黒は白には染まらない (RGT)
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着任

新作です。


 秋。それは夏の暑さも落ち着き冬の寒さが顔を出す季節。

古くからこの季節は赤や黄色に木々が紅葉し風情豊かになる、日本らしさが出る季節と言われるが、特に食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋、行楽の秋、芸術の秋といった季節に関連付けて新たなことに挑戦する季節と言われることが多い。

 

 九州地方の北西に位置するここ長崎の地に降り立った一人の海軍中将もまた新たな試みに挑もうとしていた。名を早乙女太一(さおとめたいち)という。早乙女は高速道路を走る公用車の車内から佐世保の空を見上げる。あいにくの雨模様。空一面を黒ずんだ雲が覆い、雨粒が窓ガラスを伝って上から下へと止めどなく流れていく。

早乙女にはまるで天気が新たな門出が不吉なものになると予期しているように思えた。

 

 まだ始まってもないというのにこの気持ちの持ちよう。これでは先が思いやられる。

 

 早乙女は自身を落ち着かせようと煙草に手を伸ばす。ふと前に向き直るとルームミラー越しに運転手と目が合った。運転手はまるで分かっていたかのように「足元のドアホルダーに備え付けの灰皿があります」と言った。

 

 早乙女は一言「ありがとう」と口にすると、軍服の脇ポケットから煙草箱を一本取り出し咥えた。続いてライターを手探りに探す。ない。胸ポケットに手を伸ばす。ない。後ポケットに手を伸ばす。しかしない。早乙女は肝心のライターを持ち合わせていないことに気づく。これでは一服することもできない。煙草を箱へと戻し、頬杖をついて空を見上げた。

 

 未だなおも黒ずんだ空。車内ラジオから聞こえてくる元気ハツラツな女性ラジオレポーターは今日一日雨模様が続くことを伝えた。

 

「ライターは―――ないよね。しょうがない。次のサービスエリア寄ってくれ。買ってくる」

 

 早乙女は幸先の悪さに思わずため息をつくのだった。

 

 先が思いやられる

 

 

 

 

 

 早乙女を乗せた公用車は高速道路を降りると市街を抜けていく。進むこと30分余り。通称佐鎮こと佐世保海軍基地の玄関口がその姿を現した。公用車は守衛に門前で停止するよう指示される。守衛は二人。一人は門前で待機しその手には固く自動小銃が握りしめられていた。運転席に近づく守衛に合わせて運転手は窓ガラスを開けた。

 

 守衛は車内をのぞき込み後部席に座る軍服に身を包んだ早乙女を横目で眺めると許可証の提示を求めた。運転手は手慣れたように助手席のボックスから取り出す。守衛は早乙女を軍関係者と察すると形だけでも証書を確認する。許可が出る。固く閉ざされた門が甲高いサイレンの音を立ててゆっくりと開いていく。早乙女は海軍基地内に足を踏み入れた。

 

 海軍基地内に数ある鉄骨造のレンガ造り鎮守府のうち一つに公用車は停止した。早乙女は運転手に礼を言い、車から降りると黒いロングコートを羽織った軍人然とした態度の艦娘が敬礼して彼を出迎えた。長門型戦艦の一番艦長門は弾む気持ちを抑えて平然を装おうとしているが、意識すればするほど反して口角が挙がってしまう。

 

「提督。またこうして一緒できることを嬉しく思う」

 

 早乙女と長門は横須賀鎮守府での部下と提督の関係だった。長門は早乙女のことを尊敬と共に最高の指揮官だと豪語していた。対して早乙女も長門には海戦においての力量と判断力に一目おいていた。二人の信頼関係は横須賀軍基地内では知れていた。そういうこともあって上層部の計らいで今回の派遣に艦娘として長門も一緒したのだった。

 

「長門か。案外早く合流できたな。俺が鎮守府を離れてからはどうだ?………っとここで立ち話もなんだな。早く入ろうか」

「了解した。荷物は私が持とう」

 

 早乙女と長門は佐世保鎮守府内に足を踏み入れる。玄関口には館内の経路図が記されていた。指でなぞるように執務室に手を伸ばす。二人は中央階段から上の階へと上がると扉をいくつか素通りして部屋札に執務室と書かれた扉の前で立ち止まる。

 

 早乙女は扉を開ける。そして自分の目を疑った。

 

 部屋は無残にも荒らされていた。本棚やクローゼットは倒され、床には書類が散らかり窓ガラスは割られ、ありとあらゆる棚という棚から中身が飛び出していた。執務室は足の踏み場もない状態だった。

 

「早速か」

 

 早乙女は驚きはせずある程度予想していたかのような反応を示した。それというのも早乙女が佐世保鎮守府に派遣された理由がかかわっていた。

 

 事の始まりは数日前にさかのぼる。横須賀鎮守府で提督業務に勤しんでいた早乙女のもとに一通の指令所が大本営から早乙女宛に届いた。早乙女が指令書に目を通すと、佐世保に配属する新たな提督としての異動命令が書かれていた。早乙女は「なぜ俺が」と不審がるとすぐさま大本営へと確認をとった。帰ってきた答えは何とも言い難いものだった。

 大本営曰く、前任の提督が艦娘に対して性的虐待や裏金など数々の非道を行い、現在その行方を暗ました。大本営は前提督の逮捕に全力を挙げているが、逮捕するにもしないにも後任を立てる必要がった。しかし前事実があるため、新人には荷が重い。そこで艦娘をまとめる手腕に長け、数々の功績を持ち合わせ、上層部の多くの者から推薦をする声があった早乙女海軍中将を後任として抜擢したというものだった。

 

 手腕や実績が認められたといえば聞こえはいいが、要は面倒事を押し付けられたにすぎない。しかしかといって大本営の指令を無視することはできず、しぶしぶ早乙女は佐世保の地に降り立ったのだ。

 

「なんだこの状況は!?」

「長門、落ち着け。想定内だ」

 

 早乙女は館内放送マイクに手を伸ばす。押しボタンに手を置き一呼吸置くと口を開いた。

 

「佐世保第三鎮守府に所属する艦娘は至急執務室に集合しろ。繰り返す佐世保第三鎮守府に所属する艦娘は至急執務室に集合しろ」

 

 押しボタンから手を放した早乙女の顔を見て長門は背筋に寒気を感じた。あぁ、久方ぶりに見た。これだ。この顔だ。敵も味方も死の恐怖へと陥れた早乙女の笑顔だ。

 

 それから5分余り。佐世保鎮守府に所属する全艦娘が執務室にそろった。執務室の現状を目の当たりにした艦娘たちはそれぞれ違った態度をとった。ある者は目を見開き驚き、ある者はこれからのことに体を震わせ、ある者は今にも泣きだしそうな顔を浮かべ、またある者はそっぽを向く。早乙女が執務机の上に腰を下ろすと口を開く。

 

 事が済むと艦娘は恐怖と共にあることを思い知らされた。

 

 魔王が来たと。

 




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ロシアンルーレット

二話目にして更新が遅れました。すいません。


 

 早乙女の館内放送から程なくして第三鎮守府に在籍する計17名の艦種様々な艦娘が執務室に顔を揃えた。その中の一人、提督不在の特例処置として指揮権を一任されていた赤城型一番艦正規空母赤城は全艦揃ったことを早乙女に告げる。報告を受けた早乙女は俯いていた顔を上げると全員の顔を見渡す。そしてゆっくりとその口を開く。

 

「急な招集だったが全員揃ったようだな。さて、こうして招集をかけたわけだが理由は主に二つ。一つは今日をもって赤城にあった指揮権を俺が引き継ぐことになったこと。もう一つは見てわかるようにこの惨状についてだ。こっちが本題といっても強ち間違いないではない。しかしそれはまた後で話そう。まずは自己紹介といこう。俺は早乙女太一。階級は中将。横須賀海軍基地から本日付でこちらに着任した。これからは俺の指揮下で作戦を遂行していく。今までとは全く違った方針になるかもしれないが、これからは俺の方針が絶対だ。肝に銘じておけ。詳しい話は日をまたいで後日再び招集をかけるのでそのつもりでいろ。以上だ。ここまでで何か質問は?」

 

 そうして一呼吸。早乙女は全員に目をやるが手を上げようとする者は誰一人としていない。質問がないと結論付けると早乙女は先ほどまでの淡々した話し声から一変、聞く者を委縮させるまでのドスのきいた声で本題を切り出す。

 

「次にこの惨状についてだが単刀直入に聞こう。誰がやった?」

 

 早乙女は十中八九この中に犯人がいると踏んでいた。推測は正しく犯人は17人の中に紛れ込んでいた。しかし名乗り出てくる者はいない。皆黙ったまま、ただただ無言で立ちすくむ。しばらく待ってから早乙女は一向に名乗り出てこない犯人に痺れを切らすと次の行動をとった。執務机の上に下ろした腰を上げて立ち上がると、手近にいた一等駆逐艦陽炎型8番艦雪風の前に立つ。雪風はひどく怯えていた。

 

「雪風答えろ。執務室を荒らしたのは誰だ?」

「し、知りません」

 

 早乙女は雪風の頬を何の躊躇もなく自らの手の甲で叩く。雪風はその場に倒れ込んだ。長門を除くその場の者はあまりのことに言葉を失う。雪風も何が起きたかわからず呆然とする。しかし早乙女はすぐさま雪風を「立て」の一言で立ち上がらせた。

 

「誰かと聞いている。知りませんじゃない。答えろ、誰だ?」

「司令官本当に知らないんです。私は自室で待機していました」

 

 早乙女に必死の訴えを見せる雪風。同室の島風型1番艦島風も雪風が今の今まで部屋にいたことを証言する。これで本当に知らないのだと信じてもらえた筈。しかし再び早乙女の手が飛んだ。

 

「もう一度聞く。執務室を荒らしたのは誰だ?」

 

 雪風はこれまでの行動を思い出しながら考えた。しかし雪風が一日中部屋にいたことは事実。そんな彼女に犯人が誰なのかなど分かるはずがない。

 そんな雪風に早乙女はさらに追い込みをかけた。

 

 早乙女は長年使い古したビジネスバックを執務机の上に置くと中に手を突っ込む。手にしたのはS&WM36回転式拳銃。早乙女は蓮根状のシリンダーから込めていた銃弾を床にばらまく。その中から一発手に取ってみせると再びシリンダーに弾を込めた。

 

「雪風。人は悩めば悩むほど深みにはまっていく。質問を変えよう。好きな数字はなんだ?」

「7です。7が好きです」

 

 現状を少しでもいいから改善しようと雪風は答えられる質問にすぐさま答えた。しかし実際のところ、この答えがどこ数字であろうと現状が改善されるはずはなかった。それどころかより雪風の願いとは反して現状はより悪いほうへと進んでいくのだった。

 

「7。ラッキーセブン。幸運の数字。幸運艦と呼ばれるお前にぴったりのいい数字だ。たしか起源は野球だとか聞いたことがあるな。そして偶然にもちょうど今もひとふたまるなな12時07分。ラッキーセブンだ。さて、ならその運を試してみよう」

 

 早乙女は軽口を叩くとシリンダーを7回転させて雪風のおでこに銃口を押し付けた。雪風の額から冷えきった銃口が体温を奪っていく。

 

「シリンダーは5つ。うち、込められた弾数は一発。10秒ごとに引き金を引く。60秒でケリがつく。先に言っておくがもし誰かを庇っているのなら、今のうちにやめておけ。友情ごっこは結構だが死んだら元も子もないぞ。………では始めよう」

 

「10、9、8、7、6、 「ま、まってください。知らない。知らない。本当に知らないんです。私はずっと自室にいました」

「5、4、3、2、 「提督。話を聞いてください。私はずっとずっと」

「1、 「助けて」

 

「ゼロだ。五分の一」

 

 早乙女はためらいなく引き金を引いた。撃鉄の叩きつける音そしてシリンダーの回転音。銃弾は出てこない。そして無情にも再び始まるカウントダウン。雪風は考えた。頭の中をフル回転させて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えた。されど答えはでない。頭をよぎる死の一文字。雪風はその場に座り込むと目元からは大量の涙粒が零れおちていく。

 

「ゼロ。四分の一」

 

 早乙女は引き金を引く。銃弾は出ない。カウントダウン。

 

「10、9、8、7、6、5、4

 

 

 

 

 

「私がやったわ」

 

 三回転目のカウントは残り3秒で一時的に止まった。吹雪型5番艦叢雲が名乗り出たからだ。雪風のおでこから銃口が離れていく。雪風は内心胸を撫でおろした。助かったのだとやっとこの地獄が終わるのだと。しかし早乙女は雪風の気持ちをまるであざ笑うようにカウントを再開した。

 

「3」

「ちょ、ちょっと待ってよ。私が執務室を荒らしたって言ってるじゃない。自分のしたことの処罰や解体は甘んじて受け入れるけど、それに雪風は関係ない」

「なぁ、叢雲。そこまで分かっているなら何故早くに名乗り出ない?何故お前はこの状態になる今の今まで名乗り出なかった?」

「それは………」

「さしずめ前任の実情を知っている筈の後任は鎮守府の立て直しを図るために下手に出て、うやむやになるだろうと踏んでいたんだろう。違うか?」

「勝手は想像はやめて。そんなことどうだっていいでしょ。私は名乗り出た。それで終わりでしょ。雪風から拳銃を退けて!」

「まだ分かっていないようだな。これは俺のことを甘く見た誰でもないお前が招いた結果だ。お前がもっと早くに名乗り出ていれば変わったかもな。その間違いを目に焼き付けろ。ゼロだ」

 

 早乙女は銃口を額に向けて構えた。

 

「司令官!………お願いします。私にできることなら何でもします。戦闘でも遠征でも奉仕しろというなら喜んでします。何でもしますから。雪風は関係ないんです」

「なんでもする………か。面白い。長門、叢雲を懲罰房にぶち込め。島風、雪風を自室まで連れていけ。他の者は片付けだ。終わるまで食事も風呂も寝ることも許さん」

 

 それから長門は叢雲に手錠をすると房へと、島風は雪風を部屋へと連れていくため執務室を後にした。計14名の艦娘が黙々と部屋の修繕作業が行っている横で、椅子に腰かけた早乙女はおもむろに窓外にむかって引き金を引く。

 

 撃鉄の叩きつける音、シリンダーの回転音、と共に鼻孔を硝煙の匂いがくすぐった。

 

「面白い」

 




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朝食

赤城のイメージが崩れるかもしれませんが悪しからず


 

 車中で耳にしたラジオレポーターの予報は少しばかし外れた。

 あの暗雲覆う空から降り続いていた雨はやみ、夕焼けの曇り空。何光年も先にある太陽から放たれた赤が薄く広がった雲の合間を縫って漏れ出し、雲を真っ赤に染めていた。太陽はゆっくりとその姿を水平線に近づけていく。

 掛け時計の短針が5を指す。と同時に聞こえてきたのは赤とんぼの定時チャイム。

 

 早乙女は手にした書類を机に置くと執務室を見渡す。荒れに荒れていた執務室はその本来の姿を取り戻しつつあった。倒れた本棚の下でファイリングされていた書類が混ざり合い、どれがどれなのか見当もつかない紙の山は仕分けられるとファイルに戻され、キチンと割り当てられた番順に棚へと整頓されている。割られた窓ガラスは新しいものと取り替えられ、ありとあらゆる棚から飛び出た物は本来あった場所に戻されていた。

 

 作業開始からおよそ一時間。執務室の復旧作業はおおむね終わりを迎えていた。それから程なくして早乙女の作業終了と解散の二言で15名の艦娘は解放された。艦娘達は再敬礼をして執務室を後にする。足早に廊下を進んで一階へと降りる也、皆溜めに溜め込んだ溜息を吐きだした。

 

 ここまで一切緩めることなく張りつめていた緊張が解けると赤城は全身冷や汗でべとべとになっていることに気づく。それはなにも赤城だけではなかった。島風は緊張を解くと恐怖で腰を抜かした。早乙女がその場にいないことを頭では理解してはいるが体の震えが一向に収まらない。それほどまでに執務室での出来事は艦娘達に衝撃を与えるには十分な代物だった。

 

「な、な、な、なんなんですかあの人は!?本当に提督!?本職(ヤクザ)じゃなくて!?」

「本職って赤城さん。久しぶりにその隠語聞きましたよ。でもおっしゃりたいことはごもっともです。青葉なんてあまりに怖すぎてチビッちゃいました」

「もしも仮によ、提督のことをクソ提督なんて言った日にはどうなると思う?」

「良くて半殺しかエンコ詰め、最悪臓器バイヤーに売り飛ばされるか、生きたままコンクリ詰めされて佐世保湾に沈められそうですね。間違ってもクソ提督なんて言っちゃ駄目ですよ、曙さん」

「が、頑張る」

 

 誰かの腹の虫が鳴る。しかし笑う者はいない。皆同じようにお腹が空いていた。

 

 たかが執務室の復旧作業されどあの執務室の復旧作業。確かに執務室一部屋を15名で片付けたことで一人頭の作業量は決して多くはない。しかし早乙女の逆鱗に触れないように顔色をうかがいながら失敗の許されない環境下で作業するのは、あまりにも多くのエネルギーを消費した。

 

「とりあえず食堂に行きましょう」

 

 それからというもの皆一様に間宮の振る舞う手料理を食べ、大浴場で体の汚れと疲れを流し、それぞれの寝床に入るとまるで息を引き取るように寝に落ちていった。

 

 

 

 

 

 日はまたいで次の日の早朝。今日は雲一つないすがすがしい晴れ模様。そんな佐世保海軍基地中から定刻を過ぎると起床ラッパの録音音声が騒音問題などお構いなしで至るところの拡声器を通して流れた。ラッパの音がやむと次に聞こえてきたのは館内放送、早乙女太一中将の声だった。

 

「おはよう、早乙女だ。各員朝食をとり次第作戦室に集合しろ。繰り返す各員朝食をとり次第作戦室に集合しろ。以上だ」

 

 皆寝起きだというのに早乙女の声はハキハキとしていて寝起きを感じさせない。

 

 艦娘の一人青葉は昨日のうちに散らかった自室を整えて姿見で身なりを正すと食堂へと向かった。食堂には朝早くから間宮が丹精込めて調理した料理の数々がバイキング形式でカウンターの上に並んでいた。そこに列をなして艦娘達が思い思いの料理を皿に載せていく。今日も今日とて美味しそうな料理の数々に次々と目移りしてしまう青葉。そんな青葉の姿がどこか可愛らしく赤城は微笑むと声をかけた。

 

「おはようございます青葉さん」

 

 青葉が振り向くとそこには既に皿の上に山をつくっていた赤城がいた。青葉は山盛りの皿を目の当たりにしてさすがは空母だと感心しつつも表情には出さず、笑顔で赤城に「おはようございます」と言い返す。赤城は近くの席に山盛りの皿を置くと、新しい皿を手にして再び青葉の後ろに並んだ。赤城は青葉に早乙女の館内放送のことについて話を振った。

 

「朝食の後に作戦室に集合でしたよね」

「そうです。多分今後の運営方針についてだと思います」

「なるほど。私が思うに早乙女提督はそうとう頭の切れるお方。もしかしたら前の提督以上かもしれませんね」

「またブラックですか。もう嫌ですよ。それでも前任は人の皮を被った悪魔だったのに」

 

 ここ第三鎮守府がブラック鎮守府と呼ばれるようになった所以である前提督は衣食住においては他と大差なく整えてくれていた。しかし反して資材の横領、艦娘に対しての性的虐待、無理難題な遠征、出撃、挙句の果ての囮艦や自爆特攻などなど数々の非道な行いを裏ではしていた。赤城が言うように前任以上だとすればもう青葉では想像もつかないしつかせたくもなかったのが彼女の本音だった。

 

 青葉の一言に赤城は「前任が悪魔だとするなら早乙女提督はさしずめ魔王かしら」と笑いながら言った。赤城は昨日から何かが吹っ切れたようなそんなおかしなテンションになっていた。だからなのかもしれない赤城の後ろで他の艦娘が口々に揃えていた声が彼女には届いていなかった。「おはようございます司令官」の一言が。

 

「誰が魔王だって、赤城?」

 

 赤城は固まった。目の前の青葉は手にした皿をカウンターに置くと赤城に向かって敬礼している。正確に言うならば赤城に肩を組んでいる人物に向かって敬礼をしている。赤城は左へ視線を動かした。見えるは軍服の袖と手袋。続いてゆっくりと右へ視線を動かした。

 

「お、お、お、お、おお、おはようございます。さ、早乙女提督」

「おはよう、赤城。それで誰が魔王だって?答えろ」

「あの、それはですね。言葉の綾と言いますか。何と言いますか」

「聞こえなかったか?俺は誰が魔王だって?と聞いたんだ」

 

 早乙女は赤城を威圧する。観念した赤城は魔王の正体を口にした。

 

「なるほどなるほど。俺が魔王だと。それは面白いたとえだな。………なぁ、赤城」

「は、はい!」

「作戦室での呼び出しの後、俺からささやかながらの粋な計らいで横須賀から元部下にお前たちを叩きなおしてもらうため数人呼び寄せた。お前はやる気があるようだからメニューを倍にしてもらうように頼んでおこう。朝食はちゃんと食べておけよ」

「あ、ありがとうございます!提督の期待にこたえられるように頑張ります」

「あぁ、頑張ってくれたまえ」

 

 そういって早乙女は赤城から肩を組むのをやめると最後尾の艦娘の後ろに並んだ。赤城はその場に項垂れ、そして彼女はいつもの倍近くヤケ食いしたという。




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Yes ma'am!!!

 まだまだ二作目ということで手探りで書いているのですが、話の流れをもう少し早くした方がいいんでしょうか?また今回様々なことが立て込んでいる中、合間合間に書いたものですので、文の流れやあからさまに強引なところがあるかと思います。ご了承ください。

 いつか書き直します。


 

 08:12

 早乙女の館内放送に従い、数艦を除いた艦娘達が作戦室に顔を揃えた。部屋は作戦室と言えば聞こえはいいが、実際のところ縦幅およそ2m近くの日本地図に向かって木製の長机と椅子が列をなして並べられているだけの簡素なものだった。そこに朝食を済ませて一早く来た者から順に艦種ごとある程度のまとまりを持って座っている。皆一言もしゃべらず、ただただ代わり映えのしない日本大陸とその周辺海域が記された地図を眺めていた。地図上には所々赤いピンが刺されているが気には留める者は誰もいない。

 

 08:15

 それからおよそ3分遅れで早乙女と後に続いて三人の艦娘が作戦室に姿を見せた。一人は昨日から早乙女の横に控えている長門改二。あと二人は龍驤改二とヴェールヌイ。

 見ない顔だった。佐世保第三鎮守府には龍驤も響は所属していない。ということは新たに建造した?

 皆気になる気持ちを頭の片隅に追いやると、音を立てて立ち上がり自分の持てる最大限の早さで敬礼し「おはようございます早乙女提督」と口々に言った。早乙女は一言「おはよう」と口にし、演台の前に立った。演台の上に資料を広げ、内容に一通り目を通す。そんな早乙女に対して赤城は顔色をうかがいながらゆっくりと言葉を絞り出す。

 

「て、提督。雪風が来ていません」

「………なに?………島風、相部屋だな?今すぐ連れてこい」

「りょ、了解!!!」

 

 島風は慌てて再敬礼をすることも忘れて部屋を飛び出していった。早乙女はそのことを気にも留めず横目で見送ると、戻って来るのを待つことなく演台に設置されたマイクのスイッチを入れた。スピーカーを介してジーといったマイクの内部雑音が作戦室に響く。早乙女が話し出す。そう思うと自然と艦娘たちの気持ちも引き締まった。

 

「さて、朝早くからご苦労。今日は予告したように我ら佐世保海軍基地第三鎮守府の新たな運営方針の確認をするとともに午後に控えた演習訓練の説明をする。まず初めにこれから計17名の所属艦を5・6・6の三艦隊に振り分ける。第一艦隊は主力艦隊として宿敵深海棲艦のflagship(上位ランク)級、改elite(準最上位ランク)級、改flagship(準最上位ランク)級との戦闘を見据えた艦隊構成となる。次に第二艦隊は準主力ということでnormal(最小ランク)いわゆる無印、elite(中間ランク)との戦闘を見据えた艦隊構成となる。最後に第三艦隊は遠征艦隊。主に資源の回収や護衛任務が主目標となる」

 

 早乙女は話に間を開けた。作戦室がざわつく。皆一様に口にはせずとも無謀だと不可能だと誰もがそう思った。それもそのはず。数多くいる敵艦種の中でも度を抜いた圧倒的戦力と耐久力を兼ね揃えているのがflagship、改elite、改flagshipと呼ばれる深海棲艦達だった。その強さは折り紙付き。改flagship級に勝利を収めることのできる艦隊など右手で数えられるほどの数がいるかどうか。

 elite級ならいざ知らずflagship、改elite、改flagshipなんてオブラートに死んで来いと言っているようなものだった。そんな艦娘たちの反応を予想していたかのように早乙女は言葉を続けた。

 

「君たちの反応は尤もだ。安心しろ。俺も君らが勝てるなんてこれっぽっちも考えてない。これは目標として見据えているだけだ。しかし近い未来には実現させる。そのためにもお前たちを一から鍛え上げるために特別講師を用意した。詳しい話は次の演習訓練の時に話す。続いて艦隊の振り分けだが、艦種関係なく実力主義でいく。午後に控えた演習の結果で戦闘力、判断力、対応力などなど様々な判断基準から総合力を分析し振り分ける。そのため実力があれば駆逐だろうと第一艦隊に加えるし、お荷物なら戦艦だろうと第三艦隊に加える。いいな?」

 

 早乙女は艦娘の顔を見渡す。何人かが反応して首を小刻みに縦に振った。話を続ける。

 

「さてでは君たちを鍛え上げる特別講師を紹介しよう」

 

 早乙女の合図とともに扉近くで控えていた長門改二、龍驤改二、響ことヴェールヌイの以下三名は早乙女の立つ演台の横に並ぶ。早乙女は「軽く話せ」と三人に聞こえる声量で言うと隣に立つ長門にマイクが渡した。

 

「長門だ。戦艦と重巡洋艦の指導を担当する。よろしく頼む」

「龍驤や、軽空母と空母を担当するで。ビシバシいくんでみんな頑張ってついてきてーな。以上。よろしゅうな」

 

 早乙女から長門へ。長門から龍驤へ。そして最後に龍驤からヴェールヌイの手へとマイクが渡った。次に皆耳を疑った。それは艦娘だけでなく早乙女もだった。

 

「ひび………ヴェールヌイだ。駆逐艦、軽巡、雷巡その他もろもろの馬鹿と阿保とお荷物を担当する。私は今までのお前達では想像もつかないほど厳しくするだろう。そんな私をお前たちは嫌うだろう。憎むだろう。だが憎めば憎むほど、それだけ学ぶことができる。いつか私を殺せるほどの力を身につけることを期待する。以上だよ」

 

 皆固まっていた。彼女たちの知る響ことヴェールヌイはもっとお淑やかでどこか可愛げのあるそんな言葉遣いの筈。しかし今目の前に立つのはヴェールヌイはそんな生ぬるいヴェールヌイではない。まるで悪魔に体を乗っ取られたかのようなそんな口調のヴェールヌイだった。

 

 ヴェールヌイから早乙女はマイクを受け取ると我に返る。

 

「それでは一度解散。二時間後に演習場に艤装を準備して集合しろ。ヴェールヌイお前には話がある。このあと残れ」

 

「了解した、司令官」

 

 皆再敬礼して作戦室を後にする。残ったのは提督とヴェールヌイの二人だけ。早乙女机の上に腰を下ろし溜息をつくとヴェールヌイに視線を移した。

 

「なんだ、あれは」

「舐められないようにとアイオアから教えてもらった映画を参考にした。確かフルメタルジャケットとかいう映画だ。私は作中に出てくるハートマン軍曹に感銘を受けたよ。あれが指導教官の鏡という存在なのかもしれない」

「映画を見たのだろう?最後は殺されていただろう?」

「確かにそうだが、あんなひよっこどもに私は殺されないよ」

「………どうしようがお前の勝手だがなあれはいくら何でも、いや、もう何でもいいや。少しくらいキツくしてやらんと覚えないだろう。好きにしろ」

「了解」

 

 早乙女は話を終えると廊下に出るとそこには雪風を連れた島風が待ち構えていた。早乙女は雪風を見る。雪風は俯いたままだった。しかしその体は震えていた。

 

「司令官、連れてきました」

 

「ご苦労。雪風………今回は不問とする。次回このようなことがあった場合何かしらの罰を与えるからそのつもりでいろ。以上だ。今日はもう戻っていい。体調がすぐれないなら医務室に行け」

 

 そういって早乙女は喫煙所へと向かった。いつもの早乙女なら手を出したりと何かしらの制裁を加えていたところだったがヴェールヌイという存在の出現に今の彼にはその気も失せていたのだった。




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練習は本番のように本番は練習のように

 UAがいつの間にか2000を突破していました。本当に多くの人に読んでいただけて感謝感激です。またジム3さんやカラクリヤシキさんsetyさんの感想は非常に励みになります。今後ともよろしくお願いしいます。(感想の返信が遅いのに関しては勘弁してください)


 

 深海の奥底から現れた全人類共通の敵深海棲艦が初めて牙を剥いたあの災厄の日からおよそ五年の月日が経とうとしていた。現代兵器が効果を成さない敵に対し当初押され気味だった人類だったが、新兵器艦娘の登場により戦況が傾きを見せると幾つかの海域を取り戻すことに成功した。

 

 しかしそれ以降は膠着状態に突入した。勝利しては敗北し敗北して勝利を繰り返す毎日。一向に遠のかない身近に潜む脅威に民衆は怯え、内陸へ内陸へと富裕層から順に多くの人々が身の危険を案じて移住していった。大本営は不安に駆られる民衆のためにも一刻も早く平和を取り戻す必要があった。

 

 そんな最中に設営されたのがここ佐世保演習場だった。幸か不幸か今まで騒音や安全上の問題から停滞していた佐世保湾内に演習場を設営する計画は、人々が内陸に移り住むにつれ反対意見は数を減らし設営問題はおのずと解消されていき、最終的には軍は計画を押し進める形で実行した。佐世保湾内という近場に設営されたおかげもあってか演習を気軽に実施することが可能となり、それに伴って佐世保海軍基地全体の強化につながると結果的に多くの周辺海域を取り戻した。

 

 こうした何とも言い難い経緯のある佐世保演習場に提督の早乙女をはじめとした第三鎮守府の面々が顔を揃えていた。艦娘達のその手にはその背中にはその足には各々の艤装が装着されていた。

 

 早乙女は手にしたファインダーに目を落とすと一番手として演習訓練を実施するメンバーの名前を読み上げていく。赤城、羽黒、青葉、朝潮、島風と順に五人目を読み上げたところで、「以上の五名と」と言って早乙女はおもむろに振り返る。自然と皆の視線は早乙女の後を追う。そこには昨日の執務室荒らしの犯人として懲罰房に入れられていた叢雲が皆と距離を置いたところで一人ポツンと突っ立っていた。

 

「叢雲だ。この六名でヴェールヌイ相手に演習を実施する。尚今回は実弾演習だ」

 

 艦娘から驚愕の声が上がる。あまりのことに青葉は内容を復唱して聞き直した。しかし返ってくる答えは変わらない。早乙女は繰り返し実弾演習の四文字を口にした。ざわつく艦娘達。無理もない。本来演習時には演習弾という専用弾を使うからだ。大本営によって開発されたそれは被弾したところで痛みはなくダメージ量に応じて艤装の機能が停止していき、最終的には無力化されるという撃沈の心配を気にすることなく演習に励める代物だった。てっきり演習弾を使うと想定した分反動も大きかった。

 

「実弾を使うにあたって様々な可能性を考慮して医療班と高速修復材は用意してあるが実際のところ何が起こるかはわからない。最悪撃沈する可能性もある。気を引き締めていけ」

 

 早乙女は言う様に実弾にはもちろんのこと深海棲艦を撃沈にまで追いやるほどの威力が十二分に備えられている。当たれば艦娘だろうとひとたまりもない。最悪撃沈する。おのずと艤装を握る手に力が入った。

 

 しかしあまりの危険性に意見をする者がいた。朝潮だ。

 

「提督。失礼を承知で意見します。なぜ実弾を使うのでしょうか?撃沈の可能性がある中での演習では思ったような動きができないように思えるのですが」

「今回の演習で確認したいのは思う様にいかない環境下での動きを見たいのだ。仮にここで撃沈するような奴はそれまでの奴だ。いずれ戦場に出た時に足を引っ張る。ならば最初から切り捨てる。ひどいと思うかもしれんが、それが軍だ。一人の命よりも集団の命を優先する。それが理由だ、分かったな」

「な、なるほど。ありがとうございます」

「結構。では演習を開始する。それぞれ所定の位置につけ」

 

 演習組は順に堤防から海面へと降り立つ。赤城もそれに続こうとすると早乙女に呼び止められた。

 

「おっと言い忘れていた。赤城、食堂の件は覚えているな?もしこのメンバーで万が一にでもヴェールヌイ相手に勝利出来たら取り消してやろう。代わりに負ければ叢雲もろとも龍驤とヴェールヌイによるワンツーマンの実弾トレーニングを用意してやる。死ぬ気でやるんだな」

「は、はい」

 

 赤城はひきつった笑顔を浮かべると水面へと降り立った。演習組は赤城を中心に取り囲む形で輪形陣を組む。所々に点在する島々でヴェールヌイの姿を視界にとらえることはできない。艤装のセーフティが外れた。これ以降引き金を引けば弾が飛んでいく。ただ飛び出すのは演習弾ではない実弾だ。

 

「皆さん、射線と誤射に注意してください」

「「「了解」」」

「赤城。お前が旗艦だ。艦隊を指揮しろ。また状況に応じて指示を出す」

 

 耳に装着したインカムを通して早乙女の声が届いた。

 

 ライブ映像を流すために龍驤の手から飛び立った撮影班の偵察機が天高く昇っていく。しばらくして演習開始のサイレンが演習場に響く。未だヴェールヌイの姿は見えない。赤城は胸元に手を当て大きく深呼吸すると矢入れに手を伸ばし一矢手に取ると弦に矢をつがえた。弓はしなりを上げて弧を描く。空へと狙いを定めそして矢を放つ。空高く空高く放物線を描いて飛んでいく弓矢。やがて自然発火するとその形を航空機へと変え飛んでいった。

 

 赤城は周囲を警戒するよう指示を出すと思考を巡らせた。敵は駆逐艦ヴェールヌイただ一隻。対してこちらは重巡の青葉に羽黒駆逐の島風、朝潮、叢雲そして正規空母の自分の計六隻。制空権はこちらにある。それを踏まえたうえで考えに考えた。しかし今の赤城にはこの状況から負ける可能性を模索する方が難しい。結果赤城は勝てると結論付けた。その時だった。索敵していた偵察機から知らせが届く。ヴェールヌイが島の合間を縫ってこちらめがけて進んでいるというものだった。

 

「叢雲さんは私の僚艦として援護お願いします。他の皆さんは距離を詰めてこちらに近づけないようお願いします」

 

 赤城の指示を聞き輪形陣を解くと、青葉たちはヴェールヌイとの距離を詰めていく。ヴェールヌイを捕捉した赤城は艦上攻撃機を随時発艦させた。艦攻は真っ直ぐに飛んでいく。これで片が付く。そう思っていた赤城。しかし現実はそうやすやすと理想通りにはいかない。

 入ってきたのは妖精の驚愕交じりの報告。

 

 艦上攻撃機が対空砲と主砲で的確に片っ端から落とされている。

 

 赤城は自分の考えを改めた。どうやらそうやすやすとヴェールヌイは負けてはくれないらしい。このまま航空機を向かわせ続けても被害が大きくなるだけと考えた赤城は偵察機を残して艦上攻撃機を帰還させた。

 

「赤城さん、敵艦を補足しました。射程圏内まで接近します。………って、あ!」

「ど、どうしたの!?」

「ヴェールヌイさんが島陰に下がりました」

「確認します。………ダメです。こちらからも煙幕で補足できません」

「どうしましょうか?煙幕が散るまで待ちましょうか?」

「いえ、攻めましょう。迂回する形で十分注意しながら進んでください」

「了解」

 

 演習は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 一方そのころ早乙女達は上空を旋回軌道を描いて飛んでいる偵察機から届く映像を眺めていた。

 

「夕張。お前の目から見てこの演習どちらが勝つと思う?」

「そうですね。………赤城さんたちでしょうか?」

「ほう、それはなぜだ?」

「人数的優位に制空権の確保している今、いくらヴェールヌイさんが教官だからといっても厳しいかと」

「うむ。正しい判断だ。普通ならこの勝負ヴェールヌイが勝つ可能性はないに等しい。しかしな、龍驤お前はどう思う」

「十中八九ヴェールヌイさんが勝つに決まってるやないか」

「え?」

「よーく見ときぃーや。これから見るのは演習じゃない。白狼の狩りや」




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vs ヴェールヌイ

活動報告で報告させていただいたように入院してました。
今日の朝方に退院しまして自宅に帰って執筆の手を動かし、早く早く投稿しなければの一心で中途半端に終わっていた話を予定のところまで書き上げました。
ほぼ殴り書き状態ですので、読みにくい点や話のつながりがおかしい点があるかと思います。ご了承ください。


 

 同時刻。海岸線に沿ってどこまでも続く堤防の一角に腰を下ろしたヴェールヌイは海面に届かない足をパタつかせて、退屈そうに佐世保の空を見上げていた。視界の端から秋風に乗ってやってくる掠れ雲を左から右へと見送っては次の雲へと目をやる。そんなヴェールヌイの仕草に近くに控えていた長門は口元に手を当てて微笑した。普段の残忍さを知る者からすればどこか他の暁型と同じような愛らしさにギャップを感じて可笑しく思えたからだ。ヴェールヌイは長門の微笑に気づくと前後屈の用量で体を逸らして長門に向くと「何?」と口にした。

 

 答えようとした長門だったがそれはあまりにも無粋だと口をつぐむと「なんでもない。ただの思い出し笑いだ」と返す。ヴェールヌイは不思議そうな顔を浮かべたが、それまででそれ以上の詮索はなく再び雲へと目をやる。長門も長門で目をつむると自然の音に耳を傾ける。二人は連絡が来るのを待っていた。

 

 

 

 しばらくして長門のインカムに無線が入った。相手は言わずもがな早乙女太一海軍中将。長門のもと直属の上官であり尊敬に値する最高の指揮官。長門はヴェールヌイに手で合図を送る。ヴェールヌイはパタつかせていた両足で反動をつけて水面へと降り立った。大きく一度伸びをすると各種艤装の状態を確認する。主砲、魚雷、対空砲と問題はない。

 

「提督が撃沈しない程度に徹底的に叩き潰してくれだそうだ。六対一で制空権も向こうにある分、圧倒的不利な状況だがいけるか?」

「心外だね、長門。私を誰だと思っているんだい?」

「ふふ、その通りだな。済まないが今のは忘れてくれ」

 

 ヴェールヌイはしょうがないと言って微笑むと意識を切り替えて、これから起こりうることに集中した。遠くの島陰から龍驤の手元から飛び立った撮影用の艦載機が真っ直ぐ飛行機雲を作って昇っていく。艤装のセーフティが外れる音。続いて演習開始のサイレンが演習場に響く。

 

 「出るよ」の一言と共にヴェールヌイは動き出す。ヴェールヌイは島々が点在する海域へと足を踏み入れた。いつ何時出てこようと大丈夫なように周囲を警戒しながら進んでいく。ヴェールヌイには赤城の位置が分かっていないように赤城達もヴェールヌイを捕捉出来てはいない。そのため両者とも相手の動きを予測しながら手探りで進む。しかし少ししてヴェールヌイは赤城の位置に目星をつけた。その表情には驚き半分呆れ半分といった何とも言い難い心情がにじみ出ていた。

 

(あの偵察機………さすがに迂回して飛んできたよね?そうしないと位置を教えているようなものだし。罠?でも確信は持てない。………しょうがない。誘いに乗ってみようか)

 

 疑心暗鬼しつつも偵察機が飛んできた方向へと舵を取った。島々を縫って進んでいくと、どこからともなくいくつものプロペラ音が重なり合って耳に届く。見上げると四機二編隊の艦上攻撃機がこちらに接近してくるのが目視できた。あの数を相手にするのは歴戦の覇者であろうと少々分が悪い。幸いにも艦攻が彼女のもとにまで来るのには多少なりとも猶予がある。それまでにできる限りの数を減らさなければ。

 

 ヴェールヌイはその場に足を止めると優雅に編隊飛行で飛んでくる艦攻めがけて主砲の銃口を構えた。敵は動く的。ヴェールヌイにとってそれは造作もないことだった。主砲が火を噴く。放たれた砲弾は編隊の先頭を飛ぶ艦上攻撃機の翼部を捉えた。砲弾は無残にも翼を喰い千切ると艦攻はバランスを失い回転しながら海面へと落下していく。海面からの予期せぬ攻撃に艦攻は編隊飛行を解くと各機回避行動を開始する。だが今更動き始めたところでもう遅い。主砲は二機目を喰らい、三機目は喰らい損ねた。

 

 生き残った艦攻の搭乗妖精達はヴェールヌイとの間にある圧倒的練度の差を感じ取ると魚雷は当たらないと察した。当たらないと分かっているのなら、ここで逃げ帰るのも一つの手だ。

 しかし艦上攻撃機達は引き下がらない。彼らは仮にも正規空母赤城の艦載機。プライドがある。回避行動から反転全機一斉に攻勢へと移った。魚雷を抱えた機体の高度を下げ、海面スレスレへと近づき距離を詰めていく。ヴェールヌイもそれを黙って見ている程のお人好しではない。艦攻に対して的確な弾幕の雨が襲う。一機二機と近づいていくに連れて何機もの艦攻が落ちていく中、三機の艦攻が魚雷を投下した。そしてすぐさま艦攻は距離をとった。

 

 三機から放たれた計6本の魚雷は真っ直ぐヴェールヌイに向かって水中を掻き分けて進んでいく。しかし妖精達も気づいているように、ギリギリまで詰めたわけでもなく、奇襲でもない魚雷攻撃加えて経験が天と地ほどの差がある相手に対しては全く意効果はない。

 

 ヴェールヌイは魚雷をいとも容易く避ける。そして追撃の可能性に主砲を構えた。しかし艦攻達はすでに遠くの空まで逃げていた。代わりに青葉、朝潮、羽黒、島風が近づいてくるのが視認できた。先頭を進む青葉の主砲がヴェールヌイに狙いを定めているのが分かると、ヴェールヌイは島陰に退避して煙幕を散布した。秋風に吹かれて瞬く間に白煙はヴェールヌイの姿を隠す。

 煙幕の中で息を潜めヴェールヌイは考えを巡らせる。長門の言ったように相手は赤城、羽黒、島風、朝潮、青葉、そして未確認との六対一。制空権は向こうにありこちらは圧倒的不利な状況。普通なら諦めが入るところだろう。しかしそれだからこそ燃える。逆境だからこそ面白い。この状況で一番厄介なのはやはり赤城の攻撃。ならばその手を封じるのが得策。

 

 ヴェールヌイは煙の中で周囲の音に耳を澄ませる。自然の音に交じって少女達の声が聞こえる。それはだんだんと近づいてくる。ヴェールヌイは白煙の中から飛び出した。予想と反して声の主達は離れた場所にいたものの、先ほどよりは距離は縮まりヴェールヌイの射程圏内に捉えていた。

 

「敵艦確認!全艦射撃開始」

 

 しかしそれは相手も同じこと。ヴェールヌイめがけて四隻の艦から放たれた砲弾の雨が襲う。だがヴェールヌイという的はヒト型で小さく加えて練度もそこまで高くない上での移動しながらの砲撃といった様々な要因からダメージを与えることができない。対してヴェールヌイの攻撃は動いているというのに的確にダメージを与えていくが、こちらも駆逐艦の主砲では島風や朝潮に損害を与えられても重巡の青葉や羽黒にはこれといった傷は見られなかった。

 

「もう!当たらないなら近づくまで。朝潮援護お願い」

「え、ちょ、島風!?待って!」

 

 一向に当たらない攻撃と的確に被害を積み重ねていく現状にしびれを切らした島風は朝潮の制止に耳を貸さず単独突出してヴェールヌイとの距離を詰めていく。このまま島風だけを行かせるわけにはいかない。朝潮、青葉、羽黒もそれぞれの速度で距離を詰める。伸びた陣形。島風は絶対外さない距離まで詰めると主砲を構えた。

 

「馬鹿が」

 

 ヴェールヌイは島風の主砲を持つ手をはじき射線をずらすと、そのまま島風の手を引き態勢を崩させた。そして首元に手を伸ばして首を絞めて拘束する。追いついた時にはもう遅い。三人は武器を構えるが島風が盾となって撃つに撃てない。赤城の艦攻で攻撃しようにも魚雷装備で外れた場合青葉たちにも危険が及ぶため不可能。青葉達は手の出し用がなかった。

 

 そんな状況を見かねた早乙女は動いた。

 

「朝潮。島風ごとヴェールヌイを撃て」

 

 インカムから聞こえてきた早乙女の声は冷たいものだった。



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朝潮

 UA4000達成!ありがとうございます。この勢いで次話も投稿したいのが山々なんですが、誠に勝手ながらリアルの方でレポート総数80枚近くの大作を仕上げればならなくなり、作業に集中するため来週の水曜以降まで更新を控えさせていただきます。感想には休憩の合間を縫って随時返信したいと思いますが、手直しにつきましては水曜以降となります。ご了承ください。




 

 島風ごと撃て。インカム越しに届いた命令に朝潮は手にした二門の連装砲を構えた。島風ごと砲撃するためにトリガーに添えた親指をゆっくりと押し込もうとするものの、力を入れている筈の指は固くなり思い通りに動かない。おかしい。先ほどまで当たり前の事のようにできていたことが今となって急に出来なくなった。朝潮の異常はそれだけには留まらず、今度は手にした砲塔が小刻みに揺れ動き狙いが定まらなくなったのだ。

 

 朝潮はなんでと小さく声を漏らす。頭では島風に向けて砲撃しなければならないと、私がしなければならないことと理解しているものの体が朝潮の制御を離れて言うことを聞かない。不思議と頭では意識とは別に砲撃なしで島風とヴェールヌイを引き離す方法を考える必要はないと分かっていながら今なお模索し続けていた。

 

 なんだこれは。こんなこと今まで一度たりともなかった。整備不良?ガタがきた?違う違う違うと憶測を否定すると朝潮は考えを巡らせた。自問自答を繰り返し繰り返して朝潮は気づく。気づいてしまったのだ。

 やるべきことを理解し行動しなければと思う気持ちと裏腹に島風を撃つことを躊躇い、最善の手を進言するために考え続けている自分自身がいることに。

 砲塔が今までになく大きく揺れる。拒絶反応が起こった。朝潮の顔からは血の気が引き始め背筋を大量の冷や汗が伝っていく。考えを振り払おうとするもそれは離れることなくべったりとまとわりつき、意識すればするほどめまいと吐き気が彼女を襲う。そんな朝潮に再びインカムを通して催促する早乙女の声が届く。

 

「命令だ朝潮。島風を撃て」

「しかし提督、まだ何か方法があるはずです」

「ありもしない理想論は捨てろ。こうして悠長に答えを引き延ばしにしている間にも部隊は危険に晒されている。今見えている最善の選択をするんだ。命令だ朝潮。島風を撃て!」

 

 もはや朝潮には事を考える力は残っていないかった。それでも尚どうすることが最善なのか考えて考えて考えて考えて考える。しかし分からない。自然と朝潮の目は溢れんばかりの涙を溜め込んでいた。

 

「やるんだ朝潮!」

「ご…ごめんな………さい」

 

 

 朝潮は早乙女の声音に気圧されて大粒の涙を流しながらトリガーの押しボタンを引いた。飛び出した砲弾は島風にもましてや島風を盾にしたヴェールヌイにも直撃することなく彼女らの真横を通り過ぎると程近くに二メートルもの水柱を作り上げた。

 これでは状況に何ら変化なしかに思われた。しかし撃てるはずがないと高を括ってたヴェールヌイにとって朝潮の予期しない行動はヴェールヌイに島風の有用性を早期に見切らせると彼女は島風の拘束を解き、その無防備な背中に何の躊躇いもなく砲撃を叩きこんだ。大きな爆発。黒煙に包まれ島風はその場に膝を落とす。

 

 状況にいち早く対応するため赤城は青葉に無線を繋いだ。

 

「青葉さん、偵察機だけでは判りかねます。状況はどうなっていますか?」

「朝潮さんの威嚇射撃で島風さんを引き離せたんですが、島風さんが敵艦の砲撃で大破。私、羽黒さん、朝潮さんは被害軽微でまだやれます」

「分かりました。一度体勢を立て直します。島風さんを連れてこちらに合流してください」

「了解」

 

 無線を終了すると青葉は様子がおかしい朝潮を、羽黒は頭から血を流しボロボロになった島風にそれぞれ手を貸すと赤城のもとまで撤退を始めた。ヴェールヌイは交代する彼女たちをよしとはしない。しかし追撃しようと距離を詰めようとしたものの新たな艦娘叢雲と上空の倍に増えた艦上攻撃機の登場に断念。頭上を飛び回る五月蠅い偵察機を打ち落とすと自らも一時島陰に身を隠しそうと反転した。

 ふと水面に浮かぶインカムに気づく。ヴェールヌイはインカムを拾い上げると、自らに装着し無線相手に向かって怒声交じりに思っていたことを口にした。

 

「提督。私に赤城達を徹底的に叩き潰せと命じておきながらこれは一体どういうことだい?」

「ん、この声はヴェールヌイか?何のことだ?」

「とぼけても無駄だよ。君が朝潮に撃つように命じたのだろう?」

「何かと思えばそのことか。当たり前だ。あのまま一方的にやられては判断材料にならないだろう」

「そうかもしれないけど、せめて一言言ってもらわなければ困る。提督が赤城達に指示を出すのなら多少荒い手段を使わなければ私も勝てない」

「それに関して気にする必要はない。ヴェールヌイ、赤城達と合流して帰還しろ。終了だ」

 

 ヴェールヌイは何かを察すると「そっか。了解した」と口にして無線を終了した。しばらくして演習終了のサイレンが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 第一陣の演習結果は赤城達の戦術的敗北で幕を閉じた。

 早乙女の指示にあったようにサイレンが鳴り響いた後ヴェールヌイは演習組と合流すると負傷した島風に肩を貸して提督のもとに帰投した。演習組は早乙女の前に横一列に並び整列する。彼は俯いたまま何一つ喋らない。赤城にはそれがまるで初めて会った時を彷彿とさせて先の見えない現状が不安で仕方なかった。

 

「演習ご苦労だった。率直に言うのなら予想を遥かに下回る結果だった。まぁそれは今後の改善点として百歩譲っていいとしよう。しかしだ。島風。あれはなんだ?………説明してみろ」

 

 その場の空気が凍り付く。島風は口ごもりながら弁明を口にする。

 

「そ、その………攻撃を与えないことには何も始まらないと思い」

「それがあの行動につながったと?………腕立てだ。数えろ。良いと言うまで続けるんだ」

 

 島風は瞬時にコンクリートに両手をつけると腕立て伏せの体制をとる。ボロボロになった体は所々悲鳴を上げているがお構いなしに早乙女のと合図とともに腕立てを始めた。艤装を背負ったまま痛みを堪えながらいつ終わるかもわからない腕立てのカウントを口にしながら一回二回三回と数えていく。

 しかし既に島風の身体は先の演習で限界を迎えていた。自然と体は少しでも楽をしようとして腕が曲がらなくなっていく。変化は誰の目から見ても明らかだった。当然早乙女もそれに気づくと島風の背中を踏みつけた。島風は突然の負荷に耐えられなくなると崩れ落ちた。

 

「もっと下げろ。やり直しだ」

 

 島風は小さな声で「はい」と返事するとまた一から数え始める。目元からは零れ落ちた涙はコンクリートに落ちる。40回目に差し掛かると再び腕が曲がらなくなった。

 

「下げるんだ」

 

 再び踏みつける。皆見て見ぬふりをする。そんな中、朝潮は提督に意見した。

 

「提督。島風はボロボロなんです。休ませてあげてください!」

「ボロボロだからなんだというんだ?そんなことでやめる理由にはならない」

 

 早乙女は島風の頭を踏みつけた。

 

「やめてください提督!」

 

 怒りに我を忘れた朝潮は手にした連装砲を早乙女に向けて構えた。

 

「それで次はどうするんだ?俺を撃つか?」

 

 朝潮はいったい自分はなんてことをと我に返ると連装砲から手を放そうとするものの早乙女は朝潮の手を握りしめると砲身を自らの身体に押し付けて「これで外さないだろう?」と口にした。収まったはずの気持ち悪さがぶり返してくる。彼女は必死に手を引き離そうとするも早乙女によって固く握りしめられた手はビクともしない。手伝ってやると早乙女は声をかけ、トリガーに添えられた手に力を入れていく。

 

「い、いや。いや、やめて。だ、だめ。いやいやいやいやいや」

 

 早乙女は朝潮の指を押し込む。抵抗するも虚しくトリガーはカチッと音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし砲弾が飛び出ることはなかった。セーフティが陸に上がった時点でかかっていたからだ。朝潮はその場にへたり込む。

 

「怒りや悲しみといった感情は冷静さをを大きく狂わせる。これでわかっただろう?戦いに感情を持ち込むな。貴様らは兵器だ。ただ目の前の脅威を倒すことだけに集中しろ。さて朝潮。命令違反に。上官への反抗。殺されても文句は言えんな。ただまぁ、今回はこれで勘弁してやる。歯をくいしばれ」

 

 早乙女は手を振り上げた。

 

「待つんだ」

 

 そんな早乙女を止めに入る人物がいた。名を六条優斗といった。

 




最近うまく書けない………。後半が特に納得のいくものではないためいずれ書き直します。


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黒と白

木曜に投稿するといいましたが、書けちゃったので投稿します。


 六条優斗海軍中将。六条は早乙女より4つ若くして中将を務め、驚くべき事に数年前までは士官学校出の少尉として従軍する新米だった。その異様な昇級に六条には何か裏があると多くの若手・中堅将官は疑念を抱いていた。

 しかし実際のところ彼はただ単に運が良かっただけなのだ。運命の歯車が回り始めたのはおよそ三年前、深海棲艦に対して大規模攻勢作戦に多くの将官が軍戦に乗り、殉職したことで中堅がその穴を埋めるために中堅の空いた穴を埋めるために若手が出世した。六条も出世組のうちの一人として昇級すると数か月後次に訪れたのは艦娘の登場。

 

 当初は多くの将官がヒト型兵器に戸惑っている中、一人六条は兵器としてではなく一人の少女として彼女たちに優しくまるで家族のように接するというアプローチ法を見出した。彼の働き掛けによって次第に生まれる信頼関係と共に六条の期待に答えるようと艦娘も奮起したことで見事深海棲艦の海域を奪取することに成功した。今にすれば大したことではないが、当時にしてみればそれは大成果と共に艦娘の有用性と良きアプローチ法を証明してみせることだった。そのため六条はこの多大な功績を認められ、当然の結果として破竹の勢いで中将クラスにまで上り詰めた。

 

 こういった経緯もあり、六条自身艦娘は将官一人ひとりの接し方で彼女達もきっと答えてくれると信じていた。加えて彼は不正を憎み、正義を尊ぶ気持ちの持ち主だった。だからこそ彼には早乙女の行動は目に余るものがあった。

 そして今早乙女の度の過ぎた横暴に待ったをかける。しかし早乙女はそれを聞き入れることなく知らんふりすると頭上高々に振り上げた拳を振り下ろす。身構える朝潮。六条は早乙女の動きに瞬時に反応するとかばう様に朝潮の前に立ち、その手を鷲掴みして勢いを殺した。六条は朝潮に振り向き、ただ一言「大丈夫」と言ってほほ笑むと早乙女を睨みつける。両目を大粒の涙で真っ赤に腫らした朝潮の境遇に目の前に立つ男に対する嫌悪感が内から止めどなく沸き上がる。自然と握りしめる手にも力が入った。

 早乙女は六条の手を振りほどき一歩距離を開けると手首を襲う痛みを和らげるように揉んでみせた。先に口を開いたのは六条だった。その声音はどこか震えていた。

 

「後任が来たというから様子を見に来てみれば………やりすぎだ!」

「それは俺が決めることであって、お前が決めることではない」

「こんな横暴大本営が野晒しにしておくと思うのか?君は彼女たちを何だと思っているんだ!」

 

 早乙女はまるで次の質問を予測していたかの如く一切の間を置かずただ一言『道具』だと答えた。六条の内でプチンという何かが切れた音と共に押し殺されていた感情が限界を迎えて爆発した。六条は反射的に早乙女の胸倉を掴む。

 これは不味いと慌てて長門と六条の秘書艦金剛型三番艦榛名は二人の間に割って入ると、お互いがお互いの上司を宥めそして引き離す様に働きかけた。長門は早乙女の言動に呆れたように「発言には気を付けてくれ」と耳打ちするも彼はいい加減な返事で返す。

 

「逆に聞こう。お前は艦娘を何だと思っているんだ?」

「共に立ち向かう仲間であり誰一人として欠かすことのできない大切な家族だ!それを貴様は………道具だと!?ふざけるな!艦娘達には嬉しかったら笑ったり悲しかったら泣いたり、時に仲間のために怒ったりする人間と変わらない感性や感情を持ち合わせているんだ!これのどこが道具だと言うんだ!」

「笑わせる。そんなにも仲良しこよしがやりたいなら他所でやれ。ここは軍だ。ここにいる時点で俺もお前もを含めてここにある全ての物は戦争という盤上で動かす道具、駒だ。俺たちがここにいるのは道具に成り下がってまでこの戦争を終わらせるためだ。家族だ?誰一人欠かせないだ?お前こそふざけるな。犠牲無くして手に入らないものが平和だ。平和を手に入れるために俺たちは戦争をしているんだ。そんなこともわからないお前みたいな甘ちゃんが軍部に多くいるからいつまでたっても膠着状態を崩せないんだよ!」

 

 早乙女が口にしたことは的を射ていた。実際数あるアプローチ法の中でも今の海軍将官の考え方の基盤を作り上げた六条のそれは艦娘を大事することで犠牲はほぼゼロに近い。しかしあまりに大事にするあまり本来の目的である海域奪取がおろそかになり、未だ当初予定の半分しか奪取できていないという現実があった。

 

「戦争を終わらせるためにも我々人類には艦娘の存在が必要不可欠だ。だからこそ密接に信頼しあえる家族のような関係である必要がある。そうすることで今は無理でも我々があきらめない限りいつか必ず勝利するときが来るはずだ」

「いつかとはいつだ?10年後か?100年後か?お前はそれを恐怖で夜を眠れずにいる民衆に面と向かって言えるのか?」

 

 ここに来て初めて口ごもる六条。

 

「戦争は長引けば長引くほど泥沼化する。もうあの日から五年たっているんだ。いつかじゃない。今すぐ殲滅する必要がある」

「それでもやり過ぎだ!」

「甘やかせば甘やかしただけ実戦でツケが回ってくる。我々指揮官はこいつらを戦地へ送り出す責任がある。だからこそ俺は厳しくその体に頭に戦場というものを覚えさせ、敵を殲滅し無事帰ってこられるよう鍛え上げる義務がある。そして今すぐにでも深海棲艦を殲滅しこいつらが………いや、これ以上言い合いを続けたところで平行線だろう。時間の無駄だろう。お引き取り願おう」

「待て、まだ話は終わっていない」

 

 六条の訴えも虚しく早乙女は話を聞き入れることなく、六条に背を向けて仮設テントへと歩き出す。六条は早乙女の後を追おうとする。しかしヴェールヌイと長門が行く手を塞ぐように立った。

 

「お引き取りください」

「まだ話が終わっていないんだ。ここを通してくれ」

「お引き取りください。それとも憲兵をお呼びいたしましょうか?」

「提督これ以上は」

「し、しかし」

 

 六条は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべると「また来る」と言ってその場を後にした。ヴェールヌイと長門は六条をあしらい終えると仮設テントに戻った。テントでは先に戻った早乙女が椅子の背もたれに全体重を預け、不機嫌そうにタバコを吹かせていた。

 ヴェールヌイはいつもは冷静な提督がたまに見せるまるで子供のような態度に微笑すると早乙女のもとに近づいた。

 

「六条提督は帰ったよ」

「そうか」

「………提督、ちょうど切らしてるんだ。一本もらえるかい?」

「お前、禁煙してたんじゃないのか?」

「禁煙?まさか。まぁ、提督の子供を産ませてくれるって言うなら今すぐにでもやめるけど?」

 

 早乙女はすぐさま箱ごとヴェールヌイに投げ渡した。ヴェールヌイはまだ駄目かと悔しがると箱から一本口に加えて火をつけた。

 演習場に再びサイレンの音が響き渡る。第二陣が演習を開始した。龍驤の艦載機が空高く上がっていくのが見えた。近くに他の艦娘はいないのを確認してからヴェールヌイは話を切り出した。

 

「ちゃんと言えばよかったのにどうして言わなかったんだい?」

「何のことだ?」

「最後のだよ。平和にして艦娘なんて生物兵器を廃止するって。私たちが1人の少女として生きていけるようにするっていえばよかったのに」

「………箱ごとやる」

 

 そう言って早乙女は灰皿に煙草を押し付けるとその場を後にした。ヴェールヌイはせっかくの煙草をやめてまで追いかけるつもりはなく、空いた席に腰を下ろしてタバコを吹かせると一言。

 

「不器用だね、君もそして私も」



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一雨

 いつの間にか低評価を四つも頂くことになりました。非常に悲しいことですがまぁ取り上げてる内容も内容なので当然でしょう。幸いにも文章の構成などでのダメ出しは未だ頂いてないですし、内容に関しても変えるつもりはありませんしこのまま執筆を続けていく予定ですので、読みたい方だけどうぞ。


 

 すがすがしい青空のもと始まった実弾演習は島風の暴走から始まり艦娘の練度の低さの露見、埋もれていた才能の発見、六条優斗との対立といった早乙女を一喜一憂させるとともに艦娘達は撃沈するかもしれないという極限の緊張下の中、無事一隻の損失もないまま終了した。

 早乙女は負傷者の運搬や仮設テントの撤去作業などの後始末を赤城に一任すると、長門、龍驤、ヴェールヌイの以下三名の教官を連れて一足先に執務室へと戻った。部屋に入るなり卓上にバインダーを放り投げて椅子に腰を下ろすと、頬杖をついてその溜まりにたまった溜息を吐きだす。その表情からは呆れが見て取れる。

 

「………酷いな、これは。想像以上だ」

「まぁまぁ、提督。そう幻滅するにはあまりに早すぎるんじゃないのか?私が手合わせをした限りでは彼女たちの中にも案外いい動きをする者がちらほらいたぞ?」

「おそらく前任は戦力を一点に集中させて鍛えていたんだろう。確かに何人かの動きには感心させられるものがあったが、個々の能力差にバラつきがあるせいでひとたび動ける者が無力化されればすぐ総崩れだ。特に目に余るのは連携だ。不慣れなチームワークのせいでボロボロ。連携なんてあったものじゃない。俺はいつからブートキャンプの責任者になったんだ?」

「ふふ、ブートキャンプか。あながち悪いことだらけじゃないぞ?」

「何?それはなんだ?教えてくれ」

 

 怪訝そうな顔を浮かべる早乙女。早乙女が最悪と思い込んでいた現状から良い点を見出すことのできる長門が不思議でしょうがなかった。一体何があるのかとこの際藁にもすがる気持ちで長門に次の言葉を促した。

 

「分からないかい?そうだな………提督の言う様にここは新兵いや新兵モドキが多い。これは変えようのない事実だ。しかしこう捉えるとどうだろう?新兵モドキが多いということは未だ戦場を知らず戦い方を知らず何者にも染まっていないということだ。前知識がないということは与えた知識をそのまま吸収するとともに場合によっては化ける可能性があるってことだ。いわば鉱山に埋まった原石の数々だ。今は誰の目からも埋もれてた石ころにしか見えなくたって磨きに磨き上げてあげれば宝石店で並ぶような光り輝くイヤリングやネックレスに指輪にだってなれる可能性を秘めているということ。提督は既に何十個何百個もの原石を磨き上げて世には逸出してきたじゃないか。そんな早乙女太一中将にとっては今更朝飯前だろう、違うかい?」

 

 長門は前向きに捉えてそう言っては見たもののバインダーから顔を覗かせる書類を一枚手に取り苦笑いを浮かべ「これは厄介な」と思わず口にした。書類一枚一枚には艦娘の顔写真と共に提督の評価がチェックされているがどれもこれも判定は最低評価の一歩手前のD評価。最高のA評価を与えられているのが両手で数えられる数いるかどうかの人数だった。龍驤もヴェールヌイも書類をそれぞれ手に取ると一様に苦笑いを浮かべていた。

 

「そうだな。確かにそう考えれば。いくら悲観したところで始まらないしな。さて、始めるとしよう。まずは第一から第三まで人数に制限なく振り分ける。お前たちが戦ってみたところの評価も聞かせてくれ」

 

 それからというもの長門、龍驤そしてヴェールヌイの意見を踏まえて佐世保第三鎮守府の艦娘達を第一艦隊から第三艦隊まで振り分けていく。振り分けの配属部隊によっては厳しい戦闘が予想される。一人のミスがメンバー全員の死につながる実践において、その場で議論する全員が第一艦隊の配属艦を決めかねていた。「彼女はどうだろうか?」「厳しくないかい?」「大丈夫。いけるはずや」「待て待て、筈だで物を言うな」と議論しあえばしあうほど深みにはまっていき、話し合いは一向に進まず後日またその次の日と日を跨ぐ。結局議論に議論を重ね納得のいく振り分けが完成したのは三日後の朝だった。

 

 

 

 後日、早乙女は一部所属艦をひとりひとり執務室に呼び出した。呼び出された彼女達には配属予定が第一艦隊もしくは第二艦隊ということの通達が早乙女の口から直接本人に向かって告げられるとともに早乙女による気勢の確認が執り行われた。艦娘達には配属を辞退する権利が認められていた。

 それには早乙女自身の考えがあったからだ。彼曰く、やる気や度胸がない奴が戦場に出ればいくら力量があったところで足を引っ張るのは明白とのこと。彼独自の持論から早乙女は辞退を認め、認めたことにより既に一名の艦娘が今までのことを踏まえた上で辞退していた。そしてこの空いた穴を埋めるようにして第二艦隊配属予定だった朝潮が急遽執務室へと呼び出されたのだった。

 

 朝潮は館内放送を聞き執務室前まで赴くとドアノブを捻らず暫し立ちすくむ。彼女はなぜ自分が呼ばれたのかを理解していない。大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、朝潮は力強く扉を開くと「朝潮入ります!」と言って部屋へと入った。

 執務室には早乙女と長門両名が奥の執務机ではなく手前の来客用ソファに腰を下ろし待ち構えていた。早乙女は「来たか」と一言いうと向かい合う早乙女の座る反対側に座るように指示する。

 

「………何か飲むか?茶に紅茶にコーヒーにジュース各種とあるがどれにする?」

「!?」

 

 早乙女と出会って日の浅い朝潮だったがここ二、三日と明らかに何かが違う優しさを見せた彼に事の重大さを察した朝潮は身構えた。朝潮に緊張が走る。朝潮は一言一句に細心の注意を払いながら言葉を選ぶように「お茶を」と答えた。早乙女は視線で長門に合図を送る。彼女は立ち上がり執務室と隣接された給水室へと消えた。

 

「今日呼んだのは先日の結果を踏まえ、お前の配属を通達するためだ。朝潮、お前を第一艦隊に配属する」

「だ、第一艦隊にですか!?私が!?」

 

 朝潮は今までで一番の驚きを見せた。命令違反すれすれの行為に提督への反逆と今この場にいることでも奇跡だというのにそんな私が第一艦隊に選ばれるなどありえないと当然の反応を示した。そんな彼女に動じることなく朝潮は言葉を続ける。

 

「確かに一部問題があるものの、戦闘でのヴェールヌイ戦に続き行った長門戦での動きに関してはいい動きをしていたし、ヴェールヌイ戦でのヴェールヌイ島風両者に向けてトリガーを引いたことは多い評価できる」

「しかしあれは提督に言われるがままでしたし、結局当たりませんでした」

「それは練度の問題だ。俺が評価したのはトリガーを引いたことだ。あそこで引き金を引いたからこそヴェールヌイから島風を引きはがせた。お前がやらなければあのまま一方的にやられていただろう。そういった時に仲間にさえも銃口を向け状況を打開できるような朝潮お前みたいな奴が第一艦隊には必要だ。だからお前を呼び出した。しかし第一艦隊になった以上は今後の訓練は倍近く厳しさも磨きをかけていく。お前には拒否権もある。この話を断ってくれてもよい。その場合解体はせず第二、演習組に再配属されることを約束しよう」

 

 長門がお盆に湯呑を二つ抱えて持ってきた。早乙女は「しばらく考えてくれて構わない」というと湯呑に手を伸ばし口へと運んだ。朝潮は考えを巡らせる。先日の演習で泣いていた今の私が果たしてついていけるのだろうか?ろくに戦闘経験のない私が仲間の足を引っ張らないだろうか?果たして私が私が私がと考えれば考えるほど悪い考えが浮かびに浮かぶ。そして悩むこと五分。朝潮は答えを出した。

 

「やります。私やらせてもらいます」

「そうか。本当にやるんだな。もう後戻りはできないぞ?」

「それでもやります!みんなを人々を守るために私は強くなりたい。この戦争を終わらせるために!!!」

「………いい答えだ。なら今からお前を第一艦隊へ配属する」

「はい!」

「最後に何か聞きたいことはあるか?」

 

 朝潮は早乙女と六条が言い争っているときに言いかけそしてやめた彼の言葉を聞き出したかったが、自然と朝潮の口から出た答えは「いえ特には」だった。そういった手前今更聞きたいことがありますとは言い出せず、朝潮は執務室を後にした。

 

 館内放送から早乙女が朝潮を呼び出す声が聞こえた。朝潮は両頬を思いっきり両手で挟み込むように叩き気を引き締めると手始めにヴェールヌイに教授してもらおうと彼女のもとへと向かった。

 

 彼女が白狼の名を継ぐようになるのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

「遅い。遅すぎる」

 

 早乙女は腕時計に目を落とした。朝潮が部屋から退室するのを見送り次に別件で島風を呼び出してから、もうかれこれ十分が経過していた。早乙女は再び館内マイクに手を伸ばすと島風に大至急来るようにと放送した。しかし来ない。

 十分待とうがニ十分待とうがいくら待っても来る気配はなかった。業を煮やした早乙女は仕方ないと同じく別件で呼び出すつもりの雪風を呼ぶ。しかし来ない。

 何かがおかしいと異常を感じた早乙女は雪風と島風の寮室へと直接足を運んだ。そして事件は起きた。

 

「島風、雪風いるか?入るぞ」

 

 早乙女はドアノブに手を伸ばし回す。もし鍵がかかっているのなら回らない筈のそれは何の抵抗もなく回った。早乙女は入るぞの一言と共に部屋の中に入ると目を疑った。そこには何もなかったのだ。備え付けのベット、机、椅子があるだけで生活感を醸し出す物は何一つなくなっていた。

 

 早乙女は部屋の外に取り付けられて内線用の子機を手に取ると執務室へと繋いだ。

 

「こちら執務し「長門、俺だ。緊急事態だ。全艦を至急集めろ!」

「りょ、了解した」

 

 すぐさま館内放送が流れた。

 残された早乙女は行き場のない怒りを壁へと叩きつけた。

 

「糞が!」

 



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脱柵・罰則

多くの評価そして批評ありがとうございます。
皆さんの多くの意見に流石にやりすぎたかなと思う今日この頃。
そのうち大掛かりな修正を加えるかもしれませんので、その際はよろしくお願いします。(絶対やるとは言ってない)


 

 前任に変わり着任した早乙女が来てからというものほぼ毎日休むことなく耳にする長門の館内放送はいつにもまして早口で言葉が走り、それでいて声音に焦りが見えた。指示に従いすぐさま艦娘たちは白を基調とした大理石の玄関口に集合した。皆急な招集に皆目見当がつかないものの、真剣な面立ちで銃片手に整列する憲兵がこの場にいることにただならぬことが起きたのだと誰もが察する。早乙女が口を開く。その顔には焦りが伺えた。

 

「脱柵だ。逃亡者は島風と雪風の両名。守衛室から基地外に出たという報告がないことからまだ基地のどこかにいる可能性が高い。見つけ次第拘束しろ。説得できるに越したことはないが厳しいと判断した場合はテーザーガンで無力化しても構わない。以上だ」

 

 必要最小限のことを皆に伝達すると、憲兵たちは各々散らばっていく。脱柵の二文字に多少戸惑いを見せた艦娘達も事の重大さを理解すると、お互いがお互いに声を掛け合い個々に捜索範囲を振り分け合いそして散らばる。佐世保海軍基地内が慌ただしくなる。事態は急を要した。

 

「早乙女提督、こちらへ」

 

 憲兵隊長が早乙女を地図を広げたジ―プ前まで呼びよせた。ボンネットに広げられた地図には佐世保海軍基地とその周辺地域が詳細に記されている。隊長はそこへおもむろに赤いペンで大きく円を描くと円内の数か所に罰点印を入れていく。隊長が書き示したそれは雪風並びに島風の逃走想定範囲と既に捜索を開始していた守衛から報告を受けた彼女らの存在を確認できなかった箇所だった。島風の動きが速いことを考慮して想定範囲は比較的大きく想定されていた。

 

「これが想定される逃走範囲です。既に北門及び南門には部隊を配置しています。彼女たちも艤装をつけていなければ唯の少女たちと変わらないですし、そう遠くへはいけないことでしょう。我々もこういうことには慣れています。見つけるのは時間の問題でしょう」

「少女と変わらない………か」

「なにか目星でも?」

「いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 歯切れの悪い反応を示す早乙女に隊長はそれ以上追求することはなく、「そうですか」と返した。その間にも続々と届く報告。海軍基地も無限に広がりがあるわけではない。描かれた円はこの人数でやれば半刻で見て回れるほどの大きさ。彼の言う様に見つけ出すのは時間の問題だろう。そう皆が思っていた。

 しかし予想時刻は優に経過したにもかかわらず発見の一報はまだ二人のもとへは入ってこない。隊長はこれはおかしいぞと思わず言葉を漏らす。彼曰くこれほどまでに地図上の円内には多くの罰印がまんべんなく記されているというのにいまだ発見できないことは普通ならあり得ないこととのこと。隊長は考えを巡らせる。そして一つの仮説を口にした。

 

「もしかしたら誰かが匿っている?」

「なに?」

「あくまでも仮説ですが、海路からの逃走は不可能。北門と南門には部隊が展開している。周囲には塀に囲まれているこの状態でここまで捜索して出てこないとなると誰かが匿っている可能性が濃厚かと」

 

 早乙女にはただ一人そう言った人物が思い浮かんだ。正義感が強く早乙女を真っ向から否定する彼ならやりかねないとそう思った。ちょうどその時その人物からの着信を携帯電話が伝える。早乙女は指をスライドさせ電話に出る。そして彼はその口から早乙女の予想通り驚くべきことを口にした。

 

「島風と雪風は僕が保護している」

「………やはりお前だったか」

 

 早乙女は通話をしながら指で何かを掴み描くようなジェスチャーをする。隊長はそれが何を意味するかを察するとすぐに早乙女にペンを手渡す。早乙女は地図の片隅に発見の二文字を軽い筆圧で書くと周りからは小さいながらも歓声が上がった。

 

「手を煩わせたな。いますぐそちらに向かう」

「二人は渡せない」

「なんだと?聞き間違えか?もう一度頼む」

「何度でも言ってやるさ。君には彼女たちを渡さない。渡すもんか!あの二人から事情は聞かせてもらった。お前が彼女たちにやったことも他の艦娘達にもしていることも全てだ。これは大本営にも報告させてもらった。その身をもって償え」

 

 そういって受話器を叩きつける音と共に通話は切れた。

 

 

 

 

 

 後日早乙女のもとに本部から命令書が届く。内容は短くそれでいて明確で前日の脱柵及び六条提督からの報告について日本海軍元帥じかじかの呼び出しがかかった。予想以上に大きくなった事態に内心驚きつつも早乙女は指示通りに佐世保海軍基地を後にする。その際六条優斗中将の動向が気になることから長門・龍驤・ヴェールヌイの三名を佐世保へ残し、単身で東京へとすぐさま飛んだ。

 

 約二時間弱のフライトと公用車の移動で東京へ着くなり、その日のうちに早乙女は元帥と面会するべく大本営へと訪れた。幸か不幸か元帥もこれを了承すると早乙女は海軍で一番上の階級を保持するその人の部屋の前へと招かれた。

 早乙女は緊張した面持ちで扉の前に立つと二度扉をノックし、「入れ」の一言を聞いてから部屋へと入った。そこには元帥と思しき白髪に白ひげを生やした年寄りが手を組み早乙女達を待ち構えていた。元帥の制服の至るところに様々な形をした勲章や褒章の数々がつけられていた。早乙女はここ数か月したことがないほど手の先まで力を入れて敬礼すると階級と自らの名を名乗る。習って朝潮そして叢雲も自分の名を口にした。

 

「早乙女くん。急な呼び出しだったがご苦労様。さて、今日呼び出された理由は分かっているかね?」

 

 元帥の口調は非常に柔らかくそれでいて優しいものだった。

 

「は!理解しております」

「六条提督から報告があったが、その内容も理解しているかね?」

「い、いえそこまでは」

 

 そうかと元帥は言うと引き出しからメガネを取り出すとファインダーに目を落とし、書かれた文字を読み上げていく。元帥が読み上げている書面には早乙女が行った雪風への暴力並びに実弾での演習や朝潮に対して行った仲間を撃つことへの強要などその場にいなければわからないことと共に島風と雪風の現在の状況について赤裸々に書かれていた。早乙女は唇をかみしめる。元帥は最後の行まで読み終えると書類を机の上へとおいた。

 

「これが六条優斗中将から届いた報告書だが、何か反論はあるかね?」

「いえ。事実です」

「………早乙女くん。私は君の優秀さをよく知っているつもりだ。君がこれまでに軍に対して多大な貢献をしてきたことも。君は確かに横須賀に配属されたときも厳しく暴言や時に暴力が目立ったがここまでひどくはなかった。しかし今の君は端から見れば前任の彼としていることは変わらないぞ?今の君には何か焦りが見える。一体どうしたんだ?」

「焦りですか?………そんなつもりは「ないとは言い切れんだろう?違うかい?」

「………そうかもしれません」

 

 俯く早乙女に元帥は来客用のソファに座るように促した。元帥は執務机から立ち上がりその向かいに腰を下ろすと、早乙女に何があったのかを話すように促した。早乙女はゆっくりとその口を動かした。

 

「元帥。私が焦っているのはこの戦争を終結させるまでのことです。我々は一刻も早く戦争を終わらせる必要があるのです。出来る物なら今すぐにでも。このままいけば取り返しのつかないことになります。最悪国家が崩壊するに」

「国家が崩壊?」

「はい。元帥もご存知の通り我々日本は五年前の深海棲艦が現れるまでエネルギーや食糧だけにとどまらず衣類や天然資源、材料、素材といったその多くを輸入に頼り切っていました。しかし奴らが現れたことで周辺国とをつなぐ海路は封鎖され、タンカー船による輸入ができなくなった現在は国中で物資不足が問題となっています」

「うむ。だからこそ現政府は空輸という代用処置をとっているではないか」

「足りません。一度に運べる量が圧倒的差があります。実際代用処置をとった今でも物資不足は一部政令指定都市や基地まわりでは多少なりとも緩和されましたが食糧問題は以前解決してはいません」

「それと君の焦りと何が関係するんだ」

「今はまだこれといった暴動は起きていませんが、より一層飢餓やいつ終わるかもわからない恐怖に押しつぶされれば民衆の怒りが爆発し暴動がおこります。それも日本各地でです。そうなればもう取り返しがつきません。だからこそそうなる前に一刻も早く終わらせる必要があるのです」

 

 元帥は早乙女らしからぬ必死の訴えを聞き終えると全体重をソファに預け、腕組みをすると考えを巡らせる。早乙女の言う話には元帥を納得させる確たる証拠がなかった。人によってはこれを戯言だと否定するかもしれない。しかし彼の真剣さから言ってこれを無為にはできない。元帥は答えを口にした。

 

「分かった。次の定例会議に議題として専門家も交えて話し合う。結果はおって君のもとへと伝えるよう配慮しよう」

「は!ありがとうございます」

「君が焦ってた理由は分かった。しかし今回の不祥事の理由とはならん。君には責任を取ってもらう。早乙女海軍中将。今回の一件により君を中将から少将へと降格させるとともに即刻長門、龍驤、ヴェールヌイの三名を所属鎮守府へと帰還させるんだ」

「元帥、お待ちを!それでは」

「早乙女君条件をのむんだ。私も君のことを見込んで十分譲歩しているんだ。君も予備役編入させられるのは嫌だろう?それにここで君に対して甘くすれば私の責任追及問題になってしまう。そうなれば君の予備役編入はゆるぎないものになるだろう」

 

 大本営も一枚岩ではない。元帥の言うことはもっともだった。早乙女は苦虫をかみつぶしたかのような表情を浮かべ、握りこぶしを作り強く力を入れる。元帥はそんな彼の態度を気に留めることはなく流すと彼の前に一つのバインダーを置いた。そこには軍人の顔写真と共に彼ら彼女らの情報が記されていた。

 

「代わりに君のもとへ教官を四人送る。彼らから真の教育方法を学ぶんだ」

「………了解しました」

 



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武器商人

今回全く話が進みません。ご了承くださいませ。


 

 佐世保の地から航空機と公用車を経由して約二時間弱という時間をかけここ東京まできたというのに元帥との会談はものの数十分で終え、早乙女は再敬礼すると部屋を後にした。大本営の長い廊下を歩きながら早乙女中将改め少将は考えを巡らせる。元帥から言い渡されたのは三点。

 一つに今回の島風及び雪風両名の脱柵及び度重なる艦娘に対する過度な指導への罰則として中将から少将への降級。これにより六条優斗の軍における階級が一つ上になるという事態が発生した。軍では建前上上官に無理難題な命令された場合、それを拒否する権利はあるが結局のところ拒否権を行使できる場合は非常に少なく上が絶対傾向にある。このことからこの件に関しては早期に対策を打つ必要があった。二つに同じく罰則として以前に指揮していた鎮守府から無理言って借り入れていたヴェールヌイ・龍驤・長門の三名の強制帰還。三つに早乙女自身の教育係として派遣される艦娘と軍人の計四名の教官。

 この中で最も厄介なのは三つ目だった。これから来る四名の教官の教育方針が早乙女よりの考え方ならいざ知らず、場合によっては今までの考え方が全否定され六条優斗中将のような甘っちょろい鎮守府にされかない。しかしだからといって今の早乙女にはどれもこれも拒むことも抗うこともできない。ただ今はこの事実を受け入れ、どうか予想通りにならないようにと祈ることしかできない。そんな自分自身に無性に腹が立つ。もっとうまく立ち回ればと今になって思えば反省しか出てこない。

 

 これでは駄目だ、一度落ち着こうと早乙女は廊下の一角にある全面ガラス張りの喫煙室に入ると内ポケットに入れていた煙草箱を取り出し一本口にくわえる。すると早乙女の動きに合わせて視界の端から艶のあるか細い若い女性の手が伸びてきた。手にはその若さに反して随分と年季の入ったオイルライターが握られている。指が甲高い金属音を鳴らして蓋をはじきオイルライターに火を灯すと早乙女を促した。

 早乙女はこの好意を無下に扱うつもりはなく、ありがたくライターに顔を近づけ煙草に火をつけて吹かせる。礼を言おうと彼女へと向き直る。そこには早乙女の顔見知りの人物が満面の笑みを浮かべながらライターを手にしていた。早乙女は彼女の名前を知らない。だから彼はいつもこう呼んでいた。

 

「武器商人。なぜお前がここにいる?」

「何度言えば覚えてもらえるんですか?私の名前は武器商人ではなくアリス。アリス・ヘーゼルダインですよ早乙女中将」

 

 彼女ことアリス・アーゼルダインは火の灯していないタバコを加えながら溜息を吐きつつ、そう口にした。

 

「今しがた中将から少将になったばかりだ」

「おっとそれはそれは。理由をお聞きになっても?」

 

 アリスの追及に早乙女は煙草を吹かせて今しがた沸き上がっていた怒りや動揺といった感覚を麻痺させ自身を半ば強制的に落ち着かせると間を開けて「言うと思うか?」と質問に質問で返す。アリスもアリスで答えてもらえるなどさらさら思っていなかったようで、予想通りの答えに「ですよねー」と口にした。

 

「で、なんでお前はここにいるんだ?」

「あ、結局そこに戻りますか?まぁいいです答えましょう。今回は我がヘーゼルダイン社武器開発部門が総力を決し、開発した対深海棲艦兵器のご紹介とご案内をしに来ました!」

「対深海棲艦兵器だと?」

 

 早乙女の食いつきにアイスは意気揚々と話を続ける。

 

「そうです。これを用いれば今や軍の肥やし状態になっている軍人の多くも………ごほん、言葉が過ぎました。えっとですね。私が言いたいのはですね、あの、あれですよ、そう!力を持て余した彼らにもチャンスが来るということです」

「それでそれはどういった物なんだ?」

「それはですね「こんなところにいたんですねアリス・ヘーゼルダインさん!」

 

 二人を遮るようにして声が喫煙室に響く。振り向くとそこには息を切らした女性軍人が立っていた。その表情には安堵の色が伺える。対して当のアリスはというとまるで悪戯がバレた子供のように「見つかっちゃった」と言うと頭を掻いてみせた。女性軍人は何階級も上の早乙女に気づくと慌てて敬礼してみせた。

 早乙女はそれを下ろさせるとこれまでの経緯を女性軍人に問いただす。彼女曰くアリスの傍付きとして来日してからこれまでアリスと行動を共にしてきたが、突然「ちょっと寄り道」と言ってその姿を暗ませたとのこと。

 

「おい、武器商人」

「いや、これはですね、ふと横道を見たら早乙女ちゅ、少将が歩いていたものですから、ご挨拶をしておかなければと思いまして。決して面白半分でやったことでは………はい」

「どうだかな。まぁ、いい。彼女も待っているんだ。早くいけ」

「せめてこの一本だけでも吸わせて。そしたら行きますから」

 

 早乙女は溜息を吐き、女性軍人へと視線を移すと彼女は「分かりました」とただ一言いうと、喫煙室の扉を閉め、部屋の外へと出た。アリスは女性軍人が出ていったのを横目で確認すると、持っていたビジネスバックから一枚の封書を取り出して早乙女に手渡した。早乙女はそれを受け取ると宛名を確認する。しかしどこにもそれといったものは確認できなかった。

 

「これは?」

「私もよく知らないんですが、バックに大きなジャパニーズマフィアがついた大規模裏オークションの招待チケットらしいですよ。話に聞く限り、武器や女・子供に加えて目玉として艦娘も出品されるそうです。もしよろしければどうぞ」

「なんでそんなものを俺に?」

「私に届いたものですが、私自身こんなところ行くつもりもありませんし、もしよろしければ昇級の足しにでもなるように摘発されればいかがでしょうか?幸い招待状には名前らしいものも書いていなかったのでこれを使えば簡単に潜り込めますよ。会社の正装もお貸しいたしますけどどうします?」

「ありがたいがお前にここまでしてもらう理由が思い浮かばない。何が目的だ?」

 

 当然の疑問を早乙女は口にする。いくらアリスとの関係が普通以上あるとはいえ、ここまでしてもらうほどの義理を彼は思いつくことができなかった。

 

「目的って人聞きの悪い。私ってそんなに信用なかったんですか?これはいうなれば一種の先行投資ですよ。私の勘が早乙女少将は今後関りを持っていくべき良物件だと訴えかけてきているような気がしたからです。それに裏オークションで艦娘なんて買ったらすぐに後がついてしまうじゃないですか。そうなればお得意さんである日本とわが社との信用に関わってきますからね」

「腑に落ちないな」

「用心深いですね。本当に少将を貶める気は毛頭ありませんから。ほら受け取って」

 

 そういってアリスは半ば強引に早乙女に封書を押し付けるとまだ残っている煙草を灰皿に押し付けて喫煙室を出ていく。早乙女は受け取った封書を内ポケットに潜ませると、時間差を置いて喫煙室を後にした。早乙女は携帯電話を取り出すと電話をかけた。二、三度呼び出し音を待った後、相手は電話に出た。

 

「お久しぶりです、先輩!どうしましたか?」

「あぁ、いろいろと分け合ってお前に借りていたヴェールヌイに長門と龍驤を明日には帰還させることになった」

「え!?急ですね。どうしたんですか?」

「いろいろあったんだよ。いろいろとな」

「大丈夫なんですか?私にできることならなんでも手を貸しますよ」

「いや、大丈夫だ。どうやらまだまだいけるようだ。とにかくそういうことだからよろしくな」

 

 早乙女は通話を切るとすぐさま佐世保の地にへととんぼ返りするのだった。



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一週目基礎トレーニング

 皆さんの言いたいことは前々から非常によくわかっていました。ようは早乙女の言動が軍人らしくない。見ていて不愉快。書き直せということですよね。
 この事態の招いたそもそもの原因が下調べを一切しないで執筆作業を始めたのが100%悪いのは理解していますし、このせいで中途半端ななものとなり不愉快な気分にさせたのなら本当に申し訳なく思っています。

 しかし現実問題ここまで話を進めてしまった手前、それをすると大幅な修繕を加えなければならなくなりそれは作者的にも面倒くさいことをわかってほしいのです。だからこそ今こうして軌道修正をしている最中です。私は言いたいのは一つ。

 軌道修正している最中だから少し待ってくれ。

 これだけです。


 新任着任早々の艦娘による脱柵は後にも先にも起こり得ない前代未聞の大事件として次の日には海軍最高指導者元帥直々の呼び出しがかかるという一つ二つ上を行く予想外の事態を招いた。

 

 二日と経たないうちに尾を引き始めた事件はとどまることを知らず、長門・ヴェールヌイ・龍驤の三教官から艦娘は一切教えを乞うことなく三人は所属鎮守府へと帰投させられることになったり、東京から長崎佐世保の地へととんぼ返りしてみせた早乙女の階級が中将から少将へ降級していたりと、様々なところで騒動の爪痕を目にする。

 

 人から人へ、艦娘から艦娘へ、妖精から妖精へと佐世保海軍基地全体がこの話で持ち切りになると、故意か必然か大きくなったありもしない噂が飛び交い、鎮守府全体が浮足立っているのが見て取れた。

 こうしたことから早乙女は事態の収拾並びに認識の一致を図るべく、すぐさま情報共有を執り行うとこれが功を奏し、人伝の出任せは力を弱めると鎮守府内は徐々に本来の落ち着きを取り戻していく。

 しかし、未だ尾を引くそれは再び新たな爆弾を鎮守府に投下した。

 

 日も沈みだした夕暮れ時の執務室の扉を二度ノックする音が響く。

 早乙女は先の騒動で滞っていたここ三日分の執務作業を片付けていくペン先を休ませ、文面から扉へと視線を向けると中に入るよう促す。「失礼します」の声が四度耳に届き、早乙女の前に四人の男女が横一列に並んで見せた。

 早乙女は彼そして彼女らのことは知らない。ただ何者なのかは既に検討がついていた。早乙女から見て一番右手に立つ女性軍人が一歩前に出ると口を開く。

 

「お初にお目にかかります早乙女海軍少将。元帥の命により本日付で大本営よりここ佐世保第三鎮守府に赴任してきました千斗千夏です。よろしくお願いします」

 

 一人目の女性教官千斗千夏に倣う形で二人目の男性教官滝口連、そして艦娘の大鳳型1番艦装甲空母大鳳と川内型2番艦軽巡洋艦神通はそれぞれ自らの名を述べると早乙女に対して敬礼して見せた。

 

「話は元帥から聞いている。訓練における指揮は君たちに一任する。よろしく頼む。君たちも知っての通り私も考え方を改める必要がある。何かあれば言ってくれ。以上だ」

「「「「はい!」」」」

 

 

 

 

 

 そして迎える次の日。千斗達四人の教官は朝早くから艦娘を演習場に呼び寄せた。

 

「大本営より君達の教官に抜擢された千斗千夏だ。私たちは一か月という短い時間で君たちに戦争を叩きこむ。ここで質問だ。今君たちに足りないものはなんだ?青葉答えろ」

 

 千斗はいきなり青葉に対して質問を投げかけた。青葉は視線を動かし考える素振りを見せると演習時の反省を踏まえて射撃精度だと答えた。

 その場に立ち会っていない千斗は確かにそれもあるかもなと曖昧な返答をすると次から次へと艦娘達を指名しそして答えるよう指示を出す。艦娘達は持久力や筋肉力などの肉体面ややる気や心構え、チームワークと言った精神面的なことなど一人ひとり違った答えを口にする。

 

「確かにどれもこれも大事なことだ。現時点でもっとも足りないことは先ほどから上がっているように君たちの肉体づくりだ。これが基本となりこれができなければ他のことをやったところで中途半端なままだ。まずは一週間肉体づくりに全力を注ぐ。強くなりたいのなら、生きて戦場から帰ってきたいのなら言われたことを正確に聞き、完ぺきにこなせ。分かったな!」

「「「はい!!!」」」

「よし、まずはここから6キロの持久走だ。設定タイムは30分。これを超えたものはペナルティだ」

「滝口、彼女達を走らせろ」

「了解」

 

 そういい終えると近くで千斗の教官姿を後方で眺めていた早乙女のもとに彼女は近づく。

 

「早乙女少将この時点でお伝えすることは二つです。一つに暴力はいかなる時にもご法度です。暴力に訴えかけることで一時的に従わせることは可能ですが暴力では彼女達を鍛え上げることはできません。しかしだからと言って怒らないのは逆効果で我々に対して舐めた態度をとるような輩が出てくる可能性もあります。よって体罰の代わりに罰として筋力トレーニングのペナルティと指導を行います。詳しいことはまた後程。二つ目に訓練の意味を考えさせるのではなく、初めから教えるのです。本人たちも疑問を持ってやるよりかは一層の効果が期待できます」

「………」

「早乙女少将?」

「あぁ、済まない。体罰は何も生まない。君の言うことはもっともだ。私も考えを改めなければならないことは十二分に理解している。ただ一日で今までの考えを否定するのはいささか厳しいものがな。………すまない、もう少し時間をくれ」

「構いませんよ」

 

 島風と雪風を除いた計14名の艦娘は一つの塊を作って折り返し地点に向けて堤防を走り始めた。その後ろをSUVに乗った滝口と大鳳がゆっくりと最後尾に追従していく。

 

「早乙女提督の葛藤私にはよくわかります」

「え?」

「お恥ずかしいながら私もここに落ち着くまでは艦娘に限らず若い者達に手を挙げていましたから。五年前を知る人は皆そうです。私も二度とあんな大惨事を起こさないようにと必死でした」

「そうか。君もあの時前線にいたのか」

 

 しばらくすると続々と荒い呼吸で汗水たらしながらゴール地点を艦娘達がくぐっていく。神通はゴールを過ぎた一人一人のタイムを読み上げると、バインダーにペンを走らせる。そんな中、曙のタイムを読み上げた神通の眉間にしわが寄る。休もうとする彼女を呼び止め自分の前に立たせた。

 

「曙さん。あなたのタイムは34分です。千斗教官は30分までに帰って来いと言ったはずです。両手をついてください。腕立てです」

 

 走り終わり休憩もなしに曙は腕立ての体制をとると、声に出して数を数えていく。曙を境に後続に続く全員が腕立てをする。その間ノルマを達成した者達は暫しの休憩を得ることができていた。神通は腕立てをする全員に向かって声を張り上げた。

 

「貴方たちはノルマを達成できなかったからペナルティを受けていることを忘れないように。私たちは何も理不尽にやらせているわけではありません。腕立てをやりたくなければ、ノルマを満たすことです」

 

 それからというもの文字通り地獄の訓練が始まった。持久走から始まった訓練は休憩なしで腕立て、懸垂、腹筋と三つのローテーションに一人の教官が付きっきりで見張られ、体がつぶれたり、ちゃんと上まで上がらなければもう一度最初からやり直させられる始末。

 お互いに声を掛け合い励ましあっていた彼女たちもいつしか皆他人の心配をしている余裕はなくなり、 一秒が一分に一分が一時間に感じられるほど、長く厳しい訓練にただひたすら無我夢中でしがみつく。あまりにもきつい訓練に仮病を口にする者もいるが、教官はこの道のプロ。誰が手を抜き、誰が仮病を言っているのかは彼らにとっては一目瞭然だった。故に仮病を口にした艦娘は相手にもされず、すぐに訓練に戻させられた。逃げることは実質不可能と誰もがそう悟った。

 

「ほら、最後までちゃんと上がれ!何へばってるんだ!まだ始まったばかりだぞ」

「食らいついて!泣こうが叫ぼうが体を起き上がらせて!」

「上げろ!上げるんだ!」

 

 至るところで怒声と艦娘のカウントが飛び交う。ローテーションは水分補給以外はただただひたすら繰り返された。

 それから約二時間後。千斗が時計をのぞき込むと一度訓練を中断した。朝食の時間だ。皆ふらつく足で食堂へと向かう。疲れ切っているせいか誰もしゃべろうとする者はいない。

 疲弊しきった体に油物は応え、皆ヨーグルトやバナナといった軽い食事を好んで口にする。この状況で一番やってはならないことは食事をとらないことだ。午後も当然訓練はある。もし何も摂取しなければエネルギー源を確保できない体はすぐに駄目になるだろう。そうしたことから教官たちは無理にでも食事をとらせた。

 早朝の訓練で今までにないほど酷使したことで手元が震え箸が使えない者はフォークを使い、それでも食べれない者は自らガムテープでフォークと腕を固定して無理にでも食事をとる。

 

 それからというもの朝食を食べ終えるとすぐさま訓練。昼休憩をはさみ、訓練そしてまた訓練。彼女たちは早朝から訓練を始め、結局寝床に着いたのは午前二時だった。

 

 まだ地獄は始まったばかりだ。




完結はさせますのであしからず。


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座学・謝罪・演習

 草木に限らず、この世のすべての生を成す者が眠りについているかのように静まり返った丑三つ時に若い守衛は一人、門横の守衛室で交代が扉を開けて入ってくるのを今か今かとを心待ちにしていた。彼は眠い目を擦りながら時計に目をやる。秒針が一定の速度で回り続け、4を指す短針の上を通過した。

 まだ来ないかと次に守衛はガラス越しに見える外へと目を移す。一定の間隔で設置された街路灯に照らされた車道には自動車の行き来はなく、歩道にはいくら待とうと人っ子一人来る気配はない。

 

 眠気がピークに達した彼は落ち着きがなく、手元のボタンでモニターに表示された監視カメラの映像を切り替えながら、暇だ。眠い。早く来い。もうすぐ来るだろうし先に戻ってようかと考えを巡らせていたちょうどその時、守衛室の扉が大きな音を立てて開かれる音がした。守衛はすぐさま振り返るとそこには交代の顔なじみが肩に銃をかけ、寒さに手を擦り合わせながら立っていた。顔なじみは部屋に入るなり守衛と言葉を交わすよりも早く「あったけ~~~」と感想を漏らした。

 

「やっと来たか。早く変わってくれ、寝落ちしそうだ」

「お、おう。任せとけ。ゆっくり休めよ」

 

 頼んだぞ、お休みと言って守衛室の扉をくぐると秋の寒さが体を包む。暖房で温まっていた体が急激に冷えていくのが分かる。若い守衛は銃を肩にかけて両ポケットに手を突っ込むと小走りで基地内に設けられた仮眠室へと向かう。

 

 口から吐く息は白く、体を包む寒さと肩にかけた荷物が邪魔をし思ったように動かない体のせいで小走りしては歩き、歩いては小走りする動作を繰り返しながら佐世保第三鎮守府の前を通りすぎようとした守衛の足が突然ピタリと止まる。

 自分の出す音以外の音が聞こえる。どこからか何かをカウントする音が聞こえる。

 守衛は肩にかけていた銃を両手で握りしめると辺りに耳を澄まし、内心びくつきながらゆっくりと声のする方へと近づいていく。近づくにつれ、その声が怒声だと気付く。

 

「朝潮。そのお粗末な腕立てはなんだ?お前は言われたこともろくにできない欠陥艦か?」

「ち、……違います。千斗教官」

「そうか?体が下がらない、腰は上がってる、周りからは遅れている。欠陥艦と思わない理由を探す方が難しい。違うか?」

「違いま………す」

 

「青葉さんそんな貧弱でよく今まで生きながらえてきましたね。あなたが死ぬことは一向にかまいませんが周りはそんなひ弱なあなたに命を預けたいでしょうか?私だったら嫌ですけどね」

「う………ふー、あー、あー!!!」

「そうです、上げるんです!さぁ、さぁ!」

 

「曙さん、もうあきらめて間宮さんのように後方に回りますか?今よりはるかに楽ですよ?」

「それは………い、嫌。絶対に嫌です。大鳳さん」

「嫌なら態度で示してくださいよ。ほら、上げて」

 

 こんな朝早くからだというのに第三鎮守府では訓練が始まっていたのだ。守衛は見るだけでもわかるあまりの厳しい訓練を目の当たりにして思わず言葉を失う。かわいそうにと同情の気持ちが思わず湧いた。しかし彼にできることは何もない。ただ自分が艦娘じゃなくてよかったと思うと守衛は止めていた足を動かし仮眠室へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 一週間に及ぶ午前4時から日跨いだ午前2時まで続く筋力トレーニングを乗り越えた艦娘達は心身ともに疲弊しきっていたものの、やっと辛く長い訓練も終わると思い込むことで一周目最終日に寝につくときには多少気持ちにも余裕ができていた。

 そして迎えた前日と変わらない早朝訓練。

 皆絶望を叩きこまれたことで今までの疲労が濁流として押し寄せ、訓練はこの一週間で出来ていたことができず、ペナルティの嵐となっていた。いつも以上に教官たちの罵声と怒声が彼女たちに飛んだ。

 

 千斗は艦娘達の動きに溜息を吐くと訓練を止め、全員を集めた。

 

「なんてざまだ!ペナルティを受けないでノルマをこなす者が一人もいないなんてお前達ふざけているのか!?私は一週目は肉体作りに全力を注ぐといったが、それを一週目でやめるなんてことは一言も言ってない!………肉体作りは一か月間続く。それを肝に銘じておけ!………明日は休みだ。身体をしっかりと休め、万全の体制を整えろ。明後日になっても今日の姿をもう一度見るようなら、より厳しいペナルティを全員にやらせる。そのつもりでいろ」

「「「はい」」」

「早朝訓練はここまでだ。食事をとり次第作戦室に集合しろ。以上だ解散」

 

 そう言って千斗はこれ以上の訓練の継続は期待以上の効果が望めないと判断すると訓練を終えさせ、解散の合図を出した。いつものように艦娘たちは朝食を食べ、小休憩をはさむと皆言われたように作戦室へと集合した。

 皆何をやるかは聞かされていない。そこに遅れて入ってきた早乙女が演台の前に立つなり、マイクにスイッチを入れた。いつものように早乙女は淡々と話し始めた。

 

「皆、朝早くからの訓練ご苦労。軍人として兵士として肉体作りをすることは多いに大切なことだ。だ、なにもそれだけがあればいいということではない。戦場において必要なものは状況の判断力、瞬時の決断力、そして生き残るために確かな知識が必要だ。二周目は体力づくりに加え、これらの知識を身に着けるための座学を中心としていく」

 

 そう言って早乙女は慣れた手つきでパソコンを操作し、モニター上に前回の演習時に撮影した映像や早乙女が指揮した艦隊が遭遇した過去の状況をもとに戦争における知識を艦娘に教えていく。早乙女は何かと問題の多い海軍軍人だが、大本営に新たな提督として推薦されるだけあって、戦術や戦略の立案や部隊の動かし方においては群を抜く才能があった。

 大胆不敵な作戦と奇策で数人の艦娘だけの犠牲で深海棲艦相手に勝利の二文字を納めることのできる早乙女の戦場における有能さを証明した。艦娘達はそれぞれ指にペンを刺したり、足を踏んだりとそれぞれの方法でに眠気を飛ばすと話に耳を貸して必死にメモを取っていく。

 

「とにかくお前たちに今日覚えておいてほしいのは三つ。たとえ誰かが命を落とすことになろうと個人より集団の命を優先しろ。決断を迫られたときはたとえそれが最善の手ではなかろうと躊躇うな。そして最後に突出するな。この三つだ」

 

 そうして一日目は終了した。それからというもの一か月という月日はあっという間に過ぎ去り、辛く厳しい訓練を耐え抜いた艦娘達は最後に六条提督の協力のもと演習を執り行うこととなった。しかし六条提督は早乙女そして千斗達の教官の訓練方針を快く思っていなく、演習自体も考え方の違いから乗り気ではなかったものの、大本営からの命によりしぶしぶ承諾した。

 

 早乙女は演習出撃位置で装備をお互いに確認しあう艦娘達赤城、青葉、羽黒、朝潮、叢雲のもとに近寄った。早乙女に気が付くと皆その手を止め、敬礼する。早乙女はその手を下ろさせると神妙な面持ちで口を開く。艦娘達は提督の言葉を一字一句聞き逃さまいと身構えた。

 

「………その、悪かったな。俺の教育方針は間違っていた。それを押し付けるような形になったことを」

 

「「「「「!?!?!?」」」」」

 

 その場にいた赤城、青葉、朝潮、羽黒そして叢雲は耳を疑った。あの早乙女の口から艦娘に対して謝罪の言葉を耳にするとは思ってもいなかったのだ。

 

「そ、そんなことありませんよ。あれは私たちを思ってやってくれていたことですし、それに島風の件は彼女にも非がありますしね、はい、うん」

「そ、そ、そうですよ」

「私の時ももとを返せば私が悪いんですし」

 

 今までの早乙女からは想像追出来ない行動にみな混乱し、早乙女を庇う様に動く。

 

「いや、いいんだ。千斗教官たちに指導されたお前達の体つきが何よりの証拠だ。………今回の演習はお前たちの今までの成果を証明するものだ。この一か月どの鎮守府よりも厳しい訓練をし、そしてやり遂げたお前たちだ。自信をもって徹底的に叩き潰せ!!!」

 

「「「了解!!!」」」

 

 そう言って早乙女は仮設テントの中に戻っていった。

 話し終えたタイミングを見計らって、六条の艦娘達が朝潮たちに声をかけた。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

 差し出された手を朝潮は握り返す。朝潮は金剛型3番艦戦艦榛名と合わせていた目をそらすと上から下へとゆっくりと目線を動かしていく。どこを見ようと衣服の上から触ろうとも鍛えられた形跡はない。対して自分を見る。身体は締まり、腹筋が割れ、上腕筋がうっすらと筋肥大している。握り返す拳に力を軽く入れるだけで榛名は痛がった。

 

「本気で来てくださいね?」

「え?」

「すぐに負けられても訓練になりませんし、本気で来てくださいね。私たちもある程度は加減してやるので」

 

 

 朝潮は榛名の静止を無視して演習開始地点に移動すると水面へと降り立った。

 その様子を画面越しに早乙女は見ていた。横で控えていた千斗は周りにいる艦娘達に聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の声量で早乙女に話しかけた。

 

「なんで彼女たちに謝罪したのですか?その必要がないというのに」

「今回君達教官の指導法を見て改めて自分の行ってきたことの愚かさに気づいたよ。だからこそ今までの自分との決別の意もこめてのことだ」

「………変わりましたね」

「そうだといいがな」

 

 演習開始のサイレンが鳴り響く。朝潮たちはゆっくりと動き出した。



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早乙女vs六条

 

 晴れ渡る秋空のもと演習場に響くサイレンで両艦隊はゆっくりと行動を開始した。早乙女は艦隊を二つに分ける指示を飛ばす。朝潮・羽黒・叢雲の三名を先行させ、ある程度距離を置いてから赤城そして青葉がそのあとを追随していく。

 

 現状演習開始前の顔合わせから相手方は6隻に対してこちらは5隻という数的アドバンテージと戦艦の有無という戦力的アドバンテージを早乙女陣営は背負っていた。これを打開するためには戦術で六条艦隊を翻弄し圧倒するほかない。そのためにも相手方よりも早く敵艦戦の位置を把握する必要があった。

 

 最も手っ取り早い方法として空母あるいは軽空母などの艦載機を発艦させ偵察させる方法が挙げられる。しかしここで偵察機あるいは攻撃機を何の考えもなしに飛ばせば、上昇していく機影から位置が把握されてしまう。それは相手方も同じこと。

 故に両者とも航空機を飛ばさず、敢えて身を潜めながら索敵をしていくこととなるのが演習における定跡となっていた。

 

 だがこれでは勝てないと踏んだ早乙女は次の指示を飛ばす。

 

「赤城そこから一時方向にある島が見えるか?」

「はい、見えます」

「よし。ではその島まで艦載機を低空飛行で近寄らせ、回り込んだ後高度を上げて敵艦隊に見つかるように飛んで敵を引きつけろ。また可能な限り敵機の数を減らせ」

「低空飛行で侵入し、その後高度を上げて敵を引き付けて数を減らす。了解しました」

「他の艦娘に伝達する。赤城の陽動作戦後敵艦隊は何かしら反応を示す。もし敵が艦載機の方へと進路をとるのならば、背後に回り込みT字戦闘に持ち込んだのち離脱する。逆に進路をとらず発見できないようならば、予定通りの進路そのままで発見次第交戦を開始しろ」

「「「了解」」」

 

 早乙女の命により赤城はその足を止めると矢入れに手を伸ばし一矢手に取って弦につがえた。弓はしなりを上げて弧を描く。赤城は島へと狙いを定めると筈から手を離した。赤城の手から勢いよく放たれた矢は風を切りながら海面スレスレを飛んでいき、やがて自然発火するとその姿・形を航空機へと変えた。

 

 放たれた三機の戦闘機はフルスロットルで水煙を立てて島を回り込むと機首を上げて空高くへと飛行機雲を作りながら上昇していく。その姿は島陰に姿を隠していた赤城達からも確認できた。当然六条艦隊も上昇していく戦闘機を捉えていた。

 

 六条艦隊旗艦榛名は六条に指示を仰ぐ。

 

「提督、島陰から上昇していく航空機を三機確認しました。恐らく敵艦隊はE地点にいるのではないかと予測されます」

「え?もう動いてきたのか?意外だなぁ」

 

 榛名の報告で拍子抜けするほどあっさりと姿を現した早乙女艦隊の行動がどうにも腑に落ちず六条は艦隊の動きを止めさせると考えを巡らせる。六条は言わずもがな早乙女のことを嫌っていた。しかし彼について調べるうちに、早乙女は前任の横須賀鎮守府では数々のそれこそ勲章を授与させるような成果を上げている事実を知り、彼の指揮官としての才をいやいやながら認めてはいた。

 

 人間としては下衆野郎だが、軍人としてはもはや英雄レベルで数々の死線を乗り越えてきた早乙女がこんな安易な行動をとるようには今の六条には思えない。

 

「どうも腑に落ちないなぁ。………よし、瑞鶴。艦載機で上空の敵機を迎撃。その後予想潜伏位置を索敵。榛名、進路そのままでなるべく敵機の方へ近づかないように索敵を続けてくれ。接敵後はそちらに一任する」

「「了解」」

 

 瑞鶴が戦闘機を倍の数放つと上空の早乙女陣営の戦闘機に向かって高度を上げていく。周囲警戒していた赤城の戦闘機はいち早くそれに気づくと機首を上昇してくる戦闘機へと向けて両者攻撃を開始する。ここで地獄のような訓練の成果が動きに現れた。

 赤城機が数的優位のある瑞鶴機との差を瞬く間に縮めていったのだ。

 赤城には瑞鶴がこの一か月どれほど厳しい訓練をしてきたのかも積み上げてきた努力があったのかも何も知らない。ただ言えることは一つ。

 

 それは私の一か月には遠く及ばない。

 

 一日何十機何百機と二時間の睡眠以外大鳳教官の指導のもと延々と飛ばし、制御してきたうちの三機のエース級戦闘機は瑞鶴機を喰い散らかしていく。しかし瑞鶴機も負けてはいない。追加で投入された機体で赤城機を二機撃墜することに成功した。

 

「流石一航戦の機体。頭おかしいほど強すぎだけど残りは一機」

 

 瑞鶴はそれ以降飛んでこない敵増援から赤城に搭載させている戦闘機はこの三機だけだと勝手な想像を口にした。そして次には慌てて六条へと回線をつなげていた。

 

「提督、提督、提督!そこかしこから敵戦闘機が!二義撃墜するだけでも7機近く食われたっていうのに見えるだけでも10機以上いるよ!!!それに艦爆の二編隊がこちらに向かって飛んできてる。あの一航戦多分防衛そっちのけで艦載機全機発艦させるよ」

「落ち着け瑞鶴。全艦に伝達。既に相手方にはこちらの位置がバレている。恐らく制空権を完全に掌握したのち、艦攻もしくは艦爆の攻撃でとどめを刺すつもりだろう。これより対空火器の使用を許可する。最優先は敵艦爆。敵機種を判別しながら一機たりとも近寄らせるな。瑞鶴スクランブルだ。勝てないことは承知だ。それでも艦爆相手なら落とせるはずだ」

「「「了解」」」

 

 榛名達六条艦隊は制空権を完全に掌握し思うがまま飛んでいる敵戦闘機へ向け、対空射撃を開始した。瑞鶴も対空範囲外の敵航空機に対して迎撃のため矢入れの中を全て空高くへと放った。

 

 赤城機を近づけさせない無数の弾丸によって作られた弾幕の軌跡で位置を把握した早乙女は先行していた青葉たちに敵艦隊との距離を詰めさせた。

 

 青葉・叢雲・朝潮は射程に入り次第その手に握りしめた銃口を榛名達に向けてトリガーを引く。一か月で鍛え抜かれた体は踏ん張りを効かせ、体に伝わる反動を最小限にまで殺すと共に精度の高い砲弾の連射を可能とした。

 

「散開!」

 

 いち早く気付いた榛名が声を飛ばす。しかし上空を舞う赤城機に集中していたため反応がわずかに遅れると一隻がモロに砲撃を受けて艤装から中破判定の黄色旗が上がった。六条艦隊も負けじと反撃を開始するも砲弾はかすりもしない。

 

 榛名は横目で旗を確認すると舌打ちを打つ。早乙女艦隊がこの一か月死に物狂いで訓練していることは耳にしていたが、ここまで一隻一隻の練度を上げてくるとは思いもしなかった。誰が見ても追い詰められているのは一目瞭然。彼女達だった。

 

「榛名、体勢を立て直す。全艦で後退するんだ」

「………了解」

 

 指揮官としてたとえ愚策だろうと即断即決することが求められる軍において六条はすぐさま榛名に指示を飛ばすと、彼女は中破した艦に肩を貸して進路を出撃開始位置へと取ると後退していく。この判断が今後の戦況を決した。

 

 六条は良くも悪くも艦娘を大事にする男であり、囮や犠牲を好まない。

 そのため部隊一人ひとりを大切にするあまり中破艦を連れて後退したため、部隊の後退速度はその分遅くなり早乙女艦隊の追撃を許すこととなった。

 さらには出撃開始位置まで後退したことによって、それ以上の後退ができなくなると空からは艦爆の襲来・近距離からは朝潮・叢雲による砲撃そして見えない位置からの青葉・羽黒による観測射撃によって榛名達は一方的に叩きのめされることとなった。

 

 演習終了のサイレンが響き渡る。

 

 六条艦隊6隻全艦の大破に対して、早乙女艦隊は前衛を務めていた朝潮そして叢雲の中破に被害はとどまり赤城・青葉・羽黒は無傷での勝利となった。他のメンバーの演習も同じく六条艦隊の被害に対して早乙女艦隊は一隻の大破や中破と言った必要最小限の被害で勝利を収めることとなった。

 

 両者の艦娘がお互いに意見交換と題して間宮の炊き出しを囲みながら、仲睦まじく笑いあいながら話している横で早乙女少将と六条中将は向かい合っていた。お互い口を開こうとはしない中、先に口を開いたのは早乙女だった。

 

「いい演習になった。ありがとう」

「こちらこそ………」

「どうした?何か言いたそうだが」

「あぁ………この際言わせてもらうがな、私は君のことが大嫌いだ。艦娘達を道具として捉える考え方や、この一か月間の指導方法といった君のすることの十から百まで何から何まで嫌いな奴だ。だから今回の演習で君を還付無きにまで叩き潰すつもりが逆にされてしまった。気に食わない。それにだ見てみろ。彼女たちのあの顔を見ていると君のやり方が間違っていないような錯覚までさせられる。全くもって気に食わない」

「………そうか」

「今回はこれで私は帰らせてもらうが、次回はこうはいかない。何が何でも彼女たちを道具として扱わない方が彼女たちのためでもあり、深海棲艦を撃滅させる最善の手だということを教えてやる」

 

 そう言って六条は早乙女に背を向けて歩き出した。そしてふと思い出したかのように後ろを振り返り一言。

 

「今回は許すが、私は中将。君は少将。言葉には気を付けるように。ではな」

 

 

 

 

「………二度と来るな!間宮!塩まいとけ!!!」

 



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裏オークション

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

今回は若干短めなのと話が全然進みません。
ご了承くださいませ。


 大本営より派遣された千斗達四教官によって一か月という長いようで短い期間の間に心身ともに鍛え上げられた艦娘たちは、六条艦隊との合同演習において勝利することの喜びと快感に酔い痴れることで、教官達が佐世保の地を去って間もなくして率先的に一人また一人と訓練を再開した。

 これが功を奏したのか実践や演習において成果が如実に現れ始めると、佐世保第三鎮守府艦隊は日に日にその実力を周りに認めさせるように、数々の海域における深海棲艦を海の藻屑へと変えていった。

 

 着任早々雲息の怪しかった早乙女太一海軍少将率いる第三鎮守府もやっと本来の落ち着きを取り戻し、晴れて順風満帆な再スタートを切れたと鎮守府関係者の誰もがそう思っていた。しかしそんな中で早乙女は新たな火種になりかねない一枚の封書片手に執務室でその処遇をどうするべきかと決めかねていた。

 

「悩ましいな。いっそのこと神に運命をゆだねるのもまた一興か?」

「提督。冗談でもそれだけはやめてください。絶対良い方には転びませんよ」

 

 傍に控えていた秘書官の赤城はそう言ってあらかた書類業務に区切りをつけた卓上に、早乙女を労って茶と和菓子を置く。早乙女は一言礼を口にすると湯気を立てた湯呑を口に運び横目でカレンダーに目を移した。11月06日。武器商人アリス・ヘーゼルダインから半ば強引に手渡された封書に記載されている裏オークション開催日までは五日にまで迫っていた。

 

 早乙女は背もたれに全体重を預けると頭の後ろで腕を組んで考えを巡らせる。オークションを摘発することは早乙女の内では決定事項として、今考えるべきはどれだけ作戦に人数を動員するかだった。彼の第三鎮守府と憲兵だけで事を成すことが出来れば、ここ数週間で培ってきた成果と合わせて中将に返り咲くことも夢ではない。

 しかしここで無理に昇進に執着しすぎて少ない人数のせいもあって作戦が失敗しては元も子もない。それこそ昇進の芽はついえるだろう。ならいっそのこと六条や他の鎮守府にも応援を頼むべきか。しかしそうすると練度の差や一度も合同訓練をやったことがないことから作戦行動において支障をきたしかねないのもまた事実。

 

 最善の答えを模索すればするほど深みにはまる自分自身にイラつきを見せる。そんな早乙女の様子を伺っていた赤城は恐る恐る自分の意見を口にした。

 

「提督、私は可能ならば少ない組織数でやった方がいいかと思います。その方が連携もとれますし、何かと意思疎通が容易にできるかと思うのですがいかがでしょうか?」

「………うん、やはりそうなるか。それが最善の手かもしれない」

 

 正直悩んでいる暇のなかった早乙女は赤城の提案に賛同すると館内放送マイクのスイッチを入れ、叢雲を呼び寄せた。

 

 

 

 出撃予定のなかった叢雲は日課の自己鍛錬を終え、へばりついた服を籠へと放り込むとシャワールームへと誰よりも早く入った。叢雲曰く訓練後の甘い物も良いが彼女にとってはシャワーが何よりも至福とのことで、全身にまとわりつく不快な汗をを撫でるように触れながら洗い流す動作の一つ一つの心地よさに艶っぽい声が漏れ出ていていた。無意識のうちに声にしていた叢雲だったが、しばらくしてその様子を仕切り越しに顔を覗かせていた青葉の視線に気づくと叢雲はその手を止めて「何?」と愛想なく問いかけた。

 

「村雲さんなんかエロいです」

「へぇ!?」

 

 思わずすっとんきょうな声を上げる叢雲。青葉は自分の発言を訂正することなく言葉を続けた。

 

「薄い日焼け跡にうっすらと見えるシックスパックや上腕筋の筋肥大といった引き締まった体は正直言ってエロいです」

「引き締まった体って。そんなこと言ったら青葉だってそうじゃない」

「私はまだそこまで割れてませんよ。それに自分だとエロいとは思えないんですよね」

 

 そう言って青葉は至極当然のように備え付けの籠に着替えと一緒に入れていたカメラを取り出すとシャッターを切った。カメラ越しに見る胸元を押さえながら立ちすくむ叢雲の裸体に青葉は再びエロいと口にする。叢雲は鳩が豆鉄砲を喰ったような顔を浮かべたものの、すぐに何をされたかを理解すると顔を真っ赤にさせ青葉の手にしたカメラを取り上げようと手を伸ばす。しかしそれを青葉は軽いフットワークで躱すと再びシャッターを切った。

 

「あ・お・ば!今すぐ消しなさい!!!」

「嫌です。死んでも嫌です!これは私のコレクションに加えるんです」

「そのカメラを壊されたくなかったら早く消せ」

 

 

 

「第三鎮守府所属の駆逐艦叢雲。至急執務室に来るように。繰り返す。第三鎮守府所属の駆逐艦叢雲は至急執務室まで来るように」

 

 お互い一歩も引かない攻防戦を繰り広げている最中に間の悪いことに早乙女の呼び出しが叢雲に届いた。

 提督の呼び出しは絶対。叢雲は一刻も早く執務室へ向かう必要があった。

 

「っく、このタイミングで」

「ふ、ふ、ふ、この勝負どうやらこちらに軍配が上がると見ました」

 

 叢雲は青葉にかまっている暇がなく、すぐさま体をふき着替えると出ていくざまに一言。

 

「もしばらまいてみなさい。殺す」

「冗談です。すいません、いまちゃんと全て消しました消しましたから。叢雲さーーーん」

 

 青葉はドスのきいた一言にこれは不味いと察すると、すぐに裸体写真を消すも叢雲はそれを聞くことなく執務室へと向かった。叢雲は執務室の前で呼吸を整えると二度扉をノックし中へと入る。いつものように早乙女は難しい顔をしながら書類にペンを走らせていた。早乙女はソファに座るように叢雲を促す。叢雲もそれに応じると失礼しますと一言口にすると腰を下ろした。

 

「あとあと皆にも言うがな、近々大規模な裏オークションが開催されるらしい。それを憲兵と共に叩く。その際に作戦を円滑に進行させるためにも先に現場に何人かを潜入させておく必要がある。その役目をお前に任せる」

「えぇ!?私に一人に?」

「そんなわけないだろう。当然俺と一緒にだ」

 

 早乙女は執務机の棚から一つの包装されたドレスを叢雲に投げ渡した。

 

「詳しい話はおって知らせる」

「はぁ。しかしまたなぜ私が。赤城さんやそれこそ朝潮だっているのに」

「赤城は身なりはいいが、弓しか使えないからなもしもの時に戦力外だ。朝潮は幼過ぎて逆にマークされる恐れがあるし、羽黒に限ってはいざっていうときに硬直する癖があるから心配なんだ。以上のことからお前が一番の適任だ。それに」

「それに?」

「お前は俺に何でもしますって言ったのを覚えているか?言ったからにはやってもらわないとな。作戦は五日後だ。ミーティングはその前日と作戦決行の数時間前にする。話は以上だ」

 



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裏オークション2

更新遅れました。
来週再来週はなにかと忙しいため更新がいつできるか不透明です。
ご了承ください。


 上空から見る姿はまるで鶴ということから「鶴の港」との呼び名で、九州における海の玄関口として世界中から多くのタンカー船がここ長崎港に引っ切り無しに訪れ、以前の長崎港はそれはそれは活気にあふれかえっていた。

 しかし深海棲艦が現れて以降というもの今はその姿はなく、港に近寄る物好きは数少ない。

 

 人はめったなことがない限りは寄り付かず、音を立てたところで気にする者はいない。通報されたところで警察が駆け付けるまでに余裕があり、それでいて辺りには秘密の催しを開くにはちょうどよい大きさの倉庫が点在しているまさに悪事をするのなら絶好のロケーションにオークション主催者が目を付けるのは至極当然のことだった。

 

 早乙女と叢雲は招待状に記されている会場へ港の奥へと車を走らせ、オークションスタッフの指示に従い開けた場所に駐車させる。誘導員は彼らを所定の位置に導くと、すぐさま後続に控えた車両の誘導のために二人から離れていく。

 

 助手席に座っていた叢雲は窓越しに周囲に人影のないことを確認してからダッシュボードに手を伸ばすと、一円硬貨程しかない大きさの通信機が入ったケースと小型拳銃デリンジャーを取り出して通信機を早乙女に手渡し、銃弾の入った拳銃を自らの胸パットの中に潜ませた。

 

「よし、準備はいいな。いくぞ」

「は、はい」

 

 黒のスーツと同じく黒を基調とした花と蝶々柄の刺繍が施されたパーティドレスに身を包んだ二人は車から降りて会場へと歩き出す。

 当初の予定通り二人は親密な関係の男女として立ち振る舞うべく、早乙女は腕を叢雲へと差し出し叢雲は恥ずかしがりながら自らの腕と組むように手を伸ばす。叢雲は建造されてこのかた兵器として戦いに身を置いてきたために、今までこうして男性と腕を組む、引っ付いて歩くという行為の経験が浅いどころか全くない。

 

 恥ずかしさでもあり照れでもある気持ちから早乙女の腕を握る手に力が入る叢雲。そのことに早乙女が気づくと視線を移すことなく声をかけた。

 

「叢雲、力むな。動きが固いぞ。もっと堂々としろ」

「は、はい。自分でも分かってはいるのですが、こんなスパイまがいのことは初めてですし、それにこんなきれいな格好も今まで無縁だったので緊張してて。本当に私でよかったんでしょうか?私が着るとどこか浮いているような感じがしてなりません」

 

 叢雲の率直な意見に早乙女は間髪入れずに似合ってると答え、周りに気づかれない程度に他の女を見てみろと口にした。叢雲は言われたように俯き見えていた足元から視線を周囲へと向けた。確かに早乙女の言う様に叢雲の周りにいる女性たちはより豪華絢爛で胸元が見えそうでみえない際どいパーティドレスを身にまとっているというのに堂々としていた。

 

「お前よりはるかに年老いてる婦人が恥ずかしもなくあんなパーティドレスに身を包んで自分のことをこの場の誰よりもかわいいと錯覚している。年不相応の恰好をしているだけでも相当浮いてるっていうのにそれが一人だけじゃなくそこかしこにいるんだ。多少浮いてたところでまわりはどうとも思わんさ」

「そういうものなのでしょうか?」

「そういうもんだ。さぁここから一層気を引き締めろ」

 

 早乙女と叢雲は閉ざされたオークション会場の外扉を潜り抜けるとそこは倉庫の事務所でスーツ姿の男女二人の運営側の人間が早乙女達を出迎えた。二人の後ろには奥へと続く扉が見て取れた。

 

「ようこそお越しくださいました。招待状をご確認させてもらっても?」

「あぁ、おい、あれを」

 

 「うん」と叢雲は組んだ手を離すとクラッチバックから招待状を取り出した。男はそれを受け取ると、回収したのち流れ作業のごとく次にボディチェックを行うとのことを早乙女に告げた。二人とも拒むことはなく素直にこれに応じる。

 

 早乙女を男が、叢雲を女がそれぞれ腕、背中、腰、足、内股と手探りに隠し持っている物がないかと調べていく。一通り全身を隈なく触れてこれと言って不審なものを持ち合わせていない確認が取れた二人は協力への感謝を口にすると、早々に早乙女達を奥の扉へと通した。

 男に誘導されて廊下の奥へ奥へと進んでいく。廊下にはいくつもの扉が立ち並び閉ざされた先から時折小さいながら喘ぎ声とベットのきしむ音が耳にとどく。叢雲はスタッフの後ろを早乙女の腕に手を通してついてく中、不思議そうに開かれた扉の先を覗き見るとそこには大きなベットとベットを隠すように天井から薄いカーテンが張り巡らされていた。

 ふと振り返った際に叢雲の様子に気づいた男は気を利かせて口を開く。

 

「先ほどからある部屋はいわゆるお試し部屋です。プレミアモノは無理ですが、それ以外ならゴム付きでお楽しみいただけます。買われる方にはその場でゴムなしで楽しんでいただける用意もあります。それに麻薬に道具に酒に言っていただければ大抵のものはご用意できます。おっと、お二人には関係のない話でしたかね。失礼しました」

「プレミアモノ?」

「ご存じありませんか?今回目玉として艦娘がオークションに出品されるらしいんですよ。艦娘は若くて肉付きもよくそれでいて全員が処女ですから皆さん今回は競り落とそうと大金をご持参されている人もちらほらいるらしくて。てっきりお客様もそれが目当てとばかりに」

「いや、初耳だ。いくらぐらいが相場なんだ?」

「確か1000万スタートだったはずです。詳しいことは会場の他のものに聞いてください。さぁ、この先が会場です。お楽しみください」

 

 そう言って男によって開かれた扉の先では既に多くの人がランウェイの上を歩く水着姿の子供や女性に釘付けになっていた。

 今しがた出てきた少女の写真がランウェイの後ろに設置された巨大スクリーン上に表示されるとその横に即決落札価格と現在の落札価格が目まぐるしく変化していく。少女を競り落そうと男たちが躍起になっていた。

 

 早乙女と叢雲はそれには目もくれず倉庫の支えとなる柱の陰に行くと、胸元のパットから隠し持っていた拳銃を取り出し、早乙女はスーツの内ポケットにそれを潜ませたのちに二階へと続く階段を上った。

 

 周囲には何人かの客が酒を仰ぎながら談笑に花を咲かせていた。下よりは人は少なくそれでいて全体が見渡せる絶好の場所で早乙女は耳をかくふりをしてインカムの電源を入れる。

 

「各班報告しろ」

「こちら狙撃犯、配置につきました」

「こちら突入班、近くに控えています」

「こちら海上班準備よしです」

「よし、各班俺の指示があるまではその場で待機。何があっても指示を待て。タイミングが大事だ」

「「「了解」」」

 

「早乙女」

「ん?」

 

 叢雲が早乙女の袖を引いた。そちらへと視線を向けるとそこには一人のスタッフが不気味な笑みを浮かべて二人のガタイの良いガードマンを引き連れて立っていた。

 

「お客様、今宵のオークションはいかがでしょうか?」

「ん?そうだな満足しているぞ。しかしはやく艦娘をこの目に拝みたいな」

 

 そう言って早乙女は薄気味悪い笑みを浮かべるスタッフから視線をそらし、ランウェイに食らいつく客たちを見下ろした。

 

「そうですか。あれは今回の目玉なのでまだ皆さまの前にお出しするのは少々先かと」

「残念だな。軍関係者でもない限りなかなか見れないものだからな。早くこの目で拝みたいものだ」

「何をおっしゃるんですか。既に見慣れているのではないのですか?提督殿?」

 

 後ろに控えたガードマンが周りには見えないように銃を腰に構えた。早乙女は叢雲を自らの後ろに下がらせて庇う様に立つ。

 

「これは何の冗談だ?」

 

 早乙女は怒声交じりにスタッフを睨みつけるが、彼はおじけづけることはなく顔色一つ変えずに捕らえろとただ一言ガードマンに指示する。にやにやと笑みを浮かべながら徐々に距離を詰めてくるガードマン二人。

 

 ここで捕まるわけにはいかない。早乙女は隠し持っていたデリンジャーの引き金を引いた。突然の反撃にガードマンたちは反応が遅れたものの、彼らも反射的に引き金を引く。四発の銃声で放たれた鉛はガードマンたちの胸と頭を、早乙女の腹部と右腕をそれぞれに銃弾が激痛を走らせた。

 

 その場に崩れ落ちるガードマン二人。既にスタッフはその場から離れていた。

 

「て、提督!提督!」

 

 

 

 

 

 早乙女は手すりに寄っかかりながら崩れ落ちるようにその場に座り込む。叢雲は何度も彼の名を呼びかけるが、彼からの反応はない。



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