DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち (大岡 ひじき)
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半魔の僧侶
1・半魔の僧侶は堪能する


主人公が登場するのが物語中盤(バラン編)以降という凶悪仕様です。
まずは副主人公視点からお楽しみください。


「の、呪いの解除をお願いします…」

「っしゃあ──っ!わたしのターン!!」

「…は?」

「コホン…失礼いたしました。

 では、この教会に210ゴールドのご寄付を…」

 ふふふ、順番的には今はシスター・メリーの番だけど、彼女はシャナクが使えないので、このお客さんは次番のわたしのものだ。

 そして解毒に比べると解呪は実入りがいい。

 今日はツイてる。

 ここのアルバイトは今日までなうえ、あと10分ほどで定時だから、もう順番は回ってこないと諦めていたので、ラッキーだった。

 

「シスター・グエン、お疲れ様でした。

 では今日の分の108ゴールド…」

「2件目の毒の治療が指名だったので、110ゴールドです」

「…そうでした」

 今日の集計係のシスター・アンナが、渋々といった(てい)で、わたしの稼ぎが入った袋に2ゴールド足してくれる。

 教会というのは収入がそもそも少ないから、2ゴールドでもできれば出したくないのはわかる。

 しかし、わたしの取り分が48パーセント(小数点以下切り上げ)なのは契約だし、指名料の2ゴールドは100パーセント貰うのも契約だ。

 そこはしっかり守ってもらわねば困る。

 だいたいその指名料は、ここに滞在している間に、教会付近とついでに御近所の庭先の掃除や草取りなどを通じて、地域住民とのコミュニケーションを積極的に図ったわたしの努力の賜物だから、その点でも絶対に譲れない。

 

「それと、配達するお手紙を、今お預かりいたします」

 受け取った報酬を、腰にくくりつけたポーチにしまいながら、わたしはもう一度手を出す。

 

「あら?

 この街を発つのは明日だと伺っておりますけど?

 明日の朝、お食事の後にお渡しするつもりでおりましたのに」

 冗談じゃない、とわたしはあくまで心の中でつっこむ。

 滞在最後の晩と朝まで、教会の質素もいいところなご飯と、清潔だけど固くて狭いベッドで我慢する気はない。

 路銀のない時はありがたくいただきますけれどね。

 

「神父様にはお伝えしてますが、今夜はこの街の宿に泊まる事になっておりますので」

 そうわたしが言うと、少しめんどくさそうに、シスター・アンナは奥に引っ込んだ。

 いや、教会のシスターがその態度ってどうなんですか。

 そうは思ったが口にも顔にも出さず、わたしは彼女が戻るのを待った。

 ポーカーフェイスも仕事のうちだ。

 

「では、こちらの手紙を、パルナ村の修道院に、よろしくお願いいたします。

 それとこちらは道中の安全の為に。

 神はいつでも見守っています」

 やがて奥の部屋から戻ってきたシスター・アンナは、そう言って一通の手紙とともに、聖水の瓶が5本ほど入った袋を手渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 それも受け取りながらわたしはリュックを背負い、一礼して教会を出る。

 

「神の御加護を。シスター・グエン」

 型通りの挨拶を背中に受けながら、わたしは明日には発つ予定の街の、中心に向かって歩き出した。

 

 ☆☆☆

 

「ごめんください!」

 この街に来た日に、教会より先に寄った服屋に、ほぼ閉店間際の時間に飛び込む。

 服屋のご主人がわたしを見て、にっこりと微笑んだ。

 

「やっぱり来たね。あの帽子だろう?

 どうしても欲しそうだったから、取り置きしてあるよ」

「本当ですか、嬉しい!

 …でも、買いに来れない可能性もあったのに」

 旅の楽しみはその街の食べ物とファッションだ。

 そして繁華街の中心にある、大きくはないが品揃えは良さそうなこの店で一目惚れをした帽子が、その時のわたしの手持ちでは手が出なくて…正確には、ギリギリで所持金がそれに近いくらい残っており、前の町で買った装備品をひとつ売れば、買えない事はなかったのだが、そこまでしてしまうと、この街の教会に前の町から預かった手紙を届けるまで、せっかく来た豊かな都でなんにも食べられなくなってしまい、それは避けたかった。

 それでも、下手に手持ちがあった分諦めきれず小一時間そこで悩んでいたわたしを、ご主人は覚えていてくれたらしい。

 まあ、旅荷物を背負った尼僧が、帽子ひとつじっと見つめて、長いこと考え込んでたんだから、そりゃ目立つか。

 

「今日来なければ、明日以降また店に並べれば済む話さ。

 でもシスター、本当にこれでいいのかい?

 防御力なら、こっちの方が格段に優れているけど?」

「こちらの方が、デザインが最高に可愛いんですもの!

 わたしは、ファッションに防御力は求めていません。

 むしろそこに囚われて、着たくもない服を買うなんて無理です。

 それにそもそもパプニカの絹は、他とは違って、魔法耐性に優れていると聞いています。

 長衣(ローブ)までは手が出ませんが、ひとつくらいは身につけたいと思っていましたから、これに出会えた事は僥倖でした!

 この出会いを、わたしは神に感謝したいくらいです!」

 一応、ちょっと尼僧らしいこと言ってみた。

 明日には離れる街だけれど、また来ることもあるだろう。

 その時の指名獲得の為に、イメージは大切だ。

 

「変わったシスターだね、あんた。

 でもまあ、そこまで欲しがってくれる人に買ってもらえたら、帽子も嬉しいと思うよ。

 やっぱり取り置きして待ってて良かった。

 なら、はい。このパプニカ絹の帽子は、120ゴールドだ。

 ここで装備してくかい?」

「はい。

 鏡を見て身につけたいので、更衣室をお借りしますね」

 ポーチから代金を取り出してご主人に手渡す。

 今日の稼ぎが丸々この帽子になってしまったが、この為に働いたようなものだ。

 そこには達成感しかない。

 更衣室に入って、尼僧のケープを外すと、ずっとそれで抑えられていたにもかかわらず、癖の強くて固いプラチナブロンドの髪がピンと跳ね、大きくて尖った耳が、その間から姿を現わす。

 その耳の先を、今買ったばかりの帽子にさりげなく隠し、首を左右に傾けて、鏡で確認する。

 思った通りだ。

 これならば多少激しい動きをしても、耳が見えてしまう事はない。

 更衣室の中で尼僧の衣と靴を脱いで、ケープと共に畳んでリュックの中に押し込む。

 代わりにお気に入りのマントと、ベンガーナで見つけたチューブトップとキュロット型の旅人の服、膝上までのブーツを取り出して身につけた。

 この小さいリュックの中のどこにそれだけのものが入っていたのか、というツッコミは無しだ。

 正直、わたしにもわからないが、入るものは入るんだから仕方ない。

 とにかく着替えが済んで更衣室を出る。

 

「やっぱり、これに決めて大正解!

 イメージぴったりでした、ありがとうございます!」

 わたしが声をかけると、ご主人はぽかんとした顔でわたしを見た後、気を取り直したように言った。

 

「そ、そうかい。そいつは良かった。

 まだ、ほかに用はあるかい?」

「不要品の買い取りはこちらでも可能ですか?

 道具なんですけど」

「ああ、構わないよ。何を売ってくれるんだい?」

 促されて、先程教会で貰った聖水を、入っていた袋ごとご主人に手渡す。

 

「聖水だね。1本15ゴールドで買い取ろう。

 5本あるから、75ゴールドだ」

「それでいいです。ありがとうございます!」

 正直、アルバイトでちまちま解毒で稼ぐより、こちらの方が割りがいい。

 けど、教会的には、そこで働いた人が旅立つからこそ好意でくれるのだろうし、そもそも貰ったその足ですぐ現金化されるなんて思ってもないだろう。

 でもわたしはトヘロスが使えるし、正直旅の荷物には重たいだけだ。

 さっさと売っ払って、今夜のご飯と宿代にしてしまおう。

 

「ありがとうございました」

 ご主人の挨拶を背に聞き、わたしは服屋を後にした。

 うん、今日はいい買い物をした。

 後はパプニカ滞在最後の夜に、美味しいごはんをお腹いっぱい食べて、パプニカの地ワインも少しだけ飲んで、早めに宿に戻って柔らかいベッドでぐっすり眠ろう。

 

 ・・・

 

 …少し食べ過ぎたかも。

 このパプニカは、海もあり山もある為、食材の種類が豊富だ。

 街のレストランの一品料理も様々な種類があり、どれも美味しそうでついつい頼み過ぎてしまった。

 …豊かで、いい国だ。治安もいい。

 歳をとって旅ができなくなったら、こういうところに腰を落ち着けたいものだ。

 …かつてこの地に置かれた魔王の居城により、幾度となく魔物達に脅かされていた過去など、今この美しい街を見ていると信じられないが、それほど昔の話ではない。

 魔王ハドラーがこの世を席巻し、勇者とその仲間に倒されたのは15年前、わたしが10歳の頃の話だ。

 

 帽子とマントを外し、ブーツも脱いで、倒れこむようにベッドにダイブする。

 わたしは、純粋な人間ではない。

 幸いなことに、肌の色は若干白過ぎるもののプラチナブロンドの髪もグレーの瞳も人間にない特徴ではない為、耳さえ隠せばふつうの人間に見えるが、魔族と人間との混血児だ。

 わたしを産んだ母は人間で、どうやら騙されてわたしを孕んだらしく、わたしは生まれてすぐにその母に殺されかけたところを、助けられて街の修道院に保護され、そのままそこで育てられた。

 修道女たちはわたしを差別する事なく、普通に可愛がって育ててもらったと思う。

 だが魔王ハドラーが地上に現れ、その恐怖が全世界を覆った頃、状況が変わった。

「あの修道院には、魔族の子供がいる」と、街の人間達が、わたしたちを迫害し始めた。

 それでも、魔王ハドラーが生きているうちはまだいい方だった。

 勇者が魔王を倒し、人々の暮らしに余裕ができてからの方が、修道院への風当たりは強くなった。

 その頃にはもう、原因になっているのが自分の存在であると理解していたわたしは、街を出る準備を始めていた。

 それに気付いた修道院長が、

 

「神はいつもあなたを見守っています。

 町々の教会を訪ねなさい。

 きっと、助けになることでしょう」

 と、とりあえず一番近くの町の教会への手紙と、聖水の瓶を数本、そしてなけなしのお金を手渡してくれた。

 

「守ってあげられなくてごめんなさい」

 と、真夜中の出立であるにもかかわらず、全員がわたしを抱きしめて、涙を流して見送ってくれた。

 わたしが人間を憎まずに済んだのは、ここで確かに愛情を受けて育てられたからだと思っている。

 …このわたしの故郷である国が、謎の地殻変動によって領土ごと消滅したと旅の空の下で聞いたのは、旅立ってから3年後の事だ。



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2・半魔の僧侶は回想する1★

「そういえば、お姉ちゃんの名前は?」

「わたしはグエナヴィア。

 グエンって呼んでくれればいいわ。

 よろしくね、ラーハルト」

 

 ☆☆☆

 

 …その頃、ある国の外れにある山の中で、1組の親子に出会った。

 正確には、山越えをしている時に小さな小屋を見つけて、水を一杯貰えないかと思い訪ねたら、中で女性が一人ベッドに横たわっていた。

 顔色が悪かったので回復魔法(ホイミ)をかけてあげたら、少し楽になったと礼を言われたが、当時まだ13だったわたしにすら一見して判るくらい、彼女は重い病に冒されており、既にその生命は風前の灯だった。

 彼女はその麓の村の出身のようだったが、追い出されてそこに住んでいるという。

 そこまで聞いたところで、

 

「母さんから離れろ!」

 と小屋の入口から声がして、そちらを見るとどこをどのように見ても魔族の特徴を有した少年が一人、その目に怒りを滾らせて立っていた。

 金色の髪と深い青の瞳は人間にも居るが、恐らくは血液の色が完全に魔族の青なのだろう、肌の色はそれを映してほの青く、更に目の下に黒い隈取りのような模様まである。

 これ、魔族だからといって全員に出るわけでもない上どう出るかにも個人差があるのだが、少なくとも魔族以外には見られない特徴だ。

(てゆーかわたしにも実はコレ、ないわけではないのだが、わたしの場合天然のアイラインのように細く目の周りを囲んで、目尻でわずかに跳ね上がってるのみで、無駄に目元がはっきりしてる以上の強い印象はない)

 

「おやめなさい、ラーハルト。

 この方は旅の人です。

 旅人には親切にしなければいけないわ」

「だって母さん、こいつは人間だろ!

 村の奴らと一緒だ!」

 というような事を言われたので、その時身につけていた尼僧のケープを外して耳を見せたら、女性は目を見開いて数度瞬きをし、ラーハルトと呼ばれた少年は一瞬ぽかんとした後、手を伸ばしてわたしの耳に触れてきて、作り物ではない事を確認した後、

 

「オレと同じだ!」

 と嬉しそうに叫んで、なんだかわからないがぎゅっと抱きついてきた。

 けど、

 

「さっきみたいな言い方は良くないよ。

 見たところ、君のお母さんも人間なんだから、君の言葉は、お母さんをも傷つけてしまう」

 そう窘めてやると、少年はハッとしたように母親を振り返り、

 

「ごめんなさい」

 と一言、泣きそうな表情で言った。

 …うわあ、なんだこの可愛い生き物。

「母さん」と呼んでいたところからわかるように彼らは親子。

 つまり彼女は村人から見ると「魔族と通じた女」であり、わたしと修道院の時と同様、迫害の対象だったわけだ。

 もっともハドラー侵攻以前に亡くなったという彼女の夫は、生前は村人との関係は悪くなかったようで、だからこそ村の女性と恋仲になり子まで成したわけだが、恐怖を感じた人間というのは意外と残酷な生き物だ。

 昨日まで隣人だった彼らに、自分で手を下すところまではいかなくても、じわじわと死ぬところまで追いつめていく上、自分たちにその自覚がないから余計に。

 

「母さんが病気になったのは、村の奴らのせいだ」

 悔しさを滲ませた表情でラーハルトがそう言うと、母親は哀しげに首を横に振る。

 自分の子が同族を憎む姿を見るのが辛いのだろう。

 今はこの親子は山の中のこの小屋で、小さな畑に作った作物と、時にはラーハルトが狩りなどして、細々と生活しているのだが、小さくとも山の恵み豊かな村で育った彼女にとって、この生活は過酷に過ぎた。

 心労がすぐに身体を蝕み、医者にかかる事もできないまま、病は悪化の一途を辿った。

 旅に出た時の私と同じくらいの年齢のラーハルトが、彼らを追い出した村の人間、更には人間全部に敵意を抱くのは、当然の流れと言えた。

 わたしも似たような境遇だったが、わたしを育ててくれた修道女たちは、全員がわたしに愛情をくれて、守ろうとしてくれた。

 だからわたしは人間を憎まずに済んだけど、彼女は息子に対してそれを一人で行うには弱すぎたのだ。

 せめて彼女の夫が、生きて彼女とその心労を分け合ってくれていたら、また違っていたのだろうが。

 ともあれ、特に旅の目的などなかったわたしは、しばらくこの親子のもとにとどまることにした。

 彼女の病に効果があるわけではないが、回復呪文で少し身体が楽になるという事だったし、いつかは帰れるという小さな希望に縋っていた故郷がなくなった事で、わたし自身も寂しかったのだ。

 何よりラーハルトもわたしも、お互いに生まれて初めて出会った同族だった。

 互いにある程度のシンパシーを感じるのも仕方ない事だったろう。

 

 

 結局、彼女が亡くなるまでの3ヶ月足らずを、その小屋で3人で暮らした。

 一緒に暮らしていくと、ラーハルトは色々器用な子だった。

 手近にあるもので武器や道具を作り、それを生活に生かしていた。

 手製の槍で魚を突き、手製の弓矢で鳥を射落としたりして、立派に男として生活を支えていた。

 この小屋は、木こりとして生活していた彼の父親が作業場としていたもので、そこをある程度生活できるように整えたのはラーハルトらしい。

 この子がいなければ、この母親はもっと早くにこの世を去っていたかもしれない。

 しかし、この子がいなければひょっとしたら、彼女が村を追い出されることもなかったのではないか。

 …どちらにしろ仮定の話だ。

 彼女が息を引き取る前、2人きりになった時に、彼を1人置いていくのが心残りだと泣いた。

 それは、自身の代わりに彼を守って欲しいという懇願に他ならなかった。

 本心では「約束はできない」と思っていたが、それを告げる事はできなかった。

 

 彼女が亡くなった時、わたし達は2人だけでひっそりと彼女を見送り、彼女の亡骸を埋葬した場所に、墓碑のようなものは立てなかった。

 それは、村人たちに見つかった時に、彼女の墓が穢されるのを防ぐためだった。

 だから2人で、この場所を覚えておこうと約束した。

 本来なら、わたしは彼女が亡くなった時点で旅立つ筈だった。

 ラーハルトはわたしが故郷を旅立った時と同じ年齢だったし、1人でも何とか生きていく力は持っていた。

 わたしは旅を続けたかったし、それに彼を連れていくわけにはいかなかった。

 けれど、1人になって、これからますます人目を避けて、ひっそり生きねばならないだろうこの少年を、置いていく決心がつかなかった。

 結局、わたしはそれから更に3ヶ月を、その場所で彼と共に暮らした。

 …今思えば、多少の危険を覚悟してでも、彼を連れて旅立っていれば良かったのだと思う。

 そうしていれば少なくとも、彼が本格的に人間を憎むようになる、あの日の事は起こらなかったのだから。

 

 ☆☆☆

 

「グエナヴィア、雨が降りそうだ」

「やだ、本当に?洗濯物、取り込んでおかなきゃ」

「手伝うよ」

「いいよ、休んでなさい。量はそんなに無いから」

 狩りから戻ってきたラーハルトと、そんな他愛もない会話をしたのを覚えている。

 ちなみに彼はわたしを通称では呼ばず、本名で呼んでいた。

 理由は彼曰く「響きが綺麗だから」だそうだ。

 

 結局断ったにもかかわらず、わたしと一緒に外に出た彼と、わずかしか無い洗濯物を取り込んでいた時、樹々の間から小鳥の群れが、いちどきに飛び立つ音が聞こえた。

 それから程なくして、3人の男たちが森の中から飛び出してきて、わたし達を取り囲んだ。

 

「本当に魔族だな。しかも2人いるぞ」

「構う事ぁねえ。

 とっ捕まえろって言われたのはガキの方だ」

「そうだな。

 女はこっちが貰っといて、あとで売っ払やいい」

 男たちの言葉を聞いて、わたしはラーハルトを背に庇い、手に魔法力を集中させる。

 敵意のある相手に対しては、先手必勝だ。

 

「…バギッ!!」

 発動とともに、わたし達の周囲に真空の刃が生じて、不用意に近づいてきた男たちにダメージを与えた。

 わたしは肉体の能力的にかなり人間寄りだが、それでも一応魔族の血を引いてる。

 初級呪文であれば一瞬の集中だけで、ほぼ貯め無しで発動できるし、恐らく威力も純粋な人間より高い。

 

「逃げなさい、ラーハルト!」

「で、でも!」

「わたしは大丈夫だから、早く!」

 周囲の空気の流れを微調整しながら、わたしは彼の背中を押した。

 この呪文ならば、相手の行動をある程度制限できる。

 もっともわたし自身が、攻撃呪文はこれしか使えないのだけど。

 どうやら彼らの目的はラーハルトのようで、彼らの言葉を信じていいなら、最悪でもわたしは殺されはしないだろう。

 だがラーハルトは捕らえられた後、どうなるかわからない。

 彼はこの山の地理を熟知していて、彼ひとりならば逃げ道も隠れる場所もいくらでもある。

 わたしは捕まえられた後で、モシャスでネズミにでも化けて逃げればいい。

 

「こ、こいつ、呪文を使うぞ!」

「魔族なんだから当たり前だろう!少し待て!」

 後ろの方にいる男が、どうやら魔法力を集中させているようだ。

 攻撃呪文の使い手か。

 ラーハルトが逃げていくのを確認して、わたしはバギの第二撃を発動させようとした。

 だが、

 

「マホトーン!!」

 意外にも、相手が発動させたのは攻撃呪文ではなく、呪文封じだった。

 喉に見えない力がかかり、声が出せなくなる。

 途端、手に集中させた魔法力が霧散した。

 しまった!

 

「やったぞ!ガキを追え!!」

 そうはさせるか!

 わたしは咄嗟に足元の砂を掴んで、男たちに向けて投げる。

 

「うわっ…く、くそっ!目が!!」

 そして男たちが怯んだその隙をついて、物干し竿を引っ掴むと、それを振り回して突進した。

 ラーハルトが安全な場所まで逃げるか隠れるまで、彼を追わせるわけにはいかない。

 だが、先程マホトーンを放った男が、どうやら目に入る前に砂を振り払ったようで、わたしが振り下ろした物干し竿を、あっさりと掴んで止めた。

 

「なかなかやるね、お嬢ちゃん」

 男はそう言うと、空いた片手で腰のナイフを引き抜いた。

 同時に物干し竿を掴んだまま、それを自分に引き寄せる。

 呪文も封じられ武器まで奪われる事を恐れて、わたしは反射的に手に力を込めたが、それが良くなかった。

 基本的に非力な少女であるわたしは、物干し竿ごと男の方に引き寄せられ、次の瞬間男のナイフが、物干し竿を握るわたしの手の甲を掠った。

 男がニヤリと笑う。

 そして…手から、否、身体中から、全ての力が抜け、わたしはその場に倒れ込んだ。

 

「こいつは、毒蛾のナイフっていってね。

 これで傷を受けたら、少しの間動けなくなる。

 まあ、効果には個人差はあるがね。

 少しおとなしくしていてもらうよ」

 …なんて事だ。

 呪文も封じられ、動くこともできない。

 

「おまえら、いつまでそうしてる気だ!?

 さっさとガキを探しに行け!!」

 そして、わたしが砂をぶつけた男たちに向かって男が怒鳴ると、怒鳴られた男たちは何やら呻いて、ラーハルトの逃げた方向に向かう。

 お願い、逃げ切って。

 もはや指一本動かせないわたしにできる事は、祈ることしかなかった。

 

「…なんで、あのガキを捕まえようとしてるか知りたいか?

 実はある貴族が、新しく買った剣の試し斬りをしたいらしくて、しかも人間の子供を斬ってみたいと、そう言うんだな。

 そんな事は勿論許されない。

 だが、この麓の村の者が、この山に魔族の子供が住んでいると、その貴族に進言してくれてね。

 貴族はそれを捕まえて来てくれたら6万ゴールド出すと、俺たちに依頼してきたってわけさ。

 儲けの割に容易い仕事だと思ってたが、とんだ邪魔が入ったもんだ。

 …悪い子には、お仕置きをしなきゃいけないな」

 試し斬り!?子供を!?

 そんな事に村の人間が、彼を差し出したっていうの?

 ラーハルトの母親は、元はその村の人間だった筈だ。

 その息子である、彼を?

 あまりの事に衝撃を受けて、自分が今、何をされているかに、関心を向けることさえできなかった。

 ナイフの先で着ているものを切られ、肌を晒されているのにも、気付いていなかった。

 と、

 

 ピカッ!!

 バリバリバリバリ!!ド────ン!!!!

 

 突然周囲に閃光が走り、かなり近くに落雷した音と、その衝撃が地面を揺らした。

 

「雷か…。

 お楽しみは、小屋の中でさせてもらうかな」

 男が舌打ちしながらそう言い、わたしの身体を抱き上げようとした。

 その刹那。

 

 

 見上げたその顔が、消し飛んだ。

 

 首から上が消滅した身体は、そのまま、仰向けに倒れていく。

 

 

「グエナヴィア!!」

 聞き慣れた少年の声が耳に届き、子供にしては引き締まった腕が、倒れたままのわたしを抱きしめた。

 逃げていなかったの?大丈夫?

 声も出ず、動くこともできないが、なんとか目で訴える。

 そのわたし達の頭上に影が差し、視線だけで見上げると、歳の頃は30手前くらいの、背の高い男が1人、ラーハルトの背後に立っていた。

 

「もう大丈夫だよ、グエナヴィア。

 襲ってきた奴ら全員、この人が殺してくれたから」

 10歳の少年の口から出てきたとは思えない言葉を耳にして、わたしは背筋が寒くなり…

 

 そのまま、意識を失った。




1個目の石

名前:グエン(本名:グエナヴィア)
性別:おんな
職業:そうりょ

人間の女と魔族の男との間に生まれた私生児。
生まれてすぐに母親に殺されかけた為、10歳までをアルキードの修道院で育てられるも、ハドラー侵攻による恐怖から、自分ばかりか修道院そのものが迫害されかけた為、修道院を出て旅の空へ。
外見は運のいい事に人間寄りで、耳さえ隠せば人間に見える。癖の強いプラチナブロンドのショートヘアっぽい髪型だが何故か一房だけ長く伸ばして三つ編みにしてる。イメージはB’t-Xの華蓮さんを白ベースにして相当儚げにした感じ。内面はともかく(笑)。瞳の色はグレー。
生まれつきモシャスが使えるが、魔族っぽい能力なのであまり好きじゃないし、持続時間も短いので普段は使わない。
修道院で育った為僧侶の呪文は結構高位なところまで大体使える。
けど僧侶然としているのは表面上だけで、本質はおしゃれとおいしいものが大好きな、まあ普通っちゃ普通の若い女性。
防具は守備力よりかっこよさで選ぶ。特に帽子は、耳を隠すのとオシャレが同時に叶う素晴らしいファッションアイテムだと思ってる。
余計な情報ではあるが巨乳で普段着は割と露出度高め。
旅で立ち寄った教会でアルバイトをして、そこで次の街へのメッセージを預かって、それを届けた教会でまたアルバイト、というローテーションで路銀を稼ぐ。
あと大きな図書館を有する町に来た時には、まる1日は何もせずそこで過ごす事に決めている。
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3・半魔の僧侶は回想する2

 …息苦しさに目を覚ますと小屋の中で、ラーハルトの母親が使っていたベッドにいた。

 これはラーハルトが作ったもので、この家にベッドはこの一台のみだ。

 わたしとラーハルトが寝ていたのは干草の束の上に毛布を敷いただけの寝床であり、彼女が亡くなった後もどちらも寝床を移動しなかったから、彼女の死後初めてこのベッドを使ったのはわたしという事になる。

 おかしい、わたしは何故ここにいるのだろう。

 ふと、見るともなしに自身の身体を見下ろすと、わたしが身につけているのは、故郷を出る時の荷物として持たされて普段から身につけている若干大きめの尼僧服ではなく、ラーハルトの母親の部屋着だった。

 

 …息苦しかったのはこれが原因か。

 

 あの人は小柄で痩せていたから、わたしが着るには丈は若干短いし、最近妙に膨らんできた胸も少しきつい。

 それに、何やら手の甲がひりひりするので見てみれば、 浅い切り傷がついていて、それがかさぶたになっている。

 

 …………ッ!?

 

「ラーハルト!!」

 ベッドから飛び出して、彼の姿を探す。

 狭い小屋にはランプもなくもう暗くなってはいるが、わたしは魔族の血のせいか割と夜目が利く。

 探すほどのこともなく、いつも彼とわたしが眠っている干草を置くスペースに、ラーハルトは横になって寝息を立てていた。

 怪我などはしていなさそうだ。良かった。

 ホッとして彼に歩み寄り、その金色の髪をそっと撫でる。

 むにゃむにゃと何事か呟いた彼は、目を覚ますことなく、薄く微笑んで小さくわたしの名を呼んだ。

 と、

 

「目が覚めたか」

 不意に、聞き覚えのない低い声が小屋の隅から聞こえ、わたしは咄嗟に身構えた。

 

「…誰っ!?」

「助けてやったというのに、随分なご挨拶だな」

 …その瞬間まで、他に人のいる気配を、わたしはまったく感じていなかった。

 声の聞こえる小屋の隅には、闇がわだかまっており…その闇が、立ち上がって、わたし達を見下ろした。

 背の高い男だった。

 年の頃は30手前、恐らくはそれを越してはいない。

 あっ、と思った。

 この顔は、気を失う寸前、最後に見た顔だ。

 途端、その直前の光景が、頭の中でフラッシュバックした。

 服を切り刻まれて晒された肌の上に、のしかかろうとする人間の男。

 一瞬で、燃え尽きるように、消失するにやにや笑い。

 血の一滴すら流さずに、仰向けに倒れる、首から上を失った身体…。

 そこまで思い出して、胸がむかむかした。

 

「何が起きたか、思い出したようだな」

 言われて、わたしはその男を睨みつけた。

 確かに助けられたのだろう。

 だが、わたし自身、助かったとは思えなかった。

 先ほどとは違う意味で、この男から危険なものを感じていた。

 憎しみとか、怒りとか、そういった激しく昏い感情を孕んだ目は、その身体のうちに凝る闇を、映し出しているように思えた。

 それが自分に向けられたものでないとわかっていても、まともに目を見返すと、反射的に背筋が震える。

 何よりラーハルトは、

 

『襲ってきた奴ら全員、この人が殺してくれた』

 と言った。

 つまりその光景を、10才の子供に見せたという事だ。

 それが、わたしには許せなかった。

 助かったとは思えなかった。

 むしろ新たな火種を抱え込んだ気すらしていた。

 

「あなたも、人間ではないのね…」

 姿は人間と変わらないが、そうでない事は一目でわかった。

 むしろ獣に近い匂いというか、空気を感じる。

 わたしの言葉に、男は一瞬、眉だけを動かした。

 それから、小さく息を吐いて呟く。

 

「…あのような、身勝手で醜い生き物と一緒にするな」

 その言葉にカチンときて、思わず言い返す。

 

「そういう言い方はやめて。

 わたしもラーハルトも半分は人間なの。

 わたしの母は、生まれたばかりのわたしを殺そうとしたらしいけど、あの子の母親は優しくていい人だった。

 確かにさっきの連中のような輩も中にはいるけど、一括りに断じられるのは不愉快だわ」

 そのわたしの言葉に、それまで無表情だった男が、少しだけ目を見開く。

 なんだ?

 

「…あの子の母親?姉弟ではないのか?」

 ああ、そういう事ね。ていうか、そこ?

 

「…わたしは旅の途中で、たまたまここに立ち寄った際に、ここで暮らすあの子とその母親に出会い、彼女の最期を、あの子と共に看取っただけ。

 わたしと彼は境遇が似ていたから、つい離れがたくて居着いてしまったけれど、元々まったくの他人です」

「なるほど。

 ここにある衣服のどれもが、君の身体に合わなかったのはそういうことか。

 一番ゆったりとした形のそれでも、着せるのに苦労した。

 単に山の中の生活で、調達が間に合わなかったのだろうと思っていたが」

 

 ………え。

 

 あの、つまり、この服をわたしに着せたのは、この男だったという事だろうか。

 いや、そうなのだろう。

 ラーハルトではそもそもわたしをここまで運べないし、彼なら母親の服をわたしに着せようなどと考えもしない筈だ。

 まあいい、逆に考えるんだ。

 ほぼ裸の状態のまま放置されなかっただけありがたいと考えるんだ。

 

「君たちはこれからどうする気だ」

 若干モヤモヤした気持ちを己の中で整理をつけていたら、男が話しかけてきた。

 

「どういう意味?」

「人間たちの襲撃が、これで終わると思うのか?

 奴らは同族以外を人と思ってはいない。

 ここにいたら、また君たちは同じような目にあう」

 …そうだった。

 奴らは、どこぞの貴族の依頼で、剣の試し斬りに使う魔族の少年を捕まえる為にここに来たのだ。

 依頼を受けた者たちが戻って来なければ、次の者を送って寄越すに違いない。

 

「……この子を連れて、旅に出るわ。

 どこかひっそりと暮らせる場所を探す」

「一生隠れてか?」

「一生とは思っていません。

 わたしもラーハルトも、半分は人間だもの。

 いつかは分かり合えると…信じています」

 だが、わたしの言葉に、男は首を横に振る。

 

「夢物語だ。そんな都合のいい話はない。

 というより、そのいつかを待つ間に、君たちは迫害の末に命を落とす。

 いや…君一人なら、命だけは助かるだろうが、彼は確実に死ぬ」

「っ!!」

 多分それは、わたしが女だからなのだろう。

 さっきの事を思い出して、わたしはまた吐き気を覚えた。

 だが、

 

「…私と来い。

 私ならば、君たち二人とも、守ってやれる」

 男が、わたしに向けて手を差し出す。

 確かに、先ほどの男たちをどのようにしてかは知らぬが全滅させた事実がある。

 けれど、わたしは本能的に、この男を信じる気になれなかった。

 

「守るってどういう意味?

 襲ってくる人間はみんな殺してくれるって意味なの?」

「必要とあらば」

 即答する。その迷いのなさに恐怖すら覚える。

 

「わたしは人間を殺したくなんかない!

 そんな人についていけると思って?」

 どうしても己の中で受け入れることができない部分を主張するわたしに、男はラーハルトを示しながら言う。

 

「彼は私についてくると言ったぞ」

 …わたしが眠っている間に、そんな約束が交わされていたのか。

 ラーハルトは人間を憎んでいる。

 それは、この出来事で、ますます拍車がかかったろう。

 わたしといると、同じような事が起きる。

 そして彼はますます人間を憎む。

 その、繰り返し……、

 

「……そう。なら、連れていくといいわ。

 わたしではラーハルトを守れないと、彼自身が判断したのならば、そうするしかないでしょう」

 できるだけ冷静に言ったつもりだったが、それでも少し声が震えた。

 そのわたしを見る男の目に、少しだけ哀しげな色が見えたのは気のせいだろうか。

 

「…何故だ。君も人間に迫害されてきたのだろう。

 何故それでも、奴らを信じられる?」

「…わたしを育ててくれた人たちは、わたしを守ろうとしてくれたわ。

 わたしが故郷を離れる時、守ってあげられなくてごめんなさいと泣いた。

 人間は確かに臆病で弱い。

 けどわたしは、あの涙を信じたい」

「………」

 男はわたしの答えを聞いて何か言いかけたようだったが、それ以上の言葉は紡がれなかった。

 わたしは、ずっと小屋の片隅に置きっ放しだった自分のリュックを探り、尼僧服とケープを引っ張り出す。

 

「…悪いけれど、後ろを向いててくださる?

 着替えたいの」

「む……」

 わたしが服を示しながら言うと、男は少し慌てたように背中を向けた。

 振り返る様子もなさそうなのを確認して、窮屈な借り物の部屋着を脱いで、着慣れた尼僧服に袖を通す。

 破かれたものの他はこれ一枚しかないから、次にたどり着いた街か村ででも調達しなければいけない。

 というか、別に尼僧服にこだわる必要はない。

 ケープが付けられるから耳を隠すのに都合がいいってだけで、大きな街に行けば、もっと旅に都合が良い、服でも帽子でもなんでもあるだろう。

 

「ラーハルトが眠っている間に行くわ。

 彼のことはお願いします」

 ケープを頭に被りながら、男の背中に話しかける。

 

「…本当に、彼と離れて構わないのだな?」

「もともと他人だって言ったでしょう?

 それに、わたしと居たらこの子が死ぬって言ったのはあなたよ」

 リュックを背負い、旅装を整えて、もういいと告げると、男は振り返った。

 そしてわたしの姿を見て、少し驚いたように言う。

 

「…尼僧だったのか」

「わたしは修道院で育ったのよ」

「なるほどな。この理不尽な世界を作った存在の、(しもべ)というわけか。

 道理で甘いことばかり口にすると思っていた」

「なんとでも言えばいい。

 わたしは、人間と共存してみせる。

 今は無理でも、いつか必ず分かり合えると信じる。

 …そうなったら必ず帰ると決めていた故郷はもうないし、だからわたしを育ててくれた人達も、今はもう居ないけれど」

 そのわたしの言葉に、男がまた目を見開く。

 

「故郷が、ない?」

「半年ほど前に、領土ごと沈んだそうよ。

 旅の途中で立ち寄った街で、そう聞いたわ。

 詳しいことはわからないけど、地殻変動だろうって」

「…君の、故郷は?」

 何か、男の口調に苦いものが混じった。

 

「アルキードよ」

 わたしは振り返らずにそう答えると、小屋の戸を開けて、外に出た。

 …一人になって見上げた星空が、信じられないほど美しくて、涙が溢れて止まらなかった事を、今でもはっきり覚えている。

 この広い世界で、自分はまったくのひとりぼっちだという、それまで一度も感じたことのない想いに、胸が締め付けられたから。

 

 ☆☆☆

 

 …夢見が良くなかった気怠い朝。

 昨夜あれだけ食べたのに、朝になるとやっぱりお腹は空くのだと、目覚めと同時に苦笑する。

 宿は朝食は出る筈なので、身支度を整えて食堂に向かった。

 宿の女将自慢の焼きたてパンと、優しい味の温かいスープ、付け合わせのミニサラダとチーズまでぺろりと平らげ、わたしは宿を後にして、街の門に向かった。

 

 一歩街の外に出れば、旅人の為の街道以外は、ほぼ荒野か山道だ。

 野生の獣や弱いモンスターなどと出会う事もなくはない為、一応自分にトヘロスをかけておく。

 次の目的地のパルナ村は、以前訪れた事がある。

 薬草の群生地が近くにあるんだけど、その辺はバブルスライムの生息域でもあり、解毒依頼が結構あった筈だ。

 てゆーか、わかってるなら毒消し草を持ち歩けよとちょっとだけ思うが、まあ旅をするならば常備は必要だけど一般の村人には確かにちょっと割高かも。

 まいどありー。

 あと、棒術の達人って人が住んでて、以前訪れた時少しだけ師事した。今もお元気ならば訪ねておきたい。

 

 歩きながら、今朝見た夢を思い出して、また涙が出そうになるのを慌てて止めた。

 あれから…もう12年になるのか。

 

 わたしは、人間と関わって生きていく。

 あの男の手を振り払った自分への意地もあったけど、何よりわたしが、孤独に耐えられそうにない。




関係ないけど、(旧)アニメ版のダイ大のキャスト、マァムとレオナは絶対逆の方が合ってたと今でも思ってる。逆にポップとアバン先生は合い過ぎてて悶えた。ハドラーは後のことを考えてもう少し若めの声の方が良かったと思う。そしてキルバーンはもっと長く放映が続いていたら田中秀幸さんが地獄をみていた。

そういえばヒュンケル(残念イケメン)の声が、堀秀行さんだったんだよな…フッ。
…それはそれとしてダイ大の登場人物の中で、一番イケメンなのがワニっていったいどういうことなんですか?


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4・半魔の僧侶は戦闘する

試したことはないので断言はできないが、多分かまいたちにニフラムは効かないと思う。
よいこはまねしないでね。


「これが『なぎはらい』だ。

 すぐに習得できるものではないが、群れで出没して仲間を呼んだりするモンスターと、うっかり遭遇した時などに役立つ」

「はい、御教授ありがとうございます!」

 

 ☆☆☆

 

 パプニカ王都からこのパルナ村まで、たどり着くのに一ヶ月以上かかった。

 なんでもわたしが王都を出て間もなく、洗礼の儀式だかなんだかで西の孤島に行っていた王女が、そこで暗殺されかかるという事件が起きていたそうで、しかも首謀者が事実上、王の次くらいに政治的権力を持つ要人だった為に、関係者の処分を行なった結果、結構な人数が領外への逃亡を図ったのだという。

 というかその要人、欲をかかずに大人しくしていれば、その地位に相応しい生活をこれからも続けられたろうに、一体なにが彼を、その所業にかき立てたんだろう。

 あの国は賢者の国とも言われてるのに、中枢にいる人間が賢くなかったって何ぞ。

 それはさておき、そんなわけで街道のあちこちに臨時の関所が置かれ、旅人のチェックが厳しくなって、そのチェックの順番が回ってくるまで臨時の宿に留め置かれた次第。

 そんな事情だからこの宿、宿泊は無料だが食事は出ないので、旅用の携帯食料はそれだけ消費する。

 それを見越してか日に一度、行商人がお弁当を売りにきていて、一度買って食べたけど結構美味しかった。

 更にめんどくさい事にわたしが僧侶だと知ると、短期でいいから教会業務を引き受けてくれとどこの関所でも頼まれてしまい、結局ひとつ関所に着くたびに2日以上そこに足留めを食らった挙句、ようやく目的地にたどり着いたのだ。

 おかげで懐は若干温かい(ふたつ目くらいの関所からギャラは小数点以下切り上げ55パーセントまでふっかけたら意外と快く了解され、この際思い切って60とか言っとくんだったとここに辿り着いてから後悔した)が、着いた先は食べ物は素朴で美味しいけどファッションは洗練されていないイナカの村。

 買い物の楽しみは味わえそうにない。

 メッセージ自体はそれほど到着を急がない内容だったそうなんで、ならもうしばらくパプニカに留まってれば良かったと内心思う。

 今回はメッセージ預からずに一旦パプニカに戻って、そこから船に乗ってロモスあたりに行ってみようかな。

 

 パルナ村の棒術の達人の先生は去年亡くなっており、彼の家には弟子の方が住んでいた。

 わたしよりひとつ年上で、落ち着いた雰囲気の男性、名前はゲッコーさんという。

 せっかくなので彼にも御教授賜ろうと願い出て、今その実演がひとつ終わったところだ。

 確かに全体攻撃技が使えると助かるな。

 トヘロスをかけていても、たまにそれをかいくぐって襲いかかってくるモンスターもいなくはない。

 先日うっかり踏み込んだ沼地で、マドハンドの群れと遭遇してしまった時は、本当にひどい目にあった。

 何せ奴ら、一匹潰してる間に次々と仲間を呼ぶもんで、気付いたら遭遇した時点の倍もの数を相手にしなければならなくて、本当に死ぬかと思った。

 てゆーか疲れ切って苦し紛れに放ったバギが暴走してくれなければ普通に死んでたと思う。

 そのバギに限らず、呪文は使用状況や相手によっては、効果が薄い場合もある。

 そもそもマドハンドって、出没数の割には研究が進んでないモンスターで、本によって分類がまちまちだったりするので、属性自体がはっきりしない。

 だがニフラムが効かなかった事を考えれば、死霊系のモンスターと記述のあったあの本だけはデタラメだと判断して次の町で売り払った。

 なんでも出版元が現存しなくて好事家からはそこそこ欲しがられてる本だったらしく、古本市で入手した割には売ったら結構な値段になったけど。

 とにかくそれなりのレベルに達していれば、結局は物理で殴るのが一番確実な攻撃方法なのは間違いない…というのはいささか脳筋な考えに偏りすぎだろうか。

 もっとも街道で出会うモンスターは野生動物より知性は高めなので、むやみやたらと襲いかかってくる事はなく、むしろ人の姿を見たら逃げていくものの方が圧倒的に多いので、旅人にとっては野生動物との遭遇の方がよほど怖いんだけど。

 

 パプニカの教会からの手紙をこの村の修道院に無事届け、報酬を受け取った後、滞在して10日ほど。

 午前中は棒術(こちらの流派では『棍法術』と呼ぶらしい)の修行に通い、日中は滞在する修道院でシスターのアルバイト。

 ゲッコーさんは、この村の若い女性達の間では「クールな表情がステキ」と密かに人気があり、わたしが棒術の修行に通っていると言うと、修道院内でもなかなかの騒ぎになった。

 特に一番若いシスター・アリスがどうやら彼に本気でご執心らしく、6才年上のわたしに一通りの意地悪な嫌味を言ってくるようになったのはご愛嬌。

 どうせ路銀が満足いく程度貯まったら離れる村だと我慢する。

 

 ☆☆☆

 

「シスター・グエン…旅はまだ続けるのか?」

 お湯と部屋を貸してもらって身体を拭き、動きやすい旅人の服から、ケープもつけた完璧な尼僧姿に着替えを済ませて、ゲッコーさんの家を辞そうとしたら、なんだか真面目な表情で話しかけられた。

 

「ええ、そのつもりよ?

 その為に戦い方を学んでいるのですもの」

「でも、特に目的があって、旅をしているのではないのだろう?

 そろそろ、落ち着く先を考えてもいいのではないか?」

 それは、もういい歳なんだから身体を労われと言われているのだろうか。

 

「どういう意味?」

 ちょっとムッとしながらも出来るだけ顔に出さないようにして問うと、ゲッコーさんはわたしから視線を逸らし、声のトーンを少し落として、言った。

 

「…俺は、あなたにずっと、ここにいて欲しいと思っている」

「……?」

 ここって、この村に?

 …うーん、隠居しろと言われるくらいスジが悪いのかなぁ。

 一応は前の先生に、

 

『これならある程度安心して旅ができるだろう』

 って言われて送り出されたし、弱いモンスターや野生動物程度なら、わたしの棍の腕でもある程度戦えたんだけどな。

 

「…その、確かに知り合って10日やそこらの男にこんな事を言われても、すぐに答えられる事ではないかもしれぬが……」

 考え込んでしまったわたしに、ゲッコーさんが何やら慌てたように話しかけてくる。

 まあ、心配をかけてしまっているのは事実なのだろう。

 

「…そうね。

 いずれは落ち着く先も必要かと思います。

 いつまでも旅は続けられないし」

 わたしが言うと、ゲッコーさんはぱっと笑顔になり、それから、そうか、と小さく呟いて息をひとつ吐いた。

 

「でもそうするならばわたしは、将来は、大きな街で暮らしたいわね。

 買い物に便利で、食べ物も美味しい、パプニカくらいの都会で」

 少なくともわたしの中ではこの村はない。

 だが、わたしの言葉に、彼は少し表情を曇らせる。

 

「…確かに都会は便利で、物も豊かだがな。

 …でもいつか子供ができた時には、ここはいい村だぞ?」

「子供?」

「考えなければいけない事だろう?」

 いやなんの移住アピールだ。

 田舎暮らしに憧れる、都会に暮らす家庭持ちに言うならそれは有効な誘い文句かもしれないけど、わたしみたいな独り者の旅人は、そこにまったく魅力を感じない。

 

「そう?

 でも人生、予定通りになんていかないし、そもそもまだ相手もいないのに、そこまで考えてもねえ。

 そりゃ結婚したいほど好きな人ができたら、いやでも考えちゃうんでしょうけど、今のところはまだ、必要ないかな。

 落ち着く先も、好きな人も、勿論子供も。

 むしろ今はもっと広く旅をして、自分が暮らしたいと思える場所を、探している段階かも」

 そもそも、そんな好きな人ができたら、わたしは自分の出自を明かさなければいけない。

 それを相手が受け入れてくれて、初めてその関係が成立する。

 それは本人だけではなく、周囲全体がだ。

 でなければアルキードの修道院や、ラーハルトのケースと同じだ。

 自分だけでなく、大切な人をも、迫害に巻き込む事になる。

 

「え…?いや、その、だから…。

 ……いや、なんでもない。忘れてくれ」

 ん…どうしたんだろう?

 ゲッコーさんは割とものをはっきり言う方だと思ってたんだけれど、今日はいつになく歯切れが悪いな。

 

 ☆☆☆

 

「大変だ!魔物が攻めてきた!!」

 と、村のおじさんが一人、ゲッコーさんの家に、叫びながら飛び込んできた。

 なんとなく今朝から、空気が違うのはわかっていた。

 なんというか、大気全体に混じる瘴気というか、なにかわからないが嫌な感じ。

 それは昔、まだ子供だった頃、魔王ハドラーが現れていた時期に、世界を包んでいたのと同じ感覚だった。

 魔王の魔力が世界を覆う時、モンスターはその魔性に支配され、暴走する。

 ……まさか、そんな。

 

 ・・・

 

「あなたは修道院へ戻るんだ」

 丈夫そうな金属の棍を一本、かかっていた壁から掴みながら、ゲッコーさんがわたしを振り返る。

 

「わたしも戦うわ!

 それに、回復呪文の使い手が必要でしょう!?」

 ここで手を貸さなければ、何の為に旅をしているかもわからない。

 少なくともわたしの旅の目的は、自分を守る事だけではなかった筈だ。

 

「…ありがとう。助かる。

 できれば、あなたのような女性に手を貸してもらうのは心苦しいが、今は戦える者が一人でも欲しい。

 ゆくぞ、グエン」

 先程までとは違う、引き締まった表情で、彼は棍をもう一本取って、わたしに手渡す。

 それは彼が扱うものよりは細くて軽く、わたしにも扱いやすそうだった。

 それを受け取ってわたしは頷き、駆け出す彼の後ろに続いた。

 

 ・・・

 

 村の入り口付近では、既に何人かが倒れており、わたしは彼らにホイミをかけてから避難を促し、そこに群がるモンスターを睨む。

 それは「かまいたち」の大群。

 ざっと50匹は居るだろう。

 わたしの持っている本によれば、元々は大気の精霊だったものが、何かのきっかけでモンスター化した存在だという。

 この場合、きっかけは間違いなくこの瘴気だろう。

 まずいな。

 風属性のこのモンスターにバギは効きにくい。

 まったく効かないわけではないが効率は良くない。

 その上素早さが飛び抜けていて、物理攻撃も回避されやすい厄介な相手だ。

 奴らはわたし達を見つけると、一斉に襲いかかってきた。

 ゲッコーさんが先ほどの『なぎはらい』で、ある程度の数にダメージを与える事に成功するも、同じくらいの数に回避される。

 とりあえずわたしは、ゲッコーさんがダメージを与えつつ一撃で仕留められなかった個体を仕留めに掛かるが、これだけ同じ種類が一度に出てくると、途中から個体識別が困難になってきた。

 やがて、一人で敵を半数くらいまでは減らしていたゲッコーさんにも、疲労の色が見えてきはじめ、遂に肩と太ももに奴らのバギをくらって、バランスを崩して地面に膝をつく。

 

「くっ!!」

 このモンスターは保持する魔法力はあまり高くなく、単体ではバギ2発くらいで尽きてしまうのだが、なにぶんここでは数が多いので、それだけバギの発動が頻繁に行われている。

 ホイミをかけに行きたいが、迂闊に近づけない。

 そうしているうちにゲッコーさんは取り囲まれ、集中攻撃を受け始めた。

 このままじゃ、まずい。

 

 わたしは棍を構えて突進する。

 そして見よう見まねのなぎはらいを繰り出すもそれは悉く躱され、今度は攻撃がわたしの方に集中する。

 これでいい。わたしはホイミが使える。

 少しの間ならそれで耐えられる。

 バギが身体の周囲で渦巻き、わたしの身体のあちこちを切り裂いた。

 

「グエン──っ!!」

 ゲッコーさんの声が遠くに聞こえる。だがそれに答える余裕もなく、わたしは手に魔力を集めた。

 瞬間、身体の内側に、割と最近にも感じた力の沸き上がりを感じる。

 間違いない…これは、魔力暴走の前兆だ。

 それに気がついた時、わたしは発動しようとしていたホイミの詠唱を止めた。

 

 このモンスターは恐らく、魔王由来の瘴気によって生まれたもの。

 通常の発動状態なら無理だろうが、暴走状態なら、或いは。

 かまいたち達が、抵抗をやめたわたしに向かって、一斉に襲いかかってくる。

 そのタイミングでわたしは、両手に魔力を集中させると、ひとつの呪文を詠唱した。

 

 

「ニフラムッ!!!!」

 

 

 暴走した魔力が、聖なる力を増幅させる。

 わたしの掌から放たれた光は、かまいたち達を包み込み、その身体ごと存在をかき消した。

 後に残るのは、静寂。

 

 ☆☆☆

 

「魔族…!?」

 なんとか息を整えて、立ち上がったわたしの耳に、怯えたような村人の声が聞こえた。

 反射的に耳元に手をやると、いつのまにか尼僧のケープが脱げて、尖った大きな耳がむき出しになっている。

 

「魔族だ!なんで魔族がここに…!?」

 周りを見渡すと、いつのまに集まっていたものか、村人たちが跪いたまま動けないゲッコーさんを囲んで、そこからわたしを見つめている。

 

「そうか…あなたがあのモンスター達を、ここに呼び込んだのね!?」

 聞き覚えのある女性の声がして、その方向を見ると、シスター・アリスが、怒りを燃え立たせた瞳で、わたしを睨みつけていた。

 

「違う、彼女は…」

「ゲッコーさんは黙ってて!

 出ていきなさいよ、この魔物女!!」

 彼女の叫びに、村の人たちが呼応する。

 誰かが修道院から持ってきていたのか、わたしのリュックが投げつけられた。

 彼らの勢いに思わず後ずさると、先程まで使っていた棍が、踵に当たって音を立てた。

 …それを拾い上げると、彼らが怯えたように立ちすくむ。

 そのまま近寄ると、シスター・アリスとゲッコーさん以外の村人達が、悲鳴をあげて逃げ去った。

 

「な、なによ!あなたなんか怖くないわ!!

 この人に何かしたら許さない…!!」

「お貸しいただいてありがとうございます。

 お返しいたしますね」

 彼女を視界に入れずに、わたしは棍を、ゲッコーさんに差し出した。

 ゲッコーさんは悲しげに首を横に振る。

 

「…持って行くがいい。

 もともと、あなたに差し上げようと思って用意していたものだ」

 …涙が出そうになった。

 わたしは彼に一礼すると、投げられたリュックを拾い上げ…

 

 そのまま、彼らに、背を向けた。

 

 ☆☆☆

 

「う〜ん。

 お話を聞けば聞くほど、その女性は、悪い方ではなかった気がしますねえ」

「やはり…そう思われますか」

「彼女は、ニフラムを使ったのでしょう?

 あの呪文は、聖なる力で、悪しき力を滅する呪文ですからねえ。

 どんなに頑張っても、悪しき存在に操れるものではないんですよ。

 魔族だったのは間違いないにしても、その方は間違いなく、正しい心を持っていたのでしょう。

 早まられましたねぇ、皆さん」

「…お恥ずかしい限りです。

 俺は、彼女を信じていたのに、それでも庇ってあげられなかった。

 俺は、俺たちは、彼女に対して、どう償えばいいのでしょう?」

「…その気持ちを、忘れないこと。

 同じ過ちを繰り返さないこと。

 そう思って生きていき、またそれを人に伝えていく事です。

 そうすればいつかきっと、どこかで彼女は、あなたのその思いに触れることになります。

 そうなる日を夢見て、頑張りましょうよ、ね?」

「……肝に銘じます、勇者殿」

 

「なんか、ヤな話聞いちゃいましたね、先生。

 その魔族、ここの村人の為に戦ったのに、魔族だからってみんなで追い出したって事でしょう?

 おれだったら、そんな事されたら、人間なんて信じられなくなるかも」

「そうですね。

 だから、そうならない為にも、私たちも伝えていかなければいけません。

 いつか、私たちがその人に会えた時に、その人が笑ってくださるように。

 ねえ、ポップ?」




ちょっとドラクエに時々ある若干胸糞エピソードぽい話にしてみたけど、やっぱり書き始めると自分が辛かった。そのせいか文章的にはかなり散漫なのは否定できない。
ひとまずゲームプレイ中に覚えた苦労に見合わない感とこんな村滅びてしまえ感をちょっとでも出せていればと思う。
関係ないけど7の例の昼ドラ劇場で、カヤとカサドールを荻野目慶子と長谷川初範で脳内変換していたアホはこのアタシだ。


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5・半魔の僧侶は武人(ワニ)と出会う

 魔王ハドラーが復活し、パプニカ王都が陥落した。

 

 パプニカ港から、船でロモスまで行こうとしていたわたしだったが、そんな状態で船が出るわけもなく、この地方に足留めを食うことになった。

 王都にほど近いところにかつてのハドラーの居城だった地底魔城がある為、王都に近づくのは危険。

 仕方なくわたしは周辺の、村や小さな町を訪れて、怪我人の治療や死者の弔いをしてまわっていた。

 パルナ村での出来事は、わたしの心を確かに傷つけたが、結局は意地と寂しさが、悲しみに打ち克った。

 かつて、ラーハルトとわたしを助けたあの男。

 名も知らぬ彼の言葉通りには、なりたくなかった。

 なによりわたし自身が、他者との関わりなしには生きられない。

 魔王の瘴気はこの地方を中心に、徐々に世界に拡がっていく。

 まもなく世界中がこの空気に満たされて、地上すべてのモンスター達の敵意が、明確に人間に向かうだろう。

 だが奇妙な事に、訪ねた町や村には、人間がある程度生活できる範囲をすっぽり覆う結界が張られているところが幾つかあった。

 この中にいれば邪悪なモンスターは入ってこれず、ひとまず安全は保たれる。

 聞いたところによれば、その地を通りかかった『勇者』が施していったものだという。

 その『勇者』は14、5歳くらいの少年を伴って、この島の漁村から小舟で、西の方に向かったそうだ。

 その人が本当に『勇者』なら、何故地底魔城に行って魔王を倒してくれないのかとちょっと思ったのだが、王都から脱出してきた人から聞いた話では、確かに地底魔城からモンスターは出てきているものの、それを操っているのは、魔王本人ではないらしい。

 それでもかつての魔王以上に強いとの噂もあり、ひょっとしたら倒すにしても、もっと力を蓄えなければならないのかなと、無理矢理自分を納得させた。

 勇気と無謀は違う。

 

 ☆☆☆

 

 ロモス王国を襲ったモンスターの軍団を、『勇者』が撃退したという。

 だがその『勇者』、どうもこのパプニカ領に現れていた人物とは別人のようだ。

 ここから西へ船を出した『勇者』は、噂によれば30歳くらいの品のいい男性だったそうだが、ロモスに現れた『勇者』は、まだ少年だったそうだから。

 だが少年勇者とその一行、実はかつて魔王ハドラーを倒した勇者の育てた弟子達だったそうで、彼らはその前勇者の名を冠して「アバンの使徒」と呼ばれているとの事だ。

 

 わたしは教会業務の傍ら、旅の商人の用心棒のアルバイトも始めた。

 主に荒野や街道に現れるモンスター達から彼らを守る仕事で、戦闘があってもなくても5日間で500ゴールドの契約。

 それが高いのか安いのかはわからないが、正直わたしは腕っぷしに絶対の自信は持てないので、その仕事が入った際には、こっそりトヘロスをかけて戦闘を回避していたのは内緒だ。

 

 ☆☆☆

 

 パルナ村付近よりもっと質のいい薬草の群生地があると聞いて、パプニカ王都にほど近い崖の上に、やっとの事で登ってきた。

 葉をひとつ摘んで口に入れ、自分の舌で品質を確認する。

 うん、これならば、ほかの各種ハーブと組み合わせる事により、より効果の高い「上薬草」を作ることが可能だ。

 根っこまで抜かないよう注意しながら、できるだけたくさんの葉を摘んで、ポーチに詰める。

 と、上空に大きな影が差し、わたしは近くの岩場に身を隠した。

 それは巨大な猛禽類のような姿のモンスター。

 確かガルーダという種類だった筈だ。

 しかし、わたしの知識が正確であるなら、ここいらはこのモンスターの生息域ではない。

 どこから来たんだ、こいつは。

 ガルーダは薬草群の端の方に降り立つと、嘴でぶちぶちと、それらを無造作にちぎり始めた。

 栄養価の高い植物だ。

 モンスターにも有用なのだろう。

 もう少し摘んでいきたかったところだが、このモンスターに見つからないうちに、ここを離れた方がいい。

 そう判断して、こっそり岩場から、登ってきた崖の方に歩を進めた。

 が、

 

「………っ!!?」

 ガルーダの方に注意を向けるあまり、足元の小石を踏んでしまい、足の下で転がったそれに滑った…要するに、足を踏み外した。崖の上から。

 あー死んだな、わたし。

 

 と思ったら次の瞬間、何か柔らかいものの上に背中から落ちた。

 起き上がって、身体の下にあるそれに触れる。

 これ…羽毛?

 とにかく今わたし、何か空中を移動してるものの上にいるらしい。

 風で飛ばされそうになった帽子を慌ててひっ掴み、とりあえず懐にしまい込む。

 やがてその飛行物体の動きが止まり、周りを見渡すと、先程の薬草地帯に戻ってきていた。

 そこから降りて、改めてわたしをここまで運んだものの正体を見極める。

 予想はついていた。

 先程ここに現れたガルーダが、つぶらな瞳でわたしを見つめていた。

 …魔性に支配されている目ではない。

 ある程度の知性が感じられる。

 

「…ありがとう。助けてくれたのね」

 恐る恐る、その身体に手を伸ばすと、ガルーダは自分から、わたしの方に首を伸ばしてきた。

 首筋を、掻いてくれとでも言いたげに。

 その通りにしてやると、機嫌の良さげな小さな声でくるくると鳴く。

 ちょっと可愛い。

 

「賢いのね。誰かの飼い鳥かしら?」

 この世には、魔物使いと呼ばれる者たちがいる。

 その名の通り、モンスターを飼い慣らして使役する特技を持つ者たちで、その力は魔王の瘴気を受けたモンスターとすら、自らその魔性を跳ね返せるほどの、強い信頼関係を築かせるのだという。

 このガルーダは、恐らくはその、魔物使いに飼われているモンスターなのだろう。

 ある程度首筋を掻かれ満足したのか、ガルーダはわたしから離れると、先程のように薬草の葉をちぎり始めた。

 だが、どうやら食べているのではないようで、よく見るとちぎった葉を、羽の間に差し込んでいる。

 

「どこか、怪我をしているの?」

 助けてもらったのだから、それならばホイミをかけてやろうと思ったのだが、それらしい箇所は見当たらない。

 まあそうだろう。

 もし自身が怪我をしているならば、まず間違いなく食べる方を選択するだろうから。

 

「…もしかして、薬草が必要なのは、あなたのご主人かしら?

 もしそうなら、わたしはホイミが使えるわ。

 あなたのご主人に会わせてくれない?」

 魔物使いの使役するモンスターならば、ある程度人語は理解する筈だ。

 その目を見つめて、ゆっくり話しかける。

 だって魔物使いなんて、本では読んだけど実際には会ったことがない。

 とても興味がある。

 ガルーダは丸くて大きな目を、一度考えるように閉じてから、もう一度わたしを見返し、それからわたしの方に身体を傾けた。

 

「乗れ、って解釈してもいいのかしら?

 …失礼します」

 わたしは、先程降りたばかりのガルーダの背にもう一度乗り直した。

 ふかふかで、あったかくて、気持ちいい。

 …以前カールの城下町ですすめられた羽根帽子は、デザインがダサすぎて買う気がしなかったが(そもそもあの国のファッションセンスは、100年前の最新流行と言っても過言じゃない。カールは大きな図書館以外、わたしにはなんの魅力もない国だった。女王の治める国なのに勿体ない事だ)、この子の羽毛で帽子を作ったら、さぞや素晴らしいものが出来上がるだろう。

 抜け毛でいいから集めときたい。

 

 ・・・

 

 だが。

 連れてこられた先で、瀕死の状態で横たわっていたのは、1匹の巨大なリザードマンだった。

 

「…いやちょっと待って」

 思わず後ずさると、後頭部にガルーダのふわふわの胸毛が当たる。

 

「…やっぱり、あなたのご主人って、この方ですか…?」

 モンスター相手に思わず敬語になりながら問うと、ガルーダは、くわ、と一声鳴いた。

 これは恐らく肯定だろう。

 

「…まず、大事な事をひとつ確認させて。

 わたしがこのひとを治療した後、このひとがわたしに襲いかかってこない保障は?」

 わたしの言葉にガルーダは、首を振って羽根をばたつかせた。

 …うーん。「そんなことはない」と言ってるように見えなくもないが、「そこまで保障できない」という風にも見えなくもない。

 さすがに魔物使いじゃないわたしに、モンスターとのこれ以上のコミュニケーションは難しいか。

 むしろ、これだけ人語を理解するこのガルーダの賢さが驚異的なのだ。

 ともあれ、この子の必死さだけは疑いようがない。

 ここに倒れているリザードマンが、この子が慕うに値する主人である事を信じるしかない。

 

「…信じた、からね」

 わたしはひとことそう言って、そっとその巨体に近寄った。

 硬そうな鱗に覆われた身体の状態を確認する。

 重たそうな鎧に覆われている部分はちょっと判らない(どう外したらいいかも判らなかった)が、手当自体はされてるような気がした。

 ただ、その傷を治癒する為の体力が枯渇している。

 多分、静養しているべき時間に無理をして動き回ったのだろう。

 知性を持たないただの獣ならば、絶対にそんな事はしない。

 あと、左眼が傷ついてるのが若干治りかけなんだけど、これ時間をかけてこのまま自然治癒させたら、傷の治癒とともに瞼と眼球が癒着して目が開けられなくなる気がする。

 また、無駄にレベルの高い術師が一気にベホマで全回復しても、多分同じ事が起きる。

 そこに達する前にわたしが発見できた事、このリザードマンにとってはラッキーだったと思うよ。

 同じ呪文での治療を施すにしても、肉体の構造に対する知識があるとないとでは、その効果は雲泥の差だ。

 あてのない旅をしてはいても、わたしは無駄に放浪していたわけではない。

 各地の図書館を巡り、機会があれば専門家を訪ね、知識を入れる事を命題にしてる。

 もっとも、モンスターを治療するのはこれが初めてだけれど。

 とりあえず状態はわかったので、手に回復系の魔法力を集中させる。

 まずは、左眼の傷は、ホイミを調整して先に眼球のみを治療、それが済んだらもう一度ホイミで瞼の傷を塞ぐ。

 あとは全体的な体力をベホマで回復させると同時に、身体全体の傷を治療。

 …これで全快の筈だ。

 ビクリ。とリザードマンの身体が動いた。

 思わず反射的に後ずさると、やっぱりガルーダのふわふわの胸毛に当たったので、その身体にしがみつく。

 いいかい君、恩人の命はちゃんと守るんだよ。

 いや、わたしが先にこの子に助けられてるのか。

 くそ、交渉権がない。

 目を覚ましたらしいリザードマンは数度瞬きをした後、その場で横たわったまま、視線だけをこちらに向けた。

 それから、この口の形状でどうやって、と思うくらい明瞭な発音で言葉を紡ぐ。

 

「どうやら、助けられたようだが…オレは魔王軍には二度と戻らんぞ。

 悪い事は言わん。

 オレを発見できなかった事にして、ひとりで戻るんだな」

 

 ……………………カッ、チ───ン!!

 

 言われた言葉の意味を理解するまでに数瞬の間を要したが、理解できた瞬間に頭に血が上った。

 

「はあ!?

 それ、わたしが魔族だから、無条件に魔王の仲間だろうって言ってんの!?

 冗談じゃないわよ!

 こっちは半分は人間で、魔界になんか行ったこともないのに、魔族の血を引いてるってだけで住む場所を追われたりなんだり、むしろ魔王のせいで散々迷惑してるんだっつーの!!

 人間に言われるのはまだしも、まさかモンスターからまでそんな差別を受けるとは思わなかったわ!!

 ちょっと、鳥!用は済んだから帰るわ!

 わたしをさっきの場所まで送って行きなさい!!

 あったま来た!不愉快だわ!!

 よりによって魔王軍とか…魔王軍とか……!

 ………魔王軍とか、言った?」

 今背中を向けかけた馬鹿デカいワニを恐る恐る振り返る。

 そいつは身体を起こして胡座をかいており、その体勢からわたしを見つめて、目を丸くしている。

 …意外と表情豊かだなワニ。

 魔王軍、には、戻らない…とか言った?

 つまり、このワニは魔王の手下…ああうん、わかるよ、コイツはリザードマンの中でも多分、その王様級だ。

 人語も操る知能がある。

 それがただの、通りすがりのモンスターの筈がない。

 …けど、戻らない、って事は、今は違うって事なのか?

 どうしようちょっと混乱してきた。

 

「…そうか。辛い思いをしてきたのだな。

 オレの頭ひとつ、下げたところで収まりはすまいが、元魔王軍の軍団長だった者として、心からお詫び申し上げよう。

 本当に済まなかった。

 そのような事情であるのならば確かに、オレの言葉は侮辱であったろうし、無神経だった」

「えっ!?」

 意外すぎる展開に、わたしは思わず間抜けな声を上げた。

 だってこの、魔王軍の軍団長とか言ってる巨大ワニ、明らかに自身より力劣るわたしに対して、謝罪の言葉と共に、本当に頭を下げたのだから。

 と言ってもそもそもの目線がわたしの身長よりはるかに高いので、たとえ下げたところでその頭はまだ、わたしの頭上より上にあるんだけど。

 

「あ、えーと…とりあえず、情報を整理していいかしら?

 あなたは、魔王の仲間…で、今はそこから逃げて、ここにいる…という事かしら?」

「…オレの名は、獣王クロコダイン。

 先ごろ百獣魔団を率いてロモス王国を襲い、勇者ダイに倒された、もと軍団長がこのオレだ」

 いささか自嘲気味にそこまで言ってから、クロコダインと名乗ったワニは、ハッとしたように自身の顔に手をやった。

 

「目が…!?まさか、これもおまえが…?」

 クロコダインの問いに、わたしは頷く。

 

「診たところ視神経は生きていたようだったから、ついでだと思って。

 迷惑だったかしら?」

「…あれは、勇者ダイに最初につけられた傷だ。

 勇者たちとの戦いにおいて、勝ちを焦って卑怯な手段に走った事への、己への戒めとして、残しておこうかと思っていたが…」

 クロコダインはそう言って、また自嘲的に笑ってみせた。

 彼が言うには、一度勇者ダイと交戦した際にその傷をつけられ、その後妖魔士団長のザボエラという者に唆されて、人質を取るという手段で勇者一行を追いつめたものの、最後にはその策も破られて、勇者の一太刀に敗北したのだそう。

 

(ついでに、軍団長と言われてその位置付けがよくわからなかったので訊ねると、なんと現在魔王軍と呼ばれているのは、復活した魔王ハドラーを頂点とするものではなく、その上に更に偉大な大魔王がいるのだという。

 ハドラーは魔軍司令という立場であり、その下に邪悪の六芒星を象徴する6つの軍団が存在し、そのひとつひとつにその長である軍団長が配置されている。

 ロモスを襲ったクロコダインはそのうちのひとつ、魔獣系モンスターの群れからなる百獣魔団の長だったというわけだ。

 他に、先程話に出た妖魔士団は主に魔道士の軍団。

 更に大魔王の魔気に命が宿ったモンスターからなる魔影軍団。

 ドラゴンやそれに類するモンスターを操る超竜軍団。

 火と氷、相反するエレメント系モンスターで構成された氷炎魔団。

 そして今、この地で王都を制圧しているのが、アンデッド系モンスターを操る不死騎団なのだそうだ。

 王都に近いあの薬草群生地に来るまでに、やけにガイコツ系のモンスターが出没していたのはそういう理由か。

 わたしは僧侶なのでニフラムという手がある上、実は棍の技には黄泉送りという、アンデッド系モンスターに対して非常に有効な技があるので、それほど危なげなく来れたんだけど)

 

「唆されたとはいえ、オレが卑怯な手段に走った事は紛れも無い事実。

 勝利に曇ったオレの目が覚めたその証としても、この目はそのままにしておこうと思っていた」

「そうなの、それはごめんなさい。

 けど、あなたがこの先、人や魔王から隠れて生きるつもりならばそれもいいけど、ひょっとして勇者達の側について、その力になるつもりならば、それは明らかな戦力ダウンだわ。

 どうせなら万全の状態で仲間に加わってもらった方が、勇者達にはありがたいんじゃなくて?」

 言葉を交わしてみれば、クロコダインはとても真っ直ぐで誇り高くそして潔い、武人の魂の持ち主だった。

 恐らくはこの先の自分の命を、勇者に捧げるつもりなのだと、容易に予想ができた。

 こんな実直な男は、人間の中にもそうは居まい。

 

「…そうだな。おまえの言う通りだ。感謝する。

 考えてみれば、命を助けてもらった礼すらまだ言ってはいなかったな。

 ありがとう。

 ……良ければ、名を教えてはもらえぬか?」

「わたしはグエン。旅の尼僧よ」

 …ラーハルトと別れて以降、わたしは自身の名を、通称でしか名乗ったことがない。

 そこに深い意味などなかったが、今となっては本名の方を呼ぶ者がいるとすれば、この地上には、あの子一人だけだろう。

 

「あと、その件での礼ならば不要だわ。

 わたしは、崖から落ちかけたところを、このガルーダに助けられたの。

 この子があなたを助けたくて、わたしをここに連れてきたのだから、お礼ならこの子に言って…」

 と。

 唐突に地面が揺れ始めた。

 

「なに?地震…!?」

「この大地の震えは…まずいな。

 …グエン、申し訳ないが、助けてもらいついでにもう一人、助けて欲しい男がいる」

 わたしに早口でそう言って、クロコダインは立ち上がると、傍に置かれていた、恐らくは戦斧であろう武器を手にした。

(うん、気にはなっていたんだ。わたしでは持ち上げる事すらできないであろう、その斧の存在には、一応)

 そうして、脇をしめるように構えると、吠えるように一声叫ぶ。

 

「…ガルーダ!!」

「クワアァァ──ッ!」

 呼ばれたガルーダが、翼をはためかせて主の元に飛び、その爪が主の、分厚い鎧に包まれた肩をがっしりと掴んだ。

 

「クロコダイン!!」

「すぐに戻る。少しの間、ここで待っていてくれ」

 そのまま力強い羽ばたきが、クロコダインの巨体を宙に持ち上げる。

 二体のモンスターは、まるでそれが本来の姿であるかの如く、自然にその場から飛び去って行き…わたしはポツンと、その場に残された。

 

 ☆☆☆

 

 戻ってきたクロコダインが連れてきたのは、全身に大火傷を負った人間の男だった。

 顔立ちはよくわからないが、鍛え抜かれた肉体の、奥の方になにか、禍々しい気配を微かに感じる…気がする。

 だが、それよりも。

 

「ねえ、一体、なにが起きたの?この人は?」

「この男は、魔王軍不死騎団長ヒュンケル。

 先ほどまで、勇者ダイと交戦していた」

 不死騎団!?

 それは先ほど聞いた、パプニカ王都に攻め込んでそれを陥落させたという、アンデッドを操る軍団ではなかったか?

 その、軍団長?

 

「…説明は後でするが、この男は死火山の噴火により溢れたマグマに呑み込まれかけていた。

 オレは、この男を助けたい。

 頼む、グエン。力を貸してくれ」

「…やってみるわ」

 クロコダインの懇願に、わたしはため息をひとつ吐いてから、返事とともに頷いた。

 

 ☆☆☆

 

「…不自然だわ」

 

 その、クロコダインがヒュンケルと呼んだ男の状態を確かめていたら、妙な事に気がついた。

 

「何がだ?良くないのか?」

「むしろ、その逆?

 このひとは、マグマに飲み込まれかけたと言っていたわね?

 どういった状況だったの?」

「オレが見つけた時には、全身がマグマの海に浸っていた。

 この真空の斧で、こいつの身体の周りに空間を作り、その一瞬に救出したのだが…」

「つまり、飲み込まれかけたというよりは、一瞬完全に飲み込まれてたわけよね?

 それにしては…確かに大火傷には違いないけれど、逆にそれで済んでいるのが信じられないし、その状況ならば真っ先に燃え尽きている筈の髪が、これだけ綺麗に残っているのは、どう考えても不自然だわ」

 言いながら、彼の身につけている服を緩める。

 身体のラインにぴったり添うこれは、鎧の下のアンダースーツだろうか。

 ひょっとしたらなんらかの特殊効果で、温度変化に強い材質なのかもしれないが、それでも限度はあるだろう。

 それに、それだって髪の毛の説明にはならない…ん?

 

「あ……ひょっとして、これかも」

 男の胸元から転がり落ちた、涙型の石のついたアクセサリーの、その鎖をつまんで拾い上げる。

 それはうっすらと紫色の光を放っていたが、その光はわたしの手が触れた途端に消え、石は水晶のように透明になった。

 

「…多分だけど、意志の力を増幅して防御力に変換するタイプのお守り、なのかな。

 これが発動して薄皮一枚で、彼の身体を守ってたのかも。

 何にせよ、これならベホマ1回だけで全治療ができる。

 ラッキーだったわ。…ベホマ!」

 言ってる間に、回復魔法力を溜め、治療に入る。

 火傷を通り越して煤けたようになっていた皮膚が張りを取り戻し、顔にも血色が戻ったのを見ると、年の頃は二十歳過ぎくらい、銀色の髪を持った若い男だった。

 しかも伏せたまつげが長く、ちょっとそこいらでは見ないくらい美しい青年だ。

 わたしの好みで言えば、この顔にこの体格要らないと思うけど。

 …まあどうでもいいか。




というわけで、イケメンワニはこの作品では隻眼じゃなくなりましたとさ。
そしてアタシの中でのヒュンケルは小池徹平の顔が山本KIDの身体にくっついてるくらいのアンバランス系美青年。


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6・半魔の僧侶は(ワニ)と語らう

 リュックの中から火打箱を取り出し、拾ってきた枯れ枝と葉に火をつける。

 ヒュンケルという男はわたしの後ろに、やはりわたしが持ってきていた毛布を広げた上に寝かせてあり、ガルーダはクロコダインの後方の岩にとまって目を閉じている。

 わたしとクロコダインは、焚き火を挟んで向かい合うように、ふたりとも座って、ぽつりぽつりと互いの事を話していた。

 自身の正体を隠す事なく、こんな風に誰かと話をするのは、本当に久しぶりだ。

 これまでは気付かないふりをして生きてきたけど、本当の自分を晒せない事に、わたしはやはり悲しさを感じていたのだと思った。

 

「…この男は、本来なら『アバンの使徒』として、魔王軍に真っ先に立ち向かうべき男の筈だった」

 ぽつりと、クロコダインが口を開く。

 

「哀しいすれ違いで、魔王軍の軍団長などに身を落とす事にはなったが、それでもダイ達との戦いで、オレと同じくこいつの心の闇も晴れた筈だ。

 ならば今からでも、正道に立ち戻るに、遅いという事はない」

「…あなたほどの(ひと)が、魔王軍での地位も命も捨てて、その力になりたいと願うほどに感銘を受けた勇者とは、一体どんな人なのかしら?

 一度、会ってみたいものだわ」

「会ったら驚くぞ。

 どう見てもただの、人間の子供(ガキ)だからな。

 だが、オレにも見極めはついていないが、何か不思議な力を持っている。

 と言っても、オレがダイに一番に惹きつけられているのはそこではなく、ヤツの魂だがな。

 …うまくは言えんが、オレのようなモンスターですら、その全てを受け入れ、遍くその輝きで照らしてくれる…そんな大きな魂を、あの小さな身体の裡に持つ…ダイとは、そんな男だ」

 言い切って、大きく息を吐くクロコダインの、その目にはどこか憧れめいた彩が映って、胸がちくりと痛くなった。

 よくわからないが、わたしは彼の、その想いを羨ましいと思った。

 

「…そうなんだ。ますます会ってみたくなったわ」

「オレと一緒に来るか?

 ヒュンケルの目が覚めてからになるが、オレはダイのところに赴くつもりだ」

 まさかの申し出に驚く。

 たまたまこんな風に話ができたとはいえ、わたしは所詮通りすがりの、非力な旅の尼僧だ。

 ヒュンケルが目を覚ましたら、普通にわたしはここに置いていかれるものだと思っていて、それを寂しいと感じていたから。

 

「いいの?

 でも、わたしなんかが行って、勇者様に迷惑じゃないかしら?」

「なにが迷惑なものか。

 グエンの癒しの手は、どこに行ったって歓迎されるだろうさ」

 軽く請け負う言葉に、わたしは溜息を吐いた。

 自然と、右手を耳に持っていく。

 

「…どこに行っても、ね。

 人間の世界では、そうじゃない場合もあるけれど」

 言いながら、自分の大きく尖った耳に触れる。

 できる事ならばちぎり落としたいくらい、忌むべき特徴。

 魔族の血が最も顕著に現れる部位。

 

「…魔族の血を引くゆえに、辛酸を舐めてきたと言っていたな。

 だが、恐らくはダイの前でなら、おまえも本当の自分に立ち帰れる。

 あいつは、相手が誰であれ対等に、魂と魂で向き合ってくれる筈だ。

 ちょうど今おまえが、モンスターであるオレと、対等に話をしてくれているようにな」

 またも自嘲的に笑う彼を、軽く睨む。

 そんな風に、自分を卑下しないで欲しい。

 

「…あなたは、高潔な武人だわ。

 少し言葉を交わせばわかる」

「だが大抵の人間とは、その言葉を交わすのが難しい」

「…そうね。その通りだわ」

 彼も、その悲しみを味わってきたのだろうか。

 考えてみればわたしだって、倒れ伏している彼を見て怖いと思ったのだ。

 わたし自身が苦しんできた人間の中にある偏見を、わたしは最初、彼に対して間違いなく抱いていた。

 今思えば申し訳ない事だ。

 彼の言う「勇者」は、本当にわたし達に対して、偏見も恐怖も抱かずに、対等に言葉を交わしてくれるのだろうか?

 そして彼の仲間は、そんな彼をどう思うだろうか?

 

「ウ…ウ…」

 と、後ろから微かな呻き声が聞こえ、わたしはそちらを振り返った。

 わたしの動きに気がついたらしいクロコダインが、立ち上がって歩み寄る。

 顔を覗き込むと、ヒュンケルという青年が、ゆっくりと目を開けるのが見えた。

 薄い空色の瞳が、ぼんやりとわたし達を捉える。

 

「…ど、どこだ、ここは…!!?」

 驚いたように跳ね起きるヒュンケルに弾かれるように、わたしは尻餅をついた。

 起き上がろうとするわたしと入れ替わるように、歩み寄ったクロコダインが、彼に声をかける。

 

「気がついたか、ヒュンケル」

「ク…クロコダイン!!?生きていたのか!!?」

「鋼鉄の身体だけがオレの取り柄だからな。

 それに、おまえの部下の手当ても良かった。

 九死に一生を得たところで、こいつと、彼女に救われたよ」

 主の言葉にガルーダが得意げに片翼を上げたので、わたしも便乗して片手を上げたら、その手をクロコダインが掴んで立ち上がらせてくれた。

 ありがとう。けど違う、そうじゃない。

 なんだこの紳士(イケメン)

 

「彼女はグエン。

 旅の尼僧だが、通りすがりの死にかけのモンスターであるオレを助けてくれた上、そのオレの頼みを聞いて、おまえの治療も彼女がしてくれた。

 礼を言っておくのだな」

「バ…バカな…。

 オレは、おまえを殺そうとしたんだぞ…。

 そのオレを、なぜ!?」

 …せっかくクロコダインが紹介してくれたわたしの存在、めっちゃスルーされたけどまあいいや。

 

「おまえがオレの手当てを命じたのも武士の情け…。

 情けには、情けをもって応えねばならん。

 …それにおまえは、これからもダイたちの力になってやらねばならない男だからな…!!」

「…武士の情けというなら、このまま放っておいてくれれば良かったのだ…。

 オレは自分の弱さを棚に上げて、師を恨み、人間を恨み続けてきた…。

 いっそ死ねば、罪を清算できたものを…。

 こうしておめおめと生き恥をさらしているとは…!!!」

 事情はよくわからないながら、彼には彼なりの、こうなった理由があるというのだけはわかった。

 今はその人生の、分岐に差し掛かっているということも。

 けど、今たまたまここにいるだけのわたしに、言える事はない。

 何か言えるとしたら…。

 

「…ヒュンケルよ。

 オレは男の価値というのは、どれだけ過去へのこだわりを捨てられるかで決まると思っている。

 たとえ生き恥をさらし、万人に蔑まれようとも、己の信じる道を歩めるならそれでいいじゃないか…」

 そう。この男しかいない。

 ある意味開き直りとも言えるかもしれないけど、この心情を説けるのは、実際にそこまでの過程を経験した、クロコダインだからこそだ。

 

「オレは、ダイたちに加勢しに行く…!

 それが、武人の誇りを思い出させてくれた、あいつらに対するせめてもの礼よ!!」

 クロコダインは一度ヒュンケルに背を向けると、そう言って歩き始めた。

 え?ちょっと待って今出立するの?

 少し呆然として、彼の後ろ姿を見つめているヒュンケルに、少しばかり早口で話しかける。

 

「…状況は、わたしにはよくわからない。

 けど、過ちを正すために生き直す事を、生き恥だとは、わたしは思わないわ。

 少なくともクロコダインは、そう信じて前に進もうとしてる。

 あなたが己を否定するのは勝手だけど、彼の決断を否定はしないであげて」

 言いながら服の襟元を整えてやりつつ、首に腕を回し、例のアクセサリーを首にかけてやった。

 

「…さっき、あなたの手当てをした時に、服の中から落ちたから。

 大切なものなんでしょう?」

 ここで初めてわたしを視界に入れて、ほんの少し驚いたような目をするヒュンケルの、薄い青の瞳を見返しながら、よく考えたら、ラーハルトは今、このくらいの年齢になっている筈だと、すごく関係ない事を思った。

 あの子は身体的な特徴がわたしよりずっと魔族寄りだから、背丈は伸びてるんじゃないかと思うけど。

 ヒュンケルは体格は逞しいが背丈は標準的な人間の成人男性のそれだ。

 わたしが女性としてはやや大きめな上、今履いている靴は少し踵が高いので、現時点では目線の高さがほぼ同じだ。

 

「…それじゃ、わたしはこれで。

 待って、クロコダイン。わたしも行く」

「ま…待てっ…!!」

 背中を向けた瞬間に呼び止められる。

 

「おまえの言うとおりだ、クロコダイン。

 死んで済むほど、オレの罪は小さいものじゃなかった…!」

 …何だろう。

 今首にかけてやったアクセサリーの石が、また紫色の光を帯びた気がする。

 そして、その輝きが徐々に強くなっている気も。

 

「それに…おまえとマァムは初めて、オレのために泣いてくれた。

 その涙に報いるためにもオレは…オレは…!!

 戦い続けなければならないんだ!!!」

「……ヒュンケル!!」

 マァムって誰だろう。

 なんか響きの優しい、女の子の名前っぽいけど、勇者一行のひとりだろうか。

 ふふん、なかなか隅に置けないねキミ。

 まあこの美貌なら女性の一人や二人、黙ってても寄ってくるだろう。

 さっきから何気にウジウジしてて、わたしの好みじゃないけど。

 まあ、そんな事はどうでもいいか。

 と、わたし達のいる場所から少し離れた岩場に、なにかが落ちたような音がした。

 続いて、高い金属音。

 何事かと三人で顔を見合わせて、とりあえず駆け寄ると、なにやら物々しいデザインの鞘に収まった剣が、窪地の地面に突き刺さっていた。

 

「ああッ!!?よ、鎧の魔剣が…!!!

 なぜ地底魔城崩壊の時、失った魔剣がここに…!!?

 しかも完璧に復元している…!!」

 それを目にしたヒュンケルが驚愕しながら言う言葉を聞く限り、どうやらこれは彼の武器であるらしい。

 

「真の武具は持ち主を選ぶというが…おそらくこの魔剣は、よみがえったおまえの闘気にひかれて、ここまで来たのだろう…!!」

 クロコダインの言葉に、ヒュンケルが一度、わたし達を振り返った。

 それまでは少し不安げに見えた貌が決意に引き締まり、コクリと頷く。

 ヒュンケルは地面からその剣を鞘ごと引き抜き、両手で(つか)を握ると、それを身体の前で構えた。

 

 鎧化(アムド)!!!

 

 その声とともに、それまで鞘だった筈のものが展開し、ヒュンケルの身体を覆っていく。

 そうか、先ほどヒュンケルはこの剣を『鎧の魔剣』と呼んでいた。

 今では失われた技術だそうだが、ある種類の宝玉の中には、特殊な方法で呪文やキーワードを記憶させられるものがあり、かつての伝説的な武器職人は、それを用いて武具を作ったと、カールの図書館で読んだ本に書いてあった気がする。

 この剣はその類の武具なのだろう。

 全て終わると、剣の鞘だった時以上に物々しい鎧を全身に纏った戦士が、そこに威風堂々として立っていた。

 心なしか身体が大きく見える。

 

「そうだ!

 おまえが闘志を失わない限り、その鎧もまた不死身なのだ!!」

「…ありがとう…獣王…!!」

 二人ががっしりと手を取り合う。

 昇る朝日が、二人の身体を照らしていた。

 

 さて。

 方針は決まったものの、どうやって勇者達と合流するかという問題に、当然のようにぶつかった。

 というかクロコダインが勇者の居場所を知っていると思っていたので、それについていこうとして突然そう言われ、思わずずっこけた。

 ヒュンケルは平然としているように見えたが、態度に出なかっただけでわたしと同じ気持ちでいたと思う。

 鎧化を解いた後、ちょっと困ったような顔になってたし。

 

 ☆☆☆

 

 ひとまずはヒュンケルの話を聞き、勇者達との交戦の状況や、何故マグマに呑み込まれるような事態に陥ったかなどを説明してもらった。

 ヒュンケルが勇者ダイに敗北した後、魔王軍氷炎魔団のフレイザードという軍団長が現れて、地底魔城の地面の下に眠る死火山を活化させたのだという。

 それによりフレイザードは、ヒュンケルを勇者もろとも倒したと思い込んでいる筈だから、彼が次に向かうとすれば、ヒュンケルが王城を制圧した際に取り逃がした、パプニカ王女のもとだろうとの事。

 そもそもヒュンケルには女性を殺すという選択肢が頭になかった為、一部屋に監禁さえしておけばいいと思って、部下に任せて放置していたところ、賢者としての能力が思ったより高かった王女は、見張りのアンデッドを浄化して、まんまと脱出していたのだそうだ。

 ちなみに王女がヒュンケルの手から逃れたと知った途端、やはり監禁されていた王は、隠し持っていた短剣で自害したらしい。

 その覚悟を汲んで、ヒュンケルはその亡骸が穢される事のないよう、彼自らの手で葬ったと言った。

 

「後でその場所を教えてちょうだい。

 死者には、然るべき弔いを捧げるべきだわ」

「…頼む」

 わたしに小さく頭を下げる、ヒュンケルの目が哀しげに揺れた。

 

 ・・・

 

 だとすると、勇者達はその王女を守る為に、やはり彼女の元に向かうのではないか。

 という事で、今王女がどこにいるかの情報を集めようと、近隣の村にでも立ち寄ろうかと相談していた時、王都の方から妙な色の煙が立ち上るのが見えた。

 

「まさか、魔王軍の襲撃か!?」

「それはないだろう。

 パプニカはほぼ壊滅状態だし、オレがここにいる以上、アンデッドどもが暴れまわる事もない。

 思うに、あれは何かの信号ではないだろうか」

「そういえばなにかで読んだことがあるわ。

 パプニカでは戦時の合図に、火薬を使った信号弾を打ち上げるんだって」

 つまり、王都にあれを打ち上げる事のできる人間がいるという事だ。

 それが王女でなくとも、そこに近い立場の者である可能性が極めて高い。

 

「行きましょう!」

 そんなわけで、とりあえず王都に向かう事にしてようやく出発した。

 色々グダグダなのは自覚してる。



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7・半魔の僧侶は探索(サーチ)する

なんか気がついたらグエンが、
「知っているのか、雷電?」「うむ」
みたいなポジションにいる。
もうそのキャラでいいやと思うことにした。


 結局、王都まではたどり着けなかった。

 というより、途中から方向転換を余儀なくされた。

 

 王都を滅ぼした軍団長、巨大ワニ、そして魔族。

 この取り合わせで街道を堂々と移動するのも憚られ、わたし達はできる限り旅人と出会わないルートを選択して、パプニカ領の山や森の中を進んでいたのだが、その森を歩いていた時に、木にぶら下がっていた『悪魔の目玉』というモンスターが、突然叫んだのだ。

 否、正確には、叫んだのは悪魔の目玉ではないらしい。

 あのモンスターはああして大人しくぶら下がって、人などを襲う事はほぼないが、その場所で目にしたものを映像として、魔王軍に送っているのだという。

 また同じ悪魔の目玉を通しての通信も可能であり、今はその映像が送られているのだと、クロコダインが教えてくれた。

 その目がわたし達を捉えることのない角度から、なんとか映像を見ようと試みる。

 

『アバンの使徒のガキどもーッ!!

 いつまでコソコソ逃げ回ってやがんだよぉ、ええッ!?

 てめえらまさか、お姫様が凍らされたまま、いつまでも無事だと思ってるんじゃねえだろうな?

 残念だが、あの氷の中でどんどん、姫様の生命力は失われてんだぜ!

 保って明日の日没までだっ!!』

 映像の中で叫んでいるのは、炎と氷がくっついたような身体を持ったモンスターだった。

 更にその後方に、氷漬けにされた少女の姿が映る。

 

『早く来いよ、早くなぁッ!!』

 そこで映像は終わり、悪魔の目玉は一旦瞼を閉じる。

 

「今のはフレイザードだったな。

 …つまり、どういう事だ?」

「凍らされていたのは、間違いなくパプニカの王女だ。

 今はヤツの手中にあるという事だろう。

 そして、ヤツが『アバンの使徒』に呼びかけていた事を考えるに、ダイ達が一度フレイザードと交戦し、敗走した可能性が高い」

「そして、囚われた王女の生命力が尽きるまでのタイムリミットが明日の日没…という事ね。

 それにしても…」

 今の、クロコダインがフレイザードと呼んだ奴。

 恐らくはエレメント系モンスターなのだろうが、炎と氷は通常、同一エレメントのプラスとマイナスにそれぞれ位置するもの。

 和合すればそれはゼロ、つまり消滅を意味する。

 故にそんなものが存在できる筈がない…普通なら。

 つまりあのモンスターは、自然発生した存在ではなく、なんらかの呪法により故意に生み出された存在であるという事だ。

 だが無から生命を生み出す呪法は、モラルや人道的な観点から、禁忌とされている。

 そんなような事を二人に話すと、ヒュンケルが頷いて言った。

 

「よく知っているな。

 いかにもあのフレイザードは、ハドラーが禁呪法で生み出した、エネルギー岩石生命体だ」

「禁呪法……」

 魔法の専門家達の間では外法とされているそれにも幾つか種類がある。

 今言った生命を生み出すものの他、自身以外を無力化する結界呪法や、生命力を削るほどに過剰な魔力を消費する攻撃呪法など。

 だが魔王軍に於いてはそれは禁忌ではなく、術者は限られるだろうがそんなものが当たり前に存在するということか。そして…

 

「それから生み出された存在が、それを使うことを躊躇う筈もない…か。」

「…ん?どういう意味だ?」

「王女の身体を覆っているのは、氷の形を取ってはいるけれど、あれ自体が禁呪法とされる無力化の結界なのだと思うわ。

 実際に凍らされているというなら、その時点で王女は生きちゃいない。

 そして恐らく、それを維持するのに使用されているのが、王女自身の魔力或いは生命力。

 タイムリミットの理由はそれね」

 と、自分でそこまで言ったところでふと気づく。

 

「……ん?

 ひょっとして、勇者達が敗走した理由もそれなんじゃない?

 戦闘に突入した際に、周囲に無力化系の結界が敷かれて、仕方なく逃亡を計ったとか。

 それならば人質もいる事だし、フレイザード的には、自身が有利になる場所に、勇者達を再び呼び寄せたいでしょうね。

 今の中継の理由って、きっとそれだわ」

 フレイザードがいる場所は、その結界の内側と考えて間違いはない筈。

 という事は負の魔力が凝集する地点を探してそこに行けば、勇者達と合流できるかも。

 この場合タイムリミットがある事が、王女には悪いがわたし達にとっては都合がいい。

 

「勿論、結界の中に入ってしまったら最後、わたし達も無力化されてしまうから、その対策は考えなければならないけれど」

「その『負の魔力』はどのようにして探す?」

 ヒュンケルに訊ねられて、わたしは頭を捻る。

 確かにそこが問題なんだよなぁ。どうすべきか。

 

「ある程度近くなれば、特定する方法はあるんだけれど…或いは、上空から探せれば」

「上空から?」

「ええ。

 目に見える範囲内なら有効な筈だから、上空からいちどきに見る事ができれば、それが一番効率的だと思うわ」

「それなら簡単だ」

 言うやクロコダインが、鎧のベルトに挟んでいた筒状のものを取り出して、目線より上に掲げる。

 

「デルパッ!!」

 クロコダインの声とともにボン!!という音がして、例のガルーダが唐突に姿を現した。

 

「え?ちょ、何それ!?

 この子、いつの間にかいなくなったと思ってたら、あなたが持ち歩いてたの!?

 アイテム扱い!?なんで!?」

「…こいつは魔法の筒といって、生き物を一体だけ封じ込めておけるアイテムだ」

「魔法の筒!?魔王が使ってたっていう!?

 本では読んだことがあるけど、実物を見るのは初めてだわ!

 後でじっくり見せて!」

「お、おぉ…。

 そ、それはともかく、こいつに乗れば探せるな?」

 …そうだった。

 あまりの衝撃に、本題を忘れるところだった。

 

「やってみるわ。よろしくね、ガルちゃん」

「クワァァ──ッ!!」

 わたしはガルーダの背に乗せてもらい、また空を飛んだ。

 

 ☆☆☆

 

「…あの女性(ひと)は一体何者なんだ、クロコダイン?」

「言わなかったか?

 グエンはオレを助けてくれた旅の尼僧だ。

 魔族の血を引いてはいるが半分は人間だそうで、それによって辛酸を舐めてきたらしいが、見ての通り明るい、強い女だ」

「おまえは、それを信じたのか?

 …オレも、疑っているわけではないが」

「ザボエラあたりが送り込んだ刺客ではないかと?

 確かに可能性がなくはないが、オレは違うと思う」

「…何故だ?」

「オレにしか従わない筈のあのガルーダが、あいつには懐いてる。

 オレはそれを信じただけだ」

 

 ☆☆☆

 

 身を低くして風の抵抗を少なくし、身体の安定を確保してから、両手の指で三角窓を作る。

 

「インパス」

 呪文を唱え、上空からその三角窓を覗いて下を見ると、この森から海を隔てた、沖にある小島が、三角窓の中では赤く光って見えた。

 この呪文は本来なら迷宮の中などで見かける、宝箱とそれに擬態したトラップを見分ける呪文だが、わたしのそれは色々研究を重ねた結果、魔力や生命力のサーチ呪文としても応用できる。

 これによって隠れた敵を見つけて回避したり、仕掛けられた罠を事前に発見したりできるので、本来のものよりもずっと使い勝手はいいと思ってる。

 

「あれだ…間違いない。

 ガルちゃん、あの島に、もう少しだけ近づいて貰える?」

 わたしの言葉に従って、ガルーダがやや高度を下げる。

 近寄って見てみると島には三本の塔が立っているが、よく見ればそのうち人の手によって建てられたと見られるものは真ん中の一本のみで、両端の二本は塔というよりは、炎と氷の柱というべきものだった。

 また、その二本の周囲に小さな赤い点がいくつも動き回っていて、中央の塔の中にそれよりもっと大きな赤い光と、少し小さな青い光が見える。

 恐らくは青い光が王女、大きな赤いのがフレイザード、細かい赤は配下のモンスター達だろう。

 

「まずい…これ以上近寄ったら危険だわ。

 一旦戻りましょう」

「クワァ」

 あの小さい赤の数を考えると、もし見つかって襲われたら対処できない。

 

 ・・・

 

「そうか。

 その島はバルジ島といって、島を取りまくバルジの大渦に守られた、神事の際にしか使用されぬ塔のある島だ」

 わたしの報告に、ヒュンケルが説明してくれる。

 そういえば確かに島のそばで、海が大きく渦を巻いているのが見えた。

 あれがあるお陰で、島へ行くにはそれを避け、大回りして行かねばならないし、またその必要もそうそうない為、滅多に人が立ち入ることもないのだそうだ。

 そして島の両端に立っていた柱、恐らくあれが負の魔力の源だろう。

 

「あの柱によって無力化系の結界が、あの島全体に敷かれているというなら、あれを取り除かないと戦いにはならない。

 勇者たちが王女を助けに行くなら、まず柱の破壊を考える筈。

 …だとすると、少し厄介ね」

「何がだ?」

「一時的にとはいえ、勇者パーティーの戦力が分断されるのよ。

 勇者達が、柱を破壊しに来ると判っていて、しかもタイムリミットがあるから来る時間も、ある程度特定できる。

 この状況を、魔王軍が黙って見過ごすかしら?

 わたしなら間違いなく各個撃破を狙う。

 だってまたとない好機だもの」

 わたしが言うと、クロコダインとヒュンケルが顔を見合わせた。

 

「待ち伏せがあるかもしれない…という事か」

「かもしれないというより、ほぼ決定だと思うわ。

 勿論、これはわたしの視点からの意見だから、元魔王軍の一員だったあなた方からみれば、また別な見方もあるかもしれないけれど」

「いや…グエン。

 おまえの見る通りで間違いないだろう。

 フレイザード本人は、ダイ達を自分ひとりの手で始末したいだろうが、確かにハドラーがこの好機を見逃すはずがない」

 けど、あくまで最終目的はフレイザードの撃破と王女の救出であり、柱の破壊はその手段に過ぎないわけで。

 この時点で勇者パーティーの戦力を削ぐわけにはいかない。

 

「現時点での、二分された状況での勇者パーティーの戦闘力と、あなた達ひとりなら、どっちが強い?」

 わたしが訊ねると、クロコダインが少し考えてから答えた。

 

「組み合わせにもよるだろうが、戦いにおけるダイ達の最大の力は、仲間同士の絆だ。

 分断された状況でなら、今はオレ達ひとりひとりの方が遥かに強いだろう」

「決まりね。

 こちらの戦力も分断されてしまうけれど、柱の破壊と待ち伏せ組はあなた方が担当して、勇者パーティーにはフレイザードの撃破に向かってもらうべきだわ」

 わたしの提案に、二人が頷いた。

 

 ・・・

 

「あとは、わたしがどうやってあの島に行くかよね…」

 島の周囲の海の大渦。

 あれを船で越えるのは無理だ。

 そもそもその船自体が調達できない。

 

「クロコダインとヒュンケルはガルちゃんが連れて飛んでいけば、簡単に行けると思うけど…わたしは無理、かな」

 わたしはモシャスが使えるが、生まれつきである為か、これだけは他の呪文と違い、鍛錬を重ねても性能がまったく上がらなかった。

 平たく言えば持続時間が短く安定しない上、連続使用ができない。

 ガルーダに化けて飛んで行ければそれが一番簡単なのだが、飛行中に効果が切れて海に真っ逆さまとかになったらシャレにならない。

 ガルーダの体力的に、ヒュンケルを助けた時は、彼を抱えたクロコダインを下げて普通に飛んでいたから、彼だけなら連れて行けるだろうが、どうしたってわたしは余る。

 そういえば棍や杖は、それを極めた真の達人ともなれば、回転させて空を飛ぶ事もできると以前カールで読んだ武術書に書かれていた。

 のだが、少なくともパルナ村の先生やゲッコーさんはさすがにそこまでの域には達していなかった筈だし、ぶっちゃけあの本に書かれていた内容自体なかなかにぶっ飛んでいたので、正直眉唾だと思っているが。

 この世にはトベルーラという飛行呪文があるらしいが、それはルーラの発展形呪文であるらしく、ルーラも使えないわたしにできるわけもない。

 というかメッセンジャーの仕事を始めたばかりの頃に、ルーラを使えれば絶対便利、一度でも行ったことのある街ならば1日2、3往復とかできて収入大幅アップでウハウハと思って契約だけは済ませたのだが、その僧侶にあるまじき不純な動機のせいなのか未だに使える気配がない。

 呪文というのは契約したらすぐに使えるものではなく、必要レベルに達していて初めて使用可能になるものだし、このルーラに至ってはある程度の魔法技術も必要だという事らしいのだが、その技法の詳しい内容の書かれている本は、あちこちの街の図書館を探したが、まだ見つけられずにいる。

 

「考えてみれば、わたしが行ったところで戦力にはならないし、ここで待ってるから後で迎えに来てよ」

 わたしが仕方なく諦めてそう提案すると、

 

「なにを言ってるんだ。

 ダイに会いたいと言ったのはおまえだろう。

 おまえの回復呪文は必要になるだろうし、必ず連れて行ってやるから、オレから離れるな」

 と、クロコダインが請け負ってくれた。

 うん、惚れそうなほどナイスガイ。

 色々検討した結果、先にガルーダがヒュンケルを運び(マグマから救出された時と違い、フル装備だからそれだけ重いんだそうだ)、その後で戻ってきて、わたしを抱えたクロコダインを運んでくれるという結論で話し合いが終了した頃、気がつけば夜も更けていた。

 

 ☆☆☆

 

 わたしとクロコダインが結界の外側に降り立った時、両方の柱の下で、とうに戦いが始まっているようだった。

 

「少し遅れを取ったか…急ぐぞ、グエン!」

 ここからはガルーダで移動すると撃墜される恐れがある為徒歩移動となり、クロコダインがわたしを肩に担いで走り出す。結構速い。

 今わたし達が向かっているのは炎の柱、反対側に氷の柱が見える。

 あっちにはヒュンケルが向かっているだろう。

 その方向に爆発が起きて、クロコダインの肩の上で驚く。

 早くもヒュンケルが柱を破壊したのかと思ったが、氷の柱には何の変化もなく、極大呪文クラスの爆発はその横で起こっているようだ。

 あれだけの熱量を隣で受けてびくともしていないのだから、やはりあれはただの氷ではない。

 破壊するには物理的な力でなければいけないのだろう。

 そして物理的な破壊力なら、わたしの見る限りこの二人なら、それぞれに爆弾10個程度になら軽く勝ると思う。

 進んだ方向の先、結界の恐らくはギリギリ外側の窪地に、大勢の人影が見えた。

 魔道士と、鎧を着た戦士の群れが、小柄な少年と老人の二人を取り囲んでいる。

 

「やはり魔王軍の待ち伏せか…。

 奴らは、妖魔士団と、魔影軍団の連中だ」

 クロコダインが舌打ちのように呟く。

 妖魔士団は魔道士の、魔影軍団は魔気系モンスターの軍団だったか。

 だとすればあの鎧は魔気で動く、さまよう鎧とかいうモンスターか。

 あと空中にも一体いるが、鎧ではなく衣だけが浮かんでいるように見える。

 

「インパス」

 また指の三角窓を覗き、魔力サーチを行う。

 沢山の赤い光の中に、青い光が二つ…いや、もう一つ小さいのが、周囲を飛び回っているのが見える。

 飛び回っている小さな青は今のところ無事だが、それより大きい青い光の周囲に、糸のような赤い光がまとわりついて、それが宙に浮かぶ大きな赤と繋がっている。

 三角窓から目を離してもう一度同じ方向を見れば、少年が苦しげに腕を持ち上げようとしており、また宙に浮かんだ衣がやはり腕を、なにか引っ張るように動かすのがわかった。

 どうやら魔気による拘束技らしい。

 また、その下では明らかに魔族とわかる小柄な異相の老人が、軽装の鎧に身を包んだ人間の老人に向かって、やはり何か禍々しい魔力を放出していた。

 

「ニフラムッ!!」

 わたしはクロコダインの肩から飛び降りざま、手に収束した魔法力を正義の光に変換して、上から窪地に向かって放つ。

 鎧のいくつかがバラバラになって地面に落ちたが、思ったよりその数が少なくて内心ちょっとがっかりした。

 だがわたしの放った浄化の光は、少年にかけられていた拘束を解くのには成功したようだ。

 少年がすかさず動き出し、一番近くにいた魔道士を、まだ短い脚をいっぱいに伸ばして蹴り飛ばす。

 魔道士の身体は老人の魔族の方に真っ直ぐ飛んでいき、魔族は魔道士の下敷きになった。

 途端に禍々しい魔力が霧散し、老人が地面に膝をつく。

 …あまりにもささやかな助力だったせいか、誰もわたしがした事に気付いていないようだ。

 衣のモンスター?が宙から地面に降り、魔族の老人もよろけつつ立ち上がって、少年と老人が再び取り囲まれた。と、

 

「グエン、伏せてろ!」

 後ろでクロコダインの声がして、言われた通りにその場に伏せた。

 見るとクロコダインはどこからか持ってきた大岩を抱えており、わたしの見ている前でそれを、窪地に向かってぶん投げるところだった。

 

 ドオオォン!!

 

 大音響とともに大岩が、数十体の敵を押し潰す。

 

「だっ…誰じゃっ!!?

 こ…こんなとんでもないマネをするやつはあっ…!?」

 魔族の老人が唾を飛ばしながら叫ぶ。

 同情する気は一切ないけど気持ちはよく判ります。

 

「オレだッ!!!」

 雄々しく高らかに叫ぶ声に、今度こそ全員がこちらを振り返った。

 登り始める朝日を背にし、クロコダインが窪地に飛び降りる。

 

「貴様らごとき雑兵に、この獣王が倒せるかあっ!!!!」

 その脚が再び地面を踏むより先に、振り回した戦斧の一閃だけで、大半の敵が吹っ飛んだ。

 

「クロコダイン!生きて…生きてたんだね!」

「フフフッ、見ての通りよ。

 …グエン、降りてこい。こいつがダイだ!」

 なるほど、この少年が勇者ダイか。

 そんな気はしていたけど、思っていた以上に幼い。

 一緒に生活していた頃のラーハルトより背も低いし。

 その勇者、クロコダインに呼びかけられたわたしが駆け寄ると、ちょっとキョトンとした顔をした。

 それからすぐに、その顔が引き締まる。

 

「そうだ、ポップとマァムが危ないんだ!!

 ハドラーが…!!」

 ハドラー!?かつての魔王が直々にここに!?

 大丈夫かな、ヒュンケル。

 

「…大丈夫。

 あっちにも、強力な味方が向かってるわ」

 …けど、とりあえずわたしは、その子に向かって笑いかけた。

 クロコダインも頷く。

 

「その男は…オレより強い!!」

 クロコダインの言葉に、ダイがまた驚いた顔をした。

 

「えっ!?ま…まさか…!?」

 その瞬間。

 反対側の塔が崩れ、地響きが足元に伝わってきた。

 

「やったな…ヒュンケル…!」

 あとはここの塔を破壊すれば、結界は消える。

 

「勇者ダイ!

 ここの塔の破壊はクロコダインに任せて!」

 当初のこちらの計画通り、勇者パーティーには一刻も早くベストメンバーで集結してもらうべく先を急がせる。

 

「そうだ、おまえは先に中央塔へ急ぐんだ!!

 それと、こいつを連れて行け!」

「うんっ!!!!」

 こだわりなく返事をした小さな手が、わたしの手を掴んだ。

 

「え?」

 そのまま、クロコダインの手がダイの身体を、ポーンと放り投げるように振られた。

 

「フレイザードをぶちのめしてやれ!!!!」

 勇者が飛び出していく。

 …わたしの手を、しっかり掴んだまま。

 

 

「で、お姉さんは誰?」

 まだ結界が残っていて少し負荷がかかる足をそれでも走らせながら、勇者ダイがわたしを見上げて問う。

 

「わ、わたしはグエン。旅の尼僧よ。

 クロコダインとは…えと、と、友達?」

 手を掴まれているので自分も走るしかなく、息を切らせながらわたしは答える。

 自分でも相当に適当言ったなと思うような言葉で。

 なのに。

 

「そうなんだ!おれはダイ!よろしくねグエン!!」

 …ええええっ!!ちょっと待ってそれでいいの!?

 クロコダインから聞いた話以上に、こだわりのない対応をされて驚きながら、わたしは勇者に手を取られたまま走り続けた。




ようやく原作に関われたと思ったらいきなりフレイザード戦からという無理ゲー。
とりあえず「炎魔塔」「氷魔塔」の名称を、助っ人達が知ってる理由を思いつけなかったので、ちょっとその辺の台詞だけ変えてあります。


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8・半魔の僧侶は勇者と走る

…もうひとつの連載と頭の切り替えがうまくいかず、脳内再生の中で妄想が炸裂するんだ。
油断すると脳内でヒュンケルが目隠しで敵を攻撃したり剣に乗って移動したりするのを必死で止めてるんだ…!


「ぬおおおお──っ!!!!」

 先ほど現れたでかいモンスターが、斧をひと薙ぎするたびに、ワシらを取り囲んでいた敵の群れが、次々に蹴散らされていった。

 

「とっ…塔にこれ以上近づけるなっ!!」

 さっきワシに妖しげな呪文をかけてきた妖怪ジジイが、部下達に向かって叫ぶ。

 

「…じいさん!伏せてろ!!」

 でかいワニのモンスターが、どうやらワシに向かって言ったらしい言葉に従い、ワシはその場に身を伏せた。

 

「むううううっ!!!」

 ワニの、ただでさえ太い腕の筋肉が、気合声とともに膨れ上がり、掌が前に突き出される。

 

「獣王痛恨撃ッ!!!」

 その掌から、なんだかわからんが物凄い衝撃波のようなのが放たれ、それは前方の敵を蹴散らすとともに、真っ直ぐに、先ほどワシらが壊そうとしていた、炎の塔に向かっていった。

 

「し…しもうた、炎魔塔が…!!」

 衝撃波は炎の塔を真ん中からポッキリ折り、折られた部分は砕け散って、纏った炎が消える。

 

「な…なんちゅうすごい技じゃあ…!」

 ワシが思わず発した声が呆れの色を帯びた事を、誰も責める事は出来んじゃろう。じゃが…

 

「しかしおぬし、“痛恨撃”とは、名前が物騒でいかんのぉ。

 “獣王会心撃”とでも改名したらどうじゃ!?」

 ツッコミを入れずにはいられなかった。

 痛恨などという響きは、正義の側には相応しくない。

 たとえ、それがモンスターの技だとしてものう。

 モンスターは一瞬ぽかんとした顔でワシの方を見たが、それから、

 

「ワッハッハッハッ!!そいつぁいいな!!

 ありがとよ、じいさん…!!」

 声を上げて、笑った。

 それはまさに、気のいい男の笑い方だった。

 

 ☆☆☆

 

 ヴン……!

 

 唐突に、身体に纏わりついていた重圧感が消える。

 後ろの方で爆発するような破壊音が響いていたし、クロコダインが炎の柱を破壊したと思って間違いないだろう。

 

「…解った?」

「うん!

 身体が軽くなった…!結界が消えたんだ!!」

 ダイがわたしを見上げながら、地面を蹴ったり跳ねたりする。

 小さいながら身体能力が高いのだろう、ひと蹴りでわたしの目線より高い位置まで飛び上がる。

 そういえば、さっきまで結界の影響下に居たにもかかわらず、この子は足も速かった。

 …この後わたし、彼について走れるだろうか。

 靴、履き替えて来るんだった。

 それにしても、改めて見ればこの勇者、クロコダインの言った通り、本当にただの子供に見える。

 この子がクロコダインやヒュンケルに勝ったとか、全然光景がイメージできない。

 だが、彼らを惹きつけたものは、彼の力そのものではない。

 正体は掴めないが、それこそが勇者の強さなのだろう。

 

「これで全力で戦えるわね。

 あとは、あなたの仲間たちと合流して…」

「ダイ〜〜ッ!」

 と、わたし達と反対の方から、この小さな勇者の名を呼ぶ声が聞こえた。

 声の方向に目をやると、額に黄色いバンダナを巻いた14、5歳の成長期半ばの男の子と、同い年か少し年上くらいの割と大柄な女の子が、小走りに駆け寄ってくるのが見える。

 

「ポップ!マァム!!…おれの仲間だよ、グエン!」

 …マァムって名前は聞いたような気がする。

 確かヒュンケルが口にしていた名だ。

 

「え、誰?」

 恐らくは、その『マァム』と思しき女の子が、わたしを見て目を瞬かせる。

 ほほう。若干顔つきは幼いけど可愛い子だ。

 そして顔の幼さに反してのむちっとした身体つきとのバランスが、女のわたしが言うのもなんだが、エロい。

 この子達と比べるとそろそろオバサンの域に入っているわたしにはその若さが眩しすぎる。

 …やっぱり隅に置けんな、ヒュンケル。

 

「…魔族?あ、まさか…」

 少年…あちらが『マァム』であるならこっちが『ポップ』か…の方がそう言って、何かに気づいたようにハッとして、口元を覆う。

 …そういえば、さっきまでクロコダインやヒュンケルと一緒で耳を隠す必要もなかったから、帽子を被らずにしまい込んだままだったんだ。

 よく考えたらクロコダインはともかく、ヒュンケルは100%人間なのに、彼に対しては取り繕おうという感覚は全く湧かなかった。

 あっちも何にも言わなかったし。

 

「あ、わたしは…」

 怖がらせてしまったなら申し訳ないなと思いながら自己紹介しようとすると、

 

「グエンは、クロコダインの友達だよ!

 クロコダインと一緒に、おれたちを助けにきてくれたんだ!

 えっと、たびのにそう、だっけ?」

 空気を読んでるんだか読んでないんだかわからない、全くこだわりのない明るい口調で、ダイが再びわたしの手を取った。

 

「…クロコダインと?

 こっちも、ヒュンケルが来てくれたのよ…!」

 わたしとダイを交互に見ながらの、『マァム』の嬉しそうな声音が少しだけ震えている。

 心なしかその瞳も潤んでいるようだ。

 その様子に何か苦笑するような表情を一瞬浮かべた『ポップ』が、それでもため息のように言う。

 

「まったく“地獄に仏”だったぜ…!

 それにしても…」

 言葉を止めた『ポップ』は、まじまじとわたしを見つめた。

 

「ん?」

 その視線から、恐怖とか嫌悪とか、そんなマイナスの感情は見て取れない。

 むしろこれは好意的な視線である気さえする。

 そんな事を思っていたら、何故か少しだけ頬を染めたポップの唇から、小さな呟きが漏れた。

 

「…………でっけえ」

 

 ボカッ!!

 

 と同時にマァムのげんこつが、ポップの頭のてっぺんに落ちる。

 

「痛って!何しやがんだよ、テメーは!!」

「その言葉そのまんま返すわ!

 初対面でいきなりセクハラかますとか、この非常時になに考えてんのよ、あんたは!!

 ホント、ごめんなさいグエンさん!」

 そう言っていきなり頭を下げられる…無理矢理掴んだポップの頭を。

 何が何だか判らない。

 わからないが大人として、この状況はなんとかせねば。

 

「な、なんで謝られてんのかよく判らないけど、とりあえず喧嘩はやめましょう、ね?

 それよりも、二人とも怪我してるみたいね?

 回復呪文かけてあげるから、こっちへ…」

 さりげなく間に入ってそれぞれにホイミをかけてやると、勇者がなんだか羨ましそうにこっちを見ていた。

 ついでに彼にもホイミをかけたら、すごく嬉しそうな笑顔でお礼言われた。

 なんだこの可愛い生き物。

 

 …てゆーか、魔族の特徴よりも身長の方が際立って見えたって事か。

 男の子にでっかいって言われちゃったし。

 

 ☆☆☆

 

「ひっ…ひいいっ!!」

「ザボエラッ…!」

 ペタペタと情けなく逃げ惑う魔族の老人に向かってオレは駆け出す。

 そのオレに向かってきた魔道士やら鎧やらが勝手に弾き飛ばされてるが、そんなのは物の数ではない。

 オレ自身の弱さが招いた事態とはいえ、このオレに卑怯な手を使わせたあの男に、直々に引導を渡してやらねば気が済まん!

 

「この卑劣者があっ!!そこを動くなあっ!!」

「のわわぁ〜〜っ!!!ま…まっ…!待ってくれ…!!

 わ…わっ…ワシはあっ!!!」

 この期に及んでなんの言い訳があるのか。

 

「くらえいっ!!!」

 聞く耳持たずオレは奴に、真空の斧を投げ放つ。

 

 ドガッ!!

 

 それはあっけなく、標的の身体に突き刺さり…

 

 ……ボワン!

 

「わ…ワシは、ち…ちがうんだぁ…」

 奴の姿は、配下の魔道士の一人に変わっていた。

 

「こっ…これは…まさか…モシャス…!?」

「キィ〜〜ッヒッヒッヒッ!!」

 耳障りな笑い声が頭上から響く。

 そちらに目をやると、先ほどまで追いすがっていた筈の相手が、空間に浮かんでオレを見下ろしていた。

 

「そうじゃよ。

 部下に変身呪文(モシャス)をかけといたんじゃ。

 本物のワシじゃなくて、残念だったのおっ!!?

 ま、そのうち貴様らバカどもとワシとでは、根本的に頭の出来が違うっちゅうとこを見せてやるわい…」

 そう言ってまた耳障りに笑いながら、恐らくはルーラという呪文であろう、高速移動でその場から飛び去っていく。

 

「ムウ…ッ!

 我が身のためなら平気で部下を犠牲にするとは…うす汚ない外道め!!」

 ああなれば例えガルーダが居ても、オレではそのスピードに追いつけない。

 

「…そういえば…ミストバーンもいつの間にかおらんな…」

 周りを見渡して、もはや敵がその場に居ない事を確認し、オレもグエンに続き、ダイ達を追う事にした。

 

 ☆☆☆

 

 ………。

 

「おのれ、あの裏切り者のワニ助め。

 …それにしても、奴が連れてきた女の顔、以前どこかで見たことが……はて?」

 ルーラで高速移動しながら長い顎鬚を無意識に撫で、老獪な魔族が呟いた言葉を、誰も聞く者は居なかった。

 

 ☆☆☆

 

 氷でできた結界の柱の下で、弟妹弟子達が対峙していたのは、今は新生魔王軍の魔軍司令という立場にいるかつての魔王ハドラーだった。

 グエンという半魔族の女性が言った通り、塔を破壊しにやって来たダイ達一行は待ち伏せを受けており、オレが駆け付けた時、気を失ったマァムを、ハドラーが柱のてっぺんに放り投げた瞬間だった。

 咄嗟にブラッディースクライドを放って塔を破壊し、あわや串刺しにされる寸前のマァムを受け止めるまでは、正直心臓が鷲掴まれる思いだった。

 別行動になる前にグエンから渡された薬草をポップに投げてやった後、オレの腕の中で意識を取り戻したマァムを下ろして、二人を中央塔に向かわせる。

 あいつらの姿が見えなくなった頃、クロコダインがいる反対側の塔が砕ける音を聞いた。

 今奴が戦っているとするなら、あちらにいただろうダイも、今は中央塔に向かっている筈だ。

 グエンはクロコダインとともには戦えないだろうから、彼女も今はダイと一緒に違いない。

 あとは奴らが彼女を警戒さえしなければ、オレ達が後から駆けつけた時に、全滅していたなんて事にはならずに済むだろう。

 彼女から与えられた自身の役割を全うするべく、オレはハドラーと対峙した。

 

 ・・・

 

 オレの鎧は呪文を受け付けない。

 だから肉弾戦で戦うしかなく、オレの剣と奴の爪が何合も打ち合って、何度も離れてはまた打ち合う。

 さすがは魔軍司令を名乗るだけのことはあり、呪文なしでもハドラーはたいした強さだ。

 

「かああああ───っ!!!」

 裂帛の気合いとともに最後の勝負に出てきたハドラーの攻撃を、オレも己の必殺技で返す。

 

「ブラッディースクライド───ッ!!!」

 高速回転で威力を倍増させた剣撃が、寸分違わず奴の心臓を貫いた。

 

「意外と脆かったな…終わりだ、ハドラー!」

「ううっ…お…おのれ…ヒュンケル…」

 オレの技に吹っ飛ばされたハドラーの身体が地に落ちる。

 

「そ…そんなっ…!!ハドラーさまが負けたっ…!!」

 奴の配下のモンスターどもが動揺の色を貌に浮かべる。

 オレは剣を鎧の兜に戻すと、ハドラーの死体に歩み寄った。

 瞬間、ハドラーが両目を見開き、拳の爪をオレに向かって突き出してきた。

『貫けぬものなどない』と(うそぶ)いていた地獄の爪(ヘルズ・クロー)が、オレの鎧を貫通する。

 

「バ…バカなっ…!!?

 急所を貫かれて何故動ける…!!?」

「あいにくオレの心臓は左右にひとつずつあってな…!

 貴様が剣をひくのを待っていたのだ!!

 さあ!!

 このオレの地獄の炎を、鎧の中に流し込んでやるわッ!!!」

 ハドラーはオレの胸元に爪を更に抉り込み、言葉通り煉獄の炎を、その爪に乗せて放ってきた。

 

「メラゾーマ!!!!」

 

 ☆☆☆

 

 中央塔に向けて、改めて走る勇者一行とわたし。

 やっぱり彼らの若さには敵わないのか、若干遅れ始めるわたしが、息を切らして追いついたマァムは、なんだか少し泣きそうな表情で、来た道の方を振り返っていた。

 

「ヒュンケル…」

 

 呟いた言葉が、確かにそう聞こえた。

 …こんな可愛い子に、心配かけちゃいかんよ、坊や。




グエンの服装はいろんな意味で「そんな装備で大丈夫か?」ってくらいの軽装。
でも第1話で買った帽子には若干の魔法防御効果ありだし、普段履いてるニーハイブーツは防御力はないけど何故か攻撃回避率が高いという代物。ただやっぱり走るには不向き(爆)
そしてポップがでっかいって言ったのは、勿論身長じゃありませんwww


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9・半魔の僧侶は約束する

関係ないけど、鎧の魔剣先輩のデザインの凶悪さ、すごく好きです。


 か、身体がっ…!!身体が、言うことをきかん…!!!

 

 鎧に穴を開けられ、そこから直接業火を流し込まれて、剣を握る力も出せないオレを、ハドラーが嘲笑う。

 そして更に追撃の極大閃熱呪文(ベギラゴン)の超高熱が鎧に空いた穴から侵入して、オレの身体を焼き尽くさんとする。

 

「…よし!

 ただちにダイたちを追撃し…抹殺するのだ!!」

 倒れたオレを死んだと思ったのか、奴と配下のモンスター達が、その場から立ち去ろうとする足音が聞こえた。

 いかん…!このままではダイたちが…!!

 だがオレにはもう、戦うすべも残されてはいない…!!

 何を武器に、戦えば…!?

 

 …生命(いのち)ですよ…!

 そう、生命のエネルギー…すなわち闘気…

 

 今にも消えそうな意識の底から響いてきたのは、かつては父の仇と思い憎んだ師アバンの、どこか間の抜けた緊張感のない声だった。

 

 生命……闘気!!

 

 かつては一笑に付した教え…だが、今なら…!!

 

 ☆☆☆

 

 中央塔に急ぐわたし達の後方、ヒュンケルが壊した氷の塔があった方向から、地響きと轟音、そしてものすごい光が放たれるのが見えた。

 

「お、おい、あの光は…」

 ポップの呟きに、ダイが頷く。

 

「どうしたの、二人とも!!?」

「…そっくりなんだ…あの時と…。

 アバン先生がハドラーと戦って、死んだ時の光と…!!」

 かつて魔王ハドラーの恐怖から世界を救った勇者、アバン。

 そのハドラーが復活した際、まず最初に狙ったのがその命であり、次代の勇者を育成していた彼は、まだ微かな光だったその灯火を守るため、自己犠牲呪文でハドラーを道連れにしようとしたらしい。

 だがハドラーは重傷は負ったものの倒れることはなく、彼を退散させたのはダイの悲しみと怒りの一撃だったのだという。

 

「ちょうどあんな感じだった…!!

 なにかこう…生命(いのち)の最後の輝きみたいな…」

「そ…そんなっ…」

 驚き立ちすくむマァムの横をすり抜けて、ダイが駆け出そうとする。

 その腕を、ポップが掴んで止めた。

 

「ど…どこ行くんだよダイ!!」

「決まってるじゃないか!

 ヒュンケルを助けに行くんだっ!!」

「待てよ!

 なにもヤツがやられたとは限らねえじゃねえか…!!?

 それにあいつは呪文が使えねえんだ。

 自己犠牲呪文(メガンテ)をかけて死ぬなんてこたぁねぇはずだし…!!」

 若干頭に血が上ってるダイをポップが説得しようとする。

 ポップは魔法使いだそうなので、それは立ち位置的に正しい行動だ。

 けど、やはりまだ若いせいか、ポーズだけでも冷静さを保てていないから、説得力に欠ける。

 冒険者パーティーの魔法使いに老人が多いのは、やはりその立ち位置として、経験からくる冷静さを求められる場合がほとんどだからだ。

 案の定、ダイはその言葉では納得しない。

 

「でも…!あれはただごとじゃないよ!!

 勝っても負けても無事じゃすまない!

 そう思うだろ、マァム!グエン!!」

 わたし達に向けてそう言いながら、今にも飛び出して行きそうなダイを、ポップが抱きつくような格好になりながら止めようとしている。

 それを引きずるダイが、せめておれだけでもと振り払おうとする光景を見ながら、一番心配そうだったマァムの表情が、キッと引き締まるのをわたしは見た。

 

「だめよ、ダイ!!

 私たちは中央塔へ行くのよ!

 行かなくてはだめ!!」

 その凛とした声が、ほんの少しだけ震えている。

 よく見たら声だけではなく、手も。

 相当な決心を固めて言ったのだろうと、その震えだけで理解する。

 

「なっ…なんでだよっ!!?

 ヒュンケルを見捨てるの…!!?」

 …だめだ、これ以上見ていられない。

 それに、『見捨てる』という言葉が、ちょっとだけ癇に障ったのも事実だ。

 

「…ダイ。ヒュンケルを信じてないの?」

 言いながら彼の肩に手を置き、瞳をじっと見つめる。

 

「えっ…?」

 戸惑ったような瞳が揺れた。

 勇者パーティーの力の源は、絆。

 クロコダインはそう言った。

 ならばこの言葉が、彼には一番堪えるだろう。

 

「信じるなら、先へ進みなさい。

 彼も、クロコダインも、その為に命をかけているわ」

「で、でもっ…!」

「彼らはあなたを信じてる。

 だから一度拾った命を、もう一度捨てる覚悟でここに来たし、わたしはそんな彼らに感銘を受けて、彼らが信じるあなたに会いに来たの。

 わたしの友達の心意気を汲んでくれないつもりなら、わたし、失望のあまり泣くから。

 多分10秒以内に。

 わたしを泣かせて、平気?」

 わたしがそう言うと、ダイは少し焦ったように、小さく息を吸い込んだ。

 半分は冗談だけど、やはり小さくても男だ。

 女の涙には、少なからず動揺するのだろう。

 

「…ほら、そんな顔しない。

 大丈夫よ、泣かないわ。

 てゆーか、彼らを死地に赴かせたのはわたしの判断だから。

 あなた方が責任を感じる必要はない。

 リスクが生じるならば、それはわたしが背負う。

 あなたがどうしてもって言うなら、わたしが戻るわ」

 言いながら、彼と合わせていた目線を外し、立ち上がる。

 

「グエン!?」

「必ずヒュンケルを連れて、追いかけるから。

 …知り合ったばかりだから全面的には無理でも、クロコダインやヒュンケルの半分でいいから、わたしの事も、信じて?」

 わたしが言うと、じっとわたしを見つめていたダイが、ようやく微笑んで、頷いた。

 

「わかったよ…グエン。

 今はレオナを一刻も早く助けることが、おれたちの仕事なんだね…!!」

 彼の言葉に、全員が頷く。

 ようやく方針が固まったところで、わたしはマァムに向き直った。

 

「ごめんね、マァム。

 あなたに辛い決断をさせてしまって。

 本当は、わたしが言い出さなきゃいけなかったのに」

 さっきの感じでわかってしまった。

 この子は本来、とても優しい気性の持ち主なのだと。

 ヒュンケルのいる方に、一番駆け出したかったのは、彼女だったろう。

 それを押しとどめて先へ進めと言葉にしたのは、とても辛い決断だった筈だ。

 わたしの言葉に、マァムの強い瞳が揺れた。

 

「グエンさん…!」

「グエンでいいわ。後でまた会いましょう!」

「……ええ、グエン!また後で!」

 マァムの表情がようやく緩む。

 この子は笑っている方が魅力的だ。

 それに彼女の微笑みには、ひとを安心させる何かがある。

 …けど、安心してばかりもいられないか。

 

「あ、あと。

 今、中央塔にフレイザードは居ないわ」

「えっ!?」

 念の為インパスを唱えて、三角窓で中央塔を覗きながら、わたしが置き土産よろしく言うと、勇者が驚きの声をあげた。

 

「逃げたとは考えられないから、塔の手前か、途中の道のどこかに隠れて、あなた方を待ち伏せしてるかも。

 気をつけて!」

 言いながら駆け出し、後ろに向かって手を振る。

 

「よし行こう!!中央塔は目の前だっ!!!」

 後ろから勇者の声が聞こえた。

 

 さあ若き力よ、真っ直ぐに前に進め。

 そこを阻む枝葉を払うのは、大人の役目だ。

 

 ☆☆☆

 

「な…なんだ…この巨大な亀裂は…!!?

 これが、グランドクルスとやらの威力か…!!?

 なんというすさまじい技だ…!!!」

 配下のモンスターの死体の中から這い上がって、ひとり周囲を見渡した魔軍司令ハドラーは、目の前に広がる光景に背筋が寒くなるのを感じた。

 地面に走った巨大な十字形の亀裂は、見下ろしても底が見えないほど深い。

 …もはや剣を振るう力すら出せないヒュンケルに、彼は己の勝利を確信していた。

 それでもまだ立ち上がり、剣を兜におさめたヒュンケルの額に、闘気が集中した。

 そのエネルギーがどんどん大きくなって、その危険に気がついた時には遅かった。

 咄嗟に配下のモンスター達を盾にしてやり過ごしたが、直撃していたらどうなっていたことか。

 ハッと気がついてハドラーは、その技を放った男の姿を探す。

 それは、先ほどその大技を放った時と寸分違わぬ場所に見つけた。

 跪くような格好で、ただじっとその場に佇んでいるようだ。

 ハドラーは瞬間身を竦ませ、ヒュンケルの次の動きを警戒する。だが、

 

「…そうか」

 その場に座したまま動かぬヒュンケルの姿に、彼は事態を察する。

 

「そうだったのか…グランドクルスはまだ、未完成の技だったのだ…!!

 そのためヒュンケルの全闘気を、無尽蔵に放出してしまったわけだ…!!

 今あそこにいるのは、魂を失った、抜け殻のようなもの…!!」

 相手がもはやなんの反撃もできぬ状態であると知り、ハドラーが高笑いする。

 先ほどまであれほどに自分を追い詰めた男の抜け殻の背後に簡単にまわって、拳から戦闘用の爪を出して、その首を落とすべく構える。

 

「あの世でせいぜい歯ぎしりするがいい!!

 貴様の仲間や、アバン…バルトスとな…!!」

 …師と父の名を聞いたその抜け殻が、一瞬だけ反応したのにハドラーは気付かなかった。

 

「最後だッ!!死ねェッ!!!ヒュンケル──ッ!!!!」

 元魔王の、地獄の爪が振り下ろされた。

 

 ☆☆☆

 

 わたしがそこにたどり着いた時、それはまさに勝負が決する瞬間だった。

 跪くヒュンケルの背後から襲いかかろうとしていた、大きな身体の魔族…恐らくはこれが魔軍司令ハドラーだろう…の胸を、兜に装着したままの剣が刺し貫く。

 その身体が崩折れると同時に、それを貫く剣が外れ、兜が落ちて、ヒュンケルの無駄に綺麗な顔が顕れる。

 

「ヒュンケルッ!!」

 彼の剣を胸に刺したまま仰向けに横たわる魔族の死体が気にはなったけど、それに構っちゃいられず、わたしはヒュンケルに駆け寄った。

 見れば、どれだけすさまじい戦いが繰り広げられていたのか、ほぼ荒野と化した彼らの周囲には、数多のモンスターの死体が転がり、また地面には十字形の深い亀裂が走っている。

 気を失っているらしいヒュンケルの身体の状態を確認する。

 どうやら全身に火傷をしているようだが、それよりも体力が枯渇しているのが気になる。

 正直、これでどうやって生きてるんだとすら思うくらいの消耗っぷりだ。

 だがめんどくさい負傷ではなさそうなので、ベホマで治療と体力の回復を同時に行なっても問題なさそうだ。

 

「…ごめんなさいね。もう少しだけ頑張って」

 本当ならこのまま休ませてやりたいところだが、ここはまだ戦場であり、彼の力はこの後こそ必要になる。

 それにわたしは、彼を連れていくと、あの子達に約束した。

 ヒュンケルの頬に掌を当てて、ベホマを唱えようとして…瞬間、背後に感じた禍々しい気配に、背筋に氷を入れられたような感覚が走った。

 振り返ると、本当にすぐそば、ハドラーの死体の真横に、さっきの炎の塔のところにいた、衣のモンスターが立っていた。

 

 …いや、違う。

 こいつは「衣のモンスター」なんかじゃない。

 

 さっきはこいつを、あの鎧と同じタイプのモンスターだとばかり思っていたけれど、そばに立たれるとその気配は、明らかに異質だった。

 そして奇妙なことにそれは、ヒュンケルと初めて会った時、彼の身体の奥に僅かに感じたものと、同一のものだった。

 あの時感じた禍々しい気配、それがより濃く、より大きくなったもの。

 それがこんなにそばまで近づくまで、存在に気付かなかったなんて。

 あまりにも濃い瘴気に、心臓の動きがおかしくなるのを感じた。

 呼吸も荒くなる。全身を冷たい汗が濡らす。

 思わずヒュンケルの頭を抱きしめたのは、彼を庇おうというよりも、恐怖のあまり何かに縋りたいという、本能的な動きにすぎなかった。

 …だが、『それ』はわたし達に目もくれず、ハドラーの身体に突き刺さる剣を握ると、無造作にそれを抜き、やはり無造作に、地面にそれを投げ捨てた。

 それから、前に突き出された手から、糸のような光が発せられたかと思うと、それがハドラーの大きな身体を、その重さなどないかのように宙に持ち上げる。

 次にその光が消えた時には、ハドラーの身体は『それ』の腕の中に収まっていた。

 一瞬だけ、『それ』の意識が、わたしに向いた気がしたが、わたしがそれに怯むより先に、その姿は一瞬にして、その場からかき消えた。

 

「…ウッ……!」

 しばらく呆然とそのまま硬直していたわたしだったが、自分の腕の中から発せられた小さな呻き声に我に返る。

 

「ヒュンケル!?」

「……グエン?………っ!!?」

 ヒュンケルは顔を上げてわたしを確認して、何故かその瞬間、驚いたように目を見開いた。

 それから慌ててわたしから身体を離し、なんだか気まずそうに目を逸らす。なんでだ?

 

「ちょっと、動かないで。

 ベホマをかけるから、少しじっとしてなさい」

 若干突き飛ばすように離れられたのが不愉快で、少し本気で文句を言う。

 

「す、すまない……っ!?ハドラーは!?」

「大丈夫。あなたが倒した。

 …けど、死体は何故か、彼らの仲間の、衣のモンスターみたいのが連れていったわ。」

 ベホマを施しながらわたしが答えると、少し考えてから、ヒュンケルが言う。

 

「衣……ミストバーンか。

 それは恐らく、魔影軍団の軍団長だ」

「軍団長?どおりで…」

 あの者から感じた禍々しい気配。

 その残滓が感覚として肌に残っていて、わたしはまた身を震わせた。

 

「そうか…奴が来ていたのか。

 あなたには、また助けられた。感謝する」

 ベホマでの治療が終わり、わたしが手を離すと、ヒュンケルは立ち上がり、地面に落ちた剣を拾う。

 

「水臭い事言わないの。

 わたしはあなたを、友達だと思っていてよ?

 あなただけでなく、ダイも、ポップも、マァムも、そして勿論クロコダインもね。

 あなたや彼らがどう思っていても、わたしはそう決めた。

 そのかけがえのない友の為に、できることをする。

 当然でしょう?」

 わたしがそう答えると、ヒュンケルは真顔でわたしを見つめた。

 それから、頷いてフッと笑う。

 

「わかった。

 ならばその友情に、オレもオレのできる事で応えよう。

 そして、オレにできるのは戦う事だけだ。

 行こう、グエン。

 友が、戦場でオレ達を待っている」

「ええ!」

 差し伸べられた手を、躊躇なく取る。

 なにも隠す事ない心のまま、真っ直ぐに駆け出す。

 目指すは、わたし達を信じて待つ、友がいる戦場。




ほらな。
まだフレイザード戦始まらなかったろ。


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10・半魔の僧侶は解呪する

えー、一応前回までの感じで判ったと思いますが、ヒロインがいない場所での戦闘場面は、可能な限りダイジェストしてます。
そのせいで書くのは却って面倒になったけど、この物語は『ダイの大冒険』ではなく、その世界に投げ込まれた石の話なのですというこじつけ。
なので、こんなものを読んでいる方は原作を読んで知っているという前提で書いておりますので、書かれていない部分に関しては、皆様の中の原作知識で補完してください。
「原作読んでないよ」「そもそもドラクエ自体知らない」なんて方のフォローまでは、当方では致しかねますのでご了承くださいませなのじゃ。
キィ〜〜〜ッヒッヒッヒッ!!


「…今思ったんだけど、フレイザードって、禁呪法でハドラーが生み出したって言ってたわよね?」

「そうだが…?」

「禁呪法で生み出された生命体って、基本的には術者の死亡とともにその生命も消える筈なんだけど、もしかしてあなたがハドラーを倒した事で、フレイザードが消滅しててくれたりするってことはない?」

 ヒュンケルについて中央塔へと走りながら、ふと頭をよぎった疑問を口にする。

 もしそうであれば、勇者達は楽だろうが、わたしには少しだけ引っかかる点があった。

 だが、ヒュンケルはわたしの言葉をあっさり否定する。

 

「……いや、それはないだろう。

 確かに最初に生命を与えたのはハドラーだが、その後は他のエレメント系モンスターと同様、大魔王バーンが与えた暗黒闘気を糧に、その生命を維持している。

 …アンデッドのように、生命活動を行なっていないものを動かしているのと違い、奴の身体はあれでちゃんと、生命活動を行なっているから、常に何物かを消費していて、それを補充する事は必要だ。

 オレ達が、ものを食べなければ生きられないのと同様にな。

 そして大魔王が生きている限り、その暗黒闘気は常に、奴の身体に注がれている。

 恐らくだが既にフレイザードの身体は、親であるハドラーよりも、大魔王バーンとの繋がりの方が、より強くなっているだろう」

「なんでも、うまい話はないって事よね…」

「そういう事だ」

 走りながらこっちに目を向けて、少しだけヒュンケルは笑った。

 …それはいいとしてこの男、こんな重装備を身につけてるくせに、軽装のわたしより足が速いってどういう事なんだ。

 彼も若いけど確か21だって言ってた筈だから、わたしと4歳しか違

 

 ドッカァ────ン!!!!!

 

 …進行方向の先、恐らく中央塔の下あたりで、何か爆発するような音がした。

 

「戦闘が始まっているようだな…急ぐぞ!」

 よし、もう余計な事は考えずに、気を引き締めていこうと思う。

 ん…待てよ?

 

「そうだ…そういえば、勇者くん達と別れて、あなたのところに向かったタイミングでは、フレイザードは塔の中に居なかったのよ」

「なに?」

「塔の手前で待ち伏せてると思ったんだけど、今みたいな爆発とかを伴う攻撃技があるのなら、確かに塔の中よりも、屋外の方が戦いやすいわね。

 むしろ、塔からは離れて戦うかも。

 …だとしたら考えがあるわ」

 わたしは走っていた足を止めた。

 

「グエン!?」

 怪訝な表情を浮かべて、やはり立ち止まってわたしを振り返るヒュンケルに、指で前方を指し示す。

 

「あなたはこのまま、真っ直ぐ彼らのもとに向かって。

 クロコダインもすぐ駆けつけてくる筈よ」

「待て、グエン!あなたはどうする…」

「わたしの存在はフレイザードには知られていない!

 これを利用して先に中央塔に登って、王女の無力化結界を解除するわ!

 わたしが心配なら、いいだけ派手に登場して、フレイザードの注意を塔から逸らせておいて!」

 わたしの言葉に、不得要領な表情を浮かべて立ち止まっていたヒュンケルが、意を決したように頷き、再び駆け出した。

 それを確認してわたしも駆け出す。

 遠回りをして、反対側から、中央塔を目指して。

 

 別行動を思い立った理由は三つ。

 ひとつは、王女の命のタイムリミットの不確実性。

 フレイザードは『保って日没まで』と言った。

 つまり保たなければ、その前に王女は死ぬって事だ。

 戦いを終えてフレイザードに勝っても、王女が死んでしまっていたら、何の為に戦ったのかわからなくなる。

 急ぐに越した事はない。

 更にひとつ、あの王女を拘束している無力化結界が、一応は氷の形を取っているという事。

 タイムリミットがあるというあたりで、維持する為に王女の魔力、それが尽きれば生命力を吸い取って、維持するタイプと推測できる。

 極端な話、王女が死ねばその瞬間にあの呪法は消えるわけだが、勿論それでは何にもならない。

 更にそれを施したフレイザードが死ねば消えるかといえば、実のところいささか疑問が残る。

 確かに結界としての力は、フレイザードの死とともに消えるだろうが、この場合この結界が、物理的な『氷』という形を取っている事が問題なのだ。

 結界としての力がなくなれば、あれは恐らくただの『氷』そのものになり、そうなると逆に、それに閉じ込められている王女の命が危なくなる。

 しかもあの大きさの氷を溶かそうと思ったら、相当なエネルギーが必要だ。

 はたして、戦いを終えた後の勇者パーティーに、それだけのエネルギーを供給する余力が残っているかどうか。

 ならどうするか。

 フレイザードが生きている、つまり氷がまだ『ただの』結界であるうちに、王女をあの氷から解き放つのが、一番安全で確実だ。

 そして最後のひとつは、それが可能であるわたしが、フレイザードに存在を認識されていないという事実だった。

 ならば、所詮非力な僧侶であるわたしは、正攻法で挑むより、こちらのほうが余程、ダイ達の役に立てるだろう。

 

 ☆☆☆

 

「…暴虐もそこまでだ、フレイザード!!」

「クロコダイン!!!てっ…てめえっ…!

 そうか…てめえが助っ人をしてやがったのか…!!」

「…助っ人は一人だけじゃない…!!」

「…ヒュンケル…!」

「グエンは?一緒じゃねえのか!?」

「…後から来る」

「バッ…バカな…てめえまで…!!」

「ハドラー同様、貴様にも相当借りがあったのを思い出してな…地獄から舞い戻ったというわけだ…!!」

「くっ…!!」

「さあ、もう逃げ場はないぞ!!」

「へっ、どうしたっ!!?観念したのかよっ!!」

「…そうだな。観念するか…」

 

 ☆☆☆

 

 道中現れたブリザードに棍の一撃を放ちながら、わたしは塔を登る。

 フレイムならば有効な技があるのだが、氷属性のブリザードは一匹一匹潰すしかないので、数匹で出てこられると少々骨が折れる。

 わたしのなぎはらいはまだ確実性に欠け、空振ると隙ができるので、確実に決まるシチュエーションでもなければ使わない方がいいだろう。

 けど、以前ゲッコーさんに頂いたこの棍、今使ってて気がついたけど、どうやらエレメント系のモンスターに有効な打撃効果があるっぽい。

 かまいたちの時になんで気付かなかったのか。

 まあ、今はそんな事、考えても仕方がない。

 塔の手前の広場では、勇者達の戦いが始まっているようだ。

 先ほど凄い爆発音がして、階段の途中でインパスを使うと、外で5つの青い光の周りを、数多の細かい赤い光が飛び回っているのが見えた。

 なるほど、禁呪法で生まれたあのモンスターには、その生命の源になる核があり、それが本来なら相反する事象である炎と氷の身体を繋いでいる。

 今はその核のみとなって、バラバラに砕いた身体の岩石を遠隔操作しているのだろう。

 

 ☆☆☆

 

「この岩の一つ一つが…オレなんだよォォォッ!!!!」

 自爆したと思われたフレイザードの身体の岩が、オレ達の身体に弾丸のように降り注いだ。

 自分に向かってくるそれを細かく砕こうとしても無駄だ。むしろ砕けば砕くほど、自身に向かってくる岩の数は増えていく。

 砕くなら、ヤツの身体を構成する『(コア)』。

 それを見つけて砕かねば、この岩の嵐を切り抜けることはできない。

 オレがダイにそう告げている間にも、ヤツの攻撃はますます激しさを増して、オレ達の身体にダメージを与えていく。

 

「破れるものなら破ってみろよ…!

 この無数の弾岩の中に潜む、オレの(コア)を砕こうってのか!?

 そんな事…人間なんぞにできるかあ〜〜ッ!!!」

 弾岩の嵐が、ダイの身体に集中して、既に動く事も困難になったオレの視界の端で、ダイが倒れるのが見えた。

 

 ☆☆☆

 

 最上階にたどり着くと、やはり数匹のブリザードが、王女の周りを取り囲んで守っていた。

 わたしの存在には気付いていない。ならば。

 

「なぎはらいッ!!」

「ギャアァァ──ッ!!!!」

 不意打ちが功を奏し、討ちもらす事なくブリザードを退治する。

 呪文と違い技の場合、別に声に出さなくても発動できるが、そこは気分の問題だ。

 …若干気まずいものを何故か感じつつ、囚われたままの王女の前に立つ。

 氷に手を触れると、やはりビリビリとした、負の魔力を感じた。

 息を吸い込み、魔力を集中させて、聖なる力に変換する。

 そうしてから王女を包む氷に両手を翳し、ひとつの呪文を詠唱した。

 

「シャナク!」

 結界の力とともに、氷が、蒸発するように消える。

 崩折れる王女の冷たい身体を抱きとめて、その心臓が鼓動を打っているのを確認してから、もうひとつ呪文を詠唱した。

 

「ベホマ」

 …これでもう大丈夫。

 けど、身体が冷え切っているから、しばらく温めていた方がいいかも。と、

 

「おかあさま……」

 という小さな呟きが聞こえ、一旦身体を離したが、彼女は目を覚まさなかった。

 …確か市井の噂では、このお姫様はまだ14歳だった筈だ。

 本来ならまだまだ、親の庇護のもとにある年齢だろう。

 だがヒュンケルの話では、それを守るべき父親の王は、彼女の生存に全てを託して自害している。

 母親である王妃も、彼女が幼い頃に亡くなっていると聞いた。

 つまりこの娘は近い未来、この若さで、一国を導く王として立たねばならないという事だ。

 まだ子供と言ってもおかしくない彼女にとって、それは茨の道に違いない。

 目を覚ました時、彼女にとっての、真の戦いが始まる。

 だがそれまでは…せめて夢の中で、母親に抱かれているのもいいだろう。

 現時点で充分に美しいが、まだあどけなさも残る少女の寝顔を見下ろして、わたしはもう一度、その身体をぎゅっと抱きしめた。

 

 あなたの未来を助けるために、たくさんの想いが動いている。

 だから、道は険しいけれど、その瞬間瞬間の『今』を諦めないで。

 どんなに辛くても寂しくても、あなたは一人じゃないから。

 

 ☆☆☆

 

 なんとか…せめて、ダイにだけでも回復呪文(ホイミ)を…!

 

 みんなが倒れて動けない今、せめて私にできる事をと、身体を起こす。何とか這ってダイの側に行こうとしたら、伸ばした右手の手首を、足の形をした岩が押さえつけた。

 

「クロコダインの陰にいたお陰で、傷が浅かったみてえだな!!」

 その『足』の上に、細かな岩が積み重なり、見る間にそれは、人のような形をとった。

 でも…さっきまでその形だった時には全体を包んでいた筈の、炎と氷が消えかかっている。

 

「…フッ…情けねえ姿だと思っているだろう?

 この最終闘法は、オレの生命(いのち)を著しく消耗するからな…」

「なぜそこまでして勝とうとするの!?

 死の危険をおかしてまで!!」

 …若干自分勝手な問いだと、私自身にもわかっている。

 私だって、この戦いに命を懸けているのだし。

 だから正直言って、答えが返ってくるとは思っていなかった。

 

「…オレの人格には歴史がねェ…」

 だけど、私の言葉に、フレイザードは答えを返してきた。

 まるで、心の底では聞いて欲しかったと言わんばかりに。

 

「ハドラー様がオレを造ってから…まだ一年足らずしか経っていない…。

 だからオレは手柄が欲しいんだ!

 たとえ百年生きようと千年生きようと、手に入らねえぐらいの手柄がな!!」

 それは確かに彼の本音であり、コンプレックスであると、その言葉で判った。

 それを悲しいと思う心を、彼は確かに持っていた。

 だから、

 

「……なんて…哀れな人。

 戦い以外に、自分の存在を証明できるものがないなんて」

 心底、そう思った。

 私も、この戦いに命を懸けている。

 けれども、それは仲間がいてこそだ。

 自分一人の為だけに命は懸けられない。

 彼は一人だ。

 この世に同胞はおらず、仲間は手柄を競う存在。

 生きてきた過去がない故に、自身のアイデンティティに飢えた。

 生まれ落ちて、心を与えられたにもかかわらず、戦う事しか教えられなかった、哀れな子供。

 そう思えた。けれど、

 

「同情なんかいらねえよ!」

 高笑いしながら、炎を僅かに纏った足で私の手を踏みつけたフレイザードに、迷いなどなかった。

 

「勝利の瞬間の快感だけが…!!

 仲間の羨望の眼差しだけが…!!

 このオレの心を満たしてくれるんだ!!

 このままおとなしくてめえが死んでくれりゃあ、万事めでたしなんだよッ!!!」

 そう叫んで、私に掴みかかろうとするフレイザードを、

 

「待てっ!!!!!」

 と、立ち上がったダイの声が止めた。

 逃げなさいと叫んだ私の声に耳を貸さず、ダイが立ち上がったのは、恐らく私を守る為。

 

 今の私は、なんて無力なんだろう。

 救いたいと思っても、誰も救えていない。

 愛や優しさだけでは、守れない。

 力無き正義は、無力。

 

 かつてのアバン先生の言葉が、不意に心に蘇った。

 その姿が、目の前のちいさな勇者と重なる。

 

「…おれも、今から最後の必殺技をくりだす…。

 今まで一度も成功したことのない技だけど…」

 言いながらダイが、抜いていた剣を鞘におさめた。

 

「これにしくじればおまえの勝ち…

 だけど…決まればおれの勝ちだっ!!!」

 ダイの最後の必殺技って、まさか…!!?

 

 ☆☆☆

 

 ダイが繰り出したのは『空裂斬』。

 だが一度かすりはしたものの、その後は何度繰り出しても、それは悉く「空を切る」。

 ダイは忘れている。

 アバン流刀殺法の中でも最大の奥義であるそれは『空』すなわち目に見えぬものを『斬る』技だ。

 それは悪のエネルギーにより生み出された邪悪な生命の、その源を断つ剣技。

 それを斬る刃こそが、正義のエネルギー。

 アバンのもとでつきっきりで剣技を学んだオレが、その技を極められなかったのはそれが理由だ。

 だが、心を憎しみに曇らせたオレと違い、ダイならば必ず、それを極められる。

 

 その為には…!

 

 オレは自分の剣の刃を握りしめると、そこから流れ出た血をダイの目に浴びせかけた。

 

「目に頼るな!

 心の目で、ヤツの悪のエネルギーを感じるんだ!!」

 オレがダイに向かって叫ぶと、嘲笑うような怒るようなフレイザードの声が響き、弾岩の雨が、ダイ一人に向かって降り注ぐ。

 

「そんな夢みたいな技で、オレの秘技が破れるもんかよォッ!!!」

 ダイはそれを動かずに受けていたが、やがて剣を鞘に一度おさめてから、岩の嵐の真ん中に突進した。

 

「こいつが、フレイザードだぁ───ッ!!!!

 

 空裂斬!!!!!」

 

 抜く手も見せず振りかぶった刃が、白く輝いたように見えた。

 

 ☆☆☆

 

「なんだ貴様ァッ!?ここで何をしている!?」

 王女の身体を抱いて温めているわたしを、数匹のフレイムが見つけて襲いかかってきた。

 まだ残っていたのか。まったく、鬱陶しい事だ。

 マントを脱いで王女の身体を包み、仕方なく足元に横たえる。

 そして棍を構え、フレイムたちを睨みつけた。

 この技は魔法力を若干消費するが、この棍の打撃効果と合わせれば、わたし一人でも、この程度の敵に遅れをとる事はない。

 一斉に向かってくるフレイムたちに、わたしはようやくモノにしたばかりの棍の技を放った。

 

「氷結乱撃ッ!!!」

 …王女の戒めを解く事ができたら、今度こそダイたちのもとに駆けつけて、回復要員として戦いに参加するつもりでいたけど、まだこんなザコ敵が塔をうろついているというのなら、王女を無防備なままここに置くわけにはいかないか。

 彼女が目を覚ますか、ダイたちが戦いを終えてここに登ってくるまで、この子はわたしが守らなければ。




そして輝くウルトラ僧侶(爆)


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11・半魔の僧侶は取り込み中である

「斬った…!手ごたえ、あり…!!」

 ダイの足元に転がった石が地面に落ちて音を立て、蒸発するように消滅する。

 あの(コア)の魔力によってフレイザードは、灼熱の身体と極寒の身体を繋ぎ止めていた…それを失ったということは…!!

 

「グワアァァァ──ッ!!!!!

 や…やべえっ!!左右の身体が維持できなくなってきやがった…!!

 これ以上つなぎとめておくと…消滅しちまうっ…!!!」

 言うやフレイザードは左右の身体を分離させた。

 こうなればやる事はひとつだろう。

 

「今だ、ポップ!!」

「おっ…おっし!!閃熱呪文(ベギラマ)──ッ!!!」

 ポップが氷の方の半分に向けて呪文を放つ。

 両方が繋がっている状態のヤツだったら、もう片方の腕で受け止めただろうが、今はそのもう片方がない。

 防御もできぬまま、断末魔を上げて、氷の半身が消滅する。

 残った炎の方はオレ達に取り囲まれ、言葉も出ない様子だ。

 

「こいつをどうする…!?」

「二度と復元できぬよう、粉々に打ち砕いてくれる……覚悟!!」

 だがオレの剣がヤツに届いたと思った瞬間、何かの力でオレは身体ごと跳ね飛ばされた。

 次の瞬間、どこから現れたものか、魔影参謀ミストバーンが、掌底をオレに向けて、フレイザードの前に立っていた。

 ミストバーン。オレの、闇の闘法の師。

 アバンに返り討ちにあったオレを拾って、魔剣戦士として育てた男。

 そうだ、そういえばグエンが言っていた。

 オレが倒したハドラーをヤツが連れて行ったと。

 ハドラーをどこかに運んだ後、またこちらに戻ってきたというのか。忙しいヤツだ。

 この死にかけのフレイザードはともかく、今のオレ達のコンディションで、こいつを相手に戦うとなると、相当な苦戦を強いられるだろう。

 

 …グエンは、まだこちらに来られないか。

 彼女が居れば、まだ少し違ったものを。

 

 そんな事をふと思って、この短い付き合いの中で、いつの間にか彼女の存在を、思いのほか頼りに思っている自分に気付く。

 

「ミストバーン…!助けてくれッ…!!頼むッ!!

 このままじゃ死んでも死にきれねえ…助けてくれよォッ…!!」

 フレイザードが懇願すると、ミストバーンは虚空を指差した。

 思わず向いた視線の先の空間に、何か…折りたたまれた鎧といった形状の、金属の塊が出現した。

 

「…これは我が魔影軍団最強の鎧…おまえが炎の暗黒闘気、即ち魔炎気と自らを化す決意があるなら…与えてやろう…」

 …こいつの声を聞いたのは久しぶりだ。

 この男はオレにものを教える時ですら、ほとんど口をきかなかったのだ。

 そのミストバーンの言葉に、フレイザードが難色を示す。

 岩石生命体の身体を捨てて、魔炎気としてあの鎧に宿るという事は、ヤツは鎧のモンスター、つまりミストバーンの部下になるという事だ。

 出世欲の塊であるフレイザードには、堪え難い屈辱だろう。

 だが、一旦背を向けて去りかけたミストバーンに、フレイザードは苦いものでも呑み込んだように声をかける。

 

「本当にそいつと一体化すりゃあ、やつらに勝てるんだな…!!」

 その言葉に、敵はないと答えたミストバーンに、フレイザードが頷いた。

 ミストバーンが手を掲げると、フレイザードの身体の岩から炎だけが離れ、残された岩がボロボロと崩れる。

 離れた炎の方は、上空に浮かんだ鎧に吸い込まれるように入っていき、それとともに折りたたまれた手足が伸びて、重い音とともに、地面に降り立った。

 

「力が…みなぎってくる…信じられないような…凄まじい力だ…!」

 オレ達が立ちすくんでいるその場面に、パプニカ兵士の鎧を身につけた老人と、確かダイ達が連れていた翼の生えたスライムが駆け込んできた。

 

「最悪の場面に飛び込んできやがって…!!」

 ポップの呟きはもっともだ。

 フレイザードはまず、無力そうなその老人に突進したのだから。

 

「あぶないッ、じいさんッ!!!」

 あわや老人の身体を打ち砕くかと思われたフレイザードの拳を、クロコダインが受け止める。

 そのクロコダインの踏みしめた脚が、地面にめり込んだ。

 そしてフレイザードが更に力を込めると、めり込んだ部分から地割れが起きて、クロコダインも老人も、その裂け目の中に落ちていく。

 それを救わんと駆け寄るオレとポップに、フレイザードは突進してきた。

 

「ヒャダルコ!!!」

 ポップがオレの後ろから、ヤツに呪文を放つ。

 だがそれは鎧の表面で弾かれ、その威力が空中に霧散した。

 これは、オレの鎧の魔剣と同じ効果だ。

 恐らくは、オレの鎧と同じ金属でできているのだ。

 ならばそれに、電撃系以外の呪文は効かない。

 そしてヤツの本体は魔炎気だ。

 生身の肉体ではない以上、電撃でダメージが与えられるとも思えない。

 驚いている間にもヤツの突進は止まらず、オレとポップはまとめて一度に、ヤツの拳に吹っ飛ばされた。

 衝撃をまともに受けたオレの鎧が、粉々に砕かれる。

 一撃で動けなくなるオレ達を尻目に、フレイザードの攻撃目標は、今度はダイに向いた。

 そのダイの身体を支えながら、恐らくは回復呪文をかけていたのだろうマァムが、身を竦ませるのが視界の端に映る。

 マァムの回復呪文は、グエンのものと比べて時間がかかるようで、ダイはオレの目から見ても僅かしか回復していない。

 だがダイは自身からマァムを引き離すと、その小さな身体をフレイザードの前に晒す。

 

「大丈夫だ、マァム…おれ、勝てるよ…。

 何故だか知らないけど…こいつには負ける気がしないんだ…!」

 その言葉が癇に障ったらしいフレイザードがダイに猛攻を仕掛ける。

 が、先ほどの血糊がまだ目に残った状態でダイは、ヤツの攻撃を見切り、躱していた。

 

「…完成だっ!!

 空裂斬を会得した事によって、ダイのアバン流刀殺法は完成をみた。

 それは、あの必殺技の完成をも意味する!!」

 ダイは無意識に、その破壊力を悟っている。

 当然だ。あの技は…!!

 

 大地を斬り…海を斬り…空を斬り…そして全てを斬る!!

 今のダイならば…そう、すべてが斬れる!!!

 

「これが本物の…アバンストラッシュだ〜〜っ!!!!!」

 

 ・・・

 

 ダイの一撃でバラバラに砕け散るフレイザードを見ていたにもかかわらず、ミストバーンがこちらに攻撃してくることはなかった。

 あまつさえ小さな炎のかけらとなったフレイザードを、最後には踏みにじって、そのまま何処かへと消えていった。

 ヤツは、ダイの力を試すためにフレイザードを利用したのか…!?

 だが今は考えている時ではない。

 パプニカの姫のもとにはグエンが行っているが、彼女がこちらに駆けつけて来なかったところを見ると、何か困ったことが起きているに違いない。

 

 ☆☆☆

 

 ハア…ハア…ハアッ……!!

 

 次々に現れていた炎と氷のモンスターの相手もそろそろ疲れてきた。

 特に、一匹一匹潰さなければならない氷系がキツい。

 特にブリザード。

 たまにザラキとか唱えてくるから、あいつらにはマホトーン必須だし。

 わたしは魔法耐性を持つパプニカ絹の帽子を今はちゃんと被ってるけど、王女は無防備だ。

 

 …ん?

 でもあのドレスはひょっとしたら、最高級のパプニカ絹なんじゃない?

 だってあの人王女様だし。

 …ま、まあ一応念の為。

 

 群れで出てきた氷河魔人を棍の先で砕きながら、階段の方からなにか近づいてくる音を耳でとらえた。

 そちらに顔を向ける余裕はないが、今のタイミングでこれ以上敵に増えられるとさすがに困る。

 そんな事を思っていたら、棍の先から逃れた一匹が、わたしの足元をすり抜けて、王女に近寄っていくのが見えた。

 

「しまっ……!!」

「ベギラマ──ッ!!」

 と、あたり一帯を高熱の嵐が吹き荒れ、わたしと王女を取り囲んでいた氷河魔人の群れが消滅する。

 声のした方に目をやると、そこに立っていたのはちいさな勇者。

 それも何故か全身に不思議なエネルギーを纏い、そのエネルギーはどうやら額の部分から発生しているようで、その額に不可思議な模様が浮かんで、輝きを発していた。

 そのエネルギーから受ける感覚に覚えがある気がすると同時に、何故かはわからないが一瞬、あの山奥でラーハルトとわたしを人間から救った男の顔が、脳裏に浮かんですぐに消えた。

 

 上の方からフレイムが続いて現れたが、下の光景にちょっとあわあわしているのがわかる。

 その群れに向かって、野太い声が高らかに叫んだ。

 

「おまえ達の大将は死んだ!

 これ以上の抵抗は無意味だ!

 それでも向かってくるなら、今度はこの獣王が相手になろう!!」

 クロコダインがそう言って片手を前に突き出すと、フレイム達は悲鳴をあげて飛び去っていく。

 それを見てわたしは、立っていた場所に膝をついた。

 もう大丈夫だ。ホッとして力が抜ける。

 疲れた。とりあえず寝たい。ベッドで。

 教会の固くて狭いベッドでいいから、とにかく今日はベッドで寝たい。

 

「グエン、大丈夫!?レオナは…!?」

 ふらつきながら駆け寄ってきたダイが、わたしと王女を交互に見る。

 

「お姫様は無事。眠ってるだけよ。

 助けてくれてありがとう」

 ダイに事の次第を説明すると、状況を理解してようやく安心したダイは、王女を自分が背負うと言ってきかなかった。

 自分だって疲れてるだろうに。

 

「グエン…!」

 マァムが近寄ってきて、わたしに回復呪文をかけてくれる。

 パッと元気になる感じじゃないけど、この子のベホイミはあったかくて気持ちいい。

 母親など知らない筈なのに、十近くも年下の女の子に、お母さんってこんな感じかなとふと思ってしまった。

 まずい、油断すると寝てしまいそうだ。

 

 この後、パプニカ三賢者の一人であるという女性が、気球船に乗ってダイ達を迎えに来た。

 重量の関係でクロコダインはガルーダで陸地に移動、その際ヒュンケルも連れて行き、わたしはダイ達と一緒に気球船に乗せられて、かつての勇者アバンと共に戦ったという大魔道士の隠れ家に連れていかれた。

 着いてすぐに王女は別な場所に運ばれたようだ。

 ところで、最初メンバーに居なかった筈のわたしにみんな戸惑ったようだったのだが、ダイがわたしが僧侶だと紹介すると、ただちに負傷者の治療を頼まれた。

 鬼か。鬼かおまえら。

 そう思ったが回復呪文の使い手としては三賢者より王女の方が腕は上だそうで、現時点で動けるベホマの使い手がいなかったらしい。

 そういえば王女はそもそも賢者としての能力が高いってヒュンケルが言っていたっけ。

 ちなみに三賢者って言っても、どうも先だって起きた王女暗殺未遂事件のあおりで代替わりしたばかりだったらしく若年の者ばかりで構成されており(迎えに来たエイミという女性は大人っぽく綺麗な顔立ちをしていたがまだ18歳だそうだ)、フレイザードに襲撃された際、王女を守りきれなかったのもそこのところが原因だとか。

 まあ、あれはモンスターの中でも規格外に化け物だったから、前三賢者がどれほどの腕を持っていたにしても、戦いにはならなかったように思うけど。

 とりあえず一番最初に、フレイザードに顔を焼かれたっていうエイミのお姉さんの火傷の状態を確認した後、ベホマで速攻で治療した。

 女性の顔に傷が残ってはいけない。

 どうやらマリンという名前であるらしい彼女は、妹のエイミとそっくりの綺麗な顔をしていたし。

 その様子を見ていたマァムが、なんとも言えない複雑な表情を浮かべていたのが少し気になった。

 

 ☆☆☆

 

 とりあえずクロコダインとヒュンケルに合流して、二人に状況を説明した。

 

「夜にささやかな勝利の宴を開くから、パプニカ神殿の跡地に来てくださいって、あのバダックさんってお爺さんに言われたんだけど…あんまり気がすすまないわね」

「オレはここで待つ。

 モンスターのオレが、人間の宴に混じるわけにもいかんしな」

「そっか。

 クロコダインが行かないならわたしもやめとく…」

 わたしはモンスターではないけど、普通の人間から見ればきっと似たようなものだろう。

 それに、これまでは普通に耳だけ隠して人前に出ていたけど、このままの自分を受け入れてくれているこの二人の、自然な対応が居心地良すぎる。

 だが、

 

「いや、あなたは出るべきだ。

 レオナ姫を救ったのはあなたなのだから」

 と、ヒュンケルが強く言い切った。

 

「でも……」

「…安心しろ、オレも行く」

 不安を隠せないわたしの肩に、ヒュンケルが手を置く。

 実のところ彼も宴には出ないと思っていたから、その言葉は意外だった。けど…

 

「先に教えておく。

 パプニカ王の遺体を葬った場所は、城の裏手の英雄像の下だ。

 ほとぼりが冷めた頃にでも、あなたの口から、姫に伝えてやってくれ」

 そう告げる言葉に、わたしとクロコダインが同時に言葉を返す。

 

「おい、まさか…?」

「ヒュンケル、あなた…!」

「…何も言うな。これはケジメだ」

 そう言われてしまうと、わたしもクロコダインも、それ以上口を挟めなかった。

 ヒュンケルは、この国を滅ぼした魔王軍の軍団長。

 その責任を取ろうと、彼は覚悟を決めていた。




魔弾銃先輩には、一応この後、別な形でお世話になる予定でおりますので、ここでは破壊させない運びになりました。
ですがそのせいで原作以上に役立たずだったマァムが、原作通りの焦燥感を感じ始めてますので、そこに悪影響はない筈です。


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12・半魔の僧侶は受け入れられる

おかしい…そんなつもりはなかったのに、なんかヒュンケルフラグが立ち始めてる気がして仕方ない…。


 宴に参加はしないというクロコダインをとりあえず神殿近くに待機させておき、わたしはヒュンケルのそばに立っていた。

 彼の決意はわかったから口は出さずにいたが、何とかして寸前で阻止する気でいた。

 そのわたしの心中を知ってか知らずかヒュンケルは、一応帯剣はしている(例の剣を抜き身のまま鎖で肩から提げている。鎧にあたる鞘部分はフレイザードとの戦いの際に破壊されたらしい。塔に登ってきた時、なんで半裸なんだとちょっとだけ思ったがそういうわけだったか。自己修復能力の備わった武器だが、完全に修復するまでには若干の時間を要するとの事)が軽装で、壊れた神殿の壁にもたれて腕組みをしたまま、何か思案するような難しい表情で黙っている。

 とりあえず隣で真似してたら、しばらく気がつかなかったようだが、ふとこちらに注意が向いた時に、明らかに二度見して小さく笑った。

 

「なんて顔をしている」

 吹いた?今明らかに吹いたよね!?

 女の顔みて吹くとか、失礼なヤツだ。

 

「…わたしに言う前に鏡を見た方が良くてよ。

 今、あなたはこれと同じ表情をしていた筈だから」

 わたしの言葉に、ヒュンケルは一瞬キョトンとした顔をしてから、小さく息をついた。

 

「…オレの真似などやめておけ。

 あなたには似合わない。

 それより、何故ずっとオレと居るんだ。

 ダイ達を探さないのか」

 邪魔だと言わんばかりの言葉に思わずムッとする。

 

「どうせ探さなくとも向こうから来るでしょう。

 それに、気がすすまないと言ったわたしを、自分も行くからと引っ張り出したのはあなたよ。

 あなたにはわたしをエスコートする義務がある。

 …なにか、間違えていて?」

「…アバンみたいな事を言う」

 少し驚いたように目を見開き、わたしを見つめるヒュンケルに、かつての勇者アバンがどんな事を言ったのかと問おうとした時、

 

「おおっ、ひ、姫っ……!!」

「姫様っ!!」

 誰かが感極まった声を上げたのが聞こえ、二人して反射的にそちらに目を向けた。

 見れば、最後に見た時にはまだ青白い顔で眠っていた王女が、すっかり血色も戻った、美しいいでたちで歩いてくる。

 

 …本当に、美しい少女だ。

 

 そういえばこのパプニカに滞在していた時期、市井の噂で聞いたところによれば、彼女の母親である若くして亡くなった王妃様も、大層美しい人だったという。

 元々は下級貴族の出身だった彼女が、勇者アバンが魔王ハドラーを倒した後日、その勝利を祝って開かれた宴で王に見初められ、その後猛アタックを受けた末に結ばれたというロマンスは、それなりに脚色が加えられながらも芝居や書籍や歌などで語られ、今なおパプニカの少女たちの憧れなのだとか。

 

「レオナぁっ!!!」

 と、わたしがそんな事を考えながら思わず王女に見とれていたら、わたし達のちいさな勇者が、どこからかその美しい王女に駆け寄っていくのが見えた。

 

「よかったあっ!元気になったんだね!!

 大王イカみたいに真っ白い顔してたから心配してたんだよ!」

 デリカシーのかけらもないコメントを発しながら、王女のきれいな手を取る。

 王女もそう感じていたのか、明らかにドン引いた表情だ。

 その表情に、ひょっとして忘れられたのかと、ちょっと泣きそうな顔になる勇者に向かって、美しい王女は声を荒げ、言った。

 

「ちょっと、いい加減にしてよダイ君!!

 せっかくお姫さまと、それを助けた勇者の、カッコイイ再会場面なのにっ!

 もっと雰囲気考えてよねっ!!」

 …さすがは、国中の乙女が憧れたロマンスの結晶。

 ちなみにこのダイとお姫様にも、もしかしたら後の世に語り継がれるかもしれない、素敵な出会いがあったようで、わたしもまだ詳しくは聞いていないのだが、王女の暗殺未遂事件の時、その命を助けたのがダイだったのだそうだ。

 だが、後世のロマンスの主人公になる筈の勇者は、それを聞いて、

 

「えっ!?えええ〜〜っ!!?」

 と、間抜けな声を上げるしかできなかった。

 勿論、この時点で後の世のロマンスに想いを馳せる事ができる者などいる筈もなく、件のバダック老人が、決壊して吹き出したのを皮切りに、その場に笑いの嵐が吹き荒れたのだった。

 

 ・・・

 

 そうして宴の始まりの前に乾杯の為の飲み物が配られたタイミングで、わたしがひとりの兵士のかたに手伝うと声をかけて、こっそりクロコダインに飲み物を渡しに行った間に、その騒ぎは起きていた。

 …あんにゃろ、絶対にわたしが居なくなるタイミング狙ったとしか思えない。

 

「オレの名は…魔王軍不死騎団長ヒュンケル!!」

 わたしが戻ったのは、ヒュンケルが王女に問われ、馬鹿正直に名乗りを上げたその瞬間だった。

 身を呈して彼を庇おうとする弟妹弟子達の前で、彼は自身の剣を投げ捨てる。

 

「レオナ姫、あなたの手でオレを裁いてくれ…。

 この場で斬り捨てられても、オレは構わん…!」

 そう言った、真っ直ぐな瞳が、一点の曇りもなく澄み切っているのは、もはや誰が見てもわかる事だったろう。

 そんなヒュンケルの前に、王女が進み出る。

 

「ヒュンケル。

 望み通り、このパプニカの王女レオナが、判決を下します。

 …あなたには、残された人生のすべてを、アバンの使徒として生きることを命じます…!」

 凛とした声で告げる王女の身体を、一瞬、白い光が包んでいるように見えた。

 

「友情と、正義と、愛のために、己の命をかけて戦いなさい。

 そしてむやみに自分を卑下したり、過去にとらわれ歩みを止めたりする事を禁じます…!

 …以上!いかがかしら?」

「……承知しました…!」

 少し俯いたヒュンケルの、頬から落ちた雫は、彼らの胸に輝くアクセサリーと同じ形をしていた。

 一番近くにいた兵士がパチパチと手を叩き出したのを最初に、その拍手の輪が広がっていく。

 ホッとして、とりあえず一番近くにいたダイの頭を撫でた。

 

「あ、グエン!どこにいたの!?」

「ちょっとね。

 どうなる事かと思ったけど、お姫さまが温情のある方で良かった」

「うん!」

 …ある意味、最も残酷な裁きと言えなくもないのだけれど、そこはこの子に言う事じゃない。

 この手の細かい感情や理屈は、もっと大人になってから、自然にわかってくる事であり、むしろ子供のうちは知らないでいて欲しい。

 自分を見上げて笑いかけてくるダイを見つめながらそんな事を思っていたら、そのダイの視線が、わたしから微妙に外れて、わたしの後方に向いた。

 それにつられて振り向いた瞬間、逞しい腕に腰を抱かれていた。

 

「え?……きゃっ!!」

「ヒュンケル!?」

「レオナ姫。

 身に余る温情をいただいたばかりで恐縮だが、もうひとつ望む事がある」

 ヒュンケルはそう言うと、わたしの腰を抱いたまま、もう片方の手で、わたしの帽子を剥ぎ取った。

 大きく尖った耳が、全員の目に晒される。

 考える間もなく手で隠しても、それは全て遅きに失した。

 

「ま、魔族!?」

「魔族だ!!なんでここに…!?」

 その場に瞬時に緊張が走るのがわかる。

 思わず泣きそうになりつつヒュンケルを睨んだが、彼はそれに構わず、更に言葉を発した。

 

「…彼女の名はグエン。

 魔族と人間の混血児で、オレ達人間とひとしくこの地上の民だ。

 魔族の血を引いているというだけで、一部の心無い人々から迫害され、それでも人を憎むことなく、僧侶として人を癒し、神の教えを説き、人の理の中で生きてきた。

 この戦いにおいても、その知恵と、清らかな力とで、オレ達を癒し、救ってくれた。

 姫が閉ざされていた氷を、無力化の封印であると見抜き、最も適切な方法をもってそれを解いたのも、その後フレイザードが倒されるまで、次々と襲いかかるモンスターの群れから姫を守っていたのも彼女だ。

 オレが赦されるというのならば、彼女などは赦しどころか、崇められてもいい。

 どうか彼女を人間として、この地上の民として、受け入れて欲しい。

 どうか…頼む」

 そう言ってようやくわたしを離し、頭を下げるヒュンケルに、わたしは呆然とするしかない。

 

「ヒュンケル…あなた」

「…グエン、といいましたね」

 わたしと、わたしに声をかけてきた王女の声が、重なる。

 

「は、はい、レオナ姫。」

「そんなにかしこまらないで。

 あなたも、勇者ダイの仲間なのでしょう?

 胸を張って、堂々と生きなさい。

 この国にはもう、あなたを魔族だからと言って、貶める人間はいません。

 だってあなたも、私を助けてくれたのですから。

 …ね?」

 王女はそう言ってわたしにウインクした。

 …その美しさと、優しい言葉に、胸が詰まりそうになる。

 だがとりあえず、言わねばならない事だけは、なんとか口にした。

 

「ありがとうございます…レオナ姫。

 それに、ありがとう、ヒュンケル。

 …けど、わたしの帽子、返して」

 手を伸ばしてそれを取り返そうとすると、何故かその手が空を切った。

 

「もう、こんなもの必要はないだろう?

 これからはもう、魔族だという事を隠さなくとも…」

 こんなものとはなんだ!失礼にも程がある!!

 

「それとこれとは別!それお気に入りなんだから!

 素材はパプニカ絹と極上だし、そんじょそこらじゃ見ないくらい可愛いデザインで120ゴールドはお買い得だったけど、それだってシスターの稼ぎじゃ大金だったのよ!!」

 いや、ぽかんとすんな。

 いいから離せというのに。つか、だから握るな!

 シワになるだろうが───ッ!!

 わたしは半泣きになりながら、ヒュンケルのデカくて無骨な手からようやく帽子を奪い返す。

 

「あーもう!やっぱり少しシワになってるじゃん!

 これ、取るの大変なんだからね!

 こうなったらこのパプニカが再興して一般の服を扱うお店が商売再開したら、この街で一番可愛いワンピースをあんたに買ってもらうことにするから、それまでせいぜい稼いで貯金しとけよこの残念イケメン!!」

 怒りに任せて涙目で宣言したと同時に、何故かその場で周囲から大爆笑が起きた。解せぬ。

 

 ☆☆☆

 

「なあ…グエン?」

 人の輪から離れて、とりあえずお料理を少しずつお皿に取ってヒュンケルの隣に戻ったら、ポップに声をかけられた。

 ダイは少し離れたところで、レオナ姫と話をしているようだ。

 

「なあに?」

「おれ、ダイと会う前に、この大陸にあるちっちぇー村に、先生と二人で立ち寄ったんだ」

「…?」

 いきなり、何を言いだすのだろう?

 

「…そん時に、魔王の魔力で凶暴化して攻めてきたモンスターから、命がけで戦って村を守ったのに、その後で追い出されたっていう女の魔族の話を聞いてさ…それってもしかして」

「ねえポップ、これ食べた?」

 …それ以上聞きたくなくて、わたしはポップの口に、なにかの串焼きを無理矢理咥えさせる。

 

「むがっ!?んっ、モグモグ…ん、美味い」

 ポップはちょっとビックリしたようだったが、それでも串を握ってそれを齧り、咀嚼し始めた。

 餌付けしてるみたいでちょっと可愛い。

 

「でしょ?ほら、ヒュンケルも」

 元々、彼の分もと思って持ってきたものだ。

 皿ごと渡すと、少し戸惑いながらも、素直に受け取る。

 

「あ、ああ。済まない…」

「これホント美味しいわね。

 なくならないうちにもう少し貰って、クロコダインにも届けてくるわ!

 じゃ、また後で」

 なんか聞きたくない話を聞かされそうだったポップの側から離れ、わたしは皿を手にしたまま、背中の二人に手を振った。

 

「お、おい、グエン…!」

 ポップの呼ぶ声が聞こえたけど、今はまだ、その話、無理。

 

 ・・・

 

「…ポップ。今の話だが」

「ん?

 ああ…おれも、先生と一緒に話聞いただけなんだけどな。

 ニフラムで敵を全滅させたって話だったし、あいつ僧侶だし、絶対あいつだと思うんだよなぁ」

「…彼女は半分は人間でありながら、魔族の血を引くゆえに、辛酸を舐めてきたそうだ。

 彼女にしてみればそれも、様々な辛苦の中の氷山の一角に過ぎんのだろう…触れてやるな、ポップ」

「そ…そう、か。そうだよな…」

 

 ・・・

 

 食べ物はこれで足りるだろうか。

 飲み物はさっき少し持って行ったが、あんなもんでは全然足りないだろう。

 そう思って、ワインを小樽ごと確保して持って行こうかと考えていたら、今度はバダック老人から声をかけられた。

 

「おお、グエンどの!

 …あの御仁は居らんのか?あの……ワニの」

「クロコダインの事?彼ならば、あっちに…」

 わたしが彼の居場所を教えてやると、酒樽を抱えた兵士が数人、バダック老人に駆け寄って来た。

 

「あの御仁とはウマが合いそうな気がしての。

 一献酌み交わしたいと思って、探しておったんじゃ」

 そういえば、彼はクロコダインの肩に乗せられて塔に登って来ていた。

 いつの間に仲良くなったのだろう。

 けど、クロコダインの姿ではなくその人格を見て、彼を判断してくれる人間がここにいた。

 

「そうなの?友達として、それは嬉しいわ。

 彼、人間を怖がらせてしまうかもしれないと遠慮して、本当は宴にも参加しないと言っていたのを、やっとあそこまで連れてこれたの。

 これからお料理を持っていこうと思っていたのだけれど、あなた方が彼を受け入れてくれるのならば、お任せしてもいいかしら?

 わたしが行くよりその方が、きっと彼は喜ぶと思うわ」

 そう言って、クロコダインの為に取ってきた料理の皿を、兵士の一人に預ける。

 何か泣きたいような、それでいて温かい気持ちが、胸に込み上げてくる気がした。

 クロコダインはわたし以上に、人間と言葉を交わすのが難しい立場だった。

 けど、言葉さえ交わせれば、彼が素晴らしい武人である事は、誰にだってすぐにわかるのだ。

 

 ・・・

 

 …なんか、お尻の辺りに何か当たってる。

 何かと思って振り返ると、確か大魔道士と呼ばれていた小柄な老人が、ニヤニヤ笑いながらわたしのお尻に手を当てていた。

 あまりに堂々としていた為、どう対処していいかわからず固まっていると、大魔道士はいきなり真顔になって、わたしから手を離す。

 

「こうも反応が薄いと面白くねえもんだな」

 いや、ちょっと。

 

「…マトリフ様、ですよね?

 わたしは旅の尼僧で、グエンと申します。

 旅をしながら、様々な事を学んでおり、各地の専門家と呼ばれる方々に、お話を伺う事もしております。

 マトリフ様にも是非、魔法についてのお話をお伺いしたいのですが」

 わたしが言うと、大魔道士はまたニヤリと笑った。

 

「そっちから言ってくれんなら大歓迎だ。

 オレも、おめえにゃ聞きてえ事がある。

 …だが今は無理だ。

 もう出来上がっちまってるから、まともな話はできそうにねえ。

 明日、昼間にでもオレの隠れ家を訪ねて来な」

 そう言ってわたしから離れ、後ろ手に手を振る。

 結構冷静な気もするけど。

 でも戻った先でポップとダイを捕まえてなんか変な鼻歌歌い出したところを見ると、そうでもなかったのかもしれない。

 まあ、酒でも入ってなければ、あんなに堂々と女性のお尻に触るとかしないよな。

 

 ・・・

 

 そろそろお腹もいっぱいになって、眠くもなって来た。

 この状況では、ベッドで寝たいというのは無理な相談だろうと諦めて、一番落ち着けそうなクロコダインのところに行ったら、ヒュンケルが肩から剣を提げてこっちに来ていた。

 周りにはバダックさんや兵士の方々がいいだけ酔って眠りこけている。

 

「ヒュンケル?どうしたの?」

「グエン。

 オレとクロコダインは、これから鬼岩城へ行こうと思ってる」

「鬼岩城?」

 わたしの問いに、クロコダインが頷く。

 

「魔王軍の本拠地だ。ヤツらの動向を探ってくる。

 おまえはどうする?オレ達と来るか?」

 どうやらわたしと合流する前に、二人で話し合って予め決めていた事らしい。

 迷わずうんと言いかけて、さっきマトリフ様と約束してしまった事を思い出す。

 正直、二人と離れるのは心細いのだが、約束をすっぽかすわけにもいくまい。

 わたしがそう言うとヒュンケルが、

 

「そうだな。その方がいい。

 あなたはダイ達の、精神的な支柱になってくれ」

 などと、ちょっとめんどくさい事を言い出した。

 

「いや、そんな大袈裟なものにはなれそうもないけれど」

 わたしが言うと、二人が顔を見合わせてフッと笑った。

 え、なに?

 

「構える必要はないさ。

 おまえはオレ達の時と、同じようにいてくれればそれでいい。

 それで、ダイ達も安心するだろう」

 クロコダインがそう言って、わたしの肩に手を置く。

 

「えっ?」

「オレとクロコダインは、あなたの存在に支えられた。

 …感謝している」

 二人が、そんな風に思っていたなんて。

 むしろわたしの方が、彼らに支えられていたと思うのに。

 その証拠に、一時的にでも彼らと離れると思うと、こんなにも心細い。

 

「そんな顔をするな。今生の別れでもあるまいし」

 そう言って笑うクロコダインの声に、わたしは顔を上げ、頷いた。

 そう思ってもらえるのならば、それに相応しいわたしにならなければいけない。

 そうでなければ、彼らの隣に並ぶ資格なんかない。

 

「わかったわ…いってらっしゃい」

 ちょっと無理に笑って、わたしは二人に手を振った。

 

 しばらくその背中を見送っていたら、二人はマァムにも声をかけられて、同じ事を説明していた。

 しかし、わたしは気付いた。

 別れ際のヒュンケルとマァムの間に、わたしの時にはなかった、切ない感情が溢れている事に。

 ヒュンケルはああ見えて、繊細で考え過ぎるタイプだ。

 アバンの使徒として生きる事を約束させられ、その為に戦う事を自身に課す中で、これからの人生、かつての罪に思い悩む場面はきっとあるだろう。

 その彼の心を、マァムが救ってくれたらいいなと、離れたところから二人を見つめながら、わたしは思っていた。

 

 あ…結局ヒュンケルに、勇者アバンが言っていた事というのを聞きそびれた。まあいいか。




一応今話ラストはせめてもの抵抗。
アタシはヒュンケル×マァム派ではないが、ポップ×メルル派なので、できればマァムはヒュンケルに引き取ってもらいたいと思っている。
だがエイミはダメだ。あの子じゃヒュンケルは救えず、一緒にズルズル落ちてくだけだ。
しかしその点を考えると、グエンとヒュンケルのカップリングでもそこそこアリかもしれんと思い始める。ううむ。悩ましい。


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13・半魔の僧侶は修行をする

グエンさんのチート化と残念が止まらない件。


「インパスを、こういう使い方しようって発想は、どこから来た?」

 約束通りマトリフ様に魔法の講義を受けるべく訪問すると、なんとマトリフ様は、わたしとの約束を覚えていなかった。

 こんな事ならクロコダインやヒュンケルについていけばよかったと思うもアフターフェスティバル、後の祭り。

 まあでも、相手は前魔王戦で勇者と共に戦った伝説の魔法使いだ。

 約束は約束なので、お話を聞かせていただこう。

 と思ったら、わたしの使える魔法の種類について逆に色々質問された。

 特に興味を引いたのは、性能を上げたインパスのようだった。

 そうだろう。

 これはわたし自身が会心の出来だと思っているし。

 …逆に言えば、それ以外が芳しくないんだけど。

 

「まず、赤と青の違いは何かという事を考えて、呪文に赤く反応するのは『害意』ではないかという答えに行き着きました。

 宝箱を配置するのは意思ある者ですし、だとするとその者が触れたモノに、意思のカケラが残っていて、それに反応するのではと。

 トラップなんてものは害意の塊ですし、トラップモンスターなどはそれ自体が害意です」

 わたしの説明を聞き、マトリフ様が腕組みをしながら頷く。

 

「なるほどな…魔力や生命力に反応するのも、そこに意思があるからか。

 しかし、オリジナルの呪文を編み出すならともかく、既に体系化して完成されてる呪文の、そもそも原理から洗い直してわざわざ研究しようなんざ、よくよくの物好きだな。

 しかもそれが魔法使いじゃなく、僧侶だってんだから恐れ入る。

 てめえは尼僧なんかじゃなく、学者にでもなった方が良かったんじゃねえのか?」

 考えたことなくはないけど。

 

「10歳まで修道院で育ったので、自然とそうなっただけです。

 修道院にはわたしを学校に通わせる余裕などありませんでしたし」

 故郷を失った今となっては、この尼僧としての自分自身が、わたしを育ててくれた人たちの形見であると言ってもいい。それに、

 

 “この理不尽な世界を作った存在の、(しもべ)というわけか”

 

 そんな事を言ったあの男への意地もある。

 

「けど、知識を得る事は昔から好きですし、旅を始めてからは生きる為に知識を欲しました。

 魔法の研究はその一貫です。

 ですが、確かに体系化され完成された呪文は特に、わたしの知りたい事が書かれた本は、どこの図書館を探しても見つからなくて。

 インパスはたまたま仮説がうまくハマって、性能を上げる事に成功しましたけれど、他の呪文の研究は、独学だとなかなか進みません」

 わたしがこの人に話を聞きたいと思ったのは、基本的にそれが理由だ。

 

「だろうな。

 完成された呪文に疑問を差し挟むヤツなんざ、そうそう居ねえ。

 研究するヤツ自体が居ねえから、本だってそりゃ無えだろうさ。

 だが魔法ってのはそもそも、そういう疑問や必要性から生まれるもんでな。

 発想力次第で可能性は無限に広がってる。

 その点で、頭でっかちの学者とは違って、てめえは見込みがあるぜ」

 どうやら褒められたらしい。けど。

 

「…その発想力がなくて、使えない呪文もあるのですがね…」

「ん?」

「ルーラです。

 旅の傍ら、メッセンジャーの仕事もしていますので、使えれば便利だと思ったのですが」

 そう説明すると、マトリフ様が眉間に皺を寄せる。

 

「ルーラ?

 てめえは僧侶だからできなくてもおかしかねえが…使えねえ、って事は契約はできたって事か?

 まあ、確かに適性次第で、個人差はあるだろうし、てめえは魔族だしな」

「はい、契約は問題なく。

 イメージの仕方にコツがあるのかと思い、わたしなりに調べてもみたのですけど、イメージ力が重要という記述はあっても、そのイメージの仕方について言及している本が、未だに見つかりません」

 大きな図書館のあるカールでは、4日間通って探したにもかかわらずだ。

 もっとも、カールの図書館は魔法書よりも、むしろ武術書の方が品揃えが充実していた。

 なんて脳筋な国なんだ。

 

「?おかしいな。

 ルーラのイメージなんて、言ってみりゃ、知ってる場所を思い浮かべりゃいいだけだぜ?

 そのイメージができなきゃ仕方ねえが、インパスをサーチ呪文に進化させたてめえに、それができねえとも思えねえ。

 レベルが足りなければ、それに達するまでは使えねえって事も考えられるが、そういうわけでもなさそうだ。

 …フン、まあいい。

 まずはイメージトレーニングだ。

 あの木の上に、瞬間的に飛んでいく自分をイメージしろ。

 それからそのイメージを持ったまま、魔法力を放出する」

「はあ……?」

 魔法力?放出??

 

 ・・・

 

「あのー、マトリフ様?」

「おい、まだ始めて5分も経っちゃいねえだろうが。

 もう少し集中……っ!?」

 わたしを振り返ったマトリフ様は、信じられないものを見るような目でその場に固まった。

 そんな目で見られても困る。

 わたしにだって、なんでこうなったのかわからないのだ。

 …イメージトレーニングで魔法力を放出したら、地面から1メートルくらいのところで浮き上がって、静止してるなんて。

 いや、足を動かせばとりあえず歩けるけど、これはどう考えてもルーラじゃない。

 

「なんか、これ変ですよね?

 なんでこうなっちゃったんでしょう?」

「ばっ…馬鹿かてめえは!!

 ルーラもできねえくせになんで先に、トベルーラができるようになってんだ!」

 マトリフ様の言葉に、わたしは目をみはる。

 

「トベルーラ…これが?」

「そうだ!

 そいつはルーラの応用呪文だから、普通はルーラができるようになってから覚えるもんなんだよ!

 どんだけ非常識なんだてめえは!!」

 なんかすごくひどい事を言われてる気がする。

 けど、その言葉に頭の中で、これまで考えた事のない部分にイメージが繋がった。

 

「ルーラの…応用。魔法力の放出?

 あ!ひょっとして…!!」

 目を閉じて、頭の中でイメージを構築する。

 次に目を開けて、言われた木の上を見る。

 そして。

 

「………ルーラっ!!」

 ビュン!

 わたしの体は一瞬にして、遠くに見えていた木の上に飛んだ。

 

「おおっ!」

「マトリフ様〜!!これでいいんですね〜!?」

 木の上から、マトリフ様に向かって手を振る。

 

「そ、そうだ!だが、一体…」

「ルーラ!!」

 ヒュン!

 また一瞬で、マトリフ様のそばに戻る。

 

「わたし、基本的に勘違いしてました!

 ルーラって、瞬間移動っていうよりは、長距離高速移動の呪文なんですね?

 一瞬でその場から消えて、次の瞬間別な場所に現れてる、みたいなイメージを抱いてたから、発動の仕方がわからなかったんです。

 魔法は確かに、イメージ力が大事ですもんね。

 そのイメージが間違ってたら、まず成功しないって事ですね。

 勉強になりました。

 やはりマトリフ様にお話を伺えて良かったです」

 考えてみればわたしは、ルーラを使っている人を実際に見た事がない。

 一度でも目にした事があれば、すぐに間違いに気がついただろう。

 そんなわたしを、マトリフ様は呆れたように見つめる。

 

「…まあ、古代の呪文の中には、てめえが言うようにその場から消えて、空間の隙間を通って移動する呪文もあるにはある。

 だが基本的にそれは、場所よりも人をイメージしなきゃいけなかった筈だ」

「人を……?」

「そいつは、行きたい場所じゃなく、仲間のいるところへ移動する為の呪文だからよ。

 確か、リリルーラとかいったが、少なくとも、人間の間にゃ契約魔法陣の書き方も伝わってねえ。

 恐らくは、魔族の中でも一部の者が、生まれつき持ってる能力ってカテゴリーなんじゃねえか」

 

 仲間…わたしの、大切な、友達。

 

「…リリルーラ」

 

 ……フッ。

 

 次の瞬間、目の前にヒュンケルとクロコダインがいた。

 

「ッ…!!?」

「グエン…!おまえ、一体どこから…!?」

「あれ、本当に使えちゃった!

 ごめん、驚かせて。新しい呪文の研究中なの。

 じゃ、またね♪リリルーラ!」

 

 ……フッ。

 

 …次の瞬間には、目の前にまた、マトリフ様がいた。

 

「…驚いたな。

 たとえ半分でも、やっぱり魔族って事か。

 魔法の潜在能力が半端ねえ。

 この他にも自覚がねえだけで、本来なら使える筈の呪文があるんじゃねえのか?」

 言いながらマトリフ様が魔法書をめくる。

 

「だといいんですけどね。

 あー…それにしても、時間無駄にしたわ〜…」

「なんだと?」

「あ、今のことじゃなくてですね。

 もっと早くにルーラの使い方がわかってたら、メッセンジャーのアルバイトなんてもっともっと数をこなせて、一日2件とか3件とか届けられた筈だから、今頃はそこそこ金持ちになれてたんじゃないかって思うと…」

「てめえ、僧侶のくせに頭ん中は俗物だよな…」

 呆れたように、ではなく本当に呆れてマトリフ様が、溜め息混じりでわたしに言った。

 うん、一応は自覚してる。

 

「あれ?グエンだ、来てたんだぁ!」

「お、おっす。師匠、修行受けにきたぜ!!」

 唐突に男の子の声が後ろから聴こえて、振り向くとダイとポップが駆け寄ってくるところだった。

 

 ☆☆☆

 

 パプニカ王国は次第に復興しつつあった。

 レオナ姫は伝令を飛ばして領内にある町や村に御触れを出して、自身の生存と勇者達の勝利を大々的に伝えた。

 また領内の町や村に自身がお供付きで出向いては、凱旋キャンペーンを行なった。

 それにより一度は逃げ出した国民達が少しずつ、国へ戻ってきはじめたから、その効果は上々だったと言えよう。

 それとともにレオナ姫は、彼女を救った勇者パーティーの中に、人間以外の種族が混じっていた事、また、改心した魔王軍の軍団長がいた事を、強くアピールする作戦に出た。

 目的は言わずもがな。

 有り難いとは思うのだが、そのキャンペーンの為に、わたしをいちいち連れ回すのは、正直やめて欲しかった。

 

「本当は、クロコダインとヒュンケルも連れて回りたかったのだけど」

 とか言われた時は、あいつらこれを見越してさっさと逃げたんじゃなかろうなと、ちょっとだけ友人達を疑いそうになった。

 

 そして、件のパルナ村に行くと言われた時は、事情を説明してさすがに泣いて同行を断ったのだが、そんなわたしを哀れに思ったらしい三賢者もこぞって反対してくれたにもかかわらず、レオナ姫は許してくれなかった。

 

「だからこそ行くのよ!

 あなたは何にも悪いことはしていないのだから、堂々としてなさい!」

 だそうだ。鬼かこの人は。

 …しかし結果としては、レオナ姫が正しかった。

 気球船から降り立ったわたし達を見た村人達が、

 

「やっぱりシスター・グエンだ!

 ほら見ろ、あの人は悪い人じゃなかった!」

 と口々に叫び出したのだ。

 なんでも、わたしが去った後にこの村に立ち寄った勇者様が、わたしが受けたのは謂れのない誤解だったと保証してくれたという話で、この間のポップの話と合わせると、どうやらその『勇者』こそがかのアバンである事は明らかだった。

 それはそれとして、

 

「グエンは私の命の恩人なのです!

 本当に、本当に本当に、私、感謝しておりますのよ!

 当然ですわ!

 だってグエンは、命懸けで、私を守って、戦ってくれたのですもの!!」

 って、そんな村人達の前でわたしにギュッて抱きつきながら、メッチャ嫌味ったらしく言うのやめてもらっていいですかレオナ姫。

 

「この村のグエン殿に対する仕打ちを耳にして、実のところ一番腹を立てていたのは姫様なんですよ」

 と、こっそりアポロくんが耳打ちしてくれて、あなたの気持ちは痛いほどわかりましたから。

 ……ありがとう。

 

 ・・・

 

 パルナ村には結局一泊する事になり、宿の部屋に篭っていようと思っていたら、ゲッコーさんが会いに来てくれ、いきなりその場で土下座された。

 やめてくれと懇願したらやっと立ち上がってくれたのはいいが、そのシーンをレオナ姫が見ており、なんだかニヤニヤしていた。

 とりあえず棍の稽古をつけてもらう事にして、外で手合わせをしていたら、最近この村に越してきたという、ゲッコーさんの友人だというオミットさんという方が、稽古なら混ぜてくれと声をかけてきた。

 この方は槍術の師範との事なので、槍術と棒術には共通点も多い事から、参考になる技が多々あるかと思い、演武を見せていただいた。

 目にも留まらぬ無数の突きを繰り出す「さみだれ突き」という技が特に印象に残った。

 今は棍を使っているが、強い武器が必要になった場合、武器を変える事も視野に入れなければならない。

 槍ならば戦術を大きく変える事なく使えそうな気がする。

 

 そういえば以前疑問に思った、棍で空が飛べる可能性についてゲッコーさんに質問したら、なんか知らないが二人ともにメッチャ笑われたあとで、オミットさんに、

 

「空は飛べねえが、槍なら雨くらいは避けられるぜ」

 とかなり笑い堪えながら言われた。

 一通り稽古が終わって解散する際、オミットさんに、

 

「俺は、王都でも構わんぞ。

 アンタの暮らしたいところなら、どこでも行ってやる」

 とか言われた。うん、いい人だ。

 

「ありがとうございます。

 では、武器を槍に変えた時は、またご教授願いますね」

 と頭を下げたら、なんとも言えない顔をされた。

 なんかリアクションを間違えただろうか。

 

 次の日、気球船に乗り込んだ際レオナ姫に、

 

「なんて言うか……色々残念よね」

 と溜め息混じりに言われたのだが、はて?

 

 ☆☆☆

 

 パプニカ王都に戻ったその日の夜、勇者パーティーを集めての会議に出席させられた。

 

「このギルドメイン山脈に、魔王軍の拠点があんのか…!」

 地図を指先でなぞりながら、ポップが呟く。

 

「ヒュンケル達が偵察に行ったらしいけど…。

 おれたちは、どうしようか…!!?」

 ダイが言うと、レオナ姫が少し考えてから口を開く。

 

「…今の私たちには、武器も人数も足りなさすぎるわ。

 焦って攻め込むより、力をたくわえる方が先決ね」

 その言葉にわたしも頷く。

 

「そうね。

 少なくとも、ヒュンケルとクロコダインが戻ってからでも遅くはないと思うわ。

 必要ならば、わたしが連れ戻す事は可能だけれど、今はそこまでする必要もないでしょう」

「じゃあ、みんなでどこかに、新しい武器を探しに行こうよっ!!」

 元気いっぱいに提案するダイに、一人を除いた全員が賛成する。

 その一人…マァムは、何やら思いつめた表情で、重い口を開いた。

 

「あのね…みんな。

 私、ずいぶん考えたんだけど…。

 しばらくみんなと…お別れしようと思うの…」

 その表情が、少しだけ泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。




実はグエンのエピソードを考えた際、一番最初に浮かんだのがここの、マトリフ様との修行シーンでした。
特にオチの台詞は、絶対に言わせたかったので、ようやく書けて安心してます。


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14・半魔の僧侶は王女に拉致される

びっくりした…いつのまにか、お気に入り件数が100越えてた…!
皆様ありがとうございます。


 マトリフ様のところで修行を受けていたダイとポップを、マァムがなんだか複雑な表情で陰から見つめていたのは知っていた。

 ついでにマトリフ様がそのマァムにセクハラして撃退されてたのも。

 てゆーか、素面でもこんな事してるのかこの人はと、その時は思っただけだったが。

 

「このままじゃみんなの足手まといになっちゃう…武器での戦いや回復呪文だって、グエンの方がずっと上手いし…」

 どうも『僧侶戦士』というカテゴリーの彼女としては、純粋な『僧侶』であるわたしに、そのどちらの能力も劣っているという事実を目の当たりにして、自身の力の底上げを考えざるを得ないところまで来たという事のようだ。

 まあでも、言わせてもらえば、単なる僧侶でもそれなりに年季が入ってるわけなんで、成長力という点では君ら若者にはまだまだ伸び代はあるし、それほど気にしなくとも…けど、そんな悠長なことを言っていられないのも確かで。

 

「そうね。

 もっと強い攻撃能力がないと、本当に足手まといになりかねないわ」

 これからの戦いはより激化する。

 その事を踏まえてのその決断は確かに正しい。

 レオナ姫の言葉は厳しいけれど、裏を返せばこの戦いで、誰も死んでほしくないという気持ちの現れだった。

 だから、はっきり言い切った彼女の言葉に、一瞬傷ついた表情を浮かべながらも、次には笑って、

 

「あなたのそういうところが好き」

 と返したマァムの、その瞳にもう迷いはなかった。

 

「私…武闘家になろうかなって思ってるの!!」

 確かに、マァムは女の子にしては力が強い。

 マトリフ様を撃退した時の手腕を見て、この子を怒らせるのは絶対にやめようと思った。

 割と大柄な分手足も長いから、それは格闘においては有利になるだろう。

 基本の体術とそれに伴う技などを覚えれば、きっと相当に強くなれる。

 聞けば、彼女の故郷であるロモスの山奥に、武術の神様と呼ばれる人が住んでいるらしい。

 そう聞くとわたしもちょっと会ってみたいと思ったのだが、どうも彼女のコンプレックスを一番刺激したのがわたしらしい事を考えると、さすがにそんな事は言えなかった。

 次の日、マァムは旅立ち、ポップがルーラで送って行った。

 

「ポップはね、マァムの事が好きなんだ」

 ダイの言葉に、そういえばマァムが一時パーティーを離れると言った時に、最後までゴネていたのがポップだった事を思い出して妙に納得した。

 同時に、その恋愛的な「好き」の意味を、ダイは本当に理解してるんだろうかと思った後、そもそもわたし自身が恋をしたことがなかった事に初めて気付いて少し落ち込んだ。

 恋愛経験で十才年下の男の子に負けてるとか。

 帰ってきたポップの顔で、二人きりになっても告白はできなかったのだと一目でわかったが、とりあえず彼には頑張って欲しいと思う…わたしの分まで。

 

 ☆☆☆

 

 マトリフ様にすすめられてスカラの呪文契約をして、成功した。

 しかもレベル的には足りていたらしく、契約してすぐ使えた。

 もう少し経験を積めば、この上位呪文であるスクルトも使えるようになるそうだ。

 

「ところで、防御力を上げるって、具体的には何に対してなんですか?」

「…あ?」

「元々、その人間が持っている肉体の衝撃耐性なのか、それとも、その時点で身につけている防具を強化しているのか…。

 肉体に対して影響を与えるのなら、それは硬度を上げるものではなく、衝撃に対しての反発力と考える事ができますし、防具に対してであれば…」

「オレが知るか。

 そんな事考えんのはてめえくらいだ。

 知りたきゃてめえで検証しろ。

 …ま、わかったら教えろ。オレも興味はある」

 ……いや、ズルイでしょそれは。

 

 結局、マトリフ様にも手伝ってもらい色々検証した結果、普通に発動させた場合、肉体も防具も関係なく、全体を薄皮一枚の魔法力で包み、衝撃を散らす呪文である事がわかった。

 

「もっとも、散らせる力には限りがあり、それ以上の衝撃を与えられれば、普通に傷は負わされる。

 だが、その薄皮一枚が、生死の分かれ目になる事だってあり得るわけだ。

 あと、散らせられんのはあくまでも、物理的な衝撃のみだって事も忘れんな」

「ひょっとして、同じようなかけ方をフバーハでできないものでしょうか?」

「…また妙な事を考えやがるな…その目的は?」

「属性付きの武器しか持ってない時に、同属性の敵と戦うことになった場合、武器の属性が邪魔になる場合があるじゃないですか。

 その場合、武器に呪文をかけて属性を封じ込められれば、無属性の武器と同じダメージを与えられるかな、と」

「…かける事自体は不可能じゃねえだろうが、外からの属性攻撃に対してならともかく、武器そのものが持つ属性を封じ込めるってのは不可能だな。

 それができるってんなら、通常の発動でフバーハの防御壁に守られてる間は、こっちからの属性攻撃もできねえことになっちまう。

 どっちにしろ、通常通りに発動させんのとは、違う集中力が必要になるだろうぜ。」

「魔法は、発想力と集中力、ですか」

「そういうこった」

 うまくはいかないものだ。

 研究する余地はありそうだけど。

 

 ☆☆☆

 

 パプニカ王都の武器屋や防具屋が何軒か店を再開したが、今のところ大した品揃えは期待できないようで、街に武器を見に行ったダイとポップがちょっとがっかりして帰ってきたのだが、ポップの報告によると、防具屋の方は女性用の防具に力を入れ出したとかで、

 

『戦場でも装い美しく!【グエン・モード】続々入荷中!!』

 

というノボリが立てられているそうだ。何それ。

 気になったのでわたしも見に行ってみたら、わたしが身につけてるものに似た旅人の服や帽子や、他に綺麗めだけど防御力的には大した事ない女性用装身具が、ちょっと強気(高め)の値段設定で並べられていた。

 お店の方に話を聞いてみたら、それでも結構売れてるらしい。

 お礼と言われてレースのついたサテンの長手袋をプレゼントされた。

 ラッキー♪

 

 …は、いいのだが、若干基準がおかしな事になっているというか…とりあえずビスチェ系はともかく、「あぶない水着」とか「エッチな下着」まで【グエン・モード】にカテゴライズすんのやめてもらっていいですか。

 わたしはヒュンケルと違って、戦場を半裸で闊歩する趣味はない。

 ごめんなさい言い過ぎました。

 ヒュンケルは別に趣味でやってるわけじゃない。

 それは判っている。

 でも考えてみればなんで半裸だったんだろあの子。

 鎧が破壊されたとは言ってたけど、あの下にアンダースーツみたいの着てたよね?

 …止そう。なんかつっこんだら負けな気がする。

 

 ☆☆☆

 

「あ、グエン!」

 ルーラで城に戻り、充てがわれている部屋に戻ろうと、城の長い廊下を歩いていたら、向かい側からとてとてとダイが走ってきた。

 

「こら。廊下は走っちゃいけません」

 とか言いながら、つい頭を撫でてしまう。

 なんとなくこの子には無意識に、別れた時のラーハルトを重ねてしまっている気がする。

 もっとも、あの時のラーハルトよりも、今のダイの方が、年齢がふたつも上だと聞いた時は驚いたけど。

 この子が小さいのかラーハルトが大きかったのか。

 あの子は魔族の血の方が濃いから後者かも。

 魔族の男性は大体長身のイメージがある。

 まあ個体差はあるだろうけど。

 炎魔塔の下で会った魔族の老人は矮躯だったし。

 

「あは、ごめん。

 ねえ、グエンはベンガーナって行ったことある?」

「ええ、あるわ。

 今着てるこの服が、ベンガーナで買ったものよ?」

「そうなの?じゃあさ、デパートって…」

「ちょっと、ダイ君!

 …ああ、もう!こうなったら仕方ないわ!!

 グエン、貴女も来なさい!!」

「え?えっ!?」

 …なんだかわからないうちに、ダイと話をしていたわたしは、気付けばレオナ姫に拉致されていた。

 ていうか、勇者と王女の二人に手を引かれて、凱旋キャンペーンで散々乗って移動させられた気球船にまた乗せられていた。

 

 ・・・

 

「いいのかい。これって泥棒なんじゃないの?」

 ついでに誘拐です。

 

「王宮のものをあたしが使ってなんで泥棒なのよ。

 いーじゃない!!」

 わたしは王宮の者じゃないので誘拐です。

 

「それとさ、ポップは連れてかないの?」

 勇者が更なる誘拐の教唆すんのやめてください。

 

「あの魔法使い君ね、別にいいんじゃない?

 いてもいなくてもおんなじだと思うけど…!」

 だったらわたしも解放してください。

 

「ああ見えて結構たよれるんだぜ…」

「そうかな?

 ああいうタイプって、仲間(パーティー)がピンチになったら真っ先に逃げ…ちょっとグエン!

 いつまでもそんな隅っこでのの字書いてないで、いい加減あきらめなさいよ!

 あたしだって、こんなに無理矢理連れて来る気なんかなかったけど、ダイ君が計画バラしちゃうんだもの、共犯にするしかなかったのよ!」

 そうですかわたしは被害者ではなく共犯なんですねわかりません。

 …でも、さっきまでの流れからすると、どうやら新しい武器防具はベンガーナで探すという事になったようだ。

 豊かで物が豊富な街だから、わたしもあちらに寄った際にはよく服などを見てまわったものだ。

 食べ物は同じくらい豊かだった時期のパプニカの方が美味しかったけど。

 ふと、視界の端に何か蠢くものが見え、そちらに目をやるとポップがよじ登ってくるところだった。

 どうやらトベルーラでついてきていたらしい。

 考えればわたしも今はルーラが使えるのだから、嫌なら飛んで逃げれば良かったのだ。

 思いつかなかった自分にちょっと愕然としたけどまあいいか。

 この際だから、わたしも久しぶりに、ウインドウショッピングを楽しませてもらおう。

 

 ☆☆☆

 

 ベンガーナ。

 軍備、商業ともに発達したこの王国は、世界一とも言われるその経済力をバックに、豊富な武器、物資によって魔王軍の侵攻を防いでおり、今現在“最も安全な国”と呼ばれている。

 不満な点があるとすれば、この国の国民性なのだろうが、教会の地位が著しく低い。

 毒の治療に訪れるのはたまに訪れる旅人ばかりで、地元の人間はまず立ち寄らない。

 つまり教会業務では稼げないということだ。

 買い物する場所はあるのにそのお金が稼げない。

 これはもはや拷問だと判断して、以前のわたしはいずれ永住する国リストから、そっとこの国を外したのだった。

 

 まあそんな事はどうでもいい。

 パプニカ国内ならばそのままでも出歩けるが、よその国ではやはりまだ魔族の姿を晒すわけにはいかず、わたしはしっかりと帽子を被っているのだが、その帽子が何度も飛ばされそうになるくらい、凄いスピードで走る馬車の上に今はいる。

 なんというか、そろそろ悟りが開けそうな気がしているのは錯覚だろうか。

 

「もっ…もうちょっとスピード落とせよ、姫さんよおっ!!」

 わたしとは対照的に、常識的なツッコミを発しているのはポップ。

 それに対してレオナ姫は、

 

「なんてことないわよ、このぐらい…!」

 と実に豪胆なコメントを返す。

 どういう性格してんだこいつ、と小さくぼやくポップに対し、ダイは少し嬉しそうに笑って言った。

 

「いいんじゃないの?

 おれ、ちょっと安心しちゃったよ。

 …パプニカにいる時のレオナは、みんなをまとめなきゃいけない立場だったから、なんだか冷たい感じがしたもん…。

 今のレオナのほうが生き生きしてて…レオナらしいや…!!」

 どうやらダイはレオナ姫にとって、会った時から素の自分で接することのできる相手だったようだ。

 ダイにとってのレオナ姫が、パプニカの王女などではなく、ひとりの女の子の「レオナ」なのだとすれば、確かにこれまでそつなく王女、まして今や一国の指導者として振る舞う彼女の姿に、違和感を覚えるのは仕方ない事だったろう。

 

「おれたちゃお姫さんのストレス解消のおつきあいってわけかい…」

 その一言を最後に、ポップはぼやくのをやめたようだ。

 うん、ある程度悟ったほうが楽だと思う。

 

 ・・・

 

 そんなこんなで、ベンガーナのデパートに着いた。

 ダイとポップはぽかんとして建物を見つめている。

 

「でっ…でけえ…」

「こっ…この中、みんなお店なの…!?」

 さもありなん。

 わたしも、初めてここに立った時はまさにこんな感じだった。

 …それにしても、やはり世界一豊かな国。

 そこらを歩いている女の子のファッションもメイクも洗練されてる。

 

「さあ、行きましょ!」

 けど、わたし達一行の先頭をスタスタ歩く少女は、そんな都会の女の子達と比べても、格段に美しかった。

 道行く男性がみんな振り返るほどに。

 お忍びなのにこんなに目立っていいのかお姫様。

 

 案内板に従って、まずは服や鎧の店がある5階までエレベーターに乗って行く。

 このエレベーターの中でも少年たちは大騒ぎして、レオナ姫に呆れられていた。

 わたしも以下略。

 

「こりゃすげえや…。

 おれの実家の武器屋の、百倍くらいでかいぜ…」

 ポップが呆然と通路で呟く。

 

「あら、ポップの実家って武器屋さんなの?」

「あ、ああ、おれは継がねえから、多分妹が継ぐと思うけど…って、どうでもいいだろ、そんな事」

 …なんか、あんまり触れられたくなさそうだ。

 自分で言ったくせに。わがまま坊主かお前。

 

「カッコイイな、これ…!」

 あこがれの目で見つめながら、ダイがディスプレイされた鎧に触れる。

 だが、その目が値段の書かれた札に止まった時、あこがれの目が驚きに見開かれた。

 

「うげえっ!!さっ…3800G(ゴールド)…!!」

 触っちゃまずかったかな、と小声で呟きながら、何故かわたしの後ろに隠れる勇者。

 

「ちなみに、今幾らくらい持ってるの?」

「ええと…」

「1500Gってとこかな。

 ロモスの王様に貰ってから、ほとんど使ってないから」

 代わりに答えたポップの言葉に、わたしは首をひねる。

 

「それじゃ、鋼鉄(はがね)の剣一本がせいぜいってところね。

 あなたの場合、最優先なのは剣のようだし、ならば防具までは無理なんじゃないかしら」

「えっ、マジ!?結構大金だと思ってたのに!!」

「ええっ!?武器や防具ってそんなに高いの!?」

 …うん、そんな気がしていた。

 けど、武器屋の息子がここにいるのに、ここまでものの値段に無頓着なのはいかがなものか。と、

 

「ダイ君、5000Gまでならどれ買ってもいいわよ」

 と、実に太っ腹なレオナ姫の声がして、少年たち二人がずっこけた。

 本人も大量の服の山を手にして、試着室に入ろうとしてるけど。

 

「そ、そんなに…」

「これは試着するやつよ。

 全部買うんじゃないの…」

「そーゆー意味じゃなくてだなっ…そんなに金持ってんのかって事だよ!!」

 ポップの言葉に、レオナ姫は優雅に微笑み、ウインクまでしつつ答える。

 

「平気よ!!

 パプニカの金属や布は、すっごく高値で売れるのよ。

 あたしのこのドレスを売れば、2〜30000Gにはなるわよ!」

 やはり最高級のパプニカ絹か。

 30000Gを着て歩いてたのかこの娘。

 ケタが違う…というポップの呟きに、ごもっともと思うしかない。

 スポンサー様々。

 どうする?とわたしとポップを見上げたダイに、ポップが答える。

 

「おれはいいよ。

 武器もマントも師匠からもらったからさ」

「わたしは見てるだけで充分よ」

 品揃え的には、以前見た時とそう変わらないようだ。

 だとすれば、今のところわたしの欲しいものはない。

 あったとしても自分で買うし。

 

「じゃあやっぱり、これ…」

「あ、これだけはやめときましょ、ダイ。

 ヒュンケルくらいの背丈があるならまだしも、あなたの体格じゃみっともないだけだわ」

 ダイがさっき見ていた3800Gの鎧を指差したのを、わたしは一言のもとに切り捨てた。

 

「ええ〜〜っ!?」

 そんな顔したってダメ。

 強引に連れてこられたとはいえ、わたしが一緒に来ている以上、勇者様にみっともない格好はさせられない。

 勇者一行のファッションリーダーとしての使命に、わたしは拳を握りしめた。




ヒュンケルがフレイザード戦の後で「半裸だった」事に関しては完全にアタシのミスです。
いや、原作通りなら半裸で間違いないんですが、ここでのヒュンケルはマグマから救助された後、『手当て』ではなく『呪文治療』されてるので、アンダースーツは脱がされてなかった筈なんです。自分でちゃんとそう意識して書いたのをすっかり忘れてて、宴のシーンのグエンの回想でそういう事になってました。
まあ、鎧が破壊された際のフレイザードの拳に、炎でも纏ってたくらいの話にしといてください。


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15・半魔の僧侶は買い物をする

「ま、まさか、あれが実在したなんて…」
「知っているのか、グエン?」
「いや、たいして知らないけど」


 念の為その『騎士の鎧』を試着させてもらい、ダイ自身に着心地を確認させた。

 

「…うん。これじゃダメだ。動きづらくって」

「でしょwwwwww」

 うん、まあ、なにげにカワイイけどね。

 正直、このゴツい鎧を着て、こんなに可愛くなる人がいるとは思わなかった。

 

「ねえねえねえっ!これどうかな!」

「こんなカッコした賢者がどこにおるかっ!!」

 もうひとつの試着室から出てきたレオナ姫は、鼻血押さえたポップにつっこまれてる。

 ええ、いくらなんでも踊り子の服着て戦う賢者とか、わたしもないと思います。

 更にその自分の格好棚上げして、ダイの方指差して大笑いしてるとかどんだけですか。

 あとゴメン。

 実はわたし、デザインは違うけどソレ持ってる。

 わたしの場合被り物必須なんで、耳を隠せる形状の冠を被る為、それに合わせたジャラジャラ系のやつだけど。

 旅をしてると、奉納舞とか言って雨乞いの儀式とかに参加させられる事があるんだよ。

 舞踏なんて習った事ないけど、わたしの拙い踊りでも結構喜んでもらえたよ。

 主に男性に。

 

 ・・・

 

 それはさておき。

 

「ねえ、この銀の胸当てなんてどう?

 軽くて動きは妨げないし、防御力もこのクラスなら申し分なし。

 何より、それなりに格好いいと思うのだけど」

 銀が魔除けになるというのは迷信だが、信仰的に未だに信じられている地域もある。

 だから格式ある場での儀礼用に使っている国もあるとか。

 更に銀の持ち味はそのくすみ具合にあり、細かな装飾がそれで際立って、なかなかに風格の漂うデザインだ。

 わたしが示したそれを見つめるダイのキラキラした瞳とほっぺに差した赤みが、一目見て気に入ったともう言っていた。

 

「うん!それにす…」

「ならば、見てなさいダイ。

 ここでの買い物には、ちょっとしたコツがあるのよ」

 こちらに歩み寄ってくる若い店員を視界の端に捉えながら、わたしはダイに目配せをする。

 

「いらっしゃいませ。

 そちらの銀の胸当てをお求めですか?」

 話しかけられて、わたしはほんの少しだけ迷った顔を見せる。

 

「そうねえ。でも、お高いんでしょう?」

「ところがですね!

 本日はセールを行なっておりまして、通常ならば5000Gのこの品が、本日ならなんと3割引の3500G!!

 お買い得ですよ!」

 うん、一応値段は見て知ってるけど。

 

「そうねえ。

 でも他のものも揃えたいから、もう少し下がらないものかしら。

 この子、重装備ができないから、色々難しいの」

「うーん…これはセール価格なもので」

「あら、残念。

 ならせめて、これとセットにしていただけないかしら」

「そちらの銀のリストは、540Gのお品です」

「でしたら3800Gではいかがかしら?

 セット購入って事でこちらも3割引で378G、できれば細かいのは切り捨ててもらって、合計で3800G」

「…少々お待ちください」

 若い店員が奥に引っ込んで行くのを見計らって、そのタイミングでシンプルな幅広の、丸い石のついたサークレットを二つ指し示し、ダイに意見を伺う。

 片方は赤、もう片方は青い石。

 値札はどちらも、ちょうど1000G。

 

「ダイ、これとこれなら、どっちが好き?」

「え?どっちって言われたら、青い方…ねえ、グエン」

「…お待たせいたしました。

 上の者と相談いたしましたところ、銀の胸当てと銀のリスト、両方のお買い上げで3900Gまででしたら勉強させて…」

「ごめんなさい、これも欲しいわ。

 合わせて4500Gでどうかしら!?」

「しょ、少々お待ちください!」

 若い店員はもう一度奥に駆けていき、わたしは更に、今度は丈夫そうな850Gの脛当てを持ってきてダイの足に合わせる。

 

「足の方は…これでいいかしら?

 ちょっと歩いて…重たくない?」

「全然大丈夫。あのさ、グエン」

「お待たせいたしました。

 銀の胸当て、銀のリスト、サークレットと3点のお買い上げなら、4600Gまでならお値下げでき…」

 次に出てきた年嵩の店員に向かって、わたしはトドメとばかりに、笑顔で言った。

 

「度々ごめんなさい。

 良い品物が多くて、欲しいものが次々出てきちゃう。

 この鉄のグリーブも買うから、5000Gじゃダメかしら!?」

 どうやら先ほどの店員が相談に行っていたのはこの店員らしい。

 ならば、彼の裁量で即決してくれるだろう。

 駄目なら…足りない分はわたしが出してもいいか。

 

「…承知いたしました。

 では、その4点のお買い上げで、ちょうど5000Gいただきます。

 ありがとうございました」

 よぉし、勝った。

 

 ・・・

 

「凄え…」

 レオナ姫から預かったお金で支払いを終えて戻ると、ポップがドン引きした顔で呟いた。

 

「さあ、次は武器ね♪」

 それに構わず、わたしは達成感に満ちたまま、レオナ姫の装備が決まるのを待っていた…女の子の買い物が長いのは仕方ないの!

 

「いいのかなあ…なんか、申し訳ない気が…」

 試着室を借りて、新しい装備に身を包んだダイが、か細い声でわたしに言う。

 どうも、表示価格よりかなり値切った事が気になっているようだ。

 

「なに言ってるの。

 むこうだって値切られること前提で価格設定してるの。

 この銀の胸当ては元値が5000Gって言ってるけど、こんなのカールで買えば3200Gの品物よ。

 もっとも輸送の段階で人件費がかかってるから、その上乗せもあるのでしょうけど、それにしたってぼったくり過ぎだし、それでトータルで考えれば、多くても550程度の値引きにしかなっていないわよ。

 わたしなんかまだ良心的な客だと思うわ」

 …いや、だから何なのよふたりともその白目は。

 

 ・・・

 

 レオナ姫の装備も整ったところで、今度は武器を求めて一階下へ階段で降りる。

「ウフフ、カッコイイわよダイ君」

「ほんと!?エヘヘ、ありがとう。

 レオナもすっごく可愛いよ!」

 

 …なんなんだこの小さいバカップル。

 まあ微笑ましいっちゃ微笑ましいけど、25歳の独身女にはいささか目の毒だ。

 おもに、ピュア過ぎて。

 

「…なんでだろう。口の中が甘ェ」

「…あなたもそう思って?わたしもよ」

 苦笑しながらのポップの呟きに、わたしも同調した。

 

「あらっ!?なにかしら、あの人だかり…」

 4階に降りると、売場の中心に特設会場が設けてあり、覗いてみると手甲型の武器が、白い布のかけられた台の上に置かれていた。それは。

 

「ド、ドラゴンキラー…!!」

「ドラゴンキラーって…まさか、あの!?」

 それを目にして、わたしは思わず目をみはった。

 本で読んだことはあるが実物を見たのは初めてだ。

 ドラゴンの皮膚は、鋼鉄より硬いと言われている。

 ドラゴンキラーとは、そのドラゴンの鱗をも切り裂くという武器である。

 カールの図書館にあった武器防具大全というシリーズでは、かつてドラゴンに愛する人を殺された武器職人が、対ドラゴンに特化した属性を付与した剣を、魂を込めて打ち上げたと書かれていた。

 その恋人の血を混ぜた水を、鉄を冷却するために使ったのだという。

 だがその武器職人は、それを打ち終わった後、それを掲げて笑いながら息絶えたとか。

 それをもとに後世の武器職人が研究を重ねて、より効率的な形にしたのがこのドラゴンキラーという武器であるらしい。

 …その話、その本にしか載ってなかったから、多分創作だと思うけど。

 そもそもその『本当は怖い武器防具大全』って本、わたしが以前売り払ったモンスター図鑑と同じ出版元から出されてたし。

 そのドラゴンキラーだが今日のこれは一点物で、オークションが行われるらしい。

 相場としては15000G以上の品物。

 子供の小遣いじゃ買えない、と周囲の客たちに笑われて、カチンときたレオナ姫が、オークションの参加を決める。

 レオナ姫の手持ちが16000G、ダイとポップの虎の子が1500G、わたしのお財布の中にも一応は1800Gほどはある。

 あとここにはゴールド銀行があるから、貯金を下ろせばあと5000Gは工面できなくもないけど、できればこれはいざという時のために手をつけたくない。

 主に、ここに滞在する必要が生じた時の為に。

 何せこの国は宿泊費が結構高い。

 稼げるあてがない以上、お金は残しておきたい。

 一応、わたしの老後の為にとそれなりにコツコツ貯めてきたお金でもあるし。

 …欲しい服と食べたいモノは我慢しないのが信条だから、それほどの金額じゃないのが悲しいけど。

 鼻息荒いレオナ姫を止めようかどうしようか迷っていたら、後ろからしわがれた声が、

 

「やめといで…!!」

 と声をかけてきた。

 見れば背の低い老婆と、ポップとそう変わらないくらいの若い女の子。

 声をかけてきたのは、勿論老婆の方だろう。

 ぽかんと見返すわたし達に、老婆は再び口を開く。

 

「…自分の力量以上の武器をつけて、強くなった気になりたいバカの仲間入りなどおよしと言ったのよ…大金払ってさ…!」

 その言葉に反応したのは、話しかけられていたわたし達ではなく、周りの客たちだった。

 

「なっ…なんだとぉ!?このババア!!

 そりゃあオレたちのことか…!?」

「へっ…他に誰がいるんだい…!!」

 戦士みたいな男たちもいる中、老婆は臆することなく平然と言い放つ。

 いきり立つ男たちが、老婆にくってかかろうとした時、可愛らしい声が割って入った。

 

「おやめください、おばあさま!

 皆さん…すみません。祖母は口が悪くて…」

 か弱い少女がペコペコと頭を下げるのに、それ以上言い募れる野蛮人はギリ居ないようだった。

 

「…フン。

 あたしゃ思った通りを言ったまでだよ…!!」

 この老婆と旅をするのはさぞ気苦労が多かろう。

 少女は老婆の背を押して、その場から去っていった。

 …てゆーか、この人たち、ここに何の用で来ていたんだろう?

 どこをどう見ても、武器が必要な人種には見えなかったのだけど。

 

「占い師、みたいだったわね…」

 確かにいでたちはそんな感じだった。

 けど、こんな信仰心の低い国で、占い師なんてやっていて稼げるんだろうか。

 でも若い女の子の方は、綺麗な顔をしていたけど垢抜けない印象があり、この国の女の子ではないと一目でわかる。

 わたしと同じように、あちこち旅をしてまわっていて、たまたまこの国に来ていただけかも。

 だとすると商売のチャンスを求めて、人が集まるところに来たというだけで、武器にはやはり用はなかったんだろう。

 …そのチャンスも老婆がぶち壊したけどな。

 

「…あっちの若いほうの()は、ちょっと美人だったよな…!」

 その彼女の後ろ姿を見送りながら、ポップが少し顔を赤らめて言う。

 …ポップ、あなたマァムの事が好きなんじゃないの?

 確かに綺麗だけど、マァムとは真逆のタイプに見えるんだけどな。

 男の子はよくわからない。

 

 ☆☆☆

 

 オークションが始まり、あっという間にレオナ姫の持ち金16000Gを越えた。

 だが、どうもこの姫様は熱くなるタイプらしく、見るからにお金持ちって感じの商人とまだ競り合っている。

 その商人が18000Gを提示したあたりで、ポップとダイが動揺し始め、その様子に商人がほくそ笑んでるのが見えた。

 全員ポーカーフェイスが保ててないから、この勝負まず勝てっこない。

 諦めて他の、もっと安い剣でも買った方がいい。

 わたしはそっとオークション会場から離れ、ゴールド銀行でお金を下ろすと、通常の販売スペースで、剣のコーナーを見てまわった。

 どうせオークションは負けるだろうから、今は立て替えて後で返してもらおう。

 

「破邪の剣、3500Gね…」

「いらっしゃいませ!そちらをお求めですか?」

「まだ決められないけど、良さそうな剣ね」

「そりゃもう!

 …勿論、あちらの会場で出されてるものには及びませんが、値段の割に使い勝手のいい剣ですよ。

 …実は私個人としても、若干思い入れのある剣でして。

 というか、オークションの間は、こっちにお客様は来ないと思っておりましたので、こうして見る目のある方がいらしてくれたのは嬉しいですね。

 もしお買い上げいただけるのでしたら、3000Gまででしたら、こっそりお値下げ致しますよ?

 …お姉さん美人だし」

「いただくわ♪」

 即決。カールの武器屋に並んでいた同じものと値段は変わらないし、その上で500も値下げしてくれ、しかも上の防具屋と比べて、元の値段を釣り上げた上での値引きなんてあこぎな真似をしていないところが気に入った。

 決して美人と言われて気を良くしたからではない。

 

 ・・・

 

 いい買い物をしてみんなのところに戻ったら、件の商人が嬉しそうにドラゴンキラーを手にしていた。

 やはりオークションは彼の勝利に終わったようだ。

 そして我らが姫様は「んもう〜っ!」とか言いながらスライムのゴメちゃんを、掴んでみょーんと伸ばしていた。

 あ、羨ましい。わたしもそれやりたい。

 てゆーか以前やろうとして逃げられて以来、あの子わたしに近寄ってこない。

 

「あ、グエン!どこ行ってたの?」

 ダイがわたしに気づいて駆け寄ってきたので、今買ったばかりの剣を渡す。

 

「買っといたわ。

 ドラゴンキラーには及ばないけど、そこそこいい剣よ」

「ありがとう、グエン!」

 その瞬間、デパートの建物が揺れた。

 

「地震…!?」

 さっきまで悔しそうにしていたレオナ姫が呟き、

 

「たっ…大変だあ、あれを見ろっ!!」

 という声につられて窓の外を見ると、ドラゴンの群れが、外の町を襲っているところだった。

 

(ドラゴン)の軍団…!!!

 あれが…超竜軍団っていうやつか…!?」

 という事は、魔王軍の襲撃という事か。

 ここは世界一安全な国ではなかったのだろうか。




ダイの装備は、見た目の印象は『騎士の鎧のパーツ』とそれほど変わりませんが、防御力は一応、鎧並にはあるという設定です。
それでもパプニカの布には負けてるという恐ろしい事態。
なんてこった。


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16・半魔の僧侶は窮地に陥る

大口叩いてピンチに陥る残念ヒロイン。
忘れてるかもしれんがお前僧侶だからな。


「ヒドラが一匹…ドラゴンが…2…3…4…5匹…!!」

「こっちへ向かってくるぜっ!!」

 海岸の護りを固めるベンガーナ軍自慢の大砲を、呆気なく蹴散して上陸してきたドラゴンの群れ。

 それは一歩ごとに町を、建物を踏み、なぎ倒しながら、確実にこのデパートに向かって来ていた。

 

「ほかのモンスターと違って、ドラゴンだけはシャレにならねえ!」

 オークションに参加していた戦士風の客たちが叫ぶ。

 かつては神の眷属と呼ばれ、数々の伝説を残す存在は、今この瞬間リアルな形で、人々の心に新たな恐怖を植え付けていた。

 神と肩を並べる叡智を誇っていた筈の、だが今やモンスターの一種族でしかないドラゴンは、それでも人間の意識の中でまだ別格なのだ。

 

「おめえ、ドラゴンキラーを買ったんだろ!

 そいつでなんとか追っ払えよ!!!」

「あ…アホな事言わんといてや!!

 これは財テクの為に買うたんや!!

 わいは戦いなんか、まるでできへんねん!!」

 更なるデパートの客たちの怒鳴り声が響く。

 うん、知ってた。

 

「けっ…情けねぇの…」

 思わず口に出てしまったのだろうが、そのポップの言葉を少しだけ嗜める。

 

「仕方ないわ。

 この国は豊かな物資の恩恵で安全が保たれてきた。

 そこで生きてる人たちに、戦いの経験なんてある筈がない」

「だな。

 …とは言ったものの…おれたちもどうする!?

 確かにドラゴンがあんなにたくさんじゃ、少々分が悪いぜ…」

 ポップの言葉に、レオナ姫が少し考えてから、ハッキリと言う。

 

「戦いましょう!戦うべきだわ!

 もしかしたらあの(ドラゴン)たちは、私たちを狙って上陸してきたのかもしれないし…それに今、私たちが時間をかせがなきゃ、このデパートのお客は全滅しちゃうわ!!」

 一度は滅ぼされたとはいえ、やはり一国の王。

 レオナ姫の、民を守りたいという信念は揺るがない。

 それがたとえ自国の民でなくとも、また、先ほどまで自分たちを侮っていた相手であってもだ。

 それを聞いてポップの目が、戦う男のそれに変わる瞬間を、確かに見た。

 

「…よっしゃ!」

 気合い声を発しながら窓の枠木の上に立つ。

 

「…お姫さんよ、ちょっとあんたを見直したぜ。

 やっぱ、人の上に立つ人間は、キメる時ゃキメるんだな…!!」

「…あたしはまだキミを見直してないわよ…!」

「…まあ見てな!」

 レオナ姫の憎まれ口に、不敵に笑ってそう答えるポップは、本当は怖くないわけではないのだろう。

 けど、精一杯強がって、その強さを本物にしようとしてる。

 人間は確かに弱い。けど、強くなれる。

 わたしはそんな人間と共に生きていこうと決めた。

 …そうだな。わたしも腹をくくらねば。

 ポップばかりにいいカッコはさせられない。

 

「ダイ、ドラゴンどもはおれに任せとけ!

 おめえは…」

「じゃあポップはドラゴン5匹、わたしがヒドラを足止めする!!

 倒そうと思わなくていいわ。

 まずはお客さんと店員さん達の避難誘導をする時間を、わたしとポップで稼ぎましょう。

 避難誘導はダイとレオナ姫にお願いするわ!」

「なんであんたが仕切ってんだよ!いいけどよ!!」

 とりあえず一言つっこんでくれてから、ポップは窓枠を蹴って飛び立った。

 

「待ってよ、おれも…!」

 戦う、というダイの言葉を、わたしは指先で制する。

 

「万一建物が損壊してお客や店員さんが閉じ込められた場合、救助できる人が要るわ。

 レオナ姫一人でできるとも思えないし、そうなったらわたしも役には立たない。

 だからまずは姫を守りなさい。

 わたしの方も、一人じゃ時間稼ぎが手一杯だろうから、全員の避難が済んだら、駆けつけてくれると嬉しいわ!」

 わたしの言葉に、ようやく納得してくれたのか、ダイが頷いた。

 

「…わかった!」

「さあみんな、早くここから逃げるのよ!!」

 レオナ姫の凛とした指示が、フロアに響いた。

 

 ・・・

 

「スカラ!フバーハ!そんでトベルーラ!!」

 補助呪文を自身にかけてから、棍を構えてヒドラに向かう。

 

「氷結乱撃ッ!!」

 まずは先制攻撃。ヒドラの注意を建物から逸らす事にする。

 こいつ首が5つあるから、その全部の注意を引きつけなきゃいけない。

 こっちに攻撃しながら建物に炎吐くとか平気で出来るって事だから。

 けど、生物的な効率はあまりいい生き物とは言えない気がする。

 頭が5つあるって事は自我が5つに対して身体はひとつ。

 本人?同士が意見を異にした場合、身体の使用権の指揮系統で混乱しそうなんだけど?

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 地上ではポップが、ギリギリまで引きつけたドラゴンの初撃を躱し、すごい速さで逃げ出す…と見せかけて追いかけさせているのが見えた。

 なるほど。

 とりあえずある程度建物から引き離して、そこで始末する気ね…わたしもそれに倣うようにして、少しずつ攻撃を繰り返しながら、ヒドラをなるべく建物から引き離していく。

 思った通りわたしの力と、棍という刃を持たない武器では、ドラゴン属に与えられるダメージは皆無と言っていい。

 けどそれなりに癇には障るようで、全部の首の注意がわたしに向き始める。

 今はこれでいい。わたしは時間を稼ぐだけでいい。

 もう少ししたらダイが加勢に来てくれる筈。

 ひとつの首が炎を吐き、別の首が噛みつこうとしてくる。

 その噛みつき攻撃をなんとか躱し、身に纏った薄皮一枚のフバーハが、皮膚に到達する前に炎を散らしてくれる。

 そして冷静に観察すると、一度に攻撃してくるのは5つの首のなかの2つだけだという事に気付いた。

 そしてそれは常に物理攻撃と炎のセットで、どちらかを両方が仕掛けてくる事はどうやらない。

 問題は、どの2つがそうしてくるのかが、事前にわからないって事だけど…。

 

「バギマッ!!」

 ダメージ自体は表面を掠める程度しか与えられないのはわかっているが、風で全部の首の動きを封じてしまえばいい。

 物理攻撃ができなくなれば、奴の攻撃手段は炎を吐くしかない。

 そして炎は、標的がわたしだけならばフバーハで遮断できる。

 魔力で風の動きを調整し、身体の動きを止めてから、全部の首を一箇所に纏めて絡みつかせる。

 それにより思うように動けなくなったヒドラは、苛立ったような咆哮をあげた。

 ダイが居れば一般市民の避難誘導にそれほどの時間はかかるまい。

 このまま拘束し続けている間にダイが駆けつけて来てくれれば、いくらヒドラが強いモンスターだろうと倒せないなんて事はなかろう。

 と、身体の中心から、魔力の波濤を感じた。

 魔力暴走の兆しか。

 だとすれば、普段なら使えないあの呪文が使えるかも。

 後から考えるとその一瞬、わたしは確実に欲を出していた。

 自分の力でこのヒドラを、倒せるのではと思ってしまった。

 溢れ出す魔力を両手に乗せて、その両腕をクロスさせる。

 

「バギクロ……!!」

 呪文は、最後まで詠唱しきれなかった。

 瞬間、何もない空間から、大きな鎌が出現した。

 それは正確に、わたしの首を狙って迫ってきて、反射的に身を躱す。

 鎌の一撃から辛うじて逃れたわたしの手から、放たれなかった魔力が霧散した。

 

「しまっ……!!!!」

 魔力による拘束から解放されたヒドラは、怒り狂ってわたしに首を伸ばしてくる。空中で体勢を崩していたわたしは、一瞬で全身を、その長い首に巻きつかれ、締め上げられた。

 スカラで散らせる衝撃力には限りがあり、それ以上の力は普通に通ってしまう。

 この締め上げる圧力は充分にその「それ以上の力」に相当した。

 

「ウッ……アアァァ─────ッ!!」

 全身の骨が、ミシミシと軋むのが判った。

 

 れ…冷静に考えろ。

 とりあえずリリルーラで脱出…ダメだ、コイツの身体がこれだけ密着している以上、リリルーラをしてもコイツごと移動するだけだ。

 というよりそもそもこの状態でイメージが頭に描けないから、呪文の発動そのものが不可能っ……!

 

 わたしを締め上げている以外の首が次々と炎を吐いて、周囲の建物に被害を与える。

 …気が遠くなる。どこかで女の子の声が叫んでる。

 

「お願い、ママを助けて…!!」

 薄く目を開けて声の方向を見ると、倒壊した建物の破片と思しき大きな岩のそばで、小さな女の子と、先ほど見かけた占い師の少女が、それを持ち上げようとしている。

 ひょっとして小さな女の子の母親が、その下敷きになっているのか?

 更にそれに気付いたレオナ姫と、デパートの客も数人、そちらに駆け寄っていくところだった。

 待って、その事態が予想できたからダイを残してきているのに、そのダイは何をしているの!?

 

「グエンッ!!」

 聞き覚えのある声がして、反射的にそちらに目を向けると、炎を吐こうとするヒドラに、ダイが立ち向かっているところだった。

 そうか、わたしのせいだ。

 この子はわたしを助けようとしているんだ。

 意識なんか失ってる場合じゃない。

 

 ☆☆☆

 

 ドラゴンの攻撃を躱しながらも、奴らを引きつけて遠くまで導く。

 ようやく邪魔の入らなさそうな広い場所まで逃げてきて、そろそろ始末をつけようと、おれは空中で静止した。

 

「こんなごっつい奴らと、一匹一匹やりあってたら勝負にならねえや」

 ある程度の高さがないとドラゴンの炎が届くし、この後使う呪文に自分が巻き込まれる恐れがある。

 しかし、ドラゴンから見える位置に居ないと、奴らはおれを諦めて街の方に戻りかねないので、そこらへんの兼ね合いは大切だ。

 この辺でいいか。

 師匠からもらった『輝きの杖』を握りしめ、そこに魔法力を集める。

 魔法力の昂まりと共に、ジャキン!と音を立てて杖の柄が少し伸びた。

 

「…大地に眠る力強き精霊たちよ…今こそ我が声に耳を傾けたまえ………重圧呪文(ベタン)!!!!」

 詠唱と共に、魔法力をドラゴンたちに『投げ落とす』。

 おれの魔法力は強力な重力の磁場となり、ドラゴンの巨大な体を圧し潰した。

 

「や…やりいっ……あらっ!!?」

 フッと力が抜ける感覚があり、次の瞬間、おれの体は地面に落下した。

 

「あ…痛っっ…」

 どうやら今ので魔法力が尽きて、トベルーラを維持できなくなったらしい。

 もっと高度に居たら死んでるところだ。

 危ねえ危ねえ。

 ふとドラゴンたちの居た方に目をやると、自然法則を無視した重力の負荷が地面までもを割り、奴らの体は半分くらい、その地面の土に埋もれている。

 

「すっげえ…!

 さすが大魔道士マトリフ直伝の呪文だぜ…お陰で魔法力を使い果たしちまったけどな…ハハハハハッ…!」

 なんていうか、ホッとして乾いた笑いしか出てこない。

 ていうか、ちょっと体がふらついてる。

 今はいいとして、この後はもう少し、魔法力を上げる修行が必要だな。

 だが安心したのもつかの間。

 ドォン!!

 おれの全部の魔法力を込めて潰された筈のドラゴンの群れの中から、2頭が目を覚まして、おれの目の前で立ち上がった。

 

「ハァッ!?」

 修行は確かに必要だ。だが、今は間に合わない。

 

 ☆☆☆

 

 まだ無事な建物の壁や店の看板などを足がかりに跳躍して、ダイが放った大地斬は、その勢いがそのまま剣に跳ね返り、握った破邪の剣ごと彼の身体を弾き返した。

 新しい剣でこれならば、古い剣のままなら折れていた事だろう。

 衝撃を受け止めそこねた掌から、剣が弾かれて地面に落ちる。

 更に空中で体勢を崩した無防備なところに追撃の炎が吐かれる。

 あわや全身火だるまになるところをレオナ姫がヒャドを放ち、すんでのところで勇者の丸焼きは避けられたが、やはりダメージは少なくない。

 そして間の悪い事に、その場面に最悪の闖入者の存在があった。

 

「ドッ…ドラゴンだあっ!!!」

「姫さんすまねえっ!

 2匹ばかりしくじっちまったっ!!」

 5匹のドラゴンを担当してくれていた筈のポップが、歩くことすらままならない様子で叫ぶ。

 岩をどけるのに協力していた客達が逃げ出し、レオナ姫にドラゴンの牙が迫る。

 

「レオナ───ッ!!」

 瞬間、叫んだ勇者の身体が光に包まれた。

 

 使えない筈のトベルーラを、わたしやポップでもまだ至らないような猛スピードで駆使し、あっという間にレオナ姫の前まで飛んで、襲いかかるドラゴンに蹴りを入れる。

 それによりのびたドラゴンの尾を掴み、もう1匹が襲いかかってくるのに合わせて、その小さな身体で投げ飛ばす。

 そこに間を置かず爆裂呪文(イオラ)をぶつけると、2匹のドラゴンが呆気なく、血飛沫をあげて砕け散った。

 同じようにして、女の子達が持ち上げようとしていた岩を砕く。

 次にその場から飛び立ったダイは、わたしに巻きついたヒドラの頭に飛びついた。

 

「うおおおおお───ッ!!!」

 気合い声と共に、ダイを包む輝きが激しくなる。

 よく見ればその輝きは、ダイの額から発せられているらしい。

 フレイザード戦の後で塔に登ってきて、わたしとレオナ姫を助けてくれた時と同じ文様が、その額にまた浮き出ている。

 その輝きが最高潮に達した瞬間、ダイが掴んだヒドラの頭は、下顎から上の部分を引き千切られ、断末魔と血飛沫をあげていた。

 

 加わっていた圧力が弛み、わたしの身体が宙に投げ出される。

 そのわたしを空中で抱きとめ、一旦地上に降り立ったダイは、そこでわたしを下ろすと、

 

「…早く逃げろッ!」

 と、普段見せない厳しい目をして言い放った。

 …その瞬間、何故かまた、あの男の顔が脳裏に浮かび、背筋がぞくりとした。

 いや、何故かは、認めたくないが判っていた。

 ダイが今発している空気は、あの日心ならずもラーハルトを預けたあの男が内側に圧しこめていた、どこか獣を思わせる匂いに酷似していた。

 あの男も、姿形は人間とほぼ変わらなかった。

 ひょっとしたらダイはあの男と同じ種族で、人間ではないのかもしれない。

 そんな想いが一瞬頭を掠めた。

 

「グエン、無事!?怪我人がいるの!」

 わたしをその場に残して、ヒドラとまた戦うべく飛び出して行ったダイの背中を呆然と見つめていたら、レオナ姫がそう声をかけてきて、慌てて自分にホイミをかけてから、そちらに向かって駆け出す。

 

「おばあさま!あの紋章は、まさしく…!!」

「ウム…まさかこの目で拝めるとは…伝説の、(ドラゴン)の騎士さまの戦いを…!!」

 と、さっきの占い師の少女と祖母が、一点を見つめて身を震わせながら、そんな言葉を紡いでいる。

 その視線の先には、ヒドラに向かっていくダイの姿があった。

 

 まあでもそんなことより、と怪我をしているという女性に向かって手を翳そうとしたら、その側の少女の顔が明らかに引きつった。

 

「ひっ……!!」

 その目は真っ直ぐにわたしを見ており、わたしは反射的に頭に手をやる。

 案の定、帽子はどこぞに飛んでいっており、魔族の耳が完全に露わになっていた。

 ひとつため息を吐いて、なるべく穏やかに言う。

 

「…わたしを怖がるのは構わないけど、回復呪文だけはかけさせて。

 でないとあなたのお母さん、本当に死ぬわよ?」

 わたしの言葉に、少女はビクッと身をすくませたが、次には表情はそのままに、こくこくと頷いた。

 

 ダイは縦横無尽に飛び回っては、次々に襲いかかるヒドラの首に、拳や蹴りを放つ。

 少しずつダメージは与えているようだが、剣を取り落とした無手のままでは、やはり限界がある。

 いずれ疲労が蓄積して動きが鈍れば、たちまちヒドラに捕らえられてしまうだろう。

 少女の母親にベホマをかけて傷を治療した後、どこかに落ちたダイの剣を探した。

 インパスを唱えて指の三角窓を覗き、青い光を頼りになんとか発見する。

 ついでにわたしの棍も発見したが、帽子は見つけることができなかった。

 多分だがわたしの身体を離れた途端、奴の吐く炎に焼かれたのだろう。許すまじ。

 あとはどうやって近寄ろうかと思っていたら、不意に地面の下を一瞬だけ、赤い光が横切った気がした。なんだ?

 だがダイは地面に落ちていた武器、さっきの商人が落としていったドラゴンキラーを見つけると、右腕に装着していた。

 額からの輝きがまた強くなる。彼は両腕を広げて跳躍すると、一斉に向かってくるヒドラの長い首をかいくぐり、その身体にドラゴンキラーを突き立てた。

 鋼鉄よりも硬い鱗が易々と貫かれ、飛沫(しぶ)いた竜の血がダイの身体を濡らす。

 ダイはそこから休む事なく指先を天に向け、そこに集めた魔法力が、天の怒りを引き寄せた。

 

「ライデイ─────ン!!!!!」

 体内に直接電撃を撃ち込まれたヒドラは、しばらくビクビクと身体を震わせたあと、その巨体を大地に落として絶命した。

 

 同時に、ダイの身体から輝きが消える。

 危なげなく地に降り立ったダイは、なぜかまったくの無表情でこちらに歩いてきた。

 

「や、やったなダイ。すごかったじゃねぇか」

 少しだけ顔を引きつらせて、ポップがダイの肩を叩く。

 その瞬間、ようやく自分を取り戻したようにダイが顔を上げた。

 一瞬周りを見回した後、先ほど母親を助けようとしていた少女に目を止め、笑いかける。

 

「…大丈夫だった?」

 だが、少女は先ほどわたしに対した時と同じように、否、それ以上に引きつった表情を浮かべダイを見て、レオナ姫の後ろに身を隠す。

 

「こわあい!!お兄ちゃんこわいよおっ!!!」

 …よく見れば少女だけではなく、わたし達勇者パーティー以外のそこにいる全員が、同じ目でダイを見つめていた。

 

「なんでみんな、おれのことをそんな目で見るんだよ…!」

 …その視線は、わたしにとってはある意味馴染んだものだ。

 だが彼にとってはそうじゃない。

 それ以上その視線に彼を晒す事に耐えきれず、わたしは周囲の人たちを睨みつけながら、ダイを引き寄せて抱きしめる。と、

 

「キミが人間じゃないからさ…!

 キミのあまりに人間離れした戦いを見てビビっちゃったのさ。

 勝手な奴らだよねえ、人間って」

 どこからか不気味な声が聞こえ、全員が声の出どころを探し始める。

 

「誰だっ!!?どこにいやがる!!?」

「…そこだっ!!」

 ダイはわたしの腕から離れ、手にしたままだったドラゴンキラーを、近くの壁に撃ちつけた。

 その壁から、まるで沼の水面ででもあるかのように手が出てきて、突き刺さったドラゴンキラーを抜き取る。

 

「…ボクの名は、キルバーン。

 クチの悪い友達は、“死神”なんて呼ぶけどね」

 含み笑いのような声を上げながら、壁の中から姿を現したのは、その声そのもののような仮面をつけた、体格と声からは男のようだが、どこか無機質な空気を感じさせる人物?だった。




原作よりちょっと戦闘描写がえぐかったかもしれん。
正直すまんかった。


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17・半魔の僧侶は勇者を泣かす

 死神・キルバーン。

 別にそんなもの所持しちゃいないが、確かに鎌なんか持ってるイメージが、その男にはしっくりきた。

 ん……鎌!?ちょっと待って。

 

「そこの魔族のオネエサンは、人間のそういうトコロ、よくわかってそうだけどねぇ…。

 そんなところに立ってるより、こっちに来た方が長生きできるんじゃないのかな?

 ウフフフ…! 」

「……っ!!」

 仮面の下からくぐもった声が、揶揄うように嗤う。

 黙れと言いたかったが、妙な威圧感に口が開かなかった。

 我ながら情けない事だ。

 というか、そいつは何も言っていないが、判ってしまった。

 ヒドラにバギクロスを唱えようとした時、邪魔をしたあの大鎌は、恐らくこいつの仕掛けた攻撃だ。

 そして登場の仕方を見る限り、インパスに一瞬反応した、地面の下を走った『害意』、あれも恐らくこいつなのだろう。

 

「おまえが超竜軍団の軍団長か!!?」

 ダイがそいつに向かって問う。

 

「軍団長…?

 ウフフッ、ボクはそんなに偉かないよ…。

 ただの、使い魔さ」

 芝居掛かった仕草で大きく首を横に振りながら、その男が答えた。

 

「実は魔王軍でも、キミの正体が話題になっていてねェ、超竜軍団から竜を借りて、ボクがキミの正体を見極める事になったのさ。

 おかげでキミの、本当の姿を見ることができたよ、フフフッ…」

 言いながらキルバーンは、出てきた時と同じように壁の中に潜っていく。

 先ほどダイが投げ放ったドラゴンキラーを、無造作に投げ捨てて。

 

「ま…待てっ!!

 おれの…おれの本当の姿ってなんだ…!!?」

 含みを持たせた言葉に、ダイが反応する。

 そのキルバーンの潜る動きが、顔だけ残した状態で一瞬止まった。

 

「ああ、そうだ。

 近い将来、本物の超竜軍団長が現れると思うよ。

 キミを地獄へ誘うために、ね。

 お楽しみに…ウフフフフッ…」

 含み笑いだけを残して、キルバーンは消える。

 ふと、奴が放り投げていったドラゴンキラーに、見るともなしに目をやると、ドラゴンの鋼鉄の皮膚すら貫くその武器が、強い酸にでも晒されたように、地面の上で融け始めた。

 

「使い魔なんてとんでもねえ…おっそろしい野郎だぜ…!!」

 ポップの呟きに、その場の誰もがただ息を呑んだ。

 

 ・・・

 

「…そう言えばあなたたち、ダイ君のことを“(ドラゴン)の騎士”って呼んでたわね」

 レオナ姫が発言した事で我に返り、彼女が話しかけている方に目を向ける。

 そこにいたのはさっきの、祖母と孫らしき占い師の二人。

 

「…いかにも。その方こそ我が祖国の伝説に記された、(ドラゴン)の騎士に相違ない…!」

「…(ドラゴン)の…騎士…!!?」

 自身を指し示されたダイが、鸚鵡返しに言葉を紡いだ。

 

 ☆☆☆

 

 国民五十人足らず、もはや王国とは名ばかりのテラン王国に、馬車でやってきたわたし達は、この国に伝わる『(ドラゴン)の騎士』の伝説についてのお話を、ナバラさんより伺う事になった。

 ナバラさんとは、わたし達が出会った占い師の、祖母の方である。

 実は以前この周辺の町を訪れた際にお名前だけは聞いた事がある、有名な占い師の先生だった。

 せっかくだから是非お訪ねしようと思ったのだが、国を離れてしまったから今はどこにいるかわからないと言われて残念に思っていたのに、まさか偶然お会いできるとは思わなかった。

 そしてこんな偏屈なバ…御老女だとは。

 ちなみにポップ言うところの『ちょっと美人』な孫娘の名前はメルルという。

 年齢はポップと同じ15歳で、ぱっと見には落ち着いた雰囲気に見えたが、ちょっと人見知りらしい。

 しかも男性慣れしていないらしく、ポップに話しかけられて答えつつ、ちょいちょい噛んでるのが実に可愛らしかった。

 ダイは道中押し黙ったまま、なにか考え込んでしまっている様子だった。

 とりあえずわたしがベンガーナの屋台で買った、衣をつけて揚げたジャガイモを切り分けて、スティックで口の前に差し出してやると、難しい顔をしたまま一応は食べてくれたのでそのまま食べさせ続けた。

 お腹が空いてると考えもまとまりませんからね、ええ。

 そんな様子をレオナ姫がじっと見て、やはりなにか考え込んでいたが、こっちはダイとは違う事のような気がする。

 そんなこんなでたどり着いたテランの、大きな湖の前にわたし達は立っていた。

 湖の中央に小島があり、そこへは埋め立てて作ったような道が繋がっていて歩いて渡れるようだ。

 その小島に、何か祠のようなものが見える。

 

「きれいね…」

「しかし、なんかさびしいねえ。

 王国っていうより、村だぜ、こりゃ」

 ポップの言葉にナバラさんが睨むように振り返ったが、その言葉に間違ったところはない。

 このテランはベンガーナの隣国だが、その在り方は対極に位置する。

 ベンガーナが徹底的な物質主義を貫いている国民性であるのに対し、テランはどこか病的なまでに精神主義に傾いており、文化レベルは最低と言っていい。

 ベンガーナとテランの民の最も端的な違いは、何か問題が発生した場合、ベンガーナ人ならば迷わずその問題に対し、どのような道具を使って解決するかを考えるのに対し、テラン人はまず神に祈る、という具合だ。

 故に教会の地位は隣のベンガーナとは比べものにならないくらい高いが、質素倹約を旨とする教会や修道院でさえ、ここでの暮らしには窮する有様。

 挙げ句の果てに、国として立つ事を完全に諦めたとすら思える、当代の王による武器や道具の開発禁止令の事は、初めて聞いた時は狂気の沙汰としか思えなかった。

 魔王軍の侵攻がない時代でも人々は身を守る必要がある。

 野生動物や野良モンスターの存在もあろうし、盗賊や山賊などの危険もまた常世のものだ。

 自身の身を守る武器も道具もなく、だからといって民を守る警護隊や屈強な軍隊が組織されているわけでもないこんな場所で、人々が安心して暮らしていけるわけがない。

 神に祈ることしかできない善良でか弱い人々は、それを狙う悪意にさらされれば容易く、その餌食となってしまう。

 もっとも平和主義を掲げるこの国としては、隣国であるベンガーナに危険視される事こそを恐れたのだろうが、平和主義の国で平和に暮らせないなど、理論から既に破綻しているわけで。

 民の平和な生活という点に関して、豊かな物資に加え軍事面にも力を入れているベンガーナの方がより確実にそれを体現している。

 結局のところ『平和である』ということは『力の均衡が保たれている』状態に他ならないのだ。

 とにかくそんなわけでこの国は、それによりあっという間に衰退した。

 その衰退により侵略価値を失ったこの国が、ベンガーナに吸収されることも、魔王軍の侵攻を受ける事もなく済んでいるのは皮肉なことではあるが、少なくとも暮らしやすいとはお世辞にも言えないこの国は、わたしの定住リストには最初(はな)からない。

 

「国民がたった50人しかいないんじゃ、占い師は商売あがったりだよ」

 なるほど。

 それがナバラさん達が国を出た理由か。

 神秘を重んじる国民性は、彼女達の存在を重く見ていてもおかしくなさそうだが、確かにこの有様では王城に囲い込まれでもしない限り、日々の糧を得るのも大変そうだ。

 もっとも、その王城の生活を、この老婆が受け入れるかどうかも怪しいけど。

 

「でも…私は好きだわ。この静かな故郷が…」

 可愛らしい、静かな声でメルルが言うのを、ナバラさんがこの子は変わり者だと笑いながらも、その目には愛情がこもっている。と、

 

「ナバラさん!

 この国のどこに、おれの正体を知る手がかりがあるんですか?

 早く…早く教えてください!!」

 ダイが、はたから見ても身を震わせながら言う。

 

「おいおい、何を焦ってんだよ、ダイ…!」

「焦っちゃ悪いのかっ!!?」

 若干空気読めない感じでポップがダイの肩を叩くと、ダイが珍しく声を荒げ、その手を払いのけた。

 やってしまってから自分で気付き、自分がそうされたかのようにしゅんとする。

 

「…ご、ごめん。

 でもおれ…一刻も早く知りたいんだ。

 自分が、一体何者なのか…」

「ついといで…」

 ナバラさんとメルルが歩き出すのは、やはりあの祠に向かってだ。

 黙って2人について行き、祠の柱の間から覗くと、そこには竜の像が置かれていた。

 そして、その台座には…。

 

「こっ…この紋章は…!!?」

 そこに刻まれているのは紛れもなく、ダイの額に時々浮かぶ文様と同じもの。

 

「これが(ドラゴン)の紋章だよ」

(ドラゴン)の紋章…」

 そういえば、なにかで読んだことがある気がする。

 わたしが見たのは額に紋章を持つ勇者が、天の怒りを呼び覚まし、怪物(モンスター)の襲撃から人々を守ったとかいう、お伽話のような話だったが。

 そういえばダイはヒドラとの戦いの際、電撃呪文(ライデイン)を使っていた。

 電撃呪文(ライデイン)は勇者の呪文であるという常識がまかり通っているからあまり疑問には思わなかったが、ここでいう天の怒りとは、まさにその電撃呪文の事だったのではないだろうか。

 

「これが…おれの額に浮き出る紋章と…!!?」

「ええ…そっくりだわ」

 ダイに問われ、レオナ姫が頷く。

 

「テランは竜の神をたたえる国。

 そしてこの紋章は、竜の神の力の顕れとして敬われ、恐れられているんだ…。

 そして、その紋章を額に抱く者こそ…!」

(ドラゴン)の…騎士かっ…!!?」

 雰囲気に呑まれたようにポップがナバラさんの言葉の後を続け、そこにレオナ姫が問いかけた。

 

(ドラゴン)の騎士って、いったいどんな人種なの!?」

 …それはわたしも気になるところだ。

 あの紋章が浮かんだ時に感じた、ダイのあの男に酷似した気。

 あの男は、人間ではないとはっきりとわかったし、そう見抜いたわたしの言葉に否定をしなかった。

 あの男とダイが同族であるならば…。

 

「…人かどうかは、わかりません」

 メルルが控えめに告げた言葉に、ダイが目を見開く。

 

「私たちは“神の使い”として受け取っています。

 伝説によれば(ドラゴン)の騎士様は、すさまじい力を誇り、あらゆる呪文を使いこなし、天と地と海をも味方に変え、全てを滅ぼす者とされているのです…」

(ドラゴン)の騎士様が、救世主なのか破壊者なのかはわからない。

 …ただ竜の神の生まれ変わりの如き強さを持っている事しか記されていないんだ。

 だけど…」

 ナバラさんが、湖に向かって指をさす。

 

「…この湖の底には、誰も近寄ることを許されない神殿があるんだよ。

 竜の神の魂が眠る場所として、テランの聖域と化したところがね…!

 もし坊やが本当に(ドラゴン)の騎士様に関係があるとしたら、その神殿に立ち入り、何かの手がかりを得られるかもしれない…!!」

 

 …ダイは湖を、睨むように見つめている。

 その瞳には、ほんの少し、迷いが見えた。

 

 ・・・

 

「…おれ、今まで自分が何者かなんて、考えたことがなかった…」

 一人で行くと言って湖のそばに立ち、そのまま飛び込むかと思ったダイが、そこで足を止める。

 ポップとレオナ姫は何か言いかけたようだったが、ダイはそちらに目を向けぬまま、言葉を続けた。

 

「…だって、島は怪物(モンスター)ばっかりだったし…じいちゃんは怒ってばかりだったけど、たまにはすごく優しくしてくれたし…それにみんな、おれが人間だからって…怪物(モンスター)じゃないからって、仲間はずれにしたりしなかった…」

 小さな肩が震えている。

 

「…でも…人間は、おれが人間じゃないと…仲良くしてくれないんだよね」

「そうね。その通りだわ」

 本当は、こんな事は言いたくない。

 けど、敢えてわたしは同意した。

 

「グエン!?」

 レオナ姫が、何を言うんだと言わんばかりに、振り返ってわたしを睨むのがわかったが、構わずわたしは言葉を続ける。

 

「人間って、基本、弱いのよ。

 だからこそ徒党を組んで、自分たちが危険と判断した相手は、徹底的に排除にかかるの。

 昨日までは仲良くしてくれてた人間が、わたしが魔族だとわかった途端に、掌を返したみたいに冷たくなるなんて、しょっちゅうよ。

 命の危険にだって晒されたことがあるわ。

 …けど、その気持ちは、わたしにだってわかる。

 誰だって、知らないものは怖いのよ。

 わたしだって初めてクロコダインと会った時は、彼を怖いと思ったもの。

 けど、少し言葉を交わせば、彼が高潔な武人であると、誰にだって理解できる。

 勿論今は、かけがえのない友人と思っているわ。

 …理解して、安心してもらうには、言葉を交さなければ駄目なの。

 けど逆に、言葉さえ交わせれば、いつかは分かり合える。

 わたしは、そう思って生きてきたし、それが正しい事だと、今は確信してる。

 その確信が得られたのは、あなたがいたからよ、ダイ」

 その心に言葉を届けようと、わたしは彼の肩を掴んでこちらを向かせ、彼の目を真っ直ぐ見つめながら言った。

 

「おれが……!?」

「ええ。

 だって、わたしがクロコダインやヒュンケルと友達になれたのは、あなたが彼らを許してくれたからだもの。

 あなたは、クロコダインがモンスターである事も、ヒュンケルがパプニカを滅ぼした事も、わたしが魔族である事も、なにひとつ構わずに受け入れてくれたじゃない。

 …それとも、本当は嫌だった?

 ダイはわたしのこと、嫌い!?」

 わたしの言葉に、ダイは間髪いれずに答えてくれる。

 

「そんなわけない!

 おれ、グエンのこと大好きだよ!」

 ダイがそう言った瞬間に、レオナ姫がなんとも言えない表情を浮かべたが、今はつっこんでいる時ではない。

 

「ありがとー♪わたしもダイの事大好きよ」

 努めて明るく言いながら、ダイの身体を抱きしめる。

 

「…心配しなくてもいい。

 あなたがダイである限り、わたしも、ポップも、レオナ姫も、みんなあなたが大好きだから。

 …わたし達に嫌われたくないって、思ってたんでしょ?」

「…!」

 この反応からすると、図星のようだ。

 彼の気持ちは、わたしが通ってきた道だ。

 おねーさんには、わかってますよ。

 

「ダイの正体がなんであっても、ダイの事をもっと知れるなら、わたしは嬉しいわ。

 戻ったらいっぱい言葉を交わして、もっともっと仲良くなりましょう!」

「…グエン」

 わたしを見返した瞳が潤んでる。

 どうやら言葉は届いているようだ。

 と、わたし達のやり取りを見ていたレオナ姫が、突然わたしとダイの間に割り込んで、言った。

 

「あ…あたしだって大好きよ、ダイ君!

 この中であたしが一番最初に知り合ったんだもの、グエンには負けてないんだから!!」

「え…レオナ?」

 続いてポップもわたしを押しのけるように入ってきて、ダイの肩を掴んでぐらぐらと揺らす。

 

「くだらねえ事気にすんなバカ野郎!

 おれとおまえとは友達じゃねえか!

 仲間じゃねえか!!

 グエンに先に言われちまったけど、おまえの正体が化け物だって構わねえ!

 そんなの関係ねえんだよ!!」

「ポップ…!!」

 とうとう、その瞳から、透明な雫が溢れ出る。

 その目がもう一度わたしに向いたのを見計らって、わたしはダイに向けてウインクした。

 

「…ね?だから安心して、行ってらっしゃい」

「……うん!行ってきます!!」

 溢れた雫を拳で拭ってから、勇者は元気よく答えると、大きく息を吸い込んでから湖に飛び込んだ。




皆さま、良いお年を。


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18・半魔の僧侶は命の恩人と再会する

あけましておめでとうございます。
なんか知らんけど少しの間ランキング入りしてたっぽいです。
皆さま、ありがとうございます。

…でも実は閲覧数の急激な伸び方に恐怖も感じて、チワワの如く震えていたというね。
やったねグエンちゃん!お気に入りと同時に低評価が増えるよ(爆


 わたしはダイの不安な気持ちがよくわかってたから、あの場で一人で行くというダイを、心の中まで一人にしたくなかった。

 その気持ちに寄り添えるのは、ここにいる中でわたしだけだと思ったから、思った事を口にした。

 

『あなたはダイ達の精神的な支柱になってくれ』

 別れ際のヒュンケルの言葉が、今になって理解できる。

 ダイは、勇者と呼ばれてはいてもまだ子供だ。

 すぐには受け止められない現実だってある。

 ダイだけじゃない。ポップやレオナ姫だって、本来ならまだまだ親の庇護のもとにあるべき年齢だ。

 それが急いで大人にならなければいけないのは、明らかに大人が無力なせいで。

 ならばせめて、その心の支えくらいにはなれなければ、何の為に歳だけくってるのかわからないじゃない。

 だから…

 

「…ったく、おれの言いたかった事、全部先に言っちまうんだもんな、グエンは」

「結局一番いいところを、グエンが持ってっちゃったわねー。

 なんかズルイわよねー」

 …二人とも、そんなジト目で睨むのやめてもらっていいですか。

 

「ポップさん…」

 ほら、そっちでメルルが不穏な空気にハラハラしながら見てるじゃない。

 そんな事よりダイの心配してよ、頼むから。

 わたしはどうしたって一歩先から声をかけるしかできない。

 ダイと同じ目線でものを言えるのは、やっぱりあなた達だけなんだから。

 

 ☆☆☆

 

【まぎれもない…汝は(ドラゴン)の騎士だ】

(ドラゴン)の騎士とは、竜の神と、魔の神と、人の神…三柱により遥かな太古に生み出された、究極の生物】

 (ドラゴン)の騎士しか立ち入れぬという竜の神殿で、言葉を発する水晶が語る言葉に、小さな勇者は震えを禁じ得なかった。

 だがその戦慄も長くは続かず、突然現れた闖入者に破られる。

 ダイは一瞬のうちに感じ取った。

 この男との戦いが、かつてない死闘になろうと。

 

「超竜軍団長…バラン」

 そう名乗った背の高い男に、不思議な感覚を覚えつつも身構える。

 

【この神殿に立ち入れたということは、この男も(ドラゴン)の騎士?

 ありえない。

 同じ時代に、2人の(ドラゴン)の騎士が現れることなど、絶対に…】

 水晶が何やら言っているが、その言葉も耳には入らない。

 魔王軍の軍団長がこの場に現れた意味。

 自分を倒しにきたとしか思えなかった。だが、

 

「聞いた筈だ、あの竜水晶から、自分が(ドラゴン)の騎士であるという事を…おまえの力が…欲しい…!!」

 何を言われているのかわからない。

 狼狽えるダイに、男は言葉を続ける。

 

「私の部下になれ!

 ともに人間どもの世界を滅ぼすのだ!!」

 (ドラゴン)の騎士…それは世界を粛清する存在。

 この世を治めていた人間と魔族と竜が、それぞれの覇権をめぐり争う事を疎んだその三種の神が作り上げた究極の戦士。

 いずれかの種族が世界を我が物にせんとした時、それを滅ぼし天罰を与える事こそ、(ドラゴン)の騎士の使命。

 

「だったら大魔王バーンの方が悪いじゃないか!!?」

 そう説明する男に、ダイはそう訴える。

 その理屈ならどう考えても、(ドラゴン)の騎士が滅ぼすべきは大魔王バーンの側としか思えなかった。

 

「悪いのは人間だ。

 バーン様は世界の平和のために、人間を滅ぼそうとなさっているのだ」

 だが(バラン)は、バーンに与する事こそ(ドラゴン)の騎士本来の使命と断言する。

 

「おれは誰がなんと言おうと人間の味方だっ!!

 アバン先生の生命を奪った魔王軍の手下なんかに、死んでもなるもんかあっ!!」

 言ってダイは、その亡き師の必殺技を放つ。

 だが、先の戦いで完成をみた筈の必殺技(アバンストラッシュ)は、バランの軽装にすら見える鎧の胸元に、僅かにヒビを生じさせたに過ぎなかった。

 バランが無造作に、剣を持つダイの右腕を掴む。

 

「できれば傷つけたくは無かったが…おまえがそういう気持ちならば…、

 力づくでも連れて帰るぞっ!!!」

 バランの額に、先ほど自身のものと同じだと教えられた、“(ドラゴン)の紋章”が輝いたのを、ダイは見た。

 

 ☆☆☆

 

 ダイが帰ってくるのを、今か今かと待っていたわたし達は、見守っていたその湖の底から大きな渦が巻き起こるのを見て、何事か起こっているのにようやく気がついた。

 

「……いる…!!

 凄まじい力を持った何かが…この下に…!!」

 青ざめた顔でメルルが、両掌で頭を抱え、震えながら言った。

 瞬間、湖面に水柱が立つ。

 

「あ、あれを見て!!ダイ君が…!!」

 レオナ姫が指差す方に目をやると、確かに勢いよく噴き上がった水が引いた先に、ダイの小さな身体が見える。

 このままでは自由落下に従い、高い位置から地面に叩きつけられると判断して、わたしはトベルーラを発動させてダイのもとまで飛んだ。

 落ちてくる彼の身体を空中で抱きとめる。

 右手に握っている剣が、この僅かな時間のうちに戦闘があった事を示していた。

 地面に降り立ち、駆け寄ってきたポップとレオナ姫に彼を託して、上空に現れた闘気の塊に、わたしは棍を構えた。

 瞬間、ハッとして立ちすくむ。

 わたしの視線に気づいたポップ達がやはりそちらに目を向けて、やはり驚愕の声を上げた。

 そこに、空中に立っている男は、額にダイと同じ紋章を輝かせながら、わたし達全員を睨みつけている。

 

「あの男も…(ドラゴン)の騎士…!!?」

「あ…あいつは魔王軍だ!!

 魔王軍の超竜軍団長…バラン…!!」

 剣を支えに立ち上がりながら、ダイが仲間達に告げる。

 

「魔王軍にも(ドラゴン)の騎士がいたのかよ!?」

「そんなはずは…伝説によると(ドラゴン)の騎士は、この世にただ一人しか現れない筈です」

 メルルの言葉を訝しんでいる間に、男は空中から地面に降りてきた。

 

「…そう、この私こそこの時代、ただ一人の…

 真の(ドラゴン)の騎士だ!」

 鎧の胸元にヒビが入っているのは、ダイの攻撃の跡だろうか。

 背が高い。黒髪。

 憎悪や怒り、昏い感情を孕んだ目。

 人間と変わらぬ姿をしていながら、どこか獣を思わせる気。

 …風貌は少しだけ老けたかもしれない。

 無理もない、あの当時でわたしが13だったのだから、あれから12年経っているのだ。

 あの当時で30そこそこだったのなら、今は40代前半のはずだ。

 目の前に現れた『(ドラゴン)の騎士』は、間違いなくあの男だった。

 それが、ダイを見据えて(ドラゴン)の騎士の使命とやらを説く。

 それは人間を滅ぼす事だと。

 

「おまえが成長し、(ドラゴン)の力に目覚めはじめるにつれ、人間はおまえを恐れ、疎み、迫害をはじめるだろう!!

 その時、地獄の苦しみを味わうのはおまえなのだぞ!!」

 その言葉に、ダイの瞳が揺れる。だが、

 

「…その問題は、既に話し合い済みよ。

 彼を惑わせないで」

 ダイを背中から抱きしめてわたしは、どうやらバランという名前らしい、その男を睨みつけた。

 

「グエン!?危ないよ、下がってて…」

「……君は…!!?あの時の少女か。

 確か名は、グエナヴィアといったな。

 …無事に生き抜いたか。大きくなったものだ」

 あの時、わたしは彼に、自身の名を名乗った記憶はない。

 わたしの名はラーハルトから聞いたのだろう。

 だから通称ではなく本名なのだろうし。

 そんなわたしとバランのやり取りに、ポップが驚いたように問う。

 

「な、なんだよグエン!知り合いかよ!?」

「……命の恩人よ、一応ね。

 まさか、魔王軍だとは思わなかったけれど」

 この男が魔王軍にいるという事は、もしかして。

 

「相変わらず、人間に希望を抱いているのだな。

 その甘さでこの年齢まで生きてこられたのは立派だが、その過程で得た生きる力を、人間に利用されているだけと、なぜ判らぬ。

 用が済めば、再び迫害が始まるだけだぞ」

 バランは、むしろ優しいとも言えるような口調でわたしに言った。

 それにレオナ姫とポップが反論する。

 

「利用なんて!

 私たちとグエンは、心から信頼し合う仲間だわ!」

「そうだ!ダイもグエンもおれたちの仲間だぜ!!

 たとえ正体がなんだろうと、迫害なんかするもんかいっ!!」

「…ポップ…!」

「…たしかに、人間にはそういうところがある。

 けど、言葉を交わし合えば、彼らは認めてくれるわ。

 あなたが言うような、夢物語ではない。

 そうでなければ、わたしは生きてこれなかった」

 そしてその道は、ダイが照らしてくれたのだ。

 

「問答をするつもりはない。

 …グエナヴィア、そこをどけ。

 君もできれば傷つけたくはない」

「だったらあなたが退()きなさい!

 ダイはわたし達の仲間よ。

 彼の意志を無視して連れて行こうとするなら、彼の為にわたしは戦うわ!」

 ポップと二人、ダイを背中に庇って、武器を構える。

 

「あくまで私の邪魔をするというのならば、『もう1人の息子』の大切な者とて、容赦はせん」

「…!!?」

 バランの気が、僅かに膨れ上がる。ポップが一歩前に進み出て、レオナ姫に指示を出した。

 

「姫さん!ダイをベホマで回復してやってくれっ!!

 その調子じゃロクに戦えないぜ!

 こ…こいつは、おれがなんとか…!!」

「…身のほどを知らぬ奴というのは哀れだな…。

 死にたくなければそこをどけ」

「どくかよおっ!!離れてろグエン!重圧呪文(ベタン)ッ!!!!」

 ポップの指示に従い、わたしはトベルーラで距離を取る。

 瞬間バランの周囲に重力の力場が発生し、その足元の地面が割れた。

 これは確かマトリフ様の創作呪文(オリジナル・スペル)だ。

 先日お訪ねした際に説明は受けたが、どうも複数の攻撃呪文の適性がないと習得できないものであるらしく、わたしは「おめえにゃ無理だ」と一蹴されていたのだが、ポップはどうやら教えてもらっていたらしい。

 

「初めて会った時にゃ『あんな弱そうな魔法使い、オレがなんとかしてやらんと死ぬ』とか思ったもんだが、どうにも素質だけはありやがる。

 気性的なもんで伸び悩んでるが、壁を越えさえすりゃあ、あの若さで伸び代もあるし、大化けする可能性は充分あるぞ。

 ああ、オレがこう言ってた事は、ポップには内緒だぜ。

 あの野郎、褒めると調子に乗りやがるからよ」

 とこっそり教えてくれたのは、贔屓目ではなかったようだ。

 …だが、普通の人間ならば押し潰されてペシャンコになっていてもおかしくないその力場の中を、少し歩きにくそうにしながらもバランは歩を進めてくる。

 

「ドッ…ドラゴン数匹をしとめたおれの最大呪文が…足止め程度にしかならないなんて…!!!」

「…竜の群を束ねる軍団長が、ドラゴンより弱いとでも思ったか…?」

 そしてまた、バランの気が膨れ上がる。

 それも今度は止まる事なく。

 

「ひっ…姫さん!!急げっ!!」

「そんな事言われても、一瞬で完全に回復しないわ!」

「うわあああっ…じゅ、呪文がやぶられるッ!!!」

「くっ……フバーハ!!」

 わたしが辛うじて防御壁を完成させたと同時に、バランの周囲の力場が破壊され、その重力はすべて、わたし達の方に返されてきた。

 フバーハは完全な障壁にはならない。

 属性攻撃に対するダメージ軽減の役には立つが、対物理攻撃のスカラと同様、その威力がフバーハで散らせる値を上回れば、残りの威力はダメージとして通ってくる。

 ポップの重圧呪文(ベタン)にバランの気が上乗せされて返ってきたその威力は爆発となり、わたし達を数十メートル吹き飛ばすには充分だった。

 なんとか起き上がってみれば、バランの周囲の地面がえぐり取られたような形となっており、バランを中心とした半径1メートルの範囲だけが、そのまま残されている状態。

 強い。

 わたしは軍団長レベルの敵との交戦経験はないが、彼が今まで勇者パーティーが倒してきたそれのレベルを、遥かに凌駕する力を持っている事は、わたしでも容易に理解できた。

 とりあえず、自分のダメージを回復させる。

 そうしてからダイのところへ行こうとしたら、地面を蹴って軽々と抉れた部分を飛び越えてきたバランが、倒れたダイとレオナ姫のそばに降り立った。

 

「…その子はもらっていくぞ!」

「だ、だめよ!渡さないわ、ダイ君は…!!」

 レオナ姫が這いながら、ダイの身体を抱きしめる。

 

「そうだ!

 いくら同族だからって、ダイを自由にできる権利なんかねえ筈だぜっ…!!」

 ポップが言うと、バランは一呼吸置いてから、重く言い放った。

 

「…権利なら…ある!

 親が子供をどう扱おうと勝手のはず…!!」

 バランの言葉にその場の全員が、息を呑んだ。

 

「なんて…今、なんて言ったの…!?」

 レオナ姫が、少し呆けたように問う。

 

「この子は私の息子だと言ったのだ。

 本当の名は…ディーノ!!」

 

 時間が、止まった。




「本当の名は…ディーノ!!
ちなみに、地獄の魔術師(ヘルズ・マジシャン)とは別人だ!!」
「知っとるわ!!」

関係ないけど最初に「ちょ、お前誰、(ドラゴン)の騎士?」ってダイに聞いといて、逆に問われたら「うん、マジお前(ドラゴン)の騎士。だってここ入ってきてるじゃん。確定ー」って、竜水晶先生は結構対応がいい加減だと思います。


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19・半魔の僧侶は抵抗する1

…まあなんだ。二本同時連載してるとだな、時々頭が切り替わらない事もあってだな…。
うん正直、途中一旦寝て起きて、書いたものを読み返して愕然とした。
酔っ払って書くのはいつもの事だが、今日のは少し悪ノリし過ぎたとは思ってる。
でもちょっと面白くなったのでその部分はそのままにしといた。
後悔はしているが反省はしていない。


「…息子…ダイ君がバランの…!!?」

「てっ…てめえが、ダイの父親だってのか…!!?」

 正直、ダイが人間ではない可能性を考えた際に、その可能性も考えてはいた。

 ダイとバランの持つ気の類似性から、そうであるなら同種族であろうと推測できたし、恐らくは魔族以上に稀有な存在である種族の個体が二体確認できたなら、その二体が血縁である可能性には、当然考えが及ぶ。

 ポップの「そんなバカな」という呟きは、信じ難いというよりは、信じたくない気持ちから出た言葉なのだろう。

 

「この地上に、私以外で(ドラゴン)の紋章を持つ可能性があるのは、生き別れた我が子ディーノだけだ!!」

 ダイは赤ちゃんの時に、乗っていた船が難破したか何かで怪物島と呼ばれるデルムリン島に流れ着いたのだという。

 そこで心優しい鬼面道士が彼を拾って育て、彼自身も心優しく勇敢な少年に成長した。

 バランが言うのが本当だとすると、その船に乗っていた際、彼は一緒ではなかったと言うことになる。

 もし一緒にいたならここまでの力を持つ者が、みすみす我が子を波に連れ去られる事などあり得まい。

 だとしたら、どういうことなのか。

 だがレオナ姫は、わたしとは違う点に疑問を感じたようだ。

 

「じゃあ、(ドラゴン)の騎士一族ってあなたの家系しかいないの?

 …そうよ!お母さんは…ダイ君を産んだお母さんはどこにいるの!!?」

 そうか、母親。

 この男が父親だと名乗るならば、ダイの母親という人を当然知っている筈だ。

 実際そのレオナ姫の問いに、バランは僅かに表情を変えた。

 

「…母親か。

 確かに、この子にはどことなく、母親の面影がある…」

 そう言ってダイを見る瞳に、一瞬温かいものが混じる。

 あの日わたしに一緒に来いと手を差し伸べた時の瞳の奥にも、その温かさは確かにあった。

 その、わたしやラーハルトを哀れむ気持ちに、人間に対する憎しみが付帯していなければ、あの日わたしも彼の手を取っていただろう。

 だが次にはその温かさを覆い隠すように、バランは瞳を閉じ言い放つ。

 

「…貴様ら人間には関係のないことだ!

 ディーノは連れ帰る!!!」

 言って倒れたダイの方に歩み寄るバラン。

 

「やっ…やめろォッ!!」

 悲痛に叫ぶポップの前に、考えることもなくわたしは立ちふさがった。

 

「グエン…!?」

「下がってなさい、ポップ。

 レオナ姫は、ダイの回復を。

 この男は、わたしが止める」

 言いながら棍を構える。

 勝てる気なんかしないけど、戦わないわけにはいかない。

 わたしはどうやら守ろうとした人を、一番渡してはいけない人に渡してしまったようだから。

 

 …守らなければ。今度こそ、わたしが。

 二度と同じ過ちを、繰り返すわけには、いかない。

 

 ・・・

 

「死にたくなければそこをどけ、グエナヴィア」

「どかないわ。

 たとえあなたが父親でも、ダイの心は彼自身のものよ。

 あなたが好き勝手に扱っていい権利などない!」

 スカラで守りを固め、トベルーラで機動力を補う。

 そして最後にマヌーサ。

 

「む…五つ身分身か」

 わたし自身の素早さがもう少しあれば最大十分身まで可能だろうけど、今のわたしにはこれが精一杯だ。

 こんな時に、以前ベンガーナに滞在していた時にカジノで見つけた、素早さが上がる魔法が付帯した装備品を思い出す。

 確か『星降る腕輪』とかいったか。

 あれと交換するに近いところまでいったのに、ダブルアップに失敗してコインを全部失ってから、わたしは賭け事には手を出していないが、デザインは悪くなかったし、やはり欲しかったなと今思ってしまう。

 まあいい、無い物ねだりをしても仕方ない。

 この呪文も大魔道士マトリフ監修のもと、研究途中ではあるがそこそこ強化は為されており、通常のマヌーサに比べればその分身ひとつひとつが、しっかりした像を結んでる。

 五人のわたしは次々と攻撃を繰り出す。

 だがさすがに軍団長、わたし程度の攻撃など余裕でさばいてくる。

 もう少し危機感を持ってくれなければ、次の本格的な攻撃に移れないんだがな。

 

「なるほど。

 僧侶にしては戦い慣れしているらしいな。

 大方、分身に紛れて必殺の一撃を放つ作戦だろうが、その武器が棍程度では私には通じん」

「そう馬鹿にしたものではなくてよ。

 振れば剣。払えば矛。突けば槍。

 棍こそすべての武器の祖なり」

 パルナ村の先生の受け売りだけど。

 確かに力だけなら、尼僧のわたしなどなんの役にも立たないし、棍なんて武器は頼りないかもしれない。

 けど、戦いに必要なのは力だけじゃない。

 圧倒的な力をひっくり返すために戦術というものがあるのだ。

 そうでなければ補助呪文などというジャンルが確立する筈もない。

 わたしの分身がバランに踊りかかり、攻撃を繰り出しては消え、また現れる。

 その合間に本物のわたしが一撃加えて、分身に紛れる。

 長く続けるつもりはない。むしろ続かない。

 バランほどの相手、攻撃のパターンを見抜かれたら、分身の中からわたしを見分け、一撃で勝負をつけようとするだろう。

 だがそれでいい。

 それまで分身に翻弄され、せいぜい苛つくがいい。

 振れば剣。払えば矛。突けば槍。

 その通りにわたしの分身たちが棍を振るう。

 そろそろだ。

 

「うっとおしい!」

 来たッ!!!

 バランが、真っ直ぐこちらに向けて、剣を構えて突進してくる。

 分身に紛れて、わたしも構えを取る。

 振れば剣。払えば矛。突けば槍。そして…!

 

「守れば、敵をも滅する盾となる!!!!」

 わたしの身に向けられたバランの斬撃は、そのままカウンターでバラン自身に返っていき、バランの身体が後方に吹き飛んだ。

 

 だが……!

 

「…全っ然本気じゃなかった、というわけね」

「今のは…『刃の防御』か。

 この私の剣撃が返されるとは…!!」

 一度地面に背中を打ちつけたものの、バランはすぐに立ち上がって、体勢を整えた。

 呼吸は乱れているが、さしたるダメージを負った様子もない。

 この後どうしようかと、背中に冷や汗が流れるのを感じながら頭を巡らせる。

 これほどの男、同じ手は二度とは使えまい。と、

 

「ダイ!?」

 同じく地面に降り立って、間合いを取り直したわたしの前に、ダイが立ちはだかった。

 

「ありがとう、グエン…もう大丈夫だから…!」

 見ると少し遠くに、ポップとレオナ姫もこちらを見つめている。

 どうやら二人とも回復は済んだようだ。

 

「もうよさんか、ディーノ…!

 おまえの気持ちもわからないではないが…これ以上私の手をわずらわせるな…」

 そうやってわたしを庇うように立つダイに、優しいと言える口調で言葉をかけるバラン。

 それに対し、ダイは我慢ならないと言ったように首を横に振りながら叫ぶ。

 

「うるさいっ!!ディーノなんて呼ぶなっ!!!

 おれの名はダイだ!!

 じいちゃんからもらった、おれの名前なんだ!!

 本当の名前もクソもあるもんかっ!!!

 おれは、魔王軍と戦う…勇者ダイだ〜〜っ!!!」

 …かつてダイはロモスを救った際、勇者ダイを名乗る事をロモス王に勧められてそれを固辞したという。

 それは、自らが一人では勇者たり得ない事を知り、その呼称に自身がまだ相応しくないとしての事だったと。

 だから、彼が自ら『勇者ダイ』と名乗りをあげるのは、恐らくこれが初めてのはず。

 だがそれは勇者であるという事そのものより、人間の世界を守る者としての意味合いのものであり、だから彼の仲間たちは改めて、ダイのその言葉に勇気を与えられた。

 そして、わたしも。

 

「…そうか、わかった。

 では、人間どもの呼び方に従って“ダイ”と呼ぼう…!」

 …バランの気が、徐々に膨れ上がる。

 あたかも今奮い起こされた、小さな勇気を振り払うように。

 

「ダイよっ!!

 人間どもに味方する勇者として、おまえを倒すッ!!!

 素直に我が軍門に下らぬと命が無いものと思えッ!!!」

 ダイが、小さく肩を震わせるのが、一番近くで見ているわたしにはわかった。

 だが次には剣を握り、独特の構えを取る。

 

「…何か奥の手を残していたかと思ったらその技か。

 アバンストラッシュ、とか言ったな。

 人間のあみだした技としては強力だが、私には通じぬのは証明済みのはず!」

 話の流れからするとどうやら、湖底の神殿であいまみえた際に、師の必殺技は披露済みらしい。

 バランの鎧の胸元にヒビが入っているのはそのせいか。

 だが、

 

「おおおおおお──ッ!!!」

 ダイが気合を入れると、例の紋章が額に浮かび上がる。

 自分の意思での顕現はまだ確実ではなかった筈なのに。

 それだけ切羽詰まっているんだ。

 

電撃呪文(ライデイン)───ッ!!!」

 天の怒りと呼ばれる光は、本来ならそのまま、勇者の敵に降り注ぐものだが、ダイは呼び起こしたそれを剣で受け止め、闘気とともにそれを、バランに向かってぶつける。

 

「ライデイン・ストラーッシュ!!!」

 それはバランに直撃し……次の瞬間わたし達は、信じられないものを見ることになった。

 

「ぬううううん!!!」

 バランが再び剣を構える。

 その剣が電撃呪文(ライデイン)のエネルギーを…吸収している!?

 

「…普通、(ドラゴン)の騎士は成人するまで、己の意志で紋章の力をコントロールできないものだが…よほど良い師、良い戦にめぐまれたのだな…!!

 その闘気と勇気に免じて見せてやろう!

 真の(ドラゴン)の騎士が天を操った時の力がどれほどすさまじいかをなっ!!!

 

 ギガデイン!!!!!」

 

 …ダイが呼び起こしたものよりも、遥かにすさまじい天の怒りが、空を貫く。

 そのすさまじいエネルギーを、先ほどのダイと同じように、剣で受け止める。

 それはバラン自身の気と混じり、膨大なエネルギーがスパークする。そして。

 

「ギガブレイク!!!!」

 

 …何も考えることができなかった。

 気がつけばリリルーラでダイの前に飛んだわたしは、バランのその技を無防備にこの身に受けていた。

 

「グエン───ッ!!!」

 衝撃波がわたしの身体を突き抜け、揃えたばかりのダイの防具を破壊して、彼の身体にもダメージを与えたのがわかった。

 庇ったつもりが、なんの意味もなかった。

 なんて無力なんだ、わたしは。

 薄れていく意識の中で、周囲の空間が、爆発した。

 …そのように、見えた。

 

 ☆☆☆

 

 グエンとダイが二人まとめて吹き飛ばされ湖に落下して、ゴメが泣きながらその湖面を飛び回る。

 なんとなくだが、グエンが近くにいるなら大丈夫だと思い込んでいた自分に腹が立ちながらも、おれはバランに向かおうとした。

 

 こうなったらダメでもともと。

 ありったけの呪文をぶつけてでも…!

 

「待て!!早まるな、ポップ。

 その男の相手はオレがする!!!」

 その時、おれと姫さんのいる空間に大きな影がさした。

 

「あああっ…!!?」

 そこに立っていたのは…!

 

「獣王・クロコダイン!!!」

 絶望に染まった心に、希望の光が差し込んだ。

 

「あんたが来てくれりゃあ百人力だぜっ!!」

 そう言って思わず握りしめた大きな手が震えている。

 

「…クロコダインか。

 いかに貴様でも、この私と戦ったら、どうなるかわかっていると思うが…」

「…死ぬ…だろうな。

 だが、そんなことはもちろん覚悟の上だ」

 おれから見れば、クロコダインのおっさんは鬼みてえに強い。

 それが目に見えてビビってるなんて。

 

「…早くダイとグエンを助けるんだ!」

 それでも恐怖を振り払い、一人で立ち向かおうとするおっさんに、おれは自分も戦うと申し出る。

 同時に姫さんも。

 そうだ、3人で立ち向かえば、ひょっとしたら…!

 

「ムダだ!」

 だがクロコダインはおれたちの言葉を、一言の元に切り捨てる。

 

「…どういう理由かは知らんが…この男には、呪文のたぐいが全く通じないのだ!

 直接攻撃以外では、恐らくダメージを与えられまい!!」

「…さすが獣王。見抜いていたか…」

 二人を頼むと言ってバランに対峙するおっさんに従い、おれたちは二人から離れる。

 

「悔しいわ…なんて無力なの、あたしたちって…!!」

 姫さんの言葉に、おれも胸がしめつけられる。

 グエンはこんな相手に、一人で立ち向かったのに。

 おれだって()()()に比べたら強くなってる筈なのに、結局なにひとつ変わってねえって事か。

 姫さんじゃねえが自分の無力が、本当に悔しい。

 

 おっさんは、ここまでの経過をあらかた聞いていたらしい。

 バランに「何故邪魔をする」と問われ、「ダイの本意ではない」と、グエンと同じように答える。

 

「…ダイがいなかったらオレやヒュンケルは、いつまでも魔道をさまよっていたに違いない…グエンも悲しみと孤独を抱えたまま、心の傷を増やし続けていた筈だ。

 ダイはオレたちの心の闇に光を与えてくれた…太陽なのだ!!

 生きとし生けるものには、すべて太陽が必要なのだ…それを奪おうとする者は断じて許せんっ!!

 たとえ力及ばずとも戦うのみ!!」

 おっさんが斧を構え、戦いの姿勢を見せる。

 それに対しバランは剣をおさめ、棒立ちになった状態で、すさまじい闘気を発し始めた。

 

「…どうした!?かかってこんのか!!?」

「た…戦う気がないなら遠慮なく…その首をもらうまでだっ!!!」

 ストレートに首を狙って、クロコダインが斧を横に薙ぐ。

 充分にパワーもスピードも乗った攻撃、この体勢では避けようがない…筈だった。

 …だが信じられない事に、砕けたのはクロコダインの斧。

 

「これぞ(ドラゴン)の騎士最強の秘密…

 

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)!!!」

 

 砕けた斧とバランの間で、エネルギーの気流が渦巻き、光り輝いた。




魍魎拳幻瞑十身剥(マヌーサ)!!」
「やめれ」

棍スキルの最終奥義のカウンター技、本来は「天地の構え」になるわけですが、ダイ大の世界には元ネタであるバーン様のあの必殺技がある為、この名称が使えませんでした。
色々探してなんとか近いものを当てはめた結果、苦肉の策で「刃の防御」に変更に…。
グエンがどこを目指してるのかこの時点でバレるのは避けたかったんだがな。うん、苦し紛れって事は自覚してるから言うな。泣くぞ。
あと、多分誰かの感想への返信に「一応女性なので戦いの方は徐々に男性陣に任せてく形になるかと思います。」と言ったな。あれは嘘だ(爆
書いてて思うがコイツ一体なんなん(白目


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20・半魔の僧侶は抵抗する2

バラン「(真魔剛竜剣を構えつつ)『好きな食べ物は焼きビーフン』などと言う奴を、この私が信用できると思うか!!」
ひじき「てめえ、たまに食べると美味しいけど毎日食べるとちょっと飽きる焼きビーフン馬鹿にすんじゃねえええ!!!!」

…という夢を、書きながら寝落ちした朝にみました。
もう完全に廃人と化したと自覚しております。
腹いせに焼きビーフン買ってきました。
ざまあみろ、バラン(違


 …圧倒的無力感に支配され、湖に沈みながらも、どうすべきかまだわたしは考えていた。

 まだ打つ手はあるだろうか。

 今最優先でなにをすべきか。

 そうだ考えろ。その為の頭だろう。

 

 …クロコダインの声が聞こえた気がする。

 

 ダイたち勇者パーティーの事は、勿論仲間というか、大事な友達だと思っているが、同時に守らなければならない存在だという認識もある。

 その点でクロコダインとヒュンケルは、ある意味特別だ。

 彼らに関しては、背に庇うよりは、互いの背を守り合う存在であるように思う。

 

 彼が居るなら、まだ戦える。

 クロコダインとわたしが居れば、バランがいくら強敵でも、絶対に渡り合える。

 

 沈みながら、魔力を集中し、呪文を唱えた。

 詠唱自体は、口から発する気泡のゴボゴボという音にかき消されはしたが、発動に問題はなさそうだ。

 

 “リリルーラ”

 

 ☆☆☆

 

 (ドラゴン)の紋章が輝く時、バランの身体は、竜闘気(ドラゴニックオーラ)と呼ばれる、生命エネルギーの気流に覆われるという。

 それは全身を鋼鉄のように強化して、あらゆる呪文をはねかえす防御幕となる。

 同じ紋章が現れた時のダイの身体が、信じられない強度になるのはそのためだったのか。

 バランの説明を聞きながら、オレはようやくそれまでの事が腑に落ちた。

 やはり、ダイがバランの子である事は、もはや疑いようがない。

 

「この竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全開にし、その威力をもって戦えば…この地上のいかなる生物も太刀打ちできんっ…!!!」

 その言葉を証明するようにバランがオレに突進してくる。

 剣ではない、技でもなんでもない拳の乱打で、このオレの鋼鉄の身体が、なすすべもなく振り回される。

 たまりかねて斧を振るったがそれは空を切り、次の瞬間バランはオレの腕を掴むと、その腕を取ったままオレの背中に回り込んで……

 

「ぐああああ───ッ!!!」

 捻りあげられた腕が、厭な音を立てた。

 

「おっ…おっさあぁ──ん!!!」

 ポップの声が、どこか遠くに聞こえる。

 その腕の方向に何とか身体を向けた瞬間、視界の端に入ったバランの額から、光線のようなエネルギーが発せられたのがわかった。

 それがオレの両目を掠め、激痛が走る。

 同時にバランの手が離され、重力に逆らう事なく、オレの身体は地に伏した。

 

「…これで、もうおまえは戦えない…!!!」

 が、唐突に。

 

「っ…ホイミ!!」

 若干咳き込んだような声とともに、目を、温かいものに包まれた。

 次の瞬間痛みは消え、目を開けると白い掌が、オレの目を覆っていた。

 次に、全身を温かい光が包む。

 

「ベホマラー」

 ようやく手が離された時、そこにグエンの姿があった。

 全身ずぶ濡れで、衣服の胸元が破れ肌が見えている。

 その真ん中にあった赤い傷が塞がるのが見て取れた。

 どうやら複数人を同時に回復させる呪文だったようで、それは体力までもを回復させるものではなかったが、今バランにへし折られた腕の骨が徐々に繋がっていくのが判る。

 

「なにボーっとしてるの!?

 あなた方は、早くダイを!」

 はだけた胸元にマントの端を脇から回しクロスさせて、その端を首の後ろで結びながら、グエンはポップとレオナ姫に声をかける。

 そうして2人がハッとしたように動き出すのを見てから、グエンはオレの隣に立ち、バランを睨みながら棍を構えた。

 

「これ以上続けても同じとわからんか…降伏しろ」

「スカラ」

 バランの言葉に答えず、グエンはオレにまた呪文をかけた。

 確か、防御力を上げる呪文だったか。

 全身をピリピリとした何かで覆われた気がするが、それは不快なものではない。

 そうしてから、視線をもう一度バランに戻して言う。

 

「…これと同じよね、今のあなたの状態は。

 闘気と魔法力の違いはあるにせよ、薄皮一枚で物理的な攻撃の威力を散らす。

 けれど、散らせる力には限りがあり、それ以上の衝撃を与えられればダメージは通る。

 そして、この場でそれが可能であるのがクロコダインだけであると判断したからこそ、あなたは本気でクロコダインを叩きのめした。

 …間違っていて?」

 それを聞いて、バランの目が一瞬見開かれる。

 

「…その通りだ。

 クロコダインのように力や闘気をもって戦うタイプが一番怖い…。

 だが、それをよく見抜いたものだ」

「スカラの構成の解析は、今生きている人間の中で最も偉大な魔法使いと共に行なったものよ。

 その概念があれば、推測するのも可能だわ」

 偉大な魔法使いというのは、フレイザード戦の時協力してくれていたという、魔王ハドラー時代、勇者パーティーの一員だったという老人の事だろう。

 オレは直接会ってはいないが話だけは聞いている。

 グエンがその言葉の中で、『人間の』という言葉を敢えて強調したのが判ったのだろう。

 バランが一瞬眉を動かす。

 しかし次にはまた表情を消し、少し馬鹿にしたように、フンと鼻を鳴らした。

 

「だが、それが解ったところでどうする?

 クロコダインを捨て石に使うつもりか?」

 バランにしてみればそれは挑発だったのだろう。

 しかし、

 

「…ある意味、その通りかもね」

 グエンは薄く微笑みながら、そう答えを返す。

 

「…人間の間で暮らす事で、下衆な考えが染み付いたか。

 仲間と言っておきながら…」

 いかにも我慢ならないといったように、バランがまた、眉をひそめた。だが。

 

「捨て石でも構わん。

 オレはグエンを信じる。そして人間を信じる!」

 そのやり取りに、オレは敢えて口を挟んだ。

 

「クロコダイン?」

「人間などつまらぬ生き物と侮っていたオレに、互いを信じあいながら戦う、人間の絆の素晴らしさを教えてくれたのは、心の濁った汚れを取り除いてくれたのは、人間であるポップだった。

 オレを仲間と、友と最初に呼んでくれたのはグエンだった。

 オレは、それを信じる…その為に生命をかける!!

 バランがかなわぬ敵だからといって、このまま手をこまねいていたのでは、おまえ達の仲間たる資格が無い!!」

 たとえ命を差し出せと言われたとしても、オレはこいつらを信じ抜く。そう決めたのだ。

 

「ありがとよ、おっさん…!」

 と、お互いに睨み合うオレ達の視線から外れた位置から声がして、反射的にそちらに目を向ける。

 

「ポップ…?」

「だけど、あんた1人を死なせやしねえ。

 …グエン!なんか考えがあんなら言え!!

 俺たち2人の命、こいつを倒せるんなら、いくらでもぶつけてやるぜ!!」

 そう言ってオレの横に立ち、杖に魔法力を込めるポップ。だが、

 

「ありがとう…。

 でも、ポップは邪魔だから下がってなさい」

「えええ!?そんなんアリかよぉ!?」

 グエンは苦笑しながら、そのポップの決意をあっさりぶった切った。

 それから間髪入れず、オレに向かって指示を出す。

 

「クロコダイン!!全力でお願い!!」

「応ッ!!さあいくぞ!!バラン!!!」

 オレは腕に闘気を込めた。

 これが今のオレの最強の技だ。

 

 ☆☆☆

 

「貴様らにこれはかわせまい!!!」

 それは、先ほどわたしとダイをいっぺんに吹き飛ばした技、ギガブレイクの構え。

 

「…先ほどは相手が息子(ディーノ)ゆえに力をセーブしたが…今度は違うぞ!!

 たとえかつての僚友といえども、人間を素晴らしいなどと抜かすやつを生かしてはおけん…!!!

 3人揃って、灰になれっ!!!」

 バランの目に現れているのは、紛れも無い憎悪だった。

 てゆーかあれで加減してたのか。

 ひょっとして生きるか死ぬかのギリギリの線でって事か。

 死ななきゃいいってもんじゃないだろうに。

 と、唐突になにか、形容しがたい高い音が響く。

 次の瞬間、湖から水柱が立ったかと思うと、ダイが額に紋章を浮かべて飛び上がってきて、わたし達の側に降り立った。

 

「…ダイ!!」

 そこから一拍遅れて、水中からレオナ姫が顔を出す。

 

回復呪文(ベホマ)をかけたわ!!体力だけは全快よ!!」

「さっすが、賢者の卵!!!」

 だけは、って事は、怪我の治療は為されてないって事だろうか。

 見た感じは、大きな傷はないように見えるのだけど。

 まあ、確認するのは後だ。

 クロコダインだけでなくダイの力も加われば、まさに鬼に金棒だ。

 

「…今更復活したところでどうなるかあっ!

 もう一度、全員まとめて吹き飛ばすのみだっ!!」

 いける。今のバランは冷静さを失ってる。

 

「来るわよ…まず全力で撃たせる!

 必ず食い止めるから、2人はわたしの後に続いて!」

「グエン!?」

「…信じて!!」

 わたしが言い終えぬうちに、バランが天の怒りを呼ぶ。

 それを剣で受け止め、

 

「ギガブレイク!!!!」

 その、体ごとぶつけるような剣撃の前に、わたしはもう一度身を晒す。

 

「…刃の防御!!!!!」

 バランの全力が、わたしの棍を砕く。

 やはり受け止めきれなかったかと思ったと同時に、その威力の大半が放った本人に返っていく。

 そして。

 

「アバンストラ──ッシュ!!!!」

「獣王会心撃!!!!!」

「うおおおおッ…!!!?」

 バラン自身の力と、ダイの力、そしてクロコダインの力。

 その全ての威力がぶつかり合い……大爆発が起こった。

 

 ・・・

 

「…き、決まったあ〜っ!!」

 呆然とポップが呟く。

 

「グエン!」

 ダイは、さっきバランの技を跳ね返した衝撃で後ろに吹っ飛んだわたしを振り返り、駆け寄ってくる。

 

「棍…折れちゃったの!?」

「兄弟子にあたる方からいただいたものだけど、命にはかえられないわ。

 あなたは平気?」

 微笑みつつ立ち上がろうとするも、身体に力が入らない。

 それに気付いたダイが、レオナ姫に声をかけた。

 

「レオナ、グエンをみてあげてくれっ!!」

「わかったわ!」

 湖畔へ泳ぎ着いてようやく岸へたどり着いたレオナ姫が、わたしに駆け寄ろうとする。

 だが、白い小さな手は、それとは別な方向からわたしに触れた。

 

「メルル…!!」

「…大丈夫。

 電撃呪文の影響で身体が痺れているだけで、外傷はないようです」

 言いながら、わたしにキアリクをかけてくれるメルルが、天使に見えた。

 

「あんたら、まだ逃げてなかったのかよ…!」

「逃げたかったんだけど、この子がどうしても、おまえさんたちを助けるんだって言い張ってさ…」

 ナバラさんの説明に、ポップが半ば驚き、半ば呆れたような表情を浮かべてメルルを見つめる。

 

「…私だって、簡単な回復呪文ぐらいできます!」

 その視線を受けて目を逸らした、メルルの頬が少し赤い。

 けど、そんな事を気にしている余裕は、今のわたし達にはない。

 厳しい目をして、ダイがメルルに告げる。

 

「そんな事はレオナに任せて逃げるんだ!」

「ダイの言う通りだ、お嬢さん」

 クロコダインが近づいてきて、わたしの身体を抱き上げてくれた。

 

「他の奴ならともかく、我々の戦っている相手は、地上最強の男なのだ…!!」

 言いながらわたしの身体を下ろし、ちゃんと立てる事を確認してから、手を離す。

 その間も、大爆発の起きた空間から、片時も目を離さず。

 やはり、この男はよくわかっている。

 

「でもよ、いくらなんでも、あんなすげえのをくらっちゃあ…」

 そしてわかってない子が1人。

 この子は物事を楽観視する癖を改めた方がいいかもしれない。

 まあ、それがポップの長所でもあるから、難しいところではあるのだけれど。

 と、そちらの方から、微かな金属音がした。

 未だ立ち込める、爆発による煙が、瞬時に弾き飛ばされる。

 その中心には、剣を地面に突き立てて身体を支える、背の高い男。

 その身体から、とてつもないエネルギーが放出されているのがわかる。

 

「や…やっぱり…!!」

竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全開にして、全身を防御したんだわ…!!」

 やはり、この男、とんでもない。

 絶対に死んではいないと思ってはいたが、あの攻撃をくらって、それでもまだこれだけの闘気を発散できるなんて。

 

「いや…効いてる!!!」

 ダイの言葉に、わたし達は一斉にバランを凝視する。

 

「…血!?」

 その言葉の通り、バランは額から流血しており、本人もそれに、指摘されて初めて気がついたようだ。

 

「私たちと同じ…赤い血だわ…!」

 メルル、それ今関係あるようで関係ない。

 ちなみにわたしの身体に流れてる血も、人間と同じ赤だ。

 ラーハルトは魔族寄りの体質で青だったけど、それは適正とかそういうものに影響はしないようだ。

 わたしには中途半端だが呪文の適正があるし、あの子はあれだけ純魔族に近い外見をしていても、呪文はあまり得意じゃなかった。

 

「クロコダイン!

 おれたちの技は、まったく効果がなかったわけじゃないんだ!!

 こうなったら…!!」

「ウム!

 奴が倒れるか我々が倒れるか…力尽きるまで技をふるうのみ!!」

 …わたしがちょっと余計な事を考えている間に、男どもが大声で打ち合わせをする。

 それも実に脳筋な策を。

 

「残念だが、同じ手は二度とくわん!

 グエナヴィアの武器がない以上、ギガブレイクをかわすことはもうできまい!!」

 …さっきのは、バランが冷静さを欠いていたから通じたのだ。

 そうでなければ、一度見せている刃の防御を、もう一度使うことはかなわなかった。

 もう、今度の今度こそ通じないし、そもそもわたしは今は無手だ。

 

「だが万に一つということもある…その子は恐ろしい可能性を秘めている」

 だが、そのまま攻撃してくるかと思ったバランは、まっすぐダイを見据えて言った。

 

「だから私は、残る全精力を傾けて、ダイの力の“根源”を奪う…!!」

 “根源”…?何を言っているんだこいつは。

 わたし達が戸惑っている間に、何故かバランは闘気を消し…正確には放出していた闘気を一旦内側に押し込めて…それからそれを、今度は額に集中させた。

 

「ど、どうしたんだ!?紋章が勝手に…!!?」

 見れば、ダイの額からも輝きが溢れ出て、ふたつの紋章が共鳴し始める。

 それとともにダイが頭を抱えて苦しみ始め、わたしは思わず駆け寄って、彼の身体をきつく抱きしめた。

 

 …その輝きと共鳴音が最大限に達し、それが急に止まる。

 それとともにわたしの腕の中の、ダイの身体から力が抜けた。

 同じように、バランもその場に膝をつく。

 

「息子にはもはや不要なものを奪った…。

 その為、力を使いすぎたわ…。

 この場はひとまず退かせてもらう。

 いずれ改めて、()()()()をもらいに来るぞ…!!」

 そう言って剣をおさめ、ルーラで飛び去るバラン。

 呆気にとられるわたしの手からダイを引きはがし、レオナ姫が呼びかけながら彼の身体を揺する。

 ゆっくりと目を開けたダイは、どこかボーッとした表情で、呟くように言った。

 

「君たち、だれ…?」

 その言葉に、全員が顔を見合わせる。

 

「どうしてこんなところにいるの、ぼくは…?」

 額から紋章の形に流血している、勇者()()()少年は、そう言って不安げにわたし達を見上げた。

 

 ☆☆☆

 

「完全な記憶喪失だ」

 クロコダインが言いにくそうに言った通り、ダイは記憶を失っていた。

 怪物島で育った過去も、レオナ姫やポップと出会った事も、師を失った事もクロコダインやヒュンケルと戦った事も、全て。

 ナチュラルにお兄ちゃんと呼ばれてカッとなり、怒鳴りつけて怖がられてしまったポップはすっかり落ち込んでしまっているし、自分たちの大切な思い出を押し付けてしまい、やはり声を荒げてしまったレオナ姫も、どう接していいか戸惑っている。

 

 …無理もないけれど、みんな少し落ち着いた方がいい。

 

 造形がそもそも可愛らしいゴメちゃんはともかく、わたしやクロコダインを見ても怖がらないところを見ると、ダイがこれまで生きて形成してきた彼自身の人格を、まったく失っているわけではない。

 少し話をしてみた限り、剣は武器、パンは食べ物だといった、当たり前の事は当たり前に認識しているし、使えはしなくても魔法の種類もある程度は理解していた。

 

「…で、お姉さんは誰?」

 …小さな頃から一緒にいたというゴメちゃんの事まで思い出せないのだから、わたしのことだって覚えているわけがない。

 そのゴメちゃんを伸ばしながら、初めて会った時と同じことを問われ、少しだけ胸が痛みながらも、わたしは彼に向かって微笑んでみせる。

 …笑顔も僧侶の仕事のうちだ。

 少なくともわたしはそう思ってる。

 

「わたしはグエン。

 ゴメちゃんとは友達になったのよね?

 わたしともお友達になってくれる?」

「うん」

「ありがとー♪」

 ギュッとダイを抱きしめると、なんだか懐かしいような匂いがした。

 この匂いと感触は、変わらないダイのままだ。

 知らない人になってしまったわけじゃない。

 

「…みんな、ぼくを見て悲しい顔をするんだ。

 笑ってくれたの、グエンだけだよ」

 メルルが持ってきてくれた物資の中から、小さなリンゴを一個剥いて、切って食べさせていたら、わたしを見上げながら寂しそうにダイが言った。

 …この子は覚えていないだけで、まわりが見えていないわけじゃない。

 むしろ何もわからないのに周りから期待され勝手に落ち込まれて、一番不安なのは彼なのだ。

 この小さな勇者の肩に、わたし達は今までどれ程のものを背負わせ、どれだけ頼ってきたことか。

 そう思ったら、申し訳ないのと可哀想なので涙が出そうになったけど、ぐっとこらえて笑いかける。

 

「……美味しい?」

「うん」

 …絶対に守ってあげる。今度こそ。




グエンは、可愛いと思ったら餌付けするタイプ。


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21・半魔の僧侶は拒絶する

 ダイを寝かしつけて、尼僧服に着替えて小屋の外に出ると、クロコダインが立っていたので声をかけた。

 

「ここ、任せていい?クロコダイン…」

 振り返ってわたしの姿を見て、クロコダインは一瞬目を丸くしたが、そこには特に触れずに、要点部分だけに問いを返す。

 

「構わんが…どうした?」

「…少し気になることがあるから、確かめに行きたいの。

 なるべく早く戻るわ」

 わたしの言葉に、不得要領な視線を向けつつも、クロコダインは頷く。

 

「…気をつけろ。

 おまえもそろそろ、魔王軍からは目を付けられている筈だ」

「ええ。ありがとう」

 心から心配してくれている友達に微笑みながら、わたしは彼を巻き込まぬよう距離を取って、呪文を唱えた。

 

「……ルーラ!」

 

 ☆☆☆

 

 …酷い有様だった。

 かつては人々が日々を暮らしていたであろう、小さくとも山の恵み豊かだったその村は、建物は一つ残らず破壊され、畑は踏み荒らされ、燃やし尽くされている。

 至る所に人や動物の死体が転がり、それは山の獣に食い散らかされた挙句、そろそろ腐敗を始めている。

 恐らくは魔王の瘴気に支配された魔物の襲撃に遭い、滅ぼされたのだろう。

 …そう、思いたかったし、そう考えて無理のない状況だと思えた。

 

 ……わたしの中で、どうしても引っかかる一点さえなければ。

 

 踏み荒らされた畑に残っている足跡は、つい最近見たものに酷似している。

 どう見てもドラゴンの足跡と、尾を引きずった跡だ。

 そしてこの山やその付近に、そんな強い魔物は居なかった筈だ。

 

 …()()()()()()()()()()()()()()

 

 尼僧服を着てきて良かったと思う。

 服装など、生存者のいない場所で意味などないだろうが、この方が祈りを捧げるには相応しい。

 かつて魔王の恐怖に怯え、そのあまり無力な女性と子供を山の中に追いやって、更にその子供を疎み、貴族に売った村人たち。

 彼らは臆病過ぎた。それゆえに過ちを犯した。

 けれど、死んでしまえば終わりだ。

 死は誰に対しても平等に訪れ、全ての罪を消し去る。

 そうでなければいけない。

 わたしは祈る。この人たちの安らぎを。

 そしてこの地に再び、命の息吹を。未来を。

 神よ。

 

 ・・・

 

 小屋は、思った以上に昔のまま残っていた。

 まるでここだけ、時間が止まっているように。

 そこから少し高台にある、村が見える崖の手前まで登る。

 墓標などはないが、その人が眠る場所を、わたしは覚えていた。

 そこに立ち、また祈りを捧げる。

 

 あなたの最後の願いを、結果的に踏みにじる形になってしまいました。

 ごめんなさい。

 

 ともに暮らしたのは3ヶ月足らずの間だけ。

 彼女は優しく、けれど弱い人だった。

 それでも今のわたしならば、その弱さを受け止めてあげられた。

 最後の願いに、頷いてあげられたのに。

 手向ける花など持ってはいなかったが、この側の木は一年中花を咲かせている。

 彼女はその花が好きだった。

 だから二人で、ここに決めたのだ。

 彼女が永遠に眠る場所を。

 そして二人で誓った。

 この場所を、覚えておこうと。

 わたしたちが覚えていさえすれば、彼女はいつも、ここで待っていてくれるからと。

 

 …ズシン、と地面が揺れ、生臭い獣の臭いを感じた。

 驚いて辺りを見渡す。

 わたしが登ってきた道を、何か大きなものが歩いてくる。

 それはドラゴンだった。しかも2頭。

 ベンガーナに現れたものよりやや身体は小さいが鱗に艶がある。

 恐らくはまだ若いのだろう。

 それが、まっすぐこちらに向かって歩いてくる。

 下の村を滅ぼしたのはこいつらか。

 恐らくは山の中を歩き回っていて、わたしの匂いを嗅ぎつけて来たのだろう。

 ひとまず身構える。

 ルーラで逃げるのは簡単だし、それが一番手っ取り早いのだが、彼女の眠るこの場所を、荒らされるのは我慢ならない。

 せめて少し引きつけて、ここを離れてからだ。

 奴らを刺激しないようゆっくりと動く。だが、

 

「イルイル」

 奴らより更に後方から聞こえた声とともに、1頭のドラゴンがそこから消えた。

 同じように、更にもう1頭も。

 消えたドラゴンの向こうに目をやると、フード付きのマントを深く被った背の高い人物が、何やら筒のようなものを手にして立っているのが見えた。

 あれは…以前クロコダインに見せてもらった、魔法の筒と同じものだ。

 その人物…体格と手を見る限り、男性らしい…が、それを懐にしまいながら、こちらに向かってゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 …戦慄が、身体に走った。

 

 男は手袋(オープングローブ)をつけていたが、そこから覗く指先と、マントの隙間から見えた肌は間違いなく青かった。

 背も高いし、彼は魔族だろう。

 そしてこの場所で、魔族に出会う意味…偶然であろうはずがない。

 

「お助けいただいて、ありがとうございます」

 だが、気づいていない振りをして、わたしは型通りに礼を述べる。

 あれから12年も経っているんだ。

 こうしてケープで耳も隠している。

 できる限り俯いて顔を見せず、知らない振りをしておけば、恐らくは誤魔化せるだろう。

 

「…ここで何をしていた?」

 だが男はフードの下から、硬い声で問いかける。

 

「…わたしは、旅の尼僧です。

 下に魔物に滅ぼされたと見られる村がありましたので、高い場所から、祈りを捧げておりました」

 大丈夫、不自然じゃない。

 

「何故、わざわざここで祈っていた?」

「たまたまです。

 こちらを通りかかったら、木々が開けた場所がありましたので…きゃっ!!」

 唐突に男の手が、わたしの頭から尼僧のケープを剥ぎ取った。

 耳と髪が男の目に晒されて、男が感極まったように息をついた。

 

「……やはり、そうか。この場所は母の眠る場所。

 おまえは今、そこを一歩も違えず、祈りを捧げていた。

 墓標は立てられないから、せめて忘れずに覚えておこうと誓った、オレ達2人だけしか知らない、母を葬った場所で」

 男の声が震え、その足がわたしに向かって一歩踏み出す。

 わたしの方がそれに合わせて一歩退くと、男はハッとしたように一瞬肩を震わせ、それから被っていたフードを跳ねあげて、その顔を晒した。

 

「いつか戻ってくるかもしれないと思って、時折訪れていたんだ…会いたかった。

 オレだ、ラーハルトだ…グエナヴィア!!」

 金色の髪の間から、尖った耳がのぞく。

 深い青の瞳がわたしを見つめる。

 その目から頬にかけて、魔族の特徴である黒い模様が走っている。

 

 …見なくてもわかっていた。

 むしろ、見たくなかった。

 

 目の前に現れた背の高い魔族の青年は、別れた時の少年の面影を未だ残したまま、子供の頃と同じ呼び名でわたしを呼び、だけど大人の顔をして微笑んでいる。

 

 その、優しげな微笑みが、むしろ怖かった。

 わたしは伸ばされた手を避けて、更に後ずさる。

 

「…血腥(ちなまぐさ)い手で、触らないで」

「…グエナヴィア!?」

「…下の村。

 ドラゴンが2頭も居れば焼き払うのも容易いわね。

 あなたはあそこの住民を恨んでいた。

 ひいては、人間全部を」

 恐怖を隠して、睨みつける。

 拒絶される事など思いもよらなかったというように、ラーハルトは少し傷ついたような表情を浮かべた。

 それから、一旦わたしから目を逸らし、先ほどのような硬い声で答える。

 

「…そうだ。オレが滅ぼした。奴らは母の仇だ。

 その上オレたちも殺されかけた。

 仇を討って、当然だ」

 だがその態度は、叱られる事が判っていて、それでも言い訳をする子供のようだ。

 

「あなたのお母さんは、それを望んでいなかった!

 むしろ、あなたがそう思い詰めるのではないかという事を、死の間際まで心配していたのに!

 なんて…なんて事を…!!」

 その口から聞くまで、信じたくなかったのだと、改めて自分で理解した。

 思わず掌で顔を覆う。

 

 彼をここまで追い詰めたのはわたしだ。

 あの男が人間を憎んでいる事、あの時のわたしにも判っていた。

 その男のところに、彼を置いていった。

 結果がこうなる事、なぜ判らなかったんだ。

 あの時の自分の幼さと無力さを恨んでみても、今更どうしようもない。

 けど、嘆かずにはいられなかった。

 

「…母は優しすぎたんだ。

 だから人間どもの世界では生きていけなかった。

 奴らをこの地上にのさばらせておいたら、またどこかで同じ悲劇が起きる。

 そしてオレやおまえのような存在は、こそこそ隠れて生きねばならなくなる。

 オレ達が一体、奴らに何をした?

 ただ、魔族の血を引いているからというだけで、奴らはオレ達を虐げてきたんだ。

 ならばオレ達には、奴らが人間だというだけで、復讐する権利がある!」

 憎しみに濁った目が悲しい。

 それでいながら、わたしの承認を無意識に求めている、幼い日のままの心が、哀しかった。

 

「だから、魔王軍なんかに忠誠を誓ったの?」

 そう言ったわたしの言葉に、ラーハルトは目を見開く。

 

「…何故、それを?」

「あの時の男…バランというのね。彼に会ったわ。

 魔王軍超竜軍団長、竜騎将バラン。

 あの男が魔王軍にいるのならば、ひょっとして…と思った。

 信じたくはなかったけれど、今の言葉からすると、間違いないようね」

 だが、ラーハルトは首を横に振る。

 

「違う。

 オレが忠誠を捧げるのは、あくまでバラン様だ」

 …言い訳にしか聞こえない。

 この子は変わってしまったんだ。

 弟のように思っていた、わたしのラーハルトはもう居ない。

 今ここに立っているのは、あのバランという軍団長の、部下。ならば。

 

「同じ事よ。

 あなたも魔王軍の一員である以上、わたしはあなたの敵でしかない」

 そう言ったわたしを見る、ラーハルトの目が一瞬、揺れた。

 

「わたしは、アバンの使徒達の…少なくとも味方だわ。

 彼らには、世界の在り方を変える力があると、わたしは信じてる」

 ダイは、気負うことなくわたしを受け入れてくれた。

 ダイを通してみんなが仲間に、友達になれた。

 ダイの目を通して見た世界は、すべての存在に優しかった。

 

 だがラーハルトは、先ほどまでと違い、真っ直ぐにわたしの目を見返して、言った。

 

「人間どもにそんなことは出来はしない。

 いつまで夢を見ているつもりなんだ、グエナヴィア。

 …オレと来い。今度こそ守ってみせる」

「ラーハルト!?」

「オレはもう、子供じゃない。

 今のオレならばおまえを守れる。

 薄汚い人間の手になど、二度と、触れさせはせん」

 言って、ラーハルトは再びわたしに手を伸ばした。

 その、子供の頃とは違う大きな手に訳もなく恐怖を感じて、それが身体に触れる前に、反射的にリリルーラを発動させる。

 瞬間、わたしを見つめた青い瞳が、いつかレオナ姫の裁きを求めたヒュンケルの、全てを諦めた瞳と、重なって見えた。

 

 ・・・

 

「グエン!?」

「…あれ?」

 そんな事を思ったからなのだろうか。

 クロコダインのところにリリルーラで戻るつもりが、目の前に居たのはヒュンケルだった。

 

「……何があった」

 よく見ればラーハルトのものよりも薄い色の青の瞳が、わたしの顔を覗き込む。

 

 …違う。

 さっきは重なって見えたけど、今は違う。

 

 ヒュンケルもダイと出会って救われた。

 今はその瞳に、諦めの色なんかない。

 

 何故かはわからないが胸が締め付けられ、わたしはその場にへたり込むと、情けなく嗚咽を漏らした。

 一瞬驚いた目をしたヒュンケルだったが、それ以上は何も聞くことがなく、胸だけを貸してくれていた。

 

 ☆☆☆

 

 ヒュンケルが居たのはカール王国だった。

 統制のとれた軍隊とそこそこの治安、大きな図書館を有していた筈の国は、超竜軍団によって滅ぼされており、生き残った兵士の頼みで、彼の兄を葬っている最中だったらしい。

 僧侶であるわたしが居るからには、放っては置けず彼を手伝って、死者に然るべき祈りを捧げて弔った。

 その際、バランと堂々と渡り合った末に殺されたというその遺体に、ダイの額に浮かぶ紋章と同じ傷跡が残されていた事から、ヒュンケルは大体の事情を察していた。

 

「バランとダイは親子よ。

 どのような事情で生き別れたのかは知らないけれど、バランはずっとダイを探していた。

 わたしは以前バランと会ったことがあるのだけれど、それは時期的に考えると、恐らくはダイと離れ離れになった直後くらいだったのでしょうね」

「やはり、そうか。

 血の繋がりのあることは、間違いないと思っていた。

 だとすれば、ダイを倒すよりも、味方に引き入れようとするだろう事も」

「ダイは記憶を奪われた。

 今バランと会わせたら、仲間との絆も失われた今、紋章という繋がりから、彼はバランを父と認めてしまうでしょうね。

 …まあ、それ自体はいいのよ。

 でも親子としての和解はもっと、対等な立場で行われるべきだわ。

 バランは、自分の子をどう扱おうが親の自由と言った。

 それが許されるのならば、生まれてすぐに親に殺されかけたわたしは、今生きていない。

 だから、それだけは、認められないのよ。

 …わたしの勝手な感情かもしれないけれど」

 バランにとって、ダイへの想いは赤ちゃんの頃のまま止まっている。

 記憶を奪ったのはまさしく、そこからやり直す為だろう。

 だけど、ダイは赤ちゃんじゃない。

 彼には彼の時間がちゃんと流れていた。

 2人の止まった時間を、正常な形で動かさなければ、親子が対等に向き合う事はできない。

 …その為に戦いが避けられないのは、とても悲しい事だけれど。

 

 わたしとラーハルトの時間も、お互いに違うところで止まってしまったのかもしれない。




ラーハルトとの再会シーンは、マトリフとの修行シーンの次くらいに頭に浮かんでいたものです。
当初はもっとアレな展開になる予定でしたが自重しました。
…まあその、自重の理由が『全年齢作品だから』って事実で察してください。


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22・半魔の僧侶は魔剣戦士と駆けつける

感想欄にて「グエン」の名前をベトナム系だと勘違いしている方がいらっしゃいましたのでここでも説明させていただきますが、ここでの「グエン」は英語圏の女性名です。
そんなに珍しい名前でもないかと思います。
「グウェン」表記の方が発音的にも正解なんでしょうけど書くの地味に面倒なんdごめんなさいなんでもないです。
意味はウェールズ語の「白い」。
本来なら「グエンドリン」の愛称(スパイダーマンの悲劇のヒロインの名前でもあります)で、「グエナヴィア」ではないらしいですが。
そして「グエナヴィア」の意味は「白い妖精」らしいですwwwwww
ちなみにグエナヴィアはアーサー王のお妃様の名前。
王妃でありながら円卓の騎士のひとりランスロットと駆け落ちしちゃうあの人ね。
なのであんまりイメージのいい名前ではないという。


 アルゴ岬。代々の(ドラゴン)の騎士が傷を癒す、“奇跡の泉”がある場所である。

 そこに立つ竜騎将バランは、次々に集まる自身の配下を認め、誰に言うともなく呟く。

 

「…来たかっ…竜騎衆!!」

 

 上空から、スカイドラゴンに乗った鳥人。

 

「竜騎衆が一人!空戦騎ガルダンディー見参!!」

 

 海から、ガメゴンロードの甲羅の上の玉座に腰を下ろしたトドマン。

 

「海の王者、海戦騎ボラホーン!参りました!!」

 

 更に地を駆けて、ドラゴンに跨った魔族の青年は、ひとっ飛びでその背から地に降り立つと、重々しい槍を構えて、姿勢を正した。

 

「陸戦騎ラーハルト推参…!!」

 

 それはバランの配下である、屈強の竜使い(ドラゴンライダー)達。

 

 ・・・

 

「戦の準備を整えてくる…ラーハルト、話がある。

 ガルダンディーとボラホーン、貴様らはここで、しばし待て」

 この先に待つ戦いの趣旨を説明した後、バランはラーハルトを伴い、一旦森の中に踏み込む。

 仲間達の姿が見えなくなってから、ラーハルトは父とも主君とも慕う男の背中に問いかけた。

 

「バラン様…お話とは、グエナヴィアの事では?」

「…何故、それを?」

「時折訪れて様子を見ていた故郷の山小屋で、一昨日、彼女に会いました。

 バラン様に、会ったと…自分は勇者一行の、少なくとも味方だと言っていました。

 …戦われたのですか、グエナヴィアと…?」

「…そうだ。

 生きる為とはいえ、あの甘い考えを持ったままでよくぞあそこまで強くなったと思わされた。

 …ラーハルト。彼女はあくまで敵対する気だぞ。

 私と共に戦う事は、彼女と戦わねばならないという事だ。

 おまえには、その覚悟はあるか?

 …彼女自身は既に、覚悟を決めているようだが」

 先ほど、他の仲間たちに向けたのとは違う、どこか温かみを含んだ視線に、ラーハルトは本当の気持ちを、包み隠さず口にする。

 

「…正直、自分でもわかりません。

 ただ、バラン様がディーノ様を取り戻そうとなさるのと同じように、オレも取り戻すつもりです。

 グエナヴィアを、うす汚い人間どもの手から」

「…そうだ。我々の大切な者たちを、なんとしても奴らの手から奪い返すのだ」

 同じ決意を認め、二人の視線が絡み合う。

 同じ憎しみと悲しみを抱き、支えあいながら共に過ごしてきた12年という月日、互いの中の負の感情を、互いに増幅し続けてきた事に、2人は気付いていなかった。

 

 ・・・

 

 バランが息子の気配に向けて真っ直ぐ進んで行くのに従い、彼の配下の竜騎衆も、それぞれのドラゴンを駆る。

 途中の岩山が立ち並ぶ地帯に差し掛かった時、視線より上の方から、明らかな敵意を感じて、バランはドラゴンを止めて上を見上げた。

 竜騎衆たちもそれに倣う。

 その視線の先の、高い岩山の上に、バランには見覚えのある、まだ少年の魔法使いが、厳しい表情で立っていた。

 

「ここから先は、通さねえ…!!!」

 

 ☆☆☆

 

 近隣の村に立ち寄って、とりあえずのわたしの装備と、ある程度の物資を調達してから、ヒュンケルを連れて森の中の小屋にルーラで戻ってみれば、そこはもぬけの殻だった。

 出る前にレオナ姫から、テラン王にお伺いをたてることがあるかもしれないと聞かされていたから、恐らく王城に向かったのだろう。

 わたしはテラン城には行ったことがないが、リリルーラで合流する事は可能だ。

 

「グエン、これを」

 と、ヒュンケルが小屋の中の丸椅子の上から、何か一片の紙を持ち上げる。

 差し出されたそれを見て、心臓が凍った。

 

 “グエンへ

 

 バランに仲間がいた

 感知したメルルが言うには、バランと同じくらいの力を持った奴が、ほかに三人いるらしい

 戻ったらすぐ、姫さん達と合流して、ダイを守ってやってくれ

 おれはできる限り奴らを足止めして、可能なら数を減らしておく

 死ぬかもしれないが、やるだけのことはやるから、後のことはよろしく頼む

 あんたが頼りだ

 

 

ポップ

 

 ダイたちは王城だ

 

 走り書きされた文字は読み辛かったし、最後のは書き忘れてた事に気付いて慌てて書き加えたものとはっきりわかったが、それだけ緊迫した状況が伝わってくる。

 しかも、バランの仲間…その中には、間違いなくラーハルトもいる筈だ。

 

「ポップとしては、王城に行ってダイを守って欲しいって事なんでしょうけど…」

 それだと、ポップを見殺しにする事になる。

 見るともなしにヒュンケルの方を見ると、彼はそれだけでわたしの気持ちを理解してくれたようで、こくりと頷いた。

 

「あいつ一人でなど、みすみす死なせるだけだ。

 グエン、オレをポップのところまで運べないか?」

 確かに、この時点のポップの構想には、ヒュンケルは含まれていない。

 

「単体じゃ無理よ。

 わたしが行くのに巻き込むくらいしか…いいわ、そうしましょう。

 ちゃんとわたしの手を掴んでて」

 ポップが足止めをするつもりならば、バランやラーハルトと先に出会うのはポップの筈だ。

 ならばわたしもそちらに行った方がいい。

 あの子がひとりで戦うよりも、わたしやヒュンケルと一緒に戦う方が、よほどダイを守るクロコダインやレオナ姫が楽になる。

 

「……リリルーラ!」

 わたしはヒュンケルの大きな手を掴み、呪文を発動させた。

 イメージは、今度は間違いなく、ポップの姿。

 

 ・・・

 

「ギャハハハッ!!いいぞ、その顔だっ!!!

 そのままの顔でいろよォッ!!!」

 着いた先で見渡すと、少し離れた場所に、ボロボロになったポップがいた。

 見れば身体中に何故か羽根が突き刺さり、一部は刺された箇所から血が吹き出しているようだ。

 そのそばに鳥の獣人が、手にした細身剣を、今まさにポップの首に打ち下ろさんとしているところだった。

 

「ポップ!!」

 だが次の瞬間ヒュンケルが、あの馬鹿デカイ剣をどうやってと思うほど素早く抜き放ち、その鳥人の背に向けて突き技を放った。

 それは鳥人の肩を貫き、あわやポップの首を斬り落とす寸前だった剣が、手から取り落とされる。

 ヒュンケルは止まる事なくポップに駆け寄ると、何故かポップの身体に刺さった羽根を、全て剣で斬り飛ばした。

 不自然に吹き出していた血がそれで止まったところを見ると、あの羽根はそういう作用を持った武器で、ヒュンケルはそれを一瞬にして看破したって事だ。

 

「大丈夫、ポップ!?」

 膝から崩れ落ちるポップを支えるヒュンケルに、わたしも駆け寄りながら声をかける。

 

「グエン!?なんで…」

 言いかけて、自分を支えている腕と、その持ち主を見上げたポップが、小さくため息をつきながら言った。

 

「…よりによって、一番助けられたくねえ野郎に助けられちまったぜ…!!!」

「そいつは悪いことをしたな……!」

 軽口というにはあまりにも無表情に、ヒュンケルはそう返しながら敵を見据えた。

 相手は例の鳥人の他に、トドマンと、そして…ラーハルト。

 

「グエナヴィア…!!」

 硬い声が、わたしの名を呟いた。

 

 ・・・

 

「一応礼だけは言っておくぜ…ヒュンケル」

 自分を支えるヒュンケルの手から、男の子の意地なのかなんなのか、ふらつきつつも身を離してポップが言う。

 その言葉に、相手方の三人が反応した。

 

「ヒュンケル…この男が…!!?」

「元魔王軍の不死騎団長でありながら、我らを裏切り勇者に寝返ったという…」

「魔剣戦士ヒュンケルとやらか…!?」

 まあ、魔王軍の一員であるならヒュンケルの強さは知っているだろう。

 …というわたし自身は、ヒュンケルの戦うところをまともに見たことがないわけだけど、この男は、かつて魔王だった、魔軍司令ハドラーと戦い、瀕死になりながらも勝った男なのだ。

 推して知るべし、というやつだろう。

 そのヒュンケルだが、相手の反応などどこ吹く風で、ポップに向かってちょっと呆れたように言う。

 

「…事情は粗方、グエンから聞いている。

 だが、随分と実力に見合わぬ無茶をやったものだな。

 …バランはどうした!!?」

「先にダイんところへ…行かれちまった…!」

 本来なら一番足止めしたかった相手だったろうに、悔しそうな表情で拳を握りしめるポップに回復呪文をかけてやりながら、わたしも相手を見据えて言った。

 

「そう…ならばこいつらをチャッチャと倒して、駆けつけてあげなきゃね」

「そうだ。

 こんなザコどもに構っているヒマはない…!!」

 わたしの言葉に同調してヒュンケルが続けると、どうも血の気が多いっぽいと一目でわかる獣人たちが怒りを露わにする。

 

「やっ…野郎ッ!!なめやがって!!

 元軍団長だかなんだか知らねぇが、たかが人間じゃねえか!!

 てめえもそっちの魔族の女も、そのガキと同じようにメッタメタに切り刻んでやるぜェ!!!」

 叫びながら鳥人の方が、さっき取り落とした細身剣を拾って構える。

 それを見たラーハルトが、少し焦ったような表情を見せたが、そのどれにも構わずといった(てい)でヒュンケルが、回復の済んだポップの背を、ポンと叩いた。

 

「…ポップ、こいつは貴様にくれてやる。

 やられた恨みを存分に晴らすんだな」

 その言葉に、てっきりヒュンケルかわたしが向かってくると思っていたらしい鳥人は、必要以上の驚きを顔に表していた。

 

「てめえら、本当にオレをなめてるのかっ!?」

 獣人の年齢や寿命はよくわからないが、この鳥人はひょっとしなくても相当若そうだ。

 むしろ先ほどのポップに見せた残酷な表情からは、幼児性のようなものすら感じさせる。

 比べても詮無い事だが、わたし達のクロコダインがどこからどう見ても大人の男である事も相まって、わたしにはこの鳥人が、他の二人に比べても格が落ちるようにしか見えなかった。

 恐らく、ヒュンケルの目にも同じものが見えているのだろう。

 …それに何より、こいつは手負いだ。

 

「貴様は、絶対にこいつに勝てん」

「そうね、万が一あなたがポップに勝てたら、今度はわたしが相手になってあげるわ」

 わたし達2人の挑発で、本気でブチ切れたらしい鳥人は、怒りに身を震わせながら、自身の身体から羽根を毟ってそれを握りしめ、跳躍する。

 一応体力は回復したが、どうやら魔法力が尽きかけているらしいポップは、それでも上から攻撃してくる鳥人を睨みつける。

 

飛翔呪文(トベルーラ)!!!!」

 攻撃を避けるでなく、逆に相手に向かっていったポップは、見る間に鳥人より高い位置まで飛んだ。

 鳥人がそちらに振り向きながら、翼を広げる。

 

「こざかしい!!

 空中でオレとやりあおうなどとはッ…なっ!!」

 次の瞬間、広げた翼の、片翼が千切れて落ちた。

 

「…言ったはずだ、貴様は勝てんと。

 ブラッディースクライドを受けた以上、ただではすまん…!!」

 そう、それは先ほど、ヒュンケルの鋭い突き技がもろに当たった箇所だ。

 あまりに鋭い斬撃だった為、痛みを感じてはいなかったのだろう。

 だが明らかにその時点で千切れかけており、もはや使用に耐えられる状態ではなかった。

 片翼のみで羽ばたいた為、鳥人は空中でバランスを崩す。

 その真正面から、ポップは魔法力を溜めた両手を、殴るように叩きつけた。

 

 

「残りの魔法力…全部てめえにくれてやらあッ!!

 

 

 イオ!!!!」

 

 

 呪文による爆発で、上空が真っ白く輝く。

 

「ガ…ガルダンディ───ッ!!!!」

 初級呪文とはいえ、攻撃魔力の高いポップの爆裂呪文を真正面からもろにぶつけられ、地面に落下した時には、鳥人はもはやその生命活動を完全に停止していた。

 

 そして、本気で魔法力が尽きたらしいポップが、トベルーラを維持できずに落下してくる。

 なんとか受け身をとって着地したものの、ポップはそのまま地面に膝をついた。

 

「や、やったぜ…!

 だけどよ、もう魔法力がカラッポだぁ…」

 …体力は回復した筈だが、それにしてはフラフラしてる。

 あ…この状態、以前マトリフ様に聞いたやつかも。

 攻撃魔力の高い者ほど出やすい症状らしいのだが、魔法力が底をついた状態の時に、急激な睡魔に襲われる事があると。

 なんでも生存本能的な理屈であるらしく、攻撃魔力の高い者は得てして肉体耐久力は低い傾向にある為、魔法力が尽きる事が即時の危機に直結すると肉体が判断して、その回復を優先させるのだそうだ。

 それが即ち睡眠を欲するという事で、それは体力が満タンであっても関係ないらしい。

 

『魔法力が底をつく事よりも、敵地で眠気に負ける方が、よっぽど危険だと思うんだがなぁ』

 と、マトリフ様が苦笑いしながら仰っていたところを見ると、偉大な大魔道士にも不覚を取った経験があるという事だろう。

 ともかく、今ポップの身体に起きてるのは、恐らくはその現象だ。

 ある意味、成長の証ともいえる。

 もっとも熟練の魔法使いになってしまえば、戦地で魔法力が尽きる事そのものがなくなるだろうけど。

 わたしが見る限り、この子は攻撃魔力の急成長に、魔法力の上限上昇がついていっていないと思う。

 というよりこの子の素質に密かに惚れ込んでるマトリフ様が、早い段階で大呪文を詰め込みすぎ。

 

「おまえにしてはよくやった…。

 心配せずに、あとはゆっくり休んでいろ」

 そんなポップに、振り返らずにヒュンケルが言葉をかける。

 

「ヘッ、心配なんざしてねえよ…おめえは性格は悪いけど…強さだけは…ピカ一だからな…!

 じゃあ、遠慮なく…休ましてもらうわぁ…」

 …いや、ヒュンケルは性格悪くないと思うよ?

 君たち弟妹弟子たちの前ではひねくれた事も言うようだけど、わたしやクロコダインといる時には結構素直な顔も見せる。

 君のヒュンケル観には多分に恋敵フィルターがかかってる。

 けどつっこむ間もなくポップがすうすう寝息をたて始め、わたしは彼の身体を抱えて、岩山の陰になるあたりに移動させた。

 …確かにこれは、強さに絶対の信頼がおける仲間が居ないと危険かもしれない。

 しかしまあ、今回のポップの行動がアレなだけで、本来魔法使いというポジションで、1人で戦うシチュエーション自体がないか。

 ふと、見るともなしにヒュンケルの方を見ると、彼がこちらを振り返って、ひどく優しく微笑んでいるのが目に入った。

 戦場で目にするには場違いだけど、心の中でポップの健闘をたたえたのが、つい表情に出てしまったというところだろう。

 

「さて…これで2対2ね」

 道中、急場しのぎに手に入れた棍を構えつつ、わたしはヒュンケルの隣に戻る。だが、

 

「あなたが戦う必要はない、グエン。

 オレ1人で充分だ。下がっていてくれ」

 ヒュンケルがそのわたしを制して、一歩前に進み出た。

 そのタイミングで、少しの間呆然としていたトドマンがこちらを振り返り、野太い声を張り上げる。

 

「おのれいッ!よくもガルダンディーを…!!

 ただでは済まさんぞ!!」

 ヒュンケルは、先ほど一瞬だけ見せた穏やかな表情が嘘のように、薄い青の瞳で敵を睨みつけた。

 鋭く薙いだ剣が、その剣圧のみでトドマンの牙を折る。

 

「ボラホーン!!」

 その衝撃と痛みに呻く仲間に呼びかけたラーハルトが、次にはこちらを驚いた顔で振り返る。

 …そうだろう。

 隣で見てるわたしでさえ恐いと感じるほど、ヒュンケルは凄まじい闘気を放っているのだから。

 

「ただでは済まさんだと?

 …それはこっちのセリフだ。

 貴様らがどこの馬の骨かは知らんが…、

 オレの弟弟子をいたぶってくれた礼は、そんな程度では済まさんからな!!!」

 ヒュンケルの身体から溢れ出す闘気が、紫色の光となって、彼の全身を覆っていた。




第20話にて、バランとの戦いで失ったグエンの武器、第4話で兄弟子のゲッコーさんに貰ったものですが実は「菩薩の棍」という、恐らく資料に使ってるドラクエ9の中ではほぼ最高ランクに位置する棍でした。
「あなたに差し上げようと思って用意していたもの」との言葉通り、プロポーズの小道具として万難を排して手に入れたものでしたが、友人達に「いや、それが結婚したいと思ってる女性へのプレゼントってどうなの!?」と言われて、その時点では出せなかったという裏エピソードがあります。哀れ。
それを失ってから今回、急場しのぎに近隣で買ったのは「樫の棍」。
ベンガーナでダイの剣を買った後、色々あって精算されてない為、グエンには持ち金がそんなにありませんでした。
あとやはり20話、クロコダイン視点だった為にサラッと流されてますが、最初のギガブレイクを受けた時点で実は上半身の服も斬られていて、ベホマラーで回復してからマントで急場の胸あてをつくるまで、実はおっ○いまる見えでした。
なので旅人の服も新調してます。


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23・半魔の僧侶は過去を断ち切ろうと決意する

なんか知らないけど執筆が捗りませんでした。
グエン一人加わっただけで、バトルシーンが冗長極まってしまい、それをどうにかしようとグダグダ考えてたら、時間が過ぎ去っていきました。
つまり、開き直るまで時間がかかりました。
…ええ別に、他に書きたいもののアイディアが無駄に浮かんでいたとか、特に番外編の構想に気を取られていたとか、ましてや「あさしん」のバレンタインデー企画に夢中になっていたとか、関係ないけど近所のスーパーのお菓子コーナーでずっとかかってるイチゴがどうたらという内容の歌が頭の中でループして止まらないとか、そんなものに時間を取られたりなんかしていません。
し、していませんとも……!!


「よくも、このワシの自慢の牙を!!!

 粉みじんにしてくれるぞ…!!!」

 怒りに身を震わせて立つ、ボラホーンと呼ばれたトドマンは、大きさ的にはクロコダインよりひとまわり大きいくらいか。

 多分クロコダインと同じような、同種族の中でも王様級かと思う。

 

「悪あがきならさっさとしろ。先を急ぐんでな」

「若造があッ!どこまでもひとをなめおって!!」

 …敵として相対してたらこの態度、確かにすごいムカつくんだろうな。

 わたしとポップの、ヒュンケルに対する見方が微妙に違うのは、ひょっとしたらその立場に立った事があるか無いかの違いかもしれない。

 

「天下無双とうたわれたこの海戦騎ボラホーンさまの(パワー)!!

 受けてみるがいいわあッ!!!」

 巨大な拳がヒュンケルを、その身体を、打ち砕かんと襲いかかる。

 だがヒュンケルはあろう事か、その渾身の拳を、無造作に上げた自身の拳で受け止めていた。

 

「これで天下無双の力とは笑わせる。

 オレの仲間には、おまえの倍は腕力の強いやつがいるぞ」

 流れ的にはクロコダインの事を言ってるんだろうけど、倍はいくらなんでも盛りすぎじゃないだろうか。

 ていうかこの状況を見る限り、ヒュンケル自身がすごい剛力なように見えるけど、これ実はアバン流の基礎の中に体術的な項目があって、それの応用らしい。

 わたしもポップに説明してもらっただけだからよく知らないけど、気合いを溜めて部分的に力を集中させることによって、瞬間的な攻撃力や防御力の上昇を図れるとかで、これを使えばポップも、大岩を抱えた状態でスクワットとか普通にできるそう。

 とはいえ基礎体力がしっかりしてないと、やった後の疲労感が半端ないらしく、ポップはその基礎体力不足、ダイは修業が途中で終わってしまった為に、彼らには完璧な形では身についていないけど、マァムはそこそこ使いこなしていたそうなので、ヒュンケルにも自然に身についていてもおかしくない。

 見た感じ、このトドマンがヒュンケルの手に負えない相手のようには見えないから、任せてしまって構わないだろう。

 

 …わたしは、こっちのバカに用がある。

 

「…わたしは、あなたを止めるわ、ラーハルト。

 わたしの命を懸けてでも、止める」

 …一昨日会った時は一人だった上、自分でも思った以上に覚悟が足りなかったせいで、思わず逃げてしまったが、今は違う。

 ここはもうわたし一人の問題じゃない。

 自分のせいでこうなったのだという責任もある。

 

「グエナヴィア…どうしてもか」

 その返事がわりに棍を構え、かつて弟とも思っていた男の前に、わたしは進み出た。

 どうやらラーハルトの武器は槍。

 …なんだかえらく物々しいそれに、そこはかとない既視感を覚えるけど。

 バランの時と同じようにして、ひとまずスカラとトベルーラで、防御力と機動力を確保。

 それから、やはりバランにしたように、マヌーサからの連続攻撃。

 まずはこれで様子見としよう。

 この子は呪文はあまり得意ではなかった筈だから、フバーハは必要あるまい。

 

「くっ……!!」

 ラーハルトはわたしの分身に一瞬戸惑ったようだが、驚く事に彼は、そのすべての動きに対応してみせた。

 効率が悪いようだが、全て躱せるのならば、分身を見極める必要もない。

 こいつ、速さだけならバランを上回るかも!!

 ならば…本来は槍を以って使う技だし、見よう見まねだけど。

 

「さみだれ突き!!」

 それは、パルナ村でオミットさんに演武を見せていただいた中で、一番棍に応用できそうだと思っていた、連続突きの技だ。

 

 わたしの生きる力、技は、人間がくれたもの。

 それを否定する者に、負けるわけにはいかない。

 

 …だがそこに、更に驚く事が起こっていた。

 確かに未熟だが、それでも相当な高速である筈のわたしの突きが全て、ラーハルトの槍で弾かれたかと思うと、最後の突きがその穂先で合わされ、止められていたのだ。

 信じられない、あんなに大きな武器で。

 

「もう止せ、グエナヴィア。言ったろう。

 オレはもう、守られるだけの…子供だった時のオレじゃない」

 一旦押し返して間合いを離そう…と思ったが、それができない。

 わたしが力を込めて押し返せば、向こうから同じだけの力が加わって、均衡を保とうとしてくる。

 バカにしてる。

 力では間違いなくラーハルトが上だ。

 それをわざわざ、同じだけの力で合わせてくるなんて。

 そして、この状態から引くわけにもいかない。

 この状態で力負けすれば、その勢いは全てわたしの方に来てしまう。

 考えろ。頭はその為にある。

 戦いは、力の優劣で決まるものじゃない。

 その時。

 

「ブハアァ───ッ!!」

「ムッ!!」

 ヒュンケルが戦っているトドマンが、どうやら氷のブレスを吐いたらしい。

 見る限り、マヒャド級の威力がありそうなそれは、直撃を食らえば一瞬で凍りつくだろう。

 そこに武器を撃ち当てて砕く戦法か。

 さきの粉みじん発言は、どうもそういうことのようだ。

 なるほど、うまい手だ。けど相手が悪い。

 一瞬、ラーハルトの視線がそちらに逸れた。

 …この瞬間を逃す手はない!

 わたしは棍を横にずらし、ぱっとそのまま手を離すと、トベルーラで跳躍してラーハルトの頭上へ飛ぶ。

 

「なっ…!!」

 一瞬、力を逸らされたラーハルトの身体が泳いだ。

 その背中を蹴って、もう一度空中へ飛び、そこで体勢を整えながら、手に魔法力を溜めた。

 

「バギマッ!!」

 瞬間。

 何故か、トドマンのブレスの中でヒュンケルが口にした合言葉(キーワード)が、わたしの前で、大きな槍を構えた男の、唇の動きと、重なって見えた。そして。

 

 

「「鎧化(アムド)ッ!!」」

 

 

 

 風が。

 

 吹雪が。

 

 かき消された。

 

 

 

「それは…まさか!?」

「なるほど。

 あれはまさしく魔界最高の名工といわれたロン・ベルク作…鎧の魔剣。

 火炎・凍気をはじめとする、電撃以外全ての呪文を弾く…オレのこの『鎧の魔槍』と並ぶ傑作だ」

 

 

 

「ふ…吹雪が効かん!!!!!」

 動揺するトドマンの武器を手刀で砕くと同時に突進し、ヒュンケルがその巨体を素手で殴り飛ばす。

 

「…遊びは終わりだ!!」

 言ってヒュンケルは兜から剣を取り外すと、先ほどガルダンディーとか呼ばれていた鳥に放ったのと同じ技で、トドマンの胸を貫いていた。

 

「ブラッディースクライド!!!」

 

 …ラーハルトが身につけていたのは、ヒュンケルのものより軽装ながら、それと質感の似た金属で作られた鎧だった。

 なるほど、あの巨大な穂鞘は、ヒュンケルの剣の鞘と同様、鎧に変化する部分だったか。

 などと感心している場合じゃない。

 なんて事だ。

 ヒュンケルと同じ鎧であれば、呪文攻撃は一切無効ということになる。

 呪文だけじゃない。

 先ほどのヒュンケルがブレス攻撃すら弾いたのを見る限り、属性攻撃そのものが無効化されるらしい。

 それはわたしの攻撃も、バギや氷結乱撃は通用しないという事。

 

「ヤツとならこれで戦力は互角…いや、腕はオレの方が上だから、オレが有利かな…?」

 わたしの場合、ヒュンケルは最初から味方だったが、この魔法防御力を持つヒュンケルに敵として相対したダイ、ポップ、マァムの、ファーストコンタクト時の絶望感が如何許りであったか、今なら理解できる。

 

「ほざくな…次は貴様の番だ」

 と、トドマンを片付けたヒュンケルが、再びわたしの隣に立つ。

 それだけで、その存在感のなんと頼もしいことか。

 

「下がっていろと言った筈だぞ、グエン。

 どうやらそいつとは因縁があるようだが、戦いはオレに任せておけ。

 …あなたも、あなたの守りたいものも、オレが必ず守る!!」

「…ヒュンケル!」

 ヒュンケルは、わたしにそう言うと、剣を構えてラーハルトに向かった。

 ラーハルトはそのヒュンケルの剣撃を、左腕に装着された小さな盾で受け止める。

 

「おまえの秘技を拝ませてもらった礼をせねばなるまい…今度はオレの秘技をお見せしよう!」

 そう言って、その盾に収納されていた突起を引き出す。

 ラーハルトの手の中でそれは長く伸び、先ほど手にしていたのと同じ長さの一本の槍となった。

 それが、構えたと同時に、疾る。

 次の瞬間、その穂先は、反射的に首を傾けて躱したヒュンケルの足元に、彼の兜を落としていた。

 ヒュンケルが一旦間合いを離す。

 

「上手く躱した…と言いたいところだが…。

 今のはほんの挨拶がわりだ。

 落ちた兜をよく見ろ!」

 …それは真ん中から、綺麗に二つに割れていた。

 ヒュンケルだけでなく、後ろに控えるわたしも息を呑む。

 やはりラーハルトのスピードは桁違いだ。

 しかもわたしの時は、半分の実力すら出していなかっただろう。

 そして、元々器用な子だった彼は、今やそのスピードに加え、正確さ、精密さまでもを兼ね備えている。

 ヒュンケルの剣技には正確さがないとは言わないが、やはりその(パワー)による一撃の破壊力が、最も大きなウェイトを占めている。

 だが一撃の破壊力は上でも、その一撃が当たらなければ意味がない。

 総合的な部分での二人の戦闘力にそれほど違いはないだろうが、ヒュンケルにとってのラーハルトは、相性のいい相手とは言い難い。

 

「その気になればオレの槍は、おまえがまばたきしている間に、その心臓を貫くことだってできる」

 涼しい顔で言ってのけるラーハルトの言葉は、決してハッタリではないのだろう。ならば。

 

「お…面白い!そんなことができるのなら……」

「ヒュンケル、挑発に乗らない!

 …気負わなくていいわよ。

 わたしへの気遣いは無用だわ。

 人間の力は、仲間との絆。

 生死を共にする仲間として、お互いを信じ合う心。

 …一緒に戦いましょう、ヒュンケル。

 わたし()()の、守るべきものを、守るために」

 無策で突進して行こうとしたヒュンケルを制して、彼の身体にスカラをかける。

 …以前、回復呪文が通ったから大丈夫とは思ったけど、どうやら補助呪文も問題なく通るようだ。

 この鎧の魔法無効化は、『害意ある』ものに限られるらしい。

 今度彼に協力してもらって、もう少し詳しい効果の範囲を検証させてもらおう。

 …まあ、それには今、目の前に立ちはだかる()を討ち果たし、バランとの戦いを、生きて終える事が大前提なわけだけど。

 

「グエン……わかった」

 スカラをかけるために触れていたわたしの手に、ヒュンケルの手が重なった。

 互いに視線を合わせて頷き合い、意思の疎通が完了して、改めてラーハルトに向き合う。

 

「…グエナヴィア!

 オレと敵対してまで、人間の手を取ると言うのか…!

 いい加減に目を覚ませ!!

 おまえを守れるのはそいつではない、このオレだ!!」

 言うや、ラーハルトの槍が回転した…ところまでは目視できた。

 だが次に、閃光が幾筋も疾ったように見えたかと思えば、ヒュンケルの身体が後方に吹き飛んでいた。

 

「うおおおおッ!!!」

 ヒュンケルの身体の至る所に、ラーハルトの放つ鋭い突きが命中する。

 スカラをかけていなければ、鎧が砕かれて結構なダメージを負っているだろう。

 だがダメージは流せても勢いは殺せず、ヒュンケルの身体は、後ろの岩山に叩きつけられた。

 

「ヒュンケルッ!!」

「グエナヴィア…おまえが信じた人間がいかに無力か思い知ったろう。

 さあ、いよいよ予告通り、心臓を貫いてやろう」

「…それを実行するには、わたしを殺すしかなくてよ、ラーハルト。

 今度はわたしが相手をする。

 全力でかかってきなさい!!」

 それでも、ヒュンケルのダメージはさほどでも無いはずだ。

 隙さえ作れれば攻撃のチャンスはある。

 そして攻撃さえ当たれば、ヒュンケルなら勝てる。

 それを作るのが、仲間としてのわたしの役目だ。

 ラーハルトは「わたしを守る」と言った。

 けれど彼の言うそれは、それまで生きてきたわたし自身を、壊す事と同義だ。

 バランが、ダイを手に入れようとしているのと同じように。

 バランは「ダイ」を壊して、「ディーノ」を手に入れようとしている。

 ラーハルトもまた、彼が守ろうとしているのは、別れた当時の無力だった少女の頃のわたしであり、彼の中に今のわたしは存在しない。

 わたしにもラーハルトにも。

 ダイにもバランにも。

 同じ時間が流れている筈なのに、誰もそれを認めようとしていなくて。

 

 …だから、わたしが時間を進めよう。

 あの日のラーハルトを取り戻そうなどとは、もう思うまい。

 できれば殺したくはなかったから、無力化する程度に留めたかったけど、そんな甘い考えで勝てる相手じゃない。

 

 どちらかしか、選べないなら。

 わたしは、「今のわたし」を選ぼう。

「今のわたしが守りたいもの」を守ろう。

 

 目の前にいるのは、それを壊そうとする、敵だ。

 

 ☆☆☆

 

「……誰か、ここへ来るよ…わかるんだ。

 ぼくは…その人を知ってる…!」




覇極流千峰塵(さみだれづき)!!」
「やめろと言うのに」

バトル漫画のセオリーは一対一。
けどドラクエのシステムはパーティー戦。
僧侶とか魔法使いの存在って、そのパーティー戦の象徴だと思うの。
…それはそれとしてラーハルトって入力しようとしてラーまで打つと、やたらとラーメン関係の予測変換が出てくるの何とかして欲しいんですけど。
なんともなりませんかそうですか。


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24・半魔の僧侶は防御する

物語としてはバランとの戦いが一番盛り上がるシーンだとわかってはいる。
わかっているのだが、正直アタシはこのバラン編が結構嫌いだ。
それぞれの感情、それぞれのエゴがぶつかり合う、見ててすごく胸が痛いシーンの連続であり、単純な正義と悪の戦いと割り切れない部分が一番浮き彫りになるからだと思う。
特に記憶のないダイにポップやレオナが声を荒げるあたりなど、正義の側にある筈の彼らが自分達の事しか考えてないようにも見え、見ていて腹が立つくらいだった。
そんなただでさえ全員のエゴが見てて辛い場面に、もうひとり加えて更にややこしくしてしまって、本当に申し訳ないと思っている。
あともうひとつ、すごく嫌いな台詞があるが、それはそのシーンが本来入る筈の回で説明する。
それはさておきロイホのコスモドリア食べたい。


 テラン王国、竜の神殿を祀る湖。

 まだ先日の戦いの爪痕が、生々しく残るその場所に、着地音を轟かせて降り立つ男が一人。

 

「ディーノよ…!奴らがどこに匿おうとも、私にはおまえがどこにいるのかがわかる。

 私たちには何物にもまさる、血の絆があるのだからな…!」

 かつての自分の過ちのために。

 醜く身勝手な生き物を、信じたために。

 失ってしまった大切な人。

 失ったと思っていた、その忘れ形見。

 溢れるほどの愛と、身を焼くほどの憎しみ。

 その二つを同時に瞳に宿したかつての地上の守護者は、最も確かな方法で我が子に呼びかけていた。

 

 ・・・

 

「い…今なにか、凄まじい力をもった者が現れました…!

 この城の東南…すぐ近くです!!」

「まさか!!?」

「…バランだ。間違いない。

 瞬間移動呪文(ルーラ)で、先にこの国までたどり着いたのだ!!

 急いで、守りを固めなければ…!!!」

「わかったわ!

 あたしとクロコダインとで守りにつきましょう!!

 ナバラさんたちは、ここでダイ君に付き添ってあげて!!」

「姫には危険だ!

 あのバランの驚異的な力をお忘れかっ!!?」

「だからこそ行くのよ!

 バランが相手ではあなたも無傷では済まないわ。

 グエンが居ない今、回復呪文の使い手が要るでしょう!?」

「…やむを得ませんな。

 言われて考えを曲げるような方ではないし…」

「そういうことね。さあ、行きましょう!!

 …ナバラさん、メルル。

 絶対にダイ君を、牢の外に出してはだめよ!」

 

 ・・・

 

 ふたつの紋章は、輝きを放ちながら互いに呼び合う。

 それは間違いなく、この世にただ2人、親子の血の絆だった。

 

「必ず取り戻す。

 二度と、誰にも奪わせはしない…!」

 

 ☆☆☆

 

 “そんな言い方は良くないよ。

 君のお母さんも人間なんだから。

 君の言葉は、お母さんをも傷つけてしまう”

 オレが母を迫害する人間どもへの憎しみを口にする度に、母が見せる悲しい顔の理由を教えてくれたのは、生まれて初めて出会った同族の女だった。

 この広い世界の中に、オレ達のような半魔族が、ただ二人だけとは思わないが、それが偶然出会うなど、奇跡のような確率だろう。

 オレが知らずに、無意識に傷つけていた母の悲しみも、その母でさえ全ては理解し得なかったオレの孤独も、彼女は理解した。

 

 やがて母が亡くなり、旅立つかと思っていた彼女がそばにいてくれるとわかった時、オレ達は一生共にいるのだと思った。

 

 母が悲しむ事が判っていても、オレは人間への憎しみを、捨て去る事はできなかった。

 でも、もうそれでいい。

 母を失った今、オレと人間の間には、何の繋がりもない。

 

 他に何も、誰も要らない。

 彼女が居れば生きていける。

 

 山の中のあの小さな小屋が、オレと彼女…グエナヴィアとの、二人だけの世界で良かったのだ。

 それが、壊された。人間たちの手によって。

 

 バラン様が通りかかってくださらなければ、オレは恐らく殺されていた。

 そして、グエナヴィアは……

 

 “逃げなさい、ラーハルト!

 わたしは大丈夫だから、早く!”

 奴らの狙いはオレだった。

 だからグエナヴィアは、オレを守る為に、あの場に残って戦った。

 そして……

 

 正直、未だに夢に見る。

 泉の水で身体を清める時も、オレの見ている前では、決して晒さなかった白い肌。

 記憶にある母のそれより豊かな双丘。

 力無く横たわるその白い身体に、無遠慮に圧し掛かる人間の男。

 

 バラン様を連れてオレがそこに戻るのが、一足遅れていればどうなっていたか、想像に難くない。

 バラン様がその男の首から上を吹き飛ばしてくれた時は、当然だと思うと同時に、自分で手が下せなかった事を悔しいと思った。

 あの男は、オレが殺すべきだった…オレに殺されるべきだった。

 

 そうできなかったのは、オレが子供で、弱かったからだ。

 だから強くなろうと思った。

 バラン様が差し伸べた手を、迷う事なく取った。

 彼女は、必ずオレと共に来ると思っていた。

 だが…救われて、安心して目覚めた朝、彼女の姿はどこにもなかった。

 オレは泣いた。

 その泣くオレに、バラン様は言った。

 

 “彼女はおまえを守る為に、私におまえを託した。

 彼女にもう一度会いたいのならば、おまえが彼女を守れるくらい、強くなれ”

 そうだ。

 オレが弱かったから、二人の世界を壊された。

 ならば取り戻す為に、強くならなければ。

 オレは、必ずグエナヴィアを探し出す。

 そう思って修業に励んだ。

 

 そうして遂に、再会の時が訪れた。

 …オレは魔王軍の侵攻開始直後に、母を追い出し、オレ達を間接的に殺そうとした村の奴らへの復讐は果たしていた。

 村の惨状を目にした時に、グエナヴィアはこれが、単なる魔物の襲撃ではないと悟ったのだろう。

 オレを見据えた瞳に、明らかに、嫌悪と恐怖の色が浮かんでいた。

 

 “…血腥(ちなまぐさ)い手で、触らないで”

 

 “あなたも魔王軍の一員である以上、わたしはあなたの敵でしかない”

 

 信じられなかった。オレを拒否するなど。

 全て、オレとおまえの世界を取り戻す為だ。

 世界から人間どもが居なくなれば、オレ達は平穏に暮らせるんだ。

 それなのに何故。

 その人間どもの側に立とうというのか。

 オレの手を振り払ってまで。

 …そんな事は、認めない。

 誰にも渡さない。絶対に。

 

 ☆☆☆

 

「もう少し待ってれば、ぼくを守ってくれる人が来るよ!

 もう、近くまで来てるんだ!」

「…違うわ。…それは敵よ!!」

「敵!!?」

「そうよ!!

 キミの心からキミと…あたし達のかけがえのない思い出を奪った、許せない敵だわ!!

 そんなヤツが来るっていうのに、ヘラヘラ喜んでないでよ!!」

 

 

 “…そんなに声を荒げないで、レオナ姫。

 彼が怖がっちゃうでしょう?”

 確かめたいことがあると言って出て行ったまま、まだ戻ってこないグエンの声が、突然脳裏に浮かんだ。

 …わかってるけど、あたしは貴女みたいに大人じゃないのよ。

 

 グエンは、自分がダイ君に忘れられていると知ると、改めて友達になるって方を選んだけど、あたしはそんなの我慢できない。

 バランに壊されたダイ君との思い出は、あたしにとってもかけがえのないものだった。

 これから上書きをしていっても、それは偽物でしかないもの。

 あたしとの思い出だけじゃない。

 バランはダイ君の積み重ねてきた、生きてきた時間そのものを奪った。

 それがまさに、ダイ君をダイ君足らしめていると、知った上で。

 それが許せない。だからあたしは、戦う。

 あたしの…あたし達のダイ君を、取り戻す為に。

 

「さあ!クロコダイン!!」

「…心得た!!」

 

 ☆☆☆

 

 ラーハルトの槍が閃き、新調したばかりの旅人の服の、あちらこちらに裂き傷がつく。

 攻撃の合間を縫っての、ヒュンケルの斬撃をも受け止める。

 

「なるほど、やはり(パワー)だけはある。

 しかしその力も、オレに命中しなければ意味がないぞ!!」

 冷静に分析され、攻撃を返される。

 やはりラーハルトの攻撃は正確で緻密だ。

 しかもスカラをかけていてもこれだけ通るのだから、その斬撃の鋭さに驚きを禁じ得ない。

 ヒュンケルの方が一撃の威力が上だとか言ったの誰だ。あ、わたしか。

 連続突きから、円の動きの薙ぎ攻撃、そこから更に一閃。

 閃光のような攻撃は変幻自在で、見切る事は不可能だ。

 こんな時に魔力暴走の兆しが身体の奥から湧き上がるが、相手は攻撃魔力を無効化するから全然意味がない。

 速度倍化呪文(ピオリム)でも使えればそれなりに役には立つんだろうが、わたしには使えない。

 以前契約は試したが、どうも適性がなかったらしく成功しなかった。

 バランの時のように最大の一撃を撃たせて、カウンターで返すつもりでいたけれど、ラーハルトはバランより手数が多い。

 このままいけばその最大の一撃を待つ間にこっちが殺られる。

 守勢に回ったら負ける…こうなったら捨て身で攻撃をするしかない!

 わたしがそう思ったと同時に、

 

「海波斬!!」

 ヒュンケルの剣が、アバン流最速の技を放つ。

 それもラーハルトの身体に掠りもせずなんなく躱されはしたが、その身体が動くと思われる先に、わたしは咄嗟に棍の一撃を打ち込んだ。

 

「一閃突きっ!!」

「くっ!!」

 それをも躱そうとしたラーハルトが一瞬体勢を崩す。いける!

 

「ヒュンケル!!」

「ブラッディースクライド!!!!」

 これを躱せる筈がない。そう思った。

 

 だが。

 

「そう来るだろうと思ったぞ!!

 だが、その程度の策で勝てるほど、オレは甘くはないッ!!!」

 信じられないことに、次の瞬間にはラーハルトは、わたし達の頭上遥か上まで跳躍していた。

 体勢を崩したのはフェイクだった。

 そして、最大の一撃の後に生じる、その隙を待っていたのは、向こうも同じだった。

 

「受けろ!!陸戦騎最強の一撃を…!!!

 

 ハーケンディストール!!!!!」

 

 ラーハルトの技がヒュンケルに向かっているとわかった刹那、わたしはヒュンケルの前に飛び出していた。

 

「グエンッ……!!」

 暴走する魔力を、全て前方に放出する。

 

「スクルトッ!!!!」

 …本来この呪文は、仲間全員にスカラをかけるもの。

 その複数人を薄皮一枚纏わせる防御膜を、今は前方のみに集中させて防御壁とした。

 つまり、フバーハで試した事の逆の発想。

 しかも魔力暴走が起きている分、更に強度が増している。

 大抵の物理攻撃はこれで防げる……筈だった。

 実際、威力だけなら、防げていただろう。

 

 だがラーハルトのその技の真価は、一撃の破壊力そのものより、その破壊力が加わる密度の高さにあった。

 同じ圧力を、広範囲にわたってかけるのと、範囲を狭めてかけるのとでは、一点にかかる力で、後者の方が破壊力が勝る。

 

 鋭い刃物のような密度の高い衝撃波に、ほんの数秒は耐えたわたしの防御壁は、真っ二つに切り裂かれる寸前までその衝撃を散らし…

 それにとうとう耐えきれなくなった瞬間、その全ての威力を、足元の地面へと押し流した。

 …結果、衝撃で砕けた大地が、わたしとヒュンケルに、爆発のように襲いかかった。

 

「うおおおッ!!?」

「キャアアァァ───ッ!!!」

 一度空中に投げ出され、裂けた地面の上に、二人揃って投げ出される。

 

「…所詮は人間だ。

 縋る手を間違えたな、グエナヴィア」

 ラーハルトが呟いた言葉を聞きながら…わたしは、意識を失った。

 

 ☆☆☆

 

「死にきれんと見えるな…グエナヴィアが、半端に強力な防御壁など張ったばかりに。

 だがとどめは刺さん。

 そのままもがき苦しんで、ゆっくり死ね」

 ヤツの声が聞こえ、薄れそうな意識をオレは無理矢理覚醒させた。

 

「オレはディーノ様を奪い返す為に、バラン様のもとへ急ぐのでな。

 だが…グエナヴィアは返してもらうぞ」

 グエナヴィア…グエンの事か。

 そうだ…グエン!あの女性(ひと)は、オレを庇って攻撃に巻き込まれたのだ。

 彼女の無事を確認すべく、瞼を開け、なんとか顔を上げる。

 見れば力なく横たわっているグエンを、今交戦している男が、その腕に抱き上げようとしているところだった。

 奪われるわけにはいかん。ダイも…グエンも!

 

「まだ、無駄なあがきをするのか」

 辛うじて身を起こしたオレに、ヤツが視線だけを向けながら、嘲笑うように言う。

 

「た、たとえバランがダイの肉親であろうとも…おまえがグエンのなんであろうとも、渡すわけには、いかん…!」

 ダイのまなざしは、本人に自覚はなかろうが、人間だけに向けられているのではない。

 人間たちとそれ以外の種族との間に溝を作り続けてきたのは、太古から繰り返される魔界からの侵略者の存在だ。

 それが地上に現れる時、地上に住むモンスターが魔界の先鋒とされてしまうが故、人間はモンスターを、そして魔族を忌避してきた。

 グエンのこれまでの人生は、そんな溝による悲劇と言っていい。

 オレもダイも、モンスターに育てられた点では同じ。

 違うのは、オレが人間を憎んだのに対し、ダイは人間、モンスターを枠組みにとらわれず、全てを対等に見る事ができたという事だ。

 ダイが居れば、ダイが世界を救えば、その世界の在り方は、きっと変わる。

 グエンはそう信じていると言った。

 

 そのグエンは、人間が魔族を受け入れる、その入口になりうる存在だ。

 

 …今、ダイを守っているのは、レオナ姫とクロコダインだという。

 先にバランがダイのもとへ向かったというなら、事実上バランと戦えるのはクロコダインひとり。

 そこにこの男までバランと合流してしまえば、もはや抗う術すらなく、ダイはヤツらの手に落ちるだろう。

 今、オレが倒れたなら、間違いなくそうなる。

 こいつがグエンを連れ去ろうとしているのも合わせて、阻止できるのは、今はオレしかいない。

 

「ダイは…そしてグエンもまた、地上の民全ての希望なのだ…!!」

「希望だと?…フン!くだらんッ!!

 地上のゴミの人間どもに、そんなものを抱く権利などないわ!!」

 だが目の前の、グエンがラーハルトと呼んでいた魔族は、オレの言う「地上の民」を「人間たち」と受け取ったようで、その言葉に怒りを乗せて言い放つ。

 

「よかろう。冥土のみやげに教えてやる。

 バラン様がなぜ、あれほどまでに人間を憎むかを…!

 それを聞けば、おまえもそんなたわ言を、二度と口にできなくなる…!!」

 グエンを抱き上げた手に、無意識に力が篭ったのだろう。

 その腕の中で、彼女が呻いて、身体を硬ばらせたのがわかった。

 ヤツはそれに気付いたのかどうか。

 もはや感情を隠すこともなく、ラーハルトは叫ぶように言う。

 

「バラン様がこの世でただひとり愛した女性…

 

 すなわちディーノ様の母上は…、

 

 人間に殺されたんだッ!!!」

 

 その青い貌に怒りを顕したラーハルトの言葉に、オレは立ち上がる事も忘れ、その場に固まった。




冗長過ぎて自分で腹立つ。


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25・半魔の僧侶はねむっている!

主人公(現時点)、丸々一話気絶中…

お前は聖◯士星矢か(爆


 本来、(ドラゴン)の騎士とは、その強大な力ゆえ、この世に一人しか生まれ得ぬものであり、その力は一代限りのもの。

 その身は天から遣わされし聖母竜(マザードラゴン)により産み落とされ、その命を終える時もまた、聖母竜(マザードラゴン)のもとへと還る。

 その際(ドラゴン)の紋章は聖母竜(マザードラゴン)の胎内に宿り、それは次の新たな騎士へと受け継がれる。

 それが(ドラゴン)の騎士の宿命。

 魔王ハドラーが世界を席巻していた頃、当代の(ドラゴン)の騎士・バランは魔界において、より強大な敵と戦っていた。

 最後の知恵ある(ドラゴン)、冥竜王ヴェルザー。

 それを滅ぼし、瀕死となったバランは、(ドラゴン)の騎士が傷を癒す“奇跡の泉”へと向かう。

 

 そこで、バランは出会ってしまったのだ。

 彼の…太陽に。

 

 傷つき倒れたバランに奇跡の泉の水を与えた、その美しい少女の名は、ソアラ。

 現在アルゴ岬と呼ばれている場所の先に、かつて存在したアルキードという王国の、王女。

 その出会った場所で彼女と何度も逢瀬を重ね、城へと招き入れられたバランは、すぐに家臣たちの嫉妬を買うこととなった。

 自分たちの権力を脅かしかねない存在として。

 なにせ、王女と彼が想い合っているのは誰の目から見ても明白であり、このままでいては突然現れたどこの馬の骨とも知れぬ男に、王座が奪われる事になる。

 やがて中傷が、王の耳へと届く。

 

『あの騎士は人間ではないようです。

 魔王の手下の生き残りかも…』

 単なる中傷であれば、はねのける事は出来ただろう。

 バランにとっての不運は、それが半分は事実であった事だ。

 魔王ハドラーの猛威も記憶に新しい時節であるのも災いした。

 バランは城を追われ、流浪の旅に戻る事となった。

 それは彼の心に傷を与えたが、それまでの人生に何度となくあった事。

 そう思って、割り切れた。割り切れる筈だった。

 

 ソアラがその時、彼の子供を身籠ってさえいなければ。

 

  (ドラゴン)の騎士という、神が創りし究極生物。

 本来ならあり得ない事であり、その奇跡ともいえる命を宿した愛する人を、手放す事などバランにできる筈がなかった。

 彼女を連れて逃げ、テランの森深くに居を構えた。

 一人ならともかく、身重の女性を連れて、遠くまでは行けなかった。

 

 そこで、二人の愛の結晶が、産声を上げた。

 その奇跡の子に、二人はディーノと名付けた。

 愛する妻と、息子。そして自分。

 三人だけの小さな世界。それで良かった。

 

 だがやはり、王女を連れて逃げた事を、国王は決して許しはしなかった。

 アルキードの大群に取り囲まれたバランは、人間を傷つける事を良しとせず、妻と子の身の安全を条件に自ら捕縛された。

 

 …結果として、この決断がバランを、修羅の道へと向かわせる事となる。

 彼は見くびっていた。人を想う人間の心を。

 

 ソアラは連れ戻され、ディーノは他国の貴族の養子となるべく、船でその国へと送られた。

 勿論、母親であるソアラに、その送られる先など知らされる事はなく。

 まもなく王女を誘拐した罪人として、バランは処刑される事が決まった。

 処刑場でその身を繋がれ、攻撃魔法の集中砲火に、甘んじてその命を与えてやろうとした刹那、王城で軟禁状態にあった筈の王女ソアラが、夫を庇うべくその攻撃魔法の中に飛び込んだのだ。

 バランと違い、竜闘気(ドラゴニックオーラ)の加護など持たないソアラは、あっけなくその命を散らした。

 

『人間を憎むより、探し出した息子とともに、平和に暮らしてほしい』

 今際の際に、愛する夫にそう告げて。

 

 国王は王女を失った動揺のあまり、その行為を『恥さらし』と詰った。

 その瞬間、本来なら世界の均衡を崩さんとする存在に対して放たれる力が、バランの額から無尽蔵に放出され…、

 

 その日、アルキード王国は、地図から姿を消した。

 

 愛する妻の亡骸を腕に抱きながら、かつて守ってやった筈の人間という種への失望に、血の涙を流す (ドラゴン)の騎士は、もはや地上の守護者ではなく、復讐者であった。

 

 バランは世界中を探したが、ディーノを見つけることができなかった。

 乗せられた船までは特定する事ができたのだが、その船は航海中の事故で難破したらしく、乗客も乗組員も船とともに沈んでしまったとの事。

 また、養子となると約束されていた貴族は、その船の目的地であった国には存在せず、恐らくその地に着いたところで、ディーノは人知れず消されていただろう事もわかった。

 

 人間とは、どこまで醜く自分勝手な生き物なのか。

 それがわかった以上、もはや迷う事はない。

 このような生き物、滅ぼしてしまえばいいのだ。

 元々自分は、その為の存在ではないか。

 愛する人を亡くした以上、自分と人間とを繋ぐものなど何もない。

 

 その時、大魔王バーンが語りかけてきた。

 深い森の中、木の枝にさりげなくぶら下がる、悪魔の目玉というモンスターから。

 それを通じても、その者が持つ力、威圧感が伝わってきた。

 だがそれをして尚、穏やかに、甘やかに、その者の言葉は、心に染み通った。

 

『そう、そなたの言う通り。

 人間こそ、(ドラゴン)の騎士に滅ぼされるべき存在なのだ。

 我が手を取るが良い、バラン。

 そなたの望みは、余が望みでもある』

 …こうして(ドラゴン)の騎士は、魔界の神の前に跪いたのだった。

 

 ☆☆☆

 

「バラン様がオレだけに打ち明けてくれた…悲しい過去だ」

 語り終えてラーハルトは、少し落ち着いたように息をついた。

 先ほどの様子から見て、この男はバランの憎しみと悲しみに呼応している。

 恐らくこの男自身も、魔族であるが故の憂き目に遭ってきたのだろう事は、グエンの例を知っているだけに、容易に想像がつく。

 彼女が人間を憎まなかったのは、ひょっとしたら奇跡であったのかもしれない。

 目の前の魔族の姿は、彼女にもあり得た可能性なのかもしれない。

 純粋な人間であるオレですら、ひとときは人間を憎んでいたのだ。

 だが…未だ衝撃の影響が残る震える手足に力を込めて、奴を睨みつけながら、オレは立ち上がった。

 

「なっ!?おまえ…まだ…!!?」

「……ラーハルト、おまえは強い。

 グエンが居なければ、あの攻撃を受けて、立ち上がる力は残っていなかったろう。

 今の話を聞いたら尚更、このまま倒れているわけにはいかなくなった…!!!

 ダイの為にも、グエンの為にも…そして、バランの為にもな!!」

 オレも、人間に失望していた。

 そもそも、モンスターに育てられたオレには、人間など父や仲間たちの仇でしかなかった。

 だが、心を開かないオレにもアバンは優しかった。

 アバンについて世界をまわりながら、剣の修行と共に、様々な事を学んだ。

 

『そんな怖い目をしない、ヒュンケル。

 テーブルマナーも、レディーファーストも、生きていく上で大切なことのひとつです。

 特に女性には優しくしなければ。

 いつかはあなたも結婚して、奥さんのお世話になるんですから』

 …冗談なのか本気なのかもわからない軽い口調で言ったアバンの、へにゃっとした笑顔が頭に浮かぶ。

 アバンが真心で接している事、オレにだってわかっていたのだ。

 それがオレ自身、許せなかっただけだ。

 慕わしい気持ちを、憎しみで封じ込めて、あの日オレはアバンに剣を向けた。

 慕い、憎む。

 オレにとってアバンは、己が矛盾の象徴だった。

 アバンさえ居なくなれば、その矛盾は解消される。

 だから…

 

「…オレには、バランの気持ちがよくわかる…」

 バランは恐らく、あの時のオレと同じ矛盾を抱えている。

 人間とは、憎むべきもの。

 だが、失った愛しい人は人間だった。

 人間を憎む事は、彼女の想いを裏切る事。

 ならばその矛盾ごと、消してしまえばいいと。

 

 だが、それは逃げでしかない。

 今ならオレにもそれがわかる。

 

『可哀想な人…あなたはお父さんを失った悲しみが大きすぎて…他人(ひと)のせいにせずにはいられないのね…』

 オレの為に流された、マァムの涙。

 それにより気付かされたオレの弱さ。

 

『わたしはあなたを、友達だと思っていてよ?

 あなたがどう思っていても、わたしはそう決めた』

 オレに向けられる、グエンの無防備な笑顔。

 裏切られてもそれは自分で決めた事だと、信じる心を持ち続ける、彼女の強さ。

 

『オレは男の価値というのは、どれだけ過去へのこだわりを捨てられるかで決まると思っている。

 たとえ生き恥をさらし、万人に蔑まれようとも、己の信じる道を歩めるならそれでいいじゃないか…』

 共に行こうと差し伸べられる、クロコダインの手。

 

『待ってよ、今はもう悪者じゃないんだっ!!』

 そう言ってオレを弁護しようとする、ダイの小さな背中。

 

『心配なんざしてねえよ…おめえは性格は悪いけど…強さだけは…ピカ一だからな…!』

 安心して背中を託してくれる、ポップの憎まれ口。

 

 この仲間を、どうして否定できる?

 人間だけでなく、この地上の民全てが、いずれ分かり合える未来を、こいつらを見てそれでも、夢物語と笑えるか?

 

 せめてバランには、オレが伝えよう。

 オレならば伝えられるかもしれん。

 同じ矛盾を抱えた者として。

 

 ☆☆☆

 

「おまえなんぞに何がわかる!!?

 バラン様の心の痛みが、おまえらなどに消せるほど、軽いものだとでも思ったか!!?

 笑わせるなあッ!!!」

 片手にグエンを抱えたまま、ラーハルトの槍が、オレの心臓を狙ってくる。

 奴のその攻撃を、肩先のパーツを掠るのみで躱したと同時に、オレは鎧化(アムド)を解除した。

 

「…!!?」

 驚愕するラーハルトに、オレは言い放つ。

 

「おまえの攻撃は見切った!」

 バランと対戦する為の余力を考え、必要以上の間合いで躱そうとしていたオレの動きには無駄があった。

 今は“くらってもかまわん”という覚悟で、致命傷にならない紙一重で避けている。

 鎧化を解除したのも、その覚悟をより強くする為だ。

 ようやくグエンから手を離したラーハルトの、閃光のような連続突きがオレを襲った。

 

「なっ…なめるな──ッ!!!!」

 が、何度攻撃しても掠るのみで、奴が動揺を露わにする。

 その間隙をついて地面に落とした剣を拾い、オレはようやく攻撃に移った。

 距離を詰めて、何合か打ち合う。

 接近戦になれば、剣の方が勝手がいい。

 オレの斬撃を槍の柄で受け止めたラーハルトが、驚きを隠さずに言葉を発する。

 

「どこにこんな力が残っていたんだ!!?

 それに…先ほどよりも速い!!」

「これが生命を賭けた時の、人間の力だ!!」

「そんなもの…認めんっ!!!!」

 柄で押しのけた剣の間を縫って、奴の槍の穂先が、オレの胸を切り裂く。

 それにより間合いを離された瞬間、再び槍が閃く。

 グエンのかけた、防御力を上げる呪文は、とうに効果が切れているらしい。

 先ほどまでより深く肉を抉ってくる突きと、その速さゆえに起こる衝撃波で、オレの身体が跳ね飛ばされ、オレは再び地面に叩きつけられた。

 手から剣が離れ、遠くに落ちる。

 

 …やはりオレの最大の技でなければ、この男を倒せない。

 そして、確実に命中させなければ、次はない。

 

 怒りに我を忘れているらしいラーハルトが、先ほど見せた大技の構えに入る。

 オレは敢えて防御姿勢を取らず、その瞬間を待った。そして…

 

「ハーケンディストール!!!!」

 

 

 

「…かかったな!

 オレの生命を囮にした最後の罠に…!!!」

 最後に手に残った武器に闘気を集中させて、奴の槍の軌跡を止める。

 二つの武器が描く形は…十字架(クルス)

 オレの渾身の闘気は、その形に凝縮され、一気に放出されて…

 

「グランドクルス!!!!!」

 この体勢と距離なら、躱しようがない。

 オレの最大の技をまともにくらったラーハルトは、空中高く吹き飛ばされた。

 

「これがオレに残された…最後の武器だ…!!」

 オレの手の中にあったものを見て、地面に叩きつけられたラーハルトが、驚きに目をみはる。

 

「そっ!そんなチャチな鎖で…!!?」

「…この鎖は誰にも切れん…。

 オレたちアバンの使徒の、絆の証なのだからな」

 それは、アバンのしるし。

 アバンが教え子に与えた卒業の証、その鎖。

 かつて捨てようとしたそれは、最後の切り札となって、オレの手の中に輝いていた。

 

 絆…そう呟いて力尽きたラーハルトの、その胸に最後に去来したのは、敗北の悔しさか、それとも羨望か。

 

 ・・・

 

 やはりグランドクルスを使った直後は身体がきかない。

 ハドラーの時のように、意識を失わないだけマシだが。

 何とか立ち上がり、手放した剣を拾う。

 

 …その時背中に、大きな影がさしたのがわかった。

 同時に、放たれる凄まじい殺気。

 反射的に動いて、 後ろからの攻撃をかわす。

 

「き、貴様、まだ生きていたのか!?」

 そこには先ほどオレが胸を貫いてやったトドマンが、怒りの目でオレを見据えていた。

 だが、いくら体力を使い果たしていても、この程度の奴が今更出てきたところで、何ということもない。

 

「よかろう、二度と化けて出ないよう、今度は顔面をぶち抜いてやる!」

 だがトドマンは、ブラッディースクライドを受けた傷からおびただしい血を流しながらも、何故か不敵に笑ってみせる。

 

「グ…フフッ…できるかな?」

「そのくらいの力なら残っているぞ…!!」

 だが剣を構えた次の瞬間、そいつが掴んで目の前に突き出したそれに驚愕し、オレは思わず叫んだ。

 

「グエンッ!!」

 

 

 

「さあ、武器を捨てろ。

 さもないと、この女の頭を握りつぶすぞ!」

 その無骨な手の中には似つかわしくない、美しい半魔族の女性は、悲鳴どころか呻き声もあげず、ただ苦痛に顔を歪ませた。




ラーハルト「バラン様がオレだけに打ち明けてくれた…悲しい過去だ」
ひじき「さりげに特別な関係アピールやめてください」


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26・半魔の僧侶は涙する

この物語において、聖水とトヘロス、どちらもモンスター除け効果という点では同じですが、その原理は違うという設定になっております。
聖水は原作でロモスからの船旅で出てきたシーンに描かれる通り、並のモンスターには触れるだけでダメージを与えるもの(だから弱いモンスターは怖がって近寄らない)であるのに対し、トヘロスは害意のあるモンスターの意識に作用し、自分の存在を認識できなくさせるいわば精神的な結界です。
ド◯えもんの「いしころぼうし」を思い出していただければ間違いないかと。
本当なら作中で、いつもの通りグエンさんに説明させるところですが、いま彼女それどころじゃないので。


「や、やめろッ!!」

 …気がついた時には頭を鷲掴みにされて吊り下げられて、体重が一気に首にかかってくる苦痛に無理やり覚醒させられた。

 首と頭にかかる負荷による苦痛が邪魔をして、魔力の集中もできない。

 この状態から下手に抵抗すれば、首の骨を折る可能性もある。

 眼下には、そんなわたしの姿に明らかに動揺しているヒュンケルが叫んでいる。

 

 流れ的に、わたしを殺されたくなければ、抵抗をやめろというパターンか。

 こんな形で足を引っ張るとか最悪だ。

 

 ひとまず苦痛を逸らそうと別な事を考えようとしたら、視界の端を、まだ倒れたままのポップの姿が掠めた。

 わたし達が戦っている間、無防備である彼を岩陰に隠した際、一応念の為トヘロスをかけておいて良かったと思う。

 そうでなければ、ここでこうされているのが彼だった可能性もあるのだから。

 

「…オレを殺せば、本当に彼女を見逃してくれるのか…?」

 打開策をなんとか考えようとして、思考がまとまらずにいる間に、ヒュンケルの声がおかしな言語を形成しているのが耳に入ってきた。

 

 …は?馬鹿なの?

 

「…んっなワケないからっ!」

 反射的につっこみを入れてしまう。

 わたしの言葉に、普段から割と白目部分の多いヒュンケルの目が見開かれたけど、そんな事構っちゃいられない。

 

「こいつ、あなたを殺したらすぐに、わたしやポップもあっさり始末するに決まってるわ!

 冷静に考えればそんな事すぐ判るでしょう!?」

「黙れッ!!」

 トドマンが指に力を込め、頭骨がみしみし音を立てて軋むのが判った。

 声なんか上げてやるもんかと歯をくいしばる。

 けど、歯の隙間から洩れる息と呻き声は止めようがなくて。

 

「……きゃうぅっ!!」

「止せ!」

 圧力が弱まり、わたしからは見えないのに何故か、トドマンがニヤリと笑ったのが判った。

 

「…いいだろう」

 言いながら、ヒュンケルが剣を構えていた腕を下げる。

 

「だ、駄目、ヒュンケル!

 わたしなんかに構わず、このトドとっととブッ倒しなさい!!」

 この動きは剣を捨てようとしているのだと理解して、わたしは思わず叫んだ。

 だがヒュンケルはそんなわたしに一瞬哀しげな目を向けてから、一言言い放つ。

 

「……そんなことはできん!」

 …その瞳に一瞬顕れて消えた感情に、わたしはハッとした。そして、

 

「ばか!あほ!脳筋!残念イケメン!!

 おまえのかあちゃんでーべーそ!!」

 反射的に、思いつく限りの罵詈雑言を、眼下で諦めきった友に浴びせる。

 ほら、こんな酷い事言う女の為に、命捨てるとか馬鹿馬鹿しいでしょう!?

 …なのに、ヒュンケルは一瞬「ハァ?」みたいな顔をした後、何故かその唇に謎の笑みを浮かべた。

 

 …って、だから剣を捨てるなと言うのに!

 

 ヒュンケルの手から放物線を描いて落ちる剣の動きがやけにゆっくりに見え、それが地面に落ちた音が、乾いて響いた。

 

「ちょ…マジで頭おかしいわ!最低!!

 まぬけ!あんぽんたん!おたんこなす!!」

「グフフフッ…いい心構えだ!!動くなよッ!!!」

 そしてトドマンがわたしを鷲掴んだまま、もう片方の手で武器を、ヒュンケルの頭上に振り上げる。

 ヒュンケルはやや頭を下げて、その瞬間を待っている形だ。

 

「死ねェ〜〜い!!」

 そしてその腕が振り下ろされるのにも、まったく抵抗を見せない彼の姿に、もう完全に終わったと思った。

 

「ヒュンケル〜〜ッ!!」

 

 ドガッ!!

 

 思わず目を伏せたわたしの耳に届く、肉と骨が砕かれる…というにはやけに鋭い音。

 掴まれていた頭からゆっくりと力が抜かれ、落下するわたしの身体。

 なんとか体勢を整えたわたしの目に映るのは、一本の槍を口から喉に打ち込まれ、その巨体を仰向けに倒して絶命するトドの姿だった。

 

「ラーハルト…!!?」

 ヒュンケルの声に、ハッとしてそちらに顔を向け、それから彼の視線の先に目をやる。

 

「無事か……グエナヴィア?」

 そこにいたのは、うつ伏せに倒れながら、苦しげにわたしの名を呼ぶ魔族の青年。

 

 その顔は…微笑んでいた。

 子供の頃に何度も見た、邪気のない微笑みだった。

 

「…ラーハルト!!」

 もつれる脚を必死に動かして、わたしは彼の元に駆け寄った。

 手に回復魔力を集中させ…ようとして、止める。

 診えてしまった。理解したくなかった。けど。

 

 …この子にはもう、回復を受け付けるだけの生命力すら残っていない。

 最後の力を振り絞って、わたしを助けてくれたんだ。

 それなのに、わたしはもう、この子を助けられない。

 

 回復呪文をかけるかわりに、その頭を抱きしめて、金色の髪を撫でた。

 懐かしい匂いと感触に、胸がしめつけられる。

 

「……会いたかったんだ。ずっと。

 やっと戻ってきてくれた…オレの…グエナヴィア」

 腕の中で、ため息のような声が、子供の頃と同じ口調で、呟いた。

 

 ・・・

 

「なぜオレを助けた?」

 わたしの膝に頭を乗せて、来るべき瞬間を待つのみであるラーハルトに、ヒュンケルが問う。

 いつのまにか目を覚ましたらしいポップもそばに来ていた。

 

「…ヤツがグエナヴィアに、危害を加えようとするのを阻止しただけだ。

 それに人質をとるなど、誇り高き竜騎衆の名を汚す愚行…ましてや人間相手に、な…!!」

「…どうしておまえは、それほどまでに人間を憎むんだ…ラーハルト…」

 そのヒュンケルの問いには、わたしがかわりに答える。

 

「…この子もわたしと同じ、人間と魔族との混血児よ。

 わたしと初めて出会った頃、彼は人間たちに虐げられ、村を追われて山の中に、病気の母親と2人で暮らしていたわ」

 わたしの説明に、ポップは驚いた顔をしていたが、ヒュンケルは特に表情を変えなかった。

 予想はついていたのだろう。

 訊ねたのは、言葉にする事で昇華させようとする、せめてもの思いやりだ。

 死にゆくラーハルトに対しての。

 それがわかったのだろう、ラーハルトは意地をはることなく、自身の境遇を口にする。

 そうしてひと通り話し終えて、甘えるようにわたしの手を握ってきたラーハルトは、最後はこんな言葉で締めくくった。

 

「オレの悲しみをわかってくれたのはグエナヴィアと、バラン様だけだった…」

 だがその言葉が、わたしには受け入れられず、思わず声を荒げてしまう。

 

「違う!あの男は、自分の憎しみにあなたを巻き込んで、利用したのよ!」

 わたしが言うのを聞き、ラーハルトが哀しげに首を横に振る。

 

「言うな、グエナヴィア…!

 それでもあの方は、オレに愛情を注いでくださった」

 …その顔が、彼の母親の面影を忍ばせて、鼻の奥がツンと痛くなる。

 わたしがラーハルトの役で、あの頃の再現をしているかのようだ。

 

「そんなの愛じゃない…なんでわかんないのよ…馬鹿」

 それでも言葉を止めることが出来ずに、そんな事を言ってしまう。

 ふと、ラーハルトの視線がわたしから外れた。

 つられてわたしもそちらを見ると…、

 

 …ポップもヒュンケルも、二人して涙ぐんでいた。

 ちょっと、やめてよ…わたしは我慢してるのに。

 

「フフッ…甘いやつらだな。

 他人(ひと)の悲しみを、我が事のように…」

 そう言うラーハルトの目尻にも涙が滲んでいた。

 

「おまえたちのような人間には、はじめて会った。

 おまえたちなら、バラン様の悲しみをわかってやれるかもしれん。

 …バラン様と…ディーノ様を、頼む…!」

 その声はか細く消えそうだ。

 だがそれから少し間を置いて、ラーハルトはまだ言葉を続けた。

 

「ヒュンケル…もう一つだけ、頼みがある」

「なんだ?」

「…オレの鎧の魔槍を、グエナヴィアに託す。

 彼女を、守ってやってくれないか…オレの、代わりに…」

「…!」

 その言葉に、わたしとヒュンケルが一瞬顔を見合わせる。

 わたしの手を握っていない方の手を、ラーハルトがヒュンケルに向けて伸ばした。

 

「おまえになら…任せられる」

 死にゆく者の願いを無下にできなかったのだろう。

 ヒュンケルはその手を取ると、力強く頷いてみせた。

 ラーハルトが、安心したように微笑む。

 

「たとえ戦場でとはいえ…最後に…おまえたちのような人間に出会えて……よ…かっ…た……」

 握られた手の指から、全身から、力が…消えた。

 

 ・・・

 

「っ……ううっ……!」

 力を失い、冷たくなっていくその身体を抱きしめながら、わたしは嗚咽が止まらなかった。

 この子をこうしたのはわたしだ。

 わたしが無力だったから、彼はますます人間を憎み、だからあのバランの憎しみに呼応した。

 あの男がなんと言おうと、わたしはこの子を手放してはいけなかったんだ。

 

「ラーハルト……!」

 

 ☆☆☆

 

 ラーハルトの亡骸に、とりあえずマントを被せて立ち上がる。

 後で迎えに来て、彼の母親の隣に葬ってあげよう。

 けど、今は無理。後で、必ず。

 

「…グエン」

 と、背中からわたしに呼びかけるヒュンケルを見ずに、言葉を返す。

 

「…まさか、謝るつもりじゃないでしょうね?

 わたしの弟同然のこの子を、間違いで死んだ間抜けにするつもり?」

 振り返って目を見返すと、少し戸惑ったような視線が返ってきた。

 その後ろで、ポップも似たような表情を浮かべている。

 

「あなたも、彼も、互いに譲れない信念をぶつけ合って戦った。

 その結果、あなたの想いが彼の想いに勝った。

 …それだけの話でしょう。

 それが間違いでないと思うなら、謝ったりしないで。

 ……あと、一発だけ殴らせて」

「え?」

「………っ!?」

 了承も得ずに、頬に平手を叩きつける。

 わたしのビンタくらいでダメージは食らわなかったろうが、ヒュンケルは明らかに、何が起きたのかわからない顔をした。

 

「ちょっ…グエン!?…ヒュンケル!?」

 そんなわたしとヒュンケルの顔を交互に見比べて、ポップがあたふたしている。けど。

 

「わたしを口実に、死のうとなんかしないでよ!」

 半分八つ当たりに近いが、我慢できなかった。

 

「…トドに命を握られた、あの時のあなたの目には、どこかホッとしたような感情が見えた。

 …確かに、消えない罪を背負いながら生きる事は、辛い事もあるでしょうね。

 レオナ姫があなたに下した裁きが、その点では最も残酷と言える事も判ってる。

 …でも!あなたはレオナ姫に裁かれる事を自ら望み、それを受け入れたわ!

 受け入れた以上、それは守りなさい!!」

 言ってるうちに怒りがこみ上げてきて、その怒りに任せて言い放つ。

 横でポップが、落ち着けとか言ってるのも目には入っているが、聞いてはやれなかった。

 

「グエン、オレは…!」

 言いかけるヒュンケルを遮り、アンダースーツの胸ぐらを掴んで、揺さぶりながら更に怒鳴る。

 

「忘れてるんならもう一度思い出させてあげる!

 わたしは一語一句、違える事なく覚えてるわ!!

『あなたには、残された人生のすべてを、アバンの使徒として生きることを命じます。

 友情と、正義と、愛のために、己の命をかけて戦いなさい。

 そしてむやみに自分を卑下したり、過去にとらわれ歩みを止めたりする事を禁じます』

 最後の部分ちゃんと覚えてた?忘れてたでしょ!?」

 勢いで至近距離に引き寄せたヒュンケルの顔が、ハッとしたような表情を浮かべる。

 あの時、わたしの命を握られたヒュンケルは、明らかに己の命を軽視していた。

 それは、かつて犯した罪の重みを、実感していたからに他ならない。

 彼は、罪を背負って生きるには真っ直ぐ過ぎるのだろう。

 けどその彼に敢えてわたしは、一番残酷な言葉を投げつける。

 

「あなたには、後悔することすら許されていない。

 罪を背負いながら、それでも生き足掻くしか。

 …だから、もう二度としないで。

 最後の最後まで、生きる事を諦めないで。

 死ぬ理由なんか…死に場所なんか、探さないで」

 言いながら、ヒュンケルの空色の瞳を睨みつける。

 あなたが死んだら悲しむ人がいる。

 その心を無視して、勝手に命を投げ出すことなんか、絶対許さない。

 わたしの事なんか憎んでくれていい。

 嫌ってくれていい。

 でも、あなたに生きて欲しいと思ってる人たちの、その心を、手を、振り払わないであげて。

 

 …そう思っていたのに。

 

「そうだったな…ありがとう、グエン」

 少し悲しげに、けれど、どこか嬉しそうに笑みを浮かべ、ヒュンケルはわたしの目を見返して、言った。

 

「…な、なんか、入っていけねえ…!」

 ポップの呟きがようやく耳に届き、わたしは慌ててヒュンケルから手を離した。

 

 ☆☆☆

 

 ひと通り気絶している間の情報をヒュンケルに説明してもらった後、ポップにもわたし達がいない間の説明をしてもらい、あの手紙を書くに至った経緯を聞いて、さっきのヒュンケルとおんなじくらいの強さでぶん殴っといた。

 

「なんでヒュンケルには平手で、おれにはげんこつなんだよ!」

 とか言われたけど知るか。

 無視してたらぎゃんぎゃんうるさかったので、アタマ抱えて窒息するほどハグしてやったらおとなしくなった。

 たく、うちの男どもはどいつもこいつも命を軽視しすぎる。けど、

 

「…ごめん」

 って、ほっぺた赤くして照れ臭そうに言った顔がちょっと可愛かったので許してやることにする。

 

 そんなこんなで落ち着いた頃、ポップが心配そうにこちらに目を向けた。

 

「グエン…あんた、怪我は?」

「わたしは大した事ないけど、ヒュンケルは酷そうね。

 …ベホマ」

 言いながら、どうやら負傷よりも闘気の放出によるダメージの大きいヒュンケルに、回復呪文をかけてやる。

 

「…ありがたい。これでまだ戦える」

 ヒュンケルはそう言って一旦わたしから離れ、先ほど手放した剣を拾った。

 ついでにトドの死体から、ラーハルトの槍を回収する。

 わたしにはできそうもなかったので助かった。

 

「おれは、体力の方は大丈夫だけど…」

 そう、ポップは体力は回復済みだったが、魔法力が底をついていた。

 少し睡眠を取って僅かに回復したものの、あの時間内ではせいぜいメラ2発程度しかあるまい。

 

「そうね。ポップはこれ使いなさい」

 言って、わたしは虎の子のアイテムを、彼の手に握らせる。

 

「これは祈りの指輪といって、これを指にはめて祈れば一度…運が良ければ二度三度、僅かだけど魔法力が回復するわ」

 やってみて、と促して言った通りにさせると、ポップの全身を淡い光が一瞬包んだ後、指輪に付いている青白く濁った色の石が、音もなく砕け散った。

 一瞬済まなそうな顔をしたポップに首を横に振る。

 

「そういうアイテムだから気にしなくていいわ。

 バランは強敵だから、その程度じゃ心許ないでしょうけど」

「いや、充分だぜ。…でもグエン、あんたは?

 バランとの戦いを考えたら、あんたの方が魔法力必要なんじゃ…」

 ヒュンケルが回収してきてくれた槍を受け取りながら、わたしは答えた。

 いつのまにか、鎧部分が穂鞘に戻っている。

 

「バランは強敵だって言ったでしょ。

 あらかじめ補助呪文をかけておくくらいで、戦いになれば、回復してる暇なんか恐らくないわよ。

 だとしたら、なんとか攻撃して、活路を切り開く方がいい。

 …幸いにも、わたしにはラーハルトから託されたこれがある。

 槍術は見よう見まねだけど、わたしには棍の基礎があるもの。

 戦いの中でなんとか掴んで、使いこなしてみせるわ」

 言って、わたしはその、大きな穂鞘のついた槍を握りしめる。

 見た目の割に、重量はそれほどでもないようで、わたしでも何とか使えそうだ。

 ヒュンケルの鎧の魔剣と違い、防御力よりも機動性を重視した性能なのだろう。

 

 …これは形見であり、彼の魂でもある。

 ラーハルトの魂が、きっとわたしを守ってくれる。

 

「グエン…」

「戦うな、とは言わないでね?

 わたしはバランに、激しくムカついてるの。

 ダイの為にも、決して殺したくはないけれど、せめてラーハルトの槍で一矢報いてやらなきゃ、ホント気が済まないわ」

 …ラーハルトの件もそうだけど、聞けばわたしの故郷のアルキードは、あの男に消滅させられたのだという。

 愛する人を失った事による感情の爆発だったようだが、あの国に住んでいたわたしの親代わりだったシスターたちは、完全にとばっちりで死んだ事になる。

 

 それにしても、もしこんな事が起こっていなければ、わたしはバランを今頃は、自国の王として認識していた可能性があったということか。

 或いは女王の王婿としてかもしれないが。

 そしてダイはその王子。

 その場合、アルキードはカール以上の強兵国として、対魔王軍の先鋒となって戦っていただろう。

 考えると、実に勿体ない事をしたものだ。

 守ってくれた筈の存在をわざわざ敵にまわすなんて。

 

 …復讐なんて事は考えてない。

 わたしがバランと同じところに堕ちるのを、シスターたちは決して喜びはしない。

 そして、ラーハルトも。

 

 でも、さっきヒュンケルやポップにしたみたいに、一発ぶん殴るくらいのことは許されてもいいでしょう。

 …ラーハルト。

 あなたの願いと魂のこもったこの鎧…確かに受け取ったわ。

 

 

 

鎧化(アムド)!!」




この人質シーンを改変するにあたり、思い入れのあった方にはすごく申し訳ないとは思うが、アタシはここで本来入るヒュンケルの、自分を卑下して幸せを放棄する台詞がとても嫌いだ。
だからあの台詞を、せめてアタシの世界の中では吐かせたくなかった。
というかここであの台詞を口に出してしまったからこそ、自分は幸せになっちゃいけない人間だとヒュンケルがその後再認識しちゃってる気がして仕方なかった。異論は認める。
そしてアバン再登場からミスト撃破後のアレを見た時、アバンがいてようやくヒュンケルは、自身を卑下する事なく己の罪と向き合って、その上で幸せになれる道を探せるんじゃないかと思ってた。
いや決してBL的な意味じゃなく。
マァムに対しての言葉にできない想いを、あなたは自分に対して認めていいんですよって方向に導いてくれるかと。
…全部アタシの妄想だったけどな!

そして散々槍の伏線張ってたから予想できてた方もいらっしゃるかと思いますが…グエンさん鎧の魔槍ゲットw
前にもどこかの前書きかあとがきに書いたと思うがアタシ、鎧の魔剣の凶悪なデザインが大好きで、ヒュンケルにはこっちを装備し続けて欲しかったので。
それと同時に魔の無自覚三角関係(トライアングル)、一旦終了。


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27・半魔の僧侶は魔獣を見る

 来た時はヒュンケルだけだったが、ポップも増えたらリリルーラでクロコダインに合流するのは無理そうなので、とりあえずルーラで森の中の小屋まで戻り、そこから王城へ向かった。

 

「というか、記憶がなくてただでさえ不安なダイを、牢屋に入れるとか酷くない!?」

「おれじゃねえよ!姫さんの判断だ!!」

「大体、あなた方の彼への態度も問題よ!

 もう少し、ダイの気持ちを考えて…!」

「…見えてきたぞ。あれが王城だろう」

 説教モードに突入しそうになったわたしを、絶妙のタイミングでヒュンケルが制する。

 その時。

 少し遠くに見える城の上空に、突如雷雲が立ち込めて、一筋の稲妻が大気を切り裂く光が見えた。

 

「……クロコダイン!」

 あの輝きの下、彼がきっとひとりで戦っている。

 わたし達が来るのを信じて。

 

 ☆☆☆

 

「ふ…不死身か、おまえは…!!?

 ギガブレイクを2発もうけて、まだ生きている奴など、今まで誰もいなかった…!!」

 王城の壁に身体を打ちつけられ、辛うじて砕け落ちずに済んだそれに身を凭せ掛けつつ、なんとか立っている状態のオレに、バランが息を乱した上、精神的にも動揺しているのがわかる。

 

「フフフッ…不死身はヒュンケルの代名詞…。

 オレごときがこんな攻撃をくらい続けていたら、確実に死ぬさ…!

 だがオレの生命と、おまえの(パワー)の交換なら、悪い条件じゃない…!」

 ここに至るまでに、オレはバランの渾身の剣撃と、ギガブレイクを2発食らっていた。

 姫の回復呪文(ベホマ)の援護があったとはいえ、策というにはあまりに無謀だと判っている。

 判っていて、敢えてそうするのだ。

 仲間割れのふりをしてまでダイを守ろうとした、ポップの心に殉じる為に。

 

「さては勝つ事が目的ではないな!!

 おまえ自身の生命を盾として、私の体力と魔法力を消耗させる事が狙いかっ…!?

 天下の獣王クロコダインが、この場で捨て石になろうというのかっ!!?」

 今更驚く事ではあるまい。

 オレの覚悟はあの日、グエンと共にこの男と対峙したあの時と変わらん。

 

「オレにできることといったら、せいぜいこれくらい…それにおまえの(パワー)さえ消耗させておけば、後で仲間が戦う時、楽になる…!!」

 たとえ捨て石となろうとも、仲間を信じ抜く。

 仲間の為ならばこの生命を賭ける。それだけだ。

 

「仲間だと!?そんなものが…!!?」

「来る!必ず!!」

 オレが断言すると、バランは理解できないものを見るような目をした。

 だが…オレにはわかる。

 これは、かつてのヒュンケルと同じ目だと。

 この男は、愛や友情、心の絆の素晴らしさを知らぬ男ではないと。

 恐らくは…姫のサポートと、ドラゴンの鱗とまではいかずとも鋼鉄と呼ばれたオレの肉体の防御力があったにしても、紋章の力を使い、最大の技をもってしてもオレに一撃でとどめをさせないのは、奴の心が揺らいでいるからだ。

 何度でも来るがいい。

 たとえ五体バラバラになろうとも、おまえの(パワー)、殺いでくれよう。

 もう一撃が来る前に、レオナ姫が回復の為、オレに駆け寄ってくる。

 だが、その行く手を、一筋の雷光が阻んだ。

 

 あれは…バランの電撃呪文(ライデイン)!?

 

 姫がその威力に抉られた地面に足を取られ、転倒する。

 直撃していたら即死だったろう。

 もっとも、今の攻撃はあくまでも威嚇で、当てる気は無かったのだろうが。

 

「女を殺したくはないが…一歩でも動いたら黒コゲになると思え!!」

 バランは姫にそう言うと、再びオレに向き直る。

 これで姫はそこから動けなくなった。

 バランは、やるといったら本当にやる。

 姫がそこから動けば、電撃呪文(ライデイン)が今度こそ姫の頭上に落ちるだろう。

 

「今度こそ、本当にとどめだっ!!!」

 先ほど二度受けた、ギガブレイクの構え。

 姫の回復が受けられなかった身体に、オレはせめて残りの全闘気を防御に集中させる。

 この一撃に耐えきれなければ、オレは死ぬ。

 気合声と共に、バランがオレに踊りかかり…

 

「だっ…だめッ!!やめてっ!!」

 満身創痍でバランの技の前に身を晒すオレの姿に耐えきれなくなったのだろう、立ち上がったレオナ姫がこちらに駆け寄ろうとする。

 

「い…いかん!!姫っ!!動いては…!!!」

「バカめが!!忠告を無視しおって…!!」

 紫電が、閃いた。

 

 ☆☆☆

 

 わたしが状況を理解する前に、ヒュンケルが、隣を走っていたわたしの手から槍を引ったくり、投擲した。

 天空から降り注ぐ(いかずち)の蛇は、投げられた槍に絡みつき、爆発するような音を立てて、地面に突き刺さる。

 その槍のそばで、それを呆然と見つめへたり込んでるのは、レオナ姫だった。

 ヒュンケルが槍を投げ放たなければ、本来の落雷地点はレオナ姫の身体だったようだ。

 

「…どういうつもりなのだ!!ラーハ…」

 どうやら邪魔をしたものがラーハルトの槍である事が一目でわかったらしい。

 怒りの表情でバランが、私たちの方を振り返った。

 体力も満タンでその場に並ぶわたし達…恐らくは、特に鎧の魔槍を身につけたわたしの姿に、目を(みは)る。

 

「グエナヴィア…!!」

 そのバランをとりあえず全力で見なかったフリをして、ここを守ってきた2人にわたしは声をかけた。

 

「ごめんね、戻るのが遅くなって。

 ついでだから、彼らと合流してひと仕事終えてきたわ!」

 …今出来得る限りのドヤ顔に、ウインクとサムズアップ付きで。

 

「ヒュンケル!グエン!ポ…ポップ君も…!!」

「い…生きていてくれたか…!ポップ!!」

 クロコダインは満身創痍ながらもホッとしたように、レオナ姫は花が咲いたような笑顔で、二人ともポップを見たところを見ると、どういう経緯でかは知らないが、彼がわざと憎まれ口を叩いて足留めに出た事を、姫様もクロコダインも知っているようだ。

 

「へへっ…おれたち三人で、竜騎衆は全員キレイに片付けてきたぜ!!」

「バカなッ!!でたらめを言うな!!!」

 こちらはVサインしながらのポップの言葉に、バランはわたし達を睨みながら声を荒げる。

 バラン的には精鋭だったんだろうから、信じられないのも無理はないが、残念ながら本当だ。

 ていうか、実力はラーハルトが飛び抜けてるだけであとのふたりはそれなりだったが。

 …まあ、わたしは一人も倒せてない上、むしろ足引っ張ったんだけどさ。くっそ、あのトド。

 というか、魔法使いの立ち位置的には今回のポップの行動、決して褒められたことではなかったけど、実は密かに結果としてはいい方向に傾いたんじゃなかろうか。

 少なくとも、ここで竜騎衆とバランを一度に迎えるよりは。

 しかも、足留めに来たのがポップひとりだったからこそ、バランはあの場に竜騎衆を三人とも置いていった。

 ポップが見た目の割に強力な呪文の使い手だとバランは知っており、尚且つ自分が相手するまでもないという、適度には侮れる相手だったからこそ。

 これがわたしならせいぜいひとり残して他は連れてかれただろうし、ヒュンケルならバランは先に行く選択をせず、こっちを確実に潰してからダイのもとに向かう事にしただろう。

 

「でたらめではない。

 そうでなくては、オレ達がこの場に現れるわけがあるまい」

 少し冷静さを欠いてるバランにヒュンケルが言うと(今気がついたけど、バランって結構頭に血が上りやすいタイプかもしれない)、バランはヒュンケルから目線をわたしに移し、強い目で睨みつけてきた。

 

「そうか。…おまえたちはラーハルトを倒し、その鎧を奪ったというわけか…!」

「違う!

 この鎧はラーハルト自らの意志で、グエンに委ねられたものだ!!」

 その視線からわたしを庇うように、ヒュンケルがわたしの前に進み出る。

 その間にレオナ姫が立ち上がって駆け寄って来ようとするのを、手だけで制してクロコダインを指してやった。

 わたしの意図を察したレオナ姫は、一度頷いてからクロコダインの方に向かって走っていく。

 今ならバランは姫に攻撃はすまい。

 回復するなら今が最後のチャンスだ。

 

「ヤツはおまえのことを、オレたちに託し、死んでいった。

 この鎧はその時ヤツからグエンが譲り受けた、いわばヤツの形見だ。

 バラン…おまえの悲劇はラーハルトから聞いた」

 恋に落ち、子までもうけた愛する人を、その同族である人間によって失った事。

 それにより生まれた人間を憎む心が、彼の心に耐えきれない矛盾を生んだ事。

 人間を滅ぼす事でその矛盾を消し去ろうとしている事…。

 ヒュンケルはあくまで、バランの苦悩や悲しみには共感した上で、それは人の心を持つ者として、正しいあり方ではないと訴える。

 愛した人はそれを望まぬと。

 親としてダイを愛するなら、そのダイには人の心で接するべきだと。

 

 …ただ、ヒュンケルは忘れていた。

 相手が、人の心を持ってはいても、人を超越した別な生き物である事を。

 人間とは立ち位置がそもそも違うが故に、視点が違うという事を。

 

 その男は神の使いであり、裁き、滅ぼす、その決定権を、生まれながらに与えられた存在。

 彼にしてみれば、神の代行者である己により、裁きが既に決定した汚らわしい下等生物たちが、言葉を弄して足掻いた末に、己の裡の大事な領域に、土足で踏み込んだとしか思えなかったのだろう。

 

 わたし達はその事に、後になってから気がついた。

 

「…ならば…捨てよう!

 この、人の心と…身体を…!!!」

 …気付いた時には、既に遅かった。

 

 顔の右半分を覆っていた仮面のようなアクセサリーを引きちぎるように外したバランの素顔に、ほんの少しだけダイに似たところがある、と一瞬だけ呑気な事を考えたのは、一種の逃避だっただろうか。

 

 力任せに握りしめたアクセサリーがグローブを突き破り、その手を傷つける。

 流れた赤い血が、蒼に変わる。

 そのまま突き上げた拳に、閃光が降り注ぐ。

 紫電を纏わせたその身体が徐々に、人とは異なるものに姿を変えてゆく。

 

「竜と…魔族と…人の力を併せ持った、(ドラゴン)の騎士の最強戦闘形態(マックスバトルフォーム)…それがこの姿…

 

 竜魔人と呼ばれる姿だ!!!

 

 出会った時、人間と変わらぬ姿のバランの奥に常に感じていた、獣を思わせる気が、今や彼の身体全体を覆っていた。

 

 …魔獣の姿が、そこにあった。

 

 ・・・

 

「…ポップ!城の中へ逃げろっ!!!」

 ヒュンケルがいつでも応戦できるよう構えを崩さぬまま言う。

 

「冗談じゃねえ!!おれも戦うぜ!!」

 そのヒュンケルに反論するポップだが、こうなったからには彼の出番はない。

 マトリフ様のところでの修業を見ていた限り、この子は確かに攻撃呪文の適性が突出してるのは間違いないが、そちらを重要視するあまり補助呪文の価値を軽視している傾向があった。

 最初はルーラですら戦いの役に立たないと言っていたと、マトリフ様が舌打ちしていたくらい。

 魔法使いに適性がある補助呪文には戦略的に結構使えるものがあり、攻撃力倍化呪文(バイキルト)速度倍化呪文(ピオリム)などはその代表格と言っていいのだが、少なくとも彼には期待できないだろう。

 

「…あのバランの全身を覆う凄まじい闘気が、わからないわけはないでしょう?

 通常形態のバランにさえ、あなたの最大呪文は通じなかった。

 現時点で申し訳程度にしか回復できていない、あなたの魔法力で何が出来て?」

「てっ…てめ……えっ!?」

 こちらに詰め寄ってくるポップの手を掴み、首に腕を回して、ハグするみたいな形を取る。

 

「トベルーラ!」

 そのまま、彼を連れて城の扉へ向かって飛ぶ。

 本当はダイのそばまでリリルーラ出来ればそれがベストだったのだが、今のダイがわたし達を『仲間』と認識していない以上、それは不可能だ。

 

「地下牢のダイを頼む!!

 我らに万が一の事があったら、ダイを連れてどこまでも逃げろッ!!」

 どうやら回復が恙なく済んだらしいクロコダインの声が背中に聞こえ、ポップはようやく状況を汲んでくれたようだった。

 

「くっ…くそっ…!わかったよ!

 死ぬんじゃねえぞ!!みんな!!」

 扉の前で着地し、ポップの身体を離す。

 目を見合わせ、頷き合ったその時、

 

「危ないっ!!」

 レオナ姫の声が聞こえ…次の瞬間、肩に衝撃が走り、わたしの身体は、前方につんのめった。

 

 ……一拍遅れて、激痛が走る。

 

「…ああぁぁッ!!!」

「グエンッ!!」

 倒れかかるわたしの体を、ポップの腕が支えた。

 

「女を後ろから撃つとは…!!?

 なんということを…!!!」

 後ろで叫んだクロコダインの声が、怒りに震えている。

 そのクロコダインに答えるバランの声は、わたしの耳に、どこかひび割れて聞こえた。

 

「…悪いな。

 竜魔人となった私は、ただ目の前の敵を全滅させるだけの、魔獣にひとしい存在だ。

 あまりに強大な力ゆえ、自らの意志でセーブする事ができん。

 女だろうが未熟者だろうが、手加減などしてやれんのだ…。

 ……だが、仕方ないだろう…私の心の傷に…無闇に触れた…貴様らが悪いんだからなァァッ!!!」

 

 地獄が…蹂躙が、始まろうとしていた。



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28・半魔の僧侶は信頼を得る

 竜魔人となったバランは、全ての力が桁外れだった。

 スピードが、パワーが、それまでに相対した時とは比べものにならない。

 ポップに支えられたわたしが自身にベホマをかける間に、ヒュンケルが、クロコダインが、そしてレオナ姫までもが、一瞬にして地を這わされており、現時点で攻撃の対象になっていないわたしとポップは、それでも割って入る事もできずに立ち尽くす。

 

「だめだ…このままじゃ全滅しちまうっ…!!」

 ポップが思わず呟くのに、心の中で完全同意する。

 こんな事なら、彼らから離れる前にスクルトをかけておくのだった。

 いや、スクルトをかけていたところで、あの猛攻の前には恐らく焼け石に水か。

 とにかく、このまま立ち尽くしているわけにもいかず、ポップを振り返る。

 

「ありがとう、もう大丈夫。

 ポップ、ダイのところへ行って。

 ここはわたしが……ッ!?」

 言いかけて、思わずそのまま固まったわたしの、その視線を追うように背後を振り返ったポップが、そこに現れた人物を見て驚愕する。

 

「あっ…おまえっ…!!?」

 

 ・・・

 

「こ…こいつには勝てない!!

 体力は万全の状態だったというのに…!!」

「オレたちとは強さの次元が違う…!

 まさに(ドラゴン)(パワー)と魔族の魔力を備えた…超人だ…!!」

 あっという間に立ち上がることすら容易にできないほど叩きのめされた男2人が、絶望の言葉を吐く。

 見上げた上空で、その絶望の象徴が翼を広げ、浮かんでいる。

 

「魔力はまだ、こんなものじゃないぞ…!!

 一瞬で全員、この世から消してやる…!!

 この形態(フォーム)でしか使えぬ(ドラゴン)の騎士の秘呪文…ドルオーラでな!!!」

 そう言って両掌を合わせる構えを取るバランが、下から見上げていてもわかるくらいの魔力を高めはじめた。

 

「や…やばいわよ!!

 なんだかわからないけどものすごい呪文だわ、あれ!!」

「や…やめろバラン!!

 これ以上、暴力に身を任すのはっ!!」

「もはや聞く耳持たん!!

 竜魔人と化してしまったからには、貴様らが全員死ぬまで元には戻れんのだッ!!!」

 まさに、理性を失った魔獣。

 人間の理屈でものを言っても通じるわけもなく、全身を覆う強大な魔力が、合わせた拳に集中する。そして。

 

「消し飛べぇ───ッ!!!」

 

 ……しかし、その瞬間は訪れなかった。

 一瞬死の覚悟を決めた者たちが、ゆっくりと顔を上げる。

 魔獣は、その者たちの存在を忘れたかのように、一点を見つめていた。

 

 …地上から、不思議そうな目で彼を見つめる、ちいさな少年を。

 

「…ディーノッ!!!!」

 

 ・・・

 

 地に倒れ臥す者たちが、焦ったような声を上げるのに構わず、バランが空中からふわりと降下してくる。

 記憶を奪われたダイを今バランと会わせたら、紋章という繋がりから、彼はバランを父と認めてしまう。

 それはわたしの仲間たちが、最も恐れていた事だった。

 

「おじさんなの?ぼくを呼んだのは…?」

「…そうだ!」

「…おじさんは誰?」

「私は…おまえの父親だ!!」

 バランに言われて、一瞬目を見開いたダイがわたしを振り返った。

 その目を見つめて、頷いてやる。

 そのわたしの行動に、一瞬ポップが口を開きかけたのを目で制した。

 一切の嘘も誤魔化しも、この場にあってはならないと思ったからだ。

 顔を合わせる前ならともかく、今この状況でダイを隠す事はそれこそ全滅に繋がるし、こうなってはダイも納得しないだろう。

 

 そのダイは、数瞬バランを見つめたと思ったら、何故かとてとてとわたしに駆け寄ってきて、ギュッとわたしに抱きついてきた。

 

「…怖いの?」

「うん…あのおじさんは、ぼくと違う姿をしている。

 まるで、怪物…ううん、それはいいんだ。

 怪物でもあっちのワニのおじさんは、姿は怖いけど目は優しかった。

 けど、あのひとは………怖い」

 …どうやらバランが全身から発している殺気に反応してしまっているらしい。

 わたしが見る限り、これでも今の瞬間、バランはダイと会った事で、かなり人間の心が戻っているように思うが。

 この状態ならば、少しは言葉が通じるかもしれないと、感じさせてくれる程度には。

 だって、愛する息子に怖がられているこの状況に、バランの瞳は明らかに揺れていたから。

 

「…確かに、私のこの姿は人間とは違う…。

 おまえはどうやら、母親の血の方が濃いようだ。

 竜魔人と化す事はできないだろう。だが…!!」

 バランの額から、輝きが迸る。

 同時に、ポップが貸したバンダナが巻かれたその下の、ダイの額にも。

 

「その布を取ってみるがいい…。

 その額の紋章こそがすべての証。

 私たちをつなぐ無言の絆だ。

 私は…おまえの父さんなのだよ…!!」

「わかる…おじさんは…父さんは、嘘をついていない…!」

 …それは何よりも確かな証だ。

 この世に二人だけの、(ドラゴン)の騎士、その血の絆。

 

 けれど…わたしの腰にしがみついたままのダイの手は、何故かまだ、震えていた。

 

「嘘をついていないから…わかるんだ。

 父さんは……ぼくの友達を、傷つけてる」

 そのダイの言葉に、バランが再び瞠目した。

 

「みんながぼくを見て、悲しい顔をするのは、どうしてだろうって、すごく考えたんだ」

 ダイは記憶を失ってはいても、彼本来の人格の、根っこの部分を失っていなかった。

 彼は勇者として戦っていても、芯は優しい心の持ち主で、ひとの心の本質を見て判断してくれる子だった。

 

「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、ぼくの知らないぼくを知っている。

 だから、そうじゃないぼくが違うように見えてるんだ。

 …最初はわからなかったけど、今はそれが、辛いことなんだって分かるよ。

 グエンは、ぼくと友達になってくれた。

 そのグエンが、ぼくの事を忘れちゃったら、ぼくだってきっと悲しい。

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも、ワニのおじさんもゴメちゃんも、今のぼくを見て悲しくなるのは、みんながぼくの友達だったからだよね?」

 そう言って、ダイがポップを振り返る。

 

「ダイ…おめえ」

 ポップの瞳が、見る間に潤む。

 正直なところ勇者パーティーの側に、ダイの勇者の力がこちらの味方であってくれなければ困るという打算が、ほんの少しもなかったとは言えないだろう。

 レオナ姫やポップにとって、友達のダイと勇者のダイは、切り離して考える事のできないものだ。

 人間の心というのは、そう単純にはできていない。

 そもそもそれ故に、人の心は強さを持つ。

 善だけでも、悪だけでもない。

 真心だけでも、打算だけでもない。

 むしろ、それらが互いに戦うからこそ。

 それが戦いあって、自らどちらかを選ぶから、人間の心は強いのだ。

 選ぶのは、常に自分自身。

 そして、人同士の絆とは、相手が正しい道を必ず選ぶ筈だという、信頼。

 

 ダイは、わたし達を信じてくれていた。

 わたし達が思っていたよりも、ずっと。

 

「父さんがぼくの父さんなら、ぼくの友達を傷つけるのはやめて!」

 わたしにしがみついて震えながらも、それでもバランに向かって訴える少年は、その勇気は、間違いなく『ダイ』そのものだった。

 

 ・・・

 

「…記憶も戻っていない筈なのに、人間に味方するのか?」

 …どうやら今のバランでも、ダイの言葉すら通じないようだ。

 バランが人間たちに傷つけられてきた事実は、今更変えようがない。

 けど、ラーハルトの最期を考えれば、答えは本来、もっと簡単なところにあった。

 恐らくは…バランが愛する人を失った時、結果として娘の命を奪ってしまった事を、アルキード王が後悔して泣いてくれたなら…公的な顔ではなく親としての感情を見せてくれていたなら、きっと今、彼の心はここまで拗れてはいない。

 恥さらしの王女と詰るのではなく、すまなかったと心から彼女に謝ってくれたら、それだけできっと良かったのだ。

 ポップやヒュンケルの涙でラーハルトの心が融けたように。

 善悪の基準などというものは、理性的な判断を必要とされるものでありながら、その実、感情に非常に近いところがある。

 その時点でバランの感情が怒りに傾かなければ、彼が人間を悪と断じる事はなかった。

 彼自身も、人間の心を持っているのだから。

 だとするなら、竜魔人という存在を作った神々は、随分な大バクチを打ったものだ。

 人間の心などという、大きく揺れ動くのが前提のものに判断を委ね、裁かせるのだから。

 悪を滅ぼす存在でありながら、バランの心は憎しみに支配されている。

 

「友、だと!?

 おまえはその虫ケラどもに絆されているに過ぎん!」

 ダイを前にして緩んでいたバランの気が再び張りつめていく。

 

「人間も、奴らに味方するものも全て根絶する!!

 私の息子なら、(ドラゴン)の騎士なら、それに従えッ!!!」

「嫌だよッ!そんなの嫌だ!!

 話を聞いてよ、父さん……!!」

 と、

 

「ぬおおおおおおッ!!!」

 唐突に、バランの額の紋章が輝きを増す。

 同時にダイのものも。

 それは先ほどの二人の血の絆を示したものよりも強く、そして乱暴なものだ。

 最初にダイの記憶を飛ばしたのと同じくらい。

 

「はああ…!!?うあああああッ!!!」

 その強引な力に、ダイが頭を抱えて苦しみ出す。

 間違いない。バランはまたも紋章の力で、ダイの精神に干渉しようとしている。

 最初のでダイは記憶を吹き飛ばされた。

 これ以上同じ事をされれば、今度はダイの精神自体が壊れかねない。

 

「そんなゴミどもの事など、思いやる価値はない!!

 すべて忘れてしまえ、ディーノッ!!

 そして真の我が子となるのだッ!!」

 鬼だ、こいつは鬼だ!

 下手すりゃ廃人になりかねない危険を息子に課して、何が親だ!!

 ブチ切れたわたしの内側で魔力が高まった。

 

「いい加減に…しろおおおぉッ!!!!」

 自分でもなんだかよくわからないまま、夢中で払った槍の軌跡がオレンジ色の輝きを放ち、二人の額から溢れた輝きを、一瞬だけ凌駕した。

 その一撃はバランの身体に届くことはなかったが、バランとダイの間の空間を、その光が斬ったように見えた次の瞬間、二人の額から輝きが消えた。

 

「グエナヴィア…貴様!?」

「グエン…!!」

 呆気にとられた顔で、竜の親子がわたしを見つめる。

 わたしはその場にうずくまるダイの肩を掴んで立ち上がらせ、そのままその身をポップに押し付けてから、二人を背に庇いつつバランに向き直った。

 

「あなたの、親としてダイを思う気持ちだけは間違いないと思ったから、ちゃんと話をさせようと思ったのに、これじゃ意味がないわ!

 ダイはあなたのお人形じゃない!!

 なんで、ちゃんと話を聞いてあげてくれないの!?

 自分と意見が違ったらその意志ごと消し飛ばすなんて、どんだけ横暴な頑固親父なのよ!!

 あなたには親の資格なんかない!」

 感情のまま言い放つわたしに向けて、バランの背中より向こうに転がっている友人たちが、バランを刺激するなと叫んでいるが、そんなものは耳を素通りしていく。

 

「黙れ!

 私の息子を、二人とも誑かしておいてぬけぬけと…!!」

「わたしの弟を先に誑かしたのはあなたでしょう!?

 返してよ!

 わたしのラーハルトを生かして返して!!」

「戯言を…死ねっ!!」

 バランの掌から、真空の刃(バギ)がわたしに向かう。

 わたしが完全魔法防御をもつ鎧を身につけている事は、頭に血が上りすぎて忘れているのだろう。

 その全てを腕の小さな盾で振り払う。

 同時に地面を蹴ってトベルーラを発動し、まずは頭上からさみだれ突きを放つ。

 全てが竜闘気(ドラゴニックオーラ)に弾かれたが、その流れのままわたしは心の中で、天に聖なる祈りを捧げた。

 バランは自身の闘気による防御力に自信を持っているから、ラーハルトのように放った攻撃がスピードで躱される事はない筈。

 身の裡に渦巻いている暴走した魔力が、回復魔力の方向に流れ、高まる。

 

 星よ、集え…光よ、高まれ…聖なる力よ、渦を巻け。

 

 小さな星々の煌めきが、渦を巻いてバランをその中心に拘束する。

 バランがその技の意図に気づいた時には、集中は完了していた。

 

「偉大なる星雲の輝きよ、我が敵を討て!!

 

 グランドネビュラ!!!!」

 

 小さな星々の光が、渦の中心に…バランに向かって疾った。

 その全ての光の槍が、バランを撃つ。

 小物と侮っていたわたしの攻撃に、明らかにバランは怯んでいた。

 

 が、それも長くは続かなかった。

 徐々に落ち着きを取り戻したのか、竜闘気(ドラゴニックオーラ)が徐々に高まったかと思うと、

 

「ぬゥっ…おおおお─────ッ!!!」

 気合声と共に、わたしの作った星雲が、その闘気によって弾かれた。

 その威力は爆発のように、わたしの身体をも吹き飛ばす。

 

「きゃあああ─────ッ!!!!」

 

 ドオオォン!!!!

 

 わたしの身体は王城の壁に叩きつけられ、そこに大きな窪みを作ってから、一拍遅れて、そのまま地上に落下した。

 

 ☆☆☆

 

「グエン─────ッ!!」

 叫んで駆け出そうとするダイの肩を掴んで止める。

 なんて奴だ。

 グエンのあの攻撃が、半端なモノじゃなかったことくらい、おれにだって判る。

 それをあっさり弾き飛ばすなんて。

 そのバランがおれたちを振り返るのに、掴んだダイの肩がビクッと震えた。

 

 そうだ、今ここで、まともに立ってるのはおれだけだ。

 おれが守れなけりゃ、誰がこいつを守る!?

 怯えるダイの顔に一瞬だけ、違う面影が重なる。

 

 “あたしはポップの事、大好きだもん”

 そう言って、おれの前に立ちはだかる小さな背中。

 自分だって怖くねえわけじゃなかったくせに。

 この馬鹿。

 

 おれだっていつまでも、守られるばっかりじゃねえ!!

 

「…心配すんな。

 すぐ終わらせてやっからよ」

 気がつけば、おれはそう口にしていた。

 

 ダイはおれを、友達だと言ってくれた。

 なら…信じてくれ。おれが、必ず守ってやる。




この場には原作の展開を知っている人が誰も居ないので説明しようがなく、また20話で少しだけ描写しようとしてしきれなかった部分なんですが、記憶を失ったダイの自我、実は原作よりは若干残ってます。
理由は記憶を失う前、有り体に言えば17話で湖に飛び込む前に、ある程度仲間との絆を再認識する出来事があって、バランの言葉に心がその分揺れていなかったから。
つまりグエンの存在による波紋(バタフライ・エフェクト)です。
だからといって、展開自体はそれほど変わらないんですけどね。

そしてグエンとバランの会話、二人とも頭に血が上っていて、はたから見ると「何言ってんだこいつら」「昼ドラか!!」「こっちでも三角関係!?」状態に突入していますが、本人たちは至って真剣ですwww


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29・半魔の僧侶は逆上する

「いやああああ─────ッ!!!」

 唐突な悪夢に目覚めさせられたメルルは、自身の悲鳴で目を覚ました。

 

 …夢なんて生やさしい感じじゃなかった…。

 すごくリアルで…。

 

 荒い息をなんとか落ち着かせて、頭の中をよぎった光景に思いを巡らせる。

 絶対に敵わない強大な敵に、一人突っ込んでいく、魔法使いの少年。

 その身体が、呆気なく打ち砕かれて…。

 そこまで思い出して首を振った瞬間、不意に思い当たる。

 幼い頃から何度となく、夢で見たことが現実に起きた事が、彼女にはあった。

 

「まさか…予知!!?ポップさん!!!!」

 淡い想いを抱く相手の名を呼びながら、牢のある地下室から、メルルは足をふらつかせながらも階段を駆け上がった。

 

 ☆☆☆

 

 それは、まさに地獄絵図だった。

 

「ぬうううッ!!!ぬっ…抜けん…!!!

 ひっ…非力な魔法使いごときの握力なのに…!!!」

「あ…あったりめえよッ…!

 この指先にはな…おれの全生命エネルギーを込めてるんだ…抜けてもらっちゃ困るんだよ…!!」

「やめなさいポップ!

『それ』なら、わたしがやるから!

 わたしなら蘇生の可能性があるからッ!!」

 魔法力を込めた指をバランのこめかみに食い込ませているポップに向かってわたしは呼びかける。

 

「はっ、おれだって毎度毎度女に庇われて、のうのうとしてられねえっての!!

 そうやって男のコンプレックスいちいち刺激してっから美人なのにモテねえんだぜ!

 黙って見てろよ、オネーサン!!」

 今わたしのコンプレックスを刺激したのは間違いなくおまえだ、というツッコミが言葉にならない。

 ポップはバランに対し、己の生命そのもので攻撃しようとしている。

 即ち、自己犠牲呪文(メガンテ)でバランを倒そうとしているのだ。己の生命と引き換えに。

 自己犠牲呪文(メガンテ)は本来は僧侶の呪文。

 神の祝福を受けた僧侶、つまりここでの場合ならわたしが使う分には、万にひとつの確率で蘇生の可能性はあるが、それ以外の者の肉体は、その衝撃には耐えきれない。

 そんな決断をこの若い魔法使いにさせてしまったこと、これはもう、わたし達大人が呆気なく、この魔獣に伸されたのが原因だ。

 

 生命力から変換された魔法力はその性質上、通常のそれよりもはるかに強い。

 外から干渉しようにも弾かれるし、そもそも自己犠牲呪文(メガンテ)は爆発を伴う呪文故に、その威力を敵に集中させる為、また味方を爆発に巻き込まない為に、術者と対象者の周囲にある程度の力場が生じ、それ以外の者はそこに踏み込めない仕様になっている。

 つまり自己犠牲呪文(メガンテ)が発動し始めたが最後、術者自身がその発動を止めない限り、それを外から止める手段はない。

 

「やめろ──ッ!!

 ポップ!!!バカな事をするな──ッ!!!」

「そうだッ!!

 バランにそいつが効くかどうかもわからん!!

 ムダ死にするかも知れんのだぞっ!!!」

 地面にへたり込んだままのヒュンケルとクロコダインも、わたし同様制止の言葉をかけるが、思いつめた表情のポップは呪文の発動を止めてくれない。

 こうなったら腕を引きちぎってやる、と抵抗を試みるバランだが、そのバランでさえ力場に捉えられ、動きを制限されている。

 

「みんな…あとは頼まぁ…。

 マァムには…うまく言っといてくれや…」

 その言葉に、わたしはほぼ反射的に言い返す。

 

「やめてよバカ!いいこと!?

 あなたが今ここで死んだりしたらわたし、マァムにあなたの悪口、ないことないこと、ボロクソに吹き込むわよ!!」

 実際にそんな事をしたらあの優しいマァムにさえ、人でなしを見るような目で見られるだろうけど。

 今更だ。わたしは人間じゃない。

 

「はは…ほんっと、残念な美人だよな、あんた」

 なんて言いながらポップの浮かべた大人びた笑みが、先ほどわたしを人質に取られた上にそのわたしに罵詈雑言を浴びせられたときのヒュンケルの表情と、一瞬重なって見える。

 

 今わかった。

 これ、『仕方のないやつだな』って思いながら、同時にそれを許してくれる、大人の男の余裕の表情なんだ。

 

 …そんな顔、アンタには10年早いのよ!!

 あとヒュンケルは、さっきぶん殴ったけど後でもういっぺんしばく。

 

「あ…うわぁぁっ…!!」

 そのポップを見つめて、何か言おうとしながらも言葉にならないのだろう、呻くような声しか出せずにダイが首を横に振るのを見て、ポップが呟く。

 

「……あばよ、ダイ…。

 おまえとはいろいろあったけど…楽しかったぜ。

 でも…おれの冒険は…ここまでだぜ…!!」

 その瞬間、魔力に変換された生命力が最高潮の輝きを放った。

 非力な筈の魔法使いの作り上げた力に拘束されたバランが、雄叫びのような悲鳴を上げる。

 そして。

 

 

 

 ──メガンテ!!!!

 

 

 

 生命が、魔力が、大爆発を起こし…、

 

 

 

「ポップ〜〜〜!!!!!!」

 爆風の中で、ダイが叫んだ。友の名を。

 

「ポップ!!ごめん!!ごめんよぉぉぉ──ッ!!!」

 その生命の爆発の威力は、ダイの記憶を封じていた枷すら破壊した。

 

「…う…そ…!!!」

 視界の端で、王城の中から飛び出してきたメルルが、地面に膝をつくのが見えた。

 思い出の代償は、あまりにも大きかった。

 

 それなのに。

 

「あ…ああっ!!!」

 爆発がおさまって見上げた上空には、絶望が…、

 

 片手にポップの身体を掴んでぶら下げたバランが、翼を広げ、浮かんでいた。

 

 ポップが生命をかけた自己犠牲呪文(メガンテ)すら、全く効かなかったのかと嘆くクロコダインの言葉に、バランは御丁寧に答えを返す。

 

「…こいつが未熟なおかげで助かった。

 全生命エネルギーを、指から送り込み爆発させる瞬間、わずかなスキが生じ、指の力が弱まったのだ。

 私は上空に飛び、その勢いでこいつをふりほどいた…!!」

 そう言ってから、掴んでいたポップの身体を、無造作に地面へ放り投げる。

 ポップは受け身を取る事なく、投げ出されるままに地面に横たわっていた。

 その身体が生命活動を行なっていない事は、一目見ただけで明らかだった。

 

「………犬死にだ!!」

 吐き捨てるように言い放ったそのバランの言葉に、わたしの内側で、なにかが切れた。

 

「─────ッ!!!!!」

 発音にもならない叫びが勝手に喉から発せられるのにも気付かず、わたしは槍を構えてバランに向かって飛ぶ。

 

「グエン!?」

 もはや戦術も何もなく、感情のままに槍をバランに突き立て、振り下ろす。

 勿論竜闘気(ドラゴニックオーラ)に覆われたバランの身体には傷のひとつすら与えられない。

 わかっていても、それでも。

 ぶつけずにはいられなかった。この怒りを。

 

「グエン!!だめよ!!やめてっ!!!」

 レオナ姫の制止の声が、耳には届いたが心には響かない。

 

「…私に触るな!!」

 軽く振ったバランの腕が、容易くわたしの身体を弾き飛ばす。

 わたしはトベルーラで自分の身体にブレーキをかけると、一旦着地して、槍の柄を地面に突き立てた。

 

 黒いモノがわたしの身体の奥から…否、どこか違う場所からわたしの身体の奥にある扉を通して、湧き上がってくるような感覚を覚えた。

 それは地の底から上ってきて、わたしが手にする槍へと這い上り、空へと向かおうとする。

 天からではなく地から、黒い稲妻が立ち上がる。

 

 それは、地獄の(いかづち)

 

 怒りによって開かれた地獄の扉から呼び出された、雷撃の蛇。

 槍に絡みついたその力を、わたしはためらう事なく解き放…………

 

「…やめて!おれ、そんなグエン見たくないよ!」

 …とうとした次の瞬間、腰に柔らかく温かいものが絡みついた。

 

「ダ……イ…!?」

 黒い稲妻が、霧散する。

 怒りに沸騰していた頭が、急速に冷えていく。

 

 わたしは…今、何をしようとしていた!?

 

「だめだよ…それじゃ、グエンまであいつと同じになっちゃう…そんなのおれ、嫌だ…!!」

 必死にわたしにしがみつくダイの体温が、わたしを正気に戻していく。

 彼のつむじを見下ろす両目から、知らず、涙が溢れた。

 

「ダイ…だって、だってポップが……!」

「ごめんね…おれが不甲斐ないばっかりに、ポップを死なせて…でも、グエンが()()()()()()に行く必要ない!」

「ダイっ………!!」

 ぐしゃぐしゃに泣きながら、ダイの身体を抱きしめる。

 これじゃどっちが大人なのかわからない。

 けど、次の瞬間ダイはわたしを突き飛ばすと、それまでわたしが立っていた場所に身体を移動させ、両腕を広げた。

 

 ドン………!!!!

 

 地面に尻餅をついたわたしが見上げた勇者の肩越しに、バランが上空からこちらを睨みつけている。

 ダイの背中から、煙が立ちのぼっているのが見える。

 

 えっ…これは、まさか。

 バランの攻撃からわたしを庇った!?

 

 慌てて立ち上がろうとして、ダイが発する気に、一瞬怯む。

 

「やめろ…!

 これ以上…おれの仲間に手を出すなッッ!!!!」

 その額から光が溢れ出し……その輝きよりも強い瞳で、ダイは上空のバランを睨みつけて言い放った。

 

 ダイの記憶が完全に戻ったと認識するや、バランは再び、紋章を無理矢理共鳴させる。

 

「ダイッ!!」

 バランが消し去ろうとしている『ダイ』を、なんとか引き止めるべくその名を呼ぶ。

 ダイは苦しそうな表情を浮かべながらも、それでもかすかに微笑んでみせた。

 

「…大丈夫だ、グエン!!おれは負けない!」

 そう言ってバランに向き直り、その力を押し戻そうとするように、強い瞳で見返す。

 

「おれは二度とポップの事を…みんなの事を忘れない!!

 おれはおれだ!勇者ダイなんだ──っ!!!」

 ダイはそう叫ぶと、右の拳を突き上げた。

 気のせいか先ほどの額の輝きが、その拳から放たれている気がする。

 

「おまえなんか、父さんじゃないっ!!!!」

 そのままダイはバランに向けて飛び立つと、その拳をバランの顔に命中させた。

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)の完全防御を突き抜けて加えられたダイの一撃に、バランは体勢を崩しながらも、両足で地面に降り立つ。

 その目が、驚愕に見開かれた。

 バランだけでなく、その場で意識のある者が、全員瞠目する。

 

 バランを睨んで構えを取るダイの、先ほどまで確かに額に現れていた(ドラゴン)の紋章は、今はその右拳の甲で、輝きを放っていた。

 

「ど…どうなっているんだ!?

 (ドラゴン)の紋章が…拳に現れるとは…!!?」

 呆けていた意識が、クロコダインの声に引き戻される。

 

「恐らくダイが、自らの意志でそうしたのだろう…」

 クロコダイン同様、倒れ伏したままのヒュンケルがその声に答えるのが聞こえ、わたしは彼らの方に駆け寄った。

 そうだ、泣いてなんかいられない。

 倒れてなんかいられない。

 ダイは、わたし達を守るために戦ってくれている。

 

「バランの頭脳支配から逃れ、ヤツ以上のパワーを得るには、紋章の力を、額以外のどこか一点に集中させるしかないと悟ったのだ。

 全闘気の力では大人のバランに劣っても、一点に集中すれば…一撃の破壊力は勝る…!!」

 ヒュンケルは直感だがと前置きしてから、この奇跡がダイの身体に半分流れている人間の血が起こしたのだろうと説明していた。

 ポップを想う人間の心が血のたぎりとなって、竜と魔の力を腕へと追いやり、逆に支配したと。

 

「そっ…それでは今のダイは…」

「…そうだ。おそらく…自らの意志で100%、(ドラゴン)の紋章を操れるはず…!!!」

 それはまさに、バランが捨てた、人間の心の力だった。

 

 ダイは紋章の力を奮い、バランと互角に立ち回っている。

 けれど、体格差が体力差とイコールしないにしても、長引けばダイの不利は明らかだ。

 

「…さあ、わたし達大人も、いつまでも呆けていられないわよ」

 彼がバランを引き付けている間に、さっきまでは不可能だと思っていた、男二人の回復を行う。

 更にスクルトと、念の為フバーハを重ねがけし…それからふと思いついて、リュックの中から、ずっと入れたままだったダイの破邪の剣を取り出した。

 森の中の小屋にいた際、キレたポップがダイに突き出して泣かれ、仕方なくわたしが預かっていたのだ。

 

「…どうする気だ?」

 剣をじっと見つめるわたしに、問いかけたのはヒュンケル。

 

「…竜闘気(ドラゴニックオーラ)での攻撃はほぼフバーハを突き抜けた…つまり、属性よりむしろ物理に近い…そして同じエネルギーを、バランは常に防御に回して身に纏わせている…。

 ならばその防御を、武器への攻撃であるとイメージすれば…もしかしたら」

 剣を手にした腕に、魔法力を込める。

 それから、回復を済ませた男2人に指示を出した。

 

「2人は、ダイのサポートをお願い!

 攻撃対象を1人に集中されないよう、常に同時攻撃、接近戦で!!

 勝てとは言わない!

 せめて引っかき回して、できる限り時間を稼いでくれると助かる!!」

 クロコダインとヒュンケルは、一瞬だがお互いに顔を見合わせた。

 わたしが何をするか気にはなったらしいが、それでもすぐにコクリと頷いて、駆け出していく。

 

「…ゆくぞ、クロコダイン!

 俺たちはダイの剣にして盾だ!!」

「ウム!!!」

 物分かりの良い友人達で助かる。

 少し離れたところでは、メルルがレオナ姫を回復しているらしい。

 …ん?レオナ姫はポップの身体のそばに歩み寄って何かしようとしており、ゴメちゃんが心配そうに肩に乗っているのが見える。

 その間にもダイとバランは激しい攻防を繰り広げており、バランが額から放った紋章の力を、ダイは片手でいなし、その逸らされた破壊力が、森を突き抜け山を砕いた。

 

「でやあああッ!!!」

「ぬううううんッ!!!」

 次の瞬間、二つの影がバランに躍りかかる。

 

「ムッ!」

 しかしバランの腕が振るわれ、剣と斧の軌跡がバランの身体に届く前に、2人とも後方に弾き飛ばされた。

 それでもスクルトを先にかけていた為か、ダメージは軽減できており、クロコダインもヒュンケルも地面に叩きつけられはしたが、すぐに体勢を整えて、更なる攻撃に移る。

 その間にダイも、紋章の力を纏わせた拳で、バランに向かっていく。

 

 そう、拳。

 

 一応あれでもバランの竜闘気(ドラゴニックオーラ)をの防御を抜けて、彼の身体に命中させる事には成功しているが、やはり武器なしでは決め手に欠けるのだ。

 

 魔法力を調整して、破邪の剣にスクルトをかける。

 本来なら味方全員の身体を覆う防御膜を、一本の剣に集中させる。

 …やはり難しい。マトリフ様の仰った通りだ。

 ラーハルトとの戦いで防御壁を張った際は、魔力暴走が起きていたから、本来の数倍の防御力が確保できたけど、さっき暴走したのを解き放ったばかりだから、今は起きそうにないし。

 

 けど、魔法は発想力と集中力。

 そう言ったマトリフ様の悪そうな笑みが頭に浮かぶ。

 あのひとはポップの成長を密かに楽しみにしていた。

 

 こんな事になってしまってごめんなさい。

 …けど、落とし前はきっちりつけるつもりです。

 

 お願い……わたしに力を貸して、ポップ。




…読んでてお判りでしょうが、今回のグエンさんの仮説と発想、間違ってるというか若干ズレてます。
そうじゃねえだろ。


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30・半魔の僧侶は発想する

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)を武器に対する攻撃としてイメージし、スクルトでそれを散らす事ができたなら、剣の攻撃でもバランに届く筈だ。

 そう考えて、まず集中する時間を欲したのだが…そう考えてけしかけたクロコダインとヒュンケルは、竜の親子による地上最大の戦いに、あっという間に置いていかれる事となった。

 

 …ソウデスヨネー。

 あなた方戦士ですものねー。

 空中戦になったら、そりゃ入っていけませんよねー。

 

 しかも、わたし達は竜魔人の本能というか獣性のようなものを、どこかで舐めてかかっていたと思う。

 あれは人間ではないと充分身に染みてわかっていたにもかかわらず。

 まあ、人間にも魔族にもない思考パターンなど、予測しようにも思い至らないのは仕方ないが、それでも警戒はすべきだったのだ。

 竜魔人は、本能や獣性を前面に押し出した形態。

 攻撃を加えられれば加えられるほど凶暴性が高まり、その相手に対しては息の根を止めるまで攻撃の手を緩めることはない。

 

 それが…自分の子であったとしても。

 そもそも、本来なら常に地上に唯一の存在である種族ゆえ、子への愛情などという項目が、本能の中にある筈もない。

 それは、人の心の範疇だ。

 ここにおいてわたし達は未だにどこかで、バランに人の心を期待していたのだろう。

 

「…燃え尽きろ!この国とともに!!」

 頭引っ掴まれたまま崖や王城の壁に叩きつけられ、なんとか瓦礫からの生き埋め状態から這い出てきたダイに向かって、バランが空中で構えを取る。

 あれは先ほど発動しかけて止めた、本人がドルオーラと呼んでいた呪文の構えだろう。

 魔力が圧倒的に高まり、それとともに構えた両拳に、圧縮された闘気が集中するのが、下から見ていても明らかだ。

 やがてバランの指が開いていくと、そのフォルムはまるで龍の口のような姿となった。

 

「いかぁぁん!!ダイッ!!避けろォッ!!!」

 その声に反応して、即座にダイが空中へ飛ぶ。

 

「…逃がすか!

 くらえッ!!!竜闘気砲呪文(ドルオーラ)!!!!!」

 そのダイの飛んだ先に、バランは手に集中させた力を解き放った。

 

 次に来るのは、閃光と爆発。

 一瞬遅れて、爆音が轟いた。

 こんなものはもはや呪文ではない。

 

 ……ダイは!?

 

 あれをまともにくらっては、いかにダイとてひとたまりも…そう思った次の瞬間、地面に何かが落下して土煙を立てる。

 

「うううっ……!!」

 落下…ではなくどうやら高速移動だったらしい。

 咄嗟に発動させた為に地面に叩きつけられたダイが、呻きながら身体を起こすのが見えた。

 良かった、生きてる。

 

瞬間移動呪文(ルーラ)で躱したか。

 …勘のいいヤツだ。

 だが…二発目ははずさんっ!!!」

 そう言って再びドルオーラの構えを取るバランを見て、ダイは何を思ったか再び空中へ飛び立つ。

 

「ダッ、ダイ!!何をするッ!!?

 空中戦ではバランには勝てん!!

 ヤツには翼があるんだぞ!!!」

 クロコダインが叫ぶのに、メルルもハッとして上空を見上げる。

 

「な、なんであんな自殺行為を…!!?」

「…どうやら、わたし達がいるせいね」

 わたしの発言に、クロコダインとメルルが驚いた顔で振り返った。

 ヒュンケルひとりだけが頷いて、わたしの言葉の後を続ける。

 

「あの超呪文をバランが眼下に放てば、オレたちもテランの人々も灰になる!!

 だからダイは自ら、進んで空中に上がったんだ!!

 怒りに我を忘れていても、ダイは、オレたちのダイの心のままだ!!

 バランのような魔獣じゃないんだ!!」

 こんな状況にもかかわらず、ヒュンケルの声にどこか嬉しげなものが混じるのは仕方のない事だろう。

 

『オレたちのダイ』…それが全てだ。

 

 その見上げる上空で、ドルオーラの構えを取るバランに対し、ダイは完全防御の姿勢を見せる。

 驚いてなんのつもりだと問うバランに、ダイは次のドルオーラを耐えると宣言してみせた。

 あれだけの呪文、いかにバランといえど三発は撃てないはずだと。

 

「この一発にさえ耐えれば…おれが勝つ!!!」

 プライドを傷つけられたらしいバランが、息子に向けて躊躇なく放つドルオーラに真っ向から向き合いながら、ダイは自身の裡の竜闘気(ドラゴニックオーラ)を解放した。

 ダイの竜闘気(ドラゴニックオーラ)とバランのドルオーラがぶつかり合い、空中で大爆発を起こす。そして…、

 

「ウ…ウオオオッ…!!?」

 そこには、身につけた服はボロボロになりながらも、無傷で浮かぶダイの姿。

 驚愕のあまり棒立ち状態のバランに、ダイは腰のナイフを抜き放つと、拳の紋章に竜闘気(ドラゴニックオーラ)を込めて、必殺の一撃を放った。

 

「アバンストラッシュ!!!」

 決まった、とその瞬間を見ていた誰もが思った。

 

 だがダイの手にしたナイフは、その刃がバランの身に届く前に、その刀身が砕け散っていた。

 次の瞬間、バランの脚がダイの鳩尾に一発入る。

 ダイは空中に浮かんだままだったが、その間合いが一旦離された。

 

「残念だったな!!!

 (ドラゴン)の騎士が竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全開にして戦えば、並の武具や防具はそのパワーについていけず、燃え尽きてしまうのだ!!」

 言ってバランが、地上に向かって急降下する。

 

「だが!この真魔(しんま)剛竜剣(ごうりゅうけん)だけは違うぞ!!

 これこそ竜闘気(ドラゴニックオーラ)に耐え得る、地上ただ一つの剣なのだッ!!!」

 竜魔人に変身した時に地面に刺した剣を回収して、それを高らかに掲げるバランは、もはや完全に己の勝利を確信していた。

 

 ・・・

 

 まじか。

 わたしは呪文を付帯させた剣を持ちながら、呆然とする。

 この処置はバランの竜闘気(ドラゴニックオーラ)を少しでも通して、攻撃を当てる為に施していたが、よもやダイ自身の竜闘気(ドラゴニックオーラ)からも、防御しなくてはいけないとは。

 いや、むしろそっちの方が重要だ。

 だとしたらこんな処置に意味はないかもしれない。

 

 視界の端で、白い輝きが閃いた。

 見ると、レオナ姫が倒れているポップの傍で、呪文を詠唱している。

 

 あの呪文は…ザオラル!?

 そんな呪文、習得していたのか、あの子。

 

 わたしは僧侶で、それに関しては勿論わたしの方が適性があるのだが、熟練しても成功率は50%以下といった不確かな効果である上、1人で旅をする分には必要ないと思い契約していなかった。

 その判断下した過去のわたし死ね。

 …というか、契約をしていなくても回復系魔力さえあれば唱えられるものもないわけではないが…さすがにそれは今は使えないだろう。

 レオナ姫は賢者ゆえ、成功率は低いだろうが…どうか神よ…御加護を。

 

 そして。

 

「死に損ないは大人しく死んでおれッ!!!」

 こっちではクロコダインとヒュンケルが、剣を手に再びダイに向かおうとしたバランを止めようとしており、クロコダインが電撃呪文の直撃を食らっていた。

 更に次の一撃がヒュンケルに襲いかかる前に、わたしは反射的に胸甲下部から、突起部分を引き抜いて投げ放つ。

 全部確認したわけではないが、さっき身につけた後にざっと見た限り、この鎧には各所に小さな武器が仕込まれている。

 ラーハルトは元々器用な子だったから、まさしく彼の為のような武具だったろう。

 電撃はヒュンケルに命中するより先に、突起部分だった投げナイフに引き寄せられた。

 バランがキッとこちらを睨む。

 だが、その場で一番戦闘能力のある存在がやはり気になるようで、

 

「この親子の勝負には、もはや神すら立ち入れぬわ!!」

 そう言い捨てて、空中にいるダイへ、真っすぐ向かって飛んだ。

 カールでヒュンケルと弔った、バランに倒された騎士の話や、湖畔での戦いの時にはクロコダインを徹底的に叩いた事を考えあわせると、恐らく一番強い者から倒していこうという考えに至るのは、(ドラゴン)の騎士の習性なのだと思う。

 ダイには悪いがひとまずはこちらからバランの注意が逸れたことを幸い、クロコダインに駆け寄ってベホイミをかける。

 

「助かった…グエン。礼を言う」

「いいえ…体力のみの回復でごめんなさい。

 本当はベホマで全回復してあげたいけど、そろそろわたしも魔法力の残量が不安なの。

 恐らく回復できるのはこれが最後」

 上空を見上げながら、半ば愚痴のように呟く。

 こうしている間に、バランとダイの攻防が、目にもとまらぬ勢いで、激しく繰り広げられている。

 

「できればこの剣を、せめて攻撃の瞬間だけでも竜闘気(ドラゴニックオーラ)に耐えられる補強を施して、渡してあげたいのだけれど。

 パプニカ製の金属で作られたあのナイフがああなったのを見る限り、スクルト1回の集中だけでは強度が足りそうにない。

 せめてダメ元で、残りの魔法力全部を集中させて重ねがけを…」

 言って手に魔法力を込めようとしたところで、クロコダインの声がかかる。

 

「…オレは呪文の事はよくわからぬが、グエンは既存の呪文を、解釈を拡大する事で、効果や威力を強化しているのだろう?」

「…?ええ、その通りね。

 魔法は集中力と発想力で、ある程度の効果の拡大が狙える…それが?」

 申し訳ないが、集中の邪魔はしないでいただきたい。

 

竜闘気(ドラゴニックオーラ)を、魔法力かバリアーなどといったものであると解釈する事は出来んのか?」

「解釈というのは思い込みとは違うわ。

 事実と違う事をイメージしたとしても、発動が無効になるだけで…ん!?」

 待って。今何か重要な単語が出てきた気がする。

 

「バリアー!?そうよ、それよ!!

 なんで気がつかなかったのかしら!?

 触れた相手にダメージを与える障壁…竜闘気(ドラゴニックオーラ)は、まさにバリアーみたいなものじゃないの!

 クロコダイン、あなたは天才よ!愛してるわ!!」

 勢いで意味のわからない事を口走ってしまった気がするが、この際そんな事はどうでもいい。

 なんかクロコダインがちょっとあわあわしてる気もするけど、今は構っちゃいられない。

 

「今からこの剣に全魔力を集中して呪文を重ねがけするわ!

 トベルーラを使う分も惜しいから、わたしがこの処置を終えたら、クロコダイン!

 あなたはわたしを、ダイのいるところまで投げ飛ばしてちょうだい!!」

「な…なんだとッ!!?」

 まあ、無茶苦茶な事を言ってるのはわかってる。

 けど…未だ必死に天に祈りを捧げるレオナ姫の魔法力の先に、横たわる少年の姿を、もう一度振り返る。

 それから、今傍らにある、勇敢なる男たちと、わたしの身を包むこの鎧に宿る魂にかけて。

 今のわたしは、レベルだけならこのメンバー中ほぼ最強なのに、実際は足を引っ張りまくっている体たらく。

 このまま役立たずの足手まといのままでいたら、わたしには彼らの仲間を名乗る資格はない。

 

「わかった、グエン。だがオレも一緒に行く。

 2人同時は重労働だろうが頼む、クロコダイン」

 だがそんなわたしの決心に、ヒュンケルまでが乗っかってくる。

 

「バ、バカな!!

 飛翔呪文すらない状態で、2人同時に空中戦を挑んだところで…!」

「わかっている。

 バランは電撃呪文(ライデイン)で迎撃してくるだろう」

「わかってるならやめときなさいな。

 わたしとヒュンケルの鎧は、魔法効果を無効にはするけど、電撃のもたらす衝撃だけは防ぎようがない。

 そこにわざわざ飛び込むとか、正気の沙汰じゃないでしょ。

 気持ちは嬉しいけれど、そんな酔狂はわたし1人で充分よ」

 一応年上として、無茶をしようとする若者を、窘めてみるわけだけども。

 

「ここまで一緒に来たんだ、最後まで共に行かせてくれ。

 …あの死に様を見てじっとしていられたら、オレは男じゃない…!!」

 ヒュンケルは、やはりポップを振り返って言う。

 わたしは男ではないが、そう言われてしまっては止めようがない。

 

「…めんどくさいわね、男って」

「そこをうまく使いこなすのが、女の器だろう?」

「はいはい。

 …そういうわけで申し訳ないけれど、2人まとめて面倒みてくださらない?クロコダイン?」

「フッ…よし、任せろ!」

 わたし達2人の掛け合いに、クロコダインが頼もしい笑みを浮かべてくれる。

 後は、わたしの準備が整うのを待ってもらうだけだ。

 そして、ダイの為にわたしが、残りの魔法力を全部注ぎ込む、その呪文は……、

 

 

「トラマナッ!!!」

 

 

 本来なら迷宮(ダンジョン)などで冒険者の行く手を阻むバリアーを無効化する呪文を、戦いの最中に、しかも攻撃手段として使用したやつなど、この呪文が生み出されて以来、恐らくわたしが初めてだったろう。

 

 防戦一方のダイが、バランの剣に肩を切り裂かれ、痛みに怯んだダイの動きが一瞬止まった。

 

「とどめだあ───ッ!!!」

 バランがそこに追い討ちをかける。そして。

 

「今だ──ッ!!クロコダイン!!!」

「うおおおお───ッ!!!」

 剣を構えたヒュンケルと、槍を携えたわたしを、クロコダインが力一杯放って宙へと飛ばす。

 わたしの方が軽かったせいか先に上へと上がったので、ヒュンケルの肩を蹴って更に上へと跳躍した。

 

「はあああ─────ッ!!!!」

 落下しながらバランに向かって、槍を棍のように振り下ろす。

 

 ラーハルトの無念の分、一発ぶん殴るって決めてたんだもの。

 

「いいかげんにしろ!!ゴミどもがっ!!!」

 だがわたしの攻撃は呆気なく弾かれ、手にした槍にバランの電撃呪文(ライデイン)が落ちる。

 思わず手を槍から離してしまったが、そのおかげで致命のダメージを負わずに済んだ。

 手が痺れた状態のまま、身体が自由落下する。

 落ちていくわたしを、バランは虫でも見るような目で見ていた。

 

「そんな攻撃など…」

 だが次の瞬間、その目が驚きに見開かれる。

 バランの目がわたしに向いていたごく僅かな間に、ヒュンケルが手にしていた剣を、ダイに向かって投げ渡していた。

 

「……ダイ!そいつを使え!!

 グエンの魔力と、オレ達の絆が込められた、魂の一刀だ…!!」

 グッジョブ、相棒!!

 そして…ざまあみろ、バラン!!




次あたりでバラン戦終わらせたい…!


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31・半魔の僧侶は邪魔される

はっきり言ってバラン戦においてのグエンの役割って、鎧の魔剣先輩の命を守る事だけでした。
つまり剣問題さえなんとかなればお払いボックス。


「剣を交えた瞬間にわかったわ!!

 その剣に我が剣ほどの強度はない!!!」

 そりゃそうだろ!

 魔法で強化してあるだけで、本体は定価3500Gという、決して安くはないが特別高くもない店売りの剣だからな!

 しかも複数の魔法がかかっているせいで淡い光を帯びてるのはいいんだが、通常戦闘に使用しない呪文が混じってるせいか、それがなんか気持ち悪い色になってるし。

  それはさておき、バランは自身の剣に電撃呪文を溜めて、ギガブレイクの構えを取る。

 

「…この形態(フォーム)でギガブレイクを使った時の破壊力は、私自身にも想像がつかん!!!」

 と言うが…、

 

「それは完全なギガブレイクじゃない!!」

 ダイはやはり看破していた。

 バランが今使った電撃呪文が、ギガデインではなくライデインだった事を。

 そもそもあれだけの威力を持つ魔法を2発撃っておいて、それでもまだ数発のライデインが撃てるだけ魔法力が残っていた事自体が化け物レベルなのだ。

 だがもはやそれも尽きかけているのだろう。

 

「同じ条件なら…おれたちが勝つ!!」

 ダイが剣を振りかざし、雷がそこに降り注ぐ。

 更に、注がれるダイの、紋章の力。

 そうしてから、独特の構えで剣を握り直す。

 

「おれの(パワー)と…先生の技と…グエンの呪文と…ヒュンケルが届けてくれた剣と…!!

 …そして、ポップが取り戻してくれた、おれの思い出のすべてをひとつにして……おまえに、ぶつけてやるッ!!!!」

 今、ダイはとても自然に『おれたち』と言った。

 場違いにもその言葉に感激して、目尻に溢れた涙を拭おうとして、まだ手が痺れたままだった事に気付く。

 わたしの顔を覗き込んだクロコダインが、一瞬フッと笑って、見なかったフリをするように、上空のダイの方へと視線を向けた。

 

 …ちなみに。

 ダイに剣を渡した直後、落下したわたしの身体は、クロコダインに受け止められており、今も彼に姫抱きされている。

 ヒュンケルは最低限の受け身を取ったものの普通に地面に叩きつけられていたので、ちょっと申し訳なかったと思うが、メルルが駆け寄って回復呪文をかけてくれていたので大丈夫だろう。

 

「な…なぜ技を出さないのかしら…!!?」

 そのメルルが、上空を見つめて言う通り、上空に浮かび未だ戦うダイとバランは、小さな鍔迫り合いを繰り返すのみで、互いの決定打を温存し続けている。

 

「次が最後の一撃になると、どちらも気付いているからだ…!

 この勝負…一瞬でも隙を見せた方が負ける…!!!」

 大技を繰り出す瞬間が、達人同士の戦いならば、最大の隙になり得るということか。

 けど、あの状態で長時間は続かない。

 というより、ダイの剣にかけた呪文の効果が切れたら、それで終わりだ。

 

「…頑張って、ダイさん!

 ポップさんの為にも…!!」

 そう呟いて視線を向けた先で、蘇生呪文(ザオラル)の発動を続けながらも、少し不安げな表情を浮かべているレオナ姫がいる。

 その肩で黄金のスライムが、ぽろぽろ涙をこぼしているのが見えた。

 

 恐らくは…無理なのだろう。ならば…。

 ほんの僅かでいい、わたしの魔法力を回復させることにしよう。

 わたしは、クロコダインの腕の中で、目を閉じた。

 

 ・・・

 

 ドオオォン!!!!!

 

「ぅえっ!!?」

 浅い眠りに落ちていたわたしは、突然の爆発音に、強制的に叩き起こされた。

 

「バッ…バカなあッ!!?死人が呪文をぉッ!!?」

 背中から煙を出したバランが、驚きの目を眼下に向けている。

 え!?死人!?

 覚醒したばかりの頭をフル回転させて、現時点でそれに当てはまる条件の人間がいる方に視線を向ける。

 そこには横たわったまま手を上に伸ばすポップと、その傍で驚いた顔をしているレオナ姫がいた。

 そして…

 

「今だああッ!!!

 アバンストラッシュ!!!!」

 バランの気が逸れた瞬間、ダイが溜めていた力を解放する。

 ふたつの力が上空で大爆発を起こし、次の瞬間、大小ふたつの影が、同時に地面に激突した。

 

 結果は……相討ち。え、なんで!?

 

 クロコダインの腕から下ろしてもらいながら、僅かな時間眠っていたわたしは、状況の説明を求めた。

 最大の技の発動を先に仕掛けたのはバランの方だったそうだ。

 確実に決まったと思ったその時、全闘気を攻撃に集中させ、無防備となった背中に、攻撃魔法が叩きつけられた。

 そこからはわたしも見ていた通り。

 あの時のバランは完全に動きが止まっており、意識が目の前のダイから逸れていた。

 

「死んだと思っていたポップの一撃で、バランは一瞬たじろいだ…。

 ダイのストラッシュの方が僅かに早く決まったため…ダイは直撃を避けられたんだ」

 つまりあの爆発は、ふたつの技の激突だったのか。

 

 地面に叩きつけられたダイは、一瞬気を失ったようだが、すぐに起きあがり、よろめきつつも立ち上がった。

 

「ダイ!!大丈夫かっ!?」

「う…うん…み、みんなのおかげで…助かったよ…」

 そう言いつつも倒れそうになるのを、寸前でメルルに支えられる。

 その瞬間、手にしていた破邪の剣から気持ち悪い色の光が消え、次にはまるで乾いた粘土のように、粉々に崩れ落ちた。

 

「グエン…ごめん」

「どうして謝るのよ?

 それより、あなたが無事で良かった。

 それに、ポップも…!」

 そう言って、最大の功労者を振り返る。だが…、

 

「…だめ…ポップ君は…生き返らない…!!」

 綺麗な瞳から大粒の涙を溢れさせながら、レオナ姫が首を横に振った。

 

 え…どういう事!?

 ポップは先ほど、呪文でダイを助けた筈だ。

 

 なぜあのようなことが起きたのか、レオナ姫にもわからないという。

 だが現実に蘇生呪文(ザオラル)は成功せず、ポップは冷たい骸のまま横たわっている。

 ごめんなさい、と泣き伏すレオナ姫の側に行き、その小さな肩に手を置いた。

 

「泣かないで、姫さま。

 今度はわたしがやってみるわ」

「えっ!?」

「わたしは僧侶よ。こういう事は、わたしの役目」

 そう言って場所を譲ってもらい、先ほど僅かに回復した魔力を集中させた。

 それをもとに生命力を徐々に魔力に、編み上げるように変換する。

 そして、最後に呪文を詠唱…

 

 ………ッ!!?

 

 …できなかった。

 

 首筋に強い衝撃を受けたと思った瞬間、わたしは意識を失っていた。

 

 ☆☆☆

 

「バッ…バランッ!!!!」

 高速移動でグエンの背後に立ち、頸部に当身を食わせたのは、先ほどまで勇者一行と戦っていた、魔人だった筈のものだった。

 携えた剣が半ばから折れており、それが最後の技の激突の激しさを物語っている。

 その姿は人間の男と違わぬ姿に戻っており、胸元の傷からの出血が痛々しい。

 そこから流れる血の色も、赤に戻っている。

 その腕が、倒れたグエンの身体を受け止めた時、突然の事に呆然としていた全員の硬直が解けた。

 

「なっ…何するんだ!!グエンを離せッ!!」

 ふらつきながらも向かって来ようとするダイを、バランは言葉でそれを制した。

 

「今グエナヴィアが使おうとした呪文が発動されていたら、どうなっていたか判るか?」

「えっ!?」

 それまでの流れから、蘇生呪文であると疑っていなかった全員が、一様に戸惑いを見せる。

 

「蘇生呪文…ではないの?

 確かにあたしの蘇生呪文(ザオラル)とは、発動の仕方が違ったようだけど…?」

「あれは蘇生呪文(ザオラル)ではない。

 ……自己犠牲蘇生呪文(メガザル)だ。

 己の生命力と魔力を全て仲間に与える呪文で、発動すればその少年は蘇生した上、貴様らまでも完全回復しただろうが、グエナヴィアは死んでいた」

「なっ…!!」

「バ、バカな…!なんという事を…!!」

 気がつかずそのまま見守っていたら、結局は仲間をひとり失っていた。

 それを阻止したのが、今の今まで敵として死闘を繰り広げていた相手である事実を、ダイが受け止めきれずに、バランをじっと見つめる。

 その視線を居心地悪く思いながら、バランは足元に横たわる魔法使いの少年を見下ろした。

 

 …間違いなく心臓が停止している…なのに何故…!!

 友を想う心が死してもなお、この少年の身体を突き動かしたとでもいうのか…!!?

 そんな…奇跡が…!!?

 

 バランは打ちのめされていた。

 世界の審判者として与えられた3つの力…即ち(ドラゴン)(パワー)、魔族の魔力、人の心。

 そのうち最もくだらぬものとして捨てた人の心が、彼を強く打ちのめしていた。

 

『人間は確かに臆病で弱い。

 けどわたしは、あの涙を信じたい』

 腕の中の魔族の女…まだ少女だった頃の彼女が、あの(きつ)い目をしてそう言った時には、なんの夢物語かと思ったものであるのに。

 その臆病で弱い人間が、死を超えても尚、友のために戦う意志を、心の強さを、示してみせたのだ。

 

 バランは少年の顔の真上で拳を握ると、そこから流れる血…魔族の青でも人の赤でもなく、金色に輝くその雫を、少年の口に滴らせる。

 それからふらつく身体を誤魔化すように、未だ目を覚まさぬグエンを、自分を見つめ続ける息子の方へと、突き飛ばすように押しやった。

 

「グエン!」

 その腕が彼女を受け止めるのを確認して、その側を通り過ぎようとする足を止める。

 

「…ディーノよ、もはや何も言わん。

 おまえはおまえの信じた道を進むがいい…」

 それまでの自分を睨むように見ていた息子の目が、驚きに見開かれるのを見て取り、バランは一瞬そこに、愛した女性の面影を見た。

 彼女の面影が、記憶の中ですら微笑まなくなった事に、自分はいつから気がついていなかったのだろう。

 だが…彼女が戻らないのと同様に、自身が犯した過ちもまた、取り戻せはしない。

 

「だが、この世に(ドラゴン)の騎士は二人も要らん!!

 我が剣が甦り、傷の癒えた時こそ、雌雄を決してやる!!!」

 今更生き方を変えられはしない。

 ならば、せめて裁きは、この世で最も大切な者の手で。

 そう思い極め、バランは息子の目を睨み返す。

 

「おまえが私に勝てたら、人間のために魔王軍を滅ぼすがいい!

 しかし私が勝てば…私は人間を滅ぼす…!!」

 そう言って去ろうとする背中に、ダイが叫んだ。

 

「わからずや──っ!!!」

 そういえば再会して以来これが初めて聞いた、息子の子供らしい言葉だったのではないだろうか。

 かつて感じたことのない胸の奥の痛みを覚えながら、バランは一言、ようやく返した。

 

「なんとでも言え…」

 

 

 

 と。

 

「…ポップ君が…!

 い、生き返ったわ…脈がある…!!」

 レオナ姫の声に、皆が驚きに目を瞠る。

 見れば先ほどまでと違い、倒れたままのポップの頬には確かに赤みがさしており、よく見れば胸も静かに上下している。

 信じられないことだが、理由があるとすれば、それは…!

 

「…敵に塩を送るのはこれが最初で最後だ。

 今度会った時には容赦せん…!!」

 この奇跡を起こしたであろう男は、振り返りもせずにそう言うと、そのまま歩み去っていく。

 いつの日か再びこの男は、ダイの前に敵として立ちはだかる。

 その場に意識ある者は誰もが、竜の親子の宿命の重さを感じずにはいられなかった。

 だが、ダイは初めてその背中に、それまで知らなかった『父親』という存在の、温かみを感じていた。

 

 ☆☆☆

 

「う……ぅん」

「お、目ェ覚ましたな。気分は?」

「悪くはないけど…ちょっと喉が痛いかも。

 ここ、割と乾燥してるのかもね」

「そっか。ほら、水飲めよ」

「ありがと……えっ!?」

 寝起きのわたしにコップを手渡してくれた相手を見て、わたしは思いっきり固まった。

 

「……ポップ!!?」

「おっす。言っとくけど夢でも幽霊でもねえし、お互い死んでもねえからな。

 とりあえずソレ飲んどきな。オネーサン」

 言われて手の中のコップに気がつき、中身を零さないように一気に煽ってから、もう一度目の前の相手を見つめる。

 服はボロボロだし、手当はされてるみたいだけど身体中傷だらけで、けど。

 そこにあるのはいつも通りの、ポップのちょっとひねくれた笑顔だった。

 そして、今いる場所はどうやら、例の森の中の小屋らしい。

 

「…どうもな、バランに助けられたらしいんだわ。

 おれ達二人ともな」

 そう言って説明してくれた内容に、驚きを禁じ得ない。

 自己犠牲蘇生呪文(メガザル)を唱えようとしたわたしを止めた後、バランは自分の血をポップの亡骸に与え、それによりポップは蘇ることができたのだと。

 それにしても……!

 

「もう、バカ!

 命を粗末にするなって言ったでしょ!!

 とりあえずお前一発殴らせろ」

「あんた、ひとのこと言えんのかよ!暴力反対!!」

 …逃げられてしまった。

 どうやら隣の大部屋の方に他のメンバーもいるらしく、声が聞こえた。

 

 さて。

 完全にではないけど、眠ったおかげで体力も、魔法力も少し回復している。

 だとしたら、やっておかないといけないことが。

 …約束したんだもの。

 

 一人になったところで、リュックの中から、尼僧服を引っ張り出して着替えをする。

 ケープはラーハルトに取られてあの場に置いてきてしまったから、今度余裕がある時に、どこかで新しいのを調達しなきゃ。

 窓を開け、そこから身体を半分出して、イメージを頭の中に構成してから、呪文を唱えた。

 

「ルーラ」

 

 ☆☆☆

 

 夜はすっかり更けており、昼間とは趣を異にしていたが、迷うことなくそこに着地した。

 岩山の陰に、マントで包み、野生動物に害されぬよう一応トヘロスもかけてはいたが、やはり戻るまでは不安だった。

 包んだマントをそっと剥ぎ、その眠るように穏やかな顔に、笑いかける。

 

「ただいま。

 …さあ、一緒に帰りましょう、ラーハルト」

 かつて共に暮らした、あの場所へ。

 わたしが連れて帰ってあげる。

 

 だが。

 ラーハルトの亡骸を背負った瞬間、周囲がドス黒い気に覆われた。

 

「キシャシャシャシャ──!!」

 金切り声のような笑い声が周囲にこだまする。

 見ればどこから現れたものか、鎌を持った小さな幽霊みたいなモンスターが、無数の群れでわたし達を取り囲んでいた。

 

「死神……!!」

 普段ならなんという事のない敵だが、数が多い上、今のわたしは本調子じゃない。

 

「厄介ね…ニフラム!」

 死霊系モンスターは、本来なら僧侶のわたしにとって相性のいい敵だが、やはり数が多過ぎる。

 ある程度数は減らせても、次から次へと襲いかかってきて、キリがない。

 しかもこれはどうやら、魔王の瘴気によって大量発生したもののようだ。

 やがて1体の死神が、わたしの背中から、ラーハルトを引き剥がそうとし始めた。

 

 冗談じゃない!

 この子は然るべき場所で、聖なる祈りをもってわたしが送り出さねばならない。

 死神なんかに連れていかれたら、悪霊かゾンビにされてしまう。

 

 ラーハルトの身体を抱きしめて必死に抵抗する。

 小さな鎌がわたしの身体に無数の傷をつけてくる。

 

 その中のひとつがわたしの髪…長く伸ばした三つ編みを、半分くらいの長さにぶった切った。

 

 …あの山の中の小屋で暮らしていた頃、夜中に目を覚ますと、隣で寝ているラーハルトが、わたしのこの髪を握っていたという事が、何度となくあった。

 それが千切れて飛んだのを見た瞬間…ラーハルトの死が今更、わたしの胸にリアルに迫ってきて、もう一緒に死んであげた方がいいような気持ちに、一瞬だけなった。

 

 そして。

 周囲に雷撃が、一斉に降り注いだ。

 死神達が、断末魔をあげて消滅する。

 

 何が起こったのかと周囲を見渡すと…そこには。

 黒髪で背の高い、逞しい体躯の40過ぎの男が、こちらを見つめて立っていた。

 

 ・・・

 

「ラーハルトの亡骸だけがどうしても見つからんと思っていたら、君が隠していたのだな」

 初めて会った時と同じような、感情の見えない声で、男はわたしに言葉をかける。

 

「…渡さないわよ。

 彼は、お母さんのところに帰すの。

 もう二度と、あなたにだけは渡さない」

 そのバランの目を睨みつけ、首を横に振りながら、わたしはラーハルトを抱く腕に力を込めた。

 これで三度も命を助けられた、その相手に取る態度ではないと判ってはいても、感情がついていかない。

 

「そうはいかん。

 処置が遅れれば、助かるものも助けられん」

 だが、駄々をこねる子供を嗜めるようにバランがわたしに返した言葉は、予想を超えるものだった。

 思わず口から、え、と小さく声が漏れる。

 

「助かる…どういうこと?」

「万にひとつの可能性だが、私にはその手段がある。

 …君たちの仲間の、魔法使いの少年のようにな」

「あっ……!!」

 そうだった、この男はポップを生き返らせた。

 古来より竜の血を浴びた戦士が不死身の肉体を得たという伝説がある。

 もっとも現在生き残っている、モンスターの一種として退化したドラゴンにそのような力はなく、その竜が神の眷族だったと考えられる事から、それを倒した戦士は元々それに近い力を持っていたのだという説もある。

 つまりは眉唾物の話なのだが、実際にその例を見てしまっている今、そこに縋らずにはいられなかった。

 

「ポップにしたみたいに、ラーハルトも生き返るの…!?」

「万にひとつの可能性と言ったろう。

 確実ではない。

 むしろ、処置を施してすぐに息を吹き返した、あの少年が特殊だった。

 見た目に反して、とてつもない精神力の持ち主だ。

 だが私の部下たちの中で、恐らく可能性があるのはこの子だけだ。

 僅かでも可能性が残されているならば、それに賭けたい。

 …この子も私の息子だ。

 言えた義理ではないのは判っているが、ここは私を信じて、今一度この子を私に託してほしい」

 初めて見るその真摯な眼差しに、この男の本気を見る。

 本当ならわたしに頭なんか下げたくないだろう。

 なんかそれを見たら、わけが判らなくなってきて、両目から涙が溢れて止まらなくなった。

 

 多分、わたしは疲れているんだ。そうに違いない。

 

 気がついたらラーハルトの亡骸を抱きしめたまま、わんわん泣いてしまっており、わたしの頭をバランの手が、泣き止むまで撫でてくれていた。

 その手が大きくて温かくて、考えてみたら誰かに頭を撫でられた事など、記憶にある限りこれが初めてだった。

 

 結局はラーハルトはバランに預ける事となった。

 そもそも死神たちとの戦いで、何度もニフラムを使ったせいで、あの山小屋へルーラで行って、もう一度テランへ戻るだけの魔法力が残っていない。

 

「…恩に着る。

 何かあったら、一度だけ頼みを聞こう」

 そんな事を言うバランに、わたしは首を横に振る。

 

「そういうのはいいから、ダイと今すぐ和解して」

「それはできん」

「…頑固オヤジ」

「なんとでも言え」

 …そんなやりとりをして別れた時には、空が白み始めてきていた。

 夜が、明ける。

 

 ・・・

 

 ラーハルトの亡骸に己の血を与え、用意していた棺に横たえた時、視界の端に見覚えのある紐のようなものを見つけたバランは、思わずそれを拾い上げた。

 それは、先ほどまで一緒にいた女の髪と、よく似た三つ編みの束だった。

 そういえば編んでいたはずの髪が、自分が着いた時には解けていたのだ。

 

「髪は女の命だろうに…惜しい事を」

 呟いて、それを手から離そうとし…思い直して棺の中の、青年の手にそれを握らせた。

 

「おまえを守ろうとしてそうなったのだぞ。

 責任を取るためにも、ちゃんと帰ってこい」

 そう言葉をかけ、棺の蓋を閉じ…、

 

「ルーラ」

 男と棺が、その場から飛び去った。

 

 ☆☆☆

 

「………ナニコレ」

 辛うじて残っていた僅かな魔法力でルーラして、戻ってきたテランの森の小屋は、建物自体は無事だったが、その周辺が様変わりしていた。

 木々に囲まれた小道だった場所が、爆発でも起きたように地面が抉れてしまっている。

 

「あ……グエン!!?」

 名を呼ばれた方向に振り向いた瞬間、お腹のあたりにものすごい衝撃を感じ、更に強い力で締め上げられた。

 

「グエン!グエングエン!!どこ行ってたんだよ!!

 いつのまにかいなくなってるから、ハドラーやザボエラに攫われたのかと、心配したんだよ!!」

 いやちょっと待って勇者サマ。

 色々聞きたい事はあるけど、何よりもまず口から内臓出てきそうだから!

 

 どうやらわたしがバランと居た間に、この場所にハドラーとザボエラが襲撃をかけていたらしい。

 ていうか、ハドラーってフレイザード戦の時に、ヒュンケルが倒したと思っていたけれど、生きていたのか。

 わたしの居ない間に合流して、一緒に戦ってくれたというマトリフ様も加わった、その場の全員から説教を食らった後、わたし達はパプニカへの帰途についた。




死神の群れにギガデイン。
多分相当オーバーキル。

次回でようやくグエン編終了です。


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32・半魔の僧侶は友に師事する

グエン編最終話。


 パプニカに戻って数日。

 レオナ姫や三賢者が忙しく動き回っている中、充てがわれているわたしの部屋に新しい服が届けられた。

 

 ちなみに前の、お気に入りだったベンガーナ製の旅人の服がバランの技で『ご開帳』させられて駄目にされ、急場しのぎに近くの村で調達した吊るし売りの旅人の服は正直サイズが合っていなくて、一番大きいサイズでも胸がきつかった。

 ウエストは一番小さいベルトの穴で締めてもぶかぶかだったのに。

 そしてトドメにラーハルトをバランに託した後、あちこち切り裂かれた尼僧服をメルルが繕ってくれるというので、その間だけだと思いもう一度着替えたら、一番上のボタンがいきなり飛んでどっかいった。

 その状況を横目で見ていたレオナ姫が、

 

「…早急なる対策が必要だわ」

 となにやら複雑な表情を浮かべていたのは知ってた。

 けどパプニカに戻ってすぐマリンに連れられ、個室で下着姿にまでむかれて全身採寸された時は、さすがになにが起こったのかとビクビクしたわ。

 

 そんな感じで仕立てられたわたしの服は、パプニカの特殊な法術で紡がれた糸から織られた、パプニカ絹よりも更に魔法耐性に優れた布でできた丈の長いホルターネックの上衣とキュロット、ウエストのサッシュベルトで構成された一式。

 更にフード付きの厚手のマントも付いている。

 色は白だが、光を乱反射する糸が織り込まれており、光の加減でうっすらとオレンジがかって見える。

 25のわたしが着るには可愛すぎないかと着る前は思ったが、着てみると意外としっくりきた。

 ボトムがキュロット型なのがポイント押さえててまたいい。

 ワンピースやドレスは好きだがスカート単品はあまり好きじゃないので。

 

 あと「これは服とは別に必要だと思います」と、サイズを計られた日の夕方に訪ねてきたエイミに渡された袋には、上下一揃いの淡い色の下着が数セット入っていた。

 ベンガーナ以外の国では一般庶民に女性下着の胸あてはあまり浸透していないのもあって、上下セットの下着なんて上流階級のお姫様のドレス下か、(ぱふぱふ屋)のお姉さん御用達のいわゆるエッチな下着くらいしか想像が出来なくて、一瞬どういう意図なんだと思わず彼女の顔を見返したら、仕立てる服は法衣としての機能は申し分ないが布自体の厚さがあまりない為、そのままだと胸…その、つまり先端のラインがもろに出てしまうから、それをガードする為に胸あては絶対に必要だと、顔真っ赤にしながら説明してくれた。

 …若い女の子にそんな事言わせてごめん。

 ついでに「私も着けてます」ってこっそり胸元めくって見せてくれた事は一生己の心の中だけにしまっておこうと思う。なんという眼福。

 

 試しに実際に身につけてみると、激しい動きをしても揺れないよう、うまい具合にホールドできていて、着けないよりずっと快適だと理解した。

 専門で扱っているお店を教えてもらえたので、これはマァムが帰ってきたら一緒に買いに行かねばなるまい。

 武闘家になれば激しい動きがその分増えるだろうし、あの子には絶対必要だわ。

 

 ・・・

 

 届いた服を身につけて、ミーティングルーム(元々は王妃様がサロンとして使っていた部屋らしい)へ顔を出すと、そのわたしの姿を見て、バダックさんが駆け寄ってくる。

 

「おお、グエンどの!よく似合っておりますぞ!

 グエンどのの服には、ぜひ自分のところでと申し出てきた仕立て屋が何人もおりましたのを、姫が直々にこれはと思う者に手掛けさせたので、間違いはないと思いましたがな!」

 …レオナ姫が吟味してたのは多分だけどその仕立て屋の身元の確かさとかそういう事であって、腕とかデザインとかではないような気がしますが。

 

「ふふ、ありがとうございます。

 姫様に直接お礼を申し上げたかったのですが、なんだかお忙しそうですのね」

 一応ここに来る前に、レオナ姫が公務で常駐する部屋の前までは行ったのだが、姫も三賢者もなにやらバタバタしていたのでそのまま通り過ぎてきたのだ。

 というか、わたしを見つけたアポロくんがこっちに駆け寄ってこようとした次の瞬間、

 

「鼻の下伸ばしていないで仕事なさい、忙しいのだから!」

 とマリンに引っ張られていった姿に、別に鼻の下は伸びてないのに濡れ衣着せられて可哀想だとは思ったが少し笑えた。

 

「姫は何か大きなことをやろうとなさっておるのでな。

 せめて力になれればと、皆の服を作らせたんじゃよ!!」

 見ればダイやヒュンケルも真新しい服に身を包んでいる。

 ポップは元の旅人の服のままだけど、それは破れた部分をやはりメルルが綺麗に繕ってくれたもので、すっかり元通りだからこのままでいいと彼自身が固辞したものらしい。

 彼女はいいお嫁さんになるだろう…わたしと違って、ってやかましいわ。

 …そこまで考えたところで、別れ際にメルルがポップに向けた切なく潤んだ黒い瞳を思い出して、なんとも言えない甘酸っぱい気持ちになった。

 あれはどこをどのように見ても恋する乙女の表情か…知らぬは本人ばかりなり、と。

 ポップは決して鈍感じゃない筈なんだが、自分の関わることとなると、途端に見えなくなるきらいがある。

 というか、無意識に自分自身を、優先順位の一番下に持っていく癖があるかも。

 …どうも何らかのコンプレックスがありそうなんだけど、はて?

 

「グエン〜…」

 と、マントの端を引かれる感覚に振り向くと、ダイがいつのまにかわたしのそばに来ており、何故か涙目でわたしを見上げている。

 

「…ん?どうしたの、ダイ?

 …って、なにこのでっかいたんこぶ!!?」

 反射的に撫でようとした勇者の頭部には、びっくりするくらい大きな腫れが自己主張しており、わたしは慌ててホイミをかけた。

 …聞けば新しい装備を試しながら紋章の力を検証していたら、トベルーラの使用中にエネルギー切れを起こし墜落したそうだ。

 …たんこぶ程度で済んで良かった。下手すりゃ死ぬわ。

 

「拳に全闘気を集中するあまり、無尽蔵にエネルギーを消費してしまうんだ」

 そこに至るまでは自分の最強の技もかき消したのにとクロコダインが説明する通り、上手く調整できるようにならないと長期戦は難しい。

 これまでは常に全力で戦ってきたダイの今後の課題が闘気のエネルギー配分、という事らしい。

 

「…弱点はそれだけじゃない」

 同じ室内で、ずっと読んでいたアバンの書から顔を上げて、ヒュンケルが会話に入る。

 

「使える武器が無い…。

 並の敵なら拳だけでもカタがつくが、本当の強敵…あのバランのような相手になると、素手ではわたりあえん…」

 トラマナとスクルトを集中重ねがけした破邪の剣は、あの一撃で消滅してしまった。

 あのクラスの武器であれなら、店買いのものは恐らくほぼアウトだろう。

 

「伝説の武器クラス…それこそ、バランの真魔剛竜剣くらいの剣でないと無理そうよね…」

「本当に(ドラゴン)の騎士が使える武器は、この世にあれだけなのかなぁ…?」

 そうであっても不思議ではない。

 (ドラゴン)の騎士が同じ時代にふたり居る事は神々の想定外(イレギュラー)なのだから。だが、

 

「そんなこたぁないじゃろ。世界は広い!

 きっとまだ、すごい武器がいっぱいあるに違いないわい!!」

 と、バダックさんが希望的観測を口にする。

 

「…例えばロモスの宝剣・覇者の剣とか?」

 いくら国の恩人の勇者でも譲ってはくれないだろうが、わたしの言葉にダイが関心を示す。

 

「はしゃのつるぎ!?」

「ええ。破邪の剣と名前は似ているけれどまったくの別物ね。

 以前カールの図書館で読んだ本によれば、かつてロモスを救った勇者が置いていったとされる、この世に斬れぬものはないと謳われた名剣だそうよ」

 出典は例の武器防具大全なので真偽はさておき。

 

「そんなの伝説だろ…」

 しかし、その後に続いたポップのコメントが可愛くなかったので、ちょっとムッとして言い返してしまう。

 

「だから、伝説の剣クラスじゃなきゃ話にならないから例に出してるんじゃないの。

 それとも他に心当たりはあって?

 武器屋の息子さん?」

「あるわけねえだろ!

 おれんちは自慢じゃねえが、武器屋ってもイナカ村のオンボロ武器屋なんだよ!」

「ほんとに自慢じゃないね…」

 冷静につっこんだダイの頭を撫でつつ『ねー』とか返していると、バダックさんが思い出したように言った。

 

「そういや、ロモスで開かれるっていう武術大会で、優勝者に与えられる商品が、確かその、覇者の剣だったぞ…!!」

「えええ〜っ!!!」

 バダックさんが言うには、なにやらの用件でロモスに行っていたエイミがチラシを見せてくれたとの事で、それを聞いたダイとポップは、

 

「それだっ!!」

 と叫んで飛び出して行ってしまった。

 ダイなんかさっきはべそかいてたくせに、まったく元気な事だ。

 てゆーかロモス王!

 国宝を賞品として放出するくらいなら、最初からダイに譲ってくれればいいのに!

 

 その後ミーティングルームに顔を出したエイミから、ダイとポップ(と、ゴメちゃん)が城の屋上からルーラで飛び立ったと聞かされた。

 どうやら例の武術大会、開催されるのは今日だったそうで、恐らくはロモスに行ったのだろうとの事。

 そうか。ついて行けば良かったかな。

 武術大会、ちょっと見たい気がする。

 

 ・・・

 

「勝手を言って済まぬが…オレはしばらくこの国の付近で、グエンを連れて修業をしたい」

 さっき発言した後もずっとアバンの書を読みふけっていたヒュンケルが、ようやくそれを閉じてサイドテーブルに置いたと思えば、いきなり爆弾発言をかました。

 

「は?わたしも?」

 思わずそんな風に言ってしまったわたしを、誰も責められはしないと思う。

 

「…オレもオレなりに、バランとの戦いで学んだことがある。

 それは、十の力を持った者同士が、十の力で戦えば、もはや戦いとは呼べない、凄惨な殺し合いになるということだ」

 ダイが(ドラゴン)の紋章の力を使い切れなかったのと同じように、紋章の力をあやつれるバランも、竜魔人の力を抑えきれなかった。

 あれほど愛し求めたダイを、平然と殺さんとする、魔獣に成り果ててしまった…。

 そう言ってヒュンケルが嘆息する。

 その点において、ダイに止められはしたが怒りに任せて、地獄の雷を呼び出そうとしたわたしも少し耳が痛い。

 あれは禁呪法です。よいこは真似しちゃいけません。

 

「ただ戦って勝てるだけの力では不充分なのだ。

 真の平和を生み出すことはできん!

 オレは今まで、ただ敵を倒せばいいと思っていたが、それは間違いだった…!!」

 ヒュンケルは立ち上がると、わたしの手を取って自分に引き寄せた。

 …その瞬間、エイミの表情が微かに強張った気がしたのは気のせいだろうか。

 

「グエンはラーハルトから、ヤツの魂とも呼べる鎧の魔槍を託された。

 そしてオレは、そのグエンを守ることを。

 その、ヤツの魂にかけても、いざとなればバランすらも止められる力を身につけ、グエンも強くしてやれなければ…死んでいったヤツに、申し訳が立たない!!!」

 …ヒュンケルは、死に際のラーハルトの願いに報いてくれるつもりなのだ。

 それがはっきり判った以上、わたしに否やはなかった。

 …できれば、わたし自身の意見を伺ってから決めて欲しかったのだけれど。

 ただ、以前からなにげに思っていた事だが、ヒュンケルはわたしやクロコダインに対しては結構遠慮も距離もない。

 アバンの使徒の長兄としての立場でありながら、彼は弟妹弟子達には、最年少のダイにすら、一歩引いた態度で接してるのに。

 若干わたしに気を遣う態度を見せたのは、ラーハルトと会った直後に泣き顔を見せた時と、その後ラーハルトと対峙するわたしを止めた時くらいだ。

 まあ、その距離感が居心地良いのも確かだが。

 

「でも、一緒に修業するって…具体的には何をするの?」

「オレも槍に関しては素人で、その点では棍の基礎のあるあなたの方が上だろう。

 だが、あのアバンの書には、アバン流槍殺法の秘伝が記されていた。

 それをあなたに伝授しようと思う」

 勇者アバンは武芸百般(自称)、いわゆる天才だったようで、故にアバン流闘法は武器を選ばないのだそうだ。

 

「わたしに、アバン流の技を!?」

「あなたもオレ達の仲間だ。誰も文句は言わん。

 それに、他人に教える事で、オレ自身の修業にもなる。

 自分と、オレを信じろ。必ず強くしてみせる」

 彼がアバンの書をずっと読み込んでいたのはこの為だったらしい。

 暗記するほど読んだ、と言って身支度を整えるヒュンケルに少し待ってもらえるよう言って、わたしは慌てて部屋に戻り旅支度を整えた。

 

 ☆☆☆

 

 アバン流の基礎をヒュンケルに教わりながら、槍術の基礎もきちんとした形で身につける為、彼と二人でルーラでパルナ村へ行く事にした。

 

「オレ一人ならば野宿でもなんでもできるが、あなたは女性だ。

 どこか安全な場所に拠点を置いて、修業に入るべきだろう」

 というヒュンケルの謎の主張に従って。

 わたしはこの戦いに加わるまでは旅の尼僧だったので、野宿も何度も経験してるし気にしなくてもいいというような事を言ったら、

 

「オレの目の届くところではそんなマネはさせん」

 と何故か睨まれた。なんでだ。

 

 以前レオナ姫の凱旋キャンペーンで行った時に知り合った槍術の師範のオミットさんは、呼べば王都まで来てくれると言っていたが、さすがにそこまで世話をかけるわけにもいかない。

 彼の家を訪ねるとゲッコーさんが来ていて、二人に挨拶がてら同行したヒュンケルを紹介したら、なんだかわからないが微妙な空気になった。

 …彼が魔王軍の元軍団長だと知っているのかと思ったが、それとなく探ってみてもそんな様子はなく、それ以上はボロを出しそうな気がしてつっこんで聞くのは憚られた。

 正体のわからないその空気に耐えられなくなったのか、ヒュンケルが「混まないうちに宿を取っておく」と申し出てくれたのでお願いし、後で合流する事にした。

 

「やはりそういう相手なのか…」

「…くそ、参戦する前に横からかっ攫われた」

 と師範2人がよくわからない会話をしていたのだが、一体なんだというんだろう。

 

 その後一通りの座学の後、稽古をつけていただいたのだが、やはり二人とも身が入っておらず、これならばヒュンケルの講義を先に聞いた方がいい気がして、適当に理由をつけて辞す事にした。

 宿の部屋でアバン流の座学を行い、最初の課題は地の技という事となって、まずは型を覚える事から始まった。

 棍の基礎がある分楽だと思っていたが、やはり棍と槍では握る感触や勝手が違うようで、型だけの動きしかしてないのに、1日終わったら普段は現れない筋肉痛に襲われた。

 あまりにも痛い痛いと騒ぐわたしに、ヒュンケルが掌のマッサージをしてくれた。

 これも勇者アバン様のお仕込みらしい。

 アバン流、奥深すぎ。違うか。

 最初のうちはそれも痛くて大騒ぎしたが、次第に気持ち良くなって、途中何度か、

 

「おかしな声を出すんじゃない!」

 とつっこまれた気がするが、気付いたらそのまま眠ってしまっていた。

 朝になったらちゃんとベッドで寝ていたので、ヒュンケルが運んでくれたのだろう。

 わたしは結構大柄で重たかったろうに申し訳ない事をしたと謝ったら、

 

「…そこは謝るところじゃない。

 いやむしろ、あなたは怒った方がいい」

 と何か意味不明な事を言われた。なんでだ。

 

 その後、朝食を食べに宿の食堂に行ったら宿の女将に、

 

「ゆうべはおたのしみでしたね」

 と更に意味不明な声をかけられ、ヒュンケルが盛大にお茶吹いて咳き込んだ後、真っ赤になって違うと否定していたのだが、一体なんの話だったんだろう。

 あ、ひょっとして痛みにのたうちまわってわたしが暴れたから、いい歳こいて枕投げでもしていたと思われたのだろうか。

 うわ、確かにそれは恥ずかしいわ。大人として。

 なんかゴメンと謝ったら、

 

「そこ謝られたらますます気まずいからやめろ」

 とちょっと嫌な顔をされた。なんでだ。

 

 あと午前中改めて師範たちを訪ねようとしたら宿の女将に、

 

「あの人ら昨日は遅くまで2人で飲んだくれてたから、今日は使いものにならないと思うよ」

 とか言われた。

 今この国が平和とはいえ、それは子供たちが必死になって掴み取った平和なわけだし、大人はもっと頑張らなきゃいけないと思うのだが、この村の一応ただ二人の戦闘要員がダメな大人への道を突き進んでいくのはどうなのだろう。

 

「うちのアリスなんか、アンタに嫉妬するくらい、ゲッコーさんに熱上げてたのにねえ。

 あの姿見れば百年の恋もさめるわ。

 その前にいいご縁があってほんと良かった。

 アンタにしてみれば疫病神だったろうけど、あんなバカ娘でも、あたしらにとっちゃ可愛がって育てた末娘なもんでねえ」

 …あの日わたしを最初に糾弾したシスター・アリスはこの宿屋夫婦のお嬢さんだった。

 そもそも花嫁修行の一環として、貞女の心得を学ぶ為に修道院入りさせてた子で(都会のちゃんとした教会ならともかく、田舎の修道院のシスターって割とそんなのが多い。なので教会業務にある解毒や解呪ができないところもある。解呪(シャナク)は結構高度な呪文だから仕方ないけど、解毒(キアリー)は僧侶の初歩呪文なんで、修行積むうちに大体の子はできるようになる。勿論生まれ持った資質による個人差はあるけど)、例の凱旋キャンペーンの直後「うちのバカ娘がとんでもないことを」と平謝りされ、後日無理矢理連れ帰って少しの期間ここで家業を手伝わせていたそうなんだけど、その彼女にたまたま来ていたベンガーナの商人が一目惚れし、熱烈なアプローチの末に結婚してそのまま連れていかれたそうだ。

 ちょ、あれからそんなに経ってないのに展開早っ!!

 

 何はともあれ、今日からは本格的にアバン流の、実戦形式の修業に入る。

 ではヒュンケル先生、よろしくお願いします!

 

 ☆☆☆

 

 それより十数日前、とある村にて。

 

???「あら、欠けちゃったんですかぁ?

 えーと…あ、これうちの店でお買い上げいただいた品ですね?

 ありがとうございます!…え?判りますよぉ。

 同じ『鋼鉄(はがね)の剣』でも、うちの武器はそこいらのものとは品質が違いますから!

 ……破損率4.8%、刀身部分の欠けに加え、(つか)部分に若干のぐらつきが見られます。

 今日、来ていただいて良かったです。

 …これ、このままにしていたら、最大保っていてもあと3、4回の戦闘で、本格的に折れてましたよ?

 結構硬いモノ斬ったんですね?

 え?鍵付きの宝箱を、無理矢理開けた?

 …しかも、それが人食い箱だったと。

 ……なんというか、うん、お疲れ様です。

 では…『でろりん』様。

 鋼鉄(はがね)の剣1本、研ぎと修理承りました。

 預り証をお渡しいたしますので、3日後の正午過ぎに、またこちらまでお越しください。

 ……ありがとうございましたー!

 

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 ………って!ちょ、ニセ勇者キタ───ッ!!!」




読者の皆さんは気付いてくれていたと思いますが、この物語のヒュンケルはクロコダインやグエンに接する時の方が、弟妹弟子に対する時よりも、年齢相応な素の部分が出ています。
グエンに対しては、原作では一人で背負っていた長子ポジションを分け合ってる同志的な感覚を無意識に抱いてるぽい。
頼れるお姉さんでありつつ、でもやっぱり女性だから守る時はオレが守らなきゃみたいな感じでいたところにラーハルトの最後の頼みが入ってきて、頼る<守るのバランスになって、結果、過保護になったという。
という事で三角関係の一端を担っていた筈のヒュンケルが最終的にオカンと化したところで、グエン編終了。
次回、番外編を挟んだ後、2個目の石の話が始まります。


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外伝・騎士王国の王弟
神が明後日の方に投げた小石★


番外編。
或いは、グエンの代わりの不憫枠。


 最初は、夢でも見てるのかと思った。

 城の一般兵士みたいな簡素な鎧を身につけてるのに、それでも女神様みたいに綺麗な女性が、俺をまっすぐ見つめて微笑んでるんだから。

 

「あなたが、セージュ…?」

 …その人の顔を、この国で知らない者などいない。

 でも間近で拝顔する機会なんて、一生訪れる事はないと思っていたから。

 

 ・・・

 

 俺の名は、セージュ・アーロン・ドゥ・ルネロッソ。

 カール王国の貴族で、騎士団の一員というか…一応名ばかりの、一部隊長の任に就いている。

 名ばかりの、とか、一応、とつけた事でわかっては貰えると思うが、つまりは役職と実力が合ってないって事だ。

 剣術はからっきし、最近魔法の勉強を始めた程度で、攻撃呪文だって使えない。

 副部隊長に頼み込んで撫でる程度の稽古をつけられて1時間でへばる体力しかない。

 部下たちに、嫌われてはいなくても、影で苦笑されてんのも知ってる。

 

 …俺だって好きでこんな役職貰ってるわけじゃねえよ!!

 

 大体貴族の家名だって単に、当時家業が上手くいかず、家計を支える為に王宮に下働きに出た俺の母親に当時の王様の手がついて無理矢理召し上げられ、愛妾に相応しい身分として与えられた肩書きが、ルネロッソ男爵夫人だったってだけの話。

 更に、夫持ちだった彼女が王の子を身ごもり、出産で命を落とした後は、その生まれた子供の身分をある程度保証する為に、夫がそのままルネロッソ男爵になったわけで。

 ちなみにルネロッソ(赤い月)ってのは、母親の持っていた赤に近い金髪から連想した名付けだそうで、肖像画で見る限り俺が持つそれは母からの遺伝のようだ。

 

 …うん、その、まあつまりは、その時生まれた子供が俺なんだけどね。

 

 父親ってゆーか母の夫も去年亡くなったんだけど、事情を聞かされたのがその臨終の床で。

 いやもう、そんな子供、よく育ててくれたもんだと思うよ?

 いくら王家からの命令だったとしてもだよ?

 自分の嫁を、権力かさに着て寝取った男の子供をだよ?

 俺だったらほとぼり冷めた頃に、病死に見せかけて毒でも盛ると思うわ。

 そんな事実がない事は、俺がまさにその瞬間まで、この人の実の息子である事を疑っていなかった事で、わかって貰えるとは思うが。

 それどころか俺の行く末を心配して、自分が死んだら、俺が生まれた時に賜った王家の紋章入りの短剣を持って、王宮に行くように言って息を引き取った。

 

 行かなかったけどね?

 

 父さんの葬式は俺が万事取り仕切らなきゃいけなかったし、その後は、男爵家っても名ばかりで細々と営んでた事業が、父さんの死後は傾く一方で、それまでただのドラ息子として生きてきた俺の肩に責任全部かかってきて、資金調達だの受発注だの、色々な事に忙殺されて…早い話、忘れてた。

 

 まあ、そんな時だよ。

 突然、その人が訪ねてきたのは。

 

 かつてこのカール王国は魔王ハドラーの侵略に対して、世界でも一、二を争うほど屈強な騎士団の力を以って抵抗した。

 その旗頭となったのが、当時14歳だったこの人だった。

 結局魔王ハドラーを倒したのは勇者とその仲間たちだったわけだけど、その勇者アバン自体カール王国出身で、騎士団の一員だった。

 

 その女性(ひと)の形のいい唇が、美しい音を奏でる。

 それが彼女の声と言葉であると、気がつくまでに数瞬を要した。

 

「初めまして。フローラと申します。

 あなたの、腹違いの姉にあたります。

 …今まで、知らなくてごめんなさい」

 そう言って俺を抱きしめた、俺より5歳年上のこの国の女王様の、その柔らかい感触となんとも言えないいい匂いに、俺はそのまま硬直するしかなかった。

 

 …俺の母、王に見初められたくらいだからさぞや美人と思うだろうが、例の肖像画が数割増しで描かれていると想定して、それですら特に目を惹くようなところのない平凡な顔だちの女性だった。

 この現女王様を見れば、この人の母上様って人が相当美しい方だったって事くらい判る。

 その方が亡くなられていたにしても、どうしてこれに手ェ付ける気になった?

 できるものならば一体どこが良かったのかと、当時の王様を小一時間問い詰めたい。

 そしてその平凡さが、息子である俺にしっかりと受け継がれているわけで。

 ちょっとだけ泣いていいだろうか。

 

 ・・・

 

 市井の噂によれば前述の勇者アバンは、この国の現女王フローラとは恋仲であり、フローラ女王が、王族の女性としてはその…嫁き遅れと言えなくもない年齢まで独身を貫いているのは、今は世界を巡り歩いているという勇者の帰還を待っているのだと、巷では囁かれている。

 そしてその噂が真実である事を、俺は「あねうえ」の話を聞いて確信したわけだが…実際の話は、噂ほど単純な事情ではなかった。

 そもそも勇者アバンが、恋人であるフローラの元に帰れないのは、次代の勇者となる人材を世界中から探し、育成する目的があるのは勿論だが、実のところ居場所を特定されると、勇者アバンには命の危険があったからだ。

 

 アバンの家系のジニュアール家は、下級貴族ではあるがうちのような商人上がりとは違い、カール国内においては、代々有名な学者を輩出してきた名家。

 平時であれば、多少の身分だの肩書きだのを用意する必要はあろうが、決して不自然な縁組ではない。

 

 だがアバンは、世界を恐怖に陥れていた魔王を倒した勇者。

 元々が屈強な騎士団を有するカール王国に、勇者が王族となって加わる事は、他国…ハドラーが拠点として築いた地底魔城の恐怖支配から逃れ、ようやく王国としての権威を取り戻したパプニカはともかく、同じ大陸に隣接する大国、ベンガーナやリンガイアなどからすれば、脅威以外の何物でもないのだ。

 そんな近隣諸国から、刺客を送り込まれる可能性は充分あった。

 そもそも、勇者パーティーの剣であり盾として、常に最前線を戦ってきた、もと騎士団長ロカが、魔王との決着の後、ロモス王国領のネイル村へ移住したのも、自身の立場が以前とは違う事を懸念しての判断だったという。

 その時の彼には守るものがあった。

 戦いの中で出会い結ばれた妻と、二人の間に生まれた娘。

 その愛する存在を、危険にさらす事はできなかった。

 

 そしてアバンもまた、自身よりも、その時傍にあるだろう人の身を案じた。

 それ故に、戻れないのだ。

 アバンが、勇者でなければ。

 フローラが、女王でなければ。

 そうであれば、結ばれ得たかもしれない二人。

 けれど、そうでなければ、そもそも出会わなかったかもしれない二人。

 

 …けどさ、その事情、俺には関係ないから。

 

「あなたの存在を公表し、前王の王子としての身分を与えます」

 とかそういうの全然要らないから。

 

 これ間違いなくアレだろ。

 ゆくゆくは俺に王位を譲って、自分は愛する男と旅立つ。

 そんなシナリオが頭の中で構築されてるだろ。

 

 勇き、そして聡き女王として名高い、まだ何も知らなかった頃には俺も少しは憧れていたあのフローラ様が、恋や情が絡むとこんなに馬鹿になるもんなのか。

 アンタとしてはそれで気が済むのかもしれんが、せっかく魔王ハドラーに勇ましく立ち向かった戦女神・フローラ女王の名の下にこのカールが統治できてるのに、いきなり現れた「王弟」の存在は、国内の権力争いの火種になりかねない。

 そうなったら今度は、王権の簒奪を狙う存在として俺が自国の人間から命を狙われちまうんで、ほんと勘弁してください。

 

 こんなふうな内容のことを、最後にはほぼ泣きながら訴えたらやっと判ってもらえて、その話はなかったことにしてもらう代わりに、せめてただ一人の身内として近くにいて欲しいと懇願され、俺は養父の事業を人手に譲渡して、自身は女王の推薦という枠で、この栄光のカール騎士団に所属したわけだ。

 もともと経営には向いていなかった。

 養父に雇われていた従業員たちも、これで安心するだろう。

 そして俺が女王の弟だという事実は、王宮でも上層部の、フローラ様が厳選した一部の人間にしか知らされていない。

 

 ☆☆☆

 

 魔王が復活し、各地でモンスターによる襲撃が始まった。

 最初は我々騎士団は、近隣の町や村に出向き、モンスター討伐や住民の避難などに駆り出されていたが、徐々にカール王都への襲撃が激化してくると、そこまでの余裕がなくなった。

 

 フローラ様は、日に日に憔悴していった。

 人前では凛とした表情を崩さずにいたが、たまに顔を合わせた時に、俺の前でだけは、気弱な言葉を口にするようになった。

 

「せめて、アバンがここにいてくれたら…」

 要約すると、大体その内容に尽きる。

 この時ばかりは、俺も自分の無力さを呪った。

 

 ある日、魔王軍の一斉襲撃を受けたロモス王国が、勇者によって救われたとの報がもたらされた。

 カール王国の誰もが、その勇者をアバンだと最初は思った。

 だが、話を聞けば聞くほどその人物像が、アバンとはかけ離れているのを、やはり誰もが理解した。

 勇者は、まだ幼さの残る少年。

 その仲間も、まだまだ子供と言える年頃だと。

 一様に、涙型のアクセサリーを身につけた、その少年少女の勇者一行を、救われた人々はこう呼んだという。

 

 アバンの使徒、と。

 

 勇者アバンは世界各地を巡り、次代の勇者の指導、育成を行なっていたという。

 彼らが、その指導を受けた者たちである事は疑いようがない。

 だが、その若き勇者パーティーを率いている筈のアバンはどこに?

 彼は、弟子たちに全てを任せて、安全な場所に引きこもっている男であったろうか?否!

 …ロモス王国の勝利の報は、カールに希望の花と同時に、絶望の種をもたらした。

 即ち、アバンは弟子たちの戦いに参加()()()()()のではない。

 参加()()()()()()のではないかという、強い可能性を。

 

 ☆☆☆

 

 パプニカ王国の王都が、魔王軍に落とされたという。

 あの国にはかつての魔王ハドラーの居城がある故に、各王国の中でも激戦区と言われていて、落城するのは時間の問題だと言われていた。

 明日は我が身。

 かつてのように抵抗を続けるカール騎士団も、連日送り込まれる鎧兵士達の討伐に、いい加減疲弊していた。

 鎧兵士…勇者アバンの記した討伐マニュアルによれば、それは悪しき力によって操られるモンスターであり、正義の力によって滅する事のできる存在。

 

 そして我がカール騎士団の団長を務める騎士ホルキンスは、この国で唯一、聖なる力を操る事のできる騎士だ。

 彼はまだ少年の頃に、魔王討伐が終わって旅立つ直前のアバンに、ほんの数日師事したのだという。

 本人に言わせれば「上っ面を撫でた程度」の修業しか受けられなかったらしいが、元々素質があったのだろう、その後は独学で破邪の力を極めたそうだ。

 そんな話を俺が知っているのは、実力的にはカスみたいな俺のことを、彼が何かと気にかけてくれ、職場を離れた時間には兄か友人のようにつきあってくれていたからだ。

 

「空裂斬!!」

 ホルキンス殿の剣のひと薙ぎが、鎧兵士を一閃すると、鎧はパーツごとにばらばらになり、立ち上がってこなくなる。

 最後の一体が倒されたと同時に、ホルキンス殿はふうっと息をついた。

 

「…弱点はわかるにしろ、こう数が多くてはな」

 鎧兵士は通常、原型も留めないほどバラバラに砕かなければ、その動きを止める事はない。

 この大群をその手順で倒していたら、1体倒している間に、少なくとも5体が王都の砦に侵入して、一巻の終わりだ。

 

「弟殿には教えてないんですか?」

 ホルキンス殿には10歳近く年齢の離れた弟がいる。

 一応彼も末端ではあるが栄光のカール騎士団の一兵士だ。

 

「あいつは基礎体力がないからな。

 今は剣の稽古の後に、剣の5倍の重さの振り棒を、1日2000回を目標に振らせてる。

 本格的に俺が稽古をつけてやるのは、それができるようになってからだ」

 鬼だ、ここに鬼がいる。

 

 ちなみに俺自身は先日、回復系魔力の素質があると宮廷魔法使いから指摘され、僧侶系の呪文契約を幾つか済ませたばかりだ。

 ホイミとキアリーとスカラは契約後すぐに使用できたが、それ以外はまだまだ先のようだ。

 というか、まだ使用可能に至らないうちのふたつは、そもそも試しに使ってみるということのできる呪文ではないし。

 

 ☆☆☆

 

 地獄は、雷鳴とともに訪れた。

 

 これまでは大軍で押し寄せてもなんとか対応できていた鎧兵士に代わり、次に攻めてきたのはなんと、(ドラゴン)の群れ。

 しかも単なるモンスターの襲撃といったものではなく、明らかに兵として統率のとれた大軍だった。

 ドラゴンの炎はたちまちカールの街を焼き尽くし、道に文字通り屍の山を積み上げてゆく。

 その後方に、一人の男がいた。

 一見すると、人間のようにしか見えない。

 だがドラゴン達は間違いなく、その男の指揮に従って動いている。

 生半可な剣撃は弾かれ、炎に焼かれ、兵たちは次々と倒れてゆく。

 

 ドラゴンの鱗は鉄よりも硬い。

 そう言われるのは、実は鱗自体に極めて炎に近い属性を帯びており、それが触れた瞬間、刃を焼き潰して摩耗させるからなのだそうだ。

 対ドラゴンに特化した武器以外で攻撃してそれを避けるには、刃が潰されるより前にそれを斬り裂ける速さ(スピード)が必要だという。

 そしてその有効な攻撃をドラゴンに対して当てる事が可能なのも、やはりホルキンス殿だけだった。

 

「王城まで攻め込まれるのも時間の問題だ。

 セージュ、城に戻ってフローラ女王を避難させろ。

 おまえの言う事なら聞くだろ、王弟殿下?」

 …知っていたのか。

 まあホルキンス殿はカール騎士団のトップなのだから、知らされていてもおかしくはない。

 だが知った上でこれまで普通に接してくれていたのだとしたら、相当気を遣わせていたのかもしれない。

 

「別に気なんか遣ってない。

 てゆーか、この非常時に考えることか?」

「…俺、声に出して言ってましたか?」

「言わなくとも、顔にモロに出てんだよ。

 これは命令だ、部隊長セージュ・ルネロッソ。

 フローラ女王の警護と、避難誘導。

 あの方はカールの、そして世界の希望だ」

 ホルキンス殿がそう言って、拳を俺の前に突き出す。

 俺はそれに自身の拳を軽く当て、頷いた。

 

 ☆☆☆

 

「ぐああああっ!!!!」

 城の隠し通路を抜けて、俺とフローラ様、そして俺の部下たちがようやく地上に出るというその瞬間、先頭に立っていた兵士が突然、悲鳴を上げてその場に倒れた。

 そこにいたのは、一匹のグリーンドラゴン。

 気がつけば周囲の空気が淀んでおり、俺とフローラ様以外の全員が、青い顔をして不調を訴えている。

 そのうち幾人かが泡を吹いて倒れた時点で、ようやくそれが毒の効果によるものと気付いた。

 

「あのドラゴンの(ブレス)だ!!」

 誰かが叫ぶ。

 俺が無事なのは回復魔法力持ちで耐性があるからであり、フローラ様は勇者アバンが作ったというお守り系のアクセサリーを身につけている。

 とりあえず手の届く範囲内にいる者に手当たり次第にキアリーをかけて解毒するも、次から次へと倒れていくので、だんだんきりがなくなってきた。

 

「あいつを倒して外に出ないと、このままでは全滅するわ」

 フローラ様が金属の鞭を構えて、ドラゴンの前に進み出る。

 ドラゴンが尾を薙いで攻撃してきて、俺は慌ててスカラをかけた。

 

「女王に続け!」

 誰かが叫び、動ける者がその言葉に従う。

 違うだろとは思うが、さすがは救世の女王。

 この方は女性でなければ、自身が勇者となれていたに違いない。

 

 だが相手が悪かった。

 ドラゴンの鱗が生半可な攻撃などはじき返し、その毒の(ブレス)により兵はどんどん弱っていく。

 

「くっ……!」

「フローラ様!!」

 そして、最悪の場面が遂に訪れた。

 傷のひとつも与えられないながら果敢にも挑み続けていたフローラ様が、グリーンドラゴンの爪の一撃を受けたのだ。

 (ブレス)での毒は弾いていたフローラ様も、直接身体に入れられたものは避けようがなく、その場にくずおれる。

 

 更にドラゴンの大きな足が、彼女の頭上に迫った時…フローラ様は、一瞬確かに微笑んだ。

 

 判ってしまった。

 フローラ様は、諦めてしまったのだと。

 魔王軍の襲撃で、滅びゆく祖国。

 そこに現れない、待ち続ける勇者。

 この先も生き続け、どんなに待ったとしても、この生でもはや、愛する人には会えないのだと。

 

 だけど。

 

「…ふざけんじゃねえぞ、バカ姉!!」

 その美しい微笑みの意味に気がついた瞬間、俺は叫び、ドラゴンに向かっていた。

 無意識に手にしていた武器が、ドラゴンの鱗を貫き、その首筋に半ばまで埋まる。

 それは王家の紋章入りの短剣、俺が生まれた時にその血の証として賜った、【カールの守り刀】だった。

 王家の血をひく者の身を守り、その求めに応じて、僅かながら力を与える宝剣。

 

「セージュ!?」

 ドラゴンは痛みに首を振り回すが、どうやらこの程度では致命傷にはならないらしい。

 俺の握る短剣はその傷に埋まったまま、それ以上の傷を広げる事も、深く貫く事もできずにいる。

 というか、この状態から抜く事すらできずに、俺はドラゴンの首にナイフ一本で縋り付いている状態だ。

 それでも。

 

「ここで死んで、好きな男のもとに行けりゃ、それであんたは満足なんだろうが、あんたの血はそれを許さねえよ!

 王ってのは、国を、ひいては民を守る為に居るんだ!!

 たとえカール一国が滅びたとしても、民ってのはこの地上のどこにでもいるんだぞ!?

 それを全部見捨てんのかよ!!」

 そんな状態でも、言ってやらねば気が済まなかった。

 

「俺は見捨てない!

 あんたは、この国よりも、もっと大きなものを守れる人だ!

 あんたの弟として…王家の血をひく一人として、俺はあんたを守る!!」

 俺には、卓越した剣技もなければ攻撃呪文の才能もない。

 できる事があるとすれば、ひとつだけだ。

 暴れるドラゴンに振り落とされぬよう、短剣を握る手に力を込める。

 残り少ない魔法力を使い、生命力を力として引き出す。

 仲間に被害が及ばぬよう、周囲に力場を発生させる。

 

「セージュ!駄目よ、やめなさい!!」

 俺が何をしようとしているのか判ったのだろう、『あねうえ』がこちらに駆け寄って来ようとするが、もう遅い。

 この呪文が発動すれば、術者と対象者以外の者は、その場には決して踏み込めない。

 生命力から変換された魔力が、ドラゴンを拘束し、その抵抗を奪う。

 そして………

 

 ───メ ガ ン テ!!!!!

 

 ☆☆☆

 

 遠目に見えるカール王都から黒煙が上がるのをただ見つめながら、落ち延びた者たちが歯がみをし、また涙する。

 そこを蹂躙する圧倒的な力を前に、今の彼らにはなす術もなかった。

 

「…今は耐えましょう。

 生きてさえいれば、必ず好機は訪れます。

 それまでは、力を蓄えるのです。

 …私はもう、迷いません」

 カール王国女王フローラは、強い輝きを放つ瞳を、王都に向けたまま言葉を放った。

 その姿は、まさしく戦女神そのものだった。




転がった石

名前:セージュ
性別:おとこ
職業:カールきし
男爵位を持つ商人の息子で、カール騎士団の一部隊長。
前カール王の落胤にして、フローラ女王の腹違いの弟。
赤に近い金髪と琥珀色の瞳。
顔だちは割と整ってはいるがあまり目立つ容姿ではない、狙えば雰囲気イケメンくらいはいけるかな程度。

【挿絵表示】

バランによる超竜軍団の襲撃から、フローラ女王を守る為に死亡確認。
享年24歳。

説明するまでもないこととは思いますが、作中にある『試しに使ってみるということのできない呪文』は、勿論メガンテとメガザルの事です。
念の為。


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武器屋の娘
1・武器屋の娘は使命を知る★


前章から少し時間が遡り、お待ちかねの主人公の登場です!
…誰も待ってないとか言うな。
グエンのチート加減を見てからいいだけ待たせてのポンコツキャラの登場に、読者の方々のがっかりした表情が、不思議と今から浮かんできます。
ひとまず「え?アレからのコレなの!?」「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」「ありえなくない?馬鹿なの?死ぬの?」感をたっぷり味わってください。
あと、メイン視点が交代する事で、物語の雰囲気も若干変化するかと思います。ご了承ください。


 兄が家出した。予定調和ではある。

 けどそれはつまり、ここから先、時間はあまりないって事。

 神様はあたしに、

 

「あなたはこの世界を救える、唯一の存在」

 と確かに言った。

 

 あたしには前世の記憶がある。というか思い出した。

 前の人生はそれなりに生きてきたっていうか、人生の終わりが某イベントで某ゲームのイケメンキャラのコスプレをしていたらそのキャラの大ファンという腐った若い女の子に友達になってくださいって言われて次に会った時になんでスカート穿いてるのとキレられ女だなんて聞いてない騙されたとファビョられた挙句刺されて死んだというどこに出しても恥ずかしい死に様だった以外特筆すべき点も何もない平凡な人生だったので省くけど。

 

 問題は今生きている人生が、その前世での十代前半の頃に読んでた漫画の世界って事実。

 どんなベタですかその展開。

 でも転生する直前に神様って人に会って会話したのは間違いないけど、その記憶はかなり薄れてる。

 だってしょうがないじゃん?

 前世の自分よりも、まだまだ短い今世の方がどんどん大きくなっていって…戻りようがない以上、今のあたしの現実はこっちなんだから。

 

 だから…忘れていた。

 ここがあたしの前世では「ダイの大冒険」というタイトルの付けられていた漫画の世界という事も。

(すごく好きな漫画ってわけではなかったけど、当時のジ◯ンプでは比較的綺麗に終わったのと、ラストが結構衝撃的だったので、あたしの中での印象は強かった)

 あたしのいる村が物語の中盤に、勇者ダイとその一行が訪れる、物語の主要人物の故郷でもある村って事も。

 そして、家出したあたしの兄が…いずれは「大魔道士」を名乗ることになる人物だという事も。

 全部忘れて普通に生きてた。それを急に思い出した。

 

 あたしは小さい頃から、妹っていう立場ながら、兄を守らなきゃっていう気持ちが強くあった。

 それは神様の使命とか関係なく、あたしは兄が大好きだったから。

 小さい頃はお兄ちゃんのお嫁さんになるんだと本気で思ってたし、そもそも小さい頃の兄は今思えば本当に可愛かったから、彼をいじめようとする村の男の子たちとは、取っ組み合いの喧嘩もした。

 この可愛い兄はあたしのものだ。今はまだ。

 兄が欲しいなら、あたしの屍を越えてゆけ。

 そんな素敵な…もといおぞましい世界に、大事な兄を引き込まれてたまるか。

 …けど身体の小さいあたしは、奴らに挑みかかっても負けてばかりいて、思い余って武器の練習をしようとしたけど、父さんにバレて怒られた。

 そもそも剣とか重たくて持ち歩くのすら無理だった。

 魔法も勉強したけど才能なかったらしく、契約は悉く失敗した。

 半ば冗談で同じ魔法陣使った兄がメラの契約ちゃんとできたんで、契約方法も魔法陣も間違ってはいなかった筈。

 まあ、契約できただけでまだ使えない筈だけど、未来の大魔道士にもはじまりはあるって事だよ。

 そんなわけで、どうやら兄は母さんのお腹の中に、あたしの分の魔法の才能を残していってくれなかったらしい。

 って誰だ今残りかすとか言ったやつ。

 

 まあでも、敵わないなりにあたしと喧嘩になると面倒だという認識が定着したものか、いつのまにか兄へのいじめがなくなってたのはいいのだが、単に兄想いで優しくしっかり者の可愛い女の子であるこのあたしが、村の子供たちからは『とんでもなく気の強い女』『間違っても怒らせたらダメなやつ』『実は魔王』って扱いになったのは、些か理不尽だと思っている。

 

 ☆☆☆

 

 あたしはランカークス村で唯一の武器屋を営む夫婦の二番目の子として生まれた。

 父の名はジャンク。母はスティーヌ。

 ふたつ上の兄の名が、ポップ。

 そう、あたしは「ダイの大冒険」のもう1人の主人公とも言える、魔法使いポップの妹なのだ。

 あたしがリアルタイムで読んでた「ダイの大冒険」に、こんなキャラ居なかったんですが。

 これも、神様転生物のテンプレってやつか。

 いやそんな事よりだから、その兄のポップが家出したんだっての。

 きっかけは、この村にフラッと立ち寄った、一見ちょっと変わった感じのする旅人さんだった。

 

 その人があたし達の村に立ち寄った時期、ちょっとたちの良くない冒険者が、何故かこの何もない村に滞在していた。

 そいつらは昼間から酔っ払って、村の女の子にちょっかいをかけたり、老人や子供に暴力を振るったりしていて。

 最初の頃に、村長の若い奥さんがちょっかいかけられて、村長がそれを止めようと、僅かながらお金なんか差し出したのがいけなかったみたい。

 そいつら、それで味をしめちゃって、村のあちこちでそういう事やるようになったんだもの。

 そんな中でうちの父さんは例外っていうか、理不尽には鉄拳制裁が信条の人なんでね。

 例によってうちの店に来て、母さんにちょっかい出そうとしたやつがいて、父さんは当たり前のようにそいつを叩き出したもんだから、結構うちは恐れられてたわけ。

 あの武器屋の親父だけは侮れんって。

 

 けどやっぱり、その状況は奴らには面白くなかったらしくて、父がいない時を狙って店の前まで来た奴らの一人に、閉店時間で看板をしまおうとしていたポップがいきなり張り飛ばされた。

 騒ぎを聞いて、母さんが止めるのも振り払って店の中から出てきたあたしは、それを見て思わずカッとして、店の前の道に転がされたポップの前に飛び出した。

 そしたら奴らゲラゲラ笑って、ポップを張り飛ばしたやつが、あたしの方に手を伸ばしてきたから、その腕に噛みついてやったんだ。

 

 …そこから後のことは、正直よく覚えてない。

 目から星が出たような感覚の後、気がついたらポップがあたしの名前を呼んでて、おでこから右の頬までがじんじん痛くて。

 目を開けたらポップが半泣きで、母さんが本気泣きであたしの顔を覗き込んでいて、その後ろには見たことのない、旅の人。

 

「泣かないのは大変結構ですが、女の子の顔に傷が残っては大変ですよ」

 そう言ってその人は優しく笑って、あたしのおでこに手を触れた。

 何か、ぽうっと温かい感覚があった後、そこにあったじんじんとした痛みが消えた。

 

 …あたしは見た瞬間すぐ判った。

 つか、思い出した。その人の名はアバン。

 かつて、この世界に現れた魔王を、仲間と力を合わせて倒したと言われる、勇者。

 この先、それよりもっと強大な敵に立ち向かう事となる、新たな勇者とその仲間たちの(しるべ)となる人。

 あたしはその人を見た瞬間にすべて思い出し…自分に与えられた、真の使命を理解した。

 …理解したと同時に、詰んだと思った。

 

「ああ、傷が!

 ありがとうございます、旅の方!」

 母さんがやっぱり泣きながら、その人にぺこぺこ頭を下げる。

 …ああ、そうか。あたし、顔に怪我してたのね。

 それを今、『アバン様』が治してくれたと。

 

「良かった、リリィ!」

 と、半泣きだったポップが、あたしの身体をぎゅっと抱きしめた。

 抱き返そうとしたらいきなり肩を掴まれて身体を離され、次には咎めるように声が荒げられる。

 

「てか、おまえはいつもいつも!

 なんでおれなんか庇うんだよ!

 逆だろ、普通!おれが兄、おまえは妹!!」

「知ってる。だからだよ。

 あたしはポップの事、大好きだもん」

 じっと目を見てそう言うと、少し悲しそうな目で見返される。

 ここ近年、これは恒例のやりとりになっていたけど、前世の記憶を取り戻した今、その表情を見てハッと気がついた。

 これが普通の距離だと思ってたけど、ポップがあたしに庇われるたびに「逆だろ」って怒るようになったのって、あたし達が幾つくらいの頃からだろう。

 あたしが守ろうと躍起になるたびに、ポップが傷ついた顔をするようになったのは、いつからだったろう。

 あたしの使命はポップを守る事じゃなかった。

 むしろあたしのその気持ちは、ポップのコンプレックスを刺激してただけだった。

 そんなあたし達の心の揺れを知ってか知らずか、アバン様は、

 

「仲のいいご兄妹ですねえ」

 とか言って、緊張感のない顔でへにゃっと笑った。

 

 その、ならず者の冒険者が、アバン様の手によって捕縛され、全員がベンガーナの役人に引き渡されたと聞いたのは、次の日の夜の事だった。

 当のアバン様はもう、夕方のうちにこの村を発っており、その夜が明けた時、ポップの姿は家どころか、村の中のどこにもなかった。

 あたしは…正確には、12年ここで育ってきたポップの妹の『リリィ』は泣いた。

 けど、転生者としてのあたしは、自分の使命について考えていた。

 

 前世を思い出したあたしの記憶が確かなら、ポップがダイと出会った頃『おれは一年以上もアバン先生のもとで修行してる』って台詞があった筈。

 つまり、あと2年に満たない期間のうちに、魔王軍の侵攻が始まるという合図なわけなんだけど。

 神様の言う『この世界を救う』は、恐らくこの魔王軍…大魔王の手からじゃない。

 それはこのまま進めば、勇者ダイの勝利で物語は幕を引く。

 世界にとってはそれでいいのだろうけれど。

 それと同時に勇者ダイは、この地上から姿を消してしまう。

 その点において「ダイの大冒険」は、綺麗に終わったにもかかわらず、決してハッピーエンドではなかった。

 むしろその後も続くはずの課題を、消えた勇者に丸投げしたまま終わった物語だったから。

 

 あたしが救うべきなのは物語そのもの。

 勇者ダイが…主人公が消えた事で、止まってしまう時間を、このまま動かし続けるのが、恐らくは神様が与えたあたしの使命……なのに。

 

 その為に与えられた特典(ちから)がアイテム鑑定と発掘って、どういうことよ神様!

 生まれも育ちもスペックもただの武器屋の娘に、どうやって世界を救えっていうのよ──ッ!!!

 

 …ぜえはあ。取り乱しましたごめんなさい。

 ちなみにこの神様ってのは勿論、この世界の神様とは違う。

 この世界には人間と魔族と竜の、3人の神様がいるんだけど、それすらももっと上の神様の創造物でしかなく…ってその創造神ってひょっとして原作しyうわなにをするやめしかもあたしの前に現れた神様ってのはまた別の世界に属する存在らしい。

 最初は女性だと思ったけどよく見たら薄っすらヒゲはeおや誰か来たようだでもって、あたしの知識にはこの神様の力でなんらかの制約がかかっているらしく、あたしが知ってるこの世界の未来の出来事は、誰かに伝えようとすると、その瞬間声が出なくなり、文字で書こうとすると手が動かなくなる。

 つまり誰かに事情を話して協力を仰ぐことができず、あたしは一人でこの世界を救わなければならない。

 明らかに無理ゲーでしょうが。

 ん?来客?誰モ来てナイヨ、なんデ?

 

 ・・・

 

 …兄の家出から数日経過してから、旅のメッセンジャーが、アバン様からのうちの両親への手紙を届けに来た。

 内容は、ポップを責任持って預かりますという事と、ポップが署名したのであろう契約書の控えだった。

 ポップは割と字が汚いので間違いない。

 

 予定調和ではある。

 けど時間はないしその力もない。

 色々忘れてた間に時間は過ぎ去っていて、正直詰んだと思ってた。

 

 ☆☆☆

 

 父さんの仕事に使う、鉱石の採取はあたしの仕事だ。

 あのならず者たちがうろついてた間は、一人で外に出ると危険だと父に止められていて、しばらく採取に出かけられなかったのだが、いい加減そろそろ材料が尽きてきた。

 武器屋が武器を揃えられないとか目も当てられない。

 いつも採っている、質のいい鉄鉱石のあるポイントで、発掘の特技を使う。

 厳密には「あなほり」と「たからのにおい」の複合技で、あたしのオリジナルスキル。

 この能力なら、何か埋まっているものがある場所がピンポイントでわかるから、探す為にあちこち掘り返す必要はない。

 そしてその場所に何があったかさえ覚えておけば、目的のものは容易く手に入る。

 早いうちにこの能力が開花し、父から「オレが探すよりおまえの目の方が信用できる」とのお墨付きを貰った結果、自慢じゃないけどうちは、

 

「イナカ村の武器屋にしてはいい武器が揃ってる」

 と、そこそこ評判がいい。

 勿論それは、あたしの採取する材料の質もさることながら、父の鍛冶職人としての腕があってこそなんだけど。

 

 いつも通り、あたしの視界の中でチカチカ光って見えるポイントにタガネを当てて、槌でコンコン叩くだけで、すぐに鉄鉱石が姿をあらわす。

 そういや、神様との約束を忘れてたまだ小さい頃に母さんに、どうして父さんと結婚したのって聞いたら笑いながら、

 

「…お父さんには、キラッと光る何かがあったの」

 って言ってたから、ひょっとしたら母さんにも似たような能力はあるのかもしれない。違うか。

 そんな事より、出てきたものをリュックに数個入れて、今日はここまでにしようと、後方を振り向いて…不意に、少し範囲を広げてみようと思い立った。

 こういう勘は、大事にした方がいいのだ。

 今日は…そうだな、もう少し南を掘ってみるか。

 

 南の方にある崖の壁に、何やらチカチカ光る範囲があるので、やはりタガネと槌を使って掘ってみたら、鉱石ではなく宝石の原石っぽい石が出てきた。

 透き通ってはいるけど青白く濁った石と、同じような感じの赤黒い石。

「みる」を発動させると頭の中に、紫の縦縞の服を着た太ったオッサンが現れて解説を始める。

 

『この石はそれぞれ【白魔晶(はくましょう)】【赤魔晶(せきましょう)】といいます。

 魔界にある【黒魔晶(こくましょう)】という、魔力を無尽蔵に吸収する石が、何らかの地殻変動で地表に現れて、長い年月の間に劣化または変質したものです。

 黒魔晶のように無尽蔵にではありませんが、魔力を吸収して貯めておける性質があります。

【白魔晶】はそれでも比較的産出地が多く、その特性を生かして【祈りの指輪】などのアクセサリーに使用されますが、非常に脆く壊れやすいのが欠点です。

【赤魔晶】はなかなか産出されない貴重な石で、ある特殊な加工を施すことで魔力とともに呪文やキーワードを記憶させる事ができ、特殊効果のある伝説の武具には、ほぼ間違いなくこれが使用されています。

 店屋で売れば、【白魔晶】は410ゴールド、【赤魔晶】は980ゴールドになるでしょう』

 そこまで解説してオッサンは頭の中から消えた。

 …この仕様だけは、ホント意味がわからない。

 そもそも誰なんだこのオッサン。

 昔からだからもう慣れたけど。

 それはさておき、こんな伝説の武具に使うような材料なんか、手に入ったのはいいが、はたしてうちの父にこれが生かせるんだろうか?

 伝説の武具…うん、まだなんか忘れてるような気がする。

 まあ、一応持って帰って父さんに見せてみるか。

 役に立たなきゃ売っ払って、そのお金は母さんに渡せばいい。

 そう考えてあたしはそれを、スカーフに包んでポケットに入れた。

 

 ちょっと考えてる間に、あたしは足元の安全を確認するのを怠ってしまった。

 次の瞬間足を滑らせ、あたしは崖の斜面を滑落していた…って、ちょ、嘘でしょっ!!?

 

 ☆☆☆

 

 次に目を覚ました時、一応ベッドには居たが見知らぬ部屋で、薄汚れた毛布から不快な匂いがした…絶対これ酒呑みのオッサンの匂いだ。

 自分に移るのが嫌でベッドから出て、自分の身体を確認する。

 怪我はしてるけど手当てされてるみたいだ。

 ありがとう誰だか知らないが酒呑みのオッサン。

 この程度なら薬草のひと束くらい食べれば、一晩もすれば傷は癒えるだろう。

 食べるだけで小さい傷ならすぐに塞がるとか、この世界の『薬草』の効能は魔法レベルだと思う。

 割とえぐ味があって、あたしはそのまんま食べるのがあんまり好きじゃないが、これ実はスープにすると、そのえぐ味が逆に美味しいのだ。

 母さんがあたしたち子供の為に考えたレシピで、ポップも好き嫌い多かったけど、あれはちゃんと残さず飲んでた。

 父さんも好きで二週間に一度は食事にこれが出てくるおかげで、あたしたち兄妹、ヒョロとチビの割には、風邪ひとつひかない健康優良児だったもの。

 ともあれ自身の状態を確認した後、見るともなしに周りを見渡すと、ごちゃごちゃと雑然と剣が数本置いてある中に、うちでも見慣れた道具がある。

 それは、(ふいご)とか金床とか槌とか、うちの父さんみたいな、武器職人が使う道具。

 見ればあっちの端に炉もあるし。

 ということは、この家の人は父さんの同業者か。

 けど武器屋の娘としてこの雑然さが見るに耐えず、綺麗に並べようと一番手近な剣を手に取った瞬間「みる」が自動的に発動して、頭の中のオッサンが喋り出した。

 

『これは…【名もなき(つるぎ)】です』

 そんなもん解説する為にわざわざ出てくんな!

 

『まあ、そう言わずに。

 これは伝説の名工が打った剣で、本来作りたかった剣の、どうやら試作品のようです。

 とはいえ、さすがは伝説の名工の作、使用にはまったく問題ありませんよ。

 鋼鉄製の剣ですが、そんじょそこらで売っているものとは、品質が全然違います!

 店屋で売れば…』

 いやもういいわ。

 なんぼなんでも人様の持ち物を売れば幾らとかあんまり知りたくない。けど…、

 

「伝説の名工の、剣…!?」

「随分懐かしい呼び名が出てきたな」

 突然かけられた声に、ハッとしてそちらを振り返ると、背の高い男が立っており、睨むようにあたしを見ていた。

 

「しかも剣を見ただけで看破するとは。

 持ってたモノといいその目といい、ただの人間のガキじゃないな、おまえ」

『人間の』という言葉に、場違いに納得する。

 何故って、その男は明らかに人間ではなかったから。

 人間の形はしているけど、肌の色はほの青く、黒く真っ直ぐで長い髪の間から飛び出ている耳は大きくて先が尖っている。

 黒い眉が二股に分かれているように見えるが、よく見れば上の方にはねているのは痣のような模様らしい。

 このひとは魔族だ。

 本物は見た事なかったけど、間違いない。

 年の頃は、人間で言えば二十代後半から三十そこそこといったところか。オッサンじゃなかった。

 けど、男の特徴として際立っていたのは、その魔族の身体的特徴よりも、顔の真ん中に刻まれた、バツ字形の古傷だった。

 瞬間、前世の記憶の蓋がカチリと開くのを感じた。

 

「まあ、おまえの正体なんぞ興味はない。

 だが、答えろ。こいつをどこで手に入れた?」

 男は手にしたあたしのリュックを足元に投げると同時に、あたしのスカーフを目の前に突き出した。

 正確には、スカーフに包まれた例の石。

 あたしをどこで発見したのかは知らないが、あたしの持ち物を見たのならば、単に拾ったのではなく発掘したものとわかった筈だ。

 なら、その近くだと推測できるだろうとは思うんだが。

 まあ闇雲に探したって出てこないか。

 あたしの能力にしたって、そこに『何か』あるとわかって掘ることはできても、『何が』あるかまでは掘ってみるまでわからないのだし。

 けど、あの場所には、かなり奥までチカチカが見えた。

 そればかり掘り続けるようなバカをやらなければ、かなりの量の産出が期待できるだろう。

 あの石の特性と、目の前の男。

 この二つを重ね合わせた時、自分のやるべき事が見えた。

 

「…お答えできません」

「なんだと?」

「ですが、あなたが欲しいなら、差し上げる事はできますよ。

 そのかわり、あたしを弟子にしてください。

 …ロン・ベルク先生」

 唐突に現れた可能性に、あたしは迷う事なく飛びついた。

 武器は使えない。

 魔法の才能もないあたしは、ポップと一緒には戦えない。

 ならば。

 その戦いを後押しするくらいしか、できる事はないじゃない。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 けど。

 

「諦めろ。女にゃ無理だ」

 って、次の瞬間に酒瓶(あお)りながら一蹴された。

 ムカつく。

 

 これが魔界の名工と呼ばれた武器職人ロン・ベルクと、あたしの最初の出会いだった。




と、いうわけで。
グエン編14話でのポップの台詞を読み流さず気に留めて下さった皆様が推測した通り、二人目のヒロインはポップの妹でした♪

2個目の石

名前:リリィ
性別:おんな
職業:ぶきやのむすめ
転生特典:みる、はっくつ

ランカークス村の武器屋夫婦の間に生まれた、ポップの2歳下の妹。
髪や目の色はポップに準じる(爆
小柄(ダイよりはちょっと大きくてレオナより小さい)で幼児体型。
主に年齢的な理由で、本当に年齢的な理由で、大事な事だからもう一度言うが年齢的な理由で貧乳。
↓おおまかな外見イメージはこんな感じ。
【挿絵表示】
実はイラストだけは以前からずっと公開してたw
転生者で、「ダイの大冒険」は連載時にリアルタイムで読んでた。
故に自分の兄が何者か、このまま進めば『主人公』がどんな結末を迎えるかを知っており、その運命を回避する方法を模索していく事になるわけだが、基本スペックが一般人という結構絶望的な状況。
他人にはない特殊な能力は一応特典として授けられており、けど現時点ではその特典が意味不明。
頭の中に某商人に激似の謎のオッサン飼ってる。
とりあえず兄とは違いポンコツで若干発想が腐ってるだけの普通の女の子(激爆


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2・武器屋の娘は神の目で見る1

時系列をちょっと間違えておりましたので修正しました。
この辺はまだポップがランカークス村を出て数日の時点ですので、原作開始まで1年ほどの期間があります。
現時点でポップは14歳、リリィは12歳です。


 ロン先生(もう、勝手にそう呼ぶことにする)が言うには、基本的に鍛冶の仕事は力が必要で、女でも小さいうちから鍛えていればそれなりに使えるだろうが、あたしの年齢からそれを始めても、成長分を加味しても大した効果は見込めないだろうとの事。

 

「人間はさっさと成長してさっさと歳取っちまうからな」

 だそうだ。そりゃ魔族から見ればそうだろうけど。

 

「うちの父さんが鍛冶師の修行を始めたのは、あたしくらいの歳の頃だったそうですけど」

「男と女じゃ地力が違う。

 …って、鍛冶師の子なのか?なるほどな」

「麓の村でただ一軒の武器屋を営むジャンクの娘で、リリィと申します」

「ランカークス村か。

 そういえば確かにそんな店もあった。

 こんな田舎の小さな村に、大した品揃えもなかろうと思い、通り過ぎるだけだったが」

「父は…無論、ロン先生には及ぶべくもありませんが、腕のたつ職人です。

 旅の途中で立ち寄られたお客様は大抵、いい武器が揃っていると、褒めてくださいますよ。

 そもそもこの村の周辺の山は、いい鉱石が採れるんです」

「確かにそうだ。

 しかし、おまえが持っていたような純度の高い鉄鉱石は、オレも見たことがない。

 それにこの周辺で、まさか赤魔晶が採れるなんて、オレも随分長いことここに住んでいるが、全く知らなかったぞ。

 あんなもの、おまえら人間には加工し切れん材料だろう。その場所を教えろ。

 弟子にしてやる事は出来んが、そうしてくれるなら、おまえん家に武器を作ってやる。

 …なんでかは知らんが、オレが『名工』と呼ばれていた事実を知ってんなら、その価値も理解できる筈だ。

 悪いことは言わんから、それで妥協しろ」

 うーん。これはどう考えるべきなのか。

 だが、「ロン・ベルク」と「ジャンク」がどこかで出会い、友好関係を結ぶのは決定事項なわけだから、うちの武器を作ってもらう約束を取り付けるのは、悪いことではないだろう。

 そしてその縁さえできれば、今は断られても、なし崩しに弟子に取ってもらう事も不可能じゃない…かも知れない。

 

「…両親に、会ってもらえませんか」

 …なんか、交際中の恋人に結婚を迫ってるみたいな台詞になってるけど、ひとまずは原作の流れを断ち切らない方向に導いておこう。

 ロン先生はしばらく考えていたが、やがてため息とともに頷いた。

 

「…いいだろう。

 商売的な契約になっちまってる以上、おまえとオレだけの話にしとくわけにもいかん。

 それにどっちにしろ、怪我をしたガキ1人、森に放り出すわけにもいかないしな。

 無事に親元に返さんと、途中で死なれでもしたら、それなりに寝覚めも悪い。

 …たく、面倒な拾い物をしたもんだぜ」

 それはひょっとしてあたしの事なんだろうか。

 けど、不機嫌顔で面倒だと言いつつも世話を焼いてくれる様子に、思わず笑いそうになって慌てて顔を背けた。

 

 ロン先生は、食料やお酒、生活に関わる物資を贖う為に、時々村へ来ていたらしい。

 手袋を着け、フード付きのマントを深く被って、念の為顔の下半分をマフラーで覆うという、あやしさ大爆発な格好で。

 そういや、変な格好した背の高い男が時々買い物に来ると、酒屋のおばあちゃんが言っているのを聞いた気もする。

 

『ちらっとだけ目元が見えたんじゃが、それがちょっといい男でのう。

 うちのじいさんの若い頃みたいな…』

 このおばあちゃん、数年前に亡くなった旦那さんの話始めると長いから適当にスルーしてたけど。

 まあ、魔族の姿を堂々と晒して、人間の村を歩き回るわけにもいかないか。

 けど、今後はうちとの交流を密にする事で、いずれは村のみんなに、彼の存在を慣らしていくべきだ。今のままでは、色々暮らしにくい筈。

 だとしたら、あたしを助けてくれたって事実は、少しはそこにプラスに働くかもしれない。

 幸いにも、国境ギリギリとはいえベンガーナ領にあるこの村は、イナカ村の割には意外と余所者にも寛容な地域柄だ。

 田舎モンの素朴さと、ベンガーナ人のいい意味でのドライさを気質に併せ持つこの辺の住人は、言い方は悪いが相手を『役に立つかどうか』で判断するところがある。

 徹底的な実力主義と言ってもいい。

 だから一芸に秀でる者や、なんらかの技術を持っている者は、なんだかんだで一目置かれ、頼りにされる傾向が強いってわけ。

 このひとは最初こそ恐れられはしても、武器職人としての実力を村人たちが知ることとなれば、下手すりゃ村の守り神くらいの扱いを受ける可能性だってある。

 

 …そうなるとうちの店なんか廃業かもしれないけど。

 いや、そうならないように、早い段階から専属契約を結べばいいだけだ。

 名工、ロン・ベルク作の武器が手に入るのはここだけ!みたいな。

 

 …あと、原作通りに話が運べば、このひとは最終的に、両腕の機能を失ってしまうんだった。

 こうして知り合いになったからには、できることならその運命も変えてしまいたい。

 それには例の…星皇剣、だっけ?

 あれを、完成させなければいけないって事だ。

 ひょっとしたら、あたしの目があれば。

 ロン先生の力だけで完成できない剣でも、もしかしたら。

 

 ロン先生が身支度を整えて来たのを見計らって、あたしもリュックを背負…おうとしたら、それを大きな手に奪われた。

 

「え?ちょ」

 取り返そうとしたら、その手が今度はあたし自身を、荷物みたいにひょいっと肩に担ぐ。

 

「怪我人の自覚を持て馬鹿。

 こんな重たいモン背負って、村まで歩くつもりか?」

 …すいませんありがとうございます。

 けど、荷物扱いはやめてもらっていいですか。

 

 ☆☆☆

 

「どこの馬の骨とも分からん男に娘はやれん!」

「要らん!…というか問題はそこなのか!?」

 …基本的に噛み合ってない会話が、酔っ払いオヤジどもの間で交わされる。

 というか、父さんは結構できあがっているのだが、ロン先生は基本ザルらしく、全くと言っていいほどテンションが変わらない。

 皮膚の色が青だから顔色の変化もよくわからないし。

 更に2人とも、その顔はボコボコに腫れ上がっており、時々痛そうに顔をしかめるのだが、それでもなんだか嬉しそうなのは何故なんだ。

 

 …なんでこんな事になってるかっていうと、怪我をしてるあたしを家まで連れてきてくれたロン先生が、あたしの帰りが遅い事を心配した挙句顔を見た瞬間に物凄い形相で突進してきた父さんに対し、あたしを庇ったついでにアイアンクローかました事から始まる。

 何故かその後、武器職人による人間対魔族の拳同士の語らいが一通り繰り広げられた後、

 

「おまえ強ぇな」「おまえこそ」

 的な、女には理解し得ない魂の交流を深めた模様。

 しかしそれよりも、

 

「リリィ、薬草スープ味見してくれる?」

 という平常運転過ぎる母さんの、見た目に反する肝の大きさの方が、より大きなカオスを形成している気がしてならない。

 どうしてこうなった。

 いや、ある意味計画通りなのか。

 

 ・・・

 

「…すいません。

 ああなるとこれ以上、情報の上書きができなくて…」

 完全に酔っ払って、ロン先生をあたしの求婚者であるかの如き言動から一歩も先に進まぬまま父さんが潰れてしまい、例の契約について話ができなかった事にあたしが頭を下げる。

 どう見ても大人の男が12の小娘を嫁に欲しがるとかどうすれば思えるんだ。

 

「構わん。それより店の品物を見たい。いいか?」

 同じ武器職人として父さんがどんなものを作っているか気になるらしく、そう申し出てきたので、カウンター側から店内に案内した。

 もう暗いのでランプに火を灯す。

 ちなみに父さんとの拳での語らいによる顔の腫れは、無理矢理引き止めて付き合わせた夕食に出された薬草スープにより綺麗に引いた模様。

 うん、せっかくのイケメンが台無しだと思っていたので良かった。

 顔の真ん中のバツ字古傷は治しようがないが。

 

「ここの武器は、全ておまえの父親の作か」

「こっちのコーナーは、うちじゃ作れない特殊な形状の武器や、買い取った武器を研ぎ直したものを並べてあります」

 一応、父の専門は刃のついた武器である。

 ハンマーとか棍などの打撃系の武器は専門外なので、そういうのは外注している。

 ちなみに先日、旅の商人がすすめてきた『どたまかなづち』の発注は必死に止めた。

 父さん的にはものすごく心動かされたらしいけど。何故だ。

 

「それ以外は全て父の作です。

 …あくまでも一般的なレベルですが、いい造りでしょう?

 研ぎや修理をしながら使っていけば、余程の激戦を一年中くぐり抜けるような生活でもない限り、ほぼ一生モンの品だと思ってますよ。

 ある程度の数を揃えて、王宮の軍部に売り込みに行けば、一括お買い上げ間違いなしってくらい。

 父には面倒くさいからと、即却下されましたけど」

 並べられているものを手に取っては、じっくりと眺めていたロン先生は、あたしの言葉を聞くと、少し考えてから言った。

 

「…いや、以前は王宮に卸していたんじゃないか?」

「え?」

 ロン先生は腰のベルトから、一振りの短剣を引き出す。

 

「コイツを見てみろ。おまえの『目』で」

「…?」

 言って鞘から抜き、あたしの前に示したそれは、一見するとただの鉄のナイフだ。

 手入れは行き届いているが鞘もシンプルだし、変わったところは無いように思える…。

 あたしは『みる』を発動させ、頭の中のオッサンを呼び出した。

 

『呼ばれて飛び出て…』

 そういうのいらん。

 

『…失礼しました。

 これは【鋼鉄(はがね)のナイフ】です。

 魔力や加護の付帯はなく、道具として使っても何も起きませんが、それだけに万人に使いこなせるでしょう。

 剣に不慣れな若い兵士の為に特別に打たれた短剣で、当時のベンガーナ王宮随一の鍛冶師の手によるオリジナルです。

 鋼鉄製ですが剣よりも軽く、しかも丈夫!

 更に伝説の名工による研ぎも加えられ、切れ味も抜群ですよ!

 店屋に売れば110Gになるでしょうが、今となっては結構なレアものですから、売ってしまうのはもったいないですね。

 ちなみにその鍛冶師ですが…リリィさんの知っている人ですよ?』

 …って。

 

「なんだ最後のその中途半端な情報!!」

「…ん?」

「…いえ、何でも。

 この鋼鉄製のナイフは、かつてベンガーナ王宮の兵士の為に作られた品と見ましたが、ロン先生はこれを何処で?」

 あたしがオッサンから得た情報を口にすると、ロン先生はじっとあたしを見つめる。

 

「…当たりだ。

 もう20年近く前の話だが、路銀に困った旅の兵士が道具屋に持ち込もうとしていたのを、横から倍の値段で買い取った。

 一目で、いい品だと判ったからな。

 そいつは元ベンガーナの兵士だったが、剣よりも大型兵器が重用され始めた流れで人員削減案が可決され、その煽りで職を失ったらしい。

 …その削減の対象となったあたりで、そいつの実力はお察しというところだが、そいつが言うにはそれを打った鍛冶師が王宮を出ていかなければ、こんな事にはなっていないだろうと」

「なるほど…まあ、半分は言いがかりのような気がしますが」

「まったくだ。

 武器が良くても使う奴がそれに値しなければ意味はない。

 …オレは、それを打った鍛冶師と、ここの武器を打っている鍛冶師が同一人物とみたが、どうだ?」

「ええ、その短剣は間違いなく、夫の打ったものです」

 と、ロン先生の質問に答えたのは、あたしではなく母さんだった。

 いつの間に来ていたんだろう。

 

「ジャンクはかつて、ベンガーナ王宮に勤める鍛冶師でした。

 その当時のこと、夫は私にはあまり詳しく話してはくれませんが、重い剣が扱えないという兵士さん達に、使いやすい短剣を打った事があるという話は、何かの折に聞いておりました。

 けれど、なんでもその当時の大臣という方に、とても嫌な思いをさせられたのだそうですわ。

 あの通り、口より先に手の出る人ですから、遂にその大臣さんに手を上げてしまって、その足で生まれ故郷のこの村に帰ってきて…私と結婚してこの店を構えたのは、その後のことですの。

 …私は彼とは幼馴染で、子供の頃からあの人が好きでしたから、むしろ大歓迎でしたけれど」

 ちょ、最後に惚気入ったようちの母!

 言うだけ言ったらきゃあとか言って引っ込んだよ母!!

 しかもランプの灯りしかない中でも判るくらい頬が赤らんでるとか乙女か母!!

 てゆーか、そういえば確かに『ダイの大冒険』中盤、勇者一行が訪れるロン・ベルクの家で、『ベンガーナ王宮随一の鍛冶師だったのに、威張ってばかりいる大臣をぶん殴って辞めた』と語られていた筈だ。

 …てゆーか、母さんは本当にこんな男のどこに惚れたんだろう。

 まあ、父さんがいくら口より先に手が出るとはいえ、あたしや母さんにその手が上がった事はなく、父の体育会系指導を受けていたのは専ら男であるポップ一人だったけど。

 基本頭脳派であるポップには、まったく向かない教育方針だったわけで、ポップが表面上は強がるくせに自分に自信がなく、自身に対する優先度が低いのは、父さんの要求に応えられない故のコンプレックスも、結構大きかったんじゃないかと思ってる。

 …その辺の最後の部分をあたしが突っついてしまっていたわけだし。

 少し意識が逸れていた事に気付かれたのだろう、唐突にロン先生の手に、ポンポンと頭を叩かれて我に返った。

 

「…失礼しました。

 うちの母が乙女過ぎて軽くショックを受けていました」

「そんな事はどうでもいい。

 それより、おまえのその『目』は、神託だな?」

 

 …は?

 

「…自分でもよく判っていないって顔だな。

 だが今の様子を見る限り、物品鑑定の域を超える情報を、この剣から読み取ってる筈だ。

 自身が見ても、聞いてもいない情報をモノから引き出すのは、単なる鑑定の域じゃないだろ。

 それは生まれつきの能力なのか?」

 ロン先生は、睨むような目をしてあたしをじっと見つめている。

 喉の奥で、カチリという音がした気がした。




スティーヌさんの性格が若干おかしな事になっているのは、原作と違いこの性格の娘がいる事による波紋(バタフライ・エフェクト)のようです。
当初はこんなに変化させる気はありませんでした。


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3・武器屋の娘は神の目で見る2

 喉の奥でカチリと音が鳴った。

 それはあたしにしか聞こえない音。

 求められている情報に対し、あたしの知識の中に、この世界の人間に公開してはいけない部分がある時の合図だ。

 まあ、特に注意する必要はない。

 そこに抵触する言葉があたしの口から出ようとしても、その部分は絶対に声にはならないのだから。

 けど、その様子を相手に気取られれば、明らかに不審は抱くだろうから、その辺は気をつけねばならない。

 これまでの経験からして、頭の中のオッサンの件は神様的に一応セーフらしく、ポップや両親には言った事があるのだが、皆一様に残念なものを見るような目をしただけだった。

 幼い頃の話だし多分だがみんな信じてなかったと思う。

 そしてロン先生に同じ事を正直に言っても、同じ反応をされる可能性が非常に高い事を考えると、この話題もやめておいた方が良さそうだ。

 というよりあの視線にはあたしが耐えられない。

 

「神託…かどうかはわかりません。

 これがある意味特別な能力(ちから)と理解したのも、割と最近ですし」

 嘘は言っていない。

 神様の事を思い出す以前は、武器屋の娘的にちょっと便利なだけの、あってもおかしくない能力と解釈していたから。

 使命を理解してからは、特別なんだろうけど世界を救うにはどうなの!?というくくりになったけど。

 

「その目の事、知っている者はどれだけ居る?」

 …ん?ロン先生の視線が、何処か深刻な色を帯びている気がする。

 

「基本は、両親と兄だけかと…あ、でも店に来るお客さんの前では、普通に『見』たりしてましたが、それは商人の技能の域を超えるものではなかった筈です」

「…兄?」

 一度、家の方を振り返ってロン先生が怪訝な顔をした。

 そうだよね、食事を一緒にした時はあたしと両親だけだったからね。

 

「兄は家d…魔法の才能があるのが判った為、魔法使いになる為の修行に出ておりまして、今はうちには居ません。

 師匠と一緒に旅をしている筈ですから、どこにいるかの特定も難しいです」

「今、家出って言おうとしなかったか!!?」

 …まあ、この世界ではその気になれば、探し物を見つける魔法使いとか占い師とかに頼れば、そこそこ手がかりは得られるだろうけど、基本人間は動くモノだ。

 その時点でそこに確かにいたとしても、たどり着いた時にはもう居ないという事だって充分ある。

 占いといえば隣国のテランには、有名な占い師が居ると聞いたことがあるが…って、アレ?

 そういやうちの兄、その孫娘に惚れられてなかったっけ?

 まあ、まだ先の未来の話だけど、うちのポップに目をつけるとは、若いのになかなかに見る目のある娘ではないか。

 確か兄と同い年だからあたしより2つ上の筈だけど。

 

「…しかし、そうか。

 すぐに口止めできない場所に居るとなると、厄介だな」

 先のツッコミをスルーされて、一瞬何かを諦めたような表情をしたロン先生だったが、すぐに気を取り直して、難しい顔で言った。

 

「口止め?」

「…おまえは自覚してないだろうが、それは、使い方によっては軍事利用されかねん能力(ちから)だぞ」

「え」

 なんか変なこと言い出したよこのひと。

 いくらなんでも大袈裟すぎる。

 転生特典と言っても、実際にはモノを見極めるとか、見つける事が出来るだけだよ?

 

「…ピンときてないようだから、例を出して説明してやる。

 仮にベンガーナくらいの技術力を持つ国の軍部が、秘密裡に開発した大型兵器があったとする。

 おまえの目は恐らく、見た瞬間その構造や弱点、作成した人間、ひいてはそれが作られた状況までもを見て取れるという事だ。

 その兵器を脅威に思う他国の軍部は、おまえのその『目』を欲しがるだろうし、兵器自体を持つ国は、逆にそれを邪魔に思うだろう。

 …今までの事はさておきこれから先、この件は絶対にここだけの話にしておけ。

 でなければ、最終的には命の危険すら出てくる」

 まじすか!?

 意味不明の転生特典にまさかの戦略チート疑惑浮上!?

 いやいや絶対それは違う!過大評価されてる!

 だってオッサン情報、いい加減な事は言わないけど、割と曖昧だったり中途半端だったりするよ!?

 …あとすいません、顎クイはやめてもらっていいですか先生。

 

「…それで、おまえの兄は、おまえの能力を吹聴するような男か?」

 なんとなく打ちひしがれるあたしに、少しだけ声をひそめてロン先生が問う。

 

「それはないと思います。

 多分あたし同様、特にすごい事だって思ってなかった筈ですから」

 むしろ、家の役に立てる能力が、あたしにはあるのに自分にない事をコンプレックスに感じていた筈だから、それをわざわざ自分から口にしたりはしないと思う。

 あたしの答えを聞いて、ロン先生は少し考えていたようだったが、やがてため息混じりに言葉を発した。

 

「…そうか。なんにせよ信用するしかないな…。

 ま、乗りかかった舟だ。

 師匠としてせいぜい守ってやるから、安心しろ」

「は?」

「昼間言った通り、おまえに武器の作成は無理だ。

 だが表向きはオレに弟子入りした事にしておけ。

 師匠がいる、という一点さえあれば、その目の事はある程度誤魔化せる。

 余計な事さえ口に出さなければ、いい物を見慣れているから、師から与えられた知識があるからと、周りは勝手に理由づけをしてくれるもんだ。

 ……それに、単に助手としての存在なら、おまえの能力はオレと相性がいい。

 存分にこき使ってやるから、覚悟しとけよ?」

 え?えっ!?

 つまりこれ、弟子入りの承認が得られたって事!?

 うん、最後の言葉がちょっとだけ気にはなるけど、表向きでもカモフラージュでも、とりあえずは弟子になれたって事だよね!?

 やった───っ!!

 

 先生をポップの部屋に泊めた翌日、やや二日酔い気味の父さんにようやく商売契約の件とあたしの弟子入りを告げることができた。

 

「…修業もいいが、週にいっぺんくらいはちゃんと店、手伝えよ」

「それ以上にちゃんとやるよ。

 将来はこの店継ぐつもりだからね、あたし」

 あたしの言葉に、父さんが難しい顔をしつつも頷いてくれ、母さんが『なら、いいお婿さんを探さなきゃね♪』と横から口を挟んで父さんにジト目で睨まれてた。

 

 余談だがこの世界で成人したと見なされる年齢は、国によっても違うが大体16歳くらいだ。

 結婚適齢期が女性が18歳〜24歳くらい、男性がその2歳上くらいからになる。

 基本、大人になるのが早い世界ゆえ、あたしの年齢なら、充分将来を考え始めていてもいい頃だったりする。

 というか村の子供たちは、都会の学校に行く余裕のある家の子以外、大体は11歳くらいから家業を手伝い始めたり働きに出たりしてるし、村の中で同年代の子供を持つ親同士で、なんとなく結婚相手も決められる感じになる。

 勿論基本的には本人の希望が最優先になるから、必ずその通りになるって事はないけど、子供の頃からそんなふうに扱われてると、自然と気持ちもそうなっていくもんらしく…って洗脳か!

 ちなみにこの村には、あたしと同世代の女の子が武闘家のターレンさんちのジンジャーくらいしかおらず、そっちは父親が自分より強い男じゃなきゃ嫁にやらん的な事を早くから言ってるので、実は結構あたしは引く手数多だった。

 過去形なのは、うちの武器屋をポップが継がない可能性が濃厚になった事で、継ぐのはあたしだと村中が認識して、求婚者候補(正確にはその親)が一斉に手を引いたからだ。

 

『そうでなければ俺が最有力候補だったから、魔王と結婚する事にならなくてホッとした』

 と宿屋の息子のレイゲンに言われた時は、とりあえずアイツの腹にストマッククローをかましておいたが。

 さすがに今はあたしも、ポップのお嫁さんになれるとは思ってないし、一生独身を貫く気もない。

 店を継ぐ事になればお婿さんを貰わねばならず、当然それなりに鍛冶の腕を持った人を選ばなければいけないと思ってるので、あたしの相手は村の外から探してくるか、まずは父さんに弟子入りして貰うかになる。

 最低限、商売人の心得を持っている相手を選んで仕入れと外注でやっていくのもアリかとも思うが、ぶっちゃけそれはあたしだけでもできる事だし、やはり自分のところで作った武器を売るというスタンスは貫きたいので、それは最後の手段にしときたい。

 …という事を一通りシミュレーションができるくらい、母さんの言葉も単なる軽口ではないのだという事を、大まかに判ってもらえれば幸いである。

 …誰に向かって主張してんのか知らないけど。

 

 …ポップが14歳になった時点で自身の方向性を見定められていなかった事も、今思えば彼のコンプレックスのひとつであったのかもしれない。

 彼の才能がこの村にとどまるものではなかったから、仕方ないといえば仕方ないんだけど。

 そう考えると、あたしの存在はポップにとって、悩みのモトにしかなってなかった気がする。

 

 それでもポップはこれまで一度だって、あたしを邪険に扱った事なんかない。

 小さい頃から兄のことが大好きで、暇さえあれば『遊んで〜』とまとわりついてくるあたしを『しょうがねえな』って言いながらも可愛がってくれてたと思う。

 …そのポップが最終的に悲しい思いをしなくて済むように、あたしは今、ここにいるのだとせめて思いたい。

 

 ☆☆☆

 

「…とんでもねえ奴を弟子に取っちまった…!」

 例の、白魔晶と赤魔晶が採れたポイントにロン先生を案内して、幾つか採取して見せた途端、先生は頭を抱えた。

 

 …なんでですか。あたし、何かおかしな事した?

「おまえ、今まで本当にそれを、単にモノの存在を探知するだけの能力(ちから)だと思ってたのか?」

「…違う、という事ですか?」

「ああ。恐らく、おまえが言う『チカチカ光って見えるポイント』を、オレが掘ったところで、何にも出て来やしない。

 おまえは埋まってるモンを見つけてるんじゃなく、土から錬成してるんだ。

 おまえの目に見えるチカチカは、おまえが形として発掘してるモノの、恐らくは構成要素だろう」

「…は?」

 すいません、ちょっと何言ってるかわかんないです。

 

「つまり、おまえのソレは『発掘』じゃなく『錬金術』だ。

 その土の成分に構成要素が全部揃ってさえいれば、理論的にはオリハルコンすら錬成する事が可能だろう。

 …ある意味おまえの存在は、世界にとっての爆弾だぞ」

 マジですか!!散々文句言ってごめんなさい神様。

 あたしの転生特典、密かに充分過ぎるほどのチートだったんですね。

 って判り辛いわ!

 つかそれだってやっぱり意味不明だし!!

 錬金と神の目、それをどう使えば世界を救えるわけ!?

 

 今度はあたし自身が頭を抱える番だった。

 …ともあれ、あたしの魔界の名工の弟子としての生活は、まだ始まったばかりだ。




という事でポンコツだと思っていたリリィさん、実はグエンとは違う方向性のチートだと判明しました。
てゆーか本当はこれが判明するまでもう少し引っ張りたかったんだけど、なんか引っ張りきれなかったのだ。ぐはあ。


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4・武器屋の娘は未来を憂う1

…思ったより話が進んでいかない。
ほぼモノローグです。御了承を。


「もう、先生!

 仕事の前にお酒飲むのやめてください!没収!!」

「…オレは酔ってるくらいの方がいい仕事ができるんだ。いいから返せ、リリィ」

「却下!それは酔っ払いの常套句です!

 まったく信用なりません!!」

 さて。

 魔界の名工の弟子という称号を得たあたしは、次の日から修業に明け暮れて…いなかった。

 何せ、その師匠はあたしには武器職人の素質はないと断言している。

 それでも弟子に取ってくれたのは、弱き身に分不相応に宿る力を、権力を持つ者の目から守る為だ。

 だが、一応世界を救う目的でこの世界に送り込まれた身としては、守られるままでいるわけにもいかない。

 

 あたしの知っている物語での『ロン・ベルク』は、最強の武器の探究を望みながら、その一方でそれを諦めてしまっていた。

『腐りたくない』と言って、豊かな生活を約束された大魔王のもとを離れた筈が、登場した時点では半ば腐りかけの日々を送っていたのだ。

 そこに、自身の力を受け止める武器を求めて訪ねてくる勇者ダイと出会った事で、失望に濁っていたその目にかつての輝きを取り戻すのが、『ロン・ベルク』の抱えるドラマの流れになるわけで。

(いやまあ、あたしの元いた世界では、後に彼の弟子となる北の勇者との間に、違う意味で腐った展開を繰り広げるという流れもなくはなかったが、それはあくまでも別の時空(うすいほん)での話だし、今はとりあえず関係ない)

 なので、ここは黙っていてもその時になれば、『ロン・ベルク』は武器作りへの情熱を取り戻す。

 けれどそこで本気になった『ロン・ベルク』は、勇者ダイの剣だけでなく勇者一行の武器を一通り作る事になるわけだが、それに心を傾けるあまり、本来は自身の一番の目的であった、己の剣を完成させる事ができぬまま、最後の戦いに赴く事になる。

 そこで自身の身体すら滅ぼすほどの剣技を、その威力を受け止められない剣で振るった事により、『ロン・ベルク』は腕の機能を失ってしまう結果になるのだ。

 それがわかっていて、その通りの結末を受け入れるわけにはいかない。

 あたしが弟子入りした『ロン先生』には、その先に待つ未来をどうにか、回避して欲しいと思う。

 その為にはそれより早い段階から本気に戻ってもらい、彼の求める『星皇剣』を、完成させなければならないわけで。

 それに個人的に、彼が本気で打つ武器を、作る過程を目にしておきたいというのもある。

 より高いレベルの技術を目に焼き付ける事により、あたしの『目』に見えてくるものが、より詳細になるかもしれない。

 というか、オッサンの存在を伏せた上で、得られる情報が時々曖昧だと話したら、それはレベルが低いせいだと断言された。

 既にうちの店に定期的に、或いは注文に応じて、武器を打ってくれる約束にはなっており、その都度報酬も支払う契約にもなっているが、彼にしてみればうちに卸すものなど『居眠りしながら打った』程度のランクのものだ。

 それでいて父が打つものよりいいものを寄越すのだから、うちの父がもっと繊細な性格をしていたら、下手すりゃ槌を置いてしまってもおかしくない。

 だが幸いなことに…というか、これも予定調和なんだろうけど、父とロン先生はやけに気が合うようで、彼の存在が父のやる気を削ぐような事態にはならなかった。

 

 …つまり、あたしがここにいる以外、現時点では状況はほぼ変化していない。

 

 否、我が家が介入してあたしが行き来するようになった事により、先生は村に物資の調達に来る必要がなくなり、自分の小屋に引きこもる事が出来るようになってしまったのは、むしろよくない変化だった気がする。

 そこに一旦の責任も感じるあたしは、気がつけば先生の生活に、うるさく口を出すのが仕様となっていた。

 何せそうしなければ昼間っから酒かっくらって、日が高くなるまでゴロゴロしてるんだから。

 

「つか、いいからとっとと仕事しやがってください」

「敬意がまったく感じられない!

 形だけの師匠とはいえ表面上くらい取り繕え!」

「敬意は払ってますー。

 仕事してる時のロン先生はカッコいいですからー。

 カッコいいロン先生が見たいですー」

「これ以上ないまでに完璧な棒読み!!」

 ……ううむ。ロン先生は、あくまで『前世のあたし』の好み的には、くたびれ加減でかなりいいセンいってるが、吹っ切れてない分色気が足りない。

『ダイの大冒険』の登場人物であたしが一番萌えたのが、何を隠そう超魔ハドラーだ。

 もと魔王の肩書きを持つがゆえ執着していたものを捨てたことによって、それまでの小物感を彼方に吹き飛ばして覚醒したハドラーは、吹っ切れた感と同時に漂う哀愁、それによって生まれたとてつもない色気が、前世のあたし的に完全にツボだった。

 …当時の友人に言ったら、

 

『それ、オッサン萌えの感覚じゃねえか』

 って呆れられたけどな。失礼な。

 それはさておき、ロン先生は完全に目指す方向性を間違えている。

 中途半端に枯れるくらいなら武器オタクの面を前面に押し出して、逆にアツイ男にシフトした方が、よっぽどその無駄なイケメン顔を活かせるだろう。

 少なくとも本筋の『ダイ大』におけるロン・ベルクは、クールでありながら芯に熱いものを持ったキャラだった。

 …一体誰なんだ、目の前にいるこの残念な男は。

 

「…オレは、嫁を貰った覚えはない」

 結局あたしに酒瓶を取り上げられて、ジト目で睨んでくる魔族に、聞き捨てならないことを言われて言い返す。

 

「こっちだって嫁にきたつもりはありません!

 そもそもあたしは実家を継ぐので、婿を貰わなきゃいけない身です!」

「あんまり口うるさいと、その婿のきてだってなくなるぞ。

 まあジャンクの奴は、その方が喜ぶかもしれんがな」

 あたしが少しムッとして思わず口をつぐむと、ようやく余裕を取り戻したように、ロン先生はニヤリと笑った。

 

 …正直なところ、あたしは自分の恋愛は諦めている。

 成人するまでの時間の余裕もそれほどないし、実家を継ぐという決意を既に固めているあたし的には、結婚は条件に合う人とすべきだと思ってるので、それには恋愛感情は邪魔なだけだ。

 いや、まあ好きな人と結婚できればそれに越した事はないけど、『リリィ』的には現時点で、ポップより好きな男性はまだ居ない。

 なら、ぶっちゃけ好きになるのは結婚してからでも遅くないと思うのは、やはりこの村で生まれ育った、ある程度の合理性を重んじる気質によるものだと思う。

 

 …まあ、先述の超魔ハドラーと今世で出会う事があれば、ひょっとしたら結婚相手の条件なんざすっ飛ぶくらい好きになるかもしれないが、『リリィ』のスペックでは、直接ハドラーと顔を合わせる事自体が決定的にあり得ない。

 しかもロミジュリ的な大恋愛とかその果ての悲恋とか、物語で見る分にはwktkだけど、自分に降りかかるのは遠慮申し上げる。

 やはり程々のところで幸せになれる道を選びたいものだ。

 

 あっと、ちなみにこの世界全体をみれば、身分の高い人たちの間の政略結婚は、前世の常識と比べるとありえないほど、実はそれほど当たり前ではない。

 否、むしろ王族くらい身分の高い人たちの方が、恋愛結婚を重要視する傾向がある。

 理由としては、血統を分散させたくない事が挙げられるだろう。

 王様に形だけの配偶者をあてがって、別に抱えた側室との両方に子供生ませて、将来的に王権争いの火種を抱えるよりは、好きな相手と結婚させてその相手との間に子供を生ませ、王家の直系を維持させる方がいいという考え方だ。

 

 …そう考えると、ひとつ納得できる点がある。

 この物語の主人公である勇者ダイは、実は亡国アルキードの王子である。

 アルキード王国の王女ソアラと、(ドラゴン)の騎士バランが出会い、愛し合った証というべき存在。

 2人の愛は悲劇的な結末を迎えるわけだが、実はこのあたりに、前世の常識で考えると明らかに不自然な事態が生じていた。

 ソアラとバランの出会いは偶然にしても、2人の関係が深まるまでの間に、『バランがアルキード城に招き入れられた』という過程が存在するのだ。

 そして更に、アルキードの家臣たちが、バランに王の座を奪われる事を危惧した点。

 王族に個人の意志より政略的な婚姻が重要視される世界であれば、そもそも何処の馬の骨ともわからない(しかも王女を助けたというのでもあれば話は別だが実際は逆に助けられている)『単なる旅の騎士』が、城に招かれる自体があり得ないし、仮にそうなったとしても家臣たちには、バランが彼女と結婚する可能性など考えすら及ばなかった筈だ。

 そこに先ほどの、王族の恋愛結婚の考え方を当てはめると、割とストンと腑に落ちる。

 アルキード王は恐らく、この世界の常識に従って、自然にバランを娘の相手として、一旦は受け入れたのだろう。

 だからこそ家臣たちは、『バランは人間ではない』という理由をつけて、彼を城から追い出すまでしなければならなかった。

 だとしたらこの悲劇には、この世界の結婚観が一役買っていたのだと言える気がする。

 

 …要するに、愛し合う2人を引き裂くと最終的には周りまでもが巻き込まれて不幸の連鎖を招くというのは、なにも昼ドラだけの話じゃないって事だ。

 もっともこの悲劇がなければ『勇者ダイ』は生まれてはいない。

 彼本人がこの世に生まれる事が出来たとしても、それは(ドラゴン)の騎士の血を受け継いだ『アルキード王子ディーノ』としての彼であり、『勇者ダイ』とは全く別の存在になっていただろう。

 

 …なんて事を考えながら、先生のうちの炉に火を入れた。

 既に起こってしまった事態は取り返せない。

 けど、未来に待つ悲劇を阻止する事はできる筈。

 

「…なに考えてる」

 観念したように道具を揃え出したロン先生が、不意にあたしの顔を覗き込んだ。

 そんなに、深く考え込んでる顔をしていただろうか?

 

「…仕事の間に先生の晩ごはん作っときます。

 多分ひと仕事終えた頃には、出来てますから。

 しっかり食べて、明日も頑張ってくださいね」

「鬼か」

 憎まれ口を返しながら髪をバンダナでまとめたロン先生が、少し考えてから、もう一度あたしを振り返る。

 

「…おまえんちの、あのスープは美味かったな」

 その言葉に思わず吹き出した。

 うん、大人の色気には確かに欠けるが、これはこれで可愛いところもあるではないか。

 

「じゃあ今夜の分と、明日の朝食べる分も、作って置いていきますね」

 あたしの返事に、また唇に笑みを浮かべる先生にひらひら手を振って、あたしはかまどに向かった。

 幸いにして材料はある。

 お酒を取り上げて無理矢理仕事をさせているわけだし、晩ごはんのリクエストくらい応えてやろうではないか。

 あたしは鬼でも魔王でもない、優しくてしっかり者の可愛い女の子なのだから。

 

 ☆☆☆

 

 さて。

 先生のごはんを用意し終えてから、そろそろ暗くなり始めた庭に出たあたしは、鉱石等と一緒に山から採ってきた土を、大きな甕の中に入れて混ぜる。

 あたしに見えているモノが、掘り出しているモノの素材であるというなら、系統の違う素材の取れる場所の土を混ぜれば、違うモノが掘り出せるかもしれない、という実験だ。

 ここ数日で集めてきた土は多分16箇所くらいのものだが、新たにチカチカが見えてきたので掘り出してみると、ハート形の化石のような石が出てきた。

 

『これは【ホイミスライムの心】です。

 死んだホイミスライムの体から魔力が結晶化して残ったもので、ある程度の大きさのあるものだけがそう呼ばれます。

 そのまま使うとホイミスライムに転職できますが…』

 

 いや、ホイミスライムに転職ってなんだよ!?

 意味がわかんねえわ!!

 

『…最後まで聞いてください。

 これ、実は昔から、身につけるだけで徐々に体力が回復するタイプの、伝説の防具に使用されているものでしてね。

 赤魔晶にこの魔力をインストールして組み込むことにより…』

 ん……!?

 という事はひょっとして、これを使えば振るうたびに使用者の傷を癒す武器とか作れたりしない?

 ロン先生の発想は、技の衝撃に武器を耐えさせる事だけど、最悪武器が耐えきれなくても、ロン先生の受けるダメージを無効にする事ならできるんじゃ…!?

 

『…無理じゃないですか?

 防具の場合は、常に装着者に触れている状態だから必要ありませんが、武器に使うなら回復の対象を使用者に限定する為の、何らかの処置を施さないと、その武器を使って攻撃した敵も、一緒に回復されちゃうと思います。

 しかもその処置に特殊な魔法術式が必要なんです。

 多分ロン・ベルク先生にも、その加工は不可能でしょう』

 …デスヨネー。うまくいかないものだ。

 道のりは遠い。



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5・武器屋の娘は未来を憂う2

 一応念の為、ロン先生にその『ホイミスライムの心』なる石を見せて、自動回復機能を持つ武器の可能性について訊ねてみたら、やはりオッサンと同じような事を言われた。

 

「オレも似たような事を考えた事はあるが、回復の対象を限定する為の術式は、主に回復系魔力で組み立てる事が重要で、少なくともオレはそっちは不得手だ。

 なんで、その案は一旦わきに置いた」

 しかも既出のアイディアだったらしい。

 まあ、そりゃ考えるよな。

 しかし…回復系魔力ときたか。

 確かダイ大のメインキャラクターに、そこに特化した人はいなかった。

 序盤の回復要員だったマァムは武闘家に転職して、僧侶としてのレベルアップは止まったわけだし、賢者であるレオナ姫は最終戦に参加した時はまだレベルが低かった。

 ポップも最終戦に突入する前に、能力的には賢者と同等の状態に開花したので、同じ賢者なら恐らく、それまでずっと最前線で戦い続けてきたポップの方が、あらゆる面で能力は上だった筈だ。

 そもそも最終戦直前とかじゃ意味がない。

 現時点で可能性があるとすれば、アバン様が死んだ事になった後ポップの師匠になる大魔道士マトリフ様だが、彼は今はパプニカにある洞窟で、人を避けて隠遁生活を送っている。

 何も起きていない今の段階で、ましてやコネもツテもないあたし達が訪ねたとしても、協力は仰げそうにない。

 確かにこれは、一旦わきに置いとく事しかできない案件か。

 

 …あたしとしては当然、ロン先生に起こりうる未来の事は伏せた上で話をしたわけだが、先生はしばらく考えてから、深いため息をついた。

 

「…で、どこまで知ってる?」

「は?」

「…まあいい、別に隠さなきゃいけないことでもない。

 むしろ、リリィには話しておくべきかもしれんな」

 ロン先生はそう言って、かつてその傷を負った時の事を話してくれた。

 魔界に生まれて10年も立たぬうちに極めた最強の剣技は、受け止めきれぬ武器で全力で放てば、己の肉体をも壊してしまうほどの威力をもつ技だった事。

 

(ちなみに魔族の寿命は大まかには人間の10倍ほどだが、魔界という厳しい環境を生きる為に子供時代が短く、思春期までの成長速度は人間より幾らか早いらしい。個体差はあるが魔族の10歳は人間で言うところの14、5歳くらいに相当し、そこから長い青年期を過ごしたあと、ゆっくり年齢を重ねていくのだそうな。つまり、ロン先生がその剣技を極めたのは、多分今のあたしくらいの頃って事か)

 

 そして青年期を迎え、強敵と対峙した際、その技を試した途端、使っていた剣とともに両腕の機能が破壊された事。

 魔族は強大な魔力と同時に高い再生能力を持つ生物だが、それにもかかわらずその負傷が完治するまでに、70年近い歳月を必要とした事。

 完治してから武器の製作を志したのは、自身が全力で戦う為だった事。

 その武器は未だに完成しておらず、ある程度のところで手詰まりになってしまっている事。

 

「…で?オレの弟子はその『目』で、偶然師匠の事情を知って、それで武器に回復魔力を付与するなんて発想をしたもんだと、オレは勝手に解釈したんだが…違ったか?」

 いやまあ、その通りっちゃその通りだけど、違うっちゃ違う気がする。

 あたしがロン先生の武器事情を知ったのは前世の記憶からだし、厳密にはそれは過去の事ではなく、未来に起こりうる事象だ。

 などと言える筈もなく、とりあえず曖昧に頷いておく。

 

「お察しします…腕がまったく使えないって事は、着替えも食事もお風呂も、更にトイレすらも他人の手を借りなければいけなかったって事ですものね?

 まだ若かりし日の先生が、そんな老人のような生活を送らなければならなかった事を思うと…」

「その通りだが思い出させるな!

 当時感じた屈辱と恥辱がリアルに思い起こされて辛い!!」

 …同情しただけなのになんで涙目で怒られなきゃいけないんだろ。

 つか本当に誰だよこの残念な男。

 

 とりあえず『ホイミスライムの心』は素材として、ロン先生に預けておく事にした。

 

「いいのか?

 ホイミスライムに転職したくなったらいつでも返すから、その時は言えよ?」

「なりません!」

 だからホイミスライムに転職ってなんなんだよ!!

 あたしは人間をやめる気は一切ないわ!

 

 ☆☆☆

 

 ランカークス村周辺の山だけでは、採れる素材の種類にやはり限界があり、あたしとロン先生は他国の山を見に行く事になった。

 自身の武器の探求が手詰まりになっている理由を聞いたら、やはり強度のある素材が手に入らないという理由だったので。

 

「魔界ならともかくこの地上で、武器職人のオレが全力で戦わなきゃいけない事態はそうそう起きないだろうし、別に急いじゃいない」

 というロン先生を、万が一という事もあると説得して、先生の剣の素材探しを勧めたのだ。

 

「もし先生に何かあったら、あたしが介護する事になりますよ?

 思い出すだけでも泣くほど辛い恥辱を再び味わう事に耐えられますか?」

「おまえ、ひとの心の傷を的確に抉る天才だな!!」

 …そんなこんなでやってきたのは、極北の地マルノーラ。

 ここはオーザムという王国が治める地だが、とりあえず王都に用はないのでスルーで、今あたし達がいるのは王都から少し離れた山にある廃坑である。

 

「良かったのか?

 王都の武器屋なら、それなりに参考になるものもあるかもしれんぞ?」

 とロン先生には勧められたけど、当の本人は人の多い場所に行く気はないみたいだし、知らない街をか弱い少女一人で歩けるほど、あたしは度胸が据わってないのです。

 と言ったらロン先生には、

 

「オリハルコン製の心臓持ってるくせに白々しいな!」

 なんて言われたけど。

 一体、先生の中であたしの人物像はどうなっているんだろう。

 

 それはさておき、オーザムはダイ大の物語において、魔王軍が本格的に地上制圧に動き出してすぐ、フレイザード率いる氷炎魔団により壊滅させられる国である。

 現時点でそれを知っているのが子供のあたしだけであり、それを誰かに伝える手段がない以上、止める事は不可能だ。

 守れない事がわかっているから、ここに住む誰にも会いたくないというのが、偽らざる本音である。

 …身勝手であるのは百も承知だ。

 

「…にしても、なんでこんなところに来たんですか?

 ここに、何が?」

 まるまる着ぶくれしてもまだ防寒具の下まで侵入してくる寒さに、身を震わせながらロン先生を見上げる。

 

「…ここは昔、ミスリル鉱石が採取されていた鉱山だった。

 もっとも含有率が低く、ミスリル銀に精製する手間とそれにかかる費用が予定より膨れ上がった事から、採算が取れないと早い段階で閉鎖されたがな」

 ミスリル銀!!

 それは武器職人なら一度は扱ってみたい素材だ。

 ぱっと見の質感は確かに銀に似ており、かつては銀と区別されていなかった為そう呼ばれているが、実はミスリルは銀とはまったく異なる鉱物である。

 銀と違って酸化によるくすんだ黒みを帯びる事はなく、何より硬度は桁違いだ。

 あと、魔力との相性が最高にいいらしく、魔法効果が付帯された伝説の武器には、魔法効果をインストールした赤魔晶と共にこの金属が使われているものも少なくないという。

 

「魔界ではそれほど珍しくなかったから、昔オレが作って魔界の…お偉いさんに納めた武器にも使ってた。

 この地上ではオリハルコンを除けば、上から二番目くらいの硬度を持つ金属だろう」

 おえらいさん、ですか。

 それ、ひょっとしなくても大魔王バーン様の事ですよね。

 てことは、作中に登場した魔鎧シリーズとか、バーン様御愛用の光魔の杖とかも、密かにミスリル製って事だ。

 

「…だとしたら、その頃にご自分の武器を完成させられていないということは、そのミスリル銀を鍛えて武器を作成しても、先生の技に耐えられる強度にはならないって事ですよね?

 確かに貴重な素材で、欲しくはありますけど、今回の目的には沿わないのでは?」

「ミスリル銀のままならばな。

 だが、おまえの能力を考えて、ある可能性が頭に浮かんだ。

 もしここの土にエネルギー物質の構成要素が含まれていたなら、おまえの『錬金術』の能力があれば、ミスリル銀のポテンシャルを新たに昇華させた『魔法インゴット』を錬成できる筈だ。

 オレも実物はまだ見たことがないが、それで剣を作れれば、或いは…!!」

 おお。ロン先生の目が燃えている。

 というか、違う世界に行っちゃってる気がする。

 …ごめんなさいごめんなさい。

 もうキャラの方向性間違ってる残念な男だなんて言いません。

 だから先生ー!戻ってきてください──!!

 オタクに餌を与えてはいけない。

 そんな事、前世で散々学んできた事だったのに何故忘れていたんだ。

 あたしの馬鹿。

 

 ・・・

 

 …結果を言えば、鉱山の中からあたしが発掘できたのは、純度の高いミスリル鉱石と『氷の結晶』だけだった。

 

「やはりエネルギー物質の構成要素が足りなかったか…」

 期待が大きかっただけに明らかにしょんぼりとしたロン先生に、あたしは訊ねる。

 

「エネルギー物質って、随分漠然としたネーミングですけど、そもそもどんなものですか?」

 そして、それにあっさりと答えたロン先生の言葉は、結構とんでもないものだった。

 

「基本的には、炎と氷を魔法融合させた時に生まれるものだそうだ」

 待てや!炎と氷の融合って…確かアレだ。

 普通に混ぜ合わせれば互いに打ち消しあうエネルギー。

 融合させれば、それは突き詰めればゼロ、つまり消滅のエネルギーになる。

 前述した氷炎将軍フレイザードは、ハドラーが禁呪法で生み出したエネルギー岩石生命体だった。

 勇者ダイとの決戦時点で『生まれてまだ1年足らず』という本人のコメントがあった筈なので、現時点ではまだ誕生前だと思う。

 そして生まれてからそれほどの時間が経過していない故に、その融合を成し得る域に達しておらず、そうでなければその時点での勇者パーティーでは彼には勝てなかったろうと、その力についてポップに説明する大魔道士マトリフの台詞があった。

 フレイザードの体の炎と氷を繋ぎとめているのは(コア)と呼ばれる魔力の塊だったが、生前のあたしは、その2つは決して融合はしておらず、むしろ互いに反発しあい力を高める事により消滅を防ぐシステムだったのだという厨二的解釈をしていたが、後のヒュンケルの大幅パワーアップ理論を考えると、あながち間違ってはいなかったと思う。

 相反するものがぶつかり合う事で生じるエネルギーは、そのままフレイザードの力となり、その時点では充分に強敵として、彼は勇者パーティーの前に立ちはだかる。

 だが、その反発し合う筈のものが融合する事で生まれるのは、それより遥かに強大なエネルギーだ。

 

 それが将来的にポップをこの世界で最強の魔法使いたらしめる呪文『メドローア』。

 

 つまりエネルギー物質って、メドローアを何らかの形で固形化した物体って事なの?

 …いや、無理だろ!!

 多分赤魔晶にインストールしようとしたところで、その赤魔晶ごと消滅しそうな気がするよ!

 

 …と説明の為に一旦はビビってみせたけど。

 

 実のところ、あたしの能力があれば、わざわざそんな危険なものを作る必要はない。

 ここに『ミスリル』と『氷』という要素があるのは間違いないのだから、後は『炎』が加われば、先生の言う『魔法インゴット』は、この場所から錬成して発掘できる。

 つまり今は無理でも、後日また来て試してみれば、間違いなく手に入るだろう。

 

 1年あまり後、氷炎魔団のモンスター達がその魔力からなる炎で、この大陸全土を焼き払った後に。

 …そんな事を考える自分が、本当にクズだと実感するけど、どうしようもない。

 

 ・・・

 

「ところで、先ほどミスリル銀は地上2番目と仰いましたが…では、オリハルコンを除いた上で、一番硬度の高い金属はなんですか?」

「メタルキングの結晶だ」

 …さて、次行こうか。




270歳超えた魔族の男が12歳の人間の小娘に泣かされる事案が発生。
ロン先生のキャラが若干壊れかけてきてるのは間違いなくリリィのせいです。
おかしい…可愛い女の子が大好きなアタシとしては、一貫してそういうものを書いているつもりなのに、どうしてこうなる…!?


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6・武器屋の娘は迎撃する

これはひどい。


「自警団?」

「はい。半年ほど前、この村がならず者たちの被害に遭っていたのを、旅の勇者様に救っていただいた事は、未だ記憶に新しい事と思います」

 頭皮に汗を滲ませた村長に対して、少し睨むような視線を向けつつ話をするのは、いま話に出した件の、原因になったのがこのハg…オッサンの最初の行動だからだ。

 村長っても田舎村の長、別に金とか持ってるわけでもない筈のこのひとに、若くて美人の奥さんがいるのは世界の七不思議のひとつだと思う。

 ほかの六つ知らないけど。

 

「余所者にも寛容なのがこの村のいいところではありますが、暴力に対して無力である事実も否めません。

 戦闘能力を持つ住人も確かにおりますが、大人は普段仕事をしていて、急な場合には駆けつけるのが間に合わない場合も多々あります。

 何より、被害にあうのは老人や女性、あたしのような子供といった、抵抗すらままならない弱者です」

 肉体的な危害を加えられる前に相手の精神を完膚なきまで破壊できるおまえのどこが無抵抗な子供だ、と後ろに付いてる保護者のひとりがちっさく呟いた気がするがまるっと無視する。

 

「ちなみに最後に被害を受けたのはあたしと兄で、多分兄がその勇者様について旅に出たのも、自身すら守れず妹のあたしも顔に怪我をさせられた、自責の念があったからかと」

「待て!ならず者に怪我させられたなんて話はオレも聞いてないぞ!しかも顔って!?」

 唐突に話の腰をへし折る声は、先ほどなんか言っていた保護者その1。

 

「助けてくださった勇者様に呪文治療されました。

 別に、嫁にいけなくなるような不埒な真似もされてはおりませんので御心配なく」

「そう聞いて安心していいのか、まだ月のものも来ないガキがその発言をした事を別な意味で心配した方がいいのか判らん!」

 月のものは来とるわ失礼な!!

 こないだ来たやつでようやく2回目だけど。

 あと、だから顎クイはやめれと言うに。

 まだ子供のあたしだからいいようなものの、年頃の若い娘さんとかにやったら下手すりゃセクハラで訴えられますよ?

 あたしの心の声が聞こえたわけではなかろうが、保護者その2がその手を掴んで引き離す。

 

「ひとの娘に気安く触んな。ロン。

 …村長、悪いな。

 引き続きうちの娘の話、聞いてやってくれや」

 そう、あたしは我が師ロン・ベルクと父親であるジャンクという、恐らくは武器製作及び販売業界において最強の戦闘力を後方に従えて、村長の前で弁舌をふるっているのだ。

 さっきから窓から入る西陽を反射してあたしの網膜に若干のダメージを地味に与えている侮れん頭部を持つこの村長(オッサン)があたしの話にいまいち集中していない気がするのは、我が敬愛する師が魔族の姿を堂々と晒している事も原因の一つではないかと思うんだが、これからの為には必要なプロセスだから仕方ない。

 

 あれから、先生のところで修行という名の錬金実験と時々素材探しの日帰り旅(ロン先生はルーラという移動呪文が使えるので、行ったことのある場所ならば一瞬で行ってその日のうちに帰ってこれる)、今まで以上の家業への参加という毎日を過ごしながら、あたしは自分にできる事を考えてきた。

 世界を申し訳程度にでも巡った事と、店に立つついでに武器を必要とする人たちとの会話などを通じて、狭かったあたしの世界が一気に広がった事もあり、それは少しずつだが見えてきている。

 

「この村はベンガーナ領に位置してはいますが、隣国テランともほど近い為、生活水準は王都よりむしろあちらの方に近いです。

 道具や設備など不便のない程度には充実していますから、暮らし向きはこちらが豊かですが。

 そしてテランといえば、十数年間前から施行されている武器の開発禁止令が影響して、野盗などの被害が水面下で増加し続けており、国民の国外への流出は主にこの事が原因になっていますが、その辺は他国の事ですのでこれ以上は言及いたしません。

 この村にも数世帯、テランからの移住民がおりますし。

 ですが問題は、テランから住人に混じって、例のならず者達のような犯罪者もまた、流れてくる危険があるということです。

 彼らは王都のような場所よりも、むしろテラン本国やこの村のような、人々がのんびり暮らしている田舎の方が活動はしやすいでしょうから、今後もまたあのような事態は起きうるでしょう。

 今回はたまたま助けられましたけど、旅の勇者様は、いつでも都合よく村を通りかかってはくれません。

 自力で解決を図れるよう、村全体の戦闘力を上げるべきです。

 そこで!村の子供達を中心とした、自警団の設立を、あたしは提案するわけなのですよ!」

 用意してきた提案書を叩きつけるようにして言い切ると、あたしはようやく息をついた。

 

 …実のところ、今言った事は建前でしかない。

 早くて半年、遅くとも1年以内には魔王軍の地上侵攻が始まり、魔王の魔力による地上モンスターの凶暴化という事態が起こる。

 周囲を森や山に囲まれたこのランカークス村は、地理的にも規模的にも、モンスターの集団暴走(スタンピード)的な事が起きれば、王都が援軍を寄越すより先に全滅する可能性がある。

 一応対人の備えとして提案しているが、実は完全にモンスター対策だ。

 …ちなみに物語では、勇者ダイが紋章の力に完全覚醒した後、彼の全力を受け止められる剣を求めて、ポップの故郷であるこの村にやってきた時、そのような事態が起きた形跡は、少なくとも漫画の描写の中にはなかった。

 起こらないならそれでいいし、漫画で読んでいた時には全く気にならなかった点だが…ここに暮らすあたしの立場になると、まったく考慮に入れないわけにはいかない。

 というより、起こらなかったとしたら、その『起こらなかった理由』を推測するべきだと思うくらい、実はこの事態は不自然だ。

 うちと似たような環境にあった、マァムの故郷であるネイル村も、モンスターの一斉襲撃などには見舞われてはいなかったが、それでも一歩村の外に出た場合の危険は間違いなく存在しており、マァムは村の戦闘要員として、あの時点で彼女に可能な範囲での、万全の備えをしていた。

 救いがあったとすればあの地のモンスターは傾向が獣系であったゆえ、ほぼ全ての種類が獣王クロコダインの統括下にあったから、魔王の魔力の影響を受けたにしても、無軌道に暴走などする筈がなかった事。

 そもそもあの当時のクロコダインは人間など取るに足らないものと見下しており、居たとしても脅威となり得ない些細なものの存在を気に留めてはいなかったと思われるので、わざわざそんな指示も出しはしなかった筈だ。

 そうでなければ、マァムやもと勇者パーティーのレイラさんがいくら頑張って戦ったとしても、あんな小さな村ひとつ、潰すことなど容易かったろう。

 またあの山には武術の神様と呼ばれる拳聖ブロキーナが隠れ住んでおり、モンスターの単体での襲撃くらいなら彼が密かに止めていた可能性もある。

 実際、魔王の復活前とはいえひとに迷惑をかけていた大ねずみを1匹捕獲して、魔王の影響すら跳ね返せるよう体質改善を施していた前例があるし。

 

 …そして、この村を取り巻く森にも、隠者然として暮らしている実力者がいるわけで。

 

 ロン先生は、ひねくれたモノの言い方はするが、基本的には面倒見のいい魔族(ひと)で、よほど失望でもさせられない限りは一度関わった相手を見捨てるという事が恐らくできないタイプだ。

 しかもその時期、既に『ジャンク』との交流があれば尚更、村を一人で守ろうとすることは、充分に考えられる事態じゃないか。

 恐らく、原作でのランカークス村は、魔王の復活時にモンスターの襲撃を受けなかったわけではなく、襲撃してきたモンスターの群れを、密かに一人で戦って排除した者がいた…と考えるのが一番納得できる答えなんだがどうだろうか。

 

 …あくまで仮定の話だし、それがわかった以上そうさせないように動くけどな!

 あたしは絶対にロン先生を、一人で戦わせたりなんかしない。

 むしろそれすら利用して、先生の村での立ち位置を確立させてやる。

 

「リリィくんの意見はわかった。

 だが具体的には、どのようにするつもりかな?

 一応は大人として、子供達に武器を取らせるというのならば、慎重に考えたいのだが」

「いえ。中には素質のある子もいるでしょうが、武器というものは使えない者が持ったところで意味を成しません。

 力のない者でも戦えるよう戦略を講じ、ありとあらゆる事態に対応できるようシミュレーションして、マニュアル化します。

 …まあ恐らく、基本的な攻撃手段はこれになるでしょうが」

 言って、持参していた見た目だけは宝箱風に装飾した木箱(気分の問題ね。前世でラインストーンで持ち物デコるの好きだったし)を開けてみせ、中に一杯に詰まった石を示す。

 件の素材探しの旅でリンガイアのヘビーメタル鉱山の近くに偶然発見したポイントで採取したものだ。

 普通の人が採取するのは危険が伴うが、あたしの能力ならまったく問題なく、しかも大量に手に入った。

 そもそもこれを運ぶ為に、男2人に手を貸してもらわねばならなかったというのもある。

 

「…何かね、これは?」

「爆弾石です。

 自爆した爆弾岩が残した欠片ですが、このくらいの大きさならある程度の爆発力は残っていますので、投げれば充分な殺傷りょk」

「ちょ、こんなもんどっから集めてきたの!!?

 君、爆破テロでも起こすつもりなの!!?」

 その石の名称を出した途端、村長(オッサン)が多分一気に3メートルは後方に飛び退った。

 あたしの説明を最後まで聞かず、突然涙目で叫び出す。

 

「まさか。

 けどか弱い女子供の身で、身を守る為に手段は選んでいられませんから」

「いやそこは選んでお願いだから!!!」

「あと、採取した場所はお教えできません。

 悪人の耳に入ればそれこそ危険ですし」

「今の段階では君が一番の危険人物にしか思えない!!」

 …なんか酷い言われような気がするんだが、うん、多分気のせいだ。

 と、よくわからないが小動物のようにぶるぶる震えている村長(ハゲたオッサン)とあたしの間に、ロン先生が少し控えめに割り込んだ。

 

「あー…不安に思うのはとてもよくわかるが、とりあえずこいつの手綱は師匠であるオレと、ここにいる父親がちゃんと握っておく。

 オレの命にかえても決して暴走はさせん。

 信用してくれとは言えんが、約束する。だから…」

「信用します!

 信用しますから、リリィくんが世界を滅ぼそうとしたら、絶対に止めてくださいね!!」

 …なんだかよくわからないが、村長(ハゲ)は先生を信用してくれたらしい。

 とにかく魔王侵攻より早い段階で、ロン先生の存在をこの村に普通に認知させていかないといけないと思っていたから、思ったよりすんなり話が運んでくれて助かった。

 

 …けどこの村の大人たちは、一体あたしを何者だと思っているんだろう。

 子供たちの間では確かに魔王とか言われてるけど、あんなのただのあだ名だからね?

 

 ☆☆☆

 

 そして。ついにその日はやってきた。

 

 あたしが13歳になって4ヶ月ほど経過したその日、とうとう世界を覆った魔王の魔力がこの大陸にも及び…村をとりまく森から現れ襲ってきたのは、マドハンドと呼ばれるモンスターの大群。

 普通は沼地とか水場の近くに現れるモンスターなんだけど、恐らくは邪悪な魔力により変化した森の植物ではないかとの事。

 ここ半年間修業を重ね、レベルの上がったあたしは、元々の能力の他に『タカの目』という特技を身につけていた。

 本来は旅の空の下で、近くにある町や施設などを探知する特技なのだが、あたしのはこの村の周辺くらいなら、その辺で動き回っている生き物の気配とかも、その気になれば察知できるのだ。

 ありがとう神様。ありがとうチート。

 

 空気がおかしい、淀んだ魔力が凝っていると朝早くに訪ねてきたロン先生が警告してくれ、あたしがタカの目で無数のモンスターの気配を察知、すぐに村全体に伝達されて、対集団での戦闘態勢の布陣を村の外に展開していた。

 とりあえずは、空を飛ぶモンスターが居なくて助かった。

 一応あらゆるケースに合わせたシミュレーションはしてきているが、対人としての戦闘訓練に組み込む為の理由付けが弱かった為、空中戦の対策にやや不安があったので。

 この日の為に、割と年長の子供達の戦闘訓練は、武闘家のターレンさんが体術を、狩人のソーケッツさんが弓術、ロン先生が剣術を担当して、ある程度のところまでくると、その子によっても適性が違うので、その適性を伸ばす方向での訓練になった。

 あたしも含め、女の子や非力な年少の子供たちは、投石の飛距離と命中率を高める訓練と、これは全員参加の逃走訓練に重点を置く。

 この半年でみるみる戦闘力の上がったこの村は、ふらっと立ち寄ってチンピラ紛いの悪さをしてくる冒険者程度なら、ほぼ子供達のチームワークだけで撃退できるほどになった。

 そして子供たちの戦闘力が上がってくると、大人たちも負けてはいられないと思うのか、週に一度の戦闘訓練に参加する人数が増えてきた。

 そして、今に至る。

 

 

「そぃやあぁぁっ!!」

 

 ドゴォォン!!

 

 あたしはやはりこの半年でレベルと性能が格段に向上した「あなほり」の特技を用いて、マドハンドの足元(言葉のチョイスにはてしない違和感)の地面を砕く。

 これも本来は、土の中に埋まってるお宝を掘り出す為の特技で、多分だが遠距離広範囲操作ができるのも、戦闘に使うという発想をしたのもあたしだけだろう…あ、1G発見。回収。

 それだけでかなりの数が生き埋めとなり、押しつぶされてただの土に戻るも、そこから這い上がってくる運のいい個体達もまだまだ数限りない。

 そこに向かって一斉に放たれるのは爆弾石の礫。

 

「そおぉい!!」

「ちえすとォォ──っ!!!」

「デストロ────イ!!!!」

 

 ドオオォォォン!!!!!

 

 爆発の土煙が上がり、敵の数がやはり大幅に減る。

 それでもその土煙の中から、まだわらわらと出てくる群れに、今度は矢、投げナイフ、ブーメランなどの飛び道具の嵐が降り注ぐ。

 

「クロスカッター!!」

梁山泊闘弓術連射的(さみだれうち)!!」

「狼髏館秘技・翔穹操弾!!」

 …なんか変なの混じってる気がするけどまあ、そんなことはどうでもいい。

 その嵐すらすり抜けてきた個体を、ロン先生をはじめとする直接攻撃組が各個撃破するという作戦だ。

 ちなみに父さんはこのポジションにいて、でっかいハンマーをふるっている。

 

「はッ!!」

「ぬんっ!!」

「オオォォ──ッ!!!」

 …このようにして、村全体が力を合わせて戦った結果、早朝に押し寄せてきたマドハンドの群れは、昼前には村に1匹も入らせないまま、ほぼ殲滅する寸前だった。

 

 だが、恐らくは最後の数匹だろう群れを一気に生き埋めにすべく「あなほり」を敢行…しようとした瞬間、それは起こった。

 

「ぐっ……あ、ぁぁーっ!!」

 それは、近くにあった木からぶら下がる、丸くて小さなモンスターが伸ばした触手だった。

 それが唐突にあたしに向かってきてあたしの首に、そして体全体を締め上げるように巻きついたのだ。

 

「リリィ!!」

 その場の全員の動きが一瞬止まる。

 まずい。マドハンドは仲間を呼ぶ。

 1匹でも残すとそこから増える。

 僅かでも時間を与えちゃいけない。

 

 視界が塗りつぶされそうになるのを必死に堪えて、手で全員に攻撃の指示を出す。

 

 次の瞬間にはその手も触手に捕らえられたが、その時には誰かが投げた爆弾石が、残ったマドハンドに直撃していた。

 そこから次々と、新たな爆発が連続する。

 

 それを薄れそうな視界に捉えて、呼吸の苦しさに意識が途切れた。

 

 …のも束の間だった。

 

「無事だな、リリィ!?」

 目を開けると、ロン先生が至近距離であたしの顔を覗き込んでおり、服になんか…赤とも紫ともつかない色の液体がべっとりと付着していた。

 あーこれ洗濯大変なやつだ。

 無駄に冷静に状況を観察したところ、どうやらあたしはロン先生に抱えられているらしい。

 周囲を見渡そうとして、何故か頭を押さえられる。

 

「見るな。

 おまえを拘束したモンスターは俺がぶった斬ったが、派手に体液を撒き散らしてそこに転がってて、結構グロい。

 ガキには、しかも女にゃ刺激が強すぎる」

「先、せ」

 声を出そうとして、思うように発声できない事に気づく。

 締められていたせいか、喉がおかしい。

 

「喋らなくていい。

 あれは悪魔の目玉というモンスターで、通常ならば人を襲う事はない…が、どうやらリーダーがおまえだという事を見抜いたな。

 恐らくは魔王かその手下の『目』だ」

 …え?

 悪魔の目玉…って確か、作中では妖魔士団に所属する正規の魔王軍のモンスターだった筈だ。

 それがこの戦いを監視していた?

 なんで?

 

 と、不意に視界が真っ暗になって、目が何かに…ロン先生の、大きな手に覆われていた。

 

「…考えなくていいから、少し休め」

「も」

「モンスターの群は殲滅させた。

 あの時、あれより2秒も指示が遅れていたら、少なくとも5倍の数をまた相手してなきゃいけなかったところだ。

 爆弾石の雨から逃れた数体は、怒り狂ったおまえの親父が、瞬く間にぶっ潰してたぞ」

 …想像したらメッチャ怖いんですがそれ。

 なんかもうほんとすいません。

 

「よくやったな。…いい子だ」

「………えへ」

 目を塞がれたままの状態で、耳元で囁かれた言葉に、急に達成感がこみ上げた。

 何か言おうと思ったけど、口からは気待ち悪い笑い声しか出てこなかった。

 

「……いつもこのくらい素直なら可愛いんだがな」

 なんか失礼な事言われた気がしたが、そこから先は強い眠気が急に襲ってきて、それに抗う気も起きぬまま、あたしはゆっくりと目を閉じた。




という事で原作開始のタイムテーブルです。
このランカークス村でのモンスター殲滅作戦は、グエン編4話と5話の間くらいの時系列になります。
そしてリリィの存在とこの出来事により、ロン・ベルクはランカークス村の英雄扱いになりました。
というか「魔王リリィを制御できるのはあの先生しか居ない」的な、方向性が明らかにおかしい尊敬の念を抱かれているとかいないとかwww


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7・武器屋の娘は色々思い出す

ううむ、物語が進んでいかない…。
ダラダラしててなんかごめんなさい。


 あたしとロン先生の素材探しの日帰り旅は、しばらくは中止せざるを得ない事となった。

 魔王軍の活動が本格的に始まり、各軍団が主要各国の王都を襲撃し始めたからだ。

 確かにそんな中、いくら先生が同行していたにしてものんびり他国になんて行っていられない。

 我がベンガーナの王都も、妖魔士団の襲撃を受けていたらしいし。

 らしい、というのはあたし自身は村から出るどころか、森の中のロン先生の小屋にすら一人で行く許可が出ず、先生や店に来たお客さんから聞く話の他に、外の情報を得る手段がなかったからだ。

 あと、敵についてもそうして聞いた話を総合して、その傾向から妖魔士団だろうという推測をしただけで、実際に見たわけではない。

 しかしまあ、悪魔の目玉の件も合わせて考えれば、恐らく間違ってはいないだろう。

 その襲撃だが、現時点では『ベンガーナ軍の物資力と軍事力は世界一イィィ──ッ!!』と言われるその象徴たる大型兵器をもって、時折思い出したように来る魔王軍の攻撃を跳ね除けている。

 …もっともベンガーナは他の軍団に狙われた国と違い、壊滅させるまでの本腰を入れられていないというのは、物語の中でも言われていた事であり、それと渡り合えていた事実がむしろ、後に超竜軍団のドラゴン数匹や、スカイドラゴンに乗った獣人に、街を破壊されて避難程度の対策も取れずにいた原因かとも思う。

 危険予測と避難訓練、大事です。

 無い胸張って言えます。ってやかましいわ。

 ちなみに隣国のテランは侵略価値がないとみなされたものか、これといって攻撃は受けていない。

 反して、やはりテランと国境を接する位置にあるカール王国は、かなり厳しい状態だとか。

 時系列的に考えれば、北のオーザムやリンガイアなどは、そろそろ壊滅させられる頃だ。

 …わかってるのに、あたしには何もできない。

 

 それはそれとして。

 先の戦闘でレベルが上がったせいなのか、『みる』に以前より詳細な情報が加わるようになった。

 

『これは鉄の爪です。

 武闘家など、剣を装備せずに戦う人のための武器です。

 …破損率56%、見てわかる通り刃が一本取れちゃってる上に、残りの刃も錆びて欠けちゃってるし、このままでは使い物にはなりません。

 まともな状態で店屋に売れば1125Gで引き取ってもらえる品ですが……ねえ?』

 情報が言葉を濁すな!ねえじゃねえわ!

 

『…3年半前にリンガイア王国で開催された武術大会の、会場の売店で売られていた量産品ですが、打った鍛冶師の腕自体あまり良くなかったようですね。

 ちなみにこの時の大会で優勝したのはリンガイア王国軍の将軍の息子で、当時まだ12歳の少年だったそうです。

 もちろん大会史上最年少記録だそうですよ』

 へえー、この後滅ぼされるリンガイア王国にはそんな強い人がいるんだー。

 3年半前に12歳って事は、ポップと同い年かいっこ上くらいだけど。

 てゆーか、確か今現在、恐らくポップと一緒に行動している筈の未来の勇者も12歳の筈。

 うーん、この世界の12歳男子すごーい。

 

 …って、意識を明後日に飛ばしている場合じゃなかった。

 まあとりあえずこの通り、見たものの状態というのが、『みる』に新たに加わった視点ね。

 今見たこれは一目瞭然だけど、ぱっと見には判別しづらい破損箇所とかも正確に教えてくれる。

 

「…申し訳ありません、お客様。

 こちらの鉄の爪ですが少々状態が悪すぎて、当店ではお引き取りしかねます」

「あ、やっぱりー?

 拾いモノだから期待はしてなかったけどねー。

 まあ、持って歩くのも重くて邪魔だし、あげるから適当に処分しちゃってくんない?じゃねー」

「あ、お客様!」

 ……行っちゃったよ。

 売るよりは修理して使った方がいいって言おうとしたのに。

 

 まあでも今の人、どう見ても武闘家には見えなかったし、使わない武器に修理代出すのも馬鹿馬鹿しいってトコだろうな。

 拾ったモンだって言ってたし愛着もないんだろう。

 というか、昨今の冒険者は、そもそも武器を修理してまで使うという概念がないんだそうだ。

 一通り使って、もっと強い武器があれば前のを売ってそれを使う。壊れたら捨てる。

 売る側にしてみればその方が商売にはなるんだけど、それではいい職人は育たない気がする。

 原作の『ロン・ベルク』が、ろくな使い手が居ないと言って情熱を失っていた気持ちもわからなくはないかもしれない。

 …もっとも、彼を一番失望させたのは、最高の武器を使いこなせない弱い使い手よりも、どんな武器を与えたところでそれよりも本人の方が強い大魔王バーンの存在だったわけだけども。

 

 ちなみにそのロン先生だが、この村では魔族の姿を堂々と晒して歩き回る事が出来るようになり、もはやランカークス村の勇者様くらいの人気ぶりである。

 本人は慣れない扱いに戸惑っているようだが。

 え?あたし?未だに魔王扱いですがなにか?

 

「ん?客じゃなかったのか?」

 と、奥の作業場で剣を打っていた父さんが店の方に入ってきた。

 

「壊れた武器持ってきて、引き取れないって言ったら処分してって押し付けられたよ。

 まともな状態で店に並べとけば、1500Gくらい取れると思うよ」

 どうせあたしにはどうすることもできないので、父さんに丸投げすることにする。

 

「鉄の爪か…ここいらじゃ見ない珍しい武器だが、それにしてもひっでえ造りだな。

 手甲のトコだけ使って、刃はオレが全部最初から打って付けた方が早いんじゃねえか。

 既に修理の域じゃねえよ、そんなもん」

 言いながらも捨てるという選択肢が出ないあたり、父さんはわかってる。

 これに使われてる鉄だって、本来ならもっと高いポテンシャルがあって然るべきなのに、よりにもよってナマクラ刃としてその役割を終えるんじゃ、あんまりにも可哀想だし、愛がない。

 こんな風に思えてしまうのは、小さい頃から父さんの仕事を見て育ったからだと思う。

 父さんの仕事にはなんだかんだで、素材とそして出来上がった武器を手にするだろう人に対しての愛に溢れている。

 実際に他人に向ける態度は不器用の言に尽きるけど。

 

 特に息子であるポップには期待をかけすぎて、その期待の方向性があさって向いた上一周回ったせいで、ポップは未だに父さんが苦手な筈だし。

 ポップはダメな子なんかじゃなく、父さんの期待とは違う方向に才能があっただけなんだよ。

 

「しかもなんだこの継目。

 信じらんねえ。まるで玩具だ。

 誰が作ったもんか知らねえが、これじゃ武器の用途なんて果たせやしねえぞ」

 ひどいひどいと連呼しながらも、構造は気になるらしい。

 この国では扱っていない武器だから、きっと興味があるんだろう。

 

「リンガイアの職人が打ったものだって」

 あ、これはお客さんじゃなくオッサン情報だった。

 接客中に父さんが居なくて良かった。

 父さんや母さんはあたしの能力を、単に商人系の技能だと思ってる。

 その異端性を正確に把握しているのはロン先生だけだ。

 そのロン先生に、知っている人間は少ない方がいいと釘を刺されているから、両親には説明していないし。

 

「…なるほどなぁ。

 屈強な戦士で構成された軍隊も、持たされる武器を作る職人がこの程度じゃ、そりゃ滅ぼされるな。

 他人の命を預かってる、むしろオレ達が世界を守ってるってのに、そのプライドを常に持てねえなら、鍛冶屋なんてやるべきじゃねえ。

 こんなのを見ると、つくづくそう思うぜ」

 …ん?なんか、ちょっと今気になる言葉が出てきた気が…?

 

「今…なんて?」

「ん?だから、鍛冶屋ってなプライドを…」

「そこじゃなくその前!

 …リンガイアが滅ぼされたって、言った?」

「お、おお。

 …リンガイアだけじゃねえ、北のオーザムも魔王軍の襲撃で王都が陥落したらしいし、カールも時間の問題じゃねえかって話だ。

 こうなってくると、ベンガーナがまだ無事だって事が逆に不気味だな」

 うぉふ。そこまで話が進んでいましたか。

 これはアレだ。

 別の大陸の話だからまだ情報がここまで届いていないだけで、百獣魔団のロモス襲撃と、それを撃退した小さな勇者ダイの華々しいデビューが成されたって事だ。

 つまりうちの兄が臆病者の逃げ出し常習犯から、勇気を振り絞って命がけの戦いへ身を投じる大事なイベントも終了し、ここから『もう一人の主人公』的な成長物語が始まっていくわけだ。お疲れ様。

 

 …って、原作での最初の立ち位置は確かにそれだったけど、あたしの知ってる兄は、自分を頼ってくる相手を置いて先に逃げ出すような男なんかじゃないから!

 一見そう見えたにしてもそれはその先にある、自分に可能な手札で解決しようとする、ある意味合理性を重んじる典型的なベンガーナ人気質だった筈なんだけどな。

 

 …ていうのも、確かあれはあたしが8才、ポップが10才の頃、一緒に遊んでくれていたポップと、森の中ではぐれた事がある。

 お互いに声は届くんだけど、森の中で響いて、どこから聞こえるのかわからなくて。

 その時にポップは、森に分け入って自力であたしを探す事より、一旦村に戻って大人達を呼んでくるという選択をした。

 ポップ自身も子供で、探してる間に自分も迷う可能性も皆無じゃない点から、より確実な方法を選んだわけで、それはあたしも納得してるし、今考えても『ポップ、あったまいい〜!』という感想しか抱けないくらい最良の選択だったと思ってるけど、父さん的にはそうじゃなかったみたいで、あたしを置いて戻ってきた事に対して、ポップを怒鳴りつけたらしい。

 後でそのことを聞いたあたしが父さんに猛抗議したのは言うまでもないが、今思えばポップにはあの時に『自分は逃げ足だけの臆病者』みたいな刷り込みが為されてたのかもしれない。

 そのコンプレックスが、とりあえず自分にできる事だけはやるけど、それ以上の努力よりもできるやつがやればいい的な、悪い意味でのベンガーナ気質にシフトしていったのかも。

 何にせよ、そこに至るまでにアバン様が甘やかしたのは間違いない。

 ポップは可愛いからその気持ちはわかるが…ぐぬぬ、おのれ勇者様。

 

 で、結局あたしはといえば、その時たまたま森を通って村に向かっていた親子連れに保護されて、無事に帰り着けたというね。

 …そういえば、あのおじさんとお兄さんはリンガイアから来たって言ってた。

 あの人たちも死んじゃったのかな…と思うとやはり胸が痛む。

 オーザムと違い、リンガイアやカールはそこそこ生き残りがいたはずだから、そこに希望を託したいけど。

 お兄さんの方は、あの時間だけでも自己顕示欲強かったというか、あたしと手を繋ぎながら、ボクがいるから大丈夫だよとか、やたら連呼しててなんか嫌だったけど、子供のうちは多少は仕方ないし、顔覚えてる人にはやはり生きていて欲しいと思う。

 わがままそうだったけど、多分気質は真っ直ぐなんだろうし、自分に自信を持つのは悪いことじゃない。

 いいところだけ伸ばして成長してくれればいいと思う。

 思い返せばちょっと綺麗な顔をしていたし、僅かに黒の混じった青銀の髪とダークグレーの瞳はやけに印象的だった…って、アレ?

 

 あの時はまだ前世の記憶も何もなかったし、今の今まで思い出しもしなかったから気がつかなかったけど。

 …よく考えたらあの人たち、物語後半に登場するリンガイアの将軍と、その息子の北の勇者じゃない!?

 ……あー、良かった、生きてるわ。多分だけど。

 

「リリィ?おい、どうした?」

 …どうやら結構長いこと考え込んでしまっていたらしい。

 とにかく、待っていた時期が来たということだ。

 これよりもっと物語が進むと、逆に難しくなる恐れがある。

 

「…ちょっと先生んち行ってくる」

「危ねえから止せつってんだろうが。

 ロンに用があんなら、明後日くらいにゃ納品に来るだろうから、それ待ってろよ」

「早い方がいいし、2人だけで話したいから。

 大丈夫、パッと行って、帰りは先生に送ってもらうよ。

 心配しなくても寄り道なんかしないし、赤い頭巾なんか被らないからさ」

「……赤い頭巾?」

「…なんでもない」

 この世界には赤ずきんちゃんの物語はなかったか。

 頭巾を被るかわりに、採掘道具の入ったリュックを背負って、あたしは店から飛び出した。

 確か、防寒具も入ったままだった筈。

 

 けど。

 まさか本当にリアル赤ずきんを体験する事になるとは思わなかった。

 

「ハロォ〜、お嬢さん。いけないねェ。

 君みたいな子が一人で森の中をうろつくなんて、悪い魔物に攫われちゃうよ?」

 ちょっと待て。

 コイツ、物語にはまだ登場していないはずだ。

 なんでコイツが今、ここにいる!?



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8・武器屋の娘は警戒される

※若干の暴力というか、一方的な蹂躙表現があります(爆


 そいつを目にした瞬間、自動的に『みる』が発動した。

 

『あれは【死神人形(アサシンドール)】。

 あらかじめ登録しておいたマスターの魔力によって操作する、精巧な操り人形(マリオネット)です。

 エネルギー源は魔界のマグマ。

 それが熱を保ったまま、血液のように全体を流れています。

 操作の中枢は頭部にある黒魔晶ですが…うわわ!

 これ、スイッチひとつで魔界の超爆弾、【黒の核晶(コア)】に変化する呪法が仕込まれてます!!

 ぎゃあああ、怖い怖いぃっ!』

 ちょ、とりあえずもちつけ。いや落ち着け。

 

『ぜえはあ…あ、あと、手に持たされているのは【死神の笛】です。

 見た目は大鎌で、その通りの使用も勿論できますが、本来は笛で…息を吹き込んで音色を奏でるのは勿論、振るう事で耳には聞こえない特殊な音波を発生させ、聴覚から神経を狂わせて全身の自由を奪う、恐ろしい武器です。

 …どうやら、マスターは肩に乗っているひとつ目ピエロのようですね。

 呪法のスイッチが彼の魔力なので、下手に刺激しないほうが良さそうです』

 …うん、まあ知ってるけど。そうだよね!

『キルバーン』はひとつ目ピエロの方であり、死神の方は人形なんだから、アイテム扱いで、普通に『みる』の有効範囲内だよね!

 頭に内蔵されてる黒魔晶が今はまだ爆弾じゃないとかは初めて知ったけど!

 確かに、常に爆弾状態だとマグマの熱で自爆する可能性高いもんね!

 てゆーか本来原作ラストにくるネタバレをこのタイミングで堂々とかますとか、ほんとにチートだなこの能力!!

 

 …そう。今、あたしの目の前に立っているのは、『ダイの大冒険』のラストを衝撃的にした張本人、死神キルバーンだった。

 けどなんで!?

 こいつは物語の中では、主要人物を暗殺するという役割で動いていた筈。

 物語中は結局ひとりも殺せていないという指摘もあったけど、それはあくまで描かれている部分だけの話で、彼が標的にした相手がバラン、ポップ、アバンといった実力者だったからだ。

 …その時点でのポップは充分に、魔王軍からすれば要注意人物だったんだよ!

 (あたし)の欲目じゃねえわ!

 まあつまりは間違っても、あたしみたいなただの村娘の前に現れていいキャラじゃない。

 

「ふうん…こんな怪しいやつが目の前に現れても怖がらないんだ。

 村へのモンスターの襲撃に、準備万端で先頭切って立ち向かった事といい、やっぱり見た目通りの、か弱い人間の女の子じゃないよねぇ…キミ、何者?」

 やっぱりあの時の村での戦いの映像は魔王tubeにアップされて悪魔の目玉による動画配信がされていた模様。

 けど、何者とか聞かれても困ります。

 あたしはちょっと特殊な能力を持ってるだけの、見た目通り可愛い普通の女の子デスよ?

 

「…なんの話デスか?人違いだと思いまスけど?」

「わ〜、清々しいまでの超棒読み〜♪」

 やかましいわ本体。

 てゆーか、あたしの能力が危険だっていうロン先生の言葉が、今ならはっきり理解できる。

 あたしが前世の記憶を思い出していなければ、この『目』で今見たものの事を、コイツの前で口にしかねなかった。

 喉の奥のカチリ音がしなかった事を考えても、相手が既に知っている事を口に出す分には、神様のタブーに抵触しないのだろう。

 けど口にしていれば間違いなく、あたしはコイツに殺される。

 だから、とりあえずすっとぼけておく事にする。

 

「…あなた、誰?

 あたしに、なんの用でしょう?」

 何も気づいていない(てい)で、人形の方に向かって話をする。

 

「ボクの名はキルバーン。こっちはピロロだ。

 キミは確か、リリィ…だったかな?」

 大丈夫、うまくいってる。

 

「攫う気…なんですか?」

 一応は怯えたふりをして一歩後ずさってみる。

 演出というか、サービスですよサービス。

 

「フフ…どうだろうねぇ。

 実はボクの知り合いで、キミに会いたいってひとがいてねェ。

 けど、むこうからは、ちょっと事情があって会いに来れないんだ。

 できれば一緒に来てくれると助かるんだけどな?」

 言って人形が一歩、あたしに近づいた。

 一歩の幅の違いからか、あたしが引いたよりも近くまで寄った。ってやかましいわ。

 同時にこの後の行動の為にか、『ピロロ』がふわりと肩から降りる。

 

「攫う気満々じゃないですか」

 害意を確認した以上は、先手必勝。

 ひとつ目ピエロの短い足が着地する寸前、あたしはそれが着く筈の地面を砕いた。

 

「わわっ!!?」

 あたしの攻撃を警戒していなかったわけではない、むしろ充分に警戒しているからこその行動だっただろうが、恐らくは明らかにあたしに向かってくる人形(キルバーン)を無視して、自分(ピロロ)が先に攻撃されるとは、思ってもみなかったのだろう。

 突然なくなった着地点に、『ピロロ』ことキルバーンは、焦ったように足をばたつかせた。

 そこをまたあなほりで追撃。

 土塊がちいさなひとつ目ピエロの身体に降り注ぎ、そこに更なる追撃として、常備していた爆弾石を投げる。

 

「なっ、なっ、なんでボクに狙いを定めてくるんだよぉ〜〜!!」

「弱そうな敵から潰して敵ターンの攻撃回数を減らす!

 RPGバトルの鉄則でしょーがっ!!」

「意味がわからないよォォッ!!!」

 そうだろうな!

 あたしもドラクエはⅢまでしかやってないからな!

 そもそも、おまえの正体知ってる事、気付かれない為の言い訳だけどな!!

 

「てゆーか、キミ本気で人でなしだよねェッ!!!!」

 そうかそうか、そんな軽口を叩ける余裕があるか。

 ならばと、人形に魔力を伝える時間を与えない為に、あたしは『ピロロ』への攻撃頻度を上げる。

 

 あなほり!生き埋め!爆弾石!

 逃げたところをまたあなほり!更にあなほり!

 穴にハマって動けないところに、爆弾石!

 そして爆弾石!!爆弾石!!!爆弾石!!!!

 

 ドォン!

 ドオォン!

 ドドオォォン!!

 

「きゃああぁぁぁぁぁああ!!!!」

 静かな森に爆発音と悲鳴が響き渡り、泣きながら逃げ惑うひとつ目ピエロに、少女が執拗に爆発物を投げつける事案が発生する。

 目論見通り、コイツに絶え間なく攻撃し続けていれば、人形の方は動いてこない。

 けど念の為、人形もすぐに動けないよう肩近くまで穴に埋めといてから、また攻撃対象を『ピロロ』へと戻す。

 はたから見れば弱いものいじめ以外の何物にも見えないが、一見弱そうに見える者を侮った奴が酷い目にあうのは、ポップの戦いのテーマのひとつだった。

『キルバーン』がポップをあれほど警戒したのは、自身がそういう存在であったからという理由に他ならないのだろう。

 実際、勇者アバンに完全に存在を侮られたお陰で、コイツは生き延びてまんまと超爆弾を作動させる事になるのだから。

 

 ならば!この世界の完璧なハッピーエンドの為に、潰せるうちにコイツはここで潰す!!

 若干戦い方がえげつないのは認めるけどな!

 

 …だが『ピロロ』は、思ったよりタフだった。

 まあ、当然か。

 コイツはただのひとつ目ピエロじゃない。

 実際の強さはどうかわからないが、呪法や騙し討ちに長けた、悪魔の頭脳の持ち主だ。

 恐らくはダメージを減らす何らかの、装備か呪文でも使ってるんだろう。

 しかもあたしの攻撃を致命にならないギリギリで躱しつつ、奴は考えなしに逃げ回っていたのではなかった。

 人形からは引き離していた筈が、少しずつその距離を縮めていた事に、追い詰めるのに夢中で気がつかなかった。

 

「くっそ!悪魔だ、コイツ!!」

 おまえに言われたくないわ。

 心の中でそうつっこみながら、割と残り少なくなった爆弾石を構えてはっと気づく。

 この距離では人形を巻き込んでしまう。

 今、この段階で黒魔晶を黒の核晶(コア)に変える呪法を発動させはしないだろうが、絶対にしないという確証はない。

 

 あたしの動きが一瞬止まったと見るや、『ピロロ』は人形に向かって、飛んだ。

 …てか飛べるのかよ!いや、そうだよね!

 確かに作中でもフワッと浮かんだりしてた気もするよ!

 そこに気づかなかった自分にびっくりだよ!

 てゆーか、コイツ多分突然のあたしの行動にびっくりして、自分でも飛べること忘れてたに1ペリカ。

 ともあれ『ピロロ』が触れた瞬間、『キルバーン』が「あ〜」とか言いながら首をゆっくり回した。

 それ、キャラ違うわ!まさか「イライラするぜェ…」とか言いださないだろうな!?

 

「うわわ〜〜ん!アイツ酷いよ!

 やっつけちゃってよ、キルバーン!!」

「フフ…可哀想にねえ、ピロロ。

 でも、歓迎されてないみたいだし、今日は帰ろうか。

 チャオ〜、お嬢さん。また会おうねぇ」

 …この期に及んで演技は続けるらしい。

 そして土に肩まで埋まったままの『キルバーン』は、『ピロロ』を肩に乗せた状態で、そこから這い上がるでもなく、逆にもっと深くに沈み始めた。

 確か『キルバーン』には壁からヌゥッと出てくる描写があったし、これは異空間を通って移動する能力なのだろう。

 人形の方が戦える状態になれば、あたし程度では絶対勝てないので、どうやら逃げられてしまうらしいがここは諦めるしかない。

 とりあえずダメ押しの形で、人形の頭のてっぺんだけ出てる地面を、あなほりで砕く。

 その時には転移は完了してしまったらしく、砕かれた地面には穴が空いているのみだ。

 

 否……穴の底の方に何か、キラキラ光るものが見える。

 

「なんの騒ぎかと思えば、やっぱりおまえか、リリィ。

 ……ここで何があった」

 不意に聞き覚えのある声が聞こえて、そちらを振り返ると、ロン先生が剣を携えて、こちらに歩いてくるところだった。

 

 先生の手を借りて穴の底に降りていき、落ちていたキラキラを拾ってみると、それはなんとも不思議なものだった。

 まず、物体として成立していない。

 何か光の粒子がぐるぐると渦を巻いているようなものが、そこにただ存在して、それでいて触れるし、拾える。

 

『これは…【時空の結晶】です。

 使えば時空間の隙間を縫って好きな場所へ移動できる【時空扉】の力を使えるようになります。

 かつては地上にも存在した、【旅の扉】と呼ばれる移動施設に使用されていたこともありますが、今ではその技術は失われていますね。

 時空の欠片自体は、意外とあらゆるところに存在してるんですが、結晶化させるには、本来ならものすごく膨大な魔力が必要なんです。

 これは、さっきの死神人形(アサシンドール)がその機能のひとつである転移の呪法を展開している最中に、リリィさんがあなほりの能力を使用した事で、転移の際に集まっていた時空の欠片と、人形の黒魔晶に溜まっていた魔力を、切り取って錬金しちゃったんでしょう。

 ちなみに移動呪文のルーラと違い、【時空扉】は行ったことのない場所にも行けますよ。

 出現する場所には充分注意しないと、海の上に出ちゃって次の瞬間ザッパーンなんて事になりかねませんけど』

 なるほど、それは便利かも。

 …ところで『使う』ってどうすればいいわけ?

 

『一番簡単なのは、口から摂取する事ですね。

 魔力の高い人なら、手に持って念じれば自身の魔力に融合できますけど、リリィさんは魔力的には天才的なポンコツですから、食べるのが一番手っ取り早いです』

 ちょっと待てお前今なんつった。いや、まあいい。

 言われた通り、手にしたそれを口に入れる。

 

「あ、おい!」

 と、ロン先生が驚いたような声を上げ、あたしの顎を掴んだ。

 ビックリしたと同時に思い切り飲み込む。

 一瞬喉に引っかかる感覚を覚えたものの、それはすぐにシュワっと消えた。

 

「赤ん坊かおまえは!

 地面に落ちてた得体の知れんモノを口に入れるな!

 吐け!吐き出せ!!腹でも壊したらどうする!!」

 あたしの口を無理矢理開けさせ喉に指を突っ込もうとするロン先生と、必死の攻防を繰り広げ、なんとか勝利を収めた頃、西に傾いた夕陽が沈もうとしていた。

 

 ☆☆☆

 

「なんなんだアイツ!

 確かに人間は時々思いもかけないことをするけど、まさかあんな小娘が、躊躇なくボクを殺そうとするなんて!!

 …それに、人形の操作中枢の黒魔晶に、貯めてた魔力が枯渇してる。

 これじゃあ、当分は使えやしないじゃないか。

 …このボクをここまでコケにするとは、ちょっと許しがたいね、あのお嬢さんは…!」

 

 ☆☆☆

 

「それで…どういった経緯でこんな、森の中の道が穴ぼこと黒焦げの状況になった」

「若干の戦闘がありました」

「若干!!?」




リリィは純粋な人間である上に、ここがドラクエ世界であるという無意識下の感覚も加わって、モンスターを殺す事に対する抵抗は、グエンより全然ないと思います。
自分が弱い事を知ってるからこそ、危険を摘み取る事に容赦がない、ある意味ゾウやサイといった大型草食動物みたいな性格かも。
身体はちっこいけど(爆


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9・武器屋の娘は停滞する

…師弟関係というくくりがあるにせよ、ロン・ベルクと深く関わらせすぎたかもしれん。
年齢的な事(種族的にも見た目的にも)から対象外にしてたのに、これ普通にリリィのメインヒーローのルートに入ってきてないか…?


「オレの弟子が段々人外にクラスチェンジしてきて辛い」

「はっはっは、先生もそういう冗談を言うんですね」

「殴りたい、この笑顔!」

 そんなわけで、本日あたし達はオーザムに来ています。

 見てください、この猛吹雪!

 え、見えない?うん、知ってる。

 

 あの後先生に事情を説明し、新たに得た『時空扉』という能力を試しに使ってみようとしたら、目の前に明らかに『ど◯でもドア』的なやつが出現した。

 頭の中のオッサンが言うにはこれ、どうやらあたしのイメージ力の問題らしく、『扉』というネーミングと『任意の場所への移動が可能』という事柄から、あたしが無意識にイメージした形になったのだろうとのこと。

 そうだよね!

 元日本人の感覚だと確実にそうなるよね!

 で、そもそも今日先生に会いに行こうとした目的が、オーザムの例の鉱山に連れて行ってもらう為だったので、ここで会えた事を幸い早速連れていく事にした。

 で、突然現れたどこ◯もドアに一瞬驚きはしたものの先生の手を引っ掴んで扉を開け、途端にものすごい吹雪がこちらの空間に流れ込んできて、防寒具の用意もさせずにこんなトコに連れていこうとするとか殺す気かと怒られた。

 一旦閉じると扉は消え、先生の小屋へ行って互いに身支度を済ませ、改めて使用して今、ここにいるわけである。

 

「それで、なんでわざわざまた、この鉱山に来たんだ?

 ミスリルならこの前採取した奴がまだ残ってるぞ?」

「以前仰っていた魔法インゴット、今ならば採れるかと思いまして。

 この地は魔王配下のモンスターたちに『焼き払われた』と聞きましたので」

 あたしの言葉に、ロン先生が瞠目する。

 

「…なるほどな。

 確かにおまえの能力ならそれが可能だ。

 だが、オレ達がそれを手にする事の意味を、おまえは判っているか?」

「…ここに住んでいた人達の不幸があって、その上で得るものだという事くらいですが」

 考えなかったわけじゃない。

 むしろ最初から考えてた。

 あたしはこの国が、こうなる事を知っていた。

 誰にも伝える方法はなかったし、自分一人で動いたところで、阻止する事は出来なかった。

 あたしがどう立ち回ったところで、フレイザードに真正面から向かって行って勝てるわけがないのだから。

 

 キルバーンと戦えたのは、アイツが完全にあたしを舐めていたのと、人形ならともかく自分に攻撃してくる事を想定していなかったからだ。

 仕留め損なった今、恐らく次はない。

 

「…充分に判っているようだな。

 おまえはそれでもなお、オレに自分の剣を打てと?」

 それは、ここで死んだ人達の命を背負う事。

 無駄にするわけにはいかない。

 剣とは、武器とは、戦うためのもの。

 失われたその命を背負うならば、決して眠らせてしまってはいけないのだ。

 あたしはこれを先生に打たせる事で、先生を否応なく、戦いの場に引きずり出してしまうことになる。

 正史ならばそれは当然の流れで。

 けどこの『ロン先生』は、物語の『ロン・ベルク』と、同じであって違うひとだ。

 違う道を選ぶ事もできるだろう。

 むしろ、戦わせない選択肢の方が、剣を完成させることよりも、彼を待つ運命を回避させるには現実的なのではないかという気もする。でも。

 

「…それでも、強い力は、正しく使うひとのもとにあるべきかと思います。

 ここの人達の命と引き換えに生まれた力なら、それが正しく振るわれる事を、糧となった人達は望むでしょう。

 勿論、先生がそこまで背負えないと言うのであれば、あたしも無理にとは言いません。

 けど、もしも…」

 先生は何も知らなかった。知っていたのはあたし。

 ならば、罪も心の痛みもあたしが背負えばいい。

 あたしが背負うのが、筋だ。

 あたしは先生のように戦うことはできないから、せめてそのくらいは。なのに。

 

「みなまで言わなくていい。

 …くそ、そこまで計算尽くか?

 どこまで見えてるんだ、その目には?

 さぞや、見たくないものまで見えちまってるんだろうな」

 忌々しげな口調とは裏腹に、その大きな手は、優しくあたしの頭を撫でた。

 それが、答え。

 

 見上げたロン先生の、何かを吹っ切ったような微笑みは、今まで見た中で一番カッコよかった。

 

 魔法インゴットは、不思議な輝きと質感を持つ金属だった。

 家に帰ってから父さんに、先生が今受けている以降の仕事は当分取れなくなる旨を伝えた。

 

 ☆☆☆

 

「…単体での強度は、これ以上にはならんか。

 後は付加効果でなんとかするしかないが、どうもこの金属は、赤魔晶との相性が良くないようだ」

 ロン先生が渾身の剣を打ち始めてから約一週間、ほぼ先生の家に泊まり込みで、今まで以上に身の回りの世話をしているあたしが、今日の晩ごはんを何にしようかと考え始めたあたりで、それまでほとんど口をきかなかった先生の、そんなつぶやきが耳に入ってきた。

 さすがの先生も、伝聞だけで実際には扱ったことのない金属であったらしく、ある程度試行錯誤しながらの作業になってしまっている。

 先生の打つ剣は刀身だけでなくその拵え、(つか)や鞘なども付加効果を付けるのに重要であり、今悩んでいるのがまさにその部分だった。

 

「ちなみに、どんな効果を付けようと思ってました?」

「自己修復機能。オリハルコンの性能に近づけるのが理想だから、これは外せん。

 更に、ある程度の柔軟性を持たせる為…」

「柔軟性?硬度ではないのですか?」

「ああ、衝撃を受け止める為のな。

 硬度だけ上げたところで、それでは強い衝撃で容易く砕ける可能性が高くなる。

 だから、そのバランスが最も重要なんだ」

「なるほど。

 ではそれは、どのような方法で付加するんですか?」

「魔界から持ってきていたメタスラのかけらがまだ残っているから、それを赤魔晶にインストールして使うつもりだった。

 これだけで自己修復機能と硬度の強化、更に柔軟性も付加できる。

 昔からオレが、ずっと使っている仕様だ。

 勿論、おまえんちに卸す程度の武器には使用していないがな」

 言い方がムカつく!けど、そりゃそうか。

 そんなもん、イナカ村の武器屋に置いたところで、買える人なんか居やしない。

 魔界じゃどうかわからないが地上では確実に貴重な素材を使ってるだけに、値段も相当なものにしないと割に合わないし、そんなのうちじゃ仕入れ値だって払えやしないわ。

 

『うーん。

【聖石】があれば、解決なんですけどねー』

 と、唐突に頭の中に、『みる』で現れるオッサンの声が響いた。

 

「は?」

「…ん、どうした?」

「いえ、なんでもありません」

 思わず声を上げてしまって、ロン先生に不審な目で見られてしまった。

 …てゆーか、いきなり何?

 

『【聖石】です。

 白魔晶を精製して作られる人工石で、赤魔晶ほどではありませんがそれに近い機能を有しており、魔力や呪文を吸収して貯めておける性質があります。

 それも、赤魔晶が若干の地属性を帯びているのに対し、聖石は無属性なので、魔法インゴットとの相性も問題ない筈です。

 …ただ、その製法が特殊な上、カール王国の一貴族の家系に伝えられているのみで。

 確かジニュアール家という、有名な学者を代々排出している家系で、当代の当主は前魔王戦を戦った勇者です。

 リリィさんは、一度お会いしてますよね?』

 …思い出したよ!

 確か最終決戦で勇者アバンが現れた時持ってきてた、シルバーだかゴールドだかの羽に使われてたやつだ!

 えー…でもつまり、それが手に入らないと、ロン先生の剣は完成しない…?

 でも、最初に死んだ事になって一度退場した後、最終決戦で再登場するまでの間、勇者アバンはどこに居たんだっけ…?

 あーうん、ちょっと混乱してきた。

 

「リリィ…大丈夫か?」

 気がつくとロン先生が、訝しげにあたしの顔を覗き込んでいた。

 その先生の服の袖を掴み、目を見返して告げる。

 

「先生!カール王国に行きましょう!!」

「またか!おまえはいつも唐突だな!!」

「そいつはやめた方がいいぜ。特に今はな」

 と、あたしたちの他に別の声が入ってきて、二人同時にそちらに目を向ける。

 そこには小屋の扉を開けてうちの父さんが、食料だのなんだのを抱えて入ってきたところだった。

 …その手に持ってる瓶は持って帰んなさい。

 今、先生にお酒は要りません。

 

「邪魔するぜ、ロン」

「ジャンク、今のはどういう意味だ。

 カールに何かあったのか」

 先生の問いに、父さんが苦い顔をして答える。

 

「カール王都は魔王軍との激戦真っ只中だそうだ。

 襲ってきてんのはちょっと前までは中身空っぽの鎧兵士の軍団だったのが、今度のはリンガイアの時と同じ、(ドラゴン)の軍団だとさ。

 どうやら魔王軍が本気出したみてえだな。

 あそこの騎士団は確かに強いが、こうなるとそれをもってしても恐らくは、保ってあと一週間ってとこだろうぜ」

 超竜軍団。それは魔王軍最強とも言える軍団だ。

 率いるは竜騎将バラン。

 当代の正統なる(ドラゴン)の騎士にして、勇者ダイの父親。堕ちた英雄。

 確かカールは最初は魔影参謀ミストバーン率いる魔影軍団が攻めていたのを、自身の立場を危惧した魔軍司令ハドラーが勇者ダイとバランを会わせぬ為にそちらへ向かわせたもの。

 

 ハドラーにしてみれば自分を倒した勇者の出身国であり地上世界屈指の騎士団を抱えたカール王国なら、ある程度バランの足止めもかなうものと思っていた。

 しかしバランはその仕事も4日だか5日だかで終えてしまって、その中でカール王国最強の騎士だかを、紋章の力の一撃で倒したという話もあった筈だ。

 それは余談だが、カール王国が陥落するのは、バランが勇者ダイとテランで邂逅する、ほんの数日前だった筈。

 

 とすると勇者は既にヒュンケルとの戦いを終え、今は凍らされたパプニカのお姫様を救出したかしないかのタイミングか。

 ならばそろそろ、兄やお姫様とベンガーナに買い物にやって来る日も近いって事だ。

 更に後日、テラン入りして宿命の親子対決と。

 

 勇者が剣探しのためこの村にやって来るのはその後、ロモスでの武術大会を挟んでの事になるから、それまでに先生の剣は完成させておきたいんだが、必要な素材の手がかりを持つ唯一の人物がいる筈の地は、今現在魔王軍の攻撃を受けております、という事らしい。

 うーん、どうすべきか。

 

「そんな情報が入ってきた日にゃ、一週間も家に戻って来ねえ娘を、母親が心配すんのも無理ねえだろ?

 で、迎えに来てみれば今まさに、その戦火の中に飛び込んでく算段をしてやがる。

 危なくて放っておけやしねえや」

 父さんはそう言うと、持ってきた荷物を無造作に置いて、空いた手が何故か、あたしの手を掴む。

 

「……父さん?」

「てなわけで、悪いが一旦連れて帰らしてもらうぜ、ロン。

 オレとしても、まだ嫁にやった覚えはねえんでな」

「オレも貰った覚えはない!」

 あたしも嫁に来た覚えはないが…そんな事はどうでもいい!

 助けを求めて先生を見ると、ロン先生は小さく首を振った。

 

「…リリィ、親父の言う通り、今は一旦家に帰れ。

 思いついた事があるんだろうが、親に心配かけてまで急ぐ仕事じゃない」

 いや急ぐ仕事なんだよ!

 今完成させなければ、勇者パーティーの武器にかかりっきりになっちゃうんだから、その時間が取れなくなるじゃん!

 そんなあたしの叫びは、喉の奥にかけられた鍵により胸の奥へと封殺されて、あたしは引きずられるように、一週間ぶりの我が家へと連れ戻された。

 

 まあ、監禁されるわけじゃないし、あたしにはどこへでも行ける能力があるから、先生のお世話をするだけなら通えば済む事なんだけどさ!

 確かに一週間の泊まり込みはやりすぎたと反省してる。

 母さんに心配かけたのも悪かったと思ってる。

 けど、

 

「女の子なんだから、少しは男の人を警戒しないと。

 ロン・ベルクさんが信用のおける方なのは判っているけど、男の人はちょっとした瞬間に、タガが外れる事だってあるのよ?」

 なんていう生々しいセリフを、母親の口から聞きたくなかったよ!

 

 それからしばらく後、カール王国の王都が陥落したという話を、お店に来たお客さんが教えてくれた。

 そのうちの一人が、剣の修理を依頼しに来たニセ勇者だった事で、少しいやかなりテンションが上がり、その日は一日中父さんに気味悪がられた。

 3日後、新品同様ピッカピカになった剣を受け取ったニセ勇者は、その日のうちに仲間と共に村を発ったようだ。

 その後はベンガーナ王都のデパート周辺でドラゴンが暴れて街を破壊したとか、テランで謎の大爆発が起こって山がひとつ消滅したとか、外では色々起こっていたらしいが、ランカークス村はそこそこ平和に、時間だけが過ぎていった。

 

 ☆☆☆

 

 ロモスの武術大会には、受付時間に間に合わず出場できなかった。

 そしてその武術大会自体が魔王軍の企みだったらしく、おれとダイはそこで再会したマァムと共に、ザボエラの息子だという妖魔学士ザムザと交戦する事となった。

 おれ達は苦戦の末に奴を倒したが、その武術大会の賞品として用意されていた『覇者の剣』は偽物で、本物はザムザによってすり替えられ、ハドラーに献上されたという。

 結局剣は手に入らなかったが、ロモス王からパプニカのレオナ姫さんが、各国の王を招いて世界会議(サミット)を開くとの情報を得た。

 世界各国のお偉いさんの中には、勇者の剣の情報を知ってる人もいるかもしれないと、おれ達一行は明日発つという王様より一足先に、パプニカへ戻る事になった。

 …マァムの兄弟弟子だという大ねずみも一緒に。

 そこで、伝説に詳しいというテランの王様に面会させてもらい、同行してきたという占い師のナバラばあさんとメルルの2人に再会した。

 そして…

 

「…これは古代占布術といって、探し物の場所を、具体的な言葉(キーワード)で現す占いの方法です」

 そう説明するメルルは、テランで会った時のどこかおどおどした態度とは違い、神秘的な雰囲気を纏わせている。

 丸テーブルの上に広げられた白布に、ダイが手渡された燭台から、指示された通りに炎を落とすと、それは白布の上を這うようにして、焦げを広げながら転がった。

 おれ達にはただの焦げにしか見えないそれを、メルルが目を凝らして見つめる。

 その口から、途切れ途切れに紡ぎ出される言葉は、おれを驚かせるのに充分だった。

 

「…ラ……ン…カー……ク…ス」

 …間違いなく、おれの生まれ故郷である、村の名前だった。




以前、一言評価していただいた方の意見に、「誰視点なのかわからない時がある」という御指摘をいただいたのですが(結構前に貰ってたのに実は気付いたの割と最近でした)、言い訳させていただけば主人公視点の時以外は、割と意図的に判りづらく書いてます。
読者の方が考える余地を敢えて残しておくのも、ひとつの手法と考えてますので。


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幕間・死神の怨嗟

前回の話のどっかに入れようとしてたのにうっかりダイジェストしちゃってました。
時系列的にはリリィ編8話直後、グエン編14話直前くらい。
短いです。


 冗談じゃない。

 死神人形(アサシンドール)にお気に入りの仮面を着け直しながら、ボクはイライラが止まらなかった。

 人形の頭部に埋め込まれた黒魔晶は、ボクの魔力で人形を操る為の司令中枢であると同時に、いざという時は黒の核晶(コア)に変え、大魔王バーンを殺す為の武器として、ヴェルザー様から賜ったものだ。

 今はそこに溜め込んでおいた魔力がどういうわけかほぼ空っぽの状態になっており、即時補充しないと動かすこともできない。

 予め組み込んだ呪法を使用する際に少しは消費するけれど、ボクが近くにいれば少しずつだけど常に補充される仕組みになっているから、これまで枯渇した状態になんてなったことがなかった。

 これではしばらくの間は、ボクが直接操縦する以外に動かす方法はない。

 どうやったものかは判らないが、あいつの仕業以外に考えられない。

 まったく、忌々しい小娘だ!

 

 (ドラゴン)の騎士であるという可能性のある勇者ダイが、ベンガーナ王国に向かっていると聞いて、正体を見極める為に襲撃を仕掛ける、その舞台をベンガーナと決めた。

 そのついでに悪魔の目玉を通して見たモンスターの襲撃光景で、そのベンガーナ領内にあるやけに統制の取れた戦い方をしていた村の、リーダー格と見られる少女に気まぐれで会いに行ったのが間違いだった。

 彼女には、知り合いが会いたがってるなんて出まかせを言ったものの、()()()()がひょっとしたら興味を示すかもしれないとも思っていた。

 けど、所詮は人間のしかも小娘だぞ?

 それが、出会い頭に問答無用で、こっちを殺しにかかって来るなんて普通思わないよ!

 

 ボク自身は確かに非力だ。

 だが、自分の身分を全てこの人形に映し、自身は使い魔を演じているこの現状を、見破られでもしない限りは、不死身と言ってもいい。

 言ってもいい…筈だった。

 魔界は強き生物のみの世界。

 力無き者の存在は、無いものとして軽んじられる。

 小さな使い魔のボクなど、誰も気にしない。

 それが当たり前だった。

 なのに…あいつは一体なんなんだ!?

『弱い敵から潰して攻撃回数を減らす』だって?

 あんな発想、少なくとも魔界にはない。

 そんな事を考えるのは人間くらい…いや、人間だって強いやつならそんな考えに至らない。

 いやいや、人間は弱いやつだって、なんか知らないが誇りだの良心だのと言って、弱いくせにおキレイに生きようとする奴がほとんどなのに。

 

「…あんな人間がいるなんて、信じられない」

 先ほどから、口をつくのは同じ言葉だけ。

 人間というやつは、予想以上に油断ならない種族のようだ。

 

 これから、超竜軍団から借りたドラゴン達にベンガーナを襲わせなきゃいけないのに。

 気まぐれの寄り道で、まったく面倒な事になったものだ。

 いつもは外から魔力で動かすから、慣れないと狭くて仕方ない。

 人形に着せた死神の衣装をめくり、その下のハッチを開けて、中に入る。

 一応念の為に手動の操縦席をつけたものの、実際に使うのはこれが初めてだ。

 

「このボクに屈辱を味わわせてくれた代償は、他の人間達に払ってもらうよ。

 まさか、自分が手足を動かす事になるなんて、思わなかったけど」




ベンガーナに現れた時のキルバーンは、ピロロを連れていませんでしたよね…。


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10・武器屋の娘は物語に足を踏み入れる

「なかなかいいところじゃんか…!」

 おれのルーラでやってきた故郷の村に足を踏み入れたダイが、その町並を見渡して言う。

 周囲を森に囲まれた村とは思えないくらい、生活の基盤は整ってて、それでいて都会みたいにギスギスしてない、穏やかな空気が流れている。

 だが1年半ほど前にここを出る前のおれには、窮屈な田舎にしか思えなかった。

 

「ちっちぇ〜村だぜ…何ひとつ変わっちゃ…ん?」

「広場に、人が集まってるみたいですね…」

 メルルの言葉通り、村の唯一の宿屋の前にある広場で数人、何か統制の取れた動きをしている。

 

「…あれは、恐らく自衛の為の戦闘訓練だわ。

 敵を倒すのではなく、逃げる隙を作る為の。

 見たところ私たちくらいの歳の人が2人ほどいるだけで、後は全員子供みたいね」

「戦闘訓練!?この村で、なんで…!?」

 マァムの言葉に驚いていると、子供たちに何やら説明している年長の2人のうち、1人が顔を上げてこちらを見て、驚いた表情を浮かべる。

 

「…あ!まさか、ポップ?」

 なんだ、宿屋の息子のレイゲンじゃねえか。

 そしてその声に、やはり年長のもう1人もこちらを向く。

 

「魔王の兄貴!?」

 あ、こっちは狩人のソーケッツの甥のハックか。

 2人ともちょっと見ないうちに背ェ伸びたなあ…。

 

「よ、よお。久しぶり」

 とりあえず無難に片手を上げて挨拶する。が、

 

「……ひ、非常事態発生!総員撤退!

 伝令!村全体に警戒発令!

 フォーメーションLただちに発動!

 魔王の力の源が帰ってきたあぁっ!!」

 レイゲンの一声で、その場にいた全員が散り散りに消え、その場におれ達だけが残された。

 

「……魔王?」

 こんな田舎の村に似つかわしくない物騒な単語に、ダイが眉をひそめる。

 …まあ、そういう反応になるわな普通。

 

「…ああ、多分妹の事だから気にしねえでくれ。

 おれの妹が魔王だから、おれが魔王の兄貴なんだろ。

 それ以外はなんなのか知らねえけど」

 フォーメーションLとか力の源とか。

 どうやらおれが居ない間のこの村に、なんらかの変化はあったらしい。

 この村はテランとも近いし、同じ大陸で大国がふたつも魔王軍に滅ぼされてるわけだから、呑気にもしてられねえってことか。

 たく、いやな世の中だねえ。

 

「妹さん?ポップに妹がいるの?初耳〜」

 おれが若干おかしな方向に思考を飛ばしかけたのを、マァムの言葉が引き戻す。

 

「…まあ、言ってなかったしな」

 正直、あんまり会わせたくねえ。

 あいつは昔っから、おれなんかよりずっと出来たやつだったから。

 他のやつならともかく、こいつにまでそう思われんのは、若干辛い。

 

「でも、魔王って…」

 そんなおれの思惑なんざ関係なく、ダイはどうしてもそっちが気になるらしい。

 まあ普通は、女の子に付けられる類のあだ名じゃねえからな。

 

「ひょっとして、性格が非常に悪いとか?

 うむ、こいつの身内ならありえるかも!」

 

 ボカッ!!

 

 相変わらず生意気な口調でチウ…ロモスから俺たちにくっついてきた大ねずみが言うのを聞き、おれは反射的に、その頭にげんこつを落としていた。

 

「この野郎言うに事欠いて!言っとくけどな!

 確かにちょっと変わってるところはあるが性格は悪かねえしおれなんかよりずっとしっかりしてるし顔なんかメチャクチャ可愛いかんな!」

 …最後のはかなり兄の欲目が入ってるが。

 

「ポップさん!?」

 突然大声で叫んだおれに驚いたのだろう、メルルが黒目がちな目を見開く。

 …占いをしてる時は形容しがたい神秘的な雰囲気に圧倒されたが、こうしてる分にはやっぱり、メルルはメルルなんだよなぁ。

 

「悪ィ…取り乱した。

 けど、一応自慢の妹なんだ。ただ…」

「……何か、問題でもあるのかい?」

 ダイが、少し心配そうにおれを見上げる。

 …絶対まだ『魔王』を気にしてるだろおまえ。

 

「…おれの事、好きすぎるんだよな。あいつ」

「………は?」

「そもそも『魔王』なんて呼ばれ出したのも、おれが原因だし…おっと!そこ右だ」

 実家の武器屋に続く道を示して、その方向に進む。

 そもそもこの村に来たのは、ダイの新しい剣についての手がかりがあると、メルルの占いに示されたからだ。

 うちの両親や、まして(リリィ)が何か知ってるとも思えねえが、村で唯一の武器屋であるおれんちには、寄らないわけにはいかないらしい。

 少し歩いただけでもう見えてきた見慣れた構えの店の前に、踏み台の上に足を乗せ、看板をかけようとしている、華奢な身体が目に入ってきた。

 

「か…母さんっ!!」

 

 ・・・

 

 …この後、おれが親父に散々しばかれた後で、ようやく剣の手がかりを聞くことができた。

 ヒュンケルの鎧の魔剣やグエンの鎧の魔槍を作った魔界の名工ロン・ベルクが、この村の外にある森深くに住んでいて、おれが村を出たすぐくらいの頃、山で怪我をしたリリィを連れ帰ってきたのが縁で交流が始まり、色々あって魔族でありながら、今ではこの村の英雄のような存在だとか。

 なんでもおれと一緒にならず者の被害にあったリリィの提案で、二度とあんな事が起きないようにと、この村に子供達を中心とした自警団が結成されたらしく、どうもさっき見たのはその訓練の一環らしい。

 その際、ある程度戦うことのできる大人を指導役に巻き込んだせいで、自身も剣を扱うというロン・ベルクも強制的にその枠に入れられており、更に魔王の復活によってその魔気から発生したモンスターがこの村を襲ってきた(!?)際は、リリィとロン・ベルクが中心となって戦って、この村を守った事でその扱いになったそうで。

 

 しかし本当のところは腕そのものよりも、リリィに対するストッパー役としての能力をより買われたって方が大きい…的なニュアンスを、親父の説明からは感じたんだが、あいつ、どんだけ恐れられてんだよ!

 てゆーかレイゲン達の反応の意味がこれでわかったわ!

 フォーメーションLってLilyのLだよな!

 そうだったよあいつ昔から、おれを苛めた子には容赦なかったかんな!

 てゆーかツッコミどころが多すぎてツッコミが間に合わねえっ!!

 あとリリィはロン・ベルクに弟子入りしてるんだそうだ。

 あいつ絶対武器なんか打てねえだろ。なんの師弟だ。

 …おれの妹の行動がナナメ上過ぎる。

 

 お兄ちゃん色んな意味ですっごく心配。

 

 ☆☆☆

 

 先生の剣は結局刀身だけがある程度完成した状態から、そのまま製作が止まってしまっていた。

 原作通りの、細身の長剣が2本。

 ていうか原作に出てきた『試作品』も見せてもらったんだが、それだって常人レベルじゃ考えられないほどの出来栄えだった。

 多分適当な台座に刺しといて迷宮の奥とかに置けば、たどり着いた冒険者が、

 

『うっは、超〜伝説の剣!』

 とか言って大喜びすると思う。

 なんか今頭の中でその光景、ニセ勇者で再現された。

 鞘は作ってないから抜き身のまんまで、普段は魔法の玉の原理を使った入れ物にしまっており、それは普段からアクセサリーとして肌身離さず身につけてるらしいけど。

(それも見せてもらったがメッチャ厨二ちっくなデザインだった。この件については後日話し合う必要がありそうだ)

 素材はミスリル製だがそれが究極まで叩き上げられ、硬度はこの金属に出来得る最高レベルで、柔軟性がない代わりに鋭さが極められている。

 

「試作品なんで、付加効果はまだ付けてないけどな。」

 なんでもこれ作った時には『衝撃を感じる前に敵を切り裂いちゃえば良くね?』的自分ブームの時だったらしく、この時期に作ったやつは、大体その流れで切れ味だけは凄いことになってるんだそうだ。

 けど、試しにって事ができることではないから正確なところはわからないものの、ちょっと振ってみただけで『これでは駄目だ』と判ってしまい、その自分ブームは十数年で終わりを告げたと…いや長いな!

 自分ブーム長いわ!

 人間なら既にライフスタイルとして確立されてるくらい長いわ!!

 

 …それはさておき、多分ロン先生の剣に付加効果をつける場合、(つか)の部分にそれを行うことになるわけだが、それにはその最重要素材となる『聖石』を入手しなければならない。

 最悪入手が不可能でも、本物をどこかで見る事ができれば、その構成要素を多分オッサンが解析してくれて、それを揃えて土に埋めれば錬金、採取する事が可能だ…と、思うんだけどなぁ…。

 だけど、それを知る唯一の人物は対外的には亡くなったことになっており、実際にはカール王国の…多分外れにある筈の破邪の洞窟を単身制覇中だ。

 実は最初はそこに直接、時空扉で空間を繋げようと思ったのだが、多分だが向こう側に転移を拒む魔力的な力が働いているらしく、扉そのものが出てこなかった。

 で、それならひょっとして、勇者アバンの生家とかそういうのがあれば、そちらになにか手がかりがあるんじゃないかと、カール行きを希望したわけなのだが、その矢先に親に阻止されたわけで。

 魔王軍のカール王国への進撃も終わってしまった事だし、そろそろ行っても大丈夫じゃないかと、こっそり先生にお伺いを立てたところ、生き残った一般国民が難民化してる恐れがあるから、まだ当分近寄らない方がいいと言われた。

 

「皆がそうだとは言わないが、生きるにも困るほどに追いつめられると、ひとは善悪の基準が曖昧になるもんだ。

 おまえみたいなちっこいガキは、いろんな意味で格好の餌食だぞ。

 …魔族であるオレが一緒にいたら余計だ」

 だそうだ。確かにそうかもしれない。

 あたし一人ならともかく、先生を危険に晒すわけにはいかないよな、うん。

 だからといって、無断で一人で行くという選択肢もない。

 というか考えはしたんだけど、もしそうやって、一人で危険を冒して、目的のものを手に入れたとしても、その場合ロン先生は、絶対にソレを受け取ってはくれないだろう。

 そういう事が判ってしまうくらい、あたしの中でのロン先生の立ち位置は、既にポップと同じところにいる。

 絶対に助けたい、守りたいと思ってる時点で。

 兄離れができたと思ったら、もう1人兄ができて、それに依存してただけだとか、あたしも大概だとは思う。

 けど、あたしにとって世界を救うって神様の使命は、今は大事な人たちを悲しい運命から救うって事と同義だ。

 その為に、知らない大勢を見殺しにしたようなもんだし。

 だからこそ。絶対に、失敗できない。

 この世界は、もうあたしにとっては現実で、一度間違えたらコンティニューはきかない。

 神様だってそんな役立たず、もう一度使おうとは思わないだろう。

 

 だけど。

 時間って、なんでこんなに早く過ぎていくんだ。

 

「…また何か、ろくでもない事考えてるな?」

 気がつけば、うちの依頼の剣を打っていた先生がそばに立っていた。

 

「…申し訳ありません。

 掃除の途中でぼーっとしてしまって」

「そんな事はどうでもいい。

 …オレの剣のことなら、気に病む必要なんかないんだぞ?

 一体、なにをそんなに焦ってる?」

 どうやら、気付かれていたらしい。

 けど、忌々しいカチリ音が喉の奥で鳴り、事情を話す事もできずに、とりあえず適当な言葉を紡ぐ。

 

「…先生の事は、あたしが守りますから」

 思わず口をついて出てしまっただけだが、それを聞いてロン先生は一瞬ハァ?みたいな表情をした後、ため息をひとつ吐いて、苦笑した。

 

「逆だ、馬鹿。オレが師匠で、おまえは弟子だ」

 …あ、ポップとおんなじ事言った。

 

「…気分転換に、久し振りに山に入るか。

 ちょうど鉄鉱石の在庫も少なくなってきたところだ。

 支度しろ」

 先生の言葉に、あたしは元気にお返事をしてから、掃除道具を片付けて、身支度にかかった。

 

 時空扉の能力を使えば目的地まで一歩で着くわけだが、今回は気分転換がてらという事で、山には徒歩で登ってきた。

 これでいいのです。

 楽を覚えたら人間はどんどん堕落していきます。

 鉄鉱石の採取と、ついでに赤魔晶と副産物的に白魔晶も採取して、適当な岩の上に座って休憩を取る。

 この世界の水筒では保温も保冷もできなくて、井戸から汲んだ冷たい水がすっかりぬるくなってしまっていたけど、逆に渇いた喉にスッと入る気がする。

 急な事だったからお弁当とか作る暇もなかったけど、よく考えたらこの前に行った採取の時に急に襲ってきて、先生が一撃で倒してくれたおおにわとりの干し肉がそろそろいい感じに仕上がってきていたから、あれを適当にパンに挟んで持ってくればよかったかもしれない。

 あの後燻煙にかけようと思っていたからすっかり頭から抜けていたけど。

 

「少し元気になったみたいだな」

 山の景色と風と、ぽかぽかのお日様を楽しんでいたら、先生の手にぽんぽんと頭を叩かれた。

 

「…そんなに、塞ぎ込んでるように見えましたか?」

「ああ、大人しすぎて気持ち悪いくらいだった」

 一言多いわ!

 ちょっとムッとしてあたしが睨むと、先生は何故か、相当悪そうな顔でニヤッと笑った。

 腹が立ったので先生の持っていた酒瓶を奪い取って代わりに水筒を握らせてやった。

 つか、いつの間に持ってきてたんだそんなもん!没収!!

 先生はチッと舌打ちしたが、ふと真顔になり、独り言のように呟く。

 

「この山でおまえを拾ってから、もう一年半か…」

 …それは、運命の日が迫っているという事だ。

 

 ☆☆☆

 

 …それが、まさか今日だとは思わなかったけどな!

 

 重たくなったリュックを先生にまた取られて、代わりに先生の剣を持たされ(その際に酒瓶は取り返された)、先生の小屋に続く道をそろそろ抜けようとしていた時、小屋の方から聞き間違えようもない声が聞こえた。

 

「ロン!!いるか!!?………なんでぇ、留守か…。

 あの野郎、またひとの娘を連れ回してやがんな」

 待て馬鹿親父!ひと聞きの悪いことを言うな!!

 

「父さん?」

「お、居たかリリィ」

 思わず声をかけると父さんと…同行している数人が、こちらを振り返る。

 その中に、見覚えのある顔を見つけて、脊髄反射的にそちらに駆け出そうとして、後ろから肩を掴まれた。

 

「…先生!?」

 見上げた先生の目が、初めて会った時のような、警戒心と緊張を孕んだ色を帯びている。

 ていうか、この場に妙な緊張感が瞬時に立ち込めて、正直ついていけてない。

 

「よおッ!!ロン!!!」

 そこに空気読まない猛者…父さんがこちらに歩み寄ってきて、空気は少しだけ和らいだ。が。

 

「困るな、ジャンク…おまえら以外の人間を、ここに連れてきては…」

 そうか。一応うちの村人と交流させるとこまではもってきたけど、この小屋の場所までは、あたしと父さんくらいしか知らない。

 元々引きこもりに近い生活送ってるひとだし、いきなり知らない人間を大勢連れてこられるのは、確かにハードルが高いだろう。

 

「紹介します、先生。

 あっちの黄色いバンダナが、兄のポップです。

 …ポップ!挨拶!!」

「………え?

 あ、あぁ、その、はじめまして。妹がお世話に…」

「あなたがロン・ベルク…伝説の名工と呼ばれたひとなんですか…!!?」

 と、兄の挨拶がまだ途中のところに、割って入ってきたその質問に、あたしはちょっとムッとして文句を言おうとし……っ!?

 

「…人間じゃないのも少し混ざっているようだな。

 伝説の名工か…こいつと初めて会った時もそう呼ばれたが…」

 隣の基本残念な魔族がポコポコ頭叩いてくるけど、そんなんどうでもいい!

 これっ、間違いない、勇者ダイだ!

 この物語の主人公!亡国アルキードの悲劇の王子!そして伝説の(ドラゴン)の騎士!

 

 うわぁうわっうわぁ、ホンモノだぁっ!!

 

 思わず口をついて出かけた言葉は全部神様のタブーに抵触する情報だったようで、あたしの叫びは全部喉の奥で止まる。

 声も出せず口だけぱくぱく動かしてる姿は、多分はたから見れば相当気持ち悪かったと思う。

 

「お、おい。大丈夫か、リリィ」

 気がついたらポップがあたしのそばまで来ていて、心配げに顔を覗き込んでいる。

 いかん、もちつけ。いや落ち着け、あたし。

 とりあえず深呼吸。すーはーすーはー。

 呼吸を整えて、改めてポップを見上げ…見上、げ、……?

 

「ポップ…背、伸びた?」

 一年半ぶりに合わせた顔は、間違いなく前よりも高い位置にあった。

 

「あ?…ん、まあな。おまえは…少し縮んだか?」

 …そうだったな!おまえ割と言っちゃいけないような事平気で口に出すタイプだよな!

 

「んだとゴrr」

 …と。

 ポップと会えたのが嬉しくてついはしゃぎそうになったけど、今はそれどころじゃなかった。

 それに、ポップにとってあたしは、コンプレックスの象徴だったんだ。

 判った以上、べたべたするのはやめなければ。

 

「タンマ、冗談だから殴………って、アレ?」

「……(ぷい)」

「…え?えっ?」

「……(つーん)」

 そんなんしてる間に、父さんが先生に、大まかな状況を説明しており、詳しい話は小屋の中で聞くことにして、あたしは来客全員分のお茶を用意することにした。

 

 ・・・

 

「な…なんか、しっくりこねえ」

「何が?」

「リリィの奴、おれが帰ってきたらもっとこう…泣くとか怒るとか抱きつくとか、大きいリアクション起こすかと思ってたんだけど…なんかあっさりし過ぎて、拍子抜けっていうか…」

「もう兄離れ済んじゃったんじゃないの?

 彼女、見た目よりしっかりしていそうだし」

「ポップさん…妹さんに抱きついて欲しかったんですか…?」

「…そんなんじゃねえよ」



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11・武器屋の娘は狼狽する

 ここに現れた面子は、確かに勇者の剣捜索パートのメンバーだった。

 勇者ダイ、魔法使いポップ、占い師メルル、武闘家マァムに空手ねずみのチウ。あと、ゴメちゃん。

 つまりあたしがいる以外、原作通りって事だ。

 

 …それにしても勇者パーティーの女子レベル高っ!!

 生マァムと生メルル、二人ともメッチャ可愛いな!

 正確にはメルルは派手さのない美人系。

 マァムは可愛い系の童顔…なのに身体はダイナマイトな、男の夢が詰まったようなエロボディとか。

 うむ、特にそのおっぱいが実にけしからん。

 ちょっとだけでいいから触らせてください。

 

「世界最強の剣…か」

 その勇者一行の話を一通り聞き、ロン先生がため息を吐いて、一瞬何故かあたしの方を見る。

 いかん、集中集中。

 ちなみにこの場面での先生は、原作の『ロン・ベルク』とは違い、ろくに話も聞かずに帰れと突っぱねるような態度は取らなかった。

 確かこの場面の中に、『あんたは魔族だから魔王軍の味方か』みたいなポップの台詞があった筈だが、そんなわけで流れ的にもそうならなかったし。

 つかそれもし言ったらその瞬間、問答無用でぶん殴るつもりだったから、正直助かった。

 フッフフ、命拾いしましたわね、お兄様。

 兄を無条件に甘やかすダメな妹はもう居ないのです。

 

「リリィ」

 と、唐突に先生の声があたしの名を呼んだ。

 

「はい?」

「おまえが『見』たものを、そのまま言え」

 そう言うと先生は、勇者ダイに向かって剣を抜き身のまま一本放る。

 

「えっ?わわっ!」

 ほぼ反射的にだろう、それをちゃんと受け止めたダイが、(つか)を握り直して構えた瞬間、あたしは『みる』を発動させた。

 

「…【ミスリルソード】。

 魔界の名工ロン・ベルクが、斬れ味のみを追求して打ち上げた逸品。

 勇者ダイ、使用可適合。装備可能。

 ただし、全力を出しての戦いに使用して、その後も剣が使用できる確率は、0.0001%です」

「えっ、リリィ!?」

 あたしの言葉に、ポップが驚いたような声を上げる。

 ポップがうちに居た頃は、まだあたしの鑑定能力は通常の商人レベルだったのだから当然か。

 つか勿論あたし的には、頭の中のオッサンの言葉を復唱しただけなのだが、あたしが言うのを聞いて、ロン先生は眉を顰めた。

 

「なるほどな。

 これで駄目だとすれば、確かに並大抵の武器では無理だという事になる」

「…だから困ってるんだ。

 真魔剛竜剣と戦った時は、ベンガーナで買ってもらった破邪の剣に、グエンが呪文をかけてくれたから、技を放つまでは耐えられたけど、結局消滅しちゃったし…!」

 …は?今なんか変なこと言わなかったこの子?

 

「真魔剛竜剣だとおっ!!!あの剣と戦ったのか!!?」

「相討ちだった…でも相手の剣は折れたけど、こっちは剣が消滅しちゃったんだ。

 だから、負けかも…」

「“折った”!?

 店売りの剣で…真魔剛竜剣を…折ったのか…!!?」

 興奮して思わず勇者ダイの肩を掴んだロン先生が、信じられない話に呆然とする。

 いやおかしいだろ!!

 呪文で強化したってあっちはオリハルコン製の剣だぞ!

 

 確か破邪の剣って刀身は銀だった筈。

 道具として使うとちょっとギラっぽい攻撃ができるのが特徴だけど、どこにも赤魔晶は使われていない。

 鍛える際に溶岩のカケラを打ち込むとかなんとかで、銀自体が呪文や属性効果と相性のいい金属だからそういう作り方ができるだけで、他の金属ではこうはいかない、らしい。

 効果付帯は父さんの専門外だからうちでは取り寄せになるんだけど、使い勝手が良くコスパも高い剣として、どこの国でも結構な人気商品である。

 

 つか一度だけ、村に立ち寄った冒険者がうちに売りにきたのを買い取った事があるんだけど、父さんが研ぎを加えたそれに、母さんが思い切って相場より高値で店に並べたら、それでも売れたって母さんが喜んでて、逆に父さんが渋い顔をしていたのを今思い出した。

 

 もっともベンガーナ王都あたりでは、高値のつく商品の方が人気になりがちだから、安いけど優れてるって品は逆に下に見られがちなんだけどね。

 まあそんな事はどうでもいい。つか、まずい。

 

「お願いします!!

 おれの力に耐えられる強い剣を作ってください!!!

 でないと…真魔剛竜剣にうち勝つことはできないっ!!!」

 勇者ダイの言葉を聞いたロン先生の目に、魔法インゴットの話をした時以上の危ない輝きが現れ始めたからだ。

 

「フッ…フハハハハハッ!!!!

 いいぞ!!…そいつはすごい!!!

 真魔剛竜剣こそ、神が作ったと言われる地上最強の剣!!

 このオレが百年以上も追い求めてやまなかった、究極の武器そのものなのだ!!

 オレの剣で、あれと戦おうというんだな!!?

 店売りの剣で、そいつを折ったというおまえが!!

 面白い、できるぞボウズ!地上最強のけ」

「昂ぶるな落ち着けこの武器オタク!!」

 ほぼ本能的反射的に手近にあったハリセンで、我が敬愛する師の後頭部をぶん殴る。

 なんでそんなものが手近にあった、というツッコミは無しだ。

 

「お前らもオタクに餌与えんな!!混ぜるな危険!!」

 …そろそろ自分でも何言ってるか判らなくなってきたが、確かあたしの知る物語で真魔剛竜剣を折って消滅したのは、魔剣戦士ヒュンケルが貸した鎧の魔剣であり、それによってヒュンケルの武器が、剣から槍にシフトする流れだった筈。

 まあいい。とりあえず情報を整理しよう。

 なんか知らないがそっちの方で、

 

「…なあ。オレ、確かあいつの師匠だったよな?」

 とかうちの父に訴えてる残念魔族は見なかったことにして。

 

「あの…勇者様」

「…ダイでいいよ。なに?」

 心なしか、勇者が怯えている気がするのは気のせいだろうか。

 

「はい。では、ダイ。

 その戦いに使用したのが『破邪の剣』というのは確かですか?

 呪文で強化したと仰ってましたが、その呪文が何かは判ります?」

 あたしの質問に、ダイがふるふると首を振り、代わりに答えたのはポップだった。

 

「ああ、それな。

 おれも後から聞いた話だけど、確かスクルトとトラマナだった筈だ」

「…ぇ?」

 えっと…スクルトってのは防御力を上げる呪文。

 昔、ポップを守る手段のひとつとして、契約しようとして失敗したから覚えてる。

 あと、トラマナってのは確か…バリヤーとか毒沼とかのダメージを無効化する、とかじゃなかったっけ?

 

「ははっ、まあ驚くよな。

 剣の防御力を上げるとか、トラマナを戦闘に使うとか、普通は考えねえもんな」

 そうだよね!それ剣へのダメージを軽減させる目的であって、絶対に攻撃力強化じゃないよね!?

 …結論。

 真魔剛竜剣を折ったのは、勇者ダイの実力だ。

 てゆーか…、

 

「半分魔族だからかもしれねえけど、うちの僧侶は何かと規格外でさ。

 武器で戦っても相当強いし、呪文の使い方の発想がぶっ飛んでんだよ。

 おれ、補助呪文ってどっか馬鹿にしてたトコあったんだけど、あいつ見てると、意外に重要なんだなって思うぜ?」

「半分魔族?僧侶?」

 そう、絶対にさっきから、なんか知らない展開と、名前を耳にしてる。

 

「ああ。おれたちの仲間(パーティー)の女僧侶。

 グエナヴィアってのが本名らしいけど、おれたちはグエンって呼んでる。

 今は槍の修業に出てるんで、ここには来てないけどな。

 うちには他に、ヒュンケルって戦士と、クロコダインってワニのおっさんと、あとパプニカの姫さんなんてのも…」

 ポップが言う内容から考えるに、今話に出てきた女僧侶さんがダイの破邪の剣を強化して保たせた為に、鎧の魔剣の消滅イベントは消え、代わりのヒュンケルの武器になる筈の鎧の魔槍は、今はそのひとが使っているらしい。

 どうやら『ダイの大冒険』だと思ってたこの世界には、あたしの知らないキャラが堂々とレギュラー枠に居て、その影響で知らないストーリー展開が既に繰り広げられていた模様。

 

 …もっとも、それ言うならあたし自身の存在が、既に原作からは離れてるわけだけど。

 

「ん…ゴホン。そろそろいいか?

 ボウズ、同じ材質でオレが、おまえの為に作れば、その剣なら必ず真魔剛竜剣に勝てる」

 と、さっきより冷静さを取り戻したらしいロン先生が、ダイに向かって言う。

 

「えっ!!ほっ…本当に!?

 お願いしますっ!!今すぐにでも…!!!」

「…慌てるな」

 嬉しそうなダイを制しながら、ロン先生はチラッとあたしの方を見て、その視線を追ったダイが、うっと口をつぐむ。

 …ってどういうリアクションだそれは!!

 

「同じ材質でと言ったろ?

 真魔剛竜剣と同じ、オリハルコンで出来ていなければ結果は同じだ。

 話は、オリハルコンを見つけてきてからだ。

 …あいにくオレは錬金術師じゃないんでね。

 材料が無きゃ剣は作れんよ」

『錬金術』が使えても構成要素が揃わなければ無理ですー。

 

 けど、物語的には別に探す必要はなく、ここまでの勇者ストーリーが原作通りに進んでさえいれば、あっさり手に入る筈で…。

 

「あるっ!!デルムリン島だぁ──っ!!!」

 …次の瞬間、うちの兄と勇者様は手を繋いで仲良く、先生んちの天井に頭をぶつけました。

 飛び出す前に安全確認。

 ルーラは屋外で。基本だからね!?

 

 ☆☆☆

 

 改めて小屋の外に出て、2人がルーラで飛び立った後。

 

「リリィは、何か呪文が使えるの?」

 残った女性2人に話しかけられ、改めて自己紹介をし合ってから、マァムから個人的にちょっと耳の痛い質問を受けた。

 

「…いえ。

 あたしはポップと違い、魔力的にポンコツです。

 幼少の頃、本で読んで契約しようとした呪文が悉く失敗し、その同じ魔法陣を使ったポップが契約を完了させているのを見て、子供心にあたしの兄は天才なんだと思っていました」

 兄妹でなんでこんなに違うんだと思ってたけど、ポップはポップであたしの発掘とか鑑定の能力に対してそう思っていた筈だから、今思えばお互い様だったのだろう。

 けど早い段階で開き直ったホンモノのポンコツのあたしと違い、本来天才なのにそれに気付かれなかったポップのコンプレックスの方が根深かったのは、割と父さんが悪いと思ってるけど。

 

「…でも、村の自警団のリーダーはリリィなのよね?」

「設立の提案をしたのがあたしというだけです」

 訝しげに問うマァムの質問の意図が読めない。

 なんか知らないけどそれを見ながら、メルルと大ねずみ君がハラハラしたようにじっと見守ってるし。

 

「モンスターが襲ってきた時に、あなたが中心になって戦ったって聞いたわ。

 呪文ではないとすると、何か特殊な武器を?」

「致命的に腕力がない為、武器の扱いもままなりません。

 鍛治職人になる才能もないと太鼓判を押されましたので、ロン先生に弟子入りしたのは、主にものを見る目を養う為です」

 これは弟子入りした際に、誰かに聞かれたらこう言おうと、ロン先生と話し合って決めたことだけど。

 

「まあ幸いなことに、商人としての才はあったので、将来は家業を継ぐ事になるかと」

 そんなあたしの答えに、マァムがますます不得要領な顔をした。

 

「そうなんだ…でも、それじゃどうやってモンスターと戦ったの?」

「ああ、なるほど。

 先ほどからの質問はそういう意図でしたか。

 自警団のリーダーとかモンスター殲滅作戦の中心とか聞かされて、どんなゴリラが出てくるかと思ったらちんちくりんのチビガキで逆に驚いた、と」

 ふむ、ようやく理解できた。

 あたしがようやく納得すると、マァムは焦ったようにぶんぶん首を横に振ったけど。

 

「そこまで言ってないから!

 …でも…その、『魔王』なんてあだ名で呼ばれてるって聞いて、どんな子なんだろうと思ったのは、本当」

 気まずげにあたしから目をそらすマァムを見て、あたしは何とか安心させようと笑ってみせる。

 

「強くなろうと思ってたのは間違いないんですけどね。

 ポップは小さい時分には割といじめられっ子体質でしたので、あたしが守らなければと、少々暴走しすぎまして。

 あたしたち兄妹と同世代の村の子達は、その頃あたしに受けた陰しt…地味な嫌がr…報復の、トラウマが抜けていないようで、大きくなってからもおかしなあだ名で呼ばれています」

「あの…今、陰湿な嫌がらせって言おうとしましたよね…」

「しっ!メルル、そこは気づかなかった事にしないと危険よ」

「は、はい。失礼しました」

 色々誤解されているようなので、実際は大したことないと説明した筈なのに、何故か女性陣がますますドン引いた気がする。

 まあいい。話題を元に戻すことにしよう。

 

「…先ほどの質問の答えですが、あたし1人で戦ったわけではありません。

 あたしはせっせと穴を掘っていただけで」

「穴……?」

 またも目をぱちくりさせるマァムの足元で、答えがわりにほんの少し、土を砕いてみせる。

 

「本来なら商人の技能なんですけどね。

 土中に埋まってるお宝を掘り出す為の。

 襲ってきたモンスターが、幸いにも空を飛ぶタイプではなかったので、これを広範囲に発動させて、落とし込んで生き埋めにしてから、動けなくなったところを他の者に、爆弾石や飛び道具で攻撃させました」

「うわあ…」

 そこにやはりドン引いた声をあげたのは、それまで黙っていた大ねずみ君。

 えげつないのはわかってるからそんな顔すんな。

 

「ありとあらゆる状況の想定と、その対応のシミュレーションとマニュアル作成。

 あたしの存在が重要だったとしたら、そこまでの話で。

 危険からただ逃げるにしても、闇雲に逃げるよりも、訓練をしていた方が、より生存率は上がる。

 なにせ個々の戦闘力はほぼ皆無に等しいただの村人ですからね、あたし達。

 生き残る為には、備えが必要なんです」

 弱者には弱者の戦いがある。

 強い人たちに理解してもらえるかどうかはわからないけど。

 

「…私もね、故郷の村を守る立場だったのよ」

 あたしの話を聞いて、しばし考え込んでいたマァムがようやく再起動して、何故かしみじみと語り始めた。

 

「でも村にいた頃の私は、あなたみたいに、みんなと力を合わせるという発想に至らなかった。

 私1人で守るんだと、そう思っていたわ」

「…マァムは強いのでしょう?

 ならば、それでいいと思いますが」

 武闘家になってからは言うに及ばないが、僧侶戦士だった頃の彼女も、地味に強かった筈だ。

 けどあたしの言葉に、マァムは小さく首を横に振る。

 

「ううん。やっぱりそれじゃダメなのよ。

 敵の強さには上限なんかないもの。

 あなたの話を聞いて、チームワークは本当に重要なんだと、改めて感じたわ!

 …アバン先生はそういう事も含めて、私の為にこれを作ってくださったのね」

 マァムはそう言って、セクシーな太ももに巻きつけていたホルスターから、丸っこいフォルムの武器を取り出した。

 いや、実はさっきから気にはなっていたんだ。

 この時点では破損している上、転職して以降は頼る必要もなかっただろう、マァムの初期装備。

 それを、何故ここで身につけているのか、と。

 

「……これは!!」

魔弾(まだん)(ガン)というの。

 魔法の弾丸に呪文をつめて、撃ち出す事ができるのよ。

 私は攻撃呪文が使えないから、攻撃呪文を使いたい場合は、それのできる人にあらかじめ詰めておいてもらわなければいけないんだけど、その時点で誰かに頼らなければならないわ。

 今思うと確かに、私の弱点を補う武器として、設計されたものなのね。

 攻撃呪文だけでなく、他人に頼るという事までも」

 言って、なんか感慨に耽ってるけど…あたし的にはそれどころじゃない。

 見た感じ、壊れてるところはどこにも見当たらないが、本来の物語においてこの武器は、バルジ島でふたつの呪文をつめてレオナ姫を救出した際、その代償のように役割を終えたはずなのに。

 

「えと、珍しい武器ですね…見せていただいても?」

「ええ、どうぞ」

 何を疑うこともなく差し出されたそれを手に取り、『みる』。

 

『【魔弾(まだん)(ガン)】。

 先ほど持ち主の方から説明があった通り、勇者アバンが作成した、魔法をつめて撃ち出す鉄砲です。

 使用する弾丸は先端に魔力を貯めておける聖石が埋め込まれており、それに指を当てて呪文を唱える事で、その唱えた呪文を弾丸の中に詰める事が可能です。

 魔弾(まだん)(ガン)本体は、それを撃ち出す道具で、どちらも単体では役に立ちません』

 それは大体判る。破損状況は?どこが壊れてるのこれ?

 

『いいえ、どこにも壊れたところはありませんよ?

 持ち主が女性だからという事もあるでしょうが、今もすごく大事に使われているみたいです。

 現在5本の弾丸の中にベホマ、バギマ、ベギラマ、ヒャダルコ、メラゾーマが入れられているようですが、4本は空ですね。

 もっとも、属性攻撃が有効な場合ならともかく、通常の敵が相手なら、今はこれに入っている攻撃呪文の威力と、持ち主の方の物理攻撃の威力とで、与えられるダメージはそう変わらないと思いますけど』

 マジか!どんだけ強いんだよマァム!

 いやそんな事よりも、さっきちょっとだけ、引っかかる単語があった気がするんだけど?

 

『【聖石】ですね?

 基本的には大きい結晶の白魔晶を、磨き砂と一緒に魔力を遮断できる容器に詰めて、4日以上その状態で持ち歩いて振動だけで研磨した後、天使のソーマで洗浄して、最後まで形として残ったものがそれになります。

 白魔晶自体が脆い上に、少しでも魔力を吸収したら、それが抜ける時に壊れるので、最後の洗浄の段階で、結晶が残らない場合も少なくありません。

 ただ、最後まで残って聖石となったものは、白魔晶だった時よりもずっと状態が安定します』

 結構コストかかってるな!

 勇者アバン、制作費どこから捻出した!?

 天使のソーマって贅沢すぎだろ!

 それ考えると、壊れてなくて本当に良かった。

 けどやはり、疑問は残る。

 

「…どうしたの?」

 ふと気がつくとマァムが心配そうに、あたしの顔を覗き込んでいた。

 

「…あの。つかぬ事をお伺いしますが、パプニカの王女様が、魔王軍に捕らえられている間、氷漬けになっていたというのは本当ですか?」

 自分でも唐突過ぎるとわかっているが、確認の必要がある。

 魔弾(まだん)(ガン)が壊れてないとするなら、レオナ姫の救出はどのようにして行われたのか。

 

「…え?ええ、そうよ。

 もっともグエンの話では、実際には氷の形をとった、無力化の結界だったらしいの。

 グエンが見抜いて、解呪呪文(シャナク)でそれを無効化したから、レオナは無事に救出できたけど、それに気付かずに先にフレイザードを倒してしまっていたら、フレイザードの魔力から解き放たれた結界がただの氷そのものになってしまって、逆に危なかったそうよ」

 また『グエン』か!つまりアレだ。

 基本的には原作通りに話は進んでいるものの、細かい点であたしの知る物語とは違ってきていて、その変化の原因になっているのが『グエン』というひとの存在と考えて、間違いはなさそうだ。



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12・武器屋の娘はガールズトークする

多分、大多数の人にとっては要らない話です。
けど、恋愛はこの「小石」の物語の中では『最も』重要な部分なので敢えて書きます。


「あの…このスープのレシピ、教えていただけないでしょうか!?」

 ダイとポップが陽が傾いても戻ってこないので、とりあえず父とネズミ君を先生んちに置いて、女性ふたりを我が家に連れていく事にした。

 母と大人数用の夕食の支度をして、半分以上を取り分けて残しておき、先に女たちだけで食卓を囲んでいたら、メルルの口から出てきたのが冒頭の言葉だ。

 

「あら、気に入ってくれたの?

 けど、レシピなんて大げさなものはないのよ。

 ね、リリィ」

 母さんが謙遜しながらこちらに話を振ってくるので、あたしはここぞとばかりにアピールする。

 

「鶏と玉ねぎと季節のハーブ束を煮てできたブイヨンに、すり潰した薬草と牛乳、少々のバターを加え、塩胡椒で味付けしただけですが、薬草のえぐ味が旨味となり栄養価も高い、大人も子供も大満足な我が家の定番です。

 元々は好き嫌いの多い息子の為に母が考案した愛と渾身の作ですが、その息子も今や大好物、更に食に無頓着な魔界の名工をも唸らせた一品です!」

「やっぱりそうなんですね、ポップさんの御宅の家庭の味…!是非、覚えて帰りたいです」

 そう言うメルルの頬が桜色に染まっている。

 …あたし、前世ではポプメル派だったんだよね。

 ポップとマァムもいいコンビではあったと思うし、一度勇気の告白でメルル振られてるんだけど、最終決戦で文字通りの意味で心が通じ合った2人を見たら、あたしの中でこの組み合わせしかなくなった。

 結局答えは出なかったもののそれは勇者ダイが最終的に行方不明になったからで、そうならない未来に向けてあたしが密かに邁進中なので、この世界ではメルルにはもっと頑張ってもらわねば。

 我が家の味に興味を持ってくれた事は、なかなかにいい傾向だと思うのだが、どうですかね?

 誰に聞いてんのか知らないけど。

 

「そうなのよ。

 ポップは小さい頃は、本当に野菜が嫌いで…!

 けど、リリィも作れるようになってからは、ポップは同じものでもリリィが作る方が好きだったわよね」

 そんなことを思っていたら、母さんがちっさく爆弾を投下した。

 

「へっ?そうだった?」

「そうよ。気付かなかった?

 リリィが作った時は、そうと説明しなくても、一杯は余計にお代わりしてたわよ?」

「まじか。

 っても、母さんに教わった通りにしか作ってないから、違いはないはずなんだけどなぁ」

 強いて言うなら、あたしには昔から分析能力があったから、その時々の調子でブレる母さんの目分量の味付けに比べ、あたしなら毎度、ベスト配分で作成できるって事くらい。

 創業以来変わらぬ味を提供しております。

 って違うか。

 なんだろう、メルルがジト目でこっち見てる。

 はっ。これはまさか未来のお姉さん(候補)に、厄介な小姑だと思われてしまったか!?

 いかん、これはいかん。

 メルルかマァムかを選ぶ以前に、あたしの存在でポップの結婚自体が遠くなってしまう。

 

「こ、これはアタシのポップへの偏執てk…一途な愛が伝わっていたという事かも!」

 ってそうじゃない!

 動揺のあまり何を言ってるんだあたしは!

 

「今、偏執的って言おうとし…いえ、なんでもないです」

 ますますいかん。若干引かれてる。

 うーん、女の子って難しいな。

 村で同世代の女の子っていっこ上のジンジャーくらいしかいないし、彼女とは仲良しだけど、あの子美人なのに頭の中は男以上に脳筋だからあまり参考にならないんだよね。

 つまり同世代の女の子の反応がよくわからない。

 あれ?一応前世も女だったのにおかしいな?

 

「フフッ…ポップが、リリィは自分のこと好きすぎて心配だみたいに言ってたけど、本当みたいね?」

 そしてマァムからは微笑ましげに見られてる。

 なんだこの状況。

 

 そして食事の後一度席を外して、手伝うと言った2人をやんわりと断って簡単に洗い物を済ませてから、取り分けておいた夕食をもう一度こっそり時空扉を使って先生んちに持っていったら、まだ男子たちは戻っていなかった。

 2人(とゴメちゃん)が帰ったらまずここで食事を取らせ、一旦休ませるよう指示して戻ってきたら、母と女子2人がお料理トークに花を咲かせていた。

 

「ねえ、見て見てリリィ。

 テランとロモスのお料理のレシピ、書いてもらっちゃったわ。

 今度作るからリリィも手伝ってね!」

 この世界、都会の裕福な家庭くらいしか学校へ行ける子供はいない筈だが、何故か識字率はあたしの前世の日本と同じくらい、とは言わないが高い。

 どうやら母さんのスープのレシピを教えた代わりに、2人の得意料理のレシピをもらったらしい。

 

「お二人とも、ありがとうございます。

 あたしも母も、この国から離れた事がなくて、他国のお料理は食べた事がないのでとても楽しみです」

 あたしがお礼を述べると、2人がなんだか優しく微笑んでくれた。

 

「本当に、しっかりしてますよね。リリィさんは」

「フフッ、そうね。

 ポップが、自慢の妹だって言ったのも頷けるわ。

 私には兄弟姉妹(きょうだい)は居ないから、少しポップが羨ましいかも」

…そうよ!も、もしポップさんと結婚したら、あの子が私の妹に…!

「…ん?どうしたの、メルル?」

「…いえ!な、なんでもありません…!」

 とりあえずそうこうしてるうちに夜も更けてきたので、マァムをあたしの部屋、メルルを母さんの部屋で、一緒に休ませることになった。

 

 ・・・

 

「ねえ。リリィは、好きな人…とか、居ないの?」

 唐突に切り出されたガールズトークに、あたしは思わず固まり、それを口にしたマァムを見つめる。

 正直、メルルならともかくマァムから、こんな話題を提供してくるとは思ってなかった。

 

「え…居ませんけど、唐突ですね」

「そ、そうよね、ごめんなさい」

「構いませんが…あたしに聞くからには、マァムには居るんですか?」

 忘れていたがそういえば、マァムにも選択肢は存在するんだった。

 というか最初の頃の展開ならマァムにはヒュンケル一択だと誰もが思っていたに違いない。

 

「よく…わからないの。

 ポップには、ヒュンケルを好きなんじゃないかって言われたんだけど…」

 けど、実際のところ、最終戦の頃にはマァムの気持ちはそれほど育っていなくて、しかもヒュンケルは自分には誰も幸せにできないという負い目を抱いたまま、秘めた想いを諦めてしまう流れだった筈。

 けど、何度か自覚なしに二人の世界に入っていた事から、マァムにだってそれなりの気持ちはあったように思えたから、ヒュンケルがまっすぐ自分の気持ちとポップに向き合う姿勢さえ見せてくれたらと、正直あの辺の展開には納得いかなかった。

 

『諦めんなよ、諦めんなよお前!

 どうしてそこでやめるんだそこで!

 もう少し頑張ってみろよ!

 ダメダメダメダメ諦めたら!

 あともうちょっとのところなんだから!』

 と当時は紙の上のヒュンケルに対して、元テニスプレイヤーみたいな事を思っていたし。

 

「…ポップの言葉で意識はしたけど、好きかどうかまではわからない、と?」

 だとしたら、自分で自分の首絞めたよ、ポップ。

 おまえが言い出さなきゃ、この人は未だにそれに気付いてないだろうから。

 マァムのポップの告白の答えに対し、前世で見たネットでは叩く声もあったが、結局のところあの最終決戦の告白の後、この人が答えを出せなかったのは、その気持ちがまだそこまで育ってなかった…言ってしまえば男どもが彼女の気持ちを、女として育てられなかった事が一番の原因だと思う。

 この人、カラダは大人だけどそういう面に関しては、全然成熟してないんだもん。

 カラダは子供だけど中身のあたし、前世では痛い趣味を通じて彼氏がいた事もありますから、それなりにはわかりますよ。

 まあ『リリィ』として13年生きてきて、実際に自分がする『恋』はもう忘れてるというか、知らないけど。

 

「そうね…というか、私の今感じている気持ちが『好き』という事なのか、それとも違うのか、それ自体がよくわからなくて。

 …初めて会った時は敵だったけど、怖いという気持ちは起きなくて。

 寂しそうな、悲しそうな目をしている気がして、何か力になってあげたい…そばにいてあげたいと思ったのは、確か」

 言葉にする事で、考えがまとまる事もある。

 考えてみれば、そんな事を話せる相手も、原作のマァムには居なかった。

 …否、彼女自身はその相手をポップだと思っていただろうが、悪いが男と女では明らかに、話を聞くスタンスが違うのだ。

 

 女が話をする時、相手に求めるのは、単に聞く事と肯定だけだ。

 しかし男の場合、相手に話をする事で解決を求める傾向にあり、だから女が単に聞いて欲しいだけの事を、無意識に相談と受け止めてしまい、『これはそうじゃない』『こうした方がいい』などとと意見を述べてしまう。

 男にしてみれば真剣に考えてやってるのに相手が響かない、女にしてみれば肯定して欲しいのに意見されるという、すれ違いによる不満が生まれるわけだ。

 つまり、女が気持ちを吐き出したい時、その相手に男は不適なんだって事。

 

 まあだからと言って『男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で恋愛すればいいと思うの』などという極論に走るつもりは毛頭ないが。

 それはさておき、そんな事も踏まえてあたしは、マァムの話を黙って聞くスタンスを取る事にした。

 まあ、聞かなくとも事情はわかっているけど。

 

「…けど、グエンと話をしてるヒュンケルは、私たちと話している時よりもずっと、砕けた表情をしていたわ。

 それを見た時、少しだけ…胸が、痛くなったの」

 …………は?

 え、ちょっと待って。

 ここでも『グエン』なの!?

 てゆーかアンタ何やってんだよ『グエン』!!?

 異分子のくせになんでレギュラーキャラの恋愛相関図に参戦してんの!?

 

「私、修業の為に一時期、パーティーを離れていて…戻ってきた時、2人が一緒に修業に出たと聞いて、私…やっぱり胸が苦しくなったわ。

 なんだかすごく、ドキドキして…!

 これって、やっぱり私、彼のことを好きで、嫉妬してるのかしら?

 それとも私たち以上に彼のことを、理解している人がいる事に戸惑ってるだけ?」

 …けど、これって悪くない変化じゃないだろうか。

 本来の流れならば、マァムがその辺を考えるに至るのは最終決戦の前、一度敗走して、囚われの身になったヒュンケルに対する想いを、エイミに聞かされての事だった筈。

『グエン』の立ち位置がどこになるかはともかく、その時期が早まるって事は、このマァムには原作と違い、考える時間が、もう少しあるって事だから。

 とりあえずは、

 

「…どちらにしろ、大切に思わない相手に対して、普通はそこまで気にかけませんよね?」

 そう、無難に言っておく事にした。

 

 ☆☆☆

 

 その頃。

 

「おまえ、おれを船か気球と勘違いしてんだろ!

 ルーラの連発でもうヘトヘトだよ!!」

「ごめんね、ポップ。

 でもロモスの王様に、ちゃんと報告できて良かった」

「ロモスの国宝を剣に変えちまうわけだし、そこらへんのケジメはきちんとしとかねえとな。

 …あ〜、それにしてもうちの薬草スープ、やっぱ美味いな〜…!

 これ食うと、帰ってきたって気になるぜ!」

「へえ…薬草って、こんなふうに美味しくなるんだ。

 美味しいし、元気になる気がするね」

「ああ。これは母さんが作った味だけど、リリィが作るやつはもっと美味いんだぜ!」




多角関係、継続中…!
ただし主人公とは関わりのないところで(爆


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13・武器屋の娘も命をかける

 うちに泊めた2人に朝ごはんを食べてもらい、念の為お弁当とおやつも作って、身支度を整えて女子ズを連れて先生の小屋の前に着くと、ポップが小屋の前に座っていた。

 あぐらをかいた膝の上にゴメちゃんが乗っていて撫でるともなしにそれを撫でており、その側でネズミ君…チウがうろうろしている。

 

「あっ!マァムさん!」

 と、そのチウがこちらに気づいて駆け寄ってくると、ポップもこちらを振り返った。

 

「リリィ、腹減った」

「今日最初に会って開口一番それかい!

 てゆーか、朝ごはん食べてないの?」

 一応昨日のスープ、朝食の分も考えて置いてきた筈なんだけど。

 

「ああ。ロン・ベルクのやつ、オリハルコンの冠を炉にぶち込んだまま、朝からじ〜〜っとダイの手を見てるんだ。

 なんかそれ見てたら、メシ食うタイミング逃しちまってさ」

 …てゆーかそれ、ダイもお腹空かしてるって事だよね?

 すいません、うちの師匠がほんとごめんなさい。

 

「…そんな事だろうとは思ったけど。

 とりあえず、お弁当持ってきてるから食べてて」

「やった♪」

「ネズミ君もお腹空いてるでしょ、ここ座って」

「えっ、いいの!?」

「もちろん。あ、お水汲んでくるね」

 コップを持って井戸に向かうと、何故かゴメちゃんが肩にとまってきた。

 

「…お水飲むの?」

「ピィ!」

 どうやら肯定らしい。可愛い。

 

「リリィはゴメちゃんもチウも怖がらないのね」

「兄の口から言うのもなんだが、あいつがそんなタマに見えるか?」

「その言い方もどうかと思いますが…あの物怖じしない感じ、なんとなくですがリリィさんは、グエンさんと似ている気がします」

「へっ!?あのボンキュッボン美人とうちのつるんぺたんが!?

 いやいやいやいやいやそれはねえだろ?」

「勿論見た目のことじゃありません!

 …なんというか、纏っている空気感、というか」

「まあ確かに、見た目も性格も悪くねえのに、口開くと残念なトコは共通してるけどな…」

 …食事時はやめときますがとりあえずバカ兄貴は後でしばこうかと思います。

 ふむ、しかし『グエン』はぼんきゅっぼんの美人さんなのか。

 確か半分魔族の僧侶さんだったよね?

 でも口開くと残念ってどんなんだ?

 

「ピィ〜?」

「あ、ゴメンゴメン。お水飲むんだもんね」

 …そういえば、ゴメちゃんがものを食べている描写はなかった気がするんだが、ひょっとしてお水だけでいいタイプの生き物なのか。

 正体を考えれば何も食べる必要がないとか言われても驚かないけど。

 などと考えていたら、『みる』が自動展開する。

 

『これは【神の涙】です。

 手にした者の願いを叶え、奇跡を起こす、神の力を秘めた生きた道具(アイテム)…』

 やめれ。とりあえず今はやめとけ。無粋過ぎる。

 そうか、考えてみればこの子にも死亡フラグはあるんだった。

 厳密に言えば死ではないんだけど、『神の涙』としての力が尽きれば、『ゴメちゃん』の存在は消える。

 神のアイテムとはいえ、幼い頃から一緒に過ごしてきたダイにとって、それは通常の死別と変わりない。

 あの物語の後、消えた勇者は生まれ変わったゴメちゃんに出会えたんだろうか。

 どちらにしろこの別れもできれば阻止したい。

 あたしにそこまでできるかどうかわからないけど。

 

 ゴメちゃんに水を飲ませ、同じ冷たい井戸水をコップに注いで戻ってきたら、ポップが食べながら女子ズに、オリハルコン入手の過程と戻ってくるまでの事を説明しており、チウは無言でサンドイッチをはむはむしている。

 こっちの組はほっといても大丈夫だろう。

 お水をそれぞれに渡してから、小屋の扉を開ける。

 たく、育ち盛りの男の子に朝ごはんも食べさせないとか鬼かあの武器オタク。

 父もついてるのに。あ、同類だったわ。

 どうしてくれようかあのオッサンども。

 

「…昔、ひとと武器はひとつだった…。

 ひとは強き武器に恥じぬよう努力した…。

 強き者がいるからこそ、武器も日々進歩した…。

 今はどっちもクズだ…!

 …金などいらん。

 おまえが今一度、最強の使い手と最強の武器が、合わさった姿を見せてくれるなら、それでいい…!!」

 そこには史上最強にカッコいいロン先生が勇者様の手を取り、熱く語っているシーンが展開されていた。

 普段の若干残念なロン・ベルクの姿を見慣れているあたしが思わずどきりとするくらい、今のロン先生の目は熱かった。

 そこだけ切り取って見たら思わず腐った連想とかしそうになったがそれはさておき。

 

「ジャンク。リリィ。

 手を貸してくれ。こいつは大仕事に…」

「やる気になってるとこ申し訳ないですが、勇者様は多分お腹を空かせてます!

 ここは朝食の為の休憩を提案します!」

 このタイミングを逃せば、もうダイにごはんを食べさせる時間は取れない。

 その場に暫しの静寂が走った後、ロン先生がため息混じりに呟く。

 

「…おまえ、ひとのやる気に水ぶっかける天才だな」

「熱するだけじゃ、金属は武器にはなりません。

 冷やす事だって重要でしょう?」

 あたしの言い分に、オッサン2人が目を丸くする。

 そう返されるとは思ってなかったようだ。

 

「…あたしも伊達に13年、武器屋の娘をやってるわけじゃないんですよ」

 そう言って父の方をちらっと見ると、その表情が『こっちみんな』と言ってるように微妙に歪む。

 あたしの視線の先を追って、やはり父の顔を見たロン先生が、ニヤッと笑った。

 

「…確かにな。判った」

 父の微妙な表情が可笑しかったのか、納得してくれたのかは知らないが、どうやら言う通りにはしてくれるようだ。

 そしてそのタイミングで勇者の方から、きゅるる、という可愛らしいお腹の音が聞こえた。

 

 父と師匠と勇者が食事を取っている最中、あたしは燃え盛る炉の中を『みる』。

 

『【オリハルコン】ですね。

 古来、神より与えられた金属で、通常の方法での加工は不可能です。

【ヘパイストスの火種】から生じた炎と、製作者自身の魔力を与える事で初めて加工が可能になります。

 これはもとはロモスの国宝【覇者の冠】だったもので、オリハルコン自体はこの地上で、鉱物として産出はできません。

 構成要素も元々地上にはない単体元素ですから、リリィさんの能力をもってしても錬金は不可能ですね』

 まあ、そうだろうな。そんな気はしてた。

 

 ☆☆☆

 

 さて。

 

「何も考えず、頭を空っぽにして。

 掌が温かくなってきたら、指を開いてください」

 言ってあたしはダイの手に赤魔晶を一個握らせる。

 ダイは素直にあたしの言葉に従い、恐らくは無意識になのだろう、深呼吸を数回した後、静かに目を閉じた。

 このあたしよりひとつ年下の男の子に、既に備わっている戦う者の持つ空気に、一瞬だが胸の痛みを感じた。

 誰かの為に命を懸けて戦う事に、なんの疑問も感じない純粋な心。

 それがあのラストシーンに繋がり、恐らくはその先の戦いを、孤独なままどこかで静かに繰り広げて、果ては戦いの中にその命を散らしたであろう勇者は、今はそんな事も知らずに、戦う為の力を求めてここにいる。

 

 そんなことを考えている間に、ふと見たその指の隙間から青い光が薄っすらと漏れた。

 これは、この子の魂の色だったか。

 純粋さをあらわす、どんな悪意にも濁らされない、やさしく強い深い青。

 やがてそれが消えたタイミングで指が開かれ、小さいが剣を握り慣れた掌から、あたしはそれを受け取る。

 

「…よし、問題なし。

 先生、赤魔晶のマスター登録完了です。

 ここ置いときますね」

 ロン先生の返事はないが、ちらりと一瞬こちらに目を向け、微かに頷いたのを了承の意と解釈する。

 その手が炉の中のオリハルコンを引き上げ、槌が振り上げられる。

 部屋の温度が上がってきて、中にいると若干汗ばむようになってきたので、戸板を外して窓を開けた。

 そうしてからダイを振り返り、なるべく安心させられるように、笑いかける。

 

「…喉乾いたでしょう?

 今、冷たいお水を持ってきますね」

「あ、ありがとう」

 緊張の面持ちでロン先生の作業をじっと見つめていたダイが、顔を上げて微かに微笑んだ。

 

「手伝いはオレとリリィでするから、やつの集中力を乱すな…。

 なんでもこの剣はダイ君の為に作られる“新たな生命(いのち)”なんだそうだ。

 並の剣を作るようなわけにはいかんらしい…」

 父さんが外のメンバーに説明する為に開けた扉から、その横をすり抜けて井戸に向かう。

 と、あたしがそのそばを通り過ぎようとしたメルルが突然、頭を抑えて崩れ落ちた。

 

「だ、大丈夫ですか!?具合でも…」

「薬いる!!?」

 ネズミ君が駆け寄ってきてズボンの中をゴソゴソやるが、そこから出てくるのが薬草か何かだとしたら、ちょっとそれ使いたくないと思ってしまうのは種族差別だろうか。

 

「……違う!違います!!

 …見えるんです、何か巨大な黒い影が…!!!」

 支えようと手を触れた肩がブルブル震えており、その目があたしの存在を認識したと同時に、結構な力でしがみつかれた。

 

「恐ろしい…恐ろしい力です!!

 このままではパプニカが…滅びてしまうっ!!!!」

 …そうだった、正直忘れてたよ!

 勇者の剣が打ち始められるタイミングで、パプニカで行われている各国首脳会談を、魔王軍が察知して襲撃してくるイベントを!

 まさに今じゃん!!

 

 ☆☆☆

 

 なんとか椅子に座らせて落ち着かせたメルルが手にした水晶玉に、岩でできた巨人の姿が映る。

 だがその映像はすぐに消え、メルルが大きく息をついた。

 

「だめだわ、まだおばあさまのように上手く水晶玉を扱えなくて…」

「…充分だ。ひと目でわかったよ…。

 とんでもねえのがきやがった…!!!」

 確かに、今見えた映像だけで、充分なインパクトが伝わってきた。

 

「戻ろう!!パプニカへ!!!」

 一瞬、恐怖と絶望が支配した空間に、発せられた勇者の声がそれを払う。だが、

 

「待て!!」

 そこにロン先生の、ある種の必死さを孕んだ声が響く。

 全員が一斉に先生を注視し、先生は手を休めぬまま、今生み出そうとしているそれから視線もそらさずに言葉を続けた。

 

「…忘れたのか?

 この剣はおまえの為に作られている…。

 いわばおまえの為に、この世に生を受けるのだ。

 並の武器とは違う…魂があるのさ」

「剣に……魂が!!?」

 先生のその言葉に、ダイが目を見開く。

 単なる概念的なものならば、あたし達売る側もそれを感じながら触れているから、特別驚く事ではないのだが、先生の言うのはもっと直接的な意味なのだろう。

 

「おまえの魂と呼応し、主人(あるじ)として認めた時こそ、この剣は地上最強の力を発揮する。

 だからおまえにはこいつの生まれる様を、見届ける義務があるんだ」

 赤魔晶におけるマスター登録は、言ってしまえば本人確認の生体認証システムに過ぎない。

 それに対してキーを開くかどうかは、この剣の意志次第という事になる。

 中々にめんどくさい話だが、この剣が完成すれば、それこそ地上最強の戦力になるのだ。

 まかり間違って悪の心を持つ者の手に渡り、その力がその者の意志で奮われる事になれば、世界は危機に見舞われかねない。

 このくらいのセキュリティ対策は必要だ。

 

「ふるう者の心が必要なのだ。

 それが無ければ、こいつはただの武器に成り下がってしまうだろう…!」

 後で取りに来るからその間に作っておいて欲しいと言ったチウの言葉に、先生はそう答える。

 そう、ただの武器を作る為ならば、先生はこの依頼に是とは答えなかった。

 このまま流れに任せれば、ちゃんとダイが残る流れにはなる筈だけど…。

 あたしは、ダイの前に進み出て、その目をしっかりと見据えながら言う。

 

「…我が師ロン・ベルクは、この仕事に生命(いのち)をかけています。

 オリハルコンの加工には、そもそも魔力が必要なのですが、それを更なる最強の剣と成すには、それ以上のものが必要なのです。

 魔力どころか、己が生命力すら削るほどの。

 申し訳ありませんが、あなたの依頼はそれほどのものなのですよ。

 それを師は、魂を揺さぶられたからという理由で、全くの無償で打つというのです。

 あたしの師の心をくんでくださらないならば、弟子としてこんな茶番に、大切な師の生命(いのち)を、かけさせるわけにはいきません。

 あなたがどうしてもこの場を離れるというのならば、あたしは先生が剣を打つのを、それこそ命がけで止めます!」

「リリィ…!」

 はっきり言って、これは脅しだ。

 けど同時に、あたしの本心だ。

 うちの大事な先生にまさか、ただの剣作んのに命かけさせる気じゃねえだろなと言ってる。

 それだけは我慢ならない。

 そんなあたしの本気が通じたのか、その場に緊張感が満ちる。

 …だが、その緊張感の中で、ただ1人言葉を発した猛者がいた。

 

「…たく、仕方ねえな。

 妹が命かけるって言ってる時に、兄貴がビビってたんじゃ、カッコつかねえよ。

 …ダイはこの場に残って剣を完成させろ!

 その間、魔王軍はおれたちが防ぐ!!!」

 …うちの兄だった。

 父さんが驚いたような目でその兄を見る。

 

「無理だよ、みんなで力を合わせなきゃ勝てそうにない!!!」

「だからこそおまえは残るんだ、ダイ!

 やつらは世界中の王様を、一気にブッ潰しちまおうとしてるんだぞ!!

 今こそ…こんな時こそ、真の勇者の剣が必要なんじゃねぇかっ!!!」

 あたしと同じ色の目が、気迫に彩られた。

 

「ポップ…!」

 兄の名を呼んだ後は黙り込んでしまったダイの肩に、手を置きながらもう一押しする。

 

「…どうか、あたしの兄の心もくんでください。

 あなたは、一人で戦っているのではないのでしょう?」

 あたしが言うと、ダイは一瞬ハッとしたような表情をした。

 それからポップの方をもう一度見る。

 そのポップの表情は、先ほどまでと違い笑みすら浮かべており、いかにも余裕な体を装っていた。

 

「任せとけよ!!

 …それともおれたちじゃ、時間稼ぎもつとまらねえと思ってんのかぁ?

 ここまで生死を共にした仲間に…そらあねえだろ?」

 そのポップの言葉に、他の仲間たちも、勇気を与えられたように次々と頷く。

 

「……みんな…!!」

 ダイの表情も、それでようやく緩んだ。

 

 ・・・

 

 多人数でのルーラ発動の為、若干広めの場所に移動する必要があると言われ、森の外れの少し開けた場所を教えて、父さんに頼んで全員をそこに案内してもらう事にした。

 あたしはロン先生の助手としての雑用と、合間に勇者様のお世話をする事になる。

 全員が小屋の扉から出ていき、最後にそこを出ようとしていたマァムが、不意に振り返った。

 

「ね、リリィ」

「はい?」

 唐突に呼びかけられ反射的に返事をすると、手を引かれ、その上に何かをぽんと手渡される。

 

「それ、預かっていてくれない?

 …今なら、私よりあなたが持っていた方が、有効に使ってもらえると思うわ」

 手渡されたそれは…例の、魔弾銃(まだんガン)だった。

 

「え…でも、これは」

 マァムにとっては、師の形見の筈だ。

 

「あなた自身には、戦闘に際しての攻撃手段はないんでしょう?

『正義なき力と同様、力なき正義もまた無力』

 ……私たちの先生の言葉よ。

 アバン先生が私を信頼して、この武器を作って下さったように、私もあなたを信じる。

 あなたに持っていてもらえば、これが正義なき力になることはなく、ひとを守る力になると。

 …だから、持っていて」

 そう言って、マァムがウィンクする。

 うわ、可愛い。ハート撃ち抜かれるわ。

 もう黙って受け取るしかないわ。けど…

 

「マァム、ひとつ聞いてもいいですか?」

「なあに?」

「…この弾丸って、なんで9本なんですか?」

「気にするのそこなの!!?」

 若干驚かれたが、見せてもらった時から気になっていたので。

 マァムの説明によれば、フレイザードとの最初の邂逅の際、逃亡する為に一個投げつけたから、元は10本あったものが9本になったらしい。

 そこは原作通りなんだ。

 そこまで説明した後、マァムは何故かあたしのすぐ間近まで顔を寄せてきて、それまでより小声で言葉を続ける。

 

「それと…昨夜はありがとう。

 私ももう少し、自分の気持ちに向き合ってみるわ。

 …あなたにとって、ロン・ベルクはとても大切なひとなんでしょう?

 さっきのあなたの言葉で、よくわかったわ」

 …ええまあ、今となってはもう一人の兄か父親くらいの重要度で扱ってますが…マァムが言うニュアンスには、なんだか若干の誤解がある気がする。

 けど、それを解くほどの時間もなく、マァムは小さく手を振ると、小屋の扉から外へ出て行った。

 

 ☆☆☆

 

「早く…早く出来てくれェ!!」

 ひとり、名工ロン・ベルクの作業小屋に残された勇者ダイは、黙ったまましばらくは大人しく座っていたが、じわじわと不安が高まってきたものか、目に見えてそわそわし始めた。

 そのダイの肩に手を置いて、なんとか落ち着かせようと試みる。

 

「こら。…焦っちゃダメです。

 あなたの焦りは、剣に伝わります」

「安心しろ。

 こいつが完成すれば、いかなる敵とも互角以上の戦いができるようになる。

 オレを…この剣を信じてくれ…」

 ロン先生も汗だくになりつつ、そう告げる。

 素早く駆け寄って額の汗を拭いてやると、近くで見たその表情は、わずかだが微笑んでいた。

 今、『ロン・ベルク』は魔族の長い生の中で、最高の仕事を成し遂げようとしている。

 

「あと、うちの兄とお友達の事もね?

 ほら、冷たいお水でも飲んで、落ち着いて。

 あ、うちで焼いたお菓子食べます?

 兄がお友達連れて帰ってきたからと、張り切ってたくさん用意してきたのにこんな事態になって、持って帰るしかないかと思ってたんで、遠慮なさらず」

 先生から離れてまたダイの側に戻り、小さめのテーブルを引っ張ってきて色々乗せる。

 そのあたしの姿に、何故かダイがため息をついた。

 

「リリィって、結構マイペースだよね……」

 どういう意味でしょう勇者様。

 

「褒め言葉と受け取っておきます。

 じゃあ、武器の話でもしましょうか?

 全ての武器の祖は棒であると言われ…」

 あたしが話を始めようとした瞬間、空間の『匂い』が変化した。

『時空扉』を使う時にわずかに感じる異質と、よく似た感覚。そして。

 

「ダイ!……えっ?ここ、どこ?」

「どこかの小屋の中のようだな…」

 一瞬にしてその場に現れたのは、それぞれ大きな武器を手にした美男美女だった。

 

「ヒュンケル!グエン!!」

 勇者様の表情が、一瞬にしてパッと輝いたのがわかった。

 え、え?なんなの!?




リリィさん、魔弾銃(まだんガン)ゲット(貸与)。
そしてついに小石同士の対面です。


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14・武器屋の娘は若干呆れる

主人公と副主人公、遂に邂逅。


「わたし達はパプニカ王都近くの山で、修業の仕上げをしていたの。

 そしたら、王都の方から火の手と煙が上がるのが見えて」

「恐らくは魔王軍の襲撃だろうと判断して、その中心にいるだろうダイのもとに、彼女の呪文で瞬間移動した…のだが。

 そうか、ダイの使う剣はまだ手に入っていなかったのだな。

 大切な時に騒がせてしまい、申し訳ない」

 傍の相方にちらりと視線をやって、銀髪のイケメンが小さく頭を下げる。

 

「あ、いえ。

 本来なら戦いの場にいる筈の勇者様をお引止めしているのは、我々の都合ですので」

 あの後、唐突に現れた男女を小屋の外に出して、あたしが代表して話を聞き、互いの状況を確認しあっていた。

 あのまま屋内にいては、先生もダイも集中力を乱されかねなかったからだ。

 てゆーか、知っている顔が現れて嬉しそうだったダイはともかく、ロン先生や何故か母を連れて戻ってきた父の呆気にとられた表情と、次の瞬間母が父の脇腹に食らわした肘鉄の鋭さは、ちょっとよそのひとにはお見せしたくなかった光景だ。

 多分その一連の流れの主な原因になっただろう魔族の美女は、うっかり彼女に見とれた男どもの反応を、魔族の自分の外見を怖がっていると解釈したようで、しきりに恐縮していたけど。

 いや怖がらねえわ!

 よく見て、うちの師匠生粋の魔族だからね!

 ん、まあ先生に至っては、突然現れた2人が自分の作った武器を持っていたのを見て、最初だけ警戒してたのもある。と思いたい。

 元々は魔王軍に卸した武器だからね。

 だとしたら魔族だから警戒したって見方も、あながち間違いではないのか?

 それにしてもこのひと、自分の魅力に対する自覚が壊滅的なまでに薄いぽい。

 ポップが言った残念な美人の意味が、この短い時間の中であっさり理解できた。

 間違いなく、このひとが『グエン』だ。

 

「でもポップに妹さんがいると聞いた事はあったけど、まさかお会いできるとは思わなかったわ〜」

「オレは初耳だ。もっともポップはオレに、自分の話などそもそもしてはこないが」

「わたしが聞いた時も、うっかり口が滑ったくらいの感じだったわね。

 あらやだ、あの子思ったよりも秘密主義!?」

「そういうことではないだろう。

 それよりも、離してやれグエン。

 無理に平静を装ってはいるが、明らかに戸惑っているだろう。

 その…リリィ。重ね重ね申し訳ない」

 あ、いえ、別に嫌ではないっていうか、御褒美ですよ?

 なんか知らないけど抱きつかれて、大きいおっぱいがほっぺたに当たってる状況とか。

 前世にあった、サクサクして美味しいけど齧ったそばからポロポロ崩れるあのお菓子とか与えたら、食べこぼしが胸に乗るタイプだなこれは。

 あたしは全部床に落ちるけど、ってやかましいわ。

 

「あはは、ごめんなさいね、リリィ。

 わたし、妹って存在が、なんだか目新しくて。

 ラーハルトが居たから、弟ならなんとなくわかるのだけど」

 …は?ラーハルトって、鎧の魔槍の持ち主だったひとだよね?

 つまりこのひと、ラーハルトのお姉さんってこと?

 

「彼女は、あなたの妹ではなくポップの妹だ。

 そもそもラーハルトは、あなたを姉とは思っていなかったようだが」

「…仕方ないわ。

 境遇が似ていたとはいえ、元々は赤の他人だし、あの子と暮らしていたのは、ほんの半年程度の間だけだもの」

「オレが言っているのは、そういう意味ではないのだが…」

 どうやら違うらしい。紛らわしいな。

 けどそうか。

 元々知り合いだったから、ラーハルトはヒュンケルでなく、このひとに魔槍を託したんだ。

 

「まあどちらにせよ、兄妹というのがどういうものなのかは、オレには判らん」

「あなたはアバンの使徒たちの中の、一番上のお兄さんのようなものじゃないの。

 あ、もし上が欲しいのならば、わたしをお姉さんと思ってくれて良くてよ?」

「弟妹より手のかかる姉など要らん」

「酷っ!!」

 ヒュンケルが頭痛を堪えるような仕草で眉間のシワに指を当てる。

 てゆーか、作中でのヒュンケルは、誰に対しても一歩引いた、クールな表情を崩さなかった筈なんだが、このヒュンケルは若干キャラが違うような気がする。

 ツッコミに容赦がないし、このひと(グエン)相手だと年齢なりの若さが垣間見えるというか。

 このパターンは身近にあった気がしなくもないがそこからは全力で目をそらしつつ、今こうして会話を交わすのを見る限り、確かにこの二人、マァムの言う通り精神的な距離が近そうに見えるな。

 …と言っても色っぽい話ではなく、ヒュンケルは否定したがそれこそ姉弟か、或いは親友みたいな関係性の。

 ただ、それは前世を含めた人生経験で、ある程度人間を観察してきたあたしの視点だからわかる事であって、そもそもそういったことには年齢を考えても不慣れなマァムから見れば、確かに仲が良さげなお似合いの二人に見えるんだろう。

 

 こういう、男女関係すっ飛ばして親友になっちゃった奴らって、意外と厄介なんだよなあ。

 主に互いの彼氏彼女がヤキモキするって意味で。

 しかもどっちも美男美女だから余計な。

 周囲の心の平穏のためにもうお前らでくっついちゃえよと誰もが思うし、実際一通りの修羅場を意図せず巻き起こしたら、なんかなし崩しにくっつく可能性のあるパターンでもあるんだけど。

 

「リリィは魔界の名工のお弟子さんなのね。

 わたしは、ダイのパーティーに加わる以前は、尼僧として旅をしながら各地の専門家を訪ねて、それぞれのお仕事についてのお話をうかがっていたの。

 パプニカの戦いを終えて無事に帰ったら、あなたの先生とあなたにも是非、お話を聞かせていただきたいわ」

「…さりげに死亡フラグ立てんのやめてもらっていいですか」

「しぼうふらぐ?何それ?」

「…何でもありません」

 実はさっきから会話しつつ、神様のタブーに抵触しない範囲で、ちょいちょい前世ワード挟んでたんだけど、そのどれひとつとして、グエンは反応を示さなかった。

 知っててとぼけている可能性もなくはないが、このひと腹芸とか得意なタイプには見えないし、そこは深読みする必要はない気がする。

『グエン』があたし同様、転生者である可能性を考えていたのだが、どうやら違うらしい。

 だがこのひとが物語にとっての異分子である事は、その自覚があろうがなかろうが間違いないし、聞いた限り変化が起きているのは、このひとが関わった部分だけだ。

 神様の意志と全く無関係な存在とは考えにくい。

 まあでも、それは今考えても仕方ないか。

 

「…それはともかく、おふたりの武器は我が師ロン・ベルクの傑作、鎧の魔剣及び魔槍とお見受けします。

 あたしも話に聞くだけで実際に見た事がないので、戦闘準備がてら、鎧化するところを見せていただけないでしょうか?」

 あたしがダメ元で頼んでみると、

 

「いいわよ。じゃちょっと離れてて…鎧化(アムド)!」

「…鎧化(アムド)!!」

 あっさりとグエンは了承してくれて鎧化を実行、ヒュンケルもそれに続く。

 って意外とノリいいなヒュンケル!

 魔剣と魔槍、ふたつとも鎧化(アムド)の発声と共にそれぞれに埋め込まれた赤魔晶が、一瞬輝いた。

 続いて鞘部分が大きく展開したかと思うと、金属のベルトのような形状に一旦変形したそれが、装着者の身体に巻きつく。

 … なるほど。

 この方式ならサイズ調整も自動なわけだ。

 あたしはその光景を見ながら、『みる』を展開した。

 

『魔界の名工ロン・ベルクの傑作、【鎧の魔槍】と、その対の【鎧の魔剣】です。

 ともに、材質は究極まで硬度を上げたミスリル銀。

 鞘中央に配置した赤魔晶に『メタスラのかけら』、合言葉(キーワード)鎧化(アムド)』がインストールされており、それにより属性攻撃及び攻撃魔法の無効、変型、装着、自己修復の機能を有します。

 …ちなみにこの発想は、これを作成した時のロン・ベルク先生の自分ブームが『分解・変型・合体は男のロマン』だったからのようです』

 …これは聞かなかったことにしておこう。

 前からちょっと思ってはいたけど、ロン先生のセンスは若干厨二ちっくだ。

 

『魔剣は防御力重視、魔槍は機動性を重視したデザインですね。

 魔槍には各部に細かい武器が仕込まれており…』

 ここは聞いても覚えられないので省略。

 

『ちなみに魔槍の方、現在は実際のマスターから、事実上貸与されている状態ですね。

 本人は死を覚悟した際、その自身の代わりにと、彼女を守る意志をこの武器に伝えたようです。

 本人は実際には現在、【戦闘不能】なだけの状態ですが。

 なんというか、その意志にすごく深い執ちゃk…思い入れを感じます。

 彼女の事、すごくすご〜く、好きだったんでしょうねえ…』

 …待て。今、執着って言おうとしたよなお前。

 てゆーか、ひょっとしてさっきのヒュンケルが『ラーハルトはグエンを姉とは思っていない』って、そういう意味だったのか。

 女として愛していたら、姉だなんて思えないよな。

 まあラーハルトの事は今はいい。

 そろそろ、送り出さねばなるまい。

 何せパプニカは今滅亡の瀬戸際で、うちの兄たちが必死に戦っている最中なのだから。

 一刻も早く、彼らの助けが欲しいところだろう。

 

「ありがとうございます。大変参考になりました。

 お引止めしてしまって申し訳ありません」

 改めて、うちの先生は天才だと思いつつ、持ち主たちに頭を下げる。

 

「いいえ。

 …出る前にダイに挨拶しても構わないかしら?

 これから剣の誕生を見守らなければいけないのなら、声をかけて安心させてあげたいの」

 それはこちらからお願いすべきことだ。

 頷いて、返事がわりに小屋の扉を開けると、中から全員の視線がこちらに集中するのがわかった。

 椅子から跳ねるように立ち上がったダイが、真っ直ぐグエンの胸に飛び込…えっ!!?

 

「グエン!パプニカが…レオナが危ないんだ!!

 ポップ達が先に帰って、戦ってくれてるけど…」

 だが男の子に腰に抱きつかれても動じることなく、グエンはダイの頭を撫でる。

 

「話は、リリィから聞いたわ。

 これからわたしとヒュンケルも駆けつけるから、心配しないで」

 …いや、このひと無防備過ぎじゃない?

 相手は、そろそろ思春期迎える少年だよ?

 どうなのと思いつつヒュンケルの方を見ると、どうやら既にその光景に慣れきっていると見えて、まったく何の疑問も抱いていないように頷いている。いいのかヲイ。

 

「安心しているがいい。

 おまえの道を拓くのが、オレ達の役目だ」

「ヒュンケルのお陰で、わたしだって強くなったんだから!

 あなたは剣を完成させて、最後の一番格好良いところで、颯爽と登場してちょうだい!」

 グエンはそう言って綺麗に片目をつぶってみせる。

 …美女のウインクいただきましたごちそう様です!

 そしてダイの身体を離して椅子に座り直させてから、ウチの両親それぞれに頭を下げた後、最後にロン先生に向き直った。

 

「…よろしくお願いします、ロン・ベルク。

 あなたの打つその剣は今、この地上全ての希望です」

 その言葉と真剣な眼差しを、先生はさっきの一番カッコいい表情で受け止めて、頷いた。

 

「ああ、大船に乗った気でいろ。

 期待以上のものを完成させてみせる!」

 …けど、あたし知ってますからね。

 ダイがグエンと話してる間、ちっさな声で、

 

『…女が身につけるとああなるのか…ならば胸部のデザインを少し手直しした方が…仕込みナイフの位置とか、男と違って角度がつく分、若干取り辛そうだし…』

 とかぶつぶつ呟いてたの。

 何はともあれ、その場の全員が決意を新たにした空気になる。

 って母さん、アンタ今んとこ、ここに何にも用事ないじゃん…。

 

「…さっき聞いた話からすれば、転移の目的座標は、ポップにしておくのが一番確実かな。

 じゃ、行くわよヒュンケル!」

「応ッ!」

 グエンが伸ばした手を、ものすごく自然にヒュンケルが取る。そして。

 

「ダイ、また後でね!…リリルーラ!!」

 …来た時と同じように唐突に、2人の姿はその場から消えた。

 一瞬『悟◯の瞬間移動?』とか思ってしまったあたしは悪くない。

 

「……作業を続けるぞ。

 ダイ、気を取り直して、しっかり見ていろ。

 オレとおまえの、地上最強の剣が生まれる様を」

「はいっ!!」

 元気に答えたダイの声に、もう焦りはなかった。

 おっぱいは偉大だ。って違うか。

 あと、あのグエン姐さんは多分だが、普通に無自覚な人たらしなんじゃないかと思う。

 

 ☆☆☆

 

 パプニカに現れた岩の巨人が現した真の姿、無数の砲門を抱えた巨大な城から、飛び出してきたガストの大群とやり合いながら、次の手をおれは考えていた。

 

 数が多過ぎる…!!一気に…アレを…!!

 

 そこまで考えた時、ランカークス村に行く前に、ちょっとだけ顔を出して様子を見に行った師匠マトリフの顔が浮かぶ。

 

 ・・・

 

「フィンガー・フレア・ボムズを使ったんだってな…」

 洞窟の隠れ家の中で、それだけはしっかりとした寝台の上で半身を起こした師匠が、おれに問う。

 確かにロモスの武術大会で、ザムザに飲み込まれたダイを吐き出させるのに、氷炎将軍フレイザードの技だったそれを使ったのは確かだが…なんで師匠がそれ知ってんだ?

 

「ああ…話に聞いただけで、実際に使うところは見たことねえんだけどよ。ま、なんとか…」

「二度と使うな…」

 言葉自体は淡々としていたものの、そこに込められた静かな気迫に、おれは思わず息を呑んだ。

 

「なっ…なんで!!?」

「あの技は禁呪法に近い…。

 生死をかえりみない化け物だからできるんだ。

 …並の人間が使うと、寿命が縮まるぜ」

 マジかよ!

 一度しかやったことがないとはいえ、知らずに随分おっかない事をしてたんだと、冷や汗が出る。

 

「いかに仲間のためとはいえ、そんな無茶を続けていると、いずれ…」

 そこまで言ったところで、突然師匠が咳込んだ。

 テランでの戦闘の後から、急激に覇気が弱っちまったと思ってはいたが、口を押さえた指の間から滴る血を見て、只事ではないと感じる。

 否、考えてみれば、この人は齢百を数える老人なんだ。

 これまでも弱った身体に鞭打って、気を張って生きてきたところに、あの戦闘が引き金となって、その蓄積が一気にきたんだろう。

 

「師匠…!!まさか、あんたも…!!!」

「近いな、この調子じゃ…だが縮まって百年なら長過ぎるぐれえだ。

 アバンやロカの事を思えばな…」

 師匠は言いながら口を拭い、半身を起こしているのも辛くなったのか、寝台に横になる。

 そうして姿勢が落ち着くと少し楽になったようで、師匠はおれにもう一度目を向けると、どうしようと彷徨ったままだったおれの手を、思いのほか力強く握って、言った。

 

「ポップ、おまえはまだ若い。

 無理せずとも、いずれは強力な呪文が身につく…」

 それは命を削るほどの無茶をするなという、忠告というよりもむしろ懇願だった。

 

 ・・・

 

 けど。

 

「いずれじゃ困るんだっ…要るのは今だぜ師匠ッ!!!」

 命を削る決意をして、右手に魔法力を込めようとした時に、ふと別の声が思い起こされた。

 

『命を粗末にするなって言ったでしょ!

 あなたの事を好きな人たちの顔を思い浮かべなさい!』

 聞いた話じゃ自分だって、命と引き替えにしておれを助けようとしたらしいじゃねえか。

 あんたの方がよっぽどとんでもねえよ。

 けど、その黙ってりゃ無駄に綺麗なのにどっか残念な女の顔を思い浮かべたら、ちょっと冷静になった。

 魔法は、発想力と集中力!

 馬鹿にしてた補助呪文だって、使い方でいくらでも決め手になり得ると、あいつの戦い方で思い知った筈だ。

 

速度倍化呪文(ピオリム)!!」

 まずは、自分の素早さを上げる呪文を唱える。

 自慢じゃないが、おれは逃げ足の速さなら誰にも負けねえかんな。

 これで必死に躱していたガストのマホトーンを、余裕でさばけるようになった。よし。

 

精神混乱呪文(メダパニ)ッ!!」

 更に、襲いかかってくるガストどもに、同士討ちを起こさせる呪文をかけてやる。

 奴らは目に見えてまごまごしだし、互いにマホトーンをかけあい始めた。

 これでおれの行動に、ますます余裕が生まれる。

 そこに、

 

「ベギラマ───ッ!!!」

 通常よりも集中に時間をかけて溜めた魔法力を、高熱に変換して叩きつけると、ガストの群れは悲鳴を上げて霧散した。

 どんなもんだ。

 そう簡単におれたちを殺れると思うなよ魔王軍!

 おれがガストを一掃したのを見て、下で鎧兵士の大群と戦ってる仲間たちの動きも変わる。

 

「唸れッ!!真空の斧ッ!!」

 クロコダインのおっさんが斧の効果で鎧兵士の動きを止め、マァムがそれを拳で砕く。

 …あいつの馬鹿力、本気で化け物じみてきたな。

 それにチウやバダックのじいさん、あと、ベンガーナ戦車部隊の隊長も続いた。

 だがやはり一体一体潰してくと時間がかかる。

 そして幸い、おれは自分の敵を片付けて幾らか余裕がある。

 

「みんな〜〜ッ!!散れっ!!!」

 さっきと同じように集中に時間をかけて魔法力を練り、それを爆発力に織り上げていく。

 おれの声に従って全員が、鎧兵士の群れの中から撤退した。

 全員、話が早くて助かる。

 仲間たちが充分に距離を取ったのを確認して、おれは手の中の魔法力を眼下に叩きつけた。

 

「イオラ──ッ!!!」

 鎧兵士の群れは、おれの爆裂呪文の一撃で、全て細かい破片と化した。

 

「見たか、全滅だぜっ!

 さあ、残るはあのデカブツだけだ!!」

 だが。

 

「それで勝ったつもりか…愚か者どもめが…!

 我が魔影軍団は不滅の軍団!!

 暗黒闘気のある限り、何度でも甦る…!!!

 この鬼岩城の右胸に位置する(ラング)の間では、常に新しい鎧兵士に、暗黒闘気を吹き込んでいるのだ…!!」

 この鬼岩城を引っ張り出してきた魔影軍団長ミストバーンというやつの声が、おれ達にとって残酷な事実を告げる。

 いくらやっつけても減らねえなんて…!!!

 おれ達の魔法力や体力には限界がある。

 対して、やつらの軍勢は無限…!

 

「…もう…ダメかもしれねえっ…!!」

 思わず口をついて、そんな弱音が漏れたのと、新たに現れた鎧兵士の群れが襲いかかってきたのは、どちらが先だったか。

 だが次の瞬間、圧倒的な力が大地を割り、切り裂かれた地面が、鎧兵士の群れを呑み込んでいく。

 これは……大地斬!!?

 

「こら。情けないこと言わないの。

 らしくなくてよ、ポップ?」

「仮にもアバンの使徒を名乗るなら、この程度の敵で泣き言を言うな…!!」

 おれのほぼ真後ろで聞こえた声に振り返ると、そこにいたのは、構えた剣を地面に突き立てた鎧の男と、その側で手を振る軽装鎧の女。

 おれ達全員が注視する中、男の方が地面から剣を引き抜きながら、感情を抑えた声を発した。

 

「……すべて、倒せばいい…!

 たとえ、奴らが何百回生きかえろうとな!!」

 

「ヒュンケル!グエン!」

「来てくれたかっ!!!」

 おっさんとマァムが2人に駆け寄り、呼びかける。

 …相変わらず、狙ったタイミングで出てきやがる。けど。

 

「うるさすぎて修業に没頭できなくなったから、黙らせに来たのよ!」

「…一度、目的地を間違えて別の場所へ行ったがな」

「それ今言う!?」

 この残念なオネーサンのせいで、今ひとつかっこよく締まらねえ事には、ちょっとヒュンケルに同情した。




ポップはマトリフ様にすすめられてありとあらゆる呪文の契約は済ませてたとの事なので、この話では魔法使い系に適性のある補助呪文は、あまり使わないだけで修得はしてる設定にしてます。
というかグエンの視点が刺激になったマトリフ様がその重要度を見直した事で、ポップに早い段階で契約させてました。
ポップ自身はやはり攻撃呪文よりは下に見ていたから、それまで使う機会はそれほどなかったけど、そのおかげで今回フィンガー・フレア・ボムズを使わずになんとかしたという、これも小石が描いた波紋(バタフライ・エフェクト)


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15・武器屋の娘は静観する

今回、大半は副主人公視点。
つまり、残念まつり開催中(爆


「マァム、元気そうね」

「ええ、グエン。…ヒュンケルも」

「……ああ」

 久しぶりに会ったマァムに、以前より大人びた印象を受ける。

 いかにも武闘家然とした、身体のラインにぴったり沿い両端に深いスリットの入ったワンピースのデザインが可愛いかつセクシーだというのもあるが、修業に入る前には全体的にむちっとしていた身体が締まり、程よい筋肉の付き加減も相まって更にメリハリのきいたボディラインになっているし、何よりその目の輝きに、明らかに自分はこれだというものを見極めた者しか持ち得ない自信が現れていた。

 これは、相当強くなったものとみて間違いないだろう。

 

 …それはそれとして、一瞬互いを見交わしたマァムとヒュンケルの間に、形容しがたい甘い空間が生じており、間に挟まれていたわたしが思わずたじろいでそこから半歩退くと、その光景を苦々しい表情で見つめていたポップと目が合った。

 いや、そんななんとかしろみたいな目で見られても。

 

 ただ、ここのところずっと行動を共にする中で、それとなく聞いてきた話から判断するに、ヒュンケルはマァムをやたら神聖視しているところがある。

 聖母、女神、天使…多分、ヒュンケルの中のマァムはそんなイメージだ。

 パルナ村滞在中のある晩、宿の女将さんがサービスで出してくれたドリンクがアルコール入りという事に気付かず飲んで酔った勢いで説教モードが発動し、

 

『マァムだって生身の女の子で、そこまで神聖視してるのはアンタだけよ。

 ほっとけばいつかどっか知らない男のモノになって、あのくっそエロい体をその男が毎晩好き放題するわけよ。

 そりゃそうよね、あんだけ可愛い子、誰だってほっとかないわ…アンタ以外はね』

 というような事を言ったところ、あっちも酔ったアタマでメッチャ鮮明に想像したのか、見た事ないくらい悶えながら呻いてたから、この先もそのままだとは思わないけど。

 ほほほ、いいわねえ若いって♪

 

「…積もる話は、あのデクの坊を倒してからだ…!!」

 ヒュンケルの薄い青の瞳が、遥かにそびえ立つ城の巨人を映す。

 ああっと、失礼失礼。

 意識が明後日の方に飛んでいたわ。

 

「…フッ…フフフフッ…!!」

 と、何者かの含み笑いの声がその場の空気を直接振動させたように、わたし達のいる空間一帯に響き渡った。

 

「相も変わらずの自信過剰だな…ヒュンケルよ…」

「…ミストバーンだな。そこから出てこい!」

 ヒュンケルが口にした名前は、確か魔王軍の軍団長のひとり…わたしの記憶に間違いがなければ、ヒュンケルに倒されたハドラーを連れていった、禍々しく濃い瘴気の塊のような気を持った男?だった筈だ。

 …うん、声を聞いたのは初めてだが、男なのは間違いないだろう。

 

「どうせ最後に、貴様はオレに倒されるのだ。

 いらぬ手間は省きたいからな…!!」

「フッ…おまえは知らぬのだ。

 我が魔影軍団の強さとこの、大魔王様からお預かりした、鬼岩城の恐ろしさを…!!」

 声と共に巨人の腹部にある大きな扉が、軋むような音を立てて開く。

 

「おまえ達ごとき、こやつらがいれば充分よ!!

 私の顔を見る事など…二度とない!!!」

 腹部に持っていった巨人の手が、そこから現れた複数の影をその上に乗せて、地面に降ろす。

 それは三体の、先ほどより大きな鎧兵士だった。

 

「…行けっ!!!

 我が軍最強の鎧兵士、デッド・アーマーたちよ!!!」

 地響きを立てて地に降り立つそれを見た仲間たちの目が、驚きに見開かれる。

 

「あっ…あれはフレイザードが使った、魔影軍団最強の鎧…!!」

 わたしは初見だったが話には聞いている。

 ダイに核を破壊され炎だけになったフレイザードが乗り移ったもので呪文はまるで効かず、クロコダインすらパワー負けしたという代物だ。

 

「…しかも、それが三体…!!!」

 そのクロコダインが、呻くように呟く。けど。

 

「ねえお師匠サマ。あれ、そんなに強いかしら?

 そう見えないのは、わたしがまだ未熟だから?」

 どうしてもそのように見えなくて、隣のヒュンケルに問うてみると、ヒュンケルの唇に苦笑が浮かぶ。

 

「師匠は止せ。

 あなたに言われるのは些か、こそばゆい。

 …あの程度、今のあなたの敵ではあるまい。

 逆にあなたは奴らの天敵だ。試してみるか?」

 心強いその言葉に、笑みを返しながら頷いてみせる。

 

「オッケー♪みんな、下がっていて!」

「えっ!?で、でも一人では…!!」

「そうだ!

 おまえはまだ、修業をはじめたばかりではないか…!!」

 後ろ手に手を振りながら、わたしがそこから踏み出すと、仲間たちの心配げな声が背中にかかった。

 それをヒュンケルが、落ち着いた声音で制している。

 

「…アバンはダイに3日足らずの間で、大地斬と海波斬をマスターさせたという…。

 不肖の一番弟子とはいえ、わずか数日でもその程度、教授できなければ面目が立たんだろう?

 …それにしてもグエンは規格外だったがな」

 …最後のは正直ちょっと引っかかるが、まあいい。

 

 デッド・アーマーと呼ばれた鎧兵士が、一斉にこちらに向かってくるのに、わたしはそのままの位置で迎え撃つ。

 槍は盾にまだ収納したまま…目を閉じる。

 斬るのは鎧そのものではなく、その中に宿る、(まが)つ力。

 目には見えないそれを感じ、それを滅する力を、手に集中させる。

 その手で槍を引き抜く。力が、槍に伝わる。

 そして…

 

「うわああっ!殺られるッ!!」

「グエンッ!!」

 少年と少女の声が響く中、わたしは槍を薙ぎ、穂先から力を解放した。

 

「アバン流槍殺法・虚空閃ッ!!!」

 

 …次の瞬間、三体の鎧は傷ひとつつかぬままバラバラのパーツに分解されて、音を立てて地に落ちた。

 

 ・・・

 

「以前、オレ達があれほど苦戦した敵を、いともたやすく…!!」

 驚きを通り越して呆れたようなクロコダインの声に、振り返ってサムズアップを返す。が、

 

「…一番最初に虚空閃を成功された時には、正直こちらが教えを請わねばならぬと思ったのだが…まさかその後、初歩の地雷閃で躓くとは思わなかった」

「せっかく格好良く決まったのに言わないでよ!!」

 続いて後ろから聞こえてきたヒュンケルの声には、思わず文句を言った。

 そう、基本的な槍術を学び槍殺法の下地を作ってから、ヒュンケルにアバン流の教えを受けて地・海・空それぞれの技の概念を教え込まれた後、実技に移って一番最初にわたしがマスターしたのがこの虚空閃、ダイやヒュンケルの刀殺法でいう空裂斬にあたる技だった事に、ヒュンケルは『出鱈目過ぎる』と頭を抱えていた。

 けど、わたしは僧侶で、悪しき力を滅する正義の光という概念を、ニフラムで既に顕現化させている。

 わたしにとっては当たり前の概念であり、方法が魔力から闘気に変わっただけだ。

 闘気の操り方さえ覚えてしまえば、難しい事などまったくなかった。

 その後スピード技の海鳴閃を辛うじてマスターしたものの、単純に膂力が足りない為に、本来は初歩の技だというパワー技の地雷閃だけが、未だに修得出来ずにいるのだが、それがヒュンケルに言わせると『どう考えても順番が出鱈目』らしい。

 そういえばルーラの修行をマトリフ様のところでした際に、初めて発動したのがトベルーラだった事で、マトリフ様にも『非常識』とか言われたっけ。

 でもあれはイメージが間違っていただけで本来はできている筈の呪文だったから、別に順番が本当に間違っていたわけじゃない。

 

「仕方ないでしょ!

 あなたやダイと違って、こっちはか弱い女僧侶なんですからね!!

 海鳴閃はできたんだから後もう少しよ!」

 …だからクロコダイン以下全員、そんな『凄い!』から一転した、かわいそうなものを見るような目はやめて!!

 

「今に見てなさい!

 完成させたらダイと2人で、ダブル・アバンストラッシュを撃ってみせるんだから!!」

「わかったわかった。後はオレと交代だ」

 急にぞんざいになったヒュンケルはわたしをクロコダインの方に押し退けると、(つか)を逆手に持った剣を、刃先を下にして掲げた。

 もう片方の手を、(つか)と刃が交わり十字を描く部分に当てて、例の城に向けて構える。

 その身体から闘気が溢れ出し、それが十字部分へと集中するのがわかった。

 …やはり闘気の操作技術は、わたしなどではヒュンケルの足元にも及ばない。

 

「…さあ、前座は終りだ!!

 出てこないと城の首ごと吹っ飛ばすぞ!!

 ミストバーン!!!」

 ヒュンケルの言葉に従って、なのかどうかは知らないが、巨人の頭に当たる部分の、柱の間から、いつかの『衣のモンスター』が、姿を現わすのが見えた。

 

「…来たな…!」

 

 ☆☆☆

 

 そういえば。

 この戦いの直後、 ポップが暗殺されかかるんじゃなかったっけ。

 で、それを助けに行ったダイが超魔ハドラーに負けて、一時行方不明になる流れだった筈。

 くっそ、今更だがあのひとつ目ピエロ、あの時に息の根を止めておけなかった事が悔やまれる。

 でもこのイベントがなければ、敵の本拠地が死の大地である事や、超魔ハドラーや、ひいてはオリハルコンの親衛騎団の驚異も、知る事ができなくなるわけで。

 ん?けどあれでハドラーがダイを下さなければ、オリハルコンの駒をバーン様から賜る事もないのかな?

 いや、なんだかんだでそこは避けられない気もする。

 だとすると、この先は下手にねじ曲げると、あとあと取り返しのつかない事態を招きかねない…のか?うーん。

 そんな事を考え込んでいて、ふと視線を感じた。

 その方向を見ると、ダイが何故か、じっとこっちを見つめている。

 

「…どうかしました?」

「あ、ゴメン。

 …最初はあんまり似てないと思ったけど、たまにすごく似てる時があるね、リリィとポップは」

 ちょっと面白そうに言った勇者様の、さっきよりは明らかにリラックスした表情に、こちらも笑みを返す。

 

「そうですか?

 ふたり並べるとあまり似ていないと言われるのですけど、兄妹ですからね」

 正確には村の大人達が言うには、あたしとポップはあまり似てないけど、間に母さんを挟むとやっぱり似てるという印象になるらしい。

 あと、あたしと父さんもあまり似てないと言われるが、何故かポップを挟むと似てるらしい。

 ひとの目ってのは割といい加減だ。

 どっちかというと実際に目から入ってくる情報よりも、イメージの方で認識する割合が多い。

 

「…ねえ、普通にしゃべってくれないかな。

 ポップと話す時はそんなんじゃなかったじゃん」

 …最初は何を言われているのかわからなかったが、どうやら敬語を止めろと言われているらしい事に、数瞬遅れて気がつく。

 目上の人間やお客さんと話す事が多く、家族や友達以外と話す時には自然とそうなっていたので、自分ではあまり自覚してなかった。

 一応目の前の人もお客さんではあるわけだが…ここは武器を求めにきた客としてより、兄の友達として扱った方がいいのだろう。了解した。

 

「え…あ、そう、だね。わかった」

 ちょっと切り替えに時間がかかりそうだが。

 

「良かったー。

 ポップに似た顔で敬語で話されるの、なんか違和感あってさぁ」

 そういうものか。

 

「…リリィはさ、怖くなかったの?」

「え?」

「モンスターと戦ったんだろ?

 村中のみんなで、とは聞いたけど、リリィはその先頭に立ってたとも聞いたよ?

 ひょっとしたら怪我したり、死んじゃったりするかもしれないのに、どうして」

「…怖かったから、かな」

「……えっ?」

「自分だけでなく、大事なひとたちが傷ついたり、死んだりするのが、あたしは怖かった。

 戦わなければ、この村がなくなってたかもしれないし、そうしたらポップだって悲しむもの。

 だったら、たとえどんなに弱くても力がなくても、自分のできる事で、戦うしかないじゃない?」

 一番先頭に立ってたのは、戦略的な采配ってだけで他意はなかったけど。

 あたしの答えに、ダイは不得要領な顔をしていたが、やがてその口元に笑みが浮かんだ。

 

「そっか。じゃあ、おれとおんなじなんだね。

 おれも、じいちゃんや島のモンスターを守りたいって思ったし、島を出たのはレオナを助けたかったからだし。

 リリィって、ほんとは勇者なんじゃないの?」

「残念ながら、ランカークス村で今、勇者とか英雄とか呼ばれてるのはうちの先生ですー。

 あたしは『魔王』だから♪」

「それなんだけどさ、なんで『魔王』なわけ?

 ポップが、自分が原因だって言ってたけど…」

「……ポップは小さい頃、よく村の子たちにいじめられてたから、弱いなりに守ろうと、力以外の報復を繰り返していたら、いつの間にか」

「ゴメン。

 自分から聞いといてなんだけど、もうそれ以上聞いちゃダメなような気がする」

 ほほ…賢明ですね、勇者様。

 

 槌の音が、まだ響いている。



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16・武器屋の娘は動かない

この回もほぼ全編副主人公視点。


 せっかくなので、勇者の冒険譚を聞かせてもらうフリをして、あたしの知っている物語とどれだけ違うのかを確認することにした。

 基本的に必要な情報は、グエンの行動とその結果だ。

 マァムに聞いたぶんと、ここでのダイの話でわかったことは、

 

 ・グエンは『クロコダインの友達』

 ・グエンがダイたちと初めて会ったのはフレイザード戦

 →彼女がレオナ姫の救出を行い、結果として魔弾銃(まだんガン)が破損を免れる

 ・ベンガーナでの買い物に同行し、共にドラゴンとの戦闘に参加

 →戦闘終了後の一般市民の視線からダイを庇う

 →彼女自身人間から迫害された経験を持つことから、同じ悲しみに寄り添える存在とダイから認識される

 ・また、この時に彼女が選んだ破邪の剣が、結果的にバランとの戦闘での決め手になる

 →鎧の魔剣がやはり消失を免れる

 ・湖畔でのバランとの最初の戦闘時、武器として使っていた棍を、バランの全力攻撃をカウンター技で跳ね返した(!?)際に折れて失う

 ・ダイの記憶がない間は、『改めて、友達になりましょう』みたいな感じで、唯一その時のダイを受け入れてくれたらしい

 ・その後いつのまにか姿を消し、次に現れた時はテランでの再戦時で、ポップやヒュンケルと一緒に駆けつけた

 →その際に武器が例の魔槍に変わっていた

 →竜騎衆との戦闘に加わっていたと推測、先ほど聞いたラーハルトとの関係と、彼の意志で魔槍を託されたというオッサン情報もそれを裏付ける

 ・ポップが一度死んだ際(知識として知ってはいたが実際に聞くとやはりショックが大きい。つか、母さんそれ聞いてちょっと泣いてたし、父さんは呻いてた。この話題だけは、両親の前では避けるべきだったかもしれない)、自己犠牲蘇生呪文(メガザル)でその命を救おうとし、発動する前にバランに阻止され助けられていた

 ・ダイとポップが武器を求めてロモスへ行きマァムと再会していた頃、グエンはヒュンケルと一緒に修業に出ていた

 

 一連の情報を整理して思った事はグエンさんフラグ立て過ぎ…じゃなく。

 細かい変化は確かにちょいちょい起こってるんだけど、基本、物語に忠実に話が進んでいるって事。

 彼女自身に変える意志がないからかもだけど、そこはこの世界の運命になんらかの強制力が働いている気がする。

 だとするとグエンの存在はあまり危険視する必要もないのかもしれない。

 同時に、ひょっとしたら仲間かもしれないという期待も抱いてしまっただけに、結局はこの強制力に戦いを挑むのがあたし一人なのだという現実も、改めてのしかかってくるんだけど。

 …あと、あの残念美女が人誑(ひとたら)しだというあたしの印象は間違ってなかったわけだが、実は一番(たら)されてるのがこの勇者様なんじゃないかと、ちょっとだけ思った事は秘密だ。

 

 ☆☆☆

 

「おまえたちは手を出すな」

 そう言って仲間たちを制し一人で、ようやく現れたミストバーンという男のもとまで、城の巨人の身体を蹴って駆け上がっていくヒュンケルに、ポップが不満げな顔を見せる。

 

「何だってんだ、あの野郎…!」

「許してやってくれ。

 ミストバーンは、ヒュンケルがまだ魔王軍にいた頃、暗黒の闘法を教えていた男なんだ…!!」

 ヒュンケルの行動に静かにフォローを入れるクロコダインの言葉に、その場の者たちの目が驚きに見開かれた。

 ヒュンケルにとって、勇者アバンを光の師とするなら、ミストバーンという男は、闇の師であるのだという。

 ミストバーンと戦うことは、彼にとっては悪しき過去への清算だと。

 そうか、あの男が。

 

 …それはそれとしてここで戦闘に当たっていたメンバーに、いつのまにかわたしの知らない顔が若干混じってるのに今更気付いた。

 見慣れない他国の鎧を着た兵士と…ネズミ?

 まあ、今は自己紹介の時間はなさそうだが。

 

 それよりも重要な事がある。

 

「…それなら、わたしも『ご挨拶』をしなくてはね」

「グエン!?」

 クロコダインが止めようとするのを気付かない振りして、リリルーラでヒュンケルの側まで転移する。

 先に謝っとく。空気読まなくてゴメン。

 

「…!?」

 闇の師弟が相対するその間に姿を現したわたしに、ミストバーンの気が揺らいだのがわかった。

 同時に、呆れたようなヒュンケルの声がかかる。

 

「何故来た、グエン。手を出すなと言った筈だ」

「まあそう言わずに。

 …はじめまして、ではありませんわね、大師匠?

 ヒュンケルの弟子の、グエンと申します。

 ようやくご挨拶ができたばかりでもうお別れになるのは寂しい限りですが、これも運命ですわ。

 せめて地獄へ迷いなく辿り着けるよう、僧侶として精一杯祈りを捧げさせていただきますので、何卒お恨み無きようお願いいたします」

 孫弟子としての、形ばかりの挨拶と同時に槍を構える。と、

 

「どう聞いても悪人の台詞だ、それは」

 こんな時でもヒュンケルはちゃんとつっこんでくれる。ありがたい。

 

「それに、オレはあなたに、闇の闘法は一切教えていない。

 だからこいつを大師匠などと呼ぶな。

 あなたが穢れる」

 だが、この子はわたしと行動するようになってから、どうも説教癖がついた気がする。

 まあしかし、大師匠云々や挨拶はここに割り込む言い訳だから、そこらへんは別にどうでもいいんだけど。

 

「…女。貴様が先ほどデッド・アーマー3体を一撃のみで片付けた技は確かに見事だったが…私まで同じとは見ないことだ」

 若干放置されたような形になったミストバーンの、纏う瘴気が濃くなった気がする。

 

「…一言、断っておこう。

 おまえ達如きの技では、この鬼岩城はビクともせん。

 敢えて出てきてやったのは、ヒュンケル。

 魔王軍を裏切り、バーン様に対し私に恥をかかせたおまえを、この手で葬ってやるためだ…!」

 なるほど。この瘴気の濃さは、彼の怒りの感情というわけね。

 

「随分と喋るようになったな。

 オレにものを教える時ですら、ほとんど口をきかなかったくせに…」

 それに気づいているのかいないのか、ヒュンケルが鼻で笑いながらそう言うと、ミストバーンはそれに答えず押し黙った。

 てゆーか、もの教えるのに口きかないって…。

 

「だが気にすることはない。

 すぐに昔のおまえに戻してやる」

 その押し黙ったミストバーンの暫しの沈黙に答えるように、ヒュンケルが言葉を続けるが…

 

「顔、顔!

 ひとの口上を悪役台詞って言っときながら、今あなたメッチャ悪人ヅラだからね!!」

 思わず発したわたしのツッコミは綺麗に無視される。

 

「…オレに倒されれば、おまえは永久に無言のままだっ!!」

「待ちなさい脳筋!

 無策に突っ込むなって散々言ってるでしょ、もう!!」

 仕方ない。こちらも戦闘を開始することにしよう。

 仮にも師匠に向かって結構ひどいことを言うわたしの言葉にではなく、ミストバーンに向かって物理的に突っ込んでいくヒュンケルの背中からスクルトをかける。

 それによりヒュンケルだけでなく、わたしの身体にも青い光の膜が覆い、それが皮膚に溶けるように消える。

 これで物理攻撃のダメージは半減する。

 相手は仮にも魔王軍の軍団長のひとり、この程度の策は必要でしょう。

 わたし達の仕事はあくまで、ダイが戻ってくるまでの時間を稼ぎ、被害を最小限に抑える事だが、相手が相手だけに、ほんの1分ですら、長い時間になりそうだから。

 

「逃がすかっ!!!」

 ヒュンケルの剣が凄まじい速度で続けざまに攻撃するのに対し、ミストバーンは滑るような動きで躱す。

 そのヒュンケルの動きにポップが驚いているが、あの速度で先程から掠りもしていないのが痛い。

 ラーハルトの時にも思った事だが、ヒュンケルは素早さと器用さに長ける相手とはあまり相性が良くないのかもしれない。

 ひとまずわたしは天に聖なる祈りを捧げ、自身の回復魔力を高めておく。

 何があるかわからないし、万全の状態を作っておきたい。

 と、ミストバーンは動きながら、右手の人差し指を立て、その指が一瞬光ったように見えた。

 それにヒュンケルが気づいて僅かに上体を反らした(恐らく頭で判断するより先に、本能的に身体が動いたのだろう)次の瞬間、彼の鎧の肩口をなにかが掠り、その勢いでヒュンケルの身体が後方に弾き飛ばされる。

 それでも身体のバネで態勢を立て直し、飛ばされた先にしっかり二本の足で着地したヒュンケルに次の一手のチャンスを与えるべく、今度はわたしが攻撃を仕掛けた。

 

「アバン流槍殺法・海鳴閃!!」

 とにかくミストバーンを休ませまいと、アバン流最速の海の技を放つ。だが、

 

「愚かな!うけろッ!!

 ビュートデストリンガー!!!」

 ミストバーンの指が再び光り、それが今度はわたしに襲いかかってきて、それの正体が、ようやく見えた。

 

 それは、爪。

 超高速で伸び、恐らくは鋼並みの硬度を持つそれは、直撃すればわたしの鎧など易々と砕き、その下の身体を貫くだろう。

 

 咄嗟にトベルーラで躱したそれが、足元の地面というか、城の床に当たって、破片を撒き散らした。

 

「見切った!海波斬ッ!!!」

 そこにヒュンケルの一撃が放たれ、キン!と音を立てて、わたしに追撃しようとするそれを斬り飛ばす。

 さすがは師匠。わたしが見たのと同じものが、彼の目にもちゃんと見えていたようだ。

 

「バカめ!!

 この技は左右の指を問わぬのだっ!!!」

 ミストバーンはもう片方の手を翳し、同じように指を伸ばそうとする。

 だが、その動きが突然、止まった。

 

「うっ…こっ!これはっ…!!?闘魔(とうま)傀儡掌(くぐつしょう)!!!!」

 ヒュンケルと初めて会った時、気を失っている彼の肉体の奥に感じたどこか禍々しい気が、今、彼の掌から魔気となって、ミストバーンを拘束していた。

 この技は…確かフレイザードとの戦いの前に炎の柱の前で待ち伏せを受けていたダイが、このミストバーンにかけられていた技ではないか。

 

『ミストバーンは、ヒュンケルがまだ魔王軍にいた頃、暗黒の闘法を教えていた男なんだ』

 先ほどのクロコダインの言葉が頭の中に甦る。

 …なるほどね。つまり、そういうことか。

 

 ☆☆☆

 

「ヒュンケル。ひとつ、聞いてもよくて?」

 本来は最後に修める筈の虚空閃を最初に成功させておきながら、初歩の地雷閃を修められる気配がまったくない中、ひとまず休憩を取っていた時に、ふと思い立って、それまでずっと疑問に思っていた事を、ヒュンケルに訊ねる事にした。

 

「なんだ…?」

()()、どうしてあなたは平気なの?」

 わたしの問いの意味がわからなかったらしく、ヒュンケルは怪訝な表情を浮かべる。

 まあそうでしょうね。わたしだっていきなり言われたら、同じ反応をする自信がある。

 

「…あなたの身体の奥には、普通の人間ならば正気を保っていられないほどの、濃い魔気が(こご)っているわ。

 熟練の僧侶ですら、それを祓うには命懸けになるほどのものよ。

 気がついていないわけではないのでしょう?」

 わたしがそう言うと、ヒュンケルは少しだけ、悲しそうな表情で笑う。

 

「…オレが、アバンに教えを受けた身でありながら、魔王軍に身を置いていた事は知っているな?

 アバンの元を離れた後、オレは憎しみや怒りといった負の感情を糧に、力を得る闇の闘法を学んだ。

 いわゆる『暗黒闘気』と呼ばれる力だ。

 もはや人生の半分以上、それと共に生きていたから、簡単に消え去るものではないのだろう。

 今は自身に禁じているが、使おうと思えば今も暗黒闘気を用いる技を使う事は可能だ」

「つまり、完全に制御は出来ている、ということよね…。

 というよりあなたの血肉のように一体化しているから、祓えば逆に命を落としかねない」

 正直な話、ヒュンケルにどこか後ろ向きな面があるのも、わたしがさっさとクリアした空の技を彼がまだ修めていないのも、このせいではないかと思っている。

 後者に関しては、こんなものを抑え込めるほどの光の闘気を彼は既に有していて、本来なら使えなければおかしいのだから。

 ヒュンケルはこれから先暗黒闘気を使う事はないだろうし、できれば光の闘気で抑え込んでいるうちに、戦いの中で消えてなくなってくれないかと思うのだが、まあいずれはそうなるにしても、それには時間がかかるだろう。

 少なくとも、これを育ててきた年数と同じだけの時間が。

 

「今は光の闘気が優位だからそれでもいいけれど、もし何かのきっかけでこのバランスが崩れ、暗黒闘気が優位になれば、あなたは人ではいられなくなるわ。

 人としての心も感情も消えた、闇の力だけの魔人と化す。

 それだけ危険なものを抱えている事は、よく覚えておいて」

 わたしがそう言うと、ヒュンケルは自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「闇の魔人か…闇の力に堕ちたオレになら、相応しい罰かもしれんな…」

 そんなヒュンケルにデコピンを食らわせ、わたしは彼を睨んだ。

 

「こら。自分を卑下するなって言ったでしょ?」

 綺麗な薄い青の瞳が、ハッとしたようにわたしを見つめる。

 そうよ、ちゃんと聞きなさい。

 次言ったらまたビンタだからね。

 

「…ヒュンケル、わたしはあなたを尊敬する。

 今のあなたがどれだけ清らかな、誇り高い魂を持っているか、そしてその心があなたの戦士としての強さであると、知っているから。

 わたしだけじゃないわ。

 クロコダイン、ダイ、ポップ、マァム…みんながあなたをかけがえのない友と思い、兄と慕い、仲間として尊敬しているのよ。

 あなたが自身を卑下する事は、そんなあなたを大切に思うひとを貶める事だと理解して」

「グエン……」

「まあでも、暗黒闘気については、それほど深く考えなくてもいいかもしれないわね!

 だってあなたが闇に堕ちようとどんだけ頑張ったところで、わたしや他のみんなはそれを許さない。

 意地でもこっち側に引っ張り上げてやるから。

 …わたし達に仲間認定された時点で、そういう運命だから。

 いい加減諦めて、最後にはみんなと一緒に幸せになりなさい」

 できる限り悪そうな顔で笑ってやると、やや呆然としていたヒュンケルの唇から、呆れたようなため息が漏れた。

 そして徐々に、その口角が笑みの形に上がる。

 

「…そうだな。

 その為にこの戦い、必ず勝たねばならん。

 さあ、修業の続きを始めるぞ」

 そう言って立ち上がったヒュンケルは、わたしに向かって手を伸ばした。

 

「お手柔らかに、お師匠サマ」

 その手を取って立ち上がりながら、わたしは軽口を返す。と、

 

「グエン…こんなオレでも、誰かを幸せにできると思うか……!?」

 わたしを立ち上がらせるのに差し伸べた手を離さぬまま、ヒュンケルが問うた。

 

「そう『したい』と思うのならば、『こんなオレでも』は禁止」

 その問いに答えながら、わたしは傍の槍を手に取った。

 

 さあ、ヒュンケルが今脳裏に描いただろう、幸せにしたいと思うひとの為にも、わたしも強くならなければ。

 あの子も今この瞬間、わたし以上に頑張っている筈だから。

 

 ☆☆☆

 

「魔道の技ゆえ二度と使うまいと思っていたが…おまえの最期にはふさわしかろう。

 自分が教えた技で死ね!ミストバーン!!」

 ヒュンケルの掌から糸のように放出される魔気と指の動きがマリオネットの糸のように、ミストバーンの手を自らが望まぬ方向へ動かす。

 

「さあ!その手で…自らを貫くがいい…!!!」

 いや待ちなさい。

 暗黒闘気を用いることは、あなたの人間としての尊厳を失う危険があると教えたよね?

 なにあっさり禁を破って使ってんの!?

 確かにこの一回の使用くらいで、ヒュンケルの闘気が闇の方へ一気に傾くとは思わないけど、それでも危険は危険だ。

 一瞬それに気を取られて、わたしはその時、完全に動きが止まっていた。

 それが良くなかった。

 胸元に強い衝撃を感じたと思った次の瞬間、先ほど躱したのと同じものが鎧の胸甲を貫通していた。

 

「ぐ…はっ……!」

 一瞬遅れて痛みが襲ってきて、呼吸が止まる。

 さすがに鎧の上から肺まで貫通はしていないが、それなりに刺さってるのでかなり痛いし、出血もしている。

 

「グエン!!」

 下から、マァムが叫ぶ声が聞こえた。

 

「バッ…バカな!!こんな筈はない!」

 自分の技が破られた事に、驚きを隠せない表情でヒュンケルも叫び、わたしに駆け寄る。

 倒れそうになるところを寸でで支えられ、覗き込まれた顔に手だけで平気とジェスチャーした。

 意識さえ失わなければ、わたしはベホマで全回復できる。

 彼の負担にならぬよう自分の足でなんとか立ち、手に回復魔力を集める。

 先ほど魔力を高めておいて良かった。

 

「すまない、グエン。

 だがオレの傀儡掌は完璧の筈…それが、何故…!!?」

「……フッ、やはりな。ヒュンケルよ…。

 おまえは、不死騎団長であった頃よりも、弱くなっている…!!」

 ミストバーンがヒュンケルに切り落とされた指を再生し、衣の下の声が弄うように笑う。

 

「正義に傾いたおまえに…以前の暗黒力はないっ!!」

 その手が、先ほどのヒュンケルのものとは比べものにならないほどの魔気を発したかと思うと、それがヒュンケルを捉え、拘束する。

 

「虚空せ……!」

「…いいのか?私は構わぬが」

 その魔気を斬り払い、ヒュンケルの拘束を解こうとした瞬間、ミストバーンは腕を横に払った。

 その腕の動きに合わせて、魔気に捉えられたヒュンケルは城壁より外に出され、宙に浮かんでいる状態になる。

 今この拘束を解いてしまえば、ヒュンケルはこの高さから地上へ真っ逆さまだ。

 そして一瞬の迷いから動きの止まったわたしの身体にも、魔気の拘束がかかる。

 

「くっ……!」

「なっ…なにをする気だッ、ミストバーン!!」

「…おまえは父親から、玩具(おもちゃ)を作ってもらったことは無いのか…!?」

 唐突な問いはわたしではなく、ヒュンケルに向けたもののようだ。

 意図を測りかねてヒュンケルが目を見開いたのは、しかし、一瞬だった。

 ヒュンケルを拘束していた魔気が消え、その手がゴミでも捨てるように、手首だけを下に動かす。

 

「うわああああ─────ッ!!!!」

 巨人の城の最上部、その城壁の外に、魔気だけで吊り下げられていたヒュンケルの身体は、その拘束から解き放たれた瞬間、重力に従って落下するしかなかった。

 

「…壊れた玩具(おもちゃ)は、こうなるのが運命だ…」

 わたしの拘束はまだ解かぬまま、ミストバーンは低く呟いた。

 

「ヒュンケル───ッ!!!」

 誰もが絶望に支配された空間を、悲鳴のような少女の声が切り裂いた。そして。

 

「…マ…マァム…!!?」

 なすすべも無く地面に叩きつけられたかと思われたヒュンケルの身体は、マァムの引き締まった両腕に、辛うじて受け止められていた。

 ヒュンケルの体重と落下速度を、全身で受け止めたマァムが、激痛に顔を歪ませたのが、上から見ていてもわかった。

 

 ……女の子に、なんて無茶させるのよ!

 瞬間わたしの心に浮かび上がった怒りはミストバーンに対してなのか、その場に雁首並べた男どもに対してなのかは、わたし自身にすらわからなかった。




原作をリアルタイムで読んでいた頃にここの、ミストバーンに放り投げられたヒュンケルをマァムが姫抱きで受け止めた挙句背に庇うシーンを見た時、『それはヒロインのひとりとして一番やっちゃいけない行動だろ!』と思った事は今も忘れられない。
【悲報】マァムさん、戦闘力と反比例して、ヒロイン力がポンコツ化する


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17・武器屋の娘は動けない

主人公視点に戻れない…(泣


 ミストバーンの拘束が急に解けたので、わたしはリリルーラで2人の元に転移した。

 

「マァム!診せて!!」

「だ…大丈夫よ、私は…」

「女の子の細腕で成人男性ひとり受け止めといて大丈夫なわけないでしょ!もう、この子は!!」

 痛々しい赤い痣にこっちが涙目になりながら、ひとまず状態を確認する。

 痛そうだがパッと見た感じ、脱臼などがある様子ではない。

 あり得ない、と思った瞬間、マァムの服の胸元のあわせ目から、一瞬赤い光が漏れていた気がして、けれどそれはすぐに消えた。

 …なんだ?いや、今はそんな場合じゃない。

 とりあえず一気にベホマで全回復することにし、それからヒュンケルの方に目をやる。

 

「オレは何ともない。

 だがマァム、なんて無茶を……!!!」

「こら、そんな言い方しない。

 あなたが危ないと思ったら、考えるより先に身体が動いちゃったのよ。ね?

 説教より先に、まずお礼を言いなさいな」

 頭を撫でるとお団子に纏めた髪が乱れるので我慢して、マァムの肩を引き寄せつつ少しだけヒュンケルの方に押し出してやると、ヒュンケルは少しだけ黙ってから、どこか泣きそうな目をして、言った。

 

「…そうだった。ありがとう、マァム。

 そして、済まない。

 オレが不甲斐ないばかりに、おまえに傷を負わせてしまうなど…!」

「そんな事…私は」

 一瞬、2人の間にさっきも感じた甘い空気が漂いかけたが、

 

「まったくだ…」

 次には、そこに割り込む無粋な声がかかった。

 

「ミストバーン!!!」

 他の仲間たちがこちらに駆け寄るよりも早く、いつのまにかそばに来ていたミストバーンは、抑揚のない声に呆れたような物言いを孕んで言葉を続ける。

 

「そんな役立たずの為に自らを傷つけるなど、無益なことを…」

「なっ…なんだとおっ!!!」

「バカ言わないで!!

 ヒュンケルほどの達人が役立たずだなんて…!!」

 殊更に侮辱するというより、心底理解できないといったニュアンスで呟くミストバーンの言葉に、当のヒュンケルと共にマァムも怒りをあらわにする。が、

 

「フッ…その男を達人と呼べたのは、魔王軍で魔剣戦士と呼ばれていた時まで…。

 今は、半端に善悪の武術をかじった、ただのノラ犬よ…!」

 そうだ、先ほどもコイツは言っていた。

 ヒュンケルが弱くなっている、と。

 

「ふっ…ふざけるなあっ!!!

 オレは魔王軍を離れてからも修業を怠ったりはしなかった!!

 レベルアップこそすれ、魔王軍の時より弱くなろうはずがないッ!!!」

「その理由はただ一つ!

 先ほども言ったように、おまえの暗黒闘気の力が弱まっているからだ!!!

 暗黒闘気とは、悪の心から発する生命エネルギー…かつておまえは、アバンへの憎しみをみなぎらせ、私からその操り方を学んだ。

 ……だが、偉大なるバーン様は見抜いておいでだったのだ。

 おまえの心の奥底に眠る、アバンへの想いを…!!」

 ミストバーンが言うには、ヒュンケルは勇者アバンを憎みながらも一方では確かに慕っており、その正の感情から生まれた光の闘気と、憎しみを糧にミストバーンに教えを受けた暗黒闘気、ふたつの相反するエネルギーを身のうちに併せ持っていたのが、魔王軍不死騎団長だった頃のヒュンケルだったそうだ。

 善と悪、光と闇、その両方の力を兼ね備え、ヒュンケルは不死身と呼ばれる強さを誇っていたのだと。

 そのバランスが光に傾いた今のヒュンケルは、かつてより半減した力しか持たないと。

 

「バーン様はいたくおまえをお気に入りだったが…今のその姿を見れば幻滅なさるだろう…。

 死ね、ヒュンケル!

 私の過去の汚点は、私自身が始末する…!」

 かつての師が投げつける衝撃的な言葉に、ヒュンケルが身を震わせ、その肩に心配そうにマァムが触れた。

 

 …けど、コイツはなんだって、こんな事をわざわざ教えるのか。

 もと師匠のプライド的なやつで、アバン様に対抗したいだけなのか、或いはヒュンケルの力を闇側に傾けたい理由でもあるのか…。

 

「…うちの師匠を世迷い言で惑わせないでくださらない?

 余裕のふりをしていても、内心戦々恐々ってわけね」

 というわけで、心底馬鹿にしたような、確実にムカつくだろう言葉と態度をチョイスして、ミストバーンを挑発してみる。

 

「…なにっ!?」

「あら、聞こえなかった?

 それとも、もっと分かりやすく言って差し上げましょうか?

 …寝言は寝て言え、ゲス野郎」

「……!!?」

 そして案の定、ミストバーンの纏う瘴気が濃くなる。

 

「ヒュンケルの裡には確かに、普通の人間ならばその意志すら奪われるほどの暗黒闘気が(こご)っているわ。

 それを溢れんばかりの光の闘気で覆い、封じ込めているのが今の状態」

 その彼に光の力を身につけさせたらミストバーン的に、わたしなど比べものにならない脅威である事は間違いない。けど、恐らくは…。

 

「おおかたヒュンケルを動揺させてそのバランスを崩し、彼の意志を奪って暗黒闘気で操ろうとでも思っているのでしょう?」

 わたしの言葉に、ミストバーンは無言を通した。

 それが肯定なのか否定なのか…まあどちらでも構わない。

 わたし達がいる限り、そんな事はさせないのだから。

 

「…何ですって!?」

 だがそこに、一番大きな反応を示したのはマァムだった。

 ヒュンケルを背に庇い、ミストバーンを睨みつける。

 

「ヒュンケルには手出しさせないっ!

 どうしてもというなら、私が相手よっ!!!」

 …市井の物語なら男女逆になるシーンよねこれ。

 彼女とは男のプライドとかその辺のところを、後で話し合う必要がありそうだ。

 

「…マァム!」

 庇われたヒュンケルが若干涙目に見えるのは、彼女の想いに打たれたからというだけじゃないだろう。

 

「てめえの相手は、グエンとマァムだけじゃないぜ…!

 おれ達もいるって事を忘れんなよっ!!!」

 と、そこにさっきまでちょっと気圧されてたっぽいポップが踏み込んできて啖呵を切る。

 

「そうだ、そうだっ!!」

 …ネズミ、喋ってるの気のせいじゃなかったな。

 そのネズミ君に続き、バダックさんと他国の兵士が構えを取る。

 

「この場の全員を同時に相手にはできまいッ!!!」

 最後にクロコダインが、地響きを立ててその場に立つ事で、ミストバーンは取り囲まれた状態となった。しかし、

 

「フフフッ…」

 ミストバーンの意味ありげな含み笑いに、全員が警戒心を露わにする。

 …どうも足元から、嫌な感じが漂っている気がする。

 

「愚かな虫どもは、網にかかった事すら気付かぬと見えるわ!!」

「ニフラムッ!!」

 ほぼ反射的に発動させた呪文は、しかし弾かれた。

 

「…甘いわ、女!

 そんな初歩の破邪呪文などで祓えると思ったか!!」

 わたしのニフラムに反応して、地面に張り巡らされた暗黒闘気の糸が黒く、不気味に光る。

 

「なっ…なんだ!!?

 このクモの巣みてえなのはっ!!?」

 ここにきてようやく異変に気付いたポップが言い終わるか終わらないかのうちに、ミストバーンの手が動いた。

 

闘魔滅砕陣(とうまめっさいじん)!!!!」

 拳を握り高く上げたミストバーンの手の動きに合わせて、その場の全員が、その魔気の糸に拘束された。

 

「こっ…これは闘魔傀儡掌…!!?」

「しっ…しかしその場の全員を、同時に動けなくしてしまうとはぁっ!!!」

 ポップやクロコダインが、その強い拘束力に驚き、また苦痛に呻く。そして、わたしは。

 

「ぐっ!あっ、ああッ!!!」

「…光の力を操れる貴様が、この場で一番厄介な相手だ…。

 先ほどのふざけた挑発の返礼に…首をねじ切って落としてくれる!」

 まさかの物理拘束。

 例のミストバーンの伸びる指が今、わたしの首に絡みつき、締め上げている。

 しかもいやらしい事に、その締める力は、一気にではなくじわじわと強まっている状態だ。

 

「やめろッ!ミストバーンッ!!」

「この滅砕陣の中で身体を動かせるのは私だけ…どうした、ヒュンケルよ。

 この女を助けたくばおまえの暗黒の力で、この闘気流を破ってみせろ…!!」

「お、おのれ、ミストバーン……!!!」

 …気がつけば、ヒュンケルの闘気が変化していた。

 薄っすらと紫の輝きを放つそれに、ドス黒いものが混じる。

 

「やめなさいっ!

 あなた、いつまでこのゲス野郎の弟子でいるつもりなの!!?」

 掠れながらも、わたしは声が出せる。

 苦しいのは間違いないがその程度の締めつけなのだ。

 これはわたしに声を上げさせて、ヒュンケルの焦りを引き出そうとするヤツの罠だ。

 悲鳴なんか上げない、助けなんか呼ばない。

 こいつの思い通りになんかなるもんか。

 

「黙れッ!!」

「うぐっ!!!」

 瞬間、喉を締め上げる力が強まった。

 意識が、白く染まりかける。

 反対にヒュンケルの気が、どんどん黒く染まるのがわかった。

 駄目…お願い、誰か……止めて!

 

「やめてえっ!!!」

 その場の絶望感を打ち破ったのはマァムの叫びだった。

 黒く染まりかけたヒュンケルの闘気から、邪気が消える。

 

「マ…マァム…!!?」

「あなたのあんな荒んだ目は、二度と見たくない…グエンだって望んでいない!

 戦うなら、正義の力だけで戦って…!!

 あなたなら…必ず勝てるわ!!」

 よく言ってくれたマァム!

 てゆーか、わたしの言うことは聞かないのにマァムの言うことだったら聞くんだなこの残念イケメン!!

 

「…反撃すら諦めたようだな。

 …それもよかろう…三人まとめて死ね!!」

 わたしの首を締め上げるのと反対の手を2人に向ける。

 これはその指を、彼らに向けて伸ばす気だろう。

 マァムもヒュンケルもそこから動けない。

 このままでは2人まとめて串刺しだ。

 

「ビュートデストリンガー!!!!!」

「ウオオオオオォオッ!!!!」

 瞬間、獣の咆哮のような声を上げたヒュンケルの闘気が膨れ上がった。

 同時に剣が閃き、ミストバーンの爪を斬り払う。

 ようやく自由に呼吸ができるようになったわたしは、急激に増えた酸素量の負荷に耐えきれず、思わずその場にへたり込んだ。

 

「なっ…なにっ!!?滅砕陣をっ…!!!」

「…同じ愚を二度繰り返すところだった!オレは…」

 言いながら、ほぼ無意識になのだろう、剣を、持っている手と反対側の腰に付け、やや前傾姿勢の構えをとったヒュンケルは、闘気を剣に集中した。

 

「オレは…正義の光に賭ける!!!!」

 逆袈裟に斬り上げるように解き放たれたその力は、わたしが放つそれとは段違いの、眩く輝く光の斬撃だった。

 

「今…無我夢中で繰り出したオレの技は、もしや…!」

「どう見ても『空』の技ね。

 アバン流刀殺法・空裂斬。

 開眼おめでとう、お師匠サマ♪」

「や…やったわね…ヒュンケル!!」

「…おまえのおかげだ、マァム…!」

 わたしにそうする時とは違い少し躊躇いながらも、その場に膝をついていたマァムにヒュンケルが手を伸ばす。

 その手を借りて立ち上がったマァムの、女の子にしてはやや大きめの手を握ったまま、ヒュンケルは高々と宣言した。

 

「オレは…今ここでおまえに誓おう!!

 たとえ死しても、最期のその一瞬まで、正義の意志を貫くことを…!!」

「ヒュンケル…!!」

 あ、これ多分、今この2人に、わたしの姿見えてないわ。

 とりあえず空気読んで離れる事にし、ミストバーンが怯んでる隙に暗黒闘気を祓って、全員の拘束を解くことにする。

 

「虚空閃!!」

「お、おお…身体が動く」

「さ、サンキューな、グエン…!」

「どういたしまして…さ、改めて仕切り直しよ」

 …心なしか全員が、あっちの2人を視界に入れないようにしてる気がするのは気のせいだろうか。と、

 

「おのれッ…ヒュンケル…!!」

 先ほどの一撃で弾き飛ばされたミストバーンが、立ち上がって呻くような怨嗟の声を上げる。

 頭から被っている衣の顔の部分が僅かに切れ、微かに顔の下半分が覗いた。

 

「ミ…ミストバーンに…!!?」

「……人の顔がっ…!!?」

 ヒュンケルとマァムが驚きの声を上げるが…え?何をそんなに驚いているの?

 …あ、そうか。

 この子たちも最初のわたしと同様、ミストバーンの事を、さっき戦った鎧兵士とかと同種そして高位種の『衣のモンスター』だと思ってたんだな。

 一応ベースにはヒューマノイドタイプの身体があって、それを濃い暗黒闘気が覆ってるってところじゃないかな。

 その一部がヒュンケルの空の技によって切り裂かれ、その下の肉体が出てきたんだろうけど。

 

「…見たな…!!!」

 ミストバーンが纏う暗黒闘気が、更に濃さを増す。

 斬られた指は再生済みらしく、それで顔を覆いながら、もう片方の手をこちらに向けた。

 てっきりまた指の攻撃が来るかと身構えたが、ミストバーンが選択したのは、先ほどよりもはるかに強い暗黒闘気の拘束技だった。

 

「ウオオッ!!?」「ぎゃあああっ!!」

「かっ…身体がっ!ねじ切れそうじゃああっ!!!」

 しかもバダックさんが言う通り、それが身体を締め上げ、捻り上げてくる。

 

「…ゴミどもがああっ…!!

 よくも…よくも…誰にも見せてはならぬ、我が素顔を暴きおったなッ!!!」

 怒りのスイッチがよくわからないが、どうやらミストバーンはブチ切れてるらしい。

 おれは見てねえ、とポップがつっこむが、より強い苦痛で返される。

 

 今一度、虚空閃を…!

 断続的に締め上げてくる暗黒闘気の垣間を縫って何とか腕を動かし、光の闘気を腕に溜め…ようとして、その腕に更に拘束がかけられ、容赦無い力で後ろ手に捻り上げられた。

 痛みで思わず槍を取り落としてしまう。

 

「うっ!がああぁ──ッ!!」

「グエンッ!!」

 これ絶対脱臼してる。

 回復呪文をかけようにも集中が妨げられ、どうしても上手くいかない。

 

「な、何故光の闘気が使えんっ…!!?」

 見ればヒュンケルも同じような状態らしく、剣は落とさないまでも、痛みと拘束で身体が動かせずにいた。

 

「所詮は付け焼き刃!!

 もはやおまえになす術などあるかっ!!!

 …この国の人間全員に、地獄以上の苦しみを味わわせて殺すことが…バーン様への、せめてもの償いだッ!!!!

 泣け!!わめけ!!そして…バラバラになれッ!!!!」

 暗黒闘気の奔流が刃物のように、わたし達の身体を切り裂いた。

 

 ☆☆☆

 

「……完成だっ!!」

 ロン先生が深く息を吐きながらバンダナを外した。

 あたしがそれを受け取って洗濯物籠にひとまず入れ、代わりに手拭いと冷たいお水を渡す。

 

「…なんてえ名前にするね?」

 当然のようにそんなことを口にする父に問われ、ロン先生はなんだか呆然と剣を見つめ続けているダイの肩に手を置きながら答えた。

 

「…こいつはダイの為に生まれた、この世にたった一本の剣だ…したがってその名前は…

 “ダイの(つるぎ)”以外に考えられない…!!!」

「…ダイの剣…!!」

 生まれたばかりのその剣の中心に据えられた赤魔晶が、名を呼ばれてようやく眠りから覚めたかのように、きらりと輝きを放った。

 

「これが…おれのために作られた…おれだけの剣…!!!」

「…手に取ってあげて、ダイ。

 そこから、すべて始まるから」

 その神々しいまでの輝きに圧倒されてでもいるようなダイの背中を、あたしは軽く押した。



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18・武器屋の娘は看破する

リリィさん、ようやく原作開始(爆


 ダイの手が、台座から剣を取り上げる。

 瞬間、『みる』が自動的に発動し、頭の中に例のオッサンが現れた。

 

『できたてほかほか、【ダイの(つるぎ)】です♪』

 …うちの先生の魂がこもった地上最強の剣を、温泉地の土産物屋の店頭で(ふか)してる黒糖まんじゅうみたく言うな。

 

『…何を言われているのかはわかりませんが、勇者ダイ、所有者(マスター)認定完了。

 但し現在、精神波長の合一化が未完了である為、一定レベル以下の敵との戦闘時の使用は不可能です。

 その基準は剣自身の判断となります。

 …どうも材料になっているオリハルコンが、【覇者の冠】時代に器でない所有者の手を転々と渡り歩いた経緯があって疑心暗鬼になっているのと、勇者ダイの持ち物になって以降、しばらくガラクタと一緒に放置されていた事で、若干ヘソを曲げたみたいですね』

 まじか!

 オッサンの言葉を裏付けるかのように、ダイは鞘から剣を抜こうとして呻いている。

 

「なんだこの剣…!!?

 まるでカギがかかったみたいに抜けないよ!!」

 慌てたようなダイの言葉に『あたりまえだ』とでも言うように赤魔晶がまたもきらりと光る。

 

「言ったろ。そいつには魂がある。

 自ら戦う時と場所を選ぶのだ」

 …ロン先生がそれっぽい説明してくれてるし、さっきオッサンの説明してくれた真実は言わない方がいいな、うん。

 

「けっこう、わがままなやつなんだなあ…」

「プライドが高いと言ってあげて」

 けど一応、これ以上剣がヘソを曲げない為のフォローは入れておく。

 

「その理由はすぐにわかる。

 おまえが戦いの中で真の力を欲した時、おまえの闘志に呼応して、自らの意志で封印を解くだろう…!!」

 その先生の言葉に、少し物言いたげな表情で剣を見つめるダイに、あたしはそっと言葉をかけた。

 

「…この剣は確かに生まれたてだけど、覇者の冠だった時代にはあなたよりずっと長い時間、戦いの歴史を見てきているから、その判断に間違いはないと思うよ」

「そっか…よしっ!!」

 ダイが、あたしの目を見返して頷く。

 そうして、鞘に取り付けたベルトを留めて、ダイがその剣を背に負うと、不思議な事にそれこそが真の姿であったかのように、ダイと剣が一体化して見えた。

 ふと、見るともなしにロン先生を見上げると、その表情には、見たかったものを見る事ができた歓喜と、幾ばくかの羨望が、ありありと浮かんでいた。

 …聖石の錬金、急がなきゃいけないな。

 けど天使のソーマなんてレア材料、どう手に入れればいいんだろう。

 流通してないわけじゃないけど、何しろ高価だ。

 てゆーかマァムから預かってるこの魔弾銃(まだんガン)の弾丸を一個でも貰えれば解決なんだけど、これはマァムにとっては師の形見。

 たとえ一本だろうと壊していいわけがない。

 

 壊し…あれ?

 今、なんか引っかかった…なんだっけ?

 まあいいや、今考えても仕方ない。

 

「いつでもいいから、成果はちゃんと聞かせに来いよ!」

「うん!

 本当にありがとう、ロン・ベルクさん!!

 リリィも、おじさんたちも…!!」

 先生の小屋を出て、これから戦場へ向かうとは思えないくらい、穏やかに挨拶を交わす。

 

「…ダイさん。

 ポップをよろしくお願いします…!!」

 母さんが小さな勇者に頭を下げると、父さんはフン、と鼻を鳴らした。

 

「足手まといになるようならほっぽっといても…痛ててっ!!」

 最後まで言い切らなかったのは勿論、相変わらず素直じゃない事を言う父さんの脛に、あたしがささやかな蹴りを入れたのが原因だ。

 

「アハハ…心配いりませんよ。

 おじさんたちが思っているよりも、ポップはずっと強いんですから……あの、だからもうやめようよ、ね、リリィ?」

 最初の一撃と寸分違わぬ箇所に正確に3発目の蹴りを入れようとしたところで、心配そうなダイの声に制止され、あたしは仕方なく脚を引っ込めた。

 父さんが涙目で睨んでくるのは見なかったことにする。

 

「…じゃあ、行ってきま」

「あ、ちょっと待ってダイ。

 …これから全力で戦うなら、ちょっとでも体力温存しないとでしょ?あたしが送ってあげるよ」

「え?」

 確かダイは竜闘気(ドラゴニックオーラ)で魔力を高めなければルーラを使えなかった筈だ。

 あたしが時空扉で送り届ける方が効率的だ。

 …なにせこの戦い、これから戦うお城ガンダムなんかよりずっと強い敵と、連戦しなきゃいけないはずだから。

 

「…あれを使う気か?

 確かに便利だが、あの扉を潜る際の、一瞬視界がぐにゃりと曲がる感覚がどうも慣れん。

 …ダイ、気をしっかり持てよ」

 あれ?そんな感覚あります?あたし、感じた事ないんですけど。

 それはさておき、何にもない空間からどこ◯もドア出す娘の姿を両親の目に晒すには若干抵抗があるので、ダイの手を引いて小屋の裏手に回った。

 何をするつもりかと訊ねる父に、ロン先生が無難な説明をしてくれる。

 そっちは任せても大丈夫だろう。すぐ戻るし。

 

 …と、そんなふうに考えていた時期があたしにもありました。

 

 ☆☆☆

 

 弟子と勇者が去った後、ギルドメインの山から吹き下ろす風に、長い髪がなびくまま佇んでいたロン・ベルクは、傍らに差し出される琥珀色の瓶に気がついた。

 

「…ご苦労だったな。

 うちの娘が戻らねえうちに、一杯()れよ」

 それを差し出す手は、弟子の父親で、唯一友と呼ぶべき人間のもの。

 その瓶が自分の一番好きな種類の酒であると気付いて、遠慮なくそれを受け取ると、笑みを浮かべながら片手で栓を飛ばす。

 

「気がきくな。年の功ってやつか?」

 その言葉に、友が肩をすくめながら、大して気にもしていないふうに返してくる。

 

「よく言うぜ!

 オレの何倍も生きてやがるくせによ!!」

「…魔族の生は密度が薄い…。

 人間の何倍も生きられるもんだから、ダラダラ生きてるヤツが多い。

 何百年生きたって、中身がカラッポってヤツも少なくない。

 こんなにうまい酒が飲めるやつは何人もいないさ…!」

 種族が違えば寿命も違う。

 生きている時間がまったく違う。

 目の前の男も、その娘も、いつかは必ず自分を置いていく。

 

「…今日はとことんつきあうぜ、ロン!!」

 …ならば今、共に酒を汲みかわせるこの時を、大切にしなければならん。

 決して言い訳じゃないからなと、言い訳としか思えない言葉を、すぐに戻ってくるであろう弟子の為に、ロン・ベルクは頭の中で用意していた。

 

 ・・・

 

「あなた…」

「おう、スティーヌ。

 さきに帰ったんじゃなかったのか?」

「リリィが…戻ってこないんです」

「…なにぃ!?」

 目の前で友人夫婦が交わす会話に、さすがのロン・ベルクにも微かにまわっていた酔いが、瞬間いっぺんに醒めた。

 

「あの……馬鹿…!!」

 

 ☆☆☆

 

 今思えばこの時、事前説明をきっちりしておけばよかったんだと思う。

 扉を出現させ、目を丸くしているダイの前で、一旦扉を開けて周囲が海とかでないことを確認し、やや宙空の高い場所だったので位置を微調整…していたらそれは起こった。

 

「え!?あれパプニカのお城だよね!!?

 ここから行けんの?どうなってるの!?」

 あたしの後ろから覗き込んでいたダイが、そこから見える風景に驚いたついでに、一歩踏み出してしまい、

 

「わわっ!!!」

 当然のことながら、脚を踏み外した。

 というより、落ちた。

 ……どうやら反射的にらしいが、あたしの手を掴んで。

 そして、時空扉はあたしが通るか、その手で閉じるかした瞬間に消える。

 

「きゃ───っ!!!!」

 パプニカ王都の宙空、少なくとも二階建てより高い位置から、あたしは勇者と共に落下していた。

 

 ────ドウン!!

 

「…っ……!?」

 …確かに痛いけど、思ったほどじゃない衝撃に、あたしは恐る恐る目を開ける。

 

「ごめん、リリィ。大丈夫だった?」

 …見渡せば、恐らくどこぞの家の屋根の上。

 申し訳なさそうにあたしの顔を覗き込む勇者は、こうして見ると普通の男の子にしか見えない。

 

「う、うん…平気…」

 言いながら、あたしはその場で時空扉を再び出…そうとした。だが、

 

『時空扉は5分に1回のみ使用可能です。

 次に使用できるのは4分12秒後になります』

 唐突にオッサンの声がメッセージとして脳内に流れ、あたしは愕然とする。

 まじか!連続使用の必要がこれまでなかったから気がつかなかったわ!!

 

「どうしたの?」

「…時空扉、5分間置かないと使えないの。

 心配しないで。5分経ったら勝手に帰るよ。

 それよりも、ほら」

「…あっ!」

 少し離れたところで、多分だが勇者パーティーと敵…ミストバーンという、大魔王バーン様の腹心である敵幹部…との戦闘が起きている。

 そしてその向こうには、巨人の影。

 一刻の猶予も許されないはずだ。

 ダイは頷くと、背の剣の(つか)に手をかけ…やはり抜けないことを確かめてから、腰のベルトに付けていた鞘からナイフを出して、構えをとった。

 

「ぐああああ────ッ!!!!!」

「ヒュンケル───ッ!!!」

 どうやらミストバーンがかけた暗黒闘気の圧力で圧死させられそうになっているらしいヒュンケルさんに向けて、技を放つ。

 確か暗黒闘気に唯一対抗できる『空』の技だ。

 勇者が放つ光の斬撃は、バチッと音を立ててミストバーンとの間の空間を切り裂くと、ヒュンケルの身体を吹っ飛ばすと共に、その拘束から解き放った。

 

「ダイ!!!!!」

 全員の視線が、こちらに集中する。

 

「…って、リリィ!?

 なんでおまえがここに居るんだよっ!!?」

 …そこはつっこまないでいただけると助かります、お兄様。

 あたしも来たくて来たわけじゃありません。

 

「……貴様か、ダイ…!

 姿が見えんと思っていたが、新しい剣を探していたというわけか…面白い!

 (ドラゴン)の騎士の力に耐え得るものかどうか、見せてみるがいい…!!」

「…やだよ!!」

 ミストバーンのリクエストに応えたくても応えられない現状を、いかにも余裕というように、ダイがニカッと笑って却下する。

 

「おまえなんか見せる相手じゃないって、この(つるぎ)が言ってらあっ!!!」

「こっ…小僧っ!!!のぼせ上がりおって!!!」

 どうやらいつもは沈着冷静なミストバーンさん、今日はブチ切れてらっしゃるようです。

 

「貴様もこの滅砕陣に呑まれて果てろ…!!!」

 先ほどヒュンケルにかけていた拘束技を、今度はダイに向けて放つ。

 って!今、ダイと一緒に居るあたし、普通に巻き込まれる流れなんだけど!!

 

「ひっ!!」

 避けようにも傾斜のある屋根の上、身動きもかなわずあっさり体が拘束されるあたしの存在をまる無視して、ダイが足元の屋根を蹴り、空中高く跳躍する。

 

「…そのぐらいの技なら普通の武器でも充分だ!!

 アバン流刀殺法・空裂斬!!!」

 再び放った光の闘気が、地面の上にクモの巣状に広がる暗黒闘気の網の、中心へと放たれ、地面に亀裂が走ると共に、それに捕らわれていた仲間たちが次々と、その場で動き出すのが見えた。

 その怪しげな輝きがすべて消えた地面に、勇者様が降り立つ。

 

「大丈夫か!!?みんな!!!」

「ダイッ!!!!」

 兄を含め、その場の仲間たちがダイに駆け寄るが…

 

「た、助けて!落ちる───っ!!」

 屋根の上で暗黒闘気の束縛を受け、すぐにそれから解き放たれたあたし、動かなければ保たれていた筈のバランスを完全に崩して、今、屋根の上から滑り落ちかけております。

 

「あっ!忘れてた!!」

 なんか不届きな台詞が聞こえたが今はいい!

 

「リリィ!!」

「きゃあああ──っ!!!!」

 そしてあたしの足が屋根の(へり)すら踏んでいない状態となり、当然の事ながら落下して…

 

 ──ぼっすん☆…あれ?

 

「おっさん!」

「ナイスキャッチ♪クロコダイン!!」

「怪我はないかね、お嬢さん?」

 頭の上から聞こえてきた渋い声に、思わずがっちり瞑ってしまっていた目を開けると、あたしは妙に男前なワニさんの両腕に、すっぽりとおさまっていた。

 

 …獣王クロコダイン!?

 

 何を隠そう前世のあたしの、超魔ハドラーの次くらいに萌え対象だったのがこのひとだ!

 …あれ?でも、あたしの知ってるクロコダインは、確か隻眼だった筈なんだが、このひとはちゃんと両目開いてるな?ワニ違いか?

 でもさっき、多分グエンさんの声が確かにクロコダインって呼んでたから、ひょっとしたらこれも、彼女の存在による変化なのか。

 うん、それにしても…。

 

「おっと…済まんな。

 市井のお嬢さんに、この顔は恐すぎるか…」

「…かっこいい」

 思わず口から零れ出たあたしの言葉に、クロコダインとおぼしきワニ紳士が目を(みは)る。

 

「………え?」

「…あ!し、失礼しました!

 助けていただいてありがとうございます!!

 あと、兄がいつもお世話に…!」

「おっさん、うちの妹がホント済まねえ!」

 こちらに駆け寄ってくる兄の言葉に、クロコダインがあたしとポップを交互に見てから、そっと下ろしてくれる。

 紳士だ、紳士すぎる。

 

「てゆーかリリィ!

 おまえ、ほんとになんでここに居るんだよ!」

「ごめん、ポップ。

 おれが連れてきちゃったみたい。

 5分経てば帰れるみたいだけど」

「おまえか〜〜っ!

 ただでさえ厄介な敵と戦ってる時に、それ以上の厄介ごとを持ってくるんじゃねえよ!!」

 …それはどういう意味でしょうか、お兄様。

 念の為もう一度時空扉を出そうとしたら、

 

『時空扉は5分に1回のみ使用可能です。

 次に使用できるのは3分14秒後になります』

 というメッセージが流れた。長いな!

 前世でバトル漫画なんか読んでる時に、

 

『十秒でこの勝負に終止符をうつ!!』

 とか言ってカウントダウンしながら会話する敵のシーンなどを見て、

 

『いや、それ言ってる間に秒数経ってるよね?』

 的なツッコミをしていたものだが、実際当事者になってみると、こういう時は嫌がらせかってくらい、時間の流れるのって遅いもんなんだね。

 

 …しかもこの時のあたしは、非戦闘員にとっての戦場ど真ん中での5分がどれほど長いか、考えすら及んでいなかった。

 そうだよね!

 カップうどん作るときすら普通に長かったのに、一歩間違えたら死と隣り合わせの状況での5分なんて、永遠にすら思える時間だよね!!

 

「と、それはともかく。

 どうしたんだよ、新しい剣は!!

 完成しなかったのか!!?」

「それは…」

「危ないッ!!」

 呑気に会話してる兄たちに向けて、上空に浮かびながら…技名あったよな、確か…えっと、ビーフストロンガー?いや、絶対違うけど、なんかそれっぽい響きの名前の、鋭い指…爪?を伸ばして攻撃する技を、ミストバーンが仕掛けてくる。

 と、次の瞬間何か円盤状のものが飛び、その伸びてきた爪を全て切り落とした。

 それは大きく弧を描いて回転しながら、放った人の手に戻る。

 

「グエン!!!」

 それは鎧の魔槍の、左腕につけられているちいさな盾。

 ダイに呼びかけられた綺麗な顔が、答えるように微笑んだ。

 

 …その顔が一瞬、痛そうに歪んだ気がするが気のせいだろうか。

 

「盾がブーメランに!!?」

「あの鎧の魔槍ってやつは、一体いくつの武器がついてんだよっ!!?」

 ごめんなさい、一応『見』たけど覚えられませんでした。

 

「正確なところは、わたしも検証しきれてないから、後で製作者に聞くことにするわ!

 それよりダイ、ミストバーンはわたし達に任せて!あなたは、あっちをお願い!!」

 グエンが指差す方向を見れば、城の巨人が建物を踏み越えて、高台にある塔のような建物に向かって歩いているところだった。

 

「きょ…巨人が、大礼拝堂に…!!!」

 確かあの場所にレオナ姫と、彼女が招集した世界の王様が集まっていたんだっけ。

 

「あの鬼岩城には、半端なパワーは通用しない!!

 おまえの力で…なんとか食い止めてくれ!!!」

「わたし達は残る力すべてをふるって、あのミストバーンを食い止めるわ!!!」

 行って、ヒュンケルとグエンが、向かってきたミストバーンに攻撃を仕掛ける。

 どうやらグエンさんは『空』の技を使えるようで、ヒュンケルと連携し、更に飛翔呪文なども駆使しながら、戦っている…けど、ちょっと動きが変だ。

 

「で、でもグエン!

 ひょっとして肩、怪我してるよね!?」

 同じ事に気付いたらしいダイが、彼女の背中に向かって叫ぶ。

 

「いいから行きなさい!わたし達を信じて!!」

「行けっ!!!行くんだダイッ!!!!」

 そうか、グエンの動きが不自然なのは怪我をしているからだったか。

 けどあのひと僧侶だし、回復できるんじゃ…って、そうか!

『暗黒闘気で受けたダメージには、回復呪文が効かない』って設定だった!!

 

「そうだぜ、おれ達だってまだ戦える!!!」

「レオナ達を守って…!!」

 …けど、同じ攻撃を受けていた筈の、兄たちの組は平気っぽい。

 単に、ダメージの程度の問題なんだろうか。

 

「…わかった!!!見ててくれ、みんな!!

 ロン・ベルクさんの作った、この剣の威力を…!!!」

 仲間たちの覚悟を受けて、ダイが紋章の力を使い、城へと飛ぶ。

 

「使えんのかよ…あの剣…!?」

 うちの兄が心配そうにそんな事を言いやがったのが、ちょっとムカついた。

 うちの先生が完成もしてない剣を持たせるわけがないでしょう。しかし、それよりも。

 

「ダイ──ッ!

【鬼岩城】は頭部にある司令中枢の玉座から、搭乗者の魔力で操縦されます!

 故に、搭乗者を守る為に、その部分が一番頑丈に作られ、多少の攻撃ではビクともしません!

 けど、起動装置があるのは左肩部分!

 そこを破壊すれば、全身の機能が停止します!!」

 動いている鬼岩城を『見』た瞬間、頭の中のオッサンがまくし立てた情報を、あたしはそのまんま復唱して叫ぶ。

 

「…!!小娘、貴様、何故それを…!!?」

 以前、ロン先生が言っていた。

 あたしの『目』は、状況によっては軍事利用されかねない能力(ちから)だと。

 その意味が、ようやく今、はっきりと実感できた。

 あの巨人の城はいわば、一国どころか世界をも滅ぼせるほどの兵器。

 それの弱点がこうもあっさり看破されては、確かにそれを持つ者にとってはたまったものではない。

 最終的には命の危険すら出てくるという警告は、決して大袈裟じゃなかった。

 

「リリィ!危ない!!」

 一瞬呆けていたあたしに、どうやら例のミストバーンの爪が向かってきていたらしい。

 ポップがあたしを抱えて飛び退き、元いた場所の地面が抉れる。

 どうやらグエンやヒュンケルが追撃を防いでくれてるらしく、それ以上はあたしに向かっての攻撃はない。

 

「おまえ、今のってどういう…って、話してる時じゃねえな。

 後でちゃんと話聞かせてもらうから、今はそっちの隅にでも隠れてろよ!!」

 あたしを地面に下ろしたポップの言葉に頷いて、少し離れた建物の陰に走り込む。

 ポップがその場から飛び去り、それを見ながらほうっと息をつく。

 それから、もう一度時空扉の使用を試みた。

 

『時空扉は5分に1回のみ使用可能です。

 次に使用できるのは0分02秒後になります』

 おっしゃ!ちょうどいいタイミングだ!!

 と、今度こそともう一度、扉を出そうとした瞬間、

 

「ハロォ〜、久しぶりだね、お嬢さん」

 と、魂を底冷えさせる声が、背後から聞こえた。

 振り返る前にその正体に気付き、そこから駆け出そうとした時、同じトーンで小さく囁く声が続いた。

 

「スペード・テン」

 次の瞬間、あたしの足元から、無数の剣のような突起が現れ、それがあたしを取り囲んだかと思うと、あたしの頭の上で、先端が一つにまとまって閉じられる。

 

「キャハハハハッ!

 やったあ〜!!ざまあみろ〜〜!!!」

 大きな鳥カゴのような形状の檻に閉じ込められたあたしを見て、死神の肩の上で、ひとつ目ピエロが甲高い声で笑った。




そしていきなりのピンチ(爆


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19・武器屋の娘は死神に拉致される

グエンとバランがお互い『なんか虫が好かない』程度の感覚だったのに対し、リリィとキルバーンはもう『不倶戴天』くらいのとこまでいってると思います。
まあ、この場合悪いのは一方的にリリィの方なんですが(笑


「この間は、ピロロがお世話になったからね。

 是非ともお礼をしなくちゃと、ずっと思っていたんだ。

 もうボク達の仲だし、そろそろ名前で呼ばせて貰って構わないかな?

 会えて嬉しいよ、リリィ。ウフフフッ……」

 いやどんな仲か。

 実に白々しい台詞を『キルバーン』が吐きながら、アタシの入った『鳥カゴ』を撫でる。

 兄たちはミストバーンとの戦闘に入ってしまい、あたしの窮地には気付いていない。

 ここで気付かれて動揺されるのも厄介なので、却って有難いのかもしれないが。

 そんなあたしの視線に気が付いたのか、『キルバーン』はその仮面からの連想を裏切らない含み笑いをする。

 

「あの魔法使いクンは、なかなか侮れないねぇ。

 以前見た時には、ダイ君の足を引っ張ってるようにしか見えなかった子が、今はパーティーの主力になって戦っているなんて。

 これが人間の言う『士別れて三日なれば即ち更に刮目して相待すべし』ってやつかな?

 まさかキミのお兄さんだとは思わなかったけど。

 でも言われれば確かに、油断のならないところなんかはソックリだよねぇ。

 ウッフフフフフッ……!!」

 あたしとポップの関係をもう知ってるって事は、少なくともさっきのクロコダインとのやりとりは確実に見ていたって事だ。

 てゆーかコイツは原作でもポップを一番警戒していたから、そこに妹であるあたしの存在が、更に輪をかけちゃったって事か。

 ヤツがなんのつもりであたしを捕まえたのかは知らないが、人質にせよ殺す気にせよ、大人しく捕まったままでいるわけにはいかない。

 カゴの中で、ひとまず時空扉を出そうと試みる…が、現実は非情だった。

 

『時空扉の使用には、使用者の周囲に最低1.5㎥の空間が必要となります。

 リリィさんのいる檻は、その条件を満たしていません』

 まじか!

 確かに今まで狭いところで出そうと思ったことも、その必要もなかったから気づかなかったけど、さっきの時間制限といい、思ってたより制約多いよ時空扉!と、

 

「今、何かしようとしたみたいだけど、ムダだと思うよ。

 その呪法檻は、魔力やそれに類する力を通さないからね」

 そうなのか?でも隙間あいてるし、そこから手は出せるんだけど。

 ものは試しにカゴの隙間から、ポーチにまだいくつか残っていた爆弾石を一個投げてみる。

 勿論、『ピロロ』に向かって。

 

「あ痛っ!

 ホントにキミ、ボクの事目の敵にしてるよね!!」

 …命中はしたが、どうやら不発らしい。

 というか、爆弾石の破裂力だけが、多分檻の隙間をくぐり抜けた時に切り取られたっぽい。

 投げた時に一瞬ビリッと静電気みたいな感覚を指先に感じたのは気のせいじゃなかったか。

 念の為足元に『あなほり』を試してみたが、こっちは発動すらしなかった。

 これでは恐らく、マァムから預かっている魔弾銃(まだんガン)も作動しない。

 なるほど、あたしの能力には魔力由来のものはないから大丈夫と思っていたが、そこはむこうも考えてるって事か。

 多分だがフレイザードが使った禁呪法の結界の、簡易版みたいなやつなんだろう。

 

「相変わらずつれないなあ。

 ピロロばかり構って、ボクの事は見てくれないんだ?」

 その言葉につられ、あたしは『キルバーン』に目を向ける。

 

『前に見たのと同じ【死神人形(アサシンドール)】です。

 以前と特に能力や機能の変化はありませんが、強いて言えば司令中枢の黒魔晶に貯められた魔力が、1/3くらいになっている事ですかね。

 この間【時空の結晶】を錬金した際に一旦枯渇して、そこから徐々に補充したみたいです』

 …どうやら『みる』は使用可能らしい。

 うん、基準がまったくわからない。いいけど。

 

「この檻はねぇ、キミの事だけを考えて、キミの為に特別に作ったんだよ。

 キミの能力の全貌がまだよくわからないから、あらゆる可能性を考慮したんだ。どう?」

 ああ、それでまず魔力封じなのか。

 あたしの使う技が、どの系統の技なのかがいまいち掴めなかったから。

 まあ、よもや商人系の技能を戦闘に応用している馬鹿が居るとは思わないだろうからね。

 ってやかましいわ。

 そういえば今あっちで戦ってるグエンさんは、トラマナを防御系呪文として使用したって言ってたけど、意外と彼女はあたしと発想が似てるのかもしれない。

 今はそんな事どうでもいいが。

 

「いや全然嬉しくないし!

 …あたしに乱暴する気でしょう!?

 エロ同人みたいに!工口同人みたいに!!」

 そんなわけないとは知ってるけど、とりあえずお約束なので言っておく。

 

「…何を言われているかはわからないけど、まあ見ているといい。

 人間ってやつは、自分が痛めつけられるより、目の前で仲間が傷ついていくのを、何も出来ずに見るしかないことの方に、苦痛を感じるものなんだろう?

 勿論、ボクらには理解できない感情だけど」

 おのれ。悪趣味、ここに極まれり。

 その言葉にあたしは思わずキルバーンを睨みつけた。

 

 …今、『ピロロ』が『キルバーン』の肩にいる状態で良かったと思う。

 そうでなければ、先ほどからふざけた言葉を発している死神をまったく無視して、使い魔のひとつ目ピエロの方を睨みつけているという不自然な状況を、誤魔化しきれなかっただろうから。

 

 ☆☆☆

 

『…潰れろッ!!!!』

 諸国の王や重鎮たちが集まる大礼拝堂に、城の巨人が迫り、その巨大な岩の拳が、彼らをひとまとめに叩き潰そうと振るわれた。

 次に来る衝撃と悲劇を予想して、そこに居る者たち全員が、心臓を握りつぶされたような恐怖に恐れ慄いた刹那。

 

「うおおおおおおおっ!!!!!」

 咆哮をあげながら真っ直ぐ巨人に突っ込むものが、その場にいた誰の目にも、一筋の閃光にしか見えなかったろう。

 それは巨人の頭部にぶち当たり、砕ける事はなかったが、それでもその巨体がバランスを崩し、ぐらつく。

 

『なっ…なにいっ!!?』

 声を発したのは、巨人の操縦席に座した、シャドーと呼ばれる魔物。

 そいつが傾いた巨人の体を慌てて立て直すと同時に、大礼拝堂の鋸壁の上を、先ほどの閃光の正体である、小柄な少年の両足が降りたち、踏みしめた。

 それを目にし、パプニカの若き指導者、王女レオナが、その美しい(かんばせ)を、輝かんばかりに綻ばせる。

 

「ダイ君!!」

 そこに立ったのは、彼女の勇者。

 この地上に生きる、全ての者たちの希望。

 それが、再びこちらに向かって歩を進めてくる城の巨人に向かいながら、背に負った小振りの剣に呼びかける。

 

「さあ…おれの(つるぎ)よ!

 今こそ、おまえの力をかしてくれ!!!」

 その勇者の呼びかけに応えるように、彼の背に負われた剣に埋め込まれた赤い宝玉が輝いた。

 

『愚かな!!剣で城が斬れるかっ!!!

 貴様もいっしょに潰してくれるわ──ッ!!!!』

 城の巨人が無造作に振り上げた右手が、剣に手をかけた勇者と大礼拝堂に迫る。

 本来なら手の一振りで、その言葉を実行するのはたやすい事だったろう。

 だがその瞬間、剣の宝玉の輝きが強さを増し、勇者の求めに従って、その封印が解かれた。

 竜の力を纏い鞘から抜き放たれたそれは、そこに閉じ込められていた力を解放するが如く白い軌跡を描く。ほんの、一閃。

 …だが光は、巨人の胸元を通り過ぎただけのように見え、そのまま消える。

 

『フ…フハハハッ!!

 だから言ったろう、そんな攻撃など……ッ!!?』

 嘲るようなシャドーの言葉が止まったのは、本来なら城にその魔力を伝えて動かせる筈の、玉座の操作盤(コントロール・パネル)が、全く反応を示さなくなったからだ。

 次の瞬間、巨人の右肩から横一直線に亀裂が走り、それが胸を通って左肩まで続いた。

 

『なっ…なにィッ!!?』

 巨人の両腕が肩の部分から、重力に従って落下する。

 更に魔力が途絶えた事で、胸から下の部分も崩れ落ちる。

 土台の部分が壊れてしまえば、上もまた連鎖的に落下するしかなく、一度バランスを崩した城壁は、その自重に耐えきれず、あっという間に瓦礫と化した。

 

『バカなあっ!!!バカなバカなっ!!!!

 バーン様自慢の鬼岩城が破壊されるとはっ…!!!

 あの小僧、いったい何を…っ!!!』

 だがシャドーのその疑問の答えを、彼が知る事は永遠になかった。

 

「くらえええええっ!!!!」

 再び、今度は縦方向に振るわれた勇者の剣の一閃が、次の瞬間には彼の居る玉座ごと、その暗黒の生命を両断していたのだから。

 

『ミ…ミストバーン様ァ〜〜〜ッ!!!!』

 

 ☆☆☆

 

 城の巨人がバラバラに崩れ落ちる光景が、あたしの今いる場所からもはっきり見て取れて、自身の置かれた状況はさておき、先生の腕の確かさにひとまずホッとして、貧相な胸を撫で下ろす…ってやかましいわ!

 それまで戦闘中だった兄たちが一瞬動きを止めてその光景に見入っており、最前線にいたグエンとヒュンケルが、めっちゃ悪そうな表情で笑って頷きあってるのがわかった。

 そして彼らと相対していたミストバーンは、あろうことか敵に背を向けて宙空で棒立ち(言葉のチョイスにやや違和感)したまま、崩れゆく城の巨人を見つめており、あたしの位置から見てもわかるほどに肩を震わせている。

 

「スキだらけだぞミストバーン!!!空裂斬!!!!」

 その背に向かってヒュンケルが放った技が、その肩を貫いた。

 もう少し下に当たっていればとチウが残念がっているが、技を放ったヒュンケルは、それが当たった事に逆に驚いているようだ。

 

「なんという失態…バーン様の鬼岩城を、あのような姿に…!!

 …これも私が、ダイの新しい剣の力を見抜けなかったせい…私の…私のせいだあああっ!!!」

 これまでの冷静さをかなぐり捨てて、咆哮するが如く叫ぶミストバーンに、多分その場の全員がドン引きした。

 ええと、これ『あァァァんまりだァァアァ』とか泣き出したあとスッキリするやつだっけ…あ、いや違う。

 多分だけど作品違う。

 

「へっ!!どうだくやしいかっ!!!

 おれたちの力をなめてっから、そーいう目に遭うのさッ!!

 とどめはおれの呪文でっ…!!」

 あ、ドン引きしてないやつが1人いた。

 割と調子に乗りやすいのがポップの長所でも短所でもあるが、確かこれって…!

 

「待てポップ!!今、迂闊に攻撃するな!!!」

「焼け焦げろっ!!!閃熱呪文(ベギラマ)──ッ!!!!」

 ヒュンケルの制止も間に合わず、攻撃呪文をポップが放つと、ミストバーンがようやく振り返り、それをまっすぐ胸で受け止める。

 本来ならその高熱で燃え落ちるはずの衣には焦げあとひとつなく、その内側で…ポップが放った熱エネルギーが、膨れ上がったように感じた。そして。

 

「ぬおおおおっ!!!!!」

 何やら気合とともに、そのエネルギーが爆発した。

 それが、呪文を放ったポップだけではなく、仲間たち全員の方へと向かう。

 その爆発力は彼らの足元の地面をえぐり、一番重いだろうクロコダインの身体さえ吹き飛ばして、近くの建物の壁に激突させた。

 グエンとヒュンケルの鎧には呪文そのもののダメージは通らないが、そこからの二次的な効果である爆風には逆らえなかったようで、やはり2人とも壁に叩きつけられていた。

 これ、一応帰ってからロン先生に報告しとこう。

 まあ、帰れたらの話だが。

 …あと、パプニカの兵士の確かバダックさんっておじいさん、壁とクロコダインの間に挟まれてたけど大丈夫だろうか。

 ちなみにあたしを捕らえているこの檻が、魔力効果を通さないというのは本当らしく、あたしのいる路地まで爆風は届いていたが、あたし自身は髪の毛一本すら揺れ動かなかった。

 危険から守られているのは間違いないが、これに捕らえられていなければそもそも今ここには居なかった筈なので、勿論感謝はしない。

 

「あちゅちゅちゅちゅ〜〜っ!!!」

 チウは体毛か衣服に火がついたらしい。

 熱さから逃げようとしてなのか走り回っている。

 

「氷結乱撃ッ!!」

 そこに、一番最初に立ち上がったグエンが槍の技を放った。

 チウの背中についた火と同時に、辺りに燻った炎もそれで消えていく。

 …こんな器用なことできたんですねグエンさん。

 残念な美人さんだと思っててすいませんでした。

 それを皮切りに全員が立ち上がり、信じられないといった表情でミストバーンを見上げた。

 

「ん…んなバカなっ…呪文をはじき返しやがったのかァ!!?」

「いや…!今のは増幅して撃ち返した感じだったぞ!!」

 ポップの言葉にクロコダインが答え、その下敷きになっていたバダックさんに多分回復呪文をかけながら、グエンさんが頷く。

 

「そもそもポップのベギラマの威力が、並の魔法使いの倍近いところに、更に倍返しをくらったわけね。

 恐らくは極大クラスの威力よ、今の」

「冷静に分析してる場合かよ!!」

「そんな場合よ!

 てゆーか本来、冷静な分析は魔法使いのあなたの仕事だからね、ポップ!!」

「最前線で戦士と一緒に戦ってる僧侶に言われたくねえ!!」

 なんかポップとグエンが掛け合いを始め、戦いの最中だってのにちょっと和みそうになった刹那。

 宙空に浮かんだままミストバーンの両手が自身の衣にかかって、そこから凄まじい程の殺気が溢れ出したのが、非戦闘員であるあたしにすら判った。

 

「もはやこれまで…!

 我が闇の衣を脱ぎはらい、おまえたちをこの場で消す以外にない!!!」

 

 ・・・

 

「あ〜…これ、ちょっとマズイかも。

 ごめんね、リリィ。

 ほっとくとボクの親友が、上司のお咎めを受ける事態になりそうだ。

 すぐ迎えに来るから少ぉしここで、いい子で待っててくれるかい?」

 いや悪い子で逃げようにもあたしはここから動けないんだけどな!

 死神人形(キルバーン)はあたしをそこに残したまま、本体(ピロロ)を肩に乗せてフワリと飛び上がる。

 てゆーか本当にアイツ、ここで捕まえたあたしをどうする気なんだろう?

 現時点では単なる嫌がらせがしたいようにしか思えないんだけど。

 

「なんて事なの…!

 ミストバーンから感じるこの威圧感は、あの巨大な城よりはるかに…!!!」

「でっ…でかいっ…!!!」

 下から見上げるマァムとポップが息を呑む。

 まあそうだろうね。

 身体を操ってるのは暗黒闘気の塊の生命体だけど、その動かしてる身体こそが、ラスボスである大魔王バーンの、全盛期の肉体なんだから。

 

「このミストバーンの真の力!!今こそ見よっ!!!!!」

 止まる事なく溢れ出すその禍々しい気が、その不気味さに似合わない眩い輝きすら放ったところで、全ての時間が一瞬、止まった。

 

 …ところに、空気読まないやつが乱入して、再び時間が動き出した。

 

「はい、スト〜〜〜ップ。

 そこまでにしておきたまえ、ミスト…」

「キル……!!」

 指先で弄ぶようにして回した大鎌の刃が、ピタリとミストバーンの首元に当てられる。

 彼らにしてみれば唐突に現れた『キルバーン』の姿に、ポップが最初に口を開く。

 

「や…やつは確か、ベンガーナで会った…!!」

「死神キルバーン…とか言ったかしらね?

 てゆーかやっぱりあなただったんだ、その鎌。

 あの日それに攻撃されたせいで、お気に入りだった帽子をドラゴンに燃やされたんだけど、弁償してくださらない?」

「だ・か・ら!今そんな事言ってる場合かよ!」

 …どうもグエンさんが入ると場の緊張感が削がれる気がする。

 このへんは天然じゃなくわざとやってんのかもしれないけど。

 そういえばバランとの戦いの前、ベンガーナのデパートに買い物に来た勇者パーティーにドラゴンの群れをけしかけたのは、バランではなくコイツだったっけ。

 時期的に、あたしとの森での攻防とどっちが先かって頃だったと思うけど。

 

「なにッ!!?し…死神!!」

「あいつが…!!?」

 そして死神の名に驚く元軍団長のおふたかた。

 そこに場違いに甲高い、耳障りな声が響き渡る。

 

「い〜けないんだ、いけないんだ〜っ!!

 バーン様に、おこられるぅ〜っ!!」

「そうだとも。

 キミの本当の姿は、いついかなる場合においても、バーン様のお許しがなくては、誰にも見せちゃいけないんじゃなかったっけ?

 それを破ったら…親友のキミでも、ただじゃ済ませられない…」

 そんな下の動揺に全く頓着せず、『親友』の首に鎌を当てるキルバーン。

 …ひとり二役の腹話術って事を知ってて見ると微妙にムカつくなこの演技。

 

「そうであった…」

 そんな事を全く知らず、自分を止めてくれた『親友』に感謝するシチュエーションにあるミストバーンを、つい哀れに思う程度には。

 もっとも、自分の正体を隠した上で付き合ってるのは、このミストバーンも同様なんだけどね。

 脱ぎかけたローブから手を離し、ミストバーンがようやく冷静さを取り戻したのを見て取ったキルバーンが、もう一度くるりと大鎌を回してそれを肩に担ぐ。

 

「鬼岩城なんて、バーン様にとっては、単なるお気に入りの玩具(おもちゃ)のひとつ。

 可愛いキミが、ちゃんと謝れば許してくれるさ。

 それよりこの場は、恥の上塗りを避けた方がいいんじゃないのかなあ?」

「……わかった。もはや二度と…失態は見せぬ…!!」

 ここからミストバーンさん、沈黙モードへ回帰。

 確かここで一旦、この戦いは終了なわけだけど…。

 

「じゃあ皆さん。

 そういう事で、ボクたちは失敬させてもらうよ。

 鬼岩城を撃破するとは、キミたちも中々大したもんだ。

 ダイ君にも“(つるぎ)の完成オメデトウ”って、伝えておいてくれ」

 キルバーンがそう言うと同時に、そのそばの空間が小さく歪んだ。

 それに躊躇なく腕を突っ込み…あたしの視界が、一瞬ぐにゃりと曲がった。

 

「リリィ!?」

 …次の瞬間、あたしは入っている檻ごと、キルバーンのそばに引き寄せられていた。

 この大きなものをどうやって、と思うくらい、上に付いた取手を握ってそれを持ち上げる腕に、揺らぎも力みも感じられない。

 そうだよな、人形だもんな!

 

「では…シー・ユー・アゲイン!」

「え…きゃ───っっ!!!!」

 キルバーンはミストバーンと共に、ルーラでその場から飛び立った…あたしを連れて。

 

「ま、待てっ!!妹を…リリィを返せ───っ!!!」

 あたしが連れ去られたと見るや、ポップは飛び出して、高速移動する2人を追いかけてきた。

 いや、待って!これ罠だから!!

 

「ダメ!戻ってポップ──ッ!!」

 あたしの叫びは、虚しく風にかき消された。

 

 ☆☆☆

 

「グエン!この中であいつのスピードに追いつけるのはあなただけだ!!!

 あのままひとりで行かせたらポップが殺される!!!」

「わかったわ!!」

 あれだけの高速移動している相手に、リリルーラで合流するのは無理と判断して、わたしもトベルーラでポップを追う。

 普段、高速でトベルーラを使うことがないから知らなかったけど、スピードを上げれば上げただけ、目を開けているのが困難になってくる。

 あのスピードで平気で飛び回れるとか、ポップも充分化物レベルなんじゃないの。

 今度コツを聞いておこう。

 あのキルバーンとかいう男が、ポップの妹さんを何故連れ去ったのかわからないが、何にせよ巻き込んだのはわたし達だ。

 ポップと一緒に、彼女も必ず連れ戻す!

 

 …冷静に考えれば、罠だという事に気付いた筈だ。

 つまりこの時のわたしは、全然冷静じゃなかった。

 ポップやヒュンケルの事なんか言えやしない。




出発前に若干ヘソ曲げていたダイの剣さん、リリィの僅かながらのフォローにより、ほんの少し機嫌が直ってました。
プライドが高いのは相変わらずですが、原作よりも初仕事を頑張ってくれたようです。


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20・武器屋の娘は警告する

ヒュンケルのダメージが原作より少ないのは、一緒に戦ってた為に幾らかグエンが肩代わりしてるせいです。
特に胸に受けたビーフストロンガー(命名:リリィ。正確にはビュートデストリンガー)があるとないとではダメージの差が歴然でした。
そして順調に残念化が完了しているのは、完全にグエンの悪影響(爆


「…大丈夫かしら?

 ヒュンケル、あなたも気付かなかったわけではないでしょう?

 グエンがミストバーンの攻撃で負った傷を、治療せずに戦っていた事を」

 仲間の姿が遠く離れ、見えなくなった上空から視線を外して、マァムはぽつりと呟いた。

 先ほどの戦いから、彼女には気になっていた事がひとつあった。

 

「熟練の僧侶である彼女なら、万全であれば、ベホマで体力の回復と傷の治療を、同時に行なえる筈なのに…」

 それができなかった理由を、ヒュンケルは知っていた。

 暗黒闘気により与えられたダメージは、回復呪文による即時回復を受け付けない。

 正確には受けた負傷自体の治療は可能だが、ダメージだけはそのまま肉体の裡に蓄積する。

 軽度のものならば薬草などのアイテムでも回復速度を上げる事は可能だが、それでも自然回復よりはまし程度でしかない。

 自然回復とともに、肉体に棘のように刺さり込んで回復呪文を阻害する暗黒闘気の欠片が、徐々に溶けて消えるのを待つ以外ないのだ。

 彼とて、そんな状態のグエンをひとり追わせた事に、ためらいがなかったわけではない。

 この中の誰よりもレベルが高いとはいえ、そもそも彼女は基本的に非力な僧侶、しかも女性なのだ。

 

「…だが、やむを得ん。

 あのままでは確実に、ポップは殺される…」

 苦い表情を浮かべて、ヒュンケルが呟く。

 

「あのキルバーンという男は、オレたち軍団長を始末するのが仕事なんだぞ…!!」

 ヒュンケルの言葉に目を瞠るマァムに、クロコダインが説明を引き継ぐ。

 死神の姿を見たという者は、魔王軍には今まで誰もいない。

 何故なら、彼が姿を見せるという事こそ、その者の死を意味するからだと。

 

「そんなに恐ろしい男に、リリィが連れ去られたというの…何故…!?」

 自分より年下でありながらどこか大人びた口調で話し、自分でもまとまりのないと思う途切れ途切れの感情を笑わずに聞いてくれた少女の、全てを見透かすような目と、小さな身体を思い浮かべて、マァムが声を震わせる。

 そこに、

 

「お──い!!!」

「ダイ!!!!」

 先ほど、城の巨人が倒されたのを見ていた全員が、それを成したであろう勇者がこちらへと駆け寄る姿に、微かな安堵の表情を浮かべた。

 

「大丈夫かい?

 今なんか、ものすごい(パワー)を感じたけど…」

 それは先ほど、ミストバーンの衣の内側から溢れかけていたものだろう。

 この少年の性格を考えると、それを感じてそれで走ってきたのだとすれば、元気そうに見えてもかなりの消耗があったと考えて間違いはない。

 

「身体は大丈夫、ダイ?」

 マァムが声をかけながらダイに触れ、ベホイミをかける。

 

「ありがとう、マァム。

 …あれっ?ポップとグエンは?」

 きょろきょろと、どこか小動物を思わせる動きで周囲を見回すダイに、ヒュンケルが歩み寄った。

 

「ミストバーン達がリリィを連れ去り、ポップが飛び出して行ってしまった。

 ポップを連れ戻させる為、今、グエンに追ってもらっている」

「えっ!!?」

「恐らく、リリィは囮だろう。

 その役割が残っているうちは殺されない。

 あいつらが向かったのは、北西の方角。

 だが今は、オレ達全員が消耗している。

 ポップを連れ戻して、こちらの戦力を整えてから、救出に向かうべきだ」

 すぐに戻ってくるだろうから安心しろと、伝えたつもりだった。だが、

 

「…待って、ヒュンケル。

 それ、グエンに言ってなかったわよね?

 ひとりで行かせるなと言って送り出しただけよね?」

「はっ………!」

 マァムの言葉に、全員がその場に硬直する。

 

 グエン。魔族と人間の混血児で高い魔法の潜在能力を持ち、武器をとっての戦いにもそれなりに慣れた、高レベルの僧侶。

 僧侶ゆえにその戦いにおいて、仲間を守ることに最大の重点を置き、時には己の身をもってそれを全うしようとする。

 だが魔族の血ゆえなのかどちらかといえば好戦的で、調子に乗りやすく自信過剰気味。

 つまり総合的に………残念な女。

 

 その彼女が自身で判断した場合、一旦リリィの事を置いてポップを説得して撤退…などという行動を、はたして取るだろうか?

 全員が固まった空間に、のどかにちょうちょが横切る幻が見えた気がした頃、一番最初に動いたのは、勇者ダイだった。

 

「グエン─────ッ!!!」

  竜闘気(ドラゴニックオーラ)を開放してトベルーラを使い、先ほど示された北西の方角へ向かって飛ぶ。

 

「…オレも行く。

 追撃はなかろうと思うが念の為、おまえ達はここで待機していてくれ」

 腰に着けていた魔法の筒からガルーダを出して、クロコダインがそう言ったのに、マァムが頷いた。

 ヒュンケルはといえば、どうやら動揺していると見えて、呆然としたような表情で額を押さえており、その足元がふらついている。

 

「オレは……オレは小火(ぼや)を消したつもりで、爆弾の導火線に火をつけてしまったのではないか…!!?」

「しっかりしてヒュンケル!

 確かに人選は間違ったかもしれないけれど、まだ消火は充分間に合うから!!」

「……頼んだぞ」

 それまったくフォローになっていないんじゃ…とは思いつつもそこは大人ポジションの獣王、余計なことは口に出さず、クロコダインはガルーダとともにその場から飛び去った。

 逃げたとも言う。

 

 ・・・

 

「…すまない、マァム。もう大丈夫だ。

 取り乱して悪かった。

 …オレもまだまだ修業が足りんな」

「そんな事。

 足りないところは補い合うのが仲間(パーティー)でしょう。

 …私も、強くなったのよ。

 あなたを支える事くらい、なんてことないわ」

「マァム…」

「ヒュンケル…」

 天然で2人の世界の空気を醸し出す戦士と女武闘家の姿に、取り残された拳法ねずみとパプニカ兵士、更にベンガーナの戦車隊長も、妙に居た堪れないものを感じ始めたその時。

 

 ──ドォン!!

 

 近くでルーラの着地音が響き、それまで極甘結界を作り出していた2人の目に、一瞬にして緊張が走った。

 目を見合わせて頷きあい、音のした方向へと走る。

 結界からはじき出されていたふたりと1匹が、慌ててそれに続いた。

 

 たなびく土煙が少しずつ晴れている途中らしい、恐らくはルーラの着地点と思われる場所に、長い黒髪の背の高い魔族の男が立っており、2人の姿を見つけた瞬間、そこから叫んだ。

 

「おい!うちの馬鹿弟子はどこにいる!?」

 どうやら爆弾は、もうひとつあったようだ。

 

 ☆☆☆

 

 死の大地。

『世界の果て』『最後の秘境』と呼ばれ、たとえ飛んでいる鳥ですら、この島に近づいて生きては戻らぬと言われる、魔の島。

 ここに大魔王バーンの本来の居城『バーンパレス』が隠されている。

 まあ生き物が居ないというのは、ここがオーザムより更に北方に位置しており、人も動物も生きられる環境にないというのが大きいだろうが。

 

「ここらへんでいいかな。

 人間が考えうる最大級の悲劇を、特等席で見せてあげるよ。

 楽しみにしてて」

 そう言われて檻ごと置かれたのは、隆起した岩山の間に位置する平らな地面。

 恐らくは原作通り、ここにポップをおびき寄せて、キルバーンが『自分の仕事』を始めるのだろうが…更にあたしの目の前で、兄であるポップを手にかけようという、実に悪趣味な演出であるらしかった。

 

「……最低」

「お褒めに預かり光栄」

 人形が騎士の礼のような気障ったらしいお辞儀をして、ピロロを肩に乗せてその場を去る。

 ポップが追いかけて来るまで、離れた場所で待機するのだろう。

 この状態から何をしようが無駄な気がするので、せめて体力を温存すべく、あたしは檻の中で腰を下ろした。

 そういえばさっきも言った通りここはオーザムより北方の筈なのだが、この檻はどうやら気温変化も遮断するらしく、むき出しの肌に冷たい空気を感じることはなかった。

 なので寒くはないのだが、何故かさっきから周囲の地面が、目に刺さるくらいチカチカする。眩しい。

 

『凄い!凄いですよリリィさん!!

 ここいら一帯、地表の層が全部【魔力の土】です!』

 …なにそれ?なんかに使えるの?

 

『主に、地属性の武器やアクセサリーの材料となる素材です。

 あと…今、リリィさんのポーチの中に入っている【爆弾石】と【ガマのあぶら】を埋めて錬金すれば、粘土状の爆薬が作れます』

 ん?確かに両方持ってるけど…。

【ガマのあぶら】はロン先生と素材集めの為にあちこち訪れていた時に、【ルラムーン草】が採れるというテランの外れの沼地で、襲ってきた大きなカエルのモンスターを先生が一撃で倒し、その死体からあたしが採取した。

 傷薬になるということで何かあった時の為に持たされていたんだが、これも錬金の素材だったなんて。

 つか粘土状の爆薬…って。

 

 それ【プラスチック爆弾】っていいませんか!!

 いらんいらんいらん!!

 ただでさえ村で魔王呼ばわりなのに、そんなもん作った日にゃ本気でテロリスト扱いされるわ!!

 

『えー?

 爆弾石より軽くて安定してるし、時限式にもできるし、何より爆発の規模が調整できますから、結構便利ですよお?』

 アタマの中で、これまで見たことがないくらい悪そうな笑みを浮かべ、立てた親指を下に向けるオッサンに向かって、あたしは思わず叫んだ。

 

「便利とかそういう問題じゃねえわ──ッ!!」

「……えっ?」

 …気がついたら目の前にポップがいて、あたしの居る檻を覗き込んでいた。

 いろんな意味で、タイミングが悪すぎる。

 

「ポップ!罠だよ、逃げて!!

 いや、多分もう間に合わないから、せめて耳塞いでて!!」

 これ、原作通りであればダイが助けに来てくれて、ポップが殺される事はないけど。

 少なくともあたしがここにいる時点で、既に原作の流れじゃない。

 この事実がどう運ぶのか、誰にもわからない。

 少しでも危険は避けるべきだ。

 というかこの状況、もし原作通りに進む確証があったとしたって、あたしはポップを危険にさらして、平気な顔はしてられない。

 

「何言ってんだよ。

 ここ、恐らく魔王軍の総本山だ。

 なんていうかこの島全体に、異様な殺気がみなぎってやがる。

 こんなヤバイところに可愛い妹を置いて、おれだけ逃げられるわけねえだろ!

 …クソッ、どうやったら開くんだ、これ!!?」

 けど、ダメだ。

 ポップにとって妹のあたしは、単にちょっと気の強いだけの普通の村娘でしかない。

 実際にその通りだけどな!

 つか、さっきのアレを見られてるから余計に、あたしが恐怖のあまり取り乱してるんだと思われてる。

 

「あたしの事はいいってば!

 ポップは『死神』に目をつけられてる!!

 あたしを連れてきたのも、ポップが追いつける速度でここまで追わせたのも、アイツの計画通りだから!」

 あたしの言葉に、檻のあちこちを触っていたポップの手が止まり、その目があたしをじっと見つめた。

 それに向かって、あたしが言葉を続ける。

 

「キルバーンの武器は【死神の笛】!

 あの鎌は、振るう事で攻撃音波を発生させ、聴覚から神経を狂わせて全身の自由を奪うの!!

 お願いだから、アイツがあれを使う前に耳塞いでよ!」

 取り乱してるにしてはまともな事を口にしてる事がわかったんだろう。

 それにさっきの鬼岩城の件もあるし、ようやくポップの耳に、あたしの言葉が届いた。

 

「リリィ、おまえ……!!?」

「どうして知ってるんだい?

 …本当にキミは、油断できないコだねぇ」

 そしてその瞬間、頭の上から、忌々しい声が降ってきた。

 次に、気色悪い旋律の笛の音色。

 思わず見上げれば、塔のように高い岩山の上に立つ、黒い仮面がこちらを見下ろしている。

 …正確には、本当にこっちを見ているのはその傍にふわふわ浮かんでるちっこい方だけど。

 

「キ…キルバーン!!!」

 ポップがあたしを背に庇うように立つと、あたしたちの後ろの方の別の岩山の上に、ミストバーンが降り立つ。

 彼の視線はよくわからないが、やはりこちらを見ているようだ。

 

「てっ、てめえらっ!!こいつは関係ねえだろ!!」

 ポップはやつらからの視線を遮るように、あたしの檻にその背をつける。

 それは、一年半ほど前まではあたしの位置だったはずだ。

 

「その娘、遠くから見ただけで、鬼岩城の司令系統を見抜いた…」

 先ほどまでとはまったく違うミストバーンの、感情のうかがえない声が降ってきて、全身の毛がぞわりと逆立つ気がした。

 鬼岩城が破壊された時にあれほど怒り狂っていたし、あの結果を、あたしが間接的に引き起こしたと思われているのは明らかだ。

 そこに、正反対から妙に浮かれたような声がかかる。

 

「あれれ。横取りはナシだよ、ミスト。

 …ボクとピロロは、この子にちょっとした借りがあってねぇ。

 ちゃんと返しておかないと、気持ちが悪いんだよねぇ」

「…ならば、早く済ませろ。

 遊びはほどほどにしておくのだな、キル」

 

「借り!?…リリィ!

 おまえ、まさかこんなヤバイ奴に喧嘩売ったんじゃねえだろうな!?」

「……すいません、つい出来心で」

「おまえなぁ〜〜っ!!!」

 そもそも先に手を出してきたのはむこうで、あたしは自分の身を守るべく戦っただけなんだけど、言ったところでこの状況が覆る訳ではないだろう。

 てゆーか、そんなことまだ根に持ってたとは。

 

「…酷いなぁ。遊んでるわけじゃないんだよ。

 そろそろアバンの使徒のレベルもかなり上がってきちゃったから、ボクも自分のお仕事をしなくちゃいけないし。

 …彼女へのお礼とお仕事、同時にやれたら、それが一番かなぁ…なんて思ってるんだけど」

 キルバーンはそう言いながら、例の鎌をくるりと回した。

 風を切る甲高い音が、それとともに響く。

 

「ポップ、聞いちゃダメ!耳塞いで!!」

「…もう遅い。

 死のメロディーは既に、彼を捕らえた」

 言って、再びくるりと鎌を回したキルバーンが、立っていた岩山を蹴って、こちらに向かって跳んだ。

 

「おおっと!!!」

 次の瞬間、何故かその向かってきた方向に身を反らしたポップの胸元が浅く切り裂かれ、傷口から血が飛沫(しぶ)いた。

 

「ポップ〜〜ッ!!!」

 

 ・・・

 

「リリィがせっかく警告してくれてたのにねぇ。

 まあ、人間の耳には聞き取れない高周波だ。

 それより数秒早く、この死のメロディーを奏でていた事には、さすがに気がつかなかったみたいだねぇ」

 あたしが警告した事で、どうやら展開の進行速度を早めてしまったらしい。

 ポップはあっという間に体の自由を奪われ、手にした杖も取り落として、その場に立ち尽くしていた。

 もはや呻き声しか出せなくなったポップの姿と、それを見てポップの名を呼ぶしかできないあたしを見て、ピロロが耳障りな声でケタケタ笑う。

 

「情けないヤツだね!!ざま〜〜みろっ!!!」

「そうバカにしたもんでもない。

 こういう弱いヤツが成長したタイプは、ムードメーカーになるからね。

 リリィの件がなくても、真っ先に死んでもらいたい男さ」

「じゃあ、早く殺しちゃいなよ!!」

 …この一人芝居、本気でムカつく。

 けど、ムカつくだけであたしには何にもできない。

 せめて原作通りに、ダイが助けに入ってくれるよう、祈るしか。

 死神の腕が、ポップの首に正確に振り下ろされる角度へ、鎌を振り上げる。

 

 …その時聞こえた風を切る音を、あたしは鎌の動きによるものと思っていた。

 けど次の瞬間、金属同士がぶつかるような衝撃音が響いた。

 

「なにッ!!?」

 衝撃音と同時に、死神の手から、鎌が弾かれる。

 風を切る音を追って視線をそちらに向けると、回転しながら飛ぶ円盤のようなものを、細くて華奢な手が受け止めるのが見えた。

 

「ポップ、無事っ!!?」

 盾のブーメランを腕に戻しながら地上に降り立ったのは、我が師の傑作のひとつ、鎧の魔槍を身につけた、魔族の長身の美女だった。

 

 ……って、ここでまたアンタですかグエンさん!!




前半ヒロインは、ヒーローへと進化しました(違


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21・武器屋の娘は宣伝する

ほぼ副主人公(グエン)視点。


「…追ってきたんだね、オネエサン…!!

 キミまで来てくれるなんて嬉しいよ」

 ふざけた言葉を口にして手から離れた鎌を拾いながら、キルバーンがこちらに顔を向ける。

 

「ちぇ〜〜!!

 あとひと息で、あいつの兄を殺せたのにィ!!」

 そのキルバーンの肩の上に小さな使い魔…確かひとつ目ピエロとかいう種族か…が、悔しそうに叫んでいたが…うん?

 なんだか人質に連れてきたリリィ自身に含みがあるような言い方だな、それ。

 …それはさておきわたしの動きを牽制するように、ミストバーンがキルバーンの側に瞬時に移動(リリルーラ)してきた。

 こちらも相手の動きを警戒しつつ、ポップの状態を確認する。

 

「グ…グエン……!!」

「…どうやら麻痺に近い状態のようね。

 キアリクをかけるわ。リリィは大丈夫?」

「あたしは平気です。

 この呪法檻には呪文や状態変化などの攻撃を無効にする効果があります。

 主に、中からの脱出を防ぐのが目的のようですが」

 囚われの少女の、思いのほかしっかりとした返答に密かに驚く。

 見たところ特別な戦闘能力を持たないごく普通の女の子で、こんなところにいきなり連れてこられて、パニックを起こしていてもおかしくないのに。

 そういえばこの子は、わたしを初めて見た時にも、突然現れた事に驚きはしていても、怖がる様子は見せなかった。

 まあ、ダイの剣の作成を依頼した魔界の名工の弟子と言っていたから、魔族は見慣れているのかもしれないが、そもそもその弟子入り自体が、ただの村娘の行動じゃないし。

 どうやら見た目に反して、相当豪胆な少女であるらしい。

 

「…そうなんだ。

 居心地は悪そうだけど、それなら戦いが終わるまでの間は、逆にそこにいた方が安全みたいね。

 ごめんなさいね、リリィ。

 必ず助けるから少しだけ、待っていて」

「なっ!グエン!?」

 わたしの言葉にポップが反応する。

 まあ当然だろう。彼にとっては大事な妹だ。

 けど、この子を守りながら戦うのでは恐らくわたしもポップも全力を出しきれまい。

 敵の作ったモノでも、この中がひとまず安全だというなら、中にいてもらう方がいい。

 非情なようだが、わたし達が死んでしまえばこの子だって助からないのだ。

 そしてやはりこの少女は肝が据わっていた。

 わたしの言葉に動揺の欠片も見せず、こちらに向かって頷いてみせたのだから。

 

「了解です。

 というかあたしが連れてこられたのは人質としてと同時に、キルバーンのあたし個人への報復的な嫌がらせでもありますが、彼にちょっとでも冷静に考えるアタマがあるなら、あたしが殺される事はないかと思います。

 戦略的には一旦退却して、戦力を整えてから改めて奪還に来ていただけるのが、一番望ましいのですが」

 更に、人質の心境としてはあり得ないような提案までしてくるとあっては、何というか恐れ入るしかない。

 てゆーか、報復的な嫌がらせって何!?

 報復ってことは、その前にリリィから何かしたって事!?

 そもそも今のセリフ自体、キルバーンに対して思い切り喧嘩売ってるんだけど、この一見か弱い小柄な少女と、危険な死神との間に一体何があったの!!?

 

「…憎たらしいくらい冷静な判断だ。

 けど、ボクがそれを許すと思うかい?」

 そんなわたし達の会話にキルバーンが口を挟んで、思考が強制的に中断された。

 その長い脚を一歩踏み出し、例の大鎌をくるりと回す。

 ヒュン、と風を切るような音が鳴った。

 

「グエン、気をつけろ!あの大鎌は……!!」

「【死神の笛】破損率5%、ただし現時点で、道具としての使用は不可能!!」

「なにッ!!?」

 その大鎌をかざしてキルバーンが襲いかかってくると同時にリリィが叫び、それにキルバーンが反応する。

 そのリリィの言葉を頭で理解するより先に、わたしの身体が動いていた。

 槍と同じ長物の得物でも、鎌という武器の特性上、攻撃の際は相手の身体の外側から刃を回り込ませなければならない。

 その為どうしても大振りになるから、一瞬身体の側面がガラ空きになる。

 

「海鳴閃ッ!!」

 次の瞬間、放ったわたしの槍の一撃が、キルバーンの脇腹を掠った。

 …掠った、だけだった。残念なことに。

 それはアバン流最速の技…だったのだが。

 わたしの腕が未だ未熟な為か、それとも奴が咄嗟に身を引いた為なのか、大したダメージもなくキルバーンは一旦退いて間合いを取り直す。

 

「げげっ!!?

 キルバーンの攻撃がきかないっ!!?なんで!!?」

 ひとつ目ピエロが慌てたように叫び、その声に応えるように、リリィの声が続いた。

 

「さっき、グエンさんのブーメランが当たった箇所にヒビが生じてます!

 もう音波催眠による攻撃は使えません!!」

 振り返って彼女の方を見ると、腰に手を当ててふんぞり返り、なんかもの凄いドヤ顔をしている。

 

「この攻撃力と汎用性!更にフォルムの美しさ!

 魔界の名工・ロン・ベルクの武器の御用命は、ランカークス村のジャンクの武器屋へ!!」

「今そんな事言ってる場合かよ!!

 つか、こいつらにマジで来られたらどーすんだ!」

 …いや、この状況で店の宣伝できる彼女は勿論だけど、それにすかさずつっこめるあなたも相当な強心臓よ、ポップ。

 わたしに対するヒュンケルはそれに近い役回りだと思うけど、彼は緊迫してきたら途中で、何かはわからないけど確実にわたしの何かを諦めるからね。

 しかし、なるほど。音波催眠による攻撃ね。

 さっきのポップの状態はそういうことだったか。

 

「…ラッキーだったわね。

 けど、単純な武器としての機能は失ってない以上、これでプラスマイナスゼロってとこかしら。

 むしろ人質を取られている分、わたし達に不利」

 気を取り直して、改めて敵と向き合う。

 己の武器を確認して、キルバーンの仮面の下の目がわたしを見た。

 その感情を一切感じない視線に、背中がぞわぞわする。

 それと同時に、わたしの裡の魔力が高まり始めた。

 これは、久しぶりに感じる魔力暴走の兆しだ。

 ならば…と、天に聖なる祈りを捧げて、回復魔力を高めておく。

 暴走状態ならば、回復魔力を光の力に変換するあの技が使えるから。

 

『…わたしが攻撃して奴らを引きつけるわ。

 充分に距離が離れたら、ポップ。

 あなたはリリィをなんとか救出して、彼女を連れて逃げなさい』

『なに言ってんだ…って言いたいトコだけど、あんたの言う通りするしかなさそうだな。

 クソッ…妹の前だってのに、カッコ悪いったらねえぜ』

『カッコ良いお兄ちゃんになりたいなら、まずはこの場面を生き残る事だわ…お互いにね』

『…だな。

 あんたも深追いせず、いいところで逃げろよ』

 敵から目を離さぬまま、小声でポップと簡単な作戦会議を交わす。

 一方むこうでは、キルバーンの傍らでミストバーンも戦闘態勢を取っているようだ。

 

「…待ちたまえ、ミスト。

 キミが遅れを取るとは思わないが、光の闘気を操れるあのオネエサンは要注意だ」

 いいトコロに目をつけたみたいだけど、悪い。

 あの技ならば、あなた方全員一度に攻撃できる。

 けど、まずは。

 

「さみだれ突きッ!!」

 先手必勝とばかりに正面から突っ込み、手数勝負を仕掛ける。と、

 

速度倍化呪文(ピオリム)ッ!!」

 後ろからのポップの声とともに濃密な魔力が身体を包み、途端に自分の身体が、羽のように軽くなったのを感じた。

 ナイスアシスト、ポップ!

 正直この子に補助呪文でのアシストを期待していなかったから驚いたけど、とても助かる。

 

「トベルーラ!!」

 素早さが上がったところで更なる機動力を求めて飛翔呪文を使い、さみだれ突きを更に追加した。

 ここでようやくミストバーンが動き、例の伸びる指を繰り出してきたが、今のわたしはポップのお陰で、そんなもの容易く躱せる。

 躱した先にキルバーンの鎌が襲いかかるも、その刃先を蹴って跳躍した。

 

 …この男、このスタイルに合わせてこんな使い勝手の悪い武器使ってるだけで、本当に得意なのは剣なんじゃなかろうか。

 体捌きとか見てると、そんな気がしてくる。

 まあ、こっちとしては有難いけれど。

 

 そうやって攻防を繰り広げ、気づかれぬよう徐々に、リリィとポップの居る場所から離れる。

 そうする間にも膨れ上がった回復魔力を、徐々に光の力へと変換していった。

 

 星よ、集え…光よ、高まれ…聖なる力よ、渦を巻け…。

 偉大なる星雲の輝きよ、我が敵を討て…!

 

「な、なにッ!?」

「これは……っ!!」

 小さな星々の煌めきが渦を巻いて、その度に密度を上げ、キルバーンとミストバーンのみならず、小さな使い魔さえもをその中心に拘束する。そして。

 

「グランドネビュラ!!!!」

 

 ☆☆☆

 

「クッソ、やっぱり開かねー!」

 ポップがあたしの居る呪法檻の格子を、引っ張ったり叩いたり、果ては呪文をぶつけて破壊しようと試みたが、それはまったくビクともせず、相変わらずあたしを閉じ込めていた。

 

「うん、これ物理的な力でこじ開けるしかない。

 そして残念ながら、ポップには圧倒的にその力が足りない。

 ここでうんうん唸ってるより、助っ人を連れてきた方がいいと思う」

 あたしが冷静にそう言うと、ポップは苦いような表情で、軽くあたしを睨む。けど。

 

「…ね。

 昔、あたしが森で迷った時はそうしたじゃない。

 その判断、父さんは怒ったけど、あたしは正しかったって今でも信じてるよ?

 ポップの事は、いつだって信じてる。

 …あたしはポップの事、大好きだもん」

 昔から言い続けてるけど、冷静に考えると、実の兄に向かって言う台詞じゃないな。

 けど、間違いなくあたしの本心だ。

 ポップは一瞬、ハッとした表情を見せたが、大きなため息をひとつ吐いた後、それがじわじわと微笑みに変わっていく。

 まだ2人とも小さかった頃、あたしが遊んでとしつこくまとわりついた時に見せた『しょうがねえな』って顔で。

 

「…たく。知ってるよ、バーカ。

 わかった。必ず戻るから。…信じて、待ってろ」

 返事の代わりに格子の隙間から手を伸ばして、小指を出す。

 その小指にポップの一回り長い小指が絡んで、軽く揺らした。

 

 ・・・

 

 だから、こんな展開は望んでない。

 

「…人質、か。

 オレが言えた事ではないが、他人がやっているのを見ると、実に見苦しいものだな」

 などと呟く、ひとに(あらざ)る大きな手が、あたしの入った檻をひょいと持ち上げて、置かれていた場所から持ち去ったとか。

 なんか知らないけどそのまま、薄暗い洞窟みたいな場所に運ばれて、

 

「しばらくここにいろ。

 オレの用が済んだら、そこから出してやる」

 と言われて置き去られたとか。

 

 こんな展開は、望んでない。




拾得物横領。


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22・武器屋の娘は行方不明

基本的にグエンの大技は、それを打ち破る強い力を演出する為の存在だと思ってます。
高性能な、かませ属性(爆


「なっ…なんで檻ごと居なくなってんだよ!?」

 お前じゃ無理だから檻を破壊できる助っ人を連れて来い(意訳)と妹に厳命されたポップが、飛んで帰る途中で(ルーラで戻ろうとしたら魔法力が残っていなかった)合流したクロコダインを案内して戻ったその場所に、あるべきはずのものを見つけられずに、呆然と立ち尽くす。

 

「…ポップ、確かにここで間違いないのか?」

 この死の大地には、似たような地形の場所が沢山あるようだ。

 一度足を踏み入れただけのポップが、間違えた可能性もゼロではないと考え、クロコダインが問う。が、

 

「間違いねえよ!

 おれが呪文で溶かした岩だってそのまんまだ!

 …クソッ、やっぱり目ェ離すんじゃなかった…!!」

 ポップが悔しげに唇を噛む。

 もっとも、一緒にいたところで何もできはしなかった。

 問題解決の為の適材適所、という考え方が身についた典型的なベンガーナ人気質の妹が、決してそれを良しとしないこともわかっている。

 ふと、足元に目をやり、落ちているものに気付いて、ポップはそれを反射的に拾い上げた。

 くしゃりと丸まった布の塊。

 それは、ポップ自身が着けている黄色いバンダナに、色も光沢もよく似た風合に見える。

 

「ポップ、それは?」

「…リリィのシュシュだ。

 やっぱりここで間違いねえ。」

 リリィはいつも三つ編みを黒い紐で纏め、それを上からこれで覆う。

 最初は、兄とお揃いがいいと駄々をこねて、母親に作ってもらったものだった。

 大きくなって自分で縫えるようになってから、何度か自分で作り直しているが、頑として色だけは変えていない。

 久しぶりに会ってすっかり兄離れした様子の妹の髪に、まだこれが着けられていた事に、少し安堵した事はポップの心の中だけの秘密だ。

 拾ったそれを、思わず握りしめる。

 

「絶対におれが見つけてやるから、待ってろ…!!」

 だが、誰に言うともなく呟いた言葉は、突如轟いた音と揺れにかき消された。

 

「な、なんだ!?」

「…どうやら、島の反対側で、戦闘が起きているようだな」

「ひょっとしてグエンのやつ、まだ戦ってんのか!?」

 そのポップの言葉に、クロコダインの視線が動く。

 人間であれば、眉を顰めたというところか。

 

「…ならば、オレはグエンを手助けしに行く。

 ポップ、おまえはどうする!?」

「勿論行くぜ!

 あっちにはあの死神ヤローも居んだろ!

 リリィをどこにやったか白状させてやる!!」

 2人は頷きあい、その場から飛び立った。

 

 ☆☆☆

 

 …瞬間、なにが起きたのかわからなかった。

 わたしの身体が突然の衝撃に吹き飛ばされたと同時に、せっかくそこに集めた光の力が、技を発動する直前で霧散する。

 わたしを含めたその空間そのものに叩きつけられたそれが、凝縮された圧倒的な闘気であると、気付いたのは一拍あとだ。

 地面に背中から落下したわたしが、落雷にも似た闘気の奔流の中に、その人影を見つけられたのは、ほぼ奇跡に近い幸運だった。

 この威力が直撃したら、間違いなく即死していたのだから。

 

 …けど、何やら仰々しい兜の下から、真っ直ぐわたしを睨みつけるその視線は、そもそもそれだけで人くらい殺せそうだ。

 

「…待たせたな、ミストバーン。

 オレのパワーアップは完了した…!!

 今度は、オレがおまえを助ける!!!」

「……ハドラー!!」

 その男の言葉を受けて、ミストバーンが呼びかけた名は、かつてこの地上を支配せんとした魔王の名前。

 そうか、この男がハドラーか。

 確かわたしがバランと会っていた間にテランの小屋を襲撃して来て、万全のコンディションとはほど遠いダイ達に撃退されたと聞いていたが、パワーアップとはそれを鑑みてのことか。

 わたしが顔を見たのはバルジ島でヒュンケルに倒された時だけで、まともに向き合ったのは今、この時が初めてだ。

 けど心なしか、そもそもが長身だったあの時よりも、更に身体が大きく見える。

 

「おまえたちは手を出すな。

 …なるほどな、貴様がグエンか。

 女の身で、噂通りなかなかの強さだ。

 少々格は落ちるが、アバンの使徒どもと戦う前の、パワーアップの試金石にちょうど良い獲物よ!!」

「…御期待には応えられそうにありませんわ、元魔王様」

 背中をしたたかに打って正直息苦しいけど、そこはなるたけ平気な顔をして立ち上がり、なんとか軽口を返す。くそ、冗談じゃない。

 アバン流の技を会得して確かに以前より強くなったとはいえ、こんなやつとまともにやりあって勝てるとは、さすがのわたしも思えない。

 そもそもわたしがここで戦っているのは、人質であるリリィを抱えてポップが逃げる時間を稼ぐ為だ。

 あの檻は頑丈そうだったし、可能な限り引き伸ばすべきだが…どこまでやれるか。

 手負いの、非力な女僧侶1人には少々荷が重すぎるが、やるしかない。

 

「…スカラ」

 ハドラーの戦い方は攻撃呪文と格闘術と聞いている。

 呪文攻撃はこの鎧があれば無効化できるから、物理攻撃に対する備えをすべきだ。

 

「海鳴閃!!」

 ひとまず、自身が持つ最速の技をもって先手を取る。

 だが、眉間を狙った槍の切っ先は、あろうことかハドラーの指に捕らえられた。

 

「なっ…!!」

「…この程度か?

 だとすれば確かに、期待外れと言わざるを得ん」

 ハドラーが無造作に腕を振り、槍を握ったままのわたしの身体が振り回される。

 

「きゃあっ!!」

 そして更に追撃とばかりに放たれた、闘気を込めた拳の一撃が、それが当たった鎧の肩のパーツを砕いた。

 それで止まらなかった勢いが、わたしの身体を後方へ吹き飛ばす。

 

「くはっ…!!」

 またもわたしの身体が、地面に叩きつけられて転がる。

 スカラをかけてなかったら、まともに腕一本持ってかれていたところだ。

 けど、今のでわかった。

 少なくとも現時点でのわたしの攻撃では、この男にはまったく通用しない。

 彼にダメージを通すにはある程度の物理的なパワーが必要で、そしてわたしはそれがない故に、未だ地雷閃を会得できないわけで。

 今使っている武器が槍である事が惜しい。

 棍だったら、いっそ全力で撃たせてカウンターで返す、刃の防御が使えるのだけど。

 

 …もう、諦めるの早いけど逃げていいだろうか。

 そもそもグランドネビュラが不発だった上に、元魔王が加わったこの3対1という状況。

 今はその元魔王が、他の2人を止めてくれてるけど、それだっていつまで続くか。

 さっきから回復呪文をかけ続けてるのに、肩の痛みが全然消えないし、そうこうしてるうちに魔法力の残量が不安になってきてるし。

 わたし、頑張ったよね?もう大丈夫だよね?

 立ち上がり、息を整えて、先ほど別れたポップの顔を思い浮かべる。イメージ力、大切。

 

「リリルー…」

「グエン──ッ!!」

 と、わたしがリリルーラを唱えようとした瞬間、まだ声変わりの済んでいない可愛らしい少年の声が、わたしの名を呼んだ。

 

「…ダイッ!!」

 …救世主は、最悪の場面に飛び込んできた。

 なんてこった。これでは、わたし一人で逃げられないではないか。

 

「ダイよ…よく来た。

 この場でオレと勝負してもらおう!!一対一でな!!!」

「ハ…ハドラー!!!!」

 まるで待ち侘びた恋しい人を目の前にしたような熱を込めた目をダイに向けながら、それに相応しくない物騒な言葉をハドラーが、わたしを背に庇うダイに向けて吐く。

 

「この日のためにオレは、つまらぬ誇りを捨て、魔族の身体すら捨てた!!

 オレの望みはいまやただひとつ!!

 我が生涯の宿敵・アバンが残したおまえたちを、打ち倒すことだけだっ!!!!」

 その瞬間、ダイの背中に、括り付けられた鞘が光を放つ。

 ガシャンと音を立てて、鞘に付けられた装飾が、鍵が開くようにして左右に分かれたのを、わたしは確かに見た。

 というより、本当に鍵なのかもしれない。

 ミストバーンと対峙した時には、ダイはこの剣を使おうとしなかった。

 使わなかったのではなく、その時は抜けなかったのか。

 …詳しい事は後で製作者に聞いてみることにするが、恐らくは本当に『使わなきゃ危険』という時にしか使えない仕組と判断する。

 物語とかであるよね、この剣を抜いたものこそ剣の主、みたいなの。

 なんて呑気なことを考えていたら、ダイが右の拳に、例の紋章の力を溜めはじめたのがわかった。

 

「くおおおおおっ…!!!」

「ダイッ…!!?」

 確か、ダイの紋章の力は、放出量の調整が課題だった筈だ。

 一気に高めたらすぐにエネルギー切れを起こし、その状態で長時間は戦えない。

 

「今までのハドラーじゃない…全力でやらなきゃ…殺される…!!!」

「…よくぞ見抜いた!!!さすが我が宿敵…!!!!

 …それでこそ、アバンの使徒よ!!!!」

 瞬間、ハドラーの闘気が、ダイの力の昂まりに呼応するかのように膨れ上がった。

 同時に、身につけた兜やマントが弾け飛ぶ。

 その下から現れたものは、衣服でも鎧でもない、異形の肉体。

 そのフォルムがどこか、竜魔人化したバランを彷彿とさせる。ばかな。

 以前見た時のハドラーは、屈強そうな肉体を持った、それでも普通の魔族だった筈だ。

 

「まさかっ…超魔生物!!!?」

 驚きの声をあげるダイに応えるのは、先ほどまでは兜の装飾だとばかり思っていた額の角の下の、不敵な笑みだった。

 

「超魔、生物…?」

 聞き慣れない言葉に、場の緊張感を一瞬忘れて、ダイに問うてしまう。

 

「…ザボエラの息子のザムザってやつが、あらゆるモンスターのいいところだけを組み合わせた、究極の生物を作るための研究をしていたんだ。

 ザムザは自分の身体を改造して自らそれに変身して、ロモスでおれ達と戦った…!

 そして戦いの後でそのデータを、ザボエラに送ったらしいから、今のハドラーはそれをもとに改造されたんだ…!

 …そうだろ、ハドラー!!」

 わたしに答えたダイの言葉は、最後はハドラーへと確認となる。

 

「…戦ってみればわかることだ。

 その目、その耳で、確かめてみればいい…。

 このオレが…全てを失った代償として手に入れた力を…!!!

 そしてそれが…おまえがかつて戦った強敵たちを…どれほど超えているかをなっ!!!!」

 そう言う言葉が終わらぬうちに、ハドラーがダイに向かって突進してきた。

 それは、まさかのショルダー・タックル。

 多分本能的になのだろう、ダイは間違いなく、紋章の力を集中させた右手でブロックした筈だ。

 だがそれでハドラーの勢いは殺せず、ダイの小さな身体が、周囲の岩山を砕きながら弾き飛ばされた。

 

「ダ、ダイ──〜〜ッ!!!」

 岩の下敷きにはならずに済み、そこから這い出したダイに向けて、息つく間もなくハドラーが更なる追撃に向かう。

 今度は体当たりではなく、右の拳から爪のような武器を出して、それで攻撃してくるつもりらしい。

 対するダイは…どうやら、先ほどハドラーの攻撃を受け止めた影響で、右手が満足に動かないようだ。

 つまり、せっかく封印が解けた剣が抜けない。

 

「リリルーラ!」

 わたしは咄嗟に転移して、2人の間に割り込んだ。

 

「グエン!!?」

「スクルトッ!!!!」

 魔法力を前面に集中させて、防御壁をつくる。

 それと同時にハドラーの爪がその防御壁に届き、それが反発して紫電を放った。

 

「一対一の筈だぞ、卑怯者〜〜!!」

「やかましいっ!

 おまえらのルールで戦う義理が、こっちにあると思うなハゲ!!」

 …緊急時なのでこのくらいの暴言は許してもらおう。

 

「ハゲ…ハゲって……」

 …言われたひとつ目ピエロがちょっとへこんだ気がするけど、それこそわたしの知ったこっちゃない。

 ハドラーの攻撃の威力が、防御壁の上を滑って散る。

 だが、恐らくは完全に防ぐ事は不可能。

 防ぎきれなかった威力が防御壁を破壊するのは時間の問題だ。

 ラーハルトの時は、散らした威力が地面へと流れて、結局ダメージを食らう結果になったが…今回わたしの張ったスクルトの防御壁は、ハドラーの攻撃に対して垂直ではなくやや斜め、わたし達に向けて倒れているような、緩い角度をつけていた。

 だから、防御壁が貫かれ、地面へと流れたダメージは、わたし達ではなくハドラーの、足元の地面を砕いていた。

 

「ムウッ!!?」

 爆発したように砕かれた岩盤が、ハドラーの身体に襲いかかると同時に、その足元を埋めて動きを止める。

 

「氷結乱撃っ!!!」

 トドメに全身を凍結させてやると、ハドラーは完全にその場から動けなくなった。

 その間に、ダイは身体につけていた鞘のベルトを外して、左手で剣を抜く。

 同時に跳躍し、中空でアバンストラッシュの構えを取る。

 利き手でない分コントロールが難しいだろうが、ハドラーの動きはわたしが止めているから、それで充分補えるはず。

 見ろ、わたしだって学習しているのだ!

 

 …と、そんな風に考えていた時期がわたしにもありました。

 

爆裂呪文(イオラ)ッ!!!!」

 拘束できていると思っていたハドラーの左腕が上がり、そこから放たれた火球が、ダイを襲って爆発を起こす。

 

「うわあっ!!!」

 その衝撃を受け止めたダイの身体が、中空から落下し、地面に落ちた。

 

「じゅ…呪文…!!?

 超魔生物は、呪文を使えないハズじゃ…!!」

 剣を支えに立ち上がりながら、ダイがそう呟く。

 そうしてる間にハドラーは、凍結による束縛などなかったかのように、砕けた地面から足を引き抜くと、そのまま真っ直ぐダイに向かっていった。

 

「くっ…待ちなさいっ!!」

「待つのはキミだ。

 これは一対一の勝負なんだからね」

 そのハドラーに一歩踏み出したわたしの背中に、死神の声がかかる。

 振り返るといつの間にか、使い魔を伴ったキルバーンだけではなく、ミストバーンまでもがわたしの背後におり、わたしは慌てて応戦の構えを取った。

 

「おっと、今は一時休戦中だよ。

 ハドラー司令の顔を立てて、ボクらもキミに攻撃はしないから、大人しく見ていたまえ」

 その、興奮した馬でも落ち着かせるような手の動きに軽く苛ついて、わたしはキルバーンを睨みつける。

 

「…さっきも言った筈よ。

 あなた方の決めたルールに従う義理はないと」

 わたしの言葉に、キルバーンは軽く肩をすくめた。

 

「…あると思うけどね。

 彼はもう、魔族の姿には戻れない。

 呪文を使えない超魔生物の弱点を克服するために、魔族としての余生を捨てちゃったんだから…」

「……どういう意味?」

「呪文を使えるようにするために、魔族の身体に戻る能力をとっちゃったんだよね〜!

 だからハドラーはもう一生怪物のままなんだ!!」

 耳障りな甲高い声で、ひとつ目ピエロが笑う。

 ハッとしてダイの方を振り返ると、このやり取りが耳に入っていただろうダイが、案の定呆然とした表情で、ハドラーを見つめている。

 

「…魔族の身体に未練などない!

 むしろ自ら捨て去ることによって、かつては世界を席巻した魔王だったなどという、つまらぬ見栄も捨てられたのだ!!

 己の立場を可愛がっている男に、真の勝利などないっ!!!

 …これはおまえたちの師が、オレにも残してくれた教訓だッ!!!!」

 闘気を纏った拳と爪が、まだふらついているダイに襲いかかる。

 まるで先ほどの再現のように、その闘気に巻き込まれた周囲の岩山が、爆発するように砕け散って、ダイの小さな身体がまた、爆風のようなそれに、吹き飛ばされた。

 

 …さっきひとを卑怯者呼ばわりしたくせに、あなた方のほうがよっぽど卑怯よ。

 こんな話を聞かされたら、わたしはともかくダイの性格では、1人でハドラーと対峙する事を決断するに決まってるじゃない!




戻るつもりで、戻れなかった主人公視点。
もう少しの間、副主人公の残念な活躍をお楽しみください(泣


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23・武器屋の娘は魔獣に懐く

 猛攻の中、なんとか体勢を整えたダイが、自身に迫るハドラーの爪を斬り払った。

 それはどうやら身体の一部であったようで、ハドラーの拳から、魔族の青い血が飛沫(しぶ)く。

 

「それがおまえの新しい剣か…いいだろう。

 次の一撃で決着をつけよう。

 このオレの右腕に宿る力と、おまえの剣、どちらが上かをな!!!

 同時に試させてもらうぞ!!

 神が造ったと言われる究極の生物、(ドラゴン)の騎士の一撃で、この超魔生物ハドラーの、戦闘兵器としての完成度を!!!」

 そう言って構えた右腕の拳の、血の滴る傷口が泡立った。

 どうやら、短時間で傷が治ってしまう仕様らしい。なんて厄介な。

 けど右腕に宿る力とは、これのことを言っている…わけではない、よね?

 そうこうしているうちに、手の感覚が戻ったのだろう、ダイはハドラーを睨みつけたまま、剣を右手に持ち替えた。

 

竜闘気(ドラゴニックオーラ)!!!!」

 紋章の力を剣に伝わせながら、再びアバンストラッシュの構えを取る。

 

「鬼岩城を破壊した技はおそらく大地斬…。

 あの剣でアバンストラッシュを放つのはこれが初めてだ」

 使い魔を肩に乗せたキルバーンが、どこか楽しそうに呟いた。

 ミストバーンは黙ったままだが、なにげに瘴気が濃く感じられるところを見ると、やはり気を張り詰めて戦況を見守っているようだ。

 慣れればこの男、思ったよりわかりやすいな…などと一瞬呑気なことを考えたわたしだが、すぐに気を取り直して、彼らを牽制する。

 今、ダイに手を出すつもりはないようだが、だからといって油断はできない。

 もっとも人間のように種族的に弱い生物とは違い、魔族やそれに類する魔界の知恵あるモンスターは、自身の力を誇示するためか、敢えて余裕のある行動を取りがちな習性があるように思う。

 悪く言うなら、慢心癖があるのだ。

 その点で余裕がない分、人間の方が卑怯というか、手段を選ばないものだ。

 良く言えば、人間の戦いは常に全力って事。

 命かかってんだし、当たり前っちゃ当たり前なんだけどね。

 その法則に従えば、彼らはこの時点で下手な横槍は入れないだろう。

 むしろここで一番横槍を入れる可能性が高いのがわたし…ってやかましいわ!

 ふと、なんの脈絡もなく、ルーラの修行をした時のマトリフ様の言葉が頭に浮かんだ。

 

『てめえ、僧侶のくせに頭ん中は俗物だよな…』

 …わたしはいいのよ!

 僧侶とはいえ、どうせ世間の垢にまみれた、汚い大人なんだから!

 未来ある子供の純な魂を守れるなら、俗物だろうが卑怯者呼ばわりだろうが、大いに結構よ!!

 ええ、完全に横槍入れる気満々だわ、悪い!?

 

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)を剣の先まで充分に行き渡らせ、ダイがハドラーへ突進する。

 

「アバンストラッシュ!!!!」

「むうぅん!!!!」

 それに対してハドラーは、先ほどショルダーアタックをかましてきた時と同じくらいまで闘気を高めると、先ほどの傷がもう塞がった右腕で、ただブロックしただけのように見えた。

 …本来ならば、ここで勝負が決していた筈だ。

 アバンストラッシュは全てを斬る技。

 生身の体で防ぎきれるはずがない。なのに。

 

 ガキイィィン!!!

 

 響いたのは、明らかな金属音。

 次に、ぶつかり合って弾けた闘気が衝撃波となり、わたしの足を一歩退かせた。

 慌てて地面を踏みしめ直し、顔を上げたわたしの目に飛び込んできたのは、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を纏わせて放たれたアバンストラッシュの一撃を、完全に右腕一本でブロックしきった元魔王。

 その腕が、まるで虫でも払うように、ダイの身体を振り払う。

 反射的に飛び出したわたしは、地面に叩きつけられる寸前のダイの背中をなんとか受け止めた。

 …結局は二人揃って地面を転がる結果になったけど。

 お互いの身体を支えあうように立ち上がりながら、状況を確認し合う。

 

「その剣はオリハルコン製と聞いたわ…それでアバンストラッシュを放ったのに斬れないなんて…!」

「うん…今、確かになにか、金属的な衝撃を感じた…!!!」

 つまり、さっきの金属音はわたしの空耳ではなかったという事だ。

 

「…フフッ、そうだ。

 ダイ、オレも持っているんだよ。

 おまえの剣に勝るとも劣らない伝説の武器…覇者の剣をな!!!!」

 それは、確かダイの使える剣の候補として名が挙がり、ロモスの武術大会の賞品となっていると聞いて、慌てて飛び出したダイとポップが、結局手に入れられなかったものの筈。

 

「ロモス武術大会の賞品はニセ物…。

 …本物はここだっ!!!

 このオレの…右腕の中にあるのだあッ!!!!」

 言って、感覚としては袖の中に入れておいた道具でも振り出すような動きで、ハドラーが下に向かって一度、腕を振る。

 そして次の瞬間その拳の先に、ダイの剣と同じ輝きを放つ刃が…()()()()()

 

「ぬおおおおッ!!!!」

 更にハドラーが闘気を高め、それをわたし達の方へとぶつけてくる。

 

「熱っ……!!」

 衝撃波だけでなく激しい熱を感じて、わたしはダイを抱き寄せた。

 

「グエンっ…!」

「…スカラ!」

 抱き込んだついでにダイの身体全体を防御膜に包む。

 わたしの鎧なら、魔法や属性攻撃は無効化できる。

 そしてバランの時に学んだ事だが、闘気による攻撃は基本、物理に近い。

 フバーハをかけるよりこちらの方が効果的だろう。

 わたしの魔法力に余裕があれば、迷わず両方かけてあげるところだけど。

 

「この暗黒闘気は…まさかっ!?」

「……魔炎気!!!!」

 キルバーンが驚いたように呟いて、それにミストバーンが一言で答えるのが聞こえた。

 ああ、そういう事ね。

 話に聞いていた限り、ハドラーは元々、炎熱系の呪文に長けていた。

 さっき、わたしの氷結による拘束が効かなかったのは、その身に纏った彼の闘気が炎を帯びていたからに違いない。

 そして、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を纏わせて放てば店売りの剣ですら真魔剛竜剣を折れる技であるアバンストラッシュが弾かれたのは、相手が同じ材質の剣だったからだけではなく、そこにやはり同じだけの闘気を纏わせていたからなのだろう。

 

「今の一撃でわかった!!

 もはやオレの力は、(ドラゴン)の騎士に少しも劣らぬ!!!

 ましてや、同じ強度の武器があれば、こちらの方が戦力が上ッ!!!」

 どんな理屈よ!体力か、体力的な差か!!

 とつっこむ間も無く、その言葉を証明するように闘気が高まる。

 …まずいな。

 さっきハドラーの攻撃で肩のパーツが砕けたところから、炎が僅かに入り込んできてる。

 ハドラーがそこをピンポイントで狙ってきていたなら、間違いなくわたしは焼き殺されているだろう。

 バルジ島でヒュンケルが、鎧にあけられた穴からメラゾーマを流し込まれたと言っていたし。

 

「だが容赦はせんっ!!!

 いかなる状況にも慢心せずに戦いぬくことが、おまえ達への礼儀というもの…!!!

 うけよ、ダイ!!!

 覇者の剣をあやつった、このハドラーの一撃を!!!」

 ハドラーの全身を魔炎気が覆い、振り上げた右腕にそれが集中する。

 その右腕と一体化した伝説の剣が、炎を纏う。

 恐らくは手首がぶれないようにだろう、それを左手で押さえるように握り、ハドラーは真っ直ぐこちらに向かって突っ込んできた。

 そして。

 

「超魔爆炎覇!!!!」

 

 魔炎気を剣に纏わせて攻撃を仕掛けてくるそれは、本来(ドラゴン)の騎士のみが操れる剣と魔法の同時使用という概念、即ち魔法剣と、同じ発想だった。

 それに気がついた瞬間、わたし達の目前に迫ったのは、炎か、剣か、それともハドラーの闘気の圧力そのものだったのか。

 それらは一瞬にして混じり合い、その衝撃に耐えきれなかった空間そのものが爆発したように、わたしには感じられた。

 

 ・・・

 

 …あんまり考えてなかった。

 気がつけばルーラでなんとかダイを連れてあの攻撃から逃れ、今は彼を抱えたまま、島の上空を飛んでいる。

 むしろ、考えてたら死んでたから仕方ないけど、もう魔法力も残り少ない。

 決断を急ぐ必要がある。

 

「…グエン?」

「ダイ…今は逃げるわよ。

 わたし達では、あのハドラーには勝てないわ。

 …くっそ、冗談じゃない。

 慢心癖のある魔族からそれ以上の生き物になったくせに、その慢心癖がなくなって全力でかかってきたら、どこに付け入る隙があるっていうのよ。

 開き直るにもほどがあるっつーの!」

 わたしの言葉に、ダイが丸く大きな目を驚きの形に見開いた…いや、違う!

 

「…どこへ行く、グエン!

 そっちは東だ、逃げ帰るなら方角が違うぞ」

 すぐ後ろからかかる無駄に落ち着いた声音に、背中に冷たい汗がにじむ。

 同時に剣の切っ先が身体のすぐ横を掠めた。

 殺られる!

 と思ったと同時に、鳩尾の上あたりを結構な力で叩かれて、腕に抱いていた体温が離れた。

 慣性でその場から少し離れた位置まで飛ばされ、空中で急ブレーキをかける。

 ハッと気付くと、少し離れた宙空に浮かんで、ハドラーとダイが対峙していた。

 

「ダイッ!?」

 見れば、ダイはほんの少しずつ移動して、ハドラーの視界からわたしを外そうとしている。

 この隙に逃げろとでも言いたいのだろうが…馬鹿!

 子供が、そんないっぱしの男みたいな真似しなくていいから!10年早いのよ!!

 

「いつの間にか紋章の力無しで、飛翔呪文(トベルーラ)を使えるようになっていたか…相変わらず、油断のならぬやつよ」

 ハドラーはそんな台詞を、何故か嬉しそうな声で吐く。

 そう、ダイは恐らくもう、紋章の力は尽きている筈。

 スタミナ的な面では確実にこの魔獣の方が上、これ以上戦えば間違いなく殺されてしまう。

 どうすればいい?考えろ、その為の頭だろう。

 ふと、視界の端に2つの黒い点が見えた。

 それはこちらに、少しずつ近づいてきている。

 あれは……!!

 

「この勝負…もらったっ!!!!」

 ハドラーが、抵抗もままならないダイに向けて、もう一度先ほどの技を放つ。

 そのタイミングで、わたしも最後の魔法力を、()()()()()()放った。

 

 

「バシルーラッ!!!!」

 

 

「なにィッ!!?」

 絶対に外す筈もない距離で目標を見失ったハドラーが、驚きの声をあげる。

 一瞬で魔法力に弾き飛ばされたダイの身体は、飛ばされた先で、太く逞しい両腕に受け止められた。

 ああ、これでもう大丈夫。

 

 魔法力を全て使い果たして、トベルーラを維持できなくなった身体が、途端に重力の蔦に絡みつかれ、逆らうすべもなく落ちていく間に…わたしの意識は、黒く塗りつぶされた。

 

 ☆☆☆

 

 グエンの身体が冷たい海に落下して、大きな水柱を立てる様子をただ見つめながら、彼は自分を振り向いたその異形を睨みつけていた。

 

「獣王クロコダイン…そしてポップか。

 なるほど、今度は貴様らが相手か…!!?」

 だが、そう問うたハドラーに答えず、クロコダインはダイの身をポップに預けると、眼下の水面に向けて闘気弾を放つ。

 

「お、おっさん!!?ちょっと待っ」

 それは激しい爆発のような水柱を、先ほどグエンが落ちた時とは比べ物にならないほどの高さに跳ね上げた。

 

「なっ…なにっ!!?」

 更に水飛沫が煙のように視界を塞ぎ、それが晴れた時にはもう2人…否、3人の姿はどこにもない。

 

「あの獣王が、いきなり逃げを打つとは…!」

 …だが、ハドラーは唇に、どこか嬉しげに笑みを浮かべていた。

 超魔爆炎覇を放とうとしたあの瞬間、いかなる防御も不可能と悟ってか、ダイはとっさに攻撃をしかけようとしていた。

 残る力も僅か、ささやかな紫電を剣に纏わせた、あの技の構えはまさに…ギガブレイク。

 

「…さすがは勇者。こうでなくてはな…!

 良かろう。こんなところであっさり死なれては、この身を魔獣に変えた甲斐もない!」

 

 ・・・

 

「仕方ないなぁ…腹いせに、あのコだけでも回収しとこうっと。

 人質としての役にも立たないんなら別に要らないけど、せめて泣かせてやらなきゃ気が済まないからね。

 …ミスト、キミはハドラー君の方を見てやりたまえ」

 傍のミストバーンにそう言って、キルバーンは先ほど、ポップを待ち受けた場所まで戻った。

 だがその場所に、あるはずのものがない。

 

「……え?居ない?いや、呪法檻ごとない。

 参ったね。ボクらがあのオネエサンに構ってる間に、まんまと奪い返されたってわけだ。

 あ〜あ、こりゃバーン様に怒られちゃうなあ。

 …一度狙った獲物を、二度も逃がすなんて、生まれて初めてだ。

 妹は勿論だけど、兄の方も相当許し難いね…!」

 本人が聞けば『誤解だ!』と叫びそうな言葉を呟きながら、『キルバーン』は憎々しげに顔を歪ませた。

 

 ・・・

 

 3人分のルーラの軌跡が島から離れたのを見計らい、クロコダインがほうっと息を吐く。

 身を隠していた氷塊の陰で傍を見れば、この窮地を脱した少年たちが、俯いて肩を震わせていた。

 

「…おれ、グエンを置いて逃げたくなかった…」

「…おれだって同じだ、ダイ。

 妹を残して逃げたくなかった…けど、他にどうすることもできなかったんだ…!!」

 何もできなかった自分を責める少年たちに、クロコダインが穏やかに言葉をかける。

 

「…わかっている。

 だが、窮地の中で『一番の正解』を示したリリィの度胸と、自分の命と誇りを捨ててもダイを守ろうとしたグエンの献身。

 どちらも汲んでやらねばと思ったからこそ、オレはためらうことなく逃げを選んだのだ。

 …だから、責めるなら、オレを責めていい」

 だが少年たちは、彼を詰るようなことはしなかった。

 そのかわり2人とも、その大きな身体に取りすがると、それまで耐えていたものを吐き出すように、大声で泣きだした。

 

 ☆☆☆

 

「……どうやら本当に、ただの人間の小娘らしいな」

 頑丈に見えた呪法檻の格子をあっさりとこじ開けたその腕の中に、すっぽりおさまった(檻が破壊された途端外気の冷たさに凍えそうになりしがみついたら抱き上げられた。そうだったよ!雪が降らないだけでここ、オーザムよりも北だからね!)あたしを見て、そのひとは少しがっかりしたように言った。

 

「それは一目見ればお判りでしょう?

 他のなんだと思って連れて来たんですか」

 至極当然の疑問を口にしたあたしの問いに、一瞬そのひとは目を丸くする。

 だが次には何故か、面白そうに唇に笑みを浮かべて答えた。

 

「あの忌々しい死神がやけに拘っているようだったから、ささやかな嫌がらせのつもりで横取りしただけだ」

 嫌がらせだったんだ。いいぞもっとやれ。

 ただし、あたしに関係ないところで。

 自分に起きている完全に想定外の出来事に若干ついていけずにいるあたしの様子をどう見たものか、腕の中のあたしを観察していたそのひとは、笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

 

「まあしかし、『ただの』という言葉だけは、撤回した方が良さそうだな」

「……どういう意味ですか?」

「こうして魔獣の腕に捕らわれた人間のしかも女が、怯えるでも睨むでもなく言葉を返してこられるだけでも、屈強な戦士並の心臓の持ち主だと思うがな」

 しまった。

 多分自分のスペックでは絶対に会わずに終わるだろうと思っていた前世最萌のキャラを間近に見て、怖そうだけどやっぱカッコいいよなー、なんて呑気に眺めてしまっていた。

 やはり思った通り、吹っ切れた感から漂う大人の色気、まじでハンパない。

 加えてこの至近距離、今のあたしが精神(なかみ)はともかく肉体的に、13の小娘でなく充分に成熟した大人の女性だったら、鼻血吹いて卒倒しててもおかしくなかった。

 異性に対するこういった感覚は、やはり肉体由来の反応なんだなとつくづく思う。

 

「ただ愚かでものを知らないだけの子供、という可能性の方が高いとは思われませんか」

 そう、子供(ガキ)だからだよ。それでいこう。

 今更怖がる演技などしたところで白々しいだけだ。

 けど、そのひとはあたしの言葉を小さく鼻で笑い、その指先であたしの頭を、弄ぶようにつつく。

 髪が乱れる、やめれ。

 

「少し前ならば、オレもそう考えたろうな。

 だが、そんな事を言うヤツが本当に愚かだった事例を、残念ながらオレは知らん」

 あ、これと似た台詞、確かオリハルコンのナイトが、ポップに向かって言ってた筈だ。

 禁呪法によって生まれる生命体には創造主本人の精神状態が出るのだとは、確かポップの師匠マトリフ様の台詞だったっけ。

 

「…そもそもオレが何者か、知らぬわけではあるまい?

 かつてこの地上を支配せんとした魔王、人の子など何百人も殺している。

『ただの』小娘ならば、暴れて泣き叫んでいてもおかしくなかろうし、そうであればオレも躊躇なく、我が地獄の爪でその身体を引き裂いているところだ」

 …これは、どう解釈すべきなんだろうか。

 一応は落ち着いて、大人しく抱かれている事が正解だったと、考えていいんだろうか。

 てゆーか、そもそも抱きついたのあたしだし。

 寒さには勝てなかったし。

 逞しい異形の腕の中から、その持ち主の元魔王、今は超魔生物に改造済みの魔軍司令ハドラーの顔を見上げながら、あたしは今の自身の状況に想いを馳せた。

 どうしてこうなった。

 …けど、まあ、とりあえず超魔生物体温高い。寝そう。

 

 ・・・

 

「…まったくもって、豪胆な小娘よ。

 しかし、こいつをどうすべきか…。

 慰むにはいささか寸が足りぬし、飾りたてて愛でるほどの美姫でもなし。

 それならば、先ほど海に叩き込まれたあの跳ねっ返りの方が余程使えようし…さて…」

 その体温と腕の安定感で、あっという間に眠りに落ちたあたしを見て、ハドラーがそう呟いた事など、あたしには知る由もなかった。




【悲報】元魔王様、ロリコン疑惑がにわかに浮上する

…たまたま見つけた仔猫が懐いてきたからつい抱き上げた、くらいの感覚のようです。
他意も邪心もない…はず。


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24・武器屋の娘は生命(いのち)の始まりを見る

ポップ視点は結構書きやすい事がわかった。


「…ほおぉ、なるほど。

 馬鹿弟子の行方はともかく、同じ材質の、伝説といえば聞こえはいいが要は古臭い、骨董品の、ナマクラ刀に、負けてノコノコ戻ってきたって事か」

「どういう事!?

 どうしてグエンさんを置いてくるのよ!?

 男ならば女性を守らなければならないのでしょう!!?」

「その…ロン・ベルク殿にエイミ殿。

 2人は疲れていてだな…もうその辺で…」

「貴方もよ!」

「う、うむ……面目無い……」

 パプニカ城。

 若干カオスな様相を呈しているのは、おれたちが奴らを追って飛び立った後にやってきたというロン・ベルクが、今は臨時の救護室となっているミーティングルームの何故か一番いい椅子に足組んで腰を下ろし、そこからダイを睨みつけているのと、怪我人も寝かせているそこで何故かエイミさんがメッチャ怒って声を荒げてるのが、主な要因だと思う。

 最初はチウの奴がおれに殴りかからんばかりに詰め寄って来かけたのに、それより早くおれに詰め寄ってきたエイミさんの気迫と、ロン・ベルクの重苦しい不機嫌オーラに気圧されて、何も口を挟めずマァムの脚にしがみついて震えてる始末だし。

 ロン・ベルクはダイの剣の初戦の結果が大いに不満だろうし、グエンのやつは割と三賢者と仲良かったしな。

 今回ばっかりはなんと言われても返す言葉もない。

 そもそもおれの行動の結果こうなったわけだからな。

 

「すまねえ…」

「ごめんなさい…ハドラーの攻撃を受け止めて剣が刃こぼれしたのは、おれの闘気(オーラ)が充分じゃなかったからだし、グエンが魔法力切れで海に落ちることになったのも、おれを庇ったせいなんだ。

 おれの……責任だよ」

 ふと気づけば、さっき散々泣いたのにまた泣きそうな表情になってるダイが目に入り、あんまり考えることなくアタマ撫でてやる。

 …ほぼ反射的におれを見上げたダイが、一瞬明らかに『これじゃない』みたいな目をしたのをおれは見なかった。絶対に見てない。

 …しばらく別行動だったから忘れかけてたけど、みんな一緒の時には高い確率で、ここに乗ってるのがグエンの手だったからな。

 

「…それくらいで勘弁してやってくれ。

 グエンの件は、彼女を行かせたのはオレだ。

 彼女の事は、共にいる時間の長いオレが一番判っている筈なのに、あの女性(ひと)の性格を考えれば、少なくとも1人でポップを追わせるべきではなかった…!」

 ひと通り聞き終えたところで、ヒュンケルがどこか悔しげに言葉を紡ぐ。

 その声に全員がヒュンケルの方を振り返り、それまで声を荒げていたエイミさんが、ものすごく微妙な表情になった。

 ん?ひょっとしてエイミさん…!?

 …いや、それは今考えることじゃねえ。

 

「グエンの捜索はクロコダインに任せるしかないな」

「おう!!心得た!!」

「リリィに関しては、戦力を整えてから改めて奪還しにいく。それでいいな?」

 ヒュンケルが言うそれはまさに、リリィ本人が提案したものだった。

 ある程度冷静な判断ができる人間がたどり着く最善の案であるという事だ。

 つまりあの時点でのリリィは、間違いなく…グエンも加えた3人の中で、誰よりも冷静だった事になる。

 昔から、なんかあってもパニック起こして泣きわめくような事、一切ない子供だったからなあいつ。

 おれがキルバーンに殺られかかった時、おれの名前呼ぶ声に悲鳴が混じってたくらいで。

 そもそもおれだって冷静に考えていたら、あれが罠だって事くらい判った筈なのに、妹を連れ去られて、完全に頭に血がのぼってた。

 それでリリィを取り戻せなかったばかりか、グエンまで危険にさらして…。

 結局、おれが一番悪いんだっての。

 

「多分グエンが落ちたのは、オーザムの北西のあたりの海だわ。

 無数の氷山や流氷が浮かぶ極北の海よ。

 水温はもちろん氷点下…急がないと!」

「グエンというのは、鎧の魔槍の女だったな?

 あれを身につけているのなら、ある程度の状態変化には耐えられる筈だ。

 勿論、いつまでも、とはいかんだろうが…」

 おれたちの前ではいつも凛としてる姫さんが、心配気な表情で呟く。

 確かに周囲の海には氷山が浮かんでた。

 改めて、あんな場所で女一人で戦わせちまってた、自分の不甲斐なさに歯噛みする。

 と、ミーティングルームを出て行こうとしていたクロコダインのおっさんが、ふと思いついたように振り返り、チウに声をかけた。

 

「おい、ネズミ。

 おまえくらいの大きさの奴なら、一緒に乗せてってやれるが…来るか?」

「モチ!!さすがにお目が高いっ!!」

 さっきまで震えていたのが一瞬で嬉しそうに目をキラキラさせて、チウがおっさんに続く。

 それをただ見送る事ができずに、おれはその背中に呼びかけ…

 

「待てっ!おれも行くっ!!」

「おれも連れてってよクロコダイン!!」

 …た声が、ダイと被った。

 どうやら同じこと考えていたらしい。

 そのおれたちの頭の上をヒラヒラ飛ぶゴメが、自分もと言うようにピィピィ鳴いてるが、お前はそもそも論外だ。

 

「怪我人や子供の出る幕じゃないっ!!!

 ぼくに任せて待っていたまえ!」

 だが、一瞬顔を見合わせたダイとおれにそう言い放って、チウがおっさんの後を再び追っていく。

 つかこの部屋の雰囲気から逃げたろおまえ。

 だが、チウのくせに正論すぎて言い返せねえ。

 今のおれやダイが、足手まといの怪我人なのは事実だ。ちくしょう。

 

「…気持ちはわかるが、空を飛べなければ捜索は無理だ。

 今のおまえたちには、それだけの魔法力も体力もあるまい。

 少しでも回復につとめた方がいい」

 悔しさにその場に立ち尽くしたおれたちの後ろから、ヒュンケルのやつが妙に優しい口調で言葉をかけてくる。

 やめろ、ブン殴られるより気分悪ィ。

 怒鳴りつけられた方がまだましだ。

 

「でもっ…グエンはおれを守る為に海に落ちたんだ!

 みんなに任せっきりで、休んでなんかいられないよ!!」

「そっ…そうだぜ!

 元はと言えば、おれの妹を助けようとして、あんなことになったんだ!!

 なあ、姫さん頼む!!なんとかしてくれ!!

 なんか一発で魔法力が回復する呪文とか、そんなのねえのか!?」

 藁にも縋る思いで、とりあえずそこにいたレオナ姫さんに両手を合わせるが、賢者の国の最高権力者は、そんな呪文聞いた事がない、とおれの頼みをバッサリ切り捨てた。

 やっぱり無理か…と諦めたその時、

 

 ドサッ…!

 

 何か、拳大の皮袋のようなものが、おれとダイの足元に投げられた。

 それが来た方向に目をやると、さっきまで不機嫌オーラを放ってただ座っていた魔界の名工が、椅子から立ち上がってこちらを睨んでいる。

 …いや、ただ見てるだけなのかもしれない。

 単に、地の魔族顔と相まって目付きが悪いだけで。

 

「ロン・ベルクさん……!?」

「そいつを使え。

 リリィが材料集めで手に入れてきたが、本来欲しいモンと一緒に副次的に採れるだけの、オレには使い道がないモンだ」

 言われて、ダイが皮袋を拾う。

 開けてみると中から、青白く濁った色の石の塊が数個出てきた。

 ん…なんかこの石、見覚えがあるような…?

 

「そいつは白魔晶という、魔法力を貯めておける石だ。

 オレが持ち歩いてたから毎日少しずつ補充されてて、もう許容量いっぱいの筈だ。

 握って念じれば、魔法力の回復ができる。

 魔法力が抜ける際に粉々に砕けちまうが、それだけの量があれば、おまえら2人でもそこそこの回復はできるだろう」

 …思い出した!

 あのバランの部下たちと戦った後、魔法力が残り少ないおれにグエンが貸してくれた、確か祈りの指輪とかいうアイテムに、使われてたのと同じ石じゃねえか!

 あの時の石も、グエンに言われた通りに使ったら、崩れるみたいにボロボロに壊れたから、多分間違いねえ。

 なるほど。あれは指輪に使うくらいの小さい石だったから、申し訳程度の魔法力しか回復できなかったが、これだけの大きさなら確かに、相当な回復量が見込めそうだ。

 ダイと2人して、言われた通りにその石を握りしめる。

 スゥッと染み渡るように、手から身体全体へと、魔法力が浸透していく感覚が気持ちいい。

 

「あと、こいつで体力も回復しとけ」

 そう言って渡されたのは竹でできた水筒で、蓋を取ると若干青臭い、けどおれにはものすごく嗅ぎ慣れた匂いが立ち上った。

 

「これ、うちの薬草スープじゃねえか!?」

「昨日の残りだが、これだけで上薬草並の回復効果がある。

 ちなみに、これはおまえの母親の作ったものだが、リリィが作る同じものは特薬草並だ」

「嘘だろ!?」

 確かにリリィが作った方が美味いのは知ってたけど!

 言ってる間に、ダイが素直に水筒からこくんとそれを含んで飲み込むと、次の瞬間、パアァッという効果音が出そうな笑顔になった。

 

「ホントだ!

 昨日食べた時と今朝は気付かなかったけど、竜闘気(ドラゴニックオーラ)が尽きてた今は、それが回復するのがスッゴク判った!!

 ありがとうロン・ベルクさん!!」

 …こいつは暗示にかかりやすいだけじゃねえかと思うんだけどな。

 その言葉を受けたロン・ベルクは、相変わらず睨むような目をしたまま頷く。

 

「…今度は、闘気が足りないなんて言い訳は聞かんぞ。

 とっとと行って、終わったら修理しにまたオレのところに戻ってこい。

 その時は魔槍の女と…魔剣の男、おまえさんもだ。

 …オレの武器の本当の使い方を、実戦形式で教えてやる」

 その瞬間、ゾクリとするほどの気迫をロン・ベルクから感じたのは、おれだけでなくその場の全員が、だったろう。

 マァムがほぼ無意識になんだろうが、ヒュンケルの腕に縋るように触れている。

 

「…判った。是非、頼む」

 だが、その気迫をほぼ真正面から受け止めたにもかかわらず、ヒュンケルのやつは特に表情も変えずに、その目を見返して頷いてみせた。

 …悔しいがやっぱ、こういう場面じゃおれはコイツには敵わねえ。

 

「はい!行ってきます!!

 必ず、グエンを連れて帰ってくるよ!!」

 そしてどうやらただ一人、そのオーラに気付かなかったらしいダイが、元気に手を振って駆け出した。

 鈍感なのか大物なのか…いや、感心してる場合じゃねえな。

 

「待てよ、ダイ!おれも一緒に…」

「おまえは少し待て。

 …リリィのことで、兄のおまえの耳には入れておきたい事がある」

 回復が済んでダイを追いかけようとしたおれの腕を、なぜかロン・ベルクが掴んで引き止めた。

 そのまま部屋から連れ出され、他の奴らの耳に会話が届かないところまで歩くと、それでも声を潜めて話し始める。

 

 …その話の内容は、驚くべきものだった。

 おれや両親が、恐らく商人の技能だと思ってたリリィの『物品鑑定』と『発掘』が、実は『神託の目』と『錬金術』だって!?

 ほかにロン・ベルクがリリィと出会った時のこと、弟子入りに関する事情と、いきなり告げられて頭の中で情報の整理が追いつかない。

 

「すぐに理解しなくてもいい。

 だがあいつの能力が、使い方によっては天地魔界のバランスをも崩しかねん危険を孕んでるとだけは、覚えておけ」

「いや…少しだけならわからなくもない。

 現にあいつ、鬼岩城の弱点とか言い当ててたし、見たこともねえ武器の特性とか、破損状態なんかまで…」

「…そういうことだ。

 そして、その危険度をあいつ自身がいまひとつ自覚してないのが、一番の問題でな。

 それに、あいつは隠してるつもりのようだが、その能力の範疇外でも、何かしら見えてるモノがあるらしい。

 …できることなら敵が、あいつの真の価値に気付く前に…単なる人質としてしか見てないうちに取り戻せ。

 どうしても難しいようなら、オレも手を貸す」

 …思いの外真剣な目に射抜かれたが、おれはもうそこに、威圧感を感じることはなかった。

 なんだ、ひと皮むけば普通に、弟子を心配する師匠の顔じゃねえか。

 

「…判った。

 なんつっても、おれの可愛い妹だかんな。

 絶対、近いうちに連れて帰る。

 …その後は、ちゃんと監視を頼むぜ、『ロン先生』!」

 そう言ったおれの言葉にロン・ベルクは、ちょっとだけ嫌な顔をした…いやなんでだよ。

 そこは互いに拳でも合わせて、笑って送り出すトコだろうが。

 

 ☆☆☆

 

『…【覇者の(つるぎ)】。

 ロモス王国の国宝として【覇者の冠】と共に、永きにわたりその宝物庫に安置されていたものですが、元々はロモス王国建国前、あの大陸がモンスターの跳梁跋扈する地であった時代に、そこを支配していた百獣王と呼ばれるモンスターが倒された際、その腹の中から出てきたオリハルコンを、加工して作られた一対の武具です。

 今ではその話も変化して伝えられているようで、ロモスを救った勇者がどこへともなく去っていき、その勇者がかの地に置いていったという物語の方が一般的ですね。

 まあ、百獣王を倒した勇者が去り、その後に残されたという事は間違いないので、広い意味ではその通りなんですが。

 そう考えると百獣王は神の眷属だったか、或いは神からの贈り物だったそれをどのようにしてか呑み込んで、力を得たと考えるのが妥当でしょうね』

 ふーん。

 お腹から出てきたってのも、なんか神話的だよねぇ。

 ヤマタノオロチとスサノオの話みたいだ。

 あれは、尻尾から剣が出てきたんだっけ。

 そんな話、こっちの世界の人は知らないだろうけど。

 …てゆーかその勇者って、もしかしなくてもその時代の(ドラゴン)の騎士だよね?

 そう考えると、そのオリハルコンが【ダイの剣】になったことにもまた、運命的なものを感じる。

 

『あ、ちなみに【覇者の剣】と【ダイの剣】が相対した時、お互い同士に短い会話というか、意思の疎通があったようですよ?』

 あー、一対の武具のままであれば、通常は敵対する事のない組み合わせだもんね…。

 引き離しちゃって申し訳なかったかな。

 けど、それはあたしや、ましてやロン先生のせいじゃない。

 そもそも、ロモス王がダイに【覇者の冠】を与えてしまった時点で、既に両者の運命は分かたれている。今更なのだ。

 

『彼らの念話を無理矢理人間の言葉に変換すると、

 

 “貴様と戦うことになろうとはな”

 “こちらもよもや貴様が、我と同じ剣として新たな生を受けていたとは思わなかったぞ”

 “フッ、オリハルコンは最強の金属。

 それを打ち砕くのもまた、オリハルコンしかあるまい”

 “望むところよ!”

 

 みたいな感じらしいです。

 なんか、それも宿命の対決的なやつですよね〜』

 …申し訳ないとか思う必要全然なかった。

 それどころか、メッチャ状況楽しんでそうなんだけど。

 長年の朋友と敵対する哀しみとかなんかないのか。

 まあ、永久不滅の金属故に、互いに死に別れの概念がないってだけかもしれないが。

 勝負が決した後も、いつかまた相まみえる時までしばしの別れみたいな。

 これが単に擬人化された普通の金属の武器同士なら、

 

 “いい勝負だったぜ。

 貴様こそ、我が最大の宿敵であり、友だった…!!”

 “貴様の命、永遠に我とともにある”

 

 みたいなノリになるんだろうけど。

 いや、ならないか。

 

「…なるほど。

 これまでの言動と考え合せるに、物からそれにまつわる情報を引き出す力の持ち主というわけか。

 鬼岩城の弱点を言い当てたのも、それで説明がつく。

 確かにこれは、あの死神が警戒するわけだ」

 …ん?

 頭の上から降ってくる声に、あたしは閉じていた瞼を開ける。

 同時に頭の中から、オッサンが焦ったように消えた。

 …どうやら、寝ぼけながら『みる』を使っていたらしい。

 見えてないのに『みる』とはこれいかに。

 まあどうでもいいか。

 そして、無意識に握りしめていたのは、今の今まで鑑定していただろう、【覇者の剣】が埋め込まれている、そのひとの右腕。

 

「……おはようございます」

 状況はよくわからないながらも、いずれ商人として立つ身であるからには挨拶は大事だ。

 なのにその瞬間、あたしを抱えている超魔生物が、なにか未知の生物でも見るような目をしたのは気付かなかったことにする。

 いや、おまえ……ううん、何でもない。

 おまえの方が余程未知の生物だとか、そんな事考えた時点で負けな気がする。

 そうして、なんとか冷静に自分の置かれている状況を確認すると、なんかだだっ広いだけの部屋の中で、玉座みたいな椅子に腰かけたハドラーの膝の上に、あたしは抱えられたまま乗せられていた。

 その真正面に…いつか見た目玉のモンスターが、高い天井から触手でぶら下がっている。

 

「ひっ…!」

 思わず変な声が出てしまい、縋り付いて顔を伏せたマントの下の胸筋が、くつくつ笑う声とともに振動した。

 

「…なんだ?悪魔の目玉が恐いのか?」

「…以前このモンスターに、首を絞められた事があります」

 若干ムカついて顔を上げ、面白そうにこちらを見るその顔を睨みつける。

 あたし程度の睨みなど当然気に留める事もなく、ハドラーはくつくつ笑いを止めぬまま、あたしの体を抱え直した。

 大きな手が、あたしの背中を支える。

 

「そうだったな。その映像もさっき見た。

 …どうやら、あれも死神の悪戯らしいぞ。

 悪魔の目玉は基本、上位者の指示がなければ他の、自分より大きな生き物を攻撃することはない」

 …映像?

 その言葉に、例のモンスターを恐る恐る振り返る。

 ハドラーはあたしを抱えていない方の手を前方に突き出して、指先で何事かの指示を出した。

 恐らくは魔力による操作なのだろうが、前世の知識があるあたしの目には、テレビのリモコンを操作する動きのように映る。

 次にはモンスターの目玉部分の色が変化し、そこにマドハンドの大群を迎え撃つ、我が村の精鋭たちが映し出された。

 やがてカメラがズームインするようにその中の一人、先頭で一心不乱にマドハンドを土に埋めている少女の姿を映し出…あたしじゃん!

 この世界には当然、テレビもスマホもビデオカメラもないから、鏡じゃない動いてる自分の姿を見るのなんて今この瞬間が初めてだよ!

 しかもメッチャ画像も音声もクリアだよ!!

 そういえば悪魔の目玉が集めた映像って、データとして残してあるって、後から出てくる(キング)の駒が言ってたよね!!

 ちなみにその映像は、首を絞められたあたしが、伸ばした手の先で立てた親指を下に向け、その手も拘束された瞬間にプツリと切れた。

 この瞬間にはもう、これを撮っていた悪魔の目玉は、ロン先生の剣の錆となっていたらしい。

 …てゆーか、あれ死神の仕業とか言った!?

 マジかくっそあの野郎。

 それが本当なら、後日のアレでお互い様なんじゃん!

 次会ったら、今度はげんこつでぶん殴る。

 あいつが泣くまで殴るのをやめない。

 と、そんな事を考えていたら、唐突に『みる』が自動展開した。

 

『く…【黒の核晶(コア)】です!!

 このひとの身体の中に魔界の超爆弾、【黒の核晶(コア)】が埋め込まれてます!』

 へっ…?爆、弾……って!!ああっ!!

 

『しかも、あの【死神人形(アサシンドール)】の頭部に内蔵されていたものと違い、現時点で既に起爆可能です!!

 起爆スイッチはどうやら、大魔王バーンの魔力。

 大魔王バーンはどこにいても、遠隔で魔力を飛ばせますし、また厄介なことにこの爆弾、この肉体の超魔改造によるパワーアップの影響により、このひと自身の魔力を限界いっぱいまで吸い込んでて、ぶっちゃけ何かの拍子に火がついて、いつでも爆発する可能性があります!』

 そうだった忘れてたよ!

 物語的に今すぐ爆発する事はないけどこのひと、文字通り爆弾抱えてるんだった!!

 思わず両手をその胸に当てて、目一杯身を離す。

 その手から離れようと身をよじると、今度は脇下を持たれて抱き上げられた。

 ハドラーはあたしの顔を覗き込みながら、あたしは実際には見ていないが前世の知識にはある、かつてのような酷薄な笑みを浮かべる。

 

「…ようやく気がついたのか?

 悪魔の目玉などより、余程恐ろしい魔物に捕らえられているのだという事実に?」

 ……そう言われて初めて気がつく。

 爆弾は確かに怖いけど、あたしはこのひと自身には、全く恐怖心を抱いていないことに。

 

 …恐らくその時のあたしは、相当間抜けな、キョトン面を晒していたんだと思う。

 暫しの間、結果として見つめ合い、先に目をそらしたのはハドラーの方だった。

 …そこそこ堪えていた笑いが、遂に決壊したという形で。

 

「くくくっ…まったく、見ていて飽きぬ娘よ。

 鈍感なのか、大物なのか…」

 …少なくとも褒められたわけではないと思う。

 ちょっと不機嫌になり、あたしはハドラーを睨んでみた。

 

「それはともかく、下ろしてください」

「駄目だ」

 即答か!

 

「何故」

「ここは大魔王バーン様の居城内。

 我ら魔王軍以外の者が足を踏み入れれば、即その存在が、城全体に伝わるのだ。

 …正確には、敷地に足を置いたその瞬間に。

 おまえがここに居るのは、オレが抱いて連れてきたからで、ひとたびこの床におまえを下ろせば、バーン様やミストバーン、はては死神に、おまえがここに居る事を知らせる事になる。

 せっかく、面白い玩具を手に入れたものを、取り上げられたくはないのでな。

 しばらくは、オレの腕の中に居てもらうぞ」

 そう言って、ハドラーはもう一度、今度は片腕にあたしを抱え直した。

 いや玩具扱いって!

 てゆーか、だから今までずっと抱っこ状態だったのか。

 けど、離してもらわなければ帰れない。

 少なくとも、時空扉をこのひとの前で出すのは避けたい。

 …と思ったところでふと気づく。

 ハドラーは、ここが大魔王バーンの居城…バーンパレスの中だと言った。

 確かバーンパレスは空間自体が魔力で閉鎖されて、魔王軍の者だけが自由に出入りできる仕組みだった筈だ。

 だとすれば、以前破邪の洞窟に時空扉を開こうとして、扉自体が出てこなかった時のことを考えると、ここも同様である可能性がある。

 …まあいい。殺されさえしなければ、いつか必ず逃げるチャンスは来る。だろう多分。

 

「リリィ」

 不意に名前を呼ばれ、心臓が跳ねた。

 考えてみれば、目が覚めた時からずっと顔の距離が近い。

 相変わらず無駄に色気を放出しているなこの超魔生物は。

 いくらあたしが子供だといっても、それなりに心臓に悪いのでやめてください。

 

「特別に、人の子の身には過ぎるものを見せてやろう。

 ある意味、新たな世界の誕生の瞬間…貴様ら人間にとっては世界の終わりの、始まりかもしれぬがな。クククッ……!」

 何が面白いのかあたしにはまったくわからないまま、ハドラーは喉の奥で笑い続けていた。

 

 ・・・

 

 そうして連れてこられたのは薄暗い、何やら妙な器具やらが置かれた、やはりだだっ広い部屋だった。

 真ん中に囲いのようなものが、直径1メートルくらいの円を描いており、そこだけ何かの光で照らされている。

 その囲いの中に、その光を受けてキラキラ光る、5つのものが見えた。

 

「…貴様は、これをどう見る?」

「……キラキラして綺麗ですね」

「そういう表面上の話はいい。

 …貴様の『目』に見えたものはなんだ?」

 冷たい目がぎろりとあたしを睨む。

 

「鬼岩城の弱点。死神の武器の特殊効果。

 そして、先ほど寝言で呟いていた、覇者の剣の伝説の真実。

 それと同じように『見』るがいい。

 そして何が見えたか、オレに言ってみろ」

 …どうやら、あたしの『神の目』、このひとには気付かれているらしい。

 てゆーか寝言言ってたのかあたし!迂闊すぎ!!

 もう、ここは誤魔化しても無駄だろう。

 心の片隅で怯えきって涙目になってるオッサンを呼び出す。つか、情報が泣くな。

 

「…【オリハルコンの駒】です。

 左から兵士(ポーン)騎士(ナイト)僧正(ビショップ)城兵(ルック)女王(クイーン)

 もとの持ち主は大魔王バーン。

 現在は魔軍司令ハドラーに下賜され、禁呪法による加工が施されているその途中経過で、魔力供給が途絶える事さえ無ければ、最短であと2時間ほどで、オリハルコンの金属生命体が完成します。

 現時点での完成度は9%です」

 半泣きのオッサンの言葉を、あたしはまるまる復唱する。

 …なるほど。

 これは例の、オリハルコンの親衛騎士団。

 ハドラーが大魔王と袂を分かった後も付き従い、その最後の悲願を叶えるべく、勇者一行の前に立ちふさがった、彼の最後の部下たち。

 ふと、僧正(ビショップ)の駒が震えたように見えた。

 そして次の瞬間、それが真っ直ぐ、あたしに向かって飛んでくる。

 

「!!?」

「痛っ……!!」

 思わず顔を庇って翳した左掌に飛んできた駒が当たり、そこにカミソリで切られたような、小さいが鋭い切り傷が走った。

 そこから膨れた血の玉が、床に転がった駒の上に滴り落ちて、それを汚す。

 どうやらハドラーにも意外な出来事であったようで、驚いた表情を隠しもせず、あたしの負った傷をじっと見つめた。

 やがてゆっくりと視線を逸らすと、半ば事務的な動きで床に落ちた駒を拾う。

 

「あ、あの…!」

「…なるほど。

 子は黙っていても、親に似るものよな…」

 何か意味のわからないことを呟いて、ハドラーが指先の駒を睨むと、僧正(ビショップ)の駒がまた、さっきと同じように震えた。

 

『ワカリマシタ、モウシマセン。

 …ゴメンナサイ、ママ』

 ん?

 今、なんか変な言葉聞こえたけど気のせいか?

 

 とりあえずハドラーの膝に再び乗せられたあたしが、ポーチの中の手持ちの傷薬とハンカチで手当てを終えた頃には、全部の駒がそのままの形で、なんかちょっと大きくなっていた。

 特に兵士(ポーン)はあたしの膝くらいまでの大きさに成長してるし。

 なんだこれ。

 

 ☆☆☆

 

『…あの、ちょっといいですか?

 さっき、このひとの身体の中の爆弾、いつ爆発してもおかしくない状態だと説明しましたけど…』

 ん?うん、したね。それが?

 

『本来持つ危険度は変わらないんですけど…今気がついたんですけど…あの、理由はわからないんですけど…』

 さっさと言えや。情報が言葉を濁すな。

 

『…さっき、リリィさんが彼の胸に手を触れたあたりから、【黒の核晶(コア)】の状態が安定してます。

 大魔王バーンが魔力を飛ばして起爆すれば話は別ですが、今の段階なら、攻撃呪文の刺激で誘爆するとか、そういった危険はなくなったと言ってよいかと思われます。

 そして体内の【黒の核晶(コア)】が、溢れた魔力を時折放出していた際に、肉体に一時的な負荷を与え、全身に激痛が走るという症状が出ていた筈なんですが、安定化に伴い、今は治まっているようです。

 …恐らくは、リリィさんが触れている間だけでしょうが』

 え、そうなの?でも、なんで?

 

『さっきも言った通り、理由はわかりません。

 リリィさんのレベルがもっと上がれば、わかるようになるとは思いますが、現時点で私が説明できるのはここまでです』

 …うっ。すいません。もっと修行積みます。

 まあ、まずはこのひとの、腕の中から出られればの話なんだけど。

 

 …ポップ、心配してるよね。ゴメン。




…くっそ。
1万字超えちまった。
けど、どこで切ってもキリ悪いからもうこのまんま行く。


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25・武器屋の娘は丸くする

 妖魔士団の軍団長、妖魔司教ザボエラは焦っていた。

 このまま手をこまねいていては、権力の座から取り残されてしまうと。

 

 彼自身は、長い魔族の生を無駄にせず、生まれつき強大な魔力を更に高める事に、その時間を費やしてきただけに、そこには絶対の自信を持っている。

 それは、物理的な力を持たないコンプレックスの裏返しでもあった。

 魔界において、力持たぬ者の存在は、無いものとして軽んじられる。

 彼の裡で、齢とともに権力欲が高まったのも、やはり同じ理由からだったのだろう。

 己が魔力への自信と、権力欲。

 それが歪んだ形で組み合わさって、彼の中で実を結んだのは、

『己が持たぬものは、他者から借りればいい』

 という持論だった。

 その強大な魔力と、齢を重ねて得た知識。

 本来なら神にすら並べるほどの智すら持ち得たかもしれないその頭脳は他者を、己より力勝る存在を操り得る事を知った事で、それが持つ危うさと歪みに気付く機会を、悉く逃して生きてきた。

 結果、その叡智を単なる狡猾さと老獪さに変えてしまったのが、今のザボエラの姿だった。

 

 その彼が、自らの力を高めようと思った最後は、『確か、20年か30年ほど前』の話だ。

 超魔生物の最初の構想が浮かんだばかりのことで、彼は最終的にはその改造を、自らの肉体に施すつもりでいたのだ。

 人間の中で比較的魔力の強い『女』を己が魔力で操って、ザボエラ自身の細胞から作った【核】を、その身体に植えつけた。

 いずれ成長した【核】がその女の身体を食い破って出てきたそれをベースにして、改造の実験台として使う事で、自身の身体に施したときの問題点などを探るつもりだった。

 夜な夜な、女を魔力で呼び出しては、その【核】に魔力を分け与え続けた。

 一度に多量に魔力を与えてしまうと、人間である女の身体が耐えきれなくなる恐れがあるからだ。

 …だが、ある時を境に、女は彼の魔力(よびかけ)に応じなくなった。

 そうしてしばらくすると、それまで感じていた【核】の息吹を、彼は感知できなくなった。

 ザボエラはそれを、女が死んだか、【核】が彼女の身体と同化して飲み込まれたのだろうと解釈した。

 そしてその頃には超魔生物に、変身すると呪文が使えなくなるという致命的な弱点がある事が判明しており、ザボエラは既に半分興味を失っていた。

 なのであっさりその事は忘れて、超魔生物の研究の続きは、息子であるザムザに押しつけたのだった。

 その女の名も顔も、既に忘れた。

 不必要な事を記憶から排除するのも、天才たる頭脳には必要な事だ。

 

 水晶球で見た光景に、苛立ちを募らせる。

 ハドラーを超魔生物に改造したのは自分なのに。

 それにより強大な力を得た彼が、勇者一行を取り逃がしたものの、事実上の敗走をさせたのは、つい数時間前の事であるのに。

 謁見の間に姿を見せた大魔王バーンと、その側に侍る側近2人、更に足元に跪くハドラー。

 その誰の口からも、自分の名は出てこない。

 魔界で強き者たちに、無いものとして扱われていた、若い頃の時と同様に、もはや自分の事など、誰の眼中にも無いという有様だ。

 

「これでは何の為に今まで、ハドラーや他の軍団長に取り入ってきたのかわからんではないかっ!!!

 こうなればなんとかワシだけで手柄を立てて、大魔王さまに認めていただかなければ…!!!」

 その為には、敗走した勇者一行を、この場に呼び戻さねばならない。

 そこに必要なパーツは、まだこの島のどこかにある筈だ。

 ひとつは、ハドラーが持っていたと悪魔の目玉が報告してきたが、ヤツはそれを隠してしまった。

 それをバーン様に告げ口してもいいが、それは自分の得にはなるまい。

 ならば…もう1つの方を手に入れるまでだ。

 

 ☆☆☆

 

 ここは…どこ?

 

 目を開けると、ただ青白い色だけが飛び込んできた。

 ハッとして身体を起こそうとして、おでこが何か硬いものにぶつかる。痛い。

 手をあげて、額に当たったものを確認し、ひんやり冷たい感覚に息を呑んだ。

 どうやらわたしは、氷の塊に閉じ込められているらしい。

 そこまで理解したところで、気を失う前の自分の状況を、ようやく思い出した。

 そうだ。

 わたしは魔法力が尽きて、海に落ちた。

 それも、マルノーラ大陸より更に北の、極寒の海に。

 普通ならまず間違いなく心臓麻痺で即死の状況から、わたしが生きて目を覚ましたのは、恐らくは身につけたこの鎧のお陰だろう。

 鎧の魔槍は電撃以外、炎や氷などありとあらゆる攻撃呪文、また、それに類する特殊攻撃のダメージを無効化する。

 恐らくはこの氷点下を冷気のダメージと判断して、装着者であるわたしの身体からそれを弾き続けた、その結果がこの状況なのだろう。

 

「…ありがとう。

 あなたのおかげで、わたしは氷漬けにならずに済んだのね」

 …ラーハルトが、わたしを守ってくれた。

 身を包むその鎧に、彼の温もりを感じる気がした。

 まるでラーハルトに抱きしめられているようで、目を閉じてその温もりに身を委ねる。

 …脳裏に浮かんだその姿は、何故か少年ではなく、あの哀しい再会と別れを味わった、背の高い魔族の青年の姿だった。

 その事に気がついて、そんな自分に驚いて目を開け、自身の置かれた状況をすっかり忘れて飛び起きようとして、再びおでこをしたたかに打ちつけた。痛い。

 …ああ、うん、冷静になれ。

 わたしを守ってくれたのはこの鎧だ。

 今はもう居ないラーハルトじゃない。

 帰ったら改めてロン・ベルクにお礼を言いに行こう。

 青年ラーハルトの姿を無理矢理頭から追い出して、わたしはそう決意した。

 

 狭い場所で身動きが取りづらいが、何とか身体の状態を確認すれば、さっきは通らなかった回復呪文がようやく通ったのだろう、肩の傷もちゃんと治癒している。

 どうやら、知らないうちにミストバーンの瘴気…暗黒闘気と呼ばれていたっけ、それが身体に送り込まれており、回復呪文を阻害していたらしい。

 それでも、わたしは僧侶ゆえに、僅かながら聖なる力が身体を常に覆っており、それによって無意識に祓う事が出来たのだろうが、そうでなければこの特性、意外と厄介だ。

 特に身の裡に同じ性質のものを有しているヒュンケルなどは、今も回復呪文は殆ど通っていないのではないかしら。

 もっとも、一度の回復量は少ないものの、薬草などのアイテムによる回復ならば、その限りではないだろうけど。

 そういえば旅荷物のわたしのリュックは、あの場に置いてきてしまった。

 あの中にはわたしの着替えや幾ばくかの路銀の他に、薬草と各種ハーブを組み合わせた、上薬草を詰めたポーチが入っている。

 仲間たちが回収して、それに気がついてくれればいいのだが。

 

 …いや、回収はしても中身までは見ないかもしれない。

 服とか入ってる事はヒュンケルが知ってるし。

 それに、薬草ポーチだけならともかく、洗って干した後割と適当に詰め込んだ下着とか見られるのは、若干恥ずかしいし。

 

 ……って、下着!

 そうだ、パプニカに戻ったら、絶対にマァムを誘って、エイミに教えてもらった下着屋さんに買い物に行こうと思ってたのに!

 エイミの都合がつけば彼女も誘って、買い物帰りに女の子同士で、甘いものでも楽しもうかとさえ密かに考えていたのに!!

 何だってまた復興途中のパプニカを襲ってくるかな魔王軍!

 

 リリィも連れて帰る事ができたなら彼女も誘って、今度こそ女の子同士でお茶会をしよう。

 本当は姫様やマリンも誘いたいけど、姫様はそんな時間取れないだろうし、三賢者の仕事量的にエイミとマリンを同時に誘うのは難しいと思う。

 というか、女子2人を連れていったら残されるアポロくんにわたしが恨まれそうだ。

 

 …ひとまず、ここから脱出しなければ。

 もう少しだけ眠れば、リリルーラを使えるだけ魔法力が回復するだろう。

 保温は鎧の効果に任せて、わたしは息を整えると、もう一度目を閉じた。

 

 絶対、帰るんだから。

 

 ☆☆☆

 

『タラララッタッタッターン!

 おめでとうございます!

 リリィさんの能力に、【みやぶる】が追加されましたよ!』

 唐突になんだよ。

 なんか妙に浮かれたようなオッサンの声が脳裏に響き、あたしは若干イラッとした。

 てゆーか最初のやつ、確かレベルアップのファンファーレのメロディーだよね?

 って、お前が歌うんか───い!!

 

『いやいや、触れるべきなのはそこじゃありませんから!

 ご自分の新しい能力、知りたくありませんか?』

 新しい能力、なの?

 それ、【みる】とどう違うわけ?

 

『【みる】は、あくまでモノから情報を引き出す能力です。

 対して【みやぶる】は生物…主に、敵の情報が見える能力ですよ。

 言ってしまえばリリィさんの【神の目】の能力の範囲内ですから、新しい能力というよりは、情報を引き出せる対象が増えただけとも言えますがね。

 …実際に使ってみるのが、一番手っ取り早いです』

 そうか。

 あたしの【神の目】で見えるものが増えたってことか。

【みる】は物質、【タカの目】は空間、そして【みやぶる】は生物と。

 …つか絶対今、説明めんどくさくなっただろ。

 

『まあ、そう言わずに。

 はい、例えば今ここにいる彼の説明ですね。

 

 名前【ヒム】。

 オリハルコン製のチェスの駒より禁呪法によって生まれた、オリハルコンの金属生命体。

兵士(ポーン)】の駒から生み出され、格闘による接近戦を得意とします。

 また火炎(メラ)系呪文がひと通り使えるようです。

 禁呪生命体の生命の源である(コア)は、人間でいう心臓の位置ですね。

 もっともそれがわかったところで、生半可な武器や攻撃では、オリハルコンの肉体を貫いてその内側の核を砕く、なんて事がそもそもできそうにありませんけどね〜。

 

 …と、現時点ではこんなところですが、リリィさんのレベルが上がれば、引き出せる情報はもっと増えるでしょう』

 うん、まあこの程度なら、『みやぶる』までもなく知ってることだしな。

 ただこいつらに関しては、既に生命を得てしまったから、この先は『みる』で鑑定はできなくなった。

『みやぶる』に範囲が拡大したのは、その限界を受けての事なのかもしれない。

 

「おい、ちんちくりん。

 何をブツブツ言ってやがんだ」

 と、唐突に声…あたしの頭の中だけで聞こえるオッサンの声ではなく、空気を振動させて耳に入り鼓膜を振動させる実際の肉声が、頭の上から聞こえてきて、その失礼な言葉に、それを発したやつを睨んだ。

 

「…数時間前生まれたばっかのガタイだけ無駄にデカい子供(がきんちょ)が、人間(ひと)さまをちんちくりん言うな」

「ヒム!我が母上に対して無礼であろう!」

「うるせえよ、フェンブレン。

 オレは、こいつがハドラー様の妃だなんて認めてねえ」

「それはあたしも認めてない!

 つかその謂れなきロリコンの汚名、まず間違いなくハドラーさん本人が否定するわ!!」

「ハドラー様を馴れ馴れしく呼ぶな!!」

 これである。

 …つかもう、どこからつっこんでいいのかわからない状況が静かに繰り広げられてるのは無視していいだろうか。

 いや、だめだな。現実を直視しよう。

 外部への魔力を遮断する部屋に置かれて、ようやくハドラーの腕から離されたあたしは、今は一足先に成長を終えた兵士(ポーン)僧正(ビショップ)に監視された状態で、なんかやたらと豪奢な大きな椅子に座らされている。

 他の駒はまだ育成途中であるようで、特に女王(クイーン)はあと3時間はかかるだろうとは、ここにあたしを置いて行ったハドラーの言だ。

 

「母上、何か飲み物でもお持ちしましょうか?」

「要らない。

 …つか、そこは譲るつもりないんだね」

「……ウン?なんのことですかな?」

「いや……いい」

 …今はフェンブレンと呼ばれているこの僧正(ビショップ)の駒が、最初あたしに攻撃してきたのは、自我が覚醒する前の本能的な凶暴性が、たまたまそこにいた一番弱い存在(あたし)に向かっただけの事だった。

 だがこのささやかな凶行、創造主であるハドラーの目の前で行われた事により、早い段階で彼の凶暴性に気付く事となったハドラーの手でその場でちゃちゃっと修正され、強制的に理性を目覚めさせられてしまったという。

 その時点で既に、原作の『密かに残酷』なフェンブレンは消え、違うものが爆誕してしまったわけだが、事態はそれだけにとどまらなかった。

 ハドラーの修正が入る直前、まだ小さな駒だったフェンブレンは、自らが傷つけたあたしの血をその身に浴びており、直後芽生えた自我はその血の(ヌシ)であるあたしを、創造主ハドラーと並ぶ『親』として認識してしまったらしい。

 実に不本意だが文字通り『血を分けた』関係というわけだ。

 いや分けてねえわ!

 どっちかって言えばお前自身が、全力で奪いにきた形だろ!!

 そんな親子関係聞いたことねえわ!

 てゆーか、すっかり成長しきった姿で、真っ先に『ママ!』とか叫んで、確か全身刃物である筈のその身体で抱きついてきた時は、今度こそ死を覚悟したよね!!

 

『…ハハッ、安心召されよ、ママ!

 ママに触れる時だけは、ワシの刃先は全て丸くなりますからな!』

 なんて断言しながらすべすべの金属の肌を自慢するように擦りつけてくるのに脱力して、

 

『いや、とりあえずママはやめて…』

 とか言うだけで精一杯だったよね!!

 それを受けて今は母上呼びなんだね!

 そういうことじゃねえわ!!

 

 などとあくまで心の中で叫んでいたら、唐突に『タカの目』が自動的に展開した。

 

「え…島の上空に…モンスターの大群。

 これは…【バルログ】と【サタンパピー】?

 共に妖魔士団所属の、上位悪魔系モンスター…能力は…」

 唐突に切り替わった視点から捉えた映像と、それに伴う見えたものの情報。

 それらの情報がいちどきに頭に入ってきて、整理が追いつかないのもさる事ながら、若干3D酔いしそうになった。

 

「…母上?」

「…何かを探して、動いてるみたいだけど…って、ひゃっ!」

 視界が、あたしの意志に反して急降下する。

 迫ってくるのは、氷の海。

 更に、そこに浮かぶ氷山のひとつが、急激にズームアップされて…その中央に、見覚えのあるプラチナブロンド。

 

「グッ……!!」

 その名前を思わず呼びそうになり、慌てて口を噤む。

 ここは敵地だ。これ以上の情報漏洩は、さすがに裏切り行為になってしまう。

 けど…氷に閉じ込められたあの姿は、間違いなくあの、魔族の美女の姿だった。

 

 そうだ、自分の身に降りかかった事態を受け止めるので精一杯で忘れてたけど、確かポップ暗殺未遂の後、現れたハドラーにダイが敗れて、海に落ちる流れだったのだ。

 それは、ポップのピンチを救いに現れたのが、ダイであったから。

 でも実際には、あの場に現れたのはグエンさんだった。

 だから、ハドラーに負けて海に落ちたのも、氷に閉じ込められたのも、グエンさんだったってわけか。

 

「……は、うえ、母上!」

 と、また唐突に、視界が本来の自分に戻った。

 見上げれば、表情なんてわからない筈のフェンブレンの顔に、何故か動揺を感じ取れる。

 その後ろで、やはりあたしを睨むように見つめていたヒムの視線が、不意に離れた。

 

「…フェンブレン、ここにいろ」

 そう言って、背中を向けたヒムが部屋を出て行き、呆然とした状態から、あたしの意識がようやく戻って来た時、まったく痛みを与えてこない、妙に温かい金属板に、あたしは抱きしめられるように包み込まれていた。

 

「御安心召されよ、母上。

 何があろうと母上の御身は、このフェンブレン、必ずお守りいたします故」

 

 

 

 ………おうちかえりたい。



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26・武器屋の娘は持ち出される

薄々おわかりのことと思いますが、リリィの『タカの目』は、グエンの応用インパスより更に使い勝手がいい事になってます。
グエンのは、実際に視界内に入っているものしか感知できませんが、リリィはその視界から自在に操れるので。


 彼の父にして主人(あるじ)である男をその部屋に訪ねると、主人(あるじ)は玉座のような椅子の上で、じっと中央の魔法陣を凝視していた。

 彼の意識がこの世に芽生えた同じ場所で、今そこに残っているのは、女王(クイーン)の駒がひとつのみ。

 他の駒は生まれてすぐ、何か仕事を与えられてでもいるのだろうか。この場所には居ない。

 その女王(クイーン)は、先ほどまで一緒に居た人間の少女の身長と同じくらいまで育っているものの、形は未だ駒のそれである。

 

「…ハドラー様。

 ザボエラが、氷海のグエンを探しに出陣したようです」

 主人(あるじ)の名を呼び、要件を伝えると、その視線が訝しげに上がる。

 

「グエンだと?

 探したところで、あの状況で氷の海に落ちた女が、生きているとも思えんが……?」

「いえ、あのち…リリィが、どうやら存在を感知しているようです。

 …オレ達には隠したつもりでいるようですが」

『ちんちくりん』呼ばわりはさすがに自重したものの、そこから先の本音を隠すことのできない彼に、主人(あるじ)が苦笑したことに、彼は気付いたかどうか。

 

「なるほどな…ザボエラの奴め。

 大方、人質にしてダイたちをおびき寄せる餌にでも使おうというつもりだろうが、先走った真似をしおって…。

 バーン様のお許しを得て、この死の大地の守護を任されたからには、奴らはオレの獲物。

 オレ以外の何者も、ダイたちに手出しはさせん!」

 だが、すぐにその(おもて)は引き締まり、忌々しげに呟く主人(あるじ)の、命令を彼は待つ。

 

「ヒム、ザボエラを連れ戻せ。力ずくでもな!!」

「…はっ!」

 初めての直々の命令を受け、やっと戦える喜びに、一番最初に生まれた駒、兵士(ポーン)・ヒムは、オリハルコンの唇に歓喜の笑みが浮かぶのを、止めることができなかった。

 

 ☆☆☆

 

 なんでこうなったのかといえば…正直あたしにもわからない。

 とりあえず、あたしに見えたものがどういう状況を示すか、ヒムが自身で判断して、それをハドラーに報告した事は確かだ。

 それはザボエラの独断行動。

 確かに物語では、ここは功を焦ったザボエラが、瀕死の勇者ダイを抹殺に動く場面だ。

 実際にはここで氷に閉じ込められているのはダイではなくグエンさんだし、この場合、死んでいてもおかしくない彼女を、わざわざ探し出してトドメを刺したところで、ザボエラの現時点での立場をひっくり返すほどの功績になるとは思えない。

 言っちゃ悪いが勇者本人と、勇者パーティーの女僧侶…獲物として見た場合の格の違いは明らかだ。

 ザボエラが配下に探させているのが彼女だと仮定して、だとすれば目的は人質として使う為か。

 どちらにしろ、自分の手でアバンの使徒を倒したいハドラーにしてみれば、このザボエラの行動は確実に邪魔になるから、当然排除に動く事になるわけで、それに駆り出されたのがヒムってところは原作通りで間違いない。けど。

 

「…それで?

 なんでアンタが、あたしを抱えてるわけ?」

 例の豪奢な椅子の部屋から、文字通りヒムに担ぎ出されて、あたしは十何時間かぶりの外に居る。

 あたしを連れて行くことに関して、当然のようにフェンブレンがめっちゃゴネたが、ヒムは『効率の問題だ』と譲らなかった。

 

「…いいからさっさと案内しやがれ。

 おまえに『見』えた、モンスターの群れは何処にいる?」

「…無理、寒い。集中できない」

「だーもう!人間って奴は不便だな!!

 オラッ、これでいいか!!?」

「これだと熱い。

 サウナのベンチかってくらい熱い。

 あたしをじっくりふっくら蒸し焼きにするつもりがないなら、もう少し温度下げて。

 ハドラーさんの体温はほんとに快適だったから、出来ればあのくらいで」

「だから、ハドラー様を馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ!!

 さっさと『見』ねえと、温度どころかこのまま海に叩き込むぞ!!!」

 オリハルコンの我儘ボウズにそう怒鳴られて、あたしは『タカの目』を展開させる。

 脅しに屈したわけでは決してないが、ガキとまともに口喧嘩する気はない。

 あと、やはり極北の地で防寒具も与えられず、吹きっさらしの中に連れてこられて、単純に暖が欲しい。

 ちなみにこの温度調節は、コイツの能力である火炎(メラ)系呪文を、自慢のオリハルコンボディーに伝わらせて行なっているらしい。

 何だかんだ文句は言っても少しは考えてくれているらしく、ようやく心地いい温度になった。

 なんだただのツンデレか。

 全然可愛くないがそれはさておき。

 

「…ここから東に860メートル行った海上を、無数のバルログとサタンパピーが、何かを探して飛んでる。

 この場所は、勇者ダイと魔軍司令ハドラーが交戦した地点を含む、その周辺」

 別の地点から開けた視界と、それに伴う情報を、最低限整理して口にする。

 

「…ふうん。まあ、予想通りだ。それで?

 そいつらの探している『何か』ってのは、どこにある?」

 …マジで可愛くない。

 この野郎、絶対判って言ってやがんな。

 あたしが、敢えて言わなかったことを。

 しかも今、駒を見せられて無難な発言をしたあたしを睨んだ時のハドラーとおんなじ顔してるし。

 こういうところ、こいつもつくづくハドラーの子なんだなと思うけど、それにほっこりする余裕があたしにあるわけもなく。

 見抜かれた悔しさと忌々しさを込めて、腕の中からヒムを睨みつける。

 そんな事をしたところで、こいつは鼻で笑うだけだろうけど。

 …と、思ったのは僅かな間だけで、実際に返ってきた反応は、思ってたのと違った。

 

「…おまえの考えているような事じゃない。

『それ』の場所を確認したのは、これからオレが回収するヤツが、どっちに向かうかを判断する為だけだ。

 オレは誇り高きハドラー様の配下。

 いかなる相手でも真っ向から受けて立つ。

 敵とはいえ、弱り切ってる奴を不意打ちのように倒したところで、面白くもなんともない」

 ああそうだったね!

 確か似たような事、原作の登場時に言ってたの思い出したよ!

 けど、仮にも生き死にに関わる戦いを、楽しい楽しくないで論じないでくれないかなあぁぁ!!

 ダイの剣と覇者の剣の精神会話といい、ひょっとしてオリハルコンって金属自体がバトルジャンキー気質なわけ!?

 と、あくまでも心の中で叫んではみるわけだけど。

 

 ヒムは後に、ハドラーの魂を受け継ぐかのように、ハドラーの死後、本来ならあり得ない新たな生命を得る存在である。

 そう考えると、もしかしたら少年期や青年期のハドラーは、割とこれに近い性格だったのかもしれない。

 大人になるにつれどこか歪んでしまったものの、純粋にひたすら強さを求める心。

 彼らの兄とも言えるフレイザードが『自己顕示欲』として受け継いだハドラーのプライドを、ヒムは『誇り高さ』として受け継いでおり、いわば開き直ったハドラーの人格を、最も顕著に映し出していた。

 ちなみにシグマと呼ばれる、後にポップの天敵となる騎士(ナイト)は、やはりハドラーが超魔生物になる前には『冷酷』だった部分を、『沈着冷静』として受け継いでいる。

 原作のフェンブレンは、ハドラーの忌子というか、完全に脱却できたと思っていたハドラーの負の性格を、受け継いでしまったという描かれ方をされていた。

 けど彼も先述したフレイザードとは違い、『残酷』ではあるが『卑怯』ではなかったと思う。

 

(この時空においてはあたしが居たせいで、駒の時点でその面は矯正されたが、あたしが見る限りどうも、ハドラーの負の面を受け継いだという点では同じな気がしてならない。

 先述した面が無くなった代わりに、本来は執念深さという形で現れる筈の部分が、『執着』と『依存』という形で表に出てる気がする。

 以前のハドラーは権力に『執着』し、また『依存』していたわけだが、フェンブレンにとってのその対象があたしというだけだ)

 

 城兵(ルック)に関しては最期に一言しか喋らなかった事もありキャラクター自体よくわからないが、女王(クイーン)…アルビナスは実は、ハドラーの『理想の女性』なんじゃないかとあたしは密かに思っている。

 強く、気高く、それでいて自分だけには従順な美人とかwwそれなんてエロゲwww

 

 …若干脱線したが、何が言いたいかっていうと、とにかくこいつらはハドラーの為にならない事はしないという事だ。

 ハドラーがザボエラの行動を止める為にヒムを出してきたというなら、こいつ自身がザボエラと同じところに落ちるような真似はすまい。

 

「…判った。信じるよ。

 けど、万が一があればその時は全力で埋める」

「どのみち不可能だからどうでもいいが、殺すとか潰すとかじゃなく、『埋める』って…。

 言ってる意味がまったくわからねえ」

「アンタが、少なくとも今はあのひとに、危害を加えずにいてくれるんなら、別に判らなくていいよ。

 …グエンさんの居場所は、海岸付近に流れ着いた流氷の中。

 とりあえず身につけてる防具の特殊効果で、身体の周辺に空間が出来てて、溺死も凍死も窒息死もせずに済んでる。

 ちなみに、ソレ作ったのあたしの師匠ね。

 魔界において伝説の名工と呼ばれ…」

「そこまでの情報は要らん」

 さりげなく混ぜた師匠自慢が、一言のもとにぶった斬られる。

 ちっ。ほんと可愛くない。

 

「…奴らは海の中と氷山を重点的に調べてるから、そっちは捜索範囲から微妙にズレてるけど、発見されるのは時間の問題」

「了解。

 ならそっちで待つより、攻めて誘き寄せた方が早いな。

 …しっかり掴まってな!」

「え……んぎゃあああっ!!!!」

 ヒムはあたしを抱えたまま、上空へ飛び上がった。

 つか予告もなしにいきなり高速飛行はやめろ!

 寒いし息ができない!

 

 ☆☆☆

 

 ……そこから先は、一方的な蹂躙だった。

 

 ヒムはあたしを抱えたまま、まずバルログの群れに突っ込むと、それを瞬く間に殲滅したのだ。

 決して弱い魔物ではないだろう悪魔系モンスターが、ただの一撃で倒され、次々に氷の海へ落ちていく。

 しつこいようだが、ヒムはあたしを腕に抱えてる状態だから、これらの暴虐は全て、空いてる方の腕一本とたまに繰り出す蹴りだけで行われているわけである。

 こいつの脳筋思考なら『このくらいのハンデはやってもいい』くらい考えていそうだが、ヒムの格闘センスはハドラー譲りである上、その拳も脚も結局はオリハルコンの塊。

 拳に至ってはそれにメラゾーマを纏った魔法拳ときては、ハンデがハンデになってないってのも困った話である。

 あたしはといえば、振り落とされないようにヒムの首にがっちりしがみついた状態で、事態が過ぎ去るのを待つしかない。

 なんかアタマの中でオッサンがさっきから、レベルアップのファンファーレを歌い続けているんだが、これひょっとしてパーティー戦と同様の扱いになってるんだろうか。

 パーティーにさえ入っていれば、ターンが回ってこず戦わずに戦闘終了したキャラにも経験値入る的なやつ。

 そういえば村でのモンスター殲滅作戦の後、飛躍的にレベル上がったし。

 けどあの時はオッサンが歌うなんて現象は起きてなかった筈だからこれは単に、一回やってみたらアタマから離れなくなっただけなのかもしれないけど。

 

『わかってるなら止めてくださいよ!

 こういう単純なメロディーほど、一旦アタマについたらしばらく離れなくなるんですよ!』

 知るかあぁぁ!!

 一気にレベルアップしたのかとちょっと期待したのになんなんだよ!!

 何かはわからないけどとりあえず減った何かを返せ!!

 

『す、すいませんレベルは上がってます、ちょっとですけど。

 あ、あと、リリィさんの能力に『道具袋』が追加されました。

 これからはそのポーチに、際限なくモノを入れる事ができます…けど、この状況で言ってもなんの助けにもなりませんよね。

 すいません出直してきます」

 ええい、こんな時だけ空気を読むな!!

 あたしが消えたオッサンに脳内で叫んだ時、ヒムは向かってくるサタンパピーの群れを迎撃する構えを取っていた。

 その空間の匂いが唐突に変化する。

 これは…『時空扉』を使う時にわずかに感じる異質とよく似た感覚。

 グエンさんが転移してくる直前にも感じたそれは、異なる空間が一瞬繋がる時に生じる、恐らくは摩擦に近いものなのだろう。

 その感覚が一番濃い場所、向かってくるサタンパピーの後方に目を向けると、次の瞬間、そこに小柄な魔族の老人が浮かんでいた。

 妖魔司教ザボエラ。

 あたしは初対面だが、一応うちのランカークス村はベンガーナ領であり、その王都を襲撃していたのが、彼の率いる妖魔士団だから、まったく関係ないわけじゃない。

 あと、あたしを以前襲った悪魔の目玉は、コイツの管轄のモンスターの筈だし。

 

「……貴様、何者じゃ!?

 このワシの邪魔をして、ただで済むとは思うておらんじゃろうな………ん?」

 この状況で、『ワシの部下をよくも』的な台詞にならないのはさすがである。

 ザボエラにとっては、ヒムに蠅みたいに叩き落とされたバルログ達なんて、便利に使える道具に過ぎない。

 いま彼が抱えている怒りのポイントは、あくまでそれが壊された事で自身の行動の障害になっている点でしかないというあたり、軸がブレてなくて何よりだ。

 …それはそれとしてそのザボエラと、今メッチャ目が合ってるのは気のせいなんだろうか。

 

「その小娘…魔法使いのガキの妹じゃな!?

 ふむ、別に人質ならそやつでもいいわい。

 小僧、それをこっちによこすというなら、先の無礼は許してやっても……げほおっ!!!」

 いやブレッブレじゃねえか!!

 というあたしの脳内ツッコミすら間に合わず、ザボエラがその台詞を最後まで言い切れなかったのは、高速で近づいたヒムが一瞬にしてその硬い拳を、小さい枯れ木のような老人の腹に、容赦なく叩き込んだからだ。

 更にそこから間髪入れず、その細い首を鷲掴み、そのまま急降下して地上に降り立つ。

 そうしてからパッと手を離して、受け身も取れずに地面に顔面を叩きつけられたザボエラの背を、重たく硬いオリハルコンの脚で踏みつけた。

 

「ぎょわっ!!

 お、おのれ、よくもこのワシを…!!」

 …おまえ、年寄りを労ろうとかいう気持ち皆無だよな。

 いやまあ、殺しても死なないジジイだってのは知ってるけど、こうも間近だとさすがに見るに耐えないものがある。

 

「なっ…なんだ、仲間割れか…!?」

「……リリィ!!?」

 と、聞こえてきた上空からの声に、あたしは反射的にその方向を見上げた。

 全員の…それこそザボエラを助けようと動かんとしていたサタンパピーさえも、視線がそちらへ集中する。

 そこにいたのは勿論、獣王クロコダイン(ガルーダフォーム)と、チウを背負った勇者ダイ、そして我が兄ポップ。

 …つかダイ優しいな。

 あたしの扱いは割とぞんざいだった気がするんだが、そこは忘れた方がいいんだろうか。

 あたしがちょっとやさぐれた気持ちになった事など当然ながらまったく意に介することもなく、ザボエラを踏みつけながら右手にあたしを抱えたヒムが、高らかに声を張り上げた。

 

「オレはハドラー様の忠実なる兵士(ポーン)…ヒム!!

 ハドラー様の命により、勝手に軍を動かしたザボエラを連れ戻しにきた!!」

 うわ、コイツここに一通りの面子が揃ってると見て、明らかにドヤ顔で自己紹介しやがったー!

 

 ☆☆☆

 

 …恐らく、リリルーラ3回分以上の魔法力は回復できたであろう頃合で、わたしは閉じていた瞼を開いた。

 なんで3回分かって?

 もちろん、最初の1回は脱出用。

 多分、あの状況から一度撤退した後、わたしの捜索に出られそうなのがクロコダインだけかなと思うので、最初は彼のところに転移。

 次は状況を見て、リリィのところへ転移する。

 ただし、これは彼女がわたし達を仲間と認識していなければ無効になってしまうけど、まったく希望がないとは思わない。

 最初にロン・ベルクの家に転移してしまった時は、魔法力を無駄遣いしてしまったと思ったけど、ヒュンケルの容赦のないツッコミを別にすれば、今となっては戦いに入る前に、彼女と顔合わせをすることができて良かった。

 それでうまく彼女と合流できれば、最後の1回は帰還用ね。

 というわけで、こんな狭苦しいところからはさっさと脱出(オサラバ)しましょうか。

 

「リリルーラ」

 ……こんな呑気な事を考えていた一瞬前が懐かしく思えるほど、事態が緊迫していたなんて知らなかったから。

 

 ・・・

 

「…グエン!?」

「心配かけてごめんなさい、クロコダイ……!!?」

 何時間ぶりかはわからないが、ともかく無事に合流できた友に挨拶の声をかけ、それが途中から喉の奥に引っ込んだ。

 合流した地点が空中で危うく落ちそうになったのを、その友の腕に抱き止められる。

 

「…ありがとう、助かったわ」

「無事で何よりだ、グエン。

 まったく、いつも無茶をしおって…今回ばかりは、さすがのオレも肝が冷えたぞ?」

 それは、ハドラーの猛攻からダイを弾いて、彼に託した事を言っているんだろう。

 

「あら、無茶ができるのも、頼りになる味方が、後ろを守っていてくれての事よ?」

 パーティーの僧侶の立ち位置としては間違ってるのだろうが、そこら辺は諦めてもらう。

 トベルーラで身体を安定させ、改めて周囲を見渡すと、嬉しそうにこっちに飛んで来ようとするダイに、背負われたネズミが『わわっ、ぼくが背中にいる事を忘れないでくれたまえよ!』とか言ってるのが目に入る。

 それから、ほど近い場所にポップがおり…彼は、眼下の地上に気を取られていた。

 その視線の先を、わたしもつられて目をやる、と…

 

「ちょ!ちゃんと防御しなよ!危ないじゃん!!」

「オレに指図すんなチビ!

 あんな呪文のひとつやふたつで、オリハルコンでできたオレの身体を傷つけられるものか!!」

「あんな呪文って!

 あれ火炎系の最大呪文だから!!

 アンタは平気でもあたしは当たったら普通に死ぬ!!」

「だから、てめえに当たりそうなのは避けてやってんだろうが!!

 絶対直撃させねえから安心して掴まってろ!」

「直撃は避けてもギリギリ熱風が掠める状態で安心できるかあぁぁ!!!!」

 ……わたしは、一体何を見ているのだろうか。

 見覚えのない金属人間が、リリィを右手に抱きかかえ、左手で矮躯の魔族の老人の首根っこを掴んだ状態で、確かサタンパピーとかいうモンスターの群れを、蹴りだけで次々なぎ倒している光景とか、その金属人間とリリィが、ものすごく対等な感じで怒鳴りあってるとか。

 もう、どこから突っ込んでいいかさえわからないのだけど。



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27・武器屋の娘は進化させる

先に言っておきます。
色々酷い。


「つ……強い…!!」

 無数の悪魔系モンスターを赤子扱いにする金属人間の戦い…というか一方的な蹂躙に、わたしの隣でクロコダインが独りごちる。

 

「…あれは一体どういうこと?」

 その場の誰にともなくわたしは問う。

 疑問の焦点を指す『あれ』が示す部分が広範囲にわたっているのは勘弁してもらおう。

 どこからつっこめばいいのかわからないんだから。

 

「おれたちにだって判らねえよ!

 あいつ、ハドラーの“兵士(ポーン)”って名乗ってたけど…」

 わたしの問いに、呆然としていたポップが叫ぶように答えた。

 ええと、兵士(ポーン)というのは、確か…。

 

「ウム。チェスで一番弱い駒の名前だな」

 まるでわたしの考えを読んだかのようなタイミングで、クロコダインが答える。

 そういえば修業に出るちょっと前に、バダックさんが彼に一生懸命教えているのを見た気がする。

 あの時は『駒が小さすぎて区別がつかん』とかぼやいていたのだが、あれから少しは指せるようになったのだろうか。

 まあそれは今はいいか。

 そのクロコダインの言葉に、ようやくわたしの側まで飛んできたダイが、金属人間と彼を交互に見て、呆然と呟いた。

 

「あれで、一番弱いの……!?」

 まったくだ。けどそれより恐るべきは…

 

「ちょ、ヒム!!マジで!怖いから!

 少しの間は寒いの我慢するから、一旦あたしを地上に降ろして!!」

「この状況下でなかなかの無茶言いやがんな、てめえは!!」

 …あの少女の方かもしれない。

 あの金属人間、どうやらヒムという名前のようだが、あれがハドラーの配下だというなら、それに大事そうに抱きかかえられているあの子は一体何者なのだろう。

 いや、ポップの妹なのは知ってるけど。

 

「…ポップ。

 あなたの妹は、魔物使いか何かなのかしら」

「村の同年代の子供たちから魔王とは呼ばれてたけどな」

 どういうあだ名だ、それは。

 少なくともあのように、小さくてか弱い女の子に対して与えられるものじゃないと思う。

 思うけど…今この状況を見ると、納得してしまいそうな自分が嫌だ。

 

「まあ、でもリリィだからね。

 何をしてても驚かないっていうか…」

 って、ここに既にそれで納得してる子が居る!

 

「おまえ、なんで実の兄のおれよりも、うちの妹に関して悟り開いてんだよ…」

 ダイの言葉に呆れたようにそう言うポップを見る限り、リリィの特異性は幼少期から100%発揮されていたわけではなさそうだが。

 あの、武器の状態を言い当てる能力とか、ポップが知らなかったらしいところを見ると、割と最近になってから開花したもののようだし。

 そして、ダイは多分あの山小屋にいる間、その彼女の特異性をある程度理解して、己の中で納得して普通に受け入れたのだろう。

 …順応力高すぎだろと思うけど、この子がそういう子だから、わたしは今ここにこうしているわけだ。

 手を伸ばして、ダイの癖の強い髪を撫でると、ダイは一瞬キョトン顔でわたしを見上げてから、なんというか、欲しかったものをようやく手に入れたような顔で笑った。

 

 まあそれはそれとして。

 

「…捕らわれている状態と見るには、いささか疑問が生じるが…どちらにしろ連れ戻さねばならんだろうな」

 そう言うクロコダインの声にも、どこか呆れたような響きがある。

 あの中に割って入って、出来ればリリィを取り戻しておきたいところだろうが、クロコダインの性格では入っていけないだろう。

 ここはひとつ、空気読まない事には定評のあるわたしが…ってやかましいわ!

 

「……やめておけ。今入ったら、あのサタンパピーどもと同じになるぞ。

 今のおまえでは怪我をする程度では済むまい」

 心の中で自つっこみを入れていたら、まだ動き出すタイミングすら測っていないのに、クロコダインに釘を刺された。なんでよ。

 

「…ひとの心を読むのやめてもらっていいかしら」

「武人として、そろそろ付き合いも長いからな。

 おまえの考えくらいわかる」

 …戦場での交誼は基本一期一会、実際にはまだ出会って2ヶ月ほどでも、戦いに身を置く者としては充分に長い付き合いって事なのか。

 それはありがたいことなのだけれど、今は勿論、友情を深めている場合ではない。

 と、ヒムの手に捕らわれたままの老人の魔族…確か、ザボエラという名前だった…が、手に魔法力を溜めているのが見えた。

 

「このガキめがっ!!!なめるなあああ──ッ!!!!」

 それは恐らくは閃熱系のエネルギー。

 それがヒムの顔面を狙って放たれた瞬間、ヒムは掴んでいたザボエラの首根っこからぱっと手を離した。

 そうして空になった掌でそのエネルギーを受け止めたかと思うと、無造作にそれを握りつぶす。

 ザボエラの両目が、驚愕に見開かれた。

 そして次の瞬間、金属の塊である蹴りが飛び、ザボエラの身体を地面に叩きつける。

 

「んぎゃっ!!!」

 …あー、小柄な割にタフね、あの爺さん。

 呻きながらもなんとか立ち上がろうとしてる。

 下手したら即死しててもおかしくない一撃だったと思うけど。

 相変わらずヒムの腕に抱えられその首にしがみついている少女が、一瞬死んだような目を眼下に向けて『お前、年寄り相手にほんと容赦ないな…』とか呟いていたが、あの様子なら多分大丈夫だと思う。

 そしてそれを追うようにヒムは地上へ降り立つと、担いでいたリリィを下ろしてから(一応言う事聞いてる!?ほんと何者なのあの子!!)、ゆったりとした足取りで、ザボエラへと歩み寄った。

 

「聞こえていなかったのか?

 オレのこの身体は、すべてオリハルコンでできているのだ!!

 オレはハドラー様が、オリハルコンの駒より禁呪法で生み出した、最強の親衛隊員!

 いかなる攻撃も呪文も、オレの身体を傷つけるには至らん!!

 同じオリハルコンの剣を持つ、ハドラー様なら話は別だが…」

 その言葉に、わたしは反射的にダイを背中に隠した。

 今、彼にダイとその剣を見られたら、面倒な事になりそうな気がしたから。

 なんというか、どこかあいつには戦闘狂ぽい雰囲気を感じるのだ。

 しかしまあ、あれ自体が小ぶりである為、背負ったネズミの身体がしっかり隠してくれてはいるが。

 そうして固唾をのんでいる間に、ヒムはザボエラの身体をもう一度掴んで持ち上げた。

 

「ギギギッ…ザボエラ様ッ!!」

 上空に数匹残っているサタンパピーが声をあげ、主人(あるじ)を助けに飛び込もうか逡巡する。と、

 

「サタンパピーよッ!!!

 あの娘にメラゾーマをうてっ!!!!」

 突然、ヒムの手にぶら下げられたザボエラが叫んだ。

 その指先が示したのは……リリィ!?

 

「な、なんだとおっ!!?」

「チッ!!!」

 指示通り、メラゾーマの集中砲火が放たれ、一瞬遅れてヒムが駆け出した。

 ポップも上空から急降下したが…この距離ならわたしの方が早い!

 わたしの鎧なら呪文のダメージを受けないから、わたしが全部受ければいいだけだ!

 

「リリルーラ!!」

 

 ☆☆☆

 

 ヒムの腕から下ろされたら途端に寒さが襲ってきたけど、流れ弾で焼け死ぬよりマシだと思っていた。

 …まさかあのクソジジイ、あたしに照準合わせてくるなんて。

 残ってるサタンパピーは数匹だけど、あれが一発ずつメラゾーマを放てば、直撃したらあたし程度、骨すら残さず燃え尽きるだろう。

 …けどこんな時に、やけに『目』が『冴えて』いた。

 やけにゆっくりに見えるメラゾーマの軌道と、それが一斉に交わる地点の予測。

 それらが一瞬にしてはっきりと『見え』た。

 そして、それが一番狭い範囲に集中する地点に、あたしは『時空扉』を開いた。

 繋がるのは、サタンパピーの目前。

 つまり、自身の放った呪文が、扉を通った次の瞬間、すべてそれを放ったサタンパピー達に返っていく。

 

 そうした、つもりだった。

 扉を出した瞬間に、唐突に現れたグエンさんの身体が、それに一瞬重ならなければ。

 

「えっ!!?」

 …何が起きたのかわからなかった。

 グエンさんの身体があたしを包むように抱き込み、その肩越しに見えた『時空扉』が、見たこともない形に変化する。

『時空扉』は『ど○でもドア』ぽい形状だ。

 それは、あたしのイメージが具現化したものであり、一旦そういうものとして視覚してしまった以上、恐らくはそこに変化はない筈だった。

 だが、今それはど○でもドアではなく、コ○ンのアイキャッチ的なやつに形状が変化している。

 そして、それは開いた瞬間、当初の目論見通り、すべてのメラゾーマを吸い込んで、そして…!

 

「ギギッ…?ギョワアァァア───ッ!!!!」

 上空にいたサタンパピーの群れが一匹残らず吸い寄せられ、扉の向こうにどこへともなく消える。

 それらをすべて吸い込み終えると、扉はぶるりと震えて、そして消えた。

 

「………………は?」

 あたしをしっかりと抱きしめているグエンさんの、ちょっと間の抜けた声が、耳元で聞こえた。

 

「リリィ、無事かっ!!」

 猛スピードで急降下してきたポップが、グエンさんからあたしを引き剥がそうとする。

 だが、呆然としているらしいグエンさんの腕は緩まない。

 

「今…何を、したの?」

 グエンさんの声が耳をくすぐるが…それはあたしが知りたい。

 オッサン、今こそ説明プリーズ!

 

『あ、はい。

 どうやら、時空扉使用時に、時空の欠片が過剰集中したことで、扉がブラックホール化したようです。

 そもそも時空転移系の特技も呪文も、使う際に空間に散らばる時空の欠片を集めることによって、空間に道を開くものでして、時空扉が集めたそれと、グエンさんがリリルーラという呪文によって身にまとったそれが、同じタイミングで重なった結果、『時空扉』が『異界扉』に変化したようですね。

 あ、『時空扉』はこれまで通り使用できますから御心配なく。

 今のでリリィさん単独で『異界扉』を出す事は可能になりましたが、開けるにはまた、グエンさんの魔力が必要になると思われます。

 ちなみに同じ効果を持つ『デシルーラ』という呪文が、カール王国にある破邪の洞窟の地下250階で習得できますけど、余程の強者でもなければ、そこに辿り着く事すら不可能ですから、2人揃わなければ使えないにしろ、ラッキーだったと言えなくもないです。ハイ』

 いや250階て!

 確か勇者アバンが再登場した時、直前まで潜っていたそこの階数は地下150階だった筈。

 破邪の洞窟、呪文のパワーバランスおかしくね?

 てゆーか…

 

「デシルーラ…?」

「えっ?」

 思わず呟いてしまった言葉に、グエンさんが問い返してきた。

 まあセンスの有無はさておき、異次元へ吹き飛ばすバシルーラ的なネーミングなんだろう。

 

「…あ、ごめんなさい。

 え、ええと。どうやらあたしの時空扉とグエンさんの転移系魔力が重なって、ああいう現象が起きたようです。

 偶然というか、事故みたいなものでしたけど…」

 とりあえず無難に話を終わらせようとしたら、グエンさんはあたしの両肩をガシッと掴み、グレーの瞳に妖しい怪しい輝きを揺らめかせて、あたしの目をまっすぐに見て言った。

 

「…そのお話、詳しく聞かせてもらえるかしら?

 とりあえず、『デシルーラ』というのが、今の呪文の名前なのね?」

 うわ、なんかメッチャ食いついてきた!

 ちょっと、いやかなり目が怖い!

 つか、あたしこれ知ってる!!

 間違いなく餌与えられたオタクの目だーっ!!

 ロン先生が2人に増えた──っ!!!!

 

 あまりの事態にあたしが固まっていると、後ろから伸びてきた手が、グエンさんの両手の甲を同時にバチンと指で弾いた。

 あたしの肩を掴んだグエンさんの指の力がそれで緩んだ一瞬の隙に、あたしはグエンさんから引き離され、ポップの腕に抱き込まれた。

 

「いいからうちの妹返せ、グエン!!

 リリィ、怖かったろ?もう大丈夫だかんな!!」

「待ちなさい人聞きの悪い!

 まるでわたしが攫ったみたいじゃない!!」

「現時点では、あんたの方がよっぽど危なく見えんだよ!!」

 ポップは危機回避能力は高いと思うんだが、この場合の判断は正しいんだろうか。

 まあ実際にそこはかとない恐怖は感じたのでいいことにしておくが、そもそも元魔王の超魔生物に対して恐怖を抱かなかった人間が、オタクに恐怖を感じるのははたして正しいんだろうか。

 …あたしは多分この瞬間、若干の現実逃避をしていたのではないかと思う。

 多少気が抜けてしまったとしても、誰もあたしを責められないと思うけど。

 

「…悪いが、渡してもらおう。

 ザボエラを探すためにオレが勝手に持ち出したが、そいつはハドラー様の(モノ)だ」

 そのタイミングで、ようやくおとなしくなったらしいザボエラを引っ掴んでこちらに歩み寄ってきたヒムが、とんでもないことを言い出して、呆けていたあたしは一瞬で目を覚ます。

 

「なっ……なんだと!?」

「なんですって…!!」

「ハドラー!?あの野郎!!!」

「ううむ、魔王同士のカップリングということか…?」

「…ねえ、なんの話?」

 その言葉に、まずヒムが近づくのを見てあたしを守ろうと降りてきたクロコダインが例の戦斧を取り落とし、グエンさんが大きく目を見開いてあたしを見つめ呆然とし、ポップはあたしをますます強く抱き込んで憤慨する。

 そして…チウ、お前今なんつった。

 ダイ1人だけ意味がわからずにキョトンとしているが、誰も説明はしないでくれると嬉しい。

 あ、グエンさんに耳塞がれてる。よし。

 

「ち、違う違う!

 あのままキルバーンに回収されてたら、人質にされるよりもっと酷い目にあってたかもしれないところを保護されただけだから!」

 嫁入り前の娘としては非常な不名誉を被りそうな空気に、あたしが慌てて否定する。

 それでも空気が若干アレな感じな中で、あたしを囲んだ勇者パーティーがヒムと睨み合い、まさに一触即発といったタイミングで、突然に、その声は響いた。

 

『…構わん、ヒム。返してやれ』

「ハドラー様!?」

 それは、この場の空間自体に響く声。

 若干ひび割れて聞こえるそれの他に、その主の存在を示すものはない。

 念の為『タカの目』を使って周囲を探る。

 

「ハドラー!?」

「どこだ、どこに居る!!?」

 周囲を見渡してその姿を探すダイたちに、あたしは自身の中で出た結論を口にした。

 

「…彼はここには来てません。

 恐らくは、魔力で声だけをここに飛ばしているのでしょう」

 あたしがそう言うと、そのひとの声が小さく笑った。

 

『その通りだ、リリィ。

 その目、ますます欲しくなったが…死神と一緒にされるのも、人質を取ったと思われるのも心外だ。

 抱いた感触は悪くはなかったが、いつまでもオレの腕の中に置いておくわけにもいかん』

「抱き上げた、ですよね!!?」

 ものすごく紛らわしい表現をしてくる声に、必死に訂正を入れる。

 あたしの社会的立場はもう虫の息かもしれない。

 

『オレの温もりを求めて縋り付いてくる姿は、可愛いものだったが』

「極寒の中で呪法檻から出されてすっごい寒かったですからね!」

『オレに抱かれて眠りながら、手を握りしめてきたのも』

「それ寝ぼけたあたしに、覇者の剣の鑑定させた時ですよね!」

『貴様の血を分けた子のフェンブレンは泣き喚くだろうが、それも父としてのオレの試練よ』

「だから分けとらんわ!

 アイツが勝手に持ってっただけだわ!!」

 そろそろ気がついたけどあの元魔王様、絶対わざと言ってるよね!?

 肩で息をしているあたしに対する、兄の仲間たちの視線が痛い。

 

「…ハドラー様の寛大なお心に感謝するんだな」

 兄たちに背を向けて、ザボエラだけ持ってその場から飛び立とうとするヒムが、あたしに目を向けてそう言う。

 

「待って!」

 思わず呼び止めてしまったあたしを、ヒムは振り返った。

 本当なら、あたしは敵の立場だ。

 こんな事を告げる義理はないけど、でも。

 

「…ハドラーさんに伝えて。

 そいつ…ザボエラに中途半端に情けをかけたら、後で痛いしっぺ返しが来るって。

 恩を感じてそれに報いるつもりなら、欲しがるだけの餌を与えるべきだし、そうじゃないなら思い切って始末すべき。

 命だけは助けるなんて、コイツにとっては情けでもなんでもない。

 それだけは、肝に銘じておいてって」

「…ハドラー様を気安く呼ぶな」

 ヒムはそれだけ言うと、その場から飛び去り…しばらくして、あたしを背中から抱きしめたままのポップが、ほ──っと長い息を吐いた。

 

「…おまえが無事でよかったけど…後で、ちゃんと話してもらうかんな」

「うん…でも、まずは帰ろう。

 ここ、あたしみたいなただの村娘には、やっぱり寒いよ」

「…そうだったな。おまえがただの女の子だって事、すっかり忘れてたぜ」

 うちの兄、酷っ!!

 ともあれ、あたし達は全員ポップのルーラでパプニカへと帰還した。

 そこに来ていたうちの師匠に説教され、多分最低でも30回は馬鹿と言われた事は早々に忘れたい。

 

 ☆☆☆

 

「…進言いたします、ハドラー様」

「なんだ?アルビナス」

あの男(ザボエラ)はすぐに処刑すべきです。

 リリィ様は、欲しいだけの餌を与えるか始末するかの二択とおっしゃったとの事ですが、あれはまさにダニ…欲しいだけ与え続けても、際限なく吸い取られ続けるだけになりましょう」

「…あやつはオレの強化に尽力してくれた男。

 そのために息子(ザムザ)を失っているのだ。

 生命(いのち)まで取りたくはない。

 …昔のオレならば、有無を言わさず殺しただろうが…オレを甘いと思うか…?」

「いささか。

 恐れながら、ダニには過ぎた配慮かと」

「フフフッ…厳しいな、おまえは」

 ハドラーは自嘲するように笑うと、傍らの女王(クイーン)()()()()()を片腕に抱えた。

 …微かな胸の痛みと共に、何か違うという感覚が、心の片隅を通り抜けた。




胸の痛み(事実上)。
もちろんハドラーの恋愛感情的な話ではなく、リリィに触れてしばらくの間、状態が安定していた黒の核晶(コア)が、再び暴走を始めた事によるものですw


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28・武器屋の娘は仕事する

 ダイ達が、グエンとリリィを救出すべく北方の海に向かっていた頃、鬼岩城の嵐のような攻撃を切り抜けたパプニカで、パプニカ王女レオナを中心とする世界の王や指導者による会議(サミット)が、改めて行われた。

 

 これまでの経緯を考え合わせて、魔王軍の本拠地が、ポップが待ち伏せを受けた死の大地である事に疑いの余地はない。

 そう結論付けてレオナ姫は、パプニカに残ったヒュンケルやマァムと話し合った結果、今こそ世界の力を結集し、その死の大地へ攻め込むべきとの結論に至ったと、他国の王たちに向けて伝える。

 鬼岩城という最大戦力を粉砕した今、残る強敵は大魔王バーン本人の他には、魔影参謀ミストバーン、死神キルバーン、超魔生物となったかつての魔王ハドラーの3人。

 魔王軍に所属していたもと軍団長によれば、魔王軍の軍団は当初合計六つあったという。

 現在はアバンの使徒達の活躍により、そのうち四つが壊滅しており、単純に数だけで判断するのは早計であろうが、世界各地での攻撃の猛威が、ほんの2ヶ月前と比べても緩んでいる事を考えると、相手の戦力が半減していると判断していいだろう。

 今回の鬼岩城での攻撃は、むしろ敵の戦力が絞られてきたことの証左といえる。

 故に、今こそが好機であると。

 その言に他国の王たちも頷き、その為の最大限の尽力を約束した。

 特に40代前半男盛りのベンガーナ国王は、勇者という存在の強さと頼もしさに対しての感動を、子供のように目を輝かせて語ったのだという。

 

 かくして、鬼岩城の攻撃も退け、仲間たちの救出も無事終わって、ひとときの平和を取り戻したパプニカ王国。

 三賢者の1人であるエイミは、賑わいを取り戻しつつある商店街の一角で、木桶に挿して並べられた、みずみずしく咲く薄紅のバラの花に目を留め、うっすらと頬を染めた。

 その花にも負けない艶やかな微笑みに、すれ違う男たちの数人が見惚れて立ち止まった事に、彼女は気付いてはいない。

 買い出しの荷物で手がいっぱいであったにもかかわらず、彼女はそれをひと束購入すると、駆け足で城への道を戻った。

 頼まれた買い出しの荷物を然るべき場所へ届け、その花束だけを持って、行儀が悪いとわかっていても、弾むような足取りで、城の中の一室へと向かう。

 その扉を開けて、中へ一歩入ると、しかしそこに、少なくとも今朝までは確かにいた筈の人物の姿はなかった。

 使われていたベッドの上に、丁寧に畳まれた寝具だけが置かれており、空っぽの部屋がどこか寒々しい。

 

「あらあら。

 憧れの人に逃げられちゃったわね、エイミ?」

 後ろからかけられた聞き覚えしかない声に、ハッとして振り返る。

 そこにいるのは、エイミ自身とよく似た面差しの、実の姉にして三賢者の1人であるマリン。

 

「姉さん…!

 わ、私はただ、姫さまの言いつけ通りに看病を…」

「残念ねえ。

 大人しく看病されている人じゃなくて。

 実はさっき、世界の王たちの会議がまとまってね。

 5日後に死の大地へ乗り込む事が決まったのよ。

 それを教えたら、傷なんてほぼ癒えたからと、ダイ君を連れて飛び出してっちゃったわ」

「えっ?」

 5日後、アバンの使徒をはじめとする世界の強者たちが集まり、魔王軍の本拠地たる死の大地へ乗り込む。

 集合場所は、先頃超竜軍団に滅ぼされたカール王国。

 死の大地の南方に位置するその国は、滅びたからこそ隠れ蓑となりまた移動にも好都合であるという理由から選ばれた。

 既に各国の王たちはそれぞれの得意分野に働きかけ、戦いの準備は着々と進んでいる。

 

「…それをアバンの使徒たちに教えた途端、みんなそれぞれ修業に飛び出していったのよ。

 なんでもとてつもなく強い敵が、死の大地の守りについているらしいの」

「そんな…」

 マリンの言葉に、エイミは嘆息する。

 本来なら、この世界を、人間を、憎んでいてもおかしくない人。

 それでも人間を信じ、寄り添い合うことを選び、他人も自分もと、互いの幸せのために戦う、そのひたむきな強さに憧れた。

 傷つき倒れた時くらい、立ち止まってくれてもいいのに。

 まるで戦いに呪われているみたいだと思うけど、あの人はそれが呪いであったなら、得意分野だと笑いながら、さっさと解いて先へ進むのだろう。

 隣に立って共に戦えたらと願いながら、いつだってその背中に追いつけない。

 

「…ところで、アポロはどうしたの?

 いつも以上に存在感が薄いのだけど…?」

 実はさっきから、姉の後ろにいるのは気がついていたが、一言も言葉を発しないうえに、なにやら消えてしまいそうな空気すら漂わせているのが、なんか怖い。

 

「あなたと一緒よ、エイミ。

 いえ、むしろあなたよりも重傷かしらね。」

「…どういう事?」

「この機会だからと思い切って『この戦いを無事に終えたら付き合ってください』って告白したら『どこに?』って返されたらしいわ。

 その反応からして、欠片も興味持たれてないわよね〜」

「……ひとの傷口を晒して抉った上、 塩まで擦り込むな、マリン」

 ようやく開いた口から出てきた言葉は、あまりにも弱々しかったが、その瞬間頭に血が上ったエイミには、それを思いやる余裕すらなかった。

 

「…告白ですって!?

 こんな時に何を考えているの、アポロ!」

「君が、ひとのことを言えるのか!?」

「抜け駆けはルール違反よ!」

「そもそも彼女の看病に最初に立候補したのは私だ!」

「そんなの男なんかに任せられるわけないでしょ!?」

 今朝まで半魔族の美女が滞在していた王城の部屋の前で、三賢者のうち2人がぎゃんぎゃん喚きあう光景は、とてもまともに見られたものではなかったという。

 

 ☆☆☆

 

 あの後。

 無事にパプニカへと帰還して、そこで待っていたロン先生にネチネチ説教を食らった後ほぼ無理矢理連れ帰られたあたしは、普段はあたしには甘い父さんからの愛のげんこつ(握った拳の中指だけ軽く浮かせてそれで殴打とともに抉る地味に痛いやつ)

【挿絵表示】

を脳天に落とされ、母さんには泣かれ、先生からは当分の間時空扉禁止の沙汰が下された後、ようやく休む事を許された。

 思いついた事があるので行きたい場所があったのだが、心配をかけたのだから仕方ない。

 

 一晩休んで元気いっぱいになったあたしが、久しぶりにてくてくと森を歩いて先生の小屋にたどり着くと、中に来客が3人おり、あたしが入ってくると勇者を中心にその右側に立った魔族の美女が、微笑んで小さく手を振った。

 

「こんにちは。いらっしゃい、皆さん」

「ちょうどいい、リリィ。

 こいつを『見』ろ。今の状態は?」

 ロン先生が顔合わせて早々、並べられたそれを示しながらあたしに問う。

 台座に立てられたダイの剣と、壁に立てかけられた鎧シリーズ×2。

 作成者本人なんだしこの程度の事なら、自分で見たって大まかな状態は判る筈なんだけど、先生は最近ますます不精になっている気がする。

 

「…【ダイの剣】、超魔生物ハドラーの持つ【覇者の剣】との激突の結果、刀身にヒビが生じており、現在の自己修復率は84%です」

 …『ハドラー』の名を口にした瞬間、胸の奥に生じたささくれはこの際全力で無視する。

 あの後パプニカのお城に連れていかれて色々状況を説明させられた後、『本当の本っ当に、ハドラーの野郎に手ェ出されてねえんだな!?』とポップにしつこいくらい確認されて、いい加減キレたあたしがポップの足元に穴を掘ってその太ももくらいまでもを埋めた時、『ひとの(うち)の庭に大穴掘るのはやめてちょうだい!!』と兄妹ふたりしてお姫さまに怒られたのは一生の思い出にできると思う。

 レオナ姫、メッチャ美少女でしたごちそうさまです。

 

「【鎧の魔剣】、こちらは魔影参謀ミストバーンとの戦闘による損傷。自己修復率70%。

【鎧の魔槍】、こちらもミストバーンとの戦闘による損傷に加え、穂先に死神キルバーンの…血液の成分である強い酸による損傷を受けています。

 自己修復率67%ですが、酸の腐蝕により自己修復機能が相殺され、本来持つ能力よりも、やや回復が遅いようです」

 頭の中のオッサンの言葉を、少しだけ修正を加えて復唱する。

 オッサンは『キルバーン』の事を普通に『人形』って言いましたからね。

 あたしが『血液』と言い換えた部分は『燃料』だったし。

 

「血液…酸による損傷?あ…あの時!?」

 確かグエンさんは、死神人形(キルバーン)に一撃加えてた筈だ。

 アイツがぴんぴんしてたから、本人的にはちょっと掠ったくらいの感覚でいただろうが、人形じゃなければ結構なダメージになる程度には入っていた。

 多分、とあたしが頷くと、グエンさんはどこか遠くを見るような目をしながら、ため息をひとつ吐いた。

 

「そんな事になっていたなんて…わたしが氷漬けにならずに済んだのはこの魔槍()のおかげなの。

 そんな状態なのに、わたしを守ってくれていたのね…」

 そう言ってちょっとしんみりするグエンさんの言葉に、どこか武器に対してのものじゃない感情が混じる。

 ひょっとしたら前の持ち主…ラーハルトの事を思い出しているのかもしれない。

 ただ、『…けど、子供の頃は可愛かったのに大きくなったら可愛くなくなってたし、どうせ出てきてくれるならわたしとしては小さい方が…』とか訳わからない事を呟いているのは、なんとなくだが直感的に、無視した方がいいような気がする。

 うん、あたしはなにも聞いてない。

 

「…それでも放っておいても、3日から5日もあれば、完全修復は為されますが…」

「それじゃ決行当日ギリギリだ。オレがやる」

 決行とはなんぞやと一瞬思ったが、そういえば確か死の大地の戦いの後、いよいよ人間側から攻め込むぞーって話になるんだった。

 けど…結局はその計画、ポシャるんじゃなかったっけ。

 世界の猛者を乗せるための船をつくってるところに、オリハルコンの親衛騎団に攻め入られて。

 

「な、なんかムチャクチャ機嫌悪そうだね…」

 あたしが思考の淵に浸りかけた時、コソッと隣のグエンさんに話しかけるダイの声が聞こえて、我にかえる。

 あーこれ、目つきと愛想が悪いだけで、普通ですから気にしないでください。

 むしろ殺る気、もといやる気に満ちてます。

 あたしとしてはこれ以上、この武器オタクに餌与えないで欲しいですけど。恐いから。

 

「わたし達、彼の武器で戦って、総合的には勝ったけど個人的には負けたわけですものね…武器に実力が追いついていないと言われても仕方ないわ」

「特に、渾身の作を持たせて送り出したおまえには、期待が大きかっただけに、失望も大きいんじゃないのか、ダイ?」

「ええ〜、おれ!?そんなぁ〜…」

 はい、そこの大人2人とお子様1人。

 内緒話してるつもりかもしれないけど、普通に聞こえてますからね。

 

「…リリィ。

 覇者の剣は、おまえの目にはどう見えた?」

 不意に先生に問われて、脳内で必死に思い返す。

 あの時は寝ぼけていたので、細かいことは今ひとつ思い出せないが、先生が求めてるのはあの時ハドラーが聞いたような詳細情報ではない。

 

「そうですね…単純な剣としての完成度は『ダイの剣』の方が上です」

「それは当然だ。

 武器作りの技術も、時代とともに進化している。

 常に高みを目指し探究を続けるオレの作ったものが、骨董品なんぞに劣るわけがない」

「…けど、あちらには剣としての戦いの歴史というか、経験値みたいなものがありまして、その点も考えると、総合力的には、ほぼトントンかと。

 こっちも一揃いの武具として、同じ戦いを経験してきてはいますが、こちらは防具としての歴史ですから」

「戦いの経験値か…おまえはごくごく稀には、いい事を言うな」

「その微妙な褒め方、まったく嬉しくないです」

「悪いが、修理の仕度を頼む。

 オレはその間に、ちょっとこいつらをもんでやる…!」

 ロン先生はそう言うと、座っていた椅子から立ち上がり、改めて3人に顔を向けた。

 

「剣自体の経験値はどうしようもない。

 …オレの作ったあの剣は地上最強だ!

 あれ以上の武器はできん!!

 あとは…おまえ自身が今より強くなる以外に、レベルアップの方法はない!!!

 同じ材質のナマクラ刀なんぞに、二度と負けることのないよう、オレが鍛え直してやる!!!」

 …気のせいだと思ってたけどさっきのヒュンケルの言葉通り、先生はその件を若干根に持ってたようだ。

 ああそういえば、このシーンも原作に確かにあった。

 この場にいるのが父さんではなくあたしだったり、修理する武器がひとつ増えてたり、当然使用者もひとり増えてたりと色々と相違点が多いせいでうっかり見落としかけたけど。

 先生の言葉と睨みつける視線に、ダイが首をすくめ、そのまま傍のヒュンケルさんを見上げた。

 

「…やっぱ、おれのせいみたい…」

 その、勇者というよりただの叱られた子供のようなちょっと情けない表情に、ヒュンケルがフフッという感じに笑う。

 グエンさんはダイの頭の上に、まるでそこが定位置というように自然に手を置きながら、少し呆れたような表情で、小さく呟いた。

 

「だから、ロモス国宝の伝説の剣をナマクラ言うな…」

 まあ確かに。

 そもそもダイの剣の材料になった覇者の冠だってロモスの国宝だったわけだし。

 そう考えるとダイは勿論、ロン先生もハドラーも、ロモスに足向けて寝られないかもしれない。

 …あれ、ロモスってどっちの方角だっけ。

 

「オレとグエンは元々、実戦形式で使い方を教えてもらう約束だ。異存はない。

 ダイ、おまえも腹をくくれ。

 武器の作り手が目指す高み、使う側のオレ達も同様に目指さねばなるまい」

「…そっか。そうだよね。

 敵がどんどん強くなってくるんだ。

 今できることは、なんでもしなくちゃ…!!」

 なんてしょうもない事を考えていたら、ヒュンケルさんが超やる気だし。

 それに引っ張られて、ダイの目にも覚悟の光が灯る。

 …やっぱり、『この』ヒュンケルは原作に比べると、若干前向きな気がする。

 原作のヒュンケルって前に向かって後ろ向きに全速力で突き進んでく感じだったもの。

 これは、グエンさんの影響とみて間違いないだろうな。

 

「ちょっと待って。

 それ、わたし聞いてないんだけど。

 ……ねえ、ヒュンケル。

 前から思っていたのだけど、あなた、わたしの扱い雑過ぎないかしら?」

「気のせいだ」

 …絶対気のせいじゃないと思う。

 なんていうか、グエンさんに対してだけは、色々と遠慮がないよねヒュンケルさん…。

 まあ、それは今はいい。

 

「じゃ、使う武器をお貸ししますね。

 …えー、と、ではヒュンケルさんは、その左端の長剣を。

 グエンさんは、右から三番目の槍を使ってください。

 ダイは……どうやらここにあるどの小剣よりも、そのナイフの方が、使い勝手が良さそうかな」

 攻撃力は比べるべくもないが、使い勝手は比較的それぞれの武器に近そうな在庫品を示してやると、ダイが大きな目を更に大きく見開いた。

 

「すごいね、リリィ…そんなことまでわかるんだ」

「一応13年、武器屋の娘をやってますから。

 どのお客さんにどの武器が合うか、正しく判断できなきゃ、武器屋の看板娘は務まらないの」

 少なくともゲームのドラクエでは、買った武器に対して武器屋の店員は、『これは○○が装備できる』とか、『○○はこれを装備できないが』とか教えた上で買うかどうか確認しており、使えない高い武器を黙って売りつけるような事は絶対しなかった。

 まあ、システム上の問題だとは思うけど、同じ世界に生きる商人の卵として、そこは譲れない最低限というわけだ。

 

 ヒュンケルさんとグエンさんが、示された武器を手に取って、納得したように頷くのを見て、己の仕事に満足したあたしは、実に晴れやかな気分でロン先生の修理道具を揃え始めた。

 

 ☆☆☆

 

 そして。

 

「ごちそうさまでした!

 は〜…生き返ったわ〜……!!

 …けど今日は本当に、なんであんなにお腹が空いていたのかしら。

 お昼ご飯はお昼の3時間も前に食べてきたのに」

「それが原因だ」

「…ほんとにロン・ベルクさんが言ってた通り、リリィが作ったスープの方が回復効果が高いんだね」

「ありがたい。

 暗黒闘気で受けたダメージには回復呪文が効かぬから、この5日でどれだけ体力を戻せるか、いささか不安に思っていたからな。

 まさか、食事でこんなにも体調が戻るものとは…」

「日々の食事は大事よ!

 美味しくごはんを食べることは、命を大切にする事に繋がるわ。

 自分も、糧となる生き物の命もね。

 だからわたしは食材を無駄にしないために、絶対に自分では料理をしないの!」

「それはなんか違うと思う…」

 ロン先生の小屋に、ようやく槌と(たがね)の音が響き始め、あたしは勇者様たちに、かなり遅めのお昼ごはんを振舞っていた。

 

「この後しばらく、ロン・ベルクは手を離せないでしょうし、わたし達は自主鍛錬でもしていましょうか?」

「そうだね。ここに来る途中の森の道に、なんか木が焼け焦げて広場みたいになってるところがあったから、そこでなら少しくらい暴れても平気かも」

 …すいません。

 それ多分、あたしがキルバーンと最初に会って攻防繰り広げた現場です。

 

「…それなのだが、マァムを連れてきて構わないだろうか?」

 と、そこにヒュンケルさんが口を挟む。

 …気のせいか、頬が若干赤らんでいる気がする。

 

「その…実はここに来る前に彼女と会って、自分もアバン流の技を覚えたいと言われた。

 ここでの修業がどうなるか判らなかったので、時期を見てと答えたのだが、今なら時間があるようだし…おまえ達の邪魔にならないようならば、限られた時間内でオレにできる限りの稽古をつけてやりたい。

 いいだろうか?」

 ええっ!?

 マァムがアバン流殺法使う描写なんて、原作になかったよね!?

 しかもマァムの方から申し出てきたって…これもしかして。

 

『2人が一緒に修業に出たと聞いて、私…胸が苦しくなったの』

 これがマァムなりの、自分の気持ちに向き合ってみた行動なんじゃないだろうか。

 そして、よく見なければ判らないが、ヒュンケルさんは多分喜んでる。

 

 …待てこの脳筋カップル。



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29・武器屋の娘は傍観する

なんかもう色々酷い。


 この世界の常識的には成人女性の筈のマァムの、脳筋不器用過ぎるアプローチには頭痛を覚えつつも、まあ相手を考えれば案外アリかと思い直した。

 …あたしにも妹として、ポップの恐らくは初恋を、応援したい気持ちはある。

 うまくいってマァムがあたしのお義姉さんになってくれても、それはそれでアリじゃないかとも思う。

 けど、原作ではマァムを大切に思いながらもその想いを封じて突き放すことになってたヒュンケルさんは、今の感じを見る限り、自分のその気持ちを、ある程度自身へ許容している気がするし、この状況から考えて、マァムの気持ちは確実にヒュンケルさんの方に向いている。

 一見恋のライバルキャラ!?と見えたグエンさんの存在も、ある意味この状況を後押ししたっぽいし。

 そもそもグエンさんとヒュンケルさんの間に、そんな色っぽい感情が存在するように見えない。

 これ、もうポップに勝ち目はないんじゃなかろうか。

 しかしマァムに振られてもポップにはメルルがいる!

 そもそもあたしはメルル派だったし、最終的にポップが悲しい思いさえしないのならば、この際己が欲望の赴くままにあたしは女の子たちの味方をしようではないか!!

 とりあえず近いうちに、今度はメルルも一緒にガールズトークをするのだ!

 あたしだけ相手いないけど、他人の恋愛って最高のお茶請けだしな!!

 そうと決まれば身体の距離は心の距離、たとえ500マイル離れてもなんて言ってられない。

 すぐ迎えに行かねば、そう思い申し出てみる。

 

「じゃあ、あたしが時空扉で連れて来」

「それは当分禁止だと言ったろう。

 もう忘れたか、この鳥頭」

 そのあたしの言葉が全て終わらないうちに、ロン先生がこちらに顔すら向けずに一蹴する。

 チッ。武器オタクはおとなしく仕事に集中しやがっててくださいよ。

 つかなにげに酷い。

 

「あの時空扉って、一回使ったら5分は帰れないんでしょ?

 その5分を待っていて、キルバーンに攫われることになったわけだし、ここはグエンに任せた方がいいと思うけど…」

 そして追い討ちをかけるかの如く、ダイが心配げな声でそう言ったけど、ああなったそもそもの原因アナタですよね!?

 

「あの時はあたしが一緒に扉をくぐっちゃったから消えただけですー。

 そうでなければあたしの手で閉じなければ消えないから、こっち側から扉を開けて、おいでおいでしてマァムの方から来てもらえば、1回の使用で済むのに」

「まあまあ。

 ダイを送ってくれた時も、自分では扉をくぐるつもりがなかったんでしょう?

 何があるかわからないから、ダイの言う通りわたしがリリルーラで迎えに行くわ」

 ぶんむくれたあたしをくすくす笑って宥めながら、華奢だが女性としては割と大きめなグエンさんの手が、あたしの頭を撫でる。

 勇者様がちょっと羨ましそうな顔をしているのはこの際全力で無視しようと思う。

 アナタさっきからずっと撫でられてましたよね?

 改めて見て感じるこの懐きっぷりに、この場にはいないレオナ姫がこの状況をどう思っているのか心配になった。

 …それはそれとして、うん。

 実物は未見だが漫画で見たアルビナスの造形を考えると、絶対ハドラーの好みは、こういう大人の女性の筈なんだよな。

 ……って何を考えているのだあたしは。

 ハドラーの好みなんざどうだっていいわ。

 

「…ならばオレも行く。

 何があるかわからないのはあなたも同じだ。

 むしろリリィより落ち着きがない分、よほど危なっかしい」

「あなた本当にわたしの扱い酷くない!?」

 …どうやら大人なのは見た目だけだったようだ。

 方向性は違うもののある意味マァムと一緒かもしれない。

 そして今、一瞬こっちに顔を向けたロン先生とヒュンケルさんが一瞬見交わした視線に、『同病相憐れむ(おまえも大変だな)』的な色が浮かんだのは何故なんだ。

 

「…というか、家主の了解くらいは取らなくてはね。

 ひとり分賑やかになってしまうけれど構わないかしら、ロン・ベルク?」

 それに気づいたのか気づいていないのか、視線が向いたロン先生に、グエンさんが声をかける。

 我が師、それに答えて曰く。

 

「ああ、構わん。

 うるさいのはこいつで慣れてる」

「アンタも相当あたしの扱い酷いっスよね先生!!?」

 思わず大声で文句を言うも先生はそれに一切構わず、珍しく作業の手を一旦止めて、改めて彼らへ向き直る。

 この扱いの差はなんなんだ。解せぬ。

 

「見たところヒュンケルは剣の腕にはまったく問題がないし、魔剣の方はそれほど細かいギミックをつけていないから、新たに付け加える幾つかの説明が済んだら、そっちに集中しても構わんぞ。

 必要なのは、ダイは勿論だが魔槍の…グエンといったな、おまえの方だ。

 ギミックの説明もあるが…おまえは、槍は素人だな?」

 ロン先生の指摘に、グエンさんは一瞬驚いたように目を瞠る。

 

「…やはりわかってしまうかしら。

 以前は棍を使っていたから、対応はできていると思っていたのだけれど?」

 まあ一応、剣の作成時にあたしがダイから色々話聞いてて、先生も作業しながらその場にいたわけだから、その時点で話聞いててもおかしくはないんだけど。

 でもロン先生は集中してて聞いていなかったか、或いはあくまでその(てい)で話を進めるつもりらしい。

 

「槍は本来は刺突型の武器だ。

 おまえの使い方も間違いではないが、払う、叩くといった動きの方がより多く、刃のついた部分をあまり活用していないように見える。

 本来の攻撃力を発揮できているとは言い難いな。

 …なんならこいつは一度オレに預けて、少し時間はかかるが、こいつと攻撃力の変わらん棍を作ってやろうか?

 ひとつふたつなら、欲しい機能を持たせてやれるし、鎧化が必要ならそれもつけてやる」

 あ、ひょっとしたらその方がいいかもしれない。

 今は鎧の魔槍は彼女のものだけど、最終決戦時には本来の持ち主が戻ってくるから、彼女がバーンパレスの突入メンバーに入っているならば、それ返しちゃうと彼女が丸腰になってしまうわけだし。

 それ、勿論あたしの口から説明はできないけど。

 そして。

 

「…有り難いけど遠慮しておくわ。

 この槍は…形見よ。大切な人の。

 あの子の残してくれたこの槍に誓って、あの子と共に戦い抜く。そう決めたの」

 実にあっさり、彼女はその最善案を却下した。

 そのグエンさんの答えに、自分の申し出を断られたにもかかわらず、ロン先生は少し嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「…いい答えだ。

 …ダイ、これが武器に命を預けるという事だ。

 おまえの魂がその境地に至った時、剣は必ずそれに応じるだろう」

「……はい!」

 …えー、と。

 あたしの記憶に間違いがなければ、これ確かヒュンケルさんのエピソードだった筈!

 ここにメッチャ無自覚にイベント泥棒したひとが居まーす!!

 あーでも、ヒュンケルさんではなく『魔槍の持ち主』ってことであれば、この世界線上だとこれが正しい流れなのか?うーむ。

 

 ☆☆☆

 

「…マァム、凄いや…!!」

「うむ……グエンの例があったから、ひょっとしたらと思ってはいたが、まさかこれほどとは……!!」

 結局。

 グエンさんが、なんか拉致したような感じでマァムを連れてきて(一旦消えたと思ったらすぐにマァムの肩を抱いて戻ってきて、連れてこられたマァムが戸惑っていたから、まず間違いなくなんの説明もなく連れてこられたんだと思う)、そのマァムが水辺で自主鍛錬をしている最中だったらしくほぼ下着姿だった事で、ダイを除いた大人男性ふたりが激しく動揺し、少々の悶着(基本的にはヒュンケルさんの説教ターンだった。このひと、前向きになっただけかと思ってたけど、なんか若干のオカン化現象起こしてるかもしれない)があった後、結局先生の許可を得てあたしの時空扉でマァムの服を取りに戻ってようやくこぎつけた修業タイムにて。

 ロン先生が武器の修理に取りかかっている間、最初は僅かな座学の時間を取り、闘気や力の集中をする為のイメージトレーニングから始めようという事になって、面白そうなのであたしも聞かせてもらっていた。

 武器を選ばないアバン流殺法は、様々な武器に応用できるという。

 アバンの書を暗記するほど完読したというヒュンケルさんによると、拳の技は『牙殺法』というらしい。

 この場合の『牙』は、鉄の爪に代表される、拳に装着するタイプの武器をいう。

 

 力をもって敵を砕く地の拳、陸虎撃(りっこげき)

 スピードをもって炎や水など、形のないものを切り裂く海の拳、潮竜撃(ちょうりゅうげき)

 光の闘気をもって悪の生命を滅する空の拳、天鳳撃(てんほうげき)

 

 そこまでの説明が済んだところでマァムが、『何となくだけど、イメージできた気がする』と言い出して、あっさり地の技を成功させてみせた。

 更に、その一段階上の海の技も難なく。

 呆気にとられるダイとヒュンケルを尻目にここでグエンさんがノリノリとなり、

 

「マァムも元僧侶なわけだし、わたしのケースと同様、闘気の操作技術さえ掴めば、空の技なんてすぐ出来るはずよ!」

 と言い出した。

 ヒュンケルさんによれば、そのグエンさんは一番初歩の地の技が未だに使えないとの事で、『あなたのケースは特殊過ぎて参考にならない』とあっさりぶった斬られたのだが、その後どうやら僧侶同士でのみ共通する感覚を例に用いて(説明がメッチャ擬音だらけで、聞いててもさっぱりわからなかった)、グエンさんがイメージの仕方をマァムに説明したら、マァムは最後の空の技までもを、本当に習得してしまったのだ。

 本人は『ダイの戦いを近くで見てきたし、空裂斬の修業の相手になった事もあるし、ここに来る直前までスピードアップの特訓をしていたから』と少し恥ずかしそうに言っていたが、絶対そういう事じゃない。

 まあ考えてみればマァムは前魔王戦を戦った戦士と僧侶の間の子、いわば正義のサラブレッドじゃないか。

 先天的に特別な才能の持ち主だったとしても、全然おかしくない。

 …アバン様は、この才能を見抜けなかったんだろうか。

 それとも見抜きながらも、本来は心優しく、他者を傷つける力を怖がる彼女に、最低限の譲歩をした結果が『僧侶戦士』というスキルだったんだろうか。

 確かに、厳しく指導するのが苦手みたいな事、マトリフ様が言ってた筈だしな。

 

「…ところで、刀殺法や槍殺法では『最後の技』は『全てを斬る』ものだけれど、牙殺法に関しては『全てを砕く』と表現するべきかしらね?」

 そんな事を思っていたら、グエンさんが妙な事を言い出した。

 それを聞いてダイが、あっと思い出したような声を上げる。

 

「そうか!

 地海空、全てを斬るのがアバンストラッシュ…!!

 3つとも使えるなら、マァムもアバンストラッシュが撃てるって事だよね!?」

「ええっ!!?」

 ダイがそう言うのに、マァムが明らかに狼狽する。

 そして何やら助けを求めるような視線をヒュンケルさんに向けるも、ヒュンケルさんは盛り上がっている2人に頷いてみせた。

 

「…理論上は可能だ。

 アバンストラッシュには、武器にためた闘気を離れた敵に向けて飛ばすA(アロー)と、その闘気ごと体当たりして直接敵にぶつけるB(ブレイク)、二種類のタイプがある。

 どちらにも一長一短があり、A(アロー)タイプは速射性に優れるも威力がやや弱い。

 対するB(ブレイク)タイプは破壊力は大きいが、溜めに時間がかかる上、敵の懐に飛び込んでいくことになり、反撃される危険も大きい。

 戦闘時にはこの二種類を、状況に応じて使い分ける事が、目下重要になってくる。

 使う段階で狼狽えない為に、ある程度慣れておいた方がいいだろう」

 言われて、マァムがちょっとだけ涙目になった。

 

 ・・・

 

 …結果として、マァムによる牙殺法でのアバンストラッシュは、一度も成功しなかった。

 発動のイメージはできているらしいのだが、いざ発動という瞬間に、地海空、どれか一つの要素が何故か抜けるのだという。

 

「…どうも本能的に、技の破壊力を理解していて、それを怖がってしまっているようですね」

 あたしが『みやぶる』を使って導き出した結果は、いかにも性格の優しいマァムらしい理由だった。

 

「ごめんなさい…期待に添えなくて」

「…心配するな、マァム。

 慣れれば必ずできるようになる。

 おまえはオレと違い、最初から正義の為に戦ってきた。

 その技を受け継ぐに足る資格は、充分にあるのだから」

 シュンとしてしまったマァムに、ヒュンケルさんがそう言い、ほんの少し躊躇いながらその肩を抱く。

 …やっぱりグエンさんに対する時とは全然違うな。

 なんていうか、付き合い始めたばかりの中学校のクラスメイト同士をじりじり見守っているようなむず痒さがある。

 って!一応成人男女のカップルなのに反応が中学生レベルってことか!

 なんて事をつい思ってしまっていたら、

 

「…また悪い癖が出てるわよ、ヒュンケル」

 ちょっと不機嫌そうなグエンさんの声が、その場に漂いかけた甘い空気を一瞬にして消し去った。

 つかつかと無遠慮に2人に向かって歩み寄ると、何故かヒュンケルさんの額にデコピンをする。

 された方のヒュンケルさんは、大したダメージではなかったようだがそれでも驚いて目を瞠り、間に挟まれたマァムがやはり驚いて2人を交互に見ていた。

 ま、まさかこれは修羅場の始まり!?

 思わずワクテk……もといハラハラして、その光景を見守る。

 勿論、状況が掴めずにグエンさんを止めようとするダイの肩を掴んで止めることだけは忘れずに。

 

「オレと違って、とか言わない。

 自分を卑下するなって、何度言わせるのよ。

 あなたも地上の平和と正義の為に戦う、誰にも恥じないアバンの使徒でしょう。

 アバン様の必殺技を受け継ぐ資格ならば、あなたにだって当然あるわ。

 というか条件的には、あなたにも可能な筈よね?」

 …あ、なんか期待した思ってたのと違う展開だった。

 ちょっとがっかりするあたしのそばで、ダイが言葉を発する。

 

「そうだよね。

 大地を斬り、海を斬り、空を斬る…空の技を使える今のヒュンケルなら、間違いなく、すべてが斬れる……!!」

 あたしの手が触れたダイの肩が、微かに震えて熱を帯びているのがわかった。

 どうやら興奮しているらしい。

 だが、それに答えたヒュンケルさんは、小さく首を振る。

 

「…知っての通り、オレは一度アバンに刃を向けた愚かな弟子だ。

 師や人間を憎み、魔王軍に与しもした。

 確かに今のオレならば、完全なアバンストラッシュを撃つ事は可能だが…」

「そんな自分には、勇者の技は相応しくない?

 じゃあ、もと魔王軍の軍団長だったあなたに聞くわ。

 あなたの目から見て大魔王バーンは、本来の実力を出し惜しみして勝てる相手なのかしら?」

 射抜くように見据えながらそう言うグエンさんの言葉に、ヒュンケルさんがハッと息を呑んだ。

 更にグエンさんの言葉は続く。

 

「全力を出し切らなければ明日をも知れない戦いに赴くって時に、自分への戒めとか資格とか言ってられる状況だとでも思ってるの?

 そんな格好付けてる余裕なんかないでしょう、わたし達?

 なりふり構わず、できる事は全部やる。

 そのくらいの気持ちでいないと、勝てるものも勝てないんじゃないかしら?

 わたしの言うこと、どこか間違っていて?」

 …多分間違ってないと思う。

 というか、グエンさんがこんな真面目なことを言えるキャラだったことにちょっと驚いたけど、この流れからすると恐らくグエンさんは、ヒュンケルさんと一緒に行動している間、自分を卑下するなとずっと言い続けてきたんだと判った。

 このヒュンケルさんに、全速前進で後ろ向きな原作のヒュンケルとの違いが見られるのはそういうわけか。

 まだ完璧にその傾向が払拭されてはいないものの、異分子である彼女の介入による化学変化は、明らかに起きている。

 

「…クロコダインと初めて会った時ね、彼、満身創痍で瀕死の状態だったの。

 その傷の中にダイ、あなたに負わされたっていう、左目の傷があったわ。

 そのまま自然治癒させたら、瞼と眼球が癒着して目が開けられなくなるところだった。

 …彼自身はそのつもりだったみたい。

 あなたとの戦いにおいて、卑怯な手に走った自身への戒めとして、本当は残しておくつもりだったそうよ」

 と、それまでは斬りつけるように鋭かったグエンさんの口調が急に優しくなった。

 僅かに微笑んだ自分の左目を指で示して、その指をスッと下へと滑らせる。

 …あ、よく見るとこのひと、目のまわりを囲うように黒い縁取りがある。

 多分だけどこれ、魔族の特徴のひとつにある目の模様だ。

 うちの先生の眉頭に出てるのも割と控えめだけど、このひとのはもっと自然に見える。

 と、それはそれとして、突然水を向けられたダイの大きな目が見開かれた。

 

「そうだった。

 ヒュンケルと戦って助けられた時は、あの傷はまだ残ってたのに、グエンと一緒に炎魔塔の下で会った時には、もう無かったよね?

 あれ、ひょっとしてグエンが治したの!?」

 ダイに問われ、グエンさんが頷く。

 この世界のクロコダインが隻眼じゃない理由も、やっぱりそうだったんだ。

 

「…見つけた時は彼に意識がなかったから知らずに治療しちゃった気まずさもあったけど、それ聞いた時、わたし言ってやったのよね。

 万全の状態で仲間に加わってくれた方が、勇者様たちには有難いでしょうって。

 クロコダインは、納得してくれたわよ?」

 そう言ってグエンさんは、もう一度ヒュンケルさんに視線を戻した。

 

「大体、資格だのなんだの言ったら、わたしなんかアバン様の弟子どころか顔も見たことがないのよ?

 そのわたしに、アバン流の技を教授してくれたのは、他でもないあなたじゃないの。

 悪いけど、わたしは教わった以上は、遠慮せずにバンバン使うから。

 …で、わたしの大師匠であるアバン様という方は、そんな事に拘るような器の小さい人だったのかしら?

 あなた方のお話を聞いている限りは、とてもそのようには思えないのだけれど?」

 グエンさんのぶった斬るような言葉の羅列に、ヒュンケルさんが黙り込む。

 そこに、それまで黙って話を聞いていたマァムが、おずおずと口を開いた。

 

「…グエンの言う通りだと思う。

 アバン先生は、今のヒュンケルの事も、そしてグエンの事も、きっと認めてくれると思う。

 そうして、今できる最大限の事を頑張る為に、背中を押してくれると思う。

 力があっても、使うべき時に使わなければ、それはないと同じなのよ。

 力なき正義では何も守れない。

 …私も、怖がってなんかいられない」

 言って、決意に満ちた目をヒュンケルさんに向ける。

 

「必ず、牙殺法のアバンストラッシュを完成させてみせるわ。

 だから、ヒュンケル。お願い。

 あなたの力を、私に貸して。

 あなたが導いてくれたなら、私の中にある恐怖もきっと、克服できる。

 いいえ…絶対に、克服するわ」

「マァム……わかった」

 見つめ合う2人。

 瞬間、ヒュンケルさんとマァムの周囲に、なんか知らないが甘いオーラが立ち込めた、ように見えた。

 その2人から少し距離をとったグエンさんは、何故かあたしに向けてサムズアップをしてきた。

 なんかよくわからないままに同じサインを返しながらあたしは、ヒュンケルさん結構チョロいなと、割と失礼な事を考えていた。

 

 ☆☆☆

 

「ところでさ。さっき、ストラッシュが2種類あるって、ヒュンケル言ってたよね?」

「ああ。オレはアバンに師事していた時にそう教わったし、アバンの書にもそれは書かれていた」

「…おれ、それ知らなかった。

 ちゃんとわかってれば、もう少し戦いが楽だったのになぁ」

「おまえはアバンの教えを、3日しか受けていないと聞いた。

 その時点で空裂斬の知識すら朧げだったのだ。

 ストラッシュのタイプの違いなど教えられている筈もない」

「でも、おれが字をちゃんと読めてたら、アバンの書をマトリフさんからもらった時に、それを知っていた筈なんだよなあ〜」

「…読み書きや計算は大事ですね。

 将来なにかの契約ごとを行うことになった際、サインする書類に書かれている内容に、自分の不利になるものがあった場合、それを知らずに言われるまま署名してしまったら、事によっては人生終了のお知らせですから。

 ダイはこの戦いを終えたら間違いなく世界の英雄ですから、うっかり変な女に付きまとわれて、騙されて婚姻証明書にサインさせられたりとか……ああ怖い怖い」

「…そうならない為にも、レオナ姫にしっかり捕まえていて貰わないとね」

「…2人とも、心配するところおかしくない?」



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30・武器屋の娘は観察される

 ドウゥン!!

 

 突然、先生の小屋の方からものすごい音がして、全員がそちらに目を向けた。

 

「…ルーラの着地音だわ!」

 一瞬にして表情がシリアスになり、誰よりも早く反応したグエンさんがそちらへ向かったので、慌ててあたしも後に続く。

 他のメンバーも後から続くようだ。

 先生に何かあってはと、息を切らして小屋へと帰り着けば、小屋の前で服の砂埃を払っているポップの姿があった。

 そうしてから、立ち止まって呆気にとられているグエンさんに気付いて、軽く手を挙げる。

 

「よぉっ!……って、マァムもこっちに来てたのかよ!?」

 あたしより後から動いたのに、その時点であたしを追い抜いていたマァムに気がついて、ポップが目を瞠る。

 そういや仲間はずれ状態だったね。

 そしてそれを見て、何故かグエンさんが自慢げに胸を張った。少し分けて欲しい。

 

「マァムはわたし達と修業をするのよ!

 で、ポップ、あなたはどうしてここに?」

「てゆーか、また着地失敗したんだね……」

 …そこは気付いても黙っててやってくれませんか勇者様。

 なんて事を思っていたら、

 

「うるせえよ!…と。居た居た。

 やっぱ、家じゃなくこっちだったな」

 ポップは言って、まっすぐあたしの方に寄ってくる。

 そして見る間に距離を詰めてきたと思えば、いきなり手首を掴んで引っぱられた。

 

「え、何?」

 戸惑うあたしに構わず、その状態から先生んちのドアを開け、中に向かって声をかける。

 

「ロン・ベルク!

 おれの師匠が会いたいって言ってるから、ちょっとうちの妹連れてくぜ!!」

「はい!?」

 さほど広くもない小屋の中に声が届かぬはずもなく、先生は一旦手を止めて振り向くと、特に驚いた様子もなく言葉を返した。

 

「夕食までには帰れよ」

「オカンか!」

 一言だけ言って再び作業に戻る師匠の台詞に思わずつっこむ。

 

「それより前には帰す。

 じゃな、おまえらもしっかり修業しろよ!

 ルーラ!!」

「ぎゃあああぁぁぁぁあ!!!!」

 あたしの意志とかは全く無視で、ポップが発動したルーラにより、強制ジェットコースター状態となったあたしは、乙女にあるまじき悲鳴をあげた。

 多分、残された勇者様たちの耳には、ドップラー効果で響いていたに違いない。

 

 ☆☆☆

 

 兄に連れられて、ベッドに横になった大魔道士マトリフ様に引き合わされたあたしは今、その無遠慮な視線に晒されている。

 

「…あの三流魔王、趣味が変わりやがったか?

 ヤツに攫われて嫁にさせられたって話だから、どんだけ美人なのかと思ったら、まだほんのガキじゃねえか」

「……嫁にはされてません」

 間違った情報が伝わっているようなので、ちゃんと訂正する。

 まあ、魔王時代に当時13だか14だかのカールの王女様を攫っていこうとした過去もあるから断言はできないが、多分ハドラーに少女属性はない筈だ。

 大体その頃の王女様(現女王)、今のレオナ姫と比べても相当発育が良かったぽいし。

 当時の彼女と今のあたし、年齢的にそれほど変わらない筈なのに、この違いは一体どういう事だ。

 血統か!王の血とはそれほどに特別なのか!!

 

「なんだ、なら禁呪法で孕まされてオリハルコン戦士産んできたって話も嘘か?」

「あたしが産んだわけじゃない!

 情報が混乱して錯綜しとるわ!

 どっから出てきたそんな話!!」

 思わず敬語も忘れて声をあげてしまったと同時に、こそこそ出て行こうとする背中が視界の端に映り、あたしはその目前に時空扉を、開いた状態で出現させて、その出口を自分の真ん前に繋げた。

 離れたつもりのあたしが次の瞬間目の前にいた事に驚いているポップの脛に、すかさずローキックを入れ、呻いて崩折れ手が届く位置に降りてきた頭を抱えてヘッドロックをかける。

 逃げられると思うか。

 

「ギブ!ギブ!!

 おまえ、前はもっとおれに優しかったのに、しばらく離れてる間に容赦なくなったな!!」

「ホーッホホホ、容赦できることとできないことがありますのよ、お兄様!

 …おのれは嫁入り前の妹になんつー不名誉な噂を広めとるんじゃ〜っ!!」

「おれもそこまでは言ってねえ!

 けど、なんか血の繋がった子供とかハドラーが父親だとか、悪い冗談にしても色々不穏な情報を耳にしたし、おまえが実の兄のおれにすら言えねえような事をハドラーにされたんじゃねえかと、心配になるのは当たり前だろ!?

 それを師匠に相談しただけだよ!」

「まだ言うか!!なにもされとらんと何度言えば!」

「あだだだだっっ!!!!」

 実の兄のこめかみをぎりぎり締め上げてるあたしを、なんとも形容しがたい目で見つめていた大魔道士様が、半身を起こして深いため息をひとつ吐く。

 

「…さて、さっきの冗談はさておき」

「冗談だったんかい!」

「まあまあ、ひとまずはソレ離せ。

 …ちゃんと聞いてやるから詳しく話してみな。

 誤解が生じたまんまじゃ、その不名誉も雪げねえだろ?」

 …なんとなく丸め込まれた感がなくはないが、その通りだと思い直して言う通りにする。

 とりあえず老害じゃない年寄りの言葉は聞くべきだ。

 つか、年齢だけならウチの先生の方がずっと年上なんだけどな!

 それはさておき、キルバーンに拉致されハドラーに保護されて、そのそばで起きた事を、話せる範囲ですべて、あたしはマトリフ様の前で話した。

 この情報は一応パプニカでも一通り話はしたのだが、あの場にはレオナ姫をはじめとする各国の他の王や指導者たちがおり、主にあたしの能力については伏せた方がいいと、先生からストップがかかっていた。

 だから各国の指導者たちには、あくまであたしが攫われたのはポップに対する人質としてであり、ハドラーがあたしにオリハルコンの親衛隊の作製現場を見せたのは、単に彼の気まぐれという話にしてある。

 自身の能力含めてちゃんと説明したのはこれが初めてだ。

 先生がポップには能力のことを話したと言っていたから、その師であるこの人にも話は通すべきだと判断して。

 

「…賢明なこった。

 ダイやこいつにしてみれば姫さんは仲間の1人って認識だろうが、それでも今や一国を率いる王だ。

 公の立場となればてめえの力の有用さを、知れば計算に入れねえわけにゃいかなくなるだろうさ。

 指導者として有能であればあるだけ、全面的には信用はできねえってことだ」

「それ、うちの師匠にも言われました。

 最終的には命の危険すら出てくるからと」

「だな。その、命の危険すら抱えてる能力を、よりにもよってあの三流魔王に知られちまったってわけだ」

 うっ。

 

「てめえが今ここに居られんのは、単に運が良かっただけなんだと、しっかり肝に銘じとけ。

 …判ったら、ちゃんと兄貴にも感謝しときな」

「……はい。ごめんね、ポップ。

 助けに来てくれて、ありがとう」

 ポップは、必ず戻ってくるという約束を守ってくれた。

 そのお礼は確かにまだ言っていなかったし。

 

「…あたりめーだろ。

 おまえは、おれの妹なんだから。

 知らねえみたいだから教えてやるけど、兄貴は、妹を守るもんなんだよ」

 長いこと逆だったけどな、と小さく呟いて、ポップは少し目をそらした。

 

「なんもされてねえって話は、信じた。

 …ただ、おまえ自身気付いてるかどうか知らねえけど、ハドラーの話題の時だけ、兄のおれですら今まで見たことねえ顔してるかんな?」

「え?」

「なんつーか…うまく言えねえけど、いかにも『女の子』って感じの顔な」

 どういう意味だ。

 あたしたち兄妹のそのやりとりに、マトリフ様はちょっとだけ口角を笑みの形に吊り上げたが、すぐに真顔になり、今度はポップに目を向ける。

 

「…さて。その問題は置いといてだ。

 聞いてたか、ポップ?

 戦略的価値無限大のこいつを、あっさり返したことを考えても、ハドラーの野郎はどうやら、武人として一皮むけちまったらしいぞ。

 そうなるとオリハルコンの親衛隊って奴ら、相当やばいぜ。

 強さだけじゃなく、その精神性がよ」

「精神!?」

「ああ。無生物に生命(いのち)を与える禁呪法ってのは、作ったやつの精神的影響がモロに出る。

 権威にこりかたまってた頃のハドラーが生み出したフレイザードは、凶暴で栄光だけに執着するクズ野郎だったろ?

 ハドラーが真の武人になっちまったって事は、それに作られたそいつらも同じって事だ。

 それが全部で五体…恐らくは正々堂々、チームワークを使って戦ってくるんだ。

 今までバラバラに襲ってきた、魔王軍の軍団長たちとの戦いとはわけが違うぞ…!」

 まあ、1人ちょっと心配な子が居ますけど。

 駒の時点で矯正は受けたけど、その影響がどう出るか予測できない点においても。

 けど少なくとも他の駒に関しては、おおよそ原作通りだと思うので、マトリフ様の言葉にあたしも頷く。

 

「あたしが居た時点では、まだ二体しか完成してなかったけどね。

 あたしを連れてきた兵士(ポーン)は、一番最初に生まれた駒。

 確かに『いかなる相手でも真っ向から受けて立つ』とか自慢げに言ってたよ。

 あと全身オリハルコンだから、生半可な呪文とか絶対効かない。

 たとえポップのメラゾーマ10発一度に食らったところで、アイツぴんぴんしてると思う」

 この時空ではお披露目されなかったが、原作ではザボエラがサタンパピーの呪文10数発を、自身に集中させて放った技も、なんということなくかき消してた。

 一応大魔王バーンの呪文ではダメージ食らってた筈だけど、それは現時点では神様のタブーに抵触する未来の知識だ。

 言おうとしても言葉は出てこないだろう。

 

「単純計算で、たとえ命を惜しまなくても、フィンガー・フレア・ボムズじゃ駄目って事か…!

 そもそもあれは一発で息が上がっちまって後が続かねえ。

 …師匠、頼む!

 何かいい手があったら教えてくれ!!」

 あれ…この場面ってもしかして。

 てゆーか、マァムを連れてきたあたりで既に終わってるイベントだと思ってたのに、今ここでなんだ。

 

「表…出な」

 少しの間思案していたマトリフ様が、かけていた毛布を退けて、ベッドから足を出す。

 ほぼ反射的に、転がっていた靴をその足元に揃えると、「ありがとよ」と頭を撫でられた。

 

「し、師匠、動いて大丈夫なのかよ?

 身体の具合は…」

「いらねえ心配すんな…」

 ふらつきながらマトリフ様が、寝間着姿のまま、部屋の扉に手をかける。

 …ここ、一応洞窟の中の筈なんだけど、少なくとも先生の小屋程度の環境は整っているあたり、凄いなと思う。

 と、しょうもないことに感心している場合じゃない。

 ひとまず、ベッドの脇の椅子にかけられていたマントを引っ張ってきて、小さな老人の背中に被せる。

 それにちょっと驚いたように、マトリフ様があたしを振り返った。

 その表情が、なにやら意地悪そうな笑みに変わる。

 

「…そうだな。

 ついでだからそっちから、服と帽子も頼む」

「それがいいです。

 身体は冷やさないようにしないと。

 …どうやら食材もありそうですし、栄養のあるスープを作っておきますから、後で温めて召し上がってください」

 田舎村で暮らしてると、近所の老人が腰を痛めたなんて話はしょっちゅうで、そのお世話にかりだされる事態はよく起こる。

 なんとなくその感覚で手を出してしまったのだが、マトリフ様はマントの下で肌を見せないよう器用に服を着替えながら、そう言うあたしを再び無遠慮にまじまじと見つめた。

 

「…普通に暮らしてれば、いい嫁さんになれんだろうになぁ…なんならオレがもらってやろうか?」

「有難い申し出ですがあたし、婿取らないといけない身なんで」

「変な男に引っかかんなよ?

 見る『目』はあるだろうが、惚れたハレたはそれを曇らせるもんだからな。

 ……よし、じゃ行くぞポップ。ついてきな」

 最後に、大きな帽子をかぶりながら振り返り、その場に立ち尽くしていたポップに声をかける。

 恐らくはこの後、あの呪文の特訓に入るのだろう。

 大魔道士マトリフが、一生で数えるほどしか使用したことのないという最強のオリジナル呪文…極大消滅呪文(メドローア)の。

 

 ・・・

 

 …ところでこの場所って確か、例のフレイザードとの決戦の舞台となった、バルジ島の近くの海岸だよね?

 このスープを作り終えたら、行ってみようかな?

 ……多分、あたしの欲しいものがそこで入手できると思う。多分だけど。



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31・武器屋の娘は密会する

 バルジの塔。

 パプニカの領海内にあるバルジ島の、中心の丘に建つもとは祭事の時に使われていた建物であり、パプニカが一度不死騎団に滅ぼされた際は、落ち延びたレオナ姫以下王宮の者たちが、潜伏場所として使っていた塔である。

 更にこの最上階は、氷漬けにされたレオナ姫が彫像よろしく置かれていた場所で、勇者一行とフレイザードとの最初の邂逅で、敗走を余儀なくされた舞台でもある。

 …パプニカ王家の所有なわけだし、うっかり掃除とかされてたら終わりなんだけど。

 なんて不安を抱えながら、部屋一帯に目を凝らす。

 薄っすら、キラキラしたものがあたり一帯に見え、ホッと安堵の息をついた。

 腰につけた小さなポーチの中から、マトリフ様のお宅から借りてきたホウキを取り出す。

『道具袋』、思った以上に便利だな。

 これ、アレだよね。いわゆる四次元ポケット。

 ……ん?待てよ。

時空扉(どこでもドア)』に加えてこの『道具袋(四次元ポケット)』、ひょっとしてあたし、徐々に前世のあの国民的キャラクターと化してってないか!?

 魔法少女とかじゃなく、よりにもよってド○えもん?あたしドラ○もんなの!?

 ……………………………まあいっか。

 無理矢理己を納得させて、今為すべきことを思い出す。

 散らばっているキラキラをホウキで掃いて一箇所に集め、その場所に拳大の白魔晶を2個置く。

 更にその上から磨き砂をかけて、気合一閃、あなほりを発動した。

 ドン!という重い音とともに、ほんの少し床が抉れたがそれは勘弁してもらおう。

 衝撃とともに飛び出してきた銀色の塊を慌てて受け止める。

 もう一個足元に落ちてるのを回収。

 どちらも、白魔晶だった時の半分以下の大きさになってるけど、これは…!!

 

『やりましたねリリィさん!錬金成功ですよ!!

 これはまさしく【聖石】!!

 しかも一度破壊されたものを錬成し直すなんて、まさにリサイクル、エコロジーです!

 自分で言ってて意味わかりませんけど!!』

 …つまりそういうことだ。

 この場所から勇者一行が敗走した際、マァムはギラをつめていた魔弾銃(まだんガン)の魔法の弾丸を一個犠牲にして、全員をこの場から退避させる隙を作った。

 つまりここには、その時点で粉々になった聖石の欠片が散乱したわけだ。

 あたしの錬金能力は、その場に構成要素が揃っていれば、生成する過程をすっ飛ばして錬成できる。

 勿論、素材のみに関してのことで、土に銀の剣と溶岩のカケラを埋めてこの能力で掘り出したところで、銀の剣を破邪の(つるぎ)にする事は出来ないけど。

 粉々の欠片になったところで構成要素は消えないわけで、掃除さえされていなければ、それはずっとそこに残っていた事になり、今回はそれを集めて、新たに再構成したという事だ。

 これで先生の剣が作れる……けど。

 目的のものは手に入ったというのに、なんとなく打ちひしがれてその場に膝を抱えるように座り込む。

 

「時期的にはもう遅いかなぁ…。

 先生的に今の段階じゃ、自分の剣より、ダイたちの武器の方が優先順位高そうだし…」

 けど、作ってくれないとロン・ベルク両腕破壊ルートへまっしぐらだ。

 それなのに、説得できる手段をあたしは持たない。

 ぶっちゃけ、未来の知識以外でどうやって、この緊急性をわかってもらえるというんだ。

 あたしの使命は、この世界…端的には勇者ダイを、エンディングの先にある孤独な戦いから救う事にある。

 他のキャラクターについてはその限りじゃなく、だから先生のその運命を回避させるとかは、実のところあたし個人の希望に過ぎない。

 関わった人には無事でいてもらいたいと思うものの、全員を救うことなんて不可能だと思ってる。

 例えば、この先あたしが何を頑張ったところで、ダイと同行するバランの死は回避できないだろうし…。

 

「ハドラー……」

 …あのひとも、あたしがどう足掻いたところで、その死は避けられないだろう。

 結局あたしは、見る事に関して特殊な能力があるだけの、単なる13歳の人間の少女でしかない。

 かつて、滅ぼされる事がわかっていて、あたしはオーザムを見殺しにした。

 避けられない運命だとわかっていたから、先生に勧められても人の住む場所へ立ち入る事は避けた。

 僅かでも関わってしまえば、助けられない事に、心が痛みをおぼえてしまうから。

 だから知っていて見捨てた。

 その罪は、あたし一人で負うべきもの。

 割り切れると思ってるし、割り切るべきだ。

 それと同じ。なのに。

 …確かに前世でファンだったし、会ったら好きになっちゃうかもなんて、呑気に思ったりもした。

 けどそれはあくまで、出会わない前提だから軽く言える話で。

 死ぬ事がわかっていて、助けられないとわかっていて、それでも出会ってしまうなんて。

 いや、会っただけなら別に良かった。

 

 ……見えて、しまったんだ。

 彼の瞳の奥にある孤独と、飢えが。

 この地上にも魔界にも、この世に彼と同じ存在は居ない。

 強さと引き換えに、他のすべてを捨ててしまったハドラーには、己自身しか残るものがない。

 彼が生み出したオリハルコンの親衛隊とて、いわば彼自身の投影でしかない。

 今のハドラーは、どこまでも一人なのだ。

 そして今の彼は、ダイと戦う事それ一点のみの為に作り上げられたもの。

 それはあまりにも危ういアイデンティティだ。

 自身が倒されればそれで終わりだし、ダイを倒した瞬間に彼の存在意義も消える事になるのだから。

 自らの存在意義を消す為に存在しているなんて、どこまで哀しい生き物なんだろう。

 そして彼は恐らく、心の底ではそれに気がついている。

 

 …ここしばらく一人になる機会があまりなかったせいか、たまに一人になると余計なことを考えてしまうものらしい。

 

「………帰ろう」

 とりあえず、マトリフ様のおうちにホウキ返しにいかなきゃ。

 立ち上がって、服についた砂埃を手で叩いて落とす。

 

『泣いているのか?』

 と、背中にあり得ない声を聞いて、反射的に振り返った。

 

「どうして……!!」

『ここに居るのか、と?』

 防具のついた長いマントに身をすっぽり包み、物々しい兜の下で、面白いものでも見るような、でなければ何か企んでいるような表情で微笑んでその場に立っているのは、今その顔を思い浮かべていた男、魔軍司令ハドラーに他ならなかった。

 あたしが思わず呟いた言葉に、続けた声が少しひび割れて聞こえ、あたしは事態を把握する。

 

「……ああ。魔力による投影ですか。

 どおりで、気配も足音もなかった」

 その幻を睨みつけながら言うと、それがフフッと声を立てて笑う。

 幻のくせに色気をだだ漏れさすのはやめなさい。

 映像が鮮明なだけに、本当にその場にいるみたいで、心臓に悪い。

 

『…それで、何故泣いていた。

 早くも、オレの温もりが恋しくなったか?』

 そんなあたしの動揺を知ってか知らずか、ハドラー(幻)が揶揄うようにまたつまらん事を言ってくる。

 

「ここは充分に暖かいです。

 あと、泣いてません。あたしに何か用ですか」

『つれないことを言う。

 単におまえに会いたかったとは思ってくれないのか、リリィ』

 一体何を言っているのだろう、この男は。

 

「御自身の年齢の30分の1程度しか生きてない子供に、なにを口説き文句のような事を言ってるんですか」

『強いてそう見せたいようだが、残念ながらオレにはおまえが子供には見えん』

 鋭いな!

 確かに肉体はともかく、頭の中身は純粋な子供には程遠いわ!

 だからって見た目の犯罪臭が消えると思うなよ!!

 けどひょっとしたら魔族ってのは、こういった場合の年の差による抵抗感とかタブーとか、あまり感じない種族なんだろうか。

 そもそも人間とは生きる時間がまったく違うし。

 …なんか疲れたので、そこはつつくのやめる事にする。

 

「…伝言は聞いてくれましたか」

 その代わり、ヒムと別れた時に彼に託した言葉が、ちゃんと届いたかを確認してみた。

 アイツ真面目だし、伝えてはくれたと思うけど。

 

『…ザボエラの事か。

 おまえの【目】には、それほどまでにあの男が腐り切って見えると?』

「むしろそう見えないならば、あなたの目の方が曇っているのではと、思う程度には。

 少なくとも、この件に関しては今のあなたよりも、かつてのあなたの方が目は確かでしょうね」

 まあ、この反応からすると、『伝わってはいるが実行はされていない』状態だろうな。

 多分ザボエラは今、原作通り牢に入れられ、ハドラーへのヘイトを蓄積している最中なんだろう。

 …ぶっちゃけ、ここでハドラーがザボエラを処刑しておいてくれたなら、ロン先生が両腕の機能を失う事になるあの戦いが、そもそも起きないかなとも思ってたんだけど、どうやらそううまくはいかなかったらしい。

 

『クククッ……なるほど。

 ()()のほうが余程厳しいようだ』

「どういう意味ですか?」

 本物?

 だがそれを問おうとした瞬間、

 

 ドォン!!!

 

 なにやら大きな音とともに、地響きが塔を揺らした。

 一瞬地震かと思ったが、それ以上の揺れはこない。

 

『…どうやら時間切れだ、リリィ。

 暫しの逢瀬、楽しかったぞ』

 と、一瞬逸れていた視線をハドラーに戻すと、空間にノイズが入り出し、その姿が徐々に薄れ始めた。

 その姿に向けて、発言の訂正を求める。

 

「だから、人聞きの悪いこと言うな!」

『だが、オレに逢いたかったのだろう?

 独り言でオレの名を呼ぶほどに』

「えっ!!?ちょっ……!!」

 そして次の瞬間には、その姿は何事もなかったかのようにかき消えた。

 残されたものは、静寂。

 

 ……てゆーか、どこから監視してたのアイツ!!?

 なに独り言とか聞いてんのよ!!

 急激に血が上って熱くなった頬を冷まそうと、外の風にあたる為、塔の柱の間から少し顔を出す。

 そこから見える海の上に、渦を巻く流れが2つ見えた。

 ああ…あれが例の、バルジの大渦ってやつか。

 ………って、あれ、2つ!!?

 

 ☆☆☆

 

 時空扉を出して、大渦の向こうのパプニカの海岸へ出ると、ちょうど海からクロコダインが、チウに鎖で引かれて上がってきたところだった。

 そうだ、このタイミングでクロコダインも、新技の開発の為の特訓をしていたんだった。

 確か獣王会心撃に更に逆回転の闘気流を加えた…名前なんたっけ。

 というか、さっきの振動は彼の仕業だったらしい。

 なんて考えているうちに、(おか)に上がったクロコダインが倒れた。

 思わず駆け寄ってみると、チウが鎖を外しているのをまったく意に介することなく、倒れた体勢のまま目を閉じている。

 

「あ、魔王…じゃなく、リリィさん」

「…つっこみたい部分がひとつあるけどそれはさておき、大丈夫なの、このひと?」

「強力な必殺技の特訓だったので、かなり身体に負担はかかったようですが、クロコダインさんなら少し休めば大丈夫です!

 まあでも、ぼくのアイテムで体力を回復させて…あれ?あれれ!?」

 …どうやら、いつも5つは持ち歩いている薬草は、今回も切らしているらしい。

 というか、この子のズボンも実は『道具袋』だったりしないだろうか。

 そこまで考えたところでふと思い出し、ポーチからマァムの魔弾銃(まだんガン)を取り出す。

 

「あ、それは…!」

「そう。マァムが貸してくれたの。

 ここはあたしに任せて、アナタは使った道具とか片付けるといいよ」

 言いながらベホマの弾丸をそこにセットして、両手で構えて狙いを定めた。

 射撃の訓練はした事がないが、元々女の子が使う為に作った武器だから反動はあっても最低限だろうし、距離も近いから外す事はなかろう。

 躊躇うことなくトリガーを引くと、クロコダインの身体が、一瞬オレンジ色の光に包まれ、その光が吸い込まれるように消える。

 

「ん……グエン?」

「あ、グエンさん呼びます?

 5分ほどお時間いただければ連れてこれますけど」

 ゆっくりと身を起こしたクロコダインが、あたしを視界に入れて目を瞠った。

 

「リリィ、か?いや、大丈夫だ。心配ない。

 あいつも、自分の修業に集中したいだろうからな。

 …今、回復呪文を受けたように思ったのだが、リリィは回復呪文が使えたのか?」

 ああ、なんか不得要領な顔してると思ったらそういうことか。

 クロコダインの質問に、あたしは手にしたそれを示しながら答えた。

 

「いえ、これです。

 マァムから預かった魔弾銃(まだんガン)弾丸(たま)の中に、ベホマが入ったものがありましたので、それを撃たせていただきました」

「ああ、それでか。

 …先程、体力が回復したと同時に、特訓の際に負傷したその傷も塞がったからな。

 マァムはベホマを使えぬし、レオナ姫のベホマでは傷の治療と体力の回復を同時にはできん。

 …だから、グエンが来てくれたと思ったのだ。

 恐らくはその弾丸に、呪文を詰めたのがグエンなのだろう。

 …ありがとう、リリィ。お陰で身体が楽になった」

「いえ、たまたま通りかかっただけなので。

 …クロコダインは、グエンさんのことが好きなのですか?」

 礼は言いつつどこか残念そうに聞こえるクロコダインの声に、あたしはあまり考えることなく、そんな言葉を口にしていた。

 

「ゲホッ!ゴホッゲホッ!!

 リ、リリィ!?い、いきなり、何を…!!?」

 …そしてあたしのその言葉に、クロコダインはわかりやすく反応した。

 

「あ、何となく、そうなのかなーと思っただけです。

 …けど確かに、デリカシーに欠けた質問でしたね。

 申し訳ありません、クロコダイン」

「い、いや……」

 せっかく回復した体力を、すこしばかり削ってしまったようだ。

 それにしてもやはり、恋愛は他人のそれを、横からニラヲチするに限ると思うの。ふふふ。




本当は前回の分と合わせて一話にしようと思ってました。


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32・武器屋の娘は焚きつける

活動報告で『恋愛パートは一旦置いておく』と言ったな。あれは嘘だ。
割と重要なところ入れ忘れてた。


 全世界の存亡をかけた、大魔王本拠地殴り込み計画。

 その決行日までの僅かな期間を、勇者一行はそれぞれの修業に費やしていた。

 マァムとヒュンケルさんは主にアバン流の基礎からをある程度おさらいしつつ、互いの技を高め合っていたし、ダイとグエンさんは武器の扱いのレクチャーを受けながら、ロン先生から実戦形式の稽古をつけられている。

 グエンさんはこの戦いに参加する以前は、体力的な事よりも知識を増やす事を優先させてきたらしく、ほかの3人に比べて体力が圧倒的に足りなかった。

 

「わたしはこれまで、いかに楽して結果を出せるかにこだわって、楽をするための努力は惜しまなかったわ。

 その為に知識を身につけて、大抵のことはそれでなんとかなったのに、そのツケが今更、こんなところで出てくるなんて…!!」

 と若干ワケ判らん事を言っていたが、要するにカラダ鍛える行為自体が、本当はあまり好きではないんだと思う。

 今はまだ若いから代謝はいいんだろうけど、そんなんじゃ年取ってから確実に太りますよ、オネーサン。

 というような事をかなりの湾曲表現で言ったら、捕まえられてくすぐり倒された挙句、何故かなけなしの胸を揉まれたところで、『ポップに殺されたいのか』とヒュンケルさんに救出された。

 その後多分10分くらい、グエンさんがヒュンケルさんに説教されてたけど、あたしは被害者なので悪くない。

 

 ・・・

 

「回復効果を持つ武器というなら、代表的なものに『奇跡の(つるぎ)』というのがあるわね。

 わたしも実物を見たことはないけれど、これは間違いなく回復魔力の術式で組み立てた付帯効果で、回復量は攻撃の際、敵に与えたダメージの1/4程度。

 この方式だと、ここまでが限界みたい」

 彼らがここで過ごす最後の晩、全員を我が家に連れてきて、晩ご飯を食べさせた後にふと、以前から気になっていた回復効果の術式について、グエンさんなら知ってるかもと思い訊ねてみたところ、『本で読んだ事があるだけだけど…』と言いつつその説明もしてくれたのだが、はっきり言ってちんぷんかんぷんだった。

 どうやら先生や両親、勇者一行も同様のようで、ダイはうつらうつら舟をこぎ始めているし、ヒュンケルさんに至っては『また始まった』とでも言うように眉間を指で押さえている。

 ……オタクに餌与えてほんとごめんなさい。

 とりあえず理解できたのは、この方法で武器に付帯した回復効果では、どんなに頑張っても与えたダメージの1/4程度の回復量でしかなく、それ以上は回復魔力の術式ではなく、恐らくは呪術のカテゴリーに入るだろうという事。

 

「呪術は、解くのはともかくかける方は専門外だから、あくまで仮説でしかないのだけれど…回復魔力の術式で付帯した回復効果では、攻撃の際、武器に返ってくる反動を回復効果として使い手に与えるのに対し、呪術式でのそれは、恐らくは攻撃対象から直接体力を吸い取って、使い手に与えるのだと思う。

 つまり、厳密には『回復』ではなく『吸収』というわけね。

 効果は似通っていても、その原理は全く違うわ。

 そして、そういった武器は大抵、装備者に別のマイナス効果を与える、いわゆる『呪い』がセットでついてくるものよ。

 元になっている術式が同じものである以上、呪いを解いてしまえば、吸収の効果も消えてしまい、いいとこ取りはできないってわけ」

 ひと通り話し終えて喉が渇いたのか、食後に淹れて放置されてた冷めたお茶を一気に飲み干して、グエンさんはふうっと息をついた。

 一瞬訪れた静寂の後、最初に口を開いたのはロン先生だった。

 

「…おまえ、オレの嫁になる気はないか?」

 その視線はまっすぐグエンさんを捉えていて……えええええっ!!!?

 途中経過全部すっ飛ばしてのいきなりのプロポーズ劇に、父さんは先生のグラスに注ごうとしていたお酒を、食べ終えた後のお皿に注ぎ、ヒュンケルさんは危うく吹き出すのを堪えたお茶で咳き込み、マァムは顔を真っ赤にして両手で口を押さえ、母さんは「ええ〜、うちの娘の婿に来てくれるんじゃなかったのぉ?」と残念そうに呟く。

 ……いや待て母。

 

「えっ……なに?」

 そして半分寝ていたダイが、突然変わった空気を感じたのか、顔を上げて周囲を見渡し、言われた本人であるグエンさんは、きょとんとした表情で数度瞬きをした。割とあざとい。

 

「……唐突ね」

「ああ。今決めたからな。

 おまえの知識と発想は、今のオレに一番必要なものだ」

 やめろ!

 言っちゃ悪いが言葉のチョイスが最悪!!

 なんかそれだと、本当に能力のみ欲しくて言ったみたいじゃん!!

 女性の心はそんなんで動かないよ先生!

 てゆーか、やはりそこそこ深い付き合いがある分、あたしや両親は大体わかるけど、これ先生的にマジなやつだから。

 

「躊躇してる間に他のやつにかっ攫われるのは惜しいし、戦いに送り出して死なれるのはもっと惜しい。

 そうなる前に、できればここに引き止めときたいと、思ったわけだ」

「…そう思っていただけるのはとても嬉しいけれど、わたしは老後は都会で暮らすのが夢なの。

 そしてあなたは、この村に必要なひとだわ」

 ほらな、秒単位で振られた!

 つか先生の言葉を聞いた瞬間は驚いたけど、割と似た者同士で意外とお似合いなんじゃないかと思ったのに、もう少しくらい悩んでくださいよグエンさん!!

 まあでも、女の気持ちの中で、夢と比較された時点でその男は敗北決定だよね!

 女は本当に好きなら自分の夢なんか普通に捨てて男取るからね!!

 

「…そうか。気が変わったらいつでも言え」

「ありがとう。

 まあ、まずはこの戦いに勝たないことには、どちらにしろどうにもならないわ」

「ならその先の未来を掴む為にも、絶対勝って生きて帰ってこい。

 そうできるほどのものは、既に授けたつもりだ」

 先生がそう言って、グエンさんに右手を差し出す。

 グエンさんがそれを取り、2人は固い握手を交わした。

 

「…あっさり振られちまったな、ロン!

 長く生きてるとそういうこともあらぁな。

 ほら、飲め!」

 2人の手が離れると同時に、父さんが努めて明るい声でそう言って、琥珀色の瓶を先生に押しつけた。

 つか自分が一緒に飲みたいだけだろ父!

 そして母さんがテーブルに残ってた酒まみれのお皿を片付け始めたので、あたしもそれに倣った。

 

「ねえ…何があったの?」

 ただ1人状況についていけていないダイがあたしに問いかけてきて、あたしは曖昧に笑って誤魔化し、もう眠そうだったのでポップの部屋に案内してそこで寝かせた。

 この子グエンさん大好きだからな!

 言ったら更にややこしいことになりそうだよ!

 

 あと、戻ってきてみたら父さんと先生は何やらハンマー系の武器について熱く語っており、母さんはその横でニコニコ聞いていた。

 てゆーかまだ、どたまかなづち諦めてなかったのか父!

 あの一歩間違えれば自滅しかねない武器のどこがそんなに心の琴線に触れた父!!

 …それはさておき、マァムとヒュンケルさんの姿が見えないなと思っていたらグエンさんに手招きされ、呼ばれるまま近づくと窓の外を示されて、居ないと思った2人が、外で何やら話をしている光景が目に入った。

 ここからでは話は聞こえないが、なんとなくいい雰囲気だ。

 グエンさんの方を見ると、ニンマリと笑って、サムズアップしてきた。

 ……そういうことか、同志よ!

 あたしはサムズアップを返し、更にあたし達は、両手で互いの拳をタッチし合った。

 ん?なんか忘れてる気がするけど気のせいか?

 

 …『他人の恋愛は最高のお茶請け派』の同志として絆を深めた相手が、師のプロポーズを秒単位で蹴った相手だったことを、あたしが思い出すのは、次の日の朝のことだ。

 

 ☆☆☆

 

「ヒュンケル…大丈夫?」

「ああ…しかし、驚いた。

 共に行動していた間、彼女がどうしても男の視線を集めてしまう事には気付いていたが、あれほどに距離を詰めてくる者は居なかったからな。

 恐らくはオレの存在が、ある程度の防波堤になっていたせいだとは思うが…」

「やっぱり…心配よね?

 ヒュンケルは、グエンのことが…」

「そうだな。

 何せあの女性(ひと)は、自分の魅力に無自覚なせいで、自分に対する恐怖以外の関心への警戒心が皆無だ。

 恐らくはロン・ベルクのあの申し込みも、冗談か雑談程度にしか響いていないのだろう。

 …落ち着いて考えると、相手としては悪くないと思うのだがな」

「え?…あなたは、それで平気なの?」

「ん?……ああ、確かに動揺はした。

 …これがひょっとして、娘を嫁に出す父親の気持ちというやつなのだろうか…」

「…………私の言っていることはまったく伝わっていないようだけど、あなたの言いたい事はよくわかったわ、ヒュンケル…」

 

 ☆☆☆

 

 そしてカール王国に、全世界の戦士が集う前日。

 決戦に向け、一旦パプニカへ集結する彼らを、時空扉で送り出そうと思っていたら、先生に、

 

「いや、オレがルーラで送る」

 と言われ止められた。

 どんだけ信用されてないんだと思ったのだが、先生曰く、

 

「あの、扉を潜る際の、一瞬視界がぐにゃりと曲がる感覚は、これから戦うって時に、その勘を狂わせかねん」

 という事だ。

 どうやら、あの感覚は転移術の使用者には感じ取れないものであるらしく、あたしは時空扉を使う際は感じなかったが、離れた場所のキルバーンに檻ごと引き寄せられた時には確かに感じた。

 聞いてみたら扉をくぐったことのあるダイやマァムにも、その感覚はあったようだ。

 ちなみに、

 

「オレは恐らく平気だと思うが。

 何度も、グエンの転移呪文で一緒に移動しているから、そろそろ慣れた」

「ちょっと!それって、最初の頃は不快だったって事じゃないの!

 わたしは知らなかったんだから、ちゃんと言ってよ!!」

 という会話が、ヒュンケルさんとグエンさんの間で交わされていた。

 

「そんな事言って先生、実はグエンさんと少しでも長く一緒に居たいだけなんじゃ…」

「なんだ、ヤキモチか?」

「なんでそうなるんスか。

 …振られ男の分際でその余裕の態度に若干ムカつきましたので、我が敬愛する師の居ない間に、酒瓶と在庫のお酒、地面に流しときますね」

「鬼かお前は!一緒に来い!!」

 …そんなわけであたしも同行が許され、今あたし達はパプニカに降り立っている。

 

「みんな、お待たせっ!!」

 着地地点から真っ先に駆け出したダイが、既に集まっていた兄たちの方へと駆けていく。

 

「ロン・ベルク。リリィ。お世話になりました。

 …もう、待ってよダイ!」

 それに続いてグエンさんが、こちらを振り返りつつ駆け出そうとし…その背中に、先生が声をかけた。

 

「……ロン、だ」

「え?」

「次、会った時でいいから、オレの事はそう呼べ」

「…別にそれくらいなら、今すぐにでも。

 …それじゃまた、ロン」

 …うん、確信した。

 これ、昨日のあの衝撃のプロポーズが、彼女には1ミリも届いてない。

 

「…なんか、すまん。ロン・ベルク。

 では、オレ達も行く…!!」

 なんか保護者みたいな事を言いつつ、ヒュンケルさんが一歩前へ踏み出し、マァムを振り返って、躊躇いつつそちらに手を伸ばした。

 マァムがその手を取り、もう一度2人で振り返って一礼してから、仲間たちの元へと歩いていく。

 うむ、こっちはなかなかいい雰囲気ではないか。

 …ちょっとポップが不満そうな表情を浮かべているのがわかったが、この状況ならば自然な流れだ。

 キミはキミで幸せを探したまえ。

 そしてそれは多分、手を伸ばせばすぐ近くにある。

 

「……手強いが、いい女だ。

 生きて帰ってきたら、改めて口説くことにするか」

 あたしの隣で、そう呟いた先生は、ほんの少し苦笑いしていたが、それでもなにげにスッキリした表情だった。

 

「…先生。

 あのひとを守る為には、いざとなれば全力で戦う必要があると思いませんか?」

「……ん?」

「先生の剣、今こそ完成させましょう!!

 これがあれば、完成させられますよね!?」

 言って、ポーチから取り出した聖石を握らせる。

 ロン先生が、手の中のそれを見つめて息を呑んだ。

 

「これは…そうか。

 ……リリィ、おまえは最高の弟子だ!!」

 さっきは鬼だとか言ってたくせに、ロン先生は嬉しそうにあたしを抱き上げた。

 よしやった!先生がやる気になってくれた!

 グエンさんありがとう!

 あなたのお陰で、どうしても埋められなかったピースが埋まったよ!!

 

 カール王国に向かう気球をロン先生と見上げながら、あたしは大きく手を振って見送った。

 

 ☆☆☆

 

 パプニカから飛び立った気球は、その高度を上げていくに従い、出発の地をみるみる小さくしていく。

 ここから決戦の地へと向かうのは、ダイを中心としたおれ達勇者パーティー6人と、くっついてきたチウやゴメ。

 更にレオナ姫さんに、感知能力を持つ占い師であるメルル、そしてパプニカ三賢者の1人であるエイミさん…てゆーか、この人は基本、パプニカの守りにつく人員ってイメージの方が強いんだけど。

 なにげなくそれを口にしたら、なんだかちょっとムキになったような口調で、姫さんの護衛だと答えた。

 

「それに私だって、多少の戦いの役には…」

「多少の役に立つ程度では、死の大地の敵には歯が立たん。

 姫の護衛に徹することだな…」

 言いかけたエイミさんの言葉を、割と容赦なくヒュンケルがぶった切り、そのヒュンケルをエイミさんは…なんかものすごい目で睨みつけていた。

 ……あれ?

 なんか、あの北の海上からおっさんに助けられてパプニカに戻った時の態度から、ひょっとしてエイミさん、ヒュンケルに気があんのかなと思ってたんだけど。

 この目、どう見ても惚れた男に対する視線じゃねえな。

 つかむしろ、恋敵でも見るような目…いや、まさかな。

 

「もう、ヒュンケル!そんな言い方しないの!!

 ごめんね、エイミ。

 彼、口と目つきが悪いだけで他意はないのよ。

 あなたの事も、心配しているだけだから」

「目つきが悪いは余計だ」

「口が悪いはいいのね…」

 そのエイミさんの視線に気付いたのか、グエンがフォローになってないフォローを入れて、ヒュンケルがそれをまたぶった切り、マァムが更にそれに、少し呆れたようなコメントを重ねた。

 …待てマァム。

 グエンのちょっとズレたコメントにヒュンケルがつっこむのは割といつものことだけど、なんでおまえ、それに更につっこんでるんだよ。

 あとエイミさん、ちょっとグエンにくっつき過ぎじゃね?

 

「まさか……だよな」

「なにが、まさかなんですか?」

 無自覚に口から出ていた言葉に反応が返ってきて、驚いてそちらに顔を向けると、不思議そうな表情を浮かべたメルルがおれを見上げていた。

 

「あー…いや、何でも。

 それよりさ、一緒に来てくれてありがとな」

 …リリィの能力が姫さんや他の王たちに知られていれば、今ここにいるのは彼女ではなく、リリィだった筈だ。

 それも自由意志ではなく強制的に。

 妹の自由と身の安全の為に、その戦略的価値を握りつぶしてるのは、兄としてのおれのエゴだ。

 そう考えると、身代わりにしちまったみたいで、メルルに対して申し訳なく思ってしまう。

 それなのに。

 

「…いいえ。

 私、ポップさんのお役に立ちたいんです」

 メルルはおれの服の袖を小さな手で握り、俯き加減にそう呟いた。

 

 ちょっとドキッとした。




関係ないけど、一応この話の中で、ヒュンケルは推定身長175前後と、それほど高くは設定してません。
グエンはそれと大体目線的に同じくらいか、ちょっと高めです。
ポップが165強くらいで、多分マァムはそれより1、2センチ高い。
メルルは158くらいでレオナがそれより4、5センチ低め。
ダイは133くらい。リリィが140強。
未登場の北の勇者はマァムよりちょっと高め。
ロン先生とラーハルトは180余裕越え。
バランはラーハルトより1、2センチ低いかも。
ハドラーは余裕で2メートル越え、くらいのところで。
…あくまで、ここでの設定です。公式は知りません。


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33・武器屋の娘は駆り出される

 材料が揃ったところで、魔法インゴット製の『星皇剣』の作成に再び入る為、先生はあたしを連れて、ルーラで小屋へ戻ってきた。

 …思えば、この剣が完成させられないことに思い悩み、先生に素材採取という名のハイキングに連れ出された日から、一週間ほどしか経っていない。

 あの後勇者パーティーが訪ねてきて、そこから随分色々あったように思う。

 …うん、まあなんだ。色々だ。

 しかし考えてみれば、ダイが故郷の島を旅立ってからバーンパレスに突入するまで、勇者アバンの言によれば3ヶ月ほどしか経っていないとの事だったわけだし、あの連中に関わると時間の密度が濃くなるのは仕方ない事なのかもしれない。

 …少なくとも正史の世界での勇者ダイは、勇者としての生きざまを3ヶ月ほどで駆け抜けたわけか。

 いや、多分物語が終わった後も、彼はどこかで戦い続けたのだろうが、それは勇者としての戦いではなく、(ドラゴン)の騎士としての使命だろうし、その後彼がどうなったかはわからないものの、あたしが思うに、ダイはその戦いが終わった後も、愛する人たちのもとへは戻らなかったのではないか。

 …それは、彼がこの3ヶ月、人間たちの世界で得た様々なもの故に。

 けど、やはりそれは違うと思うのだ。

 ダイが、最後に大魔王と単独で戦ったのは、結局は彼以外の者がたどり着けない領域の戦いになったからというものの、元はと言えば『ただの力そのもの』となった自身の姿を、仲間たちに見られたくなかったからだ。

 最後の最後で、彼は人間を、仲間を、信じられなかったのだと言える。

 そして戦いが終わった後、ポップを庇って地上から消えた事は、想定外の事態ではあったが、そんな彼には都合がいい事態でもあった筈だ。

 …冗談じゃない。

 人間の立場として、それは認められない。

 たとえその時、信じてもらえてなくても、その信用を得る時間も話し合いもないまま、恩人の勇者を逃すわけにはいかないのだ。

 少なくともベタベタに甘やかして幸せになってもらわなければ割に合わない。

 …その為にどうすべきかは、今はまだわからないけど。

 

 先生の道具を、使いやすい配置に広げながら、そんな事を考えていた時のあたしは、僅か2時間足らず前に送り出したひとの顔を、すぐまた見る事になると、まだ知らない。

 

 ☆☆☆

 

 わたし達を乗せたパプニカの気球が、カール王国に近づくにつれ、その異変が見てとれた。

 その大陸の海を挟んだ向こう側にある死の大地が、ほんの一週間ほど前、わたし達がそこに足を踏み入れた時とは、明らかに違う様相を示していたのだ。

 それは天をも貫くほどの高さを持つ岩山。

 前に行った時にはなかったはずのそれは、雲の上まで伸びており、まるで天からわたし達の、ささやかな抵抗を見下ろしているようだ。

 

 バラン率いる超竜軍団の攻撃により滅びたカールの王都は、かつては華やかさには欠けるが治安は良く、国立の大きな図書館はわたしにとっては魅力的な施設だった。

 それが今や見る影もなく、王城など以前ヒュンケルとともに訪れた時よりも、更に廃墟と化した気がする。

 気球のゴンドラが地についたと同時にわたし達は飛び出し、周りの状況を確認した。

 ここで信号弾を打ち上げて、この近くにある拠点の同志に合図を送って、迎えに来てもらう手筈になっており、その準備が整ったそのタイミングで、後ろから鋭い声がかかる。

 その声に振り返り、ダイやヒュンケルが戦闘の構えをとったが、声の主はベンガーナの戦車隊を率いていた、アキームさんという名前の戦車隊長だった。

 確か、ミストバーンとの戦いの時に居た他国の兵士だ。

 死の大地の異変から、信号弾を打ち上げる合図はわたし達の位置を敵にも知らせる事になると判断して、気球が降り立つであろうこの付近で、待機していてくれたのだという。

 

「わかりました。

 取り急ぎ、作戦基地へ案内してください」

 レオナ姫の指示で、全員が彼に続く。

 各国から集めたという強豪たちはその作戦基地ではなく、このカール王都の北にあるサババという漁港にある、造船基地の方に集結しているそうだ。

 そこでベンガーナ王の全面出費で、死の大地へと向かうための大型船を作っているのだとか。

 あの国の監修で作った船となると、かなりのレベルのものになりそうだ。

 単に移動だけでなく、移動中の環境も考えた、快適なものとして完成するのだろう。

 

 ・・・

 

「やあ!!待ちかねたよ諸君!!」

 多分、どこかの貴族の屋敷だったのではなかろうかと思われる壊れかけの建物の、恐らくは地下倉庫のような場所で、わたし達を出迎えてくれたのは、左目から頬にかけてまだ新しい傷痕のある、40前くらいのワイルドなイケメンだった。

 やはりここと同じくバランに滅ぼされたリンガイア王国の戦士団、その総司令官だったというバウスン将軍というひとらしい。

 どうやら彼がここの責任者であるようだ。

 彼が率いるリンガイアの生き残りの戦士団と、ここまで案内してくれたアキーム隊長率いるベンガーナ軍、ロモス王が先の武術大会で集めた強者達、そしてわたし達勇者パーティー。

 これで選抜隊は揃い、後は例の大型船が完成するのを待つばかりという。

 もっとも現時点であらかた完成をみて、一通りのテスト航行で問題がなければ、すぐにも出発できる運びらしい…というバウスン将軍の説明があったあたりで、外から轟音と振動が響き、わたし達のいる地下の部屋の、天井から埃が降ってきた。

 …ねえ、強度的にこの地下室も危ないんじゃないの。

 攻撃か、と思ったが、すぐにルーラの着地音だとわかる。

 そして、わたし達も降りてきた地上に続く階段から、ローブを纏った男性が一人、よろめきながら降りてくるのが見えた。

 警戒して構えを取るわたし達だったが、そんな中でポップが、あっと声を上げる。

 

「あんた確か、ロモス武術大会の時の魔法使いっ…!!?」

 どうやらポップが見知っている顔だったらしい。

 男はそれに返事をする余裕もないようで、息も荒く言葉を発する。

 

「たっ…大変だっ!!!サババが…襲われたっ!!!!

 建造中の大型船のドックに、全身銀色の、金属の塊みたいな奴らが攻めてきて…」

 彼の説明に、リリィを腕に抱えていた金属人間の姿が一瞬にして思い浮かぶ。

 間違いなくリリィが言っていたハドラーの親衛騎団、オリハルコンの戦士達だ。

 各国の戦士達もまるで歯が立たず、せめてルーラの使える彼だけは報告に行かせるべく、必死に守って戦って送り出されたのだという。

 その後のことは、彼にはわからないだろう。

 ひどい傷を負って今にも倒れそうな彼にベホイミをかけ、大きい傷だけ治療してあとはエイミに託す。

 恐らくは戦いになるだろうから、少しでも魔法力は温存しなくては。

 ん…待てよ、魔法力の温存?

 

「助けに行こうっ!!!」

 ダイが躊躇うことなくそう言うが、

 

「ま、待てよ!

 行った事ねえ場所にゃあ瞬間移動呪文(ルーラ)じゃ行けねえんだぞ!!」

 そう、ポップの言う通り、少なくとも今ここにいるルーラ持ちに、サババという港に行ったことのある者はいない。

 わたしもカールは何度か来たがその漁港まで足を運んだ事はない。

 このギルドメイン大陸から、パプニカのあるホルキア大陸へは、ベンガーナからの定期船で渡ったし、そちらへ足を運ぶ仕事もなかったのだ。

 さっきの魔法使いは完全に気を失ってしまったようだし、そうでなくても今の彼に頼るのは酷すぎるだろう。

 仲間であると言っても、あちらにいるメンバーにはわたしは会ったことがないので、リリルーラでの転移もできない。けど。

 

「北へ向かって真っすぐ飛べばいいんだろ!!?

 おれとポップと、グエンだけでも先に…」

「少しだけ待って。

 飛翔呪文(トベルーラ)での長距離移動は、僅かずつだけど常に魔法力を放出し続ける分、非効率よ。

 それよりも、わたしに考えがあるわ」

 今にも飛び出して行きそうなダイを制して、なるべく穏やかにそう言った…ところで、予期しない方向から、聞き覚えのない声がかかった。

 

「その必要はないよ…ボクが行けば済むことだ…」

 声の主は、恐らくは年の頃はマァムやポップとそう変わらない、まだ若い男だった。

 黒の混じった青銀の髪に、意志の強そうなダークグレーの瞳。

 だがその視線には、どこか不遜な彩が混じっている。

 

「……あなたは?」

「……人呼んで…“北の勇者”!」

 いや名前名乗ろうか。

 カッコつけたい年頃なのか知らないけど、事態が緊迫してる状況にもかかわらず、一瞬吹きそうになったじゃないの。

 そんなわたしの己との戦いに気付く事なく、『北の勇者』くんは言葉を続ける。

 

「サババの船はボクが救う。

 こういう有事のために、ボクはここで待っていたんだ。

 わざわざ背伸びして戦いに加わった、“自称・勇者一行”の力など、借りる必要はない!!」

 睨みつけた視線には、明らかな敵意があった。

 ははーん。つまりはそういうこと。

 彼の言葉に相当イラッとしたらしいポップが拳を握りしめたところで、わたし達の後ろから声がかかった。

 

「よさんか、ノヴァ!!!」

 バウスン将軍は、厳しい目で青年を睨みつけている。

 どうやら、ノヴァというのがこの『北の勇者』くんの名前らしい。

 そのノヴァ青年は、バウスン将軍が向ける強い視線に全く怖じる事なく、その目を見返す。

 …よく見ると瞳の色が同じだ、この2人。

 

「…なんですか、父さん?」

 …って親子か!

 ワイルドイケメンのバウスン将軍に対して、ノヴァ青年は割と中性的な顔だちであまり似ていないから、すぐには気付かなかったわよ!

 そして実にどうでもいい情報だが、個人的には父親の方がわたしの好みだ。

 

「失礼いたしました。

 このノヴァは私の息子でして…リンガイア戦士団の団長を務めている者です…。

 ノヴァ!勇者どのたちに、何という無礼な言葉をっ!!」

 けど、子供の教育には失敗してるっぽい。

 まだ若いとはいえひとの上に立つ立場なら、もう少し礼儀をわきまえていてもいいと思うのだけど。

 だが父親の叱責にも態度を変える事なく、ノヴァは馬鹿にしたように言葉を返した。

 

「どいつもこいつも、勝手に勇者を名乗っていること自体不愉快だ!

 真の勇者は、一人で充分!!」

「そりゃこっちのセリフだあっ!!!」

 遂にポップがブチ切れて、ノヴァに殴りかかっていこうとするのを、そのベルトを掴んでダイが止める。

 

「今はそんな事してる場合じゃないだろ!!?

 …瞬間移動呪文(ルーラ)でサババに行けるなら、おれたちも連れてってくれないか?

 みんなで戦った方が確実だ!!!」

 …いつかマトリフ様が言っていた。

 勇者とは器用貧乏で、なんでもできる反面、全ての事がその道のスペシャリストには敵わないと。

 彼が曲がりなりにも勇者を名乗るなら、1人で戦えると思うのは、完全に思い上がりだ。

 まして、これから戦う相手は、チームワークを駆使して向かってくると予想される相手。

 こちらもチームワークをもって戦わねば話になるまい。

 だから、ダイのその申し出は、この場において至極当然であり、一番正しい意見だった、筈だ。

 

「そうか…君が勇者ダイだな…!?」

 そう申し出てきたダイを初めて視界に入れ、ノヴァが硬い声でそう呟く。

 声とともに上げられた右手を、ダイが握ろうとし……

 

「危ない!」

 咄嗟に、ダイの身体を掴んで胸に抱き寄せる。

 刹那、ノヴァの右手から放たれた闘気弾が地下室の天井を破壊して、見上げたそこに青いお空が見えていた。

 …一応ここ、潜伏場所というくくりなんだけどね。

 敵が探していたらどうするつもりだったのかしら。

 いや、それより。

 

「何をするのよ!」

「…ごめんだな!!

 行くのはやはりボク一人だ!

 こんなチビと同列にされていたのかと思うと腹が立ってきたよ」

 こちらを見下ろすノヴァの視線に、明らかに侮蔑の彩が浮かび、さすがにこれまで穏やかに対応していたわたしも、じわじわと怒りが滲んできた。

 そもそも、ダイに危害を加えようとしたのは許せない。

 

「……随分な自信だこと。

 目の前の相手の力量を読むほどの力はないようだけれど?」

「…本当のことを言ってなにが悪い。

 仲間たちはボクが守ってやる、安心して待ってろ!!」

「待て!!待ちなさいノヴァ!!!」

瞬間移動呪文(ルーラ)!!!」

 父親の制止も聞かず、ノヴァは飛び立っていった。

 …てゆーか、天井壊したのはこの為か!

 屋内で瞬間移動呪文(ルーラ)すると天井に頭ぶつけるからね!

 ちゃんと歩いて表に出なさい、不精するな!!

 

「ふっ、ふざけやがってェ〜ッ!!」

「…壮絶に自己中心的な勇者ねぇ〜〜」

 ポップが呻くような声を発し、更にレオナ姫が呆れたように呟く。

 まったく同感である。

 

「…しかも自信過剰ときたわ。

 うんあれ、典型的な井の中の蛙ね。

 あの闘気技は刮目すべきだけれど、それさえ注意すればわたしの見る限り、ヒュンケルとタイマン張れば5分以内でヒュンケルの圧勝くらいのレベルよ」

「女性が、タイマン張るとか言うな」

「…面目ありません。

 男手ひとつで育ててしまったせいか、我儘な性格の子で…」

 わたし達に頭を下げた彼の父親が、息子の飛んでいった先を見上げて、ため息をついた。

 

「…我がリンガイアが滅ぼされたのは、ノヴァがオーザムを救うべく遠征している途中だったのです。

 あの子は、自分がいれば魔王軍を撃退し、リンガイアを守れたと信じています。

 そのせいか最近では、父の私の言うことすら聞かなくなってきまして…」

「リンガイア王国を滅ぼしたのは、魔王軍最強の軍団長…誰が戦っても勝てはせん」

 実際にバランの強さを身をもって知っているヒュンケルが、バッサリぶった切るのにわたしも頷く。

 

「そうよねえ…むしろその場に居なかった事を、ラッキーだったと思うべきだわ。

 なまじ戦う力がある分余計にね」

 バランの戦い方を思い出すに、本能的にその場で最も強い者から先に潰す傾向があったように思う。

 もし彼がバランと対峙していたら、真っ先に殺されていた可能性が極めて高い。

  割と血気に逸る性格みたいだし、一番槍で突っ込んでいきそうだから、余計。

 

「やらせときゃあいいんだよ!!!

 ああいうタイプは、一回痛い目みねぇとわかんねえんだ!!

 それで負けたら自業自得だろ?」

「…確かに、説得して判るような性格の方には見えませんでしたわ…」

 あの性格の相手ともはや共闘は無理と判断した空気が、この空間を支配して、けど流れを変えたのは、レオナ姫の言だった。

 

「待ってよ、今は港を救うことの方が重要でしょ!!?

 確かに彼は性格サイテーで自己中心的、いかにも甘やかされたボンボンって感じだけど、それとこれとは話が別よっ!!!」

「レオナ姫、オブラートォッ!!!

 それ育てた父親が目の前にいるんだから、もう少し表現は彎曲に!!!!」

 あまりにもあまりなレオナ姫の言葉に、わたしは思わずつっこんだ。

 少し離れて立つバウスン将軍が、若干涙目になっていたのは気のせいではなかろう。

 

「みんな行こう!!レオナの言う通りだよ!!」

 この場合、『言う通り』がどっちにかかるのかという問いは不粋だろう。

 侮られた結果今の状況になっているというのに、ダイはあくまでも勇者様だった。

 

「別にどうでもいいじゃんか、誰が勇者か、なんて。

 強い仲間なら何人いたっていいし、勇者は一人だけって決まりがあるわけでもないし。

 2人だって3人だって…100人いたっていいんだからさ!!」

 …かつてダイはクロコダインとの戦いの後に言ったという。

 自分の力だけでは勝てない、一緒に戦ったみんなが勇者であると。

 そして彼の凄いところは、これが信念とかそういった固いものじゃなく、ごく自然にそう思っているだけだという事だ。

『真の勇者パーティーの一員』という驕りが、むしろわたし達の方にもあった事を思い知らされ、反省させられる。

 これですっかり不穏な空気は消え、正義の勇者パーティーらしい、健全な空気がその場を支配した。

 

「急ごう!!」

「よっしゃあっ!!!

 おれとダイは一足早く飛翔呪文(トベルーラ)で…」

「だから待ちなさいってば。

 わたしに考えがあるって言ったでしょう?

 ……この状況を解決できるひとを連れてくるから、ほんの少しだけ待ってて」

 わたしは2人の頭を撫でて落ち着かせ、小さく手を振ってから、もはや使い慣れた便利な呪文を発動させた。

 

「リリルーラ!」

 

 ☆☆☆

 

 ………………………

 

「お待たせ〜♪」

「…やあ、さっきぶり」

 長身の美女に肩を抱かれて、さっきパプニカで送り出したひとたちとまた顔を合わせてしまった気まずさを、あたしは緑色のなにかを操れそうな挨拶で誤魔化した。

 

「リリィ!?」

「おいグエン!!

 なに勝手にひとの妹連れて来てんだよ!」

「使えるものは親でも使うのがわたしの信条よ!」

 …いやあびっくりしたよ。

 先生の剣を完成させるにあたり、ちょっとデザインが厨二ちっくな気がしてあーでもないこうでもないとディスカッションしていたところ、突然目の前にグエンさんが現れたんだから。

 そして、

 

「緊急事態なの!リリィ、一緒に来て!!」

 とあたしに手を伸ばすグエンさんより早く、ロン先生があたしを引っ張って背中に隠し、状況の説明を求めてくれなかったら、心身ともになんの準備もできずに拉致されてたところだった。

 カール王国は割と北に位置する為、オーザムほどではないにせよ、ランカークス村やベンガーナに比べると寒い。

 死の大地での経験を生かし、今はフード付きの丈の長い毛皮のポンチョと、やわらかウールのミトンを身につけています。

 

「君は…!」

 と、兄たちより後方から聞こえてきた落ち着いた男性の声に振り返ると、かつて見たことのある『おじさん』が、目をまん丸く見開いてこっちを見つめているのがわかった。

 

「…お久しぶりです。

 5年前にランカークスの森で迷ったところを助けていただきました、武器屋の娘です。

 その節はお世話になりました」

「…覚えているよ。

 大きくなったね。すっかり娘らしくなった。

 …と、旧交を温めている場合ではないか」

「ええ、積もる話は後ほど」

 …なんか横で『いや、まだ全然ちっちゃいじゃん』とか言ってるバカ兄貴は、よく見ればさっき別れた時より、ちょっと服装や装備がカッコよくなっている。

 これ確か読者投稿デザインの服だったよな、とか思っていたら、あたしの肩を抱いたまま、グエンさんが声をかけてきた。

 

「ごめんなさいね、リリィ。

 早速だけど、わたし達をサババへ連れて行って貰える?」

「了解しました。

 …ぐんにゃり感は、この際耐えてくださいね」

 結局は使う事になったじゃんと思いつつ、あたしは時空扉を出現させた。

 

 ・・・

 

「いやいや!

 だからあたしが通ったら扉、閉じるって言いましたよね!?

 それから5分使えないんですよ!?

 なにをツラッと、あたしまで引っ張ってきてんですか!!」

「…そうだったわね。まあでも、いいじゃない。

 今度は絶対に攫われたりしないよう、わたし達が必ず守ってあげるわ!!」

 いやフラグ立てんのやめてもらっていいですか姐さん。

 半目で睨んだあたしの視界の端で、ヒュンケルさんが済まなそうな顔でこっちを見ているのが目に入った。

 

 ☆☆☆

 

 サババの港へ降り立った北の勇者・ノヴァは、自身の足元に倒れた鎧の兵士と、首を掴まれて吊るし上げられる巨体の格闘家(レスラー)を見やり、それを為した敵を睨みつけていた。

 

「まだザコが現れたのか。

 本命の勇者達はいつ来るのやら…」

 4体いる金属人間のうち、手前に立って格闘家(レスラー)をぶら下げているのがそう言うのを聞き、少しだけ気分を害しながらも、口元に笑みを浮かべて言い放つ。

 

「どうやら、貴様らの目は節穴のようだな!!

 …その本命が現れたんだぞ!!」



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34・武器屋の娘は空気になりきれない

関係ないがうちのメルルは、若干妄想癖がある気がする。
イメージは『ぶらり信兵衛道場破り』のおぶん。
って誰も知らねえよな!!

あとクロコダインのガルーダは、実は結構女好き。
性格は恐らく『むっつりスケベ』。


 サババ漁港はここで間違いなさそうだが、どうやら事件の起きている現場からは少し離れた場所に出てしまったらしい。

 位置を微調整する前にダイが扉をくぐってしまい、あたしの肩を抱いたままのグエンさんを含めた全員がそれに続いてしまったので、ここからは歩きになる。

 ふと見れば数百メートル先の方で、黒煙が上がっている。あれだ。

 

 …つか、あの時の『おじさん』…確かリンガイアの将軍だっけ…が登場してたって事は、一緒にいた自己顕示欲高めの『お兄さん』が、勇者一行に暴言吐いたあと飛び出して、先に戦ってる流れって事か。

 ならば、あの黒煙の上がっているあたりに居るのは間違いないだろう。

『北の勇者』と、そしてオリハルコンの戦士達が。

 

「そうか、やっと思い出した!

 あん時、おまえを村まで連れてきた親子連れか!!

 て事は、あいつ(ノヴァ)があン時のガキだったのかよ!?

 あンの野郎〜…あいつのお陰でおれ、後で親父にブン殴られたんだぞ!!」

 …唐突に、あたしの兄は何を言いだすんでしょうか。

 流れからすると、例の森で迷った時の話で、確かにあの日、あたしを探すのを一旦諦めて、大人を呼びに村に帰った事を、ポップが父さんに叱られていたのは知ってるけど、それがなんで『お兄さん』のせいになるのか。

 

「父親の方は元々うちが目的地でさ、息子の初めての実戦に使う剣を誂えに、うちの評判聞いてわざわざリンガイアから来たって言ってたんだ。

 なのにその肝心の息子が『新しい剣なんか要らないからあの子を連れて帰る』って言い出して、それ聞いて瞬時に頭に血がのぼったうちの親父に、2人とも追ん出されたんだよ。

 で、おれが責任持って連れ帰らなかったからリリィに悪い虫がついたって、いきなりガツンてわけ。

 …くそ、思い出したらますますハラ立ってきた!

 あいつの顔は忘れても、あん時の恨み、おれはまだ忘れてねえからな!!

 一発ブン殴らねえうちに死なれちゃかなわねえ、先行くぜ!!」

 …なんかうちの兄、ツンデレみたいなこと言って飛翔呪文で飛び出して行きましたけど。

 つか同じ出来事(エピソード)について、あたしの認識と兄の記憶に、何やら誤差が生じている。

 確かにあの後すぐ母さんに寝かしつけられて、ポップが怒られてた事を後から知って、父さんに猛抗議した覚えはあるが、あの時の父さんの怒りにそんな理由があったのか。

 所詮子供の言ったことだろうに、当時8歳の娘に悪い虫とか…とつっこみたい気分満載だが、その前にポップが飛び出していってしまったのでそれ以上確認のしようもない。

 ついでに言うと、ポップの後を追ってダイが、更にあたしの肩をようやく離したグエンさんがヒュンケルさんと手を繋いで、それぞれ飛んでいった。

 最後に魔法の筒からガルーダを出したクロコダインがマァムを肩に乗せている。

 残されるあたしとレオナ姫とメルル、そして賢者のエイミさんは、このまま歩いて現場へと向かうことになるのだろう。

 グエンさん多分、あたしを守ると言った事を、多分この瞬間に忘れたと思うし。

 てゆーか今気づいたけどこのパーティー、女性率やけに高くない?

 

「…あの自己中勇者、思いこみが激しいのは昔からだったのねぇ〜。

 この後、おかしな接触をしてくるようなら、パプニカ王家の名前で守ってあげるから、遠慮なく言いなさいよ、リリィ?」

「は?」

「リリィさん!

 私、あのひとが姻戚になるのは嫌ですわ!!」

「へ?」

 ううむ、悪いが女の子達の言ってることがまるでわからない。

 そして少し後ろの方でエイミさんが、

 

「やっぱり、一番最初にヒュンケルを排除しなければ…!」

 となにやら物騒な事を呟いた気がするのはきっと気のせいだ。

 排除ってなんだよ。

 アナタ、確かヒュンケルに惚れてたりなんかしてなかった?

 それともグエンさんがヒュンケルさんとコンビで行動してる事で、この辺の展開も違ってきてるのか?

 何せ、あたしの知らない変化が起こってるのは、まず間違いなくグエンさん絡みだし。

 と、あたし達の頭上に急に影がさしたと思ったら、クロコダインがあたしの身体をひょいと掴み上げて、マァムが乗ってるのと反対の肩に担いだ。

 

「おまえを守ると言ったグエンが、さっさと行ってしまったからな。

 あいつの言葉の責任くらいオレが取るさ。

 2人とも、しっかりつかまっているんだぞ?」

 おおう、なんというイケメン。

 あたしはクロコダインに1票入れるよ!

 ちなみにアンケートには願望じゃなく予想を入れてくれよな!ってなんの話だ!!

(注:この話を投稿した当時、グエンのヒーロー予想のアンケートを行なっていました)

 

 クロコダイン+マァムとあたしを下げて飛ぶガルーダさんはとっても辛そうだった。

 うん、なんかゴメン。

 

 ☆☆☆

 

 原作と違い、目的地まで少しの距離だったせいか、ガルーダさんはクロコダインを離した後、びたんと地面に倒れることはなかったが、やっぱりゼーゼー言っていた。

 

「…しばらく休んでていいぞ。

 少しの間、おまえがリリィを守れ!

 リリィ、ガルーダの陰に隠れていろよ、いいな!!」

「了解です!」

 クロコダインの肩から下ろしてもらいつつ、その言葉にあたしが返事すると同時に、ガルーダさんもくわあ、と声を上げた。

 ちなみに自分で軽々と飛び降りたマァムは、とっくに先に着いたみんなの方へ駆けて行ってる。

 とりあえずあたしはポーチから薬草を取り出すと、ガルーダさんの嘴の前に差し出した。

 これはグエンさんと一緒に転移する前に、なにがあるかわからないからとロン先生に、結構大量に渡されたものだ。

 ちなみに、あたし自身には必要ないが念の為にと一緒に持たされた魔法力回復用の白魔晶数個の中に、いつかの『ホイミスライムの心』が混じっていたんだが、これは単に間違えたのか、それともホイミスライムに転職しろという事なのか。

 後者ではないと信じたい。

 ガルーダさんは少し考えるように首を傾げてから、嘴であたしの指を挟まないよう注意しつつ、ぷちぷちと薬草を食んだ。

 あっという間にひと束食べ終えておかわりを要求されたが、心なしか羽毛がツヤツヤになった気がする。

 

 なんて事をやりつつ最前線に目を向けると、青銀の長髪を靡かせた見覚えのある青年…あの頃より背も伸びて、いくらか大人っぽくなっているが、間違いなくあの時の『お兄さん』だ…が、折れた剣に闘気を纏わせ、ヒムに向かって切りかかっていくところだった。

 余裕の表情でそれに構えるヒム。

 だが次の瞬間、2人の間の空間に、この世界では初めて見る女王(クイーン)が割り込んで、青年に向けて光を放ち、それを真正面から全身に浴びた青年は、一瞬にして炙り焼き状態になった。

 

「ノヴァ〜〜ッ!!!!」

 受け身も取れず地面に落ちた彼に、ダイとポップが駆け寄る。

 これ確か、ベギラゴンを針状に放出するとかいう割とえげつない技だったよな。

 名前忘れたけど。

 

「…ニードルサウザンド!!

 あんなレベルの相手にかますとはかわいそうに…」

 そう、それ。

『みやぶる』を使う前にヒムが教えてくれたけど、正直技の名前より、今、気になることがひとつあるんだが。

 

「…あなたの遊び相手にはちょうどいいのでしょうが、これ以上主賓を待たせるのも失礼でしょう」

 女王(クイーン)はその場に勇者パーティーがひと通り揃っている事を確認するようにぐるっと全員を見渡した。

 

「遅ればせながら、自己紹介させていただきます。

 我らは魔軍司令ハドラー様の忠実なる下僕…死の大地を守護する、ハドラー親衛騎団!!

 私はその行動を統括する女王(クイーン)…アルビナス!!!」

「って、ちっちゃ!」

 我慢できずに思わずつっこむと、全員の目がこちらに向いた。

 その女王(クイーン)と真正面に向かい合っていたダイが「…うん、実はおれもそう思ってた」とか呟いてるし、例の僧正(ビショップ)が「母上!?」とか叫んでこっちに来ようとするのを地味にヒムに止められてるし、クロコダインが『あちゃー』みたいな顔してるし、ポップが明らかに『お前が言うな』と表情だけで訴えてるけど、ほんとそれどころじゃない。

 だって…小さいのだ。

 原作の女王(クイーン)は、他の男性型の戦士達と比べて同じくらいか、ほんの僅か小さいくらいに設定された、手足は普段は収納されてるけどスラッとしたイメージの美人さんだった筈。

 しかし、今この場のアルビナスは、姿の見えていない城兵(ルック)とは比べ物にならないにしても、他の駒達と比べると、明らかに寸が小さかった。

 ヒムとの対比で考えると、恐らくあたしと同じくらいの大きさしかない。

 顔だけは原作とそう変わらないのが微妙にアンバランスだ。

 そしてあたしのツッコミに対し、アルビナスの人形の表情が、確実にムッとしたように変化する。

 

「あなたのせいでしょう、あなたの!」

「へっ!?」

 いきなりそう言われて、あたしは思わず間抜けな声を上げてしまった。

 驚いて固まるあたしにアルビナスの、ヒステリックと言うよりは子供が苛立っているような声が続ける。

 

「私の形状が確立される直前、ハドラー様に強い印象を与えたあなたのイメージが、私に投影されたんですよ!

 それでもこれがハドラー様の好みかと思って、抱き上げてくださるあの方の腕に身を委ねた瞬間、『なんか違う』って言われた私の気持ちが、あなたにわかりますか!?

 私だって嫌ですよこんなちんちくりんな身体!!」

「…よさんか、アルビナス。

 そこはもう、言っても仕方のない事であろう」

 そこまで叫んだあたりで、馬の顔をした騎士(ナイト)が宥めるようにその身体を抱き上げる。

 最後のあたりは既に涙声になっていたあたり、多分だが形状に微妙に精神(なかみ)が引っ張られてるぽい。

 そこら辺は原作も一緒で、自分では駒に性別なんてないと言っていたものの、知らず知らず精神が女性側に寄っていってたし。

 …つか、なんかほんとゴメン。

 あたしは悪くないと思うが、ちょっと心の中で謝ってしまう。

 てゆーか、そんな事言ったんだハドラー。

 なんか違うって何だよなんか違うって。

 

「ん…ゴホン。オレの顔は忘れちゃいまい?

 親衛騎団の兵士(ポーン)・ヒムだ!!」

「私は戦場を駆ける疾風の騎士(ナイト)・シグマ!

 ……以後、お見知り置きを…!」

「我が名はフェンブレン!!!

 親衛騎団の僧正(ビショップ)にして、完全無欠の狩人…そしてそちらにおられるリリィ母上の、血を分けた子でも…」

「ないわ!!」

 そして、まるで今のことがなかったかのように、ヒムがドヤ顔で名乗りを上げたのを皮切りに、他の駒たちもそれに続いた。

 しかしフェンブレンが最後に余計なこと言おうとしたのでとりあえずつっこんどく。

 てゆーかダイ本人以外の勇者パーティーの皆様、「あれか!」みたいな事言いながらあたしとアイツを交互に見るのやめれ!

 と、何か大きなものの足音のような重い音と、地響きが突如起きて、全員が身構える。

 

「…そして、もう一人…!!」

 シグマの腕から下ろされ、平静を取り戻したらしいアルビナスが、徐々に近づいて来る轟音の方向に視線を向けて、それに誘われるように皆がそちらに目をやった。

 最初に見えたのは大きな船だった。

 確かここでは、各国の強豪たちを死の大地へと運ぶ為の船をベンガーナ出資で作っていた筈だから、恐らくはその船なのだろうと思うが、これは輸送や移動の域を超えた、軍艦ではないかという気がする。

 ああ、なるほどあのちょいワル系な王様のセンスか。

 自国の王に対して言うのもアレだが、あのひとの感覚も若干厨二臭いかもしれない。

 それはさておき、その軍艦ちっくな船が周囲の建物をなぎ倒しながら、地響きを立てて進んでくる…ように見えた。

 だが建物の陰から、その船の底がようやく現れた時、全員の目が驚愕に見開かれた。

 船の底を片腕で支えた金属戦士が、その重量をなんの苦にする事もなく、悠々と歩を進めて来る。

 

「…彼の名は城兵(ルック)・ブロック。

 残念ながら言葉を喋れないので、私が代わって紹介いたします」

 …そこまで聞いたところで、さっきから自動展開していた『みる』が、あの船に積載された余計な設備を教えてくれると同時に、この後何が起こるか思い出したあたしは、ガルーダさんの羽根をむんずと掴んで、その背に登りながら声をかけた。

 

「少し離れよう、ガルーダさん!

 あたし達、ここに居たら危ない!!」

「クワッ?」

 ガルーダさんは訝しみながらも、己が主人に守れと命令されたあたしの言葉に従って、すぐにその場から飛び立ってくれた。

 

「おいブロック!

 その船は、人間たちの大事な物だそうだ。

 返してやりなっ!!」

「ブローム」

 ヒムの言葉に、不思議な言葉で返事をしながら、船を担いでいた城兵(ルック)が、ごく軽い動作でそれを()()()()()

 それは勇者たちの頭上を通り越して、周囲の建物を粉々に砕き、更にそれ自身もその衝撃で破壊されて、周囲に破片と石塊が降り注ぐ。

 更に見た目からして軍艦然としていた大型船が搭載していた大砲の、砲弾の火薬に火がつき、爆発による火柱が、それが落下した周囲で次々と発生した。

 少し離れたところまで飛んで避難してきていたあたしたちの方にも、その爆風は届いてくる。

 

「助かったぁ…間一髪」

「クワァ…」

 あたし達は難を逃れ、あと少なくとも勇者パーティーは無事の筈だ。多分。

 

 ☆☆☆

 

 積載していた火薬に火がついたベンガーナ製の超豪華大型船は、あっという間に大破して炎上し、周囲に爆発の連鎖を起こしている。

 負傷して倒れていた者たちは受け身も取れずに吹き飛ばされて、その身にダメージを重ねられており、放置すればその命が尽きるのも時間の問題だ。

 手の届く範囲内にいる者にホイミをかけ、体力の回復だけ先にしておく。

 わたしやヒュンケルは装備のお陰でここに平然と立っていられ、またパプニカの法術で編まれた布地の服を身につけているダイやポップも特にダメージは受けないようだが、クロコダインやマァムには若干堪えるようなので、2人とついでにダイが一生懸命その身で庇っているノヴァにも、個々に薄皮フバーハを纏わせた。

 それから、インパスを唱えて周囲の状況を確認する。

 あの金属人形どもは、元いた地点から一歩も動いてはいないようだ。

 この炎に乗じて攻撃をしてこられたら厄介だと思ったが、これはこれで舐められてる気がしてならない。

 

「くそっ!!よくもみんなの船を!!!」

「…しかもバカ笑いしてるし。ムカつく」

「……いや!船はやられちまったが、こいつは逆にチャンスだ!!」

 言うや、ポップは立ち上がると、火柱の向こうに影だけ辛うじて見える奴らの方に身体を向け、手にしていた新しい杖…これはどうやらわたしがリリィを迎えに行ってる間に、今着てる服と共にレオナ姫から渡されたものらしい…を、手放して構えをとった。

 爆発による熱風と、ポップ自身の身体から高まる魔法力が、彼の纏うマントを舞い上げる。

 

「この爆炎が、おれたちを包み隠しているうちに、おれの極大呪文で、一気にケリをつけてやるぜっ!!!!」

「極大呪文…奴らのオリハルコンの身体に、呪文ではダメージを与えられないのでしょう?」

「並の呪文ならな!こいつは別さっ!!

 何せ、大魔道士マトリフ直伝、最強にして最恐の切り札だ!!!」

 ポップはそう言うと、構えた両掌の上に、左右で異なる魔法力を集中し始めた。

 否……一見異なるように見えるが、それはエネルギーのベクトルが逆であるだけで、基本は同じ質のものだ。

 けど、楽器などの演奏者が左右の手で違う動きをする為には訓練が必要であるように、真逆の方向性のエネルギーを同時に操るなんて、地味に高等技術よコレ!!

 一見ひ弱なこの少年が、既に並の魔法使いではない事を、この時点でわたしは実感したが、そんなものが序の口である事を知るのは、もう少し後の話になる。



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35・武器屋の娘も参加する

 右手にヒャド、左手にメラの呪文を乗せたポップの両腕が重なり、それに伴いふたつの相反するエネルギーも重なって、光の矢のような形をとる。

 その状態から更に魔力が高まって…これは……まさか!!

 

「…おお、燃えねえ燃えねえ!

 さすが法術で編んだ服だ、ありがてえや…!」

「すごい!どんな魔法力なのかわからないけど…!!!」

「…ダイ、わたし達伏せていた方がいいわ!!

 ヒュンケル、マァム、クロコダイン!

 今、こっちに近づかないで!!」

 ポップが紡ぎあげるその力の正体に気がついて、わたしはダイに注意を促すとともに、少し離れていて、今いる位置が把握できない他の3人にも呼びかける。

 

「…話が早くて助かるぜ、オネーサン。

 こいつは、敵を一瞬で消滅させちまうエネルギーだ。

 ハンパじゃねえ威力があるからなっ!!」

「…やっぱり『ゼロ』のエネルギーなのね!?」

 そして、ポップの言葉によってより確信を深めたわたしが思わず問いかけた言葉に、ダイが反応する。

 

「グエン、知ってるの?」

 見上げてくるダイの問いに、わたしは頷く。

 

「知っているというか…魔法学の世界では何度もテーマにされていたものの、同じ術者が正反対のエネルギーを全く均等に、しかも同時に操る技術が必要とされ、理論上は可能でも実現は不可能とされていたものよ。

 それが、まさか実在したなんて……!!」

「へっ…へへっ。

 聞きたきゃ、後でゆっくり話聞かせてやるよ…。

 奴らを吹っ飛ばしたらな…!!!」

 不敵に笑いながらそんな軽口を飛ばすポップだが、喋りながらだとちょっと集中が辛そうだ。

 それに見た感じだと、ほんの僅かだがヒャドを出していた右手、つまりマイナスのエネルギーが弱まる瞬間がある。

 確かにポップは炎系の攻撃呪文の方が得意だ。

 潜在的に魔力が強い為、ヒャドひとつとっても並の魔法使いのヒャダルコより威力があるのだが、いいところで詰めの甘い部分があった筈だ。

 ある程度強く意識しないと、バランスが保てないのかもしれない。

 …そういえば、合流した時に着ていた服の、右手の肘から先の部分がやけに煤けていたんだった。そういうことか。

 ならばこれ以上話しかけるのはやめて、事態を見守ろう。

 と、ポップが構えてる炎の壁の向こうから、こちらへ進んでくる影が見えた。

 形や大きさからすると、どうやら最初に会ったヒムという奴らしい。

 リリィはうまくあしらっていたようだが、相当血の気の多そうな性格をしていたし、こちらが出てくるのを待つのに焦れたのかもしれない。

 

「…悪ィな!

 まだてめえらの名前と(ツラ)も一致してねえが…これで終わらせてもらうぜっ!!!!」

 言ってポップが、光の矢を放とうとした、刹那。

 

「まだだ…まだボクは負けていない…っ!!!

 マヒャド!!!!」

 気を失っていると思っていたノヴァが立ち上がり、氷系最強呪文を、向かってくる影の方向へ放った。

 ちょっと、邪魔すんな!!

 起きたらまたややこしそうだったから、この子には敢えて回復呪文をかけずにいたのに!!

 

「い、いくら魔法が効かなくても一瞬は凍るはず!!

 そのときなら、我が剣でも砕ける…!!!」

 言ってる間に周囲の炎が、今のマヒャドにより鎮火された。

 炎の壁を切り裂いた冷気が、敵の姿を顕にする。

 

「今だあ──っ!!!」

 折れた剣に闘気を込めて、ノヴァが奴らに向かった瞬間…馬の顔をした騎士(ナイト)が、一歩前へ進み出た。

 甲冑のような胸の装飾が開き、その下から、少し色味の違う白銀の、盾のようなものが現れる。

 それが一瞬、周囲の冷気を…というよりは魔法力そのものを吸い取ったように、わたしの目には見えた。そして。

 

「うわあぁあっ!!!」

 一拍あと、吸い取られたそれは、わたし達の元に跳ね返ってきた。

 それを放ったノヴァが、主にその威力をまともに受け、吹き飛ばされた身体がポップに当たって、ポップの身体が傾ぐ。

 瞬間集中が乱れたのと、周囲に吹き荒れる冷気、即ちマイナスの魔力が、ポップの手の中のそれと混じって、持っていかれた。

 更にマイナスが高まることで、プラスの魔力も打ち消される。

 まずい。

 フバーハは属性攻撃はほぼ無効にするが、呪文に対しては完全な防御壁にはならない事を、先日パプニカでアポロくんと呪文についてディスカッションした時に教えてもらった。

 ある程度までは防ぐものの、その強度を上回る威力には耐えきれないのだと、そのおかげで彼はフレイザードに不覚を取ったと、少し悔しそうに言っていたのだ。

 呪文をまともに跳ね返されたノヴァは勿論のこと、クロコダインやマァムも無事ではいられまい。

 更に、ダイやポップは装備的に大丈夫だろうと判断して、それすらも施していなかった。

 ならせめてダイだけでも、わたしが抱き込んでいればなんとかなるかも…何せ、わたしの鎧は呪文効果完全無効。

 そう思って彼の方へ手を伸ばしたあたりで、わたし達の周囲の空間が数秒、完全にホワイトアウトした。

 ポップの作り出したゼロのエネルギーが消えた、その後の視界ゼロ。

 

 誰がうまいことを言えと。

 

 ☆☆☆

 

 そうだった。

 確かここ、ポップがメドローアを初披露しようとした場面で、ノヴァのおかげで不発になるけど、結果的には助かったってやつ。

 あのシグマという騎士(ナイト)は、呪文反射効果を持つ盾を所持しており、結果メドローアを持つポップの天敵になる。

 あたしはその事は知ってたけど、あたしがハドラーのところにいた時には、コイツとは顔を合わせていない為、『知らないはずの知識』であるその事実、口に出して言うことはできなかった。

 うん、決して忘れていたわけではない。決して。

 …えっと名前、なんたっけ。

 

『【シャハルの鏡】です』

 そう、それ!

 

『ふふん。ちなみに説明しますと、かつては祭祀に使用される神具であったものが力を得て魔具となった、ミスリル製の鏡でした。

 今はテランと呼ばれている国がカラカーンという神聖王国としてこのギルドメイン大陸を支配していたはるか古の時代、そこを襲って滅ぼしたジャミラスという魔王が、奪って魔界へ持ち去り、盾の形に作り変えたものです。

 ちなみにその後、ジャミラスは己の支配区域を拡大しようとして大魔王バーンに挑み、呆気なく撃退されています。

 その後、本来ならば処刑されていたところを気まぐれで罪一等減じられ、その器と力に心酔したジャミラスが、この盾を大魔王バーンに献上したそうで、その後悠久の時を経て、彼の宝物庫にしまいこまれていたそれは、オリハルコンの駒とともにハドラーへと下賜され、ハドラーが自身には必要ないと騎士(ナイト)に与えたもののようです。

 ところで、そのジャミラス本人は今は既におりませんが、大魔王バーンへの忠誠を永遠に繋ぐという誓いのもと、彼の名は子孫に代々受け継がれているようです』

 そーなんだー(棒)

 てゆーかテランがもと大国だったとか初めて知った。

 もっとも、今くらい寂れた国になったのは、今の王様が武器や道具の開発禁止令を出して以降の話だから、その前は森の恵み豊かな、穏やかで暮らしやすい国だったと聞いてる。

 うちの村の狩人のソーケッツさんとその甥のハック、あとジンジャーの御両親もテランの出身だ。

 なんでもベンガーナで未曾有の大不況が起きた後、今の王様に代替わりして急激にそれが持ち直し、隣国であるテランにも物流が盛んになると共に、商人とテラン国民の間の諍いが目に余るようになった末に、この法令が出されたのだとか。

 …まあ、今はそんな事はどうでもいいわな。

 とりあえず上空に逃れたあたしとガルーダさんは影響を受けずに済んでるけど、地上は局地的に猛吹雪。

 ほぼ爆心地のノヴァとダイやポップ、あとグエンさんの姿はほぼ見えなくなり、眼下でクロコダインがマァムを自身に引き寄せている。

 この状況から身を呈して庇おうというのかと思っていたら、

 

「唸れ、真空の斧ッ!!!!」

 という声と共に、二人の身体に襲いかかり凍りつかせんとする吹雪が、その半径1メートルくらい手前で止まって渦を巻いていた。さすが!

 その側でヒュンケルさんが平然として立っているのは、言うまでもなく身につけた鎧の魔剣の効果。

 姿は見えないが同じ理由でグエンさんも、この攻撃にはノーダメージだろう。

 なんて思っていたあたりで、全員の姿が局地的吹雪に包まれて見えなくなった。

 そして数秒のち、吹雪が晴れると、全員が元いた場所から動かずにそこにいた。

 …否、ダイとポップに至っては、『動けない』が正しいようだ。

 ゲームのドラクエではシステム上、呪文の効果にダメージ以外のものはなかったが、この世界の呪文には、使い方次第でダメージ以外にも付帯効果をつけることが可能なのだ。

 例えば、今クロコダインが真空の斧で再現したバギには、空気流を利用したバリヤー効果。

 ヒャドには物体を凍りつかせてその活動を停止させる効果といった感じの。

 まあ、付帯効果というよりは応用の範囲なのだろうが。

 そんなわけでダイもポップも、ダメージはさほど受けていないようだが、足はしっかり地面に固定されて、身動きが取れない状態らしい。

 ポップに至っては地面に手をつけていたから、そこから既に動かせない。

 グエンさんは…あ、足上げて氷を踏みつけた。

 それからポップに駆け寄って、握った槍で突いて氷を砕こうとしてる。

 氷…そういえば魔弾銃(まだんガン)の弾丸の中に炎系のがあったような。

 メラゾーマ…は強力すぎるか、ベギラマにしておこう。

 どっちにしろ、もう少し近づかないと、あたしの腕ではせっかくの呪文を無駄にしかねないな。

 

「なんてこった…呪文が効かないだけじゃなく、跳ね返せる奴もいるなんて…!!」

「いかにも!

 このシグマの胸に隠された“シャハルの鏡”は、受けた呪文をそのまま敵に反射する、究極のアイテムだ!

 そして同時に、究極の盾にもなる!!!」

 胸からその『シャハルの鏡』を取り外したシグマは、そう言ってそれを腕に装着する。

 表情はわからないまでも、多分アイツなりにすっごいドヤ顔なんだろうなと、ガルーダさんを徐々に降下させながらあたしは思った。

 

 ☆☆☆

 

「これで極大消滅呪文(メドローア)をうかつに撃てなくなった…だがケガの功名だ。

 ノヴァが先走りしなきゃ全滅してた!!」

「おっかない話だこと…とりあえず基地に戻ったら緊急対策会議よ、ポップ!」

「生きて戻れたらな…って痛てッ!

 ちょ、グエン!!今掠った!

 とんがったトコ掠ったって!!」

「ちょっとくらい我慢なさい!

 わたしは僧侶よ!

 死にさえしなきゃ後で全回復してあげるわ!!」

「大雑把にもほどがあんだろ!!!」

 そう言うけど、今はポップを掘り出すのが先。

 呪文を使う際、口が動かなければ唱えられないのは勿論だけど、手を使わずに使用できる人をわたしは見たことがない。

 これもマトリフ様に言わせると『研究する者のないお題』だと思うのだが、多分発音が、砲で言うところの着火であるならば、手は砲門に当たるのだと思う。

 今ポップはこの手を掘りださなければ何もできない。

 逆に言えばこの場は、ポップの手さえ動かせれば、あとは彼がメラでも使って、氷を溶かせる筈。

 ダイは片手は動かせるみたいでしきりに自分の身体についた氷を割ろうとしてる。

 彼もメラは使える筈だけど、ポップと違ってダイは、この状態での魔力集中は難しいだろう。

 

「そうだ、ノヴァは……!!?」

 と、ダイがその名を呼んで初めて、この事態の原因となっている彼のことを思い出す。

 ポップの発掘に夢中で気付かなかったが、先ほど自分の呪文を真正面から跳ね返され、もろに浴びる事になった青年は、わたし達に向き合う位置に立つ、ヒムの腕に抱えられていた。

 

「ノヴァ──ッ!!」

 ダイの呼びかける声にノヴァは少しだけ反応を示す。

 しかしその身体は完全に凍りついているようで、指一本動かせぬまま、悔しげに流す涙すらまつ毛に凍りついてから、小さく音を立てて落ちて砕けた。

 

「いい勉強になったようだな!

 世の中上には上がいる…冥土の土産にそれを、よ〜く覚えておけ!!」

 …まずい。今一撃加えられたら、彼の身体は粉砕される。

 そしてヒムは今まさに、それを行おうとしている。

 だからといって彼を奪い返す為に攻撃して、手元が狂えば同じ結果だ。

 

「おまえの気持ちはよくわかるぜ…ぶざまに生き残るくらいなら、美しく死にたいよなぁ…?」

 言ってヒムは、上空にノヴァの身体を放り投げた。

 

「………あばよ!!」

「ノヴァ──ッ!!!」

「……だめだっ!!」

 これから起こるであろう惨劇に、少年たちが思わず目をそらす。瞬間。

 

「ぐあちゃちゃ〜ッ!!!」

 突然凄まじい熱気が立ち込め、凍りついていた全てを瞬時に溶かした。

 たまらずポップが悲鳴をあげる間に、氷が一気に水蒸気となり、白い霧が再び視界を白く閉ざす。

 

「なにっ!!?」

 放り投げたノヴァを追いかけて飛ぼうとしていたヒムが、突然のことにその場に立ちすくむ。

 その瞬間を、彼が逃す筈がなかった。

 

「ブラッディースクライド!!!」

 ヒュンケルの鋭い剣の突きが、ヒムの額を貫く。

 その勢いのまま、ヒムの身体が弾き飛ばされた。

 

「…おしゃべりな小僧だが…一つだけいい事を言った。

 そうだ、上には上がいる…!!!」

「ヒュンケル…!!」

 更にその後ろから、クロコダインとマァムがようやく駆け寄ってきて、ダイが身体にまとわりついた氷のかけらを振り落としながら声をかけた。

 

「ありがとう、クロコダインが氷を溶かしてくれたんだね!」

「いや、オレじゃない。

 オレはあっちで倒れている負傷者たちが凍死しないよう、焼けつく息(ヒートブレス)をかけて回っていたら、こっちへの対処が遅れた。

 ……どうやら、あいつらのようだ」

 そう言って、クロコダインが見上げた先に、大きな鳥の姿があった。

 間違いなくクロコダインのガルちゃんだ。

 その大きな爪が、ノヴァの身体を掴んでいる。

 うん、相変わらず賢い。

 

「…すいませ〜ん。

 あたし、ガルーダさんがベギラマ使えるって知らなくて〜。

 あたしが魔弾銃(まだんガン)で撃ち出すのとほぼ同時にガルーダさんもベギラマ吐いちゃって、ダブルになっちゃいましたけど、皆さん無事ですか〜?」

 その上から聞こえるのは、間違いなくリリィの声だ。

 ガルちゃんは確かに賢くておとなしいが、それにしたってリリィは順応力高すぎじゃないだろうか。

 …ひょっとしたらあの肝の太さをハドラーに見込まれたと思ってしまうのは穿ち過ぎか。

 本人は必死に否定していたが、リリィは魔王の花嫁になっても自分を貫いて生きていけそうな気がする…というか、今のハドラーはともかく以前のハドラーくらいなら普通に尻に敷いて、いっそ人類初の魔王として君臨するかもしれない。

 

「おお、割とマジでこんがり炙り焼かれるかと思ったわ!!

 けど助かったぜ、サンキュー!」

「…ありがとう、リリィッ!!」

 はっ。いかんいかん、わたしは何を考えている。

 ここは戦場だ、気を引き締めていかないと。

 

 ☆☆☆

 

 ガルーダさんを降下させ、ノヴァの身体を地上に下ろしてから、あたしもガルーダさんの背から降りる。

 グエンさんが駆け寄ってきてノヴァの身体の状態をひと通り見てから、凍傷で色が変わってしまった頬に手を触れた。

 

「…とりあえず、魔法力はできる限り残しておきたいから、今は傷の治療だけ。

 体力の回復は、戦いが済んでからね。

 ……ベホイミ!」

 一瞬、ノヴァの身体をオレンジ色の光が包み込み、それが吸い込まれるように消える。

 離れた手の下の顔と、他の部分にも、もはや凍傷の跡など一片も残されていない。

 

「おお〜」

 覗き込んでぱちぱち手を叩くと、何故か頭を撫でられた。

 

「悪いけどリリィ、この子頼むわね。

 …ガルちゃんは引き続きリリィの護衛よ!」

「クワァ──ッ!」

 そう言い置いて、グエンさんが仲間たちの元へと戻る。

 …『この子』というのはやはりノヴァのことだろうな。

 改めて近くで見ると、綺麗だけど幼さの抜け切らないその顔は、やはりあの時の『お兄さん』に間違いない。

 

 一方、そちらでは、改めて勇者パーティーとオリハルコンの親衛騎団が、一通り揃って向き合っていた。

 ヒュンケルさんの攻撃を受けて、吹っ飛ばされて膝をついていたヒムも、ゆっくりと立ち上がって、勇者パーティーを睨みつける。

 額の真ん中に刻まれた亀裂を押さえていた手を外し、現れたその表情には、さっきまでのどこか遊ぶような余裕の色はなく、怒りを押し殺したような感情が窺えた。

 

「…見ろ、ダイ!!

 額をブチ抜かれても死なない…やはりあいつらはフレイザードと同じなのだ。

 禁呪法で生み出された金属生命体…!!

 “(コア)”を見つけ出し、オレたちの空の技を決めれば、倒せるという弱点もあるはずだ!!」

 …うん、ヒュンケルさんはグエンさんが絡まなければ、ちゃんとシリアスキャラでいられるようだ。

 そのヒュンケルさんの言葉に、ダイがハッとしたように頷く。

 

「そうかっ!!

 奴らの急所を探し出せば…」

「探す必要などない!!!

 オレたちの(コア)はここだっ!!

 おまえら人間と同じ位置よっ!!!」

 そんなダイの言葉を遮るように、ヒムが己の胸を示しながら高らかに宣言した。

 

「バッ、バカかあいつ!!?

 自分で弱点バラしやがった…!!」

「…そうでもないわ。考えてもみてよ。

 フレイザードの時と違って、(コア)が単独で晒される事はまずない。

 つまり、まずあのオリハルコンの外殻を砕いて、(コア)を露出させると同時に、空の攻撃を当てなければならないのよ?

 それに奴らだって止まっているわけじゃない。

 弱点を突くとか、言うほど簡単な話じゃないわ」

 ポップが驚きに呆れを含んだような声で言うのに、グエンさんが冷静に答える。

 

「その通りだ。

 当たらなければ効果がないのも、おまえたちの急所と同じ。

 それに、隠したところで、そいつの目があればいずれは暴かれるからな。

 …いや、既に知っている、か?」

 ヒムに顎をしゃくるように示された方向を、皆が反射的に見やった。

 その視線の先に……ああ、そうだよあたしだよ!

 ちょ、いきなりあたしに話を振るな!!

 めっちゃコメント求められてる空気に耐えきれず、あたしは渋々口を開く。

 

「……弱点、というほどの弱点ではないかなー、という程度には。

 凡そグエンさんが言った通りで、むしろ『その方法以外で倒す事は不可能』くらいの認識の方が間違いないかと思われます」

「…て事だ、残念だったな」

 あたしの言葉でヒムがドヤ顔してるけど、いや、この流れおかしいから絶対。

 てゆーかそのヒムの後ろで『フフフ、さすが我が母上!』『いやおまえ黙れ』という僧正(ビショップ)騎士(ナイト)の会話が聞こえた気がするが気のせいだと思う事にする。

 

「さあ、ここからが本番だぜ!

 オレの超金属(オリハルコン)身体(ボディー)を見事ブチ抜いた褒美に、見せてやろう!!

 我らハドラー親衛騎団の真価をなっ!!!」

 そう言ったヒムの引き締まった表情が、一瞬彼らの主人(あるじ)と重なって見えた気がした。




実は一番書きたいシーンに、まだたどり着けないのです。
一万字越えたくないので、一旦ここで切る。

そして相変わらずネタ入れてます…
冒頭のポップとグエン、ダイの会話を
そばでもしリリィが聞いていたら
「いやなんだその
イケメンが戦ってる後ろで解説する
ドジョウヒゲみたいなセリフ」と
あくまで心の中でつっこむことでしょうw


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36・武器屋の娘は戦慄する

 勇者パーティーと、オリハルコンの親衛騎団。

 両者が距離を置いて睨み合う。

 触れたら切れそうな気迫がその空間に満ちて、改めて自身の存在の場違い感に、『そんじゃまた』とでも言って帰りたくなった。

 あたしの不安が伝わったものか、あたしとノヴァを隠すように傍についているガルーダさんが、喉でくるくる鳴きながら頭をあたしの肩に擦りつけてきた。

 その首筋を掻くように撫でてみる。

 むむ、これはなかなかに癒される感触だ。

 外側の羽根は少し固いが、その下の羽毛はふわふわで。

 そのふわふわが懐いてくるとかもう。

 うむ、愛いやつよのう。もそっと近うよれ。

 むふ、むふふふふふふっ。

 

「うっ……!」

 と、ガルーダさんとあたしがふわふわを通じて魂の交流を深めてる間に、完全に存在を忘れていたノヴァが呻いたのに気付いて、慌てて傍にしゃがんで、その様子を窺う。

 火傷とか他の傷はグエンさんが治療してくれたから痛みとかはない筈だけど、体力は回復させていないようなので、目が覚めてもすぐに動けはしないだろう。

 長いまつ毛が震え、瞼がゆっくり開く。

 その下から現れたダークグレーの瞳が、次第に焦点を結ぶように、あたしを捉えた。

 薄い唇が開き、掠れた声を紡ぐ。

 

「…………………天使?」

 …どうやら、まだ目を覚ましてはいなかったようだ。

 寝ボケに付き合ってはいられないので、中断されたふかふかの堪能に戻るべく、あたしは立ち上がってノヴァの傍から離れた。

 

「え?いやちょっと」

 あれ?やっぱり起きてる?

 うーん、若干めんどくさいなコイツ。

 

 ☆☆☆

 

「恐ろしいまでの自信だな、あいつら…!!!」

 深く息を吐くようにクロコダインが呟き、わたしも頷く。

 

「…なんのっ!!

 今まで戦い抜いてきたおれたちのチームワークが、あんな人形どもに劣るもんかいっ!!!」

 だがそれに答えたポップの言葉は、わたし達全員に勇気を与えるものだった。

 この子は、パーティーにおける『魔法使い』の立ち位置を、無自覚ながら身につけてきている。

 ただでさえここのところのポップの成長はめざましいものがあり、その自信が彼の言葉に、より説得力を与えてきているから、もはやこのパーティーの中に、彼の司令塔としての能力を疑うものなど居ない。

 

「マァム!!

 あの馬の(ツラ)した野郎をなんとか片付けてくれっ!!!

 あいつの呪文返しさえなくなりゃ、奴らを一気に吹っ飛ばせる、おれの極大呪文が使えるんだ!!!」

「わかったわ!!」

 その彼の成長を、少し離れていた時間がある分、より強く感じているであろうマァムが、ポップの指示に頷いて構えを取る。

 

「…オレは、あのデカイ奴をやる!!!」

「なら、わたしはあっちのとんがった方を」

 わたしとクロコダインもそれぞれの分担を決め、ポップに申告する。

 わたしが担当を決めたアイツは、先ほどリリィの子だと主張していた奴だ。

 どういう状況なのかはまったくわからないが。

 

「…さっきの話だと、ボスはあの一番小さいのだな?」

「そうだね、ハドラーはまだいないようだから、あの女王(クイーン)がリーダーの筈だ……ちっちゃいけど」

「聞こえてますよ!」

 そしてダイとヒュンケルの間で交わされた会話に、例のアルビナスと名乗った女王(クイーン)がツッコミを入れた。そして。

 

「アルビナス。オレはあの鎧の男と…」

「ちょ、ムカつく!

 ヒム、あなたは勇者ダイを攻めなさい!!

 それが現時点で最良の采配です!」

「いや、奴の額も同じように…てゆーか普通に私的感情入ってんだろ!?」

「それはあなたも同じです!

 ハドラー様に言いつけますよ!!」

「子供かッ!!?……いや、なんかもういい」

 いや待て。

 気がつけば若干アレな会話があちら側で成されており、一通りの打ち合わせが終わったあたりでわたし達は攻撃の瞬間を待った。

 タイミングを間違えたら、途端に形勢が不利になる。

 この場に立っている者全員が、それを肌で理解していた。そして。

 

 パキン………!!

 

 それは、先ほどのリリィとガルちゃんが放ったダブルベギラマの範囲外で、溶け残った氷の塊がそろそろ溶け始めて、欠片が地面に落ちた小さな音だった。

 それを合図にしたように、全員が動き出す。

 勇者パーティーのうち、一番俊敏性の高いマァムが、やはり一番最初に騎士(ナイト)へ急襲した。

 

「アバン流牙殺法・潮竜撃(ちょうりゅうげき)!!」

 それはスピード特化の、『海』の技。

 風よりも速い一撃に、シグマと名乗った騎士(ナイト)が、衝撃波を躱すと同時にマァムの姿を見失い、振ったランスが空を切る。

 その大振りを掻い潜って肉薄したマァムは、シグマの手首を掴んで極めてから、彼女より一回り以上大きなオリハルコンの戦士を、軽々と背負い投げた。

 

「…しょうがねえ!

 こういう時には、気持ちをキリッと切り替えるのが大事だぜ!!

 オレは……勇者をやるッ!!!!」

 一拍遅れて、ヒムがダイヘと突進する。

 

「オオォォォオッ!!!!」

 クロコダインが、雄叫びを上げながらブロックと呼ばれた城兵(ルック)へ戦斧を振るい、わたしはその背中と同時に自分にもスクルトをかけてから、自身の敵に向き直った。

 

「…ワシの全身は、8割以上が刃物だ。

 その美しい肌に傷をつけたくなければ、迂闊に触らん方がいいぞぉっ…!!」

 とんがった右手をチキチキ鳴らしながら、フェンブレンと名乗っていた僧正(ビショップ)が表情の判らない顔で笑う。

 なるほど、いわば生きたオリハルコンの剣ってわけね。

 わたしはまだ遭遇した事はないのだが、以前カールの図書館で読んだモンスター図鑑に、『人食いサーベル』というモンスターが載っていたのをふと思い出す。

 スクルトをかけていて良かった。

 

「私の相手は、あなたですか?」

「…貴様、女か?

 ならば、いかに魔物とはいえ、生命(いのち)までは奪いたくないが…」

 そしてヒュンケルが、なんだかやけに甘い事を言いながら、アルビナスと名乗った女王(クイーン)の前に立っている。

 一見少女のようなあの姿を見れば気持ちはわからないでもないが、これは後でツッコミを入れておこう…などと考えて一瞬気を逸らした次の瞬間、目の前のフェンブレンの姿が消えた。

 ………いや、違う!

 わたしが事態を把握した時には逆立ちしたフェンブレンの両脚が、地面の下へと消えていくところだった。

 

「…インパス!……って、速いっ!!!」

 

 ☆☆☆

 

「私はただの駒ですから、性別なんてありませんよ。どうぞ、御遠慮なく♪」

 オレの問いに、何ら逡巡を見せる事なく女王(クイーン)が答える。

 

「…いい度胸だ!

 だが、少々オレたちを見くびっているようだな!!

 兵士(ポーン)というのは最弱の駒のはず…!

 それをダイにぶつけて、食い止められるとでも思っているのか?」

 さっきオレが額をブチ抜いてやったヒムという兵士(ポーン)に、ダイの方へ行くように指示を出していたのはこいつだ。

 

「…あら?失礼ながら、チェスというゲームをよく御存知ないようですね、あなた。

 駒には力の優劣も上下関係もありません。

 単に能力の方向性が違うだけです。

 なので必ずしも兵士(ポーン)が、女王(クイーン)より弱いとは限りませんよ?

 使い方次第では兵士(ポーン)一個で、あっさり局面がひっくり返される事も、決して珍しくはないのですから。

 相手の能力を考え合わせて適材適所に駒を当て、敵軍の進撃を食い止めるのが、チェスに求められる基本戦略。

 ……そう、あのように」

 女王(クイーン)の視線の動きを思わず追ったオレの目に、ダイに拳を浴びせるヒムが映った。

 それになんとか耐えたダイが、その拳の一瞬の合間に空裂斬を放つも躱され、あまつさえそれを放ったナイフの上に、ヒムは立っている。

 驚いたダイが一瞬固まったのを見逃さずヒムは蹴りを一撃放ち、更に間髪入れず、拳のラッシュを浴びせた。

 

「オラオラオラオラッ、オラァッ!!!!

 どうした、その背中のごっついのはただの飾りか!?」

 絶え間なく繰り出されるオリハルコンの重い拳は、ダイの小さな身体にダメージを蓄積させていく。

 ダイの剣が抜けたとしても、あれほどに距離を詰められては、その隙すらないだろう。

 

「ヒムは、相手と距離を詰めての格闘戦なら天下無敵!」

 

 自身の采配の結果に満足したかのように女王(クイーン)は、別の場所に視線を移す。

 重い音と振動が遠くない場所から伝わったかと思えば、城兵(ルック)と戦っていたクロコダインが、その足元に倒れていた。

 

「ブローム」

 奇妙な声が城兵(ルック)から発せられると同時に、その大きく重い足が、クロコダインを踏みつける。

 

「ブロックの武器は、その圧倒的な(パワー)!!

 彼の突進は誰にも止められず、立ちはだかる敵は、ただ踏み散らされるのみ!」

 

 そうして、また視線により示された方向では、振るわれるマァムの拳を、騎士(ナイト)が腕の盾で受け止めていた。

 元々力は強い方であったようだが、武闘家として修業を積んだマァムはスピードや身軽さが抜きん出ており、その彼女の攻撃をこうして捌いているだけでも瞠目すべきだというのに、騎士(ナイト)はあっさりその上をいっている。

 

「…人間でここまでの力とスピードを身につけるとは、見上げた努力よ…!!」

 この騎士(ナイト)の動きと呪文反射の盾を封じる事こそがこの勝負の鍵となる為、まず攻撃の間合いをとり直そうとしたマァムの、その動きに騎士(ナイト)は並走する。

 一瞬驚いたもののそこに攻撃を加えようと振りかぶったマァムの拳が空を切り、その姿を見失った。

 次の瞬間、頭上からのランスの攻撃が、マァムの服の肩口を切り裂く。

 

速度(スピード)と跳躍でシグマと勝負するのは、天馬でも不可能!」

 

 更に女王(クイーン)の視線は別方向へと向かい、そこにはグエンが槍を振りかぶり、地面へ突き立てる姿が見える。

 

「……そこだッ!!!」

「正解だ!だが、避けきれまいッ!!?」

 回転しながら地を割って現れた僧正(ビショップ)がグエンに襲いかかり、避けようとしたグエンの盾の、突起が一本切り裂かれて、落ちた。

 

「くッ!!」

 どうやらその下の肌にも傷がついたようで、一瞬その傷を押さえて、表情を歪める。

 どうやら回復呪文を使ったようだが、その間に僧正(ビショップ)はまたも、地中にその身を沈めていた。

 

「フェンブレンは神出鬼没!

 神ですらその動きを予想する事は出来ない!」

 

 そうして、仲間たちの戦いを一通り見回した、その視線が、オレへと戻ってくる。

 

「そして…彼らの行動を統括するのが、女王(クイーン)であるこの私です!!

 …どうです?ここはどうやら、私たちの布石の方が、圧倒的に有効なようですよ?」

 挑戦的に見上げるその顔に、妙な既視感を覚える。

 その奇妙な感覚を振り払うべく、オレはそいつに向けて剣を振るった。

 

「ならば、この場で最強の駒である貴様を倒すのみだっ!!!」

「あ〜、ここまで聞いてもまだ、私を最強とか言っちゃいますかぁ」

 オレの渾身の一撃ならば、当たればオリハルコンといえど砕けるのは、先ほどのヒムで実証済みだ。

 だが、女王(クイーン)は軽い口調でそう言いながら、オレの攻撃を悉く躱してみせる。

 こいつ………!!!

 

「…そう思っていていただいて結構です。

 言っておきますが……私は、かーなーりー!

 ……強いですよ♪」

 そう言ってオレを見上げた女王(クイーン)の不敵なほほえみは…その表情が、驚くほど、リリィに似ていた。

 

 ☆☆☆

 

「こいつはやべえぞ…敵さんのペースだ…!!」

 離れた場所から仲間たちの戦いを見渡しながら、ポップが呟く。

 なんだかんだでポップの呪文が一番の決め手になるのは間違いないが、それもある程度敵がひとかたまりでなければ無駄になる為、現時点では手が出せずにいるようだ。

 

「ヒマなら、ワシが遊んでやろうか!?」

 と、聞き覚えのある声が予期しない方向から響き、ポップが自分の後ろを振り返る。

 同時にあたしの『タカの目』が自動展開し、フェンブレンが地中を、手の刃物をドリル状に回転させて掘り進んでいるのが見えた。

 

「ポップ、飛んで!!」

「ッ!!?」

 あたしの思わず発した声に、ポップが反射的に飛翔呪文で上空へ飛ぶ。

 瞬間、それまでポップが立っていた場所に、土を割ってフェンブレンが現れた。

 

「うわああっ!!!」

 その刃物ドリルが危うく足先を掠めるところを寸でで回避したポップが悲鳴を上げる。

 そこへ。

 

「待ちなさい!!

 アンタの相手はわたしよ!海鳴閃ッ!!!」

 キン!と空気の摩擦のような音を立てて、グエンさんがフェンブレンへ向かう。

 真っ直ぐな突きがフェンブレンの肩口に当たり、ヒュンケルさんのように貫く事はできなかったものの、肘から先のドリルの動きが止まった。

 

「虚空閃!!」

 更に間髪入れず、グエンさんが、彼らに対する唯一の決定打を放つ。が、

 

「グフフ、非力非力!

 その程度の威力では、ワシのオリハルコンの身体(ボディー)を貫き、その下の(コア)に闘気を当てる事は出来んぞォッ!!」

 威力不足。再三指摘されていたグエンさんの課題が、この場に及び一番大事な場面で顕れてしまう。

 どうやらこの方法でオリハルコン戦士を倒せるのは、ダイ、マァム、ヒュンケルさんの3人だけのようだ。

 マァムが加わってるだけでも原作よりはいくらか有利な状況だが。

 そして、フェンブレンの斬撃の軌跡が逆袈裟状に、グエンさんの身体の真正面から描かれ、その軌跡を一瞬、青い光が包む。

 その青い光に弾かれるように、グエンさんの身体が後方へ飛ばされた。

 

「くはッ!!!」

「小癪な…スクルトの防御膜か!

 本来ならその身体、鎧ごと真っ二つに切り裂いていたものを…!!」

 などとフェンブレンが、相変わらず感情のわかりにくい顔で、悔しげに呟いたが、したたかに地面に身体を打ちつけたグエンさんの鎧には、一筋の刀傷が刻まれている。

 

「グエン、無事かっ!!?」

「降りてくるんじゃないわよ、ポップ…!」

 どうやら致命傷は避けたものの、まったく無傷というわけにはいかなかったようで、グエンさんが立ち上がりながら脇腹に当てた手の指の間から、あたし達と同じ赤い血が滴って落ちた。

 その手から僅かにオレンジ色の光が放たれており、どうやら回復呪文で治療を行なっているようだが…痛みのせいなのか、集中がうまくいかないっぽい。

 そしてその間にフェンブレンは、また地中へと潜っている。

 

「グエン!!」

 そして、その光景がどうやらダイの目にも届いていたようで、彼女を呼ぶ声が悲痛に響くも、

 

「他人の心配をしている場合じゃないぜっ!!!」

 と、どこか楽しそうに拳の連打を浴びせてくるヒムに、ダイは防御すらままならずにいる。

 

「くそおおお──っ!!!!」

 叫びながらほぼ苦し紛れに、ダイは背負った剣に手をかけた。

 その動きに、一瞬の警戒を見せたヒムがダイから離れる。

 だが、相変わらず精神波長の合一化が未完了であるダイの剣は、自分の出番ではないとばかりに、頑なにその封印を解こうとはしなかった。

 

「……フン。期待させやがって」

 剣が抜けないのを見て取り、ヒムが呆れたように呟く。

 

「使えない武器など偉そうに提げてくるなああっ!!!」

 ちなみに先生との戦闘訓練の間も、この剣は一度も抜けた事はない。

 自身の限界と相手の力を見極め、本当に正しく力を揮えるところにダイの精神が追いついて、初めて剣とダイの心がひとつになる。

 訓練の間、先生はその辺を教えようとしてきたのだが、最後の修業の日にそう説明しても、ダイ的に実感が伴ってはいない様子だった。

 こういう事は言葉で説明できる事じゃない。

 本人が感覚で理解するしかないわけで、だからあたしもその辺は、口出さずにそのまま見守ったし。けど…。

 

「落ち着いて、ダイ!!

 剣が抜けない、まだ出番じゃないと判断したという事は、あなた自身がまだ全力ではないという事!

 全力で戦えば、絶対勝……!!?」

 先生もいない事だし、ヒントにでもなればと叫んだ言葉が途中で止まる。

 またも勝手に展開した『タカの目』が、地中を進むフェンブレンを捉えたからだ。

 

「ノヴァ、逃げて!!」

「えっ!?」

 突然振り返って告げたあたしに一瞬ノヴァは固まり、ガルーダさんがその身体を掴んで飛ぶ。

 次の瞬間、ノヴァのいた場所に回転する刃が突き立ち、とんがったオリハルコン戦士が土の中から現れた。

 

「母上っ!!お会いしたかったですぞおぉっ!!!」

「んぎゃあああああっっ!!!!」

 そしてあたしの姿を視界に捉えたフェンブレンが、その両腕をあたしに伸ばしながら向かってきて、あたしは乙女にあるまじき悲鳴をあげた。

 

「はっはっはっ、前にも言った筈ですぞ!

 我が(やいば)が、母上の身を傷つける事はないと!

 …その柔らかな肉に(やいば)(うず)め、この世に生まれたあの日の如く、そこから流れた血を全身に浴びる事ができたなら、それはどれほどの甘露であろうかと思いはしますが、な……!!」

 何そのヤバイ発言!!

 放置したらマザコン拗らせてヤンデレ化するとか、どこまで変態なんだお前は!!

 

「てめえ、リリィに触んなッ!!」

 思わず逃げ出したあたしとそれを追いかけるフェンブレンの間に、上空に避難していたポップが降り立つ。

 

閃熱呪文(ギラ)ッ!!!」

 だが、当然オリハルコンの身体にそんなただの呪文がダメージを与えることなどなく、ポップのギラは明後日の方向に弾かれて消えた。

 

「無駄無駄ッ!!

 ようやく叶った母上との逢瀬の邪魔はさせん!!

 せめて『痛い』と感じる前に、その首、飛ばしてくれるッ!!」

 しまった。

 あまりの気色悪さに反射的に逃げてしまったが、ヤツに捕まったところであたしにダメージはないのだから、一旦捕まっといて後で考えるんだった。

 人質とかの卑怯な真似はこいつらの好まないやり口なのだから、あたしが捕まったところで、ポップ達が戦いにくくなる事はないし、少なくとも今こうしてあたしを庇おうとしたポップが、生命の危機に陥る事態は避けられた筈だ……!

 他の仲間たちは、それぞれ自分の相手に手を取られており、助けに入る余裕がない。

 一見いい勝負をしているように見えるヒュンケルさんとマァムはその実、相手のアルビナスやシグマがほぼ本気じゃない状態で振り回されてるし、ダイは相変わらずヒムのタコ殴りから抜け出せずにいるし、グエンさんはまだ傷の治療中。

 クロコダインに至っては、ブロックにアルゼンチンバックブリーカーかけられてるし。

 

「うああっ、こ、こっち来んな!!」

「ポップ──ッ!!!」

 フェンブレンの腕が、今まさにポップに向かって振り下ろされようとし、思わずそちらに駆け出そうとしたあたしの身体が、誰かに抱きすくめられて止められる。

 同時に肩越しに白い光が(はし)り、それがフェンブレンの刃の腕に、一瞬だけ突き刺さって、落ちた。

 それは投擲用の細身のナイフ。

 うちの店でも扱ってますので、御用命の際は是非、ランカークス村のジャンクの武器屋へ。

 

「ノヴァ!!!」

 ポップの声に、一瞬明後日の方に飛ばしていた意識を慌てて戻す。

 それからあたしを背中から抱きすくめている腕の主を見上げて初めて、ポップがその名を呼んだ青年であることに気づいた。

 傷は治療されたものの体力は回復されていない彼は、それでも片腕にあたしを抱きとめたまま、もう片方の手で服の内側から、同じデザインのナイフを取り出す。

 どうやら闘気を込められたらしいそれは、先ほどと同じようにフェンブレンへと放たれ、フェンブレンはそれを弾き落とすべく、一旦ポップから離れた。

 その隙に、ポップがあたし達の方へと駆け寄る。

 

「キミの杖を貸すんだ!」

「いや、その前にうちの妹離せ!!」

 あたしの目線より上で交わされた会話のあと、あたしがノヴァの手から引き剥がされると同時に、交換のようにポップの杖がノヴァに渡される。

 ノヴァは受け取ったポップの杖に闘気を込めると、それを渾身の力で投げ放った。

 

「ぐっ…おおおおおお──っ!!!!」

 それが飛んだ先は、ダイに今まさにとどめの一撃を加えようと振りかぶった、ヒムの胴。

 

「ぐはっ!!!」

 見事に腹に命中したそれは、ヒムの身体を後ろへ3メートル以上吹っ飛ばし、建物の塀にぶち当たってそれを破壊する。

 先ほどのフェンブレンといいコイツといい、光の闘気が一応弱点であるのは確かだが、特に属性のない闘気でも、ある程度威力があれば、こいつらにダメージを与えることは可能らしい。

 一旦ピンチを脱したダイも、こちらへ駆け寄ってくる。

 

「ノヴァ!ありがとう、助かったよ」

「れ、礼なんか無用だ…!

 ちょっとくらい、いいところを見せないと…勇者として、格好が……」

 そこまで言ったところで、闘気を使い果たしたノヴァは、文字通り『気を失った』。

 

「…体力の回復はされてなかったから。

 今ので全闘気を使い切ったんだと思う」

 説明しながら、とりあえず邪魔にならないところによけようと、その身体を引っ張る。

 

「…無理だろ。おれが運ぶ。おまえは足持てよ」

 あたし1人では引きずるしか出来そうになかったが、ポップが手を貸してくれ、2人で建物の陰へノヴァを運んだ。

 

「…残り少ねえ闘気(オーラ)ふりしぼってカッコつけやがってよ。

 限界ギリギリの力でツっぱるとは、思ったより根性あんじゃねえか…!!

 この程度じゃ、うちのリリィはやれねえけどな!」

 …あたしの兄は何を言ってるんでしょうか。

 ポップの軽口に思わず白目で対応していたら、ダイがハッとしたようにノヴァを見つめた。

 それから、その視線がゆっくりと、あたしの方へと向けられる。

 

「…リリィ。

 おれ、ノヴァの頑張ってる姿を見て、今やっと、ロン・ベルクさんやリリィの言ってた事がわかったよ。

 この剣は、おれより長いこと戦いを見続けて、おれよりずっと敵の力がわかる…!

 剣が抜けないってことは、おれたちが全力で戦いさえすれば、勝てる相手だって事なんだ…そうだろ?」

 ダイが確認するように問うのに、あたしは頷いた。

 

「あなたの力と剣の力が対等になれば、剣とあなたの精神がひとつとなり、その時こそ剣はあなたの判断に自身を委ねる事になる。

 …でも、まだ今は、その時じゃない」

「おれ、まだまだ未熟な勇者だね…」

 ダイは苦笑いのような表情を浮かべてそう言ったが、そこにはさっきまでの、焦りの表情は見えなかった。




アルビナスは成長段階で、リリィの印象を強く心に残したハドラーの意識が投影された結果、大きさだけでなく性格までリリィ化しました。
バタフライエフェクトの被害が甚大過ぎる(爆
あともうひとつ、原作にはない能力の付与が実は密かにあるのですが、今回は出せませんでした。


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37・武器屋の娘は空気を読む

「くそっ!!くだらぬ邪魔をしおって…許さん!!!」

 怒りに震える声が聞こえ、反射的にそちらを振り返る。

 やっと立ち上がったヒムが、投げつけられたポップの杖を握りしめ、それが拳に伝わる熱で溶けていた。

 …ヒムの身体に流れてるのは炎系の魔力だったもんな。

 

「あぁ……新品の杖がぁ〜……」

 それを見てポップが残念そうな声をあげる。

 うん、読者デザインのかっこいい杖、これにて出番終了。

 お疲れっした〜ってそんな事言ってる場合じゃない。

 怒りの感情をまったく隠さず、ヒムがこっちに突進してくる。

 

「…全開っ!!竜闘気(ドラゴニックオーラ)!!!!」

 それに真っ向から立ち向かうダイに、先ほどまでの迷いはない。

 跳躍し、高所から落下しながらヒムが振りかぶる左拳(さっきから見てると、ヒムの必殺の一撃はどうやら左であるらしい)に、自らも跳躍して空中で、紋章を浮かばせた右の拳を合わせる。

 そこから伝わる闘気が、ヒムにダメージを与えたようで、ヒムは苦痛の声を上げて、拳を抑えて飛び退った。

 

「ダイ!そいつをこっちへ落とせ!!」

 そこに、アルビナスと攻防を繰り広げていたヒュンケルさんの声がかかる。

 ダイは組んだ両手で空中のヒムの背中に一撃加え、言われた通り、ヒュンケルさんに向けて落とした。

 それを射程に入れて、ヒュンケルさんが構える。

 

「アバン流刀殺法・空裂斬!!!」

 瞬間、薄紫の光がヒムの身体を貫いた。

 

 ・・・

 

 だが。

 ヒュンケルさんの技が直撃したにもかかわらず、左腕が千切れ落ちそうになりながらも、ヒムは立ち上がってきた。

 

「まだ完成してなかったのかよ、おまえの空裂斬…」

「確かに容易い技ではないが…発動の瞬間、女王(クイーン)が口からこいつを吹き、ヒムの(コア)への直撃を外したのだ。

 これさえなければ倒せたものを…!!」

 そう言うヒュンケルさんの腕の鎧の継ぎ目に、針が一本突き立っている。

 

「はいそれ、毒針です。

 結構強いんで、急所だったら即死してます。

 早く手当てした方がいいと思いますよ?」

 …いや、確かに原作でもこのシーンあったけど!

 鎧の魔剣、魔槍に比べたら装甲部分多いのによく狙えたな!すごいよアルビナス!!

 そんなアルビナスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ダイが叫ぶ。

 

「グエン……いや、マァム!!来てくれっ!!!」

 途中で人選を変更したのは、グエンさんがまだ治療中だったからだろう。

 呼ばれたマァムはシグマに向かって蹴りを放つと、それをわざと盾で止めさせて跳躍し、一瞬でダイの傍に着地した。

 

「こしゃくなッ!!!」

 踏み台にされたと気付いたシグマが、こちらへ向かって来ようとする、が。

 

「はいは〜い、親衛騎団の皆さ〜ん。

 こっちも全員、一時結集しま〜す」

 というアルビナスの声がかかり、心得た、と呟いたと同時に、そちらへ向かって飛んだ。

 既にアルビナスのそばに立っていたヒムと、その近くにいたフェンブレンに続いて合流する。

 少し遅れて、抱え上げていたクロコダインを投げ飛ばしてから、ブロックもそちらへと歩き出した。

 …なんかちょっと、このアルビナスの口調にイラッとするのはあたしだけだろうか。

 なんというか…前世の中学時代に空気読まないクラスメイトの『○○のマネ〜』で、自分の口調をモノマネされた時みたいなイラッと感?

 確かにあたし自身から見ても、声とか口調とかすっごい似てると思うけど。

 多分だが、兄をはじめ他の人たちもそう思ってる気がする。

 つか本人には真似してる意識はないだろうから、造られた時に女王(クイーン)の駒だった『彼女』に、あたしのイメージが投影されたというのは事実なのだろう。

 

 …けど、毒というえげつない手段まであたしの影響だと思われるのは軽く風評被害だ。

 言えないけどあたしのいない原作でも、同じ展開になってるからね!

 だから、マァムがヒュンケルさんに解毒呪文(キアリー)をかけて事無きを得た後、全員でチラッとこっち見るのやめれ!!

 

「……ちいっ、左腕が上がらねえ…!!」

 ちぎれかけた腕をもう片方の手で押さえながら、ヒムが呟く。

 断面から火花のような光が散っているのは、どうやら彼の身体に流れている魔力であるらしい。

 生身のあたしたちでいう、流血してる状態に近いのかなと、何となく思う。

 

「フェンブレン!!」

「…オウ!」

 と、名前と返事のみの短いやり取りの後、フェンブレンの刃がヒムの左肩に振り下ろされる。

 オリハルコンの塊の腕が一瞬で、チーズのように切り落とされ、ちぎれかけだったヒムの左腕が、完全に切り落とされて地面に落ちた。

 その腕から魔力の火花が、さっきより激しく散ったかと思うと、それは大きな音を立てて爆発し、跡形もなく砕け散る。

 

「…どうせ動かぬ腕なら、この方が身軽でいい!」

 とか言う本体の断面からは、もう魔力は漏れていない。

 …って、爆発すんのかい!いやそうだったよ!!

 確かに原作でもそうなってたよね!!

 すっかり忘れてて、落ちた瞬間拾って持って帰ろうかとか、反射的に思った自分にも改めてびっくりだけどな!!

 

『…全身がオリハルコンの彼らですが、厳密には純正のオリハルコンは心臓の位置の(コア)のみで、肉体になっている部分は、ハドラーの魔力により容積を増やされたものなので、今のように一部が身体から離れた瞬間、ただの魔力に戻ってしまいます。

 爆発は、物体から魔力に戻る際の、何というか空間との軋轢みたいな現象が起きた結果、生じるもののようです。

 この場合、爆発して欠片が飛び散るわけではありませんので、以前聖石を入手した時のようなリサイクル式の錬金でも、オリハルコンの採取は不可能ですね』

 しかも先回りして説明すんな!

 まさかのオリハルコン入手!?とかちょっとでも思った自分が相当恥ずかしいわ!!

 

「…てめえの腕をたたき落としやがった!

 あの執念はどっから湧いてくんだ?」

 …間違いなくあたしとは違う理由で息を呑みながらポップが呟く。

 

「…ポップの言う通りだ。

 奴らの統率力と使命感は、恐るべきものがある…!!

 だが、ダイよ。

 仕留め損なったが、あれでいいんだ!

 おまえには仲間がいる!

 一人の力にこだわる事は無い!!」

 勇者とはなんでもできるようで、一人では何もできないポジションだと言っていたのは、マトリフ様だったか。

 この時空で言ってるかどうかは知らないけど、だからこそ個々のスペシャリストを従えて戦いに出る。

 また、勇者がいて戦う勇気を皆に与えるからこそ、仲間たちもそれに従って戦える。

 勇者パーティーの力は、心の絆であると言える。

 …それを再認識する事ができただけでも、この戦いの意味があったかもしれない。

 これにより、ダイの精神がより剣との合一化の道に近づく事になる。

 先ほどまでは、ある意味剣自身の強大な力に、溺れかけていた状態に近かったわけだから。

 

「……オレも悟ったぞ!!」

 途中で合流したグエンさんに回復呪文をかけられたクロコダインが、何故かそのグエンさんを片腕に抱き上げてダイたちへと歩み寄る。

 

「やつらは個々の能力では、オレたちよりはるかに上だ!!!

 力に力、速さに速さでは、対抗しても勝てんッ!!

 むしろ、異なった能力で立ち向かっていくべきだ!!!」

「なるほど!長所で対抗してもダメってことか!!」

「…あと、気になることがひとつ。

 あの僧正(ビショップ)の刃には、どうやら極めて暗黒闘気に近い魔力が付帯しているわ。

 …それが切れ味を増している上、ベホマでも傷が完全に治りきらない」

 そう言ってクロコダインの腕から降りたグエンさんが、脇腹に当てた手を離すと、破れたアンダースーツの下から覗く白い肌に、一筋の赤い刀傷が走っていた。

 

「グエン!!?……クソッ、あいつら…!!」

 その傷を覗き込んだダイが、親衛騎団の方を睨む。

 

「今、クロコダインで回復呪文を試したぶんには問題なく効いたようだから、僧正(ビショップ)にさえ気を付けていれば大丈夫とは思うけれど」

 って、何それ!?暗黒魔力とか知らないし!!

 あいつヤンデレ化のあまり、そんな特殊能力身につけたわけ!?

 …だとすると、この厄介な属性は、まず間違いなくあたしの存在が原因か。

 なんかごめんなさい。

 

「マジかよ!

 あんたにしちゃ、いつもよりやけに回復すんの遅いなとは思ってたけど!!

 動いて大丈夫なのか!?」

「出血はなんとか止まったから、恐らくは。

 この戦闘が終わったら、上薬草でリリィに美味しいサラダでも作ってもらって、むしゃむしゃ食べることにするわ!!」

 いやそれ死亡フラグだから!

 せめてサラダは止せ!!

 しかもなんであたしに作らせる前提なんだよ!!

 確かに食材を無駄にしない為に自分じゃ絶対に料理しないとは言ってたけど、サラダも料理に入るのか!!?

 

「……よしっ!!フォーメーション変えんぞ!!

 マァムはあのデカイのを、スピードでかき回せ!

 おっさんは騎士(ナイト)を力でねじ伏せてくれっ!!!

 ダイとヒュンケルは悪いが残りの3体、離れずにタッグで行くんだぞ!!グエンは……」

「2人を補佐するわ!

 そのくらいの魔法力も体力も残っていてよ!!

 マァムやクロコダインは、わたしが入ったら却って邪魔になりそうだし、ね」

「…頼んだ!

 休ましてやりてえけどその余裕もねえしな!!

 おれは今から極大消滅呪文(メドローア)を作り出す!

 騎士(ナイト)の鏡を封じ、全員が一箇所に集まるようにして欲しいんだ!

 そしたら…スゲエのをぶっ放すから、みんな散ってくれ!!」

 ……あたしが脳内ツッコミに勤しんでいる間に、勇者パーティーの作戦会議が終了していたようで、全員がポップの指示でそれぞれの配置についた。

 

「いくぞ!!!獣王会心撃──ッ!!!!」

 最初に動いたのはクロコダイン。

 激しい闘気の渦が親衛騎団を襲い、それは狙い通りシグマを捕らえる。

 

「スクルトッ!!!」

 それのほぼ直後、グエンさんが全員に防御力強化呪文をかけると、ダイ、マァム、ヒュンケルさんの3人が、一斉に飛び出してそれぞれの相手へと突撃していった。

 先程、作戦の要を任されていたマァムは、さっきまでクロコダインを潰さんばかりに叩きのめしたブロック相手に、堂々と渡り合っている。

 また、先程もアルビナスを相手にいい勝負をしていたヒュンケルさんは勿論だが、ダイの動きもさっきとは別人のように冴えてきており、改めて迷いのなさをはっきりと感じさせた。

 もっとも、現時点での作戦の要であるクロコダイン以外は、先程までと違い、倒す事を目的とした戦闘ではない為、ヒットアンドアウェイを繰り返して、その時を待っているわけで。

 そして。

 

「しょ…笑止!

 この程度の闘気流では、私は倒せぬぞ……!!!」

「グフフッ…ならば、“もう一つの渦”をくれてやろう!!!

 バルジの大渦の中、生命(いのち)を賭して生み出した、このオレの新必殺技が、おまえの身体を二つに裂く!!!」

 なるほど、あの時修業していたあれか。

 なんで大渦を使う必要があったのかはよくわからないけど、それまで左腕に集中させていた闘気を、既に放出しているそれの威力を減じぬまま、もう片方の腕にも乗せて、放つ。

 

「ウオオオオ───ッ!!!!

 も…もう一つの…逆回転の渦がああっ…!!!」

 シグマの言葉通り、それまで彼の身体をなんとか拘束していた先の闘気の渦と、今放たれた闘気の渦は、回転の方向が逆だった。

 それが盾を持つシグマの左腕を捕らえる。

 言ってしまえばものすごく暴力的な雑巾しぼりの形なんだけど。そして。

 

「獣王激烈掌!!!!」

 

 そう、それだった。

 あの時名前思い出せなかった、クロコダインの新必殺技。

 闘気を調節する両手の手首を合わせ、その手をぐるんと180度回すと、最高潮に高まったそれぞれの渦の回転スピードが、シグマの身体からその左腕を、問題の盾と共にねじ切った。

 

「ぐああああっ!!!!」

「……シグマ!!!」

 苦痛に膝をついたシグマにヒムが真っ先に駆け寄り、他のメンバーもそれに続く。

 こういうところを見ると、こいつらは間違いなく『仲間』なのだなと思わされる。

 たとえ『兄弟』であったにしても、彼らの『兄』であるフレイザードは、もしこいつらと出会う事があったとしても、傷ついたこいつらを心配などする筈がない。

 

 …だが、この場合は間違いなく、その絆が逆に、彼らにとっての悪手だった。

 

「今だッ!!!みんな、退け──っ!!!!」

 ポップの指示で全員が一旦退却して、親衛騎団から離れた。

 ポップの手に番えられた光の矢の、その輝きが最高潮に達して、溢れんばかりの魔力に圧倒される。

 

 と、アルビナスの目に赤と青の光が灯り、それが忙しなく点滅した。

 

「…あれは『ゼロ』の魔力!

 触れたものを消滅させる力です!!

 みんな、散って!!!」

「遅いッ!!!」

 何故かポップのその呪文の効果を正確に説明しだしたアルビナスだったが、その時はポップの手から、光の矢は放たれていた。

 

極大消滅呪文(メドローア)ッ!!!!!」

 

 そして……眩い光が、爆発した。

 

 ☆☆☆

 

 これが、魔法学者たちの間で幻と言われた、ゼロのエネルギー…!?

 なんて……なんて威力。

 確かにこれは、反射攻撃が一番怖いと言うわけだ。

 

 などとわたしが呆けている間に光の爆発は収まり、まだ構えたままのポップに仲間たちが駆け寄る。

 

「ポップ、すっげえや!!!」

「猛特訓の成果、見せてもらったわよ!」

「自慢しただけのことはある…よくぞここまでの呪文を身につけたものだ…恐れ入った」

 口々に浴びせられる賞賛に、ポップは喜ぶよりも安堵したような表情で大きく息をついた。

 

「フゥッ…やったぜ。

 今度こそ間違いなく命中した…。

 こいつさえ決まってくれりゃあ…」

 徐々にやり切った表情に変わっていくポップの視線を反射的に目で追う。

 そこには……何もない。

 丸く抉れた地面と、同じように丸く抉られた周囲の小山。

 その山の隙間から、本来それに遮られて見えないはずの水平線が見える。

 その何もない空間こそが、彼の手の中で生み出された『ゼロ』のエネルギーが、間違いなくそこに『在った』証左だった。

 これを、また成人年齢に満たない少年が顕現させてみせた事実に驚嘆を禁じ得ない。

 

「…勝った!!」

 …これが、出会った時にはどこか頼りなげで、司令塔として説得力に欠ける印象を受けたあの子と同一人物だろうか。

 あれから3ヶ月も経っていないというのに、この成長ぶりは恐ろしくさえある。

 マトリフ様は確かに、この子の素質に密かに惚れ込んでいたけど…あなたの弟子は天才ではなく、どうやら怪物だったようですよ。

 

「おおう!!!たいしたもんだぞぉ、ポップ!!

 あの強敵どもを一気に倒してしまうとはなあ!!」

「へへっ…おっさんの新必殺技のサポートがあればこそよ!!」

 そう、クロコダインのあの技も、先の5日間の修業期間中に開発したものだったらしい。

 

「そうね。

 あれがこの作戦の決定打になってくれたのですもの。

 2人ともとても格好良かったわ!」

 わたしもそばに駆け寄って、ポップの頭をわしゃわしゃしてるクロコダインに便乗する形で、ポップに抱きついた。

 

「は、ははっ…おまえにそう言われるのは、まだ別な嬉しさがあるな…!」

 と、照れたように笑うクロコダインに対し、ポップの方はわたしの腕の中で、何故かちょっと暴れる。

 

「いやグエン痛い!

 それで抱きつかれると胸んトコのとんがったパーツ当たって、めっちゃ痛い!!

 抱きつくんなら武装解いてから…あ、いや、それもダメだ!やっぱなんでもねえ!!」

 あら、失礼。

 

「…それにしても、すっごい破壊力だよなあ。

 このメドローアって呪文…!!」

 そして視界の端で、しみじみとダイが呟きながら、それが刻んだ爪痕を眺めている。

 と、その足が、抉れた地面のくぼみに踏み出した瞬間、後方から叫ぶ声がした。

 

「ダイ!それ以上踏み出したら危ない!!」

「えっ!?」

 後ろからかけられたリリィの鋭い声に、反射的にダイが振り返る。

 次の瞬間、くぼみの中心の土が盛り上がった。

 

「まっ…まさかっ!!?そんな…バカなっ!!?」

 

 地面を割って現れた影は、全身銀色の金属戦士。

 

「…危なかった!!

 とんでもねえ魔法使いがいやがるな!!!」

 身体から土埃を払うような動きをしながら、ヒムがそう言ってポップに視線を向ける。

 

「何故だ!?

 極大消滅呪文(メドローア)をくらって、無傷でいられるわけがねえ!!!」

 ポップの疑問はもっともだ。

 女王(クイーン)が直前であの呪文の正体に気がついたようではあったが、あのタイミングでは躱せた筈がなかったのに。

 

 …その答えは、すぐに出た。

『無傷でいられる筈がない』というポップの言葉は、それだけは間違いではなかったのだ。

 彼らの後ろに立っていた、一番大きな身体の城兵(ルック)が、突然地面にその身を倒したと思えば、その背中が半分以上、削り取られたようになくなっていたのだから。

 城兵(ルック)が実行したのは、最短の躱し方。

 その巨体と重量をもって仲間たちを地面へと埋め込み、自らは盾となって庇ったのだ。

 

「…今更ながらに、強敵だっていう実感がわいてきたわ…!

 ああして互いの長所を合わせ、短所を補いながら、力を合わせて戦った時の強さは…私たち自身が、誰よりもよく知っているもの…!!!」

 マァムが呟いた言葉に、その場の全員が息を呑んだ。

 勇者パーティーの力は心の絆。

 それこそが、何にもまさる武器だった筈だ。

 そして今立ち向かっている敵が、同じ武器を持って向かってくるという事実は、わたしたちを戦慄させるに充分だった。

 けど。

 

「……構うもんか!!!

 強敵とやりあう事なんか、とっくに覚悟の上だ!

 奴らがどんな敵であろうと、今まで通り力を合わせて戦い抜くこと以外、おれたちにできることなんてないだろ!!?」

 …呑まれかけた雰囲気を、立て直したのはやはり、勇者の一声だった。

 

「…そういうことだ!」

 以前から、『自分にできることは戦う事だけ』と言っていたヒュンケルが、一番最初に同意する。

 

「…そうね!

 敵に合わせられるほど、みんな器用なら苦労はないか…!」

 続いて、ちょっと肩をすくめてマァムが、

 

「フフッ!!」

 そしてクロコダインが、返事の代わりに愛用の斧を構えて不敵に笑った。

 

 …そういえばこのパーティー、わたしとポップ以外は割と脳筋寄りだった。

 けど、今はそれがとても心強い。

 

「ポップ、魔法力は足りていて?」

「おうっ!!

 気ィとり直して…今度こそ決めたるぜっ!!」

 決意を新たに、この強敵に対する切り札となり得る男が、心強い言葉とともに拳を握りしめる。が。

 

「…そうはいかぬよ!」

 そんなわたしたちにかけられた声もまた、決意に満ちたそれであった。

 振り向いたその場所に、いつのまにか騎士(ナイト)が、こちらに背を向けて立っている。

 その足元には、先ほどクロコダインが技でねじ切った、彼の腕が落ちていた。

 その腕から火花が散り、さっきのヒムの腕と同様、小さな爆発と共に消滅する。

 ……例の、反射効果を持つ盾を残して。

 

「このシャハルの鏡だけは、私が死んでも砕けはせん。

 我が肉体の一部ではなく、ハドラー様からさずかった、伝説の防具(アイテム)だからな…!!

 極大消滅呪文(メドローア)…素晴らしい威力の呪文だ!

 だが、一度見せてもらったからには、我が親衛騎団には二度と通用せん!

 …この私が意地でも、そのまま君にお返しするからな…!!」

 騎士(ナイト)…シグマはそう言うと、拾った盾をヒョイと投げ上げ、器用にそのまま装着してみせた。

 そうして自身の大事な防具を回収すると、ひとっ飛びで仲間たちの元へ戻る。

 そこには同じく左腕を失ったヒムが先頭に立って、好戦的な笑みを浮かべて、こちらを睨みつけていた。

 

「さあて…第2ラウンドの開始といこうか!!!」

 だが、そこに倒れたままの城兵(ルック)を心配そうに見つめていた女王(クイーン)が、そんなヒムに待ったをかける。

 

「これ以上の戦闘は無意味です、ヒム!

 一旦戻ってハドラー様に、ブロックの身体を修復していただかないと!!

 それに元々、私たちの使命は…」

「くどい!聞き飽きたぜアルビナス!!

 ここまで火がついちまったら誰にも止められねえっ!!

 ブロックの仇はオレが討ってやるから安心しろッ!!!」

 そう叫ぶヒムの言葉に、アルビナスと呼ばれた女王(クイーン)が、ちょっと涙目になっているのをわたしは確かに見た。

 

『よさんか、ヒム……!!』

 ……まさに一触即発だったその空間に割り込んできたのは、どこかひび割れて聞こえる、聞き覚えのある声だった。

 

『…オレは、おまえのその性格を嫌いではないが、そうアルビナスを困らせるものではない…!!』

 まるで父親が子に言い聞かせているような口調で続けられた言葉と共に、彼らのいる後ろの方に、ピリピリとした魔力の波動が集中する。

 まるでその魔力が固まって作り上げられたかのように現れたその姿に、わたしはお腹の奥を冷たい手で鷲掴みにされたような感覚を味わった。

 

「ハドラー様!!」

 

 ☆☆☆

 

「……あー、皆さん。これ幻です。

 以前声だけ聞いた時と同じ、魔力による投影ですよ。心配いりません」

 さすがにあたしはこれで二度目ともなると、見た瞬間に幻影とわかった。

 幻にしては相変わらずリアル過ぎて、見慣れていないひとには信じられないようなので、そこに落ちてたノヴァの投擲用ナイフを拾って、ハドラーに向けて投げつける。

 …石と違い正しい方向のあるそれは、あたしの腕ではまっすぐに飛ばなかったものの、回転しながらひょろひょろ飛んで、そこに見えているハドラーの像を普通に通過して、落ちた。

 

『フフッ…いかにも。リリィの言う通りだ。

 本当のオレは死の大地にいる。

 …悪いがリリィ。今日はおまえと、ゆっくりと話す時間は取ってやれん。

 いずれまた忍んで行くから、次の逢瀬を楽しみに待つがいい』

「そういう誤解を招く表現は止せって言いましたよね!?」

 相変わらずあたし限定で思わせぶりな台詞を吐く魔軍司令様に、反射的に言い返す。

 そのあたしを隠すように前に立ちはだかったヒュンケルさんが、ハドラーに向けて言い放った。

 

「自らは手を汚さず、部下に襲わせるとは…!

 武人として一皮むけたというのは嘘だったようだな、ハドラーよ!!」

『…もとより奇襲でおまえたちを倒そうとも、また倒せるとも思っておらん。

 オレたちはこの死の大地で、ただ待っているつもりだった。

 他の人間どもさえくだらぬ動きを見せねば、な…!』

 そのヒュンケルさんの言葉に答えたのかなんなのかよくわからない言葉に、ポップがどういうことだと反応する。

 それに答えたのはハドラーではなく、さっきヒムに反抗されて泣きそうになっていたアルビナスだった。

 

「…わかりませんか?

 私たち、『ふるい』をかけにきたんです。

 …少ぉし、こっち側の被害も大きかったですけど」

 言いながら少し膨れっ面になっているアルビナスの頭を、多分ポンポン撫でているつもりだろうヒムの右手から、ガチガチという金属音が響く。

 

「オレたちは死の大地を守護する、誇り高き親衛騎団だ!

 正々堂々、おまえたちの挑戦を受けて立つ!!

 不意打ちで倒してしまおうなどと、せこい考え方などするものか!!

 だが他の人間たちまでが、ゾロゾロと死の大地まで上がり込んで来ようとしていると知って、ハドラー様の命により腕試しに来てやったんだ。

 つまり!!

 今、この場で両の足で立っていない奴は、死の大地に上がる資格が、な……」

 

 ………………………???

 

 …キメ顔で勇者パーティーをビシッと指差して、高らかに言い放とうとしていた筈のヒムの言葉と動きが、何故か途中で止まる。

 どうしたのかと思っていたら、その視線が困ったように、あたしを捉えているのが判った。

 一体何…と考えてふと、ヒムが困っている理由に思い当たり、すとんとその場に座り込む。

 

「…資格がない、って事さ……!」

 律儀にちゃんと言い終えたヒムが、ホッとしているのがよく判った。

 どうやら間違っていなかったらしい。

 危ない危ない。

 その理屈で言ったら、あたしもその条件に当てはまっちゃうからね!

 

「おまえ、そういうどうでもいいところでは空気読むよな…」

 呆れたように呟いた兄の言葉を、あたしは聞かなかった事にした。

 

『……ダイ。おまえたちだけで良いのだ。

 大魔王様の御前を、つまらぬ戦士の血で汚すわけにはいかぬ…!!

 待っているぞ…一刻も早く来いっ!!

 この、死の大地へ…!!!』

「ま、待てっ!!ハドラー!!!」

 ダイの静止の声など構わず、言いたいことだけ言い終えたハドラー(幻)が、魔力の霧散と共に消える。

 そこから一呼吸置いたタイミングで、アルビナスが言葉を発した。

 

「…それでは、私たちも失礼します。

 総合的には、有意義な時間でした。

 では、続きは死の大地で!」

 いや、続きはwebでみたく言うな!

 

 …一通り親衛騎団が飛び去った後(倒れていたブロックはシグマとフェンブレンが支えて飛んでいた)、最後に1人残ったヒムが、ヒュンケルさんに再挑戦の意を示した後にやはり飛び去り、サババ漁港にようやく静寂が訪れた。

 

「なにが『ふるい』だ、ふざけやがって…!!」

 ポップが悔しげに呟いて握りしめた拳を、歩み寄ったあたしが、そっと両手で包む。

 

「……ん。大丈夫だ、リリィ。

 同じ失敗は、二度としねえさ」

 握ったのと反対の手があたしの頭を撫で、その手が思ったより大きいことに、改めて少し驚いた。

 

 ☆☆☆

 

 後方で待機していたレオナ姫やメルル、エイミさんが負傷者の治療を始め、マァムとグエンさんもそれに加わった。

 持ってきていた白魔晶をいくつか渡して、何か手伝うことはないかと歩いていたら、建物の陰にどかしておいたノヴァが、まだ同じところに倒れていた。

 やばい、すっかり忘れてた。

 やや細身ながらもある程度の体格のある成人男性を、あたしが運ぶ事は困難であると解釈して、とりあえず揺さぶって起こしてみる。

 薄っすら目を開けた彼の目の前に、薬草を一本差し出してみた。

 だが、それをちゃんと認識したにもかかわらず、ノヴァは微かに首を横に振る。

 

「…困るよ。

 あたしじゃ、お兄さんを運べないんだよ。

 せめて自分で歩くだけの体力は回復させてくれないかな?」

「もういいんだ…ボクなんか、ただの足手まといなんだから。

 これ以上惨めなところを見られたくない…。

 情けだと思って、このまま放っておいてくれ」

 …ああ、そういやこのシーンだったか。

 確かここではダイが声をかけた後、事態を収めるのがマァムだった筈…なんだけど。

 ダイもマァムも割と離れたところで動いていて、あたしたちに気がついてない。

 ここで呼びに行くのも不自然だし。

 とりあえず。

 

「……カッコ悪い」

 ちょっとムカついたので、遠慮なく思ったことを口にしてみる。

 あたしの言葉に、ノヴァは少しだけ眉を上げたものの、ため息をついて、また俯いてしまった。

 

「……ああ、知ってるさ。

 大見栄切って敵に向かって行って、この体たらくだものな」

「ううん。敵に負ける事そのものよりも、自分に負ける方がよっぽどカッコ悪い」

 なんかもうイライラして、結構適当なことを言ってやると、ノヴァは今度は明確に、驚いたように目を瞠る。

 

「誰だって失敗したり、間違ったりすることくらいあるよ。

 でもさ、そこで諦めちゃったら、ただ間違ったひとのまんまじゃん。

 昔の偉い人も言ってるよ、諦めたらそこで試合終了だって。

 失敗や間違いを自分の中で認めて、次はいかに間違わないようにするか、ちゃんと答えを出して実行できるひとは、間違わないひとよりもずっと、カッコいいと思う。

 成長するってそういうことじゃないの?」

「……っ」

 そろそろ自分でも、なに言ってるか判らなくなってきたがそれはさておき。

 

「うちの兄ふくめ、勇者パーティーのみんなが、最初から強かったわけじゃないから。

 多分だけどそういう悔しい思いを乗り越えて、その度に強くなってるんだよ。

 …つか、勇者パーティーだけじゃなくてさ。

 お兄さん同様あいつらに負けた、お兄さんより弱いひとたち、誰一人こんなトコで転がって、不貞腐れたりなんかしてないじゃん。

 お兄さんだけだよ。たかが一回負けたくらいで、こんなカッコ悪いことしてるの」

「う……!」

 そして気がついたら、ノヴァは涙目になっていた。

 いくらなんでもこれ以上は可哀想になってきて、あたしはその場から立ち上がる。

 …てゆーか、ノヴァの目線に合わせてしゃがみこんでたら、ちょっと脚が辛くなってきたし。

 

「…お兄さんが、間違ったまんまで居たいってんなら、いつまでもそこで座ってればいい。

 けどそうじゃないなら、誰かの手ェ掴んででも立ち上がりなよ。

 他人の手を借りるのも恥ずかしいと思ってんのかもしれないけど、その感覚自体が厨二臭いからね、言っとくけど」

「え…ちゅう、に……?」

「言葉の意味はどうでもいいし。

 ……で、どうすんの?」

 腰に手を当てて、立った状態から見下ろしてやると、あたしをじっと見つめていたノヴァが、ほんの僅か躊躇ってから、ようやく言葉を紡いだ。

 

「手を……」

「……ん?」

「…キミが、手を貸してくれないか」

 そう言って、おずおずと伸ばしてきたその手を、躊躇いなくあたしは取った。




サババ戦で、一番描きたかった部分が、例の『ふるい』の場面。
ヒムの割とかっこいいシーンがリリィのせいで台無し(爆


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38・武器屋の娘は伝説と出会う

…改めて見返すと、フェンブレンのデザインってメッチャかっこよくない?


 …手を引いて立ち上がらせるどころか、手を取った途端につんのめって2人揃ってこけ、仰向けに倒れたノヴァの胸にぽふんと顔をぶつける事になったが、細身ながら鍛えられた腕は、割としっかりあたしを受け止めてくれた。

 

「…ボクの名前、覚えていてくれたんだな」

 半身を起こした状態であたしの後頭部に手を置き、何故か自分の胸にあたしを固定しながら、ノヴァが呟く。

 

「へっ?」

「さっき、呼んでくれただろう?

 あの、刃物のやつに襲われそうになった時に」

 ああ、そういえば。

 けどあたしが彼の名を知っていたのは単に原作知識であり、父とポップの件があって、あの時助けてくれた親子連れの事は正直忘れかけてた。

 思い出したのは原作知識の補完があってこそだし、記憶だけに関して言えば、名前を名乗りあった覚えすらない。

 …まあ、そこはわざわざ言うことでもないし言えないとも思うので、あたしは曖昧に頷いた。

 

「ボクもキミの事は覚えていたよ、リリィ。

 …でも、ボクはずっとキミの『カッコいい』の意味を、勘違いしていたみたいだ。

 正直、ボクの思ってたのと真逆で、混乱してる。

 けど、これからはちゃんと……何が間違ってたか、ちゃんと考えるから。

 …その、だからできればお兄さんじゃなく、名前で…呼んで欲しい」

 ここでようやく後頭部から離された手が、今度はあたしの肩に置かれる。

 顔を上げると、少し上の方から真っ直ぐに見つめてくるダークグレーの瞳に、新たな決意の色が浮かんでいた。

 若干なにを言われているかわからない部分があったものの、どうやら立ち直ったようだと判断して、その目を見返して頷く。

 

「わかった、ノヴァ。

 ……あとさっき、兄を助けてくれてありがとう」

 言われた通り名前を呼び、ついでにさっきの礼を言うと、ノヴァはその綺麗な顔を、嬉しそうに綻ばせた。

 ……なんだろう。このむず痒い感じ。

 てゆーか、今気がついたけどかなり距離が近い。

 さすがにハドラーの時と違ってだだ漏れフェロモンとかないから心臓に負担はかからないが、それでも何となく気恥ずかしくなり、あたしはその笑顔から、少しだけ目を逸らした。

 

 …他の怪我人を運びに行くという彼に薬草を数束渡して、その背中を見送った。

 気がつけばマァムからイベント泥棒した形になったけど、まあきっと大丈夫だろう。うん。

 

 ・・・

 

「……大陸全土に名を馳せるくらい、押しも押されぬ勇者になってから迎えに行こうと思ってたのに、こんな最低な再会をすることになるなんて…!

 まあでも、今が最低なら、これ以上評価が落ちることはない、かな。

 …………………………………はあ」

 

 ☆☆☆

 

 ドックの方まで歩いたらタカの目が自動展開して、壊れた建物の下にまだ多くの生存者がいる事がわかったので、彼らを救出すべく『あなほり』で瓦礫を吹き飛ばしていたら、3/4くらいの人数を救出したあたりで、スキンヘッドの兵士がなんか怒鳴りながら現れて1人でものすごいスピードで瓦礫を撤去し、あっという間に残りの人たちを掘り出していた。

 …あ。このひと確か、ミストバーンとの戦いの時にいたひとだ。

 名前忘れたけど、確かベンガーナの戦車隊の隊長だったっけ。

 つまりここに埋まってたのはベンガーナの兵士だったということだ。

 あたしにとっては自国の安全を守ってくれている方々なわけで。

 頭から湯気立てる勢いで、せっかく助かった兵士の皆さんに怒鳴っている隊長さんに、ここの人たちは確かに真っ先に負けてこうなったけど、つまりはあの親衛騎団が襲ってきた際、最初に立ち向かって一生懸命戦った勇敢なひとたちだと言ったら、助けた兵士全員に泣かれた。

 あんまり怒ると頭皮にも悪いと言ったら隊長にも泣かれた。

 居心地が悪くなったので、用意してきた薬草を半分以上隊長に押しつけてその場を立ち去り、回復要員のいるところへ戻ったら、マァムにチウとゴメちゃんを見なかったかと聞かれた。

 ……そうだった。

 確かこのサババの戦いの最中に、チウはクロコダインから貰ったアイテムを使い、空を飛べるモンスターを仲間にして、ゴメちゃんと一緒に死の大地へ偵察に乗り込んでいるんだった。

 …しまった。なんでこのこと、戦いの最中に思い出せなかったんだろう。

 どうせあたしは戦いの役になんて立たなかったわけだし、この後の彼らの事を考えたら、親衛騎団がこっちにいる間が、チウたちにとって一番安全なタイミングだった筈なのに。

 けど今ならまだ、そしてあたしなら、無事に連れ戻せるかもしれない。

 原作ではポップがクロコダインとヒュンケルさんを連れてルーラで死の大地へ向かったけど、そのポップがチウたちを発見したタイミングでは、既にいいだけやられて倒れていた事を考えると、ポップがルーラで行ける場所から実際にチウのいる場所は、そこそこ離れていたという仮説を立てざるを得ないわけで。

 あたしなら、ピンポイントで彼らのもとまで行ける。

 …よし、そうしよう。

 とりあえず、ひと気がなくて広めのスペースが取れる場所へ、こっそり移動する。

 そこで時空扉を出現させ、微調整の為少しだけ開けて、向こう側の様子を窺って…そこから見えた状況に息を呑んだ。

 

「うわわっ!!!」

「ビピッ!!?」

「ク…ワァアアッ!!!」

 オリハルコン戦士の腕の刃が、チウが身をすくめたそばの尖った岩を、バターのようにすぱりと斬り、離れた場所に転がっているゴメちゃんと、確かパピラスというモンスターが、その光景にただすくみあがっている。

 岩を斬ろうが勢いを殺される事なく、立て続けに繰り出されるフェンブレンの刃が、一振りごとにチウの身体のあちこちに、浅くない傷を刻んでいく。

 

「クッ…痛くなんかないぞ!みんなを守るんだッ!!」

 決定的な攻撃を避けようとして短い足がもつれ、転がった身体が別の岩にぶつかる。

 そこから起き上がろうとしたチウに、とどめとばかりに振り下ろした刃に向けて、あたしは爆弾石を投げつけた。

 

「ムッ!!?」

 それは勿論、オリハルコンにダメージを与えることはないが、目くらまし程度にはなる筈。

 

「チウ、ゴメちゃん!こっち!!早くっ!!!」

 あまりに近すぎるとすぐにフェンブレンに追いつかれてしまうと判断して、とりあえず倒れてるパピラスのすぐそばに位置を微調整した扉を、くぐらずにこちら側から呼びかけた。

 あたしの声に気付いて、チウは足元にいた貝殻のついたスライムを、拾ってこっちに投げてくる。

 何とかキャッチして扉のこっち側に引き入れ、恐らくはこれも仲間だろうパピラスの身体を引っ張りつつ、2匹を待つ。

 

「その声は……母上ッ!?」

 煙が晴れそうになり、こっちを向きかけたフェンブレンの足元にもう一個爆弾石を投げつけて、土煙を新たに追加して時間を稼ぐ。

 ようやくゴメちゃんがすぐそばまで飛んできた時、傷ついた身体で転がるように扉に辿り着いたチウが、あたしがやっとの事で頭だけ引き入れていたパピラスを、残った力を振り絞って抱えた。だが、

 

真空呪文(バギ)ッ!!」

 フェンブレンの周囲に立ち込めていた土煙が、いきなり晴れる。

 

「逃がさんッ!!!」

 更に、飛ぶように真っ直ぐこちらにダッシュしてくる全身刃は、パピラスを扉のこっち側に投げ入れた、チウの背中を狙っていた。

 

「ピイィ───ッ!!!!」

 瞬間、扉をくぐる直前だったゴメちゃんが、Uターンしてフェンブレンに向かった。

 決死の体当たりをかまそうとする、ゴメちゃんの身体に、うっすら輝きが灯る。

 ………いけない!

 

「だめッ!!!!」

 反射的にあたしは飛び出すと、ジャンプして両手でゴメちゃんの身体をキャッチした。

 

「うわわっ!!」

 あたしの身体が通過した瞬間に時空扉は消え、それを潜る寸前だったチウが、スカッと足を踏み外してこけてるのが、視界の片隅を掠めた。

 同様に支えるもののないあたしの身体が、ゴメちゃんを胸に抱えた状態で地面を転がる。

 顔を上げると、見るからに鋭利な刃が、あたしの眉間数ミリほどで止まっており……。

 

 結局避難させられたのはパピラスとマリンスライムのみで、チウとゴメちゃんとあたしは、死の大地に取り残されていた。

 

 ☆☆☆

 

「…そやつらをこちらへお寄越しください、母上」

「やだ」

 …てゆーかなにこの『そいつ殺せない』状態。

 あたしの腕の中で、ゴメちゃんはちっさく鳴きながらふるふるしているし、背中に庇ったチウが飛び出ようとバタバタしてるけど、もちろん2人とも渡すわけにはいかない。

 通常の状態で傷つけられる恐れも勿論あるのだが、あたしが危惧したのは、腕の中の『これ』があたし達を助ける為に、無意識に真の力を発動する事だった。

 ゴメちゃん…神の涙は、心を通じあわせた相手の願いを叶える、生きたアイテム。

 だがその力は無限ではなく、願いを叶えるごとにその寿命を縮めることになる。

 まあ『寿命』という言葉を使ったが、実際には命が尽きるわけではなく、力を使い切った後、一旦全てをリセットされて、休眠期間に入るだけだ。

 とはいえ、『ゴメちゃん』である今のこの子は、幼かったダイの願いを叶えた結果であったから、この状態から力が尽きれば、『ゴメちゃん』はこの世からいなくなってしまう。

 ダイの願いをこの状態で10年近く叶え続けてきて、たとえ戦いに力を使わなかったとしても、いつかは『ゴメちゃん』としての生は終わるだろうが、それを先延ばしにする事はできる。

 その為には、今この子に、力を使わせるわけにはいかないのだ。

 

「ピイッ!ピイィッ!!」

「黙って。

 余計な事は考えないで、大人しくしてて」

 フェンブレンの刃はあたしを傷つけない。

 だから、何とか5分、この子たちを庇って時間を稼げさえすれば、一緒に逃げる事ができる。

 ただこの場合その5分が、永遠の如く長いものになるだろうけど。

 

「よいですか、母上。

 確かにワシの刃は、母上を傷つける事はできませぬ。

 が、呪文は別。

 ワシは真空(バギ)系呪文を極めておる故、その気になれば母上の首を飛ばす事さえ、できなくはないのですぞ。

 …だが、ワシは当然、そうしたくはない。

 ハドラー様も、それは望みませぬ。

 あなた様がそやつらを渡してくだされば、それで済むのです」

 無駄に優しげな口調で言いながら、フェンブレンがあたしに向かって歩を進め、それに合わせてあたしとチウが後退する。

 

「渡さないって言ってるでしょ?」

「何故ですッ!?

 そんなザコを庇って何になると!!?」

「アンタにはザコでも、あたしにとっては大事な友達の、友達だから!

 たとえ魔王とは呼ばれてても、友達を売るほどあたしは腐ってない!!」

 前世は別な意味で腐ってたけどな!

 ってそれは今はどうでもいいわ!!

 

「リ…リリィさんっ!!」

「大事、な……?」

 瞬間、フェンブレンのオリハルコンの瞳に、そこに一瞬現れた感情に、不意にはっとした。

 …ああくそ、実につまらないものが見えてしまった。

 考えてる暇なんかないっていうのに。

 

 …フェンブレンは、その本来の残酷性をハドラーに矯正された代わりに、ハドラーの孤独を映して生まれてしまった。

 ハドラーは…否、超魔ハドラーはこの世界に唯一の存在。

 天地魔界、どこを探しても彼の同族はおらず、身の周りを固めるのは己が精神を反映したいわば彼の分身たちのみ。

 それは本来なら、その分身である部下たちも同様であり、それが当然であるゆえ、表に出ずに潜在しただけの感覚であった筈だ。

 だが、フェンブレンだけは違った。

 彼はその自我が生まれる瞬間にあたしの血を受けてしまった事で、分身ではない『個』との繋がりを持ってしまった。

 そしてそれこそがまさにハドラーの中の『孤独』が、無意識に求めていたものであり、だからフェンブレンはあたしに執着するのだ。

 そしてフェンブレンはあたしを『母』と認識してはいても、それに対する感情は、人間が血縁に抱く感情とは明らかに違う。

 自分のものだから傍に置きたい、誰にも奪われたくないという思いがあるだけだ。

 何故ならば、それの大元になっているのがハドラーの精神であり、ハドラーとあたしの間に、血縁の情があるわけがないから。

 

 なので、仮にあたしを手に入れたところで、フェンブレンの孤独が癒されることはない。

 その感情がそもそもハドラーのものであり、ハドラーが満たされなければ、フェンブレンの心とて満たされはしないのだから。

 つまり彼が本当に満たされたいと思うならば、あたしはフェンブレンではなく、ハドラーのものにならなければならない。

 

 孤独が満たされた時、あたしはフェンブレンの傍には居ない。

 けどあたしを欲しいと感じる心は、確かにフェンブレン自身のもので。

 そこに最大の矛盾が生じている事に、フェンブレンは気がついている。

 そしてその矛盾が今、フェンブレンを歪ませている。

 あたしを見る、その一見無表情に見える瞳に、嫌な彩が浮かぶ。

 オーラのようにその身を包む魔力に、黒いものが混じる。

 …グエンさんが言ってたのはこれか。

 

「…フフッ、フフフフフッ……!!

 いけませんな、母上。

 母上にはワシの他に、大事なものなどあってはならんのですよ。

 そやつらがあなたの心を奪うのならば、ワシはそやつらを排除せねばなりませぬ」

 まずい。どうやらコイツのヤンデレスイッチを、あたしの言葉が押してしまったらしい。

 フェンブレンは一気に距離を詰めると、あたしの頭上を越えて、チウに向けてその刃を閃かせた。

 

「危ないッ!!!」

 咄嗟にチウの前に身を晒し、彼の身を庇う。

 ……庇えたと、思っていた。

 

「……ぐふっ!!」

「えっ………!!?」

 呻くチウの声に、恐る恐る視線を下げると…あたしのお腹のあたりから突き立った刃が、チウの胸に突き刺さっている。

 ……違う!

 あたしの背中に突き立てられたフェンブレンの刃は、あたしの身体を避けるように変形して、背中からお腹にぴったり沿って曲がり、チウの身体に到達していた。

 

「あっ……あぁっ!!」

 あたしは慌てて身を離したものの、あたしの身体に沿っている部分だけが、あたしの動きに合わせて移動するのみで、チウに刺さっている部分はびくともしない。

 退いた背中に硬い感触が当たる。

 チウの胸から吹き出した血があたしの服を汚し、ああ、やっぱりこの子の血も赤いんだなと、頭の中でどこか現実逃避した部分が妙な納得をした。

 

「思ったより頑丈な身体らしいが…もうひと押しで、多分死ぬぞ。

 ワシから母上を奪う者は、すべて排除する」

「や、やめてえっ!!」

 呆けていた頭を現実に引き戻し、フェンブレンにしがみつく。

 その際、ゴメちゃんをチウのところに投げ捨ててしまう形になったが、それは仕方ない。

 

「判った…判ったからフェンブレン!

 この子たちは渡せないけど、あたしがアンタと一緒に行く…だから、この子たちを、これ以上傷つけないで…!!」

 表情のないフェンブレンの顔を見上げて、必死に訴える。

 フェンブレンはじっとあたしを見下ろしていたが、やがてチウに刺していた腕を引くと、それをあたしの背に回した。

 

「ああ母上…ようやく戻ってきてくださった」

 生温かい金属の感触が身体を包む。

 何故だか、さっきのノヴァの手の温かみと柔らかさを思い出したが、それも現実逃避だったのだろう。

 

「…ワシが手に入れたからには、もう二度と放しませぬぞ。

 どこにも、誰の手にも渡しませぬ。

 ワシのこの手で、必ずお守り申し上げ…ッ!!?」

 …うっとりと囁く言葉が唐突に止まり、あたしの背から金属の感触が離れる。

 あれ?と思って顔を上げると…

 

「………ひッ!?」

 フェンブレンの顔面から刃が生えて…否、フェンブレンの刃とは違う輝きを持った剣の、その剣先が、フェンブレンの両目を貫いていた。

 

「ウギャアァアッ!!!!」

 一拍置いて、フェンブレンの魂消るような悲鳴が響く。

 

「……こうまで醜いものだったとはな。

 強者が弱者の意志を、力で捻じ曲げようとする行為が。

 他人がしているのを見て、初めて判る…」

「だっ…誰だッ!!!?何者だァァッ!!!?」

 誰何する声に答えず、抉るように剣が捻られて、貫かれたフェンブレンの両目の亀裂が、更に深くなる。

 ……ちょっと見るに耐えない。

 

「この場は退け…さもなくば、両目だけでは済まなくなるぞ…!!!」

 そう呟くように言う低い声にこもる気迫と、背を向けていても感じる圧迫感に、息が詰まりそうになる。

 だがきっと、目の前のフェンブレンはそれどころの騒ぎではない。

 

「だっ…誰かは知らんが覚えておれよッ!!!

 …絶対に、ただでは済まさんッ!!!」

 そのフェンブレンが叫ぶ声と同時に、突き立てられていた剣が引かれる。

 次の瞬間、フッとその場から、フェンブレンの姿がかき消えた。

 

 …圧迫感が唐突に緩み、恐る恐る背後を振り返る。

 そこでは黒いマントに身を包んだ長身の男が、剣を鞘に収めているところだった。

 

「…竜騎将・バラン…!!」

「……どこかで会ったか?」

 …伝説は、癖の強い固そうな髪を揺らして振り返ると、訝しげな目をあたしに向けた。



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39・武器屋の娘は伝説を捕獲する

「やっぱりどこにもいねえぜ、チウの奴…!

 ゴメもいねえし、いつのまにかリリィも居なくなってるし…!!」

「え、リリィならさっき会ったわよ?

 一応彼女にも、チウ達を見なかったか聞いてみたけど、知らないって言ってたわ」

「…うん、なんかリリィの方は、あちこちに痕跡は残してるんだよなぁ…」

 そう頭を掻きながらマァムにぼやくポップの姿に、思わず苦笑が漏れる。

 ドックの方ではベンガーナの兵士さん達が助けられたと口々に言い、あまつさえ『あの子は天使だ』って涙ぐんでたし(アキームさんだけは『絶対違う。おまえらは騙されている』って、何か遠い目をしつつツッコんでたけど、何があったかは怖くて聞けなかった)、あと別な場所では北の勇者君が、割と元気に負傷者の救護を率先して行なっていて、身体は大丈夫かと声をかけたら、『リリィに薬草と、ついでに元気を貰いました!!もう大丈夫ですから、戦いで役に立たなかった分、働かせてもらいます!御迷惑をおかけしました!!」と、ルーラで飛び立つ前とは別人みたいな口調で爽やかに答えられた。

 その際何故か『お義兄さんと呼ばせてください!』とよくわからない事を言ってポップに詰め寄ってきたのを、わたしには状況がよく判らなかったがポップには意味がわかったようで、『顔洗って出直してこい!!』と返すというやりとりがあり、なんだかげんなりしていたのを先ほど見ている。

 

 …それはともかく、周囲の証言から推測する限り、チウたちはこの港では誰にも目撃されておらず、つまりわたし達が駆けつけた時点で、ここには来なかった事になる。

 …普通に考えれば目立つでしょうからね、あの子達。

 

「モンスターだ!モンスターが出たッ!!」

 と、少し離れたところでそんな声が聞こえ、ポップと顔を見合わせる。

 

「待って、違うわ。その子達は仲間…」

 てっきりチウ達が戻ってきて、彼らの存在を知らない人たちが騒いでるんだと思って声を上げる。

 だが、比較的軽傷な戦士たちが色めき立って取り囲んでいるのは大ねずみと金色のスライムではなく、パピラスとマリンスライムだった。

 

「…じゃねえな」

「……ええ。でも、様子が変だわ」

 確かにパピラスというのは、カール王国周辺に出没するモンスターだ。

 だが、マリンスライムは珍しい。

 貝殻を背負ったこの小ぶりなスライムは、確かに海のモンスターではあるが、どちらかといえば船で航行中に出くわす事の多いモンスターで、まったく前例がないわけではないが、あまり浅瀬や海岸付近には出没しない筈だ。

 それに両者は空と海、まったく重ならない世界の生き物であり、旅をしていれば別種のモンスターが同時に襲ってくる事はたまにあるが、この組み合わせで出没する事はまずないのではなかろうか。

 2匹は、退治しようとそれぞれに武器を取り、恐る恐る攻撃をしようとしている戦士たちに、襲いかかってくる様子もなく、ただまごまごしている。

 ふと、2匹の目の中に、ガルちゃんと初めて会った時に感じた、明確な意志を感じた。

 

「…やっぱり待って!

 みんな、そのモンスターに攻撃しないで!!」

 だが、先ほどまで敵の襲撃を受けていたせいで、人間たちはこのモンスター達の出現に、明らかにパニックを起こしていた。

 まだダイ達と知り合う前、魔族である事を隠して旅をしていた頃に何度も感じた、人間たちの群集心理。

 それはわたしにとってある意味馴染んだ感覚であると同時に、なによりも恐ろしいもので……。

 

「…まったく。モンスターならばここに、もっと恐ろしいのが居るだろうに」

 と、どこか気の抜けるような声とともに、反射的に身をすくませていたわたしの身体が、強い腕に抱き寄せられた。

 

「クロコダイン?」

「…耳を塞いでいろ」

「えっ!?」

 

 

 ウオオオォォオ──────ッ!!!!

 

 

 …それは、大地を震わせるほどの雄叫びだった。

 その場のすべての者達がその声に驚き、立ちすくむ。

 全員の動きが止まり、完全に場を支配したクロコダインが、やはりすくんだままのパピラスとマリンスライムに向かって、そのテンションのまま言葉をかけた。

 

「獣王の名に於いて命じる!

 貴様らが、人の住まう地に足を踏み入れた、その理由を説明するがいい!!」

 …獣の王って、単なる呼称じゃなかったんだなぁ…と、耳を塞いでいたにもかかわらず、未だ鼓膜が振動している感覚に耐えながら、わたしは思っていた。

 

 ・・・

 

 クロコダインがその2匹から話を聞いたところ、『タイチョー』と共に死の大地に足を踏み入れたら『銀色のとんがった奴』に襲われて、そこに『ちいさい人間』が現れて自分たちをここまで逃がしてくれたが、その『ちいさい人間』と『タイチョー』と『隊員2号』は、あちらに取り残されてしまったという。

 

「……これ、どう考えても流れ的に、チウとゴメちゃんと、リリィよね…。

 じゃあ3人とも、死の大地に…!!?」

「…すまん!

 こんな無茶をしでかすのなら、チウに“獣王の笛”をくれてやるのではなかった!!」

「おれも、リリィを野放しにしとくんじゃなかった。

 あのバカ……多分、ちょっと迎えに行くくらいのつもりで、巻き込まれたんだろうが、なんで一言、おれに相談しねえ…!!」

「確かに女王(クイーン)僧正(ビショップ)は、ほぼ無傷だった。

 こいつらの身体についた傷を見ても、『とんがった奴』というのは僧正(ビショップ)のことだろう」

「だとしたら、リリィは無事じゃないかと思うけど…逆にリリィ以外危ないかもしれないわ。

 …無事で良かったわね、あなた達」

 事情を説明してくれたモンスター2匹に、わたしが回復呪文をかけてやりながらそう言うと、どうも“獣王の笛”で仲間にしたモンスターは、魔物使いに訓練されたのと同等の知性を得ることができるらしく、こちらの言葉に反応して、目をうるうるさせている。

 

「ご苦労だった。

 …恐い思いをさせて、済まなかったな。

 チウ達の事はオレ達に任せて、ここで待っていろ」

 そして、クロコダインがそう言葉をかけてやると、2匹はとうとうその目からぽろぽろ涙を流し始め、ダイが「泣くなよぉ〜」と一生懸命それを宥めていた。

 

 そんなわけで、ポップがヒュンケルとクロコダインを連れて、3人を迎えに行く事になった。

 ダイが一緒に行くと言ったが、それはヒュンケルに止められた。

 

「この期に及んで更に襲撃される事はないだろうが、万が一を考えて、ダイはここにいろ。

 一時的にとはいえ、戦力が二分される。

 回復ができる者だけを残すと、戦えるのがマァムとグエンだけになってしまうからな」

 …ヒュンケルがそう言ってちらりとこっちを見たところを見ると、この言葉にはわたしにクギを刺す意味もありそうだ。

『来るなよ!絶対に来るなよ!

 いや、これフリじゃないからな!!』

 ってところだろう。

 行動パターンが読まれていて軽くムカつく。

 わーかーりーまーしーたー。

 

「…充分強力だと思うけど…うん、わかった」

「心配すんなって!

 こっちの用心棒も強力だからな!!

 後は頼んだぜ!!」

 努めて軽い口調で言って、ポップは2人を連れ、ルーラでその場から飛び立った。

 

 ☆☆☆

 

「…助けてくれて、ありがとうございます。

 それと、あなたを倒そうとして死んだ兄も、あなたに命を救っていただきました。

 その事についても、お礼を言わせてください」

「君は…まさか、あの魔法使いの…!?」

「はい。妹の、リリィと申します」

 とりあえずさっき投げ捨てられてちょっと怒ってるぽいゴメちゃんを抱き上げ、肩に乗せながら、あたしはそのひとを見上げて言った。

 …チウは、今は動かさない方がいいかもしれない。

 物語の通りに進めば、もうすぐ兄たちがこの子を回収に来るだろうから、最低限の手当てだけして、彼らに連れ帰ってもらおう。

 念の為残っていた薬草を、胸の傷の上にあてがい、簡単に止血する。

 食べるのが一番効果高いけど、無理矢理口に詰め込んだら窒息するし。

 

「…確かに、その変わったスライムに見覚えがある。

 ただの人間の娘が、何故あのような者に狙われているのかと思ったが、勇者の仲間だったというわけか」

「いいえ、単に勇者パーティーの1人が血縁者というだけの、ただの人間の小娘ですよ」

 そう答えたあたしの言葉に(ドラゴン)の騎士・バランは、胡乱な目であたしを見下ろす。

 だが、やがて興味を無くしたように踵を返し、何も言わずに立ち去ろうとしたその背中に、頭の中に現れてまくし立てるオッサンの言葉を、あたしは丸ごと復唱した。

 

「【真魔剛竜剣】…(ドラゴン)の騎士に代々受け継がれる正統にして唯一の武器。

 神々により(ドラゴン)の騎士が生み出されたと同時に誕生し、その(ドラゴン)の騎士に与えられたもので、刀身は永久不滅と言われる金属、オリハルコン。

 それがゆえの自己修復能力を備え、刃こぼれなどの小さな損傷は自然と修復されます。

 現在は破損からの修復中。

 特に死神キルバーンとの交戦による、強い酸による損傷が見られ、現時点で40%ほどまで回復しているものの、100%の回復までには、自然修復のみでは、あと26日必要です」

「なに!?」

 あたしの言葉にその人は振り返り、目を見開く。

 

「……君は一体何者だ。何故、そのような…」

「そんな事より、剣の状態について気に留めていただけましたでしょうか?

 正直、すぐにでも専門家による人為的修復を施さなければ、大事な戦いの時に、命取りになりかねないかと思いますが。

 ていうかこのまま大魔王バーンに挑めば、間違いなくあなたは死にます。

 …挑むつもり、なのでしょう?」

 正直、この後の事とかはあんまり考えてなかった。

 だけど、声をかけずにいられなかったのだ。

 なんというか…ハドラーの孤独にあてられた時と同じような感覚をおぼえたとも言えるし、武器屋の娘として、傷ついた武器が壊れるまで酷使されるのを、見ていられないというのもあったろう。

 あたしに問われて、バランは何かに耐えるように、あたしから視線を逸らした。

 

「……死は、元より覚悟の上だ。

 大魔王を相手に、ただで済むとも思ってはいない」

「それが、無駄死にになったとしても、ですか?」

「…無駄死にだと?」

 逸らされていた視線が、再びあたしに向く。

 キッ、と音がするようにあたしを睨み、正直威圧感でちびりそうだったけど、商人の意地で、あたしは敢えて、笑みを浮かべてみせた。

 …けど逆に、ここはあたしの勝ちかもしれない。

 少なくとも主導権と場の空気は、確実にあたしに移ってきている。

 

「ええ。

 あなた的にはたとえ敗れても、ダイ達が戦う時に少しでも有利になるよう、敵の数を減らしておくとかいうつもりでしょうけど、今のままだと、ハドラーの部下達にすら歯が立たず、大魔王に一太刀浴びせるどころか、その姿を見ることすら叶わずに、志半ばで斃れるでしょうね。

 今、その剣が抱えてるのは、そのくらい深刻なダメージなんです。

 そんな瀕死の状態でま〜だ働かせるとか、どんなブラック企業ですか。

 (ドラゴン)の騎士様、ヒッドーイ。

 やめて!もう真魔剛竜剣のライフはゼロよ!!」

「後半はなにを言っているか判らんが……酸による損傷だと?」

 …どうやら興味を引く事には成功したようで、バランは話に食いついてきた。

 

「はい。

 …先日死神キルバーンと戦闘した女性僧侶が持っていた武器に付着していたのと、まったく同じ成分ですね。彼と、戦ったでしょう?」

 そう問うと、バランは何故だか、嫌そうに眉を顰めた。

 …てゆーか『死神』よりも『女性僧侶』の方に反応した気がするのは、あたしの気のせいだろうか。

 

「そんなことまでお見通しか…確かに、奴が私を殺しにきて、私はそれを返り討ちにした。

 上半身と下半身を二つに分けてやったから、今頃はまだアルゴ岬の洞窟の中に、胴切りされた状態で転がって…」

「ませんね。残念ながら生きてます。

 そして、その胴切りをした事が剣のダメージの原因とみて、間違いありません」

 指摘してやると、バランはもう何度目になるか判らない驚いた表情を見せる。

 つか、やっぱり来てたんだな死神(キルバーン)

 時期的な事は覚えてなかったけど、バランも大魔王バーンの司令を受けて、アイツのターゲットにされていた。

 そのイベントは既に通過済みという事だ。

 まったく忌々しい事だな!

 

 …けど、お陰であたしがこのひとを引き止める理由ができた。

 だって今思い出したけどよく考えたら、このままこのひとをここに置いてったら、このひと自身の死亡フラグよりも先に、ヒュンケルさんの戦闘不能フラグが立つ場面じゃないか。

 

「だが、人為的修復といっても…」

「オリハルコンを加工できる技術を持つ、武器職人を知っています。

 あたしと一緒に来てくれませんか、バラン様。

 …それとも、恐いですか?『人間の小娘』が?」

 言って、ちょっと挑発するように笑ってみせると、バランは明らかにムッとした。

 正直、操りやすいというか、チョロいと思う。

 

 …かくしてあたしは(ドラゴン)の騎士を、言葉巧みに捕獲した。

 …あと思うところあって、せっかく死の大地に来ていた事だし、その地表一帯の魔力の土を、結構大量に採取して『道具袋』に入れて持ち帰った。

 

『やっぱり作るんですね、アレを!?』

 と頭の中のオッサンが(わっる)い顔で笑って言った。

 やかましい黙ってろ。

 

 ☆☆☆

 

 そして。

 

「これが…真魔剛竜剣!

 神が創ったといわれる最強の武器か……!!」

「ちょ、ロン先生、鼻息荒過ぎー。

 落ち着いてくださーい。

 こっちの世界に戻ってきてくださーい。

 バラン様がドン引きしてるじゃないですかー」

「これが落ち着いていられるか!

 オレが追い求めた伝説が、今、目の前にあるんだぞ!!」

 やめろこの武器オタク。やめてさしあげろ。

 …いや、オタクに餌与えた事は、確かにあたしが悪かったと思ってるけど、そこで大興奮している武器オタクは、間違いなく今その剣が必要としている唯一の男だから。

 だから泣くな。オッサンが泣くな。

 見なかったことにしといてやるから、とりあえず泣くな。

 

 ランカークスの森の中に、ひっそり佇む小屋の中。

 魔界において伝説の名工と呼ばれた武器職人が、差し出された一本の剣を前に、血走った目を爛々と輝かせており。

 その光景にドン引きどころか、どうやら恐怖すら感じてるらしい、やはり生ける伝説、世界の審判者、(ドラゴン)の騎士は完全に涙目で、救いを求めるように傍の少女に視線を向けている…。

 

 ってなんだこのカオス。




というわけで、フェンブレンのヤンデレ化が巡り巡って、桶屋が儲かる的な流れで、ヒュンケルの戦闘不能フラグぶち折りました。
何が幸いするかわからないものです。
かいてるやつも驚きました。


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40・武器屋の娘は涙を拭う

関係ないけど一応ベンガーナ領は、上水道は王都のみだけど下水道設備は辺境の村にも行き届いてるって設定にしてる。
実はトイレも生活排水を一旦溜めておいてそれをポンプで汲み上げて流す方式の水洗だったりするけど、まあ大して考えてないので突っ込まないでくれると嬉しい。


 …酒瓶と在庫のお酒を地面に流してくる、と脅したら、先生はようやく正気に戻ってくれた。

 ところで割とどうでもいい情報だが、この世界は前世ほどには醸造環境が整っていない為、お酒の種類はあまり多くない。

(まあ、少年漫画の世界だからという理由もあるだろう)

 地方にもよるが、一般的に飲まれているのはワインか蜂蜜酒(ミード)であり、ロン先生や父さんは蜂蜜酒(ミード)の方を好んで飲む。

(パプニカではビールも飲まれているらしいが、ベンガーナではまだ王都の飲食店で提供されるくらいで、一般家庭には浸透していない。ましてうちのようなイナカ村じゃ、存在すら知らない人の方が多い気がする。統計とった訳じゃないから正確なところは知らないけど)

 そしてギルドメイン山脈の麓に位置するこの村は、井戸から汲み上げる水も洗濯等に使う用水路の水も、全てギルドメインの融雪水。

 つまり、いい水が湧く地域なわけで、そこで造られるお酒が不味い訳がないと、都会に持っていけば割と高値で取引されるらしい。

 瓶に入れると重たくなる上、搬送途中で割れたりするから、大量出荷はできないんだけど。

 いつか大量の搬送に耐えられる丈夫で軽い瓶が開発されたら、村の大井戸からくみ上げた水を詰めて『ギルドメインのおいしい水』として売り出せないかと密かに思案中。

 ちなみに肩に乗せて連れてきたゴメちゃんは、さっきから深めの皿に注いだ井戸水を嬉しそうに飲んでいる。

 さっき若干機嫌を損ねていたし、美味しいと思ってくれているなら何よりだ。

 たんとおあがり。

 

「ん、コホン…まあ、だが確かに腐蝕が酷いな。

 オリハルコンが永久不滅の金属ってのは、所詮は伝説の中の誇張って事か」

「この金属の特性である、自己修復能力による誤解の可能性が高そうですね。

 恐らくは…まあ、それが可能であればの話ですが、自己修復が追いつかないほど粉々に砕かれたりした場合、普通に剣としての役割は終了でしょう。

 その場合、時間をかければ金属の塊に戻りはするかもしれませんから、再び剣に加工するのは可能でしょうけど」

「…そ、それで、修復は可能なのか」

「それは問題ない。任せておけ。

 基本的には洗浄と、研ぎだけだ。

 …だがこの剣がこの世に生まれて以来、こういった人意的なメンテナンスを施されるのは初めてだろうからな。

 いいものを見せてもらったせめてもの礼に、こいつが病みつきになるくらいピッカピカの状態にしてやる」

 …それ、年齢いってから初めてマッサージ受けたオッサンが、ハマって週一必ず通うようになるみたいな感覚だろうか。

 バランにしてみたら定期的にロン先生に会いに行かせないと剣がへそを曲げる状況とか、割と迷惑な気がするんだが。

 

 まあそれはそれとしてそんな感じで、真魔剛竜剣の刀身の洗浄とメンテナンスが開始され、待っているバランに、簡単な食事を出しておくことにした。

 見てると感情的になりやすい気質が目立つし、カルシウム足りてないんじゃないだろうかと。

 そんな割と失礼な事を考えながらも並べたパンとスープだけの食事を、少し躊躇ってから『頂戴しよう』と手をつけ始めたバランに、思わず目を瞠った。

 

「……どうした?」

「…あ、ごめんなさい。じろじろ見てしまって。

 バラン様はものを食べる時の所作が綺麗ですね。

 失礼ながら、少々驚きました」

 そう。バランは食べ方がとても綺麗というか、驚くほど品があったのだ。

 まるでどこかの王様の食事風景を見ているみたいで、田舎の質素な食事に、それだけで高級感が出てくるほどに。

 …いや、王様と食事したことないけどさ。

 あたしがそう言うとバランは一瞬、とても無防備なキョトン顔であたしを見返した。

 その表情がダイと少し似ていて、笑いそうになるのを慌てて表情筋を引き締めて止める。

 

「そうか?

 ……短期間だが、貴族教育を受けたからかもしれぬな。

 といっても、教わったのはほぼ、妻からだ。

 指摘されるほど身についているとは、自身では思っていなかったが」

 そう言って、遠くを見るような目をするバランの表情は、優しげでありまたどこかに苦いものも含んでいた。

 あ、これ辛いこと思い出させちゃったかも。

 

 …バランの、人間に対する憎しみは、一朝一夕に昇華できるものではない。

 ある意味このひとの抱える孤独は、ハドラーのそれより更に耐えがたいものの筈だ。

 ハドラーのように最初から1人というわけではなく、誰かと分かち合う幸せを知ってしまった後のそれなのだから。

 そもそも、愛したひとを失うという事以上に、辛く悲しい事なんてこの世にあるだろうか。

 今世でそこまでの感情を経験したことのないあたしには、まだわからないけど。

 前世の記憶はあくまでも知識であり、それに伴う感情なんかは、そうだったと記憶するのみだ。

 その時の感情を今の肉体で経験していない以上、実感が伴う筈がない。

 

  …ほんの少し呆けていたあたしは、そのひとの大きな手が頬に触れてくるまで、その動きに気がつかなかった。

 

「……………え」

 驚いてその顔を見返すと、ひどく切なげな視線と合った。

 というか、これはどういう状況?

 

「あ、あの……!?」

 あたしが声をかけると、自分がそうしていることに初めて気がついたように、バランは慌てて手を引っ込めた。

 

「す、済まない。 その、君が……」

 キャラに反するほど狼狽えて、しどろもどろに言い訳をしようとするその言葉は、だが、全てを言い終えることはなかった。

 その瞬間、空間の匂いが変化したかと思うと、それまでそこに存在しなかった大きな体積が、無理矢理空間に割り込んできたのだから。

 

 ☆☆☆

 

「……そ、そうか…みんなが助けてくれたのか…リリィさんも…」

 全身傷だらけの状態で倒れているチウを助け起こすと、なんかよく判らない事を言われた。

 そのまままた気を失ってしまったチウの手から、おれが以前無くした杖が転げ落ちる。

 …拾っといてくれたのかよ。無茶しやがって。

 周りを見渡してもチウ以外の奴は見当たらず、リリィだけじゃなくゴメもどっかにいっちまったようだ。

 

「…チウの奴、オレ達に助けられたと思い込んどるようだな」

「ウム。傷から見てもやはり敵は僧正(ビショップ)

 チウの力で撃退できる相手ではない。

 ……どうやらリリィは連れ去られたか」

 ヒュンケルの推測に、目の前の光景を見ておれは首を振る。

 

「いや…チウの傷、簡単にだが手当てされてる。

 これ、やったのは恐らくリリィだ。

 だとしたら、これから連れ去られるって時に、悠長にこんな事してられる訳ねえ。

 …色々制限はあるが、逃げる手段は持ってるんだ、あいつ。

 この場を離れざるを得ない何かは起きただろうが、無理矢理連れ去られたとかじゃねえ…そんな気がする」

 もし連れ去られたってんなら、チウはもっと酷い状態でここに置き去られてる筈だし、下手すりゃ殺されててもおかしくない。

 

「…どちらにしろ、闇雲に探し回ったところで見つけられるかは判らん。

 敵地をオレたちだけで長いことウロウロするのは危険すぎる。

 一先ずチウだけでも連れて帰って…ゴメがリリィと共にいると仮定して、リリィは、グエンの転移呪文ならば合流できるから、よほどややこしいところに居るのでもなければ連れ戻せるだろう。

 ここは素直に、あいつに頼むことにしよう」

 クロコダインのおっさんがそうまとめると、何故かヒュンケルが眉を顰める。

 

「グエンか……」

「…どうした、ヒュンケル?」

「いや…あの女性(ひと)が関わると、事態が明後日の方向に向かう気がしてな…」

「やな事言うんじゃねえよ」

 あり得そうな不吉な可能性に背筋が寒くなったが、まずはチウを連れ帰る事にして、おれはおっさんとヒュンケルをチウを中心にして呪文の有効範囲に入れ、ルーラを唱えた。

 

 ・・・

 

「ほぉら、やっぱりわたしが必要なんじゃない!」

 どうやら置いていかれた事を若干根に持っていたらしいグエンが自分の槍を手にしながら言い、ヒュンケルがそれを見てため息をつく。

 

「…これだから頼りたくなかったのだが」

「何か言った?…フン、まあいいわ。

 …クロコダイン、念の為、あなたも一緒に来てくれるかしら?」

 連れ去られたわけではないという仮説を立てたものの、万が一という事がある。

 グエンもそれを踏まえたのだろう、おっさんにそう声をかけると、おっさんは力強く頷いた。

 

「ああ、任せろ」

「グエン、オレも一緒に…」

「ごめんなさいヒュンケル。

 リリルーラで転移できるのはふたりまでなの」

 そして、更にヒュンケルが申し出た護衛を、グエンはメッチャ嫌味ったらしくあっさりぶった切って、おっさんの腕に手をかけると、そのまま例の転移呪文を唱え、フッとその場から消えた。

 

 …なにげにいやな予感がするのは、ヒュンケルの辛気臭い表情のせいだと信じたい。

 

 ☆☆☆

 

「だから、一緒に戦えばいいじゃない。

 戦力を分散させるなんて愚策だわ」

「共闘する気はないと、何度言えばわかる」

「ラーハルトの遺体を預けた時に、わたしの頼みをひとつ、聞いてくれると言ったわよね?」

「和解はしないとも、その時言ったはずだ」

「…いいわ。

 なら、わたしとサシで勝負しなさい!

 わたしが勝ったら言うことを聞いてもらうわ!!」

「…話にならん。

 互いの力の差は歴然としている」

「やあね、なにも肉体言語で語ろうとは言ってないじゃない。

 コイントスで決めましょう。

 表が出たらわたしの勝ち、裏が出たらあなたの負けよ!」

「騙されるか。

 それだと、どちらも私の負けになるではないか」

「チッ……!!」

「女性が舌打ちをするな、はしたない!!」

 いや、オカンか。

 目の前で繰り広げられる、緊張感があるようでないやりとりに、思わず半目になる。

 …どうやらあたしを探して転移してきたらしいグエンさんとクロコダインは、あたし(とゴメちゃん)がロン先生のところに戻っていた事に安堵すると共に、同じ場所にいたバランの姿に驚愕した。

 この状況では仕方なく、あたしがチウ達を迎えに行ってフェンブレンと遭遇した事、連れ去られそうになったところでバランに助けられた事、バランがそこにいたのは大魔王バーンを倒しに行く為であったものの、武器の状態に問題があった為、修理の為にここに連れてきた事を話すと、クロコダインが『目的が同じならば共闘すべきだ』と申し出て、それをバランがいきなりぶん殴ろうとしたので、慌ててその拳を両手で押さえて止めたら、メッチャ驚かれて心配された。

 聞けばバランがその時固めていた拳は、攻撃目的の竜闘気(ドラゴニックオーラ)をガッツリ纏っていたのだそうで、ただの人間、しかも非力な女の子が、なんの防御策もなくそれを素手で握って、無傷でいちゃいけなかったらしい。

 いや知らんわ。

 バランはあたしの手首を掴み両掌を開かせて、火傷どころか一片の傷もない事を確認してようやく安心してから(このホッとした表情も、どことなくダイに似ている)、思い出したように表情を引き締め、

 

「… 冗談ではないッ!!

 この竜騎将バランを見くびるでないわ!!!」

 と改めてクロコダインに向かって怒り出して、その場の全員が思い切りずっこけた。

 その時点で、もう場の緊張感を取り戻す事は不可能と(ようやく)理解したようで、なんかふて腐れたようにそれまで腰掛けてた椅子にまた腰を下ろし、腕を組んでムスッと黙り込んだ(いいオッサンの筈なのに、見てると度々こんなふうに、子供みたいな反応するんだよね、このひと。戦いに費やした半生は、戦闘力に反して、彼に精神の成熟を促さなかったのかもしれない。考えてみれば宿命の対決とはいえ、12歳の息子とマジガチバトルする父親だったよこのひと…!)バランに、グエンさんが改めて話しかけて、こんなグダグダな流れになっているわけだ。

 

「……君と話していると、いちいち調子が狂う」

「偶然ね。わたしもそう思ってよ。

 なんだか気が合うわね、わたし達」

「やかましい!」

「…やかましいのはおまえら全員だ。

 騒ぐなら表に出ていろ」

 最後のはずっと黙って作業していた先生の震え声で、あ、これ背中で聞きながらツボ入ったなと判断して、作業の邪魔になるからとあたしは3人を促して、小屋の外へ出てもらう事にした。

 全員を外に出して小屋の戸を閉める直前、背中を向けたまま堪えきれずブフォと吹き出した後、咳き込んだ先生の声は聞かなかった事にする。

 

 …さて。この状況をどう見るべきなのか。

 相変わらずツンケン状態のバランとグエンさんを観察しつつ、ちょっとオロオロして口を挟むタイミングを計りかねているクロコダインの隣で、密かにこの後の事を考える。

 一応本筋の流れとしては、ヒュンケルさんの犠牲と引き替えに、バランがダイと共にバーンパレスに乗り込むことになるわけで。

 そしてハドラーとの戦いになるわけだが、その際彼の身体に埋め込まれた黒の核晶(コア)にバランが気がついてそれにより苦戦を強いられ、果てはその爆発を抑え込む為に、バランは竜闘気(ドラゴニックオーラ)を使い果たし、そこで命を落とす。

 

 …少し前ならば、あたしはそれを仕方ない事と判断して、そうなると判っていても見過ごしただろう。

 けど、実際に顔を合わせてしまうとどうしても、彼を助けられる道はないかと考えてしまう。

 とはいえ、黒の核晶(コア)の爆発の威力を抑えられるとしたら彼だけであり、あれがそのまま爆発したら、その真上で戦う勇者パーティーが、無事でいられるかどうか。

 そうなると、黒の核晶(コア)そのものをどうにかするしかないわけだが、その手段をどうするかという問題が生じる。

 

 もっとも、ヒュンケルさんの戦闘不能フラグをへし折った以上、この時点でバランがダイと同行する流れには行かないとは思う。

 あれは、2人の戦いに乱入した女王(クイーン)をヒュンケルさんが命懸けで撃退してバランを救い、その心意気に打たれた事でようやく共闘を承諾するという流れになっていたからだ。

 だからといって共闘しない流れになれば、この大人げないオッサンは、当初の予定通りひとりで大魔王バーンに挑むことになり、結局はそれも死亡フラグだろう。

 

 …などと考えている最中、にわかにまた、空間の匂いが変化した。

 

「ハロォ〜、皆さん。

 お取り込み中のところ申し訳ないけど、すこぉし、お邪魔させてもらうよ」

 間延びした口調とは裏腹な威圧感ビッシバシの声に、全員が身構える。

 地面から浮き上がるように姿を現した死神が、すらりと立って大鎌をくるりと回す。

 ポーズが決まった(人形だと思わなければ、スタイルいいからやたら様になるんだよねコイツ)と同時に、一緒に姿を現したひとつ目ピエロが、ちょこんとその肩の上におさまった。

 

「なっ……キルバーン!!?」

 クロコダインが驚いた声をあげ、それに答えるようにキルバーンは、大仰な礼をしてみせる。

 

「フフフ…御機嫌よう。

 バラン君も、先日はどうも」

「リリィの言った通りだったか…生きていると知らされた時は、まさかと思ったが…」

 ほぼ無意識なのだろう、バランが今の今まで睨み合っていたグエンさんを背に庇うように一歩踏み出して…肩越しにその背に右手をやり、本来そこにあるべきものが、今はないことに舌打ちをする。

 その様子にキルバーンは含み笑いをして、仮面の下の目が、こちらを向いた。

 

「死神が殺されちゃあ話にならないからね。

 さすがに彼女は、ボクの事をよくわかってる。

 …ボク達、結構心が通じ合ってるよね、リリィ?」

「…気色悪い事言うな」

 ハドラーに似たような事を言われた時は、ほんの少しだけどきりとしたけど、こいつに言われると寒気しかしない。

 

「……ごめんなさいバラン。

 コイツのこの言い回しを聞いてわたし、今やっとあなたの気持ちがわかったわ。

 絶対そう思ってない相手にこの手の事言われるの、本気でムカつくわね?

 当事者でないわたしがここまで気持ち悪いのだもの。

 今言われているリリィや、さっきわたしに言われたあなたが、どれほど不快であったか、想像に難くないわ」

「…判ってくれたのは何よりだが、今それを言っている時ではないという事も判るな?」

 …そして、何故か妙に緊張感のない会話が、さっきまでギスギスしていた2人の間に交わされているのだが…このひとたち、めっちゃすれ違ってる似たもの親子みたいだと、状況も忘れてつい思ってしまった。

 

「フフッ……けど、今日は残念ながら、キミ達の相手をしている暇はないんだ。

 リリィの監視映像をチェックしてて、しょっちゅう出てくるあの魔族が、まさか魔界の名工と言われたロン・ベルクだったとはねえ。

 ダイ君の剣を作ったのはまだしも、身体を斬らせてまで施したボクの仕掛けを台無しにされそうだし、これ以上勇者パーティーに力をつけられても困るって事で、ちょっと始末しに来たってわけさ。

 …あと、目の前で彼を殺せば、ついでにキミのことも泣かせられるし、ねぇ?」

 ……は?いや待って、なに?

 あたしの監視とか、つっこみたいところは若干あるけど、つまり今日のコイツの目的はロン先生って事なの!?

 そういえば、さっきから小屋の中が妙に静かだ……まさか。

 

「それを、オレ達が黙って見ていると思うか!?」

 キルバーンをひと睨みして、クロコダインが立ち上がる。

 ……その上体が、何故か一瞬、ぐらついたように見えた。

 

「 見ていてもらうしかないね。

 ……そろそろ気がつかないかい?

 自分達が既に、死のメロディーに捕らえられているって事に、さ……!!

 この間のは、バラン君には効かなかったようだから、今回はあれよりもっと、念入りに時間をかけて、奏で続けていたんだ。

 ボクは、死神だよ。

 転んでも、タダじゃ起きないのさ……!!」

 その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、クロコダインが手にした斧を取り落とし、膝を地につける。

 同じようにグエンさんも、そしてバランまでもが、身動きが取れずに、その場に釘付けになった。

 

「なっ……しまった!!」

「くっ……!」

「お、おのれ……!!」

「フフフ…小屋の中で、ロン・ベルクも同じ状態になってる筈だ。

 ボクはキミ達の目の前で、それをサクッと始末する……簡単なお仕事だよねえ」

「させるかあぁぁ──ッ!!!」

 そして、あたしは……ポーチから爆弾石を取り出し、ひとつ目ピエロに投げつけた。

 

「……ッ!!?」

 瞬間、死神の鎌がひと振りされ、小さい石が真っ二つに切られる。

 それは寸断された瞬間小さな爆発を起こしたものの、本来それが持つ威力の半分ずつしかもたらさずに、破裂程度で消えた。

 

「なんだと!?

 アイツだけ笛の音色が効かない!!?」

 ひとつ目ピエロが、1人だけ動くことのできるあたしを見て、驚いた声を上げる。だが、

 

「…まあ、想定の範囲内さ。

 結局は、キミが一番の邪魔者ってわけだ」

 と、キルバーンはいかにも落ち着き払って、使い魔を宥めるように言った。

 …いや本当、一人芝居だとわかって見てたら、こんなにムカつくものもないんだけど。

 

「できれば師匠の殺されるところを見せて、その泣き顔を拝んでから殺してやりたかったんだけど、ここはやっぱり、キミが先かぁ。

 ……ハート・エイト」

「……え!?」

 …瞬間、植物の蔦のような細い紐状のものが、あたしの足元の地面から無数に生えて、それがあたしの体に巻きつき、瞬く間に手足を拘束した。

 

「なっ…!」

 更にいつのまにか同じものが、子供が描いた花のような形状の、巨大なリースを形作っており、あたしの身体がそれに磔にされる。

 そしてどうやら、そのリースの一部らしい蔦の先端に、逆ハート型の葉のような突起が、まったく身動きの取れないあたしの、胸元に狙いを定めていた。

 …つまり、そういうこと。

 

「思えば出会いから、キミには色々楽しませてもらったね。

 名残惜しいけど、別れの時は必ず来る。

 ……さよならだ、ボクの鈴蘭の君(Lily of the valley)*1

 

「リリィッ!!!!」

 悲鳴のようなグエンさんの叫び声が聞こえ、同時にあたしを狙っていた蔦の先端が、真っ直ぐあたしの心臓に突き刺さ

 

「母上ッ!!!」

 

 ガキイッ!!!

 

 …覚悟した痛みは訪れず、金属同士がぶつかり合うような不自然な音に、思わず閉じていた瞼を開く。

 その、目の前に、銀色が広がっていた。

 とんがったフォルム。

 抉られて、砕けたままの目というか顔面。

 それが、同じ目線の高さにあり。

 

「フェン…ブレン……!?」

 思わず口をついてその名を呼ぶも、己で見ているものが信じられない。だって。

 

「…グ……ッ……!!!」

 三日月のような形の胸のパーツ、その左側。

 人間でいう、心臓の位置。

 そこから、さっき見たばかりの、鋭い突起が、背中から表側までを貫いている。

 この身体はオリハルコン製で、この世にこれ以上の硬度の金属はない。

 たがそれでもある一定以上の威力とスピードをもってすれば、砕き貫く事は可能という事実は、それより劣る金属で作られた武器でそれを行なったヒュンケルさんが証明したことだ。

 いや、そんなことより。

 

「な、なんで…?アンタ、なんでこんな……!?」

「は、は…上。御無事…で……」

 呻くように言って、フェンブレンは自分の胸から突き出していた蔦を切り落とし、それからあたしの拘束を、同じようにして切り落とした。

 地面に落ちかかるあたしの身体を抱きとめて、ゆっくりと下ろす。

 そうしてから、崩れ落ちるように、膝を地につけた。

 貫かれた(コア)の位置から、紫電のように魔力が弾ける。

 そう、こいつは禁呪生命体。

 基となる(コア)を砕かれれば死ぬ。

 フェンブレンは今まさに、死に瀕している。

 何故?……それはあたしを庇って、だ。

 

「………アンタ馬鹿じゃないの!?」

 その事がじわじわあたしの頭の中に、理解という形で浸透した瞬間、あたしは叫んでいた。

 

「アンタの一番はハドラーでしょう!?

 アンタはハドラーの親衛騎団、死ぬんならあたしじゃなく、ハドラーの為に死ぬべきでしょう!!」

 それがなんであたしなんか庇って死にかけてんの!!?

 なんかよくわからない、怒りにも似た衝動に任せて、あたしは目の前の銀色を怒鳴りつける。

 だって違う。こんなのは違う。

 

「…ワシは…違った。

 敢えて、足並、を乱す事、も…ない、ゆえ、調子を合わせ…て、いた、だけ……。

 ワシに、とっては……母上が、唯、一の……」

 そこまで言ったフェンブレンが、何故か、笑ったように見えた。

 

「…お別れ、です。母上……!」

 そう言って立ち上がり、ふらつきながらも、死神(キルバーン)に向かって歩み寄る。

 その両腕が、死神(キルバーン)を拘束した。

 更にそれを、抱え上げたまま上空へと飛ぶ。

 

「まさか!や、やめろ!!

 この……人形風情がァ──ッ!!!」

「これでいい…これで、もう、母上が…ワシを忘れる事は……な、い………!!」

 

 そして……

 見上げた上空で、激しい爆発が起きた。

 

「フェンブレン─────ッ!!!!!」

 

 ☆☆☆

 

 そして。

 静けさを取り戻したその場で、最初に動いたのは、誰でもなく先生の小屋のドアだった。

 

「クソッ…まったく身動きが取れなかった。

 一体何だったんだ、今のは?」

 まだ少しふらつきながら先生が中から出てきて、あたし達の方へ歩み寄ってくる。

 グエンさんとクロコダインが状況を説明してくれ、あたしはその間ずっと、フェンブレンが消えた上空を見上げていた。

 

「…死神の、最期か」

 いつのまにか隣に来ていたバランの声に、あたしは首を横に振る。

 

「いえ、残念ながら逃げおおせました」

「…なに!?」

「爆発の瞬間に転移で逃れて、今は大魔王のもとにでも戻ったんじゃないですかね。

 ほら、一緒にいた小さいのも、いつのまにか居なくなってたでしょう?

 ……馬鹿じゃないの…あたしなんかの為に…ぶっちゃけ、無駄死にじゃん…!!」

 …そう。『キルバーン』は死んではいない。

 爆発の瞬間、あたしの『目』は確かに、直前で転移を使う光景を捉えていた。

 けど、そんなのはわかっていた事だ。

 ある意味この世界のラスボスであるアイツが、こんなところで死んだりするわけがない。

 

「…すまなかった」

 ふと、バランが何か痛いような表情で、あたしを見下ろしているのがわかった。

 

「………なんで、あなたが謝るんです?」

「私が奴の両目を潰していなければ、奴ももっと、違うやりようがあったかもしれない。

 そうであれば、君をこれほど悲しませることもなかった」

 …悲しんでる?あたしが、何を?

 そう問おうとしてバランを見上げた両目から、何か熱いものがこぼれ落ちるのを感じた。

 何故だか、視界がやけにぼやける。

 思わず目を擦ろうとして、その両腕が取られた。

 戸惑うよりも前に、バランの胸元…というよりは腹に抱き込まれ、あたしの頬が当たった部分の彼の服が、急に湿り気を帯びる。

 …その状態になって初めてあたしは、自分が泣いていることに気がついた。

 そして気づいた途端、抑えきれない感情の奔流が、胸の奥から溢れ出てきて、あたしはバランの胸にすがりついて、慟哭した。

 

 あたしは、アンタの母親なんかじゃないのに!

 だって子供を庇うならともかく、子供に庇われて死なせるとか、母親がすることじゃないじゃん!!

 馬鹿だよ…ホント馬鹿だよ……フェンブレン…!

 

 ☆☆☆

 

 …泣き疲れて眠ってしまったリリィを小屋の中の寝台に運び、彼女が完全に眠っているのを確認した後、外の空気を吸いに小屋の外に出たバランがふと見上げた空には、既に星が瞬いていた。

 剣の修理が終わるまではここを離れる事はないからと、クロコダインとグエンには、一旦帰ってもらっている。

 彼らにも休息は必要だろう。

 

「お疲れさん。飲むか?」

 と、後ろから声をかけられ、振り返るとロン・ベルクが、酒瓶とコップをふたつ手にして立っていた。

 

「…剣の方はどうなっている」

「慌てるな。あの『急なお客さん』のせいで、やるべき事がいくつか増えた。

 不眠不休で働かせる気か?少し休ませろ」

 ならばこの飲む時間を、休んだり食事を取るのに当てればいいのでは、と思わなくもなかったが、扱いの難しい男であるのはリリィとのやり取りを見ていて察する事が出来たので、バランはそう思ったことを敢えて言わずにおく方を選んだ。代わりに、

 

「………貰おう」

 そう言って、差し出されたコップのひとつを受け取る。

 自分のそれに琥珀色の液体を注ぎ、瓶をバランに手渡しながら、ロン・ベルクが口元に薄く笑みを浮かべて言った。

 

「…さっきから見てると、お前さんはリリィには甘いようだな。絆されたか」

「なんだと?……いや」

 問いながら何か面白いものを見るようなロン・ベルクの視線から、思わず目を逸らす。

 

「…だがリリィを通して、他の何かを見ている。

 差し支えなければ聞かせてくれんか?

 そうだな…剣の修理代がわりに」

 そもそも修理代を取るつもりはなかっただろうに、そんな事を言うその男を睨むように見返しながら、バランは小さくため息をついた。

 そうして、躊躇いながらも、言葉を紡ぐ。

 

「…………私の亡き妻は、美しい娘で、そして優しい女性(ひと)だった。

 彼女と過ごした日々は、それまでの戦いの人生を塗り替えるほど幸福で、安らぎに満ちた日々だった。

 …彼女の、総てを遍く照らす太陽のような微笑みが、今は自分だけに向けられている、その至福に酔いしれた。

 ……だが、彼女を失い、人間を憎み、やり場のない怒りに身を燻らせて、気がつけば、あれほど愛しいと感じていた彼女の笑顔を、今は思い出せない」

 バランの言葉を聞くロン・ベルクの表情には、明らかに『何の話だ』という疑問が浮かんでいた。

 苦笑を押し殺しつつ、バランが続ける。

 

「似たところなどどこにもない…しいて言えば髪の色は同じだが、黒い髪の女性など、この世にはいくらでもいる。

 だというのに…あの子の、私を気遣うような目を見た時、あの子の心からの笑顔を見たいと思った。

 あの子が笑ってくれたなら、妻の笑顔を思い出せるような気がした。

 そしてあの子の泣き顔を見て…妻が泣いているような気がした。

 ……それだけだ。つまらない話だったろう」

 絞り出すように紡いだ言葉を、自分で改めて陳腐だと感じながら、バランが言い終えると、ロン・ベルクは何か考えるように、眉間にしわを寄せた。

 しばらくそのまま黙っていたが、やがてぽつりと呟く。

 

「…心からの笑顔、か。

 あいつは基本商人だから、笑うのはそれなりに慣れてる。

 だが実際、本心から浮かべた笑顔なんてのは、オレも2回ほどしか見たことがないな。

 意外とハードルが高い注文だぞ、それは」

 ロン・ベルクが知るのは、弟子にしてやると言った瞬間の、パッと輝くような笑顔と、村を襲撃したモンスターを殲滅し終えた後、よくやったと褒めてやった時に浮かんだ、照れたような笑顔。

 考えてみればあの年齢の、温かい家庭で愛されて育った娘にしては、それは頻度的に少ないのではないかと、改めて思う。

 都会に比べれば田舎の子供が、大人になるのが早いという点を考えても、リリィは精神的に大人びてい過ぎると、改めて感じた。

 

「あの子は、一体何者だ」

 うっかり思考の底に沈みそうになったロン・ベルクの意識を、隣のバランの声が引き戻す。

 ロン・ベルクは少し考えてから、敢えて軽い調子で答えた。

 

「オレの弟子で、知り合いの武器屋の娘だ…といっても、そんな事が聞きたいんじゃないんだろうがな。

 鑑定以上の、神託の目を持ち、またその能力の範囲外にも何かしら見えてるモンがあるようだが、それをオレには決して言わん。

 だから正直、オレにもわからん。

 だが、ひょっとしたら終わりが近づいてきたこの世界を憂いて、神が投じた石のひとつってとこなんじゃないか?

 おまえさんの息子とおんなじような…な」

 言いながらふと見上げた星空で、星が一瞬、流れた。

 

「神が…投げた小石たち、か」

 息をつくようなバランの呟きが、星々の瞬きに溶けた。

*1
鈴蘭:小さくて可愛い花ですが毒草です




キルバーン「この人形風情が!」
フェンブレン「お前が言うなし」
…そんなわけで、ここでフェンブレン退場です。
なんかほんとごめんなさい反省はしていない。


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外伝・拾われた男
散らばった石の欠片たち


時系列はバラン戦の前。
特に盛り上がりもオチもない話。


「…助かった。ありがとな、ローレル」

 ニセ勇者一行は今、旅の途中にたまたま見つけた迷宮(ダンジョン)に、4回目の挑戦を試みていた。

 …旅の途中にたまたま見つけた、拾い物と共に。

 

「いや…俺は他に、できることもないし」

 割とギリギリで倒したモンスターとの戦闘によりニセ勇者でろりんが負った傷を回復呪文で治療しながら、彼より少し年上に見えるローレルと呼ばれた青年が、頼りなげな笑みを浮かべる。

 その背中を、ニセ魔法使いのまぞっほが笑いながらバンバン叩いた。

 

「いやいや、助かっとるわい!

 なにせうちの僧侶のホイミなんぞ『涙のどんぐり』以下の回復量じゃからな」

「ほんと、ほんと」

「やっかましいっ!!」

 そんなまぞっほのなにげに酷い言葉にニセ戦士へろへろが同意、矢面に立たされたニセ僧侶ずるぼんが言い返したところで、穏やかな声がその場の空気を瞬間的に変える。

 

「そんな事はないさ。

 少なくとも俺はずるぼんの、その回復呪文に助けられたんだから」

「そ、そんな…………(ポッ)」

 頭の中身は非常に残念ではあるが、見た目だけはそこそこ美女の範疇に入るニセ僧侶は、そんなローレルの言葉に頬を赤らめた。

 

 …ニセ勇者一行がこの、ローレルという青年と知り合ったのは、世界最強とも評された屈強な騎士団を抱えるカール王国が魔王軍の超竜軍団に滅ぼされた2日後の事だった。

 彼らは、魔王軍に破壊された王城に用があった…具体的に言えば、城のどこかにあるだろう宝物庫に。

 そこで、見つけた。

 瓦礫の間に身体半分以上埋まった、赤みがかった髪の若い男を。

 最初は死体かと思った。

 だから、その持ち物を有効利用させてもらおうと、瓦礫の中から掘り出したに過ぎない。

 だが、地面に横たえたその『死体』が呻き声を上げた時、4人は驚きのあまり、後のことなど何にも考えずに、大急ぎで近くの村まで運んでしまったのだ。

 案の定、事情を説明して運び込んだ村の宿屋の主人に、なんでこんな時に王城になんか行ったんだと問われ、しどろもどろになったがそれはさておき。

 まる1日かけてずるぼんの貧弱な回復呪文で治療をした結果、青年は次の日の昼過ぎにようやく目を覚ましたが、それまでの人生の記憶を失ってしまっていた。

 服装からして王国の少なくとも兵士である事は間違いなかったから、魔王軍との戦いがあまりにも凄まじかったせいだろうと彼らは結論づけた。

 自身の名すら覚えていなかった為、だからローレルという名は、ずるぼんがつけたものだ。

 実は本人には告げていないが、彼は治療中に一度だけ目を開けて、どう聞いても女性の名としか思えない言葉*1を呟いた後、再び意識を失った時間があり、何故かその事に気分を害したずるぼんは、それを脳内で無理矢理、男性名に変えてしまった。

 そうして付けられたのが『ローレル』という呼び名だったのだ。

 そうして、命を助けられた上、仮の呼び名まで与えてくれた一行に、記憶のない青年が懐いたのは、当然のことだったろう。

 その頃になると彼ら、特にずるぼんに彼への情が移ってきており、また自業自得ではあるが投獄寸前までいったニセ勇者一行のこと、他人に純粋に感謝される久しぶりの感覚に、心が満たされるのを止める事はできなかった。

 ローレルが初歩的なものだけではあるが僧侶系の呪文が使えた事もあって、直接的な戦力にはならないながらも今、彼はこうしてパーティーに同行する運びとなっているわけだ。

 そして、彼らを命の恩人と慕うローレルから向けられる穢れのない視線は、自然といつもの彼らのケチな小悪党的な行動を控えさせ、今の彼らはニセ勇者一行というより、単なる一介の冒険者の体裁を整えていた。

 …でろりんが、自身の方向性に迷いを覚える程度に。

 

「…けど、そろそろ戻り始めた方がいいんじゃないかな。

 戻るにも、来たのと同じだけ時間がかかるし、この階のモンスターにこれだけ苦戦した事を考えると、引き時を間違えたら全滅しかねない」

 先程モンスターの群れを倒して、一時的に祓われていた瘴気が、再びゆっくりと濃くなってくるのを感じる。

 穏やかな口調ながらいつのまにか仕切っている、新参である筈のローレルの言葉に、パーティー全員が頷いた。

 

「そーだなー。腹も減ったし。

 宝箱にはロクなもん入ってなかったし、さっきのは人食い箱だったしよー」

「そうじゃの。ワシもそろそろ宿に戻って、ゆっくり休みたいわい」

「…あたしもお風呂入りたいわぁ。

 よっし、じゃあ、帰るよ!」

「ああ……そうすっか」

 最後に、パーティーリーダーである筈のでろりんが頷いたところで、5人は元来た道を戻り始める。

 

「…でろりん。君、さっきから元気ないね。

 なにかあったのかい?……あ!

 もしかしてさっきのお弁当、君の分の最後の1個の唐揚げ、食べちゃったから怒ってる!?」

「おまえだったのかよ!

 ひとり5個で、オレ4個しか食ってねえのに残ってないから、てっきり食いながら数え間違えたと思ってたわ!!

 ……そうじゃねえよ。大した事じゃねえんだ」

「……?」

 …でろりんがそれ以上答えず、なんだか微妙な空気になりつつも、彼らが無事()()()()()地下4階から地上に戻った時、既に夕陽は沈んでいた。

 

 ☆☆☆

 

「あ〜、やっぱりか。

 な〜んか、手応えがおかしいとは思ってたんだよな〜。

 ………この剣ともお別れかぁ」

 近くの村まで戻り、確保した宿の部屋で、使っていた鋼鉄(はがね)の剣を鞘から抜いたでろりんが、その刀身を確認してため息をついた。

 

「ん?剣に何かあったのかい?」

「ん……ああ、ここ。

 一番使うトコの刃が欠けちまった。

 恐らく、今日戦った人食い箱に、無理矢理こじ開けようとして噛みつかれたアレだ。

 ……はぁ。地味に、いい剣だったんだけどな」

 言いながら、まだ大事そうに剣を鞘に収めるでろりんの手元を、ずるぼんが湿った髪を拭きながら覗き込んで言う。

 

「これが?ただの鋼鉄(はがね)の剣じゃない。

 あんた、ニセ勇…金回り良かった時期には、もっといい剣使ってたでしょ?」

「そうだけど、今まで使ってきた中で、他のもっと高い剣と比較しても、コイツが一番使い勝手が良かったんだよ。

 てゆーか、使いながら徐々に手に馴染んできたというか、オレ用に育ててきた、みたいな味が出てきててさ……。

 そもそもニセ勇…金回りが今より良かった頃に買った高い装備は、全部売っぱらっちまったから、オレの剣は今これしか無いし?」

 元々良くない目つきを更に悪くして、でろりんがずるぼんを睨むと、ずるぼんはオホホと笑いながら2人から離れた。

 でろりんとずるぼんは同郷の幼馴染で、小さい頃から今に至るまで、力関係は変わらない。

 ニセ勇者としての正体が暴かれ、投獄はされなかったもののそれまでのような派手な活動ができなくなって、たちまち経済状態が逼迫した勇者パーティーのとりあえずの資金調達に、『あんたがリーダーでしょ!』の一言で金になりそうなでろりんの装備をあらかた引っぺがして売り飛ばしたずるぼんに、ひょっとしたらコイツは僧侶なんかより強盗の方が向いてんじゃねえのと、密かに思った事は彼だけの心の秘密である。

 元々ロモスの片田舎に生まれた、勇者に憧れる頭の悪いやんちゃで活発な少年だった彼がニセ勇者としての道を歩き始めたのが、この二つ年上の幼馴染の影響が大きかった事は、幸いにしてまだ気がついていないが。

 

「…そうか。ひょっとしてさっき、でろりんが落ち込んでたのはそれが原因だった?」

 ローレルの問いかけに、これは誤魔化しても無駄だと判断して、でろりんは頷く。

 

「……まあな」

 そのでろりんの短い返答に、少し考えてから、ローレルが再び問うてきた。

 

「その剣、どこで買ったかは覚えてる?」

「…確かギルドメイン山の麓にある、ちっちぇー村の武器屋だった筈だ。

 奥に工房があるっぽかったから、あそこで作って売ってたんじゃねえかな。

 ニセ勇…金回りが良かった時期にははした金だったけど、その当時のオレには…まあ今もだけど、1500G(ゴールド)は大金でな。

 ドキドキしながら支払って、手にした時の興奮は、今も忘れられねえ。

 …あの頃はオレもまだガキで、本物の勇者になれると思ってたから、これで一歩勇者に近づいた、みたいな感覚があったんだよな」

 その頃のワクワク感を思い出して、でろりんは覚えず笑顔になった。

 そういえばこんな気持ちは忘れていた。

 そう思ったところでローレルと目が合い、途端に思い出した興奮が冷める。

 …思い出したところで、汚れていない自分にはもう戻れないのに。

 全員の目が自分に向いている事が急に恥ずかしくなり、でろりんは咳払いをひとつする。

 

「だったら、またそこで買い直そう!」

 と、そこに出された提案は実に唐突だった。

 

「へっ?」

「思い入れのある剣みたいだし、同じものはないかもしれないけど、なら少しでも似たものを探しに行こうよ。

 鋼鉄(はがね)の剣で1500G(ゴールド)ならごく一般的な値段だし、そのくらいならこの4日間の迷宮(ダンジョン)探索のお陰で、パーティー維持費の中から余裕で出せるよ」

 …そう。このパーティーの財布は今、何故かこの青年が握っているのだ。

 それまでの財政管理はずるぼんがしており、それがかなりどんぶりだった事で、いつもその日の宿や食事代にも事欠く有様だったのに、彼にそれを任せてからは、ちゃんと貯金をしてくれていたらしい。

 悪事を行わなくても金って貯まるんだ…などと心の片隅ででろりんは妙な感心をした。

 なんかもうずるぼん要らなくね?とちょっとだけ思った事はもちろん内緒だ。

 

「そもそも、このパーティーの基本戦闘力は、君とへろへろの2人で占めてるから、君が戦えないとそれだけ、へろへろの負担が増えるだろう?

 …それに、言いにくいけどあの迷宮(ダンジョン)、君達の実力だと、俺という足手まといを抱えてあの階より下に行くのは、そろそろかなり危険だと思う」

 いいえ足手まといなんてとんでもないですローレルさん。

 ていうかリーダーももうコイツで良くね?くらいのところまで思考が行きそうになるのを慌てて引き戻す。

 

「そいつはいいな!

 おれ、そろそろ迷宮(ダンジョン)探索飽きてきたし」

「ふむ、ギルドメイン山の麓というと……ああ、ここじゃな」

「あ〜、思い出したわぁ。

 まだアンタ達と出会う前、でろりんと2人だけであちこち動き回ってた頃に行った、名前忘れたけど、近くに大きな森のあるちっさい村よね?

 大して目立つものは無かったけど、宿屋は綺麗でトイレもお風呂も使いやすかったし、贅沢なものは出ないけどごはんも美味しかったわ。

 てゆーか、ベンガーナ王都じゃ何を買おうにもどれ一つとして手が出なくて、自分たちの金銭感覚の貧弱さに打ちひしがれた後にたどり着いた村だったから、宿も武器屋も道具屋も、可もなく不可もない値段設定や品揃えで、却って癒されたんだったわ〜」

「いや、それ褒めてねえだろ……」

 そして2人の話を聞いて、部屋の中央のテーブルに地図が広げられ、他の3人がそれを覗き込んでいる。

 …どうやら行くのは決定事項のようだ。

 

「……そうだな。

 じゃ、今夜は早めに寝て、明日早めに出発しようぜ」

「「「異議な〜〜し!!!」」」

 どうせオレは最後に決定するだけの、名ばかりのリーダーですよと、ちょっとだけやさぐれた事を思いつつも、でろりんの気持ちはなんだか浮き立っていた。

 

 ☆☆☆

 

「旅の方ですか?ようこそランカークス村へ!!」

 そして。

 数年ぶりに訪れた懐かしいその村は、以前来た時とは、なんだか雰囲気が変わっていた。

 別に、嫌な感じではない。

 むしろ、村人達の反応は以前より優しいくらいだ。

 しかも何故か、やたらと子供達に話しかけられる。

 …これも自業自得ながら、子供が少し苦手になっていたでろりんには、少し居心地が悪かった。

 

「おにーちゃんは、おーじさまなの?」

「えっ?」

「おーじさまだよね?

 だって、すっごくカッコいいもん!」

 そして隣のローレルは、髪をふたつに結んだ6才くらいの少女に話しかけられており、でろりんは初めてこの青年が、よく見ると比較的整った顔をしている事に気がついた。

 放つオーラというか受ける印象にとりたてて特徴がない為あまり目立たないのだが、判るやつには判るのだろう。

 

「ううん、違うよ。俺は王子様じゃない」

「そーなの?おーじさまにみえるよー?」

「そうよね〜。

 隠していても、ローレルにはどことなく品があるものね〜。

 でも、この王子様はロリコンじゃないのよ〜」

「10ねんたったらけっこんできるもん!

 そのころにはアンタなんかババアじゃん!!」

「なっ…ムキ────ッ!!!!」

 …そして、何故かはわからないが小さな修羅場が発生する。

 冒険者の身で、村人とトラブルを起こすのは避けたいんだけどな…などと、でろりんはぼんやりと思っていた。

 

「タンマ!ずるぼん、子供の言う事だから!!」

「離せ!

 ガキだからって許しちゃおけない事もある!

 こいつは女の戦いなんだよ!!」

「まぞっほ!でろりんの名前で宿の手配を!

 でろりんは予定通り武器屋に、へろへろはそれに同行!

 俺はずるぼんを落ち着かせたら追いかける!」

「ラ…了解(ラジャー)!!」

 その修羅場を身一つでなんとか抑えようとしつつ、ローレルが指示を出す。

 …やっぱりオレ要らなくないか?というモヤモヤした思いを抱えながら、でろりんは指示通りへろへろと共に、かつて訪れた武器屋へと向かった。

 

 ・・・

 

「『でろりん』様。

 鋼鉄(はがね)の剣1本、研ぎと修理承りました。

 預り証をお渡しいたしますので、3日後の正午過ぎに、またこちらまでお越しください。

 ……ありがとうございましたー!」

 武器屋のカウンターに座っていた少女は、満面の笑顔で彼を送り出した。

 少し離れたところで店の中から、その少女のものらしい奇声が聞こえたが、少し疲れていたでろりんは聞かなかった事にした。

 

 ☆☆☆

 

 その日の夜、宿の食堂で夕食のセットに、追加注文した単品料理も平らげた彼らは、食後のドリンクをそれぞれ口にしながら小会議を開いていた。

 …まあ何のことはない、食後の雑談である。

 

「……で?

 剣を買いに来た筈が、なんで修理するって話になったわけ?

 しかもその間、3日もこの村に足止め食うとか、聞いてないんだけど?」

 先ほどの幼女との諍いが尾を引いているのか、まだ何となく不機嫌なずるぼんが、軽く睨みながらでろりんに問う。

 

「オレにもよく判んねえけど、気がついたらそういう流れになってた。

 なんていうか……妙に逆らえない感じ?」

 でろりん的に流れとしては、『これと同じものを』という感じでカウンターに置いた剣を、店員の少女が一目見て状態を把握し、また自分の店の品物という事まで見抜いて、方針を決めてしまったのだ。

 …今思えば、鞘から抜かないうちから刃の欠けに気付いたようだったし、なんか色々不思議な娘だったなと思う。

 

「まあ、いいんじゃねーか?

 修理なら、新しい剣を買うより安く済むみてーだし」

 渡された預り証をひらひらさせながら、へろへろが言い、でろりんがその手からそれを引ったくる。

 多少折れたり汚れても問題はないだろうが、無くされたらかなわない。

 

「そうだね。

 お金のこともそうだけど、でろりんが思い出の剣を手放さずに済んで、本当に良かった」

「…そこまで大切だったわけじゃねえよ」

 けど、なんだか嬉しそうに言うローレルには、なんとなく意地を張って、そんな事を言ってしまう。

 

「そう?

 けど、その思い出がない俺にとっては、君たちには無くして欲しくないんだよね。

 それが、どんなに些細なものであっても、さ」

 だが、それに気を悪くした様子もなく、ローレルは割と重い事をサラッと言ってのけた。

 …そうだった。この男には、無くしてから悔やむ思い出すらないんだった。

 でろりんが気付いて黙り込んだのを見て、ローレルは立てた指先を、ずいっとでろりんの鼻先に突きつけた。

 

「あ、言っとくけど、俺は君たちのお陰で、自分が何者なのかとか、悩まなくて済んでるからね!

 だから俺に同情なんかしなくていいから!」

 一瞬強い目で見据えられて身が竦んだが、すぐにそれは、やわらかないつもの穏やかさを取り戻す。

 

「…俺には隠そうとしてるみたいだけど、君たちが何らかの、後ろ暗い過去を持ってる事は、なんとなく判ってる」

「「「「いっ!!?」」」」

 そして続けられた言葉には、でろりんだけでなく他の3人も、驚いておかしな声が出てしまった。

 そんなニセ勇者一行に、ローレルは笑みを深くして言った。

 

「それ故に君たちは振り返る事を避け、今と、この先だけを見て生きてるから、振り返る後ろすらない俺は、だから君たちの側が居心地がいい。

 この居場所を与えてくれた君たちのことが、俺は大好きだし、大好きな君たちの大切なものは、俺にとっても大切なんだ。

 ……そう思っていても、いいだろ…?」

 そこまで言ってローレルは……ゆっくりと、椅子に沈んだ。

 

「ローレル!?」

 驚いて呼ぶ声に反応せず、微笑んだまますうすうと寝息をたてる、その顔が、うっすら赤い。

 

「…誰だ、こいつに酒飲ませたの。

 メッチャ恥ずかしいセリフ堂々と言いやがると思ってたら、酔っ払ってたのかよ」

 椅子の位置を調節して、彼が落ちないように自分の肩で支えてやりながら、でろりんの頬も少し赤くなっていた。

 

 ・・・

 

「そういえば宿の主人に聞いたんじゃが、この村には子供たちを中心とした自警団があって、子供たちに悪い旅人と見られた時点で、コテンパンに撃退されるらしいぞ?

 ローレルがずるぼんを止めてくれなんだら、ワシらもそうなってたかもしれんところじゃった」

「あれは、最初にあのガキの方が、失礼な事を言ったからだよ!」

「それを大人が同じテンションで返すと、世間からは『おとなげない』って言われるんだぞ?」

「ぐぬぬ……!」

 少しして、ようやくいつもの調子を取り戻した仲間たちの会話を聞きながら、でろりんは肩にかかる重みに、わけもなく笑みをこぼした。

 

 ☆☆☆

 

「…これ、ホントにオレの剣か?」

「間違いありませんよ。

 管理は完璧ですし、あの日、当店が修理でお預かりしたのは、こちらの1本だけですから。

 ……何か御不審の点でも?」

 約束の3日後、例の武器屋に行くと、やわらかそうな布の上に鞘から出された状態で置かれた自分の剣の、その変わり果てた姿に目を瞠った。

 

「いや、新品みたいにピッカピカじゃん!!

 あー、そうだった思い出したぜ!

 買ったばかりの時も、この輝きにテンション上がったんだ!!

 それに、欠けてたトコも全然判んねえくらいに…痛てッ!!」

 確かに3日前には凹みがあった筈の刃に、思わず指を滑らせる。

 当然のように切れた指先に赤い筋が浮かび、そこから赤い粒が膨らんできて、慌てて布で押さえた。

 冒険者なので、負傷に対する小道具は常に携帯しているのだ。

 

「ちょ!研いだばかりの刃物ですから、流石にそれは指切りますって!

 …どうぞそちらにおかけください。

 今、手当てを…」

「あー、いいよいいよ。

 この程度、仲間にホイミかけてもらうから。

 …そっかあ。この剣、本当はこんなにピッカピカだったんだなぁ」

 自分の顔が映り込むほどに磨かれたその刀身に、ため息を漏らす。

 いつから曇ってきてしまったのか、それはまるで、これまでの自分を見ているようで。

 けど、今のこの剣の姿に、自分の曇りも本当は、このように拭いされるかもしれないと、心の片隅で漠然と思った。

 

 渡されたおつかい用の財布に血を付けないよう注意して、提示された料金を支払う。

 850G(ゴールド)なら同じ新品の剣の半額に近い。

 修理代としては安いのか高いのか判らなかったが、でろりんはこの出費を、少しも惜しいとは思わなかった。

 ありがとうございます、と料金を受け取って、少女がでろりんを見上げる。

 普段、目つきが悪いと言われる自分を真っ直ぐに見つめて、微かに微笑んだ少女の顔が、一瞬やけに大人びて見え…その顔が何故か、昨日自分を真っ直ぐ見据えてきた、ローレルの表情と重なった。

 

「…今はそういう習慣は廃れてしまっていますけど、今ほど物が豊かじゃなかった時代には、いい武器は研ぎや修理を行ないながら、一生使っていくのが当たり前でした。

 また、そんな一生モノの武器に巡りあえることこそ、戦う者にとっての誉れだったといいます。

 …うちの店の品は、昔気質(かたぎ)の鍛治職人である父が、そうありたいという願いを込めて打ったものです。

 でろりん様にとってのその剣がそうであるならば、武器屋としてこれ以上の喜びはありません。

 研ぎも修理も常に承っておりますので、何かございましたら是非またお越しください」

 子供とは思えないしっかりした口調で、少女はそう言うと、彼に向かって頭を下げる。

 

「…ああ。絶対また来るぜ!」

 この気持ちをまた味わえるなら、ずっとこの剣を使い続けていよう。

 初めて同じ剣を手にした時のように浮き立った心で、でろりんは仲間が待っている宿の部屋へと駆けていった。

 

 そうだ!

 剣と一緒に、オレだってまだピカピカになれる!!

 いや、なってみせる!

 

 

 …更にそのテンションのまま、

 

「みんな!オレ、ホンモノの勇者を目指す事にしたから!!」

 というその場のノリとしか思えない宣言を、4人の前でぶちかますまで、あと7分。

*1
『……ローラ』らしい




拾われた石

名前:ローレル(仮)
性別:おとこ
職業:なぞのせいねん

推定年齢24、5歳の、記憶喪失の青年。
カール王城にトレジャーハント(爆)しに来たニセ勇者一行に発見・保護され、以降彼らに懐き行動を共にする。
僧侶系の初歩呪文はずるぼんより使えるらしい。
赤に近い金髪と琥珀色の瞳。
顔だちはよく見れば整っているが印象は平凡。
時々育ちの良さが、ちょっとした仕草に垣間見える、らしい。


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外伝・亡国の王女
神、石投げすぎ問題(爆)


ちょっと息抜きに書いた外伝、割り込み投稿です。
本編を待ってくださってる方々には申し訳ありません。


 …想うひとと結ばれ得ないのなら、いっそ自由に生きたいと思いました。

 けど、こんな形は望んでおりません。

 

 生まれ落ちてより18年。

 その立場に不自由を感じた事もあったけれど、国の象徴とされる一族の娘として、それでもいつかはよき伴侶を得て、それを支えていくつもりではあったのです。

 そして長じるに従って、己の伴侶に最も相応しいのは彼であると、疑いなく信じておりました。

 

 …そんな己の伴侶と決めた男に『好きなひとがいる』とあっさり振られた勢いで国を飛び出し、やけに頻繁に街道に出没するようになったモンスターの群れをほぼ腹いせと勢いで倒して進み、なんでか旅人や街道沿いの住人たちに感謝されたお陰で、本来なら1日半もぶっ続けて歩けば着くだろう距離を7日もかけて、訪れた隣国の辺境の村の宿屋に12ゴールド支払った、それは直後の事でした。

 ………己が生まれ育った国が魔王軍の攻撃によって、陥とされたという報せを耳にしたのは。

 

「リンガイア王国が、陥落……!!?」

「ああ。なんでも(ドラゴン)の群れと、それを操る鬼神のような男が攻め込んできて、あの城砦王国が僅か1週間で壊滅させられたらしいよ。

 …お客さんは、あっち方面から来なさったのかい?

 鉢合わせにならなくて、良かったねぇ」

 …1週間ということは、私が国外に出てすぐに、我が国は魔王軍の攻撃を受けた事になります。

 別の大陸のきな臭い噂を自国で聞いていたものの、このギルドメイン大陸においてはカールと並ぶ軍事大国として名高い我が国ならば、絶対に大丈夫と私は漠然と思っていました。

 それが……私がたまたま国を出ていたタイミングで、こんなにも呆気なく。

 

 けれど。

 私はその報に愕然とするとともに、己のこれからの事を、ある意味前向きに考えておりました。

 

 想うひとと結ばれ得ないのなら、いっそ自由に生きたいと思いました。

 勿論、こんな形は望んでおりません。

 望んではおりませんでしたが、結果的に私は、国を離れていて命を永らえたのです。

 これは、もはや天の導きだと思いました。

 

 …リンガイア王国の第三王女ではなく、ただ一介の女冒険者としての人生を、私はこれから始めるのだと。

 

 ☆☆☆

 

「此度の武術大会にて、優勝した者をメリッサ姫の婚約者とする!」

 

 遡る事10日前。

 王の口から出されたそのお触れは、瞬く間に国じゅうに広まり、翌日には一般参加枠の10倍もの希望者が集まったとの報告が、実行委員会から上がってきておりました。

 

「い、いやだってここ数年彼が強過ぎるせいで参加者減ってきてたしだからといって彼に参加して貰わんと観客も集まらんしワシにとっても苦肉の策で……」

「だからって一言の同意もなく娘を売りに出すんですのこの愚王──ッ!!」

 父親とはいえ一国の王であるそのひとを、私は怒鳴りながら迷わず玉座から蹴り落としました。

 本来なら、隣に座る王妃様が静止の声をかけるか、護衛の騎士が止めに入るところなのでしょうが、王女という私の身分と、程度の差こそあれ割といつもの光景である事もあって、皆さん静観してくださっております。

 …王妃様に至っては、謁見の間に私が怒鳴り込んでいった瞬間から、一欠片の動揺も見せず『あらあらまあまあ』とか言って笑って見てますし。

 あ、ちなみに王妃様は、前の王妃だった私の母が厳選に厳選を重ねて推薦した側妃だった方で、その母が先年病で亡くなった後に、繰り上がりで正妃となられた、来月9歳になる王子の母君です。

 私の母は私の上にも2人王女をもうけておりまして、現在上はベンガーナの第二王子に、下は大臣の孫息子に、それぞれ急展開大恋愛の末に嫁いでおります。

 

「け、けどおまえにとっても悪い話ではなかろう?

 優勝するのは彼に決まっておるのだから」

 私の室内履きの爪先でほっぺたをぐりぐり抉られながら、何故か嬉しそうな顔をした父の言葉に、私は思わず脚の動きを止めました。

 

「そ、それは…」

「彼をおまえの婚約者とするのに、これ以上の口実はなかろう?

 昔からおまえは彼を好いておったからのう」

 私の攻撃が止まるや否や、起き上がってにやにや笑う父の言葉に、顔に血が昇るのがわかります。

 

「な、な、何故、そのような事……」

 形ばかりの否定の言葉も咄嗟に出てこず、しどろもどろになる私の背中に、のんびりとした王妃様の言葉がかけられました。

 

「メリッサ姫があの方に想いを寄せていらっしゃるのは、はたから見ても丸わかりですものねえ…ご本人以外には」

 …なんかとんでもないこと言われた気がするのは気のせいでしょうか。

 それが本当であれば、この城の関係者全員が、私の秘めたる恋心に気付いていたということで……ギャ────!!!!

 

 …居た堪れなくなった私は謁見の間から駆け出すと、専用の鍛錬室に閉じこもりました。

 将軍に頼んで取り寄せた訓練用の人体人形が、木剣に当たって甲高い音を立てます。

 これは木剣の当たった箇所やその威力次第で、反動によって関節が動いて、攻撃した自分に跳ね返ってくる仕様で、とどめを刺しにいった瞬間に、予期しない反撃をしてくる相手を想定したものです。

 私の木剣の一撃で生じたその反撃を、もう片方の手に持ったもう一本でさばいて一旦退き、天井から吊られた人形の揺れがおさまるまでの間に、私は人生最大の決心をいたしました。

 

「…こうなったら、ヤツには私からプロポーズしますわ!

 どうせ気持ちが知られているのであれば、今更恥ずかしい事などございません!!」

 …そう。その時の私は、王妃様が仰った言葉の、最後の部分を聞いていなかったのです。

 

「どこの馬の骨ともわからぬ男に嫁ぐくらいなら、あなたと結婚した方が数倍マシだわ!

 此度の武術大会で優勝して、この私と婚約なさい!!」

 …世の男たちが憧れるというリンガイア撫子の鑑(本人調べ)である私の、こんな健気な精一杯の愛の告白を聞いて、その男はため息をついて言いました。

 

「…安心してください。

 ボクが優勝して婚約だけ辞退すれば、あなたは好きでもない男に嫁がなくて済みますよ。

 …勿論優勝は目指しますが、ボクはあなたとは結婚できません。

 子供の頃から好きな人がいて、大陸に名を轟かす勇者として、名実ともに認められた暁に、彼女を迎えに行くつもりですから。

 …一度しか会っていませんけど、彼女はボクの初恋なんです」

 我が国の誇る戦士団の将軍の息子で一師団の団長を務め、近隣諸国からは『北の勇者』の二つ名で呼ばれる、私よりふたつ下のノヴァという青年は、そんな言葉で王女たる私を袖にしたのです。

 

 …思い出すと涙が溢れてきそうになります。

 けど、あの件がなければ、私は今日この瞬間を生きてはいない。

 リンガイアが完全に陥ちたというのであれば、嫁いだ姉たちはともかく城にいた、私の父をはじめとする王族は、間違いなく殺されているでしょうし、それを守るべき戦士団は真っ先に潰されて、彼もきっと生きてはいないのでしょうから。

 毎年行われる武術大会で、去年までは必ず一緒に出場した彼に、一勝も出来なかった私がいたところで、結果は変わらなかった筈ですもの。

 …そう、今私は、生きていることを幸運に思うべきなのですわ。

 

 ……そういえば。

 あの日、ショックのあまり戦士団の訓練所に駆け込んで、兵士数人に相手をしてもらって全員の武器を叩き落とした後で、たまたま来ていた彼の父親である将軍にじきじきに稽古をつけて貰い、その際に聞いた村の名前はなんだったかしら。

 

『…ノヴァの、初恋の相手ですか?

 ……ああ、ひょっとしてあの子の事かな。

 5年前、あいつに初めての剣をあつらえる為に、評判を聞いて訪ねていったベンガーナ辺境の、テランとの国境付近にある村の武器屋に、ちょっと可愛らしいお嬢さんがおりましてね。

 と言ってもまだ幼い少女で、同じベンガーナでも王都に行けば、もっと綺麗な娘さんもいるのでしょうが、何故かあいつはその子を気に入って、連れて帰るとまで言い出したのですよ。

 いや、あの時は参りました。

 結局、それが原因で店主を怒らせてしまい、そこで剣を買うことができなかったのでね。

 …え、その村の名前ですか?確か…』

 

 ・

 ・

 ・

 

「改めて、ランカークス村へようこそ、旅の方。

 見ての通り何もない小さな村ですが、せめてごゆっくりと、旅の疲れを癒やしてくださ…」

「そう!それよ!!」

「はいっ!!?」

「この村に、評判の武器屋があるでしょう?

 どこにあるか教えてくれる!?」

 …どうやら私は知らない間に、恋敵の住む村に、たどり着いていたようですわ。

 

 ☆☆☆

 

「いらっしゃいませ!

 本日は、どのような品をお求めでしょうか?」

 小さいとはいえうっかり見過ごすほどでもない、ほどほどの存在感のあるその武器屋の、扉を開けて入っていくと、真正面のカウンターに座っていた小柄な少女が顔を上げ、元気な挨拶とともに、にっこりと微笑みかけてきました。

 …ノヴァの初恋の人って、ひょっとしてこの子の事かしら。

 見たところ、確かに『ちょっと』可愛いけれど、この程度なら割とどこにでも居そうだし…正直、私の方がずっと美人だわ。

 そもそも、王女の私が美貌で他人に負けたと思った事なんて……あったわね。

 何年か前に、何かの用事で王都の修道院を訪ねた時に、1人だけすごく目立つ美人のシスターがいて、同行した兵士たちの目を惹きつけてて、あの時ばかりは負けたと思ったのよ。

 美人なだけでなく、背が高くてほっそりしているのに、尼僧服の胸元を押し上げてるあの膨らみは見事の一言で。

 あの揺れ具合からしてあれは本物だったわ。

 ええ間違いなく。

 ………うん、今回は大丈夫。

 けど…この子に負けたの、私!?

 だって、言っちゃなんだけど細くてちっちゃくて、まだ子供じゃないの。

 

「……あの?」

 気づけばその子をじっと見つめてしまっていた私は、訝しげに見上げてくるその視線に我に返りました。

 嫌だわ、睨んでしまっていたかしら。

 そんなつもりはなかったけど私、昔から目つきがキツいと言われていたから、もしかして怖が…られてないわね、これ。

 めっちゃ平然としてるじゃない。

 見かけによらず豪胆とみたわ。やるわね。

 

「…これ、売りたいんだけど。

 幾らで引き取ってくれる?」

 何事もなかったように私はそう言って荷物の中から、不要なものを引っ張り出してカウンターに置きます。

 街道で倒したモンスターがなんでか所持してたモノで、初めて私とノヴァが出場した武術大会で売られてたものに、なんとなく似ていたから、つい拾ってしまったのですけど、サビが浮いて小汚いわ重たいわで、はっきり言ってゴミとしか言いようのないシロモノです。

 そんなモノを出されて、少女は一瞬眉根を寄せ、それをじっと見つめます。

 いや、凝視しても状態は変わらないから。

 

「…申し訳ありません、お客様。

 こちらの鉄の爪ですが少々状態が悪すぎて、当店ではお引き取りしかねます」

 やがてそこから目を上げた少女が口にしたのは、やはり予想した通りの言葉…いいえ、むしろよくこれが鉄の爪だとわかったわね。

 ここいらでは作られていない筈の武器だし、パーツが欠けていて原型を留めていないというのに。

 そこは褒めてあげても良くてよ、あくまで心の中だけで。

 

「あ、やっぱりー?

 拾いモノだから期待はしてなかったけどねー。

 まあ、持って歩くのも重くて邪魔だし、あげるから適当に処分しちゃってくんない?じゃねー」

「あ、お客様!」

 呼び止める声を背に、手をひらひら振って、私はその場を去ります。

 よし。最初の嫌がらせはこんなものね。

 要らないモノを押しつけられる地味な不愉快を、とことん味わうがいいわ。

 …けど、ざっと見た感じ、こんなイナカの武器屋にしては、いい武器が揃ってる印象だった。

 ああそうか、仮にもリンガイア戦士団の将軍が、噂を聞いて足を運んじゃうくらい、知る人ぞ知る評判の店だったわよね。

 少しこの村周辺の街道で害のあるモンスターを狩って、ある程度お金を稼いだら、また見にくるのも悪くないかもしれないわ。

 

 ☆☆☆

 

「いらっしゃいませ!武器をお求めですか?」

 数日後、私は再び例の店を訪れていました。

 思ったより早く結構な金額を稼ぐことができて、同時に街道に現れるモンスターが徐々に強くなってきてもいるので、少し武器のランクを上げて、手っ取り早く攻撃力を上げておこうと思ったからです。

 けど、彼女の顔を見た瞬間、また意地悪をしたい気分になり、気がつけば考えるより先に、言葉が出ていました。

 

「ええ。よければ私に合うと思う武器を、あなたが選んでくれない?」

 まさに嫌がらせ第二弾ですわ。

 こんな子供に何をやっているのかしらと、自分に対して思わなくもないのですけど!

 言ってしまってからちょっと後悔し始めている私の、ある意味賢者タイムを知るよしもなく、少女は一瞬目を瞠きます。

 

「…あたしが選んで、いいんですか?」

 少し不安そうなその言葉を鼻で笑いながら、私は更に無茶振りを返しました。

 

「そう言ってるのよ…それとも、自信ない?」

 私がそう言って再び鼻で笑おうとし…次の瞬間、少女の目が輝いたのがわかりました。

 

「いいえ、喜んで!

 …ほら、あたし子供じゃないですか。

 これでも見る目はあるつもりなんですけど、大人の冒険者の人は、なかなか信じてくれないんですよね。

 任せていただけて嬉しいです!

 責任持って選ばせていただきますね!!」

 彼女はそう言っていそいそとカウンターから出てくると、私と店の中の武器とを交互に見比べて、何やら小さな声でぶつぶつ言い始めました。

 …なんでしょう、なんか危険な気がします。

 けど、その表情は疑いようもなく嬉しそうで、この子はちいさくてももう、自分の仕事に誇りを持っているのだと、初めて会ったわたしにもわかりました。

 …思えば私はここまでの誇りをもって、公務に臨んでいたでしょうか。

 いえ勿論、王族になりたくてなったわけではないし、王族である事自体を仕事だとも思ってはいませんでしたが、ひとの命や生活を守るという意味では、彼女の仕事も私の公務も、同じだったのではないでしょうか。

 けど、それから逃げ出したが故に私は生きていて…そう思うと、とても複雑ですわ。

 

「あの…こちら、見ていただいていいですか?」

 と、少し感傷に浸っている間に彼女はこちら(の世界)に戻っていて、一振りの剣を両手に、捧げ持つようにして持ち上げていました。

 

「……なんだか、凄みのある剣ね。

 ここにある他の武器とは…何というか、世界が違うわ」

 この店にある大体の武器は、ごく一般的なものばかりなのですが、彼女が掲げてきたその幅広の剣は、まずデザインからして独特でした。

 どこか刺々しい(つか)を握り、鞘から少しだけ刀身を覗かせると、そこからみて取れる鋭さには、何か底知れないものを感じます。

 

「やはり、おわかりになるんですね!

 そうなんです、これは特別製の武器でして、うちと専属契約している名工の作で…」

「けど、この剣は両手剣よね。

 重すぎるし、私の剣技にも合わない。

 …残念だけどこれは、私の手には扱えないわ」

 嬉しそうに商品をアピールしてくる彼女の台詞を、私は断りの言葉で遮りました。

 ぱちんと音を立てて、その剣を鞘に収め直してから、元の通り彼女の手に戻します。

 少し見直したけど、やはりまだ子供。

 客に合う武器を見定められるまでには至っていないのね。

 そう思って、やはり自分で選ぶかと店内を見回そうとしましたが、そんな私に、彼女は先程までとは違う、にんまりとした笑みを浮かべました。

 

「そこはご心配なく。

 今お見せしましたものはサンプルでして、こちらは実際には同じグレードのものをお客様と相談の上で、一人一人に合わせたものを、ご注文いただいてから外注で作る形になります。

 お客様は双剣使いのようですから、もし御予算の都合がよろしければ、この仕様で細身の剣を2本(セット)で、ご注文いただけたらと。

 勿論、それなりにお値段が張る上に、数日お待ちいただく形になりますが、今お使いの【聖なるナイフ】と【アサシンダガー】よりも刀身が長くなりますものの、手とお身体に合わせて作らせていただける分、逆に取り回しもしやすいかと。

 ……いかがでしょうか?」

 って、剣を買う話から特注で作る話になってる!

 思っていたより話が大きくなって私が固まってしまっていると、少女はまた不安そうな表情に変わり、私をまっすぐ見つめてきました。

 

「…あ、気に入りませんでした?申し訳…」

「ああっ違うわよ!ちょっと圧倒されただけ!!」

 見る目がまだ未熟と思っていたら、私の剣技とか、鞘に入ってる武器まで見当てられました。

 更に思いもよらないところに話が進んだのを、驚かずにいられる人がいるなら会わせてほしいわ。けど…。

 彼女の手に返したその剣にもう一度目をやって、私はため息混じりに口を開きました。

 

「…いいわ、そうさせてもらおうかしら。

 それを見せられた上で、他のを選ぼうとしたところで、どうしたってそれの影がちらつくに決まってる。

 確かに予定外だけど私、お金には困ってないのよ。

 …商売上手なのね、あなた」

「お褒めの言葉、痛み入ります」

 嫌味を言ったつもりがまったく効いていないことを瞬時に察して、私は何かはわからないけど、確実になにかを諦めました。

 

 ☆☆☆

 

 それから、腕や身体のサイズを測られ(剣を作るのにスリーサイズとか必要なんでしょうか?)、注文票という紙に名前と共にそれらも記入し終えてから、細かい要望など聞かれ、素材の説明を受けた頃には、結構な時間が経っていました。

 彼女がこちらにつきっきりになってしまった後は、奥から出てきた30〜40くらいの女性が接客に出て、後から来た客に対応しています。

 彼女によく似た顔をしているから、恐らくは彼女の母親なのでしょうね。

 やはり彼女は単なる従業員ではなく、こちらの娘さんということで間違いないのでしょう。

 

「…以上の仕様で、お見積もり価格、14600Gになります」

「安すぎない!?オーダーメイドの、更にミスリル銀製の剣なんでしょう?

 既製品でもベンガーナのデパートなら、多分1本で20000G以上軽く飛んでいくわよ!それを2本(セット)で!?」

 言ってしまってから、なんかベンガーナのデパートの特設会場で目にした、寸劇仕立てのセールストークを思い出してしまい、危うく吹きそうになりましたがそれはさておき。

 私の言葉が予想の範囲内だったとでも言わんばかりに、彼女は頷いて説明を続けます。

 

「先日置いていっていただいた鉄の爪を打ち直したものが、昨日売れて利益が出ましたので、改めて材料の鉄として、95Gで買い取らせていただいた形になりました。

 更に、代金は前金でお支払いいただけるとの事でしたので、端数はサービスさせていただきます」

「いやそんなのいいから!

 てゆーか待って…私が前来た時のこと覚えてるの!?」

「はい。通常、女性冒険者のかたは、あまりお一人では立ち寄られませんし、お客様はこの辺ではちょっと見ないくらいお綺麗な方なので、余計。

 …あの、本当に14600Gで結構ですよ」

 …なんか色々どう反応していいかわからなくなり、私があーとかうーとか呻いていると、そんな私の顔を下から覗き込みながら、彼女はちょっと困ったような顔をしました。

 それからふと、何かを思いついたような目をしたかと思うと、先ほどと同じようなニンマリ顔で、言葉を続けます。

 

「なんでしたら今の時間、広場の方に屋台が出てますし、予算内で収まったのであれば、浮いたお金で食べ歩きとかいかがでしょう?

 こんなイナカ村ですけど、王都では見かけないような安くて美味しいモノも、割とたくさんありますよ?

 勿論、宿屋のお食事も充分美味しいんですけど。

 あそこの息子とは幼馴染なんで、ちっちゃい頃はよくご飯ご馳走になってたんですよ」

 ちっちゃい頃って、今でも充分ちっちゃいじゃないの…というツッコミを辛うじて封じ込めて、私は頭の中で、彼女の意見を反芻します。

 

「……それもいいかも。

 確かにさっき広場を通った時にいい匂いがしてたし、言われてみれば小腹も空いてるわ」

 言ってしまってから、どうもさっきから彼女の言葉に逆らおうとしては、その度に納得させられ説き伏せられているような気がして、少し面白くない気になりましたが、私はそれ以上逆らわないことに決めて、言われた金額を支払いました。

 ありがとうございます、と彼女はそれを受け取り、深く一礼します。

 

「けど実際、この店、価格設定おかしくない!?

 ちゃんと採算取れてる?

 …べ、別に私が心配することじゃないけど!」

 将軍がわざわざ足を運んだ通り、この店は評判に違わぬ良い店のようです。

 これから冒険者として生活していかなければならない私にとっては、この先何度も足を運ぶべき店になるでしょう。

 その際に潰れてしまっていては困りますものね!

 

「…確かにベンガーナ王都の基準だと、安すぎるって事になるかもしれません。

 そもそもあちらで安い武器は、良いものと見做されずあまり売れませんからね。

 けど、武器職人の工房があるのは大概、材料が採取できる田舎ですし、それを王都で販売するには、それなりの輸送費や人件費なんかが上乗せされるので、どうしても高くなりがちなんです。

 王都にも職人がいないわけじゃないですが、どうしても数は限られますから。

 …旅をされる方であれば、知っておいた方がいい知識ですよ、コレ」

 …それ、商人としては客にしていい話なのかしら。

 けど確かに、いいものを安く手に入れることは、これからの自分には大切なことかも知れません。

 私はもう王女ではないのですものね。

 

「ちなみに!

 当店の武器は、ギルドメイン山の良質な鉱石を材料として、優秀な武器職人が丹精込めて作り上げた、どれも逸品なのです!

 冒険者として名を上げた暁には是非とも、後輩冒険者にジャンクの武器屋をお薦めください!

 勿論、研ぎや修理も承ってますんで。

 うちでお買い上げいただいた品でしたら、状態にもよりますがその際には、幾らかお値引きさせていただいてます。

 近くまでお越しの際には是非お立ち寄りください♪」

 …そしてこのくらいのたくましさも、きっと必要になるのだわ。

 ノヴァのアホがこの子のどこに惹かれたかは、本人がもう居ない以上わかるはずもありませんが、私の初恋を打ち砕いてくれた相手、せいぜいその生き方を観察させていただきますわ。

 

「では、メリッサ様。

 引換票をお渡しいたしますので、5日後の正午過ぎに、こちらを持ってまたお越しくださいませ。

 本日はありがとうございました!」

 名前を呼ばれ、一瞬胸に温かいものがよぎります。

 思えば城を離れてから、私の名前を呼ぶ人なんて居なかったのです。

 考えもなく本名を書いてしまったのは迂闊でしたが、そこに感じた気持ちと引き換えであれば、どうでもいい気がしてきます。

 私は、彼女の差し出してきた紙を受け取って、入ってきた扉に向かい…それからもう一度、彼女の方を振り向きました。

 

「……ねえ。あなたのお名前を教えてくれる?」

「あたしですか?リリィと申します。

 この武器屋の店主の娘です」

 何でもないことのように名乗ったその名前を、口の中で小さく転がしながら、私は『リリィ』の忠告通り、広場の屋台に向かいました。

 

 ・・・

 

「…あれ?どうかなさいましたか?

 なにかお忘れ物か、引換票に不備でも…」

「これ、さっきそこで買ったものだけど!

 良ければおうちの方と召し上がってちょうだい!」

「え…いいんですか、こんなにたくさん?」

「べ…別にさっきのあなたの接客をすごく気に入ったから、そのお礼とかではないのよ!

 旅のノリでたくさん買ってしまって、よく考えたら食べきれないと思っただけだから!」

「なにを隠そう、あたしの好物です!

 さっき出た時に見かけて、結局買わなかったんですけど、食べたいなーと思ってたんです!

 ありがとうございます、ご馳走様です!」

 さっき屋台で買って気に入って、とりあえずそこにできている分を全部買い上げた、何だか知らないけど柔らかく煮た塊肉を、ふんわりもっちりとした皮で包んで蒸した食べ物が入った袋を『リリィ』に手渡してから、私はそそくさと店を後にしました。

 

 ……一体何をやっているのかしら、私は。




おかしい…当初は悪役令嬢的なノリにしようと思ってたのに、なんでか知らんがツンデレ姫になった(爆

投げ過ぎた石

名前:メリッサ
性別:おんな
職業:ひめ→せんし

リンガイア王国第三王女にして、現在密かに生き残っている唯一の王族。18歳。
(正確にはベンガーナの第二王子妃となった姉は健在だが、彼女は嫁いだ時点で王位継承権は消えている)
ノヴァとは幼馴染で、幼い頃からずっと恋心を抱いているのだが、それを言葉にする過程で何故かおかしな変換がされてしまい、好意がまったく伝わっていないばかりか苦手意識すら持たれてしまっている。
本人は自覚していないがかなりの武闘派で脳筋。
幼い頃から割と自然に武に親しんで育ってしまい、周囲が気づいた時点で取り返しがつかなくなっていた。
地上では数少ない双剣の使い手だが、その理由も本人曰く『だって、盾は重いんですもの』。
14歳の年に王家主催の武術大会で、一緒に出たノヴァに負けて準優勝して以来、その後も毎年出場しており、ノヴァとトーナメントで当たるたびに負け続けている。
今年の大会ではその賞品にされるところだったのを、失恋のショックもあって逃げ出した直後に、魔王軍によって祖国が壊滅。
普通の神経の女性ならば、帰る場所も家族も失ってパニックになるところを、何故かそこから開き直って冒険者となる。

…ところで関係ないけど、『めりっさ』はアタシがドラクエ3をプレイした時に連れていた僧侶(おんな)の名前です。
ついでに言えば、その時の勇者(おんな)の名前が『ぐえん』でした。


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広がりゆく波紋
1・小石たちは密談する


ここから新章になりますが、まあ主人公と副主人公の立ち位置は変わりません。
タイトルの付け方の傾向が変化するだけでしょうか(爆


 …目が覚めたら、酒呑みのオッサン臭のするベッドの上にいた。

 昨夜はどうやらロン先生のうちに泊まってしまったらしい。

 ここにはベッドがこれひとつしかないので、あたしが泊まり込みになる時は大抵先生と背中合わせで、互いに一枚ずつの毛布にくるまって寝ているのだけど(あたしが年頃になる前に、この状況は改善しなければと思ってはいる)、あたしがど真ん中にしかも毛布をかけられた状態で寝ていたところを見ると、先生は昨夜はベッドを使わなかったようだ。

 なんか、ロン先生と初めて会った日の事を思い出すな、などとぼんやり思いながら、もそもそと毛布から這い出る。

 顔を洗うため、置いてある自分のタオルを手に取り、なにげに覗いた先生のひげ剃りの時に使う鏡の中に、顔パンパンに腫らしたすっげえブサイクな女の子がいた。

 あーうん、泣いたまんま寝たからって事だよねくっそ腹立つ自慢の可愛い顔が台無しだわすいません調子こきました。

 一応、ミスランカークス村とか祭り企画で開催されたら2位は確実に取れるけど。

 だって村で若い未婚女性ってあたしとジンジャーの2人だけであとは既婚者と幼女だけだからな!

 …止そう。虚しくなってきた。

 とりあえずこの顔をなんとかする為、冷たい水で顔を洗うべく井戸へ向かう。

 

『タラララッタッタッターン!

【みやぶる】が若干レベルアップしましたー!!

 これによりご自分の情報も見られますから、早速やってみましょう!

 

 名前【リリィ】

 種族:にんげん

 職業:ぶきやのむすめ

 LV:19

 最大HP:90

 最大MP:0

 

 装備

 ぬののふく

 魔弾銃

 

 特技

 みる

 たからのにおい

 あなほり

 たかのめ

 みやぶる

 錬金

 時空扉

 異界扉(但し、グエンとの共闘時のみ)

 どうぐぶくろ

 即死及び行動不能系攻撃完全耐性

 状態維持

 状態改善

 

 ……ってところです。

 どうやら以前、ハドラーの黒の核晶(コア)を、接触によりある程度安定させたのは、【状態改善】の能力だったみたいですねぇ〜』

 ….なに勝手にひとの能力晒してるんだ。

 いやいやそれよりもその前の、【即死及び行動不能系攻撃完全耐性】ってのは何?

 

『そのまんまだと思いますよぉ〜。

 リリィさんは、ザキ系呪文とかマヒ攻撃とかが、普通に効かない体質みたいです。

 試してみないとなんとも言えませんけど、恐らくメガンテとか受けても平気でしょうね』

 マジか!いや試してみたくないけど!

 てゆーかそれ、『体質』で片付けていい問題なの!?

 

『他の能力と違って下の3つは、常に作用してるいわば『パッシブスキル』みたいですから。

 それって既に体質なんじゃないかと』

 はあそうですか。

 てゆーか行動不能系攻撃って、なんかひとつ引っかかるものが…ああそうだよ!

 大魔王バーン様の能力に、『瞳』ってやつがあったよな確か!!

 戦うに値しない実力のやつは宝玉に変えられて、まさに行動不能になるやつ。

 その理屈だとあたし、あの場に足を踏み入れた場合、絶対に『瞳』にはされず、最後まで立っていられるってわけだな!なんてチート!!

 

 

 ………………

 ………………………………

 ……………………………………………………。

 

 

 

 ところで現実を見てくれ。こいつをどう思う?

『すごく………厳しいです』

 

 そうだよね!!

 そもそも『リリィ』のスペックでは、その展開に突入する可能性すら万に一つもない上、たとえなんかの間違いでその状況に立たされて最後まで残っていられたところで、ただの村娘になにができるっつーんだ!

 てゆーか、あの戦いで戦闘不能以外での戦線離脱って死ぬ以外なくない?

 あれ、殺さないという弱者へのめっちゃ嫌味な慈悲って事だと思うけど、この場合無駄なチート能力が、そのまんま死への一本道じゃねえか!

 何という宝の持ち腐れ!!

 

「おはよう」

 あたしが脳内でこれを与えてくれたであろう神様に向けて激しく絶賛ツッコミを入れていると、背中にセクシーかつ渋い声がかかった。

 振り返ると予想通り、背の高い黒髪の男性。

 

「…おはようございます、バラン様」

 …朝一番に挨拶を交わす相手が友達のお父さんとか、考えるとあんまりない状況だよね。

 そんなしょうもない事を考えつつ、あたしがかなり見上げながら挨拶をすると、バランは一瞬凄く微妙な表情をして、それから大きな手を、何故かあたしの目を覆うようにして触れた。

 何か、ぽわんと温かい感覚が生じる。

 あれ……なんかデジャヴ。

 

「回復呪文……?」

「そうだ。もう少しじっとしていなさい」

 …あたしが過去にそれを受けたのは、前世を思い出したあの日、アバン様が顔の傷を治療してくれたあの時だけだ。

 今のはそれと同じ効果のものだろう。

 受けた感触は微妙に違う気がするが、魔力の質の個人差の範囲じゃないかと思う。

 例の5日間の修業期間中に、クロコダインが魔弾銃(まだんガン)のベホマをグエンさんの呪文だと言い当てた事を彼女に伝えた時、『何だかんだであのひとが一番、わたしの回復呪文を受けているからかしらね』と笑って空いた弾丸にまたベホマをつめてくれながら、そんな話をしてくれていた。

 ちなみにレオナ姫のベホマは受けた時、回復と同時にシャッキリ背筋が伸びる感じらしいが、マァムのベホイミは逆に力が程よく抜けてホッとするそうだ。

 グエンさんのは?と聞いたら、こういうのは自分では判らないらしく首を捻っていたので、今度クロコダインに聞いてみようと思う。

 あたしが受けた感じでは、アバン様のホイミはマァムタイプで、バランのはレオナ姫タイプに近いかもしれない。

 今は顔の腫れぼったさが抜けたと同時に、スキッと目が覚める感じがする。

 

「これでいい。

 こんな事に使うものではないが、泣き腫らしたままでは可愛らしい顔が勿体無いからな。

 よく眠れたか?」

「は、はい」

 ふ、ふふん、この正直者め。

 一瞬ドキッとなんかしてないからな。

 考え事をしている時にそれは反則だろう。

 てゆーかあのブッサイクな顔見られたんだと今更気付いて、覚えず顔が上気する。

 それはそれとして、あたしが起きた時、小屋の中に誰もいなかったんだけど……、

 

「…あの、うちの先生は?」

「ここだ、リリィ。

『ヘパイストスの火種』が足りなくなって採りに出かけていた。

 ……悪いが、少し寝かせてもらうぞ。

 この男がうるさい事を言うせいで、ゆうべは満足に睡眠が取れていないからな」

「ひとのせいにするな。

 若いお嬢さんが眠っている横に、無神経にも入っていこうとするから止めただけだろう」

「ここはオレの家だ。

 オレが自分のベッドで寝るのに、なんで文句を言われなければならん。

 オレもこいつも寝相は悪くないから、毛布さえ別に与えておけば互いに邪魔にもならんというのに」

「そういう問題ではない!」

 ……うん。よくは判らないが、この二人、なんか仲良くなったみたいだな!

 男同士の和気藹々とした交流に水を差す事はすまいと、あたしは小屋の中に戻って、適当に朝ごはんの支度をする。

 二人分のトレーを揃え、片方に乾かないように覆いをかけたところで、外からドアが開けられて、大人二人が入ってきた。

 

「ロン先生。あたし一旦家に帰ります」

「そうするといい。

 ジャンクのやつには昨夜のうちに、ここにいると伝えておいたから、心配はしていないと思うが」

「ありがとうございます。後でまた」

 先生がベッドに横になって毛布にくるまった後、バランに食事をとるよう勧め、ついでにもう片方のトレーの分を、先生が起きたら食べてもらってと言い残して、あたしは時空扉を出した。

 バランが居てくれたら、万が一死神がまた、先生を狙ってきたとしても、なんとか対処してくれるだろう。

 もっともこれはあくまでも勘だが、ロン先生を狙ったのもキルバーン的に、あたしへの嫌がらせの一環である気がする。

 恐らくはあたしの居ない隙に、先生をどうこうしようとはしないのではないか。

 

 ……あたしも今は、先生やバランから離れて、考えたいこともあったし。

 

 ……………………

 

「おかえりなさい、リリィ。待っていたわ」

 …だから、帰宅したうちの店の前で、マントのフードを被ったグエンさんにいきなり声をかけられて、驚きのあまり変な声が出たのは、乙女としてはあるまじき姿だが、状況的には当然のことだと思ってほしい。

 

「あなたと二人きりで話がしたいのだけれど。

 ちゃんと送り届けるから、付き合ってもらえないかしら?」

 

 ☆☆☆

 

 ルーラで連れてこられたのは、大きな湖の中央にある小島、そこに建てられた祠だった。

 

「ここは、テラン……ですか?」

「そう。(ドラゴン)の騎士の伝説が色濃く残る神秘の国ね。

 まあ、ここに来た事に特に意味はないわ。

 二人きりで話ができて、恐らくは知り合いが来ないであろう場所というチョイス以外にはね」

「それで……話とは?」

「…本題に入る前に、昨日はちゃんと守れなくて、ごめんなさい」

 は?………いやいやいや!

 死の大地の話なら、あたしが迂闊にも巻き込まれに行っちゃっただけですし!

 死神の件に至っては、クロコダインとグエンさんはあたしを探しに来てくれて巻き込まれたんですから、逆に被害者じゃないですか!

 的な事を、気にしなくていいという意図を込めて言ったら、

 

「けど、最初にあなたを戦場に連れ出したのはわたしよ。

 あなたが眠ってしまった後、改めてロンに叱られたわ。

『あいつの突発的な行動含めて、責任が持てないなら二度と連れ出すな』ですって。

 正直、今こうしてあなたをここに連れてきている事も、彼が知ったら激怒するでしょうね」

 …先生、そんな事言ってたのか。

 好きな女性に厳しいこと言わなきゃならない状況作ってほんとごめんなさい。

 あと、シュンとしてるグエンさんとかちょっと新鮮だけど、女性にこんな顔をさせてはいけないと思う。

 

「…ここのところ色々あったもんで、過保護なだけだと思うんですが、うちの師匠がホントすいません。

 後でフォローはしておきますんで、気にしないでください」

「……ありがとう。あなたは優しいわね」

 なんて言われて、綺麗な顔で微笑まれた。

 ごちそうさまです。

 

「…フェンブレンは幸せだったと思うわよ。

 自分の死に、あなたが泣いてくれて。

 …けど、正直卑怯だと思うわ」

「えっ……?」

 そしてグエンさんは、その綺麗な微笑みを浮かべたまま、唐突に言った。

 その言葉に思わず目を瞠る。

 

「だってそうでしょう?

 自分を守る為に命を落としたと思ったら、あなたがその死に責任を感じるのも当たり前だし…アイツのあれは明らかに、それ狙った上での行動だもの。

 ………冗談じゃないわ。

 それで心が縛れると思ったら大間違いよ。

 死んで守るくらいなら生きて守れっての。

 ……だから、あなたが必要以上に気に病むこともないの。

 忘れたほうが楽なら、忘れてしまっていいのよ」

「……それはあなた自身が、同じ感情に縛られていると、感じているからですか?」

 勝手に展開された『みやぶる』で表示されたプロフィールを参照するまでもなく…というか個人の感情的なものはプロフィールには出てこないけど、これまでに聞かされてきたラーハルトとの関係や鎧の魔槍を使うことになった経緯を考えると、彼女の抱えてるものもある程度推測できる。

 …てゆーか、表示された情報の中にひとつ、本人も知らないだろう結構ショッキングな事実があったんだが、ぶっちゃけかなりどうでもいい情報ではあるし、むしろ知ってしまったら自身の存在に絶望する可能性すらあるので、その事実はあたしの中に、永遠に秘匿することにする。

 

「………やっぱり、お見通しなのね。

 ラーハルトは、残された最後の力を、わたしを助ける為に使って、そして死んだわ。

 あの時、わたしがもっと強ければ…いいえ、彼と会った頃の13歳のわたしに、彼を守れる力があれば、彼を死なせる事はなかった。

 …そうやって後悔すると同時に、思うのよ。

 あの野郎、わたしに絶対に自分を忘れさせない、ある種の呪いを置いていきやがったって。

 …そんな事しなくても、忘れてなんかやらないのに」

 そう言ったグエンさんは、とても切ない表情をしていた。

 …多分だけど、このひとはこの件については、思い出しても二度と泣く事はないと思う。

 その時に、これ以上泣けないくらい泣いただろうことが、わかってしまったから。

 けど、そんな哀しい顔をしていても…いや、だからこそグエンさんは、たとえようもなく……綺麗だった。

 

「…それで、ここからが本題なのだけど」

「今の話、普通に本題だと思ってましたけどね!?」

 …うん、やっぱりこのひとは残念だ。

 

 まあでも、ラーハルトはこの先生き返ってくるから、そうしたらもう二度と、こんな哀しい顔はしなくて済むだろう。

 そうなると、うちの先生やクロコダインとの水面下での三つ巴で、若干気苦労を抱える事にはなりそうだけど。

 …………いや、ならないか?

 なんかこのひと、自分に対する敵意以外の関心に無頓着ぽいし。

 

 ・・・

 

 ほんとにそれはさておき。

 グエンさんの話は、バランについての事だった。

 

「相手の思惑に乗るのは不本意だけど、これ以上の被害を出さない為にも、死の大地へは、やはりわたし達勇者パーティーで乗り込む事になるわ。

 わたしとしては、同じ目的を持つというのであれば、バランとは共闘すべきだと思うのだけど…あなたの意見はどう?」

「………なんであたし?」

「一番客観的な意見が聞ける気がしたから?」

「客観的になるかは判らないですよ?

 あたしも一応、勇者パーティーに血縁者がいるわけですし?

 …言わせていただければ、最終的に共闘という形をとるのは賛成です。

 けど状況的に、今回は不可能だと思います」

「それは……何故?」

「バラン様の剣が、メンテ中で使えませんから。

 うちの先生は、一度引き受けた仕事を、戦いの為に途中で中断して剣を返すとか、絶対しないと思いますし。

 まさかハドラーや親衛騎団相手に、彼を丸腰で戦わせる気ではないでしょう?」

「あー……言われてみればそうだったわ。

 つまりあなたの意見としては『時期を待て』という事ね。わかった」

 …何故あたしの意見が必要なのかは、納得する答えは得られなかったが、グエンさんの中では割と重要なんだという事だけはわかった。

 

「…ちなみに、バラン様の事はあちらにはどのように?」

「ああ、それね。

 クロコダインとも相談して、バランと会った事はダイやみんなにはまだ伝えていないの。

 あそこで死神に襲撃された事は話したけど、あれだって追い払ってくれたのはフェンブレンだし、嘘は言わなくて済む分、隠すのも楽だったわ。

 そこもあなたの意見を聞いた上で、どうするか考えたかったのよ」

「……何となくだけど、そんな気がしていました」

 もしもバランの存在をヒュンケルさんが知れば、原作通りの展開になる可能性が高い。

 もっとも場所が死の大地でない以上、一騎打ちにアルビナスが乱入する事は無いだろうから、あれほど酷い事態にはならないと思うけど。

 この人がそれを知るはずもないにせよ、言わずにおいてくれて助かった。

 

「けどそれ、よくクロコダインが承知しましたね?

 あのひと隠し事とか、メッチャ苦手そうな気がするんですけど」

「大丈夫、約束は守る男だから。

 わたしがいいと言うまでにもし誰かに言ったら、二度と口きかないって脅してきたし」

 地味にヒドイ。

 クロコダインの気持ちを考えたらいたたまれない。

 

「あと、リリィの言うことならバランは聞くんじゃないかって言ったら、あっさり納得してくれたわ」

 なんでだよ!

 

 ・・・

 

「さてと。そろそろ戻らなくちゃね。

 こっちも、みんなが起きてきたら作戦会議と言っていたから、それまでに情報を整理しておかないと。

 黙って出てきたから、いなかった事に気付かれたら、またヒュンケルにお説教されちゃうわ。

 …送るのはお家の前でいい?」

「……グエンさん、お願いがあるんですが」

 あたしの力だけじゃどうにもならない事でも、もしかしたら、このひとが居れば。




リリィが見た、グエン自身が知らない『ショッキングな事実』については、グエン編8話、リリィ編25話にヒントがありますのでそこから推測してください。
今後この事実については、これ以上の事を言及する事はありません。
リリィが言うように『どうでもいい情報』なので。


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2・半魔の僧侶は志願する

アンケートの投票、終了させていただきました。
投票して下さいました皆様、ありがとうございます。
最後のは『ぼかして書いてたのに33話の閲覧数が上がってる!そんなにバレバレだったのか!?』という思いのもと、聞いてみたくなったわけですが、気がついてない方も結構いらっしゃるようで安心しました(笑


「待って!

 それを許したらわたしは今度は、ロンに叱られるくらいじゃ済まないわ!

 何より、わたし達は敵の本拠地に乗り込もうとしているのよ。

 あなたはキルバーンに狙われているだけじゃなく、ミストバーンにも危険視されている事は自覚していて?

 いくらなんでも無謀すぎる!!」

「うちの師匠は説得しときます。

 完璧ではないにせよ、キルバーン対策のシミュレーションも済んでいますし、ハドラーは恐らく、あたしに危害は加えないでしょう」

「……そう言える根拠は?」

「ありません。

 まあ強いて言うなら、あたしはあのひとの『女』だそうですから」

「…そう聞くと尚の事、頷くわけにはいかないのだけれど…」

「まあそこは呑み込んで頷いてください。

 ……あたしの口から言う事は出来ませんが、それが必要になる事は間違いないんです。

 あたしは確かに、武器を取って戦う事はできません。

 それでも地上に暮らす民の1人として、この戦いに関わった時点で、考えうるあらゆる状況のすべてに覚悟はできてます。

 あたしにしか出来ない、あたしの戦いを行う覚悟が。

 …けど、あたしはひとりじゃ戦えない。

 だからお願いです、グエンさん。

 あたしに、力を貸してください!

 グエンさんとあたしの力があれば、最悪の事態は回避できる…!」

 

 ☆☆☆

 

 カール王国に構えられた作戦基地は、一時的に野戦病院と化していたものの、わたしやマァム、レオナ姫、エイミ、メルルといった回復呪文の使い手達による奮闘が功を奏して、サババの戦いで倒れたほぼ全員が、朝には歩けるところまで回復していた。

 死者がひとりも出なかったのを奇跡と見るべきか、はたまた奴らにとっては殺すまでもないザコと侮られた結果と見るべきなのかは、判断に困るところだけれど。

 ちなみにわたしが『金持ちの邸の地下倉庫?』と思っていたこの場所は、どうやら王城の別棟だったらしい。

 王城にはよくある造りらしいのだが、今普通に出入り口として使っている階段は、本来は動く本棚に隠されていたもので、お城の中から割とややこしいルートでここを通り、最後にこの階段を登れば城壁の外に出るという、非常時に王族を避難させる為の隠し通路的な場所であったようだ。

 主棟からは少し離れてる上に、なぜかこの辺だけ城壁自体が完全に破壊されていたから、完全にお城の敷地外だと思っていた。

 わたしはこの国には図書館以外に見るものはないという認識でいたし、お城の近くの大きな道を通るとやたらと初対面の男性に話しかけられて、本来10分足らずで通り過ぎることの出来る道なのに、そのせいで20分以上かけても半分ほどしか進めないということが数度あったから、遠回りになっても出来るだけ近寄るのは避けるようにしていたので、お城の大きさをいまいち把握していなかったのだ。

 割とメインの街道に旅の尼僧が通ることなんか珍しくもないだろうに、どうしてあの道だけそんな事が起きていたのか、今考えても不思議だ。

 多分服装や言動からすると、お城に常駐する騎士さん達だったのだと思うが。

 ちなみに、わたしとヒュンケルが以前、バランに倒された騎士団長という人の亡骸を葬ったのは、基地とは反対側の正門前だった筈だ。

 閑話休題。

 

 あの後、リリィの『頼み事』にひどく驚いたものの結局は頷いて、彼女をおうちに送り届けたら、若干戻るのが遅くなってしまった。

 とりあえず説教はくらう覚悟で、ヒュンケルよりはまだ優しいだろうクロコダインに、リリルーラでこっそり合流したところ、顔を合わせた次の瞬間に、

 

「…どこへ行っていたかは知らんが、この状況で黙って行くのは感心せんな」

 とやはりちょっと小言を言われた。

 やはり姿が見えないとみんなに探されていたらしい。

 が、クロコダインは言うだけ言ったところでそれ以上は何も訊かず、わたしをひょいと肩に担ぐ。

 

「…こっそり行ったという事は、戻るのに着地音で判るルーラは使わんだろうし、ヒュンケルに小言を言われるのも避けたいだろうから、おまえはオレのところに戻ってくるだろうと思っていた。

 だからダイ達と顔を合わせる前に、ここで待機していたのだ……当たりだったな」

 と言われて、改めて周囲を見れば、確か王城の裏手にある森の中だった。

 わたしが、上手いこと彼とだけ合流できるよう、考えてくれていたらしい。

 

「…ありがとう。心配をかけて、ごめんなさい」

 色々思うところをふたつの言葉に集約すると、クロコダインは微かに笑った。

 そしてわたしを担いだまま作戦基地の方へ歩いていき、こちらに気がついて駆け寄ってきたダイの前でわたしを下ろすと、

 

「最近あまりグエンとくだけた話ができなかったので、オレが引き止めてしまっていたのだ。

 騒ぎにしてしまったようで、済まなかった」

 と行って、わたしの不在をあたかも自分のせいであったかのようにして誤魔化してくれた。

 いつもながら紳士(イケメン)過ぎるその対応に、ヒュンケルだけは若干不審げな顔をしたが、他のメンバーは納得してくれて、

 

「これから作戦会議をしないといけないんだって!」

 とダイがわたしの手を掴んで、早く早くと引っ張ったので、慌ててそれについていく。

 他のメンバーもそれに続いて、全員でようやく作戦基地に集合したのだが、既に中心の円卓に就いていたレオナ姫が、手を繋いだわたしとダイを見て、なんとも言えない表情を浮かべたのは見なかった事にした。

 

 ・・・

 

「海底の…魔宮の門か…」

 大魔王の居城の入口は海底にあったとは、ポップ達が連れ帰ってきたチウが持ってきた情報だ。

 ちなみに、チウ達の危機を教えてくれた2匹のモンスターは現在クロコダインの管理下で、おとなしく指示を待っているのだそう。

 

「おまえにも、リーダーとしての器はあるとオレは思う。

 だが、群れを率いるにはまだまだ力不足だ。

 獣の主たるもの、常に力を示していかねば、己より強い者には、あっという間に取って代わられる。

 上の者が弱ければ群れを守りきれぬからだ。

 だから、おまえがそれに見合うだけの力をつけるまでは、部下はオレに預けておけ。

 心配するな、奴らはおまえを慕っているから、おまえのことを待っていてくれるさ」

 とクロコダインが目を覚ましたチウを諭し、

 

「わかりました…立派な次期獣王となるべく、今後も更なる努力をします!!」

 というやりとりがあった事を、『別にまだ後継として任命したわけではないのだがな…』と後になって苦笑交じりにクロコダインが話してくれたのだが、まあ今はそれはいい。

 

「やっぱり、おれが壊すしかないと思うな。

 みんなに地上で、親衛騎団を引きつけてもらってる間に…!!!」

 と、勇ましい意見を述べるのは勿論、我らが勇者・ダイ。

 それに対してレオナ姫が、一人では無茶だと反対意見を口にする。

 そもそもチウによればその魔宮の門とやら、大魔王の魔力によって永きに渡りずっと閉ざされており、魔王軍の者だけがルーラで外界と行き来するというシステムだそうで、つまりは門としての役割を果たしていない、単なる丈夫な壁扱いらしい。

 だがその頑丈さは、それをチウに語ったフェンブレン曰く、(ドラゴン)の騎士の力をもってしても破壊できないそうで、ならば実際ダイがひとりで行って、破壊できるかどうかなどわからないわけで。

 …やはりバランが一緒に行ってくれるのが、最良の策だった気がするのだけど、『彼を丸腰で戦わせる気ではないでしょう?』とちょっとだけ厳しい目で見上げてきたリリィの顔を思い浮かべて、その考えを即座に自身の内側で却下した。

 なんだろう、ああいう時のリリィには、妙に逆らいがたい何かがある。

 まだつきあいの浅いわたしがそう感じるくらいだから、兄であるポップはもう何度となくそれを感じてきた事に違いない。

 ともあれ、今その策が取れないというのであれば、やはりまだバランの事は伝えない方がいい気がする。

 だからといって、バランの剣が直るのを待つという選択も、この流れではできそうにない。

 というか、決行を待つべきとの意見を出せば、何故と必ず聞かれてしまうだろうし、そうなるとバランの事を話さざるを得なくなる。

 元々死の大地へ攻め込むこの計画は、一気呵成に全員倒そうなどという大それたものではなかった筈だ。

 なら、無理だと判れば撤退してもいい。

 死んでしまったら終わりなのだから。

 

「お、おれが行くっ!!おれに任せなっ!!」

「ポップは、対親衛騎団の切り札でしょ!!

 私が行くわ!!!」

 と、わたしが考えている間にも、目に決意を漲らせたポップがそう申し出、それをマァムに一蹴される。

 確かに親衛騎団の存在さえなければ、ポップのあの呪文(メドローア)で、門ごと消してしまうのが一番手っ取り早いわけだけど、あの呪文を扱えるポップの存在自体が、親衛騎団に対してある程度の牽制になる以上、この駒を動かすわけにはいかない。そして。

 

「…それを言うならマァムとヒュンケルも同じだわ。

 空の技を、奴らのオリハルコンの外甲を砕いて急所に届けるだけの攻撃力で放てるのは、ダイ以外ではあなた方2人だけなんですからね」

 わたしがそう口を挟むと、ヒュンケルが一瞬ハッとしたようにわたしを見て、それからマァムと顔を見合わせた。

 多分だがマァムの次に『いや、オレが行く』的なことを言おうとしていたに違いない。

 昨日の事を根に持っていたわけでは決してないが、仕返しができたようでちょっとだけスッとした。

 けど、そこに何故かノヴァが『ならば、ボクが!』とか言ってきたけど、それはとりあえず無視する。

 申し訳ないが、この段階でこの子が付き添っても、ダイの補佐にすらならないだろう。

 

「…そして、ポップがあの呪文を使う為には、騎士(ナイト)の盾を封じなければならない。

 同じ手が通用するとは思わないけど、やはり成功例のあるクロコダインの存在も必要だわ。

 …だとすれば、残るはわたしだと思うのだけれど?」

 そう言ってわたしが右手を上げると、驚いたような全員の視線が集中して、些か居心地が悪かった。

 ……苦しい理屈だと自分でも判ってるわよ!!

 けどこの役目、なんとしてでも勝ち取らねばならないのだ。

 ……リリィとの約束だから。

 

 …と、意気込んでこの話し合いに臨んだ割には、そうわたしが言った直後、パッと笑顔になったダイの、

 

「うん!グエンが一緒に来てくれたらおれは安心だし、頑張れるよ!!」

 の一言で、割とあっさりわたしの案が通った。

 もう少し揉めるかと思ったのに拍子抜けだが、まあ余計な言い訳をせずに済んで助かった。

 …てゆーか、だからそんな目で見ないでください、レオナ姫。

 それが移ったのかなんか知らないけど、隣でエイミまでおんなじような顔してるし。

 

 まあそんなわけでメンバー割が決定し、細かな打ち合わせを済ませた後、今日1日はしっかり休んで、翌日決行という運びになった。

 

 ・・・

 

 そして、一晩休んだ早朝。

 昨日クロコダインと会った森に、きれいな水の湧いている泉があるのを見つけていたので、今朝は1人でそこまで行き、その水を汲んで、呪文をかけた。

 

「ニフラム」

 大地から湧いた冷たい水に、邪を退ける力が宿る。

 周りに誰もいないのを確認して、わたしは服を脱いで下着だけになると、その水に浸した布で、脇腹を優しく拭った。

 …そこにはフェンブレンから受けた傷がまだ残っている。

 ベホマで治癒できなかったそれは、明らかに暗黒闘気ならぬ魔力による影響だ。

 この傷から身体に入り込んだそれが回復を妨げており、この即席の聖水で拭って、少しでも取り去ろうとしているわけだが、どうやらこの程度では焼け石に水のようだ。

 これならば直接ニフラムを自分にかけた方がいいと思うだろうが、実はあれ、邪なる力に対しては容赦なく暴力的な呪文なので、身体に入った暗黒魔力()()を消し去れるかは、割と疑問だったりする。

 下手をすると傷のある部分の組織ごと消し去る事にもなりかねないと判断して、こんな消極的な手段に頼ったわけであるが。

 正直これならばリリィの作ってくれたスープの方が遥かに効果が高いことに気づいて、思わず苦笑が漏れる。

 図々しいのは百も承知で、朝御飯をご馳走になりに行こうかしら。

 そんなしょうもない事を考えていたら、

 

「グエンさん…!」

 と、背後から女性の声がわたしの名を呼んだ。

 振り返ると姫さまの護衛の女性賢者が、何か難しい顔をしてわたしを見つめていた。

 

「…おはよう、エイミ。随分早起きなのね」

 誰にも見つからぬように出てきたのにと、心の中で舌打ちをしつつ、その内心に気付かれないよう笑いながら、さりげなくマントで肌を隠す。

 女同士だから別に恥ずかしくはないが、脇腹の傷は、あまり女性に見せたいものではない。

 だがエイミはわたしに駆け寄ってくると、傷を覆ったマントを跳ね除けてそこに触れ、ベホイミをかける。

 温かい感覚が一瞬当たったがそれだけで、治癒は一向に始まらず、傷は変わらずそこにあった。

 

「こんな…こんな傷を隠して、戦いに行くつもりなんですか…?」

 それを見て、エイミは絶望したような表情を浮かべた。

 

「ちょっと、そんな顔しないでよ。

 見た目はアレだけど、たいした傷じゃないんだから。

 ……けど、心配してくれてありがとう」

 言いながら、今日はこのままダイと共に出撃することになるなと考えて、わたしはこっそりため息をつく。

 まあ実際これ以上やったところで大した効果もなかったし…と、わたしは服を身につけると、彼女に向かって笑いかけた。

 

「一緒に戻りましょうか、エイミ。

 朝食を済ませたら、身支度を…」

「…あなたの槍は、私が捨てました」

 

 

 ……一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 

「……どういう事なの?」

 思わず問い詰めるような口調になるのを抑えきれずわたしが問うと、エイミは一瞬ビクッと肩を震わせた。

 ああ悪い、目の周りの隈取り(アイライン)のせいで無駄に目ヂカラあるのよね、わたし。

 そのせいで睨むと割と迫力があるらしい。

 いつもならそれを知ってるからやらないけど、今のわたしには、そんな気を使う余裕すらなかった。

 だがエイミは、一度はわたしから目を逸らしたものの、気の強そうな黒い瞳で、真っ直ぐにわたしを見返す。

 

「武器がなければ、戦えませんよね?

 諦めて、今は休んでください……!!」

 そう言って触れてくる手を、わたしは苛立ち紛れに払う。

 

「冗談はやめて、エイミ」

「冗談なんかじゃありません…私、あなたが好きです!」

 ……その爆弾発言に、今度こそわたしは固まった。

 …………隙?鋤?空き?数寄?

 ……………………………好、き?

 誰が、誰を?エイミが、わたしを?

 ああいやうん、好きにも色々あるよね。

 たとえばわたしは、蒸したジャガイモにマヨネーズをかけただけの料理とも言えない食べ方が実は一番好き。

 あ、マヨネーズっていうのはパプニカの大衆料理店が最初に作り始めた、卵と油と酢を混ぜて作るソースで…え、知ってる?

 

「…ずっと憧れていたんです。

 だから、あなたがこれ以上傷つくのは耐えられない…!!」

 ああいかん、少し現実逃避をしていた。

 そうじゃない。

 とりあえずジャガイモとマヨネーズは頭から追い出そう。

 

「エイミ…?」

「ヒュンケルや、他の誰かが、あなたを幸せにしてくれるなら、それを見守るだけでいいと思っていました。

 でも、誰もあなたが戦うのを止められない。

 むしろその誰かの為に、あなたは戦って、傷ついていく。

 そんなあなたを見ていると、とても不安になるんです。

 あなたは誰かを守る為ならば、いつか自分の命すら、喜んで投げ出してしまうって。

 私は……そんな事、耐えられない」

 エイミはそう言って泣き崩れる。

 …いやその傾向は勇者パーティー全員にあるような気がするけど。

 ただ、僧侶という職業は割と自己犠牲の精神に価値を認める職業なので、とくにその傾向が強いのは認めるけれど、わたしは中でも俗物に近いと大魔導士のお墨付きも…ってやかましいわ。

 …けどまあ、なんにせよとんでもなく心配されていることだけはよく判った。

 弟の形見の槍を捨てられた事はアレだけど、やはり若い女の子が泣いているのをただ見てるのは精神的にキツイ。

 わたしはヒュンケルのような朴念仁とは違う。

 目指すならむしろクロコダインのような紳士(イケメン)だ。

 目指す方向性がそもそもおかしいとか言うな。

 とにかく、心配するようなことではないと、言葉を尽くして判ってもらわなければならない。

 

「…やあね。喜んでるわけないじゃない。

 わたしは痛いのも苦しいのも嫌い。

 …だからこそ、戦うのよ」

 そして気がつけば、そんな言葉をわたしは口にしていた。

 

「えっ……?」

「今、あなたが感じてくれてる気持ちと同じ。

 傷ついているわたしに、あなたが心を痛めてくれているように、わたしも仲間が傷つくのが怖いし、痛いし、苦しいの。

 わたしが戦うことでそうならずに済むなら、当たり前にそうするわよね。それに……」

 続けようとした言葉を、意志の力で止める。

 これは本来僧侶として、決して言ってはいけない事だ。けど。

 

「……エイミ、これから言うことは、わたしの懺悔として聞いてくれないかしら?」

 自分のことを、心配して涙まで流してくれたひとなど、考えてみたらアルキードのシスター達以外では初めてだ。

 だからだろう、こんな甘えた事を、この子に話す気になったのは。

 

「……懺悔?」

「そう、懺悔。

 …わたしはね、エイミ。

 修道院で育てられて、今日まで尼僧として、神の教えを説いて生きてきたわ。

 けど、それは生きていく為。

 …正直なところ、本気で神様なんて信じてはいないのよ」

 わたしの告白にエイミは目を瞠った。

 目尻に溜まっていた涙が、またひとしずく溢れて落ちる。

 それは、掌で受け止めたくなるくらい、今までに見たどんなに豪華な宝石よりも綺麗に見えた。

 

「誤解しないで欲しいのだけれど、神という存在は間違いなくあるわ。

 けれど、この世における神の奇跡と呼ばれるものは、実際には殆どがこの世界に生きる者が、自身の力で引き起こしているものよ。

 神は奇跡を起こしたりも、わたし達を助けたりもしない。

 そういう存在では、ないのよ。

 だからわたしは、神の力など、信じない。

 それでも祈るのは、それが確かに、力を発動させる手段となり得るから。

 とりあえず魔力集中さえ可能であれば、別にそれが祈りじゃなくたって構わないの。

 信仰なんて、その程度のものでいいと思うわ。

 あくまで、わたしの私見だけれど」

 さすがに僧侶の『神信じない発言』は、 聞いてしまうとショックだったのだろう。

 エイミは呆然とした顔でわたしを見つめて、固まっている。

 …なんていうか、多分だがわたしに対して、ものすごく崇高なイメージを抱いてたっぽいし。

 

「…わたしを産んだ母親は、生まれたばかりのわたしを殺そうとした。

 わたしを育ててくれた修道院は、わたしが原因で迫害を受けた。

 わたしはこの世界には、歓迎されない存在だった。

 けど、尼僧として旅をして、誰かに必要とされる喜びを知ることができた。

 祈ることにより発現する力を、誰かの為に使うことで、自分がこの世界にとって、要らない存在なんかじゃないと、証明することができた。

 ……今も、同じよ。

 誰かの為に戦ってるわけじゃない。

 わたしは、わたしの為に戦っているの。

 わたしが辛い思いをしないために。

 結局、わたしはただのエゴイストなのよ。

 今はその手段が、魔王軍との戦いであるというだけだわ」

 そう言って、わたしを見上げるエイミの肩に手を置いて、笑ってみせる。

 さっきまでは確かに怒ってたし、彼女のした事は許せる事じゃないけど、こうして心配された事は、純粋に嬉しかった。

 

 と、何となく見つめ合っていたわたしとエイミを、何か不自然な光が照らす。

 なにかと思って光の方を振り返ると、エイミが確かに『捨てた』と言った鎧の魔槍が、光を放って、地面に突き立っていた。

 

「……彼も、わたしを呼んでいるわ」

 ラーハルトが、わたしを守る為に託してくれた、己の鎧。

 わたしはそれを手に取り、抱きしめるように抱えた。

 やはり大人ラーハルトの幻影が頭に浮かんだが、もうそれにも抵抗はなかった。

 

「……こんな話を誰かにしたのは初めてよ。

 ありがとう、エイミ。

 でも、あなたはあなたの幸せを見つけた方がいい。

 その涙が、幸せの涙に変わるのを、いつか見せて貰えたら、きっと、わたしは嬉しいわ」

「グエンさん……」

「さ、戻りましょう……それとも、ここで一緒に水浴びでもしてから行く?」

 

 ………そして。

 2人して殊更にふざけて水をかけあって、全身ビッショビショで戻ってきたわたし達を見て、レオナ姫は呆れたような目を向けて、言った。

 

「…ねえ。あなた達、いくつだったかしら?」

 その泉の水より冷たい視線に耐えた後、別室を与えられて身体を拭いて着替えをしていたら、エイミがこっそり耳打ちした。

 

「ああ仰ってますが、こういったおふざけは、姫さまの方がお好きなんですよ。

 次があったら誘ってさしあげたら、喜んで参加されると思います」

 …いや、なんぼなんでも一国の王女を水浸しにするわけにはいかないでしょうよ。

 

 ・・・

 

 そして。

 わたし達は武装を終えて、カールの岬に立っている。

 

「朝早く、エイミさんと遊んでたんだって?

 おれも誘ってくれれば良かったのに」

「女の子同士の交流だったから、男の子は禁止。

 それに大事な戦いの前だから、ダイにはギリギリまで休んでいて欲しかったのよ」

「ちぇ〜。

 …まぁ、いいや!行こうグエン!!」

 言って、ダイが自然に手を差し伸べてくる。

 わたしは頷いてその手を取ると、呪文をひとつ発動させた。

 

飛翔呪文(トベルーラ)!!」

 

 

 

 

 

 ……てゆーか、よく考えたら一度海に飛び込まなきゃいけないんだし、着替える必要なかったんじゃない?




マァム「私が行くわ!!!」
ノヴァ「いや、ボクがっ…!!」
グエン「なら、わたしが…」
全員「どうぞ、どうぞどうぞ」

一応念の為、ココ読んでくれたら嬉しい。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=216055&uid=156315

…それはさておき、みんながみんなではないにせよ、10代の女の子が年上の同性に恋愛めいた感情を抱くのって、割と普通にある事だと思います。
同性愛というのとはまた違うくくりなのです。
目の前のかっこいいお姉さんが、周囲のイケメンなんぞより魅力的に見えるだけなのです。
そういう感じを出したくて、告白の後で敢えて2人に水遊びをしてもらい、子供っぽくはしゃがせてみました。
そしてこのシーンを入れた事で、エイミの気持ちから悲壮感を取り除いたつもりなのですが、伝わってくれたでしょうか。
多分ヒュンケルに惚れて地獄に堕ちる決意を固めるより、ずっと幸せだと思いますが。
何よりこの世界に貴みが欲しかっt……がふんげふん


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3・武器屋の娘は合流する

「先生…バラン様の剣のメンテナンスは、どのくらいで終わりそうですか?」

 一応襲撃を警戒する形で、バランが外を見回ってくれて(一応武器は先生のうちに置いてある剣のうち比較的バランの手に合いそうなものを見繕って貸してある。勿論本気の戦いになれば役に立たないだろうが)席を外している間に、あたしはロン先生に問いかけた。

 先生は睨むような目であたしを見据えながら、ため息をつくように言葉を返す。

 

「…逆に聞くが、どのくらい時間をかけて欲しい?」

「……まだ何も言ってないのに、どうしてわかったんですか?」

「おまえが何か企んでるのは見ればわかる。

 それで?」

「……できれば、明日の昼くらいまでは」

「わかった。…他には?」

「明日は、こちらには伺えないと思います。

 ちょっとグエンさんに用がありまして。

 とりあえずあたしが何をしても、それはグエンさんのせいではないと、先に言っておきます」

 そこは約束なので強調しておかねばならない。

 あたしが言うと、ロン先生はもう一度小さくため息をつく。

 

「………いやな予感しかしないんだが」

「気のせいです」

 なんか色々諦めたような先生の言葉を、あたしはあっさりぶった切った。

 

 ☆☆☆

 

「…ポップたちだ!」

 わたしとダイが飛び出して数分も経たぬ頃。

 ルーラの魔法力が、飛翔呪文(トベルーラ)で移動するわたし達を追い越していくのを視認して、ダイが声を上げる。

 

「こちらも少しスピードを上げるわ。

 いい?手を離さないのよ?」

 振り返ってわたしが言うと、ダイは真剣な目でこちらを見返して頷いた。

 ダイは紋章の力なしでも飛翔呪文(トベルーラ)を使えるが、それほどスピードは出せない。

 この後、彼が戦いに力を費やすことを考えたら、わたしが引っ張っていく方がいい。

 少しでも魔法力を節約させなくては。

 初めて会った時はこちらが引っ張られていたものだが、あれからそれほど月日も経っていない事を考えれば、わたしも成長したものだと、しみじみ思う。ふふん。

 

 繋いでいた手を、改めて手首同士を握り合う形に結びなおしてから、わたしは飛行速度を上げた。

 それと共に、少しずつ高度を上げていく。

 

「…グエン、どうして上に行くんだい?」

「こちらへチウ達を連れてこれない以上、門のある場所が海底であるという事が判るだけで、正確な場所はわからないでしょう?

 だからといって海に潜って、闇雲に探し回るのは時間のロスだわ。

 ポップ達が親衛騎団を引きつける為に地上で身体を張ってくれている時に、わたし達が無駄な時間を使う事はできない。

 島全体が視界に入る上空でインパスを使って、魔力反応を探知する方が早いかなって」

「…おれ、普通に探す気でいたよ。

 インパスって、宝箱が罠かそうでないかを見分ける呪文だよね?

 そんな使い方もできたんだ…」

「魔法は集中力と発想力よ」

 元々大きな目を目をまん丸に見開いて、感嘆の声を上げる勇者様に、わたしはそう言って笑いかけた。

 …語ろうと思えば何時間でも語れるが、今はその時ではないし、この子にはあまり興味のない話になるだろう。

 わたしよりポップの方が詳しいと思うけれど、呪文というのはそれこそイメージ次第で、まだまだ無限の可能性がある学問だ。

 できると信じることによって発現させられる、言ってしまえばこの世で最も広く知られた奇跡の力といえる。

 けど、見たことのないものを信じるというのは、実際にはとても難しいことだ。

 オリジナルの攻撃呪文をいくつも生み出すマトリフ様のようなひとは、発想力もさることながら、その信じる能力がずば抜けていると言っていい。

 そう考えるとあのひとは、相当生きにくい人生を送ってきたのかもしれない。

 …信じる力が他人よりあるという事は、信じたものに裏切られる事も、それだけ多くなるという事だから。

 あのいい性格は、そうやって形成されたものか。

 …などと考えているうちに、結構な上空まで昇ってきた。

 

「インパス」

 ダイと手を繋いでいるので三角窓は作らずに唱える。

 あれは特別必要な動作ではなく、単に一点への集中力が上がるという理由だけのアクションだ。

 

「…あっち側に居るのはポップ達のようね」

 最初に見えたのは青い光。

 その側に、唐突に赤い光が現れたところを見ると、今まさに親衛騎団との戦闘が開始されたとみて間違いない。

 そしてそちらの反対側の海岸線に、動かない大きな魔力が、赤く光って見えた。

 

「ダイ、見えたわ。

『魔宮の門』は、どうやらあっちの方角よ」

 目的地が判ったので、ダイの手を掴んだまま、そちらに向けて降下する。

 海面に近くなったあたりで、すぐに海に飛び込もうとするダイを制し、一旦その大きな光の上の陸地に2人で降り立った。

 

「門の場所はわかったんだろ?

 壊しにいくんじゃなかったの?」

「ほんの少しだけ待っていてくれるかしら?

 すぐに戻るわ」

 ……昨日の朝、リリィにお願いされた事はみっつ。

 ひとつは、必ずダイに同行してほしいということで、それはダイ本人のお陰であっさり通った。

 そして今、ふたつ目を果たすべく、いつも使う呪文を唱える。

 

「リリルーラ!」

「えっ!?」

 

 ・・・

 

「リリィ、準備はできていて?」

 リリルーラで迎えに行ったリリィは、特別な装備を身につけるでもなく、普段通りの姿でそこにいた。

 だがその表情は引き締まっており、出立前に顔を合わせたポップを思わせ、やはり兄妹だなと認識を新たにする。

 

「勿論です。

 こちらからお願いしたことですから。

 あと、良ければコレ飲んでってください。

 …暗黒魔力のダメージ、残ってますよね?」

 そう言って差し出されたのは、竹でできた水筒のようなものだった。

 蓋を開けてみると、少し青臭いがミルクの柔らかな匂いがする、まさに今朝欲していた、リリィの薬草スープだ。

 

「助かるぅ!今朝までに回復してくれなくて、少し不安に思ってたのよ!!」

 直接口をつけて水筒を傾け、言われた通りこくりと飲み込む。

 傷のある脇腹がぽわんと温かくなったと思えばすぐにそれは消え、見なくとも傷が塞がったのがわかった。

 

「…凄いわ。こんなに簡単に…」

「あ、出発前に回復呪文をかけていましたね?

 魔力由来ではない物理的な回復力が、グエンさんの身体の抵抗力を高め、暗黒魔力の影響を抑えた事で、それがようやく効果を発揮したものと思われます」

 …という事は、傷が塞がったのはこのスープそのものの効能ではなく、エイミがかけてくれたベホイミの効果ってことか。

 かさねがさね、ありがとうエイミ。

 わたしが男だったら、この戦いで生きて帰ってこれたら迷わずプロポーズするわね。

 ああでも、リリィの作ってくれる美味しいごはんも捨て難いわ。

 

「…今なんか妙な事考えてませんでした?」

「なんでバレたし」

 割と人の感情に敏感なのは血筋なのか。

 ポップも他人の心の機微には敏感な方だし。

 何故か、自分に向けられる感情には鈍感なようだけど。

(作者注:『お前が言うな』)

 

「あと、多分今ならグエンさんの解呪呪文で、身体の奥に逃げ込んだ暗黒魔力も祓えますよ」

 …え、退魔呪文(ニフラム)じゃなく解呪呪文(シャナク)が正解だったの!?

 まあでも考えてみれば、暗黒闘気や魔力の持つこのいやらしい特色とか、どちらかといえば呪いに近い種類のものだったかもしれない。

 さっきダイに『魔法は発想力」と偉そうに言っておきながら、わたし自身がその発想に至っていなかった。

 ううむ、まだまだ修行が足りぬ。

 

 そうして今度こそ万全の体制が整ったところで、わたしはリリィと手を繋ぐと、今度はダイの姿をイメージして、リリルーラを唱えた。

 リリィのふたつ目のお願いは、門を見つけたら一旦地上に戻って、自分を連れに来て欲しい。

 そしてみっつ目は……中で待ち構えているだろうハドラーのもとに、自分を連れて行って欲しいという事だった。

 わたしの目には今のハドラーは恐ろしい魔獣にしか見えないし、実際戦ってもまったく歯が立たず殺されかけたのだが、この子はそのハドラーになぜか気に入られている。

 しかもキルバーンには目の敵にされ、ミストバーンからも警戒されていたわけで、いつ大魔王から狙われないとも限らない存在なのに。

 

「え…なんでリリィ!?

 こんなところに連れてきたら危険じゃないか?」

「うん………わたしも、そう思うんだけどね…」

 もうロンに怒られる未来しか見えないんだが、リリィに絶対に必要だと強く言われて、逆らえなかった時点で諦めるしかない。

 

 ☆☆☆

 

 グエンさんと共に転移してきたあたしを見て、ダイが驚いているのに対し、隣で手を繋いでるグエンさんは、なんだか渇いた笑いを浮かべた。

 なんでだ……まあいい。

 あたしはあたしのお仕事を始めるまでだ。

 

「グエンさん。『魔宮の門』は、この下の海底という事で間違いありませんね?」

「ええそうよ。これから、それを破壊しに行かなきゃいけないのだけれど…リリィ、あなた、泳げて?」

「生まれも育ちも山側なんで、水泳の習慣はありませんでしたから何とも。

 そもそもなんで泳がなきゃいけないんですか。

 仮にできたとしても嫌ですよ」

「「えっ?」」

 呆気にとられる2人を尻目に、あたしは『タカの目』を展開させた。

 

 …この時点で、バランを投入せずに『魔宮の門』にダイを挑ませるにあたり、ひとつの好都合と、ふたつの不安材料があった。

 好都合というのは…こう言っては何だが本来の物語なら門の前で待ち構えていたフェンブレンが、この時空では既にいない事。

 そして不安材料のひとつは、やはり物語ではダイとバランが2人の力で実行した門の破壊を、ダイ1人で行えるかどうかという点だ。

 何百年も開いた事のない扉は、大魔王バーンの魔力により閉ざされており、それにより(ドラゴン)の騎士の力をもってしても破壊できないと言われる強度を備えている。

 出入りできるのは魔王軍の者だけであり、彼らは壁の有無など関係なしに瞬間移動呪文(ルーラ)で出入りしているという。

 

 ……ただね、思うんだけど。

 それってそもそも、門に殊更に拘る必要なくない?

 しかも開ける手段が、現時点で破壊しかないってんなら、わざわざ一番堅牢なトコを選ぶ必要なくない?

 

 …『タカの目』が、あたしの脳裏に、鮮明な映像を映す。

 海底の門から入って水面へ浮かび、そこから続く階段を通って、無駄に広いエントランスへ。

 ……そこに、彼はいた。物語の通りに。

 ハドラーはその階段を見つめており、恐らくはそこから、ダイが登ってくるのを待っているのだろう。

 勇者パーティーに『魔宮の門』の情報が伝わったことを、彼はフェンブレンから聞いているだろうから。

 その彼の頭上を通り抜け、高い天井をすり抜けて、あたしの視点は自分に戻ってくる。

 ……つまり、今あたし達が居るのは、まさにハドラーの真上という事。

 念の為『みる』を使ってこの辺一帯を観察する。

 殊更に弱い部分はさすがにないようだが、充分だ。

 

「ダイ。早速だけどここの地面を大地斬で割って」

「なんかサラッとものすごい要求された!!」

 それでもできる限り岩盤の薄い部分を指差して言ったのだが、ダイは何故かグエンさんの背中に引っ込んで叫んだ。なんでだ。

 

「あの…つまりは、門ではなく、ここから侵入しようという事で、間違いないかしら……?」

「ええ。頑丈な鍵のかかった、そもそもそのおうちのひとが使ってない玄関から、わざわざ入る必要もないかと思いまして」

「……それもそうね」

「いや納得するなよグエン!!

 それ、勇者として何か大事なものをなくしそうな気がする!!」

 ダイがちょっと泣きそうになっているが、まあ解釈違いの範囲だろう。

 そもそも別の世界では勇者とは、初めて訪れた街の知らない人のお家に、ずかずか踏み込んでタンスや宝箱を勝手に開け、ちいさなメダルやステテコパンツを勝手に持ち去っても文句を言われない人種なのだ。

 …アレ?つまりニセ勇者って…?

 いや、今はそんな事を考える時じゃない。

 

「大丈夫大丈夫。

 そんな事くらいで勇者の魂は穢れないよ。

 あと、鬼岩城を真っ二つにした時くらいの力で済む筈だから。

【ダイの剣】さん、スタンバイよろしく〜」

 あたしが手をひらひら振って言うと、それに応えるかのようにダイの背負った剣の鞘が、カチリと音を立ててその刀身を解放した。

 

「ええぇ〜…」

 実に不本意とでも言うように、それでもダイは、封印の解かれた剣を抜く。

 

「グエン、リリィ…危ないから離れてて。

 ……アバン流刀殺法・大地斬!!!!」

 

 

 そして。

 死の大地が揺れた。

 

 ・・・

 

「クッ……クハハッ………!

 文字通り斜め上から来たと思えば、おまえの入れ知恵か、リリィ……!!」

 エントランスの天井を割って、その瓦礫とともに飛び降りてきたあたし達を見て(あたしはダイに抱っこされた状態だったけど)、ハドラーは若干ツボに入ったような笑い声を上げた。

 

 …物語の通りであれば、この戦いの直前にハドラーは、親衛騎団の前で吐血した筈だ。

 本人は急激な超魔生物への改造による反動だと思っているが、実際には改造のパワーアップが魔力の過剰供給に繋がった事による黒の核晶(コア)の暴走が原因だ。

 …不安材料のもうひとつが、ハドラーの体内のこの黒の核晶(コア)の存在。

 原作ならダイを守るため、バランが命を賭して爆発の威力を抑える事となり、全ての竜闘気(ドラゴニックオーラ)を使い果たしたバランはここで命を落とす。

 …けど、今ここにバランはいない。

 あたしが、来させなかった。

 先生に、剣を人質に取らせてまで。

 そしてそれこそがこの場に、あたしとグエンさんが居なければならなかった理由だ。

 

「…完全に予想の範囲外だが、ちょうどいい。

 リリィ、オレの妃として、この勝負の行方を見届けるがいい。

 さあ、始めようダイ。オレには時間がない」

 …ツボに入ったせいなのか、ハドラーがまたなんかおかしな事言い出したが、そこからは概ね原作通りの流れで戦いが始まろうとしていた。




ダイの剣さんは最初のフォローが効いている為、リリィの言うことは割と聞きます。


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4・武器屋の娘は好機を待つ

「ハドラーの奴は…妃、と言ったか?

 どうやら人間の少女のようだが…何者だ?」

 魔宮(バーンパレス)の奥の玉座で、離れた場所で行われている戦いを、悪魔の目玉を通してスクリーンに映し出された映像で眺めながら、大魔王はそこから聞こえてきた不可解な言葉に、傍に立つ腹心に思わず訊ねた。

 その言葉が指したのはどう見ても年端もゆかぬ、どこにでも居そうな人間の娘だったのだから。

 

「…ダイの仲間の1人である魔法使いの、妹だそうです。

 見ての通り、戦力にもならぬ小娘ですが、鬼岩城や死神(キル)の武器の弱点を言い当てました。

 何度か煮え湯を呑まされた死神(キル)が、一度は捕らえたものの逃げられたようです。

 …それがどのようにしてハドラーに、妃と呼ばれるに至ったかまでは判りませぬが…」

「フッ…あのキルバーンに煮え湯を呑ませたと…?

 ただの、人間の小娘が、な。

 それは、なかなか愉快な話だ……!」

 ミストバーンがどこか苦々しい口調で説明するのを聞いて、 大魔王バーンはくつくつと喉の奥で笑い声を漏らす。

 どちらかといえばキルバーンの事よりも、いつも冷静に傍に控えるミストバーンが、これほどに感情を顕にした事の方に興味を唆られたのだが、ミストバーンはそれには気づいていない。

 もっともこの腹心が、無口で冷徹なのはポーズであるだけで、本来は激情の塊である事を、主人(あるじ)である彼だけが知っている。

 

「……興味がおありでしたら、御前に召し出させますが」

 静かに笑い続ける主人(あるじ)に、ミストバーンがそう提案した、が。

 

「よい。ハドラーの寵姫を献上させるほど不自由はしておらぬわ。

 それよりも、ミストバーンよ。

 おまえは、どちらが有利と見る…?」

 それを一笑に付すと、大魔王バーンは映し出される映像から視線を離さぬまま、ミストバーンに問うた。

 

「…ダイはともかく、あのグエンという女、見かけによらず強力な技を使いますが、それでもハドラーの足元にも及びませんでした。

 あれからの時間を考えれば、急激なレベルアップも見込めぬでしょう。

 事実上、戦えるのはダイひとり。

 てっきりバランを味方に引き入れて来るものと思っておりましたが、そうでない以上、単なる自殺行為としか思えません」

 忌憚のない言葉で主人(あるじ)の問いに答えるミストバーンに、バーンは静かに頷いてみせる。

 

「フフフ…あの窮鼠どもがどれほど咬んでくるかを見るのも、また一興だがな。

 だがどちらにしろ、あ奴らが余の顔を見ることは決して無い」

 そうして浮かべた大魔王の笑みには、それに相応しいどこか残酷なものが現れていた。

 

 ☆☆☆

 

「フェンブレンの暴走も予想外だったが…子は黙っていても親に似るものよ。

 まして、オレとおまえの子ゆえな…」

 いいだけツボに入ったあと、ハドラーは息を整えて、不自然なほど穏やかに言った。

 

「…彼の事は申し訳なかったと思っていますが、そういう人聞きの悪いことを、真面目な顔で言うのやめてもらっていいですか」

 勿論、彼にとってのフェンブレンが、部下であると同時に子である事は否定しようがないが、願わくばそこにあたしを巻き込むのはやめてほしい。

 

「ねえ……おれ達、要る?」

「…そうね。もう完全に2人の世界だものね…」

 あとそっちの2人、こっそり話してるつもりだろうけど聞こえてますからね。

 ハドラーもそれを聞いて、ようやく主賓を待たせていることを思い出したのか、先ほどまでより視線に力を込めてダイとグエンさんを見据え、言い放つ。

 

「オレはこの場で勇者ダイを倒す!!

 そしてグエンよ、おまえがダイを庇おうと言うのなら…2人まとめて倒すまでだッ!!!」

 その言葉に、グエンさんは殊更に好戦的な笑みを浮かべ、同じくらいの目力でハドラーを睨み返した。

 

「やっと相手してくれる気になったみたいね!

 これ以上リリィを誑かされてポップの胃に穴が開くのも容認できないし、今度こそ倒させてもらうわ!

 行くわよ、ダイッ!!」

「ええと……うん!」

 …つっこみたい部分がひとつあるんだが、そんな場合じゃないことは勿論わかっている。

 今、あたしが何の為にここにいるのかを思い出して、ツッコミを封印して気を引き締める。

 ……今は待つだけ。最大の好機の一瞬を。

 

「行くぞおっ!!ハドラー!!!」

 ダイが剣を構え、エントランスの階段を駆け上がり、その背に向けてグエンさんが呪文を唱える。

 

「スクルト!マジックバリア!

 もひとつついでに、フバーハ!!」

 その詠唱によりダイの身体が一瞬光に包まれ、それがすぐに吸い込まれるように消えた。

 なんかちょっとあたしの身体も一瞬あったかくなったんだが、ひょっとして一緒にいる事でパーティーメンバーと判定されてるんだろうか。

 それはそれとして、ダイが向かってくる事を見て取るや、ハドラーは右腕から覇者の剣を出すと、ダイの攻撃に合わせた。

 それだけで、2人の放つ闘気が爆発のように、周囲に衝撃波として広がる。

 

「くッ……!!」

 追撃にかかろうとしたグエンさんが、その衝撃に圧し留められる。

 その間にも一合、二合と打ち合う剣の音が徐々に速度を高めていき、グエンさんの割り込む隙がなくなっていく。

 それと共にハドラーの口角が、嬉しそうに上がっていくのが判った。

 

「…フフフッ!!いいぞダイ!!

 いつぞやの戦いより、更にできるようになった…!!」

 このバトルジャンキーが。

 これこそ2人の世界じゃねえか。

 

「だああああっ!!!」

 そのハドラーの余裕の態度が若干癇に障ったのだろう、ダイが大振り気味に斬撃を繰り出す。

 それをスレスレに躱したハドラーの後方の壁が、衝撃音と共に大きく穴を開けた。

 そこからダイがいったん離れて間合いを取り直す。

 

「はあぁ───ッ!!!」

 と、そのダイの後方から、今度はグエンさんが躍り出た。

 ハドラーはグエンさんに向けて左手を翳し、呪文攻撃をするような構えを見せる。

 

地獄の鎖(ヘルズ・チェーン)!!!」

 放たれたのは呪文ではなく、鎖状の武器だった。

 それがグエンさんの身体に絡みつき、捕らえようとする。

 だがグエンさんはそれを払うと共に、逆に槍に絡みつかせた。

 

「ムッ!!?」

真空呪文(バギマ)ッ!!!」

 その武器の特性上、こうなるとどうしても一瞬動きの止まる事になるハドラーの、がら空きの胸元目掛けて呪文を放つ。

 ハドラーの胸元の防具が、下半分を断ち割られ、足元に落ちた。

 

「小癪な!爆裂呪文(イオラ)!!!」

 ハドラーはお返しとばかりに、いつのまにか覇者の剣を引っ込めた右手で、投げつけるように魔力を放つ。

 

「うらららららららあっ!!!!」

 しかも連発。地味にえぐい。

 大丈夫だとは思うけど、流れ弾に当たらないよう、少し端の方に隠れておこう。

 そうしてる間に、あっという間に立ちこめた爆煙がグエンさんを包み込み、その姿が完全に見えなくなった。

 

 

 …ふと、上の方に何か、生き物の気配を感じた。

 これがたとえば死神(キルバーン)であれば、気配など感じさせずに現れるから意味はないが、念の為別方向からの攻撃を警戒して、すぐに【タカの目】を展開する。

 …カメレオンのように擬態してはいるが、破壊されてない部分の天井から、悪魔の目玉が1匹、ぶら下がっているのが【見えた】。

 ぞくり、と背中に冷たいものが走る。

 …首を絞められるって、想像以上にトラウマ案件となりうる経験だと思う。

 ハドラーには以前笑われたが、恐いもんは恐い。

 …って、そういえばこの戦い、大魔王に監視されてるんだった。

 てっきり大魔王バーンの能力だと思ってたけど、どうやらスクリーンは自前でも中継用カメラはあれであるらしい。

 まあ、最後の戦いの時、離れた場所の映像を映し出してみせたのは、普通に自分の能力ぽかったけど、だとするとあれは、真バーンの状態で初めて可能なのかも。

 あの【第三の眼】の力って、あの状態でないと使えないぽかったし。

 

 …悪魔の目玉の視線はダイとハドラーの戦いに固定しており、少なくともこちらの動きを気にかけてはいないようだ。

 ……始末しとくか。

 監視の【目】があるのは、若干鬱陶しい。

 何より、気付いてない間は良かったけど気付いてしまったら、こいつが近くにいる状態はあたしが耐えられない。

 

 あたしはポーチから爆弾石をふたつ取り出して、そいつに向かって投げつけた。

 完全に無警戒のようだから、威力的にはこのくらいで充分だろう。

 

 ☆☆☆

 

「む……?」

 唐突に、爆発音とともに映像が揺れ、次の瞬間消えた事に、大魔王バーンは眉を寄せた。

 

「…どうやら映像を撮影・送信していた悪魔の目玉が攻撃を受けたようです。

 監視させる為配置した個体には透明化呪文(レムオル)をかけておりますので、直接攻撃を受けたとは思えません。

 恐らくは今のハドラーの爆裂呪文(イオラ)の流れ弾を、避けきれず当たったものかと思われます。

 直ちに、別のものを配置し直しましょう。

 少々、お時間をいただきますが…」

 ミストバーンの説明に、バーンは少し考えてから、ゆっくりと頷いた。

 

「…念の為、別視点にもう一体送り込んでおけ……どうも、気になる」

 ミストバーンはその主人(あるじ)の言葉に、僅かな動揺を見せた。

 自分が何かを見落としていたのかと考えたのだろう。

 その事に気付いて、バーンはなんでもないというふうに首を横に振り、そして笑みを浮かべてみせた。

 

「…余は、用心深い男ゆえ、な」

 

 ☆☆☆

 

「…フフッ……おまえは本当に、悪魔の目玉が嫌いだな。

 いつぞやのようにしがみついて来なかっただけ、進歩したのであろうが…」

「あたしも命は惜しいですからね!!」

 あの爆裂呪文(イオラ)の嵐の中でどうやって抱きつきに行けというんだこの大馬鹿者。

 すいません言い過ぎました。

 まだ爆発の煙が晴れない中で、ハドラーはふざけた事を言いながらも鎖を引っ込めると、両手に魔法力を集中し始めた。

 トドメを刺すつもりなのだろう。

 だが次の瞬間、その煙が切り裂かれるように晴れた。

 

「海鳴閃ッ!!」

 キン!と風を切る音と共に、槍の軌跡がハドラーの胸元を、先ほどよりも深く切り裂いた。

 グエンさんの鎧の魔槍は、呪文攻撃を受け付けない。

 それこそメドローアまでになれば別だが、あの程度ならばまずノーダメージの筈だ。

 更に一拍後から、剣を逆手に構えたダイが、身体ごとぶつけるように、師から受け継いだ技を放つ。

 

「アバンストラッシュ!!!」

 …だが、グエンさんの先の一撃などなかったかのように、ハドラーの魔力集中はそこで完成していた。

 合わせた両拳から、最大級の爆発力が放たれる。

 

極大爆裂呪文(イオナズン)!!!」

 

 ☆☆☆

 

「あと、どれだけ時間がかかる?

 ……どうやら私の息子は今、強敵と対峙しているらしい。

 現時点で大魔王の居城に乗り込んでいる可能性が高い」

 額にチリチリとした熱感を覚えて、バランは炉のそばで作業を続ける背中に問いかけた。

 その黒い髪が振り返り、ふたつの視線が絡み合う。

 

「…だろうな。そしてオレの弟子は恐らく、それが終わるまでの間、おまえさんを引き留めておく(はら)らしい」

「……なんだと!?一体何故…」

 こちらを睨まれても困ると思いつつ、ロン・ベルクは首を横に振る。

 

「さあな…言ったろ?

 あいつには何かしら見えてるモンがあるが、それをオレには言わんのだと。

 ただ、あいつの目にも見えないもの…いや、むしろ無意識に見ないようにしてるものが、ひとつある……それは、あいつ自身だ」

 言いながらロン・ベルクは、手にしていた剣の刀身を布で丁寧に拭う。

 

「…どういうことだ」

 それを見つめながら、バランは彼の言葉の続きを、気がつけば促していた。

 

「あいつはこの世の中の、どんなものでも看破できる目を持ちながら、自分自身の価値だけはわかっていない。

 オレ達大人が止めてやらなきゃ、自分にだけ見える価値あるものを守るために、どこまでも突っ走っていく。

 自分自身を対価にしてでもだ。

 村のガキ共や、下手すりゃ大人ですら、その発想や敵への容赦のなさを見て、あいつを影で『魔王』なんて呼んでるが、実際にはあいつほど、他人を守ろうという意識の強い奴は居ない。

 …そしていつだってあいつの守るべきものの中に、あいつ自身は存在しないんだ」

 その言葉には、どこか痛いような響きがあった。

 バランはそれに気付き、小さく息を呑む。

 自身にも覚えがあったからだ。

 だが、戦うためだけにこの世に生を受けた自分と、あの小さな少女では違う。

 万が一守るべきものの為に命を落とす事があれば、彼女を愛する者たちが悲しむ事になる。

 ……そこまで考えて、バランは気付きたくなかった事に気がついていた。

 自分にもかつて、自分が死ねば悲しむ人がいた事を。

 だがあの時の自分は、彼女の為に命を捨てようとし、後に残される彼女の気持ちなど、考えようともしなかった。

 そして結果的に残された自分は、その気持ちを人間を憎む事で代替にした。

 

「…一目見た瞬間にわかった。

 あのグエンという女は、リリィと同じ…そして、それでいて真逆の人種だ」

 …一瞬、自身の考えに没頭しかけたバランは、慌てて意識をロン・ベルクへと戻す。

 

「……同じで…真逆?グエナヴィアがか?」

「そうだ。あの女の行動原理は、人の世界の中での、自身の価値を求める事にある。

 …元々の価値を認めてない点においては、リリィと同じだ。

 そして、それ故にどちらも、それが必要と思えば躊躇いなく、自己犠牲に走る危険がある。

 …だが、リリィに自分の為という発想がないのとは逆に、グエンのそれは最終的には『自分の為』の行動だ。

 …あの女を側に置けば、リリィにも『自分の為』って発想が出てくるかもしれんと思った。

 ……だが、後になってから、逆もあり得るという可能性に思い至った。

 どちらになるか、オレにも全く予想がつかん」

 ロン・ベルクはもはや独り言のように呟きながら、手の中の真魔剛竜剣を、窓から入る光にかざした。

 それは持ち主であるバラン自身、かつて見たこともないほどに、澄んだ輝きを放っているように見えた。

 その刀身が、吸い込まれるように鞘に収まっていく。

 

「……研ぎも洗浄も完璧な上、若干の補強(コーティング)も施してある。

 あの酸程度なら、二度と腐蝕攻撃は受け付けまい。

 …行って、あいつらを助けてくれ」

 そうしてロン・ベルクは、鞘に収まったそれをバランへと差し出す。

 それを、一瞬躊躇った後、バランは手に取った。

 

「…私を引き留めておくのではなかったのか?」

「リリィは、オレ達には見えない何かを見て、それをもとに一番正しいと自分で思う判断を下してるんだろう。

 そしてその判断で、おまえさんを戦いから遠ざけようとしたなら、そうしなければいけない理由があるんだろう」

 言いながら、巻いていたバンダナを外したロン・ベルクは、バランを見返して口角を上げる。

 

「…だが、オレは、オレの腕を一番信用してる。

 オレの手がかかったその真魔剛竜剣、それを手にしたおまえさんが、易々と危機に陥るとも思えんのでな。

 …師匠の腕を侮りやがったあの馬鹿弟子には、あとできっちり説教せねばならん。

 生きてれば自分で戻ってくるだろうが、まあ余裕があれば連れて帰ってきてくれ」

「……善処しよう」

 受け取った愛刀を背に負いながら、バランは微かに微笑んで、頷いた。




ロン先生、裏切るの巻(違


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5・小石たちは作戦会議する

本当に書きたいシーンまで、多分もう一話。


「ダイッ!!平気!?」

 爆発の衝撃に吹き飛ばされたダイの身体を、トベルーラで先回りしたグエンさんが抱きとめる。

 

「…あ…ちちっ…!」

 どうやら若干火傷してるぽい。

 確か戦いに入る前に、防御系の補助呪文を施されていたはずなのに、それでもダメージを受けたところを見ると、見た目も派手だが半端な熱量じゃなかったらしい。

 上空でグエンさんの手による回復呪文を施されるダイに、それを妨害するでもなく見上げたハドラーが、胸元を抑えながら言葉をかけた。

 

「…さすがだ、ダイ!!

 まったく、おまえは底知れぬ奴よ…!!」

「よ…よく言うよ。

 ストラッシュの威力が、完全に極大爆裂呪文(イオナズン)に殺されちゃってる…!!

 あの程度の傷なら、すぐに再生してしまう…!!」

 見下ろしながら独りごちるダイの言葉に、呆れたような色すら混じる。

 その過程を見せつけるように、ハドラーが胸に当てていた手を下ろした。

 そもそも、あの程度の傷をただ庇うような男じゃない。

 切り裂かれたマントの下から覗くのはセクシーな胸元…では勿論なく、ありとあらゆるモンスターの長所を合わせた、他の何者でもない生物の肌と、その胸筋より下に、真一文字に疾る刀傷。

 そして傷の間から覗くのは、どう見ても生物の身体の一部には見えない、黒い鉱物の塊。

 …原作読んでた時には、自分で見て気づかないもんなのかと思ってたんだけど、実際に目の当たりにしたら、あの分厚い胸筋の下では、確かにハドラーの視点からは地味に死角なんだなと、割とどうでもいいことに納得した。

 あたしみたいにフラットだったら、視点を下げただけでお腹から足先までちゃんと見えるけどね…ってやかましいわ!

 まあいい、ブツの存在は確認できた。

 

「あの〜、申し訳ありませんが、2人とも、ちょっとこっち寄ってください」

 宙空でハドラーを見下ろしているダイとグエンさんにあたしは声をかける。

 

「出てきちゃ危ないよ、リリィ!」

「大丈夫。大変申し訳ありませんがハドラー。

 これから作戦会議をしますので、ほんの少しだけお待ちください」

「…それ、今戦ってる敵に対して言えるの、リリィだけよね…!!」

 なんでだ。まあ、ハドラーもいきなりあたしが口挟んだ事に少し戸惑ってるぽいけど。

 それでも『それが強者の余裕』とでもいうように、顔の動きだけでダイとグエンさんを促してくれた。

 こっちにダイを連れて降りてくるグエンさんの口から、『嫁に甘すぎる』とか聞こえた気がするけど、聞かなかった事にしておこう。

 …2人が寄ってきてくれたので、ハドラーに聞こえない音量を意識して囁く。

 

「……ハドラーの胸元の傷から露出してるアレ、見えます?」

 あたしの言葉を聞いた2人の視線がハドラーに向かう。

 多分上から見るよりも正面からの方がはっきり見えるだろう。

 

「……え…なんなの、あれ」

「黒の核晶(コア)

 魔界産の純度90%以上の黒魔晶に多量の魔力を吸収させ、呪術の術式で加工して、あらかじめインストールしておいた使用者の魔力により起爆するように作られた、超爆弾です。

 使用者は、大魔王バーン。

 勇者アバンに倒された彼を、復活させた際に埋め込んだものであるようです」

 頭の中のオッサンの言葉を丸々復唱してあたしが説明すると、2人の目が大きく見開かれた。

 

「なんですって!!?」

「しーっ。大きな声出さないでください。

 悪魔の目玉は片付けましたが、あれだけが大魔王の【目】とも思えません。

 ハドラーが気づいて叛意を見せたら、大魔王バーンはその瞬間に、あれに魔力を飛ばして起爆させるでしょう。

 あの爆弾が爆発すれば、この島全体が吹き飛びます。

 そうなると、地上で戦っている兄たちの命もありません。

 超魔生物に改造されたハドラーの肉体は常に魔炎気を帯びており、その魔力も炎属性に傾いていて、爆弾と相性のいいその魔力を限界いっぱい吸い込んだ結果、アレはほんの僅かな熱刺激で誘爆する恐れがあります」

 このタイミングは元々、バランが説明して戦い方を決めるシーンだ。

 それがあたしに変わっただけで流れは同様だから、言葉が神の検閲に引っかかることもなくすらすら出てきて、それを聞いたダイの喉が、ゴクリと音を立てる。

 

「そんな…どうすれば…!!」

「ダイは、呪文や魔法剣のたぐいは封印です。

 何とか打撃だけで戦ってください」

 (ドラゴン)の騎士の技は誘爆を引き起こす可能性の高いものばかりだ。

 原作でバランと組んで窮地に陥ったのは、彼らの攻撃力が高すぎたからに他ならない。

 …ぶっちゃけこの戦いに関しては、ハドラーに『勝つ』必要はないのだ。

 それを説明する事はできないけど。

 

「ええっ!!?そんな…無理だよ!!

 それじゃあ火炎大地斬もライデインストラッシュも使えないって事じゃないか!!!」

「…火力系の攻撃では、それだけで誘爆を引き起こしかねない、ということね。

 であれば、呪文系攻撃はわたしがするわ。

 真空(バギ)系呪文や氷結乱撃なら、誘爆の危険はないわよね?」

 泣きそうな顔でダイが言うのに対し、グエンさんが少し考えてから、冷静にあたしに確認をする。

 

「グエン!!」

「…そうですね。

 凍りつかせる、というのは有効な手段です。

 ただ、先ほども申し上げましたがハドラーの肉体は魔炎気を帯びているので、その状態で長くは保ちません。

 なのであの爆弾を、何とかしてハドラーの身体から切り離してください。

 グエンさん。()()()()も、もう使えますよね?」

 昨日会った時に彼女の能力を確認して、()()が可能である事は確認済みだ。

 

「…リリィ。一つ答えて。

 あなたは、このことを前から知っていたのね?

 だからわたしに、ダイと共に行くことを指示した……間違っていて?」

「…その質問には、答えられません」

 物理的に。

 今、喉の奥でカチリという音がして、あたしの答えを制限する見えない鍵がかけられた。

 

「……今は、それを追及する時間もないものね。

 ただ…リリィ。

 ならば代わりにあとひとつ、聞いておきたいの。

 ……わたし達は、ハドラーを倒す。

 その事について、あなたに否やを問う気はないわ。

 けど…それをここで見ていて、本当に大丈夫…?

 ここで見届けるという事は、間接的に彼の死に関わる事になるの。

 たとえ、あなたがそれを望まなくても」

 そう訴えてくるグエンさんの表情には、何か悲痛な感情が見えた。

 

「……よく考えて。

 失ってから気がついても、遅いのよ」

 …それは、彼女自身が同じ後悔を知っているからなのだろう。

 だから。

 あたしは、その綺麗な顔に向かって、敢えて笑いかけてみせる。

 

「…ならば、尚更見届けなければ。

 それが、あのひとの生き様なら。

 あたしは、覚悟を決めてここに立っているのです。

 悲しみも、後悔も、己が選択の結果として受け止める為に」

 ここでどう転がっても、ハドラーの死は免れない運命だ。

 それを覆すなら、この爆弾が身体に埋め込まれるのを阻止するところから始めなければならないし、それはあたしが生まれる前の話である。

 だからせめて、この戦いが物語通りに進めば失われるはずの、バランの命は救いたいと思った。

 ダイが孤独な戦いに踏み出さずに済む、その一歩の為に。

 そもそも、それがあたしの生まれた意味なのだから。

 

「……わかった。ダイ、行くわよ」

「…グエン?」

「打撃攻撃があなた、呪文攻撃はわたし。

 当面の目的は、あの爆弾をハドラーの身体から切り離す事よ。勝つのは、その後でいい。

 リリィは、()()()()まで、隠れていてちょうだい。

 ハドラーはあなたに危害は加えないでしょうけど、他からの横槍には充分注意して」

 どうやらグエンさんには、あたしが目論んでいる事を理解してもらえたようだ。

 ダイはまだいまいちわかっていないだろうけど、ここで詳しく説明する事はできない。

 ……どうやらタイムの間に、新しいカメラが2体、新たに設置されてしまったみたいだし。

 さっき落とした奴が居たところに1体飛んできて、音もなくぶら下がってハドラーに視点を固定させており、更に少し離れたところにもう1体、こちらはぶら下がりながらも、くるくると視点を変えているようだ。

 あのモンスターが近くにいると思うと気分が悪いが、倒して更に増やされるのは御免被りたい。

 あれは、今度はあたしの行動も視界に入るみたいだし。

 

「…作戦は決まったか!!?

 準備がいいようなら、そろそろこちらからいくぞっ!!!」

 ダイとグエンさんが構えを取ったと見るや、ハドラーは全身に闘気を纏わせた。

 その急激な高まりに、耐えきれなかった防具やマントが弾け飛び、また燃え落ちる。

 魔獣の雄叫びがその場を支配して、監視している悪魔の目玉が、心なしか震えている気がした。

 その奔流がひと通り収まると同時に、ハドラーの肩の一部が展開して、そこから闘気をジェットのように吹き出してハドラーは飛翔した。

 そして上空から爆撃のように、爆裂呪文(イオ)の雨を降らせる。

 2人ともこの程度の呪文攻撃ではさしたるダメージはないものの、それがもたらす爆煙や床の破片などは厄介なようで、たまらず上空へ逃れると、

 

「は、速いッ!!?」

「ぬんっ!!!」

 既にグエンさんが飛んだその背後にハドラーは回り込んでおり、振り下ろした両拳が、グエンさんの華奢な背中に叩きつけられた。

 

「くはっ!!!」

 重力と、ただ殴っただけのハドラーの攻撃の威力とが、グエンさんの身体を容赦なく地面へ叩き落とす。

 

「グエンッ!!こっ…このぉっ!!!」

 ダイはその状況を見て恐らくは反射的に、手に魔法力を集中させた。

 

「駄目、ダイッ!!!」

 その攻撃を、慌てて声をかけて止める。

 ダイに可能な呪文攻撃は火炎系、閃熱系、雷撃系。

 どれも、誘爆を引き起こす可能性の高いものだ。

 あたしの声に気づき、咄嗟に放とうとした呪文を止めたダイだったが、次の瞬間その鳩尾に、ハドラーの拳が叩き込まれる。

 防御を取る間もなく、その勢いで壁に叩きつけられたダイもまた、地面に背中をしたたかに打ちつけることとなった。

 うん、なんかゴメン。

 そしてその間にもハドラーは両手に閃熱系の魔法力を高め、更にそれを合わせていく。

 それは間違いなく、極大呪文に入るモーションだった。

 

極大閃熱呪文(ベギラゴン)!!!!」

 

 ☆☆☆

 

「あの小娘は、気付いたな。

 ハドラーの中の黒の核晶(コア)に…。

 まあ、気づいたところで、何ができるとも思えぬが」

「黒の核晶(コア)!!?

 ハドラーの身体に、そのようなものを仕掛けておられたのですか!!?」

「だから言ったであろう?

 奴らが余の顔を見ることは決して無い…と」

 バーンが死の淵からハドラーを救ったのは単なる気まぐれだった。

 魔界の神とも称される彼からすれば、地上支配を目論むハドラーなど、居ても居なくてもそう変わらぬ存在だったのだから。

 捨て駒にするつもりもなければ、裏切りを心配したわけでもない。

 それでも万が一の為にと、その身体に埋めておいた。

 それが度重なる敗北に追い詰められ、彼が与えた不死身の肉体を捨てて、更なる力を求めて改造にまで至った事は、さすがのバーンにも予想外の事だった。

 だが、これで万が一ハドラーが敗れたとしても、バーンがその魔力を放てば、最悪でも相討ち。

 

「…終わりまで、見届けてやらねばな。

 可愛い余の片腕の、最後の晴れ舞台になるかもしれぬのだから…」

 主人(あるじ)が面白くも無さそうにそう呟くのを傍で聞きながら、ミストバーンはハドラーを哀れに思った。

 

 …できることなら勝って、生き残って欲しい。

 だが敗れし時は、偉大なるバーン様の為に死ねることを光栄と、華々しく散るがいい…。

 

 ☆☆☆

 

 ハドラーの放った極大閃熱呪文(ベギラゴン)を、ダイは竜闘気(ドラゴニックオーラ)で防御して事なきを得た。

 わたしは呪文効果を無効にするこの鎧があるから大丈夫だったけど、リリィの事が気になって、大呪文の余波が彼女に襲いかからないように、殊更に両腕を広げて受け切った。

 …もっともハドラーは、彼女のいる場所が呪文の射程外になるよう、計算して呪文を落としていたようだ。

 どうやら本気で、あの子に危害を加える気はないらしい。

 その後、ダイに『爆弾入りだと教えてやった方がいいんじゃない?』的な相談をされたが、それをやると大魔王バーンがその瞬間に起爆させる可能性が高いと却下して、わたし達はどうにか、あの爆弾をハドラーから切り離すべく、地味に攻撃を続けていた。

 そして、その消極的な戦法は、どうやらハドラーのお気に召さなかったらしい。

 

「ダイッ!!

 なぜこのオレに全力で向かってこんのだ!!?

 師を倒された恨み、忘れたのかっ!!?」

 復讐したいと思わないのかと、自分の爆弾入りの胸を叩くハドラーを見て、ダイが思わずといった様子で目を伏せる。

 その爆弾の覗いていた傷口は、超魔生物の治癒力のお陰でほぼ塞がり、物騒なものをまた覆い隠していた。

 …あれを再び露出させ、まずは凍結させる。

 そしてすぐに一撃で切り離せば、たとえ大魔王が起爆させたとしても、実際に爆発が起きるまで数秒の時間が稼げる筈だ。

 その時間こそ、わたし達の生命戦。だから。

 

「…馬鹿馬鹿しい。ダイに全力で相手して欲しいなら、まずはわたしを倒しなさい!」

「グエン!?」

 とりあえず挑発しておく。

 相手が冷静さを失ってくれれば、ある程度実力差がある敵でもなんとか戦える。

 これはバランの時に得た教訓だ。

 …御誂え向きに、魔力暴走の兆しも現れているし。

 

「貴様程度、なんの役に立つと言うのだ!

 死にたくなければ引っ込んでおれ!!」

「あらぁ?さっきは、わたしがダイを庇うならまとめて倒すと仰ってたわよね?

 あの言葉は単なる脅し?

 それともハッタリだったのかしら?

 ああ、わたし『程度』と先に戦って、後でダイと戦う際に、全力が出せなくなる事が心配なのね!」

「…その言葉の返礼は、貴様の命で受け取ることにしよう。

 望み通り、勝負を受けてやろう!

 来い、グエン!!!」

 よしっ!!

 正直バランならともかく、今のハドラーに通用するか自信がなかったけど、なんとか挑発に成功したらしい。

 

 ……問題は、ここからどう戦うかなんだけど。




いや待てや。


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6・小石たちは共闘する

女子力(物理


「グエン〜……」

「…………しょうがないでしょう。

 あの元魔王が怪しんできちゃってるんだから」

 いつもはわんこ状態でわたしに懐いてくるうちの勇者様の、大丈夫かこいつ的な視線がツライ。

 

「…わたしとの戦いに集中させて、あなたが全力を出せない状況を誤魔化すしかないわ。

 その中でなんとかしてわたしが、彼の身体からあの爆弾を摘出する」

「そんな……無茶だよ!」

 わたしがそう言うのを聞いて、ダイが不安げに首を横に振る。

 泣きそうに潤んだ目で見上げながらわたしのアンダーウェアの裾を掴んだダイの手を取り、わたしはその目を覗き込んで、言った。

 

「………ダイは、わたしを信じてくれないの?」

「……っ」

 …殊更に悲しげな表情を作ってのわたしの問いに、ダイが息を呑む。

 正直、この質問は自分でも卑怯だと思うけど。

 

「わたしは、あなたを信じていてよ?

 …けど、今はこれは、わたしにしかできない。

 この後の大魔王との戦いでは、わたしは手も足も出ないでしょうから、そこはあなた達に任せるわ。

 だから、ね?今は…わたしを信じて?」

 そう言って、いつものようにその癖のある髪を撫でてやると、ダイの表情が引き締まり、強い目がわたしのそれを見返してきた。

 

「……わかった。絶対に、失敗しないよね?」

「……ええ、きっと」

 ここは、絶対に大丈夫と言ってやりたいところだが、こんな状況で絶対なんて言葉を使えば、無理矢理納得させる言葉にしかならない。

 だから代わりに彼の前髪を掌で押し上げて、その額に唇を落とした。

 ……それから、律儀に攻撃せず待ってくれてるハドラーを振り返る。

 

「待たせたわね!行くわよ、ハドラー!!」

「来いっ!!!!」

 

 ・・・

 

 わたし自身にハドラーの攻撃を集中させるのは、とりあえず呪文攻撃をさせない意図もあった。

 というか、実はさっき一度だけ試しにマホトーンをこっそり使ってみたけど、やはり耐性があるようで全く効かなかった。

 そもそもマホトーンやラリホーといった状態異常系の補助攻撃呪文は、ある一定以上のレベルの敵には効きにくいものだという事もわかっていたから、あまり期待はしていなかったけど。

 ハドラーは閃熱系、爆裂系の極大呪文の使い手だ。

 故に、ダイに呪文を使わせなくとも、実は本人が一番強力な火種を持っているんだから始末に負えない。

 勝手に自爆してくれるのは別にいいが、巻き添えを食うわけにはいかないのだ。

 もっとも黒の核晶(コア)の事がなければ、それは完全な悪手であると断言できる。

 わたしは以前のハドラーの事は話に聞く程度しか知らないが、少なくとも今のハドラーは呪文攻撃より、むしろ物理攻撃の方が強い。

 ハドラー以前の超魔生物は呪文が使えなかったらしく、ハドラーはその弱点を、魔族の肉体からの変身ではなく完全なる改造とする事で克服したのだと、確か死神とその使い魔が言っていた。

 これほどの攻撃力があるならば呪文必要なくない?とわたしなどは勝手に思うわけだが、そこは元魔王の重要なファクターとして外せなかったのか、或いは自ら退路を断つ事で覚悟を盤石にし、それまでの精神的な弱さを捨てる意味で、敢えて改造に臨んだのか…。

 とにかく、さっきから地味に『わたしに呪文は効かないわ!』的アピールをしていた事もあり、思惑通りにハドラーは、物理攻撃をわたしだけに集中させてきていたわけだが……思った以上にキツい。

 見かねたリリィが、ポップに入れてもらったらしい速度倍化呪文(ピオリム)を撃ってくれたから、躱すのも少し楽にはなったけど、それでもキツい。

 

「どうした!でかい口を叩いておいて躱すだけか!!」

 やかましい黙れロリコン魔王。

 すいません言い過ぎました。

 

「魔炎気!!」

 そうだよね!呪文使わなくたって、ハドラーの闘気には炎属性がついてるんだったわ!

 ぶっちゃけ呪文だけ制限したところで意味なかったわ!くっそ!!

 魔炎気だけなら属性ダメージは確かに無効だけど、それを纏って放ってくるショルダータックルとか、単なる物理攻撃力だけでも、直撃したら致命的だし!

 身体を捻ってギリギリで躱したその肩を蹴って、更にトベルーラで宙空へ飛ぶ。

 

「虚空閃!!」

 魔炎気は炎の暗黒闘気。

 つまりは光の闘気で散らすことができる。

 

「──からの、さみだれ突きっ!!!」

 そして間髪入れずに連続攻撃を繰り出したが、これは全て掌で払われてしまった。

 仕方なく宙空で体勢を整えてから、間合いを取って降り立つ。

 

「そっちもまだまだ本気じゃないでしょう!

 面倒だわ、ハドラー!超魔爆炎覇で来なさい!!」

「…なんだと!?」

「今のわたしは、恐らく現役の地上の僧侶のなかでは最強よ!

 最大の技でなきゃ倒されてなんてやらないわ!!」

 最大の技を放つ瞬間こそ、最大の隙が生じる。

 危険だが、それに賭けるしかない。

 …バランと戦っていた時のクロコダインの話を姫様から聞いてちょっとかっこいいとか思ってて、機会があれば真似したかったとかいう理由では断じてない。

 

「……いい度胸だ!その望み、叶えてやろう!!」

 ハドラーの右腕の覇者の剣に、闘気が集中していく。

 さすがの彼も一瞬にして繰り出せる技ではないのだろう。

 そもそも彼は剣ではなく格闘で戦うタイプだ。

 今使っているあの剣も、手に握るのではなく腕に仕込んでいるあたり、事実上は剣というより爪、アバン流でいうところの【牙】の使い方にアレンジした結果なのだろうし。

 

 ハドラーが一分の隙もなく闘気を集中している間に、わたしも暴走しつつある魔力を集中して制御し、発動の瞬間に備える。

 一瞬でいい。

 戦いのなかで一瞬だけでも、アイツの動きを止められれば、正確に同じ箇所を、さっきより深く切り裂いて、同時に凍結させてみせる。

 そうすれば大魔王が起爆を実行しても、すぐに爆発することはない。

 その間に爆弾を切り離し、わたしとリリィが安全に、かつ確実に処理をする。

 わたし達にはその手段があるのだ。

 

「……なるほどな。それが貴様の本気か。

 なんと凄まじい魔力よ!!

 これは前座であっても、楽しめそうだ」

 わたしと睨み合いながら、ハドラーがやけに嬉しそうな笑みを浮かべる。

 確実に実力以上のそれを褒められて複雑な気持ちを抱いたが、まあそれはいい。

 …つか前座言うな。

 

 互いに力の集中が完了し、わたしが右腕を突き出すのを見てとるや、ハドラーが突進しながら、左手で自身の右手首を握る。

 

「超魔爆炎覇ッ!!!!」

 そしてわたしは…突き出した右手の手首を下に曲げると同時に、肘のスイッチを操作して、アームのパーツから、一振りの短剣を引き出した。

 

「なにいっ!!!?」

 てっきり魔力的な攻撃が来ると思っていただろうハドラーは、その瞬間明らかに動揺した。

 だが、この勢いで突進して攻撃が止められる筈もなく、ハドラーの剣がわたしに振り下ろされる。

 魔力はまだ溜めたまま、わたしはその短剣を左手に握ると、ハドラーの剣に合わせると同時に、カウンターの応用で、その力の方向を逸らしてやった。

 わたしの短剣に()()()()()()刃を軸にして、逸らされた自身の力の勢いのまま、ハドラーの身体がすっ飛んで、叩きつけられた床が砕ける。

 …魔炎気の影響は、この鎧の一部である剣ならば、受けずに済む。

 そしてこの短剣は、峰に櫛状に荒い溝の入った、特殊な形状のものだ。

 例の5日間の修業期間、武器の修理をしてくれたロンに、わたしがただひとつ注文して付けてもらったオプションだった。

 一瞬捕らえた刃先はすぐに離れたから、剣を折ることはさすがにできなかったが、オリハルコン製の伝説の剣を相手に、そこまでできるとは最初から思っていない。

 だが、彼に隙を作るには充分だった。

 なにが起こったのか把握しきれていないハドラーが身を起こした次の瞬間に、剣を投げ捨てた左手に、魔力を溜めた右腕を重ねる。

 

極大真空呪文(バギクロス)!!!!」

 暴走状態でしか発動できないその呪文は、巨大な空気の刃を形成し、それは狙い違わずハドラーの胸下に当たって…その皮膚を深く、切り裂いた。

 

 ☆☆☆

 

 …そう、あれは確か、あの衝撃のプロポーズ劇より前の話だったっけ。

 お昼を食べさせた後のお皿を洗っていたら(洗い場に運ぶのはダイとマァムが手伝ってくれた。洗い場が狭いのでそこから先の手伝いは遠慮した)、後ろでロン先生とグエンさんが、洗浄を終えた魔槍の前で、話をしているのが聞こえた。

 

「【ソードブレイカー】…?」

「ええ。仕込み剣の形状を、その形に変えて欲しいのだけど、無理かしら?」

「馬鹿にするな。そのくらいの加工、オレに不可能なわけがなかろう。

 ……だが、何故だ?」

「予備の武器であったとしても、普通の剣なんかあってもわたしじゃ満足に使えないもの。

 だったら、少しでも使えそうなものが、ひとつでも多い方がいいわ。

 …以前カールの図書館にあった『武器防具大全』という本に載っていたのを見て…なんて言うか、心がくすぐられたのよ!

 剣の形状をしていながら盾がわりになり、上手くすれば受け止めた敵の剣を折ることができるなんて、その光景を想像するだけでワクワクするわ!!」

「………うむ。その発想はなかなかいいな。

 だとすると、剣としてはある程度頑丈さを求められる…だが、重くなってしまえばおまえが使えなくなるだろう。そのバランスが重要か…。

 これは、思ったよりも手がかかりそうだが…わかった、なんとかしてやろう」

 今思えば、 先生がグエンさんに惚れたのはあの瞬間だったんじゃないかと思う。

 そしてグエンさんが割と厨二臭い発想の持ち主だった事に、皿を洗いながら渇いた笑いが浮かんだのは、まだ記憶に新しい。

 あれ、使う機会あんのかと思ってたけど、まさかハドラーの剣を受けるなんて。

 

「や…やった…!!」

 目の前で起きたその光景に呆然とするダイに、グエンさんは表情を緩める事なく答える。

 

「いいえ、まだよ!氷結乱撃!!」

「ぐおおっ!!」

 もう身体半分切れてんじゃねってくらい深く切り裂かれた傷口に、更に攻撃を加えられたハドラーが苦痛に呻き、流れ出た青い血が一瞬にして塊になる。

 地味にえぐいが、まあこの際仕方ない。

 そうしている間に、あたしはあたしの仕事がある。

 

「異界扉」

 自分ひとりの力では開けられない中途半端なそれをあたしは出現させると、それをできるだけ小さくなるよう調整して、ハドラーの近くまで寄せた。

 

「グエンさん!開けてください!!」

 5日間の、ロン先生のところでの修業期間中、ザボエラの部下のサタンパピーをブラックホールに吸い込んだあの現象について、あたしは彼女から詳しい説明を求められていた。

 あたしは扉を出せるが開けられず、この能力を完全に使いこなすには、グエンさんの魔力が必要であると説明すると、『ということは、2人の合体技なのね!』とやはりすごく厨二臭い喜び方をした彼女の姿もまた、まだまだ記憶に新しい。

 そして、あたしの意図を理解していたグエンさんは、やはり初めて使うであろうその呪文を、ためらう事なく詠唱した。

 

「デシルーラ!!」

 詠唱とともに、グエンさんの手元に集められ放たれた時空の欠片が、異界扉を包む。

 ギギギ、という軋んだ音と共に、扉が開く。

 開いたその先に、竜巻のような渦が見えた。

 完全に状況がわからずに空気になっている勇者を置いて、あたしはハドラーの側まで駆け寄る。

 そうして、半分ハドラーの身体から出てきて、その体温によりもう溶けかけてきているその塊を、ためらう事なく掴んで、引っ張り出した。

 

 ☆☆☆

 

「なるほど…先に黒の核晶(コア)を処理する思惑であったか。

 あの小娘の力、気になるところではあるが、どうせ全ては今、この瞬間に消える。

 ……砕け散れッ!!黒の核晶(コア)よっ!!」

 

 ・

 ・

 ・

 

「なっ…なにっ!!?

 バカな…余の魔法力は確かに放たれた筈…!!

 何故、核晶(コア)が爆発しない…!!?」

 

 ☆☆☆

 

 あたしの手の中でカチンと凍り直す塊の、その中心の石を見て、ハドラーが驚愕の声をあげる。

 

「こっ…これはっ…!!?これはなんだああッ!!!!

 なぜっ、オレの身体の中にこんな物があっ!!?」

 あたしが触れている間は【状態維持】の力が働くから、これ以上氷が溶ける事はない。

 

「…魔族のあなたならば知っているのでしょう?

 これが黒の核晶(コア)、魔界の超爆弾です。

 これをあなたの身体に埋め込んだのが誰か、おわかりですか?」

「まさか……バーン様がっ……!!!」

 呆然とするハドラーに構わず、あたしはグエンさんに声をかける。

 

「お願いします、これを切り離して!」

 あたしの指示を受け、グエンさんが腕の盾を外してそれを飛ばす。

 明らかな異物であるそれを身体に繋ぎ止める、血管のような管がそれによって切れ、爆弾は完全にあたしの手の中に収まった。

 

 ……唐突に、氷が溶け始めたのがわかった。

 恐らくは今この瞬間、起爆指令が出されたのだろう。

 これより大きかった筈の、原作ラストでピラァオブバーンに設置されていたやつは、凍らせていれば起動中でも爆発を止められていた筈だが、これは魔力の源が近いからか、それともこの場所自体が、大魔王バーンの魔力に包まれているせいなのか。

 

「…しばらく近寄らないでいてください!!」

 …あたしが触れている間は【状態維持】の力が働き、爆発は抑えられている。

 だが、注がれた魔法力があまりにも強大過ぎて、【状態改善】にまでは至らないようだ。

 手の中で魔力がバチバチと火花を散らし、まるで手を離せと脅している気さえする。

 もう少し猶予があればこのまま【どうぐぶくろ】に入れ、その間だけは爆発までの時間を止めておけるのだろうが、今の状態でそれをやれば、手を離した瞬間爆発してしまう。

 

「…リリィ!何をするつもりだッ!!?」

「爆発する前に、異次元に放り込みます!!」

 口を開けたままの異界扉を引き寄せると、その手前に黒の核晶(コア)を掴んだ両手を伸ばして……手を離す。

 …あたしの手の中で留められていた爆発力は、それが解放されたと同時に扉の中に吸い込まれたが、扉が完全に閉まるまでのタイムラグは、完全にあたしの計算外だった。

 そのタイムラグは扉の外に、爆発と同時に溢れ出た衝撃波を一部、まだ開いた扉の隙間から噴出させ、一番近くにいたあたしの小さな身体は、易々と飛ばされて壁に叩きつけられた。

 

「──ぐはっ!!!」

「リリィ──!?」

 あたしが当たった壁が、恐らくはそれより前に入っていた亀裂から砕け、それが広がって、周囲の全ての壁までもを粉々に砕く。

 勿論、核晶(コア)がそのまま爆発した状態からは比べるべくもないが、それでも充分な破壊力が、そこからバーンパレスの外周に伝わってそれを全て砕いた事を……そして、クロコダインの機転によって、兄たちが地面の下に逃れた事を、勝手に展開した【タカの目】で、あたしは把握していた。

 

 ……そこから先は…闇。

 

 ☆☆☆

 

 …目を覚ますと背中が何か、温かいが固いものに支えられているのが判った。

 

「…気がついたか」

 頭の上から低い声が降ってきて、反射的に首を動かして見上げる。

 

「………っ、ハドラー!!?」

 …そう。どうやらあたしはまた、ハドラーの腕に抱かれているらしかった。

 背中と後頭部に当たる固いものは、彼の胸筋と腹筋らしい。

 ポップやノヴァの身体は、触れた時もそれほど固いと思わなかったが、バランの腹筋はそこそこ固かった気がするので、これは鍛えられた大人の男の感触という事なのだろうか。

 その点、以前抱き寄せられたグエンさんのおっぱいは柔らかくていい匂いでございました。

 ……ああはいごめんなさい目ェ覚まします。

 

「どこか痛むか?」

 言われて、自身の状況を確認する。

 あれだけの威力で壁に叩きつけられたにもかかわらず、骨折のひとつどころかかすり傷すら負っていないぽい。

 あたし、実はメッチャ頑丈?

 

『大魔王の魔力に抵抗したほどの状態維持の力が、あの瞬間はまだリリィさんの身体全体を覆っていましたので。

 ちなみに以前、バラン様の拳に纏った竜闘気(ドラゴニックオーラ)に、リリィさんが触れてなんともなかったのも、自動でこの力が発動した結果のようですね』

 わお。つまりあたし、よっぽどの事じゃなきゃ死なないんじゃね?

 戦うどころか身を守る術すらないのに、最低限死なないとか……いやなにその中途半端。

 

 …黙り込んでしまったあたしの反応を、喋る事も苦痛なのだと誤解したのだろう、ハドラーが背中から抱いていたあたしを自分の方に向かせ、状態を確認しようとあたしの身体にその大きな手を滑らせたことにハッとして、あたしは慌てて問われたことへの返事を返した。

 

「あっ!へ、平気、です!…あの…」

「………………無茶をする」

「えっ…?」

 …次の瞬間、視界が塞がれた。

 離れようとした後頭部を掴まれて、その固い胸板に、顔が押し付けられている。

 今、あたしはハドラーの腕に抱きしめられた体勢だということに、一瞬遅れて気がついた。

 

「…しばらく、このままでいろ」

 …視線を落とせば、血は止まっているものの、黒の核晶(コア)を摘出した穴が、そのまま残っている。

 この傷の治癒は、どれだけ待っても始まらないだろう。

 

「…ハドラー。あなたは、近いうちに死にます」

 気がつけばそんな残酷な言葉を、あたしはサラッと口にしていた。

 正確には、あたしを抱きしめている間は、この身体は維持されている。けど、それだけ。

 その間もハドラーの命灯は、どんどんとその残り時間を減らしていく。

 今はこんなにも温かいこの身体も、いずれ遠くない先に、冷たい骸と化してしまう。

 

 このひとは、どう転んでもいずれ、死んでしまうのだ。

 

「…吐血や胸の激痛は、黒の核晶(コア)の暴走によるものでした。

 超魔生物への改造によるパワーアップが、魔力の過剰供給に繋がって。

 …けど、それでも15年間、あなたの肉体の一部として機能してきたものである以上、それを失っては、長くは生きられません。

 あなたの肉体は再生する力を失い、いずれは全てが朽ち果て、灰となる。

 それを止めるすべは……ありません」

「……そんな気はしていた」

 だがハドラーは、あたしの言葉を聞いてもなんら動じた様子もなく、むしろ安心したかのように、あたしを抱く腕に力を込める。

 

「…フフッ……まったく、厳しいな。

 だが、おまえの口から紡がれる情け容赦ない真実は、かつて聞いたどんな追従よりも心地良い。

 ………このままずっと、おまえを抱きしめたまま死ねたなら、オレは幸せなのだろうな」

 …ああ。恐らくは。

 このひとが『幸せ』なんて言葉を口にするのは、これが最初で最後だろう。

 それを聞けたことは、今のあたしにとって、これ以上ない『幸せ』だ。

 …できることなら最後の瞬間まで、この声を聞いていたいと思うほどに。

 そして彼も、それを望んでくれていると判るほど、今、あたしとハドラーの心はひとつだった。

 

「…どこかへ逃げますか?あたしを連れて。

 あたしはそれでも構いませんよ?」

「……!?」

 腕の中でそう言ったあたしの言葉に、ハドラーは一瞬、迷うようにその身を強張らせた。

 だがすぐにその硬直は治まり、彼はあたしを抱いたまま、小さく息を吐く。

 それが、笑い声だと、何故か判った。

 

「…そうでしょうね。あなたは、それを選ばない」

 顔を埋めていたハドラーの胸から、あたしはゆっくりと顔を上げる。

 あたしを見下ろしたハドラーの目は、信じられないほど優しかった。

 

「…溺れそうなほど、あまりにも甘美な誘惑だったがな。

 今、それを選んでしまえば、オレはオレである意味を失う。

 …魂が、どれほどそれを望んでいても、だ」

「…判ってます。

 あたしは多分、そんなあなただから……」

「リリィ」

 次の瞬間、言おうとした言葉が、ハドラーの喉の奥に消えた。

 

 …舌が抜かれるのではないかと思うくらい深く奪われた唇が、ようやく離された瞬間、目尻から一粒だけ、涙が溢れて落ちるのが判った。

 その、離されたハドラーの唇の端が、笑みの形に吊り上がるのを、気付けば不思議な気持ちで見つめていた。

 

「……続きは、来世で聞かせてくれ」

 とんでもない無茶振りだ。

 そうつっこみたかったが、無理だった。

 地面にぺたんと座り込んだまま、見送った背中は、あたしを一度も振り返らなかった。

 

 

 

「さようなら………ハドラー」

 呟いた言葉は、誰にも届かずに消えた。

 この名を呼ぶ事は、恐らくはもう、二度とない。

 

 ・・・

 

 なのに。

 

「…今のは、一体どういう事だ」

 生まれて初めての口づけと、恋の終わり。

 それを友達のお父さんに見られてたとか、一体なんの羞恥プレイなんだろう。

 ハドラーが去った反対側から唖然として姿を現したバランがそう問うてきた時、あたしは心の中でこう叫んだ。

 

 

 

 

 いっそ殺せ。




…ひょっとして皆様、忘れてるかもしれないので、敢えて強調します。






この作品は、恋愛小説です。


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7・武器屋の娘は後を託す

基本的に、優しい男達。


 ……………。

 

 

 

 ものすごく気まずい空気の中、先に口を開いたのはバランの方だった。

 

「その……何というか………済まない」

「…そこ謝られるとますます気まずいんで、やめてもらっていいですか。

 それよりバラン様は、どうしてここに?」

「おかしな事を聞く。

 元々剣の修理が終われば、私は大魔王の居城へ乗り込むつもりだと、君は知っていただろう?」

 そういう事を言ってるんじゃない。

 計画では、少なくともバランは最低昼までは、先生の小屋に足止めしている筈だったのに。

 あたしがハドラーの腕の中で、どれくらい気を失ってたかはわからないが、見たところまだ、陽は真上に昇りきっていない。

 つまり、どう考えてもまだ早いのだ。

 幸いにも、彼の死亡フラグとなる爆弾の件が片付いた後なのが、せめてもの救いだが。

 …などと言うわけにもいかず言葉を探していたら、何故か頭をぽんぽんされる。

 

「…君の先生が心配していたぞ。

 彼からの伝言だ。

 自分の手が入った真魔剛竜剣を手にした私が、窮地に陥る事は考えられない。

 師匠の腕を侮ってくれた礼にきっちり説教するから、用が済んだらさっさと戻ってこい、だそうだ」

 ……この台詞で、ほぼ状況は察した。

 バランは、あたしが足止めを目論んだ事を知っている。

 そして、それをバランに告げたのは……

 

「クッソ裏切りやがったあの武器オタク」

「女の子が、汚い言葉を使うのはやめなさい」

 またオカンみたいなこと言ってるし。

 …いや、お父さんか。

 基本脳筋で見た目に反しておとなげなくても、この人は父親だった。

 うちの父なんかはもっと脳筋だけど。

 そういえばこの世界線ではどうか知らないが、確かバランと比較しての『うちの親父はおまえんとこと違って理知的じゃない』とダイに向かってポップが言う場面があった。

 その父親に対して、死闘を繰り広げた竜魔人のイメージの方が強いダイは首を傾げたようだったが、こうして見るぶんには間違いじゃないように思う。

 貴族教育をさわりだけでも受けたと言ってただけに、相変わらず無駄に品はあるし。

 

「……私は、何も見ていない。

 君はまだ若い。これからいくらでも、素晴らしい出会いがある筈だ。

 先の見えない想いなど、忘れてしまいなさい」

 …一瞬、何を言われたかわからなかった。

 そして意味を理解した瞬間、考えることなくその目を睨みつけて、あたしは言葉を発してしまっていた。

 

「……あなたは、ダイのお母さんのこと、忘れられますか?」

「………っ」

 あたしは転生者の知識と記憶があるせいか、年齢の割には言動が大人びているとか、落ち着いてると言われることが多い。

 けどやはり記憶は単なる記憶でしかなく、感情が先に立つ時には、この世界で実際に生きてきた13歳のリリィが顔を出してしまう。

 

 …あたしはハドラーが好きだった。

 前世でファンだったとか、そういうことは関係なく。

 あのひとの孤独と飢えと、その存在意義の危うさに、気付いた時にはどうしようもないほど惹かれていった。

 それは確かに、現実的な想いとは言えない。

 けど、それを否定されるのは許せなかった。

 

 ……けど、言ってしまってから、軽い自己嫌悪に陥った。

 このひとだって、愛する人を失っている。

 こんな事を言えば、目の前の男が傷つくとわかっているのに、自分で自分を止められなかった。

 

「…申し訳ありません。

 ですが…あたしは確かに子供ですが、その子供なりに気持ちは真剣だったのだということを言いたかったのです」

 続けて出た言葉は、言い訳めいていた。しかし。

 

「…いや、先に無神経な事を言ったのはこちらだ。

 すまなかった」

 ……謝られてしまった。

 こうなると、ハドラーとの事を目撃されていたと知った時よりも更に気まずく、あたしは黙ったまま俯いてしまう。

 そのあたしの態度をどのように解釈したものか、バランはやはり、申し訳なさそうに言葉を続けた。

 

「…ただ私も、君には帰るべき場所と、心配する者がいるのだと言いたかったのだ。

 その中には、君を幸せな人生に導いてくれる者もいるだろうと。

 …だが確かに、今言うべきことではなかった。

 あの、彼女を失った後の私が同じことを言われていたら、その瞬間に怒り狂って、その者を殺してしまっていたかもしれん。

 ………君は、強いな。

 そして、見た目よりもずっと大人だ。

 ひょっとしたら、私などよりもずっと」

 おとなげないという自覚はあったのか…と、心の片隅で妙な事に感心する。

 同時に、このひとは人間を憎んでいる筈だというのに、そのただの人間であるあたしにかけられた、その言葉の穏やかさに驚いていた。

 思わず見上げた瞳には憎しみよりも、慈しみと僅かな哀しみが、より強く顕れていて…彼がこれまで育ててきた人間への憎しみに、ある程度折り合いをつけたのだと、錯覚してしまいそうだ。

 勿論この短い時間で、そんな事は不可能だとわかっているが。

 と、その大きな手が、再びあたしの頭の上に乗せられた。

 さっき頭をぽんぽんされたのとは違い、バランはそこに手を置いたまま屈んで、目線の高さをあたしに合わせてくる。

 

「……だが、もう帰りなさい。

 ここから先は、私たちの領域だ」

「バラン様……」

 やはり死ににいくつもりなのかと、さっき別れたばかりの人を重ね合わせて、泣きたくなる。

 だが、バランは口髭で判りにくかったが、僅かにその口元を緩ませた。

 

「私の身を案じてくれた事、感謝する。

 …リリィ、君と出会っていなければ、私は(ドラゴン)の騎士の3つの力のうちのひとつ、『人の心』を、本当には理解できぬまま、戦いで命を落としていただろう。

 今も、全てをわかっているわけではないだろうが…私を死なせまいとした君の、その思いに報いる為にも、生きて戻ると約束する。

 そして私の息子も、君のお兄さんも…その仲間たちも、誰も死なせはしない。

 ………どうか、私を信じてくれないか」

 同じ目線で、そう言って見つめてくるバランの瞳の真剣さに、あたしは思わず息を呑んだ。

 このひとは物語の中で…いや、この世界に於いても、少なくともあたしと初めて会ったあの瞬間までは、己の死を当然の結果として受け入れて、戦いに臨んでいた筈だ。

 

 今、好きなひとを死出の旅路へ送り出したばかりのあたしに、『生きて戻る』というその言葉が、どれほどの歓喜を呼び起こすものであったかは、あたしの立場になってもらわなければ理解できないと思う。

 気がつけばあたしは右手の、小指をバランに向けて突き出しており、バランは少し躊躇った後、ゆっくりとあたしの小指に、自分のそれを絡めた。

 

「……ありがとう」

 どこか悲しげな声が小さく呟き、ゆっくりと指が離される。

 見上げた瞳が、改めて決意に彩られるのがわかった。

 止める事は出来ない。

 けれど、彼の覚悟が、これまでのものとは明らかに違うことを、今はあたしだけが知っていた。

 

 ☆☆☆

 

 ……あの後、とにかく帰るのを見届けないと安心できないと言われ、あたしはバランの目の前で時空扉を出して、それをくぐった。

 瞬間。

 

 

「お か え り」

 

 

 …ロン先生のところへは、覚悟を決めてから改めて後で顔を出そうと思っていた。

 決して逃げようと思っていたわけではない。

 なのに、まずは家に帰ろうと我が家の前に扉を出して、一歩足を踏み出した途端、腕組みして仁王立ちした先生に、仏頂面で挨拶され。

 

「ひいっ!!」

 思わず乙女にあるまじき悲鳴をあげ、踵を返したところで、あっさり捕獲された。

 

「…両親に余計な心配をかけたくなければ、ここでおとなしくオレに捕まっとけ」

 と言われて先生の小屋へと連れ去られ、バランの言ってた通りの内容で延々と説教されたが、結果としては有り難かった。

 

 …この時点で一人になっていたら、多分あたしはハドラーの事を考えて……泣いてしまっていただろうから。

 

 ・・・

 

「ところで、ご自分の剣はどうなってます?

 それによって、判断が変わってくるのですが」

 一通りの説教をくらった後、この後どうしたいのかと先生に訊ねられ、うーんと首を捻ってから、逆に問い返す。

 

「おまえが居ない間にだいたい完成してる。

 おまえが言う『厨二臭い』デザインはそのままだがな」

「チッ……!」

「舌打ちはやめろ」

 まあいい。剣が完成したという事は、例のフラグは折れたという事だ。

 …………………。

 

「…どうした?」

「……見せてくれないのかと思って」

「…………出すのが面倒臭い」

「ひょっとしてあの厨二ちっくな容れ物にしまっちゃったんですか!!

 確か物理でこじ開けないと出せないやつですよね!?

 いつも言ってますよね、『カッコいいから』で全て判断するのはやめてくださいと!」

「おまえは男のロマンがわかっていない!!」

「男のロマンでごはんは食べられません!!」

 ………ぜえはあぜえはあ。

 

「…仕方ありませんね。

 …ところで先生的には、勇者パーティーの誰かに自分の好きに武器を作るとしたら、何を作ろうと思います?」

 不毛な争いに終止符を打つべく、あたしは話題を変えることにした。

 …そういえば物語ではこの時、ロン先生はパプニカに留まっていた筈だ。

 勇者一行が大魔王との最初の戦いに敗れ、更なる力を求めてダイの剣と鎧の魔槍が彼の元へ飛んできた時、側にバダックさんや三賢者のアポロさんとマリンさんがいたから、多分ダイとヒュンケルをパプニカに送り届け、勇者一行が気球で飛び立つのを見送って、そのまま滞在していたものと思われる。

 この時空ではあたしが一緒だった事と、その後すぐに剣の作成に入っていた為、この小屋に戻ってきていたけど。

 …つまり、物語ではその後に入る筈の勇者パーティーの武器の作成に、今この瞬間には入れるという事だ。

 まあ、時間にすればせいぜい数時間の差だとは思うけど。

 そもそも戻ってくる武器、ひとつ多いし。

 

「ん?……そうだな、どいつもなかなか創作意欲をそそられるが、あの武闘家の…」

「マァムですか?」

 そしてあたしの誘導に乗ってきた先生の口から出てきたのは、ちょっと意外な答えだった。

 

「ああ。潜在能力の高さで、今の時点でも充分強いがまだまだ伸び代はあるし、あれにオレの武器を与えたら相当なものになるんじゃないか?

 もっとも、俊敏性を削がない構成にしなければ話にならんから、あまり機能はつけられんだろうが、それでも充分だろう。

 オレ自身今まで作ったことのないジャンルでもあるし、挑戦のしがいがありそうだ」

 …なるほど。

 なんて名前だったかは忘れたけど、マァムの最終装備になるあの鎧化のついた手甲は、こういう感じで作られていたものだったのだな。

 

「…それとオレの個人的な意見だが、グエンのやつはやはり、槍よりも棍のほうが向いていそうだな」

「ああ、それあたしも思ってました。

 本人は要らないと言ってましたけど、余裕があれば作ってあげたほうがいいような気がします」

「……つまりおまえはこの戦い、奴らが敗走してくると見ているわけだ」

 自分が誘導していると思っていたのに、いつの間にか誘導尋問されていた事にぎくりとした。

 同時に喉の奥にカチリと鍵のかかる音がする。

 …先生は時々、あたしが認識している以上に鋭い時がある。

 

「何が見えてる……と聞いたところで、どうせ答えられんのだろう。

 判らんなりに、おまえの見ているだろうモノに、オレも抗ってみたつもりだが……まあ、備えは確かに必要だな。

 おまえが、奴らが生きて帰っては来ると見ているならば、オレ達の立ち回り次第で、巻き返す事はできる。

 いつも通り、仕事に入る準備をしておけ」

 先生の言葉に、あたしは黙って頷いた。

 この戦い、恐らくは原作通りに決着するだろう。

 その場面に入る前に既に命を落としていた筈のバランと、物語には存在していないグエンさんだけが、どうなるかわからないけれど。

 

 ただ…出会った時に感じた、ハドラーと同じ匂いの孤独を、さっき別れた時のバランには感じなかった。

 彼が感じているのと同じだけ、あたしが僅かでも何か、変えることができただろうか。

 本気で好きになったひとすら救えない、こんな無力なあたしが。

 

『私の身を案じてくれた事、感謝する。

 君と出会っていなければ、私は『人の心』を本当には理解できぬまま、戦いで命を落としていただろう』

 そう言ってくれた別れ際のバランの言葉が思い返され、それに縋るように、気がつけば小さな呟きが、口からこぼれ出ていた。

 

「……バラン様は、みんなで生きて戻ってくると、約束してくださいました」

 今はもう、その言葉を信じて待つ事しか、あたしにできる事はない。

 

 ☆☆☆

 

「ダイ……ダイ!!」

「んっ……」

 扉の隙間から漏れ出した衝撃波が周囲の壁を砕き、崩落した瓦礫に埋もれながらもほぼノーダメージだったのは、わたしが反射的にダイの身体を抱きしめていたからだ。

 ダイは多分無意識に竜闘気(ドラゴニックオーラ)で防御しており、つまりわたしは彼を庇うつもりで逆に助けられたわけだ。

 それでも、あれが普通に爆発した威力の数十分の一程度だったのだろうから、スクルトで防御壁でも作っていれば、恐らくは凌げたのだろうとは思うけど。

 

「グエン……おれ達、助かったみたいだね」

「そうね。ハドラーは居ないみたいだけれど」

 身体の上に落ちかかってくる細かな壁の欠片を払いながら、わたし達は起き上がり…

 

「……ねえ、リリィは?」

「あっ!イ、インパス!!」

 ダイに言われて、わたしは慌てて周囲を探索(サーチ)した。

 生き物の死骸を2体見つけたが、どうやら瓦礫に押し潰された悪魔の目玉であるようだ。

 それ以外には生体反応も生き物の死骸も見つからないところを見ると、少なくともこの爆発に巻き込まれてはいないらしい。

 まあ、この事態をある程度想定していたらしい彼女が、あれでむざむざ死ぬとは思えないけれど。

 

「まさか、またハドラーに攫われたんじゃ…」

「その可能性が高いけど、だとしたらわたし達と行動してるよりずっと安全だわ」

 少なくともリリィは、ハドラーが自分に危害を加える事はないと、完全に信用していた。

 …というよりも、どうしてこうなったかはさておき、2人の様子を見る限り、互いに惹かれあっているのは明らかだ。

 だから、ハドラーであれば心配はないのだ。

 ……ハドラーでさえ、あれば。

 

「…心配なのは、もし彼女が攫われたのだと仮定して、それがハドラー以外…例えば、何故か彼女に執着してるキルバーンあたりだったら、かなり危険な事態ということね」

「大変じゃないか!探さないと…」

「その必要はない」

 わたしとダイがリリィの現状に、最悪の事態を考えて動き始めようとした瞬間、割り込んできた低い声がわたし達を遮った。

 わたし達が入ってきた天井の穴は、爆発の衝撃で空が見えるほど、更に大きく空いており、その縁に立ってこちらを見下ろしていた背の高い男が、こちらに向かって飛び降りてくる。

 

「確かに彼女は、ハドラーが保護していたが、今は無事に家に帰っている。

 ここから先はリリィの代わりに、私が同行させてもらうぞ。

 ……ダイよ、異存はないな?」

「…………バラン!!」

 かつて敵対し、骨肉の死闘を繰り広げた実の父親を、ダイはその大きな目を見開いて、戸惑うようにただ見つめた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「…別に、君の願いを聞き届けたわけではない。

 勘違いするな」

「という事は、一度だけ聞いてくれると言ったわたしのお願いは、まだ有効なのね!!」

「どうしてそうなる!」




次回はフルでグエンパートになるかと。


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8・半魔の僧侶は若干現実逃避する

 ドオォォン!

 

 割と近いところにルーラの着地音と、それに伴う振動が伝わってきて、バランやダイと顔を見合わせた。

 

「…恐らくポップ達だわ。

 見てくるから、2人はここで待っていて」

 そう言って、トベルーラで天井の穴の方へ…飛ぼうとしたら、ダイに手を掴まれて止められる。

 

「いや待ってよグエン!

 おれ、この人と2人っきりにされるの気まずいんだけど!」

「……私が行こう」

 ダイの言葉に、感情を抑えた声でバランが言って、私を制して天井の穴の上まで飛び上がった。

 その姿を見送り、見えなくなった後で、改めてダイを見下ろす。

 

「……ダイ」

「だって〜…」

「いや、判るのよ。判るんだけど…」

 思わずダイを薄目で見てしまったのは、最愛の息子に2人きりになる事を躊躇われた瞬間の、バランの傷ついたような目が、ダイがちょっと泣きそうになってる時の目に、あまりにもそっくりだったからだ。

 実のところバランがすぐにこの場を離れたのでなければ、反射的に頭を撫でてしまうところだった。

 癖って怖い。

 

 …ひょっとしてバランが口髭をたくわえているのは、そのままだと感情が表情に出過ぎてしまう故に、それをできるだけ隠すためなのかもしれない。

 本来は激情家であるようだし。

 

「…少なくとも、大魔王打倒に向かっている今の状況下では、彼は味方よ。

 そしてそれは、彼の息子であるあなたの存在があっての事。

 …(わだかま)りがあるのならば…というか、無い方がおかしいのだけれども、向こうが歩み寄る姿勢を見せているうちに、解いてしまった方がいいのではないかしら」

「う……うん………」

 いつもの彼らしくない歯切れの悪い返事に、わたしはため息をつきながらも、一方で、それも可愛いと思ってしまった。

 結局、わたしはこの子に弱い。

 

「…少しだけ、あなたが羨ましいわ」

 だからだろう、大人としては言うべきではない本音がこぼれ出た。

 

「えっ?」

 案の定、わたしにそんな事を言われるとは思ってもみなかっただろうダイが、目を丸くしてわたしを見つめる。

 

「あの人は実のお父さんだけど、あなたには育ててくれた方もいるのでしょう?

 いわば、お父さんが2人も居るわけじゃないの」

「違うよ、じいちゃんはじいちゃんだ!

 おれの……」

 そこまで口にしたところで、ダイは何故か、ハッとしたように言葉を止めた。

 

「………ダイ?」

「…なんでもない」

 そう言ってわたしから目をそらしたダイの、頬が少し赤く染まっているように見えたのは、天井の穴から降り注いでくる陽光の加減だったのだろうか。

 

「ダイ、グエン!!」

「2人とも無事だったのね、良かった…!」

 そんな事を考えている間にバランが戻ってきて、彼に連れられてきたポップ達が合流した。

 

「まさかバランが合流してたなんてな…。

 あの姿見た瞬間、ビビって腰が抜けたぜ」

 こそっと、わたしに近づいてきたポップが、そう耳打ちしてくるのに、思わずクスッとなる。

 そういう事普通、男の子は隠そうとするもんだと思うけど。

 

「初めて会ったけどダイのお父さん、話に聞いていた印象と随分違うわ。

 確かに圧倒的な強さは感じるけど…すごく落ち着いた感じで…」

 その後からやはりこちらに寄ってきたマァムが、そう言うのに、ダイがちょっとだけ複雑そうな表情を浮かべる。

 

「以前戦った時には、間違っても共闘なんて考えられなかったわよ。

 よくぞああまで丸くなったものだと思うわ」

 そのダイのアタマを撫でながら、わたしが彼の気持ちを代弁する。

 まあ本質は割と大人げないひとだから、落ち着いた感じというのは見た目だけだろうが、少なくとも一昨日会った時のような、ピリピリした雰囲気がなくなったのは事実だ。

 …わたしに対しては、まだまだ冷たい気がするけど、彼に言わせればわたしは、彼の息子を2人とも誑かした女だそうだし?

 根に持ってなんかない、絶対。

 

「うん…戦わずに済むんなら、それに越したことはないんだけどさ…」

 そう小声で言って、ダイが黙り込む。

 以前は何を言っても聞く耳持たないといった雰囲気だったものが、唐突に向こうから歩み寄ってきた事に、戸惑いがあるのだろう。

 …誰のお陰とは言うまでもない。

 多分無自覚だが、バランはリリィをどこか特別に思っているフシがある。

 というかまあ、多分だがリリィは、割と悲壮感のあるタイプの男に懐かれやすいんだと思う。

 見た目や年齢に似合わない謎の包容力というか説得力というか。

 …早くも彼女の将来が心配になった。

 えてしてしっかりした女性というのは、駄目な男に引っかかりやすいものなのだ。

 むしろわたしのようなちょっとダメなところのある女のほうが…ってやかましいわ。

 

「…気になるなら、直接聞いてみればいいわ。

 この機会を逃したら、次はないかもしれないし」

 そのしょうもない思考を振り払うべく、ダイの背中を押す。

 なんにせよ、共闘すると決まったからには、その中心であるダイとバランが、いざという時連携が取れない事になるのは、いささか都合がよろしくない。

 ダイはわたしを見上げると、少し間があったが、こくりと頷いた。

 そのままわたしから離れ、バランに向かって歩み寄る。

 一瞬、全員が息を呑むのを感じ、その場を無駄な緊張感が支配した。

 

「…ひとつだけ、聞いていいかな…?」

「……なんだ?」

「おれの…おれの、母さんってどんな人だったの…?」

 その瞬間、『….それ今聞く事?』と思ったのは多分わたしだけじゃない。

 クロコダインやヒュンケルも、えって顔してるし、聞かれた本人であるバランも、ちょっとだけ驚いた顔してる。

 逆に何故かポップやマァムは、特に違和感を感じてないみたいだったけど。

 

「…母…ソアラか。

 美しい娘だった。そして、優しい(ひと)だった。

 ただそこにいるだけで、皆が温かい気持ちになれる…そんな不思議な輝きにあふれていた…」

 わたしが生まれた国の王女の名を口にした彼の、その瞬間の表情を、なんと表現すればいいだろう。

 大切に愛おしむような、それでいて縋るような、愛と悲しみと孤独を全て(たた)えたその表情だけで、彼がいかにその女性を愛していたか、こちらが恥ずかしくなるほどに訴えてくる。

 憎しみの仮面を取り払ってしまえば、バランは行き場のない溢れるほどの愛情を持て余した、ひとりの男だった。

 

 ソアラ王女の御名は、アルキードの古い言葉で“太陽”という意味だ。

(そういえば2人の子としてのダイの名前であるらしい『ディーノ』も、やはり古代アルキード語の“強き竜”だった筈)

 その御名の通り、遍く皆をその優しさで包み込む、慈悲深い王女であると市井の噂にも高かった。

 だが一方では、いざ女王として立った時、その重圧に耐えきれるかどうかといった、懸念の声も囁かれていた筈だ。

 ともあれ、バランが彼女の前に現れた時から、その遍く降り注がれる筈の愛は、全て彼1人に向けられたに違いない。

 片方の想いだけで、こんなにも愛が大きくなる筈がないのだから。

 

「あれほど深く誰かを愛する事は、もうあるまい…」

「……そっか」

 ダイがその父親の表情に、何を見たのかはわからない。

 だが、先ほどまでとは違い明らかに、ダイがバランを見る目が、安心したようなものに変わっていた。

 

 ・・・

 

 …ところで言われなければ気がつかなかったのだが、どうやら先程の爆発により死の大地の地表が吹き飛んでおり、今はその下に埋まっていた大魔宮(バーンパレス)のみが、上空に浮かんでいるらしい。

 更に上空から全体を見たというポップによれば、大魔宮(バーンパレス)は巨大な鳥のような形状であるらしく、今わたし達のいる部分は、その頭部に当たるとのこと。

 どうやら中央、鳥の胴体の部分に巨大な塔が見えており、そこが大魔王のいる本丸に違いない、という。

 わたし達もこの爆発がハドラーとの戦いの中で起きた事、そのハドラーの身体に埋め込まれていた爆弾により、この爆発が起きた事を説明した。

 

「そうか…だが、おまえ達が無事で本当に良かった。

 バラン…おまえが2人を助けてくれたのだな。

 ありがとう…この獣王からも礼を言わせてくれ」

 そう言ってクロコダインが、バランに頭を下げる。

 

「いや、私は」

「違うよ。爆発を最小限に抑えたのはリ」

「そ!そうなのよ!!

 バランが来てくれなかったら、きっとあの程度じゃ済まなかったわ!」

 その誤解を解こうとする竜の親子両方をひとまとめにするように腕を取って、わたしはその決定的な言を慌てて封じた。

 

「ど、どうしたのさ、グエン?」

リリィがここに居た事、ポップには言わない方がいいと思うの

……確かにそうか。

 兄である彼に余計な心配をかけるべきではないし、あの子は今頃、師匠から説教を食らっている事だろう。

 後からまた、実の兄にも叱られるのでは、いくらなんでも可哀想だからな

 …まあ、わたしがポップにそれを知られたくないのは主に自分の保身の為なんだけど、この場合は誤解されていた方がいい気がする。

 だってそれを知られてポップに怒られるのは、十中八九リリィより先にわたしだからな!

 ……ふう。なんにせよこれで安心。

 少し離れたところから、ヒュンケルが『今何か誤魔化そうとしたろ』的な目で見てくる気がするけど、うん、大丈夫。

 

「おっさんが心配だったのは、主にグエンだろ?

 なんせ、この戦いで生き残ったらプ」

「なっ!何を言うかポップ!!

 それは今言うべきことではないっ!!」

 そして、そのポップは何故かクロコダインとじゃれ合ってるんだが、大事な戦いの前だし、そろそろ止めた方がいいだろうか。

 

「へえ。生き残るつもりでいるんだ。

 それは、随分と大きく出たね、獣王…!!」

 と、場の空気を塗り替える声がかかり、全員がハッとしてそちらを振り返る。

 

「キ…キルバーンと…!!」

「ミストバーン!!!」

 そう、そこに居たのは声の主の死神と、その使い魔。

 そしてその後ろに静かに佇む、頭から足先までをローブにすっぽり包んだ男。

 全員が、唐突に現れた敵の幹部達(まあ、ここが敵地である以上、どこに敵が現れても不自然ではないわけだが)に向かって構えを取る中、わたしとダイを背に庇うように、バランが一歩前へと進み出た。

 

「先日は世話になった、死神。

 剣も蘇った今、この前のようにはゆかぬぞ。

 真の(ドラゴン)の騎士の名において、貴様らもろとも、大魔王バーンをこの手で討つ!!」

「まあ待ちなよ、バラン君。

 その意気込み、ご本人に聞かせて差し上げるといい」

「なっ…なにっ!!?」

「……一同控えよ!!

 大魔王バーン様がお会いになられる…!!」

 ミストバーンの言葉の一拍後、空間の匂いが変化した。

 リリルーラを使う時とか、リリィが『時空扉』を出す時に生じるこの感覚は、リリィが言うには『時空の欠片が凝集され、異なる空間が一瞬繋がる時に生じる、恐らくは摩擦に近いものだろう』ということだったがよくわからない。

 ただ、その感覚を一番強く感じる虚空に、明らかに異質な穴があき、それが大きくこじ開けられたと同時に、そこに人影のようなものが見えたのは、ほんの一瞬だった。

 次の瞬間に生じた爆風のような衝撃波が、周囲の壁を吹き飛ばし、足元の床の敷石を抉って、飛び散った瓦礫の欠片が、人影を覆い隠した。

 それが圧倒的な魔力の圧力だと、少し遅れて理解した頃、その嵐は少しずつ終息していき…わたし達がようやく顔を上げた時、微動だにしていないキルバーンやミストバーンの後方に、地面からほんの少し浮いた状態で佇んでいるのは、背の高い老人だった。

 恐らくは魔族なのだろうが、それにしては肌の色が人間に近い。

 まあしかし、魔族というのは割と個体差の大きい種族ではあるし、そういえばあのザボエラという老人も、皮膚の色は青よりもむしろ赤っぽかった。

 ひょっとしたら魔族は歳をとるとそうなるのかもしれない。

 或いは、祖先のどこかに人間の血が入っているか。

 別にどうでもいいことなんだけど。

 ……わたしがこんな余計なことを考えていたのは、余裕があったからじゃない。

 むしろ、今見えている現実から目をそらす為の、逃避的な思考だった。

 

「おっ…おまえがっ…!!?」

「……いかにも…余が、大魔王バーンだ…」

 嗄れた低い声の名乗りは、思いのほか力強く響いた。

 

「ハ……ハハハ……な、なんだよオイ!

 よぼよぼのジイさんが出てきちゃったぜ…!!!」

 …一拍の沈黙の後、それを破ったのは、どう聞いても無理して絞り出したような、ポップの乾いた笑い声だった。

 

「…こりゃ思ったより全然、簡単にやっつけて帰れちゃいそうだ…!

 ひょ…拍子抜けしちゃったよなァ、みんなっ…!」

「………気持ちはわかるけど無理しなくていいわよ、ポップ。

 この威圧感、平気な顔して耐えられる人は、多分この世にいないと思う」

 この子、危険察知する能力は高い筈だし、多分敢えて空気を変えてくれようとしたものなんだろうけど。

 正直今、それに乗れる者はこの中には居ない。

 ダイやマァムは勿論の事、ヒュンケルやクロコダイン、はてはバランまでもが、その老人から目を離すことができずにいる。

 

「フフフッ、そうそう。

 みなさんお判りのようだよ、ポップ君。

 バーン様が見た目通りのお方ではないって事が…!

 特に元魔王軍の諸君には、衝撃が大きかったようだねえ…!!」

 言いながらキルバーンが、仮面の下でクスッと笑い声を漏らす。

 

「…今まで間接的に接してきただけでも感じていた、圧倒的な威圧感…それがあのようなお姿から、そのまま感じられる。

 その静けさが……逆に恐ろしい…だろう?」

 歌うように、むしろ優しいともいえる口調で問われ、言われた元軍団長達が、ピクリと肩を揺らした。

 言い当てられて悔しげに歪むヒュンケルの横顔を見ていたポップが、再びキルバーンに向かって、叫ぶ。

 

「何を根拠に勝手な事言ってやがんだよッ!!」

「簡〜単さあ〜っ。

 初めてバーン様にお会いした時のハドラー君と、同じ顔してるからだよ…!!

 ……まあ、キミの妹なんかは判った上で、敢えて涼しい顔で『はじめまして』なんて言ってそうだけどねえ」

 …どうしよう、否定できない。

 その光景がありありと想像できてしまい、慌てて頭から振り払う。と。

 

「…つまらぬ脅迫はよさぬか。キルバーン。

 何のために余が、わざわざ出向いたと思っているのだ…?」

 宙に浮かんでいるにもかかわらず、ふわふわという形容が一切できない空中移動で、大魔王バーンは、側近たちよりも前に進み出てきた。

 そのまま、音も立てずに地に足をつける。

 その感触を確かめるように、少し俯いた後、大魔王バーンは顔を上げ、穏やかな、と言える微笑みをわたし達に向けた。

 

「…よくぞここまで来た。見事であったぞ」

 いきなりの上から目線か。

 といつものわたしならばつっこむところだろう。

 何せ、空気読まないことには定評のあるわたしだ、ってやかましいわ。

 だが、できなかった。

 その圧倒的な力の権化は、ただそこに居るというだけで、この空間を完全に支配していた。

 

 …女としてのプライドがなければ、確実にちびってたと思う。




基本的にはこの小石時空において、魔王軍の人達が空間を割って転移してくる術、形は違いますが実はリリィと同じ『時空扉』です。
リリィの場合、最初に無意識にイメージしたのが『どこ○もドア』だった為あの形になっただけで、ドラクエ世界の『旅の扉』が扉の形してないのと同様、本来はあちらの形の方がこの世界では正しいのです。
とはいえ時空の結晶を呑み込んだリリィと違い、魔王軍でこれを使う方たちは、その都度魔力を使って時空の欠片を集めており、彼らにしてみれば割とちょろっとイメージしただけで出来てしまう事なので、空間中に点在する時空の欠片を集めているという概念が実はありません。
そもそも、魔族にとって魔力を行使できるのは当たり前のことなので、発動の原理をわざわざ研究する魔族もそう居ないのです。
故に、時空扉に更に時空の欠片を過剰供給する事で『異界扉』に変化した理屈も、まず思いつくことはないでしょう。
可能性があるとすればザボエラさんなんですが、野心と好奇心が真逆の方向に向かっちゃってる今の彼では、その芽もきっと潰れてます。

あくまで小石設定です。
『原作はこうだからこれは不自然だ』とか言われても、『ああそう。これはアタシの世界だから』としか言えません。


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9・半魔の僧侶は本気で現実逃避する

グエンのお仕事は、かませです。
……ヤムチャ感とか言うな(爆


「……余は、おまえたちの敗北を確信していた」

 老人は相当ムカつく事をしみじみと口にする。

 いつものわたしならば馬鹿にしてるのかと思うところなのに、怒りは湧き上がるそばからしゅるしゅると萎れていく。

 

「ハドラーとその親衛騎団の力ならば、確実に勝利を収められるだろうと。

 その上、ハドラーの体内には“黒の核晶(コア)”があった…。

 この大魔宮(バーンパレス)が大空を駆ける時……それは、すべての敵を片付けた暁のはずであったのだ…」

 感動したとでも言わんばかりに芝居掛かった仕草で、両腕を広げてそう語る枯れた老人の威圧感は、ただそこに立っているだけで、本能的に足元に身を投げ出したくなるほどだ。

 そしてそれが今穏やかに、微笑みすら浮かべて話をしているその事こそが、なによりも恐ろしく感じられる。

 初めて目の当たりにした大魔王バーンは、なるほど、魔界の神と呼ばれるのも納得できる存在感を醸し出していた。

 

「バランはともかく、この場におまえたち全員が立っている事、奇蹟という以外にない。

 最大の功労者がこの場に居ないのは残念だが…」

「御託はいい。何が言いたいのだ、大魔王。

 時間稼ぎのつもりならば、意味はない。

 勿体ぶらずに、始めようではないか」

 その大魔王の口からリリィの話が出そうになったところを、バランがさりげなく口を挟んで止めてくれた。

 今気にしてる時じゃないのはわかってるけど、ちょっと焦ったのでありがたい。

 

「まあ待て、バランよ。

 余自らが、その奇蹟的な健闘を讃え、褒美を取らせると言おうとしていたところだ」

「褒美……だと?」

「そうだ。

 おまえらの一番欲するもの…それはおそらく。

 ……余の…生命(いのち)であろうな…?」

 何事もないように口にされたその言葉に、全員がぎくりとする。

 特に、勇者パーティー10代組の3人には、相当生々しく響く言葉だったに違いない。

 彼らのそれまでの戦いは、敵を倒す事に主眼を置きつつも、それは相手の命を奪うことと、必ずしもイコールではなかった。

 それは、今ここにいるクロコダインやヒュンケル、バランの存在が示している。

 だから、相対している敵の圧倒的な威圧感と共に、その敵からの言葉によって、この戦いが間違いなく命のやり取りにしかならない事を、改めて実感しただろう。

 …わたしは彼らのその甘さが嫌いではないが、今はそれでいい。

 ()るか、()られるか、互いの生きる道を賭けているからには、それしか道はないのだから。

 

「だがこのミストバーンとキルバーンもハドラーと同格…いや、或いはそれ以上の強者だ。

 我ら三人と同時に戦っては、天地が裂けても余を討つ事はできまい。

 …だから、チャンスをやろう!」

 …一瞬、何を聞いたものか理解できなかった。

 

「二人には一切手出しさせん。

 余のみでおまえたちと戦ってやる…!

 それが褒美だ。素晴らしいであろう?」

 …うん、どうやら聞き間違いではなかったらしい。

 思わず、近くにいたバランと顔を見合わせてしまう。

 

「…どうした?まさか、いやとは言うまい…?

 余がこの二人抜きで行動するなど、数百年に一度、あるか無いかの事だぞ?」

「ふざけるなッ!

 少なくとも私とダイ、(ドラゴン)の騎士2人を相手に、一人で戦うだと!?」

 そして、それがはっきり理解できた瞬間、思った通りというかなんというか、バランが声を荒げた。

 本当に血の気の多いことだ。

 

「…つまり、一人でも絶対負けない自信があるって事ね。ねえどうする、ダイ?」

「決まってるさ!

 たとえミストバーンや死神が一緒だって戦うぞっ!!

 その為におれたちは、ここまでやってきたんだっ!!!」

 仕方なくダイにお伺いを立てると、やはりダイも思った通りの答えを返してきた。

 感情的になりやすいバランと比べ、この子は戦いに関しては割とドライというか、大抵の場合は感情よりも理を取る傾向にある。

 彼が唯一感情を昂らせる時…それは、大切な者を傷つけられた時だ。

 ポップのメガンテの時は勿論、恐らくはフレイザードにレオナ姫が捕らえられた際もそうだっただろう。

 後から聞いたところによれば、クロコダインがダイに敗れた時の状況がまさにそれだったという話だし、逆にヒュンケルと戦った時などは、怒りが湧いて来ず困ったらしいし。

 つまるところ、怒りに我を忘れる条件が揃わない時のダイは、意外と状況に応じて臨機応変に戦うタイプだという事だ。

 そしてそのダイの言葉にバランは、明らかにムッとした表情で、ダイを見下ろし睨みつける。

 

「…馬鹿なっ!あそこまで馬鹿にされて、なお奴一人に全員で挑むなどとは…!!

 おまえには(ドラゴン)の騎士の誇りが無いのかっ!!?」

「誇りで勝てたら苦労はしないよ!」

 一度死闘を繰り広げた父親の気迫などものとせず、ダイはバランの言葉をスッパリ斬り捨てた。

 

「今はそんな事言ってる場合じゃないだろ!?

 誇りだのなんだのにこだわってて、やることもやれないようなら、真の(ドラゴン)の騎士になんてならなくていいよ!

 …おれには人間の…母さんの血も流れてるんだ。

 今のおれは(ドラゴン)の騎士としてじゃなく、みんなと一緒に戦ってきた、勇者ダイとしてここに来たんだ!!

 みんなと力を合わせて確実にバーンを倒すことの方が、おれにとっては自分のプライドなんかより、ずっとずっと大事だっ!!!」

「ぬううっ……!!」

 …って、これじゃどっちが子供なんだかわからないわね。

 そしてバランが歯噛みしてるその周囲では、勇者パーティーが皆それぞれに感激したらしく、ポップなどは涙まで浮かべていたりする。

 

「ダイ……!」

「うん、親子喧嘩を口のみでできるようになっただけでも、相当な進歩ね!

 …けど、続きは勝ってからにしましょうか」

「あんた、本当に空気読まねえ女だよな!!」

 なんかポップに怒られたけど知らない。

 

「話はまとまったか?

 …では……相手をしよう…!」

 そして………場の主役は焦れた様子もなく、その場に悠然と佇んでいた。

 今思えば、この時点でわたし達は負けていた。

 最初っから、役者が違ったのだ。

 

 ・・・

 

「──疾風突きッ!!」

 まずは先手必勝とばかりに、誰よりも早く攻撃に出たのはわたしだった。

 戦略としては、悪くはなかった筈だ。

 うちのパーティーの子たちは、相手の出方を待ってから攻撃する癖がある。

 けど、単体にあっては比肩する存在などない相手に対して、それは悪手だ。

 最初の一手を見極めようとして先に出させた攻撃が、それだけで戦況を決めてしまう事にもなりかねない。

 だから、わたしの判断が間違っていたわけじゃない。

 ……ただひたすら、向かった相手が強すぎただけだ。

 

 最初に繰り出したわたしの突きは、無造作に前に出された老人の掌底にあっさり止められ

 

 

 その同じ手から放たれたエネルギーが

 

 

 わたしの胸を、貫いた。

 

 

 

 

 

「……グエン────ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 …仲間たちの叫び声が、わたしの名を呼ぶのが聞こえた。

 何が起きたかわからなかった。

 胸には、傷ひとつ負っていない。

 それなのに、何故か衝撃が胸を突き抜けた感覚は確かにあり、一瞬遅れて、背中が灼けるように熱くなる。

 一撃で受け身も取れずに地面に倒れたわたしは、身体が動かないにもかかわらず、意識だけはやけにはっきりしていた。

 

 ☆☆☆

 

「みんなッ!!!動いてえっ!!!」

 マァムの声が、恐らくは驚いて固まってしまっていただろう仲間たちに喝を入れる。

 その声に、初めて自分たちが止まっていた事に気づいたかのように、全員の硬直が解けた。

 

「よくも、グエンを…っ!!」

 ダイが、剣を大きく振りかぶって大魔王へと向かう。

 

「おやおや、どうやら大切な女が先に死んでしまったか?」

「黙れえっ!!!」

 繰り出した攻撃は、大地斬。

 パワーもスピードも乗った、更に状態も完璧に整えられた剣で繰り出されたそれは…だが次の瞬間、大魔王のただ二本の指に挟まれて止められていた。

 

「なっ……!!」

「…案ずる事は無い。すぐに、後を追わせてやろう。

 どうも(ドラゴン)の騎士というのは、代々女を不幸にする存在らしいからな…。

 それは、そこにいるバランが一番よく知っているだろう」

「……戯れ言をッ!」

 大魔王がダイに手を取られている事を好機と見たか、今度はバランが技の構えを取る。

 恐らくはギガブレイクのモーションに入ろうとしたのだろうが、そこに場違いな、昔話でもするような穏やかな声が、大魔王から発せられた。

 

「…良い事を教えてやろうか?

 あのアルキードとかいう国の王城におまえが招き入れられた時、家臣のひとりにおまえが人間ではないという情報を与えたのは、その者に乗り移った我が魔王軍の配下のシャドーだ」

「……なん、だと?」

 その、あっさりと告げられた結構衝撃的な情報に、バランは棒立ちになった。

 だってそれが本当であれば、アルキードが滅びた間接的な原因は……!

 

「ただ、それだけのことだったが…人間どもは面白いように、目論んだ通りに動いてくれたぞ。

 ハドラーが適当に地上で暴れてくれたこともあって、すぐにおまえを勝手に危険視して、本来なら自分たちを守ってくれる存在の筈のおまえを追い出してくれた。

 もっとも、その際アルキードの姫が身籠っていた事は、さすがに予想外だったのだが、まあ、結果としては上々だった。

 ずっと欲しいと思っても迂闊に手を出せなかった駒が、手に入るきっかけとなってくれたのだからな!」

「ぬううっ……うぉおのれええぇっっ!!!!!」

 ……案の定、その情報はバランを激昂させるには充分だった。

 彼は亡くなった奥さんを、わたしの祖国アルキードの王女だったそのひとを、今も変わらず愛している。

 そして防御に欠片も注意を払わず(竜闘気(ドラゴニックオーラ)が身を覆っているから、大抵の場合は特に必要ないせいだろうけど)、全ての力を攻撃のみに費やした一撃を、バランが突進とともに繰り出そうとした時、大魔王バーンは空いている方の手を優雅な動きで持ち上げて、指先から…何か、小さな光が、ふわりと、ふたつ飛んだ。

 一瞬、飛ぶ蛍のようなそれの正体に、最初に気づいたのはポップだった。

 

「よけろ!!!メラゾーマだっ!!!!」

 そのポップの言葉が終わるか終わらないかの刹那、小さな光がダイとバランの身体に触れ、その瞬間、炎が爆発するように膨れ上がった。

 それが竜巻のように渦を巻いて、2人の身体を包み、巻き上げる。

 

「うわあああぁぁあッ!!!!」

「うぐおおおぉぉっッ!!!!」

 2人とも、竜闘気(ドラゴニックオーラ)に包まれているにもかかわらず、苦痛の声を上げているところを見ると、大魔王のメラゾーマは、(ドラゴン)の騎士が最も恐れる、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を突き破るほどの威力があるらしい。

 

「ダイッ!!!」

 炎が収まり、地面に投げ出された2人に、マァムが駆け寄った。

 回復しようとするその背中に、先ほどの光がまた、ユラユラと飛ばされる。

 

「させるかあっ!!!メラゾーマ!!!!」

 その速度がゆっくりだったのを幸い、ポップが余裕で光とマァムの間に立ちはだかり、自身の呪文をぶつけた。

 炎に対しては氷系呪文の方が良さそうだが、ポップは炎系の最大呪文は得意としているが、氷系の最大呪文であるマヒャドは未習得だった筈だ。

 先ほどの炎の威力を見る限り、下位呪文では押し負ける可能性が高い。

 本人も、咄嗟にそう判断しての選択だったろう。

 だから、ポップの行動も厳密には間違いではなかった。

 

「い、今だァッ!!!

 おれが呪文の連発で抑え込んどく間に、2人を助けるんだあっ!!!」

 けど、そう言うか言わないかのうちにポップのメラゾーマは、より強い魔力の圧力に吹き飛ばされた。

 

「なっ…!!?」

 ポップ最大の火力が吹き飛ばされて消された後には、小さな炎がチロチロと、まるで笑っているかのように揺れており、あまりのことに一瞬呆然としたポップの胸元にふうわりと寄ってきて、彼の服の胸元に貼りつく。

 

「うわああああ──〜っ!!!!」

「ポップ!!!」

 瞬間、さっきと同じように爆発した炎が渦を巻き、炎の蛇のごとくポップの身を包み込んで、それが満足したように消えた時、ポップが旅人の服の上から身につけていたオーバージャケットが、焦げた灰だけを残して消えていた。

 

「…バッ…バカなっ…!!

 法術で編まれたこの服が…燃えちまうなんて…!!」

 あれはダイやわたしの服と同じ、パプニカの法衣に使われている布だった。

 基本的には軽く薄手ながら丈夫であり、魔力やそれに類するものから身を守る法術が編み込まれている。

 だからこそ、本気で戦えば自身の纏う闘気(オーラ)により防具が燃え尽きてしまうダイの装備として採用されたのだ。

 同じ攻撃を受けてダイの服が無事なのは、その闘気(オーラ)が彼の身を包んでいたからだろうが、ポップがその下に着ていた旅人の服が無事なのは、それが丈夫であったからでは勿論なく、多分法衣のオーバージャケットが燃えながらも、その力でそれ以上の魔力の浸透を食い止めた結果なのだろう。

 あれを身につけていなければ、あの瞬間にポップは死んでいたかもしれない。

 それでもさすがに相当なダメージを受けたと見え、ポップが立ち上がろうとするにも苦労している。

 

「あっ…あんな小さな火の粉なのに…!!!

 大魔王のメラゾーマは、おれの何倍もの威力があるってえのかよおっ……!!」

 …だが、次に告げられた言葉は、それ以上に残酷な真実だった。

 

「…今のはメラゾーマではない…メラだ…」

 ……そもそも動けないわたしはその瞬間、気を失いたいと本気で思った。



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10・半魔の僧侶は絶望する

…ところで関係ないですが、己自身の迂闊な思いつきにより、アタシの中のロン先生は完全に大塚芳忠ヴォイスです。


「余のメラとおまえのメラゾーマでは、余の呪文の方が、威力が大きいということだ…」

 ……冗談でしょう。

 確かに呪文というものは、使用者の魔力の高さによって、同じ呪文であっても威力は違ってくる。

 ひとくちに魔力といっても厳密には、攻撃魔力と回復魔力の二種類があるが、基本は同じ。

 同じベホマを使っても、くさっても熟練僧侶のわたしと、賢者の卵であるレオナ姫では効果の出方が違うし、同じベギラマを使っても、ダイは呪文の威力でポップに遠く及ばない筈だ。

 それ自体には何の不思議もないが…。

 それにしたって、使用者のレベルによってはメラがメラゾーマより威力が勝るなんて話は聞いたこともないわ!!規格外すぎる!

 ポップはこの若さで既に、少なく見積もっても並の魔法使いの5、6倍の魔力を有しているのに。

 

「…仕方の無いことだ。次元が違いすぎる。

 少しは期待したが、ここまで差があるとはな…。

 魔王軍の猛攻を次々と打ち破りここまで来たからには、もう少しレベルが高いだろうと買いかぶっておったわ。

 先程の僧侶(グエン)への一撃にしても、余はその攻撃に合わせて、軽く闘気を放ったに過ぎぬのだぞ?

 ……このようにな…!」

 大魔王バーンがそう言って掌を翳すと、そこから発せられた衝撃波が、足元の地面を削りながら、仲間たちの間を突き抜けて、背後の壁に穴を穿った。

 

「…超圧縮された暗黒闘気…!

 グエンはあれをぶつけられたのかっ…!!!」

 己の内側にそれを持つヒュンケルが、真っ先にその正体に気付く。

 暗黒闘気…!?

 そうか、意識はこれだけはっきりしていて尚且つ傷一つないのに、わたしの身体が殆ど動かせない状態なのは、ダメージの元が暗黒闘気だからなのか。

 しかも、魔力ではなく闘気であったが故に、わたしの鎧で防げなかったと。

 だとすれば…対抗する手段はまだ残っている。

 動かぬ身体で、天に聖なる祈りを捧げる。

 改めて、リリィに教えてもらっておいて良かったと思う。

 何とか動くようになった口で、今必要な、最初の呪文を発音した。

 

「シャナク」

 …ぶつけられた暗黒闘気の密度が濃過ぎて、完全に駆逐するには時間はかかるだろうが、うん、何とかなる筈だ。

 

「お…おのれっ……!!」

「ううっ…!」

 そうしているうちにマァムのベホイミで僅かに回復したらしいバランが立ち上がり、ダイがそれに続く。

 とはいえ、ベホイミでは傷の治療と体力の回復を同時にはできない為、二人共まだフラフラしているらしい。

 戦闘に参加できるまでに、少し時間を要するだろう。

 

「……もうよい」

 だが次には、大魔王は面白くもなさそうにそう吐き捨てた。

 興が削がれた、とでも言いたげだ。

 

「力の無い者が足掻いている所も、それなりに楽しめるが…もう無理をするな。

 半端に希望を与えるような真似をしてしまった、余が間違っていたようだ。

 たとえバランが加わっていたところで、戦局は全く変わるまい」

 どこか慈悲すら感じさせる言葉とは裏腹に、その掌に膨大な魔力が集まっていくのが見て取れる。

 膨れ上がったその魔力が、ゆらりと炎の形をとり…

 

「…見せてやろう。これが、余のメラゾーマだ。

 その想像を絶する威力と優雅なる姿から、太古より、魔界ではこう呼ぶ……!

 

 カイザーフェニックス!!!!

 

 …それはまさに炎を纏った巨大な不死鳥の姿だった。

 それが仲間たちのもとへ、一直線に飛ぶ。

 先ほどのメラでさえあれほどの威力だったものが、あれが直撃したら、一瞬で焼き尽くされてしまうのではと思うほど、それは凄まじい業火だった。

 

「ムウッ…唸れ、真空の斧ッ!!!!」

 クロコダインが例の戦斧を振るい、風圧のバリアーが一瞬、不死鳥の進行を阻む。

 …だがそれもすぐに突破され、クロコダインの身体に、羽根の一枚に過ぎない炎のかけらが飛んで、膨れ上がった炎がその身体を包んだ。

 

「……ッ!?ぐおおぉっ!!?」

「フバーハッ!!!」

 やっと手も動くようになって、わたしはクロコダインに向けて呪文を発動した。

 倒れかかるクロコダインの身に薄皮一枚張り付いた防御膜が、辛うじてその身が焼き尽くされるのを防ぐ。

 彼にも一応ベホマをかけておこう。

 だが不死鳥の本体は仲間たちへと向かっており、ヒュンケルが前に立ちふさがって、それを真正面から受け止めていた。

 

「ヒュンケル!!!」

「…オ、オレの鎧ならば若干こらえられる筈…!!!

 い、今のうちに攻撃を……!!」

「クッ……アバン流牙殺法・潮竜撃(ちょうりゅうげき)!!!」

 そう言われてもやはり、マァムはヒュンケルをそのままにはしておけなかったのだろう。

 アバン流最速の技が、炎を捉える。

 彼女の『海』の拳は、確かに炎の鳥を砕き、それを一旦霧散させる事に成功した……が。

 

「だっ…第二撃!!?」

「バカな!!!早すぎるッ!!!!」

 そう、斬り裂いた化鳥が霧散したその直ぐ後に、もう一羽のそれが、既にマァムの目前に迫ってきていた。

 このままでは、マァムが直撃を受ける。

 

「リリルーラ!!!」

 何も考えずにマァムの前に、自身の身を晒した。

 瞬間信じられないほどの熱が、わたしの身体全体を覆うのがわかった。

 この鎧は、電撃以外の呪文を通さない筈だ。

 それはハドラーの極大爆裂呪文(イオナズン)極大閃熱呪文(ベギラゴン)すら同様だった筈。

 この鎧だからこの程度で済んでいるのだろうが、熱いと感じるところまで熱が届いているのは違わぬ事実で。

 

「ゥアアァァ───ッ!!!」

「グエンッ!!」

 わたしが思わずあげた悲鳴の合間から、マァムの悲痛な呼び声が耳に届く。

 この炎に包まれたのが彼女でなくて良かったけど、それを喜んでる余裕は勿論ない。

 

「わ…わたしに構わないで!攻撃なさい!!」

 …今更だけど、本来なら僧侶(わたし)は後衛に居て、仲間達の防御や回復に力を尽くしているべきだ。

 けど、ここまでくれば嫌でも判る。

 回復に費やしてる時間なんかない。

 守勢に回れば大魔王に、次の手を打つ時間を与えてしまう。

 つまり、それだけ死に向かう時間が早まるという事に他ならない。

 

「グエンの言う通りだッ!!

 攻めないとこのまま全滅しちまうっ!!!」

 ポップの号令で、炎を一手に引き受けたわたしの背後から、マァムが、そしてヒュンケルが飛び出す。

 

「大魔王、覚悟ッ!!!ブラッディースクライド!!!」

 それはスピードもパワーも乗った、恐らくはこれまで放った中でも一番鋭い突きの一撃だったろう。

 だが、それを大魔王はあろうことかその剣先を、2本の指で挟んで止める。

 

「…ウゥッ!!?」

 そしてどうやら、軽く挟んでいるようにしか見えないにもかかわらず、ヒュンケルは刃を引く事すら出来ぬようで、逆に捕らえられた形になった。

 

「……澄んだ目だ。気に入らんな。

 以前のおまえはもっと魅力的だったぞ、ヒュンケル」

 不可抗力で間近で見つめ合う事になったその視線を、先にそらしたのはヒュンケルの方だった。

 瞬間。

 

「ウオオオオオッ!!!」

()ああああああっ!!!!」

 クロコダインとマァムが、同時にバーンに襲いかかる。

 それはヒュンケルに手を取られているこの状態に於いて、有効な作戦である筈だった。

 …大魔王は、単に両腕を広げただけに見えた。

 だが左手の指に挟んだままのヒュンケルの剣を支点にして、次の瞬間にヒュンケルの身体が宙に投げ出されており、それが向かったのは、拳を構えて突進してきたマァムの真正面。

 

「かはっ!!」

 鍛えられた自身のスピードに加え、相当な勢いで投げ飛ばされた、重装備で完全武装した成人男性の身体と衝突したマァムは、胸部と鳩尾にダメージをくらった上に、その下敷きになって地面に落ちた。

 …あれ多分、肋骨の2、3本はやった気がする。

 更に、斜め上から首をすっ飛ばす勢いで振り下ろされたクロコダインの斧は、その身に触れることなく止まる。

 

「……ぐふっ!!!」

 かざした右手から放たれ、ぶつけられたのは、恐らくは先ほどのわたしの時と同じ、暗黒闘気の塊だったのだろう。

 枯木のような老人の3倍以上は質量のあるクロコダインの身体が、あっさり吹き飛ばされ…これらのことは、ほぼ一瞬で行われていた。

 ここら辺でようやく炎が消え、動けるようになったわたしに、大魔王の注意が向く。

 

「危ないッ!!!」

 叫んだのが誰の声なのか、認識する暇すらなかった。

 わたしに向けてかざされた大魔王の掌が、輝いたように見えた次の瞬間、覆いかぶさるように目の前に現れた壁が、本来ならわたしに直撃する筈だった攻撃を受け止め……

 

「グッ…オオオォッ……!」

 口から血泡を吐きながら、それでもわたしを巻き込まぬようにして前のめりに倒れるのは……わたしの最初にして最良の友。

 

「ク…クロコダイン───ッ!!!」

 最初の炎のダメージはまだしも、わたしが受けてしばらく動けなかった攻撃を2回続けてくらったクロコダインは、死んではいないものの全身が痙攣している。

 いや、やめて。こんな時に仲間を庇うとか、どんだけ紳士なのよ、あなた。

 

退()け、グエンッ!!!」

 一瞬、明らかに意識がそちらに向いたわたしに、ポップの声が届く。

 瞬間、大魔王に追い打ちをかけられようとしていたところだったのだと気がついて、助けられたと理解した。

 そのポップは、両腕に溜めた魔法力を光の矢の形につがえ、それは真正面から大魔王を狙っている。

 

「……ほう」

 大魔王バーンほどの者であれば、それがどれほど危険な呪文であるか判らない筈もない。

 だがそれを目にしても尚、余裕の態を崩さないその表情に、ふと背筋に冷たいものが走った。

 

「駄目よ!ポップ……」

「メドローア!!!!」

 わたしの制止は間に合わず、ポップの手から光の矢が放たれる。

 触れたものすべてを消滅させる、ゼロのエネルギーが。

 それはまともに当たっていれば、大魔王バーンは跡形もなく、この世から消滅してしまうはずだった。だが。

 唐突に大魔王の前に出現した光の壁が、ポップの光の矢を止める。あれは!

 

「…覚えておくのだな。

 これが、マホカンタだ…!」

 反射呪文(マホカンタ)!!

 それは敵の攻撃呪文を、そのまま相手に跳ね返す呪文だ。

 同じ効果を持つ親衛騎団の騎士(ナイト)の盾『シャハルの鏡』をあれほどに警戒したのと同様、あの最強呪文を切り札として持つポップにとって、一番恐ろしいのがこの反射攻撃だった筈だ。

 

「そっ…相殺するっきゃねえっ!!!」

 恐らくは、ポップ一人ならここは避ける選択をしたのだろう。

 だがポップの後ろにはわたしと、倒れたクロコダインがいた。

 しまった。ポップが進み出てきた時点で、わたしがクロコダインを連れて、ヒュンケルあたりの位置にリリルーラしていれば良かったのだ。

 

「ポップ!!」

 跳ね返されたメドローアはそれを放ったポップに向かい、ポップは同じ呪文をぶつける事で、自身の消滅を回避していた。

 光の玉が消え、へたり込んだポップに傷のひとつもない事に安心するも、彼はこの2発分の大呪文により魔法力を膨大に消費しており、同じ呪文はもう使えない。

 だが、これでわかった。

 大魔王バーンの魔力は、わたし達の想像のはるか上をいっている。

 先ほどのカイザーフェニックスの威力にしてもそうだが、あれだけの呪文をほんの僅かな時間で、しかも2発も撃ってみせた事からしても、彼は呪文の発動に集中時間を必要としない。

 わたし達が一手を打つ間に、彼は攻防二手を打てる。

 そのことを、まだふらついているマァムを支えて立ち上がったヒュンケルも口にして、一瞬絶望的な雰囲気が、わたし達の間に漂う。が。

 

「まだだッ!!むこうが二手同時に打てるんなら、こっちは三手一度に打てばいいだけだろ!!?」

「いや脳筋か!」

 ようやく動けるようになったらしいうちの勇者様のお言葉に、わたしは状況を忘れて思わずつっこんだ。

 

「…いいだろう、オレもその一手に加えてもらう。

 文句はないな、バラン!」

 しかしヒュンケルが言いながら、支えていたマァムの身をポップに預け、もう一度剣を構える。

 それにバランが頷いた。

 ……脳筋同士は意思の疎通ができているようだ。

 

「…何を企んでいるかは知らんが、どちらにしろこれで終わりだ。

 全員まとめて、とどめを刺してやろう」

 そう言って大魔王が左手に溜めた魔力は、恐らくは炎の形を取ろうとしていたものだったろう。

 だが次の瞬間、その魔法力がかき消えて、何故かその手の甲に亀裂が走る。

 それは終始笑みを絶やさなかった大魔王に一瞬、怪訝な表情を浮かばせ、更に傍で状況を見守っていた側近達にも、動揺を与えた。

 

「……閃華裂光拳!!!

 …掠っていたんだわ、あの時に…!」

 ポップの腕の中で目を(みは)ったマァムが呻くように呟き、それに全員が注目する。

 

「そうか、あの最初の攻撃の時にかっ!!!」

 それは、さっきヒュンケルを投擲された直前の話だろうか。

 亀裂からヒビが広がっていく左手を、暫し見つめていた大魔王バーンは、次にはためらう事なく右の手刀で、左の手首から先を叩き落とす。

 それはボテッと間抜けな音を立てて彼の足元に落ち、まるで腐るように溶けて崩れた。

 

「…こりゃ驚いた…奇蹟だね…!!」

 キルバーンが、一見すると判りにくいが若干息を呑んだように呟く。

 それに関心を向ける事なく、マァムは大魔王をキッと見据えた。

 

 ちなみに閃華裂光拳とは、マァムが師事したブロキーナ老師という方が、彼女に授けた武神流の奥義のひとつだそうで、過剰な回復エネルギーを拳に乗せて叩き込む事で、敵の肉体を壊死させる、対生物戦では非常に有効な技だという。

 逆に、以前ミストバーンが襲撃してきた時に送り込んできた鎧兵士や、ゾンビやガイコツ戦士とかいったアンデッド系など、生物ではない敵には効果がない。

 修業期間中に話を聞いた時には、性格が優しいマァムが使うにしてはえぐい技だと、背すじが寒くなったことを覚えている。

 もっとも、マァムが本質的に優しく正しい心を持つ女性で、この技を使うべき場面を間違う事はないという確証がなければ、そもそもそれを授けられる事はなかったのだろうとも思うが。

 …ところで、わたしは契約自体していないが、僧侶の使える数少ない攻撃呪文の中にザキ系というものがある。

 いつのまにか即死の部分だけが一人歩きして、言霊の呪いに近いものとなっているが、元々は神の慈悲により、苦しまず即座に死を与える呪文だったものが変化してしまった珍しい例だ。

 だから、あれほど禍々しい効果でありながら、未だに僧侶系呪文としてカテゴライズされている。

 今のマァムならば、契約すれば正しい意味でのザキ系呪文が使えるかもしれない。

 閑話休題。

 

「……やってみるかね?

 確かに千載一遇のチャンスだぞ、これは…。

 側近に手出しをさせぬうえに、片腕の今、余の攻撃の速度も鈍ろう…」

 と、唐突に大魔王が問うた。

 その視線の先にはマァムが、ハッとしたような表情でいたところを見ると、どうやら自身の技が通用すると判り、攻撃をしようとしていたものらしい。

 マァムはさっきのダメージがまだ抜けきっておらず、行動を起こす前の微妙な筋肉の動きとか、そういったものを見抜かれたのだろう。

 そう言っている間にも、切り取られた手首の断面からは魔力がバチバチと紫電を放ち、力ある魔族には当然のように備わっている再生能力が発動しており、元どおりになるのは時間の問題だった。

 …今なら、マァムの回復をしてやれる。

 その上で彼女が全力を出せるよう、サポートしてやってもいい気がするが…、

 

「やめておきたまえ。無駄だ」

「えっ……」

 …だが、自身を支えるポップの腕から、今にも飛び出そうとしていたマァムを制したのは、バランのどこか呆れたような声だった。

 

「…茶番をいつまで続けるつもりだ、大魔王。

 こんな小娘をからかって遊んで面白いか?

 貴様ならばそんなかすり傷、時間をかけずとも、すぐに再生できよう」

「…なんですって!?」

 …瞬間、服の袖から手を出すようにして瞬時に再生された左掌が、輝いた。

 

「危ねえッ!!!」

 マァムに背中から覆いかぶさるようにして身を伏せたポップの額スレスレを、例の闘気弾が掠める。

 ポップの巻いていた黄色のバンダナの端が、千切れて飛んだ。

 そしてまた、轟音とともに後ろの壁に大穴が開き、バランの言う通り戯れであった事に、マァムは激昂した。

 

「そんな、生殺しみたいな真似をして…!」

「面白いね」

 あっさりと、老人はそう言い切る。

 

「…おまえたちは、面白くはないのか?

 鍛え上げて身につけた強大な力で、弱者を思う通りにあしらう時、優越感を感じないのか?

 …“力”ほど純粋で単純(シンプル)で、美しい法は無い。

 生物は弱肉強食が正義。

 人間だけが、気取った理屈をつけてそれに目を背けるが…とんでもない。

 力こそが、全てを司る真理だ!」

「…それでも!

 どんなに力があろうと、他人の幸せを踏みにじる権利はないわ!!

 地上の人びとみんなの平和を……っ!!?」

 …マァムが全てを言い切れなかったのは、その瞬間に見せた大魔王の瞳に、それまでは見られなかった不気味な気迫がこもっていたからに他ならない。

 それは、ここに来て初めて見せた、大魔王の感情のようなもので、そこに顕れていたものは、憎しみと侮蔑と…恐らくは、怒り。

 何かは判らないがマァムの言葉のどこかに、彼が抱えた燻った何かを刺激するものがあった事だけは、火を見るよりも明らかだった。

 

「……おまえたちは知らぬのだ!

 その平和とやらもより強大な力…神々の力によって支えられていることを…!!!」

 大魔王は語る。

 この地上のはるか地底に存在する魔界、太陽の恵みの届かぬその世界にあるのは、見渡す限りのマグマの海と、僅かばかりの陸地はまさに不毛の大地。

 神が世界をふたつに分けた時に知恵ある生き物たちの住処も分けた際、地上が人間たちに与えられ魔族と竜が魔界へ押し込められたのは、人間たちが魔界で生きるには脆弱過ぎるという理由だった。

 だから、大魔王は決意した。

 魔界に太陽の光を降り注がせようと。

 数千年にわたり力を蓄え、準備を整えて。

 すべては、魔界を覆う地上という邪魔な蓋を消し去る為に。

 

「光射さぬ魔界に、そこに暮らす全ての者に、太陽の恩恵を。

 その時こそ、余は真に魔界の神となる。

 かつての神々が犯した愚行を余が償うのだッ!!!!」

 大魔王バーンの野望は、魔界にとっての正義だった。

 それを叶えたならば、確かに魔界の民たちにとって、この男は神となるだろう。

 それまで自分たちになんの恩恵も与えてこなかった天の神々たちとは違う、真に力持つ存在としての。

 わたし達は、何と強大な存在に戦いを挑んでいたのだろう。

 そう感じたのは、わたしだけではないのだろう。

 最初にバーンの感情をぶつけられたマァムは呆然としてしまっているし、ヒュンケルは剣を握ったまま固まっている。

 ポップなどは、震えながら涙すら浮かべてしまっているし。

 

「……あきらめるもんかっ…!!!」

 …だが、絶望が支配する空間の中、呻くようなダイの言葉が、それこそ暗闇に太陽の光が射し込むように、わたし達の耳に届いた。

 

「おまえの力がどれだけすごいかはもう判ってる!!

 でも…そんな事関係ないんだっ!!!

 おまえは『力が正義だ』って言ったけど…それは違う!

 おれが今まで教わってきた正義と……!!」

 これは、互いの正義を懸けた戦い。

 バーンに譲れない正義があるのと同じように、わたし達にもわたし達の正義がある。

 そして。

 

「その通りだ…私たちを誰だと思っている!!」

 更にその父親も、改めて剣を握りしめて言うのに、クッソこの脳筋どもと少し頭痛を覚えながらも、一方でどこか安心している自分がいるのにも気がついていた。

 …それは彼の握ったその剣の、かつて見たそれより遥かに澄んだ輝きによるものではなかっただろうか。

 さっき彼は確かに、憎しみをみなぎらせて剣を取っていた筈だが、その瞳を見ても、今はそれが見えない。

 

「先ほどのアルキードの話は、百歩譲って貴様の懺悔と受け取ってやろう。

 今はひとりの男としての感情は忘れ、力の均衡を正す存在である、真の(ドラゴン)の騎士としての使命を、私は全うする!

 グエナヴィア、ヒュンケル、まだ戦えるな?

 こんなところで諦めては、手にした武器の銘が泣こうというものだぞ?」

 …そうか、リリィが言っていた。

 彼の剣の修理の為に、ロンをバランに引き合わせたのだと。

 奇しくもここに、名工ロン・ベルクが手がけた武器が四振り揃っているという事か。

 

『この先の未来を掴む為にも絶対勝って、生きて帰ってこい。

 そうできるほどのものは、既に授けたつもりだ』

 修業期間の最後の日に、ロンから言われた言葉が、頭の中に蘇る。

 

 そうだ、何を弱気になる必要がある。

 たとえ、大魔王の力がどれほどであろうとも、わたし達が背負っているのは、自分たちの命だけじゃない。

 ヒュンケルと互いの目を見交わし、頷きあう。

 更にダイとバランに視線を移して、同じように頷いてみせる。

 

「…ダイ!」

「ダイ!!」

「ダ……ダイ!!」

 そして。これこそを、奇跡と呼ばずして何と呼ぶのだろう。

 俯いていたポップの瞳に輝きが戻る。

 呆然としていたマァムの唇に微笑みが戻る。

 倒れていたクロコダインの身体に力が戻り、しっかりと二本の足で立ち上がる。

 わたし達の勇者。わたし達の太陽。

 わたし達のダイは、皆に勇気と力を与え、地上に生きる者たち全ての希望が、蘇る。

 

「…認めよう。傷つき絶望した仲間たちに生気を与えた、その魂の“力”だけは……。

 だが、魂で余は殺せぬぞ…!

 おまえの正義を余に説きたくば、言葉でなくあくまで力で語れっ!!!」

 そんなわたし達に対して、バーンはあくまでブレなかった。

 全身から立ち昇る魔法力が、オーラのように揺らめく。

 それに対するダイの答えもまたひとつだった。

 右手に(ドラゴン)の紋章を浮かび上がらせ、その手がこの世で唯一の彼の剣を鞘から引き出す。

 …この瞬間、初めてダイの剣が、自然にダイの心に応えたような気がした。

 

「これが、おれの全ての力だぁっ!!!

 アバン、ストラ───ッシュ!!!!」

 飛び出していくダイが、師の必殺技を放つ。

 これは、剣圧だけを飛ばすA(アロー)タイプだ。

 

「カイザーフェニックス!!!」

 それに応じて、大魔王が、またも炎の不死鳥を飛ばしてくるのを、

 

「させない!!海鳴閃ッ!!!」

 さっきマァムがやってみせたように、海の技で突き貫いてみせる。

 わたし達が何の為に居ると思ってるの。

 

「遅い!」

 そして予想通り、大魔王の第二撃。それも、

 

「アバン流刀殺法、海波斬!!」

 今度はヒュンケルの海の技が斬り裂く。

 これで何にも阻まれる事のないダイのアバンストラッシュが、大魔王の身に届く。

 

 だが、次に起きた事は、さすがに予想していなかった。

 先に発射されたダイのアバンストラッシュに、まるで被せるようにして、バランの身体が追いついてくるなんて。そして。

 

 

「ギガブレイク!!!」

 

 

 …大人げないオッサンというイメージが先行して忘れていたが、やはりこの男は、生まれながらの戦闘の天才だった。

 竜の父子、ふたつの技の威力が、瞬間、同時にヒットした。

 

 ☆☆☆

 

 空にはいつしか雷雲がたちこめ、それが唸るような音を立てていた。

 それが、天を味方につけた(ドラゴン)の騎士の戦いによるものだと、あたし達は知っていた。

 ……けれど。

 空気が、一瞬にして変わる。

 大気がひび割れ、大きなものがそこから、無理矢理割り込んでくるような、どこか不自然な感覚。

 

「……先生…!!」

「…天が、震えている……!

 ついに大魔王バーンが、最強の武器を手にする時が来たのだ…オレが作った……!!」

 …そうだ。

 この戦い(負けイベント)を本格的に決定づける武器。

 それが()()()()()()()()()、光魔の杖だ。

 それの登場シーンが今だという事なのだろう。

 

「……おまえはやはり、何も聞かんのだな。

 オレが大魔王に武器を作った事に、思うところはないのか?」

「…以前、魔界のお偉いさんに武器を納めたと、御自分で仰ってましたし。

 ヒュンケルさんやグエンさんの武器が、元々魔王軍の所有であった事を考えれば、不自然なことではないかと。

 先生は今でこそ地上のあたし達人間の間で、片田舎の隠れた名工として生活していますけど、魔界に暮らしていた期間の方が、圧倒的に長いのでしょう?

 ならば先生の腕前が、大魔王の目に止まらぬ筈もないでしょうし、大魔王そのひとを知る前ならば、依頼を断る理由もなかった筈です。

 また、その時に作ったものや、その時の大魔王の反応に納得がいっていれば、先生は今、ここにはいない……違いますか」

 …まあ、言い訳だけど。

 

「…おまえを最初に見つけたのがオレで、本当に良かったと思うぞ。」

 そう言ってロン先生は、あたしの頭を掌でぽんぽんと叩いた。

 

「そうだ。大魔王が自分用に選んだ【光魔の杖】…ダイの剣とは比べものにならん、その時納めたものの中でも、たいした武器ではなかったものが、大魔王バーンが手にした時だけ、最強最悪の武器に変わる…!」

 そこから勇者パーティーの地獄が始まる。

 それは世界の終わりの始まりか、それとも。

 

 ☆☆☆

 

 アバンストラッシュとギガブレイク。

 ふたつの技が同時にヒットした、その破壊力は、単体でそのふたつを受けた時の、数倍に達していた筈だ。

 それなのに。

 

「なるほど…確かにこれは、素手では勝てんな…。

 ……余も、使わせてもらうぞ。

 これが余の武器……ロン・ベルクの最高傑作、その名も【光魔の杖】だ!!!」

 異空間から引っ張り出した、まだ半分しか姿を見せていないそれが、バランの剣を受け止めている状況に、わたしは目を(みは)るしかなかった。




…ここら辺の執筆が進まなかったのは、単にアタシが戦闘描写が苦手であるのに加え、ただでさえ重要なこのシーンにバランやグエンをうまく割り込ませる事が難しかった事、更に光魔の杖登場のシーンを読み返すたびに『ちくわしか持ってねえ』のコラ画像を思い出してその度に決壊したからです。
光魔の杖が原作とは違う登場の仕方になったのは、そうしなきゃツボ入って書けなかったからなんですのよ奥さん!


……………という言い訳(爆
そしてまたポリシーに反して一万字越えた。くそう。


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11・半魔の僧侶は懇願する

「あれを、バーンが自分用に選んだのは、オレにとっても意外だったよ…」

 先生は、あたし相手にというよりは、自身の心の澱を整理するかのように、ぽつぽつと語る。

 

 光魔の杖…

 使用者の魔法力を攻撃力に変える武器。

 魔法使いが使用する『理力の杖』と同じ原理だが、その打撃力の増加に上限がない為、使用者の魔力によっては、一撃で膨大なダメージを敵に与える事が、理論上可能。

 ただし、その分握っているだけでも魔法力を無尽蔵に消費し、それと共に攻撃力も低下していくのが唯一の弱点である為、将来的に改良の必要あり。

──ロン・ベルク納品覚書より

 

「…だが、考えればやつ以外に使いこなせる者は居なかったろう。

 あの当時は、オレの腕もまだ未熟だった。

 故に、魔法力の吸収量をセーブする機能をつけられなかった。

 生半可な術者が使おうものなら、すぐに魔法力が枯渇してしまい、それまでに戦闘を終えることができなければ一巻の終わりだ」

 その未熟だった頃の作品が、底なしの魔法力を持つバーンの武器となったからこそ、最強となってしまった事に、先生は耐えられなかった。

 自分の打った武器が、そのレベルに追いついてこない者に使われるのも、名工ロン・ベルクにとっては、充分やる気を削がれる案件ではある。

 だがそれ以上に、自身で満足のいく出来ではないと認めるものを最高傑作と呼ばれたのでは、彼の才能が頭打ちと言われたも同然だった。

 だから、ロン・ベルクは優遇を約束されていた筈の、大魔王バーンのもとを離れたのだ。

 けど、その事がなければ【ダイの(つるぎ)】は生まれていない。

 あの剣は先生の飽くなき向上心(と若干の厨二心)があったからこそ、大魔王に認められた結果で満足しなかったからこそ、誕生したのだ。

 いわば先生は今、己の過去と戦っている。

 

「やつがダイたちを侮っているうちに…バーンがあれを使う前にカタをつけてしまう事ができれば、まだ望みはあったのだがな。

 どうやら、あいつらはバーンを本気にさせてしまったようだ」

「…本気になるなと言う方が無理じゃないですか?

 勇者側だって先生の武器が三振りある上に、伝説の剣の研ぎまでが先生の手によるものなわけですから。

 ……けど、それが揃っていても、尚…」

「ああ。あいつらの敗北は決定的だ。

 ………おまえの『見て』いる通りに」

 そう…残念ながら今日のところは、過去の先生に軍配が上がるのだろう。

 けど、なんとなく認めたくなくて、ほんの少しだけ抵抗してしまう。

 

「…あたしだって、未来が見えるわけじゃありませんよ」

 そもそも、グエンさんとバランの存在があの場にあるだけで、あたしの知る物語とは違うのだ。

 それがどのように影響するかは、誰にもわかりはしない。

 

 ……と、先程今生の別れを済ませたひとの顔が浮かび、胸が締め付けられる。

 この後、あのひとはやはり物語の通り、裏切りと喪失を、ただでさえ傷ついたその身に、心に、駄目押しのように刻まれる事になるのだろうか。

 ほんの僅かでも、変化する望みはないのだろうか……。

 

「………え」

 …ふと、考えに沈みかけて、それが強制的に遮られた。

 ロン先生の手が、知らず俯きかけていたあたしの顔を、顎クイで持ち上げたからだ。

 

「それ、やめてくださいといつも」

「…なるほどな。この顔か。

 確かにこれは、父親や兄が心配するわけだ」

「はい?」

「…小さくても、女ってことだな」

 …先生が何を言っているわからない。

 

「…まあいい。

 何人帰ってくるかはわからんが、オレも負けっぱなしでいるつもりはない。

 どこまでできるかは判らんが、足搔けるだけ足掻いてやるさ…リリィ、手を貸せ」

「勿論です!!…で、まずは何をしますか?」

「さっき、おまえが言ったんだろう。

 勇者パーティーに、思いのままに武器を作れと」

 …作れと言った覚えはないのだが、先生がやる気になったので反論はしない事にする。

 

 材料として、在庫のありったけのミスリル銀と、赤魔晶を幾つか道具袋から出して積み上げ、あたしとロン先生は仕事を開始した。

 そう、あたし達には、あたし達の戦い方がある。

 

 ☆☆☆

 

「なっ……何故だ!なぜ斬れぬっ!!!」

 バランの手から落ちた真魔剛竜剣が、あちこち剥がれた床に当たって、ガランと音を立てた。

 渾身の力と闘気を込めて振り下ろした、その威力がそのまま跳ね返ってきて、腕が痺れてしまっているのだろう。

 己の最強の技がこうもあっさり跳ね除けられた事がすぐには信じられず、愕然とするバランに対し、大魔王は満足気な笑みを浮かべる。

 

「フフッ……これではっきりしたな。

 我が魔力を伝わらせた光魔の杖の力、オリハルコンの強度すら凌ぐ…!

 ……もはや結果は見えた。

 素材の優劣があるとはいえ、こちらもロン・ベルクの作った武器を持った以上、本来の強さが勝敗を決するのは当然…!!!」

 言いながら大魔王は異空間から、その長い柄を完全に引っ張り出す。

 それとともに現れた枯れ木のような右腕に、穂先から別に伸びた蛇のような細長いパーツが巻きついており、そういえばそのデザインが、ヒュンケルの剣が兜に装着されている時の状態に似ているなと、心の片隅でそんなどうでもいい事をわたしは思っていた。

 

「ロ…ロン・ベルクさんが作った…!!?

 うっ…うそを言うなっ!!!」

 一方、強さに関してだけは誰よりも信頼する父親の渾身の一撃が、不発に終わった光景に呆然としていたダイが、更なる驚愕の事実に、信じられないというように言葉を発する。

 彼にしてみればロンはこの世で唯一、自分の力についてこれる武器を作ってくれた男。

 全面的に自分たちの味方であるという思いから、その事実は受け入れがたいのだろう。

 

「……嘘ではない。

 気難しい男だが、ヤツは魔族。

 もともとおまえたち人間に武器を与えてやることの方が、珍しい事態なのだからな」

「…だとしても。

 その『光魔の杖』が本当に彼の最高傑作であれば、ダイの剣は生まれていない筈だわ」

 わたしが口を挟むと、大魔王はほんの僅かに、眉を動かした。

 ロン・ベルクは、自分にとって興味のない事は、大金を積まれてもしないだろう。

 大魔王は確かに彼の作った武器を手に入れたけど、その興味を持続させる事は出来なかったのだ。

 そうでなければ、わたし達が彼に会うこと自体がなく、下手すれば彼自身が、この場に敵として立ちはだかっていてもおかしくない。

 あの5日間の修業期間に、わたし達はロンの剣士としての実力を、文字通り身に染みて知っている。

 …恐らくはわたし達に見せていたそれが、彼の全力ではないだろうという事も。

 

「……まあ良い。

 その身で味わえば嫌でも分かることよ…!」

 そう言っている間に光魔の杖は、その形状を変化させる。

 先端の、刃だと思っていた部分が左右に開いて、剣の鍔のような形になる。

 大魔王の腕に巻きつく蛇のようなパーツが、淡い光を帯びているところを見ると、どうやらここで魔法力を、武器に与えているらしい。

 その淡い光が先端にいくにつれて強くなり、やがて先ほど鍔のあった部分に、魔力の刃が現れる。

 その状態だと、全体的に長さがある事も加わって、杖というよりは槍…いや、矛のような形状だ。

 杖というからには、魔力を増幅する為の武器であると思い込んでいたわたしは、その明らかに物理的な打撃力を持つであろう形状で、その本質を理解した。

 まさか……そんな、あり得ない。

 

「……さあ!試してみよ!!!」

 大魔王はそれを、横薙ぎに振るう態勢の構えを取る。

 …構えだけなら正直隙だらけで、素人同然であるにもかかわらず、威圧感はそれを手にする前より、明らかに増している。

 

「…どうした、グエン!?」

 嫌な予感に身を震わせるわたしに、クロコダインが問いかける。

 その問いにわたしは、彼の方を見ることができずに答えた。

 

「…あれは恐らく、理力の杖の強化版だわ…!」

「理力の……杖?」

 だが、わたしとクロコダインがまだ話の核心にすら触れぬ間に、事態は動く。

 

「ううっ……わああああ───っ!!!!」

 恐らくは、その威圧感に耐えきれなくなったのだろうダイが、雄叫びをあげて大魔王に向かったのだ。

 

「駄目よ、ダイッ!!!」

 …わたしの叫びは、彼の耳に届いたかどうか。

 ただ、とっさに飛び出したとはいえ、ダイの攻撃は、決して苦し紛れのものではなかった。

 パワーもスピードも充分に乗った、タイミングも完璧な一撃であり、しかもそれを繰り出すのは、この世で一番の名工が、この世で一番の材料をもとに、自信を持って送り出した剣。

 大魔王がした事は、それに対して無造作に、武器を横薙ぎに振るっただけだった。

 

 バキイイィン!!!

 

 

 

 次の瞬間

 

 

 乾いた金属音が空間に響いて

 

 

 オリハルコン製の刃が

 

 

 (つか)から離れて、宙に舞った。

 

 

「おっ…折れたっ…!!?」

 ポップの驚愕の声が、非情な現実を告げる。

 一拍遅れて、ダイの身体と折れた剣が、同時に地面に落ちた。

 

 

 

「…グエン、さっきの話はどういう事だ」

 あまりの事に呆然としながら、クロコダインが改めてわたしに問う。

 

「…理力の杖というのは、魔法力を打撃力に変換する武器よ。

 注がれた魔法力に応じて、攻撃力を増加させる…そこに、大魔王の底なしの魔法力を注がれたのだとしたら…!!」

「なっ……!!」

「なんだと!!?」

 わたしの言葉に、少し離れた位置から、ヒュンケルとバランも驚きの声を上げる。

 

「…勿論、通常の理力の杖であれば、恐らくはそんな膨大な魔力の注入そのものに耐えられない。

 けど、仮にもロンが作った武器が、そんなチャチなものであるはずがないわ。

 限界知らずの理力の杖に底なしの魔力…相性が良すぎなのよ。

 …あの光魔の杖は、大魔王の手にある限り、この世で最強の武器ということになる!!」

 ……今度こそ本当に、わたし達は絶望した。

 勝てるわけがない。

 

「…完全に、戦意喪失か。

 仕方あるまい。強い者ほど、相手の強さにも敏感だ」

 大魔王の呟きに、剣を折られたダイは、魂を失ったかのように、呆然と座り込んでいた。

 

 ・・・

 

『……グエン。

 おっさん連れて、バランのところまで飛べるか?』

 再度の絶望に支配された中で、ポップの囁き声に、我を取り戻す。

 

『え!?』

『おれはマァムとヒュンケルを連れて、ダイのところへ飛ぶ。

 そしたら……同時に、ルーラで逃げだ…!!』

 …一瞬、ポップが何を言っているのかわからなかった。

 

『一旦逃げて、態勢を整え直すんだ。

 このまんまじゃ、全滅しちまう…!』

 そう言われて、すとんと言葉が腑に落ちた。

 悔しいが、ポップの言う通りだ。

 少なくとも、ここで勇者を失うわけにはいかない。

 マァムやヒュンケル、クロコダインと、目を合わせて頷きあう。そして。

 

「集まれ!!」

「リリルーラ!」

 ポップの号令で、わたしはクロコダインの腕に掴まり、その状態でバランの側へと転移する。

 ポップがマァムとヒュンケルと共にダイの側まで飛ぶ。

 そして、わたしとポップは同時に、その呪文を唱えた。

 

 

「「瞬間移動呪文(ルーラ)ッ!!!!」」

 

 

 …確かにここは、さっきまでは屋根があった場所だ。

 だが度重なる戦闘により、そんなものは既に存在していない…はずだった。

 

「なっ…なんだとおっ…!!!」

 にもかかわらず、何かにぶつかったように、わたし達の行く手は遮られて、 全員が宙から地面へ叩きつけられる。

 ……痛い、腰打った。

 

「かわいそ〜に…!!

 ますます絶望的な状況になっちゃって…!!!」

 気づけば、さっきと全く動いてない位置で、死神が喉の奥で笑っているのが目に入り…

 

「……知らなかったのか…?

 大魔王からは逃げられない…!!!」

 …絶望に更に先があるなんて、25年生きてきて初めて知った。

 

 ☆☆☆

 

 大魔宮(バーンパレス)は大魔王バーンの魔力により空間が閉じられており、魔王軍の戦士以外、瞬間移動呪文(ルーラ)は基本的に無効であるらしい。

 中を移動するのは問題ないが、出入りに関しては不可能だという。

 …考えてみれば、この中に入ったことのあるリリィが、ハドラーのところにわたし達を導いた際には、自身の能力を使わず、この天井をダイに破らせるという方法を取ったこと自体、おかしなことではなかったか。

 あれは、ここの空間が閉じられていることを知っていたからではなかろうか。

 そういう大事なことは教えておいて欲しかったわ。

 

「フフッ…だが、なかなかに楽しい時間であったぞ。

 余とこれほどの時間を戦えた者は、今までもほとんどおらん。

 誇るのだな………あの世で…」

 大魔王はそう言って、先ほどと同じように、光魔の杖を構えた。

 

「…これがうぬらの最後の光景だ!!!」

 その先端が、まるで地面を切るように軌跡を描き、大魔王の周囲から、衝撃波が放たれる。

 

 

「カラミティウォール!!!!」

 

 

 …その衝撃波は壁のように立ち上がり、それがわたし達の方へ、徐々に近づいてくるのがわかった。

 手放していたクロコダインの斧が巻き込まれ、ビスケットか何かのように粉々に砕かれていく。

 それを目にしたところで、クロコダインとヒュンケルが、倒れたままのダイとその衝撃波の壁の間に、それを遮るように立つのが見えた。

 

「お…おまえも同じか、クロコダイン……!!」

「ああ…元々この命、ダイたちにもらったものだからな…!」

 せめて一秒一瞬でも、そのダイを庇って死にたいと、男たちは衝撃波へその身を晒し…

 

 次の瞬間、弾き飛ばされた彼らは、大魔王の側近たちのはるか後ろの地面に激突していた。

 更に彼らの奮闘むなしく、ダイもまた弾き飛ばされて、その身が宙を舞う。

 

「…リリルーラ!」

 その身体が地面に激突する前に、わたしはそろそろ残り少ない魔法力を使って、ダイのそばに転移し、受け止めた。

 大丈夫、まだ息はある。

 そしてこの状態ならば、わたしが多少の小細工をしたところで、大魔王の目には映らないだろう。

 だから、今は……

 

「……バラン!」

 一言呼んでダイの身体を、真下の父親へと投げ落とす。

 反射的に息子の身体を受け止めたバランが、腕の中の息子と、わたしを交互に見た。

 最後の呪文の為敢えてトベルーラを使わず、身体が自由落下するままに、その目をまっすぐに見返して、訴える。

 

「……()()()!!!」

 バランはハッとしたように目を瞠った。

 そうしてから、改めて息子をその身体で包むよう、しっかりと抱きしめる。

 それを確認して、わたしは残りの魔法力で、最後の呪文を唱えた。

 

「バシルーラッ!!!!」

 

 …逃走手段としてのルーラは、大魔王の前では無意味。

 だが、屋内や迷宮(ダンジョン)で使えば天井に頭をぶつけるルーラと違い、バシルーラならばその制約を受けない。

 何故ならバシルーラは移動呪文ではなく、カテゴリーとしては攻撃呪文だからだ。

 

「なにっ!!?」

 わたしの手から放たれたバシルーラをまともに受けたバランの身体は、ダイを腕に抱えたまま水平移動し、壁の残っていないエントランスの端まで飛ばされて…そのまま、宙へと投げ出された。

 このバーンパレスは空を飛んでいる。

 そこから投げ出されれば、普通は落下するだけだ。

 だがその落下により、大魔王バーンの魔力の及ばぬ範囲まで脱出が叶ったバランは、その瞬間にルーラを敢行した。

 

 …それだけを確認したところで、わたしは墜落するより先に、カラミティウォールに弾き飛ばされて…そのまま、意識を失った。

 

 ☆☆☆

 

「マァム…頼みがあるんだ。

 ……手を…最後の瞬間まで、おれの手を離さないでいてくれ…!!」

 大魔王の技の一撃で、おっさんもヒュンケルも、どうやらバランやダイ、グエンまでやられちまって、最後に残ったのはおれとマァム、そしてゴメだけ。

 この状況じゃどうすることも出来ず、情けないとは思いながらも、おれは震える手を、マァムに伸ばした。

 マァムは少し躊躇ってから、おれの手を掴んでくれる。

 これでいい。

 こいつと一緒に死ねるんなら、悪くない…そう思ったところで、立っていた足元が揺れた。

 おれたちの目前まで迫ってきていた衝撃波の壁が、その手前に入った亀裂の中に消える。

 それとともに、おれたちの立つ地面から重力が消えたかと思うと、落下する感覚が身体を捕らえた。

 その落ちていく足場から、一瞬だけ見えたのは、人にあらざる姿。

 まさか…まさかあいつが、おれたちを助けるなんてっ……!!?

 

 かつて地上を支配せんとした魔王であり、尊敬していた師の仇であり…そしてもしかしたら、可愛い妹を誑かしたかもしれないその男が、こちらを一瞬だけ見下ろしたのを、おれはその瞬間、確かに見た。



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12・魔獣は足掻き、伝説は舞台を下りる

どっちの主役(ストーリーテラー)の目もないという、まさかの事態。
う、ぐぬぬ…ぬかったわ……!


 …イメージ不足の咄嗟のルーラにより、気がつけばテランの森…かつて愛する人と暮らした地に、バランは息子を抱えて降り立っていた。

 木々の間に横たえた息子の、ボロボロになった身体に一瞬、絶句する。

 それでも何とか呼吸を整えると、その身体に手を当てて回復呪文を唱え…、

 

「………クッ。

 どうやら、極めて暗黒闘気に近い衝撃波だったようだな……回復呪文が、効かん…!」

 思った以上にダメージが大きい上に精神的なショックもあり、このまま回復を受け付けない状態に長く置けば、その間に彼の小さな心臓が、静かに動きを止めてしまうのは確実だ。

 彼らを真っ先に逃してくれたグエナヴィアにも、この事態は想定外だっただろう。

 

「ディーノ……ダイ、死ぬな」

 親であるバランの中では息子の唯一の名だが、本人が自分の名と認識していないそれで呼びかけても意味がないと判断して、勇者としての彼の名を呼ぶ。

 

「こんなところで(たお)れてどうする。

 おまえは、今世の勇者なのだろう。

 …おまえまでもが、私を置いていくのか…!!?

 私はまた、失ってしまうというのか……!!」

 なぜか、視界がぼやけていくと思いつつ、バランはそれに注意を払う余裕がなかった。

 自身の瞳から溢れた涙が頬を濡らしている事にも気付かぬくらい、彼には余裕がなかった。

 と、徐々に冷たくなっていく息子の手を握りしめた瞬間、そこに微かな光が見えた。

 そこに弱々しく浮かぶ紋章が、明滅する。

 それが消えてしまった時、息子の命が消えてしまうという思いに支配されたバランは、自分の紋章の力を少しだけ、解放した。

 ふたつの紋章が共鳴し、ダイの身体に、僅かに温もりが戻る。けど、それだけ。

 

 ……だが、バランが決意を固めるには、それで充分だった。

 バランの心の片隅に一瞬だけ、自分をこの戦いに来させまいとしていた少女の顔が浮かんで……そして消えた。

 済まない。

 必ず生きて戻ると約束したのに、それはどうやら守れないようだ。

 

「…………ダイ。

 私の命を全て、おまえにやろう」

 バランは、そう呟いて、ダイの手をもう一度取ると、その手の甲に浮かんだ紋章に、自身の額のそれを合わせた。

 接触面から光が放たれ、それが徐々におさまると共に、ダイの肌に血色が戻っていく。

 

 とくん…とくん…とくん……………

 

 少しずつリズムを取り戻して刻まれる脈拍を指に、額に感じながら、バランはそのまま自身の力を、息子の身体へと移し続けた。

 

「…生きてくれ。我が子よ。私の代わりに。

 この世にただひとつ残った、私にとっての光よ。

 ダイ……とてもいい名だ。

 だが時々は、私とソアラのつけた名も思い出して欲しい。

 私もソアラも…常におまえと共にある…」

 彼が呟いた言葉に、生命力と共に、注ぎ込まれる紋章の力すべてに、意識のない筈のダイの頬が、僅かにピクリと反応した…気がした。

 

 ☆☆☆

 

 カラミティウォールが到達する直前に、足場を砕いて落とす事で、その影響を脱した勇者一行が、その足場と共に遥か下の海上へと落ちていく光景を見ずに、大魔王バーンはそれを為した男に向かって、抑揚のない声をかけた。

 

「…驚いたぞ、ハドラー。

 生きていたというのもさる事ながら…勇者たちの味方をするとは…な!」

「味方をしたわけではない!

 私は自分以外の者に、ダイたちを殺されたくなかっただけだ。

 …自分の命が短いこともわかっている。

 その前に、自身を魔物と化してまで戦う意味であるダイを、私を捨て石にしたあなたに殺されては、最後の心残りも振り切ってきた今の私の、存在する理由さえなくなってしまう!!」

 原因が取り除かれた今、胸の痛みは無くなっている。

 だがそれは、彼の生命の残り火が、もはや消える事と同義だった。

 その残酷な事実を淡々と告げた、人間の少女の温もりは、抱きしめた腕にも、重ねた唇にも、もう残ってはいない。

 

 …かつて魔王として地上を席巻した自分が、何故人間の小娘などに、こうも執着したものか。

 理由など、考えてもわかりはしない。

 敢えて挙げるならば、出会ってしまったからとしか言いようがない。

 

『…どこかへ逃げますか?あたしを連れて。

 あたしはそれでも構いませんよ?』

 …それは死を前にしたハドラーにとって、抗いがたい誘惑だった。

 2人だけの世界で、最後の時を過ごす事ができたなら…一瞬だけ、そう考えた。

 だがもし、あの言葉に頷いてしまっていたら、きっと己は、魔獣と化したこの身を、後悔する事になった筈だ。

 手に入れてしまえば、欲が出る。

 死にたくないと、もっと長く共に居たいと、望んでしまっていただろう。

 また、己の死した後の彼女が、他の者に奪われる事すら許容できず、最後には殺してしまっていただろう。

 それは、彼の孤独を映して生まれた、フェンブレンの行動を見れば判る。

 だから手を離した。彼女もそれを判っていた。

 

 今の自分は所詮、戦う為に生み出された、この世界に同種の存在せぬ魔獣なのだ。

 そうなる事を、自ら選んだ。

 その選択を、間違いにするわけにはいかない。

 戦う相手は、アバンの使徒。そして勇者ダイ。

 それが果たされる前に彼らを、大魔王に殺されるわけにはいかない。

 それらの思い全てを抱えて、ハドラーは今、大魔王と対峙していた。

 

「…案ずるな。

 おまえの存在理由など、既にない。

 自分で判っている通り、おまえはもうすぐ死ぬのだから」

 …だが、笑みを浮かべたままの大魔王から返ってきたのは、変わらず冷酷な言葉だった。

 否…そこには僅かに、怒りの感情を孕んでいる。

 

「いかに余が長年、おまえにチャンスを与えてきた寛大な男でも、目の前の獲物をさらわれて笑っているほど、甘くはないぞ!!

 おまえは今、余自らの手で処刑される。

 存在理由など、考えても無駄なことだ…!!」

 言って大魔王は、手にしたままの武器を構え直した。

 それとともに先端の、魔力の刃が輝きを増す。と、

 

「ハドラー様ッ!!!」

 自身の名を呼びかける声に、ハドラーが反射的にそちらに目をやると、勇者(ダイ)以外の足止めを任せていた、部下の親衛騎団達の姿が見えた。

 

「な、なんでバーン様とハドラー様がっ…!!?」

「理由はともかく、まずは加勢です!

 私達はハドラー様を最優先に…」

 小さな身体の女王(クイーン)・アルビナスが出した指令に、皆が動こうとした時、

 

「……ならん!!闘魔滅砕陣!!!!」

 そちらへ瞬時に移動したミストバーンが、その動きを封じた。

 

「ウオオオオッ!!?」

「…くっ!!」

 暗黒闘気の束縛から、アルビナスのみが間一髪、宙空へと逃れる。

 だが、それを見越したようにその背後に転移した死神が、次の瞬間には、肩越しに鎌の刃先を、アルビナスにひたりと突きつけていた。

 

「…動くと急所をグサリ、だよ…!

 ……キミはなんだか、ボクの一番嫌いなヤツに似ているから、本当は今すぐにそうしたいところだけど」

 …死神が誰のことを言っているのか、ハドラーには判っていたが、勿論この場で指摘するつもりはない。

 状況が今ひとつ判っていないらしいヒムが、何故だとミストバーンに問い、そのミストバーンは、相変わらず抑揚のない声で答えた。

 

「ハドラーは勇者の仲間たちをバーン様から救い、逃した…!!

 よってこれから処刑されるのだ!!

 加勢はならぬ。主の最期…しかと見届けよ…!!!」

 有無を言わせぬその口調は、『大魔王様のお言葉は全てに優先する』という、彼が常に口にする言葉と、同じ響きを持っている。

 これは大魔王の判断であり、決定事項なのだと。

 

「……死ね…ハドラー…!!!」

 その大魔王が、手にした杖を振りかぶる。

 ゆったりとした動きにもかかわらず、その重そうな一撃は、横薙ぎにハドラーの首を落としにかかってきていた。

 

「ハドラー様…!!!」

 彼の名を呼ぶアルビナスの声が、悲鳴のように響く。だが、

 

「な…なにィッ!!?」

 ハドラーはその攻撃を躱さなかった。

 躱すかわりにその刃を、両掌で挟んで、受け止めていた。

 刃といっても物理的なそれではない、魔力が具現化したもの。

 それを受け止めるには、相応の魔力を、瞬間的に掌に、集中させなければならなかった筈だ。

 

「…あなたに二度殺されるのは御免こうむる!!

 どうしてもこの命、奪うというなら…この場であなたを倒すのみだっ!!!

 オレをなめるなァッ!!!大魔王ォッ!!!!」

 …瞬間、ハドラーの全身から放たれた闘気と魔力が、大魔王の攻撃の威力と、その身体を弾き飛ばす。

 それはその瞬間、ハドラーのパワーが大魔王のそれを、上回った事を示していた。

 ありえない事態に、さすがの大魔王が驚愕の表情を見せる。

 死して蘇るたびにその力を増す、不死身の肉体。

 それは大魔王自身がハドラーに与えたもので、その復活自体は、大魔王がその暗黒闘気を与える事のみで、成される筈だった。

 その力は、超魔生物と化した時に、失われたものとばかり思っていたが…ハドラーは自力で蘇り、今や大魔王に匹敵する力を手に入れつつあるのではないか。

 

「まっ…待てっ!!ハドラー!!!

 それ以上、大魔王様への無礼は許さん!!!」

「キミの部下たちの生命(いのち)がどうなってもいいのかね?」

 その様子に側近たちも焦りを見せて、ハドラーの精神を揺さぶりにかかるも、

 

「……かまわん!!好きにするがいい!!

 どうせオレが死んだら、そいつらも生きてはおれんのだ!」

 …彼はそれを、一言のもとに切り捨てた。

 禁呪法で生まれた生命体は、基本的に創造主の魔力を、その生命の源とする。

 かつて作ったフレイザードは、途中から大魔王の暗黒闘気を糧にする事で、むしろ大魔王との繋がりの方が強くなったが、ハドラーとだけ繋がっている彼らの生命は、主の生命が終われば、そこで消える。

 ……唯一、リリィとの繋がりを持っていたフェンブレンだけはハドラー亡き後も、もしかしたら生き残っている可能性がなくもなかったが、彼が今生きてここに在ったとしても、検証は勿論不可能な事だ。

 

「我らハドラー親衛騎団は一心同体、その目的は、アバンの使徒の打倒だけだっ!!!

 目的の為に死を恐れる者など、オレの部下には一人もおらんわぁっ!!!」

 ハドラーは言い放ち、右腕から覇者の剣を振り出す。

 

「バーン!!!死ぬのはあなたの方だ!!!!」

 そのまま自身に向けて突進してくるハドラーの覇気に、大魔王は一瞬、確かに圧倒されていた。

 

「おっ…おのれ、ハドラー!!!

 少々力が増した程度で、この大魔王に勝てるとでも思うのか!!?」

 覇者の剣の一撃を、光魔の杖でなんとか受け止めたのは、さすが大魔王というべきだった。

 だが、それを支える手は震え、もう少しハドラーが力を込めれば、押し負けるのは明らかだ。

 それが大魔王バーンには信じられなかった。

 

「オレの力が増しただけでは勝てまい…!

 だが、今のあなたなら話は別だッ!!!」

 …その答えには、ハドラーの方が先に気付いていた。

 

「その杖…恐らく魔法力を吸って、莫大な破壊力を生みだすものと見た…!!!

 つまり、握っているだけでも無尽蔵に、魔法力を消費しつづけるということ…!!!」

 そうだ。吸収する魔法力の量に上限がないのは、この光魔の杖の長所であり同時に弱点でもある。

 それにより打撃力は果てしなく上昇するが、その分魔法力の消費が激しい。

 そして大魔王は、先ほどまでの勇者一行との戦いで、かなりの魔法力を消費してしまっている。

 ハドラーは決して馬鹿ではない。

 むしろ、魔族の中でも狡猾な男だった。

 魔軍司令だった頃の彼の失態の数かずは、無駄に頭が回ったからこそと言えるものの方が多い。

 その目の前にこれほどに明確な弱点が晒されて、それをついてこぬような男でない事、彼のそういうところを見込んだバーンはよく知っていた。

 そういえば、とバーンは思う。

 先ほど、オリハルコンでできたダイの剣を、一撃のもとにへし折った時が、この身体で奮い出せる、最大の破壊力を発揮した瞬間だった。

 あれから一撃繰り出すごとに魔法力を消費していたのだとすれば、今はその時より、はるかに威力が弱まっている事になる。

 その証拠に同じオリハルコンで出来た、この覇者の剣を折ることができずにいる。

 同じ材質、しかも剣としての完成度は、ロン・ベルクの作ったダイの剣の方が確実に優っていたのに、だ。

 

「…ようやく、お気づきのようだな。

 力の源である魔法力が尽きつつある今、パワーの激突ならばオレに分があるという事に…!!!」

「…ぬぅっ…!」

 その強大な魔力により、魔界最強を自負する大魔王も、単に肉体の耐久力的には、魔族の老人に過ぎない。

 魔族としてもまだ男盛り、更に超魔生物に改造されて限界以上のパワーアップを果たして、果ては死期を目前として、燃え尽きる前の生命を最大限に燃やしているハドラーの力に、大魔王バーンは確実に押し負けつつあった。

 

 大魔王の忠臣であるミストバーンは、この事態を黙って見ていたわけではなかった。

 むしろ、動いた……動こうとした。

 それを留めたのは、ハドラーに加勢させぬために束縛していた、親衛騎団たちだった。

 

「今この束縛を解いたら、我々は何をするかわかりませんぞ!」

 オリハルコンの騎士(ナイト)が言うのに、自身もまた拘束されている状態である事に気がつく。

 

「あなたもです、死神さん!

 動いた瞬間に、そちらの使い魔ともども黒コゲですから!!

 …それで構わなければ、お好きにどうぞ?」

 更に、死神(キルバーン)に鎌を突きつけられた状態の女王(クイーン)も、小さな身体を精一杯逸らして、まるで胸を張るような動きを見せた。

 その態度がまたある人物を連想させ、キルバーンは舌打ちをする。

 

「…チッ…人形の分際でっ…!!」

 こうして、側近たちの助力が得られぬまま、ハドラーとのパワー勝負を続ける事になっていた大魔王バーンだが、押し負けた自らの武器が肩口を傷つける事にはなったものの、何とか受け止めたハドラーの剣から力の方向を、なんとか逸らす事に成功した。

 それは奇しくも敵である勇者一行の女僧侶が、このハドラーと戦った時に見せた戦法だった。

 そもそも力無いものの戦い方であるそれは、大魔王の戦術の中にはなく、あれほど鮮やかには決まらなかったのだが、一瞬どうにか身体を離せたのを幸い、左掌に魔法力を集中させる。

 

「カイザーフェニックス!!!!」

 炎の化鳥は、ハドラーに向かってまっすぐ飛び…それを受け止めた掌底に握り潰された。

 その光景に大魔王だけではなく、側近たちまでもが目を瞠る。

 

「…本来なら、この1発で黒コゲなのだろうが…やはり魔法力が弱くなってきているようだな…!!

 この機は()がさん!!!」

 言うや、ハドラーは全身から魔炎気を放出させ、それを右腕の覇者の剣に伝わらせた。

 さらに手首を左手で握る。

 それはまさしく、超魔爆炎覇の構えだ。

 

「覚悟ッ!!!!」

 魔獣の脚が地面を蹴り、まだ構えを取れずにいる大魔王へと、剣先が向かった……刹那。

 

「やめてッ、ハドラー!!!」

 …そこに、居るはずのない声が響いた。

 全員の動きが止まり、目が反射的にそちらに向く。

 長い三つ編みを横に流した黒髪。小さな身体。どこにでもいるような、人間の娘。

 

「リリィ…何故、ここに……?」

 先ほど別れを済ませた筈の、その娘の名を呼ぶと、少女の瞳から一筋、涙が落ちた。

 

「やめて…もう戦わないで。

 これ以上、あなたが傷つくのを見るのは、辛いの……!」

 …瞬間、アルビナスの左右の目に赤と青の光が灯った。

 それが点滅した後、その声が叫ぶ。

 

「ハドラー様!そいつは、リリィ様では…!!」

「キヒヒッ…ヒィ〜ッヒッヒッヒッ!!!」

 少女の姿をしたものは、奇怪な笑い声をあげた。

 

「ううっ!!!」

 次の瞬間、ハドラーの身体を、魔力の鎖が拘束する。

 その源に、少女の掌があった。

 そして……少女の姿が、小柄な魔族の老人に変わる。

 

「ザ…ザボエラ!!!!」

「惚れた女に陥れられた気分はどうじゃ!?

 よくもこのワシを、魔牢なんぞに閉じ込めてくれたのォ…!!!」

 見事にしてやられた事に、ハドラーは奥歯を噛み締めた。

 ヒムを通じてリリィから忠告された言葉が今、現実となって彼を窮地に陥れている。

 

「あっ……あのダニがあ〜っ!!」

 そのヒムの口から叫び声が上がったが、それも負け犬の遠吠えにすぎなかった。

 

「い、今でェ〜す!!大魔王さまぁ〜っ!!!

 このハドラーめに、ご鉄槌をお下しくだされぇ〜っ!!!」

 そして、それを為したザボエラはここぞとばかりに、大魔王へとアピールする。

 

「…よくやったぞ、ザボエラ。

 そのまま放すでない…!!」」

 大魔王は、言って腕に巻きつけていた光魔の杖の、魔法力を吸い取るパーツを戻す。

 そして、それを握り直して振りかぶると、槍のように投擲した。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ………それは一瞬の出来事だった。

 ミストバーンの技に拘束されていた筈の城兵(ルック)の、巨大な身体が2つに割れる。

 その下から現れた細身のオリハルコン戦士が、投擲される光魔の杖がハドラーの心臓に到達するより速く、その切っ先にたどり着く。

 それは(たが)う事なく、その戦士の(コア)を貫いて、だが、それが本来狙っていた筈のハドラーの姿は、その場からかき消えていた。

 

「ブロック〜ッ!!!」

 上空から聞こえた叫び声に、大魔王と側近たちが、その声の方に視線を上げる。

 上空に浮かんだ、恐らくは先ほどの城兵(ルック)の砕けた外殻が、バリヤーのような球体となり、主と仲間たちを包んでおり、それを為したであろう戦士は、それに向かって片手を上げる。

 

「…ミンナ…ハドラーサマヲ…タノム…!!」

 たどたどしく言って戦士が拳を上げると、球体は更に上空へと急上昇する。

 

「ブロォ──ック!!!!!」

 主の悲痛な呼び声が聞こえなくなり、それを確認して満足げに微笑んだ【城兵(ルック)】は……まばゆい光を放って、爆発した。

 

 ・・・

 

城兵(ルック)…そうか。

 “キャスリング”というやつか…」

 キャスリング…(キング)と一手で位置を入れ替える事により、攻撃を円滑にしたり(キング)を守る、城兵(ルック)にのみ適応される、チェスのルール。

 適応するにはさまざまな制限があるが、一手で二つの駒を動かせるのはこれを使う時だけである為、重要な一手になり得る手だ。

 城兵(ルック)の駒から生まれた戦士が、その能力を持っていてもおかしくはない。が。

 

「…だが余は、ハドラーにとどめを刺す寸前だった…。

 これがチェスの勝負なら、チェックメイト後のキャスリングは……反則だ!!」

 獲物を逃した事による苛立ちを隠そうともしない大魔王は、爆発の中心部の地面に刺さった光魔の杖を引き抜くと、まだ形の残っていた城兵(ルック)の顔の欠片に向けて、それを投げつけた。

 

 ☆☆☆

 

 いつしか包まれていた、白い空間の中で、彼は…漂っていた。

 そこは、彼が生まれる前に居た場所なのだと、本能で理解した。

 

【……あなたの名前は?】

「バラン、と申します…(マザー)よ」

【…バラン。

 私はこれまで、自分が産んだ我が子たちの名前など、ひとりとして知ることがなかったのです。

 名を呼ぶのはバラン、あなたが最初で最後…。

 今の私には、新たな騎士を生む力はないから】

「それは…どういう」

【ある邪悪な力によって、私の命は尽きようとしているのです。

 けれど、潮時だったのでしょう。

 仮に新たな騎士を生めたとしても、(ドラゴン)の騎士では、この世界は救えない。

 今、世界を恐怖に陥れている大魔王バーンの力は、神々のそれを遥かに超えています。

 …むしろ悪の力が強くなったのは、(ドラゴン)の騎士の存在があったからなのかもしれない。

 だから、私は(ドラゴン)の騎士の歴史を閉じることにしたのです。

 …バラン。私の、最後の子。

 私が名を呼んだ、唯一の子。

 つらい戦いはお忘れなさい。

 あなたの魂と共に、私も天へ還りましょう…】

「…(マザー)よ。

 (ドラゴン)の騎士の歴史は、私の子が受け継いでいきます。

 あの子には、通常の(ドラゴン)の騎士にはない力が…力を超えた魂がある。

 力が全てを司る世界で、その魂をもって悪を討つ。

 あの子は必ずや、成し遂げるはず。

 だから……嘆くことはありません。母よ」

【そんな…そんな奇跡が……?

 力の限界を迎えた先に、神は救いを残してくれたというの…?

 ……そうね。

 ならば私も、最後の力を残しましょう。

 バラン…あなたを、この辛い世界に置いていく母を、許してくださいね?】

「………(マザー)?」

【奇跡を、希望を、ありがとう。

 ……愛しています。我が子よ】

 

 魂で融合していた意識が消え、ひとりになったと気づくと同時に、白い空間も消え去った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 …次にバランが居たのは、どこまでも続く広い花畑の中だった。

 1人ではなく目の前には、かつて失った愛しい妻が、少し困り顔をして、彼を見つめている。

 

「……ひょっとして、私が歳をとってしまったから、あの頃と変わらず美しい君には、私が誰かわからないのか?」

 彼がそう問うた瞬間、彼女は驚いたように目を見開いた。

 それから少しだけ怒った表情を浮かべて、彼を睨みつけてくる。

 

『わたしが、そんな薄情な女だと思っているの?

 国を捨てる覚悟で愛した、子まで成した夫の顔も、わからないような女だと?』

 …その顔が、2人の間に生まれた息子とよく似ていて、睨まれているにもかかわらず、彼は口元を緩ませた。

 

「済まない。怒らせるつもりはなかった。

 ……会えて、嬉しい。愛しい人。

 ずっと、ずっと君に会いたかったから」

 切ない想いが溢れそうになりながら、彼はその頬に手を伸ばす。

 だが彼の愛しい女は、その手を避けるようにして、一歩後ろへ下がった。

 …そうして、少し悲しげに微笑む。

 

『わたしは、いつだってそばにいたわ。

 あなたがずっと、わたしを思い出してくれなかっただけ』

 その意外な言葉に、彼は思わず反論した。

 

「私は……君を忘れてなど…!」

『いいえ、忘れてしまっていたわ。

 あなたとただの夫婦として過ごしたあの日々、わたしがどれだけ幸せだったかを。

 悲しみ、人を憎むあまり、あなたの中でわたしの人生は、不幸に塗り替えられてしまっていたもの』

 そんなはずはない、と彼は思った。

 だが一方で、憎しみに駆られて動いているうちに、彼女が幸せそうに笑っている顔を思い出せなくなっていたのも、純然たる事実だった。

 

『…わたしを、そして幸せを忘れてしまった罰として、あなたにはわたしのいない世界で生きて、幸せになってもらいます!』

「…そんな罰があるか」

『あるんです!今わたしが作りました!!

 ……そんな顔しなくても、あなたが幸せな生涯を全うしたその時には、迎えに来てあげるわ。

 そしてディーノが同じように、幸せな生を終えた時には、2人で迎えに行きましょう。

 だから、その時までさようなら……バラン。

 わたしの愛は、いつだってあなたと共にあるわ』

 瞬間、強い風が花々を散らし、彼女の姿がそれに紛れて、見えなくなる。

 

「待ってくれ!行かないでくれ……ソアラ!!」

 消えそうになる彼女の手を掴もうとした瞬間、全身がまた、白い光に包まれた。

 

 ☆☆☆

 

「……バラン様!!?

 気がつかれたんですね、良かった……!!」

 白い光の眩しさに目を閉じて、ようやくそれが開かれた時。

 何故か、寝台に横たわっている自身の右手が、傍に立つ少女の小さな両手に、包まれているのに気がついた。

 それは、光の中に消えていく妻に向かって、思わず伸ばしてしまった手だった。

 それに気がついた時、何故だか己の内側から溢れてくる強い感情に、押し流される自身を感じた。

 気がつけば寝台から半身を起こし、目の前の少女に縋り付いて……バランは、慟哭していた。

 

 ☆☆☆

 

「その…大人げなく取り乱したようで、すまなかった。

 どうも混乱していたようで…」

 ようやく感情の奔流がおさまり、冷静になった頭で、バランは自身が何をしていたかにようやく気がついた。

 大人としてあまりに情けない姿を、自身の子と同じくらいの少女の前に晒したことで、知らず頬が熱くなるのを感じる。

 だが少女は一欠片の動揺も見せず、穏やかに首を横に振った。

 

人間(ひと)は生まれ落ちた時は、誰しも泣いているものです。

 気になさることはありませんよ、バラン様」

「……どういう意味だ?」

 訝しげに問う彼の目を、まっすぐに見返して、目の前の少女…リリィが、言葉を紡ぐ。

 

(ドラゴン)の騎士バランは既に、その生と宿命を終えました。

 今のあなたは、(ドラゴン)の騎士の命…すなわち紋章の力を失って、人間として新たな生を受けた存在…ただの、人間です」

「……なんだと………!?私が、人間…?」

 驚愕のあまり、無意識に額に手をやると、それを覆っていた布の感触に触れた。

 思わずむしり取った手の中のそれには、彼が有していた紋章の形に、赤い血の跡がくっきり残っていた。



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13・武器屋の娘は愛を説く

 誰かの…おれのものじゃない意識が、力とともに流れ込んでくるのがわかった。

 

『私の命を全て、おまえにやろう。

 …生きてくれ。我が子よ。私の代わりに』

 その声が、力を失ったおれの身体の、頭から指先までに、力を満たす。

 やめてくれ。

 おれは、そんなことして欲しくない。

 ヒュンケルも、クロコダインも、グエンも、おれを庇って傷ついて。

 アバン先生だって、おれを助ける為に、メガンテを使って、そして死んだ。

 同じような事をして、ポップだって一度死んだ。

 その上……………までなんて。

 

【大魔王バーンの力は、神々のそれを遥かに超えています。

 けれど、あの子はそれを超える奇跡を起こした。

 それが、あなたです。

 あなたは、たくさんの心に生かされている。

 その心の絆が、すべてあなたの力になる。

 どんなに辛くても、苦しくても、あなたはこの世に、たった一人ではないのです。

 迷い、傷ついた時には、その絆を思い出して】

 …誰かの声が、優しくおれに語りかけてきた。

 身体を包み込む真っ白い光は……何度も飛び込んでしがみついたグエンの胸みたいに、柔らかくて、温かかった。

 

 ……………ん?

 今までそんな事、思ったこともなかったんだけど?

 

 ☆☆☆

 

 ………時は、5日前まで遡る。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ドォォ──ン!!!

 

 

 ロン先生の小屋の庭先に、ルーラのような音と衝撃をもたらして落ちてきたのは、折れたものを間に合わせで繋げたような状態のダイの(つるぎ)と、全体がヒビだらけの鎧シリーズ2本。

 勇者パーティー所有のロン・ベルク製の武器が全て、持ち主を置いて、創造主のもとに帰ってきてしまったのだ。

 原作ではこの時ロン先生はパプニカに滞在中であり、この光景を目にした三賢者の2人は、勇者一行が大魔王に殺されたと解釈するわけだが、実際にはリベンジに向け、修復とより強い力を求めて戻ってきたのである。

 この時空では、先生のそばにいたのがあたしだけだったので、そういった誤解は起きなかったが、少なくとも大魔王との戦闘が、勇者たちの敗北で終了したのは明らかだった。

 

「……こいつは、思ったより大仕事になるな。

 リリィ、悪いがジャンクを連れてきてくれ。

 こうなると、おまえだけでは手が足りん」

 あたしが説明するまでもなく、それらを一目見た瞬間に状況を察したらしいロン先生にそう言われて、一旦家に戻る事になった。

 

 ……自分が転生者だという事を思い出してから一年半余。

 そして、自分も物語に関わってきたのが、そのうちの3ヶ月足らず。

 その短い時間の間、濃い体験を続けてきたせいか、どうやらあたしもいつの間にか、普通の感覚というものを忘れかけていたようだ。

 よく考えたら、ポップの家族であるあたし達は、ひょっとしたら死ぬかもしれない、むしろ決死の戦いに挑んでいく彼を、その無事を祈りながら待っている立場だった。

 勿論、物語の先を知っているあたしは、ポップが敗走とはいえ、生きて戻ってくる事を知っている。

 だがあたしがそれを言えない以上、両親にそれを知り得る術はなく、特に女親である母が、娘のあたしに依存するような精神状態になったとしても、決しておかしな話じゃなかった。

 或いは母親の勘で、あたしが危険な場所に行っていた事に気がついていたんじゃないかってくらい、あたしが帰宅した瞬間から、ちょっとでも離れる事を母が不安がったのだ。

 

「…ロンのところにはオレが行って話しとくから、おまえは母さんについててやってくれ」

 母に縋られ、父にそう言われてしまえば、あたしは頷くしかない。

 …こうなると『リリィ』の居ない原作時空の『スティーヌ』が、この時どれほどの不安を抱えて、この小さな村で過ごしていたのかを考えたら、なんかもうやりきれない。

 少年漫画の世界である以上、あくまで戦う男たちが主役なわけで、女性目線が悉く省かれるのは仕方ない事だが、ここにおいて全てのヒーローたちへ、あたしは声を大にして言いたい。

 おまえの命、誰にもらったと思ってる!

 母親に心配かけるんじゃない!!

 いや父親だって同じだけども!!

 

 ・・・

 

 ………それはさておき。

 

 一旦計画が頓挫し、結局は勇者パーティーのみで決行する事になったわけだが、大魔王の本拠地へ攻め込む計画は、もともと世界規模で進行していたものだ。

 その結果に対して、世界が関心を寄せているのは間違いなく、事が事だけに情報の遅れが命取りになりかねない為、各国で可能な限り通信を密にしている。

 魔王軍における悪魔の目玉を使った通信システムのような画期的なものがない為、主にルーラの使える者を使者としてやり取りするとかしか、やりようがないわけだけど。

 あと、鳥による手紙のやり取りみたいな、古典的なやつとか。

 それにより勇者ダイとその仲間たちが大魔王に敗れたと、このイナカ村に情報が入ってきた時には、既にロモスでひとつの町が滅ぼされた後だった。

 地上の人間達の抵抗に天罰を下すかのように、空飛ぶ大魔宮は一日一回、地上に巨大な柱を落とし、それが落とされた場所は激しい爆発と衝撃波によって、その柱以外何も残さずクレーターと化していたのだ。

 その場所は気まぐれに決められるように見え、どこに来るか予測のしようがなく、地上の人びとはせめて自分たちの住む空に、それが現れぬ事を祈りながら、怯えることしか出来ずにいる。

 

 ロモス北西ポルトスの町。

 オーザム南部の雪原。

 ホルキア大陸北東のバルジ島。

 

 現時点ではこの3箇所だが、今日の爆撃がまだの筈なので、多分そろそろどこかに4本目が落ちる。

 どこだったか忘れたけど、たとえ知っていても、あたしにはなにもできない。

 あたしの未来の知識は、神様のタブーに抵触する。

 とりあえずこの村は標的にされてなかった筈だけど。

 

 父はあれから、毎日ロン先生のところに通っており、夜も更けてから村に戻ってくる。

 その間、母は店を閉めていようと言ったのだが、ポップの安否が確認されていない以上、どこから情報が入ってくるかわからないと、あたしが店を開けていた。

 …勿論、お客さんなんか来なかった。

 

 あたしがほぼ片時も離れず一緒にいて、母もいくらか落ち着いたようで、夕方以降店を閉めたら、ロン先生のうちに夕飯を差し入れに行ってあげましょうと、今朝になって母の方から言い出した。

 父は毎日帰ってくるからいいとしても、あたしが行ってないこの三日ほど、多分先生は作り置きの保存食しか食べてないと思うので、それもそろそろ在庫が尽きると思う。

 何より男2人しかいない状態で、絶対掃除も洗濯もしてないだろう事を考えると、本当は明るいうちに行きたいところだが、そこは母の気持ちを考えて頷いておいた。

 そういえばグエンさんは自分では料理をしないと言っていたが、もしグエンさんと先生が結婚したら、あの家の家政は誰がみるのだろう。

 その場合、やっぱり世話をするのはあたしという事になるのではなかろうか。

 …そもそも、グエンさんがあの戦いを生き残ったかどうかもわからない以上、考えても仕方ない事だが、色々危なっかしい性格であるにもかかわらず、なんか死ぬような気がしないんだよね、あのひと。

 

 その夕方過ぎ、店を閉めようとしていたタイミングで、4本目の柱が落とされたという情報が入ってきた。

 場所はパプニカ東部にあるベルナの森。

 最初の時以外、人が生活している場所を狙ってこない事を、そろそろうちの村でも訝しみ始めたその夜、それは起きた。

 

 先生のうちにごはんを届け、男2人に食事をさせて、明日は朝早くから掃除に来ると宣言して父と一緒に家に帰ると、店の玄関先であたし達が帰るのを待っていたらしい母が、村の子供たちに取り囲まれている光景を目にすることになった。

 

「あの子ならもうすぐ戻ると思うわ。中で待つ?」

 と言ってるところを見ると、彼らはあたしに用があるらしい。

 案の定声をかけるとこちらに集まってきたので事情を聞いたところ、村の入り口に全裸で倒れている男がいるのだと。

 あたしにお伺いを立てに来たのは、少なくともあたしが作成した自警団の危険予測マニュアルにないケースだからで(そりゃそうだろ!)、どう対応したらいいか直接聞きに来たのだそうだ。

 

「そんなモン、うちの娘に見せんじゃねえ!」

 と父が怒鳴ったのを手で制して、まずは状況を確認する事にした。

 ぶつくさ言いつつも父は付き添ってくれ、年長の男の子達に案内されて現場まで行くと、そこにはむき出しの筋肉質な背中とお尻を上にうつぶせに倒れる、背の高い黒髪の成人男性……瞬間、自動展開した『みやぶる』は、その男の情報をあたしに伝えてきた。

 

 名前【バラン】。

『ゆうしゃ』LV.1。種族は人間。

 持ち物、装備、共になし。

 etc………

 

 ……情報と同時に頭の中のオッサンが解説してくれなかったら、確実に同名の別人だと思ったけどね!

 まあ裸だったのはさておき知人が行き倒れたようだと説明して、この場はみんなを安心させた。

 父が、出がけに母に渡されていたタオルケットでバランのむき出しの身体をくるんで、男の子達に手伝わせて背中に背負ってくれたので、とりあえずうちに運んでもらおうと思っていたら、

 

「俺の家の方が近いし、行き倒れを助けるのは宿屋の仕事だ」

 と宿屋の息子のレイゲンが申し出てくれたので、それに甘える事にした。

 

「知り合いって言ってたが、ありゃ誰だ」

 と父に訊ねられ、説明がめんどくさかったので、一番簡単な『ダイのお父さん』で教えておいた。

 行間に色んなものは入るが嘘は言っていない。

 母への説明は家に帰る父に任せて、あたしは一度先生のところに戻り、バランが倒れていた事を説明した。

 

「…あいつの剣は?」

 と訊ねられて、かの人が『そうびなし』だった事を思い出してそう説明すると、先生は納得いかない顔で唸った後、

 

「明日、オレも様子を見に行く。

 …だから掃除には来なくていい」

 と言われたので、ならうちに朝ごはんを食べに来いと無理矢理約束させて、先生の家を辞した。

 

 報告を終えてバランを収容した宿の部屋に行くと、扉の前に来たところで、ちょっとだけ待っていろとレイゲンに止められ、ようやく通された時には、せめてもの良心なのかステテコパンツ一枚だけ穿かされていて、状況も忘れて吹きそうになったのを慌てて咳き込んだふりをして誤魔化した。

 見れば身体には目立った怪我はないようなのに、なんか額に血が滲んでいたので拭いてやったら、例の紋章の形の傷がそこにあるのがわかった。

 これが目立つのはあまり良くないと判断して、包帯を巻いて隠しておいた。

 今は流石に無理だがものを食べられるようになれば、薬草のひと束でも食べさせれば、痕も残らずに消えるとは思うけど。

 

 …けど、なんで裸だったんだ。

 この人の身につけていた装備はどこに行ってしまったのやら。

 

『【真魔剛竜剣】をはじめとする彼の装備は全て、(ドラゴン)の騎士専用の装備だったようなので、人間として生まれ変わった時点で、身体から離れてどっか行っちゃったみたいです。

 あと、新しく生まれたという意味合いもあるようですよ?

 生まれた瞬間は、みんな裸ですから』

 頭の中のオッサンがそう説明してくれたものの納得はいかず、下着くらい残してあげても…と思わずにはいられなかった。

 

 …『みやぶる』で得られた情報により、この人の身に何が起きたのかは把握できている。

 大魔王に負けて剣まで失い、生命力と気力を失いつつあったダイを助ける為に、己が紋章の力を全て与えることによりその生命を繋ぎとめ、代わりにバランは一度死んだ。

 その死を感知して聖母竜(マザードラゴン)が彼を迎えにきて、一旦はそのまま召されかけたバランだったが、その際に彼が子供を残している事を知った聖母竜(マザードラゴン)が、残った己の命を全て彼に与えて、自分はその生を終えたのだ。

 そうして新たな生を受けたバランだったが、自身の紋章はダイに与えてしまった為、(ドラゴン)の騎士ではなくなった。

 バランの紋章は原作通りダイに継承され、最終的にはダイの紋章とひとつになる。

 この過程があって初めて、ダイは真の(ドラゴン)の騎士となるわけだ。

 

 …原作のダイはその瞬間、全てを知っただろう。

 父が抱えていた、この世に同胞が1人もいない事による、本能的な孤独を。

 だから最終的に、たった1人で地上を守る選択をしたのだと。

 それは奇しくも、ハドラーが抱えているのと同じもので。

 きっとハドラーは、敵でさえなければ、ダイの心を唯一理解し得る存在だったのだ。

 それを下し、彼の命が消えた時、ダイは真に世界に、たった1人となってしまった。

 

 けど、今いるこの時空は違う。

 ダイは確かに、世界にただひとりの(ドラゴン)の騎士だが、その孤独を理解し得る彼の父親は、今ここにこうして、生きている。

 ダイは、最後には1人で戦うかもしれない。

 けど、その心までは、決して1人にはならない。

 

「…生きていてくれて、ありがとう」

 新しく得た人間の身体に、心を完全に馴染ませる為、一時的に深い眠りに落ちているのであろうバランに一言そう呟いて、あたしは部屋を出た。

 

 

 5日目の朝。

 カール王国の海岸で、流れ着いたポップとマァムが保護されたと、朝食を終えて後片付けをしている最中に、使者の人が飛び込んできて報告してくれた。

 ここがポップの実家だからなのだろう、真っ先に知らせてくれたのは確かに有り難かったが、ポップの身を案じていた母が、報せを聞いた途端安心したのか倒れてしまい、混乱した父が叫んだ、

 

「死ぬな、スティーヌ〜〜!!!!」

 の声に、近所の奥さん達が驚いて駆けつけてきて、ちょっとした騒ぎになったのは割と迷惑だった。

 

 父を何とか落ち着かせて、騒ぎを起こした罰として母が目を覚ますまでついていろと厳命し、ポップに会いに行くべきかをロン先生と話し合っていたら、レイゲンがすぐに来いと迎えに来て、先生と2人でバランのいる宿に向かった。

 これまでは身体を拭こうが夜着を着せようが反応を示さず、昏々と眠りに落ちていたバランが、ここにきて魘されているような反応を見せ始め、目覚めが近いのではと呼びに来たらしい。

 部屋に入ると、微かに呻き声を上げながら虚空に右手を伸ばしていたので、思わず掴んだ。

 …瞬間、閉じられていた目が開いた。

 

「バラン様!!?

 気がつかれたんですね、良かった……!!」

 あたしが呼びかけると、バランは子供のような目をして、一瞬あたしと、あたしに握られた右手を見つめ。

 それからゆっくりと半身を起こし、縋るようにあたしの身体にしがみつくと、大人の男とは思えないほど激しく、慟哭した。

 

 ……空気を読んで黙って部屋から出ていった先生とレイゲンの、その気遣いが少しだけ恨めしかった。

 メッチャ気まずいわ!お前らあとで覚えてろよ!!

 

 ・・・

 

 バランがようやく落ち着いて、自分が何をしているのかに改めて気付き、ようやくあたしを離してくれた時には、結構な時間が過ぎ去っていた。

 

「…まず、勇者パーティーは大魔王バーンに敗れ、敗走を余儀なくされた…で、合ってますか?」

「…恐らくは。

 私とディ……ダイは、グエナヴィアの機転で、先に戦場からはじき出された。

 だから、彼女や君のお兄さん、他の者もどうなったか、正直わからない」

「ポップとマァムは、カールの海岸に流れ着いていたところを保護されたようです。

 他のみなさんの安否は確認できていませんが…」

「そうか……。

 必ず皆で生きて戻ると、大口を叩いておきながら……約束を守れなくて、済まなかった」

 どうやら彼を助けてくれたのはグエンさんだったらしい。

 その助けられた生命を、彼は一旦はダイの為に捨てたようだが…まあそれは言うまい。

 ダイはこの物語の主人公なのだ。

 そのように動いてしまうのは仕方のない事なのだろう。

 そうでなければ物語は成り立たない部分に於いては、強制力が働いているだろうし、ダイという主人公には、皆に大切にされる理由がちゃんとある。

 

「生きて戻るという約束は、守ってくださいましたよ?

 …大丈夫です。彼らも、きっと生きていますよ」

 原作通りなら、この後ダイはテランで保護された後、カール王国のアジトに送り届けられる。

 ヒュンケルとクロコダインは大魔王のもとに捕らえられており、裏切り者の軍団長の処刑という名目で、勇者パーティーをおびき寄せる餌とされる。

 …状況からすると、グエンさんはこの2人と一緒に捕らえられている可能性が高い。

 だとしたら、すぐに殺されることはない筈だ。

 

「…そもそも、私は何故、生きているのだろうな。

 (ドラゴン)の騎士としての、戦う力を失ってしまったこの私に、存在する意味などなかろうに」

 そこまで考えたところで、自嘲を帯びたバランの呟きが耳に届いた。

 誰に言うともなく、思わず口から零れてしまったのであろうその言葉に、あたしはちょっとムッとした。

 

「確かにあなたにとっては、ある意味地獄ですよね〜?

 それまでは超越者として見下し、また憎んできた存在と、同じ立場に落とされちゃったわけですし〜?」

 だから、次の瞬間にはつい、噛みつくような言葉を投げてしまっていた。

 そんなあたしの言葉に、バランは少しムッとした顔で、こちらを睨みつけてきた。けど。

 

「…でも、聖母竜(マザードラゴン)的には最初で最後の、母親としての愛情だったと思いますけど?」

 …バランは、今度は知らない言葉を聞くような顔で、あたしを見つめている。

 

「…確かに聖母竜(マザードラゴン)(ドラゴン)の騎士も、力の均衡を正す役割を、神に与えられた存在でしょう。

 けど、それが単にそういう役割だっただけだと、あなたは思うんですか?

 そこに心がなかったと断言できますか?

 ダイを、自分の生命を捨てても助けようとしたのは、あなたにとっては単に、ダイが生きていれば(ドラゴン)の騎士の歴史が続くから、という理由だけでしたか?

 親が子供に生きて欲しいと願うのに、理由なんかない筈でしょうに」

 そこまで言うと、バランは初めて気がついたように目を瞠った。

 

 ……あたしはこの5日間、母が息子の無事を祈る姿を、間近で見てきた。

 父が態度には示さないながらも、やはり案じてる姿を見てきた。

 あたしに『親』の気持ちが、完全にわかるとは言わない。

 けど、もしポップが同じこと言ったら、父は勿論あの優しい母でさえ、その言葉が終わらないうちにポップのアタマに、ボロ泣きしながらげんこつ落とすだろうってことくらいは、あたしにだってわかる。

 

「そもそも、自分の産んだ子がただひたすら戦いの為だけに生き、自分は生きている限りその死を何度も見続けるって、考えるとこれだって結構な地獄じゃないですかね?

 自分がその立場だったら、どう思います?

 …聖母竜(マザードラゴン)はあなたに、もう戦って欲しくなかった。

 それはきっと、あなたを思う彼女の愛です。

 それを…意味がないなんて、切り捨てないでください」

 そろそろ何言ってんだか自分でもわからなくなってきたが、バランはあたしの言葉に、また泣きそうな顔で、瞳を潤ませた。

 

「……そうだ。

 母は、確かに『愛している』と言った…」

 …今更なんだが、この男に人間の心がないなんて嘘だと思う。

 むしろ有り余るほど抱えてたからこそ、この男の悲劇があった。

 ないのは心ではなく、人生経験だ。

 けどそれは、人として生き直す過程で、これから積んでいけばいい。だから。

 

「…妻も、私に生きろと言った。

 そして、私も息子に。

 ただ、生きて欲しい…単にそれだけの気持ちが愛であるなら、この世界はどれほどの愛に満ち溢れているのだ?

 そしてそれは、どこまで続いていくのだ…?」

 ………うん、ほんとゴメン。

 そこまで大袈裟なこと言ってないから少し落ち着こうか。

 

 …バランをもう少し休ませることにして、一旦家に帰ったら、どうやら5本目の柱が、既に王都が滅ぼされた筈のリンガイアに落ちたらしいと聞かされた。

 更にその夜、勇者ダイがテランの湖の祠で発見され、保護されたという情報が入った。

 ダイの身柄はルーラの使える者が無事レオナ姫のもとへと送り届けたという。

 朝になってからその事をバランに教えにいくと、バランは既に床を離れており、宿屋の前のベンチに腰を下ろし、広場で子供たちが戦闘訓練をするのを眺めていた。

 そこに声をかけ、ダイの事を教えてやると、『そうか、良かった』と呟き、安心したように微笑んだ。

 

「…それより、今はバラン様ご自身のことです。

 ちなみに現在のあなたは勇者LV.1です。

 適度に装備を揃えたうえで、改めて修業し直さないと、下手すりゃスライムにも負けますから、そのつもりで」

「そうか……この私が…スライムに……」

 平静を装いつつ密かにショックを受けているようだが、この残酷な事実を知らせずに勝手におもてに出ていかれては、せっかく命が助かったのにあっさり死にかねない。

『そうびなし』だったのはここに現れた時点だけで、今はソーケッツさんの奥さんが旦那さんの古着を繕って、何着か持ってきてくれたそうでそれを着せられているけど。

 このひと、背が高い上にがっしりしてて、服の調達に地味に苦労したのだ。

 先生はこのひとより背丈はあるけど、細マッチョのモデル体型なんで幅が合わず、父さんだと寸が明らかに足りなかった。

 人間関係の距離が近いイナカ村の御近所付き合いに改めて感謝だ。

 まあそんな事は今はいい。

 

「今から鍛え直すのもひとつの考えだとは思いますが、正直バラン様の年齢を考えると、ここから先の成長はたかが知れていると思うのです。

 なのであたしとしてはそれよりも…バラン様には一度、テラン王に謁見される事を提案します」

 彼の座るベンチの隣に腰を下ろして、その顔を見上げながら、あたしは最初の爆弾を落とした。




ノヴァの時もそうでしたが、リリィは感情的になると割と無自覚に、相手の心に刺さること言ってる時があります。
自分では『そろそろ何言ってんだか自分でもわかんない』とか思ってるんだけど、言われた相手にはズシンと響くという。


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14・武器屋の娘は意地悪をする

 …どれくらいこうしているのか、既にわからない。

 手足を枷で拘束されて、どうもその枷から魔力も体力も死なない程度まで吸い取られているらしく、一向に回復する気配がない。

 黒い影が、抵抗もできないわたしの身体に重なり、強引に入ってきては、残滓を残して去っていく。

 何度繰り返したか、もう忘れた。

 

 わたしを乗っ取ろうとして身体に入ってくるシャドーという魔物は、無念のうちに死んだ魂の思念のみが凝り固まって生まれた生命体だ。

 奴らはわたしの中に入った途端、長年僧侶として培った聖なる力によって浄化され消えていくが、その無念の思いだけは消えず、澱のようにわたしの心に積み重なっていく。

 まるで強姦でもされているみたいに、身体は穢されていないが心は確実に穢されていく。

 

 悲しい。

 辛い。

 苦しい。

 憎い。

 

 ……違う。これはわたしの思いじゃない。

 

 そう思っても、それはわたしの心の奥の泉に、深く、深く、沈んでいく。

 かつて流した涙によって生じた、悲しみの泉に。

 

 ……魂が、痛い。

 いっそこのまま死んでしまえたらいいのに。

 …死んでしまったら、会えるのかしら。

 

 わたしの……大切な…………

 

 ☆☆☆

 

「……何故だ?」

 人間となったバランに、テラン王との謁見を提案すると、バランは一瞬目を瞠り、徐々に嫌そうな表情に変わった。

 まあ、この反応も想定の範囲内だ。

 あたしの事は辛うじて信用してくれているようだが、彼の人間への不信感が一朝一夕に拭い去れるものじゃない事くらい、あたしも判ってるつもりだ。

 けど、バランは今や、その人間に自分がなってしまった。

 だとすれば、生きていく道を模索せねばならない。

 できるなら、その生き方に誇りを持てる道を。

 ……そして、彼は父親だ。

 

「…テラン王国は、竜の神を奉じ、(ドラゴン)の騎士の伝説に最も明るい国です。

 以前の戦いで国土を荒らし、国民に多大な迷惑と心労をかけた事への謝罪も必要でしょうし、そこが済めばあなたの身元を保障していただくに、これ以上の存在はないかと」

「この私に、人間に頭を下げろと?

 お断りだ。そんな事をするくらいなら…」

「あなたも人間です。それをお忘れですか?」

「………っ!だ、だが、私は」

「…なるほど。

 己のプライドの為ならば、自分と同じ苦労を、我が子が味わうこととなってもかまわないと、そう仰るのですね?」

 ……あたしは今多分、とても卑怯な言い方をしていると思う。

 親としての愛情がこれほどに強い男であるなら、この言い方が一番堪えるだろうから。

 けど、最終的に『息子の為』という入口から入っていくのが、彼には一番手っ取り早いのだ。

 

「…どういう意味だ?」

 そして当然、バランはあたしの言葉に、疑問と幾ばくかの憤りを視線に込めて、あたしを見返した。

 このタイミングで、ふたつめの爆弾を投下する。

 

「勇者ダイが、パプニカ王女レオナ様と恋仲だという事実は、ご存知ですか?」

「…なん……だと?」

 あたしの落とした爆弾に、バランは狙い通り驚愕した。

 …実際には2人の関係は、まだ恋と呼ぶには淡すぎるだろう。

 レオナ姫の方は既にある程度自覚している筈だが、ダイにとっての今のレオナは『大切な友達』だろうし、その点で言えばポップも同じくらい、ダイの中では重要な位置を占めている。

 更にこの世界ではグエンさんの存在もあるし。

 けど、ラストでダイの行方不明を回避できれば、その後は間違いなく2人は恋に落ちる。

 レオナ姫は『勇者が逃げないようしっかり捕まえておく』為に、彼女の全力をもってダイを落としにかかるだろうから。

 けどそうなると、レオナが国を背負って立つ立場である以上、かつてのアルキードの2人の運命を、少なからずなぞる事になる。

 

「今のままでは、あなたの時と同じ状況です。

 そもそもあなたのケースに於いて、あなたがアルキードを追われる一番のきっかけになったのは人間でなかった事ではなく、そこを突けばあっさり追い落とせるほど、あなたが王女の相手となるに相応しい後ろ盾を持たなかった事なのですから。

 逆に言えば、ある程度のそれを得る事ができれば、話が簡単に纏まるという事でもあり得たんです」

 この世界では、王族の恋愛結婚はむしろ主流だ。

 けど、王族以外の、貴族や側近にとってはそうではない。

 王族が恋愛結婚をするならば、その恋愛から演出した上で、王女に自分の身内をと考える者もいただろうし、また王女と恋愛関係にあるバランを身内に取り込もうとしていた者もいた筈だ。

 バランのケースは恐らくは、後者の動きを制すべく、前者が先手を取った形だったのだと思う。

 タイミング的に後者の勢力が先んじてバランの後ろ盾になっていたとすれば、素のバランは見た目は人間そのものなのだし、人間ではないなどという噂は、流れたとしても一笑に付されていただろう。

 その点においては、前魔王戦の後、パプニカの相談役に就任した大魔導士マトリフが、結局はその職を辞さねばならなくなったケースも同様だ。

 年齢的に彼を取り込むのは、パプニカ貴族には難しかったのだろうが、どこかそういう後ろ盾さえあったのならば、マトリフ様ほどの人物、もう少し王家やら貴族の世界の中を、自分の思うように泳ぎ回れた筈だ。

 …あのひとのことだから結局は面白くなくなって、辞めてた可能性も高い気はするが。

 

「…まあ、常に孤独を宿命づけられ生きてきたあなたにしてみれば、意味のわからない事でしょうけどね」

「…その、君が言いたいのはつまりディー…勇者ダイがパプニカの王女と障害なく結ばれる為の、人間のしきたりに則った下地を作れという事なのだな?

 その為に、まずは父親である私が、テラン王に庇護を求めろと」

 言いたいことがどうやら通じたようだと判断して、バランの言葉にあたしは頷いた。

 ……そう、これは、最終的にはダイの為に必要な事だ。

 ダイが、父親と同じ道を辿らずに済む為の。

 

「…あなたは、ダイの父親です。

 御自分の為にはできない事でも、御子息の幸せの為ならば、なんとかできるとは思われませんか?

 だってあなたは、己が命と引き替えにして、彼を助けたではありませんか」

 勿論それは、そうできる力がバランにあったからだけど。

 もし、あたしにあのひとを…ハドラーを助ける力があったとして、自身の命を引き換えにしてまで、そうできただろうか?

 そう考えるとほんの少し、バランに嫉妬する自分もいる。

 ……だからなのだろう。

 次に続く言葉に、少し意地悪なニュアンスが混じってしまったのは。

 

「…言わせていただければ奥様を連れてアルキード王国を出られた時にそうしていてくれたなら、それが一番面倒がなかったんですよ。

 どうせテランで生活する気であれば。

 そもそも他国の王族を連れて勝手にテランで生活してた時点で迷惑かけてるわけですし?

 ならば正式にテラン王家に匿われたというのであれば、いかにテランが弱小国とはいえ、アルキード王家でも滅多な事では手が出せませんでしたよ?」

 そして、あたしがそう言うとバランは眉を顰めた。

 それから、一度ため息をつき、小さく首を横に振る。

 

「…君が物心ついた時には既にない国ゆえ知らないのだろうが、アルキードは、それなりの軍事力を持った国だったのだぞ?

 テランの武力で敵う筈が……」

「あくまでテラン単体ならそうでしょうね。

 ですが、アルキードが軍を率いて脅しをかけ、王女を取り戻そうとするなら、それは他国から侵略行為とみなされ、近隣諸国から粛清対象とされます。

 テラン自体は滅亡寸前の弱小国ですが、隣国のベンガーナは強国です。

 国境を接している分、そんなアルキードの動きを、黙って見ている事はできなかったでしょう。

 更に、ベンガーナが動けばカールやリンガイアも、当然動いたでしょうし。

 ベンガーナと事を荒立てたくなければ、アルキードは、結局はテランと話し合いをしなければならなかったでしょうし、その間は奥様の体調を口実にすれば、テランで保護する事も不可能ではなかった筈です。

 テラン王は、害される事がわかっていて、みすみす(ドラゴン)の騎士をアルキードには渡せないという立場を貫いたでしょうし、その話し合いが為される間に、『ディーノ王子』は無事お生まれになってたでしょう。

 …ねえ、なんでそこに気付かなかったんですか?

 駆け落ちラリで頭回らなかったんですか?

 二人の世界に酔い痴れて他が見えなくなってたんですか?

 少なくともいい年をした大人の行動とは言い難いですよね?

 なんて事を13歳の小娘に言われて、今どんな御気分ですか?

 あ、今は人間としては生まれたばかりでしたね、失礼いたしました」

「くっ……ぐぬぬ……!!」

 あたしにあっさり言い負かされた脳筋は、少し顔を赤らめて呻いた。

 

「…というのはまあ、冗談にしても」

「冗談だったのか!?

 返す言葉もないくらい正論で、羞恥で死ねるとまで思ったというのに!!」

 大丈夫だ、(ドラゴン)の騎士はどうだったか知らないが、少なくとも人間は羞恥心じゃ死なない。

 …まあ、これ以上苛めるのはよそう。

 そもそもが八つ当たりでしかない。

 

「…少なくとも、奥様は考えてらっしゃった気がするんですよね。

 お話をうかがう限りは、ですけど。

 彼女が城であなたに施していたというのは、恐らく王配教育であった筈ですし、少なくともあなたよりは将来のことを、現実的に捉えていたかと。

 実行しなかったのはあなたのお気持ちを考えてなのか、テランに迷惑をかける決心がつかなかったのか、ひょっとしたらテランにおける(ドラゴン)の騎士の価値を正確に把握しきれておらず、保護を求めて飛び込んだのに結局はアルキードに引き渡される可能性も考えたのか…ああでもそうなったら、その存在と処遇をめぐって周辺各国がそれぞれに干渉して、最終的にはギルドメイン大戦突入必至ですから、それを一番恐れたのかもですねー」

 この世界にはない話だが、トロイア戦争の原因となったのは王子が他国の王妃を奪って逃げた事だったっけ。

 バランは王子ではないしソアラも王妃ではないが、テラン王家に匿われれば似たような状況が発生する。

 まだ魔王軍との戦いが記憶に新しい中、新たなそれも人間同士の争いで血が流れる事を、そしてその原因に自分たちがなる事を、彼女は厭うたのかもしれない。

 ……優しい人だったみたいだし。

 

「……だが現実問題として、それは可能な事なのか?」

「…障害となりうるのは、今のあなたに(ドラゴン)の騎士であった事を証明する手段がないのと、魔王軍の手先として大国ふたつ滅ぼしてる事実ですが、そこら辺はなんとでも丸め込m…交渉のしかた次第という事で」

「…今、丸め込むって言おうとしたな!」

 バランがつっこんできたところで、広場に昼を告げる鐘が鳴った。

 

 ☆☆☆

 

「…ところで、バラン様はどちらのご出身ですか?」

 宿屋の奥さんがあたしの分もお昼ご飯を用意してくれたので、バランが使っている部屋でそれを一緒に食べながらあたしが訊ねると、唐突な話題に戸惑ったのか、バランは明らかにわけがわからないという表情をした。

 

(ドラゴン)の騎士というのは原則、産み落とされて(のち)は、成人するまでは人間に育てられるのでしょう?

 あなたにも育ての親はいたのだと解釈しておりましたが、あたしの勘違いでしょうか?」

「…スプーンでひとを指すのはやめなさい」

 おっと、失礼失礼。

 質問しながら、手にしたスプーンの先を、マイクのようにバランに向けていたのだが、確かにこの動きはこっちの世界の人には通じないだろう。

 

「……先の質問だが、テランの山奥に、かつて小さな村があった…今はない。

 私が16になる年に、知恵ある竜の襲撃にあい、滅ぼされた。

 …今思うにどうもあの村は、私の存在ゆえに作られたものであったのだと思う。

 村の者全員が、私の育ての親であり、また師でもあった。

 その後はずっと戦いの日々で、思い出す事もなかったが」

 …そんな事があったんだ。

 けどそんな過去を戦いの中で思い出す事もなくなるなんてのは、そこはやはり人間とは思考形態が違うような気がする。

 というよりは悲しみに行動が支配されぬよう、本能的にその件に関しての記憶と感情を自らの内に封じたか。

 けど、多分そんなものも、これからは徐々に思い出していくだろうし、そうしなければならない。

 彼は人間なのだから。

 

「その方々の事を思い出してみて、今、どう思われますか?」

 だから、少し残酷な質問を敢えてしてみる。

 バランは少しだけ考えていたが、次に小さく首を横に振った。

 

「……言葉には、できぬな。

 私は戦いに…血に染まりすぎた。今更…」

「罪に逃げないで、言葉を探してください。

 人と言葉を交わす事を、諦めないで。

 人である今のあなたには、一番大切なことです」

 人間への憎しみが消えていないこのひとに、敢えて人間になった事を意識させるのは残酷な事だ。

 でも、徐々に自覚して自己矛盾を抱えるより、あたしの言葉があった方が、あたしのせいにできる分、彼の心の負担は軽減すると信じるしかない。

 …そろそろ自分でも、何言ってるかわからないけど。

 

「…バラン様。

 悲しむ事も悔やむ事も、弱さじゃないですよ。

 苦しくても、それに蓋をして見ないようにするのではなく、それも自分だと認めた上で、抱えて前に進むのが、本当の心の強さです。

 苦しいかもしれませんけれど、あなたはそれに向き合うべきです」

 なんか似たような事ノヴァにも言ったなと、心の片隅でふと思い出し、苦笑する。

 でも結局、自分の弱さを認めないと、人間は強くなれない。

 ポップが最終戦までずっと立っていられたのは、自分の弱さを否定せずに努力して強くなったからだ。

 ……そしてあたしは、そのポップの妹だ。

 

「…リリィ」

「はい?」

 名を呼ばれて、反射的に見上げると、どこか決意を感じる真剣な目と、視線が合った。

 

「……私に、できると思うか?

 …(ドラゴン)の騎士ではない、ただの人間として生き直すことが、この私に?」

「できるできないは関係ありません。

 生きてください。

 この先、あなたが人間として生きるのは、変えようもない現実なのですから」

 強い意志を込めて、その目を見つめ返す。

 バランは暫しあたしから視線を外さずにいたが、その表情が突然、ふっと緩んだ。

 

「……まったく、厳しいことだ。

 だが、その情け容赦ない言葉が、今の私には心地良い」

 …どこかの誰かが別れ際に言ったような台詞だと思う心を、胸の痛みとともに、あたしは呑み込んだ。



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15・武器屋の娘は叩き起こす

「…言葉を交わせば、わかりあえる…か。

 かつては青臭い小娘の戯言としか思えず、夢物語と切り捨てたものだが…」

「え?」

 何か、遠くを見るような目をしながら呟いたバランに、思わず問い返す。

 

「……グエナヴィアだ。

 初めて出会った時の彼女は、今の君と同じくらいの年齢だった」

 グエナヴィアというのは、グエンさんの事だろう。

 そういえば、バランはグエンさんの『一応は』命の恩人なのだと、5日間の修業期間に話してくれていた。

 その時はあたしがまだバランと直接面識がなかったから、そうなのかーとしか思わなかったが。

 

「共に暮らしていた少年とともに、人間たちに害されそうになっていたのを、偶然私が通りかかって、助けることができた。

 だが、魔族の血ゆえにそれまでもずっと迫害を受けていたにもかかわらず、それでも尚、人間を信じるという彼女を、私は理解できなかった。

 …正直なことを言えば、気持ちの悪い生き物のようにすら見えていた。

 一緒にいた少年が、同じ経緯で人間を憎んでいたから、余計にな。

 …あの時は、考えが違うゆえ仕方ないと思っていたが、結果として私は、2人を引き裂いてしまった。

 あの子はグエナヴィアを慕っていたのに、その相手と最後には殺し合いをさせてしまった」

「…鎧の魔槍の、もとの持ち主の方ですよね?」

 実際には、ラーハルトと戦ったのはヒュンケルの筈だけど。

 けど、その件については、ハドラーの黒の核晶(コア)の事を話した時、グエンさん自身も言っていたか。

 その場に、敵対する立場で立っていたなら、自分が手を下したのと同等の責任があると。

 

『……わたし達は、ハドラーを倒す。

 その事について、あなたに否やを問う気はないわ。

 けど…それをここで見ていて、本当に大丈夫…?

 ここで見届けるという事は、間接的に彼の死に関わる事になるの。

 たとえ、あなたがそれを望まなくても』

 グエンさんは、()()()()()()()()、あたしが抱える事を心配してくれていた。

 彼女は、ずっと抱えてきたのだと思う。

 かの人の形見である鎧の魔槍を手に戦うたびに、その死の責任を、己の心に刻みつけて。

 

『後悔すると同時に、思うのよ。

 あの野郎、わたしに絶対に自分を忘れさせない、ある種の呪いを置いていきやがったって。

 …そんな事しなくても、忘れてなんかやらないのに』

 恐らくは、失ってから気づいたというよりは、失った事でその存在が大きくなったのだろう。

 どちらにしろ今のグエンさんの心にいるのは、間違いなくラーハルトだ。

 ……グエンさん自身が気付いているかどうかはさておき。

 

「彼女から聞いていたか?その通りだ。

 魔槍(あれ)は大魔王バーンの誘いを受けた際に、近付きの印の贈り物と言って下賜されたものだったが、私には必要なかったのであの子に…ラーハルトに与えた。

 …今となっては、はらわたが煮えくりかえる思いだ。

 それもこれも、奴の掌の上で踊らされた結果だと思うとな」

「………は?」

「バーンが言っていたのだ。

 アルキードの家臣に私が人間ではないという情報を与えたのは、その者に乗り移った魔王軍のシャドーだと。

 シャドーとは、負の思念の塊のモンスター。

 恐らくは情報とともに疑いや妬み、憎しみの念も同時に、その者の中に置いていったのだろう。

 それが周囲に少しずつ伝播し、増幅されて、本人たちすら気付かぬうちに、彼らは私を恐れ、憎むよう誘導された…。

 どちらにしろアルキードを、ひいてはその民たちを、怒りに任せて滅ぼしたのがこの私だというのは、変えようもない事実だがな…」

 そして、ここに来てようやくバランに、人間に対して『申し訳なかった』という感情が見て取れて、あたしは密かにホッとした。

 他人の痛みを知れ、などと言うつもりはないが、せめて自分が手をあげた相手の痛みを知ること。

 それこそが彼が『人間』として生きていくのに必要な事だから。

 これまでの彼にとって、『人間』とは憎む対象である以前に、自分よりも下位の生物であるという意識が根底にあったはずだ。

 人間が、生活に害を与える獣やモンスターを駆除する事に抵抗を覚えないように、彼が滅ぼしてきた国の人々の命など、駆除対象の害獣に対する感覚でしかなかった。

 それが…少しずつ、変わってきている。

 こうして、『人間』と言葉を交わす事で。

 それはバランにとっては、決して嬉しいことではないのだろうけれど。

 

「…更に魔王軍として、カールとリンガイアの二国もだ。

 本当に、私は生きていていいのか。

 本来ならこの命をもって、償わねばならないのではないか…?」

「残念ながら今のあなたの命ひとつに、死んで罪が贖えるほどの価値なんかありゃしませんから」

「うっ……!」

 ただ、自戒し過ぎてそっち方面に思考が行っちゃうから、そこはいちいち修正していかなければいけないけど。

 厳しいことを言うようだが、今のバランには殺す価値すらないのだ。

 

「……もっとも、裁きを下す権利があるのはあたしじゃないですけどね」

 テラン王もそうだが、バランには会って話をせねばならない人がたくさんいる。

 けど時間は有限なので、優先順位をはっきりさせておかなければならないだろう。

 

 ・・・

 

 バランを連れて先生のうちに行くと(宿に食事代だけでも払おうと思ったら、宿の奥さんに不要と言われた。なんでも行き倒れの旅人を助ける場合に備えて、ベンガーナの宿屋協会から支援金が出ているのだそうで、日数制限はあるがこういう場合は宿も食事も無料で提供するのが決まりなんだそうだ。でもあたしの分は?と聞いたら『お手伝いしてくれた息子のお友達にご飯を食べさせるのは私生活の範囲内でしょ?』だってさ)、父も来ていて作業を手伝っており、夜中遅くに大魔王からの呪法によるメッセージが主要各国の指導者の近くの鏡に配信された、という情報が入ってきていたと教えてくれた。

『勇者一味(パーティー)全滅及び地上世界の終わりを祝して、裏切り者の軍団長2名、並びに勇者一味(パーティー)の女僧侶の処刑を行う』と。

 日時は明後日の正午、場所はカール王国北の山脈地帯。

 

「…グエナヴィアはやはり、捕らえられていたか。

 あの状況では、私にダイを託して逃す以上の事が、彼女にできたとも思えないからな。

 生きていてくれたことだけは何よりだが…この処刑宣告は私やダイを誘き寄せる為の罠だろう。

 私が人間になってしまったことをバーンは知らぬだろうし、瀕死ながらもダイがあの場を逃れていることも、大魔王の懸念材料であろうからな」

 だが、たとえ救出に向かったところで、今の彼には何もできない。

 せめて自分が満足に戦えれば、とバランがあたしの隣で歯噛みした。

 

「言ったろう。あの女はこいつと同様、自分のことが二の次になる傾向があると。

 もっとも勇者(ダイ)を生かすことは、勇者パーティーの最重要事項だから、その原則に従ったまでなのだろうがな」

 バランに答えるロン先生が舌打ちしながら、何故かあたしの頭をポンポン叩いた。

 それを父がなんとも言えない目で見ながら、『だから、うちの娘に気安く触んなといつも…』とぶつぶつ言ってるのは聞かなかったことにする。

 あと隣でバランが『…娘というのは、息子とはまた違う意味で心配なものなのだろうな』と呟いたのも、敢えて。

 

「…オレは武器を全部仕上げたら、奴らのところへ届けに行く。

 半数以上持ち主不在じゃいささかやる気が削がれるがな」

 その父の視線に気づいているのかいないのか、ロン先生は溜め息をつきつつそう言う。

 やる気が削がれると言ってる割には、結構意気込んでる気がするけど。

 

「あ、ならあたし送って行きますよ?

 ちょうど用事もある事ですし、兄にも会いたいので。

 ちょっとその前に別の用事を済ませてきますが、それまでには戻ってきます。

 あ、父さんはしっかりロン先生の助手を務めるように。

 じゃ行きますよ、バラン様」

 あたしの言葉に『どこ行くんだ』となんか焦ったように言う父にひらひら手を振って、バランの手を引いて先生の小屋を出たら、

 

「うちの娘が冷たい!!!!」

 という叫び声が聞こえた。うん多分気のせいだ。

 

 ☆☆☆

 

「ここは…奇跡の泉!?

 テラン王に会いに行くのではなかったのか?」

 先生の小屋の外で時空扉を出し、移動した先の場所を見渡して、バランが戸惑ったような声をあげた。

 その顔を見上げて、首を横に振る。

 

「それは後でもいいでしょう。

 大体、なんの伝手もない武器屋の娘とレベル1の勇者が、ただ王宮に出向いて王様に会わせて欲しいと言ったところで、門前払い食らうだけでしょうから。

 それよりも、あなたが戦えないのですから、かわりに戦える人を呼んでこようと思いまして。

 うちの先生としても、実際に武器を使う人が1人でも目の前にいれば、イメージもやる気も湧くでしょうし」

「…戦える、人?」

「多分、そろそろ目を覚ますと思いますが。

 安置した場所は、あなたが知っていますよね?」

「……まさか、それは」

「てゆーか、起きてなければ叩き起こすまでです」

「いや物騒だな!」

 

 ・・・

 

 死の大地から採取してきた魔力の土と、爆弾石、ガマのあぶらで錬金した粘土状の爆薬に、赤魔晶を研磨した後にできた【赤魔晶の砂】を混ぜたものを、破壊力はなく音だけが派手になるよう調整して棺の周辺に配置する。

 

「…その、ここまでしなくてもいいのではないか?」

「演出です!

 寝起きドッキリはこれくらいじゃないと」

「意味がわからん!!」

 それは、早朝バズーカならぬ爆弾である。

 うまくいけばあたしが設定した合言葉(キーワード)により起爆する筈だが…

 

「おっはようございま〜す!!!!」

 

 ドゥン!

 ドウゥン!!

 ドッカァァン!!!

 

 …合言葉(キーワード)が正常に作動し、周囲の何も壊すことなく、爆発が無事終了した。

 物陰に潜んで様子を伺ってた弱いモンスター達が、一斉に逃げていったけど。

 うん、起爆実験も兼ねていたから、この方式で充分いける。

 だが、これは今作ったものだから問題ないけど持ち歩くものに関しては、合言葉(キーワード)は別に設定した方がいいかもしれない。

 何せ、練りこんでいる赤魔晶の砂はダイの剣を作った時に出た研磨した後のかけらで、本来なら捨てるしかないものであり、粒子が小さすぎて合言葉(キーワード)くらいしかインストールできない。

 結構容量を食うマスター登録がそれ故に不可能で、使用者の限定ができない以上、この世界にある言葉では、ちょっとした会話で誤爆する可能性がある。

 …だが、まあその事は今はいい。

 

「……………え?誰、だ?…人間の、娘…?」

 棺の蓋を押し上げて起き上がってきた魔族の青年は、側に立ったあたしの姿を目に留めて、起き抜けの目を瞬かせた。

 あたしの好みではないが結構なイケメンのその青年が、陸戦騎ラーハルトであることは間違いないだろう。

 ちなみに、彼の入っていたものの他に2つ棺が側にあったが、そのどちらも内側から蓋が開くことはなかった。

 やはり原作通り、(ドラゴン)の血により蘇る事ができたのは彼だけのようだ。

 

「はじめまして、ラーハルト様。

 あたしはランカークス村の武器屋の娘で、リリィと申します」

「…リリィ、だと?」

 声をかけて挨拶をすると、ラーハルトは何故かあたしの名前に食いついてきた。

 

「…あたしの名前が何か?」

「……オレの母と同じ名だ。

 正確にはヴァレリィで、リリィは愛称だったが」

「それはそれとして、目覚めた御気分はいかがですか?ラーハルト様」

 聞いてみれば割とどうでもいい話が出てきたので無視する事にする。

 

「自分から聞いといてオレの答えはスルーか!」

「申し訳ありませんが、あなたのお母さんの話とかあんま興味ないんで」

「いやだから自分から聞いたよな!?

 しかも結構言いにくい事はっきり言ったな!!

 …いや、そんな事より、何故オレの名を?」

「つっこめる元気があるなら大丈夫ですね!」

 ここまでの僅かな会話を交わしただけで、割とめんどくさそうな性格だと理解できたので、強引に大丈夫ということにした。

 念の為ひそかに『みやぶる』で、身体の状態に異常はない事は確認済みだ。

 

「…とりあえず詳細は、あなたのお腹の上の手紙にも書いてあるんだと思いますけど、それ書いた本人が居るからじかに説明させましょう。

 どうせ、『おまえがこれを読んでいる頃は、私はこの世にいないだろう』(低音イケボ)みたいな、厨二臭い台詞とかつらつら書いてあるんでしょうし」

 あたしの言葉で自分の腹に目をやり、反射的にそれを手に取ったラーハルトの指先から素早くそれを奪い取って、背後に控えていたバランに手渡す。

 

「本人的には黒歴史でしょうから、武士の情けで回収させていただきます。

 ……はい、後で御自分で抹消してくださいね」

「言っている意味は判らんが、褒められていない事だけは間違いなさそうだな。

 …というか何故判った」

 そりゃ原作知識がありますから。

 とは勿論言えないが、今は苦虫を噛み潰した表情を敢えて作っているバランが、それを渡した瞬間、明らかにホッとした顔をしたのをあたしは見逃してはいない。

 遺書のつもりの手紙なんて、そこそこ変なテンションで書いたに決まってるんだから、あとで内容を思い返したら、悶絶するに決まっているのだ。

 

「…バラン様!!」

 と、あたしの背後から現れたその男を、数秒じっと見つめていたラーハルトが、ようやく正体に気がついてその名を呼ぶ。

 うん、服装とかメッチャごく普通の村人だし、あたしにはよくわからないが多分戦士としての他者を圧倒する覇気なんかもなくなっているだろうから、目覚めてすぐのラーハルトがわからなくてもおかしくない…だろう多分。

 

「ラーハルト…私は、おまえに謝らねばならない。

 私の憎しみにおまえを巻き込んでしまった事、いつのまにか復讐の道具としておまえを扱ってしまっていた事、それにより愛する者と殺し合いをさせてしまった事を。

 …だが、おまえをもう一人の息子のように思っていたのも、本当の事だ。

 許してくれとは言えぬが…すまなかった!」

 そしてバランは、ラーハルトと顔を合わせて、その瞬間五体投地かってくらいに地面に頭をこすりつけた。

 

「え……………………………!?」

 その状況に急に理解がついてくるはずもなく、ラーハルトは数秒ほど、ぽかんと間抜けな表情をしたまま、足元に跪くバランを見下ろしていた。

 だがやがてはっと我に返ると、自分も膝をついてバランの肩に手をかけ、立ち上がらせようとする。

 

「いやその、顔をお上げくださいバラン様!

 お、おい人間の娘!この状況をどうにかしろ!」

「…あたしの名ならさっき名乗りましたけどね。

 覚えてませんか?魔族の男。

 ……さっき、アンタのお母さんとおんなじ名前だとか言ってたような気がするんだけど」

 あたしは途中から、ラーハルトに敬語を使うのをやめた。

 

「わ、わかった…リリィ。いやリリィさん。

 申し訳ないがなんとかしろ、くださいお願いします」

 うん、どうやら生き返ったばかりでしかも大好きなバラン様に土下座されて錯乱しているようだねラーハルト君♪

 

 ラーハルトが困っているのは別にいいとして、父親と同世代の男が土下座してる光景はやはり見るに耐えないので、バランには状況説明をさせるという名目で立ち上がってもらった。

 バランが人間になってしまったと聞かされ、最初はショックを受けていたラーハルトだったが、

 

「元々、魔王軍に対して忠誠の心などございません。

 オレはバラン様の部下であり、竜騎衆がひとりです。

 バラン様の後継の(ドラゴン)の騎士が、一子ディーノ様であれば、このラーハルト、一命をかけてお仕え致します。

 ディーノ様の理想実現の為ならば、神々にでも立ち向かいましょう」

 とかなんとか言って、戦えないバランの代わりにダイの味方として一緒に戦うことを承知してくれた。

 …うん、割とめんどくさそうな性格の男だと言ったことは訂正しよう。

 ラーハルトは、相当めんどくさい性格の男だ。

 

 ・・・

 

 ラーハルトを連れて時空扉で先生の小屋へ戻ったら、ちょうど鎧の魔槍の強化修復が終わったところだった。

 先生(とついでに父さん)にラーハルトを、それの本当の持ち主だと紹介したところ、先生はラーハルトをじっと見つめてから、不意に口を開いた。

 

「グエンの奴に頼まれて、仕込み剣をソードブレイカーにしたのだが、おまえ要るか?」

「要らん」

 即答だった。



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16・武器屋の娘は訪問する

かなり前の感想欄で、破邪の洞窟に挑むメンバーにグエンが入る予想をされた方がいらっしゃいましたが、そうならない事はあの時点で既に決まっていました。
そもそもグエンが無事にこの砦に来ていた場合、アバン流殺法を授けられていた関係上、恐らくはレオナから『5人目』の立場を奪うことになってたんでね。
ポップの覗きイベントでのおっぱい祭りを期待された皆様には申し訳ありません(爆


 結局、鎧の魔槍の仕込み剣は通常のものに戻された。

 父さんも協力して、鎧の魔剣と魔槍はかつてのそれより強化され、鎧化(アムド)を試してくれたラーハルトからは、

 

「以前のものより装着感と取り回しが格段に良くなった」

 という言も貰っている。

 ちなみにその光景を見ていた父さんは、

 

「…実際に身につけて動いてるのを見るとまた違うもんなんだな。

 あんた、いっぺんうちの店で、うちの商品身につけて実演販売してくれんか?」

 とラーハルトをモデルスカウトしようとしたので後頭部をはたいておいた。

 確かに細マッチョの長身というモデル体型だけども!

 …けど、実際に商品を身につけた店員を客に見せるというのは、アイディアとしてはアリかもしれない。

 つか、前世では普通に行われていた事で、アパレル店員は古くはマヌカンとも呼ばれ、これはマネキンと語源を同じくする言葉だ。

 今までは自分は父の後を継げる男を婿に取らなければならないと思っていたが、それだと選択肢が非常に狭まることも覚悟していた。

 けど最悪、顔と身体だけの男を婿にしてマネキン業務だけしてもらえば、それでも商売は成り立つんじゃないだろうか。

 あたしが武器を打てない以上、父にはできる限り現役を続けてもらわなければならないけど。

 元々恋愛結婚をするつもりはないのだから、とりあえず最後の選択肢には入れておこう。

 勿論ラーハルト以外で。

 

 そのラーハルトだが、ヒュンケルさんがグエンさんと一緒に魔王軍に囚われている状況が不快であるらしく、

 

「あいつを信用して託したというのに…!」

 と怒り心頭であったが、そこはバランに宥めてもらった。まあ途中、

 

「…私は正直、グエナヴィアはおまえには相応しくないと思っている。

 女のくせに慎みが足りないし、気も強い。

 しかも無自覚な人誑しだ。

 わざとでないだけに始末が悪い。

 あれと一緒になどなったら、苦労するぞ」

 とか物凄い脱線していてちょっと険悪な雰囲気になりかけてたけど。

 てゆーかこれ意訳すると、

 

本当の息子(ディーノ)もう1人の息子(ラーハルト)も私よりグエナヴィアに懐くのが気に入らん。私もかまってくれ。

 もっと甘えてくれなきゃパパン拗ねちゃうぞ、ラーハルト』(低音イケボ)

 だよねと生ぬるく見守りながら思っていたら、何故かバランが一瞬で死んだ目になった。

 

「…おまえ、心の声だだ漏れだぞ……」

 とラーハルトに呆れたような声で言われ、初めて口に出して言ってたことに気がついたが、それを境に2人とも落ち着いて、最後には穏やかに話をしていてくれたので良しとする。

 

「…ラーハルト。おまえの気持ちも考えずに無神経な事を言って、済まなかった」

「…いいえ、バラン様。

 彼女を諦める選択肢は元よりありませんが、バラン様がオレを思って言って下さった事は、素直に嬉しく思います」

「そうか…!

 な、ならば…私のことは、その……と、父さん、と…」

「………は?」

「……………いや、なんでもない…」

 

 …それはさておき、修復されたダイの剣には魔法剣の呪文レベルを最高位まで増幅できる機能をつけた新たな鞘を作っている。

 ダイの剣はそれ以上の強化ができない為の苦肉の策だが、バランが戦えない以上、ダイのライデインをギガデインにまで増幅できるこの鞘は、かなり有効な武器となる。

 バランが紋章の力をダイに移した時、そこに宿るバランの記憶含めた戦いの歴史もまた、原作通り今はダイの裡にあるのだろうから。

 

 一番最初に着手していたマァムの武器は鎧化機能のついた手甲型で、本来の武器にあたる部分は肩当てに収納されたナックルである。

 その名、【魔甲拳】。

 マァムはヒュンケル以上にあまり器用なタイプではない筈なので、魔槍のような仕込み武器的なものは入れていない。

 そもそも俊敏性を削がずに守備力を上げなければならない為、余計なものを付けて重くするわけにはいかなかった。

 ポップの杖【ブラックロッド】は大魔王の光魔の杖に対し、『今のオレならばこう作る』という先生のこだわりの、一番詰まった一品であると言える。

 機能的には同じだがその反省点を考慮し、使う魔法力は杖自身が吸うのではなく、使用者が任意で好きなだけの魔法力を込める事ができる仕様となっている。

 更に形状をも思い通りに変化させられ、戦いの状況に臨機応変に対応できるのは、光魔の杖にはなかった新しい機能だ。

 ちなみにこの機能はグエンさんの為に新しく作られた棍【魔装棍(アーマードロッド)】にも使われている。

 欲しいと思えば槍にも多節棍にもなるし、勿論ソードブレイカーの形状にだってできる。

 あのひと厨二臭い嗜好の持ち主(ロン先生と同類)だから絶対喜ぶと思う。

 あとクロコダインの斧について、先生は最初は『…必要か?』と渋っていた。

 なんでクロコダインにそんなに冷たいんだと思ったのだがそうではなく、どうもクロコダインの武器であるあの『真空の斧』、ロン先生の視点から見ると、相当完成度の高い武器であるらしい。

 多分飾り物じゃなく実際に戦闘に使用されていた歴史が長いからだろうけど。

 

「伝説の武器なんて、大概は骨董品のナマクラだと思ってたが、あれを見て少し考えを改める気になったぞ。

 形状のセンスはあまり良くないし、勿論オレの作るものには及ばんがな」

 とかぬかしやがりましたけど、デザインのセンスはそんなに変わらないじゃんとか思ったのは秘密だ。

 とりあえず刃の部分はバランとの戦いで一度破損したものをパプニカの金属で打ち直したものらしいと教えたら、

 

「…パプニカ鋼か。なるほど、いい選択だ。

 ミスリルを目指した合金で若干硬度は劣るものの、魔力との相性の良さは並ぶと言われているな。

 何より軽く取り回しがしやすいのが長所だが、まあ使用者がそもそも力の強い獣人なのだから、そこは関係ないか。

 アクセサリーの台座に使われるほどの、輝きの美しさも然り。

 …しかしインストールされた呪文が真空呪文(バギ)系のみってのは、そう考えると惜しいな。

 あの武器のポテンシャルはあんなもんじゃない筈だ。う〜む…」

 と、何か考え始めてしまった。

 それはさておき、勿論言えるわけもないが原作知識で、大魔王戦敗北の際にその真空の斧が失われている事を、あたしは知っている。

 代わりに、処刑の場から解放されたクロコダインに届けられるのが、ロン・ベルク特製【グレイトアックス】なわけだが、原作ではなんの抵抗もなしに作ってくれた筈のそれの作成を、先生がここで渋るのはどういうわけだと少し考えて、ひょっとして原作と違いクロコダインが先生と顔を合わせ、なまじ実物の真空の斧を見る機会があったから起きた弊害じゃなかろうかという事に思い至った。

 確か最初にパプニカで顔を合わせたのは、ダイを時空扉で送ったあたしがうっかり一緒に扉をくぐっちゃったのを、先生が連れ戻しに来たからだし、2度目に先生の小屋で会ったのは、チウ達を死の大地に迎えに行ってそちらに取り残されただろうあたしを、グエンさんがクロコダインを連れて転移呪文で連れ戻しに来たからだ。

 つまり、あたしが居なければ先生には、真空の斧を直接見る機会はなく、話に聞いただけのそれを、伝説の武器=骨董品と侮ったままだったから、クロコダインの斧の代わりを抵抗なく作れたんだと思う。

 て事はあたしのせいでクロコダインが武器無しになっちゃう!?と焦ったが、

 

「ふむ……つまり、先生ならばあれ以上のものを作れると…!?」

 と持ち上げると『当たり前だ』と割と簡単に作る方向に持っていけた。チョロい。

 …あたし達のやり取りを聞いていたバランとうちの父さんが、顔を見合わせて物凄く微妙な顔をしていたのは見なかった事にする。

 同世代の子供を持つ父親同士という事で、はたから見てもわからないが、互い同士には何かわかり合えるものがあるに違いない。

 

 そんなこんなで急ピッチで進められた武器作成と修復作業が全て終了し、再びラーハルトが使うことになる魔槍と、捕らえられてる人たちの分以外の武器の説明書を先生の指示であたしが書き上げたのは、陽が沈み始めた時刻だった。

 ちなみにこの世界、地上で主に使われる文字は何故か日本語の漢字・ひらがな・カタカナで構成されている。

 魔界では別の独特の文字が使われており、一応それを訳する為の辞書的なものも存在する。

 ダイ達がここに滞在していた5日間、それほど時間は取れなかったが、字が読めないというダイが将来騙されないようにと、あたしも少し文字を教えていた。

 その時に知った事だが、ダイはひらがなとカタカナは辛うじて読めるが漢字がほぼ駄目で、また同じ読みのひらがなとカタカナをどういう状況で使い分けるかも、今ひとつわかっていなかった。

 ダイは故郷の島にいた頃、育ての親である鬼面道士のブラス老に魔法の勉強をさせられていた筈で、それには間違いなく書物の助けが要る筈なのだが、そう言うあたしにダイが答えて曰く『じいちゃんの本の字はこれとは全然違うもん。ここで普通に見る字は、アバン先生が島に来た時に初めて見た』とのことだった。

 …魔王ハドラーの軍の中で結構な重鎮の地位にいたであろうブラス老の、持っていた魔術書が魔界のものだったであろう事は、考えてみれば当然だ。

 恐らくは、ダイは魔界文字はそこそこ読めるんだと思う。

 ちなみにグエンさんは旅をしていた時は各地の図書館には必ず行くようにしていたといい、どこの図書館にも魔界文字で書かれた古い書物が幾つかあったらしいが『勉強したこともない文字なのになぜか読めた』と言っていた。

 多分それ…いや、なんでもない。

 あたしは見たことすらないので断言は出来ないが『みる』を使えば恐らく意味はわかると思う。

 けど、見たことのない魔界文字を書いてあげる事は不可能なので、ダイの剣の説明書は、簡単な漢字以外はひらがなとカタカナで書いた。

 多分だが原作では先生が口頭で言ったことを、うちの父さんかバダックさんが聞き取って書いたのだと思うので、そういう配慮はできていなかったのだろう。

 つかそもそもダイの剣の説明書だけは先生に自分で書いてもらえば良かったんじゃないかと、後になってから気がついた。

 

 ☆☆☆

 

 父さんが家から荷車を取ってきてくれて、完成したものを積んだそれをラーハルトに引かせ、武器と一緒にラーハルトもあちらに置いてくる事にした。

 元々、バランの代わりの戦力となってもらうべく、原作より早く起こして連れてきたのだし。

 バランには先生の小屋で待機してもらって、タイミングを見て迎えにいき、こっそりダイに会わせてやるつもりだ。

 何せ、あちらにはカールとリンガイアのトップが居る。

 その二国まとめて滅ぼした男を、連れていくわけにはいかなかった。

 将来的にいずれは会ってもらうつもりではいるけど、今は駄目。

 まあ、それを言うならその部下だったラーハルトも同様だろうけど、竜騎衆は配下のドラゴン達とは別格ゆえ、魔王軍としての襲撃には使っていなかったぽいし、多分セーフだろう。

 準備を整えて時空扉をカールの砦に向けて開くと、なんか森みたいな場所に出た。

 

「…こいつが主張するに、目的地はこの奥だ」

 何故かダイの剣だけ自分で背負ったロン先生が、獣道のようなほっそい道を歩いていくのを、慌てて荷車と一緒に追う。

 背の高い男ふたりとの歩幅の違いに、少し遅れ気味になったところで、何故かフードつきのマントを纏ってすっぽり頭まで隠した怪しさ満点のラーハルトに、ひょいと抱き上げられたかと思うと、荷車の上に乗せられた。

 ラーハルトって強いけどたくましいって感じじゃないのでちょっと意外だったが、それはそれとして荷物扱いされた事に気分を害して、偶然を装って背中を蹴っておいた。

 

「え……?」

 少し進んだところで、木立ちの間から声が聞こえて、そちらに目をやる。

 …あたしの兄が、そこにいた。

 

「…ポップ!?」

「リリィ?それにロン・ベルクも…?」

 駆け寄ってくるポップを見て、荷車を引いていたラーハルトが、マントのフードを更に深く被る。

 どうやらポップを驚かせないようにと配慮してくれたらしい。

 ラーハルトは一度ポップの目の前で死んでるからね。

 この場で騒ぎにされるのは出来れば避けたいから、その判断は有り難い。

 あたしも荷車から降りて、ポップに駆け寄った。

 

「ちょうどよかった。

 いきなりで悪いんだけど、あたし達が来た事、作戦基地の方に伝えてくれないかな?」

 確か原作ではロン先生の魔族の容姿が、モブ兵士のかた達に警戒されていた筈だ。

 先触れさえ出しておけば、そんな騒ぎにはなるまい。

 

「ほんとにいきなりだな!

 大魔王に挑んで負けて、命からがら戻ってきた実の兄に、なんか言うことねえのかよ!!」

「おかえり」

「おれの妹が冷たい!!」

 …なんか父とおんなじようなこと言った気がするが気にしないことにする。

 

「まあまあ。ロン先生が作ってくれた新しい杖あげるから、お願いしますよお兄様〜」

 言って荷車からポップの杖を取って、後でちゃんと読んでねーと説明書きと一緒に手渡すと、兄はちょっと目を瞠ってから、ため息をついて言った。

 

「……ちょっと待ってろ」

 仕方なくといったように砦の方へ走る兄の背中を眺めていたら、先生が少し不機嫌に呟いた。

 

「…オレの武器を、おつかいの御褒美がわりにするな」

 むー。どうせ渡すことになるんだから今だって別にいいじゃん。

 

 …既に薄暗い中、森の中にひとりで居たって事は、恐らくアバンのしるしから光が出ない事で悩んでたタイミングだったんだろう。

 けどその答えは、こんなふうにひとりで悩んでても絶対に出ない。

 ポップの心の力は『勇気』。

 それに気がついた時、ポップの中に燻っていた本当の力が目を覚ます。

 

 …そこに気付く為に、メルルが死ぬ目に遭わなきゃいけないってのはどうかと思わないこともないわけだが。

 女の子の身体に万が一傷が残ったらとか、そういう事を考えたら、ポップが責任取らなきゃいけない案件だと思う。

 …たとえ本当に残ってなくてもだぞ!

 

 それはさておき兄が戻ってくるのを待っていると、兄だけでなくダイやマァム、レオナ姫にノヴァまでが、あたし達を迎えに現れた。

 

「ロン・ベルクさん!!」

「リリィも……!!」

「こんばんわ、皆さん。

 我々は武器職人ロン・ベルクと、その弟子です。

 勇者パーティーの皆さんの武器を、納めにまいりました」

 ロン先生に付き添いながら挨拶すると、何故か先生の大きな手を頭の上に置かれた。

 

「…なんですか?」

「……ん?いや別に。

 手を置くのにちょうどいい位置だったから」

 …殴っちゃ駄目だろうか。だめだな、うん。

 悟った感じになったあたりで、何故か中途半端な距離で固まってるノヴァと目が合い、なんか知らんけど不機嫌そうな顔された。

 なんでだ。

 

 それはさておき女性陣が肌も透けそうなお揃いのヒラヒラドレスを着てるところを見ると、まだ破邪の洞窟から出てきて間もないタイミングであると見える。

 …てかこれ、男性がたには目の毒じゃなかろうか。

 実際モブ兵士さん達の、チラッと見ては慌てて目を逸らすといった怪しい行動がそこかしこに。

 マァムなんか相変わらずけしからん太ももどころか下着まで丸見えだし。

 意図せず反応しちゃうのは仕方ないけど、少なくともその対象に知られたくはないよね、若人たちよ!

 

「マァム!無事で何より〜」

 と駆け寄って女の子同士の特権とばかりに抱きつくと、優しいマァムはあたしの抱擁を受け止めてくれた。

 のですかさず腰で結んでるドレスの裾を、さりげなく解いて元どおり下ろしといた。

 ちょっとシワになってるのは仕方ない。

 これで基地内の男性の皆様の尊厳も保たれる筈である。いいことをした。

 以前から思っていたがこの子は自分の魅力に対する自覚と羞恥心が足りない。

 そこはグエンさんも似たようなものだが、あのひとは露出度高めでいながら、見えそうで見えないあたりのラインを上手いこと保ってる気がする。

 …あと、同じ服装の大人の女性がひとり居る。

 この方が現在は魔王軍に対抗するレジスタンスを率いるリーダー、カール王国のフローラ女王だろう。

 はっきり言ってものくそ美人だ。

 スタイルもいい。

 おっぱいのサイズと身長はグエンさんが上回るが、とにかくバランスが素晴らしい。

 凛とした雰囲気はレオナ姫と似た感じだが、その上位互換って言ってもおかしくない。

 そうか!確かこのひと14歳の時に魔王だったハドラーに拐われかけたんだよね!

 魔界の神への生贄にするとかいう名目で、実は魔王に対抗しようとする人間達の士気を下げる目的だったとか言ってた筈だけど、実際に拐われてたらどうだったかわかんないよね!!

 ……どうでもいいことだと思うけど、若干面白くない。

 そんなどうでもいい事に胸の痛みを覚える事にも、自分にムカつく。

 

「…大魔王(バーン)は、あれを使ったな?」

 と、あたしがしょうもない事を考えていたら、進み出てきたダイに先生が話しかけたところだった。

 問われたダイが頷く。

 

「……光魔の杖。

 ロン・ベルクさんが作ったって本当なの…?」

「……ああ。

 あれを出してこられりゃ、まずおまえらじゃ勝ち目はない。

 だが、オレにも意地があるんでな。

 最高傑作がここにあるのに、過去の試作品如きに負けるのは我慢ならん。

 だから、こうしてわざわざ来てやったんだ」

 ロン先生はそう言うと、背負っていた剣を包みごと、何故かあたしに手渡した。

 反射的に受け取ると、あたしに持たせた状態から、包みの端に手をかける。

 ああ、そういうこと。

 つまりは、主役を劇的に登場させる演出なわけだな。

 ならば、あたしも演じてやろう。

 

「まっ…まさかっ!!?」

「そうだ!こいつはオレ達のもとに帰ってきていた。

 鎧の魔剣や魔槍とともに、より強い力を求めて…!!」

 芝居がかったロン先生の台詞に合わせ、あたしは呆然とする勇者の前に、その剣を両手に捧げ持った。

 

「…これが、新たに蘇ったダイの剣だっ!!!」

 声も高らかにロン先生が宣言すると同時に、その手が包みを剥ぎ取る。

 直接掌に触れたその鞘が、一瞬震えた気がした。

 …ううん、間違いなく。

 ダイの剣は、主との再会を、全身で喜んでいる。

 どうやら戦いを通じて、精神波長の合一化も無事完了していたようだ。

 実のところ、少し心配していた。

 本来のルートでは、これは魔宮の扉を破壊する直前、フェンブレンとの戦いでバランが危うくその刃にかかりそうになったところで、父を救う為に無意識に剣を抜いた、その瞬間に完了する筈だった。

 その場面でバランとの共闘どころか、門番よろしく現われるフェンブレンも主にあたしのせいで居ない状況、しかも門ではなく天井を破壊させたあの時点で、ダイと剣の心はまだ、合一化を終えていなかったから。

 恐らくはあの後、バーンとの戦いの中で、その問題は無事クリアしたのだろう。

 今ならば、以前よりもずっと、この剣は彼の手に馴染むに違いない。

 

「……さあ、また手に取ってあげて。

 この剣はあなたのもとに、一刻も早く帰りたがっていたのだから」

 あたしがそう言うと、剣の(つか)の赤魔晶が、余計な事を言うなとばかりにキラリと光った。んもう、ツンデレさん。

 あたしに促され、ダイの手が剣の(つか)を握る。

 そして。

 

「姿を見せてくれ…!おれの剣よっ!!」

 主の願い通り、鞘の封印を自ら外して顕した刀身の、以前と変わらぬ輝きに、少年勇者の唇に、その時ようやく笑みが灯った。

 

「…キズひとつないっ…!!完全に蘇ってる…!!!

 無事でよかった…!!

 また一緒に戦えるんだね、おまえと…!!!」

 それは武器というより、共に戦う同士に対するような言葉だった。

 

 ・・・

 

 剣の、正確には鞘の新しい機能を軽く説明して、明朝までに読んでおくようにと説明書も手渡すと、ダイはすぐにそれを広げて少し目を通し、一旦あたしの方を見てニコリと笑った。

 どうやらあたしが書いたものと判ったらしい。

 とりあえずサムズアップで返したら、横から覗き込んだレオナ姫に『ひらがなとカタカナばっかりじゃないの。逆に読み辛いわ!』とつっこまれた。

 

 ☆☆☆

 

「勇者パーティーの武器を、とおっしゃいましたね。

 勇者ダイの剣だけではなく……?」

 と、カール女王とおぼしき美人さんが、あたしと先生に向かって話しかけてきて、それに答えようとしたとき、その声は響いた。

 

「あいつだ……間違いない!

 おれの兄さんを殺したやつだ!!」

 多分二十歳そこそこの若い兵士が、青ざめた顔で指差す方向に、反射的に目をやると、被っていたフード付きマントを外した、先生の小屋に待機させていた筈の、口ひげをたくわえた黒髪で長身の中年男性がいた。

 

「バラン様……!!?」

 え、ちょっと待って。なんでここにいるの。

 一瞬混乱したが、そういえば出発してから、マントをすっぽり被った『ラーハルト』が、一度も口をきかなかった事に、ようやく気がついて愕然とする。

 つまり、さっきあたしがラーハルトだと思って背中を蹴ったのは、出発前に入れ替わっていたバランだったということだ…ってそれは今はいい!

 ここ、あなたが姿を見せるには、最悪の場面だからね!なんで来た!!




結構しょうもない部分で文字数使ってて、書きたいところまで書ききれませんでした(爆


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17・武器屋の娘は希望を告げる

決戦前日に、話を詰め込み過ぎました。
少なくともあと2話くらい、この夜だけで使う気がします。


 打倒大魔王作戦基地に激震が走る。

 何故ならばここはカール王国であり、魔王軍超竜軍団に滅ぼされたその国の女王が、まずは生き残りを集めて密かに組織した反乱軍の基地だからだ。

 かの国は屈強な騎士団を抱え、前魔王戦では世界の中心となって戦った上に、その魔王を倒した勇者までもを排出した国だ。

 だからこそそのかつての魔王ハドラーに、バランの足止めとして利用される形になり、結果魔王軍最強の軍を相手にすることとなって、当然のように敗走させられた。

 生き残りの騎士たちの中には、それを指揮していたバランの顔を、見覚えている者がいてもおかしくはない。

 そして恐らく今声を発したのは、原作でバランと一騎討ちして敗れた騎士団長の弟なのだろう。

 そういえばヒュンケルさんのシーンに出てきていた筈。顔覚えてないけど。

 

「バ…バラン……?」

 ポップが少し戸惑ったように呼びかけるのは、多分彼の知るそのひととは、身にまとう空気がまったく違うせいだろう。

 そのそばでダイが目をまん丸に(みひら)いて……うん、完全に固まってる。アストロン状態。

 

「では、あなたが竜騎将バラン…!

 魔王軍超竜軍団の、軍団長だった男なのですか?」

 と、厳しい瞳でこちらを見据え、かの国の女王が問うのに、あたしは思わずバランの前に立った。

 …あたしのちんまい身体で、背の高いがっしり体型のバランを、隠せるわけがないことくらいわかってる。

 それが証拠にあたしの頭のはるか上の方で、その二つの視線が絡み合い、バランは穏やかに口を開いた。

 

「…その通りだ。貴女は?」

 問いながら、バランはそばに立つあたしをひょいと抱き上げ、いつの間にか近くに来ていたロン先生の手に渡す。

 受け取られたあたしは軽く暴れたが、先生はまるで意に介さず、あたしの身体を荷物のように抱え直した。

 あたしの扱いが明らかにおかしい件!

 あと兄!なんかちょっとかわいそうなものを見るような目をするな!!泣くぞこのやろう。

 

「……私の名は、フローラと申します。

 あなたに滅ぼされたカール王国の、国王です」

 恐らくは最初から推測していたであろう、その凄い美人さんの名乗りに、バランは騎士の誓の如く跪く。

 その名を聞いて、後に続く言葉を理解したのだろう。

 フローラ女王はそれを見下ろし、感情の伴わない声で、言葉を続けた。

 

「先ほど彼が言った通り、我がカール騎士団の団長を務めていた彼の兄は、あなたとの一騎打ちで討たれました。

 …それでもあなたに敗れた騎士団長は、まだいい方だったでしょう。

 大多数の兵たちは、あなたの放ったドラゴンの群れに、その命も名誉も蹂躙されたのですから」

 …いや、違う。

 声には確かに感情は顕れていないが、その握りしめた白い手が、微かに震えているのがよく見えた。

 …その手の方が彼女の顔よりも、あたしの視点に近い位置にあったからというわけではない。

 断じて違う。

 その震える手が、腰に提げていたものを引き抜いて手に取った。

 一瞬剣を抜いたかと思い身構えたが、それはどうやら、意匠の施された(つか)のようだった。

 刀身は…無い。

 

「……私の弟も、私を助けるために、私たちの前に立ち塞がったドラゴンを道連れにして…最後に手にしていたこの短剣のみを残して、自己犠牲呪文でその命を散らせました」

 …フローラ女王に弟がいたなんて初耳だ。

 そんな話、少なくとも原作には無かったと思う。

 自分自身のことを棚に上げてぼんやりそんな事を考えていると、勝手に展開した『みる』が、その剣の(つか)から、そこに刻まれた情報を伝えてきた……え?

 …けど、その情報を整理する間もなく、跪いたままのバランを庇うように、駆け寄ってきたダイがその前に立った。

 

「待って…待ってよ!

 この人は、もう悪者じゃない……!

 死にそうだったおれを、この人が助けてくれたんだ…!!」

 戸惑いながらもそう訴える声が、震えていた。

 

「ディーノ……?」

 息子の小さな背中を、少し見上げる形になったまま、バランが目を(みは)る。

 それを振り返って、ダイがその目を見つめた。

 

「ちゃんと覚えてる…気が遠くなる寸前…あんたの声が聞こえた。

 …命を全てやるから生きてくれ、って。

 それから、あんたの心が、おれの中に入ってきた。

 目が覚めたときは、自分のものじゃない記憶とか、いろいろ混じってて混乱したけど、今はもう全部整理されて、おれの中に息づいてる。

 中には理解できない感情もあったけど、赤ちゃんのおれを寝かしつけられずに泣かせて母さんに怒られてシュンとしたとか、けどかわりにおれを抱っこした母さんの優しい顔を見て自分も笑顔になってたとか、母さんと出会って徐々に仲良くなってく過程での、割とどこにもやり場のないモヤモヤした感覚とか、やっと結ばれた瞬間の気持ちの昂りとか、終わった後のちょっと後悔の混じった達成感とか、これ、全部あんたの記憶だよね!?」

「いや後半は忘れろっ!!!!」

【悲報】勇者ダイ、動揺のあまり父親の遅くに訪れた青春の日々の、赤裸々な感情を暴露する。

 てゆーか、ダイを助ける為に必死だったとはいえ、紋章どころか自分の記憶まで全部注ぎ込んじゃったとか迂闊すぎませんこと?

 ああもうバラン様半泣きじゃないですかやだー。

 このままだとバランのメンタルが御臨終の危機なので、先生に軽く合図して腕から下ろしてもらい、2人に駆け寄った。

 

「…ダイは、彼に助けられた事、知ってたんだね」

「うん。最後に、リリィにも謝ってたよ。

 必ず戻るって言ったのに済まないって。

 だから……だから、てっきりっ……!!」

 それ以上の言葉は、口に出せないようだった。

 言ってしまえば、目の前の光景が掻き消えてしまう気すらしているんだろう。

 けど、そのダイにあたしは、避けて通るわけにはいかないだろう、残酷な事実を告げる。

 

「…生きてるとも、いっぺん死んだとも言えるけどね。

 今までの彼と、おんなじ存在ではないから」

 あたしの言葉に、ダイの大きな瞳が、不安に揺れるのがわかった。

 

「それって、どういう……」

(ドラゴン)の騎士・バランは、もうこの世には居ない。

 (ドラゴン)の騎士の命ともいえる(ドラゴン)の紋章を、その力とともに全て、あなたに渡してしまったから。

 そして、その力でダイ…あなたは今、生きてる。

 だから、ここに居るのは(ドラゴン)の力も、魔族の魔力もない、ただ人間の命と心だけを残した……勇者LV.1のオッサンだけ」

「言い方!!!」

 あたしが言うのにポップがつっこむのが聞こえたがそこは無視した。

 

「…おまえ、村じゃ『魔王』のほかに、最近は『毒針』って呼ばれてるからな。

 多分そういうところだぞ、言っとくが」

 更にロン先生の声が、呆れたように呟く。

 てゆーか、誰だそんな事言うのは。

 とりあえず村に帰ったらソイツ絞めよう。

 

「いいよ……なんでも」

 よくない。

 タイミング的に思わずそう言いかけて、慌てて口を閉じる。

 俯いたまま呟くダイの声は、どう考えてもあたしの心の声に対してのものじゃなかったからだ。

 

(ドラゴン)の騎士じゃなくなっても…人間になっちゃってても、もうなんでもいいよ。

 生きててくれた…それだけで、もういいんだ。

 ……………父、さん」

 

 

 ………キタ──────────!!!!

 

 …コホン。失礼、取り乱した。

 原作でバランと死に別れたダイが、彼のことをようやく『父さん』と呼べたのは、バランが死んでしまってからだ。

 その後、夢の中や魂の会話では父さん呼びをしているものの、生きたバランにその呼び声は、終ぞ耳に届かなかった。

 …それは、やはり悲しいことだと思うのだ。

 死んでから素直になるなんて遅すぎる。

 そして、バランは力を失ったものの生きている。

 生きてさえいれば、手を伸ばせば触れられるし、声をかければ耳に届く。

 そして元々ダイは真っ直ぐで、素直な子なのだ。

 

「ディーノ…い、いや、ダイ……!」

「父さんっ……!!」

 涙を浮かべて抱きついてくる息子を抱き返しながら、バランの瞳も潤んでいた。

 

 ……………ややあって。

 

「…息子が話の腰を折ってしまい、申し訳ない。

 だが、お時間をいただいたおかげで、心残りは無くなった。

 …フローラ女王、貴女の裁きに私は従おう」

 バランは一度立ち上がり、再びフローラ女王へと視線を戻して…先ほどよりも穏やかな口調で、言った。

 

「父さん!」

「ダイ、控えろ。…これは必要なことなのだ。

 私は魔王軍に加担し、この国を滅ぼした。

 私自身は、正しいと信じて行なっているつもりだったが、そこに負の感情が無かったとは言えない」

 バランはそう言って、ダイの頭に大きな手を置く。

 ダイは一瞬そこで固まったが、すぐに泣きそうな目で、首を横に振った。

 その目を覗き込んで、バランもまた、どこか切ない表情を浮かべる。

 その2人に向かって、フローラ女王は、先ほどと同じように、感情を圧し殺した声を発した。

 

「…カール王国だけではありません。

 そちらにはリンガイア王国の将軍と、その子息も居ます。

 彼らもまた部下を、友を、仲間を、あの戦いで亡くしています」

 示されて、バウスン将軍はハッと息を呑み、ノヴァは居た堪れないような顔で視線を逸らした。

 ダイの為に感情を抑えていてくれているのだと思うが、それもノヴァにしてみれば、かなりの忍耐力を駆使しての事の筈だ。

 息子が敢えて何も言わずにいるのを暫し見ていたバウスン将軍は、その視線を未だ跪いたままのバランに向け、更にフローラ女王へと移した。

 

「…国は違えど、我々は同じ痛みを持つ同士です。

 フローラ様の御決断に従います」

「…ありがとう」

 ふわりと優しげに微笑んだ顔が、次の瞬間には再び厳しいものに戻る。

 

「……あの、その前に失礼いたします。

 ちょっといいでしょうか?

 あたしはランカークス村の武器屋の娘で、魔法使いポップの妹の、リリィと申します」

 そしてその瞬間、あたしは考えるより先に挙手していた。

 

「おまえな。少しは空気読め。

 ……すまんな、うちの馬鹿弟子が…」

 そう言ってあたしの肩を掴もうとするロン先生の手をはたく。

 失礼な。これ以上なく読んでるからこそ、ここで発言しているというのに。

 

「いいえ、しっかりしたお嬢さんね。

 構いません。なんでしょう?」

 先ほどまでとは一転した、優しい声をかけてくれるきれいなおねえさんの、手の中にあるものを示しながら、あたしは言った。

 

「それ、見せていただいちゃダメですか?

 少し、気になることがあるのですけど」

「これ?……単なる折れたナイフよ?

 一応、我が王家に伝わる家宝『だったもの』だけれど」

 訝しげに目を(またた)かせて、あたしに手渡してくれる『それ』を暫し見つめる。そして。

 

「…そのようですね。

【折れた宝剣】。元は【カールの守り刀】。

 本来の持ち主はカール王弟【セージュ】」

「ばっ…馬鹿!止せ、リリィ!!」

「妾腹である彼が生まれた時、本人の身元を証明する為に、前カール国王から賜った品…で、お間違いないでしょうか」

 先生が止めるのも構わず頭の中のオッサンの言葉を復唱するあたしに、目の前のカール女王はハッとしたような表情を浮かべた。

 …正直、あたしの能力をひけらかすこの行為は、一国の王である彼女の前では、避けなければならない事だと、理解はしてる。

 …けど、伝えないといけないと思った。

 この折れた短剣が伝えてくる情報が、バランの所業を無かったことにするわけではないにしろ、伝える伝えないでその感情の行き所は確実に違うだろう。

 …裁く側だって、人間だから。

 

「…かつては、王家の方の手にある間は、その身を守ると同時に僅かながら力を与える宝剣だったものですが、彼が自己犠牲呪文(メガンテ)を使用した際、()()()()()()()その刀身が砕けて、現在は力を失っています。

 ……ってわけでその持ち主の方、生きてらっしゃるみたいですよ?

 この剣自身はもう剣として生きておらず、彼との繋がりが切れてしまっているので、ここからはその先が追えませんが、少なくともその時に亡くなってはいない筈です」

 あたしの言葉に、周囲を取り巻くひとたちの騒めきが伝播する。

 …多分だけど、アバン様の時と同じ事が起きたんじゃないかと思う。

 アバン様の命を救ったアイテムも確か、出所はカール王家だったし。

 メガンテによる爆発の威力で、誰もいないところへすっ飛ばされたか。

 戻ってこない理由まではわからないけど。

 それにしても、そっか。

 妾腹ってことは弟さんっても異母弟なんだ。

 だからこの人が『女王』なのだろうし。

 

「……生きて、いる?セージュ……が?」

 あたしから剣の柄を返却されて、フローラ女王は呆然と受け取る。

 

「ああ……神よ、感謝いたします!!」

 それを胸に抱きしめて、跪いたフローラ女王の目に、薄らと涙が滲んでいた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「…バラン。勇者ダイに免じて私は、これ以上の事は申し上げません。

 ですがあなた自身には、覚えていていただきたいのです。

 …己の為した事を、片時も、忘れる事なく。

 それが私たちの、あなたに対する罰であると、理解してください」

「……御意」

 バランは、その美しい人に向けて、深く頭を下げた。

 

「…フローラ様の決めた事だ。

 カール王国の騎士として、おれも従う。

 ……けど、せめて。

 せめて兄の魂に、謝罪してくれ!

 一言でいい、悪かったと…!!」

 言って進み出てきた若い騎士は、先ほどの『騎士団長の弟』だった。

 バランはその青年を見つめ…それから、首を横に振る。

 

「………いや。その事だけは、私は謝らぬ」

「なっ……なんだとぉっ!!?」

 その言葉は、青年を激昂させるに充分だった。

 顔に血を上らせて、バランにつかみかかろうとするのを、他の騎士たちに抑えられている。

 

「くっ…どこまで、兄さんを侮辱すれば……!!」

「…君にしてみれば業腹だろう。

 最初から、許されようとは思っていない。

 だがそれは、あの男が本当に強かったからだ」

 バランが淡々と発するその言葉に、青年は動きを止めた。

 その目を真っ直ぐに見返して、バランが続ける。

 

「彼と私が戦場で出会い、戦った。

 その結果として彼が死んだ事を、それでも間違いにしたくはない。

 あの男を、間違いで死んだ間抜けにするわけにはいかない。

 だから……謝るわけにはいかぬのだ」

 バランが言うのを聞き、青年は大きく目を瞠いた。

 

「…唯一、悔やむことがあるとすれば…あの時の私に、魔王軍の軍団長として背負うものさえなければ、純粋に剣技のみであの男と、勝負を決したかった。

 人間に憎しみを抱いていたあの時の私にすら、そう思わせるほどに強かったのだ。

 ……ホルキンスと名乗った、あの騎士は」

 …瞬間、その騎士の弟だという青年は、仲間たちに抑えられていた身体から、完全に力を抜いてその場に崩折れた。

 バランと戦って敗れたその騎士団長の名を、この場では誰も口にはしていなかった筈だ。

 恐らくは戦場で相対した時に名乗りあげたのであろうその名を、バランは覚えていた。

 それはバランが彼を、少なくともその強さを、認めていたからに他ならない。

 

「…っ、うううっ………うああぁああっ!!!!!」

 青年も、その事に気が付いたのだろう。

 嗚咽を漏らし、崩折れた彼を、仲間の騎士たちが立ち上がらせて、奥の部屋へと連れていく。

 あたし達はそれを、見送ることしかできなかった。

 

 …憎しみは、すぐには消えない。

 戦いで死んだ者は、戻ってはこない。

 そして復讐は、更なる連鎖を呼ぶ。

 その事を、今バランは切実に感じているだろう。

 それでも、自身に立ち向かって命を落としたその騎士の名を、バランが覚えていた事が、その弟の心に何か響くものを残したと、この反応から信じるしか……ない。

 

 ・・・

 

「フローラ女王。

 ひとつ、お願いしたい事があります」

「…なにかしら?」

「テラン王に、紹介状を書いていただけないでしょうか?

 このひとの身柄を、テランに預けたいのです」

「それは…何故?」

「彼は、あたしが止めるのも聞かずにここに付いてきてまで、貴女に謝りたかったみたいですから、それができるならテラン王に土下座くらいもっと簡単にできると思いまして。

 勇者ダイとの戦いで、死者は出さなかったものの、あちらにも国土を荒らして迷惑かけましたし」

「…テラン王が許すかどうかは、わからないわよ?」

「はい。

 ですから、貴女が下した裁きについても、その紹介状にしたためていただければ、と」

「…わかったわ。大魔王を倒してこいと言われるより、よほどお安い御用よ」

 

 ☆☆☆

 

「…まったく、おまえという奴は。

 権力のある人間の前で能力を使うのは危険だと、あれほど言ったのに…!」

 フローラ女王にその場でしたためてもらった書状をバランに預けると、その後ろで先生が、グチグチと文句を言い始めた。

 

「でも、とりあえずはそれで、丸く収まったでしょう?」

 あたしが言い返すと、それでも何か言いたそうに睨まれる。

 その間に入って、バランが済まなそうに、あたしに目を向けた。

 

「…そうか。私の為に、なのだな。

 もしこの件で君の自由が奪われるような事になるならば…」

「そんな事はさせん」

 言いかけたバランの言葉を、先生がぴしゃりと封じる。

 

「安心しろ。いざとなったらジャンクに殴られる覚悟で、オレがどこまでも連れて逃げてやる」

「逆にこれっぽっちも安心できませんからね!?

 どこまでもって、それ絶対、魔界も選択肢に入ってますよね!!?」

 うちの先生の冗談は、割と笑えない。



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18・それぞれの決戦前夜1

「遅い。待ちくたびれた」

 時空扉を開くと、見慣れた先生の小屋の中で、腕組みをして椅子に腰掛けたラーハルトが、開口一番にこう言った。

 

「…あたしは、『一緒に来い』と言ったんだけどね。

 なんでアンタがここにいて、バラン様がこっちに来てんの。逆だから」

「そうだな。だがバラン様が待てと言った。

 どちらの命令を聞くかは言わずと知れたこと」

 いや、『待て』って犬かよ…と、とりあえずつっこみかけてやめる。

 コイツにしてみれば当然の話なのだろう。

 …けど、バランが彼に求めてる距離感はこれじゃない筈で、そこは後々矯正していかなければならないと思うんだけども。

 

「はいはい。いい子でお留守番ありがとね〜。

 じゃ次、こっちおいで〜」

「オレは犬か!」

 …どうやら考えていることが態度に出てしまっていたようだ。

 だが一言つっこみはしたものの、ラーハルトはそれ以上逆らわずに椅子から立ち上がると、傍に置いていた魔槍を手に、扉のこちら側へと歩いてきた。

 その姿に基地の皆さんがちょっと身構え、ポップが一瞬、明らかに『あれ、こいつ見たことあんな。誰だっけ?』みたいな顔した。

 それから、ハッとして指差しながら叫ぶ。

 

「…陸戦騎ラーハルト!?

 お、おまえ生きてたのかよ!!」

「…その表現は違うな。

 オレは一度、確かに死んだ…」

 …つか、コイツもバランの部下で、この流れでこのまんまコイツに喋らせると割とめんどくさくなる気がして、あたしは簡単に皆にラーハルトを紹介した。

 それから、ポップの質問に答える。

 

「生き返った過程はポップとおんなじだよ。

 彼も、バラン様に助けられたの。

 …もっとも、強い精神力の持ち主じゃないと無理だって話だし、今日の日中まで寝こけてたコイツと違って、すぐに生き返ってきたポップの勝ちだから♪」

「なんの勝負なんだ、それは…」

「さっきも言った通り、バラン様は全ての力をダイに渡してしまったから、以前のようには戦えない。

 だから、代わりの戦力として、彼を連れてきたの。

 性格は控えめに言ってかなりめんどくさいけど、頼りにはなる筈だから」

 あたしがない胸を張って(ってやかましいわ) 言うのに、ラーハルトがジト目で睨んでくるのは徹底的に無視する。

 

「控えめでも『かなり』なのね…」

「…つっこんだら負けよ、マァム」

 そして端の方でマァムとレオナ姫もなんか言ってるし。

 

「この子は魔族と人間の混血児で、私が育てた一流の戦士だ。

 大魔王を相手に充分とは言えぬかも知れないが、私の代わりに戦ってくれると言ってくれた。

 …ダイよ。

 今よりこの男を、兄とも思って頼るがいい」

 そしてバランがどさくさに紛れて距離を詰めようとするのに対し、ラーハルトはあっさりと訂正する。

 

「オレはあなた方の部下です、バラン様。

 ……ディーノ様もどうぞ、そのように。

 さあ、ご命じください、ディーノ様。

『共に戦い、大魔王バーンを討て』と」

 そう言って跪こうとするラーハルトを、やはり犬っぽいなと思っていたら、ダイがちょっと困ったように、言った。

 

「…ダイって、呼んでくれないかな」

「……えっ!?」

 一瞬何を言われたのかわからなかったのだろう、ラーハルトが目を瞬かせる。

 その、自分より遥かに上にある青い目を見上げながら、ダイは指先で頬を掻いた。

 

「確かに、父さんと母さんがつけてくれた名前も、大事だと思う…けど、どうしても自分の名前として、しっくりこないんだ。

 その名前をどう使うかは、全部終わった後で考えるからさ…今は、デルムリン島でじいちゃんに育てられて、アバン先生に教えを受けて、みんなと一緒に戦ってきた、ダイで居させてほしい……だめ、かな?」

 そう言って、ダイはバランの方にも目を向ける。

 一応、父親の気持ちも考えてくれたらしい。

 ああでも、そうか。

 バランが抱く、その名前に対する思い入れまでも、ダイは共有しちゃってるもんな。

 …………ん?待って。

 ダイにバランの記憶が同期されているとして。

 ひょっとしてバランに目撃されてた、あたしとハドラーの別れ際のアレとか、ダイに知られてるとかいうことは……ない!?

 

 んぎゃああぁぁ〜〜〜〜〜〜!!?

 待って待って待って!

 駄目無理マジで恥ずか死ぬ!!

 あたしに今バギクロスが使えたら、『見るがいい!これが人生最後の真空○風衝だ!!』とか言って自分にぶち当てて消滅したいくらいのレベルで死ねる!!

 お願い忘れてえぇぇ────っっ!!!!!

 

 ……ぜえはあぜえはあ。

 い、いや落ち着け。考えても仕方ない。

 今はそんな事こっちが忘れておこう。

 あたしが脳内で若干のパニックを起こしている間に、ラーハルトは少し考えていたようだったが、それもすぐに自己解決したようで、次の瞬間にはあたしには絶対向けないメッチャ爽やかなイケメン顔で、微笑んだ。

 

「かしこまりました、勇者ダイ様!!」

「いや、様とかなくていいからさ…」

「……ダイ。

 多分だけどコイツ、空気読まねえタイプだぞ…!」

 ポップ、正解。

 

 ……バランとラーハルト、そしてダイの距離感の違いは、すれ違いながらも少しずつ矯正していく事になるだろう。

 間違いなく将来的に、ラーハルトが折れる形で。

 後は当事者同士でどうにか頑張りたまえ。

 それはあたしの仕事ではない。

 

「待って。何故あなたがその槍を持っているの!?」

 と、周囲で見守ってる皆様の間から、唐突にエイミさんが、厳しい表情で進み出てきた。

 その視線の先は……ラーハルトだ。

 

「…こいつは元々、オレがグエナヴィアに預けていた物だ。

 あいつが居ない今、オレがどう使おうと文句あるまい?」

「なんですって!?」

 あからさまに敵意を向けられたラーハルトが、先ほどとは全く違う、冷たい目をエイミさんに向ける。

 エイミさんもまた、噛みつきそうな勢いでラーハルトと向き合っており、お互いに『なんだこいつ』的な感情が、そこにありありと浮かんでいる。

 あれ、なんか2人の間に火花散って、それが増幅してってる気がするんだけどこれ幻かな。

 

「…グエンの武器は、別に用意してる。

 それも含めて、そろそろ持ってきたモンの説明をしたいんだが、いいか?」

 呆れたようなロン先生の声が、そこから発生しかけた空気を弾き飛ばし、プチ真龍の闘いみたいのは一旦終了した。

 いやなんだったんだ一体。

 

 ・・・

 

 杖はポップに既に渡してあるので、斧と魔剣、そして棍をバランとラーハルトが荷車から下ろし、あたしは『魔甲拳』を、マァムのところに持っていった。

 

「これ、私の武器なの?」

「はい!

 今回のラインナップの中でも、うちの先生が一番楽しんで作ったのがそれですので!!」

「余計なことは言わんでいい。

 …そうだ、それがおまえさんの武器、『魔甲拳』だ。

 利き腕じゃない方に着けておいた方が便利だぞ」

 ロン先生にそう言われて、包みを解いたそれを、マァムは左腕に装着する。

 それから台の上に置かれたまま、持ち主が居ない3つの包みそれぞれに目をやった。

 

「これが斧。こっちが魔剣…じゃあ、これがグエンの…?」

「ああ。『魔装棍(アーマードロッド)』。

 あいつは槍よりも棍の方が相性がいい。

 本人が居ないところで勝手に決めたが、槍の方は持ち主が戻ってきたからな。

 あいつなりの覚悟を持って使ってたようだが、もうそれも必要ないだろう」

 そう言ってロン先生がラーハルトに目を向けると、ラーハルトは無言で頷く。

 

「…では、この斧は重そうだから、ぼくの部下に持たせておきましょう!!」

 そこへ、ちょこちょこと出てきたチウが、台の上から斧を重そうに持ち上げて、後ろに控えていたグリズリーに渡した。

 よく見ればもっと後ろの方に、以前死の大地で助けたパピラスもいる。

 あ、目が合った途端手(羽根?)振ってきた。

 

「じゃあ、魔剣と棍は私が…」

 更にチウに倣うように、マァムが進み出てきて台の上に手を伸ばす、が。

 

「この棍は、私に渡させて!」

「オレに決まっているだろう。邪魔をするな!」

 ……そこに何故か、美人賢者と魔族の青年が割り込んできて、再び闘争が勃発した。

 

「大体、さっきからなんなの貴方!」

「それはこっちの台詞だ。

 オレは、かつてはグエナヴィアと一緒に暮らしていた男だぞ!」

「なっ……!!で、でも、今は違うのでしょう?

 昔の男がしゃしゃり出てきたところで…」

 待てや。

 とりあえずここまでくれば、さすがに何が起きてるかあたしにも理解できた。

 いやエイミさん!あなた確か原作ではヒュンケルに惚れてた筈ですよね!?

 なんでグエンさんに行ってんの!?

 …暫し呆然とその場に立っていたあたしだったが、なんとか取りなそうとしてその度に弾き出されるバランと、困惑の(てい)であたしに目を向けたダイの視線に、はっと我に返った。

 つかつかと台へと歩み寄り、2つを同時に両手に掴んで、開いたポーチに収納する。

 全員が、信じられないものを見たショックに固まった。

 

「喧嘩する子は、どっちにもあげません!

『道具袋』に全部しまってあたしが預かります!!」

 …よく考えたら、最初からこうしてあたしが全部持っていれば良かったんだ。

 なんか頭痛を堪えるようにロン先生が額に指を当てて、あーとかうーとか言ってるが、多分二日酔いなんだと思うことにする。

 

「皆さん、食事の支度ができました!

 ……あら?何かあったんですか?」

 そこに、白いエプロン姿のメルルが入ってきて、そこに流れたおかしな空気に首を傾げた。

 てゆーか、多分この子も破邪の洞窟に潜ってた筈なのに、その後で食事の支度までしてたの!?

 

 ☆☆☆

 

 皆さんの食事が終わり、メルルが食器を洗い始めたのを手伝って、2人でさっさと終わらせた後、あたしは少し気になる事があったので、基地の外に出た。

 先生はフローラ女王と話をしており、恐らくは自身も明日の戦いに同行する申し出をしているのだろう。

 …確か、ミストバーンとの因縁もあった筈だし。

 けど正直、ラーハルトを連れてきた事で、先生が助っ人を申し出ない可能性に賭けていた。

 例の剣、見せてもらっていないから、本当に完成しているのか分からないし。

 完成していても、それが本当に先生の技に耐えられるのか、現時点では確証がない。

 けど実際、ザボエラが例の『超魔ゾンビ』を出してきたら、恐らくは先生以外にあれを倒せる者は居ない。

 

「……リリィ?どこに行くんだ?」

 考え事をしている背中に、呼びかけられて反射的に振り返る。

 そこにいたのは、僅かに黒の混じった青銀色の長髪に、ダークグレーの瞳の青年…北の勇者ノヴァだった。

 

 ・・・

 

「だいぶ狙ったところに当たるようになってきたじゃないか。

 というより、元々投擲に関して筋がいいから、投げる際にナイフを持つ手がブレさえしなければ、ほぼ完璧に的中させられると思うよ」

 そして。

 あたしはたまたま顔を合わせたノヴァに、ナイフ投げのコツを教えてもらっていた。

 あたしがハドラーの幻影に向けて投げつけたやつは回転してしまっていたから、彼がフェンブレンに対して投げたものは真っ直ぐ飛んでいたのを、顔見た瞬間に思い出したのだ。

 ノヴァはあたしの唐突な頼みに少し驚いていたが、快く引き受けてくれて、2、3のアドバイスとフォームの改善を試みただけで、刃の部分を前にして真っ直ぐ飛ぶようになった投げナイフは、投げるたびに命中精度を上げていった。

 ヤバイ、あたしって天才かも。

 いや違うな、これは教えるひとが有能なのだ。

 調子に乗ってはいかんな。

 

「ありがとう。でも『ほぼ』じゃ足りないの。

 これって基本的に不意打ちだから、確実に命中させないと、反撃される危険が大だよね?」

 恐らくは、一撃で相手を無力化できる位置に、確実に命中させなければ意味がない。

 例えば目。或いは喉。最低でも利き腕の腱。

 

「キミは戦いに出るわけじゃないんだから、そこまで完璧を目指さなくてもいいと思うけどな…。

 というより、キミにあまり強くなられるとボクの立場が…いや、なんでもない」

「甘い。オーザムの黄色いお菓子くらい甘い。

 そう言ってあたしが何回、勇者パーティーの戦闘に巻き込まれたと思う?」

 あらゆる事態を想定してそれに備える。

 何度もシミュレーションを繰り返して、いざその時が来た時に、そう動けるようにする。

 それは、あたし達弱者の戦いにこそ必要な、戦闘の初歩的な理念。

 ….最近のあたしは、そこのところの認識が甘くなってたんだと思う。

 反省し、そして次に生かさなければ…!

 

「とりあえず、この大きさのナイフは慣れてきたけど、もっと大きいものの命中精度もしっかり上げとかないと。

 本当に必要な時に、投げナイフが残ってるとは限らないからね!

 いざとなったら隣で戦ってるやつの剣借りて投げつけるとかも、できるようにしとかなきゃ!」

 あたしが鼻息荒くそう言うと、ノヴァはちょっと嫌そうに溜息をついた。

 

「……オーザムの黄色いお菓子は知らないが、キミのお兄さんの杖をダメにした事は、充分反省している…」

 そういうつもりで言ったわけではないのだが、確かにあの杖は勿体なかった。

『本人に言って』ととりあえず返してやると、ノヴァは少し困ったように肩を竦めた。

 まあ、彼はポップとは、あんまり相性良さそうじゃないからな。

 

「…キミは、実家の武器屋を継ぐそうだな」

 …と、なぜか唐突に話題を変えられ、あたしはノヴァのダークグレーの瞳を見上げた。

 

「ん?…うんまあ、そうなるね。

 ポップは継がないだろうから。

 あたしの方が多分、商売に向いてると思うし」

 質問に答えると、ノヴァはなぜかひどく真剣な表情で、言いにくそうに問うてくる。

 

「……もし、だけど。

 将来結婚したい相手が、やはり家を継がなければならない状況だったら、どうするつもりなんだ?」

「どうするとか、ないと思うよ?

 そもそも、そんな相手は選ばないから」

「え?で、でも、本気で好きになった相手がそうだったら」

「結婚と恋愛は関係ないから。

 あたしは、恋愛結婚は諦めてるし」

 一番好きなひとは、どうあっても結ばれ得ないひとだった。

 考えると胸が痛むが……どうしようもない。

 

「……なんか、冷めてるな。

 キミくらいの年齢なら、もっと恋愛や結婚に、夢を見るものなんじゃないのかい?」

「…そういう子の方が多いんじゃない?

 うちの村、女の子少ないからよくわからないけど。

 道具屋のミオはまだ6歳だけど、王子様が迎えにきてくれるの待ってるんだって言ってたし。」

 ちなみに我が国の王子はすでに成人して結婚もしてますけどね。

 出回ってる絵姿は割と強面のワイルド系。

 多分、子供が見たら泣く。

 多分だが目の前にいるこの青年の方が、ミオの言う王子様のイメージにより近いだろう。

 王子様じゃなく勇者様だけどな。

 子供にしてみれば大して違いはなかろう。

 

「まあ、相手のことを好きになれればそれに越したことないし、なら条件の合うひとを見つけて、結婚してから好きになればいいかなーって」

 軽く言いながらも、やはり胸が痛むのを感じることに、自分で少し驚いた。

 あたしは今後、誰かを好きになる事ができるんだろうか?

 ハドラーへの想いを、少女時代の初恋の思い出として、いつか甘苦く思い出す事が、あたしにできるんだろうか?

 

「……条件、か。

 参考までにそれを聞かせてもらってもいいかな?」

 あたしが心の片隅でそんな事を考えていると、ノヴァは少し考えてから、そんな事を訊いてきた。

 何の参考だと思わなくもなかったが、まあ言っても問題はないのでそれに答える。

 

「とりあえず、これだけは譲れないのが、うちに婿に入ってくれるひと。

 あとは、できればだけど鍛冶師の腕があるひとか、でなければ父に弟子入りしてくれるひと。

 商売のほうはあたしが管理できるし、父がつくったものを売る両親のスタイルを、できれば継承したいからね。

 まあそれが無理なら商売の才があるひとがいい。

 そうそう、いずれは子供も生みたいから、ある程度年齢の近いひとの方がいいかも」

 こう並べると、結構条件厳しいな!

 思わず心の中で自分にツッコミを入れていると、それを聞いてしばらく俯き、黙っていたノヴァは、やがて顔を上げると、真正面から唐突にあたしの両肩を掴んだ。

 

「……わかった。父を説得して、それが済んだらすぐに、キミの父上に弟子入りしよう」

「……………は?」

 何を言っているんだろう、この男は。

 

「勿論、決めるのはすぐじゃなくてもいい。

 ただ、覚えていてくれないかな。

 ボクはキミの為なら、世界一の鍛冶師にだってなるつもりだ。

 キミと年齢的にも釣り合う。

 キミを得る為なら、ボクは何にだってなれる。

 だから…キミの選択肢に、ボクも入れておいて欲しい」

 ……正面から真剣な、真っ直ぐな視線で見つめられて、ここまで言われて気付かないほど、あたしは鈍感じゃなかった。



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19・それぞれの決戦前夜2

 …少し前のあたしならば、考えるまでもなく頷いたと思う。

 そもそも、ノヴァがあたしを好いてくれているのは、何となくだが判っていた。

 実家の武器屋を継ぐつもりでいるあたしにとって、婿に入ってくれさえすれば、ノヴァは確かに、これ以上ない好条件の相手だ。

 原作通り話が進めば、ノヴァは自分の為に両腕の機能を失ったロン・ベルクを支えるべく、彼の弟子となる。

 この時空では、ロン先生の弟子は既にあたしが居るからそうはならないだろうけど、先生だろうが父だろうが、武器職人を目指す流れは変わらないわけで。

 つまり、ちゃんとした修行さえ積めば、彼はあたしと違い、その素質があるということなのだから。けど。

 

「………ごめん。ちょっと考えさせて」

 あたしが口にしたのはそんな言葉だった。

 なんというか、あたしと彼の想いの温度が、あまりにも違い過ぎる。

 最初は承知の上で共に暮らしていても、次第にこの温度差は軋轢になる筈だ。

 同じ想いを返せない以上、あたしでは彼を幸せにはできない。

 ……ん?

 どうして、同じ想いを返せないと思うんだろう。

 結婚してから好きになる事だってできると、今までずっと、そう思っていた筈なのに。

 …けど、それは自分の心に、誰も住んでいない場合の話だ。

 今のケースは、きっと、違う。

 

「勿論。じっくり考えて、結論を出してくれ。

 考える余地があるということは、まったくの脈なしではないという事だからね。

 キミが今後、ボクの事だけを考える時間を得られたんだから、今日の告白は一応成功と思っておくよ」

 だがあたしの答えに、ノヴァはにっこりと微笑んでそう返してきた。

 なんじゃそりゃ。

 

 ☆☆☆

 

 部屋まで送ると言うノヴァに、少し1人になりたいからと断って、森の道を歩く。

 枝の間から月が見えた時、あたしは立ち止まり、ようやく口を開いた。

 

「…で?いつになったら出てくる気?」

「……気がついていたのですね。私がいる事に」

 草生えを踏む事なく、地面から少しだけ浮いた状態で、月の光をその身に映しながら姿を現したのは、あたしとそう大きさの変わらない、オリハルコンの少女だった。

 ──女王(クイーン)・アルビナス。

 …実のところ、メルルと皿洗いをしている間、勝手に展開していた『タカの目』が、ずっとこの子の気配を捉えていた。

 

「…そもそも、隠れて様子を窺ってたというより、話しかけるタイミングが掴めなくて困ってたんでしょ?

 あたしに用があるんだよね?

 ……まあ、十中八九ハドラーの事?」

 あたしが確認すると、アルビナスはコクリと頷く。

 …どうでもいい事だがこのデザインでよく首動かせるよな。

 

「…あの方のお身体は、いかなる回復呪文をも受け付けず、ここから先は朽ちていくだけです。

 あなたは、ハドラー様の妃であるというのに、その最後の時を何故、共に居てはくださらないのですか?」

 そう言って恨みがましい視線をあたしに向ける女王(クイーン)を、密かにイラッとしながらあたしは睨み返した。

 

「…それを言うって事は、本人に意向を確認せず、独断で動いてるって事だよね?

 その件は、あたしとハドラーの間で、互いに意志は確認済みだよ。

 あのひとが最後に望んだのは、あたしとの平穏ではなく、己が生きた証としてのダイとの戦い。

 それは、アナタにだって判ってる事でしょ?」

「ですが……!!」

「勿論、アナタの気持ちも判るから、アナタがハドラーの為に何かしたいと思って動くのも止めたりしない。

 …けど、あのひとを愛してるなら、その意志に反する事はしないであげてくれない?」

 あたしがそう言うと、アルビナスはまなじりをきっと吊り上げた。

 

「……“愛している”ですって…?

 じょ…冗談はやめてください!

 私は駒……女ではありません!

 “女王(クイーン)”という役割を与えられた、ただの駒なのです!!」

 それは、()()が己の心を律する為の、ある種の砦だったのだろう。

 …けど、今のあたしはそれを、どうしても爆破してやりたかった。

 

「…性別はこの際関係なくない?」

「え?何を言って…」

「女じゃない事が、あのひとを愛さない理由にはならないって言ってるの。

 誰かを愛する気持ちに、男も女も関係ないよね?」

「え……え!?」

「むしろ、アンタ性別ないんだから、どう転がろうが自由じゃない?」

「ええぇえっ!!?」

 思いがけないあたしの言葉に、アルビナスは完全に取り乱している。

 

「ま、待ってください理解が追いつきません。

 むしろ新しい世界の扉が開かれ……ハッ!!

 ちっ…違いますそういう事ではないのです!!

 駒は戦いの道具!!誰かを愛する資格など!!!」

「その資格認定試験どこで受けられるの?

 あたしだってそんな免許持ってないんだけど?

 ……つーかさ、あたしが平気だと思う!?」

「………!!!」

 そう、あたしは、本当にムカついていた。

 あたしが欲しくて手の届かないものを、自分から諦めて手を伸ばさないコイツに対して。

 

「……好きなひとが死んじゃうんだよ!?

 平気なわけないじゃん!

 できることなら、最後の瞬間まで一緒にいたいよ!!

 …けど、あのひとはそれを望まない。

 あたしは、あのひとのその意志をこそ尊重したい…しなくちゃいけない」

 どうして?という思いが心を掠める。

 物語を救う為に、あたしは生まれてきた。

 それなのに、誰よりも救いたいひとだけが、救えない。

 せめて隣にいることすら、許されない。

 物語を救う為の存在が、物語を壊す選択をする事は、最初から神様の構想の中にはないのだから。

 

「リ…リリィ様……?」

「それなのに!

 こんなに好きでいてもあたしはそばにいられないのに、そばにいられるアンタがなんで、愛する資格がないなんて言うわけ!?

 ぶっちゃけ羨ましすぎて意味わかんないから!!」

「ご、ごめんなさい〜!!」

「謝るな!むしろ誇れ!!

 そして己の恵まれた状況を自覚しろ!

 あのひとのそばにいられて、あのひとと運命を共にできる、その幸せを噛みしめろ!!

 マジで羨ましすぎて涙出るわ!!

 恥ずべきは素直になれない心!

 愛してるんだと叫んでみろ────!!」

 …そして気がついたら、なんかよくわからないテンションであたしは怒鳴っていた。

 

「は、はい!

 私は、ハドラー様を愛しております!!」

 そしてそれに馬鹿正直に答えるアルビナスは涙目になりつつも、人形のその目に不思議と生気が宿って見える。

 

「当たり前だ!アンタはあたしの投影なんだから!!」

「はい!!」

 多分ほぼ八つ当たりに近かったのだろうが、涙目でいいお返事をするアルビナスを見ていたら、少しずつテンションが下がってきた。

 ……何をやってるんだ、あたしは。

 

「もういい……行きな」

 なんか色々やりきれなくなって、投げやりにそう言ってアルビナスに手を振る。

 アルビナスは少しの間俯いたが、やがて意を決したように顔を上げると、あたしの目を見つめて言った。

 

「はい……お姉さま!」

 ん?

 今なんか変な言葉聞こえた気がするけど気のせいか?

 まあいいや。

 思わず見返した人形の顔に、何か吹っ切れたものを感じたと同時に、それはその場からかき消えた。

 

 

 …再び1人になって、自己嫌悪に押しつぶされそうになっていると、後ろからシャランと、硬いものが擦れる音がした。

 その音の方向に、反射的に振り返る。

 

「あの……ごめんなさい。

 立ち聞きするつもりではなかったのですが…」

「……メルル!?」

 さっきまで一緒に皿を洗っていた女の子が、何故か暗い森の中に、立っていた。

 …さっきの音は、彼女が腰から下げている、天然石のアクセサリーだったようだ。

 

 ・・・

 

「リリィさん。

 私は…ポップさんの事が好きです」

 あたしとメルルは月明かりの下、たまたまそこにあった大きな石に、並んで腰掛けている。

 シチュエーション的には、恋バナをするには神秘的過ぎると思うが、あたしは敢えて、そこには触れなかった。

 

「………知ってる。

 でも、それあたしに言う事じゃないよね?

 言うんなら、本人に言ってあげなよ」

 彼女の性格を考えたら割と無理なことを、ちょっと意地悪な気持ちを込めて言ってやると、メルルは何故かフフッと笑った。

 

「…ええ、そのつもりですわ」

「………ホントに!?」

 意外な返しに、自分で言ったくせに思わず問い返す。

 僅かに吹いた風が、メルルの艶やかで長い黒髪をふわりと揺らした。

 

「…言える筈がないと思っていました。

 本当に、ついさっきまで。

 言えば、今の関係まで壊れてしまいそうで…その勇気が、出なかったんです。

 そもそも、振られると判っていますし、だからこの気持ちには蓋をして、無かったことにしようと思っていました。

 いつか、初恋の思い出として、甘苦く思い出し、笑える日も来るだろうと。

 …けど、リリィさんの事を考えたら、言わなければいけないと思いました」

 彼女はそう言って、もう一度あたしに視線を向ける。

 

「…それは、何故?」

「あら?だって、先ほどはあんなに怒ってらっしゃったじゃありませんか。

 せっかく好きなひとのそばにいられるのに、好きだという気持ちを認めないのは贅沢だと。

 ……その通りだなと、思ったのですよ」

 あーうん、言ったけど。

 でも正直、八つ当たりだし。

 なんだか気まずくなり、メルルの黒目がちな視線から目を逸らすと、言い訳のような事を、あたしは今更ぐだぐだと口にした。

 

「振られるのが怖いのは当たり前だよ。

 自分の気持ちを認めるのと、相手に伝えるのはまた違う。

 ポップは多分、マァムの事が好きだよ。

 判ってて、それでも伝えるの…?」

 答えを期待したわけではなかったが、あたしの言葉にメルルは、はっきりと頷いた。

 

「伝えます。

 私はポップさんの、勇気に惹かれたのですもの。

 自分の弱さがわかっていて、それでも立ち上がる勇気に。

 ならば私も、勇気を出さなければ。

 …後のことは戦いが終わった後に考えますわ。

 それに一度振られたからといって、諦めるつもりもありません!」

 …驚いた。

 多分無意識にだけど、メルルがポップの力の本質を見極めている事に。

 ポップの魂の力は、まさに『勇気』。

 そして確かに原作で、ポップの力の覚醒を促す役割を担うのがメルルなわけだが、その片鱗を目の当たりにしてしまうと、また違う感慨がある。

 普段大人しくて控えめなメルルが、なんか凛とした大人の女性に見える。

 しかし考えてみれば、メルルはその身に強い力を秘めながら、自己評価の低さゆえに、あと一歩で殻が破れないという点において、ポップと同じタイプの人種だった。

 ポップが開き直ると強いタイプである事を考えたら、彼女も同様なんじゃなかろうか。

 

「……お姉ちゃんて呼んでもいいですか」

 気がついたらあたしは、そんな言葉を口にしていた。

 

「嬉しいですけど、気が早いですわ」

 それに対してころころと笑ったメルルは……なんだかとても、綺麗に見えた。

 

 ☆☆☆

 

「…眠れないのか?」

 あてがわれた部屋のもうひとつのベッドの上で、もぞりと動いた小さな気配に、バランは控えめに声をかけた。

 

「父さん……うん。

 なんか興奮して寝つかれなくてさ…」

 その声が自分を『父』と呼ばう事に、胸が熱くなるのを懸命に態度に出さず圧し殺す。

 ちなみにもう1人の息子は別室をあてがわれており、彼はそれを少しだけ残念に思っていた。

 

「そうか……すまんな」

「……?」

 思わず口をついて出た言葉に、息子は首を傾げる。

 暗がりの中でも、その表情がどこか、亡くした妻に似ている気がして、かの人の思い出が溢れてくる気がした。

 

「寝かしつけるのが下手だと、おまえの母によく言われた。

 今の私には、ラリホーすら唱えられぬしな。

 役に立てなくて、済まない」

 彼としては本気で言ったのだが、その言葉に息子は何故かクスリと笑った。そして。

 

「……ねえ、そっちで寝てもいい?」

「…!!?」

「………ダメ?」

 その、初めて聞く甘えた声に、バランはあくまで心の中で悶絶した。そしてあっさり陥落した。

 

「…いいや。おいで」

 そう言って毛布の端を浮かせると、息子は枕を抱えて、いそいそとこちらに移動してくる。

 その姿は本当にただの子供のようで、その小さな肩に世界の命運を乗せられているのだと思うと、人となってしまった自分を歯痒く思う。

 ……だが、そうでなければこの子は、あの時に死んでいたのだ。

 胸元に寄り添う体温を感じ、バランは自分の選択は間違っていなかったと、安心した。

 

「…明日、私は一緒には行ってやれぬ」

 リリィには、朝になったらフローラ女王の書状を持って、テランの城へ行けと言われている。

 まあ、城の前に扉を開くところまではしてくれるとの事だったから、直前までは共に居てくれるようだが…とそこまで考えて、人となった心許ない自分がどれほど、あの少女に頼っていたかを改めて感じる。

 だが、そこからは自分で踏み出さねばならない。

 

「…おまえの帰る場所を整えておくから、必ず……必ず、生きて戻ってこい。

 忘れるな、おまえはこの世界に、たった一人ではないのだ」

 歴代の(ドラゴン)の騎士には、仲間という概念はなかった。

 己の血を残す事すら出来ず、ただ1人で一生を戦い続けて、そして死ぬ。

 最後の奇跡として自分に子が生まれ、それが人間との間の子である以上、彼もまた子を残せるだろう。

 愛する人と子を成し、育てて…あの頃の自分に初めて刷り込まれた『幸せ』という概念を、彼や彼の子供たちは、当たり前に感じて生きていく。

 その為の下地を作るのが、親である自分の役目だ。

 

「……うん。ありがとう、父さん」

 寝付けない、と言っていた筈の息子は、眠そうな声で答えた。

 見ればその瞼は閉じており、少し経つと一定のリズムですうすうと紡がれる吐息が、彼が眠りに落ちた事を伝えてきた。

 

 愛しい、と素直に思う。

 この安らかな寝顔を、己にできうる事で、守ろうと思える。

 これが『人の心』なのだと、今のバランはその感情を、当たり前に受け入れていた。

 

「……おやすみ。私と、私の愛する人の子よ」

 バランは息子の、ここだけは自分に似ただろう癖の強い髪を、その大きな手で、そっと撫でた。

 

 ☆☆☆

 

「強い精神力……か。ほんとにあんのかな。

 おれに…そんな、魂の力なんて……」

 先ほどの妹の言葉を思い返しながら、おれは手の中のそれを、じっと見つめる。

 バランの血を与えられて、すぐに生き返る事ができたのは、その証明なのだと。

 それが本当なら、今こうして生きている自分は、確かに強い精神力を持っているのだろう。

 けど、手の中のアバンのしるしからは、それを示す筈の光が、欠片も浮かんでこない。

 

「ここにいらっしゃったんですね、ポップさん」

 と、背中に鈴の転がるような声がかけられて、おれはほぼ無意識に、手の中のそれを隠して、振り返った。

 

「メルル……?」

「お部屋にいらっしゃらないから、どこへ行かれたのかと思っていました」

「はは……また、逃げ出したんじゃないかって?」

「そんなこと、思いませんわ」

 月明かりの中で見る彼女はどことなく神秘的で、どこか控えめないつもの様子と違い、随分大人びて見える。

 …大魔王のもとから命からがら逃げ延びてあの海岸で発見され、この作戦基地に案内された時に、顔を合わせた瞬間に、涙目でおれの名を呼んで、しがみついてきた彼女の柔らかい感触を思い起こして、少しだけドキリとした。

 

「…明日が過ぎれば、どうなっているかわかりません。

 だから今、ポップさんに会って、伝えたいと思ったのです。

 ……私が、ポップさんを、好きだという事を」

「……っ!?」

 そんな事を思っていたら、目の前の少女の口から思いがけない言葉を聞いて、おれは一瞬言葉を無くし……それから、徐々に、顔が熱くなるのがわかった。

 

「ふふ…やっぱり驚いてますね」

「い、いやその、ひょっとしたらって思ったこともないわけじゃなかったけど!

 ………な、なんで?」

「あら?理由って必要ですか?」

「そ、そうだよな…けどさ。

 おれ…は、臆病で、弱っちくて……」

「私もですわ。引っ込み思案で、恐がりで。

 …でもポップさんは、本当はとても、心の強い人です。

 どんなに苦しくても…怖くても、悲しくても、それら全部を認めて、糧にして、最後の最後には、必ず乗り越えてしまう人。

 その勇気に、いつのまにか惹かれていました。

 それは、私には無いものですから…」

「勇気……」

 そんなものおれには、と言いかけて止める。

 これまで自分を奮い立たせてきたものは、臆病な心の奥底から、無理矢理引っ張り上げたそれだったから。

 ダイや他の仲間たちに比べれば、ほんのちっぽけなそれに、それでも縋ってこなければ、おれはここまで来れなかった。

 それだけは…自分には無い、とは思いたくない。

 そして…

 

「あんたにだって、充分あんだろ…勇気。

 でなきゃ、こんなところまで来れねえし、今日だって姫さんたちと一緒に、頑張ってたじゃねえか」

 だがおれの言葉に、メルルは首を横に振る。

 

「これは勇気じゃありません。ただの見栄です。

 ポップさんに、いいところを見せたいだけの」

「だったら、そんなもんおれだって一緒……」

 言いかけて、言葉を止めた。

 

『カッコいいお兄ちゃんになりたいなら、まずはこの場を生き残ることよ』

 そう言って最高にカッコ悪い提案をしてきた、魔族の女の顔が、一瞬浮かんで消える。

 ことごとく失敗してはいるが、マァムにもそしてリリィにだって、できればカッコいいと思われたい。

 結局のところ、おれが勇気を絞りだすきっかけとなったのは、その程度のところからだ。

 そしてそれを絞りだすことができるのは、いつだって自分のカッコ悪さを、嫌というほど自覚した瞬間だった。

 

「……なんだ。今更じゃねえか」

「…え?」

「いや、こっちのこと。

 …さっきまでずっと悩んでた事があったんだけどさ。

 なんか、今この瞬間に吹っ切れた。

 ……メルルのおかげだ。ありがとな」

 さっきまでずっと、自分がしるしひとつ光らせられない半端モンだと、仲間たちに…特にマァムに知られるのが怖かった。

 けど、よく考えりゃ今更だった。

 あいつらは、おれが最高にカッコ悪い事、充分承知の上で、一緒に戦ってきてくれてた。

 

「ちょっと、今からマァムに相談してくる…って、こんな時間に訪ねたら怒られっかな。

 ごめん、メルル。悪いけど付き合ってく……って、えええっ!!?」

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまったのは、決心して何気なく開いた手の中で、さっきまでチカリとも光らなかったアバンのしるしが、緑色の輝きを帯びていたからだ。

 

「これは……これがフローラ様が仰っていた、ポップさんの心の色……!!」

「勇気……そうか、おれの心の力こそ…!!」

 光らなかったのは当たり前だった。

 仲間たちにがっかりされるのが怖くて、尻込みしてた。

 

「メルル!見たよな!!

 おれのしるしもこうして光ってる!!

 本当に…本当にメルルのおかげだ、ありがとう!!」

「きゃっ!!!」

 さっきまで落ち込んでた反動もあり、めっちゃテンションが急上昇したおれは、その勢いのままメルルを抱きしめていた。

 メルルは小さな悲鳴を上げた後は、全く動かず、身体を固くしている。

 ………ん?そういえばおれ今、彼女に告白されてなかったっけ!?

 

「……ご、ごめん!」

 謝りながら、慌てて身体を離して……何故か、その体温を、惜しいと感じた。

 

 ………ほんと、カッコ悪いなおれ。

 けど、これを認めないと、おれのしるしは光らないらしいから、な…。

 

 ☆☆☆

 

「あれ…おかしいな。数が合わんぞ。

 12匹いる…………っ!!?!」

 クロコダインが不在である中、次期獣王として獣王遊撃隊をまとめ上げなければならないと、少しずつ増やしていた隊員に目印のバッジを配っていたチウは、用意していたそれの数より、隊員の数が多い事に気がついた。

 そして、余った隊員を見て驚愕する。

 そこには顔を描いた布袋を被ったどう見ても彼の師である武術家と、白い毛皮のポンチョを身につけた人間の少女が、つらっと立っていたからだ。

 

「ろっ…老師っ!!

 ブロキーナ老師じゃありませんかっ!!?それに…」

 思わず腰を抜かして叫ぶチウに、布袋は手を振って否定する。

 

「いやいや、ワシはそんな者じゃない。

 獣王遊撃隊、第11番目の助っ人…

 謎のモンスター、ビーストくんじゃ!」

 そう、腰に手を当てて名乗りあげる布袋。

 更にその横で、少女がぺこりと頭を下げた。

 

「はじめまして。

 同じく12番目、獣撃参謀あにまる子ちゃんです」

「いや、リリィさんまでそんな……」

「…あにまる子ちゃんです、隊長」

「…………………………ハイ」

 平坦な声から感じる、何かはわからないが逆らってはいけない何かを感じて、チウはそれ以上のツッコミを諦めた。

 

 ・・・

 

 これからポップを訪ねるというメルルと別れ、あたしもいい加減戻らなきゃと思っていたら、通りかかった先にモンスターの群れと、それにこっそり混じろうとしている怪しい布袋(を被った人間)を見つけた。

 布袋もあたしを見つけ、ちょいちょい手招きをしてくるので近寄ったら、身につけていた毛皮のポンチョのフードの上をちょちょっと紐でふたつ結びにして、ちょっと耳のような形状にしてくれた。

 

「うん、可愛いね♪じゃあ行こうか」

 そうして、布袋に手を引かれてモンスターの群れに混じり、今この名乗りを上げたわけである。

 もうその場の勢いとしか言いようがないのだが、こうなったら別にいいだろう。

 

 ・・・

 

「そうだ隊長。お近づきの記念にこれあげます」

 ポーチの中をごそごそして、目的のものを取り出す。

 じゃん、と効果音をあくまで心の中で立てて、差し出したそれに、チウは目を輝かせた。

 

「え…ひょっとしてぼくにも、魔界の名工が作った新装備が…!!?」

「いえ、先生にはそんな余裕はありませんでしたので、以前あたしが考案して父に作ってもらったものですが…見ててください!こう使うのです!!」

 あたしが棒状のそれを目の前の岩に向け、手元のスイッチをカチリと動かすと、あたしの手元からビョヨヨ〜〜ンと伸びたそれは、岩を砕いて先端が突き刺さった。

 

「えっ!?なにこれ…」

「名付けて…『ビョンビョンヌンチャク』!」

 …それは両端に独鈷杵のような突起がついた、一見すると太めの棍なのだが、持ち手のところに付いているスイッチ状の小さな留め具を外すことにより双節棍、即ちヌンチャク状の武器となる。

 更にこの武器が普通のヌンチャクと違うところは、通常のヌンチャクならば棒と棒の間を鎖か紐で繋いでいるところを、それはその部分が強力なバネになっているところだ。

 これにより、最初に留め具を外した瞬間、それを相手に向けることにより、最初の一手を取れる事になる!

 ……という理屈で考えて、自分用にと父に頼んで作ってもらったのだが、実際にはあたしには使いこなせなかった。

 まあそもそもヌンチャクを扱う技術自体、あたしにはないわけだけど。

 

「実はこのバネが強力すぎて、いっぺん飛ばした後、あたしの力ではもとに戻せないのです」

「無責任!!」

 やはり以前の素材探しの旅で採取して、特に使い道がなかったヘビーメタルで作ったのがまずかったらしい。

 

『これはこれで結構稀少な金属なのに、なんでオレはこの素材でこんなもん作ってんだ…』

 と父に愚痴られた事はまだ記憶に新しい。

 

「でもせっかく作ったし、隊長だけ武器なしなのも心苦しいので、使えるようなら使ってください」

 さっきまですっかり忘れていたが、原作ではダイの剣や鎧の魔槍が帰ってくるまで、ロン先生がパプニカに留まっていたせいか、ここに先生と一緒に現れたのがバダックさんだった。

 そしてそのバダックさんから、チウが彼の手作りの武器を渡され、すごく使い勝手の悪そうな武器であるにもかかわらず、チウは結局実戦でそれを使っていた筈だ。

 今回、先生がパプニカに留まらずすぐに帰っていたせいで、今日の同行者があたしになったわけだが、そのせいで彼の武器が誕生する事はなかったのだ。

 これは間違いなく、あたしの存在による変化だ。

 もしこのせいでチウが苦戦する事になっては申し訳ないので、せめてこんなものでも渡しておこうと思いついたのであるが。

 

「ありがとう…その心遣いはうれしい…!」

 チウはあたしからそれを受け取ると、渾身の力を込めて、ようやくもとに戻していた。

 うん、確か性能確認の為に外した後、父と先生が2人がかりで戻してくれたものだからね。

 そう考えると、チウはやっぱり力は強いようだ。

 メッチャぜえはあ言ってるけど。

 

 …かくして。

 決戦前夜は、更けてゆく。




この物語のメルルは原作と比べると、ほんの少しだけ積極的です。
グエンやリリィと交流する事で、ポップとの接し方が、ほんの僅かに変化してます。
そしてそのほんの僅かが、ポップの心に響きはじめてます。
またポップもリリィがいる事で、女性に対する感覚が若干変化しています。

…そしてアタシはポプメル派(爆


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20・半魔の僧侶は闇堕ちする

前話、投稿後にラスト文章追加してます。
活動報告読んでない方は一応御確認ください。
まあ読まなくて困るほど大した情報はありませんが。


 …目が覚めたら、父はもう居なかった。

 けど、頭を撫でてくれ、眠るまでこの身を包んでくれた腕の温もりは、まだ残ってる気がする。

 そして間違いなくこの身体に、父の記憶が、心が、宿っている。

 かつては、恐ろしい敵だった。

 憎んだこともあった。

 けど、その心の奥には、笑ってしまいそうなほど不器用な愛情があることを、今は知っている。

 

『…おまえの帰る場所を整えておくから、必ず……必ず、生きて戻ってこい。

 忘れるな、おまえはこの世界に、たった一人ではないのだ』

 今の父には、かつてあれほどに恐ろしいと感じた、(ドラゴン)の力も、魔族の魔力もない。

 共に戦うことは、もうできない。

 けど、共に居る。帰る場所に、居る。

 一人じゃないという言葉が、こんなにもしっくりくる事があったろうか。

 自分だけでなく、父の記憶をひっくり返しても、初めての感覚であるように思う。

 

 必ず、帰る。

 そして、人間だけでなく、この地上に生きる全ての民と共に生きる。

 その未来を、今日、勝ち取りに行く。

 

 勇者は、己の剣を手に取った。

 昨日の夜の父の温もりと同じ優しさを、その重みに感じて……

 

「……一緒に、戦おう。

 おれたちの世界を、守るために」

 そう声に出して背負った剣に、埋め込まれた宝玉がキラリと輝いたのが、見えていなくても何故か、わかった。

 

 ☆☆☆

 

 …時間は、一日半ほど遡る。

 

「……まだ生きとるか、ヒュンケルよ…」

 無駄に広い牢獄の中、磔のように鎖に繋がれた状態で、隣で同じように繋がれているクロコダインの、心配するような声がかけられた。

 その声に思ったより張りがある事に安心する。

 

「……ああ…」

 答えたオレの声も、自分で思ったほど弱ってはいない事に気がついたが、それが状況を良くするものではない事は勿論判っていた。

 

「…こんな無様な目に遭うのであれば、もっとヤワな身体に生まれていれば良かったわい。

 奴らはどうせオレたちを、囮か人質にでも使うつもりで、生かしているのだろう」

 そう、普通に考えていればあの状況で、オレたちは死んでいてもおかしくなかった。

 むしろ死ななかった事で、虜囚の辱めを受けている有様だ。

 この状態では眠ることも出来ぬゆえ、体力の回復もままならない。

 生かさず殺さず…こうして置く目的は明らかだ。

 

「ダイたちに迷惑をかけるぐらいなら、とっとと死んでしまった方がマシだったというものだ…!!」

「…冗談でも、そんな事は言うな」

 だが、クロコダインが嘆くように言った言葉を、オレは咄嗟に否定した。

 隣で息を呑む気配がするのに、言葉を続ける。

 

「…死に逃げる事を、グエンは絶対許してくれんぞ。

 オレとポップは、それで一発ぶん殴られた」

「グエンか…」

 正直、あの平手そのものに大したダメージは受けなかったものの、精神的にはかなりの衝撃を受けた。

 それまで軽視していた概念を、そこから叩き込まれたかのように。

 生命をかけて戦うことで、罪が赦されると無意識に信じていた、その浅はかさを弾き飛ばすように。

 

『あなたには、後悔することすら許されていない。

 罪を背負いながら、それでも生き足掻くしか。

 …だから、もう二度としないで。

 最後の最後まで、生きる事を諦めないで。

 死ぬ理由なんか…死に場所なんか、探さないで』

 涙を堪えながら胸ぐらを掴み、オレを睨みつけた彼女の、ある意味残酷な言葉が脳裡に蘇る。

 それは、あの女性(ひと)なりの心配の仕方だ。

 オレもクロコダインも、深い親愛の情を彼女から抱かれている自信はある。

 死ねば、彼女はきっと泣いてくれるだろうが、その前に怒る。絶対に。

 

「…まあ、死んでから殴りはせぬだろうが、オレ達の亡骸の前で悪態をつくくらいの事はするだろうな。

 殴られる前に、ひどく幼稚な罵倒を受けたが、あれもある意味衝撃的だった。

 死んでから、あの女性(ひと)の口からあれを言われると思うと、どうにも死にきれん気がする」

「どんな罵倒だったんだ、それは…」

 呆れたようなクロコダインの問いに、だが、答える事は出来なかった。

 瞬間、ただでさえ淀んだ牢獄の空気に、明らかに異質な、瘴気の匂いが混じったからだ。

 …それは、オレにとっては馴染んだ感覚だった。

 

「……ミストバーン!!!」

 だから、音もなく目の前に現れたその長い衣に、クロコダインは驚いたようだったが、オレはそれを冷静に見つめていられた。

 

「…おまえたちの処刑は、明後日の正午と決まった…!!

 ……だが…おまえたちほどの戦士は、やはり惜しいと、私は思う…。

 特にヒュンケル……おまえは、な…」

 …こいつはオレを殺したがっていた筈だ。

 自分が手をかけて育てたオレが魔王軍を裏切った事もさることながら、ヤツの持つ何らかの肉体の秘密がまだ何であるかは知らないが、それに一番近付いたのがオレである自覚だけはある。

 だから、今更命を助けたいと言い出した、こいつの言動に、オレが疑問を抱いたのは当然のことだ。

 ミストバーンはそんなオレの前に、一個のグラスを差し出す。

 地上では透明度の高いものが好まれて使われるが、魔界では装飾が無駄に細かく不透明なものが一般的で、これは間違いなく魔界仕様のものだろう。

 だが問題は、グラスではなくその中身。

 その小さな容量を無視して溢れ出すのは、液体ではなく煙のように見える、紛うことなき、ヤツの暗黒闘気だった。

 

「今からでも遅くはない。

 再びその身に暗黒闘気を受け入れ、私の配下に入れ…!

 このグラスを、呑み干すだけでいいのだ…」

 …以前、グエンが言っていた。

 オレの身の裡には、普通の人間ならば正気を保っていられないほどの、濃い魔気が(こご)っていると。

 オレが空裂斬をなかなか修得できなかったのは、オレの心が一時でも悪に染まったからではなく、その影響を抑えるのに少なくない割合で、光の闘気が常に消費されているからだろうとも。

 

『今は光の闘気が優位だからそれでもいいけれど、もし何かのきっかけでこのバランスが崩れ、暗黒闘気が優位になれば、あなたは人ではいられなくなるわ。

 人としての心も感情も消えた、闇の力だけの魔人と化す。

 それだけ危険なものを抱えている事は、よく覚えておいて』

 美しい眉を顰めながらそう言った彼女が懸念した事態に、今ここで直面しているということだろう。

 

「ふざけるなッ!!

 ヒュンケルがそんな誘いに……」

「……あの女僧侶は、既に堕ちたぞ」

 オレの代わりに言い返したクロコダインの言葉が、ヤツの衝撃的な一言で止まる。

 …ヤツは、今、なんと言った?

 

「…なっ……なにィッ!!?

 きっ、貴様ッ、グエンに何をしたァッ!!?」

 クロコダインの腕を拘束する枷の、鎖がガシャンと音を立てると同時に、小さな電撃のような光が弾ける。

 それは手首からある程度の衝撃を伝えると同時に、拘束している者から力を吸い取り、抵抗する力を奪うものだ。

 本来、この程度の鎖など容易く引き千切れる筈のクロコダインが、この拘束から抜け出せないでいるのはそれが原因だった。

 その様子を見て、ミストバーンが衣の下から、嘲笑うように言葉を返す。

 

「フフッ…最初はシャドーを取り憑かせて操るだけのつもりだったが、魂が思った以上に抵抗したのでな。

 その慈悲深い心とやらを利用して、抵抗により消されたシャドーの持つ負の念を、心に蓄積させてやったのだ。

 心が光に寄れば寄るほど、闇へと傾きやすくなるもの。

 お陰で何十体ものシャドーが犠牲となったが……暗黒の力に限界は無い!!」

「なっ……なんということだ……!!」

 …ハッタリである可能性は勿論ある。

 だが、嘘であるとも言い切れない。

 逆に、こういう時のミストバーンは、そのように口先だけの嘘で言いくるめるような真似はしないという、なんとも嫌な確信があった。

 

「……時間が欲しい。

 考えさせてくれ、ミストバーン」

 オレはそう言ってその場を収める。

 悔しいが、今のオレにできるのは時間稼ぎだけだ。

 

「フッ…良かろう。だが時間は明後日までだ。

 処刑される前までに決めなければ生命(いのち)はないぞ…」

 当たり前の事を言って、ミストバーンは現れた時と同じように、唐突に消えた。

 …オレのミストバーンへの返答が意外だったのだろう、クロコダインがこちらを睨む。

 

「ヒュンケル…貴様ッ……!!」

「…クロコダイン。

 もしもオレを…オレたちを友と思うなら、何が起こってもオレとグエンを信じてくれ…!!」

 言い訳は敢えてせず、オレはそれだけを告げ、クロコダインを黙らせた。

 

『あなたが闇に堕ちようとどんだけ頑張ったところで、わたしや他のみんなはそれを許さない。

 意地でもこっち側に引っ張り上げてやるから』

 そう言って、わざと悪そうな顔を作って笑った、あの日の彼女が心に浮かぶ。

 …オレたちとて同じだ。

 あなたが闇に堕ちようとしているならば、全力でこちらに引き戻してやる。

 たとえ、どんな手を使ってでも……!!

 

 ・・・

 

 それから、恐らくは一日半は経ったであろう頃。

 オレたちは縛されたまま、夜のうちに処刑の場へと引き出され、磔の状態で一晩、外に晒された。

 …やがて陽が昇り、太陽が真上に達するまで、あと数分。

 

 ☆☆☆

 

「では、御武運を…」

「…別に、戦いに行くわけではない」

「いいえ。

 ここから先は、あなたにとっての戦いです。

 もっとも、負けは想定しておりませんが」

 そう言って、空間に浮かぶ扉の向こうから手を振る少女は、こちらに向けてにんまりと笑ってみせる。

 …その微笑みに、気がつけば口から自然と言葉が出ていた。

 

「ここまで私を導いてくれた事に感謝する………母よ」

 その言葉に、彼女が目を瞠る。

 …確かに、言った自分でも驚いたが、同時にどこかで納得もしていた。

 

「………何ですって?」

「…私が、人間としては生まれたばかりだと言ったのは君だろう。

 その私を拾ってくれたのも、人としてあるべき道を教えてくれたのも、君だ。

 そう考えれば、私が君を母と慕うのは、不自然なことではないだろう?諦めるのだな。

 では、行ってくる……私の、小さな母上」

 言って、間近に見える貧相な城に向かって歩き出しながら、振り返らずに後ろに向けて手を振る。

 その背中の方から、

 

「産んだ覚えのない息子増えた!!」

 という叫び声が聞こえ、なんだかしてやった気分になって、思わず笑いがこみ上げた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ……筈、だったのだが。

 

「…本来ならば貴殿は、竜の神を奉じる我が国が、全力でお守りし、また助力せねばならなかったお方。

 それが叶わず、貴殿を孤独な戦いへと向かわせたのは、このテランの国力が衰退した事も原因のひとつの筈。

 その後の、貴殿の身に起きた事も、さすればそれはワシの責任であろう。

 今からでも間に合うのであれば、是非とも我が国に、貴殿を守らせてほしい。

 幸い、ワシには家族はおらん。バラン殿。

 貴殿さえ良ければ、ワシは今すぐにでも、貴殿を我が子として迎え入れたいと思う。

 ……このテラン王国の、王子として。」

 カール女王の書状を携えて謁見の叶ったテラン王は、自分が謝罪に来たのだという事をうっかり忘れそうになるほど丁重に迎え入れてくれたばかりか、そのような過分な申し入れまでしてきた。

 確かに、この方の庇護を受け、ある程度の身分を保証してもらえと彼女は言ったが、それがまさか王の子になる事とまでは、いくらなんでも予想できなかった。

 だが、今の自分はただの人間であり、この国が崇める(ドラゴン)の騎士では、既にない。

 その自分に、これは過ぎた処遇ではないのだろうか。

 だがそれに対してテランの王は、穏やかな中にも強い意志を込めて言う。

 

「…これは、貴殿の御子息が無事に帰ってきた後、その行く末を考えても、必要な事なのだ。

 貴殿の悲劇を繰り返さぬ為、更に、過剰な戦闘力を持つ勇者の身柄を世界が取り合い、新たな争いを生まぬ為…果ては、これからの地上に生きる全ての民が、種族の枠を越え、共に平和への道を歩んでいく為の、最初の一歩として。

 精神主義、平和主義を掲げてきた我が国が、率先して取り組まねばならぬ案件であろう?」

 …そう言われてしまっては、固辞することも出来ない。

 

 …そうして、かつて人類の敵にまわった筈の『堕ちた勇者』は、その場でテランの法に則った養子縁組の手続きが為され、王族として迎え入れられる事となった。

 これは、地上の存亡を賭けた戦いが終わって、勇者が帰ってきてからでは、他国の横槍が入る可能性も、完全には否定できないからだった。

 

 ……………………リリィ。

 君の目には、いったいどこまで見えていた。

 こうなる事が、判っていたのか?

 

 バランは半ば呆然と事態が過ぎていくのを、どこか他人事のように感じながら、先ほど別れたばかりの少女(リリィ)に心で問いかけた。

 勿論、答えは返ってこなかったが、『息子』である自分は決して『母』には敵わないのだろうなと、漠然と感じてもいた。

 

 ☆☆☆

 

 …って、何を言い出すんだあのオッサンは。

 時空扉を閉じるのを一瞬忘れるくらい呆然として、背中を向けて手を振るその長身を見送りながら、あたしはその場に立ち尽くした。

 そこそこ懐かれてはいると思ってたけど、まさか親のように思われていたとは。

 いやまあ、冗談だとは思う…思いたい。

 多分、フェンブレンがあたしを母と呼んでいたのとも、また違う感覚(ニュアンス)である気がするし。

 思わず口から出てしまった叫びを誤魔化すように、慌てて時空扉を閉じたと同時に、背中に聞き慣れた声がかけられた。

 

「リリィ」

 振り返ると、ロン先生がなんか眉間にしわを寄せてそこに立っており、呼ばれるままに駆け寄ったら、目の前に大きな掌を出された。

 

「……出せ」

「何をです?」

「魔剣と、魔装棍(アーマードロッド)。オレが奴らに渡す。

 おまえはここに残るか、村に帰……」

「やです」

 ロン先生が言い終わるのを待たずに被せ気味に即答する。

 これだけは絶対に譲れない。

 

「……………理由を聞いていいか」

「この戦いに負ければ、どのみち地上は滅ぶのです。

 ならば、どこにいても変わりはありません」

 自分で聞いたくせにあたしの答えを聞いて、ロン先生は眉間のしわをますます深くした。

 

「村での戦闘とは、違うんだぞ」

「知ってます」

「……オレは、恐らく守ってやれない。

 おまえが危険な目に遭ったとしても」

 その声に、どこか悲痛な響きが混じったのは、あたしの気のせいだったろうか。

 ロン先生があたしを弟子としてというより、そろそろ娘のようにすら思ってくれているのは、なんとなく判っている。

 けど、だからこそ。

 …互いに目を合わせたまま、距離を詰める。

 出されたままの大きな掌を、両手で掴む。

 先生の目が、ハッとしたように瞠かれた。

 

「…ここまで来て、置いていかないでください。

 先生をこの戦いに、最初に引き込んだのはあたしですし、先生が負えない分の重みはあたしが背負うとも、その時言った筈です」

 この戦いには、先生にとって最大の危機が潜んでいる。

 それが判っていて、結果だけ待ってるなんてできない。

 そもそも、全てが終わった時、あたしにはその場にいて、やらなければならない事もある。

 …先生は手を掴まれたまま、あたしを睨み返していたが、やがてため息とともに、その眉間から力が抜けた。

 

「…とんでもない奴を弟子に取ったんだって事は、最初に判ってた事だったな。

 だったらひとつだけ、師匠としての命令だ。

 ………絶対に、死ぬな」

 ロン先生は唇に、呆れたような笑みを浮かべると、掴まれていた手を外して、逆に握り返してくれた。

 人間の感覚からすると冷たそうに見える青い色の大きな手は、兄や両親のそれと同じくらい、温かかった。

 

「何してる。もう出発するぞ」

 まるで計ったようなタイミングでラーハルトの声がかけられて、先生はあたしをひょいと抱き上げて、その声の方へと歩き出す。

 少し離れたところに居たノヴァとふと目が合い、微妙な顔をされたのには気付かないフリをした。

 

「…あの坊やと、何かあったのか?

 ゆうべ、参戦を申し出た時、やたらとオレに突っかかってきたが…」

 …と思ったら先生がいきなりぶっ込んできて、あたしは思わず咳き込んだ。

 

 ……なんか、多分だけどうちの先生、わかっててわざとやってる気がする。

 

 ☆☆☆

 

 ロロイの谷と呼ばれるそこは、カール王国北の山脈地帯にある、唯一の平野部分である。

 迷路のような山道をひたすら登った先に、ぽっかりと開いた窪地があり、そこにはこの為だけに設えたとは思えないくらいしっかりとした舞台に、そこに人間の男と巨躯のリザードマンが十字架に磔にされて、中央に据えられている。

 

 更にその周囲を鎧兵士達が取り囲んでおり、まあ要するに彼らを助けにくる者を待ち受けているであろう事が、一目で判る布陣である…のだが、確かこの2人だけではなく、グエンさんも捕らえられていた筈なのだが、彼女はここには据えられていないようだ。

 と、上空から降り注ぐ太陽の光を遮る、大きな影が周囲に落ちて、同時に機械の駆動音のようなのがどんどん近づいてきた。

 

「現れたわ…大魔宮(バーンパレス)!!!」

 フローラ女王が囁く間にもそれは降下してきて、巨大な鳥のような姿が、目視で確認できるあたりまで近づいたところで静止する。

 同時に、うるさいほど響いていていた駆動音が止まった。

 太陽は真上に昇っている。正午だ。

 ……どうやら大魔王バーンは、待ち合わせピッタリに来るタイプらしい。

 

「……正午だっ!!!」

 やけに張り切った声が舞台上に響き、上空に奪われていた視線を下へと戻すと、先ほどまでそこに居なかった筈の、長衣(ローブ)を身につけた2人の人物が、磔の2人の前に立っていた。

 ……え、2人?

 片方はミストバーンだけど、もう1人は…?

 

「…メルル。

 敵の軍勢は、あそこにいるだけ…?」

 フローラ女王が訊ねるのに、メルルが暫し黙った後、閉じていた目を開いて頷く。

 

「…はい。

 大魔宮(バーンパレス)の中には、恐ろしいほどの気配を感じますが、地上にいるのは鎧兵士が30…36体。

 そして魔影軍団の軍団長と恐らくはその側近…え?」

 そこまで言ったところで、メルルが言葉を止め、それから、己の能力で見えたものが信じられないといったように、ブルブルと身を震わせた。

 

「……そんな、まさか……!!」

 

 …あたしだって信じたくはない。だが事実だ。

 勝手に自動展開した『みやぶる』は、ミストバーンの隣にいる、それより僅かに小さめの長衣(ローブ)姿の人物の正体を、嘘偽りなく告げていた。

 

 

 名前:【グエナヴィア】

 

 レベル51

 最大HP:195

 最大MP:272

 

 職業:闇のシスター

 

 

 

 ……って、グエンさん!

 アンタいつの間にそんな厨二ちっくな転職してんの!!




確かドラクエⅥだと思うんだけど、『心清く優しいシスターに悪魔の魂を植えつけて妻にしようと企む』中ボスの話がありましたよね…。


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21・半魔の僧侶は闇に酔う

…すまん、先に謝っとく。
最初から絶対に鬱展開にはしないつもりではいたけど、こんな酷い話にするつもりもなかった。
そして長くなったのでこの酷い展開が次にも続く。
なんかほんとすまん。


 ………………

 

 

『ねえ、どうして頷いてくれないの?

 わたしのこと、可哀想だと思ってるんでしょう?』

 

 それは、駄目。

 

『知ってるわ。

 あなたはこの世界に、希望を抱くと同時に、絶望している』

 

 そんなこと、ない。

 

『だったら、どうして戦っているの?

 戦っていないと、誰かの為に身体を張らないと、それに耐えられないからなんでしょう?』

 

 違う、ちがう……チガ、ウ………

 

『もう、いいでしょう。そこをどいて。

 この身体はもう、わたしのものよ』

 

 ヤメ…………テ…………

 

 ☆☆☆

 

「……グエンさんですって?

 彼女が、ミストバーンの側近として、あそこに居るというの!?」

「……何故かはわかりませんが、間違いありません」

 エイミさんが問うのに対し、少し青ざめた顔でメルルは頷いた。

 …あたしとメルルは、常人には見えない部分まで見通す力がある(のと、ポップの事が大好きである)という共通点があるが、それでいて恐らくは、見えているものはまるで違う。

 あたしが目の前にあるものの詳細情報や、今起きている周辺の状況などを正確に見てとれるのに対し、メルルがその能力で受け取れる情報は、気配とか感知とかいう、どちらかというと漠然としたものだ。

 だが、彼女はそこに加え、それが持つ未来の可能性をすら見てとれる。

 そこだけは、あたしの『神の目』にも見えない領域だ。

 あたし同様、物語に登場しないグエンさんという存在が、この場にどのような影響を及ぼすか…それがある程度見えるとすれば、この場では彼女だけである。

 

「けど、何か禍々しい気配がします…!

 恐ろしい事態が起きてしまいそうな……!!」

 胸の前で指を組んだ彼女の肩が震えていた。

 

 ☆☆☆

 

 その場に音もなく降り立ったミストバーンは、磔のオレ達の前まで歩み寄ると、衣の内側に手を入れながら、オレに向かって問いかけた。

 

「…ヒュンケル。よもや忘れてはいまい。

 このグラスの暗黒闘気を飲み干し、我が配下になるか否か…処刑までに決めろと言った事を…」

 言いながら衣の中から取り出したのは、昨日も見せてきたグラスと、そこから立ち上る禍々しい気。

 

「…決めたのか?どうするのだ?」

 問いながらも、オレがその選択をする事を、欠片も疑ってはいない。

 …そして、オレの答えは……だがその答えを口にする前に、別の声がオレの言葉を遮った。

 

「その前にミストバーン様。羽虫がいるようですわ。

 始末しに行ってもよろしいかしら?」

「………っ!!」

 不審には思っていたのだ。

 ここに現れたミストバーンの傍にもうひとりが、やけに近い距離に付き従っていた事。

 そして、それが長衣(ローブ)のフードの下から今、初めて発した声が、オレ達にとって馴染んだものであった事は、少なからず動揺を誘うに充分な事態だった。

 

「…ま………まさか」

 クロコダインの目が、驚愕に(みひら)かれる。

 

「……好きにするがいい」

 オレの返答を遮られた事が少し気に障ったのだろう。

 やや不機嫌そうなミストバーンの声が、それでもその言葉に是を与えた。

 

「ふふ。失礼いたします」

 そんな不機嫌を気にも留めていないように、『彼女』は長衣(ローブ)の裾を揺らめかせながら、ふわりとその場から浮き上がった。

 同時に、被っていたフード付きのケープが脱ぎ捨てられて、それがやはりふわりと舞って地面に落ち、見慣れたプラチナブロンドの癖毛と、大きく尖った耳が現れる。

 どうやら長衣(ローブ)と見えていたのは誤りで、ケープと同布で作られた、女性用のドレスのような服であったらしい。

 裾は長いのに、上半身の露出がやけに大きいデザインのそれは、布を使う部分を確実に間違えているように思う。

 そのむき出しの肩から伸びる白い手に、対照的な黒い気が集まり、それが長い、槍のような形を取った。

『彼女』は、舞台の一段下に降りると、その槍を何故か地面に突き刺す。

 それから周囲の崖をぐるりと見渡して、歌うように声を発した。

 

「出ていらっしゃい、羽虫ちゃん達。

 ……わたしが相手をしてあげるわ」

 それは恐らく、既にこの場に来ているであろう、仲間たちに向けて放たれた言葉なのだろう。

 それは本来、彼女にとっても同様である筈の。だが。

 

「…さあ魔界より出でよ!地獄の(いかずち)……!!」

「やめろ……グエンッ!!!」

 クロコダインの叫びが悲痛に響いたが、その呼びかけに彼女が答えることはなかった。

 地面から無数の黒い稲妻が立ち昇り、それが蛇のように彼女の持つ槍に絡みつく。

 それが全て槍の先端に集まって、火花を散らせる。

 そして。

 

 

「ジゴスパーク!!!!」

 

 

 

 

 槍の先から解き放たれた黒い稲妻は

 

 

 

 …ミストバーンの配下の鎧兵士達の頭上に落ちて、数体のその鎧を、粉ごなにした。

 

 

 

「……………あら?」

 ……そう、恐らくグエンは、忘れていたのだ。

 彼女の周囲、つまりはこの処刑場をぐるりと、鎧兵士が取り囲んでいた事を。

 鎧というのは大体、金属でできており、電撃というのはおおよそ、近い場所の金属に引き寄せられるものだ。

 ちなみにグエンが使う、今のような僅かな魔力を引金(トリガー)とする技は、多分地上には使い手は彼女しかいないだろうが、魔界には割と存在する。

 彼女が言うには、旅の途中に立ち寄った各地の図書館のどこにでも、最低1冊は魔界文字で書かれた書物が置かれており、大抵は単なる魔界の伝承や物語の本だが、ごく稀にこういった技や、地上では目にすることのない呪文やその契約魔法陣の書き方などが記されたものもあったのだという。

 

「……もう、邪魔ね。まあいいわ。

 ()()は、わたしが美味しくいただくわね」

 グエンは砕けた鎧兵士の残骸に手をかざすと、恐らくはそこに宿っていたものであろう、黒い瘴気を、その手で受け止めて()()()()()

 どこか恍惚とした表情でそれを行なった彼女だったが、次の瞬間には大きく息を()いて、不満げな、切なげな声を漏らす。

 

「……足りないわ。もっと……もっと欲しい…」

 ぞくりとするほど艶かしい仕草で、唇を舐める彼女の目が、2人で修業の為に滞在した村の宿屋で、サービスで提供された飲み物がアルコール入りであった事を知らずに飲んだ時の、記憶にあるとろんとした目と、重なった。

 幾つかの壊れた鎧兵士から暗黒闘気を吸い終わると、一番近くにいたまだ無事だった鎧兵士の頭を掴む。

 鎧兵士は僅かに抵抗したがすぐに動きを止め、それはバラバラの鎧のパーツとなった。

 状況を察して襲いかかってくる鎧兵士を槍でいなし、次々に同じことを繰り返して、あっという間に地面に十数体分の鎧のパーツだけが転がる事態となる。

 

「アハハ、アーッハハハハハハッ!!」

 ……彼女は笑い上戸だっただろうかと、何故かこの場にそぐわないことを考えていたオレは、多分現実逃避気味だったに違いない。

 ふと我に返って、辛うじて動かせる頭を動かして隣のクロコダインを見ると、ヤツはほとんど死んだ目になっていた。

 気持ちはわかるが意識を保て。

 

 ☆☆☆

 

「……ある意味、恐ろしい事態だな」

 眼下で展開される蹂躙劇と、誰とは言わないがその見るに耐えない醜態を見下ろしながら、ロン先生がぽつりと呟いた。

 いやもう本当に。

 とりあえず、むこうでちょっと困ったような顔してるメルルの方に移動して、傍で手でも握っててやろうと思ったら、何故か進行方向を、ラーハルトの槍の柄に阻まれて止められた。

 

「ちょ、これ邪魔……」

「…気になる事がある。

 ロン・ベルク。こいつを借りるぞ」

「え?」

 ……そういえばこの状況、コイツのグエンさんへの執着思慕を考えたら、この場で一番取り乱していてもおかしくないだろうに、むしろ気味悪いくらい落ち着いてる。どういうこと?

 

「…ヤバイことになる前に逃げてこいよ」

「そんなヘマはせん。リリィ。来い」

 ロン先生の許可を取って、ラーハルトはあたしを荷物のように肩に抱えて、ずかずか歩き出す。

 

「ちょ、あたしの意志に対する配慮は!?」

「そんなものはない」

「言い切ったコイツ!!」

 そうして、ラーハルトはあたしを抱えたまま槍の長さを、処刑場の舞台のある地面まで伸ばして、その先端を打ちつけた。

 さっきまでなら敵に見つかる恐れのある行動だが、今はグエンさんが暴れてるお陰で気付かれている様子はない。

 もっとも、ここがあたし達を集める為に用意された舞台である事を考えれば、気付かれていようがいまいが同じことだが。

 グエンさんは普通に気付いていたようだし。

 それはともかくラーハルトが、あたしを片手に抱えて槍を握り、その長さを縮めて下に降りる。

 彼だけなら飛び降りても怪我はしなかったのだろうが、さっきはああ言ったがどうやらあたしに、一応は配慮してくれたっぽい。

 これが例えばヒムだったら普通に飛び降りてただろう。

 

「ここからなら、上から見るよりもずっと近い。

 ……リリィ。

 もう一度しっかりと、グエナヴィアを見てみろ。

 ここからおまえの目に見えるものは、上から見えたものと同じか?」

 確かに遠くから見るよりは、より距離が近い方が、見える情報は詳細になるだろう。

 けど、それだけだ。あたしの能力は単なる情報。

 現状を打破する決め手になるものじゃない。

 それでもラーハルトに言われるままグエンさんに焦点を合わせ、再び『みやぶる』を発動した。

 

 …………え?

 

 アタマの中で改めて詳細を説明し直してくれるオッサンの情報を聞き終えて、あたしはラーハルトの腕の中から、高い位置にある青い目を見上げる。

 

「…どうやら、オレの勘違いではなさそうだな」

「…アンタ、どうして気付いたの?

 あたしの目ですら、二度見しなきゃ判らなかったのに…」

「一度だけ、旅の途中で立ち寄った旅人がオレの存在に驚いて落としてったワインを飲ませた事がある。

 その時にああいう感じになったので、それ以来二度と飲ませなかったが」

「メッチャ酒癖悪いな!

 てゆーか何?暗黒闘気、アルコール扱いなの!?」

「そっちはグエナヴィアの体質だろう。よく判らんが」

「体質で片付けていい問題!?」

 自分のチートを棚に上げ、あたしは割と特大ブーメランなツッコミを入れた。

 

 …けど、そうであるならば『あのひと』は絶対に、ラーハルト『だけは』傷つけることはない。

 

 ☆☆☆

 

「貴様、何をしている!」

 ようやく状況を理解したらしいミストバーンが叱責の声を上げると、グエンはこちらに目を向け…何故か、とても嬉しそうに微笑んだ。

 一瞬、彼女の姿が消え、次の瞬間にはミストバーンの真ん前に現れて、ヤツの衣に縋り付く。

 そしてうっとりとした表情で、ヤツの持つグラスに手を伸ばしながら、懇願するように言った。

 

「ああん、ミストバーン様ぁ。それが欲しいのぉ。

 お願いします。わたしに飲ませてくださいませ。

 その黒ぐろとして、濃くて、力強い、暗黒闘気の塊で、わたしの一番奥まで汚してぇ……!」

 …今なんだか、聞いてはいけない台詞を聞いたような気がするのはオレの気のせいか。

 隣を見ればクロコダインが、ショックのあまりか白目を剥いている。

 そしてミストバーンは…多分だがドン引きしている。

 

「……クッ!なんなんだこの女は!

 暗黒闘気で酔っ払ったのか!!?

 誰だ、こいつを闇に堕とすなどと言ったのは!

 …私か!!ええい離せッ!

 その薄汚れた手でこの身体に触れるなァッ!!」

 …グエンに纏わりつかれて、これまで見た事がないくらい動揺しているところを見ると、どうやらこれはミストバーンにとっても予想外の事態だったらしい。

 手にした暗黒闘気のグラス…オレに飲ませる予定だったそれに彼女が引き付けられており、それを渡せばひとまずは逃れられるだろうということも、今のヤツには思いつかないようだ。

 まあ、あの女性(ひと)の行動が明後日の方向に向かうのはそもそも、通常運転だが。

 ……そろそろ、オレも悟り始めてきた気がする。

 

「…グエンを止めて欲しいなら、オレを自由にしろ」

「これが止められるのか、貴様に!!」

「………恐らくは」

 これは恐らく、オレにとっての最後のチャンスだ。

 闇を打ち払い、より強く光輝く為の。

 

 ガシャン!

 ミストバーンが手首から先を一振りすると、何をどうやったものかは判らないが、オレを拘束していた枷が砕け、重力に従ってオレの身体が地面に投げ出された。

 

「あらぁ?」

 ほぼ反射的になのだろう、グエンが動きを止めて、オレに視線を移す。

 

「……貴方、とてもいいモノを持っているわね」

 …やはり食いついてきた。グエンは以前言っていた。

 オレの体内に、普通の人間ならば正気を保っていられないほどの、濃い魔気が(こご)っていると。

 それを光の闘気で抑え、封じ込めているのがオレの今の状態であり、その強さに負けまいと反発し続けた結果、オレの光の闘気は溢れんばかりに強まっているのだと。

 その理屈で言えば、消されまいとする暗黒闘気もまた、それだけ強まっており、発散する事もままならない以上、それは抑え込まれた分、濃く凝縮されているだろう。

 今、何故か暗黒闘気を欲している彼女が、引き付けられない筈がないのだ。

 

「いただくわ、その純粋な暗黒闘気…!」

「…オレが欲しいならば、力ずくで来るのだな」

「とても素敵。魅力的だわ」

 にぃ、と赤い唇の口角が上がる。

 その表情は、オレが初めて見るものである気がした。

 ミストバーンはグラスを投げ捨て、同じ手を再び衣の中に差し入れると、そこから剣を一振り引き出してみせる。

 

「…こいつを使うがいい、ヒュンケル」

 敵の手から与えられる武器を使うのは癪だが、今のオレは丸腰だ。

 躊躇いなく受け取り、構えを取る。

 

「止せ、ヒュンケル!!グエンと戦うなど…」

 そこに、ようやく正気を取り戻したらしいクロコダインが、オレに向かって叫び…オレはヤツを振り返って、その目をしっかりと見つめて、言った。

 

「クロコダイン…オレとグエンを信じてくれ…!!」




グエンさんの残念クオリティは、関わる相手を全て、残念にするのです。
多分だけどこの辺の展開がプロットから大きくねじ曲がった原因は、『ジゴスパーク』を入力しようとして、変換候補に『事後スパーク』って出てきた事が全てだったと思う。


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22・半魔の僧侶は夢を見る

更新、お待たせしてしまって申し訳ありません。
謎解明編ですよー。
前回ラーハルトとリリィが、主語抜きで喋ってた事に、気がついた方はいらっしゃったでしょうか?
それが全てです。


 眼下の処刑用に設えられた舞台の上で対峙する男女の姿に、弾かれたように飛び出そうとした者がいた。

 

「だっ…だめだよ、キミッ!!!今飛び出しちゃっ!!!」

 それを、たまたま近くにいたチウが、その腰にしがみつくようにして止める。

 

「でっ、でもっ…!!!グエンさんがっ!!!」

 普段は年齢より大人びて、落ち着いて見える彼女…賢者エイミは、気の強そうなその(まなじり)を、いつも以上に吊り上げた。

 だがその瞳は不安に揺れており、涙をこぼすまいとしているのが誰の目にも明らかだ。

 その視線に戸惑いながらも、ロモスから来たレスラーが、説得を試みる。

 

「わ、わかってるけどよ!!

 ダイたちが3人を救出してから、オレたちがなだれ込む作戦じゃねえかっ!!

 オレたちだけで先に飛び込んでも…」

 今あの場に駆けつけて、巻き添えを喰って万が一のことがあれば、本来彼らを救いに向かっている勇者たちの足を引っ張ることになりかねない。

 

「ダイくんたちだって、あれじゃ3人を救えないわ!!!」

 だが、その勇者たちにもどうしようもない状況だとしたら。

 エイミの言葉に、男たちは黙り込んだ。

 

「どっ……どうしたらいいんだっ!!」

 北の勇者が悔しげに洞窟の壁に拳を叩きつけた、その時。

 

「……もう少し待て。

 どうやらオレの弟子が、突破口を見つけたらしい。

 自分たちでどうにかならないようなら、すぐにこっちに帰ってくる筈だ」

 口を開いたのは伝説の魔界の名工と呼ばれる、魔族の男だった。

 

 ☆☆☆

 

 グエンがサッと手を振ると、先ほどまで少し離れた地面に突き刺したままだった暗黒闘気の槍が、再び彼女の手の中に現れた。

 

「…あなたに、オレを倒すことはできん。

 あなたにアバン流を教えたのはオレだ」

「そうみたいねぇ」

 歌うようにそう答える声がまるで他人事のようで、小さな違和感を覚える。

 だが、どちらにしろやるべき事はひとつ。

 ミストバーンから手渡された剣を構えて、オレはグエンと対峙する。

 背後でクロコダインが息を呑むのがわかった。

 

「…なるほどねぇ。

 暗黒闘気を光の闘気で覆って、封じ込めているのね。

 つまり、いまのわたしとちょうど逆というわけ。

 ふふ、面白いわぁ」

 くすくすと笑いながらオレを見つめ、舌舐めずりをする彼女のその言葉に、オレの違和感が強まった。

 グエンは、オレの状態をよく知っている筈だ。

 なのに、それに今気付いたかのような事を。

 それに、逆ということは光の闘気を、暗黒闘気で覆っているということか?

 それは、彼女の中の光が、未だ消えていないことを意味するが…。

 

「……引きずり出してあげる。

 そして、わたしの糧になりなさいな」

 そう言って、赤い唇の口角を上げたグエンの表情は、確実にオレの見たことのないものだった。

 

「…それはこちらのセリフだ。

 その暗黒闘気を引き剥がして、必ずこちらに引き戻してやる…!」

 ふわりと、グエンのドレスの裾が翻り、長い脚が地面を蹴ったのが判った。

 更にその姿が、瞬時に5人に分裂する。

 

「…幻惑呪文(マヌーサ)か!」

 いつの間に放ってきたものか、全く気がつかなかった。

 竜騎衆との戦いの際にも、彼女が使っているのを見たが、自身が相対してみると、受ける印象はまったく違う。

 オレはダイたちと戦った時に、それを撃ってきたマァムとも戦ったが、グエンの幻惑呪文(マヌーサ)は数はあれより少ないものの、その分、像がはっきりしている。

 また、本人に飛翔呪文(トベルーラ)という機動力がある分、可能な範囲をいちいち移動して、虚像の動きに合わせたヒットアンドアウェイの攻撃をしてくる為、虚像の判別がし辛いのだ。

 マァムの時は目を閉じて心眼で気配を探って実像を見分けたが、あれはマァムが一撃でこちらを倒そうとするタイミングを狙っていてくれたからで、いわば虚像の物理的な攻撃力を心配しなくていい状況だから出来たことだ。

 今そんな呑気なことをしていたら、その間に大きなダメージを受けてしまう。

 そういった、決定的な隙を見逃す相手ではないのだ、グエンという女は。

 だから、ギリギリで見切って攻撃を躱しながら、気配を探る。

 共に修業をした時の、彼女の動きの癖なども考慮に入れて、全ての像を視界に捉えながら、徐々に特定範囲を狭めていき……

 

 ───見えた!!

 

 手にした剣を逆手に握り直して、オレは握った剣に、光の闘気を集中させた。

 実体と見極めたグエンの姿に向けて放つ、その技は。

 

「アバン流刀殺法・空裂斬!!!」

 

 …オレの放ったその技は、基本は闇の力を滅するものだ。

 しかし闘気技であると同時に剣技である以上、相応の物理的破壊力が当然ある。

 グエンを無傷のまま暗黒闘気を引き剥がす事は不可能だろう。

 だが敢えてオレは、それを全力で放った。

 グエンもまた、アバン流の使い手のひとり。

 そのように、オレが導いた。

 そして彼女自身が、オレたちの光の力を、信じてくれている。

 

『わたしはあなたを、友達だと思っていてよ?』

 

 その友情に応えるべく、今のオレにできることを。

 

「……ッ!!」

 恐らくは反射的にだろう、彼女は手にした暗黒闘気の槍を(かざ)し、それは一瞬は確かに、オレの技の威力を止めた。

 だが、それはあくまで一瞬のこと。

 闇は光に駆逐され、彼女の胸元まで届いた威力で、グエンの身体が弾き飛ばされ、祭壇の四方に立てられた柱の一本に激突する。

 

「くはッ!!」

 そこから、重力に従って落ちる細い身体を、僅かながら光の闘気が覆っているのを、オレは確かに感じ取った。

 

 決まった……そう思った。なのに。

 

 次の瞬間、暴力的なまでに濃い暗黒闘気が、彼女の身体を再び覆う。

 胸を押さえてゆっくりと立ち上がるグエンが、微笑みながらも鋭い視線で、オレを見つめていた。

 

「なっ………!!」

「……危なかったわぁ。

 ()()()が自分の光の闘気で、一瞬()()()を覆い隠してくれなかったら、本当に消されているところよ。

 けど、おあいにく様。やり方は今ので覚えたわ。

 あなたのその技で、()()()を消すことは、残念ながら、もう出来ないわよ」

 ダメージは回復呪文で即時回復させたのだろう、こちらに歩いてくる足取りに危なげがない。

 そして、オレは先ほどから感じていた違和感の、その理由に気がついていた。

 

「……!貴様…何者だ!?」

「フフッ…今頃気がついても遅いわ。

 ………わたしの勝ちね」

 やけに近い距離でそう囁かれ、彼女が転移呪文を使ったことを知る。

 だが、それに気がついた時にはもう、彼女の赤い唇に、オレのそれが塞がれていた。

 

「……ッ!?」

 瞬間、内臓が無理矢理引きちぎられるような感覚を覚え、グエンの唇が離れると同時に、オレはその場に倒れ伏す。

 激しい虚無感と喪失感、更にはその(うろ)に急激に別の何かが溢れこむ感覚の、一気に襲い掛かったその負荷が、一瞬にしてオレの全身の神経を灼き切った……気がした。

 

 ☆☆☆

 

「……あああっ!!

 ヒュンケルさんの生命エネルギーがっ…消えてしまったっ…!!!」

「こ…これでもう私たちは、五人のアバンの使徒をそろえることができない…」

 メルルとフローラの絶望の声を耳にして、戦士たちが項垂れる。

 

「ちっ、ちくしょう!!何やってるんだ、ダイたちはっ!!!」

 いつまで待ってもその場に現れない勇者たちに痺れを切らし、苛立ったように立ち上がったのは北の勇者・ノヴァだった。

 だが、もう我慢できない、と剣に手をかけ飛び出そうとするのを、大きな青い手が彼の手首を掴んで制した。

 

 …正直、最初にリリィと共に現れた時から、ノヴァは彼を気に入らないと思っていた。

 ダイからロン・ベルクと呼ばれたその男は、伝説の名工とか大層な肩書を引っさげ、その名に違わぬひと目見て素晴らしいものとわかる武器を、全てその手で作ったという。

 リリィが言った、自身が結婚を考えるだろう男の条件に、全てではないがかなりの割合で当てはまる上、師弟であるという理由だけで、彼女に気安く触れられる男。

 16歳という、成人して間もない微妙な年齢の自分と、既に完成した大人の男である彼とを比べて、ノヴァの中に劣等感と嫉妬心が湧き上がるのは、ある意味当然の流れだったろう。

 

「な、なにをするんだ!!?放せ!!!」

 その男に掴まれた右腕が、どのようにしても振り払えない事に、ノヴァは苛立って声を荒げた。

 

「落ち着け坊や。言ったろ。うちの馬鹿弟子が焦って戻ってこないうちは、想定内って事だ。」

「何を言って……」

「あいつがオレを信頼するように、オレもあいつを信じてるって事さ」

 まったく動じないどころか『坊や』呼ばわりされ、あまつさえ想う少女との絆の深さを自慢された形になって、ノヴァはますます苛立ちを深め、頭ひとつ以上高い位置にあるその目を睨みつける。

 

「ダイたちが出てこないのも、ヒュンケルやグエンを知り抜いているからだ…!!

 信頼、絆…生命(いのち)すら、ヤツらにとっては武器のひとつ……!!」

「えっ……?」

 だが嫉妬心や劣等感に苛まれても、ノヴァは芯の部分では素直な青年だった。

 そう言われて反射的に、ロン・ベルクの視線の先を見やる。

 そこには皆が注目する中央の舞台から見えない位置を探して、懸命に移動している小柄な少女と、軽装鎧の魔族の青年の姿があった。

 

 ☆☆☆

 

「……死んだか。馬鹿な奴よ。

 行き場をなくし溢れ出した光の闘気の奔流に、身体が耐えきれずくたばりおった。

 既に血肉と化した体内の暗黒闘気を無理矢理引き剥がされれば、こうなる事はわかっていたのだ。

 …本当に残念だが…仕方あるまい」

 ミストバーンが呆れたように言いながら、先程ヒュンケルが手にしていた剣を拾い上げる。

 

「……グエンよ。

 かつての仲間を殺した事で、今や一欠片の良心も残ってはいまい?

 さあ、もうひとりも、その手で始末するが良い。

 今の貴様ならば、まるで花を摘むようにたやすく行えよう」

 拾ったそれをグエンの前に差し出すと、白く華奢な手が、それを取った。

 それを握って目の前に立った彼女に、クロコダインは、その目を見つめて訴えかける。

 

「グエン……オレはおまえを信じているッ!!!」

 その薄い肩が、一瞬揺れた気がして、クロコダインは更に言葉を続けた。

 

「たとえこの身を裂かれ、最後の肉片一片になろうともおまえを信じぬくッ!!!

 だから戦え!!!暗黒闘気の誘惑と戦い、真のおまえ自身を取り戻すのだっ!!!」

「殺せ、グエン!!戯事に耳を貸すなっ!!!」

 クロコダインの言葉が終わらぬうちに、彼女の後ろでミストバーンも叫ぶ。

 しばし剣を握り締めたまま動きを止めた彼女が、ようやく答えたのは、ミストバーンの言葉に対してだった。

 

「…わたしの手を振り払ったくせに、命令しないで」

「……なんだと?」

 訝しく問い返すミストバーンの足元へ、グエンの手から剣が落ちる。

 

「わたしだって、信じていたわ…信じたかった。

 憎しみは、いつかは消える…言葉さえ交わせばわかり合えると。

 だけど、いつだって、伸ばした手は振り払われる。

 そう……さっきのあなたのように。

 わたしが…わたし達が、世界になにをしたというの?

 憎みたくなんかないのに。信じたいのに。

 どうしてわたしを……わたし達を拒絶するの?」

「…なんのことだ?何を言っている!?」

「この子には、信じてくれるひとがいる。

 助けてくれようと、戦ってくれるひとがいる。

 わたしとは……違う」

 気付けば彼女を包んでいるのは、暗黒闘気とも光の闘気とも違う、ただ深い悲しみの感情だった。

 その瞳からこぼれ落ちるのは、全ての思いを吐き出した、涙だった。

 

「…つまり、そういうことだ。

 この女性(ひと)は、グエンじゃない。

 どのようにしてか、グエンの肉体と能力を操っているが、別の誰かだ」

 と、別方向から声がかかり、その場の視線がその声のもとに集中する。

 そこには……たった今死んだと思っていた男が、小柄な少女に支えられて立っていた。

 

 ☆☆☆

 

「ありがとう、リリィ。もう大丈夫だ」

「…間に合って良かったです。

 けど、本当に大丈夫ですか?

 あたしの『状態維持及び改善』の能力が、他人に影響できるのは触れてる間だけです」

「ああ。今ので正常な闘気の流れは覚えたから、あとはオレ自身で調整できる筈だ」

 言って頭を撫でるイケメンが、自信ありげに笑うのを見て、あたしはゆっくりと彼を支える手を離す。

 その身の裡で、溢れる光の闘気が暴れだす様子はなく、あたしはほっと息をついた。

 

「…お陰で、いい気分で目覚められたよ。

 今ならヤツの首も、まるで花を摘むように、簡単に落とせそうな気がする…!!」

 ヒュンケルさんはそう言ってミストバーンに、メッチャ悪そうに微笑みかける。

 

「なっ……ヒュンケル!!?」

「バカなっ!!!あの光の闘気の暴発で、こやつの肉体は神経の一本に至るまで灼き切れたはずっ…!!」

「オレがこれまで2つの闘気を、常に肉体の裡で操っていたことを忘れていたようだな!」

 己の見ているものが信じられないといったように、あたしの目から見ても棒立ちになっているミストバーンに、ヒュンケルさんが突進する。

 全身に眩いほどの光を纏わせ(うっすら紫がかってる)、ミストバーンに拳で殴りかかると、その身体が呆気なく弾き飛ばされて、たまたまその辺に残っていた鎧兵士たちに受け止められる。

 

「…おまえはかつて、悪の闘気を捨てて弱くなったとオレに言った。

 だがそれは、2つの力を併用できなくなったからではなかった。

 片方が強まれば、それに消されまいともう片方も強くなる。

 悪にあって、正義にあって、どちらの時も、その対する力に負けまいとして、オレの闘気はそれぞれの力を、爆発的に高めていった。

 闘気の操作はオレにとって、手足を動かすのと同じくらい、自然に身についたものだ。

 その爆発的に強まっていた暗黒闘気を奪われ、一時は確かに、バランスを失った光の闘気が暴走したが、なんとか抑え込んだところで、リリィの能力が更に後押しをしてくれたのだ!」

 自信たっぷりにそう言って、ヒュンケルさんは今度はグエンさんに向き直る。

 

「…最初からずっと違和感があった。

 グエンは酔うと笑うより絡む方だからな。

 あなたはオレ達の事も、グエンの記憶を覗いた程度にしか知らんのだろう?」

 その言葉にグエンさん…の肉体を操っているそのひとは、少し妬ましげな目をヒュンケルさんに向けた。

 ヒュンケルさんが続ける。

 

「グエンは、呑み込まれながらも、抗っていた。

 その身を操られていながら、同時にオレを信じてくれていた。

 オレの中の暗黒闘気を引き剥がし、光の闘気が全て解放されれば、その光の闘気をもって、この状況を打破できると。

 また、それを使って己自身の光の力もまた、高める事ができると。

 グエンがその気であれば、その肉体の支配権を、とうの昔に取り戻しているだろう。

 今のグエンには、あなたを消さずに包み込んで、守る力があるのだから。

 だが……そうなると、あなたは一体誰だ?

 グエンの光の力に消されずその能力を操れ、グエン自身があなたを守ろうとさえしたところを見ると、まったく縁もゆかりもない者ではないのだろう?」

 ……とりあえず、この場の全員の目がそっちに向いている隙に、あたしはクロコダインの方に向かう。

 次に登場する役者はあたしじゃない。

 そして主役はもう、舞台に上がってきていた。

 

「その疑問には、オレが答えよう」

「おまえは……陸戦騎ラーハルト!!」

 

 ・・・

 

「リリィ?」

 磔の十字架の足元までこっそり駆け寄って、拘束されているクロコダインの足に、あたしは両掌を当てる。

 

「ご無事で何よりです、クロコダイン。

 あたしが触れてる今なら、あなたの力でその枷、壊せる筈です。試してみてください!」

「!?………ぬんっ!!」

 

 バキン!

 

 あたしの言葉に、クロコダインは一瞬だけ訝しげな目をしたものの、次には筋肉のひとつすらほぼ動かさずに、手首の枷を弾き飛ばしてみせた。

 

「……どういうことだ、リリィ?

 先ほどまでは、動くことすらできなかったものを…」

「この拘束架は、力を封じる呪具でもありました。

 あたしの『状態維持』と『状態改善』の能力で、クロコダインの身体にあたしが触れてる間は、その力に干渉されず、本来の力が(ふる)えただけですよ。

 そうでなければただの鋼鉄の塊、こんなものにあなたを拘束できるわけがありません。

 改めまして、お迎えにあがりました、獣王さま。

 遊撃隊・隊員12号、獣撃参謀あにまる子ちゃんです。

 どうぞお見知り置きを」

「…………………は?」

 

 ☆☆☆

 

「まさか、生きていたとはな…おまえが」

「……その説明は後だ」

 上がった舞台の上で、オレはその女のそばへと歩み寄った。

 その表情が、今までとは明らかに変わる。

 

「……ラーハルト。生きていて、くれたのね…。

 この子の記憶では死んだ事になっていたのに。

 またあなたに会えるなんて、夢のよう…!」

 目の前の女は、酷く懐かしい…それでいて見たこともない表情で、オレに歩み寄ってきた。

 

「ああ……オレも、同じだ」

 オレがそう言うと、彼女の目に一瞬だけ悲しげな色が浮かんだが、すぐにそれは消え、妖艶な笑みがその唇に浮かぶ。

 

「嬉しいわ。これからはずっと一緒よ。

 もう二度と、あなたを1人にはしない。

 二度と、誰にも渡さないわ…!!」

 彼女の手が、そう言ってオレの胸元に触れた。

 魔族の血がこれだけ顕著に出ているにもかかわらず、成長するのが純血の人間並に遅かったオレが、当時は見上げていた頭が、そこに寄り添う。

 一度死んで納められていた棺から起き上がった時に、いつのまにか握っていた束と同じ色の髪の、かつては見えなかったつむじを見下ろして、オレは言葉を落とした。

 

「……グエナヴィアは何も悪くない」

「ラーハルト?」

「…オレが一度死んだのは、オレ自身の弱さのせいだ。

 グエナヴィアが罪の意識を感じる事など、何ひとつなかった……だから」

 驚いたようにオレを見つめる、その女の目を見つめて、オレは懇願した。

 

「だから……グエナヴィアを解放してやってくれ、()()()

 

 ☆☆☆

 

 そう。二度目に『みやぶる』でグエンさんを見た時に、あたしの頭のなかのオッサンが、確かにそう言ったのだ。

 

『あ…すいませんでした。

 さっき見た時に判らなかった事が、今判ったので訂正します。

 今、あの場にいるのは確かにグエンさんですが、彼女自身の意思は、精神の一番奥にしまいこまれています。

 今、あの身体を動かしているのは、暗黒闘気に染められた、別人の無念の魂です。

 生前の名は【ヴァレリィ】。

 愛称は‥‥凄い偶然ですが【リリィ】ですよ』

 

 ☆☆☆

 

 …一瞬、目を(みは)って、明らかに驚きの表情を浮かべた彼女は、オレの愛する女の顔に、少し苦い笑みを形作る。

 それはあの山小屋の生活の中で、オレが村の奴らを罵っていた時に、オレが作ったベッドの上で見せていたのと、同じ表情だった。

 

「……どうして、気がついたの?」

「オレは息子だぞ。気付かぬ筈があるまい。

 …そしてこれは、オレが惚れた女の肉体だ」

 オレがそう言うと、グエナヴィアの器を借りた母の顔に、どこか悔しげな(いろ)が浮かぶ。

 

「けど、この子はあなたを見捨てたわ。

 わたしの代わりにあなたを守ってほしいという、最後の願いにも頷いてはくれなかった!」

「出来ない約束をしなかっただけだ。

 グエナヴィアがオレを手離しバラン様に託したのは、自分ではオレを守りきれないと判断しての事だった。

 けど、それだって、オレが強ければ済んだ話なんだ」

「あなたはまだ子供だったわ!」

「彼女も同じだ。

 10歳の孤児を抱えて、当時13の少女に何が出来たというんだ」

「え……13?当時?? 」

 …その瞬間、怒りに呼応して再び身から溢れていた暗黒闘気が、掻き消えた。

 

「………ええぇ!?嘘でしょ?

 あんなおっぱい大きくて、あの時まだ13歳だったの!?」

「……それはオレも思っていたが事実だ。

 グエナヴィアはオレの3歳上だ」

 …知らなかったのか、母さん。

 まあ、確かに13歳の頃のグエナヴィアは、今思えば大人びていた。

 …あの当時の彼女と今のリリィが同い年だと思うと、余計に。

 

『本当に魔族だな。しかも2人いるぞ』

『構う事ぁねえ。

 とっ捕まえろって言われたのはガキの方だ』

『そうだな。

 女はこっちが貰っといて、あとで売っ払やいい』

 …あの日オレたちを襲撃し、グエナヴィアに手を出そうとした賊たちも、彼女を子供だとは思っていなかった。

 奴らにとって、オレが『ガキ』で、彼女は『女』だったのだから。

 女のほうが成長を始めるのは早いというが、グエナヴィアは恐らく、青年期までの成長が人間より早いという、魔族に近い成長の仕方をしたのだろう。

 

「本当に世の中は不公平だわ!

 わたしなんかあなたに授乳してる時ですら、あの半分も無かったのに!!」

「オレが覚えてる限りでは半分どころか1/4も無かったが、それは今は問題ではない。

 …グエナヴィアに抱く母さんの怒りは筋違いだ。

 頼む……離してやってくれ。

 オレに……グエナヴィアを、オレに返してくれ」

 どうやら暗黒闘気の影響よりも、素の母が出ている今が、心を届ける最後のチャンスだ。

 オレが懇願すると、『母』はまた苦い笑みを浮かべ、大きくひとつ、息を()いた。

 

「ラーハルト………そうね。

 あなたが心配でこの世に留まっているうちに、負の想念に捕まって同化させられてしまっていたけれど、その間にあなたはこんなにも大きくなっていたのだもの。

 わたしが心配しなくても、立派に生きていってくれるわね。

 ……うん、ちょっとの間だけでも、巨乳になれて嬉しかったし!」

 …母さん、実はそこ密かにコンプレックスだったんだな。

 正直、あまり知りたくなかった…わ、忘れることにしよう。うん、そうしよう。

 そうしているうちに、腕に抱いた女の身体から、黒い闘気が一瞬だけ吹き出たかと思うと、すぐにそれは眩いばかりの光に変わり、吹き出た黒いものを駆逐した。

 

「…幸せにおなりなさい、ラーハルト」

 更に光と見えたものが、母さんをその下に弔った、あの木に咲く花の、花弁に変わる。

 幼い日にいつも見ていたのと同じ、優しくて少し悲しげな微笑みが、舞い散る花弁の中に浮かんで、そして消えた。

 

 ああ、と思った。思い違いをしていたのだ。

 母さんは、グエナヴィアを恨んで、彼女の身体を乗っ取ったのではない。

 彼女の心が暗黒闘気に染まらぬよう、意識の奥に彼女を隠して、自分が成り代わる事で身代わりとなって、暗黒闘気の影響に自分の魂を晒したのだ。

 その結果、母さんの死の間際の無念が増幅されただけであり、母さんは本心からグエナヴィアを恨んではいなかった。

 それどころか、守ってくれていたのだ。

 

「ありがとう……母さん」

 徐々に光に溶けていく花弁と母の面影を見つめながら、オレは小さく呟いた。

 ややあって、ずっと想い続けていた女が、オレの腕のなかで 身動(みじろ)いだのがわかった。

 

 ☆☆☆

 

 …目を開けた瞬間、その目が、わたしの顔を覗き込んでいた青い瞳と合った。

 

「………ラーハルト?」

 己の見ているものが信じられず、その名を呼びかけると、それに応えるように、目の前の男の口角が上がった。

 こんなに大きくなっても尚、幼い日と同じ微笑みに、懐かしさに胸が締め付けられる。

 同時に、今の己の状況を、わたしは悟った。

 

「……迎えに来て、くれたのね。

 戦いの終わりを待たずに死ぬのは無念だけれど、あなたにまた会えて、嬉しいわ」

「まず落ち着け。おまえは死んでない」

 だがラーハルトの亡霊は、私がそう言うと呆れたような顔をして、わたしの言葉に冷静につっこんできた。

 失礼な。わたしは充分落ち着いている。

 けど、死んでないという事は、わたしは生きているのだろうか。という事は……

 

「ああ、そうか。わたしは夢を見ているのね」

「寝惚けているのは間違いないな。

 いいからさっさと目を覚ませ」

「いやよ!………せっかく会えたのに。

 これが夢ならわたし、二度と目なんか覚まさないわ」

 不可能な事だとわかってはいても、縋らずにはいられなかった。

 あの時…この子の遺体を抱きしめながら、バランが言うのを聞いていた、万に一つの可能性……。

 ポップに起きたのと同じ奇跡が、ラーハルトにも(もたら)される事を、わたしは無意識に期待していたのだろう。

 何度も、ラーハルトが生きて戻ってくる夢を見て、目がさめるたびに落胆した。

 けど今回は、目覚める前に夢だとわかったのだ。

 幸せな夢ならば、目覚めなければいい。

 何で今まで、こんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。

 …わたしは、目の前でちょっと驚いたような顔になったラーハルトの身体に両腕を回して、首筋に顔を埋めるように、しがみついた。

 

「…ずうっと、あなたと一緒にいるわ。

 もう、絶対に離れない」

「…………グエナヴィア」

 わたしの名を呟く声と、吐息が耳をくすぐる。

 抱きしめた身体は、懐かしい匂いがした。

 

 

 ………………………………………………………。

 

 

 ……お か し い。

 肌の匂いとか、耳に触れる吐息の熱さとか、頬に触れた首筋から伝わる鼓動とか、抱きしめ返してくる腕の力強さとか、なんか色々リアル過ぎる。

 

「…言質は取ったぞ。二度とオレから離れるな」

「え?」

「愛している、グエナヴィア。

 この戦いが終わったら、またオレと暮らそう」

 …なんか以前リリィから聞いた『しぼうふらぐ』みたいな台詞を吐いて、幻はわたしの身体を、更にきつく、抱きしめた。

 

 え?あの…もしかしなくとも、本物……とか?

 

「はい。それ、夢でも幻でも幽霊でもない、本物のラーハルトです。

 ……おかえりなさい、グエンさん。

 あと、心の声だだ漏れですよ」

 傍らから聞こえたリリィの声に、反射的にそちらに目を向ける。

 一拍遅れて、彼女が言った『おかえりなさい』という言葉が、何故か『ご愁傷様です』と同じ響きを持って耳に届いたのは、わたしの気のせいだったろうか。




ミ「本当に残念だが…仕方あるまい」
ヒ「いろんな意味でな」
…前回のお話でミストバーンさんがセルフつっこみを始めたことには、書いたやつ自身が一番驚きました。
副主人公が振りまく残念化の呪い、どこまで根深いのでしょう……ああ恐ろしい(爆


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23・半魔の僧侶は自由を体現する

「バカなッ!私の暗黒闘気を祓ったというのかっ!!?

 貴様ら如きに、そんな真似ができるものかっ!!!!」

 …こちらが敵のしつらえた舞台上で恋愛ドラマを繰り広げている間、ミストバーンは怒りにその身を震わせていた。

 そろそろ見慣れた爪の攻撃…ビーフストロn『ビュート・デストリンガーです!』…それがヒュンケルさんに襲いかかる。

 だがヒュンケルさんは、あろうことか躱す事すらせずに、むき出しの胸でそれを受けた。

 

「なっ……!!!?」

 本来なら、その衝撃は胸板を破り、その下の心臓も貫いて、背中まで突き抜けるほどの威力のものであった筈だ。

 それが、皮一枚突き通す事なく、皮膚の上で止まっている。

 これまで暗黒闘気を抑える為にかなりの分を割いていたものも全て使って、全身に纏わせた光の闘気は、ヒュンケルさんの肉体に鋼鉄…下手すりゃミスリル以上の強度を与えていた。

 ぶっちゃけ、顔には出てないけどヒュンケルさん、今ものすごくテンション上がった状態なんだと思う。

 

「ヒュンケルさん!」

 そして、ミストバーンの動きが止まったその一瞬を逃さず、あたしは『道具袋』のポーチからそれを引き出し、投げ渡…

 

「……って、重っっ!!」

 …せたらスマートだったのだが、引き出した途端手にかかった重みに、あたしはいきおい体勢を崩した。

 そうだよね!入れる時はポーチに吸い込まれる感じでひょいって入ったけど、出す時は自分で持ち上げなきゃいけないもんね!

 しかも重装備になる分、結構な大きさの金属の塊だからね!

 あたしがポーチから引き出した鎧の魔剣を、抱えたままべちゃっと潰れそうになったところで、硬い鱗に覆われたクロコダインの大きな手が、ひょいとそれを取り上げた。

 

「ヒュンケル!!」

 更に、どうやらあたしのやりたかった事に気づいてくれたらしく、同じ手が簡単に、ヒュンケルさんにそれを投げ放ってくれる。ナイスフォロー。

 そんな友情と絆によってリレーされた剣の(つか)が、ヒュンケルさんの手に、まるで吸いつくようにきれいに握られた。

 

鎧化(アムド)!!」

 同時に、発せられた合言葉(キーワード)に従って、展開した鞘が彼の身体を覆う。

 兜から取り外した剣を、鞭のようにひと振りすれば、ミストバーンがその剣先を避けるようにして間合いを離し、代わりに襲いかかった鎧兵士たちが、一瞬にして薄紙のように斬り裂かれた。

 同時にそこから溢れ出た黒いものが、剣に纏う光によって駆逐される。

 …なんか前に見た時よりも、若干兜のデザインが変わってるのは気のせいだろうか。

 印象が変わるほどの変化ではないが、顔の見える範囲が少し大きくなっている気がする。

 そういえば、魔剣や魔槍の修復作業をロン先生が手掛けている間、あたしは家で母さんと過ごしていてその過程を目にしておらず、出来上がったそれを鎧化状態で目にするのは初めてだった。

 これは、ロン先生の過去の反省点の考慮というよりは、単に作画上の都合というかイケメン勿体ないでしょ的な、神様視点のデザイン変更である気がする。

 それはさておき、鞭状態の剣がジャキンと音をたてて通常の剣モードになり、ヒュンケルさんがそれを握って独特の構えをとった。そして。

 

「ブラッディースクライド!!!!」

 回転を伴った突き技の威力は、舞台の四方に立てられた大きな柱を中ほどで砕き、倒壊したそれの下敷きになった鎧兵士の一団を圧し潰していた。

 …それらを数瞬で終わらせたヒュンケルさんがこちらを振り返り、ラーハルトに歩み寄る。

 

「……ラーハルト。改めて礼を言う。

 結局オレ達だけでは、グエンを取り戻すことが…」

「貴様からの礼の言葉など、聞きたくない」

 グエンさんを腕に抱き込んだまま、ラーハルトはヒュンケルさんの言葉をぴしゃりとはねつけた。

 照れ隠しなのかツンデレなのか、実に素直じゃない。

 

「…オレは、貴様を信用してグエナヴィアを任せたが、それは間違いだったらしいな。

 バラン様の血による奇跡がオレを救わなければ、グエナヴィアはおろかオレの母までも、ヤツの手に落ちていたということだ。

 ここから先はオレが、この手でグエナヴィアを守る」

 …と思っていたが、本当にちょっと怒っていたらしい。だが。

 

「…わたしの大切な友達に、喧嘩を売るのはやめてくれないかしら?」

 どさくさに紛れて所有権を主張しようとするラーハルトの言葉は、腕の中のひとにバッサリ切り捨てられる。

 

「……グエナヴィア?」

 一瞬明らかに戸惑った表情を見せたラーハルトの、自分に絡みつく腕を、グエンさんはべりっと引き剥がした。

 

「今はそんな場合じゃないでしょう?」

「……グエナヴィア。

 オレはさっき、割と重要な話をしていたと思うんだが」

 愛の言葉を口にしたにもかかわらず、明らかに意図的にそれを無視され、『待て』続行中の犬みたいな目をして、哀しげにラーハルトが訴える。

 バランやダイに対する時といい、コイツは基本、犬気質であるらしい。

 だが、そんなラーハルトの、一段高い位置にある青い目を、グエンさんは見上げて睨みつける。

 

「…知っているわ。けど、わたしは怒っているのよ」

「えっ?」

「一度死んだくせに、わたしを守るなんて何様のつもり?」

「ええっ?」

「言質はとったとか、めっちゃドヤ顔で言ってたけど、さっきはあなたもわたしも死んでるんだと思っていたし、寝ぼけて口にした言葉なんて普通にノーカンでしょ!?

 バランが血を与えたことは本人から聞いて知ってはいたけど、蘇生の可能性は万にひとつと言っていたし、そもそも生き返ってるなんて思わないわよ!

 そんなんでわたしの心を縛れると思ったら大間違いよ!!」

「えええっ?」

 グエンさんの怒りのポイントがわからず、『え』しか発音できずにいるラーハルトは、言っちゃなんだがすごいマヌケだった。

 …けど、そういえば前にグエンさんは、フェンブレンの死に責任を感じてるのではとあたしを心配してくれた時に、同じ事を言っていた筈だ。

 

「……再会した時、言っていたわね。

 自分はもう、子供じゃないと。

 今の自分ならば、わたしを守れると。

 けど、あなたが大人になったと同じ時間が、わたしだって流れていたの。

 わたしだって強くなった。

 ……彼らが、わたしを強くしてくれた。

 共に戦う仲間と、認めてくれたわ。

 …あなたは違う。

 あなたの中のわたしは、未だに弱かった、あの日の子供のままなのでしょう。

 そうでなければ『守る』なんて言わない筈だわ。

 今のわたしを見てもいないくせに『愛してる』なんて、軽々しく口にしないでちょうだい」

 …と思ったらどうやらグエンさんは、ラーハルトの『オレが守る』発言が気に入らなかったらしい。

 うーん、そこは男としては、譲れないところだと思うけどなー。

 てゆーかラーハルトさん涙目になってるじゃないですかやだー。

 

「グエナヴィア……オレは」

「あなたが、今のわたしをちゃんと見る事ができるようになるまで、さっきの返事は保留させてもらうわ。

 それまでは、お願い。『一緒に戦って』ちょうだい。

 …………………あと、『二度と死なないで』ね」

 …割とツンとした感じで言ったグエンさんだったが、本音は最後の一言で判ってしまった。

 

 ラーハルトの発言をはねつけたグエンさんは、咄嗟に溢れそうになる自分の感情を誤魔化したんだと思う。

 永遠に失ったと思っていた、大切な存在(ひと)

 彼女は、その死の重みを罪として己に課し、その後悔を胸に刻み付けて、これから先を生きようとしていた。

 それが生きて目の前に現れて、本当なら彼女は、その胸に泣いて縋り付きたかった筈だ。

 一度失ってしまったことで、グエンさんの心にラーハルトの存在は、もはや冒すことのできない唯一無二として、強く刻み付けられたのだから。

 …それをしなかったのは、まだ戸惑っているのもあるだろうが、今がまだ戦いの中にある事と、取り戻したとはっきり認識してしまう事で、もう一度失う事を恐れる気持ちがあるからだろう。

 

『これが夢ならわたし、二度と目なんか覚まさない…ずうっと、あなたと一緒にいるわ』

 目の前にいるその姿が夢だと思っていた時、そう言ったのは確かに、彼女の本音であったろうから。

 けど守り守られる関係ではなく、共に隣に立って戦える、対等な関係でいたいというのもまた、彼女の本音だ。

 なんだかんだで、グエンさんはラーハルトが好きだと思うし、今はちゃんとその自覚もあるだろう。

 けど、それが自分自身でまだ受け入れられていないようで、ツンとしながらも目と鼻の頭が少し赤く見えるのは、きっと気のせいじゃない。

 

「グエン……無事で良かった」

「クロコダイン。

 あなたも、思ったよりも元気そうで何よりだわ」

 その本音をどうやらまだ測りかねて、固まってしまったラーハルトの代わりに、クロコダインがかけてきた声に答えながら、グエンさんがようやくいつも通りの綺麗な笑顔を見せる。

 

「心配かけてごめんなさい。

 …頭がはっきりしてきたら、さっきまでの状況を思い出してきたわ。

 わたしはあのひとを…ラーハルトのお母さんを、負の想念に囚われたまま、消滅させたくはなかったの。

 だから、精神の奥に閉じ込められながら、必死に説得していたのだけれど、罪悪感を抱えたわたしの声では、彼女の心には届かなくて。

 けどあなたとヒュンケルが、わたしを信じてくれた。

 その信じる心が彼女の心に響いて、彼女を覆う暗黒闘気が、確かにその時、揺らいだのよ。

 そうでなければ、ラーハルトの説得だって、きっと届かなかった。

 あなた達には、いつも、とても感謝しているわ」

 そう言った彼女の言葉に、ヒュンケルさんが肩を竦めて頷いた。

 

「感謝されるような事ではない。あなたはオレたちの仲間なのだから、信頼し合うのは当然だ。

 ……あなたも、オレ達を信じてくれていた」

「だが、さすがにオレも今回は、いつも以上に肝が冷えたぞ?」

 少しおどけたように言って、クロコダインも頷く。

 ……その目にどこか切なげな色が混じって見えるのが、あたしには見えてしまった。

 それは、パプニカでグエンさんを送り出した時の、ロン先生の目と同じだったから。

 きっと、彼にも判ってしまったのだろう。

 彼女の本心……その気持ちが、誰にあるのかを。

 

「縮んだオレの寿命の分、責任は取ってもらわねばな?」

 だから、そんなクロコダインの言葉は、先ほどのラーハルトのプロポーズともいえる台詞に、ちょっと対抗してみた気持ちも、少しはあるかもしれない。

 この場合、恋敵であるラーハルトへの、この程度の嫌がらせは、許されていいと思うのだ。

 

「そうね。その件は後日また話し合いましょうか。

 …お互い、生き延びることができたら、だけれど」

 そして、切ない男心に気付かない残念な美人さんが、相変わらず罪な発言をしつつ、足元に目を落とした。

 かと思うと、もう一度その手が、ラーハルトの胸元に伸ばされる。

 そして次の瞬間にはその手に、金属製の細い突起が握られており…それはラーハルトの鎧の魔槍の、胸部に付けられていた仕込みナイフだった。

 

「貸して」

 そんな短い言葉と共に、ちょっと固まったラーハルトの、そして男たちの目の前でグエンさんは、身につけたドレスのスカートを持ち上げる。

 …ちなみに、魔槍も胸部のデザインが、以前より丸みを帯びたものに変化しているのだが、これは元々グエンさんが使用する想定で、まさに胸元のそれを幾らか取り出しやすくする為の改良だったのだが、実際にはラーハルトが使うことになったのであまり意味はなかった。

 グエンさんは手にしたそれを逆手に握ると、無駄に布地の多いその裾を、膝より高い位置から、惜しげもなく切り裂いた。

 悲鳴のような音とともに、切り落とされた布地の下から、黒いニーハイブーツに覆われた、細くて長い脚が現れる。

 

「…これから戦いになるのに、こんな動き辛いもの、着てられないわ」

 その脚の動きを確かめるように2、3度踵を踏み鳴らしてから、グエンさんは手に残った布を、無造作に足元に投げ捨てた。

 

「さあ、そんな事より!敵はまだ残っていてよ!!

 わたしは丸腰なのだから、お願いするわ!」

 と、先ほどの柱の破片の嵐を生き残った鎧兵士数体が向かってくるのをグエンさんが指差し、男たちは全員そちらを向く。

 それを聞いて、この場に於いて唯一戦闘力皆無のあたし、ただの役立たずにならないうちにお仕事をすべく、道具袋からそれを引っ張り出した。

 

「グエンさん、新しい武器です!」

 パン工場の女性スタッフがヒーローに向かって叫ぶようなセリフを発しつつ、あたしはそれをひょいと放る。

 こちらはそれほど重量がないので、特に問題なく取り出す事が出来、グエンさんの手が難なくそれを受け止めた。

 

「…これは!」

魔装棍(アーマードロッド)です。任意の魔力を込める事で攻撃力を上げる事ができ、また思い通りの形状に変化します。

 勿論、鎧化の機能も付けてありますよ!

 何より棍に慣れたグエンさんには、槍よりも取り回しがしやすい筈です!!

 鎧の魔槍は持ち主のもとに帰っちゃいましたので、代わりの武器が必要なグエンさんの為に、うちの先生が考えに考え抜いて仕上げた逸品なのです!!」

 形状としては、マァムの『魔甲拳』と似たような感じだが、あちらが手甲型であるのに対して、こっちは手指の動きを妨げない為、肘から手首までのアームプロテクター型だ。

 伸縮・変形自在の棍はそこに収納されており、魔槍の時と同じように左の手首側から引き出す仕様である。

 

「助かる…これで戦えるわ!!鎧化(アムド)ッ!!!」

 グエンさんは、躊躇う事なくそれを両腕に装着すると、突き出した両腕をクロスして、合言葉(キーワード)を口にした。

 …別にポーズは取らなくてもいいと思うんだが、まあそこは気分の問題なんだろう。

 それはさておき、合言葉(キーワード)に反応した赤魔晶が輝き、その周囲の飾り部分が展開して、グエンさんの身体に巻きついた金属のベルトが一瞬で軽装鎧に変化する。

 もちろん、呪文攻撃への完全耐性の機能も健在だ。

 その左腕から、白銀色の棍を引き出して、一度クルリと回してから、グエンさんは攻撃の構えをとった。

 

「行くわよ!!アバン流槍殺法・虚空閃ッ!!!」

 オレンジ色の輝きが、振るった武器の軌跡を描き、最後に残った鎧兵士数体を、ただの鎧のパーツにする。

 それがバラバラになって宙を舞い、地面に落ちるまでの数瞬が、あたしの目には何故か、スローモーションのように映った。

 …彼女は『アバンの使徒』ではない。

 だがその色は、間違いなく正義の使徒の魂と、遜色ない輝きを放っている。

 

「………え?」

 多分、自分の目にした光景が信じられないでいるだろうラーハルトが、呆然とグエンさんを見つめた。

 さもあらん。…けど、そう、誰にだって。

 たとえ彼女が心から愛する者であったとしても、このひとの心までもを縛れはしない。

 グエンさんの魂は、『空』のように『自由』なのだ。

 

「…ミストバーン!

 よくもこのわたしを、暗黒闘気に染めるなんて悪趣味な真似をしてくれたわね!!

 結果の是非はともかく、この屈辱の代償は、あなたの命で贖ってもらうわ!!」

 もう一度棍をクルリと回して、一旦腕に収納してから、グエンさんはビシッと、ミストバーンを指差して叫ぶ。

 いや、その台詞ちょっと悪役ぽいですから。

 

「知るかあっ!!こんなややこしい事になると判っていたら、最初からやっておらんわ!」

 そして、さっきのヒュンケルさんの件とも合わせて、相当怒りに震えているミストバーンの、暗黒闘気が、徐々に大きく膨れ上がっていくのが、あたしにさえよく判った。

 

「……許さんぞ。おまえたち5人、この場でまとめて八つ裂きにしてくれるっ!!!!」

 ……え?5人?

 ヒュンケルさん、クロコダイン、ラーハルトにグエンさん……んん?

 

「貴様もだ、小娘!あと、心の声がだだ漏れだ!!」

 え、あたし!?

 完全にその場で傍観者のスタンスを取っていたせいか、まったく自分を勘定に入れていなかったあたし、ミストバーンにガッツリ指差されて、思わずその場に立ち尽くした。が、

 

「…どっちにしろ、数が合わなくてよ?」

 グエンさんが明らかにわざと、ちょっと馬鹿にするように首を傾げて言う。そして。

 

「……オレたち…5人?

 フッ…ミストバーン。

 貴様、逆上すると足元もよく見えなくなるらしいな…!!!」

 兜の下でメッチャ悪そうな顔で微笑んだヒュンケルさんがそう言ったと同時に、あたしの『タカの目』が自動展開した。

 

 ……次の瞬間。

 

 ひび割れ、裂けた地面から、青い光が放たれる。

 足元からのその光が自分を捉えかけたのに気がついて、ミストバーンが飛び退る。

 砕けた地面の間から、最初に見えたのは、ちいさな拳。

 続いて、その持ち主である少年の、まだちいさな身体。

 

 その拳の甲に。

 (ドラゴン)の紋章が、眩い光を放っていた。




………ミストバーンさん、不憫。


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24・獣撃参謀は開戦の狼煙を上げる

【悲報】副主人公、ヒロイン力でオッサンに敗北する
ネタアンケートへの投票ありがとうございましたww


「ダイ…!!!」

「ポップ、マァム…レオナ姫まで…!!」

 地面を砕いた上、紛うことなき正義の闘気が鎧兵士たちをも粉砕して、現れた勇者の姿は、覇気を纏ってどこか神々しくさえ見えた。

 更に同じ穴からダイに続いてマァムが、更に何故かレオナ姫を文字通りお姫様抱っこしたポップが、それぞれあたし達の前に降り立つ。

 

「へへへっ…!!おっさん流地底移動の技だ!!

 もっとも、おれの火炎呪文で掘ったんだけどな!!!」

 レオナ姫の身体を下ろしながらポップがそう言って、自信たっぷりな顔で笑った。

 今朝メルルに会った時、ポップが勇気の光を顕現できた事を聞いていたから、今のポップに不安材料がない事はわかってる。

 この表情も、その裏打ちがある故にだろう。

 

「無事で良かった、グエン!」

 ダイの方はグエンさんに駆け寄り、グエンさんは微笑むと、ダイの頭を撫でた。

 それにすごく嬉しそうな微笑みを返すダイを、レオナ姫がぎゅむと抱き込む。

 その傍でヒュンケルさんとマァムが、お互いに万感の想いを込めた視線で見つめ合っており…うん、実にいつも通りの光景だ。

 だが、そこでグエンさんが一度周囲を見廻し、少し表情を曇らせると、ダイに向かって問いかけた。

 

「……………そういえば、バランは?まさか…」

 その問いには、ダイのかわりにあたしが答える。

 

「バラン様はダイの命を救う為、(ドラゴン)の騎士の命とも言える紋章の力を、すべてダイに注ぎ込んでしまいました。

 生きてはいますが、もう戦えません。

 なので、ここは敵地ゆえ詳細は省きますが、彼は今、然るべき場所で保護してもらってます。

 そしてラーハルトは、彼の代わりの戦力としてここにいます」

 あたしが言うのに、ラーハルトが頷いて肯定する。

 説明しながら、バランの別れ際に慕わしげに見つめてきた目を思い出し、あたしは一瞬、形容しがたい想いに囚われた。

 …バランは今の自身の状況、全てに納得しているわけじゃなかっただろう。

 そうするには時間がまだまだ足りなかった。

 その心が(ドラゴン)の騎士であった事を、頑なに捨て切れていなかったなら、たとえ力及ばずともここで戦うと言い張った筈だ。

 その誇りを、無理矢理捨てさせたのはあたしだ。

 だから、彼があたしを『母』と呼んだ時、あたしはそれを拒否する事ができなかった。

 時間が全てを解決するまでは、ある程度依存する存在が、彼には必要なんだと思ったから。

 

「……そう。

 生きていてくれたなら、それでいいわ。

 ちゃんとお願い事も聞いてもらったことだし、ね」

 そう言ってグエンさんは、やけに愛情溢れる目でダイを見つめ、その視線に気付いたダイが、キョトンとした顔で彼女を見返した。

 ……その瞬間、レオナ姫とラーハルトがおんなじような、なんとも言えない表情をしてたのは見なかったことにする。

 

 …それはさておき。

 先にも言ったがポップは勇気の力を光に顕現させる事が既にできている。

 だから、物語ではポップのせいで手間取った大破邪呪文(ミナカトール)の完成に、この時空では時間を取られる理由がない。

 ならば、出来る限りさっさと済まして、彼らを一刻も早く大魔宮(バーンパレス)へ送り込んでしまうべきだ。

 物語ではこの後のザボエラの介入が、結果としてポップの覚醒を促す事になるが、既にポップが勇気の光に目覚めている以上、そのエピソードを辿ったところで、単にメルルの命を危険に晒すだけで、メリットが何ひとつないのだから。

 

「さて皆さん。これより、レオナ姫を加えたアバンの使徒5人の力で、大破邪呪文を完成させます。

 アバンのしるしを所持しているメンバーはそれを首にかけ、大魔宮(バーンパレス)の真下に円陣を組んで、あとはレオナ姫の指示に従うこと。

 他の者は彼らの周囲に近づく敵を、可及的速やかに排除してください。」

「待て!なんでおまえが仕切ってんだよ!!」

「…いえ、始めましょう。

 色々つっこみたいことはあるけど、時間が惜しいわ」

 時間を無駄にしない為に手短に状況説明をしたら、ポップにいきなりツッコミ入れられたが、レオナ姫は納得して、人質だったメンバーの為に、呪文の説明をしてくれた。

 それを横で聞いていたグエンさんの目に、とても危険な輝きが灯る。

 そうだよ!そういえばこのひと呪文オタクだった!!

 真魔剛竜剣を初めて見た時のうちの先生とおんなじ目になってる!!

 

「……破邪の洞窟ですって!?

 書物によれば、相応しき魂を示す者には力を与え、求める力にその魂が値しなければ、その者を聖なる炎が焼き尽くすと言われる、聖なる封印の施されし迷宮だったはず。

 まさか、それが実在したなんて…!」

 しかもなんか段平(ダンビラ)振り回して闘うイケメンの後ろで技の解説するドジョウヒゲみたいな台詞吐いてるし!

 

「ああ、何故その踏破の場面にわたしは居なかったのかしら!」

「大魔王の捕虜になっていたからですね」

「そうよ!なんて忌々しい!!

 こうなったらせめて発動の瞬間をこの目で見てみない事には気が済まないわ!

 絶対に邪魔はさせないから、大船に乗ったつもりでいなさい!!」

「わかった。大破邪呪文(ミナカトール)成功の為に、勿論オレも力を貸すぞ!!!」

「オレは竜騎衆がひとり陸戦騎ラーハルト!

 この槍の届く限りダイ様の敵は、全てこのオレが屠ってくれよう!!」

「いやそれ悪役のセリフだから」

 グエンさん、クロコダイン、ラーハルトの3人がそれぞれの戦意を口にして、その場の緊張が一気に高まったのがわかった。

 グエンさんが真っ先に飛び出していく。

 

「気をつけて、グエン!」

「クロコダイン、ラーハルト。

 彼女を(くれぐれも暴走しないように監視を)頼む!!」

 ダイがグエンさんの背中に向かって声をかけ、それに続くヒュンケルさんのどこか心の声だだ漏れの言葉が終わらないうちに、ラーハルトも飛び出した。

 クロコダインがあたしをひょいと肩に乗せ、あたしはそこから、崖の上に届かせる勢いで声を上げる。

 多分、上で待っている仲間達ももう限界だ。

 

「お待たせしましたっ!総員、いざ、戦闘開始です!!!」

「だから、なんでおまえが仕切ってんだよ!!」

 ポップのつっこむ声は、弓弦から放たれた矢の如く飛び出してきた、戦いを待ちかねた戦士たちの雄叫びによってかき消された。

 

 ☆☆☆

 

「隊長──ッ!!」

 クロコダインの肩の上から、チウを見つけて声をかけると、チウは『ビョンビョンヌンチャク』を棒に戻しながら、こちらに向かって駆け寄ってきた。

 

「クロコダインさん!

 そしてリリィさ…じゃなく、あにまる子ちゃん!!」

「隊長、御覧の通り獣王様はご無事です!

 さあ、今こそ預けていた例のものを!!」

「はいっ!」

 …どうやらチウはまだ、あたしを部下として扱うのに慣れていないらしいが、それはさておき。

 チウの指示により、背中に大きな荷物を背負ったグリズリーが、重さなど気にもならないふうに走ってきた。

 そしてその荷物をクロコダインに手渡して、かわりにあたしを受け取って一礼し、地面に置いて引っ込む。

 うん、よく躾けられてる。

 

「獣王様。うちの先せ…もとい、魔界の名工が作った新しい斧です!どうぞお使いください!!」

「ホウ…?」

 手渡されたそれの重量に、クロコダインが目を瞠る。

 なにせ、長く使い続けてきた真空の斧ならば、片手で振り回していたクロコダインが、両腕で柄を握らなければいけないくらい巨大な戦斧なのだから。

 こうなるともはやクロコダイン以外に使える者など居らず、事実上これは、彼専用の武器という事になる。

 …てゆーか、なんでこんなにデカくしたんですか先生。

 

「前の『真空の斧』も素晴らしい武器でしたが、この『グレイトアックス』には、それ以上の性能をもたせてあります。

 具体的には真空(バギ)系以外にも、『轟火』の言葉(キーワード)火炎(メラ)系、『爆音』の言葉(キーワード)爆裂(イオ)系呪文の効果が発動する、ロン・ベルクが己のプライドと厨二心に突き動かされて作った超スグレモノなのです!」

 などと言ってる間に、明らかに戦闘中に増殖されただろう鎧兵士の群れが、一斉に襲いかかってきた。

 こんにちは演出効果。ありがとう噛ませ役。

 

「さあ獣王様!

 そのまま、斧を振るって叫ぶのです!!

『唸れ、轟火よ』と!!!」

「!?……唸れっ!! 轟火よっ!!!」

 言われた通り叫んだ言葉(キーワード)により、鎧兵士に向けて振り抜いた戦斧から激しい炎が放たれて、鎧兵士の金属の身体がはじき飛ばされ、ぶつかった先でバラバラに崩れ落ちる。

 更に別な方向からやってきた敵に今度は『爆音』を試すと、金属のパーツがまるで風船のように弾けて散った。

 

「…グレイトアックスか。

 ちょっとしたアバンストラッシュ気分だわい…!!

 リリィ、こいつは凄いっ!!

 おまえは寝ていてもいいくらいだぞ!!!」

「あにまる子ちゃんです、獣王様」

「…そのキャラは必要なのか?」

 呆れたようにクロコダインが言ったが、ちょっとくらいノってくれてもいいじゃん。

 …その後クロコダインは、ノリノリで鎧兵士の一団に突っ込んでいって、なんか知らないがラーハルトと、殲滅する敵の数を競い始めた。

 グエンさんはグエンさんで、魔装棍(アーマードロッド)の形状を思い通りに変えて攻撃の威力を試しており、なんだかとても楽しそうだ。

 

「……ヌウウウッ!!おのれ小娘!

 この私を散々虚仮(こけ)にしおって…!!!」

 と、地を這うような圧し殺した声が背後から聞こえて、ハッとして振り返る。

 そこには白いローブ……ミストバーンがあたしでも気がつくほどに不気味な闘気を、明らかにあたしに向けて放っているのが見えた。

 え?ちょっと待って!?

 なんかこの状況、すべてのことに対する怒りが、全部あたしに向いてない!!?理不尽!

 

「まずは貴様から血祭りに上げてくれようっ!!!

 闘魔滅砕陣!!!!」

 あたしの心の叫びも虚しく、ミストバーンの足元から影が伸びるように、黒い闘気があたしに向かってきた。まずい。

 この技は種別的には麻痺の効果にあたるんだろうが、同時に闘気による攻撃でもある。

 あたしの『即死及び行動不能系攻撃完全耐性』の能力は、通常の麻痺攻撃であれば無効にするが、闘気攻撃は物理ダメージの範囲内でこれは無効化できない。

 

「うえっ!!?」

 突然のことに驚いたせいか、一瞬あたしは対処に窮した。

 もう少し冷静だったなら、ミストバーンの足元に穴を掘って体勢を崩すとか、時空扉で滅砕陣の範囲内から逃げるとか、取れる方法はあっただろう。

 だがどれも実行に移されることはなく、あたしはミストバーンの暗黒闘気の蜘蛛の糸に呆気なく捕らえられ……なかった。

 

 ズガアッ!!

 

 地面に突き刺さった一振りの剣が、まるで影を縫い止めるように、ミストバーンの暗黒闘気の動きを止める。

 そこに込められていた闘気が、闘魔滅砕陣を霧散させる。

 

「…オレの弟子は、こう見えて引く手数多だ。

 おまえの相手してやれるほど暇じゃないとさ…!」

 それを為した剣を、地面から無造作に引き抜く青い手は、剣技と鍛冶の神に愛された至宝。

 細身だがバランスのとれた長身の、長い脚が足取り確かに、あたしとミストバーンの間の空間に歩み入る。

 

「どうしてもってんなら、オレを倒してから口説くんだな……ミストバーン!!」

「……先生っ!!」

 魔界の名工にして随一の剣士ロン・ベルクは、なんかふざけた台詞を口にしながら、あたしに向けられたミストバーンの怒りの覇気を、真っ向から受けてそれを受け流していた。




もう完全に
「お父さん、お嬢さんを僕に下さい!」
「貴様にお父さんなどと呼ばれる筋合いはない!」
的なやつ(違


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25・小石たちは打ち砕く

酷い(爆


「…ロン・ベルク…!!!

 きっ…貴様が….何故この場にっ…!!?

 …その小娘が、弟子だと……?」

「死神に聞いていなかったのか?

 …それにしても、さっきから思っていたが、おまえにも口があったんだな、ミストバーン」

 ロン先生が殊更に軽い口調でそう言うと、ミストバーンがハッとしたように、ローブの上から手で口を押さえる動きをした。

 …コイツ、最初は無口キャラだったのが、喋るようになってからはどんどんわかりやすくなってくるよな。

 先生もそれに気がついたのか、探るような目でミストバーンを窺う。

 

「…今更黙ることもなかろう?

 ダイやヒュンケルには声を聞かれても構わんのに、オレはまずいとは、どうやらおまえの沈黙は、自分の意思ではないようだな…!」

 それは、ミストバーンが守っているものの秘密に迫る重要事項だ。

 意図せずに核心をついてしまったロン先生の言葉に、ミストバーンは黙ったまま指を高質化させた。

 それを剣のように振りかぶり、先生の剣と鍔迫り合う。

 …そのロン先生の剣だが、普段使用しているミスリル製の剣だ。

 例の魔法インゴット製の剣は完成したと言っていた筈だが、ここで出してこないということは、やはり強度的な問題がクリアできなかったか、何か不安な点があるということじゃないだろうか。

 

「…またそう来るのか。あの時と変わらんな。

 もうこれ以上傷は要らんぞ、ミストバーン!」

 そんなあたしの不安をよそに、ふたつの刃が擦れ合い火花を立てる。

 それから相手の刃を同時に押して、互いに間合いを離す…というよりミストバーンが押し負けた形で距離が取られると、それでもミストバーンは刃にしてるのと逆の方の手に暗黒闘気を込めた。

 …が、その瞬間にはもうロン先生は距離を再び詰めてきており、ふたつの刃がまたも交差して、高い金属音が響いた。

 

 そして。

 

 ロン先生が誘導する形でミストバーンを引き離した舞台の上、大魔宮(バーンパレス)の真下に、光の柱が立ち上る。

 

 白。

 青。

 紫。

 赤。

 

 あとはポップの魂に宿る『勇気』が、緑の光の柱を立てれば完了だ。

 なんだか知らないがメルルがポップに告白しにいった後、アバンのしるしを光らせる事ができたそうだから、ここは原作よりすんなり大破邪呪文(ミナカトール)は成功するだろう。

 …そういやメルルは告白が、成功したとも失敗したとも言ってなかったんだが、その辺についてはどうなんだろう。

 …などと、今この場ではどうでもいい事をあたしが考えた時、

 

「キィ〜ヒッヒッヒッ!!」

 …空間の匂いが変化して、上空から下卑た笑い声が響いてきた。

 

「ああっ!!あ、あいつ…」

 …ああもう、いいからそっち集中してくださいお兄様。

 

「…来たわね、妖怪ジジィ」

「やはり!妖魔司教ザボエラ!!!」

 グエンさんとクロコダインが呻くように言った言葉通り、この場の空間に穴を穿って、現れたのはザボエラだった。

 

「…魔軍司令補佐!!!

 それが今のワシの肩書きじゃっ!!!

 長年地道に努力しておると、こういう恩恵をこうむることもある…!!」

 まったく偉そうに聞こえないその肩書きを嬉しそうに誇るそのジーサンは、あたし的には現れて欲しくなかった相手だ。

 この男が来たという事は、絶対に阻止したかった、先生にとっての運命の瞬間が、近づいているという事だから。

 

「ザボエラよ、出番をくれてやる!

 手筈通り()()を使って、人間どもを皆殺しにせよ!!」

 うちの先生と交戦しながら、ミストバーンが指示を出す。

 

「…お任せください、ミストバーン様!!」

 その声に頷いてザボエラは、恐らくはイオラであろう無数の魔法力を、先ほどまであたし達がいた崖の上へと投げ放った。

 破裂の魔法力が岩壁を砕き、どうやらあらかじめ埋め込まれていたであろう複数の、巨大な球が現れる。

 装飾のように表面に光る赤黒い石は赤魔晶だろう。

 あんなに大きな結晶は初めて見たけど。

 

「あっ、あれはっ!!?」

 その、どう見ても有り難くなさそうな怪しげなモノの出現にノヴァが声を上げ、

 

「…【魔法の球】。

 魔王ハドラーの時代から魔王軍で使われていた【魔法の筒】の『最新型』で、【魔法の筒】が1本に一体のみ生き物を入れられるのに対し、こちらは1個に何十体もの生き物を入れられます。

 今、中に入っているのは、魔界由来の怪物(モンスター)です」

「ワシが説明しようとしたのに先に言うんじゃないっ!!

 というか、なんでキサマが知っとるんじゃあ!!」

 …そのノヴァに答える形で、あたしが例の如く頭の中のオッサンの説明を復唱したら、ザボエラに怒られた。

 いや別に『みる』を使うまでもなく知ってる情報だし、でもこのタイミングじゃなきゃ言えないんだから、言わせてくれたっていいじゃん…。

 

「と、とにかく!

 この中にはおまえたちが見たこともないような、超強力なモンスターが入っておる!!!

 魔界の怪物(モンスター)は、地上の怪物(モンスター)などとは比較にならんほど強いんじゃ!

 これでおまえらもおしまいじゃあ〜〜っ!!!

 さあ出でよ!魔界の怪物(モンスター)どもっ!!!デルパ〜っ!!!!」

 ザボエラがその合言葉(キーワード)を口にしたと同時に、球体は次々と破裂する……って!

 確か魔法の筒は何度も使える仕様だったと思ったけど、球は使い捨てなの!?

 あんな大きな赤魔晶使っておいて、インストールされてるのは【デルパ】と【イルイル】ふたつの合言葉(キーワード)のみで、しかも1回きりなの!?

 稀少な素材を無駄遣いするんじゃない勿体ない!!

 いや確かに気にはなってた。

 オッサンが説明する際に『最新型』とは言ったけど『改良型』とは言わなかったことが。

 しかしまあ、もし残しておけば魔法の筒の使い方を知っている者であれば、【イルイル】で再び閉じ込める考えに及ぶだろうから、これはこれで正解なのかもしれない。

 …そもそもこの怪物(モンスター)達、本当のところ主人(あるじ)から、『生きて』『戻る』ことを、期待されてはいないのだし。

 爆発によりもうもうと立ち込める砂埃の中から、無数の怪物(モンスター)の影が浮かび上がる。

 

「こ…こんなにたくさんの怪物(モンスター)の気配を察知できなかったなんて…!!」

 この窪地全体を取り囲む怪物(モンスター)に、怯えたようにメルルが声を震わせて呟いて、フローラ様が答えた。

 

「あの魔法の球に閉じ込められていたからよ…。

 最初から罠にかけるつもりで、この場所を処刑場に選んでいたようね…急いで、ポップ!!!」

 そうして戸惑いながらもフローラ様は、舞台の円陣でまだ1人だけ光の柱を立てていないポップを叱咤する声をかける。

 その声にポップはハッと我にかえると、深呼吸をひとつしてから、隣のマァムの手を取った。だが、

 

「や…やっぱこんな状況で集中できねえよ!

 おれ達も戦ったほうが……!!」

 …どうしてもこちらが気になって仕方ないのか、今のポップは緑の光を纏いはじめてはいるが、柱を立てるまでには至っていない。

 

「いけませんっ!!!

 あなたたちは大破邪呪文(ミナカトール)を完成させるのです!!

 今その位置を動いたら、四つまで揃えた芒星の力が消えてしまいます!!」

「でもっ、おれ達が動けねえんじゃ、こっちの戦力は半分以下じゃ…!!」

 …一瞬だが、その言葉にカチンときたあたしは、次の瞬間には全方位に、『あなほり』を発動させていた。

 

「バカにすんなあぁぁ〜〜〜っ!!!!」

 ドゥン!

 ドゴォォン!!

 

 こちらに向かってこようと動きはじめた怪物(モンスター)達の、足元の地面に大穴を掘る。

 突然のことに、防御姿勢すら取れずに身体半分まで埋まった怪物(モンスター)が、穴の中でもちゃもちゃ蠢くのを、『タカの目』で確認しつつ、あたしは次の手を打った。

 

「そぃやあぁぁ────っ!!」

 ドォン!

 ドオォン!

 ドドオォォ────ン!!

 

 

「グギャアアァ〜〜ッ!!!!」

 同じく、『あなほり』で崖の岩壁を崩して、多量の石塊を怪物(モンスター)達の頭上に降らせると、全てではないが結構な数が、その下に生き埋めになった。

 

「ええぇ〜……!!?」

 いつの間にかあたしを守るように駆け寄ってきてくれていたノヴァが、その光景とあたしを交互に見て、間抜けな声を上げる。

 …声さえ出さなきゃ、あたしがやったことだとは思わなかったのだろうが、ここはポップの為にも、あたしの力を誇示する必要があった。

 ちなみに、一応何度か検証してみた結果、声を出すのと出さないとでは、同じ技を発動するにしてもその威力にははっきりとした違いが出る。

 勇者パーティーの皆さんが呪文ではない技の名前を叫びながら出すのはこういうことだったのだなと思った瞬間だった。閑話休題。

 割と全員の動きが、その出来事により一時停止しているところへ、あたしは再び声を高らかに叫んだ。

 

「ポップ!確かにあたし達一人ひとりの力じゃ、勇者パーティーの皆には及ばない!

 けど弱けりゃ弱いなりに、戦いかたはあるんだよ!!

 力の優劣はあったとしてもこの場にいる全員、この地上を守りたいって気持ちは、勇者パーティーの誰にも負けてないからね!!」

「リ、リリィ…!?」

 驚いてあたしを見つめるポップに向けて、あたしは言葉を続ける。

 

「信じてあとを託すことも勇気でしょ!?

 今のポップはあたし達を信じてくれてない!!

 そんなんじゃ勝てる戦いも勝てないよ!

 だって勇者パーティーの皆は、仲間を信じる心を、力に変えてきたんでしょう!!?

 なら、あたし達のことも信じてよっ!!」

 そろそろ何言ってんのか自分でもわからなくなってきたけど、何はともあれ、あたしが数十体潰したとはいえ、敵はまだまだ残っている。

 その無数の敵、しかも強さ未知数の魔界の怪物(モンスター)を前に、地上の精鋭達にあたしは再び声をかけた。

 

「皆さん、恐れることはありません!

 魔界のモンスターとはいえ生身の生き物!

 あのように、石にぶつかっただけでも死ぬときは死ぬのです!!」

「『ぶつかっただけ』の基準が明らかにおかしいだろ!!」

「気のせいです!」

 途中しょうもないツッコミを入れたのはラーハルトの声だった気がするが、割と余裕のあるその声に、安心する自分が確かにいた。

 そしてあたしの言葉に反応して戦士たちの、応という声があちこちで上がる。

 

「みんなっ!!ビビるなっ!!!魔界の怪物(モンスター)がなんだっ!!!

 我々獣王遊撃隊の意地を見せてやれっ!!!」

 中でも元気いっぱいのチウが味方モンスターに喝を入れ、怯え始めていた彼らの目に力が戻る。

 

「その意気です隊長!

 先ずは皆で穴の中から、うごうご這い出してこようとしてる怪物(モンスター)を潰してください!!」

「わかったっ!!任せておけ、あにまる子ちゃん!!」

 そう言って部下たちに指示を出して、チウはビョンビョンヌンチャクを構えた。

 老師…もといビーストくんは、いつも通りのフラフラした動きで、既に生き埋めを免れた怪物(モンスター)達に向かっている。

 

「こんだけ男が揃ってて、嬢ちゃんひとりに負けてられねえぞっ!

 いいかっ!!勝とうなんて思うなっ!!!

 オレたちは壁だっ!!!

 姫様たちが呪文を完成する間、やつらを近づけさせなきゃそれでいいんだっ!!!」

 ロモスのレスラーのゴメスさんが、続けて他の戦士たちに声をかけ、皆の声がそれに応じる。

 

「クロコダイン、ラーハルト!!

 わたし達も負けてはいられないわよ!

 まさかこの程度で本気ではないのでしょう!!?」

 そこに更に、グエンさんのやけに楽しそうな声も響いてきた。

 ……えっと、確かこのひと僧侶ですよね?

 もしかして、割とバトルジャンキーの傾向があったりしないだろうか。

 それともまだ、暗黒闘気の影響が残ってるんだろうか。

 …新しい武器にテンション上がってるだけだと信じたい。

 

「スクルトをかけるから、もう防御は無視でいってちょうだい!!

 とりあえずノルマは1人あたり50体!!いけるわね!?」

「勿論だ!ザコ敵などダイ様のもとに、一匹たりとも近付けはせん!!」

「オレもとことんまでつき合うぞ!!

 このオレは百獣の王、百匹以上は目指さんといかんなっ!!!」

「グエンさん!ボクも40〜50体くらいまでなら確実に倒せますっ!!」

「頼もしいわね、北の勇者!!

 リリィを守りながらは相当苦しいでしょうけど、頼んだわよ!」

「えっ……ハイッ!!」

 さり気なく割と面倒な事(やかましいわ)押しつけられてるノヴァが、それでも元気にお返事する。

 それに頷いたグエンさんは、今度はあたしの方に視線を向けた。

 

「リリィ、速度倍加呪文(ピオリム)はまだ残っていて?」

「はい、一本だけ!今使いますか?」

「お願いするわ!!」

 グエンさんのリクエストに答えて、あたしは魔弾銃(まだんガン)に魔法の弾丸を込める。

 そして。

 

 

「「「行くぞっ!!!!!」」」

 

 

 伝播するように士気を高めた世界の強豪たちは、もはや臆する事なく、未知のモンスターへと向かっていった。

 これでいい。

 皆が心をひとつにして戦うこと。

 足りない力を互いに補って戦うこと。

 これこそが地上の、力のない者たちに出来る戦い方なのだから。

 

 ☆☆☆

 

 …そういえばうちの妹は、村を率いてモンスターの群れと戦ったと言っていたんだった。

 話を聞いた時は信じられなかったけど、今この光景を見れば、どんな戦いをしてきたのか、なんとなく理解できた気がした。

 

「信じてあとを託すことも勇気…か。

 …ほんと、兄貴のメンツを潰してくれる妹だよな、あいつ」

「…けど、リリィの言う通りだわ、ポップ。

 仲間との信頼が何より大切だって事は、私たちが一番よく知っている事じゃない」

 赤い光の柱の中に立つマァムが、女にしちゃ大きめの手を、再びおれに向かって差し伸べてくる。

 

「一度は悪に染まったこのオレを、おまえ達が信じてくれたからこそ、オレは今ここに立っていられるのだ。

 ここは、素直に背中を預けよう、ポップ」

 おれに差し伸べられたのと反対の手を取る、紫の光に包まれるヒュンケルが、真っ直ぐな視線をおれに向けて力強く言うと、更にそのヒュンケルのもう片方の手を掴んだまま、ダイがクスッと笑った。

 

「そういえば、前にもこんな事あったよね?

 …確か、フレイザードと戦った時だよ。

 中央の塔に向かってる途中で、ハドラーと戦ってたヒュンケルのところに戻ろうとしたら、まずマァムに怒られて。

 その後グエンに、命懸けで戦ってるヒュンケルとクロコダインを信じてくれないなら泣くって言われた」

 ヒュンケルが怪訝な目で、そんな事あったのかと問うようにマァムに目を向け、マァムがそれに頷く。

 ……何故だかふたりのそんな様子を見ても、以前のように胸は痛まなかった。

 

「…本当ね。

 嫌だわ、あれから戦いを通じてみんな強くなって、私なんか新たに修業のし直しまでしたのに、やってる事は全然変わらないんだわ、私たち」

「さっきリリィが言ったのも、あの時グエンが言ったのとおんなじような事だよね?

 ……だったら、おれたちは先に進まなきゃ!」

 そうだ。あの時も。

 会ったばかりのグエンを、それでも信じて、先に進んだ。

 だったら今はあの時より、もっと信じることができていいはずだ。

 

「さあ、ポップ君!!」

 白い光の中から手を伸ばす姫さんに促され、おれは頷く。

 

「……わかった。みんなの想い、絶対に無駄にしねえ!」

 決意の言葉とともに取ったマァムの手から、温かい何かが流れ込んでくる。

 同時に、何も気負うことなくおれの身体から立ち上った光の柱は、緑色。

 そうだ。この『勇気』の光を、最初に目覚めさせてくれたのは……!

 不意に思い出した面影を、思わず探して目を向けると、祈るように両手を組んでこちらを見つめる、黒い瞳と視線が絡んだ。

 それに微笑み返しながら、最後に光の魔法陣を完成させるべく、おれは姫さんの手を取った。

 

 ☆☆☆

 

「おのれ…このままでは聖なる魔法陣が完成し、奴らを大魔王様のもとに行かせてしまう。

 そうなる前に、あやつを始末しなければ……!!」

 自分が持ち込んだ魔界の怪物(モンスター)が、徐々に圧されていく様子を宙空に浮かんだまま見守っていたザボエラは、ぎりりと奥歯を噛みしめながら、そっと長衣(ローブ)の袖の下を探ると、そこから何かを引き出した。

 鎖に提げられたそれは一見すると金属のペンダントのようなものに見えるが、それにしては棘のついた形状が禍々しい。

 

「我が魔力を染み込ませたこの“毒牙の鎖”は、光弾となって敵を貫く!!!

 たとえ急所は外しても一かすりで、死にまで至る猛毒が回るのじゃっ!!」

 独りごちながら、ザボエラはその鎖をくるくると回し、それが一回転するごとに、その先の金属の棘が、黒く染まっていく。

 

「士気を高めておるあやつを失えば、人間どもは動揺して、必ずパニックに陥る!

 あの忌々しい魔法陣も消え失せようて!

 そこを引っ掻き回してやりゃあ、人間どもなど、あ〜っという間に全滅じゃあ〜!!

 キィ〜ヒッヒッヒッ!!!」

 

 次の瞬間。

 老人の小さな手から投げ放たれた光弾が、真っ直ぐに向かった先は。

 

 魔界の怪物(モンスター)達の足元の地面を崩してその足を止め、それに爆弾石を投げつけて撹乱して、そこを味方モンスターに攻撃させている、小柄な人間の少女だった。

 

「誰かっ!!!その光弾(たま)を止めろッ!!!」

 最初にその光弾の向かう先に気付いたのは、未だミストバーンと交戦中のロン・ベルクだった。

 本来なら真っ先に動かねばならない筈の彼が、そのせいで声を上げることしか出来ない。

 

「危ない、リリィさんっ!!」

 更に、最初に禍々しい気配にだけは気がついていたメルルは、すぐに動こうとしたが距離が離れすぎていた。

 

「…リリルーラッ!!!!」

 そして。

 

 死の光弾が貫いたのは、半魔族の女僧侶の脇腹だった。

 驚き瞠いた少女の目に、そこから飛び散った彼女の、人間のものと変わらぬ赤い血が、まるでボミオスをかけられたように、ゆっくりと空間に広がるのが見えた。

 

 ☆☆☆

 

「……グッ……グエンさんっ!!?」

 舞台上の円陣から五色の光の柱が立ち上ったと同時に、あたしの目の前で半魔族の美女の身体が頽れた。

 赤い血が滴り落ちる脇腹に、棘のついたペンダントみたいなものが、刺さり込んでいるのが見える。

 その正体をアタマの中のオッサンが解説してくれるけど頭に入ってこない。

 けど物語の中にも同じシーンが確かにあり、この状況が何によって引き起こされたか、あたしは瞬時に察する事ができた。

 …ポップが勇気の光に既に目覚めている状況では、この展開は起きないと完全に油断していた。

 まさか、あたしが狙われる事になるなんて。

 助け起こそうと手を伸ばすあたしに、グエンさんは少し痛そうな顔をしつつ、笑って首を振る。

 

「だ…大丈夫よ、この程度…!

 解毒呪文(キアリー)!ベホマ!!はい回復!!!」

 次に、オレンジ色の光に全身が包まれたと思うと、メッチャあっさりグエンさんは立ち上がった。

 …ええ〜っ!!?

 確かこのシーン、メルルが倒れた時はどんな治療も手の施しようがなかった筈だよね!?

 いや安心したけど!すっごく安心したけど!!

 

「なっ…なんじゃあ、あの女はぁっ!!!

 ワシの魔力から抽出した猛毒が、解毒呪文(キアリー)なんぞで解毒できるはずがな…ッ!!?」

「……きっさまああぁっ!!よくもリリィをッ!!!」

「ひっ…!!!」

 そしてどうやら驚きのあまり、自身の所業であると暴露してしまったザボエラが、なんかメッチャ逆上してるノヴァに斬りかかられて、ギリギリのところでその剣先から身を躱し続けている。

 いいぞもっとやれ。

 

「グエンさん…大丈夫なんですか?」

「ええ!

 …どうも、ただの毒ではなかったみたいだけれど、なんか知らないけど偶然にも、わたしの魔力と相性のいい性質だったみたい。

 わたしの解毒呪文(キアリー)で綺麗に分解できたし、暗黒魔力っぽい影響もなくベホマで普通に全回復できたわ。

 けど、これがリリィに当たらなくて本当に良かった!」

 …えっと、それ多分偶然とかじゃなくて…いや、止そう。

 

 その時。

 

 舞台上の光の魔法陣が、先ほどまでとは段違いの、眩い光を放ったのを、その場の全員が目の当たりにした。

 

 大破邪呪文(ミナカトール)の、これが完成だ。




今回少しだけ触れた件の、一応正解が知りたい方はここをお読みください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=215351&uid=156315

物語の中ではこれ以降、触れることはありませんので。


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26・地上の民は駆逐する

以前活動報告にも書きましたが大破邪呪文(ミナカトール)発動後、本来ならばアバンの使徒たちの大魔宮(バーンパレス)での戦いに入るところを、この物語では地上の戦闘を先に書いていきます。
主人公も副主人公も、どちらも地上に居るのと、リリィ的にここが最初の山場なので。


 おれの中から光の柱が立ち上がった瞬間、身体の奥の閉じていた扉が、突然開いた感覚があった。

 これは、契約を済ませたばかりの呪文を、初めて使ったときの感覚に似ている。

 更に、それとは別に胸の奥に、温かいものが灯ったような感覚。

 そちらは何故だか昨夜、腕に抱きしめた彼女の感触と匂いに似ているような気がして、もう一度その姿を探した。

 視界にとらえた祈るような視線がおれのものと絡んだ時、肉声ではなく心の中に、確かに彼女の声が響いた。

 

 

 …私の心の欠片も、一緒に連れていってください。

 私も、あなたと一緒に、戦わせてください…!

 

 

 勿論だ。

 おれのこの“勇気”の光の半分は……メルル、おまえのもんだからな。

 一緒に行こう。一緒に戦おう。

 そして勝って帰ってきたら、必ず返事をするって、約束する。

 

 

 

「ミナカトール!!!!」

 

 

 

 そして。

 姫さんが呪文を唱えた瞬間、5本の光の柱が、ひとつの透明な光となり、先ほどまでよりも更に激しく、眩い光を放つ。

 

「……ポップ君!!!今よっ!!!」

瞬間移動呪文(ルーラ)!!!!」

 姫さんの促しに被せ気味に、おれも打ち合わせ通りの呪文を詠唱した。

 移動先のイメージはバッチリだ。

 何せ、一度は死にかけた場所だ。

 大破邪呪文(ミナカトール)の魔法陣内である影響なのか、それとも大魔宮(バーンパレス)の仕様のせいなのかはわからないが、いつもの高速移動する感覚はなく、一瞬にして空間を通り抜けたのが、なんとなく理解できた。

 もしかするとリリィの扉の能力と同じように、おれは感じなかったが他の奴らは、例のぐんにゃり感を覚えているかもしれない。

 

 ……次の瞬間。

 あの忌まわしい敗北の記憶も生々しい大魔宮(バーンパレス)の先端部分に、おれたちは再び立っていた。

 

 ☆☆☆

 

 魔法陣から立ちのぼる凄まじい光が、直視できる程度にまで収まった時、そこに残ったキラキラした五芒星の輪の中に、5人の姿はもう無かった。

 敵も味方も、その瞬間に動きを止め、皆の視線が上空の大魔宮(バーンパレス)に集中する。

 巨大な鳥のような形状の、その頭の方に向かって、まるで吸い込まれるように光の粒子が消えていき、それが完全に無くなったあたりで、味方の歓声が響き渡った。

 

「や…やった…!!!やったぞおお〜〜いっ!!!」

「成功だああああっ!!!」

 まだ戦いの最中であるにもかかわらず、まるで勝鬨のようなその歓声に、少しビビったものかそれとも空気読んだのか知らないが、敵モンスターが動きを止めて、呆然とその場に立ち尽くしている。

 

「……あああっ!!」

「ど…どうなってんだっ!!?」

 その敵方で最初に言葉を発したのは、先ほどからチウと交戦していた、どうやらバアラックというらしい羽根の生えた小鬼型のモンスター2匹だった。

 オッサン情報によると弱点は電撃系らしい。

 

「……フッフッフッ…!!!教えてやろうっ!!!」

「わたしの友人たちが、大魔王を倒しに行ったのよ!!」

 それに答えようとしたチウの台詞を横からぶんどって何故かグエンさんがその質問に答え、バアラックたちはそれに狼狽した。

 

「そ、そんな事できるわけがあるかっ!!!」

 その言葉を1人と1匹が、不敵な笑いで受け流す。

 そして。

 

「できるできないではなく、やるのよ!」

「そうだ!彼らは必ずやるっ!!」

「何故なら!!」

「正義は!」

「「必ず勝あぁつ!!!!」」

 …グエンさんとチウは、まるで示し合わせたように2人して上空をビシッと指差すと、最後の台詞を、声を揃えて叫んだ。

 

「はっはっはっはっ!!」

「ホーッホッホッホッホッ!!!」

 …いや、なんだこの人びと。

 バアラックさん達、ドン引きしてるんですけど。

 

 …………………それはさておき。

 

「全員!!!魔法円を中心に陣形を組みなさい!!

 あの中なら、敵モンスターの攻撃力は半減します!!

 残る総力を結集してこの場を死守するのです!!」

 フローラ様が皆に指示を与え、世界の戦士が応と答える。

 そう、この魔法陣は単なる大魔宮(バーンパレス)への入場ゲートではなく、本来は敵モンスターの持つ邪力を封じ、その活動を停止させてしまうほどの威力をもつものだ。

 その破邪力が大魔宮(バーンパレス)を包む結界を打ち消し、またその動力を奪って、あんな巨大なものをこの場に拘束しているのだ。

 確か物語に於いてはバーン本人やハドラーなど、一定以上の強さを持つ相手に対してはその力を削ぐまでには至らなかった筈だけど、それは彼らが規格外なだけだからね!

 

 なので、身を守る術を持たない事に関して1、2を争うこのあたし、先生や味方の皆さんの足手纏いにならないうちにと、当然のように真っ先にその中に駆け込む。

 そんなあたしを捕まえようと、ライノソルジャーというサイの獣人系モンスターが追いかけてきた。

 リーチとコンパスの差で距離が縮められて、伸ばされた手が魔法陣の力に阻まれ、一瞬止まる。

 

「……ガカッ!」

 その手が、血の糸を伴って地面に落ちた。

 更に、残った身体全体に、幾条もの青い線が走る。

 一拍のちに、そこから血を飛沫(しぶ)かせたライノソルジャーは力を失い、糸が切れたマリオネットのように、そのまま前のめりに地面に倒れた。

 

「いい判断だ。おまえはそこで、馬鹿なモンスターをおびき寄せていろ」

 それを為したのは割と失礼な事を言うラーハルトの、目にも止まらぬ槍捌き。

 以前より格段に取り回しが良くなったと本人が言う愛用の槍を、一度クルリと回転させると、穂先から今倒したライノソルジャーの青い血が飛び散った。

 …体色の青いモンスターはやはり血も青いのだなと、どうでもいい事をあたしが考えた時、自動展開されたタカの目が、上空に3体のモンスターの姿を捉える。

 

「みんな散って!ベギラマがきます!!」

 同時に危機を告げるメルルの声が響き、次には

 そのベレスという悪魔系モンスターが、手に魔法力を溜めているのがわかった。

 3体からいちどきにくれば、その熱量は膨大なものとなり、回避しても間に合わない。

 

「させないっ!!!」

 だが、ベレス達が手からそれを放った瞬間、その軌道上にルーラで飛んできたグエンさんが、長い手足を目一杯広げるようにして、その身で呪文を受け止めた。

 グエンさんの身に付けた魔装棍(アーマードロッド)は、呪文効果に対して完全耐性の機能をもつ。

 3つ分のベギラマをその効果で打ち消したグエンさんは、止まらずに手にしたままの棍の長さを、わずかな魔法力を込めて倍の長さまで伸ばした。そして。

 

「なぎはらいっ!!!」

「グギャッ!!?」

 無造作に振り抜いただけに見えるそのひと振りで3体のベレスが一撃で、蠅か何かのようにはたき落とされた。

 その落ちた先に遊撃隊が集まって、タコ殴りの末に無力化している。

 

 一方、どう見ても変態にしか見えない、ブーメランパンツいっちょの鉄球魔人という巨人系モンスターが、トゲ付き鉄球の鎖をブンブン振り回しながら突進してきたのを、クロコダインが身体で止めていた。

 と、別の方面から来たもう1体がその瞬間、鉄球の鎖をクロコダインの身体に巻きつけて拘束する。

 

「ムッ!!?」

 動きを止められたクロコダインを、2体の鉄球魔人が締め上げようとする。が、

 

「フンッ!!!」

 クロコダインが少し気を込めただけで鎖がバラバラに切れ落ちて、次の瞬間そのクロコダインの手で頭を鷲掴みにされた2体の鉄球魔人は、互いの頭同士を打ちつけられて、地面に崩れ落ちる事となった。

 

 あたし同様いち早く魔法陣に飛び込んだメルルは、どうやら敵の攻撃の意志を敏感に感じ取っているらしく、攻撃が始まる前にそれの向けられている者に警告を発しては、不意打ち攻撃を防いでいるようだ。

 …なんていうか彼女の能力が、急に上がった気がするのはあたしの気のせいなんだろうか?

 

「グエンさん、後ろ!」

 その声に振り返ったグエンさんの後ろから、メタルスコーピオンというモンスター(上半身は鎧っぽいが下半身はサソリというよくわからんデザイン)の、鞭のような尾が襲い掛かろうとしている。

 

「ヒャダイン!!」

 と、エイミさんの氷系呪文が、そのメタルスコーピオンを包んだかと思うと、一瞬にして凍りついた尾は動きを止められ、また足元もガッチリと地面に縫い付けられた。

 

「…メルル、エイミ!ありがとう、助かったわ!!」

 その動きの止まったメタルスコーピオンに棍の連打を浴びせながら、グエンさんは綺麗な笑顔で2人にお礼の言葉を述べる。

 …瞬間、エイミさんが明らかにラーハルトに向けてドヤ顔をしたのは見なかった事にした。

 

「どけえぇっ!!たああああっ!!!」

 あと、どうやら執拗にザボエラを狙い続けているらしいノヴァは、闘気(オーラ)を纏わせて切れ味を増した剣で、自分とザボエラの間に立ちはだかるモンスターをひたすら斬り続けている。

 地味にアンタが一番怖いわ。

 ジーサンめっちゃ怯えとるやん。

 そんなザボエラさんがいま地面を走ってるのを幸い、あたしはあなほりでその足元の地面を崩して、怯えて逃げるジーサンを転ばせた。

 

「ブフォッ!な、なんじゃ!?」

 地面に顔をしたたか打ちつけ、ザボエラが戸惑っているその間に、あたしは魔弾銃(まだんガン)にメラゾーマの弾丸を込め、狙いをつける。

 そう、同情はしない。

 このジーサンを上手いことここで始末できれば、剣が完成してようがいまいが、うちの先生の最大の危機フラグを回避出来る。

 まだしていない事に対して、相手にその罪を問うこの考えは、かつてバランやラーハルトを迫害した人間たちと、結局は同じなのかもしれない。

 それでもいい。今更だ。

 先の運命を、自分の感情でねじ曲げる罪。

 救えたかもしれない命を見捨てた痛み。

 全てを知る事のその罪も痛みも、己の肩に背負う。

 それを決して忘れずに生きる。

 先生の剣を完成させると決めた時に、そう決めていた事なんだから。

 あたしの指が、躊躇う事なくトリガーを引く。

 銃口から、以前ポップが入れてくれたメラゾーマが放たれて、それがスクリュー回転しながらザボエラに向かって飛ぶ。

 瞬間、爆発するように火球が弾けた。

 

「らぼあじえ〜〜〜っ!!!!」

 …だが、ザボエラは質量保存の法則みたいな悲鳴をあげて、背を炙られ爆風に小さな身体を飛ばされながらも、メッチャ紙一重で直撃を避けていた。

 この辺の見切りは才能なんじゃなかろうか。

 というかこのひとのキャラクターは、少年誌の連載でなければ、もっと姑息に陰湿に、上手く立ち回れた筈というのは、前世で割とあちこちで言われていた事だ。

 このひとがある程度の物理的戦闘力を持っていれば、キルバーンは登場しなかったかもしれない。

 ぐぬぬ。所詮はあたしのような端役に、仕留められる敵ではないということか。くそ。

 

 そうしている間に、地上の戦士たちの勢いは増していき、逆に敵はその数を減らしている。

 ふと視線を移せば、チウがまださっきのバアラックと戦っており、一連の攻撃を耐え切って自分のターンに移る宣言をしたあたりで、小鬼たちが彼の頑丈さと気迫に、腰を抜かしたのが見えた。

 …あ、そーいやこのシーン原作にあったかも。

 

「ううっ…あああっ…!!!

 ……ミ、ミストバーン様ァッ…!!!」

 その矮躯が縋るように駆け寄ったのは、ロン先生と斬り結んでは離れるを繰り返していたミストバーンが、ちょうど先生から間合いを取り直した瞬間の事だった。

 

「こんなっ…こんなはずではっ…!!!

 魔界の精鋭モンスターが、何百匹もいたのにっ…!!!」

 そのミストバーンの衣の裾にしがみついて狼狽するザボエラの言う通り、あれだけいた怪物(モンスター)の群れが、今は殆どが地面に倒れ伏しており、生きている者も既に戦意を喪失している状態だ。

 そろそろ自分に危険がないと判断して、あたしは先生のそばに駆け寄る。

 

「…あなどったな。

 こいつの言う通り、魔界の怪物(モンスター)といえど、所詮は一致協力する事を知らん獣の群れ。

 …ここにいる地上の民たちの方が、少々使命感が上だったようだ…!!」

 ロン先生はミストバーンを見据えたまま、剣を握っていない方の手で、あたしの肩を掴んで引き寄せた。

 …視界の端で、なんとも言えない表情をしているノヴァに気がついたが、見なかった事にする。

 つか、こっち見んな。

 

 ☆☆☆

 

「ミストバーン様ぁッ!!!

 なにとぞ…なにとぞそのお力をお見せくだされッ!!!

 ワシは大魔宮(バーンパレス)に戻り、バーン様をお守りします!!!」

 いかにもへりくだった事を言いながらも、自分を利用しようとしている魂胆が見え見えのその『屑』を、ミストバーンは長衣(ローブ)の下から冷たく見下ろす。

 なんという苦しい言い訳か。

 地上の烏合の衆を相手にすらこの体たらくで、ダイたちアバンの使徒が向かう大魔宮(バーンパレス)で、こいつがなにをどのように守るというのか。

 呆れすぎて渇いた笑いしか出てこない。

 まあいい。彼らが大魔宮(バーンパレス)へ足を踏み入れた今、この『屑』ではなく自分があちらへ戻らねばならない。

 ロン・ベルクとの勝負が付かなかったのは、個人的には残念だが想定内だ。

 自分もあちらも、全力で戦ってはいなかったのだから、そろそろ潮時だろう。

 そしてその前にこの『屑』の為に、ひと肌脱いでやる義理はない。

 互いの立場の違いと、己がどのような局面に立たされているかを冷静に教えてやった後で、まだ縋り付いて来ようとする『屑』に、ミストバーンは初めて怒りの感情を込めた視線を向けて、言い放った。

 

「…たまには、自分の手足を動かせ…!」




一応この同じタイムテーブルで、大魔宮(バーンパレス)では親衛騎団戦が行われております。
ですが、原作では地上の戦いが一旦終了するまでの間に、大魔宮(バーンパレス)では親衛騎団戦、ハドラー戦、更にキル・トラップ発動とアバン復活まで話が進むわけですが、この時空ではリリィが最初の段階で大幅にモンスターの数を減らしている事や、それにより世界の戦士たちの士気が上がった事、本来は居なかったグエンとラーハルトが加わっている事、メルルが倒れなかった事により手が塞がっていなかったエイミや、好きな女の子を害されそうになって逆上したノヴァが、原作より頑張った事などが加わった結果、地上戦は原作よりかなり早いタイミングで、ザボエラ戦に突入する事となります。


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27・武器屋の娘は身を震わせる

「…ザボエラ。

 どちらにせよ、なんの成果もなしに大魔宮(バーンパレス)へ戻ったら、おまえを待つのは処刑のみだ…!!

 どうせならこの場の人間どもや、あの光の魔法陣くらい片付けてみせろ。

 されば、クズにしては上出来と、バーン様の御気も変わるかもしれん……」

「…ミストバーン!!あんまりじゃあっ!!

 ワシらは元は同じ六団長!!

 共に戦ってきた仲間ではないかっ!!!」

「また、正義の使徒共の金看板のような言葉を…!

 …だが、ザボエラよ。

 それほど付き合いの深い“仲間”ならば、ここで私がなんと答えるかも、充分承知しているはずだが…?」

「ううっ…!だ、大魔王様のお言葉はっ…」

「…そう!“すべてに優先する”のだ…!」

 

 ……さて。

 ここでミストバーンとザボエラが痴話喧嘩仲間割れを始めたという事は、例の瞬間が近づいているという事で。

 あたしも戦いに微力ながらも参加しつつ、どうにかギリギリでもこの事態を、回避する方法はないかと考えていたけど、結局はどう転んでも避けうる事は叶わないだろうという確信が得られただけで終わった。

 超魔ゾンビの材料は怪物(モンスター)の死骸だ。

 この状況下でまずは生き残らねばならないあたし達が、襲いかかってくる怪物(モンスター)を一匹も殺さずにおける筈もないし、生き残った怪物(モンスター)にはザボエラ自らが止めを刺して、結局はその材料を確保することになるわけだから、倒す数を制限したところで無駄だ。

 

 …もしかすれば、ここにミストバーンを引き留める事ができたなら、或いは避けられるのかもしれないが…、

 

「待て、ミストバーン…オレとの決着がまだだぞ。

 怖気付いて逃げるつもりか?」

 そんなあたしの心の声を聞いたわけではなかろうが、ロン先生はあたしの肩から手を離すと、それまで剣を交えていたミストバーンの方に、一歩足を踏み出して問う。

 それは静かな挑発であったようだが、先ほどあれだけあたしに対して怒りを見せていたとは思えないくらい冷静に、ミストバーンはそれを鼻で笑った。

 

「…フッ。そうとってもらって結構。

 この私と、互角に(せめ)ぎ合いを続けられる男など、この世にそうはいない。

 正直、ホッとしているところだ…おまえは、大した男だ」

 …どうやらミストバーンさんはおうち帰る気満々のようだ。

 それをなんとかこの場に留めるべく、さっきまで怒りの対象だったあたしの存在をアピールしてみる。

 

「当然です!うちの先生は…」

「黙ってろリリィ」

 …しかしその目論見は先生の一言で封じられた。

 そんな『いい加減空気読め』みたいな目で見るのやめてもらっていいですか!

 アナタの為なんですけどね!言えないけど!!

 

「…もし全力で攻撃していたら、これほど勝負は長引かなかっただろう。

 もっとも、それは私も同じ事だがな…!」

 そして、そのあたしの存在をまるっと無視して、ミストバーンは含み笑いを漏らしながらこちらに背を向ける。

 

「では、さらばだ…ロン・ベルク!

 そして、思ったより骨のあった地上の民たちよ!!

 私は強靭な肉体と精神を持った者は、敵味方を問わず尊敬する。

 諸君らの活躍を、永遠(とわ)に心に留めておく事を約束しよう!」

 とりあえず言いたい事だけ言って、その場からフッと掻き消えたミストバーンがそれまでいた虚空を、数瞬、皆が無言で見つめた。

 

「…そして、味方のくせに尊敬されなかった奴が、ここにいるって事か…」

 最初に口を開いたノヴァが言った言葉は、嫌味でもなんでもなく、ただ目に見えた事を口にしただけだったろう。

 そして、その言葉にその場の全員が視線を移したのは、地面に膝と両手をついて、放心したようにへたり込む、矮躯の魔族の老人の姿だった。

 

「…ザボエラ。降伏しろ。

 このまま大魔宮(バーンパレス)に戻れば処刑され、かといってこの人数を相手にどうにかできると思うほど、おまえはバカではないはずだ」

 その、完全に萎れきった老人に、憐れを誘われたのだろうクロコダインがそう言葉をかける。

 ……だが、返ってきたのは、それこそ馬鹿にしたような笑い声だった。

 

「ククク…笑わせよるわぁっ!

 よりにもよってバカの代表みたいなおまえにバカ呼ばわりされるとはなァッ!!」

「な、なんじゃとおっ!!」

 高笑いしながらぴょんと立ち上がって吐いたその暴言に、本人より先にバダックさんがいきりたつ。

 ちょっとグエンさんの目つきも鋭くなった気がするが(グエンさんはクロコダインのことは、ある意味誰よりも信頼してるフシがある。彼に対する侮辱は、自分に対するものよりも腹が立つのだろう)、勿論そんな事は気にも留めず、まだ切り札はあると言ってのけるザボエラは、決して己の命も立場も、諦めてはいなかった。

 

「…同情しているつもりか?

 まだまだこの手を汚さずとも戦う術はある!!

 この場にいる数百匹の怪物(モンスター)たちが、ワシを守ってくれるのよ!!!」

「残念だったわね!

 ご自慢の魔界の怪物(モンスター)御一行様は、アナタが馬鹿にしたクロコダインを筆頭にした地上の戦士たちの手で、生きてる者達も虫の息よ!」

 ザボエラの謎の余裕に、グエンさんが手にした棍をくるりと回して歩み寄る。だが、

 

「止まれ、グエナヴィア!」

「……虫の息!!?そいつは困る…!!」

 …ラーハルトの叫びに応じてグエンさんの足が不意に止まったのは、ザボエラの身体を尋常じゃなく濃い魔力が、一瞬にして包んだからだ。

 それこそあたしが、『みやぶる』を使わなくても察知できるほどの。

 

「危ない!呪文が来るぞっ!!!」

 だから、警戒を促すノヴァの声と、

 

「マジックバリア!!」

 グエンさんの防御呪文の発動と、

 

「それじゃあまずいんじゃよ〜〜〜っ!!!」

 ザボエラが掌から、無数の魔力の塊を飛ばしたのが、ほぼ同時のタイミングに重なったのは、まあ当然の事だった。

 それでも、ザボエラの意図が、味方側が想定したもので当たっていたならば、被害は免れ得なかっただろう。

 けど実際には地上の戦士たちは、ひとりもその魔力の弾丸に当たる事なく、無事にその場に立っていた。

 そもそも、大魔王バーンには到底及ばないながらも、ザボエラの強大な魔力があれば、この程度の魔力の放出くらい、あたし達に悟られる事なく実行できた筈なのだ。

 そうしなかったのは、単にその必要がなかったからというだけで。

 

 ……ザボエラが発した魔力の弾丸は、ひとつ残らず…ではなく、チウが咄嗟に庇った2体のバアラックを除いた…全ての生き残っていた怪物(モンスター)の身体を貫いて、絶命させていたのだから。

 無造作に発射したように見えて、ほぼ全て狙い通りに命中させていたのだから、そもそもがそれを目的としていたのは明らかだった。

 

「きっ…貴様っ!!瀕死の部下を皆殺しにするとはっ…!!!」

 敵だったとはいえ、自身も地上の魔獣たちの長だった事もあり、その末路に同情するところがあったのだろう。

 クロコダインが、その所業に思わずといったように、自身が侮辱された時には見せなかった憤りを露わにする。

 だがそれを為したザボエラは、やはり馬鹿にしたように笑いながら、何かを操るようにその手を動かしていた。

 

「クククッ…頭の悪い奴にはわかるまい。

 死体でなくてはならんのじゃあ!!

 このワシの、最強兵器の部品(パーツ)は…な!!」

「……部品(パーツ)ッ!!?」

 訝しんだクロコダインがハッとして振り向くと、たった今魔力の弾丸を撃ち込まれた怪物(モンスター)の死体は、その傷口から何やら硬質な球が浮き出てきており、それが先ほど撃ち込まれた魔力の結晶であると、あたしの頭の中のオッサンが告げてくる。

 そうだったのかーと一瞬思ったが、それがわかったところで現状の打破にはクソの役にも立たない情報である事に、次の瞬間には気付いた。

 …そして、あたしがそんな心の葛藤をしている間にも、事態は動く。

 

「超魔!!合成〜〜ッ!!!!」

 ザボエラが魔力を込めた掌を前に突き出すと、硬質化した魔力が、それがくっついている死体ごと、ザボエラに向けて飛んでいった。

 瞬間、目の眩むほどの光がその中心から発せられ、咄嗟に目を閉じることができた者以外は、しばらくは『目がっ!目があぁ〜っ!!』状態に追い込まれたらしい。

 …あたし?勿論平気ですよ、『状態維持』の能力で。

 

「…ワシはっ…考えに考え抜いたっ!!

 究極のパワーアップとは何かをっ!!!

 超魔生物は圧倒的に強いが、生命力を一気に消費してしまう!!

 他人を改造するならともかく、自分がなりたくはない!!」

 そのあたしの『目』が一部始終を捉えている間、ザボエラの小さな身体を覆い尽くした屍肉がうごうごと蠢き、融合してひとつの肉体に形成される。

 

「…ワシの理想!!

 それは自分の肉体は一切傷つかず思い通り動かせて、尚且つ一方的に敵を甚振れる…そんな能力っ…!!!!」

「……さ…最低の発想だっ…!!」

 どうやらム○カ状態を免れたらしいノヴァの口から、心の声がだだ漏れた言葉がこぼれ出る。

 北の勇者をドン引きさせたそれが、徐々に形成していった形は、どこか超魔ハドラーや竜魔人を思わせるデザインながら、それよりもずっと獣の要素が強かった。

 それ故にかヒト型をしていながらも、二足歩行にしてはどこか(いびつ)だ。

 異様に盛り上がった肩の、上ではなく前側に突き出た頭部。

 やはり肩が前側に入った両腕は、だらんと下げれば地面につくほどの長さをもち、またそれに伴い背骨も猫背気味に湾曲していて、むしろ四足歩行の動物が無理矢理二足歩行しているような印象だ。

 その、前にせり出した、まるでむき出しの頭骨のような形状の頭部の両側に、二本の突起が突き出て角の形状となる。

 同時に、眼窩と思われるくぼみに小さな光を点らせたそれは、一度足を踏み鳴らすと、地面を揺らして立ち上がった。

 

「……それが…こいつじゃあっ!!!!」

 この場で一番の巨体を持つクロコダインの倍以上の質量をもったそれは、この場の全員を見下ろして、開けっ放しの口から笑い声のような空気の漏れる音を漏らす。

 

「…超魔生物第2号……いや、超魔ゾンビと呼んだ方が良かろう…!!」

 …あたしがこの場で最も恐れていた事態が、とうとう起きてしまったことで、あたしの心は一瞬、若干の現実逃避をしたらしい。

 

『…これが2号って事は、存在が無視されてるのは、コイツの息子とハドラーのどっちなんだろう』

 などと、どうでもいい疑問が頭の片隅に浮かんでいたのだから。

 

 …コイツは生半可な武器や攻撃では傷つける事ができない。

 それが故に、原作の『ロン・ベルク』が未完成の武器と、身体に致命的な負荷がかかる究極の技を使って、ある意味相討ちに持ち込んでようやく倒せた存在で。

 この事態を回避すべく手を打ってはきたものの、その鍵を握る先生の剣を、あたしはまだ見ていなくて。

 と。

 ……不意に肩に置かれた大きな手が、強くあたしを引き寄せる。

 

「…あれが、おまえが怯えるほどの敵だというのか?」

 その声に、反射的に見上げたロン先生の顔が、真剣な表情であたしの顔を覗き込んでおり…あたしは自分が震えていたことに、そこで初めて気がついた。

 

「……【超魔ゾンビ】。

 ザボエラ自身の魔力を【核】として、あらかじめその心臓に埋め込んでいた魔界の怪物(モンスター)の死体を、魔力をザボエラ自身に集約させることで合成され、その内部でザボエラが微弱な魔力を流すことによって操縦する事ができる…いわば死肉のキラーマシーンです。

 その流す魔力量によって、振るう力を何倍にも、何十倍にも増幅して発揮できます」

「その通おぉり!

 …って、なんでキサマが知っとるのかはともかく、自分の頭脳が怖いわいっ!!!クックックッ!!」

 頭の中のオッサンの解説を復唱したあたしの説明に被せるように、その歪な巨体の中から、魔族の老人の下卑た笑い声が聞こえ、その場の全員が息を呑んだ。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「……フン。あの古狸め。

 叩かれてやっと手の内を見せおったわ。

 これでなんとか地上はおさまるかもしれんな」

 大魔宮(バーンパレス)を背にこちらを見下ろしたミストバーンが、大して期待もしていないふうに呟いて、フッと姿を消したのを、あたしの『タカの目』が捉えていた。




本来は心で叫んでいたはずのノヴァの『最低の発想』は、あのままでは一人称視点ゆえ描写できない為、ここではだだ漏れさせました。
アタシ的にどうしても外せなかったんだよ……!


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28・半魔の僧侶は考える

 あり得ないほどに顔色を変えたリリィがロンの腕の中、これまで聞いたことのないくらい震えた声で、ザボエラの声を発するそれの正体を告げる。

 

「…なるほど。つまり腕力と図体で勝負というわけか?」

「え、先生!?」

 だが、そのリリィを一番近くに見ていたにもかかわらず、ロンは殊更呆れたような口調で言うと、リリィの肩を離して剣を鞘走らせた。

 

「今更、そんなこけおどしが通じるかあっ!!!」

 そのまま、先ほどまでミストバーンと別次元の戦いを繰り広げていたのと同じテンションと速度をもって、恐らくはトベルーラも併用しつつ高く跳躍すると、上段に構えた剣を振り下ろす。

 

「先生──っ!!!」

 リリィの悲鳴のような声がその場に響いたと同時に、ロンの剣が超魔ゾンビの頭頂部に振り下ろされ……次の瞬間、その(きっさき)がそこに食い込んだまま、パキンという甲高い音とともに、折れた。

 体勢を崩しながらも地面になんとか両脚で降り立ったロンの手には、僅かに数センチの刃が残された(つか)だけが握られていた。

 

「強烈な一撃をありがとう、ロン・ベルク…!

 …これで確信した。

 これこそまさに、究極の超魔じゃよ……!!」

 皆が驚愕して見上げた巨体のその頭部には、先ほどまでその先についていた刀身が突き刺さったままだ。

 

「ま、まさか…!!ミストバーンをも圧倒していたロン・ベルクどのの剣がっ!!!」

「…通じないっ!!?」

「馬鹿な…今の攻撃は、タイミングも太刀筋も完璧だった。

 あの威力であれば、頭から真っ二つになっていてもおかしくない筈……!!」

 その信じられない光景に、クロコダインとノヴァ、更にラーハルトまでもが、驚愕と困惑の表情を浮かべる。

 

「それは…当然っ!!!」

 と、その超魔ゾンビの腹部、鳩尾(みぞおち)の部分に埋め込まれた、水晶球のような部分に、内部の肉をかき分けて顔を出しているザボエラの姿が映った。

 どうやら映像ではなく本当にあの内部に居るようだが、何というか悪趣味な構造だと思う。

 だが、更に続けようとしたザボエラを遮るように、リリィの声がそこに続く。

 

「あの【超魔ゾンビ】の皮膚は、外部からの衝撃を吸収し、また食い込んだ武器の(きっさき)を取り込んで、強力な毒素により急速に腐食させて破損させます。

 また、完全に切断された場合は別ですが、単に傷をつけた程度であれば、即座に修復もされます」

「それを先に言え!!」

「説明する前に先生が突っ込んでいったんじゃないですか!」

 …確かに、今目の前に現れたそれは、巨大な上にいかにも恐ろしげな容貌をしているが、単にそれだけの事で、リリィがここまで怯えるのはおかしいのだ。

 わたしにそれが判るくらいだから、ロンに判らぬ筈がなかったろう。

 敢えて先制攻撃に出たのは、多分だがリリィを安心させる為ではなかったかと思うが。

 折れた剣を投げ捨てなから文句を言うロンに、言い返すリリィの態度はいつも通りだが、やはりそこには僅かな動揺が感じられる。

 

「クックックッ。その通り、まさに完全無欠!!

 これほどの身体(ボディ)を操っても、ワシには全く苦痛が伝わらない!

 当たり前の話じゃな。

 死体が痛みを感じるわけがないんじゃから…」

 そんな事はまったく気にも留めず、ザボエラの声が超魔ゾンビの中から、厭らしい笑い声とともに聞こえてくる。

 もうリリィに説明を横取りされる事に関してはどうでもいいらしい。

 

「…本当に…悪魔の頭脳だわ…!!

 最初から死体にする為に、配下の怪物(モンスター)たち全ての身体に、手を加えていたなんて…!!!」

 …今気がついたけど呆然と言葉を紡いでいる、さっきから地上の戦士たちの指揮を取っているこの凄い美人さん、カール王国の女王様じゃないだろうか。

 カールには何度も足を運んでいるわたしが、ある時立ち寄ったタイミングがたまたま英霊祭の時期だった事があり、司祭から奉納舞を依頼されて別途報酬ありとの事で引き受けたその舞台を、ロイヤル席から観覧されていたお姿を見覚えている。

 あの時は、カールでは主流だが他国ではとうに時代遅れな型のドレスを、それでも当然のように品よく着こなしている事に感心したのだが、今の、位の高い騎士のような服装の方が、彼女の凛とした雰囲気によく似合っているように思う。

 …まあそれはさておき、さっきまで交戦していた、ザボエラの攻撃からチウが庇ったバアラック(だと思う。以前リンガイアの図書館で見た、魔界文字で書かれたモンスター図鑑に絵入りで載っていたから多分間違いない)が、自分たちの体を見下ろしながら、チウに助けられず死んでいたならあの一部になっていた可能性に言及して身を震わせており、それにチウが元気付けるように笑いかけた。

 

「…フッフッフ、心配はいらんぞっ!

 あいつの作る超魔生物の、いわば天敵がこちらにはいるのだ…!!

 さあ老師…じゃなくてビーストくんっ!!

 必殺の閃華裂光拳をくらわしてやりたま〜〜えっ!!」

 そして何故か自慢げに、自身の後ろにいる顔の描かれた布袋を無造作に被っただけの人を指し示す。

 閃華裂光拳…それは確か、マァムが師から授けられたという、武神流の奥義だという技ではなかっただろうか。

 過剰な回復エネルギーを拳に乗せて叩き込む事で敵の肉体を壊死させる、対生物戦では非常に有効な技だという。

 そういえば先ほど戦いながら視界の端に捉えていたあの布袋さんは、非常につかみどころのない変幻自在の動きで、怪物(モンスター)たちを翻弄していた筈だ。

 今チウが『老師』とか言いかけてたし、イメージしてたのと全然違うけどあの方が、マァムの師だという拳聖ブロキーナなのだろう。

 ……けど、もしそうだったとしても。

 

「……ダメじゃ。奴には閃華裂光拳は効かない…!」

 あら、やっぱり。

 わたしも実際にその片鱗しか目にしていないけど、確かに閃華裂光拳は『対生物戦に於いては』禍々しいほどに有効な技で、一度は掠っただけで、大魔王の手首から先すら奪った技だ。

 …そう。『対生物戦に於いては』。

 死体をベースに作られた、既に生命活動を行なっていないあの身体(ボディ)には、いくら過剰な回復エネルギーを叩き込んだところで効果はない。

 布袋さんもその旨の説明をして、自信たっぷりだったチウが驚愕の表情を浮かべる。

 

「…覚えておけ、ネズミ。

 前回の課題を全てクリアして初めて“改良”という…!

 この超魔ゾンビの元々の発想がその閃華裂光拳から来ているのだ。効かぬが当然よォ…!」

 確かに。

 少なくともハドラーの超魔化に関しては、呪文が使えないという課題をクリアする為の改造だった筈だから。

 もっとも、自分がなりたくはないってハッキリ言っちゃってるけどねあの魔族(ひと)

 …ついでに言えば、さっきノヴァが『最低の発想』と言ってたあの考え、わたし的に納得できないこともない。

 というか、言い方と手段はアレだが、自身にかかるリスクは最小限に留め、相手には最大限のダメージを与えるというのは、むしろ生物として自然な考えだと思う。

 人間も魔族もモンスターも、等しく命はひとつであり、それを失えばかわりは効かないし。

 ただ、ある程度強い力を得てしまうと、それに対する誇りと傲りが出てきてしまうのも確かで、強者にとっては自分を傷つける可能性すらありえない相手を指先で捻り潰すような行為は、もはや戦いとは言えないだろう。

 靴で蟻を踏み潰して勝ったと誇る者がいないのと同様、それは強者には誇りになりえない。

 けどそれは勿論、どんな手段を用いても生き残ることを最優先とする弱者の意識の中にはない考えで。

 このザボエラの思考を(しつこいようだが、あくまで手段は考えに入れずに)卑怯と捉えるのは、それこそが強者の傲りと言えるかもしれない。

 

 …けど、まあそんな事は今考えても仕方がない。

 今問題なのは、あの超魔ゾンビとやらの件だ。

 生体ではないから閃華裂光拳は効かないかもしれないが、逆に…

 

「あと、『ゾンビ』という名称で呼ばれてはいますが、本質はあくまで死肉の鎧であり、暗黒闘気で仮初の生命を与えられているアンデッド系モンスターとは厳密には違う存在なので、僧侶系の聖なる力も、有効なダメージにはなりません」

「ひとの心を読むのやめてもらっていいかしら!!?」

「はい?」

「い……いえ、なんでもないわ」

 あまりにもタイミングよく説明が入るので思考を読まれたのかと思っていたが偶然だったらしい。

 ゾンビならばわたしの得意分野だと思ったけど、違ったなら言わなくて良かった。

 …ふと視界に入ったラーハルトが、ちょっと残念なものを見るような目をこちらに向けたのは、全力で見なかった事にする。

 

「…本体のザボエラが内側に、厳重に守られているので、あの状態から呪文の行使はできませんが、呪文耐性がとにかく高い上にダメージの修復がすぐ始まるので、呪文や属性攻撃も事実上無効でしょう。

 そもそも並の武器や呪文では、あれに傷付ける事すら困難です。

 …その緩衝力を上回る威力、または修復力と腐食速度を上回る攻撃速度をもってすれば可能かもしれませんが…」

 更に、まるで、言いたくないことを言っているような表情で続けたリリィの言葉に、ロンがハッとしたような顔をする。

 …このふたりの関係性としては割といつも通りのやり取りなのに、それがまったく安心できないほどに。

 恐らくはそのやり取りの外に、2人にしかわからないなんらかの意思の疎通があるのだとは思うが…。

 というか、ハドラーの時に問題になった筈の呪文が使えない点は『改良』していないらしい。

 先ほどロンが言った『腕力と図体で勝負』というのは、強ち間違いではなかったのか。

 …けど、これはラッキーかもしれない。

 あの妖怪ジジイ。よりにもよってわたしの最高の友であるクロコダインをバカ呼ばわりしておきながら、自身は最も愚かな選択をしている事に気がつかずにドヤ顔してるなんてね。

 本来の自身の誇る、ある意味最大の利点を捨てても、この超魔ゾンビの耐久力と破壊力に自信があるという事か、それともそれこそが、無意識化でのザボエラのコンプレックスの顕れだったのか。

 どちらにしろ、自分の土俵からこちらに下りてきてしまった、そしてその事に自分自身で気がついていない事は、わたし達にとってのアドバンテージだ。

 

「あの中からザボエラを引きずり出すか、またはザボエラの魔力が尽きれば、その限りではありませんが…」

「そうじゃっ!

 唯一の弱点があるとすれば、確かにこのワシの魔法力を断つ事じゃが…」

 まだ不安げに言葉を紡ぐリリィの説明を聞きながら、手に密かに集中させた魔力にひとつの呪文を乗せる。

 …通常の使い方とは違う為、魔法力は余計に消費するし集中も必要だけど、それ自体は僧侶にとっては初歩中の初歩である呪文。

 わたしくらいになれば詠唱も必要ない。

 その手を、一番近くにいるラーハルトの魔槍に触れる。

 槍の穂先に淡い光が点り、それに気がついたラーハルトが、ハッとしたようにわたしを見つめた。

 それに頷いてから、今度はノヴァを手招きする。

 素直にこちらに寄ってきた彼の、わたしの目線より一段下にある耳に頼み事を囁くと、彼は一瞬『え?』という顔をしたものの、やはり頷いてスタンバイに入ってくれた。

 クロコダインは…どう動いてくれても大丈夫。

 というより彼ならば、その時点で最良の選択肢で動いてくれると信じてる。

 

「…ほうら、こうして、身体(ボディ)の奥深くに隠れてしまえば…」

 水晶球から見えていたザボエラのドヤ顔が肉の間に埋まっていき、超魔ゾンビの眼窩の片方に点った光が大きくなる。

 

「弱点は……消えたっ!!」

 先ほどと同じように地面を揺らすように足を踏み鳴らすザボエラに向けて、わたしとノヴァが同時に動いた。

 

「氷結乱撃!!」

「マヒャド!!!」

 その両脚に向けて放ったのは(ヒャド)系攻撃。

 

「バカめっ!!!その程度の攻撃が今のこのワシに……ムッ!!?」

 確かに…恐らくは。

 火炎(メラ)系や閃熱(ギラ)系の呪文であれば、その死肉の表層を僅かに焦がしただけで、そんなダメージはすぐさま修復されてしまっていただろう。

 だが、(ヒャド)系呪文には冷気のダメージ以外に別な、付帯効果がある。

 わたしの身に付けている鎧のような属性攻撃を完全にかき消す効果があるならともかく、こいつの皮膚は単に、耐性が非常に高いというだけだ。

 わたしとノヴァが同時に放った(ヒャド)系攻撃は、超魔ゾンビが踏み出そうとした脚を、その地面に凍りつけて拘束していた。

 

「小賢しいわッ!こんな氷など打ち砕いて…」

 だが超魔ゾンビはその長い腕を振り上げ、握り締めた拳で、凍りついた足元を砕かんとする。

 

「むんっ!!獣王激烈掌ッ!!!」

「ぬおっ!!?」

 そこへ、クロコダインがいいタイミングで技を放つと、その両掌から放たれた闘気流が、超魔ゾンビの長い腕をねじ切らんばかりに捻りあげた。

 さすがはクロコダイン。素晴らしいアシストだ。

 

「今よ、ラーハルト!!」

「オオォ──────ッ!!!!」

 わたしの指示でラーハルトが、手にした槍を回転させながら、超魔ゾンビへと向かっていき…

 

「ムダと言ったじゃろうが!!そんな槍など……」

「残念ね!アナタの毒とわたしの魔力との相性がいいことは、さっきで実証済みよ!!」

「なにッ!!?」

 リリィの説明によれば、あの死肉の鎧の緩衝力を上回る威力、または修復力を上回る攻撃速度をもってすれば切断は可能の筈。

 速度と威力ならば、その両方を兼ね備えた技をラーハルトがもっていること、一度戦ったわたしがよく知っている。

 

 

「ハーケンディストール!!!」

 

 

「なっ!?穂先が取り込めんッ!!?」

 陸戦騎最大という、目にも留まらぬその槍技は、超魔ゾンビの身体を通り抜けて、地面に亀裂を走らせた。

 

 …以前わたしはバランとの戦いでダイの剣を保たせる為、剣にトラマナを纏わせた。

 今回、ラーハルトの槍に施したのはそれと同じ。

 違うのは、使用した呪文がキアリーだったという事。

 問題になるのが武器を腐食させる毒素であるというのであれば、解毒(そっち)僧侶(わたし)の職務範囲内だ。

 ノヴァとクロコダインが奴の身体を拘束しているのもあり、超魔ゾンビの巨体がその正確無比にして瞬速の技から逃れる術はない。

 

 ……………筈だった。

 

「…キィッ……ヒヒヒヒヒッ!

 さすがに焦ったが堪えきったわい!!

 やはりワシの超魔研究の集大成、この死肉のボディーは無敵よォッ!!」

 確かに槍の刃先が通り抜けた、先ほどまでは確かに脚の間だった空間に、肉の塊が埋まっており、それがまるで沸騰するようにボコボコと波打つ。

 更にその波はそこから上の、分断された傷口を埋めるように這い上がっていき、2つに割れかかっていた超魔ゾンビの身体が、再びひとつに戻される。

 …先ほどより僅かに身体は小さくなったものの、そこには傷ひとつない超魔ゾンビが、笑うように身体を震わせていた。

 

『完全に切断された場合は別ですが、単に傷をつけた程度であれば、即座に修復もされます』

 先ほどのリリィの説明が、不意に頭の中に再現される。

 逆を言えば、完全に切断しなければ、いくらでも再生してしまうということだ。

 

「そ……そんなっ!!!」

 あんまりにもあんまりなこの事態に、わたしだけではなくその場の味方全員が、呆気にとられてその場に立ちすくんだ。




グエンさん、安定のかませ(爆
お仕事お疲れ様でした。


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29・名工師弟は、互いの覚悟を確認する

 …王道少年漫画というよりはRPG戦闘的な、先ほどグエンさんを中心にして行われた連携攻撃は、相手がコレでなければ倒せていた筈だった。

 ザボエラ的には危なかったところをギリギリ堪えきった感じだが、結局はふりだしに戻ってしまい、同じ手は二度とは通用しまい。

 

「ここまでの攻撃をくらっても、苦痛…な〜し!!!

 キィ〜ッヒッヒッヒッ!!!大成功じゃあ〜〜ッ!!!」

 ちなみに、ここに至るまでの間に超魔ゾンビは、攻撃らしい事は何ひとつしていない。

 そんな中、気色悪い笑い声を上げながら、超魔ゾンビはバキバキと足元の氷を引き剥がし、長い脚を持ち上げた。

 

「………ッ!!?」

 …一瞬、何が起きたかわからなかった。

 気づけば超魔ゾンビのやはり長い腕が、明らかにそれまでのリーチよりはるかに伸びて、その手がグエンさんを捉えている。

 

「…所詮は人間の血の混じった出来損ないが、小賢しい真似をしおって〜〜ッ!!」

「ぅぐっ!!」

 どうやら喉元に指が食い込んでいるらしく、グエンさんが呻き声を漏らした。

 それに構わず、彼女を捉えた腕が元の長さに戻り、掴んだままのグエンさんを皆に見せつけるように、頭より高い位置に掲げる。

 

「グエナヴィア!!」

「グエンッ!!!」

 その光景にロン先生が目を瞠り、ラーハルトとクロコダインの声が、同時に彼女の名を叫んだ。

 その声を特に気にもせぬように、超魔ゾンビは手の中のグエンさんを、顔に近づけながら訝しげに見つめる。

 …どうやら視点などの感覚は、中にいる本体と共有しているらしい。

 

「…しかしこの女、前にも思ったがやはり見覚えが…?

 まあ、そんな事はどうでもいいわい!

 冷や汗をかかされた礼として、キサマはこのままくびり殺してくれるわあッ!!」

「……あぅッ!!!」

 骨の軋む音が聞こえるくらい締め上げられて、グエンさんが苦痛の声をあげ、ラーハルトが焦りの表情を見せた。

 

「やめろッ!!!」

 その姿にラーハルトが飛び出し、槍の一撃を加えようとするも、槍の穂先が届く前に、超魔ゾンビの長い腕が、ラーハルトの身体ごと無造作に振り払う。

 

「くうっ!」

 威力はある程度殺したものの、着地にまでは及ばずに地面に転がったラーハルトの身体に向けて、超魔ゾンビの足が踏み下ろされたが、ラーハルトがその下敷きとなる前に、クロコダインが自身の身長ほどもある、超魔ゾンビの脚に組みつく。

 

「……クロコダイン」

「オ……オレと勝負しろ、ザボエラ!!

 この中でまがりなりにも貴様と格闘ができるのはこのオレだけ…」

 二倍以上の体格差があるとはいえ、以前クロコダインはそれ以上の大きさのオリハルコン戦士さえ、投げ飛ばしたほどの剛力を有している。

 だが、そのクロコダインが全力で組みついて体勢を崩そうとしているにもかかわらず、微動だにしない超魔ゾンビは、高い位置からクロコダインを見下ろした。

 

「…小さい…非力だ!

 しみったれてるのォ、クロコダイン!

 きっと以前のワシは、おまえの目から見ると、こんな風に見えていたんじゃろう…」

 そう言うと、その大きな手が無造作に、クロコダインの頭を掴む。

 

「ギィ〜ッヒッヒッヒッ!!!いい気分じゃぞいっ!!!

 巨人の気分というのはなァッ!!!」

「……ぐおおおっ!!!」

 恐らくはそれもザボエラのコンプレックスのひとつだったのだろう、それまで見下ろされていた意趣返しとでも言うように、超魔ゾンビはグエンさんを掴んだまま、クロコダインの頭を握り潰そうとした。

 

「…貸せっ!!」

 ロン先生が、たまたま近くにいた兵士さんの槍を引ったくり、超魔ゾンビの腕に向けて投擲する。

 それはグエンさんを掴んでいる、その二の腕に命中し、

 

「うおおおっ!!!!」

 続けてノヴァが跳躍し、光り輝く闘気(オーラ)を纏わせた剣を、クロコダインを掴んでいる方の腕に向けて振り下ろす。

 

「フン!!!」

 だが、振り下ろした剣の刀身は斬り抜けられずに途中で止まり、斬撃の勢いを殺されたノヴァの身体は、クロコダインを離した超魔ゾンビの手に、先ほどのラーハルトと同様、蝿のように払われた。

 だが同時にグエンさんを掴んでいた手も離され、落下するその身体を、真下にいたクロコダインが抱きとめる。

 ちなみに吹っ飛ばされたノヴァも、ロン先生が受け止めていた。

 

「ウッ…れ、礼を言うぞ、北の勇者…無事か、グエン」

「ええ……あなたも、クロコダイン。

 ロンもありがとう。助かったわ」

 …少し声は掠れているものの、思ったよりも元気にグエンさんはクロコダインの腕の中から、ロン先生に向けて頭を下げる。

 

「握り潰されていなくて何よりだ。

 …だが、状況は変わらんようだな。

 オレの一撃で斬れず、さっきのおまえたちの攻撃も通らなかったのであれば、この場の武器ではどうにもならん」

 言いながらロン先生が、立ち上がってまだ飛び出そうとしているノヴァを牽制した。

 

「そ、そんなっ!!!」

「ダイの剣とまでいかなくとも、あなたの武器を持つ身としてはわたし達、もっと結果を残したかったのだけれど。

 …いいところまでいったと思ったのに、残念だわ」

 グエンさんも、クロコダインやラーハルトと共に、超魔ゾンビから間合いをとりながら悔しげに呟き、ノヴァが俯いて唇を噛む。

 

「…かき消してやるぞっ!!

 その鬱陶しい魔法円をなっ…!!!」

 そして、いいだけ自身の『作品』の成果をその身に受け止めて満足したのか、遂に超魔ゾンビ…ザボエラが、行動を始めた。

 地響きを立ててその足が、あたし達のいる光の魔法陣に向け、歩を進める。

 割とあたしのすぐ近くにいた数人の兵士とバウスン将軍が、フローラ女王を守るべく、その前に壁として立ち塞がった。

 もっともそんなものは、アイツが本気でこちらを踏み潰す気になれば、なんの役にも立たないこと、多分この場の全員がわかっていた事だろう。

 

 …そして、これまでのやりとりを見て、あたしも悟っていた。

 先生の剣は、完成しなかった。

 少なくとも、あの魔法インゴットを用いてすら、先生の技に耐えうる出来にまでは、きっと仕上がらなかったのだ。

 だとしたら…だと、しても。

 今のこの事態を打破できる人材は、ロン先生以外には居ない。

 それが名工と呼ばれた男にとって、致命的な犠牲を払うものだったとしても。

 …解っていたのに、何もできなかった。

 そんな悔しさに、あたしの目に涙が滲む。だが、

 

「……まだだッ!!ボクはまだ諦めないッ!!!

 ダイは…ダイたちは大魔宮(バーンパレス)で、もっともっと厳しい戦いをしているんだっ!!

 ならば、せめてこの魔法円を守り抜くのがボク達の使命…!」

 まるであたしの心の声に応えるかのように、ノヴァが声を高らかに叫ぶ。

 

「ボクは『北の勇者』だ!

 この場にダイが居ない以上、まがりなりにも名乗ったその『勇者』の名にかけて、ボクは諦めるわけにはいかないんだッ!!!」

 ノヴァはそう言うと、先ほど先生が投げ捨てた、折れた剣の(つか)を拾い上げた。

 

「オオォ─────ッ!!!!」

 そのまま、気合いと共に凄まじい闘気(オーラ)を、その折れた剣先に注ぎ込む。

 それはノヴァの得意技である闘気剣(オーラブレード)…の筈だが、何かおかしい。

 なんというか…氣の奔流が激しすぎるというか、若干暴走気味というか。

 

『あれは闘気ではなく生命力そのものを注ぎ込んだ、【生命(いのち)(つるぎ)】です!

 確かにあれなら、実体のある剣と違って折れませんし、あの死肉に取り込まれる事もないでしょうが…あれを続ければものの5分ほどで、生命力そのものが枯渇してしまい、命の危険があります!』

 脳内でオッサンがあたしの疑問に答え、ほぼ同時に自分で状況を察したんだろうバウスン将軍が、焦ったように息子に向かって叫ぶ。

 

「よせ、ノヴァ!!無茶はやめろっ!!!」

 そうだった。ロン・ベルクが己の身もただでは済まない超必殺技の使用を決意したきっかけが、ノヴァのこの行動だったのだ。

 現に今、先生はノヴァを止める説得に入り始めており、そうなるのも時間の問題だ。

 このまま原作通りに話が進めば、先生の両腕の機能と引き替えに、誰も死ぬことなくザボエラは倒せる。

 けど、この状態を見過ごせば、ノヴァは確実に死ぬ。

 

「どいて下さい!!こいつでヤツの身体を斬り、中のザボエラを露出させれば…」

「おまえの男気は買うが…100%失敗すると判っていて、見過ごすわけにはいかん!!そのままでは…」

「…あと3分42秒ほどで、生命力が枯渇して死に至ります。

 そして先生の言う通り、その『生命(いのち)(つるぎ)』をもってしても、超魔ゾンビの肉体を完全に切り裂く威力はありません。

 今すぐに生命力の注入を止めて下さい…ノヴァ」

 …辛い選択だけど、どちらを選ぶべきかはわかり切っている。

 阻止したかったけど、そう出来なかった後悔は、あたしが一生抱えればいい。

 今のあたしはまだ子供だから、魔族の肉体の再生能力でも完治するまで70年近くかかるという、その先生の傷が癒える頃までは生きていられるだろう。

 その一生をかけて、あたしが先生の世話をすればいいだけだ。

 

「リリィ……いいんだ、それでも。

 さっきも言った通り、ボクはまがりなりにも『勇者』を名乗る身。

 昨日、ダイと話していてわかったんだ。

 勇者とは、自分よりもむしろ、仲間に勇気を与える存在なんだと。

 ボクが生命(いのち)尽きて倒れても、ボクがつける僅かな傷跡に、後から攻めていけるだけの勇気を、この場のみんなに残せれば…ダイほどではなくても、ボクにも勇者の代わりはできる…!

 ……女王さま、後は頼みます!そして号令をっ!!

 “全員、あの攻撃へ続け!!”と」

 先生の腕はもちろん大切だけど、それを失っても先生は死なない。

 だからその為に、ノヴァを見殺しにすることはできない。

 …なんてのは後付けで、正直、そこまで考えてる時間なんかなかった。

 

「駄目ッ!!」

 気がついたら、飛び出して行こうとするノヴァに手を伸ばし、その身体に両腕をまわして…彼の身体に、抱きついていた。

 まだ成長途中で、バランやハドラーとは全く違う薄い胸板は、それでもしっかりとあたしの小さな身体を受け止めて…

 

「…リ、リリィ………!!?

 ど、どうして、闘気(オーラ)が……?」

 あたしが触れた瞬間に、ノヴァの手から溢れていた生命力の放出が止まる。

 …あたしの『状態維持』の能力は、(ドラゴン)の騎士だったかつてバランの竜闘気(ドラゴニックオーラ)や、黒の核晶(コア)に注がれた大魔王の魔力さえ遮ったもの。

 不自然な生命力の放出なんて、止めるのは簡単だ。

 しがみつくあたしと、生命力の放出を止めた己の右手を交互に見て、ノヴァは明らかに狼狽していた。

 

「…もういい。力を抜け、ノヴァ。

 おまえの覚悟はわかった。

 ……ここから先は、オレの仕事だ」

 その手から、折れた自分の剣を取り返しながら、ロン先生が穏やかに話しかける。

 あたしがノヴァの腕の中から、それらの行動を見つめていると、そのロン先生の目が、今度はあたしに向いた。

 

「…リリィ。間違ってたら違うと言え。

 そうでないなら、答えなくて構わん。

 …おまえの『目』には、オレが全力で戦う事態になる事が、最初から見えていたんだな?

 だからオレの剣を完成させる事に、あれほどにこだわった…違うか?」

「……っ」

 喉の奥で、カチリと音が鳴る。

 いつも通り、開示できない情報がある時のセキュリティ・ロックだが、この仕様をあたしに施した神様は、今のこの…沈黙がまさに肯定となる状況は、想定していなかったに違いない。

 あたしが何も言えずにいると、先生は満足げに頷く。

 

「…最初から、おまえらと同じだけの覚悟をオレが決めていれば、あの程度の敵に、苦戦することはなかったのだ。

 済まなかったな、ノヴァ。そして、リリィ」

「ロン先生?」

 結果を知るだけに不穏なものを漂わせる言葉に、あたしが思わず呼びかけると、ロン先生はフッと笑って、あたしの頭の上に大きな手を乗せた。

 

「…いやそもそも、オレは構わなかった筈なんだ。

 言ったろう?おまえの自由が脅かされるくらいなら、オレがどこまでも連れて逃げてやると。

 魔族の一生は長いんだ。

 おまえの寿命が尽きるまでのせいぜい6、70年、費やしたところで大した事じゃない。

 …ただ、それは同時におまえの自由を、他の誰でもないオレが奪うことになる…それだけが、怖かった。

 けどそれも、おまえが決めた覚悟に比べたら些細なモンだ」

「先生……知って」

「オレを誰だと思ってる。

 オレが師匠で、おまえはオレの弟子だろうが。

 …まあ、その件は後で話し合う事にしよう。

 今は……!」

 先生はあたしの頭から手を離すと、同じ手で服の内側を探る。

 根付(という言葉はこの世界にはないが)には長くペンダントには少し短めの鎖がついたそれは、以前見せてもらった厨二臭いものよりも大人しめだが、それでも小さな球に幾つかの突起が付いた、身につけるには痛そうなデザインだ。

 それを一度握りしめてから、宙へと放る。

 投げられたそれは宙空で弾け、瞬間、時空間を開ける時と同じように、空気の匂いが変化した。

 

「みんな、退けっ……危ないぞ…!!」

 先生の言葉と同時に、無理矢理開けられた空間から、岩のような塊が現れた。

 それは重力に従いそこから落下して、降ってきたそれが地面に突き刺さる。

 その光景に、暫し動きの止まっていた超魔ゾンビが、どうやら我に返ったようにそれを見据えた。

 

「……フ…フン…!!

 なんだか知らんが、今更どんな武器を持ち出してきたところで、この超魔ゾンビには通じ〜〜んっ!!!

 そんな石コロ…動かす前に叩き壊してくれるわいいいっ!!!」

 …言って、拳から出してきたのは、一瞬剣のように見えるが、どうやら鋼のように硬質化させた爪であるらしい。

 それを力任せに、岩の塊に見えるものに向けて振り下ろす。

 先生はすかさずそれの後ろに位置取り、超魔ゾンビのその行動を静観し、ザボエラの振り下ろした刃が折れて飛んだのを見た瞬間、微かに口元に笑みを浮かべた。

 

「…悪いな、助かったぜ。こじ開ける手間が省けた…!!!」

 そう言ってる間に岩は、全体にヒビが走り、先程の球と同じように弾ける。

 中から現れたのは…二振りの長剣。

 先生はそれを無造作に手に取りながら、少し諦めの入った声で、呟いた。

 

 

「離れていろ、リリィ…おまえにならば判る筈だ。

 こいつが、どれほど危険な代物か……!!!」

 

 

 …あたしは、そしてアタマの中のオッサンは、あたしが錬金した魔法インゴットで作られたその剣の、完成状態を初めて見る。

 それはあたしが居ない間に完成され、そのままあの容れ物の中にしまわれていたからだ。

 

 だから、錬金の段階で本来想定していたそれを、遥かに凌駕するものを作ってしまっていた事を今、それを見た瞬間に、初めて知った。

 

 ロン・ベルク専用の剣…星皇剣は、二振りともちゃんと完成していた。

 あたしの能力と先生の技術。

 その2つを合わせてこの世に生み出されたそれは、間違いなく目の前の、この超魔ゾンビを倒せる唯一の武器だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …先生の身体に負担のかかる危険な技を、敢えてわざわざ使わなくとも。




本末転倒。


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30・運命の分岐点1

或いは『名工師弟は2人の世界に突入する』。
師弟コンビ、自覚なしにいちゃつく回。
そしてちょっとイケメンワニが切ない話。


 二本の剣を両手に、ロン先生が超魔ゾンビを睨みつけていた。

 その視線の鋭さに、恐らくは中の人の反応が表に出たのだろう、超魔ゾンビはビクッと身を竦ませて、その動きが止まる。

 まあ視線の鋭さもあるが、先生の身体全体を、研ぎ澄まされた刃のような闘気が覆っているというのもあるんだろう。

 というか、『ロン・ベルク』が闘気を使って戦うタイプの剣士だった事は、今この瞬間まであたしは知らなかった。

 …ああでも、さっきあたしに向かったミストバーンの闘魔滅砕陣を霧散させたのは、確かに闘気を纏った剣だったっけ。

 今手にしているそれに直接闘気を込めたら、どれほどの破壊力を持つものか、もはや想像すらできないが、とりあえず…

 

「…聖石で使用者(マスター)登録しておいて良かったですね。

 ロン先生の意志で斬るものを選別できるのでなければ、収める鞘ですら斬ってしまっていたでしょうから」

 …まだ呆然としたままのノヴァの腕の中で(さっきからさりげなく脱出を試みているのだが、なんか硬直してしまっていて離してくれない)、呑気にあたしがそう声をかけると、文字通りの触れれば切れるような空気が不意に和らぎ、ロン先生の視線は再びあたしに向いた。

 

「…それでも、完成したものを改めて見た時、使わずに済むのならば永遠に隠しておこうと決意したんだが、な」

 あたしの言葉に答えたロン先生のその言葉を聞き、あたしはあくまで心の中でスライディング土下座を敢行する。

 

「完成したのを見せてくれなかったのってそういう理由だったんですね!

 厨二臭いとか散々言って申し訳ありませんでした!!」

 欲しかった剣が完成したのに、それを封印しなければならなかったのは、先生にとっては結構な決意だったんじゃなかろうか。

 そして、それをここで使う事によって、その脅威を世界の要人や強豪の前で知らしめる事も。

 そんな全てを先生は今この瞬間まで、あたしを巻き込まないつもりで、自分1人が背負う気でいた。

 …あたしが背負ったものを、判った上で。

 

「…もっとも、製作段階で気がついたものの、出来上がりがどうなるかという興味と好奇心に、オレ自身抗えなかったのも事実だがな。

 まったく、とんでもないモノを作ってくれたモンだ」

「いや作ったの先生ですよね!?」

 その決意を察して胸の奥が痛んだのも束の間、この剣の形をした最凶兵器を生み出してしまった責任をアタシにも押しつける気であるらしい発言に、あたしは反射的につっこんでいた。が、

 

「本来想定したもののポテンシャルを遥かに上回るばかりか、余計な機能のついた魔法インゴットを錬金したのはおまえだ、リリィ」

「ぐぬぬ」

 そう言われると反論できない。

 結局はあたし達2人とも、この責任を取らされる事になるのだろうし、先生はそれを既に覚悟している。

 

「だが現実問題として、今の状況でコイツをおいて、使える武器は他に存在しない。

 …だから、最後の確認だ、リリィ。

 この戦いをこちらの勝利で終えたら、この地上をオレと去る覚悟はできているな?」

 

 …だから。

 

「はい」

 

 …ロン先生の問いかけに、躊躇いなくあたしは肯いた。

 

 あたしの目線より一段高い位置から、息を呑んだ音が聞こえる。

 あたしの身体を包んだままのノヴァの腕に一瞬、痛いほどの力がこもった。

 

 …正直な事を言えば、この剣を作成する元々の動機であった技『星皇十字剣』に、この剣の強度が本当に耐えられるかは微妙なところだ。

 いや間違いなく1回は耐えられるが、2回はきっと無理だろう。

 だがそれを使用するまでもなく……ぶっちゃけ振り回してるだけでアイツの身体くらい、普通に切断する事が可能なのは確かだ。

 

「ぬうう〜〜っ!!

 な、なんだかわからんが、そいつが剣である限り恐るるに足ら〜んっ!!!

 ワシのこの超魔ゾンビ(ボディ)の敵ではないわァッ!!」

 …あたし達の一通りの会話のあと、どうやら空気読んで待っててくれたらしいザボエラさんが、大きな拳を振り上げて突進してきた。

 それを見て、ロン先生が再び構えを取る。

 

「ノヴァ、先生の邪魔になるからもっと下がって。

 …あと腕緩めて、痛い」

「あ……すまない。

 けど、どういう事だ、今の話は…?」

 ノヴァを促して魔法陣の内側まで下がらせると、グエンさんが駆け寄ってきて、ノヴァに回復呪文をかけた。

 あとから続くラーハルトやクロコダイン、他の全員があたしに、説明を求める目を向けてくるけど、敢えてそれは見なかった事にする。

 

「…まあ、見ていてください。

 こうなったら、すぐに勝負はつきますから」

 

 ……本当に、すぐに。

 

 恐らくは。

 先ほどのラーハルトのハーケンディストールを耐え切った事で、斬撃でダメージをくらう想定を、今のザボエラは全くしていなかったのだろう。

 先生は、向かってくるその巨体に向けて、闘気を纏わせた左右の剣を、それぞれ軽くひと薙ぎしただけだった。

 超魔ゾンビは先生の、必殺技でもなんでもない斬撃を、まったく無防備に受け止めて…

 

「……わああっ!!!!あっ!?あっ!!あ〜っ!!!?」

 …次の瞬間。

 

 

「あ゛〜〜〜っ!!!!!」

 

 

 世界の強豪をあれほどに苦しめた死肉の巨体は、断末魔の声と共に、切断面から徐々に()()()()()()

 

 ・

 ・

 ・

 

 …魔法インゴットの構成要素は『ミスリル』と『エネルギー物質』。

 そしてその『エネルギー物質』とは、炎と氷を魔法融合させたものであり、それは本来であれば互いに打ち消しあう性質のものが、消されまいと力を高め合う事により、莫大なエネルギーを生み出すものである筈だった。

 だが、錬金したあたしがそれをわかっておらず、且つ『炎と氷』が()()()融合された場合には、消滅する力(メドローア)と化す事を無駄に知っていた事が、今のこの事態につながっている。

 あたしが錬金で作り上げたエネルギー物質は、消されまいとする力が莫大なエネルギーを放出するものではなく、消滅させるエネルギーを生み出すものだったのだ。

 それがミスリルに化合され錬金されて、それでも一応は『魔法インゴット』となったわけだが、刃として加工されたそれは、付けてもいない付加効果を、その刀身に帯びる事となった。

 即ち、その刃先が触れた切断面を『消滅』させる力を。

 …一抹の救いは先ほどの会話の通り、ロン先生はこの剣に使用者(マスター)登録を施している為、斬る斬らないはその使用者(マスター)である先生の意志で選択できる事にある。

 つまり斬ってはいけないものを斬る心配はなく、その点に於いては下手すりゃうっかり手を滑らせれば怪我をする髭剃り用の剃刀より遥かに安全なのだが、世間様は勿論そう見てはくれまい。

 

 それらの事をこの場で説明した後、あたしはロン先生の側に歩み寄る。

 傷ひとつなく戦いを終えたその青い手に思わず触れると、先生はフッと笑って、手にしていた剣を地面に突き刺してから、あたしの手を握り返してくれた。

 

「ま…待ってくれ!どういう意味なんだ!?

 さっきの…2人で地上を去るっていうのは…」

 そのあたし達に、ノヴァが焦ったような声をかけてくる。

 その整った顔を見返しながら、あたしは彼に微笑みかけていた。

 

「…あたし達が生み出したモノは、使い方によっては、世界を滅ぼしかねない力だから」

「そういう事だ。

 戦乱の中でならば援けとなるこの力は、平和な時代になればそのまま、脅威と恐怖へと変わる」

 あたしの言葉に続いた先生が、不意にあたしを抱き上げる。

 いつものような片腕抱きじゃない、いわゆる姫抱きの状態で。

 

「…リリィ、本当にいいんだな?

 家族も友人も…好きな男も全て捨てて、オレと共に生きる事になるんだぞ。

 さっきも言った通り、人間とは生きる時間の違うオレには何でもない事だが、おまえにとっては一生だ」

「好きな男なんて、そもそもこの地上に居ませんし」

 嘘は言っていない。

 あたしの唯一想う男は、このタイミングなら恐らくは今、上空に浮かぶあの大魔宮の中で、勇者ダイと戦っているまさに真っ最中の筈で…そして間もなく、この世界のどこにも存在しなくなる。

 大体、ソレ言うなら先生だって同じだろう。

 まあ、クロコダインやラーハルトの前だから敢えて言わな…あれ?クロコダイン居ないな?

 ………まあいっか。

 

「てゆーかロン先生こそ、この先あたし無しで、健康的な生活送れると思うんですか?

 ご心配なく。どこに居たって、先生の食事や飲酒の管理は徹底させていただきますから。

 先生のことは、あたしが守ります!」

「…逆だ、馬鹿弟子」

 呆れたように言いながらも、先生が口元に浮かべた笑みは、今まで見た事がないくらい優しげなものだった。

 

 ☆☆☆

 

 消滅を続ける肉塊に隠れながら、息も絶え絶えに自分の小さな身体を這いずらせて、岩壁に囲まれた小道にたどりつき、なんとか身を隠したと思った刹那、ザボエラは自身の周囲に突然、大きな影が差した事に気がついた。

 反射的に重い顔を上げ、状況を把握して驚愕と共に絶望する。

 ザボエラは自身の前に文字通り立ちはだかる壁を見つめ、数瞬固まったが、それでも意を決して、また一縷の望みをかけてそれに語りかける。

 

「…よく気付いたのぉ…クロコダイン」

「おまえのしぶとさは十二分に承知だ」

 長年にわたり、地上のモンスターの長として君臨してきた巨体のリザードマンが答える声は、にべもない。

 

「…だが一人で追ってくるとは、甘いのォ…ワシはまだ、策を残しているやも…」

 それでも、これまでずっと己より下に見てきた者に弱みを見せるのも悔しく、ザボエラは事更に余裕ぶった笑みを浮かべてみせた。が、

 

「それは無い!」

 それはあっさりと看破され、一蹴される。

 

「おまえの性格なら、あれだけやられれば確実に、ひとまず遠くへ逃げるはず。

 追って捕まるあたりに這っている時点で、既に魔法力もアイテムも、尽きているという何よりの証拠!

 …ロン・ベルクどのの攻撃でおまえは全魔力を失い、脱出が精一杯だったのだろう。

 今度こそ『万策尽きた』。ザボエラ、最期の時だ…!!!」

 巨大な戦斧を構えたまま、淡々と紡がれるクロコダインの言葉の中に、僅かならぬ哀れみの感情を見てとった瞬間、ザボエラの心を支配したのは怒りと屈辱だった。

 人間やあの半魔族の女に影響されて妙な知恵をつけたが、こいつの本質は馬鹿な獣である筈。

 それがワシに、哀れみを見せるだと?

 …いや、だがここに現れたのがこのお人好しなのは、ワシにとってのチャンスの筈。

 そう、この期に及んでザボエラは、未だ己の生を諦めてはいなかった。

 

「…クロコダイン。

 確かに、おまえの言う通り、もはやワシには何の策もない。

 このままおまえに殺される以外の道はないんじゃ。

 それも仕方あるまい…ワシが今までにしてきた事を思えば…」

 …そして、命乞いに繋げる為の言葉を紡いでいくうちに、ふとそれを思い出したのを、彼は天啓と受け取った。

 あの女。ずっと見覚えがあると思っていた。

 かつて、超魔生物の実験用素体を作る為の、母胎として選んだ人間の女。

 すっかり忘れていたが、あの半魔族、あれにそっくりではなかったか。

 ……なるほど、そういう事か。

 ワシの毒との魔力相性も、半端モンの身には過ぎるほどの呪文適性の高さも、そう考えれば納得できる。

 そしてこのデクの坊があれに懸想している事くらい、ワシの目にはお見通しよ。

 ザボエラは地面に両手をつけて頭を下げ、土下座の姿勢を取る。

 もっとも今の今まで腹這いで移動していたわけで、姿勢としては頭を下げただけでそれほどには変わらない。

 

「…だが、そこを敢えて頼む!見逃してくれいっ!!

 今後は魔王軍に協力せんと誓うっ!!!

 もはやこの世にたった一人の娘に対して、顔向けができんようなマネは二度とせんっ!!」

「娘……?」

 よし、食いついてきた。

 地面につけた手の、爪の先から、ジワリと液体が滲む。

 汗ではなく、その身体の裡で調合した毒液。

 魔族である彼が生まれながらに持つ、彼独自の特殊能力だ。

 

「確かにさっきは絞め殺そうとしたが、決して本意ではなかったんじゃっ!!」

「では……おまえが、グエンの……!

 グエンは…それを知っているのか?」

「知るわけがないッ!

 女がワシの子を産んでいた事も、初めて会うた時に気付いたのじゃ!

 じゃが…じゃが、ワシはぁッ…!!」

 俯いているせいで見えないが、驚きのあまり間抜けな表情を浮かべているだろうワニの、身の程知らずにもこちらに向けた同情心に働きかけて、ザボエラは密かにほくそ笑む。

 近寄ってきてこちらに差し伸べた手にこの爪を立て、ひと擦りでもすれば、このウドの大木を、意識を奪い思いのままに操ってやれる。

 違う、こいつは材木。ワシの未来の踏み台をつくる為の。

 かかれ…乗ってこい!!

 

 …ズゥン!

 

 唐突に地響きが轟き、自分の身体の少し横に、クロコダインが掲げていた巨大な戦斧の、刃の部分が地面にめり込んでいるのが、ザボエラの目に映る。

 それはこのワニが武器を手放した事を示す、彼にとっては祝砲のような音だった。

 

「……そうか。わかった、ザボエラよ」

 更に、大きな気配が動き、先ほどと同じように大きな影が、ザボエラの小さな身体を覆う。

 かかった!かかりよったぞ、このバカめがッ!

 大きな手の気配が近寄ってくるのに狙いを定め、ザボエラは歓喜の表情を浮かべながら、その手にまるで子猫のような動きで躍りかかった。

 ほんのひと擦り。それで済む。

 

 ……筈だった。

 

 狙っていたその手が目線より高く上げられ、反射的に見上げたその先に、ザボエラが見たもの。

 それはクロコダインのもう片方の手で、軽く支えられていた斧の柄が、支えを外されるまさにその瞬間だった。

 

「ぐぎゃああああっ!!!」

 ぐしゃりと音を立てて、差し伸ばした両腕がそれに圧し潰される。

 そもそも巨体の、そして剛力自慢の獣人が、両手を使って扱う武器。

 落下速度までついたその重量は計り知れない。

 むしろ腕だけで済んで良かったくらいだが、ザボエラの身体はその腕にかかる重みにより、完全に地面に縫いつけられる形となった。

 

「クロコダイン!

 きっ…貴様ァッ、ワシに絆されたフリをっ…!!!」

 その言葉が途中で止まったのは、硬い鱗に覆われたクロコダインの掌に、可視するほどに凝縮された闘気の塊を見たからだ。

 それはまさしくクロコダインの必殺の技で、それがまさにザボエラの頭上に落とされようとしている。

 この距離、そしてこの状況では、いかなザボエラでも避ける事は不可能だ。

 

「……ザボエラよ。頭の悪いオレだが、騙され続けたおかげで、ひとつ物を知った…それは…、

 

 この世には本当に、煮ても焼いても喰えぬヤツがいる!

 

 …という事だ!!」

「まっ、待てクロコダイン!!待っ……」

 

 瞬間、闘気の塊が眩しい光を放って、妖魔司教と呼ばれた魔族の老人の、その肉体ごと魂を、この地上から消し去っていた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 …先ほどのザボエラの言葉は、命乞いの上の妄言だと片付けるべきなのだろう。

 だがグエンの生い立ちや、半分人間の血が流れているにもかかわらずの魔力の高さ、奴の持つ毒に対する耐性など、そう言われれば符合する部分が多すぎる。

 しかし…もしそれが事実であれば、グエンは間違いなく己の存在を責める筈だ。

 

 …オレは、グエンの父親をこの手にかけたのかもしれない。

 ヤツの所業を考えれば後悔する気はないが、彼女が真実を知る権利を握り潰した事だけは確かな事実。

 

 “…あなたは、高潔な武人だわ。

 少し言葉を交わせばわかる”

 初めて会って助けられたあの日、彼女がオレに言った言葉。

 思えばあの時にはもう、オレは彼女に惹かれていたのだろう。

 だが、真実を闇に葬らんとするオレのこの行為は、彼女の言う『高潔な武人』には程遠い。

 

 だから。

 この罪は、彼女の出生の秘密とともに、オレが一生この胸に抱えて生きていこう。

 そしてその戒めとして、彼女への想いもまた、この身の裡に封じる事にする。

 

 “クロコダイン、あなたは天才よ!愛してるわ!!”

 いつか戦いの最中に、恐らくテンションが上がった状態で口走った彼女の言葉に、柄にもなく胸が騒いだ事を思い出す。

 彼女の言う『愛』が、友愛に過ぎない事は判っていても。

 

 

 ──オレも、おまえを愛している

 

 

 おまえの幸せだけを願い、全てを心に封じて生きていく事こそ、今のオレに示せる、唯一の愛の証だ。

 

 

「クロコダイン!

 とうとう倒したのか、この妖怪ジジイを!!」

 と、少し離れた場所から駆け寄ってくる人間の老人の声に我に返ったオレは、微かに溢れかけた涙を払って、頷いた。




さらばザボエラ。
あの件、本当は『そうなんだろうな』と仄めかすのみの台詞を羅列して構成しようと思っていたのに……単純に技量不足でした(爆

そしてグエンのクロコダインルートのフラグ、ここで折れました(爆


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31・運命の分岐点2

※(2021年3月16日)最新話、コレじゃありません。
外伝割り込み投稿してます。

或いは『名工師弟は2人の世界への突入を邪魔される』。
ここは前話後半のクロコダインサイドの話と、ほぼ同時進行になります。


 恐らく生活の拠点は魔界になるんだろうとか、それでも自給自足の体制が整うまでは地上を行き来しなければいけないだろうとか、そもそも太陽の光の恩恵を受けない地で畑とか作れるんだろうかとか、そんな事を先生の腕の中で考えていたら、

 

「…そんな。そんな事はさせない!!

 要は、その剣をあなたが持たなければいいだけでしょう?」

「えっ!?」

 …唐突にあたし達の会話に割り込んできた声に、驚いてそちらを見るより先に、駆け寄ってきたノヴァは何故か、先生の剣を地面から引き抜き、手にしていた。

 

「え?ちょ」

「………御免!!」

 

 パキイィン!

 

 硬質な音を立てて、先生がずっと渇望して、ようやく手にした筈の完成品の剣が、北の勇者の手刀により根本からパッキリ折られる。

 あまりのことに一瞬固まったあたし達に構わず、ノヴァは非情にも、もう一本にも手をかけ同じことをした。

 この奇行にあたしと先生だけでなく、先ほどのあたしの説明にドン引きしていた世界の強豪達も、驚いて声も出せずに固まっている。

 一拍のち、ようやく状況が呑み込めた先生が一瞬、あたしと目を合わせ、あたしを地面に下ろしながら、諭すようにノヴァに声をかけた。

 

「…そんな事をしても恐らく無駄だ。

 たとえ『この剣』が無くとも、オレとリリィが居る限り、新たに生み出される可能性はゼロじゃないんだ。

 オレ達自身にその意志がなくとも、世界のすべてがそれを信じるかは別の話。

 それを生み出せるオレとリリィの存在丸ごとが、平和な世には邪魔なだけなのだ」

 …物語では、ロン・ベルクの腕という代償を支払っていた事でその可能性は払拭されて、彼はその先も地上で生きる事を許されたが、今回の場合は違う。

 あたし達の存在は、地上ではこれから先、世界の不安を呼び起こす種であり、最悪命を、良くても自由を、奪われる結果となりかねない。

 

「平和な世に於いて、強い力は恐怖と化す…確かにそれは事実ですが、今後考えられる事態のひとつでしかありません」

 そしてそこに、柔らかだが凛とした声音が入ってきて、その場の全員が背筋を伸ばした。

 

「フローラ様!」

 悲痛な声でその人の名を呼んだノヴァが、あたし達を庇うように前に立ち塞がったが、今や世界の先導者たるカールの女王は、あたしとロン先生に視線を向ける。

 

「…私も一国の王として、この状況を見なかった事にはできません。

 ですが、ロン・ベルク。リリィ。

 あなた方は自分たちさえ居なければ、その事態を避けられると思っていますか?」

「えっ?」

 思いもよらないフローラ様の問いかけに、あたしは一瞬固まった。

 フローラ様が続ける。

 

「…私は、この大魔王戦に於いて、世界の戦士たちの総司令官としてここに居ます。

 自身の国すら守れずにこの場に立っているという時点で、私にはこの先、判断を誤ることは許されない。

 更にこの戦いよりもむしろ、その先にまで目を向けなければならないのです。

 今は共通の敵に、世界が一丸となって立ち向かっていますが、それがなくなった後も、その関係が続くとは限りません」

 滔々(とうとう)と言葉を連ねる彼女の目は、あたし達を映してはいるが、それよりも遠くを見ているようだ。

 

「あなた方の住むランカークス村は、ベンガーナ領の村です。

 そして今、あなた方の有能さが示されてしまった以上、ここでもし私が、あなた方の出奔を許してしまえば、ベンガーナはこの大魔王戦を終えた後、『貴重な人的財産を損なった』という名目で、私とカール王国に対して賠償を求める事になるでしょう。

 勿論、今の私個人には、賠償に耐える財産がありませんし、カールという国は魔王軍に滅ぼされてしまっていますから、最終的にはそれは領土の譲渡という形で決着する筈です。

 恐らく殆どのカール領はベンガーナ領として国境線が書き換えられ、ギルドメイン大陸の地図から、カール王国は消える」

 ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。

 それは確かに考えられる未来だ。

 

「…けれどそれは、そのまま進めば、の話。

 実際には、ベンガーナが今よりも力をつける事に、世界各国が危機感を抱くことになりましょう。

 現時点で復興の目処が立たないリンガイアや、厭戦主義のテランがどう出るかは判りませんが、ロモスやパプニカといった大国は、必然的にカールに助力する形で、それを阻止する方向に動くはず。

 それは最悪、世界大戦に突入する恐れがあるという事です。

 単純にあなた方が去ればいいという問題ではないのです」

 そこまで言って息を一つ吐く、その表情からは感情が読み取れず、それが却って、そのひとの苦しい決断を窺わせた。

 …確かに前世に於いても、要人の暗殺に対する報復と、周辺諸国、それぞれの思惑による双方への支持が、世界大戦に繋がった事例がある。

 そんな要人と自分たちを比較するのは些か恐れ多いけど。

 

「だとすればあなた方にはむしろ、目の届くところに居てもらわなければなりません」

 そう言ったフローラ様の目が、そこで初めて揺れた。

 

「それは、オレ達を世界の監視下に置くということだな」

 問いかけながら、先生はあたしの肩をしっかりと抱き込む。

 思わず見上げたその顔は、先ほどの優しい笑みとは別人のように、冷たく強い気を孕んでいた。

 

「…こうなると思ったんだ。どうする?リリィ」

 状況次第ではここからルーラで飛ぶ事も視野に入れているのだろう。

 あたしは、ほぼ無意識に先生の体に身を寄せ、その服の端を握りしめていた。と、

 

「リリィ…プロポーズは一旦撤回する。

 誤解しないでほしいんだが、ボクの、キミへの気持ちは変わらない。

 世界一の鍛冶師になるよりも、たとえ名前だけでも勇者のままでいる方が、キミのことを守れそうだからだ」

 

 …吐きそうなほどの緊張感を破ったのは、この場に若干そぐわない台詞だった。

 瞬間、周囲に声にならない騒めきが広がる。

 

 いやそれ今言うこと?てゆーかプロポーズって何?

 ん?もしかして昨日のアレ、告白通り越して求婚だったの!?

 いや確かに結婚の話からの流れだったけど!

 ほら、先生まであたしを見下ろしながら、明らかに『そんな事あったのか』って目してるし!

 

「監視役が必要だというなら、ボクがなる。

『北の勇者』たるボクが側で見守って、キミ達が世界の敵になり得ない事を、この名にかけて証明していく。

 そして世界の思惑から、キミ達の自由を守る。

 万一、キミ達が変心したならば、今度こそ命を懸けて、それを阻止してみせる。

 …だから、地上を去るなんて言わないでくれ。

 ボクら地上の人間を、残りの一生を投げうってでも、守ろうとした恩人たちを追放するような、恩知らずにはさせないでくれ!!!」

「ノヴァ……!」

 必死の様相で説得してくるノヴァの、その気持ちはとてもありがたいとは思う。

 けどそれはあたし達の事情に、彼までもを巻き込む事に他ならなくて。

 

「…提案があります、フローラ女王」

 そこにかかったのは先ほどの女王様のものとは違う、女性の声だった。

 振り返った先に居るのは、プラチナブロンドの魔族の女性。

 グエンさんは一度あたしに視線を向けると、勝気そうな微笑みを浮かべる。

 わずかに動いた唇が、明らかに『だいじょうぶ』と言ったのがわかった。

 

「御挨拶が遅れて申し訳ありません。

 わたしは勇者パーティーの僧侶で、グエンと申します。

 半分だけですが、見ての通り魔族の血が流れております。

 それ故に、彼らの抱く危惧は、ここにいる他の皆さんよりも、遥かに理解していると自負しますわ」

「グエンさん…!」

 そうだった。

 グエンさんはダイと出会うまでは、魔族である事を隠しながら旅をしており、知られればその度に、その地を離れなければならない生活を強いられてきたという。

 だから、人間達に恐れられて拒絶されたダイの哀しみに共感できた。

 ……それはいいが、なんか時々チラチラとこちらに向く視線に、ちょっと面白そうなものを見る色が混じってる気がするのはあたしの気のせいなんだろうか?

 

「パプニカのレオナ姫は、魔王軍の軍団長だった2人と、半分魔族であるわたしを味方に引き入れた事を、それこそ大陸中に出向いて知らしめました。

 姫様曰く、よく知らないからひとは恐れを抱く。

 知らないことは教えてあげればいいのだと。

 わたしも同意見ですわ。

 理解して、安心してもらうには、言葉を交さなければ駄目。

 けど逆に、言葉さえ交わせれば、いつかは分かり合える。

 現に、わたしやクロコダイン、そしてヒュンケルも、それによって自由を奪われる事なく『地上の民』である事を認められました。

 …それと同じことを、世界規模で行なえばいいのですわ。

 わたし達は、彼らに助けられたのだと、ここに居る皆が、世界中に訴えていくのです。

 そもそもこの事はロンやリリィだけではなく、上の…ダイ達が勝利して地上に戻ってきた、その後にだって、必要になる事ですもの。

 彼らの勝利を、本当の地上の勝利とする為に。

 彼らが胸を張って、この世界は自分たちが守ったのだと言えるように。

 あと個人的にノヴァとロンのリリィを巡る三角関係の行方とかもっと見ていたむぐう」

 …多分先の発言を台無しにするような事言おうとした残念美女の口を、青い大きな手が塞ぐ。

 そのままグエンさんを抱き込むようにしてこちらに視線を向けたラーハルトが、続けるように言葉を発した。

 

「…『人間』に迫害されていたオレを守ってくれたのは、バラン様だった。

 だから正直オレはまだ、『人間』全てを信じる気にはなれん。

 だが、一度は魔王軍に与したバラン様やオレを、なんのこだわりもなく受け入れて、ダイ様との橋渡しをしてくれたのは、他でもない『人間』であるリリィだ。

 その上で更に、戦う力を失い、本来ならかつて滅した国の民たちの恨みを買って殺されていてもおかしくなかったバラン様を、守ろうと動いてくれていたのも。

 他の『人間』を信じられなくてもリリィだけは、オレは信じる。

 こいつが世界の敵になんぞなる筈がない。

 今ここには居ないが、バラン様とて同じ意見だろう」

 …あたしはコイツに嫌われていると思っていたから、その言葉にちょっとだけ驚いている。

 

「オレ達も伝えていくぞ!

 嬢ちゃんとその魔族の先生が居なきゃ、ここでオレ達は全滅してたかもしれねえんだからな!!」

「そうだ!

 世界の敵どころか、それ考えたら2人は英雄じゃないか!」

「命を救ってもらった礼に、今度はオレ達みんなの力で、あんた方を守ってやるって!」

「あにまる子ちゃんは我らが獣王遊撃隊の隊員12号!

 隊長は部下を守るものなのだっ!!

 他の隊員たちも、仲間を守ることになんの躊躇いもある筈がない!そうだなっ!?」

「ガオッ!」「キキィッ!」「うむ」

 地上の戦士たちが次々と、その言葉に賛同する声を上げ、その波が全体に広がっていく。

 

「…と、いう事ですよ。リリィ。ロン・ベルク。

 ここにいる者たちは、いわば世界の代表。

 皆にこう言わせたという事は、世界があなた達を認め、守る意志を示した事に他なりません。

 それでも他の思惑が、あなた達2人を排除するというのであれば、この強者達はむしろ、世界に向けて弓を引くでしょうから。

 ……彼らの覚悟を聞いた上で、それでもまだあなた達は、この地上から去りますか?」

 最後にかかったフローラ女王の言葉に、あたしと先生は互いの顔を見合わせる。

 

「ね?大丈夫だったでしょう?」

 いつの間にかそばに来ていたグエンさんが、あたしの耳元に顔を近づけて、小声で言った。

 

「…人間の群集心理は、攻撃的な方向に向かうと、本当に恐いものよ。

 けど逆に、その方向性を味方につける事さえできれば、こんなに頼もしい力はないわ。

 神々が与えた『人間の心』の力って、ひょっとしたらこういう事も、そのひとつなのかもしれないわね」

 …恐らくは、それにより何度も苦難を強いられてきただろうグエンさんが、未だ盛り上がる戦士たちを一度振り返って続けた言葉は、彼女自身がその恐怖を乗り越えた事の証明だったかもしれない。

 

「…グエン、礼を言う。

 どうやらオレ達はこの先も、この地上で普通に暮らしていけそうだ」

「あら。あの場はわたしが言わなくても、誰かが声をあげたでしょうよ。

 …あの女王サマ、絶対この流れに導く為に、一旦悪者になった筈だもの」

 …そうだとしたらあのカール女王、とんだ食わせ者だけど。

 このどう考えても御都合主義な展開に、それでも目頭が徐々に熱くなっていくのを、あたしは止めることが出来なかった。

 気がつけば先生の腕の中で号泣していたあたしを、皆が微笑ましく、ノヴァだけが少し切なげな目で見ていた事を、あたしは知らない。

 

 ・・・

 

「…ところで、ノヴァ。

 こんな事、あまり言いたくはないのだけれど。

 …ロンの剣を折るのは、大魔王との戦いが終わってからでも良かったのではないかしら?」

「あっ」

 …先生の服をいいだけ湿らせたあたしが、ようやく平静を取り戻した頃、呆れたような声でそう言ったグエンさんは、半目でノヴァを睨みつけていた。

 見ればさっきまで居なかったクロコダインが戻ってきており、ラーハルトと共に魔法陣の側に陣取って、どうやらこれからダイ達の跡を追う準備に取り掛かっているらしい。

 準備といっても、メルルやエイミが彼らに回復呪文を施しているくらいのものだが。

 

「リリィをロンに持ってかれるかもしれない事態に、焦ったのは判るんだけどねえ。

 ……話の流れから察するに、プロポーズって『世界一の鍛冶師になってやる』とでも言ったのかしら?」

「なってやるなんて言い方はしてない!」

「つまり、似たような事は言ったわけね!?」

 …なんだかとても嬉しそうにノヴァに詰め寄るグエンさんと、それに対して反論しつつ墓穴を掘っていくノヴァに、世界の戦士たちが笑い声をあげた。

 

「……けど、残念ね。

 あれがあれば、ロンにもわたし達と共に、追加戦力になってもらえたでしょうに、丸腰で戦えとはいくらなんでも言えないじゃないの」

「…それでしたら、代わりに私を連れて行って頂けませんか?」

「え?」

 …そこに唐突にかかった声に、全員が注目する。

 そこに立っていたのは、コウモリの羽みたいなのが両耳のところについたデザインの赤い帽子を被り、目には角状の突起がついたぐるぐる模様の眼鏡をかけた、帯剣した細身の男性だった。

 

「初めまして。わたくし、アブレラ・エ・ジェントリィと申します旅の剣士です。

 微力ながらこの度の魔王軍との戦いに、わたくしも参加させていただこうと思い、この場に馳せ参じた次第ですが……ハハハ。

 なにぶん、生まれついての暢気者の気性ゆえ、些か辿り着くのが遅かったようで。

 こちらで戦えなかったお詫びとして、せめてお嬢さん方の護衛だけでも務めさせて頂きたく申し出ました次第。

 どうか、お聞き届け願えたらと思います」

 そう言って一礼したアブレラと名乗る珍妙な剣士の、その正体を頭の中のオッサンがあっさり説明してくれて、あたしはそれを茫然と受け止める。

 確かにこのひとは最終決戦で、勇者パーティーと共に大魔王バーンの前に立つひとりではある。

 どのようにして大魔宮(バーンパレス)に足を踏み入れたかの描写はされていなかったが、少なくとも地上の戦士達の前に、こうして姿を現した描写もなかった筈なんだけど!?




『分岐点』の意味。
ロン・ベルクの剣の完成が間に合わず、原作通り両腕破壊ルートに突入していた場合、リリィはその時点で一生をロン・ベルクに捧げ、彼を支えて生きる事になってました。
その事は、リリィ編9話で魔法インゴットを入手した際に、彼女の中で覚悟ができていた事のひとつでした。
その事に気がついていたロン・ベルクは最初は彼女の決意を拒みますが、それでも意志を曲げないリリィに、結局は折れる事に。
というかロン・ベルクの破壊された両腕、実はリリィが触れている間だけは『状態改善』の能力により、元の通りとはいかないまでも、日常生活に困らない程度には動かす事が可能になるので、ロン・ベルクは事実上リリィ無しでは生きられない状態となって、この場合彼に選択肢は既になかったりします(笑
少なくともマァムが魔弾(まだん)(ガン)をリリィに貸してなければリリィが聖石のレシピを知る事がなかった為、間違いなくこっちのルートに入ってたでしょう。
なので実際の分岐はその時か、またはそもそも魔弾(まだん)(ガン)を壊すまでもなくレオナを救出した、どっかの副主人公のファインプレーだったかもしれません。

更に今回の流れでも、ノヴァの懇願とフローラの誘導、そしてグエンの言葉がなければ、世界を滅ぼす力を生み出す可能性があるこの師弟は、迫害を受ける前にこの地上から2人で逃亡しています。
そして最終的には『創剣(または双剣)の魔王』と呼ばれて魔界に居城を据えたロン・ベルクの、リリィは伴侶として一生を共に過ごす事になります。
この場合は互いに意志は確認済みなので、前者の場合に比べるとゴタつくことはないですし、前者後者どちらにしろこのロン・ベルクルート、リリィにとってもロン・ベルクにとっても、そこに至る覚悟が悲壮な割に、その人生は割と幸せなものとなります。
リリィの寿命が尽きた後、残されたロン・ベルクがその後40年ちかく引きこもる程度には、いい奥さんになるのですよ、リリィは。
つまりノヴァ君、最大のライバルのフラグを剣と共に折りました(爆
更にこの件で弟子との駆け落ち未遂という醜態を想い人の前で晒した事で、ロン・ベルクはリリィだけでなく、グエンとのフラグも同時に折れてます。


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32・半魔の僧侶は既視感に戸惑う

 …声や体格からすると、30歳前後の成人男性ではないかと思う。

 モシャスで姿を変えているならば別だが、この姿だけ見る限り、多分魔族ではなく人間だ。

 もっとも、姿を変えてわざわざ怪しく見せる必要はないだろうから、そこは考慮に入れずとも良いだろう。

 何せ、ふざけたデザインの帽子は頭部をすっぽり覆って、髪の色すらわからない。

 更に、もっとふざけたデザインのぐるぐる眼鏡は、ぶっちゃけそのインパクトが強烈過ぎて、他の部分がまったく印象に残らないというか、頭に入ってこない。

 ひょっとするとこれが目的なのか。

 いや、それはいくらなんでも考えすぎだろう。

 

 そんな、アブレラと名乗る怪し過ぎる男の登場に、その場の全員が困ったように、近くの者と顔を見合わせていた。

 その反応は、困惑とか動揺とか様々だが、少なくとも好意的なものはひとつもなく…だって、ねえ?

 …けど、この男のシルエットというか背格好とか、割と緊張感のないへにゃっとした笑い方とか、以前どこかで会った事がある気がするのは、わたしの気のせいなんだろうか。

 ともかくその強烈過ぎるインパクトに、若干()されている地上の民を、図らずも代表する形でわたしは、その男の言葉に答えるべく口を開いた。

 

「……悪いけど、『せめて護衛』だけの存在なら要らないわ。

 わたし達が欲しいのは戦力よ。

 女でもわたしとマァムは、自分の身くらい自分で守れるもの」

 正確には、能力は高いけど実践経験の少ないレオナ姫には、ひょっとしたら必要かもしれない。

 けど、この戦いにアバンの使徒として参戦した以上、あの方にだって相応の覚悟がある筈だ。

 ならばそこだけに人員を割くくらいなら、最前線で充分に戦える者を選ぶ。

 わたし達は、二度と負けるわけにはいかないのだから。

 わたしが無意識にギュッと拳を握りしめると、隣にいたラーハルトの手がわたしの手を取り、その拳まるごと、ひとまわり大きな青い手で包むように握ってくれた。

 それだけで、とても心強いと思える。

 この子は…彼は、確かにもう子供ではなく、一人前の戦士であるのだと、こんな時に何故か実感した。

 

「勿論、あなたには必要なさそうです」

 …そんなわたしの言葉をサラッと流し、『アブレラ』が何故か、後ろを振り向く。

 

「…が、こちらのお嬢さんは、そういうわけにはいかなそうですからね」

 動いた肩の動きに従ってマントがふわりと靡き、そこからしなやかに伸ばされた指先が示す方向に、皆の視線が集中する。

 更に、その先にいたリリィが自分の真後ろを振り返った。

 …彼女は多分反射的に『お嬢さん』に相当する姿を、そこに探したのだろう。

 とりあえずメルルとフローラ女王は魔法陣の内側、エイミはいつの間にかラーハルトとは反対側の、わたしの隣におり……チウが率いてるモンスターの雌雄が判別できるならばその限りではないが、アブレラが示す『お嬢さん』が誰なのかは、この場では本人以外、誰もが理解していた。

 

「は?……え?あたし??」

 もう一度アブレラに視線を戻したリリィが、その場の全員の目が自分に向いている事に、ようやく気づいて慌てたように、自分を指差して確認する。

 アブレラが首を縦に振ると、その首の動きに対して一番最初に反応したノヴァが、リリィをぎゅむと抱きこんで、アブレラを睨んだ。

 

「…ふ、ふざけるな!

 顔も見せない怪しい奴にいきなりそう言われて、大事なリリィを任せられる筈がないだろう!!」

「う〜ん。それは困りましたねえ。

 諸事情あって、今、この仮面を外すわけにはいかないのですが」

 言いながらも全然困ってなさそうに、アブレラはのんびりと、いきり立つノヴァに言葉を返す。

 そのアブレラの後ろに、何故か例の布袋さん(ビーストくん)が、やけに気配殺して立ちながら、うんうん頷いているのは一体なんなのかしら。

 

「…そもそも、なんでリリィが行く事が前提なんだ。

 こいつを最前線に出すくらいなら、オレが行った方がまだ戦力になる」

 と、わたしが布袋さん(ビーストくん)の行動に首を傾げている間に、リリィとそれを抱きこんでるノヴァの前に、庇うようにロンが立ち塞がっていた。

 初めて会った時と同じ、否、それ以上の緊張感を纏うロンの背中に、ノヴァがまた声をかける。

 

「あなたは丸腰です!行くならボクが……!!」

「オレを丸腰にしやがった張本人のおまえが言うな」

「ぐっ……け、けど!!」

 …というかふと気がつくと、リリィの頭越しに妙な掛け合いになってるロンとノヴァの、その周囲も世界の強豪たちが固めており、それが全員でアブレラを睨みつけている。

 そんな剣呑な雰囲気の中、それまでどこか真剣味に欠けるように見えていた、アブレラの纏う空気が、急に変化した。

 

「そうでしょうか?

 相手は力を超えた力を持つ大魔王…まともに力で立ち向かったとて、勝てる相手ではありません」

 

 …その瞬間わたしは、戦いを前にした時のポップの目を、何故か思い出していた。

 普段は頼りない言動で、不安も恐怖も隠すことなく口にしながら、いざ覚悟を決めた瞬間にはもう、その芯に些かの揺るぎもなく後ろに控える、わたし達の若き司令塔。

 そういえばこの男の雰囲気、ポップの纏う空気感に、どことなく似ている気がする。

 …どこかで会った気がしたのは、もしかするとそのせいだったかもしれない。

 

「…ですが、先ほどから見ている限り彼女には、力以上の強さを、仲間達に与える何かがある。

 それこそが、今の勇者達に必要であると、私は思うのですがね?」

 力以上の強さ。その言葉にハッとする。

 大魔王バーンの信念は、強大なる力こそが、この世の絶対正義であるというもの。

 その大魔王バーンに真っ向から挑み、完膚なきまでの敗北を喫したあの日、あの男は確かにそう言った。

 

『……おまえたちは知らぬのだ!

 その平和とやらもより強大な力…神々の力によって支えられていることを…!!!』

 魔界に太陽の恵みをと考える大魔王は、己が神を超える事を決意した。

 それは、地上を人間に与えることを決めた神々の、その選択が間違いであったと、己が力をもって証明する為。

 彼自身が神となり、全てをそこからやり直す為に。

 それはまさに、力による新たな秩序を世界に齎す事に他ならない。

 

 …確かに、この世界の黎明期には、それで良かったのだろう。

 力ある者が正義を行い、悪を滅ぼす。

 その為に(ドラゴン)の騎士という存在が生まれたのだから。

 そしてあの日、強大なる力の前に、その(ドラゴン)の騎士が膝を屈した。

 神が作り上げた力による秩序ですら、及ばずに敗走するしかなかったのを、わたしはこの目で確かに見た。

 大魔王の正義はあの日、確かに成った。

 あの力を目の当たりにすれば、確かに力をもってそれを下すなど、絶望的だと思わざるを得ない。

 

 力以上の強さ。

 それは確かに、あの大魔王バーンに立ち向かうわたし達に、本当に必要なものだ。

 

 …けど、本当にそれでいいの?

 中途半端にしろ力持つ大人が、本来なら子供たちの未来を守る為に戦わねばならないわたし達が、最終的にはダイやリリィの持つ、いわば『奇跡のような力』に、頼らねばならない事が?

 

「…あの、あたしの参戦の是非はともかく、この方の事は信用していいと思います」

「リリィ!!?」

 と、暫しの思案に黙りこくってしまったわたしの耳に、話の中心となっている少女の声と、それに驚いたような青年の声が届いた。

 ノヴァはリリィを渡すまいとしているように腕に囲い込んでいるが、当のリリィは全く意に介していない様子で、視線を師であるロンの方に向ける。

 …今、ちっさく舌打ちした音の後、『こっちみんな』って聞こえたのはわたしの気のせいだろうか。

 

「…先生、あたしの『目』は、信用していただけますよね?」

 そう問われたロンは、苦いものでも口にしたような表情で、ゆっくりと頷く。

 

「……そうだな。

 それに懸けて言うのであれば、間違いないだろう」

 その口調にありありと、己が意に反している彼の心が現れていたが、ロンの口から発せられたその答えに、ノヴァが信じられないものを見るような目をした。更に、

 

「グエナヴィア。

 オレも、リリィの見る目だけは信用している。

 こいつの言うことに嘘はない筈だ」

 隣のラーハルトが、握ったままのわたしの手を引いて断言する。

 さっきも思ったけどあの2人、そこまでの信頼関係をいつ築いたのかしら。

 …というかわたしだって、リリィの言葉なら信じるにやぶさかではないのだけど。

 そういうことじゃないのよ。

 

「…リリィの件はさておき、さっきも言った通り、護衛だけに人員を割く余裕は今のわたし達にはないの。

 少なくともあなたの実力がわからないうちは、その提案に頷くわけにはいかない。

 …簡単に試させていただきたいのだけれど、構わないかしら?」

 若干モヤモヤしたものを抱えながら、わたしはラーハルトの手を離して、棍を構えた。

 一瞬周囲が騒つく中、当のアブレラだけは平然と頷いて、腰の剣の(つか)に手を添える…添えたのみで、どうやらまだ抜かないらしい。

 …なんだかまた、見たことのあるような構えだ。

 

「お手柔らかに、シスター。

 御眼鏡に敵うといいのですが」

 ……その呼びかけに、不意に確信した。

 やはりこの男と、わたしは以前に会っている。

 

 

 

 ……………そして。

 

 

 

 

「参りました。いやあ〜、お強いですねえ」

 …ほんの数秒で勝敗は決した。

 使い慣れた形状の武器で、同じ『さみだれ突き』でも槍を使うより威力の増したわたしの棍の連打に、弾き飛ばされるように転がったアブレラは、そこから間髪入れず胸元に突きつけた棍の先を、手で押さえるようにして、降参の意を示した。

 けど……

 

「…ふざけないで。わたしにはわかる。

 あなたは実力の半分も出していないはずよ。

 その証拠に、あなたはわたしの攻撃で、些かのダメージも受けてはいない」

 …そんな僅か数秒でも、彼の隠された実力ははっきりと見て取れた。

 確かに、単純な力に於いては、ヒュンケルやラーハルトの半分にも満たないだろう。

 だが紙一重でダメージを避けるその身のこなしは、一朝一夕で身につくものではないし、多分彼は一撃で戦況をひっくり返す、なんらかの奥の手を隠し持っている。

 それに……なんというか、その体術にいちいち既視感があるのだ。

 というよりわたしの知る人たち、ダイやポップ、マァム、ヒュンケルにも、どこか似ている動きというか。

 こんな事があるのだろうか。

 

「それが判るのも、貴女の強さの証明ですよ。

 それに、私としても今出せる実力は、これが精一杯なんです。

 女性を傷つけるわけにはいきませんし、ね?」

 顔は見えないのに、何故かその怪しい仮面?の下で、彼がウインクしたのがわかった。

 舐められていると感じて、思わず頭に血が上る。

 

「…それが最大の侮辱であると判って言っているのかしら?」

 だが、わたしが構えを取るか取らないかの刹那に、そんなわたしを制するロンの声が間に入った。

 

「そこまでだ。

 グエン、こいつは戦力としては充分だ。

 連れていって足を引っ張るような事にはなるまい」

 …そのロンだが、わたしに声をかけながらリリィをノヴァの腕から離そうとしており、ノヴァがそれに無言で抵抗していて、何やら静かな戦いが繰り広げられていた。

 

「収めるのだ、グエン。

 今はこの御仁の力を測るだけが目的の筈。

 アブレラ殿。

 同行の申し出、この獣王クロコダイン、有り難くお受け致す」

 思わずその光景に見入ってしまっていたら、クロコダインがわたし達の前に進み出てきて、アブレラに向けて頭を下げる。

 クロコダインが是とするのであれば、わたしにそれ以上の反論の余地はない。

 それに…心の中で、何かが納得していた。

 この男が言う、力以上の強さ……それは何も、子供たちの奇跡の力だけに頼るものではなく、彼自身もまたそれを体現する為に、戦場に向かう覚悟をしてきたのだと。

 

「ご丁寧に恐れ入ります、獣王どの。

 さて…お嬢さん。決心はつきましたか?」

 そんなわたしの心の揺れを知る由もなく、アブレラはクロコダインに一礼を返すと、再びリリィを振り返った。

 

「…これ、あたしに選択権ありますか?」

 一応は先ほどからの小競り合いの渦中にいながら、ずっと口を閉ざしていた少女の口から、何かを諦めたような問いが返される。

 アブレラは僅かに見えている口元に、やけに優しげに笑みを浮かべると、彼女に向かって頷いてみせる。

 

「勿論。あなたが行きたくないというのであれば、無理にとは言いませんよ。

 …けど、本当にそれでいいのですか?」

 最後の問いかけは、何かを色々見透かしたもののように、わたしの耳に響いた。



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33・武器屋の娘は戦場へ赴く

 …あたしが持つ原作知識と、あたしがバランから聞いた話によれば、彼を助けた時の聖母竜(マザードラゴン)は、最初、確かに絶望していた。

 力というものにどうやら上限はなく、何度滅ぼされても悪の力は、代を重ねるに従い膨れ上がっていく。

 今世を席巻する大魔王バーンの力は、本来それを粛正する筈の(ドラゴン)の騎士はおろか、もはや神々の力すら越えていると。

 彼女自身既にその力を失っている上、例え可能であったとしても、この先何度自分の子を死地に向かわせたところで、悪の力を滅せはしないのだと。

 その静かな嘆きの心に一石を投じたのは、バランが訴えた我が子ダイの存在。

 力が全てを司る世界で、その魂をもって悪を討つ。

 それがまさしく、力を超えた強さという事で。

 知恵や心も、強さのひとつ。

 アバンの使徒が最終局面で改めて意識することになるその言葉の意味するところは、大魔王バーンの信念とは、完全に真逆のところにある。

 

 ………けどね!

 それを為す事を本来期待されるべきは、この世界の主人公たる勇者ダイである筈だけど!

 少なくともイナカ村のオンボロ武器屋の娘が期待される事じゃねえわ!荷が重すぎるわ!!

 配役を明らかに間違えとるだろうが!!

 てゆーか、先ほどから見ていたって言ったけど、確かアンタ、ここにたどり着くのが遅れて戦いに参加できなかったって言わなかったっけ!?

 見てたって一体どのシーンから見てたの!?

 と、色々つっこみたい部分がありつつも、既にどれからつっこんでいいのかわからない。

 そもそもつっこんだら負けなような気すらしている。

 

 …そんなこんなで、アブレラさんはあたしに参戦の意志があるか、もう一度訊ねてきた。

 そもそもあたしに選択権があるのか逆に聞いてみると、それに対しては肯定してくれたものの、その後に続く確認の質問とともに、何か見透かしたような視線があたしを捉える。

 

「まあ、これ以上は私の口からは言いませんけど、あなたには心残りがある筈です。

 例えばなにか一言?ど〜うしても言ってやりたい相手がいる、とか?

 …ていうか、実のところその人物とは、私も些か因縁がありまして。

 2人なら心強いですし〜、私と一緒に彼に、文句のひとつも言いに行っちゃいません?」

 …いやなにその、親友の片想い中の先輩の卒業式直前に、告白を促す女子高校生みたいなノリ。

 てゆーか待て。

 あたし(の頭の中のオッサン)が『みやぶる』で看破した正体に間違いがないなら、このひとは3ヶ月ほどの期間、地上の情報からは隔絶された環境にいた筈だ。

 それが、一体どこまで事情を知っているというのだろう。

 どう考えてもこの言葉、あたしとハドラーの奇妙な交流を、知っているようにしか聞こえないんだけど。

 

『この方、地上に戻ってきたのがちょうど今日の明け方頃で、その後すぐに大魔道士マトリフの隠れ家にルーラで飛んで、そこで身支度を整えてきてますね〜。

 そこに至る3ヶ月もの間、入浴も着替えもほぼ出来なかったようですから、おふたりが顔を合わせられた時には…ええ、何というか、相当アレな姿だったようです。

 マトリフさん曰く『なんか、見ちゃいけねえモンを見ちまったような気がする』との事で。

 その時に彼から、居なかった間の情報も仕入れてますので、リリィさんとハドラーの事情についても、お兄さんが相談したくらいのところまでは聞いたみたいです』

 ああそうでしたか!そうだよね!

 珍妙な姿になってはいるけど垢じみてないし、髭もきれいにあたって、服もセンスはともかくきちんと洗濯したうえパリッと糊付けしたものを身につけてて、ちゃんと身綺麗にしてきてるもんね!

 てゆーか、最近とみに体調を崩しがちなマトリフ様の前にいきなりルーラで現れるとか、結構考えなしだなこのひと!

 状況が状況だけに、最悪びっくりして心臓止まるよ!?

 そこまでいかなくても腰抜かして転倒したり、その拍子にどっかぶつけて怪我したりとか、老人驚かせるとか結構危険だよ!?

 お年寄りは大切に!配慮は欠かさない!

 隣人との距離感が近いイナカ村じゃ共通認識だから!!

 ……マトリフ様大丈夫かな、腰とか痛めてなきゃいいけど。

 無事に帰れたら様子見に行こう。差し入れ持って。

 初めて訪ねた(兄に連れてかれた)時に作ったうちの薬草スープは、『色がキモチ悪い』『オレは野菜も牛乳も好きじゃねえ』とか言われて実は結構不評だった(一応残さずに食べてはくれたらしい)から、なにか見た目にも美味しい別のものを。

 それはさておき、どうやら我らが同士たるビーストくんこと拳聖ブロキーナ様は、そのアブレラさんの正体を素で見抜いてるっぽい。

 あと、この地上の戦士たちの総司令官であるカール女王も、なんかちょっと青い顔して彼を凝視してるんだけど、できれば本格的に気付くのはもう少し後にして欲しいところだ。

 で、当のアブレラさん本人はそんな事を意に介さずに、今この瞬間もあたしの答えを待っているんだが…

 

 ……正直、怖い。

 戦いそのものよりも、死を目前にしたハドラーと、もう一度向き合う事が。

 だって、それをしてしまえばあたしは確実に、あのひとの最期を目にすることになる。

 前の戦いでダイやグエンさんについていって、その覚悟を問われた時には大丈夫と答えはしたけど、あれはあの場で実際には、そうならない事を知っていたから。

 原作知識とこの神の目、更にギリギリ死なない範囲内としか思えない申し訳程度の特殊能力で、ある程度冷静な判断を下せる余地があるとはいえ、素の『リリィ』は無力な武器屋の娘に過ぎない。

 感情が理性を上回る事だって当然ある。けど。

 

「……あたし、行きます。

 先生、あとのことお願いします」

 気がついたら、あたしはそう言っていた。

 あたしを抱え込むノヴァの腕に更に力がこもり、言われた先生はひとつ、ため息をつく。

 

「最終的にはそう言うと思ってた。

 …だから連れてきたくなかったんだ。

 だが…止めたって無駄なんだろう?」

「ごめんなさい。

 けど、あたしにできる事が…あたしにしかできない事があの場にあるというなら、あたし達を認めてくれた地上の皆さんの為にも、そうしたいです」

 …ついでに自分の気持ちにも、はっきりとけりをつけてこよう。

 そうしなければ、あたしはきっと前に進めない。

 この戦いに敗れてしまえばそこで終わりだけど、そうならないならあたしの…まだ13歳のリリィの人生は、それまで生きてきたよりもずっと長く続くんだから。

 その長い人生、後悔を抱えて生きたくはない。

 

 …そうだよ、何が『続きは来世で聞かせてくれ』だ!

 あの時は別れのムードに流されたけど、よく考えたらそんなに待てるか!

 一度転生しといてなんだけど、今生を後悔抱えた上、来世までアンタに縛りつけられちゃたまらんわ!!

 今年の汚れ、今年のうちに…は、ちょっと違う?

 別にいっか。

 

「ちょっと待ってくれ。ボクも……」

「いいえ、ノヴァもうちの先生と一緒に、地上に残っていてください」

 と、ちょっと脳内で盛り上がってる隙に、ノヴァが余計な提案してきたのを慌ててバッサリ斬ると、ちょっとショック受けたみたいな顔された。

 けど、彼の同行を許したら他の皆さんからも手が上がるだろうし、そうなると収拾がつかなくなる。何より。

 

「ここに居る皆さんは確かに世界の強豪ですが、多少の回復はされたと言っても、先の戦いによるダメージがまだ残っています。

 そんな状況でクロコダインやラーハルトといった一線級の戦力があちらに向かうという事は、この魔法陣の守りが、手薄になるという事でもあると思うのです。

 追い討ちはないかと思いますが万イチを考えて、予備戦力として待機していてください」

 …って、本当は終盤の危機を回避するのに、この2人が要るからだけど。

 ザボエラに勝利してひと段落ついたものの、地上の戦いはまだ終わったわけではない。

 この後、勇者たちが戻ってこれない中、地上ではその存亡をかけた爆弾騒ぎが発生する。

 地上に残った者たちだけで解決しなければならないそのミッションの為には、ルーラでその爆弾の元まで行ける&ヒャドの使える者が必要になり、ノヴァはまさにその筆頭なのだから。

(てゆーか、先生もルーラが使えて、更にオーザムにも行ったことはある筈なんだが、原作で最後に行かなかったのは何故なんだろう。自身でヒャドが使えなくてもノヴァを同行させれば、オーザムに飛ぼうとしてノヴァが魔力切れで落っこちる事もなかったろうに。いやアレか。もしかして原作時空での先生はオーザムに行ったことがなかったか、或いはあの時点で既に魔力切れだったのか。まあ、どっちにしろオーザムの柱はニセ勇者パーティーが最終的にはどうにかしてくれるし、あの、柱に向かって彼らが高笑いしながら走っていくシーンは原作中屈指の名シーンだったから、なくならないに越したことはないんだけど)

 …出来れば起動させる前にハドラーの時に使った手で(あの時は起動してたから半分失敗しただけで、起動さえしていなければ一番安全な手段だった…筈)、誰の手も届かないところに捨ててしまうのが一番なんだけど、あたしの異界扉は出すことはできても、グエンさんの協力がなければ開く事ができない以上、あたしだけここに残ってもできることはないし。

 ………てゆーか、思い出した。

 ここの爆弾処理が『停止』しか出来なかったことで、引き起こされる最後の、最悪の事態について。

 今の今まで、それが起きてからグエンさんと一緒に処置すればいいと思ってたけど、起きる前に回避できる可能性がまだ、よく考えたらあの戦場にひとつ残っている。

 そして、その為には今、あたしをそこに連れ出そうとしてるこのひとが物語の中で取る行動を、ほんの少し変えてやる必要があり…それができるのは、確かにあたしだけだ。

 

「…いい加減その手を離せ、ノヴァ。

 こいつがこういう目をする時は、何かしらオレ達には見えないものが見えてる時だ」

 今この場では誰にも言えない決意を密かに固めるあたしを、未だ抱き込んでるノヴァに、ロン先生が言葉をかける。

 どうやら先生の中で彼は、いつのまにか『坊や』から名前に昇格したようだが、ノヴァはその事に気が付いていないようで、ちょっと嫌そうにロン先生を睨みつけた。

 

「…ボクはあなたのそういう、彼女のことは自分が誰よりも判ってるという態度が、一番気に入らないんですけどね」

 少し拗ねたように先生にそう言ってから、ノヴァは少しだけ躊躇ったあと、ゆっくりとあたしから離れる。

 あー。そうか、ロン先生の両腕を守った事で、本来なら弟子入り志願するくらい彼を尊敬する事になるノヴァの、そのきっかけを奪ってしまった事になるのか。

 まあ、この時空には既に、ロン先生の弟子としてあたしが存在する以上、新たに彼を受け入れる事はないと思うけど。

 こう見えて実は人見知りだからね、うちの先生。

 

「……けど、わかったよ、リリィ。

 ボクは、キミを信じてここで待つ。

 だから…必ず、戻ってくるんだ。いいね?」

 その真剣な瞳を見つめ返しながら、あたしは殊更に元気に言葉を返す。

 

「はい。ノヴァもいい子にして、先生と待っててください」

「ぶふっ」

 瞬間、どこからか噴き出す音が聞こえた。

 なにげに周囲を見渡すと、なんか周りのみんなが肩を震わせている。

 魔法使いのフォブスターさんとか、背中向けて咳き込んでるし。

 

「ゲホッ…いや、悪ィ、笑ったりして。

 けど嬢ちゃんにかかっちゃ、北の勇者も形無しだな」

 ゴメスさんがノヴァの背中を軽く叩きながらそう言って、何故かノヴァがため息と共に萎れたような表情になり……次の瞬間、全員が決壊した。

 

 ・・・

 

「…こいつの近くに居るようになれば、おまえもすぐに理解できるようになるさ。

 安全な場所に閉じ込めとくことができん事もな。

 …オレ達を監視するんだろ、北の勇者?」

「ボクが一番に超えなきゃいけない壁は、どうやらあなたのようだ。

 …いつか必ず超えてみせますよ、男として」

 ある程度、笑いの波が収まったあたりで、今度はロン先生が、ノヴァの肩をぽんぽん叩きながら声をかけると、なんだか吹っ切れたように、ノヴァはロン先生に微笑みを返した。

 …なんだかわからないが、仲良くなったようなのでいい事にする。

 

「…という事はあちらへ向かうメンバーはわたしとクロコダイン、ラーハルト、アブレラ、そしてリリィ…」

「あ、ビーストくんも行きたいみたいなんでお願いします。

 彼、格闘術だけでなく回復呪文も使えますんで」

 グエンさんがまとめようとしたあたりですかさず口を挟み、さっきからユラユラ動きながらアブレラさんの後ろにくっついてるビーストくんを巻き込む。

 てゆーか、そっちの端で『私!私!!私!!!私!!!!』ってオーラ出しながらすっごい目でこっち見てる誰とは言わないが女性賢者とか居るけど気がつかなかった事にしとこう。怖い。

 アブレラさんはビーストくんの存在に明らかに『今気付いた』という動きを見せたが、それ以上つっこまずに頷いてみせた。

 この方は原作において、ミストバーンの正体を見極めるくだりで重要な役割を果たすひとだ。

 是非とも連れていかねばなるまい。(まあ、大局を見ればあのくだり、なきゃないでいい気もするけどね。どうせダイとバーンが激突すれば正体判明するし)

 

「ウム。先ほどから見ていたがあの体捌き、只者ではないと感じていた。是非とも頼む」

「クロコダインが認めるならば、わたしに否やはないわ。よろしくね!」

「なんでもいいが、オレの足を引っ張るなよ」

 …そういえばこの人ら、ロモスの武術大会見てない組だっけ。

 死亡確認されてたラーハルトは勿論のこと、クロコダインはパプニカにとどまっていた筈だし、グエンさんはヒュンケルさんについてアバン流の修業をしていたと聞いている。

 この変な布袋の正体が、高名な武術の達人という事は、多分話には聞いているだろうが、実際に見たイメージとはまだ繋がっていないのだろう。

 あとクロコダインに対するグエンさんの信頼度が天井を知らない。

 ビーストくんは彼らの挨拶(になってないやつも居るが)にひょこひょこと頭を下げ、そしてあたしとアブレラさんの側に寄った。と、

 

「ちょっと待ちたまえ!ぼくを忘れてはいないか!?」

 突然に元気いっぱいの声がそこに響き、全員の視線がそちらに向く。

 そこには小さいながらもしっかりと胸を張って立つ、大ねずみの姿。

 確かに彼も原作では、クロコダインやビーストくんと共にあちらに向かっているのだが…

 

「ビーストくんやあにまる子ちゃんが行くのであれば、ぼくも獣王遊撃隊の隊長として…」

「チウ。あなたには、他にやるべきことがあるわ」

「……えっ?」

 あたしがどうすべきか考えている間に、グエンさんの声が、意気込んだチウの言葉を遮った。

 そのチウと目線を合わせてしゃがみながら、グエンさんは微かに微笑む。

 

「クロコダインがいない間、あなたが仲間モンスターをしっかりと統率していた事、様子を見ていればわかるわ。

 そのあなただからこそ、任せたいことがあるのよ」

 そう言って、彼女が綺麗な指で指した先には…先ほどまで交戦していた、今は怯えたように身体を縮めている、2体のバァラックだった。

 …しかも指さされて、明らかにビクッてなってるし。

 

「…彼らは、主人に裏切られた上で、それを失っていて、他に行き場所もない筈。

 生き残ればいずれはこの地上に、居を定める事になるでしょうけど、その為には今、彼らを庇護する者が必要だわ。

 彼らのことを是非、あなたにお願いしたいのよ…駄目かしら?」

 恐らくは。

 あの2体のバァラックを人間たちの中に残しても、ここにいる世界の強豪が、彼らに危害を加える事はないと思う。

 チウがここに残らなかったとしても、他の地上のモンスターも居るわけだし。

 けど、彼ら自身がそれを信じるかはまた別であるし、何かの拍子にその齟齬による軋轢が、不意に生じないとも限らない。

 原作では起きなかった事ではあるが、それを知らないグエンさんは多分そういう、人間以外の種族ゆえに起きうる事態を心配したのだろう。

 そこは彼女でなければ思いもよらなかった部分だ。

 チウは少しの間視線を泳がせていたが、やがて決心したように顔を上げ、先ほど名乗りを上げた時と同じように、高らかに声をあげる。

 

「……わかった!任せてくれたまえ!!」

 言ってから、まだオドオドしているバァラックたちを振り返る。

 

「おまえたちは今をもって、獣王遊撃隊の一員だ!

 今は無理だがこの戦いを無事に終えたら、おまえたちにも遊撃隊のバッジを作ってやるからな!!」

 そう声をかけられたバァラックたちは、つぶらな瞳をうるうるさせ、尊敬のまなざしでチウを見つめた。

 …うーん、いいのかなあ。

 こうなるとこれまでとは逆の『本来いた筈のキャラが居ない』事態が生じるんだけど。

 確かに原作でもチウは、戦闘の役には立たなかったものの、主にヒムが仲間になる際に、精神的な部分で割と重要な役割を担うキャラの筈だし。

 ………………まあいっか。

 そっちの方は最悪、あたしがなんとかしよう。

 

「…助かったぞ、グエン」

「いいえ。ただでさえ思ったよりも大所帯になってしまったし、あまりゾロゾロ向かっても、お互いの行動の妨げになると思っただけ。

 …けど、クロコダイン。あなたもうかうかしていられなくてよ?

 あの子、実力はともかく、器の大きさは並じゃないもの」

 そう言って、やけに張り切ってるチウの後ろ姿に目をやるグエンさんは、なんだか楽しそうだ。

 …多分、チウの事もこれからの地上の民の在り方、人とそれ以外の知性ある種族が、共に生きる未来を作る、その一員と考えているからだろう。

 

「フフッ。そうだな。

 獣王の座はまだまだ譲るわけにはいかん。

 まずはこの戦い、気を引き締めてかからねばな」

「そうしてもらおう。

 全てはダイ様の、そして、ダイ様が守らんとするこの地上の為。

 オレたちは戦って、勝ち残らねばならん」

「そうね。この地上に今、生きている人びと…そしてこれから生まれてくる子供たちの為にも、わたし達は二度と負けるわけにはいかないわ」

「こ、子供!!?……………ああ、そうだな」

 …どうやらグエンさんの言葉の意味を、ラーハルトは若干違うふうに解釈したみたいだけど、まあやる気が出るならそれに越した事はないので、口は挟まないでおく。

 …バランがラーハルトに言った『あれと一緒になったら苦労する』ってのは、間違いなくこういうとこなんだろうな。

 

「じゃあ皆さん、行ってきます!」

 こちらを見守る地上の戦士たちを振り返ってあたしは一礼してから、魔法陣の中心に歩みを進めた。

 そのあたしを囲むように、今厳選したメンバーが、次々魔法陣に入ってくる。

 その最後尾についたアブレラさんは、その手前で一旦足を止めると、ゆっくりと後ろを振り返った。

 

「必ず、帰ってきますよ……今度こそ」

 そう声をかけた彼の視線が捉えていたのは、この場の総司令官である、カール女王だった。

 フローラ様がハッとした表情を浮かべたのを、彼はきっと見なかった事だろう。

 その瞬間にはもう彼はこちらに歩みを進めており、それ以上振り返る事はしなかったのだから。

 

 …少しだけ、そんな2人を羨ましく感じつつも、あたしは円陣の真ん中に時空扉を開けた。

 

 ・・・

 

「フローラ様…?」

「なんでも……ありません。

 ………皆、改めてよく戦ってくれました。

 ですが、これで終わりではありません。

 先ほどリリィも言った通り、私たちはこの大破邪呪文(ミナカトール)の魔法陣を守らねばなりません。

 これは大魔宮(バーンパレス)を停止させる結界であると同時に、勇者たちが帰還する為の道でもあるのです。

 彼らを無事に地上に帰す為にも…」

「あの……女王様。そのことなのですが…」

 対大魔王第二陣が魔法陣の内側から消えた後も、暫し茫然としていたフローラ女王が、バウスン将軍の呼びかけにようやく我に返り、戦士たちに労いの声をかけた時、ずっと隅の方に控えていた占い師の少女が、おずおずと言葉を発した。

 

「この場所…すぐに避難しないと全員が危険です。

 何か、恐ろしいことが起きそうな…それが起きてからでは間に合わない…そんな気が、するんです…!!」

 

 ☆☆☆

 

 そして。

 

「今の私はハドラー様の愛のために生き、ハドラー様の愛のために戦うラブウォーリアーなのです!!

 その私に、恐れるものなどありません!!」

「言っている意味はわからないけれど、とにかく凄い自信だわ…!!」

 時空扉が開いた先で展開されていたのは、小さな身体のオリハルコン戦士と女性武闘家が、なんか変なこと言いながら対峙している光景だった。

 

 どうしてこうなった。




お前や(爆


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34・僧侶武闘家は愛に圧倒される

先に謝っとく。ほんとにごめんなさい(土下座
一応『多角関係』はこの物語で、一番重要なテーマなので……!(言い訳
酷いという自覚は充分ある。だがやめない(爆

何故かマァム視点。
あと、スマホゲームの影響を受けてひそかに改題してます。


 レオナが大破邪呪文(ミナカトール)を完成させ、ポップのルーラで大魔宮(バーンパレス)へと、再び乗り込んだ私たちは、自分たちが立つそこが、一度大魔王に完膚なきまでに敗北した場所…巨大な鳥の嘴の部分であると確認して、全員と目を合わせて頷きあった。

 今度こそ、そこから見える階段を駆け上がり、中に進…

 

「悪い、みんな。突入する前に…ある意味戯言だけど、聞いて欲しい事がある」

 …もうとしたあたりで、背中からポップの声がかかり、全員が足を止めて振り返る。

 

「……おれさ、事前に知ってたんだ。

 しるしの事や、魂の力の事。

 なのにおれのしるしはぜんぜん、チカリとも光りゃしなくて、焦って特訓したりフローラ様の本を読んだりしたけど、どうにもならなくて。

 だけどみんなに、しるしひとつ満足に光らせられない半端モンなんだと、がっかりされるのが怖くて、相談すら出来なかった」

 …一体何を言い出すんだろう。

 最初のうちは確かに、みんなの事が気になってかなかなか集中できずにいたみたいだけど、リリィの言葉があってからは問題なく、魂の光を発現できていた筈なのに。

 

「昨夜、そうやってドツボにハマってるおれに、光を灯してくれたのが、メルルだったんだ。

 あの子と話してる時に吹っ切れて、ようやく勇気出して相談する気になった時、このしるしは初めて光った。

 そしてその瞬間にわかったんだ。

 おれの魂の力こそ、勇気だったと。

 そして、しるしに魂を示すためには、足りない勇気があったってことを」

「足りない…勇気?

 ポップの心に誰よりも強い勇気があること、おれはちゃんとわかってるよ?

 時々臆病なことも言うけど、ポップが最後の勇気をおれに与えてくれたから、おれは今、またここに立ててるんだ。

 そんなポップに勇気がないなんて思わないよ!」

 ポップの言葉に、すかさずダイが反論し、ヒュンケルがそれに頷く。

 それは私も同感だ。

 というか、ポップがそんなふうに悩んでいたなんて気がつかなかった。

 ポップは、どんな窮地に陥っても必ず立ち上がる。

 最初の頃こそ最低なヤツと思ったこともあったけど、戦いをひとつ終えるたびに強くなっていくポップは、私にとっていつしか尊敬の対象になっていた。

 だから、その彼と肩を並べて戦う為に、転職までして修業を積み直した。

 更にダイやヒュンケル、グエンと一緒にロン・ベルクのところで修業して、パプニカに戻って最初に顔を合わせた時に、はっきりと彼の強さを認識した。

 私だって強くなった筈なのに、それでもまだその背中にさえ追いつけないと思うほどに。

 多分この中の誰も、ポップがこんな事に躓く事態なんて想定しておらず、今この告白に驚いているのは、私やダイだけではなく全員だと思う。

 

 ポップはダイの言葉を受け、微笑んで彼の頭を撫でた。

 …ダイの表情が、グエンにそうされてる時と、明らかに違うのは見なかった事にしようと思う。

 全力で。

 

「おれだってそう思ってたさ。

 今まで、なけなしのそれを振り絞って、なんとか戦いを乗り越えてきたしな。

 ハドラーやクロコダインのおっさん、竜騎衆、バラン…敵わないとわかってる相手に向かってって、戦いで死ぬことなんて、今更怖くなかった。

 けど、それだけじゃ足りなかったんだ。

 メルルがおれに、好きだって言ってくれて、そん時に、はっきり気がついた。

 お陰で、みんなに迷惑かけずに今、ここにこうして立ててる」

 …隣でレオナがハッと息を吸い込んだのがわかって、その顔を振り返る。

 レオナは両掌を頬につけて、目をキラッキラさせてポップを見ており、なんでか知らないけど『メルルが告白したの、ほんとに!?で?で?なんて答えたのポップ君!?え、待ってそれだけ?聞きたいのはそこから先なのに!!』という心の声がはっきり聞こえた気がした。

 …本当のことを言えば私も気にはなるけど、今はそんな場合じゃないと思う。

 気にはなるけど。

 

「足りないひとつは、さっきリリィが言った『仲間を信じる勇気』。

 落ち着いて考えれば、たとえしるしが光らなくても、おまえらがおれを見捨てたりするわけねえのにさ。

 今思えば、アバン先生が光らせなかったんだぜ。

 そんなことでビクビクしてる子はおしおきです!ってな。

 ほんと、バカだよな」

「ポップ……」

 けど、そんなふうに言って、自嘲気味に俯く表情が、なんだか少し泣きそうに見えて。

 反射的にその肩に伸ばそうとした手が止まったのは、そこで終わったと思ったポップの言葉が、更に続いたからだった。

 

「あと『弱い自分を認めて、それに向き合う勇気』……そうだ。

 その為にひとつ、言っておかなきゃいけないことがあった」

 ポップはそこまで言って、ひとつ大きく息を吸い込んでから…何故か、私の方に向き直る。

 そしてそこから紡がれた言葉に、私は目を瞠る事となった。

 

「…おれは、マァム。おまえが好きだ」

 …その一瞬、私は確かに、頬に血が一気に上ったのを感じた。が、

 

「…けど今は、メルルの事も同じくらい、おれの心の中を占めてる」

 更にポップの口から聞かされた言葉は、上気した頬の熱を一気に冷ますものだった。

 ええと、何なのかしらこの状況。

 

「最低だけど、今は、これが本心なんだ。

 メルルの勇気に報いる為にも、おれは自分が最低だって事も、勇気出して、ちゃんと認めなきゃいけないんだと思う。

 ……軽蔑したろ?けど、グダグダ言い訳はしねえ!

 戯言聞かせたことへの借りは、戦いで返す!」

 言いたいことだけ言って、背中を向けて駆け出そうとするポップに、私は真剣に対処に困った。

 いや待ちなさいよ。そう声をかけようとした時、

 

「…よくわかんないけど、いいんじゃないかな」

「……へっ?」

 そのポップの背中に先に声をかけたのは、意外なことにダイだった。

 ポップにも意外だったようで、ちょっと呆気に取られたような表情になっている。

 

「つまりポップは今、マァムもメルルも好きだって事なんだろ?

 最低とかじゃないんじゃないかな。

 おれだって、レオナもグエンもおんなじくらい好きだし」

「ちょっとダイ君?」

 その小さな勇者の口からあっけらかんと発せられた、あんまりにもあんまりな聞き捨てならない言葉に、レオナが抗議に近い声をあげる。

 だが、ダイはそれに気づかずに、更に衝撃的な言葉を続けた。

 

「父さんだって、母さんより他に誰も好きにならないなんて言ってた割には、おれの中の父さんの記憶を見る限りでは、ちょっとリリィの事好きになりかけてるよ?」

「マジかよあのオッサン」

 …いやだから待ちなさいってば。

 そろそろ、どこにつっこんでいいのかすら、わからなくなってきたんだけど。

 あと私、その情報微妙に聞きたくなかった。

 

「…そこはオレも似たようなものだ」

 そしてヒュンケルがそこに、追い討ちをかけるが如く言葉をかけながら、2人の肩に手を置いた。

 

「こんなことを言えば、ラーハルトやクロコダインに殴られそうだが…オレとて、グエンにまったく惹かれなかったわけではないのだ。

 だが、やはりオレが心の底から望むのは…いや、これは今言うべきことではないな」

 そのヒュンケルの視線が一瞬私を捉えたあと、ちょっと気まずそうに逸らされる。

 その…つまり、どういう事なのかしら。

 

「…とにかく、こんなに揺れたオレたちの心でも、問題なくこのしるしは光ったのだ。

 戦いを終えて生き残れたら、その時に改めて話し合おう。

 ダイ、ポップ、それでいいな?」

「お、おう……!」

「うん!」

 …なんか、男同士で勝手に盛り上がり始めた中、つっこむのを完全に諦めた私とレオナは、お互いドン引きの顔を見合わせた。

 なんか私たち何にも言ってないのに、ちょっと振られたみたいな雰囲気になってない?

 

 ・・・

 

 その直後、ハドラーと親衛騎団が私たちの前に現れ、次の瞬間にはバラバラに引き離されていた。

 ポップの瞬間移動呪文(ルーラ)で移動する時と同じ感覚があったから、恐らくはルーラを使われたのだろうと思う。

 ……精神的な意味においては助けられた感があるが、無論、現実的な意味では窮地だ。

 

「あらぁ、不運でしたね〜?

 布石の上でのことですけど、私と一対一で戦うはめになるなんて」

 落下感からかろうじて着地し、かけられた声の方に向き直りながら、反射的に迎撃の構えをとる。

 私の目の前に立つのは、オリハルコンの戦士。

 ブロックやフェンブレンと違い、比較的表情の変化がわかりやすいその姿形は、一見すると少女のように見える。

 更に、造形は全く違うのに表情も声も、そして僅かに早口なところもちょっとリリィを思わせて、つい力が抜けそうになるけど、どうにか気を引き締めて、私は相手を睨みつけた。

 油断はできない。

 先の戦いの時にはヒュンケルと対峙して、彼の攻撃を余裕で捌いていた相手だ。

 そう、彼らがチェスの駒を模して作られたというのであれば、彼女こそが最強の駒である『女王(クイーン)』なのだから。

 

「…必勝の布石…というわけね。

 ポップを騎士(シグマ)が、ヒュンケルを兵士(ヒム)が、それぞれ連れ去るのが一瞬見えたわ」

 呪文を弾き返す騎士(シグマ)がメドローアを持つポップを押さえ、ヒュンケルとの戦闘経験が多い兵士(ヒム)がその足止め。

 そして、私の相手がこの女王(アルビナス)

 以前クロコダインが言っていたように、彼らは個々の能力は私たちに勝る。

 その相手とそれぞれが、一対一で戦わねばならない状況に持ってこられたのだろう。

 …城兵(ブロック)の姿だけが見えなかった理由は判らなかったが。

 だがそれを言うと、ちょっと不機嫌そうに、彼女は言葉を返してきた。

 

「最初から一対一の構想はありませんでしたけど?

 あの不思議な生き物が邪魔をしなければ、もう一人のお姉さんもお連れできたんです。

 つまりこうなったの全然私のせいじゃないんで、そこは恨まないでくださいね?」

「不思議な生き物…?」

「…てゆーか、私の『目』は、お姉さまほどレベルが高くないので、あの距離と短時間で詳細までは見通せなかったんですけど、あれスライムじゃないですよね?なんなんですか、一体?」

「………は?」

 彼女が何を言っているのかよくわからない。

 多分、スライム、というからにはゴメちゃんの事ではないかと思うけど。

 以前戦いに赴く際、あの子が私の服の中に入り込んでいた事があったし、今回も一緒に来ていたと言われても、今更驚きはしない。

 今回はレオナの服の中に入り込んでいて、恐らくはこのアルビナスが私と一緒に彼女を連れ出そうとした時に、ゴメちゃんが何かをして、レオナをルーラの有効範囲外へ押し出したという事なんだろう…というところまでは、なんとかわかるけども、最後の言葉の意味だけは、考えても判らなかった。

 あと、お姉様って……?

 あ、いやなんとなくわかるような気もするけど。

 

 …だが、その質問の意図を問い返そうとしたところで、大魔宮(バーンパレス)の恐らく先端部分…つまり、先ほどポップのルーラで着地した筈の場所の方から、凄まじい爆発音と振動が轟いて、一旦その疑問は棚上げになる。

 

「…まあ、どうでもいいですね。そんなことは。

 ハドラー様と勇者ダイの一騎討ちも始まったみたいですし」

「ちょっと待って。

 ハドラーとダイの一騎討ちって…」

「はい。そのお膳立ての都合により、あなた方と勇者ダイを引き離させていただきましたので」

 そう言ってアルビナスは、ひと呼吸置くように一旦言葉を切る。

 

「今のハドラー様の肉体はどんな治療も受け付けない。

 その最後の生命を、生涯の宿敵と認めた勇者アバンの後継者である、ダイとの勝負に懸ける事こそ、ハドラー様の望み。

 私たち親衛騎団は、その望みの為に動いています」

 その言葉のあと、一瞬顔を伏せたアルビナスの人形の顔に、どこか哀しみのようなものを確かに感じる。

 禁呪法で与えられた生命であっても、彼女には間違いなく『心』がある……私たちと同じように。

 

「それじゃあ…あなたたちはハドラーに、最後の望みを叶えさせる為の、捨て石になろうとしているの….?

 ヒムも….シグマも……あなたも…!!?」

 言って、思わず一歩踏み出した足が、止まる。

 何故かは自分でもわからない。

 普段の私であれば、泣きそうなその肩に手を置いて、説得の言葉をかけたはず。

 彼女が訴えているのは間違いなく仲間を、主人(あるじ)を想う気持ち。

 それは私たちのそれと変わらない。

 その相手と戦うことはできないと。なのに。

 

 ……その理由は、すぐに明らかになった。

 

「ニードルサウザンド!!!」

 その小さな身体の前面から放たれたのは、針状の閃光と、そして熱。

 

 後から考えると、武闘家としての本能というか、直感だったんだろう。

 考える間もなく、反射的に左腕が防御の形を取り、直撃するのを辛うじて避けた。

 …左腕に装着された『それ』が、その閃熱エネルギーを弾く形によって。

 それでもこの状態では完全に無傷というわけにはいかず、それがもたらした衝撃に、私の身体は背後の柱に当たる。

 防御姿勢をなるべく早く崩さぬようにして、なんとか身を起こす私を、睨みつけながらアルビナスが言葉を発した。

 

「捨て石という言葉は心外です。

 ヒムやシグマはともかく、私は捨て石になど、なるつもりはありません。

 この場であなたを倒して、ヒムやシグマがたとえ討ちもらしたとしても、私がヒュンケル、ポップを倒し、必要なら勇者ダイも始末する…!!」

 そう言うとアルビナスは、人間でいえば胸を張るといった動きのあと、更に高らかに言い放った。

 

「ハドラー様の最後の時間を共に過ごすのは、妃であるお姉様からその役割と愛を託された、この私なのですから!

 私に同情してくれるなら、時間をかけさせずに、一瞬で死んでください!」

 そして、再びの閃光が私に向かってきた。

 

 ハドラーの妃って確か、リリィのことだった筈よね…などというどうでもいい事が心を過ったのは、ある種の現実逃避だったのかもしれない。




この時空のマァムは、以前に牙殺法の修業をした事で、原作よりも武闘家としての感覚が鋭敏になってます。
リリィの『みやぶる』には及ばないまでも、相手の力量を大まかに推し量ることくらいはできるようです。
大魔王の前では、相手があまりにも桁外れだった為に活かせませんでしたが、その後破邪の洞窟での冒険を経て、結果、原作より少しだけ強くなりました。
これも小石が描いた波紋の影響。


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