リンクス&ネクスト (零壱)
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天敵、転生す

 この世界に馴染んでいくのを感じる。

 だが、それは自分がこの世界の純粋な住民でないことを表していた。

 

 よもや、誰が転生者の存在を信じるだろうか。

 残念ながらこの世界に仏教はないので、もちろん輪廻転生の考えなどない。

 転生者だと告げたところで冷めた視線を向けられるだけだ。

 

 転生者は孤独だ。

 しかし、悪いことばかりではなかった。

 

 前世の記憶によって、転生者はこの世界にない知識を得ている。

 ゆえに、本来ならこの世界ではありえなかった物事をもたらすことができる。

 

 とある転生者は自身のロボットに関する知識を総導入し、この世界の最高戦力である幻晶騎士の技術を飛躍的に向上させた。

 歴史が動くほどの大きな出来事だった。まさに革命と言える。

 

 だが、彼はここで語られるべき存在ではない。

 

 ここではもう一人の転生者――()()()()()()()()()である彼の話をしよう。

 

 彼は前世にあまりにも凄惨で、冒涜的な歴史を残した。

 幻晶騎士と同じく人の形をした史上最強の兵器“アーマードコア・ネクスト”を駆り、清浄な空に浮かぶ揺り籠、クレイドルのすべてを破壊した。

 人類は深刻な出血を強いられ、生き残った人々は彼を人類種の天敵と恐れた。

 

 彼もまた人間だった。人類を絶滅まで追い詰めたものの、最期は寿命に倒れた。

 だが、その魂は汚れたまま、この世界への転生を果たす。

 

 これは、あり得ることのなかった、もう一つの世界の歴史。

 

 

 長い夢から覚めたような、そんな不思議な感覚を覚えた。

 かつての自分が駆っていた最強の兵器によく似た巨大な人型、幻晶騎士を目の前にした時、“リンクシィ・カラーディア”()はもう一人の自分の記憶を呼び覚ます。

 

 あまりにも凄惨な記憶。すべてを焼き尽くした最悪の歴史。

 だが、自然と受け入れることができた。それが当然であるかのように。むしろ、今までの平穏な日々こそが夢だったと思えるほどに。

 

 純粋無垢だった少女の瞳に禍々しい何かが宿る。

 光が失われ、深淵の闇だけがあった。

 

 一体何をしようというのか。彼女はおもむろに幻晶騎士のもとへと歩き出す。

 だが、呼び止める声が彼女の小さな背中にかけられた。

 

「りんくす! あぶないですよ」

 

 舌足らずな、しかし元気に満ちた可愛らしい声。

 振り返ると、そこには美少女と呼ぶにふさわしい子どもがいた。

 だが、天使と見紛う可憐な容姿をしているが、彼は男の子だ。

 

「える、ねす、てぃ」

 

 子ども、エルネスティ・エチェバルリアの名を口にする。

 すると、リンクシィの瞳は濁りが抜け落ち、光を取り戻した。一体何をしようとしていたのか、すっかり忘れてしまった。

 

 あの記憶は残ったままだった。しかし、エルネスティの存在がリンクシィの穢れた魂に宿るかつての彼女の狂気を抑えたのだった。

 理由は特に思いつかない。強いて挙げるなら、エチェバルリア家とカラーディア家は親密な仲にあり、二人は一緒にいる時間が長かったことくらいか。

 

 エルネスティはリンクシィの手を取り、安全な場所まで下がらせた。

 

「あなたもしるえっとないとにきょうみがあるのですか?」

 

 何かを期待しているかのような笑顔を浮かべて、エルネスティは訊ねた。

 

「……わからない。でも、わたしは、あれをしってる。ころすためのどうぐ。いつか、じんるいをえしさせるそんざいになりかねない」

 

 予想の斜め上をいく答えにエルネスティは困惑を隠せずにいた。

 彼もまた転生者ゆえに彼女がどういうことを言ったのか、そして、その幼い見た目に相応しくない答えを口にしたことを理解していた。

 余談だが、エルネスティもあまり見た目相応な言葉づかいではないと言える。教えてもいない丁寧語を初めから使える幼子などそうそういない。

 

「む、むずかしいことをかんがえているのですね」

「わたしは、こわい。……また、ころしてしまいそうだから」

 

 顔を俯かせ、自分自身を抱きしめるリンクシィ。彼女は恐怖に身を震わせていた。

 エルネスティは戸惑いを隠せなかったが、ぱしんと自分の頬を打つと、曇りのない笑顔を浮かべた。

 

「いいじゃないですか、それでも」

「……?」

「ろぼっとのつかいかたはひとそれぞれです。だれかにおしつけられるものじゃありません。あなたがただしいとおもうことをすればいいのです。たとえ、じんるいをほろぼすことになろうとも」

 

 ロボットをこよなく愛する少年は、愛ゆえに歪んだ考えを持っていた。

 しかし、目の前の少女にとってその言葉は、胸のうちに秘めた殺意への恐怖をいくらか和らげていた。

 

――わたしは、なにがしたい?

 

 その答えはすぐに出てこないだろう。

 だから、探すことにした。

 

 遠くでエルネスティの母親の声が聞えた。一人勝手にここに来たらしいエルネスティは「いけない、かあさまがよんでる」とリンクシィに背を向けて走り出した。

 そう思いきや、突然振り返った。

 

「りんくす! ぼくはしょうらい、ないとらんなーになります。ないとらんなーになって、しるえっとないとをそうじゅうします! それが、()()()()()()です!!」

 

 そう残し、彼は再び心配しているだろう母親のもとへ急いだ。

 

 一人残されたリンクシィは、幻晶騎士へと視線を向ける。

 巨大な人型。原始的であれども武器を手に取り、敵を殺す兵器。

 

 あれに乗ることを選べば、また殺すことをやめられなくなるかもしれない。

 だが、もう一度、何かを守るために戦うことを選ぶこともできる。一度は捨ててしまった道を、もう一度やり直せるかもしれない。

 

「わたし、は……」

 

 なれるだろうか? あの白き閃光のように。

 

「……ううん。なるんだ。――なって、みせる」

 

――それが、私の()()

 

 リンクシィは決意を抱いた。

 はたして、その先に待っているものは何だろうか。

 

 運命の歯車は今、ゆっくりと回り始める。




現時点での二番煎じ。
ACfaやり直したら無性に書きたくなったんです。
……本当に申し訳ありません。

長く書くつもりはなく、せいぜい一万ちょっとくらいを目安に書いていくつもりです。

アーマードコアはfaとvだけプレイしたことがあるだけで、他は知識だけです。
わたくしのコジマ汚染も大したことないレベルです。
変態を期待していた方には申し訳ありません……。

ナイツ&マジックは書籍第一巻、アニメを途中、なろう全話といった具合です。別にアニメが見たくなくなったわけではなく、諸事情により見れない状況になっただけですので、機会ができたら全話見ます。書籍は……どうなんでしょう? 読んだ方がいいでしょうか?

長くなりましたが、後書きはここまでです。
次回は入学です。サクサク行きましょう。

素人ですが、どうぞご容赦を。
それでは、また次回。


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天敵、入学す

 決意を抱いたあの日から数年後、成長した少女はライヒアラ騎操士学園への入学を果たした。

 リンクシィ・カラーディアだ。濡羽色の髪をなびかせ、透き通るような蒼い瞳に揺るぎない決意の光を宿らせていた。

 

 ここ、ライヒアラ騎操士学園に入学した目的はただ一つ。

 人類を壊死させかねない暴力を、いかにしてあの白き閃光のように何かを守る力に変えるのか。その答えを得るためだ。

 

 ライヒアラ騎操士学園には様々な学部、学科が設置されている。

 フレメヴィーラ王国を魔獣の危機から守るために活躍する幻晶騎士、その設計と開発を担う騎操鍛冶師と操縦者である騎操士の育成を主な目的としており、生徒はそれぞれの道に必要な知識と技術の徹底的な習得を目指す。

 

 リンクシィの進む道はただ一つ。幻晶騎士を駆り、人々を守る騎操士乃ち騎士の道である。

 かつての彼女は金のために世界を汚し、誰かを傷つけるただの傭兵に過ぎなかった。それどころか、最後には信じていた相棒さえ裏切って人類を虐殺する化け物と成り果てた。

 もう二度と過ちを繰り返すわけにはいかない。そのためには、真に決意するための何かを知らなければならない。だから、この学園で見つけてみせる……リンクシィの胸にはそんな希望が秘められていた。

 

 だが、リンクシィは一人だった。

 幼馴染にして親友のエルネスティはまだ入学するには年齢が足りていない。

 一足早く入学したは良いものの、これから先気の置けない友人がいない生活を送らなければならない。独りに慣れていないわけではないが、魂に染み付いた狂気がいつ蘇るか思うと恐ろしかった。

 

 不安が表情に出ていたのだろう。

 リンクシィの背に声が掛けられた。

 

「そこの君、大丈夫か? 新入生か。もしかして迷ってしまったのか?」

 

 顔を上げると、そこには体格の良い男子生徒がいた。

 上級生だろう。同じ初等部か、はたまた中等部かはわからなかった。

 

「君、名前は? 私はエドガー・C・ブランシュ。中等部騎士課の生徒だ」

 

 エドガーはできる限り温和な態度を取ろうと心掛け、名乗った。

 しかし、どうにも慣れていないらしく、笑顔はやや硬かった。

 

「……」

「あー、すまない。何分、こう、愛想笑いが苦手なんだ」

 

 ばつが悪そうに頬を掻くエドガー。

 なぜだかおかしくなったリンクシィは思わず吹き出した。

 

「ちょっと傷ついたぞ」

「ごめんなさい。でも、あなたが悪い人じゃないってわかった。……私は、リンクス。リンクシィ・カラーディア」

 

 その後、短いながらも談笑を経て二人は打ち解けあった。

 リンクシィにとっては初めて家族とエルネスティ以外でできた話し相手だった。

 

 良き相談相手を得たリンクシィはエドガーと別れ、入学式の会場へと向かった。

 

 心に掛かっていた雲は、いつの間にか晴れていた。

 

 

 ライヒアラ騎操士学園に入学し、リンクシィは多くのことを学んだ。

 生身での戦い方、公の場所での礼節、魔法の扱い、幻晶騎士の存在意義……特別なことではなく、どれも普遍的で常識的なことだったが、彼女の価値観に大きな変化を与えた。

 結果として、目的もなくただ戦い続けることに明確な疑問を抱き、魂にこびりついた狂気を抑え込む強力な抑止力を得ることができたのだった。

 

 そして、リンクシィが得たものはそれだけにとどまらない。

 

「いくわよ、リンクス!」

「今日こそ勝つ!」

 

 上級生たちの訓練に交じって剣を振るう。

 相手は同性の先輩、ヘルヴィ・オーバーリ。リンクシィと同じく騎操士を志している。

 

 これまでに何度も剣を交えてきたが、ヘルヴィが勝ち続けていた。

 上級生相手に実力は拮抗しているのは驚くべきことだ。しかし、そこで満足できるほどリンクシィの覚悟は甘くない。

 

 それを理解しているからこそ、ヘルヴィも本気で打ち合う。

 互いに譲らぬ接戦。もはや男子生徒でも耐えられるかわからない剣戟の末、リンクシィの持つ訓練用に刃の潰された剣が根元から折れた。

 

 リンクシィは剣を下ろし、負けを認めた。

 たかが剣が折れただけだ。まだ戦える。だが、時には潔く負けを認めることも必要だ。

 

「参った……また、負けた……」

「いやぁ、今のは流石に危なかった。ほんと、あなたって強いわね」

 

 落ち込むリンクシィだったが、ヘルヴィたち上級生から見れば規格外の強者(イレギュラー)だ。

 まだ伸びしろを感じさせる。一体どこまで強くなるのか、それを考えた時、彼らは震えた。

 

「二人とも、お疲れ様だ」

 

 エドガーが水筒を二人に渡した。

 

「ありがと。……まったく、いつまで落ち込んでるのよ? まさか、私に勝てて当然なんて思ってないでしょうね」

「そうだな。悔しいのはわかるが、その辺にしておけ。あんまり度が過ぎると、後が怖いぞ」

「……ちょっと、それどういう意味よ!?」

 

 ヘルヴィはエドガーに致命の一撃を叩き込んだ。

 彼は顔を真っ青にし、表情を大きく崩して端正な顔立ちを台無しにしてその場に倒れた。

 リンクシィは敬愛する先輩二人のいつもの漫才に吹き出し、顔を上げた。

 

「次は、勝つ。そのためにも、もっと勉強する。もっと訓練する」

「ん、その意気よ。でも、そう易々と勝たせてあげないからね!」

「ぐぐ……何事も挑戦あるのみだ。俺たちも協力しよう。何かあったら、いつでも相談してくれ」

 

 エドガーとヘルヴィ。二人の存在はリンクシィにとってかけがえのないものだった。

 胸の内に抑え込んだ狂気に打ち勝てるのも二人のおかげだった。だが、だからこそ、いつまでも甘えていられない。

 

 自分の力で勝たなければならない。

 もう二度と、敗北することは許されないのだから。

 

 リンクシィは水筒の中身を飲み干すと、もう一本訓練用の剣を取りに向かったのだった。

 

 ……ちなみに、彼女が剣を折った数は優に千を超えている。




次回、vs陸皇亀。
天敵種の片鱗を見せつけます。

それでは、また次回。


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天敵、強襲す 上

 季節は巡り、リンクシィは中等部を卒業した。

 騎士学科での成績を認められ、エドガーやヘルヴィ同様高等部への進学を果たした。

 

 しかし、彼女の才能はより上層の者たちにも認められた。

 普通であれば引き続きライヒアラ騎操士学園の生徒としてさらに修学するところ、王国上層部からの推薦でとある極秘プロジェクトへ参画することになった。

 

『プロジェクト次世代機(ネクスト)

 それは、現存する幻晶騎士を大きく超える戦力になりうる新たな幻晶騎士の設計及び開発を目的とするもので、フレメヴィーラ王国は新たな時代を迎えようとしていたのだった。

 

 前世の記憶から次世代機(ネクスト)に何かと思うところのあったリンクシィはこれを快諾。よって、彼女には研究用の機体が与えられることになり、さっそく受け渡し場所兼訓練場所であるヤントゥネンへと赴いた。

 

「これが……」

 

 感嘆の声を漏らすリンクシィ。彼女の目の前には一体の幻晶騎士が()()()()()()()

 従来の幻晶騎士であれば整備台の上に座った状態で待機しているものだが、その機体は特殊な体型をしているために仕方なく天井から吊るすことで整備を行っていた。

 

 まず目についたのはそのシルエット。従来のものと比べると貧弱な体つきをしていた。装甲も申し訳程度にしか装備されておらず、魔法どころか魔獣の体当たり程度で大破してしまいそうな印象を受けた。

 しかし、この機体が格闘戦を想定していないことは従来の機体には備わっていないあるパーツによって理解することができた。機体の各所にはこの世界の住民であれば見たことのない吸盤のようなものが備えられていた。

 リンクシィは一目でそれの正体に気づいた。――ブースターだ。短時間または長時間ジェットを噴射することで爆発的な加速を得ることができる補助推進装置。

 軽量化されたボディに加速用のブースター。

 次世代機(ネクスト)のコンセプトは乃ち、“高速機動”である。

 

 なんという偶然か。はたまた、必然だったのか。

 数奇な運命のめぐりあわせに魂が震える。リンクシィは湧き上がる興奮を抑え込んだ。

 この世界はまだ、悲劇を回避することができる。穢れるにはまだ早い。

 

「君がリンクシィ・カラーディアか。話は聞いているな? 到着したばかりで申し訳ないのだが、さっそく試験を始める。搭乗の準備をしてくれ」

 

 次世代機とはいえ、基本的には従来の機体との相違は極端な軽量化とブースター――試作型推進器の装備だけで、それ以外はまったく同じだった。

 ゆえに嫌というほど繰り返した搭乗手順を踏み、機体への搭乗を完了する。

 

「これより次世代機(ネクスト)幻晶騎士(シルエットナイト)“ストレイド”の動作試験を開始する。ストレイド、推進器起動!」

 

 言われた通りに試作型推進器を起動する。起動方法は単純な話、足を使う必要がないのでその分浮いた魔力量で炎と風の複合魔法“炎疾風”を発動するだけ。成功すると、試作型推進器からジェットが噴き出し、ストレイドの体を持ち上げる。

 

「固定鎖外せ!」

 

 次に、ストレイドの体を吊るし上げていた鎖が解かれた。

 重力に引っ張られるも試作型推進器のジェットの噴出によってゆるやかに降下する。いくら機体が軽量で常時炎疾風による上方への推進力を得ているとはいえ、ストレイドを宙に留めることはできなかった。

 技術者たちにとっては課題であるが、リンクシィには十分すぎる結果だった。

 

「……よし、ストレイド発進!」

 

 主任の許可が下りた。

 リンクシィは背中に装備された一際巨大な推進器から高出力の炎疾風噴射し、瞬間的に爆発的な加速を生み出す。

 

――幻晶騎士が空を飛んだ。

 技術者たちは技術の革命に歓喜の声を上げた。

 そして、リンクシィはかつての愛機の感覚を思い出し、無意識に口角を上げていた。

 

 

 何が起こったのか?

 夜の闇の中、クロケの森をライヒアラの生徒たちは逃げ惑っていた。

 

 上級生はステファニアに指揮のもと迫りくる魔獣の群れを迎え撃っていた。しかし、突然のことに理解が追いついておらず、何匹かを仕留め損なう。

 後方にはまだ1年生が残っている。いくら中等部の騎士学科とはいえ、彼らのほとんどはまだまだ未熟だ。たとえ一匹でも大混乱を引き起こしかねない。実際、1年生たちはパニックに陥っていた。

 

 だが、ステファニアはその場から動けずにいた。伝令を出そうにも魔獣の数が多すぎる。下手に今ある陣形を崩せば1年生を逃がすどころか自分たちが先に全滅することになりかねない。

 

(せめて、幻晶騎士がいてくれれば!)

 

 しかし、現在今回の野外演習に同行した幻晶騎士たちは後方の1年生たちの援護に向かっていた。ステファニアたちのもとへ駆けつけるのはもうしばらく先になるだろう。

 

 魔獣は待ってくれない。やがて、また一人とマナ切れを起こしては法撃が追いつかなくなり、百を超える魔獣の群れがまるで雪崩のように迫りくる。

 

 誰もがもう駄目だと諦めを抱いた。

 冷静に振る舞い指示を出し続けたステファニアさえ絶望を顔に浮かべていた。

 

 そんな時だった。

 彼らの耳が聞きなれない轟音が迫ることに気づいたのは。

 

 瞬間、魔獣の群れが爆ぜた。連続して爆撃音が鳴り響く。

 魔獣の群れを見やると、爆炎が上がっていた。法撃による攻撃だ。

 

 しかし、この場に、いや、たとえ幻晶騎士であってもこれほどの爆撃はそう易々と行えるものではなない。法撃をこれほどまで早く撃ち続けることはどのような手段を以てしても不可能だった。

 

 なら、一体何が起きたというのだろうか。

 その答えは()()()()()()()()

 

「!? 空から幻晶騎士が……!?」

 

 常識からは考えられない。幻晶騎士ほどの巨体が空を飛ぶなど誰が想像できただろうか? いや、誰もできなかっただろう。少なくともステファニアたち、この世界の住民には。

 

 空からやってきた幻晶騎士――ストレイドはゆっくりと降下する中、両手に握りしめた奇妙な形をした杖を構え法撃を続けた。爆炎球が連射され、魔獣の群れを瓦解させていく。

 

 やがてストレイドが地面に降り立った時、魔獣の群れは炎の海に呑まれていた。

 

 その黒色のボディをもつ幻晶騎士は空から現れ、瞬く間に魔獣の群れを撃滅した。

 助けられたステファニアが抱いた感情は恐怖だった。祈りを捧げたのは認めるが、これほどの破滅は望んでいなかった。

 

 この時、誰もがストレイドのことを心の中でこう呼んだ。

 

――黒い鳥(レイヴン)。全てを焼き尽くす、死を告げる鳥、と。




遅れました。申し訳ございません。
それと、陸皇亀までたどり着けませんでした。重ね重ね申し訳ございません。

ようやくネクストを出せました。
いきなり空飛びますが、本来は無茶苦茶なやり方で飛行を可能にしたので、どうかご容赦を。

次回こそvs陸皇亀。
グゥエールのエルネスティとストレイドのリンクシィの二人による共同戦です。
頑張ります。

それでは、また次回。


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天敵、強襲す 中

 ステファニアたちを救出した後、ストレイドもとい操縦者のリンクシィは周囲を一瞥し問題がないことを確認する。

 しかし、油断はできない。ヤントゥネンの騎士団たちのもとへ駆けつけた伝令いわく、このクロケの森目掛け師団級魔獣“陸皇亀(ベヘモス)”が進行しているのだ。

 

 クロケの森で野外演習を行っているライヒアラの生徒たちを一刻も早く避難させなければならない。しかし、勝算もないまま闇雲に陸皇亀へ攻撃を仕掛けるのはかえって危険だ。

 ヤントゥネンの騎士たちが葛藤する中、情報を聞きつけたリンクシィは技術者たちに無理を押し通し、実践テストの目的でストレイドを飛ばしたのだった。

 

「けが人は? 全員無事?」

「は、はい! マナ切れを起こしている生徒が若干名。けが人も動けなくなるほど大きな怪我は負っていません」

 

 ストレイドから降りたリンクシィは即席の指揮官だったステファニアに状況を報告させた。どうやら間に合ったらしい。安堵のため息を漏らしたが、すぐに表情を引き締めた。

 

「私は高等部のリンクシィ・カラーディア。訳あってヤントゥネン砦にいたからこちらの応援に来た。……今、ここに師団級魔獣が接近している。速やかに退避して。もうすぐヤントゥネン騎士団も駆けつけるはず。出来ることなら彼らと合流を」

「りょ、了解です。……それで、あなたは?」

 

 早口でまくし立てたリンクシィはすぐにストレイドに戻った。

 

「出来る限り足止めする。さぁ、早く!」

 

 研究用に作られた機体だが、ある程度実用化されている。ストレイドは試作型推進器を積んでいるため従来の機体よりも魔力の消費が多いが、その分とある装置を搭載することで魔力回復速度が改善されており、少しの休息ですぐに動かせる。

 ステファニアたちへの説明の僅かな時間でそれなりに動けるだけの魔力を回復していたストレイドはジェットを噴射し、再び空を舞った。

 

 

 夜の闇は先の強襲によって生じた火災のおかげでそう暗くなかった。

 ゆえに、その巨体を発見するのは容易かった。

 

「陸皇亀……なんて巨大な」

 

 空を飛ぶリンクシィだからこそ、その全貌が見えていた。山と見間違えるほどの巨躯は間違いなく生き物だった。流石は魔獣。人智を超えた存在と称されるだけはある。

 

「でも、あの手の敵なら何度も倒した。負けるもんか」

 

 前世で相手してきた巨大兵器の数々を思い出し、不敵に笑う。

 蒼色の瞳の奥には獲物を見つけた狩人の獰猛さを想起させる不気味な輝きがあった。

 

 推進器に魔力を送り、加速する。急速接近し、手始めに両手の魔導兵装、法撃特化杖(アサルトロッド)を構え爆炎球を連射した。一発一発の威力は低くとも連続して攻撃すれば与えれば少なくないダメージが期待できる。

 しかし、陸皇亀の巨躯の前には豆鉄砲に等しかった。炎上させようにもあまりにも頑丈な甲殻に歯が立たず、爆炎球はことごとく消散した。

 

 どうやら魔法で攻撃するにあたって、それなりに高火力のものでなければならないようだ。しかし、上級魔法はおろか、戦術級魔法など使えば反動で機体が破損しかねない。それほどまでにストレイドは脆いのだ。

 だが、四の五の言っている場合でもない。多少のリスクには目を瞑ることにし、ストレイドは戦術級魔法を発動する。

 

 さっきよりも高火力の炎弾が連射され、陸皇亀を焼く。いくら頑丈な甲殻であっても流石に耐えきれなかったようで、各所が赤熱していた。

 このまま攻撃を続ければある程度はダメージを与えられるだろう。

 

 その時、森の中から陸皇亀へと突撃する数機の幻晶騎士が現れた。ヤントゥネンのかと息をつきかけたが、よく見ると違う。ライヒアラの高等部の生徒が操縦する機体だ。思わず目を見開いた。

 どうやら下級生たちが逃げるまでの時間稼ぎに出たらしい。先陣を切っているのは見覚えのある白い機体、アールカンバーだった。

 

 思いがけない援軍は、はっきり言って喜ばしくないことだった。

 いくら日ごろから幻晶騎士の操縦訓練を積んでいるからと言って、師団級魔獣を相手取るのは些か無謀だ。仕留めるのではなくあくまで囮として引き付けるにしても危険は大きかった。

 

 リンクシィは我に返るとすぐにジェットを吹かし、アールカンバーのもとを目指す。

 

「エドガー! 聞こえる!?」

「その声、リンクシィか! 一体どこにいるんだ!?」

 

 ストレイドは速度を落とし、アールカンバーの隣に降りる。独自の構造により足には着陸装置(ランディングギア)が装備されており、地上では足で走るのではなく推進器を合わせたホバー走行を行う。

 

「な、なんなんだその幻晶騎士は?」

「それは後。今は目の前の魔獣が最優先。……甲殻が頑丈過ぎて歯が立たない。戦術級魔法を連射してやっと赤熱させられる程度。だから、攻撃は魔力の無駄」

「しかし、囮の役目としては無駄であっても攻撃しなければ引き付けることもできない」

「……私が攻撃する。あんまり余裕はないけど、遠くから狙えばそれなりに撃てるはず。エドガーたちは近くで踊ってて」

「おど……まぁ、そうだな。最大限アプローチするとしよう」

 

 リンクシィは割と真面目に発言したのが、彼女なりの冗談だとエドガーは判断した。

 ゆえに、ストレイドが再度上昇し、後方から法撃を再開した時、彼らもまた攻撃を行った。

 

 ほんの少し、慢心していたのかもしれない。

 自分たちの力を過信していたのかもしれない。

 

 法撃によるダメージが見られたため、さらに深く踏み込む高等部の幻晶騎士。

 

 しかし、陸皇亀がその口腔から猛烈な竜巻の息吹を放つと、若者たちが駆る幻晶騎士のほとんどが呆気なく吹き飛ばされた。四肢が千切れ、崩壊した機体は沈黙したまま動かない。

 

 突然のことに頭が追いつかず、一人、また一人と巨体の餌食になっていく。踏み込んだことで距離が近くなっており、そこで棒立ちなどしたものだから当然である。

 

 予想はできていた。だが、防ぐことができなかった。

 遠くの空から呆然と前線を眺めるリンクシィは、逃げ出した紅い機体に気づかなかった。




なぜ後書きで書いたことが実行できないのか……
もしかしてフラグ? まさか。
とにかく、本当に申し訳ありません。

昨日は諸事情により投稿できませんでした。
重ね重ね申し訳ありません。

それでは、また次回。


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天敵、強襲す 下

 前線にはまだ生徒たちが残っている。

 恐慌状態に陥っているらしく、また一人と巨躯に食われていく。

 我に返ったリンクシィはストレイドを駆り、全速力で陸皇亀へと接近する。

 

 ジェットを噴射させながら法撃特化杖から戦術級魔法を放つ。慣性の力も合わさって高速で大火球が陸皇亀の甲殻を赤熱させる。ストレイドは赤熱した個所に狙いを定め、法撃特化杖を突き刺さんとする。

 法撃特化杖は効率を重視した形状のため、先端が鋭く尖っている。これを利用し、簡素ではあるが物理ブレードの役割を果たすことができるのだ。

 

 はたして、法撃特化杖は陸皇亀の甲殻に罅を入れた。甲殻はすぐに冷却され、深く切り込むことは叶わなかったが明確なダメージを与えることに成功した。流石の陸皇亀も自身の体に傷をつけられては何もしない訳にもいかず、体を小刻みに揺らす。

 たったそれだけでもストレイドを仕留めるには十分すぎる。ジェットを巧みに噴射し後の操縦技術であるクイックターン(QT)クイックブースト(QB)を連発する。何とか陸皇亀の反撃を逃れ、距離を取ることに成功する。

 

 ここで最悪の事態が起きた。

 陸皇亀は首をもたげ竜巻の息吹を放とうとした。

 

 リンクシィの目に薄汚れた白のアールカンバーが映る。その手はどこかに伸びていた。

 視線を移すと、そこにはヘルヴィの操るトランドオーケスの姿があった。

 

「まさか!」

 

 そのまさかだ。

 陸皇亀の狙いは疲弊しきったトランドオーケスだった。

 トランドオーケスの魔力残量は僅かでありとても回避するには足りなかった。

 ストレイドで救援に向かおうとするもジェットの調子が悪い。言わずもがな、魔力切れである。さっきの強襲によって元々少なかった魔力が底をつきた。一度休憩を挟まなければならない。

 

「ヘルヴィィッ!! くそ、間に合えっ!!」

 

 エドガーの悲鳴にも似た叫び声が聞こえた。

 リンクシィは己の無力さを呪った。結局、私には何も救えないのか? 今まで抑え込んできた邪悪な感情が彼女の心を支配する。

 

 なら、せめて安らかに逝け――

 

 ストレイドは降下する中、片腕を上げる。法撃特化杖の先端がヘルヴィのトランドオーケスに向けられる。

 

 リンクシィは、かつて自分の相棒を撃った時のことを思い出した。今まで支え続けてくれた彼女が、自分の夢を思い続けてくれた彼女が、言葉僅かに海中に没した時のことを。

 あの時、リンクシィの心は何を感じたのか。その答えは、今ストレイドの中でリンクシィが笑みを浮かべながら蒼い瞳から涙を流していることを鑑みれば容易に察することができる。

 

 最後の一撃を放たんとしたその時、狂気染みた哄笑が轟く。

 

「あははははははふっははははは、いましたいました見ぃつけたー!!」

 

 紅い幻晶騎士が戦場へ迷い込んだ。いや、違う。あれはそんな場違いな存在ではなく、限りなく存在しえない異端者(イレギュラー)だった。

 

 紅い機体、グゥエールは剣を振りかざす。狙いは陸皇亀の頭部。

 無駄に終わる。そう思われたが、グゥエールの剣はたしかに陸皇亀の片目を貫いた。

 しかし、剣が抜けなくなったらしく、グゥエールはあっさりと武器を捨て後方へ跳んだ。

 

 リンクシィは思わず目を見開いて驚きを露にした。

 突然乱入してきたグゥエールはエドガーたちには目もくれず、陸皇亀のみを見ていた。次の瞬間には走り出し、予備の剣を構えて陸皇亀へと攻撃を仕掛ける。驚異的な跳躍力で陸皇亀の背中に飛び乗り、背中を疾走しながら剣を振り回す。いずれも弾かれていたが、グゥエールの動きに迷いはなかった。おそらく、試しているのだろうとリンクシィは直感した。

 

 とにかく、陸皇亀の注意は完全にグゥエールへと向けられている。片目を奪った紅い機体を射殺さんばかりの視線で追っている。エドガーたちはその隙に退却したようだ。

 今しばらくはグゥエールに任せ、ストレイドの回復に専念することにした。グゥエールがやられる心配をしていないわけではないが、従来の幻晶騎士の範疇を越える高機動を行っているグゥエールを見ていると不思議と彼のことを思い出した。きっと、その勘は間違っていないだろう。

 あれに乗っているのはエルネスティだ。どうやったのかは知らないが、彼があの紅い機体を動かしているのだ。ロボットをこよなく愛し、その全てを我が物にしようとする恐ろしくも強大な決意をキメている彼のことだ、しばらくはそつなく戦ってくれることだろう。

 

 ストレイドの中で大きく深呼吸する。湧き上がっていた狂気を抑え込む。

 だが、同時に戦う決意を胸に宿す。さっきもそうだったが、彼女は些か慎重に動き過ぎていた。もっと果敢に攻め込めば決定打を生み出すこともできたはずだ。

 

 何を期待していた? 援軍? バカな、あんな連中は当てにならない。

 結局、あの男も使い物にならなかった。最後の戦いの時、真っ先に沈んでいったあの狂人も私の隣に相応しくなかった。いつだって自分の力だけで切り抜けてきた。

 ……まぁ、だからといって支援機を使わないつもりはないが。むしろ使いつぶす気だ。

 

 魔力は充分に回復した。

 戦場に目を向けると、グゥエールが刃のなくなった剣を捨てたところだった。

 

 さぁ、戻ろうか。私の戦場に。

 かつて人類を殺戮した山猫(リンクス)が、次なる獲物を求めてジェットを噴射した。



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天敵、覚醒す

「む、あれが先輩方が仰っていた“黒い鳥”ですか」

 

 空から飛来した一体の幻晶騎士。

 薄すぎる装甲ゆえに攻撃の反動で既にほとんどがボロボロの状態だった。

 だが、その姿に怯えや恐怖といったものは微塵も感じられなかった。むしろ、獲物を屠らんとする獰猛な獣を想起させる。

 

「鴉というより山猫みたいですね。それにしても……いいなぁ」

 

 エルネスティはグゥエールの中で大きなため息を漏らした。羨望の視線でストレイドを見つめている。……その真正面には怒り狂った陸皇亀がいるにも関わらず。

 

「あぁ、僕もロボットで空を飛びたい。ジェットを吹かし、ブーストしながら空中機動をして飛び回りたい。あの杖は……銃杖? 形状からライフルのようですが、まさか本当に撃てるのですか? 話では連射できると聞いていますが……是非ともお話をお聞きしたいっ!!」

「お、おいエルネスティ。今は目の前の陸皇亀に集中するんだ。こっちに向かってきているぞっ!!」

 

 エルネスティの後ろでグゥエールの本当の操縦者であるディートリヒが悲鳴交じりに指をさす。彼の言う通り、陸皇亀が顎を開いて迫ってきていた。

 

「武器はどうした?」

「捨てました。もうボロボロでしたし」

「だったらそこに落ちているのを拾うんだ!! 早く。倒すまでにはいかずとも足の一つでも傷つけておかないと逃げることはできないぞ!!」

 

 グゥエールは陸皇亀へと疾走する。狙いは腹下にある幻晶騎士の剣だ。さっきの虐殺で倒れた幻晶騎士のものだが、折角なのでありがたく使わせてもらうことにしたのだ。

 

 剣を拾い上げ、グゥエールは陸皇亀の足を狙う。しかし、やはり甲殻を砕くことはできない。

 厳重な甲殻は陸皇亀の全身を覆っている。これを突破しない限り決定打を与えることは不可能だ。

 

 決め手に欠けていた時、爆炎が上がる。

 ストレイドによる戦術級魔法の法撃だ。正確に狙い放たれた炎弾は甲殻を赤熱させていた。

 

「! なるほど、そういうことですか!!」

 

 赤熱しているのはちょうどグゥエールの目の前。ストレイドの意図を理解したエルネスティはグゥエールを駆り、剣で赤熱した部分を斬りつける。甲殻は刃を通し、中の肉に傷をつけた。

 陸皇亀が小さな悲鳴を上げる。魔獣からすればほんの小さな裂傷だが、今まで突破されることのなかった甲殻の奥の筋肉を傷つけられることは大きな衝撃だった。片目を奪われた時同様、陸皇亀は自らの命を奪いかねない紅い機体に激しい殺意を向けた。

 

「ひぃっ。く、くるぞ。回避するんだ!!」

 

 ディートリが言い終える前にグゥエールは陸皇亀から離れる。

 

 また爆炎が上がった。今度は少し先に見える場所が赤熱している。

 グゥエールは加速し、跳躍。すれ違いざまに斬撃を飛ばし、肉を裂いた。着地すると速攻で走り出し、その場から離れる。

 

 ストレイドはその後もいくつかの個所を爆撃し、甲殻を赤熱させた。それをグゥエールが続けざまに切り裂き、陸皇亀は決して少なくない傷を負った。

 動きは明らかに遅くなっている。血もとめどなく流れ、陸皇亀の死は時間の問題にも思えた。

 

 形勢はさらに動く。

 ここにきてようやくヤントゥネンの守護騎士たちが戦場に到着した。

 彼らは戦術級魔法“炎の槍”を放ち、物量で圧倒する。しかし、陸皇亀の竜巻の息吹によってすべてはじき返された。そこで彼らは一つの大型兵器を取り出す。

 『対大型魔獣用破城鎚』だ。幻晶騎士4体を使って運ばなければならないほど大型の武器。原始的な機構で、接近して巨大な杭を打ち込む兵器だが、その威力は計り知れない。

 一番槍が突撃し、鎚を打ち込む。陸皇亀の頑丈な甲殻を突き破ってわき腹に突き刺さった。陸皇亀は初めてその巨体を大きくのけぞらせた。

 

 第二、第三と続く。

 ディートリヒとヤントゥネンの騎士たちは勝利を確信した。

 しかし、この世はそこまで甘くない。上手くいったと思ったら最悪の展開が待っていた、なんてことはもはやお約束である。

 それを知っているエルネスティとリンクシィは次の展開に備えた。

 

 突如、陸皇亀は巨体を大きく持ち上げた。後ろ脚だけで立ち上がる。

 そして、地面目がけて竜巻の息吹を放った。

 

 突撃していたヤントゥネンの騎士たちは竜巻の息吹を直撃し、機体を破壊されて吹き飛ばされる。何とか生き残った者たちも降ってきた巨大な足に押し潰された。衝撃波が周囲を襲う。

 

 ヤントゥネン守護騎士団の団長とディートリヒは絶望に顔を染めた。

 エルネスティはロボットを破壊されたことに対する怒りに笑みを深める。

 

 そして、リンクシィは圧倒的な暴力を前に歓喜を露にした。

 狂気ではなく、純粋な闘志。世界を食い散らかした暴力に対して振るう平和のための暴力。

 

 ストレイドはもはやボロボロで一撃でも掠めれば機体が崩壊しかねない。

 だが、彼女は知っている。あの白い戦士は一度落とされてなお再び空を飛んで見せた。

 

 覚悟と決意は揺るぎないものとなった。

 あとは、行使するのみ。

 

 ストレイドが動き出す。背中の大型推進器を起動し、陸皇亀へと急速接近する。

 着陸装置を出して陸皇亀の背中に着地。ホバー走行で疾走しながら法撃特化杖で戦術級魔法を乱射する。

 

 出鱈目に甲殻を焼かれる陸皇亀は弱り切った体に確かな火傷を負う。

 ゆえに体を小刻みに動かし、背中の異物を振り落とそうとする。

 

 背中の各所から突き出た棘がストレイドへ迫る。QTとQBを駆使してこれを切り抜けるも、胴体に甲殻の破片が直撃し、装甲を剝がれると共に地面へ落下する。

 何とか姿勢を制御し、地面へ着陸するストレイド。しかし、着地の衝撃で着陸装置が破損し、ホバー走行は不可能となった。さらに推進器のほとんどが破損し、飛ぶことすらままならない。

 

「おっと、どうやらそちらも動けそうになさそうですね」

 

 偶然にも、ストレイドはグゥエールの傍に着地したらしい。

 だが、グゥエールの方も足に異常が見られた。声から察するにあちらも動けないらしい。

 

「その声、やっぱりエルネスティだった」

「おや、もしかしてリンクスですか? お久しぶりです。なんともまぁ、うらやまけしからん機体に乗っておられますね。後で色々聞かせてください。あわよくば乗せてください!!」

「おい、エルネスティ⁉ 今はそんなことを言っている場合ではないだろう!?」

「まぁ、考えとく」

「リンクス!? 君もか? 君は比較的まともな人物だと思っていたんだが?」

 

 ディートリヒのツッコミは無視して、リンクシィは陸皇亀を見据える。

 

「感動の再開は後。今は目の前のデカブツをどうするか」

「そうですねぇ。一つだけ策がありますけど、リスクが大きすぎます」

「私も似たようなもの」

 

 リンクシィはニヤリと笑みを浮かべる。

 おそらく、エルネスティも同じように笑みを浮かべていることだろう。

 

「だったら――」

「じゃあ――」

 

「「どっちもやりましょうか!!」」

 

「もう、勝手にしてくれ……」

「何言ってるんですか。当然、先輩にも手伝ってもらいますよ」

「……」

 

 エルネスティの言葉にディートリヒは死刑宣告された囚人の気持ちになったが、この際無視だ。

 

 陸皇亀が狂ったように迫りくる。竜巻の息吹を放たんと口腔を開き、グゥエールとストレイド目掛け突進する。

 

 先手はリンクシィもといストレイドだ。

 僅かな時間にも関わらず魔力をほぼ完全に回復したストレイドは唯一残された背中の推進器を起動し、最大魔力を注ぎ込む。瞬間的に膨大な爆発力を受けて、ストレイドが陸皇亀へと迫る。

 陸皇亀の頭部に迫る瞬間、ストレイドの各所の装甲が閉じた。そして、魔力を急速にある一点へと集中させる。ストレイドの機体が眩い閃光を放つ。

 

 白き閃光が爆ぜた。圧倒的な爆発力を伴った魔力爆発を起こし、陸皇亀だけでなく周辺一帯へ莫大な衝撃を与える。

 ストレイドの最後の切り札にして、かつての究極兵器を彷彿とされる超戦術級魔法“閃光の衝撃(アサルトアーマー)”だ。

 

 “閃光の衝撃”によって、陸皇亀は突進の勢いを大きく削がれた。しかし、その勢いはストレイドを弾き飛ばすには十分だった。

 呆気なく吹き飛ばされ、肢体を失うストレイド。黒い機体は森の奥へと消えた。

 

 残されたのはエルネスティとディートリヒ、そして、グゥエールのみ。

 グゥエールの操縦をディートリヒに任せたエルネスティはその小さな体に収まりきらない膨大な魔力を行使し、最大級の魔法を発動する。

 陸皇亀の突進の勢いを最大限殺し、衝突と同時にグゥエールは後ろに跳ぶ。

 グゥエールの右手は咄嗟に陸皇亀の左目に突き刺さった剣の柄を掴んだ。エルネスティは操縦を代わるや否や、グゥエールの腕を媒体に魔法を発動する。

 

王手(チェックメイト)です」

 

 静かに、そう宣言した。

 同時に陸皇亀の脳髄をかつてないほどの雷撃が襲う。

 脳を焼かれては流石の陸皇亀もただではすまず、ついに巨体は沈黙した。




ようやく陸皇亀撃破……4話は長すぎる……。

とにかく、次回でようやく一巻目終了です。
そして、本作も一旦終わりです。

それでは、また次回。


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天敵、決意す

 戦いの後、大破したストレイドの中でリンクシィは目覚めた。

 今までずっと気絶ししていたらしい。奇跡的にも彼女は装甲に押し潰されなかったようだ。

 しかし、動けない。リンクシィは潰されていないとはいえ、その周囲は完全に潰れていた。よって、身動きが取れない。

 

 このまま忘れられる……なんてことはない。

 現に、ガシャリと金属のこすれ合う音が聞えていた。

 

「よっと! おぉ、ご無事で何よりです。さぁ、手を」

「奇跡的に、ね。……ありがと」

 

 ストレイドの装甲をひっぺがしたエルネスティはリンクシィに手を差し伸べた。彼女はその手を取ってストレイドから脱出する。

 リンクシィが出た瞬間、ストレイドは音を立てて崩壊した。機体を辛うじて維持していた魔力が完全になくなり、ストレイドは文字通り死んだのだ。

 だが、操縦者であるリンクシィが無事に救出されるまで耐えて見せたのは誇りだった。

 

「あぁ……この様子だと魔力転換炉もダメになってしまいましたね……残念です」

 

 幻晶騎士の特性として、魔力転換炉と魔導演算機さえ無事であればどれほど大破しようと修復することができる。最悪、別の筐体に搭載してもいい。

 しかし、魔力転換炉は破損すると復元が不可能だった。なぜなら、その製法は公にはされておらず、製造も国家機密に行われているほど。よって、破損した場合は捨てるしかなかった。

 

 リンクシィもそのことは知っている。だからといって、ストレイドを捨てる気はなかった。

 残骸の回収に来たヤントゥネンの騎士たちに全てのパーツを研究所に運ぶよう頼んだ。研究のためにたとえ破損していても必要だと言うと、彼らは頷いた。

 

 

「プロジェクト次世代機(ネクスト)、ですか」

 

 ヤントゥネンの砦へと帰還する馬車の中で、エルネスティと二人きりになった頃合いを見計らってリンクシィは自分の参加しているプロジェクトとストレイドについて彼にすべて話した。

 

「計画自体は数年前からあったのだけど、試験操縦者が見つからなかった。だから、プロジェクトは中止になって、ストレイドは今まで埃をかぶっていた」

「ですが、超人的な立体起動を行える貴女が現れ、計画は再始動した、と」

 

 リンクシィは首肯した。

 彼女は従来の幻晶騎士では考えられないほどの高機動を実現して見せた。それは前世の機体があまりにも狂った設計であり、嫌でも習得しなければならなかった技術の応用だった。

 その操縦技術は“次世代機”計画考案時、どうしても揃えられなかった要素だった。

 

 結果、高等部になったばかりにも関わらず、リンクシィは次世代機の試験操縦者に選ばれ、ストレイドを動かしていたのだった。

 

 それを聞いたエルネスティはひどく羨ましがった。

 

「僕も参加させてもらえませんかねぇ?」

「無理だと思う。操縦技術はともかく、身長が足りてないし。万年金欠の研究だから、専用の操縦席を用意する余裕なんてないと思う」

「でしたら研究員として!」

「というか、そもそもこの計画は極秘だから、エルネスティが知っているのがバレると私が困る」

「そんな!! ここまで焚きつけておいて我慢しろと仰るのですかっ⁉」

「おっしゃるのです」

「そんなぁ……」

 

 がっくりと項垂れるエルネスティ。

 いくら彼でも、リンクシィに迷惑をかけてまで研究への参加を望むわけにはいかない。

 と、半ば諦めかけていた所で、リンクシィが笑っていることに気づいた。

 

「なんです? 勝者の余裕の笑みってやつですか? 喧嘩ですか? あぁん?」

「……私からエルネスティに利用価値があると伝えれば、彼らも納得するかもしれない」

「……なんですって」

 

「どうする?」リンクシィが意地悪な笑みを浮かべて訊ねる。

 エルネスティはその場で見事な土下座をかまして「お願いしますっ!!」と頼み込んだ。

 

「もし……」

「?」

「もし、次世代機が完成したら、エルネスティは何をする?」

 

 リンクシィは笑みを引っ込め、真剣な顔でエルネスティに問う。

 蒼い瞳には恐怖の色が見えた。何かに怯えている。

 

 

 エルネスティは少し考える素振りを見せると、

 

「そうですねぇ……さらに研究します。新しいロボットを作ったり、新しいパーツを作ったり、またさらに次世代の機体を作ったりします。ずっと作り続けます。ずっとその道を走り続けます」

「きっと、誰かに利用される」

「でしょうね。でも、そうはさせません。僕の愛するロボットは僕だけのもの。操縦者など所詮はパーツの一つに過ぎませんからね。ロボットはロボットのために、そして、僕のためだけにあるのです!!」

 

 エルネスティの答えはあまりにも常軌を逸していた。いっそふざけているようにも思える。しかし、どこまでも強い意思を孕んでいた。揺るぎない信念を感じさせた。

 リンクシィは驚きに目を丸くしたが、次の瞬間には噴き出していた。エルネスティらしい答えだと、安心したのだった。

 

「そっか」

「そうです。考えて頂けますか?」

「……うん。考えとく」

「その言葉、撤回させませんからね!」

「はーい」

 

 リンクシィはストレイドの残骸が積んである荷台に目を向けた。

 

 もし、また戦争が起きて、幻晶騎士が多くの人々を傷つけることになったら、私は君と一緒に、今度は人々を守るために戦いたい。だから――

 

「……ストレイド、待ってるから」

 

 

 かつて、同じ名を持つ愛機は大量殺戮の道具として蔑ろにしてしまった。その手は多くの血と硝煙に汚してしまった。

 だが、今度は間違えない。今度こそ、誰かを守るためにその力を行使する。

 

 揺れる馬車の中、東の山際に上りつつある太陽を眺めながら、リンクシィ・カラーディアは胸に決意を抱いた。

 

 すべては平和のために――

 

 

to be continued...




これにて本作は一旦完結です。
何分勢いで書いていたのでかなり雑な仕上がりになってしまいました。
なので、後日、短編としてまとめ直します。

失敗したなと思っています。
ぶっちゃけAC要素があまりにも少なすぎる。
もはやオリジナルとタグを変えた方が良いレベルな気がします。
あと、天敵要素が微塵も感じられない。
大西域戦争スタートにした方が良かったのかもしれません。

反省点しか見つからない。
これはひどい。
しかし、久しぶりに書いて、きちんと投稿した気がします。
今まで投稿する以前に消してましたから。
それに、投稿しても途中で消してましたから。

まぁ、私情はどうでもいいとして。
これにて『リンクス&ネクスト』はお終いです。

ご閲覧ありがとうございました。


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