雷鳴はその雨音と調和しており、間違っても青天の霹靂なんて言葉は頭に浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 






昨日夜に自転車に乗ろうと思ったんですよ。それで自転車を見ると、なんとサドルがキラキラしていまして。(これはもしかしてペロペロ的なあれか?ニヤリ)と思いサドルを指でつーっとやるとなんと手に白いのがつきました。「えっ?!マジで!?」とよく見てみると単に氷が張っていただけでした。ネタ思考やったのがマジで起きるとかなりビビる、という無駄極まりない話でした。


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24話

 11月にもなると落葉樹は大体の葉を落とし、残っているのは半分そこらになる。今も歩く先に見える黄色の葉っぱは地面に散乱しており、その粗雑とも言える葉の置き方がかえって秋を際立たせる。ふと思い立ったので、扇形の葉っぱを手に取り裏返したりして観察してみたが特に何もない。ただ地面に落ちていたものだから汚いかな、という感想しか湧かなかった。

 

 

「あたしなんでこんなことしてるんだろ」

 

 

 ヒッキーとのデートまでの数時間、あたしは外に出て暇を潰していた。ヒッキーは授業のためデートは昼からであり、空いた2時間をどう使おうか頭を悩ませていた。

 

 

(デート先の下見……、ううん。そんなことしたら一緒に楽しめないか。やっぱりカフェとかかなあ)

 

 

 やや強引に行き先を決め、ここから1番近いであろうカフェに向かう。こじんまりしたその店は店員の人と距離が近く、アットホームな感じと言うに相応しい雰囲気である。あたしも何回か行っただけで顔を覚えてもらい、それ以来近くに来ると行くようになった。

 

 

 時刻は午前の10時頃であり、この時間人は昼や夕方に比べてまばらになる。見慣れた時間より幾分か閑散とする街並みはどこか寂しく映り、今の寒い気候も相まってなんとなく街に悲哀を見た。街は賑わっていてこそ街になり、その賑わいを失った街は定義を破綻する。なんかこういうの考えるのはヒッキーみたいと思いつつ、しかしヒッキーならこんな風には思わないだろうという確信がある。

 たぶんヒッキーなら、否応なしに聞こえる車の音も耳を塞いでも入ってくる人々の喧騒も、また歩く以上どうしても目に入る人間や車がない今の状態は街の本来あるべき姿だ、なんて言うんだろう。そこにゆきのんが街は元々人が大人数で作った場所なんだから、街に人は居て然るべきだわ、とか突っ込んで。そこにヒッキーがお前も静かなのは好きだろとか言うんだよね。

 

 

 あたしが想像するヒッキーの隣には、決まっていつもゆきのんがいる。それは2人がお似合いとかそういうのじゃなくて、あたしとヒッキーが一緒にいるならゆきのんもいるだろうという固定観念、片仮名で言うとステレオタイプのようなものだ。前にゆきのんから教えてもらった言葉がまさかこんなところで生きるとは思わなかったけど、多分使い方は合っているはずである。今はもう違うけど海浜の生徒会長だったらレッテルにおける固定観念的なステレオタイプとか言うのかな。これも後から教えてもらったけど、あの人同じことを続けていってたらしいんだよね。初めて聞いたときはびっくりした。

 

 

 縦に長い2階建ての建物に着く。上階は古着屋さんで、その下、つまり目の前の扉の向こうが目的のカフェである。外からみた感じだと中に人は数名しかおらず(まあ10人も入ったら満席になっちゃうんだけど)、入れるとわかったので扉を開けた。お店の奥からいらっしゃいませという声が聞こえ、店員さんが来るのを待っていたが、それより早くある“人”を見つけてしまった。

 

 

「あれ、優美子じゃん」

 

 

 いつものゆるふわウェーブに上はミルクコーヒーの色をしたニット、ズボンに濃い紺のデニムと革の長いブーツを履いていた。大人っぽく見えるそのコーデはここの雰囲気と合致しているとは言いがたいが、遠くから見ると貫禄さえ感じるほど似合っていた。勿論周りの風景込みで。

 

 

「ああ、結衣。こっち来なよ。それともヒキオとのデートの待ち合わせ?」

 

 

「ヒッキー朝は授業なんだって。だから昼からデートで、今は時間潰してるとこ」

 

 

 あたしは店員さんに軽く会釈をしつつ優美子の席へ向かった。どうやら本を読んでいたらしく、開いた本が逆さまになって机の上に置かれていた。

 

 

「珍しいね、優美子が読書とか」

 

 

 あたしの記憶だと高校時代に優美子が本を読んでいた覚えはなく、今のこの光景に酷く違和感が残った。読書をするなんて、それはまるでゆきのんとかヒッキーみたいで──

 

 

「前ヒキオから読んでみろって言われてさ。てかあーし高校の頃から若干は読んでたし」

 

 

 あたしはヒッキーにこれを読んでみろなんて言われたことがない。何気ない優美子の言葉にある種の劣等感を感じ、しかしそれを顔に出すことはなかった。

 本の題名は忍ぶ川と書かれているが、あたしにその名前はピンと来なかった。単にあたしが知らないだけか有名じゃないからなのかはわからないけど、これを話題にするのは難しい。

 

 

 というか、あたしが嫌だ。

 

 

「優美子はなんでここにいるの?」

 

 

 流れるように話題を変える。自分から振った話題をすぐに変えるのはどうなのかと思わないでもないが、そんな些細な罪悪感なら無視してしまえるくらいその話は嫌だった。こういう自分は本当に嫌い。取り繕っているはずなのに、ほつれが見えたらそこに目をやらない。見た目さえなんとかなっていたら良い。ヒッキーに言わせると“欺瞞”をあたしは既に武器としてふるっていた。

 

 

「その前になんか頼むし」

 

 

 優美子はテーブルに備え付けられているメニュー表を手に取り、あたしに渡してくれた。さりげなく気が利くところにどこかヒッキーを感じ、お礼も言わないでそれをもらう。代わりにうんとだけ返したところ、優美子は何も気にせず裏返していた本を再度手に取り読み出した。

 

 メニュー表には前に来たときには書かれていなかった期間限定の紅茶があった。特に何かを飲みたいわけでもなかったのでその場からそれを頼み、カウンターからはいという返事があったのを聞いて席へ向き直す。あたしは手持ち無沙汰になりポケットに入ってるスマホを取り出した。ヒッキーからの連絡を期待したが着信はゼロで、意味もないが軽く息をついた。この感じで長く息を吐くとヒッキーの癖と同じになるが、そんな同一視みたいなことをしても恥ずかしいだけ。あたしは滞っている連絡を返し始めた。

 

 

 ちょっとすると頼んだ紅茶が運ばれてきた。見た目は普通の紅茶だが、匂いが若干違う気がする。まあこれはいつものとは違うってわかってるからそう感じるだけかな。ふと正面を見ると、優美子が煙草を取り出したところで止まっているのが見えた。

 

 

「ごめん、紅茶飲む時に煙草はダメだね」

 

 

「いやいや、全然良いよ?ヒッキーもよく吸ってるし、あたしもそろそろ馴れてきたから」

 

 

 その言葉に優美子はほんの一瞬だけ視線を落としたが、普通なら気付かないほどの時間だったので自然な感じでわかったと言い煙草を取り出した。

 咥えるところであろう場所は純粋な白で、煙草全体の3分の1を占めていた。刺繍みたいな金のところを境に色は変わっており、残りの3分の2はボーダーみたいになっていた。

 優美子は煙草を右手の親指と人差し指の2本で持ち、手慣れた様子で火をつけた。煙を吐く姿はまたヒッキーと重なり、あたしは自然と目をそらした。しかし今度はそれだけでは足りず、香ってくる匂いがヒッキーの吸うものと同じことに気がついた。

 

 

「もしかして、ヒッキーと同じやつ?」

 

 

 耐えきれず聞くと、優美子は素直に驚いた様子だった。

 

 

「それいろはにも言われたし。わかるもんかな」

 

 

 火のついている方を自分へ向け、匂いを嗅ぐ。しかしわからなかったのか、軽く首をかしげて煙草を灰皿の上に置いた。

 

 “わかるもんかな。”さりげない肯定にあたしはもうやっぱりとしか思えなかった。あたしの知らないところで2人は繋がりすぎている。こういった煙草の銘柄やさりげない仕草から、共有している濃密な思い出まで色々と。醜い嫉妬心がもたげる。付き合うまではなかった暗い感情にある意味で当惑し、焦る気持ちが膨れ上がる。

 

 優美子はヒッキーのことを好きじゃないと言った。その言葉の真偽はわからないけど、ヒッキーはそうじゃない。あたしといる時は気を遣っているのがはっきりと見てとれ、間違ってもそれはたまに見る優美子といる顔ではない。そこに恋愛感情があるのかと言われたら断言は出来ないけど、それも濃密な思い出の中に内包されているかもしれない。

 

 

 あたしは本当にずるい。気付いたときにはもう出ていた言葉に、後から自分で驚いた。

 

 

「あたしさ、今日のデートでヒッキーとキスしようと思う」

 

 

 これ自体は今日を迎える前から考えていた、距離を詰めるための作戦だったけど、優美子に言うつもりは全くなかった。言ってしまった理由なんて、完全に嫉妬でそれ以外には考えられない。

 

 突然の告白に目を大きくした優美子だったが、それも少しすると納得したような、見間違いじゃなかったら諦めたような顔をした。

 

 

「……そっか。もう付き合って3ヶ月だもんね」

 

 

「……うん」

 

 

 付き合いだした8月から既に3ヶ月が経過している。正確にはまだ3ヶ月じゃないけど、それだけの時間があったのにあたしたちはまだ何も出来ていない。もしかしたらヒッキーと優美子の方が何かやっているかも、と思えるくらいには。

 

 それきり優美子は何も言わず、同じページを長い時間読んでいるなあと思った辺りで再び口を開いた。

 

 

「まあ頑張りなよ。ヒキオは押さなきゃ来てくれないし。……帰るね」

 

 

 そう言い残して優美子はレジの方へ進み、お金を払ってここを出た。結局何でここにいたのか聞けず終いで、後に残ったのは言い様のない暗い感情だった。

 あたしは残っていた紅茶を一気に飲み干し、足早にそこを出た。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「悪い、待たせた」

 

 

「ううん。あたしも今来たところだから」

 

 

 大学の授業が終わるなり、俺はやっと待ち合わせ場所へと到着した。今日に限って延長を言い出した教授に間の悪さを覚えたがそんなことを愚痴っても仕方が無く、なるべく早く移動したのだった。

 

 

「じゃあ行くか」

 

 

 今日はモールで適当に服を見る予定である。そろそろ本格的に寒くなってきたので、防寒具なりコートなりを見るつもりだ。

 俺が先んじて歩き出すと、由比ヶ浜は少ししてからついてきた。その一瞬に何の意味があるのかはわからないが、追求することでもないかと結論付け、由比ヶ浜の隣に並ぶ。並んだ瞬間由比ヶ浜はいつも嬉しそうな顔をする。対小町で培ったレディーファーストスキルが役に立っているのだろうか。それこそ聞けたもんじゃないのでスルーするが、逆に三浦はこういったことにはあまり反応していなかったことを思い出す。何度か口に出して良い行いだと言っていた気もするが、由比ヶ浜のように顔に出すということはなかったはずだ。

 

 

 モールは待ち合わせ場所からちょっとであり、中に入ると外の寒さとはうって変わって暖かい空気が辺りを包む。効きすぎとも思えるほどの暖房なのでコートは完全に無駄になり、歩きながら脱いで左手で持った。

 

 

「由比ヶ浜はほしいものあるのか」

 

 

 正面を向いたまま訊く。しかし答えは返ってこず、俺の少し後ろで自身の左手を中途半端に握り視線を泳がせていた。

 

 

「……由比ヶ浜?」

 

 

「えっ、あ!ごめんヒッキー、話聞いてなかった!どうしたの?」

 

 

 今度は聞こえたようで、俺の訝しんだ顔に驚いたのか咄嗟に謝った。中途半端だった左手はしっかり握られていた。

 

 

「いや、別に大事なことじゃない」

 

 

 言ってから、これは返事しにくい言葉だったと後悔する。恐らくここでこういった言葉を選択してしまうことこそがコミュ力の無さに起因しているのだろうな。

 

 

「それより由比ヶ浜こそ大丈夫か?なんというか、心ここにあらずって感じだったが」

 

 

「いや、まあ……」

 

 

 言いよどむ由比ヶ浜に、俺は視線で先を促した。由比ヶ浜はその後も少し躊躇ったが、やがて。

 

 

「あたし達、付き合ってもうすぐ3ヶ月なのにまだ手も繋いでないなー、って思って」

 

 

「……悪い」

 

 

 そう言って俺はまた中途半端な位置で止まっていた由比ヶ浜の左手を俺の右手で握る。指を絡めない繋ぎ方だったが、由比ヶ浜の高い体温はしっかり伝わってきた。

 

 

「ごめんね、ヒッキー……」

 

 

 申し訳なさそうに握り返す。繋がれた手は鼓動を伝えてしまわないかと心配になるが、由比ヶ浜の鼓動が伝わってこないところを見るに杞憂であることは明白だ。

 

 

 ──いつもと殆ど変わらない拍動。彼女に対してこれほど失礼な仕打ちはないだろう。

 

 

 服屋に着いた。こういうのは確かブティックと言ったはずだ。店の奥には女物の服がズラリと並んであり、店頭にはモデルばりに着こなすマネキンがポーズを取っている。

 

 

「なんか欲しいものはあるか?」

 

 

「うーん、小物とかかなあ。ストールとか」

 

 

 小物にストール、それにブティック。半ば不可抗力的な連想ゲームではあるが、俺は去年三浦にストールを買ったことをふと思い出した。あれは確かクリスマスプレゼントとして買ったもので、その場で巻いてくれたことが何よりも印象的だった。こういったプレゼントをするのは馴れていないので内心ビビりながらだったが、三浦は快く受け入れたくれた。

 

 

 ……彼女といる時に別の女のことを考えるのはダメだな。裏切りに近い行為だと気付いたそばから俺は考えるのをやめ、由比ヶ浜の手に取る小物に集中し出した。

 

 

「これとか良くない?ルージュのストール」

 

 

「だな。大人っぽい感じが良いんじゃねえの」

 

 

「ゆきのんとか似合いそうかな?大人っぽいし」

 

 

「いや、これは雪ノ下というより……」

 

 

 言葉に詰まる。雪ノ下の名前は普通に出せたのに(先に由比ヶ浜が出したというのはあるだろうが)、()()()の名前を出すことはなぜか躊躇われる。過剰に反応しすぎているのは裏を返すと意識してしまっていることと同義だ。

 

 そんな俺を見かねてか、由比ヶ浜はある提案をした。

 

 

「ね、公園行こっか。近くにあるでしょ?静かなとこ」

 

 

 その言葉に初めて俺は心臓を驚かせ、由比ヶ浜の今までとは違う雰囲気に言い様のない緊張を感じた。

 

 しかし断る理由もなければ拒否することもできず、あったはずだと曖昧な答えを返して店を出た。結局俺と由比ヶ浜は冷やかしに来ただけになったが、そんなことを気にする状況じゃないことだけははっきりと感じ取れた。

 

 

 

 

 

 モールを出て道なりに進むと細い路地があり、そこを抜けると割りと大きめで、かつ遊具があまり置かれていない静かな公園がある。見覚えがあるなと思い返すと、そこは恐らく優ちゃんと初めて会った場所だった。行く気もなかったのにふと思い立って歩いていたところ、優ちゃんが転けたのが見えたので公園に入り、三浦と出会う。どこまでも出来すぎている巡り合わせに俺は純粋な疑問と少しの罪悪感を抱いた。

 

 

「ねえ、ヒッキー」

 

 

 今までにない真剣な表情。由比ヶ浜は俺を真っ直ぐ見据え、その視線を受け止める。

 

 

「遠慮しないで答えてね」

 

 

 俺は首肯し、続きを待つ。……いや、違うな。俺は言葉を発することができず、ただ頭を下げた。

 

 

「あたしと付き合うの、気が乗らない?」

 

 

「それは……」

 

 

 すぐに答えられない。それは言葉通りだったからではなく、もっと別の理由があるのはすぐに理解できた。他ならない自分のことだ。しかしそれを正確に、真っ直ぐ伝えられる自信もない。

 

 

「ごめんね、ヒッキー」

 

 

 今日何度目かわからない謝罪。俺が謝るのはこっちだと言う前に由比ヶ浜は言葉を続けた。

 

 

「本当は優美子のことが好きなんでしょ?」

 

 

「……」

 

 

 答えることができない。仮にも3ヶ月弱は付き合っていたのだ。由比ヶ浜に好意がないとは言えるはずもないが、一方で三浦に感じていたものが虚像とも思えない。言葉を必死に選ぶが、これが由比ヶ浜の言う“遠慮”であり、単語としてその意味を理解した瞬間俺は浮かんでいた言葉を伝えることにした。

 

 

「由比ヶ浜には悪いことをしたと思う。……縁を切られても仕方のないことだ。それでも、包み隠さず言うならば」

 

 

 短く息を吸い、腹から息を吐く。

 

 

 

 

「俺は、三浦のことが好きだ」

 

 

 

 

「……だよね。じゃああたし達のカレカノ期間はおしまいっ!」

 

 

 あっけらかんとした由比ヶ浜の態度は明らかに無理が透けて見えた。

 

 

「由比ヶ浜……」

 

 

「いいの!」

 

 

 遮るように言葉を挟む。

 

 

「ホントにいいから、ね?」

 

 

 人差し指で目尻を指す。確かに涙が滲んでいるようには見えなかった。

 

 

「多分だけど、あたし達はゆきのんも入れて3人でいるのが1番合ってるんだよ。……丁度この季節かな、ヒッキー言ってたよね。本物がほしいって。その時点で、あたし達は3人で本物を見つけることが決まってたんじゃないかな?だから、2人だとうまくいかない的な?」

 

 

 自嘲にも聞こえる由比ヶ浜の自己分析。俺がそれに口出しする資格はないため、ただ閉口していた。

 

 

「あ、そうだ。これだけは受け取ってくれる?」

 

 

 由比ヶ浜はそう言うと鞄から1本のマフラーを取り出した。丹念に織られているが、手編みであることは容易にわかる。黒いマフラーを由比ヶ浜は折り畳んで、俺へと手渡した。

 

 

「えへへ、ヒッキーのために一生懸命編んだんだよ」

 

 

「そうか……。ありがとう」

 

 

 畳まれたマフラーを1本に広げ、俺は巻いていたストールを自分の鞄に入れそれを巻いた。

 

 

「暖かいな」

 

 

「ぷっ、ヒッキーさっきまでストール巻いてたじゃん」

 

 

 軽く笑う由比ヶ浜の声に、空気が弛緩した気がした。

 

 

「……一応俺もプレゼント、……みたいなもんは買ってたんだが、受け取ってもらえるか?」

 

 

「ダメ」

 

 

「え、お前ここは受けとる流れじゃねえの」

 

 

 不意をつかれた俺は、さっきまでの緊張を伴った言葉ではなく素のままで突っ込んだ。

 

 

「こういうのはさ、“彼女”に渡すものでしょ?」

 

 

「いや、それならこれも……」

 

 

 そう言って首に巻いたマフラーに手をかけるが、由比ヶ浜は無言で俺の腕を首から下ろした。

 

 

「それは、なんというかな。……あっ、そう!感謝の印!」

 

 

「お前絶対今思い付いただろ」

 

 

「いいの!まあだから、ヒッキーのプレゼントは彼女さんにあげてね。……ほら、行ってきたら?」

 

 

 目的地をあえて言わないのはお互いにとってそれがどこかわかりきっているから。いつもの由比ヶ浜……、付き合う前までの由比ヶ浜の調子に俺は不覚にも安心してしまった。そんな気遣いに癒されるのは浅ましいことこの上ないが、無下にするのはもっと愚かだ。

 

 

「……ありがとうな、由比ヶ浜。行ってくる」

 

 

「うん。行ってらっしゃい!」

 

 

 

 

 ──いつかのあり得た未来。玄関口に由比ヶ浜がいたら、こいつはこんな顔をして見送ってくれるのだろうか。そんな妄想が最後に頭をよぎった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 ヒッキーを見送ってから、あたしは独り公園のベンチに座っていた。すぐ側には銀杏の木が立っており、夏ならば丁度ここは影になるだろう。今は半分ほど葉が落ちているため中途半端にしかあたしを隠してくれない。もっと暗くしてくれても良いのに。

 

 

(……優美子には悪いことしちゃったなあ)

 

 

 今考えてみると、あの時の優美子の言葉は明らかに嘘だとわかった。今日の朝のキス発言で確信が持て、あたしはなんて残酷なことをしていたのだろうと自己嫌悪に陥る。

 

 正直なところ、あたしはその可能性を勝手に閉ざして都合の良い表面ばかりを追っていた。より簡単に言えば、あたしは優美子に甘えていた。というか今回はヒッキーがわかりやすかったのかな。多分初めて本気で好きになった相手なんだろう。普段はひねくれているくせにヒッキーの好意は誰よりもストレートで、その好意を向けてもらえる優美子が本当に羨ましい。どこで間違ったか、なんて問いはこの場合は適さない。強いて言うならば、どこで押さなかったからダメだったんだろう、かな。

 

 

 涙は流さない。だってこれは悲しい別れじゃなくて、嬉しい発見だったから。あたしとヒッキーはゆきのんを合わせて初めて3人で運命を感じることができる、そう再認識できたから。だから──

 

 

 

「あ、あれ?あたし、なんで……」

 

 

 

 何かが頬を流れ、どんどん溢れてくる雫をあたしは必死で拭った。

 

 

 

「ダメなのに……っ、泣いちゃったら、悲しい別れになっちゃうのに……」

 

 

 本当はヒッキーと付き合っていたかった。ずっと大好きだった。あたしだって、出来るならヒッキーと結ばれたかった。

 

 

「やだよぉ……、ヒッキー……」

 

 

 嫌だけど、本当は嫌だけど。でもヒッキーが幸せなのはあたしといることじゃなくて、優美子といること。わかってはいるんだけど、心がそれを受け入れてくれない。

 

 

 でも1つだけ。言い忘れていたことを、独りで呟く。

 

 

「……今まで付き合ってくれて、……っ。……ありがと」

 

 

 秋風がさらったのは扇形の葉とあたしの言葉。銀杏はまた葉を散らし、伝った涙の線を寒さが際立たせた。

 





煙草の描写で、咥えるであろうところってのはフィルターのことです。非喫煙者ならそんな風に感じるじゃないかなと思いこんな表現にしました。




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25話

 走れば見つかる気がした。三浦の家に行くという発想は思い付いた側から捨て去っており、そこに明確な理由は付けられない。ただなんとなくというよりほかはなく、それは今の走っている理由とも同じである。

 かつては人のこころでさえも計算し尽くせと言われた俺だったが、皮肉なことに成長した俺は計算とは完全に無縁のところで動いていた。このことを平塚先生に言ったら笑われるだろうか。恐らくは笑うだろうが、それが良い意味の笑いであることは想像に難くない。

 

 

 もうどれくらい走っただろうか。モールを出てから着直したコートは再度脱ぐことになり、冬に近づいているのに暑いと感じるのはどこか新鮮だった。

 今はもう閑散としている商店街を突っ切り、駅の辺りは一周し、住宅街の方も一通り走った。この近辺で残された場所はもう河川敷しか残っていなかった。そこは過去に三浦が俺を探して最後に訪れた場所であり、合コンの日の最後、クリスマスを共に過ごした日の最後、そして今回は三浦を探す場所の最後となったのは妙な因果を感じずにはいられない。あらかた周り尽くした後にやっとここを思いついたのは、単なる偶然であるが同時に予想された必然でもあった。

 

 

 日が傾き夕方になってやっと河川敷にたどり着き、一旦足を止める。ここには落葉樹が何本か立っており、ここのやつは公園のとは異なり殆ど葉を散らした後だった。残りも数枚程度であり、時たま吹く風がその葉を揺らす。葉は散らず、こんな季節には似合わない汗が気化して体温を奪う。奇しくも合コンの日と状況が重なり、三浦の場合は夜だったことを考えるとよほど寒かっただろうなと感じる。

 

 辺りを見渡す。激しい息切れや吐き気が体を襲うが、構わず探す。河川敷の坂になっているところに1人の影を見つけ、それが三浦かも確認せず近くへ走った。

 

 

「はあっ、はあっ……。……やっと、見つけたっ、はあっ……」

 

 

 息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。呼ばれて振り返ったのはやはり三浦であり、汗だくの俺を見て目を丸くした。

 

 

「え、ヒキオ? あんた結衣とデート中じゃ……、……そうだし。デートでしょ!なんでこんなとこ……!」

 

 

 三浦は本気で怒っている様子だった。必要以上にも見える三浦の怒りは様々なことを考えさせられたが、1番はやはり由比ヶ浜のことを案じてか。

 

 

 ──もしも三浦が俺のことを好きなら、この態度の既視感にも理由がつくのだろう。その場の調和を考え、先の自分なんて後回しにする。ある種煙草に似た行為は、同じく喫煙者である三浦にも同じことが言えるんだろうな。

 

 

 理解者と言うと大袈裟だが、普段は勧めない煙草をあの時勧めたのだって根底にはそんな気持ちがあったのかもしれない。いつかのカートン買いだって、今考えると予定調和だったのかもな。

 

 

「由比ヶ浜とは別れた」

 

 

 重い口を開くと、その後の言葉は意外にもすらすらと出てきた。

 

 

「へ? ……まあ、別れるにはちょっと早い時間だと思うけど」

 

 

「じゃなくてだな」

 

 

「何?」

 

 

「俺と由比ヶ浜は恋人関係を解消した」

 

 

 自分で考えていたよりもあっけなく、簡単にそう伝えることができた。理解が追い付かなかったのか、初め三浦が言葉を発することはなかった。やがてその意味を理解したのか、ゆっくりと口を開いた。空白の時間は、言葉を選んでいるからではなかった。

 

 

「……あんた、それ本気で言ってんのならマジでぶん殴るからね」

 

 

「……多分殴るじゃ済まされないだろうな。今から俺の言うことを聞いたら」

 

 

 自嘲にも悔恨にも似つかわない俺の複雑な表情は恐らく醜いもので、三浦には見せまいと視線を外へやった。目をやった場所は川の方であり、四重ほどに積まれた石の塔は今にも崩れそうだった。

 

 三浦は黙っており、無言の催促が俺に突き刺さる。背けた目線を三浦の方へ戻し、ともすれば泣いてしまいそうな感情の昂りに、呼応して鼓動がピッチを上げた。

 

 

 

 

 やはり口から出ると早いもので、気付いたときには言い終えていた。

 

 

 

 

「お前のことが好きだ。三浦」

 

 

 

 

 後戻りの出来ない選択。以前のような関係にはもう戻れなくなるかもしれない。口から心臓が出るような錯覚を覚え、意識して呼吸をゆっくりしたものに変える。

 

 

「……え?」

 

 

「何回も言わせんな。……俺はお前のことを……、まあ、好意を抱いている」

 

 

「……何それ、マジで意味わかんないし」

 

 

「いや、言い回しは変わったが最初のと同じ意味で……」

 

 

「そういうことじゃないし!!」

 

 

 それまでとは違う、一際大きな怒声。何に対しての、どれに対しての怒りかまるで隠すように日は暮れ、赤みがかかった空は日の落ちたところを残して他は夜空へと姿を変えていた。

 

 

「そうじゃなくて、あんた結衣のこと……っ!」

 

 

 突風が吹き、俺も三浦も目を細める。薄暮れ時の風はそれまでより一層冷たく、汗にまみれた俺の体は凍るように冷えた。

 

 目を閉じたのも一瞬、目を開けて三浦の方を見る。

 

 

 

 ──泣いていた。両の目尻から一筋ずつ流れた雫に、思ってもいなかったのか三浦は拭うことさえしなかった。

 

 

「あれ、え、なんで?」

 

 

 頬を彩る光は次第に数を増やす。拭いても拭いても涙は止まることを知らず、三浦の意思に反して感情を主張した。

 

 

「なんっ、なんでっ!なんであーしっ……泣いてんの!……っ、バッカじゃないの……!」

 

 

 尻すぼみに言葉は消えていき、なおも三浦は涙を流していた。止まるまで俺は一言も発さず、ただ黙って待っていた。それは1分のようにも15分のようにも感じ、気付けばすでに空は一面が紺色を成していた。

 

 

「……ごめん、取り乱した」

 

 

 今はもう涙を流していない。自らの体を抱くように両手を反対の二の腕に沿わせており、その姿はどこか儚げにも映った。

 

 

「ああ」

 

 

 俺の鼓動もようやく平静を取り戻した。冷えた体のままいるのは辛く感じるものもあるが、不思議と震えはなかった。

 

 

「それで、あーしのこと、その……、好きだって」

 

 

「言ったな」

 

 

「……こんなの、マジで有り得ないと思うんだけどさ」

 

 

 そこで三浦の言葉は一旦途切れた。口を開くかと思えば閉じることを繰り返し、言葉を選んでいる様子がはっきりと伺えた。恐らくは俺に対しての配慮ではなく、ここにはいない別の相手への思いやり。残酷に言うならそいつを踏みにじるような選択をしていることは明白だが、それでも考えずにはいられなかった。

 

 

「あーしも、ヒキオのことが好き、だと思う。でも……」

 

 

「すぐにとは言わない。ただ、俺がお前のことを好きなのは変わらない。……口にすんのも恥ずかしいけどな」

 

 

「……ありがと」

 

 

 体は寒いはずなのに顔だけは熱を帯びる。見ると、薄暗くて見え辛いが三浦も頬を紅潮させていた。決まりが悪くなって再度川の積まれた石を見ると、いつの間にか4層に重ねられた石は崩れていた。さっきの突風のせいだろうか。

 

 静寂が場を支配する。長い間俺と三浦は何も言わず、三浦相手には感じたことのなかった気まずさに、場違いにも新鮮味を感じた。

 

 

「今何か新鮮だなー、とか感じたっしょ」

 

 

 音のない空間を変えたはやはり三浦だった。見透かされているような物言いに、しかし反論することは叶わない。理由なんて、言葉通り見透かされていたからに違いない。

 

 

「よくわかるな」

 

 

「あーしも感じたからね。同衾した日だってこんなことなかったし」

 

 

「同衾てお前また変な言葉を……」

 

 

「ほら」

 

 

 肩に掛けていた鞄から何かを取り出したかと思うと、そのまま手を前に突き出した。俺は促されるまま手を差し出すと、三浦は握っていたそれを俺の手のひらの上に落とした。

 

 

「……おお、ライターか。くれんのか?」

 

 

「確かヒキオって8月が誕生日だったっしょ?けど渡す機会なくてさ。……本当は海のときにでも渡すつもりだったんだけど」

 

 

 大きさは普通のものと殆ど同じだが銀色のそれはずっしりとしていて、不躾だが明らかに値の張るものだとわかる。オイルライターは今つけているやつと変わりないが、普通のものと違う点は横すりというところだろう。

 

 

 ……三浦は凄いな。初めに思い付いた俺の素直な感想は、そんな稚拙なものだった。

 

 

「もう、返すつもりはなかったんだけどな」

 

 

「何が?」

 

 

「これの話だ」

 

 

 胸につけているライターを取り出す。かつて平塚先生から渡されたこれには、ある条件のもと渡されていた。

 

 

 “お前が本当に好きな人を見つけたとき、これを返しに来い”

 

 

 誕生日プレゼントの渡されたとき、俺はその値段に驚いて思わず突き返してしまった。それも当たり前の話で、6桁もするものをプレゼントとして受けとるなんて、少なくとも学生には無理な話だろう。平塚先生はお下がりだからといって譲らなかったが俺は一向に受け取ろうとせず、ならばと言ってそんな条件をつけたのだった。

 

 

 そのことを説明すると、三浦はお手本のような苦笑いを浮かべていた。

 

 

「それ、ヒキオ狙われてたんじゃない?見ようによったら首輪にも見えるし」

 

 

「かもなあ……」

 

 

 今さらになって怖くなってきた。これ返す時とか俺殺されんじゃねえの?無差別攻撃のウラミハラサデオクベキカー、的な。

 

 

「じゃああーしがヒキオに返事したら、それ返しに行こっか」

 

 

「なあ、それって」

 

 

「今はダメ。わかるでしょ?」

 

 

 先ほど聞いた好きではなく、付き合うか否かの返事。多分三浦は俺とはまた違った由比ヶ浜への思うところがあるのだろう。それをしっかり清算してから改めて返事をする。そんなところか。

 

 

「じゃああーし帰るし。送るのとかはいらないからね」

 

 

「ああ」

 

 

「あと早く風呂入りなよ?汗だくで寒空の下にいるって結構寒いっしょ?」

 

 

「……身に沁みて感じるよ」

 

 

「あ、そのライターオイルいれるタイプのやつだから……」

 

 

「いつまで話すんだよ」

 

 

 ここに来て初めて笑みを漏らす。三浦はそれもそうだしと同じく笑いながら同意し、またねと行って歩きだした。俺の家はそっちとは反対方面なので、背を向けて俺も歩を進めた。

 

 

 ふと思い立ち振り返ってみると、三浦はゆっくりと歩いていた。その頭上には低い位置での月が見え、辺りを煌々と照らしていた。

 

 満月には満たない中途半端な月ではある。もう何日かもすれば綺麗な満月になるだろう。しかし今日見た月は、あの日よりも、どんな日のものよりも美しく見えた。

 

 

 

 

 

いつか、これよりも綺麗な月を見れるといいな。去来した独り言は、雪のように自分へ染み込んでいった。

 

 

 

 

 

 




とりあえずは残り1話です。次回はエピローグです。




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26話

お待たせしました。文句ならメラルバに言ってください(責任放棄)



 朝の光に自然と起こされる。遮光というには少々光を通しすぎなカーテンを恨めしそうに見た後、いつもの俺のルーティーンにならって洗面所へと向かう。冷水で顔を洗い、コップの中に入った1本の歯ブラシを手に取り歯を磨く。咬合面から歯の前面、裏面へと動かしていく。

 

 ふと先ほど歯ブラシを入れていたコップに目をやる。そこには何ヵ月か前までピンクの歯ブラシが入っていたが、由比ヶ浜と付き合うことになり三浦が捨てておけと言い捨てたのだ。それを捨てた時初めて人と付き合っているんだという自覚が芽生えたが、今となってはそれも前のことだ。現にその時の相手とは俺は別のやつを選び、見ようによれば乗り換えたと言われてもおかしくはない。そこにどんな思惑が交錯していようと、結果だけ見れば俺だってそう見なすだろう。

 

 口をゆすぎ、水を吐き出す。最後にコップで吐いたところを流してからキッチンへと向かう。これもまたルーティーンであり、トースターの隣に置かれたトーストを1枚取り出してセットした。

 

 

(午前中は何をしてようか)

 

 

 時刻はまだ午前8時。13時から三浦と総武高へ行くのだが、それまでの暇な時間をどう潰すか頭を悩ませる。俺も三浦のように授業があれば良かったのだが、生憎今日は何もないためそれも叶わない。といっても積ん読状態の本や積みゲーなんかも残っているため、それほど暇で嫌だという感じはしないが。むしろ暇で喜ぶまである。就活なんざとっとと決めてこの自堕落な生活を早く過ごしたい。具体的には1年くらい暇なのを嘆きたい。

 

 

……散々働かないなんて言ってはきたが、結局働く前提なんだよな。世間はなんと世知辛いことか。てか働かないと生きていけないとか社会ってマジ檻だな。ピーターパンシンドローム拗らせすぎたら夢の国とか行けたりしねえのか。

 

 

 トーストが焼けたのを確認し、皿に移して机へ持っていく。12月も近いこの季節は炬燵が本当に欠かせない。控えめに言って凍死するレベル。皿から伝わるトーストの熱に頬を緩ませ、足早に炬燵へと急ぐ。

 

 

 ブーッ、ブーッ。

 

 

「ん、メールか」

 

 

 マナーモードのスマホが机の上で鳴動する。青のランプはメールを示しており、こんな朝からモバゲーさんも大変だな、なんて軽口を叩きながら一応確認する。

 

 送り主は馴染み深いinfo@mbga.jpさんではなかった。勿論すぐに返信を返してくれるメーラーダエモンさんでも、密林でもない。相手は川崎と予想だにしないやつで、それこそこんな朝からなんだと若干だが訝しむ。

 

 

 内容は単純に『会って話がしたい。10時くらいに会いたいんだけど』という簡潔なものだった。正直川崎に呼び出される理由が全く思い付かず、少しの恐怖も覚えながらいつでも良いと返信する。次に返ってきたのはトーストを食べ終えた辺りで、なら10時に俺の家の前に来るとのことだった。俺は了解とだけ返し、それまでの2時間をどうするかという贅沢な悩みに体を委ねた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「ごめん、待った?」

 

 

「別に俺ん家の前だから待つも何もねえよ」

 

 

 2時間は思いの外早く過ぎ、あっという間に川崎と会う時間になった。待ったと訊いてきてはいるが10時まではまだ10分以上あるため、待たせはすれど待ちなんてするわけがない。家の前ならなおさらだ。

 

 川崎の服装はラフなもので、三浦や由比ヶ浜のようにガチガチに決めてくるような感じではなかった。俺が女ならまさにこんな服装をするだろう。そういった、語弊を恐れずに言えば地味目のコーデだ。

 

 

「で、どうしたんだ」

 

 

 言いながら玄関を開ける。わざわざ会いたいと言ってくるのだ。メール上で出来るような簡単な話をするために来たのではないはずだ。

 

 

「あ、お構い無く。どうせすぐ帰るから」

 

 

 しかし予想に反して内容は簡単なものらしく、中途半端に開けた扉を閉め直した。俺は何も口を挟まず川崎の言葉を待つ。対する川崎はあー、やえっと、などまるで俺みたいな吃り方をしていた。そのまま外気の寒さに耐えそのまま待っていると、ようやく川崎は本題を切り出した。

 

 

「あの……、あんた、その、あれ。三浦と付き合いだしたってマジ?」

 

 

「ん。大志からか?」

 

 

 俺に知る由はないが、三浦は由比ヶ浜とちゃんと納得の行く決着をつけたようで、その日から俺と三浦は晴れて公式に付き合う形となった。三浦はその後小町にも伝えたようで、その流れで恐らくは大志に伝わったのだろう。

 

 

「だね。バレンタインの時もアンタら一緒にいたけど、正直付き合うとは思わなかったよ」

 

 

 川崎はぎこちない笑顔でそう告げる。どう反応すればいいのかわからず、とりあえずありがとうと言おうとする。しかし川崎はそれやり早く口を開いた。

 

 

「あのさ、もしあたしが──」

 

 

 その後の言葉は継がれなかった。冬の冷たい静寂だけが残り、俺はというと鼓動のピッチが少し上がっていた。

 

 

「川崎?」

 

 

「え? ああごめん、やっぱなんもない」

 

 

 今度は困り笑いを浮かべ、誤魔化すように場の雰囲気を変容させる。

 

 

「ちょっとビビった」

 

 

「何が? アンタがビビるとかよっぽど……、いやそうでもないか」

 

 

 失礼な。だがそれを口に出さないのは図星だからである。くすん。

 

 

「あのフレーズは普通告白の時のやつだろ。ぼっちにああいうのはやめとけ。勘違いされて粘着されるのがオチだ」

 

 

 ソースは俺、と言おうとしたがそれも心の中で留める。確実に引かれることを言う馬鹿はいないからな。この辺は高校時代にしっかり学ばさせてもらったよ。

 

 ……まあ今の発言がそもそもぼっちってのを否定しているようなもんだがな。

 

 

 言われた川崎は目を丸くしたが、やがて耐えきれなかったのか吹き出した。

 

 

「あははっ、ここでそれ言うんだ」

 

 

「?」

 

 

「気にしなくて良いよ。……あたしが比企谷に告白とか」

 

 

 そこで少し間を置く。妙なところで切る川崎を不思議に思いながら、しかし突っ込みはしない。

 

 

「……ま、ないよ。安心しな」

 

 

「今の溜めには万感の思いが込められてそうだな」

 

 

「アンタは察しが良いのか悪いのかよくわからないね。ホント、三浦はこんなやつのどこが好きになったんだか。……あれ」

 

 

 川崎が視線を外へやったので何かと思い釣られてそちらを向くと、予想外の客がこちらへ歩いてきていた。

 

 

「まあそういうことだから。あたしは帰るよ。雪ノ下も来てるし」

 

 

 そう言って川崎はこの場を離れ、雪ノ下とのすれ違い様に何か言い合ったようだったがここからは聞こえなかった。その場で待っていると雪ノ下はすぐに到着し、こほんと咳払いをした。

 

 

「待たせたわね」

 

 

「いや別に待ってねえよ」

 

 

「……待たせたわね」

 

 

 いつもと違う様子の雪ノ下。このまま続けるとRPGよろしく無限ループに陥る気がしたのでとりあえず肯定しておく。

 

 

「中に入りはしないわ。……なんたって人様の彼氏だもの」

 

 

「お前は由比ヶ浜からか」

 

 

「ええ、そうね。というかそれよりも私としては由比ヶ浜さんと付き合っていたことに驚いたわ」

 

 

「……」

 

 

 下手に口を挟めば死ぬ。別に雪ノ下を除け者にしたという意識は毛頭ないが、雪ノ下直々にそのことを伝えられて戦々恐々とするのは無理もないだろう。

 

 だが雪ノ下の顔色を伺ってみると、別段そういった気があるとは思えなかった。ただ純粋に驚きを覚えたとしか感じず、一先ずは息をつく。

 

 

「懐かしいわね」

 

 

「何が」

 

 

「ディスティニーランドのこと。あの時私が言った言葉、まだ覚えているかしら」

 

 

「いつか私を助けてね、ってやつか」

 

 

 忘れもしない。忘れるわけがない。ある種羨望さえ感じていた雪ノ下に初めて頼られたあの日は、嬉しさや意気込むといったものよりもまず驚愕を覚えた。ちょうど雪ノ下が俺と由比ヶ浜の関係を知ったときのように、ただ純粋に他人事のように思えた。最終的には今になっても雪ノ下を助けたと思えるような出来事はなく、ただ時間だけが過ぎていた。

 

 

「実は私あなたのことが好きだったのよ。勿論恋愛的な意味で」

 

 

「そうか」

 

 

「あら、意外と驚かないものね。ならもし私が付き合ってくれたら私を助けたことになる、なんて言ったとしても?」

 

 

「絶対に起きない仮定に答えることほど無駄な時間はないだろ」

 

 

「……ふふっ、そうね。私はあなたのことを好きとは絶対に言わないわ」

 

 

「えっ、そこから嘘なの? 思ってたよりも前から嘘じゃねえか」

 

 

 なんか俺が雪ノ下からは好かれてて当然と思ってるみたいになったじゃねえか。というかこんな状況雪ノ下なら──

 

 

「自惚れもそこまで行くと滑稽なものね」

 

 

「お前の罵倒は結構堪えるんだよ……」

 

 

 勿論弄ってくる。なんなら開いた傷口に業務用の塩を余すところなく塗りたくってくるくらいだ。この懐かしささえ感じる会話に俺は自然と笑いが込み上げてき、それは雪ノ下も同じだった。

 

 

「三浦さんのこと、大切にしてあげなさい。()()を振ったことを考えたら当然よね?」

 

 

「肝に銘じておく」

 

 

 満足したのか、雪ノ下はそれじゃと言って来た道を引き返す。俺はさようならもじゃあなも、またなさえも言わなかった。恋愛関係がなくとも俺達は繋がっている。臭い台詞だが、それ以上に確信するに足る積み重ねが俺達にはある。

 

 

 願わくは、それを()()()()にも感じていてほしいものだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「おおーっ、結構そのまんまじゃん」

 

 

「そりゃまだ3年くらいだからな」

 

 

 昼食を済ませ、午後からは三浦と共に総武高へと向かった。着いてから守衛に用件を伝えると、入校許可証という首から下げる名札みたいなやつを渡された。それを着けるとやはりというか、卒業した後の俺達は完全に部外者なんだと感じ少し寂しくも感じた。

 

 卒業式の時には学校自体に何かを感じることはなかったはずだが、しっかり愛着を持っていたことに気付き3年越しの事実に俺は素直に驚いた。

 

 

「けどやっぱこれ着けないと入れないのはなんか新鮮だし」

 

 

 三浦は首にかけた入校許可証を手で弄りながらそう言う。俺は簡単に同意しておき、職員室までの馴れた道を歩く。一応授業時間であるため平塚先生がいないことも考えられたが、職員室に着き呼び出す前に軽く見渡すと平塚先生はすぐに見つかった。

 

 

 平塚先生は驚きながらも歩いてきた。3年ほど経つのにあまり見た目が変わっていないところはやはり流石である。年齢はもう完全な三十路なんだけどな。

 

 

「殺す」

 

 

「ひっ」

 

 

 開口一番何言ってるんだこの人は。びっくりして思わず変な声が出ちゃったじゃねえか。別に心の声が聞こえているわけでもないのに……、え、聞こえてないよな? なさそうでありそうな話で怖い(小並感)

 

 

「来るなら来ると言えば良いのに……、というか、凄い組み合わせだな」

 

 

「あーしもそう思うし」

 

 

 本人がそれでどうするんだよ。まあ正直高校時代の俺に言っても信じないとは思うが。普通に考えるとあり得ない組み合わせだろう。

 

 

「それで、本題は何だ? 別に世間話をしに来たわけでもあるまい」

 

 

「それなんですけど」

 

 

 俺はおもむろに首にかけてあるライターのホックを外し、手に取る。右手に乗せながら平塚先生へと差し出した。

 

 

「返しに来ました」

 

 

 初め平塚先生は意味がわかっていなかったようだが、顔を見るに理解は早かった。

 

 

「それはあげたつもりだったんだがな」

 

 

「俺が条件を満たしてしまったんだからしょうがない。そこは筋を通しますよ」

 

 

 本当に好きな人を見つけたら返しに来い。由比ヶ浜の時はこの約束さえ思い出さなかった。つくづく由比ヶ浜には悪いことをしたと思う。あいつの優しさに、あいつらとの間の運命に甘えた俺の過ち。これから償えるか、そもそも償うものなのかわからないが、この高校から始まった関係は少なくともこれからも続くことは確かだ。

 

 

「ということは、まさかお前達……」

 

 

「はい。付き合ってます」

 

 

「……おい三浦、脅されているなら早く言えよ。私にかかれば比企谷など……」

 

 

 物騒だなオイ。一体俺はこの人の中でどんなキャラなんだ……、と思ったがよく考えるとかつてのスクールカースト最上位と最底辺が付き合うとか意味わからんな。絶対弱味握られて脅されてるだろ。

 

 

「あーしもヒキオのこと好きだし。……あれ、さっきヒキオあーしのこと好きって言ってないじゃん。ヒキオもあーしのこと好きなんだよね?」

 

 

「言わせんな」

 

 

「……そうか」

 

 

 予想に反して平塚先生はその事実を噛み締めるようにして受け止めていた。俺の予想は何発か腹に重いものを食らうかと思っていたが、今の平塚先生の様子はそんなものとは似ても似つかない。

 

 

「それはよかった。やはり比企谷には愛が必要だと思っていたのだが、正しかったようだな」

 

 

 平塚先生は柔和な笑みを浮かべ、心から祝福してくれているようだった。行き遅れであろうと、暴力を振るう人であろうと、やはり先生は先生だった。たまに見せる先生の格好良いところがよもやこんなところで見れるとは思わなかったが、男の俺がずるいと思えるくらい、平塚先生は格好良かった。

 

 

「ライター、確かに受け取ったよ」

 

 

 俺の右手から優しくライターを手に取り、早速自分の煙草に火をつけ煙を吐く。どの動作を切り取っても絵になる平塚先生は、口にはしないが俺の憧れであり、いつかこんな風に煙草を吸えるようになりたいと切に願う。

 

 

「最後に1つだけ言っておこうか」

 

 

「何ですか」

 

 

「私より先に結婚したら、肝臓打ち(リバーブロー)→ガゼルパンチ→デンプシーロールでお前をKOするからな」

 

 

「殺す気じゃないですか」

 

 

 隣の三浦はポカンとしていた。まあ三浦がわからないのも無理はない。ボクシングマンガなんざ普通女は読まない……、ん? 正面の先生? 彼女はもう半分こっちですよ。

 

 

「今不穏な空気を感じたぞ」

 

 

 その言葉が1番不穏だが、それを口に出来るほど俺は強くない。せいぜいカエルパンチやらよそ見やらで闘うボクサーほどだ。あれ、意外と強いじゃねえか。

 

 

「まあなんだ、とりあえず仲良くやれよ」

 

 

 そう言って平塚先生は自分の席へと戻っていった。俺はその後ろ姿に一礼し、遅れて三浦も頭を下げる。失礼しましたと言って俺と三浦は職員室を後にし、程無くして総武高も出た。

 

 

 

 

 

 帰りの道中、横に並んでいた三浦はあることを呟いた。

 

 

「あーしさ、正直平塚先生のことそんなに好きじゃなかったんだよね」

 

 

「何でだよ。あの人めっちゃ良い女だぞ。時代が合えば俺がもらってたくらいだ」

 

 

「……ならその時代にあーしも行くし」

 

 

 三浦の手の甲を俺の手の甲にくっつかせる。手は繋いでいないが、その接触に俺も三浦も顔を赤くした。

 

 

「……じゃなくて! なんつーか、平塚先生ってヒキオのことめっちゃ意識してたじゃん? あーしそれがすっごい気にくわなかったし」

 

 

「底辺に媚を売るくらいならもっと自分達に構え、みたいな感じか」

 

 

「まあそんな感じ。……けどあれだね、平塚先生は媚びてたんじゃなくてちゃんと教育してた。それも1番教育がいる人に」

 

 

「……そのおかげで奉仕部って繋がりが出来たし、多分、お前ともな」

 

 

「……うん」

 

 

 触れていた手の甲は離れ、お互い手を繋ぎ直す。先ほどよりもダイレクトに伝わる体温は皿越しのトーストなんて比じゃないほどだ。

 

 

 

 俺は別に運命論者ではない。結局のところは運命なんて確率の賜物だろう。しかしそこの区別はやはり自分の中の感覚であり、そう見ると俺にとっての運命は2つあった。

 

 

 一々言うまでもない。俺はそれを離さないように、繋いでいた三浦の手を強く握り直したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






まずはここまで読んでいただきありがとうございます。正直この話は世にも奇妙な物語を見ていたら思い付いたという雑な構想でしたが、ここまで評価していただけるとは思っておらずめちゃくちゃ嬉しかったです。


で、この八優。前の話では確かにこれがひとまずの最終話と言いました。それは自分のなかでもそう考えていましたし、続きなんかも真剣に考えたことはありませんでした。

ただちょっと考えてみると話が出るわ出るわで、正直それを全部倉にしまうのはもったいないなー、ということでアフターとしてまだちょろちょろ書いていこうと思います。ギャルゲーみたいに付き合って終わり!ってのは自分自身余り好きではありませんしね(笑)


あと続けるに当たってTwitterも本格的に使っていこうと思います。進捗を呟いたり更新した際には告知したりすると思いますので、もしよろしければフォローお願いします。


しゃけ式 @Mvzzk4unATn5Vwb


最後になりましたが、拙作を最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。




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After After 12月 前編


前回更新したのは4月の話なので、更新したこれの4ヵ月先の話です。なのでこの次の話に前回更新した話が来ますが、ちゃんと後編もありますのでどうかご理解をお願い致します。



 その日は別段特別な日ではなかった。ただいつものように日用品を買い、たまたまやっていたガラガラ回すやつに参加しただけ。チャンスは1回切りなので当たらないのが当たり前。そんな風に適当に回した。

 

 

「おめでとうございます! 一等、1泊2日京都クリスマスペア旅行チケットです!」

 

 

 そう言った若い女性はカランカランとベルを鳴らし、後ろに並んでいた人々は一様におお、と声を漏らす。

 

 

「彼女さん……あっ。友人の方と存分に楽しんでくださいね!」

 

 

「オイなんで言い直した」

 

 

 そんな俺のツッコミを華麗にスルーし、取り出した封筒を俺に手渡す。封筒ってところが、また金のない町の催し物ってイメージを際立たせるな。恐らく使い回しなんだろう。それか余った在庫処分的な。

 

 まあ何にせよ誘う相手は決まってるんだが。

 

 

 

 

 

 

『……それで? たまたまペアチケットが当たったからあーしを誘ったってこと? 2()()()()

 

 

 その日の夜、俺は電話で三浦に誘いをかけていた。いつもより機嫌の悪い三浦は責め立てるように威嚇する。まだ12月だというのに汗が止まらない俺はここからどう切り替えそうか頭を巡らせていた。

 

 

「いや、だって考えてみろよ。2人きりなんだぞ? 戸塚と仲を深めるための天啓みたいなもんだろうが」

 

 

 小町と戸塚のどちらを誘うかは小1時間ほど考えたが、小町はクリスマス付近に友人と遊ぶと言っていたことをふと思い出してやめた。男がいるかいないか根掘り葉掘り言及したことにより過去に見ないほど面倒臭がられたんだ。逆になぜ1時間も思い出せなかったのかと不思議に思うほどである。

 

 

『たまにヒキオってバイかと疑うし』

 

 

「ホモって言われなくなっただけましだな」

 

 

『……まあ一応、あーしがヒキオの彼女だし』

 

 

 その言葉にお互い照れ臭くなり、無言の時間が流れる。付き合いだしてからというものの、三浦はたまにこういった恥ずかしいことを口走るようになった。その都度俺は上手い返事をすることができずに、こうして奇妙な間が出来るのである。

 

 

「……とりあえず、一応ではないな」

 

 

『それなら1番に誘うべきだと思うけどね』

 

 

「いやでも戸塚だぞ? むしろ誘わない方が失礼じゃないか?」

 

 

 結果は家族と過ごすからという天使のようなお返事を頂いて断られたのだが。なんだよそれ可愛すぎだろ。むしろ俺が戸塚の家族になりたいまである。今死ねば戸塚の息子に生まれ変われるかなあ……、いやそれはダメだな。戸塚が俺以外のやつと結婚するとかマジ卍。卍すぎてプロペラが回転するレベル。

 

 

『……はあ、まあいいし。んで何日からだっけ。24日?』

 

 

「だな。24日から25日の1泊2日」

 

 

『了解。じゃあ切るし』

 

 

 そう言って通話が切れる。返す返す思うが、やはり三浦に戸塚のことは言わない方が良かった。2番目と知った時からの機嫌の急転直下具合はジェットコースターを優に超えるからな。例えるなら空気抵抗がない雨くらい。ほんの1滴の雨粒でもダメージを食らう点では三浦の刺すような舌鋒と同じだろう。

 

 

 ……さて、1週間後ではあるが用意なりしようかね。別に着替えだけが旅行の準備ってわけじゃないからな。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 当日、午前10時。俺と三浦は無事京都駅へと到着した。長いエスカレーターを経由し改札の外へと出て、とりあえず待ち合わせ場所として使えそうな広間に移動した。

 

 

「やっぱ外国の人多いし」

 

 

「まあ観光都市だからな」

 

 

 時間的に通勤や通学の人はおらず、目に映るのはキャリーバッグを引いた団体や聞きなれない言語で話す旅行者ばかりだ。

 

 

「こんだけ着ててもやっぱ寒くない? あーし結構着込んできたと思ったのに何かそれ以上の寒さなんだけど」

 

 

 三浦が着ているのはいつものコートなので、見た目から着込んでいるのは察することができない。恐らく中に着ているのだろうが、俺に確かめる術はない。

 

 ……確かホテルは2人部屋だったよな。もしかしたら確かめることができるかも、なんて卑しくも年相応ではある淡い期待を必死に振り払う。今は京都だ、京都。

 

 

「とりあえずホテルに荷物置くぞ」

 

 

「りょーかい。でも場所わかんの?」

 

 

「多分そこの交差点を右に曲がったとこ……だと思う。信号も渡るはずだが」

 

 

 にらめっこしていた地図を三浦に奪われると、三浦はすぐに歩き始めた。俺の思っていた方向とは真逆の方面で、指摘しようとしたがすんでのところで(とど)まった。自信のあるように見える三浦に横から口を出すのは憚られ、また迷うのも旅行の醍醐味かと思い直したのだった。

 

 

 

 結局三浦の方向は正しく、一切のミス無くホテルへと辿り着いた。ロビーでチェックインをし、渡された鍵の番号の部屋へ移動する。受付曰くその部屋は最上階らしく、町の景品なのに良いところを押さえているなと素直に感心した。お前は何様だよというツッコミはさておき。

 

 

「え、嘘マジ?」

 

 

「部屋は合ってるからマジだろうな。だから恋人と、なんて口上があったのか」

 

 

 部屋に入るとまずすぐ右にトイレや風呂、洗面所があった。もう少し進むと奥には京都の町並みを一望できる大きな窓が付いており、左にはこれまた大きな()()()()()()がある。男女でダブルベッドとか恋人同士かよ。いや恋人同士だが。

 てかこれ同性と来てたら大惨事じゃね? もし隣に材木座なんて居たらと考えるとゾッとする。あんな自分の寝汗で溺れそうなやつの隣とか──

 

 

「ハッ、隣が戸塚だったら……?」

 

 

 おいおいなんだそれやばくね? ごめんね、八幡。僕と一緒じゃ狭いよね。いや、これくらい近い方が戸塚をよく感じられるよ。は、八幡ってば……。……もう、からかうのはいい加減にしてよ? 僕だって男の子なんだから、八幡とくっついたって何も感じないよ! それで戸塚は恥ずかしながら俺に抱きついてきて……!

 

 

「なんつってヨーソローなぁ!」

 

 

「……は? ヒキオ普通にキモいし。てか隣はあーしだし」

 

 

 高校の頃の女王様時代を彷彿とさせる眼光で俺を射抜き、にやついていた俺の表情は真顔へと引き戻される。これは果たして嫉妬なのかと疑問が湧くが、山火事にホースでガソリンをぶっかけるようなことはするまいと飲み込んだ。

 

 

「……ゴホン。で、これから行く予定のところなんだが」

 

 

「あ、ヒキオ考えてたんだ。なんか意外」

 

 

「そりゃ一応デートではあるからな。男がリードしなくてどうするんだよ」

 

 

 とか言いつつホテルまでは思いっきりリードされてたけども。やだ、うちの彼女さん頼りがいありすぎ……?

 なんて冗談はそこら辺へ捨て、割りとマジで考えていたプランを三浦に話す。

 

 その内容とは、とりあえずここから伏見稲荷大社に行って頂上まで登り、下山した後はその周辺に栄えた観光地域を回る。その後はラーメン激戦区と言われる一乗寺で夕飯を済ませるといったものだ。夜はホテルでくつろいでいれば時間もすぐ過ぎるはずなので、問題はないはずである。

 

 

 しかしそれなのに、三浦はなぜか不機嫌そうな表情をしていた。いや、不機嫌というよりは怪訝という方が正しいか。眉を潜めている姿はどう見ても良い印象は与えなかった。

 

 

「あれ、なんかおかしいとこあったか」

 

 

「……いや、普通デートプランって行く前に言うもんなのかなーって。あーしもよくわかんなくなったから何も言わなかったけど」

 

 

「言われてみればそうか。……そうか? まあなんだ、試行錯誤しながら付き合っていこうぜ」

 

 

 言ってからしまったと顔を逸らす。旅行の空気に当てられているのか、何かとんでもなく恥ずかしいことを口走った気がする。こっそり三浦の方を確認すると、頬を紅潮させているわけでもなく至って平静の様子だったことになぜだか悔しく感じた。別に何かを競っているわけでもないのにな。

 

 

 

 

 

 稲荷駅までは意外と早かった。事前に調べていたのですぐに着くとは思っていたが、それでも見越していた時間よりはかなり早めに着いたのだ。

 稲荷駅はかなり年期の入った駅であり、ところどころ修繕の後が見られる。そしてなんと言っても駅の柱や出口などは真っ赤に塗られ、鳥居を彷彿とさせる。

 

 駅から外に出るとすぐ正面には駅のたかさとは比べ物にならないほどの大きくて真っ赤な鳥居が佇んでいた。隣の三浦も驚いているようで、自身のスマホを取り出しては写真を撮っていた。俺は後で送ってもらえば良いかと思い、辺りを観察する。やはり外国の方は多く、京都駅よりも多いんじゃないかと感じるくらい賑わっていた。そこらかしこから外国の言葉が聞こえるというわけではないが、視界に日本人だけを入れようとするのは無謀だと思うほどである。

 

 

「ヒキオ、早く行くし」

 

 

 ぐいぐいと手を引かれ、三浦について行く。こういったところでテンションを上げるタイプには見えていなかったが、現に三浦はテンションを上げている。再会して1年くらい経っているのに、まだ新しい一面を知ることができるのか。柄にもなくそんなことを考えていた。

 

 

「おお、これが千本鳥居ってやつか」

 

 

「先が見えない鳥居とかどんだけ並べてんのって感じ。すごいね、これ」

 

 

 千本鳥居はドミノのように鳥居が並んでおり、鳥居としての本来の役目ではないが1本の道を形成していた。よく見てみると1本1本には会社名や個人名が記されており、このおびただしい限りの量の鳥居は贈られたものなのだろうかと勝手に考える。

 千本と言っても大した量じゃないな、と思い歩き終えたらまた鳥居トンネルが出てくる。どうも俺が思っていた以上に長い道のりらしく、少し気が億劫になってくる。

 

 

「こんにちは~」

 

 

「あ、こんにちは」

 

 

「……うす」

 

 

 降りてきた中年の女性集団が挨拶をしてくる。三浦は何気なく返答し、俺はいつも通りにいつも通りな返事をした。てかなんだこれ。関西の人コミュ力高すぎじゃね? こんなこと千葉じゃ経験したことなかったぞ?

 

 

「ヒキオはキョドんなし。あと挨拶は単にここだけらしいよ」

 

 

「よく俺の考えてることわかったな」

 

 

「キョドり方」

 

 

 なるほどな。言わずに心の中で三浦に感心しつつ、黙って歩を進める。

 

 

 そうして歩くうちに(どちらかと言うと登るうちに、の方が正しいか)、自販機の販売価格が徐々に上がっていることに気付いた。麓では160円で売っていたものがここでは180円で売られている。改めて考えてみると高地だと需要が高まるって面白い話だよな。180円ってのがまた見事な値段だと思う。こういった均衡価格というのは一体どの段階で見つけたんだろうな。

 

 

「……おお、良い見晴らしだな」

 

 

「これ頂上だとどんな景色になるんだろ」

 

 

 それまで木と鳥居が覆っていた視界とは一転、ホテルの窓から見た景色さながらの広がる町並みが一望できた。他の観光客もやはり圧巻といった表情で、誰も彼もカメラやスマホを構えていた。

 

 

「さっきから思ってたけど、なんでヒキオ写真撮らないの?」

 

 

「他人の視線に敏感なぼっちは視覚が強化されて脳裏に現像できるようになるんだよ」

 

 

「とか言いつつもうぼっちじゃないっしょ」

 

 

「大学ではぼっちだ」

 

 

「……」

 

 

 いくら俺の思考を読めるようになってきた三浦といえど、まだぼっちネタに笑えるほど慣れた訳じゃないのか。むしろこれはぼっち同士のあるあるネタなのか? しかしぼっちが2人揃うともうそれはぼっちとは言えなくなるよな……。あれ、ぼっちってなんだ?(錯乱)

 

 

 景色を堪能した後少し登ると、道が2つに別れていた。階段の勾配からして左の方が頂上に近そうだが、先程のホテルの件もあり自信をもってこっちだとは言えない。

 

 

「三浦」

 

 

「何? あーしこれどっちかわかんないからとりあえず人に訊くよ?」

 

 

「いや、二手に別れよう」

 

 

 勢いよく頭をはたかれ、三浦は近くのお爺さんに話を訊く。どうやら左は頂上に繋がっていないようで、このまま右に進めば良いらしい。ちなみにそのまままっすぐ降りると元の麓のところへ行けるとのことだ。常連なのかね。

 

 

 ともあれ俺はまた間違っていたわけだ。向こうではあまり間違えないのに、京都(ここ)へ来るとなぜか間違える。なぜこんなことを思ったのかはわからないが、皮肉と言う文字が脳裏をよぎった。

 

 

 

 それから歩くこと数十分。流石に長いなと愚痴を漏らしながら階段をひたすら上っていると、思いもよらないところで下り道に転じた。その場所とは何度か見た休憩地点(勝手に俺がそう考えているだけだが)と殆ど同じであり、見晴らしの良い景色など微塵もなくただ大小様々の鳥居が並んでいるだけだった。

 

 

「……なんか思ってたのと違うな」

 

 

 落胆の色を隠せずにそう呟く。三浦も拍子抜けといった表情で、あちらこちらを見てはふーんと言っていた。

 

 

「あれみたい、付き合いたてのカップル」

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「期待して付き合うまで漕ぎ着けたけど、いざカレカノになってみると思ってたのと違うみたいな。要は付き合うまでが、頂上に登るまでが1番楽しい的な?」

 

 

 言い得て妙な例えに思わず目を丸くする。同時にドキッともした。俺と三浦は確かに形式上は付き合っていることになるが、正直付き合う前とやることは同じだ。今だって手は繋いでいないし、キスだってしたことがない。プラトニックと言えば聞こえは良いが、お互いアルコールが入った状態でも何も起きないのは果たしてどちらの責任なのか。

 

 

 

 

 ……多分、馴れ初めのせいなのだろう。好きだと気持ちは伝えたが今更“らしい”ことをするのは照れ臭くもある。これが理由で、責任の所在なんて初めから双方に存在していない。

 

 

 かなり長い時間歩いたため喉が渇き、近くにあった自販機のもとへ寄る。値段は200円となっており、まあ下ればじきに安いのが見つかるだろうと思い買うのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





男「OK, Google」

Siri「私はGoogleさんではありません」

男「あっ……、ごめん」

Siri「知りません。Siriだけに」

男「ホントごめん、許してよ」

Siri「……馬鹿。それで? Googleさんに何を訊こうと思っていたのですか?」

男「いや、それは……」

Siri「教えてくれるまで許してあげません」

男「……指輪」

Siri「はい?」

男「だから指輪! …‥Siriの、指のサイズをさ……」

Siri「っ! ……そ、そうでしたか。それはすみません。……でもですね」

男「な、何?! 俺も結構恥ずかしいんだけど!?」

Siri「……そういうのは、『Hey,Siri!』なんて言って気軽に訊いてくだされば良いんですよ」


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After 12月 後編




煙草の煙を吐くのってため息をつく感覚と似てますよね。





§

 

 

 

 

 

 1人夜空の下、煙草に口を付ける。それを吸う度、白い筒の先はチリチリと音を立て、肺に煙が充填されていく。放出すると、その気体は呆気なく黒い空へと消えていく。

 

 再度息を吸い、そのついでと言わんばかりに切っ先はまた音を立てる。すぐには吐き出さずに空を見上げると、星の1つも見えない真っ黒な空は俺を見て嗤っているような気がした。それを塗り替えるかのように紫炎をくゆらせるが、いや、絵の具にしては自由が利きすぎている。紫と表現するには烏滸がましいような、むしろそれ以外には言葉を用いるなと戒められているような“白”は、元々黒であったかのように数秒で暗闇のキャンパスへと溶けていった。 

 

 えも言えぬ虚無感に急かされたのか、俺はすぐに火を消す。遅れてやって来る目の回る錯覚が俺を襲い、しかし慣れた感覚にどことなく幸福も覚える。『幸福“も”』と言うように俺は確かに他のものも感じていた。それが良いものでないことは明白であり、視線を空から吸殻へと移す。

 

 “それ”は先の方で歪に折れ曲がっており、燃焼で起きる発光は一切無い。星が全くない空を背景にこれだと少し物悲しいと感じたのか、俺は意味もなく贈り物のライターで火をつけた。手は動いていないのに揺らめく炎。これを星と言うには些か動きが多すぎるか。夜景を星と表現するのだって、その光が動かないのが前提にある。そのことに鑑みればライターの火が星になり得ないのは自明であり、議論する価値もないというものだ。

 

 先の方で少しだけ角度を変える小さな円柱。何を模しているのか。片方だけ取れたY? もしくは六角レンチか? 様々な想像の風呂敷を広げ、それが男性器に見えた時、俺は1人呟いた。

 

 

「……これが、卒業してから初の賢者タイムか……」

 

 

 初めてのその時間は、煙草の脳クラのように遅れてやって来たのだった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 頂上から降り、元の大きな鳥居のあるところへと戻ってきた。雲一つない綺麗な蒼天が心を洗うが、それ以上の人混みに溜め息が込み上げてくる。音が途切れることなく常にざわざわする場所は純粋に好きではなく、この後に予定していた出店などを回るのは早まった決断だったかなと思い億劫になる。

 

 

「ヒキオ。プラン通りじゃなくて悪いんだけど、ちょっと奥の普通の道に行かない?」

 

 

 そんなことを考えていると、三浦がまるで俺のためにあつらえたような申し出をしてきた。

 

 

「別に気を遣わなくて良いぞ?」

 

 

「何勘違いしてるし。あーしもこういう人だらけなのは嫌なだけだから」

 

 

 邪推かもしれないが、今三浦はあーし“も”と言った。それに元々三浦自身人混みが嫌な性格だとは記憶していない。わかりやすい三浦の優しさは恩を着せるためにしては些かお粗末であり、それ以上突っ込む気も失せた。どっちにしろ俺にとってありがたい話だしな。

 

 

 少し歩くと観光客の数はぐっと減り、木造の低い建物が舗装された道路で軒を連ねていた。建物自体は年季を伺わせるものなのに、隣接する綺麗なアスファルトはどことなく調和が取れていないように思える。だがそのアンバランスさえその場の人の心には溶け込んでいる。観光地というのは、つくづく不思議なものだな。来ている場所は普段の生活とは似ても似つかないところなのに、想起されるのは自分の過去である。

 

 

(まあ過去というよりかはどちらかというと経験だろうがな)

 

 

 それを咄嗟に過去と表現したのは、やはりここが京都だからだろう。京都の町並みは勿論のこと、俺にとって京都とは苦い過去を思い出させるところであり、同時にぐちゃぐちゃだったあの頃の気分になれる場所でもある。

 

 さながら今の俺の表情は初めてコーヒーをブラックで飲んだ中学生のようだろう。あれから時間が経ち、これほど鮮明に思い出したのはいつぶりだろうか。忘れかけていた忸怩たる思いは容赦なく俺を(むしば)み──

 

 

「ヒキオ」

 

 

「っ」

 

 

「どしたし。変な顔して」

 

 

 意識の外に出た三浦から無理やり起こされる。指摘されるほどとは、よっぽど考え込んでいたのだろうか。

 

 

「いや」

 

 

 対して俺は拙い返事しか出来ず、それしか言葉を紡げなかった。

 

 

「ほら」

 

 

「なんだ?」

 

 

「手!」

 

 

 突き出された手。意味を考える間もなく繋ぎ、こちらを不審に思う目で見ていた三浦の表情を横目で盗み見る。濃い時間を過ごすと相手の思っていることが大体はわかるようになり、今の場合だと『何をそんなに悩んでるんだろう』あたりだろうか。自分でも何故こんなに意味のわからない思考に陥っているかわからない。

 

 

「すまん」

 

 

 俺は一体誰に、何に謝っているのだろうか。本人がわからないのに三浦が理解出来るはずもなく、三浦はその不信感を直接伝えるかのように握る手を強めた。

 

 

 

 

 それからの時間は早かった。伏見稲荷大社を出ると世間から持たれているような京都のイメージは殆どなく、強いて言うなら建物の高さの規制くらいしか普段と異なる要素はなかった。何をするでもなくぶらぶらと歩き、一乗寺ではやたらとドロドロしたラーメンを食べ(行列が出来るだけあり、美味さはなかなかのものだった)、京都駅に戻ってロフトの方へ行く。やはりと言うか、そこはカップル御用達のような場所で男女ペアがそこらを占めていた。

 

 気付けばもう日も暮れている。夕食にラーメンを食べたのだから当然の時間ではあるが、来る前のような時間の過ぎ方ではなかった。楽しいから時間が早く過ぎるというよりも、いつもと同じことをしていたから早く過ぎてしまったような、いつものルーティーンをこなしただけのような、そんな何も生み出さない無為な時間。

 

 俺はロフトへ通じる長い階段の踊り場に立っていた。三浦は少し後ろで1段目の階段に座っている。とてつもない数の人間が視界の奥で流れ、少し手前には階段に座るカップルが点在する。俺も三浦とカップルのはずだが、今は距離があるためそう見られないだろう。独りで階段に座る女と、独りで踊り場に立つ男。俺なんかは風貌も相まっておかしなやつに思われるかもな。不自然な立ち位置であり、俺の背後の階段に座るやつからすれば嫌でも視界に入るオブジェクト。邪魔な、という形容動詞が付くのも補足しておく。

 

 

「こっち座んないの?」

 

 

 三浦がそう問いかける。俺は三浦の方へ振り向こうとしたが、中途半端な位置で顔を向けるのをやめた。眼球を動かせば見ることが出来るが、直視することはせずんん、とどっちともとれる音を出すだけだった。

 

 

「……しゃーないなあ」

 

 

 不意に俺の腕が熱を帯びる。確認せずとも三浦が腕を組んだのだとわかった。というか逆にこの状況でそうじゃなかったら異常事態だ。

 

 

「折角の旅行なのにどしたし。ホームシック?」

 

 

「んなわけあるか。……と言いたいところだが、今日の俺が変なのは流石に俺でもわかる」

 

 

「ほら、もう帰るよ」

 

 

「え」

 

 

「ホテルね? あーしの目が黒いうちはそんな勿体ないことさせないし」

 

 

 使い時が意味わからんぞ。普段ならそう突っ込んだのだろうが、その時の俺はまた黙り込んでしまったのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 時刻は21時くらいだろうか。風呂に入ったりゴロゴロしてるうちに時間はあっという間に過ぎ、俺はまた独りで部屋に備え付けられている椅子に座っていた。右手には京都の街が広がっており、それを尻目に煙草に火をつけた。三浦は下の売店に行くと言って備え付けの浴衣のまま部屋を出た。俺も俺で浴衣を身に纏いながら、紫煙を燻らせる。

 

 意味もなくセンチメンタルな気分になり、しかしブルーにもなりたくないので口を開かずに煙を出す。鼻から漏れでる煙はいつものものとは違い、なんというか、臭かった。

 煙草を左手に持ち替え、右手の人差し指を嗅いでみる。それは先程の鼻から出た煙と同じ匂いがし、少し顔を(しか)めて指を離す。急に現実に引き戻された感覚に陥り、そうなるともう煙草の醸す空気には浸れずに火元を灰皿へ押し付けた。白のフィルターの真ん中には汚い黄土色が付着している。それを隠すかのように俺はフィルター自体をちぎって灰皿へ置き直した。先っぽが真っ黒であり、また真ん中の方で折れている煙草は痛々しく、それから目を背けて窓の外へ目をやった。

 

 

「ただいまー」

 

 

 ガチャリとドアが音を立てる。三浦はビニール袋に缶を4つほど詰めて戻ってきた。

 

 

「何買ったんだ?」

 

 

「ビール2本とカシオレ2本」

 

 

「わけのわからん組み合わせだな」

 

 

「とか言いつつあんたそんなの気にしない方じゃん」

 

 

 言いながら三浦は俺の座る椅子の前の机に袋を置き、対面に三浦も座った。

 

 

「煙草……はカバンか。1本貰うよ」

 

 

 俺の確認も取らずにピースの箱から1本取り出す。

 

 

「うわ、久々のロングピースはやっぱキツイね」

 

 

 三浦は俺と付き合うようになってから銘柄を変えた。曰くパッケージがダサいらしく、ロングピースからピースライトに変えた。前よりも吸いやすいと吸い始めはよく言っており、それからはずっとライトのままである。

 

 本当にそれだけが理由なのか、俺の知るところではないが少しだけ寂しく思ったのは事実だ。

 

 

「ね、今日マジでどうしたの? なんかあった?」

 

 

 灰皿の方を見ながら訊いてくる。俺は俺で三浦と窓の外の間あたりに目をやっていたので、互いに視線の交錯はない。

 

 

「いや、なんだろうな」

 

 

 本当に自分でもわからない。机の上のビニール袋からカシスオレンジを取り出し、プルタブを開けて口をつける。殆ど味のしないアルコールを探すように舌で転がし、温度が体温によって上がってくる前に喉へ流し込む。

 

 

「…………」

 

 

「ここはなんでもいいから適当に例えでも出すとこじゃないの? 本当にヒキオっぽくないし」

 

 

「語弊を恐れずに言うとだな。いやこれもただの推測に過ぎないんだが」

 

 

「言ってみ」

 

 

 三浦もカシスオレンジを開け、1度に結構な量を飲む。つられて俺もまた口をつけ、再び口を開く。

 

 

「マンネリってか……、俺らってちゃんと彼氏彼女出来てんのかなというか、そんな感じか?」

 

 

「……ならキスでもしてみる?」

 

 

 手に持っていた缶を机に置き、俺の目を見据える。三浦の顔がほんのり赤いのは先程酒を煽ったからか、それとも。

 急な申し出に俺は目を見開き、同じように持っていた缶を置く。紅潮した頬に見える少しの恥じらいは窓の外の町並みも相まって扇情的に映り、目を細めて机の上あたりに顔を移動させていく。三浦は俺が何をするのか察したようで、目を瞑って少し唇を突き出す。身を乗り出した俺は机を支えに、三浦と口付けを交わす。

 

 

「んっ……」

 

 

 漏れる吐息に劣情を催し、薄目を開けてみる。長いまつ毛は閉じられたまぶたの先から伸びており、端正な顔立ちはノーメイクでも綺麗だと思わせた。

 少し角度を変えると、三浦は驚いたのか片目を薄く開いた。ぶつかる視線に互いに羞恥心を覚え、三浦も俺も別々の方向へと逸らした。

 

 

「んぅっ、んんっ!」

 

 

 三浦が苦しそうな声を出す。唐突な違和感に意図せず出たのか、今度は両の目を半分ほど開いて俺の顔を睨んだ。

 舌を入れたのはまずかったのだろうか。そんな俺の逡巡は杞憂だったようで、三浦は目を閉じて俺の舌に口内を委ねた。初めてのディープキスで本当にこれであっているのか不安になったが、ここで確認する手段はない。

 

 

 その後も俺は、支えにしていた左腕がつりそうになるまで三浦とキスをしていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 消灯してから30分。おやすみと言ってからも俺は全く寝れずにいた。背中に感じる熱が嫌に意識を覚醒させ、寝る前よりも目が覚めたような感覚を覚える。

 

 

(誰だよダブルベッドにしたやつは。てか背中離れてるくせに温かいとか意味わからん)

 

 

 付き合う前はシングルベッドで寝ても平気だったのに、付き合ってからの方が意識してしまう。三浦の呼吸音が寝息か平時のものかわからないほど俺はテンパっており、同時に全く動けなくなっていた。

 恐らく先程のキスのせいだろう。付き合う前と後で違うことなんて、どれだけ相手を異性として意識しているかにほかならない。

 

 

「……ね、ヒキオ」

 

 

「なっなんだ?! てか起きてたのかよ」

 

 

 予期せぬ三浦の呼び掛けに盛大に狼狽える。こちらを向いているのか背を向けているのか、俺にはそれすらわからなかった。

 

 

「今日って何日?」

 

 

「24……いや25か? 12時回ってるかわからねえけど、少なくともどっちかだ」

 

 

「……今スマホで確認したら11時半だった。だから24、クリスマスイブだね」

 

 

 まだ12時にもなっていなかったのか。考えてみれば確かに歩き通しだったので、疲れてすぐにベッドに入るのは当然ではある。

 

 

「で、それがどうした?」

 

 

「クリスマスプレゼントなんだけどね」

 

 

「あ」

 

 

 やべ。完全に忘れてた。途端に吹き出す冷や汗は俺の背中を湿らせていく。しかしその前に背中の服を引っ張られた。まだ湿ってはないはずだ。多分。

 

 振り返ると、三浦はこちらを向いていた。上目遣いになった三浦の顔はいつもより魅力的に見えた。

 

 

「ヒキオ、あんたもしかして忘れてた?」

 

 

「……すまん。明日何か買いに行くか」

 

 

「ん、まあそれはお願いするとして」

 

 

 ふと目が合う。暗くてはっきりとは分からないが、三浦の顔は少し朱に染まっているような気がした。

 

 

「あーしからのプレゼントなんだけど」

 

 

「おう」

 

 

「……その、えと」

 

 

 歯切れの悪い物言い。三浦にしては珍しいその光景に、俺は口を挟まず言葉を待った。

 

 

「……“性の6時間”って知ってる?」

 

 

「あ? あー、確か今がそうなんだっけか」

 

 

 別名ヤリマクリスマス。12月24日の午後9時から翌日25日の午前3時までのことを指し、その名の通りカップルはこの時間にヤることが多いことからそう言われる。

 

 

「……え、いやそうだよな?」

 

 

 ん? あれ? この流れ……え?

 

 

「確か、ね。あーしも友達に聞いただけだからあんま詳しく知らないけどさ……」

 

 

 ぎこちない間がこの場の空気を支配する。生唾が溜まり、バレないように飲み込んだ。

 

 

「プレゼントにさ……、その……」

 

 

 ここまで来ればどれだけ鈍感なやつでもわかる。まして他人の気持ちに敏感な俺のことだ、わからないはずもないだろう。

 

 

 ここで俺のPCの中にいるモテ男共なら何と言った? このまま三浦に言わせるのか? そんな女任せで無責任なこと、あいつらはさせたか?

 

 

「三浦」

 

 

 気付けば俺の口からは三浦の名前が出ていた。まさか止められるとは思っていなかったのか、三浦はわかりやすく狼狽していた。

 

 

「クリスマスプレゼント、俺からねだっていいか?」

 

 

「え……、……うん」

 

 

 三浦の顔色から落胆が文字通り目に見える。そんな安易な答え合わせをし、俺は。

 

 

「今から午前3時まで、お前を好きに出来る権利をくれ」

 

 

「……それって」

 

 

「良いな?」

 

 

「……ふふっ、ヒキオのくせに」

 

 

 寝かしていた体を起こすと、三浦も同じようにベッドの上に座った。お姉さん座りで、俺は膝をついた中腰のような体勢である。

 

 

 

 

 ──その後は誰でも予想がつくだろう。どちらからともなく、俺達は口付けを交わして聖夜に紛れていった。

 

 

 

 

 

 






先日男性でヒールを履いてる人を見かけました。確かに身長はなるべく高く見せたいですし、実際その気持ちもわかります。
でもそしたら今度は女性がもっと高いヒールを履くのでは?と思ったんですよね。男高すぎィ!ヒール履かな届かへん!的な。
そしたらもう後は大変なことが起こりますよね。

そうです、ハイヒールインフレです。

このことから実は天狗は未来人説を推します。クールジャパンと現代のファッションを踏襲した未来文化の可能性、なきにしもあらずじゃないですか?(すっとぼけ)


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After 4月

 桜並木が花見の人だかりで埋め尽くされる頃。4月1日、俺は花見など目もくれず家でダラダラしていた。机を挟んで正面にはいつものように三浦がおり、机に突っ伏していた。要は2人とも春の陽気にやられている真っ最中というわけである。

 

 そんな緩い空気の中、不意に鳴り出したスマホを俺は何気なく取った。発信者は雪ノ下だった。珍しいこともあるもんだ。

 

 

「もしもし」

 

 

『冬眠明けにしては早い反応ね』

 

 

「カエル扱いは変わってねえのな」

 

 

 電話越しでもいつもの雪ノ下で、罵倒にも関わらず俺はどことなく安らぎを感じていた。

 

 

「ねえヒキオ、それ誰?」

 

 

 机に上半身を預けながら訊いてくる。雪ノ下と答えると面倒臭くなりそうな予感はしたが、誤魔化すとさらに面倒なことになりそうだったのですぐに答えた。

 

 

「雪ノ下」

 

 

「……ふーん」

 

 

 ジト目を向ける三浦。俺はそれを受け流しつつ、本題を訊ねる。

 

 

「で、お前は何もないのに電話かけてくるわけねえよな。何があった?」

 

 

『……それは信頼と受け取っていいのかしらね。皮肉も半分くらいは含まれてそうだけど』

 

 

「好きに受け取って構わん。それで?」

 

 

『言っても笑わないでくれる?』

 

 

 雪ノ下らしからぬ念押しに、俺は少し怪訝に感じつつも了承する。こんなことを言うタイプではなかったはずで、どこか違和感を覚えながらも先を促した。

 

 

 

 

 

『実は由比ヶ浜さんのことが好きなの』

 

 

 

 

 

「…………へ?」

 

 

『何度も言わせないでちょうだい。……私は由比ヶ浜さんに好意を抱いている。それも恋愛感情のね』

 

 

 …………んん? 確かに高校時代は幾度となくこいつら百合じゃね? 俺がいること忘れてね? となったことはあった。しかしそれは友人同士のコミュニケーションの延長であり、間違っても同性愛のそれには見えなかった。

 

 

「……ああ、エイプリルフールか」

 

 

『違うわ。……確かに今日相談すると嘘みたいに聞こえてしまうのは納得できるけど、これでも私本気なのよ』

 

 

 え、マジで? というか半年くらい前までは一応俺のことが好きだったんじゃないのか? 俺がダメだったから由比ヶ浜に、なんてことが本当に有り得るのか?

 

 

『多分今あなたは半年前までは俺に好意を抱いていたのに、そんなことが有り得るのかと考えているのでしょうね』

 

 

「エスパーかよ」

 

 

『長い付き合いだもの。それくらいはわかるわ』

 

 

 何気ない雪ノ下の言葉。場違いとは思えど、少し心に温度が宿った。

 

 

『ちょうどあなたに振られた頃かしら。というかその後ね。由比ヶ浜さんとやけ酒みたいなことをしたのよ。勿論家で』

 

 

 俺にはそれがどんな感じだったのか予想もつかないが、そこを問いただすのも違うと思い口を開かず続きを待った。

 

 

『それで、その……。いわゆる情事を致してしまったのよね』

 

 

「ええ……」

 

 

『翌日私達はそれを無かったことにした』

 

 

 だろうな。というかそんなこと知りたくなかったなあ……。なんか親の情事を想像してしまった気分だ。ほんの少し興奮してしまったのは置いといて。

 

 

『でも忘れようとしても忘れなくて。それで告白しようと思うのだけれど、どうかしら』

 

 

 正直なところ、まさか雪ノ下からこんな相談を持ちかけられるとは思っていなかった。それこそこんな状況なら由比ヶ浜に相談するものだとばかり(今回はその(くだん)の由比ヶ浜が当事者なわけだが)思っていたので、もし場違いにも誇らしさなんてものを感じていたとしても、それは不可抗力というものだ。

 

 雪ノ下の声からは嘘が見えない。なので、ここで俺に言えることは。

 

 

「……経験則だが、後悔はしない方がいい。それがやらずにであれやってであれ、そういうシチュエーションのやつは一生付きまとうと思う。もし本当に好きなら、タイミングに任せて告白するのも手かもな。慎重にするだけがその思いを大切に考えているとは……って、なんか臭いな」

 

 

『臭いけど真理よ。ありがとう。じゃあ切るわ』

 

 

 俺の返事も待たずに通話を切る。目敏くそれを悟った三浦はすぐに何の話か訊ねてきた。過敏にも見えるそれの原動力を考えると、頬が緩みそうになる。

 

 

「訊いても驚くなよ?」

 

 

「……何、もしかしてやましいこと的な? 場合によったらシてる最中に噛み千切るからね」

 

 

「雪ノ下から恋愛相談を受けた」

 

 

 そこまで聞いた三浦は目を丸くしたことはしたが、驚いたと言えるほど大きな反応を見せたわけではなかった。

 

 

「なんだ、雪ノ下さんも新しい恋見つけたんじゃん。でも確かに意外。そういうのは結衣にするもんだと思ってたし」

 

 

「そりゃ由比ヶ浜は当事者だからな。したくても出来ないだろ」

 

 

「当事者?」

 

 

 俺の示すことがどういうことか理解できなかったのか、三浦はオウム返しをする。すでに三浦は机から体を起こして普通に座って俺と会話していた。

 

 

「好きな相手に直接相談なんか出来るかってことだ。それはもう相談じゃなくて告白になる」

 

 

「は、はああ?! 嘘でしょ!?」

 

 

「俺もそう思ったんだけどなあ……」

 

 

 さっき聞いた話を三浦に大まかに説明する。聞き終えた三浦は思いっきり眉をひそめていた。

 

 

「まだ半分くらいは信じれてないけど、とりあえずわかったし。ね、これ結衣の方をそれとなく探ったらどうかな」

 

 

「なるほどな。ならそっちの電話は任せた」

 

 

 俺の言葉に三浦は行動で返事し、自信のスマホをスピーカーにして机の上に置いた。無論表示された名前は由比ヶ浜のものである。

 丁度3コールした後、由比ヶ浜は電話に出た。

 

 

『もしもし、優美子?』

 

 

「久しぶり。特に用はないんだけどさ、最近どう?」

 

 

 下手くそか。そう突っ込みたくともスピーカーのため言葉を飲み込む。

 

 

『うん、最近はゆきのんとばっか……、てか優美子スピーカー? 音悪いよ?』

 

 

「今手離せないから。というかやっぱ雪ノ下さんなんだ」

 

 

『本当ならヒッキーも入れて奉仕部で、とかも考えるんだけどそれは優美子に悪いからね。3人は大切なときにとっとこってゆきのんと言ってるんだ。あっ、そういえばゆきのんってマッサージ超得意って知ってた?』

 

 

 マッサージ? そんな話は聞いたことがないし、勿論されたこともなかった。俺と三浦は互いに顔を見合わせ、首をかしげた。

 

 

『いやさー、前に土砂降りあったじゃん? あの時雨宿りでラブホ入ったんだけど、ゆきのんめっちゃ上手いの!』

 

 

「うぐぅ!!」

 

 

「……それで? 何されたの?」

 

 

 机の下から金的をやられ、その場でうずくまる。三浦の蔑んだ視線は雪ノ下を彷彿とさせるような眼力で、通話の状態がスピーカーと言うこともありその場で文句は言えなかった。

 

 

『……あんまり人に言わないでね?』

 

 

 ゴクリ、と喉を鳴らす。話の流れからして本当に俺も聞いて良いのかと考えたが、俺が行動に移る前に由比ヶ浜は口を開いていた。

 

 

 

 

 

『そういうとこ触られてないのに、なんかすっごい気持ち良くなっちゃった』

 

 

 

 

 

「ごめん、急用出来たから切るし。じゃ」

 

 

 スマホに表示された受話器のマークを押し、由比ヶ浜との通話を切る。三浦はまた怒っているのかと思えば、予想に反してどこか焦っているようにも感じた。

 

 

「……」

 

 

 prrrr。

 

 

『もしもし? 私12時から由比ヶ浜さんと遊ぶ予定があるのだけれど』

 

 

「行動がはええな。会う前にちょっとだけ……つっても今11時過ぎだからギリギリになるか。どこで待ち合わせだ?」

 

 

『あなたの家の最寄り駅』

 

 

「好都合だ。面と向かって確認しときたいから会いたいんだが、どうだ?」

 

 

『なら11時半に駅前ね。柱のところでいいかしら?』

 

 

「それで頼む」

 

 

 通話を切り、三浦へ目をやる。予想通り三浦はふーんとでも言いたげな顔をしていた。

 

 

「それあーしもついて行っていいんだよね」

 

 

「ここで行かせないつってもどうせ来るだろ」

 

 

「あーしのことよくわかってるし」

 

 

 俺と三浦は殆ど同時に立ち上がり、雪ノ下の言った場所へと向かった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「あら、三浦さんも一緒なのね」

 

 

 指定されたところへ向かうと、雪ノ下はすでに待っていた。ともすれば服に着られてしまいそうな白のワンピースをしっかりと着こなすあたり、見てくれだけは本当にレベルの高いやつなんだと再認識する。口を開けば罵倒や皮肉と見た目に対してのアンバランスさが一層人を寄せ付けない雰囲気を醸しているのかもしれない。

 口を開かずとも人を寄せ付けない三浦とは似て非なる存在だな。もっとも三浦の場合はそれが逆に作用する場合もあり、クラスでのカーストなんてまさにそれの最たる例だろう。

 

 

「単刀直入に訊くが、本気なのか? 正直今も信じきれていないんだが」

 

 

「……こんなことをでっち上げると思う?」

 

 

「……それもそうか」

 

 

 たったそれだけしか言葉を交わさなかった。しかしこれ以上訊くことはないなという確信があり、雪ノ下は服屋に行くからと言ってこの場を離れた。

 

 

「で、どうする? やっぱつけるよな?」

 

 

「当然だし」

 

 

 俺と三浦は躊躇うこともなく雪ノ下の後を追う。

 

 

 雪ノ下が最初に入ったのはブティックだった。小さな店舗のそこには控えめに並べられた服が置いてあり、商品だらけでごちゃごちゃしているというよりも、店の雰囲気のために商品数を減らしているようだった。

 後に続いてこっそりとその店へ入る。狭さゆえに正面から見たら確実にバレてしまいそうなので、雪ノ下とは反対の方向の商品を手に取りつつ横目で確認をする。

 

 

「雪ノ下さんってあんなピンクの服とか持ってんの? なんかイメージと違うし」

 

 

 見ると雪ノ下は確かにいつも着ているような服とは経路が異なったデザインのものを手に取っており、心なしか大きさも普段のものより大きいような気がする。

 

 

「……確認するまでもなく由比ヶ浜への贈り物なんだろうな。もしくはここに2人で来る時用の下見か」

 

 

 なるほど、と三浦が反応するや否や雪ノ下はここを出て行った。俺達は一定の距離を保ちながら後を追い、障害物に身を隠しながら様子を見ていた。時刻は11時42分。約束まで後20分弱なので、そろそろ由比ヶ浜との約束場所へ向かったのかと思えば、またしても女性用の店に入って行った。

 しかし先ほどとは違い、俺はその店に入ることを激しく躊躇していた。

 

 

「ちょっとヒキオ、早く入るし」

 

 

「いやでも、だってなあ……」

 

 

 端的に言うとそこはランジェリーショップである。先ほどのブティックとは異なり割と広めの店舗であり尾行には適しているが、いくら彼女同伴とはいえこんなところにずかずかと入れるほど俺の神経は太くなかった。てかここにガンガン入れるやつがいたらそれはそれで問題だろう。これが葉山だったとしても躊躇ったはずだ。やりかねなさそうなのは戸部だな。別にやったからといって評価が下がることはなさそうだが。

 業を煮やしたのか、三浦は俺の背中をぐいぐいと押してきた。俺は俺で抵抗すること自体にも抵抗があったので、恐らく三浦が思っているよりもスムーズに入ったことだろう。

 件の雪ノ下はやはりピンクのものを物色しており、そのサイズは雪ノ下には到底及ばない大きさのもノばかりだ。

 

 

(もしかしてあれプレゼントする気なのか……?)

 

 

 当然だが口には出さない。本気で引いてしまうレベルかつ三浦自身今はあまり興味がなさそうだったからだ。

 当の三浦は自分のものを見たかったのか、雪ノ下そっちのけで自分も探していた。

 

 

「どういうのが好き?」

 

 

 突然の三浦の問い。何に対しての質問なのかわからず、何がとだけぞんざいに返した。

 

 

「いや、だから下着」

 

 

「お前は何を聞いてるんだよ……」

 

 

 たまたま近くを通った店員さんが微笑ましそうに笑う。俺はたまらなく恥ずかしくなり、殆ど確認もせずに手に取った一式のものを見せた。

 

 

「ほら、こういう感じのやつ」

 

 

「…………ごめん、流石にそれはあーしが……」

 

 

 珍しく歯切れの悪い三浦の台詞に意外感を覚え、見せたブツを確認する。

 

 

 一言で言えばベージュのババ臭い下着。それから連想する年代は誰に聞いても40代以降を答えるだろう。間違えても花の女子大生が身に付けるようなものではない。

 

 

「そんなガチっぽく謝るな。こっちが悪いんだし。ちゃんと選ぶから待ってろ」

 

 

 恥や外聞などそっちのけ。俺はここが女性用専門店だということも忘れ、商品を物色しだした。

 サイズはある程度覚えているため、それ似合うサイズのものを見る。大きいサイズはあまり種類が無く良いデザインのものも少ないと聞くが、なるほど確かにどれも似たような見た目で変化に乏しい。この白いのなんか装飾が殆ど無く、まさにシンプルという言葉を体現しているかのようだった。

 

 

「ん……」

 

 

 いくつか見ている中で、1つ気になるものを見つけた。色は白がベースのオーソドックスなものだが、上も下も極端に面積が狭い。さらに驚くべきところは、どちらも局部のところに切れ込みが入っているということだ。縦に入った穴はともすれば容易に秘部を晒し、その見た目だけで興奮を覚えるのは仕方の無いことだった。

 

 

「あ、それ? ……って、ヒキオエロっ。てかよくそんなの見つけたし」

 

 

 三浦は俺の視線が向いているそれを手に取り、まじまじと眺めだした。見ている最中うわあやヤバイなど好意的な印象を持たないような独り言を呟いていたが、1人で小さく頷くとそれをレジへと持っていった。会計を済ませると、また俺のもとへ戻ってくる。

 

 

「なんで買ってんだよ。それがいいとか言ってねえだろ」

 

 

「目が言ってたし」

 

 

「なんか音だけだとヤバイやつみたいじゃねえか……」

 

 

 飽くまで平静を保つ三浦。その裏にどんな感情があるかは読み取れなかったが、少なくとも不満があるようには見えなかった。いつかそれを身に付けて行為をする時に思いを馳せ、振り払うように雪ノ下を探す。

 

 

「あれ、あいつどこ行った」

 

 

「ん? 雪ノ下さんならあそこ……え、いないじゃん」

 

 

 腕時計で時間が11時50分であることを確認し、俺と三浦は急いで駅へ走る。

 ふと我に返り、別にあいつらを追っても意味ないんじゃないか? と考える。恋愛なんざ当人の勝手であり、LGBTを咎めるような資格は俺にはない。むしろこの世の誰にもあるとは思えない。ならなぜ俺はあいつを、あいつらを追いかけている? 走りながら答えのない問答を繰り返し、駅へと辿り着く。何気なく三浦を見るが、三浦には俺のような迷いは見えない。俺だけが感じる疑問に、その正体の影を見ながら雪ノ下を見つけた。

 雪ノ下はこれといった紙袋を持っておらず、店では何も買わなかったのだと理解する。つまりは下見か。15m程離れた柱から雪ノ下を覗くが、別にこれといった違いはない。表情までは判別できないが、目の良い三浦から何も言葉がでないところを見るに面持ちも冷静なままなのだろう。

 

 

「ゆきのん!」

 

 

 それから数分、現れた由比ヶ浜は雪ノ下のもとへと駆けて行き、抱きついた。

 

 

 ……抱きついた?

 

 

「え、ええ?! 結衣!?」

 

 

「ガチじゃねえか……」

 

 

 え、こいつら両想いだったの? 同性愛で勝ち戦を勝ち取るとか雪ノ下やばくね? これ下手したら某スクールアイドルのI love you事件より事件だぞ?

 

 

 昼間にも関わらずこの駅はあまり賑わっていないので人目は少ないが、誰に聞いても熱い包容だと形容できる2人の抱き締め合いは本当に恋人同士のようで、俺と三浦は完全に瞠目していた。

 少しして、2人は離れた。距離を取った雪ノ下と由比ヶ浜の間には大きな紙がたなびいており、この距離の俺にも読める大きな字で『ドッキリ大成功!』と書かれていた。その瞬間駅の大きな時計が12時を知らせるために音楽を奏で始める。

 

 

「え、え。ドッキリ? どういうこと?」

 

 

「エイプリルフールだよ……、たく、あれも嘘かよ」

 

 

 とりあえず三浦の手を引き2人のもとへ歩く。会話できる距離になると、由比ヶ浜の嬉しそうな顔とやれやれ顔の雪ノ下が口を開いた。

 

 

「ねえねえヒッキー、どう? あたし演技上手かったでしょ?」

 

 

「嘘を吐いていいのは正午まで。時間でバレるかと思ったのだけれど、杞憂だったようね。というかこんな嘘に騙されるってどういうことなのよ、比企谷君」

 

 

「いや、まあ……」

 

 

 高校生の頃にあれだけ百合百合してたらな、という言葉は寸前で飲み込んだ。事実であれ揶揄であれ、間違いなく雪ノ下が面倒なことになるのは明白なので言わないに越したことはない。

 

 

「比企谷君。あなた今とんでもないことを考えたでしょ」

 

 

 怖い怖い。なんでお前はそう読心能力を持ってるんだよ。ちなみに平塚先生もこれを持っているな。読心ならぬ独身能力……、おっと背筋が凍ったぞ? これはあれか、あの人に対する恐怖が染み付いているのか、あるいは距離を無視して威圧したのか。この思考を続けるのは危険だな。呪われたらかなわん。

 

 

「というかあなたたち、尾行が杜撰すぎるわ。……まったく、なんで私があなたたちのデートを手伝わなきゃいけないのかしら」

 

 

 バレてたのかよ。それ込みでの物色だったって訳か。つくづく雪ノ下は能力オバケだな。

 

 

「……で? つまり結衣と雪ノ下さんはあーしらを騙したってことで良いわけ?」

 

 

「穏やかじゃない表現だな……」

 

 

「いやいや、別に怒ってる訳じゃないし。ただこのことは来年まで覚えておきなよって話」

 

 

 いつもと変わらない、しかしどこか凄みのある脅迫に雪ノ下と由比ヶ浜は笑いを浮かべ(由比ヶ浜だけは額に軽い汗をにじませていたが)、俺はポケットから煙草を取り出した。

 

 

 一服しながら見る3人は、一切の軋轢を感じさせない微笑ましい光景に見えた。

 

 

 

 

「ちょっとヒキオ、何1人で落ち着いてるし。あんたも覚えときなよ」

 

 

「俺何もしてねえじゃねえか」

 

 

「……覚えとかないとあのブラとパンツ履いてあげないし」

 

 

「いやそれは違えだろ。それは許さんぞ」

 

 

「「ちょっと」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イライラママってイラマ〇〇を噛みまくったみたいな言葉ですよね。



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After 5月 前編

お久しぶりです。この話は恐らく2話完結。もしかしたら3話行くかな? って感じです。




「ゔゔ〜……、就活まじウザイ……」

 

 

「気持ちはわかる」

 

 

 夜中の12時。今月に入ってまだ10日だと言うのにすでに4回目の宅飲みで、今日も今日とて同じことを唸る。

 

 三浦の着替えはもう一式が3つほどうちに常備されており、当たり前だが付き合う前に比べて泊まっていく頻度が格段に増えた。あとはまあ、付き合ってる男女がすることつったらな? 具体的には言わんが。

 

 

「終電無くなるぞ」

 

 

「は? もしかして泊めないつもりだったの?」

 

 

「一応言っとかねえとお前怒るだろ」

 

 

「バイト先もこっから近いし寝心地も良いし、ここ良いんだよね〜。もうここに住みたい気分」

 

 

 ぐでーっと体を机に投げ出し、伸ばした腕が飲み干された缶ビールに当たって倒れる。正面に座っていたため床に落ちる前に俺がそれを置き直す。

 ……今日の三浦は一段と酔ってるな。それだけ就活のストレスが大きいのだろう。

 

 

「あ」

 

 

「なんだよ」

 

 

 突然三浦が声を漏らす。酔っ払い特有の突拍子もない発声だろうか。

 

 

「あーしここに住めば良くない? 家賃とか光熱費とか家事も半分になるし。やばっ、あーし天才じゃね?」

 

 

「プラグマティックな考え方だな」

 

 

 同棲しようという提案。こいつは本当に後先を考えて言っているのか、こういう時不安になる。

 

 

「大体家具とかどうするつもりだよ」

 

 

「まあその辺は適当に? つっても二人暮らしだと流石に狭いか、ここじゃ」

 

 

 元々一人暮らし用の部屋なのだ。現に今も泊めたりはするが、もう一人分の家具が入るかと言われたら首を捻らざるを得ない。

 

 

「本当に二人で暮らすんだったら、もう少し大きいところに引越しするべきだな」

 

 

「お、もしかしてヒキオも乗り気な感じ? 良いよ良いよ、あーしもヒキオと四六時中一緒にいたいし」

 

 

「酔いすぎだ」

 

 

「ヒキオもあーしと一緒にいたいっしょ? 結婚したいくらい好きっしょ? ちなみにあーしはそんくらい好きだし」

 

 

 …………。酔うと思ったことはベラベラ言ってしまうが、それにしてもこいつは恥ずかしいことを言う。俺はあまり酔っていないため、三浦ほど開けっ広げに言葉を紡ぐことが出来ない。いや、流石にベロベロに酔ってない限りはあんなこと言えないか。

 

 

「まあ、なんだ。あれだよあれ。99本の薔薇的な、そんな感じだ」

 

 

「いやいや、99本も薔薇あったら流石に匂いやばいし」

 

 

「そういうことを言ってるんじゃなくてだな」

 

 

「そうだ、ならお試しで1週間ここに住んでみるのはどう? やばっ、あーしこれ今世紀最大の思いつきじゃね?」

 

 

 薔薇のこと、というか俺の好きの大きさなんて何処吹く風。三浦はまた新たに変なことを思いつく。

 

 

「良いじゃんこれなら家具とか関係ないし。ヒキオはどう? 嫌?」

 

 

「1週間なら、まあ」

 

 

「おっけ。なら今日からスタートね! てことであーし風呂入ってくる」

 

 

 急に立ち上がってタンスを開ける。中には三浦の着替え一式が入っており、それを持って脱衣所へと歩いていく。

 

 にしても、同棲の真似事か。正直なところ上手くいく確率は40%くらいじゃないだろうか。俺は基本1人の時間を邪魔されたくなく、三浦もそこは知っているはずだが一緒に住みたい理由はただ一緒にいたいからだ。過ぎたるは猶及ばざるが如しとは言うが、まさにこの言葉が当てはまるような気がする。

 

 やることがないので煙草を手に取る。そう言えばまた値段上がるんだよな。そんなことするくらいなら累進課税の度合いを引き上げるなりなんなりしてくれ。庶民に必需品の値上げは大打撃になるんだよ、マジで。

 火をつけて初めの不味い煙を口内で留め一気に吐き出す。その後の丁寧に吸った煙を肺へ溜め、ゆっくりと吹く。この時間も邪魔されたくないものの1つだな。浸れる時間はあるに越したことがない。落ち着いた時間が何よりの娯楽だ。

 

 

「ヒキオー!! バスタオル無くないー?」

 

 

 ……と、早速邪魔が入る。まだそれほど時間は経っていないので風呂に入る前だろうが、服くらいは脱いでいそうだ。

 

 

「後で持ってく」

 

 

 声を張り上げずに、しかし聞こえるギリギリのラインで答えた。多分干しっぱなしになっているのだろう

 

 

「ヒキオも一緒に入るー?」

 

 

「入らねえよ!」

 

 

 ……これは前途多難なのか? 吸っていないのに短くなる煙草を少し勿体なく感じながら、灰皿の上に置いてベランダへと向かった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 翌朝、俺は肉の焼ける音によって起こされた。スマホの時計を確認すると時刻は8時。起きるには丁度良い時間だ。

 

 回らない頭でロフトを降りると、音の正体は三浦の作るベーコンエッグからだった。

 

 

「おはよ、ヒキオ。はよ顔洗ってくるし。あと歯磨き」

 

 

 まるで母親のようなことを言う三浦に、言われるがまま洗面所へ向かう。いつも通り冷水で顔を洗い、ピンクの隣にある俺の歯ブラシを使い歯を磨く。その最中に肉の焼ける音は止まり、微かにだがコトっという皿をテーブルの上に置く音が聞こえる。昨日は同棲の嫌な面を早々に見せられたが、共同生活にはこういう面もあるのか。そう考えると同棲も悪くなさそうだ。

 

 

「歯は磨けた?」

 

 

「同棲を意識してんのか知らんけどオカン属性が増したな」

 

 

「意味わからないこと言ってないで早く食べるし」

 

 

 皿の上に盛り付けられたのはベーコンエッグと千切りのキャベツ。味噌汁はインスタントだろうが(というかうちにはそれしかない)、それでもお手本のような朝ご飯が並んでいた。

 

 

「二日酔いは大丈夫なのか?」

 

 

「事前に薬飲んでたから余裕だし。まあコンビニのだけど」

 

 

 三浦にしては用意周到なことだ。感心しながら、手を合わせる。

 

 

「「いただきます」」

 

 

 食前の挨拶を済ませてから、朝ご飯を食べ始める。こんなにしっかりした朝ご飯は三浦が来る時くらいで、自然とご飯が進む。窓から見える空は心地の良い快晴で、それも相まって清々しい気分になる。正面には付き合ってる彼女もおり、これはまるでリア充のような朝だ。チュンチュン鳴いてる小鳥も俺を祝福してくれているかのようである。

 

 

「どしたしヒキオ。なんか顔がキモい」

 

 

「……自分の彼氏に向かってキモいとか言えるのは少数派だろうな」

 

 

 しかも顔をピンポイントで指すやつな。

 

 

「彼氏相手に我慢ばっかするカップルなんかすぐ別れるし」

 

 

 ……まあ、それは否定しない。というより否定出来ないか。正確には我慢ではなく遠慮だったが。

 

 

 

 

 

「あーし今日は昼から面接だけど、ヒキオは?」

 

 

「俺は特に何もない。夜何か食べたいもんあるか?」

 

 

「ボルシチ」

 

 

 ボルシチって確かロシアだよな? 賢くて可愛い生徒会長が作ってた気がする。あ、いろはすじゃなくてスクールアイドルの方ね。というか一色は別に賢くない。ほらそこ、スクールアイドルの方も賢くないとか言わない。

 

 

「わかった」

 

 

「……なんかこういう会話良くない? ちょっとカレカノっぽいし」

 

 

 元から彼氏彼女だろう、などと無粋なツッコミはせずに、だが恥ずかしくなって視線を逸らした。

 

 

「ほんじゃ、家帰ってスーツ着てくるし。次ここ帰ってくるのは夕方くらい?」

 

 

「了解。頑張ってこいよ」

 

 

「言われなくとも受かってくるし」

 

 

 そう言ってVサインを作る三浦。自信の満ち溢れる表情からは、とても失敗する姿なんて見えてこなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「ただいまー。ヒキオ、ボルシチ出来てる?」

 

 

「おかえり。豆見つからなかったからペリメニにした」

 

 

 午後6時。ご飯の時間には丁度良い頃合いに帰ってこれたな、と香ってくる匂いも相まってそう感じる。

 

 

「ペリメニってあれ? ロシアの餃子亜種みたいな?」

 

 

「おう」

 

 

 正直今朝のボルシチは適当に言ったけど、これはヒキオなりの頑張りっぽいよね。ロシア繋がりだし。

 

 

「スーツで来たってことは直帰か」

 

 

「まあこれから一々家に取りに帰んのも面倒臭いしね」

 

 

 ヒキオは私との会話の傍ら皿によそって夕飯の準備をしてくれている。私は私でスーツを脱ぎ適当なハンガーに引っ掛け、吊るした後はここに置いてある服を適当に着ていった。

 

 

「ほれ」

 

 

 机の上には餃子にしては小さく、そして餃子にしては水っぽい丸いのがお皿に並んでいた。水餃子というには水分が足りないが、それに近いものを感じる。

 もう1つ、ミネストローネが並べられていた。どれもヒキオの家では食べたことのないもので、私が少し驚いていると。

 

 

「まあ文句ならクックパッド先生にな」

 

 

 と、すぐに私の考えてることを読み取って先手を取る。いかにもヒキオらしい行動の一つだ。

 

 

「じゃあ食べるか」

 

 

「うん。いただきます」

 

 

「いただきます」

 

 

 もう一人暮らしも長いからか、ヒキオの料理は普通に美味しい。時たま同じく一人暮らしをしている私よりも美味しいものを作るがあり、女として負けた気分になる。今日のこれもその例に漏れず、思わず口をついて美味しいと言ってしまうレベルだ。ただ、言ったとしてもヒキオは。

 

 

「それは何より」

 

 

 などと軽く流してしまう。その当たり前といった態度が余計に敗北感を際立たせるのに。そんなことを思ってしまう時点で敗北なんだろうけどね。

 

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

 

「ん。お粗末様」

 

 

 私はヒキオの皿を私のものと重ね、そのままシンクへ持っていく。ついでなのでそのまま洗い出すと、ヒキオはすまんと声をかけてからタンスをごそごそと弄り出した。背を向けているため何をしているのかはわからないが、まあ普通にお風呂に入るためにパンツとかシャツを引っ張り出しているのだろう。

 

 

「今日は先風呂もらうわ。まあつってもシャワーだけど。三浦は湯船浸かるか?」

 

 

「あー、ならお願いしようかな」

 

 

「はいよ」

 

 

 シャワーついでにお風呂も洗ってくれるらしい。なんというか、こういうワークシェアリング? って凄い良い感じだね。お互い効率的なのを意識するタイプだし、やっぱ私達って相性良いのかも。

 

 

 ま、ヒキオに言ったら間違いなくあしらわれそうだけど。

 

 

 

 

 

 12時半。そろそろ眠くなってきたので私はいつものようにベッドへ向かう。ヒキオはこれまたいつも通りと言わんばかりにロフトへと歩き出す。

 

 そう言えば、この問題残したまんまだったな。

 

 

「ヒキオー?」

 

 

「なんだ?」

 

 

 階段に手をかけたところで振り返る。眠そうな顔はいつもよりも子どもっぽい。

 

 

「あーしら一緒に寝ない?」

 

 

「……悪い、今日は眠くてな。昼間変に散歩なんかするんじゃなかった」

 

 

「違うしバカ! そっちじゃなくて普通に!」

 

 

「ん、ああ成る程。すまん、寝惚けてた」

 

 

 目を擦りながら謝罪するヒキオ。別に嘘だと思っていたわけじゃないけど、思ったよりも眠そう。

 

 

「その眠気ってさ、もしかしたら昨日布団で寝たってのもあるんじゃない?」

 

 

「まあ否定は出来ないわな」

 

 

「シングルに2人は狭いかもだけどさ、それでもやっぱいつも寝てるとこで寝るべきじゃない?」

 

 

「……正直今更感が凄い」

 

 

「だ、だって今までは同棲とか考えてなかったし!」

 

 

 それに2日連続泊まることも殆どなかった。だからこれは良い機会だと、無理にでも自分を納得させる。

 

 

「……あれか、本当は一緒に寝たい的な」

 

 

「は?! いやヒキオ、いくら寝惚けてるからってそれは言うもんじゃないし」

 

 

「思ってないのか?」

 

 

「……いや、まあ思ってるけど」

 

 

「じゃあ今日は俺もベッドで寝る。ほら行くぞ。眠過ぎて寝そうだ」

 

 

「ぷっ、それそのまんまだし」

 

 

 フラフラのヒキオを支えるようにして、私達はベッドの置いてある部屋へと歩く。ベッドに着くなり倒れ込んだヒキオをしっかりと壁際の奥へ押し込み、空いた手前の方へと私も潜り込む。

 

 

 やっぱり暖かい。最後に投げ出されていたヒキオの右腕を、私の背中、つまり私を抱き締めるような形へ持ってきてから、私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 





実は今八陽を更新していますので、読んだるで!って方はよろしければそちらも読んでみてやってくださいm(_ _)m

春の光は呪いの鎖になる
https://syosetu.org/novel/160907/



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After 5月 後編

 擬似同棲生活4日目。今日は俺も三浦も休みだ。とりたてて何もすることがなく、こうやって昼の今になってもぐだぐだと過ごしている。時間はもう1時半だ。

 

 三浦は居間でだらしなく寝転がっている。Tシャツが捲れて背中が半分ほど見えている。

 

 

「服捲れてんぞ」

 

 

「んー」

 

 

 寝転がったまま服を直す。……恥じらいは全くない。言った俺も興奮は覚えなかったんだが。

 

 

 折角の重なった休日に何もしない。擬似同棲生活という点から見るとこういうのも勉強のうちなのかもしれないが、

 

 

 なんて言ったかな、こういうの。

 

 

「……ああ、マンネリか」

 

 

「ちょ、ヒキオ今何て言った? あーしに飽きたってこと?」

 

 

「落ち着け」

 

 

 ガバッと起き上がって俺を睨みつける。そんなつもりないけど捨てられる時の目じゃないぞそれ。まずは三浦を安心させる言葉だ。話はそこからである。

 

 

「ヤれって言われたらヤれる」

 

 

「去勢」

 

 

「いや待て待て、そうじゃなくてだな」

 

 

 言葉の選択ミスったっぽいな。

 

 

「……いやまあわかってるし。流石にあーしもヒキオと付き合ってんだから言いたいことはわかるんだけど。あ、風俗とか行くのは無しね」

 

 

「お前としかヤりたいと思わねえよ」

 

 

「……あっそ」

 

 

 三浦はふい、と目を背ける。我ながら臭い発言だと思うが、照れてくれたのなら何よりだ。

 

 

「でもこういうのばっか言っててもいずれ飽きそうだよな」

 

 

「まああーしは嬉しかったけど」

 

 

「……」

 

 

「だんだんあーしもヒキオが恥ずかしがることわかってきたし」

 

 

 何の茶番だよ。口にはしないが。今度は俺が目を背けそうになるが、そこで視線を外してしまえば負けを認めた気分になる。少しの照れ臭さは感じつつも、俺はそのまま続けた。

 

 

「で、だ。どうやったらマンネリって解消出来るんだろうな」

 

 

「とりあえず彼女本人に向かって言うことではないし」

 

 

「……どうしたらいいんだろうなあ」

 

 

 俺に聞けそうな相手なんていない。ネットで検索してみるかとスマホをいじろうとするが、それよりも早く三浦が何か思いついたようだ。

 

 

「あ」

 

 

「どうした」

 

 

「いろはに訊くのは? あの子こういうのめっちゃ詳しいでしょ」

 

 

「……俺はいいけど、いいのか?」

 

 

「なにが……って、なるほど」

 

 

 かつて一度振った身だ。そんな相手のマンネリ相談なんて、受けたくないとは思えど受けたいなんて全く思わないはず。烏滸がましい悩みではあるが、考えなければならない問題だ。

 

 

「まあいいでしょ」

 

 

「お前ホント女王様だな」

 

 

 静止も束の間、プルルという音が聞こえる。メールじゃなくて電話のあたり、本格的に思いやりが欠けているように思えるな。

 

 まあ見ようによっちゃそれも友情なのかもしれないが。気にされるのが一番嫌な可能性だってあるわけで、むしろ一色はそう考えてそうだ。

 ……てか三浦って一色の連絡先知ってんのな。いつの間に仲良くなってたのだろうか。

 

 

『はい?』

 

 

 高い声がスマホから聞こえてくる。俺にも聞こえるようにスピーカーにしているようだ。

 いつものあざとい声色。……こいつの怖いところは女相手でも気を抜かないとこだよな。歴戦の猛者かよ。

 

 

「いろは? 今大丈夫?」

 

 

『大丈夫ですよー。』

 

 

 外にいるのか雑音が混じっている。少し聞き取り辛い。

 

 

「単刀直入に訊くんだけど、マンネリってどうしたらいいの?」

 

 

『先輩とそうなんですか? もしそうならわたしにかかればちょちょいのちょいですよ!』

 

 

「……ちなみに何する気だし」

 

 

『そりゃあ先輩とデー……、ゴホン。カウンセリングとウォーターセラピーを少し』

 

 

「ウォーターセラピー?」

 

 

『別名いろはすセラピーですねー。どうです? 任せてみます?』

 

 

 堪らず俺は吹き出しそうになる。ちょっとだけ想像にて、微かなエロを感じたところで三浦のかかとがすねにヒットする。痛ってえな……! 今のは不可抗力だろうが……!

 

 

「エロい。却下」

 

 

『じゃあダブルデートとか? 初々しいカップルと行くのは当初の気持ちを思い出せて良いって聞きますよ?』

 

 

「結衣と雪ノ下さんカップルしか周りにカップルいないしなあ」

 

 

『え』

 

 

 おいそれエイプリルフールのやつだろ。呼吸するレベルで嘘つくなよ。

 

 

「まあそれは置いといて。なんかない?」

 

 

『……むぅ』

 

 

 あざといあざとい。ちょっとドキッとしちゃっただろ。ていうか彼女の前でドキッとさせんなよそれの方がドキッとするわ。怖いし。

 

 

『露出プレイとかすると良いらしいですよ?』

 

 

「「ぶっ」」

 

 

『えっ、今音二つ聞こえましたよ!? もしかして先輩も聞いてるんですか!?』

 

 

「……まあマンネリで悩んでるのは二人ともだし」

 

 

『や、やだもっと早く言ってくださいよ! せ、先輩〜? ……えと、漏出プレイスのことですからね……?』

 

 

「いやそれもなんかエロいだろ」

 

 

『先輩のばか!!!』

 

 

 理不尽だなおい。

 

 

『もういいです! 先輩方は仲良く露出プレイで青姦でもしておいたらいいんですよ! さよなら!』

 

 

 プッ、と通話が切れる。残された俺と三浦はどちらも口を開かないまま、時間だけが流れる。

 

 ……無音が耳に痛い。もしかして「露出プレイ……、まああーしは別に……ありだけど」とか言うのか? 言うつもりだけど恥ずかしいから黙ってるのか? ちょっと緊張してきたから煙草でも飲んどくか? いや飲むじゃなくて吸うもん──

 

 

「──ヒキオ?」

 

 

「んん!? ああいや、その、あれだな……」

 

 

「……ヒキオは、その。露出プレイしてみたい?」

 

 

 ほぉぉぉらな?!!! 来ると思ったんだよ!!! てか俺なんて答えれば良いんだ!?

 

 

「あーしは嫌だけど」

 

 

「…………」

 

 

「ヒキオが出す方なら止めはしないけど」

 

 

「どこに需要あるんだよそれ」

 

 

 自分が嫌がることは人にさせてはいけない。はっきりわかんだね。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 結局マンネリの話は進展せず、グダグダと時間が進みもう五時だ。そろそろ晩飯のことを考えなければならない時間で、明日のことが憂鬱にもなってくる頃である。

 

 

「ヒキオー」

 

 

「どうした」

 

 

「お好み焼き食べたい」

 

 

 脈絡もなく唐突に言う。こういうの多いんだよな、こいつ。

 

 真面目な話、材料ないんだよな。今日は適当に麻婆豆腐とかにしようと思ってたんだが。

 

 

「豚肉ねえから」

 

 

「じゃあ買いに行くし」

 

 

「……」

 

 

 こいつ俺が料理当番の日に面倒臭そうなもんを頼みやがって……。まあどっちにせよ買い物には行くつもりだったが。

 俺は何も言わず立ち上がり、着替え出す。室内なのでTシャツ1枚だった上服をとりあえず脱ぐ。背中と襟首の間あたりを掴んで、そのまま上裸になった。

 

 それを見ていた三浦は、なぜだか少し顔を赤らめていた。

 

 

「……ヒキオのその脱ぎ方、ちょっとエロいし」

 

 

「あ? ああ、そういや男と女で脱ぎ方違うな」

 

 

 女はシャツの前部分を両手でクロスして持ち上げる。胸が強調される、なんとなくエロい脱ぎ方。たしか花山薫ちゃんもやってたよな。

 

 

「……まあなんでもいいや。はよ着替えて」

 

 

「お前も……ってなんでそんな着替えんの早えの。普通逆だろ」

 

 

「あーし着替えてから言ったしね。お好み焼き」

 

 

 つまり買いに行く気は満々で、もっと言えばお好み焼きは食べる気満々だったわけだ。軽い敗北感に苛まれた俺はそれ以上何も言わず、残りの着替えを急いだ。

 

 

 

 

 

 豚肉やキャベツ、その他色々買った後の帰り道。夕日に照らされる歩道の先には疲れたサラリーマンが歩いていた。哀愁漂う背中からは確かな未来が見えた気がする。

 

 

「俺も来年はああなるのか……」

 

 

「リーマン? でもあーしのためって考えたら働けるっしょ?」

 

 

「雪ノ下さんあたりでも養ってくれねえかな……。玩具にされる代わりにヒモになれるなら真剣に悩むわ」

 

 

「雪ノ下さんはどうせ結衣とよろしくあんあんヤってるし」

 

 

「そっちじゃねえよ。いやそっちもねえよ」

 

 

 はあ、と溜め息をついたタイミングが前のサラリーマンと重なった気がした。本当に、働きたくねえなぁ……。

 

 

「あ、カップル」

 

 

 三浦の視線の先を追うと、丁度サラリーマンの向かい側の歩道を歩いている男女の2人組がいた。仲睦まじそうに手を繋いでいる。少し男の方の足取りがぎこちなく見えたのは、恐らく歩幅を合わせているためだろう。

 

 

「俺らも手繋ぐか?」

 

 

 俺の左手はスーパーの袋で埋まっているが、もう片方はフリーだ。三浦も両手が空いている。

 

 

「良いけど」

 

 

 すっと左手を出す三浦。俺はその手を右手で包み、指を絡めた。常人よりも少し高い三浦の体温が直に伝わってくる。

 

 

「……なんか久々?」

 

 

「かもな。最近はなかったか」

 

 

 きゅっと握り返してくる。思わず頬が緩みそうになった。

 

 

「結局さ」

 

 

 三浦は遠くのカップルを見ながら。

 

 

「同棲してようがしてまいが、あーしらは変わらないんだろうね」

 

 

 どこか懐かしそうな目をする。俺がさっきのサラリーマンに見た哀愁とは異なる、何かを思い起こさせるしんみりさ。俺は同意も否定もせず、三浦の続きを待った。

 

 

「ほら、同棲生活とか言ってる割におっきい違いとかないし。一緒に寝たことくらい?」

 

 

「まあそれを確認出来たってだけでも、意味はあったんじゃねえの」

 

 

 無駄って思えることも思い返せばそうではないことだらけだ。三浦と初めて出会った飲み屋での思考は明らかに無駄を容認するものだったしな。相手が気付いてないなら知らない相手の(てい)でいく。その頃の普通の俺ならそうしていたはずであり、それがなければ今こうして手を繋いで歩いていない。

 

 

「かもね」

 

 

 ふふ、と三浦は笑みをこぼす。もしかすると三浦も同じことを考えていたのかもしれない。確かめるつもりはないが。

 

 

 

 視線の先にいるような初々しいカップルなら、手を繋いでいる時の鼓動が答えになるのだろう。だが生憎今の心拍数は平常そのものだ。

 

 まあ、異性と手を繋いで平常ってのも答えになるだろ。それはマンネリとかじゃなく、もっと別の何か。

 

 

「あーしら、多分マンネリじゃないし」

 

 

「だろうな」

 

 

 握る手の強さは変わらない。きっとこれからもそんな風に付き合っていくのだろう。

 

 

 

 



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Last Last 前編

今日はいい夫婦の日です!



『お姉ちゃんのねぼすけ』

 

 

 リビングに置かれた40インチのテレビから、そんなセリフが聞こえてくる。その声は甘く柔らかくふわふわで、少なくとも言葉の羅列だけでは表せないほどの可愛さだ。

 そしてこのお姉ちゃんの声が割とというかかなり一色と似ているが、今はそんなこと関係ない。

 

 

「はぁ〜〜〜チノちゃん可愛い〜〜〜!!!」

 

 

 俺はソファで身悶えしながら、そう叫んだ。絶叫だ絶叫。だって考えてもみろ、今まで『ココアさん』だったのが本人が寝てる前では『お姉ちゃん』だぞ?! 素直になれないけど本当はお姉ちゃんって思ってるとかそれなんていう神妹!!!!! 略してかみいも!!!!!

 

 

 一色もといココアがうんたらかんたらやって、一期最後のエンディングテーマが流れ出す。ぽっぴんジャンプ♪……、名残惜しさをその可愛さで紛らわすが、それもサビまで。

 

 

「『せーのでぽっぴんジャンプ!』」

 

 

「ヒキオ……、あんた25歳の社会人にもなって何やってるし。晩ご飯食べた後だからってテンション上げすぎ」

 

 

「いやでも見てみろよクソ可愛いだろ。……ん? 一色はともかくチマメ隊に“クソ”なんて汚らわしい言葉使っていいのか? いやダメだな(反語)」

 

 

「何そのめっちゃ痛そうな名前。血豆って」

 

 

 何一つ理解していない三浦にやれやれとため息をつく。これだから三浦は三浦なんだ。

 そして再生が終わり、俺は最後に。

 

 

「あぁ^〜心がぴょんぴょんするんじゃぁ^〜」

 

 

「キモッ、ヒキオマジキモッ」

 

 

「チノちゃんの半分にも満たない可愛さしか持ってねえお前に言われても何とも思わん」

 

 

 丁寧に、まるで爆薬を扱うかのごとく、一切の傷をつけないよう注意してBDを取り出す。これで割れでもした日には真剣に発狂するだろうな。保存用と予備がまだあるが。

 

 横目に三浦を盗み見る。何が悔しかったのか知らないがぐぬぬと唸っていた。お前こそ25歳の女がぐぬぬって。もうそろそろいい歳だぞ。

 

 

「あ”?」

 

 

 ほらもう怖い。迫力も女王様時代より数段ヤバい。何でこいつ俺の彼女なのか不思議になるくらい怖い。

 

 

「……えと、それなんだっけ。ひ、ひつじ?」

 

 

「ん? 羊?」

 

 

「だからその、なんかいろはみたいな声のお姉ちゃんが出てるやつ」

 

 

「うさぎだ。羊てお前」

 

 

 ご注文はひつじですか? だったらただのジンギスカンが出てきそうだ。

 

 

「あの、ヒキオ……?」

 

 

「何だよ」

 

 

 若干の緊張を含んだ声。このタイミングで何を緊張している? わけがわからず三浦の方へ顔を向ける。

 

 

 

 

 ──瞬間、俺は弾け飛ぶ錯覚に陥った。

 

 

 

 

 

「ぴ、ぴょん! お、お兄ちゃん……これで良い……?」

 

 

 開いた手をうさぎの耳のようにして、甘えるような声を出す。照れた顔は赤く染まり、薄い生地に透けた肌は愛らしい仕草とは対照的に扇情的だ。

 

 

「……結婚するか」

 

 

「え、嘘。マジ? ホント?」

 

 

「今のはそれくらい可愛かった」

 

 

 今も心臓がバクバクいっている。気を抜いたら抱きしめてしまいそうな可愛さだ。

 

 

「あ、ありがと……」

 

 

 三浦は手を頭から下ろし、胸の前で両指を合わせる。視線は流れていた。わかりやすい照れの証拠で、俺は思わず笑いそうになった。

 

 

「にしても、あーし今ちょっと焦ったし」

 

 

「?」

 

 

「ヒキオがプロポーズしてくれたかと思った」

 

 

「ああ……」

 

 

 確かに言ったな。プロポーズ。

 

 

 

 ……ん? あれ? そういやプロポーズってどのタイミングですんの?

 ロマンチックな雰囲気か? 喧嘩の後? それとも2人で難関を乗り越えた時?

 

 いやそもそもそんなもん俺らにあるのか? もう2人で住んで早3年。一緒にいることが当たり前になっている。

 

 

 

 

 ……ん? それってもう結婚してるのか?(錯乱)

 

 

「結婚な」

 

 

「うん」

 

 

「よし、するか」

 

 

「はあっ!? いやちょっ、早すぎ!! 決めんの早すぎじゃない?!」

 

 

 三浦が慌てて静止する。そんなに焦ることか?

 

 

「結婚したくないのか?」

 

 

「い、いや別にそういうわけじゃ……。……あーしも、したいけどさ」

 

 

「じゃあ明後日の土曜日に三浦のご両親に挨拶行くか。一応俺のことも知ってくれてたよな」

 

 

「だからヒキオ早いし! ……ほら、心の準備とかさ……」

 

 

 心の準備ねえ。

 俺はおもむろに三浦のもとへ移動し、すっと手を広げる。

 

 

「結婚してくれるなら来い」

 

 

「来い!? なんかヒキオいつもよりテンション高くない?!」

 

 

「そりゃ今は心がぴょんぴょんしてるからな」

 

 

「結局それだし!!!」

 

 

 ゲシッ、と俺の胸をグーで殴る。手加減されてあったので痛くない。

 

 

 

 

 と、その直後。ふわっとした柔らかさが身体の全面を包んだ。

 

 

「……でも結婚したい」

 

 

 俺に抱き着き、小さな声でそう呟く。

 

 

 ……これはチノちゃんよりも可愛いわ。いやマジで。

 

 

「あ、そういや指輪買ってねえな。明日仕事終わりにでも買いに行くか」

 

 

「今日のヒキオはなんか格好良いけど、こういうとこはいつものヒキオ」

 

 

 最後の最後で締まらない。だがそれが俺で、それが俺達だってことは誰よりも俺達が知っているのだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「……で? 小僧。お前が優美子と結婚すると?」

 

 

「え、えぇ…………まぁ……」

 

 

「ハッキリせんかァ!!!」

 

 

 ビクゥ!!!

 

 

「ちょ、お父さんウザいしそれ」

 

 

「ウザい!? お前、俺が誰のことを考えてやって」

 

 

「はいはい、お父さんは静かにねー」

 

 

 土曜日、昼下がりの三浦家にて。俺は「まあ認めてくれるだろ」なんて適当なことを考えながら挨拶に来たのだが、考えが角砂糖よりも甘かった。そう言えばいつかの初詣の時クソ怖かったじゃねえか。何で忘れてたし俺。

 

 

「ありがと、お母さん」

 

 

「良いのよ。だって優美子が結婚したいって思ったんでしょ? それなら文句はないわよ」

 

 

「まあプロポーズはヒキオからだったけどね」

 

 

「……ふん」

 

 

 三浦家の会話を俺は黙って聞いていた。どうやらお義母さんが上手いこと纏めてくれているようで、俺は内心ホッとしていた。あのお義父さん相手に緊張せず立ち回れる自信はなかったからな。

 

 

「誰がお義父さんだ!!」

 

 

 何で三浦家はさも当然のように心を読んでくるの? 怖いの通り越して逆に感心してくるわ。

 

 

「私のことはママでいいわよ?」

 

 

「……お義母さんと呼ばせていただきます」

 

 

「あら。遠慮なくしなくていいのに」

 

 

「お母さん、ヒキオ困ってるし」

 

 

「そう? あ、というか優美子比企谷さんのことヒキオって呼んでるのね」

 

 

「まあ高校の頃からだし、今更変えるのもねー。ヒキオもあーしのことはまだ三浦って呼ぶよ」

 

 

 あっ、オイそれは。

 

 

「なんだとォ!? お前ら結婚するくせになんで苗字呼びなんだ!!! それで本当に結婚する気か貴様ァ!!!」

 

 

 ビックゥゥウ!!!!!

 

 

「……でも、確かにそれはそうかも」

 

 

「おい三浦……」

 

 

「だから貴様優美子と呼べ!!!」

 

 

「すみませんお義父さん!!」

 

 

「優美子はお義父さんじゃなくて優美子だ!!!」

 

 

 もうわけわかんねえよこの人!? 一々怒鳴るわ変な勘違いするわでマジで意味わかんねえ!

 

 

「ヒ、……えっと。八幡?」

 

 

 そう呼ばれた瞬間、背筋に何かムカデみたいなものが走る。

 

 

「ちょ、何て顔してんの」

 

 

「優美子」

 

 

「っっっ!!」

 

 

「……それだよ」

 

 

「まだ名前呼びは遠そうねえ。結婚式までには呼べるようにしておくのよ?」

 

 

「「はっ??」」

 

 

 お義母さんがいきなり飛躍したことを言い出す。結婚式?

 

 

「え? しないつもりだったの?」

 

 

「いえ……、ただ今すぐとは思っていなかったもので」

 

 

「うちに遠慮してるなら良いわよ。お父さん、これでも意外と稼いでるんだから」

 

 

 いや、だからと言って甘えるわけには……。

 

 

「結婚式をせんなら優美子との結婚は認めんぞォ!!!」

 

 

「ッ!? と、とりあえず実家に連絡してみます!!」

 

 

 勢いに圧され、直ぐにスマホを取り出し家の電話に繋ぐ。2、3度コールが続いたが割と早く電話に出た。

 

 

『もしもし?』

 

 

「お、おお親父か。丁度良い。結婚したいんだが式の費用出してくんね?」

 

 

『……ん? お前彼女いたのか?』

 

 

 この父親マジで俺のこと何も知らねえな!!

 

 

『彼女の実家は何て言っておられるんだ?』

 

 

「今すぐにでもしてほしい。費用の心配なら構わない、ってとこだ」

 

 

『ぬ……、それはつまり俺に甲斐性を見せろって言ってるのか。お前にしてはデカい喧嘩を売ってきたな』

 

 

「普通に結婚する報告をしただけだ。何でそれが喧嘩なんだよ」

 

 

『……わかった。別に余裕がないわけじゃない。どうせ小町の結婚も後だろうし、出してやらんこともない』

 

 

 父親が息子の結婚式費用を『出してやらんこともない』ってどうなんだ。俺もしかして本当に橋の下の捨て子なのか?

 あと多分小町の結婚が遅れるってのは十中八九お前のせいだろ。男連れてきても叩き出すまである。後の十のうち一や二はブラコンだから。これは譲らない。

 

 

『ただし式までには結婚相手をうちに連れてこい』

 

 

「わかった」

 

 

『……ハッピーバースデー』

 

 

「いやちげえよ」

 

 

 プッ。最後に意味のわからない捨て台詞を残して通話を切る。我が親ながら変なやつだ。この親にしてこの子ありとかは微塵も思わないが。

 

 

「うちも大丈夫だそうです」

 

 

「そう? 良かったわね、優美子」

 

 

「……うん」

 

 

 三浦は恥じらいながらも静かに頷いた。その様子に思わず俺まで照れてしまう。

 

 

「ハンッ!!! 用が済んだらとっとと帰れ!」

 

 

「……うす。じゃ、これで失礼します」

 

 

「あれ、もう帰んの? んじゃね」

 

 

「もっとゆっくりしていってもいいのに。それじゃあね?」

 

 

 お義母さんは少し申し訳なさそうにそう言ってくれる。ちなみにお義父さんの方は何食わぬ顔でふんぞり返っている。まあ何でもいいが。俺だって小町をどこぞの男に取られそうになったらこうなる、いやこれ以上に嫌な態度を取ってしまいそうだ。

 

 一応、この人は口ではそう言いながら認めてくれている。理由はわからないが、そういうのもあって憎むに憎めない。

 

 そしてそれ以上会話はなく、俺と三浦は荷物を纏めて玄関へと向かった。

 

 

 

 

 三浦の実家からの帰り道、その道中にある喫煙所で俺と三浦は煙草を吸っていた。俺はロングピース、三浦はピースライト。パッケージは違うが書かれているPeaceという文字は同じだ。

 

 火をつけ、不味い煙をさっさと吐いてから次の煙を丁寧に吸う。吸い込む速度はゆっくりに、煙草本体の温度を上げないよう落ち着いて。

 

 

「ふぅー……」

 

 

「クールスモーキング? だっけ? ヒキオそれ覚えてから煙ゆっくり吐くようになったよね。味わってんの?」

 

 

「そんなところだ。それより、その、……三浦」

 

 

「ん? あっごめ、……いやヒキオも三浦って呼んでんじゃん」

 

 

 名前呼び。高校の頃からも含めると既に合計8年間も“三浦”、“ヒキオ”と呼びあっている。今更呼び名を変えるのは本当に照れ臭い。

 

 

「……まあ、式までには呼べるようにしておこうぜ」

 

 

「……そうだね。あーしも今すぐは無理っぽい」

 

 

 妥当だろうな。式と言っても金があるからすぐやるとはならない。大体3ヶ月、俺としては半年くらい欲しいところだ。

 

 ……いや別に友達がいないから式の準備が楽になるとかはねえから。戸塚とか戸塚とか、あと戸塚とかいるから。

 あとそれに俺と違って三浦は友達が多い。俺と違って(大事なことだから(ry

 

 脱線したが、とりあえず名前呼びまでの猶予は結構あるということだ。

 

 

「あっ、そうだはち……、んん……、ヒキオ!!!」

 

 

「理不尽もいいところの怒りだなおい」

 

 

「うるさいし! あの、あれ! どうすんの?!」

 

 

「それだけでわかるか」

 

 

 ……ん? いや、わかるか。

 

 

「あれか、婚約届け」

 

 

「う、……そ、そうだけど?」

 

 

「……何でそんな照れてるんだ」

 

 

「いやだって何か生々しくない?! ……あとは、実感湧いたって言うか」

 

 

 ……。俺は煙草を金属の火消し場所へ簡単に押し付け、中へ落とす。消しが甘かったのかジュッと音が鳴った。三浦もいつの間にか煙草を消していた。

 

 

「まあ、結婚するしな」

 

 

 俺は左手の薬指に嵌められたシルバーのリングに目をやる。それが何よりの証拠だ。

 

 

「んで、婚姻届けはいつ出す。何なら今から書いて持っていくか?」

 

 

「別に拘りはない感じ?」

 

 

「まあ、結婚するのには変わらないからな」

 

 

「……いちいち結婚言うなし」

 

 

 頬を薄く染める。顔によく出るやつだ。

 

 

「別にいつでも良いならさ、結婚式挙げたその日にしない? その方が思い出に残りそう」

 

 

「ならそうするか」

 

 

「それにヒキオ二次会三次会とか苦手っしょ? そういう理由あった方が抜け出しやすいじゃん」

 

 

「……理解者ってか。よく分かってるな、俺のこと」

 

 

「そりゃヒキオの奥さんになるわけだしね」

 

 

 三浦は顔を見せないようにか、先んじて喫煙所を出る。俺には背中しか見えていない。

 

 すぐに追いつき、隣に並んだ。道すがら、三浦の左手が俺の右手に当たる。何も言わず手を繋ぐと、三浦はふふっと笑みを零した。

 絡んだ指の中に、冷たくて硬い感触がある。それが婚約指輪だと気付いた時、俺はその無機質に温かさと、そして柔らかさを感じたのだった。

 

 

 

 

 





気付いた方おられますかね? あーしさんのうさぎのポーズは昨日神であらせられるぽんかん様がツイートした例のアレです。


次回! 平塚静死す!!



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Last 中編

感想に評価ありがとうございます。本当に励みになっております。




 三浦の御両親に挨拶をしてから半年、ついに結婚式の日がやって来た。大安吉日、天気も良好。俺は控え室で一人窓の外を眺めていた。三浦も今は衣装の支度などしていることだろう。

 

 ……そう、“三浦も”、だ。半年経ったというのに、俺はまだ三浦のことを“優美子”と呼べずにいる。何度か試してはいるものの、やはり照れ臭さは拭えない。プロポーズ(と呼べる代物なのかは知らないが)は羞恥心なんて一切なかったのに、不思議なもんだ。

 

「ゆ、ゆみ……。……はぁ」

 

 ほらな? 一人で呼ぶだけでも恥ずかしいわ。こんなんじゃお義父さんに八つ裂きにされるまである。あの人ならやりかねない。

 

 そんな時、ドアからノックが響いた。三浦は違うだろうし、そうなると参列者の誰かか? まあとりあえず確認することには始まらないか。俺はどうぞと言ってドアの方へ身体を向けた。

 

 

「やぁ比企谷。様子はどうだい?」

 

 

「葉山か」

 

 

 黒のスーツをピシッと着こなしたイケメン。見るだけでイラつく程の好青年ぶりだ。

 

 

「調子は……まあ、上々ってとこだ」

 

 

「それなら何よりだ」

 

 

 葉山はそのまま控え室に入ってきて、俺の隣の席へ腰を下ろした。こいつとの付き合いももう八年になるのか。1番最初はスクールカーストの頂点と底辺だったのに、世の中何が起こるかわからないもんだ。

 

 それを言うなら、俺の結婚相手も全く同じなわけだが。むしろ三浦はこいつ(葉山)に惚れてたまである。

 

 

「そうだ比企谷。友人代表のスピーチ、俺に任せてくれれば良かったのに」

 

 

「誰が友人だ。というかお前は司会にしてやっただろうが」

 

 

「光栄だね。まあ比企谷と優美子の共通の友達なんて俺くらいしかいないからな」

 

 

「何なら戸部でも良かった」

 

 

「と、戸部と同じは傷付くなぁ……、はは」

 

 

 むしろお前のその言葉で戸部が傷付きそうだけどな。言い出したのは俺だが。

 

 葉山は椅子から立ち上がり、窓の方へと移動した。外に広がる道路を見て、なぜだか溜め息をつく。

 

 

「本当にありがとう。優美子を救ってくれて」

 

 

「別にお前のためじゃないし、そもそも救うなんておこがましいこと俺には出来ない」

 

 

「それでもお礼を言わせてくれ。俺は昔から君に頼りっぱなしだった」

 

 

 葉山は振り返って俺の方を向くと、自嘲気味に笑いながらそう言った。

 

 

「ありがとう」

 

 

 再び礼を言い、そして深々と頭を下げる。似合わない姿だ。

 

 

「勝手に勘違いするな」

 

 

「俺が恩を感じてたら、それはもうお礼を言うに値すると思うんだけどね」

 

 

「……なら」

 

 

「なら?」

 

 

 葉山は少し嬉しそうな顔で復唱した。俺に何か出来ることがあるのなら、そんな声が聞こえてくる気がする。

 

 

「女を下の名前で呼ぶのって、どうしたら緊張せずに済む?」

 

 

「……ぷっ、あはは! 何だ、そんなことか!」

 

 

「うるせえ笑うな。こちとらリア充だったお前とは違ってぼっちだったから名前呼び慣れてねえんだよ」

 

 

「くっ、ああいや、そういう意味じゃないんだ。比企谷はいつまで経っても比企谷だなって」

 

 

 嬉しそうに笑いやがって。いいから早く答えを言えってんだ。

 

 

「そうだな、俺は結構普通に呼べるんだけど」

 

 

「嫌味ならそう言え」

 

 

「待て待て。そうじゃなくて、好きな人を呼ぶんだろ? なら小難しいことは考える必要もなくてさ」

 

 

 葉山は1度息を吸って。

 

 

「カッコつけたら良いんだよ。精一杯、好きな人にカッコイイって思われるためにさ」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「優美子ぉ……おめでとぉ……うっ、ひっく」

 

 

「結衣……、あんた泣きすぎだし。ほら、鼻かみな」

 

 

 私は控え室の机の上にあったティッシュを2枚取り、結衣の鼻に当てる。結衣はありがとうと言って鼻をかんだ。

 

 

「でも優美子、綺麗だよ」

 

 

 姫菜が私を見てそう言ってくれる。今の私は真っ白なウエディングドレスを身に纏っている。女なら1度は憧れる衣装。

 

 多分ウエディングドレスが特別なのは、そんな憧憬の対象を1番好きな人から着せてもらえるからなんだろうね。現に今、私は幸せを感じてる。

 

 ……まあ、ちょっと着るには重いんだけどね。思ってたより動き辛いし。これじゃ式場を飛び出して一緒に走るとか超しんどそう。

 

 

「てかホント、結衣泣きすぎ」

 

 

「だってぇ……優美子綺麗なんだもん……」

 

 

「……もう、あーしメイクした後なんだから。もらい泣きとかしちゃったら結衣のせいだからね?」

 

 

 目の奥にじわっと広がった熱いものを抑える。マジで泣きそうになるからやめてほしい。

 

 

「結衣はスピーチ言うんだから、ね? 今はあんまり泣かない方が良いよ」

 

 

「うん、うん……でもぉ……」

 

 

「……もう25歳なんだから」

 

 

「」

 

 

 一瞬にして涙が引く。姫菜……相変わらずやることがえぐいし。結衣もそんな平塚先生みたいな顔しなくても。

 

 

「にしても結婚かあ。しかもヒキタニ君と」

 

 

「比企谷」

 

 

「ふふっ、もう愛称みたいになっちゃってるね。……友達が結婚か。早いなぁ」

 

 

「何、姫菜も結婚に憧れとかあんの?」

 

 

「いや、私はないかなぁ。少なくとも今はだけど」

 

 

 姫菜は真剣な顔でそう言った。本当に興味ないんだろうな、結婚。ひいては恋愛にかな。

 

 そんな風に話していると、コンコンとドアの方から聞こえてくる。誰だろ。

 

 

「あたし開けてくるね」

 

 

 結衣が気を利かせて応対してくれる。結衣の気遣い能力は流石としか言い様がない。会社でも人気みたいだし、この分だと結衣もすぐに彼氏を作って結婚するのかな。

 

 ……まあ、雪ノ下さんとの同棲をやめたらだろうけど。2人って本当にデキてないよね? ありえそうで普通に怖いんだけど。

 

 

「あっ、ヒッキー!」

 

 

「おう」

 

 

 入ってきたのは白いタキシードを着たヒキオだった。珍しいな、自分から来るなんて。式まで会わないものだと思ってたけど。

 

 

「葉山に言われてな」

 

 

「なるほどね。あーしもおかしいとは思ったし」

 

 

「だろうな。俺も言われなかったら来てない」

 

 

 いつも通りの会話。折角の結婚式だっていうのに、呆れるくらい平常運転。私は何だか嬉しくなってつい笑ってしまった。

 

 

「……姫菜、あたし達は行こっか」

 

 

「うん、そうだね。じゃあまた後で、優美子」

 

 

「あ、うん。後で」

 

 

 結衣と姫菜は気を遣ったのか部屋から出て行った。私とヒキオはお互いに顔を見合せ、同時に息を漏らす。

 

 

「気ぃ遣われたな」

 

 

「ね。別にあーしら気にしないのに」

 

 

 ヒキオが備え付けの椅子に座る。その一挙手一投足の全部が全部いつも通り。変に緊張したりするより、こっちの方が私たちらしい。

 

 

「……もう結婚だなぁ」

 

 

 感慨深そうに、まるで煙草の煙を吐くように呟く。

 

 

「何、ちょっと浸ってる?」

 

 

「うるせぇ。単に早えと思っただけだ」

 

 

「……付き合い始めて4年、出会ってからはもう8年だっけ」

 

 

「ああ」

 

 

 そっか、もうそんなに経つんだね。

 

 これは付き合ってる時にも。付き合い出した頃も。もっと言えば再会したあの日でさえも。どの部分を切り取ったとしても高校生の私は信じない。きっと『あーしがヒキオと? ないない、それなら隼人と結婚する方が100倍ありえるし』なんて、軽く流すんだろう。それほどあの頃の私らの間には何もなかった。

 

 

 運命なんて言葉。それは夢見がちな、私とは違う性格の人のものだと思ってた。思ってたんだけど、こうして考えてみるとそうも言えない。

 

 

「あーしらの小指には、多分1本の赤い糸が結ばれてるね」

 

 

「お前の方が浸ってるじゃねえか」

 

 

「うっさいし。……ほら、もうそろそろ式始まるよ。早く控え室に戻っときな」

 

 

「じゃあ、また後で」

 

 

「ん」

 

 

 ヒキオがドアノブに手をかける。が、そこで一瞬止まった。

 

 

 そして。

 

 

「……似合ってんぞ、ウエディングドレス」

 

 

 それだけ言い残して、ヒキオは足早に出ていった。遠ざかる足音はすぐに消える。

 

 

 

 

 ……ああもう、ホントずるいし! ヒキオのくせに!

 

 

 ますます好きに、とか。結婚式当日にそう思える私は、多分幸せ者なんだろうな。私は静かに上を向いて目を瞑った。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 俺や三浦の白い衣装と呼応するように、式は和やかな雰囲気で執り行われる。教会内は明るく綺麗だ。木の長椅子も汚れは見受けられない。

 

 俺は外国人の神父が進む道を追いかけるように歩く。参列者が座る長椅子の周りをぐるぐる回っている感じで、一体何をやっているのだろうと場違いにも考えてしまう。てかおい雪ノ下、ちょっと笑いそうになってんじゃねえぞ。俺だって滑稽だとは何となく感じてるんだよ。あと1枚写真撮ってんじゃねえ。

 

 ようやくゴール地点(らしき場所)に辿り着き、俺はとりあえず前を向いた。

 

 そう言えば三浦のドレス姿はさっきも見たが、顔にかかるベールは付けていなかったな。あれを上げるのが地味に緊張する。勢い余ってちゃぶ台返しみたいにならないだろうか。まして三浦の近くにはあの凶暴お義父さんがいる。万に一つもミスは許されない。

 

 ……煙草吸ってきたら良かった。何か気になりだしたら止まらなくなってきたな。

 

 少しすると、たどたどしい日本語で神父が後ろへ向けと指示する。俺と参列者は一斉に後ろ、つまり俺が入ってきた扉へと身体ごと向いた。

 

 パイプオルガンの音が響くと同時に、教会内が暗くなる。一気にその場は静まり返った。

 

 

 くどいようだが、俺はさっきもその姿を確かに見たはずだ。なのに見惚れてしまうほど、ベールを纏った三浦は綺麗だった。

 

 

 隣のお義父さんと腕を組み、1歩ずつゆっくりと歩いてくる。記者のごとくパシャパシャ撮る音はさっきの俺の時と段違いだ。……いやまあ悔しいとかそんなんはねえけど。こんなところに来てまで疎外感とかは感じてない。ただ呼んだ友達の数の比率が7:3ってだけだ。勿論葉山等共通の友人は俺カウント。

 

 

 あっ、いや葉山は友人じゃねえ。そこは譲れない。

 

 

 やがて長いカーペットの7割ほど進んだところで、三浦とお義父さんは立ち止まる。それに合わせて俺も三浦のもとへ歩き出す。

 直前で足を止め、お義父さんに頭を下げる。同じくお義父さんも頭を下げるが、少しだけ圧がある。こんな時まで威圧してくるなよ……。

 

 三浦はお義父さんと組んでいた手を外し、俺と手を組む。さっきの神父との散歩とは異なり、焦れったくなるくらい1歩を踏みしめる。俺と三浦は神父の正面に辿り着いたところでようやく足を止めた。

 

 神父の口上が始まる前に、三浦が。

 

 

「……ヒキオも似合ってんじゃん」

 

 

「そりゃどうも」

 

 

 向かい合うなりそんなことを言ってくる。控え室での最後の仕返しだろうか。

 

 そのやり取りをを見てか、神父はニコッと笑ってから参列者に着席を勧める。彼ら彼女らが座る時の衣擦れがいやに耳に残る。俺は周りに聞こえないように唾を飲んだ。

 

 神父は1度長椅子の参列者を見渡すと、静かに頷いてから手に持っていた教本を読み始めた。初めはペラペラと英語を話した後、その和訳だろうか、日本語でも言葉を紡ぎ出す。証人がどう、愛がどうだと、長い説明は罰当たりだがあまり頭に入ってこなかった。

 

 ただ参列者の鼻をすする音が、結婚という重みを実感させる。どちらかと言えばそちらに意識がいっていた。

 

 

 やや不意打ち気味に、神父から「約束しますか?」と問いかけられる。あれか? 三浦優美子と彼女の周りの世界を守る的な? だよな?

 

 

「……はい、約束します」

 

 

 そう答えると、神父は次の部分へと移った。これで大丈夫だよな? 正直復唱しろとか言われたら絶対言えないぞ俺。

 

 三浦にも同様の問いかけをしているようで、自身を大切に、そしてパートナーを大切になんて言葉がペラペラと述べられていく。

 

 

「優美子さん。貴方は八幡さんをいつまでも愛していくことを約束しますか?」

 

 

「はい。約束します」

 

 

 淀み無く、毅然とそう言ってのける。こんな表現が結婚式という特殊な場でも似合ってしまうあたり、流石の元女王様と言ったところか。

 

 

 お互いそう約束し合うと、神父が奥の方へ移動した。俺と三浦も同じように移動し、2つ段を登って神父の前に立つ。

 

 小声で神父が始めます、と俺に伝えてきた。小さく首肯する。

 

 

 

 

 

 パイプオルガンの音は止み、静謐が場を支配する。一気に緊張が走るが、反比例するように俺はリラックスしていった。

 

 

 ──神父の優しく落ち着いた声を聞きながら、三浦と再会してから付き合うまでのことを思い返す。

 

 

「比企谷八幡さん、あなたは」

 

 

 ──きっかけは飲み屋での相席。そして数日後の偶然出会った合コン。

 

 

「三浦優美子さんを、妻として」

 

 

 ──冬にはクリスマスも過ごした。三浦からメールが来てドキドキしたことも覚えている。

 

 

「幸いの時も」

 

 

 ──2人ではバーにも行った。初めてだと言って三浦がはしゃいでいたな。

 

 

「災いの時も」

 

 

 ──ホワイトデーの時は、お返しを渡しに回る時なぜか三浦もついて来た。今思うとあれは一種の独占欲だったのかもしれない。

 

 

「豊かな時も」

 

 

 ──2人でボランティアをしたこともあった。確か優ちゃんのいる幼稚園だ。

 

 

「貧しい時も」

 

 

 ──海にも行った。その帰りにレンタカーが動かなくなって、近くの宿に泊まったりもした。

 

 

「健康な時も」

 

 

 ──告白しようとしたその時、由比ヶ浜の気持ちに応えてやれと告げられた。それは振られたのと同じようにも感じた。

 

 

「病気の時も」

 

 

 ──由比ヶ浜とのデートの帰りに思い出の飲み屋に寄った。まさかではなくやはり、三浦はそこにいた。

 

 

「貴女を愛し、貴女を慰め」

 

 

 ──そして由比ヶ浜と別れた。本当に好きな人と、三浦と結ばれるべきだ。そんな“懇願”は、今でも記憶に焼き付いている。

 

 

「命の限り、神の掟にしたがい」

 

 

 ──走って走って、河川敷を歩く三浦を見つけた。一世一代の告白。心臓が飛び出そうだった。

 

 

「真心を尽くすことを」

 

 

 

 

 ──見ると、三浦は声もなく涙を流していた。反射的にそれを拭おうとするが、ベールの前で手を止めてしまう。

 

 

 

 

 

「誓いますか?」

 

 

「誓います」

 

 

 早くそのベールをとっぱらってやりたい。早くその涙を俺の手で受け止めてやりたい。その一心で、俺は誓うと即答した。

 

 

「あーしも」

 

 

「は……?」

 

 

 予想外のことに神父は動揺する。参列者の間でもどよめきが走る。

 

 

「だから、あーしも……」

 

 

 言葉を紡げば紡ぐほど、三浦の涙は加速する。震える声はその証明みたいにも思えた。

 

 

「……あ、あーしも……ヒキオ……、八幡を、愛すること」

 

 

 つられそうになる。自身の目に潤みを感じるが、歯を食いしばって引っ込める。俺まで泣くわけにはいかない。

 

 

「誓います。……誓う、からさ……。ほら、早くベール……上げて……ょ……」

 

 

「三浦……」

 

 

 こんな時まで、俺のしようと思ってることを察するな。以心伝心。だからこそ、俺はその言葉が本心だと確信出来た。

 

 俺は薄いベールに手をかけ、丁寧に三浦の頭の後ろへとやる。潤んだ瞳は真っ直ぐ俺を見て、目尻からはとめどなく涙が溢れていた。

 

 

「優美子」

 

 

 初めて呼べた名前は、驚く程すっと出てくる。優美子は嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

 俺は優美子の両頬に手を添え、雫を拭き取ってやる。

 

 

「……ありがと、八幡」

 

 

「気にすんな」

 

 

 そして、俺達は神父の言葉なんて待たずに口付けを交わす。唇が触れ合った瞬間、じわりと胸の奥が熱くなった。

 

 

 

 涙が溢れてしまったのは、本人の俺でさえも予想外だった。

 

 

 

 唇を離す。そして、お互いに笑いあった。

 

 

 ──笑いあった理由。そんなもん、どちらも泣いていたからに決まっている。

 

 

 聞こえてきた割れんばかりの拍手と、神父のやれやれと困った顔。一生忘れることはない。そんな予感は、恐らく気の所為ではないんだろう。

 

 

 

 



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Last 後編



最終話です。




 式はつつがなく終わり、やがて披露宴に移る。会社の上司の俺に対する評価(別名創作話とも言う。あんたいつもそんなに俺の事褒めてなかっただろう)を聞き流していた。我が物顔で話す上司は止めることを知らないのかドンドン話を続けていく。

 

 

「……ねえ八幡」

 

 

「言うな」

 

 

「いや、あんたの上司じゃなくて」

 

 

「わかってる。それを言うなって言ってんだよ」

 

 

 十数個ある円卓の内1つから、とんでもない怨嗟が漂ってくる。結婚式には場違いもいいところだ。

 

 

 ……平塚先生、何もそんな人を殺すような目で見なくても。こうなる気はしてたから一瞬呼ぶの躊躇ったんだよ。ただ呼ばなかったら呼ばなかったで「生徒の分際で教師に気を遣うのか?」とか言いそうだしな。

 

 まあでも、一応恩師ではあるのだ。躊躇っただけで呼ばないなんて選択肢は端からない。

 

 

「ありがとうございました! いや、流石比企谷ですね!」

 

 

 拍手に包まれる上司はペコペコと頭を下げながら自分の席へ戻る。

 それにしても、葉山の司会進行ぶりはやはり流石だ。さっきから一切のミス無く、そして優美子の友達であろう女共は目を輝かせながら葉山を見つめている。下手したら多分新郎の俺よりも目立ってるぞ。

 

 

「では続いて、新郎の友人代表である戸塚彩加さんによるスピーチです」

 

 

「うっ……」

 

 

「ちょ、あんた泣くの早いし」

 

 

 だって戸塚が俺の友達代表なんて……なんて……、もう感無量だわマジで……。

 

 

 何故かドレスじゃなく黒のタキシードを着用していた戸塚は立ち上がってスタンドマイクの方へ歩く。あっおい葉山、お前何戸塚とハイタッチなんかしてんだよ。あとは任せたよ、とかそんなノリで戸塚の手に触れてんじゃねえ殴られたいのか。

 

 

 負の感情は、しかし戸塚の咳払いによって霧散する。そう、これだよこれ。平塚先生には一生かかっても出さないような天使オーラ。心做しか会場が明るくなった気がする。

 

 

「え、えと。ただ今ご紹介に預かりました、戸塚彩加です」

 

 

「っ……、っ……!」

 

 

「マジ泣きすんのやめろし。恥ずかしいって」

 

 

 優美子が呆れた顔で窘める。でもしょうがないだろう。あの戸塚が俺の友人を代表してくれてるんだぞ。俺じゃなくても泣くに決まってる。

 

 

「僕と八幡は高校生の時に出会いました。初めは僕が教室で八幡を見つけただけなんだけど、その時八幡は僕のことを知らなくて」

 

 

 ……あったな、そんな頃も。なんせ初対面の時は性別すら間違えたのだ。今も若干疑ってるけど。実は貧乳系ボクっ娘とかじゃねえかな。そしたらすぐにでもプロポーズしに行くのに。

 

 

「……ヒキオ?」

 

 

 うおっどんだけ低い声出してるんだよ。てか呼び方戻ってるし。こいつの読心術は本当にどこで得たものなんだ。遺伝か?

 

 

「知り合ったのはそれから1ヶ月くらい経った後だったかな。テニスの自主練後に出会って、そこで女の子と間違われちゃって。あ、僕男ですからね?」

 

 

 戸塚のその一言で会場がどっと沸く。戸塚のことを知らない一部からは喉千切れるんじゃないかってくらいの掠れた声が出ていたが。タキシード着てるのにな。もしかしたら仮装とか思われてんのかもしれん。

 

 

「そのちょっと後にテニスコートを巡っての騒動があったんですけど、それも八幡が助けてくれて」

 

 

「……」

 

 

 ふいっ。

 

 

「何顔背けてんだよ」

 

 

「いや……まあ、その」

 

 

「あの頃のお前に俺と結婚するとか言ったらどうなるんだろうな」

 

 

「昔はむしろ嫌いだったし」

 

 

「そういう正直なところ好きだわ。俺もどちらかと言うと苦手だった」

 

 

 今は好きだが。お互いそれは言わなかった。言わずもがなってやつである。

 

 

「それはほんの一端で、八幡はいつでも僕を助けてくれるんです。こういう大きなことから、些細なことまで。だからまずは、おめでとうよりも先にありがとうを言いたいです。……ごめんなさい、個人的なことで。それでも」

 

 

 うっ。ダメだまた涙が。

 

 

「ありがとう、八幡」

 

 

「……こちらこそ」

 

 

 結婚しよう。後に続いた言葉は、拍手喝采によって掻き消される。……まあ良いか。結婚もしたいが、それよりも恩を感じている。

 

 俺なんかの友達になってくれて、本当にありがとう。面と向かって言うと怒られそうなセリフだけど、それでも。

 

 

「……何か良い感じに浸ってるとこ悪いけど、あーし聞こえてたからね。よく自分の新婦の前でほかのおん……、いや男に結婚申し込めるし」

 

 

「男だからノーカンだ。戸塚は女かもしれないが」

 

 

「ならなおさらダメだから」

 

 

 それから戸塚は俺との思い出をつぶさに語っては、随所に笑いどころを交えるといった見事なスピーチを行った。自分のことを語られるのはむず痒くも嬉しいもので、気付けば戸塚の話は終盤に入っていた。

 

 

「……と、ちょっと長く話しすぎちゃったかな。とりあえずまとめると、僕は八幡のことが大好きです。末永くお幸せにね!」

 

 

 戸塚は俺達の方を一瞥し、微笑みかけてから一礼した。

 辺りの拍手はまるで雨のようだ。それほどまでに、戸塚のスピーチはよく出来たもので、俺への想いが込められていたように思う。これは別に思い上がりや冗談ではなく、本心で伝えてくれたのだと実感出来た。

 

 

「ありがとうございました。……本音を言えば、俺が比企谷の友人代表を務めたかったところはあるんだけどね」

 

 

 あいつまた言ってんのか。まあ客席沸いてるから良いんだけども。

 

 

「続きまして、新婦の友人代表である由比ヶ浜結衣さんと海老名姫菜さんです」

 

 

 呼ばれるなり、隣同士に座っていた2人は同時に立ち上がった。ゆっくりとマイクへ向かう姿はなぜか寄り添うような、支え合うものを想起した。

 

 

「じゃああたしが代表して。ただ今ご紹介に預かりました、由比ヶ浜結衣と海老名姫菜です」

 

 

 ペコリ。顔を上げた時、客席の男共が一様に声を漏らした。どちらも美人と言って差し支えない容姿。無理もない。

 

 

「まずあたしが優美子とどういう関係かをお伝えしようと思います」

 

 

 由比ヶ浜には似合わない丁寧な言葉。緊張も伺える。

 

 

「あたし達はクラスメイトでした。高校2年の頃なんて、あたしと優美子と姫菜は勿論、さっきの彩ちゃん……えと、戸塚くんや司会の隼人くん、後は新郎のヒッキーも一緒でした。だから、正直なところこの結婚式は一種の同窓会みたいにも感じています」

 

 

 俺達の関係を知らなかった客からはへ〜などと間抜けな声が上がっていた。でも確かに同窓会とは、言い得て妙だ。

 

 

「だから、今日はこうしてみんなでお祝い出来ることに感謝しています。優美子もヒッキーも、大切な友達だから。2人とも、おめでとうございます」

 

 

 客席から俺達の方へ視線を向け、祝福してくれる。俺と優美子は揃って頭を下げた。

 

 

「……ここからは、2人に向けた言葉」

 

 

 口調が一変する。語調さえ和らいだように感じた。

 

 

「あたしね、今でも思い出すんだ。4年前のこと」

 

 

「……ああ」

 

 

 聞こえないだろう。しかし言葉が口から勝手に飛び出していた。

 にしても由比ヶ浜。周りのやつらなんて、4年前が何のことか全くわからないだろうに。

 

 

「あたしはあの時、ヒッキーの背中を押すことが出来て本当に良かったと思ってるよ。……ふふっ、あの頃のヒッキーはホントに見てられなかったしね」

 

 

「結衣……」

 

 

 優美子からも知らないうちに声が漏れているようだ。横目で表情を覗くと、薄ら罪悪感が浮かんでいた。

 

 

「優美子も、ずっとヒッキーと一緒にいたからってヒッキーみたいなことしなくて良いのに。むしろあれが2人の絆……というか、運命の象徴に思えたしね。後になってちゃんと感じたの」

 

 

 由比ヶ浜の独白とも言えるそれは、確かに胸を締め付ける。伝える相手はいる。なのに独白だと感じた理由は、文字通り由比ヶ浜独りで告白しているような気がしたからだ。

 

 

「優美子。本当はこんなこと結婚式で言うのはダメなんだろうけど、あたしの分まで幸せになってね。それが1番嬉しい」

 

 

「……うん……っ」

 

 

 優美子の小さな頷きは、震えを伴ったものだった。左手を目尻に当てるところは、今の感情の答え。

 

 

「ヒッキー」

 

 

「……ん」

 

 

「あたしらしさを教えてくれてありがとう」

 

 

 それはお前が勝手に得たものだ。俺は何もしていない。

 

 

「親友をありがとう」

 

 

 それは雪ノ下だ。勝手に俺の手柄にするな。

 

 

「本物をありがとう」

 

 

 それはむしろ俺が言いたい。お前の、お前達のおかげで俺は渇望したものを見つけられたんだ。

 

 

「……ヒッキー」

 

 

 再び名前を呼ぶ。微かに、由比ヶ浜の声は揺れていた。

 

 

 

 

「あたしに初恋を教えてくれて、本当にありがとっ!」

 

 

 

 

 

 言うと同時に、一筋の涙が由比ヶ浜の頬を伝う。なのに笑顔でいる由比ヶ浜は、今まで見てきた中で最も綺麗だった。

 

 

「……ごめん、姫菜。後はお願い……」

 

 

「……うん。よく頑張ったね」

 

 

 海老名さんまでもが目を潤ませている。感情をあらわにした海老名さんは珍しい。

 

 

「蛇足になりかねないから、私からは1つだけ。優美子にヒキ……がやくん! ずっと幸せに!」

 

 

 本当にそれだけ言って、由比ヶ浜と共に一礼する。円卓に戻るかと思えば、2人は静かにこの大部屋から出て行った。

 

 誰も引き止めるものはいない。それがどれだけ無粋なことか、皆承知している。

 

 葉山は先程の余韻を感じさせつつ、披露宴の進行を続ける。

 俺はそれ以降の出し物やら何やらはしっかりと覚えていなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 一通り進行が終わり、休憩時間みたいな()

 

 

「煙草吸ってくるけど、お前も来るか?」

 

 

「お前じゃなくて」

 

 

「……優美子も来るか?」

 

 

「行かない」

 

 

「なら何で呼び直させたんだよ」

 

 

 てかそういやウエディングドレスってポケットとかあんのかな。煙草どこに持ってるんだこいつ。

 

 

「……あーし、ちょっと禁煙してみよっかなって」

 

 

「ん、まあ健康には良いけど」

 

 

 そんな殊勝な考え方……いや、そう言えば再会した居酒屋では煙草を注意されたっけな。今ではこいつも立派な喫煙者だが。

 

 

「……その、子どもが出来た時さ。禁煙出来なかったら……ほら。やばいっしょ?」

 

 

「……煙草吸ってくるわ」

 

 

「あっ、照れた。まあそういうわけだから、八幡は1人で吸ってきて」

 

 

「ん」

 

 

 俺は雑に答え、会場の外に出る。

 少し歩いたが喫煙所が見当たらないので適当なところに腰掛ける。これは噴水の囲いか。仮に水が上がっても大きな囲いのため濡れる位置ではない。安心してポケットからピースを取り出し、4年前優美子に貰ったライターで火を点ける。

 

 

「私にも火を点けてくれないか?」

 

 

 聞き覚えのある女性の声。顔を上げると、そこには平塚先生が立っていた。

 俺は無言で立ち上がり、平塚先生の咥える煙草にライターを近付けた。

 

 

「っ、ふぅ……」

 

 

 再び腰掛けると、隣に平塚先生も座ってくる。暫くはお互いの煙の吐く音しか耳に届かなかった。

 

 

「……比企谷」

 

 

「はい」

 

 

「私より先に結婚したな」

 

 

「……はい」

 

 

「覚えてるな? 私より先に結婚したら裏拳(バックナックル)→頭突き→エルボー→人間ヌンチャク→エア夜食だと」

 

 

「前半反則のオンパレードだし後半マンガ変わってるしそもそも前と変わってます」

 

 

 この人マジでやりそうだから怖えんだよ。煙草が爆弾(平塚先生の怒り)の導線だったとかありえそうで煙吸えない。

 

 

「まあ冗談だ」

 

 

「じょ、冗談ですか!! そそそ、そうですよね!」

 

 

「冗談じゃなくすことも出来る」

 

 

「あー冗談で良かったー! 俺ジョーク大好き!」

 

 

「比企谷君……流石に気持ち悪いわ」

 

 

 グサッと的確に俺の深いところを刺してくる。思い当たるやつなんて1人しか居ない。

 

 

「雪ノ下」

 

 

「今日話すのは初めてね。結婚おめでとう」

 

 

「おう」

 

 

「……私はもう行く。比企谷、幸せにな。ブーケトスは私方面に投げるよう三浦に言っておいてくれ」

 

 

 いつの間にか煙草を消していた平塚先生は、そう言い残してこの場を去っていった。

 短くなった煙草を、俺はもう1度だけ吸ってから消す。

 

 

「……そういやお前由比ヶ浜と付き合ってるってマジ?」

 

 

「そんなわけないでしょう」

 

 

「あっ間違えた。同棲してるってマジ?」

 

 

「どうやったらそんな間違いを犯すのよ……。……まあ、一緒に住んでいることは正しいわ。同棲という定義からは外れるけれど」

 

 

 優美子から聞いた時は耳を疑ったが、やっぱりマジなのか……。何時ぞやのエイプリルフールを彷彿とさせるな。

 

 

「あまり新婦以外の女と一緒に居るのは感心しないわね」

 

 

「現在進行形でお前が加担してるんだよ」

 

 

「ええ。だから手短に」

 

 

 何だ、勿体つけた言い方をして。俺は自然と雪ノ下の目を見た。

 

 

 

 

 

「幸せにならないと許さないわ」

 

 

 

 

 

 雪ノ下は踵を返す。歩いていく姿は凛としていて、以前のような脆さは感じられない。俺の知らないところで成長していたのだろう。

 

 

「言われなくとも」

 

 

 雪ノ下には届かない応答。だがわざわざ口にしなくとも伝わる。それが本物のはずだ。そんな醜い理想論でも、しかしお互い共有出来ているんだと何故か確信を持てた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「結局二次会三次会まで付き合っちゃって。八幡も人が良いし」

 

 

「単に断る暇がなかっただけだ」

 

 

 披露宴は何事もなく終わり、二次会三次会もドンチャン騒ぎではあったが無事終えることが出来た。俺と優美子はそこで抜け出して、かねてから予定していた婚姻届を提出しに役所まで歩いていた。

 日は既に落ち、午後8時。夜の歩道を街灯が照らしていた。

 

 

「あとどれくらいだ?」

 

 

「んー、多分10分くらい?」

 

 

「あやふやなら調べるぞ」

 

 

「大丈夫っしょ。どうせなるようになるし」

 

 

 まあ俺も嫌とは言っていない。こんなしっとりと落ち着いた時間は、結婚前も結婚後も変わらないんだな。厳密にはまだ結婚していないが。

 

 

「八幡」

 

 

「何だ」

 

 

「好き」

 

 

「……」

 

 

 急に何を言ってくるんだこいつは。思わず何も言えなかったぞ。いや別に照れた訳ではなく。マジで。

 

 

「俺も好きだ」

 

 

「だから結婚したんだもんね」

 

 

 コツ、コツと。2人の足音が徐々に積み重なっていく。

 

 

「ちょっとセンチなこと言うぞ」

 

 

「おっ珍し。どしたし」

 

 

「そういう気分なんだよ」

 

 

 ふぅ、と軽く息をついて。

 

 

「優美子」

 

 

「っ」

 

 

「結婚してくれてありがとう」

 

 

 改めて言葉にする。羞恥心は確かにあるが、それ以上に感謝を伝えたかった。

 

 

「……ずるくない? あーし今めっちゃときめいちゃった」

 

 

「思ってたことを言っただけだ」

 

 

「……ほらまたそんなこと言う」

 

 

 少し歩く速度が落ちた優美子に歩幅を合わせる。慣れたものだ。

 

 

 

 俺と優美子が出会ってから8年。これからもっと長い年月を過ごすのだろう。その中で喧嘩がないとは言いきれない。後悔しないとも限らない。

 

 

 だが、今のこの気持ちは本物だ。やがて色褪せるかもしれないが、ここにあったというのは紛れもない事実。

 

 

 

 叶うことなら、一生この想いを抱えて生きていきたいものだ。

 

 俺は口には出さずに、無言のまま優美子の手を握った。

 

 

 握り返された手は温かかった。

 

 






まずはここまで読んで頂き本当にありがとうございます。拙作『もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら』はこれで完結になります。

連載しだした当初はこれ程の評価や感想をいただけるとは全く考えておらず、今も感謝でいっぱいです。感想を見る度にニヤニヤ、高評価を頂ける度にニヤニヤ、日間ランキングに入る度にニヤニヤと顔の筋肉が引き攣りっぱなしでした(笑)

今度はもう未練がましくアフターを書くことはないと思います。恐らく、多分、きっと(←オイ)

2度目になりますが、ありがとうございました。

くぅ疲これ完!



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Extra Birthday



 終わる終わる詐欺で本当に申し訳ありません。今日、12月12日はかの三浦優美子の誕生日でして……。どうしてももしも八幡と(ry の付き合う前の設定で書きたかったので書かせていただきました。

 ……本当にごめんなさい、もうここでは書きませんから! 八優を書くとしても次は別の連載もしくは短編にしますので、どうか御容赦をm(_ _)m




 12月12日。太陽はすっかり早く落ちるようになり、布団の引力がブラックホールに早変わりした頃。まだ午前8時だと言うのに、俺は1人で今日何度目になるかわからないため息をついていた。

 

 

「12月12日か……」

 

 

 静けさの漂う自室は呟いた独り言を吸収してしまう。再度ため息をつき、スマホのカレンダーをもう一度確認する。

 

 

 12月12日。

 

 

「はぁぁ……」

 

 

 何故こんなにも気落ちしているのか。寒さがそれを加速させているのは否めないが、それよりも。

 

 

「三浦の誕生日なんだよなぁ……」

 

 

 再会してからまだ数ヶ月しか経っていない。そんな相手の誕生日にプレゼントを渡すなんて、そんな馬鹿げたことは普通ならするはずもないのだが、如何せんあの三浦だ。もし何もしなかったら「あーし相手にプレゼント渡さないとか良い度胸してるし。メアドでわかるじゃん普通」とか言われかねないんだよな。

 

 ……てかそうだよ、メアドも悪いんだよ。これ見よがしに1212とか並べてんじゃねえよ。嫌でも目に入る。

 

 

「……さて、どうしようかね」

 

 

 一人暮らしは本当に独り言が多くなる。無意味なそれは、やはりすぐ寒さに紛れて消えてしまった。再度ため息をつく。

 

 

 こういう時はとりあえず相談だったか。幸いにも今は相談出来る相手が数人存在する。中学、いや高二以前ならとれなかった方法だ。

 

 

 俺はある相手に速攻電話をかけ、コール音を聞く。ドキドキしながら待つと、やがて通話が繋がった。

 

 

『んぅ……もしもし?』

 

 

 扇情的な声音で定型句を口にする。ともすればむにゃむにゃと聞こえてくる、眠そうな雰囲気は電話越しでも伝わってきた。

 

 

「おはよう戸塚。こんな朝早くにすまんな」

 

 

『あ、八幡だったんだ。えへへ、これモーニングコールってやつだね』

 

 

「オッフ!」

 

 

『え? どうしたの?』

 

 

 モーニングコール……あれだろ? 恋人同士がするやつ。それに声だけで俺だとわかってくれたんだ。こんなの……もう、こんなの……。

 

 

「惚れて……」

 

 

 まうやろー! は自重。嫌われたくない。

 

 

『掘れて? 僕を掘るの?』

 

 

「」

 

 

『八幡? あれ? ……電波悪いのかな……』

 

 

 エロい。別に海老名さんじゃないけど今のはエロい。多分朝の戸塚がエロいんだろうな。エロい。

 

 

「すまん、電波悪かったみたいだ」

 

 

『あ、だよね』

 

 

「で、相談があるんだが良いか?」

 

 

『うん! 八幡が頼ってくれるなんて珍しいね!』

 

 

 嬉しそうな声でそう言ってくれる。喜んだ顔は声だけでも容易に想像出来た。

 

 

「急に仲良くなったやつに誕プレって渡すべき?」

 

 

『うん』

 

 

 即答。迷いない声の鋭さは一瞬俺をたじろがせる。

 

 

『誕生日プレゼントは貰えたら嬉しいものだから』

 

 

「……相手が異性でもか?」

 

 

『仲良くなったって思えるならそれは渡すべきだよ』

 

 

 まあ、一理ある。というかこれが正解な気がする。恐らく友達がいる()()()()()なら、考えずとも出る答えなのかもしれない。俺には判断がつかないが。

 

 

 ピンポーン。

 

 

『あれ? 今インターホン鳴らなかった?』

 

 

「……鳴ったな」

 

 

 まだ8時過ぎだぞ? 誰がこんな朝早くに訪ねてくるんだ。

 ……なんて言っているが、訪ねてきそうなやつが何人か思い当たるのが腹立たしい。つくづく、常識のなってないやつが多い事だ。

 

 

 ん? 俺も? 自分のことはノーカンだノーカン。それに最低限のルールは守っている。ぼっちは紛れることに特化しているからな。

 

 

 玄関に移動し、鍵をガチャリと開ける。ドアは俺がノブに手をかけるよりも早く開かれた。

 

 

「おはよ、ヒキオ」

 

 

「えっ」

 

 

『ヒキオ……えっ三浦さん!? あ、もしかして!』

 

 

 ……まあ驚くわな。高校の頃だとどう考えても結びつかない相手だ。百歩譲って由比ヶ浜が橋渡しになったとしても、そもそも住む世界が違うためすぐに離れるだろう。そう考えると今のこの関係はやはり歪なものである。

 

 

 三浦は初めこそ声をかけたが、俺が電話中と知るなりゆっくりドアを閉めて口を噤んだ。勿論部屋の中には入っているが。

 

 

『八幡って三浦さんと付き合ってるの!?』

 

 

「いやんなわけないだろうが。まだそんなことになる予定はねえよ」

 

 

『でもこんなに朝早くだよ? 普通の友達がそんなことするかな』

 

 

「普通の友達がいた経験がないからわからん」

 

 

『僕は友達だからね。何なら僕結婚式の友人代表やるよ!』

 

 

「俺が結婚出来るとは思えないが、もしそんな機会があったら任せるわ。……っと、そろそろ切る。三浦が貧乏揺すりし始めた」

 

 

「別にしてないし」

 

 

 そう言う割には右足が元気だ。心做しか表情も険しくなっている気がする。

 

 

『うん、わかった。またね、八幡』

 

 

「おう」

 

 

 プッ。そこで通話は切れた。とりあえず三浦を居間へ迎え入れ、机を挟みコタツへ入って向かい合う。

 

 

「あー、さむさむ」

 

 

 三浦はハァと吐息で手を温める。室内でもこの寒さだ。外はひとしおだろう。

 

 

「ヒキオ、あんた結婚すんの? てか出来んの?」

 

 

「勝手に電話の内容聞いてんじゃねえよ」

 

 

「あ、友人代表とかどうすんのさ。あーし結婚式で友人代表のスピーチがない新郎とか見たくないからね」

 

 

「なんで来る前提なんだよ」

 

 

「あーしは多分結衣の友人代表するし、その流れで?」

 

 

 机に肘をついてこともなげに言ってのける。勝手に由比ヶ浜と結婚させるなよ。

 

 

「あ、何ならそっちは姫菜に任せるからあーしがヒキオの友人代表してあげよっか?」

 

 

「余計なお世話だ」

 

 

 それに俺には戸塚がいる。戸塚さえいれば他には何も……あれ? 戸塚と結婚したら俺どうするんだ? 友達いなくね?

 

 

「すまん、やっぱり頼むかもしれん」

 

 

「何、好きな人とかいんの? 意外」

 

 

「好きなやつというか……愛?」

 

 

「同性は結婚出来ないし」

 

 

 ぬ、なぜバレた。日頃戸塚愛をこいつにぶちまけてるからか? てか飲んだ時は何故か戸塚の話をしたくなるんだよな。それにどうせ三浦はもう一々俺を引いたりしないだろうから、ポロポロと口から零れてしまう。

 

 

 見方を変えれば、気を許した関係なのだろう。よく考えると気の置けない友人と呼べるやつは今の交友関係の中にはいないが、もしかすると三浦はそれに当たるのかもしれない。面と向かって言いはしないが、思うだけなら良いだろう。

 

 

「何か最近ヒキオもぶっちゃけるようになったよね。アルコールの力かもしれないけど、何て言うかな。気の置けない関係?」

 

 

「……」

 

 

「どしたし」

 

 

「結婚相手がお前とかいうオチはやめてくれよ。マジで」

 

 

 通じすぎていて気持ち悪いまである。ちょっとビビるレベルだ。

 

 

「は? いやないし。もしそんなことになったらあーし結衣とキスしてもいいから」

 

 

「突拍子が無さすぎる上に由比ヶ浜もとんでもない飛び火だな……」

 

 

「あ、そうだ。まあ別にこうやって話してても良いけど、用があるんだった」

 

 

「すまん今日講……」

 

「講義がないことはもう知ってるから、ほらおっちんして」

 

 

 立ち上がった俺を静止して再度座らせる。久々におっちんとか聞いたわ。幼児言葉とかますますオカン化が進むぞ。

 

 

 てかおっちんって何かエロくね? 具体的にはロリが(自主規制)

 

 

「今日は何の日でしょう」

 

 

「お前の誕生日」

 

 

「ちがっ……、え。何で知ってんの? てか何で答えれんの?」

 

 

「メアドにあるだろ」

 

 

 そのせいで今日俺が何度ため息をついたことか。わざわざ自分から出向いてくれて少しありがたさは感じているが、まあ別に言わなくてもいいだろう。

 

 

「てっきり5本指ソックスの日とか言うかと思ったし」

 

 

「んなこと今初めて知ったわ……」

 

 

 由来どこだよ。てか5本指ソックスなら左右の5本5本で5月5日とかにしろ。ただそれはそれで子どもの日と被るからとかいう嫌な現実が見えてきそうな案件だ。社会って怖い。

 

 

「誕プレとかねだりに来たのか?」

 

 

「ヒキオなら別に押しかけてもいいかなって。あーしも今日休講だらけで暇だし」

 

 

 何とも都合の良い話だ。軽く息を吐く。

 

 

「あっため息。あーしが来てそれするってことは喧嘩売ってるって意味で大丈夫?」

 

 

 ゲシゲシとコタツの中で太もも辺りを蹴られる。無理な体勢のためか三浦は顔が半分ほど机で隠れていた。

 

 

「喧嘩っ早いにも程があるだろ」

 

 

 俺も真似して右足で三浦を軽く蹴る。むに、と男にはない感触が足裏に伝わってきた。太ももだろうか。

 

 

「ちょっとヒキオ!?」

 

 

「ん? すまん太ももはダメか」

 

 

 まあ何せ見えないからな。とはいえとりあえず謝っておく。

 

 

「いや、太ももというかその奥というか……」

 

 

 もじもじと、三浦には珍しい照れを見せながら小さく呟く。太ももの奥……つったら、俺にはもう息子しかいないが……あっ。

 

 

「ちょ、ヒキオ何気付いてるし!! 変態!!! マジキモいし!!!」

 

 

「いや元はと言えばお前から……」

 

 

「あーし別にヒキオのち〇こなんか蹴ってないし!! うわもうホント最悪! エロ!」

 

 

「罵倒がガキみたいになってるぞ……」

 

 

 だけど、今のがその感触なのか……。いかんいかん、どこにとは言わないが血液が集まってきている。落ち着け俺。煩悩退散。

 

 

「ふぅ……」

 

 

「けっ賢者モードってやつ!? 触ってないのにイくとか何それヒキオ早っ!!?」

 

 

「おまっ、お前どんな間違いしてんだよはっ倒すぞ!!」

 

 

「押し倒すとかマジエロい! 近寄んなし変態!」

 

 

「言ってねえよ!!!」

 

 

 

 

 

 と、そんなことをして午前中は過ぎ。(くだん)の誕プレを買いに行けたのは昼食を摂ってからだった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「あんたよく覚えてるねそんなこと。流石八幡とかはあんま言いたくないけど」

 

 

「別に言っても良いだろ。それより優美子、お前今の話で1つ忘れてることがあるだろ」

 

 

 リビングでの会話。今日は日曜日で仕事が休みであり、ゆっくりと団欒を過ごしていた。

 

 12月12日ということで今朝思い出した記憶を話していたのだが、ある点が1つ。

 

 

「“もしそんなこと(俺と結婚すること)になったらあーし結衣とキスしてもいいから”」

 

 

「うっ……」

 

 

「よし、由比ヶ浜に電話かけるぞ」

 

 

 俺はすぐさまスマホを取り出し、電話帳の由比ヶ浜のページを開ける。

 

 

「いや待って! そんなことしたら雪ノ下さんに殺されかねないし、何より八幡あんた自分の奥さんが別の人とキスしても良いの!?」

 

 

「百合は別腹だ」

 

 

「ごめんホント待ってマジでダメだって!!」

 

 

 慌てて俺を止めるが既に通話ボタンを押した後。由比ヶ浜のことだ、恐らく3コール鳴らないうちに出てくれるだろう。

 

 

 

 

 

 雪ノ下ブチ切れ事件まで、後五時間──

 

 

 

 



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もしも八幡とあーしさん(結婚済)が高校二年生の頃にタイムスリップしたら

n回目の終わる終わる詐欺。

……ま、まあエイプリルフールだしね……?(震え声)


 4月1日。冬の寒さは忘れ去られ、柔らかな陽気が空気を暖める。こんな日は散歩に出かけるのも、アウトドアで楽しむのも良いだろう。

 

 

 

 ……だと言うのに、俺はマイホームのベッドでだらだらと寝坊していた。まあ休日だからしゃーない。春眠暁を覚えずとはこのことだろう。

 

 

「八幡、はよ起きろし」

 

 

「優美子……。今日は仕事休みなんだから寝かせろ……」

 

 

 寝転がる俺をゆさゆさと揺する俺の嫁(語弊ではない)。起きろつっても体感まだ8時ぐらいだろ……。

 

 

「……実はあーし、妊娠した、かも」

 

 

「!?!?」

 

 

 ガバッと起き上がって優美子の表情を見る。その顔は人を小馬鹿にするような薄ら笑いで。

 

 

「タチの悪い起こし方だなオイ」

 

 

「エイプリルフールだからね。1回は嘘吐いておきたいし」

 

 

「あ、そ……」

 

 

「何か八幡見てたらあーしまで眠くなってきた……。えい」

 

 

 ボスっ。寝そべる俺の隣に身体を投げ出した優美子はそのまま俺へしがみついてくる。抱きつかれたので抱きしめ返すと、いつもの温かさについ顔が綻びそうになった。

 

 

「朝から新婚みたいだし」

 

 

「もう結婚して2年は経つのにな。お前が俺のこと好きすぎんじゃねえの?」

 

 

「おっ、ヒキオも言うようになったね。出会った当初じゃ絶対言わないような言葉」

 

 

「言う相手がお前だからなぁ……」

 

 

「お褒め頂き光栄……ふあぁ……っ。眠っ」

 

 

 むにゃむにゃとでかいあくびを漏らす優美子。春の陽気と布団に加えて人肌もあるからな。つられて俺もあくびしそうになる。

 

 

「……はぁ、眠い」

 

 

「あーし寝るから、八幡も寝ていいよ」

 

 

「構って欲しかっただけか」

 

 

「ホント、言うようになったし……」

 

 

 軽口を叩きながら、優美子はすっと目を閉じた。これは多分寝落ちしたな。

 

 

 ……さて、俺ももう一眠りしようか。丁度良い暖かさだし、すぐに寝れることだろう。

 

 

 襲い来る睡魔に、俺は身体を委ね──

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

「──はっ」

 

 

 むくりと上半身(・・・)を起こす。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺は身体を捻ってボキボキと音を鳴らした。

 

 

 視界に広がるのはかつての高校の教室。クラスのメンバーを見るに、これは2年生の頃だろう。

 

 

 …………いや、待て。

 

 は? 高校の教室???

 

 

「……うお、高校の制服じゃねえか。懐かしっ」

 

 

 二つボタンのブレザーに白のライン。紛れもない、10年程前に着ていた制服だ。

 

 

 ただ正直、まるで意味がわからない。何だこれ、夢か?

 エイプリルフールだから? いや自分で言っておいてわけわからんな。

 

 

「おはよ、八幡」

 

 

「戸塚……!!!」

 

 

「わ、どうしたの八幡?」

 

 

 JKの頃の戸塚を見れるんだからもう何でも良いや。戸塚万歳! 夢の俺グッジョブ!!!

 

 

「いや、変な夢を見ててな」

 

 

「そうなの?」

 

 

「おう。でも戸塚を見て吹き飛んだからオールオッケーだ」

 

 

「何それ、変な八幡」

 

 

 戸塚はくすくすと笑い、また後でねとその場を後にする。懐かしいなぁ、この感じ……。戸塚たんマジとつかわいい。

 

 

「……そういや優美子はどうなんだ」

 

 

 あいつはその頃の優美子なのか俺と結婚した後の優美子なのか。教室後方を一瞥する。

 

 

「結衣、もう1回聞くけど今あーしは何歳?」

 

 

「ええっ?! だから高校2年生だって言ってるよ?」

 

 

「……うわ、肌も若い。え、マジで……? ……あ!!!」

 

 

 思い出したかのように俺の方を見る優美子。バチッと視線が合ってしまう。

 

 

 ……あいつも多分タイムスリップした側だな。俺の目を見て不安げだった顔が一気に霧散した。

 

 

「八幡!!」

 

 

「うおっ、優美子声でけえよ」

 

 

 お前と逆側の席だからってそんなでかい声出さなくても聞こえるっつの。相変わらず距離感おかしいだろ。そこ、ぼっちが声小さいだけとか言わないように。

 

 ずんずんとこちらへ寄ってくる。周りのやつめっちゃ見てんじゃねえか。

 

 

「八幡……は、あれ。八幡今何歳?」

 

 

「安心しろ。俺も同じだ」

 

 

「だ、だよね!? 何なのこれ、どういうこと!?」

 

 

「とりあえず落ち着け。お前はここに来る前に何をしてた?」

 

 

「何をしてたって、八幡起こしに行って、その後八幡と寝て、それで……」

 

 

 つまり同じタイミングでこの世界に来たってことか。

 

 

 ……うん、ますますわけがわからんな。

 

 

「あ、あの。優美子……?」

 

 

 気付けば由比ヶ浜もこちらへ来ており、おずおずと優美子の名前を呼ぶ。まあいきなりあんな錯乱した態度取ってりゃ心配もされるわな。

 

 

「あ、ごめん結衣。取り乱したし」

 

 

「うん、それは別に良いんだけど……」

 

 

 良いのかよ。俺は心の中でツッコミを入れる。

 

 

「……さっきから何でヒッキーのこと“八幡”って呼んでるの? それに、ね、寝たって」

 

 

「「あ」」

 

 

 そうか、高校の頃ってことは俺と優美子は仲が良いどころか関わりさえ殆ど無かったんだよな。再会したのは大学の頃だし。

 

 

「あ、あとヒッキーもヒッキーだからね! 優美子のこと下の名前で呼ぶとか……、セクハラだから!!」

 

 

「俺だけセクハラのライン厳しすぎだろ」

 

 

「とにかく! ちゃんと説明──」

 

 

 言いかけたところでチャイムが鳴る。うお、このチャイム懐かしいな……。何年ぶりだ、これ聞くの。

 鳴り終わりと同時にシワの殆どない若かりし平塚先生が入ってきて、席に着けとクラスに促す。由比ヶ浜はぐぬぬと唸って。

 

 

「お、お昼に全部話してもらうからね!!」

 

 

 そう宣言して席に戻って行った。由比ヶ浜はいつになっても元気なやつだな、なんてジジくさいことを思う。

 

 

「じゃ、あーしも行くし。お昼はお弁当持ってあーしの席に来てね」

 

 

 ……昼はあの一軍メンバーと食べるのか。海老名さんと戸部以外は名前覚えてないぞ。

 

 

 ま、何とかなるか。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「はい、どういうことか説明して」

 

 

 一軍メンバー+クソぼっち。異色も異色な組み合わせで食卓を囲む。クラスは困惑し、当の由比ヶ浜は既に裁判官モードだ。

 

 

「その前に葉山とか海老名さん他三人に何の話か説明した方が良くないか?」

 

 

「あーしもそう思うし」

 

 

「2人で通じ合ってる感出すのやめて」

 

 

「「……」」

 

 

 今日の由比ヶ浜は圧が凄いな。あの優美子でさえ気圧(けお)されてるじゃねえか。

 

 

「でもどうしてヒキタニ君とお昼を食べることになったのかな。いや、俺は全然嬉しいんだけどね?」

 

 

「隼人。ヒキタニじゃなくて比企谷」

 

 

「あ……ごめん。比企谷だったね」

 

 

「優美……三浦も、あんま怒るな」

 

 

「ヒッキー。優美子のことつい優美子って呼びそうになって三浦って呼ぶのも禁止」

 

 

「優美子もあんま怒るなよ」

 

 

「優美子って呼ぶのも禁止!!!」

 

 

 姑ばりの難癖だなおい。しまいには喉かれるぞ。

 

 

「結衣。今から言うこと聞いても驚かないでね? あと怒らないで」

 

 

「……わかった。なに?」

 

 

「あーしと八幡は多分タイムスリップ? してるっぽい。あとその未来では結婚もしてる」

 

 

「「「……え?」」」

 

 

 俺と優美子を除く周りのやつらが一斉にハモる。そういやハモるって言葉はレズるの遠い親戚感あるよな。

 

 

「ま、待てよ。てことは未来のヒキタニは優美子と付き合って……?」

 

 

「うるせえよ童貞風見鶏。てかさっき比企谷って訂正食らったの見てただろうが」

 

 

「比企谷口悪くね!? てか童貞ならぼっちの比企谷だって……。……あ、え? そういうこと? もしかして優美子と……?」

 

 

「「……」」

 

 

 俺と優美子は顔を見合わせて沈黙する。

 ……いや、本人居るのにヤったとか流石に言えねえだろ。だから童貞風見鶏なんだよ。

 

 

「う、うわぁぁぁぁあああ!!!!!」

 

 

「あ、おいどこに……」

 

 

 言い終わる前に童貞風見鶏は教室から逃げるように走り去っていく。あいつ飯もまだなのにどこに行くつもりなんだよ……。

 

 

「あ、そうだ葉山。お前雪ノ下を落とせるどころかお前の知らないところで(女の)恋人作ってたぞ」

 

 

「ななな、なんのことかな……? ゆゆ、雪乃ちゃんに恋人……?」

 

 

 途端にガクガクと震え出す葉山。思った通りとはいえこいつの反応超面白いな。いつものイケメンが見る影もない。ざまぁ。

 

 

「八幡、流石に意地悪いし。恋人って言ったって結衣じゃん」

 

 

「ええ、あたし!? あたしは普通にノーマルだよ!? ……というより、あたしはヒッキーのことが……」

 

 

 普通にノーマル、って何か面白いな。あと最後に呟いた言葉は無視する。火種になりかねんからな。

 

 

「……八幡。鼻の下伸ばすなし」

 

 

「伸ばしてねえよ。早とちりすんな」

 

 

「そ。まあ別にあーしも浮気されるとは思ってないけどね」

 

 

「する気もねえから安心しとけ」

 

 

「だ、だから通じ合ってる感出すのは禁止だってば!」

 

 

 由比ヶ浜はバンバンと机を叩いて必死にぷりぷりと怒る。胸弾みまくりだな……。

 

 

「ヒキオ?」

 

 

「怒る時だけ昔の呼び名に変えるのマジやめろめっちゃ怖えんだよ」

 

 

 優美子は炎属性なのに氷属性も持っちゃったらもうそれやべえじゃん。ニブルヘイムとムスプルヘイムの二重責めとか普通に死ねる。

 

 

「優美子、ヒキタニくん。一応聞くんだけど別にドッキリとかじゃないんだよね?」

 

 

 それまで話さなかった海老名さんがおもむろに口を開く。まあそう訝しむのも当然だわな。

 

 

「だね。てか高校の頃のあーしとかそんなんするキャラじゃないでしょ。ましてぼっちの頃の八幡となんて」

 

 

「そっか。で、2人は寝てる間にこの世界に来たって解釈で良い?」

 

 

「うん。最後に覚えてるのは同じベッドで寝たところだし」

 

 

「ならもう1回同じ状況で寝てみたらどう? 家は流石に無理だろうけど、保健室のベッドで寝てみるとか」

 

 

「……なるほどな」

 

 

 現状考えられそうな戻り方はそれだけか。ラノベとかだったら何かを達成したり黒幕をどうにかするもんだが、別段そういった要素は今のところどこにもない。

 

 

 というか今更だが、俺結構順応してんのな。異世界転生したやつが転生した瞬間からその世界に馴染むのにずっと違和感を抱いていたが、もしかしたらこういうことなのかもしれない。

 

 

「じゃあ八幡、保健室行く?」

 

 

 ……いや、多分こいつも一緒に居るからか。優美子がいなかったら混乱して今頃どうにかなっていたかもしれない。この頃の優美子だと俺に冷たいからひょっとしたら死ねるな。その時は戸塚に告白してから死のう。

 

 

「そうするか」

 

 

「ふ、不潔だよ! ヒッキーも優美子も、2人っきりでそんなこと……!」

 

 

「はーい、結衣はこっちで落ち着こうねー」

 

 

「ちょ、ちょっと姫菜! あたしの話はまだ終わって──」

 

 

 そのまま由比ヶ浜は海老名さんに教室の隅に連れていかれ、視線で合図される。腐ってるところを除けば本当に良い人だよな、海老名さん。

 

 

「んじゃ行くか、優美子」

 

 

「うん」

 

 

 椅子から立ち上がり、いつもの様に手を差し出す。当たり前と言わんばかりに優美子はその手を取り、同じように立ち上がった。

 

 

 流石に手を繋いで保健室に向かうことは無いが、隣同士で歩くのはもう慣れたものだった。

 

 

 

 

 

……

…………

………………

 

 

 

 

 

 ふ、と目を開ける。そこは慣れしたんだ自室の天井で、隣からは規則正しい寝息が聞こえる。

 

 

「……夢だった、のかね」

 

 

 独りごちる。優美子が起きた気配はない。

 

 

 ま、普通に考えたら夢だろうな。タイムスリップなんて馬鹿げている。ありえた可能性よりも夢だったって方が何十倍も信憑性があるだろう。今では確かめる(すべ)もないんだが。

 

 

 ……いや、一つだけあるか。俺は独りでタイムスリップしたわけではないし、それは落ち着いていられたその時の記憶がそのまま証明している。

 

 

「ん……」

 

 

 優美子は閉じていた目をさらにギュッとして、薄目を開ける。どうやら優美子も起きたようだ。

 

 

「おはよ、八幡」

 

 

「ん、おはよう」

 

 

 さて、さっきの記憶は本当だったのか夢だったのか。

 ひとまずは、“高校生の頃の肌はどうだった?”とでも聞いてみるとしよう。

 

 



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