Silent-Nightmare of Second- (reizen)
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ep.1 普通の地味男子

Lost Boyに専念すると言ったな。あれは嘘だ(と書いて「気が付いたら書いてた」と読む)。
ということで新連載。Lost Boyともどもよろしくお願いします。


 今年は2人の男子がIS学園に入学することが決まった。

 どちらも15歳の少年。1人は別口から部屋を指定されて決まっているせいでもう1人の方の部屋割りが困ってしまう。

 

(………あの子と同室にするのも少し心配だし………だからって、倉庫に寝泊まりさせるのもどうかと思うのだけれど……)

 

 教師の中では「2人目を倉庫にでも住まわせればいい」という人もいるけど、それはいくら何でもあんまりだ。というかそもそも、それを理由に虐めるという魂胆は見え見えだし、生徒会長としてそんなことをさせるわけには行かない。

 

(………頼める、かしら?)

 

 危険性を考えれば女子生徒と同居させるのは少々問題。だけどだからと言って1人のために部屋を増設するのも費用がかさ張るだけ。長い目で見れば無駄な消費だ。

 

(……となれば、頼むしかないか)

 

 私と同居もアリかもしれないけど、私は生徒会の仕事がたくさんあるし、彼女はあると言っても高が知れている。となれば、後は機体の申請、ね。

 生徒会長の権限を使って、私は2機分の訓練機を持ち運べるように申請する。ここで織斑先生を通さないのは、彼女は1人目の保護者でもあるからだ。今のところ、他の国も2人目をモルモットとして扱おうとしているし、それ以外にもあの組織が狙っているだろうし、色々と面倒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インフィニット・ストラトス。それは本来、男には動かすことができないはずのパワードスーツ。

 なのに何故かそれは僕に反応し、僕はIS学園に入学することが決まった。

 

(………どうして僕に反応したのかわからないけど、頑張らなきゃ)

 

 そう思ったのは入学式の時だけ。今では既にグロッキーになっていた。

 内容は辛うじて理解できるけど、スピードがあまりにも早すぎる。これじゃあ予習していた範囲はすぐに終わってしまうよ………。

 

「………はぁ」

 

 僕の容姿も相まってか、全員が織斑一夏君の方を注目している。まぁ、僕と違って向こうはイケメンだし女の子が気になるのは仕方がないのかもしれない。世界が女尊男卑になっても華の女子高生とはこういうものなんだろう。

 

(……とりあえず、勉強しないと……)

 

 本当は復習しておきたいけど、そんなことをしている時間はない。今は予習に専念しないと後が困る気がする。

 そう思って参考書とノートを開いて勉強を始めると、急に人が分かれて誰かがこっちに歩いてくる。

 

「よぉ、俺は織斑一夏。よろしくな」

 

 そう、イケメンが言った。

 

「こちらこそ。……でもごめん。今、勉強中だから」

「あんな授業の後によく勉強できるな。俺なんてもう頭が疲れたよ……」

「………そうしないと後が辛くなるからね」

 

 本当は僕だって辛いけど、そんな駄々をこねたところで状況は変わらない。抗っても無駄なことはわかり切っているからここは黙って知識を深めた方が安心する。………というか、たぶんこれは車で言うと「操作手順なしで乗れ。事故を起こしたら自己責任で」とか言われると死ぬから頑張って勉強している、みたいな感じだ。

 なんて言い訳を考えていると、女の子がこっちに向かってきた。…………僕は瞬時にその女の子の胸から目を逸らす。びっくりした。僕は座っていることもあって見てしまったけど、こっちに来た女の子の胸はかなり大きい。

 

「ちょっといいか」

「え?」

 

 気付いていなかったのか、織斑君は驚きながら振り向くと―――

 

「箒?」

「………え? ホウキ?」

 

 何故織斑君は女の子に掃除道具の名前を言ったんだろ……? あれ? 何で僕が睨まれてるの?

 

「一夏を借りたいのだが、構わないか?」

 

 彼女から「貸さなかったら殺す」と見えているのは決して気のせいじゃないと思いたい。

 

「い、いいよ。ごゆっくり」

「え? 俺はもうちょっと瞬と話した―――ちょ、耳を引っ張るなよ、箒!」

 

 とりあえず今するべきなのは、「箒」の意味を調べるべきだ。そうじゃなかったらこれから僕は彼女を憐れんで見そうだから。

 すぐにググろうとすると入力補助の所に「箒星」というのが出てきたのでそれをタッチする。………ふむふむ、つまりあの「箒」さんはこっちの意味で名付けられたのか。

 

 ………どっちにしても微妙かもしれないと思った僕がいた。

 

「ねぇねぇ」

「あ、ごめんね。織斑君関係の予約は受け付けていないから」

 

 そう言って僕は話しかけてきた女の子に断りを入れる。

 

「違うよー。私は君とお話ししたいんだ~」

「………え?」

 

 信じられなかった。むしろ、正気を疑った。

 見た目は可愛いの女の子………だけじゃなさそう。ダボダボな制服を着ているし。なんか眠たそうだし。そんな人が僕みたいな「超」が100個ほど付いてもおかしくはない普通の男に話しかけるなんて…………

 

「どう考えても楽しくないと思うけど……」

「そんなことないよ~………たぶん」

 

 最後のがなかったら「優しい」と印象付けられたんだけどね。

 

「でも、僕に何の用? 「男の癖にISなんか動かしてんじゃないわよ」って苦情を入れられても自分でもどうして動いたのかわからないんだけど……」

「わかってたら、それはそれで問題だよ~」

「だよね~」

 

 にしても、なんていうかこの子を見ていると和むなぁ。「抱っこしてください」という看板を掛けて歩かせたら殺到するかもしれない。なんて、馬鹿なことを考えていたらチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕、影宮瞬は普通の中学生だった。

 だけど何故かISを扱うことができ、こうしてIS学園に通っているけど………もはやこれは虐めだと思う。

 動かしたのは3月中旬。卒業式が午前中に終わったのでその後に適性試験が行われた。そこで僕は適性を見出されてIS学園に通うことになった。

 正直なところ、この学園に来るまでも死に物狂いだったし、助けてくれた親友と兄……というか、幼馴染と言うか……先輩のためにもISで結果を残さないと。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 と思ったらこれだ。

 僕は基本的に女性が苦手だ。特に、女性にしか動かせないISが世に出てきてから急激に増えた「女尊男卑」思考を持つ女性は特に苦手だ。内面でそう考えられても、見た目で癒してくれる人なら良いんだけどね。さっきの人なら変態発言だけどムギューっと抱きしめたい。

 

「聞いてます? お返事は?」

「あ、ああ。聞いてるけど……どういう用件だ?」

 

 何故かまたこっちに来た織斑君。さっき彼のせいで僕まで参考書をほとんど読めていないことが発覚して僕まで1週間ですべてを覚えさせられるように言われた挙句に説教されるという事態に陥った。なのに、どうして彼は勉強しないでこんなところにいるのだろうか。確か織斑先生は「ISは兵器で危険だからちゃんと勉強して危険なく取り扱えるように覚えろ」って言ってなかった?

 

「まぁ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないのかしら?」

 

 僕は絶句した。どうやら織斑君も同じのようで言葉を失っている。けど社交性は高いだけあってすぐに復帰した。

 

「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」

 

 普通そうだよね。そして僕も知らない派です。

 そもそも、僕の周りって特殊だったからね。「女なんてクスリで壊して初めて信頼できる」って断言する人たちと一緒にいましたから。

 

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!? まさか、あなたもわたくしのことを―――」

「ご、ごめんなさい……知りません……」

 

 そもそもIS関係のニュースとか真面目に聞いた覚えがありません。

 

「あ、質問いいか?」

「ふん。下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

 

 気のせいか、ちょっと嬉しそうなオルコットさん。それを口に出して言ったら間違いなく怒られるだろう。

 

「代表候補生って、何?」

 

 それを聞いた瞬間、聞き耳を立てていた全員がこけた。やっぱりみんな気になるんだね。でも僕を巻き込むのは止めて欲しいかな。

 

「………あなた……本気で…本気で仰ってますの!?」

「おう。知らん」

「……そこは自信満々に言うべきところじゃないと思うよ」

 

 僕でもそれくらい知ってるのに。

 

「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、ここまで未開の地なのでしょうか。常識ですわよ、常識。テレビがないのかしら……」

 

 織斑君がおかしいだけです。というかこの人、周りにも日本人がいる中でそんなことを言ったら敵が増えるだけじゃないのかな?

 

「瞬、代表候補生ってなんだ?」

「……………ISの国家代表の、その候補生ってことだよ。大体候補生になる人って小学生からなる人が多いから、IS学園に一般で入学した人にとってはエリートになるのかな?」

「そう! エリートなのですわ!!」

 

 ………まぁ、不良集団を壊滅させた親友曰く、「ISを使わなければ男に喧嘩を売れない雑魚集団」と言われているとか言わない方が良いのかな。オルコットさんも機嫌を損なうだろうし。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……いえ、幸運なんですのよ? その現実をもう少し理解していただける?」

「そうか。それはラッキーだ」

「………馬鹿にしていますの?」

 

 ………うん。高校受験にインフルエンザにかかって失敗して不良校に入学した先輩が1日で高校を支配して日都大学の総合工業学科に主席合格したとか言わない方が良いよね。あそこ、IS学園の卒業生でも現役で合格できないって言われる難関学科なんだけどなぁ。実際、その先輩が受験しようとした高校が藍越学園の特進科―――所謂、日本三大難関高校の一角なんだけどね。ちなみにあと2つは聖マリアンヌ女学園とIS学園だ。

 まぁつまり何が言いたいのかというと、この人が果たしてそんな人よりレア度が高いかと言われれば、僕は正直返答できない。

 

「大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じ支えるかと思っていましたが。しかももう1人はさっきからだんまりですわね。口が付いていないのかしら? まぁ、どちらにしても期待外れですわね」

「………いえ、言葉を口にするタイミングを失っていただけです」

「俺に何かを期待されても困るんだが」

 

 それに関しては言えてる。

 さっきから例に挙げているのは僕と違って天才ばかり。僕なんて所詮は凡人だ。その凡人の唯一の救いはそんな人たちが本当は優しい人たちだという事を知っていることかもしれない。

 

「ふん。まぁでも? わたくしは優秀ですから、あなた方のような人間にも優しくしてあげますわよ」

 

 既に優しくされていませんが!? さっきからほとんど罵倒ばかりでしたよね!?

 

「ISのことでわからないことがあれば、まぁ……泣いて頼まれたら教えた差し上げても良くってよ。なにせわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

 途端にクラス中―――いや、僕ら男子の様子を伺いに来た他の女生徒も驚く。どうやらそれほど教員を倒すのは難しいことらしい。

 

「入試ってあれか? ISを動かして戦うってやつ」

「それ以外に入試などありませんわ」

「あれ? 俺も倒したぞ、教官」

 

 言われてオルコットさんは固まった。あー、その気持ちわかるわー。

 

「わ、わたくしだけと聞きましたか?」

「女子ではってオチじゃないのか?」

 

 ……もしかして織斑君って、わざと相手を怒らせているのかな?

 プライドが高いオルコットさんだからこそ、今回のその発言で怒るって考えは彼にはないのかだろうか?

 

「まさか、あなたも教官を倒したと仰りますの!?」

「僕は倒してないよ……」

「まぁ当然ですわね。所詮、男とはそういうものなんですから……」

「そもそも、スペックが同じはずなのに一体どういう加速をしたら早く動けるか逆に聞きたいよ……」

「それは操縦センスの差ですわね。それにこの学園は元代表候補生が多いと聞きますし」

「………じゃあ、織斑先生に当たった僕は運が悪かったんだね」

 

 そう言うと2人は固まった。

 

「………ど、ドンマイ」

「う、運も実力の内とは言いますし、仕方ないことですわ!」

 

 何故かオルコットさんに同情された気がした。まぁ、仕方ないよね。相手はかの有名なブリュンヒルデだし。誰だって微妙な反応をするよね。

 そう言えば、織斑先生に当たった理由って「ちょうど手が空いていた」とかだったよね。……もしかして仕事を押し付けて僕の相手をしたとかじゃないよね? ………副担任の山田先生に睨まれたのが気のせいじゃない気がしてきた。

 僕はまたため息を吐く。そして織斑君に改めて聞いた。

 

「ところで、織斑君ってどうやって教官を倒したの?」

「倒したって言うか、いきなり突っ込んで来たのでかわしたら勝手に壁にぶつかってそのまま動かなくなった」

「…………それ、倒したって言わないからね」




今作の主人公は比較的一夏たちに友好的です。私らしくないとか言いながら岩石投げるのは勘弁してください。


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ep.2 ラッキースケベはありえない

「それでは、この時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 織斑先生が教壇に立ってそう説明する。今は3限目であり、その前2限は山田先生が担当していて授業はほとんど勉強していない僕でも理解できたほどだ。中学の頃は結構酷い人に当たったから、こういう人がしてくれると本当に嬉しい。

 

「……そうだ。その前に再来週行われるクラス対抗戦に出るクラス代表を選ばないとな」

 

 クラス代表? もしかしてそれは委員長とかの古い言い方だろうか?

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦に出場することもあるが、生徒会の開く会議や委員会への出席が主な仕事になる。ちなみにクラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大して差はないが、何よりも競争は向上心を生むため実施されることがある。それとクラス代表者は一度決まると一年間変更がないからそのつもりで」

 

 まるで釘を刺すように織斑先生は言ったけど、周りは聞いていないみたいで誰にするかと話を続ける。

 ……でも、代表者を選ぶのにどうして「クラス対抗戦」なんだろう? そのことに疑問を感じて僕はずっと考えていると、女子の1人が挙手して意見を言っていた。

 

「はいっ。織斑君を推薦します!」

「私もそれが良いと思います!」

 

 どうやら織斑君は自分が選ばれているようだ。さっきから頷いているということはかなりやる気があるらしい。となればちゃんと勉強しないとね。

 

「では候補者は織斑一夏。他にいないのか? 自薦他薦は問わないぞ」

「―――って、「織斑」って俺のことかよ?!」

 

 君以外に「織斑」は織斑先生くらいしかいませんよ?

 大体、一体何で「自分じゃない」と思ったのだろうか。これは非オタの僕でもわかるくらい簡単な話だと言うのに。

 

「織斑、席に着け、邪魔だ。さて、他にいないのか? いないなら無投票当選だぞ」

 

 やったね織斑君。これなら君のクラス代表は確実だよ。ちなみに僕は流石に何の知識もない状態で代表になりたいとかは思わない。こういうのはカリスマ性がある奴がなるべきだ。

 

「ちょっと待った! 俺はそんなのやらな―――」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦された者に私が納得できるような理由を言え」

「やりたくないです!」

「却下だ」

 

 横暴にも程があるけど、チャンスはちゃんと作ってくれていることは評価するところかな。

 

「くそっ。……だったら、だったら俺は瞬を推薦する!」

 

 フフフ。甘いな織斑君。この僕がクラス代表に選ばれるわけがないだろう。

 そもそも君が選出された理由は、「イケメン」だからさ。君は知らないだろう。僕の特殊能力を。

 

「………えっと、影宮君……?」

「あー……うん……」

「いや、正直ないわー」

 

 それは、周りの罵倒に耐えられることだ。なお、気にならないわけじゃないからそこを注意してもらいたい! 僕だって泣くんだからね!

 

「待ってください! 納得が行きませんわ!」

 

 机を両手で叩いて立ち上がるオルコットさん。少し話を逸らさせてもらうと、それって痛くないの? 普通に立とうよ。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんて良い恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を1年も味わえと仰るのですか!?」

 

 ………それは中学時代にやる男子がいないからって影が薄いから女子が仕切りやすいってことさせられた僕に対する嫌味だろうか。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!!」

 

 一応、僕らって同じ人間種だと思うんだけど。僕の勘違いだったかなぁ?

 もしかして、彼女は実は女尊男卑思考に加えて白人至上主義だったりするの? 嫌だなぁ、それ。

 ………ところでイギリスって島国じゃなかったかな? あ、もしかして橋で繋がっているから厳密では島国ではないってパターン?

 

「良いですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 

 まぁ、それは否定しない。あそこまで言うという事は彼女も自分の腕には自信があるんだろう。まぁ、頑張れ?

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけない事自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

 ボクシングで例えると、オルコットさんがジャブを連続で出している間に隙を見つけた織斑君がオルコットさんにスカイアッパーした感じだった。

 

「あっ、あっ、あなたねえ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

「先にしたのはそっちじゃねえか!! おい瞬! お前も何か言ってやれ!!」

 

 って、どうして僕?

 唐突に振られた僕は驚いたけど、深呼吸してから言った。

 

「オルコットさん、1つあなたに言いたいことがある」

「あら、何ですの?」

「織斑君はあくまで日本人だけど、織斑君だけが特別遅れているだけで日本の文化は進んでいるんだよ!! 日本人が織斑君みたいな人しかいなかったら、今頃代表候補生や代表なんていないよ!!」

「ちょっと待て! それじゃあまるで俺だけが悪いみたいじゃないか!!」

「…………代表候補生すら知らない人とその他大勢が同列扱いされるのはちょっと……」

 

 たぶん、聡明な子どもは5歳ぐらいの時点で知っている気がする。

 

「………確かにな。影宮の言う通りだ。オルコット、何を基準にして言っているのか知らんが、そもそもお前は日本に戦争を吹っ掛けでもしているのか?」

「……そ、そんなことをするわけが―――」

「お前のこれまでの発言はそれそのものだった気がするがな?」

 

 言われてオルコットさんは現状に気付いたらしい。

 後から知ったんだけど、国家代表もしくはその候補生はあくまで「国の代表」として見られているらしく、発言の1つ1つがその国の言葉として扱われることがある。とはいえIS学園にいる間はあくまでの「勉強の場」としてそれなりの措置が取られるけど、もしこれが学外なら間違いなく問題が発展するだろう。

 

「…………それは……その……」

「まぁいい。さっきまでの発言はあくまで感情が昂ったあまりとして報告しておくが以後気を付けるように」

「はい………」

 

 そう言われてオルコットさんは大人しくなった。あーうん。わからなくもない。正直怖いよね。試験の時も「これくらいできて当然だと」とか言われたし。あの人はもしかして僕らの心を折りに来ているのかなって感じる。

 でもこれで、推薦者が2人に立候補者が1人。まぁ、僕は積極的に参加する気はないから後はどうぞって感じだ。

 

「とはいえ、これ以上はお互いが納得しないだろう。よって今回のことは「クラス代表決定戦」とし、来週の月曜の午後8時から試合を執り行う。織斑にオルコット、そして影宮は準備しておくように」

「………え? 僕もですか?」

「そうだ。理由はともあれお前も推薦された身だ。よって出場する義務がある」

 

 それ、放棄できないかなぁ。僕はまだ戦う気なんてさらさらないんだけど………。うん。言ってみよう。

 

「辞退します」

「ダメだ。義務を果たせ」

「えー………じゃあ、オルコットさんにハンデを負ってもらうしか……」

 

 そう言うと織斑君とオルコットさんからそれぞれ驚きと喜びが飛んできた。

 

「何でだよ瞬! むしろこっちがハンデを負う側だろ!?」

「影宮さんはどうやら理解しているようですわね。しかし織斑さん、あなた方ハンデを負うとは一体どういうことですか?」

「え? だって……女の子に対して戦うってわけにはいかないし……」

 

 すると教室内に突然として笑いが上がった。

 

「お、織斑君、それ本気で言ってるの!?」

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

「織斑君は、それは確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎだよ~」

 

 …………言えない。僕の親友とか先輩がこの教室を軽く吹き飛ばせるとか言えない。

 でも確かに、女性がISを使用すれば男なんて逃げ惑うだけの獲物となってしまう。先輩だったら華麗に弾丸の如く論破しそうだけど、僕にはそのスキルはない。

 

(………一度黒葉高校が勉強しやすい環境になったって聞いて見学に行ったけど、物凄い変わり様だったもんね)

 

 基本的に服装は制服を一部着用しておけばOK―――そんな緩い校風で髪型も大体の統一性はないものの、全員が式の時はビシッとしていて、整列する時は背筋を伸ばして直立不動をしていた時は本気で驚いた。一体何をしたのだろうか………そう言えば、先輩は女生徒にモテてたけど、一部は「私をペットにしてください」と懇願に土下座までしている人がいたからよほど恐怖を味わったのだろう。正直、その気持ちは本気で理解できる。

 

「………じゃあ、ハンデはいい」

 

 織斑君がそう答える。でもハンデは負ってもらっておいた方が良いんだ。

 

「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろわたくしが影宮さんのようにハンデを負わなくて良いのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の殿方はジョークセンスがあるようですわね」

 

 よし、口にチャックだ。彼女らが恐怖を味わうかどうかはわからないからね。

 

「ねー、織斑君。今からでも遅くないよ? オルコットさんに言って、ハンデ負ってもらったら?」

「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデは無くていい」

「えー? それは代表候補生を舐め過ぎだよ。それとも、知らないの?」

 

 織斑君が女生徒とそんな会話をしているけど、確かに僕らは何も知らない。でも、あの2人レベルだと思って置けば良いだろう。人外じゃないのに人間を辞めている2人なら普通にISも倒せそうだし。

 

「さて、話はまとまったな。ではこれより授業を始める。………ただし、余計な私語によって削られた時間分の延長をするので覚悟しておくように」

 

 そんな処刑申告をされた僕らは悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく授業が終わり、放課後。僕は少しだけ頭を冷やしていた。

 

「うう……」

 

 前の方では織斑君がうめき声を上げている。その様子を見ていた女生徒の一部が「介抱してあげようかしら」とか言っているのが聞こえたけど、なんだかエロ展開に発展しそうだなって思った。

 本来なら僕らは家に帰るなり、ここは寮があるのでそっちに戻ったりするけれど、僕はこれまで政府が用意したホテルで暮らしていて今日からは寮に移る。そのためこうして鍵が来るので待っているのだ。

 

「お待たせしました、織斑君、影宮君」

 

 どうやら到着したようなので、僕らは教卓に移動した。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

「じゃあ鍵ください。もう今日は帰って寝ます」

 

 初日なのに物凄く疲れたんだけど、

 

「すみません。実は説明も残っていまして……」

「………わかりました」

 

 大人しく説明を聞くことにする。そうした方が早く寝れそうだ。

 

「ん? でも俺の部屋って決まっていないんじゃなかったですか? 前に聞いた話だと、1週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」

「そうなんですけど、事情が事情なので無理矢理変更したんです。織斑君はその辺りの事って政府から聞いています?」

 

 多分これ、僕がISを動かしたことが原因だよね? 僕自身驚いているからあまり言わないでほしいな。

 

「でも、荷物は家に帰らないと準備できないですし、今日はもう帰って良いですか?」

「あ、いえ、荷物なら織斑先生が今取りに行っています」

「…………え?」

 

 青い顔をした織斑君。そして素早く電話をかける。

 

「あ、千冬姉? 食材は1週間分残ってるんだけど―――」

 

 どうやら織斑家の家事事情は織斑君が仕切っているらしい。となると織斑先生はあまり料理しないのだろうか。確か3年くらい前にモンド・グロッソの決勝戦を棄権したってニュースがあったから、その時は国家代表なんだっけ? 彼はどれくらい前から料理しているんだろ。

 電話を終わらせた織斑君はこっちに戻ってきた。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に向かってくださいね。夕食は6時から8時。寮の中にある食堂で取ることができます。あと、部屋にはシャワールームがありますが、別個に大浴場もあります。学年ごとに使える時間は違いますけど、その、今のところ2人は使用することができません」

「え? 何でですか?」

「時間をずらせば入りますよね?」

 

 僕はお風呂が好きだ。1日の疲れを落としてくれるのはまさしく至福である。

 

「そ、その時間調整がまだ………」

「……わかりました」

 

 仕方ない。しばらくはシャワーで我慢するか。

 僕らは鍵を受け取って寮に戻ると、そこで問題が発生する。

 

「あれ? 織斑君なにしてるの? 不法侵入して女の子を襲うの?」

「そんなことしねえよ!? それよりも瞬こそどこ行くんだよ」

「え? 部屋はもっと向こうでしょ?」

「ここだろ?」

 

 怪しいと思った僕らはお互いに鍵を見せあう。………あれ?

 

「番号が違う?」

「もしかして、俺たちだけ個室じゃないのか?」

「なるほど。それはあるかもしれないね」

 

 という話になったので、僕はそこで織斑君と別れて自分の部屋に向かう。

 ともかく疲れた僕は部屋の番号と鍵が合っていることを確認して、ドアを開けて中に入る。荷物は既に運び込まれているって話だから荷物整理の必要があるけど、それは明日で良いかな……明日も疲れてそうだけど。

 にしても、何か温かいな。もしかして部屋に入ると自動的に何かが起こる仕掛けになって……いるのでは……。

 

「「…………」」

 

 僕らはお互い黙り込む。視線の先には肌色と日本人には珍しいピンクに近い茶髪をしたロングヘアーの女の子がいた。

 

「……………」

 

 僕は一度冷静になって部屋の外に出て番号を確認する。……うん。確かに番号は間違いない。

 つまり、ここでたどり着く結論は………1つだけだ。

 

「おやすみなさい」

「え? 待って!? リアクションなし!?」

 

 何故なら僕は主役じゃない。だからラッキースケベなんて発動するわけじゃない。つまりこれは―――僕の思春期騒動が暴走した結果の夢だ。

 そう思った僕は荷物を放ってベッドにダイブ。そのまま眠りにつくのだった。




ラッキースケベは不可抗力なので責められる謂れはないって言うのは間違いではないと思った。


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ep.3 道徳性はいずこに消えた?

ウチのパソコンのディスプレイが2つになりました。ちょっと興奮が止まりません。


 眼を覚ますと、時間は6時。ここに来たのは5時過ぎぐらいだったはずだから、数十分は寝ていたみたいだ。

 とりあえず立ち上がり、僕はシャワーを浴びるために着替えを準備し僕用のシャンプーセットを持って中に入ると、いかにも西洋式な感じのバスセットと、女性用のシャンプーセットがあった。

 

「…………え?」

 

 女性……用?

 いや、待って。そもそもこの部屋って僕だけの部屋じゃなかったっけ? ……でも、確か無理やり部屋割りを変更したとかどうとか言っていたような………。

 僕は嫌な予感がして洗濯機の中を見ると、ブラジャーと女性用のパンツがあった。逆三角形のアレである。逆三角形のアレなのだ!!

 

(…………嘘でしょ?)

 

 おかしい。常識的に考えておかしい。

 普通、男女は別にするものだ。ただでさえここ数年は痴漢が増加傾向にあり、その内の99%は冤罪となのだから一緒に住んだ時点で「私、昨日犯されたの! 俺の子を妊娠するまで犯してやるって言われたの!」とか言われたら完全に性犯罪者扱いだ。………今していることを見られたら言い逃れできる自信はないけど。

 何はともあれ、今は一刻も早く直談判するしかない。まだ6時だし、もしかしたら職員室に先生がいるかもしれない。そう思って行動した僕はドアを開けると、そこにはドアに手を伸ばした形で制止する女の子がいた。

 お互い目が合い、僕はその女の子が教室内で織斑君ではなく僕目的で話しかけてきた物好きちゃんだという事を思い出した。

 

「……………えっと」

 

 考えろ。考えるんだ。どうしてこんなところに彼女がいるんだろう。もしかして不法侵入―――ってことはまずないね。となれば、考えられることは―――

 

「………もしかして、君もここの部屋?」

「うん。そうだよ~」

 

 そっかー。同じ部屋なのかー…………。

 僕は一度頭を切り替える。まぁ、考えてみれば仕方ないよね。ここは一見すれば女子校だし、男性も用務員しかいないって話だし、女子と同室になるのは致し方ない―――わけがない。

 仮に、仮に僕が1人だけISを動かしたとしよう。もちろん男子は僕1人。同居人が女子なのは人数の都合的に仕方ない。うん。仕方ないね。でも、今2人いるよね?

 

「………ごめん。ちょっと織斑先生に抗議してくる」

 

 いくらなんでも横暴だよ。それにこのままだと僕ばかりが悪者扱いされるのは目に見えている。なんとかして部屋を変えさせてもらわないと。

 

「みーやんは私と一緒は嫌なの~?」

「いや、もうこれはそういう問題じゃないからね?」

 

 って言うか普通、こういうのは女の子が嫌がるものじゃないだろうか?

 

「私は別にみーやんと一緒でも良いけど~」

「だからね。これは―――というか流石にここまで行くと悪質な虐めかと思えるものだからね?」

 

 もはや「罰ゲーム」とも称せるのは間違いない。言うまでもなくお互いにだ。

 

「………」

 

 頬を膨らませる同居人(仮)。

 正直なところ、僕だって女子と同居したいさ。しかも同居人は可愛いと来たから普通なら即決だけど……なんだけど、ISを動かしたら話は別なのだ。

 先輩から聞いたけど、ISを動かしたことによって僕の所属で揉める自体が起こっているそうだ。

 そのため日本以外の他国はハニートラップ―――女性を使って男性を落とす作戦に取るかもしれないって言ってた。つまり僕はまともな生活を送りたいならそういうものにも警戒しないといけない。見た感じは女性らしいボンっキュっボンっというわけではないから大丈夫だと思いたいけど………実は着痩せするタイプだったらシャレにならない。

 ましてや、男と同居するのに躊躇いがない人なんて怪しすぎる。

 

「何がそんなに気に入らないの~?」

「女子との同居」

「私は何もしないからね~」

 

 残念だけど、そんなことで僕は騙せないぞ。人が良い織斑君ならノリにのりそうだけど。

 

「ごめんね。君個人に非はないんだけど……」

 

 女性ってそういうものだし……。特にオルコットさんみたいな人がいる以上、警戒はしておいた方が良い。

 

「でも、今日はどっちにしろ無理だと思うよ~? だから大人しく、ね?」

 

 天然なのかわざとなのか、妙にそそる仕草をした女の子。僕はため息を吐いてその日は諦めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、瞬。IS学園に行ってからまず何をするべきか、わかるか?」

 

 数日前の話。僕は先輩が大学進学に当たってあてがってもらったと言っていた家族用マンションの1室で授業を受けていた。

 

「勉強じゃないんですか?」

「クラスを牛耳っている女と教師を潰すんですよね?」

「外れではないがな。俺はまず体力を付けるべきところから始めるべきだと思う」

 

 隣にいる親友の意見は華麗にスルーした先輩だけど、もしかしたら先輩にとっても「クラスを牛耳っている奴を潰すこと」は外れではなく実践するべきことだと考えているかもしれない。何せ先輩は頭が良いだけでなくて喧嘩も強いからだ。具体的に言えば、僕の親友以外だとまず相手にならないレベル。

 

「そんなことしなくても別に良いんじゃね? どうせクラスは大半が女なんだろ?」

「静流ぅ。忘れているようだから言っておくが、瞬は一応は一般人だからな」

 

 一応ってどういうことですか。……そりゃあまぁ、僕は存在感が薄かったりするけど………。

 そう。僕は生まれつき存在感が普通の人よりも薄いらしい。どれくらいかというと、普通にしていたらまず認識されないバスケット選手と言えばわかるだろうか。

 

「それに今年は男子が別に1人入学するし。というかぶっちゃけるとそいつの被害者だから初対面で窓から落としても許されるレベルだ」

「そんなことしたらクラスメイトから総スカンですよ」

「「いや、ビッチ共の相手をするよりかマシじゃね?」」

 

 見事にハモッた2人。やっぱりこの2人、思考回路が似ているよ。どれだけかというと、今の女性=男にISを持ち出さないと勝てない雑魚という認識を持っているぐらいだ。そういう考えはあくまでもこの2人だからだできることであって、普通の人はそうはいかないんです。

 

「あー、ビッチで思い出したが、あまり女子と仲良くするなよ。今の世の中で瞬の立場的に大体はハニトラ狙いだからだ」

「……ハニトラ?」

 

 わからない単語に疑問を浮かばせていると、先輩が補足してくれた。

 

「ハニートラップって言ってな、男を落とすために女の身体を使って篭絡させる手法だ」

「そんなの、普通はしたくないんじゃ………」

「そうは言うが、結局ISを管理しているのは政府だからな。そして牛耳っているのも政府となれば俺が言いたいこともおおよそわかるだろ?」

「……………」

 

 たぶん、先輩もそれを知っているから女=強いという法則が気に入らないのだろう。僕の親友は中学生の時点でヤが付く裏の家業の人たち相手に喧嘩を売っていたのは単純に力試しなんだけど。

 

「まぁそういうことだから、例え何らかの陰謀が働いて女子と同居しても決して発情するな。もしどうしてもしたいなら―――」

「したいなら?」

「これを注射して強姦すれば、後はなんとかなるらしいから」

 

 そう言って差し出された薬物が入った箱と首輪とリードのセットを、僕は丁重にお断りした。あなたは僕に何をさせたいんですか?

 

「これ、餞別」

 

 静流が僕に何故かメジャーを渡して来た。

 

「えっと……何で?」

「IS学園は広いって話だから、最適なランニングポイントは知っておくべき。だからこれを使ってある程度の目印を立てればいい」

 

 ………なるほど。

 静流の気づかいに感謝しながら、僕はそれを受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあって、僕は朝から測量して最適なポイントをマークして家に帰ったけど、同居人はまだ寝ていた。幸せな夢を見ているのか満面な笑みを浮かべている。こうして見ると癒されるなぁ。

 

(………って、そんなことを言ってる場合じゃないな)

 

 流石に朝から汗臭い状態だと後々色々と言われそうだと思った僕はシャワーを浴びる。風呂も良いけど、シャワーも個人的には良いとは思う。

 それが終わってから7時まで勉強だ。これからは5時からトレーニングで6時半から勉強という配分になるかもしれない。

 

 ―――そして7時10分

 

「…………放置しようかな」

 

 未だに夢の中にいる同居人を放置しようかと本気で思っている。というか、そもそも彼女は本気で僕を篭絡する気なのか疑問なんだけど……でも着ぐるみパジャマはあったかいだろうなぁ。4月って言ってもまだちょっと寒いしなぁ。

 

 ―――7時20分

 

 もしここで起こさなかったら起こさなかったで何か言われそう………いや、下手に触った方が問題なのかな?幸いと言うかやってしまったって言うべきか、今ここにハエたたきみたいなものはないし。

 

(……そうだ)

 

 前に静流にやって殺されかけたことがあるけど、たぶん彼女は普通の人だし問題ない。

 そう思った僕は彼女の顔の上で手を叩いた。

 

 ―――完全に予想外だった

 

 彼女は前までの感じから一体何があったと言うのか、跳び起きて僕の背後に素早く回って鋭利な何かを突きつけられた。

 

「……あれ? みーやん?」

「……………」

 

 先輩の言う通りだった。女の子を信用するのは物凄くマズい。ハニートラップ以前に殺される可能性の方が高いけど。

 

「………ごめん」

 

 僕はそう謝ったけど、許してもらえたのかどうかはわからなかった。

 その日、僕は「部屋替え申請」をしたけどそれは受け付けてもらえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本音ちゃん、お願い。今度入学してくる男の子と同居して!」

 

 それは本音にとって意外な発言だった。

 

「てっきりおじょーさまがなられると思ってましたが~」

「それでも良いんだけど……むしろそうなると思っていたんだけどね。理事長が「緊急事態でもないのに他学年の生徒が別の寮に住むのはちょっと」って言い出してね」

 

 ため息を溢すお嬢様と呼ばれた女性―――更識楯無。本来ならそこで権力を行使すれば良かったのだが、そうすれば関係は悪化―――もっと言えば理事長を敵に回せばいくら日本屈指の暗部「更識」とはいえ、大半の人間が消されるだろう。

 

「まぁ、今の内に親睦を深めてもらった方がやりやすいし、そういう意味では本音ちゃんの方が適任だからよろしくね」

 

 そんな会話があったが、今本音は―――本気で悩んでいた。

 

(………またやっちゃったぁ)

 

 思い出すのは瞬の背後を咄嗟にとって喉元に隠し持っていたナイフを突きつけたこと。本音は悪気があってしたわけではないが、それでも瞬との溝は深まったのは確かだった。

 瞬はあの後から本音を避けるようになったし、本音もまた罪悪感であまり近付けないでいた。

 

(………どうしよ~)

 

 資料はあらかじめ読んでいた。瞬のこれまでのことはそこに書いてあるので、自らそう言った行為は禁止するべきことだったと言うのに……。

 そう、彼女が悩んでいる頃、とても予想外の声が本音の耳に届く。

 

「………布仏さん」

「え?」

 

 目の前に立っているのは瞬であり、本音は思わず目を疑った。

 だが瞬は構わず言葉を続ける。

 

「良かったら、一緒にお昼ご飯行かない? 1人で行くとあそこの食堂でカウンター席じゃ座りにくいから………ダメかな?」

 

 願ってもないことだった。もし朝のことがなかったら本音の方から誘うつもりだったが―――

 

「うん。行こ!」

 

 本音は勢いよく瞬に接近する。

 すると瞬は本音を抱きかかえるようにして移動を始める。突然のことで本音は戸惑いを覚えたが、瞬が口を近付けて言った。

 

「急ごう。このままだと―――あの2人を放置できない」

 

 その言葉に本音は急ぐ理由を納得し、ペースを合わせた。

 

 

 

 瞬が本音に近付いたのは、部屋替えを拒否されたこともある………のだが、先輩に言われたあることを思い出したからだ。

 

『もし強い女子が現れて、そいつに敵意がなければ篭絡―――というのは無理でも防壁として近くにおいておけばいい。リスクも増えるがいい関係を気付けば何かあった時に敵対者を潰してくれるはずだ』

 

 瞬は柄にもなく笑みを浮かべ、すぐに本音に近付いた。拒否していたことに関しては謝らない方が良いと言うのはこれまでの判断故である。結果的に、気にしていた本音には友好的だったが―――

 

(………ま、篭絡はできないよね)

 

 本人は気付いていないが、身長が低い瞬は女子からの人気を獲得していた。また、子どもっぽさも相まってこれまで一部の女子から気にされていたが、付き合っている人物が問題すぎて敬遠されていたのだ。それもそうだろう。何故なら瞬の友人は―――普通の人間が近付くことすら恐れる黒葉高校を牛耳ったり、地域の不良を暴力で支配する化け物共なのだから。




4月〇日 晴れ

今日からIS学園に通うことになったので、念のために日記を付けようと思う。というか文章にするのにネタに困らないとか本当にこの学校は大丈夫なのだろうか?
そう思うのは女性が男性を見下すこともそうだが、何よりも男女で同居させるのを容認しているという点だ。やっぱり先輩の言う通り、この学校は結構おかしい。

………本音を言えば、とても可愛くて撫でたいけど、これは僕だけの胸の内に秘めておこう。バレたら変態扱いされるしね。


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ep.4 男女の同居はダメでしょう

ISABのストーリーを見て思ったこと。

―――ああ、外伝が本編、か―――


↑なお、やる気はない模様。


 放課後。僕はISの貸し出し申請をするために職員室に設けられているブースで書類に目を通してサインをしていた。近くでは織斑先生が仕事をしていて、僕が詰まった時にアドバイスしてもらうことになっている。

 

「それにしても、影宮は熱心だな。普通ならボイコットを考えるだろうに」

「………それ、巻き込んだ本人が言います? ……それに、織斑君と違って僕に専用機が来るのはまだまだ後なので、今の内にISに慣れておこうと思ったんですよ。負けた時のケアもちゃんと考えてくれているんですよね?」

「そうだな。有無を言わさず訓練機に乗せて私が相手をしよう」

「人によってはご褒美に早変わりですね」

 

 と言いながら、昨日の彼女の自己紹介を思い出す。かなりワイルドと言うか、中々男らしい挨拶だったけど人気があるからか嫌がるどころか黄色い声が上がったんだ。……僕は少し耳をやられたけどね。入学が決まった時期が時期だから1人後ろの窓際の席に座っているけど、それでも耳がやられるんだからどれだけの声量だったからは言うまでもないか。

 僕は許可証を書きあげて織斑先生に提出する。そして剣道場に足を運ぶことにした。…というのも、実は今そこで織斑君が篠ノ之さんと剣道をしているのだ。

 次の試合の参考にもなるかもしれないし、一見する価値はある―――と思ったんだけど、どうやらすでに終わっていたみたいだ。織斑君が正座していた。状況がわからない僕にとって織斑君が篠ノ之さんに平伏している風にしか見えない。

 

「どういうことだ」

「いや、どういうことだと聞かれても………」

 

 それにしても、妙に険悪だ。織斑君が何か言ったのだろうか? 「やーい、お前の名前、掃除道具!」とか。

 

「どうしてそこまで弱くなっている!?」

「受験勉強をしてたから、かな?」

 

 それを言うと、静流は全く弱くなってないのは……勉強していないからかな? まぁ、静流は頭も良いから授業聞いていなくても普通に70点以上の点数は取っていたけど。

 

「中学では何部に所属していた」

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

 

 ………それって学校を休まなかったってことかな。

 なんて考えていると、篠ノ之さんは叫ぶように言った。

 

「鍛え直す! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後3時間、私が稽古を付けてやる!」

「え? それはちょっと長いような……・って言うか、ISのことをだな」

「だから、それ以前の問題だと言っている!」

 

 って言うか、ISのことを勉強したいなら教科書とか参考書とか使えばいいのでは? それに篠ノ之さんはISを作った篠ノ之博士の妹だって話題があったけど、いくら家族でもそう言う頭脳の差はあるし、正直篠ノ之さんがISに詳しいとは思えない。

 

「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくはないのか、一夏!」

「そりゃ……まぁ、格好悪いとは思うけど」

 

 僕も負けるけどね。あの2人と一緒にいて鍛えられたのは回避能力ぐらいだ。

 

「格好? 格好を気にすることができる立場か! それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

「楽しいわけあるか! 珍動物扱いじゃねえか! その上、女子と同居までさせられてるんだぞ! 何が悲しくてこんな―――」

「わ、私と暮らすのが不服だと言うのか!!」

 

 織斑君に竹刀が振り下ろされる。彼はなんとか受け止めるけど、片手だからか腕がプルプルと震えている。そして僕はその助けに入るのは―――自殺行為と判断して止めた。だって僕、死にたくないし。

 とはいえ、このまま放置するのもどうかと思うのもある。先輩みたいに頑張ってみよう………決して学校そのものを変えることは頑張らないけど。

 

「篠ノ之さん、落ち着いて。流石にそれ以上は危ないよ」

「貴様は引っ込んでおれ!」

 

 篠ノ之さんが僕を睨むけど、大して怖くないのは慣れだろう。慣れって本当に恐ろしい。

 

「そうは言うけど、織斑君の言う事は一理あるしね。今君がするのは大人しく竹刀を引っ込めることじゃないかな」

「この―――」

 

 織斑君から竹刀を退かす―――と見せかけて僕に攻撃してくる篠ノ之さん。剣道経験者だからかそう言うのは上手い気がするけど―――僕はそれを回避した。

 

「「「え?」」」

 

 周りから驚かれるけど、僕は驚かれるようなことしていない。わかりやすく言うと僕は腕の動きから竹刀が通る軌道を予測し、回避しただけにすぎない。

 

「………貴様、何をしたんだ?」

「いや、ただ身体を逸らしただけでおかしな芸当はしていないけど……」

 

 そう言ったけど篠ノ之さんは僕のことを信じていないのか僕を睨みつける。

 

「でもすげぇよ! 箒は全国大会で優勝してるんだぜ!?」

「え? 本当!?」

 

 まさかそんな猛者だとは思わず、僕は驚いた。……ん? その割には心の動揺が激しい気がするけど。まぁ、僕は武術関連はからっきしだから、本当は武術をしていると心が強くなると言うのは嘘だったりして。

 

「………影宮、と言ったな。貴様、防具は持っているのか?」

「………ないけど。しないからね? 僕は戦わないから!」

 

 そう言って僕はすぐに下がった。戦ったところで何か得があるというのだろうか。僕ができるのはあくまで回避だけであり、攻撃は慣れていない。もし篠ノ之さんと戦って誤って胸を触ることになったら逆上して殴られる―――だけで済むならまだいい。僕に「変態」のレッテルを貼られ、教室に入ると同時に物を投げられ、挙句にサンドバッグ扱いになって―――

 

「おい! 影宮!」

「!? あれ、篠ノ之さん? どうしたの?」

「どうしたもこうしたもあるか、お前の瞳から段々光が失われていったから体調が優れないのかと思ってだな……」

「そ、そう? 大丈夫だよ。心配させてごめんなさい」

「いや、いい。それよりもこれから織斑の特訓をする。戦う気がないなら出ていてくれないか」

「あ、そうだね」

 

 僕は白い枠内から外に出て、織斑君の応援した。

 

「ねぇねぇ、みーやん」

「何かな?」

「さっき言ってたおりむーの言っていることは一理あるってどういうこと~?」

「……ああ、あれね」

 

 おそらく織斑君が言っていた「女子と同居させられている」という点で僕が同意したことだろう。

 

「今、僕ら男と君たち女の格差って生じているでしょう? 法律でも大概は冤罪だと訴えられても受け入れてもらえずに最後は有罪判決を下されるし、メジャーな話だと痴漢されたという事で金を巻き上げるものがある。つまり何が言いたいのかというと、男女で同居している時に女子生徒が「同居人に強姦された」と教師に話をしたら一発でアウトになる。そんな状況で女子と同居なんてまっぴらごめんだってことを僕は同調したんだ」

 

 そう説明すると布仏さんは構った。

 

「つまりみーやんは私のことを信じてないんだね」

「そうだけど? むしろ織斑君と同居より完全に1人部屋が良いなって思ってる」

 

 1人でいる時間が欲しいって言うのが本音だ。1人っきりの空間は僕を癒してくれるから。

 

「……………………」

「どうしたの、布仏さん?」

「ううん。なんでもないよ。ただ、世界なんて滅びてしまえばいいのにって思っただけだよ~」

「布仏さん。冗談でもそんなことは言わない方が良い。洒落ではなく国会議事堂やIS学園が跡形もなく吹き飛ぶ可能性が出てくるから」

 

 いくら僕がいるって言っても、あの先輩は躊躇いなく攻撃するだろう。だってあの人、自分の母校を一度半分消し飛ばしているからさ。

 

「やだなぁ、みーやん。そんなことあるわけ―――」

「僕の見立てだと、僕の先輩と親友が本気を出してIS学園を襲撃したら生徒と教員は全滅すると思う」

「いくら何でも過大評価すぎ―――」

「相手は「魔法が使えないなら作れば良いじゃない!!」とマリーアントワネットも真っ青の兵器を中学生で中二病を発動させながら作る人だから!」

 

 決してあの人を馬鹿にしてはいけない。………まぁ、そんな人だから僕を助けてくれた後に「逃げきった」という連絡が来た時は安堵したけど。だってあの人が「逃げ切った」ということは間違いなくそうだし………冷静に考えればあそこには静流もいるから無事以外あり得ないんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだかんだで、そんな会話から1週間経った。

 僕と織斑君だけの確認テストが終わったけど、どちらもグロッキー。最後まで解くことはできなかった。

 

「う~。頭が少しくらくらする~」

「大丈夫か、瞬」

「う~………20点あれば良い方だと思う……」

 

 そもそも発覚した時期が物凄く遅かったんだ。1週間あると言ってもISは複雑な用語がたくさんあるから覚えるのが大変だし、さらに応用問題も入っているので解くのに時間がかかる。

 僕は一度頭を切り替えるために荷物を纏めて教室を出る。纏めると言っても筆記用具だけなので大した時間ではないけど。

 

(………やっぱり、頭痛いな)

 

 疲れから来る頭痛だろうか。今日は8時から試合もあるし、行く用意だけして少し休もう。

 

 しばらくして、僕は起き上がる。確か5時半から寝たから今は6時半。1時間は寝ていたみたいだ。

 僕はすぐにこれまで調べたことを書き留めたノートを出して復習する。

 

 オルコットさんは射撃メイン―――というよりもおそらく射撃しかできないタイプだ。それゆえに観察眼に優れていて、どう撃てば相手の行動を制限、もしくは不能にさせるかをよく理解しているはず。射撃特化と予想したのは、サルベージした動画では一切近接武装を使わなかったから。他人を育成する趣味を持つ先輩なら「どのように改造しようか」と考えるだろうけど。

 そして織斑君はおそらく近接特化。僕と同じで一般人だし、射撃の訓練をしていないのは既に調査済み。IS学園には軍事学校なのではないかと思うほどの施設がたくさんあり、ISの練習はもちろん、射撃場や諸々の道場は完備されている。そこの貸し出し票の中に織斑君もしくは篠ノ之さん辺りの名前がないことは調べがついていた。………まぁ、篠ノ之さんは全中覇者だけどちょっと頭が固い気がするから射撃訓練なんて考えそうにないけどね。

 と少し失礼なことを考えて、作戦を新たに練ろうとするけど、頭が痛くて満足に働かない。

 

(………あ、もう時間だ)

 

 そう思った僕は荷物を持って部屋を出ようとすると、外から戻ったらしい布仏さんがドアを開けた。

 

「みーやん、そろそろ行く?」

「そのつもりだよ」

 

 ドアを閉めようとする布仏さんを遮るようにドアを開けようとする僕―――だけど、ドアがあると思った場所には何もなくて、僕はそのまま倒れた。

 

「みーやん!? みーや―――」

 

 あれ? 何でだろ。布仏さんの声が段々と聞こえなくなっていく。おかしいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8時になっても瞬が姿を現さないことに疑問を感じた千冬。彼女は瞬のことを少し評価していたが、このことで下がり気味になっていく。その時、彼女の携帯電話から着信音が鳴った。

 千冬は人間に分けて着信音を変えている。音から本当に珍しいなと思った千冬は電話に出た。

 

「どうした布仏」

『お、織斑先生。すみません、その……』

 

 普段とは違って饒舌な本音に少し驚きつつも、千冬は次に本音から発せられる言葉を待っていると、

 

『……影宮君が、倒れました。熱があって、今ようやくベッドに寝かせたところです』

「………何だと?」

 

 心から千冬は意外そうな反応をした。

 千冬は大体5時過ぎに起床し、学園の敷地内を走っていることがある。2日目の朝から見慣れない顔があり、本人とはよく走った。

 

「いや、いい。これからそっちに行く。すまないが見張っておいてくれ」

 

 そう伝えた千冬は電話を切り、副担任の山田真耶に任せて瞬と本音の部屋に向かった。

 

 

 それを見送った真耶は、心から面白くなさそうだった。

 真耶はISが普及し始めた頃、IS操縦者として代表候補生になった時には既に千冬は時の人となっていた。真耶はそんな彼女に憧れ、思いを抱いていた………のだが、最近の千冬は大きく変わった。

 

(まだあの雑誌を読んでいるのでしょうか……)

 

 ふと、真耶は千冬の机の上に乗っていた2冊の雑誌を思い出す。「女尊男卑だからこそするべき女の魅力の上げ方」と「男性目線から語る女性を見る部分」というものだ。言うなれば、恋愛サポート用の雑誌とも言えるそれを未だに忘れないでいた。そのことについて千冬に尋ねたが彼女は「もう一人は弟の友人というわけではないのでな。アプローチ方法がわからない以上はちゃんとした方が良いだろうと思ってな。君も読むか?」と返されたことがある。

 

(それにさっきの顔……どう見ても気になる男の子が倒れたって聞いて部屋に女の顔でしたよ、先輩!!)

 

 教師としての理性と女としての本能が彼女の中で戦っていた頃、ようやく真耶の下に白式が届いたという連絡が入った。




現在、職員のほとんどがそんな思考ですが、当人たちは全く普通にしているつもりです。瞬に関しては女嫌いですしね。

……すぐになびきそうですが、本音に中々なびかない主人公も珍しいな。私はすぐに抱きしめてお持ち帰りする自信があります。声的にも、肢体的にも。


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ep.5 その行動は余計なお世話

某会社の新ハードを買いました。

Nから始まる例の会社です。




今回の話を機にタグの編集を行います。もし苦手要素が追加されていましたら申し訳ないです。


『なるほど。大体の事態は把握した。おそらく知恵熱だな』

「……ち、知恵熱……?」

 

 千冬は心から電話の相手に疑問を持った。

 相手は男であり、相手曰く「保護者よりもこっちに電話を通すべき」だと言うほどだ。

 

『ああ。本来知恵熱は生まれたてから1歳くらいにかけてなるものだが、瞬の場合はハマった時の集中力が凄くてな。それを終わった後に大体莫大な知識を得ているから俺たちはそう呼んでる。それをおかげで瞬は特異な技能を持っているがな』

「そ、そうなのですか………」

『ああ。試しに家事でもさせてみな。別の方向にぶっ飛んだせいでジャガイモの皮むき、芽取り、細切れまで

の動作を空中で一瞬で終わらせるから』

「な、何をさせているんですか!?」

 

 思わずそう言った千冬だが、すぐに「家庭に首を突っ込みすぎた」と反省する。

 

「す、すみません……」

『しまった。ブリュンヒルデの貴重な謝罪ボイスを録音してない』

「おい」

 

 思わず素に戻る千冬。相手もからかい過ぎたと思ったのか軽く謝る。

 

『ま、数日寝かせればすぐに復帰するだろうから心配しなさんな。あ、たぶん麻酔も打っておいた方がいい』

「……何故?」

『目を覚ました時に寝惚けるか、もしくは瞬にとって重大なことを、女の手によって何らかの妨害をされたって考えたら、大体暴力という手段に訴えるからな』

 

 楽しそうに話す電話の相手。そして少しシリアス気味に千冬は言われた。

 

『まぁ、アンタの事情は把握しているつもりだから無理に「教師だから平等に扱え」なんて言わないさ。だが、それでもアンタが心の支えになってくれるって言うなら俺はアンタに瞬を任せてみるつもりだ』

「……ありがとうございます」

『では、こちらはこれで。アンタも辛いだろうが良い判断を期待する』

 

 そう言って相手は電話を切る。

 

(………いくら何でも麻酔は、な)

 

 だがそれが彼女にとって失策だったと彼女は痛感させられるが、それは少し後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑千冬が眼帯をして現れた時は誰もが驚いた。

 女性にとって憧れの戦乙女(ブリュンヒルデ)。試合で攻撃を受けたことはあれど、決して戦いの後遺症を負ったことがない戦士が左目を塞いで現れたのはさぞ強烈だったのだろう。当然、弟の一夏ですらそんな姿を見たのは初めてであり、他の女生徒同様唖然としている。

 

「千冬姉!? どうしたんだよそれ―――」

 

 出席簿で叩き伏せられた一夏。そして千冬はクールに答えた。

 

「学校では「織斑先生」と呼べと何度言えばわかる? なに。これは昨日寝惚けてベッドに顔をぶつけただけだ。気にするな」

 

 とはいえ、気にするなという方が逆に難しいだろう。それほどまで彼女の活躍は女性を中心に幅広く伝わっているのだから。

 

「あの、織斑先生。影宮君はどうしたんですか? 昨日も出場辞退していましたが」

 

 一夏の3つ後ろに座る鷹月静寐が質問すると、クラスの様子が一変する。ヒソヒソと、それでいて面白そうに次々と憶測が飛んだ。

 

「ビビッて逃げたんじゃない?」

「ありえそう。ほら、陰湿だし」

「弱いってわかっているだけまだマシでしょ」

 

 セシリアが口を開け、一夏が全員に対して注意をしようとした瞬間に千冬が冷たく言った。

 

「今、影宮の悪口を言った奴は全員グラウンドを走って来い。そうだな。50周くらいでいいか」

 

 全員の顔が青くなった。

 IS学園のグラウンドに敷かれている白いコースの大きさは5㎞相当のものだ。それを50周―――つまり、250㎞走って来いと千冬は言ったのである。

 全員が大人しくなったのを見た千冬はため息を吐いてから言った。

 

「この1週間、私は毎日走っていたのだがお前たちの姿を見たことない。だが影宮は火曜日の早朝から毎日走っていたぞ。後は毎日図書館の利用と訓練機の申請が2回。そう言えば射撃場の申請も来ていたか。休日は反射神経を鍛えるために機械でボールを発射させて木刀で弾いていたな。1週間で大した行動力だ。………で、織斑。お前は一体何をしていた?」

 

 矛先を向けられた一夏は顔を青くし黙りこくった。

 一夏も確かに行動はしていたが、結局のところ剣道場でひたすら箒と打ち合っていただけである。彼とて真剣に取り組んではいたがどう聞いても瞬がしていた量は大きく下回っていた。

 

「それにお前らもだ。朝に早めのペースで息切れをあまりさせずに走ったか? 射出されたボールは鋼鉄だったか? 訓練機の申請を出したか? していないだろう? 帰宅前に私は申請履歴を確認するが、少なくとも学園の施設を使おうとする動きはこのクラスでは影宮ともう一人を除いて全くいなかったな」

 

 そう言われて全員が口を閉ざす。

 実際そうだった。唯一セシリアがアリーナを借りて訓練していたが、それだけだろう。一夏と箒は剣道部から借りていただけであり、他の訓練は残念ながら一切していない。敢えて上げるなら休日にランニングをしていたがそれでも朝9時を過ぎたくらいから。起床は7時だとしてもその3時間前には既に起きて動いていた瞬には遠く及ばないと言っていい。

 

「それと、今影宮は40度の熱を出して倒れている。一度意識は取り戻したがまだ眠っている」

「………それって、大丈夫なんですか? その―――」

「インフルエンザを疑っているなら安心しろ。検査したが反応はなかった。ただの過労だ」

「………ただの過労で40度って………」

「身体弱すぎ……」

 

 笑う生徒の前に移動した千冬は笑みを浮かべる。

 

「ではお前らは私に攻撃を加えられるか?」

「え………?」

「な、何を言っているんですか、織斑先生、そんなこと―――」

「影宮はしたが? この左目は影宮が私を殴ってなったものだ」

 

 途端にクラスの女生徒たちの千冬のファンは怒りを露わにするが、千冬はため息を吐いて黙らせる。

 

「まだ気付かないのか。これは日頃影宮を馬鹿にしているお前たちが負けているという証拠そのものだ。未だに女尊男卑だなんだと騒いでいるようだがな、そんなのは所詮まやかしだ。より濃く努力した者が強くなる。賭け事以外の勝負事はそういうものだ。個人競技なら尚更な。そういう点ではオルコット以外のここにいる者は影宮以下だろうな」

 

 全員が驚き、愕然とする。

 まさかの織斑千冬直々の女尊男卑否定と影宮瞬に自分たちが負けていると宣言。誰もが反論しようとしただろうが、できるわけがない。

 濃密な練習の数々。彼女らのスペックでは代表候補生のセシリアや剣道で全中優勝者である箒ですらやろうとは思わないものばかりだ。

 

「それと、今回の影宮の処分は警戒心故の行動ということで不問となった。下手に騒ぎ立てて余計なことをした場合は最悪退学にもなる。以後はそのことを頭に入れて影宮に接するように」

 

 最後の最後で釘を打たれ、彼女らは沈黙する。千冬はお通夜状態のクラスを真耶に任せ、もう一度瞬の様子を見に行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、知らない天井が視界に入る。………というか、病室?

 何故か点滴を打たれていて、僕は寝かされている。

 

「…………あれ?」

 

 どうしてこんなことになっているの? 素晴らしいほど全く覚えていない。あ、そうだ―――

 

「試合!? 試合は―――」

 

 慌ててベッドから降りると、思いのほか高くてそのまま落ちた。立ち上がろうとするとタイミング良くドアが開き、誰かが入ってくる。

 

「み、みーやん!? 大丈夫⁈」

「………その独特な呼び方は、布仏さん? そうだ、試合は!?」

「……………それは……」

 

 バツが悪そうに別の方向を見る。その方向には当然何もない。

 

「なるほど。随分と騒がしいと思ったら気が付いたのか」

「織斑先生……。あ、試合は? まだ時間は―――」

「残念ながら既に日を跨いでいる。お前は欠場として処理した」

 

 そこで僕はようやく、自分に当たる光がライトによるものではなく太陽の光だと気が付いた。

 

「………どういうことですか?」

「布仏から連絡が来てからここまで運んで熱を測ったが、その時には既に40℃の熱があった。だから参加を禁止した」

「………それって」

「安心してくれ。既に事情は説明している。中にはお前の事を馬鹿にする奴もいたが、そいつらに関しても釘を刺しておいた」

「………何してくれているんですか」

 

 僕は織斑先生を睨みながらそう言った。

 彼女は自分の影響力、そして彼女に対して特別な感情を抱いている生徒は少なくない。中には教師ですら恋愛感情を抱いている人だっているんだ。そして僕の経験的に、ISに関わろうと思うイケイケタイプの人は、基本的に人の話を全く聞かない。

 自分たちが盛り上がれればそれでOK。周りの事情なんて気にしない。酷い時にはカツアゲや娯楽程度にしか思っていない冤罪をする。それだけじゃない。女たちは、自らの欲望を満たすために他人を殺すことを厭わない。

 

「…………結局、あなたも同じ人種でしかないですか」

「待て。私はそんなつもりじゃ―――」

「流石は織斑一夏の姉ですね。自分にどれだけの影響力があるか理解していない。結局あなたも致命的に鈍感なんですよ」

 

 まだ少しふらつく。何かが張り付いたので僕はそれを無理矢理取って捨てた。

 

「み、みーや―――」

 

 後ろから伸びる手を僕は咄嗟に払いのける。布仏さんは驚いた顔をするけど、僕は構わず外に出た。

 

 ―――そう言えば、久々に倒れたっけ

 

 昔、熱で倒れたことがあったけど誰も介抱してくれなかったから仕方なく料理を自分で作ったことを思い出す。結局、ここも家と変わらない。それどころか最悪かもしれない。

 

 ―――ここじゃ、誰にも頼れることができない

 

 空いた勉強分も自分で埋めないといけない。ともかく、今はその穴を埋めないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音と千冬は取り残されて呆然としていた。

 どちらも動く気力がないのか、口を出そうとしない。すると本音の電話に着信が入り軽快な音が鳴り響く。それで我に返った本音は慌てながら電話に出た。

 

「も、もしもし―――」

『久しぶりだな、本音ちゃん』

 

 その声は知り合い―――というよりも時間が経てば割りと親しくなる相手だった。

 

「………どうしたんですか?」

『瞬に拒絶されて落ち込んでいる奴らにフォローってところだ。………まぁその、悪かったな』

「…………ねぇ」

 

 事情を話そうとしたその電話の相手だが、遮って本音が先に尋ねた。

 

「みーや……影宮瞬に一体何があったの? いくらなんでも、その………」

『異常だろ? 実は警戒心が強いのは結構な理由があってだな………もう一人は幼女に慣れているから、たぶん瞬もまだ女尊男卑に染まり切ってない可能性が高い幼女相手だったらもしかしたら可能性はあるかもしれないけど……』

「難易度高すぎない?」

『いやぁ、だからこそお前に頼んだんだけどな。見た目幼女だし、声も幼女だし』

「…………」

 

 ―――そんなこと思ってたのか

 

 本音の額辺りに血管が浮き上がったが、それも一瞬のこと。未だに呆然としている千冬はようやく本音が電話をしていることに気付いたぐらいで、それに本音も気付いたので外に出る。

 

『まぁ、あれだ。俺もアイツも色々あったんだよ。それこそ本音ちゃんみたいな普通の感性を持つ女の子でも想像できないほどの苦しみがな』

「………たぶんそうじゃないかって思うけど……」

『だから、まず君はそれ瞬から聞き出す。そしてあわよくば』

「あわよくば?」

『襲え。あ、エッチな方で』

 

 本音は静かに電話を切ろうとしたが、少しの沈黙で察した電話の相手は止める。

 

『ストップ! 待て! ちょっと待て! 別にお前の裸に興味があるわけじゃねえ! というかだな、そもそもお前に頼んだのはどっちかというと癒しとか支えとかそう言うのになってほしいわけで本気で恋仲になれってわけじゃねえよ!』

「…………まぁ、私からお嬢様に伝えることもできるしね」

『いや、冗談だっての………ホント。というか本音ちゃん以外だとマジで心当たりないんだって』

「……本当は?」

『俺は欲張りだから姉妹諸共頂く所存です』

 

 本音は電話相手の相変わらずの物言いにため息を吐き、とりあえず瞬の好物とかを聞き出した。

 

「ところで、何で影宮瞬が私たちのことを拒絶したのを知ってるのかな?」

『…………また今度連絡する』

 

 本音は怒りを露わにし、後で部屋のチェックをしようと心に決める。

 とはいえ今の本音にとって瞬と仲良くなることは急務。そう思ってとりあえず部屋に戻る本音。そして、ドアを開けると壁にもたれかかる瞬の姿があった。

 

「み、みーや―――」

 

 ふと、彼女の脳裏にさっきの拒否反応が脳裏に過ぎる。また拒否されたらどうしようと不安が彼女を襲い、動きを躊躇わせる。しかし―――

 

「………君か」

 

 さっきとは違ってどこか安心したような表情を浮かべる瞬。本音は少し驚きながら近づくと、瞬はそのまま倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

(全く。世話のかかる弟分だ)

 

 電話相手の男はため息を吐く。しかし彼もまた、あの事を話すのは憚られたのだ。

 

(ああなった理由が理由だからなぁ)

 

 正直なところ、この男は瞬のために本音を用意した。元々本音はIS学園に入学することが決まっていたが、それを知った故に頼んだと言うのが正しいが。

 この男は瞬があそこまで女性を拒否する理由は知っているが、IS学園に入学するとなれば将来はどうしても女が関わってくることになる。だが、今の瞬は警戒心はあれど耐性がないのでどうしても慣らしておきたいのだ。

 

(特に今のアイツは俺たちの中でも最弱だしな)

 

 一番の悩みの種はそこだろう。

 もし瞬がこの男やもう一人のようならあまり干渉せず、この男も瞬に「女を警戒するように」と忠告はしなかっただろう。むしろ、積極的に関係を持つことを勧めたはずだ。だが、瞬は所詮影が薄い程度の一般人。警戒し、選別する方が良いと判断したのだ。

 

(ま、本音ちゃんが良い感じに動いてくれることを期待するか)

 

 そう思い、男はキーボードを叩いて操作し、ある画像を出す。

 

(………面倒なことになったな)

 

 その画像が男のため息の元であり、今物凄く悩む存在だった。




心中複雑回。
今回のストーリーは色々とキャンペーンというか大展開の予定になります。


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ep.6 走り去る幻影

 数日後、僕の熱は下がった。

 だけど僕の評判は下がっていた。理由は僕が織斑先生の目を腫らしたという話だけど………。

 

「本当に覚えていないんだよ。たぶん一度声をかけられた時は熱が下がり切っていなくて反射的に殴ったんじゃないかな」

「は、反射的って………」

「いやぁ、僕の交友関係って碌なもんじゃなかったから」

 

 織斑君に問い詰められたけど、正直僕は全く覚えていない。でも、寝惚けて殴るくらいはする。それは断言できる。

 

「いや、碌なものじゃないって………」

「まぁ、他人を思いやれるお姉さんがいるだけで君はかなり幸せものだと思うよ?」

 

 そう言いながら僕らはグラウンドに向かっている。

 これからISの授業をするって話だけど、僕らの方に準備の話が来ていないからどうするんだろうか。

 

「全員揃ったな。ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット。試しに飛んで見せろ」

 

 桜の花びらが休んでいる間に全部枯れているなぁと思いながら待っているけど、IS展開時に起こる衝撃破から僕らを守るために離れた織斑君は未だにISを展開していない。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで1秒とかからないぞ」

 

 何それ凄い。まぁ、熟練ってことだから今の織斑君にはそんなに関係ないよね。

 

「集中しろ」

 

 これまで2分ぐらい経過している。流石に痺れを切らしそうなのか、織斑先生が少し苛立っている。

 中々イメージ通りにならないのか体勢を変える織斑君。ようやく彼のISが展開された。

 

「よし、飛べ」

 

 織斑君よりも前にISを展開していたオルコットさんが素早く飛翔。織斑君はというと、まぁお察しというかなんというか……。

 

「何をやっている。スペック上の出力では白式の方が上だぞ!」

 

 実は織斑君が使用する「白式」という機体は近接武器しか入っておらず、そのせいか機体性能は射撃と機動力が高いオルコットさんの「ブルー・ティアーズ」よりも高いのだ。…けれど、フラフラ飛んでいるのはおそらく織斑君の練度が低いからかもしれない。

 

『一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ』

『そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いているんだ、これ』

 

 たぶんそれ、試合の時の映像見たら素人の動きじゃなかった気がするから言い訳にならないと思う。

 そう言えば、堂々と私語をしている2人だけど織斑先生は注意しないのだろうか? ………上の会話はともかく、約一名が既に苛立っているんだけど。

 

『わかった。説明してくれなくていい』

『そう、残念ですわ。ふふっ』

 

 幸せそうな顔だなぁ。僕が知るオルコットさんって男が嫌いな人ってイメージがあるんだけど、前の試合で何かあったのかな? ………ただ、

 

「「「…………チッ」」」

 

 僕の周り舌打ちが絶えない。

 でもまだこれはマシな方。酷い時は、

 

『リア充は殲滅じゃぁ!!』

 

 と叫んで白い処刑用覆面衣装に身を包んだ人たちが強襲するから。通称「白の行進」と呼ばれている行列だけど、僕はアイツで耐性ができているから苦笑い程度で済んでいるけど。

 

『一夏さん、よろしければまた放課後に指導してさしあげますわ。その時は二人きりで―――』

「一夏ッ! いつまでそんなところにいる! 早く降りて来い!!」

 

 山田先生があたふたしている。2人の会話を妨害した篠ノ之さんだけど、織斑先生からの容赦ない攻撃で沈んでしまった。まぁ、流石に自業自得だよね。気に入らなくても教師なんだし………精々1,2歳上にしか見えないけど。

 

「織斑、オルコット。急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10㎝だ」

 

 織斑先生が指示すると、先にオルコットさんが下降する。綺麗な着地でぴったり10㎝と代表候補生としての実力を生徒たちに見せつけた。そして次は織斑君だけど、グラウンドにクレーターを作っていた。まぁ、僕は何も言わないよ。

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

「………すみません」

 

 言いながら織斑君は姿勢制御して上昇し、クレーターから脱出した。

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」

 

 ………あれ? 確か篠ノ之さんって剣道部だったよね? だったら織斑君と一緒にいるっておかしいんじゃ………?

 

「貴様、何か失礼な事を考えているだろう」

 

 何か悪いことでも考えていたのか、篠ノ之さんに言われて驚く織斑君。その様子はまるで悪いことをして怒られている子どものようだ。

 

「大体だな一夏、お前という奴は昔から―――」

「大丈夫ですか、一夏さん? お怪我はなくて?」

 

 ………やっぱり織斑君に対する態度が変わってるね。いや、僕に対しても多少は緩和された感じだけど。

 ちなみに僕は女性は信用しないけど多少の線引きはしている。あの時はつい言ってしまったけど、露骨にそういう態度を見せたら余計な反感を買うからだ。

 慌てふためく織斑君。モテるから慣れているものだと思っていたけど、実際は違うのだろうか?

 

「………ISを装備していて怪我などするわけがないだろう………」

「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それがISを装備していても、ですわ。常識でしてよ?」

「お前が言うか。この猫かぶりめ」

「鬼の皮を被っているよりマシでしょう?」

「…………とりあえずどちらも、そろそろ本物の鬼がキレるから大人しくした方が良いと思うよ」

 

 そう小さく言うと、織斑先生が僕にジト目を向ける。間違っていないと思うけど………。

 

「まぁいい。影宮の言う通り邪魔だ。やるなら端でやっていろ」

 

 止めるということはしないんだ。まぁ、恋愛関係の喧嘩はお互い決着が付くまでした方が良いって何かであったなぁ。

 

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

「……はい」

 

 一度僕もISに乗ったことがあるけど、あれって結構難しいんだよね。試しに似たような展開方法をしているゲームをしてみたけど、それで展開できるほど僕の頭は良くなかった。

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ」

 

 それが織斑君に対する言葉だった。お姉さんは弟君に随分と厳しい。

 

「次はオルコットだ」

「はい」

 

 言われてオルコットさんは左手を肩の高さに上げてから真横に腕を突き出して展開した。凄いことに既に弾倉は装填済みでいつでも攻撃可能状態に移行している。

 とても素早い……素早いんだけど……もしそれが問題だとすれば……

 

「流石だな。だがそのポーズは止めろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ? 正面に展開できるようにしろ」

「ですが、これはわたくしのイメージを纏めるために必要な―――」

 

 反論するオルコットさんだけど、織斑先生には敵わない様子。強く言われて渋々と言った感じで了承した。

 僕もそのカッコつけの姿勢はイメージを纏めるためって理由でしない方がいい。もしそこに一般人がいて、その一般人が彼にアイツだとしたら、オルコットさんは今頃病院の上で寝ることになっていただろう。もちろん、ISを解除した後に、だけど。

 

「次は近接用の武装を展開しろ」

「えっ……あ、はい!」

 

 何故か驚くオルコットさん。別に今のは何もおかしいところはないはずなのにな。………と、思ったらどうやら苦手なようで織斑君が展開するよりも遅かった。しまいには武器の名前を呼んで展開するほどである。代表候補生としてそれで良いのだろうか? 確か名前を呼ぶ方法って初心者用のはずだ。

 

「何秒かかっている。お前は実戦でも相手に待ってもらうのか?」

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから、問題ありませんわ!」

「…ほう。織斑との対戦では簡単に懐を許していたように見えたが?」

「あ、あれは、その………」

 

 返答に困まるオルコットさん。それから織斑君の方に睨むと言うか八つ当たりのような視線を向けているけど、「あなたのせいだ」とでも言っているのだろう。

 

「………さて、そろそろ時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

 ということは特訓、か。身近に良さげな特訓メニューがあるけど、僕は先輩を信じているので余計なことはしないことにしている。なんかその方が良いらしい。

 

「瞬、ちょっと手伝って―――ってもういねえ⁈」

「みーやーん! どこー!?」

 

 もう一人も僕の姿を捉えられないのか泣きそうな声だけど、ここは撤退安定だ。別に避けているわけじゃない。むしろ織斑君よりも仲が良い方だ。

 

(………まさかあの子が先輩が送った助っ人だったとは……)

 

 今でも意外に思うけど、考えてみれば先輩は僕や静流よりも年齢が上だから一緒にいる時間の方がむしろ少ないんだ。変なところでコネができていてもおかしくはない。

 

(………おかげで物凄くやりにくい)

 

 内心ため息を吐いた僕は関わり合いにならないようにバレないように先に教室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が2人を拒絶した日。僕に一本の電話がかかってきた。

 

「あ、先輩………良かったです。大丈夫だったんですね」

『何言ってんだよ、全く。俺と静流がそう簡単にだ庫に捕まる玉かっての』

「むしろ………あの一部が消滅してもおかしくないですね」

 

 洒落にならない事を言うけど、あながち間違いじゃない。あの二人なら関東地方を危険区域に変えることぐらい造作もないことだ。

 

 

『そんなことより聞いたぜ。お前、また知恵熱出したって』

「相変わらず耳が早いですね。あのタイミングで出るなんて誰も予想できないですよ」

『ま、今回のメニューはそれを見越して組んでいるから修正する必要はないが』

 

 ……突っ込まない。そのコメントに関して僕は何も突っ込まない。

 それにしても、急に電話なんてどうしたんだろう?

 

「先輩……辛いのでそろそろ本題に入ってください」

『………そうだな。ところで瞬、今の同居人とはうまくやってるか?』

「はい。言われた通り、距離を置いています」

 

 そう伝えると、向こうから唸り声が聞こえてきた。

 

『…………そのことなんだけどな、実はお前の同居人が俺の知り合いなんだ』

「…人質でも取られたんですか?」

『その発想に至るのは凄いな!?』

 

 とは言ったものの、この人が人質を取られたぐらいで動揺して僕を売るという事はしないだろう。というか、逆に人質を取った組織が壊滅ルートまっしぐらだ。

 

『言ってなかったが、俺には婚約者がいるんだ。で、今お前の同居人はその婚約者の部下っていうか………まぁ存在としてはまだ信じられる奴なんだ』

「……それで?」

『そいつとだけは仲良くしてやれって………ダメか?』

「別に良いですけど………」

 

 修復、できるかな? もう本人の前で「女なんて信じられるか」と宣言してたし………。

 

『そうか。それは良かった。まぁ、ああいう目に遭ったが女にも色々な奴がいるし、ここはひとつ頑張ってくれ』

「………じゃあ、今は僕よりも静流の方が良いのでは?」

『そっちに関しては問題ない。今現在進行形でロリとイチャっている』

「僕がいない間に何があったんですか?!」

 

 ツッコミはしたし大の女嫌いだった僕の親友がロリコンに走っていることに衝撃は隠せなかったけれど、ともかくはそういうこともあって僕はなんとか布仏さんに事情を話して許してもらった。けれどああ言った手前、そう簡単に仲良くなれるかと言うとできないわけで。

 

(………まぁでも、先輩には色々と助けてもらっているし少しは努力しないと)

 

 そう思いながら僕は誰かがIS学園に入ってきたのを見たので関わり合いにならないように少し走るスピードを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、とある少女はその場で止まり辺りを見回す。そして目をこすって再度辺りを見回すと、そこには誰もいなかった。

 

(………当然よね。幽霊なんて科学の結晶って言われているIS学園にいるわけないし。そもそもここで自殺した人っていないから、幽霊なんてありえない)

 

 そう思って再度辺りを見回す少女―――凰鈴音。彼女は改めて本校舎一回総合事務受付を探し始める。

 彼女はしばらくして迷ったこともあって幽霊らしきものを目撃したことを忘れていた。というのも彼女の意中の男がこの学園に通っていて、途中遭遇しかけたがその男が別の―――しかも自分よりも胸が大きい女と会話をしていて苛立ったからである。ちなみに、彼女の同居人も巨乳だった。いや、爆乳クラスなので当てつけかと思ったほどらしい。

 

 そう。彼女はこの時点で完全に忘れていたのだ。彼女の意中の相手―――織斑一夏ではなくもう一人の男の事を。

 

(…………って言うか、この学園の胸の大きい人が多すぎない?)

 

 自分の持っている者を改めて見た彼女は心から落胆した。




瞬「まさかあの静流がロリコンに走るだなんて思わなかったな。でも、考えてみれば今の世界って子どもが大人の影響を受けて成り立っているから、考え方を変えれば子供の頃から正しく教育すればそんなことにならなかったんだよね。………もしかして、織斑姉弟が異常なのもそのせい?」


次回 SNoS 第7話 頭に栄養は行きません

時間がある時に見てくださいね。by瞬


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ep.7 模倣しても別にいいよね?

 もし僕に静流のような人並み外れたどころか人ですら怪しいほどの筋力を持つ男だったら、たぶん彼女をぶん投げているかもしれない。

 

「ねぇ布仏さん、降りてくれない?」

「え~? 何で~?」

「重いからだよ」

 

 そう言うと布仏さんが頬を膨らませて怒る。

 

「む~。女の子に「重い」って言っちゃダメなんだよ!」

「…………」

 

 たぶん僕は今布仏さんをゴミ屑を見るような目で見ているんだろう。

 

「な、なに……?」

「ねぇ布仏さん。君は40㎏や50㎏の荷物を運べる?」

「そ、それは……重くて無理かなぁ……」

「何だ、わかってるじゃん」

 

 つまりそういうことだ。

 女性の平均体重は大体4、50㎏程度。だけどそれは人間にとっては十分に重い物だ。

 

「機嫌を取りたいを思うほどの相手ならともかく、そうでもない女に何で気を遣わないといけないのかな?」

「……………」

 

 今度は背中に引っ付く布仏さん。正直鬱陶しいとしか思えなかった。

 そんなこんなで教室に着いた僕らは入り口が塞がれていることに気付く。

 

「ちょっといい?」

「なによ………え? 嘘でしょ?」

 

 入り口を開けてもらおうと声をかけただけなのに、何故かその子は顔を青くした。おかしい。まだ何も言っていないのに。

 すると何を思ったのかその子は僕の身体に触れた。

 

「え? 触れる?」

「………ごめん。訳が分からない………あ、そう言えば君って昨日校門にいた子?」

「そ、そうよ。凰鈴音よ。………アンタって幽霊じゃないわよね?」

「まだ死んでないよ」

 

 何? 今僕を殺すのが流行っているの?

 なんて考えていると、僕の後ろから殺気が放たれ始めていた。

 

「…………」

「な、何よ。昨日見た時はサッと現れてサッと消えたから幽霊か何かだと思ったのよ! 本当よ!」

 

 前々から本当に疑問だったけど、何故か布仏さんは僕に対する悪口には敏感だ。直接的な攻撃はしないけど、普段からは考えられない程に睨む。

 

「別に良いよ。興味ないから」

「そうだな。とりあえず今は自分の席に座れ。そして凰、貴様は教室に帰れ」

「は、はい!」

 

 突然現れた織斑先生。どうやら凰さんは織斑先生が苦手なようで一目散に逃げて行った。

 

「………何かしたんですか?」

「生憎、覚えがない」

 

 絶対何かしたんだろうと、思いながら僕は席に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら凰さんは織斑君が好きらしい。

 その根拠は凰さんが登場してからというもの篠ノ之さんとオルコットさんが注意されることが多くなった(オルコットさんに至ってはあの騒動以来されること自体が珍しい)からだ。しかもオルコットさん、授業の質問にデートとか答えていたから確定だろう。

 

「?」

 

 当の本人は訳が分からないと言った風だけど。

 なので騒動を回避するために僕は早めに食堂へと向かった。

 

「待って―――なんだ、アンタか」

「………凰さん」

 

 どうやら彼女は既に食堂に来ていたようで、お盆の上にはラーメンとレンゲ、そして箸が載せられている。

 

「ねぇ、一夏は?」

「さぁ? たぶん今頃しの………恋愛経験0の面倒な女子たちに八つ当たりされているんじゃない?」

「いや、それなら助けなさいよ………」

「触らぬ神に祟りなし。人の恋路を邪魔して理不尽に馬に蹴られたくはないからね」

 

 ………冷静に考えたら、恋愛するなら神様でも良いかな。

 ともかく凰さんは放置して僕は僕で食券買って空いている場所に座った。

 

「………で、何で君は当たり前のように僕の隣に座ってるの?」

「……ダメ?」

 

 布仏さんが普通に席に着いている。いい加減に僕は一人でいたいんだけどな。

 

「僕は女が嫌いなんだけど………」

「私はみーやんのこと好きだよ?」

「…………はぁ」

 

 心からため息を吐く。どうして僕はこんな奴に目を付けられたのだろうか。今度先輩に会ったら一発殴りたい。………まぁ、氷柱で串刺しにされかける方が早いだろうけど。

 

「なぁ瞬、そこ座らせてもらっていいか?」

「…………別に良いよ、何でも」

 

 僕が座った所は4人……ギリギリ5人くらいは座れる席だ。今更2人座ったところで何の問題もない。でも―――

 

「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつ代表候補生になったんだ?」

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見た時はびっくりしたじゃない」

 

 なんか如何にもバカップルって感じな雰囲気を出すのは止めてほしい。たまにいるよね、人目に憚らずにイチャイチャする奴ら。ああいうのを見ていたら、どちらも解体したくなる。

 

「一夏! そろそろどういう関係か説明してほしいのだが?」

「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってらっしゃるの!?」

「そんなことより、いくら気になるからって食事中に机を叩かないでよ。溢して制服にかかったらどうするのさ」

 

 抗議すると2人が僕を睨んでくる。作法に厳しい感じの癖に何で作法を乱すのかな。

 

「べ、べべ、別に私は付き合ってるわけじゃ……」

「そうだぞ。何でそんな話になるんだ。ただお幼馴染だよ」

 

 その言葉が気に入らなかったのか、凰さんは織斑君を睨んだ。

 

「? 何睨んでるんだ?」

「なんでもないわよっ!」

 

 …………これはあれだ。またやってしまっているパターンだ。どうして織斑君はこうしてモテるのだろうか………いや、むしろ何故こいつらが簡単に落ちるのか謎だ。織斑君は僕の友人たちと違って一般人なのに。

 

「幼馴染……?」

「あー、えっとだな。箒が引っ越していったのが小4の終わりだったろ? 鈴が転校してきたのは小5の頭だよ。で、中2の終わりに国に帰ったから、会うのは1年ちょっとぶりだな」

 

 ……あれ? それならどっちも幼馴染じゃなくない? そう思ったのは僕だけのようで、幼馴染同士の2人は火花を散らしている。

 

「で、こっちが箒。ほら、前に話したろ? 小学校からの幼馴染で、俺の通ってた剣術道場の娘」

「ふうん、そうなんだ。初めまして。これからよろしくね」

「ああ。こちらこそ」

 

 さらに激しく火花を散らす。織斑君は眉間を抑えているけど、たぶん疲労か何かと勘違いしているのだろう。実際見えているから幻覚じゃないけど。

 

「ンンンっ! わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」

「………誰?」

 

 いや、代表候補生としてそれってどうなの?

 

「なっ!? わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? まさかご存じないの?」

「うん。アタシ他の国とか興味ないし」

「なっ!? ………い、言っておきますけど、わたくしあなたのような方には負けませんわ!」

「え?」

「そ。でも戦ったらアタシが勝つよ。悪いけど強いもん」

 

 ちなみに驚いたのは僕である。何故って、そりゃあねぇ?

 

「一夏、アンタが1組のクラス代表なんだって?」

「お、おう。成り行きでな」

「ふーん………」

 

 僕をチラ見する凰さん。何か言いたそうな顔をするけど、僕は何も言いたいことはない。

 

「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」

「そりゃ助か―――」

 

 また机が叩かれ、コップが倒れて中に入っていた水が僕の制服にかかった。

 

「ちょっと、何するのさ!」

「一夏に教えるのは私の役目だ。頼まれたのは、私だ」

「みーやん、大丈夫!?」

「あなたは2組でしょう!? 敵の施しは受けま「ちょっと2人共、いい加減に」あなたは黙ってなさい!」

 

 ―――ブチッ!

 

 僕は織斑君のコップをひったくって水を2人にかけた。

 

「なっ!?」

「あなた、一体何を―――」

「ねぇ」

 

 今回ばかりはちょっとムカついた僕は、静流の真似をすることを決意した。

 

「告ったこともないメス風情が彼女面して他人に迷惑かけないでよ。ウザいから」

 

 全員がその場で黙った。オルコットさんは口をパクパクしていて、篠ノ之さんは驚いて僕を見る。

 

「それと凰さん、そろそろクラス対抗戦だから少し自重してくれない? 聞けば君、2組のクラス代表なんでしょ? 1組のクラス代表と関係を持っているというだけで疑う人もいるから、お互いのためにもここは引いた方が良いよ。訓練後にどうしようかは僕は知らないし、対抗戦の後にデートなりなんなりすればいいんだし」

「………そ、そうね。そうするわ」

 

 納得してくれたようで何より。そして、流石は透さんと静流をミックスした交渉術だ。

 僕は席を立ちあがって先に食器を片付けて食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、訓練機を借りれた僕は第三アリーナで降り立つ。………何故か篠ノ之さんと一緒に。

 

「訓練機、借りれたんだ」

「そうだ。まさかお前もいるとはな」

「別に君たちの邪魔をするつもりはないよ。織斑君がどうするかはともかく、だけど」

 

 そう言うと篠ノ之さんの顔は曇る。織斑君の性格を考えれば確かにそうだろう。

 

「みーやーん!」

 

 どうやら布仏さんも機体の使用許可が降りたようで、篠ノ之さんと同じ日本製の第二世代型IS「打鉄」を装備している。僕はフランス製の「ラファール・リヴァイヴ」だ。

 とりあえず布仏さんを引き離して、僕はフィールド内に入った。

 しばらくすると織斑君とオルコットさんが現れる。

 

「え?」

 

 織斑君は僕らがいるとは思わなったらしい。心外だな。

 

「何だその顔は。おかしいか?」

「いや、その、おかしいっていうか―――」

「篠ノ之さん!? それに影宮さんまで!? どうしてここにいますの!?」

 

 どうやら布仏さんは勘定に入っていないらしい。入れてあげてよ。

 

「どうしてもなにも、一夏に頼まれたからだ」

「僕はこの時間にアリーナの使用時間が降りたから」

「私も~」

「それに、近接格闘戦の訓練が足りていないだろう? 私の出番だな」

 

 ドヤ顔をする篠ノ之さん。僕らは巻き込まれないために少し離れて射撃訓練をする。

 

「くっ……。まさかこんなにあっさりと訓練機の使用許可が降りるだなんて……」

 

 いや、僕は当然だよね? あんまり言いたくないけど僕は男性操縦者なんだから優先的に回されて然るべきだ。

 

「では一夏、始めるとしよう。刀を抜け」

「お、おうっ」

 

 とりあえず僕は射撃経験はあるけど動かずに撃とう。基礎は大切に、だ。

 透先輩に教わったことを思い出しながら、1発ずつ撃っていく。

 

「お待ちなさい! 一夏さんのお相手をするのはこのわたくし、セシリア・オルコットでしてよ!?」

「ええい、邪魔な! ならば斬る!」

「訓練機如きに後れを取るほど、優しくなくってよ!」

 

 向こうでは下らない理由でキャットファイトを始めた。僕は布仏さんと安全な場所に移動する。勘違いしないでほしいけど、僕は別に布仏さんに気があるわけじゃない。やるべきことをしているだけだ。

 

「なぁ瞬、模擬戦しないか?」

「冗談でしょ? 僕は死にたくないから嫌だよ」

「じゃあのほほんさ―――」

 

 股間を蹴って悶えさせる。全く。少しは自分が置かれている現状を理解してもらいたいものだ。

 

「一夏!」

「何故そんなところにいますの!?」

「うえっ!? だって……ど、どっちかに味方したらお前ら怒るだろ?」

「当然だ!」

「当然ですわ!」

 

 どうやら彼女らに理屈は通じないようで、今度は織斑君VS篠ノ之さん、オルコットさんペアとなった。

 僕は心からため息を溢して布仏さんにピットに上がっておくように言って3人の試合に乱入した。

 織斑君のブレードと篠ノ之さんのブレードが当たる寸前にナイフで受け止める。

 

「貴様!? 一体どこから―――」

「瞬、俺の味方になってくれるのか!?」

「いただきましたわ!」

「なに言ってるの?」

 

 僕はナイフを離すと同時に2人の手首を掴んで織斑君をオルコットさんの方に放って篠ノ之さんでオルコットさんが射出していたビット兵器を防ぎ、それから織斑君と同じようにオルコットさんの方に放った。

 

「な、何しますの!?」

「ちょっと試してみただけだよ」

 

 流石に急に現れて一瞬に命を刈り取る―――みたいな芸当はできないか。

 

「なぁ瞬、瞬も接近戦できるのか!?」

「………できなくはないけど」

「じゃあ教えてくれよ!」

「今日は篠ノ之さんに教わって。僕のやり方は邪道だから」

 

 僕の場合、剣士というよりも忍者とか暗殺者とかの方が近い。だから僕よりも篠ノ之さんの方が良いだろう。

 僕はまた黙々と射撃練習に勤しむ。試合が終わったと思ったのか、布仏さんが降りてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………気付かなかった)

 

 篠ノ之箒は心から驚きを露わにしていた。

 瞬が試合に乱入した時、箒が瞬を捉えたのは本当に近接ブレードの刃が当たった後に乱入していたことに気付いたのだ。乱入されれば千冬でもわかる箒では本来あり得ないことだ。

 

(………思えば、影宮の気配は感じにくい)

 

 今朝のこともそうだ。瞬が鈴音に声をかけるまで、箒もそこに()()()()という事に気付けなかった。箒は昔、姉がISの創造者という事もあり、その影響で人に狙われることがあったので次第に人の位置を把握できるようになっていった。しかし瞬だけは、全く捉えられないのだ。

 

(………怖い)

 

 もし瞬が誰かに雇われた暗殺者とかで、もし自分をさらいに来た人間だと思うと、身がすくむ。

 だが彼女は知らない。瞬の気配遮断能力がこの程度のものではないと。そして、瞬よりもヤバいのが少なくともあと2人もいるという事を。




瞬「今日、篠ノ之さんとオルコットさん相手に啖呵を切った。でも、あれは完全な模倣じゃない。本気で模倣するな、どちらも身体の一部を破壊しないといけないから。………そう考えると、見た目はモヤシに見える静流が殴っただけで人を半殺しにできるのはおかしいな」


次回、第8話「寮でペットは飼えません」













実は密かにバッドルート書いてますが、なんというか初っ端から鬱展開過ぎますわ。
ちなみにそのルートは、瞬が透、静流に会わずに平凡な日々を過ごした結果という前提のルートです。


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ep.8 寮でペットは飼えません

 ISを指示書に従って整備し、返却した後はそれ用の訓練をして部屋に帰ると、

 

「……何故君がいるの?」

「いちゃ悪い?」

「というよりもおかしい。ここは織斑君の部屋じゃないよ」

「知ってるわよ!」

 

 僕に怒鳴る凰さん。僕は布仏さんに視線を移すと、顔を逸らされた。

 

「全く。面倒なことは避けてほしいんだけど。大体、何でその子がここにいるの?」

「だってぇ。見つけた時に泣いてたし……」

「泣いてないわよ!!」

 

 ………なるほどねぇ。活発そうな子が泣いているとなればそりゃ確かに気になる。まぁ、だからと言ってこの部屋に連れてくるかどうかは別問題だけど。

 

(まぁいいや。凰さんだったらハニトラを警戒する必要はないだろうし)

 

 してきたらむしろ笑い死にしそうだ。

 

「それで、一体何で泣いてたの?」

「だから泣いてないっての!」

 

 少し弄りながら、凰さんから泣いていた理由を聞き出す。

 

「つまり、凰さんは篠ノ之さんが織斑君が同居していると聞いて突撃し、篠ノ之さんが殴って来たのを防いで意気消沈させてから、前にした約束の確認したら「私の料理が上手くなったら毎日酢豚を食べてくれる」という部分を「奢ってくれる」と勘違いされて怒って出てきた、と」

「だって酷いじゃない。乙女の一世一代の告白を変な方向に解釈されたのよ!?」

「……6:4だね。君にも非があるよ」

「はぁっ?!」

 

 怒りを見せる凰さんだけど、こればかりは譲れない。

 

「人の記憶なんてものは曖昧だ。増してや相手はあの織斑君だよ? だったらあの場面で引っ叩くのではなく襟元を掴んでキスぐらいしてから「こっちの意味よ」ぐらいは言わないと」

 

 まぁ僕にそれをやれと言われてもできないんだけどね。先輩の受け売りだから。

 

「そ、そんなことできるわけないじゃない! じゃあアンタはできるの!?」

「いや、流石にできないよ………キス以上のことを普通にして、しかもその相手を他が狙う場合、国単位で消滅させる人ならば心当たりはあるけど」

「そんな人こそいるわけないじゃない」

「………あ~確かにしそうだよねぇ」

「でしょ?」

「え? いるの? そんな人?」

 

 何とか答えをはぐらかして、僕は凰さんを追い出した。

 

「布仏さん。お願いがあるんだけど」

「なぁにぃ?」

 

 やっぱり僕に内緒で連れてきたのはマズいと思ったのか、それとも今回の件で僕に怒られると思ったのか、布仏さんは何故かベッドのふちに隠れた。

 

「お願いだから、誰かを連れてくるときは一言連絡ください」

「………ごめんなさい」

 

 素直に謝る子は嫌いじゃない。僕は布仏さんの頭を撫でてふと思ったことがある。

 

(…………ペットってこんな感じなのかな?)

 

 ふと、昔に周りが「ペットを飼った」とか「ペットが欲しい」という会話をしていたことを思い出した。

 僕はイマイチどういうことかわからなかったけど、今ならわかる。

 

(もし僕がISを動かさなかったら、こんな女の子と付き合いたかったな)

 

 それから少しして、僕は自己嫌悪に陥った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月になった。ゴールデンウィークなんてものはIS学園には存在しなかった。休みだけど大抵の生徒が勉強やIS訓練に勤しむので僕は大方トレーニングに勤しんでいた。

 そしてクラス対抗戦当日。僕は観客席で観戦していた。

 

「………眠い」

「もぉ、遅くまで動画を見ているからだよぉ」

「ちょっとでも勉強しないと追いつけないし……」

 

 それでもちゃんと早起きして布仏さんを連れてきたんだからむしろ褒めるべきだと思う。

 ちなみに僕のように観客席に座りたい生徒はたくさんいて、僕が座っていることに対して気に入らない先輩たちが突っかかってきたけど布仏さんがすべて追い返した。まるで番犬みたいだった。

 でも、文句を言われるようなことはしていないんだけどね。だって今日は―――布仏さんを膝の上に乗せている状態で観戦しているから結局2人で1席分しか占領していない。

 

「最悪、試合を録画してから後からレポートを書くよ」

 

 実はクラス対抗戦に出場しない生徒はレポートの作成を義務付けられている。期限は試合終了後から4日後に設定されていて、それまでに出さなければ減点だ。

 

(………にしても、重い)

 

 僕は静流みたいにパワー型じゃないから、流石に4,50㎏のモノは乗せれないんだけどなぁ。でも今日1日の我慢だ。

 

 意識を試合に向ける。

 織斑君が使用する白式は全身を名の通り白く塗られていて、細部には金や青色が塗装されている。言うなれば白い王子みたいな印象を持つ。対して凰さんの甲龍は赤紫……というよりもピンクかな? それに近い色をしていて、彼女の機体の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)は球体で、棘付き装甲(スパイク・アーマー)で覆い隠すような形をしている。

 

『一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ』

『雀の涙くらいだろ。そんなのいらねえよ。全力で来い』

 

 そう言えば、布仏さんから聞いたけどあの2人はあの後にさらに仲が悪くなったようだ。凰さんが以前にピット内で暴発させたことで1000枚くらい反省文を書かされていて、それがすべて織斑君の悪口だったそうな。

 

『一応言っておくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられる』

 

 …………どうしよう。もしかしたら男がISに勝てる可能性が出てきた。まぁ、2人だけだけどさ。

 実際のところそれは本当のようで、噂だとIS操縦者に直接ダメージを与えるためだけの武装も存在するようだ。使ったら刑罰ものだし使ったら人命に危険が及んでしまうものだ。そういうものは、僕が知る限り平然と人間を超えている2人にしか使ってはいけないと思う。

 

(………本当に、静流がISを使えなくて良かったと思うよ)

 

 たぶん初日の時点で織斑先生とオルコットさんは再起不能にされていて、クラスメイトには「じゃあちょっと悪そうな会社を潰してきてよ」「大丈夫だって。銃弾なんてくいって感じで腕を移動させたら取れるから」とか言っているだろうから。

 

【それでは両者、試合を開始してください】

 

 ブザーが鳴り終わると同時に織斑君と凰さんが動き出す。どちらも―――というよりも凰さんは織斑君にぶつかるように接近して青龍刀を思わせるブレードで攻撃したが、織斑君は弾かれつつもどうにか防ぎ切ったようだ。

 

『ふうん。初撃を防ぐなんてやるじゃない。けど―――』

 

 もう一本の青龍刀のようなものを連結させて、まるでバトンのように振り回し、攻撃する。織斑君はすぐに距離を詰められたこともあって少しは付き合っていたけど危険を感じたのか距離を取ろうとした。

 

『―――甘いっ!!』

 

 凰さんの非固定浮遊部位が開いて、そこから何かが射出された。たぶんあれは空気砲の一種だろう。それを食らった織斑君は地面に落ちていく。

 

『今のはジャブだからね』

 

 たぶんストレートをまともに食らった織斑君は、地面に叩きつけられた。

 

「………衝撃砲、完成してたんだ」

「何それ」

「空間自体に圧力をかけて、砲身を生成して余剰で生じる衝撃を砲弾化して撃ち出す武装だよぉ。目に見えないのが特徴なんだ~」

「じゃああれは欠陥品だね。さっき砲身も砲弾も見えていたから」

 

「「「え?」」」

 

 布仏さんだけじゃなく、周りから驚かれた。今のどこに驚く要素があるんだろう?

 

「ちょっと、いくらなんでもそれは風呂敷を広げ過ぎじゃない?」

「冗談でしょ? 相手にしない方が良いわよ」

 

 周りからそんなことを言われるけど、実際そうだしなぁ。

 しばらくは飛びまわったりして回避し続けることが続いたけど、織斑君はまるで何かを決意したような顔をして凰さんに言葉をかける。

 

『鈴』

『何よ?』

『本気で行くからな』

 

 真剣に見つめているけど、たぶんあれは勘違いされるよね。全く、本当に無自覚な男というのは―――拷問道具を持ち出して処刑したいくらいだ。

 

『な、なによ……そんなこと、当たり前じゃない。と、とにかく、格の違いってのを見せてあげるわよ!』

 

 織斑君の動きが変わった。凰さんの死角に入った織斑君は反転して凰さんに加速して接近する。

 

「うぉおおおっ!!」

 

 たぶん気合を入れていると思おう。奇襲に叫ぶのは馬鹿がすることだけど、そう思えば納得できる。

 

 ―――突然のことだった

 

 急に地震が起こった。

 僕は反射的に布仏さんを抱きしめた僕は落ちないように踏ん張る。揺れが収まったところで布仏さんに謝った。

 

「ごめん、布仏さん」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」

 

 何で顔を赤くしているんだろう?

 いや、そんなことよりもだ。僕は布仏さんを解放すると、織斑先生のアナウンスが観客席に響いた。

 

『試合中止だ! 織斑! 凰! ただちに退避しろ!』

 

 ほとんど同時にサイレンが鳴り響く。事態はかなり悪い様だ。観客席も何か固い扉でフィールド側が閉められた。

 

(………ここは落ちついた方が良いかな)

 

 どうせ先に出たところで危険なことは変わりないし、僕が先に出ると女たちが「男風情が何先に逃げてるのよ!」と文句を言って来るだろうから。

 

「布仏さんは先に逃げて」

「嫌だ」

 

 そう言って僕に引っ付く布仏さん。彼女はもう少し恥じらいを持った方が良いと思う。などと思っていると、さっきから人が減っていないように見える。

 僕は近くにいる人に質問した。

 

「あの、誰も逃げていないのですか?」

「逃げられないのよ! ドアが開かないのよ!!」

 

 泣きそうになっているその人の言葉を聞いて、僕は人だからに割って入る。おしくら饅頭状態だけど、何とか前に出てきた。

 

(………端末、見つけた)

 

 端末の方に手を伸ばすと、前に出てきた人の胸が当たった。

 

「ちょっ、何するのよ変態!」

 

 急に殴ってくるので拳を逸らす。危ないなぁ。

 

「そこを退いてください。試したいことがあるんです」

「黙りなさいよ! どうせ死ぬんだから胸を揉みしだこうとでも思ったんでしょ! 誰がアンタなんかに―――」

 

 ―――クスッ

 

 僕は思わず馬鹿にするように笑った。

 

「こちらとてあなたたちのような屑には興味ありません。自意識過剰も程ほどにしてくださいよ」

 

 そう言って僕は黒い端末からコードを伸ばして開閉端末に接続しようとした。

 

「ちょ、早くしなさいよ!」

「……布仏さん」

 

 さっき僕に対して変態呼ばわりした女生徒に刃物を向けている同居人の名前を呼ぶと、機嫌悪そうな声で返事された。

 

「流石に可哀想なので解放してあげてください」

「大丈夫。ちょっとお話するだけだから」

 

 ちょっと怖いオーラが見えたけど、その女生徒が無事なことを祈りながら接続する。すると僕の方のパネルに色々と文字が映し出され、やがて「completed successfully」が出てドアが開いた。

 

「え? 本当に開いた? どういうこと?」

「まさか本当に開いてるの?」

 

 僕はすぐに外に出る。一目散に逃げるためだけど、やっぱり開いたのはあのドアだけだったようだ。隔壁が閉まっている。

 

(やっぱり、もう一度)

 

 僕はそう思って端末を出すと、急に隔壁が開いた。って、篠ノ之さん?

 

「影宮!?」

「篠ノ之さん、ここで何をしているの?」

「………私は一夏の応援に行こうと―――」

 

 見ると篠ノ之さんが通ったと思われる場所はすべて開いている。ということは、まさか。

 ある推論を立てた僕は篠ノ之さんの腕を掴んで閉まっている隔壁の前に移動した。そして、閉じていた隔壁が開く。

 

(ということなら)

 

 抗議してくる篠ノ之さんにある写真を見せると硬直した。

 

「これ、欲しい?」

「あ、ああ!」

「わかった。じゃあ僕と一緒に走ってくれる?」

 

 すると何を思ったのか顔を赤くした篠ノ之さん。

 

「わかっていると思うけど、走るって言っても人生じゃなくて開ける方だから」

「そ……それくらい知っている!!」

 

 僕と篠ノ之さんはアリーナの外まで走った。隔壁をすべて開けた後、篠ノ之さんは解放する。布仏さんの姿は見えないけど、たぶん逃げているだろう。

 計画は完璧だと思った。けど、僕の背中に悪寒が走ったこともあって僕は逃げてくる人たちから少し離れると、僕がさっきまでいた場所に熱線が通過した。

 

「…………冗談でしょ?」

 

 前々から嫌な予感が当たるなぁって感じはあったけど、まさかまた当たるなんて思わなかった……というか、思いたくなかった。

 

「僕はISを持っていないんだけどな」

 

 僕は篠ノ之さんならもしかして隔壁をすべて開けるカギになっていると思った。

 何故ならそもそもISを男を捕獲するからという理由で飛ばすことはない。ISを動かせる男は確かに貴重だけど、リスクが大きすぎる。そして何より、今回の襲撃は誰もいないのにシステムに異常が起きすぎているのだ。

 それができるのは僕が知る限り2人。だけどさっきので1人消えた。となれば、犯人は篠ノ之束。

 

 そこまで導き出した僕を邪魔だと思っているのか、それとも元々邪魔だと思っているのか、篠ノ之束は今僕を殺そうとしている。そう思った時だった。

 

 ―――ドンッ

 

 急に僕を襲って機体に爆発が起こる。誰かが攻撃したのだろう。となれば、救援部隊がこっちに来たか。

 そう思ったけど、来たのは一人だけだった。

 

「の、布仏さん」

 

 黄色の打鉄を装備している布仏さんが攻撃する。だけど、ダメージはそれほどないようで僕の方に向かって来る。

 

「させない!!」

 

 布仏さんが近接ブレードで攻撃する。明らかに死角からの攻撃なのに、その機体は対応して布仏さんを僕の方に殴り飛ばし、ビームを放った。僕は咄嗟にしゃがんで飛んでくる打鉄を回避する。

 

「………なんで……」

 

 ―――何で、僕に機体がないんだろう

 

 ふと、そんな思考が脳内をよぎる。そのせいで身体は止まり、ISが僕に向けてビームを発射した。

 

 ―――死んだかと思った

 

 だけど聞こえてきたのは布仏さんのあえぐ声であり、目を開けると、布仏さんが僕の盾になってくれていたのだ。

 

「………げて………逃げて……」

 

 僕はすぐさまそこから逃げた。だって、ISを持っていないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分を置いて逃げる瞬を見て、本音は恨むことはしなかった。むしろ、微笑ましく感じた。

 

(………やっと………返せる)

 

 ふと、彼女は昔のことを思い出した。

 とてものらりくらりとしていて、マイペース過ぎた彼女はよく周りから敬遠されていた。そのこともあって彼女はよく一人で遊んでいた。だけど、

 

「一緒に遊ぼう?」

 

 一人の少年が、そう言って自分に手を差し伸べていた。

 

 

 その少年と遊んだのはほんの少しだった。だけど本音にとってとても楽しいことだったのは間違いなく、またどこかで会えたら良いなとずっと思っていたある日、透から連絡が来たのだ。

 

 ―――ある男を支えてやってほしい

 

 写真が送られて見た瞬間、その男がかつて自分と遊んだ少年だとわかった。というよりも、以前に所属していた幼稚園に問い合わせ、確認を取った後に痕跡を辿ったからだ。

 

 

 

 所属不明のISが瞬を逃がした本音に八つ当たりするように蹴り続け、本音にダメージを与える。そのせいか残っていたシールドエネルギーが尽きて予備エネルギーも空になったことで打鉄から本音が排出された。

 ISは本音を掴み、持ち上げてビームを放つためにエネルギーを貯める。どうやら骨も残す気はないらしい。

 

(………もっと、瞬と一緒にいたかったなぁ)

 

 本音の瞳から涙がこぼれる。ビームが発射されようと瞬間、所属不明ISの腕が爆発した。そして、本音は自分が落ちるのを感じた。だが下はコンクリートであり、頭から落ちれば死は免れない。最悪植物状態だろう。

 そこまで覚悟した本音が何かにぶつかった。

 

(私、もう死んだか……)

 

 と思った時、至近距離から殺気が放たれた。

 

 ―――ふと、彼女の脳裏にある言葉が過ぎった

 

『実はそいつさ、過去にちょっと面倒なことがあったからあまり怒らせないようにしてほしいんだ。って言うか、たぶん全能力引き出したらその時点で―――IS学園が瓦礫に変わっちまうから』

 

 そんな不吉な言葉を思い出させる程の殺気を放ったその存在が敵を終わらせるのにかかった時間はわずか5秒で計5000回切った。

 それ故に敵ISは文字通りバラバラになり、本音が覚えているのはその光景のみだった。



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ep.9 青い春な和解

 そもそもの話、布仏さんが来たことは少しおかしい。いや、おかしくはないけど、布仏さんが単体で来たという事自体がおかしいんだ。

 自分で言うのもおかしいけど、僕は特別な人間だ。それこそ、護衛は100人単位でされてもおかしくない程に。だから、僕は機体を探すことにした。どこかに残っている機体があると思ったからだ。僕はすべての人間を解放したわけじゃないし、上級生は下級生を避難させるのに忙しいはずだから。

 そして僕は、見たことない機体を見つけた。

 

 本来なら指定場所以外でのISの使用は厳罰対象になる。だけど攻めてきた相手がISを使用するとなれば話は別だ。もし僕が静流や透先輩ならばISなんて必要としないけど、僕は人外じゃないからISは必要だ。

 

 幸運なことに、そのISはとても早かった。

 おそらく全ISの中でもっとも早い機体。そう思える速度を出したその機体はおそらくヒットアンドアウェイのためのモノだろう。

 なんて、変な自己解釈をして現実逃避するのはもう止めよう。

 

「それで、このISは一体何なのかしら?」

「格納庫にあったので使いました。詳細は機体データを見てください」

「それが見られないんだけど?」

 

 それにしても、事情聴取を担当する教員の未来が怪しいとしか思えない。静流とはバッタリ会ったら即死かもしれないぐらいの。

 

「………嘘でしょ?」

「本当よ。あなたにしかアクセス権限がないの。そういうのは本来あり得ない」

「そんなこと言われましても………」

 

 大体、僕には後ろ盾がない。ISを用意できるわけがないからたぶんたまたま何かに当たって操作系が狂っただけだろう。少し弄れば元に戻るだろうし気にすることはないかな。

 どうしたものかと考えていると、ドアが開いて織斑先生が現れた。

 

「お、織斑先生………?」

「私は彼に機体の事について深く聞くことは禁じていたが、これはどういうことだ?」

 

 織斑先生が僕に迫っていた教師を睨むと、かなり見苦しい言い訳をしたその人はどこかに行った。

 

「全く。すまなかったな、影宮。だがお前が動かしたISはとても特殊なものでな。これまで誰も動かすことはできなかったんだ」

「………はい?」

 

 そんなことを言われた僕は目が点になった。

 

「いつから置かれていたのか不明。コアもどういうものかわからない状態でな。製作者も詳しくはわかっていない以上、使わせるのも危ないという事で解体が決まったこともあったが、特殊なバリアが張られていてそれもできない状態だったんだ」

 

 なるほど。どこの国でも動かせないコアを賄う余裕はない。各国から生徒を受け入れるためにたくさん置いているIS学園ならではの方法だろう。

 

「それでどうだった。影宮としてはあの機体を使ってみて良かったか?」

「…………押し付ける気満々、ですね」

「それもあるが、どうやら委員会は影宮のISを作る気はないらしい」

 

 それで、か。

 確かにISを持っていれば少し遠出してもとやかく言われる、という事はなさそうだ………下手すれば休みなのに外に出れない、なんてこともありそうだけど。

 

「とんでもない速度を出ていたんですが」

「………そうなのか。いや、その状況は見させてもらったが、おそらくあれは白式を超えている」

「そんなに………」

 

 …………ん? でもそうだとしたら………もらう価値はあるかもしれない。

 

「織斑先生、その機体、僕がもらってもいいですか?」

「………良いのか?」

「はい。あれくらいピーキーですと、むしろその方が面白そうですし」

 

 ただでさえ織斑君の機体が出鱈目機体なんだ。だったらこっちもそれなりの物を持たないと標準な機体で戦ってたら文句を言われるのは目に見えている。「織斑君があれだけの機体を乗りこなしているっていうのに、もう一人の男は堅実すぎて目立たないよね」とか言われたらたぶんへこむ。

 

「わかった。それにどうせ動かせるのはお前くらいなものだ。すぐに使用許可は降りるだろう」

「ありがとうございます」

「いや、お礼を言われるほどじゃない。それに、影宮には色々と世話になっているしな。愚弟の件といい、今回の避難の件といい………むしろこっちとしては謝らなければいけないほどだ。すまなかったな」

「まぁ、そろそろ一人に絞ってくれると嬉しいんですけどね」

 

 僕と織斑先生は揃ってため息を吐く。

 

「……そうだ、影宮。差し支えないなら答えたもらいたいのだが、あのセキュリティをどうやって破った? あれは並大抵のことではないはずだ」

「………実は人からもらった端末を使ったんです。確かに天才が作ったものですが、僕のことを気に入ってくれているので僕が困ることはしていないとは思うんですが……」

「そうか。聞かなかったことにしておいてやる」

 

 いや、それでいいのか先生。でもそっちの方がありがたいのも事実だ。

 

「では僕はこれで行きますね」

「そうだな。機体の受け渡しはまた後日、この騒動の後始末が終わったら追って連絡する」

「わかりました」

 

 取り調べから解放された僕はそのまま病室の方に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 布仏さんを救出した僕は破壊した機体を放置して布仏さんを運んだ。同じ頃にフィールド内に入った敵を撃破した織斑君も運び込まれたようだけど、そっちのお見舞いはたぶんほとんどの生徒が行っているだろうから行く必要はないだろう。

 幸い、怪我が残ることはないようだ。それでも、女の子なんだしあんな無茶はするもんじゃない。というか、する意味がない。

 

(………僕なんて、放っておけば良かったのに……)

 

 その結果が逃走なんだし、彼女は心底呆れただろう。我ながら情けないとは思ったけど、あの時の僕は少しパニックだったし仕方ないと許してほしい。

 

(………全く、君は………)

 

 幸せそうな顔で寝ている布仏さんの頬に触れる。………って、何をしているんだ、僕は。気の迷いが起こりすぎだろ。

 

(…………いや、その、本人は無自覚だしちょっとは過激な事をしたって……………)

 

 なんだか死にたくなってきた。

 冷静になれ、影宮瞬。これはハニトラの常套手段だ。だから気に病む必要なんて………ないのに……。

 

(………み、自ら犠牲になる根性があるということくらいは認めてやらなくも、ない)

 

 実際、普通なら僕を見捨てて逃げるところだし、現に僕は逃げたしね。

 

(………でも、起きるのを待つくらいはいい、か)

 

 そうと決まれば、まずは寮に帰って身なりを整えてこないと。もし起きて「汚い顔をして行くとか最低、キモイ」とか言われたらたぶん………

 

(………どうなるんだろう)

 

 ふと、考えてしまったけどしばらくしたら馬鹿らしくなったので気にせず寮に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 布仏本音が目を覚ましたのは、深夜11時だった。

 寝惚けたままの本音は自分が無事だったことを確認し、鏡を確認して顔に痣が残っているのか確認しようとすると、先に瞬が寝ているのを見つけてしまう。

 

(………お、起きないで~)

 

 一番近くにある鏡の方に向かおうとすると、瞬のことが気になって掛布団で絡まった本音はベッドから落ちる。その物音で瞬は目を覚ました。

 

「………あれ? 布仏さん?」

「………お、おはよう」

 

 そう返事した本音だが、顔に傷が残っているかもしれないと思って掛布団で自分の顔を隠す。

 

「どうしたの、布仏さん?」

「き、気にしないで。大丈夫だから……あわわっ」

 

 こけそうになった本音は後ろから掴まれた。もちろん、掴んだのは瞬だ。

 

(ど、どうしよ~)

 

 すると瞬は本音を綺麗に立たせて驚いている本音の隙を突いて掛布団を奪った。

 

「や、止めて! それが無かったら―――」

「無かったら、何?」

「………顔を隠せるものが、なくなっちゃう」

「顔? 別に何もないけど。………痣とか火傷の痕とかならないよ」

「ホント!?」

 

 恋する女子にとって顔の傷跡というものは致命傷に等しい。本音は自分が可愛い顔をしているとは思ってはいないが、それでもそういうものは気になってしまう。

 

「ところで布仏さん」

「な、なに………」

「…………わ、悪かった」

 

 もし本音が瞬の顔を見ていたならば、貴重なシーンを見れただろう。だけど残念ながら本音は今瞬の顔を直視できないでいた。

 

「僕ずっと君が裏切ると思ってた」

「そ、それは………」

「でも、今回のことで君を信じることにしたよ」

 

 そう言われた本音は嬉しくなり顔を歪ませる。ずっと疑ったままの状態から少し進展したのだ。嬉しくないわけじゃない。

 

「だから、これからもよろしくね、布仏さん」

 

 だが、それでもまだ姓で呼ぶ瞬。本音は勇気を出して振り向き、俯いたままだが言った。

 

「………名前」

「え?」

「名前で呼んで。いつまでも「布仏さん」は、嫌だよ」

 

 そう言われた瞬は躊躇った。

 今まで女子とそう言った関係になったことなどないからだ。とはいえ、だ。ここでそう言われて「無理」と答えるほどの勇気は瞬は持ち合わせていない。

 少し深呼吸した瞬は目の前の少女を名前で呼んだ。

 

「……本音…さん……」

 

 すると本音は、まるでこれまで積もり積もったものが吐き出されるかのように瞬を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園の地下50m。そこはレベル4権限を持つ関係者しか入れない、隠された空間が存在していた。

 そのレベル以上を持つ者は学園でも本当に限られた者しかおらず、また、その空間に外部から侵入できる者も中々いない。それほどな場所だった。

 

「………それで、あの機体はどうだった」

 

 その一人である千冬はコーヒーを片手に資料を確認する。

 

「はい。織斑君と凰さんの試合中に乱入してきたISも、そして影宮君を狙ったISも、どちらも無人機です」

 

 世界中で開発が進むISだが、まだ無人機技術は完成させられていない。各国がその国に住む天才と呼ばれた者を集めて試行錯誤を繰り返しているが、だ。

 それほどの高技術が今回襲撃してきた機体に搭載されている。その事実は学園関係者全員に箝口令が敷かれるほどの事になっている。

 

「どのような方法で動いていたかは不明です。織斑君の方は最後の攻撃で機能中枢が焼き切れていました。修復も、おそらく無理かと。そして影宮君の方は―――」

「確かに、運び込むこと自体が難しかったな」

 

 教員らが到着した時には既に大破………いや、もはやスクラップと化していた。修復どころか元の形に戻すこと自体が難しい。そう思わせるぐらいだった。

 

「それで、影宮の機体のことだが」

「やはり委員会は良い顔をしないようです」

「…………そう、か」

 

 二人目の男性操縦者がこうなることは千冬にはわかっていた。

 だからこそ千冬なりに便宜を図りたい、そう思っていたがやはり難しいようだ。

 

「………だが、現状あの機体を動かせるのは影宮だけだ。文句は言えまい」

「…そうですね」

 

 だが真耶もまたあまりいい顔をしない。千冬は少しそのことが気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 概ね満足、と言ったところだ。すべて我の計画通りに進行している。

 周りが納得いかないのも理解していた。だが、渡す必要があった。何故ならあの少年は()()()()()()()()()()()()()()

 

『しかして、こうも君は今の居場所を開けておいていいのかね? 私のような小物と会話するということほど無駄な時間を過ごす方法はないと思うのだが?』

「そうでもないさ。アンタとの会話はとても有意義だぜ。………それにあそこには俺が信頼する部下がいるし、最強の霊長類もいる。おそらく兵器だろうがなんだろうが、あの男の前じゃ無力………最近イチャイチャしているからスッゲェうぜえけど」

『人は時として守る存在を手に入れるものだ』

「それに関しては同意してやるよ。俺もそうだしな」

『ならば、その者に甘えれば良いだろう?』

「それがそうもいかないんだよ。今は国際試合の準備期間だからな。だからあっちは部下に機体の製作権を上から降ろしているんだけど。ところで、その話し方どうにかならない?」

『………これは失礼。あのいい方の方が威厳あるかなって思って』

「あるにはあるけど、なんか気持ち悪い」

『ズバッと言うね、君』

「それが性分なんだよ。だって俺、婚約者にもその親にも言ってるし。「娘二人もらうから」って」

『それはどうなの………?』

「俺にはそれができるしな。これでもいざとなったら世界破壊とか余裕だから。だって人間って、力を持ったら振るいたくなる生き物だし」

『………あの子にはそうなってもらいたくないな』

「それに関しては問題ねえよ。アイツはその辺りはちゃんと自制できる奴だ。まぁもっとも―――」

 

 ―――世界が牙を向けばどうなるかはわからないけど

 

 これはとある天才たちの会話。しかしそこにヒトは1人しかいなかった。




次回より新章、開幕


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ep.10 属性の塊な転校生…ズ?

 僕は、専用機を、手に入れた。

 とは言っても、有利になるのはアリーナが使いやすくなったりとかだし、これからは別の意味で辛くなるのはわかり切っている。

 

 ―――ドンッ!!

 

 そして僕は、新しい機体のピーキーさ振り回されていた。

 

(……いつになったら乗りこなせるんだろう)

 

 隼鋼(はやがね)。それが僕が譲渡された機体だった。

 どうやらこの機体は第一世代後期開発型の機体で、機動力が白式よりも高く第三世代機にも劣らないスペックを保有している。後期型は初期型と違って第二世代初期型と同等のスペックがあるという話だ。でも、搭載されているのは簡単な武装しかない。ナイフとか自動拳銃とか、だ。

 まぁでも、僕としてはそれだけで十分だろう。まるでアサシンみたいで嫌いじゃない。でも、アリーナの端から端に行くのに一般的なら5秒はかかるのにこの機体は1.25秒程度で移動可能だけどそれ故の加速で僕は反転しきれず壁にぶつかっていた。

 

(………こうなったら)

 

 僕は立ち上がって深呼吸して心を落ち着かせる。そしてまた加速した。

 従来のISは急停止ができるけど、それはあくまでも女の常識。僕にはそんなイメージがない。だから、別のイメージで対処する。

 時間にして0.064秒。だけど体感的には10秒近く感じた気がした。だからこそ僕はその場で前転し、壁に激突するまでに着地できた。でも、それだけじゃ動きは止まる。

 ISは常に状況が動き続ける。だからこそ止まっている暇なんてなく、止まればただの的でしかない。

 

(だからこそ………僕は……)

 

 ブースターを噴かせて地面を滑るようにして加速する。でも、これじゃない。

 

(………空を、飛ぶイメージ、か)

 

 隼鋼には翼がある。だけど僕には飛ぶための翼が存在しない。

 人はこれまで自分の力だけで飛ぶという事をしなかった。しても大抵の場合は死ぬ。だから空に思いを馳せる挑戦者以外は飛ぼうとは思わない。でも今は―――

 

(………飛ばなきゃ)

 

 僕の立場は危ういんだ。技術の方向でも勉強しているとは言っても、それで大成できるかわからない。今度行われる学年別トーナメントでは少しでも戦えるという所を見せないといけない。そのために飛ばないと、僕に勝ち目はない。僕はつい最近専用機を持ったばかりであり、周りは完全な初心者ばかりじゃない。少しでもできることを増やしておかないと初戦敗退というシャレにならない状況になる。

 

(……でも、どうやって飛ぶんだろ?)

 

 のほ……じゃなくて、本音さんに教えてもらいたいけど今彼女は別のことで忙しいようだし、少しは自重しないと。

 

(………あ、そう言えばPICって…)

 

 もう一度授業を復習する。確かPICはパッシブ・イナーシャル・キャンセラーと言って、ISは浮遊と加速、停止を行う。うん。わからん。先輩みたいに頭が良いわけじゃないから。

 

(あれ? そう言えば前にどこかでPICはマニュアルの方が高度の動きをするって書かれてあったような……)

 

 ハイパーセンサーで設定欄を開くと、PICの設定が「オート」になっていてたので僕は設定を変えた。

 

 ―――これがあのようなことになるとは、この時僕はまだ知らなかったのである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体がボロボロになった。

 PICの設定をマニュアルに変えたら普通に加速することすらままならず、落下なんて当たり前。それでも時間ギリギリまで頑張ったけどどうにもならなかった。

 その結果にため息を吐きながら食事をしていると、聞き覚えのある声がした。

 

「どうしたのよ、アンタ」

「………凰さん」

 

 2組のクラス代表の凰さんが現れた。彼女は織斑君のことが好きらしいけど、噂じゃ度々殴っているという話だから成就する確率は低いだろう。

 

「何か今変なことを考えなかった?」

「全然」

 

 当たり前な事を思っていただけだ。

 

「それよりもどうしたの? さっきから湿布臭いけど」

「さっきISの練習をしている時に色々とぶつけっちゃってさ。やっぱりマニュアルモードはハードだなって」

「………は? ちょっと待って。何をマニュアルにしたの?」

「PIC」

「バッカじゃないの!?」

 

 本気で怒鳴られた。何で?

 

「良い? そもそもPICをマニュアル制御するのってかなり難しいのよ? それを指導者なしでやるなんて一夏みたいな馬鹿がすることよ!」

「………凰さん」

 

 僕は凰さんを思わず憐れんでしまう。この子はまだ織斑君の事をちゃんと理解できていないらしい。

 

「な、何よ。何か文句ある?」

「そもそも織斑君みたいな大馬鹿野郎がPICの意味を完璧に理解しているわけないじゃないか」

「いや、まさかそんな―――」

 

 まさかそんなことがあるわけがない―――しかし凰さんは後日僕に「アイツ、本気でわかってなかった」と漏らすことになるなんて、僕も予想していなかった。

 

「でも最後の方は少し飛べたよ」

 

 機動型の機体をかなり減速させて、だけど。

 

「まぁ、向上しているんだったら良いけどさ。でも、そういうのはちゃんとした人に教えてもらった方が良いわよ」

「そうなんだろうけどね。そういう人って中々いないから」

「なんだったら、アタシが教えてあげよっか? 前に話を聞いてくれたお礼にね」

「良いよ。こういうのは相性というものが必要だし、凰さんも織斑君に勘違いされたら困るでしょ?」

「そ、それはそうだけど………良いの?」

「大丈夫。それに僕は人を選ぶ性格をしているから」

 

 ………あんな幼稚な教え方をされたら、織斑君ならなおさら上達しないよ。

 大体、感覚理論なんて今時どころか古今東西浸透できるわけがない。理解できるのは同レベルの存在だけだ。

 

「じゃあ、僕はこれで」

 

 そう言って僕はカレーライスが盛られていた皿とスプーンを乗せたお盆を返却し、食堂を後にした。しばらくしてから妙な叫び声が聞こえてきたけど、あれはなんだったんだろう。…………凰さんの叫び声からして、織斑君が余計な事をしたんだとは思うけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。クラスメイト達が騒ぎ始める。というのも、この時期になるとIS学園の1年生は自分好みのISスーツを選べるからだ。なお、僕は―――というかそもそも男用のISスーツは2パターンしかない上に腹出しか否かしかないという仕様しかなかったので、僕はお腹が出ていない方を選んだ。お腹を冷やす典型だし、僕はあの二人ほど体型が良いわけじゃないし。

 

「やっぱり、ハヅキ社製のがいいなぁ」

「え? そう? ハヅキってデザインだけって感じしない?」

「そのデザインが良いの!」

「私は性能的に見てミューレイのが良いかなぁ。特にスムーズモデル」

「あー、あれねー。モノは良いけど高いじゃん」

 

 正直、ISスーツに関してはあまり勉強していない。売られている物は着ればどれも同じだし、基礎的なものは同じだからだ。確か、ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達させ、ISは伝達されたデータから必要な動きを行うだったかな。しかも驚くことにISスーツは一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができるって話だ。まぁ、衝撃は言わずもがな、だけど。

 僕から少し離れたところでは織斑君らが山田先生の説明をしていて、女子たちが山田先生をあだ名で呼んでいる。

 

「諸君、おはよう」

「お、おはようございます!」

 

 大魔神降臨………もとい、織斑先生が現れたことでクラスメイト達は席に戻る。いつものことだけど、織斑先生が現れることでクラスメイトたちは自分に出席簿が飛び火しないように身を守っている気がする。

 

(……あれ? もしかしてあの服って生地が薄い?)

 

 前の服と違って織斑先生の素肌が見える。別に彼女の肢体に興味があるわけじゃないけど、見えてしまった。……そう言えば昨日は織斑君が朝早くから出かけてたんだっけ? その時に家にあった夏用のスーツでも出していたのかな?

 

「今日から本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたら代わりに学校指定の水着か、最悪下着でも構わんだろう」

 

 僕は良いにしても生徒たちが構うんじゃないかな? あ、ちなみに僕は女子が下着姿で授業を受けようものならその日はボイコットして逃げ出す所存です。一緒に受けて変態扱いされるなんて真っ平だからさ。

 

「では山田先生、HRを」

「は、はいっ」

 

 連絡事項が長いと思ったのか、山田先生は眼鏡のレンズを拭いていた。慌ててかけなおす様は周りからすれば好感度が高いのかもしれないけど、教師としてはそれはどうなんだろう。僕は眼鏡をかけていないからわからないけど。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも2名です!」

「へ?」

「え……」

「「「ええええええっ!?」」」

 

 あ、織斑君が倒れた。あれはもう助からないな。

 というか普通、クラスは分けるんじゃないの? 何故2人も同時に1つのクラスに入れるのだろう?

 

(…………もしかして、どっちも織斑先生が管理する必要がある、とか?)

 

 織斑先生の立ち位置はどうやら学園内の問題児の管理かもしれない。本音さんを理解しようと思い始めてから、なんとなくそう思うようになった。…ということは、もしかしてどちらも問題児なのか?

 

(………お願いだから、少しはまともな人が来てほしい)

 

 そう思っていると、二人の転校生が入ってきた。一人は銀髪で髪が長く、軍靴を思わせる長靴でかぼちゃパンツを思わせるズボンとなっている。そして、左目に眼帯をしていた。

 怖いという雰囲気があるけれど、静流と比べるとそうでもない気がしてきた。いや、まぁIS操縦者としては強いかもしれないけど、人としてはそうでもないという認識だ。僕よりも強いのは確かだけど。

 でも、問題はその女生徒じゃない。むしろ後から入ってきた人よりもまだその女生徒はまともだと言える。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 気になるのは、彼女(?)そのものだった。男子の制服を着ているのは趣味だろうか。というか趣味であってほしい。

 

「お……男………?」

 

 誰かが呟やくように聞くと、デュノアさん(くん?)は肯定した。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入を―――」

 

 途端に教室内からサイコウェーブが発せられた。僕の頭を狂わせそうな音が響くのだからあながち間違いではないかもしれない。

 

「男子! 三人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「美形! 守ってあげたくなる系の!」

「地球に生まれて良かったぁああああああッッ!!」

 

 何故そんな声を出すのかな? 正直、僕は女性優遇制度というものは不要な存在だとしか思えない。本当に男が嫌いならこんなに騒がないはずなのに。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

 鬱陶しそうに止める織斑先生。教師としての仕事はちゃんとしてほしいという気持ちはあるけど、今回ばかりは全面的に同意したい気分だ。

 

「みなさんお静かに! まだ自己紹介が終わってませんから~!」

 

 どうやらそっちも気になっていたのか、叫び声がぱったりと止んだ。

 彼女はどうやらこのクラスには悪印象を持ったようだ。さっきの叫び声といい、軍オタか本物の軍人化はわからないけど良い気がしなかったかもしれない。

 そう考えると、織斑先生が銀髪の人に指示していた。

 

「挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

 え? どういうこと? 何で教官呼び?

 混乱していると、織斑先生がラウラさんに注意していた。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、個々ではお前も一般生徒だ。私のことは「織斑先生」と呼べ」

「了解しました」

 

 冷静に考えて、織斑先生がなんらかの理由で彼女と出会って彼女を指導していたのだろう。そう思っておく。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 織斑君の時と同じように続きを待つクラスメイト達。でもボーデヴィッヒさんは別の意味で答える気はないだろう。

 

「あ、あの、以上……ですか?」

「以上だ」

 

 キッパリと言ったボーデヴィッヒさん。空気が微妙になるし、山田先生は泣き始める。いや、何で泣いているのですか。

 呆れていると、ボーデヴィッヒさんは何かに気付いて織斑君に近付いて引っ叩いた。

 

(…………もしかして)

 

 僕の脳内にある思考が過ぎる。

 以前に織斑君はボーデヴィッヒさんと遭遇していて、その時に織斑君が酷いことをしたかもしれない。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

 ………どういうこと?

 もしかして、実は織斑姉弟は血が繋がっていないとか?

 

「いきなり何しやがる!」

 

 織斑君は怒鳴るが、ボーデヴィッヒさんはやることはやったという感じでスタスタと歩いて僕の隣の席に座った。別にその1つ隣でも良いんじゃない?

 

「あー………では、HRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

 職務怠慢だと注意したいところだけど、今回は家の事情もありそうだし僕は先に教室から出た。そして、柄にもなく後で織斑先生に栄養ドリンクを差し入れようと思った。




あくまでも、本音を受け入れたから、そのついでにこれまでの状況を見直した、という解釈でお願いします。


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ep.11 完全依存現象

 一足先に空いている更衣室に来た僕は、服をすべて脱いでISスーツ姿になる。ISスーツは下に着ていれば着替えるのがすぐだけど、僕の場合は上下一体型だからチャックが2か所付いている。

 シャルル・デュノアという男が転校してきたことで、またしばらくカオスな状況が続くことを予想しながら着替える。終わってから外に出ると、織斑君とデュノア君がこっちに向かって走っていた。

 

(……デュノア、か)

 

 まだ休み時間ということもあって、グラウンドに先に来た僕は小型端末を起動させてアニメを見る。何故これをしているかというと、昨日先輩に相談したらこの端末に入っているアニメを見ろというお達しが来たからだ。確かにアニメを見て学習するというのは面白い案かもしれない。会話は邪魔だけど、ヌルヌルと動くから。

 

「みーやん!」

 

 後ろから本音さんに抱き着かれた。けど、正直そういうのは止めてほしい。なんか色々当たってるし、そういうのは彼女だって嫌だろうから。

 とりあえずやんわりと離すと、織斑先生と目がばっちり合ってこっちに近付いてきた。

 

「影宮、織斑たちはどうした?」

「さぁ? 僕が着替え終わって外に出た時にこっちに来ていましたけど、目前で捕まったんじゃないですか?」

 

 適当に言うと頭を抱える織斑先生。心中、お察しします。

 

「まぁいい。それとお前にデュノアの面倒を頼みたいのだが………わかった。その、済まなかったな」

 

 僕が絶望するような顔をしていたからだろう。織斑先生が心から申し訳なさそうな顔をする。正直、気持ちはわかるけど協力する気はさらさらない。男の割には細い体の線。自ら男を自称する相手に僕は警戒を隠せない。というか、あの有名なデュノア社の息子にしてはどうして今まで話題にすら上がらなかったのすらわからない。本当に男かどうかはともかく、いくら何でも怪しすぎる。

 

「みーやんも、怪しいと思う?」

「………うん。そのことに関しても先輩に相談しているんだけど……」

 

 思えば僕は先輩に頼り過ぎなのかもしれない。先輩も先輩で講義で忙しいのだから、少しは自分で解決しないといけないな。

 目の前で怒られている織斑君を無視してどうしようかと考えていると、織斑先生が授業を始めようと口を開くがあるグループがうるさくなったので無言で叩きに行った。

 

「―――安心しろ。馬鹿は私の前にも二名いる」

 

 織斑先生はそろそろ死神の鎌でも装備したらそれは面白いかもしれないと、ふと思った。

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

「はい!」

 

 後ろから呪詛が聞こえているけど、それは無視だ。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。凰! オルコット!」

「な、何故わたくしまで!?」

 

 さっき織斑君を蹴っていた凰さんはともかく、オルコットさんは呼ばれたことに不満そうだった。

 

「専用機持ちはすぐに始められるからだ。良いから前に出ろ」

「だからってどうしてわたくしが……」

「一夏のせいなのに何でアタシが………」

 

 僕はつくづく同居人に恵まれたと思う。少なくとも、今のオルコットさんはともかく凰さんとは絶対に同居したくないと思った。

 

「お前ら少しはやる気を出せ。アイツに良いところを見せられるぞ」

 

 もはや手遅れなような気がするけど、それは二人には関係ないようで目を輝かせる。

 

「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

「まぁ、実力の違いを見せる良い機会よね! 専用機持ちの!」

 

 あーうん。やっぱり僕は本音さんの方が良いや。まだ部屋は変わらないようだし、今の内に一緒にいておこう。

 

「それで、相手はどちらに? わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」

「ふふん。こっちのセリフ。返り討ちよ」

「慌てるなばかど―――」

 

 ―――キィィィィン………

 

 僕は嫌な音がしたので本音さんを持ってその場から離れた。少しした後に何かが落下した。

 どうやら他の人たちも避難していたようで、巻き込まれたのはいない……いや、1人だけ巻き込まれたみたいだ。

 地面を転がってから止まり、しばらくして土煙が晴れる。

 

「ふう………白式の展開がギリギリ間に合ったな。しかし一体何事―――」

 

 どうやら白式で衝突は防いだらしいけど、その後がまずかった。

 織斑君は山田先生を押し倒したような形ように上になっていて、胸を掴んでいる。これが俗に言うラッキースケベというものなのだろう。

 

「あ、あのう、織斑君……ひゃんっ!」

 

 揉まれた山田先生は困った顔はすれど特に照れている様子はない。織斑先生も「あの馬鹿が………」と疲れたような声を出している。おそらくこれが偶然の出来事だから止めるに止められないのだろう。というか、この事態に慣れていない様子だ。そして僕も、これまでこんな状況に陥ったことがないのでどうすれば良いのかわからない。

 

「そ、そのですね。困ります……こんな場所で……いえ! 場所だけじゃなくてですね! 私と織斑君は仮にも教師と生徒でですね! ………ああでも、このまま行けば織斑先生が義姉さんってことで、それはとても魅力的な―――」

 

 欲望が駄々洩れになっていて、僕は心から引いていた。静流でももう少し慎ましいのにこの女は何を言っているのだろうか。

 もしかして、女性優遇制度によって一部の女性が暴走したことで女たちは欲求不満になったり結婚願望があったりするのだろうか? だとしたらさっさと署名を集めて撤廃すれば良い話なのに。

 なんて考えていると、織斑君の方にレーザーが飛んだけど身の危険を感じたのか上体を逸らして躱した。―――って、

 

「ホホホホホ……。残念です。外してしまいましたわ………」

「ちょっ、オルコットさん!? 一体何をしているんだい?!」

 

 ―――ガシーンッ!!

 

 音の方がした方を見る。凰さんが既に甲龍を展開していて武装を連結させていた。それを織斑君の方に投げた。

 

「うおおおっ!?」

 

 織斑君も驚いてこける。気持ちはわからなくない。むしろ正しい反応と言える。

 なんとか回避した―――と思っていたけど、その武装が織斑君の方に戻ってきた。

 

「はっ!」

 

 銃声が聞こえ、青龍刀に二発当たる。軌道を変えたようで織斑君に当たることはなくそのまま地面に刺さった。

 

(………あり?)

 

 山田先生からいつものオドオドした雰囲気がなくなっている。というか、何故か妙に迫力があるというか、警戒しないと後ろから刺されて「私が一生看病してあげますから」と言って誘拐するヤンデレの典型が彷彿させられる。

 

「みーやん、落ち着いて、落ち着いて」

 

 どうやら僕は山田先生を睨んでいたようだ。気持ちを落ち着かせるために本音さんの手を握らせてもらう。………うん。少し落ち着いた。

 

「山田先生はああ見えて元代表候補生で、その中でも実力そのものは代表に匹敵していたからな。今くらいの射撃は造作もない」

「む、昔のことですよ。それに候補生止まりでしたし………」

 

 謙遜する山田先生。しかし何だろう。この人を警戒しておかないと後々マズいことになるのではないかと思う。

 

「さて、小娘共。いつまで惚けている? さっさと始めるぞ」

「え? あの、二対一で……?」

「いや、流石にそれは……」

「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」

 

 そして、その宣言通りオルコットさんと凰さんは大敗した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」

 

 ゆっくりと降りてくる山田先生は少し恥ずかしそうだった。その少し先にはオルコットさんと凰さんがいがみ合っている。その光景から1組と2組の生徒たちからは哀れむ視線を向けられていることに気付いていないようだ。

 

「専用機持ちは織斑、オルコット、影宮、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では5、6人のグループに分かれて実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな? では分かれろ」

 

 すると案の定というか、織斑君とデュノア君の方に人が集中した。僕の所には本音さんが来てくれたけど、他は全員だ。これを見て思うんだけど、何で女性優遇制度なんてものがいるのだろうね?

 

「織斑君、一緒に頑張ろう!」

「わかんないところ教えて~」

「デュノア君の操縦技術を見たいなぁ」

「ね、ね、私もいいよね? 同じグループに入れて!」

 

 みなさんそろそろ気付いてください。織斑先生がキレそうです。

 

「この馬鹿者共がい……。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ! 順番は男子が来る前に言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド100周させるからな!」

 

 流石に嫌なのか、彼女たちは大人しく僕の所に来た。本音さんからマズいオーラが出ている気がするけど、今は気にしないでいよう。

 

「……やったぁ。織斑君と同じ班っ。名字のおかげねっ……」

「……うー、セシリアかぁ……。さっきボロ負けしてたし。はぁ……」

「……凰さん、よろしくね。後で織斑君のお話聞かせてよっ……」

「………デュノア君、わかんないところがあったら何でも聞いてね。ちなみに私はフリーだよ……」

「………あーあ、影宮かぁ……。嫌だなぁ……。織斑君の方が良かったなぁ……」

 

 そんな堂々と悪口を言わなくても………。

 ちなみに今僕は今すぐ悪口を言った女生徒を殺そうとしている布仏さんの手を掴んでいる。

 

「良いですかみなさん。これから訓練機を一班一体取りに来てください。数は「打鉄」と「ラファール・リヴァイヴ」がそれぞれ3機ずつです。好きな方を班で決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよ!」

 

 うん。これは迷っている暇はなさそうだ。

 

「じゃあ、僕は訓練機を取ってくるから大人しく待っててね」

 

 そう言って僕はすぐに山田先生の所に向かってラファール・リヴァイヴをもらって行こうとしたけど、中々動かない。そうだ。ISを部分展開すればいいんだ。

 展開の許可をもらって、僕はラファール・リヴァイヴを乗せた台車を自分たちの班に持って行った。

 

「………えっと」

 

 眼を放した隙に、本音さんが誰かと喧嘩していた。

 

「か、影宮君! お願い! どうにかして!!」

 

 訳が分からない僕はその状況に口を開けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 話を聞くと、どうやら僕のことを良く思っていない人達がいるようだ。

 唐突に専用機持ちになったことで裏ではさらに僕に対する不満が溜まっているようで、数人が文句を言ったらしい。だけど本音さんは手に入れた経緯も理由も知っている人間でつい注意したそうだ。

 大まかに言えばそんな状況。だから僕は織斑先生を呼ぶことにした。

 

「どうした影宮。まだ始めていないようだが」

「実は、僕に教えてもらうのが嫌な人がいるみたいなんです」

「…………ほう」

 

 振り分けられた女子たちを睨む織斑先生。本音さんだけは僕の後ろにいるのでその影響はない。

 

「だがもうそうなってしまったんだ。今更変えようもない」

「………ボーデヴィッヒさんのところを見ていてもそう思えます?」

「何?」

 

 織斑先生がそっちの方を見ると、不満そうだけど相手が怖すぎて何も言えない雰囲気を醸し出している人がいる。織斑先生もそれに気付き、僕の意図を見抜いたようだ。

 

「影宮の指導が気に入らない生徒と、ボーデヴィッヒが嫌な生徒をトレードする、と?」

「はい。会話から過去に彼女は織斑先生から指導されているみたいですから彼女たちにとっても問題ないと思うんです。それに、これで時間をかけるならトレードの方が早いかと。そっちもそれで良いよね?」

「………良いわよ。アンタみたいな小物なんかに教えられて周りから遅れたらそれこそ問題だもの」

 

 本音さんを止める。当然だけど僕自身も気分的には悪いけど、ここは我慢して出て行ってくれた方が良いさ。

 織斑先生に交渉を任せた。そして僕らは新しい人たちに指導したけどやっぱり不評みたいだ。

 一通り指導が終わった後、本音さんと一緒に片付けたんだけど………。

 

(やっぱり、指導なんかせずにアリーナに行って一人で練習すれば良かったな)

 

 自分のためにならないし、まだ僕は隼鋼を完璧に操れないのだ。それに今回のことで本音さんがクラスメイトと完全に亀裂が入ったりしたら後々困るだろうし。

 

(………はぁ。色々と面倒だ)

 

 ため息を吐くと織斑君の腕が後ろから伸びてきたので回避する。

 

「どうしたの?」

「相変わらず凄い反射神経だな………じゃなくて、もう授業も終わりだろ? 良かったら昼飯を一緒に食わないか? シャルルも交えてさ」

「……………それって、誰が来るの?」

「他には、鈴とセシリアだな。箒もいるぜ。アイツが一緒に食いたいって言うからさ」

「で、オルコットさんと凰さんはもう誘った?」

「ああ。後は瞬だけだ」

 

 呆れてため息を吐く僕。とりあえずデュノア君が気になるので同席することにしたけど、篠ノ之さんの気持ちも汲んでやれと思ってしまった。ま、織斑君じゃ一生無理だろうけどさ。




1巻分の表紙が本音が妖精サイズの瞬を気遣う感じの絵なら、2巻分はデフォルメされた本音を少女がぬいぐるみを持つようにしている感じの絵になると思う。


………と、ふとそんなことを想像してしまった。


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ep.12 依存少年、知恵を絞る

「………どういうことだ」

「ちゃんと「二人だけで」と言わなかった君が悪いんじゃない?」

 

 そう返すと、何とも言えない顔をする篠ノ之さん。織斑君は何もわかっておらず、言葉を返した。

 

「天気が良いから屋上で食べるって話だっただろ?」

「そうではなくてだな………!」

 

 ちなみに僕の左隣には本音さんが座っておにぎりを食べている。最近では食堂には行かずに自分で作ることが日課になってきているのだ。

 

「せっかくの昼飯だし、大勢で食った方がうまいだろ。それにシャルルは転校してきたばかりで右も左もわからないだろうし」

「そ、それはそうだが………」

「あ、僕らのことは気にしないで。君たちはそこらに生えている野草程度にしか思わないから」

 

 そう言うと全員が何とも言えない顔をする。だってそうじゃない。

 

「はい、あーん」

「あーん」

 

 本音さんと一緒に食べているのに、他の人なんてどうでも良いんだ。

 

「………よくあんな堂々とできるな」

「……本当に羨ましいですわ」

「何であんな堂々とできるのよ。意味がわからない」

 

 はいそこの負け犬集団、文句を言わない。そんなに嫌ならちゃんと当たって砕ければ良いんだよ。

 最近は本音さんが整備技術を持っていると知ったからそのことで教えてもらったりしている。本音さんの教え方って、意外とわかりやすい。

 織斑君が、オルコットさんのサンドイッチを口にして顔を青くしている。どうやら相当マズいらしい。

 

(そう言えば、本音さんって料理できたっけ?)

 

 普段からケーキとか食べているから、もしかしたお菓子作りは得意かもしれない。そろそろ調理実習もあるし、一度彼女の実力を見てみたいものだ。

 

「ええと、本当に僕が同席して良かったのかな?」

「誘われた時に察せなかった時点で、じゃない?」

「…………うん」

 

 まぁ、彼もまた被害者だからとやかく言えないけどね。

 何にせよ、今回の事で関係を持てたということで彼の調査ができるというものだ。できれば本当に男で、僕の思い過ごしだったらいいけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュノア君が転校して来てから数日が経ち、わかったことがある。

 

 ―――織斑君がホモの可能性が出てきた

 

 いや、ホント何を言っているんだろうかと思われるかもしれないけど、実際そう言わざる得ないんだ。例えば、

 

「なぁ瞬、俺たちの関係って、見直されるべきじゃないか?」

「織斑君。君が何が言いたいのかよくわからないんだけど」

「いやさ、俺たちって考えてみればそんなにドライだったじゃん。これを機にちゃんと友達として接するべきじゃないかと思ってさ」

 

 男子が増えたことによる興奮……だと思いたかった。そう、一時的な奴。

 だけど織斑君は明らかにおかしくなっている。一緒に着替えることを強要してくることもあるし、何かあったとしか思えない。なので僕はデュノア君に織斑君と同居している間に変わったことがあったか聞いてみた。

 

「一夏と同室になって気になったこと? …………うーん。特にないかな」

「本当に? 何もされていない?」

「……どうしてそんな質問を?」

 

 僕はこれまで織斑君のことで気になったことを挙げて尋ねると、デュノア君は微妙な顔をした。

 

「た、確かに一夏って他人と着替えたがるよね?」

「おかしいよね? いくら男同士だからって変に積極的だし………やっぱりホモかな?」

「…………」

 

 デュノア君は顔を青くする。気持ちはわかる。下手すれば尻の危機だからね。まぁ、もしホモだったらそれはそれで良いんだ。幸い、ちょっと性別が怪しいけどデュノア君を犠牲にすれば良いだけだし。

 だけど問題は、思春期……もとい、発情期だった場合だ。

 もしNTRをやりたいと思うようになったら、まず狙うのはおそらく本音さんだ。それだけは絶対、何があっても阻止しないと。

 

「だ、大丈夫?」

「ん? 何が?」

「今、凄く怖い顔をしていたから……」

 

 そんなにしていたかなぁ?

 なんて思っていると、デュノア君はかなり真面目な顔をしていたのでどうやら本当に怖い顔をしていたようだ。

 

(やっぱり土曜のアリーナは混むなぁ)

 

 土曜日は午前中は授業なので、残りはアリーナで訓練するか部活をするかのどちらかになる。訓練機を使用する人はこういう日は大体3,4人で回して使うし、グループで話し合って使用する場所を選べるから男子目的の人が殺到してしまったわけだ。

 

「こう、ずばーっとやってから、がきんっ! どかんっ! という感じだ」

「なんとなくわかるでしょ? 感覚よ感覚。……はぁ? 何でわかんないのよバカ!」

「防御の時は右半身を斜め上前方へ5度傾けて、回避の時は後方へ20度反転ですわ」

 

 何故か同時に教えるという珍妙な光景があった。

 

「率直に言わせてもらう。全然わからん!!」

「何故わからん!」

「ちゃんと聞きなさいよ、ちゃんと!」

「もう一回説明してさしあげますわ! つまり斜め上前方5度―――」

「―――一夏!」

 

 流石に同情したのか、デュノア君が遮るように織斑君を呼んだ。

 

「ちょっと相手してくれる? 白式と戦ってみたいんだ」

「シャルル! わかった。というわけだからまた後でな」

 

 まるで助けられた村人のように笑顔を向ける織斑君。デュノア君が周囲に試合をすると通知して場所を開けてもらうようにした。周りは「デュノア君の頼みだから」という事で場所を開ける。たぶん僕がしてもこうはならないだろう。

 そして織斑君とデュノア君で試合が始まったけど、デュノア君の技量が高いのか織斑君の技量が低いのか、決着は早く着いた。

 

(織斑君の技量はともかく、デュノア君の技量は高すぎるな………)

 

 デュノア社内で鍛えたかもしれない。詰めっぱなしだからこそのその技量かもしれない。

 

(………ここは待ち、だね)

 

 不用意に喧嘩を売らず、今は観察一筋だ。幸いデュノア君は連戦するつもりはないようで、僕と戦おうとはしなかった。

 

「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さん、それに影宮君に勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」

「そ、そうなのか? 一応わかっているつもりだったんだが………」

「知識として知っているだけって感じかな。さっき僕と戦った時もほとんど間合いを詰められなかったよね?」

 

 確かにそうだった。織斑君には剣で銃弾を斬るという芸当はできないから、仕方なく装甲で受けて徐々にシールドエネルギーを減らされて負けた。

 

「一夏のISは近接格闘だけだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。一夏の瞬時加速は直線だけだから反応できなくても軌道予測で攻撃できるんだ。あ、でも瞬時加速中はあんまり無理に軌道を変えない方が良いよ。空気抵抗とか圧力の関係で機体に負荷をかけると、最悪の場合骨折するから」

「……なるほど。シャルルの説明ってわかりやすいな」

 

 そう言うと、後ろから嫉妬3人衆がぐちぐちと文句を言っていた。

 

「ふん。私のアドバイスをちゃんと聞かない癖に……」

「あんなにわかりやすく教えてやったのに……」

「わたくしの理路整然とした説明に何の不満が……」

 

 篠ノ之さんと凰さんは、どこぞのマフィアのボスぐらいしか無理じゃないかな。あと、オルコットさんの場合は織斑君の頭脳を無視しすぎだ。

 

「一夏の白式って、後付武装(イコライザ)がないんだよね?」

「ああ。何回か調べてもらったんだけど、拡張領域(バススロット)が空いてないらしい。だから量子変換(インストール)は無理だって言われた。なぁ、瞬」

「うん。本音さんもそう言ってたよ」

 

 あと、「ここまで極端な機体って中々ないよ~」とも。

 何故僕が知っているかと言うと、僕が隼鋼について調べるついでに調べようとしていた織斑君とバッタリ出会って、僕が端末の操作を習う時に試させてもらったのだ。ちなみに本音さんは織斑君に使い方を教えなかった。「また今度、誰かに頼んでよ~」とは言っていたけど、後ろには「空気を読めよゲロ野郎」という雰囲気が出ていたのは気のせいじゃないはずだ。

 

「でもそれは単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)に容量を使っているからだから、最悪消せば他の武装は入れられると思うって話を前にしたよね?」

「ワンオフ・アビリティーっていうと………えーと、何だっけ?」

 

 僕は織斑君の股間を蹴った。決してイラついたわけではない。薔薇の鞭だ。

 

「ISそれぞれに備わっている特殊能力だよ。言い換えれば必殺技。何で忘れているの? 君、ホントに男なの?」

「ちょ、言い過ぎだよ影宮君。って言うか今のって確実に入っているのね!?」

「大丈夫だよデュノア君。精子なくても人間生きていけるから」

 

 それに蹴って倒した後に頭を踏み抜くか腹部を蹴り上げて連続で蹴りを入れない辺り、僕は優しいと思う。

 

「…………い………いてぇだろ………」

「全く。君は先人者の話を何だと思っているんだい? 懇切丁寧に説明してくれたって言うのにもう忘れるなんて頭がおかしいとしか思わないよ。あんまり調子乗ってると、消すよ?」

 

 この男は女を落とすしかできないのかと聞きたいぐらいだ。せっかく本音さんが説明してくれたって言うのに「何だっけ?」はないよね。まぁ、織斑先生や山田先生が説明したって言うなら別に良いけどさ。

 

「ヒッ!?」

「どうしたの、デュノア君?」

「う、ううん。何でもないよ!」

 

 何をオドオドしているのだろうか。僕の知り合いの前じゃ、そんな余裕なんてないというのに。

 

「……えっと………じゃあ、白式のアビリティーってやっぱり零落白夜なのか?」

「うん。でも白式は第一形態なのにアビリティーがあるっていうだけで物凄い異常事態だよ。前例が全くないからね。しかも、その能力って織斑先生が使っていたISと同じだよね?」

「まあ、姉弟だからとかそんなもんじゃないのか?」

「ううん。姉弟だからってだけじゃ理由にならないと思う。さっきも言ったけど、ISと操縦者の相性が重要だから、いくら再現しようとしても意図的にできるものじゃないんだよ」

「そっか。でもまぁ、今は考えても仕方ないんだろうし、そのことは置いておこうぜ」

「と、問題を先送りするので織斑君は学年最下位の座をキープし続けるのだった」

「うっ………」

 

 ま、実際ISのことなんて僕ら素人にはわからないだろうしね。案外、あるとしたら―――

 

「織斑君の使っているISコアが、織斑先生が前に使っているコアだったりして」

「それはあるかもしれないね。ISコアを別の機体に移植する時は初期化するけど、初期化しきれなかったとか……まぁでもそれはいくら何でもないはずだよ。もしそれなら機体に異常が起こっていても不思議じゃないし。あ、でも―――」

 

 デュノア君がアサルトライフル《ヴェント》を展開して織斑君に渡した。

 

「今は問題を置いておくのは賛成かな。ここで唸っているよりも射撃の練習をした方が良いだろうし」

 

 そこで織斑君は驚いているけど、その表情だけで彼がどれだけ勉強をしていないかがわかる。

 

「え? 他の奴の装備って使えないんじゃないのか?」

「普通はね。でも、所有者が使用許諾(アンロック)すれば、登録してある人全員が使えるんだよ。……うん。今一夏と白式に使用許諾を発行したから、試しに撃ってみて」

「お、おう」

 

 初めて扱うからか、織斑君の動きはぎこちなく慎重に扱う。今では僕も慣れたけど、確かに最初は怖かった。

 その様子を見ていると、後ろから嫉妬する声が聞こえてきた。

 

「ねぇ、あの二人って仲良すぎるんじゃない?」

「………確かにそうだな。妙に絵になるというか……」

「怪しいですわね。もしかして、一部の方が騒いでいるような関係に発展していたりして………」

 

 本音さんがいないことが悲しいよ。生徒会の面々が戻ってきているから仕事行かないといけないとか、やっぱり帰れば良かったと思うよ。

 しばらくすると、僕の危険センサーが何かを捉えた。近くのピットから見覚えがある銀髪が現れ、ISを展開する。そして―――

 

「織斑一夏」

 

 呼ばれた一夏はちょうど撃ち終わったのか、ドイツの代表候補生「ラウラ・ボーデヴィッヒ」に顔を向ける。

 

「……何だよ」

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 

 そう言えば、某アニメに出てきたドイツ軍人もかなり好戦的だったっけ? それに確か、ヤバすぎる敵に生命反応が探知されていなかったから、あの時点ですでに死んでいたんじゃとか思わせる人。

 

「嫌だ。理由がねえよ」

「貴様にはなくても私にはある」

 

 そう言われた織斑君の顔は段々と険しくなっていった。

 

「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業を成し得ただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様の存在を認めない」

 

 ………これだけ聞くと本当に訳が分からない。

 たぶん、織斑君に何かがあって、その何かを怒っているということだけは理解できるけど………これだけ見たらボーデヴィッヒさんは電波少女にしか見えないね。

 

「別に今じゃなくて良いだろ。もうすぐ学年別トーナメントがあるんだから、その時で」

 

 ………織斑君が大人な対応をしている!?

 もしかして明日は雨……いや、氷柱でも降ってくるんじゃないかと思いながら空を見上げる。雲はあるけど、そこまで荒れるような天気ではなさそうだ。

 

 ―――ま、夏でも氷柱を降らそうと思えばできる人はいるんですけどね

 

「ならば、戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 ISを戦闘状態へとシフトさせ、彼女の右肩に装備されている大型のレールカノンが光りを帯びる。

 ほとんど反射的だった。僕はすぐに飛び出し、彼女のレールカノンを切断、離脱した。

 

「なにっ!?」

 

 彼女の近くで爆発が起こる。幸い、周りに人がいなかったからそこまでの被害は出ていない。

 

「貴様ぁッ!!」

「…………」

 

 確かに周りに人はいなかった。でも、織斑君とデュノア君の周りは違う。

 少しでも見ようと見学していた人たちがいるし、最悪その人たちに着弾する恐れが…………あ、別に見逃しても良かったかもしれない。まぁどうでもいいや。

 

「邪魔をするな、臆病者が!!」

「……………」

「何か言ったらどうだ、この雑魚―――」

 

 黙ってやり過ごそうと思ったけど、どうやら無理みたいだ。

 

「聞いているのか、きさ―――」

 

 僕はボーデヴィッヒさんの罵詈雑言を無視して電話機を取り出し、ある番号に電話をかける―――

 

「あ、織斑先生。忙しいところすみません。影宮です」

「な―――」

「え!?」

「実はさっきボーデヴィッヒさんが、ISを装備していない人に避難指示を出さずに織斑君に発砲しようとしてまして、反省文を出してあげたいのですが―――」

「おい貴様! いい加減にしろ!!」

 

 ボーデヴィッヒさんが叫びながら飛んできたので回避する。しかしボーデヴィッヒさんも負けじと僕に飛び掛かろうとする。

 

「はい。では伝えておきますね」

 

 そう言って僕は電話を切った―――振りをした。

 

「ボーデヴィッヒさん。織斑先生が話があるそうだから、至急職員室に来るようにだって。逃げたらどうなるかわかってるなっとも言ってたよ」

「………きさまぁあああああッ!!」

『―――そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 

 ―――遅いんだよ、ノロマが

 

 ようやく出てきた教員に呆れつつも、僕はゆっくりとグラウンドに降りた。

 

「ど、どういうことだよ瞬! 何で千冬姉の番号を知っているんだ!?」

 

 そして何故か、織斑君が本気で怒っていた。

 ホモな上にシスコンなのか、と正直呆れそうになった。織斑先生の胃が潰れる様子を想像してしまいそうになり、可哀想になったのは言うまでもない。




周りの気持ちに気付かないのに、やけに姉にデレる主人公。
ホモ疑惑あるし、ある意味千冬に同情できる要素はありますよね(笑)


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ep.13 踊る黒と影 そして……

 織斑君の目は真剣だった。

 そもそも僕は生徒的な立場で言ったからかなり優遇されてもおかしくない場所にいる。だから織斑千冬という絶対的な存在の番号を知っていて、いつでも頼れる状態にしていても別におかしくはない、と思う。

 

「おい答えろよ!」

「お、落ち着いて一夏。影宮君にだって事情が―――」

 

 必死に止めるデュノア君。まだちゃんと向かっていないけど、仕方ない。

 

『冗談だよ。実際、織斑先生に連絡は取っていない』

「え? それってどういう―――」

 

 僕はまた織斑君の股間を蹴って黙らせた。

 

「!? ―――?!?!」

『まぁ落ち着いて。さっきのはネタだよ、ネタ。ボーデヴィッヒさんは織斑先生のことを知っているからこそ、彼女の恐ろしさについても知っているはず。そこを突いたから、ああやって撤退させたんだよ』

「そ……それよりも痛い……」

「そりゃ痛くしたからに決まっているでしょ。それとも何、僕が知るもっとも残酷かつ冷酷な方法で痛めつけて欲しいって?」

 

 個人間秘匿通信を切って普通に話す。織斑君は首を横に激しく振って拒否を示した。

 

「どうでも良いけどさ。それとも何、僕が君のお姉さんとよろしくしていたら問題でもあるわけ?」

「そ……そうじゃねえよ。って言うかそれってどういう―――」

 

 僕は心から引いていた。たぶん織斑君は織斑先生に彼氏ができてもこんな反応をし続けるのだろう。弟離れよりもまず姉離れさせる必要があるようだ。ま、僕には関係ないけど。

 

「まぁ織斑君。姉弟でも子どもはできるから頑張れば良いと思うよ」

「…………なんか盛大に勘違いされていないか、俺」

 

 たぶん勘違いはしていないはずだ。っていうか、絶対にしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後6時。

 あの後、生徒が帰り始めたので僕は一人で練習しようとすると、もう帰るらしい織斑君がデュノア君をしつこく一緒に着替えようと誘っていた。だから僕は敬意を表してホモ斑君と呼ぶことにした。

 しばらくしてから僕も上がり、シャワーセットを持っていないから仕方なく寮へと向かっていると誰かが会話をしているのが聞こえた。

 

「―――何故こんなところで教師などやっているのですか?!」

 

 今話題の問題児の1人だった。

 巻き込まれるのが嫌だという事もあり、僕は無視して行こうとした。周りに女子がいないので話し声は良く聞こえる。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」

 

 いや、あるんじゃない?

 むしろ織斑先生のように世界大会で優勝するような人間を簡単に他国に所属したら色々と面倒なことにあるという理由もあると思うんだけど……。

 

「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません」

「ほう」

「大体、この学園の生徒など教官が教えるに足る人間ではありません」

「……何故だ?」

 

 あ、これ怒ってる。

 

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている。そのような程度の低い者たちに教官が時間を割かれるなど―――」

 

 ………何言ってんの、この子。

 なんて言うか、織斑先生の教育が悪いのか彼女自身の思考自体が悪いのかわからない。たぶん後者なのかもしれないけど、とても信じられなかった。

 

「―――そこまでにして「ちょっと聞きたいんだけどさ」何!?」

 

 織斑先生が驚いた様子で僕を見る。聞いているのには気付いていたようだけど、まさか参加してくるとは思わなかったようだ。確かにこの行動は僕のキャラじゃないもんね。

 

「貴様………」

「その意識が甘く、危機感に疎くてISをファッションか何かと勘違いしている奴らに僕も含まれるのかな?」

「当然だ―――」

 

 その後に何かを言っているけど、僕は鞄を捨てて彼女の懐に入り彼女が所持していたナイフの刃先を彼女の首元に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体、誰がこのような状況を予測しただろうか。

 千冬は以前から瞬の気配を感じ取りにくいという感じは薄々していたが、まさかそれが今顕著になり―――仮にも軍人であるラウラ・ボーデヴィッヒからナイフを奪ってそれを所有者に向けるという大それた芸当を見せた瞬に驚きを隠しきれなかった。

 

「………そこまでだ」

 

 だがそれはラウラにとって良い薬になると思ったのも確かだ。

 ラウラは強い。それは贔屓目に見ても間近で成長していたのを含め、意識的にもまた強いことを知っている。だがそれを少しでも生命の危機に陥れた存在がいるとなれば、成長をすると思った。現にラウラはもまた、瞬の行った芸当を全く見えなかったことに心から驚いている。

 

「これでわかっただろう、ボーデヴィッヒ。お前が見ていたのはほんの少しの一面。ましてやこいつは、最初からISを兵器として見ながら自分のものにしようとしている」

 

 千冬なりのフォローであり、またこれまでの努力を見てきたが故の賛美のつもりだった。だが、

 

「………何か勘違いしていない?」

 

 瞬からは、そんな言葉が出てきた。

 

「何?」

「これくらい、やろうと思えば誰だってできる基礎中の基礎だ。むしろ褒める部分がわからない。それに、ISを使おうと思ったのはそうしないと僕を庇ってくれた2人に申し訳がないから。今だって嫌いだよ、ISも、そして女もね」

 

 そう言って瞬はラウラの足元にナイフを置き、そこから去る。ラウラは忌々し気にナイフを拾い、しまうとふと千冬の顔を伺った。

 その顔はまるで―――一夏を、いや、それ以上の顔をしていた。

 まるで好きな人を、そしてその恋が叶わないことを知っている少女のような顔を浮かべる千冬を見たラウラは―――一人部屋で荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇妙な出来事が起こった日の2日後。何故か僕はボーデヴィッヒさんにずっと睨まれていた。

 まるで親の仇でも見るような目で見られ続け、また授業中でもそれを続けていたボーデヴィッヒさんは織斑先生に叩かれたが一向に止める気はないようだった。何故?

 

「何かしたのか?」

「さぁ? ただナイフを奪って彼女の首元に当てただけだよ」

「原因は間違いなくそれだよね?」

 

 デュノア君の言葉に頷く織斑君。でも仕方ないじゃん。平和ボケしたクソ女共と同類扱いされたら誰だって怒る。静流が聞いたら間違いなくボーデヴィッヒさんは腹パンされた後に泣き喚くまで意識が飛ぶぐらいの平手とかを食らわされ、異物で股を裂かれるだろう。あ、もちろん例えで、裂かれるのは子宮だ。

 

「でもあの時のボーデヴィッヒさんは驚いていたんだよね。それこそ僕を睨むどころか「貴様のことは認めてやる」ぐらいのことは言ってきても良いと思うけど………。それよりも織斑君、そろそろ教えてくれないかな? ボーデヴィッヒさんと何かあったの?」

「………ごめん。それは言えないんだ」

「………そうだよね。あまりの可愛さに姉の名前を出して「お前は姉貴に惚れているんだろう? だったら俺の女になれよ。そうしたら義妹になれるぜ」とか言って無理矢理したんだよね?」

 

 そう返すとデュノア君は軽蔑の眼差しを織斑君に向けた。

 

「ち、ちげぇよ!! そんなことするか!! って言うか、それならそう言う瞬はどうなんだよ! 急にのほほんさんと仲良くなってさ!」

「え? そうなの?」

「ああ。それまで俺以外とはまともに話そうとしないし、必要な連絡を終えたらすぐに席に戻るだけだったんだ」

「だって必要ないしね。実際、君のお姉さんを含めて僕はまだ女は嫌いだし。本音さんが例外ってだけだよ」

 

 もし、仮に僕が告白されたら「死んでください」とか「身の程を弁えてください」とか言いそうだ。

 

「そうなんだ。じゃあ、もしかして2人は………」

「だよな。やっぱりそういう関係だよな」

「なお、織斑君は同棲していた篠ノ之さんに手を出していた模様」

 

 するとデュノア君は何故か殺意を帯び始める。

 

「どういうことなのかな、一夏?」

「ち、ちげぇよ!! 俺は箒とは何もないって!!」

「そういう反応をするってことは、もしかしてデュノア君は篠ノ之さんに一目惚れ?」

「ち、違うよ! そういうわけじゃないよ!!」

 

 ところで、さっきからこの話は篠ノ之さんに筒抜けだ。そしてそのすべては篠ノ之さんが怒る材料になり………あれ?

 

「どうして……こんなことになったんだ……」

 

 頭を抱える篠ノ之さん。どうやら彼女は悩んでいるらしいけど、僕は女性の悩みを聞くような紳士じゃないから織斑君にでも相談してもらいたい。

 なんて、男3人で話をしていると僕らの周りを移動する人たちが慌ただしくなっていくのを感じた。

 

 ―――第三アリーナで代表候補生3人が模擬戦やってるって!

 

 そんな言葉が僕の耳に届く。どうやらそれは織斑君とデュノア君も同じようで僕らは急いで第三アリーナに向かった。

 

 僕は途中で別れてピットの方に移動すると、ちょうど様子を見に来ていたのか、本音さんもいた。

 

「本音さん!」

「みーやん! ……どうしよう。2人が……」

「あれは放置で良いよ。でも、ボーデヴィッヒさんは―――」

 

 どうやらボーデヴィッヒさんは凰さんとオルコットさんから手痛い仕打ちをもらったらしく、煙の中にいるようだ。しかし彼女の機体のシグナルは未だに健在。それに驚いた凰さんとオルコットさんは驚いていた。

 

「終わりか? ならば―――私の番だ」

 

 そう言ってボーデヴィッヒさんは瞬時加速で2人に接近した。ほとんどダメージを受けていない彼女は容赦なく凰さんとオルコットさんをいたぶる。その時だった。

 

【甲龍並びにブルー・ティアーズが「操縦者生命危険域(デッドゾーン)」到達を確認】

 

 僕はそれを見た瞬間、隼鋼を展開して飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラにとって、摩訶不思議な状況が起こった。

 鈴音とセシリアを拘束していたシュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードが切断され、バランスを崩したのである。

 

「誰だ!?」

 

 ―――ダンッ!!

 

 激しい音がBピットカタパルトが聞こえたラウラはそちらに顔を向ける。そこには鈴音とセシリアを抱えた隼鋼を展開した状態の瞬がおり、かつてないほど冷たい目をラウラに向けた。

 

「貴様か………ちょうどいい。私の目的のために死ね!!」

 

 ラウラの瞬時加速。シュヴァルツェア・レーゲンの両手首からはプラズマ手刀が展開されているが、瞬は付き出される左手を掴んで回転して投げ飛ばした。

 

「素人が……舐めるな!!」

 

 再び瞬時加速。シュヴァルツェア・レーゲンが瞬の隼鋼に接近する。しかし瞬は恐れることなくその場で立つ。そして、一瞬でラウラの背後に回った瞬は手榴弾を爆発させた。

 ラウラは瞬の自爆覚悟の攻撃に驚きを露わにするが、経験豊富の軍人らしくすぐに切り替えてできる限り爆発の威力を相殺させて瞬時加速で隼鋼の懐に入った。

 

「遅い!!」

 

 距離を取ろうとした瞬。しかし既にAICを発動されたことで逃げることができずに大型レールカノンによって発射された砲弾をまともに腹部に食らった。

 絶対防御が発動した隼鋼はシールドエネルギーを大きく削られる。今ので瞬自身もダメージがあったのか、フラフラだ。

 

「馬鹿が! 素人が安易に出てくるからそうなる!!」

 

 勝ちを確信したラウラ。AICで瞬の動きを完全に止めたラウラはひたすら、ただひたすら八つ当たりも含めて瞬を殴り続けた。

 

 

 

 あの日、ラウラはキレそうになった。

 ラウラから見て瞬は影が少し薄い存在程度。専用機を手に入れたのも偶然でしかなく、その後の戦績も決していいものではない。そんな相手に自分が憧れる織斑千冬が認めていないとはいえ一夏にするならばまだ納得はできる。しかし瞬に対してあんな顔をするのが心から耐えられなかった。だから―――

 

(この場で、徹底的に叩く!!)

 

 先程の鈴音やセシリアのように容赦なく瞬を叩くラウラ。この時、もし彼女はちゃんと瞬の事を理解していればある疑問を浮かんでいただろう。

 

 ―――何故、まだ布仏本音が現れないかを

 

 

 

 

 

 観客がひたすら殴り続けられる瞬を見て歓喜する様を見て、ある者はまるで馬鹿にするように笑って投擲した。

 

 実はシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されている第三世代兵器「アクティブ・イナーシャル・キャンセラー」は慣性を停止させることによってそのものの動きを封じたり衝撃によって生じるエネルギーを相殺するという特徴を持つが、実はそれはとある弱点を持っていた。それは、AICは1つしか停止させることができないということだ。

 

 ―――つまり、外部から妨害が行われた限り、今のラウラでは回避することしかできない

 

 もっとも飛来したそれは回避する隙すら与えず、一瞬で衝突して吹き飛ばされた。

 あまりのことに全員が何が起こったのか理解できず、呆然としてしまう。しかしそれは唐突に聞こえたこの場にいないはずの男の声によって解除された。

 

『茶番しゅーりょー! これにて閉幕~』

 

 歳は自分たちとあまり変わらないくらいであり、腕は細いが充分すぎるほど筋肉が付いた美すら感じる両腕。容姿はイケメンの部類に入るその男の声を聞いた瞬は―――殴られた影響か、はたまたその存在が誰かわかったからか、ともかく気絶した。




感想は、後程返させていただきます。
徹夜テンションで書き上げたぜ! ま、ただ書きたかったところの一つなんですけど……ちゃんと返すので書いてくださると嬉しいです。


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ep.14 難易度鬼クラスの特訓

 突然現れた謎の乱入者が中で騒ぎを起こしている中、本音はある意味究極の選択を迫られていた。

 

(ど……どうしよう……)

 

 手元には、学年別トーナメントの登録用紙があり、既に枠は埋まっている。そう、後は本音がそこに名前を書いて提出するだけなのだ。

 だがそれをしてしまえば、彼女が本当に一緒にいるべき存在を見捨てることになる。

 

(………ま、いっか)

 

 さっきまでの険しい顔つきは何だったのか、本音はサインをして折りたたんで懐に紙をしまった。

 何故主思いの本音が決断をしたのかというと、相手のことが好きだというのもあるが―――何よりも最初に一緒に組もうとしていた相手と絶賛喧嘩中だからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラに激突した鉄塊がひとりでに浮かび上がり、投げた本人―――つまり学園の生徒が知らない少年のところに戻る。少年(見た目は青年)の倍はあるその鉄塊はメイスであり、少年には使いやすいものだ。

 

「誰だ………貴様は………」

「意外と元気だな、ロリ豚」

「何ッ!?」

 

 ラウラは怒りを露わにする。豚と言われたことに憤慨し、怒りに身を任せてその少年に接近する。だが―――

 

「良いのか? そのまま近付いて俺をどうするつもりだ―――まさかお前、ISで俺を殺す気か?」

「くっ………! 貴様、卑怯だぞ!!」

「ハッ! 敗者風情がよく吠える。悔しければISを捨ててかかって来い。まぁ、ISを捨てた時点でISなしで男に喧嘩を売れない貴様らメス風情が俺に勝つのは夢のまた夢だがな」

 

 勝ち誇るようにそう宣言する少年はメイスを量子化して瞬のところに降りる。するとラウラはISを解除してナイフを抜いた。

 

「ドイツ軍人を舐めた報いを受けろ! ゴミが!!」

 

 それはラウラにとって本気の攻撃だった。

 しかし少年にとって大したことではなく、少年はラウラの腹部を蹴り飛ばした。

 

 ―――それは、普通を知る彼女たちにとってあまりにも異常な光景だった

 

 ただ少年は蹴ったように見えた。しかし、ラウラが実際飛んだのはフィールド内の端から端であり、ラウラは壁に叩きつけられる。

 しかしそれは少年にとっては日常的であり、大したこともないようで瞬を担ぎ上げた。

 

「さて、目的は果たした。ああ、それと―――ここの人間はレベルが低すぎる。俺らは影宮瞬のレベルを上げるために来たが、どうやらその必要はなかったようだな。どいつもこいつも―――弱すぎて話にならない。よくそれで自分たちが強いと勘違いできたものだ―――総じて周りがゴミしかいない環境で暮らさないといけない瞬を哀れに思う」

 

 そう言って最後に小さく笑い、その男はピットへと消えた。

 そしてその日以降、影宮瞬を学園内で目撃することはなかった。例の日までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼を覚ますと、僕は見知らぬ部屋にいた。………あ、こういう時に「知らない天井だ」って言うんだっけ? 僕もまだまだだな。

 

「お、起きたか」

「………先輩……………あれ? え? 何で先輩がここにいるんですか!?」

「何でも何も、ここは俺の研究室だからな」

 

 言われて僕は辺りを見回す。え? でもこんな部屋だったっけ……?

 

「ここは少々場所が違っていてな。一応、お前はIS学園に所属する人間だから場所の制限はさせてもらうが、ここはお前を鍛えるには最適な場所と言える」

「………鍛える? ぼ、僕を?」

「ああ。少々事情が変わって来たんだ。だからお前には最低限の実力を身に着けてもらおうと思ってな」

 

 ………もしかして、そのためにかなり非合法な手段でも取ったのだろうか?

 前に僕を逃がした時にかなりの数から攻撃を受けたはずなのに、ピンピンしている先輩に少しホッとしているけど、正直それは僕が辛い。

 

「そんなことしなくて良いですよ。それで先輩や静流に迷惑をかけたくありません」

「なに言ってんだ。そんなことない」

「それに静流には学校―――って、僕にも授業がありますから!」

「それならIS学園の理事長と話をつけてきた。学年別トーナメントに間に合えば問題ないってよ」

 

 意外にも太っ腹な対応に僕は唖然とした。というか―――

 

「そんなことしたら、また「依怙贔屓だ」とか言って面倒なことになるじゃないですか」

「普通ならそれが当たり前なんだけどな。それに贔屓ならば織斑一夏にされていることの方が明らかに多いんだ。それに―――専用機持ち全員ボコって再起不能にまで追い込めばもう誰も文句は言わんだろうよ」

 

 と言って不気味な笑みを浮かべる先輩。ホント、この人も色々とぶっ飛んでるなぁ。

 

「あれ? でも僕が倒れる前は静流の声が聞こえたのは気のせい……?」

「いや、静流に迎えに行かせたけど?」

 

 …………帰ったら嫌な予感がする。

 例えば、全員から「アレは誰なんだ」とか「強い奴がバックにいるからって調子に乗ってんじゃないわよ」とか言われそうだ。別に調子に乗った覚えはないけどね。

 

「そうそう、これから特訓なんだけどな―――静流を倒せ」

 

 見る人が見ればうっとりしそうな笑みを浮かべて、先輩は残酷な事を言った。

 

「女2人をカッコ良く救出した後に無様に負けたのは悔しいだろ」

 

 どうやらこの人はあの事をしっかりわかっていたらしい。まぁ、一つ指摘するようがあるけど。

 

「救出? 何を言っているんですか? 僕はボーデヴィッヒを潰すのに邪魔だったから退かしただけですよ?」

「またまたぁ…………あ、うん。だと思った。で、途中で学年別トーナメントが近いことを思い出して、その時にボコれば良いと思ってわざとAICに捕まった、と?」

「………何でそこまで知っているんですか」

 

 僕まだ何も言ってないんですけど………流石は天才、ということなのかな。まぁでも、もしかしたら本音さんからある程度の情報は聞いていたのかもしれない。

 

「それで、何で静流を倒さないといけないのですか?」

「静流を倒せるぐらいの力量があるならIS学園の生徒を黙らせるから」

「安易すぎますよ!」

 

 一体どれだけの力が必要だって思っているんですか!?

 

「言っておきますけど、静流を倒すって言うのはただロードローラーを乗せるだけで勝てるってわけじゃないんですよ!?」

「むしろ破壊すらしそうだしな………というのは置いといて、だ」

 

 作業を終えたのか、ひと段落したかのように伸びをする透先輩。また何か作っていたのだろうか?

 

「相手は化け物だって言う事は俺も充分理解している。なら工夫をすればいい」

 

 とドヤ顔する先輩は、ペイント弾が装填されている銃とトラップを僕に渡した。

 

「ところで、さっきから何作ってたんですか?」

「マルチロックオン・システム。IS用にプログラムを組み直してた」

「…………お疲れ様です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園は、今2つの勢力に分かれていた。

 1つはラウラを攻撃し、瞬を連れてどこかに消えた男に力の差を見せつけべきと考える過激派。そしてもう一つは、放置する穏便派だ。過激派は女尊男卑思考を持つ女が主であり、またIS学園に所属する日本人以外の人間が多かった。対して穏健派は日本人が多く、そんなことに興味がない人間もそういう立場を取っている。

 何故、これまで瞬に対しては全員で嫌っていたのにその男に対しては2つに分かれたのかというと、本音がその男について知っていて名前を出したからである。

 

 その男の名前は「舞崎 静流」。それを聞いた日本に住む特に1年の女生徒たちは怯えた。

 何故ならその男は数々の伝説を作っていて、その大半が女権団や不良集団をたった一人で壊滅させたものである。いや、それだけではない。

 実は静流は一度捕まっており、その際に手足を拘束されてしばらく殴られていたのにも関わらず、中には手足を捥がれた女がいるほど大立ち回りを見せただけでなく、主催者の車を素手でスクラップにしたがその時に近くにあった車を2台とも片手で持ってひたすらボコボコにしたという話があるほどだ。

 それほどまで恐ろしい男に対して喧嘩を売るのは間違っていると考えるのが穏健派だった。そして、その穏健派は―――

 

「布仏さん、一緒に食事でもしない?」

 

 瞬がいないことを良いことに本音を食事に誘っていた。もちろん保身のためだ。

 もしこれまで瞬にしてきた仕打ちが友人である静流にバレたら、また出てくるのではないかと怯えているのだ。

 だが本音は伊達に暗部にいるわけでなく、そういう人間の思考を見抜いてずっと断ってきた。

 

「…………はぁ」

 

 本音は一人寂しく昼食を食べている。これまで瞬とずっと一緒にいたツケだろう。便所飯、とまではいかないがサンドイッチを頬張っていた。

 

「瞬に会いたいな………」

 

 そう呟きを漏らす。周りは聞こえたが同時に静流が襲来してくるのではないかと怯える者もいれば殺意を持ち始める者もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃……

 

「相変わらずの素早さだなクソネズミ!!」

「黙れロリコン!! とっとと死ね!!」

 

 瞬は瞬で、常人にはまずできない静流討伐クエストで―――本気で殺しにかかっていた。

 

 

 それからしばらくして、日本は6月の最終週に突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、凄いなこりゃ……」

 

 少し疲れた様子で着替えながら更衣室のモニターで観客席の様子を見る一夏。画面には一夏でも知る各国政府関係者やISの研究所員、企業エージェントなどが同じ場所に集まっている様子が映し出されている。

 

「3年にはスカウト、2年には1年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。1年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者には早速チェックが入ると思うよ」

「ふーん、ご苦労なことだ」

 

 驚きはしたが、正直のところ興味がないというのが一夏の本音だ。シャルルはそれを見抜いて小さく笑う。

 

「一夏はボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね」

「まあ、な。自分の力を試せないっていうのは、正直辛いだろ」

 

 あの時、専用機持ちだった2人がどうして乱入しなかったというと、2人は瞬に救出した2人の面倒を見るように言われたからだ。IS学園に専門の救急要員は控えておらず、自分たちで運ぶためになっていたのでクラスメイトに協力を仰いで鈴音とセシリアを運んでいた。

 

「感情的にならないでね。彼女は、おそらく1年の中では現時点で最強だと思う」

「ああ、わかってる」

 

 言われて一夏は少し心を落ち着かせる。そして朝に引いたくじ引きの結果の事を引き合いに出した。

 

「にしても、Aブロック1回戦1組目なんて運が良いよな」

「え? どうして?」

「待ち時間に色々考えなくても済むだろ。こういうのは勢いが肝心だ。出たとこ勝負、思い切りの良さでいきたいだろ」

「ふふっ、そうかもね。僕だったら1番最初に手の内を晒すことになるから、ちょっと考えがマイナスに入っていたかも」

「なんならいっそのこと、ソードじゃなくてドリルでも装備した方が良いんじゃない? そっちの方が織斑君にとっても使いやすいだろうし」

「そうは言ってもな。俺の白式にはもう容量が………」

 

 ふと、一夏は口を止める。

 何故ならそこにはこれまでいなかったはずの声が自分の耳に届いたからだ。

 

「………瞬? いつからそこに……」

「ずっといたけど」

 

 ―――何でいるの!?

 

 シャルルは顔を青ざめる。

 何故なら彼は本当は男ではなく、女。元々企業スパイとして男として入学させられていたのだ。

 一夏にはラウラが最初に暴れ、瞬に止められた日の夜にバレてしまった。だが一夏が同情したことでまだ男として通っているのである。しかし、瞬はそのことを知らない。

 

「どうしたの、デュノア君。あ、僕のパートナーは本音さんなんだ」

「な、何でもないよ?」

 

 瞬の興味は既にシャルルになく、大会表を確認している。

 

「そう言えば瞬、これまでどうしてたんだ?」

「ずっと特訓とか戦闘に関する講義とかだよ。正直疲れた」

 

 瞬の脳裏にはとても苦しい修行の日々が浮かぶ。思い返して、同じ専用機持ちの2人の目の前で言った。

 

「………正直、僕この大会で優勝できるんじゃないかなって思ってる」

 

 そう言って瞬は半袖のジャージを着て先に外に出ると、何かを感じた瞬は回避し、それを動いている状態で確認したことで手を出して引き寄せる。

 

「む~」

「………ただいま、本音さん」

 

 そう言って瞬は本音を抱きしめる。向こうに行くことは知っていたが、電話一つ寄越さなかったことで起こっていた本音も抱きしめる。

 しばらくすると人の気配がしたことで瞬は本音を離した。本音は頬を膨らませたが、人の話し声が聞こえたので納得する。

 

「でも、どうして連絡が来なかったの? ずっと待ってたのに」

「………特訓した後に疲れて倒れた」

 

 本気で遠い目をする瞬に対して本音は何かを察し、肩に手を置いた。




アーキタイプブレイカーをしようかしまいか悩み中。
一夏がプレイヤーじゃなかったらしているんですけどね………でもどのタイミングで新キャラが出てくるとか知りたいしなぁ……。


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ep.15 死に物狂いの成果

 学年別トーナメントはその名の通りトーナメント形式で、タッグマッチ式となっている。さらに試合を円滑に進めるためか、1年はIS学園にある5つのアリーナの内の3つを使用して、3ブロックのトーナメントを行うようだ。ただし2年と3年は1つずつ。これは1年生のみ全員矯正参加だからだろう。2年生から操縦科と整備科に分かれるからね。

 で、何故か僕は対戦相手に思いっきり睨まれている。

 

「現れたわね。とっととあの男の居場所を教えなさい!」

「………………誰の事? 織斑君なら第一アリーナだと思うけど」

「違うわよ! 舞崎静流のことよ!!」

 

 アイツ、絶対何か言って帰ったな。

 僕は心から息を吐く。全く、何をしてくれているんだ……。

 正直、静流の経歴を考えれば女ごときがって思う気持ちはわからなくもないけど、だからと言って僕に遺恨が残るようなことはしないでもらいたい。

 

「たぶん静流なら日本のどこかにいるんじゃない? でも止めておいた方が良いよ」

「ハァッ? まさかアンタもあの男が女より強いと思ってるの!?」

「むしろ静流より僕が動かしてくれて良かったって感謝するくらいだと思う」

 

 僕は基本的に無害だから。

 大体、僕の後ろ盾がまともにいないからって周りが僕を実験台にしようと企む奴らだ。静流にだって同じことをして、静流の場合はわざと捕まって、データとISを全て奪ってIS学園を強襲し、生徒を誘拐してひたすらサンドバッグとして殴るに決まってる。

 それほどまで強く、また鬼畜な男なのだから僕の方が良かったと泣くくらいだろう。

 

 試合開始の合図が鳴り、相手の2人は突っ込んで来た。

 

「死ね! このクズ男が!!」

「私たちの血肉になりなさい!!」

 

 僕はその間を通って反転。本音さんのところに戻って打鉄を装備した本音さんを抱っこしてカタパルト射出路の上に移動した。

 

「もう良いの?」

「うん。だって―――」

 

【試合終了。勝者、影宮瞬、布仏本音ペア】

 

「頸動脈を切ったら流石に死ぬでしょ? それを利用して絶対防御を発動させ、シールドエネルギーを削ったから。………流石に50回ずつ切ったら確実みたいだ」

 

 次もこの戦法で勝てるかな、なんて考えながら2人でピットに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(流石に、早すぎて唖然としているな)

 

 夜塚透の家は政治家と繋がりがあり、その縁を利用してIS学園に訪れていた。弟分である瞬の成長ぶりの再確認と、馬鹿をやっている奴らの観察だが彼にとって舐めていた奴らの慌てぶりの方が面白い。

 

(今頃評価を改めているだろうが、もう遅いっての)

 

 元々、瞬は決して弱いわけではない。だが瞬には透や静流とは違って残虐性―――すなわち、相手を倒すという確固たる意志が存在していない。というよりも、今まで必要としなかったのだ。

 だからこそ透は瞬に「布仏本音」という確かなものを与えた。瞬が変わる絶対的なものを。

 確かに布仏本音(ソレ)は瞬を守ろうとするだろう。しかし実際は逆なのだ。

 

(だからこそ、俺の目標としていた状況を簡単に打破していたが……)

 

 もっとも、瞬は流石に静流を倒すことは叶わなかった。しかし透にとってそれはどうでも良いことである。

 

(………にしても………)

 

 一夏と同じブロックにいる自分の知り合いの試合を見て、透はふと思った。

 

(………………相変わらず可愛いなぁ)

 

 その透の様子は、どこからどう見ても娘バカな父親のそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合が終わり、本音さんが「ちょっと別の試合見てくる」って言って離れたので僕は僕でリフレッシュすることにした。………もっとも、約一名物凄くウザいのが現れたけど。

 

「なぁ瞬! あれって一体どうやったんだ?!」

「………いや、別に」

 

 ただすれ違いざまに連続で切りつけただけだけどね。まぁ、僕もあれを誰だってこなせると思ってはいない。というか、思ったら可哀想だ。

 

「でも凄いよ、あれは。たぶん全IS対戦時間を下回ったんじゃないかな?」

「………そうなの?」

 

 正直、そんなこと気にしたことなかったからわからないや。

 

「俺たちも負けてられないな!」

「そうだね。僕らも次は新記録を目指して頑張ろ―――」

「大体、一騎打ちだったら静流がワンパンで倒してたから、あんまり感覚がわからないな………」

「「……………」」

 

 それに比べて僕はそれぞれ10回ぐらいは切っていたから、やっぱり強さは静流の方が上だろう。結局倒せなかったし。

 

「それにあれくらいなら誰だってできるよ。ただ頸動脈を切るだけだから」

「さらっと恐ろしいことを言うなよ!?」

「そうだよ! いくらなんでもそれはアウトだよ!!」

「何を言っているの、2人共。ISを装備している人は絶対防御が備わっているから例え殺す気で攻撃しても問題ないんだよ?」

 

 そう言うと、僕は自分に注がれた視線を感じる。意図してか、それともたまたまかわからない。でも、敵意ある視線。

 

「ごめん、2人共。ちょっと用事を思い出したから別行動するね」

「お、おう。後で一緒に飯を食おうぜ!」

 

 適当に手を振って僕は2人から距離を取る。そして、まだ感じる視線に向けて銃を撃った。

 同時に木を登っていつでも移動する体勢を取る。すると、誰かが逃げ始めるので僕も追おうとしたけど―――

 

「うわっ?!」

 

 そんな声が聞こえ、何か大きな音が聞こえた。

 

「………透さん?」

「―――よく見破ったな」

 

 別の場所の木から透さんが現れる。流石、と言うべきだろう。透さんは自らの身体能力の低さを補うためにISコアと同じサイズのエネルギー体を作り、自在に操る魔法使いになった。今のはおそらく「大地(アース)」の能力。

 ………ところで、静流と素で渡り合える人間を果たして「身体能力が低い」と言えるのだろうか?

 

「というか、摂理法則無視して一瞬で地面に穴を開けれるのって、あなたぐらいしかいませんし」

「否定はしない。で、一体何が目的で瞬に近付いた?」

 

 相手は女―――というより少女という言葉が合っているかもしれない。

 

「黙れ! 男風情が見下すな!!」

「ほう」

 

 透さんは地面を操作して穴を塞ぐ。塞いだのは入り口だけなので中には空気が残っているはずだけど、有限。つまり――――最悪死ぬ。

 

「ちょっ、止めてください透さん! 流石に死体はマズいですって!!」

「と言うと思って、ちゃんと考えておいた」

 

 そう言うと透さんは土で作った大きな手で少女を持ち上げ、どこかに連絡して思いっきり投げ飛ばした。距離にもよるけど、途中は「(ウィンド)」の能力で飛ばしているに違いない。

 

「………どこに放り投げたかは聞かない方が良いですか?」

「いずれ話すさ。それに今は試合に集中した方が良いしな」

「……心遣いは感謝しますけど…さっきの女性にはあまり変なことしない方が良いですよ。もしかしたら身内が―――」

「あの女はIS学園の全生徒の身内にはいないさ。5等親遡って覚えているからわかる」

 

 おおう……スペックが異常すぎて逆に笑いが出てくるぜ。

 

 

 

 

 結局、今日の試合は最初の1回戦だけだった。

 2人組になっているとはいえ、やっぱり人数が多いからそれなりに時間がかかるのだろう。明日からは試合時間が早い僕らは2回することになるだろうけど、それこそ静流との戦いを思い出せば軽いものだ。

 ………ホント、何故か廃車がプロ野球選手がボールを投げる速度で飛んでくるから、それに比べたら明らかにヌルゲーだろう。

 

「うみゅ~」

 

 眠いのか、本音さんが僕の服を掴んで離さない。それを見ていた先輩が微笑ましく僕を見てくるけど、どちらかと言えば妹みたいな感じがする。

 

「ホント、予想以上に懐かれているな。俺は精々ガス抜き程度に使えば良いと思ったが」

「さらりと凄いこと言いますよね」

「そういう環境に慣れちまったからなぁ」

「どんな環境にいたんですか………」

 

 ちょっと気になる………。

 聞こうかどうか迷っていると、透さんが先に「止めておけ」と言った。

 

「お前がまだ知るには早すぎる。知りたいならまずこの大会で優勝しろ。ISで強くなるという事は必然的に裏に関わる。お前が関わり、生き残るなら教えてやるよ」

 

 不敵な笑みを浮かべる先輩。この人は今年19歳になるはずなんだけど、その割にはどこか達観している感じがする、まぁ、この人の場合は家の事情がとても複雑だから仕方がないかもしれない。

 透さんの家の「夜塚」家は「朝間」という政治家一族の裏の人間……というよりも分家だったりする。

 かなり危ない橋を渡っている家でもあり、その家の人間の能力はとても高いらしい。

 

 ―――まぁ結局俺に勝てた奴はいないんだけどな

 

 と、僕が中学生の時に自慢げに話していた。

 ちなみに僕が中学生の時と言えば、この人が高校時代の時に「黒葉の魔王」という異名を轟かせていた。確か、この時から先輩の言う魔法を使うようになったっけ。

 …………おかしいな。それまでは確か素手で戦っていたような………。

 

(どっちにしろ……!?)

 

 僕は本音さんを退かして何らかの意思を感じた。どうやらそれはこちらに向けて移動している。透さんも同じように感じたようで立ち上がった。

 

「………どこのどいつだ?」

「さぁ……? でも、僕らに喧嘩を売ろうとしているのは確かですね」

 

 僕はナイフを、透さんは木刀を出す。今いるのは僕の部屋だから遠慮してくれているのかもしれない。

 ドアが思いっきり叩かれ、ドアの向こうから聞き覚えのある。声がした。

 

『開けなさい、影宮! そこにいるんでしょ!!』

 

 あ、透さんが笑みを浮かべてドアに近付いて行った。ま、あの人だから問題ないだろう。

 鍵を開けると、僕だと思った凰さんが思いっきりドアを開ける。

 

「ちょっと! アンタいつの間に帰って来たのよ!! って言うか帰って来たんだったら何か言いなさ―――」

「痛いじゃないか」

 

 突然現れた男に凰さんは驚きを隠せないようだ。

 

「誰よアンタ! どこから入って来たのよ!!」

「あまり無闇にISは展開しない方が良い。部分展開だとしても、な」

 

 いつの間にか凰さんの後ろに回り込んでいる透さん。彼女の後ろで銃を構えている。創造の能力かな?

 

「兵器を展開したという事は、すなわち相手を殺すという事だ。その覚悟は君にはあるかい?」

「早い……まさかこいつもISを―――」

「ただ強いだけだよ。この学園の誰よりも、ね」

 

 事実そうだ。そうじゃなければ、朝間家当主という座についてもおかしくないルートを放置するために不良校と名高い「黒葉高校」のボスの座に着いていない。

 

「ちょっと鈴さん、いくら会いたかったからって―――な、何ですのこれは?!」

「もう一人―――あ、この子は楽勝か」

「そして会った瞬間に罵倒されましたわ!?」

 

 ………もしかして、あの兵器のことかな? 透さんはISなくてあの武装を使うことができるから。

 

「くっ。どこのどなたか存じませんが、ここは生徒以外立ち入り禁止ですわよ!?」

「そうよそうよ! 部外者は出て行きなさいよ!!」

「………別に良いよ」

 

 そう言うと2人は驚いて僕の方を見た。

 

「どうせその人が本気出したら妨害システムとかないようなものだし、むしろIS出す前に全員串刺しとか当たり前だから下手に抗うより普通に入れておいた方が安全だよ」

 

 来た時も普通に入って来たから普通に接していたしね。

 

「でも生徒に出したらどうするのよ?!」

「大丈夫。この人は婚約者とその妹を手籠めにすることしか頭にないから。あ、セキュリティ云々は突っ込まない方が良いよ。この人にかかれば並大抵のものは普通に壊せるから」

「ま、当然だよ。所詮はゴミが総出になって組み上げたセキュリティ。俺が本気を出せばこれくらい10秒とかからない」

 

 ちなみにISを持っていないのは作る気がないというのもあるけど、「巨大メカの方がロマンあるだろ」ということらしい。

 

「ところでお前ら、一体何しに来たんだ? 瞬に文句があるって言うんだったら―――潰すぜ?」

 

 なんか急に戦闘状態に入っている人がいるんですけど………。

 

「やれるものならやってみなさいよ!!」

「………あの、鈴さん。わたくしたちはあの時のお礼を言いに来たのではなくて?」

「そ、そうよ。そうだけど………」

「………お礼?」

 

 僕、彼女たちに何かしたっけ?

 覚えがないので考えていると、オルコットさんが言ってくれた。

 

「あの、覚えていないのですか? ボーデヴィッヒさんからわたくしたちを助けてくださったではないですか」

「………え? そんなことしてないけど?」

「…………………はい?」

「…………あー」

 

 何か心当たりがあるそうな透さん。気まずそうな顔をして説明した。

 

「悪いな2人共。こいつ、ラウラ・ボーデヴィッヒみたいな女が嫌いでたぶん再起不能にしたかったんだよ」

「……うん。でもあそこじゃ意味がないって思ったから止めた」

 

 そう答えると2人は信じられないって感じに僕を見る。

 

「正直言って、ああいう風に他人に配慮できない女って嫌いなんだ。特に、ラウラ・ボーデヴィッヒみたいな女は―――全員精神的な苦痛を与えてから殺したいよ」

 

 ドロドロのグチャグチャにして、泣いて生きていることを後悔させてからにしたい。

 周りが引いているけど、僕は構わず自分の士気を上げた。

 

 

  その翌日から僕らは快進撃を続け、ブロック優勝を決めた。

 それから各ブロックの代表チームでくじ引きを行うことになった。最初の相手は―――ボーデヴィッヒと篠ノ之さんだった。




瞬のキャラが違う? たぶん気のせいだと思います……思います。


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ep.16 vsシュヴァルツェア・レーゲン

 僕の実力が認められないという声はまだ大多数だ。

 最初に見せた高速勝利以外は本音さんとの連携を重視した戦いにしたからかもしれない。

 

「本音さん、苦しい戦いになるかもしれないけどお願いね」

「うん。わかった」

 

 予め打ち合わせをした通りに本音さんは動いてくれるようだ。本当に本音さんは頼りになる。

 本当は撫でまわしておきたいけど周りの視線があるから今は我慢しておこう。

 

「行こうか、本音さん」

「うん」

 

 僕は隼鋼を展開し、脚部装甲をカタパルトに接続させる。

 発射先に障害物がないことを確認したのか、ハイパーセンサーに進路クリアと表示される。

 

「影宮瞬、隼鋼、行きます!!」

 

 主人公がよく言う口頭を述べてフィールド内に入る。向こうもほとんど同じタイミングで現れた。

 

「ふん。よくも逃げ出さずに現れたものだ。おめおめとやられるに来るとは」

「それはこっちのセリフだよ。静流に手も足も出なかった雑魚が僕にどうやって勝つって?」

 

 まさか、透さんの挑発術がこんなところで役立つなんて思わなかった。

 

「………貴様ぁ……停止結界に全く歯が立たなかった雑魚が!!」

「……あんな見え見えな結界に、わざとじゃなければ引っかかるわけないでしょうが」

「………何を馬鹿な。AICは使用者である私以外は見えないはず」

「知らないの? あれが展開されている間はその空間は微妙に歪んでいるんだよ」

 

「何!?」「そうなの?!」

 

 何で他の方からそんな反応が出たんだろう。

 

『本音さん、実際そうやって見れないから』

『そうなの?!』

『僕は見える、そう言う事だよ』

 

 最近気付いたけど、どうやら僕の目は良すぎるようだ。

 いつからかはわからないけど、少なくとも小学生の時はそうじゃなかったはずだけど。

 

「良いだろう。ならば攻略して見せろ、そしてその上で貴様を完膚なきまでに叩きのめしてやる!!」

 

 その言葉と共に試合開始の合図が鳴る。それと同時に僕は篠ノ之さんの方に向かった。

 

「逃げるな!!」

 

 僕が移動したことによってボーデヴィッヒさんが僕を止めるためにAICを発動させる。だけど―――それを本音さんが阻んだ。

 

「あなたの相手は私だよ」

「邪魔をするな!」

 

 その間に僕は篠ノ之さんの懐に入った。

 

「やはり私を先に潰しに来たか」

「後顧の憂いは立っておくのは戦いのセオリーだからね」

 

 近接ブレード《葵》を展開し、僕に振り下ろした。でも―――僕にとってそのスピードは遅すぎる。

 素早くナイフを展開してブレードを切り裂く。

 

「は!?」

「遅い」

 

 右腕を素早く動かし、篠ノ之さんの急所を斬り刻む。

 

「何!?」

「反応しすぎだよ。これくらい―――常識だよ」

 

 むしろ静流と戦うならこのスピードのあと10倍は欲しいところだ。

 

「まだだ、まだ終わらな―――」

「ごめん。終わりだ」

 

 最後に首を斬り、絶対防御を発動させて篠ノ之さんを終わらせた。でも―――

 

「―――終わりだ!!」

 

 僕は本音さんとボーデヴィッヒの間に入って攻撃を防いだ。

 

「みーやん!!」

「ふん。ゴミ掃除は終わったか」

「篠ノ之さんはまだマシな部類だよ。君たちみたいな屑とは違って―――ね!!」

 

 プラズマ刃から距離を取って本音さんを回収して距離を取る。

 

「ありがとう、本音さん」

「いいよ~」

 

 本音さんを離して僕はボーデヴィッヒを睨む。

 

「片方は虫の息。そして貴様も停止結界によりやられるだけだ」

「―――大丈夫だよ。最初から―――君は僕が潰すから」

 

 大丈夫。静流を相手にした時みたいに―――集中すればいいんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年はただひたすらに無力だった。

 目の前で知り合いが惨殺されてもただ隠れることしかできず、救急車を呼んで居場所を突き詰めるために尾行していたが、バレて袋叩きに合うだけだった。

 

「………んで……」

「はい?」

「何でこんなこと………平気でできるんですか………あの人たちは殺されるような人間じゃなかったのに………」

 

 少年の言葉に笑いを溢す女性。それにつられて彼女の取り巻きも笑い始めた。

 

「冥途の土産に教えてあげるわ。あの人たちにはね、裏で稼いだ莫大な遺産があって、温泉も所持していたのよ。私たちが言い値で買い取ってあげるって言ったのに、あの老害ども、何度も断ったのよ。だから殺したの。それにどうせ騒ぐことしかできない老害なんだから生かしておいても無意味じゃない」

「…………害があるのは………あなたたちじゃないか!!」

 

 渾身の叫び。少年は女たちを睨むが、それを見た女性は生意気と思い少年を蹴る。

 その時だった。女性の一人が車にぶつかって下敷きになった。

 

「テメェら……どういう状況だこれは!!」

「瞬を返してもらうぞ、家畜共」

 

 静流と透が現れた。静流は少年を―――瞬を助けようとした時、女性の一人が瞬を人質にとった。

 

「止まりなさい。このガキを殺すわよ」

「………チッ」

「わかっているな、静流」

「わかってるわ!!」

 

 

 2人は殴られ続けた。

 だがその余興も飽きたのか、女性らは2人を叩いて縛り上げる。そして―――

 

「もういいわ。死になさい」

 

 リーダーの女性が瞬に銃を向ける。それを見た静流が暴れようとした。が、無慈悲にも引き金が引かれ、銃弾が瞬を貫く―――かと思われた。

 しかし瞬は回避しており、銃弾が頬をかすめた。

 

「ふん。感が良いわね。でも―――もう死になさい」

 

 もう一度、女性が瞬に銃口を向けた瞬間、女性の右目に小石が当たった。

 

「っつぅ……何するのよ!?」

「この男……死ね―――」

 

 だが、女性たちが見た場所には瞬の姿はなかった。

 

 ―――ダンッ

 

 さっきまで瞬を撃とうとしていた女性が倒れた。血が流れ、瞳孔が開いた状態で全く動かなくなっている。

 さらに銃声が2回。今度は静流と透の近くにいた女性が倒れた。どちらも既に―――死んでいる。

 

「―――なんだ。やっぱり死ぬんだ」

 

 消えたはずの瞬がいつの間にか銃を持っており、他の女性に対しても簡単に―――一切臆するなく銃を向け引き金を引いた。

 次々と殺されていく女性たち。中には瞬を殺そうと躍起になったり静流や透を人質に取ろうとする人もいたが、瞬は躊躇いなく引き金を引き、間に合いそうになければ爪で頸動脈を的確に切った。

 

 ―――そして、女性が全員死んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれから3年、か)

 

 透は少し懐かしく思っていた。

 どうして瞬が豹変したのか、もうすべてを知っている透はただ瞬の成長を楽しんでいる。

 

(だがまぁ………もう既に3回目、か)

 

 本当に透は瞬に本音をあてがってもそこまでの期待はしていなかった。精々、ガス抜き程度にしか期待していなかった。だが今では、少しでも触ろうと手を出した時点で容赦なく手を払うなんてことも珍しくなく、透は心から笑っていた。

 

「ここまで会心続きの2人目ですが、果たしてドイツの代表候補生に勝てますかねぇ?」

「どうでしょうか? さっきああ言ったとはいえ、ハッタリの可能性もありますから」

 

 まるで「無理だと」思って観戦している周囲の人間に透はため息を吐いた。

 

「そうだと良いのですがね」

「何か言いたいことでも」

「ええ。やはり人間というものは実に愚かだと思いまして」

 

 その言葉に何人かが眉を動かす。

 

「何が言いたい、若造」

「そんなに実験体として連れて行きたいなら、我々が手をこまねている内にとっとと誘拐しておけば良かったんですよ。もっともそんなことをすればあなた方の国は終焉を迎えることは必至ですが」

 

 一人の護衛が透に敵意を向ける。しかし、どこからともなく現れた透の護衛らが武器を構えた。

 

「レア、アクア。下がれ。この程度の相手に一々出てくる必要はない」

「ですが、我々はあなたの護衛が任務ですので」

 

 アクアがそう答えると透はため息を吐いた。

 

「本当は護衛なんてものは必要ないんだけどな。俺、強いから」

「否定はしません。ですが対面上、そういう配慮は必要ですので」

 

 その言葉に透はため息を吐き、今度2人に3日ほど休みをやろうと思った。もちろん、静流も一緒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上で役員たちが会話をしている頃、瞬はラウラと戦っていた。

 

「ハエ風情がちょろちょろと……目障りだ!!」

 

 瞬時加速で瞬が移動する先に移動してプラズマ刃を振り下ろす。同時にワイヤーブレードを射出して逃げ場所を少なくした。

 足を止める瞬。しかしそれは一瞬のことですぐにチャフを巻きながら離脱する。しかも―――

 

「何よ、あの軌道は!?」

 

 誰かが驚きの声を上げる。それもそのはず、瞬時加速をしながらアクロバティックな動きをして回避したのだから。さらに、着地と同時にラウラの視界から―――そして周囲の視線からも消えた。

 

「一体どこ行ったの!?」

「まさかステルス機能を使ったんじゃない……?」

「だったら反則よ! 今すぐ失格にしなさい!!」

 

 だが、それは審判も担う管制室では却下された。管制室では厳重にイカサマが行われているか審査している。

 しかしその管制室でも瞬の姿が確認されていないのはまた事実だった。だが―――

 

「………こんな……信じられません……」

 

 まるでレーダーがバグでも起こしているのかと思うほどだった。

 ラウラの機体「シュヴァルツェア・レーゲン」を中心に不規則に動く線。決まった場所を走らず、決まった形を取らずに動く。

 

「どこにいる! 出て来い、臆病も―――」

 

 ―――ドッ!!

 

 ラウラの頬にISの脚部装甲がぶつかる。相手は女。一夏のように道徳をきちんと持っていればこんなことはしないだろう。だが―――

 

「遅いよ」

 

 顔を上げるラウラに、瞬は容赦なく踏みつけ、離脱すると同時にガトリング砲を展開してラウラの顔に浴びせた。

 

「舐めるな!!」

 

 AICを発動させたラウラだが、その場には既に瞬はいない。

 

「どこを見ている。敵はここだぞ」

「はっ―――」

 

 ラウラの後ろに瞬が現れ、距離を取った。

 

「馬鹿が! 距離を取れば私の停止結界の餌食になると知らんのか!!」

「あるさ」

 

 たった一歩の踏み込み。それで瞬は、ラウラの目の前に移動していた。

 ラウラは咄嗟に防御する―――が、腹部までは防御が間に合わず膝蹴りを受けた。

 

 ―――カチッ

 

 何かを踏んだ―――そう感じたラウラは上に飛ぶ。

 地中からナイフが飛び出したがラウラは既に上に逃げている。

 

「馬鹿め。そんな見え見えの―――グアッ?!」

 

 後頭部にハンマーによる重い一撃を食らったラウラ。だが彼女も伊達に軍人になってはいない。

 痛みに耐えながら立ち上がり、瞬時加速で瞬に近付いた。

 

「死ね!!」

「遅い」

 

 プラズマ手刀で瞬を攻撃しようとしたラウラ。しかし瞬がプラズマ刃を弾き、両腕が見えない速度で切りつけた。

 

「君の言う停止結界はオートバリアのような便利なものじゃない。君の集中力が必要なら―――対応できないほど切りつければいい」

 

 その通りだった。ラウラは瞬の攻撃を防ぐだけだ。もっともそれは―――瞬がラウラの対応するレベルに合わせている。

 

「舐めるな!!」

 

 そう叫びながらラウラは腕を出さずにAICを展開した。

 今までは腕を突き出して動きを止めることしかできなかったラウラ。しかしここに来て声のみで止めるという成長は大きい。

 今までなし得なかったことに興奮するラウラ。しかし―――すぐに瞬は動いて消えた。

 

「成長おめでとう。そして死ね」

 

 そう言った瞬はラウラの眼前に現れた。

 突然のことで理解が追いつかないラウラ。だが瞬は無慈悲にナイフを展開する。

 

「―――動脈、断斬」

 

 1秒間に左右に25回切りつけた瞬。ブザーが鳴り響くと距離を離すためか、ラウラを蹴り飛ばした。

 

【試合終了。勝者、影宮瞬、布仏本音ペア】

 

 瞬は着地すると息を吐いて言い放った。

 

「やっと決勝か………。面倒だなぁ」

 

 本心からそう言った瞬は本音を回収するために踵を返した。すると、突然の絶叫にまた武器を構え直す。

 

「ああああああああッッ!!!」

 

 彼女が見せる光景はあまりにも異常だった。

 通常、ISがその形を変えるのは形態移行を行う時のみで、しかもどこぞの戦うヒロインのような感じに変体する。しかしシュヴァルツェア・レーゲンは一度スライムが形を保てずに溶けたような感じになり、また徐々に形を生成していった。

 

「な、何だあれは!?」

「………なんか、物凄くめんどくさそうな感じがする。本音さん、篠ノ之さんと一緒に逃げて」

「わかった」

 

 頷いた本音は箒と一緒に近くのピットに上がろうとした時だった。急にカタパルト動いているのを感じた本音はそのまま動きを止める。

 

「この野郎ぉおおおおおおッ!!」

 

 一夏が白式を纏った状態で変形したシュヴァルツェア・レーゲンに飛び込んで行ったのを見た本音、そして瞬は心から思った。

 

 ―――ああ、面倒だ、と

 

 数分後、暴走したシュヴァルツェア・レーゲンは織斑一夏とシャルル・デュノアによって止められた。瞬も出ようと思えば出れたのだが、思いのほか隼鋼のエネルギーが消耗していたので後は任せたのである。

 

 ―――まさかこれがあのような事になる前兆だとは、この時は誰も思わなかった



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ep.17 ダブった光景。故に……

一か月と少し後にIS新刊出るってよ。

紅椿暴走するってよ。

11巻の最後辺りに明らかにショック受けている箒だけど、胸を使って性格を少しマシにすれば良いと何度言えば……

12巻ではロリ姫が出てくると聞いて、簪辺りが機体を乗り換えるかもしれないとか思ってしまった人は私だけではないはず。RHBが頭に過ぎった人は私以外にもいると信じている。


 シュヴァルツェア・レーゲンの暴走。

 それは織斑君によって鎮圧されたけど、僕には問題が一つある。

 

(明日はどう攻めるか………だね)

 

 これまでの相手はハッキリ言って雑魚だった。そしてボーデヴィッヒは機体相性が良かったからと言える。

 でも今度のはコンビネーションで来る。相手は専用機持ちだ。生半可ではだめだ。

 

(………あれ? そう言えば本音さんはどこ行ったの……?)

 

 ふと、辺りを見回すけどどこにも本音さんの姿がない。そろそろ帰ってきても良い時間だ……。

 

(……探しに行かなきゃ)

 

 外に出て探しに向かうけど、既に9時過ぎだから辺りは暗い。今は他の人間も入り込んでいるのだから警戒するべきかもしれない。もし本音さんが誰かに捕まっているって言うなら、その時は―――隼鋼を使ってでも救出しないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら僕の心配は杞憂だったようだ。

 本音さんは整備室で何かをしている………ただ、それは―――

 

「なに……やってるの……?」

「あ、みーやん」

 

 少しフリーズした本音さんは慌てて触っていたものを隠そうとしたが、僕はそれを止めた。

 

「なに……これ………」

「……あ、IS……」

 

 確かに見た感じ、ISだ。

 だけどなんというか、まるで演歌歌手の大きな衣装みたいな感じだ。でも………

 

(………正直、あまり戦ってほしくない、かな)

 

 結局は自己満足なんだけど、それでも僕としてはあまり彼女に戦ってほしくないというのが本音だ。

 戦いとは人を傷つける行為だ。これまで一緒に戦って、もしかしたら彼女にも戦えるほどの技能はあるのではないかとは思っているけど、だからと言って一緒に戦いたいかと言われると首を横に振る。織斑君は前に「みんなを守りたい」と言っていたけど、つまりそれは男特有の「安全の場所にいてほしい」というのと同じだ。

 

「……明日ね、この機体で戦おうって思うんだ」

「………これで?」

 

 できれば早々に負けておいてほしいんだけど。

 僕のスタイルの基本は1対多で無双することだ。本音さんは僕に気遣って援護に回ってくれているけど、正直に言うと本当にあまり戦ってほしくない。

 

『やっぱりさ、女は家で家事とかして待っていてほしいと思わね? 愛妻料理に夜のアレにだ。だから俺は、もっと強くなるんだ。片手間で世界をぶっ壊せるほどに』

 

 一部はともかく透さんの気持ちはよく分かった気がする。

 

「………嫌?」

「正直、言うとね。僕は君が大切だから、君には戦ってほしくない」

 

 ―――でも、そうなると僕は明日の試合を棄権しないといけない

 

 今、僕の立場は非常に危うい状況にある。まともな後ろ盾がなく、ISコアを個人所有している。もしこの大会で織斑君やデュノア君に劣っていると判断された場合、研究所に連れて行かれる可能性が高い。それに、隼鋼を没収させられる可能性もある。

 あの機体は白式以上に機動に特化した機体となっていて、自分が思った以上のスピードが出る。静流と戦う時は姿勢制御を意識しながら戦っていたからとりあえず戦えているようなものだ。

 

「わかってるよ。でも、これは私には必要なんだ。そろそろ活発化してきてるから」

「……………何を―――」

 

 ……何かが動いているのかもしれない。

 だけど僕は、それ以上は聞くのを止めた。たぶんそれはおいそれと言えないことなんだろう。

 

「………本音さん」

「ごめん。まだ言えな―――」

「もう遅いから、一緒に帰ろう」

 

 僕も、何度も本音さんに救われている。だから今は僕が引く番だと思ってそう提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 第三アリーナの観客席は満員。誰もがこの試合を楽しみにしていたらしい。もっとも、僕らがどう無様に負けるか、だろうけど。

 でも、生憎だけど僕は負ける気はない。

 

 試合開始のブザーが鳴る。

 僕はブザーと同時に加速し、デュノア君の前に移動した。

 

「は、早い!」

「させるか!!」

 

 織斑君が反転してくる。だけどそれは、移動中に仕掛けた探知式のクレイモア地雷が遅らせる。

 

「させない」

「逃げれると思ってる?」

 

 至近距離から発砲し、腹部にダメージを負わせる。

 

「くっ!?」

「シャルル?! この―――」

 

 織斑君が足止めをするのは、何も地雷だけじゃない。そっちは任せると、本音さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏は後ろからの奇襲を受ける。

 

「何だ!? の、のほほんさん!?」

「いっけぇ!!」

 

 青色のボールを放出する本音。それが一夏に接近すると水に変わり、一夏を襲う。さらにたらいが接近して物理的なダメージも忘れない。

 

「じ、地味に痛い」

「でも、遊びはここまでだよ」

 

 そう言って本音は2本の曲剣を展開して一夏に攻撃した。

 

「君も剣を使うのか!」

「だけじゃない!」

 

 本音は距離を取ってからまるで剣をブーメランのように投擲し、一夏に触れると同時に爆発した。

 

「爆発する!?」

「まだまだ!!」

 

 今度は4本。本音は同時に召喚すると同時にバックパックからナノマシンの糸で編んだ鳥を射出。レーザーを発射させた。一夏はすぐに横に回避する。

 

「逃がさない!!」

 

 地面から糸が飛び出してさらに一夏に迫る。そんな時だった。

 シャルルが一夏の上から躍り出て散弾銃を2丁同時に使用して広範囲に攻撃した。

 

「瞬は?」

「お休み中。でも、罠にかけるのが精いっぱいだった。機動力だけ言えばたぶんあの機体は第四世代級だよ」

 

 いつ仕掛けたのか、シャルルが使用した痺れ罠に捕まっている瞬。スピードが速いが故に避けるのが難しいと判断してのトラップだったようだ。実際その通りで瞬は簡単に捕まってしまったというわけだ。

 こうなれば一夏とシャルルの独壇場になる。何せ本音の機体「打鉄特殊改造機」は学年別トーナメントの決勝進出者の中で唯一の訓練機という事もあって特別に許可は出たが、時間が無くて使用機体そのものは弄られなかったのだ。

 

「今の内に布仏さんを倒すよ」

「わかった」

 

 そこでふと、一夏はあることを思った。

 

(………彼女の名前、布仏本音って言うんだ……)

 

 割とどうでも良いことだったが、一夏はあだ名として呼んでいた「のほほん」が略してもそうなることに密かに驚いていた。

 

 

 

 2人の戦い方は確かに正しい。

 瞬の戦い方はラウラと同じでコンビネーションを重視したスタイルじゃない。一応、本音も戦えるよう配慮はしているが、それでも1対1が2つ同時に行われている感じだった。

 だが今回の相手はどちらかを放置しては作戦に支障が出るほどの実力を有している。ならば、瞬を足止めして本音から先に倒そうと考えたのだ。そうすれば、瞬を2人で相手にできる、と。

 

 ―――だが、それは瞬を甘く見過ぎた結果に過ぎない

 

 確かに多少実力がある―――セシリアと鈴音のコンビだったらそれは通じたかもしれない。2年や3年でもそれは通じただろう。

 

 ―――しかし、相手は瞬だ

 

 2人も決して瞬を舐めていたわけじゃない。むしろ自分たちの機体的な事情から出せる最善の結果とも言える。だが瞬は―――ナイフだけではないのだ。

 

 一夏の頭部に銃弾が当たり、絶対防御が発動してエネルギーが大幅に減る。尋常じゃない程、減る。

 衝撃もそうだが、銃弾が鐘を鳴らす槌のようになってしまうISでは逆に脳を揺らしてしまう。

 

「くっ………一体……なん―――」

 

 一夏が背中に押し当てられたものに冷汗を流す。だが背中に押し付けた犯人は躊躇いもなくパイルバンカーを使用した。

 背中―――特に背骨を折るととんでもないことになる。だからこそ瞬は躊躇いなく全弾使用した。

 

【織斑一夏、戦闘不能】

 

 シャルルは一夏の方を見て、驚く。

 

「何で……あれは………」

「………確かに効いたよ。まだISの全システムは回復していないけど………それでどうにかってところかな」

 

 実際、今の瞬はラウラ戦で見せた高速移動はできない。だがそれでも普通に戦えるほどの技量はある。―――いや、

 

「何だか、君たちを見ているととてもムシャクシャしてきた」

 

 もしくは、瞬が放つオーラがシャルルを怯ませているかもしれない。

 

(僕だけになった……でも、やるしかない!)

 

 シャルルは瞬と本音から距離を取る。だが銃撃戦に持ち込む気はないのか瞬はナイフを展開して接近した。

 そのスピードはいつもの超スピードではなく、シャルルでも慣れているスピードだ。故に本音ではなく瞬を狙って引き金を引いたシャルル。しかし―――銃弾はすべてナイフで細切れにされた。

 

「―――はい?」

 

 素早く動けない。そう踏んでの攻撃が呆気なく敗れ、銃弾が細切れにされる現象にシャルルは頭を抱えた。

 もう回復したのか―――そう考えたシャルルだが、この状況に置いて「考える」という行為は瞬に隙を与える。

 大きく回転して迫るナイフを回避するシャルル。しかしそれはフェイクであり、瞬は少し時間をずらして別の物を投げていた。

 シャルルが持っていた重機関銃《デザート・フォックス》が切断され、武器が瞬の方に戻って行く。

 

「何で―――」

「驚きすぎだよ、君」

 

 瞬は戻ってくる武器をゲットせず、距離を詰めた。だが、

 

「―――この距離なら、外さない」

 

 同時にシャルルも瞬時加速で瞬との間合いを潰すと同時に彼女の切り札でもあるパイルバンカー《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》を見せ、瞬に突き立てた―――かに見えた。

 

 ―――バンッ!!

 

 大きな音が会場内に響く。しかし攻撃は空を切っていて、瞬の身体は―――シャルルの顔の横にあった。そして瞬は容赦なくシャルルの顔に膝蹴りをかました。

 脳を揺らされ、身体の自由を奪われるシャルル。なんとか立とうとしてもふらついて満足に立てない。

 

「くっ………」

「君たちの敗因はただ一つ」

 

 シャルルの身体が何かに拘束される。それを感じたシャルルは初めて気づいた。

 

 ―――影宮瞬が、かつてないほどにキレていることに

 

「僕の目の前で本音さんにリンチをしようとしたことだ」

 

 瞬はスイッチを押す真似をすると、シャルルの周囲が爆発した。

 

【シャルル・デュノア、戦闘不能。よって勝者、影宮瞬・布仏本音ペア】

 

 学年別トーナメント1年生の部は瞬と本音の優勝で幕を閉じた………が、

 

「あー! 結局全然戦えてない~」

「…………ごめん。すっかり忘れてた」

 

 ポカポカと瞬を叩く本音。瞬は甘んじてそれを受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕らは優勝した。けど反省点はかなり多い。その内の一つは「最後辺りは全くコンビネーションを生かしきれていない」なのだから問題すぎるだろう。ところで、

 

「それで、お二人はこれを機にお付き合いするという事でよろしいでしょうか?」

 

 インタビューアーにそんなことを言われたんだけど、どういう事なんだろ? え? 僕と本音さんが付き合うの? だけどそれは、残念ながらできるわけがない。

 

「止めてくださいよ。冗談にしては洒落になっていませんよ」

「ですが、お二人は大変仲がよろしいですし、もしかしたらアタックすればチャンスはあるかもしれませんよ」

「………ところで、一つ良いですか?」

「何でしょう?」

「―――何故、学年別トーナメントで優勝しただけで「付き合う、付き合わない」という話になっているのでしょう?」

 

 心の底からの疑問に僕は内心で首をかしげていた。

 本来なら、学年別トーナメントは自分の今の能力の可能性を見てもらう大会。本来ならクラス対抗戦が事故で無くなったのでその分を合わせて1年間のデザートフリーパスが渡されるだけになっているはず。少なくとも、誰かと付き合うことができるとか知らない話だ。………もっとも、「学年別トーナメントで優勝すれば織斑君と付き合える」という話なら聞いたことあるけど。そしてオルコットさんと凰さんが食いついていたことも。

 

「知りませんか? 学年別トーナメントで優勝すれば好きな相手と付き合えることになっているんですよ」

「…………………謹んで辞退させていただきます」

 

 誰だ。元々馬鹿げているそんな話をさらに馬鹿げさせたクソ女はどこのどいつだ!!

 

「そもそも、我々がここにいるのはISの技能を高めるためでしょう? だったらそんなことをしている暇なんてないですよ」

「………そ、それもそうですね」

「それに男性操縦者(僕ら)が誰かと付き合うなら、まず自分の実力を示すために各国の首脳を惨殺して世界中に首を晒すぐらいのことはしないと認められませんよ」

 

 ちょっと言い過ぎだとは思ったけど、個人的にそれくらいは必要だと思うので言ってみたけど、見事にお通夜状態になった。

 

「もっとも、それが生身でできるのは僕の親友か先輩ぐらいで、どちらもそれなりの常識はわきまえているのでそんなことしませんけどね…………実際2人を殺すにしても女性がISを数機持ち出しても勝てるかどうか怪しい気がしなくもないですけど」

 

 さらにお通夜状態にしてお祝いムードを思いっきり下げてやった。だって、明らかに殺意を向けられているなんて気持ちの良いものじゃない。それなら、全員を黙らせた方が良いに決まっている。

 その後、本音さんに簡単なインタビューがされて、閉会式は滞りなく終わった。




一夏とシャルルが取った戦略は間違っていません。ただ相手が悪かっただけなんです。本音に対する依存性が高すぎただけなんです。

ちなみに本音の武装はとある幼女を意識しています。某ゲームでは☆5の彼女です。
……早く復刻しないかな。


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ep.18 卑怯、汚いは敗者の戯言

 学年別トーナメントが終了したことで打ち上げが行われた。

 でも僕はあまり人混みは好きじゃないから少し離れたところにいた。

 

「一人がお好き?」

「………あなたは」

 

 話しかけてきた相手に驚いた。何故ならその人は―――

 

「確か、ロシアの国家代表。更識楯無さんですよね?」

「あら、私の事を知ってくれているのね」

「世界を滅ぼすかもしれない存在の事は頭に入れる必要はありますからね」

 

 一歩間違えれば世界が消滅することもあり得る存在だ。ま、滅ぼすのは透さんだけどね。

 

「せ……世界を滅ぼすって……確かにできなくもないけど」

「で、結婚はいつですか?」

「真顔で本気で聞かないともらえると嬉しいんだけど……」

 

 まぁ例え相手がそうじゃなくても、透さんだからなぁ……。少なくとも、ロシアが余計な事をしなければ良いだけだ。

 

「それで何か用ですか?」

「そうね。今日は見に来た、というところかしら。それに聞きたいこともあるし」

「………本音さんのことですね」

「そうよ。で、実際のところどう思っているのかしら?」

 

 近付いてくるので僕は自然と距離を取る。1歩、また1歩と相手は近付いてくるので、僕はそのたびに距離を開けた。

 

「どこに行くつもりかしら?」

「今日は退散しようかと。透さんに一緒にいられるのが見られたら殺されることは必須でしょうし」

「いや、流石にそれはないと思うけど………」

「―――そりゃあ、流石にお前は殺さねえって」

 

 笑いながら透さんが現れたので、僕はその隙にその場から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(粋なことをしやがる)

 

 瞬の気配が遠ざかったのを感じた透は笑みを浮かべ、楯無に近付いた。

 

「こら。ここじゃダメよ」

「ケーチ。全員潰せば良いじゃん」

「後処理にどれだけ時間がかかると思っているのよ。それに私、あまりそう言うのはしたくないのよ」

 

 そう言うと透は周囲にバリアを展開させ、楯無にキスをした。しかし楯無はすぐに離し、透にチョップを入れる。

 

「スキャンダルを起こす気?」

「バリアは張っているから大丈夫。とはいえここでしゃれ込むつもりはないけど」

 

 楯無から少し離れた透はジュースを飲む。

 

「それにしても随分と仕込んだのね。あの警戒心の高さ、織斑君やデュノア君とは違ってやりやすいわ………ちょっと警戒心が強すぎる気がするけど」

「元々、警戒心は強かったからな。強すぎたが故に本音には嫌な思いをさせてしまったが」

「今では想像を絶するほどにラブラブだものね。当の本人はそのつもりなさそうだけど」

「………まぁ、これまでの女が女だったからな。織斑千冬もかなり気にかけているみたいだが、ほとんど裏目に出ているようだし」

 

 透は千冬の行動を否定する気はなかった。しかし千冬個人の経歴そのものが瞬の疑いの源そのものであるので嫌うのもまた納得できるのである。

 

「そんなに酷いの?」

「今の本当の保護者が女尊男卑で、これまで瞬を扱き使っていたからな。何度か俺や静流のところの養子縁組も勧めたが結局は拒否。当時は優し過ぎたんだよ」

 

 ―――変わったとしたら、あの事件か

 

 静流の祖父母が殺された事件。目の前で殺され、さらには透や静流が痛めつけられたことで本性の片鱗を見せたあの事件以降からだ。瞬の本質が変わったことだ。

 

(それでもまだ……LEVEL3、か)

 

 高いような低いような、そんな位置にいる瞬を心から心配する透。

 

「楯無、お前はそろそろ動くつもりなんだろうが、これだけは覚えておけ」

「何かしら?」

「織斑一夏と瞬は同等に扱うな。下手すれば―――IS学園自体が消滅する」

 

 そしてその消滅させる者はもちろん―――瞬だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティもお開きとなり、僕は織斑君に教えてもらって大浴場に向かっていた。前々から広々とした風呂場で足を伸ばしてのんびりしたいと思っていたが、まさかこんなタイミングで入れるとは思っていない。というか、

 

(ウザかったんだよねぇ)

 

 正直、大人たちが「私のところに来ないか」というオーラが凄かった。ウザかった。本当にウザかったんだ。

 

「あれならまだ織斑先生と話している方が大分マシだっての……」

 

 心からそう思う。普段はお節介が過ぎる織斑先生だけど、今だけは本当に彼女の方がはるかにマシに思えた。

 ともかく、僕が今優先するのは風呂に入る事だ。他のことなんて無視一択。本音さんには悪いけど、僕のリラックスのために犠牲になってもらおう………なんてできないから2人揃って出て来ているんでるけどね。

 

「じゃあ僕、大浴場に行って来るから」

 

 そう言って僕は本音さんを部屋に置いて大浴場に向かった。既に織斑君が着いていて、僕が着いた時には山田先生から鍵をもらっていた。

 僕も中に入ると、織斑君はよほど楽しみなのか先に風呂に入る。僕は僕で念には念をかけて仕込みをしてから入ると、

 

「まあ待てオチつけ。慌てるなんとかはもらいが少ないってな。まずは体を流してからだ。そう、体を流してからだ!」

「―――てい」

 

 織斑君を蹴り飛ばして水風呂に入れた。

 

「な、何するんだよ! 体を急に冷やしたら病気とかできるんだぞ!!」

「ごめん。そこに入れば今君が言った言葉がどれだけ冷たいかわかるかなって」

「…………」

 

 無言で出てくる織斑君。どうやら気持ちはわかってくれたらしい。

 それから僕らは少し離れて体を洗い、それぞれ別々の場所に入ろうとすると、

 

「どこに行くんだよ、瞬。一緒に入ろうぜ」

「やはり織斑君のホモ説は正しかったようだね」

「ちょっと待て! 俺はホモじゃねえ!!」

「…………え? あ、うん。そうだね。ホモ斑君」

「だからホモじゃねえ!!」

 

 いやだって、ねぇ。

 

「そう思われたくないなら誘わなければ良いじゃないか」

「……そ、それはそうだけど。やっぱり男同士語り合いたいことってあるじゃねえか!」

「で、実際織斑君は3人と寝て一体誰が好みだったの?」

「一体何の話だよ……」

 

 そりゃあ、君が一体誰が好みだったのかという話以外あるわけないじゃないか。

 

「だって織斑君って、デュノア君が寝静まった後に3人の内の誰かを部屋に連れ込んでエロい事をしているんでしょ?」

「してねえよ!! って言うか、そういう瞬はどうなんだよ。のほほんさんと仲良いじゃん」

「流石に手は出していないよ。って言うかそもそも―――まず君のお姉さんを再起不能にするくらいの実力がなかったら無理だよ」

「………さ、再起不能って………」

「ま、あくまで例えだけどさ」

 

 少なくとも、それくらいの実力があったら黙らせることはできるだろう。僕は静流や透みたいに殴って校舎をぶっ壊せるほどのパワーはない。実力を示すならISで、だろう。

 幸い、隼鋼は僕が欲するマシンスペックはある程度は保有している。……本音を言えばブルー・ティアーズのようなBT兵器も欲しかったけど、単機であれだけ早い機体はほとんどないだろう。

 ………冷静に考えて、白式みたいにブレード一本とか僕には扱いきれないしね。

 なんて思っていると、久々にリラックスできるからか僕は風呂に入った状態でボーっとしていた。

 

(そろそろ出よう)

 

 外に出ようと思って先に上がり、ドアを開けると―――デュノア君がいた。

 

「……え? ……か、影宮……君?」

「デュノア君? 遅かったね。あ、僕はそろそろ出るから」

 

 そう言って僕はデュノア君を躱して外に出た。

 さっき全身見たけど、確かに女だった。それでも僕のアレが反応しないのは―――僕の環境が酷かったからだろう。特に、見た目クソ過ぎるゴミバ……もとい、叔母のパンツを畳んだ後に落としてしまい、それを目撃されて「それを使ったと言われた時は本当に―――殺意が湧いた。

 

(ま、本音さんがいる限りそんなことはここじゃ怒らないだろうけどさ)

 

 ………この時、まさか翌日になるなんて思わなかったけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャルロット・デュノアです。みなさん、改めてよろしくお願いします」

 

 翌日、デュノア君…もとい、デュノアさんが転校してきた。

 山田先生がかなり疲れた様子で入って来たから何かと思ったら、まさかである。

 

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです。はぁあ……また寮の部屋割りを組み立て直す作業が始まります………」

 

 それくらいしろよ、教師なんだし。というか本来ならそれって織斑先生の仕事なんじゃ……。

 まぁ織斑先生は向いてない指揮官とかしないといけないから、そのサポートとして山田先生が入って来たのだったりして。ま、頑張れ山田先生。それにどうせ僕らは関係ないから、適当に入れれば良いんじゃない?

 

「え? デュノア君って女………?」

「おかしいと思った! 美少年じゃなくて美少女だったわけね」

「……って、織斑君、同室だから知らないってことは―――」

「ちょっと待って! 昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」

 

 その言葉で何故か僕の方に視線が向けられる。織斑君も一緒に入っていたのだから、彼にも向けるべきだろう。

 

 ―――と、思った瞬間のことだった

 

 ドアが思いっきり開かれた。そんな開け方をすればドアが壊れるっての。たまに本音さんが愚痴っているんだから少しは大人しく―――なんて考えている場合じゃなかった。

 現れた凰さんが織斑君の名前を叫びながらISを展開させたのだ。

 

「死ね!!!」

 

 僕はすぐに本音さんの前に立って大型のシールドを展開する。衝撃波から本音さんを守るためだ。

 襲って来る衝撃波は意外と小さかった……というかほとんどなかった。

 

(……ボーデヴィッヒ?)

 

 どうやら機体は修復されているようで、彼女も全装甲を展開している………と思ったら右肩にあるはずの大型レールカノンがない。どうやら彼女がAICで相殺させたようだ。

 

「た、助かったぜ。サンキュ……っていうかISもう直ったのか? すげえな」

「コアは辛うじて無事だったからな。つい昨日、予備パーツで組み直した」

「へー。そうなん―――むぐっ!?」

 

 ボーデヴィッヒと織斑君がキスをした。

 一体どういう心境の変化だろうか。つい最近まで「織斑一夏ぶっ殺す!!」と某自分以外のセイバー殺すヒロインの如く織斑君を目の敵にしていたのに。

 というか、織斑君は織斑君でいくら何でも警戒心無さ過ぎだと思う。流石は姉の加護で生かされている男だ。

 なんて考えていると、ボーデヴィッヒはとてもズレていることを言った。

 

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

「………嫁? 婿じゃなくて?」

 

 外国人特有のオタクワード勘違い降臨とか誰得ですかね。

 

「日本では気に入った相手を「嫁にする」というのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 

 とりあえずあのガキに間違った知識吹き込んだ奴は頭がおかしいと思っておこう。

 

「―――アンタねええええッ!!!」

 

 キレた凰さん。そして彼女は何故か衝撃砲の砲口を開かせた。

 

「待て! 俺は悪くない! どちらかというと被害者サイドだ!」

「アンタが悪いに決まってんでしょうが! 全部! 絶対! アンタが悪い!!!」

 

 それに関しては否定しない。

 というか、痴話喧嘩でISを持ち出すな。ここにはまだ一般人が―――

 

 ―――ビシュンッ!!

 

 僕はレーザーが凰さんの魔の手から逃れようとした織斑君の前を通るのを見てしまった。

 頭を抱える。大丈夫かこの人たちは。

 

「ああら、一夏さん? どこかにおでかけですか? わたくし、実はどうしてもお話しなくてはならないことがありまして、ええ、突然ですが急を要しますの。おほほほほ………」

「その前にオルコットさん、凰さんも! 今すぐISを解除しろ!」

 

 けど2人は聞く耳持たず、織斑君を攻撃する。織斑君がこっちに来るものだから僕まで巻き添えだ。

 本音さんを守っていると今度は篠ノ之さんが普通に抜刀していた。いや、何で彼女は日本刀を持ってるの!?

 

「………一夏、貴様どういうつもりか説明してもらおうか」

「待て待て待て! 説明を求めたいのは俺の方で―――おわっ!?」

「篠ノ之さんも今すぐ納刀しろ!!」

 

 案の定話を聞かないし! もういい!

 ともかく今は動けない本音さんを安全な場所に避難させないと。今はそれが先決だ。……って言うかクラスメイト達はどうしてクラスメイトを放置して逃げてるの!?

 本音さんには悪いけど素早く教室の外に出る。とりあえず4組辺りに逃げて僕はこの事態をどうにかしないと。

 

(デュノア君と織斑君が合流してる!? しめた!)

 

 おっと、デュノアさんだっけ。

 ともかくデュノアさんは男装していたことを除けばまだ良識人のはず。だったら―――

 

「一夏って、他の女の子の前でキスしちゃうんだ。僕、びっくりしたなぁ」

 

 ―――ああ、なるほど。

 確かに女ごときを優遇することは大きな間違いなのかもしれない。ましてや、高が勘違いや下らない出来事でこんな騒ぎを起こす奴らを優遇するなんて気が狂っているとしか思えない。

 僕は隼鋼のマイク機能をIS学園の全スピーカーに接続して―――本音をぶちまけた。

 

「大体、凰鈴音みたいな胸が全くなくて可愛げのない女に一体誰が腰を振るというのか。セシリア・オルコットみたいな勘違いした自称エリートのクソワロスに寄る男なんて精々体目当てでしょ。ああ、大層な胸を持っている癖に男一人落とせない篠ノ之箒みたいなド短気な上にカマトトぶった文字通りメス豚とか、男が入浴しているにも関わらずに堂々と入ってくるシャルロット・デュノアとか言うクソビッチとかいる時点でIS学園に所属する女子生徒が如何に発情しているかよくわかるよね。ほんっと、よくこんなので「男より女の方が強い」とか言えたよねぇ。どうせ年がら年中男の上で腰振っている癖にさぁ」

 

 さて、種は巻いた。後は―――ありとあらゆるメシマズたちが作ったレシピたちの出番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、IS学園は休校になった。生徒のほとんどが倒れ、医療棟に運ばれたからである。もちろんそのほとんどは瞬が挑発したことで怒りを露わにし、襲い掛かった者たちだ。そのせいか、非番の医師たちも出払うことになり医療棟は少しばかりパニックになった。中には山田真耶も含め教員も気絶しているのだから仕方ないだろう。

 瞬は本来処分される存在だったが、そもそもの発端が発端故に処分は保留となった。

 

 ちなみに本音もまたこの放送を聞いていたが彼女は「この程度で済んで良かった」と安堵していたようだ。

 

 

 

 

 

 なお、鬱憤を晴らされたとある男子は「三途の川を見た」と述べた。




一夏「セシリアの料理が可愛く思えた」




ヒント:激辛や豆腐などの防壁などを無効化するとあるピンク髪の悪魔よりかはマシだった様子。つまり瞬は―――とてつもなく切れていた。


良い子も悪い子も絶対にマネしないでください。


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ep.19 段々人から離れてく

今アニメをしているFate/EXTRAのエンディングの絵が地味に好き。

実際、ゲームって面白いのでしょうかね? 今度帰省するのでSwith版を買おうかどうか迷ってる。


 突然、その会場に笑いが沸き起こる。

 その場でその発表を聞いていた誰もが笑っていた。高が15歳の娘が一体何を言っているのかと。

 嘲笑の嵐に発表者の少女が悔しそうに下唇を噛む。

 

 ―――パンッパンッパンッパンッパンッ

 

 誰かが遮るように手を叩く。全員がその場に視線を移すと、40代以上が集まる学会の中で比較的若く落ち着いた雰囲気の男性が拍手していたのだ。

 

「おいおい。まさか君はあの出鱈目なものに関心を持ったとでも言うのかね」

「こらこら。冗談が過ぎるぞ。あんなものは所詮夢物語だろうに」

「ええ。確かに関心を持つのに値しないものでしょう。あまりに飛躍的すぎて再現できないその技術力は所詮は机上の空論に過ぎません。今回の発表で良くなかったものは―――想像力が乏しく頭の固い学者を語る者たちの前で発表したことでしょう」

 

 さらりと出た罵倒に会場全体が凍る。しかしその男性は構わず言葉を続けた。

 

「おい君、あまり調子に乗らない方が良い。立場を危うくしたいのか?」

「そのつもりはありませんが、しかしあなた方の頭が固くなっているという点は否定のしようがないと思われますが。まだその証明を済んでいないのにも関わらず、否定から入るとは学者にあるまじき行為でしょうに」

 

 男性は壇上に上がり、発表者である少女の前に膝を付いて手を差し伸べた。

 

「どうか、君の開発したコアを一つ分けていただけませか、篠ノ之博士」

「………いや……でも………」

「ああ。心配する必要はありません。もし信じられないのなら、私のラボに来てください。私が発表する予定の論文を一つを渡しましょう」

 

 その言葉に会場内が騒ぎになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、目を開けた少女―――いや、女性は自分が涙を流していることに気付く。

 どうやらさっきまで見ていた夢が原因かもしれない。もっとも夢というよりそれは女性の記憶だが。

 

(久々に見たよ、あの記憶)

 

 彼女にとって思い出深いものであり、初めて親友以外に認められた瞬間だったのだ。

 だがその男性はもういない。自分が起こしたとある事件以降に、死亡していたことを知ったのだ。

 

『君は本当に、優秀だな』

 

 世辞でも恐怖でもなく、心からの言葉に柄にもなく舞い上がったのは今では懐かしいことだ。

 そう、彼女らしくもないことをしているととても珍妙な着メロ……というよりも、とあるシーンだけを抽出した音が彼女の携帯電話から流れる。

 その着信音に珍しく落ち着いた反応をしたその女性は、そのテンションは一体どこから来ているのかと聞きたくなるほどに上げた。

 

「やあやあやあ! 久しぶりだねぇ! ずっとずぅううううっと、待ってたよ!」

『………………ね……姉さん』

「うんうん。用件はわかってるよ。欲しいんだよね? 箒ちゃんの専用機が。モチロン用意してあるよ。最高性能(ハイエンド)にして規格外仕様(オーバースペック)。そして、白と並び立つもの。その名も―――『紅椿(あかつばき)』!」

 

 だが束は知らない。今この時点ですでにこと機動力に置いて紅椿すら上回るだけで化け物級の機体を。

 そしてそれも当然のことだった。その機体の操縦者は意図的にそう報告していたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月の主だった行事と言えば校外学習だ。3日間の内、何故か1日目に丸々自由時間があって、クラスメイト達はそのことで話の華を咲かせているけど………。

 

(非常に面倒だな……)

 

 僕は文字通り休むことにしよう。身体を休ませることもまたトレーニングの一環だしね。

 そろそろ起床時間ということもあって寮内には薄着の女子たちが溢れかえっているけど、こればかりはどうにかならないかなといつも思う。そう言えば、本音さんは何故かいつも長袖なんだけど、熱中症とか大丈夫なのだろうか?

 

(まぁ、そういうのは人それぞれ何だけど……あれ?)

 

 篠ノ之さんがドアを開けて中に入る。そこが自分の部屋ならわかるけど、何故か1025室―――つまり、織斑君の部屋だ。

 今、彼は僕とは違って1人部屋だ。学年別トーナメントが終わってからまだ僕と織斑君が同居していないことに誰かが抗議したという話だけど、誰が少し触れれば弾け飛ぶ火薬庫なんかに詰め込まれたいのかという話だ。たぶん、織斑君と同居したら部屋の周囲にトラップは必須だろう。なんて思っていると―――

 

「一夏ぁっ! なな、何をしているかこの軟弱者っ!」

 

 また騒ぎが起こったようだ。

 織斑先生に今度僕らを一緒の部屋に押し込める人が現れたら僕を呼んでもらうように言おう。というか、先にその女性を部屋に住まわせるべきだと思う。たぶんその人の死体が出来上がっているから。

 とりあえず僕は織斑君の部屋の中に入ると、篠ノ之さんが竹刀を構えていたが動けないようだった。ボーデヴィッヒさんがAICを展開しているし、彼女が止めたのだろう。……何故か事後を彷彿とさせるけど聞かないでおく。

 

「ふう、助かった……。ん? ラウラ、眼帯外したのか?」

「確かにかつて私はこの目を嫌っていたが、今はそうでもない」

「ほう、そうなのか。それは何よりだ」

「―――ラブコメする前にさっさと一人に決めろよ」

 

 ゴミを見るような目で織斑君を見る。そしてボーデヴィッヒさんも見られているわけじゃないのに、前に凰さんに目の前で毒物を入れたことでかなり怖がらせてしまったようだ。

 ちなみにボーデヴィッヒさんを「さん付け」で呼んでいるのは、少しは改心したみたいだし僕にもちゃんと謝ったから。その時の理由が何故か「織斑先生が好いていることに嫉妬した」とか言っていたけど、気のせいじゃないかな?

 

「って、瞬!? 何でここに?!」

「篠ノ之さんが普通に君の部屋に入って行ったからさ。また下らない問題でも起こる前に未然に防ごうと思ってね」

 

 4月からずっと何らかの問題が起きれば本音さんは苦労しながら帰ってきていたし。僕はもっと本音さんと一緒にいたいから。

 

「下らないとは何だ! これはどう見ても犯罪だろう!」

「それに関しては否定しない」

「は、犯罪って俺は何も―――」

「そうだ。それに夫婦水入らずのところに入ってくるのは無粋だぞ」

「………わからない人が見ればロリにエロいことを仕込んだ結果、朝から催促される風にしか見えないけどね」

「…………そうだな」

 

 僕と篠ノ之さんが織斑君に対して軽蔑の眼差しを向けた。

 

「ち、違う! 俺はそんなことしてな――パシャッ――ちょっ!? 何やってんだよ瞬!?」

「篠ノ之さん、コレをネットでアップしたら間違いなくアウトだよね?」

「そうだな。世界が一夏の性癖に引いて嫌われるだろうな。そうだ。いっそのことアップして周りから貶される一夏もいいかもしれないな。そうすればいずれ私だけが味方に………フフフ……フフフ……」

 

 どうやらかなり色々と溜め込んでいたようで、篠ノ之さんの裏面が表に出始めていた。うん。僕は知らなーい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、汗をシャワーで流してから僕は教室に向かった。最近色々と忙しかったのかよく眠る本音さんを起こして教室で食べさせる。

 

「はい、あーん」

「あーん」

 

 寝惚けながらもきゅもきゅと噛む本音さんに癒されながら、僕もパンを食べる。周りが僕らを見て何とも言えない顔をするけど。可愛いよね。寝惚けながら食べる姿可愛いよね? あれ? 僕だけ?

 食べ終わったら当然歯磨き。廊下にある水道で済ませてから教室に戻ると、少し早いけど織斑先生が既に来ていた。でもまぁ、少し時間があるし問題はない。

 

「……………」

「どうかしましたか、織斑先生」

「いや、仲がいいなと思ってな」

 

 それが一体何か問題なのだろうか?

 ともかく僕らは先に教室に戻ると、ISの風を切る音が聞こえてきた。

 

「到着っ!」

「おう、ご苦労なことだ」

 

 ……何をしているのだろうか、あの二人は。

 まぁ実行犯はデュノアさんだけなんだけどね。というか、

 

「本学園はISの操縦者育成のために設立された教育機関だ。そのためどこの国にも属さず、故にあらゆる外敵権力の影響を受けない。がしかし敷地内でも許可されていないIS展開を禁止されている。意味はわかるな?」

「は、はい……。すみません……」

 

 なのでISの使用は普通に禁止されている。これで女性が強いとか言うのだから何とも言えない。

 

「デュノアと織斑は放課後教室を掃除しておけ。次は反省文提出と特別教育室での生活をさせるのでそのつもりでな」

「「はい……」」

 

 ちなみにこの学校は放課後に教室はもちろん廊下を掃除するという概念はないようだ。普通の学校なら当たり前だけど、その分の時間をIS操縦に時間を当てろということらしい。

 

「今日は通常授業の日だったな。IS学園生とはいえお前たちも扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」

 

 …………大丈夫だ。テスト日が近くなったらまた先輩に教えてもらえば良いだけだ。

 この学校は一般教科も存在する。ただし、IS学園には日本人だけでなく他の国からも来ているので「英語」という教科ではなく「第二言語」は存在する。僕はもちろん英語―――と思われていたけど選んだのはドイツ語だ。だって英語は昔みっちりと鍛えられたから。

 そしてこの学園の嫌なところは中間テストというものがない。期末テストにその期間中に習ったところが出てくるのだから範囲はまさしく鬼畜だ。

 

「それと、来週から始まる校外学習実習期間だが、全員忘れ物などするなよ。三日間だけだが学園を離れることになる。自由時間では羽目を外し過ぎないように」

 

 それができない人がいるから本音さんみたいに苦労する人がいるんですよね………。

 最近、一緒のベッドで寝たがるし抱き着いてくるけど、その分苦労していることはわかっているからするがままにしている。甘えたいお年頃なのかもしれない。

 

「ではSHRを終わる。各人、今日もしっかりと勉学に励めよ」

「あの、織斑先生。今日は山田先生はお休みですか?」

「ああ、山田先生は校外実習の現地視察に行っているので今日は不在だ。なので山田先生の仕事は私が今日一日代わりに担当する」

「ええっ、山ちゃん一足先に海に行っているんですか!? いいなぁ!」

「ずるい! 私にも一声かけてくれればいいのに!」

「あー、泳いでるのかなー。泳いでるんだろうなー」

「………もしかして、ナンパされてお持ち帰りされてもう学校に来なかったりして」

 

 と小さく呟いたつもりだけど、どうやらクラスにはハッキリ届いていたらしい。

 

「な、なんてこと言うのよ! そんなことあるわけないじゃない!」

「それに前にやまやはセシリアや凰さんを圧倒してたのよ!? そんなことあるわけ―――」

「……………織斑先生以外にIS無くても強い女の人がいるのか最近疑問だけどね。この前の騒動の時に他の人はさっさと逃げちゃうし、山田先生は教卓に引っ込んで震えているだけだし………それに―――」

 

 僕は毒物を見せながら言った。

 

「結局、ISを着けててもこれには無力だったし」

 

 毒々しいものを見て、僕の被害に遭った人たちはふらついた。もっともこれはホログラムなんだけどね。

 

「織斑先生、さっき2人に随分と生温いことをしていましたけど、これを直接食わせるというのもアリだと思うんですが………」

「…………それもそうだな。今度からそれを借りることにしよう」

 

 そう宣言させられたことは僕にとっても嬉しいことだった。ま、食らった人たちは震えていたけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日経って日曜日。僕らは買い物に行こうとしている………けど、いるのは僕だけだ。

 本当だったら本音さんが一緒に来るはずなんだけど、本人の希望で別々に行きたいという話になった。

 

(………普通にスルーしたけど、何であんなこと言ったんだろ?)

 

 そして何故か知らないけど、生徒会長が本音さんを迎えに来ていたし。一体何が起こっているのだろうか?

 ともかく僕は目的地に移動する他はない。まぁ僕は先に出たからモノレールで来た以上は僕が先に着くけど。

 

(何かの漫画で「男が先に待つもの」ってあったし………間違いはない)

 

 うん。たぶん間違いじゃない。そう思って僕は柱に持たれて指定された場所で待っていると私服姿の織斑君とデュノアさんが前を通った。僕も私服だから向こうは全然気づいていないみたいだ。………ま、手を繋いでいるのは見なかったことにし―――あ、うん。たぶん学校に帰ったら織斑君は死ぬかもしれない。英中コンビが尾行しているから。

 

(見かけたらどっちも牽制しておかないと)

 

 ま、そもそも好きだと言うだけでだからと言って独占権があるわけがないのに、一体何を勘違いしているのだろうかという話だ。それは透さんにも言えるけど、あの人の場合は一歩間違えれば世界が終わるから言わない。

 幸い、毒物はすぐに作れるから最悪夜に呑ませて24時間苦しんで臨海学校欠席もアリだ。

 どのタイミングで仕掛けようかと思っていると、駅の方に見覚えのある顔がした女の子が囲まれていた。―――って、あれは………

 

「ねぇ彼女、俺たちとどっか行かない? 良いところ知ってるんだ」

「ごめんなさい。私、人と待ち合わせをしてて―――」

「それって女? だったらその子も一緒に―――」

「本音さん」

 

 素早く移動して見知らぬ男たちと本音さんの間に入る。

 

「あ……みーやん」

「ごめんね。今度から一緒に行こっか」

「あ、後ろ―――」

 

 知ってる。

 迫ってきている拳を躱して腕を点いて麻痺させた。

 

「っつう…テメェ、痛えじゃねえか」

「慰謝料出せよ。なんだったら代わりにその女の子でも良いぜ」

 

 僕は本音さんを引き寄せて抱きかかえ、男の人たちをバク転で回避する。

 

「ごめん、本音さん。少し下がってて」

「うん」

 

 僕を追いかけてくる男の人たちの前に移動した僕は彼らの前で軽く手を叩く。するとその場にいた半径5m以内の人たちが全員その場で倒れた。

 

「じゃ、行こ」

「うん。……ところで今のは?」

「猫だまし……って言いたいけど、本当は違うんだ。静流と戦いで身に着けた一種の防御技」

 

 技名を敢えて言うならば、柏麻痺。一定の範囲内に入っている人たちを一時的に麻痺させる技だ。たぶん、ISを出すよりもマシだろう。

 ……ちなみに、この技は僕だからこの程度で済んでいるけど、透さんや静流がしたらただじゃ済まない。

 

 僕はできるだけ早く本音さんから離れる。それにしても………白いワンピースに緑のシャツの取り合わせはちょっと良いと思ってしまった。



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ep.20 楽しい楽しいお買い物

そういえば、4月4日までとなりのヤングジャンプで東京喰種が全話公開されていましたよ。見ていない人はこの際見に行きましょう。
アニメしか知らない私には意外な展開もあってびっくりしましたが、re:も含めて全巻揃えようかなと思える作品でした。

手持ちの金と相談だ!(←これが言いたかった)












………まぁ、そのおかげで投稿遅れたら元も子もないですけどね。...( = =)


 レゾナンス―――と聞けば中学生………いや、高校生のカップルが手を繋いで力を増幅するアビリティとかそういうものを彷彿させる。まぁそれはあくまでもフィクションの話だ。

 実際はありとあらゆる分野の物が揃っている。ゲームショップはもちろん、フィギュアもあるしスポーツショップは季節によって変わるけど、大抵のものは揃っている。

 

 僕らは妙な視線を感じつつ水着売り場に移動したけど、何故か織斑君とデュノアさんが店内で正座させられていた。

 

「………何やっているんですか?」

「……影宮か。相変わらず仲が良いんだな」

「ええ。………で、また織斑君がやらかしたんですか?」

「そうだな。デュノアと2人で試着室に入ってな」

「………………そろそろ脳外科に入院させることを考えさせた方が良いんじゃないですか?」

 

 頭がおかしいとしか思えない。

 後で話を聞くと、デュノアさんに無理矢理入れられたとか言っていたけど、だからと言って普通に中に入るだろうか? それとも織斑君は女を一人でどうにかできない程に貧弱なのだろうか。今度打ち合ったらどこかの吸血鬼(?)みたく「貧弱貧弱貧弱貧弱ぅううううッッ!!」みたいなことを言うべきだろうか?

 

(いくら何でも自覚無さ過ぎでしょ……)

 

 ま、織斑君たちは放置しておいても問題ない。自分が馬鹿だったことを後悔すれば良い。

 とりあえず僕らは馬鹿を放置してそれぞれ水着を選ぶ。って言ってもそもそも僕は水着を選ぶ必要なんてない―――のだけど、何故かそれを織斑君と話していたら物凄く怒られた。

 

(………入らないって言う可能性は否めないけどさ)

 

 僕だって多少は成長しているから希望はある。そう言い聞かせて今回買ってみることにした。サイズ的に今はいているパンツとかと一緒で良いだろう。

 僕はカジュアルなタイプで黒い背景に青い水玉が付けられている水着にした。もちろん、灰色のパーカーとゴーグルは忘れない。

 

(………浮き輪はどうしようかな)

 

 別に泳げないわけじゃないけど、波の気ままに流されるのも悪くない。僕は浮き輪を持っていないし1つ買っておくことにした。

 

(本音さんは買い終わったかな?)

 

 できるだけ気配を消して目立たないようにしていたから、あまり本音さんの方を見ないようにしていたけど……もしかして僕を探していたりして。

 生徒のほとんどが外に出ると確信していたので、透さんに発信機を借りて正解だった。………って、あれ? 後ろ?

 僕は振り向き、棚から本音さんを確認すると………彼女は何かに悩んでいた。

 

(………たぶん、水着なんだよね?)

 

 一つはビキニ。もう一つは………着ぐるみ?

 何故着ぐるみがあるかとツッコミたくなるけど本音さんの趣味だし深くは考えないことにした。

 

(そう言えば、いつの間にかキツネのパジャマを着なくなってた………)

 

 実はちょっと可愛いなと思っていた着ぐるみパジャマを最近見なくなったことに寂しく思っていたんだよね。いくら高校生だからってなにも自重しなくていいのに。………もしかして、知らず知らずの内に僕が自重させていたのかもしれない。………この機会に、ちょうど良いかな。

 僕は少し残念そうにビキニを選んだ本音さんに気付かれないようにさっき持っていたキグルミ水着を持って本音さんが会計する瞬間に割り込んだ。

 

「すみません。これも一緒にお願いします」

 

 もちろん、会計は僕持ちだ。これくらいしても良いよね? 日頃から世話になってるし……まぁ本当は―――本音さんが今着ている服をジャージに変えたいけど黙っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音さんに荷物を渡すと複雑な顔をしてから嬉しそうな顔をしたけど、何かあるのだろうか?

 考え事をしていると次第に店の雰囲気がカジュアルな雰囲気から少し引き締まる感じになる。どうやら指輪などの高価なゾーンに入ったようだ。

 

(………指輪は邪魔になる、かな)

 

 戦う時にそう言った金属類はどうしても邪魔になる。炎を灯して箱に炎を注入するとかなら買おうかな……って、考えてみればそんなものあるわけないか。あったとしてもこんなところに売っているわけがないし。

 それに、さっきは咄嗟に買ったけど、あれは父さんが遺してくれた金だから自分が稼いだ金じゃない。バイトとかしてみたいと思うけど、たぶんIS操縦者になってしまったからおいそれとできないだろう。つくづく今の身分は生きにくい。

 

「―――あれ、瞬?」

「………え?」

 

 考え事をしていたら周りを警戒するのを忘れていた。咄嗟に本音さんから距離を取ってナイフを出そうとすると、見覚えのある顔があった。

 

「智久? どうしてここに?」

「そっちこそ。………あ、もしかしてデート中?」

「やだなぁ。そっちみたいに相思相愛イチャイチャパラダイスまっしぐらなクソバカップルじゃあるまいし」

「酷い言いようだよね!?」

 

 そもそも僕は本音さんをそういう対象としては見ていない。強いて言うなら妹、かな?

 透さんは「妹なんて碌なものじゃない」って断言していたけど、実際はどうなんだろう?

 

「……えっと……」

「そう言えば本音さんは知らないんだっけ? 彼は時雨智久。僕の知り合いの中じゃまともな方」

「否定はしないけど……否定はしないんだけど……」

 

 決してあの2人は普通の人間とは言わない。素手でコンクリを破壊する化け物と、天才ゆえに魔法すら作り上げた化け物は。

 

「とりあえず君は鏡を見るべきだと思う」

「……いきなり何を言ってるの、智久」

 

 それじゃあまるで僕までも化け物クラスと言いたげじゃないか。僕は違うよ? ただちょっと足が速いだけだよ。

 

「何だ。てっきりみーやんの友達だから不良を消し飛ばしたとかそういう類かと………」

「どちらかと言えば中学からバイトをしていた稀有な存在ってところかな」

 

 たぶん、智久ぐらいじゃないかな。いくら同じ施設で育っているとはいえそんな子たちのために色々な物を買ったりしているんだから。一度遊びに行ったことがあるけど、子どもたちはそれぞれ役割分担していてキチンとその役割を全うしていた。まさしく「パラダイス」と言っても差し支えない程に。

 

「じゃ、僕はこれで。馬に蹴られて死にたくないからね」

 

 そう言って智久はどこかに去っていく。人ごみに紛れ、瞬く間に消えていった。

 

「………訂正するね。あの人も色々と凄いね」

「普通いないもんね。さも当然のように人ごみに融け込んで察知できない人って」

「………」

 

 本音さんが何か言いたそうな顔をしていたけど、僕は気付かない振りをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………僕が普通、か」

 

 姿を消し、路地裏に移動した智久は手から電気を少し出す。

 

「僕が普通で済むなら、さしずめ世界は蛆虫が跋扈する世界か」

「―――そうですね」

 

 その少女は突然現れた。

 彼女の名前は藤原幸那。普段は智久が住む孤児院で過ごしているが、彼女もまた智久と同じで裏の人間だ。

 

「それで、君が来たという事はあの人からの要請かい?」

「ええ。最近、活発的になっているのでまた力を貸してほしい、と」

 

 それを聞いた智久は笑みを浮かべる。

 それは普段子どもたちに見せる「兄」としての笑みではなく―――まるでこれから玩具で遊ぶことに楽しみを見出している子どもの笑顔そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 智久と別れた後、僕は本音さんから離れて路地裏に移動していた。そろそろ視線がウザったいと思っていたからだ。

 自ら餌となっているように見えるけど、こっちはすぐにでも戦えるように準備はしてきているんだ。

 

「そろそろ出て来たら? 僕もまどろっこしいことは嫌いなんだ」

 

 そう言っても出てくる様子はないので、ナイフをブーメランの要領で物陰に隠れている相手を攻撃する。その間に僕自身も移動して拳銃を抜いて至近距離に持って行こうとすると―――上から強襲されたので咄嗟に回避した。

 

「IS? なら―――」

 

 相手の背中には機械の翼。となれば普通に考えてISだ。

 僕もISで応戦しようとすると聞き覚えのある―――というか本当にそこから聞いて良いのかと疑問がある声がした。

 

『待て瞬。俺だ』

「………透さん? え? サイボーグ?」

 

 女性から分離した翼が大型の鷲になる。

 

『似たようなものだが、少し違うな。俺自身は別の場所にいる』

「それにしても珍しいですね。今度はストーキングですか」

 

 相変わらず多趣味だな、この人は。

 それにしてもストーキングか。とうとう……。

 

「とうとうストーカーになりましたか。いくら捕まらないとはいえ、犯罪はやはり犯罪ですよ」

『…………実は発案者はこっちだからな』

 

 そう言った鷲型透さんはとある女を前に―――ってえ!?

 

『おい虚!?』

「止めないでください、透さん。これは私がやらないといけないのことなので」

 

 何故か殺気むき出しな女性がいるんですけど。なら―――

 

「!?」

『………俺は止めねえからな』

 

 女性の後ろに回り、すかさずナイフで切りつけようとするけど女性もそれなりにできるようで前回り受け身回避し、立ち上がると同時に銃口を向ける―――けど、僕は既にそこにいない。

 

「どこを見ているの?」

「―――!?」

 

 相手の首を斬ろうとした時、目の前に機械型の鷲が目の前に現れた。

 

『あーもう見てられねぇ。そこまでにしておけ、虚。やっぱり力の差があり過ぎた』

「……こんな簡単に追い詰められるなんて……」

 

 勝手に戦闘を止められたけど、それはそっちの話。こっちは不完全燃焼というだけでなく、納得がいかない。

 

『瞬、落ち着け。こいつはただ試しただけだ。お前の実力を疑って―――』

「―――お姉ちゃん?」

 

 その声に反応した僕は後ろを向くと、そこには本音さんがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しした後、僕らはファミレスにいた。

 

「初めまして。布仏虚です」

「……か、影宮瞬です」

 

 鷲型透さんは機械型らしく小型のキューブに変形して僕らにイヤホンを渡して状況を説明すると、本音さんが女性に対してため息を溢した。

 

「だから言ったじゃん。警戒心が高いんだから無闇に近付いたらダメだって」

「でも、やっぱり姉としては心配なのよ。誰彼構わず攻撃するような男と付き合うなんて。もしかしたらあなただって狙われる可能性もあるのよ?」

 

 僕を襲った―――というより監視していたのは布仏虚さん。本音さんの姉だった。

 どうやら僕を危険人物だと思ったようで、これを機にどんな男か見定めに来たらしい。

 

『まぁ、本音に何かされたらそれこそ色々と終わる気がするけどな』

 

 カメラが付いたキューブを睨む虚さん。今の発言はどういうことだろうか?

 でも仮に本音さんが誘拐される………人質にされたりしたら………その時は……

 

 ―――ピシッ

 

 変な音が聞こえて顔を上げると、2人が心配そうに僕を見ていた。

 

「ど、どうしました…?」

「大丈夫。なんでもないよ~」

「ええ。おそらく気のせいです」

 

 何か言いたそうな顔をしている2人。僕は気になったけど敢えて突っ込まないようにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『で、どうだった?』

 

 虚の肩に停まった小さくなった透の鷲は虚に尋ねる。

 

「そうですね。思ったほど優しい印象でしたね」

『まさしく本音のおかげだよ。アイツが体を張って守ったからこそ、本音を受け入れたんだ』

 

 今の世の中、女が男を助けるという事はISを使用して住民を避難させるという状況でない限りあり得ない。ましてや、男女1人ずつならば女性は率先して助かろうとする。それが普通だ。それを知っていたからこそ瞬は一夏以外の生徒はもちろん、教員すらも遠ざけていた。

 だが、本音はそんな中で自ら身体を張った。だからこその過剰とも言える依存なんだが。

 

『………にしても、よく言わなかったな。お前だって瞬の事は気になっていただろ?』

「…あくまでも弟として、ですよ」

『たぶん、本音の姉だから多少の警戒心は解いているだから、第二夫人として―――』

「消されたいですか?」

『あ、はい。すみません』

 

 笑顔を見せた虚にその場にいないのにも関わらず透は震えた。

 

 

 機械鷲を戻しながら、透は自分の椅子に身体を預ける。するとドアがノックされ、「失礼します」という声と共に静流が入って来た。

 

「瞬の様子はどうだった?」

「問題ない。順調に依存している」

「………それって問題じゃねえの?」

「いざとなれば本音ごと引き入れるさ。最初から更識家はこっちに引き寄せる予定だったからな」

 

 そのための装置は既にできており、今も装置が更識家本陣及び主要施設を囲うためにはるか上空で待機している。

 

「それで、衛星基地は?」

「アンタの指示通り動いている。が、難航しているため楓が今度の作戦から外れたいと言って来た」

「別に構わない。あの人のオペレーターに回すだけだ」

「………で、良いのか? 親ナシの俺や遺伝子強化素体共ならばともかく、未来あるお前がここにいるのは少々問題だろ?」

「今更だな。それとも、静流は実権を握りたいのか?」

「暴れられないから嫌だ」

 

 「それに俺はそうのには興味がないからな」と付け足す静流。そういう面があるからこそ透は心から静流を信頼していた。

 

「って言っても、今この組織でまともに指揮できるのは俺だけだ。あの人は女と言うだけで毛嫌いされているからな」

「仕方ないって言うのはあるけどな」

「まぁな」

 

 笑い合う2人。もし2人を腐女子が見たら、間違いなくイケない妄想に浸ってしまうだろう。それほどまで絵になっている光景ではあるが―――近付いたら最後、その女性たちがこの世から消えるのは時間の問題だ。

 何故なら彼らはとある事件をきっかけに全世界から特Sレートの危険人物指定をされているのだから。



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ep.21 化け物に必殺技を

「海! 見えたぁっ!!」

 

 校外学習当日。1年1組の生徒たちはバスから見える海に大はしゃぎする。やはり遠出となると生徒たちは楽しみなのか、騒がしさは普段の倍はあるだろう。

 その中でとある二人の席は海も見ずに爆睡していた。

 

「この騒ぎの中でよく寝れるな」

「そうですわね。それにしても………なんというか………」

 

 一夏の言葉に同意したセシリアは瞬と本音を見て顔を赤くする。当然だ。2人はお互い抱き合って寝ているのだから。

 

「まるでどこか出かけた後、はしゃいで疲れて寝てしまった兄妹みたいだな」

「お互いが抱き合ってと言うのは違うんじゃないかな………」

 

 それでも仲が良いのは良いことだ、と思う一夏。

 それからしばらく会話を続ける2人だったが、千冬に「そろそろ着く」と言われて大人しく座る。その時、瞬と本音が寝ているのを見て起こしに行こうと近付き、瞬に手を伸ばすと―――ナイフが千冬を斬りつけるために通過した。

 

「……あれ? 織斑先生?」

「………目が覚めたか?」

「はい。てっきり誰か僕を狙ったのかと思いましたよ。すみません。勘違いしてしまって」

「いや。ちゃんと警戒心を持つのは良いことだ。その代わりと言って良いのかわからんが、布仏は起こしておけ」

「わかりました」

 

 違和感を覚えながらも本音を起こそうとする瞬。少しどこを触って起こそうかと迷ったが、肩を軽く持って優しくゆする。

 

「いや、良いのかよ!?」

 

 一夏が突っ込むが、千冬はため息を吐いて答えた。

 

「警戒心を持つのは当然のことだ。織斑、貴様ももう少し初対面の奴に対して警戒心を持つようにな」

 

 そう言って千冬は席に戻る。その途中―――

 

「それと織斑。教師にため口とはいい度胸だな」

「ヒッ!?」

 

 睨まれた一夏。幸いなことに殴られることはなかったが、これが一夏に取って少しトラウマになったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音さんを起こすと同時にバスが停車し、クラスメイトたちは下車して自分の旅行カバンを回収して並ぶ。僕らは最後に降りて列に加わった。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

「「「よろしくお願いしまーす」」」

 

 僕らは一斉に挨拶する。僕はまだソプラノだけど、織斑君が少し低いから聞いた人には変に聞こえただろう。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

 歳は大体30代ぐらい。身体能力は……一般レベルか。一応初対面だから最低限の警戒はしておこう。

 

「あら、この方たちが噂の……?」

 

 意外に目ざとい。警戒レベルを上げる必要があるか。

 

「ええ、まぁ。今年は2人も男子がいるせいで浴場訳が難しくなってしまって申し訳ありません」

「いえいえ、そんな。それに、良い男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」

「しっかりしているのは片方だけです。もう一人はただのバカです」

 

 辛辣だった。とりあえず、しっかりしている方は僕だけだと思いたい。

 

「挨拶をしろ、二人とも」

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

「影宮瞬です。不審な動きをしたらわかっていますね?」

「安心しろ、影宮。流石にそれはない」

 

 …………まぁ、学園が選んだところだから少しは信頼してもいいか。場合によっては―――化けの皮が剥がれた時に潰せば良い。

 後で不審な物がないか調べておこう。

 

「うふふ。どちらも活発的で面白いですね」

「不出来な者たちですみません。………片方は事情が事情故仕方ないのですが」

「あらあら。ですがそれも仕方ありませんよ。環境が環境なので仕方ないですし………あら?」

 

 僕らから視線を外した女将さん。視線の先は本音さんに向いていた。

 

「まぁまぁ、とても可愛らしい子ですね。どこから来た―――」

「すぐに彼女から離れないと、その頭を撃ちます」

「ストップストップ!! 落ち着け瞬!」

「邪魔しないで織斑君。不安要素は消しておくべきだ」

「落ち着け影宮! すみません清州さん、今すぐ布仏から離れてください!」

 

 

 

 その後、清州さんに睨まれた―――わけではなく、何故か微笑ましい視線を向けられた。

 

「それじゃあみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に聞いてくださいまし」

 

 女子たちが返事をする。場所がわからないなんてことはない。衛星は何のためにあると思っているのだろうか?

 

「影宮、少々焦り過ぎだぞ」

「だからって警戒を緩めろと言うのですか?」

「………そうは言わんが………」

 

 織斑先生は迷っている。僕は放っておいて部屋に直行する。確か僕の部屋は布仏さんと一緒だったはずだ。もしこれで織斑君とだったらたぶん僕はキレるかもしれない。………よくよく考えると女子と同じ部屋って言うのは色々と問題かもしれないけど、僕の精神を安定させる上で必要なアイテムとも言える。

 僕は部屋に入るとすぐに枕を出してその場で横になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音は級友との親交を軽く深めてから部屋に入る。中では既に瞬が寝ていて、荷物は放置されている。その光景を見てどういう状況にあるのか察した本音は身体を揺すらずに荷物を置き、水着を取り出して移動しようとしたところで瞬は立ち上がった。

 

「……あ、本音さんか」

「おはよ、みーやん」

 

 瞬は荷物を持ってどこかに行った。本音は疑問を感じたが、後で来ると考えて先に向かうことにした。

 

 忘れ物をしたことを思い出した本音は一度部屋に戻り、回収して部屋を出ようとしたところで部屋のドアがノックされた。本音が出ようとしていた矢先である。

 本音がドアを開けると相手は驚いた様子を見せたが、すぐに質問した。

 

「のほほんさん、瞬はいるか?」

「どこかに行ったけど……」

「そうなのか………どこに行ったんだ、アイツ」

 

 しばらくしても瞬はビーチに姿を現さなかった。一緒に遊ぼうと思っていた一夏はこうして誘いに来たのだ。

 

「―――僕がどうしたの?」

「うわっ!?」

 

 突然後ろから声をかけられたこともあって一夏は少しオーバー気味に驚く。それにいい思いをしない瞬は一夏にジト目を向けた。

 

「何だ。瞬か……」

「いくら何でも驚きすぎじゃないかな?」

「急に話しかけられたら誰だってそうなるって………」

 

 工具を置きに来たようで、瞬は工具を置いて洗面所の方に移動してツナギを脱いだ。

 

「おりむー、先に行ってて~」

「何でだ? 待つぞ?」

「良いから~先に行かないと~しののんたちに「おりむーに襲われた~」って言っちゃうよ~」

「いくら何でもそれは酷いぞ!?」

「あ、しののん? 実はおりむーにさっき押し倒されて~」

「あー、もう! わかった! わかったから!!」

 

 すぐに一夏は消える。本音は「計画通り」と笑っていると、瞬が出てきた。

 

「あ、いたんだ。てっきりもう行ったかと思ったよ」

「む~。そこまで酷くないよ~」

 

 頬を膨らませる本音を愛おしそうに見る瞬。

 

「じゃあ、行こうか」

「うん!」

 

 二人は部屋を出て別館の方に向かう。瞬から本音の手を握ったのは瞬ははぐれないようにという理由だが、本音は顔を赤くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんて動きなの!? 全然倒せないじゃない!!」

「1人で全部拾ってスパイクを打つなんてどんな体力をしているのよ!!」

 

 本音さんがトスする球をまた誰もいない場所に打ち込む。中には本気で悔しがる人もいてちょっと嬉しくなったけど………僕にしてみれば割と日常的なことだ。透さんや静流とやったらこの程度のことなんて軽くなれる。

 

(………ホント、あの2人は人間を超えているよ)

 

 まるで手応えがないボールを打ち返す。枠内に返せば余裕で勝てる。文句を言う人もいないから何の問題もない。

 最後の1点を奪った僕らはハイタッチすると、向こうのコートにいる生徒たちが崩れ落ちた。

 

「面白そうなことをやっているな」

 

 織斑先生が水着姿で現れた。その後ろでは黄色いビキニを着た山田先生もいる。

 全員が織斑先生の水着姿を見て呆然とするけど、その要素があるのだろうか?

 

「織斑先生もビーチバレーします?」

「そうだな。ハンデとして私は1人で「山田先生も織斑先生の所でビーチバレーしましょうよ」何?」

「これで2対2。あ、本音さん、もし疲れてるなら休んでて良いよ」

「むしろ疲れる要素がないんだけど………」

 

 僕が選んだキツネの着ぐるみタイプの水着で頭をかく本音さん。

 

「夏の暑さを舐めちゃダメだよ。ほら、水分取って休憩しないと。それに3連したんだからそろそろ倒れてもおかしくないよ」

 

 前もって準備していたビーチパラソルの下に引いてあるシートに座らせる。首の周りにタオルを巻いて頭に冷えピタを貼る。少し楽になったのか楽そうな顔をした。

 

「でもどうするの~? 流石に1人じゃ試合以前の問題だよ~」

「あ、そこは大丈夫。ここには本音さんよりも大事にする人間なんていないから」

 

 僕は目当ての人物をすぐに動けなくして試合会場に連れて行った。

 

「って、いきなり何するんだよ!?」

「ごめんごめん。ちょうどいい踏み台が見当たらなかったから」

「だからって何で俺? 仲が良いんだし別にのほほんさんでも―――」

「仕方ないな。じゃあボーデヴィッヒさんにでも踏み台をお願いするか」

「………わかった。やってやるよ」

 

 理解が早くて何よりだ。

 ということで僕と織斑君VS織斑先生と山田先生となった。中には勝敗の結果がわかり切っているという風で離れていく人もいるようだ。

 織斑先生がサーブする。織斑君にはネットの傍にいてもらっているから僕が受けるしかない。

 僕が完全にボールの威力を殺して織斑君の方に飛ばす。織斑君はそれをトスしたので僕は織斑君を踏み台にしてボールを思いっきり叩きつけた。

 

「―――え?」

 

 誰かが驚いたらしいけど、ぶっちゃけ慣れた。

 誰だって僕みたいなチビが早いスパイクを繰り出したら唖然とするだろう。そして誰も思わない。織斑先生の近くをボールが早く通過するなんて。

 

「しゅ、瞬……?」

「織斑君、トスはあと5m高くて良いよ」

 

 ―――そっちの方が山田先生を潰せるから

 

「ひっ?!」

 

 何故か悲鳴を上げる山田先生。何か恐ろしいことでもあったのだろうか。

 

「織斑先生、もう少し本気を出してください。ウォーミングアップにすらなりませんから」

 

 そう言って僕はサーブを打つ。織斑先生がそれを受けたけどボールは山田先生の胸に強打してどこかに飛んでいった。

 

「何ッ!?」

「バレーでツイストサーブを打てないと誰が決めました?」

 

 完璧なものかと聞かれたら流石に否定するけど、それでも相手の予想を大きく上回る攻撃は効くものだ。

 ………静流を倒すために開発した技は有効みたいだ。

 

「………良いだろう」

 

 織斑先生の目が変わる。彼女も本気を出したらしい。

 

「加減は無しだ。本気で行かせてもらう」

 

 もう一度僕のサーブ。僕はまたサーブから本気を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合は結局流れてしまった。教員の数少ない休憩時間ということもあるので山田先生と織斑君がストップをかけたのだ。織斑先生は渋々と言った感じで海に行ったけど残念で仕方ない。

 

「みーやん、だいじょうぶ~?」

「我ながら大人げないことをした気がする」

 

 まぁ、僕もかなり限界が近かったけどね。

 ただでさえ、対静流用必殺技はエネルギーを多く消耗するんだ。冷静に考えてあそこで負けるべきだったんじゃないかって思っている。

 

「そうだ、本音さん。後で泳ぎに行かない?」

「うん! 行こう!!」

 

 本音さんはかなり乗り気だ。その様子が少し可愛く思えた僕は思わず撫でてしまった。

 

「な~に~?」

「ううん。ちょっと撫でたくなっただけ」

 

 キツネの着ぐるみタイプを着ていることもあって本当に可愛い。

 僕は自分の所に引き寄せてひたすら愛でる。周りからの視線は痛いけど、気になったのは集中した最初だけだ。

 

「泳ぎに行かないの~?」

「もうちょっとだけ」

 

 だって今海にいるし―――それにさっきから誰かがこっちを見ているからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬と目が合った。

 その人物はまるで自分が見られたような錯覚をするが、それでも標的に銃口を向ける。

 

 ―――もっとも、その人物は普通の人間だ

 

 例え上空から石礫と岩石を降り注がれたとしても回避することなんてできない。というか、いくら訓練積まれていても来ることは察知しても回避することなんて難しいはずだ。

 

「これで5人目か。随分と狙われているんだな、瞬の奴」

「全く。せっかくのデート中だというのに邪魔をするとは無粋な奴らだ」

 

 悪魔2人がそんなことを言っていると、ゾロゾロと武装した人間が現れる。

 

「あー、面倒だ。おいテメェら。俺に勝てとは言わん―――だがウォーミングアップ程度にはなれよ」

「静流、それは無茶だ」

「だろうな」

 

 それから始める戦闘音は周囲に張られた防音壁によって遮られており、瞬と千冬以外には察知されなかった。もっとも千冬は何かが起こっているという程度の認識しかしていなかったが。




ちなみに「ツイストサーブ」と言っているのは、彼らが某テニスマンガを読んだ時にそんなことを言っていたからです。似たようなものだと判断して敢えて「ツイストサーブ」と言っています。

だからたぶん、厳密には違うかと。


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ep.22 ごちそうさまでした

 日が沈んだこともあって僕らは旅館に戻り、一度風呂に入って宴会場で食事をしていた。何故かこの旅館では浴衣姿を強要されたけど、下にはいつでも動けるようにISスーツを着ている。

 隣には本音さんが座っていて、逆には誰にもいない。みんな僕に気を遣ってくれているみたいだ。

 

「―――あー、うまい。しかもこのわさび、本わさじゃないか。すげぇな、おい。高校生のメシじゃねえぞ」

 

 向こうでは織斑君が騒いでいる。当初彼は僕と一緒に座ろうとしていたけど、それはクラスメイト全員から却下された。

 

「みーやん、何見てるの~?」

「ちょっと昼に妙な気配があったから、僕らがいない間に誰かが来たかなって思ってね」

「そうなの? 私は何も感じなかったよ?」

「仕方ないよ。たぶん5㎞ぐらいは離れていたから」

「…………何でわかるの?」

 

 戦慄されながら聞かれる。何かおかしなことを言ったかな?

 

「直接的な視線っていうのかな? IS学園にいたらよく殺意を持たれていたから」

「……………やっぱ本格的に何人か再起不能にした方が良いかな」

 

 ぼそりと呟く本音さん。僕はもちろん、隣にいる人たちも聞こえたようで彼女たちは泣きそうになっていた。

 

「大丈夫だよ、本音さん。その時は僕が敵を全員潰すから」

(((まだ結婚していないのに似た者夫婦だ………)))

 

 周囲の意識が合致した気がする。

 

「でも今は問題ないかな。敵意を向けてきた人間もいないみたいだし」

「そっか。じゃあ今日は安心して眠れるね」

 

 2人で笑っていると、急に襖が開いて織斑先生が怒鳴った。

 

「お前たちは静かに食事することができんのか!!」

 

 織斑君の周りにいた生徒たちはもちろん、僕らの周囲にいた人たちは凍り付いた。僕はそこから飛び出すように移動して織斑先生の背後を取ってしまった。

 

「急に何ですか?」

「……影宮か。すまない、驚かせてしまったようだな………すまんが、武器はしまってくれ」

 

 言われた通り僕は武器をしまう。

 

「どうにも、体力があり余っているようだな。よかろう。それでは今から砂浜をランニングしてこい。距離は……そうだな。50㎞もあれば十分だろう」

「いえいえいえ! とんでもないです! 大人しく食事をします!」

 

 そう言いながら織斑君の周りに集まっていた生徒は座っていく。全く何をしているのだが。

 

「たまに思うんだけど、IS学園にいる生徒って本当に自分たちがどんな価値を持っているか理解していないよね。ああいう生徒はイケメンを宛がわれたらコロッと行くから容易に誘拐できるし」

「そうだよね~。もう少し警戒心とか持ってくれたら楽なんだけどね~」

 

 僕と本音さんはうんうんと頷く。どうやら本音さんも同じことを思っているようだ。やっぱり本音さんとは色々と気が合う。だからこそ大事にしたいと思う。

 

「あ、本音さん。口に醤油が付いてるよ」

「とって、とって~」

「はいはい」

 

 口を差し出す本音さんの口元を拭く。ああ、もう。可愛いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音さん目当てなのか、彼女の友人が何人か部屋に来た。

 僕は軽く運動をしてから風呂に入り、ゆっくりしていると奇妙な場面に出くわすことになった。

 

(………何やってるんだろ?)

 

 篠ノ之さんと凰さん、それにオルコットさんまでドアに耳を当てている。確かこの部屋は―――織斑姉弟の部屋だったはずだ。そんなところで聞き耳を立てるのは自殺行為じゃないかな?

 案の定、しばらくすると織斑先生が現れてドアで攻撃し、凰さんと篠ノ之さんの首を掴み、オルコットさんは浴衣の裾を踏まれて倒される。そして、僕に気付いた織斑先生は今気付いたという風に僕の方を見る。

 

「まぁ、何だ。お前も一緒にどうだ? 話もあるしな」

「……………」

「そう訝しむな。何もつるし上げて聞こうというわけじゃない」

「………内容によっては斬りますが?」

「受けてたとう」

 

 一瞬、織斑先生から殺気が流れた気がした。

 どうせ部屋に帰っても本音さんはクラスメイトと一緒にいるだろうから、少し付き合うことにした。

 

「そうだ。篠ノ之、凰、お前らはボーデヴィッヒとデュノアを呼んで来い」

 

 2人は返事をして他の2人を探しに行く。

 

「あ、それで思い出したんですが、この前織斑君がボーデヴィッヒの服を剥いて夜這いさせていたんですが」

「…………ほう?」

「ちょっと待て瞬! アレは誤解だ!!」

「い、一体どういうことですか一夏さん!?」

 

 詰め寄るオルコットさんを意外なことに止めたのは織斑先生だった。

 

「落ち着けオルコット。おそらくだが、ボーデヴィッヒが変な知識を仕入れて暴走したんだろう。昔からそういうところがあったからな。………仮に影宮の言う通りだったら、私は弟の教育方針を変えなくてはいけないがな」

 

 織斑先生に睨まれて怯む織斑君。僕は慣れないといけない環境だったから普通に立っていられた。

 なお、静流は止まっている相手にも容赦なく殴る。気に入らなければ半殺しとか普通だ。骨は半分も折らないけどね。残念ながら織斑先生が勝てるビジョンが見えない。

 

「ところで、話って何ですか?」

「ああ、少し待て………それよりも、お前は窓の方を見ておけ」

 

 言われた僕は大人しく窓の方を見ておく。殺気とかくればすぐに反応して切り返せば良いだけだとナイフを持つ。さっきから織斑君がオルコットさんにマッサージしているけど、それと何か関係あるのだろうか?

 

「おー、マセガキめ。しかし歳不相応の下着だな。それに黒か」

「え………きゃああああッ!?」

 

 悲鳴を上げるオルコットさん。僕は意図を察して顔を戻すとオルコットさんが顔を赤くして立っている。

 

「せ、せっ、先生!! 離して下さい!!」

「……やれやれ。教師の前で淫行を期待するなよ、15歳」

「い、い、いっ、インコっ……!?」

「冗談だ。……おい、聞き耳を立ててる4人、そろそろ入って来い」

 

 ドアがゆっくりと開く。4人が何かを想像して顔を赤くいる。

 

「一夏、マッサージはもう良いだろう。ほれ、全員好きなところに座れ」

 

 言われて僕は少し離れたところでいつでも立てるように座る。

 

「ふー。流石に2人連続ですると汗かくな」

「手を抜かないからだ。まぁ、お前はもう一度風呂にでも行ってこい。部屋を汗臭くされては困る」

「ん。そうする」

 

 着替えを持った織斑君はそのまま部屋を去る。どうやら僕がここに残ることに関して違和感はないらしい。

 そんなことを考えていたけど、誰も何も発しない。見かねた織斑先生が口を開いた。

 

「おいおい、葬式か通夜か? いつものバカ騒ぎはどうした」

「い、いえ、その………」

「お、織斑先生とこうして話すのは、ええと……」

「は、初めてですし……」

 

 僕と織斑先生は少し呆れた。織斑君が他の女子生徒と仲良くなっているだけで武器を出す人たちが何を恐れているというのだろうか?

 

「まったく、しょうがないな。私が飲み物をおごってやろう。篠ノ之、何がいい?」

 

 だけど篠ノ之さんは何も言わないどころかいきなり名前を呼ばれて驚いていた。織斑先生は備え付けの冷蔵庫を開けて清涼飲料を6人分取り出して渡す。

 

「ほれ。ラムネとオレンジとスポーツドリンクにコーヒー、後は紅茶とコーラか。他のが良い奴は勝手に交換しろ」

 

 とはいえ、受け取った者に誰も何も言わないのでそのまま状況が進んでいく。僕も敢えて開ける振りと飲む振りをすると、織斑先生はニヤニヤした。

 

「飲んだな?」

「は、はい?」

「そりゃ……飲みましたけど……」

「な、何か入っていましたの?」

「失礼なことをいうな、馬鹿め。なに、ちょっとした口封じだ」

 

 織斑先生は新しく冷蔵庫から缶ビール。それを開けるとそのまま飲み始めた。

 

「ふむ。本当なら一夏に一品作らせるところなんだが、それは我慢するか」

「まぁ、調理器具を使うのは面倒ですからね。旅館の店で売っているものは流石にマズいですし。ところで良かったんですか?」

「何がだ? それに口封じは―――!?」

 

 織斑先生が驚いて僕を見る。そう、僕はまだ飲んでいない。

 

「飲め。今すぐ飲んでくれ」

「正直、喉は乾いていないんですよね。なのでコーラはお返しします。って言うか別に勤務中でもビールを飲むくらい構わないでしょ。織斑先生はいつでも出れるように拳銃を装備していてなおかつ真剣を手に届く場所に隠しているようですし」

「…………目ざといな」

「立場柄ですね。主に友人のせいでトラブル事がよくあったので」

 

 そう言うと同情的な視線を向けられた。

 

「まぁいい。……そろそろ肝心な話をするか」

 

 肝心な話、か。何か嫌な予感がしてきた。

 

「ところでお前ら5人は一体アイツのどこが良いんだ?」

 

 アイツとは、織斑君のことだろう。

 

「わ、私は別に………以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので」

「アタシは腐れ縁なだけだし……」

「わ、わたくしはクラス代表としてしっかりしてほしいだけです」

 

 篠ノ之さん、凰さん、オルコットさんの順番でそれぞれ言っていく。完全に言葉を間違えたとも言える。

 

「ふむ、そうか。ではそう一夏に伝えておこう」

「「「言わなくていいです!!」」」

 

 わかっている癖に意地悪な人だな。

 

「僕……あ、あの、私は………優しいところです」

「ほう。しかしなぁ、アイツは誰にでも優しいぞ」

「………そうですね。そこがちょっと悔しいかなぁ」

 

 嫉妬の視線をデュノアさんに向ける、織斑君に文句を言っていた3名。少し自重しろ。

 

「で、お前は?」

「つ、強いところが……でしょうか………」

「いや、弱いだろ」

「IS単位ではともかく、織斑君程度だったらいるよ。下手すれば織斑先生相手でも太刀打ちって言うか……殺せる人間」

「ほう、それは楽しみだな」

「あ、織斑先生。そいつ相手だと織斑先生が携行している武器なら普通に弾いたり切ったり返したりするような人間ですから意味ないですよ。刀だってもしかしたら普通に折る可能性が高いです」

 

 間合いに入って普通に折る未来しか見えない。

 

「………もしかして、そいつはあの―――」

「うん。舞崎静流」

「………前々から気になっていたんだけど、一体どういう関係なの?」

「幼馴染みたいなものだよ」

 

 そう答えると、みんなは納得したみたいだ。ただ一人、さっきからうずうずしている人がいるけど。

 

「それは良い。それよりも影宮、布仏とは今どれだけ進んだんだ? バスの中では抱き合って寝ていたが?」

「え? 嘘!?」

「本当だ。1組全員がそれを確認している」

 

 凰さんに篠ノ之さんが言うと、信じられないという顔を向けてきた。

 

「まぁ、本音さんだけは特別だよ。あの子は前に僕の事を守ってくれたから。他の人達が逃げていく中でね。だから彼女だけは信用しているし絶対に守るつもり。正直、僕は織斑君じゃないから他の生徒が殺されようが誘拐されて男に犯されようがどうでも良い。ここにいる君たちがそんな状況になっても動く気はない。自分の身は自分で守ってくれ」

「………それって家族も?」

 

 デュノアさんの言葉に頷いた。

 

「勘違いされているようだから言っておくけど、今の世の中で幸せな家庭なんてものはかなり珍しいよ。僕なんてIS適性があるってわかってからすぐに家族に売られたから。たまたま近くにいたのが静流と黒葉の魔王だから良かったけどね」

 

 あの2人だったらISを出されても逃げているだろうし……実際、生き残っているし。

 

「え? アンタ、あの「黒葉の魔王」とも知り合いなの!?」

「一体貴様の周りはどうなっているんだ!?」

 

 流石に国外には2人の偉業は知らされていないのか、2人が説明すると織斑先生を含めた4人が信じられないと言わんばかりに僕を見た。

 

「まぁ、ちょっと色々あってさ。あの人にはよくしてもらってるよ」

「…………って言うか、はっきり言ってイメージが湧かないんだけど。「舞崎静流」って言ったら親すらも病院送りにする悪魔で、「黒葉の魔王」は校舎破壊なんて意に介さない無慈悲な男でしょ?」

「………プライベートだから詳しくは言わないけど、静流に関しては両親の自業自得。むしろ元々野蛮ってわけじゃないから子どもが友達とはしゃいでぶつかったからって怒らないし、面倒見が良いから絆創膏とか貼って返したりするし、「魔王」は始まりは女の嫉妬だって。体力付けるために買った新しい自転車を壊された犯人をあらゆる方法で言い逃れできないように証拠を提示して暴走したところでかなりの数が反撃してきたので仕方なく使ったって話だしね。………というか、本人の前であまりそういうこと言わないでね。本人はあくまで自衛として戦っているだけに過ぎないから」

 

 まぁ、静流の場合は本気で強者を探しているから、完全に無害だとは言えないけど……。

 

「………仮に、仮にだ。もしその2人がお前と敵対した場合はどうする?」

「戦いますよ。その理由が本音さんで、世界のために殺さないといけないってことになっても………僕は本音さん以上に大切な存在を知らないから………」

 

 何とも言えない顔で僕を見る女性陣。? 僕、何かおかしなことを言ったかな?

 

「「「ごちそうさまでした」」」

「……何か奢ったっけ?」

 

 わけがわからないけど、話はそれだけで良かったのかしばらくしてから解散になった。




ちなみに、静流が祖父母の元にいたのは「Twin/Face」通りです。


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ep.23 篠ノ之束はお姉ちゃん

 翌日、昨日の旅館近くの砂浜から少し離れた場所でただ一人を除いて生徒全員が整列していた。

 ちなみにこの砂浜に行くには旅館から海の方に移動して整備された道を歩き、水族館であるあるな水中トンネルを通ってくることができる。周囲は一部崖になっていて、外部からの撮影はできないように特殊なバリアが張られている。

 

「ようやく全員集まったか。おい、遅刻者」

「は、はいっ!」

 

 珍しく遅刻してきたボーデヴィッヒさん。同居人は誰も声をかけなかったらしい。ちなみに僕の部屋には数人本音さん目当てで遊びに来たけど、僕が部屋に帰るとニヤニヤして帰っていった。

 何かあるとか思っているのだろう。実際のところ僕らは何もしていない。

 ボーデヴィッヒさんがコア・ネットワークの事を説明しているけど、僕は別の事を考えていた。

 

(今日のデータ取り、どうしよ)

 

 隼鋼には基本的に武装の追加とか来ていない。というかまず来ることはない。あれかな? 一人で新たに機動力を上げておけって話になるのかな?

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

 迅速に行えと言われても、どうしろと? という感じだ。

 仕方ない。僕はISの地上戦を練習しよう。……そう言えば、朝はどこからか落下したような音がしたな。罠は壊されていたから犯人は捕まえられなかったけど。もしかして透さんと静流が喧嘩でもして静流が罠にかかったけど破壊したとか?

 一部の監視カメラが使えなくなっていたから、なくはない。

 

「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」

 

 本音さんがクラスメイト達に引きずられていくのを悲しく思っていると、ふとそんな言葉が耳に入って来た。

 

「お前には今日から専用―――」

「ちぃいいいちゃぁああああああああんッッッ!!」

 

 砂煙を巻き上げて何かが走ってくる。僕は素早く本音さんの方に移動して傘を出して砂煙をガードした。

 

「………束」

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグハグしよう! 愛を確かめ―――ぶへっ」

「ちょうどいい、影宮。鋼鉄製の縄はないか?」

「棘付きならありますよ?」

「構わん」

「構おう!! 乙女の柔肌に傷つくことを構おう!?」

 

 …………いや、誰?

 そう思ったけど、関係ない。僕は懐から棘付きロープを出すと顔を青くしたその人が全力で抵抗して逃げ出した。

 

「影宮、済まないがそのロープを少し借りれないだろうか?」

「………知り合いなのでは?」

「知り合いだからこそ、だ。煮たり焼いたりして少しは黙らせる必要がある」

「煮たり焼いたりしたら黙らせるレベルじゃないですけど………」

 

 まぁ、織斑先生はまだマシだけど面倒ではあるし、今は大人しく渡しておこう。いざとなればどうにかするし。

 

「殴りますよ」

「な、殴ってから言ったぁ………。し、しかも日本刀の鞘で叩いた! 酷い! 箒ちゃん酷いよ!!」

 

 彼女は一体日本刀をどこから取り出したのだろう?

 

「え、えっと、この合宿では関係者以外―――」

「んん? 珍妙奇天烈な事を言うね。ISの関係者と言うなら、一番はこの私を他にいないよ」

「えっ、あっ、はいっ。そ、そうですね………」

 

 あっさりと引いた山田先生。声をかけるのは良いけど引くのが早すぎる。だから生徒に舐められるとそろそろ気付いた方が良い。

 

「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている」

「えー、面倒くさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」

 

 その態度は僕に警戒心を抱かせるには十分だった。天才という人種は人を困らせるのが得意らしい。

 

「はぁ……。もう少しまともにできんのか、お前は。そら一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ」

「こいつは酷いなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでいいよ?」

「うるさい、黙れ」

 

 ため息を吐く織斑先生。僕は同情的な視線を向けると、織斑先生はさらにため息を吐く。

 

「え、えっと、あの、こういう場合はどうしたら……」

 

 心配になったのか山田先生が織斑先生に尋ねると、

 

「ああ、こいつはさっきも言ったように無視して構わない。山田先生は各班のサポートをお願いします」

「わ、わかりました」

 

 友人としての義務と思っているからか、とはいえ織斑先生のアイアンクローから逃げる人だからなぁ。たぶんスピードなら僕は追従できるけど、パワーじゃどうにもならない。

 

「むむ、ちーちゃんが優しい……。束さんは激しくじぇらしぃ。このおっぱい魔神め、たぶらかしたな~!」

 

 僕もそろそろ別のことをしようかと思っていると、そんな言葉が聞こえてきたので振り向く。よかった。本音さんじゃないや。

 

「きゃああっ!? な、なんっ、なんなんですかぁっ!」

「ええい、良いではないか良いではないか~」

「止めろ馬鹿が。大体、胸ならお前も充分にあるだろうが」

「てへへ、ちーちゃんのえっち」

「影宮、ギロチン持ってこい」

「流石に持ってませんよ」

 

 おそらく透さんも準備していないだろう。必要ないから。

 

「……あの、それで……頼んでおいたものは……?」

「うっふっふっ。それは既に準備済みだよ。さぁ、大空をご覧あれ!」

 

 反応が起こるとすぐに隼鋼を部分展開して狙いを定めようとしたところで織斑先生に止められた。

 

「まだいい。それとわかっていると思うがな、束」

「なんじゃらほい?」

「アレをそのまま着地させようものなら、破壊させるからな?」

 

 すると束と呼ばれた女性は素早く何かを入力し、減速させてある程度の所で支えを射出して固定する。

 菱形状のそれからアームによってISが出された。

 

「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと「紅椿」! 全スペックが現行ISを上回る束さんのお手製ISだよ!」

「織斑先生、あの菱形の奴って持って帰って良いですか? 先輩にはお世話になっているのでプレゼントしたいんです」

「そうだな。旅館の駐車場になら移動して構わん。そこで渡せ」

「ストップストップ!! そこ! なに別の所で騒いで……いる……」

 

 束って女性と目が合ってしまった。

 だけどその女性の様子がおかしく、僕の所に接近してくる。

 

「………似てる」

「おい、束。急に―――」

 

 僕は束という女性にアッパーをかました。本音さん以外の女性にパーソナルスペースに入られるのは我慢ならないんだ。

 

「た、束さん!?」

 

 織斑君がその光景に驚いて近付いてくる。でも僕は容赦なく―――思い上がった家畜を潰すために止めを刺そうとしたところで織斑先生に止められた。

 

「落ち着け、影宮。こいつはまだ生かす必要がある」

「………わかりました」

 

 嫌々だけど、大人しく従うことにした。

 

「さて、と。山田先生、少しこいつと話すことができた。生徒の事をよろしくお願いします」

「わ、わかりました」

 

 織斑君がこっちに詰め寄ってくる。が、それを織斑先生が見ていたようで―――

 

「織斑、先程の件で影宮を責めるのは禁止する」

「な、何言ってんだ千冬姉!?」

「織斑先生、だ。影宮、織斑が余計な事を言った場合、ISを使わなければ倒して構わん」

「わかりました」

 

 余計なことを言った場合、ということに驚きを感じたけど僕は突っ込まないことにした。

 

 

 

 

 

「さぁ! 箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか! 私が補佐するからすぐに終わるよん!」

「……それでは、頼みます」

 

 しばらくしてからアイアンクローをした状態でさっきの人を連れた織斑先生が戻ってきた。

 あっさり離して先程の事がなかったかのように作業を始めているけど、周りは流石に気になって仕方がないようだ。

 

(……姉妹仲はあまりよくないのかな?)

 

 フランクに話させようとした姉だけど、妹は無視したりと姉を拒絶しているみたいだ。

 

「本音さん。あの機構って《雪片弐型》が零落白夜を発動させるときの機構に似てない?」

「たぶん。でも、それがどうしたの?」

「白式って、もしかしたら篠ノ之束が開発した機体じゃないかなって思って」

 

 ならば少し納得できることがいくつか起こる。

 

「どういうこと~?」

「篠ノ之さんは篠ノ之束の妹だけどISを持っていなかった。考えてみればこれっておかしいことじゃない? 妹から姉に対する評価はマイナスだとしても、姉から妹に対する評価は高い。だから最高の機体をプレゼントしたくて敢えてプレゼントしなかった、とかじゃないかな?」

「………でもさ、いくら身内ってだけで篠ノ之さんが専用機をもらうのはズルくない?」

 

 たぶん1組じゃない生徒がそう言った。

 

「そう思うのは、まだ君が裏の世界を知らないからだよ」

「え?」

「ISは結局のところ兵器だ。篠ノ之束本人が何を思って作ったのか知らないけど、少なくとも今の汚い大人たちはそういう方向でしか見ていない。それに機体は篠ノ之束製作のハイスペック機。それが個人に渡ったらどうなると思う?」

「……どう、なるの?」

「強くなることを強いられる。そうじゃなければ彼女はいずれ誘拐されて大変な目に遭うってところじゃない? ほら、篠ノ之さんって胸がデカいからいろいろできそうだよね。あんな女に発情する奴の気が知れないけどさ」

 

 少なくとも興奮とかした覚えはないかな。

 でも、篠ノ之さんの体型を考えればそういう風に使おうと考える人間は現れるかもしれない。篠ノ之束の妹ということは少しはもう一人の篠ノ之束を生み出す母体になれる可能性があるのだから。

 

「そう考えると、有名人の血筋って可哀想だって思っちゃうね。特に女なんて男と違って捕虜の扱いとかどうでも良いと思っている人間に渡せば色々されるしね」

「……………」

 

 さっき、篠ノ之さんに良い感情を抱いていなかった生徒は顔を青くして篠ノ之さんに同情的な視線を向けた。それは他の人達も同じで、一気に視線が集まる。

 

「―――まぁそうなんだよねぇ。私は最初は全く宇宙を開拓するために作ったのにどうしてこうなったのかなぁ」

「…………独り言なら申し訳ないですが、たぶん発表する時期が早すぎただけなのでは? 僕は先輩の影響で宇宙は危険がいっぱいだという認識はありますが、大人たちは「所詮空想だ」とか勝手に否定しますからね。銀河系に本格進出していないんだからISくらいがちょうどいいどころかむしろ弱いと思った方が良いのに」

「だよねぇ。本当にそう思う」

 

 うんうんと頷く篠ノ之束。さっきまで篠ノ之さんの機体を見たり織斑君の機体を見たりしていた彼女は何故か僕の所に来ていた。試しに少し動いてみると篠ノ之束も付いてくる。

 

「………織斑千冬はあちらですが?」

「知ってるよ。君に用があるんだ、影宮―――いや、光宮(ひかりみや)瞬君」

 

 すると織斑姉弟と篠ノ之さんが驚いて僕を見た。

 

「………は? いや、光宮って何―――」

「まぁ、それは良いとして―――」

 

 いや、良くないでしょ!?

 だけど彼女はそれ以上語る気はないのか、それともさっさと先に進めたいのかわからない。

 

「やっと会えた」

 

 そう言って彼女は僕に抱き着こうとした。だけど僕はすぐに回避する。砂浜に激突した篠ノ之束だけど、起き上がると泣き始めた。

 

「えーん。せっかく会えたのに全然相手にしてくれないよ~」

「…………」

 

 たぶん、今僕はこの人をゴミを見るような目で見ているに違いない。………そう言えば、訳が分からない状況になったら一度深呼吸して相手の言い分を聞いてから全身の骨を折ると良いって………アドバイスは透さんだけど骨を折る部分は静流だ。

 

「えっと、すみません。僕はあなたと何の接点もないはずなんですけど……」

「覚えてないの!? 10年前に会ったじゃん! その時に一緒にお風呂に入ったりして、「束お姉ちゃん大好き」って言って抱き着いてきたのに~」

「………10年前、ですか」

 

 実は僕は10年前以降の記憶はほとんど消えてしまっている。

 衝撃的な記憶が大体その時に起こった―――そう、両親の死だ。たぶんその時に頭を強く打ったと思っている。

 

「もしかして、忘れちゃった?」

「………ええ」

 

 すると篠ノ之束は泣きそうな顔をして、僕の身体に抱き着こうとするので回避する。

 

「そう言えば、妹さんの相手はしなくていいんですか?」

「………行ってきまーす」

 

 なんというか、名残惜しそうに行く篠ノ之束。すると織斑先生が僕の方に近付いてきて聞いてきた。

 

「知り合いだったのか?」

「………僕も今知りました。10年前って言ったら、両親が自動車の整備不良による爆発で死んだときなんですよね」

 

 そんな会話をしていると、織斑先生から発せられる気配が変わった。そして―――

 

「た、たた、大変です! 織斑先生!!」

 

 急に山田先生が織斑先生を呼ぶ。あの慌てぶりは尋常じゃないかもしれない……気がする。

 

「どうした?」

「こ、これを!」

 

 そう言って山田先生は織斑先生に端末を渡した。

 

「特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし……」

「そ、それが―――」

「待て。少し移動しよう」

 

 先生2人は僕らから距離をとる。かなりマズい案件のようだ。

 しばらく話していたけど、やがて2人は分かれて織斑先生が自分に注目を集めた。

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上だ!」

 

 だけどみんなは唐突のことで混乱し始めた。だけどそれを収めたのは織斑先生。

 

「とっとと戻れ! 以後、許可なく室外に出たものは我々で身柄を拘束する! いいな!! それと専用機持ちと布仏は我々と共に来い! それと篠ノ之ものだ」

「はい!」

 

 降り立った篠ノ之さんが気合の入った返事をする。

 何はともあれ、僕らはまた面倒なことに巻き込まれるみたいだ。




さて、面倒なことが起こりますよ~


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ep.24 敵は軍用IS

「では、現状を説明する」

 

 花月荘に戻った僕らは風花の間という宴会用の座敷に案内された。本来なら使う予定はなかったはずだけど、こういう有事の際だからこそ許可が降りたかもしれない。

 空中投影型のディスプレイは部屋の明かりをできるだけ落とした方がよく映るので照明は設営が終了すると同時に消された。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

 それを聞いた僕は頭を抱えた。確かアラスカ条約で軍用の開発は禁止されていなかったっけ?

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2㎞先の空域を通過することがわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

 言うなれば第一防衛線みたいな感じかな。でも、軍用相手に訓練機が相手になるとは思えない。

 

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

「はいぃッ!?」

「織斑君うるさい」

 

 僕らが呼ばれたということはそういうことだ。そもそも僕らの機体じゃないとスペック的に無理があるだろうに。

 

「何でそんなに落ち着いていられるんだよ!?」

「環境の違いじゃない? 僕は静流の友人だから、高がISの暴走如きでとやかく思わないの」

「日本の方に行ったらどうするつもりなんだよ!?」

「今頃IS操縦者が準備しているでしょ。仮に本土の方に行ったって日本は日本で対処すればいい。むしろやらなければならない。そう考えると気楽なものだよ」

 

 というよりも、できるのは透さんぐらいなものかもしれないが。あの人はたぶんISなくてもISを破壊することができるから。

 

「私語はそれまでにしろ。作戦会議を始める。意見があるものは挙手するように」

「はい」

 

 先に手を挙げたのはオルコットさんだ。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

「わかった。ただし、これは二か国間の最重要軍事機密だ。決して口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも2年の監視がつけられる」

「了解しました」

 

 オルコットさんだけじゃない。他の代表候補生も了承しデータが配られる。僕らにもついでにデータが配られた。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」

「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかも、スペック上ではアタシの甲龍を上回っているから、向こうが有利……」

「この特殊武装が曲者って感じはするね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来ているけど、連続しての防御は難しい気がするよ」

「しかもこのデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルもわからん。偵察は行えないのですか?」

 

 代表候補生4人を代表してボーデヴィッヒさんが質問すると、織斑先生が首を振った。

 

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。最高速度は時速2450㎞を超えるとある。アプローチは1度が限界だろう」

「1回きりのチャンス……ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 

 山田先生の言葉に僕を除いて全員の視線が織斑君に向いた。

 

「え……?」

「一夏、アンタの零落白夜で落とすのよ」

「それしかありませんわね。ただ、問題は―――」

「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから、移動をどうするか」

「しかも目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

 

 僕はふと、上の方に視線を向けて銃を抜いた。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! お、俺が行くのか!?」

「「「「当然」」」」

「ユニゾンで言うな!」

「…………まぁ、不安要素はあるけどね」

 

 相手に近接攻撃を食らうかということと、織斑君に唐突に回避された時の対処ができるかという不安は。

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」

 

 実際、今の織斑君は覚悟なんてものはできていない。唐突のことで混乱するのはわかるけど、いくら何でも酷すぎる。僕らの立場を考えればこういう敵は今後いくらでも出てくるんだ。

 

「………やります。俺が、やってみせます」

「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

 

 その質問にいち早く答えたのはオルコットさんだった。

 

「それなら、わたくしのブルー・ティアーズが。ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきていますし、超高感度ハイパーセンサーも付いています」

 

 普通のISは大体『パッケージ』と呼ばれる換装装備を持っている。

 パッケージというのは、わかりやすく言えば追加装甲やそれに付属する武器などが一緒にされたもので、一時期話題になった3色の機体が近接型と砲撃型、高機動型の換装武器を使っていたが、そんなようなものだ。

 ちなみにISにはその機体専用の機能特化専用パッケージ『オートクチュール』が存在する様だ。

 

 ……たぶん、隼鋼にはないかもしれないけど。

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

「20時間です」

 

 僕は襖を開けて気配がある場所の真下に移動する。

 

「……それならば適任―――」

「―――待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」

 

 天井から篠ノ之束が首を出した。

 

「とうっ!」

 

 天井から降りてきた篠ノ之束を受け止めた僕はそのままリリースして襖を閉めた。

 

「織斑先生、偵察なら―――」

「ストーップ! その作戦はちょっとストップ!!」

「………兎って焼いたらおいしいんだっけ?」

「ちょっ!? 眼が怖い。眼が怖いから!」

 

 銃をしまって直接卸した方が早そうだと思った僕はまず絞めようとしていると、織斑先生に止められた。

 

「もう。あっちの意味でおいしく頂かれるなら別に問題ないんだけどさ、物理的に美味しく頂かれるのはちょっと……」

「すみません。吐きそうなので冗談でもそんなことは言わないでください」

 

 そう言うと固まり、三角の形で座って泣き始める篠ノ之束。実際、僕も今ぶちまけそうになっている。

 

「瞬、いくら何でもそんな言い方はないだろ」

「黙れ唐変木。ギロチンを落とされて死ね」

「ヒッ!?」

 

 本気で怯えられた。

 

「束」

「ちーちゃん……やっぱりちーちゃんは私の味方なんだね」

「ここはな、IS学園関係者以外立ち入り禁止だ」

 

 そう言って織斑先生は篠ノ之束を外に放り出した。

 

「話を戻す。今作戦だが―――」

「待って待って!! その作戦ちょっとストップ!!」

 

 また現れた篠ノ之束。ここから本気でウンザリしていると、平然と入ってくる。

 

「全く。一体何だ」

「聞いて聞いて! ここは断ぜん、紅椿の出番なんだよ!」

「……何?」

「紅椿のスペックデータを見て! パッケージなんかなくても超高速機動ができるんだよ!」

 

 相手にするのも馬鹿らしくなったので無視しているとそんなことを言った篠ノ之束。実の所そこはあまり驚かない。

 

「紅椿の展開装甲を調整して、ほいほいほいっと。ホラ! これでスピードはばっちり!」

「……聖天○極式?」

「……アル○オン?」

 

 僕と本音さんでそんなことを言っているが、全員が疑問を浮かべている。

 

「説明しましょ~そうしましょ~。展開装甲というのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー」

 

 へー。そーなんだー。

 ぶっちゃけ、天才が何をしてきたところで今更の話だ。

 

「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始~。いっくんのためにね」

「あ、それは良いです。というかそんなことは今はどうでも良いので、織斑先生。それでどうするんですか?」

 

 僕は結論を急がせる。無駄な時間を浪費して準備時間を減らしたくない。

 

「そうだな。でだ、束。紅椿の調整にどれくらいの時間がかかる?」

「お、織斑先生!?」

 

 オルコットさんは驚いていた。たぶん自分なら問題ないのにと思っているのだろう。でも、こういう場合彼女は邪魔になる。

 

「わ、わたくしとブルー・ティアーズなら必ず成功してみせますわ!」

「そのパッケージは量子変換してあるのか?」

「そ、それは……まだですが……」

 

 通常、量子変換に1時間前後の時間がかかる。今からするなら作戦に参加できるかどうかというところだ。

 

「ちなみに紅椿の調整時間は7分あれば余裕だね」

「よし。では本作戦では織斑・篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は―――」

「織斑先生、これから偵察に行って来ていいですか?」

 

 申し訳ないと思いながら言葉を遮ると、驚いた様子で僕を見た。

 

「どういう風の吹きまわしだ?」

「別に。ただ、僕は僕でしたいと思っただけので。それに僕の隼鋼は―――調整が無くても高が5000㎞にも満たない鈍馬に負けるほど遅くはありませんし、戦闘スタイル的に1人で戦うのは合っています」

「……良いのか?」

 

 無理をしているとでも思っているのだろう。実は全然そんなことはない。

 緊張は僕とは無縁なことってわけじゃなくて、単純に相手がISだからだ。もしこれが仮に静流が実はISを動かせて、機体を奪取したとかなら僕は参加しない。むしろ作戦事態を中止するように具申する。プライドなんてものはまさしくそこらの犬にでも食わせればいいレベルだ。いや、アレは意味が違うだろうけど。

 

「それに、素人2人のタッグじゃ不安要素はありますからね。それに情報がないなら得れば良い。でしょう?」

「………いや、どっちかというと―――」

「………」

 

 後ろを振り向くと、笑みを浮かべたけど怖い本音さんが立っていた。

 

 

 

 

 

「………でだ、どこまで考えている?」

「今回の件、ですか?」

「そうだ」

 

 何とか本音さんを宥めた僕は織斑先生に打ち合わせという名目で呼び出されていた。

 

「軍用機そのものが篠ノ之束が敢えて暴走させて、妹に華々しくデビューさせるための口実というところでしょうね」

「………やはりそう思うか。まぁ、これは忠告だが―――」

「ああいう手合いは、自分の思い通りにならないとキレるでしょう? 妹がアレなんですから大体察しますよ」

「……ならいいがな」

 

 僕は織斑君と篠ノ之さんに構っている人たちを放っておいて、1人で学園が用意した簡易カタパルトの方に移動する。隼鋼を展開して脚部装甲をカタパルトに接続するとカタパルトのシステムが本格的に起動する。

 

『影宮』

 

 通信回線が開く。織斑先生からだけどどうしたのだろう?

 

「どうしました?」

『あまり無理をするな。織斑たちが合流すればお前は援護に回れ』

「わかりました」

 

 こちらは最初からそのつもりだ。無駄な行動はあまりしたくない。

 

「ところで、織斑先生」

『……何だ?』

「弱かったら、別に倒してしまっても構わないんですよね?」

『みーやん! それフラグ!! フラグだから!!』

「しかも君に倒される方のね」

 

 カタパルトのシステムが指導し、各種センサーが作動して発射時に障害になる物がないことを示す。

 

『銀の福音は以後「福音」と呼称する。織斑と篠ノ之の準備は10分後に完了する見込みだ。検討を祈る』

「了解。影宮瞬、隼鋼、行きます!!」

 

 カタパルトが作動する。終着点に着くと同時に僕は切り離されてそのまま加速する。

 

「見つけた」

 

 僕は大型二銃身ライフル《シュヴェルト・ゲヴェール》を展開して引き金を引く。銃口付近からさらに4つの影が現れてそれらが福音を同じように攻撃した。

 

(もらった!!)

 

 刀を展開した僕はそれを何もないところで振るう。完全に虚を突いたつもりだけど福音は身体を一回転させて数㎜の所で回避した。

 福音はそのまま僕の前から去ろうとするけど、逃がすつもりは毛頭ない。そして―――隼鋼からは逃れることができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景に、代表候補生一同は唖然とした。

 福音は一瞬にして500mの差をつけた。しかし瞬は一瞬にして距離を詰めて福音の背中をナイフで抉った。

 ちょうどその時、一夏と箒が出撃した。

 

「………凄い、瞬時加速の非じゃない……非じゃない………けど……」

 

 シャルロットが徐々に言葉を無くしていく。当然だ。瞬がさっきから距離を詰めたり一瞬で背後に回って切りつけたりとしている。それを見るとどうしても見劣りしてしまう。

 

(…………とことん、規格外だな)

 

 千冬はそんなことを思った。もちろんそれは紅椿ではなく隼鋼のことである。

 隼鋼は福音とエンカウントするまでもかなり加速していた。しかもそれは―――紅椿を超えるかもしれないほどにだ。

 

『織斑君、福音は細かいスラスターの操作ができる。攻撃の時は工夫した方が良い』

『ああ、わかった』

 

 攻撃しながらも発見を一夏に報告することも忘れていない。

 

 そしてとうとう―――一夏たちが合流した。



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ep.25 邪魔なんだよ

またガンプラ作り始めてますが全然上達しません(´;ω;`)

基本素組+マーカーなので仕方ないかもしれませんが。


 一夏が福音に斬りかかる。福音はまた刃の数㎜を回避した―――が、瞬がライフルで攻撃してダメージを食らわせる。箒はふと瞬の方を見ると、狙撃にはかなり無理な体勢で撃っていた。

 瞬の援護があってから一夏は攻撃を当てることができている。しかしそれは最初だけであり、徐々に学習を始めた福音は綺麗に回避を始めた。

 瞬は一度攻撃を止める。そしてまた一つ拍を置いて攻撃をしようとした時、ちょうど一夏の攻撃が大振りになった。福音はその隙を突いて銀翼を大きく開いて前に着き出す。

 

「回避しろ!!」

 

 瞬の叫びに一夏と箒はすぐにその場から離れる。すると光を帯びた砲弾が次々と発射された。

 

「こんなの聞いてないぞ!?」

「僕の時は離脱を優先にしていたみたいだね―――あと」

「あと、何だ?」

「織斑君の攻撃が単調過ぎる」

 

 やはりブレード1本という欠点は大きすぎる。もっとも今はそんなことを言ったところでどうにかなるわけでもない。

 

「箒、左右から同時に攻めるぞ。左は頼んだ!」

 

 一夏からの命令に箒は頷いた。

 瞬は福音の下に回って射撃を行う。射線に人が入ろうとした瞬間に銃を引き、被害を出さないためだ。

 さらに言えば、福音の動きがさらに回避に特化し始めたことが原因だろう。遠距離射撃の練度が低い瞬は絶対的なタイミングでしか引き金を引かないことにしていた。

 

「一夏! 私が動きを止める!!」

「わかった!」

 

 箒がそう言うと二刀流で突撃と斬撃を交互に繰り出していく。

 

 紅椿の最大の特徴は「展開装甲」というものだ。機体の各所にはそれが備わっており、箒の動きに合わせて自動で装甲が援護するものとなっている。

 流石は篠ノ之束と言うべきだろう。機体は箒の動きに合わせて装甲が展開され、射撃が追加で斬撃したりと福音に確実にダメージを与えている。

 それを見ていた瞬はふとハイパーセンサーから送られた情報を読み取った。

 

(………船? 何でこんなところに……?)

 

 不審に思った瞬は本部に通信回線を開いた。

 

「織斑先生、戦闘区域に船が侵入しました?」

『……福音は2人に任せてお前は船を止めろ』

「わかりました」

 

 福音から離れた瞬はすぐに船に近付く。そして船に対して警告を発した。

 

「ここでは戦闘を行っています。至急離脱してください。繰り返します。この区域で戦闘が行われています。至急離脱して………」

 

 瞬は途中で警告を発するのを止める。脳で隼鋼に指示を送ると、生命反応がいくつかあり、船の操縦がオートになっていること、そしてこの船が「密漁船」だと返答を得た瞬は切断しようと刀を展開する。そこで―――すぐに船の前に出てシールドを張って光弾を防いだ。

 

(……考えてみれば守る必要なかったな)

 

 そして船を両断しようと刀のあるスイッチを入れたところで―――

 

「何をするつもりだ、瞬!!」

 

 瞬の様子に気付いた一夏は福音から目を離した。

 

「何をしているんだ、一夏!!」

 

 今度は箒が一夏に対して怒鳴る。瞬もそのつもりだったが、それよりも福音の挙動がおかしいと感じた瞬はすぐに2人の前に割って入りシールドで防ぐ。

 しかし元々は1機分を守るためのもの。完全に防ぐことなどできない。何発かが船へと向かって行く。その弾にいち早く反応したのは一夏だった。

 

「うおおおっ!!」

 

 瞬時加速と零落白夜の同時使用。しかもそれを最大出力で使用し、瞬が防ぎきれなかった光弾をすべて消した。

 

「な、何をしている!? 今影宮が囮になっているところで仕掛けていれば勝機が―――」

「船がいるんだ! 海上は先生たちが封鎖したはずなのに―――ああくそっ、密漁船か!」

 

 瞬はナイフを思いっきり回転させた後に福音の方に飛ばす。福音は光弾を放つのを止めて回避し、その隙に瞬は《シュヴェルト・ゲヴェール》を展開し、移動しながら光弾を福音に撃った。

 

「馬鹿者! 犯罪者などを庇って……。そんな奴らは―――」

「箒!!」

 

 2人は周囲が叫んでいるのにも関わらずに自分の世界に入った。

 

「箒、そんな……そんな寂しいことを言うな。言うなよ。力を手にしたら、弱い奴の事が見えなくなるなんて……どうしたんだよ、箒。らしくない。全然らしくないぜ」

「わ……私は……」

 

 箒は紅椿の装備である《雨月》と《空裂》を無意識に離し、手で顔を覆う。落とされた2本の武装は空中で粒子になって消えたことで一夏はある結論にたどり着いた。同時に―――上空から光弾が降り注ぐ。

 

「箒ぃいいいいッ!!」

 

 一夏は箒を守るために最後の瞬時加速を行い、箒の前に出る。箒に当たる筈の光弾はすべて一夏に当たった。

 福音が放つ光弾は着弾すると爆発するタイプのモノだ。それを諸に受けた一夏はそのまま箒に寄りかかり、その影響か2人はそのまま海へと落下する。

 

 その様子を瞬は見下すように観察していた。

 

 

 

 

 

 

「な、何してんのよアイツ!」

 

 一夏と箒が落ちたというのに動こうとしない瞬。それを助けようとせずただ眺めているだけだった。もっとも、視線は一夏たちの方へと向けているだけで周囲を警戒していないわけではない。

 福音は瞬に対して攻撃を仕掛けた。それを見た本音と千冬をすぐに回避をしようと指示するが、いつの間にか瞬は―――福音の背後でビームを放っていた。

 その流れ弾が密漁船に直撃する。その付近には一夏たちが沈んだ場所でもある―――が、瞬は構わない。

 

「ちょっ!? あの角度って一夏たちに当たるんじゃ―――」

「こ、攻撃を止めてください、影宮君!! その角度は織斑君たちに当たります!!」

 

 真耶はすぐに零司に攻撃を中止するように呼び掛ける。しかし瞬は攻撃の手を緩めなかった。

 

「影宮、すぐに攻撃を中止して織斑たちを確保して離脱しろ!」

 

 普通ではありえない行動に唖然としてしまった千冬は我に返るとすぐに命令を送る。

 

『………ゴミ2人の回収は山田先生とか他の教師にでもやらせてください』

「何?」

 

 そこで千冬は理解した。瞬は今、福音を一夏たちから離していることに。

 

「おい影宮!?」

『つくづく思うんですよね。どうして僕がISを動かしちゃったんだろって』

 

 そう言いながらも瞬は攻撃の手を緩めない。確実に福音を一夏たちから引き離していく。

 

『おっと、忘れてた』

 

 瞬は巨大な剣を展開するとそれを密漁船の方に敢えて回転数を上げて投げた。

 船は切断され、船体は2つに割れる。

 

『早くしてください。誰かわかりませんが船に潜んでいたみたいなので下手すれば織斑君らが回収されますよ』

「ならば何故船を攻撃したんですの!?」

『―――うるさいよ』

 

 痺れを切らした瞬。ライフルからフルオートの銃に切り替えて展開し、自分が得意とするクロスレンジに持ち込もうとした瞬間、福音は二段瞬時加速(ダブル・イグニッション)を使用して離脱した。

 

『…………逃げた?』

 

 まさか逃げられると思っていなかった瞬は呆然とする。

 少ししてため息を漏らし、瞬は一夏と箒を連れて離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬が離脱して少しした後、1人の少女が浜辺に現れる。

 その少女はぼろ着を肌に纏っており、破片でところどころ切っていて血が流れている。

 

「……タス……ケテ……」

 

 彼女は密入国者だ。あの船は確かに密漁船ではあるが、釣っていたのは行き場を無くした少女や年若い女性たちである。その少女もお金を稼ぐために非合法に海を渡ってきたが、ISの戦闘に巻き込まれてこうして近くの島に流れ着いたというわけである。

 元々栄養失調だという事もあり、ボロボロな身体をこれ以上を動かすことはできないようだ。

 だが、そのタイミングで一人の少年が現れた。

 

「…………はぁ」

 

 その少年は心からため息を溢してその少女をかつぐ。

 

「瞬の奴、容赦なさすぎだろ」

 

 少年―――静流はその少女が瞬の顔を見ていないことを心から願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 任務から戻った僕は落ち込んでいる篠ノ之さんとは違い、ノビノビとリラックスしていた。

 

「…………」

 

 まぁ、そんなわけなかったけどさ。

 報告書を書いていて、改めて自分の入力スピードの遅さにため息を吐く。静流は気が乗ると手加減することを忘れてキーボードを壊していて、制御装置を着けていた事を思い出して笑っていると、誰かが近付いてきたことを感じて警戒態勢を取った。

 近付いてくるのは4人。相手が誰かという事は把握したけど僕は構わず武器を構える。あの子はいないことは既に把握しているから躊躇う必要もない。

 

「影宮、話があるわ」

 

 そう言いながらドアを開ける凰さん。どうやら彼女には確認するという常識が備わっていないらしい。

 

「何かな?」

 

 なるべく冷静を装って対応するけど、彼女が言いたいことはなんとなくわかった。

 

「どうしてあの時、一夏たちを危険な目に遭わせたの?」

「危険な目?」

「一夏たちが倒れたのに、福音と戦った時のことよ!!」

 

 その事か。というか仮にも代表候補生なんだからわかっているだろうに。

 だけど僕の予想を反して、軍人であるボーデヴィッヒさんを含めてここにいる4人はどうしてかわかっていないらしい。

 

「どうでもよかったから」

 

 言葉を選ぶ必要性を感じなかった。

 僕にとって織斑君の生死なんてどうでもいい。むしろ今回の戦犯は織斑一夏だと断言できる。

 僕は怪しいから切った。法律的に殺人は犯罪ではあるけど、仮に一般の船だとしても偽装させれて妨害でもされたら面倒なことになる。仮に男の中に女性に対して良い感情を持っていない誰かが福音にウイルスを仕込んで暴走させたという線も考えられないわけじゃないからだ。

 空想の世界でしかないと笑われるだろうけど、少なくとも僕は1人だけやろうと思えばできる人を知っている。

 

「ど、どうでもいいって………本気で仰ってますの!?」

「いくら何でもあんまりだよ!」

「…………それ、本気で言ってる?」

 

 どう考えても代表候補生にあるまじき言葉だ。

 確かに被害は最小限の方が良い。でも今回出たのは素人の集団でさらに言えば僕とて倒されてもおかしくはない状況だったといえる。そんな状況で見捨てると言う選択肢は必ずしもなしというわけではない。

 そして何より僕がイラついたのは―――

 

「今回の事は彼にとっていい教訓になったはずだ。弱いくせに全員を助けるという下らない思想を振りまいた結果の自滅さ。そんな馬鹿が死ぬって言うんだったら僕は笑ってやるよ」

「―――!!」

 

 繰り出されるのは小さな平手だった。普通だったら早く見えるはずのその平手は何故かゆっくり進んだため、僕は()()()()()()で払いのけて彼女の首元にナイフを当てる。

 

「僕は言ったはずだよ。君たちが死んだところで何も感じないって」

 

 正しくは違うが似たようなことは言ったはずだ。

 メンヘラ? ヤンデレ? サイコパス? それがどうした。ならば一度本当の女尊男卑を味わってみるがいいさ。織斑一夏がああいう行動に出れるのは、姉の庇護下にあったからそう言う状況にいなかっただけに過ぎない。

 

「………狂ってるわよ、アンタ。いくら何でもこんな簡単にナイフを出すなんて―――」

「狂っているのはこの世界であり、始まりはバカな大人やオルコットさんみたいな女さ。それに僕の立場を考えればこれくらいの装備は当たり前なんだよ」

 

 織斑君や僕は基本的に武器の装備は許可されている。

 本来は僕の許可は危ういかなと思ったけど、あっさりと降りたのはたぶん透さんが暗躍してくれたおかげだろう。

 

「やるな。鈴だけじゃなく私たちに対しても警戒を怠らない。だが―――舐めるな」

 

 戦闘モードに入ったらしいボーデヴィッヒさん。確かに軍人ならば多少暴力をかじった程度の存在を抑えることなど容易いだろう。でも―――こっちが最近まで対峙してきた暴力は化け物だ。

 凰さんを無理矢理蹴り飛ばした僕は案山子のように立っていたデュノアさん、オルコットさんを蹴り飛ばしながらボーデヴィッヒさんに接近する。ボーデヴィッヒさんは余裕のつもりなのかシュヴァルツェア・レーゲンの右腕を部分展開してAICを発動させた。確かにそれならば素早い僕でも捕らえられるだろう。

 

「―――あげるよ」

 

 でもそれは―――あくまで相手をただの雑魚と割り切った場合による。

 僕は手に持っていたナイフを投げてボーデヴィッヒさんの集中を途切れさせた。

 

「遅い」

 

 腹部に掌打を叩き込んでボーデヴィッヒさんを吹き飛ばす。

 

「ラウラ!」

「もう手加減は―――」

「―――いつから錯覚してたの?」

 

 ―――僕がボーデヴィッヒさんを倒しただけで一息入れるなんて馬鹿なことをするって

 

 生憎僕はその程度で満足しない。

 次の相手は3人―――いや、4人だ。ボーデヴィッヒさんにナイフを投げて踏みとどまって僕の方を向こうとしている凰さんの顔を両手で掴んだ状態になり、オルコットさんとデュノアさんの顔に蹴りを叩き込もうとしていると、急に僕らに向かって大声が飛んだ。

 

「何をしているんですか!!?」

 

 山田先生だ。近くの部屋は織斑君が寝かされている簡易医務室。無駄に責任を感じている篠ノ之さんを諭した帰りかもしれない。

 

「別に。ただのスキンシップです」

「ただのスキンシップでボーデヴィッヒさんの近くにナイフがあるわけないじゃないですか!!」

 

 今回は本気で怒っているらしい山田先生。その怒りを何故6月末の大暴走の時にしなかったのかと疑問が出てくる。

 

「今はとても大変な状況になっているんですよ! ピリピリするなとは言いませんが、こんな時ぐらい別命があるまで待機していたください!」

「………わかっていますよ」

「わかっていないからこんなことをしているんで―――」

「何もわかっていないのはあなたですよ、山田先生」

 

 さっきから僕ばっかり責めているけど、先に絡んで来たのはそっちだ。

 山田先生は何故か僕に対して怯えた顔をする。当然だけど今の僕は丸腰というわけじゃないけど武器は構えていない。

 

「……あ……ああ……」

「先に仕掛けたのは凰さんたちです。戦犯を見捨てたことに対してらしいですが、彼女でもないのに彼女面するなんていい迷惑だと思いませんか?」

「……………」

 

 一言も発さなくなった山田先生。流石に様子がおかしいと思った僕は山田先生に近寄ろとすると、近くに来ていた本音さんに服を引っ張られた。

 

「どうしたの、本音さん」

「抱っこして~」

「………良いけど」

 

 でも何故? と思ったけど今は本音さんを抱きかかえる。

 

「ぷはぁっ! ………はぁ……とても苦しかったです」

「いや、何が?」

 

 別に僕は何もしていないのに。

 

「とりあえずみーやんは部屋で休んでて」

「………わかった」

 

 ジュースを渡された僕は大人しく部屋に戻る。

 彼女は生徒会役員という立場からこうして作戦に参加しているけど、帰ってから休憩している様子はない。

 喉も乾いていたしちょうどいいと思って喉を潤す。さっきの自分も珍しく冷静じゃなかったし、少しは頭を冷やすつもりでシャワーを浴びてからまた報告書を書こうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 救った少女から話を聞くと、彼女らは日本に出稼ぎに来たようだ。

 しかし渡航費はもちろんないため密入国という手段を使って日本に入国し、その途中であの現場に遭遇したようだ。操縦者はいたが、事件を察知するや否や他の乗組員と共に逃げたらしい。

 実の所、こういう話はとても珍しい話ではない。ISコアは日本やアメリカなどの先進国が独占したことによってほとんどの国がまた植民地と化し、さらには仕事すら減るという危機的な状況になっているのが今の世界の実情である。

 

「事情がわかった。君たちの人権はこちらが保証しよう。なに。場合によっては君たちの正式な入国処理はこちらでどうにかしておく」

「……アリガトウ……ゴザイマス……」

 

 カタコトの日本語でお礼を言う少女。その応対をしていたとある人物は交換条件を提示した。

 

「その代わりに、頼みが一つある」

「……ミズショウバイノシゴト(水商売の仕事)デショウカ(でしょうか)?」

「いや、仕事は普通に掃除とか洗濯とか、後料理とかだ。他の男たちに関係を強制されたら言ってこい。遠慮なく制裁を下してやる。………じゃなくてだな」

 

 まだ12歳前後の子どもが発する言葉に頭を抱えたその男はため息を吐いてから言った。

 

「さっき君は船を壊した人を知っているって言ったな? 悪いが、その人のことを恨まないでやってほしいんだ。本当は強いんだけど今は壁にぶち当たって本来の力を出せない故に警戒しちゃっているんだけど、本当は優しくて努力家で、事情を知ったらちゃんと謝る人間なんだけど………」

「…………ワカリマシタ。オンジンデアルアナタガ(恩人であるあなたが)ソコマデイウノナラ(そこまで言うのなら)

 

 言質を取った男―――夜塚透は心から安堵した。




実際、ISコアは一部の国が独占してもおかしくないと思う。素人が地球上に存在している国を知って適当に思ったことですが。


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ep.26 福音、強襲

 瞬と鈴音たちが揉めて少し経った。周囲が夕暮れ時になった時、

 風花の間に突然アラームが鳴る。

 本音がすぐに対応すると、花月荘から去る5機のISの反応があった。

 

「一体どうした!?」

「脱走です! ブルー・ティアーズ、甲龍、ラファール・リヴァイヴ、シュヴァルツェア・レーゲン、それと紅椿です!」

「全員、今すぐ呼び戻せ!!」

 

 千冬はすぐにそう指示するが、それを真耶が首を振って答えた。

 

「ダメです! 全員、向こうから通信回線を切っているみたいで応答しません!」

「………あの馬鹿共が」

 

 そう言って舌打ちする千冬。

 

「布仏、ラファール・リヴァイヴに打鉄のシールドを取り付けることは可能か?」

「システムの書き換えに時間を要しますが、5分後には」

「わかった。山田先生、すまないが彼女たちの回収を頼みたい。一人でだ」

 

 かなり無茶な頼みだが、教師陣の中で千冬に告ぐ戦闘力を持っている。

 千冬とて暴走した生徒たちが何の策もないし仕掛けたとは思っていない。勝てる可能性がないわけでもないと踏んでいる。

 この暴走によって彼女らに着く制限はさらに大きなものになる。場合によっては監視が付くはずだ。

 

(真耶から瞬と他の専用機持ちらが揉めていたと聞いていたが、ちゃんと対処しておくべきだったか………)

 

 あの時、千冬は知らないわけではなかった。だが千冬も指揮をしている者として無闇に席を外すわけにもいかないし、向こうにはこういった作戦行動を経験しているラウラがいるからと楽観していた。

 

「そうだ、影宮はどうなっている!?」

 

 今更頼るのもおかしい話だとは思っているが、千冬はこれまでの瞬の行動から最も頼りになると思う人物が瞬だ。本人はいい迷惑だろうと思うので口に出さないではいるが。

 

「通信には応答していません」

「………そうか」

 

 だがこれは彼女はわかり切っていた。何故なら千冬は瞬を休ませるために一服盛ったのだから。

 とはいえ、この状況で瞬の不在は痛すぎる。

 

(隼鋼のスピードは攪乱にもってこいだ。だが………本人が出撃するかどうか………)

 

 一夏と箒の前が行くまでに偵察役を買って出たのは自分が先に倒すためだと千冬は推測している。

 そうじゃなければ何もあのタイミングでなくていいし、そもそも瞬は今まで興味を示していなかったのだ。

 

(………せめて、暮桜が手元にあれば……)

 

 千冬が国家代表を辞退できた一番の理由は、一夏が誘拐された事件後にISに乗る力を失っていったからだ。ドイツで教官をしていた頃はまだ問題なかったが、顕著になったのはその少し後のことである。

 

「山田先生の出撃後、他の者にも出撃してもらう。全員、いざという時のために備えてくれ」

「「「はい!!」」」

 

 千冬の言葉に全員が返事する。内心千冬は帰ってきたら厳しい処罰を下そうと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬の予想通り、専用機持ちたちの優勢だった。

 砲撃からのステルスモードを使用した奇襲。さらに紅椿を除くすべての機械が新兵装を量子変換し終わっており、高火力となり本来の戦い方をしている。いくら軍用とはいえ耐えられるものではないようだ。

 福音は数の多さに離脱を図る。しかし鈴音を乗せた箒が登場し、瞬時に鈴音を離しながら箒は福音に肉迫する。だがそれはフェイクだった。

 福音の手前ギリギリで上昇して離脱。同時に炎の球が福音に襲い掛かる。

 甲龍の第三世代兵器「衝撃砲」は砲弾はもちろん砲身すらも見えないことが特徴だが、今回は砲弾の透明機能を捨てて砲口数を増やす機能増幅パッケージ「崩山」の特徴だ。直撃を受けた福音は数でこのまま逃げ切る事は難しいと判断したのか、両翼を大きく開く。

 

『《銀の鐘(シルバー・ベル)》最大稼働―――放出』

 

 エネルギー弾が全体に放出される。その攻撃で紅椿のシールドエネルギーが減ることを危惧したシャルロットが自身に送られてきた防御パッケージ『ガーデンカーテン』を展開して箒を守るために自分の方に呼んだ。ラウラとセシリアに援護させ、シャルロットは箒と共に交代する。

 

「足が止まればこっちのもんよ!!」

 

 セシリアとラウラの攻撃で隙を作った福音にそう叫んで鈴音が福音の下から接近する。《双天牙月》で福音を斬り、至近距離で拡散衝撃砲を浴びせた。福音も負けておらず鈴音に《銀の鐘》を浴びせるが最後には福音の片翼を奪った。

 瀕死になりながらも敵の機動力を奪った鈴音はそこで油断し、体勢を立て直した福音から回し蹴りを食らった。

 

「鈴! おのれっ!!」

 

 箒はすぐさま攻撃態勢を取る。展開装甲の設定を少し弄ったとは言え流石と言うべきか、数㎞は離れていた福音との距離をすぐに詰めた。その勢いに乗ったまま福音に2本の刀で斬りかかるが福音はそれをあろうことか掌で受け止めた。

 驚きを露わにする箒。刀からエネルギーを放出させるが福音は構わないようだ。

 力任せに箒の刀ごと自身の腕を広げる福音。ラウラは箒に武器を捨てて離脱するように指示するが箒はその指示に反してその場で回転すると、機体が箒の意思に反応してつま先の展開装甲を開いてエネルギーの刃を発生させた。

 その刃は大きく開いたことで、前に移動させて箒に至近距離で攻撃を浴びせようとした福音の翼を切断し、福音もまた海へと墜ちた。

 安心する一同。全員が箒の下に集まり、安堵していると―――海の一部が爆ぜた。

 

「な、何だ!? 一体何が起こっている?!」

 

 突然のことに慌てふためく箒。その疑問に答えたのはラウラだった。

 

「全員退避!! これは『第二形態移行(セカンド・シフト)』だ!!」

 

 福音が起動してまだ24時間も経っていない。短期間で第二形態になった福音は周囲に球体を生成した状態で上昇し、球体を弾き飛ばす。

 

『キアアアアアアアッ!!!』

 

 まるで獣の咆哮を思わせる雄叫びを発し、福音はラウラへと迫る。ラウラはスピードに対応しきれず足をつかまれる。

 

(……そんな……まさか……)

 

 ラウラは信じられなかった。福音は切断された翼を再生し始めたのだ。その時彼女の視界にシャルロットが助けようと接近してくるのを確認したラウラはすぐに叫んだ。

 

「よせ! 逃げろ! こいつは―――」

 

 ラウラの言葉は最後まで続かない。福音のエネルギーの翼に抱かれ、ズタズタに引き裂かれたからだ。

 

「ラウラ! よくも!!」

 

 ラウラが海へ墜ちることもいとわず、シャルロットは怒りに任せて福音に攻撃を浴びせようとしたが、一瞬で接近した福音はエネルギーの翼を伸ばしてシャルロットの首を絞め、海面に叩きつけた。

 

「な、何ですの!? この性能……軍用とはいえ、あまりに異常な―――」

 

 絶望のあまり、声を漏らすセシリア。墜ちた2人を助けようと箒、鈴音と共に攻撃するが福音はセシリアの攻撃を相殺し、セシリアの眼前に迫った。

 

「させるかぁあああああ!!」

 

 セシリアを守るために鈴音が割って入り《双天牙月》で攻撃し、拡散衝撃砲で牽制するもすべて防がれ、セシリア諸共エネルギーの塊をぶつけられる。

 

「私の仲間を―――よくも!」

 

 箒は急加速し、福音に接近する。連続で斬撃を放ち、福音に攻撃を、された場合は回避を行う。しかし福音も二次移行したことによってスペックが向上しており、紅椿に引けを取らない―――だがやはり世代差というものは多少存在するようで徐々に福音が押され始めた。

 しかし、ここで紅椿の致命的な欠陥が露呈した。―――エネルギー切れである。

 声を発する前に箒は福音に球体のエネルギーをぶつけられ、海へと墜落した。

 

 

 

 

 

 福音はそのまま旅館の方へと向かう。そこで専用機持ちが倒されたことで出撃した教師陣と遭遇したがそれも簡単に撃退した。そして―――そのままプログラムに従ってただ旅館を目指していた。

 

 ―――そう、プログラムだ

 

 福音は今、何者かによってそのような行動を行っている。とある人物が発起するようにと。

 そのために福音は今旅館へと向かっているのだ。

 

 少しすると、福音はその場で停止。そして―――翼を増殖させた。

 次々と生み出されるエネルギーの翼。しかしそれは一発の砲弾が遮る。

 

「―――これ以上、やらせねぇ!!」

 

 現れたのは一夏だった。

 一夏は瞬時加速で福音の前に現れる。先程現れた時とは速度が変わっていた。何故なら、一体どういうことか白式が福音と同じく第二形態に移行していたからである。

 既に白式からの情報で第二形態の戦い方を知っている一夏は《雪片弐型》を右手で構え、斬りかかった。

 福音は回避するが、一夏はそれを第二形態に移行すると同時に手に入れた新武装《雪羅》をクローモードにして攻撃する。

 

「逃がさねえ!!」

 

 1mを超える爪が福音の装甲を切断する。その情報が福音に更新され、電子音で説明された。

 

『敵機の情報を後進。攻撃レベルAで対処する』

 

 4対8翼となったエネルギーの翼を大きく広げ、さらに横腹からも翼を生やした福音は距離を取ると一夏に向かって斉射した。

 

「雪羅、シールドモードに切り替え!」

 

 咄嗟にシールドを展開する一夏。これもまた雪羅の能力である。

 『雪羅』はクローモードやシールドモードなど装備を切り替えて戦うことができる。しかし、今一夏が使用した装備はどちらも重大な欠陥を抱えた。

 

 ―――そう、どちらも零落白夜同様にシールドエネルギーを大きく消耗するという欠点だ

 

 旅館に行かないようにシールドを大きく張って攻撃を全て無効化する一夏。そんな時――福音の脇腹に銃弾が直撃した。

 

「え!?」

 

 突然のことに一夏も驚き、発射された場所を見ると、長距離射撃装備《撃鉄》を構えた本音がいた。

 普段はのほほんとしていて頼りなさげなイメージを持つ一夏は意外そうに感じながらも本音をマジマジと見る。そしてすぐに本音に警告した。

 

「今すぐ逃げろのほほんさん! 訓練機じゃ分が悪すぎる!!」

 

 それは本音自身知っていることだ。そうじゃなければ千冬も最初から専用機持ちに対処を頼んでいない。

 しかし今一夏がいる場所はマズいのだ。だからこそ本音という囮は必要だった。

 そして本音の狙い通り―――福音は本音のいる方へと移動する。

 

「させるかぁあああ!!!」

 

 叫びながら本音を守ろうと福音の後を追う一夏。だが、シールドエネルギーの消耗のツケが機体に来ているのか、従来出るスピードが出ない。

 福音は見せしめのつもりか、一夏から距離を取って自身の頭上にエネルギーの球体を生み出した。一夏は必死に止めようとするが、予備のエネルギーの翼で回避する。そして―――

 

「―――あ」

 

 球体は線となって発射された。

 猛スピードで本音に向かうエネルギーの塊。本音は今すぐ離脱しようとするが―――間に合わない。

 当然だ。今、本音が使っている打鉄はそもそも盾を外し、バランサーを全く調節していない打鉄だ。それによってさらに言うと、《撃鉄》そのものを地面に難く固定したことも原因かもしれない。

 

 そしてとうとう、熱線は本音のいる場所に着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――福音はある意味、幸運だった

 

 操られているという点では不幸かもしれない。だが、幸運だった。

 

 

 本音はゆっくりと瞳を開けて自分の前に誰かが立っていることに気付いた。

 

「…………やぁ」

 

 その言葉が誰に発せられたのだろうか。

 瞬は両目を開くと、同じように額に―――第三の瞳が開眼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、彼らの下に何かが迫ろうとしていた。

 それはまだ地球にいない。だが、確実にその脅威は近付いていた。

 

(………そろそろ、か)

 

 男が立ち上がると下にいる人間すべてがすぐに男の方を向いて敬礼する。

 

「礼は良い。それよりも、現状の報告を」

「はっ! 現在、着地点と思われる花月荘付近で戦闘が行われている模様です」

「………ああ、例の暴走機か」

 

 少し考えた男だが、「どうでもいい」と結論付ける。が、どうしても気になったことがあるので質問した。

 

「それで、今交戦しているのは?」

「銀の福音に、白式と隼鋼、打鉄です。ただ―――すべての機体が形態を変えています」

「………白式は第二形態に……隼鋼もか?」

 

 いくら何でも早いと思った男だが、すぐに別の存在が補足した。

 

『どうやらもう4に到達したようだね。隼鋼はそれに対応するために制限が解除されたのだろう。それに―――』

「………本音の奴、まさかと思うが例の薬を仕込んだか?」

 

 以前渡したことを思い出した男はため息を吐く。

 男と本音が繋がっていることを瞬は既に知っている。そして質が悪いことに瞬は「本音が自分に害を成さない」と心から信じているので怒りの矛先が自分に向くと考えた。

 

『例の薬とは?』

「以前開発した回復薬だ。成功したはしたが………飲んだ直後に倒れるように眠る」

『君は龍にでも乗るのかい?』

 

 そのネタを理解した男は頭を抱えたが、それもまた「どうでもいいか」と捨て置いた。

 

「まぁいい。引き続き監視を頼む。それと格納庫にいる奴らには―――」

『―――待機だろ? というかもう瞬を倒していいか? あれほどのレベルだっていうんだったら俺のストレス発散ぐらいにはなるだろ』

『僕もサンセー。というかぶっちゃけ、IS学園に瞬以外にまともに僕らの相手をできる人間っているの?』

「いるわけないだろ」

 

 そう吐き捨てた男はまたため息を吐いて言った。

 

「待機していろ。まだ奴らが降りていないのに出て行かれたら色々と面倒だ」

『へいへい』

『………チッ』

 

 戦闘狂2人がそんな反応を見せる。男はさらにため息を吐いた。




瞬を簡単に強くさせる方法―――本音を人質に取るだけ。

なお、強さが並の人はそのまま壊滅ルートです。


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ep.27 襲来する異形

 大体はスッと目が覚める感覚で、頭も起きている。あ、起きているのはいつものことか………いや、この感覚は……

 

(とりあえず、透さん(あの野郎)に会ったら薬を全部燃やそう)

 

 即効性の回復クスリを目指した結果、強制睡眠後の覚醒剤を完成させたあの天才はたまには痛い目を見るべきだと思った。……とはいえ、今の状況は一体どういう―――って、はぁ!?

 

(何で福音がここにいるの!?)

 

 どこかに向かって離脱したところまでは覚えている。そこから帰ってきて凰さんらとのやり取り以外は何もしていないはずなのに―――どうして?

 僕はすぐに織斑先生との回線を開いた。

 

「織斑先生、これは一体どういうことですか!?」

『影宮、起きてくれたのか!』

 

 気になる言葉が聞こえたけど、とりあえず今は黙っておこう。

 

「それよりも現状を説明してください」

『……ああ』

 

 少し迷ったのか、間が置かれたけど織斑先生は話し始めた。

 福音は離脱後、少し離れた場所にて特殊なフィールドを構築して自身の傷の回復に努めていたこと。それが僕と織斑君以外の専用機持ちが察知して、5人で出撃したこと。一度は倒したが二次移行になったことで再起動し、専用機持ちと山田先生以外が使用した訓練機以外が撃墜され、先に復帰した織斑君が交戦していること―――そして、

 

「本音さんが―――何で!?」

『おそらく織斑が戦闘している場所が原因だろう』

 

 確かに織斑君が戦闘している場所は旅館のすぐ近く―――それも、生徒がハイパーセンサーを使わずとも視認できるほどだ。

 

(……君が生きてくれさえすればそれで良いのに)

 

 冷静に考えれば、更識姉妹が仮に命の危険に晒されたところでそうした組織が壊滅するどころか最悪の場合はそこを中心に地球が壊滅的な被害を受けるだけだから助ける必要はない。でも、本音さんは違う。たぶん生徒会だからとか面子だからとかで行動しているかもしれないけど、それは困るんだ。

 

 ―――そうなったら、アメリカとイスラエルにはこの地図上から消えてもらわないとね

 

 って、何を考えているんだ、僕は。僕の能力ごときでそんなことができるわけがないじゃないか。

 頭を振って思考を戻す。そう、今は福音をどうにか止めないと―――

 

 その時僕は、福音が本音さんに向かってエネルギーを放ったのを見た。

 

 咄嗟に隼鋼を展開した僕は、高機動型には似合わない綺麗な装飾をされた盾を展開しつつ本音さんの前に入った。

 

「………しゅ……瞬……」

「本音、無事?」

 

 そう言って僕は彼女の様子をハイパーセンサーで探る。画面に映る限りは問題ないみたいだ。

 

「君は今すぐ離脱して」

「………でも―――」

「大丈夫だから」

 

 異様に頭がスッキリする。そう―――むしろすべてが邪魔とすら感じるみたいに。

 

「瞬、後ろ!!」

「―――ねぇ」

 

 僕は後ろに腕を突き出すと、たぶん福音の装甲を抉った。

 

「いつから僕が、君如きの気配を感じられないって錯覚したの?」

 

 福音はさっきとは姿が違う気がする―――まぁでも、どうでもいいか。

 それにしても、まさかさっき逃げたのに今誰が自分の目の前にいるのか知らないのかな? というか、気付いていない?

 

 ―――どっちでも良いけどね

 

 僕は確信していた。この機体相手なら―――僕1人で十分だと。だから―――

 

「え?」

 

 向こうで織斑君が間抜けが顔をしていた。それもそうかもしれない―――何故なら僕が《雪片弐型》を装備したからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「回収はどうなっている?」

『とりあえず生徒は。ただ、人数がちょっと―――』

「…………は?」

 

 隼鋼が《雪片弐型》を展開したことを目撃した千冬は真耶の説明を無視し呆然とする。

 

(……あ……ありえん……)

 

 通常、1つのISに登録された武装を他のISが使う事はできない。もちろん一夏は許諾書を発行すればできることは知っているがしていないはずなのだ。

 

「織斑、応答しろ」

『え? あ、はい』

「お前は今すぐに山田先生と合流して回収を行え」

『ちょっ!? 瞬の援護は―――』

「邪魔なだけだ」

 

 そう言うとすぐに瞬が仕掛けた―――いや、消えた。

 少なくとも千冬と一夏にはそう見えた。実際、本音にもそう見えたのは確かであるし、福音にもそういう風に見えており攻撃が捉えられていない。

 

『………でも、いざって時は―――』

『いらないよ』

 

 福音はその場から離脱するが、上下左右と縦横無尽に攻撃が当てられる。

 

『織斑一夏、君は大人しく離脱してほしい。邪魔だ』

 

 はっきりと言った瞬に驚きを露わにする一夏。すると瞬は見かねたのか―――一夏に攻撃した。

 

「何をやっている、影宮!」

 

 驚く千冬。今すぐ止めさせようとするが、先に瞬が言った。

 

『織斑君、君がいつ織斑先生クラスになったんだい』

『え………』

 

 攻撃はそれだけであり、瞬はさらに福音の所に戻る。一瞬で距離を詰めてまた福音に《雪片弐型》で攻撃する。

 

『僕が知る本当の化け物の世界は、織斑先生すら小物として扱う』

『な、何言ってんだよ、瞬―――』

『なのに君たちは力を持っただけで強くなったと勘違いし、それを振るい、権力に溺れていく。本当の暴力を知らない故の傲慢さ』

 

 攻撃を絶やさずも言葉を紡ぐ瞬。福音は移動しながらも弾幕を張るが、瞬の回避力が異常すぎて当たることがない。

 

『見ててイライラするよ』

 

 福音の翼をすべて消した瞬は背部に回って《雪片弐型》で背部をズタズタにした。

 それは見るも無残な姿だった。あらゆる回路を切断し、二度と飛び立てないようにするぐらいの勢いでしていたため、かなり惨い。

 おそらくもう再生は不可能だろうと思えるほど破壊した瞬だが、その手はまだ止める気はないようでさらに斬ろうとしている。

 

『君の不幸―――それはIS操縦者の道を選んだことだ』

 

 蹴り倒し、福音を海面に叩きつける瞬。そして頭部を抑えて福音の背中に《雪片弐型》を突き立てようとした。

 

『―――止めろ!!』

 

 一夏が瞬に叫びながら接近する。千冬はすぐに一夏を制止しようとした。

 

「何をしている織斑! 今すぐ山田先生の援護を―――」

『できるか!!』

 

 二段瞬時加速をした一夏。あまり距離がなかったこともあり、一夏は瞬を蹴り飛ばした。

 

『何やってんだよ瞬! いくら何でもやり過ぎだ!!』

「それはこちらが判断することだ! 織斑、そこを退け!!」

『嫌だ! これ以上見ていられるか!!』

 

 まるでそれは駄々をこねる子どもそのものだった。

 

『大体、何で虐殺行為に《雪片弐型》を使う必要があるんだよ!? 確かに攻撃力は高いけど―――』

『―――そう』

 

 力説する一夏をさらに止め、命令しようと思った千冬の耳に届いたのは―――ただただ冷たい言葉だった。

 

『でもそれは―――君の考えでしょ』

 

 千冬は見た。隼鋼の右腕部装甲に巨大なパイルバンカーを展開されるのを。

 

『―――死ね!!』

 

 福音にそれが炸裂し、周囲の地面が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 土の雨が降り注ぐ。

 福音を操縦者に大ダメージを受けたことによって動かなくなった。結局のところ、操縦者はISのパーツでもあるということだ。瞬はそこを突いてあの大威力を食らわせたのだ。

 

「何でだよ」

 

 瞬は福音が解除された女性を安全な場所に移動させると一夏が怒りを露わにしながら声をかけた。

 

「何が?」

「何であんな凶悪な物を持ってるんだよ! そして、それを人に向けて撃てるんだよ!!」

「簡単だよ。僕は本音さん以外の女なんて基本的にどうでも良い。この人があのダメージで障害を負おうが知ったことじゃない。それだけだよ」

 

 その言葉を聞いた一夏は瞬に殴りかかった。だが瞬にはまだスローモーションに見え、簡単に回避する。

 

「ふざけんなよ! お前は何とも思わないのか!? お前には心がないのかよ!?」

「―――今の世の中で、そうやって女を思える男が何人いるんだか」

「何?」

「君は姉に守られてきたから知らないだけ。どうせ碌に注意されなかったんでしょ? 加えてその容姿じゃまともに注意する人間もいなかったんだね。でも―――迷惑だ」

 

 一夏の顎に隼鋼のマニピュレーターが直撃した。

 ハイパーセンサーをもってしても捕らえることができない速さ。それを食らった一夏がふらつくだけにとどまったのはシールドエネルギーが消費されてシールドバリア―が作動したのだろう。

 

「瞬!」

 

 本音が近くに降り立つ。瞬は打鉄のバランサー調整を終えたことに驚きながらも冷静に言った。

 

「任務は終わりだよ、本音さん」

「…………知ってる。でも、中々帰ってこないから―――」

「じゃあ―――戻って。そこの人を連れて」

 

 急に上を向いた瞬は何かを感知したようで焦り始める。そして、女性を本音さんに押し付けて一夏を蹴り飛ばした。

 

「な、何するんだ―――」

 

 シールドを展開した瞬は攻撃を防ぐ。その一撃でシールドは融解し、瞬は陸の方へそれを捨てた。

 

「2人共、今すぐ離脱しろ」

「わかった! でも―――」

「わかってる。絶対に戻るから」

 

 その言葉を聞いた本音はすぐに離脱する。

 

「織斑君、君もだ」

「何でだよ!?」

「先生、状況を教えてください! そっちでは何か感知していないんですか!?」

『………近くに隕石が来ていることぐらいだ。だがこの質量では燃えつきるはずだ』

「………じゃあ、その隕石が何で燃え尽きずにこっちに狙いを定めているんですか」

『何!?』

 

 瞬は飛び立つ。瞬には見えているからだ―――その隕石から虫のような姿をしたものが次々と飛びだっているのを。

 

『―――その理由はただ一つだ』

 

 どこからともかく男の声が聞こえる。それは風花の間の仮設本部にも、瞬たちにも聞こえた。

 

『彼らは遥か昔にも一度飛来し、特殊なバイオテクノロジーを用いて人族を操っていたんだ。だが、操れた人族は女だけであり、それもまた不完全なもの―――もっとも操られた人間はどういう因果かとある組織のトップになったけどね』

 

 その言葉を聞いた瞬は次々と虫が飛来しているにも関わらず動きを止めていた。そしてたった一言呟いた。

 

「………パパ……?」

 

 

 

 

 

 その頃、花月荘に戻っていた箒たち。だが、箒はあるものを目撃する。

 

「何だアレは!?」

 

 戻っていた全員がその言葉に反応する。しかし全員が首を傾げたのだ。

 

「何言ってんのよ、箒。何も見えないでしょ!?」

 

 実際、鈴音たちには見えていなかった。そんな時に彼女らに千冬から通信が入る。

 

『全員、ハイパーセンサーを切れ』

「へ? ちょ、何言っているんですか織斑先生!」

 

 当然のことに慌てる真耶。だが千冬は繰り返して言った。

 

『ハイパーセンサーを切って空を見ろ。今すぐにだ』

 

 その言葉から付き合いの長い真耶とラウラが察し、全員にハイパーセンサーを切るように促した。

 千冬からの指示という事もあったのだろう。次々とハイパーセンサーの機能を切ると、そこには信じられない光景があった。

 

 ―――虫の大群

 

 小さいものなら吐き気がする程度だろう。だがすべてがISと同じかそれ以上の大きさを保有している―――言うなれば、巨大虫の大群だった。

 

「ちょっ!? 何ですかアレ!!」

 

 一人の教員が叫ぶ。ほとんど全員が同じような気持ちだった。

 ただひたすらに思うことは「気持ち悪い」だ。

 だがそれらは一直線に花月荘に向かっている。ISには自動回復機能があり、先にやられた専用機持ちたちが動けるので向かおうとしたその時―――花月荘と虫たちの間に熱線が走った。

 それによって虫たちは万単位で消失される。虫たちは危機を察知して逃げ惑うが、何かが接近して次々と落としていった。

 

「まさか……あれはBT兵器!?」

「『流石はオルコット。もっとも、こいつはちょっと違うけどね』」

 

 どこからか声がした。彼女らはその方向を見ると、黒く禍々しい機体が紅黒い光を放っている。

 

「『君たち弱者の出番はないよ。ゴスペルが倒れるのを待ってあげたんだから我慢してよね』」

 

 そう言ってその操縦者はビットを飛ばしながら自身も移動しつつ射撃で次々と虫たちを倒していく。

 

 

 

 

 

 そして、同じような状況が別の場所でも起こっていた。

 

「『―――弱ぇ』」

 

 突然現れた機体が1体の虫を破壊するとそう言った。

 真耶たちの近くに現れた機体とは違っていたが、どうやら性格も違うようだ。

 

「『この雑魚共が、もっと本気出せや!!』」

 

 次々と金棒で破壊していく。まさしく「鬼」という風貌が似合っており、その近くでは金棒を振り回す機体を助けるように別の機体が次々と破壊していく。

 

「だ、誰なんだ………アンタたちは―――」

 

 瞬は驚きつつもすぐに本音たちの場所を探し、襲われているのを見てすぐに向かった。

 近くの敵を一瞬で4つに裂き、遠くにいる敵は

 

「こちらは彼女の援護に回る。そちらは任せた」

「『了解した』」

 

 千冬の許可を取らずにそう伝えた瞬。だが、まるでそれが罰当たりだと言わんかのように突然瞬の後ろに巨大な生物が現れた。

 本音を守らんと位置を変えた瞬間、虫たちが瞬を襲う。回避を続ける瞬だが―――数の差で押され始めた。

 

「瞬!!」

 

 流石に一夏もマズいと思ったのだろう。すぐに瞬の援護に入ろうとするが無理だった。

 

「クソッ!! 数が多すぎる!!」

 

 瞬は何とか抜け出したが、彼の目には信じられない光景があった。

 

 ―――本音が襲われているのだ

 

 尋常な数ではない。今もなお教員や他の専用機持ちたちがこちらに向かっているという通信も入っているが、瞬は本音を助けるために向かった。

 

 ―――それが罠だということも気付かずに

 

 瞬の近くで何かがぶつかる音がした。同時に身体の制御が効かないことに気付いた瞬は、少ししてから自分が攻撃をまともに食らってしまったことに気付く。

 瞬はその状態を見る。自分の身体に大きな円が開いており、誰がどう見ても致命傷だった。

 

 

 

 

 

 本音が悲鳴を上げる。一夏は瞬を助けようとするが虫たちに阻まれる。

 虫たちの次の狙いは本音であり、本音も一瞬で無力化されて連れて行かれた。一夏たちが抜け出した後には本音がいた場所には銀の福音に乗っていたナターシャ・ファイルスが浮き輪を付けられた状態で浮かんでいた。




少しこんがらがっていると思うので現状を。

・瞬が本音を守るついでに割と残虐な方法で福音を撃破

・一夏と瞬で喧嘩している所に本音がしばらく帰ってこないなぁと思って瀕死と思われるナターシャ・ファイルスを回収

・虫の大群が襲来

・ついでにヤバそうな奴らが乱入

・瞬が本音(とナターシャ)を守ろうと奮闘するけど、致命傷を受けて海に落ちる

・本音が連れて行かれる寸前にナターシャを落としても衝撃がない高さに移動して解放


こんなところです。


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ep.28 唯我独尊の殺戮者

「ねぇ、ジャック」

 

 一人の女性が愛おしそうに、怯え悲しむ少年に語り掛ける。女性は今もなお炎に巻かれていて、足は潰されて満身創痍だった。

 

「もしあなたに………好きな子ができたらその子だけを守りなさい」

「ママ……そんなことよりも……いまは……」

「良いのよ」

 

 炎が女性に移るが、女性は気にしない。むしろ少年の方が気にしていて怖がっている。

 

「………良い? あなたは、女性を殺す少年と同じ名前を持つ子。でも、それは私たちがあなたに強く生きて欲しいから付けただけにすぎないわ」

「……なんの……話をしているの……?」

 

 だが、それだけを言った女性は少年を突き飛ばす。同時に近くの車が爆発し、女性も巻き込まれた。

 しばらくして近くの人が通報したようで比較的早く到着。鎮火された。

 原因は車の整備不良とされており、これ以後―――少年は引き取られた家庭で酷い仕打ちをされることになる。

 

 

 

 その少年―――瞬は今、走馬灯のように思い出していた。

 

(………どうして……今更そんな……)

 

 意識が段々と遠のく。まるで自分がここで終わりだと宣言されているように感じた瞬は怒りを露わにする。

 

(……本音……さん……)

 

 瞬が求めたからか、ハイパーセンサーに本音の現在地が表示される。

 本音が乗る打鉄ごと誘拐されたからか表示されているようだ。

 

(………何で……誰も……本音さんを………)

 

 瞬は知らない事だが、虫たちは徐々に花月荘に向かい始めていた。

 専用機持ちたちは突然現れた3機が援護しているが、それでも数に苦戦しているのが現状であり、さらにはその数のせいで花月荘が本土から分断されていることも気付けていないのだ。

 

(…………僕は………)

 

 機体すべての情報が更新されていき、敵と思われるマーカーが「赤」で更新されていく。そして味方は「青」、わからないものは「黄」で表示された。

 

(………本音を………)

 

 ハイパーセンサーに本音が大型の虫に連れ去られていくのが表示された。その虫は芋虫のような姿をしている。瞬には、その虫が笑っているように見えた。

 

(………なきゃ……)

 

 瞬の口から泡が漏れる。死に体のはずの瞬からは何故か殺意が漏れ始めた。

 

(………殺さなきゃ……)

 

 ハイパーセンサーに次々とシステムが流れて行く。更新でもしていたのだろうか、途中でダイアログが展開された。

 

『あなたは、()()()()()()()?』

 

 「Yes」と「No」の選択肢が現れ、瞬は「Yes」を選択した。

 

 

 

 コードが流れ、次々と更新が進んでいく。その過程でアビリティがいくつも解放された。

 

 ―――すべての偽造OSが削除されました

 ―――更新完了まであと5……4……3……2……1……clear

 ―――システム再起動中………clear

 ―――真OS《ASSASSIN》、始動

 

 

 

 

 ―――おかえりなさい、ジャック

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『で、瞬の助けはどうするんだ』

 

 次々と金棒で破壊していく鬼型の機体を操る操縦者がそう質問すると、連続で次々と撃墜していく機体の操縦者がため息を吐いた。

 

『瞬の救出はしない。このまま放置する』

『はぁ!? って言うか邪魔だ!!』

 

 近くにいた一夏を金棒で殴って花月荘の方に飛ばした。さらに、金棒を投げて次々と破壊していく。

 

『っと。で、どうするんだよおい!』

『…………来たようだな』

『は?』

 

 途端に海が爆発した。2人が振り返るとまるで福音が第二形態に移行した時のように上昇する。

 

『来たか』

『やっとか。遅え―――』

 

 突然姿を消したかに見えた隼鋼。2人にダメージを与えて一直線に敵の群衆の中に突っ込んだ。

 

『あの野郎!!』

『落ち着け静流』

『一番槍は譲ら―――って止めるな!!』

『止めるわ。それよりも―――』

 

 急にかなりの虫が吹き飛んだことによって虫たちは標的は隼鋼の方に変えた。

 だが後ろから鬼型の機体が虫を吹き飛ばす。

 

『おうおうおう! テメェらどこ見てやがんだ!!』

『戦国時代に帰れ』

 

 冷静なツッコミは無視した鬼型の機体は虫たちを蹴散らすが、虫たちは無視して隼鋼を追う。その挙動を怪しいと思った鬼型の機体は帰って来た。

 

『………これって』

『まさか母艦までも存在するというのか?』

『―――ちょっと。こっちで虐殺してたら戻り始めたら急に撤退始めたんだけど、どういうこと?』

 

 他の機体の援護をしていた紅黒い機体も2機と合流する。

 

「待て!」

 

 紅の機体とそれに追随するように各国の専用機、さらには訓練機に搭乗している教員らが現れ、銃口を向けた。

 

『援護は感謝する。しかしここは別作戦の空域にしてされていたゆえ、拘束させてもらうぞ』

「『織斑千冬か。それよりも良いのか? 今向こうにアンタの生徒が行ったが?』」

『それに関しても後程こちらで対処する。それよりも―――』

 

 千冬が説明しようとした時、鬼型の機体が教員の機体を一撃で破壊した。元々連戦で弱っていたということもあるが、それでも異常なダメージを食らっていた。

 

「『今のは手加減してやった。で? やるの? 向こうは向こうで勝手に終わるだろうし、こっちとして家畜の分際で粋がっているブタ共を一掃してやってもいい―――』」

「『阿呆か!! 余計なことしてんじゃねぇ!!』」

「『まぁ、こっちも賛成だけどさ。弱いくせに粋がっているやつって公衆の面前でメスとしての自覚させながら喘がせて最後に串刺しにしてみたいというのはあるかな』」

「『初めて聞いたわその性癖!』」

 

 激しく突っ込む機体を見て千冬は画面越しにだが、同情的な視線を送った。

 

「『見ての通り、こちらはIS操縦者と足並みを揃える気はない。故にこちらはそちらの指示には従わない』」

『…………こちらとしてもそうはできないのだがな』

「『受け入れてもらうしかないな。そうしないと、割と真面目にそちらの生徒がミンチより酷くなる可能性が高いと思っていただくしかないな』」

『………そうか』

 

 そして千冬は―――全機の待機を命じた。

 

「な、何故ですの!?」

「この数でなら捕縛は可能です」

『それはあくまでも理論上だ。それに敵の能力は未知数だ。兵装はもちろん、奴らが持つ能力もな』

 

 千冬の考えは的を射ている。

 この3機の機体は例え1機でだろうがISを叩き潰すことが可能だ。1人1人が対多数戦に慣れており、機体も個人に合わせて作られている。

 そんな機体を相手にすればどうなるか、千冬は早々に察知していた。

 

『一つ、聞きたいことがある』

「『何でしょう?』」

『お前たちの目的はISコアか? それとも男性操縦者の身柄か?』

 

 1人の操縦者はその質問の意図を理解し、答えた。

 

「『ご安心を。こちらはあの虫どもを殲滅するために来ました』」

『ならばこそ、何故隼鋼を追わない?』

「『こちらは隼鋼の特徴を全て把握している。ああなった状態の影宮瞬の特徴もとある筋から情報を得ている。故に放置するべきだと考えた。故に、こちらは待機して撤退後の影宮瞬の援護に備えるつもりだ』」

「『そんなこと言っている間に一機が勝手に行動してますけどね』」

「『…………………まぁいい。放置する。というか下手に溜め込ませていざとなって脱走された方が面倒だ』」

 

 諦めたらしい。

 慣れている同型機の操縦者はともかく、IS学園勢は呆然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隼鋼の姿は大きく変わっていた。

 各所に展開装甲の機構が追加され、斬射切替ビットも8基追加されている。それらで虫たちを潰していった瞬はとうとう―――異形な形をした母艦を見つけた。

 まさしく禍々しいものの集合体とも言え艦。寄生されたのかどうかは考えずに瞬はひたすら本音を第三の瞳を開いた状態で探す。

 展開装甲から特殊なエネルギー粒子を放出させ、エネルギーフィールドを生成させた状態で突撃する。中に入った瞬は普通ならば吐きそうになる状態を何とも思わず移動した。

 

「………見つけた」

 

 その声に反応した虫は本音を抱えており、瞬は瞬く間に距離を詰めてその虫に風穴を開ける。それも、1度や2度ではない。

 周囲を破壊すると同時に跳ね返りながら何度も何度もその敵を攻撃する瞬。そして―――ISを解除された本音を布でくるんで入って来た穴へと向かう。

 

【サンプルが逃げた。捕まえろ】

 

 瞬には聞き取れない言葉が発せられ、次々と様々な形をした壁から現れるが瞬は容赦なく切り捨てると同時にビットで壁を刻んでいく。

 

【殺せ! 殺せ! 殺せ!】

【人間の女は我々の母体としても使える。逃がすな】

【男は殺せ! 新たなる頂点は我々―――】

 

 瞬が穴から外に出ると手榴弾が大量に入れ、爆発させた。が、瞬の破壊活動はそれだけに留まらない。

 本音を抱えた状態で近接ブレードを展開し、刃にオーラを惑わせた状態で横に薙いだ。すると刀身からオーラが伸びて迫りくる虫たちを切断していった。

 

(………帰るか)

 

 何をしに来たのかは理解していないが、優先順位を考えて今は本音を安全な場所に移動させることを優先した瞬は離脱しようとする―――が、そんな時母艦から大量の虫が湧いてきた。中には足の速いものもおり、本音を抱えた状態の瞬にとって物凄くマズい状況だ。

 

【人族の男……殺す】

【男は殺戮……男は根絶やしだ……】

 

 誰もかれもが瞬に対して敵意を向ける。その時―――巨大な金棒が大群めがけて振り下ろされた。

 

「『なるほど。大体理解した』」

 

 そう言った鬼型の機体の操縦者が自分の手元で縮小されていく金棒を振り上げてさらに振り下ろす。

 

「『つまり生存競争で勝った方がこの地球の支配者になれるってことだな………あれ? 面倒じゃね?』」

「………………」

 

 本音を取り返したことによって、冷静さを取り戻した瞬はその操縦者の発言に引きながらも、同時に何故機械音声でしゃべっているのだろうかという疑問を持ち始めた。

 

「『おいそこの操縦者。とっととその足手纏いを置いて戻って来い』」

「? IS操縦者は雑魚なんじゃないの?」

「『テメェは別だ』」

「…………わかった」

 

 瞬はすぐに本音に悪影響が出ない速度で花月荘に向かう。虫たちは追おうとするが、その行動をした虫たちは一瞬で吹き飛ばされた。

 

「『どこ見てんだ、テメェら』」

 

 鬼型のISの操縦者が阻むように移動する。

 

「『テメェらの相手はこの俺だ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花月荘に戻る途中、紅黒い機体とすれ違った以外は特に何もなかった瞬は無事に花月荘に着いた。そして風花の間の近くに着地した瞬は現れた千冬に本音を渡す。

 

「彼女をお願いします」

「待て、影宮。お前は―――」

「あの虫たちの根城を叩いてきます」

「―――許可できん」

 

 そう言い切った千冬。瞬は少し驚きつつもすぐに冷静になる。

 

「お前は身体に穴を開けたんだ。もう後は軍に任せるべき―――」

「無理ですね」

 

 そう言った瞬はとても静かに、しかし見る者すべてを魅了するかのように美しく笑っていた。

 

「軍程度がどうこうできる事態じゃないんです。それにまだここに来ていない時点で信用できません」

「し、しかしだな―――」

「大丈夫ですよ」

 

 千冬は思わず瞬から距離を取り、本音を守るように体勢を整える。

 

「これから行われるのは一方的な蹂躙ですから死ぬことはありません。それに回収した時に本音さんはISコアを持っていませんでした。なら、まだ艦にあると思うべきです」

 

 そう言って瞬は隼鋼を上昇させると専用機持ちもISを展開して上昇してきた。

 

「瞬、俺たちも行くぜ」

「いらない」

 

 即答だった。

 というよりも「何で付いてくるの?」とすら思っているようで、それが顔に出ていた。

 

「向こうは数が多いんだ。私たちも行くぞ」

「そうですわ。それに、私たちは現役代表候補生ですから足手纏いには―――」

 

 ―――一瞬だった

 

 紅椿はすべての展開装甲機構を破壊され、ブルー・ティアーズはスラスターと武装を壊されてしまった。

 

「別に君たちが言ったわけじゃないけどさ―――君たちが戦力になっていたのは、遠い昔の話でしょ?」

 

 そう言って瞬はすべての機構からエネルギー装甲を展開し、再度フィールドを展開して再度虫たちがいる場所に向かった。

 

「『………面白いな、君たちは』」

「な、何が面白いって言うのよ!?」

 

 鈴音の言葉にほとんど全員が同意しているようだ。相手は大型バイザーで顔の上半分を隠しているため、口だけは笑っていることだけはわかる。

 

「『今の影宮瞬と隼鋼ならば、他のISをすべて破壊することができる。君たちが恋愛にかまけている間にやるべきことをしていた成果だろう。もっとも―――今までは本来の力が封じられていた状態だがな』」

「ど、どういうことだよ!?」

「『そのままの意味だよ、織斑一夏。君はこれからも生きたいならばこれからはもっと本気で、それこそ死ぬ気で努力しなければいけない。そうしなければ君は卒業と同時に施設に送られて解剖されることになるだろう。残念ながら影宮瞬を止められるIS操縦者はもういないからね』」

 

 そう言って指揮官と思われる操縦者も瞬の後を追った。

 一夏は言われていることが理解できず、千冬はすぐさま本音を医務室に連れて行き、教員らに改めて休むように言った。




なんか男を見せたりカオスになっていますが、今は流してください。


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ep.29 4人目の異常者

 虫の親玉は驚愕していた。

 目の前の2人には容赦というものがなかった。それもそうだろう。片方は破壊と復讐、そしてさらなるステージへと進むために、もう片方は自分が大切に思っている施設と趣味のために戦っているのだから。

 そして、さらに2人が追加される。

 

「『待たせたな』」

「『遅いぞ』」

「『これで全員揃ったわけだね』」

「…………」

 

 瞬は思った。何でこいつらがここにいるんだろう、と。

 そもそも、本来動かせないはずなのに…とも。

 

(…………気にしない方針で)

 

 少ししてから、瞬は3人に関して考えることを止めた。というよりも、馬鹿らしいと思ったのだ。

 そもそも夜塚 透という存在がある時点で様々な常識は覆され続けているのだ。瞬にとってはそういうことはある意味日常茶飯事なのだ。………もっとも、瞬の存在自体が常識外になっているが。

 瞬は一気に加速して本命に向かう。すると虫たちの死骸が螺旋状になって浮かび上がり、形を成した。

 

「原住民が……調子に乗るなよ……」

 

 瞬は今、あるシステムを作動させている。そのおかげか目当てのモノがどこにあるのかわかった。

 

「いくら貴様らが特殊とはいえ我々は―――世界最強の兵器を操れる駒を揃えている」

 

 途中から言語が切り替わり、4人は疑問符を浮かべる。とはいえ―――

 

(ISコア、ゲット)

 

 瞬は既にISコアを奪取しており、そのまま離脱しようとしたところで壁に阻まれた。

 虫の悲鳴が辺りに鳴り響く。それを「生きている」と認識した瞬はエネルギーフィールドを展開して自身を刃へと変えて相手を切り裂いた。しかしどういう原理か巨大となった虫は瞬時に回復する。

 

「…………1つは本音さん用として、残りは―――」

 

 呟いた瞬は巨大虫へと迫り、次々と奪っていく。

 

(……な、何なんだこいつは?!)

 

 まさしく、この虫の親玉にとって大計算外なのが瞬だった。

 常識外の素早さ、さらにはたった1機で戦局を大きく能力の高さ。

 

「何故だ!? ISはすべて無効化したはず! なのに何故貴様は私の存在を感知できる!? 視認できる!?」

「………ああ、まだコアが残ってたんだ」

 

 そう言った瞬はさらにコアを探そうとしたところで視界が遮られる。

 

「殺せ! あの人間共を殺せ!!」

「『へぇ、僕らも含まれているんだ』」

 

 そう言った禍々しい紅黒い機体の操縦者は黒い電気を発し、

 

「『………随分と舐められたものだな』」

 

 まさしく人型に翼が生えた簡素な造りをしている機体の操縦者は周囲に水を纏い、

 

「『テメェが死ねよ、ゴミが』」

 

 鬼型の機体の操縦者は炎に似た覇気を纏う。

 それぞれが大技を放とうと構えた時、虫の親玉が悲鳴を上げた。

 

「ギヤァアアアアアアアアアッッッ!!??!!」

 

 突然の大声に3人は驚く。だが、その原因はすぐにわかった。

 人が知る心臓とも言える形をしたものにナイフが刺さっているからだ。

 

「みなさん、必殺技はここに撃ちましょう」

 

 笑みを浮かべる瞬。

 虫の親玉はそれが何かを理解した。が、何故それがそこにあるのかということを理解できないのだ。

 

「……何故……心臓が……」

「抜き取ったんではなく、僕が見たあなたの心臓を象ったんです。言うなれば、投影ですかね? ま、わかりやすく言えば影なんですけど、そのダメージが本体に行くのはわかり切っているでしょう?」

 

 その瞬間、親玉は理解した。

 

 ―――我々は、攻める星を大きく間違えたのだ、と

 

 

 

 そこからはまさしく悲惨な光景だった。

 思わず後から参戦しようと無理してきた千冬すら心から同情してしまいそうな必殺技を心臓に直に食らった虫の集合体はバラバラになり、生きている存在はすぐ離脱を開始した。

 中には母艦に戻り状況を宇宙にいる仲間に知らせるが、その行為はむしろ仲間の寿命を縮めることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦完了―――と言いたいところだが、お前たちは独自行動に重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ。ああ、それと―――」

 

 織斑先生が拳を振るう。無断出撃した専用機持ちたちは頭にもろにダメージを食らい、倒れた。

 

「貴様ら5人は専用機を没収する」

「なっ!? 何でだよ千冬姉!!」

 

 5人よりも先に反論したのは織斑君だった。えっと、まさか本気でわかっていないということはないよね?

 

「無断出撃のツケだ。とはいえ、4人は国家に所属する専用機持ちだからしばらくは、ということになるがな。ああ、それと織斑、お前もだ」

「―――え?」

 

 織斑君は驚いた顔をする。

 

「当然だろう。お前は作戦行動を無視して勝手な行動を取ったためだ。そんな未熟者に専用機など必要ない」

「でも―――」

「でももクソもあるか。………まぁ、確かにお前が出てくれたおかげで救われた面はある―――」

「だ、だったら―――」

「そもそも事の原因を引き起こした張本人なのに感謝もクソもないよ」

 

 僕がそう言うと驚いた風に織斑先生が僕を見た。

 

「どういうことだよ!?」

「織斑先生、あなたの弟さんはいっそのこと戦場のど真ん中に落として放置したら良いんじゃないでしょうか? そうすればこの脳内お花畑も少しは改善される……と良いなぁ」

「何が脳内お花畑だ! 俺はそこまで馬鹿じゃ―――」

「何言ってんの人類のゴミ代表。やって良いことと悪いことの区別がつかないゴミに更生の機会を与えてやっているだけでもありがたいと思ってよ。そして女は僕がISを動かしたことに心から感謝しろ。そして死ね」

 

 さっきからイライラが蓄積されていく。理由なんて言わなくてもわかるだろう………織斑先生は。

 

「そういう瞬の方がゴミじゃねえか!! 何で平然と相手を殺そうとできるんだよ?! 人として最低だぞ!?」

「それは日常の話でしょ? でも僕らがいたのは戦場だ。そんなところで人の命なんて平等なわけがないでしょ? そんなこともわからないで「やってみせる」なんて馬鹿な事を言ったの? だとしたら滑稽だね。今後君は狙われたらすぐに逃げることだね。君のようなゴミが正義を執行したところで犠牲者が増えるだけだ」

「増やすのはお前だろ!!」

「増えるだろうね。僕が隼鋼で本気を出したら」

 

 もっとも、ISを使わないで本気を出したらIS以上に世界を危機に陥れる人間を数人知っているけどね。だって、3機も持ち出さないと大国を落とせないんだから。

 

「でもそれは仕方のないことだ。それとも何? 高が数人のために大勢の人を犠牲にしろって言うの?」

「………そ、それは―――」

「だろうね。所詮、絵空事でしかない正義なんてそんなものさ。ま、実力が伴っていない奴の正義なんて何の価値もないけどね」

 

 とはいえ、織斑君のやってきたことを考えれば実力は相応のモノになっているだろう。大したことないって意味で。

 

「では僕は布仏さんの様子を見に行きますね。どうせこんなところにいたところで何もならないので」

 

 そう言って僕は襖を開けると、まるで待っていましたかと言わんばかりに黒い服を着た人たちが待機していた。どうやら注意が散漫になっていたらしい。

 

「影宮瞬だな。君はスパイの容疑がかけられている。一緒に来てもらおうか」

 

 僕は軽く腕を振ると、僕に伸ばされた腕が宙を舞った。おそらくこの光景を見ていた人は驚きのあまり口を開けていたかもしれない。

 

「ああ、すみません。怪しい針を持っていたので敢えて腕を落とさせていただきました」

 

 僕の動きを封じるつもりだったのか、それとも殺すつもりだったのか……どっちでもいいか。

 素早くもう一人の方の足を切って動けなくする。それにしてもこの人たちって強いと思ったんだけどそうでもないのかな?

 

「か、影宮君!? 一体何をやっているんですか?!」

「山田先生………」

 

 この人、ISじゃかなりの実力者なのに変に日和っているよね。

 

「殺そうとした人間を潰すことに理由っていります?」

 

 別に僕だって殺そうとしない人間には慈悲を向けることはある。だけどグレーゾーンの人間にそういうものを向ける必要性も向ける気も全くない。

 

「だからって―――」

「だからって受け入れろと? 君の運命だからと受け入れろと………? 笑わせないでくれません?」

 

 ―――何の価値もないメスブタが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬から放たれる気に真耶は怖気づく。いや、真耶だけでない。他の専用機持ちたちも箒も含めて逃げ出したいとすら思えるものだ。ただ一人、一夏を除いては。

 

「いい加減にしろよ瞬!」

 

 一夏は真耶に対して言った「メスブタ」という言葉が気に入らなかったようで瞬に突っかかる。だが瞬は一夏の発言に気にすることなく別の方向に向かう。

 そして素早く別の人間の腕を切り飛ばし、包みを奪った。

 

「―――ねぇ」

 

 その殺気はもはや普通じゃなかった。

 まるで殺気そのものの影響で瞬が消えていくような妙な感覚。突然瞬が消えたことで焦った千冬ですら、瞬の存在感がぶれていた。

 

「―――彼女をどこに連れて行くつもりなの?」

 

 本音を奪い返そうとするものはいない。いや、できないというのが正しいのかもしれない。

 本音を庇う分、スピードは落ちるだろう。しかし現時点で隙が無く―――自らが隙を見せた時に狩られるのではないかとすら錯覚させられる。

 全員がどうしようかと悩んでいる所に1つの声が遮った。

 

「そこまでだ、瞬」

 

 驚きを露わにする瞬。何故なら、本来ならそこにいるはずのない人間が花月荘の付近にいるからだ。

 

「…………透さん?」

「そうだ。本来ならここに来る気もなかったんだがな」

 

 ため息を吐いた透は顔を覗かせる本音の姿を見る透。近くで殺気を感じた透はその発信源を確認して顔を引きつらせた。だがそれも少しのことで、突然現れたと思われる存在らに向けて言った。

 

「そういうわけだからさ、アンタらは今すぐ撤退してくれ。この子の検査はこちらで引き受けることになった」

 

 おそらく代表だろう女性が現れる。白衣を着たその女性は実年齢は38とアラフォーだが、見た目としては20代半ばと言っても差し支えの無い美貌を持っていた。

 

「こっちはIS委員会の人間よ。優先度としてはこちらが高い―――」

 

 女性の服の中から音が鳴る。端末を取り出した女性は顔を青くした。

 

「………どういうこと。あなた、何かしたの?」

「ちょっと根回しをな。それに、そうしなければアンタとその家族が死んでいた。だからここは引いてくれ。さもなければ今ここにいる君たちが死ぬことになる」

「ハッタリを―――」

「ハッタリじゃないさ。何なら―――」

 

 透が指を鳴らすと、女性が指揮を執る集団が氷のキューブに閉じ込められた。

 悲鳴が中から聞こえてくる。何度も何度も「降参」や「助けて」という言葉が聞こえてくるが、透は解除しない。解除し終えたのは少ししてからだった。

 全員が顔を青くしており、漏らしている人間すらいる。よほど怖い目にあったのだろうと思った瞬は同情的な視線を送る。

 

「まぁ、そういうわけだ。言うまでもないがお前にとって大切な奴だって言うのはわかっている。丁重に扱うさ」

「………最悪なことになったら、あなたと言えど殺す」

「そうしてくれ。とはいえ、俺も好きな人ともっと愛し合いたいから努力するよ」

 

 そう言って本音を抱える透。瞬は心から信頼していることもあってそれ以上の反論をしなかった。

 

「―――待てよ」

 

 だが、一夏が止めた。

 その声を聞いた瞬も透も心から面倒くさそうな顔をする。

 

「何だい?」

「一体のほほんさんをどうするつもりだ」

「詳細は後で聞くと良い。もっとも、君のような末端には知る必要のないことだけどね」

「どういうことだ!?」

「戦士にすらなり切れない雑魚が中途半端に介入するなと言ったんだ。身の程を弁えな」

 

 そう言うと透は本音を抱えたままどこかに消えた。

 

「………影宮」

 

 心配そうに瞬を見る千冬。瞬は頷いて自分の部屋に戻った。

 

「ど、どういうことだよ千冬姉!?」

「聞いた通りだ。お前たちが知る必要のないことだ」

「でも―――」

 

 一瞬だった。

 一夏は倒れる。後ろには瞬が立っていて、どうやら気絶させたらしい。

 

「………すまないな、影宮」

「………別に」

 

 敢えて一夏を踏んだ瞬はそのまま部屋に戻った。

 千冬は何も言わなかったのは、今の瞬の気持ちを察してのことだ。瞬が自ら気絶させたことで一度は収束した。

 

 だがもし、あの時一夏が余計なことを言った瞬間のことを考えてしまった千冬は身震いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「おかえりなさいませ、透様」」

 

 2人の少女が透を出迎える。透は落ちついた様子で笑みを返し、本音を少女らに任せてそのまま自室に戻る。

 

「帰ったか」

「……静流」

「僕もいるよ~」

 

 手を振る少年とドアに寄りかかる少年。時雨智久と舞崎静流だ。

 そしてここには夜塚透もおり、大国すらたった1人で制圧できる人間が3人もいる。

 

「それで、あの女の子はどうするつもりだ? 瞬の彼女だろ?」

 

 静流はそう言うと透は落ちついた様子で言った。

 

「適切な治療をした後、診断書を提出した上で瞬の所に戻らせる。学園側も十二分に思い知っただろうしな」

「そうだよね。でも驚いたよ。あの瞬があそこまで強くなるなんてさ」

 

 智久の言葉に特に驚きを見せない2人。これは以前に瞬の異変を見たかによるものだ。

 

「瞬間移動並みの速度は前々からあったが、コントロールしきれなかったんだろう。今回のことで完全にモノにしたってところか?」

「………違うな」

 

 透の推察を珍しく静流が否定した。

 

「アイツは覚醒前からそれなりの速度はあった。短距離ならばあり得ない記録を塗り替えれるほどにな。だが、それをすれば自分をさらに否定されると思っていた節があったから封印して、意識的にセーブしていたってところだろうよ」

「………よく見ているな」

「これまでアンタのおかげでずっと同じクラスだったんでね」

 

 静流は、今の瞬よりも強い。だがそれはあくまでも経験の差程度だと静流自身が思っている。そして―――まだ瞬自身がどこかでセーブしているとも感じる。

 

(………倒してぇ)

 

 静流は笑った。本能から思っているのだ。もっと強い、さらに強くなり、これ以上に成長が見込めない程になった瞬と戦いたい、と。

 透はその感情を読んでいたが、できれば止めて欲しいと思っていた。

 

(………無理か)

 

 おそらくは今回のことで「布仏本音」が瞬にとってのウィークポイントという事は世界中に広まっているだろう。誰かが勝手に読んだ研究団を権力を使ってなんとか止めさせたが、今後本音を使ってくる可能性が出てくる。そして、最悪の場合は本音が殺される可能性がある。

 そうなった場合はもう、世界は悲惨なことになるだろう。瞬の行動力は並々ならぬものではない。必ずや本音を殺した人間とそこに所属組織、国家、殺した人間と命令した人間の一族を根絶やしにするだろう―――周りの被害を一切考慮せずにだ。

 仮にその瞬を止めようとしても、静流も、智久も、そして透自身が周囲を消し飛ばす戦い方できない―――というよりも、瞬の今の能力がそうさせないのだ。

 

(………まぁいい。今は)

 

 透はある映像を見る。それは今、自分が所有する船のドックに入れられており、防護服に身を包んだ人たちによってある回収作業を行われている。先程中途報告をされたが、ここ数年の女性の行方不明者が多数発見されたということだ。

 そう。虫たちが根城にしていた船は透たちによって回収されていた。透が一瞬だけ転送させて瞬に撤退するように言ったのである。世界の研究材料になるよりもマシだが―――最悪の場合、透は女性たちを殺処分するつもりだった。

 透が所有する場所には様々な研究機関が存在する。というよりも、1つの軍事施設と言った方が近いかもしれない。何故ならそこは―――かつては女権団が所有していた施設なのだから。




まぁ、透の危惧していることって一歩間違えれば自分にも静流にも智久にも当てはまるんですけどね(笑)


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ep.30 動き出す世界

 紅椿の稼働率はとても低い。

 おそらくそれは活躍どころを完全に瞬に食われたからだろう。だが、束は気にしていない。

 

(………まっさか、あんなものが存在するなんてねぇ)

 

 明らかな異常。しかも天才である自分ですら感知できなかった存在。とはいえ、今後も出てくるからまだ許せるというものだ。

 

「は~。それにしても白式には驚くなぁ。まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて、まるで―――」

「―――まるで、『白騎士』のようだな。コアナンバー001にして、初の実戦投入機、お前が心血注いだ1番目の機体に、な」

 

 背後からそう言われた束は別に驚かない。彼女が千冬を待っていたからだ。

 

「やあ、ちーちゃん」

「おう」

 

 どちらもお互いを見ない。千冬は近くの木に背中を預け、束は柵の上に座っている。

 

「ところでちーちゃん、問題です。白騎士はどこに行ったんでしょうか?」

「……白式を「しろしき」と呼べば、それが答えなんだろう?」

「ぴんぽーん。流石はちーちゃん。白騎士を乗りこなしただけのことはあるね」

 

 白騎士とは、10年前に日本を射程距離内とするミサイルが配備されたすべての軍事施設のコンピューターがハッキングされ、発射された際に日本を守ったISのことだ。後に「白騎士事件」と呼ばれたそれは、白騎士を捕獲または破壊をしようと各国が送り込んだ兵器をすべて無力化し、忽然と姿を消して束が言った「ISを倒すにはISにしか無理」という言葉を証明した。

 

「それで、うふふ。例えばの話、コア・ネットワークで情報をやりとりしていたとするよね。ちーちゃんの一番最初の機体『白騎士』と二番目の機体『暮桜』が。そうしたら、もしかしたら、同じワンオフ・アビリティーを開発したとしても、不思議じゃないよねぇ」

「―――厳密に言えば、まだその頃には初期化されていなかった001と後から作られた002に乗ったのは同じ織斑千冬だから、ということもあるがね」

 

 唐突に聞こえた言葉に千冬も、そして束すらも驚きを示した。

 ここは自分と千冬という選ばれた存在以外には介入できないようになっていたはずだというのに、何故―――そんな疑問が束を襲う。だけどそれはすぐにわかった。同時に―――怒りを見せた。

 

「誰だ、貴様は?」

「そう怒りを見せるな、織斑千冬。いや、今は僕の子どもの担任だから、ここは敬意を見せて「先生」と呼んだ方が良いかな?」

「……………何?」

「君は初めましてだね、織斑君。私は光宮(ひかりみや)―――いや、影宮(はじめ)。瞬の父親だ。いつも息子が世話になっている」

 

 千冬は驚いた。瞬のプロフィールは予め知っていたが、その時は両親は既に死亡しているという報告があったからだ。

 

「すみません。こちらこそ息子さんには―――」

 

 千冬の様子に始はクスクスと笑った。

 

「いや、すまない。私が知る君とはあまりにもかけ離れていたのでね。ねぇ、束―――」

 

 束は自身が放てる最大威力の突きを始に対して放つ。しかし始は回避して距離を取った。

 

「………誰だよ、お前」

「ああ、そう言えばこの姿じゃ初めてなんだっけ? それに君って偽物とか嫌いだったね。ただ勘違いしないでほしい、私は本当の影宮始(オリジナル)が作り出した」

「………生み出したってこと?」

「正確には違うかな。私は外側こそ人間の皮で作られているアンドロイドだ。思考回路はオリジナルのモノをコピーして、オリジナルの死後に本来なら私が稼働して、瞬を引き取ろうとしたけど―――その時はまだAI以外の部分はできていなかった。こうして動けるのはとある天才のおかげだよ」

 

 それは束でないことに嫉妬を覚える。

 

「そう睨まないでよ。君ならばまず拒否するんじゃないかと思っただけさ」

「…………」

 

 束は何も言わない。

 

「……まぁいいけどね。私もずっと気になっていたことがあるし」

「何かな?」

「隼鋼の機体に入っているコアって、君のオリジナルが開発したコアだよね?」

 

 その言葉を聞いた千冬は驚いた。

 

「一体どういう―――」

「こいつのオリジナルはたった1週間でコアを作ったんだよ。でも―――」

「ただの模倣じゃ意味がないと思った私は似て非なるコアを作り上げた。ISはその操縦者に合わせて調整される。私のオリジナルが作り出したコアもそういうものだが、少し細工をした」

「……細工?」

「コアに触れることによって、その人間に合わせた機体を生み出す特別な機体だよ。そして瞬は、白騎士事件後に一度コアに触れて自身の能力を登録してしまっている。運の悪いこと―――いや、この場合は幸運か。あの子の能力が解放されてしまった時だったから」

「………まさか!」

「そう。私のオリジナルは瞬に制限を設けさせていたんだよ」

 

 その言葉に千冬は驚きを隠せなかった。

 

「いくつか誤解したならば先に否定させてもらいたい。私のオリジナルは何も瞬を嫌ってのことじゃない。そもそもそこまでの人間になるとはオリジナル自身が予想外だった。オリジナルは普通の人生を歩んでほしいと願っていたからね」

「………ということは、息子さんは―――」

「遺伝子強化素体だ。君の教え子であるラウラ・ボーデヴィッヒと同じ」

 

 それには束自身も驚いていた。というのも、束にとって瞬は思考はともかく普通の子どもという印象があったからだ。

 

「オリジナルの環境が良かったんだ。一族の中でも珍しい高いIQ数値を叩き出し、あらゆるコネを持って様々な研究成果と資産運用で資金を増やしたことで早期に研究所を併設した一軒家を持った。だが彼の妻は子どもを作れない身体になっていた。だから、2人の子どもを人工的に生み出したんだ」

「………そのために、ですか?」

「本当はね。遺伝子強化素体と言ってもそこまで弄る予定はなかったけど、妻は何かを感じていたようでね。それを知った時には手遅れだった。だから―――」

 

 ―――瞬を予定通り産み落とした

 

 とはいえ、遺伝子強化素体の生産成功例はドイツでも少なく、大半が生み出される段階で死亡している。さらに成長段階でほとんどが死亡し、唯一の成功例は越界の瞳を適合しなかったとはいえラウラ・ボーデヴィッヒただ1人だけなのだ。その中で強化配合を行い、たった1体のみで生み出したというのは本当にレアなケースだ。

 

「………あの、どうしてそれを私に―――」

 

 束はすぐさま逃走した。

 今ここにいるのは始と千冬だけであり、始は特殊な装置を起動させて周囲に聞かれないようにした。当然、衛星からも見れないようになっている。

 

「―――君が「織斑計画」の唯一の成功例だから、とでも言えば良いのかな?」

「!?」

 

 千冬は誰にも知らせていない。その事を知られていることに焦り、同時に始を殺そうと束をいざという時に倒すために持って来た刀に手を伸ばす。

 

「止めておいた方が良い。今の私を殺したとしても、私はアンドロイド。いずれ第二、第三の私が生み出されるにすぎない」

「…………だからと言って、それを知った者を存在させてはおけない」

「おお、怖い怖い。…………ところで、何故私が君を「唯一の成功例」と言ったのかわかるかい?」

「……………」

「薄々君も気付いていたのだろう? 3年前の誘拐事件は君の出場を辞退させるだけじゃ目的じゃない。本当は王者とも言える存在である織斑一夏の存在を別の意味で知らしめるためだったと」

 

 瞬間、千冬は動いた。

 しかし始は先を読んでいたようで、千冬の隣に立つ。

 

「!?」

「確かに君の弟君の成長は早い。だけど王者が故に傲慢で周りに耳を傾けようとしない。自分の世界が正しいと思い込んでいる。君はそのことに気付かせなければならない。そうしないと―――近い内に君たちは死ぬ」

「何?」

「もう瞬は、君のことを必要としていない。実力も生身で止められるのはあの轡木十蔵のみ。女で止められるのは本音君ぐらいだ。君もわかっているだろう? 布仏本音君の重要性を」

「……………」

 

 嫌というほど理解していた。

 瞬の過剰の覚醒は、本音がダメージを食らうことが原因だと千冬は考えている。

 

「世界はもう変わらざる得ない。しかし女たちはそれを受け入れないだろう。そのせいで本音君が死んだ場合―――そしてその場所がIS学園だった場合、学園の施設はすべて破壊される。力無き物はすべて消され、場合によっては瞬と同等の能力を者たちが荒れ狂うと世界は終わる。君程度の暴走など、彼らにとってちっぽけなものだ」

 

 ―――いや、君たちの暴走、か

 

 まるで嘲笑われているようだった。だがそれが現実でもある。

 

「今、君が教師として、1人の姉としてできることは生徒全体―――特に専用機持ちたちのレベルアップだ。精々抗うがいいさ。でもま、無駄だろうけどね」

 

 そう言って特殊な装置を停止させて始は立ち去りながらディスプレイを操作する。

 

「さて、世界がどう変わるか楽しみだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 限定的な緊急招集がかかった。

 IS委員会の面々が通信機越しとはいえ集まり、今回のことについてとても重い雰囲気を放っている。

 だがそれは仕方のないことだろう。彼らにとって、今回の出来事はあまりにも異常だ。

 1つは、IS学園が福音討伐時に遭遇した未知の存在。そしてもう1つは、IS学園に所属する影宮瞬と協力した、未知の3機だ。

 どれもが現行ISではありえない程の数値を叩き出している。篠ノ之束の最新鋭機である紅椿と比較してもそれが小物だと言わんばかりだ。

 

「………何なんだ、これは」

 

 あり得ないとしか言うしかない。

 一体どこにこんなものがあったというのか、ましてや、隼鋼を含めてすべてが第四世代すら超えている可能性があるという異常性。こんなものを開発するなんてよほど頭がおかしいとしか思えない。

 それに、「イマージュ・オリジス」と明記された虫型の生物。資料が添付され、最後には「IS以外の兵器は通用しない」と明記されている。

 

(………ならばこれは、ISなのか?)

 

 金棒を振り回して破壊する。手数の多さで撃破する。大まかに分ければその2つだ。

 だがワンオフ・アビリティと思われるそれは、明らかに通常のISとは大きくかけ離れている。

 

(……いや、それよりもこれは―――)

「―――お集まりのみなさん」

 

 委員会の司会者は日によって変化する。今日は比較的若い男性だった。

 

「もう既に資料は拝見なされたでしょう。「イマージュ・オリジス」と銘を打たれた異星種。そして以前から彼らは地球に侵入し、女性を汚染しているという話を信じろというのでしょうか?」

「異星種は本当だろう。問題は、女性を汚染しているということだ。しかも女権団が今のようになったのはこれが原因だと言うではないか」

「あまりにも眉唾すぎるのではないかね?」

 

 ワイワイと騒ぐ男たち。そう、ここには女はいない。

 今回の会議の内容を女に聞かれた場合、介入されるのはわかり切っているからだ。とはいえ、とても突拍子が無さ過ぎて信じられないというのが大半だ。だが、それを1人の男が変えた。

 

「もうそろそろ、周りの意見も聞き入れる必要があるのではないでしょうか?」

 

 さっきまでの嘲笑ムードはどこに言ったのやら、たった一人の発言によって会場は沈黙した。

 どうやら真意はそうであったようで、ボソボソと「でしょうな」という発言が上がる。

 

「それに、今回は我々にとってチャンスでもあると思いますよ」

「……確かに」

 

 この10年で、男たちの立場は危うくなっていた。

 男に変わり女が戦場に立つこと自体はまだ良い。だが、それによって増長し、自分たちの立場すらも危うくするならば話は別になる。

 男は質は決めた。自分たちの立場を取り戻すためにこの状況を利用することにした。すべては、自分たち男の権力を取り戻すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、僕は隣に誰かがいるかもしれないと思ったけどいなかった。その事が少しショックだったけど、透さんは信じられるし今は彼に任せるしかない。

 というのも、本音さんはあの異形たちの住処に入っていて、直に触られていたから何らかの異常がないか調べるらしい。仕方ないけど、少し寂しくもある。

 

(………ま、いいか)

 

 下手な医療機関よりも透さんの所の方がまだ信用できる。だから彼にお願いしたんだ。

 

(それにいざとなったら―――潰せば良いし)

 

 何も透さん本人を潰す必要はない。透さんを潰すにはまだまだ僕の力は到底及ばないけど、それ以外なら十分可能だ。

 

(とりあえず、今日もトレーニング行きますか)

 

 甘やかすつもりじゃないけど、今日は軽めにしておこう。激しい運動をした後はちゃんと休ませる必要があるって透さんも言ってたから。

 

 

 

 

 

 部屋の掃除も終わり、本音さんの分の荷物も持った僕は周りから視線を外された。

 風呂も入ってスッキリした。よくよく考えれば僕は昨日は部屋に入った後にどっと疲れてそのまま寝ちゃったからね。風呂に入ってなかったよ。

 

(食事も終わったし、後は帰るだけか)

 

 昨日はちょっと騒がしかったみたいだけど、なんだったんだろうね。織斑君らは妙にボロボロだし。………もしかして彼女たちはISがなくても織斑君を殺そうとするのだろうか?

 

「すまん……誰か、飲み物を持ってないか……?」

「唾でも飲んでいろ」

「知りませんわ」

「あるけどあげない」

 

 ボーデヴィッヒさんもオルコットもさんも、そしてデュノアさんも拒否した。僕は監視という名目で最前列だから声をかけられることはないだろう。真ん中の席にいる織斑君が最前列の所にいる僕の所に来るって言うなら、そのまま外に出して買いに行かせる。

 

「―――おい、影宮瞬って言うのはここにいるか?」

 

 声をかけてきたのは金髪の女性だった。端末で勝気な顔をしていて、多少は出ている程度で寄せてあげればBはあるんじゃないかという胸。

 

「え? あの人って……」

「アメリカ代表のイーリス・コーリングさん!?」

「何でここにいるの?」

 

 僕もそれに関しては気になった。と言っても、理由は察しているけど。

 

「僕が影宮瞬ですが?」

「うぉ?! そんなところにいたのか」

 

 いちゃ悪いか、と睨みそうになったけど今は真顔かつポーカーフェイスで対応だ。

 

「何か用ですか?」

「ああ。ちょっと来―――」

 

 彼女の額に銃口を突きつける。周りは騒然とするけど気にしない。必要がないからね。

 

「なるほど。やる気は十分ってか? まぁ、今回はただの話し合いってだけだ」

「その保証は?」

「テメェが昨日倒したISの操縦者が話をしたいってことだ。武装したいなら好きにしろ」

 

 解除させないのか。意外だな。

 普通なら武装なんて外せとか言って来るだろうに。言われても僕は外さないけど。

 バスから降りると最終確認を済ませたのか織斑先生と山田先生がこちらに来ていた。

 

「………何をしている」

「ちょっとこいつを借りるぜ。安心しろ。話が終わったらちゃんと返す」

「それをどう信じろと?」

「仕方ないだろ? オレだって本当はナタルとこいつを会わせるのは反対なんだが、どうしても会いたいって言うからよ」

「だからと言って許可を出せるか」

「別に僕は良いですよ?」

 

 心から僕が賛成したことに驚いている織斑先生。山田先生も同様で「布仏さん以外になびかない影宮君が!?」とか言っている。

 

「だって武装しても良いとか言うんでしょ? どんな馬鹿が会いたがっているのか気になるじゃないですか?」

「………どういうことだ?」

「そこまで疑う必要はないっての。ただ急にナタルのバカが会いたいってほざいたんだ」

 

 すると織斑先生は少し考えて山田先生に言った。

 

「山田先生、生徒を連れて先に帰っててください」

「え?」

「私は影宮と共に後から帰ります」

 

 いや、正直邪魔なんだけどな……。でも証言者としては使えるから別に良いかもしれない。………あ、織斑君が付いてきそうだ。

 

「織斑先生、僕は大丈夫ですよ」

「そう言うわけにもいかない。特にお前は今狙われているんだ。最悪の場合、遠方からの狙撃とかあり得る」

「織斑先生がバスに戻らないと誰がゴミ斑君を止めるって言うんですか?」

「………影宮」

 

 とても心配そうにする織斑先生。仕方ない。こうすれば良いかな?

 

「織斑先生、これから10分経ってから隼鋼が発する位置に来てください。それなら向こうも妥協するでしょう」

「しかしだな」

「大丈夫ですって。今の僕は生身でも織斑先生に勝てますから」

 

 自信満々にそう言うと、仕方ないという顔をしてから織斑先生は言った。

 

「10分だ。それ以後は見つけ次第強制的に連れて行く。いいな」

「わかりました」

 

 僕はそう返事すると、律儀に待ってくれていたイーリス・コーリングさんに付いて行く。

 しばらくすると車椅子に乗った金髪の女性が待っていた。優しそうな人で、

 

「なんか、ミスコンとかで優勝しても嫌われそうになさそうな人ですね」

「おまっ!? いくら何でも情報と違い過ぎるだろ?!」

 

 一体僕の情報がどうなっているのだろうか。地味に知りたい。

 

「あら、来てくれたのね」

 

 僕の姿に気付いたのか、金髪の女性が車椅子を操作して近付いてきた。

 

「私はナターシャ・ファイルス。あなたが墜とした『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の操縦者よ」

「そうですか。車椅子でも槍の如く突きを打てる人もいるので気をしっかり持ってください」

「あ、これは一時的なもの。一応、動けるんだけどイーリが「座ってろ」って言うの」

 

 イーリ……ああ、イーリス・コーリングのことか。

 僕は少し離れているイーリス・コーリングを見ると、「仕方ないだろ」と言わんばかりに僕を見てきた。

 

「昨日はありがとう。本当に助かったわ」

「…………もしかしてM気質?」

「違うわ。あれは私も、そしてあの子も望んでたことじゃない。暴走させられたのよ」

 

 真剣な面持ちで話すナターシャ・ファイルさん。彼女から嘘を吐く時の妙ないびつさがないことからどうやら本当らしい。

 

「でも、あなたのおかげで助かったわ。それにしても凄いわね。あなたが背骨にパイルバンカーを打ち込んでくれたから私たちは強制的に解放された。ずっと、お礼を言いたかったの」

「………そうですか」

 

 なんか、物凄くやりにくい。そして何より、さっきから僕を掴もうとしているけど何かされるんだろうか。

 

「……あ、わかったわ」

「何が?」

「ちょっと頭を寄せてもらえないかしら?」

「実は包丁を持っているから刺す、とか?」

「違うわ。その、頭を撫でさせてほしいの。ほら、何も持ってないわ」

「……………頭を撫でられることに抵抗があるので」

「お願い。撫でさせて。お願いだから」

 

 僕は立っていて、彼女は座っている関係上、上目遣いで見られる。まるで媚びているようで腹が立つというわけじゃないけど、引いた。

 

「わかったわ。今から爪を剥ぐからそれで撫でさせて。イーリ、ペンチ」

「ふっざけんな!! 誰がそんな目的のために渡すかってんだ!!」

 

 たぶん誰もいないと思う。というか、血だらけの手で撫でられたくない。

 

「………わかりましたよ。その代わり少しだけですからね」

「ありがとう」

 

 僕は少し屈むと無理矢理引き寄せられて頭を撫でられた。

 

「ありがとう。色々と気が済んだわ」

「そうですか。……僕もそれなりに新鮮な空気を味わえました」

「え!? それってどんな?」

「………僕にあなたみたいな姉がいたら、多少は女嫌いが緩和されたかもしれないな、と」

 

 素直に述べるとそれが間違いだったようだ。

 彼女は僕と連絡を取り合いたいと詰め寄り、逃げようとしたところで織斑先生が来たところでタイムアップになった。それでも連絡先だけは交換した。

 …………これで地味に「女」のアドレスが増えたことにちょっと嬉しかったのは秘密である。ただ、差別化と自分が感情を持っていないこともあって「姉」と関係をしているけど。

 だって僕はあくまで本音さん一筋だから。




あくまで「姉」です←ここ重要


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ep.31 ラストエピソード?

 海上には異質な艦があった。

 白と黒で彩られたそれは奴隷船の印象を持たせる。実際、その船にはみすぼらしい格好をした女性や女児が大量に乗せられていたが、搭乗員はそれ目的で連れてきたわけではない。

 

「で、零司。目的地までは後どれくらいなんだ?」

「そろそろ着くよ。でも透さんも面倒な仕事を押し付けたよね」

「向こうは向こうで何かあるんだろ。気にしたところでどうにかなるってわけじゃないが」

 

 乗組員は彼ら以外にもいるにはいるが、ほとんどがとある事情で参加した兵士たちだ。

 というのもこの艦の操作の大半がAIで行われており、そのAIもかなり優秀でそれぞれに性格を持っている。それ故電子世界では常に会話をしたりしている。要はAIが反乱を考えなければ問題ないので、それぞれが可能な範囲内の趣味に興じたり、作成者である零司と呼ばれた少年自身もネットで囲碁や将棋、双六などのボードゲームをするためのアカウントを作成することは許可している。ただし、艦内でする場合は零司が作った特殊なサーバーを介する必要はあるが、ラグはほ99.8%ほど感じさせないと言えるほど快適だ。

 

「それで悠夜、彼女たちの状態はどうなの?」

「大半がクスリなどの影響で参っているみたいだ。中には俺の姿を見て身体を差し出す奴もいるようだし」

「…………なんていうか、羨ましい」

「冗談じゃない。薬漬けされた中古品なんて興味ねえよ」

「………で、本音は?」

「中にはまだ未通の姉妹がいたりするから今後に期待だな」

「アウト」

 

 とはいえ悠夜自身も本気で言っているわけじゃない。

 元々彼は父親が再婚して義理とはいえ妹ができたから兄としての風格はある程度備わっており、少女たちはそれを感じ取って甘えているという者が多い。それに、向こうでは一人一人に丁寧な対応をしているので好かれているというのもある。

 

『キャプテン、こちらに接近する物体あり。イマージュ・オリジスと思われます』

「お出ましか。悠夜」

「OK。任せろ」

 

 悠夜と呼ばれた少年はブリッジから出る。零司は画面に映された赤いマーカーを見ながらため息を吐いた。

 

「艦長職、誰か変わってくれないかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4基のビットが舞う。僕はそれを見て鼻で笑った。

 動きが稚拙すぎる。彼女はあの戦いで何も学んでいないようだ。……いや、彼らが意図的に見せていなかったかもしれない。

 それにしても、4月でエリートを自称していた割には弱くなっている。

 

「なんだ、その程度か」

 

 ビットを全て破壊した。こんな雑魚に、こっちもビットで応戦とかする必要はない。むしろ制限されているとはいえ隼鋼の速度でも十二分に対応できるぐらいだ。

 

「いくら……いくらなんでもこんな―――」

「すべて遅いさ。君は亀かい?」

「何を―――」

 

 ミサイルが発射される。それが僕に当たる前にナイフを回転させて破壊した。

 

「君、クラス代表を決める時に言っていたよね。「私はISの技術の修練に来ているのであって、サーカスをしに来たわけじゃない」って。その結果がこれ?」

 

 常識外とか、そういう問題じゃない。この女は弱すぎる。

 

「まさしく、無駄なことに意識を裂いていた結果だね。もう君の実力じゃ、話にならないよ」

 

 そう言った僕は彼女の懐に入り、滅多切りにする。シールドエネルギーをすべて消し飛ばし、僕が勝利したことをアナウンスが知らせた。

 

「……そ……そんな………」

「ファァア。もういい? 手応えが無さ過ぎて無駄に疲れた」

 

 そう言って僕はピットに戻った。

 まったくもって僕に対して一利もない。これなら授業をサボって遊んでいる方がまだ有意義だ。

 

(……なんか、本当に無駄だな)

 

 手応えがない。戦うことすら無駄だと感じさせる弱さ。もしかしたら今の僕なら静流でも倒せるのではないかと錯覚してしまう。

 

(せっかくISが帰ってきても恋愛ばかりだもんね。そりゃ弱くなるか)

 

 彼女らは臨海学校で起こった事件。その時に命令違反を起こしたことに機体は没収された。

 しかし以前に僕らが倒した虫の大群―――イマージュ・オリジスと言われた存在が未だ世界各地に襲撃をしているそうで、また彼女らに支給されたのだ。

 だと言うのに彼女らはテスト前でも誰が織斑君に教えるかという事で揉め、織斑君が以前の経験からデュノアさんを選んだ時に揉めた。別に嫉妬じゃないけど、何回殺そうと思ったか。ちなみに殺す対象は騒がしい全員だ。あと、補足すると静流は普段から喧嘩していないように見えるけど基本的には真面目なので勉強とかちゃんとするし、騒がしくしている奴は全裸にして逆さにし、金網に貼り付けるという所業をした。そういう所は本当に見習いたいと思う。

 

(全く。ISは僕じゃなくて静流を選ぶべきだったよ)

 

 初日に学校崩壊は免れないけどね。それでもオルコットさんはその時点で入院は決まっているし、静流のことだからオルコットさんの顔はぐちゃぐちゃにするだろう。そして「女性優遇制度の弊害」とか言って無茶苦茶に暴れまくる。それでわかるだろう。自分たちのしたことの愚かさを。

 

「織斑先生、もう帰って良いですか? それとも―――すべての専用機持ちを再起不能にしていいですか?」

 

 たぶんこの試合は周りから評価されている。そう読んだ僕は尋ねると、織斑先生が「必要ない」と言った。

 

『それに、次は織斑と戦ってもらうことになる。準備しておけ』

「………お偉いさんの指示、ですか?」

『そうだ』

 

 廊下でため息を吐いた僕は仕方なく途中でドリンクを買ってピット内で待機した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機体からミサイルが飛ぶ。それらが虫たちを破壊していき、空いた場所に悠夜は突っ込んだ。

 

「真名解放、すべてを薙ぎ払え…「魔が宿る大剣(ダークカリバー)」!!」

 

 刀身が割れ、エネルギーが放出される。悠夜はその場で回転し、撃破した。

 

「ま、こんなもんだな」

『悠夜、日本の部隊がこちらに向かっている。離脱するぞ』

「へいへい」

 

 飛行形態に変形した悠夜の機体『黒鋼』はそのまま艦へと戻って行く。

 悠夜が着艦すると同時に開いていたハッチが閉まり、艦の姿が景色と同化していく。

 

 日本所属のISが現れた頃にはその姿はなく、イマージュ・オリジスの残骸だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………クソッ!」

 

 白式はボロボロだ。というよりも、僕が攻撃でそうしたというのが正しい。

 

「何で………何でなんだよ!?」

 

 織斑君は悔しそうに叫ぶ。

 

「単純に君の力不足だよ」

 

 そう言って僕は瀕死になっている織斑君を容赦なく刻んだ。

 織斑君は吹き飛ばされる。試合が終了して僕が勝利したことがアナウンスで流れた。

 

「……そんな……俺は……」

「僕と君とでは、専用機をもらった期間に差がある。でも、ここまで差が開いてしかも僕がこんな結果を出したということは、君はこれまでちゃんとした訓練をしなかった結果だよ」

「でも、俺はちゃんと授業を受けているし、みんなからも―――」

「普通気付くけどね。まともな感性を持っている人間なら篠ノ之さんや凰さんの教え方に疑問を持つし、授業を受けているからってそれ以上に練習をしないといけないってことに気付く。それに気付かなかった君は僕が専用機を持った時点で敗北したんだよ」

 

 まさか、自分に元から実力があると思っていたのだろうか? いやいくら何でもそれはないか。

 去ろうとした時に誰かから連絡が入る。その相手が誰かわかった僕はすぐにフィールドを出た。

 

『おい影宮、一体どこに行くんだ』

「緊急の用です。お偉いさんとの会合はすべてキャンセルで!!」

 

 そう言って僕はアリーナを出る。向かうは入り口だ。

 

「きゃっ!?」

「何っ? 風!?」

「今、誰かが近くを通ったような………」

 

 周りが何かを言っているけど、僕は気にせずに校門の方へと走る。するとランニングしている女生徒がいた。

 

「ちょっ!? 危な―――」

 

 僕は慌てふためく女生徒の上を回転しながら避け、着地と同時に加速した。そして、目的の校門に移動した。

 そこには鞄を持った目的の人間がいて、目の前で止めるようにスピードを緩める。

 

「本音ちゃん!」

「瞬!」

 

 停止した僕に、本音ちゃんが抱き着く。僕も彼女を抱きかかえた。

 

「懐かしい。まさかそんな呼び方をされるなんて思わなかった」

「死にかけた時に、色々とね」

 

 実は君と会っていたとか知った時は地味に驚いた。あの事故のショックで記憶はほとんど吹き飛んでいたから仕方がないと思いたいけど、今となっては物凄く後悔している。

 

(………まぁでも、知っていても警戒はしたかもしれないから一緒かな……)

 

 でも今は違う。彼女の事は心から信じられる。もし裏切ったとしても……裏切ったとしても……

 

(おっと、マズいマズい。透さんのせいでアウトな方向に妄想を膨らませてしまった)

 

 透さんは「手に入らないなら拘束すれば良いじゃない」という人間だから、その影響だね。………それにしても―――

 

「随分と無粋な人間がいるんだね」

 

 本音さんを離し、ナイフを抜いた僕は本音さんにバリアを―――張ろうと思ったら既に張っていた。

 

「大丈夫だよ、瞬」

「………わかった」

 

 僕はすぐにその場から移動し、銃を構えている人たちの所に突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気が付いたかい?」

「あ、とーりゅー。おはよー」

 

 本音は見覚えのある顔―――透を見て喜ぶ。自分の知っている人がいることに安心した本音は気が抜けた。

 

「でも、どうしてこんなところに~?」

「そりゃあ、お前に何か異常があったら世界大戦……いや、俺と瞬が災害規模の喧嘩をしてしまうからな」

「そ、そうなんだ~」

 

 なんとなく、本音もそう思っていた。

 瞬の成長スピードはどう考えても異常だ。戦うごとに成長していき、恐ろしさすらも滲み出ていた。

 

「私はそれでも良いかなって思うけどね」

「え? 大体そうなる時ってお前が死ぬか瀕死なんだけど?」

「そ、それは困るかな……」

 

 顔を逸らし、同時に顔を青くする本音。透は笑みを浮かべて言った。

 

「お前がそういう人間だからこそ、瞬はお前を選んだんだろうな」

「え?」

「アイツの闇は深いようで浅い。だからこそ、いずれ思い出すであろう復讐心からお前なら救い出すことができるかもしれない。いや、もう救い出しているだろうな」

「そうなの?」

「ああ」

 

 透には一つ、確信があった。

 瞬が本音を好きになった場合、瞬はこれまで10年近くまともに愛されなかったことによって本音に依存するだろう、と。過去のことを覚えているか確かではないが、例え覚えていなくても本音のように癒しのオーラを常時放っているなら問題はないと。

 結果としては、自分たちの存在を感じることもなく突貫するという状況だが。

 

「そうだ、本音。お前に渡すものがあったんだ」

「なに?」

「名前はないが、敢えて言うなら「護符」かな」

 

 星形の端末を本音に渡した透。

 

「これは?」

「お前をあらゆる攻撃から身を守るためのバリア発生装置。これを使えば大抵の攻撃はなんとかなる。核兵器の影響とかもないしな」

「すっごいべんり~」

「これは絶対に肌身離さず持っていろ。今度はお前が瞬の弱点になるからな」

「わかった~」

 

 こうして受け取った護符を本音は活用しているが、人質を取ろうとしている人間は腱を切られ、動けなくされた。瞬はすぐに千冬に連絡して引き取ってもらう。

 瞬は本音を抱きしめようとしたが、自分の手が血で塗れていることに気付いた瞬は躊躇う。

 

「帰ろ、瞬」

「……うん」

 

 バリアを解いた本音は瞬の手が血で汚れているにも関わらずに握る。

 それは本音なりの覚悟だった。元々そういうことに慣れている家に生まれているとはいえ、決して気持ちの良いものではない。

 しかし本音はそうやって手を取ったのは彼女なりの覚悟だった。

 

「大丈夫だよ、瞬」

 

 本音は笑みを浮かべて瞬に語り掛けるように言った。

 

「瞬が人を殺したとしても、私は瞬を絶対に否定しない。だって、こういう世の中だもん。生き抜くのに必要なことだってわかっているから。だから、気にしないで」

 

 優しい笑みを浮かべた本音を見た瞬は内心誓った。絶対に本音を幸せにしようと。―――例え、恩がある透や静流を殺してでも、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか」

 

 瞬の事件の処理を終わった千冬の元に2人の生徒が現れた。一人は織斑一夏、もう一人は篠ノ之箒だ。

 2人はどうして自分たちが呼ばれたのかわからず、そして急に呼ばれたことで余計に緊張し、怪しむ。

 

「どうしましたか? もしかして、私たちの成績が予想以上に悪くて追試、とか?」

「え? そうなのか千冬姉!?」

「違う。あと、織斑先生と呼べ」

 

 もはや通例となりつつある問答をした後、千冬は言った。

 

「近い内に各国の代表候補生が国家代表の指導の下で特殊な訓練が行われる。それにお前たちも参加させれるように頼んでおいた」

「……お、織斑先生……それはいつ―――」

「夏休み後すぐ。行うのは2週間ほどだ」

 

 それを聞いた一夏は少し嫌な顔をした。

 

「あの、それって義務ですか? できればそろそろ家の掃除を―――」

「義務だ。特に2人は本来なら受けるべき課程をすっ飛ばして仮とは言え日本の代表候補生の待遇を受けている。今後のために受けろ。もしかしたら、国家代表と戦えるかもしれんぞ」

 

 そう言われて2人は少し物怖じしたが、千冬のある言葉が効いた。

 

「ちなみに、影宮は参加しない。というよりも参加させる必要性がない」

「な、何故ですか―――」

「影宮のレベルは既に国家代表と戦えるほどだからだ」

 

 もっとも、千冬は本当はそう思っていない。正しくは「国家代表レベルですらちゃんとしたコンビネーションを持っていない奴らじゃないと無理」だ。敢えてそれを言わなかった。

 

「わかりました。俺、行きます」

「……私も参加します」

「わかった。そのように伝えておく」

 

 そして2人は、本来いるべきであろうセシリアがいないことに少し悲しく思った。




なんとなく後半が終わりそうだったのでこんなタイトルにしました。

それにしてもガンブレ楽しい。近い内に「ガンプラならこんな感じ」ってのを上げたいですね(塗装するとは言っていない)


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