神風レベルアップ! (パラライズ)
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提督着任

ここが、あの、呉鎮守府。

 

私は今日からここで、提督として活動することになった。

 

・・・・・・といっても、私の仕事は、デスクワークと作戦指揮。

前線に立つこともなければ乗船することもない。

 

そう、なぜなら。

 

「待たせたわね、司令官。神風型駆逐艦、一番艦、神風。推参です!」

 

・・・・・・。

私の船は、この、駆逐艦を称する、1mほどの少女一人なのだから。

 

「提督は、艦隊の指揮官。と聞いたんだけどな」

 

「だったら、深海棲艦を全滅させないとね」

 

私の夢は、提督になることだった。

 

今ではない。かつての船たち。

 

雄々しく、波を超え、海を駆け抜けたかつての船。

だが、深海棲艦が生まれ始めて、世界は変わった。

 

嘗ての船は、船乗りがいなくなった間に、一隻。また一隻と、人の姿に変わっていった。

 

今の艦娘と呼ばれる少女たちの起こりである。

 

彼女たちが、どういうものかは知らない。

だが、少なくとも、今の世界に、船はなく。代わりに彼女たちがいるのは確かだ。

漁船娘なんて言うのもいるらしいが、彼女たちは、人を乗せないが、しっかりと仕事をしている。

そのまま受け入れられてしまった。

 

そして、艦娘たちも同じように、受け入れられてしまった。

むしろ喜ばれたのだ。

 

艦娘が深海棲艦を倒すことで、新たな艦娘が生まれる。

艦娘の食事は人間と同じもので済む。艤装の修理も、船の何百分の一以下の資材で、何百分の一の時間で、ほんの数人の手で行える。

 

そのうえで、威力は軍艦だったことを超えている。

・・・・・・いや、それ以上に、深海棲艦に太刀打ちできる。

それだけで価値のある存在といえた。

 

実際に戦争になった場合でも、船よりも彼女たちのほうが利点が多いだろう。

人格はある点はともかくとして、一人で、かつての船と同じことができる。

しかも、人間に全体的に友好的だ。数人のサボりや反乱で、動きが取れなくなる船に比べれば、なんと扱いやすいことか。

 

「司令官。顔に出てるわよ」

 

呆れ顔で私を見上げる神風が、少しため息をつく。

 

「まぁ、しょうがないわよね、あなたの夢だったのよね。でも、これから一緒にこの鎮守府で過ごすんだから!よろしくね?」

 

「あぁ、そうだな。よろしく」

 

小さな手のひらを私の手のひらが包む。

こんな小さな少女が戦うとなると、少し心配してしまう。

 

そんな私の心を読んだのか、神風は、挑発的に笑みを浮かべ、私に言う。

 

「大丈夫よ、司令官。すぐに、司令官よりも頼りがいのある姿になるから、まぁ、司令官ちっちゃいしね」

 

くすくすと笑われる。

・・・・・・バカにされてるような気がする。

 

「さて、それじゃ、出撃しましょっか!司令官」

 

「あぁ、私はどうしていればいい」

 

「とりあえず、出撃のために書類と判をおねがい。勝手な出撃は重罪だからね」

 

まぁ、今の私たちの仕事は、書類だと言われている。

 

「あとは資材の管理や、艦の修理の指示なんかも仕事。司令官の仕事は判断。私たちの命預けるわよ」

 

コツン、と、神風の小さな拳が、私の胸に充てる

 

「出撃の用意をしてくるわ。書類お願いね♪」

 

そういって、部屋を出て行ってしまう。

 

・・・・・・信頼、してくれようとしているのか。

 

「・・・・・・・私も、グチグチといってる場合じゃないな」

 

大きく少しぶかつく提督帽をかぶり直し、書類を書き始める。

あぁ、意地を張って、少し大きめの服なんてものを用意しなければよかった。

 

「司令官。準備、終わったわよ」

 

書類に判を押したところで、神風は、扉をくぐる。

 

「・・・・・・少し大きめの銃器のようだな」

 

「まぁ、人間大の大きさで主砲なんて持てるわけないからね。あ、馬力はそれくらい出るのよ?でも、バランスは取れないもの」

 

口角をにぃっと上げて笑う少女は、とてもかわいらしかった。

 

書類を彼女に手渡す。

 

「うん!不備なしね。さすが、って言っていいのかしら?とにかくこれで海に出れるわ」

 

「私がだしに行かなくていいのか?」

 

「んー。まぁ、私がだしに行くわ。そのほうが手っ取り早いもの。提督の判も押してあるし」

 

そういうと彼女は、鎮守府近海の海へと飛び出していった。

 

 

実のところ、海は危険だ。

深海棲艦が、どこにいる、と言われれば海、と答えるが、しかし、民はしっかりとそれを認識していない。

 

深海棲艦は水辺であればどこであろうと出現する可能性がある。

 

彼らは亡き船の魂。つまり、船が沈む可能性があればどこへだって現れる。

・・・・・・ボートくらいでだって。

ただ、それらは圧倒的に少なく、また、駆逐艦娘一人で圧倒できるものゆえ無視される。

 

さて、では、鎮守府近海の海、これがどれほど危険か。

 

・・・・・・実のところこれも、ただの水辺と変わらないのだ。

何故かといえばすでに掃討された後だから。

 

しかし、いったい、どうやって駆逐したのだろうか。

私の知る限り、駆逐艦であっても、数百メートル。

それが大量に海を埋め尽くしたのを知っている。

 

いくら、艦娘が、優れた兵器として運用されていたとしても、多勢に無勢ではないだろうか。

 

そう、ちょっとだけ思っていたのだ。

 

「ただいま、司令官」

 

海域に出る前の、3倍の大きさになった神風の姿を見るまでは。

 



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神風!レベルアップ!

目の前には、私が見上げる程になった、秘書艦の神風が笑顔でこちらを見下ろしている。

 

「・・・・・・・どうしたんだ?神風」

 

務めて冷静に、神風に話しかける。

私と彼女が会わなかった時間は、おおよそ、5時間。

 

連絡は4度。

敵の発見、殲滅。

これを合わせて二度ほど行っただけ。

 

その間に何があったというのか。

しかし、神風は、特に何もなかったように平然と。

 

「ふふ、レベルアップしたのよ、司令官♪」

 

楽し気に私を見下ろしながらそういった。

 

「レベルアップ?」

 

「そ、簡単にいえば強くなったのよ」

 

強く。そういわれて、神風の身体を見る。

 

・・・・・・。

たしかに、最初の3倍。

小学生低学年と変わらなかった彼女の体つきをそのままにスケールを3倍にしたような姿。

これは、たしかに。

 

間違いなく強くなっているだろう。

なんせ、三倍だ。

質量でいえば9倍だったか?

艤装のほうも合わせて大きくなっているのだから、当然ごつい。

 

「ほかの艦娘もそうなるのか?」

 

「当然じゃない、もっとも、どれくらいになるかは司令官次第だけどね」

 

とん、と、指先で押されて、椅子ごとひっくり返らされてしまう。

目を開けると、あちゃーっといった顔をした神風が、机から身を乗り出して、私のほうを覗き込んでいた。

腕に力が入っているのか、神風が手をついた執務机はみし・・・ぎし・・・っと悲鳴をあげている。

 

「だ、大丈夫?」

 

「あぁ、問題ないよ。ちょっと痛かったけれど」

 

どうやら、力の加減ができない・・・・・。

というよりもむしろ、此方の耐久性を推し量れなかったようだ。

 

「ごめんね、まだ、慣れてなくて」

 

わずか五時間の間にこれほどの変化が起きたのだ。ある意味、当然だろう。

 

くいっと、のびた制服の袖を引っ張られ立ち上がらされる。

私の体重など指先2本で十分、といったところだろうか。

 

・・・・・・よく考えれば、あの艤装だけでも私の数倍は重そうだ。

ある意味、当然か。

 

「んー、でも、このペースは平均的な艦娘の伸びに比べるとかなり速いペースね」

 

「そういうもの、なのか?」

 

「えぇ、たしか資料が・・・・・・」

 

四つ這いになり、私サイズの棚をごそごそと、あさり始める。

 

たった3倍、というのは、しかし、数値にすれば360センチ。

ふつうの成人男性からしたら、2倍程度か。

 

寧ろ、この鎮守府内を動き回れるのも、異常なほどだ。

 

・・・・・・いや、まて、そんなに広かったか。

 

「あ、あったあった。これよ」

 

指でつままれたそれは、しかし、私には大きな資料冊子で、受け取ろうとしたときに大きさを実感してしまう。

 

そこに書いてあったのは、艦娘の巨大化について、食事の量などは少し多くなるものの、常識の外に出ない件。

そして、やはり、鎮守府の特異性。

鎮守府そのものも艦娘のレベルアップに合わせて巨大化することが書かれていた。

 

「体のわりに燃費もいいのか・・・・・」

 

「えぇ、たとえ戦艦クラスの大きさになっても使う資材は半分にも満たないわ」

 

納得。

 

「・・・・・いや、まて、それでも君の食事があるだろう?」

 

「大丈夫よ、私も同じで、人間と同じくらいしか食べれないから」

 

グルルルル・・・・・・と、低い獣のうなり声のような大きな音がする。

おとの発信源は、前。

前には、神風。

 

頬は、赤い

 

「・・・・・・・司令官、今あなたは何も聞かなかった!いいわね!」

 

「んぐ?!」

 

ぐーっと、体を強くおなかに押し付けられる。

そうすることで、ギュルルルル・・・・・という、大きく、うなる音が逆に聞こえてしまい、こっちが赤くなってしまう。

 

「あー!?もう!司令官!ごはん!ごはんいきましょ!」

 

腕をつかまれ、持ち上げられ、引きずられる。

 

結局、おなかの音は、麦ご飯を、2杯食べ終わって、しばらくするまで聞こえてしまった。

 

~~~////」

 

「す、すまなかった」

 

顔を赤くして、座り込む神風。

 

「・・・・・・うぅ、と、とにかく!司令官にはもう一個!仕事をしてもらわないと!」

 

「もう一つ?」

 

「そう!建造よ!」

 

「・・・・・・?艦娘は、深海棲艦の死骸から生まれるわけじゃないのか?」

 

「・・・・・・ちょっとそれは、語弊があるのよ。まぁ、提督以外はできないからみんな気にしないんだけれど」

 

ついてきて、と、手を引かれる。

 

・・・・・・子ども扱いしないでほしいが。

この体格差では。どうしようもないか。

 

「ここが工廠よ!ここで私たちを建造できるの」

 

「私たち、ということはやっぱり」

 

「えぇ、といっても、複数の同じ艦娘は同時に同じ鎮守府には在籍できないんだけど」

 

ごとり、と、何か・・・・・・。

いや、神風の腕ほどの長さということは、私の身長と同じくらいの大きさか。

 

「これは、核よ。私たちと深海棲艦。・・・・・・。どちらも同じ核これが、私たちになるか、それとも装備になるかは、運しだいだけれど」

 

「それって。同じって、ことなのか?艦娘と、深海棲艦」

 

「違うわ。ただし、同じ源流ではある。まぁ、その辺はおいおい分かるわ。ほら、資材入れて」

 

といわれるままに投入する部分まで連れられる。

 

「むかーしは、一定の資材を入れたりしたらってなってたんだけど。今は、姉妹や関連した艦娘がでるようになったのよね。例えば私なら、神風型の姉妹や、羽黒さんとかね」

 

どうやら技術の進歩、とかではなく、もっと別の理由からのようだ。

神風がいうのが正しいなら、戦艦の類などは、なかなか出ないだろう。

 

「今回指定の資材は・・・・・。これ、単位いくつなんだ?」

 

「ん?kgよ」

 

「・・・・・これで済むなら、確かに、艦を運用したくなくなるな」

 

すべての資材を合計しても、トン単位にすら満たない。

戦闘力も、船よりも高く人員を裂く必要もない。となれば、戦闘において、深海棲艦がいなくなった後でも艦娘を使わない意味はないだろう。

 

資材のセットは完了する。

4つ合わせても、120kgという最低クラスの質量。

 

女の子と考えれば重いが、うち最低でも70,80kgは女の子ではなく艤装に宛がわれるのだろう。

妥当としか言いようがない。

 

燃料や、ボーキサイトがどこに使われるかは気になるが。

 

「数字がでたんだけれど、18:00?」

 

「あ、それなら新しい艦娘が来るわ。今回はバーナーでいきましょっか」

 

「バーナー?」

 

「えぇ、これこれ」

 

神風がひょいっと持ち上げるのは、火炎放射器。

それを、建造している、ドッグに向けて。

 

「って、待て!?」

 

「ファイヤー!」

 

神風が背負うほどの大きさの、火炎放射器によって、建造所はあぶられる。

そして、鎮火するころに、目の前の神風が背負っていたバーナーが、ズドン!っと、音をたてて、床に落ちる。

目の前におちた、それを、見上げる。

その大きさは、私の大きさを軽く超えていた。

 

小さな女の子であった神風の印象がいまだに抜けないからか、大きさの感覚が狂ったままだ。

もしうっかりと、彼女の近くにいたら、私はこの巨大なバーナーの下敷きになって、大けがをしていただろう。

気を付けなければ。

 

「さて!司令官!はやく、出してあげましょう?」

 

扉はいまだに開かないが、ガン、ガン!っと、扉が揺れている。

どうやら、元気のいい娘らしい。

 

私たちは、期待を胸に扉を開いた。



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新たな艦と演習

扉から出てきたのは、私より小さな金髪の少女。

 

小学生低学年くらいの背丈だろうか?

 

「ボクは皐月!よろしくな・・・!って!誰?!バーナーでいきなりあぶったの!あれ結構熱いんだよ!」

 

「・・・・・神風」

 

「だ、だって始めだし。18時間も待ってたら日が暮れちゃうし」

 

「もう!もう少し落ち着きなよ!」

 

小さな金色が、3倍はあるだろう大きな赤にお説教。

しゅんっと落ち込む神風は見た目相応の年齢に見える。

 

「まぁ、あんまり怒ってもしょうがないか」

 

ぱんぱんと、中でついたであろう煤を叩き落とし、此方を向き直る。

 

「あらためて、よろしく!司令官!」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

皐月の小さな手を、私は握った。

 

少し皐月と話し合った後、時計を確認する。

 

時間は21時。

流石にこの時間からの艦隊運用は、厳しいだろう。

ちらり、と二人に目線を送っても、少し眠そうだ。

ふぁ・・・っと小さなあくびをする皐月につられて、神風のごぅ・・・っという巨大なあくびの音。

 

迫力は違いすぎるが、それでも、小さな子供である。

はやめに寝てもらうのがいいだろう。

 

「二人とも、今日の業務は終わりにしよう。また明日」

 

踵を返して、部屋に戻ろうとする私を、何かが、持ち上げる。

 

・・・・・・。

 

いや、何か、などとぼかす意味もない。

 

「何をするんだ、神風」

 

「なに、って。私たち部屋同じよ?」

 

は?

 

「いや、まて、私は上司で同じにする気は」

 

「いいじゃない、別に。女同士なんだから」

 

まぁ、確かに、その通りなのだ。

だが

 

「・・・・・・寝ぼけて乗られたら死ぬ」

 

「だ、だったらボクと」

 

「寝ぼけて蹴られたら死ぬ!」

 

艦娘の身体能力は人間と比べ物にならない。

 

寝ぼけた勢い任せのかかと落としだけでも、人間の家屋など倒壊することさえある。

 

ましてや。

ましてや、私が知っているその艦娘は、私とほぼ同じ大きさであった。

 

つまり、レベル1の艦娘の力でも十分にその威力を持っているのだ。

 

神風の体の動きから繰り出される破壊力など想像もつかない。

 

「・・・・・・あぁ、そういえば、実際、どんなものなんだ?戦闘」

 

「あー。そうね。じゃあ、明日、私と皐月で、演習をしましょう」

 

「ん、いいよ。負けないんだから」

 

「・・・・・・。その、大丈夫なのか?皐月と神風じゃ、その」

 

「大丈夫だって、ボクを甘く見ないでよ?」

 

「じゃあ、司令官、また明日、貴方の部下の力しっかりと見せつけてあげるわ!」

 

そういって二人は、軽い足取りで飛び出していった。

 

・・・・・・。私はどこで寝ようかと迷った挙句、執務室のソファに横になった。

 

 

「しっれいかーん!朝だよ!」

 

めごぉっと、おなかに響く一撃。

・・・・・・。

皐月が起こしに来てくれたようだ。

 

・・・・・・この調子でレベルが上がった後にまでされたら、まずいな。

 

「分かってるって。さすがにそんなに小さくなった指令官にとどめを刺すみたいなことしないよ」

 

・・・・・・ちゃんと理解してるようだ。

今の皐月に言われると少し心に来るが。

 

「あ、そだ、今ちょっと神風と相談して、はい、これにサインお願い!」

 

手に渡されるのは、一枚の書類。

 

・・・・・・演習届?

 

「そ、ちょうどほかの鎮守府にも新任さんがいるみたいでね?戦ってってたのまれちゃって」

 

朝早くから、か。

相手は・・・・・・。たしかに、情報通りなら、私と大差ない。

というか、まさに今日、着任したばかりのようだ。

 

「態々派遣してきたのか・・・・・・?」

 

「んー・・・・?」

 

皐月も分からないのか、と思っていると。

窓を埋めるように指がとんとんと、つついている。

神風は外で待機していたのか、窓をあけて下を見れば案の定そこには神風が。

 

「わざわざ、ってわけじゃないわよ。深海棲艦も、無限にいるわけじゃないし、毎日どこかしらの鎮守府の艦娘と模擬戦を行う。戦力を上げるためにも必要なことなの。」

 

・・・・・・たしかに、道理だ。

事実この周辺の深海棲艦も、精々駆逐級の個体が数体、海を彷徨う程度。

日本の鎮守府周辺はどこも似たような状態だ。

 

ならば、練度を上げるのを、轟沈の可能性のある、海域を彷徨うのでなく、演習を行うとするのも、間違いではないのか。

 

「・・・・・・そう考えると、無茶をしたのか?私は」

 

「そんなことないわよ、駆逐艦でも何でも、深海棲艦のコアを奪わないと艦娘は作れない。そういうことを先に知ってたほうが、艦娘への遠慮は減るしね。

それに、戦果もださないと、首になるから演習ばかりってわけにはいかないもの」

 

・・・・・・気を遣わせてしまったか。

 

「ほら、書類、提出したらここにのって、二人とも降ろすから」

 

二人くらいならなんとか座れそうな神風の両手のひらが、窓のふちに差し出された。

 

「おいで!二人とも」

 

にひぃっと、満面の笑みを下からのぞかせた。

 

 

 

書類を書いてから、数分後、私たちを待っていたのは、まさに皐月と神風の間の大きさの少女。

2mと・・・・・・10cmほどか?

 

・・・・・・倍率を考えると、もしかしたら、間というには少し小さいかもしれない。

鎮守府ごとの個体差というのは、そういうものだろうか。

 

「お前がここの司令官か。私は菊月。そっちの皐月の姉妹艦だ。準備はいいのだろう?やろうか」

 

「そっちの提督はどうしているんだ?」

 

周囲を見回しても彼女の提督は見当たらない。

 

「私の司令官は鎮守府だ。いくら私が2mを超えていても、成人男性を背負って海は渡れない。もっとも、もう10もレベルを上げればできるかもしれないが」

 

そういうもの、なのだろう。

10にもなれば、ポケットの中にでも閉まってしまえば移動も楽だ。

・・・・・・やるかは別として。

 

「じゃあ、・・・・見せてくれ。二人の戦いぶりを」

 

「えぇ!第一駆逐隊、旗艦、神風。抜錨よ!」

 

「皐月!出るよ!」

 

ざぁ!っと波をかき分け、二人の姿はぐんぐんと小さくなっていく。

 

数百メートルさきの水平線上。

私は、双眼鏡でただ二人の戦いを眺める事しかできない。

 

戦い方は、二人とも、全く違う戦い方をしていた。

 

皐月は自身の今の体を使い切る、インファイト、相手の細かな技を封じ、幾度も至近からの砲を放ち、機銃で菊月の体力を削っていく。

 

其処を妨害しようと動く菊月の動きを今度は、神風の大きな体により、力によるごり押しで、封じていく。

 

「流石に…2:1でかためられると」

 

菊月の脚を、神風の脚がさらい、海上で一回転する、2mの少女の体。

ばしゃん!っと、尻が海に着いた頃には、もう遅い。

 

「これで」

 

「終わりだよ」

 

頭につけられた、二本の主砲。

 

・・・・・・・。当然、抜けれるはずもなく。

菊月には戦闘不能判定が出た。

 



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演習結果とレベルアップ

演習後。

 

二人が戻ってくる。

 

 

「・・・・・・。大して、成長していない?」

 

まだ、皐月は見下ろせる状態であり、神風も、其処まで大きさを感じさせない。

 

「あぁ、それは私のレベルが極端に低いからだな」

 

「?どういうことだ、菊月」

 

「艦娘に入る経験はある程度決まっていてな。私のレベルは2程度。互いのレベル差は関係ないからな。

今回MVPを取った皐月でも、精々、数十。レベルは上がらなかったということだ」

 

・・・・なるほど。

たしかに、菊月もまだまだ新米。

いうなれば、素人同士の殴り合い。

こと経験を積む、という話になると物足りないというのが実情か。

 

「さて、私はそろそろ行くとしよう。それと、今の二人ならば、【鎮守府正面海域】を攻略できるだろう」

 

「・・・・・・?それなら前回突破したはずだが」

 

「あぁ、ごめん司令官。伝え忘れてたわ。私この前、ボスじゃなくて、別のところにいっちゃったの」

 

別のところ・・・・・・?

 

「羅針盤と地図があったのに迷ったのか?」

 

「神風・・・・・・。説明処理飛ばし過ぎ!」

 

「ご、ごめん、皐月」

 

小さな皐月にまた叱られる。

この構図が決まりそうだ。

 

しっかりしてそうで、案外抜けてるところのある神風と、子供っぽそうな割に、案外なんかしっかりしてる皐月。

 

「こほん、えっと、深海棲艦は元から、計器を狂わせたりしてるっていうのは知ってるよね、司令官」

 

「あぁ、おかげで、嘗てあった電波機器のほとんど使えなくなり、殆どの電波機器も使用が難しくなった」

 

一般人は携帯電話すら使えないレベルだ。

まさか、この時代になって、過去の遺物となっていたものが再度売れ始めるなど、予想もつかなかっただろう。

 

「うん、で、ボクたちの生まれたころのものくらいまでさかのぼれば特殊処理がなくても使えるけど、海に出るとそれもおかしくなるんだ。

それの顕著なのが、羅針盤。磁石まで狂わしてくるんだから、困ったもんだよ。

海路を無理やりこえると、深海棲艦の数もわかんないから危険だし、結局相手の誘導に乗って移動するのが一番マシ。っていうのが、基本なんだ」

 

「・・・・・・無理やり超える・・・・・・」

 

「言っとくけどしないからね?以前には、鎮守府海域の航路を少し外れたら、レ級と遭遇して、近海の鎮守府みんなで殲滅って例もあるんだから」

 

「肝に銘じておく」

 

しかし、海上だと、其処まで影響を受けるのか。

 

電波機器以外は普通に使えていたから感じなかったが・・・・・・実際に聞いてみると随分と違うものだ。

 

「さて、では私は行こう。またな」

 

「うん、ありがと、菊月」

 

「気を付けて帰ってね」

 

そういうと、すいすいと、菊月は別の鎮守府へと帰還した。

 

 

「さて、鎮守府正面海域か」

 

「私たちはいつでも行けるわよ?」

 

「任せてよ、司令官!」

 

・・・・・・ふむ、確かに攻略もできるだろう。

先ほどの演習もあり、二人の士気は上々。

 

今なら普段よりも、高いパフォーマンスをえることができるだろう。

 

「・・・・・・ところで、鎮守府正面海域を攻略すると何かあるのか?」

 

「んー。そうねえーっと」

 

「南西諸島沖への道が拓けるよ司令官。そのあたりになると、この辺りと違って、艦隊の数もかなり多くなるからね。今の戦力のままだと、少し辛いけど」

 

たしかに、駆逐艦二人、となると厳しいか。

 

「まぁ、そのあたりは、ほら!建造でねらえばいいのよ!空母さんとか!ほら今は行くわよ」

 

「まって、まだ司令官、書類かいてないから!」

 

「それに・・・・・」

 

ぐるるるる・・・・・・。

 

何時か聞いた音が丁度、響き渡る。

 

「補給、まだだから、おなかすいたでしょ・・・・・」

 

「・・・・・・食べに行くか」

 

「・・・・・はい///」

 

 

1時間後、食休みを終えて一息ついたところで、二人の出撃を見送る。

 

帰ってくるのは前回と同じかそれよりかかるだろう。

 

ならば、その間に出来ることをしておく。

 

まずは、入渠の手続き。

必要になるかはともかく。待たせるのも二人に悪いだろう。

補給もそうだが、手配をしておくべきだろう。

 

どちらも資材はいるが、幸い、此方の書類に関してはそこまで時間のかかるものではない。

すべてに目を通しても、数分で終わる。

案外資材に余裕があるのか、その辺をうるさく言われないというのはありがたい。

 

次に、備蓄のチェック。

今鎮守府にどれほどの資材があるかによって、出撃、および開発なども滞る結果になる。

それはまずい。

倉庫に行き、メーターを確認する。

現在うちで使用できる資材は、全て2800。

 

単位がkgであるのは違和感があるが、しかし、少女の胃の中に納まると考えると小さくないといけないのだろうか。

 

ボーキサイト、は、空母たちの航空機を作るために必要らしい。

ならば、しばらく使うことはないだろう。

 

次に装備・・・・・・と行きたいが、今の私たちの鎮守府は、開発を行っていないため、装備そのものもほとんどない。

今確認しなければいけないのは、模擬弾くらいか。

 

中に入り、確認する。

 

「・・・・・・これが、神風用の・・・・・」

 

だいたい、私の背の半分ほどだろうか、抱きかかえると、ずしり、とする。

皐月用のはもっと小さいのだが・・・・・・。と思っていると、腕の中の神風用の模擬弾はどんどん重みを増していく。

 

「ま、まさか、れ、レベル、アップか・・・!?」

 

慌てて持ち上げた模擬弾を篭の中に戻す。

ごとり、と中に転がった弾薬は、私の背を少し超える程になっていた。

 

後ろを見ると皐月の篭に入っていた模擬弾も、二倍の、先ほどの神風の砲弾と同じくらいの大きさになっていた。

 

「・・・・・・もう少し遅かったら、砲弾に潰されていたな」

 

艦娘でないこの体では、彼女たちの扱う装備を運ぶことすらできない。

いや、もしも、これが、あと数レベル上がったら、たとえ重機を用いたとしても、彼女たちの弾薬を運ぶことすらできなくなるのだろう。

 

今更ながら自分のちっぽけなことを感じさせられる。

 

「うわぁ?!」

 

同時に、大きな地鳴りが起き始める。

 

目をつむり、地面に伏せ、近くにあった、空の籠の中に潜り込む。

嘗て、恐ろしい地震を味わったことはあるが、それに近い地鳴りだ・・・・・。

 

しかし、それも、わずかな間で終わる。

20秒ほど、だろうか。

 

目を開けると、世界が一変していた。

 

「・・・・・倉庫が、広くなっている、のか?」

 

見渡すと、先ほどの、数倍。

小学校の体育館ほどあったのが、今では、グラウンドほどの広さまで変わっている。

 

「鎮守府が大きくなる、まさか、物理的とは」

 

不思議の国のアリスにでもなった気分だ。と自嘲する。

或いは、きこりのジャックか。

 

ただでさえ、あの子たちとの差が増えていくというのに、これではますます立場がない。

 

・・・・・・。いや、もとより私に立場などないか。

 

とにかく、外に出なくては・・・・・・。む?

 

「・・・・・・開かない?」

 

おかしい、確かに、開いたのはわた・・・。

 

「・・・・・・あくわけがないか」

 

とさりと、扉の前に座り込む。

 

当然なのだ。

小人の私が、巨人である彼女たちの扉に何かできるわけがない。

私の数倍の大きさはある扉。

 

押しても引いても、ピクリ、ともしない。

 

倉庫は真っ暗だ、・・・・・・。心の中に暗く、影が差す。

もし、神風と皐月が気が付かなかったら。

私はどうなるのだろう。

 

風も吹いていないはずなのに、体ががくがくと、小さく震えていく。

 

だめだ、しっかりしろと、頭の中で念じても、体の震えは、収まるわけがない。

ふらふらと、先ほど隠れたかごの中にうずくまる。

あぁ。本当に、ネズミにでもなったみたいだ。

 

私は暗闇が怖くて、目をつむった。

 

 

「「司令官!」」

 

ドォオオオン!!

っと、巨大な音と揺れに、目を覚ます。

 

耳が、キィン、と揺れる。

 

「よ、よかった、司令官、どっかに、いっちゃったかと」

 

「大丈夫?怪我してない?」

 

4mほどになった神風と、3mを超えた皐月の柔らかな指先が、私の体を宙へと持ち上げる。

二人の指先は、篭の中とは、比べ物にならないほどあったかい。

 

不思議だ、二人の少女の手の中に納まる。

まさに、ネズミのようになっているのは、変わらないのに。

私の心の中に暖かい何かが注がれる。

 

「だ、大丈夫?」

 

「ご、ごめん!?い、いたかった?」

 

なぜ、慌ててるのだろう、と二人を見上げると、二人の顔がよく見えない。

・・・・・・あぁ、私は、泣いていたのか。

 

「だいじょうぶ、でも、ちょっと、さむいから」

 

もう少し抱きしめてくれないか。

 

私は、少女たちに、頼ることにした。



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