鋼の不死鳥 黎明の唄 (生野の猫梅酒)
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#1 目覚め

 P.D.三二四年の現在、火星には多くの企業が存在する。その中で今、もっとも名が売れている会社はどこか。普通ならば大手企業や老舗といった会社が真っ先に挙げられることだろう。

 しかし街角で訊ねてみれば、おそらくは誰もが口をそろえてこう述べるはずだ。

 

 ──それは間違いなく『鉄華団』に他ならない、と。

 

 鉄華団。それはここ半年ほどの間に大躍進を遂げた民間会社の名だ。構成員は驚くべきことにほとんどが少年兵たち。民間会社とは思えぬ武力を用いた護衛任務と、独自に利権を手に入れた希少鉱石関連が主な仕事である。

 かつてはほんの小さな、吹けば飛ぶような会社に過ぎなかった鉄華団は、今や火星どころか地球ですら注目される新進気鋭の組織となったのだ。その目覚ましい事業拡大の裏には多くの困難があったし、実質巨大マフィアとも目される『テイワズ』の影響も確かにある。だがそれらを踏まえても、飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長を遂げているのは間違いない。

 

 もはや誰もが目を離せなくなっている民間会社『鉄華団』。そんな鉄華団の団長を務める男の名を、オルガ・イツカと言った。

 

 ◇

 

 火星の荒野はどこまで行っても赤茶けた不毛の土地だ。例外はテラフォーミングされた大地だけ、それとて人口密集地と農業施設に限定される。故に火星のほとんどは似たような光景が広がっているのだが。

 そんな荒野の一角に、巨大な採掘プラントがあった。入口に建てられた看板には、土地の権利者である『アドモス商会』の文字が白く輝く。

 ここでは日夜多くの重機と人間が働いており、付近には倉庫や格納庫といった施設から、労働者の為の仮設住宅といった設備までより取り見取りだ。全部がこの半年ほどで用意されたものだからか、まだどこも小綺麗さが目立つ。

 

 ここはアドモス商会が運営し鉄華団も関係するハーフメタル採掘プラント、その記念すべき第一号であった。

 

「で、こいつが例のガンダム・フレームか。なんつぅか……鳥か? こいつは」

 

 連絡を受けて現場にやって来たオルガは、()()を見るなりそう呟いた。

 格納庫には採掘で使う重機や、もしもの為に戦車に似た兵器であるMW(モビルワーカー)が格納されている。どれも全長はそう大きくないのだが、ズラリと並んだその姿は壮観といえるもの。

 しかし今、この格納庫の主役は彼らではない。それらより図抜けて背の高い、この場では異質な機体へと交代しているのだから。

 

 ()()は巨大な人型をしていた。赤と金を基調とした優美なシルエットは、どこか女性を連想させるもの。だが背部に見られる巨大なスラスターや腰部から延びるブレードらしきパーツは、鋭角な装甲も手伝いどこか翼や尾のような印象をも見る者へ与える。さながら、人と鳥の融合体とでもいうべき姿だ。

 これこそはMS(モビルスーツ)と呼ばれる機動兵器にして、三百年前の過去より蘇りし七十二のガンダム・フレームの一機。調査により判明した正式名称をASW-G-37 GUNDAM PHOENIX(ガンダム・フェニクス)、不死鳥の悪魔の名を冠する機体であった。

 

「だがなんにせよ、まさか三機目まで手に入れられるたぁ俺たちも運がいいぞ」

 

 鉄華団の成長には、全部で七十二体しか生産されていないというガンダム・フレームが深く関わっている。保有する二機のガンダム──バルバトスとグシオンは鉄華団にとって大きな戦力であり、乗り手の実力も相まって内外から広く活躍を認知されるに至っているのだ。

 そんな中で鉄華団は、火星の大地から三機目のガンダム・フレームを掘り起こすことに成功した。もともと火星の土の下には未発見のガンダム・フレームが埋まっている可能性があったとはいえ、その一つを手中に収められるのはかなりの儲けだ。これからは急成長企業へのやっかみも増えてくるだろう現状では、なおさらに。

 

 自分たちの運と幸先の良さを確認したところで、オルガは目線を下ろした。

 

「んで、そっちの棺桶っぽいのはどうなんだいおやっさん?」

「ちょっと待ってろ、もうすぐ空くはずだぜ」

「おいおい、そいつそんなに面倒なやつなのか」

 

 オルガのすぐ傍には、土埃の付着した黒い長方形の箱が置いてあった。誰が見ても棺桶としか思えないだろうそれに整備士たちが数人取りついて、どうにか開けようと試みている最中だ。

 その中の一人、鉄華団員からはおやっさんと呼び慕われるナディ・雪之丞・カッサパは、持っていた工具で肩を叩いた。

 

「どうにもこの棺桶なんだが、機械的にロックされてんだよ。しかもかなり厳重かつ頑丈だから、強引に開けるわけにもいかん」

「……棺桶にんな馬鹿みたいな保護機能付ける必要あんのか?」

「普通はねぇわな。こいつはもしかしたら、タイムカプセルみたいなもんかもしんねぇぞ」

「へぇ、ガンダム・フレームと一緒に出てきたとなりゃ、多少は期待もできるってもんだが」

 

 もしかすれば、三〇〇年前に起きたとてつもない規模の戦争、通称『厄祭戦』時の資料なり武器なりでも出てくるかもしれない。今では多くが紛失してしまったそれらなら、結構なお宝と言って差し支えないだろう。もちろん、肩透かしを食らう可能性も十二分にあるのだが。

 

「っと、開きましたよおやっさん!」

「とうとう中身とご対面か。さぁて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 整備士の号令で、ついに黒い箱の蓋が慎重に取り除かれて、

 

「なんだ、こいつは?」

「なんだ、こりゃあ……?」

 

 その瞬間、中から白い煙があふれ出た。

 似たような驚きの声と共に、全員が一歩後ずさる。濛々(もうもう)と立ち込める白煙に阻まれて、箱の中はとても判別できるような状況ではない。立ち上る煙はどこか冷たく、足元へと這うように流れていく。

 それでも段々と白煙は薄まり、うっすらと中身が明らかになり始めた。まず目に入るのは赤みがかかった銀髪、それは艶やかに白煙の中を躍っていて──

 

「女性の死体、でいいのか?」

「ってことはやっぱり棺桶かこいつは? にしてはこの煙はいったい……」

 

 多くの者が訝しみながらも箱の中身に目を凝らした、その時だった。

 

「なっ、おい、動いてんぞ!」

「んな馬鹿な……ってマジかよ……!」

 

 白煙の中から身を起こす影があった。それはゆっくりと機械的に首を振って、腕を上下させた。まるで自身の肉体の動作を再確認しているかのような、どこかぎこちない動き。

 まさかの事態に呆気にとられる一同の目の前で、ついに人影は薄れた白煙を突き抜け箱の中から立ち上がった。

 

 どこか夢見心地な金色の瞳が、オルガの鋭い視線と交錯する。

 

「おはようございます。早速ですが、ジゼル、お腹が空きました。激辛のご飯を所望します」

「……は?」

 

 反射的に変な声がオルガの口から漏れた。

 

 ──いったいこの少女は何を言っているのだ。そもそも何者だ、どうして発掘品から当たり前のように出てきて、しかも生きているのだ。はっきり言って訳が分からない。

 

 これだけの意味が瞬時に込められたオルガの一言は、この場の全員の総意に他ならないだろう。そうして誰もが正体不明の女に気を取られている間に、いつの間にか女は箱から出るとオルガの正面に立っていた。

 

「ご飯、無いのですか?」

「ちょ、ちょっと待て……」

 

 改めて少女の容姿を確認すれば、見た目はどうにも若く、また整っている。ふんわりとした赤銀の髪は膝裏まで届くほどに長く、眠たげな金の瞳は神秘的な輝きを(たた)えたもの。比較的小柄でスレンダーな身体を包んでいるのは、古ぼけてはいるが白いパイロットスーツで間違いない。

 

「よーし……よく分からんが、まずは単刀直入に訊こうじゃないか。アンタ、何者だ?」

「ジゼルのことですか? ジゼルはガンダム・フェニクスのパイロットです。それで、ご飯はまだですか?」

 

 どうにも感情の起伏を感じさせない、平坦な声色だ。しかも表情すらほとんど変わらないとあって、目の前の女が何を考えているのかまるで読み取れない。

 淡々と機械的で、性質の悪いことにマイペースなヤツ。それがオルガの抱いた最初の印象であった。

 

「さっきからご飯ご飯ってアンタな……こっちは訊きたいことが山ほどあんだが──」

「ご飯」

「……わかったよ、ったく。ほら、こいつでも食うか?」

「いただきます」

 

 このままでは埒が明かないと悟り、仕方なしにオルガは持っていた棒状の簡易食糧を手渡した。味はそこまで悪くなく、栄養価はかなり高い優れモノである。

 食料を受け取った正体不明の少女──名乗りからしてジゼル──は、手慣れた手つきで袋を開けると物の数秒で食べきってしまった。それなりの量はあるというのに、大した食欲だ。

 

「お腹は膨れましたが、味が全然わかりません。もっと辛い物は無いのですか?」

 

 そして貰っておいて堂々と文句を述べる面の皮の厚さもまた、大したものだった。

 彼女は物欲しそうな目でオルガを見つめてくるが、いったん無視して相談と決め込むことにする。

 

「団長、このジゼルってお嬢さんどうするんですか? めっちゃ不思議系オーラ出してますけど……話通じるんすかねぇ?」

「つってもなぁ……それでもひとまずは話を訊くべきだろ。もしこいつが本当にあのガンダム・フレームのパイロットっていうなら、余計に慎重に対応すべきだ。違うか?」

「ならちょうど事務室が空いてますので、ひとまず話はそちらの方でどうでしょうか?」

「ああ、(わり)ぃがそれで頼む」

 

 小声でやり取りする整備班とオルガに、ぼんやりと周囲を眺めているジゼル。現状、存在が不審という以外はこれといって怪しい動きは無いのだが、かといって気を抜いてかかるのも違うだろう。

 

「とりあえずアンタには俺と──」

 

 一緒に来てもらうぞ、と告げようとして、しかしその言葉は次の瞬間かき消された。

 

 突如、大地を揺らす衝撃と、大気を震わす爆音が採掘プラント全体を席捲する。天井の照明が大きく揺れ、収納されていた器具がこぞって床に叩き落された。何事かと考える前に、間髪を入れず緊急警報(アラート)がけたたましく格納庫内に鳴り響く。それに紛れて外から届くのは、本来ありえないはずの人の悲鳴とMSの駆動音。

 あまりに脈絡のない急激な世界の変化。誰も彼もが状況の変化に付いていけない中で、一つ確かに言えることがあるとするならば、

 

「まさか敵襲だと!?」

「そんな、嘘だろ!」

「どうしてこんなところに!?」

 

 悪意ある第三者の襲撃に曝されているのは間違いなかった。

 

 採掘プラント全体がにわかに騒然とし、次の瞬間には皆が悲鳴と共に逃げまどい始めた。ここで働いているのは多くが戦いとは縁のない一従業員であり、むしろオルガのような武闘派の人間の方がよほど少ない。その証拠にこの場で落ち着いているのは、オルガ達鉄華団に由来する少数のメンバーだけだ。

 

「……戦い、ですか」

 

 否、もう一人いた。ジゼルだ、彼女はこの状況を全く意に関していない。むしろ眠たげな瞳を鋭く細めた彼女は、それまでの無表情が嘘のようにニタリと笑った。どこまでも純粋で美しく、だが見る者を不安にさせるような、そんな笑みである。

 彼女は即座に避難誘導を始めようとしているオルガ達に向き直ると、ほんの微かに楽しそうな声音で訊ねてきた。

 

「ジゼルのフェニクス、何か弄ったりしましたか?」

「い、いや、まだほとんどなんもしてねぇが……それがどうした嬢ちゃん」

「不味かったとはいえご飯のお礼もあるので、ここは恩返しでもしようかと」

 

 雪之丞の問いに答えるや否や、ジゼルは背を向けて走り出した。華奢な見た目にそぐわぬかなりの速さだ。整備員の制止を振り切り走るその先には、鎮座しているガンダム・フェニクスの姿がある。

 

「おいアンタ、何をするつもりだ!?」

「訊きますけど、外のは間違いなく敵?」

「質問に質問で返すなよ……ああそうだ! ここに攻撃仕掛けてくる馬鹿なんざ鉄華団(おれたち)を目の敵にする奴らしかいねぇよ!」

「つまりどれだけ殺しても良いのですね。それだけ分かれば十分」

 

 既にジゼルはフェニクスのコクピットに飛び乗るところだった。赤銀の髪が鮮やかに翻る。その刹那、髪に隠れていた背中に、阿頼耶識システムが埋め込まれているのが確かに見て取れた。

 勝手知ったるとばかりにフェニクスに乗り込んだジゼルは、手際よく機体を起動させていく。三百年のブランクがあるはずの機体なのに、全く年月を感じさせないスムーズさだ。

 

「だ、団長! どうすればいいんですかこれは!?」

「泣き言喚いても仕方ないだろ! MWの準備は出来てるか!? 動かせる奴らはすぐに外の奴らの救援と、本部からの応援が来るまで襲撃者の足止めをさせろ! それ以外の非戦闘員はこっちに避難だ!」

「フェ、フェニクスは──」

「もうパイロットが乗っちまったんだからどうしようもねぇよ! 後はあのよく分からん奴が、俺たちの味方をしてくれるのを祈るばかりだ」

 

 団長として矢継ぎ早に指示を出しながら、どうしてこうなったとオルガは胸中で吐き捨てる。

 

 きっかけは発掘されたガンダム・フレームの連絡を受け、スーツのままここへ視察に来たことだった。

 それが妙な棺桶を開けたらおかしな少女が出てきて、訳の分からない会話をいくつか交わして、ようやく落ち着いて話を出来ると思った矢先にこの襲撃だ。事態があまりに急転直下すぎて、様々な修羅場を潜り抜けたオルガでも心労が溜まるほど。

 ともかくこの状況はまずい。MWではMSと正面切って戦うなど不可能に近く、このままでは敵も分からぬまま嬲り殺しだ。かといってMSはこの場に一つしかなく、しかもそれに搭乗しているのはまだ知り合って数分と経っていない謎が多すぎる少女なのだ。

 

 だけどそれでも、全滅を避けるためには残された道は一つしかなかった。

 

「おい! もっかい聞くが何するつもりだ!」

『外の敵を全員殺してきます』

「アンタを信用していいのか!?」

『少なくとも今は』

「……そうかよ!」

 

 スピーカー越しに聞こえてくる言葉に、半ば以上やけくそ気味な返事をした。

 信頼も何もない相手に命を預けるなど甚だ不本意ではある。だが鉄華団の団長として筋を通すならば、言うべき言葉はこれしかないだろう。

 

「俺は鉄華団団長オルガ・イツカだ! 臨時ではあるがアンタの手を借りたい! 頼めるか!?」

『──もちろん』

 

 返答とばかりに、息を吹き返した悪魔の瞳に力強い緑光が灯る。

 

『ジゼル・アルムフェルトです。ガンダム・フェニクス、目標を殺戮してきます』

 

 宣言と共にフェニクスの駆動音がいっそう高まる。そして、格納庫から勢いよくフェニクスが飛び出した。解き放たれた悪魔(かのじょ)の目指す先はただ一つ、心躍らせる鉄火場だ。

 

 ──それは三百年の過去より蘇った鋼の不死鳥(あくま)が、再び蒼穹の空に舞い戻った瞬間だった。

 



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#2 鏖殺の不死鳥

 血のように燃え盛る夕日の下には、空と違わぬ凄惨な光景が広がっていた。

 

 撃ち込まれた銃撃によって採掘場には大穴が空き、撃墜されたMWやMSが死体のように至る所で転がっている。そこら中に散乱した鉄くずや刻み込まれた破壊痕が残っているのは、従業員用のアパートだろうか。新しく出来たばかりだというのに、酷い有様に成り果ててしまった。

 そんな戦場の悲哀を吹き飛ばすかのように、一条の風が吹いた。けれど風に乗って運ばれるのは、錆びた鉄とオイルの臭いだけ。人の活気など微塵も感じさせない。

 

「ひでぇことしやがるぜ、ホントによ……」

 

 格納庫の屋上から採掘プラント全体を見渡したオルガは、一言そう吐き捨てた。

 たった十五分。それだけが、順調に軌道に乗っていた採掘プラントがこうまで蹂躙されるまでの時間であった。

 

 戦争の無情さはオルガとてよく知っている。彼とてほんの半年前にはその最前線で戦っていたし、今もなお戦場の空気を忘れるなどありはしない。だからこそ、こういった光景には耐性というものがついている。

 だが、耐性がつくのと何も感じないのはまた別の話だ。こんな無差別な破壊などオルガは好まない。いや、そもそも戦いや荒事といった家族を危険な目に遭わせること自体、本当はしたくないのだ。ただそうする他に生きる道が無かったから、鉄華団(かぞく)と共に血で血を洗うような地獄へと飛び込んだだけの話。そこに余計な感情を持ち込む暇は全く無かったと言っていいだろう。

 

 ──故にこそ、目の前で佇む赤と金のMSの在り方はオルガにとって異質だった。

 

「アイツ、戦いを楽しんでやがったのか……?」

 

 思い出す。ジゼル・アルムフェルトと名乗った少女が出撃してからの、あまりに圧倒的な蹂躙劇を。嬉々として敵を屠る、情け容赦のない戦いぶりを。

 

 ◇

 

 採掘プラントに降り立ったMSの数は、全部で六機であった。

 緑色を主とした細身の機体は、その名を”ゲイレール”と言う。現代で主流なMSの一世代前にあたり、それ故にお払い箱となって傭兵部隊などの闇組織に非合法な形で出回っているMSだ。

 つまりゲイレールはいわば傭兵たちご用達のMSな訳だが、今回の襲撃者たちもまたその例に漏れず傭兵団の一員である。彼らはとある商会より依頼を受けて、鉄華団の関係するこの採掘プラントを破壊すべくやって来たのだ。

 

「にしても、こんな楽な仕事で金が貰えるなんていい仕事っすよね」

『だからって気を抜きすぎるな。うっかりで取り返しのつかないミスを起こしても知らないぞ」

「へいへいっと」

 

 投げやりな返答で通信を切ったのは、ゲイレールに搭乗する内の一人。まだ若いながらも鍛えられた身体つきと、軽薄な口調に合わぬMSの操縦技術はかなりのものだと自他ともに認めている、そんな青年だ。

 とはいえ、今回の仕事で彼がその自慢の操縦技術を振るうことは無いだろう。なにせやることといえばたかが民間会社の一施設の破壊が主であり、出てくる相手はMSの敵にもならないMWがほんの数台だ。それすら、戯れに一台潰してやれば飽きてしまう。退屈しのぎにすらなりはしない。

 

「はぁ、誰か潰し甲斐のある敵でも出てくれりゃいいんだけどな……無理かねぇ、そんなの」

 

 逃げ惑う従業員が爆発の炎に消えていくのを眺めながら、青年はどうしようもなくぼやく。こうして圧倒的な力で弱者を蹂躙するのも悪くはない。だけどやっぱり、男ならば強敵との熾烈な戦いこそが望むべきだ。そう考えるが故にどうしても物足りなさは拭えなかった。

 破壊されずに残っているのは既に倉庫と格納庫だけ、この二つからは壊す前に有用な物を回収しておくように依頼を受けているためだ。相手もそれを知ってか知らずか格納庫に避難しているようだが、まあ関係ないだろう。

 

『よし、こちらは粗方片付いたな。後は向こうの倉庫と格納庫を──なぁッ!?』

「先輩、どうしたんすか──ってこれは!」

 

 僚機からの通信が唐突に途切れた。代わりに聞こえるのは驚愕の声と、鋼と鋼のぶつかるような硬い音だけ。

 いったい何が起きたか全くの不明。だがその問いに答えるように、コクピットに警報が鳴り響いた。

 

「所属不明のエイハブ・リアクターの反応……! MSだと!?」

 

 MSの動力源にはエイハブ・リアクターというエンジンが用いられている。これは一つ一つ識別可能であるため、味方のエイハブ・リアクターには当然ながら反応することはあり得ない。

 その未知の反応は急速に青年の方へと向かって来た。五百メートルから始まり、三百、二百、百──恐ろしい速度で接近してきているのに、影も形も見えはしない。どこだ、どこにいる──

 

「……ッ! 上か!」

 

 青年は直観に従い咄嗟にゲイレールを後ろに飛びのかせる。次の瞬間、先ほどまでゲイレールがいたはずのところに重厚な剣が叩きつけられた。鈍い音、大地がひび割れ、跳ね上げられた土塊が宙を舞う。

 不意打ち気味に攻撃を放ってきたのは赤と金の鮮やかなMS。そいつは武器を構えなおすと、油断なく青年のゲイレールへと向き直った。

 

「なんだぁ、こいつは……?」

 

 思いがけない敵の出現に、意識せず疑問が首をもたげる。

 翼に似たスラスター、尾のように伸びた腰部ブレード、脚部は鉤爪(クロー)の如き形状をしていて、あたかもそれは人と猛禽が一つとなったかのよう。そして握りしめた得物はMSの頭身ほどに大きい(ブレード)で、しかも大砲(カノン)と一体化した特殊極まる巨大兵装だ。

 

『おはようございます、さようなら』

「は?」

 

 目の前のMSから放たれた通信は突拍子もないもので、気の利いた反応を返す余裕すらなかった。

 だから悲しくも、これが青年の最後の言葉となる。

 気が付いた時には、真横からブレードが迫っていた。それが腰部の尾が伸びたものだと気付いた時にはもう遅い。ゲイレールは武器ごと右腕をへし折られ、それに気を取られた瞬間には目の前に迫っていたブレードに叩き潰されていたのだから。

 

「呆気ない、これじゃ準備運動にもなりませんね」

 

 こうしてジゼルとガンダム・フェニクスは、瞬く間にMSを一つ打倒してみせたのである。先ほど不意打ちする前に倒してきたMSも含めればこれで二機目、まずまずの滑り出しといえるだろう。

 流動性のワイヤーで繋がったテイルブレードを収納しながら、おそらくはコクピットだろう場所を丹念に潰して、フェニクスは軽快に動き出す。次の目標はこちらを警戒しているゲイレール二機、近い所に固まっているからまとめて相手取る算段だ。

 

 スラスターを勢いよく点火、急加速して一目散に目標へと肉薄する。さすがにこの時には襲撃者たちもフェニクスを敵と認識していて、標的の二機も巧みなライフル捌きによる連携で立ち向かってきた。

 だが、当たらない。弾丸がどれ一つとしてかすりもしない。フェニクスの動きはとても鋼鉄の身体とは信じられない柔軟なもの。まるで人間のような滑らかな挙動は銃弾の間を効率よく抜けることを可能とし、速度を落とさず最短で接近する。

 

『こいつ、動きが読めねぇ……!』

『まさか阿頼耶識か!?』

「ご明察、とだけ」

 

 漏れ聞こえた通信にちょっとだけ返答して、フェニクスは武器を構えた。大剣(ブレード)大砲(カノン)の合体したその武器を、何の捻りもなく”カノンブレード”とジゼルは呼称している。

 

 ともかく、構えたカノンブレードの照準を合わせる。狙いは右方にいる、やや距離のあるゲイレールだ。

 引き金は羽毛のように軽く。躊躇いなど微塵もない。発射、そして轟音が響き渡る。通常のライフル弾などより遥かに凶悪な速度、質量のそれは吸い込まれるようにゲイレールのコクピットにぶち込まれ、残されたのはひしゃげたコクピットのゲイレールだけであったのだ。

 

『こんのォッ!』

「おっと」

 

 間髪を入れず、残ったもう一機のゲイレールが正面から強襲する。彼我の距離はわずかだ。雄叫びと共に振り上げられたのはランドメイス、フェニクスは半身をずらして紙一重で回避する。

 続くゲイレールの第二撃、投げ捨てられたライフルの代わりに握られたシールドアックスが閃く。フェニクスはそれをカノンブレードで受け止めると、そのまま鍔迫り合いへと移行した。

 

『畜生、何だよテメェ! お前が噂の”鉄華団の悪魔”って奴なのか!?』

「誰ですか、それ」

 

 交わされる言葉は少ない。心底から疑問といったジゼルの言葉を皮切りに、フェニクスが押し込み始めた。出力差によって崩れる均衡、ゲイレールのシールドアックスが弾かれ、カノンブレードが自由となる。その時にはもう勢いのままにカノンブレードはコクピットに向かっていて、振りぬかれた一撃は過たずコクピットごとゲイレールを斬り潰してみせたのだ。

 倒れ伏したMSから流れるのは、果たしてオイルか人の血か。常人ならば眉を顰める光景だろうが、ジゼルは眉一つだって動かさない。この程度の光景がなんだとばかりに気にも留めない。

 

『おいアイツやべぇぞ……! ここは逃げた方が──』

『ま、待て、アイツこっちを見てるぞ……!』

 

 フェニクスの視線の先には、もはや戦意を完全に喪失した二機のゲイレールがあった。ほんの数分でMSを四機も屠る相手を前にして、誰が好き好んで相手になろうというのか。故にどちらもこの場から離脱しようとジリジリ後ろに下がり始めている。とても弱者を甚振(いたぶ)っていたとは思えないその姿を滑稽と恥じる余裕すら、パイロットの二人にはもはや無かった。

 

 そんな引き腰のゲイレールを見たジゼルは──

 

「やっとジゼルは温まってきたところなのに……そうでしょう、フェニクス?」

 

 迷う素振りすらせず、再びフェニクスのスラスターに火を点けた。

 一度敵対したなら、毛ほどの容赦も呵責もなく殺しつくす。そうでなければ、生き残った者とどのような禍根が残るか分からないから。だから必ず殺すのだ。

 戦場に生きる者としては正しく、常識に照らせば狂っているとしか思えない殲滅思考。だがそれすらジゼルにとってはどうでもいいことだ。本当はただ、()()()()()()()()()さえ得られれば良いのだから。

 

『なぁッ!?』

『嘘だろ!? クソッ、ふざけんなッ、こっちに来るなよお前ッ!』

 

 恐怖に駆られがむしゃらに吐き出されるライフル弾。無論、狙いも何もない弾で被弾するフェニクスではない。逆に腕部に仕込まれた牽制用一二〇mm機関砲を放つと、ゲイレールのライフルを容易く誘爆させてしまう。これでもう、近接戦闘しか取れる手立てが失われた。

 ならば一か八かとゲイレールのパイロットたちは近接戦を挑んで──相手にすらならなかった。変幻自在のテイルブレードに対応できず、大質量のカノンブレードに磨り潰される。

 

 こうして、襲撃者たち六機のゲイレールは数分の内に全て沈黙した。

 

「終わり……ですか」

 

 寂寥感と共にジゼルは呟く。例えるならばそれは、遊園地から帰るときの子供に似ているだろうか。楽しい時間、夢のような一時が覚めてしまう、あの名残惜しい感覚。そんな微笑ましい感情をあろうことか彼女は、闘争という命のやり取りの後で感じていたのだ。

 かくして、平和な採掘プラントで行われた蹂躙劇は幕を閉じた。弱者を蹂躙していたはずの襲撃者たちは立場を逆転され、皮肉にも生粋の戦闘狂の手によって逆に蹂躙されてしまったのである。

 

 ◇

 

 その後、三十分としない内に鉄華団本部から応援が駆け付けた。

 鉄華団の悪魔と名高いガンダム・バルバトスを筆頭にやって来たMS隊であったが、彼らの出番は既に消えてしまっている。なので現在はMSのパワーを活かして、採掘プラントの瓦礫除去を手伝っている最中だ。

 もちろん団長であるオルガの仕事も多い。従業員を含めこの場で最も冷静だった彼は臨時の指揮官として動いている。そのため死傷者たちの把握に、現場支援を行う鉄華団への指示、さらにはアドモス商会への連絡用に報告をまとめ上げたりと大忙し。やっとそれらが一段落したのは、もう夕陽がとっぷりと空を染め上げている頃だった。

 

 息抜きに格納庫の屋上に出ていたオルガは、荒れ果てた採掘プラントを眺めた。やはり酷い。せっかく軌道に乗っていたというのに、また一からやり直しだ。人的被害だって決して小さくは無かった。それらを胸に刻み、この事件の主犯には必ずや落とし前をつけさせると決意を新たにしてから、例の少女を思い出す。

 

「アイツ、戦いを楽しんでやがったのか……?」

 

 目の前の敵に容赦はせず、逃げようとする相手も確実に仕留める。その姿勢やあり方は鉄華団のエースこと三日月・オーガスにも共通することだが、けれど彼女の場合は決定的に違うところを感じさせたのだ。

 三日月は仕事だから敵を殺す、そこに楽しむも何もない。対して、彼女は戦いが楽しいから敵を殺しているのだ。思えば格納庫で見せたあの笑みも、闘争の気配を肌で感じたからこそなのだろう。

 

 ──華奢で神秘的な雰囲気をまとっているくせに、その本性は獣の如き戦闘狂(バトルジャンキー)。それがジゼル・アルムフェルトという女なのだろう。

 

 とてもじゃないが自分には理解できないような人間、そんな結論を脳裏で下した時だった。

 

「ここにいましたか、オルガ・イツカ」

「アンタは……」

 

 いつの間にか、オルガの後ろにジゼルが立っていた。白いパイロットスーツのまま、長すぎる髪を夕陽の色に染めてオルガを見上げている。

 

「戦場をありがとうございました。ちょっと物足りないですが、寝起きの頭には良い刺激でしたよ」

「そうか……いや、こちらこそ助かった。成り行きとはいえアンタには助けられたからな、礼を言わせてくれ」

 

 人として筋を通すことにこだわるオルガだからこそ、余計な損得やしがらみも抜きに素直に頭を下げることが出来た。そんな心のある感謝を受けたジゼルであるが、彼女の反応は芳しくない。

 

「どうした? まさかさっきの戦闘で怪我でもしたか?」

「いえ、違います」

 

 即答だった。ぼんやりとした瞳は変わらないくせに、口調だけははっきりしている。

 

「このままだとジゼルは根無し草なので、どうしようかと。戦いと唐辛子がなければこの先生き残れませんので」

「おいおい……」

 

 そのどこかズレた返しに思わず呆れてしまうオルガ。だけど同時に、少しだけ安堵もした。自分たちとはあまりに違う思考回路を持っているらしいこの少女でも、当たり前に心配事はあるのだなと。初めて目の前の少女を、自分たちと同じ人間だと思うことが出来た。

 

「なので就職先を斡旋してもらえると助かるのですが、どこかお勧めはありますか? もちろん、フェニクスも一緒に」

 

 かつてよりも遥かに大きくなった鉄華団は、そろそろ新しい段階(ステージ)に進む頃合いだった。次の成長を促すための起爆剤として、これまでいなかった人間を迎え入れる。それはきっと、この先に歩を進めるためには避けては通れぬ道だろう。

 この謎の少女は鉄華団からしてみれば劇物に他ならない。全く異なる価値観に、異質がすぎる思考や雰囲気。これらは扱い方を誤れば組織を殺す毒となってしまう。だが、使いこなせば組織を活かす良薬となる可能性を秘めているのだ。

 

「──いいぜ、とっておきが一つある。そいつは今、火星でも最高に脂の乗った企業だ。そのおかげで金も戦場も困ることはねぇ。もっと言えば、団員は常に募集中だ」

「いいですね、それ。是非とも雇われてみたいものです」

「よし、なら着いてきな」

 

 まだまだやることは沢山ある。荒らされた採掘プラントの臨時指揮もそうだし、この少女の身元や過去だって詳しく訊き質さねばなるまい。鉄華団もまた急成長故の軋みはある。課題はいまだもって山積みなのだ。

 願わくば、一秒でも早く鉄華団(かぞく)に楽をさせるためにも。オルガは止まることなく進み続ける。

 



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#3 生粋の

 採掘プラント襲撃事件から一夜明け、ほんの少しづつだが平穏が戻ってきた。その頃には採掘プラント復興のための段取りは全て整えられ、それに伴って鉄華団が手伝うことも殆どなくなってしまっていた。

 なのでオルガは応援に来ていたメンバー共々朝一番で鉄華団本部へと帰還し、行き場のないジゼル・アルムフェルトもまた、ひとまず本部へと案内されていたのだった。

 

「本当にフェニクスを見てくれるのですか?」

「そういうことになってるらしいな。ま、とは言っても多少のメンテくらいだけどな。それ以上は色んな意味でまだ無理だ」

 

 鉄華団の保有する格納庫にて、到着早々にジゼルと雪之丞はフェニクスの処遇について話し合っていた。

 

 いくら頑丈さが取り柄のMSといえど、三百年も地下に埋まっていれば経年劣化などが起こり本来の性能とはかけ離れてしまう。これではいざという時に動作不良が起きる可能性もぐっと高まってしまうし、取り柄である耐久性すら信用できなくなるのだ。

 そこで、オルガの提案でフェニクスの簡易的なメンテナンスが行われる事となったのである。成り行きで助けたとはいえ鉄華団の団員でもないジゼルにそこまで便宜を図ってくれるのは、ひとえに”筋”を重視するオルガの性格によるものだろう。もちろん費用も人手も嵩む以上、本格的なメンテナンスとまではいかないが。

 

「良かったね、フェニクス」

 

 囁くように鋼鉄の不死鳥へと語り掛けるジゼル。土埃が付着し、風化によって傷だらけな装甲を愛おしそうに撫でた。珍しく表情にも微笑が浮かんでいるようで、それだけ彼女がこのMSを大切にしているということがうかがえる。

 

「そんだけ大事に扱ってもらえりゃ、フェニクス(そいつ)も願ったりだろうな」

「この子は、ジゼルにとっては無くてはならないので。フェニクスと唐辛子のどっちを取るかと言われれば、苦渋の末にフェニクスを選ぶくらいには大切です」

「そこは嘘でも『迷わず選ぶ』くらい言ってやれよ……香辛料と天秤にかけられるMSなんざ聞いたことがねぇ」

 

 こりゃどうしようもないとばかりに空を仰ぐ雪之丞。採掘プラントでジゼルのマイペースぶりは知っていたが、それでも彼女の相手は荷が重すぎた。むしろオルガはよくこんな少女を鉄華団まで引っ張ってきたものだとしきりに感心してしまうほどである。

 と、フェニクスを眺めていたはずのジゼルが視線を外した。しばらく格納庫内を彷徨って、それから雪之丞へと戻ってくる。何か探し物でもあるのだろうか。

 

採掘プラント(あっち)で別のガンダム・フレームの姿を見たのですが、此処には無いのですか?」

「いや、バルバトスは──」

「バルバトスは別の格納庫にあるよ。そっちで整備中」

 

 雪之丞の言葉に割り込むように、少年の声が聞こえてきた。そちらへ目をやれば、小柄な少年が一人立っている。もごもごと口を動かしているのは、何かを食べているからだろうか。怪我でもしたのか右腕を吊っているその少年は、よくみれば非常に筋肉質な身体つきだ。

 懐から取り出した火星ヤシを食べているその少年──三日月・オーガスは、しげしげとジゼルを見つめていた。初めて見る顔だから、多少の興味をそそられたのだろう。

 

「というか、アンタ誰?」

「ジゼル・アルムフェルト、ガンダム・フェニクスのパイロットです。あなたは?」

「三日月・オーガス、ガンダム・バルバトスのパイロットをやってる」

「そうですか」

「うん」

「……」

「……」

「いや、せっかくなんだし何か話せよお前ら」

 

 静まってしまった場の気まずさに耐えかねて、雪之丞はついツッコミを入れてしまう。

 もとより三日月は口数の多い方ではないし、ジゼルは何を考えているのかはっきり言ってよく分からない。だから、そんな両者が相対すればこうなるのは半ば自明の事と言えた。

 雪之丞のツッコミにも我関せず、およそ十秒ほど経っただろうか。先に口を開いたのは三日月の方だった。

 

「アンタ、なんか変な感じだね。立ってるだけなのに、まるで銃を突き付けられてるみたいだ」

「……面白いことを言いますね」

「別に冗談ってつもりでもないんだけど……まぁ、いいか。それじゃあね、おやっさん」

 

 それだけ言ってスタスタと背を向け去っていく三日月と、その背中を視線で追うジゼル。雪之丞は結局何も言えず仕舞いだ。独特の雰囲気に気圧されてしまい、言うべき言葉が見つからなかった。

 

 例えるならそれは──狩人と獣だろうか。

 

「何しに来たんですか、彼?」

「そういやそうだな……ま、気儘な三日月の事だしあんまし気にしなくてもいいと思うぜ」

「はい」

 

 素直に頷くジゼルである。たぶんお世辞でも何でもなくて、本気でそう思っているのだろう。

 その時、格納庫と居住区を結ぶ通路から小走りに移動する足音が響いてきた。近づいてきた足音は鉄の扉を勢いよく開けて、真っすぐジゼルと雪之丞の下へとやって来る。オレンジ色のくせ毛が特徴的な少年だ。

 

「よぉ、どうしたライド。なんかあったか?」

「あ、おやっさん! 俺は団長からの連絡を預かって来たんだ! えーと、ジ、ジ……」

「ジゼル・アルムフェルトか?」

「そうそう、その人! たぶん格納庫にいるだろうから、社長室の方まで連れてきてくれって!」

「分かりました」

 

 きっとここからが彼女にとっての分水嶺なんだな、そう直感的に感じ取った雪之丞は去っていくジゼルの背中を見送るのだった。

 

 ◇

 

「さてと、待たせてすまなかったな。とはいえ、そろそろアンタの処遇もはっきりさせておきたい。それは分かるな?」

「ふぁい」

 

 テーブルを挟んでソファにちんまりと座っているのは、サンドイッチを口いっぱいに放り込んだジゼルであった。服装は今だパイロットスーツのままである。

 ひとまず鉄華団に着いてきた彼女ではあるが、まだ正式に鉄華団に加入したわけではない。それはこれから行われる面接にて決められる。普段ならこうも厳格にはしないが、相手の言動が言動だけに慎重に決めようとオルガが考えた故だ。

 しかし当のジゼルは緊張した様子もなく、むしろハムスターのように口を膨らませて気の抜ける返事をした。その上、サンドイッチはとても気が抜けるものではない。異臭が、届くのである。

 

「……おいおい、そいつってさっきハバネロソースかけまくってたやつだよな? んないっぺんに食べて舌おかしくなんねぇのか?」

「いえ、別に」

 

 ドン引きといった様子でジゼルを眺めているのは、鉄華団の副団長ユージン・セブンスターク。さらに頷いているのは二番隊隊長として抜擢された昭弘・アルトランドだ。どちらも鉄華団の最古参メンバーであり、オルガからの信頼も厚い。二人はオルガの後ろについて、それとなくジゼルの警戒を行っているのだ。

 とにかくジゼルはその激辛と思しきサンドイッチを平然と咀嚼し、満足げに飲み込んだ。これで四つ目、やはりとんだ食欲である。ゲテモノ料理をマジマジと見せつけられた三人は、とても食欲など湧かないが。

 

「ともかく、本題に入るとしよう。まずはアンタの名前と簡単なプロフィールを教えてくれ」

「了解しました。ジゼル・アルムフェルト、十八歳。左利き、身長は一五八センチ、体重は四十八キロ。他には──」

「待て、待て、俺たちが訊きたいのはそんな個人情報じゃあない。つか仮にもアンタ女だろうが。体重だのなんだのペラペラ言うなよ」

「すみません、ちょっとした冗談のつもりでした」

「あれで冗談とか、それこそ冗談キツイぜ……」

 

 どうにもつかみどころのない女だ。天然ともどこか違う、常人とは感覚がズレているのだろうか。これまでの鉄華団には縁の無かったタイプ、これは会話するだけでも難儀するだろうとこの場の誰もが理解する。

 そうして、今度こそ臨時の鉄華団面接試験が始まった。

 

「もしアンタが鉄華団に加入、ないし雇われたとして、何が出来る? 先にアンタのセールスポイントを教えて貰おうじゃないか」

「何が出来るかといえば……フェニクスに乗って邪魔な敵を皆殺しにするのは得意ですね。後はMA(モビルアーマー)と戦うのもそこそこ得意な方です。あまり楽しくはないですがね」

「MA?」

 

 物騒なアピールの中に混じるのは、誰一人として聞き覚えのない単語だ。響きはMS(モビルスーツ)にも似ているが──

 

「ご存知ないのですか? おかしいな、あれは厄祭戦の発端となった最低最悪の殺戮兵器なのに」

「……気にはなるが、長くなりそうだから後にしよう。それで、他には?」

「他には、そうですね……これでも軍人だったので一通りの事務仕事はできますよ」

「そいつは本当か!?」

「え、ええ、まあはい」

 

 思わず立ち上がって訊き返してしまう。そのせいで「まあ机仕事よりも戦場に出してもらう方がありがたいのですが」というジゼルの言葉も耳には入らなかった。

 覆しようのない事実として、現在の鉄華団は圧倒的に事務担当が不足している。そもそもからして学問に縁の無かった子供たちの立ち上げた組織だから仕方ないのだが、事業を拡大した今その不足は致命的であったのだ。団員の募集もかけているし、数少ない大人たちが支えてくれているのだが……それも、いつまで続くやら。

 

「今は一人でも多く事務仕事が出来る奴が欲しい。そういう意味では、今のでアンタの内定はほぼ決まったようなもんだ」

「あまりそっち方面で評価されても嬉しくないのですが、まあいいでしょう。ジゼルも褒められて悪い気はしませんし」

 

 パイロットとして腕が立ち、そのうえ手薄になっている事務方を埋めてくれるなら万々歳である。これは是非とも引き入れたい、能力だけ見ればオールラウンドな得難い存在だ。

 とはいえ、まだ肝心な箇所を訊いていない。オルガが”ほぼ”と述べたように、まだこれから出てくる話次第でいかようにでもジゼルの処遇は変わってくるのだから。

 

 ジゼル・アルムフェルトという少女の正体。それは避けては通れぬ問いかけであった。

 

「そんじゃ、こっからは互いに腹割って行こうじゃねぇか。改めて訊くが、アンタ何者(なにもん)だ?」

「ジゼルの生まれは、地球にあるアルムフェルト家のお屋敷です。けれど訳あって家を飛び出して、ガンダム・フェニクスのパイロットとして厄祭戦に参加していました」

「やっぱ厄祭戦絡みか……そりゃあ三百年以上前のガンダム・フレームと一緒に発掘されたならそうなるよな」

 

 よどみなく告げられたそれは半ば以上予想がついていたとはいえ、改めて聞かされると驚くばかりだ。三百年という長い時間を、ただの人間が飛び越えて蘇ってきたのだから。普通ならとても信じられるような事ではない。

 しかしそれさえ判明してしまえば、自然とあの黒い棺桶のような装置の正体にも予測は着く。

 

「となれば、あの棺桶もどきはコールドスリープの装置だったって訳か。それを俺たちが掘り起こしたせいでアンタは目覚めたと。それならさっきのMAとやらの話とも辻褄が合うはずだ」

「ご名答です、団長さん。ですがジゼルも、まさか現在が三百年後だとは思ってもみませんでした。今知ったのですが、これは驚きですね」

 

 言葉とは裏腹に、大して驚いた様子もない淡々とした口調だった。普通ならもっと取り乱すなり動揺するなりしてもいいだろうに、どこも堪えた素振りがない。たった一人未来に放り込まれた十八の少女の振る舞いにしては、違和感がありすぎる。

 最初から分かってはいたが、やはりどうにも異様だ。どうにも眼前の少女は、自分たちの価値観とは大幅にズレたものの見方をしている。それを見極めないことには、仮に鉄華団に入れたとしても問題しか起きないだろう。

 

「……お前には、残してきた家族はいないのか? いや、そもそもどうしてコールドスリープなんて道を選んだ。その若さなら幾らでも進める道はあっただろうに」

「それは違うのですよ、筋肉の人。ジゼルは、戦いの中でしか生きられません」

「そいつはどういう意味だ?」

 

 さりげない筋肉呼ばわりを無視して、昭弘はさらに話を進めた。彼にとっては、いや、鉄華団にとっては家族は何よりも大切な存在なのだ。それを捨ててまで戦争に参戦し、あまつさえいつ目が覚めるかも分からぬ道を選ぶなど正気の沙汰とは思えなかった。

 

「これは、あまり人に打ち明けるべきものではないのですが」

「構わねぇよ。つーかそれを訊かないことには俺たちはアンタを信用できない」

「なるほど、道理です」

 

 珍しく、ジゼルの表情にはっきりと色がつく。鮮やかなその色彩は、抑えきれない喜悦だろうか。

 その時オルガの頭をよぎったのは、昨日のジゼルの暴れぶりだ。嬉々としてMSとの戦いに赴く彼女を戦闘狂(バトルジャンキー)だと評したが、本当にそうなのだろうか。実はもっと恐ろしいものを隠し持っているのでは? 一度広がった疑問は、さざ波のように心を揺らして離さない。

 

 ──ジゼルの言葉は聴くべきではない。第六感がしきりに警鐘を鳴らしているが、もはや遅かった。

 

「ジゼルは、何故だか人を殺すのがとても好きなのです。他者の積み上げてきた数十年の人生を一瞬で台無しにする時の、あの感覚が堪らなく愛おしくて。だから厄祭戦が終わって治安も安定したあの時代には、もう用はありませんでした」

 

 その瞬間、可憐な容貌をしたマイペースな少女はそこにはなく。

 いるのはただ、ジゼルと同じ姿形をした生粋の殺人鬼(ナチュラルボーンキラー)であったのだ。

 




まったくもって血なまぐさい、とても女主人公らしくない嗜好を持った彼女。自分でも微妙に不安になったりします。
鉄血のオルフェンズにおける医療技術はかなり発達しているため、コールドスリープくらいなら実用化されていてもおかしくないかなと考えた次第であります。


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#4 契約

 人が人を殺す時、そこには理由が存在する。

 例えばそれは戦争であり、敵討ちであり、政治闘争であり、もっと単純に激情に支配されたからというのもあるだろう。共通するのは、殺人には理解が及ぶ何かしらの背景が存在するということだ。

 だから最も恐ろしい殺人とは──ただ殺したいから殺したという、一切の理由を持たない快楽的な殺人に他ならない。

 

 ◇

 

「ジゼルは、何故だか人を殺すのがとても好きなのです。他者の積み上げてきた数十年の人生を一瞬で台無しにする時の、あの感覚が堪らなく愛おしくて。だから厄祭戦が終わって治安も安定したあの時代には、もう用はありませんでした」

 

 それは、ちょっとした秘密を暴露したような気軽さだった。うっとりと頬を上気させ、可憐な容貌と合わされば深窓の令嬢然とした雰囲気すらある。内容の異常さを除けば、だが。

 戦闘狂(バトルジャンキー)どころの話ではない。人を殺すことに躊躇いを覚えず、あまつさえ好ましいと憚ることなく言ってのけるその精神。尋常の人間の枠からはどう足掻いても外れている。間違いない、こいつは生粋の殺人鬼(ナチュラルボーンキラー)だ。

 次の瞬間、ユージンと昭弘の持つ銃が真っすぐジゼルへと突きつけられる。セーフティはとっくに外れていた。少しでも妙な動きをすれば容赦なく撃つと、二人の瞳が雄弁に物語る。

 

 しかし、そんな二人に待ったをかける男がいた。

 

「待て、二人とも。とりあえずその銃は下ろしとけ」

「正気かオルガ!? どう考えてもこいつはヤベー奴だぞ!」

「同感だ。例え丸腰だろうと警戒するに越したことはない」

「だとしてもだ。こいつを鉄華団に誘ったのは俺だし、第一助けられた借りだってある。それなのに話を最後まで聞かない内に殺すようじゃあ、筋がまるで通らねぇ」

 

 筋を通す──それはオルガが最も拘っている信念だ。不当な理由をつけて暴虐を振るう人間になりたくない、そう願っているからこそ可能な限り筋は通そうとする。例えどれだけ危険があろうと、通すべき筋があるなら意地を張るのだ。

 そんなオルガの気迫に中てられたのか、ユージンと昭弘は銃をひとまず下ろした。とはいえ、警戒の眼差しは全く弱まっていない。対するジゼルは、撃たれるとは微塵も考えていなかったのだろうか。欠片ほどの動揺も見せなかった。

 

「悪ぃな、ウチのが逸っちまった」

「構いません。ジゼルも、あまり褒められた趣味ではないと自覚していますので」

「……なるほど」

 

 仮にも人殺しを”趣味”と言い張るとは。

 一般常識自体は理解しているようだし、ここに至るまでの物腰も柔らかだ。唐突に襲い掛かって来るようにも思えず、華奢な身体はもしこの場で暴れたとしても虫一匹殺せるか疑うほどだ。

 ジゼルに限らず、人を殺したことのある人間なんて鉄華団にはごまんといる。だというのに、オルガには目の前の見目麗しい少女が得体の知れない異形の怪物に見えて仕方が無かった。その微かな恐れを見抜かれたのだろうか、ジゼルは小さく嘆息した。

 

「先に言っておきますが、ジゼルも殺す相手は選びます。無差別ではないのです」

「その為の軍属って訳か。ま、道理ではあるな」

「はい」

 

 戦争ならば、殺したくなくとも人を殺す羽目になる。本当に彼女が殺人狂であるというなら、軍属というのはこれ以上ない殺しの大義名分を得られるのは間違いない。

 とはいえ、ただの少女がそう簡単に軍に入れるのかというと疑問は残るが。実家がよほど金持ちだったのか、彼女自身に人殺しの才が満ちていたのか、はたまた両方か。

 

「もしもあのままお屋敷に残っていれば、きっとジゼルは我慢できずに誰も彼をも殺してしまったことでしょう。ですから、そうなる前に世間を知らぬ箱入り娘はお屋敷を飛び出すことにしたのです」

「箱入り娘、か……俺らからすればそんだけ恵まれた環境に居ながら、殺人の為だけにすべて放り出すってのが理解できねぇな。アンタ、世の中をなんだと思ってやがる」

 

 半ば八つ当たり的な感情、ジゼルを責めても仕方がないとはいえ、ついユージンの口からは辛辣な言葉が漏れてしまった。

 きっとこの少女は何一つ不自由することなく、健全な家で全うな愛情を注がれ育ったのだろう。それらは鉄華団の誰もが求め、そしてもはや手に入れることのできない尊い代物だ。

 だというのに、それを”殺人がしたい”という一心で捨て去るなどあり得ない。鉄華団にいる者たちは殺さなければ殺される過酷な環境に、当人の意思は関係なく置かれてしまっていたのに。殺人に快楽を見出す感性など欠片も理解できないのだ。

 

「ああ、そういえばここで見かけたのは少年兵がほとんどでしたね。察するに、この鉄華団とは行き場のない孤児達(オルフェンズ)の集まりと言ったところでしょうか。その境遇には同情しましょう。ですがジゼルからすれば、あなた達もまた恵まれていると思いますがね」

 

 故にジゼルの言葉は、ユージンに対するささやかな皮肉と羨望であったのだろうか。少ない情報で的確に鉄華団(かれら)を推察しているだけに性質が悪い。

 思わずユージンが反論しようとした、その時だった。

 

「……お前、今の言葉をもう一回言ってみろ」

「落ち着け昭弘、気持ちは分かるが早まるな」

 

 静かに怒りを露わにし、鍛え上げた拳を構えた昭弘。視線だけで人を殺せそうな目つきの彼を、オルガはどうにか宥める。今ここで爆発されても困るのだ。

 かつてはヒューマン・デブリであり、また仲間の多くが恵まれたとはとても言えぬ出自であるからこそ、どうしても”恵まれている”という言葉が我慢ならなかった。しかもそれが詳しい事情を知らぬとはいえ、良い所の出という人間の発言であるのだから堪らない。

 

 それでも、彼女はまったく怯まなかった。

 

「だって殺すことが仕事だなんて、羨ましいじゃないですか。鳥が空を飛ぶように、魚が海で泳ぐように、人が呼吸をするように、ジゼルにはどうしても殺人が必要だった。あなた達と同じ、置かれた環境が必ずしも望んだものではないというだけの話です」

「……残酷なことを訊くようだが、自殺っていう手は考えなかったのか? いい所のお嬢様がそうなっちまったら、もう絶望しかないだろうに」

「ジゼルだって、望んで人殺しが好きに生まれた訳じゃありません。他のことで紛らわせようとして、感情を抑えたり、色んな事に挑戦したり……だけどそれでも駄目だった。何をしても日に日に殺人欲求は大きくなって、歯止めが利かなくなって。なのに自殺で終わらせるなんて、悔しいにも程がある」

 

 だからそんな自分を受け入れることにしたんです──いっそ純粋にも思える笑みを向けられて、オルガたちは言葉に詰まった。

 つまりそれは、希代の殺人鬼の誕生ではないか。何一つ不自由ない生活を送っていたであろうお嬢様は、全てを失う代わりに自身に正直に生きることにしたのだ。言葉だけ見ればポジティブな思考でも、結果として起こる事態が悲惨に過ぎる。

 

「さて、これでジゼルの話は全部です。要は、人殺しをするために未来に来たとだけ認識してもらえれば十分。そのうえであなたはどうしますか、オルガ・イツカ団長。ジゼルを雇わないというなら、それも構いません。ここで殺すというなら、ジゼルの運が無かっただけの話でしょう」

「殺しはしねぇよ。だが一つ確認したい。アンタ、俺たちを殺してみたいと考えてるか?」

「いいえ」

 

 意外なことに、答えは否定だった。迷う素振りすらない即答に、()()()()()()予想していたオルガでも多少面食らってしまう。

 

「理由は?」

「借りがあるから。根無し草のジゼルをここまで連れてきてくれて、美味しいご飯を振舞ってくれて、しかもフェニクスの修繕までしてくれるらしいじゃないですか。そこまでしてもらって”じゃあ殺します”というのは、不義理が過ぎると思いますので」

「不義理か。ああ、それだけ聞ければ十分だ」

 

 人とは違う異形の感性を抱く少女。扱い方を間違えれば途轍もないことになるだろう。もしかすれば、その殺意は自分らに注がれるやも知れない。であれば、彼女はここで放逐すべきである。それが普通の、常識的な考えだ。

 そこまでを余さず理解して、心の内で咀嚼して、オルガは決断を下した。

 

「決めた、アンタを鉄華団に歓迎しよう」

「なっ、おいオルガ! 何言ってやがる!?」

「なぁユージン。今の俺たちに本当に足りないものは何だと思う?」

 

 当然の反駁は、逆に問いによって封じられた。

 本当に足りないもの。仮にも副団長を任されているユージンだから、少し考えるだけでいくつか意見が浮かび上がった。人材、知識、戦力……いいや、どれも違う。おそらくは、

 

「外様の不足か。俺たちの仕事を客観的に評価できる奴がこの組織にはいねぇ」

「そうだ。俺たちは家族だが、そのせいでどうしても身内には甘くなる。身内を大切にするのは大事なことだが、下手すりゃ見なきゃいけない事実まで見えなくなっちまう。いくら何でもそいつは不味いだろ」

 

 貧困にあえぐ生活と、裕福な暮らしと。

 望まぬ人殺しを行う少年と、望んで人殺しを行う少女と。

 思えば、鉄華団のメンバーと眼前の少女は、生まれも思想も対極にあると言えた。故にこそ最短で『上がり』を目指すためには、彼女のような毒皿を喰らう必要があると理解した。全く違う視点を持ち、淡白として情に流されることのない面の皮の厚さ(マイペース)は、良くも悪くも家族意識の強い鉄華団において貴重なものだろうから。

 

「だからってなぁ……よりによってコイツはないだろコイツは! 客観的な視点ってんなら、もっと他にいいやつなんざごまんと居るだろ!」

「ああ、いるだろうな。だがな、その中で即戦力になれる奴はどれだけいる? 自分の欲より恩や義理を通せる奴はどうだ? いいや、そうはいねぇさ。だからこそ、俺はコイツを雇う方がメリットが大きいと踏んだ」

「そりゃあ……そうかもしれないがよ」

「ええ、ジゼルも良いことをしてもらえば嬉しいですし、やれる限り返したいと思いますよ」

 

 筋を通すオルガと、受けた恩や義理を大事にするジゼル。案外と重視する点が似通っているから、相性は決して悪くないのだ。例えどれだけその内面が理解できずとも、互いに良好な関係を築くことは十分に可能といえた。

 

「これで臨時の採用試験は終わりだ。細かい諸々は後できっちりつめるとして、俺はアンタを迎え入れたいと思う。どうだ?」

 

 手段も質も選ばず最短を突き進んでいると指摘されれば、とても否定はできない。だけどもう決めたのだ。

 苦い顔をしているユージンと昭弘には、後で改めて説明と説得をするとしよう。そんなことを考えながら、オルガは手を差し出した。

 

「異存はありません。よろしくお願いします、団長さん」

 

 差し出された手がしっかりと握られる。女性特有の柔らかさを持つこの手は、いったいどれだけの血に塗れているのか。オルガたちとて人のことは言えないが、それでもふと想いを馳せてしまう。

 だがそんなことは関係ない。相手がどれだけ醜悪な思想を抱えていようとも、それすら利用してしまえばいいのだ。彼女は鉄華団団長たるオルガにとっての試練であり、また鉄華団のこれからを占う試金石に他ならない。

 

 ──こうして、ここに悪魔との契約は完了した。

 




超危険人物が鉄華団にinしたところで、最序盤は終了です。次回からは少しづつ時間を飛ばして、二期の開始地点まで話を進めていきたいと思います。


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#5 鉄華団

 乾いた銃声が一つ、狭い室内に響き渡った。

 

「団長さん、この人は殺して良いんですよね?」

「そういうのは撃つ前に訊けって……だが、そうだな、コイツは殺していいやつだ」

 

 ワインレッドのスーツを着込んだ青年と、学生服に似た装いの少女がいた。どちらもソファに腰かけ、まるで世間話でもするかのように恐ろしい会話を交わしている。少女の手には硝煙を燻ぶらせる拳銃が握られているから、先の銃声は彼女が発砲した時のものだろう。

 その真逆に、足を撃ちぬかれた痛みで呻いているのは年老いた男性であった。青年らと向かい合って座る彼は顔面を蒼白にさせて、今にも世界が終わりそうな悲痛な顔で青年へと命乞いをする。

 

「ま、待て、助けてくれ……! 君たちには悪いことをしたと思っている、だから──」

「何言ってやがる。今更んな命乞い通るとでも思ってんのか、アンタ?」

 

 とても若輩とは思えない威圧感を発する青年──オルガ・イツカは老人を睨みつけた。それだけで蛇に睨まれた蛙のように、老人は声を失ってしまう。

 

「合計三十二人、何の数字か分かるか?」

「は……?」

「お前が襲わせたアドモス商会の採掘プラントで死んだ人間の数だ。なんの罪も謂れもねぇ一般人をこんだけ殺しといて、自分は助けてもらえるたぁお笑い種だな」

「そ、それは、その……」

「しかもその動機が『若輩者たちの会社に年長の自分が追い越されるのが悔しかったから』とは、とんだ糞野郎じゃねぇか。アンタ、会社の経営なんて向いてなかったんじゃないのか?」

「……この、言わせておけば!」

 

 蒼白だった顔面を怒りで紅潮させた老人は、素早く右手を懐に入れようとして──乾いた銃声が、また一つ響いた。

 正確に狙い打たれたのは右手の甲、そのせいで老人は手に取ろうとした銃を反射的に取り落としてしまう。

 

「いい仕事だなジゼル。こうなるって読んでたのか?」

「はい。この手の人間は、油断させて一矢報いるのが常套手段ですので」

 

 微かに楽し気にしながら、ジゼルは老人が取り落とした銃を回収した。これで本当に老人は丸腰で、さっきまで赤かった顔は先ほど以上に蒼白となってしまっている。もはやどうしようもない、ただの弱者に過ぎなくなったのだ。

 

「さてと、それじゃあアンタには死んで落とし前をつけてもらうとするか」

「か、考えなおせ! わしを殺せば殺人になるんだぞ! そんなこと、ギャラルホルンが黙っているわけ──」

「おいおい、俺らが何の対策も無しにここに来るとでも? んなこた当然織り込み済みだ。大変だったんだぜ、ギャラルホルンに恩を売っておくのは。おかげで海賊団を二つも潰す羽目になっちまった」

「なぁ……!?」

 

 もはや逆転の目は万に一つもないと悟ってしまい、いよいよ老人の顔に絶望が浮かぶ。それでも何とか生にしがみつこうと涙を流して、みっともなく命乞いを繰り返す。

 その滑稽で無様な姿を見てオルガの胸中に浮かんだのは、なんとも言えない胸糞の悪さだけ。受けて当然の報いと思う一方で、哀れを催す老人を見て笑うこともできなかったのだ。

 

「因果応報って言えばその通りなんだがな……」

「団長さん?」

「いや、何でもねぇ。そんじゃ、三か月分の()()()()の締めくくりだ。コイツの事はアンタの好きにしてくれて構わねぇよ」

「ありがとうございます。後片付けの心配もせずに好きなだけ殺せるなんて、本当にここは良い職場ですね」

「……そうかい。じゃ、終わったら呼んでくれ」

 

 ソファから立ち上がり、出口へと歩いていく。背中からはさらに死に物狂いで助けを希う老人の声が追いかけてきたが、オルガは一切歩みを止めなかった。止まってしまえば、きっと同情してしまうから。

 聞こえてくるのだ。少女の皮を被った悪魔の、純粋で恐ろしい悪意の言葉が。間違いなく笑っているのだろう。その様子がありありと思い浮かんでしまうのだ。

 

「では、あなたが積み上げた全てを破壊させてくださいね。大丈夫、すぐに終わりますよ」

「やめろ、止めろ、止めてくれ……! 嫌だ、わしは死にたくない、こんなところで終わりたくない……!」

 

 ──それら全てを振り払うように、オルガは部屋の扉を閉めた。

 

 ◇

 

 問題児という表現すら生温い異端児、ジゼル・アルムフェルト。彼女が鉄華団に加入してから、既に三か月が経過していた。驚くほどにマイペースな性格と猟奇的な嗜好を持つ彼女ではあるが、事情を知る大方の予想に反して至極真面目に業務に取り組んでいる。

 

「ジゼルさん、この書類の審査お願いします」

「分かりました」

「すみません、こっちの会計報告なんですが、数字が合っているか確認してもらえますか?」

「了解です」

「模擬戦の相手なんですけど、ちょうど三日月さん達が空いてないので代役を──」

「任せてください」

 

 鉄華団に加入して最初の数日は研修を受けつつ現代知識を吸収したジゼルは、それ以降新入りとは思えない程に忙しい日々を送っていた。

 朝から昼にかけて書類仕事を片付け、夕方までは事務仕事全般の手伝いを任され、夜は一人で鍛錬にいそしみ、貴重な休み時間すら日によってはMS隊の訓練相手として引っ張り出される毎日だ。

 そんな殺人的な仕事量をこなすこと実に三か月、誰もが『新入りにやらせる仕事量じゃないだろ』と感じていたのだが、ジゼルは何一つ文句をこぼさず淡々と業務をこなしているのだった。

 

「真面目っつうか、ありゃちょいと働きすぎじゃないのか? 事務仕事とは言えほとんど働き詰めじゃねぇか」

 

 コーンミールで出来た粥にスプーンを突っ込みながら、実働一番隊隊長ノルバ・シノはそう評価した。明るく楽天的な性格の彼は鉄華団のムードメーカーであり、また面倒見も良いため案外と団員の様子をよく見ている。今の言葉も、そんな彼だからこそ漏れたものだろう。

 

「仕方ないだろ、鉄華団の事務担当はまだ片手で足りる人数しか居ねぇんだから。デクスターさんやメリビットさん、それに認めたかねぇがジゼルが死ぬ気で業務回してくれてるから何とかなってるだけだ。地球支部だって出来た以上、これまでより遥かにのしかかる負担はでけぇ」

 

 シノと向き合い遅めの晩飯に手を付けているのは、鉄華団副団長のユージンであった。彼は憂鬱そうにスープをすすると、重いため息をついてしまう。

 

 夕食を食べるには少しばかり遅い時間、広い食堂にはユージンとシノの二人の他には誰の影もなかった。だが厨房の方からは水を流す音が聞こえてきているから、きっと食事係のアトラはまだ残っているのだろう。

 どうしてこの二人がこうも遅い時間に夕食をとっているかといえば、単純にやるべき業務が多いからに他ならない。急激に成長した鉄華団でそれなり以上の立場にある彼らは、他の者よりこなすべき責務は多岐に渡るのだ。

 

「肝心要のオルガはやっと社長として一端になってきたところだし、俺は悔しいがまだまだ勉強中だ。そんな中でそれなりに基礎の出来てる奴がポンと事務に入れば、そりゃあ重宝されもする」

「そういうもんか」

「そういうもんだよ。ったく、あれでもうちょいマシな人間性なら手放しで喜べたんだがなぁ……」

 

 認めるのは癪だが、確かにリスクを負ってまで雇っただけの価値をジゼルは示している。それだけに苦々しく呟くユージン。彼の脳裏には、三か月も前の臨時面接の印象がことさら強く焼き付いているのだ。

 自らの異常性を告白した際のうっとりとした笑み、傍から見れば美しいその表情の裏には抑えきれない醜悪な願望が潜んでいて──

 

「なんだったか、人殺しが好きとか言ったんだよなぁ? あんな虫も殺せなさそうなお嬢さんがかー……本当なのか?」

「マジだよマジ。お前も一緒にあの場にいたなら、絶対に”コイツはまずい”って確信する。つーかあんまりその話広めんなよな。うっかり年少組にでも知られたら面倒な騒ぎになる」

「分かってるって。お前にも口酸っぱくして言われたからな」

 

 殺人をしたことのある人間なら幾らでもいる鉄華団でも、その行為自体に快楽を見出す人間は居ない。だからこそ、ジゼルの本性については一部の人間以外には秘匿されているのだ。

 どれだけ本人が無害を訴えようとも、得体のしれない人間はそれだけで警戒を招き無用な混乱を引き起こす。ましてや人殺しが趣味の人間だなんて、常識的に考えてお近づきにはなりたくない人種だろう。

 

 ちなみに、彼女の正体もまた隠ぺいされている。表向きには壊滅した傭兵団の生き残りで、行き場に困っていたところをテイワズの推薦により鉄華団へとやって来たという設定だ。ジゼルの元軍属という来歴もあって、今のところそうそう疑われてはいない。

 

「あんまり姿形だけ見て絆されんなよ。アイツは俺たちとは違う世界を生きてる、一種の怪物だ。うっかり武器でも何でも渡せば取り返しのつかないことになるかもしんねぇ」

「でもよぉ、今日だって例のフェニクスでMS隊の模擬戦闘に付き合ってもらったぞ。俺としちゃあ助かったけど、良かったのか?」

「あんまし良くないんだがなぁ……だけど助かってるのも確かだし、腕が立つのも事実だ。ホントに扱いづらい奴だよ」

 

 鉄華団においてジゼルは銃器などを所持することを原則禁じられており、さらに言えば刃物や凶器になりかねないものの所持すら禁止されている。それだけ徹底的に彼女を縛っているにも関わらず、最も危険なMSの操縦は許可してしまっているのだからやりきれない。

 もちろんユージンだって理解している。彼女は貴重な戦力であり、せっかくのガンダム・フレームを遊ばせておくのも勿体ない話だと。だけどそれとこれとは別だからこそ困っているのであって……

 

「オルガもオルガで、アイツの仕事内容と案外律儀な性格は完全に信用しちまってるからな。だからせめて副団長の俺だけはジゼルを見張っておかないと、いざって時に取り返しがつかない」

「言うじゃねぇか、さすがは副団長ってやつだな」

「よせよシノ」

 

 照れくさくなったユージンが頭を掻いたその時だった。

 

「すみません、まだご飯ありますか?」

 

 平坦で感情を感じさせない少女の声が聞こえてきた。ユージンとシノが振り返ると、いつの間にかカウンターの方に赤銀の髪の少女が立っていた。白と黒を基調にしたシャツとミニスカートに、黒いタイツと青いネクタイが特徴的な服装は、この三か月ですっかり見慣れたジゼルの装いだ。

 彼女はカウンターでサンドイッチが二つ乗ったトレイを貰うと、スタスタと別のテーブルに座ろうとする。ユージンとしても彼女と必要以上に仲良くなる気も無かったから、むしろありがたいばかりだ。

 しかし、

 

「おーい、こっち座ったらどうよ? せっかくの飯なんだ、みんなで食った方が美味いぜ!」

「あっ、おいシノ!?」

「なら、そうさせてもらいますね、ノルバ・シノさん」

 

 慌ててたしなめるユージンだが既に遅く、シノの声かけによってジゼルはやって来てしまっていた。しかもよりによって、ユージンの隣である。思わず「うげっ」と変な声が漏れたが、ジゼルは一向に気にした様子もない。早速山盛りのサンドイッチの一つにかぶりついていた。

 

「なに考えてやがるシノ!?」

「良いじゃねぇか別によ。せっかくの機会なんだ、ちょいと話してみんのもありだろ?」

「ったく、また勝手なことしやがって……」

 

 小さくそんなやり取りをして、仕方なくユージンは腹を括る。気は進まないが仕方ない。こうなればもう、話すだけ話してみる他ないだろう。

 さりとて何から話せばよいのか咄嗟には見つからず、シノに「何とかしろ」と目配せをすれば目線で「任せておけ」と返されたので、まずは成り行きを見守ることにしたユージンだった。

 

「前々から気になってたんだけどよぉ、どうしていつも辛いもんばっか食ってんだ? それ、ぶっちゃけ俺でも食えそうにないんだけど……」

 

 言い淀みながらシノが指さしたのは、ジゼルの持ってきたトレイに乗っている料理だ。トマトにレタスにベーコンというなんとも食欲をそそる一品だが、やはりというべきか赤い。しかもこれまた鼻にくるような刺激的な香りが漂っていて、否が応でも劇物だと認識してしまう。

 

「阿頼耶識システムの弊害です。ジゼルの味覚と、それから嗅覚は通常ほとんど機能していませんから、これくらいないと認識できないのですよ」

「あー、つまり三日月と同じような現象か……そいつは悪いことを訊いたな」

「いえ、構いません。辛い物は元から好きですので」

「そいつは治らないもんなのか? ほら、今度フェニクスの本格的なオーバーホールがてら『歳星』に行くんだろ? 昔の阿頼耶識なら俺らと違う所もあんだろうし、そこで医者に掛かってみんのも──」

「覚えていたら行ってみます」

 

 シノの厚意から来た言葉は、遮るようににべもなく一蹴されてしまった。こりゃ確実に覚えてねぇし行く気もないな、そんなことをユージンは考えてしまう。たぶん、間違ってないだろう。

 結局彼は困り顔で「こりゃ無理かも、バトンタッチ!」と暗に伝えてきたから、仕方なくユージンが話を引き継ぐ。割とあっさり無言の意思疎通が出来るのも、それだけ二人の仲が良い証左と言えよう。

 

「それはそうと、俺としてもアンタに訊いてみたいことがあんだよ」

「おや、なんでしょうか?」

「なんでアンタみたいな破綻者が大人しくここで働いているのかって事だよ。裏でなんか企んでいる訳じゃねぇよな?」

「企んでいると言われましても……お金やボーナスは貰ってますので、その分の仕事をしているだけですよ。せっかく良い職場を得たのですから、享楽的な衝動で放り出したりはしません」

 

 どうにも感情が読み取りづらいが、それでも本心で言っているらしいことは伝わってくる。確かに彼女は、少なくとも鉄華団で大惨事を引き起こすつもりはないらしい。そうでなければこの三か月でもっと本性を曝け出していたことだろう。

 ただ、気になることはあった。

 

「ボーナスってのはまさか──」

「この前潰したという海賊の捕虜と、どっかの商会のご老体の命です。団長さんとの取り決めですので」

「……全員殺したってことか」

「何か不都合でも?」

 

 無い。不都合など全くない。彼女が始末したのはあくまでも鉄華団の敵か、世間を荒らす悪党たちである。そのような者たちがいくら死んだところで、ユージンにとっては微塵も気にかかることではないはずだ。

 なのにどうしてか反感を抱いてしまうのは、やはり彼女の中身が殺人鬼であると知っている故か。この場で道理が通らないのはむしろユージンの方という自覚はあっても、不信感ばかりは拭えない。

 

「本当は、海賊退治にも行きたかったのですがね。事務仕事を優先してくれと団長さんに言われてしまえば是非もありません」

 

 さぞや残念そうに「いいなぁ、きっとたくさん殺せたんだろうなぁ」と呟いて、ジゼルはサンドイッチの山に手を伸ばした。どろりとした激辛のソースはどことなく血を連想させて、思わずユージンは目を逸らす。

 

「やっぱアンタのこと、俺には理解できねぇよ」

「ま、それならそれでいいんじゃねぇのか?」

 

 ユージンが吐き捨てたその時、不意に場違いなほど明るい声が響いた。

 シノであった。

 

「悪ぃが、俺にもお前の感性はさっぱり分からねぇ。俺はその海賊退治に出てきた口だが、全く楽しいなんて思わなかったしな。むしろ、どんな奴だろうが人の命を奪うことが怖ぇくらいだ」

「シノ、お前……」

「だけどそれを頭ごなしに否定する気もねぇよ。好きなことなんざ人それぞれなんだから、部外者がごちゃごちゃ言っても仕方ねぇ。重要なのは、それを知った上でどう接するかだ。違うか?」

「どうした、なんか悪いもんでも食ったのか!? すげぇマトモなこと言ってる気がすんぞ!」

「馬鹿にすんな、俺だってこんくらい言えるっての!」

 

 驚きと感心と揶揄いがない混ぜになったような心境のまま、「で、どうすんだよ」と好奇心に任せてユージンは訊いてみる。もしかすれば、思いもよらない妙案でも閃いているのかもしれない。心なしか、ジゼルもまたシノに注目しているように思えた。

 

「つまりだ、お互いもっと相手の事を知ってみればいい。一面だけ見りゃ訳わかんねぇ相手だろうと、違った良い面もあるかもしんねぇからな」

「ほーん、それで?」

「まずは互いの趣味を話し合って、そっから共通の話題を見つけて、段々と良い雰囲気になったところで互いの気持ちを確認し合い──」

「……おいちょっと待てシノ」

 

 次第に話の方向性が行方不明になっている気がする。勢いのままに口を回すシノの言葉は徐々に理解するより男女のお付き合いといった方向へシフトチェンジしていて……そこはかとない不安がユージンを襲う。

 隣にちらっと目をやる。するとやっぱり心なしだが、いつの間かジゼルの視線も冷たくなっている気がした。

 

「そう、つまりは()()()()()()()になって見りゃ良いんじゃないかってことだ!」

「馬ッ鹿かお前!? それを本人の前で言うアホがどこにいんだ! つーかこの女だけは止めとけ、マジで止めろ本当に。ぜってぇお前の手に負えるような奴じゃないからな!」

「えー、んなこと言われてもよぉ、ようやく俺たちと同年代の女の子が鉄華団に入ったんだぜ? これで我慢する方が無理ってもんだろ」

「だから容貌に絆されんなって言っただろ! ったく、お前にちょっとでも期待した俺が馬鹿だったよ」

「悪ぃ悪ぃ、物は試しって奴だよ」

 

 仲間内でもかなり女性関係に飢えているシノだから、こうなるのもある意味お約束とでも言うべきだろうか。まさかこうまで節操無しというか、勢いで押そうとするとは思いもしなかったが。

 それとも、これでもシノなりに色々考えた末の結論だったのか。だとすれば言い過ぎたかもしれない、そんなことを考えていたところで、「ご馳走様でした」という声に思考を元へと戻された。気づけば、ジゼルのトレイは既に空だ。いつの間にか全部食べ終えていたらしい。

 

「おっ、もう食べ終わったのか、早いな」

「ええ。ここのご飯はいつも美味しいので」

「そりゃあなんつったってアトラの作ってくれる飯だからな。味は保証されているようなもんだ」

 

 あんだけ辛味増しましだと最早関係ないのでは? とはさすがにユージンも言わなかった。

 

「それでは、お先に失礼しますね」

「ちょっと待て」

「まだ何か?」

「そう時間は取らせねぇ。ただ、はっきりさせておくことがあるだけだ」

 

 席を立ったジゼルに倣って、ユージンも立ち上がる。ちょうどジゼルを見下ろす態勢だ。

 彼女の金の瞳と目線が合う。吸い込まれそうなそれは見下ろしているはずなのに試されているかのようで、それでもユージンははっきりと告げた。

 

「他の誰がアンタを信用しようと、俺だけはアンタを信用しない。それが副団長たる俺の務めだからな。もしアンタがどうしても我慢できなくなった時は、まず俺のところに来い」

「……良い人ですね、あなたは。だけど残念、それはできません」

「はぁ、そいつはどういうことだ?」

 

 真正面から非難してきた相手を褒めるのも意味不明だし、出来ないと言われてしまったのも不可思議だ。

 そんなユージンの疑問を前に、ジゼルは微笑を唇に浮かべた。妖艶な、人を喰ったような笑み。

 

「団長さんも、あの日に全く同じことを言っていましたよ。『どうしても我慢できなければ、まず俺のところに来い』って。だからあなたのところに行く前に、まず彼のところに行かなければなりませんね」

「……はっ、上等じゃねぇか。んなことやらせると思うなよ」

「肝に銘じましょう、ユージン・セブンスターク副団長さん。では、お先に」

 

 トレイを下げて今度こそ食堂から出ていこうとするジゼルを、ユージンとシノは静かに見送る。だけど最後に彼女は足を止めると、振り向き様にこう言った。

 

「ジゼルの趣味は人殺しですが、ハーモニカやフルートを吹くことも好きですよ」

 

 それだけ言い残して、彼女は廊下へと消えていった。後に残されたのはユージンとシノ、それに食べかけの夕食だけだ。たぶん、すっかり冷めてしまっていることだろう。せっかく作ってくれたアトラには申し訳ないばかりである。

 ひとまずユージンが座りなおしたところで、シノが深刻そうな小声で耳打ちしてきた。

 

「……なぁ、フルートってなんだ? リンゴとかオレンジの事か?」

「……そりゃフルーツだろ、馬鹿」

 

 訂正しつつ口に運んだ飯は、やはり冷えてしまっていた。

 




個人的にですが、ユージンはオルフェンズの中でもかなり好きなキャラです。なのでちょっとだけ出番が多めになってしまいました。
ひとまず鉄華団でのジゼルの立ち位置と、どうやって彼女の本性と折り合いをつけているかの話でした。


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#6 純粋なる悪魔

 まず大前提として、鉄華団は『テイワズ』と呼ばれる巨大組織の傘下に収まっている。

 このテイワズ、木星圏を拠点としている巨大コングロマリットの一つであるのだが、ただの大企業という訳では断じてない。その実態はマフィアに近いとも噂され、実質的に世界を牛耳るだけの力を持つ『ギャラルホルン』でさえも迂闊には手を出せないだけの技術、並びに軍事力を持っているのだ。

 

 そんなテイワズの下部組織は複数あるが、その中でも有名なのは三つだ。まず一つはテイワズのナンバー2率いる商業組織『JPTトラスト』であり、さらにもう一つは重工業部門を管理する『エウロ・エレクトロニクス』である。そして最後に鉄華団とも関わりの深い巨大輸送組織、『タービンズ』が存在するのであった。

 

 ◇

 

 暗黒の宇宙空間を、一羽の猛禽が駆けていた。鋼の肉体を身に纏い、オイルで出来た血潮を通わせたその猛禽は、赤と金の残像を残して自由自在に飛び回る。辺りを漂う小惑星をある時は躱し、またある時は足場にして利用して方向を変えるその動きは、まさしく変幻自在という他ない。

 そして猛禽の駆けた後には、食い散らされて漂う無数の残骸だけが残る。白や緑、オレンジが混ざるそれらはすべて破壊されたMSたちのもの。

 見るも無残なその様は、猛禽(フェニクス)の猛攻ぶりを如実に表しているのだった。

 

「いやぁ、こりゃ凄まじいじゃないか。うちのラフタも高機動MSを乗りこなしてはいるが、ここまでとなると自信がねぇ。こいつはとんだ拾い物──いや、掘り出し物をしたもんじゃないか、なぁ兄弟?」

 

 タービンズの母艦『ハンマーヘッド』のブリッジで、リーダーである名瀬・タービンはにやりと笑う。視線の先にあるモニターに映し出されているのは、今もなお敵を駆逐しているフェニクスの姿である。その容赦も情けもない圧倒的な蹂躙劇を前に、どことなく上機嫌にも見えた。

 そんな名瀬の手元には、リアルタイムで火星と繋がっている小型モニターがある。そこには笑っているような、はたまた困っているような、どうにも曖昧な表情を浮かべているオルガが映っているのだった。

 

『確かにそうとも言えますがね……これが中々、気苦労の多い奴でして』

「いいじゃねぇか、女なんて面倒を見てなんぼってもんだぜ。それも男の甲斐性ってもんだ」

『甲斐性っていう話でも無くて……なんつったら良いのか、すげぇ手間のかかる女なんすよ』

「そりゃますます燃えてくる話だな。男なら気張ってみろよ、オルガ」

『兄貴、冗談で言ってるんじゃないんすよ 』

「おっと、悪い悪い」

 

 どうやら、弟分は世話の焼ける少女に手を焼かされているらしい。それを揶揄(からか)うのも名瀬としては楽しかったのだが、さすがにしかめっ面を返されてしまえば切り上げる他なかった。こんな下らない冗談でギスギスした関係になっても笑えない。

 それに名瀬としても、本題は当然別にあるのだから。

 

「まずは礼を言わせてもらうぜ。鉄華団(そっち)が戦力を貸してくれたおかげで、こっちのゴタゴタも思ったよりだいぶ手早く片付きそうだ。ありがとよ」

『礼を言われる程のもんじゃありません。戦力と言ってもフェニクス一機だけですし、それだってちょうどタイミングが合っただけですから』

「まあまあ、そう謙遜しなさんな。こっちが助かってんのは事実なんだし、礼の一つくらい受け取っとけよ」

『はぁ……まぁそういうことならありがたく』

 

 普段は鉄華団団長を立派に務めるオルガの腰が低めなのは、やはり相手が名瀬であるからだろう。同じテイワズの直系組織として、現在はどちらが上も下も無い。しかし少し前まで名瀬はオルガの兄貴分として盃を交わしていた仲であり、オルガにとっては今でも名瀬という大人物は兄貴と呼び慕うに相応しい人物であるのだ。

 だから彼からすれば、弟分が兄貴に手を貸すのは当然のことだという認識が抜けていないのだろう。やはりその辺りはまだまだ子供っぽい所もあって、名瀬からすればいっそう信頼に足るのであった。

 

『にしても、天下のタービンズに喧嘩を売るなんてどこの馬鹿なんすか? バックのテイワズを知らないわけじゃあるまいし……』

「天下とまではちと言いすぎだが、まあそうだな、ちょいと前に取引先と小競り合いになっちまってな。そん時はこっちのミスもあったから素直に頭下げて引き下がったんだが、奴さん何を勘違いしたのかこっちに絡んでくるようにまでなっちまってよ」

『それでタービンズが軽くお灸を据えたら、今度は逆恨みして武力行使に出てきたって感じですかね?』

「おう、大正解だ。しかも馬鹿のくせして勘違いできるだけの武力を備えた面倒な奴でな、ちょいとタービンズ(おれたち)だけじゃ面倒だと思ってたところなんだよ。だからフェニクスを借り受けられたのは渡りに船だったのさ」

 

 再び名瀬はブリッジのモニターへ視線をやった。まだ接敵してから十分経ったくらいか。だというのに映し出された底なしの宇宙空間に広がっているのは、丁寧にコクピットが潰された敵MSの山々である。どれもこれもフェニクスが単騎でもたらした戦果。しかもそれだけやってまだ暴れ足りないのか、奥に見える敵母艦にまで突貫していく始末だ。

 名瀬も事前にフェニクスを駆る少女、ジゼルについて話は聞いていた。だが実際に目の当たりにしてみると、頼もしさばかりか空恐ろしい気持ちまで引き起こされてしまう。それくらい、圧倒的な蹂躙劇。

 

 ──元々、フェニクスは本格的な全面改修(オーバーホール)の為に三週間ほど前から歳星へと運び込まれていた。発掘されてから鉄華団でも少しづつ改修は行われていたのだが、とうとう限界が来てしまったのだ。

 それで歳星でのオーバーホールが終わったのがつい三日前。いよいよ火星に帰ろうというところで、ちょうど歳星にやって来ていたタービンズが一枚噛んできた。”火星まで輸送品と一緒に載せてく代わりに、戦力として貸し出して欲しい”、と。

 

 当然ながらオルガは快諾、生粋の殺人鬼(ナチュラルボーンキラー)たるジゼルも戦闘がほぼ確実に起こると言われて乗らないはずもなく。こうして誰もが納得する形で、タービンズとフェニクスの共闘は成立したのだ。

 

『というか兄貴、割と今更なんですけどそっち戦闘中なんすよね? こんな呑気に俺なんかと話してて大丈夫っすか?』

「全く問題ないな。つーか退屈すぎて欠伸が出そうってくらいだ。アミダもラフタもアジーも、今頃MS内で寝ちまいそうになってんじゃねぇのかってくらい余裕なもんでさ」

『それなら良いんすけど……』

「ちゃんとジゼルの嬢ちゃんとフェニクスは送り届けてやるから、そう心配しなさんな。いや、むしろこのままだと俺らが守られる側なのか?」

 

 こりゃ手間が省けていい、そう言って笑う名瀬であった。オルガは苦笑を返すほかない。

 だが次の瞬間、名瀬の顔つきが変わった。さっきまでの笑いの残滓は一切なく、射貫くような目をオルガへと向けている。モニター越しだというのに、オルガはまるですべてを心の底まで覗かれてしまっているかのように感じてしまう。

 

「さてと、冗談は置いといてだ。頼まれてた件、データ送っといたがちゃんと読んだか?」

『ええ、大丈夫です。すんません、兄貴にこんなことさせて』

「別に調べたのは俺じゃないし、こんくらいの頼みなら何てこたねぇよ。テイワズに残っていたフェニクスのデータ、読んだならそれでいい」

 

 ギャラルホルンでも迂闊に手を出せないとされる巨大組織テイワズだけあって、データベースには多岐に渡る情報が収められている。その中には三百年前に起きた厄祭戦の情報と共に、ガンダム・フレームについての情報すら断片的にだが存在するのだ。

 そう、オルガが名瀬に頼んでいたのは他でもない、かつてのフェニクスのデータ収集であったのだ。

 

『正式型番はASW-G-37 GUNDAM PHOENIX(ガンダム・フェニクス)。背部の巨大スラスターによる他の機体を凌駕した機動力と、腰部に取り付けられた現代では再現不可能なテイルブレードが特徴的。だけど最も印象的なのは──』

「……いやはや、俺も最初にこれを見たときはちょいと正確性を疑ったね。そりゃあ厄祭戦は惑星間規模っていう馬鹿でかい戦争だったらしいが、だからって()()()()()()()()()()()()なんざアホらしいにも程があるだろ」

 

 MS戦から軍事施設制圧まで全てをひっくるめたフェニクスの殺害数(キルスコア)──狂気の十六万四千七百六十八人にまで上る。性質の悪い冗談が紛れ込んだと思う方が、まだ信じられる数字だ。いくらMSを操って残した結果とはいえ、たかが個人がそれだけの数を殺すなど可能なのか? 普通は無理だ。肉体的にも、精神的にも、倫理的にも、およそありとあらゆる観点で人の心はその負荷に耐えられない。

 

 故に名瀬の疑いも一般的に見れば真っ当に正しいもの。だけど、オルガはかぶりを振って否定した。

 

『常識的に考えれば確かにそうっすね……でも、ジゼルを見たらそれも違ってくる。アイツならやりかねない、そう思えてくるんすよ』

「……ああ、俺も今は同感だな。フェニクスの戦いぶりを見てると、なんつぅか、喜んで人を殺してるって雰囲気がヒシヒシと伝わってくるんだよ。コイツはとんでもない怪物だぜ」

 

 一度、名瀬もジゼルと顔合わせは行っている。その時に感じた印象は、ふわふわとした掴みどころのない少女。およそ戦いには似つかわしくない、どこかで深窓の令嬢でもやっている方がよほどお似合いの雰囲気であった。

 しかし、そんな甘えた感想はもはや微塵も抱けない。人の心ではとても図れない怪物を前にして、人の杓子定規を当てはめることが何になるというのか。

 

「兄貴分としちゃあ、こんな危険人物を傍に置くのは反対なんだが……そこんとこはどうなんだオルガ?」

『俺としては、このままアイツには鉄華団で働いてもらうつもりです』

「へぇ、即決だな」

 

 はっきり言えば意外だった。殺人狂いというだけでも敬遠しがちなのに、具体的に驚異的な殺害数を知ってしまった以上、もはやオルガはジゼルを鉄華団から追放するだろうと踏んでいたのだ。

 

「だが良いのか? お前たちが目指している”上がり”と、あの嬢ちゃんが望む未来は致命的に違うぞ。いつかその齟齬が、取り返しのつかないことになるかもしんねぇ」

『承知の上です。そのうえで俺はアイツを必要としていますから』

「ほう、その意図は?」

『目指す結果が違っても、俺たちとアイツは同じ方向を向いているからです。俺たちがゴールに辿り着くまでの過程には、結局どう足掻いてもアイツが求めてやまない戦場が付きまとうんすよ。なら、最初から多少のリスクを呑んででも味方に居てもらった方が良い』

 

 それに、とオルガはさらに言葉を重ねる。

 

『これまでは家族だった鉄華団に、全く価値観や雰囲気の違う人物が入ってくる。これは変化の呼び水です。現に昭弘はこれまでよりも鍛錬に精を出してますし、ユージンに至ってはここしばらく別人かってくらいに努力を重ねてるんです。こいつはジゼルを加入させなければ起きなかった事態でしょう』

「なるほど、マイナスに振り切れた人物でもプラスに働くことはあると。そいつぁ確かにその通りだな。分かった、俺はもう何も言わん。せいぜい上手くあの嬢ちゃんの手綱を握っておけよ」

『はい!』

 

 威勢の良い返事を聞いて名瀬がふっ、と笑う。どうやらオルガは、なんだかんだすっかり彼女のことを気に入ってしまったらしい。

 こうなればもう、後はジゼル・アルムフェルトの()()()()()()()。恩や義理を大事にするらしい彼女が、自身の欲望の為に策を巡らせ鉄華団を闘争の道に引きずり込むかどうかは……名瀬の見立てでは五分五分といったところだ。微妙に分の悪い賭けと言っても良い

 とはいえ、それらがどう転ぶかも現状では全く分からない。この世の中、予想外な行動が奇想天外な結末を生み出すことも多々あるのだ。あるいは鉄華団にとってのジゼルというのは、そういった存在であるのかもしれなかった。

 

 そんなことを名瀬が考えている内に、ブリッジのモニターではちょうどフェニクスが敵艦の火器とエンジンを潰し終えたところだった。木偶の坊となった敵艦から、情けない降伏信号が送られる。

 

「さてと、そんな話をしてる内に戦闘も終了したみたいだ。ちょいとこっからは事後処理があるから、いったんここで切らせてもらうぜ」

『わかりました。そんじゃ、お元気で』

「おう、じゃあな」

 

 オルガとの通信を切ってから、名瀬は座席から立ち上がろうとして思いとどまる。代わりに手早く手元の通信機をもう一度操作して、帰還中のフェニクスへと画面を繋いだ。

 小画面に映し出されたジゼルの顔は、頬を紅潮させて非常に上機嫌そうである。

 

「よう、気分はどうだい?」

『最高です。フェニクスでこれだけの人を殺したのは久しぶりですよ』

「そりゃ、こっちから見ても随分な暴れっぷりだったからなぁ」

『どうせなら母艦も潰したかったですがね』

「向上心の高いことで」

 

 あれだけ暴れてもまだ満足しきっていないとは。つくづく途轍もない少女であると痛感してしまう。

 しかし、そんなことを確認するためにわざわざ通信を繋いだのではない。

 

「兄貴分として聞いときたいんだが、鉄華団には満足してるかい?」

『今のところ大満足です。しっかり働けば、しっかり報いてくれる。良いことですよ』

「そいつは良かった。アンタも中々業が深いし、もっと不満でも抱えているかと思ってたよ」

『不満ですか。ジゼル、考えたことも無かったです。団長さんはちゃんとお給料とボーナスと戦場をくれてますから。あの人が与えてくれる限り、ジゼルもまた対価を払います』

「そうか、なら良いんだ。わざわざすまないな」

 

 もし何か不満があれば、どこかで暴発しない内に名瀬が出来る範囲で発散させようと考えていた。兄貴分としてそれくらいの手伝いはしても良いだろ。それをこのタイミングで訊いたのは、精神が昂揚して素が出やすいと考えたからなのだが……それでも何も無かった。

 むしろ、予想外に律儀な面まで飛び出してくるではないか。いや、いっそ約束に対して純粋と言い換えても良いのかもしれない。

 

 ──契約をした相手に、相応の対価を支払う存在。それはつまり、悪魔と呼ぶべき存在だ。つまり鉄華団は、文字通りに悪魔との契約を交わしたことになるのだろう。

 

『でも、しいて言うならば……』

「なんだ?」

『──地球には、もう一度くらい行ってみたいですね』

 



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#7 きっかけ

今回、厄祭戦についての独自解釈が多分に含まれております。


 それは、年少組の誰かが放った何気ない言葉が発端だった。

 

「事務方のジゼルさんってMSも結構強いらしいけど、三日月さんたちと比べるとどれくらい強いんだろう?」

 

 少年たちの関心を集めるものと言えば、やはりカッコよさである。いつの時代、どのような場所であろうとも、この大原則だけは普遍的だ。火星であろうと例外とはなりえない。

 そして、少年兵たちのカッコよさの基準とは、これまたやはり強さなのである。とりわけMSの操縦技術というのはこれ以上ない強さの証明ともなり、鉄華団のMSパイロットはいつだって彼らの尊敬の的となるのだ。

 

 では、鉄華団で最も強いMSパイロットとは? これはおそらく、満場一致で三日月・オーガスと返されることだろう。本格的に鉄華団の悪魔と呼ばれ始めたその実力、伊達ではない。

 その次に強いMSパイロットは? これもきっと、大多数が昭弘・アルトランドと答えるはずだ。グシオンリベイクを駆る彼の豪快な強さは、やはり折り紙付きである。

 続く三番目に隊長を務めるノルバ・シノがエントリーし、そこから先はおおよそ同じだけの実力が並ぶから割愛するとして。

 

 鉄華団が誇るMSパイロットの三強は、この三人と決まっていた。そこに異論はありはしない。

 なのだが、ここに一石が投じられる事となる。半年前に電撃的に鉄華団へ参入したジゼル・アルムフェルトという少女。普段は淡々と事務方をこなしている彼女であるが、MSに乗らせてみるとこれが中々手強い相手に早変わりだ。実戦で活躍する姿こそ見たことないが、たまに付き合ってもらう模擬戦では圧倒的な実力差を少年たちに示し続けている。

 

「なぁなぁ、お前はどう思うよ。ジゼルさんが三日月さんや昭弘さん、それにシノさんと戦ったらどうなるのか気にならないか?」

「おっ、確かに気になるなそれ! オルガ団長なら知ってるかな?」

「じゃあ俺は三日月さんとこ行ってくる!」

「俺はジゼルさんとこ!」

 

 そこで、冒頭の言葉へと戻ってくるのだ。強さに目のない少年たちからすれば、思いのほかに腕の立つ新入りがどれだけ強いのか気になるのは道理と言えた。しかも嘘か真かテイワズからの帰りに一組織を相手取ったとか、そんな噂すら流れ出せばもういてもたってもいられない。

 好奇心に駆られた少年たちは、答えを求めて本部内を走り回った。大胆にも団長へ訊きこみに行ったり、本人たちに直接確認するという王道を選んだり、方法は様々だ。

 

 ──こうして少年たちが抱いた疑問は鉄華団中に拡散され、三日も経った頃には誰もがそこはかとなく気にかかる話題となっていたのだった。

 

「なるほど、あの問いかけにはそんな事情があったのですね」

 

 一連の話を聞き終えて、得心がいったとばかりに頷くジゼル。それから、テーブルの上に用意されていたカレーに手を付けた。これもまた、非常に辛そうな見た目である。とても人間が食べて良いものとは思えない。

 

「なんだか知らねぇけど、いつの間にか妙なことになっちまっててな。いやぁまったく、アイツらには困ったもんだよ」

「それで俺たちを呼んだということか。確かに、興味が無いと言えば嘘になるな」

「俺も気になるかな、その話」

 

 ジゼルと同じテーブルに着いて普通のカレーを食べているのは、シノに昭弘、それに三日月だ。三人とも周囲からそれとない注目の視線を注がれているから、どこか居心地が悪そうだ。いや、三日月だけは気にすることなく自然体だったか。

 ともかく、昼食時の食堂に噂の四人が集まったのは決して偶然ではない。ここ最近の間に急速に広まった噂を確かめたシノが、どうにかこの四人を集めることに成功したのだ。それでおおよその事情を説明して、今に至るという訳である。

 

「へぇ、昭弘と三日月も気になんのか。ま、確かに誰が最強か俺も知ってみてぇ気持ちはある」

「男の人は、いつだって最強という言葉に拘りますね」

 

 三日月たちに同意を示したシノに、ジゼルはそっけなく呟く。珍しいことに、どことなく呆れた声音をしていたように思えた。

 

「お前は強さに興味がないのか、アルムフェルト?」

 

 鉄華団でジゼルのことをアルムフェルトと呼ぶのは、唯一昭弘だけである。かつての初対面においてかなり悪い印象を抱いてしまったから、あれから半年が経過した今でも相応の距離を保っているのだ。

 だが、それが逆に”こんな奴に負けてられるか”と昭弘を奮い立たせるのだから、人間どのような事がどう作用するかは計れない。この半年で昭弘の筋肉が目に見えて増えたというのは、団員間でまことしやかに囁かれる話である。

 

 さておき、そんな昭弘からの純粋な質問に対してジゼルは、

 

「ありませんよ、別に」

 

 即答で切って捨てた。本心から全くもって興味がないのか、表情すら変わらない。

 

「なんか、意外だね。アンタの事だからもっと拘ると思ったけど」

「ジゼルは最強という称号に興味などありません。あるのはただ、どうすれば──」

 

 そこで唐突に口を噤むジゼル。ちらりと周囲を見渡してから、ちょっとだけ困った雰囲気を漂わせ始めた。もちろん、この場に集った三人は彼女の細かい事情まで知っている数少ない存在だ。だから言葉に詰まったその姿に、何が言いたいのかをひとまず察した三人だった。

 おそらくジゼルの台詞の続きとは、「どうすれば効率よく人を殺せるかです」辺りが妥当だろう。だけど彼女の本性は団員の大多数に秘匿する事となっているから、人の多い昼時の食堂で大っぴらに言えることでもないのだ。

 

「むしろ、どうしてあなた方は強さに興味を持つのです? 男性にとって、最強とはそれだけ魅力的な言葉なのですか?」

 

 ひとまず仕切り直しとばかりに、今度はジゼルから疑問を振ってきた。しばし男たちは考える。だが、結論を出すまでにそう時間はかからなかった。

 

「言われてみりゃ、俺も最強だからどうこうってのはねぇわな。ただ、強けりゃ鉄華団(かぞく)を守れる。過酷な状況でもしぶとく生きていける。それで十分じゃねぇのか?」

「シノに同じだ。どうあれ強ければ強いに越したことは無いし、その果てが最強の称号だというなら悪くない」

「俺はただ、オルガの前に立つ邪魔者を吹き飛ばすだけだ。俺たちが止まらないためにも、強くなくちゃいけないから。うん、それなら最強っていうのも悪くないかな」

 

 答えは三者三様、だけど最強という言葉にあまり頓着していないのは共通していた。誰もがまず目標とする強さがあり、その果てに目的が叶うのなら最強となるのも悪くないと考えている。彼らにとって最強の称号とは、所詮は副次的なものに過ぎないのだ。

 一顧だに値しない男らしい理論は、しかしどこか()()()()()()。なんとなしにジゼルはそう感じてしまう。だからだろうか、脳裏にほんの一瞬かつての記憶がフラッシュバックする。微笑を浮かべて佇んでいる、壮年の男の姿が。

 

『男子たるもの、最強を目指せ……か。誰の言葉か知らないけど、全くもって下らないな。最強というのは、目指すものじゃない。強い想いで何かを成し遂げた時、気がつけば至っている頂だ。そこに男も女も関係ない。君にもいつか理解できる時がくるだろう、ジゼル』

 

 ──そういえば、アグニカ・カイエルも似たような事を言っていたなと。

 

 ふと、思い出したのだった。

 

「で、結局この中で一番MSの腕が立つのは誰なんだよおい? ちくしょう、すげぇ気になってきたぞ!」

「だけどよ、それってどうやって決めんだ。わざわざMSを出すわけにもいかねぇし……」

「別に良いんじゃない? オルガに事情を話せば、多少壊れるくらいにやっても大丈夫でしょ」

「……事務担当として言っておきますが、あれを直すのは整備班の皆さんです。そしてその費用を捻出するのは、ジゼルたち事務方の仕事になります。端的に言って、余計な手間を増やさないでください」

 

 子供じみた好奇心に忠実になったシノ。

 ガチムチな見た目に反して、冷静にどうすれば良いのか思案する昭弘。

 軽いノリで大事な戦力を持ち出そうとする三日月。

 そして事務方として勘弁してくれと淡々と訴えるジゼル。

 

 三者三様から四者四様と化したテーブルは議論の渦に叩き込まれ、散々衆目を浴びた果てに、最期には決着がつくことなく昼も過ぎてしまったのだった。

 ──後日、気がつけば少年たちの手により暫定的なジゼルの実力は四番目くらいとされていた。それが正しいか否かは、ジゼルのみが知ることである。

 

 ◇

 

 今度のきっかけは、オルガのふとした疑問だった。

 

「そういや、結局”厄祭戦”ってのはどんな戦争だったんだ?」

 

 良くも悪くも鉄華団にとっての劇薬であるジゼルは、思い返せば厄祭戦が終わった直後の時代からやって来た存在である。そこで残されたといういっそ意味不明な戦績は、未だオルガの脳裏に焼き付いて離れない。

 だけど、考えてみればオルガたちは厄祭戦についてほとんど何も知らないのだ。いつだったかにジゼルが述べていたMA(モビルアーマー)についても訊き損ねたし、そもそも直後の彼女に関するゴタゴタや鉄華団の業務が忙しすぎて完全に忘れていた始末である。

 

 いったいどのような泥沼の闘争があれば、十数万という人間を殺戮する羽目になるのか。純粋な好奇心もあったし、ジゼルについてより深く理解するための一助になるだろうという打算もあった。

 

「だからここは一つ、俺たちに歴史の授業でもしてもらおうとでも思ってな。なんせ厄祭戦の生き証人がいるんだ、これ以上ねぇ教師だろうよ」

「そういうことでしたら、ジゼルは構いませんよ」

 

 夜になって、業務も一段落した頃。誰もが明日を夢見て就寝する頃であるが、社長室には未だ明かりが灯っていた。

 そこに居たのは真面目な表情のオルガ、相変わらず無表情で眠そうな瞳のジゼル、そして欠伸を噛み殺したユージンの三人である。

 

「にしても、別にユージンまで来る必要はなかっただろ? こいつは単純に俺が気になったってだけの話だ。眠いんなら無理するこたねぇぞ」

「そういうわけにはいかないだろ。今の鉄華団はもう、オルガ一人が気張ればいい組織じゃねぇんだ。どんな些細な事でも、副団長である俺はお前に食らいついてく義務がある」

 

 ましてや、この女に関する事なら猶更だ──そうユージンの瞳は明確に語っていた。どれもかつてのユージンならとても思いつかないであろう、しっかりとした思慮と義務感である。その姿に家族の成長を実感し、ついオルガの口元が緩んでしまったのも仕方ないだろう。

 

「んだよ、妙にニヤニヤしやがって気持ち悪ぃ。馬鹿にしてんのか?」

「そんなわけないだろ。本当にただ嬉しかっただけさ」

「すみません、話すならどこから話せば良いですか?」

「ああ悪い、取り敢えずは厄祭戦の発端から、かいつまんで話してくれると助かる」

 

 普段通りのマイペースさを発揮したジゼルに、オルガが謝りつつ話を促した。

 

「厄祭戦とは、知っての通りに惑星間規模で発生した大戦争の事です。その発端は行き過ぎた機械文明によって生み出された、MAとされています」

「そいつは最初の面接の時にも言ってたな。確か、人だけを殺しつくす兵器だとかなんとか」

「はい。MAは激化した人間同士の争いの末に生み出された、天使の名を冠する最強の無人兵器なのです。人を効率よく殺す為だけに洗練された彼らは、最終的には実に人類の四分の一を殺したとかなんとか」

 

 小さく「実に羨ましい話です」なんて物騒な呟きが耳に届いたが、聞かなかったことにしたオルガとユージンである。

 

「人を殺す為の兵器だけあって、生身の人間ではとても彼らには敵いません。しかも彼らの中には仲間を増やす個体も居ましたから、人類は窮地に陥りました。そこで開発されたのが、あなた方も良く知るMS(モビルスーツ)です。彼らの原点とは、MAを駆逐するための兵器なのです」

「……質問だ。どうしてMSは今でも知られているし現役なのに、MAは影も形も無くなってんだ? まさかとは思うが──」

「原因はギャラルホルンなのでは? ジゼルの知る限り、彼らほど世界に影響力を持つ組織は存在しませんので。きっと情報封鎖して、MAという災厄自体を歴史から抹消したかったのかと」

「やっぱそうなんのか……つーかよく考えりゃ、厄祭戦を終わらせたのもギャラルホルンの前身って話だもんな」

 

 とはいえ、そうなるとある疑問が浮上することになるのだが。オルガもユージンも、ほぼ同時にその謎に行き当たった。二人して顔を見合わせて、代表してオルガがさらに疑問を投げかける。

 

「なあ、一つ訊きたいんだがよ。俺たちは今まで厄祭戦の事を、馬鹿でかい()()()()()()()だと考えてきて、それで納得できてた。だけどよ、今の話を聞く限り本当の敵はMAって奴ららしいじゃねぇか。それなのに人類の敵そのものを隠蔽しちまったら、どうにもおかしなことになんねぇか?」

 

 人類の敵であるMAの存在を歴史から抹消した以上、厄祭戦は人類同士の戦争という構図を世界に信じさせる事となる。それがギャラルホルンの狙いというのはまだ良いのだ。

 故に問題が起きるのは、厄祭戦が完全なる人類対MAの構図だった場合となる。果たしてギャラルホルンは、ありもしない人間同士の争いをでっち上げることが出来るのか。現代(いま)も残る厄祭戦時代の破壊痕を、全て人の手によるものだと誤魔化すことが本当に可能なのか。ここに疑問が生じてしまうのだ。

 

 つまり、オルガとユージンの考えた結論とは──

 

「厄祭戦は、人間の争いにMAが食い込む三つ巴だったんじゃないのか?」

 

 すなわち、厄祭戦とは『人間たちの戦争』と『人類とMAとの生存競争』が一挙に起こった出来事を指すのではないかと。二人はそう言いたいのである。そうであるならば、ギャラルホルンはただ事実の片方を前面に押し出すだけで良い。嘘の中に真実を混ぜるのは、情報操作における常套句なのだから。

 そして、図らずもただ一人厄祭戦の生き証人となった女の口からは、

 

「その通りです」

 

 肯定の言葉が出たのであった。

 

「確かに厄祭戦とは、人間と人間の争いに加えて、人間とMAが(しのぎ)を削る大混戦でした。ジゼルもMAだけではなく、頭の螺子の外れた人間たちと頻繁に戦いましたとも」

「マジかよ……つかこんな回りくどい事までして、ギャラルホルンの野郎はどんだけMAを隠したかったんだ」

「そんだけMAが脅威だったんだろうな。そして二度と作成されないよう、存在すら封印した。同時期に起こっていた人類間の戦争は隠れ蓑にちょうど良かったから、喜んでダシに使ったてとこか」

 

 そう考えれば辻褄が合う。世界規模でのデータ封鎖という途方もない事業も、真実を下敷きにしているならば難易度はぐっと下がる。ましてや厄祭戦を終わらせたギャラルホルンなら、そう難しいことでも無かったはずだ。

 だけどこれが事実なら、むしろ度し難い真実も露呈する事となるのだが。

 

「それならよ、人間同士で協力してMAに立ち向かえば良かったんじゃないのか? そいつがどんだけ強いかは知らねぇが、そっちの方がよほど話は早くすむ」

「なら訊きますが、団長さん。あなたは昨日まで戦争をしていた相手と、明日に手を取り合って戦うことが出来ますか?」

「……それは」

 

 思わず言葉に詰まってしまう。必要ならやると、口で言い切るのは簡単だ。だけど、実際に恨み辛みも募るであろう敵を前にして、すんなり協力できるかは自信が持てない。それじゃ筋が通らねぇと言い切る方が、まだ想像できてしまう。

 

「しかも、戦争をしていたのは国家間なのですよ。MAが現れようとこじれ切った関係を戻すのは容易ではなく、むしろMAの破壊に乗じてより多くの戦果と利益を掠め取ろうとする輩すら蔓延る始末。これでは、MAに対する共同戦線どころではありません」

 

 横行するスタンドプレー、戦争は激化し、MAは混乱と破壊を生み出し続ける。まさにこの世へ本物の地獄を顕現させたのが厄祭戦であり、疲弊した人類はかつてない危機に陥っていたのである。

 

「それでも、戦争に巻き込まれない幸運な国もありました。ジゼルはそういった国の生まれです。そこは比較的平和で、けれどヒシヒシと危険が迫っていました。いつ戦火に呑まれてもおかしくない状況。その最中(さなか)にかの男は──アグニカ・カイエルは立ち上がりました。彼こそは、二十年にも渡った厄祭戦を終結に導いた人間なのです」

 

 ついに話が核心へと触れた。厄祭戦の具体的な内容にとうとう切り込んで行く感覚に、オルガとユージンも自然と聞き入る姿勢になってしまう。

 だけどちょうどその時、ジゼルが大きく欠伸をした。気の抜けるような声を発して、猫のようにしなやかに伸びをする。

 

「……いつの間にか、だいぶ時間が経ってしまいましたね。続きはまたの機会にしましょう。ジゼルはもう眠いのです」

「お、おう……ここで止めるのか……」

 

 見れば、時計は既に深夜零時を回っていた。どうやら全く自覚のないまま、時間だけは飛ぶように過ぎてしまっていたらしい。気がつけば、オルガもユージンも睡魔に襲われかけていた。ジゼルに至っては既に寝ている始末である。その間、わずか十秒ほどか。

 せっかく話が理解でき始めたというのに肩透かしを食らった気分だが、機会はまだいくらでもあるのだ。これからも一つ一つ着実に学べばそれでよい。そういうことで納得しておくことにした二人であった。

 



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#8 地球支部

前回よりさらに時間が半年ほど飛んでおります。ご注意ください。



 およそ一年半も前の話である。鉄華団は四つの経済圏の一つアーブラウへ、”革命の乙女”ことクーデリア・藍那・バーンスタイン並びに、政治家の蒔苗東護ノ介という男を送り届けることに成功した。これによってアーブラウの政治体制は大きく変化し、火星の状況が多大な変革を迎える一因となったのだ。

 その時から鉄華団はアーブラウと緊密な関係となり、すぐにアーブラウ独自の防衛軍への軍事顧問として迎え入れられるまでになる。火星の民間会社が四大勢力の一つにそこまで認められたのだから、鉄華団の旗にどれだけの箔がついたかもうかがい知れるというもの。火星ばかりか地球にまで支部を作った鉄華団は、止まることのない快進撃を続けていたのだ。

 

 鉄華団地球支部における仕事は主に二つ。アーブラウが独自に組織した軍隊への軍事的な指導と、有事におけるアーブラウの防衛戦力として働くこと。どちらも軍事的な会社としては至極まっとうな内容であり、鉄華団からしても複雑なことは何もない。

 ただ、そうは言っても問題は起こってしまうのだが。

 

「おい、こいつはどういう理屈で動くんだ? 回りくどいこと言ってないでさっさと教えろ」

「なに言ってんだアンタ。そいつの操縦はさっき教えたことが全部だ。それでも駄目ならアンタは諦めてくれ」

「なんだと!? このクソガキが!」

 

 どれだけ名が売れても、つまるところ鉄華団とは少年兵たちが母体となった組織なのだ。当然、地球支部も年若い子供が大多数となる。無論のこと団長のオルガ・イツカは信頼できる若者たちを地球支部へと配属しているが、それでも見てくれはどうしたって子供なのだ。

 であれば、そんな彼らが軍事顧問として大人たちで組織された防衛軍に指導すればどうなるか。決まっている、反発が起きるのだ。大人なのに子供から教わるなんて我慢ならないと、プライドだけは高い者たちが暴れだしてしまうのである。

 

 もちろん、全員が器の小さい大人ではない。真面目に話を聞く者たちも大勢いるし、自分たちより実戦経験の多い子供たちを尊重する良識人だっている。しかし面倒な大人が多いのもまた事実であり、それ故に地球支部を率いる者たちは非常に頭を悩ませていたのだった。

 

 ◇

 

「地球へ行きたいだと?」

「はい、そうです。ジゼルは、今の地球をこの目で確かめてみたいのです」

 

 代り映えのしない無表情かつ平坦な調子で、ジゼルは肯定した。

 いきなりの出来事だった。珍しくジゼルの方からオルガに頼みがあると言うから話を聞いてみれば、藪から棒に地球へと行きたいと言い出したのである。

 ジゼルを採掘プラントから発掘したのは、顧みればもう一年も前になるのか。長いようであまりに短い時間だったが、その中で彼女は殺人癖と辛味以外で主張したことはほとんど無かったと言って良い。

 

「だけどよ、あっちは基本的に軍事顧問としての活動がメインだから、アンタが求める戦いは全くねぇぞ。しかも向こうじゃ()()()()の件も難しく……いや、はっきり言おう。確実に不可能になっちまう。まずそいつを承知してんのか?」

「承知の上で言ってます」

「そうかよ……こりゃどうしたもんか……」

 

 地球支部にジゼルを送る。これ自体は別段まずいことではない。未だ事務方の整いきらない鉄華団であるが、それでも火星の方はだいぶ落ち着いてきたのだ。代わりに地球支部は、今だテイワズからの出向であるラディーチェ・リロトがどうにか仕切っているのが現状である。故に、そんな彼の援護として事務仕事のできるジゼルを派遣するのは理に適っていると言えよう。

 

 だから、この話の問題点は別のところにあった。

 

「地球に行くって言うなら、当然地球支部で働いてもらうことになる。そうなりゃ最低でも半年、出来ることなら一年は向こうで事務方に就いてもらう訳だ。敢えて聞くがアンタ、それだけの時間を耐えることが出来んのか?」

「……どう、でしょうね? 耐えれそうな気もしますし、暴発しそうな予感もします」

「おいおい、勘弁してくれよ……」

 

 あまりにも不気味な歯切れの悪さだ。ジゼルの嗜好を鑑みれば不安になること甚だしい。

 さて、どうするか。降って湧いた無理難題に、オルガの頭の中で急速にプランが展開されていく。

 

「なあ、アンタを鉄華団に雇ってからもう一年が過ぎてんだ。その間に色々とアンタのことを見させてもらったし、調べたりもした。結論から言やぁ、俺はアンタを()()()()()()()だと思っている。主義主張は別として、な」

「それはまた……ありがとうございます。このような人間を信用すると言ったのは、あなたで二人目ですよ」

「言ったろ、主義主張は別としてだ。アンタがどんだけ危険な思想を抱えていようと、それと信用できるか否かは別問題だからな。でなきゃ、最初の時点でアンタを鉄華団に招くような真似なんざしねぇ」

 

 メインとして働いていた事務仕事だけ見ても、目覚ましい働きをしていたのは事実だ。意図したかはともかく、他の団員たちへの起爆剤になったのも間違いない。戦闘には中々出してやれなかったが一定の実力を示したのも疑いようがなく、厄祭戦について知りうる知識全てを伝授してくれたのもそう。彼女は、オルガが期待した以上の働きを鉄華団へと及ぼしている。

 であれば、働いた部下に報いるのは上に立つ者としての責務だとオルガは考える。しかもそれが結果として組織への利益となる行いなら、止める理由は一切ない。かつて名瀬からもジゼルの望みを聞いていたから、いつかこの日が来るというのも分かっていた。

 

 つまり、ジゼルを地球へと送るのに必要なのは一点だけ。オルガという楔から放たれたジゼルを、確実に抑止するための新たな楔に他ならない。

 

「そう、()()()()()()()()()()()()。だから地球に行きたいというなら、その願い叶えてやろうじゃないか。もちろん、向こうで相応に働いてもらうのは大前提だがな」

「……いいのですか? 絶対に止められるものと思いましたが」

「止める気はねぇ、ついでに言えばアンタを縛るルールや何やらを設ける気もねぇよ。ただ、アンタへの信頼を理由に地球へと送る。俺からはそんだけだ」

「なるほど──ズルい人ですね、あなたは」

「ふん、なんとでも言えよ。俺は家族を守る為ならなんだってするだけだ」

 

 結局のところ、危険なジゼルを縛るのに必要なのは目に見える力でも規律でもない。あやふやで形すらない、ただの”信頼”なのだ。それ以外の余計な何かは必要ない。恩には恩で返し、義理には義理で返す。そんな彼女だからこそ、たかが口約束でしかない”信頼”という言葉に何より縛られる結果となるのだから。

 同じく筋を通すことを信条とするオルガだから、彼女のこういった心理は手に取るようにわかる。そのうえで信用という言葉を強調してきたために、ジゼルは彼を指してズルいと述べたのだ。

 

「……わかりました、ジゼルの負けです。()()()()()()()()()()()()()。これで十分ですか?」

「文句なしだ。そんじゃ早速準備してくれ。アンタ一人を送るくらいなら、そう手間もかかんねぇからな」

「了解しました。お早い対応に感謝しましょう」

 

 これにて楔は撃ち込まれた。これから先でよほどの不義理をオルガがジゼルへと行わない限り、彼女はオルガの信用を裏切ることはできない。信じられないかもしれないが、これが彼女の信念なのだ。快楽の為に人を殺すような悪魔だろうと、譲れない一線は確かにある。

 

 むしろ──悪魔だからこそ、誠実な信頼には弱いのか。

 

「ああそうだ、最後にコイツだけは言っておかないとな」

「おや、なんでしょうか?」

 

 こくり、と可愛らしく首を傾げるジゼル。

 彼女の悪性を上手いこと利用するのは、これもまた団長としての務めだ。

 

「無用な殺人は当然ご法度だが──絶対に殺すなとも言わねぇ。蒔苗の爺さんやチャドには話を通しておく。後は、現場の判断に従ってくれ」

 

 ──返ってきたのは、底の知れぬ微笑であった。

 

 ◇

 

 どこか浮世離れした女性。それが、タカキ・ウノが抱いた最初の印象だった。

 

「では、自己紹介をお願いします」

「本日より鉄華団火星本部から鉄華団地球支部へ配属される事となった、ジゼル・アルムフェルトです。以降、よろしくお願いします」

 

 よく晴れたある日、鉄華団が所持する格納庫前に地球支部の全団員が集められた。すわ何事かと思っていれば、チャドとラディーチェにより新たな地球支部メンバーを紹介される流れとなったのである。

 その新入りはすらすらと淀みなく、だけど感情を感じさせない声音で自己紹介をし、ぺこりと一礼した。長すぎる赤銀の髪が、陽光に照らされ輝く。整った顔立ちは淡々とした雰囲気と合わせて、どこか人形を連想させるのだった。

 

 ひとまず自己紹介はそれで終わり、通常の業務へと差し掛かる。どうやらジゼルは事務方担当らしく、さっそくラディーチェと共にパソコンと向き合ってなにがしかの書類を作り始めていた。ちゃんとオルガ団長は、地球支部の事務員不足を考えてくれていたらしい。タカキとしてはそれだけでも嬉しくなってしまう。

 ただ、事務員の割には彼女と共に運び込まれた赤と金のMSの意図が不明瞭な訳だが。まさか、事務員の彼女が乗るのだろうか? それよりはむしろ地球支部の少年兵を乗せる方が良いと思うのだが、そんな話は全く聞いていない。

 

「チャドさん、あの人っていつから鉄華団に居るんですか?」

 

 そういう理由もあり、その日の夕方。軍事顧問としての仕事も一段落した頃、色々と好奇心に駆られたタカキはチャド・チャダーンの下へとやって来ていた。彼なら、ジゼルという女性の経歴も事前に知らされていると考えたからである。

 

「あー……お、俺も詳しくは知らないんだがな。どうやら俺たちが地球支部としてやって来た直後くらいに、テイワズから推薦されてやって来た人らしいぞ?」

「そうなんですか! それは頼もしいですね!」

 

 どうにもチャドの態度の不自然さが目立つが、それよりもタカキの頭の中はジゼルについての興味でいっぱいだった。テイワズからの参入といえば、今では鉄華団を支える一員であるメリビットや、この地球支部を切り盛りしてくれるラディーチェがいる。彼女がその一人というなら、これほど頼もしいことはないだろう。

 

「……つまり、あのラディーチェって奴と同じ出身ってことか」

「あ、アストン! そういう言い方は良くないだろう!」

「わ、悪い……ついな」

 

 反対に、元ヒューマン・デブリであるアストンはあまり良い印象を抱いていないらしい。良く言えば忠告、悪く言えば頭ごなしの否定が多いラディーチェの言動は、それが原因で彼を嫌う少年兵たちを増大させてしまっている。彼のことを色眼鏡で見ていないのは、鉄華団でも珍しく温厚なチャドとタカキくらいのものだろう。

 だが、いくら彼女がテイワズからやって来たといえども、まだ出会って一日も経っていない人物を悪く言うのも筋が通らない話である。そういう訳でタカキが軽く叱り、アストンが謝るといういつもの光景が繰り広げられるのだった。

 

 事件が起きたのは、それから十日が過ぎた頃だ。

 

「タカキさん、こっちです!」

 

 団員の一人に呼ばれて、タカキは現場へと急行した。そこにはアーブラウ防衛軍の大人たちと、鉄華団団員の少年たちが睨み合っている構図があった。

 これはまたいつもの小競り合いか、と。タカキは内心げんなりしながら、彼らへと近寄った。

 

「あの、すいません……何があったのですか?」

「何も糞もあるか! コイツら、ちょっと戦いが得意だからって調子に乗って指図ばかり! 何様だと思ってやがる!」

「あ、えーと……」

 

 防衛軍の一人が苛立ち交じりに叫ぶと、「そうだそうだ!」と野次が飛んでくる。どうやら此処にいる防衛軍の者たちは、妙にプライドの高い面倒な大人を寄せ集めた最悪の集団であるようだ。

 

「教える側の俺たちが偉そうに見えるのはまだしも、教わる側がそんな高圧的なんてあり得ないだろ。そっちこそ、何様だと思ってんだ」

「なんだと!? もう一回言ってみろ!」

「ちょ、ちょっと……!」

 

 いよいよ収集がつかなくなってきた。言い返した鉄華団側の言い分はまさしくその通りなのだが、かといってこの場で言ってよい事でもない。火に油を注がれた大人たちはついに逆上し始め、手の早い防衛軍側の誰かが団員へと殴りかかったではないか。

 

「ど、どうしよう……これじゃ止められない。チャドさんやラディーチェさんを呼んできて──」

 

 もはや止める術がない。堰を切ったかのように殴り合いの喧嘩が始まってしまい、とてもタカキ一人では止められない事態と化してしまった──その時であった。

 

「喧嘩を止めてください。止めないなら、撃ちますよ」

「ジゼル、さん……?」

 

 淡々とした声が響き渡る。タカキが振り返れば、その先には()()()()()ジゼルがいた。

 彼女とはまだ話したことがほとんどない。なのに無性に恐ろしく感じられて、反射的にタカキは身を竦めてしまう。

 目線がほんの一瞬交錯した。彼女の金の双眸は、底が窺がえぬ濁りを湛えたもの。これでは人間ではなく、むしろ──

 

「止めないなら、撃ちますよ?」

「ちょ、ちょっと待って! みんな喧嘩はいったん止めよう! これ以上は良くないよ!」

 

 二度目の警告。しかし誰も耳に入っていないのか、それともただの脅しと侮っているのか。一向に喧嘩が終わる気配はなかった。

 まずい、このままでは非常にまずいことになる。ジゼルの銃は脅しではない。ほとんど直感的にタカキは危険性を悟り、声を張り上げるも既に遅く──

 

「では撃ちますね。さようなら」

 

 躊躇いなく、ジゼルは引き金を引いていた。

 乾いた銃声が三度、地球の空に木霊した。取っ組み合いの姿勢のまま、誰もが驚愕に目を見開いてジゼルを見る。そして彼女の視線の先には、銃殺された防衛軍側の人間が居た。何が起きたかも分からない表情で絶命している死体を、ジゼルはどこか楽し気に眺めている。

 

 奇しくも殺された人間とは、最初に殴りかかった男であった。

 

「これ以上争いを続けるなら、皆殺しにします。それが嫌なら、双方退いてください。ここでこれ以上の争いに、意味はありませんから」

 

 人を一人殺した直後だというのに、さざ波ほどの感慨も彼女は抱いていないらしい。どこまでも普段通りの態度で、硝煙を燻ぶらせた拳銃をひらひらとさせている。

 そこまでされてしまえば、もはや互いに引き下がる他無かった。取っ組み合いの熱量もどこにやら、今や全員が青ざめた顔でジゼルの様子を窺がっている。

 

「分かってもらえましたか? なら十分です。ジゼルの引き金はとっても軽いので、よく覚えておいてくださいね」

 

 そんなあまりに物騒極まる脅し文句を残して、ジゼルは立ち去って行った。後に残ったのはどうしようもなく怯えた防衛軍の面々と、呆気にとられた鉄華団団員たち、そして物言わぬ死体が一つだけ。

 完全に凍りついてしまった場に取り残されたタカキは、認識を改める。ジゼル・アルムフェルトという女性は、単なる事務員などでは断じてないと。むしろあれは、命を奪うという行為に慣れ切った人間だと。そう、理解した。

 

 ──結局その後も二人ほど防衛軍側の人間が死体となり、ようやく両者の小競り合いは収束したのだった。

 

 ◇

 

「頼まれていた粛清、終わりましたよ。まずは一人、殺してきました」

「おお、それはありがたい。ここしばらく、大恩ある鉄華団に対して防衛軍の一部は目に余る態度じゃったからのぅ。これで少しは大人しくなるじゃろうて」

「もし、そうならなければ?」

「……あと三人までなら、許可を出そう。ただし、それ以上は決してまかり通らぬ。無論のこと、罪なき者たちを害すこともな」

「言われずともしませんよ。信用されているので」

「よろしい。いやしかし、鉄華団はいつも儂を楽しませてくれる。このような愉快な少女を引き入れるとは……さて、彼らの進む先に何が待ち受けているか。見極めさせてもらうとしよう」

 




ジゼル、地球で暴れるの巻。


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#9 嵐の前の静けさ

 アーブラウにて一瞬で鮮烈な印象を叩きつけた、可憐な少女の皮を被った怪物ことジゼル・アルムフェルト。彼女は三人もの人間を容赦なく射殺してから四か月もの間、不気味なほどに大人しく業務に携わっていた。

 仕事に対しては非常にまじめに取り組み、共に働くラディーチェも特に不満を抱いている様子はない。少年兵たちとは最低限の会話しかしないが、それでもコミュニケーション自体は円滑に行えている。故に間違いなく事務方としては有能という評価が出来て、タカキからすればそれがどうにも腑に落ちなかった。

 

 鉄華団地球支部団員たちの間でも、敵ですらない人間を躊躇なく殺せる彼女については意見が割れている。テイワズからの出向だから荒事に慣れている説だとか、鉄華団を妨害する者に対して容赦がないだけだとか、これは荒唐無稽かもしれないが純粋に殺しを楽しんでいるだけだとか。

 ともかく言えるのは、ジゼルについては困惑が大きく広がっているということである。彼女の行いのおかげで防衛軍との関係は軟化──ジゼルに怯える様をそう呼んで良いのか疑問だが──したけれど、それを素直に喜ぶことも出来ない。彼らと衝突していた血気盛んな少年兵たちですら、防衛軍側に起きた惨状に溜飲が下がるよりも白けてしまったのだから、その異質さが良く分かるというものだ。

 

 当たり前だが、その後にタカキは地球支部責任者のチャドへとジゼルの扱いを訊ねている。一連の粛清じみた殺害についてや、彼女の来歴といった事柄をより詳しくだ。

 だがとうのチャドは煮え切らない表情をして、

 

「あの人はなんていうか……例外らしいんだ。今回の一件も蒔苗さんが一枚噛んでるらしいし、団長からもその件については問題ないって言われてる。だからタカキたちは、上手く彼女と適切な距離を保って接して欲しい」

 

 真実をぼかしてそう告げるだけだった。一応蒔苗代表とオルガ団長からの信任があるなら滅多なことは起こらないだろうとタカキも予想できたが、それでもどこか不安になるのは仕方がない。

 

「ねぇ、アストンはどう思う? 俺たちは、あの人を信用してもいいのかな?」

 

 だからタカキは、地球支部で一番仲の良いアストンへも話を振ってみた。

 率直にジゼルをどう思うかについて、朴訥な感性を持つ彼の意見も聞いてみたかったのだ。

 

「俺は、頭が良くないからタカキみたいに色んなことを考えるのはできないけれど……なんか怖い人だとは思う。でも、信用して良いとも思うな」

「そっか……理由を聞いてもいい?」

 

 アストンは頷くと、ポツポツと語りだす。

 

「……前に一人で歩いてたら、あの人と会ったんだ。ハーモニカっていうらしい、小さな楽器を吹いてて、なんだか綺麗な音色だった。そしたら向こうも俺に気が付いて、嫌な顔もせずに色んな曲を聞かせてくれたんだ」

「そんなことがあったんだ……良かったね、アストン」

「うん。俺も、あの時は楽しかったよ」

 

 微かに嬉しそうな色を滲ませているアストンは、本当に良い体験を出来たのだろう。かつてのアストンはヒューマン・デブリとして散々な目に遭っていたことを知っているタカキだから、純粋に嬉しくなってしまう。

 だけどこうして話を聞いてみて、またも良く分からなくなる。躊躇なく人を殺す冷酷な一面を持っているかと思えば、また一面は意外にも親しみやすいようにも見えて、されどどこか神秘的で不思議な雰囲気をまとった女性だ。似たような人物には三日月・オーガスがいるのだが、彼ともどこか違う異様さを感じられてしょうがない。

 

 結局、ジゼルという女性の真実はどこあるのだろうか? タカキの思考はそこばかり堂々巡りしてしまう。

 

「……あっと、すみませんでした」

 

 そのせいで、支部内の廊下を歩いている際につい人とぶつかってしまう。どうやら注意が散漫していたようだ。それでも咄嗟に謝罪しながら前を向くとそこには──

 

「もう少し前を見て歩きましょう。以降、お気を付けを」

「あ……どうも、ごめんなさい」

 

 学生服にも似た格好にベージュ色の鉄華団制服を羽織ったジゼルが、感情を映し出さない無表情で佇んでいたのだった。どこから持ってきたのか、手には何やら箱詰めにされた機材やコードを抱えている。

 思わずどきりとしてしまい、だけど漏れた言葉を隠すように重ねて謝罪すれば、彼女は気にした風もなく歩き去っていこうとする。その背中に、タカキは反射的に声を掛けてしまった。

 

「あの、ちょっと良いですか!?」

「何か?」

 

 振り向き様に淡々と言われ、言葉に詰まってしまう。タカキが話を聞いた団員たちの多くが『実はちょっと苦手かも』と評してしまう一端は、この怖いくらいの無感動さにあるのだろう。まるで人形と向き合っているかのような、これまでの鉄華団には無かった奇妙なものを感じてしまうのだ。

 

「その、ジゼルさんってあのフェニクスっていうMSに乗るんですか?」

「そうですよ。フェニクスはジゼルのモノです。他の誰にも譲る気はありませんので」

「や、やっぱりあれはジゼルさんが乗るんですよね──」

「ではあなたは、地球を気に入っていますか?」

「は、え?」

「あなたは、地球を気に入っているのかと訊いているのです、タカキ・ウノさん」

 

 唐突過ぎて、タカキは思わず聞き返してしまう。MSの話から地球の話へ、一気に内容が飛んでいる。もちろん話は全くかみ合っていないのだが、ジゼルは本気で問いかけているらしい。その金の瞳が、答えを求めてタカキを覗き込んでいる。

 呆れるほどにマイペースな問いかけには辟易するばかりだが、一方で彼女がしっかり団員の顔と名前を一致させていることも今ので分かった。その妙な律儀さに触発されて、気がつけばタカキもまた彼女の問いに本心から答えていた。

 

「火星とは違うことばかりだけど、気に入ってますよ。どんなところがと言われると難しいですけど……でもアストンや皆も地球は良いところだなって」

「アストン……ああ、ハーモニカを気に入ってくれたあの人ですか。それは嬉しいですね」

「ジゼルさんは、もしかして地球の出身なんですか?」

「ええ、ですが故郷はもう無くなっているようです。だから代わりに、ジゼル達で地球支部(ここ)をしっかり守りましょう」

「は、はい、そうですね……」

「ではジゼルはこれで。少々準備をしなければならないことがありますので」

 

 それで話は終わりらしい。今度こそ彼女は背を向けて去っていく。その後ろ姿を見つめながら、いったい今の話は何だったのかと、戸惑いを隠せないタカキである。しかも素っ気ない口調の割にいやに話が重たいような、そんな感触すらある。

 要するに馬鹿みたいにマイペースで底知れないくせに、妙なところで律儀かつ親切な変わった人。信用できるかできないかで言えばたぶん出来る、そんな風にタカキは認識したのだった。

 

 ◇

 

 ──ラディーチェ・リロトからすれば、ジゼルとは信用云々の以前に理解不能な存在だった。

 

「予定されていた獅電の納入が遅れるとは、いったいどういう事なのですか?」

 

 アーブラウ防衛軍発足式典を残り二十日ほどに控えた頃。事務室では地球支部の事務担当であるラディーチェとジゼルが、穏やかではない雰囲気を放って向き合っていた。

 どこか、ではなく明確に苛立ちを隠せていない同僚の声に、ジゼルは淡泊に返答する。

 

「どうやら宇宙の方で大規模な戦闘が起きるとか何とか。そのせいで輸送に割く時間が無いのだそうですよ」

「それは訊いてます。ですが、取り決めは基本的に絶対です。今の戦力、ランドマン・ロディとお飾りのガンダム・フレームだけではもう限界が近いというのは、何か月も前から団長に進言していたはず。なのにこの土壇場でこのような事をされては……!」

「ジゼルに言われても困ります。文句なら、空の上の大海賊さんとやらにでも伝えてください」

 

 全くぐうの音も出ない正論に、ラディーチェもさすがに押し黙った。そんな彼を横目に黙々と業務へ取り組み始めたジゼルと言えば、音楽でも聴いているのかイヤホンを耳にしていつも通りのすまし顔である。

 しかしだ。ラディーチェからすればいい加減に地球支部の状況を改善して欲しいのが本心であり、むしろどうしてこのタイミングで争いごとに発展させてしまうのかが理解できない。そんなことよりもやることなんて幾らでもあるだろうと、声を大にして言いたかった。

 

「これだから、この組織というものは……」

「何か言いましたか?」

「いいえ、何でもありませんとも! 少々失礼しますよ!」

 

 苛立ち交じりに吐き捨て、部屋を後にした。彼女のような()()()()()()()()と一緒に居ては、自分の頭がどうにかなりそうだと思ったから。

 やはりこれも鉄華団という獣ばかりが住まう杜撰な組織ゆえに起こる弊害──そう割り切って見下してしまうのは、今のラディーチェにとって蜜より甘い禁断の思考だった。組織も団員も、何もかもが思い通りに進まない彼の苛立ちは、もはや取り返しのつかないところまで進行してしまっている。

 

 ラディーチェは地球支部の内の人通りがほとんどない区画へ静かに向かうと、懐から通信機器を取り出した。手早く必要な番号を入力して、待つことしばし。スピーカーからは覇気を感じさせる男の声が聞こえてきた。それだけで、ラディーチェの脳裏には髭を生やした屈強な男の容貌が描かれてしまう。

 

『おや、まさかこんなに早く連絡をくれるとは。もしや、やはり降りるというのかね?』

「いいえ、まさか。その逆だ、決心がつきました。もはや付き合いきれないので」

 

 その声音は心底から冷淡なもので、鉄華団に対する侮蔑を隠そうともしていない。第三者が居ればそこに塗れた悪意に顔を顰めるだろう言葉を聞いて、機器越しに男は愉快そうに笑った。

 

『それは結構なことだ。して、何が君を後押ししたのかね?』

「おおよそ全ての事ですよ。杜撰な組織運営、血気盛んで人の話を理解しようともしない獣たち、ようやく送られたと思った事務員は訳の分からない狂人だ……! もううんざりです、テイワズからの推薦があったからこんなところまで来たというのに、これじゃ割に合いません」

『ふむ、察するに君も中間管理職として相当な苦労をしていると見えるな。だが、最後の狂人というのは何なのかね? 良ければ聞かせて欲しい』

 

 男の言葉は頼みという体を取ってはいたが、実質的には命令に相違ないだけの圧が籠っている。良くも悪くもただの事務員の枠を出ないラディーチェは、当然のように逆らうことなど出来ない。

 

「……少し前に、アーブラウ防衛軍所属の三名が粛清されたという話はしましたよね? それを担当したのが、その新入りの事務員なのですよ」

『ほう、だがそれは鉄華団では至極見慣れた光景なのではないかね? 武闘派組織が人を殺めるなど、飲食店が食事を提供するのと同じくらい当たり前のことだ』

「あれはもう、そういうものじゃありません。これは私の勘ですが、あれはきっと殺しを楽しんでいます。しかも教養のない獣たちと違って、仮にも事務仕事をこなせるだけの人間がそのような事をするのです。私からすれば意味が分かりません。それだけの常識的な頭があるなら、そんなことは決して出来ない」

 

 二度目の粛清をしているとき、ラディーチェは偶然その場に居合わせた。誰もが彼女の凶行に目を疑っている中で、彼だけは見たのだ。堪えきれない喜悦を唇に漂わせた、恐ろしい怪物の姿を。

 故にラディーチェから見たジゼルとは”獣以上のバケモノ”なのだ。あれは仮にも理性ある人間が、人を殺した直後にして良い表情ではない。人は理解不能な存在を何より恐れると言うが、まさにラディーチェにとっては彼女がそうだと言えるだろう。

 

『しかしそうか、そうなればその者は我々の計画にとって不確定要素となりかねない。慎重を期すなら、君はここで降りるべきかもしれないぞ? 今なら君が口を噤めばそれで終わりだ。こちらからも手出しをしないと約束しよう』

「ご冗談を。それに、どうせあれは年端も行かぬ小娘が銃を振り回して粋がっているだけです。それこそあなたに比べれば、殺した人数も踏んだ場数もひよっこ同然でしょう。戦になったところで、勝ち目はゼロだ」

『なるほど、まさか小娘とはな。それはまた珍しいタイプだ。そちらに向かう時が少々楽しみになってしまったよ』

「では、計画は手筈通りにしてもらえるという事で──」

『ああ、構わんよ。そうだな、決行の時は二人で飲みにでも行こうではないか。開戦の狼煙を(さかな)にしてな。きっと美味いぞ』

「ええ、楽しみにしておきますよ、ガラン・モッサさん」

 

 通信を切って、会話を終える。それからすぐに周囲を見渡して、誰もいないことを確認してから一息つく。これで鉄華団、少なくとも地球支部は終わりだ。散々苦労を掛けさせられた鬱憤もあと少しの我慢でようやく晴れると思うと、胸がすくような気持ちである。しかも身の安全と金すら保証されるのだから、この件から降りるなどそれこそ冗談じゃないのだ。

 

 そう、だから敢えてラディーチェにとっての不幸を挙げるならば。理解できない存在として思考を止めてしまった事であるのだろう。でなければ、運よくただ一人本性を悟れた彼ならきっと気が付けたはずだ。周到なる怪物の手管に。理論も理屈もすっ飛ばした嗅覚を持つ、人を狩る天性の殺人鬼の思惑に。

 

 ◇

 

『ええ、楽しみにしておきますよ、ガラン・モッサさん』

「そっか、戦争がここでも起きるんですね……ふふふ、団長さんには申し訳ないですが、ここはしばらく泳がせてみましょうか。ジゼルもいい加減に我慢の限界なのです」

 

 かくして、怪物(ジゼル)はイヤホンを外して静かに笑う。先ほどまで盗聴していた会話は全てジゼルの頭に残っているし、そうでなくともキッチリ録音している。

 一ヶ月以上前からの仕込みの甲斐は確かにあったのだ。”もしかしたら”程度の発案が功を奏したのが嬉しくて、感情を抑えられなくなって、ジゼルは懐からハーモニカを取り出す。気を紛らわすために吹いたら、また誰か来てくれるだろうか。聴衆が居るのは、思った以上に愉快だったから。それこそ、誰かを殺す時に近い高揚感だった。

 

火星(そっち)だけ楽しそうな海賊退治(イベント)をして……ちょっとばかり悔しいので、ジゼルにも遊ばせてくださいな。大丈夫、損はさせませんよ」

 

 ──待ち望んでやまなかった闘争は、もうすぐそこまで来ていた。

 



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#10 開戦の狼煙

 アーブラウ防衛軍発足式典。ついにこの日を迎えた訳だが、そのきっかけは二年前、鉄華団が大きく関与したエドモントンでの一件にまで遡る。

 今まで四つの経済圏たちは、ギャラルホルンの手によって自らの軍隊というのを保持することが禁止されていた。世界の治安維持を謳う彼らにとって、他所の軍隊というのは徒に戦火を産む可能性がある火種に過ぎなかったからである。もちろん、アーブラウもまたこの例外とは足りえなかった。

 

 しかし膠着した実情は、ギャラルホルンの権威が失墜したことで大きく動き出す。

 

 まずエドモントン市内で阿頼耶識システムを備えたギャラルホルンのMSが暴走、これには非人道的なシステムこと阿頼耶識が搭載されていたのも加味され、世論の批判を一手に浴びた。さらにはアーブラウの政治家とギャラルホルンの癒着すらも明らかとなったことで、とどめとばかりにその権威は地に墜ちたのだ。

 故に『こうも腐敗し、不祥事を起こしたギャラルホルンなぞ信用できぬ。これからは自らが自らを守る時代だ』と各経済圏が考え始めたのも実に自然な事であり──ギャラルホルンの改革派筆頭、地球外縁軌道統制統合艦隊司令官たるマクギリス・ファリドの戦力解禁政策もあったことで、とうとう戦力を持つに至ったのである。

 

 ◇

 

 アーブラウの軍事顧問を担当する鉄華団の式典における役割は、主に会場外の見回りと警備だ。そのため小綺麗な会場の外には銃を持った少年兵たちやMW(モビルワーカー)があちこちに見られ、やや緊張した面持ちで警備に臨んでいた。

 

「なーんで俺たちが外回りなんだろうな? ぜってー俺たちの方がアーブラウの奴らより会場内の警備だって上手いってのに」

「あはは……そういう事は思っても言っちゃ駄目だよ……」

 

 銃を片手に軽口を叩くラックスを軽くたしなめて、タカキは耳を澄ました。遠くから微かに響いてくる堅苦しい挨拶は、発足式典が始まったことを示しているのだろう。いよいよ警備任務も本格的となり、自然と気持ちも引き締まる。

 ひとまずタカキはアストンと共に所定の位置に陣取っていた。責任者であるチャドが式典に参加しているため、現在の指揮官は暫定的に彼となっている。そのため下手な姿は見せられないとばかりに、アストンと会話を交わしながらも仕事は怠らない。

 

「チャドさんが誇らしいのは俺も良くわかるよ。これまで一緒に戦ってきた仲間がこんな大舞台に立てるなんて、昔は全然想像できなかったからね」

「俺もそうだ。同じヒューマン・デブリだった人があんなにかっこよくなれるなんて、夢見る事すらできなかった。でも、だからこそ俺たちもチャドさんを守れるところに居たかったな」

「アストン……」

 

 その気持ちは確かに理解できる。苦楽を共にした仲間だからこそ、晴れ舞台をすぐ近くで応援したいというのは人情だろう。

 

「でも、それは駄目だよ。だって俺たちの担当は──」

「そうですよ、防衛軍にも沽券というものがあるのです」

「ジゼルさん……えっと、その、どこに座ってるんですか……?」

 

 タカキへと被せるように聞こえてきたジゼルの声は、何故だか上から降ってきた。

 アストンと共に反射的に振り仰げば、そこにはMWに腰かけたジゼルが居た。黒いタイツに包まれた足をプラプラとさせ、長すぎる赤銀の髪を風に遊ばせている。姿かたちだけ見れば、そのまま一枚の絵となりそうな光景だ。

 

「MWの上ですけど。何か問題でも?」

「いや、問題大有りだと思うんですけど……」

「……その開き直りはおかしいだろ」

 

 困惑を隠そうともせずにタカキとアストンは返答した。しかもよく見れば、ジゼルの手には銃の代わりにハーモニカが鈍い輝きを放っている。仮にも鉄華団の一員としてここに居るはずなのに、どこからどう見ても警備している側の人間とは思えない態度には驚くばかりだ。ふてぶてしいというか、マイペース過ぎるというか、ともかく開いた口が塞がらない両者である。

 

「それでその、沽券というのは……」

「そのまま、防衛軍にも意地があるのですよ。だって今日は防衛軍をお披露目する機会、なのにいつまでも軍事顧問に頼りきりでは示しがつきませんからね」

「つまり、会場内(なか)の警備を担当して”自分たちも出来るぞ”って他所の奴にも言いたいのか」

「正解ですよ、アストンさん」

 

 公の仕事で非常識な場所に腰かけているくせに、言ってることは妙にまともなジゼルであった。

 それにしても、なんだかいやに上機嫌な雰囲気があるとタカキは思った。傍目にこそ変化の乏しい表情だが、どこか楽し気な様子を感じさせるのだ。

 

「何かいいことでもありましたか?」

 

 警備の間の暇潰しがてら訊いてみたタカキに、ジゼルはにこやかに答える。どこまでも純粋で美しい、静かな笑顔で。

 

「いいえ、これから起こるのですよ」

「それってどういう──」

 

 そこから先の問いは、生憎と耳に届くことが無かった。何故なら、唐突に会場の一角から爆発音が響いてきたから。鈍い音、ガラスの割れる甲高い音、それに人の悲鳴が、一気に会場の内外を覆いつくした。

 一拍遅れて、場がハチの巣を突いたように慌ただしくなり始める。会場から飛び出してきた防衛軍側の警備員達など、見るも無残なほどの狼狽具合だ。

 

「タカキ! どうする、チャドさんは……!?」

「分からない! だけど中の担当は防衛軍側だし、チャドさんならきっと大丈夫だよ! 今は必要以上に慌てず、外から状況を掴むことから始めるんだ!」

「わ、分かった!」

「良い判断です。では、ジゼルは他の方にもそう伝えてきましょう」

「お願いします! 俺たちは向こうで状況を聞いてきますので!」

 

 即座に背を向けて走り出すタカキとアストンを見送るジゼルは、やはり和やかな笑みを湛えている。それから黒煙の立ち上る会場を見上げて、いっそう表情を綻ばす。

 だけどそう、もしタカキがその笑みを見ていたならば、きっと先ほどとは違う印象を抱いていたことだろう。純粋に美しく、けれど見る者をどこまでも不安にさせる暗黒の笑みだと。

 

 ◇

 

 アーブラウ防衛軍発足式典がテロに見舞われてから、既に三日が経過した。

 いまだテロを起こした主犯の影も形も掴めぬまま、徒に時だけが過ぎ去っていく。アーブラウ側は代表である蒔苗東護ノ介が意識不明の重体となり大混乱に陥り、にわか仕立ての防衛軍も培ったはずの力を発揮できずただ奔走するばかりだ。

 

 そして鉄華団もまた、波乱の渦に飲み込まれていた。

 

「今日で三日……どうしよう、チャドさんも意識が戻らないし、火星の本部とは繋がらないし、俺たちどうすれば……」

「こうなったら俺たちでチャドさんの敵討ちだ! 誰がやったか知らねぇけど、絶対に後悔させてやろうぜ!」

「それは駄目だ! こんな状況で俺たちが勝手に動いたら、取り返しのつかない事になるかもしれない。それだけはやっちゃ駄目だ」

「ぐっ……わかったよ」

 

 渋々諦めてくれた仲間に気づかれないよう、タカキは小さくため息を吐いた。同じようなことを言われるのは今日だけでもう何度目だろうか。その度に逸る仲間たちを抑え込むのも、いい加減に苦しくて仕方がない。

 結局、式典で起きたテロに巻き込まれた形となったチャドはそのまま意識不明として指揮が取れず、三日前からタカキが鉄華団をまとめる事となっていた。しかしそうはいっても、思うように行かないことなど山のようにある。

 

「せめて、団長と話が出来れば……」

 

 その最たる例は火星と連絡がつかない事だろう。どうやら既にラディーチェが火星と連絡を入れてくれたらしいのだが、それ以降タカキには一切通信をさせてくれないのだ。何度頼んでも「既に連絡は入れたし、これは私に一任されている」とばかりで、まるで取り合ってもくれない。団員はタカキを含め通信機器なんてとても使えないから、こう言われてしまっては打つ手がないのだ。今回ばかりは温厚なタカキですら、頭が固すぎるのではないかと恨んでしまったほど。

 

 かといって通信機器の扱えるジゼルに頼もうにも、彼女は三日前から市街地に向かったきり戻ってこない。何をしているのかすら不明であり、こちらに接触することもままならないのだ。

 状況は暗闇の中を進む様に似ていた。目隠しをされて、ただ何となく風の流れに沿って進むだけ。けれどその先には何が待ち受けているのかてんで分からず、混乱と恐怖だけが日に日に強くなっていく。

 

 もはや誰もが限界だった。タカキは慣れない指揮と状況に耐えるだけで精一杯だし、団員たちは一刻も早く状況を打開すべく動き出すことを望んでいる。既に地球支部は暴発寸前の銃であり、ほんの少しの刺激さえあれば容易く趨勢は推移していくことだろう。

 

「どうかしましたか? タカキさん」

 

 ──故にそんな事態を待っていたかのように、怪物は姿を現した。

 

「あ、ジゼルさん! 探してたんですよ!」

「少し落ち着いてください。そう勢い込んでは話せるものも話せませんよ」

 

 ふらりとやって来たのは、これまでどこに行っていたのかも不明だったジゼル・アルムフェルトである。行先すら告げないまま消えてしまった彼女に不満はあるが、それでも今ばかりはどこまでも頼もしい登場だった。

 これでようやく打開策が見えてきた。その一心で手短に彼女に一連の事態を説明すれば、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした。ジゼルも情報が欲しくて都市部にまで出ていたのですが……そのせいで無用な迷惑をかけてしまったようですね」

「いえ、何も言ってくれなかったのに不満が無いと言えば嘘ですけど、今は責めても仕方ありませんから……それより、何か新しい情報は入ったのですか?」

「ええ、もちろん。どうやら、今回の一件はお隣の経済圏であるSAUが関与しているとか。つまり、このまま行けば戦争になる可能性が非常に高いです」

「そんな……! 戦争だなんて、冗談でしょう……」

 

 絶句してしまう。この平和な地球支部がそんなことに巻き込まれてしまうなんて、とんでもない話だ。しかも現状では火星の団長の指示を直接仰ぐことすらできず、実質的にはタカキが指揮を執って生き抜いていく他ないというのに。唐突に降って湧いた重責に、さしものタカキも膝が震えた。

 この時ばかりは、目の前でなんら変わった様子を見せないジゼルのマイペースぶりが羨ましく感じられてしまう。彼女はいったい、何を考えているのだろうか?

 

「ひとまず、状況は分かりました。ではまずは団長と連絡を取ってみましょう、ついてきてください」

「え、でも今はラディーチェさんが全部仕切ってるって……」

「関係ありませんよ、そんなの」

 

 いっそ傲岸なまでに言い切り、ジゼルは歩き始めた。一拍遅れてタカキも慌ててその後をついていく。

 あの頑固な人を相手にどうするつもりなのだろうか。そればかり考えていたせいか、気がつけば事務室に辿り着いていた。たくさんのコンピューターの存在するこの部屋は、通信を一挙に担っている側面もある。

 ラディーチェは難しい顔をして、コンピューターと睨み合っていた。けれどすぐにタカキたちに気が付く。

 

「おや、またタカキさんですか。それに……姿の見えなかったジゼルさんまで。どうしたのですか?」

「えっと、その──」

「火星との連絡を取りに来ました。繋いでもらえますか?」

 

 単刀直入にジゼルが用件を告げた。するとラディーチェは露骨に顔を顰める。うんざりしているというのがありありと伝わってくるその顔に、タカキは初めて彼に反感を覚えてしまう。

 

「またその話ですか。タカキさんにも何度も言いましたが、火星との連絡は全て私に一任されています。今更あなたが戻って来たところで、向こうに伝えることは何もありません」

「無駄口を叩く前に、早く繋いでください」

「ですから、その必要はないと言ってるでしょう!」

「繋いでください。それとも──ここで死にますか?」

「なっ……! ジゼルさん、それは!」

 

 構えられた銃は、既にラディーチェの方へと向けられていた。セーフティも外されており、いつでも撃てる状態であることを否が応でも悟ってしまう。

 ジゼルの瞳は本気だった。通信を繋げないならここで射殺すると、何より雄弁に語ってしまっている。その気迫に呑まれたのか、ラディーチェは「ひっ」と情けない声を上げて、

 

「そんなもので脅して何になると言うのです! そんな野蛮な手段に私が屈するとでも──」

「そうですか」

 

 気丈にも抵抗の意思を示してしまい、一発の弾丸が撃たれる結果となった。

 いっそ笑えるほどに呆気なく、ラディーチェは足を撃ち抜かれていた。痛みに呻きながら椅子から転げ落ちた彼を無慈悲に蹴飛ばしたジゼルは、手早く火星への通信を繋ぎ始める。そこに仲間を撃った感傷など微塵も感じられない。

 それをすぐ近くで見ていたタカキは、目の前の光景が信じられなかった。確かにここしばらくのラディーチェは嫌味なほどであったが、それでも躊躇なく仲間を撃つなんて考えれられない。故にジゼルへの反感すらも覚え始めてしまったところで、通信が繋がった。

 

『どうした? また何か進捗があったか?』

 

 スピーカーから聞こえてきた声に、我知らずタカキは安堵してしまう。間違いなくそれは鉄華団団長オルガ・イツカのモノであり、これでこの意味不明な事態にも光明が見え始めたと無条件に感じてしまう。

 

「こんにちは、団長さん。お元気でしたか?」

『その声はジゼルか……! ラディーチェはどうした!? タカキは居るのか!?』

「はい、此処に居ます! ですがその、ラディーチェさんが……」

『タカキだな、ラディーチェがどうかしたのか?』

 

 オルガの疑問に答えたのは、当の本人であった。

 

「団長! 聞いてください、ジゼル・アルムフェルトが何の理由も無しに私を撃ったのです! これは鉄華団を裏切る、由々しき問題ではないですか!?」

「ちょ、ラディーチェさんまで何を!?」

『ほう、ジゼルが撃ったのか』

「はいそうです! 私は誓って、おかしな事などしていないというのに、この女は問答無用で──」

『まあちょっと待て。お前の言い分は分かったが、それならジゼルの話も聞かなくちゃ筋が通んねぇ』

 

 痛みによる興奮もあって喚きたてるラディーチェを制止して、いっそ冷徹な程に鋭い声音でオルガはジゼルへ問いかけた。

 

『んで、どういう理由があって撃った? 返答次第によってはアンタにけじめをつけなくちゃならないが』

「簡単な事です。団長さん、今回のアーブラウの事件はご存知ですよね? ラディーチェ・リロトはその主犯、ないし関係者の一人と裏で取引を交わしています」

『なんだと……? そいつは本当なのか!?』

「嘘に決まっている! そんなのその女がでっち上げた出鱈目だ──グアッッ!?」

「うるさいので、ちょっと黙っていてください」

 

 足元でなおも主張を続けるラディーチェを、ジゼルは容赦なく足蹴にして黙らせた。しかも彼女の靴はブーツにも似た安全靴で、相当痛かったらしい彼は身を折り曲げて悶絶するばかりである。

 もはやタカキは、この状況についていけなかった。この場で何をすれば良いのかも不明瞭なまま、成り行きを見守るしかない。

 

 その時、事務室の扉が勢いよく蹴り開けられた。見れば、アストンが血相を変えてタカキの下へ走ってきている。

 

「タカキ、どうした!? さっきの銃声は!?」

「あ、アストン! えっと、これは……」

 

 どう説明したものか分からず、ひとまず目線でラディーチェとジゼルを指した。するとアストンもこの異様な状況が見て取れたようで、難しい顔をして黙り込んでしまった。彼なりにこの状況を咀嚼しようと必死なのだろう。

 そしてその間にも、ジゼルと団長のやり取りは続いている。

 

「そちらへと送った資料は要点だけですが、どうでしょう?」

『……こりゃあ確かに間違いないな。通信に関する矛盾も、録音された音声も、鉄華団を売る代わりに金と安全を保障した書面も、何もかもが証拠足りうる。これが全て事実なら裏切り者はラディーチェに他ならないか。だが、これだけ揃ってんならどうしてもっと早く連絡をよこさなかった?』

「すみません、実はジゼルもここまでの証拠を集めきれたのは()()()()の事でして。これならラディーチェを泳がせて、背後の者が具体的に何をするかまで見た方が良いかと考えました。その結果チャドさんや蒔苗氏に負債が発生してしまったのは、謝罪するばかりですが」

『なるほど……ま、一応理には適ってるか』

 

 しばしの間、スピーカーからはオルガの微かな息遣いだけが聞こえてきた。まるで何時間もあるかのように思えたその空隙も終わってみれば数秒で、オルガは既に答えを導き出していた。

 

『いいだろう。そいつへのけじめはアンタに任せる。ただし、そっちの指揮権はあくまでタカキのもんだ。アンタは好きに動いても構わねぇが、タカキの指示には従え。分かったな?』

「了解しました。精々この状況を見極めつつ、楽しませてもらいましょう」

『頼むから、あんま羽目を外し過ぎんなよ。タカキ、俺たちもすぐそっちに向かう。それまでどうにか耐えてくれ、お前が頼りだ』

「はい!」

 

 それを最後に、通信は切れた。後に残されたのは異様なまでの静寂と、圧し掛かるような緊張感だけ。どうにも息苦しく感じられてしょうがない。

 あまりに様々な事が起こりすぎてタカキの頭はパンク寸前であったが、それでも二つほど理解できたことはある。すなわち、ラディーチェは裏切っていて、ジゼルはそれを阻止してみせた。結果だけ見ればそういうことであるのだろう。

 

「じ、ジゼルさん……結局、俺たちはどうすれば……」

「大丈夫、簡単な事ですよ。裏切り者には死を、それだけです」

 

 いっそ優しく語り掛けながら、ジゼルは床に這い蹲っているラディーチェに銃を向けた。無機質な銃口と鋭い殺意を感じ取ったのか、ラディーチェの身体がびくりと震えた。必死になって身をよじり逃げようとしながら、命乞いをすべくジゼルを見上げる。

 

「待って、待ってください! 裏切ったのは謝ります! ですが私を唆してきた相手、ガラン・モッサは油断ならない相手です! 私は、そんな彼から君たちを守るためにわざと乗っただけであって──」

「あなたは、そのガラン・モッサという人の目的を知っていますか?」

「知りませんよ! ですが、私ならそれを調べることも可能です! ですからここで殺す必要は」

「そうでしたか。では、死ぬしかありませんね」

 

 突きつけられた銃口に、ラディーチェの弁舌が止まる。どうしようもなく逃れられない死が目の前に居ると、この瞬間に悟ってしまったのだ。その瞳に恐怖と絶望が浮かび上がり、それから観念したように息を吐いた。

 

「……最後に一つだけ聞かせてください。どうして、このことがバレたのですか? 絶対にバレないように細心の注意を払ったというのに」

「簡単な事です。あなたは、感情を隠すのが下手でした。いつも誰かを見下してばかりなので、いつか殺す為の口実が出来ると思って見張っていたのです。結果はまあ、言うに及ばずですが」

「たったそれだけ……? それだけで、ずっと私の事を?」

「はい」

 

 その迷いない答えを聞いて、ラディーチェはクツクツと笑い声を漏らした。ついにおかしくなったのかと場違いにも心配してしまうタカキの前で、彼はありったけの憎悪と侮蔑を込めて正面からジゼルへと言い放つ。

 

「この、バケモノが」

「よく言われますよ、褒め言葉です」

 

 マズルフラッシュが瞬き、銃声が再び響いた。その時にはもうラディーチェは死体へとなってしまっていて、ジゼルは静かに硝煙を吐き出す銃を懐へとしまっているところだった。

 赤い血が床へと広がる。ジゼルはそれを一瞥してから、タカキたちへと向き直った。ぞっとする、その瞳。何の感情も映していないようで、ただ一つの感情に埋め尽くされている。

 

「さて、これからは戦争になるでしょう。この背後で糸を引いている者の狙いはその中にある。であれば、ジゼル達はその目的を探るために、そして何よりアーブラウ側の者として、否応なく戦い抜いていく他に道はありません。良いですね?」

「はい……大丈夫です」

 

 全然大丈夫なんかじゃない。だけどジゼルの、喜悦に塗れた瞳に覗き込まれてしまえばそれしか言えなかった。彼女は間違いなく鉄華団の一員で、言っていることも正しくて、今もこうして最悪の事態になる前に対処してくれたのに。それでも、どうしたって怖くてたまらなかった。

 

「大丈夫だタカキ、俺がついてる。絶対に、生きて帰るんだ」

「ああ……そうだね、アストン」

 

 その言葉に、少しだけ勇気を貰えた。今のタカキは指揮官なのだ。だからいつまでも怖いから、理解できないからと立ち止まっては居られない。

 信用できるかできないかで言えば、たぶん出来る。いつか考えたその言葉を思い出して、ジゼルと上手い事協力しなければならない。

 

 ──開戦の狼煙は、もう既に上がっているのだから。

 



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#11 宣戦布告

 ──端的に言って、ガラン・モッサとは極めて優秀な男である。

 

 かつてはギャラルホルンでも腕利きのMS乗りとして活躍していた彼は、現在は親友の為に経歴を全て変えた上で傭兵として戦っている。およそ戦いに関するあらゆる事柄を修めていると言っても過言ではなく、鍛え抜かれた体躯と射貫くように鋭い眼光は幾多もの戦場で培われた正真正銘の叩き上げ。まさしく歴戦の古強者とは彼の為にあるような言葉だ。

 

 そんな彼の次なる仕事は、なんとも大胆な事に四大経済圏の二つであるアーブラウとSAUの戦争を演出することだ。手順は簡潔、アーブラウ防衛軍発足式典に合わせて代表の蒔苗東護ノ介を襲い、SAU側を犯人と匂わせることで緊迫した状況を作り出すだけ。後はほんの些細なきっかけさえ生み出してしまえば、間違いなくアーブラウとSAUは開戦する。

 ガランからすればここまではそう難しい事ではない。しかも彼はただの傭兵ではなく、後ろ盾にギャラルホルンの一艦隊を率いる司令官すら持っているのだ。こうなればもう、裏工作など赤子の手を捻るに等しい作業でしかない。

 

 故に肝心なのはこの後、開かれたアーブラウとSAUの戦端を可能な限り泥沼として、終わりのない膠着状態にまで陥らせる事だ。それによってガランとその友にはいくつかの()()()()()()を生み出すことが出来るのだから、なんとしてもやらなければならない任務である。例えそれによって世界が混乱に陥ろうとも、だ。

 しかし、いくら手練れのガランと言えども率いる傭兵団自体はそう大きくないのが実情である。内訳はMSが八機に、構成員も二十に満たないほど。傭兵団として見るなら悪くない規模だが、戦争を膠着化させるにはまるで足りない。

 

 そのため、彼は前々からアーブラウに軍事顧問として雇われていた鉄華団に目を付けていたのだ。急速な拡大を続けているこの組織は少年兵ばかりで、ガランからすればなんとも青く操りやすい。そのくせ軍事力は中々のモノを備えているのだから、戦力としてうってつけと言えるだろう。

 後は少し組織を調べ、餌をぶら下げて根回しを行えばあっという間に内通者の用意も整ってしまう。簡単そうにも思えるが、言うは易し行うは難し。なのにこうも容易くパイプを作ってしまえるのは、やはりガランが極めて優秀だからに他ならないのだ。

 

「さて……時間か」

 

 乗機で待機していたガランは、時計を確認してゲイレールのコクピットから降りた。狭く密閉された空間に居ただけに、外の解放感は身体に心地よい。軽く伸びをしてから、彼は鉄華団地球支部へと向かい悠々と歩みだす。

 アーブラウがテロに見舞われてから今日で四日が経過していた。次第にテロの混乱は退き始めた一方で、SAUとの戦端が開かれるかも知れない可能性にアーブラウの誰もが戦々恐々として日々を過ごしている。もちろん、ガランが今訪れている鉄華団ですら例外ではないだろう。

 

「それにしてもラディーチェめ、急にどうしたというのだ……」

 

 一人ごちながら施設内を歩んでいく。途中で何人かの年若い少年兵たちとすれ違い物珍しそうに見られるも、彼は気にしていない。それよりも気にかかるのは、もっぱら内通者(ラディーチェ)の事である。

 元々、ラディーチェが上手く鉄華団地球支部の情報封鎖を行い、そこに付け込んでガランがアーブラウ側の軍事参謀として招かれる予定だった。そうすればなし崩し的に鉄華団も防衛軍も指揮下に収めることが出来、戦局の膠着もずっとやり易くなるからだ。

 

 しかし、奇妙なことがあった。前日に事前確認として連絡を入れた際、通信に出たのはラディーチェではなくまだ少女としか思えない人物だったのだ。曰く、ラディーチェは仕事が忙しいせいで手が離せず、代役として自分(ジゼル)が出ましたというらしいが……どうにもそれが脳裏に引っかかってしょうがない。

 だから彼は鉄華団の基地へとやって来た後も所定の時間までMS内で待機し、今も念のために警戒を怠らずに進んでいる。もしかすれば、何か自分に不利益な事が水面下で起こっているのかもしれないから。考えすぎと笑われるやもしれないが、こんな勘働きで何度も命拾いしてきたのだから侮れない。

 

「失礼する。アーブラウ防衛軍作戦参謀として招かれているガラン・モッサだ」

「どうぞ、入ってください」

 

 果たして、何事もなくガランは目的地まで辿り着いた。重厚な扉をノックしながら声を張り上げれば、やはり少女の声が返ってきた。電話口で聞いたそれと同じだが、肉声はいやに感情が平坦な印象を与えるもの。

 ともかくガランは警戒心を捨てることなく扉を開け、まずはさりげなく中の様子を一瞥した。特に部屋に異常はない。黒いソファに茶のテーブルが置かれた応接間というシンプルなもの。そこに、二人の少年少女が居た。

 まずは少年の方が立ち上がり、一礼。続いて少女も会釈した。

 

「鉄華団のタカキ・ウノです。臨時ですが、鉄華団地球支部の指揮官をやらせてもらっています」

「同じく、鉄華団地球支部臨時参謀のジゼル・アルムフェルトです。お見知りおきを」

「ほう、ご丁寧にどうも。改めて、俺はガラン・モッサだ。話はもう聞いているかな?」

「ええ、もちろん。立ち話もなんですし、座ったらどうでしょうか?」

「……いいや、ありがたいが遠慮させてもらおう。傭兵稼業のせいでな、立っている方が落ち着くんだ」

 

 臨時でも参謀を自称するだけあって、会話の主導権は基本的にジゼルという少女の方にあるらしい。逆にタカキというらしい少年の方はあまり会話に参加しようとせず、静かにガランの様子を窺がっている。そしてもちろん、どこを見てもラディーチェの姿はない。

 これは少々きな臭い雰囲気が漂っている、直感的にガランはそう読み取って、入口付近から動かないよう心掛ける。扉も閉めたように見せかけて、ほんの少し開けておいた。これでひとまず、緊急時の退路は確保できたことだろう。

 

 最悪の事態を避けるための方策を数秒で生み出したところで、ガランは真っすぐ本題に切り込んだ。

 

「それで、ラディーチェは何処へ行ったのかな? 俺は彼との縁があってここに来たから、まずは彼と細かい打ち合わせをしておきたいのだ。もし忙しいのならすまないと思うが、此処へ連れてきてもらえるだろうか?」

「ああ、その話なのですが──」

 

 何が面白いのか、ジゼルが微かに唇を笑みの形に歪めた。対照的にタカキは何かを堪えるような、複雑な表情をする。それとほぼ同時に、肌を撫でる嫌な気配がした。

 猛烈に膨れ上がり空間を満たす嫌な気配、それは間違いなくジゼルから発せられているもので、反射的にガランは警戒態勢を最大レベルにまで引き上げてしまう。見た目は折れそうなほどに華奢なのに、歴戦のガランをして底知れないと思わせるのはいったいどういう事なのか。

 頭の中で銃を引き抜くシミュレーションすら確認しつつ、ガランはジゼルの次の言葉を待った。

 

「残念ながら叶いません。だって鉄華団地球支部事務員のラディーチェ・リロトは、既に裏切り者として粛清しましたので」

「なに……?」

 

 飛び出してきた言葉は、歴戦のガランをして動揺させるには十分な内容だったのだ。

 

 ◇

 

「ラディーチェさんの策に乗るって、どういう事ですか!?」

 

 非常に珍しい、タカキの怒号が室内に木霊した。めったにないその剣幕に、共に話を聞いていたアストンも驚きを隠せない表情だ。

 そんなタカキの勢いにもなんら心を乱すことなく、どこまでも素っ気ない調子でジゼルは自らの考えをもう一度開陳した。

 

「どうもこうも、そのままの意味ですよ。故ラディーチェ氏が招こうとしていたガラン・モッサなる人物を、彼の予定通りにこちらへ招き入れます」

「ですから、どうしてそうなるんですか!? 俺らを裏切っていた相手の策に敢えて乗るなんて、正気とは思えません!」

「タカキ、少し落ち着け。お前がそんなだと、俺も不安になる」

「ご、ごめん……確かに熱くなっちゃってた。でも、だからってこれは……」

 

 タカキが言い淀んでしまうのも無理はない。だってジゼルの策とは、故ラディーチェの思惑通りにガラン・モッサを鉄華団へと引き入れてしまおうというのだから。

 

 そもそも、ジゼルとタカキ、それになし崩し的にアストンが加わったこの場が開かれているのは、今後の鉄華団が採る方針を決めるためである。

 まずはラディーチェの粛清直後、ジゼルの発案で鉄華団地球支部の団員を緊急招集し、タカキの口からラディーチェの裏切りと粛清を同時に告げた。彼らの反応はさまざまであり、怒りを露わにするもの、ざまあみろと言うもの、ごく少数だが残念だったと言うものまで多種多様である。そうして最低限の事実を伝えた後は死体の処理を頼み、現在の鉄華団地球支部の中核を担う三人はこうして集まっている次第となっているのだ。

 

「ジゼルさん、確かに俺はあなたに意見を求めました。きっと俺なんかよりもずっと良い考えを提案してくれると思ったからです。でも、こればっかりは明確な理由を教えてください。そうでなければとても頷くことはできません」

「道理ですね。分かりました、順を追って説明しましょう」

 

 今回の騒動にあたって、臨時の指揮官となったタカキによって臨時参謀の任を与えられたジゼルはゆっくりと口を開く。

 

「この一連の騒動は、何者かが描いた模様であるのはあなた達も察している通りでしょう。そしてその何者かは、故ラディーチェ氏を通じて鉄華団を取り込もうとしたガラン・モッサという人物の可能性が非常に高いです。少なくとも、彼がその渦中に関わっている可能性は確かでしょう」

 

 無言で頷く。これはタカキも理解していた。このタイミングで鉄華団を裏切ったラディーチェと、そんな彼と契約していたガラン・モッサ。この二人は間違いなく一連の事態に噛んでいると見なしてよい。

 だからこそ、騒動の渦中に居るであろうガラン・モッサをラディーチェの予定通りに鉄華団へ迎え入れてしまうのに多大な不安を抱いてしまうのだが。

 

「故ラディーチェ氏と交わした契約書面を読むに、おそらくガラン・モッサの狙いとは鉄華団の軍事力です。仮にも軍事顧問となれるだけの力を持つこの組織を上手く操ることで、戦争をどのようにかコントロールするつもりなのでしょうね」

「だったらなおさら……!」

「彼を迎え入れるべきではないと? それはその通りですね。ですが──これほどまでにコケにされたままで、本当に良いのですか?」

「……! それ、は……」

「タカキ?」

 

 ジゼルが何を言いたいのかを察してしまい、タカキは語尾を濁してしまう。

 一方でアストンはどういう意味かを理解できなかったらしい。そのためタカキは思考の整理もかねて、思い至ったビジョンを説明する。

 

「……今回の騒動は元はと言えば、こっちの警備態勢に穴があったのも一因なんだ。もちろん、全部が鉄華団のせいじゃないのはそう。でも、軍事顧問として責任の一端はあるし……何より、こっちの内部から内通者(うらぎりもの)が出てるんだ。もしこのまま鉄華団が手をこまねいて何もしなければ、きっと組織全体の信用問題に関わってきちゃうよ」

「つまり……今のままじゃ俺たちも悪者にされるかもしれないってことか?」

「おおよそそういう事ですよ。まあさすがに悪者とまではいかないでしょうが、確実に評判には傷がついてしまうことでしょう」

 

 落ち着いた調子のジゼルの肯定に、いよいよタカキは自身の考えが当たっていたことを悟ってしまう。出来る事ならこんな予想は外れていて欲しかった。だってこのままでは、自分たちは──

 

「故に、鉄華団自らの手で()()()()()()()()()()()()()()()()()()? こちらをコケにして、あまつさえ利用しようとすらしたのです。その代償は払ってもらわなければならないでしょう」

 

 ──経済圏同士の戦争に参戦する他、道がなくなってしまうのだ。

 

 どのみちこの状況では、開戦すれば逃れられないのはその通り。だがそこに、帰るべき家であり家族でもある鉄華団の名誉が関わってきてしまえば話は変わってくる。積極的に戦争に参加することで今回の主犯とその目的を探り出し、鉄華団(みずから)の手で落とし前をつけさせる必要が出てきてしまうのだ。

 そしてここまで理解してしまえば、先にジゼルが告げた案と言うのもその目的が透けて見える。

 

「つまりジゼルさんはガラン・モッサをわざと近い所において、その目的を探りたいという訳ですね?」

「はい。それによって彼かその背後の者の正体と目的さえ突き止めてしまえば、後はどうにでもなるでしょう。そのためにもまずは、自分から伝手がやって来てくれるのですから利用しない手はありません」

 

 これがこちらの案の全てですと目線で言われ、タカキは黙り込んだ。

 ここまでの理屈、恐ろしいほどに抜けがない。組織としての責任問題もそうだし、落とし前だってそう。そのために敵を敢えて引き入れるのは確か、虎穴に入らざれば虎子を得ずと言っただろうか。全部にそうするべきという筋と理屈が通っているのだ。

 

 よって問題点はただ一つにまで絞られる。すなわち、本部の助けを借りずにタカキたちだけで戦争へと歩を進めるか否かだ。命のやり取りに向かうかどうか、これが最も肝心要の決断となる。

 

「もし団長なら、どうするのかな……?」

 

 いつだって前を見据えて止まらないオルガなら、このまま愚直でも前へ前へと突き進むだろうか。それとも家族であるタカキたちを慮って、今はそこまですることは無いと言ってくれるのだろうか。

 分からない、どちらもきっと間違ってはいないはず。だからこそタカキは迷う。それこそ数分はたっぷり使って考え抜いたのに、まだ答えは出てこない程に。直接団長に判断を仰ぐか? だけどこの複雑怪奇な状況は、例えオルガといえども容易には答えを出せないだろう。それでは遅いかもしれない。

 

 結局、現場にいる自分たちの頭で考えるしかないのだ。そして発案者のジゼルはただ無言でその様子を見守り、「最後に決断するのはあなたです」と訴えかけているかのようだった。

 

「アストンは、どうするべきだと思う?」

 

 故に、彼は隣に並び立つ友へと訊ねかけた。情けないと言いたければ言えばいい。だけどこのような重大な判断を自分一人で下すのは、とてもじゃないがタカキには出来なかった。

 訊かれたアストンはちょっと困ったような顔をして、

 

「俺は、この鉄華団が好きだ。だから、鉄華団が万が一でも悪く言われるのは嫌だな」

「──そっか。うん、そうだよね。アストンならきっとそう言うと思ったよ」

 

 その一言で迷いは晴れた。悩みこんでいたタカキはいっそ清々しいまでの表情を見せて、決断を待っていたジゼルを見据えた。

 

「ジゼルさんの策に乗ります。俺たちは鉄華団なんです、どんな相手だろうと戦って突き進んでみせます」

「了解しました。ではジゼルも、この事態に誠意をもって全力を尽くすと誓いましょう」

「はい!」

 

 かくして、賽は投げられた。鉄華団地球支部は戦火へと飛び込むことに決め、リスクを承知で敵を懐に飼うことに決めたのだ。この判断が吉と出るか凶と出るかは、まだ誰にも分からない。タカキにも、アストンにも、そしてもちろんジゼルであってもだ。

 だけど一つ言えることがあると言えば──この状況を仕組んだ者たちはきっと、内心で笑っているという事であろう。

 

 ◇

 

「残念ながら叶いません。だって鉄華団地球支部事務員のラディーチェ・リロトは、既に裏切り者として粛清しましたので」

「なに……?」

 

 ついにこの時がやって来たかと、タカキは内心で改めて気を引き締めなおした。目の前にいる覇気のある男こそ、ガラン・モッサであるのだ。これから先は指揮官として、一片たりとてこの男の前で油断することは出来ない。

 それにしても、臨時の参謀であるジゼルに交渉を任せたのは失敗だっただろうか。まさかいきなり核心に触れてしまうとは予想もしていなかった。あまりに予想外の言動に、ガランと同じような表情をしないように我慢するのに必死である。

 

「粛清とはまた、穏やかじゃないな。いったい彼がどのような事をしたのかね?」

 

 いけしゃあしゃあと訊き返してくるガラン・モッサに、やはりタカキは自身の感情を抑えるだけで精一杯だった。元はと言えば彼が仕組んだことなのに、理由が分からないなど絶対にあり得ないのだから。

 しかし侮りがたいのは、どうもガランは最初から不穏な空気を感じ取っていた点である。入室した時からそれとなく警戒を怠っていないし、今だっていつでも逃げれるようにさりげなく退路を確保している周到ぶり。これだけでも、ガラン・モッサの有能さと踏んだ場数の多さを推し量れるというものだ。

 

「簡単な話ですよ。彼は、鉄華団を戦いから遠ざけようとしたのです」

 

 ならばそんな男を前にしているのに、暖簾に腕押しのごとく動じないジゼルとはいったい何者であるのだろうか?

 かつてひとまずの答えを出したはずの疑問が、再び鎌首をもたげ始める。

 

「子供たちを戦いから遠ざけるというのは、人として至極当たり前の事ではないのかね? それで裏切り者として粛清されるようでは、彼も浮かばれんと思うが」

「普通ならそうでしょうね。ですが、ジゼル達は戦いの中で成長した会社なのですよ? 武力をもって生計を立てる会社なのに戦いから遠ざけられてしまっては、とてもお金を稼ぐ事などできません」

「だから粛清したと言いたいのか? 君たちは戦いたいから、止めさせようとする彼を排したと」

「その通りです。彼の気遣いはとても嬉しいものですが、しかし必要なものでもないのです。だから、ジゼル達は泣く泣くラディーチェ氏を粛清することに決めたのですよ」

 

 こちらもまたどの口が言うのかとばかりに嘘の応酬である。しかも性質の悪いことに、嘘をついているとも思えない信憑性を纏わせている。言っていることは破綻者のそれなのに、もしかしたら本当にそうなのかもしれないという説得力がついているのだ。

 

「……なるほどな」

 

 ラディーチェと繋がっていたガランならば、ジゼルの発言がとんだ嘘というのは当然見抜いていることだろう。しかし、それを無視して嘘だと糾弾する事も出来るはずがない。

 だって彼は、鉄華団の力を利用するために此処へとやって来たのだ。そして目の前には、”優しい人間”を殺してまで自分たちは戦いたいと言ってのける参謀が居る。であれば、腹はどうあれ意見の一致を見ているこのチャンスを不意にするのも難しい。

 

 つまりガランは、『ラディーチェを粛清した上で、恐らくはガランが敵とすら見抜いている組織』を雇うしかない状況に置かれてしまっているのだ。

 

「お聞き苦しい事情をお聞かせしてしまいましたが、こちらが戦争に参戦する気なのは確かです。他の団員たちは皆、今回の事件で負傷した仲間の仇を取ろうと勢い付いていますから、士気は非常に高いことを約束しましょう」

 

 よってこれは、ジゼルを通じた鉄華団からの事実上の宣戦布告という事になり──

 

「よし、良いだろう。君たちのその気概を信じようではないか。なに、俺も傭兵なのだ。そういった感情があることも理解できるさ、はははははっ!」

 

 豪快に笑ったガランの返事は、宣戦布告を聞き届けた上で受けて立つということなのだ。

 

 ──互いに罠を仕掛け、利用する算段を立てた歪な関係性。静かに、けれども確実に始まった闘争の波を乗りこなして、傭兵と殺人鬼は不敵な握手を交わすのだった。

 




信憑性(戦いたいのは本心から)
説得力(このために策を回してきた)
本格的にジゼルが悪人じみたムーブをしてまいりました。こんな邪悪が主人公で本当に良いのかと、作者自身疑ってしまいます。まあ言っていること自体はほとんど嘘もなく、状況から推測できる事ばかりなのですが……そのせいで余計にヤバイ奴になってますね(白目)


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#12 名無しの戦争

 アーブラウとSAUがついに開戦へと踏み切ったのは、鉄華団がガラン・モッサを作戦参謀に迎えてから三日後の事である。

 

 発端は互いの国境地帯であるバルフォー平原。SAU側の偵察機がMSの動力源であるエイハブ・リアクターの影響を受けてしまい、平原のど真ん中に墜落してしまった事が原因とされている。

 当然ながらこのMSとはアーブラウ防衛軍に所属する機体であり、こちらも同じく作戦参謀である()()()()()()()()()()()()()()国境にまで偵察に出ていたのだった。

 

 ──MSに標準搭載されているエイハブ・リアクターは、稼働しているだけで周辺の電波利用機器が使用不可となってしまう。だからこそ、これに対して特に対策も無かった偵察機が機体の制御を失い墜落したのは、誰のせいでもない事故というのが最も自然な見解だろう。

 

 SAUよりもアーブラウの方が、直接的な被害を受けた分この事態を重く見ていた。両者の偵察機とMSの差とはつまりそういう事であり、これは両者の認識の食い違いによって起きた不幸な事故ともいえるはず。

 けれど半ば偶然とはいえ人命が一つ失われてしまったのは事実であり──これによってSAUがついに戦端を開くのは、自明の理と言えたのだ。

 

 ◇

 

「両軍の認識の差異を利用して、偶然を装い見事にアーブラウとSAUを開戦させる……これ以上なく鮮やかな手腕ですね。いっそ感服するほどです」

 

 アーブラウ前線基地の中で、鉄華団が設けた一角には団員たちの為のテントが数多く立っている。そのうちの最も大きい指揮官用のテントの中で、机の上に置かれた戦場一帯を示す地図を眺めつつもひとまずジゼルはそう評した。

 テントにはジゼルの他に誰もいない。彼女はただ、地図の上に無造作に載せられた小石を眺めている。それらは地図の上にポツポツと点在していて、いくつかはペンキか何かで鮮やかな赤に塗装されていた。

 

「そしてこの戦力配置は……まあ、そういう事なのでしょうね。あなたの思惑が透けて見えますよ、ガラン・モッサさん」

 

 誰もいないことを良いことに、ジゼルは独り言を抑える気配がない。故に今この場で滔々(とうとう)と語られる言葉は、そのまま彼女の思考の写し鏡である。

 

「戦局における狙いは見えましたが、しかしその目的が一向に見えて来ませんね……アーブラウとSAUの外交チャンネルも何者かの手で閉じられたまま。これでは和平が成立する余地がなく、戦争で決着をつけるのみとなる……そっちの方が、ジゼルにとっては好都合ですけども」

 

 もしこの場にタカキかガランが居れば、即座にジゼルの異常性に勘付いたことだろう。特にガランならば、出来うる限りの手段を用いてジゼルを排除しようとしたに違いない。

 しかし、当然ながらここに両者はいなかった。そもそもからしてそれを承知しているからこそ、ジゼルも自身の歪んだ願いをありのまま垂れ流すことが出来るのだから。普段は意識して隠している本性をさらけ出す解放感は、どこかジゼルを上機嫌にもさせていた。

 

「目的は未だに明らかとならず、戦端が開かれてから既に五日が経過している。いい加減に状況を打破しないと、鉄華団の評判にも響き始める事でしょうし……ああまったく、考えることが沢山ありますね。だからこそ、戦争とは楽しいのですが」

 

 色々と破綻している彼女の思考だが、実のところ本気で鉄華団の利益の為に行動している点に偽りはない。ただ、利益を発生させるための手段として、戦争こそが最適解と思えるように誘導はしているが。それ以外は誓って不利益になるような行いも、視野を狭めるような嘘もついていないと断言できる。

 とどのつまり、これこそが生粋の殺人鬼(ナチュラルボーンキラー)たる彼女の悪辣な点であり、オルガが毒皿を喰らう覚悟で鉄華団へと招き入れたメリットでもあるのだろう。

 

「……あと二日ほどは、このまま彼の策に乗ってみましょうか。その後で彼の首を取り、返す刀で電撃戦を展開してSAU側の軍を黙らせてしまえば、少しは黒幕も浮ついて目的も見えてくるはず。”まずは殺してから考えろ”とは、うん、我ながら良い言葉ですね」

 

 これは妙案とばかりに黄金の瞳を細めたジゼルはどこまでも禍々しく妖艶であり。

 舌なめずりしてこれからの殺戮を心待ちにするその姿は、まさしく人を狩る狩人そのものであったのだ。

 

 ◇

 

 MSとは、それだけでも戦場の趨勢を左右する強大な戦力に数えられる。

 ようやく防衛軍として形を成してきたアーブラウ側はもちろん、軍事顧問である鉄華団も、外部から招かれたガラン・モッサ率いる傭兵団も、そして敵であるSAUすらも。

 戦場を駆ける数が多いのは、いまだMWが一歩二歩も先んじるだろう。しかし現在は全ての組織において、MSが主力兵器となりつつあるのだ。

 

 これにはMSで大暴れした鉄華団の活躍も大きく影響しているが、今は割愛して良い。それよりも重要なのは、戦場を左右するMSパイロットの中でも、とりわけ単独で戦場を支配してしまう規格外(エース)の存在についてである。

 彼ら彼女らは圧倒的な技術や経験、そして勘によって凡百のMS乗りとは別格の実力を発揮する。十人力、百人力にも匹敵するその力は、まさにエースと呼ぶに相応しい風格を備えている。

 

 今回の戦場においてこの域に到達しているのは、僅かに三人だけだ。アーブラウ側に二人、そしてSAU側に調停役としてやって来たもう一人である。しかし最後の人物はまだ戦場には立っていないのだから、アーブラウ側の二人が八面六臂の無双を成すのは半ば当然のことと言えよう。

 

『さてと、では死んでくださいな』

 

 戦場で指揮を執るタカキの耳に、物騒なジゼルの呟きが通信越しに届いた。その直後、鋼の不死鳥はまさに目の前で味方のランドマン・ロディへ止めを刺さんとするMSを血祭りにあげてみせる。ヘキサ・フレームのジルダというらしいそのMSは、フェニクスのカノンブレードによって力任せにひしゃげられて原形を残さない。コクピットも丁寧に潰れているから、まず間違いなくパイロットは死んでいるだろう。

 呼吸でもするかのように一つの命を終わらせたジゼルは、その感慨すら感じさせない気軽な口調で助け出したMSへ通信を飛ばした。

 

『大丈夫ですか?』

『は、はい! 助かりました!』

「負傷した人はいったん下がって! ジゼルさんはこのまま敵を引き付けてください! 他の皆は援護だ!」

 

 タカキの指示を受けて、全員が即座に動き出した。フェニクスが嬉々として正面のMS四機へ突貫し、その援護を二機のランドマン・ロディが担当する形だ。その背後では損傷が激しい先ほどのランドマン・ロディが後退しており、タカキたちMW組と共に戦線を一時離脱する。

 と、その時だ。移動するタカキたちの頭上を飛び越えるように緑色のMSが通り過ぎた。シャープな形状をした細身のそれは、ガラン・モッサの搭乗するゲイレールである。

 

『怪我はないか、少年たち!?』

 

 オープンとなった通信からは風貌に劣らぬ堂々たる声が聞こえてくる。本気で鉄華団の心配をしているらしい彼がフェニクス達への援護に入ると同時に、鈍い音と複数の銃声がいくつもいくつも響く。そして三十秒ほども経過した頃には、背後で行われていた戦闘は終わっていたのだった。

 

『助かりましたよ、作戦参謀さん。礼を言いましょう』

『謙遜はよしたまえ。君たちならあの程度、いくらでも切り抜けられただろうに』

『では、そういうことにしておきましょう』

『ははは、食えない参謀さんだ』

 

 通信から漏れ聞こえてくる、鉄華団の臨時参謀と防衛軍全体の作戦参謀による化かし合いの会話に、タカキの胃は締め付けられるばかりだ。どちらの腹も理解してしまっているからこそ、聴いているだけでも冷や汗が流れてしょうがない。もしこの場にアストンが居れば、タカキと共に数少ないこの状況の真実を知るものとして大いに同感したことだろう。

 

 ──戦局はアーブラウ側が圧倒的に押していた。アーブラウと同じくにわか仕込みの防衛軍がメインとなるSAUだが、彼らは調停役を頼んだギャラルホルン以外に外部戦力を所持していない。だからほとんどが戦争を未経験の新兵な一方で、アーブラウ側は年若くも場数を踏んだ鉄華団と、数こそ少ないがベテラン率いる傭兵団の存在がある。

 

 この二者の存在が、アーブラウの有利を決定づけていた。

 

 そして何より大きいのは、ジゼルが操るフェニクスとガラン・モッサが駆るゲイレールの存在なのだ。どちらも一騎当千の如き強者であり、文字通りに他を一蹴できるだけの力を持っている。戦場を縦横無尽に駆け巡り何度となく追い詰められた味方の窮地を救うこの二人には、多くの鉄華団員や防衛軍の者が賞賛の声を上げているのであった。

 とはいえ意外だったのは、ジゼルがここまで手練れだとは思っていなかったことだろうか。タカキを含め何人かは察していたが、それでも大多数はまさか事務方の彼女がMS、それもガンダム・フレームに搭乗するとは予想もしていなかったのである。だからこそ、あるいは三日月にも並べるのではないかと思わせるその実力には誰もが感嘆するばかりだ。

 

「ガランさん、次の目標は?」

『攻め込んでもいいのだが……相手の思わぬ反撃が怖いところだな。あまり追い詰められ過ぎた鼠は思わぬしっぺ返しをしてくるものだ。無駄な犠牲を出すよりもここはひとまず引いて、こちらも態勢を立て直すことに注力するとしよう』

「……わかりました。ではその通りに指示を出しておきますね」

『頼んだぞ少年。まったく、君のような頼りになる男が居なければ。今頃どうなっていたことか』

 

 豪快に笑うガランを相手に、タカキはぐっと口を結んでこらえた。そうでなければ、きっと自分でも想像がつかないような思わぬ言葉が飛び出てしまうと思ったから。

 しっかりと通信が切れているのを確認してから、タカキはこらえていた口を開く。やはり、自分でも思いもよらない強い言葉が飛び出してきてしまった。

 

「無駄な犠牲……? いいや違う、これはただ戦況を硬直させているだけだ。これじゃ、いつまで経っても戦争は終わらないじゃないか……!」

 

 タカキから見たこの状況は、いわば三日月がそのまま味方に来てくれたようなものだろうか。ガンダム・フェニクスを操り、情け容赦なく敵を屠るジゼルの姿は、どうしても彼の背中を連想させる。三日月と違ってどこか不穏な空気を放っているのがもっぱらの不安ではあるが、その代わりに頭が回るのだから頼もしいやら手に負えないやら。

 

 ともかく現状はアーブラウが圧倒的に有利であり、油断さえしなければ幾らでもSAU側の守りを突破して王手をかけることも出来るはず。しかもここにガラン・モッサまで加えられるのだから、もはや躊躇う必要などどこにも無いのだ。

 なのに全体の指揮を任されたガランの取る方針は、どこまで行っても慎重論でしかない。万が一をも考慮し、味方に無駄な犠牲を強いないというのは確かに立派だ。けれどそれは、チャンスを逃してまで徹底する事でもないはず。むしろ一気呵成に畳みかけた方が、終わりのない戦争よりも結果的に少ない犠牲にすることも出来るはずなのだから。

 

 その程度のこと、ガラン程の男が思いつかないはずはない。であればこの状況が示すのはただ一つ。ガラン・モッサは、意図的に戦争を長引かせているという事だ。

 

「もしジゼルさんがこの場に居なくて、団長たちとも連絡が取れず何も知らないままガラン・モッサに従っていれば、きっと俺も疑問に思えませんでした。それくらい彼は器が大きくて、しかも自然に戦況をコントロールしています。事実俺とアストン以外の団員はまだ彼の正体を知っていませんけど、味方を大事にしてくれる頼れる人だと感じているみたいです」

『そうか、なるほどな。コイツは思った以上に厄介な相手だってことか……』

 

 夜。鉄華団の前線基地に戻って来たタカキは、本部への定時連絡を兼ねて彼から見たこの戦争をオルガへと伝えていた。難しい顔つきで報告を聞き終えたオルガは、やや考え込んでから画面越しに労るような視線をタカキへよこす。

 

『ひとまず、無事にやってくれているようで安心した。まさか鉄華団の看板の為に命張ってくれるとは思わなかったが、それも命あっての物種だ。下手に気負ったりしなくていい、だから絶対に無理はすんじゃねぇぞ』

「はい!」

『いい返事だ。そんじゃ、悪いがジゼルに代わってくれ。ちょいと話さなきゃいけねぇことがあるんでな』

「分かりました」

 

 オルガの頼みに素直に応じ、タカキは通信機器の隣へと移動した。そして入れ替わるように、無言で壁の花と化していたジゼルが通信機器の前に陣取ったのである。

 

「さてと、状況は先ほどタカキさんが伝えていた通りのものですよ。ガラン・モッサは戦力を散開させて小出しにすることで膠着状態を生み出し、しかも引き際を鮮やかに演出することで違和感も少なく戦況を長引かせています。敢えてこちらも彼の策に乗り続けてますが、中々の手練れだと感じさせる手腕ですね」

『ちっ、ラディーチェの野郎もたいがい面倒な手合いを引き込んだもんだ。もしアンタがいなけりゃ、もっといいようにタカキたちは扱き使われていたって事だな』

「きっとそうでしょうね。強くて豪快で、しかも人心掌握すら長けているとなれば、並の相手ではとても歯が立ちません」

 

 暗に「自分なら歯向かえる」と言っているような言葉である。心なしか、オルガの目から見ても今のジゼルはどや顔を決めているかのようだった。もちろん、表情自体に変化はほとんど無いのだが。

 

「幸いにしてこの六日におけるこちらの被害は負傷者だけ、死者はまだゼロです。しかしそれも、このまま長引けばわかりません。きっと犠牲は出てしまうことでしょう」

『無茶を承知で聞くが、戦争を止める手段は何かないのか?』

「外交チャンネルが閉ざされている以上、武力によるものしかありません。ですがそれも背後にあのガラン・モッサがいる以上、実行するのは難しいでしょう」

『奴を排除することは可能なのか?』

「多少のリスクはありますが、やろうと思えば。ただ、やるならあと一日は欲しい所です。せめて彼の目的を探り出してしまいたいので」

『目的、か……そういや、ギャラルホルン側の目的はつかめたぞ。やっぱこっちの読み通りに戦争の調停だ。マクギリスの野郎に訊いたら、アイツ自身が来てるって話じゃねぇか』

 

 SAU側にギャラルホルンが確認されたため、念のために鉄華団はその目的を調べていた。その成果をジゼルへと伝えたところ、彼女は顎に手を当てて何やら考えだしたではないか。

 戦争の調停というギャラルホルンなら当たり前の行動の、いったい何を疑問に感じたのか。訝しむオルガとタカキの前で、ジゼルはポンと手のひらと拳を合わせた。

 

「一つお聞きしますがそのマクギリスという方は確か、ギャラルホルンの改革派筆頭という事で良いのですよね?」

『ああそうだ。腐敗したギャラルホルンを変えたいだとか、そのために俺らの力を借りたいだとか、散々言ってきたから間違えようがねぇ』

「なるほど……改革派の敵は旧態依然とした相手が道理……となれば……」

『何か読めたか?』

「ええ、まあ。憶測に憶測を重ねたものですけどね」

 

 彼女にしては珍しく自信なさげな態度である。とはいえどんな突拍子もない情報でも今は欲しい。だからオルガが目で続きを促せば、ジゼルは指を順に三つ立てて見せた。

 

「戦争が長引いて得をするのは、主に三者です。一つは武器商人、一つは傭兵、そして最後は無益な戦争の責任を押し付けられる立場に居る者です」

『それから、戦闘狂が抜けてるんじゃないのか?』

「なら四者と訂正しておきましょう」

 

 さりげない皮肉にも真顔で応じ、ジゼルは話を続けた。その間に指も四本に増やしてしまう。

 隣で話を聞いているタカキは、意味が分からず困惑するばかりだ。

 

『武器商人と傭兵はまあ、戦争がなきゃ成り立たないから理解できる。だが最後のよく分からん奴は──』

「単純に政治の話です。かつてジゼルが参加した戦いも、そういった足の引っ張り合いは多くありましたよ。敗戦の責任を取らされるのは、いつも前線で命を懸ける指揮官ですから」

『だが、んなこと本当に有り得るのか? 足の引っ張り合いで戦争起こすなんざ、規模がでかすぎて想像できねぇよ。まさかマクギリスがそれに関与してるってのか?』

「その人物が改革派というならあり得ない話ではないです。不自然な外交チャンネルの封鎖も、ギャラルホルンの手によるなら説明がつきますからね。いつの世でも、異端児は爪弾きにされるものですよ」

 

 その異端児筆頭のジゼルはどこか遠い目をして、此処でないどこかを懐かしそうに眺めていた。

 色々と箍の外れている彼女なりに、苦労も多く有ったのだろうか。かつての自分らの苦労を思い出して、少しばかり共感してしまいそうになるオルガである。

 

「ひとまず、これでおおよその目星は付きました。おそらくガラン・モッサの背後に居るのは武器商人かギャラルホルンのお偉いさんでしょう。確率的には七対三と見ます」

『そんで、そこまで分かったならどうすんだ? まさかアンタがこのまま奴の言いなりってこたぁないだろう?』

 

 半ば確信じみた口調で問いかけられ、ジゼルの口に笑みが灯った。やはり見る者を不安にさせる、魔性のそれ。隣で見ているタカキは肌が粟立つのを止められない。

 こんな相手と対等に話しているオルガ団長は、いったい何を思っているのだろうか? 信用しているのか、もしくは利用しているだけなのか。その真意は闇の中だ。

 

 しかしただ一つ言えるのは。この二人は間違いなく、利益が同じ方向を向いている限り非常に相性が良いという事だろうか。 

 

「敵を知り、戦況を知り、そして目的を知ったことで、条件は全てクリアされました。故にこちらから仕掛けます。三日以内にガラン・モッサを討ち取り、SAUの喉元に刃を突き付けることで、『戦争を早期に終結させた偉大な組織』という名誉を鉄華団に齎してみせましょう」

 

 ニタリと笑うその口から放たれたのは、あまりに大胆不敵な宣言であったのだ。

 



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#13 悪辣なる戦い

 アーブラウとの戦争が始まってから既に八日が経過した。戦場のどこを見渡しても戦っているのは少数対少数の散発的な戦いであり、決定的な勝利も敗北も全く起きていない。端的に言って、全く天秤は傾いていないのだ。

 変化のない戦い、いつまで経っても動かない戦況。良くも悪くも刺激の少ない戦場には、少しづつ中弛みにも似た気配が両軍に漂い始めていた。

 

「さて、各員準備は整いましたか?」

 

 八日目の両軍の激突も、やはりと言うべきかあまり大きな変化を見せずに終わった。ほどほどの戦力がぶつかり、ほどほどの成果と損害を出したところでSAUが引き、そしてアーブラウからの追撃はなし。いつも通り変わり映えしない、ジゼルにとっては欠伸が出るほどにつまらない戦場だ。

 しかしその膠着も今日で終わる。撤退していく相手を見逃してもなお弾む心を抑えきれないまま、ジゼルはこの時の為に前線基地で待機しているタカキへと問いかけていたのだ。

 

『既に損傷した機体以外は配置についていますし、防衛軍に渡す資料と通信の用意も整ってます。だから後は、こっちの号令さえあればいつでも大丈夫です』

「それは重畳。ではすぐにでも始めましょうか」

 

 小規模な戦闘が広範囲に広がっている事もあり、戦場の至る所には損傷の少ない鉄華団のMSやMW隊が存在している。およそ一つのポイントにつきランドマン・ロディが二、三体。さらにMWが五、六台といったところか。

 加えてそれらのポイントには他にもアーブラウ防衛軍が乗るMWや、ガラン・モッサの率いる傭兵団のMSも数機づつ混じっている。もちろん、どれもガラン・モッサの指示した配置によるものだ。

 

 ──これまで鉄華団は、敢えて敵と分かっているガラン・モッサの策に乗ってきた。それ故に起きている布陣を最大限に利用して、彼へと向かい研ぎ澄まされた牙を突き立てる。

 

 

 ◇

 

 SAUとの衝突も終わり帰路に着く中で、彼らは異変に気が付いた。

 唐突に鳴り響く緊急連絡(エマージェンシーコール)は仲間からのもの。これが来たという事は、予想通りの事態が起き始めていることを明確に示唆している。

 

『……隊長』

「ああ、分かっている。予想より少々早いが、連中、いよいよ仕掛けてくるようだな。せめてもう少し消耗させておきたかったがしかたあるまい」

 

 僚機からの通信に頷きながら、ガランはコクピット内のレーダーへと目線をやる。そこには自身のゲイレールと仲間のシャルフリヒターを示す二機のMSへと向けて、急速に接近してくる一機のMSの反応があった。レーダーで見てもなおひたすら速いその機体は、この数日間で彼にとってもお馴染みとなったものであり──

 

「来たかフェニクス……! いや、鉄華団参謀、ジゼル・アルムフェルトよ!」

『こんにちは、早速ですが殺しに来ましたよ』

 

 いつか必ず銃を向け合う日が来ると、最初の日から確信していた相手であったのだ。

 

 低空飛行によって木々をなぎ倒しながら突き進むフェニクスは、その赤と金の機体を陽光に煌かせながら仲間のシャルフリヒターへと迷うことなく突撃した。得物は馬鹿げた巨大さを誇る剣と砲の複合兵装。それをガンダム・フレームに特有の高出力で叩きつけられたシャルフリヒターは、ギリギリのところで受け流しながら後退することに成功した。

 すり抜けられた巨大兵装は勢いよく地面に叩きつけられる。轟音と共に砂塵が舞い上がり、ほんの僅かフェニクスの姿が目視できない。そこで、またも轟音。今度は大砲が発射されたようなそれに、

 

「マズい、避け──」

 

 ガランは素早く警告を僚機へと送ろうとしたが、

 

『なっ、このっ──!』

 

 通信機から返ってきたのは、砲弾によりコクピットを強打されて返答もままならない仲間の声。間一髪両腕で防ぐが、衝撃を殺しきれていない。そこに、砂塵を突き抜け現れた鋼の不死鳥が迫る。振り上げられた巨大兵装の大剣はあやまたずコクピットに向かっていて──その時にはガランも素早く援護行動へと移行していた。

 大剣が振り被られた直後、素早くガランはシールドアックスを抜き放ち背後から肉薄する。相手の大剣はそう簡単に取り回しできるようなものではない。確実にゲイレールの攻撃がフェニクスの先を行く。故にフェニクスに残された手段は攻撃を捨てて回避に専念するか、コクピットを潰す代わりに自分も死ぬかの二択だけ。

 

 この時、勝利の天秤は大きくガランへと傾いた──はずだったのに。

 

「ちっ、これは……!」

 

 舌打ち、それから咄嗟の回避行動。素早い身のこなしで機体を切り返したガランのすぐ横に、鋼線で繋がれたブレードが突き刺さる。しかもそいつは即座に地面から抜けると、まるで生物の尾のようにしなやかかつ流動的な挙措でもってガランへと襲い掛かってきたのだ。

 あたかも大蛇でも相手にしているかのような変幻自在の攻撃を、盾で弾きシールドアックスで迎撃する。その持ち前の技術と培った勘を使って的確に防いでいくガランだが、ここである事実に気が付いた。

 

「この攻撃、これまで意図的に見せていなかったな……! まったく、抜け目のない奴め……!」

 

 フェニクスには翼の如き巨大スラスターと鉤爪型の脚部、そして尾にも似た腰部ブレードが存在する。この内の尾が伸びることでガランへ襲い掛かってきているが、この攻撃はここまでの八日間の中で一度たりとて見せたことが無い。この時の為に伏せ札として温存していたに違いない。

 初見の攻撃というアドバンテージは歴戦のガランをしてもさすがに埋めがたく、ほんの数秒ではあるがフェニクスに手出しするどころではない程に翻弄される。

 

『あなたの積み上げた全て、破壊させてくださいな』

『な、や、やめ──っ……』

 

 当然、その数秒があればフェニクスがシャルフリヒターへ止めを刺すには十分に過ぎた。ひとまず尾の範囲から抜け出したガランが目にしたのは、きっかり止めを刺された僚機の姿。生存はまず絶望的だろう。

 吹きこぼれたオイルを返り血のように輝かせ、フェニクスはガランへと意識を戻した。

 

『まずは一機。さあ、次はあなたの番ですよガラン・モッサ。死んでジゼルを楽しませてくださいよ』

「ククッ、なるほどやってくれたな小娘め。強敵だろうと予測はしていたが、しかし見事な実力だ。まずは褒めておこう』

 

 不敵に吐き捨て、ガランは目の前で佇むフェニクスとジゼルの評価を一段階引き上げた。

 あのフェニクスというらしい機体が、阿頼耶識システムを搭載していることはとっくの昔に見抜いていた。だからMSとは思えぬ滑らかな挙動の脅威は十二分に理解していたし、仲間たちへも忠告を怠った事は無い。それでもなおこうして呆気なく仲間を一人失ってしまったのだ。敵方の実力を見誤った対価はあまりに痛かった。

 

 けれど、もはや油断はない。今の刹那の攻防で相手の手の内、さらには実力は概ね計れたと言って良いだろう。機体の性能、パイロットの腕、殺しへの躊躇いのなさ。どれをとってもまず一流、歴戦のガランをして間違いなく苦戦する相手なのは紛れもない事実であり。

 

 何も力比べだけが戦争を左右する要素でないのもまた事実だ。

 

「先に一つ訊こうか参謀殿。仮にも味方であるはずなのに、どうして俺たちを攻撃したのだ? いや、今更愚問ではあるのだろうが、後学のために知っておきたいと思うのでな」

『後学のため? これはまた異なことを訊きますね。そんなものに意味はありませんし、知る必要もありません。だって──』

 

 あなたはここで死ぬのですから──まるで散歩に誘うかのような気軽さで、ジゼルはガランへ混じり気のない殺意を向けた。その痛烈な殺意と皮肉に思わずガランの口が弧を描き、喉の奥からは笑い声が漏れ出てしまう。

 やはり自身の正体などとっくの昔にお見通しであったか。構わない、それを承知でガランは鉄華団を利用したのだから。互いに互いを利用した腹の探り合いは、この場でひとまず打ち止めだ。

 

「なるほど、それは怖い怖い。だがな──生憎と小童に負けてやる気は毛頭ないのだよ!」

 

 ゲイレールのスラスター出力を全開にし、ほぼ同時にフェニクスも真正面へと動き出す。相手の得意距離は間違いなく近・中距離。そしてそれはガランとて同じこと。故に両者の戦いが超接近戦(インファイト)となるのは、半ば必然の事であった。

 高速接近しながらガランは、先手必勝とばかりに一一〇ミリライフルで的確にフェニクスを狙撃する。狙いはカメラ、そして背後から見えているスラスターだ。どちらも潰されれば満足に戦えない、MSの要の一つ。

 ジゼルもそれは承知しているのだろう。細やかに頭部を、そして翼を移動させる。どちらも阿頼耶識システムを使いこなしているからできる芸当。鋼と銃弾の擦れる音、そしてフェニクスは銃弾を紙一重で擦過させてすり抜けた。

 

 この攻防の最中においても、両者の速度は微塵も落ちない。次の瞬間には彼我の距離は限りなくゼロにまで近づき、今度はフェニクスの方が大剣を振りかぶって叩き下ろした。

 ガンダム・フレームの生み出す出力と、大質量の取り合わせはまともに受けることすらも叶わない。しかもフェニクスは無駄のないコンパクトな動作にまとめているから、隙もまたほとんどないのだ。だから彼は、そんなものとは最初(はな)から付き合わない。瞬時にゲイレールを半身にさせてこれまたスレスレで避けてみせると、極至近距離から銃撃を敢行する。

 

 吐き出された銃弾がフェニクスのナノラミネート装甲を連続強打した。マズルフラッシュと鈍い音が戦場を支配するがフェニクスはまったく動じていない。むしろ機体を揺さぶられながらも冷静に大剣を引き上げて──

 

「その手にはかからんよ!」

 

 特徴的な音と共に瞬時に伸びた尾の(テイル)ブレードがガランの背後から急襲する。だがそれはもう知っている。故にガランは即座に機体を横に滑らし、一拍遅れたブレードは何もない空を切る羽目となってしまった。

 今度は余裕をもって難を逃れたガランだが、しかし即座にフェニクスの追撃が飛んでくる。構えなおした大剣を最速で横へ薙いだその先には間一髪で回避行動に成功したゲイレールの姿があり、つまりは攻め手と受け手の攻防が目まぐるしく変化していること示していた。

 

『分かってはいましたが強いですね、あなた。殺し甲斐がありますよ』

「ほざくがいい、()()()。このようなところで終わる訳にはいかんのだよ!」

 

 この時点では、少なくともどちらも技量の点ではほとんど差がないと断言できる。ガランは知る由もないがジゼルは短い年数で圧倒的な戦闘経験を積んでいるのに対して、彼自身は何十年にも渡って戦場を駆けてきた猛者なのだ。密度も経験も、共に強くなるための重大なファクターであることに疑う余地はなく。

 故にどちらの方がより強くなれるかの議論に意味など無い。ただ純然たる事実として、双方ともに圧倒的な強者の側に立っているのだから。

 

 ──ならば、彼らの勝敗を分けるのはいったい何か? 先も述べた通り力比べだけが戦争ではない。策略一つ、戦略一つ、そして理解一つで、戦いの行く末など当たり前に変化していく。そういった要素を完璧に利用したものこそ、この戦いを制するのだ。

 

「しかし気になる。いったいどのようにして俺らが敵だと鉄華団に信じ込ませた? 少なくとも一昨日までの時点では、お前を除けばタカキとアストンの二人しか気が付いている様子はなかったが」

『そこまで見抜いていましたか。ええ、教えたのはつい昨夜の事ですよ。ですが団員たちはまだ若く、血気盛んで、男の子らしい力に満ち溢れていますから。ちょっと説得力のある証拠を提出して煽ってあげれば、仇討ちの義憤を起こさせる事など容易い事です。皆さん二つ返事で作戦に了承してくれましたよ』

「参謀を名乗るだけあって、随分と悪辣な手腕じゃないか。無知な子供たちを利用するのと何ら変わらんのではないかね?」

『利用するだけした挙句に使い潰そうとまで考えていたあなたに言われる筋合いはありません』

「違いない。つくづく我々は度し難い生き物だよ」

 

 言葉の刃を交わらせながら、互いの攻防はよりいっそう激しく移り変わる。相手の動きを観察し、対抗策を生み出し、上回ることがあれば即座に修正。それを何度も何度も繰り返して、薄氷の上に成り立つ均衡が出来上がっているのだ。

 

 フェニクスの大剣による一撃は重く、当たればまず必殺となり得る。それをコンパクトに振るうことで極力隙を無くしているのは見事な工夫と技術だが、それでも隙が完全に消え去る訳ではない。ガラン程の男ならばこの小さな隙を突くのも容易い事だ。

 しかし、それを邪魔するのが尾のブレードだ。自由自在に動くこいつは大剣程の重みは無いが、そのぶん隙というのは極端なまでに少ない。これが大剣を振るうことで生じる隙を正確にカバーしてしまっているのだから、ガランからすればあまりにやり辛かった。

 

「そしてお前も、いったいどれだけの人間の血を啜ればこれだけの実力を得るのか。いやはや、想像するだに恐ろしいな」

『さて、ジゼルも正確には覚えていませんのでね。それなりには殺してきているという自負はありますが』

「それは結構、まともであれば強くなどなれんし、生き残ることすら能わぬ世の中だ。きっと俺もお前も、とっくの昔にまともさなど捨てているのだろうな」

 

 苦笑を返すガランだが、さりとて余裕があるわけでもなかった。今も続く攻防では当たれば終わる攻撃の緊張感に常にさらされているのだ。例え歴戦と言えど、全く精神に影響しないなんてことはあり得ない。

 かといってジゼルの方も、余裕綽々かと思えばそうもいかない。なにせ火星の採掘プラントで目覚めて以来、これだけの強敵と戦うのは初めてなのだ。しかもゲイレールの狙いは正確で、動作の折にフェイントすら混ぜ込む見事なもの。いっそ人間のように動いているというのに、阿頼耶識システムなど欠片も使っていないのだから凄まじい。

 

 それでも、徐々にだが追い詰めているのはジゼルの方であった。ガンダム・フレームとしての大出力に加えて、阿頼耶識システムという最大の利点を前面に押し出して戦っているのだ。それはどれだけガランの実力が高かろうと、機械による制御の補助付きでは段々と動作速度に差が生じ始めてしまう無情な現実を意味していた。

 

 だから、ここが切り札の切り時であったのだ。

 

「さて参謀殿、唐突ではあるが今日の布陣を見て何か思うところはあったかね?」

『またぞろ何を言い出すかと思えば……一応訊いておきましょうか。何を仕込んだのです?』

「人質。そういえば理解してくれるかな?」

 

 仮に自分たちではフェニクスに対抗できないと判明した時の為に用意していた保険、ここで使わなければ意味がない。相手の行動が読めているなら、この男が対策を打ち出さない訳がない。

 至近距離で互いの得物を巡らせながら、ガランはしたり顔で笑ってみせた。

 

「今日はアーブラウと鉄華団のMW隊と一緒に、俺の傭兵団から一機MSが行動していてな。連絡一つで彼は俺の指示通りに動く。この意味、お前なら分かるだろう?」

『MWとMSの戦力差は圧倒的。つまりアーブラウと鉄華団のメンバーを殺されたくなければ、大人しくしろと』

「そういう訳だ。賢明な判断を期待しよう」

 

 もし鉄華団が牙を剥くなら、戦闘が終わりSAUが撤退したすぐ後だと予測していた。そのために部隊の一つを巧みに調整することで、鉄華団に対する抑止力へと変えてしまうなど造作もない。仲間意識が強い組織と言うのはこれまでの言動でもよく理解しているから、これ以上に効果的な策はないだろう。

 ただし、これはガランにとっても諸刃の剣である。本当に人質たちを殺してしまえば、間違いなくガランとその仲間たちはアーブラウ側から放逐されるだろう。そうなれば本命となる戦争の膠着化どころではなく、本末転倒な事態となってしまうからだ。

 

 つまり、これは九割がたハッタリの発言なのだ。だけどそれで構わない。人質とはつまるところ、一割の”もしかしたら”という感情が相手を縛るのだから。どれだけ現実的にあり得ないと考えようとも、相手の言葉に呑まれればそれで終いだ。

 もしかしたらの危険性を考慮するなら、もはやフェニクスは止まるしかない。よしんばそのまま戦い続けたとしても、動きに迷いが出るのは明白だ。仮にも参謀を名乗る女だ、無用な犠牲など出そうはずもない。

 

 常識的に考えてなんらおかしくない作戦。これにて王手をかけたと確信したガランであったが、

 

『そうですか、なら勝手に殺したらどうですか?』

「なに……っ!?」

 

 仲間の死など何一つ考慮に入れることなく攻撃を続行するフェニクスの姿は、全く予想もつかないものだった。

 油断してはいなかった。だが無意識のうちに、これで自身の有利へと整えたという慢心があったのかもしれない。その真相は不明だ。けれど事実として、圧し切られ宙を舞うゲイレールの右腕はガランの当てが外れていたことを如実に表していたのだった。

 

「迷う素振りすら見せぬとは、正気かお前は……!?」

『そんなもの、とっくの昔に捨てましたよ。正気(まとも)なままでは生き残れない。あなたが言ったことでしょう?』

 

 さらに追撃。片腕を失ったゲイレールではもはや戦いの均衡を保てない。体勢を立て直すべく即座に背後に引こうとして、右からやって来た尾のブレードに対応しきれずバランスを崩してしまう。

 形勢が変わる。流れが変わる。明らかに傾いた天秤の有り様に、ガランの背中を嫌な感覚が通り過ぎた。

 

「お前にとって彼らは仲間ではなかったのかね? 俺が言えた口でもないが、それを見殺しにするなど人としておかしいと思わんのか!?」

『十分おかしいかと。けど、ジゼルは元から異常なのですよ。そしてあなたは、外道ではあっても根っからの異端ではない。今の言葉からも分かりますよ、その本性の高潔さを』

「お褒めいただき感謝する、と言いたいところだがな……!」

 

 ガラン・モッサは明日も知れぬ傭兵であるが、しかし決して底辺の人間ではない。人としておかしい訳でもない。良い生まれをして、良い育ちをして、そして友人の為に戦える芯の強さまで兼ね備えた、あらゆる意味で恵まれた良識的な男なのだ。

 だからこれは自明の話。外道は行っても決して狂人ではなかったガランが、本物の狂人(ジゼル)を見誤るのは当然の帰結と言えたのだ。

 

「なるほど……ようやく理解したよ。お前の本性は生まれついての人殺しか。まさかそんな簡単な事実に、こうも足を掬われる羽目になるとはな」

 

 ここにきてやっとジゼルを理解できた自身の察しの悪さを呪いながら、忙しなくゲイレールを操作していく。もはや戦闘の続行は不可能だ。これまで保てていた対等な戦いも、この状態ではまともに成立しない。

 まだ破壊されたのは右腕だけ。脚部もスラスターも無傷なのだから、逃げようと思えばどうにでもなる。しかし目の前の殺人鬼がそう簡単に逃亡を許すとも思えない。友の為にもそう簡単に捨てられない命ではあるが、下手に足掻いて不利益をもたらすくらいなら──

 

「ちぃっ……!」

 

 迷いが生じてしまう。最後まで足掻いて次で挽回してみせるか、それともここで潔く自爆して全てを灰に帰させるか。まだ状況の巻き返し自体は十分に可能だからこそ、歴戦のガラン・モッサをして判断に迷ってしまうのだ。

 らしくないと言えばその通り、普段の彼ならきっと一笑に付す愚行と切って捨てるだろう。だが実際にこの状況に追い込まれてしまえば、どうしても刹那の迷いが生まれるのは人として避けられない。

 

 そして殺戮者とは、致命の迷いを見逃すほど慈悲深い存在でもないのだ。

 

「お前はいったいいつまで殺す? まともさを捨て、抱いた正義もなく、ただ悦楽だけを求めて永劫殺し続けるのか!?」

『言うに及ばずですよ。そんな覚悟、屋敷を飛び出した時にはしましたよ』

「それはまた殊勝な事だ……! しかしな! お前には決して、まともな終わりなど来ないだろう! 満たされぬ飢えにいつまでも苛まれ続ける──それがお前の末路だ!」

 

 正気もなく、守るべき正義も抱かず、ただ自分の為だけに人の生き血を啜る鋼の不死鳥(あくま)

 血を糧に飛翔するその様はなるほど、戦場と言う狂気の修羅場を生き抜くにはこれ以上ない怪物だろう。いつだったか、ラディーチェが彼女の事を狂人と評していたのも頷ける。てっきり言葉の綾と軽視してしまったのが良くなかったか。今更悔やんだところでもう遅い。

 

『満たされないなら、いつまでだって埋めればいい。この世界にはたくさんの人間が居ますからね。きっと困ることは無いでしょう』

「この、バケモノめ……!」

 

 ほんの少し動きの乱れた隙を逃さず、フェニクスの振るう大剣が画面いっぱいに映りこんだ。あと一秒もすれば振りぬかれる。咄嗟に自爆装置を起動させようとするも間に合わない。あまりに口惜しい終わりを悟ってしまい、ガランは悔し紛れにため息を吐いた。最後の瞬間、脳裏に浮かんだのは志半ばで置いていくことになった友の姿だ。

 

『では、今度こそさようなら。久々に楽しませてもらいましたよ』

「クソッ、悪ぃなラス──」

 

 口をついて出た謝罪も、最後まで言葉にできず。

 ゲイレールごと圧し潰されて、ガラン・モッサはその生涯を終えたのである。

 

 ◇

 

 鉄華団による唐突な傭兵団への攻撃行為は、アーブラウ防衛軍に激震を走らせるには十分すぎるものだった。

 同士討ちなど言語道断と詰め寄る防衛軍側の隊長に、タカキはこの時の為に用意していた資料を渡した。それはガラン・モッサがこの戦争を巧妙に演出したという証拠であり、またアーブラウを売った事を示すものだったのである。

 これでもまだ半信半疑であったのだが、既に鉄華団は裏切り者のガラン・モッサと傭兵団を全滅させたこと、そして団長であるオルガ・イツカまでも通信越しに直々の説明を行った事で、ひとまず防衛軍側も事実として飲み込むことが出来たのだ。

 

 ──この時、満たされるべき条件は全てクリアされた。

 

 この四時間後、鉄華団は夕暮れに紛れて電撃的な再出撃を開始した。簡単な休憩と補給を行っただけだが、団員たちの士気は高い。とりわけ参謀であるジゼルは顕著で、周囲からも不審に思われる程のそれだ。

 膠着した戦線のせいで中弛みが始まっていたSAU側にとって、この急襲はまさしく青天の霹靂である。しかも今までは受動的な対応が多かった為に驚愕もひとしおで、ようやく実戦に慣れてきた兵たちも不意を突かれたせいで思うように力を出せない。手始めにフェニクスが数機のMSを破壊すれば、残りはほとんど降伏して捕虜となったのも道理と言えた。

 

 後はもうSAU都市部まで遮るものは何もない。悠々と鉄華団は進軍を続け、数時間後にはSAUに存在する都市の灯りが目に入る。いよいよ敵勢力の中枢にまで到達したという実感に、誰もが戦争の終結を確信した。

 事実、この直後にようやく事態の変化に追いついたギャラルホルンによって調停が為される事となる。最初から都市部まで攻撃する気はなかった鉄華団が喜んでこれに同意したことで、ここにアーブラウとSAUの名無しの戦争はひとまずの終焉を迎えたのだった。

 




Q. どうしてこうも簡単にSAU軍は負けたん?
A. 新兵なのと戦争が膠着しすぎたせいで、かなり気が緩んでいたから。ぶっちゃけジゼルはこれを考慮した上でガランの策に乗っていました。

ひとまずこれで地球支部編の山場は越えました。次回は後処理など諸々になります。

ちなみにフェニクスのカノンブレード(巨大兵装)ですが、イメージ的にはMA戦で三日月が用いた石動さんの大剣が最も近いです。これの中心線付近を砲身に変更すれば、私のイメージするカノンブレードですね。



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#14 世界のうねり

 その連絡がやって来たのは、オルガ達火星本部組が地球へと降りる寸前の事である。

 

『まったく人が悪いなオルガ団長も。先にそちらの作戦を私に伝えてくれさえすれば、こうも回りくどい事はしないで済んだというのに』

「んなこと言ったって、協力者ではあっても鉄華団ではないアンタに言う訳にはいかねぇだろうがよ。こっちだって切羽詰まってたんだ、アンタに連絡する余裕なんざ無かった」

『そうだな、その通りだ。今の言葉は忘れてくれ』

 

 画面越しに涼やかに笑った端正な顔立ちの男を、オルガは胡乱気な目線でねめつけた。既に何度も会話を交わしているし、直接対面したことだってあるのだが、やはりどうにも胡散臭い雰囲気が漂っているのは否めない。その立場も含め、端的に言って信用しきれない相手である。

 

「で、わざわざこっちに連絡までしてくるなんざどういう風の吹き回しだ? まだそっちも仕事は多く有るだろうに」

『君たちが電撃的に王手をかけてくれたせいで、後処理に息もつけないくらいさ。とはいえ、気になることもあったのでね。どうせ近いうちにそちらを訪ねる事にもなると思うが、先に確認を取っておきたかったのだよ』

「そうかよ。そんじゃ用件を聞こうか」

『ああ、それはだな──』

 

 かくして、地球外縁軌道統制統合艦隊の新司令官であり、今回の戦争の調停役を務めたマクギリス・ファリドは不敵な笑みを浮かべた。底知れない、真意の図れぬ不気味な存在感をよりいっそう強くして。

 

『今回の戦争において多大な戦果を挙げた、鉄華団が所持するガンダム・フレームの一つフェニクス。アレのパイロットを私は知りたいのだよ。いったい誰が、あの鏖殺の不死鳥に乗っているのだね?』

「……鏖殺の不死鳥たぁ、物騒だがアイツにはおあつらえ向きのあだ名じゃねぇか。ジゼルなら喜んで受け取りそうな名前だ」

 

 その時、マクギリスの様子が一変した。

 

『オルガ団長……今君は、フェニクスのパイロットの事をジゼルと呼んだか? 』

「ああ、そうだ。あれに乗ってるのはジゼルっていう変わった奴だよ。まだ鉄華団に入って一年半程度の新参だが、中々強烈な奴でな。それがどうかしたか?」

 

 しかし、そんなオルガの軽口もマクギリスには届いていない。先ほどまでの底の図れぬ雰囲気はどこへやら、信じられないような、理解できないような、そして何より歓喜でも抱いているかのような、様々な感情がない交ぜになった複雑な相貌を呈している。

 かつてマクギリスの人生を一変させた一冊の本に、その名は載っていた。

 曰く、力だけで自らの欲望(エゴ)を押し通した怪物。

 あるいはアグニカ・カイエルが最も信用し、誰よりも危険と言われた懐刀。

 多くの畏怖を刻み込んだその人物が殺戮した数は、全ての人類を見渡しても最大とされるほど。

 その者の名を、もしやという淡い祈りを込めながら彼は口の端に昇らせた。

 

『まさかとは思うが──フルネームはジゼル・アルムフェルトではなかろうな? それも、厄祭戦を誰よりも知る存在だ。違うか?』

「……おいおい、なんでんなことアンタが知ってんだ」

『つまり、正しいという事なのだな?』

「まあ、そうだがよ。どういうことだこりゃあ……?」

『くく、ははは、ハハハハハッ……! それはまたなんとも素晴らしい!』

 

 困惑気味のオルガとはどこまでも対照的に、まるで底が抜けたかのように大笑したマクギリス。この男がこれだけダイレクトに感情を表現したことがこれまであっただろうか。いや、無い。少なくともオルガは見たことも考えたことも無い。それくらい彼らしくないと感じさせる行為である。

 ひとしきりマクギリスは笑い終えてから、それでも顔に張り付いた笑みの残滓を隠そうとしなかった。そのまま、いよいよ危険人物でも見てるかのようなオルガへと向き直る。

 

『いやはや失礼、少々取り乱した。どういう因果があるかは知らぬが、まさかこのような事があるとはな。ああ、絶対に君たちの下へは足を運ぼう。特にそのジゼルと言う少女とは個人的に話したいことが多く出来てしまった』

「こっちとしちゃ丁重にお断りしたい所なんだがな……どうせ言っても聞かねぇだろアンタ」

『無論だよ』

 

 一秒の迷いもない即答である。

 はぁ、というオルガのため息だけが、いやに大きく室内に響いたのだった。

 

 ◇

 

 十日。それが、アーブラウとSAUにおける八日間だけの戦争が幕を閉じてから経過した時間である。

 

 初の経済圏同士による戦争は多くの勢力、商人、組織にとって注目の的であり、誰もが固唾を飲んでその趨勢を見守っていた。この戦争の行く末次第では、勢力図が大きく塗り替わる事となるのだから当然だ。

 結論から述べれば、戦争は早期に終結となったことで期待されたような派手な展開は起きず仕舞いであった。しかし、その渦中にて中心的な役割を果たした鉄華団には、多くの関心が向けられもしたのである。

 

「まさか鉄華団の名前がここまで売れちまうとはな……こりゃ嬉しい誤算って言うべきなのか?」

 

 テレビを流れる映像を睨みながら、ユージンはどこか複雑そうな顔で呟いた。久しぶりに降り立った地球ではあるが、とても満喫できるような状況ではない。戦後の後処理に追われているのもそうだが、それ以上に今は()()()()()()()からだ。

 

「俺たちの居場所が認められるのは別に悪い事でもないと思うが……何か不安に思う事でもあるのか?」

「不安って訳でもねぇけどよ、こんだけ有名になっちまうと相応の振る舞いが求められちまうなと思ってな」

 

 椅子に座って同じくテレビに目をやっていた昭弘に、ユージンはやはり難しい顔をして答えた。

 テレビ画面に映っているのは、どこかの放送局に設えられたスタジオだ。そこには司会と共に多数の有識者たちが集められている。普段は日常の些事から重大事件まで幅広く紹介し議論している彼らが、現在熱心に話し合っている事と言えば──

 

『鉄華団というのは、この数年で急速に事業を拡大している新進気鋭の組織ですよね? 火星の一企業が地球の戦争を止めてしまうなんて、すごい話じゃないですか』

『しかも元はと言えば子供たちが立ち上げた組織らしいですから、単純にすごいと述べる他ありませんよ』

『そもそもからして彼ら鉄華団が名を上げたのも、あのエドモントンでの一件が一因ですからね。ギャラルホルンの独裁に風穴を開けた勢力として、今回の活躍もむしろ納得というものです』

『いやはや、ごもっともですな。鉄華団を語るならやはり悪魔と呼ばれるガンダム・フレームの活躍も外せない訳ですが──』

 

 アーブラウとSAUの二大経済圏の戦争を独自に終結させてしまった、鉄華団についてであったのだ。

 元よりアーブラウにおいて、鉄華団の扱いは決して悪くない。どころかかなり良い。街に出れば鉄華団団員というだけで便宜が図られるし、周囲からも一目置かれることとなる。それに加えて軍事顧問として指名すらされているのだから、むしろアーブラウは一番に鉄華団を買っていたと言っても過言ではないだろう。

 

 だというのに、つい先日に短期終戦を迎えた通称『式典戦争』において鉄華団は独自に動くことでSAUに王手をかけてみせた。つまり、戦争の勝者は誰の目にもアーブラウだと明らかにされたのだ。これの意味するところは非常に大きい。

 まだ戦争の発端になった蒔苗氏が目覚めていない以上、条約など諸々の締結はしばらく後になるのは間違いない。それに加えて勝者のアーブラウも必要以上に敗者であるSAUへと吹っ掛けることはしないだろうが、これで大きく政治的優位に立てたのも確実である。

 

 では、これらの利益はどこから始まったのか? 決まっている、鉄華団だ。彼らが迅速な行動を起こしたことで戦火はむやみやたらと広がらず、また徒に戦争を煽っていた裏切り者も取り除かれた。その裏切り者と組んで鉄華団を裏切った者もいるにはいるが、そのような些末事は鉄華団が成した功績に比べれば微々たるもの。影とは、より大きな光で覆い隠せてしまうのが世論なのだから。

 端的に示せば、鉄華団はさらなる活躍をアーブラウにて繰り広げたのだ。そのせいで元より高かったアーブラウからの評価はうなぎのぼり、ついには連日テレビのニュース番組で鉄華団についての特集が組まれる事態にまで発展したのである。もはやちょっとしたどころではない、有名人ならぬ有名組織の称号を冠している。

 

「今じゃ鉄華団が街に出るだけでもひと騒ぎだ。鉄華団をでっけぇ組織にして、皆が胸張って生きれるようにしてぇと思ってたのによ。こうまでくると逆になんだかなって気分だぜ。チャドが目ぇ覚ましたら腰抜かすんじゃないのか?」

「ふっ、どうだろうな。だけど俺もアイツも元はヒューマン・デブリだったのに、今じゃ蔑まれる事も使い捨てになることも無いんだ。それだけでも十分すぎるさ」

「そうだよなぁ、俺もCGSに反逆かました時は想像もしなかったわ。まさかこんなところまで行きつくとはな」

 

 多くの苦難があり、死別があり、屈辱を耐えて、逆境に立ち向かった。その果てに手に入れたのが今の名誉だと言うなら、これもこれで悪くないと思えるのだ。

 だけど同時に、こうも感じてしまうのだ。きっと団長であるオルガ・イツカは、こんなところで止まらないだろうと。もっともっと先を目指して、三日月と共に断崖すらも飛び越え『上がり』を掴もうとするのではないかと。そう思えてしまって仕方がない。

 

 果たしてどちらの方が賢いと言えるのか、より良い未来と言えるのか。それはユージンには分からない。たぶん昭弘にも分からない事だろう。だけどオルガ・イツカがその先を目指すというなら、自分たちもどこまでやれるか試してみたいという気持ちが湧き上がるのも確かなのだ。

 

「その辺りアンタはどう思うよ? なぁ、今回の活躍の立役者さんよ?」

「ふわぁ……なんですか急に……?」

 

 だからユージンは、これまでずっと喋ることなくソファに寝そべっていたジゼルへと話を振ってみた。

 普段よりも数倍気怠そうな声を出したジゼルは、まるで電池が切れた玩具のようにだらんと力なくソファに横たわっていた。特徴的な赤銀の髪を床に垂らして、非常に眠たそうな顔である。

 

「お前な……いつまでそうも腑抜けた格好を曝してるつもりだ」

「……ジゼルが、満足するまでですよ……久々の戦争に張り切りすぎて、ジゼルは疲れました……」

「確かにアンタの活躍は聞いたが、いい加減にしゃきっとしろよ。もう終戦から何日経ったと思ってやがる」

「その後も事務処理をしてたので、疲労が凄いのですよ……」

 

 金の双眸をクリっと動かし、寝転がりながら疲労を訴える姿は庇護欲を誘う愛らしさがある。しかし、その本性をよくよく理解しているユージンと昭弘はなんら思うところが無い。というより、そうなったら終わりだとどちらも暗に考えているほどだ。

 今回の戦争において、鉄華団の中でもとりわけジゼルが齎した戦果は大きい。裏切り者を暴き、臨時の参謀として真面目に作戦を立て、戦闘においても自ら横入し犠牲を防ぎに行ったというのもタカキから聞いている。これについてはたぶん趣味と実益の一致だろうが、そのおかげで負傷者はいても奇跡的に戦死者は無いのだから何とも言い難い。

 

 そういった理由もあり、二人ともジゼルについて悪感情を抱く余地はない──なんてこともなかった。

 

「疲労が凄いったって、半ば自業自得だろ。分かってるんだぜ、アンタが言葉巧みにタカキたちを戦いに誘導していたのは。上手くいったからオルガも多少の注意で済ませたが、ホントならただじゃ置かねぇ事だぞ」

「……結果オーライ、というやつですよ。犠牲もなく、最大の利益を出すには、それが一番でしたから……」

「もしこれで一人でも犠牲が出てれば、俺はお前を一生恨んでやるつもりだったがな……ったく、やり辛いったらねぇな」

 

 確かに結果だけ見れば、鉄華団に最大のリターンをもたらしたのは間違いない。しかしそのために随分と鉄華団を用いて綱渡りをしたのも事実であり、一つ間違えれば凄まじいまでの犠牲が出ていたのも明白だ。

 結局、自分の欲を満たすために戦争へと誘ったのがジゼルの真実。性質が悪いのは、公的な利益と私的な趣味を高い次元で両立させてしまった事だろう。その上で脳内に描いた図を完全に成立させたのだから、責めるに責められないのも事実である。

 

 目の前の事態への対処が得意な人間は鉄華団にも多くいるが、先の先まで読んで行動できる人材はそうはいない。それができるのは積極的に頭を使っているオルガとユージン、そしてかつての家族であるビスケットだけだろう。

 だから毒皿(ジゼル)を喰らったオルガの判断は正しかった──そう納得する他にない。ユージン達とて、何も彼女が憎くて仕方ないという訳ではないのだ。むしろ感情を度外視すれば頼りになる奴と認めるのもやぶさかではない。ただ、危険性があるから警戒しているという訳で。

 

「それで、確か……鉄華団の行く末についてでしたっけ?」

「おう、そうだよ。つーかしっかり話聞いてんじゃねぇか」

「眠たかったので……聞いていない振りをしてました……」

 

 相変わらず意図の読み取れないマイペースさを発揮するジゼルである。

 彼女は今も点いたままになっているテレビへと視線をやると、そこに答えがあるかの様に意味深な笑みを浮かべた。

 ニュース番組の内容はいつの間にか変わっている。鉄華団の次に選ばれた内容は、これまた関りの深いギャラルホルンの腐敗について。とり分け大きく取沙汰されているのは、ギャラルホルンを仕切るセブンスターズだ。

 

『今回の戦争、ギャラルホルンを牛耳る七貴族たるセブンスターズが裏に関与していたという噂がありますが……』

『それはまだ噂に過ぎぬ段階ですよ。確たる証拠も無しに口にして良い言葉では──』

『しかし火のない所に煙は立たぬとも言いましょう。特にアーブラウに取り入って戦争を指揮していたという人物の存在は確実視されている以上、そこから何らかの事実が漏れ出すのも確かです』

『全てはギャラルホルン側の発表を待つことになるという訳ですな。さて、どのような答えを返してくれるやら』

 

 そのまま有識者たちの議論が始まった番組から視線を外して、ジゼルは真っすぐユージンたちを視線で射貫いた。

 さっきまでの気怠い雰囲気は何処へやら、いつも通りに平坦なハッキリとした声音だ。

 

「地球における四大勢力の二つが起こした戦争は、どれだけ小規模なものであったとしても大きなうねりを生み出すものです。そしてうねりとは、乗りこなせなければ呑み込まれてしまうだけ。ましてやその渦中にいた鉄華団は、どうあれうねりの中を進む他にないでしょう」

「つまり、どのみち足を止めてる暇はないって事だな」

「そうでしょうね。そして、世界が混乱すれば戦いもまた終わらない。まさしくジゼルの望む通りです」

「……やっぱ、まだアンタの力を借りるしかないのも確かか。仕方ねぇ、せいぜい大人しくしといてくれよ」

 

 内心でユージンは歯噛みした。

 できる事なら、殺人鬼(ジゼル)の出番はここで終わってほしかったから。有能だが危険でもある、扱いに困る劇薬をこれ以上扱う必要がないならそれに越したことはないのだ。

 しかし彼女は一年半もの時間をかけて、自身の有用さを示してみせた。その能力は、これからも進み続ける鉄華団にはきっと必要なものだろう。それも理解できるから、彼は歯噛みする他ないのである。

 

「俺はたぶん、いつまで経ってもお前を心から信用できる日は来ないだろう。だが、ひとまずお前が家族を犠牲にしない内は何も言うつもりはない。鉄華団の未来の為にも、その力をアテにさせてもらうぞ」

 

 昭弘をしてそう告げる他ないのだから、やはりジゼルはまだしばらくは必要なのだろう。願わくば、出来るだけ戦争などしないで済むように祈るばかりだ。

 ちょうどその時、部屋の扉が開いた。入ってきたのは地球支部の団員、参謀のジゼルと副団長のユージン、そして隊長格である昭弘が一堂に会しているのを見て、やや気まずげな表情である。

 

「えーと、その……ジゼルさんにお客さんですので、呼んで来いってオルガ団長が……」

「客……? ジゼルにですか? 眠いので後回しにして欲しいのですが……誰なのですか?」

「団長が言うには、モンタークっていう人らしいですけど……」

「おいおいそりゃあもしかして」

 

 その名を名乗って鉄華団を訪ねてくるのは一人しかいない。ユージンも昭弘もあの鉄仮面の下に隠れた胡散臭い人物像を思い出してしまい、反射的に顔を顰めてしまう。

 あの男がどのような用件を携えてジゼルを訪ねてきたのかは分からない。だが、無視するよりかはちゃんと出向いた方が良いのは確実と言えるだろう。それこそ人格的にも、立場的にもだ。

 

「……こいつは俺からの助言だが、こればっかりは行った方が良いと思うぜ」

「同感だな。後で面倒なことになるのはお前もご免だろう」

「……わかりましたよ。団長からの指示でもありますし……行けば良いのでしょう、行けば」

 

 こうして、ジゼルは重い瞼を擦りつつ、渋々ながらも身体を起こしたのであった。

 




次回、マクギリス現る。


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#15 伝説を識る者

 ジゼルが部屋へと入った途端、意識せずその男へと目が引かれた。

 オルガと向き合って腰かけているのは、体格の良い身体に流麗な銀髪を誇る見覚えのない青年。どこか爽やかな雰囲気を感じさせる一方で、相貌は無機質な仮面に覆い隠され判別できない。かろうじて見える口元のおかげで、彼がどうやら機嫌が良いと分かる程度しか感情が読み取れない。

 

 間違いなく一筋縄ではいかぬ相手であると悟りつつ、ジゼルはオルガの隣へと腰を下ろした。

 

「……あなたですか。モンタークという方は」

「ああ、そうだよ。初めまして、ジゼル・アルムフェルトよ。私はモンターク、いや──」

 

 モンタークは言葉を切ると、大胆にも仮面を脱ぎ去ってしまう。バサリと銀のウィッグが取り払われ、その下に秘められていた金髪が鮮やかに煌く。

 そうしてモンタークは露わになった碧眼で、真っすぐにジゼルへと視線を流したのだった。

 

「君の前ではこのような仮面など無粋だな。改めて名乗らせてもらおう。私の名はマクギリス・ファリド、ギャラルホルンの地球外縁軌道統制統合艦隊の司令官を務めさせてもらっている。そして何より、厄祭戦の英雄アグニカ・カイエルを誰より崇拝する者でもある」

 

 アグニカ・カイエル。厄祭戦を終わらせた掛け値なしの英雄であり、今の世を支配するギャラルホルンを築いたあらゆる意味で規格外の男。

 傍目からも分かるほどの尊敬の念を籠めて、マクギリスはその名を唱えていた。その途端、無気力で眠たげだったはずのジゼルの瞳がにわかに愉快そうな色を映しだす。

 

「へぇ……これはまた面白い方を連れてきましたね、団長さん」

「連れてきたっつうか勝手に入って来られたって方が正しいんだが……ま、それは良い。ひとまずこいつがアンタの客だ。なんでも、今回の一件でアンタに興味を持ったんだとよ」

「先の名乗りで察しは付いたかと思うが、私は先日起きたアーブラウとSAUの戦争において調停役を務めていてね。その最中に、君たち鉄華団の活躍を目にした。無論、君が操るフェニクスの雄姿もだ。上からになってしまうが、見事な活躍だったと言わせてくれ」

 

 その言葉には社交辞令以上の、本物の賛辞が含まれていた。彼は心から鉄華団の活躍を寿いでいるのだ。

 ひとまず軽く頭を下げた二人を見やってから、マクギリスはさらに話を続ける。

 

「君たちの活躍はアーブラウとSAUの無為な争いを止めただけでなく、ギャラルホルン内の腐敗を炙り出すにも役立ってくれた。そうだな、まずはそちらから入るとしよう」

「腐敗っつーと確か、連日ニュースに取り上げられてるセブンスターズ絡みとかいう……」

「まさにそのことさ。鉄華団を利用し戦火を広げることを企み、逆に利用されて死んでいったガラン・モッサという男。残された彼の機体は、こちらの想定を上回るだけの恩恵をもたらしてくれたのだよ」

「ガラン・モッサ……ああ、あの髭の方ですか。そういえばいましたね、そんな人も」

 

 思い返せばガラン・モッサの最後は、フェニクスのカノンブレードによって機体ごと圧し潰されるという壮絶なもの。最後の最後まで強敵としての存在感を放ち続けて逝った男だ。

 とはいえ手を下した張本人たるジゼルには、『殺し甲斐があってとても良かった』程度の記憶しかもはや残っていないのだが。彼が最後に叫んだ予言めいた言葉も、てんで気にした様子はない。

 その時の感覚を思い出したのか、微かにはにかんだジゼル。可憐な毒花のようなそれをオルガは訝し気に眺め、マクギリスは微笑を湛えてジゼルへと返す。彼もまた愉快で仕方ないといった様子である。

 

「そう、本来ならば彼のMSは取り付けられた自爆装置によって灰と化していなければならない。しかし如何なる理由があったのか、彼は機体を自爆させる前に止めを刺されてしまったのだ。些細な違いだが、先も言った通りこれが大きかった」

「回りくどい話はよそうぜ大将。つまり何が言いたいんだかハッキリしろよ」

「これは申し訳ない、ならば端的に結論から」

 

 そこでマクギリスはいったん言葉を切ってから、

 

「今回のアーブラウとSAUの戦争を裏で手引きしていたのは他でもない。我らギャラルホルンを束ねるセブンスターズの一人によるものであったのだよ」

「なんだと……!」

 

 とんでもない事実である──とまではオルガも言わないし思わない。これまでだって散々ギャラルホルンの身勝手な理屈に振り回されてきたうえ、第一この戦争の目的はギャラルホルンの内情が絡んでいるのではと予想もしていたのだから。

 しかし、予想していたのと実際に悪行を目の当たりにしてしまうのでは、当然ながら反応は違ってきてしまう。団員(かぞく)を戦争に巻き込まれた組織の団長として、どうしても怒りを覚えずにはいられない。

 

「俺たちも、火星から地球にかけて散々そっちのやり口は見てきたさ。だが、にしても治安維持を謳う組織が戦争起こすなんざ筋が通んねぇだろうがよ。こりゃどういうこった?」

「……返す言葉もない、君の怒りは至極まっとうな感情だよ。ギャラルホルンの腐敗も行くとこまで行ったかと頭が痛い想いさ」

「狙いはやはり、あなたとあなたの持つ地位ですか? 革命派の筆頭に立つというなら、それなりに敵は多いとジゼルは考えますが」

「その通り」

 

 ジゼルの確認に嬉しそうに頷いて、組織の腐敗を厭う革命家は言葉を紡ぐ。

 

「今回の戦争を裏で操ろうとしていたのは、セブンスターズの一つであるエリオン家の当主であり、月外縁軌道統合艦隊(アリアンロッド)の総司令官を務める男でもあるラスタル・エリオンその人さ」

「こりゃまた……かなりの大物が出てきたな。まさか月からわざわざ地球にまで介入してくるなんざ──いや、だからこその今回か」

「察しが良くて助かるよ。今の私は地球圏においてそれなりの力を得ていると自負しているが、まだまだ盤石とは程遠い。そこに私ではどうしても解決し辛い大きな案件を放り込めばどうなるか……容易に想像はつくだろう?」

 

 元々、マクギリスが司令官を務めている地球外縁軌道統制統合艦隊はお飾りと揶揄されるほど閑職であった。それがマクギリスの尽力でどうにか名に相応しいだけの力を手に入れたのがつい最近。メキメキと力を伸ばしている手腕は見事であるが、その一方で急速な拡大を厭う勢力もまたあるのだ。

 つまりそれこそ、ラスタル・エリオン率いるアリアンロッドである。ギャラルホルンの中でも保守派に位置するこの男は、革命派のマクギリスが力を握っていくのが面白くない。そこでマクギリスの管轄圏である地球へ戦争をもたらすことにより、これをいつまでも解決できないマクギリスを追及して信用を失わせるというマッチポンプに出たのである。

 

 しかも戦争を起こすための武力の保有を許したのすら、元を辿ればマクギリスの打ち出した政策に行きついてしまうのだ。政治に携わる老獪な男が、これを利用しない手はないだろう。

 

「そこでラスタルは、自らの懐刀をアーブラウへと派遣した。誰あろう、ガラン・モッサの事さ。彼は実際非常に優秀な男でね、もし君たち鉄華団が居なければ確実に彼の術中に嵌まっていたことだろう」

「でも、鉄華団の介入によってそうはならなかったと」

「……白状すれば、私にとって運命すら感じさせる巡り合わせだったさ。かつてアグニカ・カイエルと共に戦場を駆けた伝説の存在が、今この時蘇ることで私の力となってくれたのだから」

 

 やはりアグニカ・カイエルの意思は正しきギャラルホルンを望んでいるのだ──自信に満ち溢れた論調で、マクギリスは締めくくったのである。

 話している内容は真っ当であるはずなのに、どこか恍惚とした表情で伝説を語るその奇怪な姿にはさしものジゼルも無言である。むしろ「え~……」と少し困惑した様子を見せてから、距離を取るようにオルガの方へとにじり寄ったほどだ。

 

「別に、ジゼルはあなたの為に戦った訳では……」

「おう、そうだぞ。コイツにそういう殊勝な態度求めても無駄っつうか……」

「いや、良いのだ。例えそれが偶然であろうとも、救われた事実は純然たる記録として残るのだ。それこそ、何にも勝る我らの因果というべきものではないかね?」

 

 弁明するように放たれた言葉にも、いっさい構うことは無く。

 いつの間にこうも訳の分からないキャラになったのか、さっきまでの胡散臭さは何処へ行ったと呆れる二人。互いに顔を見合わせて、”これ以上はやめておこう”とアイコンタクトを交わす。この手の妄信している相手には何を言っても無駄と言うのはよくわかっているのだ。

 それを知ってか知らずか咳ばらいを一つした後のマクギリスは、普段のように胡散臭いながらも真面目な人物に戻っていたのだった。

 

「さて、少々脱線してしまったが話を戻そう。ラスタルの私兵というべきガラン・モッサであるが、当然のように警戒心は人一倍強い。ラスタルに繋がる情報は自身の頭と機体にのみ保存し、それ以外には仲間であろうと決して口外しなかった。そのうえ機体にも自爆装置を仕込んでいたのだから、見上げた覚悟という他ない」

「なるほど、そっからさっきの話が出てくる訳か」

「そう、ガラン・モッサは()()()()()()()()。果たしてそこの彼女がどのような策を講じたのかは知らない。だが、機体とその中の情報はしっかりと残ったのだ。つまりラスタル・エリオンに繋がる情報が出てくるとみて間違いないだろう」

「……ジゼルはコクピットをしっかりと破壊しましたが大丈夫だったのですか?」

「幸いにもメインとなるソフトウェアは無事だったさ。ふっ、やはりアグニカ・カイエルの懐刀は格が違うと言わせてもらおう」

「はぁ、そうなのですか……?」

 

 ラスタル・エリオンとガラン・モッサの繋がりが暴かれれば、個人的利益を求め意図的に戦争を起こしたセブンスターズとして、空前のスキャンダルとなるのは間違いない。どこまで火種が大きくなるかは定かではないにしろ、まず確実に総司令官という椅子には座っていられなくなるだろう。

 それは翻って、彼と敵対の構図を取っているマクギリスの有利に働く。目下マクギリスの最大の敵はラスタルなのだ。最大の政敵が失脚してしまえば、後は着実に力をつけてギャラルホルンを改革してしまえばそれで良い。

 

「私はこのままギャラルホルンに革命をもたらし、今の腐敗を一掃してしまう腹積もりだ。そのために大きな手札を手中に収めた訳だが……しかしまだ不安もある。盤石を期すなら、君たち鉄華団の力を是非とも借りておきたいのだよ」

「……どうしてアンタはそうまで俺たちと組もうとすんだ? 確かに昔に比べりゃ段違いに大きくなったが、それでもギャラルホルンとやり合うにはまだまだ足りなすぎんぞ。そこはちゃんと理解してんだろうな?」

「もちろんだとも。君たちの規模、強み、そして弱みまで全てを考慮した上で、私の心情が鉄華団を気に入っているのだから是非もあるまいよ」

 

 かつて、火星軌道上で初めて鉄華団を見た時の事だ。ガンダム・フレームの一機を頼りに宇宙に上がった若者たちの姿に、マクギリスは自身の信奉する伝説の再来を重ね見た。

 この者たちこそ信頼するに足る力の持ち主となるのだと、内心で歓喜に震えあがったのだ。

 

「あの時垣間見たガンダム・バルバトス……その姿はまさしくアグニカ・カイエルの再来だった。そして今、何の因果か君たちは三機のガンダム・フレームと一人の生き証人を抱えている。まさしくこれ以上ない証明と言えるだろう」

「何を言っているのかよく分かりませんが、とりあえず一つ訊かせてください。どうしてあなた、ジゼルが過去の人間だと知っているのですか? 団長さんがそう簡単に打ち明けるとも思えませんし……」

「簡単な事だよ。私は幾度となく、それこそ一言一句暗記するほどまでにアグニカ・カイエルの書物を読み耽ったが、そこには殺戮の化身たる鋼の不死鳥の名が記されていた。曰く、最美にして最悪の懐刀だとか。そしてその者の名を、ジゼル・アルムフェルトといったらしい」

「なるほど、つまりアンタは俺が漏らしたフェニクスとジゼルの二つからそこまで行きついたと。とてもじゃないが正気じゃできねぇ発想だな」

 

 賛嘆と皮肉の入り混じったオルガの評価だが、無理はない。普通ならばMSパイロットの名など偶然の一致だと考えるし、過去からやって来た存在だと即座に結び付けられるはずがない。

 それが出来てしまうというのはすなわち、強く強く英雄の再来を望んでいたということ。マクギリスが妄信的なまでにアグニカ・カイエルの伝説にのめり込んでいるという事実を如実に表しているのだった。

 

「私からジゼル・アルムフェルトへ頼みたいのはつまりそのことなのだよ。是非とも厄祭戦の生き証人である君の口から、アグニカ・カイエルという男について語ってほしい。そして願わくば、力をもって自身の欲を貫いたという君の生き様も、可能な限りで聞いてみたいのだ」

 

 力を信奉し力をもって大義を成そうとするマクギリスにとって、()()()()()()最低最悪と言われながら、圧倒的な力だけで自由を勝ち得たジゼルの存在はあまりに大きい。最悪と言われた裏でどのような想いを抱いていたかまでは分からないが、それでもなお傾聴に値するだけの価値があるのだ。

 

 だがその前に、とマクギリスは一息おいてオルガへと視線を向けた。

 

「先にオルガ団長の答えを聞こうではないか。そうだな、もし私がギャラルホルンを掌握した暁には君たちに火星の統治権を丸ごと譲ってしまおうと考えている」

「統治権丸ごとだと……! そりゃつまり──」

「君たち鉄華団がギャラルホルンとなり、そしてオルガ団長は火星の王となる。どうかな? ギャラルホルンと戦う危険に見合うだけの報酬はあると思うが」

「そりゃ確かに魅力的だが……スケールがでかすぎてピンとこねぇよ……」

 

 かつては虐げられた参番隊の少年兵隊長。そこから鉄華団を起こし、苦難を乗り越え、一大組織の団長として風格を得るに至った。そんな途轍もない昇り竜を体現してみせたオルガであっても、さすがに火星の王と言われて「はいそうですか」と頷けはしなかったのである。

 きっとマクギリスはそのようなオルガの葛藤などお見通しであったのだろう。結論を急がせることは無く、自身は優雅にジゼルの方へと意識を切り替えた。

 

「さて、オルガ団長が答えを出すまでの間に、私にも厄祭戦を教えてはもらえないだろうか? 君たちの事だ、既に一度は厄祭戦についても話しているのだろう? それをそのまま教えてくれればそれで良いとも」

「随分と察しの良い方です……わかりましたよ、団長さん達に話した内容で良ければ。はぁ、面倒です……」

 

 ため息を一つ吐いてから、現状を再確認。目の前には「ついに私も生のアグニカに触れることが出来るとは……!」と感極まった様子の金髪イケメンが一人。

 自他ともに狂人と認めるジゼルですら、今の彼はちょっと変な人だと認めざるを得ない程である。

 

「……まぁ、ジゼルも彼の良さは知っているつもりですから、理解はできますよ」

「ほう、やはり君にも分かるかね? 素晴らしい、やはり私の見込み通りだ。かの英雄を知る者ならば彼を讃えずには──」

「人が話す時は静かにしていてください」

「ふむ、良いだろう」

 

 やっぱり一筋縄ではいかない相手──ジゼルはそう確信して、渋々ながら重い口を開いたのであった。

 




次回はまた厄祭戦の独自解釈を多分に含みそうです。

それにしてもポケモンUSUMのベテラントレーナー♂、前々から誰かに似てると思ったらこれ髭のおじ様だ……


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#16 厄祭戦の記憶

 さて、まずは何から話したものでしょうか、前にも一度した事とはいえ、慣れないことは難しいです。

 そうですね、あなたはジゼルについて知りたいとも言っていましたから、先にジゼル自身の前提を話してしまいましょう。

 大丈夫ですよね、団長さん? ……どうやら平気みたいですので、告白してしまいましょう。きっと驚くでしょうが、この話は他言無用でお願いしますね。

 

 ──ジゼルは、人を殺すことに快感を覚える人種なのです。

 

 はい、人並みに趣味も欲求もありますし、好きな事だってありますが、それを差し置いて殺人が好きで好きでたまりません。何と言いますか、個人が長年をかけて積み上げた人生を一瞬で台無しにする感覚が快感となるのですよ。

 色んな人から『お前はおかしい』と指摘されますが、それはジゼルも同感です。だけど、そういう星の下で生まれてしまったのですから、そんな自分と上手く付き合えるようにジゼルも努力しています。おかげで今はすっかり人殺しが生きがいとなってしまったのですから、万事良しというやつでしょう。

 ……ここまで話しておいてなんですが、あまり驚いた様子がありませんね。

 もしかして、これも予想していましたか? ……なるほど、そうらしいですね。なら好都合ですし、改めて本題に入るとしましょう。

 

 殺人欲求を堪えきれないと考えた当時のジゼルが、アグニカ・カイエルの立ち上げた組織へと身を投じたのは、厄祭戦も末期に差し掛かった頃でした。もちろん末期というのは今の時代の物差しがあるから言えることで、当時はまったく終わりが見えない陰鬱な空気が漂っていましたが。

 ええ、本当に酷い時代でしたよ。人類の行き過ぎた叡智は凄惨な戦争を引き起こし、果てにMAという効率的に人を殺す為の機械を生み出しました。この辺りはギャラルホルンのあなたなら詳しいでしょうし、省略してもいいでしょう。ともかく、人間同士の始めた争いはいつの間にかMAまで参加して、結果としてそこら中で死と退廃と暴力がばら撒かれていたのが三〇〇年前であったのです。

 

 この状況に我慢ならないという正義心と、あらゆる不可能を可能としてしまう才能を抱いた男が一人いました。

 もうお判りでしょう? それこそがアグニカ・カイエルという英雄だったのです。

 

 ()()()()が立ち上げた独自組織『ジェリコ』は、混沌の世の中で異彩を放っていました。聖書より拝借した壁の名を冠したこの組織は、厄祭戦という黄昏の中でひときわ強く輝いていたものです。瀬戸際で戦場とならなかった恵まれた国や、土地を焼かれて荒れ果てた国まで、出自を問わずあらゆる人材を集めて成り立っていたこの組織は、厄祭戦という無秩序な戦争を止めるために精一杯戦っていました。彼らこそ、人類を救うための最後の砦、希望だったのです。

 ……どうしてそのような崇高な組織に、殺人狂のお前が入れたのだという顔ですね。分かりますとも、団長さんや副団長さんにも同じ顔をされましたから。ジゼルだってちゃんと学習してるんです。

 

 さて、地球規模で起きる国家間の争いと、MAによる虐殺を終わらせるためには、当時のジェリコは圧倒的に人材が不足していました。先ほどの言葉とは矛盾に感じるかもしれませんが、これは順序が逆だからです。あらゆる国から人材を募っていたのは、つまるところ人材不足によってやらざるを得ない事だったのですから。

 そしてジゼルは、幸いにも実家は裕福な方でした。お金もありますし、高等な教育だって受けれました。だけど誰かを殺す為には不自由すぎる生活で。だから思い切って家出したジゼルは、ジェリコの門扉を叩いてみたのです。

 

 人手不足だったジェリコは少しでも多くの人材が欲しくて、戦ったことのないジゼルですら訝しみながらも迎え入れてくれました。その裏にはジゼルの出自や、若い女としての下卑た価値を見出したという理由もあったのでしょうが、別にどうでも良かったです。むしろ複数人に強姦されかけた時など、逆に殺す大義名分が出来て喜んだくらいですし。

 

 ──だからそんなに深刻そうな顔をしないでくださいよ二人とも。今のはちょっとした笑い話ですよ?

 

 幸いにして、ジゼルには殺人の為の才覚が備わっていましたからね。どうすれば効率的に人を殺せるか、考えて実行するのに不足しない心体を持って生まれたのは幸運でしたとも。

 

 そして何より、あの頃はいくらアグニカが不戦を訴えても戦争を止めない人間も多かった都合上、武力行使をする相手には事欠かなかったものです。組織に携わる一兵士として時には銃で、時にはナイフで、そして時にはMSで、あらゆる手段でアグニカに敵対する人たちを殺して殺して殺し尽くしましたよ。今ふり返ってもとても良い思い出ですよ。

 

 ……ふふっ、あなたにとって彼らはどう映るでしょうか? 

 アグニカ・カイエルの言葉に従わない人間など死ねと思いますか? 

 それとも、彼らもまた時代の狂気に飲み込まれた被害者だと考えますか? 

 答えは人それぞれですから、ジゼルも別に訊く気はありませんがね。

 

 ただ、気づいていますか? あなた、頬が少し緩んでいますよ。意識した方がよろしいかと。

 

 ともかく、ジェリコの中でそれなりに力を見せる事が出来たジゼルは、ついにアグニカのすぐ近くまで取り立てられました。その時にはもうジゼルの殺人趣味は露見していましたから、誰もが彼の行動に驚きましたよ。しかも、当時開発されたばかりの最新鋭機たるガンダム・フレームの一機を譲るほどの好待遇。さすがのジゼルもびっくりしました。

 

 でも、彼にはそれを躊躇う理由などどこにも存在していなかったのです。

 あなたも知っての通り、アグニカは実力主義者です。有能であるならば出自や人格、それから趣味嗜好についても頓着しません。どれだけ問題児であっても、彼のカリスマ性は全ての人間を従えさせてしまうのですから。

 

 随分と嬉しそうですね。ええ、もちろん嘘はついていませんよ。誇張無しに、アグニカは非常に優秀な方でした。多種多様な理論を学び、よく情勢を読んで、だけどその場の勢いや流れすらも味方につけて、どのような苦境でもその身一つで切り開く。豪放磊落だけど、冷静沈着な人柄も併せ持つ彼は魅力に溢れていました。特にバエルに乗り始めてからは、より顕著になりましたとも。だからこそ、彼の背中に着いていきたいと願う者たちがあまりに多く存在したのでしょう。

 ジゼルもアグニカの隣で戦うのは好きでした。だって彼は、あの時代においてただ一人ジゼルの事を信頼してくれたのですから。理解の及ばない相手を異端と遠ざけ理解を拒む、それは仕方のない事です。だけど彼は、それがどうしたとばかりにジゼルと向き合ってくれました。理解する努力も放棄して忌避するなど、それは他者に示せる力のある者がやることではないと。豪快に笑ってくれたのです。

 

 最後の一線をまだジゼルが越えていないのも、きっと彼のおかげなのだと思います。

 

 さて、アグニカは掛け値なしの英雄でしたが、その代償に敵もまた多くいました。それはMAだけでなく、人間もまた同様です。巨大なカリスマは多数の光をもたらす一方で、強烈な影を生み出しますから。強大すぎる者への妬みや僻み、恐れや不満、そういった負の感情はかつてより存在した巨大な国にこそよく見られました。

 

 こんなぽっと出の組織に面子を潰されて堪るか──彼らの言い分はこのようなものでした。

 馬鹿らしい、浅はかな考えだと思いますか? 

 泥沼な戦争のさなかに、そのような些細なプライドにかかずらっている暇があるのかと思いますか? 

 でも、人の心理とはえてして屈折しているものです。時にそれは、理屈の通らない不条理な行いを生み出すものですから。

 

 彼らは激化する厄祭戦の中で、戦争を終わらせようとするジェリコにすら攻撃を始めました。敵の隣で敵を相手取って、そのまた敵はあらゆる全てをなぎ倒して漁夫の利を得ようとする。誰も彼も戦争の熱と狂気にあてられた、人間の醜さを凝縮した絵図がそこにはありました。

 ジゼルの主な仕事は、まさにそんな彼らの鎮圧でした。アグニカはこれこそジゼルを効率的に用いる最良の手段だと見抜いていたのでしょう。はい、全くもってその通りです。フェニクスと共にいったいどれだけの人間を殺したか、ジゼルも覚えていないくらいですし。とってもやり甲斐がありましたよ。

 

 ああ、一つ言い忘れていましたね。ジゼルは軍の命令に背いて殺したことは一度だってありません。全てはアグニカによる指示のもとで、殺せるだけ殺しました。ジェリコの中にはジゼルを良く思わない人間も少なからずいましたが、実力と成果さえあれば咎められないのもアグニカの計らいでしたね。

 

 ……あなたならば、今の話で理解できたことでしょう。ええ、アグニカ・カイエルといえども、決して根っからの善人ではありません。戦争地帯に殺人狂を放り込めばどうなるか程度、予見できない訳がない。それを承知でジゼルに行けと命じたのですから、彼も彼で悪辣なところはあったのだと思います。純粋な力で物事を解決するというのは、つまりそういう事なのです。

 

 ──大義を成すには、まず自分の悪性を承知しなければならない。これはアグニカが良くジゼルに話してくれた言葉ですね。

 

 だけど厄祭戦を止めたいという気概は本物で、そのためにはあらゆる手を考慮しては尽くして、絶対に足を止める事だけはしませんでした。彼の心の中には、常に莫大な正義の炎が燃えていたのです。最初期のガンダム・フレームだけあってごくシンプルな機体であったはずのバエルが、ジェリコの象徴とされるまでの活躍をしたのも、紛れもなくパイロットの力あってのものでしょう。

 およそあらゆる戦場の最前線を駆け、絶望的な状況をひっくり返し続けたのがアグニカです。特にMAの討伐に関しては右に出る者がいなかったアグニカは、最期には選りすぐりの戦友と共にほぼすべてのMAを討伐してしまいました。ジゼルも二機か三機ほどMAは狩りましたが、彼ほどの手練れには永劫なれる気がしません。それくらい見事な手腕でしたとも。

 

 熾烈を極めた厄祭戦は、MAの根絶によって急速に終わりへと近づきました。その頃には戦争をしていた国々も疲弊しきっていたので、ジェリコの傘下にポツポツと入り始めて。血で血を洗う凄惨な戦場も、徐々に熱気が冷めていくのを肌で感じ始めた頃。

 

 満を持してアグニカが出した声明に世界が応じた事で、二十年にも渡り続いた厄祭戦はついに終結したのでした。

 

 ◇

 

 長い長い語りが終わって、ジゼルはほうと吐息した。喋り続けて喉が渇いたのか、テーブルに置いてあった飲み物を図々しくもオルガの分まで飲み干してしまう。何となくそうするだろうと考えていたオルガは、それをわざわざたしなめはしなかった。

 喉を潤したジゼルはぺろりと唇を舐めてから、感極まった様子のマクギリスへ静かに微笑みかけた。

 

「さて、どうでしたか? ジゼルの語れる範囲でアグニカ・カイエルと、それからジゼル自身について語ってみたのですが」

「……素晴らしい」

 

 一つの感情が極限にまで磨き上げられた時、それを盛る為の言葉(うつわ)はひどく陳腐になるという。

 だからマクギリスの短い呟きは、まさしく彼の内心をこれ以上なく映し出してくれていた。

 

「書物だけでは決して知りえない、アグニカ・カイエルの抱いた熱というのを感じられたよ。ああ、まさしく至福の時間だった。私の憧れは、やはり誇張など微塵もない正当なるものであったと安堵するばかりさ」

「なら良かったです。ジゼルもお世話になった人を悪く言われるのはあまり面白くないので」

「そのようなこと、とても出来はしないとも」

 

 訊きたいことがあるのだが良いだろうか? とマクギリスが丁寧に問うた。

 ジゼルがコクリと首を縦に振るのを確認して、彼は改めて言葉を昇らせた。

 

「ギャラルホルンにおいて、バエルにはアグニカ・カイエルの魂が宿ると言われ敬われる。君はこれについてどう考える?」

「どうもこうもないかと。バエルが凄いのではなく、アグニカ・カイエルが凄いというだけの話でしょう。今の逸話にもその思惑が見て取れますよ」

「……では訊くが。もし現代にバエルに乗れる者が居たとしたら、その者はどうなる? ギャラルホルンを掌握できると思うかね?」

「おい、まさかアンタ……」

 

 何事かを察した様子のオルガが険しい視線をマクギリスへと浴びせた。彼が何を目的として今の問いを投げかけたのか、それが見えてしまったからだ。

 だけどジゼルは片手を挙げてオルガを制すると、普段よりもどこか呆れの混じった口調で答えを返したのである。

 

「先も言った通りです。バエルが凄いのではなく、アグニカ・カイエルが凄いのです。もし誰かがバエルに乗ったところで、伝説の英雄が駆った機体を操るという以上の意味は持てませんよ」

「だがギャラルホルンには『バエルに乗る者こそギャラルホルンの頂点に立つ者』と定める規律がある。君の理屈はこれと反するのでは?」

「……それはそうかもしれません。ですが、今の世の中では正しい理屈こそ通らないというのを誰より知っている者こそ、あなたではないのですか?」

「──ッ!? それ、は……」

 

 胡散臭い笑みすら忘れて呆然としてしまったマクギリスを見て、これは痛い所を突かれたな、なんて呑気な感想をオルガは感じてしまった。傍目から見ている分には、どちらの言も興味深いことばかりだからだ。

 マクギリスのいう事が確かならば、これ以上ない改革の大義名分が手に入ることだろう。バエルを知るジゼルを乗せるなり、どうにかしてマクギリス自身が乗るなりすれば、それで終わりだ。これ以上ない簡潔かつスマートな革命方法に違いない。

 けれどそう、今の腐敗したギャラルホルンがそのような曖昧な規律に従うとは限らない。いやむしろ絶対に従わないのは目に見えている。腐敗をどうにかしたいと願った者が、腐敗した組織の規律に頼るなど矛盾した行いでしかないのだから。

 

「……アグニカ・カイエルという英雄はバエルを用いてギャラルホルンを立ち上げ、頂点に君臨した。だからこそ英雄と同じだけの力を手に入れることは、すなわち英雄という存在になれることだと私はずっと考えてきた。しかし君は違うと言うのか?」

「大前提としてあなたは、アグニカ・カイエルではありませんよ。だけどマクギリス……えーと、ファリドさんでしたっけ? あなたは別にアグニカの威を借りずとも、己の力で今の地位に這い上がってきたのではないのですか? 殺すことしか能のないジゼルからすれば、あなたもアグニカと同じだけ立派で、尊敬に値する人ですよ」

 

 それは純粋な賞賛の言葉であった。ジゼルにしては珍しく、心から他者へ尊敬の念を示している。

 果たしてその言葉にマクギリスは何を感じたのか。先ほどまでの無心となった様子から一変して、面貌には活気ばかりが満ち満ちている。

 

「そうか。ああ、その言葉を貰えただけでも、今の私には過ぎたものだ。この歓喜は胸に刻みこむとしよう」

 

 懐から小さな包みをいくつか出して、テーブルへ乗せた。見ればそれらは一口サイズのチョコである。

 

「今の私からはこの程度の礼しかできないのが心苦しいが、せめて貰っておいてくれ。それと、とても有意義な時間をどうもありがとう。だが私にはやるべきことが見つかったのでね。急で申し訳ないが、ここらで失礼するとしよう」

「おい、さっきの件は──」

「また後日、ゆっくりと話し合わせてくれ。今はもう一度、全てを見つめなおす時間が欲しいのだ」

「ちっ、わーったよ。気が済むまで熟考して、いい考えを頼むぜ」

「任せておいてくれ」

 

 すっかりいつもの胡散臭い笑みを浮かべ、これまた信用し辛い承諾の言葉を爽やかに残して、マクギリスは退室していった。余韻を一切感じさせない退場にはジゼルもオルガも言葉が見つからない。

 それからオルガは先ほどの意趣返しとばかりにチョコを一つほおばると、大きく伸びをしてリラックスした体勢を取った。彼も緊張していたのだろう。

 

「……ま、正直助かったぜ。火星の王だなんて急に言われても、とてもじゃねぇが決められねぇよ。もっといろんな奴と相談して、それから返事をしたいからな」

「そうですね、副団長さん達みたいな、信頼できる方々にはまず話を通しておくべきです。独断で決めるのは良くないでしょう」

「アンタの意見も訊きたいが、もちろん構わないよな?」

「信頼できる方々、と言ったはずですが?」

「おう、元からそのつもりだ。何度も言ってることだ、あんま言わせんなよ」

 

 何の迷いも見せず即答したオルガに、ジゼルは静かに俯いた。誤魔化すように彼女もチョコを頬張ってから、今更のように味覚が機能していないことを思い出す。それでももごもごと口を動かして、噛み締めるように呟いた。

 

「目覚めて最初に出会ったのがあなたで本当に良かったです、オルガ団長。信頼されるとは、やっぱり良いものですね」

 

 口内で溶けたチョコは、何故だかほんのりと甘いような気がした。




うーむ、難しい……

次回はそろそろタカキたちの描写をしたいと考えているのですが……さてどうしたものか。


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#17 今後の行く末

今回は比較的息抜き回です。


 アーブラウとSAUの戦争、通称『式典戦争』が終わってから今日でもう二十日が経過した。次第に戦時下特有の緊迫した空気が溶け去っていく一方で、逆に人々の記憶に残りすぎて苦労しているのが鉄華団だ。先の式典戦争においては中心的な活躍を果たし、また喧伝の意味もこめて大々的にメディアに取り上げられた彼らは、名が売れすぎたおかげで嬉しい悲鳴を上げている有様である。

 軍事顧問として義務を果たし、唾棄すべき戦争を独自に動く事で早期に終結させた素晴らしい組織──それなりに誇張も入っているが、おおよそ世間一般での評価はこんなところだ。その持ち上げぶりに誰もが喜ぶよりもまず困惑してしまうのは、これまで自分たちがそれほどまでに賞賛されたことなど無かったからだろう。

 

 そしてその困惑とは、なにも団員たちだけに限ったことでもないのだ。

 

 ◇

 

 鉄華団の者たちが戦う理由は様々だ。より良いゴールに辿り着きたいから、他に行く場所がないから、急成長している組織で働きたかったから、など理由は多岐に渡る。

 だがその中には自分のためというよりも、他者の為に鉄華団で働いている者も当然いる。特に幼い家族に真っ当な教育を受けさせたいという願いを持つ者は多かった。

 

 ──タカキ・ウノの妹であるフウカが地球で学校に通えているのは、まさにその願いを叶えることができたからと言えよう。

 

「それにしても驚いたよお兄ちゃん、まさか正門に直接乗り付けるなんて。すっごく恥ずかしかったんだからね!」

「あ、あはは……俺もまさかあんなに目立つなんて思ってもみなくてさ……」

 

 颯爽と路上を走る一台の車は、鉄華団がアーブラウより借り受けている黒塗りの高級車だ。その後部座席に座っているタカキは、同じく隣に座っている妹のフウカの言葉に苦笑いするばかりである。

 元々、学校の近くでフウカを拾うのは予定通りだった。ただそれが思った以上に目立つ結果となったのは完全な誤算である。原因は八割方、しれっと無表情をしている彼女だ。

 

「確かに驚きましたね。まさか待っているだけであそこまで人が集まるとは。鉄華団のネームバリューも大したものですよ」

「いや、アンタがあんなところでハーモニカ吹いてたせいもあるだろ。皆アンタの方ばっか見てたぞ」

「おや、そうなのですか? 全然気が付きませんでしたよ」

 

 そして前方で会話しているのは、荷物を抱えて助手席に座ったアストンとハンドルを握ったジゼルである。相変わらずのマイペースさに思わず頭を抱えるアストンを尻目に、ジゼルはといえば今時珍しいマニュアル式の車を事も無げに操っていた。

 少々珍しい組み合わせの四人組、どころかジゼルとフウカに至っては顔を合わせた時に行った自己紹介が初対面である。にもかかわらずこうして同じ車に乗っているのは、つい先日に目が覚めたばかりのチャドのお見舞いという共通の目的が有るからであった。

 

「チャドさん、早く元気になると良いね」

「団長の話だとあと二日もすれば退院できるみたいだから、もうほとんど元気じゃないかな?」

「もう、お兄ちゃんったら、そういう問題じゃないの!」

「……つまり気持ちが大事ってことか?」

「いえ、まだ入院してるから元気と言い辛いだけでは?」

「アストンさん正解! ジゼルさんは合ってるけどやっぱり違う!」

「あはは……うん、フウカはしっかり元気みたいで安心したよ」

 

 先日の式典戦争の発端は、文字通りに式典を狙って起きたテロによるものだ。その際に負傷した地球支部責任者のチャド・チャダーンは意識不明の重体であったのだが、ついに意識を取り戻したのが一昨日の事なのだ。

 当然、オルガたちは回復を喜び次の日にはすぐさま見舞いに向かった。タカキたちももちろん見舞いに行こうとしたのだが、昨日は各々の都合が合わず行けなかったのだ。それで予定がずれて一日遅れとなり、ついでにいつまでもだらけていたジゼルはタカキたちの送迎役となった次第である。

 

 この珍しい取り合わせはそのような事情が絡み合って出来た訳だが、意外とこれはこれで悪くないとタカキは感じていた。初対面のはずのフウカとジゼルが、案外と上手くやれているのが一番の要因だろう。ジゼルの本性の一端を知っているタカキからすればハラハラする組み合わせも、同じ女性同士で気安い関係性を生む一因となったようだ。

 

「ジゼルさんってどこでハーモニカ習ったの? 私たちも鍵盤ハーモニカとかは授業でたまに扱うけど、あんなに上手な人って先生にもいなかったよ」

「ほとんど独学ですね。本を読んで基礎の基礎を知って、後はひたすら吹き続けました。ひどい時は一日中吹き続けてしまい、唇の感覚がなくなったこともありますよ」

「そんなに吹き続けられるなんてすごいなぁ……あ、でももう正門の前でハーモニカ吹いちゃ駄目だからね! さっきアストンさんも言ってたけど、すっごく目立ってたんだから!」

「……一応、善処はいたしましょう」

 

 頬を膨らませたフウカが言っているのは、学校終わりの彼女を車で迎えに行った時のことだ。ジゼルは当然の権利とばかりに学校の正門傍に車を近づけた挙句に、暇だからとハーモニカまで吹き始めたのである。その笛の音とついでに美貌で多くの者たちの視線を引き付け、しかも鉄華団のジャケットを羽織っている訳だから当然目立つ。

 そのおかげで一緒に待っていたタカキたちまで巻き込まれ、恥ずかしいやら照れくさいやらなった挙句に、ジゼルは我関せずと吹き続けての知らん顔である。この時ばかりは彼女のマイペースぶりを恨みつつも羨ましく思ったものだ。

 

 このように非常に衆目を集めている中で、わざわざ彼ら彼女らと共に行かなければならないフウカの羞恥心は、推して知るべしというものだろう。

 

「それにしても、ジゼルさんもお見舞いの品を持ってくるとは思ってませんでした。てっきり俺らの足代わりだけとばかり」

「……なんだか失礼なことを言われた気もしますが、否定はできませんね。でも、今回はちょっとばかし事情がありまして」

 

 助手席のアストンが抱えている小包は、なんとも意外な事にジゼルからの見舞いの品であるらしい。普段の彼女を見ている限り、そういった気遣いにはあまり頓着しないタイプだと考えていたので驚いたのだ。

 それがいったいどういう風の吹き回しなのか、タカキだけでなくアストンも気になっていたのだろう。不思議そうにしげしげと包みを眺めている。

 

「ああ、それは別に特別なものではありませんよ。ただの香辛料の詰め合わせですからね。アーブラウで入手できるものを詰め込んだお徳用パックです」

「……なんだそりゃ」

「まあ、()()()()()()()()()のですがね、彼には少々迷惑をかけたのでその謝罪の気持ちですよ。ジゼルお気に入りの辛味です」

「私、辛いの苦手だなー……」

 

 色々とツッコミどころはあるが、タカキが気になるのは”迷惑をかけた”という部分だ。人物はどうあれ真面目に働いていた彼女が、何かチャドさんの足を引っ張る真似でもしたのだろうか? 疑問ではあるが、人の失敗を問いただすのも良くないだろうから、それ以上の追及はしなかった。

 と、車に備え付けられたナビがピコンと軽快な音を発した。見れば、目的地であるアーブラウ総合病院はすぐそこであるらしい。車の旅も気がつけばあっという間なものだ。

 

 ゆっくりと車が駐車場に入る。クラッチを浅く踏みつつ慎重に駐車を行い、しっかりエンジンを切ってからジゼルが一言。

 

「さてと、無免許でしたが何とかなりましたね。警察……じゃなくて、ギャラルホルンに捕まったらどうしようかと思いましたよ」

「え……」

「あの、免許持ってないんですか……?」

「とっくの昔に有効期限が切れてますが、なにか?」

「嘘だろ……」

 

 ──帰りは電車で帰ろう。そう誓った三人であった。

 

 ◇

 

 受付でチャド・チャダーンの見舞いに来たと告げれば、すぐに部屋番号は教えてくれた。昨日の今日で鉄華団がまたも面会に来た形だからか、既に対応も慣れたものであったらしい。

 またも周囲からの好奇の目線を浴びつつ、清潔な院内をしばらく歩けば、そこはもうチャドの病室であった。

 

「もういつでも歩けるのに皆にわざわざ来てもらうなんて、なんか悪いっていうかな。もうすっかり治っちまったのにさ」

「いえ、チャドさんが回復してくれて俺たちもホッとしましたよ。もし何かあったらどうしようかと」

「ははは、大変な時に悪かったよ。俺の代わりに頑張ってくれてありがとな、タカキ」

 

 穏やかに笑うチャドは簡素な病人服にこそ身を包んでいるが、既にほとんど外傷は見えなかった。すっかり元通りの姿であり、本人が言う通りベッドから起きる事など容易いことなのだろう。

 その元気な姿を見て、タカキもようやく肩の荷が下りた思いだ。記念式典からここまで、彼の予想を遥かに超えた修羅場をくぐり抜けてきたが、やっと最後の気がかりが晴れてくれたのだから。これで何の憂いもなく、戦争を生き残ったことを喜べる。

 

「今回の件に関してはオルガたちからも話は聞いてる。タカキもアストンも、苦しい状況下で本当によくやってくれたよ。フウカはいつもお見舞いに来てくれてたらしいし、本当に俺は良い人たちに恵まれたもんだ」

「チャドさん。この人にも、だいぶ助けてもらった」

「おっと、そうだったな……臨時の参謀として、よく犠牲者を一人も出さないで事を収めてくれたよ。礼を言わせてくれ」

 

 アストンに指摘されて初めて気が付いたかのように、チャドはジゼルへも礼を述べた。それを受けた彼女は「粗品ですが」と例の小包をチャドへと渡す。何が入っているのか淡々と説明すれば、受け取った方はなんとも言えない渋い顔だ。

 

「えーっと、その、ありがとな。大切に使わせてもらうよ」

「礼には及びませんよ。そして願わくば、あなたもジゼルと一緒に辛党になりましょう」

「ま、まあ考えておくよ……うん」

 

 それほどまでに辛味を愛するなら、いっそ激辛な手料理でも作って持ってきてみれば良かったものを。二人のやり取りをなんとも言えずに眺めていたら、ふとジゼルが振り向いた。その、眠たげな金の瞳と視線が合う。相変わらず思考を見抜かれていそうな感覚を覚えてしまう。

 

「ジゼルの料理はよく激辛じゃなくて激マズと呼ばれるので、さすがに病人に持ってくる訳にはいきませんでした。まず包丁を握ると、それだけで周囲が青ざめてしまいますからね」

「そ、そうでしたか……」

 

 とんだ重症だった。なまじ年若いフウカはしっかり料理を出来るだけに、万事をそつなくこなせそうな彼女の意外な弱点の発覚である。その隣ではアストンが「その通り」と言わんばかりにうんうんと頷いていて──

 

「もしかして、作ってもらったことあるの?」

「……前に一回だけ。仕事で遅くなったから、その時に成り行きでな。……ヒューマン・デブリとしてブルワーズに居た頃を思い出したよ」

「えぇ……?」

 

 どんな劇物だそれは。心の中で激しく突っ込む。かつてのアストン達ヒューマン・デブリの主食は味気ない栄養バーだけだったと聞くが、それに匹敵するなんざ普通じゃない。フウカなんて思わず吹き出してしまってから、慌ててアストンに謝った。もちろん、笑い話のつもりだったアストンはまったく気にしてはいなかったが。

 

 そんなこんなで予想外にも賑やかなお見舞いが進む中で、タカキは一つチャドに言いたいことがあったことを思い出した。意を決して、まずは一言。

 

「すみませんチャドさん。えーっと、その、少し話があるのですが」

「……わかった、俺で良ければ聞くよ」

「ふむ、ではフウカさんはジゼルと一緒に屋上に行きませんか? ハーモニカの扱い方を教えてあげましょう」

「ホント!? やったぁ!」

 

 女性二人で楽しそうに部屋から去っていく姿を見送って、タカキは心の中で頭を下げた。ジゼルは、この話をフウカには聞かせたくないというタカキの内心を慮ってくれたらしい。色々とずれているところがあるのに、こういうところがあるからただの変な人とも言い難いのだ。

 

 これで部屋に残ったのはタカキとアストン、そしてチャドの三人だけだ。

 

「それで、話っていうのは?」

「その、相談事と言うよりは、既に俺の中で決めたことではあるんですけど、どうしても聞いてもらいたいことがあって……」

「構わないさ。今回の俺は何にもできなかったから、それくらいならお安い御用だよ」

 

 その言葉に安堵してから、話し出す。ある意味では鉄華団への裏切りにあたるかもしれないその話を。

 

「実は俺……少し前まで鉄華団を辞めてもいいんじゃないかって、そう考えてもいたんです」

「タカキ……!」

「ごめんアストン、だけど本当なんだ。どうにか俺たちは誰一人欠けることなく戦争を乗り越えられたけど、次はこうなるとは限らない」

 

 今回は本当に運が良かったのだ。たまたま戦争を素早く終わらせる手段があって、たまたまジゼルが居て、たまたま犠牲が出なかっただけのこと。普通ならこうも都合よく事は運ばないだろうし、もし次があればきっと酷い目に遭うことは間違いない。

 それはもう、このような仕事を生業としているからには仕方ない事だと思う。むしろこれまでだって負けず劣らずの地獄だったし、生き延びてきた。だけどそれでも、ふと不安になってしまうのだ。

 

「もしフウカを置いて死ぬことがあったらどうしようって。鉄華団の皆の事は家族のように大事ですけど、フウカは本当に一人しかいない妹だから……今度地球で戦争が起きれば、きっと誰かが死ぬ羽目になる。それが自分じゃない保証なんてどこにもないんです」

 

 虫の良い話だとタカキは思う。それでもしも鉄華団を辞めれば、自分が戦場で死ぬことはなくなるだろう。だけど代わりに、鉄華団の誰かは死ぬ。もしかすればそれはチャドかもしれないし、隣に座る親友(アストン)なのかもしれない。他の誰であったとしても、タカキにとっては辛いことだ。

 臆病風に吹かれた。こう指摘されればなんら否定はできない。でも、初めて自分たちの判断で戦いに出て、大人たちの裏事情まで考えて、策謀を巡らせて──不意に恐ろしくなったのだ。自分たち地球支部は、これからもこのような経験を積まねばならないのか、と。

 

「それで、タカキはどうしたいんだ? 古い付き合いの仲間だ、どんな結論を出したって俺は尊重する」

「……結論から言えば、俺は鉄華団は辞めません。このまま続けるつもりです。最悪の事態を考えると怖いけど、まだ最悪の事態は起こっていないんだから。それを防ぐための努力を俺はしたいんです」

 

 今回は結果的に助かったが、本来ならば大人たちの思惑に好き勝手に翻弄されていても何らおかしくなかった。あのガラン・モッサを出し抜くなんてタカキにはとてもできそうにないし、そもそもラディーチェの裏切りだって気が付けたか怪しいのだから。

 だけど、同時にそれは今現在の話だ。これからもっと努力すれば、彼らのような相手にも多少は抵抗できるようになるかもしれない。その可能性からも目を背けて、鉄華団(かぞく)を見捨てるなんてことはとても出来ないのだ。

 

 それを聞いて安堵のため息を吐いたのは、真剣な表情で話を聞いていたアストンだった。

 

「良かったよ、もしタカキに鉄華団を辞められたら、俺はすごい困る」

「……心配させてごめん。でも、もう決めたんだ。俺は俺に出来ることをしたいから、鉄華団は辞めないよ」

「俺も、正直安心したよ。タカキが抜けたら地球支部のまとめ役が俺一人になっちまうからな。そりゃ勘弁してほしい」

「チャドさん……」

 

 やっぱりこの人たちに話を聞いてもらったのは正解だった。タカキは強くそう思う。答えを出しつつもどこか曖昧だった考えは、全部吐き出すことが出来たおかげで明確なビジョンとして定まったのだから。

 ちょうどその時、開け放たれていた病室の窓から透き通った旋律が入ってきた。耳を傾けてみれば、どうにも屋上の方から流れて来ている。たぶん、見本としてジゼルが吹いているのだろう。

 

 フウカを悲しませたくないし、友人を失う事だってしたくない。その決意を寿ぐかのような音色を胸に、タカキは決意も新たに一歩を踏み出したのだった。

 




タカキさん残留ルートへ。なんだかんだアストンも生き残っているので、辞めるか辞めないかの天秤は残留に傾きました。実際、鉄華団でも貴重な常識人であるタカキは有力な人材だと思います。


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#18 未来への布石

 ──その日、世界に激震が走った。

 

 普段ならば日々の何気ない特集から政治の話まで取り扱っているニュース番組たちは、今日ばかりはこぞって同じニュースを取り上げてばかりである。朝から夕方まで話題を独り占めし続けたそのニュースは、それに相応しいだけのネタであったのだ。

 

 問題の見出しはこうである。

 

「『セブンスターズ、式典戦争を主導した疑い!?』、か。中々はっきりしねぇ文句じゃねぇか」

 

 テレビ画面に目をやりながら、やれやれと言った様子でオルガは呟いた。いつ見ても、どのチャンネルに変えても、代り映えのしないニュースには辟易するばかりだ。だけどこれは鉄華団にとっても大きなニュースで、とても無視することは出来ない重大な局面へと繋がっているのだから是非もない。

 彼と共にニュースに目をやっているのはユージンと三日月、それにジゼルの三人だ。しかし三日月はニュースを見るよりも火星ヤシを食べるのに夢中で、ジゼルに至っては半分寝ている有様である。

 

 オルガもユージンも、すっかりこの妙な状況に慣れてしまったのが悲しい所だ。

 

「肝心の誰が主導したかは隠す……いや、隠蔽されたのか。なんつーか、ギャラルホルンお得意の手って感じで気に食わねぇぜ」

「つまりマクギリスが喧嘩売ってるのはそれだけ大きい相手って事なんだろうな。ったく、大概アイツも面倒な事にばかり巻き込んでくれる」

 

 ユージンの意見にはオルガも同じ思いである。腐ってもギャラルホルン、落ちぶれている現状でもその影響力は計り知れないものがあった。

 こんなことをいとも簡単に出来てしまう相手に喧嘩を売るなど、やはり正気の沙汰ではない。少なくとももっと勝てる算段を作るだとか、基盤を固めるなりしないと太刀打ちできないだろう。

 あの時判断を保留にしたマクギリスは正しかった、そのような考えを抱きながら、オルガは机に置いてある通信機へと語り掛けた。

 

「で、どうなんだマクギリスさんよぉ? これがアンタの求めた最良の結果なのかい?」

『……生憎と、最良とまでは言い難いな。本来ならば君たちの見ているニュースには、ラスタル・エリオンの名前も映っていなければならなかった。それが瀬戸際でぼかされてしまったのは、彼の持つ多大なコネと影響力の賜物だろうさ』

 

 通信機越しに届くマクギリスの声音には、敵にしてやられたという苦々しい想いと、わずかばかりその見事な手腕を褒めるような響きがあった。敵はやはり強く、大きい。そんな当たり前の事実を確認した両者である。

 

「簡単に言ってくれっが、そいつはつまりアテが外れたって事じゃないのか? 革命すんなら保守派のラスタルって奴は邪魔なんだろ?」

『確かに思ったように行かなかったのは事実だ。けれど、何の影響もないという訳ではない。既に行われたセブンスターズの会議も紛糾していてね。犯人がラスタルだと言うのはもはや公然の秘密だ。これを契機に、彼の影響力が目に見えて落ちるのも時間の問題だろう』

「つまり、息の根を止めるのこそ失敗したが、手痛い傷を負わせるまでは出来たって事か」

『そういう事になる。改めて、君たちの働きには多大な感謝をさせてもらおう』

 

 その真摯な感謝の言葉にはオルガもとやかく言う気は起きなかった。鉄華団どころか一般人まで巻き込んだ戦争を引き起こした張本人、少しでも痛い目を見てくれるなら多少は溜飲も下がることだろう。

 とはいえ、問題はここからだ。要するにマクギリスの作戦は半分失敗に終わったのだから、今後彼がどのように動くのか問いただす必要があった。それ次第で、鉄華団が手を貸すか貸さないかも変わってくる。

 

「さてマクギリスさん。あなたは納得のいく展望を考案する事はできたのですか? まさか無計画、なんて事は言わないでしょうね?」

『これは随分と手厳しい』

 

 何の躊躇いも前置きもなく踏み込んだのはジゼル、寝ているかと思えば当然のように口を挟んでくるから侮れない。殺人が絡まないから本人は不満げだし、ユージンもやや微妙そうな顔つきをするのだが、それでも両者共に真面目に仕事をしてくれるのだから外す理由もまたないのだ。

 訊かれたマクギリスは苦笑と共に軽口を返して、しばし無言になる。これからを占う重大な選択だから無理もない。それから、意を決したかのような雰囲気が通信機越しに伝わってきた。

 

『……本来ならばヴィーンゴールヴのギャラルホルン地球本部を占拠し、バエルの威光をもってセブンスターズすらも従わせる予定だった。しかし直接アグニカ・カイエルを知る君の口から、これは否定されてしまったからね。おかげで策を練り直す羽目になってしまったよ』

「だからまだ何も浮かんでない、なんて言うんじゃねぇだろうな?」

『まさか。ただしあまり奇抜な手にはならないがね。あくまでも真正面から正々堂々と、自らの地盤を固めてラスタルを追い抜かす。幸い、今のラスタルは苦境に立っている。そう難しい事ではないだろう』

 

 その言葉に嘘はない。現状、マクギリスは地球外縁軌道統制統合艦隊の新指令として着実に実績を重ねている最中である。今回の式典戦争だって調停に乗り出したのは彼だし、鉄華団との繋がりがあったおかげでさらにスムーズに話は進んだ。これらの行いで周囲からの評価はますますうなぎ登り、その権勢も日増しに増えるばかりである。

 だから本来、彼は強引な奇策に手を出す必要すらなかった。堅実に立場を固めていけば、いずれ革命すらも可能な立ち位置にまで上って来れる。それを承知でバエルを持ち出そうとしたのは、彼の根底が関わるからやむなしなのだが。

 

 ただし、彼が正々堂々と戦いを挑むというのなら、鉄華団の扱いも大きく変わってくるのだ。

 

「なら俺たち鉄華団の力を借りる必要はないはずだ。悪いが、俺たちは政治抗争なんざさっぱりだぞ。例えこれからも手を組み続けたところで、とてもじゃねぇが力になれるとも思えねぇ」

 

 そうだ、元よりマクギリスは暴力装置としての鉄華団をアテにしていた。ギャラルホルンに一泡吹かせた実力は無視しがたいもので、しかも個人的な好意もあって手を借りていたにすぎない。これが戦闘とは関係のない政治の舞台へ移行するというのなら、鉄華団が半ば用無しなのも自明のことなのだ。

 無論それはマクギリスとて百も承知のはず。けれどオルガの疑問に対しては、はっきりと『それは違う』と言ってきた。

 

『確かに君たちの手を借りづらい状況になったのは事実だろう。少なくとも、ギャラルホルン側の問題は私だけでどうにかしなければならないのは確かだ。けれど、ギャラルホルンの外部に居る君たちと関係があるからこそ、取れる手段もあると思わないかな?』

「つまりあれか、俺たちに指示を出してこの前の”夜明けの地平線団”討伐みたくすれば、ギャラルホルン内での利益はそっちのモンになると」

「おいおい、そりゃちょっと不公平じゃねぇのか!?」

『君の懸念はもっともではあるが副団長、さすがに見合った報酬は用意すると約束しよう』

 

 オルガたちが地球に来るほんの少し前、鉄華団はマクギリスと手を組んで大海賊の討伐に乗り出した。これを無事に成功させたことでマクギリスは海賊討伐を主導した者として評価され、鉄華団もまた独自に報酬を獲得することが出来たのだ。もちろん、手に入れた報酬はマクギリスからのものに他ならない。

 つまり、これまでの実績から鑑みれば彼の言葉は信用できてしまうのだ。そこさえ呑み込んでしまえば、これからのマクギリスとの関係性もおのずと明らかになってくるわけで。

 

「アンタの依頼を受けることで、俺たちはアンタの都合が良いように行動を起こす。その結果そっちはギャラルホルン内での地位を固めて、俺たちは実利を手に入れるって訳だ。……これまでと何も変わんねぇじゃねぇか」

『その通りさ。我々の関係性は何も変化しないのだよ。だが君たちは改めてギャラルホルンの後ろ盾を手に入れることができ、しかもそれなり以上の報酬も約束されている。ああ、火星の王の件だって忘れてはいないとも。どうかな、君たちにとっても悪い話ではないだろう?』

「違いねぇな」

 

 どのような依頼が来るかは分からないが、間違いなくギャラルホルンと事を構える以上の無理難題はないだろう。そうであるなら、今の鉄華団の力ならばどうにでもできる。リスクはあるが、どのみち”上がり”を目指すには多少のリスクは覚悟すべきなのだから。それならオルガに躊躇いは無い。

 

「いいぜ、受けてやる……と言いたいところだがな。ちょっとだけ待ってくれ、他の奴とも相談したい」

『もちろん構わないとも。私とて同じことをした身だ、否応は無いさ』

「助かる。明日か明後日には返事を寄越そう」

『では、色よい答えを期待させてもらうとしようか』

 

 それで話は終わった。用済みとなった通信機の電源を落としてから、オルガはこの場に集った三人へと向き直る。

 三人──副団長のユージンと、これまで黙って話を聞いているだけだった遊撃隊長三日月、それについ先日正式にオルガから参謀の職を与えられたジゼルの事だ。

 

「単刀直入に訊こうか。どう思う?」

「悪くないと思いますよ。話を聞く限り、これまでの関係性はそう崩れないようですし。手を結んでしまっても構わないかと」

「……ちょいと不安は残るが、俺も同意見だ。少なくとも今の状況なら足元見てくることもないだろ」

「チョコの人、なんだか楽しそうだったよね。機嫌が良かったのかな?」

 

 返答はおおよそオルガの予想通りのものだ。三日月の意見だけやや的外れに思えるが、これもマクギリスの提案に他意はない事の裏付けとなるから十分。

 ひとまずこの場に集った三人は今のマクギリスの話には好意的である。他にも昭弘やチャド、メリビットといった人物達にも意見を聞く腹積もりではあるが、たぶん似たような答えが返ってくる事だろう。

 

「……いや、メリビットさんだけは怪しいな」

「オルガ?」

「火星の王の事をマクギリスは忘れていなかった。つまり、これから先の推移と成果次第で火星の統治権を譲る用意はできるという事のはず。となれば、テイワズとの関係性はどうなんのかと思ってな」

 

 テイワズと鉄華団の関係はいわば親子のようなものである。鉄華団立ち上げ当初からここまで、テイワズから授かった恩恵は計り知れない。

 だが仮に火星の王となれば、その力関係はほぼ間違いなく逆転してしまう。もちろんオルガはテイワズを蔑ろにするつもりなどこれっぽっちも無いが、それだけでまかり通るほど甘くないのが現実だ。面子、義理、関係性。そのようなしがらみは素直に火星の王就任を祝ってはくれないだろう。

 

「でもよぉ、まだまだ火星の王つっても時間はかかんだろ? ならその時までテイワズには黙ってても──」

「それではいつかどこかで綻びが生まれますよ。そんなこと、副団長さんも分かっているでしょうに」

「ちっ、そりゃそうだがよ……」

 

 舌打ち気味にユージンが呟いた。彼とて自分の意見がその場しのぎでしかない事くらい理解しているのだ。

 

「オルガはどうしたい? 火星の王になるのか、ならないのか。オルガの目指す上がりは何処にあるの?」

「ミカ……」

 

 難しい。二律背反だ。三日月からの容赦ない問いは、いつだってオルガの核心へと触れてくる。

 オルガとしては是非とも火星の王の地位は欲しい。それこそ、虐げられてきた自分たちにとって最高の”上がり”だと確信できるからだ。かといってそのためにテイワズと縁を切るのは不義理が過ぎるし、不都合も多い。茨の道になるだろう。しかもマクギリスへと正式に”火星の王”の件を断るだけで、この道を歩む必要は全くなくなるのだ。

 

 あらゆるリスクを考慮すれば、火星の王にまでなる必要はない。今のままでも十分に名は知れ渡ったのだから、これを元手として更なる事業の拡大と健全化を進めればいい。余計な心配事を抱える理由など無いのだ。

 

 それでも──

 

「ずっと馬鹿にされて、足蹴にされてイイように扱われてばかりだった俺たちが、火星の王になる。地位も名誉も、全部手に入れられるんだ。こいつは、これ以上ない──俺たちの”上がり”じゃねぇのか?」

 

 火星の王というのは、どうしても抗いがたい魅力に思えて仕方なかったのである。

 自らの想いを確かめるように呟けば、三人の視線が一気に押し寄せたのを自覚した。「本気か?」と目で問うてきているのはユージン。「楽しそうですね」とどこか嬉しそうなのはジゼル。そして「オルガの決めた事なら、絶対に成功させる」と雄弁に語っているのは三日月だ。

 

「危険はもちろん承知している。このまま行けばテイワズと揉めるのは間違いねぇだろうし、最悪ことを構える事態にだってなるだろう。だけどそれでも、俺は火星の王になりたい。これまで散々苦労を掛けてきた鉄華団の皆に、楽をさせてやりてぇんだ」

 

 最初から最後まで、オルガの望みはこの一点に収束している。自分が甘い汁を吸いたいからではなく、あくまでも家族に報われて欲しいから名誉や利益を求めるのだ。その想い、なるほど確かに立派である。

 なのだが、あるいはそれは底なしの沼に嵌まる第一歩なのかもしれないのだ。

 

「なら、そのような欲望を抱いた者の先達として、一つ団長さんに忠告をさせてもらいましょう」

「……?」

 

 不意に、ジゼルの黄金の瞳がオルガを射抜いた。合わせ鏡のように、互いに同じ色をした瞳が交わる。

 

「火星の王になる、それは結構なことです。ただし、人の欲望とは限りがないモノですよ。火星の王になれば、次はテイワズの支配者、その次はコロニー群の長、さらには地球の帝王にまで。あらゆる全ての頂点に立ちたいと、いつの間にか考えてしまうかもしれないことを覚えておくべきです」

「……まるで見てきたような口ぶりだな」

「ええ、そうですとも。だってジゼルがそうでしたから。最初は一人殺せればそれで良かったはずなのに、いつの間にか二人殺しても、十人殺しても、百人殺したってまだ満たされなくなった。ほら、どこか似ていると思いませんか?」

 

 それは悪魔の囁きだった。耳を塞いでしまいたいのに、つい耳を傾けてしまう。違いがあるとすれば、甘言ではなくオルガにとって不都合な内容であることくらいか。

 火星の王になって、ではその後はどうする? そこで足を止めるのか? それとも強欲に先を目指してしまうのか? 分からない、分からないがしかし、空恐ろしいと感じてしまう。もしオルガ自身が欲深になってしまえば、きっとそれは彼が憎む汚い大人そのものとなってしまうだろうから。

 

 人の欲望に限りはない。ジゼルの語ったそれはまさしく性悪説に則ったものであり、それだけに目を背ける事は許されない真実でもあったのだ。

 

「戦い、争いそのものはジゼル個人としては望むところです。いっぱい殺せますからね。けれど一人の団員として意見を述べさせてもらうなら、このような事態も考慮に入れておきべきかと。その時になって、果たしてあなたは()()()()()()()()()()()()()。これが分水嶺となりましょう」

「足を止める……か……」

 

 冷や水を掛けられた想いで、オルガはその言葉を受け止めた。

 そのようなこと、まったく考えた事すらなかった。いつだって前を見据えて足を進めて、その先で名誉と利益をつかみ取ってきたのだから。これから生きている限り、ミカと一緒に居る限り、いつまでだって止まることは無いと思っていた。

 だから、続くユージンの言葉には驚かされてしまったのだ。

 

「オルガ、なにもこのまま堅実に進んだって足を止める事にはなんねぇ。俺たちは、鉄華団は、いつだって一歩一歩進んでるんだ。ハイリスク・ハイリターンの戦い方はもう似合わねぇよ」

「……もしかして、ユージンは火星の王は反対なの?」

「……そりゃあ俺だって、偉くなってチヤホヤされたくねぇって言えば嘘になるさ。可能な限り最高な見返りが欲しい気持ちも当然ある。だけど、それまでに死んじまったら何の意味もねぇんだ」

 

 火星の王について、これで二人の意見は出揃った。ユージンはほとんど反対、ジゼルはどちらでもないが強烈な忠告を残している。だから後は、三日月の意見次第でこの場の趨勢は決まるだろう。

 

「ミカ、お前はどう思う?」

「俺は……」

 

 珍しく三日月が悩んでいた。物珍しげにオルガとユージンが見守る中、一分ほど考え込んでから三日月は結論を導き出した。

 

「オルガの意見には反対したくない。だけどもしオルガが昔のマルバや一軍みたいになったら、すごく嫌だ」

「そいつは……」

「それと、死んだ奴とは死ねばまた会えるってオルガは言ってたし、俺は疑う気もないけど。どうせなら生きている鉄華団の皆と一緒に、オルガの目指す先を見てみたいな」

 

 三日月のはっきりした意思を聞いて、オルガは一つ溜息を吐いた。それは安堵からくるものかもしれないし、あるいは自らの考えが破れた無念からくるものなのかもしれない。

 ただ、これで彼の意思は固まったのは確かだった。

 

「そうだな、確かにその通りだ。例え遠回りだろうと、鉄華団は止まんねぇ。俺が止めさせねぇ。歩き続けたその先へ、絶対にお前らを連れて行ってやるんだからよ」

「なら──」

「まぁ待て。まだ意見を訊いたのはここの三人だけだ。これじゃフェアじゃねぇよ。マクギリスには明日以降に返事をするって言ったんだ、他の奴と話し合ってからでも遅くはねぇだろ」

 

 とはいえ、きっと意見が翻ることは無いだろうというのは、オルガのみならず誰もが感じていたことであったのだが。

 

 ◇

 

 ヴィーンゴールヴはギャラルホルン地球本部。そこに誂えられた一室にマクギリス・ファリドの姿はあった。

 

『結論が出た。俺たちはアンタと手を組みたいと思う』

「それはありがたい。なら火星の王の件も前向きに──」

『その話なんだがな、そいつは丁重に断らせてもらうことになった。これまで通り、アンタとはある程度の関係性が保てればそれで十分だ』

「ほう……?」

 

 机に置かれた通信機から届いた返答に、マクギリスが珍しく驚いた表情を作り上げた。

 予想に反した言葉だった。彼ら鉄華団ならば、多少のリスクを呑もうとリターンを求めて快諾すると思っていたのだ。もちろん断られたところで損はないが、マクギリスをいつになく動揺させるには十分すぎる内容だ。

 

「理由を聞いても?」

『話せば長くなるが……まあ端的に言やぁ、俺らの将来にそこまで大それたモンは必要ねぇって事だ。申し出はありがたいし、口惜しいと言えばその通りだが、組織の方針としては断らせてもらうって方向で決着が着いた』

「そうか……君たちなら良い王として君臨できると思っていたが、それなら是非もないな。分かった、その方針で行くとしよう」

 

 本音を言えば、この選択を採った鉄華団には少しばかりがっかりした。マクギリスが思い描いている彼らならば、どんな時でも貪欲に利益と成果を求めると信じていたからだ。

 けれど、こうも思うのだ。彼ら少年たちは現実を見て、自らが求める成果以上は必要ないと手放すことが出来た。ある意味でその行いは偉大で、彼らが子供から大人へと着実に変化している兆しでもあるのだと。

 

「ふっ……私とて、とても人の事は言えないな」

『なんか言ったか?』

「いいや、何でもないさ。ただの独り言だよ」

 

 かつてのマクギリスなら、バエルに頼らない改革など決して考えなかった。今の自分を昔の自分が見れば、きっと失望されるに違いない。それが今や大真面目にバエル抜きの改革をしようと試みているのだから、人間どのように変わっていくかは分からないものだ。

 

「ならば互いの為にも、末永い付き合いを保つとしよう。よろしく頼むよ、オルガ団長」

『ああ、こっちこそよろしく頼む』

 

 どこか晴れ晴れとした気持ちを胸に、鉄華団との通信を打ち切った。きっと彼らとは良い関係を築いていけるだろう。楽観にも程がある思考だが、この時ばかりはマクギリスもそう信じることが出来たのだ。

 だが、いつまでも心地よい思考にばかり浸ってはいられない。この後すぐにセブンスターズの会議がある。こうも連日開かれては面倒極まりないが、退屈な会議を繰り返すのがご老体たちの趣味なのだから仕方ない。

 

「それに、ラスタルやイオク・クジャンの動向も見極めなければならないからな……」

 

 誰ともなく呟く。政敵であるラスタルは元より、彼の陣営に着いているクジャン家の御曹司も厄介な手合いだ。どちらも侮っていい相手ではないが、事ここに至っては警戒すべきは後者であった。

 単純にセブンスターズに名を連ねるだけでも強敵だが、それ以上にイオク・クジャンは”何をするのか読み取れない”のだ。胸に抱いた正義感や家に恥じない生き方をしようと心がけるのは立派だが、マクギリスからすれば少々空回りをしているようにも見えてしまう。

 

 特に今は敬愛するラスタル・エリオンが失脚しかけているこの状況。これが原因でどんな突飛な行動を始めるのか、マクギリスからしてもてんで予想がつかない。

 

「立派な志を抱きながら、想いと努力が実を結ぶことは無い。考えてみれば彼も中々報われない男だ……その境遇は哀れに思うがね」

 

 敵対するなら容赦はしない。自らの全力をもって消えてもらうまでだ。

 

 「存外、鉄華団への最初の依頼は彼絡みになるのかもしれないな」──そのような事を考えながら、マクギリスはセブンスターズの会議場へと重い足を向けたのだった。

 




なんだかんだ二期最初期のような関係性を保った鉄華団とマクギリス。
痛手を負いながらもギリギリで踏みとどまってみせたラスタル様。
登場してもないのに不穏な空気を漂わせ始めたクジャン公。

最初の状態に戻ったようで、かなり差異が出てきていますね。特にオルガが火星の王をすっぱり諦めたのは大きいです。オルフェンズ本編だと聞く耳もたない感じでしたが、今回は似た者同士なジゼルの言葉や、慎重論も出せるようになったユージンに三日月共々影響される形となりました。本編で何度か言及されている「ジゼルとは相性が良い」というのは、まさしくオルガの重視する点をピンポイントで突けるところです。


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#19 彼女の見る世界

今回はジゼルの一人称視点です。書いていて一番頭がおかしくなりそうでした。


 ──目が覚めた時は、きまって二度寝の誘惑に駆られるものです。

 

「んっ……ふあ……」

 

 なんだかとても眩しい。寝起き特有の情けない声をあげつつ、仕方なしに目を開きます。すると朝日が窓から差し込んでいて、ちょうどジゼルにあたっているではありませんか。まだ寝たりないので、寝返りを打ってから毛布に潜り込むことにします。

 

「……眠い」

 

 このまま昼まで寝てしまいましょうか。式典戦争から今日でほとんど一ヶ月、そろそろ鉄華団も火星に戻る時が近づいています。だけどジゼルの仕事はほとんど終わっていますので、昼間まで寝ていても文句は──いえ、そういえば何かあったような。

 

「……護衛任務って、言ってましたっけ……」

 

 そんなのもあったようななかったような。確か対象はクーデリア・藍那……ホルスタイン? それともバームクーヘン? 名前が長すぎて忘れてしまいました。寝起きの頭ではなおさらです。

 ともかく鉄華団とも縁が深い女性がアーブラウの街に出るというので、その護衛を団長さんから頼まれていたのでしたか。同行者は他に三日月・オーガスさん、あの鉄華団が誇るエースパイロットです。MS操縦はもとより白兵戦でも強いのですから、お若いのに大したものだと思います。是非ともジゼルに殺させて欲しいお相手ですが……さすがに我慢ですね。ジゼルにも最低限の矜持はありますから。

 

「仕方ありません……起きましょう……」

 

 しかし思い返せば、確か集合は朝の九時からだったはずです。すぐに時間を確認すれば、まだ朝の七時。十分時間に余裕はありますが、早い内に準備をした方が良いでしょうね。必死にベッドにしがみつこうとする身体を意思の力で引き剥がすのはいつだって重労働ですが、一度ベッドから抜け出してしまえばどうしようもありません。

 薄いピンク色のパジャマを脱いで胸の下着を着けてから、普段着を取り出します。シャツにスカート、それからタイツ。ネクタイは気分で色を変えたりも。その上にカーディガンを羽織って、最後に支給されている鉄華団のジャケットを羽織ればお着替えは完了ですね。

 

 世の中の女性は服装選びにも時間をかけると言いますが、ジゼルにはその理屈がよく分かりません。こんなもの、ある程度のパターンを決めてしまえばそれでいいのに。

 お化粧も同様にして、ちょっとだけ目元や頬をどうにかすればお終いです。面倒なのでそれ以上はしません。こだわる時は誰かを誘い込んで殺したい時だけなので。処女ですけど、成功率は決して悪くはありませんよ。

 

「朝ごはん、今日はなんでしょうか……辛味と合う触感なら良いのですが」

 

 お仕事は億劫ではありますが、他ならぬ団長さんの頼みなら断る訳にもいきません。せいぜい真面目に取り組むといたしましょう。

 ああ、その前に朝の日課を終えてしまいますか。ちょっとしたお祈りです。もっとも、聖書の神様を敬う気はありませんがね。だって本当に存在するなら、ジゼルのような狂人を生み出すはずがないですし。そうでないなら神様はたぶん、とっくの昔に人間に飽きてしまわれたのかと。

 

 それでは敬虔なる信者のように、両手を組んで無垢な祈りを捧げましょう。

 今日こそは、誰かを殺して良い日でありますように──と。

 

 ◇

 

 朝の九時。鉄華団地球支部の玄関で暇を潰していましたが、集合時刻ぴったりにその女性はやって来ました。時間を守る方はジゼルにとって好印象ですね。殺すのは最後にしましょう。

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインです。この度は無理なお願いを聞いてもらって申し訳ありません」

「ご丁寧にどうも。ジゼル・アルムフェルトです。あくまでもジゼルは鉄華団の一員ですので、敬語を使われる必要はありませんよ」

「そうですか……でも、この方が落ち着くのでお構いなく。そちらこそ、そう畏まる必要もないのでは?」

「すみません、ジゼルもこれが素の口調なので」

 

 ジゼルの髪の毛にも匹敵する金の長髪に、紫色の瞳が綺麗な女性です。ちょっと身長が高いのでしょうか、少なくともジゼルよりは大きいです。それと、一緒に来たのに黙ってばかりの三日月さんよりも。

 そんな彼女こそ、火星独立運動の中心核を成す逸材だとか。なるほど、ここしばらく混乱していた街中を一人で歩かせるには危険な人ですね。テロリストは意外なところに居たりするものですし。

 鉄華団とはジゼルが加入する前からの付き合いで、その縁もあってお互いに良好な関係を築いているらしいです。今回ははるばる蒔苗氏のお見舞いの為に鉄華団と共に火星から来たようで、護衛任務も半ば無料に近いサービスであるとかないとか。べったり癒着してますが、まあそこはジゼルが気にする点でもありません。

 

「クーデリア、どこに行くかは考えてるの?」

「ううん、それほど深くは考えてないの。ただ、二年前にアーブラウに来たときはすごく忙しくて、とてもじゃないけど見て回る余裕もなかったから。事情はどうあれこっちに来たなら、一度くらい見てみたいのです」

 

 それから「あ、でもちゃんとやることは終わらせてますからね!」と慌てて付け足したクーデリアさんに、「へぇー」と適当に相槌を打つ三日月さん。どこまでも投げやりな態度に見えますが、拒絶している訳ではないみたいです。クーデリアさんもそれを分かっているのかニコニコしますし。

 

 ……あれ? もしかしてこれ、ジゼルはお邪魔虫という奴なのでは?

 

 よくよく考えてみればこの話を団長さんが持ってきたときも、彼は「余計なお世話かもしんねぇが──」などとおっしゃっていました。その時は三日月さんの実力を信頼しての発言かと思ったのですが……これはきっと、()()()()()()もあったのでしょう。

 でも大丈夫、ジゼルと三日月さんはそこまで親密な訳ではありません。会話だって普段の職場が異なるせいであまりしませんし。そういう意味では、団長さんの方がよほどジゼルと親密かと。だからあなたが心配する事は何もありませんよー。

 

「それじゃあ行こっか。ジゼルはアーブラウには詳しいの?」

「ええ、まあそこそこは」

「分かった。じゃあ頼むね」

 

 なんて考えている傍からこれですか。ああ、本当に面倒です。クーデリアさんからの疑惑の眼差しが刺さりますよ。ですので、これからは適当に気を遣って適当に忘れたりしましょう。ジゼルに綿密な気遣いを求められても、それは畑違いなのですから。殺人に繋がるなら頑張るのもやぶさかではないですがね。

 

 ひとまずは、のんびりと護衛を頑張るといたしましょう。

 

 ◇

 

 良くも悪くもおかしな事態は起こらず、つつがなくクーデリアさんのアーブラウ散策は進んでいきました。道行く人々の視線を集めたり、声を掛けられたりと忙しそうでしたが、それでも充実した表情を浮かべていたのですから良かったのでしょう。ジゼルからすれば退屈でしょうがないですが、護衛とはそういうものです。

 しかも今はクーデリアさんはショッピング中で、仕方なくジゼルは道端のベンチに座っている最中です。ちなみに三日月さんは彼女についていきました。ちょっとクーデリアさんが嬉しそうだったのは、ジゼルの見間違いではないでしょう。

 

 お昼下がりの、のどかなひととき。眠気を我慢するのが大変です。だから暇つぶしに道行く人々を眺めていれば、いつだって誰がどのように殺せそうか延々とシミュレートしてしまうのですよ。

 

 ……あそこの歩道を歩いている若者、隙だらけです。すれ違い様に刺殺できそうな気がします。

 ……向こうで腰をかがめているご老体は、耳元で大声をあげればそれだけでショック死かと。

 ……なんの変哲もないサラリーマンを不意に銃撃したら、どんな反応をしてくれるのでしょう?

 ……並んで歩いている子供たちは、車でまとめて轢き殺してみたいものです。

 

 本当に、考えるだけでもたまらない事ばかりです。やってみたくてしょうがない。だけどこれらは全部が全部、この場ではできません。ジゼルは快楽殺人者ではありますが、一時の誘惑に負けて全てを失うほど短慮でもありませんから。時と場所、それに我慢は弁えているのです。

 

「すみませんジゼル、お待たせしてしまいましたね」

「いえ、お構いなく」

 

 そうこうしている内に、クーデリアさんが戻ってきてしまいました。彼女の手には小さな袋が、三日月さんの左手には大きめの袋が提げられています。どうやら、それなりに買い込んだようで。逃れられぬ女性の(さが)ですね。

 さて、この後はどうしようかと考えていたところで、いつの間にか鉄華団への定時連絡の時間となっていました。ここはジゼルが行こうかと考えていたのですが、三日月さんがさっさと行ってしまいました。同じ女性同士で待っている方が良いと考えたのでしょうかね? ここまで来てクーデリアさんを置いていく辺り、意外と鈍感さんなようです。

 

 クーデリアさんがベンチに座って、二人並ぶ形となりました。ですが、いざこうなると話すことが無いですね。沈黙ばかりが横たわってます。ジゼルは特に気にしませんが。話すことが無いなら、無理に話す必要もありません。

 

「……」

「……あの」

 

 と、クーデリアさんが口を開きました。

 やや気まずい様子で目線を動かしているのを見るに、言い辛いことなのでしょうか。けれど意を決したようにこちらに向き直ると、はっきりと告げてきます。

 

「その、オルガ団長からあなたの話は聞きました」

「そうでしたか。別段不思議ではありませんね」

 

 言わんとすることはすぐに伝わりましたとも。

 つまり彼女はジゼルの本性を知っているという事です。さもありなん、鉄華団とも関わりの深い重要人物であるならば、事前に危険人物の情報をリークしておくのも大切なことだと思います。別に怒る気はありません。

 

「すみません、こちらだけ勝手に個人情報を聞いてしまって……」

「気にしてはいませんよ。むしろ事実を知ったうえで、こうして話しかけてくる方に驚きましたが」

「……本音を言えば、それなりに怖い気持ちもあります。でも、こうして私の我が儘に付き合ってもらって分かりました。あなたはけっして、優しさを忘れてしまった人ではないのだと」

「……なるほど、あなたの瞳にはそう見えましたか」

 

 青臭い意見、なんて事は言いません。理解しがたい相手でも拒絶はせず、美点を探してみる。人として素晴らしい事じゃないですか。第一ジゼルも同い年くらいですから、同じだけ青いはずですし。

 ただ、それでも楽観的な気はしますがね。団長さんはジゼルの本質を的確に見抜いたうえで、”コイツは信用してもいい”と判断を下しました。でも、彼女はジゼルの表面上を見て判断しただけ。さっきまでジゼルがシミュレートしていたことを話したらどのような表情をするのでしょうか。見てみたい誘惑に駆られます。

 

 しかしそれは、ただの嫌味以上の意味を持ちません。ジゼルと彼女はあらゆる意味で他人なのですから、極端な一例を持ちだして論破した気になっても愚かで虚しいだけ。それよりもむしろ──

 

「あなたの生き方は、ジゼルには少々眩しいです。良家の令嬢として生まれ、不自由なく育ちながらも、立派な志を抱いて、見事に成功させました。似たような境遇なのに墜ちるところまで墜ちた()()()()からすれば、心一つでそうも変わるのかと驚くばかりですよ」

「やっぱり、苦労も多かったのですか」

「最初だけですよ。吹っ切れた後はやりたい放題しましたし。今のジゼルに後悔なんてありませんから」

 

 するとクーデリアさんは安心したように笑いました。まったく、随分とお人好しな方です。ジゼルのようなロクデナシを心配するなんて、その心はもっと他の方に向けるべきだと思うのに。

 

「なら良かった……と素直に祝福することも出来ませんけれど。いつか、あなたのような人も一緒に笑い合える世界を作りたい──なんて言ったら、それこそ嗤われてしまうでしょうか?」

「さて、どうでしょうね。少なくともジゼルは嗤いませんよ。難しいとは思いますが」

 

 片や人を生かすために言葉とペンで戦う者、片や人を殺す為に剣と銃を手に取る者。互いの立ち位置は正反対で、ほんの些細なきっかけがあれば口論になってもおかしくない。

 彼女の見る世界と、ジゼルの見る世界は百八十度違うのです。その在り方は水と油のように相容れないものでしょう。

 

「あなたはこのまま地球支部に残るのですか?」

「最初はその予定でしたが……事情が変わりまして。過去の遺物が発掘されたらしいのでその処理に」

「なら、火星まで戻るという事ですね。それは良かった」

「どういう意味でしょうか?」

 

 それでも。

 自らと正反対の者こそ、自らを最も成長させる礎である──などと言うように。

 

「だって、もっとたくさんあなたとは話をしてみたいの。本音を言えばやっぱり怖いし、聞きたくないこともたくさんあるかもしれないけど、きっと私にとって必要な意見もあるでしょうから」

「なら、頑張って期待に応えてみるとしましょう。もちろん、その分の対価はいただきますがね。恩と義理は常に等価交換ですから」

「分かってます。それはオルガ団長が一番気にするところですからね」

「はい、その通りです」

 

 クーデリア・藍那・バーンスタインさんにとっては、このような女も得難い存在なのかもしれませんね。

 その後は戻って来た三日月さんと一緒にアーブラウ散策の続きをして、日も暮れた頃に迎えに来た車にのって帰りました。何事も起こらず、退屈な護衛任務だったと言っておきましょう。

 

 ……そういえば結局、今朝の祈りは届かなかったようです。ふむ、たまにはジゼルも真面目に祈ってみるべきなのでしょうか? もっとも、殺人を奨励する神様の心当たりなんてありませんけどね。

 




ようやく鉄血のオルフェンズのヒロインであるクーデリアの登場です。ここまで長かった……
目指す道、思想などは正反対な二人ですが、どちらも気性が激しい訳ではないので穏やかに終わりましたね。ついでにちらっと次回以降の伏線も出せました。


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#20 七星の思惑

 ──ギャラルホルンを管理運営する七貴族、絶大な権力を誇る彼らをセブンスターズといった。

 

 かつての厄祭戦から連綿と続く家系と伝統による支配。有事の際には会議を開き、一丸となって事態に対処することが定められている。しかし、現在はその会議の中にセブンスターズ同士の不和がやり玉として挙げられていたのだ。

 

「それでは、セブンスターズの議会を始めたい。なおエリオン公は今回も不参加だ、そのことを念頭に入れられよ」

 

 その理由は一つしかない。先の式典戦争の下手人についてだ。鉄華団から()()もたらされたデータからは、式典戦争を引き起こしたガラン・モッサとその共犯者についてが克明に記されていた。それこそはラスタル・エリオン、セブンスターズに名を連ねアリアンロッド総司令官をも務める男である。

 現在、この情報はセブンスターズ内でしか公開されていない。これ以上のギャラルホルンの失態はいよいよ大変な事になるとして、当事者のエリオン家含む三つのセブンスターズが火消しにかかったからである。結果としてこの情報は流出することなく、世間ではあくまで噂程度に留まる形となったのだ。

 しかし、そうはいってもギャラルホルン内での影響力は莫大なセブンスターズがこれを知ったのは大きかった。外部への露出を防ぐため公にラスタルを罰する事はしないが、それでも彼が持つ権威の多くは飾りと化した。少なくともセブンスターズ内での席次は大きく変わったと見て間違いないだろう。

 

「式典戦争についての報告は以上だ。さて、他に何か意見の有る者はおるかな?」

「僭越ながら、私の方から一つ──」

 

 ここまでが式典戦争の顛末。仕掛け人の一人であったラスタルは痛手を負い、少なくともセブンスターズ内での影響力は地に墜ちた。管轄域であるアリアンロッドに対しても、彼の動きを抑止するための人材が派遣されるのは間違いないだろう。

 

「──今なんと仰いましたかな、ファリド公?」

 

 だからここから先は、式典戦争からは外れた話となる。

 

 厳格な響きと驚愕の念を滲ませた問いが場に響いた。年齢を重ねた老人のものだった。

 水を打ったかのように静まった議場。集った者どもの息遣いだけがいやに大きく感じられる。

 

「言葉通りの意味ですよ、バクラザン公」

 

 囁くように言ったのはマクギリス・ファリド。常に浮かべている涼やかな笑みをいっそう深め、その老人──セブンスターズが一人、バクラザンを見やったのである。

 

「ファリド家は火星の民間組織鉄華団と協力して、火星の地より発掘されたMAの対処に当たると。そのように申したのです」

「なんと……!」

 

 信じられない。老人の矮躯からはそのような心情が多分に読み取れてしまう。周囲の者たちも同様な雰囲気を放っていて、いかにマクギリスの一言が予想外であったかを如実に物語っていた。

 そう、二つの意味で予想外なのだ。一つはMAが現代に再び現れてしまった事実。そしてもう一つはマクギリスが、あのどこか得体の知れぬ策略家であったはずのマクギリスが、こうも大胆かつ直接的な話を持ってくるとは思わなかったからである。

 

 場にいる誰もが唐突なマクギリスの変化に薄気味悪さを隠せない。

 しかしその一方で、臆することなく発言を行える者も存在した。

 

「鉄華団……ああ、どこかで聞き覚えがあると思えば。夜明けの地平線団討伐に貢献したというしがない民間会社だったか。あのような組織に、厄祭戦の元凶を倒せるとでもお思いですか?」

 

 真面目な口調、小馬鹿にしたような言い回し、それが出来るのはここではただ一人しかあり得ない。

 クジャン家の一人息子、イオク・クジャン。若輩者であるが、その正義感と家系への誇りは人一倍に抱いている真っすぐすぎる男であった。

 

「クジャン公、あなたの物言いには随分と私情が混じっているように思えますが?」

「なに……?」

 

 だが真っすぐすぎるからこそ、感情を隠すのも下手なのだ。実際、彼はしばらく前に鉄華団と目的が競合し、結果として彼らに獲物を先取りされてしまっている。しかも政敵であるマクギリスとの関係性も深いのだから、敵とみなしキツイ物言いになるのも無理はない。

 

「知っての通り、鉄華団は()()()()()()夜明けの地平線団討伐にも多大な貢献を果たしてくれている。更には今回の式典戦争を収めたのも彼らだ。そして──」

 

 ここでマクギリスの笑みの種類が切り替わる。それまでは底知れない不気味な微笑だったはずが、いまや勝ち誇った者のそれになったのだ。視線の先には不自然に空いた空白の席、まるで其処にいたはずの人物に向けているかのよう。

 セブンスターズの議会には空白の席が二つある。一つはイシュー家、当主は病床に臥せ、代行が死亡したため出れる者が残されていない。そしてもう一つはエリオン家、当主たるラスタル・エリオンはもはやこの議会への出席権すら剥奪されていたのだ。

 

「かのラスタル・エリオンこそ、今回の式典戦争を勃発させた犯人の一人であるという証拠を掴んで見せた。どうかな、これ以上ない華々しい活躍をしているはずですが?」

「貴様がエリオン公を嵌めたのだろうが! そのうえ飽き足らず侮辱までするとは──」

「よしなさい、クジャン公」

 

 激高しかけたイオクをバクラザンが宥める。彼からすれば敬愛するラスタルを貶める発言など言語道断であるのだが、さすがにこの場では分が悪かった。全くの第三者からの仲介にはさしものイオクも冷静さを取り戻し、これ以上の糾弾は止める。代わりに、暖簾に腕押しなマクギリスを忌々し気に睨みつけるだけに留めたのだった。

 

 妙な熱気を帯びてしまった議会を引き戻したのは、ファルク家の当主だ。

 

「鉄華団、その力は私もよく知っている。そこに疑いはないとも。だから知りたいのは、どうして火星の地から再びMAが発掘されてしまったかについてだ。よければ説明を頼めるかな?」

「もちろんです、私にはその義務がありますから」

「ありがたい」

 

 MA発見の経緯は端的にまとめられた。火星でも最大規模を誇るハーフメタル採掘場が舞台、正体不明な遺物の発見、訝しんだ鉄華団からの連絡と画像。これらを総合した結果として、発掘されたのはMAだとマクギリスは結論付けたのだ。

 

「鉄華団の方からも『これはもしやMAなのでは?』という疑いがあったようで。そのおかげで、私としましても即座に見当を付けられましたよ」

「ほう、それはまたなんとも……いや待て、鉄華団からだと? それはおかしいだろう、MAの存在は我らギャラルホルンしか知らないはず。どうして一介の民間会社ごときが知れるというのだ」

「確かに」

「その通りだ」

 

 今度はボードウィン公の疑問、同調するようにイオク、バクラザンが続いた。彼らとしても、マクギリスの言い方には些か疑問があったのだ。

 果たして、ボードウィン家の息子を謀殺したマクギリスは、彼に対する負い目など何一つないとばかりに堂々と返答したのである。

 

「当然です。彼らには鏖殺の不死鳥がついている。であれば、MAの存在を知っているのもおかしくはないでしょうとも」

「なんだと……!?」

「それは道理が通らないはず! 彼女は三百年も前、アグニカ・カイエルの時代を生きた人間だぞ! それが生きているはずなど……」

「あるのですよ、それが。私個人としても奇妙な因果と思えるが、彼女は確かに生存している。それ以上の事実などありますまい」

 

 場がどよめいた。セブンスターズならば知っている。かつての厄祭戦において猛威を振るったという、最低最強の不死鳥を。アグニカ・カイエルの懐刀ともされたその女は、あまりに荒唐無稽な話さえ信じさせるほど存在自体がふざけた存在なのだ。どのような不条理を起こそうと、何も不思議ではない。

 それをあのマクギリスが言うのだから、もはやふざけた嘘などと都合よい考えは抱かない方が賢明だった。

 

「……? 皆さま、いったい何の話をされているのです?」

 

 だから、この場でただ一人ついてこれなかったイオク・クジャンはある意味で幸運だったのだろう。彼だけはその深刻さに気付かぬまま、訳が分からないとばかりに首を傾げていれたのだから。

 はぁ、と溜息を吐いたのはボードウィン公であった。

 

「クジャン公、これはセブンスターズならば知っておくべき話だ。人類種の中で最も多く人を殺した、最悪の殺人狂。それこそはガンダム・フェニクス、そしてアルムフェルトと呼ばれる女なのだと」

「なんと……!」

 

 さすがにイオクも絶句した。彼は知らないが、その女の殺害数(キルスコア)は十六万にも及ぶのだ。もはや何かの悪い冗談と思う方が気楽なほど、図抜けすぎた殺害数である。とても正気では成し遂げられない、頭のおかしい戦果だろう。

 断言できる。長い人類史の中で、彼女ほど人を殺めた人などこの世には存在しない。理屈も道理もすっ飛ばした人類を狩る人間の行動など、誰も読めなくても仕方ないのだ。

 なればこそ、厄祭戦という混沌の中にあってなお異彩を放つその狂気、誰もが理不尽な復活を世迷言と捉えないのも無理はなかったのである。

 

「しかしならばこそ! 仮に事実としてその者が、何某(なにがし)かの理由で現代に蘇っていたとして! 殺人狂がどうして鉄華団などに手を貸すのだ!?」

「簡単な事ですよ、クジャン公」

 

 マクギリスは笑った。いや、嗤った。彼は確かに、イオク・クジャンという男を貶す笑いをしたのだ。

 その無知蒙昧、見ているだけで馬鹿らしい──そう言外に語っていた。

 

「彼女が鉄華団に協力するのは、それだけの価値があるからに他ならない。クジャン公。いくらあなたがセブンスターズの一角であろうとも、アグニカ・カイエルの意志を受け継ぐ者の行いを邪魔する権利はないはずだが?」

「ぐっ、詭弁を──!」

「さて、これで皆さまもお判りになった事でしょう。MAの問題は私たち、ファリド家と鉄華団の手によって解決いたしましょう。ええ、あなた方の手を煩わせる事など何一つありません故、どうぞ静観なさってくだされば結構かと」

 

 もはや反論など微塵もない。MAが発掘されたのは確かで、それに対抗できる戦力があるのも事実なのだ。であれば、世界の秩序を守るギャラルホルンとしては反論する必要など何処にもない。

 そうして、マクギリスの不敵な言葉を最後に、今回の会議は終わりを告げられたのだった。

 

 ◇

 

「私は! 納得などできません!」

 

 室内に大声が響き渡った。

 滲みだす悔しさを隠そうともしないそれは、誰あろうイオク・クジャンのものである。彼は義憤に燃えた顔つきをして、先の会議のあらましを語っていたのだ。

 それを話し終えた後の第一声がこれである。彼はあまりにも自らの感情に素直だった。

 

「マクギリスという卑劣な男に嵌められ、ラスタル様は苦境に陥っているというのに! あの男はいけしゃあしゃあと自らの立場を大きくするばかりで──」

「うるさいですよ、イオク様」

「何を! ジュリエッタ、お前は悔しくないのか!?」

「落ち着け、イオク。報告はご苦労であったが、そうも熱くなられてはこちらもやり辛くて適わんぞ」

 

 箍の外れた列車のようにヒートアップするイオクを諫めたのは、部屋の主であるラスタル・エリオンその人だ。今にも衝突しそうであったイオクと、ラスタル直々の部下であるジュリエッタもそれで矛を収める。どちらもラスタルという男にはめっぽう弱く、また慕っているのだ。

 先の会議には、ラスタルは出席できていない。彼の出席権は既にして剥奪されてしまっているからだ。とはいえ同じ陣営のイオクがいる以上、情報の把握には困ることは無い。

 

「しかしなるほど、考えたなマクギリスめ。MAの発掘自体は偶然の産物だとしても、それをこうも利用するか。敵ながらやってくれる」

「それは七星勲章が目当てという事か?」

 

 今度は三人目が会話に混じった。その男は顔全体を隠す仮面を付けていて、素顔どころか肉声すらくぐもって判別しがたいものがある。端的に言って怪しすぎる存在だった。

 だがラスタルは気にした様子もない。イオクもジュリエッタも今更咎める気など無かった。ヴィダールと呼ばれる仮面の男は、もうしばらく前からラスタルお抱えの兵士だったのだから。

 

 上官への敬意も何もないヴィダールの言葉に、ラスタルは鷹揚に頷いていた。

 

「おそらくはそういう事だろうな。ここで奴がMAを打倒し七星勲章を獲得すれば、セブンスターズの席次は大きく変わるやもしれん。ファリド家当主となり、イシュー家を実質的に掌握し、ボードウィン家と婚約を控えたマクギリスがさらに力をつけるのだ。我らにとってはこれ以上に厄介な事態はあるまいて」

 

 マクギリスは革命派で、ラスタルは保守派だ。字面だけ見れば明らかに正反対だし、事実として両者は敵対している。だからこそ、マクギリスが更なる躍進を遂げる事だけは防ぎたいのだ。とりわけ、ラスタルの影響力が目に見えて下がった現状はなおさらに。

 

「しかし困った、防ぐための手立てが見当たらない。せめて奴が秘密裏にMA討伐を進めたならばともかく、こうも大々的に宣言しての行いならば止めようがないな。つくづくガランの失敗が響いていると実感するよ」

 

 苦笑するラスタルだが、言葉とは裏腹に友を責める気はない。責めるならば、友を無念の戦死に追いやり、しかもその死すら無駄にさせてしまった自分なのだから。これでガランを責めるのはお門違いにも程がある。

 そこでイオクが、名案を閃いたとばかりに「ラスタル様!」と叫んだのだ。思わず三者の視線がイオクへと集まる。

 

「ならばマクギリスよりも先に、そのMAとやらを討伐してしまえば良いだけの話! 鉄華団だか鏖殺の不死鳥だか知りませぬが、彼らに手出しされる前に我らクジャン家が見事討ち取ってみせると誓いましょう! そして七星勲章を手にラスタル様の復権を果たせば良い!」

「……一理はある。だが駄目だ」

「なぜです!?」

 

 これ以上ない、と思っていた案が否定されたイオク。実際、一面で見ればイオクの意見も間違ってはいないのだが。

 

「MAの討伐はギャラルホルンの本懐であるし、セブンスターズならば多少強引に介入したところで問題は少ないだろう。しかし、忘れてはならんのだ。今の我らは追い詰められた側、慎重さを失った行動はむしろこちらの首を絞めるだけと理解せよ」

「それは……! しかしこれではラスタル様が!」

「気持ちはありがたく受け取ろう。だが私は許可できん」

「ぐっ……! 失礼します!」

 

 どうしようもない憤りを抱えたまま、我慢できないとばかりに部屋を去るイオク。ラスタルは止めなかった。

 止める必要もなかったのだ。

 

「良いのですか、ラスタル様……?」

「いい、放っておけ。良くも悪くも彼は真っすぐすぎる男だ、私がどう言ったところで意見を曲げはしないだろう。だがそれでいい」

 

 追い詰められてなお、ラスタル・エリオンは健在なのだ。まだまだとれる手段はいくらでもあるし、時間を掛ければマクギリスに並び立つことも十分に可能。焦る必要は何処にもない。

 けれどこの場でそれを理解しているのはヴィダールただ一人であろう。イオクはマクギリス憎しのあまりに視野が狭まってきているし、ジュリエッタでさえラスタルが自力で復権するのを信じきれない有様だ。それが証拠に、今も彼女の瞳には不安の色が渦巻いている。

 

 そんな彼女を安心させるかのように、ラスタルは自らの考えを開陳した。

 

「もしイオクが動かないならそれで良い、地道に力を取り戻す。動くのならば──それは私の関与しない話になる。成功したならイオクは私のプラスにするだろうし、失敗しても独自に動いたイオクがこちらまで巻き添えにすることは無いだろう。奴はそういう男だ」

「つまり、どう転んでも損はないという訳だ」

「そうだ。我ながら汚い手段だとは思うがな、私情を殺せばこの程度容易にできてしまう」

 

 どこか自虐的な言葉だった。公人、政治家としてのラスタルは使える手段は何でも用いる。情に絆される事もなく、いっそ冷徹な判断を下せるのだ。それが自らを慕う御曹司の一人であろうと、得になるなら躊躇など無い。しかも彼の行動は読みやすいのだから、制御も容易となれば是非もない。

 ただ、それを言うなら不自然な事もあって──

 

「なら、どうして今もあなたは後手に回っているのだ?」

「ほう?」

「そうだろう。アリアンロッド総司令官のラスタル・エリオンならば、この苦境に打つ手なしなどあり得ない。必ずや何らからの手を打っているはずだ。それが何もないのはどういうことだと訊いている」

「……ふっ、それを訊いてくれるか。困ったものだな」

「……ラスタル様? ヴィダール、あなたは何を──」

「いや、確かにヴィダールの言う通りだ。認めよう、私はどこか手を抜いている」

 

 あり得ざる言葉だ。冷徹に、鷹揚に、そして大胆にことを成すラスタルとは思えない言い草。今まで彼が政治や戦場に私情を持ち込んでいる姿など誰一人として見たことが無いだろう。

 現にジュリエッタもヴィダールも驚愕のあまり、しばしのあいだ二の句を告げなかった。

 

「何故だ? マクギリスと鉄華団、彼らに温情をかける余地など何処にあるというのだ?」

「その通りですラスタル様! それでは彼らの思うツボです!」

「それは理解しているとも。だが、そうだな……公人ではなく、私人としてのラスタルが手を抜かせてしまっている。今ここでお前たちに言えるのはそれだけだ。続きはいつか──その仮面が外れた時にでもしよう」

「……承知した」

 

 不承不承ながらヴィダールが呟き、ジュリエッタもそれに同意した。これでこの場で成すべきこと、知るべきこと、そして話すべきことは全て済んだ。後はラスタルが思うような展開となるか、それともまたもや番狂わせが起きるか。こればかりは誰にも分からない。

 だから取り立てて注意すべきは一つだけだ。イオクが相手取るかも知れない最悪の存在。きっと彼は、彼女を軽んじていることだろう。例え利用するにしても、それを見過ごすことだけはできなかった。

 

「ジュリエッタ」

「はい!」

「鏖殺の不死鳥にはよく目を配っておけ。だが、決して交戦はするな。戦えば命はないモノと思え」

「……了解!」

 

 常人の理解の及ばぬ狂人。そんな存在への注意を怠らない事こそ、今できる最良の手段であったのだ。

 




イオク様がアップを始めたようです。


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#21 暗雲

「この写真に写っているコイツ、アンタはどう見る?」

「これは……」

 

 式典戦争のゴタゴタもあらかた片付き、三日もすれば火星に帰還しようという頃だった。書類作成に取り組んでいたジゼルは、不意にオルガから一枚の写真を見せられた。どうやら火星の採掘場らしいそこには、何か大きな機械が埋まっている様子が写っている。

 地球支部の事務員としてフェニクスと共に残留する──などとジゼルは勝手に考えていたのだが、この写真を見ておおよそ求められる役割を察した。一部しか露出していないそのフォルムは、三百年前から知っているもの。故に確信を持ってその名を呟く。

 

MA(モビルアーマー)じゃないですか。またぞろどうして火星の採掘場なんかに……」

「ちッ、やっぱMAだったか。もしかしてとは思っていたが……嫌な予感ほど当たるもんだな」

 

 MA(モビルアーマー)。天使の名を冠した、人を狩る最悪の無人兵器。かつての厄祭戦のおりには実に人類の四分の一を殺戮したともされており、現代では情報規制のせいで存在すら伝わっていない禁忌の名である。

 それをオルガが知っていたのは、かつてジゼルが事細かにその存在を教えたからだ。彼女は三百年前から現代まで、コールドスリープを用いて生き延びてきた。だから現代では知られていない情報も数多く知っているのである。

 

「誰かMAにちょっかいを掛けた人は居ますか?」

「いいや、絶対に近寄らないように厳戒態勢を敷いてるところだ。俺たちじゃ壊れてるのかスリープ状態なのか見分けがつかなかったからな」

「良い判断ですよ団長さん。おそらくこれは休眠状態でしょう。もし近づけば、辺り一帯が人の血で染め上げられたことかと」

 

 ともあれ、MAという最悪の存在が火星の採掘場から発掘されてしまったのである。現在は休眠(スリープ)状態となっているようだが、目覚めれば人間を殺すべく行動を開始するだろう。しかもこの採掘場は鉄華団が預かっている場であり、荒らされてしまうと多大な損害を被ってしまう。

 

「ホントはこっちの事務を引き続き任せたかったんだが……こうなりゃ仕方ねぇ。アンタは俺たちと一緒に火星に戻ってくれ。このMA(デカブツ)をどうにか処理しないことには、とても採掘なんて出来やしねぇよ」

「分かりました……すぐに準備をいたしましょう」

「地球支部はユージンとメリビットさんにひとまず任せるか……って、もしかして不服だったか?」

「いえ、その……」

 

 珍しい事に、なにやらジゼルが不服そうだった。

 普段の彼女なら無表情で淡々と言葉を返すものだが、今の彼女はありありと嫌そうな色が出ているのである。彼女とそれなりに接しているオルガでも、そうそう目にすることは無かった態度だ。

 

「不服……と言えばそうでしょうね」

 

 果たしてジゼルは頷いた。理由を問えば「これはジゼルのアイデンティティにも関わる話ですが」と前置かれてしまう。その時点でオルガの背に嫌な予感が走る。だが止めはしなかった。もはや慣れたものであるからだ。

 

「MAをいくら倒したところで、無人機だから誰も殺せはしません。なのにMAは非常に強くてしかも積極的に人を殺すという、いわばジゼルのライバルなのです。たくさん倒さないとジゼルの取り分が減るのに、倒すのも大変で達成感も少ないのですから堪りませんよ」

「なるほどな。アンタらしいと言えばその通りだがよ……」

 

 あんまりにもあんまりな理由に、慣れたとはいえやはり面食らってしまうオルガなのであった。

 

 ◇

 

 地球から火星までの旅はだいたい三週間ほどかかる。長いが、これでもギャラルホルンの使う正規ルートを航行できるのだからずっと早い方だ。かつての鉄華団のように裏ルートを辿れば、この数倍はかかってもおかしくない。

 だが、そうは言っても三週間もの船旅なのだ。その時間をどのように潰すかは各々の自由だ。束の間の休息を取るのもいいし、勉強するのもいいし、シミュレーションでMS操縦の特訓をしても良い。もちろん、備え付けのジムで身体を鍛えるのだって良いだろう。

 

 そんな中でジゼルが選んだ行動は──

 

「このジムを使わせてもらいたいのですが、よろしいですか?」

「あ、ああ……誰の物でもないんだから、好きに使えって」

「おや、てっきりこのジムの主はあなただと思っていましたよ昭弘さん。ともあれ、ありがたく使わせてもらいますね」

 

 筋トレ趣味の昭弘の横で、黙々とトレーニングをこなす事だった。

 やや露出が多めの動きやすい服装に着替え、いつもは下ろすだけの赤銀の髪を一括りにしたジゼル。前髪は星を象ったピン留め二つで抑えられている。その姿はいかにもな健康的なスポーツ少女そのものだ。脱いでみれば全体的に良く引き締まっているのが分かる肉体と相まって、普段の『黙っていれば令嬢っぽい』という雰囲気は微塵も感じられない。

 実際、こなすトレーニング量も中々のものだった。一般には男女関係なく音を上げるだろう量を顔色一つ変えずこなしている。明らかに普段からトレーニングを続けている者のそれだ。

 

「……驚いた。まさかそんだけ鍛えてたとはな」

「MSに乗るなら、体力は必要不可欠ですからね」

「ああ、そうだな」

 

 きっとそれだけではないだろうが、今は追及する気は起きない昭弘だった。

 互いにトレーニングを止めることは無い。会話だって気が向いたら二言三言話すくらいだ。ジゼルからすれば昭弘とはあまり接点も興味もないし、昭弘からしてもジゼルを信用しきっている訳ではない。だからこれくらいの距離感が一番ちょうど良いのである。 

 それからしばらくは無言でトレーニングを続行した後、どちらともなく備え付けのベンチに腰かけた。適度な休憩は身体を鍛えるのに必須である。タオルで汗を拭って、スポーツ飲料を豪快に喉へ流し込む。

 

「……健全な身体には健全な魂が宿るという言葉があります。ご存知ですか?」

 

 飲料で濡れた唇をペロリと舐めながら、不意にジゼルがそんなことを訊いてきた。聞きなれない言葉である。

 

「いいや、知らないな。そんなこと気にした事も無かった」

「そうでしたか。まあ、こんなものは所詮言葉なのでお構いなく」

「そりゃあ……そうだな」

 

 納得しがてら、つい視線がジゼルの方へと行ってしまった。女性らしい滑らかで丸みを帯びた身体。けれど全身に適度な筋肉がついていて、非常にしなやかにまとまっている。比較的スレンダーな体型も相まってどこまでも健全に思え──それ故に蠱惑的な肢体だった。

 あんまり見ているとうっかり目が離せなくなりそうだから、昭弘はすぐに視線を切り上げた。さすがに彼女のような相手に欲情なんてしてしまうのはいただけない。そう感じたからである。

 

「健全な魂……か。とんだお笑い種だな」

「奇遇ですね、ジゼルもそう思いますよ」

 

 本当に先の言葉が真実ならば、ジゼルはきっと素晴らしい魂を持っていなければならないのだろう。その結果はご覧の通りなのだから、確かに信用などできるはずもない。

 そして昭弘は──どうなのだろうか。趣味で身体を鍛えているようなものだから、そんなことを気にかけた事など一度だってない。今の自分はそのような心を持っているのだろうか? つい疑問に感じてしまう。

 

「どうしてお前はそうまで鍛えているんだ? いや、だいたい予想は着くが──」

「ええ、お察しの通りですよ。だってほら、生身で殺人するのに貧弱だと話になりませんからね。昔はもう少し誇れるような志を持っていたはずなのですが……手段も目的も、気づけば変わっているのが人ですよ」

「なるほどな……ああ、らしいと言えばらしいよ」

 

 何をしても最後には殺人に繋がる怪物なのがジゼル・アルムフェルトである。始まりから終わりまで、彼女の人生は殺人という狂気で丁寧に舗装されてしまっているのだ。

 だから、初めて昭弘はそんな彼女に同情した。鉄華団は最後には全員で上がりを掴み、今のような危険な事業なんてしなくて済む未来を目指している。しかし彼女だけはそこで止まれない。いつまでだって争いを求め、誰かの不幸を幸福に変え続ける。平和になった世界に用は無いと言うのは、初めて出会った時に言っていたことだったか。

 

 何の因果もなく、ただそう生まれたから死ぬまで戦い続けなければならない。終わりなど無い。逃げ道なんてどこにも存在しないのだ。

 それではまるで──

 

「ヒューマンデブリだな……」

「ヒューマンデブリ……そういえばあなたは元ヒューマンデブリでしたか。彼らも哀れなものですね。命の価値を理解しない横暴な者の手で、無駄にその命を擦り減らしているのですから」

 

 思わず呟いてしまった昭弘の言葉を、ジゼルは全く別の方向に解釈したらしい。しかも内容自体はマトモなのに、「お前が言うな」としか思えないのはさすがと言うべきか。

 どうしてそう思う? などと好奇心で昭弘が聞いてみれば、返答は意外にも真っ当なものだった。

 

「敵の命は容赦なく摘み取り、味方の命は可能な限り大切にするのが軍属としての基本です。せっかく安く兵士を仕入れたのなら、もっと大事に使わなければ嘘でしょう」

「どうせ使うなら長く質よく使えるようにしろと?」

「はい。劣悪な環境で使い捨ての駒にする、というのも間違ってはいないと思いますが。人としてきちんと扱う方が、忠誠心も練度も上げられて一石二鳥のはずですよ」

「そりゃ、昔のアイツらにも言ってやりたい言葉だが……お前の本音はどうなんだ?」

 

 元ヒューマンデブリの身としては、ジゼルからそのような言葉が出てくるのは意外だった。嬉しくもあるし、ちょっと見直したまであるかもしれない。

 だけど何となくそれだけで終わらない感触があったから、続けて昭弘が問う。部屋の熱気はいつの間にか引いていた。すっかり冷めてしまった身体を摩り、薄い胸を張りつつジゼルは不敵な笑みを浮かべる。あの、美しくも人を不安にさせる笑み。昭弘にジゼルを信用させない一番の原因だ。

 

「戦場に出てもただただ死に物狂いなだけの兵士なんて、殺してもちっとも楽しくないですし。もっと酸いも甘いも嚙み分けた人を終わらせる方が、得をした気分になると思いませんか?」

「いいや、ならないな。そう感じるのはお前だけだろうさ」

 

 やはり怪物はどこまで行っても怪物だった。当たり前の事である。通常の感性や思考も間違いなく持っているくせに、どうしようもなく破綻しているその性根。やはり理解など不可能に近い。

 昭弘は立ち上がると、部屋の隅に備え付けられたロッカーの扉を開けた。中にはいくつか上着が入っている。その一つを無造作にジゼルへ放ると、自らは再びトレーニングに戻る。少々話し込みすぎてしまった。筋肉が鍛錬を求めて疼いている。

 

「使え。後で返してくれればそれで良い」

「……気持ちはありがたいですが、やや大きいですね。もっとジゼルにちょうど良いサイズは無いのですか?」

「悪いがそれ以下はない。つか、文句言われるとは思わなかったぞ」

「性分ですので」

 

 しれっと言い返すジゼルであった。

 その面の皮の厚さは見習うべきか。彼女の物言いはいつだって歯に衣着せぬものばかり。秘めるべき本音を隠そうともしない。だからこそ、信用されたりされなかったりするのだろうが。

 

「……そういえば、一つ言い忘れていたな」

「なんでしょうか?」

「地球支部の件は助かった。タカキもアストンも、他の誰一人だってあの戦争で死なずに済んだからな。そこについては感謝している」

「気にする必要はありませんよ。ジゼルの趣味と、その場で求められたことがたまさか一致したまでですから」

 

 それだけ言って彼女もトレーニングを再開する。しばらくすればジムは二人の息遣いだけが支配する、静かだが熱気の有る空間にまたもや変貌する事となった。

 結局これ以降、二人が口を開くことはついぞ無かったのである。

 

 ◇

 

 火星に戻ってからの鉄華団は、迅速にMA討伐の準備を始めていた。

 既にマクギリスには話を通しており、彼の手でセブンスターズの承認を貰ったという話も聞いている。だから後はマクギリス本人が到着すれば、すぐにでもMA討伐戦を開始できる所まで用意できたのだが。

 あいにくと彼は鉄華団より一週間遅れで地球を発ったこともあって、まだ火星に到着してはいなかったのである。マクギリスがいなければ戦力も知見も落ちてしまうから、彼抜きという訳にもいかない。まだ見ぬ未曽有の相手を前に、不完全な陣形で挑むのは避けたいところだった。

 

 そのような理由もあって、鉄華団は普段よりもピリピリした雰囲気で包まれていた。多くの団員たちは具体的な内容こそ知らないまでも、何か大きな作戦が近々起きる事は知っている。そして一部の事情を知る幹部たちは、自らが立ち向かう相手の強大さを良く噛み締めているのだ。

 

「MAの厄介な所は、主に二つほどあります」

 

 フェニクスのコクピットで淡々と語りながら、容赦なく拳を振るう。目の前の派手なピンク色をしたMSはそれを紙一重で避けるも、その背後からは射出されたテイルブレードが迫っている。

 

『えっ、なんだって──っと! アッブネー、今ぜってー掠ったぞ!』

「話を続けましょう。一つは子機の作成、プルーマと呼ばれる配下を勝手に量産しては物量戦を仕掛けてきます。このせいで、一機のMAが万軍にも勝るだけの戦力を獲得してしまうのです」

『おっ、おう! なんかよく分からんが、つまりヤバいって事でいいんだな!?』

「はい」

 

 頷きつつ、ジゼルはフェニクスを後退させた。その直後に眼前のMSの斧が振り下ろされるも、フェニクスに当たることなく大地の破片だけをまき散らした。

 距離を取ったフェニクスの目の前で体勢を立て直したのは、巨大な二連装の砲門が印象的なMSだ。元の色から大きく変えられたその機体は、ガンダム・フレームに特有のツインアイを光らせ闘志に燃えている。

 

「だからこそその機体、フラウロスは重要なのですよ。長距離からの射撃で本体の破壊、もしくはプルーマの数を削ることが出来ますから」

『なるほどな。そりゃあ俺の四代目流星号に相応しいおっきい役割じゃねぇか! こりゃ燃えてきたぜ!』

 

 ASW-G-64 GUNDAM FLAUROS(ガンダム・フラウロス)。それがMAと同じ採掘場から発掘されたガンダム・フレームの名前であり、現在は名称も色合いも大きく変えてノルバ・シノの愛機となっているMSであった。

 これが現在シノの手元にあるのは運が良かったと言うべきか。本当はもう少し後になってからテイワズで修理が完成する予定だったのだが、MA討伐に先駆け予定を前倒ししてもらったのだ。そのぶん修理代は高くついたが、それだけの価値があったのはシノの動きが証明している。

 

『んじゃ、行こうぜ流星号ッ!』

 

 気合一喝、フラウロスが勢いよく火星の大地を蹴った。まだ慣らし運転程度しか乗っていないのに、動きにはいっさい躊躇いがなかった。阿頼耶識システムを抜きにしてもシノの実力が抜きんでている証拠である。

 それをフェニクスは余裕を持って迎撃した。振るわれる斧を躱して、続く蹴りを唯一の得物である獅電用の大盾でいなす。お返しとばかりに空いている拳を振るってフラウロスを揺さぶるが、その本命は後ろにあった。

 

「そしてこれが二つ目。MAの持つテイルブレードはフェニクスよりも長く、鋭く、そして早いです。身も蓋もない話ですが、MAはこれ一つだけあれば十分すぎるほどの戦闘力を手に入れられる程ですね」

『こりゃあ……! 確かに、厄介だなおい! どっから来るかも分かりづれぇし、動きも妙っつーか……おわっと!』

 

 焦ったようなシノの声が通信機越しに聞こえてくる。阿頼耶識システムを用いている彼であっても、テイルブレードの不規則な挙動には慣れないのだ。直撃こそジゼル自身が避けているが、それでも掠る回数はかなり多い。

 

『こんだけポンポン当たってるんじゃ、何回死んだか分かったもんじゃねぇな……!』

「あなたより遥かに歴戦の方でも、これに対応するには一手必要としました。気に病む必要はないかと」

『おいおい、んなつまんねえこと言うなよな。一番隊隊長が何もできずに戦線離脱なんざ、カッコ付かないにも程があんだろ! やるからにはそっちの攻撃を完全に見切れるようになってやるさ!』

 

 ひたすら前へ前へ、突撃を繰り返すシノとフラウロス。それでもテイルブレードに翻弄されていたのだが、徐々に対応し始めた。自分の意志でブレードの接近を防ぎ、紙一重で回避する。粗削りだったそれらが次第に洗練されるにつれて、フラウロスの動作もより最適化されていくのだ。

 

「こりゃシノは何とかなりそうだな。助かったぜ」

 

 その様子を遠くから見ていたオルガは、ホッと胸を撫でおろした。テイワズから格安で提供されている『獅電』も良いMSだが、腕の立つシノにはやはり特別強力な機体を操ってほしかった。それが鉄華団を支え続けたガンダム・フレームならば言うことなしだ。

 MAの討伐に使う機体は主に四体。眼前で模擬戦闘を行っているフェニクスとフラウロスに、鉄華団の主戦力たるバルバトスとグシオンだ。それ以外の機体は基本的にプルーマを迎撃する役割となっている。ジゼルの話では対MAの為に作られたのがガンダム・フレームという話だから、適材適所といえるだろう。

 

「この作戦が成功すりゃあ、いよいよ鉄華団はあの採掘場を資金源に出来るんだ。絶対にしくじる訳にはいかねぇぞ……!」

 

 鉄華団が預かっている巨大採掘場は、これ一つで向こう何十年も鉄華団の稼ぎ頭になってくれることだろう。そうなればもう、鉄華団は危険な橋を渡る必要もなくなる。少しづつ事業の健全化を図って、最後には完全に戦いからは足を洗ってしまえばいい。

 オルガ・イツカが団長として胸に抱いてきた理想が、ようやく成就しようというのだ。採掘場の使用はその第一歩であり、阻むならば何者であれ容赦はしない。MAだろうが人間だろうが、やれる限りの手で排除して進むのみ。

 

 ただ、不安に思う案件も一つある。阿頼耶識システムの危険性、警鐘を鳴らしたジゼル曰く──

 

「オルガ!」

「おう、どうしたダンテ?」

 

 思考に没頭していたオルガだが、唐突に現実へ引き戻されてしまう。振り返ればそこには、赤毛の目立つダンテ・モグロの姿があった。鉄華団古参メンバーの一人、元ヒューマンデブリにして電子戦では右に出る者が居ない男だ。

 そんな彼は血相を変えて息を切らしていた。どうやら全力でここまで走ってきたらしい。大きく深呼吸して息を整えると、早口でまくし立てた。

 

「まずい報告だ。火星にギャラルホルンの別勢力が来てる」

「はぁ? どういうこったそりゃ、マクギリスはどうした?」

「そのマクギリス本人が大慌てで知らせてきたんだよ! なんか知らんが、俺たち以外にもMAを討伐しようとしてる奴らが居るらしい!」

「なんだと……おい、そいつはかなりヤベェぞ……!」

 

 我知らずオルガは拳を握りしめていた。心なしか声も震えているように感じてしまう。

 どっかの誰かが勝手にMAを討伐してくれる。これだけなら一向に構わないのだが、鉄華団には見過ごせない理由があるのだ。

 だってそう、MAが居るのは肝心の採掘場なのだ。それを荒らされてはたまらないから、鉄華団は綿密にMAを誘導する策を練ってきた。採掘場を戦場跡地にする訳には断じていかない。

 けれど別勢力が介入するというなら、採掘場が荒らされない保証など何処にもないのだ。むしろ積極的に兵器をぶっ放した挙句、全て滅茶苦茶にされるのがオチだろう。これではMAを討伐したところで元の木阿弥にしかならない。

 

 先ほどまで思い描いていた未来図が、勝手な介入のせいで全てふいになってしまうかもしれない。オルガの胸中を満たした焦りと怒りは相当なものだった。

 

「どこの酔狂な奴だか知らんが、勝手なことしてくれるぜ……! せっかく人が穏便にことを済ませようって頑張ってんのによ……!」

「どうする、オルガ? 予定を前倒しにするか?」

「ああ、本当はマクギリスの到着する三日後だったが、こうなれば仕方ねぇよ。明日にはMA討伐に乗り出すぞ。団員達にも連絡を入れる必要がある」

「分かった、すぐに手配する!」

「頼むぞ! 俺はマクギリスと話を付けてくるからよ!」

 

 マクギリスもマクギリスでこの状況は好ましくないだろう。すぐにでも意見を交換しておく必要がある。

 ここにきて急速に垂れこめてきた暗雲に、オルガはどうしようもない胸騒ぎを覚えてしまうのだった。

 



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#22 蘇りし厄祭

 かつての厄祭戦にて作成された数多の兵器たち。そのうちの一つに、ダインスレイヴと呼ばれる兵器があった。

 持ち主を破滅させる魔剣の名を冠したこれは、MSのフレームや武装にも用いられる『高硬度レアアロイ』合金で作成された弾頭を、レールガンよろしく超高速で射出する兵器である。その威力は目を見張るものがあり、実弾兵器に対して強力な防護能力を持つMSや艦船すらも容易く貫けるほどだ。

 しかしこの過剰ともいえる破壊力が問題視され、現在はダインスレイヴは禁止兵器とされている。故に軽々しく使えば責任問題などが発生する、文字通りに自身も敵も破滅させてしまう超兵器なのだ。

 

 では、この過剰火力を誰に対して向けていたのか。答えは至ってシンプル。

 天使の名を冠した殺戮の化身たちを殲滅するために生み出されたのが、ダインスレイヴなのだから。

 

 ◇

 

 かつてのギャラルホルンはMAと人間を相手取り、厄祭戦を収束に導いてみせた組織である。

 それ故にMAの討伐はむしろ望むところ、十八番ともいえる部類だろう。

 

「イオク様、降下準備全て整いました」

「ご苦労。すぐに私も行くとしよう」

 

 ──ただしそれは、MAの脅威を正しく知っていればの話となるのだが。

 

 火星の上空、静止軌道上には五隻もの艦隊が浮かんでいた。地球からはるばるやって来たこの艦隊はクジャン家が保有する独自の戦力だ。指揮官はクジャン家当主たるイオク、部下は当然クジャン家に従う忠義に厚い部下たちである。

 五隻並んだ艦隊の中央には旗艦が存在しており、そこの艦橋(ブリッジ)にイオク・クジャンの姿はあった。

 

「しかしイオク様、よろしかったのですか? これはファリド公が請け負った任務のはず、いくらセブンスターズと言えども勝手な介入など……」

「いいや、心配する事など何一つないとも。かつてギャラルホルンの本分はMAの破壊、および殲滅にあった。であれば我らギャラルホルンがMAを代わりに討伐することに何の異論があるだろうか?」

 

 「否、無いであろう!」と胸を張って宣言するイオクに、周囲の部下たちはこっそり頭を抱えた。確かにイオクの言っていることも間違いではない。例え獲物を横取りする事態になっても、討伐したという実績があれば糾弾を黙らせることは可能だ。仮にもセブンスターズ、それができるだけの権利はある。

 だが、もし自らがMAの討伐を果たせなかった時のことをイオクは忘れてしまっている。MAにちょっかいだけかけて敗走、その尻拭いをマクギリス陣営に任せたとあっては心証は最悪だ。少なくともイオクの責任が問われてしまうのは確かなはず。

 

 だからイオクに思いとどまって欲しかったのが部下たちの総意だ。けれど彼は聞く耳持たなかったし、あくまでも部下である彼らには反論などできるはずもない。出来るのはせめてイオクがMAとの戦いで戦死しないように気を配ることくらいだ。

 そんな部下たちの不安の色を察したのだろうか。イオクはフッと頬を緩めると、その場にいる全員を見渡してから勇ましく宣言したのである。

 

「皆の気持ちも理解できる。これが失敗すれば私の立場も危うくなるし、ラスタル様の復権も時間をかける羽目になってしまう。しかしだ! 私はラスタル様に恩がある。幾度となく導いてもらい、助けてもらった。ならば、この大恩に報いる時があるとすればそれは今なのだ!」

「イオク様……!」

「不安に思う事はない。MAといえどもたかが旧世代の遺物、我らクジャン家の手にかかれば恐れるに足らず。この私と、そして皆の尽力を持って見事大義を成し遂げてみせるのだ!」

 

 熱く震える言葉だった。無意識のうちに敬愛を籠めてイオクの名を呟く。際限なく戦意が昂揚するのを心と肌で感じ取る。

 イオク・クジャンは確かに足りないところが多いかもしれない。けれど、その心に抱く正義感は紛れもなく本物なのだ。であれば強い想いを胸に抱いた彼を、いったい誰が止められようか。付き従う部下たちだって、そんな彼の姿にこそ先代クジャン公の姿を見るのだから。

 

 どれだけMAが強かろうと、此処に集った者たちならばあるいは──

 艦橋が次第に熱気に包まれる中、ふと冷や水を浴びせ掛けるようなコールがあった。どうやら何者かからの通信らしい。

 

「どうした、誰からの通信だ?」

「それが……ファリド公からのものです!」

「なんだと? どうしてあの男が……!?」

 

 マクギリス・ファリド。その男はイオクにとって苦々しい存在だ。裏でこそこそと暗躍し、火星の民間組織などと手を結び、挙句の果てにラスタルの権威を失墜させた怨敵。好きになれるはずもない。

 とはいえ、同じセブンスターズが相手となれば無視を決め込むわけにもいかない。それにここで通信を取れば焦ったマクギリスの姿が見れるかも知れないのだ。無視する必要性は感じられなかった。

 

「いいだろう、繋げ」

 

 イオクの言葉と共に、艦橋のメインモニターにマクギリスの姿が映し出された。予想に反していつも通りのすまし顔。背景から察するに、彼も艦船に乗っているのだろう。

 

「何用だ、マクギリス・ファリド。貴殿の出番はないはずだが?」

『それはこちらの台詞だ、イオク・クジャンよ。MA破壊の任は我らファリド家に関連する者が請け負うと、あの会議で決定されたはず。君の行いはそれに反しているが?』

 

 やはりそのことだったかと、イオクは内心で嘲笑った。これまで常に一歩先をリードしてきたマクギリスだが、ついにイオクがその先を行ったのだ。それが証拠にマクギリスはイオクに連絡を入れてきた。きっとMA討伐を思い留まれとでも言ってくるのだろう。

 もちろん、イオクにそんな気はさらさら無かったのだが。

 

「反しているもなにも、MAの破壊はギャラルホルンの任務の一環だろう。むしろそちらが無駄な被害を出さずに済むのだから、感謝されても良いくらいではないかね? ああ、それとも──貴様は七星勲章が惜しいのかな?」

『……さて、なんの事やら』

 

 はぐらかしこそしたが、瞑目したマクギリスの態度は何より雄弁な答えだった。その姿を見てイオクの溜飲もようやく下がる。

 

「くっ、ハハハハハッ! とうとう馬脚を露わしたなマクギリス! 全てが貴様の思い通りになると考えているなら、それは大きな間違いだ。この私、イオク・クジャンがそれを証明してみせよう!」

『ならば、観念して私から一つ忠告をさせてもらおう。MAを侮るなよ、イオク・クジャン。もし君があの禁止兵器を持ち出しているのなら、決してアテにはしないことだ』

「ふんっ、負け惜しみを……! 貴様は遠くから、指を咥えて見ているがいい。七星勲章が我らクジャン家の手中に収まるところをな!」

『そうか。では、せいぜい高みから見物させてもらおう』

 

 その言葉を最後にマクギリスとの通信が切れた。最後の最後までマクギリスは余裕そうな表情を崩さなかった、それがイオクには腹立たしい。ようやく一矢報いれると思ったのに、マクギリスからすれば些事に過ぎないと言うのだろうか。

 ──だからイオクは気が付けない。マクギリスはとっくにイオクの性格を把握している事に。彼はマクギリスの言葉など信用するはずもないのだから、正直な忠告こそ彼を陥れるための最適解だと知っているのだ。

 

「いいや、そんなはずがない。あの男にとっても我らの動きは手痛い打撃となるはずだ。MAの評価とて所詮は誇張、私を脅すための吹聴に過ぎん……!」

 

 湧き上がる疑念を圧し潰して自らを納得させたイオクは、今の不愉快なやり取りをすっかり忘れる事にした。これからMA討伐を控えているのだ、余計なしがらみなど持たない方が良いに決まっている。

 そうしていよいよ艦橋を出ようという時、またしてもイオクは呼び止められた。

 

「イオク様、一つ確認しておきたいことが」

「今度はなんだ? 時間がない、手短にしろ」

「はっ! ではお聞きしますが、MAの存在位置は火星の民間企業が保有する採掘場だったはず。こちらにはあまり被害を出さない方がよろしいと考えますが、どうお考えでしょうか?」

「確かにその通りだろう。しかし、世の中には大儀という言葉がある。MAの破壊などその最たるもの、何より優先すべきことを前にしては多少の被害もやむを得まい」

「……分かりました、ではその通りに」

 

 不承不承といった部下だが、彼らとて軍人だ。上がやると言うならどのような事でもやる。例えそれが人情に反するような、可能な限りやりたくない行いでもだ。

 かくして方針は決定された。自信満々に艦橋を出ていくイオクと、彼に従う部下たち。そんな彼らを無言で見送ったのは、これまで一度も喋らなかった女性だ。彼女は呆れたような溜息を一つ吐くと、短い金髪をかき上げた。

 

 イオクのお守ではなくラスタルの命を受けて着いてきた、ジュリエッタ・ジュリスである。

 

「イオク様、あんまり無茶なことはしないで欲しいのですがね……もし鏖殺の不死鳥とやらが出てきたら、真っ先にカモにされそうですし」

 

 ラスタルからは戦うなとは言われたが、もし鏖殺の不死鳥が出てくれば交戦は避けられないだろう。だからできればそうなる前に片を付けて欲しいのだが……たぶんそれは、期待するだけ無駄なのだろうと。ジュリエッタは再度重い溜息を吐いたのだった。

 

 ◇

 

 火星の空高くに太陽が輝く頃。

 

 降下用の専用装備をパージしながらクジャン家のMSが火星の荒野に降り立った。レギンレイズが十体、グレイズが四十体からなる総数五十もの大戦力である。クジャン家が誇る最大戦力が惜しみもなくMA討伐へ投入されたのだ。

 セブンスターズの本気が垣間見える一大戦力は採掘場より距離を取りつつ、着実に作戦実施の為の布陣を整えていく。その中でも目を引くのは、十機ほどのMSが持つ巨大な武装だろう。彼らが肩越しにそれを構えると、後方でもう十機のMSが細長い弾頭を装填していく。

 

 禁止兵器ことダインスレイヴ。それがこの兵器の名であり、イオクがMA討伐に際して最も信頼している兵器でもあった。

 

「では手筈通りに行こう。ダインスレイヴ隊は砲弾の装填を、囮役は私と共に着いてこい!」

『ダインスレイヴ隊、承知しました!』

 

 クジャン家によるMA討伐の作戦は非常に簡潔である。採掘場で休眠状態のMAを囮役が起動させてから、持ってきたダインスレイヴで一気に仕留めてしまうのだ。

 休眠状態のMAに直接ダインスレイヴを叩きこまないのは、ひとえに粗を潰すためだ。もし埋まったままのMAに向けてダインスレイヴを放てば、採掘場がどうなるかは想像に難くない。むしろ分かった上で禁止兵器(ダインスレイヴ)を私有地に打ち込んだとして、世論からの弾圧は免れないだろう。なにせ彼らはMAの脅威など知らないのだから。

 けれどMAが目覚め明確な脅威を発揮すれば、世論もそんなことは言えなくなる。今のイオクは独断で動いている以上、万が一にも非難される事態は避けたかったのである。

 

 リスクは大きい。けれど後顧の憂いなくMAを討ち取るには、これが最も堅実な方法だとイオクは確信している。だからこそ、その先駆けは自らが行うのも彼にとっては当然の事だった。

 

『イオク様、囮役は我らがやります。どうかイオク様は後方での援護を……』

「それはならん! 最も模範になるべき私がお前たちの後ろに隠れてなんとするのだ。任せておけ、そう簡単にやられはしないさ」

『分かりました……どうかご武運を、イオク様』

「ああ、お前たちもな」

 

 囮役はイオクを含め十名、ちょうどレギンレイズ隊が全員囮を務める計算となる。彼らでMAを起動させ、足止めを果たしている内にダインスレイヴ隊が仕留めるのだ。

 いよいよレギンレイズ隊がMAへと向かい進みだした。武器を構えながら一歩、また一歩とMAと距離を詰める。どの段階でMAが起動するかは不明だが、とにかく変化が見えるまで進むだけだ。

 

「一向に目覚める気配がないな……もしや休眠状態ではなく壊れていたのか?」

『可能性としてはあり得ますが……あまり期待するのもどうかと』

「それもそうだな。あくまでも油断せず、迅速に対処しなければ」

 

 緊張で息がつまる。囮役の十名も、それを背後で見守る四十人もの部下たちも、口数は少なかった。これから自分たちが目覚めさせ、仕留めなければならない災厄に想いを馳せる。恐ろしいが、ここまで来たら立ち向かう他に道は無い。

 

 そして、ついにその時が訪れる。もはや肉眼でもその威容が確認できるほどの近さ。採掘場の淵にイオク機が足を踏み出した時だった。

 

 ──恐るべき厄祭が息を吹き返したのだ。

 

「……! 来たかッ! 全員後退せよッ!」

 

 イオクの言葉に反応したかのように、MAの頭部らしき部位に光が灯る。ついで爆発、白い爆炎が地中を駆け抜けた。その原因は大地を抉りながら上空へと逸れると、天を焦がすかのごとく一筋の光となって貫いた。今は失われたビーム兵器である。

 素早く機体を後退させたイオクたちを追うように姿を現したのは、赤と白を基調とした殺戮の天使。まるで鳥のような見た目をしたそいつは流動性のワイヤーを揺らしながら、悠然と目標を見定めた。MAのAIはイオクたち囮組と、その背後に控えているダインスレイヴ隊を敵として認識したのだ。

 

「今だ! ダインスレイヴ隊、放てーッ!!」

『一番から五番、発射!!』

 

 足を止めているMAはまさに格好の標的、この機を逃さず即座にダインスレイヴ隊による掃射が成された。まずは装填済みの半分だけ、仕留め切れなかった時のことを考えてもう半分を温存した部下たちの判断は見事なものだろう。

 けれど彼らは知らなかった。考慮に入れていなかった。例え三百年前の遺物であろうとも、禁止兵器を持ち出そうとも。MAはなお最強最悪の兵器であるという事を。

 放たれた五発ものダインスレイヴ、常人ならば避けられるはずもない。だがMAは常人ではない。脆弱なAIを抱えてもいない。人を滅ぼすためのAIは、人を遥かに凌駕した頭脳で効率的に人を狩るのだから。

 ダインスレイヴの脅威を即座に認識したMAは即座に跳躍した。機械とは思えない滑らかな挙動、本当に鳥のように淀みない動きだった。宙を飛んだMAの真下、土煙のあがるそこをダインスレイヴは空しく通過するだけ。

 

 ──ダインスレイヴの致命的な弱点。それは高機動力を持つ相手には命中率が落ちてしまうことだ。どうしても一点集中になるダインスレイヴではMAを捉えきれない。故にダインスレイヴではなくガンダム・フレームが開発される結果となったのだが……それを知らないイオクたちでは、もはやどうしようもなかった。

 

「なん、だと……!」

『馬鹿な、今のを躱すのか!』

『MA、なんて化け物なんだ……』

 

 あまりにも呆気なく必殺の兵器を躱されてしまい、しばし誰もが呆然とする。目の前で起こった不条理を認められない。

 そして、その隙を見逃すMAでもない。合理的にして容赦の無いAIは。先の一撃が自分にとって十分な脅威となることを理解していた。だからまずは、目の前の羽虫ではなくそちらから殺戮することに決めたのだ。

 

 跳躍したMAはブースターに火を点けた。巨大に見合わぬ急激な加速をつけると、瞬く間にダインスレイヴ隊との距離を詰める。まさか宙をこれほどまでに速く飛ぶとは思っていなかったから、誰もがこの動きに対応できなかったのだ。

 次に起きたのは予定調和のごとき蹂躙劇。巨体に見合わぬ速度と変幻自在のテイルブレードを勢いよく振るう。MSの腕が飛んだ。足がひしゃげた。頭がねじれ飛び、鉤爪のような足でコクピットを踏みつぶされた。ダインスレイヴを保有するMSは特に念入りに破壊され、パイロットの生存など期待するべくもない。

 

「そんな、馬鹿な……」

『生存者は、生存者はいないのか!?』

『返事をしろ! おい、なんとか言ってくれ!』

 

 一方的。的確な言葉はそれしかない。あまりにも無慈悲で残虐で、予定調和のごとき殺戮だ。

 

 たったの一分。それが形成逆転の為に必要な時間だった。MAに反撃する者もいたのだが、頑強な装甲を持つMAには決定打にならない。MAもそれを理解しているから、些細な抵抗になど構うことなく蹂躙を続けていく。

 

 さらに採掘場からは無数の黒い子機たちが登場し、MAが見過ごしたイオクたちへと襲い掛かり始めた。一機、十機、三十機、まだ増えて五十は越えたか──もはや絶望的な戦力差だ。

 十機のMSだけでは、最新鋭機のレギンレイズだけでは、とても話にならない。ライフルを放ちアックスで迎撃するがそんなものは多勢に無勢だ。死をほんの数秒先延ばしているだけに過ぎない。

 

「なんだ、なんなのだこれは……!? MAとはこれほどの強さなのか!?」

『イオク様ッ! ここは撤退を! 今の我らではもはや太刀打ちできません!』

「しかし……ッ! お前たちを見捨てるわけには!」

 

 言い訳ならば幾らでも出来る。

 MAの力を侮っていた。

 即座にダインスレイヴ隊の脅威を認識して対処するとは思えなかった。

 自分たちの方が物量で負ける羽目になるとは想像すらしなかった。

 

 ──全ては結果論でしかない。イオクたちはMAの脅威を正確に知らなかったからこうなった。これはただ、それだけの話だ。

 五十機いたはずのMS隊は今や十数機が残るのみ、勝敗は誰の目にも明らかだった。

 

『行ってくださいイオク様! ここは我らが凌ぎます!』

『あなたの命は、あなた一人の命ではありません……! クジャン家の未来をどうかお考え下さい……!』

「ぐうっ……すまない、お前たち! この恩は忘れない……ッ! 絶対にお前たちの仇は取ってみせるぞ! クジャン家の名に誓って!」

 

 部下たちの決死の覚悟、伝わらないイオクではなかった。この事態を引き起こした責が自分にあるとしても、いや、だからこそ生きねばならない。そうでなければ死に行く部下たちに申し開きが立たないのだから。

 イオクが戦線離脱の為に背を向き、部下たちがMAと子機の群れに決死の特攻をかけようとした──その時だった。

 

「なんだ?」

 

 唐突にコクピット内に警告音が鳴り響いた。レーダーに感あり、急速に接近してきている。MSの反応だ。そいつはイオクたちの頭上を越えて躊躇うことなくMAに突撃すると、手に持った大剣でMAをぶっ飛ばしたのだ。

 まるで時間が止まったかのように、誰もが動きを停止した。MSも、MAも、子機も、誰もかもだ。ただやって来た乱入者だけが、赤と金の機体を操り大剣を構えなおす。

 

 データベース照合──機体名、ASW-G-37 GUNDAM PHOENIX。

 いつかの会議でマクギリスが口にしていた鏖殺の不死鳥。それが乱入者の名前だった。

 

『困るのですよ、勝手に死なれたら』

 

 正体不明のMS──フェニクスから通信が来た。平坦な少女の声、どこか不機嫌そうな色を帯びている。

 吹き飛ばされたMAの方は即座に受け身を取ると、滑らかな挙動で体勢を立て直した。しかしもはや、MAはイオクたちを標的にはしていない。先ほどまでの蹂躙劇は嘘のように静まり、MAは殺すべき標的を眼前のフェニクスただ一機に定めたのだ。

 

「助けに来て、くれたのか……?」

『助けに来た? ……まあ、ある意味ではそうかもしれませんね』

 

 どろりとした熱量を含んだ肯定。何かが違うとイオクは感じた。けれどそれを考える暇はない。

 ちょうどイオクたちを庇うようにMAの前に立ったフェニクス。そのツインアイは鮮血に塗れたかのように赤く染まっていて──どこまでも不吉を連想させるものだった。

 

『ここであなた達が死んでしまったら、ジゼルの殺害数(とりぶん)が少なくなってしまいますからね。ええ、だからあなたは邪魔なんですよMA。すぐにでもジゼルの前から消えてくださいな』

 

 一言で表せば同族嫌悪。明確な敵意をもってジゼルはMAを破壊すると誓い。

 MAもまたフェニクスと、なによりジゼルの存在が不快で堪らないとばかりにその身体を震わせたのである。

 

 ──互いに不倶戴天の存在同士、遭遇してしまえば殺し合うより他に道は無く。

 

 こうして、過去より羽ばたいた鏖殺の不死鳥(あくま)は、ついに蘇りし厄祭(どうるい)と相見えたのだ。




おまけ:ジゼルのちょっとした裏設定
【名前】ジゼル・アルムフェルト
【年齢】(#22時点では)20歳?
【身長/体重】158センチ/48キロ
【概要】…人殺しを何より楽しむ破綻者。MS操縦技術は高く頭脳もそれなりのものがあるが、その全てが最終的には誰かを殺すことに繋がっている。ある意味では人類種の天敵。
性格はマイペース&天然。超辛党。髪の毛が長すぎるせいで洗う際はシャンプーを丸々一本使うときもあるとかないとか。
実は密かに胸が小さいのを気にしている。しかしそんなことより殺人を優先するため、やっぱり気にしていないのかもしれない。


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#23 殺戮の鋼鉄鳥

あけましておめでとうございます。
本年もより良い作品を執筆できるよう精進していく次第です。どうか今年もよろしくお願いいたします。


 人を狩る天使(MA)を打倒するために製造された、人を救うための悪魔(ガンダム)たち。

 総勢七十二機という少数しか製造されなかったガンダム・フレームには、それぞれが”機体コンセプト”とも言うべき設計思想を持っていた。

 

 例えば、ASW-G-08 ガンダム・バルバトス。この機体は汎用性を何より重視した機体だ。おおよそあらゆる武装をそつなく扱えるし、尖った性能を持っているわけでもない。非常に扱いやすい基本的な機体といえるだろう。

 反対に、ASW-G-66 ガンダム・キマリスはピーキーな性能だ。各部に設置されたスラスターによる一撃離脱の接近戦を得意とし、それを補佐するためのユニットも兼ね備えてはいる。だがそれらを加味しても、高速機ゆえにやや扱いづらい近接特化機なのは否定できない事実だ。

 

 このように、ガンダム・フレームには様々な特徴が存在する。特に後年になればなるほど機体性能も向上していくから、より特化型として尖った性能を持ちやすくなるのは道理だろう。だが、当然その途中には”試作機”とも呼べるガンダム・フレームも存在したわけで。

 そのうち最も特徴的とされるのがASW-G-37 ガンダム・フェニクスである。MAを除けば人類を殺害したトップランカーに位置する鋼の不死鳥。そのコンセプトは、そのものズバリ”MAの力を宿したガンダム・フレーム”なのだから。

 印象的なテイルブレード、鉤爪型の脚部、高い機動力を生み出す翼部スラスター──どれもMAに搭載された兵装に相違ない。強大な力を持つMAに対抗するためには、その力を自分たちも使用してしまえばよい、と。実に自然な発想から設計されたガンダム・フェニクスは、なるほど確かに相応しい機体性能を持つに至ったわけだ。

 

 ──それがまさか、フェニクスを操るパイロットまでMAと似通うとは。

 

 人を狩る天使をモチーフにした悪魔は、果たしてモチーフ通りに人を狩る悪魔へと成り果てた。きっとこの因果は開発者の誰もが思いもしなかった誤算であり、あるいは業によって定められた運命でもあったのだろう。

 

 ◇

 

 カチッ、カチッ、カチッ。MSの狭いコクピット内に小さな音が響く。MSの各機能を順に立ち上げていく音だった。小気味よくスイッチが入れられ、次第に光が点り始める。

 パイロットにとって数えるのも億劫なほどに繰り返された起動シークエンスだ。目を瞑っていても出来る。よどみなく機体は息を吹き返し、メインモニターには高台から見下ろす形となっている採掘場が映される。さらにその下のサブモニターには機体型番──ASW-G-37 GUNDAM PHOENIXの文字が浮かび上がっていた。

 

 かくして出撃準備を終えたフェニクスのパイロット、ジゼル・アルムフェルトは普段よりもやや不機嫌そうに通信を入れると、鉄華団団長オルガ・イツカの下へ通信を繋げたのである。

 

「フェニクス、起動シークエンス終了しました。いつでも出れますよ、団長さん」

『そうか、分かった。悪いが一刻の猶予もねぇ、すぐにでも出てもらうことになりそうだ』

「気乗りはしませんが、まあ団長さんの頼みなら」

 

 改めてモニターに映された採掘場へと目をやる。残念ながら鉄華団はタッチの差で間に合わなかった。採掘場を見渡せる高台に急行した時には、既に目覚めたMAはすぐ近くのMS隊──話によればクジャン家というらしい──を敵と定めていたからだ。果たして彼らがどのような対策を施しているかは定かではないが、あまり高望みをしない方が賢明だろう。最悪にして面倒な事態は避けられなかったのだ。

 

 ほう、とため息を吐いてからジゼルは持ち込んだ携帯食料に手を伸ばした。袋を開けて、簡素な棒状の食料を咀嚼する。今は阿頼耶識システムと繋がっているから、味はちゃんと分かる。だけどもあまり美味しくない。地球でマクギリスからもらったチョコの方がよほど美味しいと感じるほどだ。

 

「はて、どうしてでしょうかね……?」

『なんか言ったか?』

「いえ、何も。それより他の方はどうですか? さすがにジゼルだけでMAの相手をするのは嫌なのですが」

『その話なんだがな……』

 

 今回の作戦では、鉄華団のエースたちが駆るガンダム・フレーム四機を主軸にする作戦だった。パイロットの腕的にも、ガンダム・フレームの誕生経緯にしても、これ以上の適任はいないと考えたからである。

 けれど、その前提はこの場にやってきた瞬間崩れ去った。フェニクスを除いたガンダム三機が、MAを認識した途端いっせいに不調を訴えたからである。原因不明、しかし強大なMAを相手取るのにこの不調は無視できない。さすがにジゼルもこれは予期できなかったから、対策などがあるはずもなく。だから急遽ガンダム三機を後方支援に回し、代わりに彼らに次ぐ実力を持った者たちをMAに当てる手筈となったのだ。

 

 そうは言っても、三日月たちを除けばMA相手に出せるパイロットがほとんどいないのも事実だが。

 

『だから俺たちが出せるガンダムはアンタとフェニクスしかねぇ。負担がデケェってのは百も承知だが、それでもどうにかしてもらいたい。頼めるか?』

「……いいですよ、もう。ここで話していても埒が明きませんし。代わりに、二つほどお願いがあります」

『いいだろう、言ってくれ。出来る限り便宜は図る』

「では一つ目。今度何か美味しい食べ物でも一緒に買いにいきましょう。阿頼耶識を繋いで食べるつもりですから、フェニクスで食べられそうなものを幾つか見繕っておいてください」

『そんなもんでいいのか? 俺はてっきり──』

「まあ焦らないでください。それで、二つ目のお願いなのですが──」

 

 もう一度モニターに目をやる。破壊された採掘場近辺で暴れるMAの姿が恐ろしい。あれだけ居たはずのクジャン家所属のMS隊は今や一握りだけ、それ以外は地に伏せるか必死に逃げ惑うかの二つしかない。

 事情を知らなければ哀れを催す悲惨な光景だし、事情を知っていてもここまで無残な姿になると同情心が沸いてしまう。それは彼らに横槍を入れられたオルガとて例外ではない。身勝手な行動への怒りはあるが、ざまぁみろと嘲笑う気まではしなかったのだ。

 

 ただし、これらは全て常人の感性に基づくならの話だが。

 

「あそこに居る生き残りの人たちは、全員ジゼルが殺しますから。鹵獲はともかくとして、殺すのは控えてもらえればと思います」

『……だろうと思ったよ。他の団員には出来るだけあそこの奴らを殺すなと伝えてある。それでいいか?』

「もう手回しまで行っていたとは、ちょっとビックリしましたよ。お気遣いありがとうございます」

 

 鈴を転がすように軽やかな感謝は、これから人を殺せるという暗い愉悦に彩られている。おぞましいが、けれどオルガとて伊達や酔狂で彼女を雇おうと決めたわけではない。この程度の狂気、もう慣れてしまったのだ。

 勝手にMA討伐に横槍を入れてきた挙句、失敗までしたクジャン家とやら。鉄華団に断りもなく面倒なことをしてくれたとは思うが、果たして死ぬ必要まであったかどうか。オルガはそれ以上をここで考えるつもりは無いし、ジゼルに至っては発想すら存在しない。他の団員にしてもわざわざ止める気はないだろう。

 

「さて、それでは出撃()るといたしましょうか。これ以上MAをほうっておくと、ジゼルの取り分が無くなってしまいますので」

『よし、なら作戦通りに頼むぞ。ちょいと狂っちまったが、やることは変わんねぇ。おびき寄せて、分断して、本体を叩く。そんだけだ』

「それでは──」

 

 フェニクスのレバーを強く握った。フットペダルへと徐々に力をこめて、翼部スラスターのスロットルが開いていく。ジゼルの意思によって鋼の不死鳥に火が入り、鏖殺の不死鳥(あくま)へと変生(へんじょう)を遂げていく。

 仕上げとばかりにガンダム・フレームに特有のフェイス、そのツインアイに緑の光が灯った。しかしそれは段々と色を変えていき──

 

「ジゼル・アルムフェルトです。ガンダム・フェニクス、目標を殺戮してきます」

 

 鏖殺の不死鳥が地上より羽ばたいた時には、血を連想させる禍々しい赤に染まっていたのである。

 

 ◇

 

 まるで地球に住む鳥のよう。

 イオクが抱いたフェニクスへの第一印象がそれだった。

 

『だからあなたは邪魔なんですよMA。すぐにでもジゼルの前から消えてくださいな』

 

 不機嫌さを隠そうともしない声音でMAへと告げた破壊宣言。MAには聞こえていないはずのそれに、しかしMAは不愉快そうに身を震わせて敵意を示した。あたかもフェニクスが不倶戴天の敵であると認識しているかのように。

 フェニクスが陣取ったのはちょうどイオク達とMAの中間地点だ。かばうように背を向けているフェニクス相手に、たまらずイオクは問いを投げた。

 

「貴様──いや、貴殿は何者だ? 助けてもらったことは感謝するが、しかし……」

 

 言いよどむイオクに対し返ってきたのは、実に億劫そうな通信だった。

 

『……はぁ、鉄華団参謀、ジゼル・アルムフェルトです。後は見ての通りなのでよろしく』

「な……! つまり君があの鏖殺の不死鳥のパイロットなのか……!?」

『そうですけど何か? ああ、謝礼については気にしなくて良いですよ。誰でも持っているもの一つで十分に足りますので』

「それは──」

 

 いったい何なのだ? ふと不安に駆られたイオクが聞き返すより前に、フェニクスは迅速に行動を始めていた。

 速い。まず第一印象はそれだ。ひたすら速く、そして無駄がない。放たれた矢のように突貫したフェニクスは、咄嗟に行動を起こしたMAの攻撃を掻い潜って肉薄する。

 鋼と鋼のぶつかる鈍い音が響いた。フェニクスの持つ大剣がMAを叩いたのだ。これまで誰一人与えられなかったクリーンヒット、けれどMAは身じろぎすらしない。生来の頑強さにまかせて受け止めると、お返しとばかりにテイルブレードを走らせる。イオクからしても部下たちを蹂躙せしめた、悪魔のごとき兵装は印象強い。

 

『ふっ──』

 

 微かな息遣いが、通信越しに聞こえた気がした。

 フェニクスは対抗するように腰部後方の尻尾、いや、テイルブレードを射出した。搭乗者の意思が乗ったブレードは的確にMAのテイルブレードを弾き飛ばすと、後方から迫っていた子機たちを苦も無く一掃したのである。

 まるで見えていたかのように鮮やかな対処。子機たちも出方を窺っているかのように大人しくなった。フェニクスのパイロットは尋常な腕前ではない、一瞬だがイオク達に悟らせるには十分すぎる攻防である。

 

『そこで突っ立ってるギャラルホルン! 邪魔だからどいてろ!』

「!?」

 

 さらに、後方からは銃撃の援護が走る。唐突な怒声に振り返れば、そこには鉄華団のMSらしき影がライフルを連射している姿が見える。標的は無数に居る黒い子機たち、フェニクスやイオク達に近づこうとしているのを片っ端から打ち抜いていた。

 

『イオク様、これは……』

「あ、ああ……どうやら、運にまでは見放されなかったようだな」

 

 イオクのそばに残った部下は三人だけ、さらに行動不能となって横たわっているMSがおよそ十機ほど残っていた。あまりにひどい損害。けれど逆に言えば、あれだけMAにいいようにされても十数名の命は残ったのだから僥倖ともいえるのか。

 

『イオク様、ここは鉄華団が戦っているうちに我らは味方を助け離脱するべきかと』

「な!? しかしそれでは散っていった部下たちの無念が!」

『我らはイオク様のために命を張り、そして落としたのです! それなのにイオク様がここで戦死なされては、それこそ無駄死にとなってしまいます! どうか、ご理解ください……』

 

 到底納得できるものではない。しかし彼らの言葉もまた真実だ。任務の失敗は口惜しいが命あっての物種、ここは撤退すべきであると。イオクもその想いは理解できるからこそ、断腸の思いで決断を下した。

 

「くうッ……! 是非もあるまい。部下たちに繋いでもらった命、ここで散らせるわけにはいかぬか……!」

 

 悔し涙が頬を伝う。自らに付き合って散っていった部下たちに申し開きが立たぬが、死んでしまうほうがよほど駄目だ。きっと全てを失ったイオクなら出来なかった思考でも、いまだ部下たちが残っている現状だからこそ考えることが出来たのだ。

 そうして、鉄華団の邪魔にならないようにその場を後にしようとしたイオクは──

 

「なあッ……! そこにはまだ私の仲間が!」

『そうですか、なら大当たりですね』

 

 ()()()()()()()()()コクピットを無造作に踏み潰したフェニクスの行動に目を剥いたのである。

 切っ掛けをイオクは見ていなかった。ただ、前後の状況的にフェニクスがMAの攻撃を避けるために跳躍し、着地したのだと思う。その結果としてフェニクスの鉤爪状の脚部はあやまたず部下の居るコクピットを踏み抜き、残酷にもその命を奪ったのだ。

 事故か? いや待て、それは違う。だってフェニクスのパイロットは……あまりの事態に硬直してしまうイオクを他所に、フェニクスとMAは接戦を続けていた。

 巨大な兵装は、剣と砲の合体したものだろうか。轟音が鳴り響くたびにMAの動きが鈍り、薬莢の転がる鈍い金属音が聞こえてくる。大口径の砲でMAを足止めしたフェニクスは間髪入れず右足の鉤爪(パワード・クロー)で何かを掴んだ。その正体は破壊され転がっていたグレイズ。先ほどのとはまた違う、けれどまだ生存者が居る機体である。

 

 何をするつもりなのかは皆目見当もつかないが、良いことでないのだけは理解できた。

 

「や、やめろーーッ!!」

『ふふっ、ふふふっ……』

 

 反射的に叫んだイオクと、こらえきれずに笑い声を漏らすジゼルと。

 どこまでも対照的な二人。だからこそイオクは絶望的な表情を浮かべ、ジゼルは楽しくてたまらないとばかりに美貌を悪辣に歪めたのだ。

 まるで球を蹴るかのような動作でフェニクスは右足を振りぬいた。当然、鉤爪に捕まっていたグレイズはMAに向かって飛んでいく結果となる。その先には頭部を開き、ビームを発射する体勢を整えていたMAが待ち構えている。

 

『ま、ちょっとした盾といったところですね』

 

 フェニクスのパイロットが何か言っていたが、イオクには一言足りとて頭に入らなかった。次に起こる事態を予見して、あらゆる思考が釘付けになっていたからだ。

 

 次の瞬間、MAの頭部から極大のビームが放たれた。それは飛んできたMSによって発射口のすぐ傍で止められてしまい、周囲の大地に拡散して抉っていく。MAのほうもすぐには止められないのか、自身の頭部が燃え始めてもお構いなしだ。

 通常、MSの装甲に用いられるナノラミネート・アーマーはビームに強い。直撃したところでパイロットは多少熱を感じる程度で済むだろう。だが今回の場合、既に破損した状態でしかも超至近距離だ。とてもじゃないがビームの熱を受け止めきれず、結果として間接部にまでビームが到達してしまう。

 

 後はただ誘爆するのみ、鋼鉄の機体はそのまま棺桶へと変貌したのだ。

 

「あ、あぁ……そんな、皆が……」

『イオク様!』

『我らがついています、お気を確かに!』

『まずはここからの脱出が先です!』

 

 気がつけばイオクの駆るレギンレイズは、部下たちの機体に抱えられていた。悪夢の具現というべきその場を離脱するように全速力で駆けていく。背後ではなおも部下たちが道具のように使われ、そして殺されているというのに。今の彼はとことんまで無力だった。

 そんなイオクを懸命に気遣う部下たちの健気な献身すら、彼にはどこか遠くで起きた事にしか感じられなかったのである。

 人を人とも思わず、使い捨ての道具か何かのように浪費していくフェニクス。その狂った有様を見ることで、ようやくイオクも鏖殺の不死鳥の何たるかを理解したのだった。単純な理屈だからこそ、裏も何も無く狂った理屈を読み取れる。あれは人を殺すためだけの存在、いいとこMAと変わらない悪夢の不死鳥に相違ない。

 

 殺戮の鋼鉄鳥たちの狂演は終わらない。

 グレイズを盾にするという狂気的な方法によりビームでMAの視界を潰したフェニクスは、さらにMAへと躊躇無く肉薄した。大剣で巨体ごと押し込み、テイルブレードでいなしていく。その動きはよくよく観察すればどこかへ誘導しているもの、先を見れば鉄華団のMSたちが勢ぞろいして待ち構えている。

 

 おそらく鉄華団の作戦とはここから違う場所に戦場を移して、そこでMAを仕留める腹積もりなのだろう。そのための誘導にあの狂ったガンダム・フレームが出張っているというのなら、これ以上イオクたちを気にかける余裕も無いはず。

 

 ──いいや、まだだ。その程度のことで不死鳥は諦めない。

 

『──ッ!? 追って、きている……!』

 

 部下の一人が息を呑んだ。たまらずイオクが振り返ると、その先には離脱するイオクたちを猛追してくるフェニクスの姿がある。代わりにMAを相手取っているのは、イオクも見覚えのある青と白のガンダムだ。そちらと鉄華団のMSたちを新たな標的と定めたのか、MAはどんどんと別の方へと消えていく。

 代わりに頚木(くびき)から解き放たれてしまったのは鏖殺の不死鳥だ。その背後に積みあがるグレイズの残骸からは、とてもじゃないが生存者を期待することなど出来なかった。

 

 もはやあの不死鳥にとって、イオクたちも当たり前の殺戮対象なのだろう。彼らにしてみればMAがさらに増えたかのような感覚、生きた心地も感じられない。

 

「──どうせここで矛を交える羽目になるのならッ!」

『イオク様、いけません!?』

 

 だからイオクは吹っ切れた。吹っ切れてしまった。

 部下たちに抱えられた機体を捻って拘束を逃れ、そのまま地面に着地した。向き直ればもうすぐ傍までフェニクスが迫っている。ほんの一瞬身が縮こまるが、けれど意地で我慢した。

 

「貴様が無慈悲にも摘んでいった部下たちの仇! このイオク・クジャンが刺し違えてでも取ってみせる!」

『へぇ、あなたが噂のイオク・クジャンでしたか……これはまたどうしたものか。少々困りましたね』

 

 大剣が振るわれる直前だった。フェニクスはおもむろに動作を中断すると、逆に距離を取って静止する。まるでイオクを見定めているかのようだ。

 その間にも部下たちがすぐさまイオクを庇うように前に出た。この状況、良くは分からないがすぐさま死ぬことは無いと見た。なら部下たちに出来ることはこの場から確実にイオクを逃がすことだけだ。

 

 妙な緊張が場を満たす。この手合いを前に言葉での解決は期待するべきではない。だがそうはいっても直接戦闘で勝てるかといえば、先ほどまでの戦闘を見ればとても頷けない。今や八方塞だ。

 睨みあったまま五秒が経ち、十秒が過ぎ──唐突にフェニクスが動いた。さらに後方へと素早く機体を切り返す。

 

 その直後だ。先ほどまでフェニクスが立っていた一帯に無数の銃痕が刻み込まれる。天から降り注いだ銃撃に驚きながらもイオクが空を見上げれば、

 

『何をしているかと思えば、やはり鏖殺の不死鳥に目を付けられていましたか。先ほどの啖呵はともかく、イオク様では相手にならないと思うので引っ込んでいてください』

「ジュリエッタ……」

 

 見るに見かねて援軍にやってきたジュリエッタ・ジュリスとその愛機が、火星の空より降りてきていたのである。

 



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#24 邂逅

 ──MAへカノンブレードを叩きつける。勢いとガンダム特有の出力に押され殺戮の天使の巨体が一歩後退した。

 フェニクスの機動力を活かして背後へと一息に跳躍。狙い通り即座にMAは追撃し、目的地へとさらに近づいた。

 厄介なMAの子機(プルーマ)たちはフラウロスを中心とした援護射撃により、少しづつだが数を減らしてきている。数の暴力という武器は失われ始めた。

 

 ここまで全てジゼルとフェニクス、そして鉄華団の掌の上だ。まもなくMAは作戦通りに目的地である谷間へと誘導され、そこで本格的にプルーマの数を減らされることだろう。その後は単機となったMAをフェニクスと鉄華団のMS部隊で破壊すれば片がつく。あくびが出るほどシンプルな作戦で、それ故に穴がない。

 

「まったく、手間ばかりかかって面白みが一つもありませんね」

 

 だからつまらなそうにぼやいたジゼルの文句は、戦闘という状況のわりに暢気だった。

 

 ジゼルからすれば、まずMAと矛を交えること自体が不本意である。確かにMAとの戦闘経験はあるし、今もそれなりに対応できている自信がある。だが彼女の本領は何といっても対人特化、殺戮こそ最も望むところなのだ。人が乗ってるわけでもないMAが相手ではやや調子が落ちるのは否めない。ありていにいって”ノれない”と表現すべきか。

 とはいえ仕事は仕事であり、破壊すべきMAをほったらかしにしてまで目の前のご馳走(にんげん)に飛びつくわけにもいかない。狂人にしては意外なくらい強い理性だが、ことジゼルに関しては特筆に値しない。それだけの分別を備えているからこそ、彼女は有能にして悪辣な殺人鬼となり得るのだから。

 

 あたかも機械のように面白みも高揚感も感じられず、平坦な心のままにMAを追い詰めていくジゼル。その中でふと、自嘲の形に唇が歪んでいたことに気づいた。

 

「この程度、同じ条件なら三日月さんだって出来るでしょうに。つくづくジゼルは度し難い人間ですね」

 

 MAの誇る機動力も、攻撃力も、全て三百年前から知っている。しかも今回は頼れる味方からの援護だって存在する。だから無傷でMAを手玉に取ることが出来るのであって、この程度のことはジゼルにとってなんら自慢にならないのだ。あるいは三日月の方が、MS操縦の総合力を問うなら確実に自分(ジゼル)より上だろう。

 やはり自分は殺人特化、人間を相手にしている方がよほど力を発揮できる──などと考え直したところで、先ほどまで散々に利用させてもらったクジャン家の者たちを思い出した。そういえば数人ほど逃がしてしまったが、彼らについてはどうしようか? それこそ三日月といった腕の立つ人間に頼んで鹵獲してもらおうか、うん、そうしよう。

 

 ふと気がつけば、目的地である谷間入り口は既に間近だ。

 

「すみません、誰か手の空いている人は先ほどのMS数機を追っていただければ──」

『自分で追えばいいんじゃない?』

 

 あくまで己の役割に徹した発言を否定したのは、ジゼルに負けず劣らず淡々とした少年の声。

 それと同時に、MAの目の前に一機のMSが躍り出た。白と青の二色が特徴的なその機体は、鉄華団を象徴するガンダム・フレームに相違ない。不調によって消極的な参戦に留められていたはずなのに、いかなる理由かバルバトスが前線に飛び込んできたのだ。

 もちろんジゼルは聞いていない。それどころか鉄華団の誰もが予想だにしない状況だろう。だが現にバルバトスはMAを相手取り始め、それが証拠にツインアイもフェニクス同様に赤く輝いている。対MA用にリミッターの外れた証だ。

 

 バルバトスは巨大なメイスを振りかぶると、MAを相手に一歩も譲らず渡り合い始めた。軽やかに動き、重い一撃を叩きつける。その動き、先のジゼルにも劣らない。むしろ初見の相手ということを鑑みれば、彼のほうがより良い動きをしていると言えるほどだ。

 

『こっちは俺たちで抑えとくから、アンタは向こうの逃げたのを追えば? そっちの方が適任でしょ』

 

 そんな最中だというのに、三日月・オーガスはあくまで普段どおりの調子を保っていた。

 

「一理ありますね。ですが、MAってけっこう強いですよ?」

『ん……まあなんとかしてみるよ。どうせアンタがいなけりゃ、俺が先陣切ってただろうし』

「そうですか。ならお言葉に甘えましょう」

 

 お互いに言葉数は少ないが、それで意思疎通は完了した。既にMAの誘導というジゼル最大の役目は終わっている。後はMAを破壊さえ出来れば、誰が相手をしても良いのだ。結果としてどのような代償が阿頼耶識システムからもたらされようともそればかりは自己責任、ジゼルが気にする事ではなかった。

 即座に機体を元来た方向へと転換させる。フェニクスの機動力ならすぐにでも追いつけるだろう。スロットルを全開にしてバーニアを吹かせながらレーダーに目をやれば、一分もしないで追いつける程度の距離しかない。

 

 これなら取り逃がす心配は無い──そう確信したところで、ジゼルは通信機のスイッチを入れた。

 

「そういうわけですので団長さん、ジゼルは先ほどの方たちを追いかけます。MAは三日月さんが相手をしてくれるようです」

『……ったく、ミカは調子悪い機体で待機も聞かずに突っ込んじまうし、アンタはアンタで勝手に戦線を離脱するしで指揮するこっちとしちゃいい迷惑だ』

 

 不満げに嘯いてから、オルガは『とはいえ』と続けた。

 

『今回の一件、鉄華団にも土地的な意味では被害が出てんだ。たとえ向こうにどんな事情があったにせよ、この落とし前は付けさせなきゃなんねぇ』

「どのような形であろうとも?」

『そうだ』

 

 一連の事態はそもそも鉄華団が預かっていた事案に、別勢力が我が物顔で乱入してきたことに起因する。今のところ採掘場以外目立った被害は出ていないが、それでも少なくない被害を鉄華団が被ったのは事実だろう。

 そして鉄華団は──いや、こう言い換えよう。鉄華団団長オルガ・イツカは、筋を通さないことを何より嫌う。恩があるなら絶対に報いるし、仇があるなら必ず落とし前を付けさせる。それが彼にとっての信念なのだ。

 ……まあ、だからといってまだ死人も出てないような被害状況で、相手を殺す必要まであるかといえば疑問は残るが。オルガは敢えてその先の思考にまで手を伸ばしてはいなかった。これ以上を考えてしまうのは、それこそジゼルに対して不義理であると言えよう。

 

 だからオルガは、躊躇うことなくジゼルに指示を出したのだ。

 

『生死は問わねぇ、アンタが納得いく形で終わらせろ。ただし、あんまり時間をかけないでくれよ。下手をすればミカがMAにやられちまう可能性だってあるんだからな』

「重々承知していますとも。では、五分で終わらせてきましょう」

『任せた』

 

 短い信頼の言葉を最後に通信が切れた。その言葉のくすぐったさをほんの一瞬ジゼルは楽しんでから、即座に思考を狩人のそれに切り替える。悪辣にして破綻した狩人の獲物はもう目の前だ。

 どこまで見渡しても赤い火星の荒野を駆けているのは、四機のレギンレイズである。正確に言えば地上を駆ける青緑色の三機が、黄色にカラーリングされたレギンレイズを運んでいる状態だ。お荷物なのか動けないのかは知らないが、これでは確かにフェニクスから逃れることは難しいだろう。

 

 と、ちょうどフェニクスが接敵する直前だった。その黄色のレギンレイズが三機を振り払ったのである。地に足をつけて長大な砲身をフェニクスに向けたそいつから、何度か通信に乗って聞こえてきた声が聞こえてきた。

 

「貴様が無慈悲にも摘んでいった部下たちの仇! このイオク・クジャンが刺し違えてでも取ってみせる!」

 

 もう黄色のレギンレイズはすぐ目の前だった。カノンブレードを振りかぶり、一息に叩き潰そうと思っていたジゼルなのだが、不意に聞こえてきたこの口上で咄嗟に攻撃を止めてしまう。看過するには少しばかり()()()()()内容だったからだ。

 

『へぇ、あなたが噂のイオク・クジャンでしたか……これはまたどうしたものか。少々困りましたね』

 

 念のために距離を取りつつ、素早く思考を巡らせる。

 今回の一件がこのイオク・クジャンが中心となって起きた事態だというのは知っていた。そして彼はセブンスターズ、政敵であるマクギリスがMAを討伐すると宣したことを知らないはずも無い。

 ならばどういうことか。決まっている、手柄を横取りしてマクギリスがこれ以上進出するのを抑えたかったのだろう。理屈は納得できるがしかし、アプローチの仕方が致命的だったのは否めない。

 

 今の口上を鑑みれば、このイオクという人物に人並み以上の正義感があることは推し量れる。だがその影響でやや感情的になりすぎてしまい、今回のような大騒動の引き金を引いてしまったと考えるのが自然だろう。

 

「使えますね、この人……」

 

 誰にも聞こえないほど小さな声でジゼルは笑った。

 上の立場に居て、正義感が強く、けれどその感情に素直すぎて結果が伴わない。ついでに言えばMSの操縦技術も良いとはいえないだろう。なのにMAの討伐に乗り出す向こう見ずさも良い塩梅だ。

 端的に言おう。素晴らしい。ここで一息に殺してしまうのはあまりに惜しいくらいカモである。きっと彼はこれからも大いに迷走して、戦いと死を振りまいてくれることだろう。

 元々は皆殺しの予定だったが、一の殺人を我慢する代わりに後で十も百も殺せるのなら選択肢は一つしかない。この機を利用しない法は無かった。

 

 そうと決まれば結論は早い。イオク機を守るように前に出た三機のレギンレイズを殲滅し、彼だけ捕虜という形で鹵獲してしまえば良いのである。

 

 ──だけどその前に、だ。

 

「先にあなたから殺してしまいましょう。ね、乱入者さん?」

 

 センサーに感有り。確認のために空を仰ぎ見る。そこにいたのは、抜けるように青い空から降りてきた新手のレギンレイズだ。他とは違う専用カスタムが見られるそれは、腕の立つパイロットが搭乗している何よりの証左。油断できる相手ではない。

 だからまずはそちらに対応すべく、ジゼルは降り注ぐ銃撃を避けるためにフェニクスを後方へと下がらせたのだった。

 

 ◇

 

 今回の行動が命令を離れた独断に基づくと指摘されてしまえば、それを否定できるだけの根拠が無かったのはジュリエッタも認めるところである。

 火星の静止軌道上に陣取ったクジャン家の艦隊で待機していたジュリエッタだが、当初はラスタルの命令通りに鏖殺の不死鳥とやらを監視するだけに留めていた。イオクたちがMAに追い詰められても、件の不死鳥に命を狙われても、命令に背いてまで介入するつもりは微塵も無かったのだ。

 

 ただ、一つ誤算があったとするならば──

 

「あれだけ頼まれてしまえば、さすがに無為に突っぱねるわけにもいきませんし……」

 

 素早く愛機に乗って艦から飛び出したジュリエッタは、火星大気圏への降下シークエンスを開始しつつもぼやいた。その内容が示すところは、先ほど艦橋で行われたクジャン家お付の部下たちとの会話である。

 

「どうか、イオク様をお救いください!」

「私からもお願いします!」

「わ、私もです!」

「は、はあ……」

 

 艦橋で逐一イオクと、それにガンダム・フェニクスの行動を知らせてもらっていたジュリエッタに向けられたのはそんな言葉だった。思わず戸惑いの言葉が漏れたのも仕方ないと言えよう。

 状況は悪い方向へと傾いている。クジャン家がMAの討伐に失敗し、すさまじいしっぺ返しを食らっていること。鉄華団が戦闘に介入していること。そして何より、鏖殺の不死鳥がクジャン家の部下たちを間接的にでも殺害して回っていること。詳細な部分はともかく、火星でそんな一方的な状況が起きていることは掴んでいたのだ。

 ジュリエッタに介入するつもりが無いのは事実だが、かといってこうも頼み込まれてしまえば断るのも難しかった。イオクの部下たちは皆、心から彼のことを案じてジュリエッタに頼み込んできている。元よりイオクのお守りをしていた彼女だから、部下たちの苦労には共感できてしまったのだ。それを無下にしてしまうのは良心が痛んでしまうのも無理はない。

 

 だが、それだけならまだ軍人として断っていただろう。それでも彼らの頼みに頷いてしまったのは、ジュリエッタの個人的な思惑によるところが非常に大きい。

 

「七星勲章に鏖殺の不死鳥……どちらをとっても得るものは大きい。なら、少しでもラスタル様の力になりたい」

 

 レギンレイズのメインモニターは大気圏突入時特有の赤い光に覆われている。その最中、ジュリエッタは自らの思いを無意識に吐露していた。

 

 仮にイオクの言うとおりに七星勲章が手に入れば、ラスタルの復権はかなり楽になるのは間違いない。短絡的な意見ではあるが、成功した際のメリットも考えれば一蹴することも難しい。現状ではもはや不可能ともいえる行いだが、全てが間違っていたわけでもないのだ。

 そしてもう一つ、鏖殺の不死鳥。これについては純粋な興味が勝った。ラスタルほどの人物が交戦を禁じる相手で、もっと言えば”髭のおじ様”を殺害した張本人でもある。いまさらそのことについて私怨を燃やすつもりは無いが、どれほどの手練なのか興味があるのは事実だ。

 

 ジュリエッタから見て、ガラン・モッサは素晴らしいMS乗りだった。傭兵としても優れていたし、性格的にもあらゆる意味で非の打ち所が無い。まさに完璧で模範的な人物という印象だ。

 そんな彼を打ち破った者と戦えれば、未だ力不足な自分もさらなる高みへと手をかけられるかもしれない。それにラスタルの命令を破ってしまうのは心苦しいが、ここでセブンスターズのイオクに死なれては困るのも本心だ。きっとラスタルもそれを承知していたからこそ、”戦うな”と言いながらジュリエッタをイオクに付いていかせたのだろう。

 

『何をしているかと思えば、やはり鏖殺の不死鳥に目を付けられていましたか。先ほどの啖呵はともかく、イオク様では相手にならないと思うので引っ込んでいてください』

「ジュリエッタ……」

 

 このような諸々の理由から、ジュリエッタはイオク救出作戦に手を貸すことを承諾した。いまさら七星勲章を狙おうとまでは思わない。だが、イオクを適当に救出がてらガンダム・フェニクスと交戦できるのなら文句は無いのだ。

 火星の空から舞い降りたジュリエッタは、イオクたちを庇うようにして前に立った。眼前には事も無げに銃撃を回避した鏖殺の不死鳥の姿がある。挨拶代わりの一撃だったが、掠り傷一つとて負わせられなかったらしい。

 

「イオク様、ご無事ですか?」

『あ、ああ……まさかお前が来てくれるとはな、ジュリエッタ』

「変なお礼はいいので、部下の皆さんと一緒にさっさとここから離脱してください。少しですがコイツは私が足止めしますので」

『なっ──! しかしそいつは──』

 

 それ以上イオクの言葉に構っている暇は無かった。何の予兆も無く、鏖殺の不死鳥の姿がゆらりとぶれたからである。気がつけば懐すぐ近くまでフェニクスは迫っていた。MSの巨体とはとても信じられない滑らかさでだ。

 

「このっ……!」

 

 咄嗟にレギンレイズのガントレットで防ごうとしたジュリエッタは、これまた直前で思い直した。ほとんど反射的にレギンレイズを後退させると同時、フェニクスの持つ巨大兵装が叩きつけられる。豪快な音と共に大地が割れた。背筋を冷や汗が伝う。考えるだに恐ろしい破壊力だ。

 大剣と大砲が一体化したようなそれは、まともに食らえばガントレットごと腕部がへし折られると見て間違いない。ジュリエッタが持ちうる武装では受け止めるのは至難の技、回避し続ける他に手が無い。

 

『我らも援護いたします!』

「な、待ちなさい!」

 

 フェニクスの武器は巨大すぎるが故に取り回しは難しい。その隙を突くようにイオクの部下たち三名がフェニクスへと一斉攻撃を仕掛けた。通常のレギンレイズに配備されている一三〇ミリライフルの応酬だ。

 戦術的に見れば間違いではないだろう。けれどジュリエッタは嫌な予感が止まらなかった。それはフェニクスの悪評を聞いていたからかもしれないし、あるいは今このときも垂れ流されている濃密すぎる殺気が影響しているのかも知れなかった。

 

『そんなに死にたいのですかぁ? もちろんジゼルは大歓迎ですけども』

 

 嘲笑うような、歓喜に浸るような、美しくも不快な声が聞こえてきたその時である。フェニクスが飛び上がった。地に叩き付けた大剣を軸にして、あたかも棒高飛びでもするかのように宙を舞ったのである。

 阿頼耶識により人と遜色ない動きが出来るからこその芸当。スポーツ選手か何かのように鮮やかに宙を跳んだフェニクスは、腰部ブレードを射出した。ワイヤーで本体と繋がったそれは自由自在に空中を走ると、部下たち三機のレギンレイズの武装を事も無げにはたき落としてみせる。

 さらには宙を浮くフェニクスを追って巨大兵装が浮かび上がる。鏖殺の不死鳥が向かう先には離脱を果たそうとしていたイオクの姿、彼女の狙いは最初からそれだった。

 

「行かせるものですか!」

 

 目的が割れれば妨害も容易い。即座にジュリエッタは武装のツインパイル、その一つの柄をフェニクスに向けた。次の瞬間、柄の先端が射出される。ワイヤーと繋がったアンカーは敵を拘束するにも、自身が取り付き接近するにも優れた兵装だ。

 しかしフェニクスは器用だった。空中でスラスターを微調整、機体に急速な加速を加えることで逃れてみせる。さらにお返しとばかりに巨大兵装をジュリエッタに投げつけてくる始末、突拍子もない曲芸じみた攻撃にさしものジュリエッタも防戦に徹するほか無い。

 その間にもフェニクスは鮮やかに地へ着地すると、瞬く間にイオクへと迫った。イオクも観念したのか足を止めて迎撃を敢行するが、彼の技量ではとてもじゃないが鏖殺の不死鳥は止められない。予想に違わずフェニクスは苦も無くイオクに肉薄すると、振り絞った右の拳で思い切り殴りつけたのだ。

 

『な、ぐあッ! なにを、こんな……ッ!』

 

 機体を揺さぶられた衝撃か、イオクの呻き声がジュリエッタまで届く。体勢を崩したイオク機が火星の大地に倒れると同時、フェニクスは右足の鉤爪(パワード・クロー)でイオク機の左足をがっちりとホールドした。そして──レギンレイズのフレームごと、力任せに捻じ切ったのである。

 いくら力自慢のガンダム・フレームとはいえ、あまりにも力技すぎる。しかし効果的ではあった。イオクの技量では片足だけのMSでフェニクスから逃げ切るのは不可能だろうし、鏖殺の不死鳥としての残虐性をアピールするにはこれ以上ないデモンストレーションだ。すぐにでも殺さなかったのは囮だからなのか、鹵獲する気なのか。その狙いは分からない。どうせ碌でもないことなのは確かだろうが。

 

 ついでとばかりにフェニクスはイオク機のレールガンを踏み砕く。小規模な爆発が起こり、爆焔と共に禍々しく鋼鉄の不死鳥が照らし出される。

 まるで悪魔のよう。ガンダム・フレームにとっては当たり前の言葉が、このとき何よりもフェニクスには相応しかった。

 

『さて、あと三分しか残ってないので、急いで殺させてもらいましょう。団長さんとの約束を破るわけにもいかないので』

「あんまり──格下だと舐めないで欲しいものですねッ!!」

 

 強い。間違いなく目の前の敵はジュリエッタの中で過去最強だ。ともすれば、撤退することすらかなわないかもしれない。

 それでもジュリエッタは萎えそうな自身を奮い立たせて、威勢よくフェニクスへと向かったのである。

 

 ──全ては勝利と、ラスタル様の為に。彼女の原動力はただそれのみなのだから。

 




今話でも書いた通りここではイオク様は死にません。ジゼルは明確にイオクを鹵獲する方針で動き始めています。それ以外の面々についてはまた次回以降ということで。
ただまあ、イオク様もイオク様ですので、そう簡単に良い目を見たりはしませんが。どこまでもジゼルは悪辣ですとだけ言っておきましょう。


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#25 鋼の不死鳥VS鋼鉄の騎士

 阿頼耶識システムとは、ようするに人間の思考とMSの動作を直結させる機構である。

 だから阿頼耶識を搭載したMSは反応が早いうえ、パイロットの癖が直に現れた人間臭い挙動が多い。この特徴はOSによる機械制御に助けられた現代MSとは真逆のものであり、その恩恵は計り知れない。

 

 例えば、プロスポーツ選手が阿頼耶識システムを用いてMSに乗れば、多少の差はあれ磨き上げたセンスがそのまま機体の動きに反映されることだろう。あるいは、武道家が乗ったならば鍛え上げた技をそのまま利用できるかもしれない。

 これだけのことが出来てしまうのが阿頼耶識システムなのだ。人間の動き、感覚を極限までMS上で再現(トレース)できるシステム。非人道的と言われようとかつての厄祭戦で用いられ、現代でも今なお不完全ながら使われている理由の一端はここにある。

 

 そして、もしこの阿頼耶識システムを用いている者が()()()()()()()()()()()()()──きっとその脅威は、想像を絶する途轍もないものとなるだろう。

 

 ◇

 

 ジュリエッタ・ジュリスと言えば、今やギャラルホルンの誰もが認めるエースパイロットだ。

 元々は平民の、それも孤児という身の上。しかしラスタル・エリオンが見出した秘蔵っ子というのは誇張でも何でもなく、彼女は高いMS操縦技術を買われメキメキとその才覚、名声を伸ばしていった。

 そう、ギャラルホルンにおいてジュリエッタは紛れもない実力者なのだ。彼女に比肩しうる者などほとんど居らず、さらには最新鋭機たるレギンレイズを授けられたことでよりいっそう実力は高まったと言えるだろう。

 

 ──だから本来、この苦戦はあり得ざることだ。

 

 ジュリエッタ専用のレギンレイズに搭載された武装は四つ。腕部機関砲が二門に、ワイヤーアンカー内蔵型の試作型ツインパイルが二つである。これにガントレットが付属したのがジュリエッタ機の基本装備だ。

 派手さはない。だが堅実だ。接近戦はジュリエッタの本領であり、そのために調整された機体は彼女の手足となって完璧に応えてくれている。

 

「っつ……何なのですか、鏖殺の不死鳥とは……!?」

 

 だというのに。ジュリエッタは思わず毒づいてしまう。厄祭戦より蘇った鏖殺の不死鳥は、さらにその上を羽ばたいている。

 

 フェニクスの握る大剣が振り下ろされた。頑丈なツインパイルでもこれは防げない。たまらず後退したジュリエッタに迫るのは、腰部より伸びたワイヤー付きのブレードだ。意思を乗せて宙を舞う変幻自在の一撃、咄嗟に弾くが大きくバランスを崩してしまう。

 その隙をフェニクスは逃さない。横薙ぎにした大剣を勢いそのままに切っ先を後ろに向けて構えなおした。瞬間、轟砲が荒野に響く。大剣と一体化した大砲から放たれた大口径の一撃は、背後から接近していたクジャン家のレギンレイズを過たず破壊していたのだ。

 

「また、これで二機目……どうしてこうも易々と……」

 

 理不尽にすぎる。凶悪がすぎる。鏖殺の不死鳥とはかくも強いのかと改めて認識が塗り替えられる。ジワジワと胸に広がり始めたこの苦い感覚は、絶望感とでも言うのだろうか。

 最初に鏖殺の不死鳥に挑んだ時、ジュリエッタを含め四人が居た。それが一人減ったのは交戦を始めて三十秒も経った頃。イオクを逃がそうと隙を見て戦線から離脱したレギンレイズは、呆気なくフェニクスにその命を刈り取られていた。まるで相手の思考を読んでいたかのように、進路上に先回して、最速かつ確実にコクピットを潰してしまう。敵ながらいっそ惚れ惚れするほどの、鮮やかな殺しぶりを披露したのだ。

 

 そして今も、背後から襲われることを予期していたかのように振り向きもせずレギンレイズを一機沈黙させていたのだから堪らない。

 カラン──

 巨大兵装から排出された薬莢が火星の大地に転がった。残るはジュリエッタとクジャン家の部下がもう一人、そしてお荷物となっただけのイオクのみ。状況は最悪だった。

 

『ここまでで一分……うん、大丈夫そうですね。余裕を持って殺し切れます』

 

 悪鬼か羅刹でも乗っているのかと思いたいのに、通信機から聞こえてくるのはどこまでも場違いな可憐な声だ。声だけならば深窓の令嬢を彷彿とさせる彼女は、間違いなくジュリエッタよりも年若い。それが彼女には信じられなかった。

 いったいどれほどの修羅場をくぐれば、これだけの戦闘センスを身につけられるのだろうか? 実はパイロットは予知能力者だとか、後頭部にも目が付いているだとか、そんな荒唐無稽な考えすら脳裏を(よぎ)ってしまう始末。あり得ないと分かっていても、結果で納得させる不条理さが厳然として存在するのだ。

 

「あなたは……何者なのですか……?」

 

 つい口を衝いて出た疑問。ほとんど無意識のうちに紡がれていたそれに、ご丁寧にも不死鳥は答えてくれていた。

 

『これは異なことを訊きますね。ジゼルはジゼル・アルムフェルトですよ。殺人が好きな、厄祭戦唯一の生き残りにすぎません』

「確か、単独で十数万もの人間を殺したのでしたか。狂っている──などとは聞き飽きた文句ですかね?」

『ええ、もちろん。そしてそれは、ジゼルにとっては褒め言葉ですので』

 

 ──自分(ジゼル)が正気じゃないことくらい、始まりの時から承知していますとも。

 

 短く呟き、戦線は再開された。肉薄するフェニクス。大剣が唸りをあげて振り上げられ、尾のブレードが宙を切り裂き鋭く舞う。容赦も慈悲もない鏖殺の不死鳥は、本気でジュリエッタ達を殺しに来ていた。

 だというのにジュリエッタ達は、もはや当初の半分しかいない戦力でこの最低最強の相手を前に生存を勝ち取らねばならないのだ。あまりの絶望感に心が挫けてしまいそう。

 

『さあ、早くジゼルを満たす贄になってくださいよ。あなた方の積み上げてきた人生全て、ジゼルに壊させてくださいよ……!』

「──黙りなさい、この気狂いがッ!」

 

 けれど、こんなところで終われないという情熱がジュリエッタを突き動かしていた。自分の取り柄であるMS操縦で負けたくない、もしくは常軌を逸した狂人に負けたくないという意地もあったのかもしれない。ともあれ、彼女はまだ折れていなかった。迫る鏖殺の不死鳥を前に徹底抗戦の構えを取る。

 

 弾丸のように突撃してくるフェニクス。その目を見張る機動力は厄介の一言だが、ジュリエッタとてこの短時間に何度も目にした機動力だ。対処法の一つや二つ、思いつかない訳がない。

 突き進むフェニクス相手に、ジュリエッタもまたレギンレイズを前方へと走らせた。相対速度により凄まじいまでの速さで両者は接近する。衝突までの猶予は二秒もあるかどうか。一つ判断を間違えれば激突して互いに大破は免れない。

 衝突寸前の刹那、素早くジュリエッタはレギンレイズにスライディングの姿勢を取らせた。ちょうど足から地上に滑り込む形だ。振動にコクピットを揺さぶられながらも頭上を仰ぎ見れば、狙い通り上空に飛び上がったフェニクスの姿がそこにはある。

 

「そこッ!」

『……なるほど、そうきましたか。なら──』

 

 互いに追突してしまう状況なら、必ずや機動力に優れたフェニクスは上を取ってくると予期していた。だからジュリエッタは上に拘らない。挑戦者のごとく下から、高みを羽ばたく不死鳥を引きずり下ろすのだ。

 構えていたワイヤーアンカーが射出され、フェニクスの右脚部にちょうど巻き付いた。しかしフェニクスは止まらない。そのまま勢いよくスラスターに点火、空中を短く滑り──引きずられ大地を滑走したレギンレイズが、ふわりと宙へ投げ出された。

 

「なんて馬鹿力……ッ! でも……!」

 

 吐き捨てながら必死に機体を立て直す。右手にしかと握りしめたワイヤーアンカーの柄は生命線だ。これを手放したが最後、フェニクスに同じ手は二度と通じないことだろう。

 そもそも重力圏で飛行できるMS自体がほとんど無いというのに、フェニクスの見るも巨大な翼はMS二機分もの推進力を生み出すというのか。仕掛けたジュリエッタからしても予想外がすぎる展開。けれど鏖殺の不死鳥の足を引っ張れたという事実に違いは無いのだ。

 

 素早くワイヤーを巻き取り強引な空中戦に突入する、その前に。ちらりとジュリエッタは地上を確認した。視線の先には地に転がったイオク機に向かって駆けるレギンレイズの姿がある。フェニクスに足枷が出来た隙を突き、この場からイオクを逃がすために動き出したのだ。一言たりとも打ち合わせは行っていなかったが、自らの意を汲んでくれたことにジュリエッタは安堵した。

 これでどうにかイオクだけでも逃がすことが出来ただろう。当初の目的がほぼ果たされた今、後はジュリエッタが無事にフェニクス相手に生き延びさえすれば完全勝利だ。先ほどまでの絶望感もわずかに消えて、代わりに更なる闘志が呼び起こされてくる。

 

 互いを繋ぐワイヤーの距離はもはや幾ばくも無い。翼を広げ、大剣を構え、尾のブレードを揺らめかせる鏖殺の不死鳥はすぐ間近だ。

 しかし。彼我の距離がついにゼロとなるその刹那、ジュリエッタは確かに聞いた。

 

『ふふ、ふふふふっ……』

 

 あまりにも上品で、そして底知れない不快さと不気味さを湛えた相反する笑い声。それが目の前のMSパイロットから発せられたものと理解した途端、ジュリエッタの背筋はかつてないほどに粟立った。同時に嫌な予感が止まらない。どうなるかは分からないが、途方もなくマズい事態になると直感が警鐘を鳴らしている。

 それでもワイヤーは止められない。直感がどうであれ、このまま空中での超近接戦(インファイト)になるのは避けられないのだ。ならば罠だろうと喰い破るのみ、覚悟を決めて不死鳥の懐に飛び込んだジュリエッタ。どちらにせよフェニクスの大剣はこの距離では役に立たず、尾のブレードは近すぎて用をなさない。状況は圧倒的にジュリエッタの有利を示している。

 

 ──けれど人間よ、どうか忘れるなかれ。

 

『わざわざあなたの思惑通りにジゼルが戦う必要、ないですよね?』

 

 ジゼル・アルムフェルトこそは史上最低最悪にして最強の、人間という種を狩る人間なのだということを。

 ここに断言しよう。人間という存在である限り、この女に勝つことは不可能だ。例えそれ以外のどのような資質で勝っていようと、こと殺し合いという土俵においてジゼルに敗北の二文字はあり得ない。

 

 ──だって彼女こそ、”かくあれかし”と生誕の祝福(ノロイ)を授かった生粋の殺人鬼(ナチュラルボーンキラー)なのだから。

 

 フェニクスとレギンレイズの距離がゼロとなるその直前、フェニクスは明後日の方向に大剣を放り投げた。ジュリエッタにその軌道を追う余裕はない。ワイヤーが限界まで巻き取られ、彼我の距離がゼロとなったその瞬間、フェニクスが逆にレギンレイズへと組みついてきたからだ。

 思考の間隙を縫うような訳の分からない行動、咄嗟にジュリエッタも反応したが組みつかれるのを防ぐことはできなかった。瞬時に腕部を抑え込まれ、さらに脚部まで鉤爪で掴まれてしまえば抵抗のしようがない。

 

『残り一分、では落ちますか』

「まさか……!?」

 

 そしてあろうことかフェニクスは、ジュリエッタのレギンレイズごと地上に向かって全力でバーニアを吹かし始めたのである。

 即座にジュリエッタも逆方向にスラスターを点火して制動を掛けるが、まったく止まる気配もない。当然だ、フェニクスは自らの推進力だけでなくMS二機分の重力まで味方につけているのだから。莫大な質量と勢いはたかが一機程度のMSが押し留められるものでは断じてないのだ。

 モニターに映る火星の大地が加速度的に大きくなる。ここまでくれば狙いは明白、ジュリエッタを地上に叩きつける算段と見て間違いない。頑丈なMSに乗っている限り死にはしないだろうが、予想される衝撃は考えるだに恐ろしいもの。しっかりと組みつかれている以上は逃げ出すことすら不可能だ。

 

 流星のように火星の空を墜ちる二機、吸い込まれるように大地へと向かい────インパクト。

 信じられないような轟音と衝撃が辺り一帯を覆いつくす。小さくない規模のクレーターが火星の荒野に穿たれた中で、濛々と吹き上がる砂煙の中に映るシルエットは全部で()()存在した。

 

 そう、四つである。直接火星の大地へと墜ちたフェニクスとジュリエッタ機は言うに及ばずだろう。さらにもう二機は、なんと戦闘からの離脱を図っていたイオクとその部下のレギンレイズであったのだ。

 つまりはこれこそジゼルの笑っていた本当の理由。最初から悪辣なる狩人はこの場からの逃走など許していない。鹵獲すると決めたなら鹵獲するし、殺すと決めたなら絶対に逃がさず殺してみせる。凄まじいまでの執念だが、だからこそ彼女は強く、そして狂っているのだ。

 

 インパクトの衝撃は非常に大きく、さしものジュリエッタでもすぐには身動きできない有様だ。逃走中のイオクたちすらあまりの衝撃と轟音にたたらを踏み、何が起きたか見定めるべく逃げる足を少しばかり緩めている。いや、緩めてしまったと言うべきか。

 全てはジゼルの手のひらの上に。愚かにも土煙の舞う見通しの利かない地点で足を止めた者など、容易く殺せる的でしかない。衝撃の余韻すら感じさせずに身を翻したフェニクスは、巻き付いたアンカーを引きずりながら()()()()()()()()()()()()巨大兵装を引き抜いた。そいつを片手にイオクのすぐ傍にいるレギンレイズへ急接近すると、呆気なくその命を潰してしまったのである。

 

 そこでようやくジュリエッタも立ち上がった。土煙が晴れ、また一人殺してみせたフェニクスの姿が浮き彫りとなる。多少の土埃こそあれど、憎たらしいまでに損傷は少ない姿にはいっそ笑いがこみあげてくるほどだ。

 おそらくはワイヤーアンカーに捕まり宙へと逃れた時からここまで、全てフェニクスの描いた構図だったのだろう。そうでなければ、無造作に投げたはずの大剣がその手に収まっているはずがないのだから。必死になって鏖殺の不死鳥に食いついたジュリエッタの意地すら一顧だにせず、当然のようにキルスコアを一つ増やされた。もはや屈辱に感じる余裕すらない。

 

 このまま此処で果てるしかないのか。彼女の思考がついに負の方向に傾いた、その時だった。

 

『私を置いて逃げるがいい、ジュリエッタ……お前までここで死ぬ必要はない』

「イオク様、何を……?」

 

 不意にノイズの交じったイオクの声が聞こえた。そのあまりの内容にはジュリエッタも驚愕を隠せない。

 

『ここで私が死ぬだけならまだしも、お前まで死ねばエリオン公はどうなる? それだけは避けな──ぐうッ!!』

『うるさいですねぇ、敗者は敗者らしく黙っていてくださいよ。うっかり殺してしまいそうですので』

 

 ボールでも蹴るかのようにフェニクスがイオク機を蹴り上げると、その衝撃にやられたのかイオクが沈黙した。おそらくは気を失ってしまったのだろう。これでもう、イオクが自力で逃れる事は本当にできなくなってしまった。

 強者にのみ許された傲慢。それを行えるフェニクスにただ一人で挑むしかなくなったジュリエッタだが、気が付けば口元には笑みが浮かんでいる。

 

「まったく、らしくないですねイオク様。あなたなんかに元気づけられてしまうなんて、正直一生の不覚です」

 

 萎えかけた心に再び火が灯る。馬鹿(イオクさま)が自ら逃げろなどど言ってくれれば、逆に立ち向かいたくなるのは仕方ない事だろう。なによりここで死ねば敬愛するラスタルの部下が二人も消えてしまうのだから、無為に死んでしまう事などあり得なかった。命令を破ってまで交戦したのだ、一つでも成果を持ち帰らねば嘘になる。

 

『残り三十秒──ちょっとばかり時間をかけてしまいましたが、それもここまでです』

「言ってなさい、狂人。そう易々と殺されてたまるものですか」

 

 今や弱気はあり得ない。あのイオクに”逃げろ”と言われたのだ、ならここで勝利して見返してやらねば気が済まないと心が叫んでいた。操縦桿を握るジュリエッタの手に、かつてない力が籠もる。

 先ほどの衝突でツインパイルの片方は失われてしまったが、それでもまだ一つ武器は残っている。たった一つの小さな武器に全てを託して、ジュリエッタとフェニクスは最後の戦いに繰り出した。

 

 ツインパイルを繰り出す。だが避けられた。反撃にフェニクスの蹴りが叩きこまれ、無様に吹っ飛ぶ。すぐに体勢を立て直して腕部機関砲で牽制、けれどフェニクスは怖気づかずに接近する。大剣が振り下ろされた。もはや回避は不能と判断。反射的に受け止めたツインパイルが折れ曲がり、腕部がひしゃげた。

 

「それでも──ッ!!」

 

 まだだ。まだ片手が残っている。折れたツインパイルの杭部分だけを握りしめて、果敢にフェニクスへと挑みかかる。だが相手もさるもの、冷静に尾のブレードで足を狙い打つ。紙一重で避けた。迫る追撃は拳、躱し切れない──頭部にクリーンヒットしよろめいてしまう。その隙を逃さずブレードはレギンレイズの脚部を破壊した。

 バランスを崩しよろけるジュリエッタだが、未だ闘志は衰えず。すぐにスラスターを用いて姿勢を安定させる。ついで杭を一閃、フェニクスの右腕部へと突き立てた。戦闘が始まって初めての直撃、その事実に浮かれるよりも先に杭を持った腕部を力任せにもぎ取られてしまう。両腕を無くしたが、それでもまだ──

 

『いいえ、これで終わりです』

 

 無慈悲な声に希望は掻き消される。気が付けばジュリエッタは空を眺めていた。たぶんレギンレイズが地に伏せてしまったのだろう。遮二無二立ち上がろうとするが、残った片足も即座に壊されてしまっていた。

 これで完全に決着は着いた。心は負けを認めていないが、状況はもう完敗でしかない。四肢を無くしたMSなどお飾りもいいとこで、これを鏖殺の不死鳥が見逃すなどあり得ない。

 

 あり得ないのだが……例外は誰にだって存在する。

 ピピピピ、とどこか場違いな間抜けな電子音が響いた。ジュリエッタの聞き間違いでなければ、これはキッチンタイマーの音だろうか。戦場には似つかわしくないその音の源は、どうやら目の前のMSであるらしかった。

 

『おや……もう時間でしたか。仕方ないですね、この方も鹵獲しちゃいましょう。何かに使えるかもしれませんし』

 

 フェニクスのコクピットでキッチンタイマーを止めたジゼルは、ちょっと渋い顔をしながらもジュリエッタを殺すことを見送った。確かにここで彼女を殺すのは赤子の手を捻るより容易い事だ。けれどそれは約束に反すること。自ら「五分で済ませる」と誓った約束を反故にするくらいなら、もう一人くらい鹵獲して何かの役に立てる方がよほど良かったのである。

 こうしてジゼルはイオクとジュリエッタの乗るレギンレイズをそれぞれ掴み、MAと戦う三日月の援護へと向かい。それと共に緊張の糸が切れたジュリエッタは、無念を覚えながら意識を失ってしまったのだった。

 




【悲報】人類である限り殺し合いではジゼルに勝てないと明言される。
そんなわけでラスボスっぽい力の片鱗をみせたジゼルでした。いったい誰がこの気狂いを止められるというのだ……


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#26 破滅への使者

今回、実験的に後書きに挿絵を入れてみました。
挿絵などが不快な方にはご不便をおかけしますが、ご注意いただければと思います。


 まず結論から言えば、MAは三日月・オーガスの手によって破壊された。

 ギャラルホルンの者たちを相手にしたジゼルは、その足でMAとの主戦場となっている谷間に到着。オルガとの約束を果たすべくMA戦に介入しようとしたのだが……その頃には既にMAは死に体、三日月・オーガスとガンダム・バルバトスが満身創痍になりながらも決着をつける直前であったのだ。

 結局ジゼルが手の空いている団員たちに鹵獲したイオクとジュリエッタを預けた時には戦闘は終わっており、あれだけ猛威を振るったMAは核となる頭部を破壊されて沈黙していたのである。

 

『なるほど、詳細は把握した。ご苦労だったな、オルガ団長。そして良くやってくれたよ、感謝する』

「俺に礼なんざ必要ねぇよ。ミカや他の皆が気張ってくれたおかげさ、俺はただ安全なところで眺めてただけだ」

 

 照れ隠しに言いながらも仲間たちへの誇らしさを隠せていないのは、社長室のソファに座ったオルガである。MAを倒してから既に一日が経過し、事態も落ち着いてきたところでようやくマクギリスへと連絡を入れたのだ。

 

『ふっ……君の謙虚さは美徳ではあるが、時には胸を張るのも必要だぞ。部下の手柄は団長である君の手柄でもあるのだから。組織の長というのは誰よりも尊大な態度をも持たねば成り行かないものだ』

「ちっ、わーったよ。んで、まさかご祝儀だけ言って終わりなんてこたないだろう?」

『もちろん。君たちが……いや、ジゼル・アルムフェルトが捕えたという二人の価値は非常に大きい』

 

 そう語るマクギリスの口調は表情からは、滲み出る喜びの念が透けて見えた。普段は胡散臭い笑みと語りを保ち続けているマクギリスがこれなのだから、よっぽどの吉報としているのだろう。

 実際、オルガからしても似たような思いである。ジゼルが捕えたのは天下のギャラルホルンを牛耳るセブンスターズの一角に加え、話を聞く限り秘蔵っ子のエース級パイロットだと取り調べで判明している。思った以上にとんでもない相手を捕虜にしたという事実には、良くも悪くも鉄華団幹部が一時騒然としたものだ。

 

『イオク・クジャンからは単純に賠償金を支払わせても良いだろうし、ジュリエッタ・ジュリスに関してはラスタルに対する良い見せ札となる。少なくとも、君たちは今回の騒動について補填と賠償を貰う権利がある』

「当然だ。命までは取らないにせよ、俺たちの土地(シマ)で好き勝手やってくれた挙句に大失敗してくれたんだ。これでケジメも取れねぇようじゃ許せる道理がねぇ」

『報告ではクジャン家はダインスレイヴを使ったと聞いた。そちらについては?』

「そいつについちゃ、調べてみりゃあだいぶ遠くの方まで弾がすっ飛んでやがったよ。もし何かの間違いでクリュセの方角にでも向いてたらと思うとゾッとするな」

『禁止兵器の禁止兵器たる由縁(ゆえん)……と言ったところだな。やはりむやみやたらと持ち出すものではないと痛感するよ』

 

 禁じられた兵器を用いるからには見合ったリスクがあるのは当然と言えた。例え本人たちにその意図がなくとも、戦闘中の弾みでダインスレイヴがクリュセに被害を齎していれば大惨事だっただろう。そうなれば最早MAの討伐どころの騒ぎではない。鉄華団にとってもイオクたちにとっても不幸中の幸いだった。

 そしてもし同じことを自分がしていれば──などとマクギリスは考えてしまう。首尾よくバエルを奪取し搭乗したとしても、それはダインスレイヴと同じ代償ある力だ。いつか必ずそのツケを払う日が来るだろう。

 

 マクギリスはアグニカ・カイエルではないからこそ、彼とは違ったアプローチで革命者(えいゆう)とならんと志したのだ。地球での決断がどれだけ英断だったか、この現状を鑑みれば論ずるに値しない。

 

「そういや、あのイオクって奴からは七星勲章の話を聞いた。アンタの本当の目的はやっぱりそいつだったのか?」

『本命ではないが狙ってもいた、というのが正しいな。火星を荒らされたくないのは私も同じさ。そしてMAを倒したのは君たちだ、もし受け取るならば君たちにこそ相応しい』

 

 直接MAと矛を交え誘導を行ったジゼルと、さらに破壊までしてみせた三日月。この両者にこそ七星勲章は相応しいだろう。しかも聞く限りは三日月・オーガスはついに半身不随にまで悪化し、阿頼耶識システムが無ければまともな生活も遅れない程の状態だという。今も外傷の治療と検査の為に医務室で絶対安静だ。

 ちなみに、ジゼルはピンピンしている。元より味覚と嗅覚を失っていたのだからこれ以上失うものもないのだろう。彼女はジュリエッタを殺さない代わりにイオクとの面会を求めてきたから、きっとそちらに居るはずだ。

 

「ミカはあんましそういうのに興味ねぇからなぁ……ジゼルに至っちゃ、既に二個あるとか言ってたぜ」

『ほう。して、その二つはどこにある? きっとそれはアグニカ・カイエルから直々に賜った品物のはず、是非ともお目通り願いたいが』

「あんま興味ないから、失くさないように髪留めにしたとか言ってたが」

『…………そうか。アグニカ・カイエル直々の七星勲章は髪留めか…………』

「……んな落ち込むなよ、見てるこっちが不安になっちまうだろ」

 

 さすがのマクギリスでも、ジゼルがやらかす諸々については想像の範疇を超えていたらしい。

 らしくもなくマクギリスを心配してしまう自分に苦笑しつつ、オルガは「いったん打ち切るぞ」とだけ言うとソファから立ち上がったのだった。

 

 ◇

 

 捕虜とされたイオクが目覚めた時には、全て終わってしまっていた。

 

「くそッ! 私は、私が情けなく思えて仕方ない……!」

 

 衝動に任せて壁を殴る。だが無機質な壁はうんともすんとも言わず、ただイオクの拳を痛めつけるだけだ。しかしイオクにしてみればその程度、身を苛む自罰の想いに比べればどうという事は無かった。

 今回の顛末はあまりに酷いものだった。意気揚々と乗り出したMAの破壊は大失敗に終わり、大切な部下たちはMAと鉄華団──正確には所属の鏖殺の不死鳥──によって全滅してしまう結果に。なのにMA討伐を主導したイオク自身は生き残ってしまい、しかも本来ならMA討伐とは無関係であったはずのジュリエッタまで捕虜とされてしまったらしいではないか。

 

 これではあまりに不公平だと、イオク自身の良心が許せないのだ。

 

 生き残るべき者たちが死に、逃れるベき者が捕まり、誰よりも責任を取らねばならぬ者はのうのうと生き残る。これを不条理、不公平を言わずになんというのか。鏖殺の不死鳥を前に生き残った事実に喜ぶよりも先に、苦々しい悔しさが広がってしょうがなかった。

 

「私は……どうすれば良いというのだ……」

 

 火星に囚われてから今日で二日目、イオクは既におおよその尋問は終えていた。

 鉄華団は捕虜相手にも決して不当な扱いはせず、イオクにも現状をかいつまんで説明してくれている。今いる独房代わりの部屋もあくまでも一般的なものを流用した程度だし、部屋の外に監視が付いている以外は何の制限もかけられていない。だからこそ色々と考える時間は有り余っていて、それ故にイオクはこんなにも悩んでいるのだ。

 

 これから自分はどうするべきなのか。まず生きて帰れるかも怪しい状況だが、仮に生きて帰れたとしてもまずこれまでの権威は失うことだろう。自分から政敵の妨害に走り、失敗し、あまつさえ囚われの身にまでなったのだ。言い訳のしようがない大失態である。

 話によれば、明日にはマクギリス・ファリドが火星に到着するらしい。ほんの少し前にマクギリス相手に大見えを切ったばかりだというのにこの体たらく、果たして彼は笑うのだろうか。いや、この際笑われようとも構わない。イオクの関心はもはや、憎きマクギリスすら眼中にないレベルで別の相手に向けられていたのだから。

 

「鏖殺の不死鳥……アレだけは、なんとしてもこの手で……!」

 

 既に敗残者に身をやつしていた部下たちを情け容赦なく惨殺せしめた鏖殺の不死鳥。数だけみればMAの方が殺した人数は多いのかもしれないが、あの不死鳥は同じ人間が操っていたのだ。悪魔と呼ぶのも生温い所業、断じて許せるものではなかった。

 戦いでは人死になど当たり前、しかも今回はイオクたちの方が横槍を入れたという負い目は確かにある。そもそも横槍を入れる決断を下したのもイオクその人だ。だから本当に悪いのはきっと彼自身で、それは本人だって百も承知のはず。それでもなお納まりのつかぬ心が憎むべき敵を探してしまうのは、人として逃れようのない(さが)だった。

 

 どうしても鏖殺の不死鳥を倒し、部下たちの仇を取りたい。それだけが散っていった彼らへの手向けになると信じているから。もはや手段は選ばない。クジャン家がこれからどうなるのかは不明だが、残った力の全てをかき集めてでもフェニクスとそのパイロットは殺すのだ。その為なら、例え鉄華団を潰すことになろうとも──

 

「イオク・クジャン、あなたに面会希望の方が来ています」

「なに……?」

 

 復讐心にばかりかまけていたイオクだが、扉の外から聞こえてきた監視役の少年の声で現実に引き戻された。

 妙な話だ。イオクは既に話せることは全て話している。今更尋問なんてする必要がないはず。かといってこんな敵地でイオクに面会を希望する者が居るとは思えない。考えられるのは別の部屋に軟禁されているらしいジュリエッタだが……果たして彼女がわざわざイオクに会いに来るかどうか。

 

「失礼しますね」

 

 そうして入ってきたのは、鉄華団のイメージには似つかわしくない上品な雰囲気を纏う少女である。足首まである赤銀の髪と、茫洋として眠たそうな金の瞳が目に焼き付く。感情を映さぬ無表情さは、よくできた人形のごとき印象を与えていた。

 もちろんイオクにとっては初対面の相手であり、どうしてイオクに会いに来たのかなど想像もつかない。ただ、彼女を見ていると無性に不安になる。外見は非常に麗しいものなのに、内面から発される気配がどこか空恐ろしいものを感じさせるのだ。

 その少女は部屋の中ほどまで進むと、椅子に腰かけていたイオクの前で止まった。いったい何の用があって来たのかと訝しむイオクをどこか楽し気に見つめている。そういえば先ほどの彼女の声、どこか聞き覚えのあるような……

 

「まずは改めて名乗りましょうか。ジゼルは、ジゼル・アルムフェルトと言います。ガンダム・フェニクスのパイロットで、今は鉄華団参──」

 

 淡々とした少女の名乗りは最後まで紡がれることは無かった。

 ジゼル・アルムフェルト。その名の意味を理解した瞬間、イオクが叫びだしていたからだ。

 

「貴様、貴様ァァァッ!! よくも私の前におめおめと……ッ!」

 

 弾かれたように椅子から立ち上がり、射殺さんばかりの視線でジゼルを睨んだ。目の前にいるのは大切な部下たちを殺した仇、先ほどまで復讐心を燃やしていた怨敵その人だ。ほかならぬフェニクスのパイロットが名乗っていた名前、間違えるはずがない。

 けれど当の本人はイオクの激怒を受けてもどこ吹く風といった有様、これっぽっちも気にしてはいない。その姿がよりいっそう腹立たしくて、気が付けばイオクは拳を振りかぶっていた。ここが敵地で、相手が鏖殺の不死鳥と呼ばれる相手だということは頭に残ってすらいない。ひたすらに目の前の相手を害したくて、殺したくてたまらなかったのだ。

 

「もう、そんなに暴れないでくださいよ。ジゼルはあくまでもお話をしに来たのですよ、イオク・クジャン」

 

 だが、イオクの渾身の力が乗った拳は呆気なく止められた。横からするりと伸びてきた細い腕、それがイオクの手首をがっちりと掴んで離さないのである。華奢な見た目に反したかなりのパワーだ。

 ならばと蹴りを繰り出そうとするが、その前に掴まれた腕を捻られてしまう。まるで高度な訓練を受けた軍人のような動き、本当の意味では軍人でないイオクには抵抗すら出来なかった。屈辱を感じる暇もなく床に転がされてしまい、ジゼルにのし掛かられる形となる。

 

「外の人には多少の騒ぎは気にしないよう言い含めましたが、あんまり騒ぐと大変ですよ? あなたもまだここで死にたくはないでしょうに」

「くッ……ここで貴様を殺せるならば、私はいつ果てようとも構わぬとも!」

「はぁ、そうですか。どうでもいいので黙っていてくださいますか?」

 

 マウントを取ったまま心底からうんざりしたような様子のジゼル。彼女は片手を平手の形にすると、そのまま数発イオクの顔に叩きこんだ。まったく容赦のない平手打ち、一発ごとに甲高い音が部屋に響く。反比例するようにイオクの呻き声は段々と小さくなり、ようやく抵抗を見せなくなった時には頬の片側が赤く腫れあがってしまっていた。

 

「ジゼルに拷問趣味はないので、痛そうなのはするのもされるのも嫌いなんです。なのでそろそろ大人しく話を聞いてくれればと思うのですが、どうでしょう?」

 

 天使か何かのように穏やかに問いかけてくるその姿が、イオクには悪魔よりもなお悪辣な化け物にしか見えなかった。

 

「わ、分かった……話を聞くから、それ以上はやめてくれ……!」

「はい、いい返事です」

 

 息も絶え絶えにジゼルの言葉に頷いたことでようやく解放された。

 抵抗する気はこれっぽっちも起きない。互いの実力差はもはや歴然としている。ここでイオクが不意打ちに走ったところで、今度はより酷い目に遭うだけの話だろう。あくまでも御曹司であり、痛みに耐性のないイオクにとっては是非も無かった。

 若干ふらつきながらも立ち上がり、イオクは再び椅子に腰かけた。せめてもの抵抗として眼前の憎き敵を睨むのだけは止めなかったが、ジゼル相手には暖簾に腕押しだ。

 

「それで、話とはいったいなんだ?」

「あなた達には楽しませてもらったので、お礼と忠告をしに来ました。ささやかなお返しではありますが、どうか受け取ってくださいな」

 

 どうせ碌でもない。瞬時にそのような考えが頭をよぎるが、聞かない訳にはいかなかった。

 

「まずはお礼の方ですが、本当はつまらないはずのMAとの戦闘に彩りを加えて下さり本当にありがとうございました。あなた方の尊い献身のおかげで、ジゼルは退屈することなくMAと戦えましたから」

「……貴様、どこまで私たちを愚弄すれば気が済むというのだ!?」

「愚弄? とんでもない、むしろ純粋に感謝をしているのですが……いっぱい殺させてくださったからには、礼を述べておくのが筋というものでしょうに」

 

 狂っている。ジゼルと相対した者たちはこぞって彼女をそう表現するが、それはイオクとて例外ではなかった。なぜ彼女とフェニクスが鏖殺の不死鳥などと大仰にも呼ばれているのか、ここにきてようやくその理由を悟ることが出来たのだ。

 それと同時に理解した。彼女を見ていて不安になるのは、まさしくその本性が漏れ出ているからだと。どれだけ外面が綺麗だろうと、内面の醜悪さを人間の本能が感じ取って無意識に警戒してしまうのだ。

 気が付けば目の前の共感不可能な怪物から目を逸らしていた。しかし頬に手を当てられ、強制的に視線を合わせられてしまう。輝く金の瞳がゾッとするくらい恐ろしかった。

 

「確認しておきたいのですが、やっぱりあなたはジゼルに復讐をしたいですか? 仇を取りたいですか?」

「……ッ! 当たり前だ! 貴様はこの世界に居てはいけない存在だ、部下の為にも私はこの名に誓って貴様を討つ!」

 

 例えどのような手段を用いようとも──目の前の怪物(ジゼル)に呑み込まれないよう、イオクは気丈に叫んだ。目は逸らさない。ここで負けているようでは、絶対にこの女に勝てないと気が付いたから。

 ジゼルはただ微笑んでいる。意地を振り絞って対峙するイオクを見定めているかのようだ。

 

 ──きひッ、きひひひ、くひひひひッ……

 

「……!?」

 

 不意に、笑い声が聞こえた気がした。

 悪魔の嘲笑よりもなお冒涜的な哄笑、耳を塞ぎたくなる不快な雑音だった。けれどその軋むような哄笑をあげている存在は何処にもいない。いるのはただ、

 

「ふふッ……あはははッ……いいですね」

 

 にこやかに笑みを顔に張り付け、静かに声を漏らしているだけのジゼルだ。

 ならば先ほどの不気味が過ぎる笑いは、彼女の本心が漏れた結果だとでも言うのだろうか。あまりにもオカルトな現象だが、今のイオクは不思議とすんなり受け入れられた。目の前の女ならばそれくらいあってもおかしくないと。

 

「いいでしょう、ならばこそ忠告のし甲斐もありますからね。どんな手を使ってでもジゼルを殺す、それは大いに結構です。誰が来ても返り討ちにして差し上げますとも。しかし、それはつまり無関係な人々すら巻き込むということですか?」

 

 彼女の問いには、自らの全霊をかけて答えていた。

 

「必要があればそうするとも……ッ! 私の敵討ちを阻むのならば、誰が相手になろうとも──」

「ジゼルと同じ殺人者になるということですね」

 

 だから遮るように言われた言葉に愕然としてしまう。この女と同じだと? それはどういうことだ。頭の中で反芻するイオクに、ジゼルは諭すように語り掛ける。

 

「おや、気が付いていないのですか? ただ一つの目的の為に無関係な者すら殺すなんて、ジゼルと同じじゃないですか。いえ、それよりも性質が悪いです。ジゼルだって好き好んで一般人を殺そうとは思いませんよ?」

「な、あ……」

 

 何も言えなくなったイオクにジゼルは畳みかける。あなたは(ジゼル)と同じになる、と。

 

「ですがあなたは誰であろうと巻き込むと言いました。これは驚きました、ジゼル以上に無差別な殺人鬼の誕生ですね」

「違う、私は──!」

「復讐の為ですか? 巨悪を討つ為ですか? お題目は美しいですが、()()()()()()()のでしょう? あなたが殺した人の前で、そのような綺麗ごとを言う覚悟がありますか?」

 

 怪物(ジゼル)は謳う。「ジゼルにはありますよ。それが最後の矜持ですから」などと、臆面もなく告げたのだ。

 イオクにとっては言葉の剣が切れ味も鋭く斬りつけてくる思いである。そのようなこと、一度足りとて考えたことも無かった。自分の、自分たちの正義に従って行動してきた。その果てにギャラルホルンの一員として人々に報いることが出来ると信じていた。

 だけどそう、その途中で死んでいった者たちにはそのような理念は何の慰めにもならないのだ。ましてや今回は世の為ですらない、どこまでも私怨による復讐心でしかなく。それで罪もない人々を殺すようでは、ジゼル以上の畜生と化してしまうだろう。それだけは耐え難い苦痛だった。

 

 そして悪魔は耳元で囁くのだ、最後の一手となるささやかな大嘘を。本当ならば心にもない言葉はしかし、狂人としか認識してないイオクに見破れる道理はなかった。

 

「それに、ジゼルは鉄華団に未練も興味もありませんから。もし団長さんや他の皆さんが死んだとしてもまったく気にしません。ここにいるのはただ、ジゼルにとって都合が良いからなのですよ」

「……だからどうしたというのだ?」

「言葉の通りですよ。どう解釈してもらっても自由です」

 

 悪魔が耳元から離れていく。その時には既に、イオクに取れる道はただ一つとなっていることを承知して。

 一般人を巻き込めば復讐相手と同じになり、かといって鉄華団ごと潰したところでジゼルは気にも留めない。謀略すらも強大な個人が相手ではどれだけ効き目があるか。そう信じてしまった以上、イオクは正面からジゼルを討つ以外の道は閉ざされたのだ。

 

「でもご安心ください。ジゼルは逃げも隠れも致しません。あなたがジゼルを殺したいというなら、いくらでも付き合ってあげますから。屍の山を築いて築いて、足元が崖になるくらいまでいつまでも」

「ぐうッ……! 貴様は、どこまで外道なのだ……!」

「決まってるじゃないですか、死ぬまでですよ」

 

 にんまりと口元が弧に歪む。禍々しい気配は今や隠しようもなく、見る者すべてを不安にさせる最悪の化生がそこにいた。

 こんな怪物に挑まなければならないのか──絶望に近い感覚に襲われる。だがイオクはその程度ではへこたれない。良くも悪くも常人より図太いのが彼なのだから。

 

「さあ、ジゼルを殺す為にたくさんもがいて足掻いて、色んな人を巻き込んでみてくださいよ。その全てをジゼルは殺して、果てにあなたも殺しましょう。全てを壊してしまいましょう。ふふっ、あははっ、アハハハハッ……!」

「誓うぞ──我が名にかけて貴様は絶対に殺してみせるッ! 許すものか、恥を知れ!」

 

 かくして、ここに宣戦は成った。意地を以って怪物を討たんとする人間(イオク)と、それを待ち構えるジゼルと。イオクにとってあまりにも不毛で不公平で、けれど負けられない戦いがこの時始まったのだ。

 

 ◇

 

 しっかりとイオクを焚きつけられた手ごたえを感じつつ退出したジゼルは、意外な人物が待っていることに驚いた。

 

「これは団長さん、こんなところで奇遇ですね?」

「奇遇も何も、アンタの様子を見に来たんだから当然だろ」

 

 薄暗い廊下の壁にもたれかかっていたのは、鉄華団団長のオルガである。見張りの少年兵たちはなにやらお菓子を貰ったようで、モゴモゴと口が動いている。こういうメンタル的な意味で気が利くから団長をやれているのだろうか? ジゼルとしては興味深い話である。

 ひとまず二人して廊下を歩く。会話はない。二人分の靴音だけがコツコツと廊下に木霊する。

 先に口を開いたのはオルガの方だった。

 

「ま、別に多くを言うつもりはねぇが……もしアンタが趣味に走りすぎた挙句に俺たちへ不利益をもたらすのなら、俺はアンタを討たなくちゃなんなくなる。それだけは弁えておいてくれよ」

「そうですね、気をつけましょう。今度一緒に食べ物を見に行くのに、味見役がいないなんてとっても困るので」

「……その約束、本気だったのか」

「これでも楽しみにしていますので」

「そうかよ……」

 

 それでまた会話が途切れた。オルガはただ単に釘を刺しに来ただけだろうし、ジゼルに至っては特に用もない。だからちょうどT字路まで来たところで二人の行先が別れたのも、必然と言えばそうだろう。

 けれどその直前、ジゼルはどうしても言っておきたいことがあった。先ほどの心にもない嘘が思ったよりも尾を引いていたのかもしれない。ただ、気が付けばするりと口から零れていた。

 

「団長さん」

「どうした?」

「団長さんは……できれば、死なないでくださいね」

「なんだよ、そんなことか。俺は鉄華団団長オルガ・イツカだぞ、団員残して一人で先に逝けるかよ。まさかアンタに言われるとは思わなかったがな」

「そうですか、なら安心しましたよ。あと、ちゃんと忘れずに美味しい食べ物のあるお店を探しておいてくださいね」

「分かったよ、ったく。こうなりゃ徹底的に連れまわしてやるから覚悟しとけよ」

 

 こうして、今度こそ二人は別れたのだった。

 




オルガが火星の王を諦め、イオク様に正攻法を取らせた魔法の言葉「ジゼルと同じになる」。なんすかこの主人公……
イオク様にとってはラスボス、オルガにとってはヒロイン(っぽい気がする)となったジゼルの明日はどっちだ。なんかここ数話で一気にジゼルの狂気度が跳ね上がっている気がします。

挿絵ですが、CHARAT様で作成したものをここに貼らせていただきます。ジゼルの姿をイメージする一助になればと思います。


【挿絵表示】


髪の長さがもうちょっととんでもない以外はだいたいこんな感じです。


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#27 次なる一手

 ──誰よりも強く、そして誰よりも恐ろしい。

 

 鏖殺の不死鳥との交戦を終えたジュリエッタの素直な感想がそれだった。

 

 彼女とて腕利きのパイロットなのだから、これまで数多くの手練れと戦ってきている。鍛えてくれたガラン・モッサは当然だし、最近でいえば夜明けの地平線団との戦いで矛を交えたガンダム・バルバトスもそうだろう。一筋縄ではいかぬ者たちとの交戦経験は決して少なくはないのだ。

 

 そんなジュリエッタをしても得体の知れない相手、それがあのガンダム・フェニクスとそのパイロットだった。

 まず経歴からして馬鹿げている。三百年前の機体を掘り起こしたらそのパイロットまで一緒に付属しているなど何の冗談だろうか。これが策略家として侮れないマクギリス・ファリドの言葉でなければ、ギャラルホルンの誰も信じようとはしなかったことだろう。

 ただ、性質の悪いことに彼の言葉は正しいことが証明されてしまった。そうでなければあのフェニクスがクジャン家の部下たちを殺して回ることも、ジュリエッタを完膚なきまでに負かすことも無かっただろう。図らずもジュリエッタは鏖殺の不死鳥の健在をギャラルホルンに喧伝する試金石にされてしまったわけだ。

 

「強さは欲しい……でも、あのような狂気に塗れた強さなど……」

 

 硬いベッドの上に寝転がりながら手を伸ばす。ぼんやりとした天井の灯りを掴むように手を閉じて、それからゆっくりと開いた。その手はただ空を掴んだだけ、何も手に入れてはいない。

 

 ジュリエッタが鉄華団に囚われてから既に三日、現在の彼女は俎上の鯉もいいところだ。扱いこそ予想以上に便宜を図ってくれて驚いたが、どうあれ利用される運命に違いはない。それになにより、今日にもあのマクギリス・ファリドが火星に到着するという。ラスタルの政敵である彼のことだ、この機会をふいにすることはまず無いだろう。

 このままいいように利用されてラスタル様に迷惑をかけるくらいなら、いっそ自害するべきか。一時はそのような事も考えていたジュリエッタだが、さすがに思い留まった。今のまま死んだところで、ただ汚点を残すだけ。まだ生きている方が挽回のチャンスはあるのだから。

 

 そう、生きているのだ。救出も戦闘も結果は惨敗、自分が情けなくて不甲斐なくて仕方がない。だが、どうあれ狂った不死鳥を相手に生き残ることができたのだから、その意義はどこまでも大きかった。

 

「強さとは、あのような存在にまで身をやつさねば手に入らぬものなのですか……?」

 

 人を人とも思わず鏖殺の限りを尽くす邪悪なる者。その性根はとても同じ人間とは信じられないが、しかし強さという一点だけは本物だった。鏖殺の不死鳥と直接戦い生還できたからこそ、その異常性と強大さはよく理解できたのだ。

 誰よりも人の血で手を染めたからこそ至れた高み、効率的に人を狩る為の直感と技術が群を抜いて優れているのだとジュリエッタは予想している。そこに殺人への忌避感が皆無という異常な精神性が加わることで、あのような理不尽な強さを生み出しているのだろう。

 あまりにもふざけている。これではまるで、人のままでは鏖殺の不死鳥に勝てないかのようではないか。けれど実際ジュリエッタは勝てなかったし、他に勝てそうな者など知らない。しいて言えばガラン・モッサ(ひげのおじさま)なら渡り合うこともできそうだが、彼は当のフェニクスによって命を落としている。

 

「見た目だけならとてもじゃないですが殺人鬼には見えないのですがね……」

 

 思い出す。ジゼル・アルムフェルトと名乗った女性の姿を。鉄華団からの取り調べの際、彼女は部屋の隅で書記を担当していた。最初はただの事務員だとばかり思っていたから、実は彼女こそあのフェニクスのパイロットだと知って驚いたのは記憶に新しい。

 第一印象は物静かな令嬢。その次に抱いたのは底知れない不安感だ。彼女もジュリエッタのことをたまに見ていたのだが、その時の覗き込むような金の瞳はしばらく忘れられそうもない。油断すれば殺される、本能がそう叫んでいたのだ。

 あのような存在を受け入れている鉄華団、特に冗談まで言い合っていた鉄華団団長の姿が彼女にはどうも信じられない。いったい何があれば自分たちの懐に狂人を迎え入れようとするのか、ほとんど敵ながら微かに同情してしまったほどである。

 

 ──人としての一線を越えれば、あのような強さに手を掛けることが出来るのだろうか?

 

 ラスタルのために誰よりも強くあろうとするジュリエッタにとって、それはどこまでも甘い誘惑だった。阿頼耶識を用い、外道と化し、人としての尊厳まで捨てて得ただろう力は引き換えに何者をも寄せ付けないだけの強さがある。ならばいっそのこと──

 

「強くなるために力が欲しい……でも、あれは目指してはいけない存在(もの)でもある。私はどうすれば良いのでしょうか、ラスタル様……」

 

 果たして自分もそこまで墜ちるべきなのか。この命題の答えはまだしばらく出そうに無かった。

 

 ◇

 

 マクギリス・ファリドが鉄華団火星本部に到着したのは、まだ午前中の頃だった。

 本部中にMSの整備や訓練の掛け声、遠くで行われている操縦練習などの音が活気よく響いている。ともすれば騒々しいともとれる賑やかさだが、鉄華団を買うマクギリスとしてはこの雰囲気がけっして嫌いではなかった。

 

「それではイオク・クジャンとジュリエッタ・ジュリスの身柄は確かに預かった。私が責任をもって利用させてもらうとしよう」

「頼んだぜマクギリス。こっちとしちゃあ賠償金が貰えりゃそれでいいが、逆にそこだけは譲れないからな」

「無論承知しているとも」

 

 互いに視線を走らせ握手を交わしたのは鉄華団団長オルガ・イツカと、現在は准将の地位にまで着いたマクギリス・ファリドその人である。今回マクギリスがわざわざ火星本部にまで足を伸ばしたのは、鉄華団が捕虜とした二名を引き取る為であった。

 もともとジゼルが自身の判断で勝手に連れてきてしまったイオクとジュリエッタだが、鉄華団だけでは利用しようにも価値が高すぎて逆に持て余し気味でしかない。なのでより有効に扱えるだろうマクギリスにさっさと預けてしまい、厄介払い兼報酬に期待しようとしたわけだ。

 

 マクギリスからしても政敵であるラスタル相手に優位に立てる絶好のカード。ものにしない理由はない。

 ただ、どうにも気になる点があるのも事実だった。

 

「それにしてもイオク・クジャンは君にかなりの敵意を向けていたが……いったい何をしたというのだね?」

 

 この場にはオルガの他に、もう一人ジゼルが居る。最近になって参謀に任命されて以来、こういった場には極力関わらされているらしい。本人は若干不服そうだが、地球支部での働きを考えればむべなるかなとマクギリスは思う。

 ともあれ、既に捕虜となっていた両名は大人しくギャラルホルンの護送車に乗せられている。だが、イオクに関しては並々ならぬ敵意をジゼルへと向けていたのだ。百回殺してもなお飽き足りぬというほどの尋常でない様子には、さしものマクギリスも興味を引かれてしまったのである。

 

「別にどうということはありませんよ」

 

 けれどジゼルはまったく気にしていない様子。常人ならば何かしら気に病んでしまいそうな視線を受けてなお、自然体を維持したままだった。

 平然と答えたジゼルは呑み込まれてしまいそうな底知れない雰囲気を醸し出している。さしものオルガでも一歩引いた。けれどマクギリスからすればそれこそが強者の証、むしろ歓迎して然るべきだ。

 

「あなたも聞いた通り、MA討伐の際に彼の部下を皆殺しにしました。そのおかげでたくさんのグレイズや新型機のフレームやリアクターが手に入ったので、きっとそれを恨んでいるのでしょう」

「それは随分とどうとしたことだと思うが……いや待て、フレームにリアクターだと? オルガ団長、そちらはどうしたというのだ?」

 

 慌てて聞き返すマクギリス。よくよく思い返せばクジャン家がMA討伐に持ち出したギャラルホルン謹製のMSは、全部が全部すっかり火星の大地に還ってしまったのである。こんなチャンス、鉄華団がモノにしないハズがない。

 ただ、マクギリスもマクギリスで捕虜二人という戦果にすっかり目を奪われていたのは事実だ。モノはギャラルホルンが手ずから作ったエイハブ・リアクターに、最新鋭機のフレームである。どちらも膨大な値段と情報的価値が付けられる代物、本来なら真っ先に行方を気に掛けるべきだった。

 

 果たして問い詰められたオルガはやや困ったように目線を泳がせてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「とりあえずリアクターは全部回収してテイワズの方に売っ払っちまった。フレームの方も使えそうなもんはテイワズの工廠にバルバトスごと送ったから、たぶんそっちの最新鋭機は今頃解体されてるだろうぜ」

「やってくれたな、まったく……。いや、別に責める気はないのだが、ギャラルホルンの立場としては困りものだ。随分と荒稼ぎしたのではないかね?」

「おう、おかげさまでいい臨時収入になったさ。テイワズの方にもデカいシノギになったらしいから、マクマードの親父も随分と喜んでたよ」

 

 弾んだ声音に違わぬかなりの金額になったらしく、補足するようにジゼルから語られた合計金額は法外のもの。しかし最新鋭機ならそれだけの価値があるのは事実であり、マクギリスからすればどうせ月のアリアンロッドに全て持ってかれて関係のない機体である。どれだけ利用されようと全く懐は痛まなかった。

 などと話している内に、「准将、そろそろお時間です」と声を掛けてくる人物がいた。実直そうな黒髪の青年、石動(いするぎ)・カミーチェである。マクギリスの信頼も厚く、表裏共に副官を務める実力者だ。

 

「それでは私は行くとしよう。今回はあまり力になれずすまなかったな」

「そいつはもう終わった事だ、あんま気にすんな。むしろこっからも上手く俺たちと付き合ってくれんならそれが一番ってくらいだ」

「なら言葉に甘えさせてもらうとしよう。ではな、オルガ団長、ジゼル・アルムフェルト。よければ三日月・オーガスにもよろしく言っておいてくれ」

 

 それだけ言い残して黒塗りの車に乗り込むと、颯爽とマクギリスは去って行った。持て余し気味だった捕虜ともこれでおさらば、胸がすくような気持である。後に残されたのはオルガとジゼルが二人はしばらく車を見送ってから、二人して顔を見合わせた。

 

「ミカによろしくっつっても、アイツ絶対どうでもいいとか思うだろうなぁ……」

「三日月さんは今、勉強がてら農学系の本を読むのに夢中ですからね……まあ知らぬが仏というやつです」

「なんだそりゃ」

「東洋の諺ですよ。世の中には知らない方が良い真実もあるのです。例えば──ジゼルの本性のように」

「なるほど、そいつは大いに同感だ」

 

 ちょっとだけ笑い合いながら、二人も一緒に本部へと戻って行ったのだった。

 

 ◇

 

「随分と手酷くやられたものだな、ラスタル」

「そう言ってくれるなヴィダール。まさか私もここまで事態が進行するとは思ってもみなかった」

 

 月外縁軌道統合艦隊アリアンロッド。総勢で四十隻以上もの宇宙戦艦からなるこの艦隊はギャラルホルンでも随一の規模を誇る大組織であり、普段は地球圏に進行する敵勢力の迎撃やコロニーの監視などを行っている。

 その総司令官を務めるラスタル・エリオンは、自身の座乗艦に用意された一室に居た。椅子に深く腰掛け疲労したような姿を見せる彼の対面には、仮面の男ヴィダールの姿もあった。話題はマクギリス・ファリド主導で進んでいたはずのMA討伐作戦の件についてだ。

 

「イオクが失敗する可能性は考慮していたが……正直に言えばMAか鏖殺の不死鳥に殺されるものだとばかり思っていた。あるいは保険をかけておいたジュリエッタの手により逃れるとな。それがどれでもなく捕虜となって囚われるとは、なんとも歯がゆい所を突いてくるものだ」

「ジュリエッタ・ジュリスには交戦を禁じていたはずでは?」

「むやみな交戦は禁じた。だがアレのことだ、いざとなれば自分で判断して行動を起こすだろう。その結果イオクたちすら予期せぬ支援者となってくれることを期待したが……まさかジュリエッタすら敗れ去るとは。どうやら、私も内心で鏖殺の不死鳥を過小評価してしまっていたらしい」

 

 やれやれと首を振るラスタル。マクギリスの思うままに展開が進んでいるという焦燥感と、してやられたという痛烈な気持ちがない交ぜになった複雑な心模様だ。

 火星軌道上で待機していたクジャン家の者たちはMA討伐の顛末をあまさず監視していたから、ラスタル達にもいち早く失敗と鹵獲されたという報告がなされている。とはいえ、報告されたからといって彼らに何ができるわけでもない。火星は彼らの手が届かない地、いわばマクギリスのホームグラウンドなのだから。

 

「やはり私も出るべきだったか。今のヴィダールでもそれなり以上の戦力には──」

「いいや、最大の悪手だろう。まだ不完全なガンダム・ヴィダールが出張ったところで、完全な阿頼耶識を持つ鏖殺の不死鳥相手では玩具とされるのが関の山だ。なにより、これ以上こちらの陣営が欠ければそれこそ取り返しがつかない事態になるぞ。私にとっても、お前にとってもだ」

 

 そして今回の一件の何がマズかったかといえば、やはり鏖殺の不死鳥を過小評価していた点だろう。さしもの不死鳥であろうとも、エースパイロットであるジュリエッタやクジャン家の者たち、さらにMAを相手にすればさすがに余裕は無いだろうと考えていたのだ。

 だが結果はこの通り、四人がかりでもフェニクスは止められずジュリエッタとイオクは狙いすましたかのように捕虜となった。いっそ殺しておけ、などとまではラスタルも言わないが、捕虜となったことで足枷が増えたのは事実である。厄祭戦では誰よりも死を振り撒いた狂気の不死鳥のくせに、とんだ狸であると言わざるを得ない。

 

 厄祭戦を生き抜いた人殺しの熟練者。断じて楽観を持ち込んで良い相手ではなかったと痛感する。三百年もの時を跨いで現代に現れたという荒唐無稽な話を前に、ラスタルの目も知らず知らず曇っていたのかもしれなかった。

 

「しかしこうなれば直にマクギリスから何かしらの要求が届くだろう。奴の真意を見極めたいのは私とて同じこと、お前にとってもまたとないチャンスになるだろう」

「その通りだ。奴が何を成したいのか、何を考えているのか。私はその真意を知りたいと願う。果てに復讐があるのか、許しがあるのか、私にも分からないがな」

「……それはどうだろうな、ヴィダール。今回は私の目が曇っていたのは確かだろうが、お前もお前で少々自分を見失っている節があるぞ」

「なに……?」

 

 なんだそれは? ヴィダールが怪訝そうに首を傾げたその時だった。

 ラスタルの手元に用意された通信機が唐突に電子音を鳴らした。おそらく艦橋の管制官からの連絡だろう。「なにごとだ」とラスタルが答えてから二言三言、いったん通信が打ち切られる。

 

「どうした?」

「噂をすればというやつか。マクギリスからの通信だ。話によれば鉄華団からジュリエッタとイオクの身柄を預かったのがつい昨日の話、まったく堪え性がないな」

 

 とはいえ、息つく間もない迅速な行動だった。できるだけ早くにラスタル陣営に圧力を掛けたいという意図が見え隠れしている。実際、時間を与えればラスタルは如何様にでも動けるのだから正しい判断といえるか。

 「お前はどうする?」と目線で聞かれ、ヴィダールは一つ頷いてその場に留まった。通信機のカメラには入らず、あくまでも裏に徹する位置取りである。それを了解と受け取り、ラスタルが通信機を改めて繋ぎ直した。

 

『久しいな、ラスタル・エリオン』

 

 第一声はどこか高圧的なもの。マクギリスらしいと言えばらしい振る舞いだ。ラスタルが厳しい顔つきとなり、ヴィダールが仮面の下で目を細める。

 しかし現状では実質的な権威が地に墜ちたラスタルと、現在進行形で力をつけているマクギリスとでは立場に天と地ほども差があるのもまた間違いなかった。

 

「これはまた、どうしたかなファリド公?」

『あまりしらばっくれるのは止してもらおうか。こちらが預かったあなたの部下たちについて、まさか知らない訳ではないはずだが』

 

 やはりか。想像通りと言えばその通り、けれど耳が痛い内容だったのも事実だった。

 

『現在、イオク・クジャンとジュリエッタ・ジュリスの身柄はこちらで預からせてもらっている。ああ、心配せずとも二人には傷一つない。我々ギャラルホルンと違い、鉄華団は実に紳士的な対応をしてくれたようだ』

「……なるほど、それは安心した」

 

 もしこれが腐敗したギャラルホルンと同等の劣悪さなら、捕虜への尋問と称した暴行は当たり前、ジュリエッタに至っては女性としての尊厳全てを奪われていてもそうおかしくはない。内部腐敗についてよく知っている両者だからこそ、この皮肉は何より効いたのだ。

 

「ならば訊くが、貴様はいったい何を望むのだマクギリス。わざわざ連絡まで入れてきたのが、まさかただ勝ち誇りたいからではあるまいな?」

『それこそまさかさ。私が主導となっていたはずのMA討伐に勝手に横槍してきた謝罪、鉄華団から要求された採掘場近辺の破壊に関する賠償金と慰謝料、求めるものは存外に多い。だが──それよりも前に、私はあなたに問わねばならないことがある』

「ほう、それはなんだね?」

 

 直感的にラスタルと黙りこんでいたヴィダールは確信する。次の言葉こそマクギリスにとっての本題、彼の内心を顕著に表すものだろうと。幾重にも重ねた虚偽と仮面の下で何を願っていたのか、その一端がここで明らかとなるのだ。どちらにとってもマクギリスの真実は喉から手が出るほど欲する情報だった。

 

 知らず緊張する両者。その張り詰めた空気を感じたのかどうか、少しの間を置いてからマクギリスは滔々と語りだす。

 

『エリオン家当主ラスタル・エリオンに訊ねたい。私と共にこの腐敗したギャラルホルンを立て直し、報われるべき者が報われる実力重視の組織へと生まれ変わらせる気はあるか? かつてアグニカ・カイエルが創設した、古き良きギャラルホルンを取り戻す気概はあるか? あるのならば──』

 

 次第に熱を帯びていく口調。まるで子供の様に興奮しておきながら、語る内容はどこまでも革命家らしい野心的な言葉であった。

 

『私と手を組む気はないだろうか、ラスタル・エリオンよ』

 




そろそろ展開が原作を離れてオリジナルになり始めます。オリキャラも二、三人は出さないと立ち行かなくなりそうですし、ここからは本当に構成が大変なことになりそうです……


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#28 結託と訣別

 革命家と保守派。字面だけとらえれば正反対にも思える言葉たちだが、実のところ両者は共存可能な存在である。

 

 革命家の志すところとは、既存の組織・体制の破壊と新たな制度の誕生である。今の自分たち、そして世界に不都合な要因を取り除き、新たな地平を生み出そうと邁進する者たちは総じてこう呼称されるのだ。

 対して保守派とは、既存の組織自体はそのまま維持しようという姿勢が主となる。だがそれは、決して全てが元のままで良いと考えていることを意味しない。組織が腐敗し現状では立ち行かなくなるというのなら、()()()()()()()()()()()現行の組織を維持しようと努めるのが保守派のあるべき姿なのだから。

 

 ──つまりだ。若き革命家たるマクギリス・ファリドと保守派の重鎮ラスタル・エリオンは、敵対こそしているが根本的なところで同じ視点を持った、いわば似た者同士とも評せるのである。

 

「手を組むだと? 私とお前がか?」 

『そうだ』

 

 短く頷いたマクギリス。常の胡散臭いような、周囲を煙に巻く独特の雰囲気はそこにない。今の彼は間違いなく自身の本心から言葉を紡いでいるのだ。それが分かるラスタルだったから、マクギリスの言葉に半信半疑ながらも応じていた。

 

『あなたとて理解しているだろう、今のギャラルホルンの腐敗ぶりを。そしてただ見逃すつもりもないはずだ。そうでなければ他の中立の立場を取っているセブンスターズ──ファルクやバクラザンなどと違い、わざわざ保守派として行動している筈がないのだから』

 

 鉄華団が名を馳せ、マクギリスが本格的な台頭を始めだしたエドモントンでの一件。一連の事態でギャラルホルンは禁忌とされたはずの阿頼耶識に手を伸ばし、市街地にMSを侵入させるという失態を犯し、政治家とセブンスターズの癒着が明るみになるという散々な結果で終わっている。

 このせいでギャラルホルンの権威は失墜し、世界は本格的に乱れ始めた。角笛の音色は掻き消え、あらゆる悪徳が横行する時代。ただでさえ歪みきったギャラルホルンは白眼視されていたというのに、権威が墜ちればそれはそれで新たな悪意の引き金となるのだからどうしようもない。

 

 腐敗を理由に甘い汁を啜りたいなら中立なり傍観者なりの立場を取っていればよい。何もしなければそれだけギャラルホルンは腐り墜ち、上の者にとって都合の良い組織となっていくのは目に見えている。

 だがラスタルはそうは望まなかった。どうにかしようと決意した。故にギャラルホルンの権威を復活させるべく、保守派として行動を開始したのだ。

 

『ギャラルホルンの世界統治には賛成、だがどこかで腐敗を取り除く必要があるとも考えている。なにせ基本的には身分や階級を問わずに人を見るあなたの事だ、地球圏とコロニー及び火星圏の軋轢を快く感じるはずもないだろう。どうかな、どこか間違っていただろうか?』

「……認めよう。確かに私はこのギャラルホルンを変えるつもりだった。いずれはセブンスターズそのものを排し、この腐ったギャラルホルンを清浄な姿へと戻したいと願っていた。そうでなければ、あまりにも報われない者が多すぎるのだ」

 

 とてもセブンスターズが発したとは思えない、現実味のない誠実な言葉。もしギャラルホルンの腐敗に苦しめられた者が聞けば目を剥いて驚いたことだろう。

 それを聞いて我が意を得たりとばかりに微笑んだのはマクギリス、鋭く息を呑んだのはヴィダールである。両者共にこれまで公人としてのラスタルは知れども、私人として何を想っているか知る機会が無かった。だから保守派として組織を立て直そうとするラスタルの真意がどこにあるのか、誰からも不明瞭だったのだが……

 

『やはりな。あなたならそう考えていると信じていたよ。だから私もあなたに協力を申し込んだのだから』

「全てお見通しだったというわけか。やはりお前は侮れん男だよ、マクギリス」

 

 ここにその真意が明かされた。保守派といえど──いや、保守派だからこそ組織を維持するためには現行の体制を崩すのも厭わない。要はギャラルホルンが世界を統治、支配して平和を維持できればそれで良く、わざわざ現行の腐敗まで一緒に保守してやる道理はないのだ。

 

 ただし、これはセブンスターズとしてはあまりにも異端な答えでもある。

 例えばファリド家の前当主、つまりマクギリスの養父はギャラルホルンの腐敗の象徴とも取れる行いに手を染めていた。他のセブンスターズとて組織の風通しを良くした代償に、今の強力な権威を手放したいとまでは思うまい。それ以外にも多くの者たちが現ギャラルホルンの都合よい傲慢さを壊そうとまではしないはずだ。

 その中ではラスタルの常識的な願いなどとても公には出来ぬもの、迂闊に明かせぬ爆弾に他ならない。これまで誰一人として彼の真意を知らなかったのも無理からぬものだった。

 

 しかし、ここまで明確に悟られてしまっては隠し通す意義も存在しない。

 

「いずれはギャラルホルンを内部から変革させ、秩序だった組織へと変貌させる予定だった。そのためには時間と、何より緩やかな変化が必要だ。急激な変化は過激な形態しか生み出さん。改革とは決して一朝一夕に行えるようなものではないだよ」

『しかしそれではあなたの語った”報われるべき者たち”はどうなる? 彼らがこの世界に絶望し潰されていくのを必要な犠牲だと割り切るのか?』

「そうだ。マクギリスよ、我らはあくまで公人なのだ。私人としての心情がどうあれ、感情に囚われて動けばいずれ必ずや手痛いしっぺ返しを食らうだろう。そうなってからでは遅いのだ」

『一理はある。そしてようやく理解したよ。だからあなたは私の敵として立ちはだかっていたのだな』

 

 あくまでも時間をかけてじっくり改革を行うべきとする保守派のラスタル。

 自らの理想のため、積極的に革命への布石を打っていく革命派のマクギリス。

 

 どちらも抱いた願い自体はギャラルホルンの健全化で、そこに貴賤などありはしない。人として真っ当で誇れる大志だろう。なのにこうもアプローチ方法が違うだけで、互いに争い火種を持ち込むような泥沼の引っ張り合いになってしまったのだ。

 ラスタルに至ってはそのためだけに経済圏同士の戦争を演出、その直前には海賊退治にも横槍を入れたのだからその本気ぶりが窺い知れる。何もここまでする必要はないだろう──そんな良心すら一顧だにせずの行動だ。

 

 彼からしてみれば、それほどまでにマクギリスの目指す改革が不気味かつ不安定なものに見えてしょうがなかったのである。

 

「私は覚えているぞ。かつて、まだお前が子供の時分の話だ。欲しいものを訊ねた時、お前は迷わずバエルと言ったな。もし今もそのようなまやかしの象徴を求めているというのなら──」

『生憎だがエリオン公、私は既にその思想からは脱却している』

「なんだと……?」

 

 予想外な言葉にラスタルが言葉を失った。マクギリスの内心に根付いたバエルへの執着、それこそラスタルがマクギリスを危険視する何よりの証拠だった。根拠としては薄いかもしれない。だが無視できるような要因でもなかったのだ。

 だというのに、目の前のマクギリスであるはずの男はあっさりとその未練を断ち切ってみせていた。その変貌ぶりがラスタルには分からない。()()()()()()()()()()はずなのに、政治家としての頭脳が認められていないのだ。

 

『そう、気づかされたのだよ。改革するはずの組織の法に頼って何とすると。アグニカ・カイエルの意志を再びギャラルホルンへ反映させるのに、必ずしも彼と同じようにする必要はないのだと』

「……ならばお前は、どのように改革を行うというのだ?」

『無論、正面から』

 

 自信に満ち溢れた即答だった。視界の端でヴィダールが拳を握りしめている。

 

『ギャラルホルンをまとめ上げられるだけの実績と立場を得た上で、正々堂々と変えてみせよう。だからこうしてあなたに協力を持ちかけた。共に見ている先が同じなら、手を組むことは不可能ではない。少なくとも互いに不干渉とする程度は今からでもできるはずだ』

「その果てにお前はどのような組織を作ろうという? 力だけが全ての組織か? ギャラルホルンを徹底的に否定するだけの組織か? 私は既に自らの理想を語った、故にお前もまた理想を語ってみせてくれ」

『最初に言った通りさ。今の悪しき風習ばかりが残ったギャラルホルンを破壊し、報われるべき者が報われる組織を再建する。かつてアグニカ・カイエルが目指した世界の秩序を守る正しき組織を、この手でもう一度世に生み出すのだ』

 

 語られる一言一句に、もはや危惧していたような独善的な思想は欠片も見当たらない。マクギリスはマクギリスなりに、憧れたアグニカ・カイエルを目指しつつも組織をより良くしようと動いている。

 理想の根幹は確かに子供らしいものかもしれない。だが、どうあれ革命へかける気概に嘘偽りなどこれっぽっちも存在してはいなかった。

 

 ラスタルはちらりとヴィダールを見た。彼は震える拳を握り締めて、ただ立ち尽くしているばかりだ。何を想っているのかはその鉄仮面に隠れて判然としないが、きっとマクギリスの様子に衝撃を受けているのだろう。

 

『話はこれで良いだろう。忘れてもらっては困るが、あなたの大事な部下二人はこちらの手に収まっている。この意味が分からぬあなたでもないはずだが?』

 

 事実上の人質である。そもそもマクギリスはこの使い方、展開を見越してラスタルに通信を入れてきたのだから是非もない。ここでマクギリスの話を断ったところで、イオクとジュリエッタがラスタルのアキレス腱としていいように扱われるのは目に見えていた。

 しばし、ラスタルが瞑目する。脳裏にはこれまで積み上げた様々な行いがフラッシュバックし、そして消えていく。それらの最後には戦場で散った友が浮かび、そして再び記憶の海へと沈んでいった。

 

 そうして、目を開いたラスタルはついに決断を下す。重苦しい苦渋に満ちながら、どこか清々しい響きも感じさせる言葉だった。

 

「……いいだろう。そちらが望むのなら、私もお前と手を組ませてもらいたい」

『よくぞ言ってくれた、ラスタル・エリオンよ。では、共により良きギャラルホルンの明日を目指すとしようではないか』

 

 これまで幾度となくいがみ合ってきた両者は、ここに来てついに手を取り合った。同じ理想を抱き、同一の結果へと視線を合したのだ。この瞬間、マクギリスの改革への野望はよりいっそうの加速を見せ、ラスタルの緩やかな変革を伴った保守は崩れ去ったのである。

 

『では、イオク・クジャンとジュリエッタ・ジュリスの身柄については追って連絡しよう。鉄華団への支払いなどもその時に。あなたの誠意に応え、悪いようにはしないと約束する』

 

 通信が切れた。もはやマクギリスの勢いは止められないだろう。ギャラルホルンでも急速に頭角を現し、火星でも地球でも一目置かれるようになった鉄華団と強い繋がりを持つ身だ。今のラスタルでは止められないのも道理であったのか。

 マクギリスと手を組む。この判断が吉と出るか凶と出るか、それはラスタルですら分からない。疲れたように背もたれに背を預けて深いため息を吐く。どうにも精神的な疲労がかさんでいた。

 

「まさか巡り巡ってこうなるとはな。言いたいことがあるなら好きに言ってもらって構わんが……それどころではないか」

 

 ラスタルが呟いたと同時、甲高い反響音が部屋に響いた。鉄と床がぶつかるようなそれは、ヴィダールが自身の仮面を床に叩きつけたことによるものだ。

 特徴的な仮面が床を転がる中で、腕を振りぬいた姿勢のまま肩で息をしている紫髪の男。端正な顔には痛々しい傷が走っている。だがそれ以上に目を引くのは、どうしようもなく怒りと戸惑いに塗れたその瞳だった。

 

「どうした、ヴィダール──いや、ガエリオ・ボードウィン。その仮面を外し、あまつさえ叩きつけるなどらしくない」

「そうだな、自認はしているさ。しかしどうしようもないんだ。色んな感情が胸の中を渦巻いていて、とても制御できそうにない」

 

 かくしてヴィダールと呼ばれていたはずの男、セブンスターズが一人ガエリオ・ボードウィンは、その素顔を隠す仮面を取っていた。本来ならばその時が来るまで絶対に外さないと誓ったはずの仮面を衝動に任せて投げたのだ、心の内でよほどの嵐が起こっていると見える。

 

「ラスタル、あなたがマクギリスと手を組んだのはそう不思議ではない。殺されかけた俺でさえ、奴の抱いた理想には胸を打たれた。昔からいつだってギャラルホルンの腐敗に憤り、不遇の身からあそこまで上り詰めた男の言葉だ。友として尊敬に値すると言ってもいい」

 

 しかし、だからこそガエリオはこうも苛立っているのだ。マクギリスの語った言葉が素晴らしく、またどうしようもないくらい正論であったからこそ、ガエリオは力の限り問いかける。此処にはいない友に向かって。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!? マクギリスがそのような思想を抱いていると知っていたなら、俺も、カルタも、父もアルミリアも絶対に応援した! 力になってやった! なのに、なのにどうして……!? お前は全てを捨ててまで一人で進もうとしたんだ!!」

 

 魂の叫びだった。泣き叫ぶ子供の様な、不条理を見た大人の様な、どうしようもないくらい抑えきれぬ感情の発露だ。ない交ぜになった想いは混沌と渦まき、ガエリオの心を支配する。

 かつて自らを裏切り、嵌めて、殺そうとまでした親友。そんな彼の真意を知りたかったからヴィダールとして素性を隠し、マクギリスへ問いかけようと考えていた。結果として思わぬ形で達成された事となるが、それだけに根は深い。

 

 肩で息をしながら思いの丈を振り絞ったガエリオは、一度二度深呼吸して呼吸を落ち着けた。それでようやく冷静になれたのか、先ほどまでの激情は波のように引いている。

 

「さっきあなたは、俺が自分を見失っている節があると言っていたな」

「確かに言ったな。その意味が理解できたのか」

「ああそうだ、やっと本当の気持ちが分かった。マクギリスを見定めるとか、許せないとか、そんな感情を燃やしてここまで生きてきた。だけど俺の本音はそうじゃないんだ」

 

 かつての幼馴染であるガエリオ、それにカルタ・イシューを裏切り、婚約者でガエリオの妹であるアルミリアにすら不幸をもたらしたマクギリス。そんな彼を理解できず、許せないから彼の真意を知りたいと願っていた。

 だけどそれは少し違う。本当は何よりもまず、マクギリスに認めさせたかったのだ。無意識に避けてきた自身の渇望、ようやくそれと向き合う時が来たのだ。

 

「俺は今でも……あれだけのことをされてもなお、マクギリスを親友だと思ってしまっている。だが向こうはどうなのか分からない。もしかしたら、俺たちのことなんて都合の良い端役扱いしてたっておかしくはない」

 

 だから──

 

「俺はアイツに認めさせたいんだ。俺はお前と一緒に歩いて行ける人間で、一言声を掛けてくれれば協力してやれる友達だと。あの自分勝手な分からず屋をぶん殴ってでも、俺はお前の横に立っているぞと知らしめてやりたいんだ!」

 

 それが友として、ガエリオが通したい意地だった。許せないし、復讐もしたい。だけどそれ以上にガエリオはマクギリスの友であった。

 故にこれは、もはや許せるか許せないかの話ではない。ただ自分の価値を、在り方を、マクギリスに叩きつけてやりたいのだ。

 

 高らかに宣してみせたガエリオを満足気に見ていたラスタルは、そこでようやく口を開いた。

 

「お前の決意、しかと見届けた。その先にどのような結末があろうとも、友の為に戦うお前の意思は立派であったと保証しよう」

「ここまで世話になった、エリオン公。こんな俺を拾ってくれたあなたには掛け値なしに感謝している。だがあなたがマクギリスと手を組むというのなら、これからは敵同士になる。すまないが容赦は出来そうにない」

「そうだろうな。是非もあるまい」

 

 ラスタルはマクギリスと手を組み、ガエリオは形がどうであれマクギリスと敵対する形となる。故に敵対関係となるのは自明のことだった。

 

「だが、一つばかり訊きたいことがある」

「何かな?」

「いつか俺は、どうしてあなたが手を抜いているかを訊ねた。しかしあなたは答えをはぐらかし『その仮面が外れた時に』と口にしていただろう? なら、今こそその約定を果たしてもらう時だ」

「ふむ、そうだな……マクギリスを未だに友と信じられるお前になら、話しても問題はあるまい」

 

 何故、あのラスタル・エリオンが政治に”手を抜く”などという行為をしたのか。かつてヴィダールから問いかけられたその命題に、ラスタルは間違いなく私的な情感を籠めて語っていた。

 

「公人としてはマクギリスや鉄華団と敵対する形となったがな。私人としての私は、決して彼らが嫌いではないのだよ。むしろ不遇の身の上からここまで、よくやってきているとすら思っている。近年では大した苦労もしてない者が幅を利かせる中で、よく折れずに立ち上がってくれたともな」

「貴族の子息としては耳に痛い言葉だな……」

「なに、責めている訳ではない。それを言うなら私とて散々汚い大人として彼らを利用し、翻弄した者だ。今更このようなことを言う資格など無いのは百も承知だが……それでも、ギャラルホルンの誰もが彼らのように泥臭くもひたむきに生きられればと感じずにはいられなかったのさ」

 

 つい先ほど、ラスタルはマクギリスに対して肯定した。公人として必要な犠牲は容認すべきだと。だが、それでも彼は元より善側の人間であり、それ故にひたすら戦い抜いて何か一つを成し遂げようとする者たちの輝きには目を奪われてしまっていたのだ。

 あるいはマクギリスの提案に頷いたのも、結局この思想が根底にあったからなのかもしれなかった。

 

「なるほどな、よく分かったよ。俺はてっきりあなたは人の情がない機械のような人物だと思っていた。常に正しく、合理的で、理知的な判断が下せる人間だと」

「ハッ、冗談を言うのも大概にしておけ。それは人間ではなく、文字通りに機械でしかない。そして私は機械などでは断じてないのだから、裏にどのような感情があっても不思議ではあるまい? ただ、人よりそれを隠すのが上手いだけだ」

「どうやらそうらしい。すっかり騙されてしまったよ、謝罪させてほしい」

「ハハハハハッ! そうしょげるな、気にしてはおらん」

 

 生真面目なガエリオの謝罪を豪放に笑い飛ばしたラスタルは、もう一度だけ冷徹な政治家の顔になった。自然とガエリオの表情も引き締まる。

 

「ガエリオよ、もしお前がまだマクギリスと戦うというのなら、まずはクジャン家と合流せよ。直にセブンスターズ、そしてギャラルホルンは真っ二つに割れるはず。バクラザンとファルクも重い腰を上げるだろう。それからがお前にとっての真の戦いの始まりだ」

「……いいのか、俺にそのような事まで話してしまって?」

「構わんさ。むしろこれはマクギリスへの意趣返し、散々いいようにされたせめてもの仕返しだ。何より、友として奴と向き合おうとするお前を止めるのは忍びない」

 

 これからの事を考えるなら、ガエリオは殺しておいた方が絶対に正しい。けれどラスタルはそんな気にはなれなかった。むしろマクギリスとガエリオによる、壮大な喧嘩の行く末の方が遥かに気になって仕方ないのだ。

 それにどうせ、ファリド家とエリオン家が手を組んだと知れば遅かれ早かれ他の家も動き出す。なら、ここでエース級パイロットを一人見逃したところで誤差にしかならないだろう。などと自身を納得させて、そういう事にしておいた。

 

「行くといい、ガエリオ・ボードウィン。できればお前とは敵対したくなかったよ」

「それはこちらとて同じことだ。とはいえ、改めてあなたには感謝を。最後の最後まで大変世話になったな、ありがとう」

 

 こうして、ヴィダールはラスタルと袂を別つこととなる。次に会えば敵同士、だが不思議なほど爽やかな気持ちでラスタルはその背中を見送ったのだ。

 

 若き革命家マクギリス・ファリドは、新たにラスタル・エリオンという巨大な切り札を手中に収めた。その勢いはもはや止められるものではない。

 けれど、これで終わりでもないのだ。誰よりもシンプルな意地を胸に、彼へと挑む者がまだ残っている。彼の仲間に敵愾心を燃やす者が存在する。故にこそもう少しだけ、ギャラルホルンの革命を巡る戦いは続くのだ。 

 




マクギリス陣営にラスタル様が加わり、代わりにヴィダールが去る事態となりました。
まあラスタル様の言葉でだいたい先の展開が分かるでしょうが……これから先はオリジナル展開ということでよろしくお願いいたします。


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#29 クリュセ巡りの旅

最近は重い展開や頭おかしい主人公が多かったので息抜き回です。


 鉄華団の団員が抱くジゼル・アルムフェルトへの印象は、大きく分けて以下の三つに分類される。

 

 一つ目、マイペースで天然気質。

 二つ目、仕事には真面目。

 三つ目、どこか得体の知れない雰囲気が漂っている。

 

 一つ目と二つ目についてはそのままだ。ジゼルの発言や行動はけっこう突飛なものが多いし、ふざけたような辛党なのも有名な話である。かといって勝手気ままかと言えばそうでもなく、鉄華団の仕事に対して真摯に取り組む姿勢が見受けられる。

 そして三つ目、これは最近になって新たに浮上したものである。少し前のMA戦では横槍を入れてきたギャラルホルンの者たちを一方的に殺戮し、地球支部では着任後すぐにアーブラウ兵を射殺したという。その異様なまでの殺人への躊躇いの無さは、新入りの団員はもちろん古参の少年兵たちでもどこか気味が悪く感じてしまう。

 

 ──たぶん彼女には、何か秘められた本性がある。それもとびっきり醜悪な本性が。

 

 もちろんジゼルの狂った趣味を正確に把握している者はごく一部だが、最近では平団員たちにもこのように思われているのだ。義理堅いし真面目なところもあるから嫌いにまではならないが、どこか苦手意識を持ってしまうのは仕方なかった。

 だからそのジゼルがオルガと共にクリュセに遊びに行くと知ったときは、かなり大きな波紋が団員たちに広がったものである。

 

『はぁ、オルガがデートだと!? しかもあのジゼルと!? おいおい何の悪ふざけだよ、冗談キツイぜ全く』

「マジだマジ、大マジだ」

 

 通信機の前に座るシノは神妙に頷きながら、画面の向こうで叫ぶユージンを宥めた。

 火星本部より遠く離れた地球支部に居るユージンは、おそらく鉄華団の誰よりもジゼルを危険視していた人物である。このオーバーな反応も彼ならむしろ納得いくものでしかない。

 

『つかデートってなんだデートって。あの女っ気の全然なかったオルガが出会いも交際もすっ飛ばしていきなりデートたぁどういう了見だ。その辺詳しく教えてくれよシノ』

「オルガが言うには、なんか色々あって明日にでもクリュセの美味いもん食いに行くことになったんだとよ。どっちもデートって意識してるわけじゃねぇみたいだが、こりゃどう見てもデートだろって俺たちで勝手にネタにして盛り上がってるとこなんよ」

『そりゃまあ確かに、んな面白そうなイベント見逃せるはず──じゃなくてだ! あんな危険人物とデートとか命が何個あっても足んねぇぞ……マジで止めとけって』

 

 一応ユージンもジゼルの義理堅さは知っているが、それでも理屈じゃなくて本能的に不安になってしまうのである。別に、デート経験でオルガに先を越されることを(ひが)んでいる訳ではない。決してないのだ。

 ただそんな危険性を憂慮する想いとは裏腹に、思いがけない恋愛話っぽい流れに興味津々なのも事実だが。彼とてまだまだ青少年、そういった話には食いついてしまうのも仕方ない。

 

『すみませーん、ユージンさんいますか……ってあれ、もしかして火星の方と通信中でしたか?』

 

 ひょっこりユージンの後ろに映り込んだのは、今も地球支部で一生懸命働いているタカキだ。シノが「よう、久しぶりだな!」と声を掛ければ、『あ、シノさん。お久しぶりです』と返してくれる。

 

『おう、ちょうどいいとこに来たなタカキ。聞いてくれよ、あのオルガがデートすんだとよ! しかも相手はあのキチ……じゃなかった、ジゼル・アルムフェルトなんだと』

『ええッ!? ジゼルさんとって、それはまた随分と急な話ですね……』

『だろ? ホントびっくりしたぜ。頼むから詳細は教えてくれよな』

「ったりめぇだろ! こんな一大イベント見逃す方がどうかしてるぜ!」

 

 既に有志の手を借りて二人を出歯亀する準備は整えている。カメラなどはいくつか用意したし、変装用の服なども準備万端だ。後はシノを筆頭にして目立たないように二人を尾行し、終わった後に存分に茶化してやろうという算段である。

 

 普段は大人顔負けなくらい努力して生きている彼らでも、今回ばかりは完全に青少年たちのノリと勢いそのままだった。

 

「ラフタさんなんかもう乗り気すぎてヤバいくらいだし、アトラもアトラでかなり気になってるみたいだからな。ぶっちゃけライドたちもかなりテンション上がっちまってるぜ」

『昭弘はどうしたんだよ? アイツなら絶対止めると思ったが』

「アイツはオルガに一任するらしいぜ。オルガがいいって言うならそれでいいんだとさ」

『へぇ、なんつぅか昭弘らしいぜ。タカキはどう思うよ?』

『俺は別に大丈夫だと思いますけどね。ジゼルさんって結構怖くて不思議ですけど、同じくらい良い人ですし』

『ま、マジか……アイツのことそう思ってんのか……』

 

 タカキは団員たちの中でも温和な性格をしており、かつ有数の常識人である。そんな彼が本性を知らぬとはいえジゼルを割と高く評価しているのだから、真逆の評価を下しているユージンとしては愕然としてしまう。

 ともあれ、例のデートとやらをどう感じたところで地球に居るユージンに出来ることは皆無だ。今はただ黙って結果報告を待つしかない。

 

『タカキ、ユージンさんは見つかったのか?』

『あ、ごめんアストン、もう大丈夫だよ! すみません、俺はこれで』

『じゃあ俺もそろそろ仕事に戻るかな。ともかく、絶対に詳しい情報は教えてくれよな!』

「任せとけっての!」

 

 こうして、不安と期待とお節介と覗きの混じり合った謎の食べ歩きツアーは始まったのである。

 

 ◇

 

「団長さん団長さん、次はあのお店に行きましょう。きっと美味しいケーキがありますよ」

「分かったからちょっと落ち着け、これで何件目だと思ってやがる?」

「んー……まだ六件目でしょう? さあお早く」

 

 そう言って有無を言わせずオルガの袖を引っ張って歩き出すジゼル。行き先にはちょっと洒落た佇まいの洋菓子店、たぶんクリュセの中でもお高い方の店だろう。金銭の心配は必要ないが、どうにもオルガとしては気遅れしてしまう雰囲気が醸し出されている。

 

 ──正直、ちょいとばかり安請け合いしすぎたかもしんねぇな。

 

 鉄華団団長であるはずのオルガ・イツカは、引きずられながら心の中で嘆息してしまう。買い物になると女性は男性よりも遥かに活動的になると聞いたことがあったが、それはあのジゼルですら例外ではなかったようだ。

 店内も外見に違わず小奇麗で、やはりオルガはどうにも場違いに感じてしまう。しかもかつては底辺を生きていたオルガにとって、ケーキなど食べるどころか見たことすら無いものばかりだ。けれどジゼルは気にした風もなく、当たり前のようにショーケースに並べられたケーキを品定めを始めている。相変わらずのマイペースさだ。

 

「このモンブラン美味しそうですね。団長さん、試食してみてはもらえませんか?」

「こいつか? すんません、このモンブラン? ってヤツ一個貰えますか?」

「は、はい……!」

 

 言われるままに一個注文してみれば、店員からかなりビビられてしまい思わず苦い顔になってしまう。白狼のような鋭い容姿と高い身長、それに普段着のワインレッドのスーツがもたらす威圧感はかなりのものであるらしい。ありていにいって、一般人(カタギ)とはとても思えない。

 

「気にしないことですよ団長さん。ジゼルはあなたが良い人だってちゃんと知ってますからね」

「……ありがとよ」

 

 ジゼルがらしくなく慰めてくれたのが、なんだか気にしているように思われて逆に辛くてしょうがなかった。

 ともあれ店内に備え付けの喫茶スペースへと足を運び、提げていた袋をざっと下ろす。両手に三つずつの合計六つ、それがジゼルの買い込んだ品物たちであった。

 

「にしても随分と買い込んでくれたなぁアンタも。まさかこうまで嵩むとは思わなかったぜ」

「団長さんが悪いんですよ。あんなに美味しそうな食べ物ばかり見せられたら、どれもこれも気になってしょうがないじゃないですか」

「そりゃ全力で美味そうなとこリサーチしたからな。これで全く靡かれなかったらその方がよっぽど困っちまう」

「なら、ジゼルがたくさん買っても構わないのでは?」

「物は言いようだな。ま、確かに文句を言われるよりははるかにマシだが」

 

 話している間に出されていた紅茶に口を付けて、ため息を一つ吐く。始まりは四時間ほど前の午前十時、思い返すだけでも一苦労な食べ歩きツアーの幕開けである。

 

 この洋菓子店に来るまでに立ち寄った店は全部で五つだ。最初はパン屋でライ麦パンやフランスパンを買い、次はチーズの専門店で名前も聞いたことがないような不思議なチーズを幾つか買った。

 パンについては何でもジゼルの故郷で盛んに食べられていたらしく、彼女は随分と懐かしがっていた。チーズについても同様らしく、なんでもブルーチーズやモッツアレラがお好きなのだとか。オルガからすればカビの生えた食べ物などヒューマンデブリの食糧より酷い気がしたのだが、一口試食してみて考えを改めた。とても美味い。

 その次は肉屋、その次は香辛料専門店、さらには風変わりな珍味を扱った店と、二人で多種多様な店舗ばかり巡っている。どれもこれもCGS時代のオルガならまず入る事すら出来ないような、けっこうセレブリティ溢れる店ばかりだ。それが今では鉄華団団長という肩書もあって店側から大歓迎されるのだから、生きていれば何が起こるか分からないものである。

 

 ちなみに、買った品の荷物持ちをオルガがしていたのは兄貴分の名瀬からの入れ知恵だ。念のために今回の件を相談しておいたら、こういう時の男は荷物持ちをすべきと教えてくれたのである。実際にやったら確かにジゼルの機嫌がちょっと良くなったから、やはり効果はあったのだろう。さすがは名瀬の兄貴と言うべきか。

 

「文句なんて言いませんよ。団長さんが選んでくれたんですから、きっと美味しいに決まってると信じてましたかとも」

「おいおい、初対面で貰った栄養バーを『マズい』ってはっきり言ったのは誰だったよ?」

「……さて、誰でしょうか? ジゼルに覚えはありませんよ」

 

 苦笑交じりに指摘すれば、ジゼルはふいっと金の瞳を泳がせた。バツが悪そうな表情を見るに、彼女も多少は気にしていたようだ。誤魔化すように紅茶を手に取り口を付けた。しかしその所作一つとっても優雅で上品なのが、やっぱり育ちの良さを思い出させてしょうがないのである。

 

「やっぱり味は分かりませんね。香りも楽しめない紅茶なんて、ただの水よりつまらないものです」

「確か阿頼耶識の弊害だったか。同じくらいMAと戦えても、アンタとミカでは違う障害が発生してんだな」

「おそらくは阿頼耶識システムの違いでしょう。この時代の阿頼耶識は不完全なものですから、そのぶん運動能力にダイレクトなフィードバックが発生するのかと。それと味覚嗅覚を無くすことのどちらが良いかといえば、その人次第と言えますがね」

 

 単純な生活の不便さを考えれば、半身不随にまで陥った三日月の方が圧倒的に厄介だろう。しかしだからといって味覚と嗅覚という五感の内の二つが無くなってしまえば、食事には食欲を満たすという以上の意味合いが無くなってしまう。それでは日々の彩すらも色褪せてしまうことだろう。

 

「大変お待たせしました、ご注文のモンブランです」

 

 ちょうど話が切れたタイミングで、店員がモンブランを一つ運んできた。嗅いだこともないような甘い香りがオルガの鼻孔をくすぐる。

 まずはフォークで一つ突いてみる。クリームが多いのかかなり柔らかい。初めて見る食べ物だからおっかなびっくりになってしまうが、早く食べろとジゼルの視線が突き刺さっているので意を決して口へと運んでみた。

 

「……うまいな」

「本当ですか?」

「ああ、初めて食ったが甘すぎなくていいな。こりゃ土産にいくつか買ってくか……」

 

 即座に頭の中で金勘定を始めるオルガ。今日はなにも本当にジゼルのためだけに店巡りをしていたわけではない。これまでの店巡りでも、彼は気に入ったものはいくつか買い取って鉄華団本部の方に送ってもらうよう話をつけていたのだ。もちろん、全てオルガの自費である。いつも組織の為に気張ってくれる家族達への、ちょっとしたプレゼントというつもりだ。

 その中でもこのモンブランなる食べ物はかなり良い。特に子供たちは喜ぶだろうし、幹部組といった大人の味覚を持つ者たちにも悪くないはずだ。

 

 などとモンブランを突きながら考えていると、やはりジゼルの視線が気になってしょうがない。『じ~』という擬音が聞こえてきそうなほど、もっと言えば穴が開きそうなほどモンブランを見つめている。

 この時点で何となく嫌な予感がしたオルガは、さっさと食べ終わってしまおうとフォークを急いで動かし始めたのだが──

 

「どれどれ、せっかくですしジゼルにも食べさせてくださいよ」

 

 やっぱりか。割と食い意地の張っているジゼルだから、たぶんそう言ってくることは予想出来ていた。

 

「んなこと言ったって、今アンタがコイツを食ったところで味なんざ分かんねぇんじゃないのか?」

「それでも、食べているという事実に変わりはありませんし。それにほら、アレやってみたいじゃないですか、アレ」

 

 よく理解できないことを早口で唱え終わったジゼルは、何故か雛鳥のように口を広げて見せる。ちょうどフォークで小さく分けたモンブランが入りそうなその大きさ。何のつもりだと一瞬固まってから、オルガはその意図を悟った。悟ってしまった。

 

「おい……まさか俺に食べさせろっていうんじゃねぇだろうな?」

 

 確認を求める声が心なしか震えていたのは、絶対に気のせいじゃないだろう。

 

そうですけど何か(ほうへすへどはひか)?」

「口閉じて喋ろっての。つかマジか、本気で言ってんのか……」

 

 咄嗟に周囲を見渡す。知り合いは当然ながら誰もいない。だから見咎められるとか、ネタにされるとか、その心配はないはずなのだが……さすがに難易度が高すぎた。

 この世に生を受けて十数年、散々ユージンやシノが”彼女ができたら絶対やりてぇ!”と叫んでいた行為をまさかジゼルとやる羽目になろうとは。不満とまでは言わないが、いかんせん意外性がありすぎるのだ。

 

ほら(ほは)早く食べさせてくださいよ(はやふたへはへてふらはいよ)

「勘弁してくれよ……ったく、ほらよ。コイツでいいか?」

 

 五秒ほど胡乱気に見つめてみても変わらない。思えばジゼルはくだらない発想ほど一度そうと決めたら中々意見を翻さない。そのマイペースさは初対面の時から知っているし、変わってもいなかった。

 ヤケクソ気味に意を決してフォークにモンブランを勢いよく突き刺し、頬杖を突きながらジゼルへと差し出した。ぱくり、一口でジゼルがモンブランを飲み込む。まるで怪物の捕食シーンでも見ているかのようなシュールさだ。

 

「むぐ……美味しいと思います、たぶん」

「そいつぁ良かったな、おい」

 

 いったい自分は何をやっているのか、なんてどうしようもない疑問がオルガの心中で広がるが、悲しくなるので無視である。まあ確かに、普段の無表情を崩したアホっぽいジゼルは見ていて面白くはあったが。たぶん団員たちの誰も予想だにしない行動だったとは思う。

 当の本人は満足げにモグモグと咀嚼してから嚥下すると、紅茶をちょっと飲んで優雅に口直し。それだけで先ほどのふざけた姿が払拭されるのだから、つくづく美人とは得であると実感させられる。

 

「一回くらいこういうのやってみたかったのですよね。昔読んだ小説では、男女が食事に出かけた際の定番だとかありましたし」

「そのために俺をダシにすんなってんだ……で、満足したか?」

「ええ、大満足です。ついにジゼルはアグニカもついぞ出来なかった”恋人っぽい行い”を達成したと思うと感無量ですね」

 

 なんだか英雄様の個人情報がさらっと暴露された気がしたが、聞かなかったことにしたオルガである。

 そういえばセブンスターズにカイエル家がないのもその辺の事情なのだろうか。きっと彼に惹かれた女性も多いだろうに、なんとももったいない話である。

 

「そんじゃ、そろそろお暇するか? あんまし居座っても迷惑だろうしよ」

「あ、いえ、まだ気になるケーキがあるので待ってください。それにほら、喫茶店というのは長居してこそと言いますし」

「だけどやることがなんもねぇぞ。まさかこんなところで事務仕事片づけるわけにもいかねぇしよ」

「ええ、そうですね。だから──」

 

 ふと、ジゼルの纏う雰囲気が変質した。例えるならコインをひっくり返すかのような。先ほどまでのマイペースなお嬢様という様子が崩れていき、代わりに醜悪で狂気に塗れた本性の片鱗が表に浮かび上がってくる。あのどこまでも他者を不安にさせる、相容れない魔性としての気配が色濃くなったのだ。

 

「団長さんとジゼルがこれからもより良い関係を築けるように、お互いの求めるものをハッキリさせてしまいましょう。だってほら、このままだと最後の最後に殺し合いの泥沼になってしまうかもしれませんし」

「……なるほどな、そいつがアンタの本命か」

 

 低い声で呟きながら、オルガの脳裏にいつかの言葉が浮かび上がった。

 

 かつて、名瀬・タービンから一つ忠告を受けていた。『鉄華団とジゼルの望む未来は決定的に違う。いつかその齟齬が取り返しのつかない事態を生むかもしれない』、と。

 これまでまがりなりにもジゼルとは上手く付き合ってこれて、良好な関係性を築けていた。それは間違いない。けれど、だからこそ目を逸らしてしまっていた根本的な問題へと、ついに踏み込むときが来たのだ。

 

 それまで漂っていた緩い空気を振り払って相貌も鋭く覚悟を決めたオルガ。対面するジゼルはといえば、

 

「あ、先にフルーツタルト頼んでいいですか? アレも非常に美味しそうだったので」

「もう勝手にしてくれ……」

 

 特に気負う事もなく、マイペースに新しいケーキを注文していた。

 




なんだか一年前に初めて筆を執った時を思い出しました。ジゼルにこのような役割は似合うのかどうか、今でもちょっと疑問でなりません……


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#30 互いの求めるもの

 ジゼルとオルガが入っていった高級店独特の店構えをした洋菓子店の、道路を挟んだその向かい。

 クリュセの街並みに溶け込むような落ち着いた雰囲気の、どちらかといえば一般的な喫茶店の一角に彼らの姿はあった。

 

「お、おーー! いったーーッ!」

「やるじゃないあの娘、あの堅物君にデートの宝刀『あーん』をさせるなんて!」

「抜け駆けするとはオルガめ、油断も隙もねぇなおい……!」

 

 ビデオカメラを片手に叫んでいるのはシノ、双眼鏡を片手にはやし立てているのはタービンズからの出向であるラフタ・フランクランドだ。どちらも興奮した様子で窓際に張り付いている。周囲からの訝し気な視線もお構いなしだ。

 

「あの、とっても目立ってるのでちょっと落ち着いた方が良いかと……」

「いいじゃんかー別に。向こうにバレなきゃそんなに気にすることないって!」

 

 そんな二人に控えめに提案したのは意外にもシノとラフタについてきたアトラ・ミクスタ、逆に気にすることは無いと無邪気に笑ったのは年少組の中心核であるライド・マッスだ。

 この二人に先の二人を入れた四人が主な追跡メンバーである。ラフタと同じタービンズからの出向組であるアジー・グルミンは「覗きなんてしても仕方ないだろ」と興味を示さなかったし、昭弘は「オルガの好きにさせておけば良い」と語っただけ。他のメンバーはそこまでする気がないだとか、単純に数が多いとバレるなどという理由で同行していない。

 

「でもホント驚いたわよ。前に会った時は全然そんな風には見えなかったのに、ここまで大胆だなんてね」

「あれ、ラフタさんジゼルと会ったことあるんすか?」

「一回だけね。タービンズ(うちら)の荷物兼護衛って感じで雇ったんだけど……なんか不思議な娘だった。すっごい強くて、淡々としてて、あとダーリンがめっちゃ警戒? してたの」

「へぇー、名瀬さんがですか。でも確かに、俺たちの間でもあの人についてはいい意見も悪い意見も聞きますからね」

 

 ライドの言う通り、団員たちの間でも彼女の評価は難しいものがある。だからこうしてシノやラフタが冷やかし交じりに()()()()()()といえばその通りであり、ふざけているようでしっかり理に適っている行いでもあるのだ。副団長(ユージン)からの頼みもある手前、団長(オルガ)に万が一があっても困ってしまう。

 

 もちろんそれらは建前、大部分は女っ気のなかったオルガを弄り倒すためのネタとするためだが。

 

「でも、なんでアトラまで着いてきたんだ? ぶっちゃけアトラってこういうの興味なさそうだけど」

「あ、そいつは俺も気になるな」

「あたしも!」

 

 だからこの場にはそぐわないアトラという少女の存在は、三人もどことなく気になっていた事ではあった。

 かなり分かりやすい三日月への恋慕を抱く彼女は、こうして他人のデート──らしきもの──に茶々を入れる性格でもないはず。なのにこうして付いてきていたのは腑に落ちないことであったのだ。

 問いかけられたアトラはといえば、困ったように顔を真っ赤にさせてしまった。それがいっそう三者の関心を掻き立ててしょうがない。

 

「えっと、その……」

「その、なにかなー?」

「団長さんが調べてたお店、もし今度時間があったら三日月と行ってみたいなって……もちろん、自分でもちゃんと調べたりするけど!」

 

 もじもじとしながら最後には自棄っぱちに放たれたその言葉に、しばし三人とも固まってしまった。

 なんともいじらしく、乙女らしい理由である。こうして他人を冷かしているだけの自分たちが何だか悲しく思えてしまう。

 

「三日月かぁ……アイツはこういうの興味あんのかね?」

「さぁ? でもアトラちゃんの誘いならけっこう乗ってくれそうな気もするし」

「三日月さんがクリュセでデートかぁ……なんだかイメージし辛いな」

「も、もう! そんなに色々言わなくても良いじゃない!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 笑って誤魔化したラフタであるが、言われてみれば今回紹介されていた店はどれも面白そうなところばかり。意外とオルガのセンスは悪くないのかもしれない、そんなことも考えてしまう。食べ物関連なら三日月の食指も少しは動く……かもしれないと思う。

 そうしてしばらく話していた一同だが、再び本来の目的へと戻っていく。実際にはライドとアトラは出されたデザート類に舌鼓を打っているだけなのだが、シノとラフタは結構本気である。

 

「にしてもアイツら、なーに話してんのかねぇ……?」

 

 シノの視線の先では、先ほどまでの雰囲気とは打って変わって真面目に話している二人の姿があった。

 

 ◇

 

 ジゼルとオルガ。先ほどまで両者の間に漂っていた緩い雰囲気はすでになく、店のその一角だけまるで戦場もかくやと言わんばかりに空気が張り詰めている。

 互いにいつかこの時が来るとは感じていた。思想や信念の点で相性がいいのは事実だが、それだけでは立ち行かないのもまた真実。彼女の危険性を認めるからには、いつかどこかで腹を割って話す必要があった。

 

 ただオルガにとって予想外だったのは、まさかこのタイミングとは思わなかったところだろうか。目の前で味も分からないフルーツタルトを美味しそうに頬張っている少女は、いつも思いもよらぬ切り口を見せてくる。

 

「むぐ……もぐ、団長さんも食べますか?」

「いや、良い。それよりさっさと腹割って話そうぜ。なぁ、参謀さんよぉ?」

 

 差し出されたフォークをにべもなく振り払い、敢えて凄むように言ってみせた。この程度ジゼル相手には糠に釘もいいとこだが、マイペースな彼女を本題に引き戻すにはこれで十分だった。

 狙い通り、そこでようやくフルーツタルトを食べるのを止めたジゼル。まだ半分ほど残っているタルトを未練がましく一瞥してから、真面目な顔つきでオルガへと向き直った。

 

「では団長さん。単刀直入に訊きますが、あなたの目指す上がりとはなんでしょうか?」

「急に何かと思えば、そりゃあアレだ。鉄華団(かぞく)の皆がこれ以上切った張ったの世界で生きていかないで済むよう、真っ当に鉄華団を大きくすることだ」

「つまり戦いからは離れると? 現在行っている護衛任務や海賊退治などの仕事は完全に切り上げて、他の産業を主軸とする組織に切り替えていくと?」

 

 ジゼルの確認にオルガは大きく頷いた。実際問題、彼の本音としては武力に任せた危険な仕事を鉄華団(かぞく)にさせたくはないのだ。今はそれが一番手っ取り早く稼げて、かつ鉄華団の売りになっているから手を出しているだけ。いつか必ず命の危険のない、真っ当な仕事だけに絞ると決めている。

 

 けれどそう、その道は目の前の存在とは相容れない選択であり──

 

「なるほど、よく分かりました。これではジゼル、団長さんにとって要らない存在になってしまいますね」

「……まぁ、なるだろうな。もちろん、そん時になってアンタを用済みとして放り出すなんて筋の通らない真似はしねぇつもりだ。だが──」

「それとジゼルが納得できるかどうかはまた別の話ですね」

 

 再び頷く。戦いや命のやり取りから手を引くということはつまり、ジゼルを雇う上で大前提となる”殺し”が無くなるということだ。異常な殺人快楽者であるジゼルだから、無理やりに抑圧された欲求はどこかで箍が外れることだろう。そうなれば鉄華団の不利益は免れない。

 故にジゼルは最初に語ったのだ──”このままでは殺し合いになる”、と。血生臭い仕事は止めたいオルガと、誰かを殺したいジゼルと。最終的な目的が食い違ったまま目指す上がりへと共に到達してしまえば、どのような惨劇が起きるかは想像に難くない。

 

 今度は囁くようにジゼルが語る。テーブル越しに身を乗り出した彼女から、甘いミルクのように(かぐわ)しい、女性らしい柔らかな香りが漂い鼻孔をくすぐる。

 彼女が纏う香りなど、血と硝煙と腐臭に塗れたもの以外にあり得ない。オルガは勝手にそう考えていただけに、こうも良い香りがするのがどこか不思議に思えてしょうがなかった。

 

「団長さん達の幸せが平和な生活を謳歌することなら、ジゼルにとっての幸福は誰かを殺す事です。それより幸福になれる何かを、ジゼルはまだ知らないので」

「……じゃあどうする? 今からでも鉄華団を辞めて、マクギリスの下にでも行くか? アンタはもう十分に働いてくれたんだ、鞍替えしたいっていうなら止めやしねぇよ。退職金もたんまり払ってやる」

「いえ、その必要はありません」

 

 いやにはっきりとした宣言だった。ついさっき互いの不吉な行く末を暗示したとは思えないほど明るい声音。どこからその根拠が来ているのか、オルガにはてんで分からない。

 彼女の金の瞳が、射貫くようにオルガを捉えた。

 

「ジゼルは鉄華団が有る限り、団長さんのお役に立てます。団長さんもまた、ジゼルにとって掛け替えのない存在になれます。そこさえはっきりさせておけば、ジゼル達が殺し合う必要なんて微塵もありませんから」

「そりゃあ、俺もアンタと殺し合いなんざ死んでもお断りだがよ。だけど結局、鉄華団(おれたち)の上がりとアンタの目的は真逆なんだ。なのにどうしてそう言いきれる?」

「簡単なことですよ。結局ジゼルは幸せに生きられればそれで良いのですから」

「……? そいつはいったい」

 

 言葉の意味がよく呑み込めないオルガ。そんな彼にジゼルはフォークをプラプラと揺らしながら、ゆっくりと説明する。

 

「これは至極簡単な交換条件です。ジゼルはこれからも団長さんの助けになって、不本意ながら拝命した参謀の地位に相応しく活躍してみせましょう。だから団長さんは、殺人に代わるジゼルの幸せを一緒に探してはくれませんか?」

「アンタの幸せを……? だけどそりゃあ──」

「はい、とっても難しいと思います。昔ジゼルは四年間殺人衝動と向き合い、悩んで、色んな習い事に手を出して、それでも殺人以上の幸福は見つけられませんでしたから。でもきっと団長さんとなら、見つけられる予感がするんです」

 

 ジゼルの言葉には酔狂でも冗談でもない、心からの真摯な想いが込められていた。自身の胸に手を当てた彼女は本心から、オルガとならば自分をこれまで惑わせてきた命題を解決できると信じているのだ。

 そして同時に考えてしまう。もはやそれは不可能で、ジゼル・アルムフェルトは救いようもなく殺人者にしかなれなのではないかと。悲しい結論かもしれないが、これまでの凶行を鑑みればむしろ自然な結論と言えた。

 

「なぁ、アンタはまだ諦めていないみたいだが、そいつはもう無理な相談なんじゃないのか?」

「まだ世の中にはジゼルが知らないことなどたくさんあります。今は殺しが一番ですが、きっと何かあるはずです」

「でもなぁ……あんまし言いたかないが、持って生まれたもんを無理に捨てようとする方がよほど──」

 

 ──マズいんじゃねぇか? そう続けようとしたその時だった。

 

 バン、と机が叩かれる。咄嗟に目線をあげれば、そこにはジゼルが両手をテーブルに叩きつけて立っていた。勢いで零れた紅茶がテーブルを濡らす中で、初めて見た。彼女が怒るところを、その瞳が烈火に燃えている所を。

 

(わたくし)だって、望んでこのように産まれたわけじゃない……!」

 

 初めて見た。彼女が絞り出すような声で叫ぶところなど。

 思いがけない怒りの発露にオルガが呆気に取られている内に、ジゼルはハッとして我に返った。周囲の客からの訝し気な視線を気にしつつ、ひとまず着席する。

 すぐに零してしまった紅茶をお手拭きで拭き取ってから、今度は恥ずかしそうに視線を伏せた。

 

「……すみません、取り乱しました。ジゼルらしくない行動でしたね、反省してます」

「いや、良いさ。俺も配慮が足りなかった、すまねぇな」

 

 思い返せば、かつてジゼルの面接をした際も言っていたことだ。望んで人殺しに生まれた訳ではなく、他の物事で紛らわせようとしても駄目だった。だから開き直って今の狂人としての生き方を始めたのだと。先の発言はただそれだけのことしか言っていない。

 だけど意外だったのは、それをジゼルがまだ気にしていたということだ。てっきり彼女は”そういう存在”として割り切ったものだと感じていたし、事実今までもそのように振舞っていたと思うのだが。

 

 などとストレートに訊ねてみれば、ジゼルもまた戸惑いがちに答えてくれた。

 

「ジゼルはとても幸運でした。三百年前はアグニカと共に戦えて、今はこうして団長さんに拾ってもらえたのですから。ジゼルのような破綻者が二度も恵まれた職場にありつけるなんて、普通考えられないことです」

 

 だけど、だからこそジゼルは恐れてしまったのだ。

 

「仮に次が有ったとして、その時ジゼルは団長さん以上に波長の合う方と出会えるでしょうか? もしかしたら誰とも馬が合わず、不満を抱えたままになるかもしれません。人は一人では生きられない、それはジゼルだって例外じゃありません。むしろ大いに当てはまります」

「それならむしろ、ギャラルホルンやテイワズに雇ってもらえばいい話じゃないのか? アンタの実力があれば諸手を挙げて歓迎してくれんだろ」

「そういう問題でもなくて……えーと、その……つまりですね」

 

 やけに歯切れが悪い。まるで奥歯に何かつっかえたかのような、どうにも煮え切らない態度だ。

 それでも辛抱強く待ってみれば、意を決したかのようにジゼルは言った。

 

「ジゼルにとって気が合う人の存在と殺しはセットなんですよ。どちらが欠けてもジゼルの幸福は遠のきます。そして前者は運次第だから容易く手放せはしませんが、後者はもしかしたら変えられるかもしれません。だからこうして団長さんに頼んでいるのです」

「……なるほどな」

 

 簡潔に言えば、ジゼルは鉄華団に居心地の良さを感じているのだ。故にそこから動きたくないし、可能な事ならずっとそこに居たいとも考えている。そのために殺人に代わる何かがあるなら、そちらに鞍替えしたいという訳だ。

 そこで「本当は殺人だって嫌々してたんです」とは言わない辺りがジゼルらしいとも思うが。快楽殺人者として人殺しもしっかり楽しんでいるのだから、やはり食えない狂人である。

 

「事情はよく分かった。さっきはああ言っちまったが、そういうことなら協力すんのは構わねぇよ。どうあれアンタも鉄華団の一員なんだ、団長ならその助けになるまでさ」

 

 あまり面と向かってジゼルを家族と言い切るのは気恥ずかしいし違う気がするが、それでも大事な仲間であることには変わりない。鉄華団を仕切る団長として、団員の悩みにはしっかり向き合いたかった。

 なによりジゼルが自分からマトモになりたいと提案してきたのだ。もはやオルガは心配などしていないとはいえ、一つでも不安要素が消えてくれるなら是非もない。

 

「だけど俺なんかで本当に良いのか? もし鉄華団が上がりに辿り着いて、それでも見つけられなかったらその時はどうする?」

「見つけられなければ、その時は大人しく鉄華団を去りましょう。悪いようには致しません。それに、団長さんはきっとジゼルと一番相性がピッタリの人だと思いますから。心配する必要はありませんよ」

「そ、そうか……アンタがそう言うなら別に良いけどさ」

 

 相性ピッタリ。

 きっとジゼルの言葉に他意はないのだろう。ただ、聞いているとなんだかオルガの方が恥ずかしくなってしまうセリフでもある。綺麗な女の子に言われて嬉しくないと思う程、オルガも男をやめてはいないつもりだ。

 

「ともかく、そういう訳なのでまだまだジゼルと団長さんは手を取り合うことが可能です。団長さんが頭を悩ませている時は、ジゼルも一緒に打開策を考えます。あなただけに任せず、考えを止めることもしません。だから団長さんも、ジゼルの新たな幸せ探しの為に協力してくださいな」

「いいだろう。俺はアンタの幸せとやらを探す手伝いをする代わりに、アンタの力を存分に借りる。これで良いか?」

「もちろんです。改めてよろしくお願いしますね、団長さん」

「ああ、こちらこそ頼む」

 

 ジゼルから差し出された手を、オルガはしっかりと握り返した。その感触は小さくて柔らかく、そしてどこかひんやりとした手だ。

 こうして、二人の道は再び同じ方向を向いた。鉄華団が上がりに至るまでの間にジゼルが殺人を止められるか否か、今回の話はそこに集約されている。もし駄目なら、そこで両者の道は別れる事になるだけだ。もはや最悪の場面など存在しないと言って良い。

 

 そこでふと、オルガの脳裏にかつての戦友の姿がよぎった。懐かしいその姿は、二年以上も昔に地球で散った仲間のものだ。

 

「なんつぅか、ビスケットを思い出すな……」

 

 オルガが前を見据えて走ることで鉄華団を引っ張る役割を担うなら、先を見据えて慎重に意見を出すのはビスケットの仕事だった。ひたすら進むオルガを諫めてくれていた彼の死には、しばらく参ってしまったものである。

 ジゼルとビスケット。性別も性格も思想も危険性も何もかも真逆だというのに、将来を見越した警鐘を鳴らす姿だけはよく似ていた。もし今もビスケットが生きていれば、彼はどんな意見を放ってくれたのだろうか。ふと想いを馳せてしまう。

 

 けれどジゼルの方は、ビスケットという名を別の方に解釈してしまったようだ。

 

「ビスケット? 確かにこのフルーツタルトの生地はビスケットみたいですが……もしかして、やっぱり団長さんも食べたいんですか? 味の感想も訊きたいので、どうぞ遠慮なさらず食べてみてください」

「あ、いや、そういう訳じゃなくてだな」

 

 しどろもどろになりながら差し出されたフォークを避ける。けれど今回は中々の食いつきだ。全然諦める気配がない。

 それからしばらく妙な追いかけっこを続けて、ついにフォークが口へと侵入した。そうして強制的に食べさせられたフルーツタルトの甘さと、滅多にない得意げな笑みをしたジゼルの姿がやけに印象に残ったのだった。

 




【朗報】ラスボスに修正化パッチが入るかもしれない

ぶっちゃけここからジゼルがどうなるかは作者の私でも決めかねているラインです。この先の展開はおおよそ決めているのですが、彼女の扱いだけはどう転んでも悩んでしまいそうなので……


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#31 似て非なる者

 ──始まりの夢を見た。

 仕立ての良い服を着た赤銀の髪の少女が、うずくまった男を見下ろしている。
 しかし少女の握った銀にきらめく包丁には、赤も鮮やかな血糊がべっとりついていた。しかも少女の目の前にうずくまる男は腹から大量の血と臓物を落としており、既に絶命しているのは素人目にも明らか。信じられないとばかりに目を見開き、それが最後となったのだ。

 結論から言えば、これは正当防衛の範疇と言って良いだろう。
 少女は着の身着のまま屋敷を飛び出した箱入りの令嬢であり、殺された男は少女の身形を見てカモにできるとほくそ笑んだ悪党だ。男は人影のない路地裏で少女に襲い掛かったはいいが、()()()持っていた包丁に刺されて返り討ちにされただけのこと。非があるのは圧倒的に男の方であり、少女の方は強く責められる謂れなど何一つない。

 それでも、もし現場を第三者が目撃したなら。きっとそれ以上に言いようのない不気味さを、少女の無表情から感じたことだろう。

「これが……人を殺した感触……」

 人一人を殺したはずなのに、少女の心はさざ波ほどの恐怖も動揺も抱いていない。
 少女は陶然としたように一言呟いてから、

「ふふっ、アハハッ……! とっても楽しい! 今までの悩みはなんだったのかしら!」

 今度はその口元が狂喜を湛えてにんまりと弧を描いたのだ。
 笑う。(わら)う。(わら)う。どこまでも愉快でおかしくて堪らなかった。自分を組み伏せていいようにしようとした男は、呆気なくその人生を終えてしまったのだ。きっと予想もしなかったに違いない。
 他者の人生を自らの手で終わらせ、破壊するという背徳的で禁忌を孕んだ行為。その事実はどこまでも甘美であり、ついさっき肉を抉ったあの感触すら愛おしくて仕方ない。

 かくして少女、若き日のジゼル・アルムフェルトはここに最初の殺人を犯した。生まれ育った屋敷を飛び出し、巨大な戦争を止めようとする組織『ジェリコ』へ加入するまでのほんの数日に起きたことだった。
 包丁を持ち出したのは、単にそれしか人を殺せそうな凶器(もの)がなかったからだ。令嬢たる彼女の周囲には銃なんてものはなかったが、料理人の扱う包丁ならばいくらでもあった。その内の一本を拝借して鞄に忍ばせておいたのが、土壇場の窮地で役に立ったということだ。

「あぁ……もっとたくさん殺したいなぁ……一人程度じゃ(わたくし)は──ジゼルは、全然満足できませんよ……」

 それまで曲がりなりにも自身の殺人欲求と向き合い、抑止しようと試みていたのが馬鹿らしいくらいに巨大な快楽の渦。きっともう下着は駄目になっている。それくらい気持ちよくて、陶然とさせられて、堪らない快感だったのだ。
 最初は一人殺せれば満足できると思っていたのに、まるで藁屋根のように自制心は吹き飛んでしまった。
 もっと欲しい、もっと殺したい。
 ただ一つの凶暴で醜悪な思念だけが加速度的に増加し、ジゼルの心を支配していく。もはや令嬢などという皮は脱ぎ捨てた。ここにあるのはただ最低最悪の本性をついに開花させた、ジゼル・アルムフェルトという生身の殺人鬼に他ならないのだから。

 ──これが彼女の始まり。数多積み上げた屍の山の一番下、原初の殺しに他ならない。

「……まったく、随分と懐かしい夢を見たものです」

 ある朝のこと。目覚めたジゼルの第一声はそれだった。
 始まりの夢を見た。まだ世間について右も左もわからなかった頃、自らの身を守るために初めて人を殺した時のことだ。
 思えば全てはあの日に始まった。あの殺しを経験したからジゼルは自らの本性をより深く自覚し、殺人狂としての道を歩み出したのだから。吹っ切れる切っ掛けをくれたと思えばあの男性に感謝してやっても良いくらいである。 
 今の自分には何一つ文句など無い。かつて満たされぬまま延々と殺人欲求を抑えこんでいた時と違い、狂った自らを肯定した現在のなんと気楽で幸福なことか。知らない相手がいくら死のうが知ったことじゃない、自分にとって大切なのは誰かを殺して貪る快感と、与えられた恩にきっちり報いることだけなのだから。
 
 だから重ねて、()()()()に後悔はない。これ以上なく人生を謳歌していると断言できる。こんなにも悪徳に塗れた自分には邪悪こそ相応しい形容詞だと自負しているが、かといってそう易々とこの生き方は変えられない。変えたいとは思うが、変わらないなら別に構わないとも思っているのだ。

 でも、ならば生粋の殺人鬼として生まれ落ちたこと自体に感謝しているのかと言えば──

「今日も誰かを殺してもいい、良き日になりますように」

 ──きっとそれだけは、嘘になってしまうのだろう。



 ここ半年以内に加入した新入りの鉄華団団員たちの中でも、デイン・ウハイという人物はよく目立っていた。

 

 特徴的なのは糸目と見上げるほどの巨躯、けれど見た目に反して非常に温和な性格をしている。常識的で色んな人物達の緩衝材となってくれる彼は、血気盛んな者が多い鉄華団の中では貴重な人材だ。

 巨体と性格のギャップ、さらには意外な手先の器用さも相まって新入り達の中では異彩を放っているデインだが、その経歴は案外と謎が多い。彼自身寡黙であまり自身を語らないこともあり、彼の配属となった整備班の者たちでも知っている者はまったくいないのだ。

 

 とはいえ、それは取り立てて不評を買うようなことでもない。元より自らの過去すら捨てる羽目になった少年兵たちの立ち上げた組織なのだ、過去が不明だからと騒ぐ者が皆無だったのはデインにとって間違いなく救いだったと言って良い。

 

「はぁ……」

「どしたんだよデイン、そんな辛気臭い顔して」

「いや、なんでもない」

「そっか、ならいいけどよ」

 

 それで納得してくれたのか、対面に座るハッシュ・ミディは黙々と飯を食べる作業に戻って行った。彼の隣に座るザック・ロウもチラリとデインを一瞥してから、また食事を再開する。

 デイン、ハッシュ、それにザック。この三人はほぼ同時期に鉄華団に加入した新入り団員たちであり、性格も出自も配属先すらバラバラの割にはよくつるんでいる三人組だ。今も普段通り仕事終わりに合流してから、三人そろって食堂に飯を求めてやって来たところである。

 

「なぁ、ハッシュ」

「今度はなんだよ?」

「お前、また()()()にMSの稽古つけてもらったのか?」

「おう、そりゃあな。強くなるための近道は強い人に教わる以外に無いからよ」

  

 飯を飲み込み当然とばかりに答えたハッシュ。その顔はどこか誇らしげにも見えてしまい、デインはまたも溜息を吐いてしまう。今度は気づかれぬようごく小さく、だが。

 まだ新入りのハッシュではあるが、彼は予備隊の一員として例外的に獅電のパイロットとなっている。けれど新入りだけあり練度は素人もいいところだから、独学と日常の訓練でどうにか補っていたのがつい最近までの話。それでは限界があると悟り、ついに時間外訓練まで始めたのがほんの二日前のことだった。

 

「三日月さんは分かるけどよぉ、あの人そんなに強いのか? なーんか普段はぽけーっとしてるっつうか、眠そうにしか見えないからなぁ……」

「ザックは知らないからそんなこと言えんだ。この前のMAとやら相手に戦った時の記録を知ればきっとそうは思わない」

「そういうもんなのかぁ? あの人──ジゼルさんって普段は事務員じゃないか。見た目が強そうな昭弘さんやシノさんと違って全然強そうに思えないっつうか、もし俺がこっそり襲い掛かってもあっさり倒せちゃいそうっていうか」

「おいおい……」

 

 相変わらずとぼけたことを言うザックに頭を抱えてしまったハッシュ。これも普段通りといえばその通りなやり取りだが、傍から聞いてるデインとしてはあまり聞き捨てならない会話だった。

 

「どこがどんな風に強いんだ、あの人は?」

「……なんだろうな、効率的に戦う方法を教えてくれるっていうか。三日月さんの戦い方は技術と暴力を合体させた力業って感じだけど、ジゼルさんの戦い方は効率よく敵を倒すための戦い方だ。()()()()()勝負してる分、余計にそう感じる」

 

 「まだ三日月さんと戦ったことは無いから正確かは知らないけどさ」、苦笑気味にそう付け足したハッシュである。

 ある事情から強くなることに貪欲なハッシュは、さらに自分の糧を増やすべく鉄華団でも腕利きのパイロット達に頭を下げて教えを請うた。その結果承諾してくれたのは時間や性格の問題もあって二人だけ。それが三日月とジゼルだったのだ。 

 しかし三日月の愛機(バルバトス)は大破してしまい歳星でオーバーホール中、ジゼルもまたなぜかフェニクスをバルバトスと一緒にテイワズの方に預けているらしく、本来の実力は発揮できない状態だ。その二人も数日後には団長と共にテイワズに出張らしく、頼み込んだハッシュからすれば不本意極まりない状況であったのだ。

 

「でも、そのおかげで色々つかめたことがある。あの人は人の死角を突くのが上手いんだ。単純に視認できない位置取りとか、心理的な死角とか、そういうのを取るのが滅茶苦茶うめぇ」

 

 フェニクスの操縦は阿頼耶識システム頼りなので、阿頼耶識システムを積んでいない獅電の操作にジゼルは慣れていない。さすがに新米のハッシュよりかは場数があるだけ上手かったが、たぶんダンテやデルマ、ライドといった面々より同じかむしろ下手程度の力量しか持ち得ていないのだ。

 なのに位置取りや細かい動き方は他の面々よりも遥かに巧みだった。”ここはこのように動くはず”という思考からことごとく外れてくるのだ。慈悲も容赦もなく追い詰めてくる様はあたかも狩人のようであり、もし彼女が人殺しに特化した存在と言われても素直に信じられるだけの空恐ろしさをハッシュは感じたのだった。

 

「正直俺もあの人の得体の知れなさは苦手だし、そう言われるのも実際に戦ってみてよくわかったよ。だけど学べることも多いんだ、それを無駄にすることはできない」

「おー、言うなぁハッシュ。その調子で頑張れよー、お前が出世したら同期の俺も鼻が高いからよ」

「当たり前だろ! 俺は絶対一流のMSパイロットになって、三日月さん達を超えるんだ。誰に無理と言われようと、笑われようとやってやるんだ」

 

 ハッシュも後方援護としてMAと戦ったから、ジゼルや三日月といった面々の戦いぶりはよく見ている。その実力差に心が折れかけたこともあったが、けれど諦められなかった。彼のストリートチルドレンという出自と、それに起因する過去の出来事が簡単に折れることを許してはくれないのだ。

 だからハッシュは前を向く。先達の強さは百も承知、尊敬の念すら覚えるほど隔絶した技量だ。けれどそれとこれとは話が別、超えたいと願い努力すること自体は何も間違っていないと信じている。

 

 その決意の源から聞き及んでいるデインは、彼らしい柔和な笑みを浮かべた。

 

「頑張れよハッシュ。お前は、そのままの真っすぐさで強くなるんだ」

「お、おう。よく分からんがありがとよデイン」

 

 戸惑いがちな返答が逆に頼もしかった。彼ならきっと大丈夫だろうと信じられる。

 だってハッシュには、自分やジゼルのような”人殺し”としての強さを知ってほしくないのだから。

 

 ◇ 

 

 鉄華団には就寝時間が定められてはいるものの、あまり気にしている者はいない。実際夜に出歩いていても他人の迷惑にならない範囲なら気にされないのが暗黙の了解だ。

 だからとある思い付きでデインが深夜の外を歩いていても、誰に咎められることも無かった。悠々と本部の入口を抜けて外に出れば、火星の夜空が一面に広がっている。透き通るように美しい満点の星々、しばし目的も忘れて見入ってしまった。

 

「……これか」

 

 大気を伝って耳に届いたのはハーモニカの音色だ。遠くから静かに響くその音色が、夜空に溶けては消え去っていく。夜だからあまり音量は大きくないのに、澄み渡る空気に乗ってどこまでものびやかに響き渡りそうな美しい旋律である。

 デインの思い付きの目的はこれだった。ここ最近、深夜になると外でジゼルがハーモニカを吹いているらしいのだ。とんだ近所迷惑といった行いだが、聞いているとどうにも安眠できるので意外と評判は悪くない。

 いったい何の目的でそのような事をしているのかは不明だが、デインにとっては好都合な情報だった。

 

 ゆっくりと音色が流れてくる方向へと歩いていく。次第に音が大きくなってきた。人気のない外周部は物寂しく、星明りが非日常的な雰囲気を醸し出している。その先にジゼルはいた。

 星の照らし出す微かな光に赤銀の髪を遊ばせて、目を閉じてうっとりとハーモニカを吹いている。まるで外界など何一つ知らないとばかりに超然とした有様だ。用が有って来たデインですら、声を掛けるのはどこか憚られるほど。

 

 それから五分も経っただろうか。ようやくジゼルが演奏を止めて、ハーモニカを懐にしまった。そこでやっとデインがすぐ傍に来ていたことに気が付いたのだった。

 

「おや、こんばんわ。このような夜更けに出歩く人がいるとは」

「……どもっす。俺は──」

「デイン・ウハイさんでしたか。あなたのことはよく知っていますとも。ハッシュさんと仲が良く、なによりジゼルと同じ”人殺し”らしいですからね」

「……」

 

 お手上げとばかりにデインは肩を竦めた。それでも彼の巨体は女性であるジゼルと雲泥の差があるのに、今だけは存在感が逆転したかのようにも思えてしまう。

 既に諸々の事情は知られていたらしい。デインたちが鉄華団に加入した時ジゼルは地球支部に居たから、デインの事を知る機会はここ最近しかなかったはず。マイペースでつかみどころのない性格の割に情報収集にも余念がないようだ。

 

 ともかく一つ言えるのは、オルガ団長以外誰も知らないはずのデインの過去をジゼルが知っているということだった。

 

「ああ、別に責める気なんてこれっぽっちもありませんよ? ジゼルだって同じ穴の(むじな)ですし。ちなみに参考までに、何人殺しましたか?」

「……四人です。一人目は喧嘩の弾みで、二人目以降は生活に困って金が欲しかったのでやりました。どうしても家族に必要な薬があったもので、その分も」

 

 温和で知られているはずのデインが語る信じられないような過去。それは、鉄華団に加入する以前から人を殺したことがあるということだ。

 確かに鉄華団は武闘派の組織だから、人殺しの経験なんて珍しくもなんともない。けれど世間一般では人殺しとは重罪であり、また容易に実行できるようなことでも決してないのだ。だというのに殺しを四回も行うなど、マトモな神経では絶対にできない行いと言えよう。

 

「なるほどなるほど、そうでしたか。ですがよく捕まらずにすみましたね。証拠隠滅の才能があるのなら、是非ともジゼルにご教授願いたいのですが」

「そういう訳じゃありませんよ、ただ運が良かっただけっす」

 

 巨体の割に穏やかな性格というギャップは、逆に人々の印象に根付きやすい。だから捜査の上でも全くデインは注目されず、四度もの凶行を重ねることができたわけだ。

 それでも最後の殺し、つまり四回目の時は駄目だった。ついに証拠を揃えられてギャラルホルンに捕まり、投獄された。服役が終わったのはつい半年ほど前、鉄華団に加入する直前のことである。

 

「そこでオルガ団長と出会いました。あの人は路頭に迷っていた俺を拾って、鉄華団に誘ってくれたんです。『家族のためにやったというなら、性根から腐ってるわけじゃない』って」

 

 オルガらしいと言えばらしい言い草だった。鉄華団は急成長企業であると同時に、行き場のない者たちの駆け込み寺となっている側面もある。だからデインのように過去の罪のせいでマトモな職に就けない手合いを拾うのもお手の物だったのだろう。

 それに、どうしようもない殺人者を雇うという経験はかつて通った道である。きっと躊躇いなどどこにもなかったことだろう。実際デインと面会した際には『もっと危険な奴を雇っているから大丈夫だ』と笑っていたのを覚えている。

 

「団長さんはジゼルすら雇ってみせた人ですからね。四人殺した程度の人なんて、一般人を雇い入れるのと大した違いは無かったと思いますよ」

「……そういうあなたは、とても危険な人だ」

 

 そのもっと危険な奴というのが、ここまで危険だとはさすがに想像もしなかったが。

 

 誰もが薄々感じながら、けれど『いや、それはさすがにあり得ない』と思考を止める一線。けれど同じ一線を越えたことがあるデインだから、ジゼルの本性を察する事など容易かった。間違いなく殺しこそ生き甲斐とする、ある種傭兵や戦争屋よりも性質の悪い存在なのだと。

 覚悟を決めて懐に手を伸ばす。此処に来た目的を果たすために持ち出したモノを向けようとして、先にジゼルがひらりと手を振った。

 

「それをこの場で出してしまったが最後、ジゼルはあなたを殺す他なくなります。それはあなたを受け入れた団長さんにも不義理なので、止めてくださいますか?」

「それでも……いつかあなたがオルガ団長の障害になるというなら……」

 

 服の中に忍ばせていたのは拳銃だ。もしこのままジゼルを放置して恩義ある鉄華団に迷惑が掛かるというのなら、いっそ自分が殺すと決めた。その行いで今度こそ自分の居場所はなくなるかもしれないが、巡り巡って鉄華団への恩返しになるというなら構わない。

 けれどどうしてか、手は震えてばかりだ。拳銃の固くひんやりした感触を感じたまま少しも動かせない。呼吸も乱れてしょうがない。もう四人も殺してきたというのに、目の前の少女一人殺せそうになかったのだ。

 

 それを知ってか知らずか、ジゼルはゆっくりとデインへと歩み寄って来る。一歩、また一歩。彼我の距離は縮んでいく。ジゼルはどこまでも自然体のまま、恐ろしい怪物へと変性を遂げていた。

 

「あなたの疑念は最もですがね。それは数日前、ジゼルと団長さんで話し合ったことです。あなたが気にすることではありませんよ」

「それは……?」

「団長さんもジゼルもその程度の懸念はできるということです。お気持ちはともかく、余計なお世話というやつかと」

 

 気が付けば目の前にジゼルは居た。彼女はするりとデインの懐に手を突っ込むと、握っていた拳銃をごく自然にデインから奪い取ってしまう。早業、というよりも意識の間隙を縫われたのだろう。まるで理解が追い付かないデインの前で、ジゼルは玩具のように拳銃を弄っている。

 そこでようやく身体が楽になり、乱れていた呼吸も元に戻った。まるで水中に潜っていたかのようだ、冷や汗が噴き出て止まらない。

 

 冷静に考えてみれば、先ほどまで強烈な殺気を浴びせかけられていたのだ。殺したことはあっても殺されかけた経験などないデインだから、ジゼルの放つ凶悪な殺意の奔流に身体が硬直させられたのだろう。

 

「ちゃんと弾は入っていて、整備も良好……十分使えそうですね」

「あの、それは自分の……」

「鉄華団参謀に私見から拳銃を向けようとした罰として、これは没収させていただきます。ジゼル、この手のモノの所持は許されていないので」

「……いいんすか?」

「良いんです。ジゼルだって善悪やタイミングというのは弁えているつもりですから」

 

 ジゼルに銃など子供に禁止兵器のスイッチを預けるようなものだが、ここはもう彼女を信じる他にない。だけど考えてみれば彼女は二年も前から鉄華団に居るというのに、大きな問題もなく過ごしているのだ。本当にジゼルの言った通り、これはデインの余計なお節介だったと言わざるを得ない。

 いつものデインならきっとこうも先走りはしなかっただろう。けれど自分の過去やジゼルの様子を重ねてしまいいても立ってもいられなくなったのだ。この短慮はさすがに反省する必要がある。

 

 クルクルと拳銃を回して遊んでいたジゼルは、懐へと銃を仕舞い込んだ。本当に持ち帰るつもりらしい。

 

「お互いの為にこのことは黙っておきましょう。あなただって団員の殺害未遂なんて汚名を着るのは嫌でしょう?」

「そりゃあまあ……」

「ジゼルとしては別にアリだと思いますがね。組織の為を考えて行動できるなら良い事ですし。ただ、誰かに相談した方が良かったのではないかと。例えばほら、ハッシュさんやザックさんみたいな方に」

「うっす……あの、ちょっと訊きたいことがあるんすけど」

「なんです?」

 

 不思議そうに小首をかしげたジゼル。愛嬌のあるその仕草は先ほどの殺気を叩きつけてきた人物と同じとはとても思えない。

 

「そのハッシュの頼みをあなた方が引き受けたのはどうしてなんすか?」

「ああ、そんなことですか。簡単なことですよ」

 

 くすりとジゼルは微笑んだ。 

 

「三日月さんはアレで仲間想いですから、自分が教えることで鉄華団の被害が減るなら良いなと思ったのでは? ジゼルはもちろんジゼル自身の為です。実は今、幸せ探しということをしていまして。この夜歩きハーモニカも、彼への指導も、全部その一環です。人生何が幸福かなんてやってみないと分かりませんし」

「は、はぁ……」

 

 確かに三日月は不愛想だが、実は結構仲間意識は強い方だとデインは知っている。そのような考えが根底にあってもおかしくはない。

 そしてジゼルについては好奇心で訊ねたはいいがよく理解できない発言だ。そもそも幸せ探しとは何なのだ、哲学的な命題である。とりあえずマイペースらしいとだけ覚えておく。

 

 スタスタと歩いていくジゼル。その背中が徐々に離れていく途中で、ジゼルはおもむろに足を止めて振り返った。星明りに瞬く印象的な金の瞳がデインをはっきり捉えている。

 

「そういえば一つ、ジゼルも訊きたいことがあったのを思い出しました」

「なんすか?」

「──初めて人を殺した時、あなたはどんな気持ちになりましたか?」

「……最悪っすよ。怖くてたまりませんでした」

 

 吐き気が止まらず、その日の夜は恐ろしさに震えて眠れなかった。自分の仕出かした罪の重さと、捕まってしまうのではないかという不安に圧し潰されそうだったのだ。

 デインにとっては思い出したくもない忌まわしい過去の記憶。それを聞いたジゼルは視線を前に戻すと、「ジゼルとは似ても似つかないですね、あなた」とだけ言い残した。彼女がどのような表情をしていたかは分からない。

 

「それじゃ、おやすみなさい」

「うっす」

 

 今度こそ去って行くジゼル。赤銀の髪を夜風に靡かせながら建物へと消えていくジゼルを、デインはしばらく見送っていたのだった。

 




中々デインの掘り下げって難しいです。公式でもほとんど情報がありませんし……口調の再現すらこれで良いのか不安が残るほどです。何かあれば遠慮なくご指摘くださればと思います。
それにしても、初めて前書きに本文を投入してみましたが、けっこう面白いものですね。本筋と少し外れた内容を書くのに最適な気がします。


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#32 テイワズ

今回、後書きに挿絵を付けております。


 ギャラルホルンでも迂闊に手を出すことは叶わない巨大複合商業組織『テイワズ』。

 その本拠地となるのは木星圏を巡行する巨大艦『歳星』だ。全長は実に七キロ、その規模もまたすさまじく歓楽街や商店街に加えて銀行や冠婚葬祭用の施設、果ては大規模なMS用の工房まで備えられている。この艦はもはや街、ないしはコロニーと呼んだ方が適切な有様なのだ。

 

「前にも思いましたが、どうやったらこんな大きな艦を作れるのか……ちょっと不思議ですね」

 

 フェニクスのコクピットでしみじみと呟いているのはジゼルだった。普段と違い白いワンピースに茶のベレー帽という装いだが、特に気にせず背中のファスナーだけ開けて阿頼耶識システムを繋いでいる。その両手にはクリュセで買ってもらったパンとチーズがあり、さらに無重力にかまけてドリンクのボトルをふよふよと遊ばせていた。

 

 ここは歳星の一角、MS用の巨大工房だ。マフィアとも称されるテイワズだけに自陣の戦力増強にも余念がなく、ギャラルホルンに頼らない独自のMS開発には強く力を注いでいる。この工房はそのために建設されたもので、いくつもの独自制作MS達がこの工房で完成を迎え宇宙へと旅立って行った。

 テイワズ傘下の組織で、しかもぶっちぎりで武闘派組織の鉄華団も当然その恩恵に預かっている。主戦力たるバルバトスとグシオンの改修及びオーバーホールはテイワズ持ちだし、ジゼルもまた二年前にフェニクスの修繕をしてもらっている。戦力でモノを言わせる鉄華団にとってはなくてはならないサポートなのだ。

 

「やあ、久しぶりだねお嬢さん。元気してたかな?」

 

 ふわりと下から登場したのは、白髪に眼鏡の印象的な老人だ。けれどその全身からは溌剌とした元気が滲み出ている。手に握ったスパナと合わせて非常にエネルギッシュな人物だ。

 

「えー……確か整備長さんでしたか。二年ぶり以上ですね」

「そうそう、その通りだ。いやぁ、私としても光栄な限りだよ。なんせあの伝説のガンダム・フレームを四機も自身の手で弄れたのだから! しかもどれもこれも好きなだけ弄って良いと来た! これで燃えない私じゃないさ!」

「そうですか、頼もしいですね」 

 

 歓喜のままにハイテンションな整備長と、いつも通り淡々としたジゼルと。ひどい温度差だった。

 とはいえ整備長の腕前は本物だ。バルバトスもグシオンもつい最近改修されたフラウロスも、全て完璧に仕上げてくれたのは彼なのだから。唯一フェニクスだけは保存状態が良かったので細かい修理しか出来なかったが、それも今日で終いだ。

 

「良かったのですか? バルバトスルプスはあの破損状況だから仕方ないにしても、ジゼルのフェニクスはほとんど壊れていませんし。わざわざ機体を見てもらう必要も無かったのではと」

「とんでもない! いいかい、ガンダム・フレームとは繊細なんだ。エイハブ・リアクター二基の出力にかまけた豪快なパワーばかりに目に着くが、それを可能にするフレーム調整は驚くほど緻密で難しい。そして! 君のフェニクスを診たのはもう二年も前! 既に駆動系は結構摩耗してたし、あの大型武器もガタが起こり始めてたよ。随分と乱暴に扱ったみたいだね!? それを放置するなんて私が許さない! あと弄らせてほしいのが本音さ!」

 

 言われて思い出してみれば、カノン・ブレードは投げたしフェニクスは高機動に任せて勢いよく振り回したしで中々雑に扱っている気もする。ジゼルとしては効率的に殺す為の手段だったのだが、整備する側の視点からみると度し難いことばかりだったらしい。

 かといって、ジゼルがそれを改めるかと言えば否だろうが。整備長の長弁舌を聞き流してパンに噛り付いているジゼルだった。パンとチーズ、それに紅茶がとても美味しい。オルガのセンスはジゼルからしても大満足だった。

 

「だから──って聞いてないね君!? いや、うん……それはともかくとしてだ。これらは全部私の理屈、本当のところはここのボス、マクマード・バリストン氏の意向もあっての改修なんだよ。だから本当に遠慮することはないのさ」

「マクマード氏? それはまたどうして──」

「さてね。後で面会するって話だし、直接訊いてみればいいんじゃないかな?」

 

 とんとんとスパナで肩を叩いた整備長。彼は子供の様に目を輝かせると、フェニクスの外装に手を置いた。

 

「君たちが歳星(こっち)に来るよりも十日くらい早く機体は到着してたから、こっちの方でフェニクスも最低限の修理は済ませてある。さすがにバルバトスルプスの損傷が酷かったから、そっちを優先させてもらったけどね」

「仕方ありません。治療順序(トリアージ)で言えばバルバトスルプスは緊急(レッド)、フェニクスは待機(グリーン)でしょうし」

「理解してもらえて助かるよ。それにもっと言うと、パイロットである君らの意見を訊ねたかった。だからバルバトス共々本格的な改修はこれからなのさ」

 

 そう言って後ろを向いた整備長の視線の先には、改修中のバルバトスの姿がある。派手に破壊された右腕はまだ直されておらず、逆に左腕もいったん外されている有様だ。まだまだ改修完了には程遠いと見える。

 

「三日月君にはこれから意見を訊くとしてだ。君はフェニクスの改修について何か案はあるかい? かつての厄祭戦も乗り切った今の姿が良いと言うならそれもアリだとは思うが」

「いえ、是非ともお願いしたいです。ある程度『こうだったら良いな』というビジョンは見えていますので」

 

 モグモグとパンとチーズを食べ終えたジゼルは紅茶で胃袋へと流し込むと、ぺろりと赤い唇を舐めた。

 

「フェニクスの基本機能は現在のままで構いません。けれどそう、武装をもっとたくさん持ちたいんです。現在の武器は対MA用のモノをそのまま流用していますから、対MS戦闘だとどうしても引き出しが少なくて」

「そういやこの前発掘されたMAは非常に巨大って話だったか……なるほど、それで対MA用に開発されたガンダム・フレームの武器は大型ばかりなのか! はっはー! 今になってまた一つガンダム・フレームの謎が解けるとは!」

「バエルなどはむしろ軽くて硬い武器を装備してましたが……ともあれオーダーはただ一つ、武装の大幅追加です。多少運動性が落ちようとも構いませんので、対MS用の武器を満載してください」

 

 そうすればジゼルは、より誰かを殺しやすくなるのだから。

 

 実のところ、このような改修案は厄祭戦の頃にも何度か提案されていた。それでもあくまで対MA用の武装から変わらなかったのは、それだけMAが強かったのと──ジゼルの本性が危険すぎたからだ。故に対人対MS戦には使い辛い大型武装を使わせることで必要以上の殺人を抑止しようと考えたわけである。

 だが結局ジゼルは厄祭戦で十数万もの人命を奪ってみせたし、しかも現在はフェニクスの改造を制止する者もいない。むしろ望んで整備してくれる者ばかりなのだからジゼルにとっては好都合だ。

 

「心得た! 君が十分に満足いくような武装を追加させてもらおうじゃないか!」

「お願いしますね」

 

 整備長が気合も新たにコクピットから離れていくのを見送って、ジゼルも立ち上がった。阿頼耶識システムを外し、下ろしていた背中のファスナーを閉めなおす。先ほどまで楽しんでいた味覚と嗅覚が急激に遠のくが、それももう慣れた感覚だ。 

 胸元の黒いリボンを調節してから、新しく卸したローファーを履いた足でフェニクスのコクピットを蹴って無重力の中空へと飛び出す。壁際に設置された手すりにつかまったところで、「おーい、一つ忘れてたよ!」と整備長の声が追いかけてきた。

 

「なんですか?」

「バルバトスにはルプス、グシオンリベイクにはフルシティの名を付けた私だが、君はどうする? 私が付けてしまうか、それとも君が考えるか?」

「……自分で考えておきます」

「そうか、分かった! 呼び止めてすまなかったね!」

 

 整備長が付ける名前は結構悪くないと思うジゼルである。少なくとも例の流星号に比べればずっとカッコいいとジゼルは思う。別に流星号も嫌いなネーミングではないのだが。

 だけどもし、新たにフェニクスに名前を追加するならどうするか。

 ずっと昔からそんなこと、ジゼルの心の中で決まっていたのだ。

 

 ◇

 

 歳星に存在する巨大な住居。水と和の調和したその住まいは、とても宇宙艦内部とは思えない完成度と威容を誇っている。

 その中に通されたのは鉄華団団長のオルガ・イツカ、それに三日月・オーガスとジゼルだった。用件は先日のMA討伐について。他にも売り下ろしたギャラルホルン謹製のMSの件も話し合う予定だ。

 

「よぉ、よく来たな皆の衆。まだ火星でやることも残されてるだろうに、呼びつけて悪かったな」

「いえ、そんなこと。今回の件、出来るだけ早く親父の耳に入れておいてもらうのは当然の事かと」

 

 マクマード・バリストン。

 その男は圏外圏で最も恐ろしい男と称される、テイワズのトップに立つ男だ。このご時世には中々珍しい和服を着こなし、恰幅の良い初老に差し掛かった身体は確かな威圧感と重圧を感じさせてくる。

 しかし気さくな挨拶と労いの言葉は好々爺然とした穏やかなものだし、オルガの方も一大組織のボスを相手に適度な緊張感を持ちながらも硬くはなっていない。前評判を聞いているとどこか拍子抜けする、奇妙な印象を与える男がマクマードだった。

 

「厄祭戦時代の遺物、MAだったか……その顛末、まずは聞かせてくれよ。その為に当事者の二人にも来てもらったんだからよ」

 

 鋭く問いながらオルガの後ろに目をやったマクマード。そこには半身不随のため車椅子に乗った三日月と、一応は身形を整えてきたジゼルの姿がある。どちらも大して緊張しておらず、いつも通りの自然体だが。後者に至っては初対面なのに大した図太さだ。

 

 ともあれ、まずはMAについての報告だった。

 

「元々アレは、テイワズから預かった採掘場で発掘されたものでして──」

 

 いつ発掘されたのか。どのようにその正体を知ったのか。討伐までどれだけ時間をかけたか、どんな手段を使って打倒したのか。

 滔々と説明するオルガを偶にフォローする形でジゼルと三日月が口を挟みつつ、話は円滑に進められた。全部話し終えた時には十五分程度だったろうか、すっかりオルガの口内は乾いてしまっていた。

 

「──以上が、俺たちの関わったMAの全てです」

「団長さん、紅茶飲みますか?」

「いや、親父の前でそいつは流石に──」

「気にしなさんな。その程度で目くじら立てるほど俺は狭量な男じゃねぇよ」

「……すんません、どうもコイツはマイペースなもんで」

 

 頭を下げてからボトル内の紅茶を飲み干したオルガは、再び毅然と前を向くとマクマードへと視線を戻した。マクマードの方は顎に手を当て、オルガに背中を向けている。

 

「なるほど、MAについてはよく分かった。随分と大変な目に遭ったみてぇだな、ご苦労なこった」

「ですがそれだけの価値はあったかと。結果的に採掘場は必要以上に荒らされる事はありませんでしたし、俺ら鉄華団の実力を改めてギャラルホルンに見せつけてやることも出来ました。鉄華団(ウチ)の名前が上がれば、それだけテイワズにとっての利益も大きくなるかと」

「その通りだな。しかも今回はギャラルホルンの新型MSをアホみたいに寄越してきやがった、コイツはデカいぞ」

 

 MA討伐ばかりに目が行きがちだが、ギャラルホルンでもまだ限定的な配備に留まっている新型MSのレギンレイズ、それを合計で十もテイワズは手に入れたのだ。ついでグレイズの純正リアクターもいくつか手に入れた──大部分は渋々マクギリスへと返還した──から、その利益は計り知れないものがある。

 上機嫌なマクマードは葉巻に火を点けた。紫煙をくゆらせながら椅子に腰かけ、鋭くもどこか柔和な気配を持ってジゼルへと視線を寄越す。まるで見定めているかのようだ。

 

「確かアンタが横槍を入れてきたギャラルホルンを全滅させた功労者だったな。名前は聞いてるが、本人の口から聞かせてもらいたい」

「ジゼル・アルムフェルトです。出身は今でいうアフリカンユニオンの北の方、年齢は……コールドスリープを考慮しないなら三二〇歳は超えますかね」

「ハッハッハッ。中々冗談の上手い嬢ちゃんだよ。いやはや、厄祭戦時代の生き残りなんざ正直眉唾物だと思っちゃいたんだが……」

 

 今度こそ目線が鋭くなった。葉巻を大きく吸って、ゆらりと煙を吐き出す。その仕草があまりに似合いすぎていて、確かにこの男こそ圏外圏のトップに相応しいと思わせるのだ。

 手に持った葉巻の灰を落とし、その先端をジゼルに向かって突きつける。

 

「その目だ。この歳まで生きてりゃ色んな奴を見てきたもんだが、その中でもアンタの目は血と殺意に塗れすぎてる。若いのに大したもんだ、この俺だってそこまでの目はしてないと思うがね」

「さて、直接的に殺したのと間接的に殺すのと。どちらの優劣もないでしょう。それと、ジゼルは若くありませんよ。三二〇歳と先ほど述べたはずですが。あなたよりも倍は年上なのです」

「お、おい……」

 

 この態度にはさすがにオルガも焦った。急いで咎めつつ三日月にフォローを求めれば、彼の目は「別に、普通でしょ」と語っているから堪らない。そういえば三日月もあんまり場の雰囲気を気にしないタイプだった。

 はたしてマクマードはといえば、一瞬虚を突かれた顔をしてから口角を思い切り吊り上げた。瞳にも剣呑な光はこれっぽっちもない。

 

「クッ、ハハハハハッ! こいつは痛快だ、俺を小童扱いとはな! いやしかし、厄祭戦時代の生き残りからすれば間違いでもねぇわな。まったく鉄華団には面白い奴ばかり集まる、なぁオルガ?」

「は、はぁ……ホントすんませんでした」

 

 ここに来てから恐縮しっぱなしのオルガである。マクマードの懐が大きいから良かったものの、そうでなければ何度オルガの首が飛んだものか。考えるだけでゾッとする。

 

「既に知ってるとは思うが、嬢ちゃんのMS改修にも便宜を図るように言い含めてある。精々上手く使ってやってくれ」

「感謝いたします、マクマード・バリストンさん。もし誰かを殺す必要が出たら、是非ジゼルにお声かけください。鉄華団と団長さんが許す限り、一度だけ無償でお力になりましょう」

「おう、よく覚えておくとも」

 

 ふわりとスカートの裾をつまんで礼をする姿は令嬢そのものだが、発言は物騒にも程がある。けれどマクマードはそのギャップに何ら関心を示すこともなく、ただ鷹揚に頷いたのだった。

 これでMA討伐の一件は終わり、肝が冷えるようなジゼルの顔見せも済んだ。後は売り払ったギャラルホルンのMSに関してだが──

 

「親父、入りますぜ」

「おう、ちょうどいいとこに来たなジャスレイ」

 

 警備員である黒服の手によって重厚な扉が開かれた。そこに居たのは赤髪の如何にもマフィア然としたガタイの良い男だ。派手なコートを着込んだ彼は悠々と前に進むとオルガの隣に並ぶ。それから忌々し気に隣を一瞥して、マクマードへと視線を戻した。

 

「オルガは知ってるだろうが、テイワズの商業部門を担当するJPTトラストのリーダー、ジャスレイ・ドノミコルスだ。今回鹵獲したっていう新型のフレームやリアクターはコイツらのとこに卸す算段になってる」

 

 マクマードからの紹介に胸を張り、どこか自慢げに笑っているのは気のせいではないだろう。事実この男はテイワズの専務取締役を務めており、実質的なナンバー2である。尊大な態度に見合っただけの地位も貫禄も兼ね備えているのだ。

 

「ま、モノがモノですからね。ウチくらい大きな商業組織でもなきゃ扱いきれない代物だ。まだ新参者の鉄華団にはどだい出来ない話ですよ」

「……そいつはどうも。俺たちはアンタとは得意な分野が違うんです、んなこと言われなくても分かってますよ」

「……なんだと? テメェ、誰に向かって口聞いてると思ってやがる?」

「テイワズのナンバー2、ジャスレイ・ドノミコルス氏だと認識してますが。ああ、それとも人違いでしたっけ?」

「ちっ、言わせておけば図に乗りやがって……!」

 

 互いに売り言葉に買い言葉、鋭い視線のまま火花を散らし合う。どちらも舐められたら終わりな稼業をしているのだ、引き下がれないのは道理と言えた。

 それにだ。元よりジャスレイは短期間で成り上がった鉄華団と、その兄貴分であるタービンズを快く感じていない。オルガもまたジャスレイの抱く悪意に察しは付いているから、両者が手を取り合って仲良くするなど無理な相談なのである。

 

 互いに水と油な関係性、ジャスレイの方が立場は上だがオルガの方は派手な実績をいくつも持っているのだ。少なくともこの小競り合いにおいてはどちらが上も下も関係なかった。

 

「そこまでにしときな、二人とも。俺の前で部下たちが殺し合うのも寝覚めが悪ぃしよ」

「す、すまねぇ親父……」

「すみませんでした……」

 

 両者にとっての親父(ボス)であるマクマードの取りなしでようやく二人は矛を収めた。それでも間に漂う険悪な空気は拭い去れていないが、ひとまずそれで十分だ。

 その後はまだ穏やかに話は進んでいった。非常に貴重かつ質の良い品を手に入れたいのはジャスレイの本心だし、オルガとしてもせっかくの莫大な収入をふいにしたくはなかった。なのでマクマードの仲介の元、分け前や扱いを定めたいくつかの取り決めが交わされ、当座の分は穏便に終わったのだった。

 

「そんじゃお先に失礼しますぜ親父。テイワズのナンバー2としてやることはたんまりあるんでね」

 

 一言断ってから出口へと歩を進めるジャスレイ。その途中、ジゼルの隣を過ぎたところでふと足を止めた。眠たげに「ふわあ……」と欠伸をしているジゼルをしげしげと眺めて、口元をニヤリと歪める。

 

「ったく、名瀬といい鉄華団(こいつら)といいどうして女を重宝すんのやら。上玉だからどこに置いても損はないってか? どいつもこいつも軟弱なこった」

「……団長さんを馬鹿にするというなら、殺しますよ?」

「おう、やれるもんならやってみな。ま、アンタみたいな華奢な女に俺を殺せるもんかよ、顔はいいんだ、精々男を(たぶら)かしてな」

 

 クツクツと笑いながらジゼルの長髪をサッと撫でると、片手を挙げてジャスレイは退出していった。その後ろ姿を目線で追うジゼルは怖いほどに無表情である。それから触られたところに自らも触れると、埃を取るような仕草をし始めた。

 

 マクマードはと言えば重たいため息を吐くと、オルガに対してそっと目線を下げた。

 

「悪いなオルガ。あんな小物でもウチに取っちゃ立役者の一人なんだ、おいそれと見捨てらんねぇし切り捨ても出来ねぇ。頼むから本当に殺してくれんなよ」

「謝んないでください親父。俺は別に気にしてません」

「そうかい。ならコイツは詫びの駄賃だが──」

 

 手招きでオルガを近くに寄せる。それからオルガの後方に視線をちょっと走らせてから、はっきりと囁いた。

 

「ちゃんと女の機嫌は取っておけよ。随分と不機嫌だからな、あの嬢ちゃんは」

「……肝に銘じときます」

 

 ……かつてのように、歳星の飲食店にでも連れて行って奢ってやるべきか。

 後ろから流れてくる不穏な気配を感じつつ、現実逃避気味にそんなことを考えてしまうオルガであった。

 




最近キャラ描写を色々と練り直していたら、いつかに作ったジゼルのイメージ絵がちょっと違うなと感じたので少々作り直しました。これに伴い、#26の後書きに付けた挿絵も変更しております。ご容赦ください。


【挿絵表示】


髪の長さがもっと長ければ良かったのですが……設定上これが限度でした。歳星滞在中のジゼルの基本容姿と考えていただければと思います。


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#33 始まりの引き金

 テイワズの幹部、ジャスレイ・ドノミコルスは心底から鉄華団が気に入らない。

 

 まず前提として、鉄華団の兄貴分であるタービンズが気に入らない。女に頼り、しかもジャスレイよりも後発ながら急拡大し力を付けた名瀬・タービンが面白くないのだ。テイワズの成長に貢献したのは自分だという自負が有るからこそ、マクマードが自分を差し置いて名瀬に目をかけている現状は見逃せなかった。

 そして現在は鉄華団までも気に入られ、いっそう名瀬側の力は強まるばかり。ジャスレイからすればガキばかりの組織がテイワズ内で幅を利かせ、あまつさえ自分の立場すら脅かすなどあってはならない事なのだ。

 

 火星よりオルガ、三日月、そしてジゼルが歳星へとやって来てから今日で二日目。前日の取引の際に行われた小競り合いがジャスレイの記憶にも忌々しく焼き付いていた頃だった。

 

「どうすんすか叔父貴(おじき)……これじゃ奴らの思うままだ」

「そうですよ! 俺たちだってテイワズの為に色々やって来たってのに、今や新参の奴らばかり注目されて!」

「なんか目にもの見せてやることは出来ないんすか!?」

 

 薄ら暗い室内の一室に、四人の男の姿があった。

 円形テーブルを囲んで座っている男たちの内、三人の表情は焦りと不安感ばかりだ。室内を照らす微かな明かりに彩られたその表情はまるでこの世の終わりでも迎えているかのよう。いや、実際に彼らは苦しい立場に居るのだ。

 

「落ち着け、お前ら」

 

 けれどただ一人、ジャスレイだけは違っていた。他の者たちが抱く焦りも不安感も垣間見せず、ただ悠然とグラスの酒を(あお)っている。この仕草一つとっても、彼こそこの場の支配者であると認識するには十分にすぎた。

 ここはジャスレイの自宅に設えられた一室だ。他の三人の男たちは特にジャスレイとの繋がりが強い者たちであり、テイワズ関係者でもある。故にテイワズでもトップクラスに位置するジャスレイを叔父貴と慕い、彼の子分にも似た立場に座っているのだ。

 

 かくしてジャスレイによる鶴の一声で三人は口を噤んだ。これ以上喚きたてるよりも、まずジャスレイの意見を聞く方が有用だとよく知っているからである。

 

「確かにタービンズも鉄華団も見過ごせねぇ。その気持ちはよーく分かるとも。だがな、奴らが現状勢いに乗っているのは事実だ。そいつを否定しちゃあ、潰せるモンも潰せやしねぇ」

「そいつは分かってますよ……! でも、それなら余計に手出しし辛いだけじゃないっすか……」

 

 吐き捨てるように男が言う。それに残る二人も同調して溜息を吐いた。やるせない気持ちばかりが場を満たす。

 ここに居る者たちの共通意見として、鉄華団とタービンズを快く思っていない。出来る事なら彼らを蹴落とし、自分たちが更なる恩恵に預かりたいと考えている者たちなのだ。

 けれど勢いに乗っているということは、なおさら勢いを削ぐのは難しいことを意味する。現状のジャスレイたちは確かに立場もコネも強力なものがあるが、逆を言えばそこで停滞している一派なのだ。このままタービンズ組が成長を続けようものなら、いずれ追い越されるのも時間の問題と言えよう。

 

「そうだ叔父貴、ギャラルホルンはどうなんすか!? アイツらと太いパイプのある叔父貴なら……」

「ああ、そいつは駄目だ。クジャン家のお坊ちゃんめ、『自分は協力できない』なんて生温いこと抜かしやがった。アイツらは頼りになんねぇよ」

 

 鉄華団を潰す前にまずタービンズをどうにかする──そう考えたジャスレイは、かねてより縁のあったクジャン家へと連絡を取っていた。内容はタービンズを嵌める為のもの、違法組織にでっち上げたところをクジャン家の力で叩き潰してやれば良いというものだ。

 マッチポンプ、不当な介入はギャラルホルンの十八番である。故にジャスレイの提案した策はこれ以上なく彼らの性に合っていたと確信していたのだが……つい先ほど交わしたやり取り、思い出すだけで腸が煮えくり返る思いだ──

 

『そういうわけで、まずタービンズを壊滅させれば──』

『一つ訊きたい、ジャスレイ・ドノミコルスよ。そのタービンズとやらは現状、何の罪も謂れもない一民間組織に相違ないのだな?』

『ええ、そうですよ。そいつがどうかしましたかな?』

『ならば今回の話、私は請け負えない。既に落ちた身ではあるが私にも誇りと意地があるのだ。自らの欲望にかまけて濡れ衣を着せ、民間人を虐殺する行いは最早できないのだ……!』

 

 これが一連のやり取りの詳細である。結局クジャン家、イオクは首を縦には振らなかったのだ。火星の騒動でクジャン家がかなり難しい立場に置かれていたのは知っていたし、だからこそ派手な手柄を欲していると考えただけにこの展開は予想外の一言である。

 しかもジャスレイが買収したレギンレイズを言い値で売り戻すと言っても聞かず仕舞い。何か事情があるようだが、ともかく強情にも程があった。

 

「だが俺たちがその程度で終わるもんかよ。温室育ちの坊ちゃんが使えないから何だってんだ、根回しは俺らの得意技だぞ」

 

 グラスを勢いよくテーブルに叩きつけ、大仰に宣言する。その言葉に男たち三人も一様に顔が明るくなった。

 

「悔しいが鉄華団と真正面からやり合えば俺らに勝ち目はねぇ。奴らは戦闘だけが取り柄のクソガキどもだ、大々的な喧嘩になりゃあ俺らも終いだろうよ」

「ならどうすれば……?」

「大々的な喧嘩にしなきゃいいのさ。小競り合い程度の規模の中で、的確に組織の勢いを削ぐ。今のテイワズにゃあその為のお膳立てが全部整っているのさ」

 

 愉快気にクツクツと笑うジャスレイとは裏腹に、男たちはどうにもその意図を計りかねているようだ。顔を見合わせて首を傾げ合い、結局ジャスレイに意見を求める。

 その滑稽ながら自身を慕う様子に、ますますジャスレイは機嫌を良くして饒舌に語った。

 

「いいかお前ら、今この歳星には鉄華団団長のオルガ・イツカが来てんだ。しかも組織の者をほとんど連れていない、実質的な丸腰状態でな。この機を逃す理由があるか?」

「……! しかも鉄華団の悪魔は現在ここの工房で改修中だからしばらくは出てこれない……!」

「そういうこった。小規模に事を始め、成功したならそれで良し。仮に失敗して鉄華団と派手な喧嘩になろうが、主戦力の欠けた現状なら勝ち目は十二分にあるのさ。どうだ、悪くないだろう?」

 

 例え他者からどう思われていようとジャスレイ・ドノミコルスとはテイワズのナンバー2であり、この歳星は彼の庭も同然なのだ。もし()()()()()()()()を主導したとしても、証拠すら残さぬ立ち回りなど造作もないことである。失敗したところで自らの名には傷一つ付かないだろう。

 ここから鉄華団が突っかかって来たとしても、この状態ならジャスレイが有利である。戦闘にもつれ込んだところで正当防衛にしかならず、逆に叩き潰してやれば万々歳で事は済む。

 

 まさしく完璧な策だ。これならどう転んでも目の上のたん瘤な鉄華団を始末でき、流れでタービンズへも大打撃を与えることが可能となる。あらゆる全てはジャスレイの味方だった。

 

「見てろよ、鉄華団のガキ共……このジャスレイ様が、大人の怖さってやつをたっぷり教え込んでやるからよ……!」

 

 グラスに改めて酒を注いだ彼は、一足早く勝利の美酒に酔いしれるのだった。

 

 ◇

 

 鉄華団が歳星に到着してから、早くも四日が経過していた。この間にオルガは詳しい報告書の提出と、鹵獲したMSの正式な売買契約成立を遂げている。後は二、三日だけ歳星で休息を取ってから火星に帰還する算段だ。

 

「一人で大丈夫かミカ? なんかありゃあ遠慮なく俺に言えよ?」

「これくらい平気だよ。なんかオルガ、アトラみたいな世話焼きになってない?」

「む、このパスタ美味しそう……」

 

 歳星にはテイワズ直下の店が数多く並んでいる。その内の一角にあるレストランに、鉄華団の面々の姿はあった。マクマードの助言に従い適当にブラブラしていたのだが、昼時になって目に付いた店に入ったのである。

 どうやらパスタなどがメインの洋食店らしく、席に通されてすぐにジゼルがメニューに釘付けになっていた。そして車椅子を余儀なくされた三日月だが、こちらはオルガの隣で色々と気遣われている。鬱陶しそうにしながらもちょっと口元が緩んでいるのは、たぶん気のせいではないだろう。

 

「へぇ、パスタってのにもこんな種類があんのか……俺が知ってるのはミートソースだかナポリタンだかくらいだからな」

「これ、なんて読むの? えーっと、ジェノ……ベ……?」

「ジェノベーゼですよ。バジルソースが美味しいパスタです」

「そうなんだ。……俺ももうちょっと字を読めるようにしないと、クッキーとクラッカにまた笑われちゃうな」

「学ぶ暇なんざいつでもあるさ。今はほら、農業関連の本で勉強してんだろ? そいつ読んでりゃすぐさ。なんなら俺が教えたって良い」

「オルガは仕事が忙しいから別に良いよ。それにそういうの、アトラやクーデリアに聞いた方が早いだろうし」

「おいおい、んな冷てぇ言い方は勘弁してくれよ……」

 

 和気藹々とした空気が場に流れる。新進気鋭の組織の団長だとか、悪魔の如き実力を持つとか、様々に言われる彼らでも一皮剥けばただの青年たちなのだ。むしろこうして居る方がよほど自然体であり、気負うことのない素の姿をさらしていた。

 それぞれ好みの注文をしてから、水を飲みつつ料理が出てくるのを待つ。こういった飲食店特有の雰囲気は、オルガや三日月にとってはあまり経験のないものだ。

 

「団長さん、また()()やりますか()()? 楽しかったですし」

「いや、マジでああいうのはもう御免だからな。あの後どんだけシノやラフタさんに弄られたと思ってんだ……」

「よく分からないけどなんかすごかったよね……シノなんて勢いだけで昭弘のトレーニングに付き合い始めちゃったし」

 

 クリュセ巡りの旅は楽しかったが、まさか尾行されていたとは思わなかったオルガである。結局しばらくはシノやラフタに散々ネタにされたし、ライドに至っては年少組に言いふらそうとする始末。そんなことされたらオルガの胃に穴が空くので、土産の品を幾つか融通して黙らせたのは墓場まで持っていく秘密だ。

 ともかく迂闊な行動は出来ないので、ジゼルの言葉に頷くわけにはいかなかった。今も誰かが見張っていたらと思うと、つい店の外に目線をやってしまう程だ。ジゼルを見れば彼女もチラチラと外へ視線をやっている。たぶん同じく気にしているのだろう。

 

 ──もちろん考えているような尾行など無く、平和に人の行きかう大通りが有るだけだが。

 

「そうですか、それは残念です……ああいう行いも一種の幸せかと考えていたのですが」

「にしても時と場所を考えろってんだ。ミカの前でやってどうすんだよ」

「俺は別に気にしないけど?」

「こっちが気にすんだよ! お前ら二人ともマイペースすぎんだろ……」

 

 マトモにやってたらこっちの身が持たない、そう悟ったオルガであった。

 そうこうしている内にパスタが運ばれてきたので、のんびりと食事を始める。オルガがミートソース、三日月が先ほどのジェノベーゼ、そしてジゼルはアラビアータだった。相変わらずジゼルは辛い物を頼み、そして狂ったようにタバスコをかけている。頭のおかしい真っ赤なパスタソースにはさしもの三日月すら引き気味の様子だ。

 

「それ、食べれるの?」

「食べれますよ。試しに一口、行ってみます?」

「おい馬鹿やめろって、このうえミカの味覚まで奪ってく気か? 鬼じゃねぇんだからよ」

「そんな言い草ないじゃないですか。それにジゼルは鬼は鬼でも殺人鬼ですからね。お間違えのないように」

 

 ジゼルの内情を考えれば随分と笑えない冗談だった。

 フォークでクルクルとパスタを巻き取ってから、ふとジゼルは顔を上げた。その視線は真っすぐオルガへと向けられている。

 

「そういえば、あのジャスレイって方とは契約を取り決めたのですよね?」

「ああ、過不足なく約束の報酬は貰ってるさ。さすがにマクマードの親父も立ち会ってる中じゃ、俺たちの足下見ることも出来なかったみたいだな」

「では殺したとしても損はないと。どうします団長さん?」

 

 つまり『殺してもいいですか?』と聞いているはずなのに、まるで買い物の誘いでもしているかのような気軽さである。オルガも一瞬虚を突かれたような顔になってから、やれやれと頭を振った。

 

「あのな、気に入らないから殺すなんて理屈は通らねぇよ。親父にも釘刺されたろ。その程度アンタなら十分弁えてると思ってたが」

「ですがああいった類の相手は絶対に足を掬ってきます。憂いは早い内に絶っておくべきだと思いますが」

「それでもだ。現状向こうは何もしてねぇし、言い分だって気に入らないが筋自体は通ってる。俺らがとやかく言う資格はねぇよ」

 

 ジゼルの言葉も理解はできるが、かといって認めてしまえば恐ろしいことになる。故に頷くわけにはいかないのだ。

 それよりもむしろ驚いたのは、彼女がそんな提案をしてきたことである。殺す為の大義名分さえあれば誰であろうと殺す狂人だが、逆を返せば大義名分がなければおいそれと殺しもしない。そんなジゼルが何故ここに来てジャスレイ殺害を強く提案してきたのか、その方が疑問だった。

 

 本人の言う通りに危険となる可能性があるからだろうか。けれど理由としては少し弱い気もする。

 

「どうしてそんなに奴に拘る? アンタにしちゃ珍しいだろ、こういうの」

「……だって、団長さんが馬鹿にされたら悔しいじゃないですか。しかも勝手にジゼルの髪の毛にまで触れて、何様のつもりなのでしょう」

「ジャスレイ様、とかじゃない?」

「ミカ、そこはちょっと空気読め……」

 

 呆れ交じりにオルガが苦笑いし、ジゼルの様子を窺がう。ちょっと不機嫌なようならどうにか宥めようかと考えたからだ。

 しかし彼女はといえば、先ほどと同じように窓から店の外を眺めていた。特に怒っている様子は見受けられない。けれど不意に動きを止めると、フォークを置いて鞄の中をゴソゴソと探り出したのだ。

 

「どうした?」

「──理由、大義名分というのはいつも意外なところに転がっているものです。些細な出来事を見逃さず、執念深く周囲を観察していれば、案外とそういったものは見つかるのです」

「はぁ……んで、そいつがどうかしたよ?」

「つまりですね──」

 

 ジゼルが鞄から黒光りする硬質な物体を取り出した。思わずギョッとしてしまう。だってそれは、鉄華団においてジゼルが持ち得るはずのない拳銃であり──

 

「もしかしたら仕掛けてくるかもと思っていたのですが、見事に大当たりしたという訳ですよ」

 

 店の外へと銃口を向けると、躊躇いなく発砲したのであった。

 

 ◇

 

 突然響く銃声は二つ。ガラスの割れる甲高い音。漂う硝煙の香り。あらゆる全てが非日常的な中で、すぐに反応できた者は皆無である。

 けれど元凶であるジゼルと、そして三日月だけは違った。沈黙から一転、悲鳴の上がる店内を素早く駆けて大通りへとジゼルは向かう。一方で三日月は動く左手でテーブルを跳ね上げ即席の盾にすると、即座にオルガを引き込んだ。

 

「どういうこったこりゃ……ミカ!?」

「分からないけど、たぶん襲撃されかけたんだと思う。撃たれた相手、手に銃を持ってたし」

「なんだと……!?」

 

 身を隠しながら愕然としてしまう。命を狙われたという恐怖よりも、この平和な地で暗殺という凶行に出たことが信じがたいのだ。けれど事実としてジゼルは発砲し、三日月まで危険性を認めているのだから認める他にない。それによく見れば、先ほどまでテーブルに乗っていたコップが大穴を空けて転がっていた。おそらく暗殺者側が撃った銃弾が当たったのだろう。

 

 その間にジゼルの方は撃ち抜いた相手の下まで急行していた。相手は黒いサングラスにスーツ姿という、実にテイワズらしい装いだ。腹を撃たれた彼は地面に血だまりを作りながら悶えている。右手には三日月の見たとおり、拳銃が握られていた。

 まずは駄賃とばかりに暗殺者(ヒットマン)の右手を踏み砕いたジゼルは、ひとまず銃を没収した。既に通行人は散っており、勇気のある野次馬が遠巻きに眺めているだけだ。この状況では他に仲間が居たとしても手出しは難しいだろう。

 

「誰に指示を受けましたか?」

「ぐっ……痛てぇ……聞いてねぇよこんなの……」

「もう一度聞きますが、誰に指示を受けて団長さんの暗殺を実行したのです?」

 

 痛みに呻く暗殺者の胸倉をつかみ詰問する。けれど返答は無様な呻き声だけだったから、銃床で顔面を殴りつけて再び問い直した。もし次も同じ反応をするなら用無しとして殺すだけだ。

 果たして突如として現れた暗殺者の答えは、

 

「し、知らねぇよ! 顔隠した変な奴に金積まれて頼まれたからやっただけだ!」

「そうでしたか。では、さようなら」

「ま、待って──」

 

 どうやら有益な情報は持っていないらしい。なら後は殺すだけだ。

 引き金を引き絞り、あやまたず頭を撃ち抜いた。白いワンピースに返り血が付くが構うものか。ジゼルにとって引き金など羽毛のように軽いのだ。常人が抱く苦悩葛藤嫌悪感、その全てが彼女からすれば些事にすぎない。

 こうして呆気なく一人の命を摘み取ってみせたジゼルは、銃を仕舞うと物憂げに溜息を吐く。それから口元を笑みの形に歪めると、誰ともなく呟いたのだ。

 

「今はまだ幸せ探しの途中ですし……たくさん殺させてくださいな。ジャスレイ・ドノミコルス」

 

 まずはオルガ達並びにテイワズの重鎮達への報告。何かしら手を打ってもらわなければ。

 それにフェニクスの改修も急いでもらった方が良い。歳星にいる鉄華団団員はわずかに三人だけ、戦力は少しでも大きくしなければ。こうなってはオルガもしばらくは人前に出てもらわない方が良いだろう。

  

 やることはたくさんある。まだ殺人に代わる新たな幸せなど見つかっていないから、このチャンスは全力で利用させてもらうだけだ。

 そして何より。鉄華団団長を狙ったという事実は、自身すら意外に感じるほどジゼルを怒らせていたのだから。あらゆる手段を用いてでも、皆殺しにしなければ気が済まないのである。

 




この小説はヒットマンに厳しい作品です、ご留意ください。


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#34 狂気の不死鳥

 鉄華団団長を標的として白昼堂々に行われた暗殺行為。まさかそんなことはしないだろう、などという甘い考えの間隙を縫うような行いには誰もが驚き震えたものだ。マフィアとも称されるテイワズのお膝元で起きたまさかの事件に、危機感を煽られ歳星中が荒れているのも無理はないことだった。

 

「そんで三日経った現在でも首謀者は見つからずじまいと来たか。こりゃまた、随分と裏工作が得意と見える」

「ええ、そうでしょうね。おおよその当たりは付いてるんですが……」

 

 歳星の艦船ドッグに繋がれているのはタービンズ所有の特徴的な船首を持った艦、『ハンマーヘッド』である。その中に設えられた高級感漂う応接室にて、名瀬・タービンとオルガ・イツカは意見を交わし合っていた。

 この場に存在するのは二人だけ、名瀬もオルガも付き人は無しだ。三日月とジゼルは現在マクマードの下へと向かい、経過報告を行っている真っ最中だろう。

 

 名瀬はテーブルに置かれたグラスを煽ると、おどけたように肩をすくめる。その表情も含めて「既に犯人など分かり切っている」と雄弁に語っていた。

 

「ジャスレイ・ドノミコルス、だろ? お前を標的にして、かつテイワズのお膝元で暗殺ぶちかまして証拠も出ないなんざまずあり得ない。そんだけの地位もコネも持ちながら、鉄華団を目の仇にする奴なんざアイツくらいのもんだろうよ。とんだ災難だったなぁ」

「俺もあの男はあまり好きじゃありませんが……にしても、こんな直接的な手段をこうも早く取ってくるとは思いもしませんでした」

「奴は良くも悪くも行動が早いのさ。ある程度考えがまとまれば即座に行動に移すから対策が取り辛い。そのぶん詰めが甘かったりするのがこっちとしちゃありがたいが」

「俺からすればとても詰めが甘いなんて言ってられませんよ。あの時一人で街中に出ていたらと思うと流石にゾッとします」

 

 少なくともオルガは暗殺の気配など微塵も感じられなかった。もし単独で行動していたのなら、今頃は呆気なく散っていたはずだ。仲間たちへ伝えるべき言葉すら遺せず無為に死んでいくなど、考えるだけでも無念が募る。

 ただそれでも生き残れたのは、ひとえに同じような人間がオルガの傍にも居たことだろう。ジゼルは存在からして殺し屋(ヒットマン)のようなものだから、同類には人一倍鼻が利くのも頷ける話だ。

 

「んで、お前はどうするよオルガ。このまま”やられっぱなし”じゃ終わらねぇんだろ?」

「当然です。今回の件の首謀者には、なんとしても落とし前を付けさせます。ただ──」

「ま、今のままじゃ難しいわな。ジャスレイがやったなんて証拠は何処にもなし、現状じゃ手出しできねぇ。かといってここに残ってもいつまた狙われるかも知れたもんじゃないと」

「ええ、ですので一度火星に戻ろうかと。向こうに戻ればひとまず態勢を整えられますし、むざむざ殺されてやる心配もぐっと減りますから」

 

 この歳星が暗殺者一派──おそらくはジャスレイ一派にとってのホームグラウンドというなら、火星はオルガ達にとっての地元である。戻りさえしてしまえば、まず間違いなく暗殺される危険性は無くなるはずだ。少なくとも本部から動かない限り当面の間は安全が約束される。

 

「だが足はどうする? そっちは今回イサリビじゃなくて、最低限MS二機が積める小型艦艇一隻で来たんだろ? 帰り際を狙われようものならどうしようもねぇと思うが」

 

 俺が送ってやることも出来ないしな──名瀬が苦笑交じりに零した。その言葉にオルガの顔が一段と険しくなる。

 

「可愛い弟分を火星まで護衛がてら送ってくなんざ安い仕事なんだがな。なんと面白い事にこのタイミングで急ぎの仕事が来やがった。悪いが俺も明日には出なきゃなんねぇ」

「ちょいと出来すぎてる気がしますね……もしかして、そいつも根回しってやつっすかね?」

「だろうな。周到なこったよ、忌々しいぐらいにな」

 

 武力でこそパッとしないジャスレイ一派だが、そのぶん経済的には強いのだ。タービンズに唐突に舞い込んだ急ぎの輸送依頼は間違いなく彼らの思惑とみて良いだろう。名瀬がどうしようもなく天を仰いで悪態を吐くのも道理と言えた。

 そして火星から鉄華団の艦艇である『イサリビ』か『ホタルビ』が来るには、少なく見積もっても二週間はかかると見て良い。その間に歳星内で何もないと考えるのは少々楽観が過ぎるだろう。

 

「正直なところ、今回の仕事依頼は断っても良いと考えてる。多少名前やら信頼度やらに傷は付くだろうが、ここで万が一にもお前に死なれる方がよっぽど困るからな。どっち取るかなんざ悩む余地もねぇ」

「──いえ、その必要はありません。どうあれ兄貴は兄貴の仕事があるんすから、そっちを優先してください」

 

 やけにキッパリと断られてしまい、しばし名瀬の目が点になる。だがすぐにその意図を読み取ると、今度は口元がにやけ始めたのだ。

 

「ははぁ、手中に策有りって感じだな。もしかしてあの嬢ちゃんの入れ知恵か?」

「まあそんなところです。向こうが提案してきた策をベースに話し合って、この状況でどう振舞うか決めましたから」

「なるほどな。そんじゃあ、ここ数日ずっと俺んとこや自分の艦に引きこもってたのも策の一環ってことか。まったく、随分とあの嬢ちゃんを信頼してるもんだ」

 

 暗殺されかけたのだから街中に出ないのは当然の事なのだが、今回のオルガの場合マクマードへの報告すらジゼルを代わりに行かせているのだ。非礼を承知で組織のトップに会いに行くことすらしない徹底した露出の無さ、普段のオルガからは考えられないと感じてはいたがやはり作戦あってのことだったか。

 

「せっかくだし聞かせてくれよ。どんな手を使ってこの窮地を乗り切るつもりなんだ?」

 

 好奇心に駆られ愉快そうに問う名瀬に、オルガは困り顔で頰を掻いた。別に言うのも憚られるような作戦ではない。ただどのように伝えるべきかしばし言葉を探して、結局上手い滑り出しが見つからずストレートに語り出す。

 

「まず手始めに──俺が死にます」

「……は?」

 

 突拍子の無さすぎる第一声に、さしもの名瀬もグラス片手に言葉を失ってしまったのだった。

 

 ◇

 

「歳星からの出発は五日後に決まりました。ジゼルのフェニクスの改修が済み次第発つ予定です」

「そうか。悪いがこっちもまだ首謀者の特定は出来てねぇんだ、ほとぼりが冷めるまではそっちで対処してもらうしかねぇ」

「構いませんよ。荒事は鉄華団の望むところですから」

 

 歳星、マクマードの屋敷にて。経過報告の為に訪れていたジゼルと三日月は、主であるマクマードと対面していた。内容自体はどうということはない。未だに首謀者は見つからずじまいだから、鉄華団はひとまず歳星を離れるという旨のものだ。

 ただし違うのは、この話を聞いているのがマクマード一人ではないということだ。

 

「つまり鉄華団は尻尾巻いて逃げるってこった。怖くて引き篭もっちまった団長といい、こいつは武闘派組織の名が泣くぜ」

 

 ジャスレイ・ドノミコルス。嫌な笑みを浮かべる彼は本来ならこの話とは無関係であるが、テイワズの二番手としての力を買われマクマードに呼び出されている──とジゼルは説明を受けていた。実際のところは知らないが、別に興味はない。

 ともあれこの場にジャスレイまで居るというのは、ジゼル達にとっても非常に都合が良いのは確かなのだ。彼の安い挑発に乗りさえしなければ、ではあるが。

 

「戦略的撤退、というやつですよ。場当たり的に突撃していくだけが戦いではありません」

「そうかいそうかい、なら構いやしませんがね。あんま鉄華団が情けない振る舞いしてくれると、テイワズの名にも傷が付くんだ。そこんとこよーく理解してくれよ?」

「ジャスレイ、おめぇだってまだ犯人を見つけられてないんだろ? 自分のこと棚に上げて人様笑うたぁ随分と偉くなったじゃねぇか」

「……ッ、悪かったよ親父」 

 

 今回の件の犯人探しはジャスレイが主に動いている。しかしまだ何の成果も得られていないのだ。故にマクマードからその点を詰られてしまえばジャスレイに言い返すことなど不可能である。

 その取り返しなのだろうか。今度はジャスレイの方から鉄華団へと提案を持ち掛けてきた。

 

「んで、火星まで帰んのに護衛はいらねぇのかい? 手頃な傭兵団くらいなら紹介してやってもいいが」

「それもいりません。護衛はジゼル一人で問題ありませんので」

「上手く団長を守れたからって大した自信じゃねの。その言葉が法螺じゃなきゃいいんだがな」

「だってジゼル、強いですから。団長さんを狙う相手なら誰であれ皆殺しです」

 

 そこらの傭兵団より自分の方が強い──素面ではとても言えないことを気負いのない真顔でジゼルは答えた。たまらずジャスレイが笑い出す。とても彼女の言葉を信じているようには見えなかった。

 だが、それで構わない。ここで肝心なのはジャスレイにジゼルのことを『自分の力を過信した小娘』と感じてもらうことなのだから。実力的、精神的に隙があると思わせればそれで良いのだ。

 

「ではそろそろジゼル達は行きますね。さようなら」

「用心だけは怠んじゃねぇぞ。テイワズの威信にかけて、今回の相手は見逃せねぇ手合いだからよ」

 

 目的は達した。軽く頭を下げてから、三日月の座った車椅子を押しつつ出口へと向かう。

 扉に差し掛かった時、ふと三日月が後ろを振り向いた。察してジゼルが立ち止まる。彼の青い瞳は真っすぐにジャスレイへと向けられていた。

 

「心配しなくとも、オルガは絶対に逃げないよ。相手が誰であろうと受けた恩も恨みも忘れない。俺も、オルガの道を阻む奴は逃がさない」

「なら精々上手く事を収めてくれよ? 新入り組織のせいで幹部陣がゴタゴタしてるなんざつまらねぇにも程があるからな」

「うん、だから俺たちも最短で行く。期待してくれていいよ、ケツアゴの人」

 

 今度こそ部屋から退出した。閉められた扉の向こうから一拍遅れた怒鳴り声が聞こえてくるが、ジゼルも三日月も特に気にするような人間ではない。ジャスレイのことなど頭の片隅にも置かず、のんびりと帰路に着いたのだった。

 

 ◇

 

「こっちの準備は終わりましたよ。火星本部の方はどうですか?」

「問題ねぇよ。イサリビはもう出してもらったとこだ。火星と歳星(こっち)の中間地点までひとまず来てもらう予定だ」

「仕込みは上々ですね。後は予定通り、ジャスレイ氏が殺しに来てくれれば良いのですが……」

「それはいいんだがよ、一つ良いか?」

「おや、なんですか?」

「なんで俺がアンタの髪を梳かなきゃなんないんだ。自分でやれよ自分で」

 

 我慢しきれないとばかりにオルガが言った。その手には櫛が握られていて、ジゼルの長い髪の毛に差し込まれている。少し前から強制的に彼女の髪を梳かされているのだ。

 はっきり言ってジゼルの髪は馬鹿みたいに長い。なにせ赤銀の髪が膝裏近くまで伸びているのだ。管理が大変そうなのは一目瞭然だが、まさか自分が梳いてやる羽目になるとは思わなかったオルガである。

 

「自分でやるとムラができるんですよ。それにほら、これから数日は艦艇の中にすし詰めですし。できるだけ綺麗に整えておきたいと言いますか」

「なら髪を切ったらどうなんだよ。つかこの前髪触られて怒ってたろ」

「あれは全く知らない人に触られたから怒っただけです。切らないのは一種の願掛けとでも言いますか」

「願掛け?」

 

 何か願い事でもあったのだろうか。それもこうまで髪を伸ばすまで叶わないような願いが。

 

「昔の話ですよ。自分の中の殺人欲求が消えたら切ろう、そう考えていたのですが。結局叶わないままズルズルと伸ばしっぱなしになってしまいました」

「なるほどな。確かにこりゃあ、一年二年程度じゃねぇ蓄積が必要か」

 

 なんとなく髪の中に手を差し入れてみる。まるで滝のようにサラサラと流れる長髪は美麗の一言だ。こうまで美しい髪の束が、結局は叶わなかった願いのせいで形成されたものと考えるとどこか物悲しくもなってしまう。

 

「ジゼルの髪の毛が気に入りましたか?」

「なんだか変態みたいな言い方は止してくれ……ま、綺麗だとは思うがな」

「そうですか。なら切りません」

「なんだそりゃ。好きにすりゃあいいと思うがな」

 

 頼まれたから渋々やっているだけで、それ以上の感情は特に存在しないのだ。彼女自身は割かし好ましく思っていても、なんでも頼みを聞いてあげるかと言えば話は別である。

 そうして一通り髪を梳き終わってから、ジゼルが椅子から立ち上がった。ばさりと赤銀の髪をなびかせてオルガの方へと向き直る。

 

「さてと、ジゼルが居ない間に勝手に死なないでくださいよ。もし死んだらもう一度殺しに行ってあげますからね」

「こっちにはミカも居んだ、問題はねぇよ。それと筋は必ず通す。そんだけだ」

 

 不敵な笑みを浮かべた二人は、共に金の瞳を交わらせたのだった。

 

 ◇

 

 暗い宇宙空間を、一隻の小型艦艇が進んでいく。

 

 MSが二機乗る程度の大きさしかないその艦は、四日前に歳星から火星へと向かい出発したものだ。乗組員は鉄華団団員が三名、積載MSは歳星出発直前に改修が終わったというフェニクス一機だけとなる。マクマードの前でジゼルが語ったように、テイワズ滞在から二週間程度で彼らは歳星を後にしたという訳だ。

 

『情報通りの艦だ。アイツで間違いないな?』

『ああ、大丈夫だ。識別反応もバッチリ、アイツを粉々にすれば大金が舞い込んでくるんだ、気張っていくぞ』

『おうよ』

 

 その小型艦艇をデブリの陰から観察しているのは二機の風変わりなMSだ。四角形のような独特のシルエットに、膝が通常とは逆方向に向いている。ヘキサ・フレームの一種、ユーゴ―と呼ばれる汎用性の高さが売りのMSだった。

 彼らは静かに合図を取ると気取られないよう慎重に艦艇に近づき出す。途中で更に物陰から一機、二機と増え、最後には総勢七機ものユーゴー、そしてマン・ロディが小型艦艇の周囲を取り囲んでいたのである。

 

 この場に居るのは全員傭兵、それも護衛などではない荒事専用に雇われる一団の者たちだ。腕利きの集まる彼らは集団戦において優れた実力を発揮し、半ば宇宙海賊のように縦横無尽に稼ぎを得る手練れとして知られている。

 そんな彼らの依頼は鉄華団の乗った小型艦艇の撃墜だ。依頼主はさるテイワズの大物、報酬も弾んでくれるとなれば断る理由もない。相手の護衛MSは一機だけ、実力者ではあるらしいが数でかかれば目的を達するのは容易いことだ。後は数の差で護衛とやらも黙らせてしまえば終わりだろう。

 

『よし、やれ』

 

 リーダー格のユーゴーが合図を送ると、七機ものMSが一斉にマシンガンを構えた。狙いは当然小型艦艇、碌に反応も回避もせず等速で進む様子からは気取られているように感じない。

 そして、合図と共に全ての銃口が同時に火を噴いた。吐き出された弾丸は吸い込まれるように艦艇へと殺到し、あらゆる箇所を穴だらけにしてしまう。最後には推進剤に誘爆したのか大爆発を起こし、呆気なく宇宙の藻屑と散っていったのだ。

 小型艦艇だったモノの破片がユーゴーやマン・ロディの装甲を叩く。心地よい微かな振動が達成感をいっそう増幅させる。

 

 これで仕事は終わり、後は帰るだけ──とは誰も考えていなかった。

 爆散した小型艦艇の煙の中に反応があるのだ。エイハブ・リアクター、それも反応の強さからして間違いなく無傷のものが。おそらくは話に聞いていた護衛のMSだろう。今更慌てて動き出すのは滑稽の極みだが、無視するわけにもいかない。

 

『聞こえているか、そこのMSよ。既にお前の守るべき相手はいない。もしお前が無駄に抗うというのなら、容赦なく撃墜させてもらう。大人しく投降すれば命までは取らないと約束しよう』

『……ふふっ』

 

 返答、なのだろうか。通信越しに笑い声のようなものが届いた。なんとも薄気味悪く、そして底知れぬ不安感に襲われる笑い声だ。傭兵団のパイロット達は皆、反射的に自らの腕を摩ってしまう。沸き立つ鳥肌が抑えられそうにない。

 未だ爆煙の中に隠れたMSへの恐怖心が一秒ごとに増加していく。

 ──このタイミングで倒し切れなければ、次に死ぬのは自分だと。誰もが歴戦の勘で察してしまい、半ば無意識の内にマシンガンの銃口を煙へと向けたのだ。

 

『応答無きようなら、敵対の意志ありとして撃つ!』

 

 ハッキリと大義名分を宣言できたのは奇跡のようなものだった。訳も分からず沸き立つ恐怖心を必死に抑え込みながら向けた銃口が、待ちわびたかのように火を噴いて煙を貫いた。

 煙のに無数の穴が空けられる。段々と切れていく煙、その中に潜む敵の正体を見極めようとして、

 

『なっ──』

 

 一人のユーゴ―が唐突に沈黙した。

 なんの予兆もなく飛来したのは、おそらく大口径の砲弾だろう。それがユーゴ―のコクピット部を叩きパイロットを気絶させたのだ。すさまじい精密射撃である。

 それと共に煙の中から敵機体が姿を現す。急速な加速と共に闇を切り裂く赤と金の影。巨大な翼と背部に接続されたブースターユニットがかろうじて確認できた。あまりの速度にMSのカメラも追い切れていない。

 

『なんだ、やる気なのか!?』

『こっちはまだ一人やられただけだ!』

『六人居るんだ、落ち着いていつも通りやれば勝てる!』

 

 口々に言葉を交わし、励まし合って平静を図る。直感が危機を促しているが、目の前の相手が逃がす気が無いのも承知していた。

 その間にも敵MSは止まらない。手に持っているのは巨大な大剣だろうか、中心が砲となった変わった武器である。更に目を引くのは長大なブースターユニット、そこには長剣二つに砲身二つの計四つの武器がマウントされている。まるでウェポンラックとして使うことこそ正しいと言わんばかりの過剰積載だ。

 

『それでは団長さんの敵討ちと参りましょう。ガンダム・フェニクスフルース、鏖殺を開始します』

 

 赤い敵MSからそんな通信が届いた。楽しそうな声音にどこか白々しいような響きを含んでいる事には誰も気が付けない。だってそうだろう。一瞬でも気を抜けば即座に死ぬと、感覚でどうしようもなく理解してしまっていたのだから。

 

 ──かくして不死鳥は新生を果たし、”狂気の不死鳥(フェニクスフルース)”として再び宇宙(そら)へと羽ばたいたのだ。

 




新たに登場したフェニクスフルースの武装やらについては、次回に描写しようと思います。だいたい察したでしょうがフルアーマーユニコーンやサイコ・ザクの系譜です。


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#35 GUNDAM PHOENIX HULLUUS

 フェニクスの改修が完了したと報告が届いたのは、実にジゼルが歳星から出発する前日の事だった。

 

「これが改修後のフェニクスですか。なんというか……ものすごい量の武器ですね」

「なんと言ってもこの私でさえ馬鹿らしすぎて笑いたくなるようなハリネズミ状態にしたからね。そのぶん武装の多さはどんなフレーム、MSを見渡しても最多だと自信をもって保証しよう!」

 

 歳星のMS工房を訪れたジゼルは、整備長と共に自らの愛機の変貌ようを見るなり驚いたように呟いた。

 改修後のフェニクス、その基本カラーは赤と金から変わっていない。シルエットもそう変化は見られないが、小さな変更点として両腕部には新たに小型の盾が取り付けられていた。ジゼルの知識で最も近いのは、ヴァルキュリア・フレームに採用されていたはずのヴァルキュリア・シールドだろうか。内側になにか武器が仕込まれていそうなところまでそっくりだ。

 だがそれよりも目を引くのは背部バックパックである。不死鳥(フェニクス)を象徴する巨大な翼状(ウイング)スラスターはそのままに、さらに大型のブースターユニットが追加されているのだ。ナノラミネート塗料で黒に塗装され、鉄華団のマークと『ASW-G-37』の文字がデザインされているのが印象的だ。

 しかも円筒のブースターを取り囲むように長剣二本、砲身二本の計四つの大型武器が取り付けられている。まるで武器庫と表すほかない。

 

 それ以外にもサイドスカート部に武器がマウントされ、脚部にはミサイルポッドらしき兵装が付いている。全体的に武装が増やされ、ハリネズミのように武装で全身を覆っていた。

 

 隅から隅まで改修点を探し出そうと視線を走らせるジゼル。そんな彼女に整備長は平たいデバイスを一つ渡した。見ればそこには名称入力画面が表示されており、『GUNDAM PHOENIX』とまで入力されている。

 

「ご覧の通り、これは君の目の前に立っている機体の名前を登録する画面だ。こちらで途中までは設定しておいたから、後は君の望んだ名前を付けてあげるといい」

「分かりました」

 

 短く頷き、ジゼルがデバイスへと名前を打ち込む。画面の上を踊る白磁の指先に迷いはなく、すぐに登録を終えると整備長へと返却した。

 新たに付けられたフェニクスの名前。どんなものかと画面に目をやった整備長は一言、

 

「うぅむ……なんと読むのかなこれは? フ、フル、フッルーウウス?」

「フルースですよ。ジゼルの故郷の言葉です」

「フルース……知らない言葉だね。ちなみに意味を聞いても?」

 

 画面上に浮かぶ”HULLUUS”という文字を眺めながら整備長が問う。中々に読みづらい。

 

「意味は狂気です。ジゼルにはこれがピッタリだと思っていました」

「狂気とは……これまた穏やかではないね。だけどうむ、この馬鹿げた武装数のガンダムには相応しい名前かもしれないな!」

 

 断言できる。これほどまでに武装を積み込んだMSなどかつて存在しなかっただろうと。先人たちがメリットとデメリットを秤にかけて結局誰も実行しなかったことを、ついに整備長とフェニクスはやり遂げてしまったのだ。

 そのまま整備長は更にデバイスを操作し、画面を新たに切り替える。無数の文字が羅列した画面のままジゼルにデバイスを渡すと、完成したフェニクスフルースを眺めながら言ったのだ。

 

「それでは改めて君のMS、”ガンダム・フェニクス”改め”ガンダム・フェニクスフルース”のデータを確認してみてくれ!」

 

 言われるままデータに目を通すジゼル。そこに記載されていた内容は──

 

・──────────・

GUNDAM PHOENIX HULLUUS

型式番号】ASW-G-37

全高】18.6m

総重量】50.6t

武装

・背部ウイングスラスター内蔵式サブアーム ×4

・砲剣複合巨大兵装『カノンブレード』 ×1

 →四〇〇ミリ砲バスターアンカー

・高硬度レアアロイ・ロングブレード『フェネクス・ソード』 ×2

・三〇〇ミリ滑腔砲 ×1

・超長距離射撃用電磁投射砲(レールガン) ×1

・複合兵装防盾『スヴェル』 ×2

 →小口径機関砲 ×2

 →特殊超硬金属製ショートブレード ×2

・テイルブレード ×1

・一三〇ミリライフル ×1

・アサルトナイフ ×2

・膝部パイルバンカー『ニーバンカー』 ×2

・脚部三連ミサイルポッド ×4

・脚部パワード・クロー ×2

・──────────・

 

「やっぱりとんでもない数の武器ですね……近接武器が七種類合計十二個に、遠距離武器が六種類合計十個ときましたか。全て使いこなすのは大変そうです」

 

 指折り数えながらフェニクスの武装数を確認していくジゼル。常の無表情が微かに崩れ、驚きとも喜びともつかぬ色が浮かび上がっている。それだけインパクトの強い武装数だったのだ。

 ひとまず目を通し終えたジゼルは改めてフェニクスへと視線をやった。初見でインパクトが強いのはやはり背部の翼とブースターユニットだが、よく見れば確かに全身に武装が施されているのが分かる。

 

「どこにどのような武器があるのか、ざっくりと解説してもらえますか?」

「もちろん構わないとも」

 

 快諾した整備長は背部に接続されたブースターユニットを指さした。大型の武器が四つ、円筒状のユニットを取り囲むように設置されている。

 

「高硬度レアアロイ製のロングブレードと三〇〇ミリ滑腔砲、それにレールガンはあそこに取りつけてある。レールガンの方は君が鹵獲したっていうあの黄色いレギンレイズ、アレの武器を流用したものだよ。ちょいと出力と強度を上げてあるから、フラウロス程とはいかずともそれなりにMSにも有効だ」

「それ以外は特別な要素はないと?」

「無いとも。シンプルイズベストってやつさ。ちなみにロングブレードと腕部の盾に命名したのは私だけど、気に入らないなら変更もできるよ」

「いえ、このままで構いません」

 

 別に名前など気にしないジゼルである。よほど珍妙な名称でもなければ変える気など微塵もない。面倒くさいのだ。

 さらに整備長は腕部と腰部、それに足元を連続で示していく。どれも武装が追加されているポイントだ。

 

「腕部のショートブレードだけど、バルバトスにこれから使おうと考えてる金属を試験的に流用してみた。とても硬いけど非常に軽いから使い方には要注意だ。あとブレードは機関砲と入れ替わりで出てくるから、使用の際には機関砲ごと回転させて刃を前に向けることを忘れずに」

「なるほど、バエル・ソードと同じ材質……頼もしいですね」

「どんどん行こう! アサルトナイフ二本と一三〇ミリ機関砲はサイドスカートに懸架してある。ちなみに後者は同じくレギンレイズのを流用させてもらったよ。テイルブレードは特に変更なし、膝にはこれまたバルバトスに導入予定の近距離用パイルバンカーを突っ込んだ! ミサイルポッドはそのまま他のMSが使えるモノを増設しただけだね」

 

 説明を聞く限り、フェニクスフルースの大量の武装はどれも専用装備ではなく流用、ないし元から考えていた武装の試験導入が多いらしい。だがそうでもなければこれほどの短期間に武装を取り付け、必要な改修まで済ませるなどどだい不可能な話ともいえるか。ジゼルとしても専用武器が欲しいと言うつもりは全くない。

 

「最後に鉤爪ことパワード・クローだけど、さすがに本体重量が増えたから今までの形状だと支障が出ると感じてね。前二本、後ろ一本だった爪の数をそれぞれ三本に増やした計六本とさせてもらったよ」

 

 「これがおおよその説明だけどどうかな?」と整備長の目線が訴えかけてくる。もちろんジゼルから贈るべき言葉など一つしかない。

 

「パーフェクトですよ。この短期間でよくここまでやってくれました。心から礼を言わせてください」

「なに、これくらいガンダム・フレームを弄れるなら安い仕事さ。それに褒めてくれるのは嬉しいけど、問題点がない訳でもないからね」

 

 言われずともさすがに分かる。これだけの機体、宇宙でなら扱えるが重力圏ではどうなることか。単純な機体重量増加による小回りの低下もあるだろうし、手札が増えれば咄嗟の判断力も要求される。ただ全身を武装で固めただけで色々な問題が噴出してしまうものなのだ。

 

「それでも扱ってみせますよ。こんなにも素晴らしい機体にしてもらったのです、扱えなければ嘘でしょう」

 

 嬉しそうに呟くジゼルをそっと整備長が見やる。

 

「……君がこの過剰兵装を以って何を成すのか、私に何かを言う権利はこれっぽっちもない。だけど力はあくまでも力でしかないんだ。願わくば良い方向に使ってくれることを祈ってるよ」

「ジゼルは欲張りですから、趣味も実益も追い求めてしまう人間なのです。大丈夫、そう悪い事には使いませんよ」

 

 穏やかに語るその口調、顔には微笑が浮かんでいる。

 だがしかし、やはりと言うべきなのか。その口ぶりもその笑みも、どうしようもなく不穏な空気を醸し出して仕方ないのだった。

 

 ◇

 

 宇宙空間を赤と金の流星が駆け抜ける。

 フェニクスフルースの巨大なブースターユニットから吐き出される青白い炎は暗闇を彩る軌跡と化し、ウイングスラスターも相まってすさまじい速度を機体へと齎す。常人には最早扱えないレベルの速度だが、阿頼耶識システムによる感覚操作が可能ならばその限りでもない。

 

 ましてこのパイロットは──ジゼル・アルムフェルトは人類の中でも最低最悪の殺人特化な存在なのだ。こと人を殺せる場面において無様を晒すなどあり得なかった。

 

 手に握ったのは巨大兵装ことカノンブレードを無造作に一薙ぎ。加速の乗った一撃は容易くユーゴ―の頭を割り砕き、内部のパイロット諸共に粉砕した。

 ついでウイングスラスターに内蔵されたサブアームを一つ展開、迷いなく電磁投射砲(レールガン)を選び取ると機銃を向けているマン・ロディへ発射する。二機のエイハブ・リアクターによる高出力の一撃にマン・ロディの装甲が大きく抉られ、あまりの一撃にたたらを踏んでいる合間にフェニクスが接近。腕部の盾『スヴェル』内側のショートブレードを展開すると一息にコクピットを刺し貫いた。

 

 それでもフェニクスは止まらない。まだ足りないとばかりにサブアームをもう一つ展開すると、今度は『フェネクス・ソード』と命名されたロングブレードを取り出す。電磁投射砲はブースターには戻さずスラスターの外側に設置された三本目のサブアームに掴ませた。この状態でも武装の使用は可能と聞いている。

 カノンブレードとロングブレードという大型武器二刀流による規格外の剣戟は、意図も容易く二機のMSの息の根を止めてしまう。残ったのは最初にカノンブレードによるバスターアンカーの一撃を受けた一機と、どうにか一撃でやられる事を阻止できた二機の合計三機だけだ。

 

「このフェニクスフルースすごいですね、さすがフェニクスの改修機。どの武装も使いやすいし、殺しやすい。良い武器を選んでくれたものです」

 

 あまりの歓喜にジゼルの口元が笑みに歪む。忘れてはならない。彼女の本性は未だ最低のまま、本心がどうあれ人殺しを楽しむ畜生の感性は一つとして損なわれていないのだから。

 残る三機はもはや風前の灯だった。それでも望みを捨てないとばかりに銃口を向けるが、フェニクスの速度が速すぎて掠りすらしない。

 急加速。急接近。そして背後まで接近された一機はパイルバンカーにより腰部を粉砕され、アサルトナイフを突き立てられたもう一機共々仲良く沈黙したのだ。

 

 ──蹂躙、殺戮、オーバーキル。この宙域における戦闘はそれが全てであった。

 

「さて、と……」

 

 加速を止めて停止したフェニクスのコクピットに赤銀の髪が舞う。一括りにされた長髪を軽く払いつつ、ジゼルは通信機のスイッチを入れた。目標は唯一破壊されておらず、パイロットも生き残っているマン・ロディだ。

 

「これからジゼルは弔い合戦に行くので、あなた方の母艦まで案内してもらえませんか? 承諾してくれるというなら、あなたの命だけは保証してあげましょう」

『案内されたとして、どうするつもりだ……?』

「もちろん全員殺します。だってほら、ジゼルにとっての──」

 

 そこで不意に言葉が途切れる。逡巡はほんの一呼吸分だけ、すぐジゼルは話を続けた。

 

()()()()を殺してくれましたからね。なら、敵討ちするのが筋というものでしょう? これでもジゼルは怒っているのです」

『……いいや、駄目だ。命は惜しいが、俺一人の為に仲間をむざむざ殺させてたまるもんか』

「そうですか、それは残念です。ならコクピットから降りてください」

 

 心底から惜しいと思う。この場面で仲間を取ったこのパイロットは人として光るものを持っている。例え傭兵として汚れ仕事に従事していようと、否定できない美点なのは間違いない。ジゼルとしても好ましく思える人間性だった。

 命じられるままマンロディのパイロットがコクピットから降りた。真空の闇にポツリと浮かぶちっぽけな人間、彼は諦めたかのように力なく漂っており──だからこそ殺し甲斐があると言えば、その通りでもあったのだ。

 

「慈悲です。一思いにここで殺してあげましょう」

 

 何の躊躇いも見せず、狂気の不死鳥(フェニクスフルース)はただの人間へと一三〇ミリライフルを突き付けたのだった。

 

 ◇

 

 全ての物事には、時間という鮮度が付きまとうものだ。

 例えどれほど旨味のある話だろうと、機を逸して腐らしてしまえば価値のない与太話になってしまう。あるいは僅かに行動を起こすのが遅れたせいで大損をするなど、商業の世界では日常茶飯事ともいえる事だった。

 

 ──故にジャスレイ・ドノミコルスの行動は常に迅速だ。もちろん情報収集の必要さは彼とてよく知っている。念入りな前準備が大切だということだって百も承知である。

 しかしだ、それを差し引いても機敏な動きとは他者を出し抜くために必要なファクターとも言えた。悠長に下準備を行っていたせいで好機を逃したとなれば笑い話にもなりはしない。やらずに後悔するよりも、実際に行動に移して推移を調整する方がよほど性に合っている。

 

 これがジャスレイの強みであり、同時に弱みでもあった。行動が早いぶん好機の到来を見逃すことはまず無いが、代わりに計画不足が露呈してしまうことも少なくない。それでもテイワズのナンバー2という立場まで成り上がれたのは、ひとえに掴んだチャンスをモノにする才覚と悪運あってのものだろう。

 

「で、そっちの首尾はどうよ? あの忌々しい糞団長は始末できたか?」

『それに関しては問題ない。任務の達成を示す報告は入ってきたよ。ただ……』

「おいおい、なんか問題あるってのか?」

 

 自宅のソファでくつろぎながら上機嫌にワインを嗜んでいるジャスレイは、通信機から聞こえてきた歯切れの悪い返答に眉を顰めた。

 彼、ジャスレイ・ドノミコルスと通信相手の傭兵団『ハウリング』の団長はかなり深い関係性である。あくまで経済的な強さに特化したジャスレイに対し、ハウリングは武力に秀でた傭兵団だ。その仕事も善悪を問わず利益さえあれば何でもやる。まさしくマフィアが抱えるにはうってつけの組織だった。

 これによってジャスレイは質の良い兵たちを手駒にでき、対価としてハウリング側も武器やMSを格安で入手できる。一定の信頼があるから表沙汰にはできない仕事を任せるのにも効果的だ。

 

『襲撃には念のため七人で向かわせたが、任務達成の通信以来連絡が途絶えた。いくら呼び掛けてもうんともすんとも言わねぇんだ』

 

 これまでも表裏の仕事問わず依頼をしてきたジャスレイだから、彼らの腕前は良く知っている。今回も「ほんの数日程度の準備期間で宇宙での襲撃してくれ」という無茶な依頼にみごと応えてくれたのだ。もはや実力も実行力も疑いようがない。

 そんな彼らの団員が七人も連絡が付かないという。あまり認めたくはないが、状況が状況だけに事実から目を逸らすわけにもいかなかった。

 

「おそらくは護衛だろうな。一人生意気な女が居るんだがよ、もしかしたらそいつが全滅させた可能性は高い」

『話に聞いていた、鉄華団三人目のガンダム・フレームの乗り手だったか。警戒すべきは鉄華団の悪魔のみ、残りは質と数で押せばどうにでもなると考えていたが……少々見通しが甘かったようだ。猛省しよう』

「そいつは良いが、アンタらはどうするよ? 俺としちゃあ依頼の仕事をしてくれて大満足だが、もしそいつが攻め込んできたら……」

『どうにかして逃げ延びてやるさ。幸いこっちにはまだMSが残ってんだ、どうにでもなる』

「頼むぜおい。さすがにアンタらが捕まったら俺としても大困りだからな」

 

 歳星内での暗殺は一切尻尾を見せなかったジャスレイだが、今回はそうもいかない。オルガ・イツカを抹殺するのにこのチャンスを逃せないと感じた彼は、迅速に行動すべく自らの名を持ち出してハウリングに掛け合った。余計な裏工作や回りくどい行動をしていれば、掴めるチャンスも掴めないと感じたからである。

 その判断が吉と出るか凶と出るか。果たして素早い行動のおかげで首尾よく鉄華団団長は宇宙へと散ってくれたが、代わりにジャスレイまで証拠を掴まれ糾弾されては意味がない。ハウリングの動向が彼にとっても生命線だった。

 

『っと、ちょうどいいタイミングで連絡が来やがった』

「なんだ、通信が繋がったのか?」

『おう、「我これより帰還する」って連絡文が届いた。さぁて、これが一体何を意味するのやら……』

「そんじゃ、ここらで切り上げておくぜ。これからも頼みたい仕事は山ほどあんだ、吉報を待ってるぜ」

『期待しときな、ジャスレイの旦那。そんじゃあな』

 

 プツンと通信が切れた。静けさを取り戻した室内で一人グラスを傾けるジャスレイの機嫌はやはり良い。どうであれオルガ・イツカを始末したのは事実なのだ。護衛の女が一人で奮戦したところで勝ち目があるのか。向こうは警戒していたが、案外本当にジゼルとやらを始末し終えただけかもしれない。

 

「そうさ、問題は何一つねぇ……俺はテイワズのナンバー2、ジャスレイ・ドノミコルスだぞ。こんくらいなんてこたねぇはず……」

 

 それでも、一抹の不安が彼の胸中を騒がせてしょうがなかったのである。

 




ジャスレイのスタンスと、彼が今回手を組んだ傭兵団『ハウリング』は本作独自の解釈です。オルフェンズ本編だと対鉄華団戦で雇っていた傭兵たちを元に、経済側のジャスレイの武力としてもう少し深い関係にあっても面白いかと考えました。

ちなみにHULLUUSとはフィンランド語で、ジゼルがいつもタイツを履いているのは雪国生まれの寒がりだからという裏設定があったりします。


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#36 傭兵団ハウリング

「レーダーに感有り! エイハブ・リアクターの固有周波数を照会……こちらのマン・ロディです!」

「とうとう来なすったか……反応は一つだけか?」

「はい、それ以外の反応は今のところありません」

 

 オペレーターの固い声に艦長──ハウリング団長ナムレス・リングが重苦しい息を吐いた。壮齢でも衰えぬ大柄な体躯をゆったりと座席に預けたその様は、堂に入ったみごとな貫禄を醸している。

 そして肘掛けには先ほどまで使っていた通信機があり、見ればそこにはジャスレイ・ドノミコルスの名が履歴として残っていたのだった。

 

 傭兵団ハウリング。圏外圏を根城に傭兵稼業をこなす彼らは死と荒事が隣人な日々を過ごしている。いたって普通の護衛任務を行う日もあれば、時には依頼で汚い仕事も請け負うことだってある。海賊染みた真似はほとんどしないが、火事場泥棒はするし他組織との勢力争いになった時は微塵の躊躇もなく潰す。必要ならばヒューマン・デブリを容赦なく使い潰せるが、仲間に対しては基本的に情が厚い。

 そんな彼らを評するならば、黒に近い灰色とでも言うべきか。善人の集まりなどとはとても言えないが、さりとて世紀の極悪人でもない。彼らにとってまず第一なのは金、そして利益だ。それさえあればどんな悪行だろうと手を染めるが、逆に金も利益もないなら必要以上の悪も成さない。どこまでも一般的な、圏外圏でよく見受けられるような傭兵団であるのだ。

 

 だから今回の任務、つまりは鉄華団団長の殺害も別段深い理由がある訳ではない。単純に贔屓の相手(ジャスレイ)から高額の報酬を提示されたから動いただけのこと、恨みも野心も無縁であった。

 しいて言えば、武闘派組織として名の売れ始めた鉄華団に喧嘩を売るのは危険だという考えもあったのだが……それもジャスレイから提示された新型MSの格安売り渡しと、直接彼自身が依頼してきたという事実の前に霞んでしまった。お得意様直々の指名で、しかも報酬も旨いのだ。逃すのも惜しい話だった。

 

「最低でも六機ものMSを単独で倒したという実力、甘く見ない方が良いか」

「でもそんなに警戒する必要ありますかね? まだこっちはMSが十三機と強襲装甲艦が二隻あるんすよ? いくら手練れだからってこれだけの数を相手にしちゃあ──」

「黙ってろ。あんま油断してると簡単に寝首掻かれっぞ」

 

 ナムレスの威圧ある言葉におどけていた男が押し黙る。彼は副官兼ムードメーカーとして良い働きをしてくれるのだが、いかんせん浅慮にすぎるところがあった。

 簡単な殺人依頼かと思えば、大事な仲間たち七人と音信不通になり、ようやく連絡が取れたのはたったの一機だけ。しかも音声連絡ではなく文字媒介と来た。これで何か無いと考える方がどうかしている。

 

 普通ならさっさと逃げの一手を打ってしまう所なのだが、それをナムレスが躊躇う理由が三つある。一つ目は単純に敵討ち、二つ目はもしかしたら本当に仲間の可能性があること。そして最後の三つ目は、鉄華団の手練れを今のうちに削り殺してしまいたいという思惑だ。

 おそらく、団長を殺された鉄華団の目はジャスレイ一派に向くだろう。そうなれば高確率で戦闘まで発展、結果として自分たち(ハウリング)が前線に立つことになる。その時に備え数が有利な内に強敵を倒しておこうという魂胆であった。

 

 ジリジリと時間だけが過ぎていく。既に向こうも通信可能位置まで来ているだろうに何の連絡も寄越さない。音声機器が故障している可能性もゼロではないが、これはやはり──

 

「ッ!? エイハブ・リアクター反応が増加! 種別特定不能、正体不明機(アンノウン)です!」

 

 レーダーを睨んでいたオペレーターが鋭く叫んだ。先ほどまで観測していた自機のマン・ロディ反応はそのまま、新たに一つ強大な反応が増えたのだ。おそらく奪ったマン・ロディを操作し、本命となる機体のリアクターを落としてここまで牽引させていたのだろう。

 

「やっぱお出ましか! 総員戦闘配備、予想通りに敵が来たぞ!」

 

 にわかに警報が発され、艦内が慌ただしくなる。乗組員たちが定位置に付くや否や、素早く艦橋(ブリッジ)が収納された。二隻の強襲装甲艦に備わる全部の砲塔が慌ただしく照準を合わせ始め、飛来する未知の敵へと身構える。

 MS部隊はこれを見越して最初から全機とも発艦させている。故に準備は万全、どんな敵が来ようと最低限の対応は取れる布陣が出来上がっていたのだ。

 

 そして、狂気と凶器を満載した鋼の不死鳥がその姿を現した。

 

「おいおい、なんだあのバカげたMSは……」

 

 モニターに映し出された赤と金の敵影を認識した瞬間、思わず呆れの声がナムレスの口から漏れてしまう。

 翼の如きスラスターと接続された巨大ブースターユニット、そして全身に積み込んだ武装の数々はとても一機のMSに搭載してよい推力、火力ではない。単機に様々な機能を集約するのはある種男のロマンだとはナムレスも認めるところだが、それを現実に行う馬鹿が居るとなれば話は違った。

 そんなバカげたMSは一目散にナムレスの方へと飛来する。だが向きが違う。狙いは隣、もう一隻の強襲装甲艦の方だろう。迷いのない様子から見るに旗艦がどちらかは既に割れていると見なして良かった。

 

「迎撃開始! なんとしても撃ち落とせ、味方には当てるなよ!」

「了解!」

 

 勇ましい(いら)えと共に艦砲が炸裂する。同時に味方MS隊も各々機銃を向けると、到来した赤と金のMSへと発砲を開始した。

 殺到する無数の弾丸たちだが、しかし敵MSには当たらない。余裕をもって避けたかと思えば掠れるくらいのスレスレまで、滅茶苦茶な速度ですさまじい曲芸軌道を敢行してくる。弾丸の間を縫うように避けながら接近してきた敵MSは、まずは駄賃とばかりに手持ちの巨大な砲剣を振るい一機のユーゴーを叩き斬ったのだ。

 

 一言、強い。煌々と緑のツインアイを輝かせるその機体は、パイロット共々バカげた設計に(あた)うだけの実力を備えていると見て良いだろう。なによりも機体からにわかに発せられる、不吉にも程がある気配が凄まじい。

 

「ちっ、マジか……こりゃとんでもねぇ化け物を釣っちまったみてぇだな……」

 

 ひやりとナムレスの背筋を冷たいモノが伝った。長年に渡り鉄火場をくぐり抜けてきた勘が告げている。この手の手合いとマトモに戦えば苦戦は必至、最悪は命まで持っていかれるぞと。

 もはや戦うだけ損だ。交戦からほんの少しでそこまで判断したナムレスはすぐさま指示を飛ばす。弱腰と思われようと仕方ない、全ては命あっての物種なのだから。

 

「MS隊に通達! 全機とも敵MSのスラスターまたはブースターを優先的に狙い破壊しろ、倒そうとまでは思うな! その後はすぐに艦首回頭、MS隊を拾い次第即座にこの宙域を離脱する!」

「りょ、了解しました! ナムレス団長より通達──」

 

 こういう時、疑問は全て後回しにして従ってくれる部下たちの姿勢がありがたい。自らへの信頼の心地よさと、それを裏切れないという重責の二つに心が満たされる。

 ともあれ、後はもう祈るだけだ。ナムレスはMSのパイロットではなく艦長の役割なのだ、どれだけ内心で焦っていようと仲間を信じてどっしりとした姿を見せ続けなければいけない。そうでなければ皆が浮足立ってしまう。

 

 しかし現実はそう上手く出来てはいないのだ。

 

 一機、また一機、今度は同時に二機も──敵MSは流星のように戦場を駆けてはハウリングのMS達を沈黙させていく。恐るべきはその技量、高速戦闘を繰り広げている癖に狙いはどれもコクピット一択だ。鮮やかなまでに研ぎ澄まされた殺意だけが否応なしに感じられ、いっそう戦慄を禁じ得ない。

 殺人特化。そんな言葉がナムレスの脳裏をよぎる。その間にも赤と金のMSはひたすら止まらない。過剰すぎる武装は継戦能力すら大幅に上げているらしく、十を超えるMSを相手取ってもまだ余裕だ。

 

「まずい、このままでは……」

 

 巨大な大剣で諸共に斬り伏せられたユーゴーがいた。

 滑腔砲でスラスターを破壊され、長剣でコクピットを抉られたマン・ロディがいた。

 レールガンの接射で装甲をぶち抜かれたテイワズ・フレームの百里がいて、金に輝く仕込み剣に貫かれた機体までいた。中には尻尾のように伸びたブレードに振り回されている機体まで。

 

 ありとあらゆる手段を以ってハウリングを壊滅させんと猛威を奮う赤と金のMSは更に、足のミサイルポッドからミサイルを射出した。弾数はそう多くない。けれど狙いが問題だ。殺到するミサイルたちはどれもこれも守りの薄い後方の、それも機関部を狙っていた。

 

「ッ、回避──!」

 

 咄嗟に指示するが間に合う訳もない。ナノラミネート装甲という強固な鎧を持つ強襲装甲艦も、機関部を直接狙われてしまえば成す術が無いのだ。無情にも着弾したミサイルは的確に強襲装甲艦二隻の機関部を破壊し、その足を大幅に削いでいた。

 

「なんだコイツは、こんな敵聞いたことがない……ッ!」

 

 艦が衝撃に揺さぶられる中で、座席にしがみつきながら反射的に吐き捨ててしまった。

 相手の攻撃は全て一撃必殺狙いの狂気じみたそれ。なのにこちらの攻撃は思考を読まれているかのように何一つとして当たらない。

 訳が分からない。理不尽である。噂に聞く鉄華団の悪魔とはこれの事なのか? いや待て、そいつはテイワズで整備中だとジャスレイから直接聞いている。ならコイツはいったい──なんだという!?

 混乱する思考、まとまらない感情、危機感ばかりが煽られて仕方がない。なのに敵MSは当然のように味方を全滅させていて、スラスターもブースターユニットもいっさい損傷なく、健在でしかなかった。もはや絶望するしかない。

 

 機関部をやられ、手足(MS)を破壊され、抵抗する術を失ったハウリングの強襲装甲艦。残る抵抗の術は搭載された艦砲だけだが、それすら滑腔砲とレールガンによって丁寧に破壊されてしまう。爆発の衝撃に耐えながら油断しない敵の周到さを呪うばかりだ。

 逃げる術を絶たれ、攻撃手段すら奪われたハウリングの艦船たち。敵MSはそんな彼らを嘲笑うかのように頭上を旋回すると、ナムレスの乗る旗艦へと降り立った。

 

『こんにちは、名も知らぬ方々さん』

「コイツはなんだッ!?」

「接触回線です! あの敵MSからの模様!」

 

 唐突に響き渡ったのは少女と思われる者の声だ。もちろんハウリングに少女など存在しない。言われるまでもなく赤と金のMSに乗るパイロットでしかありえなかった。

 彼女の口調は戦闘中とは思えない鈴を転がすように穏やかでのんびりとしたものだ。とてもじゃないが先ほどまで暴虐の限りを尽くしていたとは信じられなかったのも無理はない。

 

『突然ですみませんが、ジゼルと取引しませんか? 運が良ければ助かるかもしれませんし、するだけお得だと思いますけど』

 

 もはやハウリングの面々に、選択肢など一つしか無かった。

 




ナムレスの名前はそのままNameless(名無し)をもじったものです。
非常に単純ではありますが、まあ彼は結局モブですので……


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#37 落とし前

 ジャスレイ・ドノミコルスは焦っていた。

 

 自身がオルガ・イツカの暗殺を依頼した贔屓の組織、ハウリングとの連絡が付かなくなったのだ。五日前、ジャスレイとの通信を最後にパッタリである。それ以降は誰がどう手を尽くそうともうんともすんとも言わないせいで、果たして彼らの状況がどうなっているのか全く知る余地も無かったのである。

 それに加えて唐突なマクマードの下への呼び出し、焦らない訳がない。もしや自分の企てが全部バレたのか。『そんなことあり得ないと』心の中で笑いながらも、完全に否定しきれない自分も居た。

 

 もうマクマードの部屋のすぐ手前まで来ている。いい加減に覚悟を決めるべきだろうと自らを鼓舞し、ゆっくりと扉を開けた。

 

「失礼しますぜ、親父」

「おう、来たかジャスレイ。ちょいとお前さんに用があってな、呼び出させてもらったぜ」

 

 マクマードはいつも通り、和装のまま窓際の盆栽を弄っている。鋏をパチパチと閉じる音だけが嫌に大きく聞こえるのは、らしくもなくジャスレイが緊張しているからだろうか。

 一分程度も盆栽を弄っていたのだろうか。黙って次の言葉を待つジャスレイの前で、ようやくマクマードは盆栽から目を離した。どっしりと椅子に座ると加えた葉巻に火を点ける。

 

「待たせてすまねぇな、ちょうどいい塩梅だったからやり切っちまいたかった」

「いえ、別に気にしてなんか……」

「そうか、そりゃなにより。んじゃ本題に入るが──鉄華団団長オルガ・イツカが襲撃を喰らったって話は聞いたか?」

 

 やはりその話か。現在の歳星では、鉄華団団長の乗った艦が航路中に襲撃を受け撃墜、団長含め乗員三名は現場に急行した鉄華団のメンバーが死に物狂いで探しても見つからなかったと噂が広がっている。不安や疑惑が広がる中、当然ジャスレイが雇ったハウリングについての話は全くない。

 ジャスレイの脳裏にすぐさま打算や焦りといった感情が渦巻くが、彼はそれをおくびにも出さず平静に言葉を続けた。

 

「ええ、ぼちぼちは。連中、馬鹿な奴らですよ。せっかく俺が好意で護衛でも紹介してやろうと思ってたのに、下らない見栄張っておっ()んじまったんですから」

「ま、本当に死んじまったんならその点はあんま否定できんがな。実は一人、あのジゼルって嬢ちゃんだけ生き残ってんだよ。そいつが面白い情報を持ってきてくれてな」

「そいつぁ……良かったじゃねぇっすか」

 

 咄嗟にそう答えられたのは半ば奇跡のようなものだった。内心は逆も逆、いっそ呪ってやりたいほどの焦燥感に包まれていた。

 五日前の最後の通信の状況からして、ジゼルとやらはほぼ確実にハウリングに攻め込んだはず。普通なら単機で一組織を相手取るなど狂った所業でしかないのだが、生きているということはつまり勝ったという事実に他ならない。馬鹿馬鹿しい、夢なら寝て見ろと文句の一つも付けたくなる。

 あのときの不安が現実のものになり始めている──ジワジワと背筋を嫌な汗が噴き出しては落ちていく。その渦巻く胸中を見透かしたかのように、マクマードの視線が鋭くなった。

 

「でだよ、その嬢ちゃんが面白いモン引っ提げて鉄華団のイサリビと一緒に帰ってきたのがつい昨日だ。こいつを聞いた時は俺もたまげたぜ、お前さんも是非耳に入れてくれよ」

 

 駄目だ、駄目だ、駄目だ。直感で理解した、聞いてはならない。それを聞いたが最後、ジャスレイの全てが終わることになる。

 心臓が早鐘を打つ。反射的に足が後ろへと半歩下がった。だけどここから逃げたところで、何が変わる訳でもない。もはや常の余裕を漂わせた姿はそこになく、今の彼は袋の鼠も同然の有様だったのだ。

 

「鉄華団団長殺しに一枚噛んだ傭兵組織ハウリングってのは、テメェのお得意先でしかもテメェの依頼を受けて殺したって聞いたんだが。そこんとこどうなんだ、ジャスレイさんよぉ?」

「う、嘘だ……そんなん出鱈目だ。鉄華団の奴らが俺のこと気に食わないからって腹いせに嵌めようってしてるだけでしょう?」

「確かに、普通なら俺もそう思うわな。だが言ったろ、面白いモン引っ提げて帰って来たって。おい、連れてこい」

 

 最後の言葉は扉際の黒服に向けた言葉だった。黒服がどこかに手早く連絡を入れてから一分も経たないうちに、今度は扉が開いた。そこから現れたのは、

 

「ナ、ナムレス……」

「よぉ、すまねぇなジャスレイの旦那……」

 

 ハウリングの団長、ナムレス・リングに相違なかった。

 記憶にある鍛え抜かれた巨躯はそのまま、暴行を受けた様子もほとんどない。唯一頬に出来た平手の痣だけが痛々しいが、とりあえず五体満足と評して良い。

 彼が捕まったのかと呆気にとられるジャスレイの前で、続けて三日月の座る車椅子を押すジゼルが続き、更には信じられない人物が顔を出した。白髪に褐色の肌、それに射貫くような金の瞳を持ったスーツの男。それは誰がどう見ても鉄華団団長、オルガ・イツカでしかありえなかったのだ。

 

「どういうこった、どうしてナムレスが……いや、それ以前にどうしてオルガ・イツカが生きてここに……」

「よぉ、ジャスレイ。俺もそう簡単にくたばれねぇんだよ、死んでなくて悪かったな」

 

 死んだと思っていた相手が生きていた。その事実に呆然としてしまうジャスレイの前で、黒服に抑えられたナムレスが小さく項垂れた。

 

「すまねぇな、ジャスレイの旦那。アンタには悪いと思うが、俺たちも命が惜しい。今回の件に関わって仲間が二十人は死んだんだ、これ以上の被害は出せねぇよ」

「テメェ、だからってこいつは……!」

「好きに罵ってくれ。アンタにはその権利がある。だが俺にはしなきゃならねぇ取引があるんだ」

 

 彼がちらりと見たのはジゼルだろうか。彼女は相変わらず表情の読めない無表情、けれど瞳だけは脅すかのように剣呑な光を放っている。その光に一瞬だけナムレスが身体を震わせてから、絞り出すような声音で自白した。

 

「俺ら傭兵団ハウリングは、確かにそこのジャスレイ・ドノミコルスから依頼を受けた。内容は鉄華団団長の殺害依頼、証拠は映像で既に渡したやつだ」

「そいつぁもう見せてもらったぜ。もしや鉄華団に脅されたんじゃねぇかとも思っちまったが、あんな映像まで見せられりゃ疑いようもない。今回の一件、裏で手を引いていたのがジャスレイだってのはまず確実らしい」

「……ッ!? 待ってくれ、親父──!」

「言い分があるなら聞いてやってもいいが、俺もそう気が長い性分じゃねぇんでな。あんまつまんねぇことペラペラ並べ立てんなら、どうなるか分かってんだろうな?」

 

 もはや大勢は決してしまった。証言一つでジャスレイはどうしようもなく追い詰められてしまったのだ。この状況を覆すなど不可能だ。既にして膝から崩れ落ちそうになるのを堪えるだけで限界という精神状態だった。

 

 そこまで行ってからマクマードは「連れていけ」と命じると、ナムレスを部屋から退出させた。彼の役目は既に済んでいた。用がなければ丁重に歳星からお帰りいただくしかないだろう。

 後に残ったのはかつてこの部屋に集ったのと同じ面子だけ。マクマード、ジャスレイ、オルガ、ジゼルに三日月。沈黙の降りるこの場に、ジャスレイの味方は一人として存在しなかった。

 

 まず口火を切ったのはマクマードだった。

 

「とはいえ、ちぃっとばかり驚いたってのはあるがな。まさかこうまで早くジャスレイが追い詰められるとは思ってもみなかった」

「俺たちも最初からこうなると分かってた訳じゃありません。本当にただ無事に火星に戻る為に一芝居打つだけの予定でしたから」

 

 オルガの言う通り、彼らの目標はあくまでオルガが無事に火星に戻れるようにすることだった。そのためにわざわざオルガ抜きの艦だけ先行させて、途中で襲撃があればその余波で死んだことにしようと画策したのだ。死者を精力的に探す者はいないだろうし、後は身を潜めてイサリビが到着するのを待てば安全に火星まで帰れるという寸法だ。

 ただ鉄華団にとって運が良かったのは、囮役が良くも悪くも気狂い(ジゼル)だったことだろうか。快楽殺人者の彼女が刺客を返り討ちにするのは想定通りだが、まさか大元まで叩きに行くとは予想外だった。フルースと化して高まった継戦能力と、追い詰めた敵に思わぬ証拠が存在したのが上手くマッチングした形となるか。

 

 つまり、今回の件はほとんど偶然が重なった幸運なのだ。何もジゼルとて万能ではない、彼女が飛びぬけて優れているのはあくまで人殺しに関する事象だけである。こうまで事態が動くなど考えもしなかったし、可能な範囲で趣味に走った結果だから始末に負えないとも言えるだろう。 

 

「そんでまぁ、今回親父んとこまで来た理由は一つだけです」

 

 ギロリ。そんな擬音が聞こえてきそうなほどに鋭くオルガがジャスレイを睨む。ジャスレイもプライドをかき集めて精一杯に睨み返すが、肝心の言葉が何一つ出てこない。

 今や彼我の力関係は完全に逆転してしまっており、ジャスレイは蛇に睨まれた蛙も同然だった。

 

「コイツに落とし前を付けに来ました。どうあれ殺されかかったんだ、帳尻合わせてもらわなきゃ筋が通らねぇんですよ」

「ま、そうだわな。裁量はお前に全部任せる、コイツのことは好きにしな」

 

 ゆったりと葉巻を口から離し、マクマードが頷いた時だった。

 

「……さっきから黙って聞いてりゃ、おかしいと思わないんですかい親父ィ!?」

 

 我慢しきれないとばかりにジャスレイが叫んだ。追い詰められた者に特有の自棄、と言い切るには理性と感情の籠もった叫びである。マクマードも敢えて無下にすることなく、無言で続きを促した。

 

「親父は鉄華団に目を掛けすぎてる。いつかの夜明けの地平線団討伐、アイツは確かに大手柄だったかもしんねぇ。だけど所詮は海賊退治、下っ端の仕事だって言ったのは親父だろう!? なのに順序も無視して採掘場なんてデカいシノギを渡すなんざ、俺たち幹部からすりゃそれこそ筋が通んねぇ話なんすよ!」

「ほう、つまりテメェは俺の采配が間違ってたと言いたいわけか」

「……ッ、ええ、この際だから言わせてもらいますがね。親父、アンタの采配はちょいとおかしい。新入りに目を掛けんのは良いが、先にこのテイワズにシノギ持ってきた俺らを蔑ろにしすぎてんだ。言っておくがコイツは俺だけの想いじゃねぇ、他にも上の奴らに同じ思想を持ってるのはわんさか居んだ。親父もそいつを忘れないでほしい」

「なるほど、な……テメェの言い分は良くわかった」

 

 短く呟き、マクマードが立ち上がる。ジャスレイに比べれば決して大きくないはずの体躯だが、それでもこの場の誰より存在感を発していた。

 彼は威圧感を発しながら、けれどその瞳はどこか自嘲を含んでいるようにも見えた。

 

「一理はあるか。テメェの言い分、確かに全部が間違ってもねぇだろうな。そこは素直に認めてやるさ」

「なら──」

「だがよ、それに関して俺の判断が裏目に出たことが一度でもあったか? 鉄華団が何かテメェらの足を引っ張ったか? ねぇだろうよ、そんなもん。結果を出してる奴がたまさか新入りなら殺して良いとでも言うつもりか、テメェはよお?」

 

 テイワズのボスが発する圧力、凄みに場が完全に支配される。ジャスレイは元より、あまり動じない三日月やジゼルでも微かに表情に緊張感を漂わせている。これこそが、圏外圏で一番恐ろしい男の素顔なのだ。

 だがふっとマクマードが息を吐くと、途端に場の圧力が霧散した。先ほどのようにゆったりと座椅子に腰を落ち着けたマクマードは、鋭い瞳でオルガへと向く。

 

「本当なら俺が今すぐにでもケジメ付けさせてやるところだが、今回は鉄華団とジャスレイの揉め事だからな。俺は手を出さねぇ、さっきも言ったがそっちで好きにケリを付けな」

「──ええ、分かってますよ」

 

 答えたのはオルガではない。懐から拳銃を引き抜きつつジャスレイに迫るのは、これまで黙ったままのジゼルだった。彼女は一切の躊躇なく銃のセーフティを解除すると、ジャスレイへと銃を突きつける。

 

「この人の言い分は理解しました。ですがええ、それが何か? この人は団長さんを殺そうとしたんです、許せる訳ないじゃないですか」

 

 薄っすらと滲んだ怒りの声に気圧され、ジャスレイが堪らず一歩下がった。ジゼルが更に一歩前に出る。金の瞳は完全にジャスレイを殺害対象としか見ていない。

 だがそこで、ジゼルの腕を掴む者が居た。止めに入ったのはオルガ・イツカである。

 

「待ってくれ。この一件はアンタじゃなく、俺にケリを付けさせてほしい」

「……団長さんがそう言うなら、まあ良いですけど」

「ありがとよ」

 

 不承不承ながらジゼルが拳銃をオルガへと渡した。彼はそれを受け取ると、ツカツカとジャスレイの下へと向かい──

 

「まずは一つ、こいつを受け取ってくれや!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()と同時、思い切りジャスレイの頬を殴ったのだった。

 拳のめり込む鈍い音、それからドッとジャスレイが床へと倒れ込む。突然の行動に誰も反応できなかった。てっきりオルガはジャスレイを射殺するものだと思っていたから、予想外としか言いようの無い行動である。

 

「オルガ? そいつ殺さなくていいの?」

「大丈夫だミカ、これで良い」

 

 倒れ込んだジャスレイを見下ろしながらオルガが言う。その口調にも瞳にも迷いなど微塵もない。酔狂でも何でもなく、オルガの中で意思は固いようだった。

 一方で殴られた方のジャスレイは頬を抑えながら、やはり信じられないといった風にオルガを見上げていた。

 

「どういうつもりだ、オルガ・イツカ……!?」

「もしアンタが俺じゃなくて鉄華団の誰かを狙ったなら、あるいはこの一件で一人でも死人が出てたなら。俺は間違いなくアンタを殺してた」

 

 淡々と語られる言葉に嘘はなかった。人一倍仲間意識が強く、筋を通すことに拘るオルガだ。鉄華団から被害が出ていたなら絶対に怒り狂い、死を以って償わせていたことだろう。

 だけどそう、実のところ今回は誰一人として鉄華団から犠牲者は出ていないのだ。確かにオルガは殺されかけたがそれは未然に防がれ、その後も大した危険もなくここまで漕ぎ着けた。被害でいえばせいぜいが破壊された小型艦艇と、フェニクスフルースの弾薬代程度のものだろう。

 

「俺がアンタに要求すんのは(タマ)じゃねぇ、謝罪と賠償だ。殺されかけた恨みとウチの団員を危険に曝す羽目になったのはさっきので勘弁してやる。後は払うべきもんキッチリ払うんなら、命まで要求する気はねぇよ」

「でも団長さん、その人はあなたの命を狙ったんですよ? なのに生かしておいたらまた危険が──」

「そんときゃ徹底的に潰してやるさ。だがそいつはまだ起こってない未来の話だ、そいつまで勘定に入れて話すのも違うんじゃねぇのか?」

 

 諭されたジゼルが押し黙る。それからムッと頬を膨らませて怒っているとアピールしているが、オルガは特段気にしてすらいない。

 

「……確かに、俺は今回の件に関与しないと言った。だけどよ、本当に良いのか? お前さんのそれは甘さと取られても仕方ねぇ決断かもしんねぇぞ」

「いいんです親父。認めたくはありませんが、さっきジャスレイが言っていたことは俺も納得できた。新参者の俺たちがまだ信用を得られていないのは仕方のないことですし、親父に特に贔屓してもらってるのも事実なんすよ」

 

 もちろん、これまでのマクマードによる鉄華団への計らいには感謝しても仕切れない。だけどそれはオルガが恩恵を受ける当事者だからであって、第三者からみればまた違う感想を抱くというのも理解できたのだ。

 

「俺たちが信用できないっていうなら、後からでも信用に足る実績を積み立てればいい。幹部だろうと無視できないくらいの功績ぶっ立てて黙らせれば、こんなこと二度と起きませんから」

「それでジャスレイも殺さないってか? お優しいこったが、時には力で黙らせるのも大事だぜ」

「それでもです。気に入らないから殺すなんざそれこそジャスレイと同じですし、そんなこと続けてればいつか必ず跳ね返りがやって来る。それじゃあ鉄華団が成長できたところで意味がないんです」

 

 鉄華団の力は強い。不遜かもしれないが、テイワズの中でも頭一つ抜けた実力を持っているのは確実なのだ。喧嘩になれば敵う相手などまずいない。

 でも、だからこそ力を奮う相手を見誤ってはいけないのだ。自分たちの邪魔者を排除するのは仕方のない事だし、オルガだって否定しない。しかし殺す必要がない相手までわざわざ殺して回るのなら、強大な力で強引に押さえつけるというのなら、それはただ力に溺れた愚か者でしかないだろう。そんな者の末路など考えるまでもなく明らかだ。

 

 かつて地球でオルガは決めたのだ、”遠回りでも進み続ける”と。

 故にこうする。邪魔者は殺して排除するのではなく、出来るだけ穏便に自分たちを認めさせれば波風を立てずに終わらせられると気付けたから。

 

「ここでコイツを殺せば、きっと俺たちを害そうとする第二第三のジャスレイが現れるでしょう。それじゃ駄目なんです。だから俺はここでコイツを殺しませんし、絶対に俺たちの力を認めさせる。たった一人も認めさせられないようじゃ、とてもじゃないが俺たちを認めさせるなんざできないでしょう」

「ふっ……まったく。初めて会った時のお前さんはギラギラした目付きの、飢えた狼みたいな奴だったのにな。今じゃすっかり余裕ってモンを手に入れやがって。これだから若い衆ってのはいつ見ても飽きないモンだ」

 

 苦笑するマクマードに、オルガもまた苦笑を返した。

 

「俺も俺なりに色々考えさせられることがありましたから。それに今は、一人だけで考えこむ必要も無いんです。こんな俺と一緒に考えてくれるなんて物好きが居てくれたおかげで、少しだけ余裕を持って周囲を見れるようになっただけっすよ」

「そうかい。そいつは結構なこった」

 

 ふてぶてしく笑うマクマードの視線の先には、ムスッと頬を膨らませたままのジゼルの姿がある。

 あれを宥めすかせるのは大変そうだ、なんて他人事のような感想が出てしまうマクマードであった。いや、今のオルガの言葉でちょっとだけ頬が緩んだから、あんがい簡単かもしれない。

 

 ともかく、この一件はここらでまとめてしまうべきだろう。

 

「あい分かった、この件は俺が引き継ごう。謝罪やら賠償やらをどうするかは俺が仲介に立った方が早いだろうからな? 異存はあるかい?」

「いえ、ありません」

「……ねえっすよ、親父」

 

 ハキハキと答えるオルガと対照に、ジャスレイはこの世の終わりに辛うじて希望を見つけたかのような有様だ。

 むべなるかな、どうにか命だけは助かったものの、彼を待っている未来はそう明るくない。謝罪という名のケジメを付ける羽目になるのはまず間違いないだろう。

 

「そんじゃ、この件はいったん終了だ。ひとまず遺恨はこの場にすっぱり置いていくこったな」

 

 それでもこの場はマクマードの一言により、とりあえずの幕引きとなったのである。

 




賛否両論あるかもしれませんが、まさかのジャスレイ生存ルートへ。私としても非常に悩む決断となりました。

そもそもの話ですが、私は意外とジャスレイを嫌いになりきれないんですよね。確かにオルフェンズ本編の彼は憎むべき非道の敵ではありますが、一方でマクマードに語る言葉は正鵠を射たものばかりです。今回の話で彼がマクマードへと叫んだ言葉も、全て本編中の言葉を引用していますし。
そんなジャスレイだからこそ、ただ敵として無残に死んでもらうだけでは勿体ないと思いました。彼の放つ正論も理解した上で敵として描かないと悪役として不足だと感じ、故に本作のオルガは余裕ができたおかげもあってジャスレイに一定の理解を示し殺さずに殴るだけに留めたという訳です。ある意味では本作オルガの成長に不可欠な存在になってもらったとも言えますね。

にしてもクジャン家の賠償うんぬんもまだ消化できてないのに、まだ賠償が重なってくとは……


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#38 次なる狼煙

 歳星内を騒がせた鉄華団団長暗殺事件がひとまずの決着を見たのは、それから五日後のことだった。

 

 今回の騒動による被害者たる鉄華団団長オルガ・イツカは加害者であるジャスレイ・ドノミコルスに対し謝罪と賠償を要求するだけに留め、示談という形で事態の収集を図った。

 報復に命まで取らず、あくまで常識的な対処及び対応で収める。大人たちにとっては当たり前でも、これまでの鉄華団なら考えられない行いと言えよう。これには歳星内の主だった組織達も驚愕し、主に鉄華団を快く感じていなかった者たちからの心象が大きく変わることになった。

 

 ”子供ばかりの野蛮な組織”から”力と理性を兼ね備えた武闘派組織”として。ほんの少しづつでも鉄華団は変革を開始していると印象付けたのだ。

 

 示談そのものはマクマードが仲介に入ったということもあり円滑に進み、ジャスレイは鉄華団が消費した諸々の資材と事態に対する賠償金、それにケジメとして指を二本詰めることになった。マフィアとも称されるテイワズらしいやり方だ。

 これが決まった時のジャスレイは顔面を蒼白にさせていたが、それでも命があるだけマシと言うべきだろう。同じくその場に居たジゼルも顔を真っ青にさせつつ、殺意の籠もった眼差しを彼へと向けていたのだから。

 

「──いや、今思い返してみてもよく分かんねぇよ。どうしてアンタまで顔真っ青にさせてたんだ」

「そ、それはその……」

 

 歳星における暫定的な鉄華団居留地となったイサリビの一室。火星に残った会計担当のデクスターの代わりに事務仕事を終えたジゼルが報告にやって来たのだが、彼女を見てふとオルガは呟いてしまったのである。

 タブレット端末を片手に明らかにジゼルが言い淀んだ。無表情ながら気まずそうに泳ぐ瞳を少しだけ追って、オルガは呆れたように溜息を吐く。なんとなく予想が着いてしまった。

 

「殺すのはいいが拷問は嫌いってか。分かっちゃいたがアンタも大概変わってるな」

「だって痛そうなのって考えるだけでヒヤッとするじゃないですか。拷問するよりも殺してあげる方が相手も余計に苦しまずにすみますし、ジゼルも嬉しいしで良いことづくめです」

「躊躇いもなくそう言いきれんのはこの世界でアンタ一人だけだろうよ……普通はどうしたって生きていたいもんさ」

 

 割と本気で言っているらしいジゼルに再度溜息を吐いてしまう。今更軽蔑するつもりなど微塵も無いとはいえ、やはりジゼルの頭のおかしさは筋金入りと再認識したオルガである。黙って仕事をしていればマトモに見えるだけマシというか、性質が悪いというか。

 果たしてこんなジゼルに対して約束を果たす事はできるのだろうか。クリュセで互いに交わした『ジゼルは力を貸し、オルガは彼女の幸せ探しの手伝いをする』という内容が急に無理難題に思えてしまう。

 

 それを言ったらまた怒られそうなので黙っておくが。円満な関係が下らないことで拗れてもシャレにならない。

 

「んで、結局今回の被害総額やらはどうなってたんだ」

 

 現実逃避気味に本題へと入ってみれば、「どうぞ」とジゼルがタブレット端末を手渡してきた。見ればそこには細かい文字と数字がびっしりと連なっている。二年前のオルガなら目を回していたであろう情報量だが、今の彼ならこの程度に目を通すのは容易かった。

 ざっくりと目を通してみれば、やはり思った以上に被害は少ない。破壊された小型艦艇と惜しげもなく消費してくれたフェニクスフルースの各種弾薬や推進剤さえ賠償金で補填すれば差し引きゼロ、残った大量の金はそっくり鉄華団の懐へと入っていく訳だ。

 

「被害は軽微、こいつは僥倖だな。にしても賠償金の方は改めて確認してもすげぇ額じゃねぇか……こんだけあると逆に現実味がねぇ。昔の俺らが見たら卒倒しちまいそうだよ」

 

 ゼロがいくつも並んでいる箇所を見て苦笑が漏れてしまう。一少年兵だった頃は想像すらしなかったような莫大な金額が手に入るなんて、随分と遠くまで来たものだと実感する。

 こういった金をどのように扱うべきか、オルガとしても悩むところだった。これまでは荒事に備え戦力の拡充を最優先で進めていたが、今度は少しづつ改善していた福利厚生に本腰を入れても良いかもしれない。既に労働環境自体はCGSの頃と比べものにならないとはいえ、依然として建物は古く各種保証も手が回ってない箇所が多いのだから。

 

 タブレット端末と睨めっこしながらアレコレと考えているオルガの前では、やや不機嫌になったジゼルが吐き捨てていた。

 

「これくらいむしり取ってやるのが道理でしょう。むしろ命を取られなかった分もっと寄越せと言ってやりたい気分です」

「おいおい、まだ根に持ってんのか。もうコイツは終わった話だ、アンタがこれ以上怒っても何も変わんねぇぞ」

「……それでもですよ。ジゼルにとってはしばらく根に持つくらい深刻な話でしたので」

 

 ムスッと頬を膨らませて怒るジゼルに、どことなくハムスターを連想してしまうオルガである。

 とはいえ、実際にジゼルの怒りはまだまだ収まっていないらしかった。思えば今回は最初から犯人(ジャスレイ)への殺意が高かったが、一応の道理は弁えた彼女がこうも食い下がるのは珍しいどころの話ではない。

 これもクリュセで話し合った時の内容から何となくの予想は着くのだが……さすがに自分でそうだと断じてしまうには、オルガとしても恥ずかしいのが本音だった。

 

「いい加減に機嫌を直してくんねぇとこっちも困んだ。アンタが不機嫌ってだけで俺としても冷や汗もんだ」

「……別に、誰かに八つ当たりするつもりなんてありませんよ。でも団長さんに死なれたらジゼルとしてもすごく嫌なんです。もう少し自分のことも大切にしてあげてください」

「心配してくれてんのは嬉しいけどよ。さっきも言った通りこれはもう終わった話なんだ。むしろアンタが嫌がるような目にジャスレイが遭うんだからマシってもんだと思うが」

「むむむ……一理はありますけど……」

 

 ジゼルが唸った。やはり彼女は何だかんだ正論には弱いのだ。あと一押しでとりあえずこの話を終わりに出来る手ごたえを感じたオルガは、なりふり構わず一挙に畳みかけにいく。

 

「そんなに不満だってんなら、今回の礼も兼ねてまた髪梳くくらいしてやってもいいからよ。あんましアンタばかり特別扱いすんのは良くねぇが、それくらいならしてやるさ」

「本当ですか……?」

「あ、ああ。男の俺に文句ねぇならだけどな」

 

 オルガの思った以上の食いつきに面食らってしまう。本当なら同じ女性であるアトラ辺りにやってもらう方が良いのではと思うのだが、たぶん彼女の中ではあまり男女で区別する気がないのだろう。普段の様子からして間違いない。

 それにこう、断じて下心がある訳ではないのだが……甘いミルクのような香りとシャンプーの匂いというのはどうしても健全な青年として鼻に残ってしまうのも事実だった。女性に積極的なアタックをかけるのはシノやユージンの役割だし、遊びや女よりもまず鉄華団と家族を第一にできるオルガではあるが、同じ男としてこれを振り払うのも難しい。

 

 逆に言えば仕事一筋の彼でもそういうのを意識してしまう辺り、意外と彼女には気を許しているのだろうか。殺人嗜好には共感できずとも義理や恩を通すところは気に入っているのだから当然かもしれないが。相性が良いというのはたぶんそういった面も含むのだろう。そう納得しておく。

 

「文句なんてありませんよ、むしろ嬉しいです。この前も言いましたけど、この髪を自分で整えるのってすごく大変なんですからね」

「んなこた見りゃ分かるっての……まあいい、そいつでこの話は手打ちだ。構わねぇな?」

 

 返答の代わりにジゼルはポンと手を叩いた。「なんだ今の?」と視線で問えば、「手打ちしました」と平坦に告げられる。やはり彼女の頭の中はよく分からない。

 ともかく彼女の中で決着は出してくれたようなので、一つ懸念が減ってホッとする。これで数日後にジャスレイの変死体が発見されるなんて事態は避けられたことだろう。いくらなんでもそれだけは勘弁願いたかった。

 

「それじゃあ団長さん、さっそくお願いしてもいいですかね?」

「マジか。今からやんのか」

「女性がいつも櫛を持ってるなんて当たり前でしょうに」

「なんかアンタが女っぽいこと言ってるとすげぇ不思議な気分になるな……」

「えぇ……? それはちょっと傷つきます」

 

 なら普段のエキセントリックな言動の数々をどうにかしろと言いたくなる。最近は彼女の挙動にドキリとさせられる事も多いが、やっぱり中身がアレなせいでアトラやメリビットと同性とはとても信じられないオルガであった。

 そんなジゼルは頭に被っていた茶色の帽子を脱ぐと裏返しにする。何をするかと思えば、中から小さな折りたたみの櫛を取り出したではないか。唖然とするオルガの前で、さも自然な動作で櫛を手渡してくる。

 

「はいどうぞ」

「いや待ておかしいだろ。なんでんなとこに仕舞ってんだよ」

「この手のタイプの帽子って被ると少しスペースが空くので。有効活用です」

「お、おう……」

 

 返す言葉も無い。

 良く言えば常識に囚われていない、悪く言えば天然通り越したアホである。こんなのが元令嬢で現とんでもない殺人鬼なのだから世も末だと思う。そういえば厄祭戦は世の末という惨状だったらしいが、たぶん関係ないだろう。

 とりあえずいつまでも櫛を持っているのも間抜けなので椅子から立ち上がる──その直前のこと。不意にタブレット端末の画面が切り替わった。見ればそこには艦橋(ブリッジ)からの通信を意味する文字が並んでいる。

 

「悪いな、先にこっちが優先だ」

「……」

「なんか言えって、怖ぇつうの」

 

 無言の圧力を放つジゼルをどうにか無視して通信を繋げる。後で目いっぱい機嫌を取ってやらないと酷い目に遭いそうだ。

 

「どした?」

『その、オルガ団長に繋いでくれって通信が届いたので……』

「また急だな。相手は誰だ?」

 

 タービンズではないだろう。彼らには事の顛末を報告済みである。

 歳星関連もないはずだ。既に決着を迎え、話を詰める余地は存在しない。

 なら鉄華団に用があると言えば火星のアドモス商会らへんか、それとも──

 

『──ギャラルホルン、マクギリス・ファリドと名乗っていました』

「……あの男か」

「あのアグニカ大好きさんですか」 

 

 ギャラルホルンの改革派筆頭にして、鉄華団と手を結んでいる胡散臭くも優秀な男。

 マクギリス・ファリドからの唐突な連絡に、例えようもなく面倒な予感が起きたオルガであった。

 

 ◇

 

 ラスタル・エリオンがついにマクギリスと手を結ぶ事を決めたあの日。ラスタルに送り出されたヴィダールは彼の言葉に従ってクジャン家の艦隊へと合流していた。火星軌道上に待機していた彼らはイオクの身柄を受け取るためにもいったん月外縁軌道艦隊のすぐ近くまでやって来ていたから、合流自体は容易いことだったのだが。

 

「なんと……ではラスタル様はあのマクギリスに手を貸すと言うのか!?」

 

 呆然と呟くイオクに、仮面に素顔を隠したヴィダールは「そうだ」と短く返した。彼の反応は予想の範疇だったので驚くに値しない。むしろ自然な反応だろう。

 クジャン家の保有するハーフビーク級戦艦の艦橋には、どこか奇妙な雰囲気が漂っていた。まずクジャン家の部下たちは当主であるイオクの帰還に喜びが半分、そして明らかに奇抜なヴィダールの存在への困惑が半分。ヴィダール自身はあくまでクールな雰囲気を崩していないから余計に異物感が漂う。

 そしてイオクと言えば敬愛するラスタルのまさかの行動への驚愕と、目の前に立つ男への不信感、それに胸の中で燻ぶるかの鏖殺の不死鳥への敵愾心がない交ぜになった状態である。端的に言って皆の心持は混沌もかくやと言うべき有様だった。

 

「しかしラスタル様はマクギリスを強く警戒していたはず……もしや、マクギリスは私を人質にとってラスタル様を従わせたというのか!?」

「それも否定できないが、本質は別だ。単純に、マクギリスの秘めていた野望は想像よりもずっと純粋で真っすぐだった。それだけの事さ」

「そのようなこと信じられるかッ! ……しかし今の私にはそのような事を言う資格も無いのか。結局ラスタル様の足を引っ張り、部下を犠牲におめおめと戻ってきた私には……!」

 

 悔しさに声を震わせる。固く拳を握りしめたイオクの内心は業火に炙られているかの様な状態だ。

 ラスタル様の為にと考えた行いが完璧に裏目に出て、多くの部下も失い、さらには賠償金問題すら残っているときた。どれもこれも自らの短慮が招いた事態である。自分の顔に泥を塗るだけならまだしも、結局は全部他人へと被害が及んでいるのがやりきれない。

 

 そんな彼を見てヴィダールは何を想ったのだろうか。仮面の奥に秘められた瞳がジッとイオクを見つめていた。

 

「俺は、お前のことを真っすぐな男だと思う。行いはどうであれ部下を想う気持ちと、内に秘めた正義感は見事だからだ」

「ヴィダール……お前はこんな私にそのような言葉をかけてくれるのか」

「事実を述べたまでだ。これまで一度も言ったことは無かったがな」

 

 素顔を隠し、素性を隠し、ヴィダールはあらゆる個を捨て去ってまでマクギリスの行いを見定めようと生きてきた。他の者にも必要以上の注意を払うことはしなかった。

 それでも周囲の人間に対して思う所はあったし、そもヴィダールも本質は善性の者なのだ。よほどの事をしたならともかく、この時点までのイオクを嫌う理由はそうそう無いのである。

 

「ラスタルは俺に、お前の下へ行けと助言してきた」

「え……?」

「俺は例えラスタルと矛を交えることになったとしても、マクギリスと戦う。そう決めたのだ。ならばお前はどうしたいと思う? このまま共にラスタル側としてマクギリスと協力するのか。あるいは例えお前一人だけであろうとも、マクギリスと戦うのか。返答を聞かせてくれ」

「私、は……」

 

 問いを投げかけたヴィダールからしても、今のは酷な選択を迫ったと思う。だが訊くならばここしかないのだ。何を考えて「イオクの下へと行け」とラスタルが言ってきたかは分からないが、きっとそこに意味はあると信じている。

 

「私は、火星で多くの部下を殺された。もちろんMAに屠られた者もいるが、それ以上に許せないのはあの女なのだ」

 

 しばらく考え込んだイオクは、絞り出すようにまずは言った。周囲の部下たちがハッとした表情をする。

 

「ラスタル様が警戒し、ジュリエッタですら敵わなかった鏖殺の不死鳥。無抵抗な者たちすら虐殺の限りを尽くし、あまつさえ殺しを楽しんでいるあの狂気。私はそれが我慢できない、許せないのだ」

 

 脳裏に蘇るのは邪悪なる不死鳥とそのパイロットの姿だ。MAと戦いながら同じ人類をも殺し、イオクに対しては美麗と醜悪の強烈な矛盾する印象を植え付けてきた。そんな彼女はもはや存在そのものが悪徳であり、今のイオクにとって誰よりも殺さなければならない存在でもあったのだ。

 

 誰かが「イオク様……」と呟いた。ヴィダールは黙って耳を傾けている。

 

「自己満足であろうとも、私は部下たちの仇を取る。かの地で散っていった者たちに報いたいのだ、嘘ではない。彼らは私に生きろと言ってくれたが、ならばこそ生きている私が動かなければ彼らの無念も晴らせぬのだ」

 

 もしもイオクまでもがあの不死鳥の手にかかれば、部下たちの犠牲は無に帰してしまうかもしれない。

 それは怖い。

 だが、セブンスターズの一角として通すべき意地と誇りがあるのだ。今まで自分は散々部下たちに助けられてきたからこそ、今度は自らが彼らの想いに報いたいと願うゆえに。

 

「ヴィダール、私は愚かだ。自らの正義のみを信じ、その果てに部下たちを何人も死なせてしまった大馬鹿ものだ。それでも良いというのなら、手を組ませてもらいたい」

「……目的は例のガンダム・フェニクスとそのパイロットで良いのだな?」

「無論だ。しかしそれ以前に、私はあのマクギリスが好かんのだ。人を食ったようないけ好かない態度、どうにもソリが合わん!」

 

 最後の方は完全に私情であったが、ともかくイオクの決断は下ったようだ。鉄華団はマクギリスと手を結んでいる以上、鉄華団所属のフェニクスを打倒するなら敵対する以外にあり得ない。

 つまりそれはマクギリスと手を組んだラスタルとも敵対するということだ。イオクの意志を問うたヴィダールですら「本当に良いのか?」と訊ねてしまうが、対するイオクは迷いがなかった。

 

「無論、良くはない。しかしいつまでもラスタル様の世話になり続ける訳にもいかんのだ。それに私の目的はあくまでもただ一人、ラスタル様と戦うことは最小限に収めるつもりだ」

 

 それから彼は部下たちへと視線をやる。誰もがイオクだけを真っすぐに見つめていた。

 

「これはあくまでも私の個人的な願いだ。付き合いきれないというなら構わぬ、遠慮せずに申し出てくれ。それでもというのなら──どうか私の力になってはくれないだろうか?」

「──当たり前でしょう」

 

 返事はシンプルで、力強いものだった。

 

「我々はイオク様の部下、先代より誇り高きクジャン家に仕えてきた者です」

「その誇り、どうしてここで捨てることができましょうか?」

「皆、ありがとう……! 恩に着るぞ!」

 

 不安は当然あるだろう。今のクジャン家に何が出来るのかという疑問もある。

 しかしそれでも、彼らはクジャン家に仕える部下たちなのだ。当主に従うことに否は無いし、その言葉が独りよがりの正義感から解放されているのなら猶更だ。成長の兆しを見せた今、余計にこの青年を見捨てることは出来ないのである。

 

「だがどうするのだ? 先の一件でクジャン家は大幅に力を削がれた。対してマクギリスは地球外縁軌道統制統合艦隊を掌握している上、ラスタル様もアリアンロッド総司令官としての立場自体はそのままだ。もはや太刀打ちできる戦力差ではあるまい?」

「確かにそうだな」

 

 これにはヴィダールも頷いた。互いの戦力差は絶望的、相手はセブンスターズの二角と艦隊なのだ。いくらラスタル側の力は減少したとはいえ、依然としてクジャン家一つの力で適うものでは到底ない。

 

「もしこの場にセブンスターズがもう一人居なければ、だがな」

 

 故にヴィダールは仮面を外した。鉄の仮面が剥ぎ取られ、短い紫髪と端正な顔に走る無残な傷跡が衆目に晒される。

 

「まさかヴィダール、あなたは……!」

「ここにはクジャン家と、そしてガエリオ・ボードウィンが存在するのだ。セブンスターズの一角では成しえぬことも、二つ集まれば可能となる」 

 

 ファリド家とエリオン家は確かに強敵だ。しかしまだ勝負はついていない。

 残るセブンスターズはファルク家、バクラザン家、そしてイシュー家の三つ。特にイシュー家に関してはガエリオとしても他人事ではない。

 勝機は少ない。しかし立ち回り次第でまだまだ勝ちの目は見えるのだ。特にヴィダールことガエリオはマクギリスが持つ唯一の弱点である、これを利用しない手は無いだろう。

 

「俺はマクギリスを、お前は鉄華団の不死鳥を追う。ここに利害は一致した、よろしく頼む」

「……その素顔には驚かされたが、こちらこそ頼むぞ、ボードウィン公!」

「よしてくれ、まだそう呼ばれるような男でもない」

 

 苦笑しつつ、ガエリオとイオクは手に握り合い。

 

 かくしてここに、ギャラルホルンを二分する戦いの狼煙が水面下で上がったのである。

 



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#39 束の間の平穏

「おーい、そっちの荷物運んどいてくれ。慎重に頼むよ」

「分かった、桜ちゃん」

 

 火星、クリュセ郊外に広がる広々とした農場には、一面のトウモロコシ畑が広がっている。緑たなびく収穫期になれば相当量のトウモロコシが実るのだが、そのほとんどは安価なバイオ燃料として買いたたかれる運命だ。故に利益は規模の割には小さく、生計も立てづらい。最近は規模の拡大した鉄華団が主食用にと良い値段で買い取ることも多くなったのだが、それでも広大な畑のほとんどは金にならないのが実情だろう。

 なので、この畑は常に人手不足に悩まされている。かつてCGSが存在した頃は参番組の隊員たちが畑仕事を手伝うこともしょっちゅうだったし、今はアドモス商会が立ち上げた孤児院の子供たちも手を貸してくれている。

 だが中でも参番隊──現鉄華団のエースこと三日月・オーガスは将来の目標が農場の経営だけあって、他の者たちよりも一際精力的に働いていたのだ。

 

 この構図は、実は現在でもそう変わっていない。鉄華団の悪魔と言われようと、三日月は三日月である。

 

「頼むからゆっくりおやり。うっかり傷でも付いたら買い取って貰えなくなるんだから」

「大丈夫だよ、そんなヘマしないって。それに、そうなったらきっとオルガが買い取ってくれるよ」

 

 長閑(のどか)なトウモロコシ畑の一角に、威風を誇る悪魔(バルバトス)が片膝を付いていた。

 

 悪魔は金色に光る指先で、ゆっくりとトウモロコシの詰め込まれた大箱を持ち上げる。まるで人間の五指そのままのように精密かつ丁寧な動作は、人機一体を目指す阿頼耶識システムの真骨頂と言えるだろう。そのまま左の掌に傷一つない大箱を五つほど載せると、バルバトスは静かに孤児院のある施設の方へと歩き出した。

 こうして三日月は施設にある所定の位置へと大箱を置くと、すぐ近くにバルバトス改め、バルバトスルプスレクスを止めおいた。エイハブ・リアクターは切らないでおく。切ってしまうと阿頼耶識も途切れ、三日月の右半身が硬直してしまうからである。

 

 無事に成功しホッと息を吐く三日月。だが悪魔に似合わぬ農作物の運搬を終えたバルバトスへと、キビキビした老婆の声が飛んできた。

 

「ったく、見てて冷や冷やもんだよ。確かに運ぶのは楽になったけど、いつトウモロコシが潰されるかたまったもんじゃない。そのうえ、そいつが居る間は孤児院も電子機器が使えないときた。力は頼りになるが、とんだじゃじゃ馬だよ、MS(そいつ)は」

『そう言われても、今の俺じゃバルバトス(こいつ)なしだと桜ちゃんの手伝いもできないからさ。その分の仕事はちゃんとするつもりだよ』

「はっ、あたしゃ怖くて見てらんないがね。ま、心意気は買っておくがさ」

 

 老婆の発言は辛辣だが、けれど決してそればかりでは無い。そのことを理解している三日月だから、彼女の発言に気を悪くすることもなくむしろ頬を緩めていた。

 三日月・オーガスとこの農場の主、桜・プレッツェルは気安い関係である。三日月は老婆である桜のことを『桜ちゃん』と呼び慕っているし、桜の方も口は悪いが面倒見は良い。だから三日月は力を貸す代わりに農業を学び、桜の方は農業を教える代わりに力を貸してもらう。そんな相互の関係が出来ているのだ。

 

 バルバトスのコクピットが開き、パイロットの三日月の姿が現れた。上下に開かれた胸部装甲の上に立つと、空に向かって大きく伸びをする。それだけでも阿頼耶識を繋いでいない三日月には叶わぬ行為だった。

 

「……阿頼耶識ってのも難儀なもんだね。今じゃそいつ無しだと満足に身体も動かせないんだろう?」

「身体の右側が動かなくなっちゃったからね。前みたいに荷運びしたり、収穫を手伝ったりするのは難しいかな」

「そんな身体になっておいて、まだ農場をやるのは諦めてないのかい」

「バルバトスが居れば動かせるから平気だよ。今もおやっさんとテイワズの人に、阿頼耶識のコードを出来るだけ延長したもの作ってもらってるし」

「へぇ、どんなもんなんだい?」

「コイツの全長の、二倍よりもう少し長いくらいって言ってたかな。出来次第ではもっと長くなるかもしれないってさ」

 

 三日月の示したコイツとはバルバトスの事であり、その二倍より少し長い程度なら五十メートルには及ぶのだろうか。それくらいあれば確かに、強引にバルバトスと繋いで畑仕事をすることも可能に思えた。

 だけどそもそも、そんな身体になってしまったことが桜としては物悲しい。こうして農業の夢を諦めず、仕事まで手伝ってくれる少年が鉄火場での主役を飾るのだ。それもまた本人の選んだ道かもしれないが、どうにも納得しきれないものがあるのも確かだった。

 

「なんか作ってみたい野菜とかあんのかい? 希望があるならこっちでも育て方調べといてやるよ」

「トウモロコシとジャガイモ、それにトマトなんかはだいたい勉強できてるかな。後はタマネギやピーマン、それに唐辛子とか……」

「唐辛子? なんでまたそんなもんを」

「鉄華団に一人、辛いのにうるさい人が居るんだよね。それでアトラにも頼まれちゃって。たぶん、もうすぐ桜ちゃんも分かるんじゃない?」

 

 それは三日月にしては珍しく、呆れを含んだような声音だった。辛いのにうるさい人物というのは、よほど唐辛子に拘りでもあるのだろうか。

 疑問に感じた桜だが、その前に耳がエンジン音を捉えた。年老いてなお健在な聴覚は、クリュセの方角からやって来る車の走行音を鋭敏に察知する。今日この時間にやって来る車といえば、間違いなく一つだけだ。

 

「クッキーとクラッカ、来たみたいだね」

 

 三日月も気づいたらしく、先に代弁してくれた。クッキーとクラッカのグリフォン姉妹はかつての仲間、ビスケット・グリフォンの妹たちであり、ちょうど今日から通っている幼年寄宿学校が中期の休みに突入するところである。そのため鉄華団から迎えが出ており、この農場にやって来る算段となっていた。

 話している間にも送迎用の黒い車が近づいてくる。車が滑らかに施設の手前に停まった瞬間、待ち詫びていたかのように後部ドアが勢いよく開いた。鉄砲玉のように飛び出した双子姉妹は勢いよく桜へと抱き着くと、元気いっぱいとばかりに笑顔を覗かせる。

 

「久しぶり!」

「元気だった!?」

「あたしがそう簡単に死ぬと思うのかい? まだまだこの歳じゃ生き足りないくらいさ」

「さっすが!」

「だね! あ、三日月も居る! 久しぶり!」

「ああ、久しぶり」

 

 バルバトスの上に居る三日月を見つけた二人は、そちらにも満面の笑顔を向けた。この双子は三日月にもよく懐いているのだ。

 普段は無愛想な三日月も、この二人には軽くだが笑みを浮かべて歓迎する。

 

「字はちゃんと読めるようになった?」

「あたしたち、もっともっと読めるようになったもんね!」

「俺だって前よりマシになったさ。今はゆっくりとなら本だって読めるようになったし」

「すごーい!」

「負けてらんないぞー!」

 

 子供同士の微笑ましい対抗心の張り合いに、傍から眺めている桜も自然と楽しくなる。こうして子供たちが何でもない事で笑っている光景こそ真っ当なものなのだ。三日月の立っているMSだけが農場には不釣り合いな禍々しさだが、それだって使いよう。先ほどみたく平和に扱う事だって出来るのから。

 

「──こんにちは」

「……アンタは?」

 

 だが、そんな平穏を壊すかのように、何か不穏な者が彼女の後ろに立っていた。

 いつの間にそこに居たのだろう。赤銀の長すぎる髪、白いシャツと黒いネクタイの上にジャケットを羽織り、短いスカートにタイツという暑そうな姿をした少女だ。けれど眠たげな金の瞳は、些かも気にしているようには見えない。

 

 その妙な少女は桜の問いには答えず、まずは農場を一瞥した。

 

「良い場所ですね。これが一面に広がる唐辛子畑なら言うこと無しだったのですが」

「……アンタ、この農場にいきなり喧嘩売ってんのかい?」

「いえ、別に。ただ思ったことを言ったまでです」

「そうかい。まったく、変な娘だ」

 

 本当に裏は無いらしく、負の感情は一切感じられない。あくまでも純粋に感嘆し、そしてこうだったら良いなと呟いているだけのようだ。それが少女に似つかわしくない唐辛子畑とくれば、明らかに浮いた存在であると判断するには十分だった。

 それにしても開口一番に唐辛子とは、彼女こそ三日月の言っていた”辛いのにうるさい人物”なのだろうか。疑問に思っていると、いつの間にかクッキーが彼女の手を引いていた。

 

「ねぇねぇ、ジゼルさんも一緒に農場手伝おう?」

「疲れるけど、すーっごく楽しいんだよ!」

「髪が汚れるので遠慮しておきます」

「えー」

「うそー」

 

 残念がる二人だが、ジゼルと呼ばれた少女は少しも意見を翻す気はなさそうだ。むしろ「土埃で汚れたら梳いてもらう前に洗わなくてはならないので」などと呟いている始末。双子に勝機は無さそうだった。

 それにしても、クッキーとクラッカは随分と彼女に懐いているようだ。桜からすればどこか不穏というか、信用しきれない空気があるのだが、子供特有の無邪気さが警戒させていないのだろうか。ジゼルもジゼルで特に変な行動はせず、双子を引き離すと三日月の方を見上げた。

 

「ジゼルは本部に戻りますが、三日月さんはどうします? まだこちらに居るというなら、団長さんにもそう伝えておきますが」

「俺はバルバトスともう少し桜ちゃんの手伝いしてるから、オルガにもそう伝えといて」

「分かりました。では、ジゼルはこれで失礼しますね」

 

 車の前でペコリと桜たちに一礼してから、ジゼルは車に乗って瞬く間に去って行ってしまった。その後ろ姿に「バイバーイ!」と双子が手を振れば、運転席の窓から白い手がひらりと振られた。どうやら彼女なりの返答らしい。

 ほんの短い邂逅だったか、礼儀知らずなのか礼儀正しいのかなんとも曖昧な娘だった。というより、忌憚なく言わせてもらえば意味が分からない。理解できたのはクッキーとクラッカの送迎を担当していたことくらいだろうか。

 

「なんだいホント、よく分からん娘だったね」

「不思議な人だよねー。でも、ハーモニカがとっても上手だった!」

「面白い人だよねー。でも、歌は結構下手だった!」

 

 双子らしい感想を漏らす双子の頭を撫でながら、桜は三日月の方に問う。

 

「今のが辛いのにうるさい人でいいのかい?」

「うん。変わってるけど、心底から悪い奴でもないから。俺も何度か字の読み方教えてもらったし」

「へぇ、そうなのかい」

 

 心底から悪い奴でもないのなら、多少は悪い奴ということなのだろうか。詳しいことは知らないが、それでも鉄華団に居るというなら桜が口出しできることは何もない。

 ただ、この何気ない日常の合間を彼女も楽しんでいるのなら、それも悪くないと思うのだ。鉄華団の周りは荒事ばかりだが、少しくらいはこうして何事も無い平穏な日々があっても罰は当たらないだろう。

 

 ──鉄華団がジャスレイの一件を手打ちにしてから二か月と少し。

 

 今の火星は、ひとまず平和だった。

 

 ◇

 

 農場を車で出発してからしばらく後、ジゼルは鉄華団火星本部へと到着していた。

 周囲は相変わらず喧騒で溢れて賑やかな様相だが、その中には工事音もいくつか響いている。これはCGS時代からの古びた施設を少しづつ取り壊し、新たに機能性を高めた施設として造り直していることに起因する。

 そもそもこの鉄華団火星本部、団員たちの福利厚生こそ充実してきたが肝心の建物自体は過去のままである。相変わらず隊員たちは複数人部屋で硬いベッドで寝ているし、廊下などもどうにも汚れや経年劣化が目立っている。歴戦といえば聞こえはいいが、その実は古びているだけと言われれば否定できない。

 

 新進気鋭の組織として、流石にそれはどうなのか。そう感じ始めていた団長のオルガはジャスレイからふんだくった賠償金をここぞとばかりに投入し、ついに本部の大幅な改装に踏み切ったのだ。

 

 ジゼルは車を隅っこの車庫に仕舞い、ゆったりと本部を歩いていく。現在でも鉄華団に入団しようという者たちは後を絶たない。そういった者たちが厳しい訓練の洗礼に息も絶え絶えな横を、彼女は涼し気に通過した。揺れる長髪に思わず目を奪われた新入りたちを、鬼教官の仮面を被ったシノがどやしたてる。

 しばらく歩くと、今度は改装工事の為に資材を運ぶ作業員とすれ違う。彼らの中には何人か暇をしている鉄華団の者も混じっていて、適度に手伝いながら共に本部を良くしようと動いていた。ジゼルとしても住まいが良くなるのは大歓迎なので、すれ違う度に軽く会釈だけしておいた。

 

 武闘派として有名な鉄華団だが、現状は非常に平和だった。ジャスレイの一件以降、しばらくは大きな出来事も争いもなく、肩肘を張ることのない穏やかな日々が続いている。だから遊撃隊長の三日月は畑仕事に力を入れているし、殺人狂のジゼルも大人しく子供たちの送迎を行ったりしているのだ。

 

「はぁ……そろそろ誰かを殺したいですね」

 

 人気のない暗い廊下でポツリとジゼルが呟いた。誰にも聞かれていないことを確信しているからか、唇は飢えとも笑みともつかぬ形に歪んでいる。

 最後に他者を殺したのはもう二か月も前になるのか。オルガの命を狙った傭兵団たちをほぼ壊滅させたが、あれ以来誰一人として殺せてはいない。クリュセでは相変わらずテロが起きているが、そちらの管轄はあくまでギャラルホルンである。鉄華団が介入する余地はない。

 

 平和すぎて、誰かの命を奪うことが出来ないのだ。その事実がもどかしい。二か月程度ならまだまだ我慢できるとはいえ、それでも我慢は我慢である。今日なんて小さい双子の送迎を担当したが、ついつい『殺してみたらきっと楽しいだろう』と考えてしまったほど。短絡的な殺人欲求にはジゼル自身も辟易としてしまう。

 とはいえ、現在もなお殺人こそ最も愉しい行為だと認識しているが、それに近いくらい楽しい行為もまた出来た。辛い料理を食べるのは最初から好きだったし、ハーモニカを誰かに褒めてもらえるのは気分が良いし、髪を梳いてもらうのは──心が暖かくなる。

 

「だからもうちょっとだけ我慢ですね、うん」

 

 どうせ、もう少ししたら幾らでも人を殺すことができるのだから。

 誰に言う訳でもなくそう結論付け、さらに廊下を進んでいく。目指す先は当然のように社長室、そこでオルガが地球の方と連絡を取り合っている筈だ。そこにジゼルも呼ばれている。

 社長室のまだ古ぼけた扉をノック、ついで声を張り上げた。

 

「団長さん、ジゼルです。入りますよ」

「おう、ちょうどいいとこに来たな」

 

 入室すると、そこには机に立てた通信端末の前で地球と連絡を取っているオルガが居た。通信相手は式典戦争の際にジゼルの穴埋めとして残ったユージンと、向こうの責任者を務めているチャドだ。ジゼルがソファに腰かけている間にも、ユージンの声が聞こえてきた。

 

『んで、そろそろ俺とメリビットさんも地球から火星(そっち)に戻るって訳か』

「ああ。MAやらジャスレイやらいろいろとあったが、本部の方はだいぶ落ち着いたからな。代わりにそっちにゃジゼルを寄越す。引継ぎとかは大丈夫か、チャド?」

『その辺りは大丈夫だよ、こっちにも半年以上は居た訳だからさ。ただ、アーブラウ防衛軍の方が可哀そうなくらいおっかなびっくりになっちゃってたけどね』

 

 その言葉にオルガからなじるような視線が飛んできたが、ジゼルとしては責められる謂れなどない。むしろあれは向こうの責任者である蒔苗と、なによりオルガの口添えがあったからこそ行った粛清なのだから。

 オルガとてそのことは最初から承知していたのだろう。すぐに視線を通信端末へと戻した。

 

「よし、ならひとまず問題はねぇか。残りの詰めは追って連絡を寄越す。そっちは頼んだぞ」

『へっ、任せとけっての!』

『オルガこそ、ヘマして今度こそ死んだりしたら承知しないからな』

「ったく、言ってろ」

 

 苦笑気味にオルガが通信を切った。いつの間にかブーツを脱いでソファに横座りになったジゼルは、興味深そうにオルガの方を見つめていた。肘掛けに乗せられた足がプラプラと揺れている。

 

「日取りはおおよそ決まりましたか?」

「ああ。明後日には向こうへの戦力補給も兼ねて、アンタには地球に行ってもらうことに決まった」

 

 元々、ジゼルは式典戦争の半年以上前から地球支部に配属されていた。故に本当ならあの紛争後も地球支部に残っていたはずだったのが、MAが発掘されたせいで火星へと戻ったのだ。なのでMAを打倒し、それに付随するゴタゴタも終わった以上、彼女が地球に戻されるのも当然の成り行きではあった。

 

「そうですか、ちょっと残念です。向こうにはジゼルの髪を梳いてくれる職人さんは居ませんから」

「……もう何とでも言えよ。俺はアンタに関しては色々と諦めたっつーか、悟っちまったぞ」

「ジゼルと居ると楽しいといった風に?」

「アンタと居ると振り回されて疲れんだって言ってるんだ」

 

 ジゼルのよく分からない発言には、もう真顔で返すより他にないオルガである。彼女相手に一々あーだこーだと考えていても身がもたないのだ。心から不快とまでは感じ無いのもまた性質が悪い。

 

「ま、それはともあれだ。せっかくお得意様からの指名なんだ、上手い事やってくれよ」

「そこは承知しているので大丈夫です。精々鉄華団の利益になるようにしつつ、いっぱい殺せるように頑張ってきますから。ちゃんとできたら頭でも撫でてみてください」

「……考えてはおく」

 

 ジゼルが地球に戻されるのは当然の成り行きだが、しかしこの状況で戻されるのには理由がある。

 全ては二か月前のマクギリス・ファリドからの連絡に端を発する。あの食えない切れ者が、是非ともジゼルをギャラルホルンの本部たるヴィーンゴールヴに招待したいと告げてきたのだから。

 




三日月、バルバトスを農作業に転用してしまうの巻。
∀でも似たようなことしてましたし、戦闘外の三日月ならこれくらいやりそうかなーというイメージです。今は阿頼耶識も無いとまともに動けないですし。


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#40 ヴィーンゴールヴ

本日はオルガ団長の一周忌(一日遅れ)ですが、オルガ団長は出ません。


 ジゼルにとってそれなり以上に久しぶりな鉄華団地球支部は、冬空の下うっすらと雪が積もり始めていた。屋根は一面白く塗り替えられ、道路も粉雪で舗装されている。

 その最中でも鉄華団団員たちやMSの放つ熱量は些かも変わりなく、寒さに負けないとばかりに元気よく仕事をこなしていたのだった。

 

「……皆さん、よくこの寒い中で働けますね。こっちに来て三日経ちましたけど、ジゼルには無理だと再確認しました」

「んなこと言ってねぇでさっさと働け。まだ仕事の引継ぎとか残ってんだぞ」

 

 いつかのようにソファでだらんとしているジゼルに、ユージンは苦虫を嚙み潰したような顔で書類を差し出した。さっさと目を通しておけと言外に伝えられ、渋々ジゼルも受け取って紙面をざっと眺めてみる。内容はここ数ヶ月における地球支部での金の流れや、新たにアーブラウで募集した鉄華団団員についての一覧である。

 

「今すぐ覚えろとまでは流石に言わねぇが、事務方に戻んなら少しは把握しといてくれ。またラディーチェみたいな裏切り者が出たら対処できなくなるからな」

「その時はジゼルが責任を持って処分するのでお構いなく。裏切り者への嗅覚は鋭い方だと思うので大丈夫ですよ」

「……素直に喜んで良いのか分かんねぇが、まあとりあえず鉄華団に被害が出ないよう気張ってくれ」

 

 諦観にも似た感情を抱きながらユージンが溜息を吐いた。彼が地球支部で事務方の抜けた穴埋めをしていた間、ジゼルは火星でギャラルホルンと一戦交えたり、テイワズでオルガを救ったりしていたという。そこだけ聞けば手放しに褒められる行いだし、事実これについてはユージンも心から感謝を送っている。

 だけどやっぱり複雑なのだった。全部が全部うまくいっているから良いものの、一つでも失敗していたらどうなっていたことか。ここまで来て彼女を追いだせなんて言うつもりは無いから、せめてオルガには早く手綱を握って欲しいと切に願うばかりである。

 

 しばらくの間、ペラペラと紙をめくる音と、タブレット端末の画面を叩く音だけが反響する。高級な家具などが揃ったこの部屋は応接室のはずなのだが、使いどころが少ないのも相まって今やジゼルがだらけるだけの場所だった。

 

「もうちょいシャキッとしろよ、他の奴らに示しがつかねぇぞ」

「寒いとやる気が……」

「冬眠でもすんのかよ……地球出身ってのは知ってるけど、暖かいとこの生まれだったのか?」

「いえ、北半球のそのまた北の方です。いつも雪とか降っててすごく寒かったです」

「ならちっとは頑張れっつうの! 寒さにゃ慣れてんだろ!?」

「お屋敷でぬくぬくしてたので無理です。これでも元はインドア派でしたので」

「ちっ、そういやお前お嬢様育ちだったっけか」

 

 思わず舌打ち。ジゼルは完全に無視していた。

 これだから恵まれた生まれの奴らはと心の中で悪態を吐きつつ、そういえば今の自分たちも悪くない立場だと思いなおした。火星本部は老朽化した建物の再建が進んでいるらしいし、地球支部もアーブラウ側の厚意で色々と融通が利く。かつてとは雲泥の差な環境に身を置けているのも事実だった。

 

「そういや、今度ギャラルホルンのお膝元に呼ばれるって話らしいけどよ、やっぱ地球本部ならすげぇ設備も揃ってんのか?」

「ジゼルに聞かれても知りませんよ。かつては水上のメガフロートなんて影も形もありませんでしたから。むしろこっちが気になるくらいです」

「そんじゃお前がコールドスリープした後で出来たって事か。そいつは残念だ」

 

 そこまで言ってから、「そういえば」とユージンは顎に手を当てた。端末を叩く指がいつの間にか止まっている。

 

「お前が結構なアグニカ・カイエルとやらのファンってのは前に聞かせてもらったけどよ、現状のギャラルホルンについてはどう思ってんだよ? 少なくとも創設者様は高い理想を持ってたみたいだが──」

「今のギャラルホルンは腐敗してしまっているから、怒っているか否か……ですね?」

「おう、そうだ」

 

 神妙に頷いた。さすがにやらないだろうとは思うが、これで内心で怒り狂っているなど言い出したら何が起きるか分からない。地球支部に運ばれてきたフェニクスは弾薬庫(フルース)と化していたし、うっかり殺戮ショーでも起きたら目も当てられない大惨事である。

 興味半分、恐怖半分で訊ねてみた質問に、ジゼルは思いのほか真面目な顔で即座に口を開いた。

 

「別に、どうでもいいです」

「……へぇ、思う所は無いってか」

「そもそもアグニカのファンって言われるのが心外ですけど、あくまでギャラルホルンの前身であるジェリコは居心地が良かったから在籍していたまでです。今がどうであろうとジゼルの知ったことではありませんよ」

「ほーん……なんつぅか意外だな。『世話になった奴の組織が長い時間の間に滅茶苦茶にされたー』とか、んな理屈で皆殺しにでもする気かと思ってたぜ」

 

 冗談交じりに笑ってから、すぐにユージンは「やべっ」と顔色を変えた。

 目の前でだらけていたはずのジゼルは、いつの間にか殺意を全身から漲らせていた。不穏すぎるオーラが肌にビリビリと突き刺さって非常に心臓に悪い。ほんの出来心で地雷を踏んでしまったのかもしれなかった。

 

「なるほど、その手がありましたか……」

 

 納得したように笑みを浮かべる姿がやけに恐ろしい。

 

「ま、まて。今のは冗談だから本気にすんなよな? マジでギャラルホルン皆殺しとかしたらシャレになんねぇからな? つかいくら鉄華団でもそりゃ無理だから」

「……分かってますよ、今のはジゼルなりの冗談です。そう短慮は起こさない()()なので軽く笑って流してください」

「ちっとも笑えないからマジやめてくれ……」

 

 ジゼルの殺意が薄れ、すぐにさっきまでのだらけた姿に戻ったのを見てホッと胸を撫で下ろす。シャキッと働いてくれとは思うが、今の殺意が充満した状態に比べれば万倍マシだろう。いっそこのままだらけ続けてくれれば安心だと思うくらいだ。

 

「にしてもマクギリスの野郎、なに考えて呼び出したりなんてしたんだか」

「それはジゼルも知りませんけど……折角ですし、適当に観光でもしてきますよ。写真とか撮って来ましょうか?」

「すっかり観光客気分じゃねぇか。でも気になるな、余裕あったら頼むわ」

「分かりました。代わりに火星に戻る前にアーブラウのお勧め料理でも適当にピックアップしといてください」

「……まさか一緒に来いなんて言わねぇよな?」

「言いません。一人で行きますのでお構いなく」

 

 素っ気なく返されてしまった。これが気の有る女の子だったら間違いなく心が折れていただろうが、相手が相手だけに全く心は痛まない。

 むしろ、じゃあなんでオルガとはデート紛いのことしたんだ──などとはとても訊けなかった。この辺りはもう当人たちの問題として、無策で首を突っ込まない方が得策だろうと悟ったからだ。

  

 それから少しだけ互いに黙ってから、今度はジゼルがポツリと漏らした。

 

「たぶん荒事になるでしょうね。元より鉄華団はそういう組織ですし」

「……やっぱそうなんのか。否定はできないが、好き好んでギャラルホルンの政争に巻き込まれんのもなぁ」

「そもそも団長さんとマクギリスさんはそういう関係ですから。是非も無いかと」

「肚括るっきゃねぇか」

 

 マクギリスが鉄華団に求めている役回りとは。

 きっと、ギャラルホルンという巨大な水面に一石を投じるための力なのだろう。

 

 ◇

 

 現在のセブンスターズにおいて、エリオン家とファリド家は他よりも明らかに大きな力を誇っている。

 片や月外縁軌道艦隊『アリアンロッド』の総司令官ラスタル・エリオン、片や地球外縁軌道統制統合艦隊の司令官マクギリス・ファリド。前者はマクギリスの策によって力を削がれ、後者はまだ発展途上の者ではあるが、紛れもない強者であるのは間違いない。

 

「さてエリオン公、準備は全て整った。我々も行くとしよう」

「……ついにこの時が来たか。全く、予想だにしない展開には驚きばかりだ」

 

 故にマクギリス・ファリドとラスタル・エリオンが手を組んだのは、残るセブンスターズ達にとって悪夢のような知らせと言えただろう。

 ギャラルホルン地球本部、ヴィーンゴールヴ。世界最大規模の組織に相応しいこの建物は水上に浮かぶ人工島であり、セブンスターズ達の邸宅も此処に用意されている。故に何の憂いもなく合流した三人は、白く清潔感のある廊下を悠々と進んでいく。

 

 まず先頭に立つのはマクギリスだ。改革派の筆頭にして野心に燃える青年であり、彼は今日この時を誰よりも待ち望んでいた。期待に浮かさてしまい、自然と歩む足も早まってしまう。

 二人目はラスタル、マクギリスに弱みを握られ彼と協力する羽目にはなったが、その風格には些かの衰