神が投げた小石たち (大岡 ひじき)
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第一投・半魔の僧侶(グエン編) 1・半魔の僧侶は堪能する

絶賛連載中と絶賛停滞中のやつ抱えながら、なんでもう一本増やしてるんだアタシ…


「の、呪いの解除をお願いします…」

「っしゃあーーっ!わたしのターン!!」

「…は?」

「コホン…失礼いたしました。

 では、この教会に210ゴールドのご寄付を…」

 

 ふふふ、順番的には今はシスター・メリーの番だけど、彼女はシャナクが使えないので、このお客さんは次番のわたしのものだ。

 そして解毒に比べると解呪は実入りがいい。

 今日はツイてる。

 ここのアルバイトは今日までなうえ、あと10分ほどで定時だから、もう順番は回ってこないと諦めていたので、ラッキーだった。

 

「シスター・グエン、お疲れ様でした。

 では今日の分の108ゴールド…」

「2件目の毒の治療が指名だったので、110ゴールドです」

「…そうでした」

 

 今日の集計係のシスター・アンナが、渋々といったていで、わたしの稼ぎが入った袋に2ゴールド足してくれる。

 教会というのは収入がそもそも少ないから、2ゴールドでもできれば出したくないのはわかる。

 しかし、わたしの取り分が48パーセント(小数点以下切り上げ)なのは契約だし、指名料の2ゴールドは100パーセント貰うのも契約だ。

 そこはしっかり守ってもらわねば困る。

 だいたいその指名料は、ここに滞在している間に、教会付近とついでに御近所の庭先の掃除や草取りなどを通じて、地域住民とのコミュニケーションを積極的に図ったわたしの努力の賜物だから、その点でも絶対に譲れない。

 

「それと、配達するお手紙を、今お預かりいたします」

 

 受け取った報酬を、腰にくくりつけたポーチにしまいながら、わたしはもう一度手を出す。

 

「あら?

 この街を発つのは明日だと伺っておりますけど?

 明日の朝、お食事の後にお渡しするつもりでおりましたのに」

 

 冗談じゃない、とわたしはあくまで心の中でつっこむ。

 滞在最後の晩と朝まで、教会の質素もいいところなご飯と、清潔だけど固くて狭いベッドで我慢する気はない。

 路銀のない時はありがたくいただきますけれどね。

 

「神父様にはお伝えしてますが、今夜はこの街の宿に泊まる事になっておりますので」

 

 そうわたしが言うと、少しめんどくさそうに、シスター・アンナは奥に引っ込んだ。

 いや、教会のシスターがその態度ってどうなんですか。

 そうは思ったが口にも顔にも出さず、わたしは彼女が戻るのを待った。

 ポーカーフェイスも仕事のうちだ。

 

「では、こちらの手紙を、パルナ村の修道院に、よろしくお願いいたします。

 それとこちらは道中の安全の為に。

 神はいつでも見守っています」

 

 やがて奥の部屋から戻ってきたシスター・アンナは、そう言って一通の手紙とともに、聖水の瓶が5本ほど入った袋を手渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 それも受け取りながらわたしはリュックを背負い、一礼して教会を出る。

 

「神の御加護を。シスター・グエン」

 

 型通りの挨拶を背中に受けながら、わたしは明日には発つ予定の街の、中心に向かって歩き出した。

 

 ☆☆☆

 

「ごめんください!」

 

 この街に来た日に、教会より先に寄った服屋に、ほぼ閉店間際の時間に飛び込む。

 服屋のご主人がわたしを見て、にっこりと微笑んだ。

 

「やっぱり来たね。あの帽子だろう?

 どうしても欲しそうだったから、取り置きしてあるよ」

「本当ですか、嬉しい!

 …でも、買いに来れない可能性もあったのに」

 

 旅の楽しみはその街の食べ物とファッションだ。

 そして繁華街の中心にある、大きくはないが品揃えは良さそうなこの店で一目惚れをした帽子が、その時のわたしの手持ちでは手が出なくて…正確には、ギリギリで所持金がそれに近いくらい残っており、前の町で買った装備品をひとつ売れば、買えない事はなかったのだが、そこまでしてしまうと、この街の教会に前の町から預かった手紙を届けるまで、せっかく来た豊かな都でなんにも食べられなくなってしまい、それは避けたかった。

 それでも、下手に手持ちがあった分諦めきれず小一時間そこで悩んでいたわたしを、ご主人は覚えていてくれたらしい。

 まあ、旅荷物を背負った尼僧が、帽子ひとつじっと見つめて、長いこと考え込んでたんだから、そりゃ目立つか。

 

「今日来なければ、明日以降また店に並べれば済む話さ。

 でもシスター、本当にこれでいいのかい?

 防御力なら、こっちの方が格段に優れているけど?」

「こちらの方が、デザインが最高に可愛いんですもの!

 わたしは、ファッションに防御力は求めていません。

 むしろそこに囚われて、着たくもない服を買うなんて無理です。

 それにそもそもパプニカの絹は、他とは違って、魔法耐性に優れていると聞いています。

 長衣(ローブ)までは手が出ませんが、ひとつくらいは身につけたいと思っていましたから、これに出会えた事は僥倖でした!

 この出会いを、わたしは神に感謝したいくらいです!」

 

 一応、ちょっと尼僧らしいこと言ってみた。

 明日には離れる街だけれど、また来ることもあるだろう。

 その時の指名獲得の為に、イメージは大切だ。

 

「変わったシスターだね、あんた。

 でもまあ、そこまで欲しがってくれる人に買ってもらえたら、帽子も嬉しいと思うよ。

 やっぱり取り置きして待ってて良かった。

 なら、はい。このパプニカ絹の帽子は、120ゴールドだ。

 ここで装備してくかい?」

「はい。

 鏡を見て身につけたいので、更衣室をお借りしますね」

 

 ポーチから代金を取り出してご主人に手渡す。

 今日の稼ぎが丸々この帽子になってしまったが、この為に働いたようなものだ。

 そこには達成感しかない。

 更衣室に入って、尼僧のケープを外すと、ずっとそれで抑えられていたにもかかわらず、癖の強くて固いプラチナブロンドの髪がピンと跳ね、大きくて尖った耳が、その間から姿を現わす。

 その耳の先を、今買ったばかりの帽子にさりげなく隠し、首を左右に傾けて、鏡で確認する。

 思った通りだ。

 これならば多少激しい動きをしても、耳が見えてしまう事はない。

 更衣室の中で尼僧の衣と靴を脱いで、ケープと共に畳んでリュックの中に押し込む。

 代わりにお気に入りのマントと、ベンガーナで見つけたチューブトップとキュロット型の旅人の服、膝上までのブーツを取り出して身につけた。

 この小さいリュックの中のどこにそれだけのものが入っていたのか、というツッコミは無しだ。

 正直、わたしにもわからないが、入るものは入るんだから仕方ない。

 とにかく着替えが済んで更衣室を出る。

 

「やっぱり、これに決めて大正解!

 イメージぴったりでした、ありがとうございます!」

 

 わたしが声をかけると、ご主人はぽかんとした顔でわたしを見た後、気を取り直したように言った。

 

「そ、そうかい。そいつは良かった。

 まだ、ほかに用はあるかい?」

「不要品の買い取りはこちらでも可能ですか?

 道具なんですけど」

「ああ、構わないよ。何を売ってくれるんだい?」

 

 促されて、先程教会で貰った聖水を、入っていた袋ごとご主人に手渡す。

 

「聖水だね。1本15ゴールドで買い取ろう。

 5本あるから、75ゴールドだ」

「それでいいです。ありがとうございます!」

 

 正直、アルバイトでちまちま解毒で稼ぐより、こちらの方が割りがいい。

 けど、教会的には、そこで働いた人が旅立つからこそ好意でくれるのだろうし、そもそも貰ったその足ですぐ現金化されるなんて思ってもないだろう。

 でもわたしはトヘロスが使えるし、正直旅の荷物には重たいだけだ。

 さっさと売っ払って、今夜のご飯と宿代にしてしまおう。

 

「ありがとうございました」

 

 ご主人の挨拶を背に聞き、わたしは服屋を後にした。

 うん、今日はいい買い物をした。

 後はパプニカ滞在最後の夜に、美味しいごはんをお腹いっぱい食べて、パプニカの地ワインも少しだけ飲んで、早めに宿に戻って柔らかいベッドでぐっすり眠ろう。

 

 ・・・

 

 …少し食べ過ぎたかも。

 このパプニカは、海もあり山もある為、食材の種類が豊富だ。

 街のレストランの一品料理も様々な種類があり、どれも美味しそうでついつい頼み過ぎてしまった。

 …豊かで、いい国だ。治安もいい。

 歳をとって旅ができなくなったら、こういうところに腰を落ち着けたいものだ。

 …かつてこの地に置かれた魔王の居城により、幾度となく魔物達に脅かされていた過去など、今この美しい街を見ていると信じられないが、それほど昔の話ではない。

 魔王ハドラーがこの世を席巻し、勇者とその仲間に倒されたのは15年前、わたしが10歳の頃の話だ。

 

 帽子とマントを外し、ブーツも脱いで、倒れこむようにベッドにダイブする。

 わたしは、純粋な人間ではない。

 幸いなことに、肌の色は若干白過ぎるもののプラチナブロンドの髪もグレーの瞳も人間にない特徴ではない為、耳さえ隠せばふつうの人間に見えるが、魔族と人間との混血児だ。

 わたしを産んだ母は人間で、どうやら騙されてわたしを孕んだらしく、わたしは生まれてすぐにその母に殺されかけたところを、助けられて街の修道院に保護され、そのままそこで育てられた。

 修道女たちはわたしを差別する事なく、普通に可愛がって育ててもらったと思う。

 だが魔王ハドラーが地上に現れ、その恐怖が全世界を覆った頃、状況が変わった。

「あの修道院には、魔族の子供がいる」と、街の人間達が、わたしたちを迫害し始めた。

 それでも、魔王ハドラーが生きているうちはまだいい方だった。

 勇者が魔王を倒し、人々の暮らしに余裕ができてからの方が、修道院への風当たりは強くなった。

 その頃にはもう、原因になっているのが自分の存在であると理解していたわたしは、街を出る準備を始めていた。

 それに気付いた修道院長が、

 

「神はいつもあなたを見守っています。

 町々の教会を訪ねなさい。

 きっと、助けになることでしょう」

 

 と、とりあえず一番近くの町の教会への手紙と、聖水の瓶を数本、そしてなけなしのお金を手渡してくれた。

 

「守ってあげられなくてごめんなさい」

 

 と、真夜中の出立であるにもかかわらず、全員がわたしを抱きしめて、涙を流して見送ってくれた。

 わたしが人間を憎まずに済んだのは、ここで確かに愛情を受けて育てられたからだと思っている。

 …このわたしの故郷である国が、謎の地殻変動によって領土ごと消滅したと旅の空の下で聞いたのは、旅立ってから3年後の事だ。



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2・半魔の僧侶は回想する1

「そういえば、お姉ちゃんの名前は?」

「わたしはグエナヴィア。

 グエンって呼んでくれればいいわ。

 よろしくね、ラーハルト」

 

 ☆☆☆

 

 …その頃、ある国の外れにある山の中で、1組の親子に出会った。

 正確には、山越えをしている時に小さな小屋を見つけて、水を一杯貰えないかと思い訪ねたら、中で女性が一人ベッドに横たわっていた。

 顔色が悪かったので回復魔法(ホイミ)をかけてあげたら、少し楽になったと礼を言われたが、当時まだ13だったわたしにすら一見して判るくらい、彼女は重い病に冒されており、既にその生命は風前の灯だった。

 彼女はその麓の村の出身のようだったが、追い出されてそこに住んでいるという。

 そこまで聞いたところで、

 

「母さんから離れろ!」

 

 と小屋の入口から声がして、そちらを見るとどこをどのように見ても魔族の特徴を有した少年が一人、その目に怒りを滾らせて立っていた。

 金色の髪と深い青の瞳は人間にも居るが、恐らくは血液の色が完全に魔族の青なのだろう、肌の色はそれを映してほの青く、更に目の下に黒い隈取りのような模様まである。

 これ、魔族だからといって全員に出るわけでもない上どう出るかにも個人差があるのだが、少なくとも魔族以外には見られない特徴だ。

(てゆーかわたしにも実はコレ、ないわけではないのだが、わたしの場合天然のアイラインのように細く目の周りを囲んで、目尻でわずかに跳ね上がってるのみで、無駄に目元がはっきりしてる以上の強い印象はない)

 

「おやめなさい、ラーハルト。

 この方は旅の人です。

 旅人には親切にしなければいけないわ」

「だって母さん、こいつは人間だろ!

 村の奴らと一緒だ!」

 

 というような事を言われたので、その時身につけていた尼僧のケープを外して耳を見せたら、女性は目を見開いて数度瞬きをし、ラーハルトと呼ばれた少年は一瞬ぽかんとした後、手を伸ばしてわたしの耳に触れてきて、作り物ではない事を確認した後、

 

「オレと同じだ!」

 

 と嬉しそうに叫んで、なんだかわからないがぎゅっと抱きついてきた。

 けど、

 

「さっきみたいな言い方は良くないよ。

 見たところ、君のお母さんも人間なんだから、君の言葉は、お母さんをも傷つけてしまう」

 

 そう窘めてやると、少年はハッとしたように母親を振り返り、

 

「ごめんなさい」

 

 と一言、泣きそうな表情で言った。

 …うわあ、なんだこの可愛い生き物。

「母さん」と呼んでいたところからわかるように彼らは親子。

 つまり彼女は村人から見ると「魔族と通じた女」であり、わたしと修道院の時と同様、迫害の対象だったわけだ。

 もっともハドラー侵攻以前に亡くなったという彼女の夫は、生前は村人との関係は悪くなかったようで、だからこそ村の女性と恋仲になり子まで成したわけだが、恐怖を感じた人間というのは意外と残酷な生き物だ。

 昨日まで隣人だった彼らに、自分で手を下すところまではいかなくても、じわじわと死ぬところまで追いつめていく上、自分たちにその自覚がないから余計に。

 

「母さんが病気になったのは、村の奴らのせいだ」

 

 悔しさを滲ませた表情でラーハルトがそう言うと、母親は哀しげに首を横に振る。

 自分の子が同族を憎む姿を見るのが辛いのだろう。

 今はこの親子は山の中のこの小屋で、小さな畑に作った作物と、時にはラーハルトが狩りなどして、細々と生活しているのだが、小さくとも山の恵み豊かな村で育った彼女にとって、この生活は過酷に過ぎた。

 心労がすぐに身体を蝕み、医者にかかる事もできないまま、病は悪化の一途を辿った。

 旅に出た時の私と同じくらいの年齢のラーハルトが、彼らを追い出した村の人間、更には人間全部に敵意を抱くのは、当然の流れと言えた。

 わたしも似たような境遇だったが、わたしを育ててくれた修道女たちは、全員がわたしに愛情をくれて、守ろうとしてくれた。

 だからわたしは人間を憎まずに済んだけど、彼女は息子に対してそれを一人で行うには弱すぎたのだ。

 せめて彼女の夫が、生きて彼女とその心労を分け合ってくれていたら、また違っていたのだろうが。

 ともあれ、特に旅の目的などなかったわたしは、しばらくこの親子のもとにとどまることにした。

 彼女の病に効果があるわけではないが、回復呪文で少し身体が楽になるという事だったし、いつかは帰れるという小さな希望に縋っていた故郷がなくなった事で、わたし自身も寂しかったのだ。

 何よりラーハルトもわたしも、お互いに生まれて初めて出会った同族だった。

 互いにある程度のシンパシーを感じるのも仕方ない事だったろう。

 

 結局、彼女が亡くなるまでの3ヶ月足らずを、その小屋で3人で暮らした。

 一緒に暮らしていくと、ラーハルトは色々器用な子だった。

 手近にあるもので武器や道具を作り、それを生活に生かしていた。

 手製の槍で魚を突き、手製の弓矢で鳥を射落としたりして、立派に男として生活を支えていた。

 この小屋は、木こりとして生活していた彼の父親が作業場としていたもので、そこをある程度生活できるように整えたのはラーハルトらしい。

 この子がいなければ、この母親はもっと早くにこの世を去っていたかもしれない。

 しかし、この子がいなければひょっとしたら、彼女が村を追い出されることもなかったのではないか。

 …どちらにしろ仮定の話だ。

 彼女が息を引き取る前、2人きりになった時に、彼を1人置いていくのが心残りだと泣いた。

 それは、自身の代わりに彼を守って欲しいという懇願に他ならなかった。

 本心では「約束はできない」と思っていたが、それを告げる事はできなかった。

 

 彼女が亡くなった時、わたし達は2人だけでひっそりと彼女を見送り、彼女の亡骸を埋葬した場所に、墓碑のようなものは立てなかった。

 それは、村人たちに見つかった時に、彼女の墓が穢されるのを防ぐためだった。

 だから2人で、この場所を覚えておこうと約束した。

 本来なら、わたしは彼女が亡くなった時点で旅立つ筈だった。

 ラーハルトはわたしが故郷を旅立った時と同じ年齢だったし、1人でも何とか生きていく力は持っていた。

 わたしは旅を続けたかったし、それに彼を連れていくわけにはいかなかった。

 けれど、1人になって、これからますます人目を避けて、ひっそり生きねばならないだろうこの少年を、置いていく決心がつかなかった。

 結局、わたしはそれから更に3ヶ月を、その場所で彼と共に暮らした。

 …今思えば、多少の危険を覚悟してでも、彼を連れて旅立っていれば良かったのだと思う。

 そうしていれば少なくとも、彼が本格的に人間を憎むようになる、あの日の事は起こらなかったのだから。

 

 ☆☆☆

 

「グエナヴィア、雨が降りそうだ」

「やだ、本当に?洗濯物、取り込んでおかなきゃ」

「手伝うよ」

「いいよ、休んでなさい。量はそんなに無いから」

 

 狩りから戻ってきたラーハルトと、そんな他愛もない会話をしたのを覚えている。

 ちなみに彼はわたしを通称では呼ばず、本名で呼んでいた。

 理由は彼曰く「響きが綺麗だから」だそうだ。

 

 結局断ったにもかかわらず、わたしと一緒に外に出た彼と、わずかしか無い洗濯物を取り込んでいた時、樹々の間から小鳥の群れが、いちどきに飛び立つ音が聞こえた。

 それから程なくして、3人の男たちが森の中から飛び出してきて、わたし達を取り囲んだ。

 

「本当に魔族だな。しかも2人いるぞ」

「構う事ぁねえ。

 とっ捕まえろって言われたのはガキの方だ」

「そうだな。

 女はこっちが貰っといて、あとで売っ払やいい」

 

 男たちの言葉を聞いて、わたしはラーハルトを背に庇い、手に魔法力を集中させる。

 敵意のある相手に対しては、先手必勝だ。

 

「…バギッ!!」

 

 発動とともに、わたし達の周囲に真空の刃が生じて、不用意に近づいてきた男たちにダメージを与えた。

 わたしは肉体の能力的にかなり人間寄りだが、それでも一応魔族の血を引いてる。

 初級呪文であれば一瞬の集中だけで、ほぼ貯め無しで発動できるし、潜在的な威力も純粋な人間より高い。

 

「逃げなさい、ラーハルト!」

「で、でも!」

「わたしは大丈夫だから、早く!」

 

 周囲の空気の流れを微調整しながら、わたしは彼の背中を押した。

 この呪文ならば、相手の行動をある程度制限できる。

 もっともわたし自身が、攻撃呪文はこれしか使えないのだけど。

 どうやら彼らの目的はラーハルトのようで、彼らの言葉を信じていいなら、最悪でもわたしは殺されはしないだろう。

 だがラーハルトは捕らえられた後、どうなるかわからない。

 彼はこの山の地理を熟知していて、彼ひとりならば逃げ道も隠れる場所もいくらでもある。

 わたしは捕まえられた後で、モシャスでネズミにでも化けて逃げればいい。

 

「こ、こいつ、呪文を使うぞ!」

「魔族なんだから当たり前だろう!少し待て!」

 

 後ろの方にいる男が、どうやら魔法力を集中させているようだ。

 攻撃呪文の使い手か。

 ラーハルトが逃げていくのを確認して、わたしはバギの第二撃を発動させようとした。

 だが、

 

「マホトーン!!」

 

 意外にも、相手が発動させたのは攻撃呪文ではなく、呪文封じだった。

 喉に見えない力がかかり、声が出せなくなる。

 途端、手に集中させた魔法力が霧散した。

 しまった!

 

「やったぞ!ガキを追え!!」

 

 そうはさせるか!

 わたしは咄嗟に足元の砂を掴んで、男たちに向けて投げる。

 

「うわっ…く、くそっ!目が!!」

 

 そして男たちが怯んだその隙をついて、物干し竿を引っ掴むと、それを振り回して突進した。

 ラーハルトが安全な場所まで逃げるか隠れるまで、彼を追わせるわけにはいかない。

 だが、先程マホトーンを放った男が、どうやら目に入る前に砂を振り払ったようで、わたしが振り下ろした物干し竿を、あっさりと掴んで止めた。

 

「なかなかやるね、お嬢ちゃん」

 

 男はそう言うと、空いた片手で腰のナイフを引き抜いた。

 同時に物干し竿を掴んだまま、それを自分に引き寄せる。

 呪文も封じられ武器まで奪われる事を恐れて、わたしは反射的に手に力を込めたが、それが良くなかった。

 基本的に非力な少女であるわたしは、物干し竿ごと男の方に引き寄せられ、次の瞬間男のナイフが、物干し竿を握るわたしの手の甲を掠った。

 男がニヤリと笑う。

 そして…手から、否、身体中から、全ての力が抜け、わたしはその場に倒れ込んだ。

 

「こいつは、毒蛾のナイフっていってね。

 これで傷を受けたら、少しの間動けなくなる。

 まあ、効果には個人差はあるがね。

 少しおとなしくしていてもらうよ」

 

 …なんて事だ。

 呪文も封じられ、動くこともできない。

 

「おまえら、いつまでそうしてる気だ!?

 さっさとガキを探しに行け!!」

 

 そして、わたしが砂をぶつけた男たちに向かって男が怒鳴ると、怒鳴られた男たちは何やら呻いて、ラーハルトの逃げた方向に向かう。

 お願い、逃げ切って。

 もはや指一本動かせないわたしにできる事は、祈ることしかなかった。

 

「…なんで、あのガキを捕まえようとしてるか知りたいか?

 実はある貴族が、新しく買った剣の試し斬りをしたいらしくて、しかも人間の子供を斬ってみたいと、そう言うんだな。

 そんな事は勿論許されない。

 だが、この麓の村の者が、この山に魔族の子供が住んでいると、その貴族に進言してくれてね。

 貴族はそれを捕まえて来てくれたら6万ゴールド出すと、俺たちに依頼してきたってわけさ。

 儲けの割に容易い仕事だと思ってたが、とんだ邪魔が入ったもんだ。

 …悪い子には、お仕置きをしなきゃいけないな」

 

 試し斬り!?子供を!?

 そんな事に村の人間が、彼を差し出したっていうの?

 ラーハルトの母親は、元はその村の人間だった筈だ。

 その息子である、彼を?

 あまりの事に衝撃を受けて、自分が今、何をされているかに、関心を向けることさえできなかった。

 ナイフの先で着ているものを切られ、肌を晒されているのにも、気付いていなかった。

 と、

 

 ピカッ!!

 バリバリバリバリ!!ドーーーーン!!!!

 

 突然周囲に閃光が走り、かなり近くに落雷した音と、その衝撃が地面を揺らした。

 

「雷か…。

 お楽しみは、小屋の中でさせてもらうかな」

 

 男が舌打ちしながらそう言い、わたしの身体を抱き上げようとした。

 その刹那。

 

 

 見上げたその顔が、消し飛んだ。

 

 そのまま、仰向けに倒れていく。

 

 

「グエナヴィア!!」

 

 聞き慣れた少年の声が耳に届き、子供にしては引き締まった腕が、倒れたままのわたしを抱きしめた。

 逃げていなかったの?大丈夫?

 声も出ず、動くこともできないが、なんとか目で訴える。

 そのわたし達の頭上に影が差し、視線だけで見上げると、歳の頃は30手前くらいの、背の高い男が1人、ラーハルトの背後に立っていた。

 

「もう大丈夫だよ、グエナヴィア。

 襲ってきた奴ら全員、この人が殺してくれたから」

 

 10歳の少年の口から出てきたとは思えない言葉を耳にして、わたしは背筋が寒くなり…

 

 そのまま、意識を失った。




1個目の石

名前:グエン(本名:グエナヴィア)
性別:おんな
職業:そうりょ

人間の女と魔族の男との間に生まれた私生児。
生まれてすぐに母親に殺されかけた為、10歳までをアルキードの修道院で育てられるも、ハドラー侵攻による恐怖から、自分ばかりか修道院そのものが迫害されかけた為、修道院を出て旅の空へ。
外見は運のいい事に人間寄りで、耳さえ隠せば人間に見える。癖の強いプラチナブロンドのショートヘアっぽい髪型だが何故か一房だけ長く伸ばして三つ編みにしてる。イメージはB’t-Xの華蓮さんを白ベースにして相当儚げにした感じ。内面はともかく(笑)。瞳の色はグレー。
生まれつきモシャスが使えるが、魔族っぽい能力なのであまり好きじゃないし、持続時間も短いので普段は使わない。
修道院で育った為僧侶の呪文は結構高位なところまで大体使える。
けど僧侶然としているのは表面上だけで、本質はおしゃれとおいしいものが大好きな、まあ普通っちゃ普通の若い女性。
防具は守備力よりかっこよさで選ぶ。特に帽子は、耳を隠すのとオシャレが同時に叶う素晴らしいファッションアイテムだと思ってる。
余計な情報ではあるが巨乳で普段着は割と露出度高め。
旅で立ち寄った教会でアルバイトをして、そこで次の街へのメッセージを預かって、それを届けた教会でまたアルバイト、というローテーションで路銀を稼ぐ。
あと大きな図書館を有する町に来た時には、まる1日は何もせずそこで過ごす事に決めている。


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3・半魔の僧侶は回想する2

 …息苦しさに目を覚ますと小屋の中で、ラーハルトの母親が使っていたベッドにいた。

 これはラーハルトが作ったもので、この家にベッドはこの一台のみだ。

 わたしとラーハルトが寝ていたのは干草の束の上に毛布を敷いただけの寝床であり、彼女が亡くなった後もどちらも寝床を移動しなかったから、彼女の死後初めてこのベッドを使ったのはわたしという事になる。

 おかしい、わたしは何故ここにいるのだろう。

 ふと、見るともなしに自身の身体を見下ろすと、わたしが身につけているのは、故郷を出る時の荷物として持たされて普段から身につけている若干大きめの尼僧服ではなく、ラーハルトの母親の部屋着だった。

 

 …息苦しかったのはこれが原因か。

 

 あの人は小柄で痩せていたから、わたしが着るには丈は若干短いし、最近妙に膨らんできた胸も少しきつい。

 それに、何やら手の甲がひりひりするので見てみれば、 浅い切り傷がついていて、それがかさぶたになっている。

 

 …………ッ!?

 

「ラーハルト!!」

 

 ベッドから飛び出して、彼の姿を探す。

 狭い小屋にはランプもなくもう暗くなってはいるが、わたしは魔族の血のせいか割と夜目が利く。

 探すほどのこともなく、いつも彼とわたしが眠っている干草を置くスペースに、ラーハルトは横になって寝息を立てていた。

 怪我などはしていなさそうだ。良かった。

 ホッとして彼に歩み寄り、その金色の髪をそっと撫でる。

 むにゃむにゃと何事か呟いた彼は、目を覚ますことなく、薄く微笑んで小さくわたしの名を呼んだ。

 と、

 

「目が覚めたか」

 

 不意に、聞き覚えのない低い声が小屋の隅から聞こえ、わたしは咄嗟に身構えた。

 

「…誰っ!?」

「助けてやったというのに、随分なご挨拶だな」

 

 …その瞬間まで、他に人のいる気配を、わたしはまったく感じていなかった。

 声の聞こえる小屋の隅には、闇がわだかまっており…その闇が、立ち上がって、わたし達を見下ろした。

 背の高い男だった。

 年の頃は30手前、恐らくはそれを越してはいない。

 あっ、と思った。

 この顔は、気を失う寸前、最後に見た顔だ。

 途端、その直前の光景が、頭の中でフラッシュバックした。

 服を切り刻まれて晒された肌の上に、のしかかろうとする人間の男。

 一瞬で、燃え尽きるように、消失するにやにや笑い。

 血の一滴すら流さずに、仰向けに倒れる、首から上を失った身体…。

 そこまで思い出して、胸がむかむかした。

 

「何が起きたか、思い出したようだな」

 

 言われて、わたしはその男を睨みつけた。

 確かに助けられたのだろう。

 だが、わたし自身、助かったとは思えなかった。

 先ほどとは違う意味で、この男から危険なものを感じていた。

 憎しみとか、怒りとか、そういった激しく昏い感情を孕んだ目は、その身体のうちに凝る闇を、映し出しているように思えた。

 それが自分に向けられたものでないとわかっていても、まともに目を見返すと、反射的に背筋が震える。

 何よりラーハルトは、

 

「襲ってきた奴ら全員、この人が殺してくれた」

 

 と言った。

 つまりその光景を、10才の子供に見せたという事だ。

 それが、わたしには許せなかった。

 助かったとは思えなかった。

 むしろ新たな火種を抱え込んだ気すらしていた。

 

「あなたも、人間ではないのね…」

 

 姿は人間と変わらないが、そうでない事は一目でわかった。

 むしろ獣に近い匂いというか、空気を感じる。

 わたしの言葉に、男は一瞬、眉だけを動かした。

 それから、小さく息を吐いて呟く。

 

「…あのような、身勝手で醜い生き物と一緒にするな」

 

 その言葉にカチンときて、思わず言い返す。

 

「そういう言い方はやめて。

 わたしもラーハルトも半分は人間なの。

 わたしの母は、生まれたばかりのわたしを殺そうとしたらしいけど、あの子の母親は優しくていい人だった。

 確かにさっきの連中のような輩も中にはいるけど、一括りに断じられるのは不愉快だわ」

 

 そのわたしの言葉に、それまで無表情だった男が、少しだけ目を見開く。

 なんだ?

 

「…あの子の母親?姉弟ではないのか?」

 

 ああ、そういう事ね。ていうか、そこ?

 

「…わたしは旅の途中で、たまたまここに立ち寄った際に、ここで暮らすあの子とその母親に出会い、彼女の最期を、あの子と共に看取っただけ。

 わたしと彼は境遇が似ていたから、つい離れがたくて居着いてしまったけれど、元々まったくの他人です」

「なるほど。

 ここにある衣服のどれもが、君の身体に合わなかったのはそういうことか。

 一番ゆったりとした形のそれでも、着せるのに苦労した。

 単に山の中の生活で、調達が間に合わなかったのだろうと思っていたが」

 

 ………え。

 

 あの、つまり、この服をわたしに着せたのは、この男だったという事だろうか。

 いや、そうなのだろう。

 ラーハルトではそもそもわたしをここまで運べないし、彼なら母親の服をわたしに着せようなどと考えもしない筈だ。

 まあいい、逆に考えるんだ。

 ほぼ裸の状態のまま放置されなかっただけありがたいと考えるんだ。

 

「君たちはこれからどうする気だ」

 

 若干モヤモヤした気持ちを己の中で整理をつけていたら、男が話しかけてきた。

 

「どういう意味?」

「人間たちの襲撃が、これで終わると思うのか?

 奴らは同族以外を人と思ってはいない。

 ここにいたら、また君たちは同じような目にあう」

 

 …そうだった。

 奴らは、どこぞの貴族の依頼で、剣の試し斬りに使う魔族の少年を捕まえる為にここに来たのだ。

 依頼を受けた者たちが戻って来なければ、次の者を送って寄越すに違いない。

 

「……この子を連れて、旅に出るわ。

 どこかひっそりと暮らせる場所を探す」

「一生隠れてか?」

「一生とは思っていません。

 わたしもラーハルトも、半分は人間だもの。

 いつかは分かり合えると…信じています」

 

 だが、わたしの言葉に、男は首を横に振る。

 

「夢物語だ。そんな都合のいい話はない。

 というより、そのいつかを待つ間に、君たちは迫害の末に命を落とす。

 いや…君一人なら、命だけは助かるだろうが、彼は確実に死ぬ」

「っ!!」

 

 多分それは、わたしが女だからなのだろう。

 さっきの事を思い出して、わたしはまた吐き気を覚えた。

 だが、

 

「…私と来い。

 私ならば、君たち二人とも、守ってやれる」

 

 男が、わたしに向けて手を差し出す。

 確かに、先ほどの男たちをどのようにしてかは知らぬが全滅させた事実がある。

 けれど、わたしは本能的に、この男を信じる気になれなかった。

 

「守るってどういう意味?

 襲ってくる人間はみんな殺してくれるって意味なの?」

「必要とあらば」

 

 即答する。その迷いのなさに恐怖すら覚える。

 

「わたしは人間を殺したくなんかない!

 そんな人についていけると思って?」

 

 どうしても己の中で受け入れることができない部分を主張するわたしに、男はラーハルトを示しながら言う。

 

「彼は私についてくると言ったぞ」

 

 …わたしが眠っている間に、そんな約束が交わされていたのか。

 ラーハルトは人間を憎んでいる。

 それは、この出来事で、ますます拍車がかかったろう。

 わたしといると、同じような事が起きる。

 そして彼はますます人間を憎む。

 その、繰り返し……、

 

「……そう。なら、連れていくといいわ。

 わたしではラーハルトを守れないと、彼自身が判断したのならば、そうするしかないでしょう」

 

 できるだけ冷静に言ったつもりだったが、それでも少し声が震えた。

 そのわたしを見る男の目に、少しだけ哀しげな色が見えたのは気のせいだろうか。

 

「…何故だ。君も人間に迫害されてきたのだろう。

 何故それでも、奴らを信じられる?」

「…わたしを育ててくれた人たちは、わたしを守ろうとしてくれたわ。

 わたしが故郷を離れる時、守ってあげられなくてごめんなさいと泣いた。

 人間は確かに臆病で弱い。

 けどわたしは、あの涙を信じたい」

「………」

 

 男はわたしの答えを聞いて何か言いかけたようだったが、それ以上の言葉は紡がれなかった。

 わたしは、ずっと小屋の片隅に置きっ放しだった自分のリュックを探り、尼僧服とケープを引っ張り出す。

 

「…悪いけれど、後ろを向いててくださる?

 着替えたいの」

「む……」

 

 わたしが服を示しながら言うと、男は少し慌てたように背中を向けた。

 振り返る様子もなさそうなのを確認して、窮屈な借り物の部屋着を脱いで、着慣れた尼僧服に袖を通す。

 破かれたものの他はこれ一枚しかないから、次にたどり着いた街か村ででも調達しなければいけない。

 というか、別に尼僧服にこだわる必要はない。

 ケープが付けられるから耳を隠すのに都合がいいってだけで、大きな街に行けば、もっと旅に都合が良い、服でも帽子でもなんでもあるだろう。

 

「ラーハルトが眠っている間に行くわ。

 彼のことはお願いします」

 

 ケープを頭に被りながら、男の背中に話しかける。

 

「…本当に、彼と離れて構わないのだな?」

「もともと他人だって言ったでしょう?

 それに、わたしと居たらこの子が死ぬって言ったのはあなたよ」

 

 リュックを背負い、旅装を整えて、もういいと告げると、男は振り返った。

 そしてわたしの姿を見て、少し驚いたように言う。

 

「…尼僧だったのか」

「わたしは修道院で育ったのよ」

「なるほどな。この理不尽な世界を作った存在の、(しもべ)というわけか。

 道理で甘いことばかり口にすると思っていた」

「なんとでも言えばいい。

 わたしは、人間と共存してみせる。

 今は無理でも、いつか必ず分かり合えると信じる。

 …そうなったら必ず帰ると決めていた故郷はもうないし、だからわたしを育ててくれた人達も、今はもう居ないけれど」

 

 そのわたしの言葉に、男がまた目を見開く。

 

「故郷が、ない?」

「半年ほど前に、領土ごと沈んだそうよ。

 旅の途中で立ち寄った街で、そう聞いたわ。

 詳しいことはわからないけど、地殻変動だろうって」

「…君の、故郷は?」

 

 何か、男の口調に苦いものが混じった。

 

「アルキードよ」

 

 わたしは振り返らずにそう答えると、小屋の戸を開けて、外に出た。

 …一人になって見上げた星空が、信じられないほど美しくて、涙が溢れて止まらなかった事を、今でもはっきり覚えている。

 この広い世界で、自分はまったくのひとりぼっちだという、それまで一度も感じたことのない想いに、胸が締め付けられたから。

 

 ☆☆☆

 

 …夢見が良くなかった気怠い朝。

 昨夜あれだけ食べたのに、朝になるとやっぱりお腹は空くのだと、目覚めと同時に苦笑する。

 宿は朝食は出る筈なので、身支度を整えて食堂に向かった。

 宿の女将自慢の焼きたてパンと、優しい味の温かいスープ、付け合わせのミニサラダとチーズまでぺろりと平らげ、わたしは宿を後にして、街の門に向かった。

 

 一歩街の外に出れば、旅人の為の街道以外は、ほぼ荒野か山道だ。

 野生の獣や弱いモンスターなどと出会う事もなくはない為、一応自分にトヘロスをかけておく。

 次の目的地のパルナ村は、以前訪れた事がある。

 薬草の群生地が近くにあるんだけど、その辺はバブルスライムの生息域でもあり、解毒依頼が結構あった筈だ。

 てゆーか、わかってるなら毒消し草を持ち歩けよとちょっとだけ思うが、まあ旅をするならば常備は必要だけど一般の村人には確かにちょっと割高かも。

 まいどありー。

 あと、棒術の達人って人が住んでて、以前訪れた時少しだけ師事した。今もお元気ならば訪ねておきたい。

 

 歩きながら、今朝見た夢を思い出して、また涙が出そうになるのを慌てて止めた。

 あれから…もう12年になるのか。

 

 わたしは、人間と関わって生きていく。

 あの男の手を振り払った自分への意地もあったけど、何よりわたしが、孤独に耐えられそうにない。




関係ないけど、アニメ版のダイ大のキャスト、マァムとレオナは絶対逆の方が合ってたと今でも思ってる。逆にポップとアバン先生は合い過ぎてて悶えた。ハドラーは後のことを考えてもう少し若めの声の方が良かったと思う。そしてキルバーンはもっと長く放映が続いていたら田中秀幸さんが地獄をみていた。

そういえばヒュンケル(残念イケメン)の声が、堀秀行さんだったんだよな…フッ。
…それはそれとしてダイ大の登場人物の中で、一番イケメンなのがワニっていったいどういうことなんですか?


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4・半魔の僧侶は戦闘する

試したことはないので断言はできないが、多分かまいたちにニフラムは効かないと思う。
よいこはまねしないでね。


「これが『なぎはらい』だ。

 すぐに習得できるものではないが、群れで出没して仲間を呼んだりするモンスターと、うっかり遭遇した時などに役立つ」

「はい、御教授ありがとうございます!」

 

 ☆☆☆

 

 パプニカからこのパルナ村まで、たどり着くのに一ヶ月以上かかった。

 なんでもわたしがパプニカを出て間もなく、洗礼の儀式だかなんだかで西の孤島に行っていた王女が、そこで暗殺されかかるという事件が起きていたそうで、しかも首謀者が事実上、王の次くらいに政治的権力を持つ要人だった為に、関係者の処分を行なった結果、結構な人数が領外への逃亡を図ったのだという。

 というかその要人、欲をかかずに大人しくしていれば、その地位に相応しい生活をこれからも続けられたろうに、一体なにが彼を、その所業にかき立てたんだろう。

 あの国は賢者の国とも言われてるのに、中枢にいる人間が賢くなかったって何ぞ。

 それはさておき、そんなわけで街道のあちこちに臨時の関所が置かれ、旅人のチェックが厳しくなって、そのチェックの順番が回ってくるまで臨時の宿に留め置かれた次第。

 そんな事情だからこの宿、宿泊は無料だが食事は出ないので、旅用の携帯食料はそれだけ消費する。

 それを見越してか日に一度、行商人がお弁当を売りにきていて、一度買って食べたけど結構美味しかった。

 更にめんどくさい事にわたしが僧侶だと知ると、短期でいいから教会業務を引き受けてくれとどこの関所でも頼まれてしまい、結局ひとつ関所に着くたびに2日以上そこに足留めを食らった挙句、ようやく目的地にたどり着いたのだ。

 おかげで懐は若干温かい(この際だからギャラは小数点以下切り上げ55パーセントまでふっかけたら意外と快く了解され、この際思い切って60とか言っとくんだったと後悔した)が、着いた先は食べ物は素朴で美味しいけどファッションは洗練されていないイナカの村。

 買い物の楽しみは味わえそうにない。

 メッセージ自体はそれほど到着を急がない内容だったそうなんで、ならもうしばらくパプニカに留まってれば良かったと内心思う。

 今回はメッセージ預からずに一旦パプニカに戻って、そこから船に乗ってロモスあたりに行ってみようかな。

 

 パルナ村の棒術の達人の先生は去年亡くなっており、彼の家には弟子の方が住んでいた。

 わたしよりひとつ年上で、落ち着いた雰囲気の男性、名前はゲッコーさんという。

 せっかくなので彼にも御教授賜ろうと願い出て、今その実演がひとつ終わったところだ。

 確かに全体攻撃技が使えると助かるな。

 トヘロスをかけていても、たまにそれをかいくぐって襲いかかってくるモンスターもいなくはない。

 先日うっかり踏み込んだ沼地で、マドハンドの群れと遭遇してしまった時は、本当にひどい目にあった。

 何せ奴ら、一匹潰してる間に次々と仲間を呼ぶもんで、気付いたら遭遇した時点の倍もの数を相手にしなければならなくて、本当に死ぬかと思った。

 てゆーか疲れ切って苦し紛れに放ったバギが暴走してくれなければ普通に死んでたと思う。

 そのバギに限らず、呪文は使用状況や相手によっては、効果が薄い場合もある。

 そもそもマドハンドって、出没数の割には研究が進んでないモンスターで、本によって分類がまちまちだったりするので、属性自体がはっきりしない。

 だがニフラムが効かなかった事を考えれば、死霊系のモンスターと記述のあったあの本だけはデタラメだと判断して次の町で売り払った。

 なんでも出版元が現存しなくて好事家からはそこそこ欲しがられてる本だったらしく、古本市で入手した割には売ったら結構な値段になったけど。

 とにかくそれなりのレベルに達していれば、結局は物理で殴るのが一番確実な攻撃方法なのは間違いない…というのはいささか脳筋な考えに偏りすぎだろうか。

 もっとも街道で出会うモンスターは野生動物より知性は高めなので、むやみやたらと襲いかかってくる事はなく、むしろ人の姿を見たら逃げていくものの方が圧倒的に多いので、旅人にとっては野生動物との遭遇の方がよほど怖いんだけど。

 

 パプニカの教会からの手紙をこの村の修道院に無事届け、報酬を受け取った後、滞在して10日ほど。

 午前中は棒術(こちらの流派では『棍法術』と呼ぶらしい)の修行に通い、日中は滞在する修道院でシスターのアルバイト。

 ゲッコーさんは、この村の若い女性達の間では「クールな表情がステキ」と密かに人気があり、わたしが棒術の修行に通っていると言うと、修道院内でもなかなかの騒ぎになった。

 特に一番若いシスター・アリスがどうやら彼に本気でご執心らしく、6才年上のわたしに一通りの意地悪な嫌味を言ってくるようになったのはご愛嬌。

 どうせ路銀が満足いく程度貯まったら離れる村だと我慢する。

 

 ☆☆☆

 

「シスター・グエン…旅はまだ続けるのか?」

 

 お湯と部屋を貸してもらって身体を拭き、動きやすい旅人の服から、ケープもつけた完璧な尼僧姿に着替えを済ませて、ゲッコーさんの家を辞そうとしたら、なんだか真面目な表情で話しかけられた。

 

「ええ、そのつもりよ?

 その為に戦い方を学んでいるのですもの」

「でも、特に目的があって、旅をしているのではないのだろう?

 そろそろ、落ち着く先を考えてもいいのではないか?」

 

 それは、もういい歳なんだから身体を労われと言われているのだろうか。

 

「どういう意味?」

 

 ちょっとムッとしながらも出来るだけ顔に出さないようにして問うと、ゲッコーさんはわたしから視線を逸らし、声のトーンを少し落として、言った。

 

「…俺は、あなたにずっと、ここにいて欲しいと思っている」

「……?」

 

 ここって、この村に?

 …うーん、隠居しろと言われるくらいスジが悪いのかなぁ。

 一応は前の先生に、

 

「これならある程度安心して旅ができるだろう」

 

 って言われて送り出されたし、弱いモンスターや野生動物程度なら、わたしの棍の腕でもある程度戦えたんだけどな。

 

「…その、確かに知り合って10日やそこらの男にこんな事を言われても、すぐに答えられる事ではないかもしれぬが……」

 

 考え込んでしまったわたしに、ゲッコーさんが何やら慌てたように話しかけてくる。

 まあ、心配をかけてしまっているのは事実なのだろう。

 

「…そうね。

 いずれは落ち着く先も必要かと思います。

 いつまでも旅は続けられないし」

 

 わたしが言うと、ゲッコーさんはぱっと笑顔になり、それから、そうか、と小さく呟いて息をひとつ吐いた。

 

「でもそうするならばわたしは、将来は、大きな街で暮らしたいわね。

 買い物に便利で、食べ物も美味しい、パプニカくらいの都会で」

 

 少なくともわたしの中ではこの村はない。

 だが、わたしの言葉に、彼は少し表情を曇らせる。

 

「…確かに都会は便利で、物も豊かだがな。

 …でもいつか子供ができた時には、ここはいい村だぞ?」

「子供?」

「考えなければいけない事だろう?」

 

 いやなんの移住アピールだ。

 田舎暮らしに憧れる、都会に暮らす家庭持ちに言うならそれは有効な誘い文句かもしれないけど、わたしみたいな独り者の旅人は、そこにまったく魅力を感じない。

 

「そう?

 でも人生、予定通りになんていかないし、そもそもまだ相手もいないのに、そこまで考えてもねえ。

 そりゃ結婚したいほど好きな人ができたら、いやでも考えちゃうんでしょうけど、今のところはまだ、必要ないかな。

 落ち着く先も、好きな人も、勿論子供も。

 むしろ今はもっと広く旅をして、自分が暮らしたいと思える場所を、探している段階かも」

 

 そもそも、そんな好きな人ができたら、わたしは自分の出自を明かさなければいけない。

 それを相手が受け入れてくれて、初めてその関係が成立する。

 それは本人だけではなく、周囲全体がだ。

 でなければアルキードの修道院や、ラーハルトのケースと同じだ。

 自分だけでなく、大切な人をも、迫害に巻き込む事になる。

 

「え…?いや、その、だから…。

 ……いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 ん…どうしたんだろう?

 ゲッコーさんは割とものをはっきり言う方だと思ってたんだけれど、今日はいつになく歯切れが悪いな。

 

 ☆☆☆

 

「大変だ!魔物が攻めてきた!!」

 

 と、村のおじさんが一人、ゲッコーさんの家に、叫びながら飛び込んできた。

 なんとなく今朝から、空気が違うのはわかっていた。

 なんというか、大気全体に混じる瘴気というか、なにかわからないが嫌な感じ。

 それは昔、まだ子供だった頃、魔王ハドラーが現れていた時期に、世界を包んでいたのと同じ感覚だった。

 魔王の魔力が世界を覆う時、モンスターはその魔性に支配され、暴走する。

 ……まさか、そんな。

 

 ・・・

 

「あなたは修道院へ戻るんだ」

 

 丈夫そうな金属の棍を一本、かかっていた壁から掴みながら、ゲッコーさんがわたしを振り返る。

 

「わたしも戦うわ!

 それに、回復呪文の使い手が必要でしょう!?」

 

 ここで手を貸さなければ、何の為に旅をしているかもわからない。

 少なくともわたしの旅の目的は、自分を守る事だけではなかった筈だ。

 

「…ありがとう。助かる。

 できれば、あなたのような女性に手を貸してもらうのは心苦しいが、今は戦える者が一人でも欲しい。

 ゆくぞ、グエン」

 

 先程までとは違う、引き締まった表情で、彼は棍をもう一本取って、わたしに手渡す。

 それは彼が扱うものよりは細くて軽く、わたしにも扱いやすそうだった。

 それを受け取ってわたしは頷き、駆け出す彼の後ろに続いた。

 

 ・・・

 

 村の入り口付近では、既に何人かが倒れており、わたしは彼らにホイミをかけてから避難を促し、そこに群がるモンスターを睨む。

 それは「かまいたち」の大群。

 ざっと50匹は居るだろう。

 わたしの持っている本によれば、元々は大気の精霊だったものが、何かのきっかけでモンスター化した存在だという。

 この場合、きっかけは間違いなくこの瘴気だろう。

 まずいな。

 風属性のこのモンスターにバギは効きにくい。

 まったく効かないわけではないが効率は良くない。

 その上素早さが飛び抜けていて、物理攻撃も回避されやすい厄介な相手だ。

 奴らはわたし達を見つけると、一斉に襲いかかってきた。

 ゲッコーさんが先ほどの『なぎはらい』で、ある程度の数にダメージを与える事に成功するも、同じくらいの数に回避される。

 とりあえずわたしは、ゲッコーさんがダメージを与えつつ一撃で仕留められなかった個体を仕留めに掛かるが、これだけ同じ種類が一度に出てくると、途中から個体識別が困難になってきた。

 やがて、一人で敵を半数くらいまでは減らしていたゲッコーさんにも、疲労の色が見えてきはじめ、遂に肩と太ももに奴らのバギをくらって、バランスを崩して地面に膝をつく。

 

「くっ!!」

 

 このモンスターは保持する魔法力はあまり高くなく、単体ではバギ2発くらいで尽きてしまうのだが、なにぶんここでは数が多いので、それだけバギの発動が頻繁に行われている。

 ホイミをかけに行きたいが、迂闊に近づけない。

 そうしているうちにゲッコーさんは取り囲まれ、集中攻撃を受け始めた。

 このままじゃ、まずい。

 

 わたしは棍を構えて突進する。

 そして見よう見まねのなぎはらいを繰り出すもそれは悉く躱され、今度は攻撃がわたしの方に集中する。

 これでいい。わたしはホイミが使える。

 少しの間ならそれで耐えられる。

 バギが身体の周囲で渦巻き、わたしの身体のあちこちを切り裂いた。

 

「グエンーーっ!!」

 

 ゲッコーさんの声が遠くに聞こえる。だがそれに答える余裕もなく、わたしは手に魔力を集めた。

 瞬間、身体の内側に、割と最近にも感じた力の沸き上がりを感じる。

 間違いない…これは、魔力暴走の前兆だ。

 それに気がついた時、わたしは発動しようとしていたホイミの詠唱を止めた。

 

 このモンスターは恐らく、魔王由来の瘴気によって生まれたもの。

 通常の発動状態なら無理だろうが、暴走状態なら、或いは。

 かまいたち達が、抵抗をやめたわたしに向かって、一斉に襲いかかってくる。

 そのタイミングでわたしは、両手に魔力を集中させると、ひとつの呪文を詠唱した。

 

 

「ニフラムッ!!!!」

 

 

 暴走した魔力が、聖なる力を増幅させる。

 わたしの掌から放たれた光は、かまいたち達を包み込み、その身体ごと存在をかき消した。

 後に残るのは、静寂。

 

 ☆☆☆

 

「魔族…!?」

 

 なんとか息を整えて、立ち上がったわたしの耳に、怯えたような村人の声が聞こえた。

 反射的に耳元に手をやると、いつのまにか尼僧のケープが脱げて、尖った大きな耳がむき出しになっている。

 

「魔族だ!なんで魔族がここに…!?」

 

 周りを見渡すと、いつのまに集まっていたものか、村人たちが跪いたまま動けないゲッコーさんを囲んで、そこからわたしを見つめている。

 

「そうか…あなたがあのモンスター達を、ここに呼び込んだのね!?」

 

 聞き覚えのある女性の声がして、その方向を見ると、シスター・アリスが、怒りを燃え立たせた瞳で、わたしを睨みつけていた。

 

「違う、彼女は…」

「ゲッコーさんは黙ってて!

 出ていきなさいよ、この魔物女!!」

 

 彼女の叫びに、村の人たちが呼応する。

 誰かが修道院から持ってきていたのか、わたしのリュックが投げつけられた。

 彼らの勢いに思わず後ずさると、先程まで使っていた棍が、踵に当たって音を立てた。

 …それを拾い上げると、彼らが怯えたように立ちすくむ。

 そのまま近寄ると、シスター・アリスとゲッコーさん以外の村人達が、悲鳴をあげて逃げ去った。

 

「な、なによ!あなたなんか怖くないわ!!

 この人に何かしたら許さない…!!」

「お貸しいただいてありがとうございます。

 お返しいたしますね」

 

 彼女を視界に入れずに、わたしは棍を、ゲッコーさんに差し出した。

 ゲッコーさんは悲しげに首を横に振る。

 

「…持って行くがいい。

 もともと、あなたに差し上げようと思って用意していたものだ」

 

 …涙が出そうになった。

 わたしは彼に一礼すると、投げられたリュックを拾い上げ…

 

 そのまま、彼らに、背を向けた。

 

 ☆☆☆

 

「う〜ん。

 お話を聞けば聞くほど、その女性は、悪い方ではなかった気がしますねえ」

「やはり…そう思われますか」

「彼女は、ニフラムを使ったのでしょう?

 あの呪文は、聖なる力で、悪しき力を滅する呪文ですからねえ。

 どんなに頑張っても、悪しき存在に操れるものではないんですよ。

 魔族だったのは間違いないにしても、その方は間違いなく、正しい心を持っていたのでしょう。

 早まられましたねぇ、皆さん」

「…お恥ずかしい限りです。

 俺は、彼女を信じていたのに、それでも庇ってあげられなかった。

 俺は、俺たちは、彼女に対して、どう償えばいいのでしょう?」

「…その気持ちを、忘れないこと。

 同じ過ちを繰り返さないこと。

 そう思って生きていき、またそれを人に伝えていく事です。

 そうすればいつかきっと、どこかで彼女は、あなたのその思いに触れることになります。

 そうなる日を夢見て、頑張りましょうよ、ね?」

「……肝に命じます、勇者殿」

 

「なんか、ヤな話聞いちゃいましたね、先生。

 その魔族、ここの村人の為に戦ったのに、魔族だからってみんなで追い出したって事でしょう?

 おれだったら、そんな事されたら、人間なんて信じられなくなるかも」

「そうですね。

 だから、そうならない為にも、私たちも伝えていかなければいけません。

 いつか、私たちがその人に会えた時に、その人が笑ってくださるように。

 ねえ、ポップ?」

 




ちょっとドラクエに時々ある若干胸糞エピソードぽい話にしてみたけど、やっぱり書き始めると自分が辛かった。そのせいか文章的にはかなり散漫なのは否定できない。
ひとまずゲームプレイ中に覚えた苦労に見合わない感とこんな村滅びてしまえ感をちょっとでも出せていればと思う。
関係ないけど7の例の昼ドラ劇場で、カヤとカサドールを荻野目慶子と長谷川初範で脳内変換していたアホはこのアタシだ。


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5・半魔の僧侶は武人(ワニ)と出会う

 魔王ハドラーが復活し、パプニカ王都が陥落した。

 

 パプニカ港から、船でロモスまで行こうとしていたわたしだったが、そんな状態で船が出るわけもなく、この地方に足留めを食うことになった。

 王都にほど近いところにかつてのハドラーの居城だった地底魔城がある為、王都に近づくのは危険。

 仕方なくわたしは周辺の、村や小さな町を訪れて、怪我人の治療や死者の弔いをしてまわっていた。

 パルナ村での出来事は、わたしの心を確かに傷つけたが、結局は意地と寂しさが、悲しみに打ち克った。

 かつて、ラーハルトとわたしを助けたあの男。

 名も知らぬ彼の言葉通りには、なりたくなかった。

 なによりわたし自身が、他者との関わりなしには生きられない。

 魔王の瘴気はこの地方を中心に、徐々に世界に拡がっていく。

 まもなく世界中がこの空気に満たされて、地上すべてのモンスター達の敵意が、明確に人間に向かうだろう。

 だが奇妙な事に、訪ねた町や村には、人間がある程度生活できる範囲をすっぽり覆う結界が張られているところが幾つかあった。

 この中にいれば邪悪なモンスターは入ってこれず、ひとまず安全は保たれる。

 聞いたところによれば、その地を通りかかった『勇者』が施していったものだという。

 その『勇者』は14、5歳くらいの少年を伴って、この島の漁村から小舟で、西の方に向かったそうだ。

 その人が本当に『勇者』なら、何故地底魔城に行って魔王を倒してくれないのかとちょっと思ったのだが、王都から脱出してきた人から聞いた話では、確かに地底魔城からモンスターは出てきているものの、それを操っているのは、魔王本人ではないらしい。

 それでもかつての魔王以上に強いとの噂もあり、ひょっとしたら倒すにしても、もっと力を蓄えなければならないのかなと、無理矢理自分を納得させた。

 勇気と無謀は違う。

 

 ☆☆☆

 

 ロモス王国を襲ったモンスターの軍団を、『勇者』が撃退したという。

 だがその『勇者』、どうもこのパプニカ領に現れていた人物とは別人のようだ。

 ここから西へ船を出した『勇者』は、噂によれば30歳くらいの品のいい男性だったそうだが、ロモスに現れた『勇者』は、まだ少年だったそうだから。

 だが少年勇者とその一行、実はかつて魔王ハドラーを倒した勇者の育てた弟子達だったそうで、彼らはその前勇者の名を冠して「アバンの使徒」と呼ばれているとの事だ。

 

 わたしは教会業務の傍ら、旅の商人の用心棒のアルバイトも始めた。

 主に荒野や街道に現れるモンスター達から彼らを守る仕事で、戦闘があってもなくても5日間で500ゴールドの契約。

 それが高いのか安いのかはわからないが、正直わたしは腕っぷしに絶対の自信は持てないので、その仕事が入った際には、こっそりトヘロスをかけて戦闘を回避していたのは内緒だ。

 

 ☆☆☆

 

 パルナ村付近よりもっと質のいい薬草の群生地があると聞いて、パプニカ王都にほど近い崖の上に、やっとの事で登ってきた。

 葉をひとつ摘んで口に入れ、自分の舌で品質を確認する。

 うん、これならば、ほかの各種ハーブと組み合わせる事により、より効果の高い「上薬草」を作ることが可能だ。

 根っこまで抜かないよう注意しながら、できるだけたくさんの葉を摘んで、ポーチに詰める。

 と、上空に大きな影が差し、わたしは近くの岩場に身を隠した。

 それは巨大な猛禽類のような姿のモンスター。

 確かガルーダという種類だった筈だ。

 しかし、わたしの知識が正確であるなら、ここいらはこのモンスターの生息域ではない。

 どこから来たんだ、こいつは。

 ガルーダは薬草群の端の方に降り立つと、嘴でぶちぶちと、それらを無造作にちぎり始めた。

 栄養価の高い植物だ。

 モンスターにも有用なのだろう。

 もう少し摘んでいきたかったところだが、このモンスターに見つからないうちに、ここを離れた方がいい。

 そう判断して、こっそり岩場から、登ってきた崖の方に歩を進めた。

 が、

 

「………っ!!?」

 

 ガルーダの方に注意を向けるあまり、足元の小石を踏んでしまい、足の下で転がったそれに滑った…要するに、足を踏み外した。崖の上から。

 あー死んだな、わたし。

 

 と思ったら次の瞬間、何か柔らかいものの上に背中から落ちた。

 起き上がって、身体の下にあるそれに触れる。

 これ…羽毛?

 とにかく今わたし、何か空中を移動してるものの上にいるらしい。

 風で飛ばされそうになった帽子を慌ててひっ掴み、とりあえず懐にしまい込む。

 やがてその飛行物体の動きが止まり、周りを見渡すと、先程の薬草地帯に戻ってきていた。

 そこから降りて、改めてわたしをここまで運んだものの正体を見極める。

 予想はついていた。

 先程ここに現れたガルーダが、つぶらな瞳でわたしを見つめていた。

 …魔性に支配されている目ではない。

 ある程度の知性が感じられる。

 

「…ありがとう。助けてくれたのね」

 

 恐る恐る、その身体に手を伸ばすと、ガルーダは自分から、わたしの方に首を伸ばしてきた。

 首筋を、掻いてくれとでも言いたげに。

 その通りにしてやると、機嫌の良さげな小さな声でくるくると鳴く。

 ちょっと可愛い。

 

「賢いのね。誰かの飼い鳥かしら?」

 

 この世には、魔物使いと呼ばれる者たちがいる。

 その名の通り、モンスターを飼い慣らして使役する特技を持つ者たちで、その力は魔王の瘴気を受けたモンスターとすら、自らその魔性を跳ね返せるほどの、強い信頼関係を築かせるのだという。

 このガルーダは、恐らくはその、魔物使いに飼われているモンスターなのだろう。

 ある程度首筋を掻かれ満足したのか、ガルーダはわたしから離れると、先程のように薬草の葉をちぎり始めた。

 だが、どうやら食べているのではないようで、よく見るとちぎった葉を、羽の間に差し込んでいる。

 

「どこか、怪我をしているの?」

 

 助けてもらったのだから、それならばホイミをかけてやろうと思ったのだが、それらしい箇所は見当たらない。

 まあそうだろう。

 もし自身が怪我をしているならば、まず間違いなく食べる方を選択するだろうから。

 

「…もしかして、薬草が必要なのは、あなたのご主人かしら?

 もしそうなら、わたしはホイミが使えるわ。

 あなたのご主人に会わせてくれない?」

 

 魔物使いの使役するモンスターならば、ある程度人語は理解する筈だ。

 その目を見つめて、ゆっくり話しかける。

 だって魔物使いなんて、本では読んだけど実際には会ったことがない。

 とても興味がある。

 ガルーダは丸くて大きな目を、一度考えるように閉じてから、もう一度わたしを見返し、それからわたしの方に身体を傾けた。

 

「乗れ、って解釈してもいいのかしら?

 …失礼します」

 

 わたしは、先程降りたばかりのガルーダの背にもう一度乗り直した。

 ふかふかで、あったかくて、気持ちいい。

 …以前カールの城下町ですすめられた羽根帽子は、デザインがダサすぎて買う気がしなかったが(そもそもあの国のファッションセンスは、100年前の最新流行と言っても過言じゃない。カールは大きな図書館以外、わたしにはなんの魅力もない国だった。女王の治める国なのに勿体ない事だ)、この子の羽毛で帽子を作ったら、さぞや素晴らしいものが出来上がるだろう。

 抜け毛でいいから集めときたい。

 

 ・・・

 

 だが。

 連れてこられた先で、瀕死の状態で横たわっていたのは、1匹の巨大なリザードマンだった。

 

「…いやちょっと待って」

 

 思わず後ずさると、後頭部にガルーダのふわふわの胸毛が当たる。

 

「…やっぱり、あなたのご主人って、この方ですか…?」

 

 モンスター相手に思わず敬語になりながら問うと、ガルーダは、くわ、と一声鳴いた。

 これは恐らく肯定だろう。

 

「…まず、大事な事をひとつ確認させて。

 わたしがこのひとを治療した後、このひとがわたしに襲いかかってこない保障は?」

 

 わたしの言葉にガルーダは、首を振って羽根をばたつかせた。

 …うーん。「そんなことはない」と言ってるように見えなくもないが、「そこまで保障できない」という風にも見えなくもない。

 さすがに魔物使いじゃないわたしに、モンスターとのこれ以上のコミュニケーションは難しいか。

 むしろ、これだけ人語を理解するこのガルーダの賢さが驚異的なのだ。

 ともあれ、この子の必死さだけは疑いようがない。

 ここに倒れているリザードマンが、この子が慕うに値する主人である事を信じるしかない。

 

「…信じた、からね」

 

 わたしはひとことそう言って、そっとその巨体に近寄った。

 硬そうな鱗に覆われた身体の状態を確認する。

 重たそうな鎧に覆われている部分はちょっと判らない(どう外したらいいかも判らなかった)が、手当自体はされてるような気がした。

 ただ、その傷を治癒する為の体力が枯渇している。

 多分、静養しているべき時間に無理をして動き回ったのだろう。

 知性を持たないただの獣ならば、絶対にそんな事はしない。

 あと、左眼が傷ついてるのが若干治りかけなんだけど、これ時間をかけてこのまま自然治癒させたら、傷の治癒とともに瞼と眼球が癒着して目が開けられなくなる気がする。

 また、無駄にレベルの高い術師が一気にベホマで全回復しても、多分同じ事が起きる。

 そこに達する前にわたしが発見できた事、このリザードマンにとってはラッキーだったと思うよ。

 同じ呪文での治療を施すにしても、肉体の構造に対する知識があるとないとでは、その効果は雲泥の差だ。

 あてのない旅をしてはいても、わたしは無駄に放浪していたわけではない。

 各地の図書館を巡り、機会があれば専門家を訪ね、知識を入れる事を命題にしてる。

 もっとも、モンスターを治療するのはこれが初めてだけれど。

 とりあえず状態はわかったので、手に回復系の魔法力を集中させる。

 まずは、左眼の傷は、ホイミを調整して先に眼球のみを治療、それが済んだらもう一度ホイミで瞼の傷を塞ぐ。

 あとは全体的な体力をベホマで回復させると同時に、身体全体の傷を治療。

 …これで全快の筈だ。

 ビクリ。とリザードマンの身体が動いた。

 思わず反射的に後ずさると、やっぱりガルーダのふわふわの胸毛に当たったので、その身体にしがみつく。

 いいかい君、恩人の命はちゃんと守るんだよ。

 いや、わたしが先にこの子に助けられてるのか。

 くそ、交渉権がない。

 目を覚ましたらしいリザードマンは数度瞬きをした後、その場で横たわったまま、視線だけをこちらに向けた。

 それから、この口の形状でどうやって、と思うくらい明瞭な発音で言葉を紡ぐ。

 

「どうやら、助けられたようだが…オレは魔王軍には二度と戻らんぞ。

 悪い事は言わん。

 オレを発見できなかった事にして、ひとりで戻るんだな」

 

 ……………………カッ、チーーーン!!

 

 言われた言葉の意味を理解するまでに数瞬の間を要したが、理解できた瞬間に頭に血が上った。

 

「はあ!?

 それ、わたしが魔族だから、無条件に魔王の仲間だろうって言ってんの!?

 冗談じゃないわよ!

 こっちは半分は人間で、魔界になんか行ったこともないのに、魔族の血を引いてるってだけで住む場所を追われたりなんだり、むしろ魔王のせいで散々迷惑してるんだっつーの!!

 人間に言われるのはまだしも、まさかモンスターからまでそんな差別を受けるとは思わなかったわ!!

 ちょっと、鳥!用は済んだから帰るわ!

 わたしをさっきの場所まで送って行きなさい!!

 あったま来た!不愉快だわ!!

 よりによって魔王軍とか…魔王軍とか……!

 ………魔王軍とか、言った?」

 

 今背中を向けかけた馬鹿デカいワニを恐る恐る振り返る。

 そいつは身体を起こして胡座をかいており、その体勢からわたしを見つめて、目を丸くしている。

 …意外と表情豊かだなワニ。

 魔王軍、には、戻らない…とか言った?

 つまり、このワニは魔王の手下…ああうん、わかるよ、コイツはリザードマンの中でも多分、その王様級だ。

 人語も操る知能がある。

 それがただの、通りすがりのモンスターの筈がない。

 …けど、戻らない、って事は、今は違うって事なのか?

 どうしようちょっと混乱してきた。

 

「…そうか。辛い思いをしてきたのだな。

 オレの頭ひとつ、下げたところで収まりはすまいが、元魔王軍の軍団長だった者として、心からお詫び申し上げよう。

 本当に済まなかった。

 そのような事情であるのならば確かに、オレの言葉は侮辱であったろうし、無神経だった」

「えっ!?」

 

 意外すぎる展開に、わたしは思わず間抜けな声を上げた。

 だってこの、魔王軍の軍団長とか言ってる巨大ワニ、明らかに自身より力劣るわたしに対して、謝罪の言葉と共に、本当に頭を下げたのだから。

 と言ってもそもそもの目線がわたしの身長よりはるかに高いので、たとえ下げたところでその頭はまだ、わたしの頭上より上にあるんだけど。

 

「あ、えーと…とりあえず、情報を整理していいかしら?

 あなたは、魔王の仲間…で、今はそこから逃げて、ここにいる…という事かしら?」

「…オレの名は、獣王クロコダイン。

 先ごろ百獣魔団を率いてロモス王国を襲い、勇者ダイに倒された、もと軍団長がこのオレだ」

 

 いささか自嘲気味にそこまで言ってから、クロコダインと名乗ったワニは、ハッとしたように自身の顔に手をやった。

 

「目が…!?まさか、これもおまえが…?」

 

 クロコダインの問いに、わたしは頷く。

 

「診たところ視神経は生きていたようだったから、ついでだと思って。

 迷惑だったかしら?」

「…あれは、勇者ダイに最初につけられた傷だ。

 勇者たちとの戦いにおいて、勝ちを焦って卑怯な手段に走った事への、己への戒めとして、残しておこうかと思っていたが…」

 

 クロコダインはそう言って、また自嘲的に笑ってみせた。

 彼が言うには、一度勇者ダイと交戦した際にその傷をつけられ、その後妖魔士団長のザボエラという者に唆されて、人質を取るという手段で勇者一行を追いつめたものの、最後にはその策も破られて、勇者の一太刀に敗北したのだそう。

 

(ついでに、軍団長と言われてその位置付けがよくわからなかったので訊ねると、なんと現在魔王軍と呼ばれているのは、復活した魔王ハドラーを頂点とするものではなく、その上に更に偉大な大魔王がいるのだという。

 ハドラーは魔軍司令という立場であり、その下に邪悪の六芒星を象徴する6つの軍団が存在し、そのひとつひとつにその長である軍団長が配置されている。

 ロモスを襲ったクロコダインはそのうちのひとつ、魔獣系モンスターの群れからなる百獣魔団の長だったというわけだ。

 他に、先程話に出た妖魔士団は主に魔道士の軍団。

 更に大魔王の魔気に命が宿ったモンスターからなる魔影軍団。

 ドラゴンやそれに類するモンスターを操る超竜軍団。

 火と氷、相反するエレメント系モンスターで構成された氷炎魔団。

 そして今、この地で王都を制圧しているのが、アンデッド系モンスターを操る不死騎団なのだそうだ。

 王都に近いあの薬草群生地に来るまでに、やけにガイコツ系のモンスターが出没していたのはそういう理由か。

 わたしは僧侶なのでニフラムという手がある上、実は棍の技には黄泉送りという、ゾンビ系モンスターに対して非常に有効な技があるので、それほど危なげなく来れたんだけど)

 

「唆されたとはいえ、オレが卑怯な手段に走った事は紛れも無い事実。

 勝利に曇ったオレの目が覚めたその証としても、この目はそのままにしておこうと思っていた」

「そうなの、それはごめんなさい。

 けど、あなたがこの先、人や魔王から隠れて生きるつもりならばそれもいいけど、ひょっとして勇者達の側について、その力になるつもりならば、それは明らかな戦力ダウンだわ。

 どうせなら万全の状態で仲間に加わってもらった方が、勇者達にはありがたいんじゃなくて?」

 

 言葉を交わしてみれば、クロコダインはとても真っ直ぐで誇り高くそして潔い、武人の魂の持ち主だった。

 恐らくはこの先の自分の命を、勇者に捧げるつもりなのだと、容易に予想ができた。

 こんな実直な男は、人間の中にもそうは居まい。

 

「…そうだな。おまえの言う通りだ。感謝する。

 考えてみれば、命を助けてもらった礼すらまだ言ってはいなかったな。

 ありがとう。

 ……良ければ、名を教えてはもらえぬか?」

「わたしはグエン。旅の尼僧よ」

 

 …ラーハルトと別れて以降、わたしは自身の名を、通称でしか名乗ったことがない。

 そこに深い意味などなかったが、今となっては本名の方を呼ぶ者がいるとすれば、この地上には、あの子一人だけだろう。

 

「あと、その件での礼ならば不要だわ。

 わたしは、崖から落ちかけたところを、このガルーダに助けられたの。

 この子があなたを助けたくて、わたしをここに連れてきたのだから、お礼ならこの子に言って…」

 

 と。

 唐突に地面が揺れ始めた。

 

「なに?地震…!?」

「この大地の震えは…まずいな。

 …グエン、申し訳ないが、助けてもらいついでにもう一人、助けて欲しい男がいる」

 

 わたしに早口でそう言って、クロコダインは立ち上がると、傍に置かれていた、恐らくは戦斧であろう武器を手にした。

(うん、気にはなっていたんだ。わたしでは持ち上げる事すらできないであろう、その斧の存在には、一応)

 そうして、脇をしめるように構えると、吠えるように一声叫ぶ。

 

「…ガルーダ!!」

「クワアァァーーッ!」

 

 呼ばれたガルーダが、翼をはためかせて主の元に飛び、その爪が主の、分厚い鎧に包まれた肩をがっしりと掴んだ。

 

「クロコダイン!!」

「すぐに戻る。少しの間、ここで待っていてくれ」

 

 そのまま力強い羽ばたきが、クロコダインの巨体を宙に持ち上げる。

 二体のモンスターは、まるでそれが本来の姿であるかの如く、自然にその場から飛び去って行き…わたしはポツンと、その場に残された。

 

 ☆☆☆

 

 戻ってきたクロコダインが連れてきたのは、全身に大火傷を負った人間の男だった。

 顔立ちはよくわからないが、鍛え抜かれた肉体の、奥の方になにか、禍々しい気配を微かに感じる…気がする。

 だが、それよりも。

 

「ねえ、一体、なにが起きたの?この人は?」

「この男は、魔王軍不死騎団長ヒュンケル。

 先ほどまで、勇者ダイと交戦していた」

 

 不死騎団!?

 それは先ほど聞いた、パプニカ王都に攻め込んでそれを陥落させたという、アンデッドを操る軍団ではなかったか?

 その、軍団長?

 

「…説明は後でするが、この男は死火山の噴火により溢れたマグマに呑み込まれかけていた。

 オレは、この男を助けたい。

 頼む、グエン。力を貸してくれ」

「…やってみるわ」

 

 クロコダインの懇願に、わたしはため息をひとつ吐いてから、返事とともに頷いた。

 

 ☆☆☆

 

「…不自然だわ」

 

 その、クロコダインがヒュンケルと呼んだ男の状態を確かめていたら、妙な事に気がついた。

 

「何がだ?良くないのか?」

「むしろ、その逆?

 このひとは、マグマに飲み込まれかけたと言っていたわね?

 どういった状況だったの?」

「オレが見つけた時には、全身がマグマの海に浸っていた。

 この真空の斧で、こいつの身体の周りに空間を作り、その一瞬に救出したのだが…」

「つまり、飲み込まれかけたというよりは、一瞬完全に飲み込まれてたわけよね?

 それにしては…確かに大火傷には違いないけれど、逆にそれで済んでいるのが信じられないし、その状況ならば真っ先に燃え尽きている筈の髪が、これだけ綺麗に残っているのは、どう考えても不自然だわ」

 

 言いながら、彼の身につけている服を緩める。

 身体のラインにぴったり添うこれは、鎧の下のアンダースーツだろうか。

 ひょっとしたらなんらかの特殊効果で、温度変化に強い材質なのかもしれないが、それでも限度はあるだろう。

 それに、それだって髪の毛の説明にはならない…ん?

 

「あ……ひょっとして、これかも」

 

 男の胸元から転がり落ちた、涙型の石のついたアクセサリーの、その鎖をつまんで拾い上げる。

 それはうっすらと紫色の光を放っていたが、その光はわたしの手が触れた途端に消え、石は水晶のように透明になった。

 

「…多分だけど、意志の力を増幅して防御力に変換するタイプのお守り、なのかな。

 これが発動して薄皮一枚で、彼の身体を守ってたのかも。

 何にせよ、これならベホマ1回だけで全治療ができる。

 ラッキーだったわ。…ベホマ!」

 

 言ってる間に、回復魔法力を溜め、治療に入る。

 火傷を通り越して煤けたようになっていた皮膚が張りを取り戻し、顔にも血色が戻ったのを見ると、年の頃は二十歳過ぎくらい、銀色の髪を持った若い男だった。

 しかも伏せたまつげが長く、ちょっとそこいらでは見ないくらい美しい青年だ。

 わたしの好みで言えば、この顔にこの体格要らないと思うけど。

 …まあどうでもいいか。




というわけで、イケメンワニはこの作品では隻眼じゃなくなりましたとさ。
そしてアタシの中でのヒュンケルは小池徹平の顔が山本KIDの身体にくっついてるくらいのアンバランス系美青年。


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6・半魔の僧侶は友と語らう

 リュックの中から火打箱を取り出し、拾ってきた枯れ枝と葉に火をつける。

 ヒュンケルという男はわたしの後ろに、やはりわたしが持ってきていた毛布を広げた上に寝かせてあり、ガルーダはクロコダインの後方の岩にとまって目を閉じている。

 わたしとクロコダインは、焚き火を挟んで向かい合うように、ふたりとも座って、ぽつりぽつりと互いの事を話していた。

 自身の正体を隠す事なく、こんな風に誰かと話をするのは、本当に久しぶりだ。

 これまでは気付かないふりをして生きてきたけど、本当の自分を晒せない事に、わたしはやはり悲しさを感じていたのだと思った。

 

「…この男は、本来なら『アバンの使徒』として、魔王軍に真っ先に立ち向かうべき男の筈だった」

 

 ぽつりと、クロコダインが口を開く。

 

「哀しいすれ違いで、魔王軍の軍団長などに身を落とす事にはなったが、それでもダイ達との戦いで、オレと同じくこいつの心の闇も晴れた筈だ。

 ならば今からでも、正道に立ち戻るに、遅いという事はない」

「…あなたほどの男が、魔王軍での地位も命も捨てて、その力になりたいと願うほどに感銘を受けた勇者とは、一体どんな人なのかしら?

 一度、会ってみたいものだわ」

「会ったら驚くぞ。

 どう見てもただの、人間の子供(ガキ)だからな。

 だが、オレにも見極めはついていないが、何か不思議な力を持っている。

 と言っても、オレがダイに一番に惹きつけられているのはそこではなく、ヤツの魂だがな。

 …うまくは言えんが、オレのようなモンスターですら、その全てを受け入れ、遍くその輝きで照らしてくれる…そんな大きな魂を、あの小さな身体の裡に持つ…ダイとは、そんな男だ」

 

 言い切って、大きく息を吐くクロコダインの、その目にはどこか憧れめいた彩が映って、胸がちくりと痛くなった。

 よくわからないが、わたしは彼の、その想いを羨ましいと思った。

 

「…そうなんだ。ますます会ってみたくなったわ」

「オレと一緒に来るか?

 ヒュンケルの目が覚めてからになるが、オレはダイのところに赴くつもりだ」

 

 まさかの申し出に驚く。

 たまたまこんな風に話ができたとはいえ、わたしは所詮通りすがりの、非力な旅の尼僧だ。

 ヒュンケルが目を覚ましたら、普通にわたしはここに置いていかれるものだと思っていて、それを寂しいと感じていたから。

 

「いいの?

 でも、わたしなんかが行って、勇者様に迷惑じゃないかしら?」

「なにが迷惑なものか。

 グエンの癒しの手は、どこに行ったって歓迎されるだろうさ」

 

 軽く請け負う言葉に、わたしは溜息を吐いた。

 自然と、右手を耳に持っていく。

 

「…どこに行っても、ね。

 人間の世界では、そうじゃない場合もあるけれど」

 

 言いながら、自分の大きく尖った耳に触れる。

 できる事ならばちぎり落としたいくらい、忌むべき特徴。

 魔族の血が最も顕著に現れる部位。

 

「…魔族の血を引くゆえに、辛酸を舐めてきたと言っていたな。

 だが、恐らくはダイの前でなら、おまえも本当の自分に立ち帰れる。

 あいつは、相手が誰であれ対等に、魂と魂で向き合ってくれる筈だ。

 ちょうど今おまえが、モンスターであるオレと、対等に話をしてくれているようにな」

 

 またも自嘲的に笑う彼を、軽く睨む。

 そんな風に、自分を卑下しないで欲しい。

 

「…あなたは、高潔な武人だわ。

 少し言葉を交わせばわかる」

「だが大抵の人間とは、その言葉を交わすのが難しい」

「…そうね。その通りだわ」

 

 彼も、その悲しみを味わってきたのだろうか。

 考えてみればわたしだって、倒れ伏している彼を見て怖いと思ったのだ。

 わたし自身が苦しんできた人間の中にある偏見を、わたしは最初、彼に対して間違いなく抱いていた。

 今思えば申し訳ない事だ。

 彼の言う「勇者」は、本当にわたし達に対して、偏見も恐怖も抱かずに、対等に言葉を交わしてくれるのだろうか?

 そして彼の仲間は、そんな彼をどう思うだろうか?

 

「ウ…ウ…」

 

 と、後ろから微かな呻き声が聞こえ、わたしはそちらを振り返った。

 わたしの動きに気がついたらしいクロコダインが、立ち上がって歩み寄る。

 顔を覗き込むと、ヒュンケルという青年が、ゆっくりと目を開けるのが見えた。

 薄い空色の瞳が、ぼんやりとわたし達を捉える。

 

「…ど、どこだ、ここは…!!?」

 

 驚いたように跳ね起きるヒュンケルに弾かれるように、わたしは尻餅をついた。

 起き上がろうとするわたしと入れ替わるように、歩み寄ったクロコダインが、彼に声をかける。

 

「気がついたか、ヒュンケル」

「ク…クロコダイン!!?生きていたのか!!?」

「鋼鉄の身体だけがオレの取り柄だからな。

 それに、おまえの部下の手当ても良かった。

 九死に一生を得たところで、こいつと、彼女に救われたよ」

 

 主の言葉にガルーダが得意げに片翼を上げたので、わたしも便乗して片手を上げたら、その手をクロコダインが掴んで立ち上がらせてくれた。

 ありがとう。けど違う、そうじゃない。

 なんだこの紳士(イケメン)

 

「彼女はグエン。

 旅の尼僧だが、通りすがりの死にかけのモンスターであるオレを助けてくれた上、そのオレの頼みを聞いて、おまえの治療も彼女がしてくれた。

 礼を言っておくのだな」

「バ…バカな…。

 オレは、おまえを殺そうとしたんだぞ…。

 そのオレを、なぜ!?」

 

 …せっかくクロコダインが紹介してくれたわたしの存在、めっちゃスルーされたけどまあいいや。

 

「おまえがオレの手当てを命じたのも武士の情け…。

 情けには、情けをもって応えねばならん。

 …それにおまえは、これからもダイたちの力になってやらねばならない男だからな…!!」

「…武士の情けというなら、このまま放っておいてくれれば良かったのだ…。

 オレは自分の弱さを棚に上げて、師を恨み、人間を恨み続けてきた…。

 いっそ死ねば、罪を清算できたものを…。

 こうしておめおめと生き恥をさらしているとは…!!!」

 

 事情はよくわからないながら、彼には彼なりの、こうなった理由があるというのだけはわかった。

 今はその人生の、分岐に差し掛かっているということも。

 けど、今たまたまここにいるだけのわたしに、言える事はない。

 何か言えるとしたら…。

 

「…ヒュンケルよ。

 オレは男の価値というのは、どれだけ過去へのこだわりを捨てられるかで決まると思っている。

 たとえ生き恥をさらし、万人に蔑まれようとも、己の信じる道を歩めるならそれでいいじゃないか…」

 

 そう。この男しかいない。

 ある意味開き直りとも言えるかもしれないけど、この心情を説けるのは、実際にそこまでの過程を経験した、クロコダインだからこそだ。

 

「オレは、ダイたちに加勢しに行く…!

 それが、武人の誇りを思い出させてくれた、あいつらに対するせめてもの礼よ!!」

 

 クロコダインは一度ヒュンケルに背を向けると、そう言って歩き始めた。

 え?ちょっと待って今出立するの?

 少し呆然として、彼の後ろ姿を見つめているヒュンケルに、少しばかり早口で話しかける。

 

「…状況は、わたしにはよくわからない。

 けど、過ちを正すために生き直す事を、生き恥だとは、わたしは思わないわ。

 少なくともクロコダインは、そう信じて前に進もうとしてる。

 あなたが己を否定するのは勝手だけど、彼の決断を否定はしないであげて」

 

 言いながら服の襟元を整えてやりつつ、首に腕を回し、例のアクセサリーを首にかけてやった。

 

「…さっき、あなたの手当てをした時に、服の中から落ちたから。

 大切なものなんでしょう?」

 

 ここで初めてわたしを視界に入れて、ほんの少し驚いたような目をするヒュンケルの、薄い青の瞳を見返しながら、よく考えたら、ラーハルトは今、このくらいの年齢になっている筈だと、すごく関係ない事を思った。

 あの子は身体的な特徴がわたしよりずっと魔族寄りだから、背丈は伸びてるんじゃないかと思うけど。

 ヒュンケルは体格は逞しいが背丈は標準的な人間の成人男性のそれだ。

 わたしが女性としてはやや大きめな上、今履いている靴は少し踵が高いので、現時点では目線の高さがほぼ同じだ。

 

「…それじゃ、わたしはこれで。

 待って、クロコダイン。わたしも行く」

「ま…待てっ…!!」

 

 背中を向けた瞬間に呼び止められる。

 

「おまえの言うとおりだ、クロコダイン。

 死んで済むほど、オレの罪は小さいものじゃなかった…!」

 

 …何だろう。

 今首にかけてやったアクセサリーの石が、また紫色の光を帯びた気がする。

 そして、その輝きが徐々に強くなっている気も。

 

「それに…おまえとマァムは初めて、オレのために泣いてくれた。

 その涙に報いるためにもオレは…オレは…!!

 戦い続けなければならないんだ!!!」

「……ヒュンケル!!」

 

 マァムって誰だろう。

 なんか響きの優しい、女の子の名前っぽいけど、勇者一行のひとりだろうか。

 ふふん、なかなか隅に置けないねキミ。

 まあこの美貌なら女性の一人や二人、黙ってても寄ってくるだろう。

 さっきから何気にウジウジしてて、わたしの好みじゃないけど。

 まあ、そんな事はどうでもいいか。

 と、わたし達のいる場所から少し離れた岩場に、なにかが落ちたような音がした。

 続いて、高い金属音。

 何事かと三人で顔を見合わせて、とりあえず駆け寄ると、なにやら物々しいデザインの鞘に収まった剣が、窪地の地面に突き刺さっていた。

 

「ああッ!!?よ、鎧の魔剣が…!!!

 なぜ地底魔城崩壊の時、失った魔剣がここに…!!?

 しかも完璧に復元している…!!」

 

 それを目にしたヒュンケルが驚愕しながら言う言葉を聞く限り、どうやらこれは彼の武器であるらしい。

 

「真の武具は持ち主を選ぶというが…おそらくこの魔剣は、よみがえったおまえの闘気にひかれて、ここまで来たのだろう…!!」

 

 クロコダインの言葉に、ヒュンケルが一度、わたし達を振り返った。

 それまでは少し不安げに見えた貌が決意に引き締まり、コクリと頷く。

 ヒュンケルは地面からその剣を鞘ごと引き抜き、両手で(つか)を握ると、それを身体の前で構えた。

 

 鎧化(アムド)!!!

 

 その声とともに、それまで鞘だった筈のものが展開し、ヒュンケルの身体を覆っていく。

 そうか、先ほどヒュンケルはこの剣を『鎧の魔剣』と呼んでいた。

 今では失われた技術だそうだが、ある種類の宝玉の中には、特殊な方法で呪文やキーワードを記憶させられるものがあり、かつての伝説的な武器職人は、それを用いて武具を作ったと、カールの図書館で読んだ本に書いてあった気がする。

 この剣はその類の武具なのだろう。

 全て終わると、剣の鞘だった時以上に物々しい鎧を全身に纏った戦士が、そこに威風堂々として立っていた。

 心なしか身体が大きく見える。

 

「そうだ!

 おまえが闘志を失わない限り、その鎧もまた不死身なのだ!!」

「…ありがとう…獣王…!!」

 

 二人ががっしりと手を取り合う。

 昇る朝日が、二人の身体を照らしていた。

 

 さて。

 方針は決まったものの、どうやって勇者達と合流するかという問題に、当然のようにぶつかった。

 というかクロコダインが勇者の居場所を知っていると思っていたので、それについていこうとして突然そう言われ、思わずずっこけた。

 ヒュンケルは平然としているように見えたが、態度に出なかっただけでわたしと同じ気持ちでいたと思う。

 鎧化を解いた後、ちょっと困ったような顔になってたし。

 

 ☆☆☆

 

 ひとまずはヒュンケルの話を聞き、勇者達との交戦の状況や、何故マグマに呑み込まれるような事態に陥ったかなどを説明してもらった。

 ヒュンケルが勇者ダイに敗北した後、魔王軍氷炎魔団のフレイザードという軍団長が現れて、地底魔城の地面の下に眠る死火山を活化させたのだという。

 それによりフレイザードは、ヒュンケルを勇者もろとも倒したと思い込んでいる筈だから、彼が次に向かうとすれば、ヒュンケルが王城を制圧した際に取り逃がした、パプニカ王女のもとだろうとの事。

 そもそもヒュンケルには女性を殺すという選択肢が頭になかった為、一部屋に監禁さえしておけばいいと思って、部下に任せて放置していたところ、賢者としての能力が思ったより高かった王女は、見張りのアンデッドを浄化して、まんまと脱出していたのだそうだ。

 ちなみに王女がヒュンケルの手から逃れたと知った途端、やはり監禁されていた王は、隠し持っていた短剣で自害したらしい。

 その覚悟を汲んで、ヒュンケルはその亡骸が穢される事のないよう、彼自らの手で葬ったと言った。

 

「後でその場所を教えてちょうだい。

 死者には、然るべき弔いを捧げるべきだわ」

「…頼む」

 

 わたしに小さく頭を下げる、ヒュンケルの目が哀しげに揺れた。

 

 ・・・

 

 だとすると、勇者達はその王女を守る為に、やはり彼女の元に向かうのではないか。

 という事で、今王女がどこにいるかの情報を集めようと、近隣の村にでも立ち寄ろうかと相談していた時、王都の方から妙な色の煙が立ち上るのが見えた。

 

「まさか、魔王軍の襲撃か!?」

「それはないだろう。

 パプニカはほぼ壊滅状態だし、オレがここにいる以上、アンデッドどもが暴れまわる事もない。

 思うに、あれは何かの信号ではないだろうか」

「そういえばなにかで読んだことがあるわ。

 パプニカでは戦時の合図に、火薬を使った信号弾を打ち上げるんだって」

 

 つまり、王都にあれを打ち上げる事のできる人間がいるという事だ。

 それが王女でなくとも、そこに近い立場の者である可能性が極めて高い。

 

「行きましょう!」

 

 そんなわけで、とりあえず王都に向かう事にしてようやく出発した。

 色々グダグダなのは自覚してる。



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7・半魔の僧侶は探索(サーチ)する

なんか気がついたらグエンが、
「知っているのか、雷電?」「うむ」
みたいなポジションにいる。
もうそのキャラでいいやと思うことにした。


 結局、王都まではたどり着けなかった。

 というより、途中から方向転換を余儀なくされた。

 

 王都を滅ぼした軍団長、巨大ワニ、そして魔族。

 この取り合わせで街道を堂々と移動するのも憚られ、わたし達はできる限り旅人と出会わないルートを選択して、パプニカ領の山や森の中を進んでいたのだが、その森を歩いていた時に、木にぶら下がっていた『悪魔の目玉』というモンスターが、突然叫んだのだ。

 否、正確には、叫んだのは悪魔の目玉ではないらしい。

 あのモンスターはああして大人しくぶら下がって、人などを襲う事はほぼないが、その場所で目にしたものを映像として、魔王軍に送っているのだという。

 また同じ悪魔の目玉を通しての通信も可能であり、今はその映像が送られているのだと、クロコダインが教えてくれた。

 その目がわたし達を捉えることのない角度から、なんとか映像を見ようと試みる。

 

『アバンの使徒のガキどもーッ!!

 いつまでコソコソ逃げ回ってやがんだよぉ、ええッ!?

 てめえらまさか、お姫様が凍らされたまま、いつまでも無事だと思ってるんじゃねえだろうな?

 残念だが、あの氷の中でどんどん、姫様の生命力は失われてんだぜ!

 保って明日の日没までだっ!!』

 

 映像の中で叫んでいるのは、炎と氷がくっついたような身体を持ったモンスターだった。

 更にその後方に、氷漬けにされた少女の姿が映る。

 

『早く来いよ、早くなぁッ!!』

 

 そこで映像は終わり、悪魔の目玉は一旦瞼を閉じる。

 

「今のはフレイザードだったな。

 …つまり、どういう事だ?」

「凍らされていたのは、間違いなくパプニカの王女だ。

 今はヤツの手中にあるという事だろう。

 そして、ヤツが『アバンの使徒』に呼びかけていた事を考えるに、ダイ達が一度フレイザードと交戦し、敗走した可能性が高い」

「そして、囚われた王女の生命力が尽きるまでのタイムリミットが明日の日没…という事ね。

 それにしても…」

 

 今の、クロコダインがフレイザードと呼んだ奴。

 恐らくはエレメント系モンスターなのだろうが、炎と氷は通常、同一エレメントのプラスとマイナスにそれぞれ位置するもの。

 和合すればそれはゼロ、つまり消滅を意味する。

 故にそんなものが存在できる筈がない…普通なら。

 つまりあのモンスターは、自然発生した存在ではなく、なんらかの呪法により故意に生み出された存在であるという事だ。

 だが無から生命を生み出す呪法は、モラルや人道的な観点から、禁忌とされている。

 そんなような事を二人に話すと、ヒュンケルが頷いて言った。

 

「よく知っているな。

 いかにもあのフレイザードは、ハドラーが禁呪法で生み出した、エネルギー岩石生命体だ」

「禁呪法……」

 

 魔法の専門家達の間では外法とされているそれにも幾つか種類がある。

 今言った生命を生み出すものの他、自身以外を無力化する結界呪法や、生命力を削るほどに過剰な魔力を消費する攻撃呪法など。

 だが魔王軍に於いてはそれは禁忌ではなく、術者は限られるだろうがそんなものが当たり前に存在するということか。そして…

 

「それから生み出された存在が、それを使うことを躊躇う筈もない…か。」

「…ん?どういう意味だ?」

「王女の身体を覆っているのは、氷の形を取ってはいるけれど、あれ自体が禁呪法とされる無力化の結界なのだと思うわ。

 実際に凍らされているというなら、その時点で王女は生きちゃいない。

 そして恐らく、それを維持するのに使用されているのが、王女自身の魔力或いは生命力。

 タイムリミットの理由はそれね」

 

 と、自分でそこまで言ったところでふと気づく。

 

「……ん?

 ひょっとして、勇者達が敗走した理由もそれなんじゃない?

 戦闘に突入した際に、周囲に無力化系の結界が敷かれて、仕方なく逃亡を計ったとか。

 それならば人質もいる事だし、フレイザード的には、自身が有利になる場所に、勇者達を再び呼び寄せたいでしょうね。

 今の中継の理由って、きっとそれだわ」

 

 フレイザードがいる場所は、その結界の内側と考えて間違いはない筈。

 という事は負の魔力が凝集する地点を探してそこに行けば、勇者達と合流できるかも。

 この場合タイムリミットがある事が、王女には悪いがわたし達にとっては都合がいい。

 

「勿論、結界の中に入ってしまったら最後、わたし達も無力化されてしまうから、その対策は考えなければならないけれど」

「その『負の魔力』はどのようにして探す?」

 

 ヒュンケルに訊ねられて、わたしは頭を捻る。

 確かにそこが問題なんだよなぁ。どうすべきか。

 

「ある程度近くなれば、特定する方法はあるんだけれど…或いは、上空から探せれば」

「上空から?」

「ええ。

 目に見える範囲内なら有効な筈だから、上空からいちどきに見る事ができれば、それが一番効率的だと思うわ」

「それなら簡単だ」

 

 言うやクロコダインが、鎧のベルトに挟んでいた筒状のものを取り出して、目線より上に掲げる。

 

「デルパッ!!」

 

 クロコダインの声とともにボン!!という音がして、例のガルーダが唐突に姿を現した。

 

「え?ちょ、何それ!?

 この子、いつの間にかいなくなったと思ってたら、あなたが持ち歩いてたの!?

 アイテム扱い!?なんで!?」

「…こいつは魔法の筒といって、生き物を一体だけ封じ込めておけるアイテムだ」

「魔法の筒!?魔王が使ってたっていう!?

 本では読んだことがあるけど、実物を見るのは初めてだわ!

 後でじっくり見せて!」

「お、おぉ…。

 そ、それはともかく、こいつに乗れば探せるな?」

 

 …そうだった。

 あまりの衝撃に、本題を忘れるところだった。

 

「やってみるわ。よろしくね、ガルちゃん」

「クワァァーーッ!!」

 

 わたしはガルーダの背に乗せてもらい、また空を飛んだ。

 

 ☆☆☆

 

「…あの女性(ひと)は一体何者なんだ、クロコダイン?」

「言わなかったか?

 グエンはオレを助けてくれた旅の尼僧だ。

 魔族の血を引いてはいるが半分は人間だそうで、それによって辛酸を舐めてきたらしいが、見ての通り明るい、強い女だ」

「おまえは、それを信じたのか?

 …オレも、疑っているわけではないが」

「ザボエラあたりが送り込んだ刺客ではないかと?

 確かに可能性がなくはないが、オレは違うと思う」

「…何故だ?」

「オレにしか従わない筈のあのガルーダが、あいつには懐いてる。

 オレはそれを信じただけだ」

 

 ☆☆☆

 

 身を低くして風の抵抗を少なくし、身体の安定を確保してから、両手の指で三角窓を作る。

 

「インパス」

 

 呪文を唱え、上空からその三角窓を覗いて下を見ると、この森から海を隔てた、沖にある小島が、三角窓の中では赤く光って見えた。

 この呪文は本来なら迷宮の中などで見かける、宝箱とそれに擬態したトラップを見分ける呪文だが、わたしのそれは色々研究を重ねた結果、魔力や生命力のサーチ呪文としても応用できる。

 これによって隠れた敵を見つけて回避したり、仕掛けられた罠を事前に発見したりできるので、本来のものよりもずっと使い勝手はいいと思ってる。

 

「あれだ…間違いない。

 ガルちゃん、あの島に、もう少しだけ近づいて貰える?」

 

 わたしの言葉に従って、ガルーダがやや高度を下げる。

 近寄って見てみると島には三本の塔が立っているが、よく見ればそのうち人の手によって建てられたと見られるものは真ん中の一本のみで、両端の二本は塔というよりは、炎と氷の柱というべきものだった。

 また、その二本の周囲に小さな赤い点がいくつも動き回っていて、中央の塔の中にそれよりもっと大きな赤い光と、少し小さな青い光が見える。

 恐らくは青い光が王女、大きな赤いのがフレイザード、細かい赤は配下のモンスター達だろう。

 

「まずい…これ以上近寄ったら危険だわ。

 一旦戻りましょう」

「クワァ」

 

 あの小さい赤の数を考えると、もし見つかって襲われたら対処できない。

 

 ・・・

 

「そうか。

 その島はバルジ島といって、島を取りまくバルジの大渦に守られた、神事の際にしか使用されぬ塔のある島だ」

 

 わたしの報告に、ヒュンケルが説明してくれる。

 そういえば確かに島のそばで、海が大きく渦を巻いているのが見えた。

 あれがあるお陰で、島へ行くにはそれを避け、大回りして行かねばならないし、またその必要もそうそうない為、滅多に人が立ち入ることもないのだそうだ。

 そして島の両端に立っていた柱、恐らくあれが負の魔力の源だろう。

 

「あの柱によって無力化系の結界が、あの島全体に敷かれているというなら、あれを取り除かないと戦いにはならない。

 勇者たちが王女を助けに行くなら、まず柱の破壊を考える筈。

 …だとすると、少し厄介ね」

「何がだ?」

「一時的にとはいえ、勇者パーティーの戦力が分断されるのよ。

 勇者達が、柱を破壊しに来ると判っていて、しかもタイムリミットがあるから来る時間も、ある程度特定できる。

 この状況を、魔王軍が黙って見過ごすかしら?

 わたしなら間違いなく各個撃破を狙う。

 だってまたとない好機だもの」

 

 わたしが言うと、クロコダインとヒュンケルが顔を見合わせた。

 

「待ち伏せがあるかもしれない…という事か」

「かもしれないというより、ほぼ決定だと思うわ。

 勿論、これはわたしの視点からの意見だから、元魔王軍の一員だったあなた方からみれば、また別な見方もあるかもしれないけれど」

「いや…グエン。

 おまえの見る通りで間違いないだろう。

 フレイザード本人は、ダイ達を自分ひとりの手で始末したいだろうが、確かにハドラーがこの好機を見逃すはずがない」

 

 けど、あくまで最終目的はフレイザードの撃破と王女の救出であり、柱の破壊はその手段に過ぎないわけで。

 この時点で勇者パーティーの戦力を削ぐわけにはいかない。

 

「現時点での、二分された状況での勇者パーティーの戦闘力と、あなた達ひとりなら、どっちが強い?」

 

 わたしが訊ねると、クロコダインが少し考えてから答えた。

 

「組み合わせにもよるだろうが、戦いにおけるダイ達の最大の力は、仲間同士の絆だ。

 分断された状況でなら、今はオレ達ひとりひとりの方が遥かに強いだろう」

「決まりね。

 こちらの戦力も分断されてしまうけれど、柱の破壊と待ち伏せ組はあなた方が担当して、勇者パーティーにはフレイザードの撃破に向かってもらうべきだわ」

 

 わたしの提案に、二人が頷いた。

 

 ・・・

 

「あとは、わたしがどうやってあの島に行くかよね…」

 

 島の周囲の海の大渦。

 あれを船で越えるのは無理だ。

 そもそもその船自体が調達できない。

 

「クロコダインとヒュンケルはガルちゃんが連れて飛んでいけば、簡単に行けると思うけど…わたしは無理、かな」

 

 わたしはモシャスが使えるが、生まれつきである為か、これだけは他の呪文と違い、鍛錬を重ねても性能がまったく上がらなかった。

 平たく言えば持続時間が短く安定しない上、連続使用ができない。

 ガルーダに化けて飛んで行ければそれが一番簡単なのだが、飛行中に効果が切れて海に真っ逆さまとかになったらシャレにならない。

 ガルーダの体力的に、ヒュンケルを助けた時は、彼を抱えたクロコダインを下げて普通に飛んでいたから、彼だけなら連れて行けるだろうが、どうしたってわたしは余る。

 そういえば棍や杖は、それを極めた真の達人ともなれば、回転させて空を飛ぶ事もできると以前カールで読んだ武術書に書かれていた。

 のだが、少なくともパルナ村の先生やゲッコーさんはさすがにそこまでの域には達していなかった筈だし、ぶっちゃけあの本に書かれていた内容自体なかなかにぶっ飛んでいたので、正直眉唾だと思っているが。

 この世にはトベルーラという飛行呪文があるらしいが、それはルーラの発展形呪文であるらしく、ルーラも使えないわたしにできるわけもない。

 というかメッセンジャーの仕事を始めたばかりの頃に、ルーラを使えれば絶対便利、一度でも行ったことのある街ならば1日2、3往復とかできて収入大幅アップでウハウハと思って契約だけは済ませたのだが、その僧侶にあるまじき不純な動機のせいなのか未だに使える気配がない。

 呪文というのは契約したらすぐに使えるものではなく、必要レベルに達していて初めて使用可能になるものだし、このルーラに至ってはある程度の魔法技術も必要だという事らしいのだが、その技法の詳しい内容の書かれている本は、あちこちの街の図書館を探したが、まだ見つけられずにいる。

 

「考えてみれば、わたしが行ったところで戦力にはならないし、ここで待ってるから後で迎えに来てよ」

 

 わたしが仕方なく諦めてそう提案すると、

 

「なにを言ってるんだ。

 ダイに会いたいと言ったのはおまえだろう。

 おまえの回復呪文は必要になるだろうし、必ず連れて行ってやるから、オレから離れるな」

 

 と、クロコダインが請け負ってくれた。

 うん、惚れそうなほどナイスガイ。

 色々検討した結果、先にガルーダがヒュンケルを運び(マグマから救出された時と違い、フル装備だからそれだけ重いんだそうだ)、その後で戻ってきて、わたしを抱えたクロコダインを運んでくれるという結論で話し合いが終了した頃、気がつけば夜も更けていた。

 

 ☆☆☆

 

 わたしとクロコダインが結界の外側に降り立った時、両方の柱の下で、とうに戦いが始まっているようだった。

 

「少し遅れを取ったか…急ぐぞ、グエン!」

 

 ここからはガルーダで移動すると撃墜される恐れがある為徒歩移動となり、クロコダインがわたしを肩に担いで走り出す。結構速い。

 今わたし達が向かっているのは炎の柱、反対側に氷の柱が見える。

 あっちにはヒュンケルが向かっているだろう。

 その方向に爆発が起きて、クロコダインの肩の上で驚く。

 早くもヒュンケルが柱を破壊したのかと思ったが、氷の柱には何の変化もなく、極大呪文クラスの爆発はその横で起こっているようだ。

 あれだけの熱量を隣で受けてびくともしていないのだから、やはりあれはただの氷ではない。

 破壊するには物理的な力でなければいけないのだろう。

 そして物理的な破壊力なら、わたしの見る限りこの二人なら、それぞれに爆弾10個程度になら軽く勝ると思う。

 進んだ方向の先、結界の恐らくはギリギリ外側の窪地に、大勢の人影が見えた。

 魔道士と、鎧を着た戦士の群れが、小柄な少年と老人の二人を取り囲んでいる。

 

「やはり魔王軍の待ち伏せか…。

 奴らは、妖魔士団と、魔影軍団の連中だ」

 

 クロコダインが舌打ちのように呟く。

 妖魔士団は魔道士の、魔影軍団は魔気系モンスターの軍団だったか。

 だとすればあの鎧は魔気で動く、さまよう鎧とかいうモンスターか。

 あと空中にも一体いるが、鎧ではなく衣だけが浮かんでいるように見える。

 

「インパス」

 

 また指の三角窓を覗き、魔力サーチを行う。

 沢山の赤い光の中に、青い光が二つ…いや、もう一つ小さいのが、周囲を飛び回っているのが見える。

 飛び回っている小さな青は今のところ無事だが、それより大きい青い光の周囲に、糸のような赤い光がまとわりついて、それが宙に浮かぶ大きな赤と繋がっている。

 三角窓から目を離してもう一度同じ方向を見れば、少年が苦しげに腕を持ち上げようとしており、また宙に浮かんだ衣がやはり腕を、なにか引っ張るように動かすのがわかった。

 どうやら魔気による拘束技らしい。

 また、その下では明らかに魔族とわかる小柄な異相の老人が、軽装の鎧に身を包んだ人間の老人に向かって、やはり何か禍々しい魔力を放出していた。

 

「ニフラムッ!!」

 

 わたしはクロコダインの肩から飛び降りざま、手に収束した魔法力を正義の光に変換して、上から窪地に向かって放つ。

 鎧のいくつかがバラバラになって地面に落ちたが、思ったよりその数が少なくて内心ちょっとがっかりした。

 だがわたしの放った浄化の光は、少年にかけられていた拘束を解くのには成功したようだ。

 少年がすかさず動き出し、一番近くにいた魔道士を、まだ短い脚をいっぱいに伸ばして蹴り飛ばす。

 魔道士の身体は老人の魔族の方に真っ直ぐ飛んでいき、魔族は魔道士の下敷きになった。

 途端に禍々しい魔力が霧散し、老人が地面に膝をつく。

 …あまりにもささやかな助力だったせいか、誰もわたしがした事に気付いていないようだ。

 衣のモンスター?が宙から地面に降り、魔族の老人もよろけつつ立ち上がって、少年と老人が再び取り囲まれた。と、

 

「グエン、伏せてろ!」

 

 後ろでクロコダインの声がして、言われた通りにその場に伏せた。

 見るとクロコダインはどこからか持ってきた大岩を抱えており、わたしの見ている前でそれを、窪地に向かってぶん投げるところだった。

 

 ドオオォン!!

 

 大音響とともに大岩が、数十体の敵を押し潰す。

 

「だっ…誰じゃっ!!?

 こ…こんなとんでもないマネをするやつはあっ…!?」

 

 魔族の老人が唾を飛ばしながら叫ぶ。

 同情する気は一切ないけど気持ちはよく判ります。

 

「オレだッ!!!」

 

 雄々しく高らかに叫ぶ声に、今度こそ全員がこちらを振り返った。

 登り始める朝日を背にし、クロコダインが窪地に飛び降りる。

 

「貴様らごとき雑兵に、この獣王が倒せるかあっ!!!!」

 

 その脚が再び地面を踏むより先に、振り回した戦斧の一閃だけで、大半の敵が吹っ飛んだ。

 

「クロコダイン!生きて…生きてたんだね!」

「フフフッ、見ての通りよ。

 …グエン、降りてこい。こいつがダイだ!」

 

 なるほど、この少年が勇者ダイか。

 そんな気はしていたけど、思っていた以上に幼い。

 一緒に生活していた頃のラーハルトより背も低いし。

 その勇者、クロコダインに呼びかけられたわたしが駆け寄ると、ちょっとキョトンとした顔をした。

 それからすぐに、その顔が引き締まる。

 

「そうだ、ポップとマァムが危ないんだ!!

 ハドラーが…!!」

 

 ハドラー!?かつての魔王が直々にここに!?

 大丈夫かな、ヒュンケル。

 

「…大丈夫。

 あっちにも、強力な味方が向かってるわ」

 

 …けど、とりあえずわたしは、その子に向かって笑いかけた。

 クロコダインも頷く。

 

「その男は…オレより強い!!」

 

 クロコダインの言葉に、ダイがまた驚いた顔をした。

 

「えっ!?ま…まさか…!?」

 

 その瞬間。

 反対側の塔が崩れ、地響きが足元に伝わってきた。

 

「やったな…ヒュンケル…!」

 

 あとはここの塔を破壊すれば、結界は消える。

 

「勇者ダイ!

 ここの塔の破壊はクロコダインに任せて!」

 

 当初のこちらの計画通り、勇者パーティーには一刻も早くベストメンバーで集結してもらうべく先を急がせる。

 

「そうだ、おまえは先に中央塔へ急ぐんだ!!

 それと、こいつを連れて行け!」

「うんっ!!!!」

 

 こだわりなく返事をした小さな手が、わたしの手を掴んだ。

 

「え?」

 

 そのまま、クロコダインの手がダイの身体を、ポーンと放り投げるように振られた。

 

「フレイザードをぶちのめしてやれ!!!!」

 

 勇者が飛び出していく。

 …わたしの手を、しっかり掴んだまま。

 

「で、お姉さんは誰?」

 

 まだ結界が残っていて少し負荷がかかる足をそれでも走らせながら、勇者ダイがわたしを見上げて問う。

 

「わ、わたしはグエン。旅の尼僧よ。

 クロコダインとは…えと、と、友達?」

 

 手を掴まれているので自分も走るしかなく、息を切らせながらわたしは答える。

 自分でも相当に適当言ったなと思うような言葉で。

 なのに。

 

「そうなんだ!おれはダイ!よろしくねグエン!!」

 

 …ええええっ!!ちょっと待ってそれでいいの!?

 クロコダインから聞いた話以上に、こだわりのない対応をされて驚きながら、わたしは勇者に手を取られたまま走り続けた。




ようやく原作に関われたと思ったらいきなりフレイザード戦からという無理ゲー。
とりあえず「炎魔塔」「氷魔塔」の名称を、助っ人達が知ってる理由を思いつけなかったので、ちょっとその辺の台詞だけ変えてあります。


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8・半魔の僧侶は勇者と走る★

…もうひとつの連載と頭の切り替えがうまくいかず、脳内再生の中で妄想が炸裂するんだ。
油断すると脳内でヒュンケルが目隠しで敵を攻撃したり剣に乗って移動したりするのを必死で止めてるんだ…!


「ぬおおおおーーっ!!!!」

 

 先ほど現れたでかいモンスターが、斧をひと薙ぎするたびに、ワシらを取り囲んでいた敵の群れが、次々に蹴散らされていった。

 

「とっ…塔にこれ以上近づけるなっ!!」

 

 さっきワシに妖しげな呪文をかけてきた妖怪ジジイが、部下達に向かって叫ぶ。

 

「…じいさん!伏せてろ!!」

 

 でかいワニのモンスターが、どうやらワシに向かって言ったらしい言葉に従い、ワシはその場に身を伏せた。

 

「むううううっ!!!」

 

 ワニの、ただでさえ太い腕の筋肉が、気合声とともに膨れ上がり、掌が前に突き出される。

 

「獣王痛恨撃ッ!!!」

 

 その掌から、なんだかわからんが物凄い衝撃波のようなのが放たれ、それは前方の敵を蹴散らすとともに、真っ直ぐに、先ほどワシらが壊そうとしていた、炎の塔に向かっていった。

 

「し…しもうた、炎魔塔が…!!」

 

 衝撃波は炎の塔を真ん中からポッキリ折り、折られた部分は砕け散って、纏った炎が消える。

 

「な…なんちゅうすごい技じゃあ…!」

 

 ワシが思わず発した声が呆れの色を帯びた事を、誰も責める事は出来んじゃろう。じゃが…

 

「しかしおぬし、“痛恨撃”とは、名前が物騒でいかんのぉ。

 “獣王会心撃”とでも改名したらどうじゃ!?」

 

 ツッコミを入れずにはいられなかった。

 痛恨などという響きは、正義の側には相応しくない。

 たとえ、それがモンスターの技だとしてものう。

 モンスターは一瞬ぽかんとした顔でワシの方を見たが、それから、

 

「ワッハッハッハッ!!そいつぁいいな!!

 ありがとよ、じいさん…!!」

 

 声を上げて、笑った。

 それはまさに、気のいい男の笑い方だった。

 

 ☆☆☆

 

 ヴン……!

 

 唐突に、身体に纏わりついていた重圧感が消える。

 後ろの方で爆発するような破壊音が響いていたし、クロコダインが炎の柱を破壊したと思って間違いないだろう。

 

「…解った?」

「うん!

 身体が軽くなった…!結界が消えたんだ!!」

 

 ダイがわたしを見上げながら、地面を蹴ったり跳ねたりする。

 小さいながら身体能力が高いのだろう、ひと蹴りでわたしの目線より高い位置まで飛び上がる。

 そういえば、さっきまで結界の影響下に居たにもかかわらず、この子は足も速かった。

 …この後わたし、彼について走れるだろうか。

 靴、履き替えて来るんだった。

 それにしても、改めて見ればこの勇者、クロコダインの言った通り、本当にただの子供に見える。

 この子がクロコダインやヒュンケルに勝ったとか、全然光景がイメージできない。

 だが、彼らを惹きつけたものは、彼の力そのものではない。

 正体は掴めないが、それこそが勇者の強さなのだろう。

 

「これで全力で戦えるわね。

 あとは、あなたの仲間たちと合流して…」

「ダイ〜〜ッ!」

 

 と、わたし達と反対の方から、この小さな勇者の名を呼ぶ声が聞こえた。

 声の方向に目をやると、額に黄色いバンダナを巻いた14、5歳の成長期半ばの男の子と、同い年か少し年上くらいの割と大柄な女の子が、小走りに駆け寄ってくるのが見える。

 

「ポップ!マァム!!…おれの仲間だよ、グエン!」

 

 …マァムって名前は聞いたような気がする。

 確かヒュンケルが口にしていた名だ。

 

「え、誰?」

 

 恐らくは、その『マァム』と思しき女の子が、わたしを見て目を瞬かせる。

 ほほう。若干顔つきは幼いけど可愛い子だ。

 そして顔の幼さに反してのむちっとした身体つきとのバランスが、女のわたしが言うのもなんだが、エロい。

 この子達と比べるとそろそろオバサンの域に入っているわたしにはその若さが眩しすぎる。

 …やっぱり隅に置けんな、ヒュンケル。

 

「…魔族?あ、まさか…」

 

 少年…あちらが『マァム』であるならこっちが『ポップ』か…の方がそう言って、何かに気づいたようにハッとして、口元を覆う。

 …そういえば、さっきまでクロコダインやヒュンケルと一緒で耳を隠す必要もなかったから、帽子を被らずにしまい込んだままだったんだ。

 よく考えたらクロコダインはともかく、ヒュンケルは100%人間なのに、彼に対しては取り繕おうという感覚は全く湧かなかった。

 あっちも何にも言わなかったし。

 

「あ、わたしは…」

 

 怖がらせてしまったなら申し訳ないなと思いながら自己紹介しようとすると、

 

「グエンは、クロコダインの友達だよ!

 クロコダインと一緒に、おれたちを助けにきてくれたんだ!

 えっと、たびのにそう、だっけ?」

 

 空気を読んでるんだか読んでないんだかわからない、全くこだわりのない明るい口調で、ダイが再びわたしの手を取った。

 

「…クロコダインと?

 こっちも、ヒュンケルが来てくれたのよ…!」

 

 わたしとダイを交互に見ながらの、『マァム』の嬉しそうな声音が少しだけ震えている。

 心なしかその瞳も潤んでいるようだ。

 その様子に何か苦笑するような表情を一瞬浮かべた『ポップ』が、それでもため息のように言う。

 

「まったく“地獄に仏”だったぜ…!

 それにしても…」

 

 言葉を止めた『ポップ』は、まじまじとわたしを見つめた。

 

「ん?」

 

 その視線から、恐怖とか嫌悪とか、そんなマイナスの感情は見て取れない。

 むしろこれは好意的な視線である気さえする。

 そんな事を思っていたら、何故か少しだけ頬を染めたポップの唇から、小さな呟きが漏れた。

 

「…………でっけえ」

 

 ボカッ!!

 

 と同時にマァムのげんこつが、ポップの頭のてっぺんに落ちる。

 

「痛って!何しやがんだよ、テメーは!!」

「その言葉そのまんま返すわ!

 初対面でいきなりセクハラかますとか、この非常時になに考えてんのよ、あんたは!!

 ホント、ごめんなさいグエンさん!」

 

 そう言っていきなり頭を下げられる…無理矢理掴んだポップの頭を。

 何が何だか判らない。

 わからないが大人として、この状況はなんとかせねば。

 

「な、なんで謝られてんのかよく判らないけど、とりあえず喧嘩はやめましょう、ね?

 それよりも、二人とも怪我してるみたいね?

 回復呪文かけてあげるから、こっちへ…」

 

 さりげなく間に入ってそれぞれにホイミをかけてやると、勇者がなんだか羨ましそうにこっちを見ていた。

 ついでに彼にもホイミをかけたら、すごく嬉しそうな笑顔でお礼言われた。

 なんだこの可愛い生き物。

 

 …てゆーか、魔族の特徴よりも身長の方が際立って見えたって事か。

 男の子にでっかいって言われちゃったし。

 

 ☆☆☆

 

「ひっ…ひいいっ!!」

「ザボエラッ…!」

 

 ペタペタと情けなく逃げ惑う魔族の老人に向かってオレは駆け出す。

 そのオレに向かってきた魔道士やら鎧やらが勝手に弾き飛ばされてるが、そんなのは物の数ではない。

 オレ自身の弱さが招いた事態とはいえ、このオレに卑怯な手を使わせたあの男に、直々に引導を渡してやらねば気が済まん!

 

「この卑劣者があっ!!そこを動くなあっ!!」

「のわわぁ〜〜っ!!!ま…まっ…!待ってくれ…!!

 わ…わっ…ワシはあっ!!!」

 

 この期に及んでなんの言い訳があるのか。

 

「くらえいっ!!!」

 

 聞く耳持たずオレは奴に、真空の斧を投げ放つ。

 

 ドガッ!!

 

 それはあっけなく、標的の身体に突き刺さり…

 

 ……ボワン!

 

「わ…ワシは、ち…ちがうんだぁ…」

 

 奴の姿は、配下の魔道士の一人に変わっていた。

 

「こっ…これは…まさか…モシャス…!?」

「キィ〜〜ッヒッヒッヒッ!!」

 

 耳障りな笑い声が頭上から響く。

 そちらに目をやると、先ほどまで追いすがっていた筈の相手が、空間に浮かんでオレを見下ろしていた。

 

「そうじゃよ。

 部下に変身呪文(モシャス)をかけといたんじゃ。

 本物のワシじゃなくて、残念だったのおっ!!?

 ま、そのうち貴様らバカどもとワシとでは、根本的に頭の出来が違うっちゅうとこを見せてやるわい…」

 

 そう言ってまた耳障りに笑いながら、恐らくはルーラという呪文であろう、高速移動でその場から飛び去っていく。

 

「ムウ…ッ!

 我が身のためなら平気で部下を犠牲にするとは…うす汚ない外道め!!」

 

 ああなれば例えガルーダが居ても、オレではそのスピードに追いつけない。

 

「…そういえば…ミストバーンもいつの間にかおらんな…」

 

 周りを見渡して、もはや敵がその場に居ない事を確認し、オレもグエンに続き、ダイ達を追う事にした。

 

 ☆☆☆

 

 ………。

 

「おのれ、あの裏切り者のワニ助め。

 …それにしても、奴が連れてきた女の顔、以前どこかで見たことが……はて?」

 

 ルーラで高速移動しながら長い顎鬚を無意識に撫で、老獪な魔族が呟いた言葉を、誰も聞く者は居なかった。

 

 ☆☆☆

 

 氷でできた結界の柱の下で、弟妹弟子達が対峙していたのは、今は新生魔王軍の魔軍司令という立場にいるかつての魔王ハドラーだった。

 グエンという半魔族の女性が言った通り、塔を破壊しにやって来たダイ達一行は待ち伏せを受けており、オレが駆け付けた時、気を失ったマァムを、ハドラーが柱のてっぺんに放り投げた瞬間だった。

 咄嗟にブラッディースクライドを放って塔を破壊し、あわや串刺しにされる寸前のマァムを受け止めるまでは、正直心臓が鷲掴まれる思いだった。

 別行動になる前にグエンから渡された薬草をポップに投げてやった後、オレの腕の中で意識を取り戻したマァムを下ろして、二人を中央塔に向かわせる。

 あいつらの姿が見えなくなった頃、クロコダインがいる反対側の塔が砕ける音を聞いた。

 今奴が戦っているとするなら、あちらにいただろうダイも、今は中央塔に向かっている筈だ。

 グエンはクロコダインとともには戦えないだろうから、彼女も今はダイと一緒に違いない。

 あとは奴らが彼女を警戒さえしなければ、オレ達が後から駆けつけた時に、全滅していたなんて事にはならずに済むだろう。

 彼女から与えられた自身の役割を全うするべく、オレはハドラーと対峙した。

 

 ・・・

 

 オレの鎧は呪文を受け付けない。

 だから肉弾戦で戦うしかなく、オレの剣と奴の爪が何合も打ち合って、何度も離れてはまた打ち合う。

 さすがは魔軍司令を名乗るだけのことはあり、呪文なしでもハドラーはたいした強さだ。

 

「かああああーーーっ!!!」

 

 裂帛の気合いとともに最後の勝負に出てきたハドラーの攻撃を、オレも己の必殺技で返す。

 

「ブラッディースクライドーーーッ!!!」

 

 高速回転で威力を倍増させた剣撃が、寸分違わず奴の心臓を貫いた。

 

「意外と脆かったな…終わりだ、ハドラー!」

「ううっ…お…おのれ…ヒュンケル…」

 

 オレの技に吹っ飛ばされたハドラーの身体が地に落ちる。

 

「そ…そんなっ…!!ハドラーさまが負けたっ…!!」

 

 奴の配下のモンスターどもが動揺の色を貌に浮かべる。

 オレは剣を鎧の兜に戻すと、ハドラーの死体に歩み寄った。

 瞬間、ハドラーが両目を見開き、拳の爪をオレに向かって突き出してきた。

『貫けぬものなどない』と(うそぶ)いていた地獄の爪(ヘルズ・クロー)が、オレの鎧を貫通する。

 

「バ…バカなっ…!!?

 急所を貫かれて何故動ける…!!?」

「あいにくオレの心臓は左右にひとつずつあってな…!

 貴様が剣をひくのを待っていたのだ!!

 さあ!!

 このオレの地獄の炎を、鎧の中に流し込んでやるわッ!!!」

 

 ハドラーはオレの胸元に爪を更に抉り込み、言葉通り煉獄の炎を、その爪に乗せて放ってきた。

 

「メラゾーマ!!!!」

 

 ☆☆☆

 

 中央塔に向けて、改めて走る勇者一行とわたし。

 やっぱり彼らの若さには敵わないのか、若干遅れ始めるわたしが、息を切らして追いついたマァムは、なんだか少し泣きそうな表情で、来た道の方を振り返っていた。

 

「ヒュンケル…」

 

 呟いた言葉が、確かにそう聞こえた。

 …こんな可愛い子に、心配かけちゃいかんよ、坊や。




グエンの服装はいろんな意味で「そんな装備で大丈夫か?」ってくらいの軽装。
でも第1話で買った帽子には若干の魔法防御効果ありだし、普段履いてるニーハイブーツは防御力はないけど何故か攻撃回避率が高いという代物。ただやっぱり走るには不向き(爆)
そしてポップがでっかいって言ったのは、勿論身長じゃありませんwww

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9・半魔の僧侶は約束する

関係ないけど、鎧の魔剣先輩のデザインの凶悪さ、すごく好きです。


 か、身体がっ…!!身体が、言うことをきかん…!!!

 

 鎧に穴を開けられ、そこから直接業火を流し込まれて、剣を握る力も出せないオレを、ハドラーが嘲笑う。

 そして更に追撃の極大閃熱呪文(ベギラゴン)の超高熱が鎧に空いた穴から侵入して、オレの身体を焼き尽くさんとする。

 

「…よし!

 ただちにダイたちを追撃し…抹殺するのだ!!」

 

 倒れたオレを死んだと思ったのか、奴と配下のモンスター達が、その場から立ち去ろうとする足音が聞こえた。

 いかん…!このままではダイたちが…!!

 だがオレにはもう、戦うすべも残されてはいない…!!

 何を武器に、戦えば…!?

 

 …生命(いのち)ですよ…!

 そう、生命のエネルギー…すなわち闘気…

 

 今にも消えそうな意識の底から響いてきたのは、かつては父の仇と思い憎んだ師アバンの、どこか間の抜けた緊張感のない声だった。

 

 生命……闘気!!

 

 かつては一笑に付した教え…だが、今なら…!!

 

 ☆☆☆

 

 中央塔に急ぐわたし達の後方、ヒュンケルが壊した氷の塔があった方向から、地響きと轟音、そしてものすごい光が放たれるのが見えた。

 

「お、おい、あの光は…」

 

 ポップの呟きに、ダイが頷く。

 

「どうしたの、二人とも!!?」

「…そっくりなんだ…あの時と…。

 アバン先生がハドラーと戦って、死んだ時の光と…!!」

 

 かつて魔王ハドラーの恐怖から世界を救った勇者、アバン。

 そのハドラーが復活した際、まず最初に狙ったのがその命であり、次代の勇者を育成していた彼は、まだ微かな光だったその灯火を守るため、自己犠牲呪文でハドラーを道連れにしようとしたらしい。

 だがハドラーは重傷は負ったものの倒れることはなく、彼を退散させたのはダイの悲しみと怒りの一撃だったのだという。

 

「ちょうどあんな感じだった…!!

 なにかこう…生命(いのち)の最後の輝きみたいな…」

「そ…そんなっ…」

 

 驚き立ちすくむマァムの横をすり抜けて、ダイが駆け出そうとする。

 その腕を、ポップが掴んで止めた。

 

「ど…どこ行くんだよダイ!!」

「決まってるじゃないか!

 ヒュンケルを助けに行くんだっ!!」

「待てよ!

 なにもヤツがやられたとは限らねえじゃねえか…!!?

 それにあいつは呪文が使えねえんだ。

 自己犠牲呪文(メガンテ)をかけて死ぬなんてこたぁねぇはずだし…!!」

 

 若干頭に血が上ってるダイをポップが説得しようとする。

 ポップは魔法使いだそうなので、それは立ち位置的に正しい行動だ。

 けど、やはりまだ若いせいか、ポーズだけでも冷静さを保てていないから、説得力に欠ける。

 冒険者パーティーの魔法使いに老人が多いのは、やはりその立ち位置として、経験からくる冷静さを求められる場合がほとんどだからだ。

 案の定、ダイはその言葉では納得しない。

 

「でも…!あれはただごとじゃないよ!!

 勝っても負けても無事じゃすまない!

 そう思うだろ、マァム!グエン!!」

 

 わたし達に向けてそう言いながら、今にも飛び出して行きそうなダイを、ポップが抱きつくような格好になりながら止めようとしている。

 それを引きずるダイが、せめておれだけでもと振り払おうとする光景を見ながら、一番心配そうだったマァムの表情が、キッと引き締まるのをわたしは見た。

 

「だめよ、ダイ!!

 私たちは中央塔へ行くのよ!

 行かなくてはだめ!!」

 

 その凛とした声が、ほんの少しだけ震えている。

 よく見たら声だけではなく、手も。

 相当な決心を固めて言ったのだろうと、その震えだけで理解する。

 

「なっ…なんでだよっ!!?

 ヒュンケルを見捨てるの…!!?」

 

 …だめだ、これ以上見ていられない。

 それに、『見捨てる』という言葉が、ちょっとだけ癇に障ったのも事実だ。

 

「…ダイ。ヒュンケルを信じてないの?」

 

 言いながら彼の肩に手を置き、瞳をじっと見つめる。

 

「えっ…?」

 

 戸惑ったような瞳が揺れた。

 勇者パーティーの力の源は、絆。

 クロコダインはそう言った。

 ならばこの言葉が、彼には一番堪えるだろう。

 

「信じるなら、先へ進みなさい。

 彼も、クロコダインも、その為に命をかけているわ。」

「で、でもっ…!」

「彼らはあなたを信じてる。

 だから一度拾った命を、もう一度捨てる覚悟でここに来たし、わたしはそんな彼らに感銘を受けて、彼らが信じるあなたに会いに来たの。

 わたしの友達の心意気を汲んでくれないつもりなら、わたし、失望のあまり泣くから。

 多分10秒以内に。

 わたしを泣かせて、平気?」

 

 わたしがそう言うと、ダイは少し焦ったように、小さく息を吸い込んだ。

 半分は冗談だけど、やはり小さくても男だ。

 女の涙には、少なからず動揺するのだろう。

 

「…ほら、そんな顔しない。

 大丈夫よ、泣かないわ。

 てゆーか、彼らを死地に赴かせたのはわたしの判断だから。

 あなた方が責任を感じる必要はない。

 リスクが生じるならば、それはわたしが背負う。

 あなたがどうしてもって言うなら、わたしが戻るわ」

 

 言いながら、彼と合わせていた目線を外し、立ち上がる。

 

「グエン!?」

「必ずヒュンケルを連れて、追いかけるから。

 …知り合ったばかりだから全面的には無理でも、クロコダインやヒュンケルの半分でいいから、わたしの事も、信じて?」

 

 わたしが言うと、じっとわたしを見つめていたダイが、ようやく微笑んで、頷いた。

 

「わかったよ…グエン。

 今はレオナを一刻も早く助けることが、おれたちの仕事なんだね…!!」

 

 彼の言葉に、全員が頷く。

 ようやく方針が固まったところで、わたしはマァムに向き直った。

 

「ごめんね、マァム。

 あなたに辛い決断をさせてしまって。

 本当は、わたしが言い出さなきゃいけなかったのに」

 

 さっきの感じでわかってしまった。

 この子は本来、とても優しい気性の持ち主なのだと。

 ヒュンケルのいる方に、一番駆け出したかったのは、彼女だったろう。

 それを押しとどめて先へ進めと言葉にしたのは、とても辛い決断だった筈だ。

 わたしの言葉に、マァムの強い瞳が揺れた。

 

「グエンさん…!」

「グエンでいいわ。後でまた会いましょう!」

「……ええ、グエン!また後で!」

 

 マァムの表情がようやく緩む。

 この子は笑っている方が魅力的だ。

 それに彼女の微笑みには、ひとを安心させる何かがある。

 …けど、安心してばかりもいられないか。

 

「あ、あと。

 今、中央塔にフレイザードは居ないわ」

「えっ!?」

 

 念の為インパスを唱えて、三角窓で中央塔を覗きながら、わたしが置き土産よろしく言うと、勇者が驚きの声をあげた。

 

「逃げたとは考えられないから、塔の手前か、途中の道のどこかに隠れて、あなた方を待ち伏せしてるかも。

 気をつけて!」

 

 言いながら駆け出し、後ろに向かって手を振る。

 

「よし行こう!!中央塔は目の前だっ!!!」

 

 後ろから勇者の声が聞こえた。

 

 さあ若き力よ、真っ直ぐに前に進め。

 そこを阻む枝葉を払うのは、大人の役目だ。

 

 ☆☆☆

 

「な…なんだ…この巨大な亀裂は…!!?

 これが、グランドクルスとやらの威力か…!!?

 なんというすさまじい技だ…!!!」

 

 配下のモンスターの死体の中から這い上がって、ひとり周囲を見渡した魔軍司令ハドラーは、目の前に広がる光景に背筋が寒くなるのを感じた。

 地面に走った巨大な十字形の亀裂は、見下ろしても底が見えないほど深い。

 …もはや剣を振るう力すら出せないヒュンケルに、彼は己の勝利を確信していた。

 それでもまだ立ち上がり、剣を兜におさめたヒュンケルの額に、闘気が集中した。

 そのエネルギーがどんどん大きくなって、その危険に気がついた時には遅かった。

 咄嗟に配下のモンスター達を盾にしてやり過ごしたが、直撃していたらどうなっていたことか。

 ハッと気がついてハドラーは、その技を放った男の姿を探す。

 それは、先ほどその大技を放った時と寸分違わぬ場所に見つけた。

 跪くような格好で、ただじっとその場に佇んでいるようだ。

 ハドラーは瞬間身を竦ませ、ヒュンケルの次の動きを警戒する。だが、

 

「…そうか」

 

 その場に座したまま動かぬヒュンケルの姿に、彼は事態を察する。

 

「そうだったのか…グランドクルスはまだ、未完成の技だったのだ…!!

 そのためヒュンケルの全闘気を、無尽蔵に放出してしまったわけだ…!!

 今あそこにいるのは、魂を失った、抜け殻のようなもの…!!」

 

 相手がもはやなんの反撃もできぬ状態であると知り、ハドラーが高笑いする。

 先ほどまであれほどに自分を追い詰めた男の抜け殻の背後に簡単にまわって、拳から戦闘用の爪を出して、その首を落とすべく構える。

 

「あの世でせいぜい歯ぎしりするがいい!!

 貴様の仲間や、アバン…バルトスとな…!!」

 

 …師と父の名を聞いたその抜け殻が、一瞬だけ反応したのにハドラーは気付かなかった。

 

「最後だッ!!死ねェッ!!!ヒュンケルーーッ!!!!」

 

 元魔王の、地獄の爪が振り下ろされた。

 

 ☆☆☆

 

 わたしがそこにたどり着いた時、それはまさに勝負が決する瞬間だった。

 跪くヒュンケルの背後から襲いかかろうとしていた、大きな身体の魔族…恐らくはこれが魔軍司令ハドラーだろう…の胸を、兜に装着したままの剣が刺し貫く。

 その身体が崩折れると同時に、それを貫く剣が外れ、兜が落ちて、ヒュンケルの無駄に綺麗な顔が顕れる。

 

「ヒュンケルッ!!」

 

 彼の剣を胸に刺したまま仰向けに横たわる魔族の死体が気にはなったけど、それに構っちゃいられず、わたしはヒュンケルに駆け寄った。

 見れば、どれだけすさまじい戦いが繰り広げられていたのか、ほぼ荒野と化した彼らの周囲には、数多のモンスターの死体が転がり、また地面には十字形の深い亀裂が走っている。

 気を失っているらしいヒュンケルの身体の状態を確認する。

 どうやら全身に火傷をしているようだが、それよりも体力が枯渇しているのが気になる。

 正直、これでどうやって生きてるんだとすら思うくらいの消耗っぷりだ。

 だがめんどくさい負傷ではなさそうなので、ベホマで治療と体力の回復を同時に行なっても問題なさそうだ。

 

「…ごめんなさいね。もう少しだけ頑張って」

 

 本当ならこのまま休ませてやりたいところだが、ここはまだ戦場であり、彼の力はこの後こそ必要になる。

 それにわたしは、彼を連れていくと、あの子達に約束した。

 ヒュンケルの頬に掌を当てて、ベホマを唱えようとして…瞬間、背後に感じた禍々しい気配に、背筋に氷を入れられたような感覚が走った。

 振り返ると、本当にすぐそば、ハドラーの死体の真横に、さっきの炎の塔のところにいた、衣のモンスターが立っていた。

 

 …いや、違う。

 こいつは「衣のモンスター」なんかじゃない。

 

 さっきはこいつを、あの鎧と同じタイプのモンスターだとばかり思っていたけれど、そばに立たれるとその気配は、明らかに異質だった。

 そして奇妙なことにそれは、ヒュンケルと初めて会った時、彼の身体の奥に僅かに感じたものと、同一のものだった。

 あの時感じた禍々しい気配、それがより濃く、より大きくなったもの。

 それがこんなにそばまで近づくまで、存在に気付かなかったなんて。

 あまりにも濃い瘴気に、心臓の動きがおかしくなるのを感じた。

 呼吸も荒くなる。全身を冷たい汗が濡らす。

 思わずヒュンケルの頭を抱きしめたのは、彼を庇おうというよりも、恐怖のあまり何かに縋りたいという、本能的な動きにすぎなかった。

 …だが、『それ』はわたし達に目もくれず、ハドラーの身体に突き刺さる剣を握ると、無造作にそれを抜き、やはり無造作に、地面にそれを投げ捨てた。

 それから、前に突き出された手から、糸のような光が発せられたかと思うと、それがハドラーの大きな身体を、その重さなどないかのように宙に持ち上げる。

 次にその光が消えた時には、ハドラーの身体は『それ』の腕の中に収まっていた。

 一瞬だけ、『それ』の意識が、わたしに向いた気がしたが、わたしがそれに怯むより先に、その姿は一瞬にして、その場からかき消えた。

 

「…ウッ……!」

 

 しばらく呆然とそのまま硬直していたわたしだったが、自分の腕の中から発せられた小さな呻き声に我に帰る。

 

「ヒュンケル!?」

「……グエン?………っ!!?」

 

 ヒュンケルは顔を上げてわたしを確認して、何故かその瞬間、驚いたように目を見開いた。

 それから慌ててわたしから身体を離し、なんだか気まずそうに目を逸らす。なんでだ?

 

「ちょっと、動かないで。

 ベホマをかけるから、少しじっとしてなさい」

 

 若干突き飛ばすように離れられたのが不愉快で、少し本気で文句を言う。

 

「す、すまない……っ!?ハドラーは!?」

「大丈夫。あなたが倒した。

 …けど、死体は何故か、彼らの仲間の、衣のモンスターみたいのが連れていったわ。」

 

 ベホマを施しながらわたしが答えると、少し考えてから、ヒュンケルが言う。

 

「衣……ミストバーンか。

 それは恐らく、魔影軍団の軍団長だ」

「軍団長?どおりで…」

 

 あの者から感じた禍々しい気配。

 その残滓が感覚として肌に残っていて、わたしはまた身を震わせた。

 

「そうか…奴が来ていたのか。

 あなたには、また助けられた。感謝する」

 

 ベホマでの治療が終わり、わたしが手を離すと、ヒュンケルは立ち上がり、地面に落ちた剣を拾う。

 

「水臭い事言わないの。

 わたしはあなたを、友達だと思っていてよ?

 あなただけでなく、ダイも、ポップも、マァムも、そして勿論クロコダインもね。

 あなたや彼らがどう思っていても、わたしはそう決めた。

 そのかけがえのない友の為に、できることをする。

 当然でしょう?」

 

 わたしがそう答えると、ヒュンケルは真顔でわたしを見つめた。

 それから、頷いてフッと笑う。

 

「わかった。

 ならばその友情に、オレもオレのできる事で応えよう。

 そして、オレにできるのは戦う事だけだ。

 行こう、グエン。

 友が、戦場でオレ達を待っている」

「ええ!」

 

 差し伸べられた手を、躊躇なく取る。

 なにも隠す事ない心のまま、真っ直ぐに駆け出す。

 目指すは、わたし達を信じて待つ、友がいる戦場。




ほらな。
まだフレイザード戦始まらなかったろ。


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10・半魔の僧侶は解呪する

えー、一応前回までの感じで判ったと思いますが、ヒロインがいない場所での戦闘場面は、可能な限りダイジェストしてます。
そのせいで書くのは却って面倒になったけど、この物語は『ダイの大冒険』ではなく、その世界に投げ込まれた石の話なのですというこじつけ。
なので、こんなものを読んでいる方は原作を読んで知っているという前提で書いておりますので、書かれていない部分に関しては、皆様の中の原作知識で補完してください。
「原作読んでないよ」「そもそもドラクエ自体知らない」なんて方のフォローまでは、当方では致しかねますのでご了承くださいませなのじゃ。
キィ〜〜〜ッヒッヒッヒッ!!


「…今思ったんだけど、フレイザードって、禁呪法でハドラーが生み出したって言ってたわよね?」

「そうだが…?」

「禁呪法で生み出された生命体って、基本的には術者の死亡とともにその生命も消える筈なんだけど、もしかしてあなたがハドラーを倒した事で、フレイザードが消滅しててくれたりするってことはない?」

 

 ヒュンケルについて中央塔へと走りながら、ふと頭をよぎった疑問を口にする。

 もしそうであれば、勇者達は楽だろうが、わたしには少しだけ引っかかる点があった。

 だが、ヒュンケルはわたしの言葉をあっさり否定する。

 

「……いや、それはないだろう。

 確かに最初に生命を与えたのはハドラーだが、その後は他のエレメント系モンスターと同様、大魔王バーンが与えた暗黒闘気を糧に、その生命を維持している。

 …アンデッドのように、生命活動を行なっていないものを動かしているのと違い、奴の身体はあれでちゃんと、生命活動を行なっているから、常に何物かを消費していて、それを補充する事は必要だ。

 オレ達が、ものを食べなければ生きられないのと同様にな。

 そして大魔王が生きている限り、その暗黒闘気は常に、奴の身体に注がれている。

 恐らくだが既にフレイザードの身体は、親であるハドラーよりも、大魔王バーンとの繋がりの方が、より強くなっているだろう」

「なんでも、うまい話はないって事よね…」

「そういう事だ」

 

 走りながらこっちに目を向けて、少しだけヒュンケルは笑った。

 …それはいいとしてこの男、こんな重装備を身につけてるくせに、軽装のわたしより足が速いってどういう事なんだ。

 彼も若いけど確か21だって言ってた筈だから、わたしと4歳しか違

 

 ドッカァーーーーン!!!!!

 

 …進行方向の先、恐らく中央塔の下あたりで、何か爆発するような音がした。

 

「戦闘が始まっているようだな…急ぐぞ!」

 

 よし、もう余計な事は考えずに、気を引き締めていこうと思う。

 ん…待てよ?

 

「そうだ…そういえば、勇者くん達と別れて、あなたのところに向かったタイミングでは、フレイザードは塔の中に居なかったのよ」

「なに?」

「塔の手前で待ち伏せてると思ったんだけど、今みたいな爆発とかを伴う攻撃技があるのなら、確かに塔の中よりも、屋外の方が戦いやすいわね。

 むしろ、塔からは離れて戦うかも。

 …だとしたら考えがあるわ」

 

 わたしは走っていた足を止めた。

 

「グエン!?」

 

 怪訝な表情を浮かべて、やはり立ち止まってわたしを振り返るヒュンケルに、指で前方を指し示す。

 

「あなたはこのまま、真っ直ぐ彼らのもとに向かって。

 クロコダインもすぐ駆けつけてくる筈よ」

「待て、グエン!あなたはどうする…」

「わたしの存在はフレイザードには知られていない!

 これを利用して先に中央塔に登って、王女の無力化結界を解除するわ!

 わたしが心配なら、いいだけ派手に登場して、フレイザードの注意を塔から逸らせておいて!」

 

 わたしの言葉に、不得要領な表情を浮かべて立ち止まっていたヒュンケルが、意を決したように頷き、再び駆け出した。

 それを確認してわたしも駆け出す。

 遠回りをして、反対側から、中央塔を目指して。

 

 別行動を思い立った理由は三つ。

 ひとつは、王女の命のタイムリミットの不確実性。

 フレイザードは『保って日没まで』と言った。

 つまり保たなければ、その前に王女は死ぬって事だ。

 戦いを終えてフレイザードに勝っても、王女が死んでしまっていたら、何の為に戦ったのかわからなくなる。

 急ぐに越した事はない。

 更にひとつ、あの王女を拘束している無力化結界が、一応は氷の形を取っているという事。

 タイムリミットがあるというあたりで、維持する為に王女の魔力、それが尽きれば生命力を吸い取って、維持するタイプと推測できる。

 極端な話、王女が死ねばその瞬間にあの呪法は消えるわけだが、勿論それでは何にもならない。

 更にそれを施したフレイザードが死ねば消えるかといえば、実のところいささか疑問が残る。

 確かに結界としての力は、フレイザードの死とともに消えるだろうが、この場合この結界が、物理的な『氷』という形を取っている事が問題なのだ。

 結界としての力がなくなれば、あれは恐らくただの『氷』そのものになり、そうなると逆に、それに閉じ込められている王女の命が危なくなる。

 しかもあの大きさの氷を溶かそうと思ったら、相当なエネルギーが必要だ。

 はたして、戦いを終えた後の勇者パーティーに、それだけのエネルギーを供給する余力が残っているかどうか。

 ならどうするか。

 フレイザードが生きている、つまり氷がまだ『ただの』結界であるうちに、王女をあの氷から解き放つのが、一番安全で確実だ。

 そして最後のひとつは、それが可能であるわたしが、フレイザードに存在を認識されていないという事実だった。

 ならば、所詮非力な僧侶であるわたしは、正攻法で挑むより、こちらのほうが余程、ダイ達の役に立てるだろう。

 

 ☆☆☆

 

「…暴虐もそこまでだ、フレイザード!!」

「クロコダイン!!!てっ…てめえっ…!

 そうか…てめえが助っ人をしてやがったのか…!!」

「…助っ人は一人だけじゃない…!!」

「…ヒュンケル…!」

「グエンは?一緒じゃねえのか!?」

「…後から来る」

「バッ…バカな…てめえまで…!!」

「ハドラー同様、貴様にも相当借りがあったのを思い出してな…地獄から舞い戻ったというわけだ…!!」

「くっ…!!」

「さあ、もう逃げ場はないぞ!!」

「へっ、どうしたっ!!?観念したのかよっ!!」

「…そうだな。観念するか…」

 

 ☆☆☆

 

 道中現れたブリザードに棍の一撃を放ちながら、わたしは塔を登る。

 フレイムならば有効な技があるのだが、氷属性のブリザードは一匹一匹潰すしかないので、数匹で出てこられると少々骨が折れる。

 わたしのなぎはらいはまだ確実性に欠け、空振ると隙ができるので、確実に決まるシチュエーションでもなければ使わない方がいいだろう。

 けど、以前ゲッコーさんに頂いたこの棍、今使ってて気がついたけど、どうやらエレメント系のモンスターに有効な打撃効果があるっぽい。

 かまいたちの時になんで気付かなかったのか。

 まあ、今はそんな事、考えても仕方がない。

 塔の手前の広場では、勇者達の戦いが始まっているようだ。

 先ほど凄い爆発音がして、階段の途中でインパスを使うと、外で5つの青い光の周りを、数多の細かい赤い光が飛び回っているのが見えた。

 なるほど、禁呪法で生まれたあのモンスターには、その生命の源になる核があり、それが本来なら相反する事象である炎と氷の身体を繋いでいる。

 今はその核のみとなって、バラバラに砕いた身体の岩石を遠隔操作しているのだろう。

 

 ☆☆☆

 

「この岩の一つ一つが…オレなんだよォォォッ!!!!」

 

 自爆したと思われたフレイザードの身体の岩が、オレ達の身体に弾丸のように降り注いだ。

 自分に向かってくるそれを細かく砕こうとしても無駄だ。むしろ砕けば砕くほど、自身に向かってくる岩の数は増えていく。

 砕くなら、ヤツの身体を構成する『(コア)』。

 それを見つけて砕かねば、この岩の嵐を切り抜けることはできない。

 オレがダイにそう告げている間にも、ヤツの攻撃はますます激しさを増して、オレ達の身体にダメージを与えていく。

 

「破れるものなら破ってみろよ…!

 この無数の弾岩の中に潜む、オレの(コア)を砕こうってのか!?

 そんな事…人間なんぞにできるかあ〜〜ッ!!!」

 

 弾岩の嵐が、ダイの身体に集中して、既に動く事も困難になったオレの視界の端で、ダイが倒れるのが見えた。

 

 ☆☆☆

 

 最上階にたどり着くと、やはり数匹のブリザードが、王女の周りを取り囲んで守っていた。

 わたしの存在には気付いていない。ならば。

 

「なぎはらいッ!!」

「ギャアァァーーッ!!!!」

 

 不意打ちが功を奏し、討ちもらす事なくブリザードを退治する。

 呪文と違い技の場合、別に声に出さなくても発動できるが、そこは気分の問題だ。

 …若干気まずいものを何故か感じつつ、囚われたままの王女の前に立つ。

 氷に手を触れると、やはりビリビリとした、負の魔力を感じた。

 息を吸い込み、魔力を集中させて、聖なる力に変換する。

 そうしてから王女を包む氷に両手を翳し、ひとつの呪文を詠唱した。

 

「シャナク!」

 

 結界の力とともに、氷が、蒸発するように消える。

 崩折れる王女の冷たい身体を抱きとめて、その心臓が鼓動を打っているのを確認してから、もうひとつ呪文を詠唱した。

 

「ベホマ」

 

 …これでもう大丈夫。

 けど、身体が冷え切っているから、しばらく温めていた方がいいかも。と、

 

「おかあさま……」

 

 という小さな呟きが聞こえ、一旦身体を離したが、彼女は目を覚まさなかった。

 …確か市井の噂では、このお姫様はまだ14歳だった筈だ。

 本来ならまだまだ、親の庇護のもとにある年齢だろう。

 だがヒュンケルの話では、それを守るべき父親の王は、彼女の生存に全てを託して自害している。

 母親である王妃も、彼女が幼い頃に亡くなっていると聞いた。

 つまりこの娘は近い未来、この若さで、一国を導く王として立たねばならないという事だ。

 まだ子供と言ってもおかしくない彼女にとって、それは茨の道に違いない。

 目を覚ました時、彼女にとっての、真の戦いが始まる。

 だがそれまでは…せめて夢の中で、母親に抱かれているのもいいだろう。

 現時点で充分に美しいが、まだあどけなさも残る少女の寝顔を見下ろして、わたしはもう一度、その身体をぎゅっと抱きしめた。

 

 あなたの未来を助けるために、たくさんの想いが動いている。

 だから、道は険しいけれど、その瞬間瞬間の『今』を諦めないで。

 どんなに辛くても寂しくても、あなたは一人じゃないから。

 

 ☆☆☆

 

 なんとか…せめて、ダイにだけでも回復呪文(ホイミ)を…!

 

 みんなが倒れて動けない今、せめて私にできる事をと、身体を起こす。何とか這ってダイの側に行こうとしたら、伸ばした右手の手首を、足の形をした岩が押さえつけた。

 

「クロコダインの陰にいたお陰で、傷が浅かったみてえだな!!」

 

 その『足』の上に、細かな岩が積み重なり、見る間にそれは、人のような形をとった。

 でも…さっきまでその形だった時には全体を包んでいた筈の、炎と氷が消えかかっている。

 

「…フッ…情けねえ姿だと思っているだろう?

 この最終闘法は、オレの生命(いのち)を著しく消耗するからな…」

「なぜそこまでして勝とうとするの!?

 死の危険をおかしてまで!!」

 

 …若干自分勝手な問いだと、私自身にもわかっている。

 私だって、この戦いに命を懸けているのだし。

 だから正直言って、答えが返ってくるとは思っていなかった。

 

「…オレの人格には歴史がねェ…」

 

 だけど、私の言葉に、フレイザードは答えを返してきた。

 まるで、心の底では聞いて欲しかったと言わんばかりに。

 

「ハドラー様がオレを造ってから…まだ一年足らずしか経っていない…。

 だからオレは手柄が欲しいんだ!

 たとえ百年生きようと千年生きようと、手に入らねえぐらいの手柄がな!!」

 

 それは確かに彼の本音であり、コンプレックスであると、その言葉で判った。

 それを悲しいと思う心を、彼は確かに持っていた。

 だから、

 

「……なんて…哀れな人。

 戦い以外に、自分の存在を証明できるものがないなんて」

 

 心底、そう思った。

 私も、この戦いに命を懸けている。

 けれども、それは仲間がいてこそだ。

 自分一人の為だけに命は懸けられない。

 彼は一人だ。

 この世に同胞はおらず、仲間は手柄を競う存在。

 生きてきた過去がない故に、自身のアイデンティティに飢えた。

 生まれ落ちて、心を与えられたにもかかわらず、戦う事しか教えられなかった、哀れな子供。

 そう思えた。けれど、

 

「同情なんかいらねえよ!」

 

 高笑いしながら、炎を僅かに纏った足で私の手を踏みつけたフレイザードに、迷いなどなかった。

 

「勝利の瞬間の快感だけが…!!

 仲間の羨望の眼差しだけが…!!

 このオレの心を満たしてくれるんだ!!

 このままおとなしくてめえが死んでくれりゃあ、万事めでたしなんだよッ!!!」

 

 そう叫んで、私に掴みかかろうとするフレイザードを、

 

「待てっ!!!!!」

 

 と、立ち上がったダイの声が止めた。

 逃げなさいと叫んだ私の声に耳を貸さず、ダイが立ち上がったのは、恐らく私を守る為。

 

 今の私は、なんて無力なんだろう。

 救いたいと思っても、誰も救えていない。

 愛や優しさだけでは、守れない。

 力無き正義は、無力。

 

 かつてのアバン先生の言葉が、不意に心に蘇った。

 その姿が、目の前のちいさな勇者と重なる。

 

「…おれも、今から最後の必殺技をくりだす…。

 今まで一度も成功したことのない技だけど…」

 

 言いながらダイが、抜いていた剣を鞘におさめた。

 

「これにしくじればおまえの勝ち…

 だけど…決まればおれの勝ちだっ!!!」

 

 ダイの最後の必殺技って、まさか…!!?

 

 ☆☆☆

 

 ダイが繰り出したのは『空裂斬』。

 だが一度かすりはしたものの、その後は何度繰り出しても、それは悉く「空を切る」。

 ダイは忘れている。

 アバン流刀殺法の中でも最大の奥義であるそれは『空』すなわち目に見えぬものを『斬る』技だ。

 それは悪のエネルギーにより生み出された邪悪な生命の、その源を断つ剣技。

 それを斬る刃こそが、正義のエネルギー。

 アバンのもとでつきっきりで剣技を学んだオレが、その技を極められなかったのはそれが理由だ。

 だが、心を憎しみに曇らせたオレと違い、ダイならば必ず、それを極められる。

 

 その為には…!

 

 オレは自分の剣の刃を握りしめると、そこから流れ出た血をダイの目に浴びせかけた。

 

「目に頼るな!

 心の目で、ヤツの悪のエネルギーを感じるんだ!!」

 

 オレがダイに向かって叫ぶと、嘲笑うような怒るようなフレイザードの声が響き、弾岩の雨が、ダイ一人に向かって降り注ぐ。

 

「そんな夢みたいな技で、オレの秘技が破れるもんかよォッ!!!」

 

 ダイはそれを動かずに受けていたが、やがて剣を鞘に一度おさめてから、岩の嵐の真ん中に突進した。

 

「こいつが、フレイザードだぁーーーッ!!!!

 

 空裂斬!!!!!」

 

 抜く手も見せず振りかぶった刃が、白く輝いたように見えた。

 

 ☆☆☆

 

「なんだ貴様ァッ!?ここで何をしている!?」

 

 王女の身体を抱いて温めているわたしを、数匹のフレイムが見つけて襲いかかってきた。

 まだ残っていたのか。まったく、鬱陶しい事だ。

 マントを脱いで王女の身体を包み、仕方なく足元に横たえる。

 そして棍を構え、フレイムたちを睨みつけた。

 この技は魔法力を若干消費するが、この棍の打撃効果と合わせれば、わたし一人でも、この程度の敵に遅れをとる事はない。

 一斉に向かってくるフレイムたちに、わたしはようやくモノにしたばかりの棍の技を放った。

 

「氷結乱撃ッ!!!」

 

 …王女の戒めを解く事ができたら、今度こそダイたちのもとに駆けつけて、回復要員として戦いに参加するつもりでいたけど、まだこんなザコ敵が塔をうろついているというのなら、王女を無防備なままここに置くわけにはいかないか。

 彼女が目を覚ますか、ダイたちが戦いを終えてここに登ってくるまで、この子はわたしが守らなければ。




そして輝くウルトラ僧侶(爆)


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11・半魔の僧侶は取り込み中である

「斬った…!手ごたえ、あり…!!」

 

 ダイの足元に転がった石が地面に落ちて音を立て、蒸発するように消滅する。

 あの(コア)の魔力によってフレイザードは、灼熱の身体と極寒の身体を繋ぎ止めていた…それを失ったということは…!!

 

「グワアァァァーーッ!!!!!

 や…やべえっ!!左右の身体が維持できなくなってきやがった…!!

 これ以上つなぎとめておくと…消滅しちまうっ…!!!」

 

 言うやフレイザードは左右の身体を分離させた。

 こうなればやる事はひとつだろう。

 

「今だ、ポップ!!」

「おっ…おっし!!閃熱呪文(ベギラマ)ーーッ!!!」

 

 ポップが氷の方の半分に向けて呪文を放つ。

 両方が繋がっている状態のヤツだったら、もう片方の腕で受け止めただろうが、今はそのもう片方がない。

 防御もできぬまま、断末魔を上げて、氷の半身が消滅する。

 残った炎の方はオレ達に取り囲まれ、言葉も出ない様子だ。

 

「こいつをどうする…!?」

「二度と復元できぬよう、粉々に打ち砕いてくれる……覚悟!!」

 

 だがオレの剣がヤツに届いたと思った瞬間、何かの力でオレは身体ごと跳ね飛ばされた。

 次の瞬間、どこから現れたものか、魔影参謀ミストバーンが、掌底をオレに向けて、フレイザードの前に立っていた。

 ミストバーン。オレの、闇の闘法の師。

 アバンに返り討ちにあったオレを拾って、魔剣戦士として育てた男。

 そうだ、そういえばグエンが言っていた。

 オレが倒したハドラーをヤツが連れて行ったと。

 ハドラーをどこかに運んだ後、またこちらに戻ってきたというのか。忙しいヤツだ。

 この死にかけのフレイザードはともかく、今のオレ達のコンディションで、こいつを相手に戦うとなると、相当な苦戦を強いられるだろう。

 

 …グエンは、まだこちらに来られないか。

 彼女が居れば、まだ少し違ったものを。

 

 そんな事をふと思って、この短い付き合いの中で、いつの間にか彼女の存在を、思いのほか頼りに思っている自分に気付く。

 

「ミストバーン…!助けてくれッ…!!頼むッ!!

 このままじゃ死んでも死にきれねえ…助けてくれよォッ…!!」

 

 フレイザードが懇願すると、ミストバーンは虚空を指差した。

 思わず向いた視線の先の空間に、何か…折りたたまれた鎧といった形状の、金属の塊が出現した。

 

「…これは我が魔影軍団最強の鎧…おまえが炎の暗黒闘気、即ち魔炎気と自らを化す決意があるなら…与えてやろう…」

 

 …こいつの声を聞いたのは久しぶりだ。

 この男はオレにものを教える時ですら、ほとんど口をきかなかったのだ。

 そのミストバーンの言葉に、フレイザードが難色を示す。

 岩石生命体の身体を捨てて、魔炎気としてあの鎧に宿るという事は、ヤツは鎧のモンスター、つまりミストバーンの部下になるという事だ。

 出世欲の塊であるフレイザードには、堪え難い屈辱だろう。

 だが、一旦背を向けて去りかけたミストバーンに、フレイザードは苦いものでも呑み込んだように声をかける。

 

「本当にそいつと一体化すりゃあ、やつらに勝てるんだな…!!」

 

 その言葉に、敵はないと答えたミストバーンに、フレイザードが頷いた。

 ミストバーンが手を掲げると、フレイザードの身体の岩から炎だけが離れ、残された岩がボロボロと崩れる。

 離れた炎の方は、上空に浮かんだ鎧に吸い込まれるように入っていき、それとともに折りたたまれた手足が伸びて、重い音とともに、地面に降り立った。

 

「力が…みなぎってくる…信じられないような…凄まじい力だ…!」

 

 オレ達が立ちすくんでいるその場面に、パプニカ兵士の鎧を身につけた老人と、確かダイ達が連れていた翼の生えたスライムが駆け込んできた。

 

「最悪の場面に飛び込んできやがって…!!」

 

 ポップの呟きはもっともだ。

 フレイザードはまず、無力そうなその老人に突進したのだから。

 

「あぶないッ、じいさんッ!!!」

 

 あわや老人の身体を打ち砕くかと思われたフレイザードの拳を、クロコダインが受け止める。

 そのクロコダインの踏みしめた脚が、地面にめり込んだ。

 そしてフレイザードが更に力を込めると、めり込んだ部分から地割れが起きて、クロコダインも老人も、その裂け目の中に落ちていく。

 それを救わんと駆け寄るオレとポップに、フレイザードは突進してきた。

 

「ヒャダルコ!!!」

 

 ポップがオレの後ろから、ヤツに呪文を放つ。

 だがそれは鎧の表面で弾かれ、その威力が空中に霧散した。

 これは、オレの鎧の魔剣と同じ効果だ。

 恐らくは、オレの鎧と同じ金属でできているのだ。

 ならばそれに、電撃系以外の呪文は効かない。

 そしてヤツの本体は魔炎気だ。

 生身の肉体ではない以上、電撃でダメージが与えられるとも思えない。

 驚いている間にもヤツの突進は止まらず、オレとポップはまとめて一度に、ヤツの拳に吹っ飛ばされた。

 衝撃をまともに受けたオレの鎧が、粉々に砕かれる。

 一撃で動けなくなるオレ達を尻目に、フレイザードの攻撃目標は、今度はダイに向いた。

 そのダイの身体を支えながら、恐らくは回復呪文をかけていたのだろうマァムが、身を竦ませるのが視界の端に映る。

 マァムの回復呪文は、グエンのものと比べて時間がかかるようで、ダイはオレの目から見ても僅かしか回復していない。

 だがダイは自身からマァムを引き離すと、その小さな身体をフレイザードの前に晒す。

 

「大丈夫だ、マァム…おれ、勝てるよ…。

 何故だか知らないけど…こいつには負ける気がしないんだ…!」

 

 その言葉が癇に障ったらしいフレイザードがダイに猛攻を仕掛ける。

 が、先ほどの血糊がまだ目に残った状態でダイは、ヤツの攻撃を見切り、躱していた。

 

「…完成だっ!!

 空裂斬を会得した事によって、ダイのアバン流刀殺法は完成をみた。

 それは、あの必殺技の完成をも意味する!!」

 

 ダイは無意識に、その破壊力を悟っている。

 当然だ。あの技は…!!

 

 大地を斬り…海を斬り…空を斬り…そして全てを斬る!!

 今のダイならば…そう、すべてが斬れる!!!

 

「これが本物の…アバンストラッシュだ〜〜っ!!!!!」

 

 ・・・

 

 ダイの一撃でバラバラに砕け散るフレイザードを見ていたにもかかわらず、ミストバーンがこちらに攻撃してくることはなかった。

 あまつさえ小さな炎のかけらとなったフレイザードを、最後には踏みにじって、そのまま何処かへと消えていった。

 ヤツは、ダイの力を試すためにフレイザードを利用したのか…!?

 だが今は考えている時ではない。

 パプニカの姫のもとにはグエンが行っているが、彼女がこちらに駆けつけて来なかったところを見ると、何か困ったことが起きているに違いない。

 

 ☆☆☆

 

 ハア…ハア…ハアッ……!!

 

 次々に現れていた炎と氷のモンスターの相手もそろそろ疲れてきた。

 特に、一匹一匹潰さなければならない氷系がキツい。

 特にブリザード。

 たまにザラキとか唱えてくるから、あいつらにはマホトーン必須だし。

 わたしは魔法耐性を持つパプニカ絹の帽子を今はちゃんと被ってるけど、王女は無防備だ。

 

 …ん?

 でもあのドレスはひょっとしたら、最高級のパプニカ絹なんじゃない?

 だってあの人王女様だし。

 …ま、まあ一応念の為。

 

 群れで出てきた氷河魔人を棍の先で砕きながら、階段の方からなにか近づいてくる音を耳でとらえた。

 そちらに顔を向ける余裕はないが、今のタイミングでこれ以上敵に増えられるとさすがに困る。

 そんな事を思っていたら、棍の先から逃れた一匹が、わたしの足元をすり抜けて、王女に近寄っていくのが見えた。

 

「しまっ……!!」

「ベギラマーーッ!!」

 

 と、あたり一帯を高熱の嵐が吹き荒れ、わたしと王女を取り囲んでいた氷河魔人の群れが消滅する。

 声のした方に目をやると、そこに立っていたのはちいさな勇者。

 それも何故か全身に不思議なエネルギーを纏い、そのエネルギーはどうやら額の部分から発生しているようで、その額に不可思議な模様が浮かんで、輝きを発していた。

 そのエネルギーから受ける感覚に覚えがある気がすると同時に、何故かはわからないが一瞬、あの山奥でラーハルトとわたしを人間から救った男の顔が、脳裏に浮かんですぐに消えた。

 

 上の方からフレイムが続いて現れたが、下の光景にちょっとあわあわしているのがわかる。

 その群れに向かって、野太い声が高らかに叫んだ。

 

「おまえ達の大将は死んだ!

 これ以上の抵抗は無意味だ!

 それでも向かってくるなら、今度はこの獣王が相手になろう!!」

 

 クロコダインがそう言って片手を前に突き出すと、フレイム達は悲鳴をあげて飛び去っていく。

 それを見てわたしは、立っていた場所に膝をついた。

 もう大丈夫だ。ホッとして力が抜ける。

 疲れた。とりあえず寝たい。ベッドで。

 教会の固くて狭いベッドでいいから、とにかく今日はベッドで寝たい。

 

「グエン、大丈夫!?レオナは…!?」

 

 ふらつきながら駆け寄ってきたダイが、わたしと王女を交互に見る。

 

「お姫様は無事。眠ってるだけよ。

 助けてくれてありがとう」

 

 ダイに事の次第を説明すると、状況を理解してようやく安心したダイは、王女を自分が背負うと言ってきかなかった。

 自分だって疲れてるだろうに。

 

「グエン…!」

 

 マァムが近寄ってきて、わたしに回復呪文をかけてくれる。

 パッと元気になる感じじゃないけど、この子のベホイミはあったかくて気持ちいい。

 母親など知らない筈なのに、十近くも年下の女の子に、お母さんってこんな感じかなとふと思ってしまった。

 まずい、油断すると寝てしまいそうだ。

 

 この後、パプニカ三賢者の一人であるという女性が、気球船に乗ってダイ達を迎えに来た。

 重量の関係でクロコダインはガルーダで陸地に移動、その際ヒュンケルも連れて行き、わたしはダイ達と一緒に気球船に乗せられて、かつての勇者アバンと共に戦ったという大魔道士の隠れ家に連れていかれた。

 着いてすぐに王女は別な場所に運ばれたようだ。

 ところで、最初メンバーに居なかった筈のわたしにみんな戸惑ったようだったのだが、ダイがわたしが僧侶だと紹介すると、ただちに負傷者の治療を頼まれた。

 鬼か。鬼かおまえら。

 そう思ったが回復呪文の使い手としては三賢者より王女の方が腕は上だそうで、現時点で動けるベホマの使い手がいなかったらしい。

 そういえば王女はそもそも賢者としての能力が高いってヒュンケルが言っていたっけ。

 ちなみに三賢者って言っても、どうも先だって起きた王女暗殺未遂事件のあおりで代替わりしたばかりだったらしく若年の者ばかりで構成されており(迎えに来たエイミという女性は大人っぽく綺麗な顔立ちをしていたがまだ18歳だそうだ)、フレイザードに襲撃された際、王女を守りきれなかったのもそこのところが原因だとか。

 まあ、あれはモンスターの中でも規格外に化け物だったから、前三賢者がどれほどの腕を持っていたにしても、戦いにはならなかったように思うけど。

 とりあえず一番最初に、フレイザードに顔を焼かれたっていうエイミのお姉さんの火傷の状態を確認した後、ベホマで速攻で治療した。

 女性の顔に傷が残ってはいけない。

 どうやらマリンという名前であるらしい彼女は、妹のエイミとそっくりの綺麗な顔をしていたし。

 その様子を見ていたマァムが、なんとも言えない複雑な表情を浮かべていたのが少し気になった。

 

 ☆☆☆

 

 とりあえずクロコダインとヒュンケルに合流して、二人に状況を説明した。

 

「夜にささやかな勝利の宴を開くから、パプニカ神殿の跡地に来てくださいって、あのバダックさんってお爺さんに言われたんだけど…あんまり気がすすまないわね」

「オレはここで待つ。

 モンスターのオレが、人間の宴に混じるわけにもいかんしな」

「そっか。

 クロコダインが行かないならわたしもやめとく…」

 

 わたしはモンスターではないけど、普通の人間から見ればきっと似たようなものだろう。

 それに、これまでは普通に耳だけ隠して人前に出ていたけど、このままの自分を受け入れてくれているこの二人の、自然な対応が居心地良すぎる。

 だが、

 

「いや、あなたは出るべきだ。

 レオナ姫を救ったのはあなたなのだから」

 

 と、ヒュンケルが強く言い切った。

 

「でも……」

「…安心しろ、オレも行く」

 

 不安を隠せないわたしの肩に、ヒュンケルが手を置く。

 実のところ彼も宴には出ないと思っていたから、その言葉は意外だった。けど…

 

「先に教えておく。

 パプニカ王の遺体を葬った場所は、城の裏手の英雄像の下だ。

 ほとぼりが冷めた頃にでも、あなたの口から、姫に伝えてやってくれ」

 

 そう告げる言葉に、わたしとクロコダインが同時に言葉を返す。

 

「おい、まさか…?」

「ヒュンケル、あなた…!」

「…何も言うな。これはケジメだ」

 

 そう言われてしまうと、わたしもクロコダインも、それ以上口を挟めなかった。

 ヒュンケルは、この国を滅ぼした魔王軍の軍団長。

 その責任を取ろうと、彼は覚悟を決めていた。




魔弾銃先輩には、一応この後、別な形でお世話になる予定でおりますので、ここでは破壊させない運びになりました。
ですがそのせいで原作以上に役立たずだったマァムが、原作通りの焦燥感を感じ始めてますので、そこに悪影響はない筈です。


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12・半魔の僧侶は受け入れられる

おかしい…そんなつもりはなかったのに、なんかヒュンケルフラグが立ち始めてる気がして仕方ない…。


 宴に参加はしないというクロコダインをとりあえず神殿近くに待機させておき、わたしはヒュンケルのそばに立っていた。

 彼の決意はわかったから口は出さずにいたが、何とかして寸前で阻止する気でいた。

 そのわたしの心中を知ってか知らずかヒュンケルは、一応帯剣はしている(例の剣を抜き身のまま鎖で肩から提げている。鎧にあたる鞘部分はフレイザードとの戦いの際に破壊されたらしい。塔に登ってきた時、なんで半裸なんだとちょっとだけ思ったがそういうわけだったか。自己修復能力の備わった武器だが、完全に修復するまでには若干の時間を要するとの事)が軽装で、壊れた神殿の壁にもたれて腕組みをしたまま、何か思案するような難しい表情で黙っている。

 とりあえず隣で真似してたら、しばらく気がつかなかったようだが、ふとこちらに注意が向いた時に、明らかに二度見して小さく笑った。

 

「なんて顔をしている」

 

 吹いた?今明らかに吹いたよね!?

 女の顔みて吹くとか、失礼なヤツだ。

 

「…わたしに言う前に鏡を見た方が良くてよ。

 今、あなたはこれと同じ表情をしていた筈だから」

 

 わたしの言葉に、ヒュンケルは一瞬キョトンとした顔をしてから、小さく息をついた。

 

「…オレの真似などやめておけ。

 あなたには似合わない。

 それより、何故ずっとオレと居るんだ。

 ダイ達を探さないのか」

 

 邪魔だと言わんばかりの言葉に思わずムッとする。

 

「どうせ探さなくとも向こうから来るでしょう。

 それに、気がすすまないと言ったわたしを、自分も行くからと引っ張り出したのはあなたよ。

 あなたにはわたしをエスコートする義務がある。

 …なにか、間違えていて?」

「…アバンみたいな事を言う」

 

 少し驚いたように目を見開き、わたしを見つめるヒュンケルに、かつての勇者アバンがどんな事を言ったのかと問おうとした時、

 

「おおっ、ひ、姫っ……!!」

「姫様っ!!」

 

 誰かが感極まった声を上げたのが聞こえ、二人して反射的にそちらに目を向けた。

 見れば、最後に見た時にはまだ青白い顔で眠っていた王女が、すっかり血色も戻った、美しいいでたちで歩いてくる。

 

 …本当に、美しい少女だ。

 

 そういえばこのパプニカに滞在していた時期、市井の噂で聞いたところによれば、彼女の母親である若くして亡くなった王妃様も、大層美しい人だったという。

 元々は下級貴族の出身だった彼女が、勇者アバンが魔王ハドラーを倒した後日、その勝利を祝って開かれた宴で王に見初められ、その後猛アタックを受けた末に結ばれたというロマンスは、それなりに脚色が加えられながらも芝居や書籍や歌などで語られ、今なおパプニカの少女たちの憧れなのだとか。

 

「レオナぁっ!!!」

 

 と、わたしがそんな事を考えながら思わず王女に見とれていたら、わたし達のちいさな勇者が、どこからかその美しい王女に駆け寄っていくのが見えた。

 

「よかったあっ!元気になったんだね!!

 大王イカみたいに真っ白い顔してたから心配してたんだよ!」

 

 デリカシーのかけらもないコメントを発しながら、王女のきれいな手を取る。

 王女もそう感じていたのか、明らかにドン引いた表情だ。

 その表情に、ひょっとして忘れられたのかと、ちょっと泣きそうな顔になる勇者に向かって、美しい王女は声を荒げ、言った。

 

「ちょっと、いい加減にしてよダイ君!!

 せっかくお姫さまと、それを助けた勇者の、カッコイイ再会場面なのにっ!

 もっと雰囲気考えてよねっ!!」

 

 …さすがは、国中の乙女が憧れたロマンスの結晶。

 ちなみにこのダイとお姫様にも、もしかしたら後の世に語り継がれるかもしれない、素敵な出会いがあったようで、わたしもまだ詳しくは聞いていないのだが、王女の暗殺未遂事件の時、その命を助けたのがダイだったのだそうだ。

 だが、後世のロマンスの主人公になる筈の勇者は、それを聞いて、

 

「えっ!?えええ〜〜っ!!?」

 

 と、間抜けな声を上げるしかできなかった。

 勿論、この時点で後の世のロマンスに想いを馳せる事ができる者などいる筈もなく、件のバダック老人が、決壊して吹き出したのを皮切りに、その場に笑いの嵐が吹き荒れたのだった。

 

 ・・・

 

 そうして宴の始まりの前に乾杯の為の飲み物が配られたタイミングで、わたしがひとりの兵士のかたに手伝うと声をかけて、こっそりクロコダインに飲み物を渡しに行った間に、その騒ぎは起きていた。

 …あんにゃろ、絶対にわたしが居なくなるタイミング狙ったとしか思えない。

 

「オレの名は…魔王軍不死騎団長ヒュンケル!!」

 

 わたしが戻ったのは、ヒュンケルが王女に問われ、馬鹿正直に名乗りを上げたその瞬間だった。

 身を呈して彼を庇おうとする弟妹弟子達の前で、彼は自身の剣を投げ捨てる。

 

「レオナ姫、あなたの手でオレを裁いてくれ…。

 この場で斬り捨てられても、オレは構わん…!」

 

 そう言った、真っ直ぐな瞳が、一点の曇りもなく澄み切っているのは、もはや誰が見てもわかる事だったろう。

 そんなヒュンケルの前に、王女が進み出る。

 

「ヒュンケル。

 望み通り、このパプニカの王女レオナが、判決を下します。

 …あなたには、残された人生のすべてを、アバンの使徒として生きることを命じます…!」

 

 凛とした声で告げる王女の身体を、一瞬、白い光が包んでいるように見えた。

 

「友情と、正義と、愛のために、己の命をかけて戦いなさい。

 そしてむやみに自分を卑下したり、過去にとらわれ歩みを止めたりする事を禁じます…!

 …以上!いかがかしら?」

「……承知しました…!」

 

 少し俯いたヒュンケルの、頬から落ちた雫は、彼らの胸に輝くアクセサリーと同じ形をしていた。

 一番近くにいた兵士がパチパチと手を叩き出したのを最初に、その拍手の輪が広がっていく。

 ホッとして、とりあえず一番近くにいたダイの頭を撫でた。

 

「あ、グエン!どこにいたの!?」

「ちょっとね。

 どうなる事かと思ったけど、お姫さまが温情のある方で良かった」

「うん!」

 

 …ある意味、最も残酷な裁きと言えなくもないのだけれど、そこはこの子に言う事じゃない。

 この手の細かい感情や理屈は、もっと大人になってから、自然にわかってくる事であり、むしろ子供のうちは知らないでいて欲しい。

 自分を見上げて笑いかけてくるダイを見つめながらそんな事を思っていたら、そのダイの視線が、わたしから微妙に外れて、わたしの後方に向いた。

 それにつられて振り向いた瞬間、逞しい腕に腰を抱かれていた。

 

「え?……きゃっ!!」

「ヒュンケル!?」

「レオナ姫。

 身に余る温情をいただいたばかりで恐縮だが、もうひとつ望む事がある」

 

 ヒュンケルはそう言うと、わたしの腰を抱いたまま、もう片方の手で、わたしの帽子を剥ぎ取った。

 大きく尖った耳が、全員の目に晒される。

 考える間もなく手で隠しても、それは全て遅きに失した。

 

「ま、魔族!?」

「魔族だ!!なんでここに…!?」

 

 その場に瞬時に緊張が走るのがわかる。

 思わず泣きそうになりつつヒュンケルを睨んだが、彼はそれに構わず、更に言葉を発した。

 

「…彼女の名はグエン。

 魔族と人間の混血児で、オレ達人間とひとしくこの地上の民だ。

 魔族の血を引いているというだけで、一部の心無い人々から迫害され、それでも人を憎むことなく、僧侶として人を癒し、神の教えを説き、人の理の中で生きてきた。

 この戦いにおいても、その知恵と、清らかな力とで、オレ達を癒し、救ってくれた。

 姫が閉ざされていた氷を、無力化の封印であると見抜き、最も適切な方法をもってそれを解いたのも、その後フレイザードが倒されるまで、次々と襲いかかるモンスターの群れから姫を守っていたのも彼女だ。

 オレが赦されるというのならば、彼女などは赦しどころか、崇められてもいい。

 どうか彼女を人間として、この地上の民として、受け入れて欲しい。

 どうか…頼む」

 

 そう言ってようやくわたしを離し、頭を下げるヒュンケルに、わたしは呆然とするしかない。

 

「ヒュンケル…あなた」

「…グエン、といいましたね」

 

 わたしと、わたしに声をかけてきた王女の声が、重なる。

 

「は、はい、レオナ姫。」

「そんなにかしこまらないで。

 あなたも、勇者ダイの仲間なのでしょう?

 胸を張って、堂々と生きなさい。

 この国にはもう、あなたを魔族だからと言って、貶める人間はいません。

 だってあなたも、私を助けてくれたのですから。

 …ね?」

 

 王女はそう言ってわたしにウインクした。

 …その美しさと、優しい言葉に、胸が詰まりそうになる。

 だがとりあえず、言わねばならない事だけは、なんとか口にした。

 

「ありがとうございます…レオナ姫。

 それに、ありがとう、ヒュンケル。

 …けど、わたしの帽子、返して」

 

 手を伸ばしてそれを取り返そうとすると、何故かその手が空を切った。

 

「もう、こんなもの必要はないだろう?

 これからはもう、魔族だという事を隠さなくとも…」

 

 こんなものとはなんだ!失礼にも程がある!!

 

「それとこれとは別!それお気に入りなんだから!

 素材はパプニカ絹と極上だし、そんじょそこらじゃ見ないくらい可愛いデザインで120ゴールドはお買い得だったけど、それだってシスターの稼ぎじゃ大金だったのよ!!」

 

 いや、ぽかんとすんな。

 いいから離せというのに。つか、だから握るな!

 シワになるだろうがーーーッ!!

 わたしは半泣きになりながら、ヒュンケルのデカくて無骨な手からようやく帽子を奪い返す。

 

「あーもう!やっぱり少しシワになってるじゃん!

 これ、取るの大変なんだからね!

 こうなったらこのパプニカが再興して一般の服を扱うお店が商売再開したら、この街で一番可愛いワンピースをあんたに買ってもらうことにするから、それまでせいぜい稼いで貯金しとけよこの残念イケメン!!」

 

 怒りに任せて涙目で宣言したと同時に、何故かその場で周囲から大爆笑が起きた。解せぬ。

 

 ☆☆☆

 

「なあ…グエン?」

 

 人の輪から離れて、とりあえずお料理を少しずつお皿に取ってヒュンケルの隣に戻ったら、ポップに声をかけられた。

 ダイは少し離れたところで、レオナ姫と話をしているようだ。

 

「なあに?」

「おれ、ダイと会う前に、この大陸にあるちっちぇー村に、先生と二人で立ち寄ったんだ」

「…?」

 

 いきなり、何を言いだすのだろう?

 

「…そん時に、魔王の魔力で凶暴化して攻めてきたモンスターから、命がけで戦って村を守ったのに、その後で追い出されたっていう女の魔族の話を聞いてさ…それってもしかして」

「ねえポップ、これ食べた?」

 

 …それ以上聞きたくなくて、わたしはポップの口に、なにかの串焼きを無理矢理咥えさせる。

 

「むがっ!?んっ、モグモグ…ん、美味い」

 

 ポップはちょっとビックリしたようだったが、それでも串を握ってそれを齧り、咀嚼し始めた。

 餌付けしてるみたいでちょっと可愛い。

 

「でしょ?ほら、ヒュンケルも」

 

 元々、彼の分もと思って持ってきたものだ。

 皿ごと渡すと、少し戸惑いながらも、素直に受け取る。

 

「あ、ああ。済まない…」

「これホント美味しいわね。

 なくならないうちにもう少し貰って、クロコダインにも届けてくるわ!

 じゃ、また後で」

 

 なんか聞きたくない話を聞かされそうだったポップの側から離れ、わたしは皿を手にしたまま、背中の二人に手を振った。

 

「お、おい、グエン…!」

 

 ポップの呼ぶ声が聞こえたけど、今はまだ、その話、無理。

 

 ・・・

 

「…ポップ。今の話だが」

「ん?

 ああ…おれも、先生と一緒に話聞いただけなんだけどな。

 ニフラムで敵を全滅させたって話だったし、あいつ僧侶だし、絶対あいつだと思うんだよなぁ」

「…彼女は半分は人間でありながら、魔族の血を引くゆえに、辛酸を舐めてきたそうだ。

 彼女にしてみればそれも、様々な辛苦の中の氷山の一角に過ぎんのだろう…触れてやるな、ポップ」

「そ…そう、か。そうだよな…」

 

 ・・・

 

 食べ物はこれで足りるだろうか。

 飲み物はさっき少し持って行ったが、あんなもんでは全然足りないだろう。

 そう思って、ワインを小樽ごと確保して持って行こうかと考えていたら、今度はバダック老人から声をかけられた。

 

「おお、グエンどの!

 …あの御仁は居らんのか?あの……ワニの」

「クロコダインの事?彼ならば、あっちに…」

 

 わたしが彼の居場所を教えてやると、酒樽を抱えた兵士が数人、バダック老人に駆け寄って来た。

 

「あの御仁とはウマが合いそうな気がしての。

 一献酌み交わしたいと思って、探しておったんじゃ」

 

 そういえば、彼はクロコダインの肩に乗せられて塔に登って来ていた。

 いつの間に仲良くなったのだろう。

 けど、クロコダインの姿ではなくその人格を見て、彼を判断してくれる人間がここにいた。

 

「そうなの?友達として、それは嬉しいわ。

 彼、人間を怖がらせてしまうかもしれないと遠慮して、本当は宴にも参加しないと言っていたのを、やっとあそこまで連れてこれたの。

 これからお料理を持っていこうと思っていたのだけれど、あなた方が彼を受け入れてくれるのならば、お任せしてもいいかしら?

 わたしが行くよりその方が、きっと彼は喜ぶと思うわ」

 

 そう言って、クロコダインの為に取ってきた料理の皿を、兵士の一人に預ける。

 何か泣きたいような、それでいて温かい気持ちが、胸に込み上げてくる気がした。

 クロコダインはわたし以上に、人間と言葉を交わすのが難しい立場だった。

 けど、言葉さえ交わせれば、彼が素晴らしい武人である事は、誰にだってすぐにわかるのだ。

 

 ・・・

 

 …なんか、お尻の辺りに何か当たってる。

 何かと思って振り返ると、確か大魔道士と呼ばれていた小柄な老人が、ニヤニヤ笑いながらわたしのお尻に手を当てていた。

 あまりに堂々としていた為、どう対処していいかわからず固まっていると、大魔道士はいきなり真顔になって、わたしから手を離す。

 

「こうも反応が薄いと面白くねえもんだな」

 

 いや、ちょっと。

 

「…マトリフ様、ですよね?

 わたしは旅の尼僧で、グエンと申します。

 旅をしながら、様々な事を学んでおり、各地の専門家と呼ばれる方々に、お話を伺う事もしております。

 マトリフ様にも是非、魔法についてのお話をお伺いしたいのですが」

 

 わたしが言うと、大魔道士はまたニヤリと笑った。

 

「そっちから言ってくれんなら大歓迎だ。

 オレも、おめえにゃ聞きてえ事がある。

 …だが今は無理だ。

 もう出来上がっちまってるから、まともな話はできそうにねえ。

 明日、昼間にでもオレの隠れ家を訪ねて来な」

 

 そう言ってわたしから離れ、後ろ手に手を振る。

 結構冷静な気もするけど。

 でも戻った先でポップとダイを捕まえてなんか変な鼻歌歌い出したところを見ると、そうでもなかったのかもしれない。

 まあ、酒でも入ってなければ、あんなに堂々と女性のお尻に触るとかしないよな。

 

 ・・・

 

 そろそろお腹もいっぱいになって、眠くもなって来た。

 この状況では、ベッドで寝たいというのは無理な相談だろうと諦めて、一番落ち着けそうなクロコダインのところに行ったら、ヒュンケルが肩から剣を提げてこっちに来ていた。

 周りにはバダックさんや兵士の方々がいいだけ酔って眠りこけている。

 

「ヒュンケル?どうしたの?」

「グエン。

 オレとクロコダインは、これから鬼岩城へ行こうと思ってる」

「鬼岩城?」

 

 わたしの問いに、クロコダインが頷く。

 

「魔王軍の本拠地だ。ヤツらの動向を探ってくる。

 おまえはどうする?オレ達と来るか?」

 

 どうやらわたしと合流する前に、二人で話し合って予め決めていた事らしい。

 迷わずうんと言いかけて、さっきマトリフ様と約束してしまった事を思い出す。

 正直、二人と離れるのは心細いのだが、約束をすっぽかすわけにもいくまい。

 わたしがそう言うとヒュンケルが、

 

「そうだな。その方がいい。

 あなたはダイ達の、精神的な支柱になってくれ」

 

 などと、ちょっとめんどくさい事を言い出した。

 

「いや、そんな大袈裟なものにはなれそうもないけれど」

 

 わたしが言うと、二人が顔を見合わせてフッと笑った。

 え、なに?

 

「構える必要はないさ。

 おまえはオレ達の時と、同じようにいてくれればそれでいい。

 それで、ダイ達も安心するだろう」

 

 クロコダインがそう言って、わたしの肩に手を置く。

 

「えっ?」

「オレとクロコダインは、あなたの存在に支えられた。

 …感謝している」

 

 二人が、そんな風に思っていたなんて。

 むしろわたしの方が、彼らに支えられていたと思うのに。

 その証拠に、一時的にでも彼らと離れると思うと、こんなにも心細い。

 

「そんな顔をするな。今生の別れでもあるまいし」

 

 そう言って笑うクロコダインの声に、わたしは顔を上げ、頷いた。

 そう思ってもらえるのならば、それに相応しいわたしにならなければいけない。

 そうでなければ、彼らの隣に並ぶ資格なんかない。

 

「わかったわ…いってらっしゃい」

 

 ちょっと無理に笑って、わたしは二人に手を振った。

 

 しばらくその背中を見送っていたら、二人はマァムにも声をかけられて、同じ事を説明していた。

 しかし、わたしは気付いた。

 別れ際のヒュンケルとマァムの間に、わたしの時にはなかった、切ない感情が溢れている事に。

 ヒュンケルはああ見えて、繊細で考え過ぎるタイプだ。

 アバンの使徒として生きる事を約束させられ、その為に戦う事を自身に課す中で、これからの人生、かつての罪に思い悩む場面はきっとあるだろう。

 その彼の心を、マァムが救ってくれたらいいなと、離れたところから二人を見つめながら、わたしは思っていた。

 

 あ…結局ヒュンケルに、勇者アバンが言っていた事というのを聞きそびれた。まあいいか。




一応今話ラストはせめてもの抵抗。
アタシはヒュンケル×マァム派ではないが、ポップ×メルル派なので、できればマァムはヒュンケルに引き取ってもらいたいと思っている。
だがエイミはダメだ。あの子じゃヒュンケルは救えず、一緒にズルズル落ちてくだけだ。
しかしその点を考えると、グエンとヒュンケルのカップリングでもそこそこアリかもしれんと思い始める。ううむ。悩ましい。


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13・半魔の僧侶は修行をする

グエンさんのチート化と残念が止まらない件。


「インパスを、こういう使い方しようって発想は、どこから来た?」

 

 約束通りマトリフ様に魔法の講義を受けるべく訪問すると、なんとマトリフ様は、わたしとの約束を覚えていなかった。

 こんな事ならクロコダインやヒュンケルについていけばよかったと思うもアフターフェスティバル、後の祭り。

 まあでも、相手は前魔王戦で勇者と共に戦った伝説の魔法使いだ。

 約束は約束なので、お話を聞かせていただこう。

 と思ったら、わたしの使える魔法の種類について逆に色々質問された。

 特に興味を引いたのは、性能を上げたインパスのようだった。

 そうだろう。

 これはわたし自身が会心の出来だと思っているし。

 …逆に言えば、それ以外が芳しくないんだけど。

 

「まず、赤と青の違いは何かという事を考えて、呪文に赤く反応するのは『害意』ではないかという答えに行き着きました。

 宝箱を配置するのは意思ある者ですし、だとするとその者が触れたモノに、意思のカケラが残っていて、それに反応するのではと。

 トラップなんてものは害意の塊ですし、トラップモンスターなどはそれ自体が害意です」

 

 わたしの説明を聞き、マトリフ様が腕組みをしながら頷く。

 

「なるほどな…魔力や生命力に反応するのも、そこに意思があるからか。

 しかし、オリジナルの呪文を編み出すならともかく、既に体系化して完成されてる呪文の、そもそも原理から洗い直してわざわざ研究しようなんざ、よくよくの物好きだな。

 しかもそれが魔法使いじゃなく、僧侶だってんだから恐れ入る。

 てめえは尼僧なんかじゃなく、学者にでもなった方が良かったんじゃねえのか?」

 

 考えたことなくはないけど。

 

「10歳まで修道院で育ったので、自然とそうなっただけです。

 修道院にはわたしを学校に通わせる余裕などありませんでしたし」

 

 故郷を失った今となっては、この尼僧としての自分自身が、わたしを育ててくれた人たちの形見であると言ってもいい。それに、

 

 “この理不尽な世界を作った存在の、(しもべ)というわけか”

 

 そんな事を言ったあの男への意地もある。

 

「けど、知識を得る事は昔から好きですし、旅を始めてからは生きる為に知識を欲しました。

 魔法の研究はその一貫です。

 ですが、確かに体系化され完成された呪文は特に、わたしの知りたい事が書かれた本は、どこの図書館を探しても見つからなくて。

 インパスはたまたま仮説がうまくハマって、性能を上げる事に成功しましたけれど、他の呪文の研究は、独学だとなかなか進みません」

 

 わたしがこの人に話を聞きたいと思ったのは、基本的にそれが理由だ。

 

「だろうな。

 完成された呪文に疑問を差し挟むヤツなんざ、そうそう居ねえ。

 研究するヤツ自体が居ねえから、本だってそりゃ無えだろうさ。

 だが魔法ってのはそもそも、そういう疑問や必要性から生まれるもんでな。

 発想力次第で可能性は無限に広がってる。

 その点で、頭でっかちの学者とは違って、てめえは見込みがあるぜ」

 

 どうやら褒められたらしい。けど。

 

「…その発想力がなくて、使えない呪文もあるのですがね…」

「ん?」

「ルーラです。

 旅の傍ら、メッセンジャーの仕事もしていますので、使えれば便利だと思ったのですが」

 

 そう説明すると、マトリフ様が眉間に皺を寄せる。

 

「ルーラ?

 てめえは僧侶だからできなくてもおかしかねえが…使えねえ、って事は契約はできたって事か?

 まあ、確かに適正次第で、個人差はあるだろうし、てめえは魔族だしな」

「はい、契約は問題なく。

 イメージの仕方にコツがあるのかと思い、わたしなりに調べてもみたのですけど、イメージ力が重要という記述はあっても、そのイメージの仕方について言及している本が、未だに見つかりません」

 

 大きな図書館のあるカールでは、4日間通って探したにもかかわらずだ。

 もっとも、カールの図書館は魔法書よりも、むしろ武術書の方が品揃えが充実していた。

 なんて脳筋な国なんだ。

 

「?おかしいな。

 ルーラのイメージなんて、言ってみりゃ、知ってる場所を思い浮かべりゃいいだけだぜ?

 そのイメージができなきゃ仕方ねえが、インパスをサーチ呪文に進化させたてめえに、それができねえとも思えねえ。

 レベルが足りなければ、それに達するまでは使えねえって事も考えられるが、そういうわけでもなさそうだ。

 …フン、まあいい。

 まずはイメージトレーニングだ。

 あの木の上に、瞬間的に飛んでいく自分をイメージしろ。

 それからそのイメージを持ったまま、魔法力を放出する」

「はあ……?」

 

 魔法力?放出??

 

 ・・・

 

「あのー、マトリフ様?」

「おい、まだ始めて5分も経っちゃいねえだろうが。

 もう少し集中……っ!?」

 

 わたしを振り返ったマトリフ様は、信じられないものを見るような目でその場に固まった。

 そんな目で見られても困る。

 わたしにだって、なんでこうなったのかわからないのだ。

 …イメージトレーニングで魔法力を放出したら、地面から1メートルくらいのところで浮き上がって、静止してるなんて。

 いや、足を動かせばとりあえず歩けるけど、これはどう考えてもルーラじゃない。

 

「なんか、これ変ですよね?

 なんでこうなっちゃったんでしょう?」

「ばっ…馬鹿かてめえは!!

 ルーラもできねえくせになんで先に、トベルーラができるようになってんだ!」

 

 マトリフ様の言葉に、わたしは目をみはる。

 

「トベルーラ…これが?」

「そうだ!

 そいつはルーラの応用呪文だから、普通はルーラができるようになってから覚えるもんなんだよ!

 どんだけ非常識なんだてめえは!!」

 

 なんかすごくひどい事を言われてる気がする。

 けど、その言葉に頭の中で、これまで考えた事のない部分にイメージが繋がった。

 

「ルーラの…応用。魔法力の放出?

 あ!ひょっとして…!!」

 

 目を閉じて、頭の中でイメージを構築する。

 次に目を開けて、言われた木の上を見る。

 そして。

 

「………ルーラっ!!」

 

 ビュン!

 わたしの体は一瞬にして、遠くに見えていた木の上に飛んだ。

 

「おおっ!」

「マトリフ様〜!!これでいいんですね〜!?」

 

 木の上から、マトリフ様に向かって手を振る。

 

「そ、そうだ!だが、一体…」

「ルーラ!!」

 

 ヒュン!

 

 また一瞬で、マトリフ様のそばに戻る。

 

「わたし、基本的に勘違いしてました!

 ルーラって、瞬間移動っていうよりは、長距離高速移動の呪文なんですね?

 一瞬でその場から消えて、次の瞬間別な場所に現れてる、みたいなイメージを抱いてたから、発動の仕方がわからなかったんです。

 魔法は確かに、イメージ力が大事ですもんね。

 そのイメージが間違ってたら、まず成功しないって事ですね。

 勉強になりました。

 やはりマトリフ様にお話を伺えて良かったです」

 

 考えてみればわたしは、ルーラを使っている人を実際に見た事がない。

 一度でも目にした事があれば、すぐに間違いに気がついただろう。

 そんなわたしを、マトリフ様は呆れたように見つめる。

 

「…まあ、古代の呪文の中には、てめえが言うようにその場から消えて、空間の隙間を通って移動する呪文もあるにはある。

 だが基本的にそれは、場所よりも人をイメージしなきゃいけなかった筈だ」

「人を……?」

「そいつは、行きたい場所じゃなく、仲間のいるところへ移動する為の呪文だからよ。

 確か、リリルーラとかいったが、少なくとも、人間の間にゃ契約魔法陣の書き方も伝わってねえ。

 恐らくは、魔族の中でも一部の者が、生まれつき持ってる能力ってカテゴリーなんじゃねえか」

 

 仲間…わたしの、大切な、友達。

 

「…リリルーラ」

 

 ……フッ。

 

 次の瞬間、目の前にヒュンケルとクロコダインがいた。

 

「ッ…!!?」

「グエン…!おまえ、一体どこから…!?」

「あれ、本当に使えちゃった!

 ごめん、驚かせて。新しい呪文の研究中なの。

 じゃ、またね♪リリルーラ!」

 

 ……フッ。

 

 …次の瞬間には、目の前にまた、マトリフ様がいた。

 

「…驚いたな。

 たとえ半分でも、やっぱり魔族って事か。

 魔法の潜在能力が半端ねえ。

 この他にも自覚がねえだけで、本来なら使える筈の呪文があるんじゃねえのか?」

 

 言いながらマトリフ様が魔法書をめくる。

 

「だといいんですけどね。

 あー…それにしても、時間無駄にしたわ〜…」

「なんだと?」

「あ、今のことじゃなくてですね。

 もっと早くにルーラの使い方がわかってたら、メッセンジャーのアルバイトなんてもっともっと数をこなせて、一日2件とか3件とか届けられた筈だから、今頃はそこそこ金持ちになれてたんじゃないかって思うと…」

「てめえ、僧侶のくせに頭ん中は俗物だよな…」

 

 呆れたように、ではなく本当に呆れてマトリフ様が、溜め息混じりでわたしに言った。

 うん、一応は自覚してる。

 

「あれ?グエンだ、来てたんだぁ!」

「お、おっす。師匠、修行受けにきたぜ!!」

 

 唐突に男の子の声が後ろから聴こえて、振り向くとダイとポップが駆け寄ってくるところだった。

 

 ☆☆☆

 

 パプニカ王国は次第に復興しつつあった。

 レオナ姫は伝令を飛ばして領内にある町や村に御触れを出して、自身の生存と勇者達の勝利を大々的に伝えた。

 また領内の町や村に自身がお供付きで出向いては、凱旋キャンペーンを行なった。

 それにより一度は逃げ出した国民達が少しずつ、国へ戻ってきはじめたから、その効果は上々だったと言えよう。

 それとともにレオナ姫は、彼女を救った勇者パーティーの中に、人間以外の種族が混じっていた事、また、改心した魔王軍の軍団長がいた事を、強くアピールする作戦に出た。

 目的は言わずもがな。

 有り難いとは思うのだが、そのキャンペーンの為に、わたしをいちいち連れ回すのは、正直やめて欲しかった。

 

「本当は、クロコダインとヒュンケルも連れて回りたかったのだけど」

 

 とか言われた時は、あいつらこれを見越してさっさと逃げたんじゃなかろうなと、ちょっとだけ友人達を疑いそうになった。

 

 そして、件のパルナ村に行くと言われた時は、事情を説明してさすがに泣いて同行を断ったのだが、そんなわたしを哀れに思ったらしい三賢者もこぞって反対してくれたにもかかわらず、レオナ姫は許してくれなかった。

 

「だからこそ行くのよ!

 あなたは何にも悪いことはしていないのだから、堂々としてなさい!」

 

 だそうだ。鬼かこの人は。

 …しかし結果としては、レオナ姫が正しかった。

 気球船から降り立ったわたし達を見た村人達が、

 

「やっぱりシスター・グエンだ!

 ほら見ろ、あの人は悪い人じゃなかった!」

 

 と口々に叫び出したのだ。

 なんでも、わたしが去った後にこの村に立ち寄った勇者様が、わたしが受けたのは謂れのない誤解だったと保証してくれたという話で、この間のポップの話と合わせると、どうやらその『勇者』こそがかのアバンである事は明らかだった。

 それはそれとして、

 

「グエンは私の命の恩人なのです!

 本当に、本当に本当に、私、感謝しておりますのよ!

 当然ですわ!

 だってグエンは、命懸けで、私を守って、戦ってくれたのですもの!!」

 

 って、そんな村人達の前でわたしにギュッて抱きつきながら、メッチャ嫌味ったらしく言うのやめてもらっていいですかレオナ姫。

 

「この村のグエン殿に対する仕打ちを耳にして、実のところ一番腹を立てていたのは姫様なんですよ」

 

 と、こっそりアポロくんが耳打ちしてくれて、あなたの気持ちは痛いほどわかりましたから。

 ……ありがとう。

 

 ・・・

 

 パルナ村には結局一泊する事になり、宿の部屋に篭っていようと思っていたら、ゲッコーさんが会いに来てくれ、いきなりその場で土下座された。

 やめてくれと懇願したらやっと立ち上がってくれたのはいいが、そのシーンをレオナ姫が見ており、なんだかニヤニヤしていた。

 とりあえず棍の稽古をつけてもらう事にして、外で手合わせをしていたら、最近この村に越してきたという、ゲッコーさんの友人だというオミットさんという方が、稽古なら混ぜてくれと声をかけてきた。

 この方は槍術の師範との事なので、槍術と棒術には共通点も多い事から、参考になる技が多々あるかと思い、演武を見せていただいた。

 目にも留まらぬ無数の突きを繰り出す「さみだれ突き」という技が特に印象に残った。

 今は棍を使っているが、強い武器が必要になった場合、武器を変える事も視野に入れなければならない。

 槍ならば戦術を大きく変える事なく使えそうな気がする。

 

 そういえば以前疑問に思った、棍で空が飛べる可能性についてゲッコーさんに質問したら、なんか知らないが二人ともにメッチャ笑われたあとで、オミットさんに、

 

「空は飛べねえが、槍なら雨くらいは避けられるぜ」

 

 とかなり笑い堪えながら言われた。

 一通り稽古が終わって解散する際、オミットさんに、

 

「俺は、王都でも構わんぞ。

 アンタの暮らしたいところなら、どこでも行ってやる」

 

 とか言われた。うん、いい人だ。

 

「ありがとうございます。

 では、武器を槍に変えた時は、またご教授願いますね」

 

 と頭を下げたら、なんとも言えない顔をされた。

 なんかリアクションを間違えただろうか。

 

 次の日、気球船に乗り込んだ際レオナ姫に、

 

「なんて言うか……色々残念よね」

 

 と溜め息混じりに言われたのだが、はて?

 

 ☆☆☆

 

 パプニカ王都に戻ったその日の夜、勇者パーティーを集めての会議に出席させられた。

 

「このギルドメイン山脈に、魔王軍の拠点があんのか…!」

 

 地図を指先でなぞりながら、ポップが呟く。

 

「ヒュンケル達が偵察に行ったらしいけど…。

 おれたちは、どうしようか…!!?」

 

 ダイが言うと、レオナ姫が少し考えてから口を開く。

 

「…今の私たちには、武器も人数も足りなさすぎるわ。

 焦って攻め込むより、力をたくわえる方が先決ね」

 

 その言葉にわたしも頷く。

 

「そうね。

 少なくとも、ヒュンケルとクロコダインが戻ってからでも遅くはないと思うわ。

 必要ならば、わたしが連れ戻す事は可能だけれど、今はそこまでする必要もないでしょう」

「じゃあ、みんなでどこかに、新しい武器を探しに行こうよっ!!」

 

 元気いっぱいに提案するダイに、一人を除いた全員が賛成する。

 その一人…マァムは、何やら思いつめた表情で、重い口を開いた。

 

「あのね…みんな。

 私、ずいぶん考えたんだけど…。

 しばらくみんなと…お別れしようと思うの…」

 

 その表情が、少しだけ泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。




実はグエンのエピソードを考えた際、一番最初に浮かんだのがここの、マトリフ様との修行シーンでした。
特にオチの台詞は、絶対に言わせたかったので、ようやく書けて安心してます。


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14・半魔の僧侶は王女に拉致される

びっくりした…いつのまにか、お気に入り件数が100越えてた…!
皆様ありがとうございます。でも後で減るのは微妙に傷つくので、新しくお気に入りに追加する方はよくよく考えてからにしてくださいね。
駄文だということはアタシ自身がよく判ってるので。


 マトリフ様のところで修行を受けていたダイとポップを、マァムがなんだか複雑な表情で陰から見つめていたのは知っていた。

 ついでにマトリフ様がそのマァムにセクハラして撃退されてたのも。

 てゆーか、素面でもこんな事してるのかこの人はと、その時は思っただけだったが。

 

「このままじゃみんなの足手まといになっちゃう…武器での戦いや回復呪文だって、グエンの方がずっと上手いし…」

 

 どうも『僧侶戦士』というカテゴリーの彼女としては、純粋な『僧侶』であるわたしに、そのどちらの能力も劣っているという事実を目の当たりにして、自身の力の底上げを考えざるを得ないところまで来たという事のようだ。

 まあでも、言わせてもらえば、単なる僧侶でもそれなりに年季が入ってるわけなんで、成長力という点では君ら若者にはまだまだ伸び代はあるし、それほど気にしなくとも…けど、そんな悠長なことを言っていられないのも確かで。

 

「そうね。

 もっと強い攻撃能力がないと、本当に足手まといになりかねないわ」

 

 これからの戦いはより激化する。

 その事を踏まえてのその決断は確かに正しい。

 レオナ姫の言葉は厳しいけれど、裏を返せばこの戦いで、誰も死んでほしくないという気持ちの現れだった。

 だから、はっきり言い切った彼女の言葉に、一瞬傷ついた表情を浮かべながらも、次には笑って、

 

「あなたのそういうところが好き」

 

 と返したマァムの、その瞳にもう迷いはなかった。

 

「私…武闘家になろうかなって思ってるの!!」

 

 確かに、マァムは女の子にしては力が強い。

 マトリフ様を撃退した時の手腕を見て、この子を怒らせるのは絶対にやめようと思った。

 割と大柄な分手足も長いから、それは格闘においては有利になるだろう。

 基本の体術とそれに伴う技などを覚えれば、きっと相当に強くなれる。

 聞けば、彼女の故郷であるロモスの山奥に、武術の神様と呼ばれる人が住んでいるらしい。

 そう聞くとわたしもちょっと会ってみたいと思ったのだが、どうも彼女のコンプレックスを一番刺激したのがわたしらしい事を考えると、さすがにそんな事は言えなかった。

 次の日、マァムは旅立ち、ポップがルーラで送って行った。

 

「ポップはね、マァムの事が好きなんだ」

 

 ダイの言葉に、そういえばマァムが一時パーティーを離れると言った時に、最後までゴネていたのがポップだった事を思い出して妙に納得した。

 同時に、その恋愛的な「好き」の意味を、ダイは本当に理解してるんだろうかと思った後、そもそもわたし自身が恋をしたことがなかった事に初めて気付いて少し落ち込んだ。

 恋愛経験で十才年下の男の子に負けてるとか。

 帰ってきたポップの顔で、二人きりになっても告白はできなかったのだと一目でわかったが、とりあえず彼には頑張って欲しいと思う…わたしの分まで。

 

 ☆☆☆

 

 マトリフ様にすすめられてスカラの呪文契約をして、成功した。

 しかもレベル的には足りていたらしく、契約してすぐ使えた。

 もう少し経験を積めば、この上位呪文であるスクルトも使えるようになるそうだ。

 

「ところで、防御力を上げるって、具体的には何に対してなんですか?」

「…あ?」

「元々、その人間が持っている肉体の衝撃耐性なのか、それとも、その時点で身につけている防具を強化しているのか…。

 肉体に対して影響を与えるのなら、それは硬度を上げるものではなく、衝撃に対しての反発力と考える事ができますし、防具に対してであれば…」

「オレが知るか。

 そんな事考えんのはてめえくらいだ。

 知りたきゃてめえで検証しろ。

 …ま、わかったら教えろ。オレも興味はある」

 

 ……いや、ズルイでしょそれは。

 

 結局、マトリフ様にも手伝ってもらい色々検証した結果、普通に発動させた場合、肉体も防具も関係なく、全体を薄皮一枚の魔法力で包み、衝撃を散らす呪文である事がわかった。

 

「もっとも、散らせる力には限りがあり、それ以上の衝撃を与えられれば、普通に傷は負わされる。

 だが、その薄皮一枚が、生死の分かれ目になる事だってあり得るわけだ。

 あと、散らせられんのはあくまでも、物理的な衝撃のみだって事も忘れんな」

「ひょっとして、同じようなかけ方をフバーハでできないものでしょうか?」

「…また妙な事を考えやがるな…その目的は?」

「属性付きの武器しか持ってない時に、同属性の敵と戦うことになった場合、武器の属性が邪魔になる場合があるじゃないですか。

 その場合、武器に呪文をかけて属性を封じ込められれば、無属性の武器と同じダメージを与えられるかな、と」

「…かける事自体は不可能じゃねえだろうが、外からの属性攻撃に対してならともかく、武器そのものが持つ属性を封じ込めるってのは不可能だな。

 それができるってんなら、通常の発動でフバーハの防御壁に守られてる間は、こっちからの属性攻撃もできねえことになっちまう。

 どっちにしろ、通常通りに発動させんのとは、違う集中力が必要になるだろうぜ。」

「魔法は、発想力と集中力、ですか」

「そういうこった」

 

 うまくはいかないものだ。

 研究する余地はありそうだけど。

 

 ☆☆☆

 

 パプニカ王都の武器屋や防具屋が何軒か店を再開したが、今のところ大した品揃えは期待できないようで、街に武器を見に行ったダイとポップがちょっとがっかりして帰ってきたのだが、ポップの報告によると、防具屋の方は女性用の防具に力を入れ出したとかで、

 

『戦場でも装い美しく!【グエン・モード】続々入荷中!!』

 

というノボリが立てられているそうだ。何それ。

 気になったのでわたしも見に行ってみたら、わたしが身につけてるものに似た旅人の服や帽子や、他に綺麗めだけど防御力的には大した事ない女性用装身具が、ちょっと高めの値段設定で並べられていた。

 お店の方に話を聞いてみたら、それでも結構売れてるらしい。

 お礼と言われてレースのついたサテンの長手袋をプレゼントされた。

 ラッキー♪

 

 …は、いいのだが、若干基準がおかしな事になっているというか…とりあえずビスチェ系はともかく、「あぶない水着」とか「エッチな下着」まで【グエン・モード】にカテゴライズすんのやめてもらっていいですか。

 わたしはヒュンケルと違って、戦場を半裸で闊歩する趣味はない。

 ごめんなさい言い過ぎました。

 ヒュンケルは別に趣味でやってるわけじゃない。

 それは判っている。

 でも考えてみればなんで半裸だったんだろあの子。

 鎧が破壊されたとは言ってたけど、あの下にアンダースーツみたいの着てたよね?

 …止そう。なんかつっこんだら負けな気がする。

 

 ☆☆☆

 

「あ、グエン!」

 

 ルーラで城に戻り、充てがわれている部屋に戻ろうと、城の長い廊下を歩いていたら、向かい側からとてとてとダイが走ってきた。

 

「こら。廊下は走っちゃいけません」

 

 とか言いながら、つい頭を撫でてしまう。

 なんとなくこの子には無意識に、別れた時のラーハルトを重ねてしまっている気がする。

 もっとも、あの時のラーハルトよりも、今のダイの方が、年齢がふたつも上だと聞いた時は驚いたけど。

 この子が小さいのかラーハルトが大きかったのか。

 あの子は魔族の血の方が濃いから後者かも。

 魔族の男性は大体長身のイメージがある。

 まあ個体差はあるだろうけど。

 炎魔塔の下で会った魔族の老人は矮躯だったし。

 

「あは、ごめん。

 ねえ、グエンはベンガーナって行ったことある?」

「ええ、あるわ。

 今着てるこの服が、ベンガーナで買ったものよ?」

「そうなの?じゃあさ、デパートって…」

「ちょっと、ダイ君!

 …ああ、もう!こうなったら仕方ないわ!!

 グエン、貴女も来なさい!!」

「え?えっ!?」

 

 …なんだかわからないうちに、ダイと話をしていたわたしは、気付けばレオナ姫に拉致されていた。

 ていうか、勇者と王女の二人に手を引かれて、凱旋キャンペーンで散々乗って移動させられた気球船にまた乗せられていた。

 

 ・・・

 

「いいのかい。これって泥棒なんじゃないの?」

 

 ついでに誘拐です。

 

「王宮のものをあたしが使ってなんで泥棒なのよ。

 いーじゃない!!」

 

 わたしは王宮の者じゃないので誘拐です。

 

「それとさ、ポップは連れてかないの?」

 

 勇者が更なる誘拐の教唆すんのやめてください。

 

「あの魔法使い君ね、別にいいんじゃない?

 いてもいなくてもおんなじだと思うけど…!」

 

 だったらわたしも解放してください。

 

「ああ見えて結構たよれるんだぜ…」

「そうかな?

 ああいうタイプって、仲間(パーティー)がピンチになったら真っ先に逃げ…ちょっとグエン!

 いつまでもそんな隅っこでのの字書いてないで、いい加減あきらめなさいよ!

 あたしだって、こんなに無理矢理連れて来る気なんかなかったけど、ダイ君が計画バラしちゃうんだもの、共犯にするしかなかったのよ!」

 

 そうですかわたしは被害者ではなく共犯なんですねわかりません。

 …でも、さっきまでの流れからすると、どうやら新しい武器防具はベンガーナで探すという事になったようだ。

 豊かで物が豊富な街だから、わたしもあちらに寄った際にはよく服などを見てまわったものだ。

 食べ物は同じくらい豊かだった時期のパプニカの方が美味しかったけど。

 ふと、視界の端に何か蠢くものが見え、そちらに目をやるとポップがよじ登ってくるところだった。

 どうやらトベルーラでついてきていたらしい。

 考えればわたしも今はルーラが使えるのだから、嫌なら飛んで逃げれば良かったのだ。

 思いつかなかった自分にちょっと愕然としたけどまあいいか。

 この際だから、わたしも久しぶりに、ウインドウショッピングを楽しませてもらおう。

 

 ☆☆☆

 

 ベンガーナ。

 軍備、商業ともに発達したこの王国は、世界一とも言われるその経済力をバックに、豊富な武器、物資によって魔王軍の侵攻を防いでおり、今現在“最も安全な国”と呼ばれている。

 不満な点があるとすれば、この国の国民性なのだろうが、教会の地位が著しく低い。

 毒の治療に訪れるのはたまに訪れる旅人ばかりで、地元の人間はまず立ち寄らない。

 つまり教会業務では稼げないということだ。

 買い物する場所はあるのにそのお金が稼げない。

 これはもはや拷問だと判断して、以前のわたしはいずれ永住する国リストから、そっとこの国を外したのだった。

 

 まあそんな事はどうでもいい。

 パプニカ国内ならばそのままでも出歩けるが、よその国ではやはりまだ魔族の姿を晒すわけにはいかず、わたしはしっかりと帽子を被っているのだが、その帽子が何度も飛ばされそうになるくらい、凄いスピードで走る馬車の上に今はいる。

 なんというか、そろそろ悟りが開けそうな気がしているのは錯覚だろうか。

 

「もっ…もうちょっとスピード落とせよ、姫さんよおっ!!」

 

 わたしとは対照的に、常識的なツッコミを発しているのはポップ。

 それに対してレオナ姫は、

 

「なんてことないわよ、このぐらい…!」

 

 と実に豪胆なコメントを返す。

 どういう性格してんだこいつ、と小さくぼやくポップに対し、ダイは少し嬉しそうに笑って言った。

 

「いいんじゃないの?

 おれ、ちょっと安心しちゃったよ。

 …パプニカにいる時のレオナは、みんなをまとめなきゃいけない立場だったから、なんだか冷たい感じがしたもん…。

 今のレオナのほうが生き生きしてて…レオナらしいや…!!」

 

 どうやらダイはレオナ姫にとって、会った時から素の自分で接することのできる相手だったようだ。

 ダイにとってのレオナ姫が、パプニカの王女などではなく、ひとりの女の子の「レオナ」なのだとすれば、確かにこれまでそつなく王女、まして今や一国の指導者として振る舞う彼女の姿に、違和感を覚えるのは仕方ない事だったろう。

 

「おれたちゃお姫さんのストレス解消のおつきあいってわけかい…」

 

 その一言を最後に、ポップはぼやくのをやめたようだ。

 うん、ある程度悟ったほうが楽だと思う。

 

 ・・・

 

 そんなこんなで、ベンガーナのデパートに着いた。

 ダイとポップはぽかんとして建物を見つめている。

 

「でっ…でけえ…」

「こっ…この中、みんなお店なの…!?」

 

 さもありなん。

 わたしも、初めてここに立った時はまさにこんな感じだった。

 …それにしても、やはり世界一豊かな国。

 そこらを歩いている女の子のファッションもメイクも洗練されてる。

 

「さあ、行きましょ!」

 

 けど、わたし達一行の先頭をスタスタ歩く少女は、そんな都会の女の子達と比べても、格段に美しかった。

 道行く男性がみんな振り返るほどに。

 お忍びなのにこんなに目立っていいのかお姫様。

 

 案内板に従って、まずは服や鎧の店がある5階までエレベーターに乗って行く。

 このエレベーターの中でも少年たちは大騒ぎして、レオナ姫に呆れられていた。

 わたしも以下略。

 

「こりゃすげえや…。

 おれの実家の武器屋の、百倍くらいでかいぜ…」

 

 ポップが呆然と通路で呟く。

 

「あら、ポップの実家って武器屋さんなの?」

「あ、ああ、おれは継がねえから、多分妹が継ぐと思うけど…って、どうでもいいだろ、そんな事」

 

 …なんか、あんまり触れられたくなさそうだ。

 自分で言ったくせに。わがまま坊主かお前。

 

「カッコイイな、これ…!」

 

 あこがれの目で見つめながら、ダイがディスプレイされた鎧に触れる。

 だが、その目が値段の書かれた札に止まった時、あこがれの目が驚きに見開かれた。

 

「うげえっ!!さっ…3800G(ゴールド)…!!」

 

 触っちゃまずかったかな、と小声で呟きながら、何故かわたしの後ろに隠れる勇者。

 

「ちなみに、今幾らくらい持ってるの?」

「ええと…」

「1500Gってとこかな。

 ロモスの王様に貰ってから、ほとんど使ってないから」

 

 代わりに答えたポップの言葉に、わたしは首をひねる。

 

「それじゃ、鋼鉄(はがね)の剣一本がせいぜいってところね。

 あなたの場合、最優先なのは剣のようだし、ならば防具までは無理なんじゃないかしら」

「えっ、マジ!?結構大金だと思ってたのに!!」

「ええっ!?武器や防具ってそんなに高いの!?」

 

 …うん、そんな気がしていた。

 けど、武器屋の息子がここにいるのに、ここまでものの値段に無頓着なのはいかがなものか。と、

 

「ダイ君、5000Gまでならどれ買ってもいいわよ」

 

 と、実に太っ腹なレオナ姫の声がして、少年たち二人がずっこけた。

 本人も大量の服の山を手にして、試着室に入ろうとしてるけど。

 

「そ、そんなに…」

「これは試着するやつよ。

 全部買うんじゃないの…」

「そーゆー意味じゃなくてだなっ…そんなに金持ってんのかって事だよ!!」

 

 ポップの言葉に、レオナ姫は優雅に微笑み、ウインクまでしつつ答える。

 

「平気よ!!

 パプニカの金属や布は、すっごく高値で売れるのよ。

 あたしのこのドレスを売れば、2〜30000Gにはなるわよ!」

 

 やはり最高級のパプニカ絹か。

 30000Gを着て歩いてたのかこの娘。

 ケタが違う…というポップの呟きに、ごもっともと思うしかない。

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 どうする?とわたしとポップを見上げたダイに、ポップが答える。

 

「おれはいいよ。

 武器もマントも師匠からもらったからさ」

「わたしは見てるだけで充分よ」

 

 品揃え的には、以前見た時とそう変わらないようだ。

 だとすれば、今のところわたしの欲しいものはない。

 あったとしても自分で買うし。

 

「じゃあやっぱり、これ…」

「あ、これだけはやめときましょ、ダイ。

 ヒュンケルくらいの背丈があるならまだしも、あなたの体格じゃみっともないだけだわ」

 

 ダイがさっき見ていた3800Gの鎧を指差したのを、わたしは一言のもとに切り捨てた。

 

「ええ〜〜っ!?」

 

 そんな顔したってダメ。

 強引に連れてこられたとはいえ、わたしが一緒に来ている以上、勇者様にみっともない格好はさせられない。

 勇者一行のファッションリーダーとしての使命に、わたしは拳を握りしめた。




ヒュンケルがフレイザード戦の後で「半裸だった」事に関しては完全にアタシのミスです。
いや、原作通りなら半裸で間違いないんですが、ここでのヒュンケルはマグマから救助された後、『手当て』ではなく『呪文治療』されてるので、アンダースーツは脱がされてなかった筈なんです。自分でちゃんとそう意識して書いたのをすっかり忘れてて、宴のシーンのグエンの回想でそういう事になってました。
まあ、鎧が破壊された際のフレイザードの拳に、炎でも纏ってたくらいの話にしといてください。


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15・半魔の僧侶は買い物をする

「ま、まさか、あれが実在したなんて…」
「知っているのか、グエン?」
「いや、たいして知らないけど」


 念の為その『騎士の鎧』を試着させてもらい、ダイ自身に着心地を確認させた。

 

「…うん。これじゃダメだ。動きづらくって」

「でしょwwwwww」

 

 うん、まあ、なにげにカワイイけどね。

 正直、このゴツい鎧を着て、こんなに可愛くなる人がいるとは思わなかった。

 

「ねえねえねえっ!これどうかな!」

「こんなカッコした賢者がどこにおるかっ!!」

 

 もうひとつの試着室から出てきたレオナ姫は、鼻血押さえたポップにつっこまれてる。

 ええ、いくらなんでも踊り子の服着て戦う賢者とか、わたしもないと思います。

 更にその自分の格好棚上げして、ダイの方指差して大笑いしてるとかどんだけですか。

 あとゴメン。

 実はわたし、デザインは違うけどソレ持ってる。

 わたしの場合被り物必須なんで、耳を隠せる形状の冠を被る為、それに合わせたジャラジャラ系のやつだけど。

 旅をしてると、奉納舞とか言って雨乞いの儀式とかに参加させられる事があるんだよ。

 舞踏なんて習った事ないけど、わたしの拙い踊りでも結構喜んでもらえたよ。

 主に男性に。

 

 ・・・

 

 それはさておき。

 

「ねえ、この銀の胸当てなんてどう?

 軽くて動きは妨げないし、防御力もこのクラスなら申し分なし。

 何より、それなりに格好いいと思うのだけど」

 

 銀が魔除けになるというのは迷信だが、信仰的に未だに信じられている地域もある。

 だから格式ある場での儀礼用に使っている国もあるとか。

 更に銀の持ち味はそのくすみ具合にあり、細かな装飾がそれで際立って、なかなかに風格の漂うデザインだ。

 わたしが示したそれを見つめるダイのキラキラした瞳とほっぺに差した赤みが、一目見て気に入ったともう言っていた。

 

「うん!それにす…」

「ならば、見てなさいダイ。

 ここでの買い物には、ちょっとしたコツがあるのよ」

 

 こちらに歩み寄ってくる若い店員を視界の端に捉えながら、わたしはダイに目配せをする。

 

「いらっしゃいませ。

 そちらの銀の胸当てをお求めですか?」

 

 話しかけられて、わたしはほんの少しだけ迷った顔を見せる。

 

「そうねえ。でも、お高いんでしょう?」

「ところがですね!

 本日はセールを行なっておりまして、通常ならば5000Gのこの品が、本日ならなんと3割引の3500G!!

 お買い得ですよ!」

 

 うん、一応値段は見て知ってるけど。

 

「そうねえ。

 でも他のものも揃えたいから、もう少し下がらないものかしら。

 この子、重装備ができないから、色々難しいの」

「うーん…これはセール価格なもので」

「あら、残念。

 ならせめて、これとセットにしていただけないかしら」

「そちらの銀のリストは、540Gのお品です」

「でしたら3800Gではいかがかしら?

 セット購入って事でこちらも3割引で378G、できれば細かいのは切り捨ててもらって、合計で3800G」

「…少々お待ちください」

 

 若い店員が奥に引っ込んで行くのを見計らって、そのタイミングでシンプルな幅広の、丸い石のついたサークレットを二つ指し示し、ダイに意見を伺う。

 片方は赤、もう片方は青い石。

 値札はどちらも、ちょうど1000G。

 

「ダイ、これとこれなら、どっちが好き?」

「え?どっちって言われたら、青い方…ねえ、グエン」

「…お待たせいたしました。

 上の者と相談いたしましたところ、銀の胸当てと銀のリスト、両方のお買い上げで3900Gまででしたら勉強させて…」

「ごめんなさい、これも欲しいわ。

 合わせて4500Gでどうかしら!?」

「しょ、少々お待ちください!」

 

 若い店員はもう一度奥に駆けていき、わたしは更に、今度は丈夫そうな850Gの脛当てを持ってきてダイの足に合わせる。

 

「足の方は…これでいいかしら?

 ちょっと歩いて…重たくない?」

「全然大丈夫。あのさ、グエン」

「お待たせいたしました。

 銀の胸当て、銀のリスト、サークレットと3点のお買い上げなら、4600Gまでならお値下げでき…」

 

 次に出てきた年嵩の店員に向かって、わたしはトドメとばかりに、笑顔で言った。

 

「度々ごめんなさい。

 良い品物が多くて、欲しいものが次々出てきちゃう。

 この鉄のグリーブも買うから、5000Gじゃダメかしら!?」

 

 どうやら先ほどの店員が相談に行っていたのはこの店員らしい。

 ならば、彼の裁量で即決してくれるだろう。

 駄目なら…足りない分はわたしが出してもいいか。

 

「…承知いたしました。

 では、その4点のお買い上げで、ちょうど5000Gいただきます。

 ありがとうございました」

 

 よぉし、勝った。

 

 ・・・

 

「凄え…」

 

 レオナ姫から預かったお金で支払いを終えて戻ると、ポップがドン引きした顔で呟いた。

 

「さあ、次は武器ね♪」

 

 それに構わず、わたしは達成感に満ちたまま、レオナ姫の装備が決まるのを待っていた…女の子の買い物が長いのは仕方ないの!

 

「いいのかなあ…なんか、申し訳ない気が…」

 

 試着室を借りて、新しい装備に身を包んだダイが、か細い声でわたしに言う。

 どうも、表示価格よりかなり値切った事が気になっているようだ。

 

「なに言ってるの。

 むこうだって値切られること前提で価格設定してるの。

 この銀の胸当ては元値が5000Gって言ってるけど、こんなのカールで買えば3200Gの品物よ。

 もっとも輸送の段階で人件費がかかってるから、その上乗せもあるのでしょうけど、それにしたってぼったくり過ぎだし、それでトータルで考えれば、多くても550程度の値引きにしかなっていないわよ。

 わたしなんかまだ良心的な客だと思うわ」

 

 …いや、だから何なのよふたりともその白目は。

 

 ・・・

 

 レオナ姫の装備も整ったところで、今度は武器を求めて一階下へ階段で降りる。

 

「ウフフ、カッコイイわよダイ君」

「ほんと!?エヘヘ、ありがとう。

 レオナもすっごく可愛いよ!」

 

 …なんなんだこの小さいバカップル。

 まあ微笑ましいっちゃ微笑ましいけど、25歳の独身女にはいささか目の毒だ。

 おもに、ピュア過ぎて。

 

「…なんでだろう。口の中が甘ェ」

「…あなたもそう思って?わたしもよ」

 

 苦笑しながらのポップの呟きに、わたしも同調した。

 

「あらっ!?なにかしら、あの人だかり…」

 

 4階に降りると、売場の中心に特設会場が設けてあり、覗いてみると手甲型の武器が、白い布のかけられた台の上に置かれていた。それは。

 

「ド、ドラゴンキラー…!!」

「ドラゴンキラーって…まさか、あの!?」

 

 それを目にして、わたしは思わず目をみはった。

 本で読んだことはあるが実物を見たのは初めてだ。

 ドラゴンの皮膚は、鋼鉄より硬いと言われている。

 ドラゴンキラーとは、そのドラゴンの鱗をも切り裂くという武器である。

 カールの図書館にあった武器防具大全というシリーズでは、かつてドラゴンに愛する人を殺された武器職人が、対ドラゴンに特化した属性を付与した剣を、魂を込めて打ち上げたと書かれていた。

 その恋人の血を混ぜた水を、鉄を冷却するために使ったのだという。

 だがその武器職人は、それを打ち終わった後、それを掲げて笑いながら息絶えたとか。

 それをもとに後世の武器職人が研究を重ねて、より効率的な形にしたのがこのドラゴンキラーという武器であるらしい。

 …その話、その本にしか載ってなかったから、多分創作だと思うけど。

 そもそもその本当は怖い武器防具大全って本、わたしが以前売り払ったモンスター図鑑と同じ出版元から出されてたし。

 そのドラゴンキラーだが今日のこれは一点物で、オークションが行われるらしい。

 相場としては15000G以上の品物。

 子供の小遣いじゃ買えない、と周囲の客たちに笑われて、カチンときたレオナ姫が、オークションの参加を決める。

 レオナ姫の手持ちが16000G、ダイとポップの虎の子が1500G、わたしのお財布の中にも一応は1800Gほどはある。

 あとここにはゴールド銀行があるから、貯金を下ろせばあと5000Gは工面できなくもないけど、できればこれはいざという時のために手をつけたくない。

 主に、ここに滞在する必要が生じた時の為に。

 何せこの国は宿泊費が結構高い。

 稼げるあてがない以上、お金は残しておきたい。

 一応、わたしの老後の為にとそれなりにコツコツ貯めてきたお金でもあるし。

 …欲しい服と食べたいモノは我慢しないのが信条だから、それほどの金額じゃないのが悲しいけど。

 鼻息荒いレオナ姫を止めようかどうしようか迷っていたら、後ろからしわがれた声が、

 

「やめといで…!!」

 

 と声をかけてきた。

 見れば背の低い老婆と、ポップとそう変わらないくらいの若い女の子。

 声をかけてきたのは、勿論老婆の方だろう。

 ぽかんと見返すわたし達に、老婆は再び口を開く。

 

「…自分の力量以上の武器をつけて、強くなった気になりたいバカの仲間入りなどおよしと言ったのよ…大金払ってさ…!」

 

 その言葉に反応したのは、話しかけられていたわたし達ではなく、周りの客たちだった。

 

「なっ…なんだとぉ!?このババア!!

 そりゃあオレたちのことか…!?」

「へっ…他に誰がいるんだい…!!」

 

 戦士みたいな男たちもいる中、老婆は臆することなく平然と言い放つ。

 いきり立つ男たちが、老婆にくってかかろうとした時、可愛らしい声が割って入った。

 

「おやめください、おばあさま!

 皆さん…すみません。祖母は口が悪くて…」

 

 か弱い少女がペコペコと頭を下げるのに、それ以上言い募れる野蛮人はギリ居ないようだった。

 

「…フン。

 あたしゃ思った通りを言ったまでだよ…!!」

 

 この老婆と旅をするのはさぞ気苦労が多かろう。

 少女は老婆の背を押して、その場から去っていった。

 …てゆーか、この人たち、ここに何の用で来ていたんだろう?

 どこをどう見ても、武器が必要な人種には見えなかったのだけど。

 

「占い師、みたいだったわね…」

 

 確かにいでたちはそんな感じだった。

 けど、こんな信仰心の低い国で、占い師なんてやっていて稼げるんだろうか。

 でも若い女の子の方は、綺麗な顔をしていたけど垢抜けない印象があり、この国の女の子ではないと一目でわかる。

 わたしと同じように、あちこち旅をしてまわっていて、たまたまこの国に来ていただけかも。

 だとすると商売のチャンスを求めて、人が集まるところに来たというだけで、武器にはやはり用はなかったんだろう。

 …そのチャンスも老婆がぶち壊したけどな。

 

「…あっちの若いほうの()は、ちょっと美人だったよな…!」

 

 その彼女の後ろ姿を見送りながら、ポップが少し顔を赤らめて言う。

 …ポップ、あなたマァムの事が好きなんじゃないの?

 確かに綺麗だけど、マァムとは真逆のタイプに見えるんだけどな。

 男の子はよくわからない。

 

 ☆☆☆

 

 オークションが始まり、あっという間にレオナ姫の持ち金16000Gを越えた。

 だが、どうもこの姫様は熱くなるタイプらしく、見るからにお金持ちって感じの商人とまだ競り合っている。

 その商人が18000Gを提示したあたりで、ポップとダイが動揺し始め、その様子に商人がほくそ笑んでるのが見えた。

 全員ポーカーフェイスが保ててないから、この勝負まず勝てっこない。

 諦めて他の、もっと安い剣でも買った方がいい。

 わたしはそっとオークション会場から離れ、ゴールド銀行でお金を下ろすと、通常の販売スペースで、剣のコーナーを見てまわった。

 どうせオークションは負けるだろうから、今は立て替えて後で返してもらおう。

 

「破邪の剣、3500Gね…」

「いらっしゃいませ!そちらをお求めですか?」

「まだ決められないけど、良さそうな剣ね」

「そりゃもう!

 …勿論、あちらの会場で出されてるものには及びませんが、値段の割に使い勝手のいい剣ですよ。

 …実は私個人としても、若干思い入れのある剣でして。

 というか、オークションの間は、こっちにお客様は来ないと思っておりましたので、こうして見る目のある方がいらしてくれたのは嬉しいですね。

 もしお買い上げいただけるのでしたら、3000Gまででしたら、こっそりお値下げ致しますよ?

 …お姉さん美人だし」

「いただくわ♪」

 

 即決。カールの武器屋に並んでいた同じものと値段は変わらないし、その上で500も値下げしてくれ、しかも上の防具屋と比べて、元の値段を釣り上げた上での値引きなんてあこぎな真似をしていないところが気に入った。

 決して美人と言われて気を良くしたからではない。

 

 ・・・

 

 いい買い物をしてみんなのところに戻ったら、件の商人が嬉しそうにドラゴンキラーを手にしていた。

 やはりオークションは彼の勝利に終わったようだ。

 そして我らが姫様は「んもう〜っ!」とか言いながらスライムのゴメちゃんを、掴んでみょーんと伸ばしていた。

 あ、羨ましい。わたしもそれやりたい。

 てゆーか以前やろうとして逃げられて以来、あの子わたしに近寄ってこない。

 

「あ、グエン!どこ行ってたの?」

 

 ダイがわたしに気づいて駆け寄ってきたので、今買ったばかりの剣を渡す。

 

「買っといたわ。

 ドラゴンキラーには及ばないけど、そこそこいい剣よ」

「ありがとう、グエン!」

 

 その瞬間、デパートの建物が揺れた。

 

「地震…!?」

 

 さっきまで悔しそうにしていたレオナ姫が呟き、

 

「たっ…大変だあ、あれを見ろっ!!」

 

 という声につられて窓の外を見ると、ドラゴンの群れが、外の町を襲っているところだった。

 

(ドラゴン)の軍団…!!!

 あれが…超竜軍団っていうやつか…!?」

 

 という事は、魔王軍の襲撃という事か。

 ここは世界一安全な国ではなかったのだろうか。




ダイの装備は、見た目の印象は『騎士の鎧のパーツ』とそれほど変わりませんが、防御力は一応、鎧並にはあるという設定です。
それでもパプニカの布には負けてるという恐ろしい事態。
なんてこった。


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16・半魔の僧侶は窮地に陥る

大口叩いてピンチに陥る残念ヒロイン。
忘れてるかもしれんがお前僧侶だからな。


「ヒドラが一匹…ドラゴンが…2…3…4…5匹…!!」

「こっちへ向かってくるぜっ!!」

 

 海岸の護りを固めるベンガーナ軍自慢の大砲を、呆気なく蹴散して上陸してきたドラゴンの群れ。

 それは一歩ごとに町を、建物を踏み、なぎ倒しながら、確実にこのデパートに向かって来ていた。

 

「ほかのモンスターと違って、ドラゴンだけはシャレにならねえ!」

 

 オークションに参加していた戦士風の客たちが叫ぶ。

 かつては神の眷属と呼ばれ、数々の伝説を残す存在は、今この瞬間リアルな形で、人々の心に新たな恐怖を植え付けていた。

 神と肩を並べる叡智を誇っていた筈の、だが今やモンスターの一種族でしかないドラゴンは、それでも人間の意識の中でまだ別格なのだ。

 

「おめえ、ドラゴンキラーを買ったんだろ!

 そいつでなんとか追っ払えよ!!!」

「あ…アホな事言わんといてや!!

 これは財テクの為に買うたんや!!

 わいは戦いなんか、まるでできへんねん!!」

 

 更なるデパートの客たちの怒鳴り声が響く。

 うん、知ってた。

 

「けっ…情けねぇの…」

 

 思わず口に出てしまったのだろうが、そのポップの言葉を少しだけ嗜める。

 

「仕方ないわ。

 この国は豊かな物資の恩恵で安全が保たれてきた。

 そこで生きてる人たちに、戦いの経験なんてある筈がない」

「だな。

 …とは言ったものの…おれたちもどうする!?

 確かにドラゴンがあんなにたくさんじゃ、少々分が悪いぜ…」

 

 ポップの言葉に、レオナ姫が少し考えてから、ハッキリと言う。

 

「戦いましょう!戦うべきだわ!

 もしかしたらあの(ドラゴン)たちは、私たちを狙って上陸してきたのかもしれないし…それに今、私たちが時間をかせがなきゃ、このデパートのお客は全滅しちゃうわ!!」

 

 一度は滅ぼされたとはいえ、やはり一国の王。

 レオナ姫の、民を守りたいという信念は揺るがない。

 それがたとえ自国の民でなくとも、また、先ほどまで自分たちを侮っていた相手であってもだ。

 それを聞いてポップの目が、戦う男のそれに変わる瞬間を、確かに見た。

 

「…よっしゃ!」

 

 気合い声を発しながら窓の枠木の上に立つ。

 

「…お姫さんよ、ちょっとあんたを見直したぜ。

 やっぱ、人の上に立つ人間は、キメる時ゃキメるんだな…!!」

「…あたしはまだキミを見直してないわよ…!」

「…まあ見てな!」

 

 レオナ姫の憎まれ口に、不敵に笑ってそう答えるポップは、本当は怖くないわけではないのだろう。

 けど、精一杯強がって、その強さを本物にしようとしてる。

 人間は確かに弱い。けど、強くなれる。

 わたしはそんな人間と共に生きていこうと決めた。

 …そうだな。わたしも腹をくくらねば。

 ポップばかりにいいカッコはさせられない。

 

「ダイ、ドラゴンどもはおれに任せとけ!

 おめえは…」

「じゃあポップはドラゴン5匹、わたしがヒドラを足止めする!!

 倒そうと思わなくていいわ。

 まずはお客さんと店員さん達の避難誘導をする時間を、わたしとポップで稼ぎましょう。

 避難誘導はダイとレオナ姫にお願いするわ!」

「なんであんたが仕切ってんだよ!いいけどよ!!」

 

 とりあえず一言つっこんでくれてから、ポップは窓枠を蹴って飛び立った。

 

「待ってよ、おれも…!」

 

 戦う、というダイの言葉を、わたしは指先で制する。

 

「万一建物が損壊してお客や店員さんが閉じ込められた場合、救助できる人が要るわ。

 レオナ姫一人でできるとも思えないし、そうなったらわたしも役には立たない。

 だからまずは姫を守りなさい。

 わたしの方も、一人じゃ時間稼ぎが手一杯だろうから、全員の避難が済んだら、駆けつけてくれると嬉しいわ!」

 

 わたしの言葉に、ようやく納得してくれたのか、ダイが頷いた。

 

「…わかった!」

「さあみんな、早くここから逃げるのよ!!」

 

 レオナ姫の凛とした指示が、フロアに響いた。

 

 ・・・

 

「スカラ!フバーハ!そんでトベルーラ!!」

 

 補助呪文を自身にかけてから、棍を構えてヒドラに向かう。

 

「氷結乱撃ッ!!」

 

 まずは先制攻撃。ヒドラの注意を建物から逸らす事にする。

 こいつ首が5つあるから、その全部の注意を引きつけなきゃいけない。

 こっちに攻撃しながら建物に炎吐くとか平気で出来るって事だから。

 けど、生物的な効率はあまりいい生き物とは言えない気がする。

 頭が5つあるって事は自我が5つに対して身体はひとつ。

 本人?同士が意見を異にした場合、身体の使用権の指揮系統で混乱しそうなんだけど?

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 地上ではポップが、ギリギリまで引きつけたドラゴンの初撃を躱し、すごい速さで逃げ出す…と見せかけて追いかけさせているのが見えた。

 なるほど。

 とりあえずある程度建物から引き離して、そこで始末する気ね…わたしもそれに倣うようにして、少しずつ攻撃を繰り返しながら、ヒドラをなるべく建物から引き離していく。

 思った通りわたしの力と、棍という刃を持たない武器では、ドラゴン属に与えられるダメージは皆無と言っていい。

 けどそれなりに癇には障るようで、全部の首の注意がわたしに向き始める。

 今はこれでいい。わたしは時間を稼ぐだけでいい。

 もう少ししたらダイが加勢に来てくれる筈。

 ひとつの首が炎を吐き、別の首が噛みつこうとしてくる。

 その噛みつき攻撃をなんとか躱し、身に纏った薄皮一枚のフバーハが、皮膚に到達する前に炎を散らしてくれる。

 そして冷静に観察すると、一度に攻撃してくるのは5つの首のなかの2つだけだという事に気付いた。

 そしてそれは常に物理攻撃と炎のセットで、どちらかを両方が仕掛けてくる事はどうやらない。

 問題は、どの2つがそうしてくるのかが、事前にわからないって事だけど…。

 

「バギマッ!!」

 

 ダメージ自体は表面を掠める程度しか与えられないのはわかっているが、風で全部の首の動きを封じてしまえばいい。

 物理攻撃ができなくなれば、奴の攻撃手段は炎を吐くしかない。

 そして炎は、標的がわたしだけならばフバーハで遮断できる。

 魔力で風の動きを調整し、身体の動きを止めてから、全部の首を一箇所に纏めて絡みつかせる。

 それにより思うように動けなくなったヒドラは、苛立ったような咆哮をあげた。

 ダイが居れば一般市民の避難誘導にそれほどの時間はかかるまい。

 このまま拘束し続けている間にダイが駆けつけて来てくれれば、いくらヒドラが強いモンスターだろうと倒せないなんて事はなかろう。

 と、身体の中心から、魔力の波濤を感じた。

 魔力暴走の兆しか。

 だとすれば、普段なら使えないあの呪文が使えるかも。

 後から考えるとその一瞬、わたしは確実に欲を出していた。

 自分の力でこのヒドラを、倒せるのではと思ってしまった。

 溢れ出す魔力を両手に乗せて、その両腕をクロスさせる。

 

「バギクロ……!!」

 

 呪文は、最後まで詠唱しきれなかった。

 瞬間、何もない空間から、大きな鎌が出現した。

 それは正確に、わたしの首を狙って迫ってきて、反射的に身を躱す。

 鎌の一撃から辛うじて逃れたわたしの手から、放たれなかった魔力が霧散した。

 

「しまっ……!!!!」

 

 魔力による拘束から解放されたヒドラは、怒り狂ってわたしに首を伸ばしてくる。空中で体勢を崩していたわたしは、一瞬で全身を、その長い首に巻きつかれ、締め上げられた。

 スカラで散らせる衝撃力には限りがあり、それ以上の力は普通に通ってしまう。

 この締め上げる圧力は充分にその「それ以上の力」に相当した。

 

「ウッ……アアァァーーーーーッ!!」

 

 全身の骨が、ミシミシと軋むのが判った。

 

 れ…冷静に考えろ。

 とりあえずリリルーラで脱出…ダメだ、コイツの身体がこれだけ密着している以上、リリルーラをしてもコイツごと移動するだけだ。

 というよりそもそもこの状態でイメージが頭に描けないから、呪文の発動そのものが不可能っ……!

 

 わたしを締め上げている以外の首が次々と炎を吐いて、周囲の建物に被害を与える。

 …気が遠くなる。どこかで女の子の声が叫んでる。

 

「お願い、ママを助けて…!!」

 

 薄く目を開けて声の方向を見ると、倒壊した建物の破片と思しき大きな岩のそばで、小さな女の子と、先ほど見かけた占い師の少女が、それを持ち上げようとしている。

 ひょっとして小さな女の子の母親が、その下敷きになっているのか?

 更にそれに気付いたレオナ姫と、デパートの客も数人、そちらに駆け寄っていくところだった。

 待って、その事態が予想できたからダイを残してきているのに、そのダイは何をしているの!?

 

「グエンッ!!」

 

 聞き覚えのある声がして、反射的にそちらに目を向けると、炎を吐こうとするヒドラに、ダイが立ち向かっているところだった。

 そうか、わたしのせいだ。

 この子はわたしを助けようとしているんだ。

 意識なんか失ってる場合じゃない。

 

 ☆☆☆

 

 ドラゴンの攻撃を躱しながらも、奴らを引きつけて遠くまで導く。

 ようやく邪魔の入らなさそうな広い場所まで逃げてきて、そろそろ始末をつけようと、おれは空中で静止した。

 

「こんなごっつい奴らと、一匹一匹やりあってたら勝負にならねえや」

 

 ある程度の高さがないとドラゴンの炎が届くし、この後使う呪文に自分が巻き込まれる恐れがある。

 しかし、ドラゴンから見える位置に居ないと、奴らはおれを諦めて街の方に戻りかねないので、そこらへんの兼ね合いは大切だ。

 この辺でいいか。

 師匠からもらった『輝きの杖』を握りしめ、そこに魔法力を集める。

 魔法力の昂まりと共に、ジャキン!と音を立てて杖の柄が少し伸びた。

 

「…大地に眠る力強き精霊たちよ…今こそ我が声に耳を傾けたまえ………重圧呪文(ベタン)!!!!」

 

 詠唱と共に、魔法力をドラゴンたちに『投げ落とす』。

 おれの魔法力は強力な重力の磁場となり、ドラゴンの巨大な体を圧し潰した。

 

「や…やりいっ……あらっ!!?」

 

 フッと力が抜ける感覚があり、次の瞬間、おれの体は地面に落下した。

 

「あ…痛っっ…」

 

 どうやら今ので魔法力が尽きて、トベルーラを維持できなくなったらしい。

 もっと高度に居たら死んでるところだ。

 危ねえ危ねえ。

 ふとドラゴンたちの居た方に目をやると、自然法則を無視した重力の負荷が地面までもを割り、奴らの体は半分くらい、その地面の土に埋もれている。

 

「すっげえ…!

 さすが大魔道士マトリフ直伝の呪文だぜ…お陰で魔法力を使い果たしちまったけどな…ハハハハハッ…!」

 

 なんていうか、ホッとして乾いた笑いしか出てこない。

 ていうか、ちょっと体がふらついてる。

 今はいいとして、この後はもう少し、魔法力を上げる修行が必要だな。

 だが安心したのもつかの間。

 ドォン!!

 おれの全部の魔法力を込めて潰された筈のドラゴンの群れの中から、2頭が目を覚まして、おれの目の前で立ち上がった。

 

「ハァッ!?」

 

 修行は確かに必要だ。だが、今は間に合わない。

 

 ☆☆☆

 

 まだ無事な建物の壁や店の看板などを足がかりに跳躍して、ダイが放った大地斬は、その勢いがそのまま剣に跳ね返り、握った破邪の剣ごと彼の身体を弾き返した。

 新しい剣でこれならば、古い剣のままなら折れていた事だろう。

 衝撃を受け止めそこねた掌から、剣が弾かれて地面に落ちる。

 更に空中で体勢を崩した無防備なところに追撃の炎が吐かれる。

 あわや全身火だるまになるところをレオナ姫がヒャドを放ち、すんでのところで勇者の丸焼きは避けられたが、やはりダメージは少なくない。

 そして間の悪い事に、その場面に最悪の闖入者の存在があった。

 

「ドッ…ドラゴンだあっ!!!」

「姫さんすまねえっ!

 2匹ばかりしくじっちまったっ!!」

 

 5匹のドラゴンを担当してくれていた筈のポップが、歩くことすらままならない様子で叫ぶ。

 岩をどけるのに協力していた客達が逃げ出し、レオナ姫にドラゴンの牙が迫る。

 

「レオナーーーッ!!」

 

 瞬間、叫んだ勇者の身体が光に包まれた。

 

 使えない筈のトベルーラを、わたしやポップでもまだ至らないような猛スピードで駆使し、あっという間にレオナ姫の前まで飛んで、襲いかかるドラゴンに蹴りを入れる。

 それによりのびたドラゴンの尾を掴み、もう1匹が襲いかかってくるのに合わせて、その小さな身体で投げ飛ばす。

 そこに間を置かず爆裂呪文(イオラ)をぶつけると、2匹のドラゴンが呆気なく、血飛沫をあげて砕け散った。

 同じようにして、女の子達が持ち上げようとしていた岩を砕く。

 次にその場から飛び立ったダイは、わたしに巻きついたヒドラの頭に飛びついた。

 

「うおおおおおーーーッ!!!」

 

 気合い声と共に、ダイを包む輝きが激しくなる。

 よく見ればその輝きは、ダイの額から発せられているらしい。

 フレイザード戦の後で塔に登ってきて、わたしとレオナ姫を助けてくれた時と同じ文様が、その額にまた浮き出ている。

 その輝きが最高潮に達した瞬間、ダイが掴んだヒドラの頭は、下顎から上の部分を引き千切られ、断末魔と血飛沫をあげていた。

 

 加わっていた圧力が弛み、わたしの身体が宙に投げ出される。

 そのわたしを空中で抱きとめ、一旦地上に降り立ったダイは、そこでわたしを下ろすと、

 

「…早く逃げろッ!」

 

 と、普段見せない厳しい目をして言い放った。

 …その瞬間、何故かまた、あの男の顔が脳裏に浮かび、背筋がぞくりとした。

 いや、何故かは、認めたくないが判っていた。

 ダイが今発している空気は、あの日心ならずもラーハルトを預けたあの男が内側に圧しこめていた、どこか獣を思わせる匂いに酷似していた。

 あの男も、姿形は人間とほぼ変わらなかった。

 ひょっとしたらダイはあの男と同じ種族で、人間ではないのかもしれない。

 そんな想いが一瞬頭を掠めた。

 

「グエン、無事!?怪我人がいるの!」

 

 わたしをその場に残して、ヒドラとまた戦うべく飛び出して行ったダイの背中を呆然と見つめていたら、レオナ姫がそう声をかけてきて、慌てて自分にホイミをかけてから、そちらに向かって駆け出す。

 

「おばあさま!あの紋章は、まさしく…!!」

「ウム…まさかこの目で拝めるとは…伝説の、(ドラゴン)の騎士さまの戦いを…!!」

 

 と、さっきの占い師の少女と祖母が、一点を見つめて身を震わせながら、そんな言葉を紡いでいる。

 その視線の先には、ヒドラに向かっていくダイの姿があった。

 

 まあでもそんなことより、と怪我をしているという女性に向かって手を翳そうとしたら、その側の少女の顔が明らかに引きつった。

 

「ひっ……!!」

 

 その目は真っ直ぐにわたしを見ており、わたしは反射的に頭に手をやる。

 案の定、帽子はどこぞに飛んでいっており、魔族の耳が完全に露わになっていた。

 ひとつため息を吐いて、なるべく穏やかに言う。

 

「…わたしを怖がるのは構わないけど、回復呪文だけはかけさせて。

 でないとあなたのお母さん、本当に死ぬわよ?」

 

 わたしの言葉に、少女はビクッと身をすくませたが、次には表情はそのままに、こくこくと頷いた。

 

 ダイは縦横無尽に飛び回っては、次々に襲いかかるヒドラの首に、拳や蹴りを放つ。

 少しずつダメージは与えているようだが、剣を取り落とした無手のままでは、やはり限界がある。

 いずれ疲労が蓄積して動きが鈍れば、たちまちヒドラに捕らえられてしまうだろう。

 少女の母親にベホマをかけて傷を治療した後、どこかに落ちたダイの剣を探した。

 インパスを唱えて指の三角窓を覗き、青い光を頼りになんとか発見する。

 ついでにわたしの棍も発見したが、帽子は見つけることができなかった。

 多分だがわたしの身体を離れた途端、奴の吐く炎に焼かれたのだろう。許すまじ。

 あとはどうやって近寄ろうかと思っていたら、不意に地面の下を一瞬だけ、赤い光が横切った気がした。なんだ?

 だがダイは地面に落ちていた武器、さっきの商人が落としていったドラゴンキラーを見つけると、右腕に装着していた。

 額からの輝きがまた強くなる。彼は両腕を広げて跳躍すると、一斉に向かってくるヒドラの長い首をかいくぐり、その身体にドラゴンキラーを突き立てた。

 鋼鉄よりも硬い鱗が易々と貫かれ、飛沫(しぶ)いた竜の血がダイの身体を濡らす。

 ダイはそこから休む事なく指先を天に向け、そこに集めた魔法力が、天の怒りを引き寄せた。

 

「ライデイーーーーーン!!!!!」

 

 体内に直接電撃を撃ち込まれたヒドラは、しばらくビクビクと身体を震わせたあと、その巨体を大地に落として絶命した。

 

 同時に、ダイの身体から輝きが消える。

 危なげなく地に降り立ったダイは、なぜかまったくの無表情でこちらに歩いてきた。

 

「や、やったなダイ。すごかったじゃねぇか」

 

 少しだけ顔を引きつらせて、ポップがダイの肩を叩く。

 その瞬間、ようやく自分を取り戻したようにダイが顔を上げた。

 一瞬周りを見回した後、先ほど母親を助けようとしていた少女に目を止め、笑いかける。

 

「…大丈夫だった?」

 

 だが、少女は先ほどわたしに対した時と同じように、否、それ以上に引きつった表情を浮かべダイを見て、レオナ姫の後ろに身を隠す。

 

「こわあい!!お兄ちゃんこわいよおっ!!!」

 

 …よく見れば少女だけではなく、わたし達勇者パーティー以外のそこにいる全員が、同じ目でダイを見つめていた。

 

「なんでみんな、おれのことをそんな目で見るんだよ…!」

 

 …その視線は、わたしにとってはある意味馴染んだものだ。

 だが彼にとってはそうじゃない。

 それ以上その視線に彼を晒す事に耐えきれず、わたしは周囲の人たちを睨みつけながら、ダイを引き寄せて抱きしめる。と、

 

「キミが人間じゃないからさ…!

 キミのあまりに人間離れした戦いを見てビビっちゃったのさ。

 勝手な奴らだよねえ、人間って」

 

 どこからか不気味な声が聞こえ、全員が声の出どころを探し始める。

 

「誰だっ!!?どこにいやがる!!?」

「…そこだっ!!」

 

 ダイはわたしの腕から離れ、手にしたままだったドラゴンキラーを、近くの壁に撃ちつけた。

 その壁から、まるで沼の水面ででもあるかのように手が出てきて、突き刺さったドラゴンキラーを抜き取る。

 

「…ボクの名は、キルバーン。

 クチの悪い友達は、“死神”なんて呼ぶけどね」

 

 含み笑いのような声を上げながら、壁の中から姿を現したのは、その声そのもののような仮面をつけた、体格と声からは男のようだが、どこか無機質な空気を感じさせる人物?だった。




原作よりちょっと戦闘描写がえぐかったかもしれん。
正直すまんかった。


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17・半魔の僧侶は勇者を泣かす

 死神・キルバーン。

 別にそんなもの所持しちゃいないが、確かに鎌なんか持ってるイメージが、その男にはしっくりきた。

 ん……鎌!?ちょっと待って。

 

「そこの魔族のオネエサンは、人間のそういうトコロ、よくわかってそうだけどねぇ…。

 そんなところに立ってるより、こっちに来た方が長生きできるんじゃないのかな?

 ウフフフ…! 」

「……っ!!」

 

 仮面の下からくぐもった声が、揶揄うように嗤う。

 黙れと言いたかったが、妙な威圧感に口が開かなかった。

 我ながら情けない事だ。

 というか、そいつは何も言っていないが、判ってしまった。

 ヒドラにバギクロスを唱えようとした時、邪魔をしたあの大鎌は、恐らくこいつの仕掛けた攻撃だ。

 そして登場の仕方を見る限り、インパスに一瞬反応した、地面の下を走った『害意』、あれも恐らくこいつなのだろう。

 

「おまえが超竜軍団の軍団長か!!?」

 

 ダイがそいつに向かって問う。

 

「軍団長…?

 ウフフッ、ボクはそんなに偉かないよ…。

 ただの、使い魔さ」

 

 芝居掛かった仕草で大きく首を横に振りながら、その男が答えた。

 

「実は魔王軍でも、キミの正体が話題になっていてねェ、超竜軍団から竜を借りて、ボクがキミの正体を見極める事になったのさ。

 おかげでキミの、本当の姿を見ることができたよ、フフフッ…」

 

 言いながらキルバーンは、出てきた時と同じように壁の中に潜っていく。

 先ほどダイが投げ放ったドラゴンキラーを、無造作に投げ捨てて。

 

「ま…待てっ!!

 おれの…おれの本当の姿ってなんだ…!!?」

 

 含みを持たせた言葉に、ダイが反応する。

 そのキルバーンの潜る動きが、顔だけ残した状態で一瞬止まった。

 

「ああ、そうだ。

 近い将来、本物の超竜軍団長が現れると思うよ。

 キミを地獄へ誘うために、ね。

 お楽しみに…ウフフフフッ…」

 

 含み笑いだけを残して、キルバーンは消える。

 ふと、奴が放り投げていったドラゴンキラーに、見るともなしに目をやると、ドラゴンの鋼鉄の皮膚すら貫くその武器が、強い酸にでも晒されたように、地面の上で融け始めた。

 

「使い魔なんてとんでもねえ…おっそろしい野郎だぜ…!!」

 

 ポップの呟きに、その場の誰もがただ息を呑んだ。

 

 ・・・

 

「…そう言えばあなたたち、ダイ君のことを“(ドラゴン)の騎士”って呼んでたわね」

 

 レオナ姫が発言した事で我に返り、彼女が話しかけている方に目を向ける。

 そこにいたのはさっきの、祖母と孫らしき占い師の二人。

 

「…いかにも。その方こそ我が祖国の伝説に記された、(ドラゴン)の騎士に相違ない…!」

「…(ドラゴン)の…騎士…!!?」

 

 自身を指し示されたダイが、鸚鵡返しに言葉を紡いだ。

 

 ☆☆☆

 

 国民五十人足らず、もはや王国とは名ばかりのテラン王国に、馬車でやってきたわたし達は、この国に伝わる『(ドラゴン)の騎士』の伝説についてのお話を、ナバラさんより伺う事になった。

 ナバラさんとは、わたし達が出会った占い師の、祖母の方である。

 実は以前この周辺の町を訪れた際にお名前だけは聞いた事がある、有名な占い師の先生だった。

 せっかくだから是非お訪ねしようと思ったのだが、国を離れてしまったから今はどこにいるかわからないと言われて残念に思っていたのに、まさか偶然お会いできるとは思わなかった。

 そしてこんな偏屈なバ…御老女だとは。

 ちなみにポップ言うところの『ちょっと美人』な孫娘の名前はメルルという。

 年齢はポップと同じ15歳で、ぱっと見には落ち着いた雰囲気に見えたが、ちょっと人見知りらしい。

 しかも男性慣れしていないらしく、ポップに話しかけられて答えつつ、ちょいちょい噛んでるのが実に可愛らしかった。

 ダイは道中押し黙ったまま、なにか考え込んでしまっている様子だった。

 とりあえずわたしがベンガーナの屋台で買った、衣をつけて揚げたジャガイモを切り分けて、スティックで口の前に差し出してやると、難しい顔をしたまま一応は食べてくれたのでそのまま食べさせ続けた。

 お腹が空いてると考えもまとまりませんからね、ええ。

 そんな様子をレオナ姫がじっと見て、やはりなにか考え込んでいたが、こっちはダイとは違う事のような気がする。

 そんなこんなでたどり着いたテランの、大きな湖の前にわたし達は立っていた。

 湖の中央に小島があり、そこへは埋め立てて作ったような道が繋がっていて歩いて渡れるようだ。

 その小島に、何か祠のようなものが見える。

 

「きれいね…」

「しかし、なんかさびしいねえ。

 王国っていうより、村だぜ、こりゃ」

 

 ポップの言葉にナバラさんが睨むように振り返ったが、その言葉に間違ったところはない。

 このテランはベンガーナの隣国だが、その在り方は対極に位置する。

 ベンガーナが徹底的な物質主義を貫いている国民性であるのに対し、テランはどこか病的なまでに精神主義に傾いており、文化レベルは最低と言っていい。

 ベンガーナとテランの民の最も端的な違いは、何か問題が発生した場合、ベンガーナ人ならば迷わずその問題に対し、どのような道具を使って解決するかを考えるのに対し、テラン人はまず神に祈る、という具合だ。

 故に教会の地位は隣のベンガーナとは比べものにならないくらい高いが、質素倹約を旨とする教会や修道院でさえ、ここでの暮らしには窮する有様。

 挙げ句の果てに、国として立つ事を完全に諦めたとすら思える、当代の王による武器や道具の開発禁止令の事は、初めて聞いた時は狂気の沙汰としか思えなかった。

 魔王軍の侵攻がない時代でも人々は身を守る必要がある。

 野生動物や野良モンスターの存在もあろうし、盗賊や山賊などの危険もまた常世のものだ。

 自身の身を守る武器も道具もなく、だからといって民を守る警護隊や屈強な軍隊が組織されているわけでもないこんな場所で、人々が安心して暮らしていけるわけがない。

 神に祈ることしかできない善良でか弱い人々は、それを狙う悪意にさらされれば容易く、その餌食となってしまう。

 もっとも平和主義を掲げるこの国としては、隣国であるベンガーナに危険視される事こそを恐れたのだろうが、平和主義の国で平和に暮らせないなど、理論から既に破綻しているわけで。

 民の平和な生活という点に関して、豊かな物資に加え軍事面にも力を入れているベンガーナの方がより確実にそれを体現している。

 結局のところ『平和である』ということは『力の均衡が保たれている』状態に他ならないのだ。

 とにかくそんなわけでこの国は、それによりあっという間に衰退した。

 その衰退により侵略価値を失ったこの国が、ベンガーナに吸収されることも、魔王軍の侵攻を受ける事もなく済んでいるのは皮肉なことではあるが、少なくとも暮らしやすいとはお世辞にも言えないこの国は、わたしの定住リストには最初(はな)からない。

 

「国民がたった50人しかいないんじゃ、占い師は商売あがったりだよ」

 

 なるほど。

 それがナバラさん達が国を出た理由か。

 神秘を重んじる国民性は、彼女達の存在を重く見ていてもおかしくなさそうだが、確かにこの有様では王城に囲い込まれでもしない限り、日々の糧を得るのも大変そうだ。

 もっとも、その王城の生活を、この老婆が受け入れるかどうかも怪しいけど。

 

「でも…私は好きだわ。この静かな故郷が…」

 

 可愛らしい、静かな声でメルルが言うのを、ナバラさんがこの子は変わり者だと笑いながらも、その目には愛情がこもっている。と、

 

「ナバラさん!

 この国のどこに、おれの正体を知る手がかりがあるんですか?

 早く…早く教えてください!!」

 

 ダイが、はたから見ても身を震わせながら言う。

 

「おいおい、何を焦ってんだよ、ダイ…!」

「焦っちゃ悪いのかっ!!?」

 

 若干空気読めない感じでポップがダイの肩を叩くと、ダイが珍しく声を荒げ、その手を払いのけた。

 やってしまってから自分で気付き、自分がそうされたかのようにしゅんとする。

 

「…ご、ごめん。

 でもおれ…一刻も早く知りたいんだ。

 自分が、一体何者なのか…」

「ついといで…」

 

 ナバラさんとメルルが歩き出すのは、やはりあの祠に向かってだ。

 黙って2人について行き、祠の柱の間から覗くと、そこには竜の像が置かれていた。

 そして、その台座には…。

 

「こっ…この紋章は…!!?」

 

 そこに刻まれているのは紛れもなく、ダイの額に時々浮かぶ文様と同じもの。

 

「これが(ドラゴン)の紋章だよ」

(ドラゴン)の紋章…」

 

 そういえば、なにかで読んだことがある気がする。

 わたしが見たのは額に紋章を持つ勇者が、天の怒りを呼び覚まし、怪物(モンスター)の襲撃から人々を守ったとかいう、お伽話のような話だったが。

 そういえばダイはヒドラとの戦いの際、電撃呪文(ライデイン)を使っていた。

 電撃呪文(ライデイン)は勇者の呪文であるという常識がまかり通っているからあまり疑問には思わなかったが、ここでいう天の怒りとは、まさにその電撃呪文の事だったのではないだろうか。

 

「これが…おれの額に浮き出る紋章と…!!?」

「ええ…そっくりだわ」

 

 ダイに問われ、レオナ姫が頷く。

 

「テランは竜の神をたたえる国。

 そしてこの紋章は、竜の神の力の顕れとして敬われ、恐れられているんだ…。

 そして、その紋章を額に抱く者こそ…!」

(ドラゴン)の…騎士かっ…!!?」

 

 雰囲気に呑まれたようにポップがナバラさんの言葉の後を続け、そこにレオナ姫が問いかけた。

 

(ドラゴン)の騎士って、いったいどんな人種なの!?」

 

 …それはわたしも気になるところだ。

 あの紋章が浮かんだ時に感じた、ダイのあの男に酷似した気。

 あの男は、人間ではないとはっきりとわかったし、そう見抜いたわたしの言葉に否定をしなかった。

 あの男とダイが同族であるならば…。

 

「…人かどうかは、わかりません」

 

 メルルが控えめに告げた言葉に、ダイが目を見開く。

 

「私たちは“神の使い”として受け取っています。

 伝説によれば(ドラゴン)の騎士様は、すさまじい力を誇り、あらゆる呪文を使いこなし、天と地と海をも味方に変え、全てを滅ぼす者とされているのです…」

(ドラゴン)の騎士様が、救世主なのか破壊者なのかはわからない。

 …ただ竜の神の生まれ変わりの如き強さを持っている事しか記されていないんだ。

 だけど…」

 

 ナバラさんが、湖に向かって指をさす。

 

「…この湖の底には、誰も近寄ることを許されない神殿があるんだよ。

 竜の神の魂が眠る場所として、テランの聖域と化したところがね…!

 もし坊やが本当に(ドラゴン)の騎士様に関係があるとしたら、その神殿に立ち入り、何かの手がかりを得られるかもしれない…!!」

 

 …ダイは湖を、睨むように見つめている。

 その瞳には、ほんの少し、迷いが見えた。

 

 ・・・

 

「…おれ、今まで自分が何者かなんて、考えたことがなかった…」

 

 一人で行くと言って湖のそばに立ち、そのまま飛び込むかと思ったダイが、そこで足を止める。

 ポップとレオナ姫は何か言いかけたようだったが、ダイはそちらに目を向けぬまま、言葉を続けた。

 

「…だって、島は怪物(モンスター)ばっかりだったし…じいちゃんは怒ってばかりだったけど、たまにはすごく優しくしてくれたし…それにみんな、おれが人間だからって…怪物(モンスター)じゃないからって、仲間はずれにしたりしなかった…」

 

 小さな肩が震えている。

 

「…でも…人間は、おれが人間じゃないと…仲良くしてくれないんだよね」

「そうね。その通りだわ」

 

 本当は、こんな事は言いたくない。

 けど、敢えてわたしは同意した。

 

「グエン!?」

 

 レオナ姫が、何を言うんだと言わんばかりに、振り返ってわたしを睨むのがわかったが、構わずわたしは言葉を続ける。

 

「人間って、基本、弱いのよ。

 だからこそ徒党を組んで、自分たちが危険と判断した相手は、徹底的に排除にかかるの。

 昨日までは仲良くしてくれてた人間が、わたしが魔族だとわかった途端に、掌を返したみたいに冷たくなるなんて、しょっちゅうよ。

 命の危険にだって晒されたことがあるわ。

 …けど、その気持ちは、わたしにだってわかる。

 誰だって、知らないものは怖いのよ。

 わたしだって初めてクロコダインと会った時は、彼を怖いと思ったもの。

 けど、少し言葉を交わせば、彼が高潔な武人であると、誰にだって理解できる。

 勿論今は、かけがえのない友人と思っているわ。

 …理解して、安心してもらうには、言葉を交さなければ駄目なの。

 けど逆に、言葉さえ交わせれば、いつかは分かり合える。

 わたしは、そう思って生きてきたし、それが正しい事だと、今は確信してる。

 その確信が得られたのは、あなたがいたからよ、ダイ」

 

 その心に言葉を届けようと、わたしは彼の肩を掴んでこちらを向かせ、彼の目を真っ直ぐ見つめながら言った。

 

「おれが……!?」

「ええ。

 だって、わたしがクロコダインやヒュンケルと友達になれたのは、あなたが彼らを許してくれたからだもの。

 あなたは、クロコダインがモンスターである事も、ヒュンケルがパプニカを滅ぼした事も、わたしが魔族である事も、なにひとつ構わずに受け入れてくれたじゃない。

 …それとも、本当は嫌だった?

 ダイはわたしのこと、嫌い!?」

 

 わたしの言葉に、ダイは間髪いれずに答えてくれる。

 

「そんなわけない!

 おれ、グエンのこと大好きだよ!」

 

 ダイがそう言った瞬間に、レオナ姫がなんとも言えない表情を浮かべたが、今はつっこんでいる時ではない。

 

「ありがとー♪わたしもダイの事大好きよ」

 

 努めて明るく言いながら、ダイの身体を抱きしめる。

 

「…心配しなくてもいい。

 あなたがダイである限り、わたしも、ポップも、レオナ姫も、みんなあなたが大好きだから。

 …わたし達に嫌われたくないって、思ってたんでしょ?」

「…!」

 

 この反応からすると、図星のようだ。

 彼の気持ちは、わたしが通ってきた道だ。

 おねーさんには、わかってますよ。

 

「ダイの正体がなんであっても、ダイの事をもっと知れるなら、わたしは嬉しいわ。

 戻ったらいっぱい言葉を交わして、もっともっと仲良くなりましょう!」

「…グエン」

 

 わたしを見返した瞳が潤んでる。

 どうやら言葉は届いているようだ。

 と、わたし達のやり取りを見ていたレオナ姫が、突然わたしとダイの間に割り込んで、言った。

 

「あ…あたしだって大好きよ、ダイ君!

 この中であたしが一番最初に知り合ったんだもの、グエンには負けてないんだから!!」

「え…レオナ?」

 

 続いてポップもわたしを押しのけるように入ってきて、ダイの肩を掴んでぐらぐらと揺らす。

 

「くだらねえ事気にすんなバカ野郎!

 おれとおまえとは友達じゃねえか!

 仲間じゃねえか!!

 グエンに先に言われちまったけど、おまえの正体が化け物だって構わねえ!

 そんなの関係ねえんだよ!!」

「ポップ…!!」

 

 とうとう、その瞳から、透明な雫が溢れ出る。

 その目がもう一度わたしに向いたのを見計らって、わたしはダイに向けてウインクした。

 

「…ね?だから安心して、行ってらっしゃい」

「……うん!行ってきます!!」

 

 溢れた雫を拳で拭ってから、勇者は元気よく答えると、大きく息を吸い込んでから湖に飛び込んだ。




皆さま、良いお年を。


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18・半魔の僧侶は命の恩人と再会する

あけましておめでとうございます。
なんか知らんけど少しの間ランキング入りしてたっぽいです。
皆さま、ありがとうございます。

…でも実は閲覧数の急激な伸び方に恐怖も感じて、チワワの如く震えていたというね。
やったねグエンちゃん!お気に入りと同時に低評価が増えるよ(爆


 わたしはダイの不安な気持ちがよくわかってたから、あの場で一人で行くというダイを、心の中まで一人にしたくなかった。

 その気持ちに寄り添えるのは、ここにいる中でわたしだけだと思ったから、思った事を口にした。

 

『あなたはダイ達の精神的な支柱になってくれ』

 

 別れ際のヒュンケルの言葉が、今になって理解できる。

 ダイは、勇者と呼ばれてはいてもまだ子供だ。

 すぐには受け止められない現実だってある。

 ダイだけじゃない。ポップやレオナ姫だって、本来ならまだまだ親の庇護のもとにあるべき年齢だ。

 それが急いで大人にならなければいけないのは、明らかに大人が無力なせいで。

 ならばせめて、その心の支えくらいにはなれなければ、何の為に歳だけくってるのかわからないじゃない。

 だから…

 

「…ったく、おれの言いたかった事、全部先に言っちまうんだもんな、グエンは」

「結局一番いいところを、グエンが持ってっちゃったわねー。

 なんかズルイわよねー」

 

 …二人とも、そんなジト目で睨むのやめてもらっていいですか。

 

「ポップさん…」

 

 ほら、そっちでメルルが不穏な空気にハラハラしながら見てるじゃない。

 そんな事よりダイの心配してよ、頼むから。

 わたしはどうしたって一歩先から声をかけるしかできない。

 ダイと同じ目線でものを言えるのは、やっぱりあなた達だけなんだから。

 

 ☆☆☆

 

【まぎれもない…汝は(ドラゴン)の騎士だ】

(ドラゴン)の騎士とは、竜の神と、魔の神と、人の神…三柱により遥かな太古に生み出された、究極の生物】

 

 (ドラゴン)の騎士しか立ち入れぬという竜の神殿で、言葉を発する水晶が語る言葉に、小さな勇者は震えを禁じ得なかった。

 だがその戦慄も長くは続かず、突然現れた闖入者に破られる。

 ダイは一瞬のうちに感じ取った。

 この男との戦いが、かつてない死闘になろうと。

 

「超竜軍団長…バラン」

 

 そう名乗った背の高い男に、不思議な感覚を覚えつつも身構える。

 

【この神殿に立ち入れたということは、この男も(ドラゴン)の騎士?

 ありえない。

 同じ時代に、2人の(ドラゴン)の騎士が現れることなど、絶対に…】

 

 水晶が何やら言っているが、その言葉も耳には入らない。

 魔王軍の軍団長がこの場に現れた意味。

 自分を倒しにきたとしか思えなかった。だが、

 

「聞いた筈だ、あの竜水晶から、自分が(ドラゴン)の騎士であるという事を…おまえの力が…欲しい…!!」

 

 何を言われているのかわからない。

 狼狽えるダイに、男は言葉を続ける。

 

「私の部下になれ!

 ともに人間どもの世界を滅ぼすのだ!!」

 

 (ドラゴン)の騎士…それは世界を粛清する存在。

 この世を治めていた人間と魔族と竜が、それぞれの覇権をめぐり争う事を疎んだその三種の神が作り上げた究極の戦士。

 いずれかの種族が世界を我が物にせんとした時、それを滅ぼし天罰を与える事こそ、(ドラゴン)の騎士の使命。

 

「だったら大魔王バーンの方が悪いじゃないか!!?」

 

 そう説明する男に、ダイはそう訴える。

 その理屈ならどう考えても、(ドラゴン)の騎士が滅ぼすべきは大魔王バーンの側としか思えなかった。

 

「悪いのは人間だ。

 バーン様は世界の平和のために、人間を滅ぼそうとなさっているのだ」

 

 だが(バラン)は、バーンに与する事こそ(ドラゴン)の騎士本来の使命と断言する。

 

「おれは誰がなんと言おうと人間の味方だっ!!

 アバン先生の生命を奪った魔王軍の手下なんかに、死んでもなるもんかあっ!!」

 

 言ってダイは、その亡き師の必殺技を放つ。

 だが、先の戦いで完成をみた筈の必殺技(アバンストラッシュ)は、バランの軽装にすら見える鎧の胸元に、僅かにヒビを生じさせたに過ぎなかった。

 バランが無造作に、剣を持つダイの右腕を掴む。

 

「できれば傷つけたくは無かったが…おまえがそういう気持ちならば…、

 力づくでも連れて帰るぞっ!!!」

 

 バランの額に、先ほど自身のものと同じだと教えられた、“(ドラゴン)の紋章”が輝いたのを、ダイは見た。

 

 ☆☆☆

 

 ダイが帰ってくるのを、今か今かと待っていたわたし達は、見守っていたその湖の底から大きな渦が巻き起こるのを見て、何事か起こっているのにようやく気がついた。

 

「……いる…!!

 凄まじい力を持った何かが…この下に…!!」

 

 青ざめた顔でメルルが、両掌で頭を抱え、震えながら言った。

 瞬間、湖面に水柱が立つ。

 

「あ、あれを見て!!ダイ君が…!!」

 

 レオナ姫が指差す方に目をやると、確かに勢いよく噴き上がった水が引いた先に、ダイの小さな身体が見える。

 このままでは自由落下に従い、高い位置から地面に叩きつけられると判断して、わたしはトベルーラを発動させてダイのもとまで飛んだ。

 落ちてくる彼の身体を空中で抱きとめる。

 右手に握っている剣が、この僅かな時間のうちに戦闘があった事を示していた。

 地面に降り立ち、駆け寄ってきたポップとレオナ姫に彼を託して、上空に現れた闘気の塊に、わたしは棍を構えた。

 瞬間、ハッとして立ちすくむ。

 わたしの視線に気づいたポップ達がやはりそちらに目を向けて、やはり驚愕の声を上げた。

 そこに、空中に立っている男は、額にダイと同じ紋章を輝かせながら、わたし達全員を睨みつけている。

 

「あの男も…(ドラゴン)の騎士…!!?」

「あ…あいつは魔王軍だ!!

 魔王軍の超竜軍団長…バラン…!!」

 

 剣を支えに立ち上がりながら、ダイが仲間達に告げる。

 

「魔王軍にも(ドラゴン)の騎士がいたのかよ!?」

「そんなはずは…伝説によると(ドラゴン)の騎士は、この世にただ一人しか現れない筈です」

 

 メルルの言葉を訝しんでいる間に、男は空中から地面に降りてきた。

 

「…そう、この私こそこの時代、ただ一人の…

 真の(ドラゴン)の騎士だ!」

 

 鎧の胸元にヒビが入っているのは、ダイの攻撃の跡だろうか。

 背が高い。黒髪。

 憎悪や怒り、昏い感情を孕んだ目。

 人間と変わらぬ姿をしていながら、どこか獣を思わせる気。

 …風貌は少しだけ老けたかもしれない。

 無理もない、あの当時でわたしが13だったのだから、あれから12年経っているのだ。

 あの当時で30そこそこだったのなら、今は40代前半のはずだ。

 目の前に現れた『(ドラゴン)の騎士』は、間違いなくあの男だった。

 それが、ダイを見据えて(ドラゴン)の騎士の使命とやらを説く。

 それは人間を滅ぼす事だと。

 

「おまえが成長し、(ドラゴン)の力に目覚めはじめるにつれ、人間はおまえを恐れ、疎み、迫害をはじめるだろう!!

 その時、地獄の苦しみを味わうのはおまえなのだぞ!!」

 

 その言葉に、ダイの瞳が揺れる。だが、

 

「…その問題は、既に話し合い済みよ。

 彼を惑わせないで」

 

 ダイを背中から抱きしめてわたしは、どうやらバランという名前らしい、その男を睨みつけた。

 

「グエン!?危ないよ、下がってて…」

「……君は…!!?あの時の少女か。

 確か名は、グエナヴィアといったな。

 …無事に生き抜いたか。大きくなったものだ」

 

 あの時、わたしは彼に、自身の名を名乗った記憶はない。

 わたしの名はラーハルトから聞いたのだろう。

 だから通称ではなく本名なのだろうし。

 そんなわたしとバランのやり取りに、ポップが驚いたように問う。

 

「な、なんだよグエン!知り合いかよ!?」

「……命の恩人よ、一応ね。

 まさか、魔王軍だとは思わなかったけれど」

 

 この男が魔王軍にいるという事は、もしかして。

 

「相変わらず、人間に希望を抱いているのだな。

 その甘さでこの年齢まで生きてこられたのは立派だが、その過程で得た生きる力を、人間に利用されているだけと、なぜ判らぬ。

 用が済めば、再び迫害が始まるだけだぞ」

 

 バランは、むしろ優しいとも言えるような口調でわたしに言った。

 それにレオナ姫とポップが反論する。

 

「利用なんて!

 私たちとグエンは、心から信頼し合う仲間だわ!」

「そうだ!ダイもグエンもおれたちの仲間だぜ!!

 たとえ正体がなんだろうと、迫害なんかするもんかいっ!!」

「…ポップ…!」

「…たしかに、人間にはそういうところがある。

 けど、言葉を交わし合えば、彼らは認めてくれるわ。

 あなたが言うような、夢物語ではない。

 そうでなければ、わたしは生きてこれなかった」

 

 そしてその道は、ダイが照らしてくれたのだ。

 

「問答をするつもりはない。

 …グエナヴィア、そこをどけ。

 君もできれば傷つけたくはない」

「だったらあなたが退()きなさい!

 ダイはわたし達の仲間よ。

 彼の意志を無視して連れて行こうとするなら、彼の為にわたしは戦うわ!」

 

 ポップと二人、ダイを背中に庇って、武器を構える。

 

「あくまで私の邪魔をするというのならば、『もう1人の息子』の大切な者とて、容赦はせん」

「…!!?」

 

 バランの気が、僅かに膨れ上がる。ポップが一歩前に進み出て、レオナ姫に指示を出した。

 

「姫さん!ダイをベホマで回復してやってくれっ!!

 その調子じゃロクに戦えないぜ!

 こ…こいつは、おれがなんとか…!!」

「…身のほどを知らぬ奴というのは哀れだな…。

 死にたくなければそこをどけ」

「どくかよおっ!!離れてろグエン!重圧呪文(ベタン)ッ!!!!」

 

 ポップの指示に従い、わたしはトベルーラで距離を取る。

 瞬間バランの周囲に重力の力場が発生し、その足元の地面が割れた。

 これは確かマトリフ様の創作呪文(オリジナル・スペル)だ。

 先日お訪ねした際に説明は受けたが、どうも複数の攻撃呪文の適性がないと習得できないものであるらしく、わたしは「おめえにゃ無理だ」と一蹴されていたのだが、ポップはどうやら教えてもらっていたらしい。

 

「初めて会った時にゃ『あんな弱そうな魔法使い、オレがなんとかしてやらんと死ぬ』とか思ったもんだが、どうにも素質だけはありやがる。

 気性的なもんで伸び悩んでるが、壁を越えさえすりゃあ、あの若さで伸び代もあるし、大化けする可能性は充分あるぞ。

 ああ、オレがこう言ってた事は、ポップには内緒だぜ。

 あの野郎、褒めると調子に乗りやがるからよ」

 

 とこっそり教えてくれたのは、贔屓目ではなかったようだ。

 …だが、普通の人間ならば押し潰されてペシャンコになっていてもおかしくないその力場の中を、少し歩きにくそうにしながらもバランは歩を進めてくる。

 

「ドッ…ドラゴン数匹をしとめたおれの最大呪文が…足止め程度にしかならないなんて…!!!」

「…竜の群を束ねる軍団長が、ドラゴンより弱いとでも思ったか…?」

 

 そしてまた、バランの気が膨れ上がる。

 それも今度は止まる事なく。

 

「ひっ…姫さん!!急げっ!!」

「そんな事言われても、一瞬で完全に回復しないわ!」

「うわあああっ…じゅ、呪文がやぶられるッ!!!」

「くっ……フバーハ!!」

 

 わたしが辛うじて防御壁を完成させたと同時に、バランの周囲の力場が破壊され、その重力はすべて、わたし達の方に返されてきた。

 フバーハは完全な障壁にはならない。

 属性攻撃に対するダメージ軽減の役には立つが、対物理攻撃のスカラと同様、その威力がフバーハで散らせる値を上回れば、残りの威力はダメージとして通ってくる。

 ポップの重圧呪文(ベタン)にバランの気が上乗せされて返ってきたその威力は爆発となり、わたし達を数十メートル吹き飛ばすには充分だった。

 なんとか起き上がってみれば、バランの周囲の地面がえぐり取られたような形となっており、バランを中心とした半径1メートルの範囲だけが、そのまま残されている状態。

 強い。

 わたしは軍団長レベルの敵との交戦経験はないが、彼が今まで勇者パーティーが倒してきたそれのレベルを、遥かに凌駕する力を持っている事は、わたしでも容易に理解できた。

 とりあえず、自分のダメージを回復させる。

 そうしてからダイのところへ行こうとしたら、地面を蹴って軽々と抉れた部分を飛び越えてきたバランが、倒れたダイとレオナ姫のそばに降り立った。

 

「…その子はもらっていくぞ!」

「だ、だめよ!渡さないわ、ダイ君は…!!」

 

 レオナ姫が這いながら、ダイの身体を抱きしめる。

 

「そうだ!

 いくら同族だからって、ダイを自由にできる権利なんかねえ筈だぜっ…!!」

 

 ポップが言うと、バランは一呼吸置いてから、重く言い放った。

 

「…権利なら…ある!

 

 親が子供をどう扱おうと勝手のはず…!!」

 

 バランの言葉にその場の全員が、息を呑んだ。

 

「なんて…今、なんて言ったの…!?」

 

 レオナ姫が、少し呆けたように問う。

 

「この子は私の息子だと言ったのだ。

 本当の名は…ディーノ!!」

 

 時間が、止まった。




「本当の名は…ディーノ!!
ちなみに、地獄の魔術師(ヘルズ・マジシャン)とは別人だ!!」
「知っとるわ!!」

関係ないけど最初に「ちょ、お前誰、(ドラゴン)の騎士?」ってダイに聞いといて、逆に問われたら「うん、マジお前(ドラゴン)の騎士。だってここ入ってきてるじゃん。確定ー」って、竜水晶先生は結構対応がいい加減だと思います。


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19・半魔の僧侶は抵抗する1

…まあなんだ。二本同時連載してるとだな、時々頭が切り替わらない事もあってだな…。
うん正直、途中一旦寝て起きて、書いたものを読み返して愕然とした。
酔っ払って書くのはいつもの事だが、今日のは少し悪ノリし過ぎたとは思ってる。
でもちょっと面白くなったのでその部分はそのままにしといた。
後悔はしているが反省はしていない。


「…息子…ダイ君がバランの…!!?」

「てっ…てめえが、ダイの父親だってのか…!!?」

 

 正直、ダイが人間ではない可能性を考えた際に、その可能性も考えてはいた。

 ダイとバランの持つ気の類似性から、そうであるなら同種族であろうと推測できたし、恐らくは魔族以上に稀有な存在である種族の個体が二体確認できたなら、その二体が血縁である可能性には、当然考えが及ぶ。

 ポップの「そんなバカな」という呟きは、信じ難いというよりは、信じたくない気持ちから出た言葉なのだろう。

 

「この地上に、私以外で(ドラゴン)の紋章を持つ可能性があるのは、生き別れた我が子ディーノだけだ!!」

 

 ダイは赤ちゃんの時に、乗っていた船が難破したか何かで怪物島と呼ばれるデルムリン島に流れ着いたのだという。

 そこで心優しい鬼面道士が彼を拾って育て、彼自身も心優しく勇敢な少年に成長した。

 バランが言うのが本当だとすると、その船に乗っていた際、彼は一緒ではなかったと言うことになる。

 もし一緒にいたならここまでの力を持つ者が、みすみす我が子を波に連れ去られる事などあり得まい。

 だとしたら、どういうことなのか。

 だがレオナ姫は、わたしとは違う点に疑問を感じたようだ。

 

「じゃあ、(ドラゴン)の騎士一族ってあなたの家系しかいないの?

 …そうよ!お母さんは…ダイ君を産んだお母さんはどこにいるの!!?」

 

 そうか、母親。

 この男が父親だと名乗るならば、ダイの母親という人を当然知っている筈だ。

 実際そのレオナ姫の問いに、バランは僅かに表情を変えた。

 

「…母親か。

 確かに、この子にはどことなく、母親の面影がある…」

 

 そう言ってダイを見る瞳に、一瞬温かいものが混じる。

 あの日わたしに一緒に来いと手を差し伸べた時の瞳の奥にも、その温かさは確かにあった。

 その、わたしやラーハルトを哀れむ気持ちに、人間に対する憎しみが付帯していなければ、あの日わたしも彼の手を取っていただろう。

 だが次にはその温かさを覆い隠すように、バランは瞳を閉じ言い放つ。

 

「…貴様ら人間には関係のないことだ!

 ディーノは連れ帰る!!!」

 

 言って倒れたダイの方に歩み寄るバラン。

 

「やっ…やめろォッ!!」

 

 悲痛に叫ぶポップの前に、考えることもなくわたしは立ちふさがった。

 

「グエン…!?」

「下がってなさい、ポップ。

 レオナ姫は、ダイの回復を。

 この男は、わたしが止める」

 

 言いながら棍を構える。

 勝てる気なんかしないけど、戦わないわけにはいかない。

 わたしはどうやら守ろうとした人を、一番渡してはいけない人に渡してしまったようだから。

 

 …守らなければ。今度こそ、わたしが。

 二度と同じ過ちを、繰り返すわけには、いかない。

 

 ・・・

 

「死にたくなければそこをどけ、グエナヴィア」

「どかないわ。

 たとえあなたが父親でも、ダイの心は彼自身のものよ。

 あなたが好き勝手に扱っていい権利などない!」

 

 スカラで守りを固め、トベルーラで機動力を補う。

 そして最後にマヌーサ。

 

「む…五つ身分身か」

 

 わたし自身の素早さがもう少しあれば最大十分身まで可能だろうけど、今のわたしにはこれが精一杯だ。

 こんな時に、以前ベンガーナに滞在していた時にカジノで見つけた、素早さが上がる魔法が付帯した装備品を思い出す。

 確か『星降る腕輪』とかいったか。

 あれと交換するに近いところまでいったのに、ダブルアップに失敗してコインを全部失ってから、わたしは賭け事には手を出していないが、デザインは悪くなかったし、やはり欲しかったなと今思ってしまう。

 まあいい、無い物ねだりをしても仕方ない。

 この呪文も大魔道士マトリフ監修のもと、研究途中ではあるがそこそこ強化は為されており、通常のマヌーサに比べればその分身ひとつひとつが、しっかりした像を結んでる。

 五人のわたしは次々と攻撃を繰り出す。

 だがさすがに軍団長、わたし程度の攻撃など余裕でさばいてくる。

 もう少し危機感を持ってくれなければ、次の本格的な攻撃に移れないんだがな。

 

「なるほど。

 僧侶にしては戦い慣れしているらしいな。

 大方、分身に紛れて必殺の一撃を放つ作戦だろうが、その武器が棍程度では私には通じん」

「そう馬鹿にしたものではなくてよ。

 振れば剣。払えば矛。突けば槍。

 棍こそすべての武器の祖なり」

 

 パルナ村の先生の受け売りだけど。

 確かに力だけなら、尼僧のわたしなどなんの役にも立たないし、棍なんて武器は頼りないかもしれない。

 けど、戦いに必要なのは力だけじゃない。

 圧倒的な力をひっくり返すために戦術というものがあるのだ。

 そうでなければ補助呪文などというジャンルが確立する筈もない。

 わたしの分身がバランに踊りかかり、攻撃を繰り出しては消え、また現れる。

 その合間に本物のわたしが一撃加えて、分身に紛れる。

 長く続けるつもりはない。むしろ続かない。

 バランほどの相手、攻撃のパターンを見抜かれたら、分身の中からわたしを見分け、一撃で勝負をつけようとするだろう。

 だがそれでいい。

 それまで分身に翻弄され、せいぜい苛つくがいい。

 振れば剣。払えば矛。突けば槍。

 その通りにわたしの分身たちが棍を振るう。

 そろそろだ。

 

「うっとおしい!」

 

 来たッ!!!

 バランが、真っ直ぐこちらに向けて、剣を構えて突進してくる。

 分身に紛れて、わたしも構えを取る。

 振れば剣。払えば矛。突けば槍。そして…!

 

「守れば、敵をも滅する盾となる!!!!」

 

 わたしの身に向けられたバランの斬撃は、そのままカウンターでバラン自身に返っていき、バランの身体が後方に吹き飛んだ。

 

 だが……!

 

「…全っ然本気じゃなかった、というわけね」

「今のは…『刃の防御』か。

 この私の剣撃が返されるとは…!!」

 

 一度地面に背中を打ちつけたものの、バランはすぐに立ち上がって、体勢を整えた。

 呼吸は乱れているが、さしたるダメージを負った様子もない。

 この後どうしようかと、背中に冷や汗が流れるのを感じながら頭を巡らせる。

 これほどの男、同じ手は二度とは使えまい。と、

 

「ダイ!?」

 

 同じく地面に降り立って、間合いを取り直したわたしの前に、ダイが立ちはだかった。

 

「ありがとう、グエン…もう大丈夫だから…!」

 

 見ると少し遠くに、ポップとレオナ姫もこちらを見つめている。

 どうやら二人とも回復は済んだようだ。

 

「もうよさんか、ディーノ…!

 おまえの気持ちもわからないではないが…これ以上私の手をわずらわせるな…」

 

 そうやってわたしを庇うように立つダイに、優しいと言える口調で言葉をかけるバラン。

 それに対し、ダイは我慢ならないと言ったように首を横に振りながら叫ぶ。

 

「うるさいっ!!ディーノなんて呼ぶなっ!!!

 おれの名はダイだ!!

 じいちゃんからもらった、おれの名前なんだ!!

 本当の名前もクソもあるもんかっ!!!

 おれは、魔王軍と戦う…勇者ダイだ〜〜っ!!!」

 

 …かつてダイはロモスを救った際、勇者ダイを名乗る事をロモス王に勧められてそれを固辞したという。

 それは、自らが一人では勇者たり得ない事を知り、その呼称に自身がまだ相応しくないとしての事だったという。

 だから、彼が自ら『勇者ダイ』と名乗りをあげるのは、恐らくこれが初めてのはず。

 だがそれは勇者であるという事そのものより、人間の世界を守る者としての意味合いのものであり、だから彼の仲間たちは改めて、ダイのその言葉に勇気を与えられた。

 そして、わたしも。

 

「…そうか、わかった。

 では、人間どもの呼び方に従って“ダイ”と呼ぼう…!」

 

 …バランの気が、徐々に膨れ上がる。

 あたかも今奮い起こされた、小さな勇気を振り払うように。

 

「ダイよっ!!

 人間どもに味方する勇者として、おまえを倒すッ!!!

 素直に我が軍門に下らぬと命が無いものと思えッ!!!」

 

 ダイが、小さく肩を震わせるのが、一番近くで見ているわたしにはわかった。

 だが次には剣を握り、独特の構えを取る。

 

「…何か奥の手を残していたかと思ったらその技か。

 アバンストラッシュ、とか言ったな。

 人間のあみだした技としては強力だが、私には通じぬのは証明済みのはず!」

 

 話の流れからするとどうやら、湖底の神殿であいまみえた際に、師の必殺技は披露済みらしい。

 バランの鎧の胸元にヒビが入っているのはそのせいか。

 だが、

 

「おおおおおおーーッ!!!」

 

 ダイが気合を入れると、例の紋章が額に浮かび上がる。

 自分の意思での顕現はまだ確実ではなかった筈なのに。

 それだけ切羽詰まっているんだ。

 

電撃呪文(ライデイン)ーーーッ!!!」

 

 天の怒りと呼ばれる光は、本来ならそのまま、勇者の敵に降り注ぐものだが、ダイは呼び起こしたそれを剣で受け止め、闘気とともにそれを、バランに向かってぶつける。

 

「ライデイン・ストラーッシュ!!!」

 

 それはバランに直撃し……次の瞬間わたし達は、信じられないものを見ることになった。

 

「ぬううううん!!!」

 

 バランが再び剣を構える。

 その剣が電撃呪文(ライデイン)のエネルギーを…吸収している!?

 

「…普通、(ドラゴン)の騎士は成人するまで、己の意志で紋章の力をコントロールできないものだが…よほど良い師、良い戦にめぐまれたのだな…!!

 その闘気と勇気に免じて見せてやろう!

 真の(ドラゴン)の騎士が天を操った時の力がどれほどすさまじいかをなっ!!!

 

 ギガデイン!!!!!」

 

 …ダイが呼び起こしたものよりも、遥かにすさまじい天の怒りが、空を貫く。

 そのすさまじいエネルギーを、先ほどのダイと同じように、剣で受け止める。

 それはバラン自身の気と混じり、膨大なエネルギーがスパークする。そして。

 

「ギガブレイク!!!!」

 

 …何も考えることができなかった。

 気がつけばリリルーラでダイの前に飛んだわたしは、バランのその技を無防備にこの身に受けていた。

 

「グエンーーーッ!!!」

 

 衝撃波がわたしの身体を突き抜け、揃えたばかりのダイの防具を破壊して、彼の身体にもダメージを与えたのがわかった。

 庇ったつもりが、なんの意味もなかった。

 なんて無力なんだ、わたしは。

 薄れていく意識の中で、周囲の空間が、爆発した。

 …そのように、見えた。

 

 ☆☆☆

 

 グエンとダイが二人まとめて吹き飛ばされ湖に落下して、ゴメが泣きながらその湖面を飛び回る。

 なんとなくだが、グエンが近くにいるなら大丈夫だと思い込んでいた自分に腹が立ちながらも、おれはバランに向かおうとした。

 

 こうなったらダメでもともと。

 ありったけの呪文をぶつけてでも…!

 

「待て!!早まるな、ポップ。

 その男の相手はオレがする!!!」

 

 その時、おれと姫さんのいる空間に大きな影がさした。

 

「あああっ…!!?」

 

 そこに立っていたのは…!

 

「獣王・クロコダイン!!!」

 絶望に染まった心に、希望の光が差し込んだ。

 

「あんたが来てくれりゃあ百人力だぜっ!!」

 

 そう言って思わず握りしめた大きな手が震えている。

 

「…クロコダインか。

 いかに貴様でも、この私と戦ったら、どうなるかわかっていると思うが…」

「…死ぬ…だろうな。

 だが、そんなことはもちろん覚悟の上だ」

 

 おれから見れば、クロコダインのおっさんは鬼みてえに強い。

 それが目に見えてビビってるなんて。

 

「…早くダイとグエンを助けるんだ!」

 

 それでも恐怖を振り払い、一人で立ち向かおうとするおっさんに、おれは自分も戦うと申し出る。

 同時に姫さんも。

 そうだ、3人で立ち向かえば、ひょっとしたら…!

 

「ムダだ!」

 

 だがクロコダインはおれたちの言葉を、一言の元に切り捨てる。

 

「…どういう理由かは知らんが…この男には、呪文のたぐいが全く通じないのだ!

 直接攻撃以外では、恐らくダメージを与えられまい!!」

「…さすが獣王。見抜いていたか…」

 

 二人を頼むと言ってバランに対峙するおっさんに従い、おれたちは二人から離れる。

 

「悔しいわ…なんて無力なの、あたしたちって…!!」

 

 姫さんの言葉に、おれも胸がしめつけられる。

 グエンはこんな相手に、一人で立ち向かったのに。

 おれだって()()()に比べたら強くなってる筈なのに、結局なにひとつ変わってねえって事か。

 姫さんじゃねえが自分の無力が、本当に悔しい。

 

 おっさんは、ここまでの経過をあらかた聞いていたらしい。

 バランに「何故邪魔をする」と問われ、「ダイの本意ではない」と、グエンと同じように答える。

 

「…ダイがいなかったらオレやヒュンケルは、いつまでも魔道をさまよっていたに違いない…グエンも悲しみと孤独を抱えたまま、心の傷を増やし続けていた筈だ。

 ダイはオレたちの心の闇に光を与えてくれた…太陽なのだ!!

 生きとし生けるものには、すべて太陽が必要なのだ…それを奪おうとする者は断じて許せんっ!!

 たとえ力及ばずとも戦うのみ!!」

 

 おっさんが斧を構え、戦いの姿勢を見せる。

 それに対しバランは剣をおさめ、棒立ちになった状態で、すさまじい闘気を発し始めた。

 

「…どうした!?かかってこんのか!!?」

「た…戦う気がないなら遠慮なく…その首をもらうまでだっ!!!」

 

 ストレートに首を狙って、クロコダインが斧を横に薙ぐ。

 充分にパワーもスピードも乗った攻撃、この体勢では避けようがない…筈だった。

 …だが信じられない事に、砕けたのはクロコダインの斧。

 

「これぞ(ドラゴン)の騎士最強の秘密…

 

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)!!!」

 

 砕けた斧とバランの間で、エネルギーの気流が渦巻き、光り輝いた。




魍魎拳幻瞑十身剥(マヌーサ)!!」
「やめれ」

棍スキルの最終奥義のカウンター技、本来は「天地の構え」になるわけですが、ダイ大の世界には元ネタであるバーン様のあの必殺技がある為、この名称が使えませんでした。
色々探してなんとか近いものを当てはめた結果、苦肉の策で「刃の防御」に変更に…。
グエンがどこを目指してるのかこの時点でバレるのは避けたかったんだがな。うん、苦し紛れって事は自覚してるから言うな。泣くぞ。
あと、多分誰かの感想への返信に「一応女性なので戦いの方は徐々に男性陣に任せてく形になるかと思います。」と言ったな。あれは嘘だ(爆
書いてて思うがコイツ一体なんなん(白目


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20・半魔の僧侶は抵抗する2

バラン「(真魔剛竜剣を構えつつ)『好きな食べ物は焼きビーフン』などと言う奴を、この私が信用できると思うか!!」
ひじき「てめえ、たまに食べると美味しいけど毎日食べるとちょっと飽きる焼きビーフン馬鹿にすんじゃねえええ!!!!」

…という夢を、書きながら寝落ちした朝にみました。
もう完全に廃人と化したと自覚しております。
腹いせに焼きビーフン買ってきました。
ざまあみろ、バラン(違


 …圧倒的無力感に支配され、湖に沈みながらも、どうすべきかまだわたしは考えていた。

 まだ打つ手はあるだろうか。

 今最優先でなにをすべきか。

 そうだ考えろ。その為の頭だろう。

 

 …クロコダインの声が聞こえた気がする。

 

 ダイたち勇者パーティーの事は、勿論仲間というか、大事な友達だと思っているが、同時に守らなければならない存在だという認識もある。

 その点でクロコダインとヒュンケルは、ある意味特別だ。

 彼らに関しては、背に庇うよりは、互いの背を守り合う存在であるように思う。

 

 彼が居るなら、まだ戦える。

 クロコダインとわたしが居れば、バランがいくら強敵でも、絶対に渡り合える。

 

 沈みながら、魔力を集中し、呪文を唱えた。

 詠唱自体は、口から発する気泡のゴボゴボという音にかき消されはしたが、発動に問題はなさそうだ。

 

 “リリルーラ”

 

 ☆☆☆

 

 (ドラゴン)の紋章が輝く時、バランの身体は、竜闘気(ドラゴニックオーラ)と呼ばれる、生命エネルギーの気流に覆われるという。

 それは全身を鋼鉄のように強化して、あらゆる呪文をはねかえす防御幕となる。

 同じ紋章が現れた時のダイの身体が、信じられない強度になるのはそのためだったのか。

 バランの説明を聞きながら、オレはようやくそれまでの事が腑に落ちた。

 やはり、ダイがバランの子である事は、もはや疑いようがない。

 

「この竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全開にし、その威力をもって戦えば…この地上のいかなる生物も太刀打ちできんっ…!!!」

 

 その言葉を証明するようにバランがオレに突進してくる。

 剣ではない、技でもなんでもない拳の乱打で、このオレの鋼鉄の身体が、なすすべもなく振り回される。

 たまりかねて斧を振るったがそれは空を切り、次の瞬間バランはオレの腕を掴むと、その腕を取ったままオレの背中に回り込んで……

 

「ぐああああーーーッ!!!」

 

 捻りあげられた腕が、厭な音を立てた。

 

「おっ…おっさあぁーーん!!!」

 

 ポップの声が、どこか遠くに聞こえる。

 その腕の方向に何とか身体を向けた瞬間、視界の端に入ったバランの額から、光線のようなエネルギーが発せられたのがわかった。

 それがオレの両目を掠め、激痛が走る。

 同時にバランの手が離され、重力に逆らう事なく、オレの身体は地に伏した。

 

「…これで、もうおまえは戦えない…!!!」

 

 が、唐突に。

 

「っ…ホイミ!!」

 

 若干咳き込んだような声とともに、目を、温かいものに包まれた。

 次の瞬間痛みは消え、目を開けると白い掌が、オレの目を覆っていた。

 次に、全身を温かい光が包む。

 

「ベホマラー」

 

 ようやく手が離された時、そこにグエンの姿があった。

 全身ずぶ濡れで、衣服の胸元が破れ肌が見えている。

 その真ん中にあった赤い傷が塞がるのが見て取れた。

 どうやら複数人を同時に回復させる呪文だったようで、それは体力までもを回復させるものではなかったが、今バランにへし折られた腕の骨が徐々に繋がっていくのが判る。

 

「なにボーっとしてるの!?

 あなた方は、早くダイを!」

 

 はだけた胸元にマントの端を脇から回しクロスさせて、その端を首の後ろで結びながら、グエンはポップとレオナ姫に声をかける。

 そうして2人がハッとしたように動き出すのを見てから、グエンはオレの隣に立ち、バランを睨みながら棍を構えた。

 

「これ以上続けても同じとわからんか…降伏しろ」

「スカラ」

 

 バランの言葉に答えず、グエンはオレにまた呪文をかけた。

 確か、防御力を上げる呪文だったか。

 全身をピリピリとした何かで覆われた気がするが、それは不快なものではない。

 そうしてから、視線をもう一度バランに戻して言う。

 

「…これと同じよね、今のあなたの状態は。

 闘気と魔法力の違いはあるにせよ、薄皮一枚で物理的な攻撃の威力を散らす。

 けれど、散らせる力には限りがあり、それ以上の衝撃を与えられればダメージは通る。

 そして、この場でそれが可能であるのがクロコダインだけであると判断したからこそ、あなたは本気でクロコダインを叩きのめした。

 …間違っていて?」

 

 それを聞いて、バランの目が一瞬見開かれる。

 

「…その通りだ。

 クロコダインのように力や闘気をもって戦うタイプが一番怖い…。

 だが、それをよく見抜いたものだ」

「スカラの構成の解析は、今生きている人間の中で最も偉大な魔法使いと共に行なったものよ。

 その概念があれば、推測するのも可能だわ」

 

 偉大な魔法使いというのは、フレイザード戦の時協力してくれていたという、魔王ハドラー時代、勇者パーティーの一員だったという老人の事だろう。

 オレは直接会ってはいないが話だけは聞いている。

 グエンがその言葉の中で、『人間の』という言葉を敢えて強調したのが判ったのだろう。

 バランが一瞬眉を動かす。

 しかし次にはまた表情を消し、少し馬鹿にしたように、フンと鼻を鳴らした。

 

「だが、それが解ったところでどうする?

 クロコダインを捨て石に使うつもりか?」

 

 バランにしてみればそれは挑発だったのだろう。

 しかし、

 

「…ある意味、その通りかもね」

 

 グエンは薄く微笑みながら、そう答えを返す。

 

「…人間の間で暮らす事で、下衆な考えが染み付いたか。

 仲間と言っておきながら…」

 

 いかにも我慢ならないといったように、バランがまた、眉をひそめた。だが。

 

「捨て石でも構わん。

 オレはグエンを信じる。そして人間を信じる!」

 

 そのやり取りに、オレは敢えて口を挟んだ。

 

「クロコダイン?」

「人間などつまらぬ生き物と侮っていたオレに、互いを信じあいながら戦う、人間の絆の素晴らしさを教えてくれたのは、心の濁った汚れを取り除いてくれたのは、人間であるポップだった。

 オレを仲間と、友と最初に呼んでくれたのはグエンだった。

 オレは、それを信じる…その為に生命をかける!!

 バランがかなわぬ敵だからといって、このまま手をこまねいていたのでは、おまえ達の仲間たる資格が無い!!」

 

 たとえ命を差し出せと言われたとしても、オレはこいつらを信じ抜く。そう決めたのだ。

 

「ありがとよ、おっさん…!」

 

 と、お互いに睨み合うオレ達の視線から外れた位置から声がして、反射的にそちらに目を向ける。

 

「ポップ…?」

「だけど、あんた1人を死なせやしねえ。

 …グエン!なんか考えがあんなら言え!!

 俺たち2人の命、こいつを倒せるんなら、いくらでもぶつけてやるぜ!!」

 

 そう言ってオレの横に立ち、杖に魔法力を込めるポップ。だが、

 

「ありがとう…。

 でも、ポップは邪魔だから下がってなさい」

「えええ!?そんなんアリかよぉ!?」

 

 グエンは苦笑しながら、そのポップの決意をあっさりぶった切った。

 それから間髪入れず、オレに向かって指示を出す。

 

「クロコダイン!!全力でお願い!!」

「応ッ!!さあいくぞ!!バラン!!!」

 

 オレは腕に闘気を込めた。

 これが今のオレの最強の技だ。

 

 ☆☆☆

 

「貴様らにこれはかわせまい!!!」

 

 それは、先ほどわたしとダイをいっぺんに吹き飛ばした技、ギガブレイクの構え。

 

「…先ほどは相手が息子(ディーノ)ゆえに力をセーブしたが…今度は違うぞ!!

 たとえかつての僚友といえども、人間を素晴らしいなどと抜かすやつを生かしてはおけん…!!!

 3人揃って、灰になれっ!!!」

 

 バランの目に現れているのは、紛れも無い憎悪だった。

 てゆーかあれで加減してたのか。

 ひょっとして生きるか死ぬかのギリギリの線でって事か。

 死ななきゃいいってもんじゃないだろうに。

 と、唐突になにか、形容しがたい高い音が響く。

 次の瞬間、湖から水柱が立ったかと思うと、ダイが額に紋章を浮かべて飛び上がってきて、わたし達の側に降り立った。

 

「…ダイ!!」

 

 そこから一拍遅れて、水中からレオナ姫が顔を出す。

 

回復呪文(ベホマ)をかけたわ!!体力だけは全快よ!!」

「さっすが、賢者の卵!!!」

 

 だけは、って事は、怪我の治療は為されてないって事だろうか。

 見た感じは、大きな傷はないように見えるのだけど。

 まあ、確認するのは後だ。

 クロコダインだけでなくダイの力も加われば、まさに鬼に金棒だ。

 

「…今更復活したところでどうなるかあっ!

 もう一度、全員まとめて吹き飛ばすのみだっ!!」

 

 いける。今のバランは冷静さを失ってる。

 

「来るわよ…まず全力で撃たせる!

 必ず食い止めるから、2人はわたしの後に続いて!」

「グエン!?」

「…信じて!!」

 

 わたしが言い終えぬうちに、バランが天の怒りを呼ぶ。

 それを剣で受け止め、

 

「ギガブレイク!!!!」

 

 その、体ごとぶつけるような剣撃の前に、わたしはもう一度身を晒す。

 

「…刃の防御!!!!!」

 

 バランの全力が、わたしの棍を砕く。

 やはり受け止めきれなかったかと思ったと同時に、その威力の大半が放った本人に返っていく。

 そして。

 

「アバンストラーーッシュ!!!!」

「獣王会心撃!!!!!」

「うおおおおッ…!!!?」

 

 バラン自身の力と、ダイの力、そしてクロコダインの力。

 その全ての威力がぶつかり合い……大爆発が起こった。

 

 ・・・

 

「…き、決まったあ〜っ!!」

 

 呆然とポップが呟く。

 

「グエン!」

 

 ダイは、さっきバランの技を跳ね返した衝撃で後ろに吹っ飛んだわたしを振り返り、駆け寄ってくる。

 

「棍…折れちゃったの!?」

「兄弟子にあたる方からいただいたものだけど、命にはかえられないわ。

 あなたは平気?」

 

 微笑みつつ立ち上がろうとするも、身体に力が入らない。

 それに気付いたダイが、レオナ姫に声をかけた。

 

「レオナ、グエンをみてあげてくれっ!!」

「わかったわ!」

 

 湖畔へ泳ぎ着いてようやく岸へたどり着いたレオナ姫が、わたしに駆け寄ろうとする。

 だが、白い小さな手は、それとは別な方向からわたしに触れた。

 

「メルル…!!」

「…大丈夫。

 電撃呪文の影響で身体が痺れているだけで、外傷はないようです」

 

 言いながら、わたしにキアリクをかけてくれるメルルが、天使に見えた。

 

「あんたら、まだ逃げてなかったのかよ…!」

「逃げたかったんだけど、この子がどうしても、おまえさんたちを助けるんだって言い張ってさ…」

 

 ナバラさんの説明に、ポップが半ば驚き、半ば呆れたような表情を浮かべてメルルを見つめる。

 

「…私だって、簡単な回復呪文ぐらいできます!」

 

 その視線を受けて目を逸らした、メルルの頬が少し赤い。

 けど、そんな事を気にしている余裕は、今のわたし達にはない。

 厳しい目をして、ダイがメルルに告げる。

 

「そんな事はレオナに任せて逃げるんだ!」

「ダイの言う通りだ、お嬢さん」

 

 クロコダインが近づいてきて、わたしの身体を抱き上げてくれた。

 

「他の奴ならともかく、我々の戦っている相手は、地上最強の男なのだ…!!」

 

 言いながらわたしの身体を下ろし、ちゃんと立てる事を確認してから、手を離す。

 その間も、大爆発の起きた空間から、片時も目を離さず。

 やはり、この男はよくわかっている。

 

「でもよ、いくらなんでも、あんなすげえのをくらっちゃあ…」

 

 そしてわかってない子が1人。

 この子は物事を楽観視する癖を改めた方がいいかもしれない。

 まあ、それがポップの長所でもあるから、難しいところではあるのだけれど。

 と、そちらの方から、微かな金属音がした。

 未だ立ち込める、爆発による煙が、瞬時に弾き飛ばされる。

 その中心には、剣を地面に突き立てて身体を支える、背の高い男。

 その身体から、とてつもないエネルギーが放出されているのがわかる。

 

「や…やっぱり…!!」

竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全開にして、全身を防御したんだわ…!!」

 

 やはり、この男、とんでもない。

 絶対に死んではいないと思ってはいたが、あの攻撃をくらって、それでもまだこれだけの闘気を発散できるなんて。

 

「いや…効いてる!!!」

 

 ダイの言葉に、わたし達は一斉にバランを凝視する。

 

「…血!?」

 

 その言葉の通り、バランは額から流血しており、本人もそれに、指摘されて初めて気がついたようだ。

 

「私たちと同じ…赤い血だわ…!」

 

 メルル、それ今関係あるようで関係ない。

 ちなみにわたしの身体に流れてる血も、人間と同じ赤だ。

 ラーハルトは魔族寄りの体質で青だったけど、それは適正とかそういうものに影響はしないようだ。

 わたしには中途半端だが魔法の適正があるし、あの子はあれだけ純魔族に近い外見をしていても、魔法はあまり得意じゃなかった。

 

「クロコダイン!

 おれたちの技は、まったく効果がなかったわけじゃないんだ!!

 こうなったら…!!」

「ウム!

 奴が倒れるか我々が倒れるか…力尽きるまで技をふるうのみ!!」

 

 …わたしがちょっと余計な事を考えている間に、男どもが大声で打ち合わせをする。

 それも実に脳筋な策を。

 

「残念だが、同じ手は二度とくわん!

 グエナヴィアの武器がない以上、ギガブレイクをかわすことはもうできまい!!」

 

 …さっきのは、バランが冷静さを欠いていたから通じたのだ。

 そうでなければ、一度見せている刃の防御を、もう一度使うことはかなわなかった。

 もう、今度の今度こそ通じないし、そもそもわたしは今は無手だ。

 

「だが万に一つということもある…その子は恐ろしい可能性を秘めている」

 

 だが、そのまま攻撃してくるかと思ったバランは、まっすぐダイを見据えて言った。

 

「だから私は、残る全精力を傾けて、ダイの力の“根源”を奪う…!!」

 “根源”…?何を言っているんだこいつは。

 わたし達が戸惑っている間に、何故かバランは闘気を消し…正確には放出していた闘気を一旦内側に押し込めて…それからそれを、今度は額に集中させた。

 

「ど、どうしたんだ!?紋章が勝手に…!!?」

 

 見れば、ダイの額からも輝きが溢れ出て、ふたつの紋章が共鳴し始める。

 それとともにダイが頭を抱えて苦しみ始め、わたしは思わず駆け寄って、彼の身体をきつく抱きしめた。

 

 …その輝きと共鳴音が最大限に達し、それが急に止まる。

 それとともにわたしの腕の中の、ダイの身体から力が抜けた。

 同じように、バランもその場に膝をつく。

 

「息子にはもはや不要なものを奪った…。

 その為、力を使いすぎたわ…。

 この場はひとまず退かせてもらう。

 いずれ改めて、()()()()をもらいに来るぞ…!!」

 

 そう言って剣をおさめ、ルーラで飛び去るバラン。

 呆気にとられるわたしの手からダイを引きはがし、レオナ姫が呼びかけながら彼の身体を揺する。

 ゆっくりと目を開けたダイは、どこかボーッとした表情で、呟くように言った。

 

「君たち、だれ…?」

 

 その言葉に、全員が顔を見合わせる。

 

「どうしてこんなところにいるの、ぼくは…?」

 

 額から紋章の形に流血している、勇者()()()少年は、そう言って不安げにわたし達を見上げた。

 

 ☆☆☆

 

「完全な記憶喪失だ」

 

 クロコダインが言いにくそうに言った通り、ダイは記憶を失っていた。

 怪物島で育った過去も、レオナ姫やポップと出会った事も、師を失った事もクロコダインやヒュンケルと戦った事も、全て。

 ナチュラルにお兄ちゃんと呼ばれてカッとなり、怒鳴りつけて怖がられてしまったポップはすっかり落ち込んでしまっているし、自分たちの大切な思い出を押し付けてしまい、やはり声を荒げてしまったレオナ姫も、どう接していいか戸惑っている。

 

 …無理もないけれど、みんな少し落ち着いた方がいい。

 

 造形がそもそも可愛らしいゴメちゃんはともかく、わたしやクロコダインを見ても怖がらないところを見ると、ダイがこれまで生きて形成してきた彼自身の人格を、まったく失っているわけではない。

 少し話をしてみた限り、剣は武器、パンは食べ物だといった、当たり前の事は当たり前に認識しているし、使えはしなくても魔法の種類もある程度は理解していた。

 

「…で、お姉さんは誰?」

 

 …小さな頃から一緒にいたというゴメちゃんの事まで思い出せないのだから、わたしのことだって覚えているわけがない。

 そのゴメちゃんを伸ばしながら、初めて会った時と同じことを問われ、少しだけ胸が痛みながらも、わたしは彼に向かって微笑んでみせる。

 …笑顔も僧侶の仕事のうちだ。

 少なくともわたしはそう思ってる。

 

「わたしはグエン。

 ゴメちゃんとは友達になったのよね?

 わたしともお友達になってくれる?」

「うん」

「ありがとー♪」

 

 ギュッとダイを抱きしめると、なんだか懐かしいような匂いがした。

 この匂いと感触は、変わらないダイのままだ。

 知らない人になってしまったわけじゃない。

 

「…みんな、ぼくを見て悲しい顔をするんだ。

 笑ってくれたの、グエンだけだよ」

 

 メルルが持ってきてくれた物資の中から、小さなリンゴを一個剥いて、切って食べさせていたら、わたしを見上げながら寂しそうにダイが言った。

 …この子は覚えていないだけで、まわりが見えていないわけじゃない。

 むしろ何もわからないのに周りから期待され勝手に落ち込まれて、一番不安なのは彼なのだ。

 この小さな勇者の肩に、わたし達は今までどれ程のものを背負わせ、どれだけ頼ってきたことか。

 そう思ったら、申し訳ないのと可哀想なので涙が出そうになったけど、ぐっとこらえて笑いかける。

 

「……美味しい?」

「うん」

 

 …絶対に守ってあげる。今度こそ。




グエンは、可愛いと思ったら餌付けするタイプ。


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21・半魔の僧侶は拒絶する

 ダイを寝かしつけて、尼僧服に着替えて小屋の外に出ると、クロコダインが立っていたので声をかけた。

 

「ここ、任せていい?クロコダイン…」

 

 振り返ってわたしの姿を見て、クロコダインは一瞬目を丸くしたが、そこには特に触れずに、要点部分だけに問いを返す。

 

「構わんが…どうした?」

「…少し気になることがあるから、確かめに行きたいの。

 なるべく早く戻るわ」

 

 わたしの言葉に、不得要領な視線を向けつつも、クロコダインは頷く。

 

「…気をつけろ。

 おまえもそろそろ、魔王軍からは目を付けられている筈だ」

「ええ。ありがとう」

 

 心から心配してくれている友達に微笑みながら、わたしは彼を巻き込まぬよう距離を取って、呪文を唱えた。

 

「……ルーラ!」

 

 ☆☆☆

 

 …酷い有様だった。

 かつては人々が日々を暮らしていたであろう、小さくとも山の恵み豊かだったその村は、建物は一つ残らず破壊され、畑は踏み荒らされ、燃やし尽くされている。

 至る所に人や動物の死体が転がり、それは山の獣に食い散らかされた挙句、そろそろ腐敗を始めている。

 恐らくは魔王の瘴気に支配された魔物の襲撃に遭い、滅ぼされたのだろう。

 …そう、思いたかったし、そう考えて無理のない状況だと思えた。

 

 ……わたしの中で、どうしても引っかかる一点さえなければ。

 

 踏み荒らされた畑に残っている足跡は、つい最近見たものに酷似している。

 どう見てもドラゴンの足跡と、尾を引きずった跡だ。

 そしてこの山やその付近に、そんな強い魔物は居なかった筈だ。

 

 …()()()()()()()()()()()()()()

 

 尼僧服を着てきて良かったと思う。

 服装など、生存者のいない場所で意味などないだろうが、この方が祈りを捧げるには相応しい。

 かつて魔王の恐怖に怯え、そのあまり無力な女性と子供を山の中に追いやって、更にその子供を疎み、貴族に売った村人たち。

 彼らは臆病過ぎた。それゆえに過ちを犯した。

 けれど、死んでしまえば終わりだ。

 死は誰に対しても平等に訪れ、全ての罪を消し去る。

 そうでなければいけない。

 わたしは祈る。この人たちの安らぎを。

 そしてこの地に再び、命の息吹を。未来を。

 神よ。

 

 ・・・

 

 小屋は、思った以上に昔のまま残っていた。

 まるでここだけ、時間が止まっているように。

 そこから少し高台にある、村が見える崖の手前まで登る。

 墓標などはないが、その人が眠る場所を、わたしは覚えていた。

 そこに立ち、また祈りを捧げる。

 

 あなたの最後の願いを、結果的に踏みにじる形になってしまいました。

 ごめんなさい。

 

 ともに暮らしたのは3ヶ月足らずの間だけ。

 彼女は優しく、けれど弱い人だった。

 それでも今のわたしならば、その弱さを受け止めてあげられた。

 最後の願いに、頷いてあげられたのに。

 手向ける花など持ってはいなかったが、この側の木は一年中花を咲かせている。

 彼女はその花が好きだった。

 だから二人で、ここに決めたのだ。

 彼女が永遠に眠る場所を。

 そして二人で誓った。

 この場所を、覚えておこうと。

 わたしたちが覚えていさえすれば、彼女はいつも、ここで待っていてくれるからと。

 

 …ズシン、と地面が揺れ、生臭い獣の臭いを感じた。

 驚いて辺りを見渡す。

 わたしが登ってきた道を、何か大きなものが歩いてくる。

 それはドラゴンだった。しかも2頭。

 ベンガーナに現れたものよりやや身体は小さいが鱗に艶がある。

 恐らくはまだ若いのだろう。

 それが、まっすぐこちらに向かって歩いてくる。

 下の村を滅ぼしたのはこいつらか。

 恐らくは山の中を歩き回っていて、わたしの匂いを嗅ぎつけて来たのだろう。

 ひとまず身構える。

 ルーラで逃げるのは簡単だし、それが一番手っ取り早いのだが、彼女の眠るこの場所を、荒らされるのは我慢ならない。

 せめて少し引きつけて、ここを離れてからだ。

 奴らを刺激しないようゆっくりと動く。だが、

 

「イルイル」

 

 奴らより更に後方から聞こえた声とともに、1頭のドラゴンがそこから消えた。

 同じように、更にもう1頭も。

 消えたドラゴンの向こうに目をやると、フード付きのマントを深く被った背の高い人物が、何やら筒のようなものを手にして立っているのが見えた。

 あれは…以前クロコダインに見せてもらった、魔法の筒と同じものだ。

 その人物…体格と手を見る限り、男性らしい…が、それを懐にしまいながら、こちらに向かってゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 …戦慄が、身体に走った。

 

 男は手袋(オープングローブ)をつけていたが、そこから覗く指先と、マントの隙間から見えた肌は間違いなく青かった。

 背も高いし、彼は魔族だろう。

 そしてこの場所で、魔族に出会う意味…偶然であろうはずがない。

 

「お助けいただいて、ありがとうございます」

 

 だが、気づいていない振りをして、わたしは型通りに礼を述べる。

 あれから12年も経っているんだ。

 こうしてケープで耳も隠している。

 できる限り俯いて顔を見せず、知らない振りをしておけば、恐らくは誤魔化せるだろう。

 

「…ここで何をしていた?」

 

 だが男はフードの下から、硬い声で問いかける。

 

「…わたしは、旅の尼僧です。

 下に魔物に滅ぼされたと見られる村がありましたので、高い場所から、祈りを捧げておりました」

 

 大丈夫、不自然じゃない。

 

「何故、わざわざここで祈っていた?」

「たまたまです。

 こちらを通りかかったら、木々が開けた場所がありましたので…きゃっ!!」

 

 唐突に男の手が、わたしの頭から尼僧のケープを剥ぎ取った。

 耳と髪が男の目に晒されて、男が感極まったように息をついた。

 

「……やはり、そうか。この場所は母の眠る場所。

 おまえは今、そこを一歩も違えず、祈りを捧げていた。

 墓標は立てられないから、せめて忘れずに覚えておこうと誓った、オレ達2人だけしか知らない、母を葬った場所で」

 

 男の声が震え、その足がわたしに向かって一歩踏み出す。

 わたしの方がそれに合わせて一歩退くと、男はハッとしたように一瞬肩を震わせ、それから被っていたフードを跳ねあげて、その顔を晒した。

 

「いつか戻ってくるかもしれないと思って、時折訪れていたんだ…会いたかった。

 オレだ、ラーハルトだ…グエナヴィア!!」

 

 金色の髪の間から、尖った耳がのぞく。

 深い青の瞳がわたしを見つめる。

 その目から頬にかけて、魔族の特徴である黒い模様が走っている。

 

 …見なくてもわかっていた。

 むしろ、見たくなかった。

 

 目の前に現れた背の高い魔族の青年は、別れた時の少年の面影を未だ残したまま、子供の頃と同じ呼び名でわたしを呼び、だけど大人の顔をして微笑んでいる。

 

 その、優しげな微笑みが、むしろ怖かった。

 わたしは伸ばされた手を避けて、更に後ずさる。

 

「…血腥(ちなまぐさ)い手で、触らないで」

「…グエナヴィア!?」

「…下の村。

 ドラゴンが2頭も居れば焼き払うのも容易いわね。

 あなたはあそこの住民を恨んでいた。

 ひいては、人間全部を」

 

 恐怖を隠して、睨みつける。

 拒絶される事など思いもよらなかったというように、ラーハルトは少し傷ついたような表情を浮かべた。

 それから、一旦わたしから目を逸らし、先ほどのような硬い声で答える。

 

「…そうだ。オレが滅ぼした。奴らは母の仇だ。

 その上オレたちも殺されかけた。

 仇を討って、当然だ」

 

 だがその態度は、叱られる事が判っていて、それでも言い訳をする子供のようだ。

 

「あなたのお母さんは、それを望んでいなかった!

 むしろ、あなたがそう思い詰めるのではないかという事を、死の間際まで心配していたのに!

 なんて…なんて事を…!!」

 

 その口から聞くまで、信じたくなかったのだと、改めて自分で理解した。

 思わず掌で顔を覆う。

 

 彼をここまで追い詰めたのはわたしだ。

 あの男が人間を憎んでいる事、あの時のわたしにも判っていた。

 その男のところに、彼を置いていった。

 結果がこうなる事、なぜ判らなかったんだ。

 あの時の自分の幼さと無力さを恨んでみても、今更どうしようもない。

 けど、嘆かずにはいられなかった。

 

「…母は優しすぎたんだ。

 だから人間どもの世界では生きていけなかった。

 奴らをこの地上にのさばらせておいたら、またどこかで同じ悲劇が起きる。

 そしてオレやおまえのような存在は、こそこそ隠れて生きねばならなくなる。

 オレ達が一体、奴らに何をした?

 ただ、魔族の血を引いているからというだけで、奴らはオレ達を虐げてきたんだ。

 ならばオレ達には、奴らが人間だというだけで、復讐する権利がある!」

 

 憎しみに濁った目が悲しい。

 それでいながら、わたしの承認を無意識に求めている、幼い日のままの心が、哀しかった。

 

「だから、魔王軍なんかに忠誠を誓ったの?」

 

 そう言ったわたしの言葉に、ラーハルトは目を見開く。

 

「…何故、それを?」

「あの時の男…バランというのね。彼に会ったわ。

 魔王軍超竜軍団長、竜騎将バラン。

 あの男が魔王軍にいるのならば、ひょっとして…と思った。

 信じたくはなかったけれど、今の言葉からすると、間違いないようね」

 

 だが、ラーハルトは首を横に振る。

 

「違う。

 オレが忠誠を捧げるのは、あくまでバラン様だ」

 

 …言い訳にしか聞こえない。

 この子は変わってしまったんだ。

 弟のように思っていた、わたしのラーハルトはもう居ない。

 今ここに立っているのは、あのバランという軍団長の、部下。ならば。

 

「同じ事よ。

 あなたも魔王軍の一員である以上、わたしはあなたの敵でしかない」

 

 そう言ったわたしを見る、ラーハルトの目が一瞬、揺れた。

 

「わたしは、アバンの使徒達の…少なくとも味方だわ。

 彼らには、世界の在り方を変える力があると、わたしは信じてる」

 

 ダイは、気負うことなくわたしを受け入れてくれた。

 ダイを通してみんなが仲間に、友達になれた。

 ダイの目を通して見た世界は、すべての存在に優しかった。

 

 だがラーハルトは、先ほどまでと違い、真っ直ぐにわたしの目を見返して、言った。

 

「人間どもにそんなことは出来はしない。

 いつまで夢を見ているつもりなんだ、グエナヴィア。

 …オレと来い。今度こそ守ってみせる」

「ラーハルト!?」

「オレはもう、子供じゃない。

 今のオレならばおまえを守れる。

 薄汚い人間の手になど、二度と、触れさせはせん」

 

 言って、ラーハルトは再びわたしに手を伸ばした。

 その、子供の頃とは違う大きな手に訳もなく恐怖を感じて、それが身体に触れる前に、反射的にリリルーラを発動させる。

 瞬間、わたしを見つめた青い瞳が、いつかレオナ姫の裁きを求めたヒュンケルの、全てを諦めた瞳と、重なって見えた。

 

 ・・・

 

「グエン!?」

「…あれ?」

 

 そんな事を思ったからなのだろうか。

 クロコダインのところにリリルーラで戻るつもりが、目の前に居たのはヒュンケルだった。

 

「……何があった」

 

 よく見ればラーハルトのものよりも薄い色の青の瞳が、わたしの顔を覗き込む。

 

 …違う。

 さっきは重なって見えたけど、今は違う。

 

 ヒュンケルもダイと出会って救われた。

 今はその瞳に、諦めの色なんかない。

 

 何故かはわからないが胸が締め付けられ、わたしはその場にへたり込むと、情けなく嗚咽を漏らした。

 一瞬驚いた目をしたヒュンケルだったが、それ以上は何も聞くことがなく、胸だけを貸してくれていた。

 

 ☆☆☆

 

 ヒュンケルが居たのはカール王国だった。

 統制のとれた軍隊とそこそこの治安、大きな図書館を有していた筈の国は、超竜軍団によって滅ぼされており、生き残った兵士の頼みで、彼の兄を葬っている最中だったらしい。

 僧侶であるわたしが居るからには、放っては置けず彼を手伝って、死者に然るべき祈りを捧げて弔った。

 その際、バランと堂々と渡り合った末に殺されたというその遺体に、ダイの額に浮かぶ紋章と同じ傷跡が残されていた事から、ヒュンケルは大体の事情を察していた。

 

「バランとダイは親子よ。

 どのような事情で生き別れたのかは知らないけれど、バランはずっとダイを探していた。

 わたしは以前バランと会ったことがあるのだけれど、それは時期的に考えると、恐らくはダイと離れ離れになった直後くらいだったのでしょうね」

「やはり、そうか。

 血の繋がりのあることは、間違いないと思っていた。

 だとすれば、ダイを倒すよりも、味方に引き入れようとするだろう事も」

「ダイは記憶を奪われた。

 今バランと会わせたら、仲間との絆も失われた今、紋章という繋がりから、彼はバランを父と認めてしまうでしょうね。

 …まあ、それ自体はいいのよ。

 でも親子としての和解はもっと、対等な立場で行われるべきだわ。

 バランは、自分の子をどう扱おうが親の自由と言った。

 それが許されるのならば、生まれてすぐに親に殺されかけたわたしは、今生きていない。

 だから、それだけは、認められないのよ。

 …わたしの勝手な感情かもしれないけれど」

 

 バランにとって、ダイへの想いは赤ちゃんの頃のまま止まっている。

 記憶を奪ったのはまさしく、そこからやり直す為だろう。

 だけど、ダイは赤ちゃんじゃない。

 彼には彼の時間がちゃんと流れていた。

 2人の止まった時間を、正常な形で動かさなければ、親子が対等に向き合う事はできない。

 …その為に戦いが避けられないのは、とても悲しい事だけれど。

 

 わたしとラーハルトの時間も、お互いに違うところで止まってしまったのかもしれない。




ラーハルトとの再会シーンは、マトリフとの修行シーンの次くらいに頭に浮かんでいたものです。
当初はもっとアレな展開になる予定でしたが自重しました。
…まあその、自重の理由が『全年齢作品だから』って事実で察してください。


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22・半魔の僧侶は魔剣戦士と駆けつける

感想欄にて「グエン」の名前をベトナム系だと勘違いしている方がいらっしゃいましたのでここでも説明させていただきますが、ここでの「グエン」は英語圏の女性名です。
そんなに珍しい名前でもないかと思います。
「グウェン」表記の方が発音的にも正解なんでしょうけど書くの地味に面倒なんdごめんなさいなんでもないです。
意味はウェールズ語の「白い」。
本来なら「グエンドリン」の愛称(スパイダーマンの悲劇のヒロインの名前でもあります)で、「グエナヴィア」ではないらしいですが。
そして「グエナヴィア」の意味は「白い妖精」らしいですwwwwww
ちなみにグエナヴィアはアーサー王のお妃様の名前。
王妃でありながら円卓の騎士のひとりランスロットと駆け落ちしちゃうあの人ね。
なのであんまりイメージのいい名前ではないという。


 アルゴ岬。代々の(ドラゴン)の騎士が傷を癒す、“奇跡の泉”がある場所である。

 そこに立つ竜騎将バランは、次々に集まる自身の配下を認め、誰に言うともなく呟く。

 

「…来たかっ…竜騎衆!!」

 

 上空から、スカイドラゴンに乗った鳥人。

 

「竜騎衆が一人!空戦騎ガルダンディー見参!!」

 

 海から、ガメゴンロードの甲羅の上の玉座に腰を下ろしたトドマン。

 

「海の王者、海戦騎ボラホーン!参りました!!」

 

 更に地を駆けて、ドラゴンに跨った魔族の青年は、ひとっ飛びでその背から地に降り立つと、重々しい槍を構えて、姿勢を正した。

 

「陸戦騎ラーハルト推参…!!」

 

 それはバランの配下である、屈強の竜使い(ドラゴンライダー)達。

 

 ・・・

 

「戦の準備を整えてくる…ラーハルト、話がある。

 ガルダンディーとボラホーン、貴様らはここで、しばし待て」

 

 この先に待つ戦いの趣旨を説明した後、バランはラーハルトを伴い、一旦森の中に踏み込む。

 仲間達の姿が見えなくなってから、ラーハルトは父とも主君とも慕う男の背中に問いかけた。

 

「バラン様…お話とは、グエナヴィアの事では?」

「…何故、それを?」

「時折訪れて様子を見ていた故郷の山小屋で、一昨日、彼女に会いました。

 バラン様に、会ったと…自分は勇者一行の、少なくとも味方だと言っていました。

 …戦われたのですか、グエナヴィアと…?」

「…そうだ。

 生きる為とはいえ、あの甘い考えを持ったままでよくぞあそこまで強くなったと思わされた。

 …ラーハルト。彼女はあくまで敵対する気だぞ。

 私と共に戦う事は、彼女と戦わねばならないという事だ。

 おまえには、その覚悟はあるか?

 …彼女自身は既に、覚悟を決めているようだが」

 

 先ほど、他の仲間たちに向けたのとは違う、どこか温かみを含んだ視線に、ラーハルトは本当の気持ちを、包み隠さず口にする。

 

「…正直、自分でもわかりません。

 ただ、バラン様がディーノ様を取り戻そうとなさるのと同じように、オレも取り戻すつもりです。

 グエナヴィアを、うす汚い人間どもの手から」

「…そうだ。我々の大切な者たちを、なんとしても奴らの手から奪い返すのだ」

 

 同じ決意を認め、二人の視線が絡み合う。

 同じ憎しみと悲しみを抱き、支えあいながら共に過ごしてきた12年という月日、互いの中の負の感情を、互いに増幅し続けてきた事に、2人は気付いていなかった。

 

 ・・・

 

 バランが息子の気配に向けて真っ直ぐ進んで行くのに従い、彼の配下の竜騎衆も、それぞれのドラゴンを駆る。

 途中の岩山が立ち並ぶ地帯に差し掛かった時、視線より上の方から、明らかな敵意を感じて、バランはドラゴンを止めて上を見上げた。

 竜騎衆たちもそれに倣う。

 その視線の先の、高い岩山の上に、バランには見覚えのある、まだ少年の魔法使いが、厳しい表情で立っていた。

 

「ここから先は、通さねえ…!!!」

 

 ☆☆☆

 

 近隣の村に立ち寄って、とりあえずのわたしの装備と、ある程度の物資を調達してから、ヒュンケルを連れて森の中の小屋にルーラで戻ってみれば、そこはもぬけの殻だった。

 出る前にレオナ姫から、テラン王にお伺いをたてることがあるかもしれないと聞かされていたから、恐らく王城に向かったのだろう。

 わたしはテラン城には行ったことがないが、リリルーラで合流する事は可能だ。

 

「グエン、これを」

 

 と、ヒュンケルが小屋の中の丸椅子の上から、何か一片の紙を持ち上げる。

 差し出されたそれを見て、心臓が凍った。

 

 “グエンへ

 

 バランに仲間がいた

 感知したメルルが言うには、バランと同じくらいの力を持った奴が、ほかに三人いるらしい

 戻ったらすぐ、姫さん達と合流して、ダイを守ってやってくれ

 おれはできる限り奴らを足止めして、可能なら数を減らしておく

 死ぬかもしれないが、やるだけのことはやるから、後のことはよろしく頼む

 あんたが頼りだ

 

 

ポップ

 

 ダイたちは王城だ

 

 走り書きされた文字は読み辛かったし、最後のは書き忘れてた事に気付いて慌てて書き加えたものとはっきりわかったが、それだけ緊迫した状況が伝わってくる。

 しかも、バランの仲間…その中には、間違いなくラーハルトもいる筈だ。

 

「ポップとしては、王城に行ってダイを守って欲しいって事なんでしょうけど…」

 

 それだと、ポップを見殺しにする事になる。

 見るともなしにヒュンケルの方を見ると、彼はそれだけでわたしの気持ちを理解してくれたようで、こくりと頷いた。

 

「あいつ一人でなど、みすみす死なせるだけだ。

 グエン、オレをポップのところまで運べないか?」

 

 確かに、この時点のポップの構想には、ヒュンケルは含まれていない。

 

「単体じゃ無理よ。

 わたしが行くのに巻き込むくらいしか…いいわ、そうしましょう。

 ちゃんとわたしの手を掴んでて」

 

 ポップが足止めをするつもりならば、バランやラーハルトと先に出会うのはポップの筈だ。

 ならばわたしもそちらに行った方がいい。

 あの子がひとりで戦うよりも、わたしやヒュンケルと一緒に戦う方が、よほどダイを守るクロコダインやレオナ姫が楽になる。

 

「……リリルーラ!」

 

 わたしはヒュンケルの大きな手を掴み、呪文を発動させた。

 イメージは、今度は間違いなく、ポップの姿。

 

 ・・・

 

「ギャハハハッ!!いいぞ、その顔だっ!!!

 そのままの顔でいろよォッ!!!」

 

 着いた先で見渡すと、少し離れた場所に、ボロボロになったポップがいた。

 見れば身体中に何故か羽根が突き刺さり、一部は刺された箇所から血が吹き出しているようだ。

 そのそばに鳥の獣人が、手にした細身剣を、今まさにポップの首に打ち下ろさんとしているところだった。

 

「ポップ!!」

 

 だが次の瞬間ヒュンケルが、あの馬鹿デカイ剣をどうやってと思うほど素早く抜き放ち、その鳥人の背に向けて突き技を放った。

 それは鳥人の肩を貫き、あわやポップの首を斬り落とす寸前だった剣が、手から取り落とされる。

 ヒュンケルは止まる事なくポップに駆け寄ると、何故かポップの身体に刺さった羽根を、全て剣で斬り飛ばした。

 不自然に吹き出していた血がそれで止まったところを見ると、あの羽根はそういう作用を持った武器で、ヒュンケルはそれを一瞬にして看破したって事だ。

 

「大丈夫、ポップ!?」

 

 膝から崩れ落ちるポップを支えるヒュンケルに、わたしも駆け寄りながら声をかける。

 

「グエン!?なんで…」

 

 言いかけて、自分を支えている腕と、その持ち主を見上げたポップが、小さくため息をつきながら言った。

 

「…よりによって、一番助けられたくねえ野郎に助けられちまったぜ…!!!」

「そいつは悪いことをしたな……!」

 

 軽口というにはあまりにも無表情に、ヒュンケルはそう返しながら敵を見据えた。

 相手は例の鳥人の他に、トドマンと、そして…ラーハルト。

 

「グエナヴィア…!!」

 

 硬い声が、わたしの名を呟いた。

 

 ・・・

 

「一応礼だけは言っておくぜ…ヒュンケル」

 

 自分を支えるヒュンケルの手から、男の子の意地なのかなんなのか、ふらつきつつも身を離してポップが言う。

 その言葉に、相手方の三人が反応した。

 

「ヒュンケル…この男が…!!?」

「元魔王軍の不死騎団長でありながら、我らを裏切り勇者に寝返ったという…」

「魔剣戦士ヒュンケルとやらか…!?」

 

 まあ、魔王軍の一員であるならヒュンケルの強さは知っているだろう。

 …というわたし自身は、ヒュンケルの戦うところをまともに見たことがないわけだけど、この男は、かつて魔王だった、魔軍司令ハドラーと戦い、瀕死になりながらも勝った男なのだ。

 推して知るべし、というやつだろう。

 そのヒュンケルだが、相手の反応などどこ吹く風で、ポップに向かってちょっと呆れたように言う。

 

「…事情は粗方、グエンから聞いている。

 だが、随分と実力に見合わぬ無茶をやったものだな。

 …バランはどうした!!?」

「先にダイんところへ…行かれちまった…!」

 

 本来なら一番足止めしたかった相手だったろうに、悔しそうな表情で拳を握りしめるポップに回復呪文をかけてやりながら、わたしも相手を見据えて言った。

 

「そう…ならばこいつらをチャッチャと倒して、駆けつけてあげなきゃね」

「そうだ。

 こんなザコどもに構っているヒマはない…!!」

 

 わたしの言葉に同調してヒュンケルが続けると、どうも血の気が多いっぽいと一目でわかる獣人たちが怒りを露わにする。

 

「やっ…野郎ッ!!なめやがって!!

 元軍団長だかなんだか知らねぇが、たかが人間じゃねえか!!

 てめえもそっちの魔族の女も、そのガキと同じようにメッタメタに切り刻んでやるぜェ!!!」

 

 叫びながら鳥人の方が、さっき取り落とした細身剣を拾って構える。

 それを見たラーハルトが、少し焦ったような表情を見せたが、そのどれにも構わずといった(てい)でヒュンケルが、回復の済んだポップの背を、ポンと叩いた。

 

「…ポップ、こいつは貴様にくれてやる。

 やられた恨みを存分に晴らすんだな」

 

 その言葉に、てっきりヒュンケルかわたしが向かってくると思っていたらしい鳥人は、必要以上の驚きを顔に表していた。

 

「てめえら、本当にオレをなめてるのかっ!?」

 

 獣人の年齢や寿命はよくわからないが、この鳥人はひょっとしなくても相当若そうだ。

 むしろ先ほどのポップに見せた残酷な表情からは、幼児性のようなものすら感じさせる。

 比べても詮無い事だが、わたし達のクロコダインがどこからどう見ても大人の男である事も相まって、わたしにはこの鳥人が、他の二人に比べても格が落ちるようにしか見えなかった。

 恐らく、ヒュンケルの目にも同じものが見えているのだろう。

 …それに何より、こいつは手負いだ。

 

「貴様は、絶対にこいつに勝てん」

「そうね、万が一あなたがポップに勝てたら、今度はわたしが相手になってあげるわ」

 

 わたし達2人の挑発で、本気でブチ切れたらしい鳥人は、怒りに身を震わせながら、自身の身体から羽根を毟ってそれを握りしめ、跳躍する。

 一応体力は回復したが、どうやら魔法力が尽きかけているらしいポップは、それでも上から攻撃してくる鳥人を睨みつける。

 

飛翔呪文(トベルーラ)!!!!」

 

 攻撃を避けるでなく、逆に相手に向かっていったポップは、見る間に鳥人より高い位置まで飛んだ。

 鳥人がそちらに振り向きながら、翼を広げる。

 

「こざかしい!!

 空中でオレとやりあおうなどとはッ…なっ!!」

 

 次の瞬間、広げた翼の、片翼が千切れて落ちた。

 

「…言ったはずだ、貴様は勝てんと。

 ブラッディースクライドを受けた以上、ただではすまん…!!」

 

 そう、それは先ほど、ヒュンケルの鋭い突き技がもろに当たった箇所だ。

 あまりに鋭い斬撃だった為、痛みを感じてはいなかったのだろう。

 だが明らかにその時点で千切れかけており、もはや使用に耐えられる状態ではなかった。

 片翼のみで羽ばたいた為、鳥人は空中でバランスを崩す。

 その真正面から、ポップは魔法力を溜めた両手を、殴るように叩きつけた。

 

 

「残りの魔法力…全部てめえにくれてやらあッ!!

 

 

 イオ!!!!」

 

 

 呪文による爆発で、上空が真っ白く輝く。

 

「ガ…ガルダンディーーーッ!!!!」

 

 初級呪文とはいえ、攻撃魔力の高いポップの爆裂呪文を真正面からもろにぶつけられ、地面に落下した時には、鳥人はもはやその生命活動を完全に停止していた。

 

 そして、本気で魔法力が尽きたらしいポップが、トベルーラを維持できずに落下してくる。

 なんとか受け身をとって着地したものの、ポップはそのまま地面に膝をついた。

 

「や、やったぜ…!

 だけどよ、もう魔法力がカラッポだぁ…」

 

 …体力は回復した筈だが、それにしてはフラフラしてる。

 あ…この状態、以前マトリフ様に聞いたやつかも。

 攻撃魔力の高い者ほど出やすい症状らしいのだが、魔法力が底をついた状態の時に、急激な睡魔に襲われる事があると。

 なんでも生存本能的な理屈であるらしく、攻撃魔力の高い者は得てして肉体耐久力は低い傾向にある為、魔法力が尽きる事が即時の危機に直結すると肉体が判断して、その回復を優先させるのだそうだ。

 それが即ち睡眠を欲するという事で、それは体力が満タンであっても関係ないらしい。

 

『魔法力が底をつく事よりも、敵地で眠気に負ける方が、よっぽど危険だと思うんだがなぁ』

 

 と、マトリフ様が苦笑いしながら仰っていたところを見ると、偉大な大魔道士にも不覚を取った経験があるという事だろう。

 ともかく、今ポップの身体に起きてるのは、恐らくはその現象だ。

 ある意味、成長の証ともいえる。

 もっとも熟練の魔法使いになってしまえば、戦地で魔法力が尽きる事そのものがなくなるだろうけど。

 わたしが見る限り、この子は攻撃魔力の急成長に、魔法力の上限上昇がついていっていないと思う。

 というよりこの子の素質に密かに惚れ込んでるマトリフ様が、早い段階で大呪文を詰め込みすぎ。

 

「おまえにしてはよくやった…。

 心配せずに、あとはゆっくり休んでいろ」

 

 そんなポップに、振り返らずにヒュンケルが言葉をかける。

 

「ヘッ、心配なんざしてねえよ…おめえは性格は悪いけど…強さだけは…ピカ一だからな…!

 じゃあ、遠慮なく…休ましてもらうわぁ…」

 

 …いや、ヒュンケルは性格悪くないと思うよ?

 君たち弟妹弟子たちの前ではひねくれた事も言うようだけど、わたしやクロコダインといる時には結構素直な顔も見せる。

 君のヒュンケル観には多分に恋敵フィルターがかかってる。

 けどつっこむ間もなくポップがすうすう寝息をたて始め、わたしは彼の身体を抱えて、岩山の陰になるあたりに移動させた。

 …確かにこれは、強さに絶対の信頼がおける仲間が居ないと危険かもしれない。

 しかしまあ、今回のポップの行動がアレなだけで、本来魔法使いというポジションで、1人で戦うシチュエーション自体がないか。

 ふと、見るともなしにヒュンケルの方を見ると、彼がこちらを振り返って、ひどく優しく微笑んでいるのが目に入った。

 戦場で目にするには場違いだけど、心の中でポップの健闘をたたえたのが、つい表情に出てしまったというところだろう。

 

「さて…これで2対2ね」

 

 道中、急場しのぎに手に入れた棍を構えつつ、わたしはヒュンケルの隣に戻る。だが、

 

「あなたが戦う必要はない、グエン。

 オレ1人で充分だ。下がっていてくれ」

 

 ヒュンケルがそのわたしを制して、一歩前に進み出た。

 そのタイミングで、少しの間呆然としていたトドマンがこちらを振り返り、野太い声を張り上げる。

 

「おのれいッ!よくもガルダンディーを…!!

 ただでは済まさんぞ!!」

 

 ヒュンケルは、先ほど一瞬だけ見せた穏やかな表情が嘘のように、薄い青の瞳で敵を睨みつけた。

 鋭く薙いだ剣が、その剣圧のみでトドマンの牙を折る。

 

「ボラホーン!!」

 

 その衝撃と痛みに呻く仲間に呼びかけたラーハルトが、次にはこちらを驚いた顔で振り返る。

 …そうだろう。

 隣で見てるわたしでさえ恐いと感じるほど、ヒュンケルは凄まじい闘気を放っているのだから。

 

「ただでは済まさんだと?

 …それはこっちのセリフだ。

 貴様らがどこの馬の骨かは知らんが…、

 オレの弟弟子をいたぶってくれた礼は、そんな程度では済まさんからな!!!」

 

 ヒュンケルの身体から溢れ出す闘気が、紫色の光となって、彼の全身を覆っていた。




第20話にて、バランとの戦いで失ったグエンの武器、第4話で兄弟子のゲッコーさんに貰ったものですが実は「菩薩の棍」という、恐らく資料に使ってるドラクエ9の中ではほぼ最高ランクに位置する棍でした。
「あなたに差し上げようと思って用意していたもの」との言葉通り、プロポーズの小道具として万難を排して手に入れたものでしたが、友人達に「いや、それが結婚したいと思ってる女性へのプレゼントってどうなの!?」と言われて、その時点では出せなかったという裏エピソードがあります。哀れ。
それを失ってから今回、急場しのぎに近隣で買ったのは「樫の棍」。
ベンガーナでダイの剣を買った後、色々あって精算されてない為、グエンには持ち金がそんなにありませんでした。
あとやはり20話、クロコダイン視点だった為にサラッと流されてますが、最初のギガブレイクを受けた時点で実は上半身の服も斬られていて、ベホマラーで回復してからマントで急場の胸あてをつくるまで、実はおっ○いまる見えでした。
なので旅人の服も新調してます。


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23・半魔の僧侶は過去を断ち切ろうと決意する

なんか知らないけど執筆が捗りませんでした。
グエン一人加わっただけで、バトルシーンが冗長極まってしまい、それをどうにかしようとグダグダ考えてたら、時間が過ぎ去っていきました。
つまり、開き直るまで時間がかかりました。
…ええ別に、他に書きたいもののアイディアが無駄に浮かんでいたとか、特に番外編の構想に気を取られていたとか、ましてや「あさしん」のバレンタインデー企画に夢中になっていたとか、関係ないけど近所のスーパーのお菓子コーナーでずっとかかってるイチゴがどうたらという内容の歌が頭の中でループして止まらないとか、そんなものに時間を取られたりなんかしていません。
し、していませんとも……!!


「よくも、このワシの自慢の牙を!!!

 粉みじんにしてくれるぞ…!!!」

 

 怒りに身を震わせて立つ、ボラホーンと呼ばれたトドマンは、大きさ的にはクロコダインよりひとまわり大きいくらいか。

 多分クロコダインと同じような、同種族の中でも王様級かと思う。

 

「悪あがきならさっさとしろ。先を急ぐんでな」

「若造があッ!どこまでもひとをなめおって!!」

 

 …敵として相対してたらこの態度、確かにすごいムカつくんだろうな。

 わたしとポップの、ヒュンケルに対する見方が微妙に違うのは、ひょっとしたらその立場に立った事があるか無いかの違いかもしれない。

 

「天下無双とうたわれたこの海戦騎ボラホーンさまの(パワー)!!

 受けてみるがいいわあッ!!!」

 

 巨大な拳がヒュンケルを、その身体を、打ち砕かんと襲いかかる。

 だがヒュンケルはあろう事か、その渾身の拳を、無造作に上げた自身の拳で受け止めていた。

 

「これで天下無双の力とは笑わせる。

 オレの仲間には、おまえの倍は腕力の強いやつがいるぞ」

 

 流れ的にはクロコダインの事を言ってるんだろうけど、倍はいくらなんでも盛りすぎじゃないだろうか。

 ていうかこの状況を見る限り、ヒュンケル自身がすごい剛力なように見えるけど、これ実はアバン流の基礎の中に体術的な項目があって、それの応用らしい。

 わたしもポップに説明してもらっただけだからよく知らないけど、気合いを溜めて部分的に力を集中させることによって、瞬間的な攻撃力や防御力の上昇を図れるとかで、これを使えばポップも、大岩を抱えた状態でスクワットとか普通にできるそう。

 とはいえ基礎体力がしっかりしてないと、やった後の疲労感が半端ないらしく、ポップはその基礎体力不足、ダイは修業が途中で終わってしまった為に、彼らには完璧な形では身についていないけど、マァムはそこそこ使いこなしていたそうなので、ヒュンケルにも自然に身についていてもおかしくない。

 見た感じ、このトドマンがヒュンケルの手に負えない相手のようには見えないから、任せてしまって構わないだろう。

 

 …わたしは、こっちのバカに用がある。

 

「…わたしは、あなたを止めるわ、ラーハルト。

 わたしの命を賭けてでも、止める」

 

 …一昨日会った時は一人だった上、自分でも思った以上に覚悟が足りなかったせいで、思わず逃げてしまったが、今は違う。

 ここはもうわたし一人の問題じゃない。

 自分のせいでこうなったのだという責任もある。

 

「グエナヴィア…どうしてもか」

 

 その返事がわりに棍を構え、かつて弟とも思っていた男の前に、わたしは進み出た。

 どうやらラーハルトの武器は槍。

 …なんだかえらく物々しいそれに、そこはかとない既視感を覚えるけど。

 バランの時と同じようにして、ひとまずスカラとトベルーラで、防御力と機動力を確保。

 それから、やはりバランにしたように、マヌーサからの連続攻撃。

 まずはこれで様子見としよう。

 この子は呪文はあまり得意ではなかった筈だから、フバーハは必要あるまい。

 

「くっ……!!」

 

 ラーハルトはわたしの分身に一瞬戸惑ったようだが、驚く事に彼は、そのすべての動きに対応してみせた。

 効率が悪いようだが、全て躱せるのならば、分身を見極める必要もない。

 こいつ、速さだけならバランを上回るかも!!

 ならば…本来は槍を以って使う技だし、見よう見まねだけど。

 

「さみだれ突き!!」

 

 それは、パルナ村でオミットさんに演武を見せていただいた中で、一番棍に応用できそうだと思っていた、連続突きの技だ。

 

 わたしの生きる力、技は、人間がくれたもの。

 それを否定する者に、負けるわけにはいかない。

 

 …だがそこに、更に驚く事が起こっていた。

 確かに未熟だが、それでも相当な高速である筈のわたしの突きが全て、ラーハルトの槍で弾かれたかと思うと、最後の突きがその穂先で合わされ、止められていたのだ。

 信じられない、あんなに大きな武器で。

 

「もう止せ、グエナヴィア。言ったろう。

 オレはもう、守られるだけの…子供だった時のオレじゃない」

 

 一旦押し返して間合いを離そう…と思ったが、それができない。

 わたしが力を込めて押し返せば、向こうから同じだけの力が加わって、均衡を保とうとしてくる。

 バカにしてる。

 力では間違いなくラーハルトが上だ。

 それをわざわざ、同じだけの力で合わせてくるなんて。

 そして、この状態から引くわけにもいかない。

 この状態で力負けすれば、その勢いは全てわたしの方に来てしまう。

 考えろ。頭はその為にある。

 戦いは、力の優劣で決まるものじゃない。

 その時。

 

「ブハアァーーーッ!!」

「ムッ!!」

 

 ヒュンケルが戦っているトドマンが、どうやら氷のブレスを吐いたらしい。

 見る限り、マヒャド級の威力がありそうなそれは、直撃を食らえば一瞬で凍りつくだろう。

 そこに武器を撃ち当てて砕く戦法か。

 さきの粉みじん発言は、どうもそういうことのようだ。

 なるほど、うまい手だ。けど相手が悪い。

 一瞬、ラーハルトの視線がそちらに逸れた。

 …この瞬間を逃す手はない!

 わたしは棍を横にずらし、ぱっとそのまま手を離すと、トベルーラで跳躍してラーハルトの頭上へ飛ぶ。

 

「なっ…!!」

 

 一瞬、力を逸らされたラーハルトの身体が泳いだ。

 その背中を蹴って、もう一度空中へ飛び、そこで体勢を整えながら、手に魔法力を溜めた。

 

「バギマッ!!」

 

 瞬間。

 何故か、トドマンのブレスの中でヒュンケルが口にした合言葉(キーワード)が、わたしの前で、大きな槍を構えた男の、唇の動きと、重なって見えた。そして。

 

 

「「鎧化(アムド)ッ!!」」

 

 

 

 風が。

 

 吹雪が。

 

 かき消された。

 

 

 

「それは…まさか!?」

「なるほど。

 あれはまさしく魔界最高の名工といわれたロン・ベルク作…鎧の魔剣。

 火炎・凍気をはじめとする、電撃以外全ての呪文を弾く…オレのこの『鎧の魔槍』と並ぶ傑作だ」

 

 

 

「ふ…吹雪が効かん!!!!!」

 

 動揺するトドマンの武器を手刀で砕くと同時に突進し、ヒュンケルがその巨体を素手で殴り飛ばす。

 

「…遊びは終わりだ!!」

 

 言ってヒュンケルは兜から剣を取り外すと、先ほどガルダンディーとか呼ばれていた鳥に放ったのと同じ技で、トドマンの胸を貫いていた。

 

「ブラッディースクライド!!!」

 

 …ラーハルトが身につけていたのは、ヒュンケルのものより軽装ながら、それと質感の似た金属で作られた鎧だった。

 なるほど、あの巨大な穂鞘は、ヒュンケルの剣の鞘と同様、鎧に変化する部分だったか。

 などと感心している場合じゃない。

 なんて事だ。

 ヒュンケルと同じ鎧であれば、呪文攻撃は一切無効ということになる。

 呪文だけじゃない。

 先ほどのヒュンケルがブレス攻撃すら弾いたのを見る限り、属性攻撃そのものが無効化されるらしい。

 それはわたしの攻撃も、バギや氷結乱撃は通用しないという事。

 

「ヤツとならこれで戦力は互角…いや、腕はオレの方が上だから、オレが有利かな…?」

 

 わたしの場合、ヒュンケルは最初から味方だったが、この魔法防御力を持つヒュンケルに敵として相対したダイ、ポップ、マァムの、ファーストコンタクト時の絶望感が如何許りであったか、今なら理解できる。

 

「ほざくな…次は貴様の番だ」

 

 と、トドマンを片付けたヒュンケルが、再びわたしの隣に立つ。

 それだけで、その存在感のなんと頼もしいことか。

 

「下がっていろと言った筈だぞ、グエン。

 どうやらそいつとは因縁があるようだが、戦いはオレに任せておけ。

 …あなたも、あなたの守りたいものも、オレが必ず守る!!」

「…ヒュンケル!」

 

 ヒュンケルは、わたしにそう言うと、剣を構えてラーハルトに向かった。

 ラーハルトはそのヒュンケルの剣撃を、左腕に装着された小さな盾で受け止める。

 

「おまえの秘技を拝ませてもらった礼をせねばなるまい…今度はオレの秘技をお見せしよう!」

 

 そう言って、その盾に収納されていた突起を引き出す。

 ラーハルトの手の中でそれは長く伸び、先ほど手にしていたのと同じ長さの一本の槍となった。

 それが、構えたと同時に、疾る。

 次の瞬間、その穂先は、反射的に首を傾けて躱したヒュンケルの足元に、彼の兜を落としていた。

 ヒュンケルが一旦間合いを離す。

 

「上手く躱した…と言いたいところだが…。

 今のはほんの挨拶がわりだ。

 落ちた兜をよく見ろ!」

 

 …それは真ん中から、綺麗に二つに割れていた。

 ヒュンケルだけでなく、後ろに控えるわたしも息を呑む。

 やはりラーハルトのスピードは桁違いだ。

 しかもわたしの時は、半分の実力すら出していなかっただろう。

 そして、元々器用な子だった彼は、今やそのスピードに加え、正確さ、精密さまでもを兼ね備えている。

 ヒュンケルの剣技には正確さがないとは言わないが、やはりその(パワー)による一撃の破壊力が、最も大きなウェイトを占めている。

 だが一撃の破壊力は上でも、その一撃が当たらなければ意味がない。

 総合的な部分での二人の戦闘力にそれほど違いはないだろうが、ヒュンケルにとってのラーハルトは、相性のいい相手とは言い難い。

 

「その気になればオレの槍は、おまえがまばたきしている間に、その心臓を貫くことだってできる」

 

 涼しい顔で言ってのけるラーハルトの言葉は、決してハッタリではないのだろう。ならば。

 

「お…面白い!そんなことができるのなら……」

「ヒュンケル、挑発に乗らない!

 …気負わなくていいわよ。

 わたしへの気遣いは無用だわ。

 人間の力は、仲間との絆。

 生死を共にする仲間として、お互いを信じ合う心。

 …一緒に戦いましょう、ヒュンケル。

 わたし()()の、守るべきものを、守るために」

 

 無策で突進して行こうとしたヒュンケルを制して、彼の身体にスカラをかける。

 …以前、回復呪文が通ったから大丈夫とは思ったけど、どうやら補助呪文も問題なく通るようだ。

 この鎧の魔法無効化は、『害意ある』ものに限られるらしい。

 今度彼に協力してもらって、もう少し詳しい効果の範囲を検証させてもらおう。

 …まあ、それには今、目の前に立ちはだかる()を討ち果たし、バランとの戦いを、生きて終える事が大前提なわけだけど。

 

「グエン……わかった」

 

 スカラをかけるために触れていたわたしの手に、ヒュンケルの手が重なった。

 互いに視線を合わせて頷き合い、意思の疎通が完了して、改めてラーハルトに向き合う。

 

「…グエナヴィア!

 オレと敵対してまで、人間の手を取ると言うのか…!

 いい加減に目を覚ませ!!

 おまえを守れるのはそいつではない、このオレだ!!」

 

 言うや、ラーハルトの槍が回転した…ところまでは目視できた。

 だが次に、閃光が幾筋も疾ったように見えたかと思えば、ヒュンケルの身体が後方に吹き飛んでいた。

 

「うおおおおッ!!!」

 

 ヒュンケルの身体の至る所に、ラーハルトの放つ鋭い突きが命中する。

 スカラをかけていなければ、鎧が砕かれて結構なダメージを負っているだろう。

 だがダメージは流せても勢いは殺せず、ヒュンケルの身体は、後ろの岩山に叩きつけられた。

 

「ヒュンケルッ!!」

「グエナヴィア…おまえが信じた人間がいかに無力か思い知ったろう。

 さあ、いよいよ予告通り、心臓を貫いてやろう」

「…それを実行するには、わたしを殺すしかなくてよ、ラーハルト。

 今度はわたしが相手をする。

 全力でかかってきなさい!!」

 

 それでも、ヒュンケルのダメージはさほどでも無いはずだ。

 隙さえ作れれば攻撃のチャンスはある。

 そして攻撃さえ当たれば、ヒュンケルなら勝てる。

 それを作るのが、仲間としてのわたしの役目だ。

 ラーハルトは「わたしを守る」と言った。

 けれど彼の言うそれは、それまで生きてきたわたし自身を、壊す事と同義だ。

 バランが、ダイを手に入れようとしているのと同じように。

 バランは「ダイ」を壊して、「ディーノ」を手に入れようとしている。

 ラーハルトもまた、彼が守ろうとしているのは、別れた当時の無力だった少女の頃のわたしであり、彼の中に今のわたしは存在しない。

 わたしにもラーハルトにも。

 ダイにもバランにも。

 同じ時間が流れている筈なのに、誰もそれを認めようとしていなくて。

 

 …だから、わたしが時間を進めよう。

 あの日のラーハルトを取り戻そうなどとは、もう思うまい。

 できれば殺したくはなかったから、無力化する程度に留めたかったけど、そんな甘い考えで勝てる相手じゃない。

 

 どちらかしか、選べないなら。

 わたしは、「今のわたし」を選ぼう。

「今のわたしが守りたいもの」を守ろう。

 

 目の前にいるのは、それを壊そうとする、敵だ。

 

 ☆☆☆

 

「……誰か、ここへ来るよ…わかるんだ。

 ぼくは…その人を知ってる…!」




覇極流千峰塵(さみだれづき)!!」
「やめろと言うのに」

バトル漫画のセオリーは一対一。
けどドラクエのシステムはパーティー戦。
僧侶とか魔法使いの存在って、そのパーティー戦の象徴だと思うの。
…それはそれとしてラーハルトって入力しようとしてラーまで打つと、やたらとラーメン関係の予測変換が出てくるの何とかして欲しいんですけど。
なんともなりませんかそうですか。


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24・半魔の僧侶は防御する

物語としてはバランとの戦いが一番盛り上がるシーンだとわかってはいる。
わかっているのだが、正直アタシはこのバラン編が結構嫌いだ。
それぞれの感情、それぞれのエゴがぶつかり合う、見ててすごく胸が痛いシーンの連続であり、単純な正義と悪の戦いと割り切れない部分が一番浮き彫りになるからだと思う。
特に記憶のないダイにポップやレオナが声を荒げるあたりなど、正義の側にある筈の彼らが自分達の事しか考えてないようにも見え、見ていて腹が立つくらいだった。
そんなただでさえ全員のエゴが見てて辛い場面に、もうひとり加えて更にややこしくしてしまって、本当に申し訳ないと思っている。
あともうひとつ、すごく嫌いな台詞があるが、それはそのシーンが本来入る筈の回で説明する。
それはさておきロイホのコスモドリア食べたい。


 テラン王国、竜の神殿を祀る湖。

 まだ先日の戦いの爪痕が、生々しく残るその場所に、着地音を轟かせて降り立つ男が一人。

 

「ディーノよ…!奴らがどこに匿おうとも、私にはおまえがどこにいるのかがわかる。

 私たちには何物にもまさる、血の絆があるのだからな…!」

 

 かつての自分の過ちのために。

 醜く身勝手な生き物を、信じたために。

 失ってしまった大切な人。

 失ったと思っていた、その忘れ形見。

 溢れるほどの愛と、身を焼くほどの憎しみ。

 その二つを同時に瞳に宿したかつての地上の守護者は、最も確かな方法で我が子に呼びかけていた。

 

 ・・・

 

「い…今なにか、凄まじい力をもった者が現れました…!

 この城の東南…すぐ近くです!!」

「まさか!!?」

「…バランだ。間違いない。

 瞬間移動呪文(ルーラ)で、先にこの国までたどり着いたのだ!!

 急いで、守りを固めなければ…!!!」

「わかったわ!

 あたしとクロコダインとで守りにつきましょう!!

 ナバラさんたちは、ここでダイ君に付き添ってあげて!!」

「姫には危険だ!

 あのバランの驚異的な力をお忘れかっ!!?」

「だからこそ行くのよ!

 バランが相手ではあなたも無傷では済まないわ。

 グエンが居ない今、回復呪文の使い手が要るでしょう!?」

「…やむを得ませんな。

 言われて考えを曲げるような方ではないし…」

「そういうことね。さあ、行きましょう!!

 …ナバラさん、メルル。

 絶対にダイ君を、牢の外に出してはだめよ!」

 

 ・・・

 

 ふたつの紋章は、輝きを放ちながら互いに呼び合う。

 それは間違いなく、この世にただ2人、親子の血の絆だった。

 

「必ず取り戻す。

 二度と、誰にも奪わせはしない…!」

 

 ☆☆☆

 

 “そんな言い方は良くないよ。

 君のお母さんも人間なんだから。

 君の言葉は、お母さんをも傷つけてしまう”

 

 オレが母を迫害する人間どもへの憎しみを口にする度に、母が見せる悲しい顔の理由を教えてくれたのは、生まれて初めて出会った同族の女だった。

 この広い世界の中に、オレ達のような半魔族が、ただ二人だけとは思わないが、それが偶然出会うなど、奇跡のような確率だろう。

 オレが知らずに、無意識に傷つけていた母の悲しみも、その母でさえ全ては理解し得なかったオレの孤独も、彼女は理解した。

 

 やがて母が亡くなり、旅立つかと思っていた彼女がそばにいてくれるとわかった時、オレ達は一生共にいるのだと思った。

 

 母が悲しむ事が判っていても、オレは人間への憎しみを、捨て去る事はできなかった。

 でも、もうそれでいい。

 母を失った今、オレと人間の間には、何の繋がりもない。

 

 他に何も、誰も要らない。

 彼女が居れば生きていける。

 

 山の中のあの小さな小屋が、オレと彼女…グエナヴィアとの、二人だけの世界で良かったのだ。

 それが、壊された。人間たちの手によって。

 

 バラン様が通りかかってくださらなければ、オレは恐らく殺されていた。

 そして、グエナヴィアは……

 

 “逃げなさい、ラーハルト!

 わたしは大丈夫だから、早く!”

 

 奴らの狙いはオレだった。

 だからグエナヴィアは、オレを守る為に、あの場に残って戦った。

 そして……

 

 正直、未だに夢に見る。

 泉の水で身体を清める時も、オレの見ている前では、決して晒さなかった白い肌。

 記憶にある母のそれより豊かな双丘。

 力無く横たわるその白い身体に、無遠慮に圧し掛かる人間の男。

 

 バラン様を連れてオレがそこに戻るのが、一足遅れていればどうなっていたか、想像に難くない。

 バラン様がその男の首から上を吹き飛ばしてくれた時は、当然だと思うと同時に、自分で手が下せなかった事を悔しいと思った。

 あの男は、俺が殺すべきだった…オレに殺されるべきだった。

 

 そうできなかったのは、オレが子供で、弱かったからだ。

 だから強くなろうと思った。

 バラン様が差し伸べた手を、迷う事なく取った。

 彼女は、必ずオレと共に来ると思っていた。

 だが…救われて、安心して目覚めた朝、彼女の姿はどこにもなかった。

 オレは泣いた。

 その泣くオレに、バラン様は言った。

 

 “彼女はおまえを守る為に、私におまえを託した。

 彼女にもう一度会いたいのならば、おまえが彼女を守れるくらい、強くなれ”

 

 そうだ。

 オレが弱かったから、二人の世界を壊された。

 ならば取り戻す為に、強くならなければ。

 オレは、必ずグエナヴィアを探し出す。

 そう思って修業に励んだ。

 

 そうして遂に、再会の時が訪れた。

 …オレは魔王軍の侵攻開始直後に、母を追い出し、オレ達を間接的に殺そうとした村の奴らへの復讐は果たしていた。

 村の惨状を目にした時に、グエナヴィアはこれが、単なる魔物の襲撃ではないと悟ったのだろう。

 オレを見据えた瞳に、明らかに、嫌悪と恐怖の色が浮かんでいた。

 

 “…血腥(ちなまぐさ)い手で、触らないで”

 

 “あなたも魔王軍の一員である以上、わたしはあなたの敵でしかない”

 

 信じられなかった。オレを拒否するなど。

 全て、オレとおまえの世界を取り戻す為だ。

 世界から人間どもが居なくなれば、オレ達は平穏に暮らせるんだ。

 それなのに何故。

 その人間どもの側に立とうというのか。

 オレの手を振り払ってまで。

 …そんな事は、認めない。

 誰にも渡さない。絶対に。

 

 ☆☆☆

 

「もう少し待ってれば、ぼくを守ってくれる人が来るよ!

 もう、近くまで来てるんだ!」

「…違うわ。…それは敵よ!!」

「敵!!?」

「そうよ!!

 キミの心からキミと…あたし達のかけがえのない思い出を奪った、許せない敵だわ!!

 そんなヤツが来るっていうのに、ヘラヘラ喜んでないでよ!!」

 

 

 “…そんなに声を荒げないで、レオナ姫。

 彼が怖がっちゃうでしょう?”

 

 確かめたいことがあると言って出て行ったまま、まだ戻ってこないグエンの声が、突然脳裏に浮かんだ。

 …わかってるけど、あたしは貴女みたいに大人じゃないのよ。

 

 グエンは、自分がダイ君に忘れられていると知ると、改めて友達になるって方を選んだけど、あたしはそんなの我慢できない。

 バランに壊されたダイ君との思い出は、あたしにとってもかけがえのないものだった。

 これから上書きをしていっても、それは偽物でしかないもの。

 あたしとの思い出だけじゃない。

 バランはダイ君の積み重ねてきた、生きてきた時間そのものを奪った。

 それがまさに、ダイ君をダイ君足らしめていると、知った上で。

 それが許せない。だからあたしは、戦う。

 あたしの…あたし達のダイ君を、取り戻す為に。

 

「さあ!クロコダイン!!」

「…心得た!!」

 

 ☆☆☆

 

 ラーハルトの槍が閃き、新調したばかりの旅人の服の、あちらこちらに裂き傷がつく。

 攻撃の合間を縫っての、ヒュンケルの斬撃をも受け止める。

 

「なるほど、やはり(パワー)だけはある。

 しかしその力も、オレに命中しなければ意味がないぞ!!」

 

 冷静に分析され、攻撃を返される。

 やはりラーハルトの攻撃は正確で緻密だ。

 しかもスカラをかけていてもこれだけ通るのだから、その斬撃の鋭さに驚きを禁じ得ない。

 ヒュンケルの方が一撃の威力が上だとか言ったの誰だ。あ、わたしか。

 連続突きから、円の動きの薙ぎ攻撃、そこから更に一閃。

 閃光のような攻撃は変幻自在で、見切る事は不可能だ。

 こんな時に魔力暴走の兆しが身体の奥から湧き上がるが、相手は攻撃魔力を無効化するから全然意味がない。

 速度倍化呪文(ピオリム)でも使えればそれなりに役には立つんだろうが、わたしには使えない。

 以前契約は試したが、どうも適性がなかったらしく成功しなかった。

 バランの時のように最大の一撃を撃たせて、カウンターで返すつもりでいたけれど、ラーハルトはバランより手数が多い。

 このままいけばその最大の一撃を待つ間にこっちが殺られる。

 守勢に回ったら負ける…こうなったら捨て身で攻撃をするしかない!

 わたしがそう思ったと同時に、

 

「海波斬!!」

 

 ヒュンケルの剣が、アバン流最速の技を放つ。

 それもラーハルトの身体に掠りもせずなんなく躱されはしたが、その身体が動くと思われる先に、わたしは咄嗟に棍の一撃を打ち込んだ。

 

「一閃突きっ!!」

「くっ!!」

 

 それをも躱そうとしたラーハルトが一瞬体勢を崩す。いける!

 

「ヒュンケル!!」

「ブラッディースクライド!!!!」

 

 これを躱せる筈がない。そう思った。

 

 だが。

 

「そう来るだろうと思ったぞ!!

 だが、その程度の策で勝てるほど、オレは甘くはないッ!!!」

 

 信じられないことに、次の瞬間にはラーハルトは、わたし達の頭上遥か上まで跳躍していた。

 体勢を崩したのはフェイクだった。

 そして、最大の一撃の後に生じる、その隙を待っていたのは、向こうも同じだった。

 

「受けろ!!陸戦騎最強の一撃を…!!!

 

 ハーケンディストール!!!!!」

 

 ラーハルトの技がヒュンケルに向かっているとわかった刹那、わたしはヒュンケルの前に飛び出していた。

 

「グエンッ……!!」

 

 暴走する魔力を、全て前方に放出する。

 

「スクルトッ!!!!」

 

 …本来この呪文は、仲間全員にスカラをかけるもの。

 その複数人を薄皮一枚纏わせる防御膜を、今は前方のみに集中させて防御壁とした。

 つまり、フバーハで試した事の逆の発想。

 しかも魔力暴走が起きている分、更に強度が増している。

 大抵の物理攻撃はこれで防げる……筈だった。

 実際、威力だけなら、防げていただろう。

 

 だがラーハルトのその技の真価は、一撃の破壊力そのものより、その破壊力が加わる密度の高さにあった。

 同じ圧力を、広範囲にわたってかけるのと、範囲を狭めてかけるのとでは、一点にかかる力で、後者の方が破壊力が勝る。

 

 鋭い刃物のような密度の高い衝撃波に、ほんの数秒は耐えたわたしの防御壁は、真っ二つに切り裂かれる寸前までその衝撃を散らし…

 それにとうとう耐えきれなくなった瞬間、その全ての威力を、足元の地面へと押し流した。

 …結果、衝撃で砕けた大地が、わたしとヒュンケルに、爆発のように襲いかかった。

 

「うおおおッ!!?」

「キャアアァァーーーッ!!!」

 

 一度空中に投げ出され、裂けた地面の上に、二人揃って投げ出される。

 

「…所詮は人間だ。

 縋る手を間違えたな、グエナヴィア」

 

 ラーハルトが呟いた言葉を聞きながら…わたしは、意識を失った。

 

 ☆☆☆

 

「死にきれんと見えるな…グエナヴィアが、半端に強力な防御壁など張ったばかりに。

 だがとどめは刺さん。

 そのままもがき苦しんで、ゆっくり死ね」

 

 ヤツの声が聞こえ、薄れそうな意識をオレは無理矢理覚醒させた。

 

「オレはディーノ様を奪い返す為に、バラン様のもとへ急ぐのでな。

 だが…グエナヴィアは返してもらうぞ」

 

 グエナヴィア…グエンの事か。

 そうだ…グエン!あの女性(ひと)は、オレを庇って攻撃に巻き込まれたのだ。

 彼女の無事を確認すべく、瞼を開け、なんとか顔を上げる。

 見れば力なく横たわっているグエンを、今交戦している男が、その腕に抱き上げようとしているところだった。

 奪われるわけにはいかん。ダイも…グエンも!

 

「まだ、無駄なあがきをするのか」

 

 辛うじて身を起こしたオレに、ヤツが視線だけを向けながら、嘲笑うように言う。

 

「た、たとえバランがダイの肉親であろうとも…おまえがグエンのなんであろうとも、渡すわけには、いかん…!」

 

 ダイのまなざしは、本人に自覚はなかろうが、人間だけに向けられているのではない。

 人間たちとそれ以外の種族との間に溝を作り続けてきたのは、太古から繰り返される魔界からの侵略者の存在だ。

 それが地上に現れる時、地上に住むモンスターが魔界の先鋒とされてしまうが故、人間はモンスターを、そして魔族を忌避してきた。

 グエンのこれまでの人生は、そんな溝による悲劇と言っていい。

 オレもダイも、モンスターに育てられた点では同じ。

 違うのは、オレが人間を憎んだのに対し、ダイは人間、モンスターを枠組みにとらわれず、全てを対等に見る事ができたという事だ。

 ダイが居れば、ダイが世界を救えば、その世界の在り方は、きっと変わる。

 グエンはそう信じていると言った。

 

 そのグエンは、人間が魔族を受け入れる、その入口になりうる存在だ。

 

 …今、ダイを守っているのは、レオナ姫とクロコダインだという。

 先にバランがダイのもとへ向かったというなら、事実上バランと戦えるのはクロコダインひとり。

 そこにこの男までバランと合流してしまえば、もはや抗う術すらなく、ダイはヤツらの手に落ちるだろう。

 今、オレが倒れたなら、間違いなくそうなる。

 こいつがグエンを連れ去ろうとしているのも合わせて、阻止できるのは、今はオレしかいない。

 

「ダイは…そしてグエンもまた、地上の民全ての希望なのだ…!!」

「希望だと?…フン!くだらんッ!!

 地上のゴミの人間どもに、そんなものを抱く権利などないわ!!」

 

 だが目の前の、グエンがラーハルトと呼んでいた魔族は、オレの言う「地上の民」を「人間たち」と受け取ったようで、その言葉に怒りを乗せて言い放つ。

 

「よかろう。冥土のみやげに教えてやる。

 バラン様がなぜ、あれほどまでに人間を憎むかを…!

 それを聞けば、おまえもそんなたわ言を、二度と口にできなくなる…!!」

 

 グエンを抱き上げた手に、無意識に力が篭ったのだろう。

 その腕の中で、彼女が呻いて、身体を硬ばらせたのがわかった。

 ヤツはそれに気付いたのかどうか。

 もはや感情を隠すこともなく、ラーハルトは叫ぶように言う。

 

「バラン様がこの世でただひとり愛した女性…

 

 すなわちディーノ様の母上は…、

 

 人間に殺されたんだッ!!!」

 

 その青い貌に怒りを顕したラーハルトの言葉に、オレは立ち上がる事も忘れ、その場に固まった。




冗長過ぎて自分で腹立つ。


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25・半魔の僧侶はねむっている!

主人公、丸々一話気絶中…

お前は聖◯士星矢か(爆


 本来、(ドラゴン)の騎士とは、その強大な力ゆえ、この世に一人しか生まれ得ぬものであり、その力は一代限りのもの。

 その身は天から遣わされし聖母竜(マザードラゴン)により産み落とされ、その命を終える時もまた、聖母竜(マザードラゴン)のもとへと還る。

 その際(ドラゴン)の紋章は聖母竜(マザードラゴン)の胎内に宿り、それは次の新たな騎士へと受け継がれる。

 それが(ドラゴン)の騎士の宿命。

 魔王ハドラーが世界を席巻していた頃、当代の(ドラゴン)の騎士・バランは魔界において、より強大な敵と戦っていた。

 最後の知恵ある(ドラゴン)、冥竜王ヴェルザー。

 それを滅ぼし、瀕死となったバランは、(ドラゴン)の騎士が傷を癒す“奇跡の泉”へと向かう。

 

 そこで、バランは出会ってしまったのだ。

 彼の…太陽に。

 

 傷つき倒れたバランに奇跡の泉の水を与えた、その美しい少女の名は、ソアラ。

 現在アルゴ岬と呼ばれている場所の先に、かつて存在したアルキードという王国の、王女。

 その出会った場所で彼女と何度も逢瀬を重ね、城へと招き入れられたバランは、すぐに家臣たちの嫉妬を買うこととなった。

 自分たちの権力を脅かしかねない存在として。

 なにせ、王女と彼が想い合っているのは誰の目から見ても明白であり、このままでいては突然現れたどこの馬の骨とも知れぬ男に、王座が奪われる事になる。

 やがて中傷が、王の耳へと届く。

 

『あの騎士は人間ではないようです。

 魔王の手下の生き残りかも…』

 

 単なる中傷であれば、はねのける事は出来ただろう。

 バランにとっての不運は、それが半分は事実であった事だ。

 魔王ハドラーの猛威も記憶に新しい時節であるのも災いした。

 バランは城を追われ、流浪の旅に戻る事となった。

 それは彼の心に傷を与えたが、それまでの人生に何度となくあった事。

 そう思って、割り切れた。割り切れる筈だった。

 

 ソアラがその時、彼の子供を身籠ってさえいなければ。

 

  (ドラゴン)の騎士という、神が創りし究極生物。

 本来ならあり得ない事であり、その奇跡ともいえる命を宿した愛する人を、手放す事などバランにできる筈がなかった。

 彼女を連れて逃げ、テランの森深くに居を構えた。

 一人ならともかく、身重の女性を連れて、遠くまでは行けなかった。

 

 そこで、二人の愛の結晶が、産声を上げた。

 その奇跡の子に、二人はディーノと名付けた。

 愛する妻と、息子。そして自分。

 三人だけの小さな世界。それで良かった。

 

 だがやはり、王女を連れて逃げた事を、国王は決して許しはしなかった。

 アルキードの大群に取り囲まれたバランは、人間を傷つける事を良しとせず、妻と子の身の安全を条件に自ら捕縛された。

 

 …結果として、この決断がバランを、修羅の道へと向かわせる事となる。

 彼は見くびっていた。人を想う人間の心を。

 

 ソアラは連れ戻され、ディーノは他国の貴族の養子となるべく、船でその国へと送られた。

 勿論、母親であるソアラに、その送られる先など知らされる事はなく。

 まもなく王女を誘拐した罪人として、バランは処刑される事が決まった。

 処刑場でその身を繋がれ、攻撃魔法の集中砲火に、甘んじてその命を与えてやろうとした刹那、王城で軟禁状態にあった筈の王女ソアラが、夫を庇うべくその攻撃魔法の中に飛び込んだのだ。

 バランと違い、竜闘気(ドラゴニックオーラ)の加護など持たないソアラは、あっけなくその命を散らした。

 

『人間を憎むより、探し出した息子とともに、平和に暮らしてほしい』

 

 今際の際に、愛する夫にそう告げて。

 

 国王は王女を失った動揺のあまり、その行為を『恥さらし』と詰った。

 その瞬間、本来なら世界の均衡を崩さんとする存在に対して放たれる力が、バランの額から無尽蔵に放出され…、

 

 その日、アルキード王国は、地図から姿を消した。

 

 愛する妻の亡骸を腕に抱きながら、かつて守ってやった筈の人間という種への失望に、血の涙を流す (ドラゴン)の騎士は、もはや地上の守護者ではなく、復讐者であった。

 

 バランは世界中を探したが、ディーノを見つけることができなかった。

 乗せられた船までは特定する事ができたのだが、その船は航海中の事故で難破したらしく、乗客も乗組員も船とともに沈んでしまったとの事。

 また、養子となると約束されていた貴族は、その船の目的地であった国には存在せず、恐らくその地に着いたところで、ディーノは人知れず消されていただろう事もわかった。

 

 人間とは、どこまで醜く自分勝手な生き物なのか。

 それがわかった以上、もはや迷う事はない。

 このような生き物、滅ぼしてしまえばいいのだ。

 元々自分は、その為の存在ではないか。

 愛する人を亡くした以上、自分と人間とを繋ぐものなど何もない。

 

 その時、大魔王バーンが語りかけてきた。

 深い森の中、木の枝にさりげなくぶら下がる、悪魔の目玉というモンスターから。

 それを通じても、その者が持つ力、威圧感が伝わってきた。

 だがそれをして尚、穏やかに、甘やかに、その者の言葉は、心に染み通った。

 

『そう、そなたの言う通り。

 人間こそ、(ドラゴン)の騎士に滅ぼされるべき存在なのだ。

 我が手を取るが良い、バラン。

 そなたの望みは、余が望みでもある』

 

 …こうして(ドラゴン)の騎士は、魔界の神の前に跪いたのだった。

 

 ☆☆☆

 

「バラン様がオレだけに打ち明けてくれた…悲しい過去だ」

 

 語り終えてラーハルトは、少し落ち着いたように息をついた。

 先ほどの様子から見て、この男はバランの憎しみと悲しみに呼応している。

 恐らくこの男自身も、魔族であるが故の憂き目に遭ってきたのだろう事は、グエンの例を知っているだけに、容易に想像がつく。

 彼女が人間を憎まなかったのは、ひょっとしたら奇跡であったのかもしれない。

 目の前の魔族の姿は、彼女にもあり得た可能性なのかもしれない。

 純粋な人間であるオレですら、ひとときは人間を憎んでいたのだ。

 だが…未だ衝撃の影響が残る震える手足に力を込めて、奴を睨みつけながら、オレは立ち上がった。

 

「なっ!?おまえ…まだ…!!?」

「……ラーハルト、おまえは強い。

 グエンが居なければ、あの攻撃を受けて、立ち上がる力は残っていなかったろう。

 今の話を聞いたら尚更、このまま倒れているわけにはいかなくなった…!!!

 ダイの為にも、グエンの為にも…そして、バランの為にもな!!」

 

 オレも、人間に失望していた。

 そもそも、モンスターに育てられたオレには、人間など父や仲間たちの仇でしかなかった。

 だが、心を開かないオレにもアバンは優しかった。

 アバンについて世界をまわりながら、剣の修行と共に、様々な事を学んだ。

 

『そんな怖い目をしない、ヒュンケル。

 テーブルマナーも、レディーファーストも、生きていく上で大切なことのひとつです。

 特に女性には優しくしなければ。

 いつかはあなたも結婚して、奥さんのお世話になるんですから』

 

 …冗談なのか本気なのかもわからない軽い口調で言ったアバンの、へにゃっとした笑顔が頭に浮かぶ。

 アバンが真心で接している事、オレにだってわかっていたのだ。

 それがオレ自身、許せなかっただけだ。

 慕わしい気持ちを、憎しみで封じ込めて、あの日オレはアバンに剣を向けた。

 慕い、憎む。

 オレにとってアバンは、己が矛盾の象徴だった。

 アバンさえ居なくなれば、その矛盾は解消される。

 だから…

 

「…オレには、バランの気持ちがよくわかる…」

 

 バランは恐らく、あの時のオレと同じ矛盾を抱えている。

 人間とは、憎むべきもの。

 だが、失った愛しい人は人間だった。

 人間を憎む事は、彼女の想いを裏切る事。

 ならばその矛盾ごと、消してしまえばいいと。

 

 だが、それは逃げでしかない。

 今ならオレにもそれがわかる。

 

『可哀想な人…あなたはお父さんを失った悲しみが大きすぎて…他人(ひと)のせいにせずにはいられないのね…』

 

 オレの為に流された、マァムの涙。

 それにより気付かされたオレの弱さ。

 

『わたしはあなたを、友達だと思っていてよ?

 あなたがどう思っていても、わたしはそう決めた』

 

 オレに向けられる、グエンの無防備な笑顔。

 裏切られてもそれは自分で決めた事だと、信じる心を持ち続ける、彼女の強さ。

 

『オレは男の価値というのは、どれだけ過去へのこだわりを捨てられるかで決まると思っている。

 たとえ生き恥をさらし、万人に蔑まれようとも、己の信じる道を歩めるならそれでいいじゃないか…』

 

 共に行こうと差し伸べられる、クロコダインの手。

 

『待ってよ、今はもう悪者じゃないんだっ!!』

 

 そう言ってオレを弁護しようとする、ダイの小さな背中。

 

『心配なんざしてねえよ…おめえは性格は悪いけど…強さだけは…ピカ一だからな…!』

 

 安心して背中を託してくれる、ポップの憎まれ口。

 

 この仲間を、どうして否定できる?

 人間だけでなく、この地上の民全てが、いずれ分かり合える未来を、こいつらを見てそれでも、夢物語と笑えるか?

 

 せめてバランには、オレが伝えよう。

 オレならば伝えられるかもしれん。

 同じ矛盾を抱えた者として。

 

 ☆☆☆

 

「おまえなんぞに何がわかる!!?

 バラン様の心の痛みが、おまえらなどに消せるほど、軽いものだとでも思ったか!!?

 笑わせるなあッ!!!」

 

 片手にグエンを抱えたまま、ラーハルトの槍が、オレの心臓を狙ってくる。

 奴のその攻撃を、肩先のパーツを掠るのみで躱したと同時に、オレは鎧化(アムド)を解除した。

 

「…!!?」

 

 驚愕するラーハルトに、オレは言い放つ。

 

「おまえの攻撃は見切った!」

 

 バランと対戦する為の余力を考え、必要以上の間合いで躱そうとしていたオレの動きには無駄があった。

 今は“くらってもかまわん”という覚悟で、致命傷にならない紙一重で避けている。

 鎧化を解除したのも、その覚悟をより強くする為だ。

 ようやくグエンから手を離したラーハルトの、閃光のような連続突きがオレを襲った。

 

「なっ…なめるなーーッ!!!!」

 

 が、何度攻撃しても掠るのみで、奴が動揺を露わにする。

 その間隙をついて地面に落とした剣を拾い、オレはようやく攻撃に移った。

 距離を詰めて、何合か打ち合う。

 接近戦になれば、剣の方が勝手がいい。

 オレの斬撃を槍の柄で受け止めたラーハルトが、驚きを隠さずに言葉を発する。

 

「どこにこんな力が残っていたんだ!!?

 それに…先ほどよりも速い!!」

「これが生命を賭けた時の、人間の力だ!!」

「そんなもの…認めんっ!!!!」

 

 柄で押しのけた剣の間を縫って、奴の槍の穂先が、オレの胸を切り裂く。

 それにより間合いを離された瞬間、再び槍が閃く。

 グエンのかけた、防御力を上げる呪文は、とうに効果が切れているらしい。

 先ほどまでより深く肉を抉ってくる突きと、その速さゆえに起こる衝撃波で、オレの身体が跳ね飛ばされ、オレは再び地面に叩きつけられた。

 手から剣が離れ、遠くに落ちる。

 

 …やはりオレの最大の技でなければ、この男を倒せない。

 そして、確実に命中させなければ、次はない。

 

 怒りに我を忘れているらしいラーハルトが、先ほど見せた大技の構えに入る。

 オレは敢えて防御姿勢を取らず、その瞬間を待った。そして…

 

「ハーケンディストール!!!!」

 

 

 

「…かかったな!

 オレの生命を囮にした最後の罠に…!!!」

 

 最後に手に残った武器に闘気を集中させて、奴の槍の軌跡を止める。

 二つの武器が描く形は…十字架(クルス)

 オレの渾身の闘気は、その形に凝縮され、一気に放出されて…

 

「グランドクルス!!!!!」

 

 この体勢と距離なら、躱しようがない。

 オレの最大の技をまともにくらったラーハルトは、空中高く吹き飛ばされた。

 

「これがオレに残された…最後の武器だ…!!」

 

 オレの手の中にあったものを見て、地面に叩きつけられたラーハルトが、驚きに目をみはる。

 

「そっ!そんなチャチな鎖で…!!?」

「…この鎖は誰にも切れん…。

 オレたちアバンの使徒の、絆の証なのだからな」

 

 それは、アバンのしるし。

 アバンが教え子に与えた卒業の証、その鎖。

 かつて捨てようとしたそれは、最後の切り札となって、オレの手の中に輝いていた。

 

 絆…そう呟いて力尽きたラーハルトの、その胸に最後に去来したのは、敗北の悔しさか、それとも羨望か。

 

 ・・・

 

 やはりグランドクルスを使った直後は身体がきかない。

 ハドラーの時のように、意識を失わないだけマシだが。

 何とか立ち上がり、手放した剣を拾う。

 

 …その時背中に、大きな影がさしたのがわかった。

 同時に、放たれる凄まじい殺気。

 反射的に動いて、 後ろからの攻撃をかわす。

 

「き、貴様、まだ生きていたのか!?」

 

 そこには先ほどオレが胸を貫いてやったトドマンが、怒りの目でオレを見据えていた。

 だが、いくら体力を使い果たしていても、この程度の奴が今更出てきたところで、何ということもない。

 

「よかろう、二度と化けて出ないよう、今度は顔面をぶち抜いてやる!」

 

 だがトドマンは、ブラッディースクライドを受けた傷からおびただしい血を流しながらも、何故か不敵に笑ってみせる。

 

「グ…フフッ…できるかな?」

「そのくらいの力なら残っているぞ…!!」

 

 だが剣を構えた次の瞬間、そいつが掴んで目の前に突き出したそれに驚愕し、オレは思わず叫んだ。

 

「グエンッ!!」

 

 

 

「さあ、武器を捨てろ。

 さもないと、この女の頭を握りつぶすぞ!」

 

 その無骨な手の中には似つかわしくない、美しい半魔族の女性は、悲鳴どころか呻き声もあげず、ただ苦痛に顔を歪ませた。




ラーハルト「バラン様がオレだけに打ち明けてくれた…悲しい過去だ」
ひじき「さりげに特別な関係アピールやめてください」


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26・半魔の僧侶は涙する

この物語において、聖水とトヘロス、どちらもモンスター除け効果という点では同じですが、その原理は違うという設定になっております。
聖水は原作でロモスからの船旅で出てきたシーンに描かれる通り、並のモンスターには触れるだけでダメージを与えるもの(だから弱いモンスターは怖がって近寄らない)であるのに対し、トヘロスは害意のあるモンスターの意識に作用し、自分の存在を認識できなくさせるいわば精神的な結界です。
ド◯えもんの「いしころぼうし」を思い出していただければ間違いないかと。
本当なら作中で、いつもの通りグエンさんに説明させるところですが、いま彼女それどころじゃないので。


「や、やめろッ!!」

 

 …気がついた時には頭を鷲掴みにされて吊り下げられて、体重が一気に首にかかってくる苦痛に無理やり覚醒させられた。

 首と頭にかかる負荷による苦痛が邪魔をして、魔力の集中もできない。

 この状態から下手に抵抗すれば、首の骨を折る可能性もある。

 眼下には、そんなわたしの姿に明らかに動揺しているヒュンケルが叫んでいる。

 

 流れ的に、わたしを殺されたくなければ、抵抗をやめろというパターンか。

 こんな形で足を引っ張るとか最悪だ。

 

 ひとまず苦痛を逸らそうと別な事を考えようとしたら、視界の端を、まだ倒れたままのポップの姿が掠めた。

 わたし達が戦っている間、無防備である彼を岩陰に隠した際、一応念の為トヘロスをかけておいて良かったと思う。

 そうでなければ、ここでこうされているのが彼だった可能性もあるのだから。

 

「…オレを殺せば、本当に彼女を見逃してくれるのか…?」

 

 打開策をなんとか考えようとして、思考がまとまらずにいる間に、ヒュンケルの声がおかしな言語を形成しているのが耳に入ってきた。

 

 …は?馬鹿なの?

 

「…んっなワケないからっ!」

 

 反射的につっこみを入れてしまう。

 わたしの言葉に、普段から割と白目部分の多いヒュンケルの目が見開かれたけど、そんな事構っちゃいられない。

 

「こいつ、あなたを殺したらすぐに、わたしやポップもあっさり始末するに決まってるわ!

 冷静に考えればそんな事すぐ判るでしょう!?」

「黙れッ!!」

 

 トドマンが指に力を込め、頭骨がみしみし音を立てて軋むのが判った。

 声なんか上げてやるもんかと歯をくいしばる。

 けど、歯の隙間から洩れる息と呻き声は止めようがなくて。

 

「……きゃうぅっ!!」

「止せ!」

 

 圧力が弱まり、わたしからは見えないのに何故か、トドマンがニヤリと笑ったのが判った。

 

「…いいだろう」

 

 言いながら、ヒュンケルが剣を構えていた腕を下げる。

 

「だ、駄目、ヒュンケル!

 わたしなんかに構わず、このトドとっととブッ倒しなさい!!」

 

 この動きは剣を捨てようとしているのだと理解して、わたしは思わず叫んだ。

 だがヒュンケルはそんなわたしに一瞬哀しげな目を向けてから、一言言い放つ。

 

「……そんなことはできん!」

 

 …その瞳に一瞬顕れて消えた感情に、わたしはハッとした。そして、

 

「ばか!あほ!脳筋!残念イケメン!!

 おまえのかあちゃんでーべーそ!!」

 

 反射的に、思いつく限りの罵詈雑言を、眼下で諦めきった友に浴びせる。

 ほら、こんな酷い事言う女の為に、命捨てるとか馬鹿馬鹿しいでしょう!?

 …なのに、ヒュンケルは一瞬「ハァ?」みたいな顔をした後、何故かその唇に謎の笑みを浮かべた。

 

 …って、だから剣を捨てるなと言うのに!

 

 ヒュンケルの手から放物線を描いて落ちる剣の動きがやけにゆっくりに見え、それが地面に落ちた音が、乾いて響いた。

 

「ちょ…マジで頭おかしいわ!最低!!

 まぬけ!あんぽんたん!おたんこなす!!」

「グフフフッ…いい心構えだ!!動くなよッ!!!」

 

 そしてトドマンがわたしを鷲掴んだまま、もう片方の手で武器を、ヒュンケルの頭上に振り上げる。

 ヒュンケルはやや頭を下げて、その瞬間を待っている形だ。

 

「死ねェ〜〜い!!」

 

 そしてその腕が振り下ろされるのにも、まったく抵抗を見せない彼の姿に、もう完全に終わったと思った。

 

「ヒュンケル〜〜ッ!!」

 

 ドガッ!!

 

 思わず目を伏せたわたしの耳に届く、肉と骨が砕かれる…というにはやけに鋭い音。

 掴まれていた頭からゆっくりと力が抜かれ、落下するわたしの身体。

 なんとか体勢を整えたわたしの目に映るのは、一本の槍を口から喉に打ち込まれ、その巨体を仰向けに倒して絶命するトドの姿だった。

 

「ラーハルト…!!?」

 

 ヒュンケルの声に、ハッとしてそちらに顔を向け、それから彼の視線の先に目をやる。

 

「無事か……グエナヴィア?」

 

 そこにいたのは、うつ伏せに倒れながら、苦しげにわたしの名を呼ぶ魔族の青年。

 

 その顔は…微笑んでいた。

 子供の頃に何度も見た、邪気のない微笑みだった。

 

「…ラーハルト!!」

 

 もつれる脚を必死に動かして、わたしは彼の元に駆け寄った。

 手に回復魔力を集中させ…ようとして、止める。

 診えてしまった。理解したくなかった。けど。

 

 …この子にはもう、回復を受け付けるだけの生命力すら残っていない。

 最後の力を振り絞って、わたしを助けてくれたんだ。

 それなのに、わたしはもう、この子を助けられない。

 

 回復呪文をかけるかわりに、その頭を抱きしめて、金色の髪を撫でた。

 懐かしい匂いと感触に、胸がしめつけられる。

 

「……会いたかったんだ。ずっと。

 やっと戻ってきてくれた…オレの…グエナヴィア」

 

 腕の中で、ため息のような声が、子供の頃と同じ口調で、呟いた。

 

 ・・・

 

「なぜオレを助けた?」

 

 わたしの膝に頭を乗せて、来るべき瞬間を待つのみであるラーハルトに、ヒュンケルが問う。

 いつのまにか目を覚ましたらしいポップもそばに来ていた。

 

「…ヤツがグエナヴィアに、危害を加えようとするのを阻止しただけだ。

 それに人質をとるなど、誇り高き竜騎衆の名を汚す愚行…ましてや人間相手に、な…!!」

「…どうしておまえは、それほどまでに人間を憎むんだ…ラーハルト…」

 

 そのヒュンケルの問いには、わたしがかわりに答える。

 

「…この子もわたしと同じ、人間と魔族との混血児よ。

 わたしと初めて出会った頃、彼は人間たちに虐げられ、村を追われて山の中に、病気の母親と2人で暮らしていたわ」

 

 わたしの説明に、ポップは驚いた顔をしていたが、ヒュンケルは特に表情を変えなかった。

 予想はついていたのだろう。

 訊ねたのは、言葉にする事で昇華させようとする、せめてもの思いやりだ。

 死にゆくラーハルトに対しての。

 それがわかったのだろう、ラーハルトは意地をはることなく、自身の境遇を口にする。

 そうしてひと通り話し終えて、甘えるようにわたしの手を握ってきたラーハルトは、最後はこんな言葉で締めくくった。

 

「オレの悲しみをわかってくれたのはグエナヴィアと、バラン様だけだった…」

 

 だがその言葉が、わたしには受け入れられず、思わず声を荒げてしまう。

 

「違う!あの男は、自分の憎しみにあなたを巻き込んで、利用したのよ!」

 

 わたしが言うのを聞き、ラーハルトが哀しげに首を横に振る。

 

「言うな、グエナヴィア…!

 それでもあの方は、オレに愛情を注いでくださった」

 

 …その顔が、彼の母親の面影を忍ばせて、鼻の奥がツンと痛くなる。

 わたしがラーハルトの役で、あの頃の再現をしているかのようだ。

 

「そんなの愛じゃない…なんでわかんないのよ…馬鹿」

 

 それでも言葉を止めることが出来ずに、そんな事を言ってしまう。

 ふと、ラーハルトの視線がわたしから外れた。

 つられてわたしもそちらを見ると…、

 

 …ポップもヒュンケルも、二人して涙ぐんでいた。

 ちょっと、やめてよ…わたしは我慢してるのに。

 

「フフッ…甘いやつらだな。

 他人(ひと)の悲しみを、我が事のように…」

 

 そう言うラーハルトの目尻にも涙が滲んでいた。

 

「おまえたちのような人間には、はじめて会った。

 おまえたちなら、バラン様の悲しみをわかってやれるかもしれん。

 …バラン様と…ディーノ様を、頼む…!」

 

 その声はか細く消えそうだ。

 だがそれから少し間を置いて、ラーハルトはまだ言葉を続けた。

 

「ヒュンケル…もう一つだけ、頼みがある」

「なんだ?」

「…オレの鎧の魔槍を、グエナヴィアに託す。

 彼女を、守ってやってくれないか…オレの、代わりに…」

「…!」

 

 その言葉に、わたしとヒュンケルが一瞬顔を見合わせる。

 わたしの手を握っていない方の手を、ラーハルトがヒュンケルに向けて伸ばした。

 

「おまえになら…任せられる」

 

 死にゆく者の願いを無下にできなかったのだろう。

 ヒュンケルはその手を取ると、力強く頷いてみせた。

 ラーハルトが、安心したように微笑む。

 

「たとえ戦場でとはいえ…最後に…おまえたちのような人間に出会えて……よ…かっ…た……」

 

 握られた手の指から、全身から、力が…消えた。

 

 ・・・

 

「っ……ううっ……!」

 

 力を失い、冷たくなっていくその身体を抱きしめながら、わたしは嗚咽が止まらなかった。

 この子をこうしたのはわたしだ。

 わたしが無力だったから、彼はますます人間を憎み、だからあのバランの憎しみに呼応した。

 あの男がなんと言おうと、わたしはこの子を手放してはいけなかったんだ。

 

「ラーハルト……!」

 

 ☆☆☆

 

 ラーハルトの亡骸に、とりあえずマントを被せて立ち上がる。

 後で迎えに来て、彼の母親の隣に葬ってあげよう。

 けど、今は無理。後で、必ず。

 

「…グエン」

 

 と、背中からわたしに呼びかけるヒュンケルを見ずに、言葉を返す。

 

「…まさか、謝るつもりじゃないでしょうね?

 わたしの弟同然のこの子を、間違いで死んだ間抜けにするつもり?」

 

 振り返って目を見返すと、少し戸惑ったような視線が返ってきた。

 その後ろで、ポップも似たような表情を浮かべている。

 

「あなたも、彼も、互いに譲れない信念をぶつけ合って戦った。

 その結果、あなたの想いが彼の想いに勝った。

 …それだけの話でしょう。

 それが間違いでないと思うなら、謝ったりしないで。

 ……あと、一発だけ殴らせて」

「え?」

「………っ!?」

 

 了承も得ずに、頬に平手を叩きつける。

 わたしのビンタくらいでダメージは食らわなかったろうが、ヒュンケルは明らかに、何が起きたのかわからない顔をした。

 

「ちょっ…グエン!?…ヒュンケル!?」

 

 そんなわたしとヒュンケルの顔を交互に見比べて、ポップがあたふたしている。けど。

 

「わたしを口実に、死のうとなんかしないでよ!」

 

 半分八つ当たりに近いが、我慢できなかった。

 

「…トドに命を握られた、あの時のあなたの目には、どこかホッとしたような感情が見えた。

 …確かに、消えない罪を背負いながら生きる事は、辛い事もあるでしょうね。

 レオナ姫があなたに下した裁きが、その点では最も残酷と言える事も判ってる。

 …でも!あなたはレオナ姫に裁かれる事を自ら望み、それを受け入れたわ!

 受け入れた以上、それは守りなさい!!」

 

 言ってるうちに怒りがこみ上げてきて、その怒りに任せて言い放つ。

 横でポップが、落ち着けとか言ってるのも目には入っているが、聞いてはやれなかった。

 

「グエン、オレは…!」

 

 言いかけるヒュンケルを遮り、アンダースーツの胸ぐらを掴んで、揺さぶりながら更に怒鳴る。

 

「忘れてるんならもう一度思い出させてあげる!

 わたしは一語一句、違える事なく覚えてるわ!!

『あなたには、残された人生のすべてを、アバンの使徒として生きることを命じます。

 友情と、正義と、愛のために、己の命をかけて戦いなさい。

 そしてむやみに自分を卑下したり、過去にとらわれ歩みを止めたりする事を禁じます』

 最後の部分ちゃんと覚えてた?忘れてたでしょ!?」

 

 勢いで至近距離に引き寄せたヒュンケルの顔が、ハッとしたような表情を浮かべる。

 あの時、わたしの命を握られたヒュンケルは、明らかに己の命を軽視していた。

 それは、かつて犯した罪の重みを、実感していたからに他ならない。

 彼は、罪を背負って生きるには真っ直ぐ過ぎるのだろう。

 けどその彼に敢えてわたしは、一番残酷な言葉を投げつける。

 

「あなたには、後悔することすら許されていない。

 罪を背負いながら、それでも生き足掻くしか。

 …だから、もう二度としないで。

 最後の最後まで、生きる事を諦めないで。

 死ぬ理由なんか…死に場所なんか、探さないで」

 

 言いながら、ヒュンケルの空色の瞳を睨みつける。

 あなたが死んだら悲しむ人がいる。

 その心を無視して、勝手に命を投げ出すことなんか、絶対許さない。

 わたしの事なんか憎んでくれていい。

 嫌ってくれていい。

 でも、あなたに生きて欲しいと思ってる人たちの、その心を、手を、振り払わないであげて。

 

 …そう思っていたのに。

 

「そうだったな…ありがとう、グエン」

 

 少し悲しげに、けれど、どこか嬉しそうに笑みを浮かべ、ヒュンケルはわたしの目を見返して、言った。

 

「…な、なんか、入っていけねえ…!」

 

 ポップの呟きがようやく耳に届き、わたしは慌ててヒュンケルから手を離した。

 

 ☆☆☆

 

 ひと通り気絶している間の情報をヒュンケルに説明してもらった後、ポップにもわたし達がいない間の説明をしてもらい、あの手紙を書くに至った経緯を聞いて、さっきのヒュンケルとおんなじくらいの強さでぶん殴っといた。

 

「なんでヒュンケルには平手で、おれにはげんこつなんだよ!」

 

 とか言われたけど知るか。

 無視してたらぎゃんぎゃんうるさかったので、アタマ抱えて窒息するほどハグしてやったらおとなしくなった。

 たく、うちの男どもはどいつもこいつも命を軽視しすぎる。けど、

 

「…ごめん」

 

 って、ほっぺた赤くして照れ臭そうに言った顔がちょっと可愛かったので許してやることにする。

 

 そんなこんなで落ち着いた頃、ポップが心配そうにこちらに目を向けた。

 

「グエン…あんた、怪我は?」

「わたしは大した事ないけど、ヒュンケルは酷そうね。

 …ベホマ」

 

 言いながら、どうやら負傷よりも闘気の放出によるダメージの大きいヒュンケルに、回復呪文をかけてやる。

 

「…ありがたい。これでまだ戦える」

 

 ヒュンケルはそう言って一旦わたしから離れ、先ほど手放した剣を拾った。

 ついでにトドの死体から、ラーハルトの槍を回収する。

 わたしにはできそうもなかったので助かった。

 

「おれは、体力の方は大丈夫だけど…」

 

 そう、ポップは体力は回復済みだったが、魔法力が底をついていた。

 少し睡眠を取って僅かに回復したものの、あの時間内ではせいぜいメラ2発程度しかあるまい。

 

「そうね。ポップはこれ使いなさい」

 

 言って、わたしは虎の子のアイテムを、彼の手に握らせる。

 

「これは祈りの指輪といって、これを指にはめて祈れば一度…運が良ければ二度三度、僅かだけど魔法力が回復するわ」

 

 やってみて、と促して言った通りにさせると、ポップの全身を淡い光が一瞬包んだ後、指輪に付いている青白く濁った色の石が、音もなく砕け散った。

 一瞬済まなそうな顔をしたポップに首を横に振る。

 

「そういうアイテムだから気にしなくていいわ。

 バランは強敵だから、その程度じゃ心許ないでしょうけど」

「いや、充分だぜ。…でもグエン、あんたは?

 バランとの戦いを考えたら、あんたの方が魔法力必要なんじゃ…」

 

 ヒュンケルが回収してきてくれた槍を受け取りながら、わたしは答えた。

 いつのまにか、鎧部分が穂鞘に戻っている。

 

「バランは強敵だって言ったでしょ。

 あらかじめ補助呪文をかけておくくらいで、戦いになれば、回復してる暇なんか恐らくないわよ。

 だとしたら、なんとか攻撃して、活路を切り開く方がいい。

 …幸いにも、わたしにはラーハルトから託されたこれがある。

 槍術は見よう見まねだけど、わたしには棍の基礎があるもの。

 戦いの中でなんとか掴んで、使いこなしてみせるわ」

 

 言って、わたしはその、大きな穂鞘のついた槍を握りしめる。

 見た目の割に、重量はそれほどでもないようで、わたしでも何とか使えそうだ。

 ヒュンケルの鎧の魔剣と違い、防御力よりも機動性を重視した性能なのだろう。

 

 …これは形見であり、彼の魂でもある。

 ラーハルトの魂が、きっとわたしを守ってくれる。

 

「グエン…」

「戦うな、とは言わないでね?

 わたしはバランに、激しくムカついてるの。

 ダイの為にも、決して殺したくはないけれど、せめてラーハルトの槍で一矢報いてやらなきゃ、ホント気が済まないわ」

 

 …ラーハルトの件もそうだけど、聞けばわたしの故郷のアルキードは、あの男に消滅させられたのだという。

 愛する人を失った事による感情の爆発だったようだが、あの国に住んでいたわたしの親代わりだったシスターたちは、完全にとばっちりで死んだ事になる。

 

 それにしても、もしこんな事が起こっていなければ、わたしはバランを今頃は、自国の王として認識していた可能性があったということか。

 或いは女王の王婿としてかもしれないが。

 そしてダイはその王子。

 その場合、アルキードはカール以上の強兵国として、対魔王軍の先鋒となって戦っていただろう。

 考えると、実に勿体ない事をしたものだ。

 守ってくれた筈の存在をわざわざ敵にまわすなんて。

 

 …復讐なんて事は考えてない。

 わたしがバランと同じところに堕ちるのを、シスターたちは決して喜びはしない。

 そして、ラーハルトも。

 

 でも、さっきヒュンケルやポップにしたみたいに、一発ぶん殴るくらいのことは許されてもいいでしょう。

 …ラーハルト。

 あなたの願いと魂のこもったこの鎧…確かに受け取ったわ。

 

 

 

鎧化(アムド)!!」




この人質シーンを改変するにあたり、思い入れのあった方にはすごく申し訳ないとは思うが、アタシはここで本来入るヒュンケルの、自分を卑下して幸せを放棄する台詞がとても嫌いだ。
だからあの台詞を、せめてアタシの世界の中では吐かせたくなかった。
というかここであの台詞を口に出してしまったからこそ、自分は幸せになっちゃいけない人間だとヒュンケルがその後再認識しちゃってる気がして仕方なかった。異論は認める。
そしてアバン再登場からミスト撃破後のアレを見た時、アバンがいてようやくヒュンケルは、自身を卑下する事なく己の罪と向き合って、その上で幸せになれる道を探せるんじゃないかと思ってた。
いや決してBL的な意味じゃなく。
マァムに対しての言葉にできない想いを、あなたは自分に対して認めていいんですよって方向に導いてくれるかと。
…全部アタシの妄想だったけどな!

そして散々槍の伏線張ってたから予想できてた方もいらっしゃるかと思いますが…グエンさん鎧の魔槍ゲットw
前にもどこかの前書きかあとがきに書いたと思うがアタシ、鎧の魔剣の凶悪なデザインが大好きで、ヒュンケルにはこっちを装備し続けて欲しかったので。
それと同時に魔の無自覚三角関係(トライアングル)、一旦終了。


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27・半魔の僧侶は魔獣を見る

 来た時はヒュンケルだけだったが、ポップも増えたらリリルーラでクロコダインに合流するのは無理そうなので、とりあえずルーラで森の中の小屋まで戻り、そこから王城へ向かった。

 

「というか、記憶がなくてただでさえ不安なダイを、牢屋に入れるとか酷くない!?」

「おれじゃねえよ!姫さんの判断だ!!」

「大体、あなた方の彼への態度も問題よ!

 もう少し、ダイの気持ちを考えて…!」

「…見えてきたぞ。あれが王城だろう」

 

 説教モードに突入しそうになったわたしを、絶妙のタイミングでヒュンケルが制する。

 その時。

 少し遠くに見える城の上空に、突如雷雲が立ち込めて、一筋の稲妻が大気を切り裂く光が見えた。

 

「……クロコダイン!」

 

 あの輝きの下、彼がきっとひとりで戦っている。

 わたし達が来るのを信じて。

 

 ☆☆☆

 

「ふ…不死身か、おまえは…!!?

 ギガブレイクを2発もうけて、まだ生きている奴など、今まで誰もいなかった…!!」

 

 王城の壁に身体を打ちつけられ、辛うじて砕け落ちずに済んだそれに身を凭せ掛けつつ、なんとか立っている状態のオレに、バランが息を乱した上、精神的にも動揺しているのがわかる。

 

「フフフッ…不死身はヒュンケルの代名詞…。

 オレごときがこんな攻撃をくらい続けていたら、確実に死ぬさ…!

 だがオレの生命と、おまえの(パワー)の交換なら、悪い条件じゃない…!」

 

 ここに至るまでに、オレはバランの渾身の剣撃と、ギガブレイクを2発食らっていた。

 姫の回復呪文(ベホマ)の援護があったとはいえ、策というにはあまりに無謀だと判っている。

 判っていて、敢えてそうするのだ。

 仲間割れのふりをしてまでダイを守ろうとした、ポップの心に殉じる為に。

 

「さては勝つ事が目的ではないな!!

 おまえ自身の生命を盾として、私の体力と魔法力を消耗させる事が狙いかっ…!?

 天下の獣王クロコダインが、この場で捨て石になろうというのかっ!!?」

 

 今更驚く事ではあるまい。

 オレの覚悟はあの日、グエンと共にこの男と対峙したあの時と変わらん。

 

「オレにできることといったら、せいぜいこれくらい…それにおまえの(パワー)さえ消耗させておけば、後で仲間が戦う時、楽になる…!!」

 

 たとえ捨て石となろうとも、仲間を信じ抜く。

 仲間の為ならばこの生命を賭ける。それだけだ。

 

「仲間だと!?そんなものが…!!?」

「来る!必ず!!」

 

 オレが断言すると、バランは理解できないものを見るような目をした。

 だが…オレにはわかる。

 これは、かつてのヒュンケルと同じ目だと。

 この男は、愛や友情、心の絆の素晴らしさを知らぬ男ではないと。

 恐らくは…姫のサポートと、ドラゴンの鱗とまではいかずとも鋼鉄と呼ばれたオレの肉体の防御力があったにしても、紋章の力を使い、最大の技をもってしてもオレに一撃でとどめをさせないのは、奴の心が揺らいでいるからだ。

 何度でも来るがいい。

 たとえ五体バラバラになろうとも、おまえの(パワー)、殺いでくれよう。

 もう一撃が来る前に、レオナ姫が回復の為、オレに駆け寄ってくる。

 だが、その行く手を、一筋の雷光が阻んだ。

 

 あれは…バランの電撃呪文(ライデイン)!?

 

 姫がその威力に抉られた地面に足を取られ、転倒する。

 直撃していたら即死だったろう。

 もっとも、今の攻撃はあくまでも威嚇で、当てる気は無かったのだろうが。

 

「女を殺したくはないが…一歩でも動いたら黒コゲになると思え!!」

 

 バランは姫にそう言うと、再びオレに向き直る。

 これで姫はそこから動けなくなった。

 バランは、やるといったら本当にやる。

 姫がそこから動けば、電撃呪文(ライデイン)が今度こそ姫の頭上に落ちるだろう。

 

「今度こそ、本当にとどめだっ!!!」

 

 先ほど二度受けた、ギガブレイクの構え。

 姫の回復が受けられなかった身体に、オレはせめて残りの全闘気を防御に集中させる。

 この一撃に耐えきれなければ、オレは死ぬ。

 気合声と共に、バランがオレに踊りかかり…

 

「だっ…だめッ!!やめてっ!!」

 

 満身創痍でバランの技の前に身を晒すオレの姿に耐えきれなくなったのだろう、立ち上がったレオナ姫がこちらに駆け寄ろうとする。

 

「い…いかん!!姫っ!!動いては…!!!」

「バカめが!!忠告を無視しおって…!!」

 

 紫電が、閃いた。

 

 ☆☆☆

 

 わたしが状況を理解する前に、ヒュンケルが、隣を走っていたわたしの手から槍を引ったくり、投擲した。

 天空から降り注ぐ(いかずち)の蛇は、投げられた槍に絡みつき、爆発するような音を立てて、地面に突き刺さる。

 その槍のそばで、それを呆然と見つめへたり込んでるのは、レオナ姫だった。

 ヒュンケルが槍を投げ放たなければ、本来の落雷地点はレオナ姫の身体だったようだ。

 

「…どういうつもりなのだ!!ラーハ…」

 

 どうやら邪魔をしたものがラーハルトの槍である事が一目でわかったらしい。

 怒りの表情でバランが、私たちの方を振り返った。

 体力も満タンでその場に並ぶわたし達…恐らくは、特に鎧の魔槍を身につけたわたしの姿に、目を(みは)る。

 

「グエナヴィア…!!」

 

 そのバランをとりあえず全力で見なかったフリをして、ここを守ってきた2人にわたしは声をかけた。

 

「ごめんね、戻るのが遅くなって。

 ついでだから、彼らと合流してひと仕事終えてきたわ!」

 

 …今出来得る限りのドヤ顔に、ウインクとサムズアップ付きで。

 

「ヒュンケル!グエン!ポ…ポップ君も…!!」

「い…生きていてくれたか…!ポップ!!」

 

 クロコダインは満身創痍ながらもホッとしたように、レオナ姫は花が咲いたような笑顔で、二人ともポップを見たところを見ると、どういう経緯でかは知らないが、彼がわざと憎まれ口を叩いて足留めに出た事を、姫様もクロコダインも知っているようだ。

 

「へへっ…おれたち三人で、竜騎衆は全員キレイに片付けてきたぜ!!」

「バカなッ!!でたらめを言うな!!!」

 

 こちらはVサインしながらのポップの言葉に、バランはわたし達を睨みながら声を荒げる。

 バラン的には精鋭だったんだろうから、信じられないのも無理はないが、残念ながら本当だ。

 ていうか、実力はラーハルトが飛び抜けてるだけであとのふたりはそれなりだったが。

 …まあ、わたしは一人も倒せてない上、むしろ足引っ張ったんだけどさ。くっそ、あのトド。

 というか、魔法使いの立ち位置的には今回のポップの行動、決して褒められたことではなかったけど、実は密かに結果としてはいい方向に傾いたんじゃなかろうか。

 少なくとも、ここで竜騎衆とバランを一度に迎えるよりは。

 しかも、足留めに来たのがポップひとりだったからこそ、バランはあの場に竜騎衆を三人とも置いていった。

 ポップが見た目の割に強力な呪文の使い手だとバランは知っており、尚且つ自分が相手するまでもないという、適度には侮れる相手だったからこそ。

 これがわたしならせいぜいひとり残して他は連れてかれただろうし、ヒュンケルならバランは先に行く選択をせず、こっちを確実に潰してからダイのもとに向かう事にしただろう。

 

「でたらめではない。

 そうでなくては、オレ達がこの場に現れるわけがあるまい」

 

 少し冷静さを欠いてるバランにヒュンケルが言うと(今気がついたけど、バランって結構頭に血が上りやすいタイプかもしれない)、バランはヒュンケルから目線をわたしに移し、強い目で睨みつけてきた。

 

「そうか。…おまえたちはラーハルトを倒し、その鎧を奪ったというわけか…!」

「違う!

 この鎧はラーハルト自らの意志で、グエンに委ねられたものだ!!」

 

 その視線からわたしを庇うように、ヒュンケルがわたしの前に進み出る。

 その間にレオナ姫が立ち上がって駆け寄って来ようとするのを、手だけで制してクロコダインを指してやった。

 わたしの意図を察したレオナ姫は、一度頷いてからクロコダインの方に向かって走っていく。

 今ならバランは姫に攻撃はすまい。

 回復するなら今が最後のチャンスだ。

 

「ヤツはおまえのことを、オレたちに託し、死んでいった。

 この鎧はその時ヤツからグエンが譲り受けた、いわばヤツの形見だ。

 バラン…おまえの悲劇はラーハルトから聞いた」

 

 恋に落ち、子までもうけた愛する人を、その同族である人間によって失った事。

 それにより生まれた人間を憎む心が、彼の心に耐えきれない矛盾を生んだ事。

 人間を滅ぼす事でその矛盾を消し去ろうとしている事…。

 ヒュンケルはあくまで、バランの苦悩や悲しみには共感した上で、それは人の心を持つ者として、正しいあり方ではないと訴える。

 愛した人はそれを望まぬと。

 親としてダイを愛するなら、そのダイには人の心で接するべきだと。

 

 …ただ、ヒュンケルは忘れていた。

 相手が、人の心を持ってはいても、人を超越した別な生き物である事を。

 人間とは立ち位置がそもそも違うが故に、視点が違うという事を。

 

 その男は神の使いであり、裁き、滅ぼす、その決定権を、生まれながらに与えられた存在。

 彼にしてみれば、神の代行者である己により、裁きが既に決定した汚らわしい下等生物たちが、言葉を弄して足掻いた末に、己の裡の大事な領域に、土足で踏み込んだとしか思えなかったのだろう。

 

 わたし達はその事に、後になってから気がついた。

 

「…ならば…捨てよう!

 この、人の心と…身体を…!!!」

 

 …気付いた時には、既に遅かった。

 

 顔の右半分を覆っていた仮面のようなアクセサリーを引きちぎるように外したバランの素顔に、ほんの少しだけダイに似たところがある、と一瞬だけ呑気な事を考えたのは、一種の逃避だっただろうか。

 

 力任せに握りしめたアクセサリーがグローブを突き破り、その手を傷つける。

 流れた赤い血が、蒼に変わる。

 そのまま突き上げた拳に、閃光が降り注ぐ。

 紫電を纏わせたその身体が徐々に、人とは異なるものに姿を変えてゆく。

 

「竜と…魔族と…人の力を併せ持った、(ドラゴン)の騎士の最強戦闘形態(マックスバトルフォーム)…それがこの姿…

 

 竜魔人と呼ばれる姿だ!!!

 

 出会った時、人間と変わらぬ姿のバランの奥に常に感じていた、獣を思わせる気が、今や彼の身体全体を覆っていた。

 

 …魔獣の姿が、そこにあった。

 

 ・・・

 

「…ポップ!城の中へ逃げろっ!!!」

 

 ヒュンケルがいつでも応戦できるよう構えを崩さぬまま言う。

 

「冗談じゃねえ!!おれも戦うぜ!!」

 

 そのヒュンケルに反論するポップだが、こうなったからには彼の出番はない。

 マトリフ様のところでの修業を見ていた限り、この子は確かに攻撃呪文の適性が突出してるのは間違いないが、そちらを重要視するあまり補助呪文の価値を軽視している傾向があった。

 最初はルーラですら戦いの役に立たないと言っていたと、マトリフ様が舌打ちしていたくらい。

 魔法使いに適性がある補助呪文には戦略的に結構使えるものがあり、攻撃力倍化呪文(バイキルト)速度倍化呪文(ピオリム)などはその代表格と言っていいのだが、少なくとも彼には期待できないだろう。

 

「…あのバランの全身を覆う凄まじい闘気が、わからないわけはないでしょう?

 通常形態のバランにさえ、あなたの最大呪文は通じなかった。

 現時点で申し訳程度にしか回復できていない、あなたの魔法力で何が出来て?」

「てっ…てめ……えっ!?」

 

 こちらに詰め寄ってくるポップの手を掴み、首に腕を回して、ハグするみたいな形を取る。

 

「トベルーラ!」

 

 そのまま、彼を連れて城の扉へ向かって飛ぶ。

 本当はダイのそばまでリリルーラ出来ればそれがベストだったのだが、今のダイがわたし達を『仲間』と認識していない以上、それは不可能だ。

 

「地下牢のダイを頼む!!

 我らに万が一の事があったら、ダイを連れてどこまでも逃げろッ!!」

 

 どうやら回復が恙なく済んだらしいクロコダインの声が背中に聞こえ、ポップはようやく状況を汲んでくれたようだった。

 

「くっ…くそっ…!わかったよ!

 死ぬんじゃねえぞ!!みんな!!」

 

 扉の前で着地し、ポップの身体を離す。

 目を見合わせ、頷き合ったその時、

 

「危ないっ!!」

 

 レオナ姫の声が聞こえ…次の瞬間、肩に衝撃が走り、わたしの身体は、前方につんのめった。

 

 ……一拍遅れて、激痛が走る。

 

「…ああぁぁッ!!!」

「グエンッ!!」

 

 倒れかかるわたしの体を、ポップの腕が支えた。

 

「女を後ろから撃つとは…!!?

 なんということを…!!!」

 

 後ろで叫んだクロコダインの声が、怒りに震えている。

 そのクロコダインに答えるバランの声は、わたしの耳に、どこかひび割れて聞こえた。

 

「…悪いな。

 竜魔人となった私は、ただ目の前の敵を全滅させるだけの、魔獣にひとしい存在だ。

 あまりに強大な力ゆえ、自らの意志でセーブする事ができん。

 女だろうが未熟者だろうが、手加減などしてやれんのだ…。

 ……だが、仕方ないだろう…私の心の傷に…無闇に触れた…貴様らが悪いんだからなァァッ!!!」

 

 地獄が…蹂躙が、始まろうとしていた。



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28・半魔の僧侶は信頼を得る

 竜魔人となったバランは、全ての力が桁外れだった。

 スピードが、パワーが、それまでに相対した時とは比べものにならない。

 ポップに支えられたわたしが自身にベホマをかける間に、ヒュンケルが、クロコダインが、そしてレオナ姫までもが、一瞬にして地を這わされており、現時点で攻撃の対象になっていないわたしとポップは、それでも割って入る事もできずに立ち尽くす。

 

「だめだ…このままじゃ全滅しちまうっ…!!」

 

 ポップが思わず呟くのに、心の中で完全同意する。

 こんな事なら、彼らから離れる前にスクルトをかけておくのだった。

 いや、スクルトをかけていたところで、あの猛攻の前には恐らく焼け石に水か。

 とにかく、このまま立ち尽くしているわけにもいかず、ポップを振り返る。

 

「ありがとう、もう大丈夫。

 ポップ、ダイのところへ行って。

 ここはわたしが……ッ!?」

 

 言いかけて、思わずそのまま固まったわたしの、その視線を追うように背後を振り返ったポップが、そこに現れた人物を見て驚愕する。

 

「あっ…おまえっ…!!?」

 

 ・・・

 

「こ…こいつには勝てない!!

 体力は万全の状態だったというのに…!!」

「オレたちとは強さの次元が違う…!

 まさに(ドラゴン)(パワー)と魔族の魔力を備えた…超人だ…!!」

 

 あっという間に立ち上がることすら容易にできないほど叩きのめされた男2人が、絶望の言葉を吐く。

 見上げた上空で、その絶望の象徴が翼を広げ、浮かんでいる。

 

「魔力はまだ、こんなものじゃないぞ…!!

 一瞬で全員、この世から消してやる…!!

 この形態(フォーム)でしか使えぬ(ドラゴン)の騎士の秘呪文…ドルオーラでな!!!」

 

 そう言って両掌を合わせる構えを取るバランが、下から見上げていてもわかるくらいの魔力を高めはじめた。

 

「や…やばいわよ!!

 なんだかわからないけどものすごい呪文だわ、あれ!!」

「や…やめろバラン!!

 これ以上、暴力に身を任すのはっ!!」

「もはや聞く耳持たん!!

 竜魔人と化してしまったからには、貴様らが全員死ぬまで元には戻れんのだッ!!!」

 

 まさに、理性を失った魔獣。

 人間の理屈でものを言っても通じるわけもなく、全身を覆う強大な魔力が、合わせた拳に集中する。そして。

 

「消し飛べぇーーーッ!!!」

 

 ……しかし、その瞬間は訪れなかった。

 一瞬死の覚悟を決めた者たちが、ゆっくりと顔を上げる。

 魔獣は、その者たちの存在を忘れたかのように、一点を見つめていた。

 

 …地上から、不思議そうな目で彼を見つめる、ちいさな少年を。

 

「…ディーノッ!!!!」

 

 ・・・

 

 地に倒れ臥す者たちが、焦ったような声を上げるのに構わず、バランが空中からふわりと降下してくる。

 記憶を奪われたダイを今バランと会わせたら、紋章という繋がりから、彼はバランを父と認めてしまう。

 それはわたしの仲間たちが、最も恐れていた事だった。

 

「おじさんなの?ぼくを呼んだのは…?」

「…そうだ!」

「…おじさんは誰?」

「私は…おまえの父親だ!!」

 

 バランに言われて、一瞬目を見開いたダイがわたしを振り返った。

 その目を見つめて、頷いてやる。

 そのわたしの行動に、一瞬ポップが口を開きかけたのを目で制した。

 一切の嘘も誤魔化しも、この場にあってはならないと思ったからだ。

 顔を合わせる前ならともかく、今この状況でダイを隠す事はそれこそ全滅に繋がるし、こうなってはダイも納得しないだろう。

 

 そのダイは、数瞬バランを見つめたと思ったら、何故かとてとてとわたしに駆け寄ってきて、ギュッとわたしに抱きついてきた。

 

「…怖いの?」

「うん…あのおじさんは、ぼくと違う姿をしている。

 まるで、怪物…ううん、それはいいんだ。

 怪物でもあっちのワニのおじさんは、姿は怖いけど目は優しかった。

 けど、あのひとは………怖い」

 

 …どうやらバランが全身から発している殺気に反応してしまっているらしい。

 わたしが見る限り、これでも今の瞬間、バランはダイと会った事で、かなり人間の心が戻っているように思うが。

 この状態ならば、少しは言葉が通じるかもしれないと、感じさせてくれる程度には。

 だって、愛する息子に怖がられているこの状況に、バランの瞳は明らかに揺れていたから。

 

「…確かに、私のこの姿は人間とは違う…。

 おまえはどうやら、母親の血の方が濃いようだ。

 竜魔人と化す事はできないだろう。だが…!!」

 

 バランの額から、輝きが迸る。

 同時に、ポップが貸したバンダナが巻かれたその下の、ダイの額にも。

 

「その布を取ってみるがいい…。

 その額の紋章こそがすべての証。

 私たちをつなぐ無言の絆だ。

 私は…おまえの父さんなのだよ…!!」

「わかる…おじさんは…父さんは、嘘をついていない…!」

 

 …それは何よりも確かな証だ。

 この世に二人だけの、(ドラゴン)の騎士、その血の絆。

 

 けれど…わたしの腰にしがみついたままのダイの手は、何故かまだ、震えていた。

 

「嘘をついていないから…わかるんだ。

 父さんは……ぼくの友達を、傷つけてる」

 

 そのダイの言葉に、バランが再び瞠目した。

 

「みんながぼくを見て、悲しい顔をするのは、どうしてだろうって、すごく考えたんだ」

 

 ダイは記憶を失ってはいても、彼本来の人格の、根っこの部分を失っていなかった。

 彼は勇者として戦っていても、芯は優しい心の持ち主で、ひとの心の本質を見て判断してくれる子だった。

 

「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、ぼくの知らないぼくを知っている。

 だから、そうじゃないぼくが違うように見えてるんだ。

 …最初はわからなかったけど、今はそれが、辛いことなんだって分かるよ。

 グエンは、ぼくと友達になってくれた。

 そのグエンが、ぼくの事を忘れちゃったら、ぼくだってきっと悲しい。

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも、ワニのおじさんもゴメちゃんも、今のぼくを見て悲しくなるのは、みんながぼくの友達だったからだよね?」

 

 そう言って、ダイがポップを振り返る。

 

「ダイ…おめえ」

 

 ポップの瞳が、見る間に潤む。

 正直なところ勇者パーティーの側に、ダイの勇者の力がこちらの味方であってくれなければ困るという打算が、ほんの少しもなかったとは言えないだろう。

 レオナ姫やポップにとって、友達のダイと勇者のダイは、切り離して考える事のできないものだ。

 人間の心というのは、そう単純にはできていない。

 そもそもそれ故に、人の心は強さを持つ。

 善だけでも、悪だけでもない。

 真心だけでも、打算だけでもない。

 むしろ、それらが互いに戦うからこそ。

 それが戦いあって、自らどちらかを選ぶから、人間の心は強いのだ。

 選ぶのは、常に自分自身。

 そして、人同士の絆とは、相手が正しい道を必ず選ぶ筈だという、信頼。

 

 ダイは、わたし達を信じてくれていた。

 わたし達が思っていたよりも、ずっと。

 

「父さんがぼくの父さんなら、ぼくの友達を傷つけるのはやめて!」

 

 わたしにしがみついて震えながらも、それでもバランに向かって訴える少年は、その勇気は、間違いなく『ダイ』そのものだった。

 

 ・・・

 

「…記憶も戻っていない筈なのに、人間に味方するのか?」

 

 …どうやら今のバランでも、ダイの言葉すら通じないようだ。

 バランが人間たちに傷つけられてきた事実は、今更変えようがない。

 けど、ラーハルトの最期を考えれば、答えは本来、もっと簡単なところにあった。

 恐らくは…バランが愛する人を失った時、結果として娘の命を奪ってしまった事を、アルキード王が後悔して泣いてくれたなら…公的な顔ではなく親としての感情を見せてくれていたなら、きっと今、彼の心はここまで拗れてはいない。

 すまなかったと、心から彼女に謝ってくれたら、それだけできっと良かったのだ。

 恥さらしの王女と詰るのではなく。

 ポップやヒュンケルの涙でラーハルトの心が融けたように。

 善悪の基準などというものは、理性的な判断を必要とされるものでありながら、その実、感情に非常に近いところがある。

 その時点でバランの感情が怒りに傾かなければ、彼が人間を悪と断じる事はなかった。

 彼自身も、人間の心を持っているのだから。

 だとするなら、竜魔人という存在を作った神々は、随分な大バクチを打ったものだ。

 人間の心などという、大きく揺れ動くのが前提のものに判断を委ね、裁かせるのだから。

 悪を滅ぼす存在でありながら、バランの心は憎しみに支配されている。

 

「友、だと!?

 おまえはその虫ケラどもに絆されているに過ぎん!」

 

 ダイを前にして緩んでいたバランの気が再び張りつめていく。

 

「人間も、奴らに味方するものも全て根絶する!!

 私の息子なら、(ドラゴン)の騎士なら、それに従えッ!!!」

「嫌だよッ!そんなの嫌だ!!

 話を聞いてよ、父さん……!!」

 

 と、

 

「ぬおおおおおおッ!!!」

 

 唐突に、バランの額の紋章が輝きを増す。

 同時にダイのものも。

 それは先ほどの二人の血の絆を示したものよりも強く、そして乱暴なものだ。

 最初にダイの記憶を飛ばしたのと同じくらい。

 

「はああ…!!?うあああああッ!!!」

 

 その強引な力に、ダイが頭を抱えて苦しみ出す。

 間違いない。バランはまたも紋章の力で、ダイの精神に干渉しようとしている。

 最初のでダイは記憶を吹き飛ばされた。

 これ以上同じ事をされれば、今度はダイの精神自体が壊れかねない。

 

「そんなゴミどもの事など、思いやる価値はない!!

 すべて忘れてしまえ、ディーノッ!!

 そして真の我が子となるのだッ!!」

 

 鬼だ、こいつは鬼だ!

 下手すりゃ廃人になりかねない危険を息子に課して、何が親だ!!

 ブチ切れたわたしの内側で魔力が高まった。

 

「いい加減に…しろおおおぉッ!!!!」

 

 自分でもなんだかよくわからないまま、夢中で払った槍の軌跡がオレンジ色の輝きを放ち、二人の額から溢れた輝きを、一瞬だけ凌駕した。

 その一撃はバランの身体に届くことはなかったが、バランとダイの間の空間を、その光が斬ったように見えた次の瞬間、二人の額から輝きが消えた。

 

「グエナヴィア…貴様!?」

「グエン…!!」

 

 呆気にとられた顔で、竜の親子がわたしを見つめる。

 わたしはその場にうずくまるダイの肩を掴んで立ち上がらせ、そのままその身をポップに押し付けてから、二人を背に庇いつつバランに向き直った。

 

「あなたの、親としてダイを思う気持ちだけは間違いないと思ったから、ちゃんと話をさせようと思ったのに、これじゃ意味がないわ!

 ダイはあなたのお人形じゃない!!

 なんで、ちゃんと話を聞いてあげてくれないの!?

 自分と意見が違ったらその意志ごと消し飛ばすなんて、どんだけ横暴な頑固親父なのよ!!

 あなたには親の資格なんかない!」

 

 感情のまま言い放つわたしに向けて、バランの背中より向こうに転がっている友人たちが、バランを刺激するなと叫んでいるが、そんなものは耳を素通りしていく。

 

「黙れ!

 私の息子を、二人とも誑かしておいてぬけぬけと…!!」

「わたしの弟を先に誑かしたのはあなたでしょう!?

 返してよ!

 わたしのラーハルトを生かして返して!!」

「戯言を…死ねっ!!」

 

 バランの掌から、真空の刃(バギ)がわたしに向かう。

 わたしが完全魔法防御をもつ鎧を身につけている事は、頭に血が上りすぎて忘れているのだろう。

 その全てを腕の小さな盾で振り払う。

 同時に地面を蹴ってトベルーラを発動し、まずは頭上からさみだれ突きを放つ。

 全てが竜闘気(ドラゴニックオーラ)に弾かれたが、その流れのままわたしは心の中で、天に聖なる祈りを捧げた。

 バランは自身の闘気による防御力に自信を持っているから、ラーハルトのように放った攻撃がスピードで躱される事はない筈。

 身の裡に渦巻いている暴走した魔力が、回復魔力の方向に流れ、高まる。

 

 星よ、集え…光よ、高まれ…聖なる力よ、渦を巻け。

 

 小さな星々の煌めきが、渦を巻いてバランをその中心に拘束する。

 バランがその技の意図に気づいた時には、集中は完了していた。

 

「偉大なる星雲の輝きよ、我が敵を討て!!

 

 グランドネビュラ!!!!」

 

 小さな星々の光が、渦の中心に…バランに向かって疾った。

 その全ての光の槍が、バランを撃つ。

 小物と侮っていたわたしの攻撃に、明らかにバランは怯んでいた。

 

 が、それも長くは続かなかった。

 徐々に落ち着きを取り戻したのか、竜闘気(ドラゴニックオーラ)が徐々に高まったかと思うと、

 

「ぬゥっ…おおおおーーーーーッ!!!」

 

 気合声と共に、わたしの作った星雲が、その闘気によって弾かれた。

 その威力は爆発のように、わたしの身体をも吹き飛ばす。

 

「きゃあああーーーーーッ!!!!」

 

 ドオオォン!!!!

 

 わたしの身体は王城の壁に叩きつけられ、そこに大きな窪みを作ってから、一拍遅れて、そのまま地上に落下した。

 

 ☆☆☆

 

「グエンーーーーーッ!!」

 

 叫んで駆け出そうとするダイの肩を掴んで止める。

 なんて奴だ。

 グエンのあの攻撃が、半端なモノじゃなかったことくらい、おれにだって判る。

 それをあっさり弾き飛ばすなんて。

 そのバランがおれたちを振り返るのに、掴んだダイの肩がビクッと震えた。

 

 そうだ、今ここで、まともに立ってるのはおれだけだ。

 おれが守れなけりゃ、誰がこいつを守る!?

 怯えるダイの顔に一瞬だけ、違う面影が重なる。

 

 “あたしはポップの事、大好きだもん”

 

 そう言って、おれの前に立ちはだかる小さな背中。

 自分だって怖くねえわけじゃなかったくせに。

 この馬鹿。

 

 おれだっていつまでも、守られるばっかりじゃねえ!!

 

「…心配すんな。

 すぐ終わらせてやっからよ」

 

 気がつけば、おれはそう口にしていた。

 

 ダイはおれを、友達だと言ってくれた。

 なら…信じてくれ。おれが、必ず守ってやる。




この場には原作の展開を知っている人が誰も居ないので説明しようがなく、また20話で少しだけ描写しようとしてしきれなかった部分なんですが、記憶を失ったダイの自我、実は原作よりは若干残ってます。
理由は記憶を失う前、有り体に言えば17話で湖に飛び込む前に、ある程度仲間との絆を再認識する出来事があって、バランの言葉に心がその分揺れていなかったから。
つまりグエンの存在による波紋(バタフライ・エフェクト)です。
だからといって、展開自体はそれほど変わらないんですけどね。

そしてグエンとバランの会話、二人とも頭に血が上っていて、はたから見ると「何言ってんだこいつら」「昼ドラか!!」「こっちでも三角関係!?」状態に突入していますが、本人たちは至って真剣ですwww


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29・半魔の僧侶は逆上する

「いやああああーーーーーッ!!!」

 

 唐突な悪夢に目覚めさせられたメルルは、自身の悲鳴で目を覚ました。

 

 …夢なんて生やさしい感じじゃなかった…。

 すごくリアルで…。

 

 荒い息をなんとか落ち着かせて、頭の中をよぎった光景に思いを巡らせる。

 絶対に敵わない強大な敵に、一人突っ込んでいく、魔法使いの少年。

 その身体が、呆気なく打ち砕かれて…。

 そこまで思い出して首を振った瞬間、不意に思い当たる。

 幼い頃から何度となく、夢で見たことが現実に起きた事が、彼女にはあった。

 

「まさか…予知!!?ポップさん!!!!」

 

 淡い想いを抱く相手の名を呼びながら、牢のある地下室から、メルルは足をふらつかせながらも階段を駆け上がった。

 

 ☆☆☆

 

 それは、まさに地獄絵図だった。

 

「ぬうううッ!!!ぬっ…抜けん…!!!

 ひっ…非力な魔法使いごときの握力なのに…!!!」

「あ…あったりめえよッ…!

 この指先にはな…おれの全生命エネルギーを込めてるんだ…抜けてもらっちゃ困るんだよ…!!」

「やめなさいポップ!

『それ』なら、わたしがやるから!

 わたしなら蘇生の可能性があるからッ!!」

 

 魔法力を込めた指をバランのこめかみに食い込ませているポップに向かってわたしは呼びかける。

 

「はっ、おれだって毎度毎度女に庇われて、のうのうとしてられねえっての!!

 そうやって男のコンプレックスいちいち刺激してっから美人なのにモテねえんだぜ!

 黙って見てろよ、オネーサン!!」

 

 今わたしのコンプレックスを刺激したのは間違いなくおまえだ、というツッコミが言葉にならない。

 ポップはバランに対し、己の生命そのもので攻撃しようとしている。

 即ち、自己犠牲呪文(メガンテ)でバランを倒そうとしているのだ。己の生命と引き換えに。

 自己犠牲呪文(メガンテ)は本来は僧侶の呪文。

 神の祝福を受けた僧侶、つまりここでの場合ならわたしが使う分には、万にひとつの確率で蘇生の可能性はあるが、それ以外の者の肉体は、その衝撃には耐えきれない。

 そんな決断をこの若い魔法使いにさせてしまったこと、これはもう、わたし達大人が呆気なく、この魔獣に伸されたのが原因だ。

 

 生命力から変換された魔法力はその性質上、通常のそれよりもはるかに強い。

 外から干渉しようにも弾かれるし、そもそも自己犠牲呪文(メガンテ)は爆発を伴う呪文故に、その威力を敵に集中させる為、また味方を爆発に巻き込まない為に、術者と対象者の周囲にある程度の力場が生じ、それ以外の者はそこに踏み込めない仕様になっている。

 つまり自己犠牲呪文(メガンテ)が発動し始めたが最後、術者自身がその発動を止めない限り、それを外から止める手段はない。

 

「やめろーーッ!!

 ポップ!!!バカな事をするなーーッ!!!」

「そうだッ!!

 バランにそいつが効くかどうかもわからん!!

 ムダ死にするかも知れんのだぞっ!!!」

 

 地面にへたり込んだままのヒュンケルとクロコダインも、わたし同様制止の言葉をかけるが、思いつめた表情のポップは呪文の発動を止めてくれない。

 こうなったら腕を引きちぎってやる、と抵抗を試みるバランだが、そのバランでさえ力場に捉えられ、動きを制限されている。

 

「みんな…あとは頼まぁ…。

 マァムには…うまく言っといてくれや…」

 

 その言葉に、わたしはほぼ反射的に言い返す。

 

「やめてよバカ!いいこと!?

 あなたが今ここで死んだりしたらわたし、マァムにあなたの悪口、ないことないこと、ボロクソに吹き込むわよ!!」

 

 実際にそんな事をしたらあの優しいマァムにさえ、人でなしを見るような目で見られるだろうけど。

 今更だ。わたしは人間じゃない。

 

「はは…ほんっと、残念な美人だよな、あんた」

 

 なんて言いながらポップの浮かべた大人びた笑みが、先ほどわたしを人質に取られた上にそのわたしに罵詈雑言を浴びせられたときのヒュンケルの表情と、一瞬重なって見える。

 

 今わかった。

 これ、『仕方のないやつだな』って思いながら、同時にそれを許してくれる、大人の男の余裕の表情なんだ。

 

 …そんな顔、アンタには10年早いのよ!!

 あとヒュンケルは、さっきぶん殴ったけど後でもういっぺんしばく。

 

「あ…うわぁぁっ…!!」

 

 そのポップを見つめて、何か言おうとしながらも言葉にならないのだろう、呻くような声しか出せずにダイが首を横に振るのを見て、ポップが呟く。

 

「……あばよ、ダイ…。

 おまえとはいろいろあったけど…楽しかったぜ。

 でも…おれの冒険は…ここまでだぜ…!!」

 

 その瞬間、魔力に変換された生命力が最高潮の輝きを放った。

 非力な筈の魔法使いの作り上げた力に拘束されたバランが、雄叫びのような悲鳴を上げる。

 そして。

 

 

 

 ーーメガンテ!!!!

 

 

 

 生命が、魔力が、大爆発を起こし…、

 

 

 

「ポップ〜〜〜!!!!!!」

 

 爆風の中で、ダイが叫んだ。友の名を。

 

「ポップ!!ごめん!!ごめんよぉぉぉーーッ!!!」

 

 その生命の爆発の威力は、ダイの記憶を封じていた枷すら破壊した。

 

「…う…そ…!!!」

 

 視界の端で、王城の中から飛び出してきたメルルが、地面に膝をつくのが見えた。

 思い出の代償は、あまりにも大きかった。

 

 それなのに。

 

「あ…ああっ!!!」

 

 爆発がおさまって見上げた上空には、絶望が…、

 

 片手にポップの身体を掴んでぶら下げたバランが、翼を広げ、浮かんでいた。

 

 ポップが生命をかけた自己犠牲呪文(メガンテ)すら、全く効かなかったのかと嘆くクロコダインの言葉に、バランは御丁寧に答えを返す。

 

「…こいつが未熟なおかげで助かった。

 全生命エネルギーを、指から送り込み爆発させる瞬間、わずかなスキが生じ、指の力が弱まったのだ。

 私は上空に飛び、その勢いでこいつをふりほどいた…!!」

 

 そう言ってから、掴んでいたポップの身体を、無造作に地面へ放り投げる。

 ポップは受け身を取る事なく、投げ出されるままに地面に横たわっていた。

 その身体が生命活動を行なっていない事は、一目見ただけで明らかだった。

 

「………犬死にだ!!」

 

 吐き捨てるように言い放ったそのバランの言葉に、わたしの内側で、なにかが切れた。

 

「ーーーーーッ!!!!!」

 

 発音にもならない叫びが勝手に喉から発せられるのにも気付かず、わたしは槍を構えてバランに向かって飛ぶ。

 

「グエン!?」

 

 もはや戦術も何もなく、感情のままに槍をバランに突き立て、振り下ろす。

 勿論竜闘気(ドラゴニックオーラ)に覆われたバランの身体には傷のひとつすら与えられない。

 わかっていても、それでも。

 ぶつけずにはいられなかった。この怒りを。

 

「グエン!!だめよ!!やめてっ!!!」

 

 レオナ姫の制止の声が、耳には届いたが心には響かない。

 

「…私に触るな!!」

 

 軽く振ったバランの腕が、容易くわたしの身体を弾き飛ばす。

 わたしはトベルーラで自分の身体にブレーキをかけると、一旦着地して、槍の柄を地面に突き立てた。

 

 黒いモノがわたしの身体の奥から…否、どこか違う場所からわたしの身体の奥にある扉を通して、湧き上がってくるような感覚を覚えた。

 それは地の底から上ってきて、わたしが手にする槍へと這い上り、空へと向かおうとする。

 天からではなく地から、黒い稲妻が立ち上がる。

 

 それは、地獄の(いかづち)

 

 怒りによって開かれた地獄の扉から呼び出された、雷撃の蛇。

 槍に絡みついたその力を、わたしはためらう事なく解き放…………

 

「…やめて!おれ、そんなグエン見たくないよ!」

 

 …とうとした次の瞬間、腰に柔らかく温かいものが絡みついた。

 

「ダ……イ…!?」

 

 黒い稲妻が、霧散する。

 怒りに沸騰していた頭が、急速に冷えていく。

 

 わたしは…今、何をしようとしていた!?

 

「だめだよ…それじゃ、グエンまであいつと同じになっちゃう…そんなのおれ、嫌だ…!!」

 

 必死にわたしにしがみつくダイの体温が、わたしを正気に戻していく。

 彼のつむじを見下ろす両目から、知らず、涙が溢れた。

 

「ダイ…だって、だってポップが……!」

「ごめんね…おれが不甲斐ないばっかりに、ポップを死なせて…でも、グエンが()()()()()()に行く必要ない!」

「ダイっ………!!」

 

 ぐしゃぐしゃに泣きながら、ダイの身体を抱きしめる。

 これじゃどっちが大人なのかわからない。

 けど、次の瞬間ダイはわたしを突き飛ばすと、それまでわたしが立っていた場所に身体を移動させ、両腕を広げた。

 

 ドン………!!!!

 

 地面に尻餅をついたわたしが見上げた勇者の肩越しに、バランが上空からこちらを睨みつけている。

 ダイの背中から、煙が立ちのぼっているのが見える。

 

 えっ…これは、まさか。

 バランの攻撃からわたしを庇った!?

 

 慌てて立ち上がろうとして、ダイが発する気に、一瞬怯む。

 

「やめろ…!

 これ以上…おれの仲間に手を出すなッッ!!!!」

 

 その額から光が溢れ出し……その輝きよりも強い瞳で、ダイは上空のバランを睨みつけて言い放った。

 

 ダイの記憶が完全に戻ったと認識するや、バランは再び、紋章を無理矢理共鳴させる。

 

「ダイッ!!」

 

 バランが消し去ろうとしている『ダイ』を、なんとか引き止めるべくその名を呼ぶ。

 ダイは苦しそうな表情を浮かべながらも、それでもかすかに微笑んでみせた。

 

「…大丈夫だ、グエン!!おれは負けない!」

 

 そう言ってバランに向き直り、その力を押し戻そうとするように、強い瞳で見返す。

 

「おれは二度とポップの事を…みんなの事を忘れない!!

 おれはおれだ!勇者ダイなんだーーっ!!!」

 

 ダイはそう叫ぶと、右の拳を突き上げた。

 気のせいか先ほどの額の輝きが、その拳から放たれている気がする。

 

「おまえなんか、父さんじゃないっ!!!!」

 

 そのままダイはバランに向けて飛び立つと、その拳をバランの顔に命中させた。

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)の完全防御を突き抜けて加えられたダイの一撃に、バランは体勢を崩しながらも、両足で地面に降り立つ。

 その目が、驚愕に見開かれた。

 バランだけでなく、その場で意識のある者が、全員瞠目する。

 

 バランを睨んで構えを取るダイの、先ほどまで確かに額に現れていた(ドラゴン)の紋章は、今はその右拳の甲で、輝きを放っていた。

 

「ど…どうなっているんだ!?

 (ドラゴン)の紋章が…拳に現れるとは…!!?」

 

 呆けていた意識が、クロコダインの声に引き戻される。

 

「恐らくダイが、自らの意志でそうしたのだろう…」

 

 クロコダイン同様、倒れ伏したままのヒュンケルがその声に答えるのが聞こえ、わたしは彼らの方に駆け寄った。

 そうだ、泣いてなんかいられない。

 倒れてなんかいられない。

 ダイは、わたし達を守るために戦ってくれている。

 

「バランの頭脳支配から逃れ、ヤツ以上のパワーを得るには、紋章の力を、額以外のどこか一点に集中させるしかないと悟ったのだ。

 全闘気の力では大人のバランに劣っても、一点に集中すれば…一撃の破壊力は勝る…!!」

 

 ヒュンケルは直感だがと前置きしてから、この奇跡がダイの身体に半分流れている人間の血が起こしたのだろうと説明していた。

 ポップを想う人間の心が血のたぎりとなって、竜と魔の力を腕へと追いやり、逆に支配したと。

 

「そっ…それでは今のダイは…」

「…そうだ。おそらく…自らの意志で100%、(ドラゴン)の紋章を操れるはず…!!!」

 

 それはまさに、バランが捨てた、人間の心の力だった。

 

 ダイは紋章の力を奮い、バランと互角に立ち回っている。

 けれど、体格差が体力差とイコールしないにしても、長引けばダイの不利は明らかだ。

 

「…さあ、わたし達大人も、いつまでも呆けていられないわよ」

 

 彼がバランを引き付けている間に、さっきまでは不可能だと思っていた、男二人の回復を行う。

 更にスクルトと、念の為フバーハを重ねがけし…それからふと思いついて、リュックの中から、ずっと入れたままだったダイの破邪の剣を取り出した。

 森の中の小屋にいた際、キレたポップがダイに突き出して泣かれ、仕方なくわたしが預かっていたのだ。

 

「…どうする気だ?」

 

 剣をじっと見つめるわたしに、問いかけたのはヒュンケル。

 

「…竜闘気(ドラゴニックオーラ)での攻撃はほぼフバーハを突き抜けた…つまり、属性よりむしろ物理に近い…そして同じエネルギーを、バランは常に防御に回して身に纏わせている…。

 ならばその防御を、武器への攻撃であるとイメージすれば…もしかしたら」

 

 剣を手にした腕に、魔法力を込める。

 それから、回復を済ませた男2人に指示を出した。

 

「2人は、ダイのサポートをお願い!

 攻撃対象を1人に集中されないよう、常に同時攻撃、接近戦で!!

 勝てとは言わない!

 せめて引っかき回して、できる限り時間を稼いでくれると助かる!!」

 

 クロコダインとヒュンケルは、一瞬だがお互いに顔を見合わせた。

 わたしが何をするか気にはなったらしいが、それでもすぐにコクリと頷いて、駆け出していく。

 

「…ゆくぞ、クロコダイン!

 俺たちはダイの剣にして盾だ!!」

「ウム!!!」

 

 物分かりの良い友人達で助かる。

 少し離れたところでは、メルルがレオナ姫を回復しているらしい。

 …ん?レオナ姫はポップの身体のそばに歩み寄って何かしようとしており、ゴメちゃんが心配そうに肩に乗っているのが見える。

 その間にもダイとバランは激しい攻防を繰り広げており、バランが額から放った紋章の力を、ダイは片手でいなし、その逸らされた破壊力が、森を突き抜け山を砕いた。

 

「でやあああッ!!!」

「ぬううううんッ!!!」

 

 次の瞬間、二つの影がバランに躍りかかる。

 

「ムッ!」

 

 しかしバランの腕が振るわれ、剣と斧の軌跡がバランの身体に届く前に、2人とも後方に弾き飛ばされた。

 それでもスクルトを先にかけていた為か、ダメージは軽減できており、クロコダインもヒュンケルも地面に叩きつけられはしたが、すぐに体勢を整えて、更なる攻撃に移る。

 その間にダイも、紋章の力を纏わせた拳で、バランに向かっていく。

 

 そう、拳。

 

 一応あれでもバランの竜闘気(ドラゴニックオーラ)をの防御を抜けて、彼の身体に命中させる事には成功しているが、やはり武器なしでは決め手に欠けるのだ。

 

 魔法力を調整して、破邪の剣にスクルトをかける。

 本来なら味方全員の身体を覆う防御膜を、一本の剣に集中させる。

 …やはり難しい。マトリフ様の仰った通りだ。

 ラーハルトとの戦いで防御壁を張った際は、魔力暴走が起きていたから、本来の数倍の防御力が確保できたけど、さっき暴走したのを解き放ったばかりだから、今は起きそうにないし。

 

 けど、魔法は発想力と集中力。

 そう言ったマトリフ様の悪そうな笑みが頭に浮かぶ。

 あのひとはポップの成長を密かに楽しみにしていた。

 

 こんな事になってしまってごめんなさい。

 …けど、落とし前はきっちりつけるつもりです。

 

 お願い……わたしに力を貸して、ポップ。




…読んでてお判りでしょうが、今回のグエンさんの仮説と発想、間違ってるというか若干ズレてます。
そうじゃねえだろ。


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30・半魔の僧侶は発想する

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)を武器に対する攻撃としてイメージし、スクルトでそれを散らす事ができたなら、剣の攻撃でもバランに届く筈だ。

 そう考えて、まず集中する時間を欲したのだが…そう考えてけしかけたクロコダインとヒュンケルは、竜の親子による地上最大の戦いに、あっという間に置いていかれる事となった。

 

 …ソウデスヨネー。

 あなた方戦士ですものねー。

 空中戦になったら、そりゃ入っていけませんよねー。

 

 しかも、わたし達は竜魔人の本能というか獣性のようなものを、どこかで舐めてかかっていたと思う。

 あれは人間ではないと充分身に染みてわかっていたにもかかわらず。

 まあ、人間にも魔族にもない思考パターンなど、予測しようにも思い至らないのは仕方ないが、それでも警戒はすべきだったのだ。

 竜魔人は、本能や獣性を前面に押し出した形態。

 攻撃を加えられれば加えられるほど凶暴性が高まり、その相手に対しては息の根を止めるまで攻撃の手を緩めることはない。

 

 それが…自分の子であったとしても。

 そもそも、本来なら常に地上に唯一の存在である種族ゆえ、子への愛情などという項目が、本能の中にある筈もない。

 それは、人の心の範疇だ。

 ここにおいてわたし達は未だにどこかで、バランに人の心を期待していたのだろう。

 

「…燃え尽きろ!この国とともに!!」

 

 頭引っ掴まれたまま崖や王城の壁に叩きつけられ、なんとか瓦礫からの生き埋め状態から這い出てきたダイに向かって、バランが空中で構えを取る。

 あれは先ほど発動しかけて止めた、本人がドルオーラと呼んでいた呪文の構えだろう。

 魔力が圧倒的に高まり、それとともに構えた両拳に、圧縮された闘気が集中するのが、下から見ていても明らかだ。

 やがてバランの指が開いていくと、そのフォルムはまるで龍の口のような姿となった。

 

「いかぁぁん!!ダイッ!!避けろォッ!!!」

 

 その声に反応して、即座にダイが空中へ飛ぶ。

 

「…逃がすか!

 くらえッ!!!竜闘気砲呪文(ドルオーラ)!!!!!」

 

 そのダイの飛んだ先に、バランは手に集中させた力を解き放った。

 

 次に来るのは、閃光と爆発。

 一瞬遅れて、爆音が轟いた。

 こんなものはもはや呪文ではない。

 

 ……ダイは!?

 

 あれをまともにくらっては、いかにダイとてひとたまりも…そう思った次の瞬間、地面に何かが落下して土煙を立てる。

 

「うううっ……!!」

 

 落下…ではなくどうやら高速移動だったらしい。

 咄嗟に発動させた為に地面に叩きつけられたダイが、呻きながら身体を起こすのが見えた。

 良かった、生きてる。

 

瞬間移動呪文(ルーラ)で躱したか。

 …勘のいいヤツだ。

 だが…二発目ははずさんっ!!!」

 

 そう言って再びドルオーラの構えを取るバランを見て、ダイは何を思ったか再び空中へ飛び立つ。

 

「ダッ、ダイ!!何をするッ!!?

 空中戦ではバランには勝てん!!

 ヤツには翼があるんだぞ!!!」

 

 クロコダインが叫ぶのに、メルルもハッとして上空を見上げる。

 

「な、なんであんな自殺行為を…!!?」

「…どうやら、わたし達がいるせいね」

 

 わたしの発言に、クロコダインとメルルが驚いた顔で振り返った。

 ヒュンケルひとりだけが頷いて、わたしの言葉の後を続ける。

 

「あの超呪文をバランが眼下に放てば、オレたちもテランの人々も灰になる!!

 だからダイは自ら、進んで空中に上がったんだ!!

 怒りに我を忘れていても、ダイは、オレたちのダイの心のままだ!!

 バランのような魔獣じゃないんだ!!」

 

 こんな状況にもかかわらず、ヒュンケルの声にどこか嬉しげなものが混じるのは仕方のない事だろう。

 

『オレたちのダイ』…それが全てだ。

 

 その見上げる上空で、ドルオーラの構えを取るバランに対し、ダイは完全防御の姿勢を見せる。

 驚いてなんのつもりだと問うバランに、ダイは次のドルオーラを耐えると宣言してみせた。

 あれだけの呪文、いかにバランといえど三発は撃てないはずだと。

 

「この一発にさえ耐えれば…おれが勝つ!!!」

 

 プライドを傷つけられたらしいバランが、息子に向けて躊躇なく放つドルオーラに真っ向から向き合いながら、ダイは自身の裡の竜闘気(ドラゴニックオーラ)を解放した。

 ダイの竜闘気(ドラゴニックオーラ)とバランのドルオーラがぶつかり合い、空中で大爆発を起こす。そして…、

 

「ウ…ウオオオッ…!!?」

 

 そこには、身につけた服はボロボロになりながらも、無傷で浮かぶダイの姿。

 驚愕のあまり棒立ち状態のバランに、ダイは腰のナイフを抜き放つと、拳の紋章に竜闘気(ドラゴニックオーラ)を込めて、必殺の一撃を放った。

 

「アバンストラッシュ!!!」

 

 決まった、とその瞬間を見ていた誰もが思った。

 

 だがダイの手にしたナイフは、その刃がバランの身に届く前に、その刀身が砕け散っていた。

 次の瞬間、バランの脚がダイの鳩尾に一発入る。

 ダイは空中に浮かんだままだったが、その間合いが一旦離された。

 

「残念だったな!!!

 (ドラゴン)の騎士が竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全開にして戦えば、並の武具や防具はそのパワーについていけず、燃え尽きてしまうのだ!!」

 

 言ってバランが、地上に向かって急降下する。

 

「だが!この真魔剛竜剣(しんまごうりゅうけん)だけは違うぞ!!

 これこそ竜闘気(ドラゴニックオーラ)に耐え得る、地上ただ一つの剣なのだッ!!!」

 

 竜魔人に変身した時に地面に刺した剣を回収して、それを高らかに掲げるバランは、もはや完全に己の勝利を確信していた。

 

 ・・・

 

 まじか。

 わたしは呪文を付帯させた剣を持ちながら、呆然とする。

 この処置はバランの竜闘気(ドラゴニックオーラ)を少しでも通して、攻撃を当てる為に施していたが、よもやダイ自身の竜闘気(ドラゴニックオーラ)からも、防御しなくてはいけないとは。

 いや、むしろそっちの方が重要だ。

 だとしたらこんな処置に意味はないかもしれない。

 

 視界の端で、白い輝きが閃いた。

 見ると、レオナ姫が倒れているポップの傍で、呪文を詠唱している。

 

 あの呪文は…ザオラル!?

 そんな呪文、習得していたのか、あの子。

 

 わたしは僧侶で、それに関しては勿論わたしの方が適性があるのだが、熟練しても成功率は50%以下といった不確かな効果である上、1人で旅をする分には必要ないと思い契約していなかった。

 その判断下した過去のわたし死ね。

 …というか、契約をしていなくても回復系魔力さえあれば唱えられるものもないわけではないが…さすがにそれは今は使えないだろう。

 レオナ姫は賢者ゆえ、成功率は低いだろうが…どうか神よ…御加護を。

 

 そして。

 

「死に損ないは大人しく死んでおれッ!!!」

 

 こっちではクロコダインとヒュンケルが、剣を手に再びダイに向かおうとしたバランを止めようとしており、クロコダインが電撃呪文の直撃を食らっていた。

 更に次の一撃がヒュンケルに襲いかかる前に、わたしは反射的に胸甲下部から、突起部分を引き抜いて投げ放つ。

 全部確認したわけではないが、さっき身につけた後にざっと見た限り、この鎧には各所に小さな武器が仕込まれている。

 ラーハルトは元々器用な子だったから、まさしく彼の為のような武具だったろう。

 電撃はヒュンケルに命中するより先に、突起部分だった投げナイフに引き寄せられた。

 バランがキッとこちらを睨む。

 だが、その場で一番戦闘能力のある存在がやはり気になるようで、

 

「この親子の勝負には、もはや神すら立ち入れぬわ!!」

 

 そう言い捨てて、空中にいるダイへ、真っすぐ向かって飛んだ。

 カールでヒュンケルと弔った、バランに倒された騎士の話や、湖畔での戦いの時にはクロコダインを徹底的に叩いた事を考えあわせると、恐らく一番強い者から倒していこうという考えに至るのは、(ドラゴン)の騎士の習性なのだと思う。

 ダイには悪いがひとまずはこちらからバランの注意が逸れたことを幸い、クロコダインに駆け寄ってベホイミをかける。

 

「助かった…グエン。礼を言う」

「いいえ…体力のみの回復でごめんなさい。

 本当はベホマで全回復してあげたいけど、そろそろわたしも魔法力の残量が不安なの。

 恐らく回復できるのはこれが最後」

 

 上空を見上げながら、半ば愚痴のように呟く。

 こうしている間に、バランとダイの攻防が、目にもとまらぬ勢いで、激しく繰り広げられている。

 

「できればこの剣を、せめて攻撃の瞬間だけでも竜闘気(ドラゴニックオーラ)に耐えられる補強を施して、渡してあげたいのだけれど。

 パプニカ製の金属で作られたあのナイフがああなったのを見る限り、スクルト1回の集中だけでは強度が足りそうにない。

 せめてダメ元で、残りの魔法力全部を集中させて重ねがけを…」

 

 言って手に魔法力を込めようとしたところで、クロコダインの声がかかる。

 

「…オレは呪文の事はよくわからぬが、グエンは既存の呪文を、解釈を拡大する事で、効果や威力を強化しているのだろう?」

「…?ええ、その通りね。

 魔法は集中力と発想力で、ある程度の効果の拡大が狙える…それが?」

 

 申し訳ないが、集中の邪魔はしないでいただきたい。

 

竜闘気(ドラゴニックオーラ)を、魔法力かバリアーなどといったものであると解釈する事は出来んのか?」

「解釈というのは思い込みとは違うわ。

 事実と違う事をイメージしたとしても、発動が無効になるだけで…ん!?」

 

 待って。今何か重要な単語が出てきた気がする。

 

「バリアー!?そうよ、それよ!!

 なんで気がつかなかったのかしら!?

 触れた相手にダメージを与える障壁…竜闘気(ドラゴニックオーラ)は、まさにバリアーみたいなものじゃないの!

 クロコダイン、あなたは天才よ!愛してるわ!!」

 

 勢いで意味のわからない事を口走ってしまった気がするが、この際そんな事はどうでもいい。

 なんかクロコダインがちょっとあわあわしてる気もするけど、今は構っちゃいられない。

 

「今からこの剣に全魔力を集中して呪文を重ねがけするわ!

 トベルーラを使う分も惜しいから、わたしがこの処置を終えたら、クロコダイン!

 あなたはわたしを、ダイのいるところまで投げ飛ばしてちょうだい!!」

「な…なんだとッ!!?」

 

 まあ、無茶苦茶な事を言ってるのはわかってる。

 けど…未だ必死に天に祈りを捧げるレオナ姫の魔法力の先に、横たわる少年の姿を、もう一度振り返る。

 それから、今傍らにある、勇敢なる男たちと、わたしの身を包むこの鎧に宿る魂にかけて。

 今のわたしは、レベルだけならほぼ最強なのに、実際は足を引っ張りまくっている体たらく。

 このまま役立たずの足手まといのままでいたら、わたしには彼らの仲間を名乗る資格はない。

 

「わかった、グエン。だがオレも一緒に行く。

 2人同時は重労働だろうが頼む、クロコダイン」

 

 だがそんなわたしの決心に、ヒュンケルまでが乗っかってくる。

 

「バ、バカな!!

 飛翔呪文すらない状態で、2人同時に空中戦を挑んだところで…!」

「わかっている。

 バランは電撃呪文(ライデイン)で迎撃してくるだろう」

「わかってるならやめときなさいな。

 わたしとヒュンケルの鎧は、魔法効果を無効にはするけど、電撃のもたらす衝撃だけは防ぎようがない。

 そこにわざわざ飛び込むとか、正気の沙汰じゃないでしょ。

 気持ちは嬉しいけれど、そんな酔狂はわたし1人で充分よ」

 

 一応年上として、無茶をしようとする若者を、窘めてみるわけだけども。

 

「ここまで一緒に来たんだ、最後まで共に行かせてくれ。

 …あの死に様を見てじっとしていられたら、オレは男じゃない…!!」

 

 ヒュンケルは、やはりポップを振り返って言う。

 わたしは男ではないが、そう言われてしまっては止めようがない。

 

「…めんどくさいわね、男って」

「そこをうまく使いこなすのが、女の器だろう?」

「はいはい。

 …そういうわけで申し訳ないけれど、2人まとめて面倒みてくださらない?クロコダイン?」

「フッ…よし、任せろ!」

 

 わたし達2人の掛け合いに、クロコダインが頼もしい笑みを浮かべてくれる。

 後は、わたしの準備が整うのを待ってもらうだけだ。

 そして、ダイの為にわたしが、残りの魔法力を全部注ぎ込む、その呪文は……、

 

 

「トラマナッ!!!」

 

 

 本来なら迷宮(ダンジョン)などで冒険者の行く手を阻むバリアーを無効化する呪文を、戦いの最中に、しかも攻撃手段として使用したやつなど、この呪文が生み出されて以来、恐らくわたしが初めてだったろう。

 

 防戦一方のダイが、バランの剣に肩を切り裂かれ、痛みに怯んだダイの動きが一瞬止まった。

 

「とどめだあーーーッ!!!」

 

 バランがそこに追い討ちをかける。そして。

 

「今だーーッ!!クロコダイン!!!」

「うおおおおーーーッ!!!」

 

 剣を構えたヒュンケルと、槍を携えたわたしを、クロコダインが力一杯放って宙へと飛ばす。

 わたしの方が軽かったせいか先に上へと上がったので、ヒュンケルの肩を蹴って更に上へと跳躍した。

 

「はあああーーーーーッ!!!!」

 

 落下しながらバランに向かって、槍を棍のように振り下ろす。

 

 ラーハルトの無念の分、一発ぶん殴るって決めてたんだもの。

 

「いいかげんにしろ!!ゴミどもがっ!!!」

 

 だがわたしの攻撃は呆気なく弾かれ、手にした槍にバランの電撃呪文(ライデイン)が落ちる。

 思わず手を槍から離してしまったが、そのおかげで致命のダメージを負わずに済んだ。

 手が痺れた状態のまま、身体が自由落下する。

 落ちていくわたしを、バランは虫でも見るような目で見ていた。

 

「そんな攻撃など…」

 

 だが次の瞬間、その目が驚きに見開かれる。

 バランの目がわたしに向いていたごく僅かな間に、ヒュンケルが手にしていた剣を、ダイに向かって投げ渡していた。

 

「……ダイ!そいつを使え!!

 グエンの魔力と、オレ達の絆が込められた、魂の一刀だ…!!」

 

 グッジョブ、相棒!!

 そして…ざまあみろ、バラン!!




次あたりでバラン戦終わらせたい…!


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31・半魔の僧侶は邪魔される

はっきり言ってバラン戦においてのグエンの役割って、鎧の魔剣先輩の命を守る事だけでした。
つまり剣問題さえなんとかなればお払いボックス。


「剣を交えた瞬間にわかったわ!!

 その剣に我が剣ほどの強度はない!!!」

 

 そりゃそうだろ!

 魔法で強化してあるだけで、本体は定価3500Gという、決して安くはないが特別高くもない店売りの剣だからな!

 しかも複数の魔法がかかっているせいで淡い光を帯びてるのはいいんだが、通常戦闘に使用しない呪文が混じってるせいか、それがなんか気持ち悪い色になってるし。

  それはさておき、バランは自身の剣に電撃呪文を溜めて、ギガブレイクの構えを取る。

 

「…この形態(フォーム)でギガブレイクを使った時の破壊力は、私自身にも想像がつかん!!!」

 

 と言うが…、

 

「それは完全なギガブレイクじゃない!!」

 

 ダイはやはり看破していた。

 バランが今使った電撃呪文が、ギガデインではなくライデインだった事を。

 そもそもあれだけの威力を持つ魔法を2発撃っておいて、それでもまだ数発のライデインが撃てるだけ魔法力が残っていた事自体が化け物レベルなのだ。

 だがもはやそれも尽きかけているのだろう。

 

「同じ条件なら…おれたちが勝つ!!」

 

 ダイが剣を振りかざし、雷がそこに降り注ぐ。

 更に、注がれるダイの、紋章の力。

 そうしてから、独特の構えで剣を握り直す。

 

「おれの(パワー)と…先生の技と…グエンの呪文と…ヒュンケルが届けてくれた剣と…!!

 …そして、ポップが取り戻してくれた、おれの思い出のすべてをひとつにして……おまえに、ぶつけてやるッ!!!!」

 

 今、ダイはとても自然に『おれたち』と言った。

 場違いにもその言葉に感激して、目尻に溢れた涙を拭おうとして、まだ手が痺れたままだった事に気付く。

 わたしの顔を覗き込んだクロコダインが、一瞬フッと笑って、見なかったフリをするように、上空のダイの方へと視線を向けた。

 

 …ちなみに。

 ダイに剣を渡した直後、落下したわたしの身体は、クロコダインに受け止められており、今も彼に姫抱きされている。

 ヒュンケルは最低限の受け身を取ったものの普通に地面に叩きつけられていたので、ちょっと申し訳なかったと思うが、メルルが駆け寄って回復呪文をかけてくれていたので大丈夫だろう。

 

「な…なぜ技を出さないのかしら…!!?」

 

 そのメルルが、上空を見つめて言う通り、上空に浮かび未だ戦うダイとバランは、小さな鍔迫り合いを繰り返すのみで、互いの決定打を温存し続けている。

 

「次が最後の一撃になると、どちらも気付いているからだ…!

 この勝負…一瞬でも隙を見せた方が負ける…!!!」

 

 大技を繰り出す瞬間が、達人同士の戦いならば、最大の隙になり得るということか。

 けど、あの状態で長時間は続かない。

 というより、ダイの剣にかけた呪文の効果が切れたら、それで終わりだ。

 

「…頑張って、ダイさん!

 ポップさんの為にも…!!」

 

 そう呟いて視線を向けた先で、蘇生呪文(ザオラル)の発動を続けながらも、少し不安げな表情を浮かべているレオナ姫がいる。

 その肩で黄金のスライムが、ぽろぽろ涙をこぼしているのが見えた。

 

 恐らくは…無理なのだろう。ならば…。

 ほんの僅かでいい、わたしの魔法力を回復させることにしよう。

 わたしは、クロコダインの腕の中で、目を閉じた。

 

 ・・・

 

 ドオオォン!!!!!

 

「ぅえっ!!?」

 

 浅い眠りに落ちていたわたしは、突然の爆発音に、強制的に叩き起こされた。

 

「バッ…バカなあッ!!?死人が呪文をぉッ!!?」

 

 背中から煙を出したバランが、驚きの目を眼下に向けている。

 え!?死人!?

 覚醒したばかりの頭をフル回転させて、現時点でそれに当てはまる条件の人間がいる方に視線を向ける。

 そこには横たわったまま手を上に伸ばすポップと、その傍で驚いた顔をしているレオナ姫がいた。

 そして…

 

「今だああッ!!!

 アバンストラッシュ!!!!」

 

 バランの気が逸れた瞬間、ダイが溜めていた力を解放する。

 ふたつの力が上空で大爆発を起こし、次の瞬間、大小ふたつの影が、同時に地面に激突した。

 

 結果は……相討ち。え、なんで!?

 

 クロコダインの腕から下ろしてもらいながら、僅かな時間眠っていたわたしは、状況の説明を求めた。

 最大の技の発動を先に仕掛けたのはバランの方だったそうだ。

 確実に決まったと思ったその時、全闘気を攻撃に集中させ、無防備となった背中に、攻撃魔法が叩きつけられた。

 そこからはわたしも見ていた通り。

 あの時のバランは完全に動きが止まっており、意識が目の前のダイから逸れていた。

 

「死んだと思っていたポップの一撃で、バランは一瞬たじろいだ…。

 ダイのストラッシュの方が僅かに早く決まったため…ダイは直撃を避けられたんだ」

 

 つまりあの爆発は、ふたつの技の激突だったのか。

 

 地面に叩きつけられたダイは、一瞬気を失ったようだが、すぐに起きあがり、よろめきつつも立ち上がった。

 

「ダイ!!大丈夫かっ!?」

「う…うん…み、みんなのおかげで…助かったよ…」

 

 そう言いつつも倒れそうになるのを、寸前でメルルに支えられる。

 その瞬間、手にしていた破邪の剣から気持ち悪い色の光が消え、次にはまるで乾いた粘土のように、粉々に崩れ落ちた。

 

「グエン…ごめん」

「なんで謝るのよ?

 それより、あなたが無事で良かった。

 それに、ポップも…!」

 

 そう言って、最大の功労者を振り返る。だが…、

 

「…だめ…ポップ君は…生き返らない…!!」

 

 綺麗な瞳から大粒の涙を溢れさせながら、レオナ姫が首を横に振った。

 

 え…どういう事!?

 ポップは先ほど、呪文でダイを助けた筈だ。

 

 なぜあのようなことが起きたのか、レオナ姫にもわからないという。

 だが現実に蘇生呪文(ザオラル)は成功せず、ポップは冷たい骸のまま横たわっている。

 ごめんなさい、と泣き伏すレオナ姫の側に行き、その小さな肩に手を置いた。

 

「泣かないで、姫さま。

 今度はわたしがやってみるわ」

「えっ!?」

「わたしは僧侶よ。こういう事は、わたしの役目」

 

 そう言って場所を譲ってもらい、先ほど僅かに回復した魔力を集中させた。

 それをもとに生命力を徐々に魔力に、編み上げるように変換する。

 そして、最後に呪文を詠唱…

 

 ………ッ!!?

 

 …できなかった。

 

 首筋に強い衝撃を受けたと思った瞬間、わたしは意識を失っていた。

 

 ☆☆☆

 

「バッ…バランッ!!!!」

 

 高速移動でグエンの背後に立ち、頸部に当身を食わせたのは、先ほどまで勇者一行と戦っていた、魔人だった筈のものだった。

 携えた剣が半ばから折れており、それが最後の技の激突の激しさを物語っている。

 その姿は人間の男と違わぬ姿に戻っており、胸元の傷からの出血が痛々しい。

 そこから流れる血の色も、赤に戻っている。

 その腕が、倒れたグエンの身体を受け止めた時、突然の事に呆然としていた全員の硬直が解けた。

 

「なっ…何するんだ!!グエンを離せッ!!」

 

 ふらつきながらも向かって来ようとするダイを、バランは言葉でそれを制した。

 

「今グエナヴィアが使おうとした呪文が発動されていたら、どうなっていたか判るか?」

「えっ!?」

 

 それまでの流れから、蘇生呪文であると疑っていなかった全員が、一様に戸惑いを見せる。

 

「蘇生呪文…ではないの?

 確かにあたしの蘇生呪文(ザオラル)とは、発動の仕方が違ったようだけど…?」

「あれは蘇生呪文(ザオラル)ではない。

 ……自己犠牲蘇生呪文(メガザル)だ。

 己の生命力と魔力を全て仲間に与える呪文で、発動すればその少年は蘇生した上、貴様らまでも完全回復しただろうが、グエナヴィアは死んでいた」

「なっ…!!」

「バ、バカな…!なんという事を…!!」

 

 気がつかずそのまま見守っていたら、結局は仲間をひとり失っていた。

 それを阻止したのが、今の今まで敵として死闘を繰り広げていた相手である事実を、ダイが受け止めきれずに、バランをじっと見つめる。

 その視線を居心地悪く思いながら、バランは足元に横たわる魔法使いの少年を見下ろした。

 

 …間違いなく心臓が停止している…なのに何故…!!

 友を想う心が死してもなお、この少年の身体を突き動かしたとでもいうのか…!!?

 そんな…奇跡が…!!?

 

 バランは打ちのめされていた。

 世界の審判者として与えられた3つの力…即ち(ドラゴン)(パワー)、魔族の魔力、人の心。

 そのうち最もくだらぬものとして捨てた人の心が、彼を強く打ちのめしていた。

 

『人間は確かに臆病で弱い。

 けどわたしは、あの涙を信じたい』

 

 腕の中の魔族の女…まだ少女だった頃の彼女が、あの強い目をしてそう言った時には、なんの夢物語かと思ったものであるのに。

 その臆病で弱い人間が、死を超えても尚、友のために戦う意志を、心の強さを、示してみせたのだ。

 

 バランは少年の顔の真上で拳を握ると、そこから流れる血…魔族の青でも人の赤でもなく、金色に輝くその雫を、少年の口に滴らせる。

 それからふらつく身体を誤魔化すように、未だ目を覚まさぬグエンを、自分を見つめ続ける息子の方へと、突き飛ばすように押しやった。

 

「グエン!」

 

 その腕が彼女を受け止めるのを確認して、その側を通り過ぎようとする足を止める。

 

「…ディーノよ、もはや何も言わん。

 おまえはおまえの信じた道を進むがいい…」

 

 それまでの自分を睨むように見ていた息子の目が、驚きに見開かれるのを見て取り、バランは一瞬そこに、愛した女性の面影を見た。

 彼女の面影が、記憶の中ですら微笑まなくなった事に、自分はいつから気がついていなかったのだろう。

 だが…彼女が戻らないのと同様に、自身が犯した過ちもまた、取り戻せはしない。

 

  「だが、この世に(ドラゴン)の騎士は二人も要らん!!

 我が剣が甦り、傷の癒えた時こそ、雌雄を決してやる!!!」

 

 今更生き方を変えられはしない。

 ならば、せめて裁きは、この世で最も大切な者の手で。

 そう思い極め、バランは息子の目を睨み返す。

 

「おまえが私に勝てたら、人間のために魔王軍を滅ぼすがいい!

 しかし私が勝てば…私は人間を滅ぼす…!!」

 

 そう言って去ろうとする背中に、ダイが叫んだ。

 

「わからずやーーっ!!!」

 

 そういえば再会して以来これが初めて聞いた、息子の子供らしい言葉だったのではないだろうか。

 かつて感じたことのない胸の奥の痛みを覚えながら、バランは一言、ようやく返した。

 

「なんとでも言え…」

 

 

 

 と。

 

「…ポップ君が…!

 い、生き返ったわ…脈がある…!!」

 

 レオナ姫の声に、皆が驚きに目を瞠る。

 見れば先ほどまでと違い、倒れたままのポップの頬には確かに赤みがさしており、よく見れば胸も静かに上下している。

 信じられないことだが、理由があるとすれば、それは…!

 

「…敵に塩を送るのはこれが最初で最後だ。

 今度会った時には容赦せん…!!」

 

 この奇跡を起こしたであろう男は、振り返りもせずにそう言うと、そのまま歩み去っていく。

 いつの日か再びこの男は、ダイの前に敵として立ちはだかる。

 その場に意識ある者は誰もが、竜の親子の宿命の重さを感じずにはいられなかった。

 だが、ダイは初めてその背中に、それまで知らなかった『父親』という存在の、温かみを感じていた。

 

 ☆☆☆

 

「う……ぅん」

「お、目ェ覚ましたな。気分は?」

「悪くはないけど…ちょっと喉が痛いかも。

 ここ、割と乾燥してるのかもね」

「そっか。ほら、水飲めよ」

「ありがと……えっ!?」

 

 寝起きのわたしにコップを手渡してくれた相手を見て、わたしは思いっきり固まった。

 

「……ポップ!!?」

「おっす。言っとくけど夢でも幽霊でもねえし、お互い死んでもねえからな。

 とりあえずソレ飲んどきな。オネーサン」

 

 言われて手の中のコップに気がつき、中身を零さないように一気に煽ってから、もう一度目の前の相手を見つめる。

 服はボロボロだし、手当はされてるみたいだけど身体中傷だらけで、けど。

 そこにあるのはいつも通りの、ポップのちょっとひねくれた笑顔だった。

 そして、今いる場所はどうやら、例の森の中の小屋らしい。

 

「…どうもな、バランに助けられたらしいんだわ。

 おれ達二人ともな」

 

 そう言って説明してくれた内容に、驚きを禁じ得ない。

 自己犠牲蘇生呪文(メガザル)を唱えようとしたわたしを止めた後、バランは自分の血をポップの亡骸に与え、それによりポップは蘇ることができたのだと。

 それにしても……!

 

「もう、バカ!

 命を粗末にするなって言ったでしょ!!

 とりあえずお前一発殴らせろ」

「あんた、ひとのこと言えんのかよ!暴力反対!!」

 

 …逃げられてしまった。

 どうやら隣の大部屋の方に他のメンバーもいるらしく、声が聞こえた。

 

 さて。

 完全にではないけど、眠ったおかげで体力も、魔法力も少し回復している。

 だとしたら、やっておかないといけないことが。

 …約束したんだもの。

 

 一人になったところで、リュックの中から、尼僧服を引っ張り出して着替えをする。

 窓を開け、そこから身体を半分出して、イメージを頭の中に構成してから、呪文を唱えた。

 

「ルーラ」

 

 ☆☆☆

 

 夜はすっかり更けており、昼間とは趣を異にしていたが、迷うことなくそこに着地した。

 岩山の陰に、マントで包み、野生動物に害されぬよう一応トヘロスもかけてはいたが、やはり戻るまでは不安だった。

 包んだマントをそっと剥ぎ、その眠るように穏やかな顔に、笑いかける。

 

「ただいま。

 …さあ、一緒に帰りましょう、ラーハルト」

 

 かつて共に暮らした、あの場所へ。

 わたしが連れて帰ってあげる。

 

 だが。

 ラーハルトの亡骸を背負った瞬間、周囲がドス黒い気に覆われた。

 

「キシャシャシャシャーー!!」

 

 金切り声のような笑い声が周囲にこだまする。

 見ればどこから現れたものか、鎌を持った小さな幽霊みたいなモンスターが、無数の群れでわたし達を取り囲んでいた。

 

「死神……!!」

 

 普段ならなんという事のない敵だが、数が多い上、今のわたしは本調子じゃない。

 

「厄介ね…ニフラム!」

 

 死霊系モンスターは、本来なら僧侶のわたしにとって相性のいい敵だが、やはり数が多過ぎる。

 ある程度数は減らせても、次から次へと襲いかかってきて、キリがない。

 しかもこれはどうやら、魔王の瘴気によって大量発生したもののようだ。

 やがて1体の死神が、わたしの背中から、ラーハルトを引き剥がそうとし始めた。

 

 冗談じゃない!

 この子は然るべき場所で、聖なる祈りをもってわたしが送り出さねばならない。

 死神なんかに連れていかれたら、悪霊かゾンビにされてしまう。

 

 ラーハルトの身体を抱きしめて必死に抵抗する。

 小さな鎌がわたしの身体に無数の傷をつけてくる。

 

 その中のひとつがわたしの髪…長く伸ばした三つ編みを、半分くらいの長さにぶった切った。

 

 …あの山の中の小屋で暮らしていた頃、夜中に目を覚ますと、隣で寝ているラーハルトが、わたしのこの髪を握っていたという事が、何度となくあった。

 それが千切れて飛んだのを見た瞬間…ラーハルトの死が今更、わたしの胸にリアルに迫ってきて、もう一緒に死んであげた方がいいような気持ちに、一瞬だけなった。

 

 そして。

 周囲に雷撃が、一斉に降り注いだ。

 死神達が、断末魔をあげて消滅する。

 

 何が起こったのかと周囲を見渡すと…そこには。

 黒髪で背の高い、逞しい体躯の40過ぎの男が、こちらを見つめて立っていた。

 

 ・・・

 

「ラーハルトの亡骸だけがどうしても見つからんと思っていたら、君が隠していたのだな」

 

 初めて会った時と同じような、感情の見えない声で、男はわたしに言葉をかける。

 

「…渡さないわよ。

 彼は、お母さんのところに帰すの。

 もう二度と、あなたにだけは渡さない」

 

 そのバランの目を睨みつけ、首を横に振りながら、わたしはラーハルトを抱く腕に力を込めた。

 これで三度も命を助けられた、その相手に取る態度ではないと判ってはいても、感情がついていかない。

 

「そうはいかん。

 処置が遅れれば、助かるものも助けられん」

 

 だが、駄々をこねる子供を嗜めるようにバランがわたしに返した言葉は、予想を超えるものだった。

 思わず口から、え、と小さく声が漏れる。

 

「助かる…どういうこと?」

「万にひとつの可能性だが、私にはその手段がある。

 …君たちの仲間の、魔法使いの少年のようにな」

「あっ……!!」

 

 そうだった、この男はポップを生き返らせた。

 古来より竜の血を浴びた戦士が不死身の肉体を得たという伝説がある。

 もっとも現在生き残っている、モンスターの一種として退化したドラゴンにそのような力はなく、その竜が神の眷族だったと考えられる事から、それを倒した戦士は元々それに近い力を持っていたのだという説もある。

 つまりは眉唾物の話なのだが、実際にその例を見てしまっている今、そこに縋らずにはいられなかった。

 

「ポップにしたみたいに、ラーハルトも生き返るの…!?」

「万にひとつの可能性と言ったろう。

 確実ではない。

 むしろ、処置を施してすぐに息を吹き返した、あの少年が特殊だった。

 見た目に反して、とてつもない精神力の持ち主だ。

 だが私の部下たちの中で、恐らく可能性があるのはこの子だけだ。

 僅かでも可能性が残されているならば、それに賭けたい。

 …この子も私の息子だ。

 言えた義理ではないのは判っているが、ここは私を信じて、今一度この子を私に託してほしい」

 

 初めて見るその真摯な眼差しに、この男の本気を見る。

 本当ならわたしに頭なんか下げたくないだろう。

 なんかそれを見たら、わけが判らなくなってきて、両目から涙が溢れて止まらなくなった。

 

 多分、わたしは疲れているんだ。そうに違いない。

 

 気がついたらラーハルトの亡骸を抱きしめたまま、わんわん泣いてしまっており、わたしの頭をバランの手が、泣き止むまで撫でてくれていた。

 その手が大きくて温かくて、考えてみたら誰かに頭を撫でられた事など、記憶にある限りこれが初めてだった。

 

 結局はラーハルトはバランに預ける事となった。

 そもそも死神たちとの戦いで、何度もニフラムを使ったせいで、あの山小屋へルーラで行って、もう一度テランへ戻るだけの魔法力が残っていない。

 

「…恩に着る。

 何かあったら、一度だけ頼みを聞こう」

 

 そんな事を言うバランに、わたしは首を横に振る。

 

「そういうのはいいから、ダイと今すぐ和解して」

「それはできん」

「…頑固オヤジ」

「なんとでも言え」

 

 …そんなやりとりをして別れた時には、空が白み始めてきていた。

 夜が、明ける。

 

 ・・・

 

 ラーハルトの亡骸に己の血を与え、用意していた棺に横たえた時、視界の端に見覚えのある紐のようなものを見つけたバランは、思わずそれを拾い上げた。

 それは、先ほどまで一緒にいた女の髪と、よく似た三つ編みの束だった。

 そういえば編んでいたはずの髪が、自分が着いた時には解けていたのだ。

 

「髪は女の命だろうに…惜しい事を」

 

 呟いて、それを手から離そうとし…思い直して棺の中の、青年の手にそれを握らせた。

 

「おまえを守ろうとしてそうなったのだぞ。

 責任を取るためにも、ちゃんと帰ってこい」

 

 そう言葉をかけ、棺の蓋を閉じ…、

 

「ルーラ」

 

 男と棺が、その場から飛び去った。

 

 ☆☆☆

 

「………ナニコレ」

 

 辛うじて残っていた僅かな魔法力でルーラして、戻ってきたテランの森の小屋は、建物自体は無事だったが、その周辺が様変わりしていた。

 木々に囲まれた小道だった場所が、爆発でも起きたように地面が抉れてしまっている。

 

「あ……グエン!!?」

 

 名を呼ばれた方向に振り向いた瞬間、お腹のあたりにものすごい衝撃を感じ、更に強い力で締め上げられた。

 

「グエン!グエングエン!!どこ行ってたんだよ!!

 いつのまにかいなくなってるから、ハドラーやザボエラに攫われたのかと、心配したんだよ!!」

 

 いやちょっと待って勇者サマ。

 色々聞きたい事はあるけど、何よりもまず口から内臓出てきそうだから!

 

 どうやらわたしがバランと居た間に、この場所にハドラーとザボエラが襲撃をかけていたらしい。

 ていうか、ハドラーってフレイザード戦の時に、ヒュンケルが倒したと思っていたけれど、生きていたのか。

 わたしの居ない間に合流して、一緒に戦ってくれたというマトリフ様も加わった、その場の全員から説教を食らった後、わたし達はパプニカへの帰途についた。




死神の群れにギガデイン。
多分相当オーバーキル。

次回でようやくグエン編終了です。


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32・半魔の僧侶は友に師事する

グエン編最終話。


 パプニカに戻って数日。

 レオナ姫や三賢者が忙しく動き回っている中、充てがわれているわたしの部屋に新しい服が届けられた。

 

 ちなみに前の、お気に入りだったベンガーナ製の旅人の服がバランの技で『ご開帳』させられて駄目にされ、急場しのぎに近くの村で調達した吊るし売りの旅人の服は正直サイズが合っていなくて、一番大きいサイズでも胸がきつかった。

 ウエストは一番小さいベルトの穴で締めてもぶかぶかだったのに。

 そしてトドメにラーハルトをバランに託した後、あちこち切り裂かれた尼僧服をメルルが繕ってくれるというので、その間だけだと思いもう一度着替えたら、一番上のボタンがいきなり飛んでどっかいった。

 その状況を横目で見ていたレオナ姫が、

 

「…早急なる対策が必要だわ」

 

 となにやら複雑な表情を浮かべていたのは知ってた。

 けどパプニカに戻ってすぐマリンに連れられ、個室で下着姿にまでむかれて全身採寸された時は、さすがになにが起こったのかとビクビクしたわ。

 

 そんな感じで仕立てられたわたしの服は、パプニカの特殊な法術で紡がれた糸から織られた、パプニカ絹よりも更に魔法耐性に優れた布でできた丈の長いホルターネックの上衣とキュロット、ウエストのサッシュベルトで構成された一式。

 更にフード付きの厚手のマントも付いている。

 色は白だが、光を乱反射する糸が織り込まれており、光の加減でうっすらとオレンジがかって見える。

 25のわたしが着るには可愛すぎないかと着る前は思ったが、着てみると意外としっくりきた。

 ボトムがキュロット型なのがポイント押さえててまたいい。

 ワンピースやドレスは好きだがスカート単品はあまり好きじゃないので。

 

 あと「これは服とは別に必要だと思います」と、サイズを計られた日の夕方に訪ねてきたエイミに渡された袋には、上下一揃いの淡い色の下着が数セット入っていた。

 ベンガーナ以外の国では一般庶民に女性下着の胸あてはあまり浸透していないのもあって、上下セットの下着なんて上流階級のお姫様のドレス下か、(ぱふぱふ屋)のお姉さん御用達のいわゆるエッチな下着くらいしか想像が出来なくて、一瞬どういう意図なんだと思わず彼女の顔を見返したら、仕立てる服は法衣としての機能は申し分ないが布自体の厚さがあまりない為、そのままだと胸…その、つまり先端のラインがもろに出てしまうから、それをガードする為に胸あては絶対に必要だと、顔真っ赤にしながら説明してくれた。

 …若い女の子にそんな事言わせてごめん。

 ついでに「私も着けてます」ってこっそり胸元めくって見せてくれた事は一生己の心の中だけにしまっておこうと思う。なんという眼福。

 

 試しに実際に身につけてみると、激しい動きをしても揺れないよう、うまい具合にホールドできていて、着けないよりずっと快適だと理解した。

 専門で扱っているお店を教えてもらえたので、これはマァムが帰ってきたら一緒に買いに行かねばなるまい。

 武闘家になれば激しい動きがその分増えるだろうし、あの子には絶対必要だわ。

 

 ・・・

 

 届いた服を身につけて、ミーティングルーム(元々は王妃様がサロンとして使っていた部屋らしい)へ顔を出すと、そのわたしの姿を見て、バダックさんが駆け寄ってくる。

 

「おお、グエンどの!よく似合っておりますぞ!

 グエンどのの服には、ぜひ自分のところでと申し出てきた仕立て屋が何人もおりましたのを、姫が直々にこれはと思う者に手掛けさせたので、間違いはないと思いましたがな!」

 

 …レオナ姫が吟味してたのは多分だけどその仕立て屋の身元の確かさとかそういう事であって、腕とかデザインとかではないような気がしますが。

 

「ふふ、ありがとうございます。

 姫様に直接お礼を申し上げたかったのですが、なんだかお忙しそうですのね」

 

 一応ここに来る前に、レオナ姫が公務で常駐する部屋の前までは行ったのだが、姫も三賢者もなにやらバタバタしていたのでそのまま通り過ぎてきたのだ。

 というか、わたしを見つけたアポロくんがこっちに駆け寄ってこようとした次の瞬間、

 

「鼻の下伸ばしていないで仕事なさい、忙しいのだから!」

 

 とマリンに引っ張られていった姿に、別に鼻の下は伸びてないのに濡れ衣着せられて可哀想だとは思ったが少し笑えた。

 

「姫は何か大きなことをやろうとなさっておるのでな。

 せめて力になれればと、皆の服を作らせたんじゃよ!!」

 

 見ればダイやヒュンケルも真新しい服に身を包んでいる。

 ポップは元の旅人の服のままだけど、それは破れた部分をやはりメルルが綺麗に繕ってくれたもので、すっかり元通りだからこのままでいいと彼自身が固辞したものらしい。

 彼女はいいお嫁さんになるだろう…わたしと違って、ってやかましいわ。

 …そこまで考えたところで、別れ際にメルルがポップに向けた切なく潤んだ黒い瞳を思い出して、なんとも言えない甘酸っぱい気持ちになった。

 あれはどこをどのように見ても恋する乙女の表情か…知らぬは本人ばかりなり、と。

 ポップは決して鈍感じゃない筈なんだが、自分の関わることとなると、途端に見えなくなるきらいがある。

 というか、無意識に自分自身を、優先順位の一番下に持っていく癖があるかも。

 …どうも何らかのコンプレックスがありそうなんだけど、はて?

 

「グエン〜…」

 

 と、マントの端を引かれる感覚に振り向くと、ダイがいつのまにかわたしのそばに来ており、何故か涙目でわたしを見上げている。

 

「…ん?どうしたの、ダイ?

 …って、なにこのでっかいたんこぶ!!?」

 

 反射的に撫でようとした勇者の頭部には、びっくりするくらい大きな腫れが自己主張しており、わたしは慌ててホイミをかけた。

 …聞けば新しい装備を試しながら紋章の力を検証していたら、トベルーラの使用中にエネルギー切れを起こし墜落したそうだ。

 …たんこぶ程度で済んで良かった。下手すりゃ死ぬわ。

 

「拳に全闘気を集中するあまり、無尽蔵にエネルギーを消費してしまうんだ」

 

 そこに至るまでは自分の最強の技もかき消したのにとクロコダインが説明する通り、上手く調整できるようにならないと長期戦は難しい。

 これまでは常に全力で戦ってきたダイの今後の課題が闘気のエネルギー配分、という事らしい。

 

「…弱点はそれだけじゃない」

 

 同じ室内で、ずっと読んでいたアバンの書から顔を上げて、ヒュンケルが会話に入る。

 

「使える武器が無い…。

 並の敵なら拳だけでもカタがつくが、本当の強敵…あのバランのような相手になると、素手ではわたりあえん…」

 

 トラマナとスクルトを集中重ねがけした破邪の剣は、あの一撃で消滅してしまった。

 あのクラスの武器であれなら、店買いのものは恐らくほぼアウトだろう。

 

「伝説の武器クラス…それこそ、バランの真魔剛竜剣くらいの剣でないと無理そうよね…」

「本当に(ドラゴン)の騎士が使える武器は、この世にあれだけなのかなぁ…?」

 

 そうであっても不思議ではない。

 (ドラゴン)の騎士が同じ時代にふたり居る事は神々の想定外(イレギュラー)なのだから。だが、

 

「そんなこたぁないじゃろ。世界は広い!

 きっとまだ、すごい武器がいっぱいあるに違いないわい!!」

 

 と、バダックさんが希望的観測を口にする。

 

「…例えばロモスの宝剣・覇者の剣とか?」

 

 いくら国の恩人の勇者でも譲ってはくれないだろうが、わたしの言葉にダイが関心を示す。

 

「はしゃのつるぎ!?」

「ええ。破邪の剣と名前は似ているけれどまったくの別物ね。

 以前カールの図書館で読んだ本によれば、かつてロモスを救った勇者が置いていったとされる、この世に斬れぬものはないと謳われた名剣だそうよ」

 

 出典は例の武器防具大全なので真偽はさておき。

 

「そんなの伝説だろ…」

 

 しかし、その後に続いたポップのコメントが可愛くなかったので、ちょっとムッとして言い返してしまう。

 

「だから、伝説の剣クラスじゃなきゃ話にならないから例に出してるんじゃないの。

 それとも他に心当たりはあって?

 武器屋の息子さん?」

「あるわけねえだろ!

 おれんちは自慢じゃねえが、武器屋ってもイナカ村のオンボロ武器屋なんだよ!」

「ほんとに自慢じゃないね…」

 

 冷静につっこんだダイの頭を撫でつつ『ねー』とか返していると、バダックさんが思い出したように言った。

 

「そういや、ロモスで開かれるっていう武術大会で、優勝者に与えられる商品が、確かその、覇者の剣だったぞ…!!」

「えええ〜っ!!!」

 

 バダックさんが言うには、なにやらの用件でロモスに行っていたエイミがチラシを見せてくれたとの事で、それを聞いたダイとポップは、

 

「それだっ!!」

 

 と叫んで飛び出して行ってしまった。

 ダイなんかさっきはべそかいてたくせに、まったく元気な事だ。

 てゆーかロモス王!

 国宝を賞品として放出するくらいなら、最初からダイに譲ってくれればいいのに!

 

 その後ミーティングルームに顔を出したエイミから、ダイとポップ(と、ゴメちゃん)が城の屋上からルーラで飛び立ったと聞かされた。

 どうやら例の武術大会、開催されるのは今日だったそうで、恐らくはロモスに行ったのだろうとの事。

 そうか。ついて行けば良かったかな。

 武術大会、ちょっと見たい気がする。

 

 ・・・

 

「勝手を言って済まぬが…オレはしばらくこの国の付近で、グエンを連れて修業をしたい」

 

 さっき発言した後もずっとアバンの書を読みふけっていたヒュンケルが、ようやくそれを閉じてサイドテーブルに置いたと思えば、いきなり爆弾発言をかました。

 

「は?わたしも?」

 

 思わずそんな風に言ってしまったわたしを、誰も責められはしないと思う。

 

「…オレもオレなりに、バランとの戦いで学んだことがある。

 それは、十の力を持った者同士が、十の力で戦えば、もはや戦いとは呼べない、凄惨な殺し合いになるということだ」

 

 ダイが(ドラゴン)の紋章の力を使い切れなかったのと同じように、紋章の力をあやつれるバランも、竜魔人の力を抑えきれなかった。

 あれほど愛し求めたダイを、平然と殺さんとする、魔獣に成り果ててしまった…。

 そう言ってヒュンケルが嘆息する。

 その点において、ダイに止められはしたが怒りに任せて、地獄の雷を呼び出そうとしたわたしも少し耳が痛い。

 あれは禁呪法です。よいこは真似しちゃいけません。

 

「ただ戦って勝てるだけの力では不充分なのだ。

 真の平和を生み出すことはできん!

 オレは今まで、ただ敵を倒せばいいと思っていたが、それは間違いだった…!!」

 

 ヒュンケルは立ち上がると、わたしの手を取って自分に引き寄せた。

 …その瞬間、エイミの表情が微かに強張った気がしたのは気のせいだろうか。

 

「グエンはラーハルトから、ヤツの魂とも呼べる鎧の魔槍を託された。

 そしてオレは、そのグエンを守ることを。

 その、ヤツの魂にかけても、いざとなればバランすらも止められる力を身につけ、グエンも強くしてやれなければ…死んでいったヤツに、申し訳が立たない!!!」

 

 …ヒュンケルは、死に際のラーハルトの願いに報いてくれるつもりなのだ。

 それがはっきり判った以上、わたしに否やはなかった。

 …できれば、わたし自身の意見を伺ってから決めて欲しかったのだけれど。

 ただ、以前からなにげに思っていた事だが、ヒュンケルはわたしやクロコダインに対しては結構遠慮も距離もない。

 アバンの使徒の長兄としての立場でありながら、彼は弟妹弟子達には、最年少のダイにすら、一歩引いた態度で接してるのに。

 若干わたしに気を遣う態度を見せたのは、ラーハルトと会った直後に泣き顔を見せた時と、その後ラーハルトと対峙するわたしを止めた時くらいだ。

 まあ、その距離感が居心地良いのも確かだが。

 

「でも、一緒に修業するって…具体的には何をするの?」

「オレも槍に関しては素人で、その点では棍の基礎のあるあなたの方が上だろう。

 だが、あのアバンの書には、アバン流槍殺法の秘伝が記されていた。

 それをあなたに伝授しようと思う」

 

 勇者アバンは武芸百般(自称)、いわゆる天才だったようで、故にアバン流闘法は武器を選ばないのだそうだ。

 

「わたしに、アバン流の技を!?」

「あなたもオレ達の仲間だ。誰も文句は言わん。

 それに、他人に教える事で、オレ自身の修業にもなる。

 自分と、オレを信じろ。必ず強くしてみせる」

 

 彼がアバンの書をずっと読み込んでいたのはこの為だったらしい。

 暗記するほど読んだ、と言って身支度を整えるヒュンケルに少し待ってもらえるよう言って、わたしは慌てて部屋に戻り旅支度を整えた。

 

 ☆☆☆

 

 アバン流の基礎をヒュンケルに教わりながら、槍術の基礎もきちんとした形で身につける為、彼と二人でルーラでパルナ村へ行く事にした。

 

「オレ一人ならば野宿でもなんでもできるが、あなたは女性だ。

 どこか安全な場所に拠点を置いて、修業に入るべきだろう」

 

 というヒュンケルの謎の主張に従って。

 わたしはこの戦いに加わるまでは旅の尼僧だったので、野宿も何度も経験してるし気にしなくてもいいというような事を言ったら、

 

「オレの目の届くところではそんなマネはさせん」

 

 と何故か睨まれた。なんでだ。

 

 以前レオナ姫の凱旋キャンペーンで行った時に知り合った槍術の師範のオミットさんは、呼べば王都まで来てくれると言っていたが、さすがにそこまで世話をかけるわけにもいかない。

 彼の家を訪ねるとゲッコーさんが来ていて、二人に挨拶がてら同行したヒュンケルを紹介したら、なんだかわからないが微妙な空気になった。

 …彼が魔王軍の元軍団長だと知っているのかと思ったが、それとなく探ってみてもそんな様子はなく、それ以上はボロを出しそうな気がしてつっこんで聞くのは憚られた。

 正体のわからないその空気に耐えられなくなったのか、ヒュンケルが「混まないうちに宿を取っておく」と申し出てくれたのでお願いし、後で合流する事にした。

 

「やはりそういう相手なのか…」

「…くそ、参戦する前に横からかっ攫われた」

 

 と師範2人がよくわからない会話をしていたのだが、一体なんだというんだろう。

 

 その後一通りの座学の後、稽古をつけていただいたのだが、やはり二人とも身が入っておらず、これならばヒュンケルの講義を先に聞いた方がいい気がして、適当に理由をつけて辞す事にした。

 宿の部屋でアバン流の座学を行い、最初の課題は地の技という事となって、まずは型を覚える事から始まった。

 棍の基礎がある分楽だと思っていたが、やはり棍と槍では握る感触や勝手が違うようで、型だけの動きしかしてないのに、1日終わったら普段は現れない筋肉痛に襲われた。

 あまりにも痛い痛いと騒ぐわたしに、ヒュンケルが掌のマッサージをしてくれた。

 これも勇者アバン様のお仕込みらしい。

 アバン流、奥深すぎ。違うか。

 最初のうちはそれも痛くて大騒ぎしたが、次第に気持ち良くなって、途中何度か、

 

「おかしな声を出すんじゃない!」

 

 とつっこまれた気がするが、気付いたらそのまま眠ってしまっていた。

 朝になったらちゃんとベッドで寝ていたので、ヒュンケルが運んでくれたのだろう。

 わたしは結構大柄で重たかったろうに申し訳ない事をしたと謝ったら、

 

「…そこは謝るところじゃない。

 いやむしろ、あなたは怒った方がいい」

 

 と何か意味不明な事を言われた。なんでだ。

 

 その後、朝食を食べに宿の食堂に行ったら宿の女将に、

 

「ゆうべはおたのしみでしたね」

 

 と更に意味不明な声をかけられ、ヒュンケルが盛大にお茶吹いて咳き込んだ後、真っ赤になって違うと否定していたのだが、一体なんの話だったんだろう。

 あ、ひょっとして痛みにのたうちまわってわたしが暴れたから、いい歳こいて枕投げでもしていたと思われたのだろうか。

 うわ、確かにそれは恥ずかしいわ。大人として。

 なんかゴメンと謝ったら、

 

「そこ謝られたらますます気まずいからやめろ」

 

 とちょっと嫌な顔をされた。なんでだ。

 

 あと午前中改めて師範たちを訪ねようとしたら宿の女将に、

 

「あの人ら昨日は遅くまで2人で飲んだくれてたから、今日は使いものにならないと思うよ」

 

 とか言われた。

 今この国が平和とはいえ、それは子供たちが必死になって掴み取った平和なわけだし、大人はもっと頑張らなきゃいけないと思うのだが、この村の一応ただ二人の戦闘要員がダメな大人への道を突き進んでいくのはどうなのだろう。

 

「うちのアリスなんか、アンタに嫉妬するくらい、ゲッコーさんに熱上げてたのにねえ。

 あの姿見れば百年の恋もさめるわ。

 その前にいいご縁があってほんと良かった。

 アンタにしてみれば疫病神だったろうけど、あんなバカ娘でも、あたしらにとっちゃ可愛がって育てた末娘なもんでねえ」

 

 …あの日わたしを最初に糾弾したシスター・アリスはこの宿屋夫婦のお嬢さんだった。

 そもそも花嫁修行の一環として、貞女の心得を学ぶ為に修道院入りさせてた子で(都会のちゃんとした教会ならともかく、田舎の修道院のシスターって割とそんなのが多い。なので教会業務にある解毒や解呪ができないところもある。解呪(シャナク)は結構高度な呪文だから仕方ないけど、解毒(キアリー)は僧侶の初歩呪文なんで、修行積むうちに大体の子はできるようになる)、例の凱旋キャンペーンの直後「うちのバカ娘がとんでもないことを」と平謝りされ、後日無理矢理連れ帰って少しの期間ここで家業を手伝わせていたそうなんだけど、その彼女にたまたま来ていたベンガーナの商人が一目惚れし、熱烈なアプローチの末に結婚してそのまま連れていかれたそうだ。

 ちょ、あれからそんなに経ってないのに展開早っ!!

 

 何はともあれ、今日からは本格的にアバン流の、実戦形式の修業に入る。

 ではヒュンケル先生、よろしくお願いします!

 

 ☆☆☆

 

 それより十数日前、とある村にて。

 

???「あら、欠けちゃったんですかぁ?

 えーと…あ、これうちの店でお買い上げいただいた品ですね?

 ありがとうございます!…え?判りますよぉ。

 同じ『鋼鉄(はがね)の剣』でも、うちの武器はそこいらのものとは品質が違いますから!

 ……破損率4.8%、刀身部分の欠けに加え、(つか)部分に若干のぐらつきが見られます。

 今日、来ていただいて良かったです。

 …これ、このままにしていたら、最大保っていてもあと3、4回の戦闘で、本格的に折れてましたよ?

 結構硬いモノ斬ったんですね?

 え?鍵付きの宝箱を、無理矢理開けた?

 …しかも、それが人食い箱だったと。

 ……なんというか、うん、お疲れ様です。

 では…『でろりん』様。

 鋼鉄(はがね)の剣1本、研ぎと修理承りました。

 預り証をお渡しいたしますので、3日後の正午過ぎに、またこちらまでお越しください。

 ……ありがとうございましたー!

 

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 ………って!ちょ、ニセ勇者キターーー!!!!

 うはwwwマジ緑川ヴォイス、超ウケるwww」




読者の皆さんは気付いてくれていたと思いますが、この物語のヒュンケルはクロコダインやグエンに接する時の方が、弟妹弟子に対する時よりも、年齢相応な素の部分が出ています。
グエンに対しては、原作では一人で背負っていた長子ポジションを分け合ってる同志的な感覚を無意識に抱いてるぽい。
頼れるお姉さんでありつつ、でもやっぱり女性だから守る時はオレが守らなきゃみたいな感じでいたところにラーハルトの最後の頼みが入ってきて、頼る<守るのバランスになって、結果、過保護になったという。
という事で三角関係の一端を担っていた筈のヒュンケルが最終的にオカンと化したところで、グエン編終了。
次回、番外編を挟んだ後、2個目の石の話が始まります。


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外伝・騎士王国の王弟(セージュ) 神が明後日の方に投げた小石★

番外編。
或いは、グエンの代わりの不憫枠。


 最初は、夢でも見てるのかと思った。

 城の一般兵士みたいな簡素な鎧を身につけてるのに、それでも女神様みたいに綺麗な女性が、俺をまっすぐ見つめて微笑んでるんだから。

 

「あなたが、セージュ…?」

 

 …その人の顔を、この国で知らない者などいない。

 でも間近で拝顔する機会なんて、一生訪れる事はないと思っていたから。

 

 ・・・

 

 俺の名は、セージュ・アーロン・ドゥ・ルネロッソ。

 カール王国の貴族で、騎士団の一員というか…一応名ばかりの、一部隊長の任に就いている。

 名ばかりの、とか、一応、とつけた事でわかっては貰えると思うが、つまりは役職と実力が合ってないって事だ。

 剣術はからっきし、最近魔法の勉強を始めた程度で、攻撃呪文だって使えない。

 副部隊長に頼み込んで撫でる程度の稽古をつけられて1時間でへばる体力しかない。

 部下たちに、嫌われてはいなくても、影で苦笑されてんのも知ってる。

 

 …俺だって好きでこんな役職貰ってるわけじゃねえよ!!

 

 大体貴族の家名だって単に、当時家業が上手くいかず、家計を支える為に王宮に下働きに出た俺の母親に当時の王様の手がついて無理矢理召し上げられ、愛妾に相応しい身分として与えられた肩書きが、ルネロッソ男爵夫人だったってだけの話。

 更に、夫持ちだった彼女が王の子を身ごもり、出産で命を落とした後は、その生まれた子供の身分をある程度保証する為に、夫がそのままルネロッソ男爵になったわけで。

 ちなみにルネロッソ(赤い月)ってのは、母親の持っていた赤に近い金髪から連想した名付けだそうで、肖像画で見る限り俺が持つそれは母からの遺伝のようだ。

 

 …うん、その、まあつまりは、その時生まれた子供が俺なんだけどね。

 

 父親ってゆーか母の夫も去年亡くなったんだけど、事情を聞かされたのがその臨終の床で。

 いやもう、そんな子供、よく育ててくれたもんだと思うよ?

 いくら王家からの命令だったとしてもだよ?

 自分の嫁を、権力かさに着て寝取った男の子供をだよ?

 俺だったらほとぼり冷めた頃に、病死に見せかけて毒でも盛ると思うわ。

 そんな事実がない事は、俺がまさにその瞬間まで、この人の実の息子である事を疑っていなかった事で、わかって貰えるとは思うが。

 それどころか俺の行く末を心配して、自分が死んだら、俺が生まれた時に賜った王家の紋章入りの短剣を持って、王宮に行くように言って息を引き取った。

 

 行かなかったけどね?

 

 父さんの葬式は俺が万事取り仕切らなきゃいけなかったし、その後は、男爵家っても名ばかりで細々と営んでた事業が、父さんの死後は傾く一方で、それまでただのドラ息子として生きてきた俺の肩に責任全部かかってきて、資金調達だの受発注だの、色々な事に忙殺されて…早い話、忘れてた。

 

 まあ、そんな時だよ。

 突然、その人が訪ねてきたのは。

 

 かつてこのカール王国は魔王ハドラーの侵略に対して、世界でも一、二を争うほど屈強な騎士団の力を以って抵抗した。

 その旗頭となったのが、当時14歳だったこの人だった。

 結局魔王ハドラーを倒したのは勇者とその仲間たちだったわけだけど、その勇者アバン自体カール王国出身で、騎士団の一員だった。

 

 その女性(ひと)の形のいい唇が、美しい音を奏でる。

 それが彼女の声と言葉であると、気がつくまでに数瞬を要した。

 

「初めまして。フローラと申します。

 あなたの、腹違いの姉にあたります。

 …今まで、知らなくてごめんなさい」

 

 そう言って俺を抱きしめた、俺より5歳年上のこの国の女王様の、その柔らかい感触となんとも言えないいい匂いに、俺はそのまま硬直するしかなかった。

 

 …俺の母、王に見初められたくらいだからさぞや美人と思うだろうが、例の肖像画が数割増しで描かれていると想定して、それですら特に目を惹くようなところのない平凡な顔だちの女性だった。

 この現女王様を見れば、この人の母上様って人が相当美しい方だったって事くらい判る。

 その方が亡くなられていたにしても、どうしてこれに手ェ付ける気になった?

 できるものならば一体どこが良かったのかと、当時の王様を小一時間問い詰めたい。

 そしてその平凡さが、息子である俺にしっかりと受け継がれているわけで。

 ちょっとだけ泣いていいだろうか。

 

 ・・・

 

 市井の噂によれば前述の勇者アバンは、この国の現女王フローラとは恋仲であり、フローラ女王が、王族の女性としてはその…嫁き遅れと言えなくもない年齢まで独身を貫いているのは、今は世界を巡り歩いているという勇者の帰還を待っているのだと、巷では囁かれている。

 そしてその噂が真実である事を、俺は「あねうえ」の話を聞いて確信したわけだが…実際の話は、噂ほど単純な事情ではなかった。

 そもそも勇者アバンが、恋人であるフローラの元に帰れないのは、次代の勇者となる人材を世界中から探し、育成する目的があるのは勿論だが、実のところ居場所を特定されると、勇者アバンには命の危険があったからだ。

 

 アバンの家系のジニュアール家は、下級貴族ではあるがうちのような商人上がりとは違い、カール国内においては、代々有名な学者を輩出してきた名家。

 平時であれば、多少の身分だの肩書きだのを用意する必要はあろうが、決して不自然な縁組ではない。

 

 だがアバンは、世界を恐怖に陥れていた魔王を倒した勇者。

 元々が屈強な騎士団を有するカール王国に、勇者が王族となって加わる事は、他国…ハドラーが拠点として築いた地底魔城の恐怖支配から逃れ、ようやく王国としての権威を取り戻したパプニカはともかく、同じ大陸に隣接する大国、ベンガーナやリンガイアなどからすれば、脅威以外の何物でもないのだ。

 そんな近隣諸国から、刺客を送り込まれる可能性は充分あった。

 そもそも、勇者パーティーの剣であり盾として、常に最前線を戦ってきた、もと騎士団長ロカが、魔王との決着の後、ロモス王国領のネイル村へ移住したのも、自身の立場が以前とは違う事を懸念しての判断だったという。

 その時の彼には守るものがあった。

 戦いの中で出会い結ばれた妻と、二人の間に生まれた娘。

 その愛する存在を、危険にさらす事はできなかった。

 

 そしてアバンもまた、自身よりも、その時傍にあるだろう人の身を案じた。

 それ故に、戻れないのだ。

 アバンが、勇者でなければ。

 フローラが、女王でなければ。

 そうであれば、結ばれ得たかもしれない二人。

 けれど、そうでなければ、そもそも出会わなかったかもしれない二人。

 

 …けどさ、その事情、俺には関係ないから。

 

「あなたの存在を公表し、前王の王子としての身分を与えます」

 

 とかそういうの全然要らないから。

 

 これ間違いなくアレだろ。

 ゆくゆくは俺に王位を譲って、自分は愛する男と旅立つ。

 そんなシナリオが頭の中で構築されてるだろ。

 

 勇き、そして聡き女王として名高い、まだ何も知らなかった頃には俺も少しは憧れていたあのフローラ様が、恋や情が絡むとこんなに馬鹿になるもんなのか。

 アンタとしてはそれで気が済むのかもしれんが、せっかく魔王ハドラーに勇ましく立ち向かった戦女神・フローラ女王の名の下にこのカールが統治できてるのに、いきなり現れた「王弟」の存在は、国内の権力争いの火種になりかねない。

 そうなったら今度は、王権の簒奪を狙う存在として俺が自国の人間から命を狙われちまうんで、ほんと勘弁してください。

 

 こんなふうな内容のことを、最後にはほぼ泣きながら訴えたらやっと判ってもらえて、その話はなかったことにしてもらう代わりに、せめてただ一人の身内として近くにいて欲しいと懇願され、俺は養父の事業を人手に譲渡して、自身は女王の推薦という枠で、この栄光のカール騎士団に所属したわけだ。

 もともと経営には向いていなかった。

 養父に雇われていた従業員たちも、これで安心するだろう。

 そして俺が女王の弟だという事実は、王宮でも上層部の、フローラ様が厳選した一部の人間にしか知らされていない。

 

 ☆☆☆

 

 魔王が復活し、各地でモンスターによる襲撃が始まった。

 最初は我々騎士団は、近隣の町や村に出向き、モンスター討伐や住民の避難などに駆り出されていたが、徐々にカール王都への襲撃が激化してくると、そこまでの余裕がなくなった。

 

 フローラ様は、日に日に憔悴していった。

 人前では凛とした表情を崩さずにいたが、たまに顔を合わせた時に、俺の前でだけは、気弱な言葉を口にするようになった。

 

「せめて、アバンがここにいてくれたら…」

 

 要約すると、大体その内容に尽きる。

 この時ばかりは、俺も自分の無力さを呪った。

 

 ある日、魔王軍の一斉襲撃を受けたロモス王国が、勇者によって救われたとの報がもたらされた。

 カール王国の誰もが、その勇者をアバンだと最初は思った。

 だが、話を聞けば聞くほどその人物像が、アバンとはかけ離れているのを、やはり誰もが理解した。

 勇者は、まだ幼さの残る少年。

 その仲間も、まだまだ子供と言える年頃だと。

 一様に、涙型のアクセサリーを身につけた、その少年少女の勇者一行を、救われた人々はこう呼んだという。

 

 アバンの使徒、と。

 

 勇者アバンは世界各地を巡り、次代の勇者の指導、育成を行なっていたという。

 彼らが、その指導を受けた者たちである事は疑いようがない。

 だが、その若き勇者パーティーを率いている筈のアバンはどこに?

 彼は、弟子たちに全てを任せて、安全な場所に引きこもっている男であったろうか?否!

 …ロモス王国の勝利の報は、カールに希望の花と同時に、絶望の種をもたらした。

 即ち、アバンは弟子たちの戦いに参加()()()()()のではない。

 参加()()()()()()のではないかという、強い可能性を。

 

 ☆☆☆

 

 パプニカ王国の王都が、魔王軍に落とされたという。

 あの国にはかつての魔王ハドラーの居城がある故に、各王国の中でも激戦区と言われていて、落城するのは時間の問題だと言われていた。

 明日は我が身。

 かつてのように抵抗を続けるカール騎士団も、連日送り込まれる鎧兵士達の討伐に、いい加減疲弊していた。

 鎧兵士…勇者アバンの記した討伐マニュアルによれば、それは悪しき力によって操られるモンスターであり、正義の力によって滅する事のできる存在。

 

 そして我がカール騎士団の団長を務める騎士ホルキンスは、この国で唯一、聖なる力を操る事のできる騎士だ。

 彼はまだ少年の頃に、魔王討伐が終わって旅立つ直前のアバンに、ほんの数日師事したのだという。

 本人に言わせれば「上っ面を撫でた程度」の修業しか受けられなかったらしいが、元々素質があったのだろう、その後は独学で破邪の力を極めたそうだ。

 そんな話を俺が知っているのは、実力的にはカスみたいな俺のことを、彼が何かと気にかけてくれ、職場を離れた時間には兄か友人のようにつきあってくれていたからだ。

 

「空裂斬!!」

 

 ホルキンス殿の剣のひと薙ぎが、鎧兵士を一閃すると、鎧はパーツごとにばらばらになり、立ち上がってこなくなる。

 最後の一体が倒されたと同時に、ホルキンス殿はふうっと息をついた。

 

「…弱点はわかるにしろ、こう数が多くてはな」

 

 鎧兵士は通常、原型も留めないほどバラバラに砕かなければ、その動きを止める事はない。

 この大群をその手順で倒していたら、1体倒している間に、少なくとも5体が王都の砦に侵入して、一巻の終わりだ。

 

「弟殿には教えてないんですか?」

 

 ホルキンス殿には10歳近く年齢の離れた弟がいる。

 一応彼も末端ではあるが生えあるカール騎士団の一兵士だ。

 

「あいつは基礎体力がないからな。

 今は剣の稽古の後に、剣の5倍の重さの振り棒を、1日2000回を目標に振らせてる。

 本格的に俺が稽古をつけてやるのは、それができるようになってからだ」

 

 鬼だ、ここに鬼がいる。

 

 ちなみに俺自身は先日、回復系魔力の素質があると宮廷魔法使いから指摘され、僧侶系の呪文契約を幾つか済ませたばかりだ。

 ホイミとキアリーとスカラは契約後すぐに使用できたが、それ以外はまだまだ先のようだ。

 というか、まだ使用可能に至らないうちのふたつは、そもそも試しに使ってみるということのできる呪文ではないし。

 

 ☆☆☆

 

 地獄は、雷鳴とともに訪れた。

 

 これまでは大軍で押し寄せてもなんとか対応できていた鎧兵士に代わり、次に攻めてきたのはなんと、(ドラゴン)の群れ。

 しかも単なるモンスターの襲撃といったものではなく、明らかに兵として統率のとれた大軍だった。

 ドラゴンの炎はたちまちカールの街を焼き尽くし、道に文字通り屍の山を積み上げてゆく。

 その後方に、一人の男がいた。

 一見すると、人間のようにしか見えない。

 だがドラゴン達は間違いなく、その男の指揮に従って動いている。

 生半可な剣撃は弾かれ、炎に焼かれ、兵たちは次々と倒れてゆく。

 

 ドラゴンの鱗は鉄よりも硬い。

 そう言われるのは、実は鱗自体に極めて炎に近い属性を帯びており、それが触れた瞬間、刃を焼き潰して摩耗させるからなのだそうだ。

 対ドラゴンに特化した武器以外で攻撃してそれを避けるには、刃が潰されるより前にそれを斬り裂ける速さ(スピード)が必要だという。

 そしてその有効な攻撃をドラゴンに対して当てる事が可能なのも、やはりホルキンス殿だけだった。

 

「王城まで攻め込まれるのも時間の問題だ。

 セージュ、城に戻ってフローラ女王を避難させろ。

 おまえの言う事なら聞くだろ、王弟殿下?」

 

 …知っていたのか。

 まあホルキンス殿はカール騎士団のトップなのだから、知らされていてもおかしくはない。

 だが知った上でこれまで普通に接してくれていたのだとしたら、相当気を遣わせていたのかもしれない。

 

「別に気なんか遣ってない。

 てゆーか、この非常時に考えることか?」

「…俺、声に出して言ってましたか?」

「言わなくとも、顔にモロに出てんだよ。

 これは命令だ、部隊長セージュ・ルネロッソ。

 フローラ女王の警護と、避難誘導。

 あの方はカールの、そして世界の希望だ」

 

 ホルキンス殿がそう言って、拳を俺の前に突き出す。

 俺はそれに自身の拳を軽く当て、頷いた。

 

 ☆☆☆

 

「ぐああああっ!!!!」

 

 城の隠し通路を抜けて、俺とフローラ様、そして俺の部下たちがようやく地上に出るというその瞬間、先頭に立っていた兵士が突然、悲鳴を上げてその場に倒れた。

 そこにいたのは、一匹のグリーンドラゴン。

 気がつけば周囲の空気が淀んでおり、俺とフローラ様以外の全員が、青い顔をして不調を訴えている。

 そのうち幾人かが泡を吹いて倒れた時点で、ようやくそれが毒の効果によるものと気付いた。

 

「あのドラゴンの(ブレス)だ!!」

 

 誰かが叫ぶ。

 俺が無事なのは回復魔法力持ちで耐性があるからであり、フローラ様は勇者アバンが作ったというお守り系のアクセサリーを身につけている。

 とりあえず手の届く範囲内にいる者に手当たり次第にキアリーをかけて解毒するも、次から次へと倒れていくので、だんだんきりがなくなってきた。

 

「あいつを倒して外に出ないと、このままでは全滅するわ」

 

 フローラ様が金属の鞭を構えて、ドラゴンの前に進み出る。

 ドラゴンが尾を薙いで攻撃してきて、俺は慌ててスカラをかけた。

 

「女王に続け!」

 

 誰かが叫び、動ける者がその言葉に従う。

 違うだろとは思うが、さすがは救世の女王。

 この方は女性でなければ、自身が勇者となれていたに違いない。

 

 だが相手が悪かった。

 ドラゴンの鱗が生半可な攻撃などはじき返し、その毒の(ブレス)により兵はどんどん弱っていく。

 

「くっ……!」

「フローラ様!!」

 

 そして、最悪の場面が遂に訪れた。

 傷のひとつも与えられないながら果敢にも挑み続けていたフローラ様が、グリーンドラゴンの爪の一撃を受けたのだ。

 (ブレス)での毒は弾いていたフローラ様も、直接身体に入れられたものは避けようがなく、その場にくずおれる。

 

 更にドラゴンの大きな足が、彼女の頭上に迫った時…フローラ様は、一瞬確かに微笑んだ。

 

 判ってしまった。

 フローラ様は、諦めてしまったのだと。

 魔王軍の襲撃で、滅びゆく祖国。

 そこに現れない、待ち続ける勇者。

 この先も生き続け、どんなに待ったとしても、この生でもはや、愛する人には会えないのだと。

 

 だけど。

 

「…ふざけんじゃねえぞ、バカ姉!!」

 

 その美しい微笑みの意味に気がついた瞬間、俺は叫び、ドラゴンに向かっていた。

 無意識に手にしていた武器が、ドラゴンの鱗を貫き、その首筋に半ばまで埋まる。

 それは王家の紋章入りの短剣、俺が生まれた時にその血の証として賜った、カールの守り刀だった。

 王家の血をひく者の身を守り、その求めに応じて、僅かながら力を与える宝剣。

 

「セージュ!?」

 

 ドラゴンは痛みに首を振り回すが、どうやらこの程度では致命傷にはならないらしい。

 俺の握る短剣はその傷に埋まったまま、それ以上の傷を広げる事も、深く貫く事もできずにいる。

 というか、この状態から抜く事すらできずに、俺はドラゴンの首にナイフ一本で縋り付いている状態だ。

 それでも。

 

「ここで死んで、好きな男のもとに行けりゃ、それであんたは満足なんだろうが、あんたの血はそれを許さねえよ!

 王ってのは、国を、ひいては民を守る為に居るんだ!!

 たとえカール一国が滅びたとしても、民ってのはこの地上のどこにでもいるんだぞ!?

 それを全部見捨てんのかよ!!」

 

 そんな状態でも、言ってやらねば気が済まなかった。

 

「俺は見捨てない!

 あんたは、この国よりも、もっと大きなものを守れる人だ!

 あんたの弟として…王家の血をひく一人として、俺はあんたを守る!!」

 

 俺には、卓越した剣技もなければ攻撃呪文の才能もない。

 できる事があるとすれば、ひとつだけだ。

 暴れるドラゴンに振り落とされぬよう、短剣を握る手に力を込める。

 残り少ない魔法力を使い、生命力を力として引き出す。

 仲間に被害が及ばぬよう、周囲に力場を発生させる。

 

「セージュ!駄目よ、やめなさい!!」

 

 俺が何をしようとしているのか判ったのだろう、『あねうえ』がこちらに駆け寄って来ようとするが、もう遅い。

 この呪文が発動すれば、術者と対象者以外の者は、その場には決して踏み込めない。

 生命力から変換された魔力が、ドラゴンを拘束し、その抵抗を奪う。

 そして………

 

 ーーーメ ガ ン テ!!!!!

 

 ☆☆☆

 

 遠目に見えるカール王都から黒煙が上がるのをただ見つめながら、落ち延びた者たちが歯がみをし、また涙する。

 そこを蹂躙する圧倒的な力を前に、今の彼らにはなす術もなかった。

 

「…今は耐えましょう。

 生きてさえいれば、必ず好機は訪れます。

 それまでは、力を蓄えるのです。

 …私はもう、迷いません」

 

 カール王国女王フローラは、強い輝きを放つ瞳を、王都に向けたまま言葉を放った。

 その姿は、まさしく戦女神そのものだった。




転がった石

名前:セージュ
性別:おとこ
職業:カールきし
男爵位を持つ商人の息子で、カール騎士団の一部隊長。
前カール王の落胤にして、フローラ女王の腹違いの弟。
赤に近い金髪と琥珀色の瞳。
顔だちは割と整ってはいるがあまり目立つ容姿ではない、狙えば雰囲気イケメンくらいはいけるかな程度。

【挿絵表示】

バランによる超竜軍団の襲撃から、フローラ女王を守る為に死亡確認。
享年24歳。

説明するまでもないこととは思いますが、作中にある『試しに使ってみるということのできない呪文』は、勿論メガンテとメガザルの事です。
念の為。


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第二投・武器屋の娘(リリィ編) 1・武器屋の娘は使命を知る★

前章から少し時間が遡り、お待ちかねのもう一人の主人公の登場です!
…誰も待ってないとか言うな。
グエンのチート加減を見てからいいだけ待たせてのポンコツキャラの登場に、読者の方々のがっかりした表情が、不思議と今から浮かんできます。
ひとまず「え?アレからのコレなの!?」「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」「ありえなくない?馬鹿なの?死ぬの?」感をたっぷり味わってください。
あと、主人公が交代する事で、物語の雰囲気も若干変化するかと思います。ご了承ください。


 兄が家出した。予定調和ではある。

 けどそれはつまり、ここから先、時間はあまりないって事。

 神様はあたしに、

 

「あなたはこの世界を救える、唯一の存在」

 

 と確かに言った。

 

 あたしには前世の記憶がある。というか思い出した。

 前の人生はそれなりに生きてきたっていうか、人生の終わりが某イベントで某ゲームのイケメンキャラのコスプレをしていたらそのキャラの大ファンという腐った若い女の子に友達になってくださいって言われて次に会った時になんでスカート穿いてるのとキレられ女だなんて聞いてない騙されたとファビョられた挙句刺されて死んだというどこに出しても恥ずかしい死に様だった以外特筆すべき点も何もない平凡な人生だったので省くけど。

 

 問題は今生きている人生が、その前世での十代前半の頃に読んでた漫画の世界って事実。

 どんなベタですかその展開。

 でも転生する直前に神様って人に会って会話したのは間違いないけど、その記憶はかなり薄れてる。

 だってしょうがないじゃん?

 前世の自分よりも、まだまだ短い今世の方がどんどん大きくなっていって…戻りようがない以上、今のあたしの現実はこっちなんだから。

 

 だから…忘れていた。

 ここがあたしの前世では「ダイの大冒険」というタイトルの付けられていた漫画の世界という事も。

(すごく好きな漫画ってわけではなかったけど、当時のジ◯ンプでは比較的綺麗に終わったのと、ラストが結構衝撃的だったので、あたしの中での印象は強かった)

 あたしのいる村が物語の中盤に、勇者ダイとその一行が訪れる、物語の主要人物の故郷でもある村って事も。

 そして、家出したあたしの兄が…いずれは「大魔道士」を名乗ることになる人物だという事も。

 全部忘れて普通に生きてた。それを急に思い出した。

 

 あたしは小さい頃から、妹っていう立場ながら、兄を守らなきゃっていう気持ちが強くあった。

 それは神様の使命とか関係なく、あたしは兄が大好きだったから。

 小さい頃はお兄ちゃんのお嫁さんになるんだと本気で思ってたし、そもそも小さい頃の兄は今思えば本当に可愛かったから、彼をいじめようとする村の男の子たちとは、取っ組み合いの喧嘩もした。

 この可愛い兄はあたしのものだ。今はまだ。

 兄が欲しいなら、あたしの屍を越えてゆけ。

 そんな素敵な…もといおぞましい世界に、大事な兄を引き込まれてたまるか。

 …けど身体の小さいあたしは、奴らに挑みかかっても負けてばかりいて、思い余って武器の練習をしようとしたけど、父さんにバレて怒られた。

 そもそも剣とか重たくて持ち歩くのすら無理だった。

 魔法も勉強したけど才能なかったらしく、契約は悉く失敗した。

 半ば冗談で同じ魔法陣使った兄がメラの契約ちゃんとできたんで、契約方法も魔法陣も間違ってはいなかった筈。

 まあ、契約できただけでまだ使えない筈だけど、未来の大魔道士にもはじまりはあるって事だよ。

 そんなわけで、どうやら兄はお母さんのお腹の中に、あたしの分の魔法の才能を残していってくれなかったらしい。

 って誰だ今残りかすとか言ったやつ。

 

 まあでも、敵わないなりにあたしと喧嘩になると面倒だという認識が定着したものか、いつのまにか兄へのいじめがなくなってたのはいいのだが、単に兄想いで優しくしっかり者の可愛い女の子であるこのあたしが、村の子供たちからは『とんでもなく気の強い女』『間違っても怒らせたらダメなやつ』『実は魔王』って扱いになったのは、些か理不尽だと思っている。

 

 ☆☆☆

 

 あたしはランカークス村で唯一の武器屋を営む夫婦の二番目の子として生まれた。

 父の名はジャンク。母はスティーヌ。

 ふたつ上の兄の名が、ポップ。

 そう、あたしは「ダイの大冒険」のもう1人の主人公とも言える、魔法使いポップの妹なのだ。

 あたしがリアルタイムで読んでた「ダイの大冒険」に、こんなキャラ居なかったんですが。

 これも、神様転生物のテンプレってやつか。

 いやそんな事よりだから、その兄のポップが家出したんだっての。

 きっかけは、この村にフラッと立ち寄った、一見ちょっと変わった感じのする旅人さんだった。

 

 その人があたし達の村に立ち寄った時期、ちょっとたちの良くない冒険者が、何故かこの何もない村に滞在していた。

 そいつらは昼間から酔っ払って、村の女の子にちょっかいをかけたり、老人や子供に暴力を振るったりしていて。

 最初の頃に、村長の若い奥さんがちょっかいかけられて、村長がそれを止めようと、僅かながらお金なんか差し出したのがいけなかったみたい。

 そいつら、それで味をしめちゃって、村のあちこちでそういう事やるようになったんだもの。

 そんな中でうちの父さんは例外っていうか、理不尽には鉄拳制裁が信条の人なんでね。

 例によってうちの店に来て、母さんにちょっかい出そうとしたやつがいて、父さんは当たり前のようにそいつを叩き出したもんだから、結構うちは恐れられてたわけ。

 あの武器屋の親父だけは侮れんって。

 

 けどやっぱり、その状況は奴らには面白くなかったらしくて、父がいない時を狙って店の前まで来た奴らの一人に、閉店時間で看板をしまおうとしていたポップがいきなり張り飛ばされた。

 騒ぎを聞いて、母さんが止めるのも振り払って店の中から出てきたあたしは、それを見て思わずカッとして、店の前の道に転がされたポップの前に飛び出した。

 そしたら奴らゲラゲラ笑って、ポップを張り飛ばしたやつが、あたしの方に手を伸ばしてきたから、その腕に噛みついてやったんだ。

 

 …そこから後のことは、正直よく覚えてない。

 目から星が出たような感覚の後、気がついたらポップがあたしの名前を呼んでて、おでこから右の頬までがじんじん痛くて。

 目を開けたらポップが半泣きで、母さんが本気泣きであたしの顔を覗き込んでいて、その後ろには見たことのない、旅の人。

 

「泣かないのは大変結構ですが、女の子の顔に傷が残っては大変ですよ」

 

 そう言ってその人は優しく笑って、あたしのおでこに手を触れた。

 何か、ぽうっと温かい感覚があった後、そこにあったじんじんとした痛みが消えた。

 

 …あたしは見た瞬間すぐ判った。

 つか、思い出した。その人の名はアバン。

 かつて、この世界に現れた魔王を、仲間と力を合わせて倒したと言われる、勇者。

 この先、それよりもっと強大な敵に立ち向かう事となる、新たな勇者とその仲間たちの(しるべ)となる人。

 あたしはその人を見た瞬間にすべて思い出し…自分に与えられた、真の使命を理解した。

 …理解したと同時に、詰んだと思った。

 

「ああ、傷が!

 ありがとうございます、旅の方!」

 

 母さんがやっぱり泣きながら、その人にぺこぺこ頭を下げる。

 …ああ、そうか。あたし、顔に怪我してたのね。

 それを今、『アバン様』が治してくれたと。

 

「良かった、リリィ!」

 

 と、半泣きだったポップが、あたしの身体をぎゅっと抱きしめた。

 抱き返そうとしたらいきなり肩を掴まれて身体を離され、次には咎めるように声が荒げられる。

 

「てか、おまえはいつもいつも!

 なんでおれなんか庇うんだよ!

 逆だろ、普通!おれが兄、おまえは妹!!」

「知ってる。だからだよ。

 あたしはポップの事、大好きだもん」

 

 じっと目を見てそう言うと、少し悲しそうな目で見返される。

 ここ近年、これは恒例のやりとりになっていたけど、前世の記憶を取り戻した今、その表情を見てハッと気がついた。

 これが普通の距離だと思ってたけど、ポップがあたしに庇われるたびに「逆だろ」って怒るようになったのって、あたし達が幾つくらいの頃からだろう。

 あたしが守ろうと躍起になるたびに、ポップが傷ついた顔をするようになったのは、いつからだったろう。

 あたしの使命はポップを守る事じゃなかった。

 むしろあたしのその気持ちは、ポップのコンプレックスを刺激してただけだった。

 そんなあたし達の心の揺れを知ってか知らずか、アバン様は、

 

「仲のいいご兄妹ですねえ」

 

 とか言って、緊張感のない顔でへにゃっと笑った。

 

 その、ならず者の冒険者が、アバン様の手によって捕縛され、全員がベンガーナの役人に引き渡されたと聞いたのは、次の日の夜の事だった。

 当のアバン様はもう、夕方のうちにこの村を発っており、その夜が明けた時、ポップの姿は家どころか、村の中のどこにもなかった。

 あたしは…正確には、12年ここで育ってきたポップの妹の『リリィ』は泣いた。

 けど、転生者としてのあたしは、自分の使命について考えていた。

 

 前世を思い出したあたしの記憶が確かなら、ポップがダイと出会った頃『おれは一年以上もアバン先生のもとで修行してる』って台詞があった筈。

 つまり、あと2年に満たない期間のうちに、魔王軍の侵攻が始まるという合図なわけなんだけど。

 神様の言う『この世界を救う』は、恐らくこの魔王軍…大魔王の手からじゃない。

 それはこのまま進めば、勇者ダイの勝利で物語は幕を引く。

 世界にとってはそれでいいのだろうけれど。

 それと同時に勇者ダイは、この地上から姿を消してしまう。

 その点において「ダイの大冒険」は、綺麗に終わったにもかかわらず、決してハッピーエンドではなかった。

 むしろその後も続くはずの課題を、消えた勇者に丸投げしたまま終わった物語だったから。

 

 あたしが救うべきなのは物語そのもの。

 勇者ダイが…主人公が消えた事で、止まってしまう時間を、このまま動かし続けるのが、恐らくは神様が与えたあたしの使命……なのに。

 

 その為に与えられた特典(ちから)がアイテム鑑定と発掘って、どういうことよ神様!

 生まれも育ちもスペックもただの武器屋の娘に、どうやって世界を救えっていうのよーーッ!!!

 

 …ぜえはあ。取り乱しましたごめんなさい。

 ちなみにこの神様ってのは勿論、この世界の神様とは違う。

 この世界には人間と魔族と竜の、3人の神様がいるんだけど、それすらももっと上の神様の創造物でしかなく…ってその創造神ってひょっとして原作しyうわなにをするやめしかもあたしの前に現れた神様ってのはまた別の世界に属する存在らしい。

 最初は女性だと思ったけどよく見たら薄っすらヒゲはeおや誰か来たようだでもって、あたしの知識にはこの神様の力でなんらかの制約がかかっているらしく、あたしが知ってるこの世界の未来の出来事は、誰かに伝えようとすると、その瞬間声が出なくなり、文字で書こうとすると手が動かなくなる。

 つまり誰かに事情を話して協力を仰ぐことができず、あたしは一人でこの世界を救わなければならない。

 明らかに無理ゲーでしょうが。

 ん?来客?誰モ来てナイヨ、なんデ?

 

 ・・・

 

 …兄の家出から数日経過してから、旅のメッセンジャーが、アバン様からのうちの両親への手紙を届けに来た。

 内容は、ポップを責任持って預かりますという事と、ポップが署名したのであろう契約書の控えだった。

 ポップは割と字が汚いので間違いない。

 

 予定調和ではある。

 けど時間はないしその力もない。

 色々忘れてた間に時間は過ぎ去っていて、正直詰んだと思ってた。

 

 ☆☆☆

 

 父さんの仕事に使う、鉱石の採取はあたしの仕事だ。

 あのならず者たちがうろついてた間は、一人で外に出ると危険だと父に止められていて、しばらく採取に出かけられなかったのだが、いい加減そろそろ材料が尽きてきた。

 武器屋が武器を揃えられないとか目も当てられない。

 いつも採っている、質のいい鉄鉱石のあるポイントで、発掘の特技を使う。

 厳密には「あなほり」と「たからのにおい」の複合技で、あたしのオリジナルスキル。

 この能力なら、何か埋まっているものがある場所がピンポイントでわかるから、探す為にあちこち掘り返す必要はない。

 そしてその場所に何があったかさえ覚えておけば、目的のものは容易く手に入る。

 早いうちにこの能力が開花し、父から「オレが探すよりおまえの目の方が信用できる」とのお墨付きを貰った結果、自慢じゃないけどうちは、

 

「イナカ村の武器屋にしてはいい武器が揃ってる」

 

 と、そこそこ評判がいい。

 勿論それは、あたしの採取する材料の質もさることながら、父の鍛冶職人としての腕があってこそなんだけど。

 

 いつも通り、あたしの視界の中でチカチカ光って見えるポイントにタガネを当てて、槌でコンコン叩くだけで、すぐに鉄鉱石が姿をあらわす。

 そういや、神様との約束を忘れてたまだ小さい頃に母さんに、どうして父さんと結婚したのって聞いたら笑いながら、

 

「…お父さんには、キラッと光る何かがあったの」

 

 って言ってたから、ひょっとしたら母さんにも似たような能力はあるのかもしれない。違うか。

 そんな事より、出てきたものをリュックに数個入れて、今日はここまでにしようと、後方を振り向いて…不意に、少し範囲を広げてみようと思い立った。

 こういう勘は、大事にした方がいいのだ。

 今日は…そうだな、もう少し南を掘ってみるか。

 

 南の方にある崖の壁に、何やらチカチカ光る範囲があるので、やはりタガネと槌を使って掘ってみたら、鉱石ではなく宝石の原石っぽい石が出てきた。

 透き通ってはいるけど青白く濁った石と、同じような感じの赤黒い石。

「みる」を発動させると頭の中に、紫の縦縞の服を着た太ったオッサンが現れて解説を始める。

 

『この石はそれぞれ【白魔晶(はくましょう)】【赤魔晶(せきましょう)】といいます。

 魔界にある【黒魔晶(こくましょう)】という、魔力を無尽蔵に吸収する石が、何らかの地殻変動で地表に現れて、長い年月の間に劣化または変質したものです。

 黒魔晶のように無尽蔵にではありませんが、魔力を吸収して貯めておける性質があります。

【白魔晶】はそれでも比較的産出地が多く、その特性を生かして【祈りの指輪】などのアクセサリーに使用されますが、非常に脆く壊れやすいのが欠点です。

【赤魔晶】はなかなか産出されない貴重な石で、ある特殊な加工を施すことで魔力とともに呪文やキーワードを記憶させる事ができ、特殊効果のある伝説の武具には、ほぼ間違いなくこれが使用されています。

 店屋で売れば、【白魔晶】は410ゴールド、【赤魔晶】は980ゴールドになるでしょう』

 

 そこまで解説してオッサンは頭の中から消えた。

 …この仕様だけは、ホント意味がわからない。

 そもそも誰なんだこのオッサン。

 昔からだからもう慣れたけど。

 それはさておき、こんな伝説の武具に使うような材料なんか、手に入ったのはいいが、はたしてうちの父にこれが生かせるんだろうか?

 伝説の武具…うん、まだなんか忘れてるような気がする。

 まあ、一応持って帰って父さんに見せてみるか。

 役に立たなきゃ売っ払って、そのお金は母さんに渡せばいい。

 そう考えてあたしはそれを、スカーフに包んでポケットに入れた。

 

 ちょっと考えてる間に、あたしは足元の安全を確認するのを怠ってしまった。

 次の瞬間足を滑らせ、あたしは崖の斜面を滑落していた…って、ちょ、嘘でしょっ!!?

 

 ☆☆☆

 

 次に目を覚ました時、一応ベッドには居たが見知らぬ部屋で、薄汚れた毛布から不快な匂いがした…絶対これ酒呑みのオッサンの匂いだ。

 自分に移るのが嫌でベッドから出て、自分の身体を確認する。

 怪我はしてるけど手当てされてるみたいだ。

 ありがとう誰だか知らないが酒飲みのオッサン。

 この程度なら薬草のひと束くらい食べれば、一晩もすれば傷は癒えるだろう。

 食べるだけで小さい傷ならすぐに塞がるとか、この世界の『薬草』の効能は魔法レベルだと思う。

 割とえぐ味があって、あたしはそのまんま食べるのがあんまり好きじゃないが、これ実はスープにすると、そのえぐ味が逆に美味しいのだ。

 母さんがあたしたち子供の為に考えたレシピで、ポップも好き嫌い多かったけど、あれはちゃんと残さず飲んでた。

 父さんも好きで二週間に一度は食事にこれが出てくるおかげで、あたしたち兄妹、ヒョロとチビの割には、風邪ひとつひかない健康優良児だったもの。

 ともあれ自身の状態を確認した後、見るともなしに周りを見渡すと、ごちゃごちゃと雑然と剣が数本置いてある中に、うちでも見慣れた道具がある。

 それは、(ふいご)とか金床とか槌とか、うちの父さんみたいな、武器職人が使う道具。

 見ればあっちの端に炉もあるし。

 ということは、この家の人は父さんの同業者か。

 けど武器屋の娘としてこの雑然さが見るに耐えず、綺麗に並べようと一番手近な剣を手に取った瞬間「みる」が自動的に発動して、頭の中のオッサンが喋り出した。

 

『これは…【名もなき(つるぎ)】です』

 

 そんなもん解説する為にわざわざ出てくんな!

 

『まあ、そう言わずに。

 これは伝説の名工が打った剣で、本来作りたかった剣の、どうやら試作品のようです。

 とはいえ、さすがは伝説の名工の作、使用にはまったく問題ありませんよ。

 鋼鉄製の剣ですが、そんじょそこらで売っているものとは、品質が全然違います!

 店屋で売れば…』

 

 いやもういいわ。

 なんぼなんでも人様の持ち物を売れば幾らとかあんまり知りたくない。けど…、

 

「伝説の名工の、剣…!?」

「随分懐かしい呼び名が出てきたな」

 

 突然かけられた声に、ハッとしてそちらを振り返ると、背の高い男が立っており、睨むようにあたしを見ていた。

 

「しかも剣を見ただけで看破するとは。

 持ってたモノといいその目といい、ただの人間のガキじゃないな、おまえ」

 

『人間の』という言葉に、場違いに納得する。

 何故って、その男は明らかに人間ではなかったから。

 人間の形はしているけど、肌の色はほの青く、黒く真っ直ぐで長い髪の間から飛び出ている耳は大きくて先が尖っている。

 黒い眉が二股に分かれているように見えるが、よく見れば上の方にはねているのは痣のような模様らしい。

 このひとは魔族だ。

 本物は見た事なかったけど、間違いない。

 年の頃は、人間で言えば二十代後半から三十そこそこといったところか。オッサンじゃなかった。

 けど、男の特徴として際立っていたのは、その魔族の身体的特徴よりも、顔の真ん中に刻まれた、バツ字形の古傷だった。

 瞬間、前世の記憶の蓋がカチリと開くのを感じた。

 

「まあ、おまえの正体なんぞ興味はない。

 だが、答えろ。こいつをどこで手に入れた?」

 

 男は手にしたあたしのリュックを足元に投げると同時に、あたしのスカーフを目の前に突き出した。

 正確には、スカーフに包まれた例の石。

 あたしをどこで発見したのかは知らないが、あたしの持ち物を見たのならば、単に拾ったのではなく発掘したものとわかった筈だ。

 なら、その近くだと推測できるだろうとは思うんだが。

 まあ闇雲に探したって出てこないか。

 あたしの能力にしたって、そこに『何か』あるとわかって掘ることはできても、『何が』あるかまでは掘ってみるまでわからないのだし。

 けど、あの場所には、かなり奥までチカチカが見えた。

 そればかり掘り続けるようなバカをやらなければ、かなりの量の産出が期待できるだろう。

 あの石の特性と、目の前の男。

 この二つを重ね合わせた時、自分のやるべき事が見えた。

 

「…お答えできません」

「なんだと?」

「ですが、あなたが欲しいなら、差し上げる事はできますよ。

 そのかわり、あたしを弟子にしてください。

 …ロン・ベルク先生」

 

 唐突に現れた可能性に、あたしは迷う事なく飛びついた。

 武器は使えない。

 魔法の才能もないあたしは、ポップと一緒には戦えない。

 ならば。

 その戦いを後押しするくらいしか、できる事はないじゃない。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 けど。

 

「諦めろ。女にゃ無理だ」

 

 って、次の瞬間に酒瓶(あお)りながら一蹴された。

 ムカつく。

 

 これが魔界の名工と呼ばれた武器職人ロン・ベルクと、あたしの最初の出会いだった。




と、いうわけで。
グエン編14話でのポップの台詞を読み流さず気に留めて下さった皆様が推測した通り、二人目のヒロインはポップの妹でした♪

2個目の石

名前:リリィ
性別:おんな
職業:ぶきやのむすめ
転生特典:みる、はっくつ

ランカークス村の武器屋夫婦の間に生まれた、ポップの2歳下の妹。
髪や目の色はポップに準じる(爆
割と小柄(ダイよりはちょっと大きくてレオナより小さい)な幼児体型。
主に年齢的な理由で、本当に年齢的な理由で、大事な事だからもう一度言うが年齢的な理由で貧乳。
↓おおまかな外見イメージはこんな感じ。
【挿絵表示】
実はイラストだけは以前からずっと公開してたw
転生者で、「ダイの大冒険」は連載時にリアルタイムで読んでた。
故に自分の兄が何者か、このまま進めば『主人公』がどんな結末を迎えるかを知っており、その運命を回避する方法を模索していく事になるわけだが、基本スペックが一般人という結構絶望的な状況。
他人にはない特殊な能力は一応特典として授けられており、けど現時点ではその特典が意味不明。
頭の中に某商人に激似の謎のオッサン飼ってる。
とりあえず兄とは違いポンコツで若干発想が腐ってるだけの普通の女の子(激爆


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2・武器屋の娘は神の目で見る1

時系列をちょっと間違えておりましたので修正しました。
この辺はまだポップがランカークス村を出て数日の時点ですので、原作開始まで1年ほどの期間があります。
現時点でポップは14歳、リリィは12歳です。


 ロン先生(もう、勝手にそう呼ぶことにする)が言うには、基本的に鍛冶の仕事は力が必要で、女でも小さいうちから鍛えていればそれなりに使えるだろうが、あたしの年齢からそれを始めても、成長分を加味しても大した効果は見込めないだろうとの事。

 

「人間はさっさと成長してさっさと歳取っちまうからな」

 

 だそうだ。そりゃ魔族から見ればそうだろうけど。

 

「うちの父さんが鍛冶師の修行を始めたのは、あたしくらいの歳の頃だったそうですけど」

「男と女じゃ地力が違う。

 …って、鍛冶師の子なのか?なるほどな」

「麓の村でただ一軒の武器屋を営むジャンクの娘で、リリィと申します」

「ランカークス村か。

 そういえば確かにそんな店もあった。

 こんな田舎の小さな村に、大した品揃えもなかろうと思い、通り過ぎるだけだったが」

「父は…無論、ロン先生には及ぶべくもありませんが、腕のたつ職人です。

 旅の途中で立ち寄られたお客様は大抵、いい武器が揃っていると、褒めてくださいますよ。

 そもそもこの村の周辺の山は、いい鉱石が採れるんです」

「確かにそうだ。

 しかし、おまえが持っていたような純度の高い鉄鉱石は、オレも見たことがない。

 それにこの周辺で、まさか赤魔晶が採れるなんて、オレも随分長いことここに住んでいるが、全く知らなかったぞ。

 あんなもの、おまえら人間には加工し切れん材料だろう。その場所を教えろ。

 弟子にしてやる事は出来んが、そうしてくれるなら、おまえん家に武器を作ってやる。

 …なんでかは知らんが、オレが『名工』と呼ばれていた事実を知ってんなら、その価値も理解できる筈だ。

 悪いことは言わんから、それで妥協しろ」

 

 うーん。これはどう考えるべきなのか。

 だが、「ロン・ベルク」と「ジャンク」がどこかで出会い、友好関係を結ぶのは決定事項なわけだから、うちの武器を作ってもらう約束を取り付けるのは、悪いことではないだろう。

 そしてその縁さえできれば、今は断られても、なし崩しに弟子に取ってもらう事も不可能じゃない…かも知れない。

 

「…両親に、会ってもらえませんか」

 

 …なんか、交際中の恋人に結婚を迫ってるみたいな台詞になってるけど、ひとまずは原作の流れを断ち切らない方向に導いておこう。

 ロン先生はしばらく考えていたが、やがてため息とともに頷いた。

 

「…いいだろう。

 商売的な契約になっちまってる以上、おまえとオレだけの話にしとくわけにもいかん。

 それにどっちにしろ、怪我をしたガキ1人、森に放り出すわけにもいかないしな。

 無事に親元に返さねえと、途中で死なれでもしたら、それなりに寝覚めも悪い。

 …たく、面倒な拾い物をしたもんだぜ」

 

 それはひょっとしてあたしの事なんだろうか。

 けど、不機嫌顔で面倒だと言いつつも世話を焼いてくれる様子に、思わず笑いそうになって慌てて顔を背けた。

 

 ロン先生は、食料やお酒、生活に関わる物資を贖う為に、時々村へ来ていたらしい。

 手袋を着け、フード付きのマントを深く被って、念の為顔の下半分をマフラーで覆うという、あやしさ大爆発な格好で。

 そういや、変な格好した背の高い男が時々買い物に来ると、酒屋のおばあちゃんが言っているのを聞いた気もする。

 

『ちらっとだけ目元が見えたんじゃが、それがちょっといい男でのう。

 うちのじいさんの若い頃みたいな…』

 

 このおばあちゃん、数年前に亡くなった旦那さんの話始めると長いから適当にスルーしてたけど。

 まあ、魔族の姿を堂々と晒して、人間の村を歩き回るわけにもいかないか。

 けど、今後はうちとの交流を密にする事で、いずれは村のみんなに、彼の存在を慣らしていくべきだ。今のままでは、色々暮らしにくい筈。

 だとしたら、あたしを助けてくれたって事実は、少しはそこにプラスに働くかもしれない。

 幸いにも、国境ギリギリとはいえベンガーナ領にあるこの村は、イナカ村の割には意外と余所者にも寛容な地域柄だ。

 田舎モンの素朴さと、ベンガーナ人のいい意味でのドライさを気質に併せ持つこの辺の住人は、言い方は悪いが相手を『役に立つかどうか』で判断するところがある。

 徹底的な実力主義と言ってもいい。

 だから一芸に秀でる者や、なんらかの技術を持っている者は、なんだかんだで一目置かれ、頼りにされる傾向が強いってわけ。

 このひとは最初こそ恐れられはしても、武器職人としての実力を村人たちが知ることとなれば、下手すりゃ村の守り神くらいの扱いを受ける可能性だってある。

 

 …そうなるとうちの店なんか廃業かもしれないけど。

 いや、そうならないように、早い段階から専属契約を結べばいいだけだ。

 名工、ロン・ベルク作の武器が手に入るのはここだけ!みたいな。

 

 …あと、原作通りに話が運べば、このひとは最終的に、両腕の機能を失ってしまうんだった。

 こうして知り合いになったからには、できることならその運命も変えてしまいたい。

 それには例の…星皇剣、だっけ?

 あれを、完成させなければいけないって事だ。

 ひょっとしたら、あたしの目があれば。

 ロン先生の力だけで完成できない剣でも、もしかしたら。

 

 ロン先生が身支度を整えて来たのを見計らって、あたしもリュックを背負…おうとしたら、それを大きな手に奪われた。

 

「え?ちょ」

 

 取り返そうとしたら、その手が今度はあたし自身を、荷物みたいにひょいっと肩に担ぐ。

 

「怪我人の自覚を持て馬鹿。

 こんな重たいモン背負って、村まで歩くつもりか?」

 

 …すいませんありがとうございます。

 けど、荷物扱いはやめてもらっていいですか。

 

 ☆☆☆

 

「どこの馬の骨とも分からん男に娘はやれん!」

「要らん!…というか問題はそこなのか!?」

 

 …基本的に噛み合ってない会話が、酔っ払いオヤジどもの間で交わされる。

 というか、父さんは結構できあがっているのだが、ロン先生は基本ザルらしく、全くと言っていいほどテンションが変わらない。

 皮膚の色が青だから顔色の変化もよくわからないし。

 更に2人とも、その顔はボコボコに腫れ上がっており、時々痛そうに顔をしかめるのだが、それでもなんだか嬉しそうなのは何故なんだ。

 

 …なんでこんな事になってるかっていうと、怪我をしてるあたしを家まで連れてきてくれたロン先生が、あたしの帰りが遅い事を心配した挙句顔を見た瞬間に物凄い形相で突進してきた父さんに対し、あたしを庇ったついでにアイアンクローかました事から始まる。

 何故かその後、武器職人による人間対魔族の拳同士の語らいが一通り繰り広げられた後、

 

「おまえ強ぇな」「おまえこそ」

 

 的な、女には理解し得ない魂の交流を深めた模様。

 しかしそれよりも、

 

「リリィ、薬草スープ味見してくれる?」

 

 という平常運転過ぎる母さんの、見た目に反する肝の大きさの方が、より大きなカオスを形成している気がしてならない。

 どうしてこうなった。

 いや、ある意味計画通りなのか。

 

 ・・・

 

「…すいません。

 ああなるとこれ以上、情報の上書きができなくて…」

 

 完全に酔っ払って、ロン先生をあたしの求婚者であるかの如き言動から一歩も先に進まぬまま父さんが潰れてしまい、例の契約について話ができなかった事にあたしが頭を下げる。

 どう見ても大人の男が12の小娘を嫁に欲しがるとかどうすれば思えるんだ。

 

「構わん。それより店の品物を見たい。いいか?」

 

 同じ武器職人として父さんがどんなものを作っているか気になるらしく、そう申し出てきたので、カウンター側から店内に案内した。

 もう暗いのでランプに火を灯す。

 ちなみに父さんとの拳での語らいによる顔の腫れは、無理矢理引き止めて付き合わせた夕食に出された薬草スープにより綺麗に引いた模様。

 うん、せっかくのイケメンが台無しだと思っていたので良かった。

 顔の真ん中のバツ字古傷は治しようがないが。

 

「ここの武器は、全ておまえの父親の作か」

「こっちのコーナーは、うちじゃ作れない特殊な形状の武器や、買い取った武器を研ぎ直したものを並べてあります」

 

 一応、父の専門は刃のついた武器である。

 ハンマーとか棍などの打撃系の武器は専門外なので、そういうのは外注している。

 ちなみに先日、旅の商人がすすめてきた『どたまかなづち』の発注は必死に止めた。

 父さん的にはものすごく心動かされたらしいけど。何故だ。

 

「それ以外は全て父の作です。

 …あくまでも一般的なレベルですが、いい造りでしょう?

 研ぎや修理をしながら使っていけば、余程の激戦を一年中くぐり抜けるような生活でもない限り、ほぼ一生モンの品だと思ってますよ。

 ある程度の数を揃えて、王宮の軍部に売り込みに行けば、一括お買い上げ間違いなしってくらい。

 父には面倒くさいからと、即却下されましたけど」

 

 並べられているものを手に取っては、じっくりと眺めていたロン先生は、あたしの言葉を聞くと、少し考えてから言った。

 

「…いや、以前は王宮に卸していたんじゃないか?」

「え?」

 

 ロン先生は腰のベルトから、一振りの短剣を引き出す。

 

「コイツを見てみろ。おまえの『目』で」

「…?」

 

 言って鞘から抜き、あたしの前に示したそれは、一見するとただの鉄のナイフだ。

 手入れは行き届いているが鞘もシンプルだし、変わったところは無いように思える…。

 あたしは『みる』を発動させ、頭の中のオッサンを呼び出した。

 

『呼ばれて飛び出て…』

 

 そういうのいらん。

 

『…失礼しました。

 これは【鋼鉄(はがね)のナイフ】です。

 魔力や加護の付帯はなく、道具として使っても何も起きませんが、それだけに万人に使いこなせるでしょう。

 剣に不慣れな若い兵士の為に特別に打たれた短剣で、当時のベンガーナ王宮随一の鍛冶師の手によるオリジナルです。

 鋼鉄製ですが剣よりも軽く、しかも丈夫!

 更に伝説の名工による研ぎも加えられ、切れ味も抜群ですよ!

 店屋に売れば110Gになるでしょうが、今となっては結構なレアものですから、売ってしまうのはもったいないですね。

 ちなみにその鍛冶師ですが…リリィさんの知っている人ですよ?』

 

 …って。

 

「なんだ最後のその中途半端な情報!!」

「…ん?」

「…いえ、何でも。

 この鋼鉄製のナイフは、かつてベンガーナ王宮の兵士の為に作られた品と見ましたが、ロン先生はこれを何処で?」

 

 あたしがオッサンから得た情報を口にすると、ロン先生はじっとあたしを見つめる。

 

「…当たりだ。

 もう20年近く前の話だが、路銀に困った旅の兵士が道具屋に持ち込もうとしていたのを、横から倍の値段で買い取った。

 一目で、いい品だと判ったからな。

 そいつは元ベンガーナの兵士だったが、剣よりも大型兵器が重用され始めた流れで人員削減案が可決され、その煽りで職を失ったらしい。

 …その削減の対象となったあたりで、そいつの実力はお察しというところだが、そいつが言うにはそれを打った鍛冶師が王宮を出ていかなければ、こんな事にはなっていないだろうと」

「なるほど…まあ、半分は言いがかりのような気がしますが」

「まったくだ。

 武器が良くても使う奴がそれに値しなければ意味はない。

 …オレは、それを打った鍛冶師と、ここの武器を打っている鍛冶師が同一人物とみたが、どうだ?」

「ええ、その短剣は間違いなく、夫の打ったものです」

 

 と、ロン先生の質問に答えたのは、あたしではなく母さんだった。

 いつの間に来ていたんだろう。

 

「ジャンクはかつて、ベンガーナ王宮に勤める鍛冶師でした。

 その当時のこと、夫は私にはあまり詳しく話してはくれませんが、重い剣が扱えないという兵士さん達に、使いやすい短剣を打った事があるという話は、何かの折に聞いておりました。

 けれど、なんでもその当時の大臣という方に、とても嫌な思いをさせられたのだそうですわ。

 あの通り、口より先に手の出る人ですから、遂にその大臣さんに手を上げてしまって、その足で生まれ故郷のこの村に帰ってきて…私と結婚してこの店を構えたのは、その後のことですの。

 …私は彼とは幼馴染で、子供の頃からあの人が好きでしたから、むしろ大歓迎でしたけれど」

 

 ちょ、最後に惚気入ったようちの母!

 言うだけ言ったらきゃあとか言って引っ込んだよ母!!

 しかもランプの灯りしかない中でも判るくらい頬が赤らんでるとか乙女か母!!

 てゆーか、そういえば確かに『ダイの大冒険』中盤、勇者一行が訪れるロン・ベルクの家で、『ベンガーナ王宮随一の鍛冶師だったのに、威張ってばかりいる大臣をぶん殴って辞めた』と語られていた筈だ。

 …てゆーか、母さんは本当にこんな男のどこに惚れたんだろう。

 まあ、父さんがいくら口より先に手が出るとはいえ、あたしや母さんにその手が上がった事はなく、父の体育会系指導を受けていたのは専ら男であるポップ一人だったけど。

 基本頭脳派であるポップには、まったく向かない教育方針だったわけで、ポップが表面上は強がるくせに自分に自信がなく、自身に対する優先度が低いのは、父さんの要求に応えられない故のコンプレックスも、結構大きかったんじゃないかと思ってる。

 …その辺の最後の部分をあたしが突っついてしまっていたわけだし。

 少し意識が逸れていた事に気付かれたのだろう、唐突にロン先生の手に、ポンポンと頭を叩かれて我に返った。

 

「…失礼しました。

 うちの母が乙女過ぎて軽くショックを受けていました」

「そんな事はどうでもいい。

 それより、おまえのその『目』は、神託だな?」

 

 …は?

 

「…自分でもよく判っていないって顔だな。

 だが今の様子を見る限り、物品鑑定の域を超える情報を、この剣から読み取ってる筈だ。

 自身が見ても、聞いてもいない情報をモノから引き出すのは、単なる鑑定の域じゃないだろ。

 それは生まれつきの能力なのか?」

 

 ロン先生は、睨むような目をしてあたしをじっと見つめている。

 喉の奥で、カチリという音がした気がした。




スティーヌさんの性格が若干おかしな事になっているのは、原作と違いこの性格の娘がいる事による波紋(バタフライ・エフェクト)のようです。
当初はこんなに変化させる気はありませんでした。


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3・武器屋の娘は神の目で見る2

 喉の奥でカチリと音が鳴った。

 それはあたしにしか聞こえない音。

 求められている情報に対し、あたしの知識の中に、この世界の人間に公開してはいけない部分がある時の合図だ。

 まあ、特に注意する必要はない。

 そこに抵触する言葉があたしの口から出ようとしても、その部分は絶対に声にはならないのだから。

 けど、その様子を相手に気取られれば、明らかに不審は抱くだろうから、その辺は気をつけねばならない。

 これまでの経験からして、頭の中のオッサンの件は神様的に一応セーフらしく、ポップや両親には言った事があるのだが、皆一様に残念なものを見るような目をしただけだった。

 幼い頃の話だし多分だがみんな信じてなかったと思う。

 そしてロン先生に同じ事を正直に言っても、同じ反応をされる可能性が非常に高い事を考えると、この話題もやめておいた方が良さそうだ。

 というよりあの視線にはあたしが耐えられない。

 

「神託…かどうかはわかりません。

 これがある意味特別な能力(ちから)と理解したのも、割と最近ですし」

 

 嘘は言っていない。

 神様の事を思い出す以前は、武器屋の娘的にちょっと便利なだけの、あってもおかしくない能力と解釈していたから。

 使命を理解してからは、特別なんだろうけど世界を救うにはどうなの!?というくくりになったけど。

 

「その目の事、知っている者はどれだけ居る?」

 

 …ん?ロン先生の視線が、何処か深刻な色を帯びている気がする。

 

「基本は、両親と兄だけかと…あ、でも店に来るお客さんの前では、普通に『見』たりしてましたが、それは商人の技能の域を超えるものではなかった筈です」

「…兄?」

 

 一度、家の方を振り返ってロン先生が怪訝な顔をした。

 そうだよね、食事を一緒にした時はあたしと両親だけだったからね。

 

「兄は家d…魔法の才能があるのが判った為、魔法使いになる為の修行に出ておりまして、今はうちには居ません。

 師匠と一緒に旅をしている筈ですから、どこにいるかの特定も難しいです」

「今、家出って言おうとしなかったか!!?」

 

 …まあ、この世界ではその気になれば、探し物を見つける魔法使いとか占い師とかに頼れば、そこそこ手がかりは得られるだろうけど、基本人間は動くモノだ。

 その時点でそこに確かにいたとしても、たどり着いた時にはもう居ないという事だって充分ある。

 占いといえば隣国のテランには、有名な占い師が居ると聞いたことがあるが…って、アレ?

 そういやうちの兄、その孫娘に惚れられてなかったっけ?

 まあ、まだ先の未来の話だけど、うちのポップに目をつけるとは、若いのになかなかに見る目のある娘ではないか。

 確か兄と同い年だからあたしより2つ上の筈だけど。

 

「…しかし、そうか。

 すぐに口止めできない場所に居るとなると、厄介だな」

 

 先のツッコミをスルーされて、一瞬何かを諦めたような表情をしたロン先生だったが、すぐに気を取り直して、難しい顔で言った。

 

「口止め?」

「…おまえは自覚してないだろうが、それは、使い方によっては軍事利用されかねん能力(ちから)だぞ」

「え」

 

 なんか変なこと言い出したよこのひと。

 いくらなんでも大袈裟すぎる。

 転生特典と言っても、実際にはモノを見極めるとか、見つける事が出来るだけだよ?

 

「…ピンときてないようだから、例を出して説明してやる。

 仮にベンガーナくらいの技術力を持つ国の軍部が、秘密裡に開発した大型兵器があったとする。

 おまえの目は恐らく、見た瞬間その構造や弱点、作成した人間、ひいてはそれが作られた状況までもを見て取れるという事だ。

 その兵器を脅威に思う他国の軍部は、おまえのその『目』を欲しがるだろうし、兵器自体を持つ国は、逆にそれを邪魔に思うだろう。

 …今までの事はさておきこれから先、この件は絶対にここだけの話にしておけ。

 でなければ、最終的には命の危険すら出てくる」

 

 まじすか!?

 意味不明の転生特典にまさかの戦略チート疑惑浮上!?

 いやいや絶対それは違う!過大評価されてる!

 だってオッサン情報、いい加減な事は言わないけど、割と曖昧だったり中途半端だったりするよ!?

 …あとすいません、顎クイはやめてもらっていいですか先生。

 

「…それで、おまえの兄は、おまえの能力を吹聴するような男か?」

 

 なんとなく打ちひしがれるあたしに、少しだけ声をひそめてロン先生が問う。

 

「それはないと思います。

 多分あたし同様、特にすごい事だって思ってなかった筈ですから」

 

 むしろ、家の役に立てる能力が、あたしにはあるのに自分にない事をコンプレックスに感じていた筈だから、それをわざわざ自分から口にしたりはしないと思う。

 あたしの答えを聞いて、ロン先生は少し考えていたようだったが、やがてため息混じりに言葉を発した。

 

「…そうか。なんにせよ信用するしかないな…。

 ま、乗りかかった舟だ。

 師匠としてせいぜい守ってやるから、安心しろ」

「は?」

「昼間言った通り、おまえに武器の作成は無理だ。

 だが表向きはオレに弟子入りした事にしておけ。

 師匠がいる、という一点さえあれば、その目の事はある程度誤魔化せる。

 余計な事さえ口に出さなければ、いい物を見慣れているから、師から与えられた知識があるからと、周りは勝手に理由づけをしてくれるもんだ。

 ……それに、単に助手としての存在なら、おまえの能力はオレと相性がいい。

 存分にこき使ってやるから、覚悟しとけよ?」

 

 え?えっ!?

 つまりこれ、弟子入りの承認が得られたって事!?

 うん、最後の言葉がちょっとだけ気にはなるけど、表向きでもカモフラージュでも、とりあえずは弟子になれたって事だよね!?

 やったーーーっ!!

 

 先生をポップの部屋に泊めた翌日、やや二日酔い気味の父さんにようやく商売契約の件とあたしの弟子入りを告げることができた。

 

「…修業もいいが、週にいっぺんくらいはちゃんと店、手伝えよ」

「それ以上にちゃんとやるよ。

 将来はこの店継ぐつもりだからね、あたし」

 

 あたしの言葉に、父さんが難しい顔をしつつも頷いてくれ、母さんが『なら、いいお婿さんを探さなきゃね♪』と横から口を挟んで父さんにジト目で睨まれてた。

 

 余談だがこの世界で成人したと見なされる年齢は、国によっても違うが大体16歳くらいだ。

 結婚適齢期が女性が18歳〜24歳くらい、男性がその2歳上くらいからになる。

 基本、大人になるのが早い世界ゆえ、あたしの年齢なら、充分将来を考え始めていてもいい頃だったりする。

 というか村の子供たちは、都会の学校に行く余裕のある家の子以外、大体は11歳くらいから家業を手伝い始めたり働きに出たりしてるし、村の中で同年代の子供を持つ親同士で、なんとなく結婚相手も決められる感じになる。

 勿論基本的には本人の希望が最優先になるから、必ずその通りになるって事はないけど、子供の頃からそんなふうに扱われてると、自然と気持ちもそうなっていくもんらしく…って洗脳か!

 ちなみにこの村には、あたしと同世代の女の子が武闘家のターレンさんちのジンジャーくらいしかおらず、そっちは父親が自分より強い男じゃなきゃ嫁にやらん的な事を早くから言ってるので、実は結構あたしは引く手数多だった。

 過去形なのは、うちの武器屋をポップが継がない可能性が濃厚になった事で、継ぐのはあたしだと村中が認識して、求婚者候補(正確にはその親)が一斉に手を引いたからだ。

 

『そうでなければ俺が最有力候補だったから、魔王と結婚する事にならなくてホッとした』

 

 と宿屋の息子のレイゲンに言われた時は、とりあえずアイツの腹にストマッククローをかましておいたが。

 さすがに今はあたしも、ポップのお嫁さんになれるとは思ってないし、一生独身を貫く気もない。

 店を継ぐ事になればお婿さんを貰わねばならず、当然それなりに鍛冶の腕を持った人を選ばなければいけないと思ってるので、あたしの相手は村の外から探してくるか、まずは父さんに弟子入りして貰うかになる。

 最低限、商売人の心得を持っている相手を選んで仕入れと外注でやっていくのもアリかとも思うが、ぶっちゃけそれはあたしだけでもできる事だし、やはり自分のところで作った武器を売るというスタンスは貫きたいので、それは最後の手段にしときたい。

 …という事を一通りシミュレーションができるくらい、母さんの言葉も単なる軽口ではないのだという事を、大まかに判ってもらえれば幸いである。

 …誰に向かって主張してんのか知らないけど。

 

 …ポップが14歳になった時点で自身の方向性を見定められていなかった事も、今思えば彼のコンプレックスのひとつであったのかもしれない。

 彼の才能がこの村にとどまるものではなかったから、仕方ないといえば仕方ないんだけど。

 そう考えると、あたしの存在はポップにとって、悩みのモトにしかなってなかった気がする。

 

 それでもポップはこれまで一度だって、あたしを邪険に扱った事なんかない。

 小さい頃から兄のことが大好きで、暇さえあれば『遊んで〜』とまとわりついてくるあたしを『しょうがねえな』って言いながらも可愛がってくれてたと思う。

 …そのポップが最終的に悲しい思いをしなくて済むように、あたしは今、ここにいるのだとせめて思いたい。

 

 ☆☆☆

 

「…とんでもねえ奴を弟子に取っちまった…!」

 

 例の、白魔晶と赤魔晶が採れたポイントにロン先生を案内して、幾つか採取して見せた途端、先生は頭を抱えた。

 

 …なんでですか。あたし、何かおかしな事した?

 

「おまえ、今まで本当にそれを、単にモノの存在を探知するだけの能力(ちから)だと思ってたのか?」

「…違う、という事ですか?」

「ああ。恐らく、おまえが言う『チカチカ光って見えるポイント』を、オレが掘ったところで、何にも出て来やしない。

 おまえは埋まってるモンを見つけてるんじゃなく、土から錬成してるんだ。

 おまえの目に見えるチカチカは、おまえが形として発掘してるモノの、恐らくは構成要素だろう」

「…は?」

 

 すいません、ちょっと何言ってるかわかんないです。

 

「つまり、おまえのソレは『発掘』じゃなく『錬金術』だ。

 その土の成分に構成要素が全部揃ってさえいれば、理論的にはオリハルコンすら錬成する事が可能だろう。

 …ある意味おまえの存在は、世界にとっての爆弾だぞ」

 

 マジですか!!散々文句言ってごめんなさい神様。

 あたしの転生特典、密かに充分過ぎるほどのチートだったんですね。

 って判り辛いわ!

 つかそれだってやっぱり意味不明だし!!

 錬金と神の目、それをどう使えば世界を救えるわけ!?

 

 今度はあたし自身が頭を抱える番だった。

 …ともあれ、あたしの魔界の名工の弟子としての生活は、まだ始まったばかりだ。




という事でポンコツだと思っていたリリィさん、実はグエンとは違う方向性のチートだと判明しました。
てゆーか本当はこれが判明するまでもう少し引っ張りたかったんだけど、なんか引っ張りきれなかったのだ。ぐはあ。


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4・武器屋の娘は未来を憂う1

…思ったより話が進んでいかない。
ほぼモノローグです。御了承を。


「もう、先生!

 仕事の前にお酒飲むのやめてください!没収!!」

「…オレは酔ってるくらいの方がいい仕事ができるんだ。いいから返せ、リリィ」

「却下!それは酔っ払いの常套句です!

 まったく信用なりません!!」

 

 さて。

 魔界の名工の弟子という称号を得たあたしは、次の日から修業に明け暮れて…いなかった。

 何せ、その師匠はあたしには武器職人の素質はないと断言している。

 それでも弟子に取ってくれたのは、弱き身に分不相応に宿る力を、権力を持つ者の目から守る為だ。

 だが、一応世界を救う目的でこの世界に送り込まれた身としては、守られるままでいるわけにもいかない。

 

 あたしの知っている物語での『ロン・ベルク』は、最強の武器の探究を望みながら、その一方でそれを諦めてしまっていた。

『腐りたくない』と言って、豊かな生活を約束された大魔王のもとを離れた筈が、登場した時点では半ば腐りかけの日々を送っていたのだ。

 そこに、自身の力を受け止める武器を求めて訪ねてくる勇者ダイと出会った事で、失望に濁っていたその目にかつての輝きを取り戻すのが、『ロン・ベルク』の抱えるドラマの流れになるわけで。

(いやまあ、あたしの元いた世界では、後に彼の弟子となる北の勇者との間に、違う意味で腐った展開を繰り広げるという流れもなくはなかったが、それはあくまでも別の時空(うすいほん)での話だし、今はとりあえず関係ない)

 なので、ここは黙っていてもその時になれば、『ロン・ベルク』は武器作りへの情熱を取り戻す。

 けれどそこで本気になった『ロン・ベルク』は、勇者ダイの剣だけでなく勇者一行の武器を一通り作る事になるわけだが、それに心を傾けるあまり、本来は自身の一番の目的であった、己の剣を完成させる事ができぬまま、最後の戦いに赴く事になる。

 そこで自身の身体すら滅ぼすほどの剣技を、その威力を受け止められない剣で振るった事により、『ロン・ベルク』は腕の機能を失ってしまう結果になるのだ。

 それがわかっていて、その通りの結末を受け入れるわけにはいかない。

 あたしが弟子入りした『ロン先生』には、その先に待つ未来をどうにか、回避して欲しいと思う。

 その為にはそれより早い段階から本気に戻ってもらい、彼の求める『星皇剣』を、完成させなければならないわけで。

 それに個人的に、彼が本気で打つ武器を、作る過程を目にしておきたいというのもある。

 より高いレベルの技術を目に焼き付ける事により、あたしの『目』に見えてくるものが、より詳細になるかもしれない。

 というか、オッサンの存在を伏せた上で、得られる情報が時々曖昧だと話したら、それはレベルが低いせいだと断言された。

 既にうちの店に定期的に、或いは注文に応じて、武器を打ってくれる約束にはなっており、その都度報酬も支払う契約にもなっているが、彼にしてみればうちに卸すものなど『居眠りしながら打った』程度のランクのものだ。

 それでいて父が打つものよりいいものを寄越すのだから、うちの父がもっと繊細な性格をしていたら、下手すりゃ槌を置いてしまってもおかしくない。

 だが幸いなことに…というか、これも予定調和なんだろうけど、父とロン先生はやけに気が合うようで、彼の存在が父のやる気を削ぐような事態にはならなかった。

 

 …つまり、あたしがここにいる以外、現時点では状況はほぼ変化していない。

 

 否、我が家が介入してあたしが行き来するようになった事により、先生は村に物資の調達に来る必要がなくなり、自分の小屋に引きこもる事が出来るようになってしまったのは、むしろよくない変化だった気がする。

 そこに一旦の責任も感じるあたしは、気がつけば先生の生活に、うるさく口を出すのが仕様となっていた。

 何せそうしなければ昼間っから酒かっくらって、日が高くなるまでゴロゴロしてるんだから。

 

「つか、いいからとっとと仕事しやがってください」

「敬意がまったく感じられない!

 形だけの師匠とはいえ表面上くらい取り繕え!」

「敬意は払ってますー。

 仕事してる時のロン先生はカッコいいですからー。

 カッコいいロン先生が見たいですー」

「これ以上ないまでに完璧な棒読み!!」

 

 ……ううむ。ロン先生は、あくまで『前世のあたし』の好み的には、くたびれ加減でかなりいいセンいってるが、吹っ切れてない分色気が足りない。

『ダイの大冒険』の登場人物であたしが一番萌えたのが、何を隠そう超魔ハドラーだ。

 もと魔王の肩書きを持つがゆえ執着していたものを捨てたことによって、それまでの小物感を彼方に吹き飛ばして覚醒したハドラーは、吹っ切れた感と同時に漂う哀愁、それによって生まれたとてつもない色気が、前世のあたし的に完全にツボだった。

 …当時の友人に言ったら、

『それ、オッサン萌えの感覚じゃねえか』

 って呆れられたけどな。失礼な。

 それはさておき、ロン先生は完全に目指す方向性を間違えている。

 中途半端に枯れるくらいなら武器オタクの面を前面に押し出して、逆にアツイ男にシフトした方が、よっぽどその無駄なイケメン顔を活かせるだろう。

 少なくとも本筋の『ダイ大』におけるロン・ベルクは、クールでありながら芯に熱いものを持ったキャラだった。

 …一体誰なんだ、目の前にいるこの残念な男は。

 

「…オレは、嫁を貰った覚えはない」

 

 結局あたしに酒瓶を取り上げられて、ジト目で睨んでくる魔族に、聞き捨てならないことを言われて言い返す。

 

「こっちだって嫁にきたつもりはありません!

 そもそもあたしは実家を継ぐので、婿を貰わなきゃいけない身です!」

「あんまり口うるさいと、その婿のきてだってなくなるぞ。

 まあジャンクの奴は、その方が喜ぶかもしれんがな」

 

 あたしが少しムッとして思わず口をつぐむと、ようやく余裕を取り戻したように、ロン先生はニヤリと笑った。

 

 …正直なところ、あたしは自分の恋愛は諦めている。

 成人するまでの時間の余裕もそれほどないし、実家を継ぐという決意を既に固めているあたし的には、結婚は条件に合う人とすべきだと思ってるので、それには恋愛感情は邪魔なだけだ。

 いや、まあ好きな人と結婚できればそれに越した事はないけど、『リリィ』的には現時点で、ポップより好きな男性はまだ居ない。

 なら、ぶっちゃけ好きになるのは結婚してからでも遅くないと思うのは、やはりこの村で生まれ育った、ある程度の合理性を重んじる気質によるものだと思う。

 

 …まあ、先述の超魔ハドラーと今世で出会う事があれば、ひょっとしたら結婚相手の条件なんざすっ飛ぶくらい好きになるかもしれないが、『リリィ』のスペックでは、直接ハドラーと顔を合わせる事自体が決定的にあり得ない。

 しかもロミジュリ的な大恋愛とかその果ての悲恋とか、物語で見る分にはwktkだけど、自分に降りかかるのは遠慮申し上げる。

 やはり程々のところで幸せになれる道を選びたいものだ。

 

 あっと、ちなみにこの世界全体をみれば、身分の高い人たちの間の政略結婚は、前世の常識と比べるとありえないほど、実はそれほど当たり前ではない。

 否、むしろ王族くらい身分の高い人たちの方が、恋愛結婚を重要視する傾向がある。

 理由としては、血統を分散させたくない事が挙げられるだろう。

 王様に形だけの配偶者をあてがって、別に抱えた側室との両方に子供生ませて、将来的に王権争いの火種を抱えるよりは、好きな相手と結婚させてその相手との間に子供を生ませ、王家の直系を維持させる方がいいという考え方だ。

 

 …そう考えると、ひとつ納得できる点がある。

 この物語の主人公である勇者ダイは、実は亡国アルキードの王子である。

 アルキード王国の王女ソアラと、(ドラゴン)の騎士バランが出会い、愛し合った証というべき存在。

 2人の愛は悲劇的な結末を迎えるわけだが、実はこのあたりに、前世の常識で考えると明らかに不自然な事態が生じていた。

 ソアラとバランの出会いは偶然にしても、2人の関係が深まるまでの間に、『バランがアルキード城に招き入れられた』という過程が存在するのだ。

 そして更に、アルキードの家臣たちが、バランに王の座を奪われる事を危惧した点。

 王族に個人の意志より政略的な婚姻が重要視される世界であれば、そもそも何処の馬の骨ともわからない(しかも王女を助けたというのでもあれば話は別だが実際は逆に助けられている)『単なる旅の騎士』が、城に招かれる自体があり得ないし、仮にそうなったとしても家臣たちには、バランが彼女と結婚する可能性など考えすら及ばなかった筈だ。

 そこに先ほどの、王族の恋愛結婚の考え方を当てはめると、割とストンと腑に落ちる。

 アルキード王は恐らく、この世界の常識に従って、自然にバランを娘の相手として、一旦は受け入れたのだろう。

 だからこそ家臣たちは、『バランは人間ではない』という理由をつけて、彼を城から追い出すまでしなければならなかった。

 だとしたらこの悲劇には、この世界の結婚観が一役買っていたのだと言える気がする。

 

 …要するに、愛し合う2人を引き裂くと最終的には周りまでもが巻き込まれて不幸の連鎖を招くというのは、なにも昼ドラだけの話じゃないって事だ。

 もっともこの悲劇がなければ『勇者ダイ』は生まれてはいない。

 彼本人がこの世に生まれる事が出来たとしても、それは(ドラゴン)の騎士の血を受け継いだ『アルキード王子ディーノ』としての彼であり、『勇者ダイ』とは全く別の存在になっていただろう。

 

 …なんて事を考えながら、先生のうちの炉に火を入れた。

 既に起こってしまった事態は取り返せない。

 けど、未来に待つ悲劇を阻止する事はできる筈。

 

「…なに考えてる」

 

 観念したように道具を揃え出したロン先生が、不意にあたしの顔を覗き込んだ。

 そんなに、深く考え込んでる顔をしていただろうか?

 

「…仕事の間に先生の晩ごはん作っときます。

 多分ひと仕事終えた頃には、出来てますから。

 しっかり食べて、明日も頑張ってくださいね」

「鬼か」

 

 憎まれ口を返しながら髪をバンダナでまとめたロン先生が、少し考えてから、もう一度あたしを振り返る。

 

「…おまえんちの、あのスープは美味かったな」

 

 その言葉に思わず吹き出した。

 うん、大人の色気には確かに欠けるが、これはこれで可愛いところもあるではないか。

 

「じゃあ今夜の分と、明日の朝食べる分も、作って置いていきますね」

 

 あたしの返事に、また唇に笑みを浮かべる先生にひらひら手を振って、あたしはかまどに向かった。

 幸いにして材料はある。

 お酒を取り上げて無理矢理仕事をさせているわけだし、晩ごはんのリクエストくらい応えてやろうではないか。

 あたしは鬼でも魔王でもない、優しくてしっかり者の可愛い女の子なのだから。

 

 ☆☆☆

 

 さて。

 先生のごはんを用意し終えてから、そろそろ暗くなり始めた庭に出たあたしは、鉱石等と一緒に山から採ってきた土を、大きな甕の中に入れて混ぜる。

 あたしに見えているモノが、掘り出しているモノの素材であるというなら、系統の違う素材の取れる場所の土を混ぜれば、違うモノが掘り出せるかもしれない、という実験だ。

 ここ数日で集めてきた土は多分16箇所くらいのものだが、新たにチカチカが見えてきたので掘り出してみると、ハート形の化石のような石が出てきた。

 

『これは【ホイミスライムの心】です。

 死んだホイミスライムの体から魔力が結晶化して残ったもので、ある程度の大きさのあるものだけがそう呼ばれます。

 そのまま使うとホイミスライムに転職できますが…』

 

 いや、ホイミスライムに転職ってなんだよ!?

 意味がわかんねえわ!!

 

『…最後まで聞いてください。

 これ、実は昔から、身につけるだけで徐々に体力が回復するタイプの、伝説の防具に使用されているものでしてね。

 赤魔晶にこの魔力をインストールして組み込むことにより…』

 

 ん……!?

 という事はひょっとして、これを使えば振るうたびに使用者の傷を癒す武器とか作れたりしない?

 ロン先生の発想は、技の衝撃に武器を耐えさせる事だけど、最悪武器が耐えきれなくても、ロン先生の受けるダメージを無効にする事ならできるんじゃ…!?

 

『…無理じゃないですか?

 防具の場合は、常に装着者に触れている状態だから必要ありませんが、武器に使うなら回復の対象を使用者に限定する為の、何らかの処置を施さないと、その武器を使って攻撃した敵も、一緒に回復されちゃうと思います。

 しかもその処置に特殊な魔法術式が必要なんです。

 多分ロン・ベルク先生にも、その加工は不可能でしょう』

 

 …デスヨネー。うまくいかないものだ。

 道のりは遠い。



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5・武器屋の娘は未来を憂う2

 一応念の為、ロン先生にその『ホイミスライムの心』なる石を見せて、自動回復機能を持つ武器の可能性について訊ねてみたら、やはりオッサンと同じような事を言われた。

 

「オレも似たような事を考えた事はあるが、回復の対象を限定する為の術式は、主に回復系魔力で組み立てる事が重要で、少なくともオレはそっちは不得手だ。

 なんで、その案は一旦わきに置いた」

 

 しかも既出のアイディアだったらしい。

 まあ、そりゃ考えるよな。

 しかし…回復系魔力ときたか。

 確かダイ大のメインキャラクターに、そこに特化した人はいなかった。

 序盤の回復要員だったマァムは武闘家に転職して、僧侶としてのレベルアップは止まったわけだし、賢者であるレオナ姫は最終戦に参加した時はまだレベルが低かった。

 ポップも最終戦に突入する前に、能力的には賢者と同等の状態に開花したので、同じ賢者なら恐らく、それまでずっと最前線で戦い続けてきたポップの方が、あらゆる面で能力は上だった筈だ。

 そもそも最終戦直前とかじゃ意味がない。

 現時点で可能性があるとすれば、アバン様が死んだ事になった後ポップの師匠になる大魔道士マトリフ様だが、彼は今はパプニカにある洞窟で、人を避けて隠遁生活を送っている。

 何も起きていない今の段階で、ましてやコネもツテもないあたし達が訪ねたとしても、協力は仰げそうにない。

 確かにこれは、一旦わきに置いとく事しかできない案件か。

 

 …あたしとしては当然、ロン先生に起こりうる未来の事は伏せた上で話をしたわけだが、先生はしばらく考えてから、深いため息をついた。

 

「…で、どこまで知ってる?」

「は?」

「…まあいい、別に隠さなきゃいけないことでもない。

 むしろ、リリィには話しておくべきかもしれんな」

 

 ロン先生はそう言って、かつてその傷を負った時の事を話してくれた。

 魔界に生まれて10年も立たぬうちに極めた最強の剣技は、受け止めきれぬ武器で全力で放てば、己の肉体をも壊してしまうほどの威力をもつ技だった事。

 

(ちなみに魔族の寿命は大まかには人間の10倍ほどだが、魔界という厳しい環境を生きる為に子供時代が極めて短く、思春期までの成長速度は人間より幾らか早いらしい。個体差はあるが魔族の10歳は人間で言うところの14、5歳くらいに相当し、そこから長い青年期を過ごしたあと、ゆっくり年齢を重ねていくのだそうな。つまり、ロン先生がその剣技を極めたのは、多分今のあたしくらいの頃って事か)

 

 そして青年期を迎え、強敵と対峙した際、その技を試した途端、使っていた剣とともに両腕の機能が破壊された事。

 魔族は強大な魔力と同時に高い再生能力を持つ生物だが、それにもかかわらずその負傷が完治するまでに、70年近い歳月を必要とした事。

 完治してから武器の製作を志したのは、自身が全力で戦う為だった事。

 その武器は未だに完成しておらず、ある程度のところで手詰まりになってしまっている事。

 

「…で?オレの弟子はその『目』で、偶然師匠の事情を知って、それで武器に回復魔力を付与するなんて発想をしたもんだと、オレは勝手に解釈したんだが…違ったか?」

 

 いやまあ、その通りっちゃその通りだけど、違うっちゃ違う気がする。

 あたしがロン先生の武器事情を知ったのは前世の記憶からだし、厳密にはそれは過去の事ではなく、未来に起こりうる事象だ。

 などと言える筈もなく、とりあえず曖昧に頷いておく。

 

「お察しします…腕がまったく使えないって事は、着替えも食事もお風呂も、更にトイレすらも他人の手を借りなければいけなかったって事ですものね?

 まだ若かりし日の先生が、そんな老人のような生活を送らなければならなかった事を思うと…」

「その通りだが思い出させるな!

 当時感じた屈辱と恥辱がリアルに思い起こされて辛い!!」

 

 …同情しただけなのになんで涙目で怒られなきゃいけないんだろ。

 つか本当に誰だよこの残念な男。

 

 とりあえず『ホイミスライムの心』は素材として、ロン先生に預けておく事にした。

 

「いいのか?

 ホイミスライムに転職したくなったらいつでも返すから、その時は言えよ?」

「なりません!」

 

 だからホイミスライムに転職ってなんなんだよ!!

 あたしは人間をやめる気は一切ないわ!

 

 ☆☆☆

 

 ランカークス村周辺の山だけでは、採れる素材の種類にやはり限界があり、あたしとロン先生は他国の山を見に行く事になった。

 自身の武器の探求が手詰まりになっている理由を聞いたら、やはり強度のある素材が手に入らないという理由だったので。

 

「魔界ならともかくこの地上で、武器職人のオレが全力で戦わなきゃいけない事態はそうそう起きないだろうし、別に急いじゃいない」

 

 というロン先生を、万が一という事もあると説得して、先生の剣の素材探しを勧めたのだ。

 

「もし先生に何かあったら、あたしが介護する事になりますよ?

 思い出すだけでも泣くほど辛い恥辱を再び味わう事に耐えられますか?」

「おまえ、ひとの心の傷を的確に抉る天才だな!!」

 

 …そんなこんなでやってきたのは、極北の地マルノーラ。

 ここはオーザムという王国が治める地だが、とりあえず王都に用はないのでスルーで、今あたし達がいるのは王都から少し離れた山にある廃坑である。

 

「良かったのか?

 王都の武器屋なら、それなりに参考になるものもあるかもしれんぞ?」

 

 とロン先生には勧められたけど、当の本人は人の多い場所に行く気はないみたいだし、知らない街をか弱い少女一人で歩けるほど、あたしは度胸が据わってないのです。

 と言ったらロン先生には、

 

「オリハルコン製の心臓持ってるくせに白々しいな!」

 

 なんて言われたけど。

 一体、先生の中であたしの人物像はどうなっているんだろう。

 

 それはさておき、オーザムはダイ大の物語において、魔王軍が本格的に地上制圧に動き出してすぐ、フレイザード率いる氷炎魔団により壊滅させられる国である。

 現時点でそれを知っているのが子供のあたしだけであり、それを誰かに伝える手段がない以上、止める事は不可能だ。

 守れない事がわかっているから、ここに住む誰にも会いたくないというのが、偽らざる本音である。

 …身勝手であるのは百も承知だ。

 

「…にしても、なんでこんなところに来たんですか?

 ここに、何が?」

 

 まるまる着ぶくれしてもまだ防寒具の下まで侵入してくる寒さに、身を震わせながらロン先生を見上げる。

 

「…ここは昔、ミスリル鉱石が採取されていた鉱山だった。

 もっとも含有率が低く、ミスリル銀に精製する手間とそれにかかる費用が予定より膨れ上がった事から、採算が取れないと早い段階で閉鎖されたがな」

 

 ミスリル銀!!

 それは武器職人なら一度は扱ってみたい素材だ。

 ぱっと見の質感は確かに銀に似ており、かつては銀と区別されていなかった為そう呼ばれているが、実はミスリルは銀とはまったく異なる鉱物である。

 銀と違って酸化によるくすんだ黒みを帯びる事はなく、何より硬度は桁違いだ。

 あと、魔力との相性が割といいらしく、魔法効果が付帯された伝説の武器には、魔法効果をインストールした赤魔晶と共にこの金属が使われているものも少なくないという。

 

「魔界ではそれほど珍しくなかったから、昔オレが作って魔界の…お偉いさんに納めた武器にも使ってた。

 この地上ではオリハルコンを除けば、上から二番目くらいの硬度を持つ金属だろう」

 

 おえらいさん、ですか。

 それ、ひょっとしなくても大魔王バーン様の事ですよね。

 てことは、作中に登場した魔鎧シリーズとか、バーン様御愛用の光魔の杖とかも、密かにミスリル製って事だ。

 

「…だとしたら、その頃にご自分の武器を完成させられていないということは、そのミスリル銀を鍛えて武器を作成しても、先生の技に耐えられる強度にはならないって事ですよね?

 確かに貴重な素材で、欲しくはありますけど、今回の目的には沿わないのでは?」

「ミスリル銀のままならばな。

 だが、おまえの能力を考えて、ある可能性が頭に浮かんだ。

 もしここの土にエネルギー物質の構成要素が含まれていたなら、おまえの『錬金術』の能力があれば、ミスリル銀のポテンシャルを新たに昇華させた『魔法インゴット』を錬成できる筈だ。

 オレも実物はまだ見たことがないが、それで剣を作れれば、或いは…!!」

 

 おお。ロン先生の目が燃えている。

 というか、違う世界に行っちゃってる気がする。

 …ごめんなさいごめんなさい。

 もうキャラの方向性間違ってる残念な男だなんて言いません。

 だから先生ー!戻ってきてくださいーー!!

 オタクに餌を与えてはいけない。

 そんな事、前世で散々学んできた事だったのに何故忘れていたんだ。

 あたしの馬鹿。

 

 ・・・

 

 …結果を言えば、鉱山の中からあたしが発掘できたのは、純度の高いミスリル鉱石と『氷の結晶』だけだった。

 

「やはりエネルギー物質の構成要素が足りなかったか…」

 

 期待が大きかっただけに明らかにしょんぼりとしたロン先生に、あたしは訊ねる。

 

「エネルギー物質って、随分漠然としたネーミングですけど、そもそもどんなものですか?」

 

 そして、それにあっさりと答えたロン先生の言葉は、結構とんでもないものだった。

 

「基本的には、炎と氷を魔法融合させた時に生まれるものだそうだ」

 

 待てや!炎と氷の融合って…確かアレだ。

 普通に混ぜ合わせれば互いに打ち消しあうエネルギー。

 融合させれば、それは突き詰めればゼロ、つまり消滅のエネルギーになる。

 前述した氷炎将軍フレイザードは、ハドラーが禁呪法で生み出したエネルギー岩石生命体だった。

 勇者ダイとの決戦時点で『生まれてまだ1年足らず』という本人のコメントがあった筈なので、現時点ではまだ誕生前だと思う。

 そして生まれてからそれほどの時間が経過していない故に、その融合を成し得る域に達しておらず、そうでなければその時点での勇者パーティーでは彼には勝てなかったろうと、その力についてポップに説明する大魔道士マトリフの台詞があった。

 フレイザードの体の炎と氷を繋ぎとめているのは(コア)と呼ばれる魔力の塊だったが、生前のあたしは、その2つは決して融合はしておらず、むしろ互いに反発しあい力を高める事により消滅を防ぐシステムだったのだという厨二的解釈をしていたが、後のヒュンケルの大幅パワーアップ理論を考えると、あながち間違ってはいなかったと思う。

 相反するものがぶつかり合う事で生じるエネルギーは、そのままフレイザードの力となり、その時点では充分に強敵として、彼は勇者パーティーの前に立ちはだかる。

 だが、その反発し合う筈のものが融合する事で生まれるのは、それより遥かに強大なエネルギーだ。

 

 それが将来的にポップをこの世界で最強の魔法使いたらしめる呪文『メドローア』。

 

 つまりエネルギー物質って、メドローアを何らかの形で固形化した物体って事なの?

 …いや、無理だろ!!

 多分赤魔晶にインストールしようとしたところで、その赤魔晶ごと消滅しそうな気がするよ!

 

 …と説明の為に一旦はビビってみせたけど。

 

 実のところ、あたしの能力があれば、わざわざそんな危険なものを作る必要はない。

 ここに『ミスリル』と『氷』という要素があるのは間違いないのだから、後は『炎』が加われば、先生の言う『魔法インゴット』は、この場所から錬成して発掘できる。

 つまり今は無理でも、後日また来て試してみれば、間違いなく手に入るだろう。

 

 1年あまり後、氷炎魔団のモンスター達がその魔力からなる炎で、この大陸全土を焼き払った後に。

 …そんな事を考える自分が、本当にクズだと実感するけど、どうしようもない。

 

 ・・・

 

「ところで、先ほどミスリル銀は地上2番目と仰いましたが…では、オリハルコンを除いた上で、一番硬度の高い金属はなんですか?」

「メタルキングの結晶だ」

 

 …さて、次行こうか。




270歳超えた魔族の男が12歳の人間の小娘に泣かされる事案が発生。
ロン先生のキャラが若干壊れかけてきてるのは間違いなくリリィのせいです。
おかしい…可愛い女の子が大好きなアタシとしては、一貫してそういうものを書いているつもりなのに、どうしてこうなる…!?


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6・武器屋の娘は迎撃する

これはひどい。


「自警団?」

「はい。半年ほど前、この村がならず者たちの被害に遭っていたのを、旅の勇者様に救っていただいた事は、未だ記憶に新しい事と思います」

 

 頭皮に汗を滲ませた村長に対して、少し睨むような視線を向けつつ話をするのは、いま話に出した件の、原因になったのがこのハg…オッサンの最初の行動だからだ。

 村長っても田舎村の長、別に金とか持ってるわけでもない筈のこのひとに、若くて美人の奥さんがいるのは世界の七不思議のひとつだと思う。

 ほかの六つ知らないけど。

 

「余所者にも寛容なのがこの村のいいところではありますが、暴力に対して無力である事実も否めません。

 戦闘能力を持つ住人も確かにおりますが、大人は普段仕事をしていて、急な場合には駆けつけるのが間に合わない場合も多々あります。

 何より、被害にあうのは老人や女性、あたしのような子供といった、抵抗すらままならない弱者です」

 

 肉体的な危害を加えられる前に相手の精神を完膚なきまで破壊できるおまえのどこが無抵抗な子供だ、と後ろに付いてる保護者のひとりがちっさく呟いた気がするがまるっと無視する。

 

「ちなみに最後に被害を受けたのはあたしと兄で、多分兄がその勇者様について旅に出たのも、自身すら守れず妹のあたしも顔に怪我をさせられた、自責の念があったからかと」

「待て!ならず者に怪我させられたなんて話はオレも聞いてないぞ!しかも顔って!?」

 

 唐突に話の腰をへし折る声は、先ほどなんか言っていた保護者その1。

 

「助けてくださった勇者様に呪文治療されました。

 別に、嫁にいけなくなるような不埒な真似もされてはおりませんので御心配なく」

「そう聞いて安心していいのか、まだ月のものも来ないガキがその発言をした事を別な意味で心配した方がいいのか判らん!」

 

 月のものは来とるわ失礼な!!

 こないだ来たやつでようやく2回目だけど。

 あと、だから顎クイはやめれと言うに。

 まだ子供のあたしだからいいようなものの、年頃の若い娘さんとかにやったら下手すりゃセクハラで訴えられますよ?

 あたしの心の声が聞こえたわけではなかろうが、保護者その2がその手を掴んで引き離す。

 

「ひとの娘に気安く触んな。ロン。

 …村長、悪いな。

 引き続きうちの娘の話、聞いてやってくれや」

 

 そう、あたしは我が師ロン・ベルクと父親であるジャンクという、恐らくは武器製作及び販売業界において最強の戦闘力を後方に従えて、村長の前で弁舌をふるっているのだ。

 さっきから窓から入る西陽を反射してあたしの網膜に若干のダメージを地味に与えている侮れん頭部を持つこの村長(オッサン)があたしの話にいまいち集中していない気がするのは、我が敬愛する師が魔族の姿を堂々と晒している事も原因の一つではないかと思うんだが、これからの為には必要なプロセスだから仕方ない。

 

 あれから、先生のところで修行という名の錬金実験と時々素材探しの日帰り旅(ロン先生はルーラという移動呪文が使えるので、行ったことのある場所ならば一瞬で行ってその日のうちに帰ってこれる)、今まで以上の家業への参加という毎日を過ごしながら、あたしは自分にできる事を考えてきた。

 世界を申し訳程度にでも巡った事と、店に立つついでに武器を必要とする人たちとの会話などを通じて、狭かったあたしの世界が一気に広がった事もあり、それは少しずつだが見えてきている。

 

「この村はベンガーナ領に位置してはいますが、隣国テランともほど近い為、生活水準は王都よりむしろあちらの方に近いです。

 道具や設備など不便のない程度には充実していますから、暮らし向きはこちらが豊かですが。

 そしてテランといえば、十数年間前から施行されている武器の開発禁止令が影響して、野盗などの被害が水面下で増加し続けており、国民の国外への流出は主にこの事が原因になっていますが、その辺は他国の事ですのでこれ以上は言及いたしません。

 この村にも数世帯、テランからの移住民がおりますし。

 ですが問題は、テランから住人に混じって、例のならず者達のような犯罪者もまた、流れてくる危険があるということです。

 彼らは王都のような場所よりも、むしろテラン本国やこの村のような、人々がのんびり暮らしている田舎の方が活動はしやすいでしょうから、今後もまたあのような事態は起きうるでしょう。

 今回はたまたま助けられましたけど、旅の勇者様は、いつでも都合よく村を通りかかってはくれません。

 自力で解決を図れるよう、村全体の戦闘力を上げるべきです。

 そこで!村の子供達を中心とした、自警団の設立を、あたしは提案するわけなのですよ!」

 

 用意してきた提案書を叩きつけるようにして言い切ると、あたしはようやく息をついた。

 

 …実のところ、今言った事は建前でしかない。

 早くて半年、遅くとも1年以内には魔王軍の地上侵攻が始まり、魔王の魔力による地上モンスターの凶暴化という事態が起こる。

 周囲を森や山に囲まれたこのランカークス村は、地理的にも規模的にも、モンスターの集団暴走(スタンピード)的な事が起きれば、王都が援軍を寄越すより先に全滅する可能性がある。

 一応対人の備えとして提案しているが、実は完全にモンスター対策だ。

 …ちなみに物語では、勇者ダイが紋章の力に完全覚醒した後、彼の全力を受け止められる剣を求めて、ポップの故郷であるこの村にやってきた時、そのような事態が起きた形跡は、少なくとも漫画の描写の中にはなかった。

 起こらないならそれでいいし、漫画で読んでいた時には全く気にならなかった点だが…ここに暮らすあたしの立場になると、まったく考慮に入れないわけにはいかない。

 というより、起こらなかったとしたら、その『起こらなかった理由』を推測するべきだと思うくらい、実はこの事態は不自然だ。

 うちと似たような環境にあった、マァムの故郷であるネイル村も、モンスターの一斉襲撃などには見舞われてはいなかったが、それでも一歩村の外に出た場合の危険は間違いなく存在しており、マァムは村の戦闘要員として、あの時点で彼女に可能な範囲での、万全の備えをしていた。

 救いがあったとすればあの地のモンスターは傾向が獣系であったゆえ、ほぼ全ての種類が獣王クロコダインの統括下にあったから、魔王の魔力の影響を受けたにしても、無軌道に暴走などする筈がなかった事。

 そもそもあの当時のクロコダインは人間など取るに足らないものと見下しており、居たとしても脅威となり得ない些細なものの存在を気に留めてはいなかったと思われるので、わざわざそんな指示も出しはしなかった筈だ。

 そうでなければ、マァムやもと勇者パーティーのレイラさんがいくら頑張って戦ったとしても、あんな小さな村ひとつ、潰すことなど容易かったろう。

 またあの山には武術の神様と呼ばれる拳聖ブロキーナが隠れ住んでおり、モンスターの単体での襲撃くらいなら彼が密かに止めていた可能性もある。

 実際、魔王の復活前とはいえひとに迷惑をかけていた大ねずみを1匹捕獲して、魔王の影響すら跳ね返せるよう体質改善を施していた前例があるし。

 

 …そして、この村を取り巻く森にも、隠者然として暮らしている実力者がいるわけで。

 

 ロン先生は、ひねくれたモノの言い方はするが、基本的には面倒見のいい魔族(ひと)で、よほど失望でもさせられない限りは一度関わった相手を見捨てるという事が恐らくできないタイプだ。

 しかもその時期、既に『ジャンク』との交流があれば尚更、村を一人で守ろうとすることは、充分に考えられる事態じゃないか。

 恐らく、原作でのランカークス村は、魔王の復活時にモンスターの襲撃を受けなかったわけではなく、襲撃してきたモンスターの群れを、密かに一人で戦って排除した者がいた…と考えるのが一番納得できる答えなんだがどうだろうか。

 

 …あくまで仮定の話だし、それがわかった以上そうさせないように動くけどな!

 あたしは絶対にロン先生を、一人で戦わせたりなんかしない。

 むしろそれすら利用して、先生の村での立ち位置を確立させてやる。

 

「リリィくんの意見はわかった。

 だが具体的には、どのようにするつもりかな?

 一応は大人として、子供達に武器を取らせるというのならば、慎重に考えたいのだが」

「いえ。中には素質のある子もいるでしょうが、武器というものは使えない者が持ったところで意味を成しません。

 力のない者でも戦えるよう戦略を講じ、ありとあらゆる事態に対応できるようシミュレーションして、マニュアル化します。

 …まあ恐らく、基本的な攻撃手段はこれになるでしょうが」

 

 言って、持参していた見た目だけは宝箱風に装飾した木箱(気分の問題ね。前世でラインストーンで持ち物デコるの好きだったし)を開けてみせ、中に一杯に詰まった石を示す。

 件の素材探しの旅でリンガイアのヘビーメタル鉱山の近くに偶然発見したポイントで採取したものだ。

 普通の人が採取するのは危険が伴うが、あたしの能力ならまったく問題なく、しかも大量に手に入った。

 そもそもこれを運ぶ為に、男2人に手を貸してもらわねばならなかったというのもある。

 

「…何かね、これは?」

「爆弾石です。

 自爆した爆弾岩が残した欠片ですが、このくらいの大きさならある程度の爆発力は残っていますので、投げれば充分な殺傷りょk」

「ちょ、こんなもんどっから集めてきたの!!?

 君、爆破テロでも起こすつもりなの!!?」

 

 その石の名称を出した途端、村長(オッサン)が多分一気に3メートルは後方に飛び退った。

 あたしの説明を最後まで聞かず、突然涙目で叫び出す。

 

「まさか。

 けどか弱い女子供の身で、身を守る為に手段は選んでいられませんから」

「いやそこは選んでお願いだから!!!」

「あと、採取した場所はお教えできません。

 悪人の耳に入ればそれこそ危険ですし」

「今の段階では君が一番の危険人物にしか思えない!!」

 

 …なんか酷い言われような気がするんだが、うん、多分気のせいだ。

 と、よくわからないが小動物のようにぶるぶる震えている村長(ハゲたオッサン)とあたしの間に、ロン先生が少し控えめに割り込んだ。

 

「あー…不安に思うのはとてもよくわかるが、とりあえずこいつの手綱は師匠であるオレと、ここにいる父親がちゃんと握っておく。

 オレの命にかえても決して暴走はさせん。

 信用してくれとは言えんが、約束する。だから…」

「信用します!

 信用しますから、リリィくんが世界を滅ぼそうとしたら、絶対に止めてくださいね!!」

 

 …なんだかよくわからないが、村長(ハゲ)は先生を信用してくれたらしい。

 とにかく魔王侵攻より早い段階で、ロン先生の存在をこの村に普通に認知させていかないといけないと思っていたから、思ったよりすんなり話が運んでくれて助かった。

 

 …けどこの村の大人たちは、一体あたしを何者だと思っているんだろう。

 子供たちの間では確かに魔王とか言われてるけど、あんなのただのあだ名だからね?

 

 ☆☆☆

 

 そして。ついにその日はやってきた。

 

 あたしが13歳になって4ヶ月ほど経過したその日、とうとう、世界を覆った魔王の魔力がこの大陸にも及び、村をとりまく森から現れ襲ってきたのは、マドハンドと呼ばれるモンスターの大群。

 普通は沼地とか水場の近くに現れるモンスターなんだけど、恐らくは邪悪な魔力により変化した森の植物ではないかとの事。

 ここ半年間修業を重ね、レベルの上がったあたしは、元々の能力の他に『タカの目』という特技を身につけていた。

 本来は旅の空の下で、近くにある町や施設などを探知する特技なのだが、あたしのはこの村の周辺くらいなら、その辺で動き回っている生き物の気配とかも、その気になれば察知できるのだ。

 ありがとう神様。ありがとうチート。

 

 空気がおかしい、淀んだ魔力が凝っていると朝早くに訪ねてきたロン先生が警告してくれ、あたしがタカの目で無数のモンスターの気配を察知、すぐに村全体に伝達されて、対集団での戦闘態勢の布陣を村の外に展開していた。

 とりあえずは、空を飛ぶモンスターが居なくて助かった。

 一応あらゆるケースに合わせたシミュレーションはしてきているが、対人としての戦闘訓練に組み込む為の理由付けが弱かった為、空中戦の対策にやや不安があったので。

 この日の為に、割と年長の子供達の戦闘訓練は、武闘家のターレンさんが体術を、狩人のソーケッツさんが弓術、ロン先生が剣術を担当して、ある程度のところまでくると、その子によっても適性が違うので、その適性を伸ばす方向での訓練になった。

 あたしも含め、女の子や非力な年少の子供たちは、投石の飛距離と命中率を高める訓練と、これは全員参加の逃走訓練に重点を置く。

 この半年でみるみる戦闘力の上がったこの村は、ふらっと立ち寄ってチンピラ紛いの悪さをしてくる冒険者程度なら、ほぼ子供達のチームワークだけで撃退できるほどになった。

 そして子供たちの戦闘力が上がってくると、大人たちも負けてはいられないと思うのか、週に一度の戦闘訓練に参加する人数が増えてきた。

 そして、今に至る。

 

 

「そぃやあぁぁっ!!」

 

 ドゴォォン!!

 

 あたしはやはりこの半年でレベルと性能が格段に向上した「あなほり」の特技を用いて、マドハンドの足元(言葉のチョイスにはてしない違和感)の地面を砕く。

 これも本来は、土の中に埋まってるお宝を掘り出す為の特技で、多分だが遠距離広範囲操作ができるのも、戦闘に使うという発想をしたのもあたしだけだろう…あ、1G発見。回収。

 それだけでかなりの数が生き埋めとなり、押しつぶされてただの土に戻るも、そこから這い上がってくる運のいい個体達もまだまだ数限りない。

 そこに向かって一斉に放たれるのは爆弾石の礫。

 

「そおぉい!!」

「ちえすとォォーーっ!!!」

「デストローーーーイ!!!!」

 

 ドオオォォォン!!!!!

 

 爆発の土煙が上がり、敵の数がやはり大幅に減る。

 それでもその土煙の中から、まだわらわらと出てくる群れに、今度は矢、投げナイフ、ブーメランなどの飛び道具の嵐が降り注ぐ。

 

「クロスカッター!!」

梁山泊闘弓術連射的(さみだれうち)!!」

「狼髏館秘技・翔穹操弾!!」

 

 …なんか変なの混じってる気がするけどまあ、そんなことはどうでもいい。

 その嵐すらすり抜けてきた個体を、ロン先生をはじめとする直接攻撃組が各個撃破するという作戦だ。

 ちなみに父さんはこのポジションにいて、でっかいハンマーをふるっている。

 

「はッ!!」

「ぬんっ!!」

「オオォォーーッ!!!」

 

 …このようにして、村全体が力を合わせて戦った結果、早朝に押し寄せてきたマドハンドの群れは、昼前には村に1匹も入らせないまま、ほぼ殲滅する寸前だった。

 

 だが、恐らくは最後の数匹だろう群れを一気に生き埋めにすべく「あなほり」を敢行…しようとした瞬間、それは起こった。

 

「ぐっ……あ、ぁぁーっ!!」

 

 それは、近くにあった木からぶら下がる、丸くて小さなモンスターが伸ばした触手だった。

 それが唐突にあたしに向かってきてあたしの首に、そして体全体を締め上げるように巻きついたのだ。

 

「リリィ!!」

 

 その場の全員の動きが一瞬止まる。

 まずい。マドハンドは仲間を呼ぶ。

 1匹でも残すとそこから増える。

 僅かでも時間を与えちゃいけない。

 

 視界が塗りつぶされそうになるのを必死に堪えて、手で全員に攻撃の指示を出す。

 

 次の瞬間にはその手も触手に捕らえられたが、その時には誰かが投げた爆弾石が、残ったマドハンドに直撃していた。

 そこから次々と、新たな爆発が連続する。

 

 それを薄れそうな視界に捉えて、呼吸の苦しさに意識が途切れた。

 

 …のも束の間だった。

 

「無事だな、リリィ!?」

 

 目を開けると、ロン先生が至近距離であたしの顔を覗き込んでおり、服になんか…赤とも紫ともつかない色の液体がべっとりと付着していた。

 あーこれ洗濯大変なやつだ。

 無駄に冷静に状況を観察したところ、どうやらあたしはロン先生に抱えられているらしい。

 周囲を見渡そうとして、何故か頭を押さえられる。

 

「見るな。

 おまえを拘束したモンスターは俺がぶった斬ったが、派手に体液を撒き散らしてそこに転がってて、結構グロい。

 ガキには、しかも女にゃ刺激が強すぎる」

「先、せ」

 

 声を出そうとして、思うように発声できない事に気づく。

 締められていたせいか、喉がおかしい。

 

「喋らなくていい。

 あれは悪魔の目玉というモンスターで、通常ならば人を襲う事はない…が、どうやらリーダーがおまえだという事を見抜いたな。

 恐らくは魔王かその手下の『目』だ」

 

 …え?

 悪魔の目玉…って確か、作中では妖魔士団に所属する正規の魔王軍のモンスターだった筈だ。

 それがこの戦いを監視していた?

 なんで?

 

 と、不意に視界が真っ暗になって、目が何かに…ロン先生の、大きな手に覆われていた。

 

「…考えなくていいから、少し休め」

「も」

「モンスターの群は殲滅させた。

 あの時、あれより2秒も指示が遅れていたら、少なくとも5倍の数をまた相手してなきゃいけなかったところだ。

 爆弾石の雨から逃れた数体は、怒り狂ったおまえの親父が、瞬く間にぶっ潰してたぞ」

 

 …想像したらメッチャ怖いんですがそれ。

 なんかもうほんとすいません。

 

「よくやったな。…いい子だ」

「………えへ」

 

 目を塞がれたままの状態で、耳元で囁かれた言葉に、急に達成感がこみ上げた。

 何か言おうと思ったけど、口からは気待ち悪い笑い声しか出てこなかった。

 

「……いつもこのくらい素直なら可愛いんだがな」

 

 なんか失礼な事言われた気がしたが、そこから先は強い眠気が急に襲ってきて、それに抗う気も起きぬまま、あたしはゆっくりと目を閉じた。




という事で原作開始のタイムテーブルです。
このランカークス村でのモンスター殲滅作戦は、グエン編4話と5話の間くらいの時系列になります。
そしてリリィの存在とこの出来事により、ロン・ベルクはランカークス村の英雄扱いになりました。
というか「魔王リリィを制御できるのはあの先生しか居ない」的な、方向性が明らかにおかしい尊敬の念を抱かれているとかいないとかwww


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7・武器屋の娘は色々思い出す

ううむ、物語が進んでいかない…。
ダラダラしててなんかごめんなさい。


 あたしとロン先生の素材探しの日帰り旅は、しばらくは中止せざるを得ない事となった。

 魔王軍の活動が本格的に始まり、各軍団が主要各国の王都を襲撃し始めたからだ。

 確かにそんな中、いくら先生が同行していたにしてものんびり他国になんて行っていられない。

 我がベンガーナの王都も、妖魔士団の襲撃を受けていたらしいし。

 らしい、というのはあたし自身は村から出るどころか、森の中のロン先生の小屋にすら一人で行く許可が出ず、先生や店に来たお客さんから聞く話の他に、外の情報を得る手段がなかったからだ。

 あと、敵についてもそうして聞いた話を総合して、その傾向から妖魔士団だろうという推測をしただけで、実際に見たわけではない。

 しかしまあ、悪魔の目玉の件も合わせて考えれば、恐らく間違ってはいないだろう。

 その襲撃だが、現時点では『ベンガーナ軍の物資力と軍事力は世界一イィィーーッ!!』と言われるその象徴たる大型兵器をもって、時折思い出したように来る魔王軍の攻撃を跳ね除けている。

 …もっともベンガーナは他の軍団に狙われた国と違い、壊滅させるまでの本腰を入れられていないというのは、物語の中でも言われていた事であり、それと渡り合えていた事実がむしろ、後に超竜軍団のドラゴン数匹や、スカイドラゴンに乗った獣人に、街を破壊されて避難程度の対策も取れずにいた原因かとも思う。

 危険予測と避難訓練、大事です。

 無い胸張って言えます。ってやかましいわ。

 ちなみに隣国のテランは侵略価値がないとみなされたものか、これといって攻撃は受けていない。

 反して、やはりテランと国境を接する位置にあるカール王国は、かなり厳しい状態だとか。

 時系列的に考えれば、北のオーザムやリンガイアなどは、そろそろ壊滅させられる頃だ。

 …わかってるのに、あたしには何もできない。

 

 それはそれとして。

 先の戦闘でレベルが上がったせいなのか、『みる』に以前より詳細な情報が加わるようになった。

 

『これは鉄の爪です。

 武闘家など、剣を装備せずに戦う人のための武器です。

 …破損率56%、見てわかる通り刃が一本取れちゃってる上に、残りの刃も錆びて欠けちゃってるし、このままでは使い物にはなりません。

 まともな状態で店屋に売れば1125Gで引き取ってもらえる品ですが……ねえ?』

 

 情報が言葉を濁すな!ねえじゃねえわ!

 

『…3年半前にリンガイア王国で開催された武術大会の、会場の売店で売られていた量産品ですが、打った鍛冶師の腕自体あまり良くなかったようですね。

 ちなみにこの時の大会で優勝したのはリンガイア王国軍の将軍の息子で、当時まだ12歳の少年だったそうです。

 もちろん大会史上最年少記録だそうですよ』

 

 へえー、この後滅ぼされるリンガイア王国にはそんな強い人がいるんだー。

 3年半前に12歳って事は、ポップと同い年かいっこ上くらいだけど。

 てゆーか、確か今現在、恐らくポップと一緒に行動している筈の未来の勇者も12歳の筈。

 うーん、この世界の12歳男子すごーい。

 

 …って、意識を明後日に飛ばしている場合じゃなかった。

 まあとりあえずこの通り、見たものの状態というのが、『みる』に新たに加わった視点ね。

 今見たこれは一目瞭然だけど、ぱっと見には判別しづらい破損箇所とかも正確に教えてくれる。

 

「…申し訳ありません、お客様。

 こちらの鉄の爪ですが少々状態が悪すぎて、当店ではお引き取りしかねます」

「あ、やっぱりー?

 拾いモンだから期待はしてなかったけどねー。

 まあ、持って歩くのも重くて邪魔だし、あげるから適当に処分しちゃってくんない?じゃねー」

「あ、お客様!」

 

 ……行っちゃったよ。

 売るよりは修理して使った方がいいって言おうとしたのに。

 

 まあでも今の人、どう見ても武闘家には見えなかったし、使わない武器に修理代出すのも馬鹿馬鹿しいってトコだろうな。

 拾ったモンだって言ってたし愛着もないんだろう。

 というか、昨今の冒険者は、そもそも武器を修理してまで使うという概念がないんだそうだ。

 一通り使って、もっと強い武器があれば前のを売ってそれを使う。壊れたら捨てる。

 売る側にしてみればその方が商売にはなるんだけど、それではいい職人は育たない気がする。

 原作の『ロン・ベルク』が、ろくな使い手が居ないと言って情熱を失っていた気持ちもわからなくはないかもしれない。

 …もっとも、彼を一番失望させたのは、最高の武器を使いこなせない弱い使い手よりも、どんな武器を与えたところでそれよりも本人の方が強い大魔王バーンの存在だったわけだけども。

 

 ちなみにそのロン先生だが、この村では魔族の姿を堂々と晒して歩き回る事が出来るようになり、もはやランカークス村の勇者様くらいの人気ぶりである。

 本人は慣れない扱いに戸惑っているようだが。

 え?あたし?未だに魔王扱いですがなにか?

 

「ん?客じゃなかったのか?」

 

 と、奥の作業場で剣を打っていた父さんが店の方に入ってきた。

 

「壊れた武器持ってきて、引き取れないって言ったら処分してって押し付けられたよ。

 まともな状態で店に並べとけば、1500Gくらい取れると思うよ」

 

 どうせあたしにはどうすることもできないので、父さんに丸投げすることにする。

 

「鉄の爪か…ここいらじゃ見ない珍しい武器だが、それにしてもひっでえ造りだな。

 手甲のトコだけ使って、刃はオレが全部最初から打って付けた方が早いんじゃねえか。

 既に修理の域じゃねえよ、そんなもん」

 

 言いながらも捨てるという選択肢が出ないあたり、父さんはわかってる。

 これに使われてる鉄だって、本来ならもっと高いポテンシャルがあって然るべきなのに、よりにもよってナマクラ刃としてその役割を終えるんじゃ、あんまりにも可哀想だし、愛がない。

 こんな風に思えてしまうのは、小さい頃から父さんの仕事を見て育ったからだと思う。

 父さんの仕事にはなんだかんだで、素材とそして出来上がった武器を手にするだろう人に対しての愛に溢れている。

 実際に他人に向ける態度は不器用の言に尽きるけど。

 

 特に息子であるポップには期待をかけすぎて、その期待の方向性があさって向いた上一周回ったせいで、ポップは未だに父さんが苦手な筈だし。

 ポップはダメな子なんかじゃなく、父さんの期待とは違う方向に才能があっただけなんだよ。

 

「しかもなんだこの継目。

 信じらんねえ。まるで玩具だ。

 誰が作ったもんか知らねえが、これじゃ武器の用途なんて果たせやしねえぞ」

 

 ひどいひどいと連呼しながらも、構造は気になるらしい。

 この国では扱っていない武器だから、きっと興味があるんだろう。

 

「リンガイアの職人が打ったものだって」

 

 あ、これはお客さんじゃなくオッサン情報だった。

 接客中に父さんが居なくて良かった。

 父さんや母さんはあたしの能力を、単に商人系の技能だと思ってる。

 その異端性を正確に把握しているのはロン先生だけだ。

 そのロン先生に、知っている人間は少ない方がいいと釘を刺されているから、両親には説明していないし。

 

「…なるほどなぁ。

 屈強な戦士で構成された軍隊も、持たされる武器を作る職人がこの程度じゃ、そりゃ滅ぼされるな。

 他人の命を預かってる、むしろオレ達が世界を守ってるってのに、そのプライドを常に持てねえなら、鍛冶屋なんてやるべきじゃねえ。

 こんなのを見ると、つくづくそう思うぜ」

 

 …ん?なんか、ちょっと今気になる言葉が出てきた気が…?

 

「今…なんて?」

「ん?だから、鍛冶屋ってなプライドを…」

「そこじゃなくその前!

 …リンガイアが滅ぼされたって、言った?」

「お、おお。

 …リンガイアだけじゃねえ、北のオーザムも魔王軍の襲撃で王都が陥落したらしいし、カールも時間の問題じゃねえかって話だ。

 こうなってくると、ベンガーナがまだ無事だって事が逆に不気味だな」

 

 うぉふ。そこまで話が進んでいましたか。

 これはアレだ。

 別の大陸の話だからまだ情報がここまで届いていないだけで、百獣魔団のロモス襲撃と、それを撃退した小さな勇者ダイの華々しいデビューが成されたって事だ。

 つまりうちの兄が臆病者の逃げ出し常習犯から、勇気を振り絞って命がけの戦いへ身を投じる大事なイベントも終了し、ここから『もう一人の主人公』的な成長物語が始まっていくわけだ。お疲れ様。

 

 …って、原作での最初の立ち位置は確かにそれだったけど、あたしの知ってる兄は、自分を頼ってくる相手を置いて先に逃げ出すような男なんかじゃないから!

 一見そう見えたにしてもそれはその先にある、自分に可能な手札で解決しようとする、ある意味合理性を重んじる典型的なベンガーナ人気質だった筈なんだけどな。

 

 …ていうのも、確かあれはあたしが8才、ポップが10才の頃、一緒に遊んでくれていたポップと、森の中ではぐれた事がある。

 お互いに声は届くんだけど、森の中で響いて、どこから聞こえるのかわからなくて。

 その時にポップは、森に分け入って自力であたしを探す事より、一旦村に戻って大人達を呼んでくるという選択をした。

 ポップ自身も子供で、探してる間に自分も迷う可能性も皆無じゃない点から、より確実な方法を選んだわけで、それはあたしも納得してるし、今考えても『ポップ、あったまいい〜!』という感想しか抱けないくらい最良の選択だったと思ってるけど、父さん的にはそうじゃなかったみたいで、あたしを置いて戻ってきた事に対して、ポップを怒鳴りつけたらしい。

 後でそのことを聞いたあたしが父さんに猛抗議したのは言うまでもないが、今思えばポップにはあの時に『自分は逃げ足だけの臆病者』みたいな刷り込みが為されてたのかもしれない。

 そのコンプレックスが、とりあえず自分にできる事だけはやるけど、それ以上の努力よりもできるやつがやればいい的な、悪い意味でのベンガーナ気質にシフトしていったのかも。

 何にせよ、そこに至るまでにアバン様が甘やかしたのは間違いない。

 ポップは可愛いからその気持ちはわかるが…ぐぬぬ、おのれ勇者様。

 

 で、結局あたしはといえば、その時たまたま森を通って村に向かっていた親子連れに保護されて、無事に帰り着けたというね。

 …そういえば、あのおじさんとお兄さんはリンガイアから来たって言ってた。

 あの人たちも死んじゃったのかな…と思うとやはり胸が痛む。

 オーザムと違い、リンガイアやカールはそこそこ生き残りがいたはずだから、そこに希望を託したいけど。

 お兄さんの方は、あの時間だけでも自己顕示欲強かったというか、あたしと手を繋ぎながら、ボクがいるから大丈夫だよとか、やたら連呼しててなんか嫌だったけど、子供のうちは多少は仕方ないし、顔覚えてる人にはやはり生きていて欲しいと思う。

 わがままそうだったけど、多分気質は真っ直ぐなんだろうし、自分に自信を持つのは悪いことじゃない。

 いいところだけ伸ばして成長してくれればいいと思う。

 思い返せばちょっと綺麗な顔をしていたし、僅かに黒の混じった青銀の髪とダークグレーの瞳はやけに印象的だった…って、アレ?

 

 あの時はまだ前世の記憶も何もなかったし、今の今まで思い出しもしなかったから気がつかなかったけど。

 …よく考えたらあの人たち、物語後半に登場するリンガイアの将軍と、その息子の北の勇者じゃない!?

 ……あー、良かった、生きてるわ。多分だけど。

 

「リリィ?おい、どうした?」

 

 …どうやら結構長いこと考え込んでしまっていたらしい。

 とにかく、待っていた時期が来たということだ。

 これよりもっと物語が進むと、逆に難しくなる恐れがある。

 

「…ちょっと先生んち行ってくる」

「危ねえから止せつってんだろうが。

 ロンに用があんなら、明後日くらいにゃ納品に来るだろうから、それ待ってろよ」

「早い方がいいし、2人だけで話したいから。

 大丈夫、パッと行って、帰りは先生に送ってもらうよ。

 心配しなくても寄り道なんかしないし、赤い頭巾なんか被らないからさ」

「……赤い頭巾?」

「…なんでもない」

 

 この世界には赤ずきんちゃんの物語はなかったか。

 頭巾を被るかわりに、採掘道具の入ったリュックを背負って、あたしは店から飛び出した。

 確か、防寒具も入ったままだった筈。

 

 けど。

 まさか本当にリアル赤ずきんを体験する事になるとは思わなかった。

 

「ハロォ〜、お嬢さん。いけないねェ。

 君みたいな子が一人で森の中をうろつくなんて、悪い魔物に攫われちゃうよ?」

 

 ちょっと待て。

 コイツ、物語にはまだ登場していないはずだ。

 なんでコイツが今、ここにいる!?



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8・武器屋の娘は警戒される

※若干の暴力というか、一方的な蹂躙表現があります(爆


 そいつを目にした瞬間、自動的に『みる』が発動した。

 

『あれは【死神人形(アサシンドール)】。

 あらかじめ登録しておいたマスターの魔力によって操作する、精巧な操り人形(マリオネット)です。

 エネルギー源は魔界のマグマ。

 それが熱を保ったまま、血液のように全体を流れています。

 操作の中枢は頭部にある黒魔晶ですが…うわわ!

 これ、スイッチひとつで魔界の超爆弾、【黒の核晶(コア)】に変化する呪法が仕込まれてます!!

 ぎゃあああ、怖い怖いぃっ!』

 

 ちょ、とりあえずもちつけ。いや落ち着け。

 

『ぜえはあ…あ、あと、手に持たされているのは【死神の笛】です。

 見た目は大鎌で、その通りの使用も勿論できますが、本来は笛で…息を吹き込んで音色を奏でるのは勿論、振るう事で耳には聞こえない特殊な音波を発生させ、聴覚から神経を狂わせて全身の自由を奪う、恐ろしい武器です。

 …どうやら、マスターは肩に乗っているひとつ目ピエロのようですね。

 呪法のスイッチが彼の魔力なので、下手に刺激しないほうが良さそうです』

 

 …うん、まあ知ってるけど。そうだよね!

『キルバーン』はひとつ目ピエロの方であり、死神の方は人形なんだから、アイテム扱いで、普通に『みる』の有効範囲内だよね!

 頭に内蔵されてる黒魔晶が今はまだ爆弾じゃないとかは初めて知ったけど!

 確かに、常に爆弾状態だとマグマの熱で自爆する可能性高いもんね!

 てゆーか本来原作ラストにくるネタバレをこのタイミングで堂々とかますとか、ほんとにチートだなこの能力!!

 

 …そう。今、あたしの目の前に立っているのは、『ダイの大冒険』のラストを衝撃的にした張本人、死神キルバーンだった。

 けどなんで!?

 こいつは物語の中では、主要人物を暗殺するという役割で動いていた筈。

 物語中は結局ひとりも殺せていないという指摘もあったけど、それはあくまで描かれている部分だけの話で、彼が標的にした相手がバラン、ポップ、アバンといった実力者だったからだ。

 …その時点でのポップは充分に、魔王軍からすれば要注意人物だったんだよ!

 (あたし)の欲目じゃねえわ!

 まあつまりは間違っても、あたしみたいなただの村娘の前に現れていいキャラじゃない。

 

「ふうん…こんな怪しいやつが目の前に現れても怖がらないんだ。

 村へのモンスターの襲撃に、準備万端で先頭切って立ち向かった事といい、やっぱり見た目通りの、か弱い人間の女の子じゃないよねぇ…キミ、何者?」

 

 やっぱりあの時の村での戦いの映像は魔王tubeにアップされて悪魔の目玉による動画配信がされていた模様。

 けど、何者とか聞かれても困ります。

 あたしはちょっと特殊な能力を持ってるだけの、見た目通り可愛い普通の女の子デスよ?

 

「…なんの話デスか?人違いだと思いまスけど?」

「わ〜、清々しいまでの超棒読み〜♪」

 

 やかましいわ本体。

 てゆーか、あたしの能力が危険だっていうロン先生の言葉が、今ならはっきり理解できる。

 あたしが前世の記憶を思い出していなければ、この『目』で今見たものの事を、コイツの前で口にしかねなかった。

 喉の奥のカチリ音がしなかった事を考えても、相手が既に知っている事を口に出す分には、神様のタブーに抵触しないのだろう。

 けど口にしていれば間違いなく、あたしはコイツに殺される。

 だから、とりあえずすっとぼけておく事にする。

 

「…あなた、誰?

 あたしに、なんの用でしょう?」

 

 何も気づいていない(てい)で、人形の方に向かって話をする。

 

「ボクの名はキルバーン。こっちはピロロだ。

 キミは確か、リリィ…だったかな?」

 

 大丈夫、うまくいってる。

 

「攫う気…なんですか?」

 

 一応は怯えたふりをして一歩後ずさってみる。

 演出というか、サービスですよサービス。

 

「フフ…どうだろうねぇ。

 実はボクの知り合いで、キミに会いたいってひとがいてねェ。

 けど、むこうからは、ちょっと事情があって会いに来れないんだ。

 できれば一緒に来てくれると助かるんだけどな?」

 

 言って人形が一歩、あたしに近づいた。

 一歩の幅の違いからか、あたしが引いたよりも近くまで寄った。ってやかましいわ。

 同時にこの後の行動の為にか、『ピロロ』がふわりと肩から降りる。

 

「攫う気満々じゃないですか」

 

 害意を確認した以上は、先手必勝。

 ひとつ目ピエロの短い足が着地する寸前、あたしはそれが着く筈の地面を砕いた。

 

「わわっ!!?」

 

 あたしの攻撃を警戒していなかったわけではない、むしろ充分に警戒しているからこその行動だっただろうが、恐らくは明らかにあたしに向かってくる人形(キルバーン)を無視して、自分(ピロロ)が先に攻撃されるとは、思ってもみなかったのだろう。

 突然なくなった着地点に、『ピロロ』ことキルバーンは、焦ったように足をばたつかせた。

 そこをまたあなほりで追撃。

 土塊がちいさなひとつ目ピエロの身体に降り注ぎ、そこに更なる追撃として、常備していた爆弾石を投げる。

 

「なっ、なっ、なんでボクに狙いを定めてくるんだよぉ〜〜!!」

「弱そうな敵から潰して敵ターンの攻撃回数を減らす!

 RPGバトルの鉄則でしょーがっ!!」

「意味がわからないよォォッ!!!」

 

 そうだろうな!

 あたしもドラクエはⅢまでしかやってないからな!

 そもそも、おまえの正体知ってる事、気付かれない為の言い訳だけどな!!

 

「てゆーか、キミ本気で人でなしだよねェッ!!!!」

 

 そうかそうか、そんな軽口を叩ける余裕があるか。

 ならばと、人形に魔力を伝える時間を与えない為に、あたしは『ピロロ』への攻撃頻度を上げる。

 

 あなほり!生き埋め!爆弾石!

 逃げたところをまたあなほり!更にあなほり!

 穴にハマって動けないところに、爆弾石!

 そして爆弾石!!爆弾石!!!爆弾石!!!!

 

 ドォン!

 ドオォン!

 ドドオォォン!!

 

「きゃああぁぁぁぁぁああ!!!!」

 

 静かな森に爆発音と悲鳴が響き渡り、泣きながら逃げ惑うひとつ目ピエロに、少女が執拗に爆発物を投げつける事案が発生する。

 目論見通り、コイツに絶え間なく攻撃し続けていれば、人形の方は動いてこない。

 けど念の為、人形もすぐに動けないよう肩近くまで穴に埋めといてから、また攻撃対象を『ピロロ』へと戻す。

 はたから見れば弱いものいじめ以外の何物にも見えないが、一見弱そうに見える者を侮った奴が酷い目にあうのは、ポップの戦いのテーマのひとつだった。

『キルバーン』がポップをあれほど警戒したのは、自身がそういう存在であったからという理由に他ならないのだろう。

 実際、勇者アバンに完全に存在を侮られたお陰で、コイツは生き延びてまんまと超爆弾を作動させる事になるのだから。

 

 ならば!この世界の完璧なハッピーエンドの為に、潰せるうちにコイツはここで潰す!!

 若干戦い方がえげつないのは認めるけどな!

 

 …だが『ピロロ』は、思ったよりタフだった。

 まあ、当然か。

 コイツはただのひとつ目ピエロじゃない。

 実際の強さはどうかわからないが、呪法や騙し討ちに長けた、悪魔の頭脳の持ち主だ。

 恐らくはダメージを減らす何らかの、装備か呪文でも使ってるんだろう。

 しかもあたしの攻撃を致命にならないギリギリで躱しつつ、奴は考えなしに逃げ回っていたのではなかった。

 人形からは引き離していた筈が、少しずつその距離を縮めていた事に、追い詰めるのに夢中で気がつかなかった。

 

「くっそ!悪魔だ、コイツ!!」

 

 おまえに言われたくないわ。

 心の中でそうつっこみながら、割と残り少なくなった爆弾石を構えてはっと気づく。

 この距離では人形を巻き込んでしまう。

 今、この段階で黒魔晶を黒の核晶(コア)に変える呪法を発動させはしないだろうが、絶対にしないという確証はない。

 

 あたしの動きが一瞬止まったと見るや、『ピロロ』は人形に向かって、飛んだ。

 …てか飛べるのかよ!いや、そうだよね!

 確かに作中でもフワッと浮かんだりしてた気もするよ!

 そこに気づかなかった自分にびっくりだよ!

 てゆーか、コイツ多分突然のあたしの行動にびっくりして、自分でも飛べること忘れてたに1ペリカ。

 ともあれ『ピロロ』が触れた瞬間、『キルバーン』が「あ〜」とか言いながら首をゆっくり回した。

 それ、キャラ違うわ!まさか「イライラするぜェ…」とか言いださないだろうな!?

 

「うわわ〜〜ん!アイツ酷いよ!

 やっつけちゃってよ、キルバーン!!」

「フフ…可哀想にねえ、ピロロ。

 でも、歓迎されてないみたいだし、今日は帰ろうか。

 チャオ〜、お嬢さん。また会おうねぇ」

 

 …この期に及んで演技は続けるらしい。

 そして土に肩まで埋まったままの『キルバーン』は、『ピロロ』を肩に乗せた状態で、そこから這い上がるでもなく、逆にもっと深くに沈み始めた。

 確か『キルバーン』には壁からヌゥッと出てくる描写があったし、これは異空間を通って移動する能力なのだろう。

 人形の方が戦える状態になれば、あたし程度では絶対勝てないので、どうやら逃げられてしまうらしいがここは諦めるしかない。

 とりあえずダメ押しの形で、人形の頭のてっぺんだけ出てる地面を、あなほりで砕く。

 その時には転移は完了してしまったらしく、砕かれた地面には穴が空いているのみだ。

 

 否……穴の底の方に何か、キラキラ光るものが見える。

 

「なんの騒ぎかと思えば、やっぱりおまえか、リリィ。

 ……ここで何があった」

 

 不意に聞き覚えのある声が聞こえて、そちらを振り返ると、ロン先生が剣を携えて、こちらに歩いてくるところだった。

 

 先生の手を借りて穴の底に降りていき、落ちていたキラキラを拾ってみると、それはなんとも不思議なものだった。

 まず、物体として成立していない。

 何か光の粒子がぐるぐると渦を巻いているようなものが、そこにただ存在して、それでいて触れるし、拾える。

 

『これは…【時空の結晶】です。

 使えば時空間の隙間を縫って好きな場所へ移動できる【時空扉】の力を使えるようになります。

 かつては地上にも存在した、【旅の扉】と呼ばれる移動施設に使用されていたこともありますが、今ではその技術は失われていますね。

 時空の欠片自体は、意外とあらゆるところに存在してるんですが、結晶化させるには、本来ならものすごく膨大な魔力が必要なんです。

 これは、さっきの死神人形(アサシンドール)がその機能のひとつである転移の呪法を展開している最中に、リリィさんがあなほりの能力を使用した事で、転移の際に集まっていた時空の欠片と、人形の黒魔晶に溜まっていた魔力を、切り取って錬金しちゃったんでしょう。

 ちなみに移動呪文のルーラと違い、【時空扉】は行ったことのない場所にも行けますよ。

 出現する場所には充分注意しないと、海の上に出ちゃって次の瞬間ザッパーンなんて事になりかねませんけど』

 

 なるほど、それは便利かも。

 …ところで『使う』ってどうすればいいわけ?

 

『一番簡単なのは、口から摂取する事ですね。

 魔力の高い人なら、手に持って念じれば自身の魔力に融合できますけど、リリィさんは魔力的には天才的なポンコツですから、食べるのが一番手っ取り早いです』

 

 ちょっと待てお前今なんつった。いや、まあいい。

 言われた通り、手にしたそれを口に入れる。

 

「あ、おい!」

 

 と、ロン先生が驚いたような声を上げ、あたしの顎を掴んだ。

 ビックリしたと同時に思い切り飲み込む。

 一瞬喉に引っかかる感覚を覚えたものの、それはすぐにシュワっと消えた。

 

「赤ん坊かおまえは!

 地面に落ちてた得体の知れんモノを口に入れるな!

 吐け!吐き出せ!!腹でも壊したらどうする!!」

 

 あたしの口を無理矢理開けさせ喉に指を突っ込もうとするロン先生と、必死の攻防を繰り広げ、なんとか勝利を収めた頃、西に傾いた夕陽が沈もうとしていた。

 

 ☆☆☆

 

「なんなんだアイツ!

 確かに人間は時々思いもかけないことをするけど、まさかあんな小娘が、躊躇なくボクを殺そうとするなんて!!

 …それに、人形の操作中枢の黒魔晶に、貯めてた魔力が枯渇してる。

 これじゃあ、当分は使えやしないじゃないか。

 …このボクをここまでコケにするとは、ちょっと許しがたいね、あのお嬢さんは…!」

 

 ☆☆☆

 

「それで…どういった経緯でこんな、森の中の道が穴ぼこと黒焦げの状況になった」

「若干の戦闘がありました」

「若干!!?」




リリィは純粋な人間である上に、ここがドラクエ世界であるという無意識下の感覚も加わって、モンスターを殺す事に対する抵抗は、グエンより全然ないと思います。
自分が弱い事を知ってるからこそ、危険を摘み取る事に容赦がない、ある意味ゾウやサイといった大型草食動物みたいな性格かも。
身体はちっこいけど(爆


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9・武器屋の娘は停滞する

…師弟関係というくくりがあるにせよ、ロン・ベルクと深く関わらせすぎたかもしれん。
年齢的な事(種族的にも見た目的にも)から対象外にしてたのに、これ普通にリリィのメインヒーローのルートに入ってきてないか…?


「オレの弟子が段々人外にクラスチェンジしてきて辛い」

「はっはっは、先生もそういう冗談を言うんですね」

「殴りたい、この笑顔!」

 

 そんなわけで、本日あたし達はオーザムに来ています。

 見てください、この猛吹雪!

 え、見えない?うん、知ってる。

 

 あの後先生に事情を説明し、新たに得た『時空扉』という能力を試しに使ってみようとしたら、目の前に明らかに『ど◯でもドア』的なやつが出現した。

 頭の中のオッサンが言うにはこれ、どうやらあたしのイメージ力の問題らしく、『扉』というネーミングと『任意の場所への移動が可能』という事柄から、あたしが無意識にイメージした形になったのだろうとのこと。

 そうだよね!

 元日本人の感覚だと確実にそうなるよね!

 で、そもそも今日先生に会いに行こうとした目的が、オーザムの例の鉱山に連れて行ってもらう為だったので、ここで会えた事を幸い早速連れていく事にした。

 で、突然現れたどこ◯もドアに一瞬驚きはしたものの先生の手を引っ掴んで扉を開け、途端にものすごい吹雪がこちらの空間に流れ込んできて、防寒具の用意もさせずにこんなトコに連れていこうとするとか殺す気かと怒られた。

 一旦閉じると扉は消え、先生の小屋へ行って互いに身支度を済ませ、改めて使用して今、ここにいるわけである。

 

「それで、なんでわざわざまた、この鉱山に来たんだ?

 ミスリルならこの前採取した奴がまだ残ってるぞ?」

「以前仰っていた魔法インゴット、今ならば採れるかと思いまして。

 この地は魔王配下のモンスターたちに『焼き払われた』と聞きましたので」

 

 あたしの言葉に、ロン先生が瞠目する。

 

「…なるほどな。

 確かにおまえの能力ならそれが可能だ。

 だが、オレ達がそれを手にする事の意味を、おまえは判っているか?」

「…ここに住んでいた人達の不幸があって、その上で得るものだという事くらいですが」

 

 考えなかったわけじゃない。

 むしろ最初から考えてた。

 あたしはこの国が、こうなる事を知っていた。

 誰にも伝える方法はなかったし、自分一人で動いたところで、阻止する事は出来なかった。

 あたしがどう立ち回ったところで、フレイザードに真正面から向かって行って勝てるわけがないのだから。

 

 キルバーンと戦えたのは、アイツが完全にあたしを舐めていたのと、人形ならともかく自分に攻撃してくる事を想定していなかったからだ。

 仕留め損なった今、恐らく次はない。

 

「…充分に判っているようだな。

 おまえはそれでもなお、オレに自分の剣を打てと?」

 

 それは、ここで死んだ人達の命を背負う事。

 無駄にするわけにはいかない。

 剣とは、武器とは、戦うためのもの。

 失われたその命を背負うならば、決して眠らせてしまってはいけないのだ。

 あたしはこれを先生に打たせる事で、先生を否応なく、戦いの場に引きずり出してしまうことになる。

 正史ならばそれは当然の流れで。

 けどこの『ロン先生』は、物語の『ロン・ベルク』と、同じであって違うひとだ。

 違う道を選ぶ事もできるだろう。

 むしろ、戦わせない選択肢の方が、剣を完成させることよりも、彼を待つ運命を回避させるには現実的なのではないかという気もする。でも。

 

「…それでも、強い力は、正しく使うひとのもとにあるべきかと思います。

 ここの人達の命と引き換えに生まれた力なら、それが正しく振るわれる事を、糧となった人達は望むでしょう。

 勿論、先生がそこまで背負えないと言うのであれば、あたしも無理にとは言いません。

 けど、もしも…」

 

 先生は何も知らなかった。知っていたのはあたし。

 ならば、罪も心の痛みもあたしが背負えばいい。

 あたしが背負うのが、筋だ。

 あたしは先生のように戦うことはできないから、せめてそのくらいは。なのに。

 

「みなまで言わなくていい。

 …くそ、そこまで計算尽くか?

 どこまで見えてるんだ、その目には?

 さぞや、見たくないものまで見えちまってるんだろうな」

 

 忌々しげな口調とは裏腹に、その大きな手は、優しくあたしの頭を撫でた。

 それが、答え。

 

 見上げたロン先生の、何かを吹っ切ったような微笑みは、今まで見た中で一番カッコよかった。

 

 魔法インゴットは、不思議な輝きと質感を持つ金属だった。

 家に帰ってから父さんに、先生が今受けている以降の仕事は当分取れなくなる旨を伝えた。

 

 ☆☆☆

 

「…単体での強度は、これ以上にはならんか。

 後は付加効果でなんとかするしかないが、どうもこの金属は、赤魔晶との相性が良くないようだ」

 

 ロン先生が渾身の剣を打ち始めてから約一週間、ほぼ先生の家に泊まり込みで、今まで以上に身の回りの世話をしているあたしが、今日の晩ごはんを何にしようかと考え始めたあたりで、それまでほとんど口をきかなかった先生の、そんなつぶやきが耳に入ってきた。

 さすがの先生も、伝聞だけで実際には扱ったことのない金属であったらしく、ある程度試行錯誤しながらの作業になってしまっている。

 先生の打つ剣は刀身だけでなくその拵え、(つか)や鞘なども付加効果を付けるのに重要であり、今悩んでいるのがまさにその部分だった。

 

「ちなみに、どんな効果を付けようと思ってました?」

「自己修復機能。オリハルコンの性能に近づけるのが理想だから、これは外せん。

 更に、ある程度の柔軟性を持たせる為…」

「柔軟性?硬度ではないのですか?」

「ああ、衝撃を受け止める為のな。

 硬度だけ上げたところで、それでは強い衝撃で容易く砕ける可能性が高くなる。

 だから、そのバランスが最も重要なんだ」

「なるほど。

 ではそれは、どのような方法で付加するんですか?」

「魔界から持ってきていたメタスラのかけらがまだ残っているから、それを赤魔晶にインストールして使うつもりだった。

 これだけで自己修復機能と硬度の強化、更に柔軟性も付加できる。

 昔からオレが、ずっと使っている仕様だ。

 勿論、おまえんちに卸す程度の武器には使用していないがな」

 

 言い方がムカつく!けど、そりゃそうか。

 そんなもん、イナカ村の武器屋に置いたところで、買える人なんか居やしない。

 魔界じゃどうかわからないが地上では確実に貴重な素材を使ってるだけに、値段も相当なものにしないと割に合わないし、そんなのうちじゃ仕入れ値だって払えやしないわ。

 

『うーん。

【聖石】があれば、解決なんですけどねー』

 

 と、唐突に頭の中に、『みる』で現れるオッサンの声が響いた。

 

「は?」

「…ん、どうした?」

「いえ、なんでもありません」

 

 思わず声を上げてしまって、ロン先生に不審な目で見られてしまった。

 …てゆーか、いきなり何?

 

『【聖石】です。

 白魔晶を精製して作られる人工石で、赤魔晶ほどではありませんがそれに近い機能を有しており、魔力や呪文を吸収して貯めておける性質があります。

 それも、赤魔晶が若干の地属性を帯びているのに対し、聖石は無属性なので、魔法インゴットとの相性も問題ない筈です。

 …ただ、その製法が特殊な上、カール王国の一貴族の家系に伝えられているのみで。

 確かジニュアール家という、有名な学者を代々排出している家系で、当代の当主は前魔王戦を戦った勇者です。

 リリィさんは、一度お会いしてますよね?』

 

 …思い出したよ!

 確か最終決戦で勇者アバンが現れた時持ってきてた、シルバーだかゴールドだかの羽に使われてたやつだ!

 えー…でもつまり、それが手に入らないと、ロン先生の剣は完成しない…?

 でも、最初に死んだ事になって一度退場した後、最終決戦で再登場するまでの間、勇者アバンはどこに居たんだっけ…?

 あーうん、ちょっと混乱してきた。

 

「リリィ…大丈夫か?」

 

 気がつくとロン先生が、訝しげにあたしの顔を覗き込んでいた。

 その先生の服の袖を掴み、目を見返して告げる。

 

「先生!カール王国に行きましょう!!」

「またか!おまえはいつも唐突だな!!」

「そいつはやめた方がいいぜ。特に今はな」

 

 と、あたしたちの他に別の声が入ってきて、二人同時にそちらに目を向ける。

 そこには小屋の扉を開けてうちの父さんが、食料だのなんだのを抱えて入ってきたところだった。

 …その手に持ってる瓶は持って帰んなさい。

 今、先生にお酒は要りません。

 

「邪魔するぜ、ロン」

「ジャンク、今のはどういう意味だ。

 カールに何かあったのか」

 

 先生の問いに、父さんが苦い顔をして答える。

 

「カール王都は魔王軍との激戦真っ只中だそうだ。

 襲ってきてんのはちょっと前までは中身空っぽの鎧兵士の軍団だったのが、今度のはリンガイアの時と同じ、(ドラゴン)の軍団だとさ。

 どうやら魔王軍が本気出したみてえだな。

 あそこの騎士団は確かに強いが、こうなるとそれをもってしても恐らくは、保ってあと一週間ってとこだろうぜ」

 

 超竜軍団。それは魔王軍最強とも言える軍団だ。

 率いるは竜騎将バラン。

 当代の正統なる(ドラゴン)の騎士にして、勇者ダイの父親。堕ちた英雄。

 確かカールは最初は魔影参謀ミストバーン率いる魔影軍団が攻めていたのを、自身の立場を危惧した魔軍司令ハドラーが勇者ダイとバランを会わせぬ為にそちらへ向かわせたもの。

 

 ハドラーにしてみれば自分を倒した勇者の出身国であり地上世界屈指の騎士団を抱えたカール王国なら、ある程度バランの足止めもかなうものと思っていた。

 しかしバランはその仕事も4日だか5日だかで終えてしまって、その中でカール王国最強の騎士だかを、紋章の力の一撃で倒したという話もあった筈だ。

 それは余談だが、カール王国が陥落するのは、バランが勇者ダイとテランで邂逅する、ほんの数日前だった筈。

 

 とすると勇者は既にヒュンケルとの戦いを終え、今は凍らされたパプニカのお姫様を救出したかしないかのタイミングか。

 ならばそろそろ、兄やお姫様とベンガーナに買い物にやって来る日も近いって事だ。

 更に後日、テラン入りして宿命の親子対決と。

 

 勇者が剣探しのためこの村にやって来るのはその後、ロモスでの武術大会を挟んでの事になるから、それまでに先生の剣は完成させておきたいんだが、必要な素材の手がかりを持つ唯一の人物がいる筈の地は、今現在魔王軍の攻撃を受けております、という事らしい。

 うーん、どうすべきか。

 

「そんな情報が入ってきた日にゃ、一週間も家に戻って来ねえ娘を、母親が心配すんのも無理ねえだろ?

 で、迎えに来てみれば今まさに、その戦火の中に飛び込んでく算段をしてやがる。

 危なくて放っておけやしねえや」

 

 父さんはそう言うと、持ってきた荷物を無造作に置いて、空いた手が何故か、あたしの手を掴む。

 

「……父さん?」

「てなわけで、悪いが一旦連れて帰らしてもらうぜ、ロン。

 オレとしても、まだ嫁にやった覚えはねえんでな」

「オレも貰った覚えはない!」

 

 あたしも嫁に来た覚えはないが…そんな事はどうでもいい!

 助けを求めて先生を見ると、ロン先生は小さく首を振った。

 

「…リリィ、親父の言う通り、今は一旦家に帰れ。

 思いついた事があるんだろうが、親に心配かけてまで急ぐ仕事じゃない」

 

 いや急ぐ仕事なんだよ!

 今完成させなければ、勇者パーティーの武器にかかりっきりになっちゃうんだから、その時間が取れなくなるじゃん!

 そんなあたしの叫びは、喉の奥にかけられた鍵により胸の奥へと封殺されて、あたしは引きずられるように、一週間ぶりの我が家へと連れ戻された。

 

 まあ、監禁されるわけじゃないし、あたしにはどこへでも行ける能力があるから、先生のお世話をするだけなら通えば済む事なんだけどさ!

 確かに一週間の泊まり込みはやりすぎたと反省してる。

 母さんに心配かけたのも悪かったと思ってる。

 けど、

 

「女の子なんだから、少しは男の人を警戒しないと。

 ロン・ベルクさんが信用のおける方なのは判っているけど、男の人はちょっとした瞬間に、タガが外れる事だってあるのよ?」

 

 なんていう生々しいセリフを、母親の口から聞きたくなかったよ!

 

 それからしばらく後、カール王国の王都が陥落したという話を、お店に来たお客さんが教えてくれた。

 そのうちの一人が、剣の修理を依頼しに来たニセ勇者だった事で、少しいやかなりテンションが上がり、その日は一日中父さんに気味悪がられた。

 3日後、新品同様ピッカピカになった剣を受け取ったニセ勇者は、その日のうちに仲間と共に村を発ったようだ。

 その後はベンガーナ王都のデパート周辺でドラゴンが暴れて街を破壊したとか、テランで謎の大爆発が起こって山がひとつ消滅したとか、外では色々起こっていたらしいが、ランカークス村はそこそこ平和に、時間だけが過ぎていった。

 

 ☆☆☆

 

 ロモスの武術大会には、受付時間に間に合わず出場できなかった。

 そしてその武術大会自体が魔王軍の企みだったらしく、おれとダイはそこで再会したマァムと共に、ザボエラの息子だという妖魔学士ザムザと交戦する事となった。

 おれ達は苦戦の末に奴を倒したが、その武術大会の賞品として用意されていた『覇者の剣』は偽物で、本物はザムザによってすり替えられ、ハドラーに献上されたという。

 結局剣は手に入らなかったが、ロモス王からパプニカのレオナ姫さんが、各国の王を招いて世界会議(サミット)を開くとの情報を得た。

 世界各国のお偉いさんの中には、勇者の剣の情報を知ってる人もいるかもしれないと、おれ達一行は明日発つという王様より一足先に、パプニカへ戻る事になった。

 …マァムの兄弟弟子だという大ねずみも一緒に。

 そこで、伝説に詳しいというテランの王様に面会させてもらい、同行してきたという占い師のナバラばあさんとメルルの2人に再会した。

 そして…

 

「…これは古代占布術といって、探し物の場所を、具体的な言葉(キーワード)で現す占いの方法です」

 

 そう説明するメルルは、テランで会った時のどこかおどおどした態度とは違い、神秘的な雰囲気を纏わせている。

 丸テーブルの上に広げられた白布に、ダイが手渡された燭台から、指示された通りに炎を落とすと、それは白布の上を這うようにして、焦げを広げながら転がった。

 おれ達にはただの焦げにしか見えないそれを、メルルが目を凝らして見つめる。

 その口から、途切れ途切れに紡ぎ出される言葉は、おれを驚かせるのに充分だった。

 

「…ラ……ン…カー……ク…ス」

 

 …間違いなく、おれの生まれ故郷である、村の名前だった。




以前、一言評価していただいた方の意見に、「誰視点なのかわからない時がある」という御指摘をいただいたのですが(結構前に貰ってたのに実は気付いたの割と最近でした)、言い訳させていただけば主人公視点の時以外は、割と意図的に判りづらく書いてます。
読者の方が考える余地を敢えて残しておくのも、ひとつの手法と考えてますので。


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幕間・死神の怨嗟

前回の話のどっかに入れようとしてたのにうっかりダイジェストしちゃってました。
時系列的にはリリィ編8話直後、グエン編14話直前くらい。
短いです。


 冗談じゃない。

 死神人形(アサシンドール)にお気に入りの仮面を着け直しながら、ボクはイライラが止まらなかった。

 人形の頭部に埋め込まれた黒魔晶は、ボクの魔力で人形を操る為の司令中枢であると同時に、いざという時は黒の核晶(コア)に変え、大魔王バーンを殺す為の武器として、ヴェルザー様から賜ったものだ。

 今はそこに溜め込んでおいた魔力がどういうわけかほぼ空っぽの状態になっており、即時補充しないと動かすこともできない。

 予め組み込んだ呪法を使用する際に少しは消費するけれど、ボクが近くにいれば少しずつだけど常に補充される仕組みになっているから、これまで枯渇した状態になんてなったことがなかった。

 これではしばらくの間は、ボクが直接操縦する以外に動かす方法はない。

 どうやったものかは判らないが、あいつの仕業以外に考えられない。

 まったく、忌々しい小娘だ!

 

 (ドラゴン)の騎士であるという可能性のある勇者ダイが、ベンガーナ王国に向かっていると聞いて、正体を見極める為に襲撃を仕掛ける、その舞台をベンガーナと決めた。

 そのついでに悪魔の目玉を通して見たモンスターの襲撃光景で、そのベンガーナ領内にあるやけに統制の取れた戦い方をしていた村の、リーダー格と見られる少女に気まぐれで会いに行ったのが間違いだった。

 彼女には、知り合いが会いたがってるなんて出まかせを言ったものの、()()()()がひょっとしたら興味を示すかもしれないとも思っていた。

 けど、所詮は人間のしかも小娘だぞ?

 それが、出会い頭に問答無用で、こっちを殺しにかかって来るなんて普通思わないよ!

 

 ボク自身は確かに非力だ。

 だが、自分の身分を全てこの人形に映し、自身は使い魔を演じているこの現状を、見破られでもしない限りは、不死身と言ってもいい。

 言ってもいい…筈だった。

 魔界は強き生物のみの世界。

 力無き者の存在は、無いものとして軽んじられる。

 小さな使い魔のボクなど、誰も気にしない。

 それが当たり前だった。

 なのに…あいつは一体なんなんだ!?

『弱い敵から潰して攻撃回数を減らす』だって?

 あんな発想、少なくとも魔界にはない。

 そんな事を考えるのは人間くらい…いや、人間だって強いやつならそんな考えに至らない。

 いやいや、人間は弱いやつだって、なんか知らないが誇りだの良心だのと言って、弱いくせにおキレイに生きようとする奴がほとんどなのに。

 

「…あんな人間がいるなんて、信じられない」

 

 先ほどから、口をつくのは同じ言葉だけ。

 人間というやつは、予想以上に油断ならない種族のようだ。

 

 これから、超竜軍団から借りたドラゴン達にベンガーナを襲わせなきゃいけないのに。

 気まぐれの寄り道で、まったく面倒な事になったものだ。

 いつもは外から魔力で動かすから、慣れないと狭くて仕方ない。

 人形に着せた死神の衣装をめくり、その下のハッチを開けて、中に入る。

 一応念の為に手動の操縦席をつけたものの、実際に使うのはこれが初めてだ。

 

「このボクに屈辱を味わわせてくれた代償は、他の人間達に払ってもらうよ。

 まさか、自分が手足を動かす事になるなんて、思わなかったけど」




ベンガーナに現れた時のキルバーンは、ピロロを連れていませんでしたよね…。


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10・武器屋の娘は物語に足を踏み入れる

「なかなかいいところじゃんか…!」

 

 おれのルーラでやってきた故郷の村に足を踏み入れたダイが、その町並を見渡して言う。

 周囲を森に囲まれた村とは思えないくらい、生活の基盤は整ってて、それでいて都会みたいにギスギスしてない、穏やかな空気が流れている。

 だが1年半ほど前にここを出る前のおれには、窮屈な田舎にしか思えなかった。

 

「ちっちぇ〜村だぜ…何ひとつ変わっちゃ…ん?」

「広場に、人が集まってるみたいですね…」

 

 メルルの言葉通り、村の唯一の宿屋の前にある広場で数人、何か統制の取れた動きをしている。

 

「…あれは、恐らく自衛の為の戦闘訓練だわ。

 敵を倒すのではなく、逃げる隙を作る為の。

 見たところ私たちくらいの歳の人が2人ほどいるだけで、後は全員子供みたいね」

「戦闘訓練!?この村で、なんで…!?」

 

 マァムの言葉に驚いていると、子供たちに何やら説明している年長の2人のうち、1人が顔を上げてこちらを見て、驚いた表情を浮かべる。

 

「…あ!まさか、ポップ?」

 

 なんだ、宿屋の息子のレイゲンじゃねえか。

 そしてその声に、やはり年長のもう1人もこちらを向く。

 

「魔王の兄貴!?」

 

 あ、こっちは狩人のソーケッツの甥のハックか。

 2人ともちょっと見ないうちに背ェ伸びたなあ…。

 

「よ、よお。久しぶり」

 

 とりあえず無難に片手を上げて挨拶する。が、

 

「……ひ、非常事態発生!総員撤退!

 伝令!村全体に警戒発令!

 フォーメーションLただちに発動!

 魔王の力の源が帰ってきたあぁっ!!」

 

 レイゲンの一声で、その場にいた全員が散り散りに消え、その場におれ達だけが残された。

 

「……魔王?」

 

 こんな田舎の村に似つかわしくない物騒な単語に、ダイが眉をひそめる。

 …まあ、そういう反応になるわな普通。

 

「…ああ、多分妹の事だから気にしねえでくれ。

 おれの妹が魔王だから、おれが魔王の兄貴なんだろ。

 それ以外はなんなのか知らねえけど」

 

 フォーメーションLとか力の源とか。

 どうやらおれが居ない間のこの村に、なんらかの変化はあったらしい。

 この村はテランとも近いし、同じ大陸で大国がふたつも魔王軍に滅ぼされてるわけだから、呑気にもしてられねえってことか。

 たく、いやな世の中だねえ。

 

「妹さん?ポップに妹がいるの?初耳〜」

 

 おれが若干おかしな方向に思考を飛ばしかけたのを、マァムの言葉が引き戻す。

 

「…まあ、言ってなかったしな」

 

 正直、あんまり会わせたくねえ。

 あいつは昔っから、おれなんかよりずっと出来たやつだったから。

 他のやつならともかく、こいつにまでそう思われんのは、若干辛い。

 

「でも、魔王って…」

 

 そんなおれの思惑なんざ関係なく、ダイはどうしてもそっちが気になるらしい。

 まあ普通は、女の子に付けられる類のあだ名じゃねえからな。

 

「ひょっとして、性格が非常に悪いとか?

 うむ、こいつの身内ならありえるかも!」

 

 ボカッ!!

 

 相変わらず生意気な口調でチウ…ロモスから俺たちにくっついてきた大ねずみが言うのを聞き、おれは反射的に、その頭にげんこつを落としていた。

 

「この野郎言うに事欠いて!言っとくけどな!

 確かにちょっと変わってるところはあるが性格は悪かねえしおれなんかよりずっとしっかりしてるし顔なんかメチャクチャ可愛いかんな!」

 

 …最後のはかなり兄の欲目が入ってるが。

 

「ポップさん!?」

 

 突然大声で叫んだおれに驚いたのだろう、メルルが黒目がちな目を見開く。

 …占いをしてる時は形容しがたい神秘的な雰囲気に圧倒されたが、こうしてる分にはやっぱり、メルルはメルルなんだよなぁ。

 

「悪ィ…取り乱した。

 けど、一応自慢の妹なんだ。ただ…」

「……何か、問題でもあるのかい?」

 

 ダイが、少し心配そうにおれを見上げる。

 …絶対まだ『魔王』を気にしてるだろおまえ。

 

「…おれの事、好きすぎるんだよな。あいつ」

「………は?」

「そもそも『魔王』なんて呼ばれ出したのも、おれが原因だし…おっと!そこ右だ」

 

 実家の武器屋に続く道を示して、その方向に進む。

 そもそもこの村に来たのは、ダイの新しい剣についての手がかりがあると、メルルの占いに示されたからだ。

 うちの両親や、まして(リリィ)が何か知ってるとも思えねえが、村で唯一の武器屋であるおれんちには、寄らないわけにはいかないらしい。

 少し歩いただけでもう見えてきた見慣れた構えの店の前に、踏み台の上に足を乗せ、看板をかけようとしている、華奢な身体が目に入ってきた。

 

「か…母さんっ!!」

 

 ・・・

 

 …この後、おれが親父に散々しばかれた後で、ようやく剣の手がかりを聞くことができた。

 ヒュンケルの鎧の魔剣やグエンの鎧の魔槍を作った魔界の名工ロン・ベルクが、この村の外にある森深くに住んでいて、おれが村を出たすぐくらいの頃、山で怪我をしたリリィを連れ帰ってきたのが縁で交流が始まり、色々あって魔族でありながら、今ではこの村の英雄のような存在だとか。

 なんでもおれと一緒にならず者の被害にあったリリィの提案で、二度とあんな事が起きないようにと、この村に子供達を中心とした自警団が結成されたらしく、どうもさっき見たのはその訓練の一環らしい。

 その際、ある程度戦うことのできる大人を指導役に巻き込んだせいで、自身も剣を扱うというロン・ベルクも強制的にその枠に入れられており、更に魔王の復活によってその魔気から発生したモンスターがこの村を襲ってきた(!?)際は、リリィとロン・ベルクが中心となって戦って、この村を守った事でその扱いになったそうで。

 

 しかし本当のところは腕そのものよりも、リリィに対するストッパー役としての能力をより買われたって方が大きい…的なニュアンスを、親父の説明からは感じたんだが、あいつ、どんだけ恐れられてんだよ!

 てゆーかレイゲン達の反応の意味がこれでわかったわ!

 フォーメーションLってLilyのLだよな!

 そうだったよあいつ昔から、おれを苛めた子には容赦なかったかんな!

 てゆーかツッコミどころが多すぎてツッコミが間に合わねえっ!!

 あとリリィはロン・ベルクに弟子入りしてるんだそうだ。

 あいつ絶対武器なんか打てねえだろ。なんの師弟だ。

 …おれの妹の行動がナナメ上過ぎる。

 

 お兄ちゃん色んな意味ですっごく心配。

 

 ☆☆☆

 

 先生の剣は結局刀身だけがある程度完成した状態から、そのまま製作が止まってしまっていた。

 原作通りの、細身の長剣が2本。

 ていうか原作に出てきた『試作品』も見せてもらったんだが、それだって常人レベルじゃ考えられないほどの出来栄えだった。

 多分適当な台座に刺しといて迷宮の奥とかに置けば、たどり着いた冒険者が、

 

『うっは、超〜伝説の剣!』

 

 とか言って大喜びすると思う。

 なんか今頭の中でその光景、ニセ勇者で再現された。

 鞘は作ってないから抜き身のまんまで、普段は魔法の玉の原理を使った入れ物にしまっており、それは普段からアクセサリーとして肌身離さず身につけてるらしいけど。

(それも見せてもらったがメッチャ厨二ちっくなデザインだった。この件については後日話し合う必要がありそうだ)

 素材はミスリル製だがそれが究極まで叩き上げられ、硬度はこの金属に出来得る最高レベルで、柔軟性がない代わりに鋭さが極められている。

 

「試作品なんで、付加効果はまだ付けてないけどな。」

 

 なんでもこれ作った時には『衝撃を感じる前に敵を切り裂いちゃえば良くね?』的自分ブームの時だったらしく、この時期に作ったやつは、大体その流れで切れ味だけは凄いことになってるんだそうだ。

 けど、試しにって事ができることではないから正確なところはわからないものの、ちょっと振ってみただけで『これでは駄目だ』と判ってしまい、その自分ブームは十数年で終わりを告げたと…いや長いな!

 自分ブーム長いわ!

 人間なら既にライフスタイルとして確立されてるくらい長いわ!!

 

 …それはさておき、多分ロン先生の剣に付加効果をつける場合、(つか)の部分にそれを行うことになるわけだが、それにはその最重要素材となる『聖石』を入手しなければならない。

 最悪入手が不可能でも、本物をどこかで見る事ができれば、その構成要素を多分オッサンが解析してくれて、それを揃えて土に埋めれば錬金、採取する事が可能だ…と、思うんだけどなぁ…。

 だけど、それを知る唯一の人物は対外的には亡くなったことになっており、実際にはカール王国の…多分外れにある筈の破邪の洞窟を単身制覇中だ。

 実は最初はそこに直接、時空扉で空間を繋げようと思ったのだが、多分だが向こう側に転移を拒む魔力的な力が働いているらしく、扉そのものが出てこなかった。

 で、それならひょっとして、勇者アバンの生家とかそういうのがあれば、そちらになにか手がかりがあるんじゃないかと、カール行きを希望したわけなのだが、その矢先に親に阻止されたわけで。

 魔王軍のカール王国への進撃も終わってしまった事だし、そろそろ行っても大丈夫じゃないかと、こっそり先生にお伺いを立てたところ、生き残った一般国民が難民化してる恐れがあるから、まだ当分近寄らない方がいいと言われた。

 

「皆がそうだとは言わないが、生きるにも困るほどに追いつめられると、ひとは善悪の基準が曖昧になるもんだ。

 おまえみたいなちっこいガキは、いろんな意味で格好の餌食だぞ。

 …魔族であるオレが一緒にいたら余計だ」

 

 だそうだ。確かにそうかもしれない。

 あたし一人ならともかく、先生を危険に晒すわけにはいかないよな、うん。

 だからといって、無断で一人で行くという選択肢もない。

 というか考えはしたんだけど、もしそうやって、一人で危険を冒して、目的のものを手に入れたとしても、その場合ロン先生は、絶対にソレを受け取ってはくれないだろう。

 そういう事が判ってしまうくらい、あたしの中でのロン先生の立ち位置は、既にポップと同じところにいる。

 絶対に助けたい、守りたいと思ってる時点で。

 兄離れができたと思ったら、もう1人兄ができて、それに依存してただけだとか、あたしも大概だとは思う。

 けど、あたしにとって世界を救うって神様の使命は、今は大事な人たちを悲しい運命から救うって事と同義だ。

 その為に、知らない大勢を見殺しにしたようなもんだし。

 だからこそ。絶対に、失敗できない。

 この世界は、もうあたしにとっては現実で、一度間違えたらコンティニューはきかない。

 神様だってそんな役立たず、もう一度使おうとは思わないだろう。

 

 だけど。

 時間って、なんでこんなに早く過ぎていくんだ。

 

「…また何か、ろくでもない事考えてるな?」

 

 気がつけば、うちの依頼の剣を打っていた先生がそばに立っていた。

 

「…申し訳ありません。

 掃除の途中でぼーっとしてしまって」

「そんな事はどうでもいい。

 …オレの剣のことなら、気に病む必要なんかないんだぞ?

 一体、なにをそんなに焦ってる?」

 

 どうやら、気付かれていたらしい。

 けど、忌々しいカチリ音が喉の奥で鳴り、事情を話す事もできずに、とりあえず適当な言葉を紡ぐ。

 

「…先生の事は、あたしが守りますから」

 

 思わず口をついて出てしまっただけだが、それを聞いてロン先生は一瞬ハァ?みたいな表情をした後、ため息をひとつ吐いて、苦笑した。

 

「逆だ、馬鹿。オレが師匠で、おまえは弟子だ」

 

 …あ、ポップとおんなじ事言った。

 

「…気分転換に、久し振りに山に入るか。

 ちょうど鉄鉱石の在庫も少なくなってきたところだ。

 支度しろ」

 

 先生の言葉に、あたしは元気にお返事をしてから、掃除道具を片付けて、身支度にかかった。

 

 時空扉の能力を使えば目的地まで一歩で着くわけだが、今回は気分転換がてらという事で、山には徒歩で登ってきた。

 これでいいのです。

 楽を覚えたら人間はどんどん堕落していきます。

 鉄鉱石の採取と、ついでに赤魔晶と副産物的に白魔晶も採取して、適当な岩の上に座って休憩を取る。

 この世界の水筒では保温も保冷もできなくて、井戸から汲んだ冷たい水がすっかりぬるくなってしまっていたけど、逆に渇いた喉にスッと入る気がする。

 急な事だったからお弁当とか作る暇もなかったけど、よく考えたらこの前に行った採取の時に急に襲ってきて、先生が一撃で倒してくれたドードーどりの干し肉がそろそろいい感じに仕上がってきていたから、あれを適当にパンに挟んで持ってくればよかったかもしれない。

 あの後燻煙にかけようと思っていたからすっかり頭から抜けていたけど。

 

「少し元気になったみたいだな」

 

 山の景色と風と、ぽかぽかのお日様を楽しんでいたら、先生の手にぽんぽんと頭を叩かれた。

 

「…そんなに、塞ぎ込んでるように見えましたか?」

「ああ、大人しすぎて気持ち悪いくらいだった」

 

 一言多いわ!

 ちょっとムッとしてあたしが睨むと、先生は何故か、相当悪そうな顔でニヤッと笑った。

 腹が立ったので先生の持っていた酒瓶を奪い取って代わりに水筒を握らせてやった。

 つか、いつの間に持ってきてたんだそんなもん!没収!!

 先生はチッと舌打ちしたが、ふと真顔になり、独り言のように呟く。

 

「この山でおまえを拾ってから、もう一年半か…」

 

 …それは、運命の日が迫っているという事だ。

 

 ☆☆☆

 

 …それが、まさか今日だとは思わなかったけどな!

 

 重たくなったリュックを先生にまた取られて、代わりに先生の剣を持たされ(その際に酒瓶は取り返された)、先生の小屋に続く道をそろそろ抜けようとしていた時、小屋の方から聞き間違えようもない声が聞こえた。

 

「ロン!!いるか!!?………なんでぇ、留守か…。

 あの野郎、またひとの娘を連れ回してやがんな」

 

 待て馬鹿親父!ひと聞きの悪いことを言うな!!

 

「父さん?」

「お、居たかリリィ」

 

 思わず声をかけると父さんと…同行している数人が、こちらを振り返る。

 その中に、見覚えのある顔を見つけて、脊髄反射的にそちらに駆け出そうとして、後ろから肩を掴まれた。

 

「…先生!?」

 

 見上げた先生の目が、初めて会った時のような、警戒心と緊張を孕んだ色を帯びている。

 ていうか、この場に妙な緊張感が瞬時に立ち込めて、正直ついていけてない。

 

「よおッ!!ロン!!!」

 

 そこに空気読まない猛者…父さんがこちらに歩み寄ってきて、空気は少しだけ和らいだ。が。

 

「困るな、ジャンク…おまえら以外の人間を、ここに連れてきては…」

 

 そうか。一応うちの村人と交流させるとこまではもってきたけど、この小屋の場所までは、あたしと父さんくらいしか知らない。

 元々引きこもりに近い生活送ってるひとだし、いきなり知らない人間を大勢連れてこられるのは、確かにハードルが高いだろう。

 

「紹介します、先生。

 あっちの黄色いバンダナが、兄のポップです。

 …ポップ!挨拶!!」

「………え?

 あ、あぁ、その、はじめまして。妹がお世話に…」

「あなたがロン・ベルク…伝説の名工と呼ばれたひとなんですか…!!?」

 

 と、兄の挨拶がまだ途中のところに、割って入ってきたその質問に、あたしはちょっとムッとして文句を言おうとし……っ!?

 

「…人間じゃないのも少し混ざっているようだな。

 伝説の名工か…こいつと初めて会った時もそう呼ばれたが…」

 

 隣の基本残念な魔族がポコポコ頭叩いてくるけど、そんなんどうでもいい!

 これっ、間違いない、勇者ダイだ!

 この物語の主人公!亡国アルキードの悲劇の王子!そして伝説の(ドラゴン)の騎士!

 

 うわぁうわっうわぁ、ホンモノだぁっ!!

 

 思わず口をついて出かけた言葉は全部神様のタブーに抵触する情報だったようで、あたしの叫びは全部喉の奥で止まる。

 声も出せず口だけぱくぱく動かしてる姿は、多分はたから見れば相当気持ち悪かったと思う。

 

「お、おい。大丈夫か、リリィ」

 

 気がついたらポップがあたしのそばまで来ていて、心配げに顔を覗き込んでいる。

 いかん、もちつけ。いや落ち着け、あたし。

 とりあえず深呼吸。すーはーすーはー。

 呼吸を整えて、改めてポップを見上げ…見上、げ、……?

 

「ポップ…背、伸びた?」

 

 一年半ぶりに合わせた顔は、間違いなく前よりも高い位置にあった。

 

「あ?…ん、まあな。おまえは…少し縮んだか?」

 

 …そうだったな!おまえ割と言っちゃいけないような事平気で口に出すタイプだよな!

 

「んだとゴrr」

 

 …と。

 ポップと会えたのが嬉しくてついはしゃぎそうになったけど、今はそれどころじゃなかった。

 それに、ポップにとってあたしは、コンプレックスの象徴だったんだ。

 判った以上、べたべたするのはやめなければ。

 

「タンマ、冗談だから殴………って、アレ?」

「……(ぷい)」

「…え?えっ?」

「……(つーん)」

 

 そんなんしてる間に、父さんが先生に、大まかな状況を説明しており、詳しい話は小屋の中で聞くことにして、あたしは来客全員分のお茶を用意することにした。

 

 ・・・

 

「な…なんか、しっくりこねえ」

「何が?」

「リリィの奴、おれが帰ってきたらもっとこう…泣くとか怒るとか抱きつくとか、大きいリアクション起こすかと思ってたんだけど…なんかあっさりし過ぎて、拍子抜けっていうか…」

「もう兄離れ済んじゃったんじゃないの?

 彼女、見た目よりしっかりしていそうだし」

「ポップさん…妹さんに抱きついて欲しかったんですか…?」

「…そんなんじゃねえよ」



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11・武器屋の娘は狼狽する

 ここに現れた面子は、確かに勇者の剣捜索パートのメンバーだった。

 勇者ダイ、魔法使いポップ、占い師メルル、武闘家マァムに空手ねずみのチウ。あと、ゴメちゃん。

 つまりあたしがいる以外、原作通りって事だ。

 

 …それにしても勇者パーティーの女子レベル高っ!!

 生マァムと生メルル、二人ともメッチャ可愛いな!

 正確にはメルルは派手さのない美人系。

 マァムは可愛い系の童顔…なのに身体はダイナマイトな、男の夢が詰まったようなエロボディとか。

 うむ、特にそのおっぱいが実にけしからん。

 ちょっとだけでいいから触らせてください。

 

「世界最強の剣…か」

 

 その勇者一行の話を一通り聞き、ロン先生がため息を吐いて、一瞬何故かあたしの方を見る。

 いかん、集中集中。

 ちなみにこの場面での先生は、原作の『ロン・ベルク』とは違い、ろくに話も聞かずに帰れと突っぱねるような態度は取らなかった。

 確かこの場面の中に、『あんたは魔族だから魔王軍の味方か』みたいなポップの台詞があった筈だが、そんなわけで流れ的にもそうならなかったし。

 つかそれもし言ったらその瞬間、問答無用でぶん殴るつもりだったから、正直助かった。

 フッフフ、命拾いしましたわね、お兄様。

 兄を無条件に甘やかすダメな妹はもう居ないのです。

 

「リリィ」

 

 と、唐突に先生の声があたしの名を呼んだ。

 

「はい?」

「おまえが『見』たものを、そのまま言え」

 

 そう言うと先生は、勇者ダイに向かって剣を抜き身のまま一本放る。

 

「えっ?わわっ!」

 

 ほぼ反射的にだろう、それをちゃんと受け止めたダイが、(つか)を握り直して構えた瞬間、あたしは『みる』を発動させた。

 

「…【ミスリルソード】。

 魔界の名工ロン・ベルクが、斬れ味のみを追求して打ち上げた逸品。

 勇者ダイ、使用可適合。装備可能。

 ただし、全力を出しての戦いに使用して、その後も剣が使用できる確率は、0.0001%です」

「えっ、リリィ!?」

 

 あたしの言葉に、ポップが驚いたような声を上げる。

 ポップがうちに居た頃は、まだあたしの鑑定能力は通常の商人レベルだったのだから当然か。

 つか勿論あたし的には、頭の中のオッサンの言葉を復唱しただけなのだが、あたしが言うのを聞いて、ロン先生は眉を顰めた。

 

「なるほどな。

 これで駄目だとすれば、確かに並大抵の武器では無理だという事になる」

「…だから困ってるんだ。

 真魔剛竜剣と戦った時は、ベンガーナで買ってもらった破邪の剣に、グエンが呪文をかけてく