ハリー・ポッターと椿の聖母 (よもつ)
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序章 聖母の目覚め
0.聖母、降誕。


初めまして、四方津と申します。
色々なハリポタ二次小説を読んでいたら、気付いたときには筆を執っていました。うっかり!
気まぐれ更新ですが、完結目指して頑張ります。道はあまりにも長いですね!
地雷多めと思われます。ご自衛のほどよろしくお願いいたします。
拙いものですが、お楽しみください。

11月12日 カメリアさんの名前を修正しました。ご指摘くださった方、気付いたけどそっと胸にしまい込んでくださった方、ありがとうございます。
四方津は大変な浅学なので、これからもおかしな点はどんどん教えてくださるとうれしいです!


 我輩は娘である。名前はもうあります。カメリア=ペチュニア・ダーズリーです。ファーストネームとミドルネームの一番後ろの一文字が同じで、くどく感じるのは私の中身のせいかしら。まったく神様もうっかりさんだわ、魂のお洗濯をお忘れになるなんて。きっと両親はちっとも気づいてはいないのでしょうね、自分の子供の精神が、三十代日本独身女性のそれだなんて!

 

 ありふれた、普通の人間だったと思う。子どもが好きで、保育士になって。毎日小さな怪物たちと戦って、たまにモンペアやら馬鹿親(親ばかにあらず!)に手を焼いて、それでも仕事(子ども)を愛していた、普通の女だった。仕事が恋人だったけれど、それを悔やんだことは一度だってなかった。男の相手よりも子どもたちと遊ぶことが楽しかった。

 

 そんな私の最期もまた、私らしく。子どもたちを連れた月に一度の園外へのお散歩の日に、暴走した大型トラックから園児を庇って、ぷちりと潰された。恐らくは居眠り運転であろうドライバーは絶対に許さない(子どものトラウマになったらどうしてくれるんだ!)

 

 

「それがどうしてこうなったのかしら?」

 

 

 ぽつりと呟いて自分の手を見る。ふくふくとした、健康的な肉感の手のひらと、短い指。かつてと比べものにならぬ白い肌。目が覚めたら乳児になっていたあげく、人種まで違う?誰か夢だと言って頂戴!パニックに陥った赤子の私は、そっと目を閉じた。現実逃避したとも言う。残念ながら現実であったが。ジーザス!

 

 そんなこんなで二度目の人生も11年目に突入しようとしている今日この頃。前世特権を余すことなく発揮してSHC(スーパーハイスペックカメリアさん)と化した私に死角などない。ないったらないのだ。かつて人生の敵と定めた英語は母国語になったので覚えざるを得なかったし、くそまずい母国の料理を一刻も早く食べなくて済むようになるべく、幼い頃から母とキッチンに立って料理の腕を磨き、ついでに母の飯まずも矯正。弟と、両親が死んだとかで預っている従弟は保育士スキルをフル活用して育て上げたのである。これをハイスペックと言わず何をハイスペックと言うのか。

 

 

「うー、ねーちゃーん」

「カメリアぁ」

「はいはいよしよし」

 

 

 (カメリア)には双子の弟と母方の従弟がいる。どちらもかわいい私の兄弟であり、息子のようなものだ。ソファに座る私の両隣から膝に懐く2人の髪を梳くと、ブロンドは嬉しそうに額を腹に擦りつけ、黒髪はむずがって余計に膝に沈んでいく。うむう、身動きがとれぬ。

 

 弱ったなあ、そろそろママ上と一緒にご飯を作る時間だぞ。うっかりあやしたのがいけなかったのかしらん。最近はあまりないが、ママ上は目を離すと具材を煮過ぎたり、具材のうまみが詰まった煮汁を捨てようとするからなあ。できれば監視げふんげふん観察していたいところなんだなあ。

 

 

「メリー、私のかわいいカメリアちゃん、そろそろディナーの支度を……あら?」

「もう少し待っててねママ。ハリー、ダドリー、起きて頂戴」

「いいわいいわ、そのままで。今日はママが作るから、メリーはゆっくりなさい。2人ともよく寝てるわねえ」

「うん、昨日は遅くまでゲームをしていたみたいよ」

「まあ、起きたらママとお話しなくちゃね」

 

 

 ころころと笑い声を上げた母はお茶目にウインクをして、キッチンに消えていった。従弟を引き取った直後の嫌悪感や拒絶感は今や見られず、穏やかに2人を見守るスタイルはまさに理想的な母親像そのものである。はは、まったく苦心した甲斐があるというものだ。まさか齢十に満たぬ娘に、自分の思考と行動を誘導されているなど露程も思うまい。最も中身はアラフィフなのだが。つまり両親の両親と同じくらいなのだ。わあ気付きたくなかった!絶望だね!

 

 レムレムする愛し子2人を撫でつつ、遙か遠い魂の故郷の歌を口ずさむ。話は変わるが日本の国歌って子守歌に最適なリズムだと思うんだ。事実、私はこれで何百回も弟たちを寝かしつけてきた。英語の子守歌と比べて2割増しで夢の世界に飛び込むのが早い。あれっもしかして歌詞がわからないせいか?読経聴いてると眠くなるのと同じ原理なのか?10年目の真実。

 

 

「帰ったぞ、カメリアはいるか?」

「おかえりなさい、パパ。どうしたの、そのピンクの小袋」

「ふっふっふ、よくぞ訊いてくれた!さあメリー、お前にプレゼントだ。開けてごらん」

「いったい何かしら……わぁ、素敵な髪留め!ありがとう、パパ。でも、私一人だけもらうのは、ちょっと」

「安心しなさい、ダドリーとハリーには別に用意してある。ほら、これだ。新しいグローブとランニングシューズ!」

「ああ、よかった。そうね、ダドリーのボクシンググローブ、痛んでいたものね。ハリーも足が合わなくなっていたみたいだもの、きっと喜ぶわ」

 

 

 ひょこりとリビングに顔を出した父に微笑むと、弟に似た短いブロンドをかき上げて青い瞳が細められた。ハンサムかよ。

 

 父は母よりも若干、ほんのちょっぴりハリーと距離を置いている。”普通”を愛する父にとって、なぜか周りで超常現象が頻発するハリーは本来、天敵にも等しい。それでも、弟と扱いは変わりなく愛しているのだから、親の情とは素晴らしいものである。娘がいる影響か、中年太りを防ぐためにジムに通ったりジョギングをしたりとダイエットに余念がないので、30代にしてはなかなかのスタイルを誇る父。うん、ハンサム。その調子で一生かっこよくいてくれ。

 

 

「んん、うー……あ、パパおかえり」

「ただいまダドリー、ははは、いつまで姉さんの膝を借りるつもりだ?」

「もう起きるさ、おはようメリー」

「ええ、おはようダドリー」

 

 

 むくりと起き上がった弟は刈り込んだ頭をガシガシ掻いて、恥ずかしそうに目を伏せた。あああ天使かよ。昔のちょっと太ってもちもちしてたダドリーはかわいらしかったが、何を思ったか一年前の誕生日から始めたボクシングのおかげで、今や学校1のイケメンである。まあ私にとっては永遠にかわいい弟だが。ちょっと口下手なところも器用貧乏なところもお姉ちゃんは知ってます。一時期両親の甘やかし攻撃で調子乗っていじめっ子の道に入ろうとしていたのも懐かしい話。この話を掘り返すとすねてしまうが、戒めのために必要なことなのです、許せ弟よ。

 

 

「わ、新しいグローブだ!ありがとうパパ!メリーのは何?」

「髪留めよ、ほら、綺麗でしょう?」

「うん、メリーの髪色に合いそうだ。付けてみてよ」

 

 

 甘く瞬いた弟に促され、かつてとは違う、紅茶のような赤い髪を金色のバレッタで留める。さすが父だ、私に似合うもの、私が好むものを熟知している。繊細な模様が施されたそれを指先でなぞり再び礼を言うと、父は弟に似た笑顔を見せてくれた。

 

 

「メリーちゃん、ディナーが出来たわ!坊やたちを起こして……ダドリーちゃんは起きてるのね」

「おはようママ、起こすのはハリーだけだよ」

「そのようね。じゃあ、ハリーを起こしてあげて?」

 

 

 夕飯の支度を終えた母の言葉に一つ頷いて、柔らかい黒髪を優しく撫でる。起きろ起きろと念じながらの行為は相手にも伝わったようだ。むにゃむにゃと目元を擦って、彼はエメラルドの瞳を開いた。

 

 

「おはよう、私のかわいい息子(ハリー)

「ん、おはよ、僕のカメリア(マードレ)

 

 

 ぴょこぴょこ跳ねた寝癖を押さえ、照れくさそうに頬を染めるハリーは控えめにいっても天使だと思う。いや真面目に。




序章、プロローグです。
保育士してたらハリーのお母さんと化したカメリアさん。マードレ(madre )はイタリア語でお母さんという意味。
本当のお母さん(リリー)やペチュニアを差し置いて私がママなんて呼ばれたらいけないでしょ、と変な気を回したカメリアさんが教え込んだ裏エピソードがあったりなかったり。

この話の中では、8歳の時にハリーは陸上の長距離を、9歳のときにダドリーはボクシングを、5歳前後でカメリアさんが種々の武術を習い始めました。
みんな地区大会出られる程度には強い。特にカメリアさん。

感想誤字脱字報告その他もろもろお待ちしております。


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1.さようなら日常

 学祭準備の合間を縫って書きためております四方津です。
 早くアズカバン編が書きたいんじゃー

11月12日 カメリアさんの名前を修正しました。


 ハリーと私に何やらお手紙が届きました。今どき珍しい羊皮紙の封筒にシーリングワックス―封蝋で綴じられた中世ヨーロッパチックなお手紙。しかも住所に部屋の位置まで書いてあるとか一体ドウイウことなの。なんで私の部屋が東の角部屋だって知ってるの、この手紙を送ってきた人。悪戯かストーカー被害かしらと表裏をひっくり返し、慎重に封を解く。剃刀が出てくるのか虫の死骸が出てくるか、それとも視線の合わない写真がはいっているのかしら。どきどき。

 

 

「――なあに、これ」

「ホグワーツ魔法魔術学校……?悪戯かな?」

 

 

 封筒の中から出てきた二枚の羊皮紙を読んでびっくり、なんと中身は【ホグワーツ魔法魔術学校】からの入学許可書だったのです。悪戯確定ですねわかりま……ちょっと待てよ?

 

 そういえばこの家、ちょこちょこ超常現象起きてない?ハリーが泣いたらグラスが割れた赤ちゃんの頃。奇妙に成長の早い、私の部屋の観葉植物。そして極めつけに、私とダドリーの誕生日に行った動物園で起こった窓ガラス消失事件に、私の異常なまでの動物ホイホイ体質。この二つが合わさるとただのカオスだった。何で私についてくるんだお散歩タイムのペンギンたち。ライオンさん、窓ガラス越しにスリスリされても困ります。蛇さん脱走ついでに私にまとわりつくのやめよ?ママ上が発狂しそうだったよ?

 

 あ、私の周りだけちょっとしたパニック映画の様相を呈していたせいで聞くのが遅れたが、どうやら蛇と会話ができたらしい、うちの息子(ハリー)。動物全般と話せるわけではないと言っていたが、蛇と話せるとか十分不思議だと思うんだな、(マードレ)。え、私のホイホイっぷりも大概だって?それを言うのはやめて。オーケィこの話はなかったことにしましょうハリー、私も貴方も傷つくだけだわ。

 

 

「……ハリー、本物かしら?」

「正直心当たりがありすぎて否定できない」

「わかる」

「……とりあえず、おじさんとおばさんに報告しようか」

「そうしましょうか……」

 

 

 ハリーと二人、朝にふさわしくない低めのテンションでのろのろとリビングに向かうと、新聞片手にモーニングティーを楽しむ父が爽やかに目を細めた。ワァイ今日もハンサムダナァ、HAHAHA。現実逃避ですって?自分が一番理解しているわ!

 

 

「おはよう、メリー、ハリー。どうした、ずいぶん沈んでいるじゃあないか。何かあったのか?」

「おはようパパ、早速だけどこれを見て」

「な、それは――チュニー!ペチュニア!ちょっといいか!」

 

 

 おや、これは何かしら知っている反応だわ。私の手から抜き取った手紙を持ってキッチンに駆け込む父を見送り、何が起きたのかよく分かっていないダドリーに、ハリーへの手紙を見せて説明する。細かいことは知らないけど私とハリーは魔法使いなんですって。へー、まほうつかい……魔法使い?!嘘でしょすごいじゃん!じゃあ猫と話せるの?僕、蛇となら話せたよ。というか、なんでピンポイントで猫?ジャパニーズ・アニメーションで魔女の話があったんだよ、すっごく面白かったぜ。知ってる!カメリアが友達と見に行ったやつでしょ?確かビデオが発売されていたはずよ、今度買ってもらいましょうか。いいな、それ。わ、僕楽しみだなぁ。

 

 気付いたら黒猫の魔女子さんの話に移り変わっていたが特に問題はない。ダドリーとハリーが楽しいなら私は満足である。あははうふふと暢気に姉弟で戯れていたら、死人と見紛うほどに顔色の悪い母を伴って父が戻ってきた。ちょ、何事。ママ上体調悪いの?大丈夫?ベッド整えてこようか?パン粥かミルク粥か卵粥作ってくるよ?

 

 

「あー、メリー。ママはお前がそばに居る方が気分が良くなる。ここに居なさい。三人とも、まずは朝食にしよう。その後に、ハリー、お前の両親の話をせねばなるまい」

「ぼ、僕の両親?交通事故で亡くなった?」

「その辺のこともあわせて、だ。少し早いが、真実を話すときが来たようだからな」

 

 

 若干お通夜ムードで、もそもそとイングリッシュ・ブレックファストを頂く。空気が重くても美味しいのがイギリスの朝食・・・・・・うまうま。ブラックプディング(ブラッドソーセージ)は癖があるけど、食べ慣れるとなかなかどうして良いものだわ。ハリー、目の前のオレンジジュース取ってもらえる?ありがとう、貴方もう少し食べなさいな……え、私が食べ過ぎ?そうかしら、パパと同じくらいでしょう?成人男性と同じ量……言われてみればその通りだわ。カロリーの消費をせねば、あとでダドリーと一緒にスパーリングしよう。久しぶりに道場に顔を出してもいいわね、師範に稽古をつけてもらおうか?

 

 

「きょうだいの仲が良いのは素晴らしいが、本題に入って良いかね、レディ?」

「あら、ごめん遊ばせ?どうぞ始めて頂戴」

「では、遠慮なく。ハリー、お前のご両親は、どちらも魔法使いだ」

「魔法使い!僕のパパとママが?」

「ええ、そう。お前には、今まで嘘をついていたわ、ハリー。あの二人は事故で亡くなったのではないの。殺されたのよ、悪い魔法使いにね」

 

 

 衝撃の真実。ハリーの両親は魔法使いで悪い魔法使いに殺されてしまったそうだ。いままで本当のことを教えなかったのは、ハリーに余計な心労を与えないためらしい。この手紙さえ来なければ、一生秘密にしておくつもりだったと、父は言った。出来るだけ危険から遠ざけて育てたかった、普通の子どもとして日の当たる人生を歩ませたかった、と。

 

そうだね、言い方は悪いけれど、交通事故で親を亡くしたのならまだ諦めもつく。何トンもある鉄の塊にぶつかられたら、人間はひとたまりもないって子どもでも分かるから。けれど殺されたのなら話は別だ、人を殺すのは武器ではなく、人なのだから。悲しみ犯人を恨むだけならマシ、最悪は復讐に手を染めてしまう。

 

 目には目を、歯には歯を。そして、死には死を持って償いを。復讐心は、憎悪は、薄れることがない。それは生半可な思いでは太刀打ちが出来ない、強烈な感情であるが故に。父と母は、きっとそれを恐れたのだ。ハリーが復讐に取り憑かれることを恐れたのだ。だから、真実を隠した。

 

 

「けれど、手紙が来てしまった。最悪なことに、カメリアにまで!何が悲しくてうちの子どもたちを危険なところに放り込まなければならないんだ!」

「ねぇ、メリー、ハリー。逃げましょう?大丈夫よ、貴方たちのためなら地の果てまで逃げ切ってみせるわ」

 

 

 白い肌を赤く染めて怒りをあらわにする父。青白い顔で微笑んでみせる母。二人とも、私たちを思いやって言っている。だがしかし、だ。本当に私たちが魔法使いであるならば、私たちはその【ホグワーツ】とやらに行かねばなるまい。魔法をコントロールする術を身につけなくては、いつの日か両親やダドリー、友人を危機にさらしてしまうことだってあるだろう。

 

 同じ考えに至ったのか、心配されて嬉しそうだったハリーの頬がざっと血の気を失った。そうよね、パパとママを吹っ飛ばしたり消し飛ばしたりはしたくないわね。でも、説得にはだいぶ骨を折りそうな予感がするわ特にママ上。泣かれる覚悟だけしておこうかしら。そうだね、僕も手伝うよ、頑張ろう。ハリーと目線で会話して、ひくつく口元を引き締める。さて、お話ししましょうマイ・ペアレンツ。腹をくくって口を開こうとした、そのとき。

 

 

「メリーとハリーはホグワーツに通わせるべきだよ、パパママ」

「な、ダドリー?!」

 

 

 まさか、ダドリーの援護だと。母の隣に座る弟を見ると、青い瞳は真っ直ぐに私とハリーを見つめていた。心配と、決心が強くにじむサファイアが朝日を浴びて輝いている。

 

 

「ハリーのご両親は悪い魔法使いに殺されたんでしょ?じゃあ息子のハリーやいつもそばに居るカメリアが狙われる可能性だってあるよ。自衛のためにも魔法を学ぶことは必要だ、きっとね」

「でも!」

「やめるんだペチュニア。そうだなダドリー、お前の言う通りだ。私たちは少し考えが先走りすぎていたようだな。メリー、ハリー、お前たちはどうしたい?望むのならば、どこまでも逃げよう。望むのならば……ホグワーツにも通わせよう」

 

 

 驚いた。普通を愛する父が、魔法を学んでも良いと言ったこと。すでに進学する中学校だって決まっているのに、名門の中の名門と呼ばれるそこを蹴って、ホグワーツに通っても良いと言ったこと。自分の子どもが、自分の嫌う世界に飛び込むことを許したのだ、あの父が!嫌いなものはトコトン嫌う、あの父が!

 

 父に縋りつき取り乱す母は、ただただ心配なのだろう。頭では、私たちに自衛のすべが必要だとわかっているのだ。しかし、心はついて行かない。たった一人の妹を殺した、未知の世界に、愛娘が飛び込む。腹を痛めて生んだ我が子が、わざわざ死にに行くように感じてしまうのも無理はあるまい。私だって、同じ状況に陥ったら泣き落としてでも止めるわ。

 

 けれど、私は。私は学びたい。母の思いを踏みにじることになる。心配を、足蹴にしてしまうことになる。それでも、学びたいの。

 

 すべては、私のために。私が、家族を守るために。

 

 

「パパ、ママ、お願い。私を、魔女にさせて。魔法を学ばせて頂戴」

「僕もお願いします、おじさん!ホグワーツに通わせてください!」

「……フー、分かった。お前たちの望むように、学んできなさい。一般家庭には学校から個別で説明があるそうだ、7月末の日曜日は予定を空けておくように。……ハリーの誕生祝いはその次の日曜だな」

 

 

 悲嘆の声をあげて崩れ落ちた母を抱え、父は困ったように笑った。両親が寝室に引き上げてしまえば、残るのは3人姉弟と綺麗に食い尽くされた朝食の皿くらいのものである。むう、カフェオレが冷えてしまったわね。これはこれで美味しいし、まいっか。今日の朝ご飯も美味しかったわママ、お昼は和食が食べたい。たぶんママは復活できないだろうから、冷やし中華でもつくろうかなー。

 

 

「ねえ、カメリア。もう一回手紙見せてよ」

「あら、良いわよ。その前に食器片付けてくるわ、少し待っていてね」

 

 

 ぱぱっと手早く洗った食器やグラスを乾燥機に入れ、リビングに戻る。ソファに座る2人の間に腰を落ち着かせて改めて手紙を手に取った。世にも珍しいエメラルド色のインクで私の名を綴った封筒から羊皮紙を引き出し、開けば。

 

 

 ――親愛なるカメリア=P・ダーズリー様

 

 この度ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

 新学期は9月1日に始まります。7月31日必着でふくろう便にてお返事をお待ち申し上げております。

追伸

 来る7月末の日曜日、ホグワーツより教職員が説明に参ります。是非ご家族で予定を組んでくださるよう、お願いいたします。また、お返事は訪問いたしますものに直接くださっても差し支えありません。

 

 敬具 副校長 ミネルバ・マクゴナガル

 

 

 美しい筆記体の流れが紙面を踊る。ああどうしよう、今更震えが走ってきたわ。生まれ変わったってだけでも驚嘆ものなのに、その上魔法使いになれる?まるで夢でも見ているようだわ、実は植物状態で眠りこけている【私】が描いた幻想なんじゃあないかしら。

 

 ああ、でも。不安なのはハリーも同じか。

 

 

「カメリア、僕、本当に魔法が使えるようになるかなあ」

 

 

 眉を下げて、どこか楽しそうに囁いた愛し子の頭を抱き寄せ、さらさらと髪を梳いてやる。大丈夫、大丈夫よ、きっとなんとかなる。貴方に流れる血は一滴残らず純粋な魔法使いのものだから、その血がすべて教えてくれるでしょう。

 

 

「それでも駄目なら、私も一緒に退学になってあげる」

 

 

 そう言ってハリーと笑い合っていたら脇腹にダドリーがくっついた。どうやらお拗ねになっているご様子である。

 

 ごめんて。すぐ構うから。




 カメリアさんに入学許可証が届いたようです。
 ホグワーツのママとして崇め奉られる日も近い。


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2.初めまして、非日常

……た、大変お待たせいたしました。いやお待ちになっていらっしゃる方が居るかも分からないのですが。
あのですね、学祭と研修とレポートがだだ被ってですね、あの……申し訳ない。


 やって参りました、7月末の日曜日。本日はホグワーツ魔法魔術学校より現役の先生が説明にいらっしゃる日です。ダーズリー家は朝からみんなそわそわしています。具体的に言うとママ上が食器を3つおしゃかにし、パパ上とダドリーがシャドーボクシングを始め、ハリーは軽いストレッチをしています。落ち着けよ特に男性陣、本当に落ち着け。大会じゃないわよと。

 

 

「まあまあ、とりあえず座りましょうみんな。リラックスよ、リラックス!」

「カメリアのお茶飲んだら落ち着くよ……たぶん?」

「ウーン心配になってきたぞぅ!気休めになるか分からないがいれてくるね、座ってお待ちなさいなハリー」

 

 

 とうとうハードめのメニューに手を出してしまったハリー。大会前じゃないんだからその闘志はしまい込みなさい。ママはお皿を置いてソファーで待っててね、4つめの被害は出したくないわよ。パパとダドリーはスパーリングするのやめて、なんでだんだんガチになるの。

 

 熱くなる野郎どもをなだめ、心配すぎて具合の悪そうな母を励まして、私はようやくキッチンにたどり着いた。なんだかすでに一日分の元気を使ったような気がするわ、決戦(説明会)はまだ始まってさえいないのだ、へばるには早すぎる。ここは鎮静効果のあるカモミールティーを淹れるとするか、我が家のハーブガーデンにて丹精込めて育てたあれは専門店のものにも劣らぬと自負している。きっと、ママ上も気分が良くなるだろう。

 

 さて、ヤカンを火に掛けてガラスのティーポットを用意して……おや、インターホンが鳴ったぞ、もしかしていらしたのかしらん。

 

 

「ダドリー、火元を見ていて頂戴。パパ、お迎えにでるわね」

「頼む。ハリー、お前も行ってこい」

「はい、おじさん!」

 

 

 てこてこ駆け寄ってきたハリーと仲良く手をつなぎ、玄関のドアを開ける。扉の向こうには、厳格そうなおばあさんと、サンタクロース髭のおじいさんが。……え、魔法使いに定年って言う概念はないの?どう見ても60歳超えてますよねお二方。隣でぽかんとあごを落としたハリーのお口を強制的に閉じ(舌を噛んだ?そりゃごめんネ)、にこにこ微笑むおじいさんと気持ち表情が柔らかくなったおばあさんを招き入れる。ささ、お入りくださいまし。ママ上に魔法の話をして、安心させてあげて。いまにも倒れそうな顔してるから。

 

 

「こんにちはハリー、カメリア。こうして会うのは初めてかの?」

「ええ、少なくとも私の記憶のなかでは。初めまして、カメリア・ダーズリーです」

「僕、ハリー・ポッターです。初めまして、先生!」

「ほっほっほ、元気が良いのう、ハリー。君はお父さんにそっくりじゃ……瞳の色だけはお母さん似じゃの。カメリアの綺麗な赤毛は、ハリーのお母さんとおそろいじゃ」

 

 

 朗らかなおじいさんはホグワーツの校長、アルバス・ダンブルドアさん。ミドルネームまでいれると長すぎて覚えきれなかったことは内緒です。べ、別に脳が老化してるわけじゃないし。で、きりっとしたおばあさんが副校長のミネルバ・マクゴナガルさん。入学許可証を書いてくれた人だ、字は人をあらわすものだなあ。

 

 終始るんるん気分のダンブルドア先生と、緩みそうな表情を必死に引き締めているマクゴナガル先生をお連れして、リビングへ行く。父と母はなんとか平静を取り戻したようだ、まあ若干髪が乱れたり口紅がずれたりダドリーが酸っぱい顔をしていたりするが。なるほどいちゃついてママ上を正気にしたのね、それはパパ上にしか出来ないわ。

 

 

「パパ、ママ、お連れしたわ。お茶をいれてくるわね」

「お願いね、カメリア。さあ先生方、どうぞお掛けになって」

「ありがとうミセス、突然お伺いして申し訳ないですのう。お詫びと言ってはなんじゃが、魔法界の菓子を持参しましたのでの、後でご家族と楽しんでください」

「まあ、ご親切にどうも」

 

 

 微かに緊張を孕ませた空気を背に感じながら、途中で止めていた準備を再開する。ポットにお湯を入れ暖めている間に追加のカップを出し、そっちにもお湯を注ぐ。ポットのお湯を捨て人数分のハーブとリンゴ、オレンジの皮をいれたら、沸騰間近の熱湯を注いで素早くふたを閉めた。熱いお湯はハーブの成分をたくさん抽出してくれる、らしい。専門店に行ったときにもらったリーフレットに書いてあった。

 

 茶こしで細かい茶葉を除きながら温まったティーカップにハーブティーを注ぐと、甘く爽やかな香りがふんわり広がる。本当ならハーブだけでも十分なのだが、子どもにはフルーツの甘さがある方が取っつきやすいだろう。比較的くせのないジャーマンカモミールを用いたとはいえ、独特の風味がある。後は各自、お砂糖か蜂蜜で甘さの調節をしてほしい。

 

 

「Mr.ダーズリー、儂は貴方に、大きく感謝している。普通を愛する貴方が、ハリーを立派に育て上げてくださった。とても素晴らしいことじゃ」

「その礼はカメリアに言ってやってくれ、私たちはあの子の愛にうごかされただけだ」

「それは……一体どういう意味です?」

「Mrs.マクゴナガル、あの子は昔から聖母のような娘だったんだ。物心ついた頃には夜泣きをするハリーをあやして寝かしつけていたし、言葉を覚えればマザーグースの子守歌をうたってやるような……そうだな、普通じゃない(・・・・・・)子どもだったのだよ」

「自分のかわいい子が自分のこともそっちのけでハリーを愛していたのよ、もう変な子嫌いなんていってられなくなったわ」

「ああ、そうだな。私たちは【カメリアが愛する】ハリーを愛し始めたのが最初だ。最も、今では我が子と変わりないがね」

 

 

 そりゃ自分のことも後回しに世話するわ、あの頃はネグレクト気味だったもんうちの両親。大人がやらないんなら(元三十路)がやるっきゃないじゃん。むしろ嬉々としてするわ、赤子の世話は本当に大変だけどその分楽しいもの。【私】だったころはよく年長さんを任されていたからなあ、新鮮な気持ちで子育てに臨ませていただきましたわ。

 

 そういや、このお茶どうやって運ぼうか?さすがに持ちきれないよなあ、ダドリーでも呼ぶかなあ。大きなトレーに乗っけた6つのカップを見て、思考を巡らせてみる。ケーキのお皿は……よし、浮かせられる。じゃあ、カップのお盆もいけるかも。ちょっと、三倍強くらい重いだけだわ、やってみよう。む、うむむむむむむむむ……っしゃ、浮いた!、後は運ぶだけ……!

 

 

「むむむむむ……お茶がはいりましたよーう!」

「まあ!メリー貴方危ないわよ!ダドリー、カップのトレーを持ってあげて?」

「うん、ほらメリー、貸して?」

「ありがとうダドリー。もうこの子ったら、いつもはしないことをなんでし始めたのかしら!心配でママの心臓が止まってしまうところだったわ!」

「ごめんねママ、ケーキのお皿が浮かせられたら、少し気になってしまって。ダドリー、ありがとうね」

「あんまりママや僕を心配させないでよね、姉ちゃん(メリー)

 

 

 つ、疲れた。ほんの10mくらいがめっちゃ長く感じたわ、はじめて意識的に魔法を使ったせいかもしれないわね。額にこさえた汗を腕でぬぐい、ダドリーとハリーの間に身体を収める。あ、タオル?ありがとねハリー。さっきのは何かって?浮かべーって念じたら浮いたよ、死ぬほど集中力がいるし疲れるからコスパは悪そうだけど。ハリーも出来るんじゃあない?後で小枝あたりを使って練習してみましょうか。

 

 

「カメリア……君はとても大きな才能を持つ魔女じゃな」

「え?ものを浮かせるなんて、きっと誰でも出来ることでしょう?」

「いいえ、Ms.ダーズリー。杖無しでの魔法の行使というのは本当に難しいことなのです。人間が行うにはあまりにも膨大な魔力と驚異的な集中力を必要とします……魔力の暴走であれば杖無しでものが浮くなどはよくあることですが、貴女の場合、任意のものを的確に浮遊させている。これは完璧な魔法です!」

 

 

 突如テンションがあがったマクゴナガル先生に両手をとられた。なんでも、全魔法使いのトップ1%の中でも特に優れた1%だけが杖無しの魔法を行使できるそう。いや偶然だと思いますよ、何だっけ、ビギナーズラック?だって今まで魔女っぽいことはあまりしたことがないし、あったとしても精々植物の生長が早くなるくらいだし?ローテーブの花瓶から抜き取った、白いバラの蕾にふぅと息を吹き込み満開にして差し出せば、マクゴナガル先生は少女のように頬を染めた。おっとかわいいぞ、このばあちゃん。

 

 

「まあ、私が天才だろうが凡才だろうが、私の愛しい子(ハリー)に影響がないなら、それで。さあ、校長先生、マクゴナガル先生、魔法の話をしてくださいな!」

「ほっほっほ、大人らしい子かと思えば、なかなかどうして好奇心の強い子じゃ!よかろう、なにから話そうかの……?」

 

 

 それから2人は、いろいろな話をしてくれた。魔法族と非魔法族(マグル)の違い、通貨単位(金貨の価値低すぎない?)、カリキュラム、必要な教材の内容、魔法生物。ザ・ファンタジーとしか言いようのない魔法界の実態に理解が追いつかない。え、かまどで料理するの?ファッションセンス中世で止まってない?あと通貨単位が覚えにくいわ、10とか100とかで次の単位に繰り上がって頂戴よ!

 

 マクゴナガル先生が貸してくださったクヌート銅貨やシックル銀貨、ガリオン金貨を弟たちと協力して積み上げながら、両親が校長先生に投げかける問いに耳を傾ける。ふむ、こっちの紙幣は魔法通貨と両替出来るのね……学校のセキュリティは魔法界最高?セコムしてるのかしら……あれ、セコムはもうあるのかな?学校の安全は校長先生の魔法障壁で守られている……ファンタジーかな?

 

 あ、そうだ。

 

 

「ダンブルドア先生、ホグワーツに通いながらマグルの勉強ってできますか?」

「ほう、カメリア。君はマグルの教育も受けたいのかね?」

「ええ。私、保育士になりたいの!そのためには必要なことでしょう?」

「その年で明確な目標を持つか!素晴らしい女性じゃのう……しかし、茨の道になるぞ?きっと血がにじむような努力が要る」

「覚悟の上です。私が望んでそう【成る】のですから」

「……まこと、君は素晴らしい。それほどの情熱があるのならば、儂はもう止めんよ。ご両親とよく話をしなさい、どうなるにしろ、ホグワーツは君を全力で応援する。さてミネルバ、そろそろお暇するとしようかの」

「はい。カメリア、美味しいハーブティーありがとうございます。ガトーショコラも、よく焼けていました。貴女はきっと、良い母に成りますね」

 

 

 絶賛母とお母さん業を分業しているなど言うまい。私は大人っぽいだけの11歳女児なのです……ただのおませさんなのです……中身は三十路ではありません……どうか気付かないでくれ……。私の祈りが通じたのか、マクゴナガル先生は柔らかく目を眇めると、私とハリー、ダドリーの頭を撫でて校長先生の後を追っていた。あ、お待ちになって、お土産にマンダリンオレンジのプチタルトを持っていって。

 

 

「先生、私たちの娘と、リリーの息子を、よろしくお願いします」

「確かに、頼まれました。大丈夫じゃ、2人とも優しく、賢い。貴方がたの教育のおかげじゃろう」

 

 

 ……や、やめて。そんな温かい目で見るのやめて。恥ずかしいわ。じんわりと熱を持った耳を髪で隠し、お二人にケーキ箱を押しつける。未だ微笑む先生たちの視線に耐えかねてダドリーの背に逃げ込むと、弟と従弟は苦笑いして頬を撫でたり耳をくすぐったりしてくださった。悪戯するのもやめて!

 

 

「そうじゃ、忘れておった!ハリー、カメリア、7月31日に学用品を買うために人を寄越そうと思うのじゃが。予定はあるかね?」

「ない、と思います。おじさん、どう?」

「誕生祝いは次の日曜日だ、その日は何もないぞ。だが、夕方には戻るんだ。誕生日のディナーくらいはできるからな」

「はい!だそうですダンブルドア先生!」

「ほっほ、仲の良い家族だの!よろしい、では31日の10時に。ではまた、入学式で会おう、魔法使いの卵たち!」

「ではハリー、カメリア。貴方がたが我がグリフィンドール寮に入るよう、願っています」

 

 

 そう言って、2人はパチンと音を立てエントランスから消えてしまった。わあお、ファンタジー!




拙作のダーズリー家は本当にクリーンです。
きっとカメリアさんが空気清浄機の機能を保持しているのでしょう。

カメリアさんの中の人は割とキャラがぶれます。そして考え方が若干脳筋です。レベルをあげて物理で殴るタイプ。
聖母一辺倒なら、たぶん武道を修めることはなかったでしょう。


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第一学年 聖母と奇跡の石
1.魔法界の入り口


 ……あの、その、ごめんなさい。盛大に遅れました。リアルに忙殺されたのです、どうかお怒りを沈めてください。


 7月31日、午前10時。やって来たのは森のくまさんでした。

 

 

「おお、ハリー!大きくなったなあ!最後にあったのはお前さんが赤ん坊のころだから、覚えちゃいねえか?そっちがカメリアか?噂通りの賢そうな子だなあ!俺はハグリッド、ハリーの両親と友達なんだ」

「初めまして、ハグリッド。良かったわねハリー、貴方のパパとママの話をお聞きなさいな」

「うん!はじめましてハグリッド!ねぇ、僕の両親のことをおしえてくれる?」

 

 

 きらきらおめめで森のくまさん(2m超)に迫る少年……字面だけならメルヘンチックだなァ……舞台がイギリスの一般家庭のエントランスで、且つくまさんがひげもじゃ髪もさでなければ。閑静な住宅街に現れた(ぱっと見)ホームレス……通報待ったなしですね分かります、せめてもうちょっと身だしなみを整えてこようぜ。絡まりまくった髪をざっくりカットしてー櫛を通してーひげの処理をするだけでも立派な紳士になると思うんだな。後でいじっていいか聞いてみよう。

 

 

「いい、ハリー。ハグリッドさんやカメリアとはぐれちゃだめよ。初めてのところに行くのだもの、迷子になったらきっと帰ってこられないわ……カメリアが」

「うん、気を付けるよおばさん。ちゃんとメリーを見ておくね」

「なんだ、カメリアは迷子癖があるのか?大丈夫だ、俺の背中にひっついとけばな!」

 

 

 豪快に笑うハグリッドには申し訳ないが、今生の私の方向音痴は洒落にならないほど酷い。もはや道の神に嫌われてるんじゃあないかってほど酷い。最近だと、真っすぐ道なりに進んでいたはずなのに、気づいたら逆走していた。なんでさ。

 

 この10年、私の度の過ぎた迷子癖に振り回されてきた家族のうち、母はいまだに心配してくれているが残る男性陣はもはや悟りの領域に入っている。この悪癖まで含めてカメリアだから、あれはダドリーの言葉だったかハリーのことばだったか?

 

 きゅっとエプロンの端を握りしめる母と悟りきった微笑(アルカイックスマイル)を浮かべるダドリーに見送られ、ロンドンの街中にやってきた。心なしかハリーもハグリッドも疲れているような……半分は私のせいか、ごめんねロンドンの駅で迷いかけて。でもね、人が多くって流されちゃったせいだからね、決してわざとではないんだよ?

 

 

「……カメリア、お前さん、俺と手をつないでおこうな。ハリー、反対の手をつないでやれ」

「そうする。メリーってばやっぱりすぐに迷子になるもん」

「ごめんて」

 

 

 反省も後悔もしているがこればかりはどうしようもないので諦めてほしい。右手を大きな手に包まれ、左腕を愛し子に抱きしめられてロンドンの街を行く。ハグリッドの背に守られながら人込みを縫って歩いていると、突然立ち止まった彼の、腰のあたりに鼻をぶつけてしまった。

 

 

「あいたっ……どうしたのハグリッド、もう着いた?」

「おお、すまんカメリア。ああ着いたぞ、ここが魔法界の入口だ!」

 

 

 太い指が示した先には、薄汚れたぼろのパブがあるのみ。えっと、ここ?こんな地味な場所なの、魔法界の入り口って。てっきりどこかの森の中にある泉とか、秘密の館の大鏡だとかがそう(入り口)だと勘違いしていたわ、変なところで現実的なのね。

 

 道行く人は誰もかれも認識しないそのパブに入ると、中もやっぱり古ぼけた感じ。本当にここが入り口なのかと不思議そうに首を傾げるハリーの可愛らしさはもう、天使レベルだと思う。異論は認めるがカメリアさんには聞こえません。

 

 ハグリッドの姿を見て、賑やかな店内がわずかにトーンダウンする。なるほどなるほど、どうやら彼はここの人気者らしい。口々に声をかけるお客さんたち一人ひとりに返事をして、ハグリッドは私とハリーを引き寄せた。いつものをご所望かい、と明るく話しかけた店主が、ハリーの顔―正確には額の傷―を見て目を見張る。

 

 

「やれうれしや!もしやハリー・ポッターか!」

 

 

 シン、と静まり返ったかと思えば、次の瞬間には歓声が爆発した。びくうっと肩を揺らしたハリーの背にくっつくと、両手をとられて腹に回される。昔から弟たちが不安がっていたり怖がっていた時にしてきた体勢だ、こうすると心が落ち着くらしい。最近だと、後ろから肩を叩くだけで瞬時にクールダウンするまでになった。うーん、パブロフの犬現象かな?

 

 泣き出した店主、トムさんが握手を求めたのを皮切りに、店中の人がハリーの前に殺到した。英雄だのThe boy who lived(生き残った男の子)だのと呼ばれてハリーのパニック指数が上がっている……落ち着くのです、Be coolですハリー。頭を撫でつつ、鼻先にあるつむじに唇を落とすと、ハリーはスッと平静を取り戻した。パブロフの犬かよ。

 

 

「どう、落ち着いたハリー?知らない人に囲まれてびっくりしちゃうわね」

「ん、ありがとうメリー。なんか僕、有名人みたいだね?」

「ねえ?何故なのかしら」

 

 

 まあ、大方の予想はついているのだけど。

 

 わらわらと列をなす大人たちの不躾な視線を営業スマイルでいなし、たまにパニック指数が上がるハリーをクールダウンさせる。「生き残った男の子」、それはつまり、ハリー以外は死んでしまったということ。ハリーの両親が死んだのはハリーが1歳のころ、2人はおそらくハリーをかばったのでしょうね。悪い魔法使いとやらの手にかかって命を落とすはずだった無力な赤子は、しかしその人を打ち倒し生き延びた。それゆえの「英雄」、「生き残った男の子」。

 

 まあ、私にはたいして関係ないし興味もないんですね!私の仕事はハリーのマードレとして甘やかして叱っていい子いい子することなんで!「英雄」をもてはやすのは世間の仕事、「ハリー」をかわいがるのは私の仕事。それでいいでしょう?

 

 限界間近のおちびさんを抱きしめてあやしていると、紫色のターバンの男が人に押されてよろよろと目の前に現れた。

 

 

「おお、クィレル先生!あんたも来てたんですかい?」

「え、ええハグリッド、こんにちは。は、初めましてポッターさん、あ、あ、愛らしいお嬢さん。お、お名前をお伺いしても?」

「はじめまして、クィレルさん。カメリア・ダーズリーですわ、ハリーと同い年です」

「は、は、初めまして、クィリナス・クィレルです。闇の魔術に対する防衛術を教えています・・・・・・よ、よろしく、Ms.ダーズリー」

 

 

 オドオドきょどきょどとした態度の彼は、どもりつつ必死に自己紹介をした。うん、ヘタレかな?それとも臆病なのかな?そんなにおびえていたら人生生きにくいわ、しっかりしなさい!

 

 

「ね、クィレル先生。何がこわいの?よかったら、私に教えて?」

 

 

 痩せてやつれた頬にそっと触れれば、彼はびくりと肩を震わせて視線を彷徨わせ、困惑と羞恥が覗く瞳に私を映す。あらあら何かよろしくないものを背負っているご様子ね、表面上は取り繕えても精神年齢アラフィフの私にはまるっとお見通しだぞ!まったくもう、若い身空で疲れ切った目をしちゃって。お姉さん心配になってきたわ。

 

 

「先生、こんな言葉をご存じ?」

 

 

 世界は果てしなく広く、君の人生は長い。肩の力を抜いていこう。【私】が一等愛した本の一節を記憶の引き出しから引っ張り出し、諳んじる。あくまで私が影響をうけた言葉ってだけだ、先生には気休めにもならないかもしれない。…・・・まあいっか、単に私がほっとけなかったんだし、善意は押し売りしてくスタイルで行こう。どう受け取るかは先生の自由、どう扱うかも先生の自由。

 

 すりすりと親指で頬を撫でると、見開いた目を静かに閉じて、彼は手のひらにすり寄った。小さく唇が動いたような気がするが、生憎と読心術は未習得なのである。うーむ、覚えておいた方がいいのかしら、でもそうそう使う機会なんてないでしょうし。悩むところね、うむむむむ。

 

 

「……メリー、年上をたらし込むのやめよう?本当にやめよう?いつか痛い目見ちゃうよ?」

「ええ、何の話よ?私が何処の何方をたらし込んだっていうの?」

「Oh……無自覚ゥ……」

 

 

 ハリーが頭を抱える傍ら、ハグリッドが憐れみの目で私を見ている。えー、カメリアさんそんな目で見られるようなことしてませーん。別に色目も使ってないですー無理してる子をよしよししただけだもーん!

 

 用事があると言ってクィレル先生がそそくさ退散した後も、たくさんの人がハリーの周りを囲っていた。ハグリッドに連れられてパブを離脱した頃には、ハリーはすでにぐったり疲れた様子。よーしよしよし良く頑張ったわね、レモンウォーターでも飲んですっきりなさい。あ、パウンドケーキ作ってきたんだわ、食べる?右が抹茶で真ん中がココアとオレンジピール、左がプレーンね。ハグリッドもどう?柔らかすぎる?普通こんなモンじゃあないかしら……。

 

 

「はー、緊張した!メリーが居なかったら僕、とっくの昔に逃げ出してたよ」

 

 

 あら嬉しいことを言ってくれるわね。ディナーに一品、ハリーの好きなものを付けてあげよう。キャベツの浅漬けとかどうかしら?メインはハンバーグだから、食事の合間に食べればきっとお口がサッパリすると思うのよね。それともミニ野菜のピクルスがいいかな、最近のお気に入りはベビーコーンよね?

 

 

 ハリーの柔らかぽっぺをもちもちして遊びつつ、ハグリッドの話に耳を傾ける。クィレル先生、実地研究のために旅をしていたら魔法生物に襲われたらしい。以来、あんなきょどおど男子になったんだと。そっかー、だからあんな万象にビビり倒してたのかー納得だわー。今度会ったときにハーブティーとサシェのセットでもプレゼントすべきかしら……魔除けの魔法、探してみようかな?

 

 え、下がれ?わかったわ、ハリーいらっしゃ……え?

 

 

「……えっ」

「め、めりー、レンガ、えっ」

「……すっごい」

 

 

 ハグリッドが傘の先で3つのレンガを叩くと、壁が口を開けてみるみるうちにアーチ状になった。目の前に広がる石畳の通りは、中世風の洋服やローブを着た多くの人が行き交っている。ここが、魔法界―私たちが飛び込む世界の端っこ。

 

 

「さあハリー、メリー!ダイアゴン横丁へようこそ!」

 

 

 虫が光に惹かれるように、ふらりと足を踏み出す。ああ、ああ!ここが、始まりの場所となるの!私の、私たちの、非日常の始まり!思わず漏れた感嘆は、焼け付くような熱を孕んだ。

 

 

「映画か、ドラマのようね。夢をみているのかしら……!」

 

 

 賑わう街は、しかし知るものとは違う。箒専門店、薬問屋に金物屋。ふくろうがたくさん居る店もあった。どれもこれも、私や【私】が知る世界にはなかったもの、もしくは一生関わりがなかったであろうもの。

 

 

「ねぇ、ハリー」

「うん、分かるよカメリア」

「ええ。うつくしい、世界だわ」

 

 

 左腕を抱きしめる力が強くなる。ハリーの声は、震えていた。

 

 

「ここに、パパとママも来たんだね」

「きっと。叔母さまも、同じ反応だったかもしれないわね」

 

 

 彼女は私たちと同じ、マグル育ちの魔女だもの。そう言うと、ハリーはエメラルドの瞳からしずくを落として微笑んだ。




このあとグリンゴッツでトロッコ乗ってヒャッホーイ!!!!なカメリアさんとハリーの首根っこを捕まえるハグリッドの姿が目撃されました。
カメリアさんは重度のスピード狂です。飛行術の授業はおそらく彼女の独壇場となるでしょう(多分)。


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2.聖母の杖

ただいま!!!!!!!!(約一年半ぶり)


洋装店のベルを鳴らすと、藤色のローブを着たふくよかなレディが出迎えてくれた。彼女は愛想良く声をかけていたかと思えば、私の左腕にくっつくハリーを見てころころと笑い声をあげる。

 

 

 

「まあまあ、小さなママと大きなベビーね。2人とも今年入学なの?」

「はい、マダム。服装関連は全てこちらで揃いますか?」

「もちろん。ほら、あそこにもう1人新入生がいらしてますよ」

 

 

 

店の奥に、ちょっと高慢そうなプラチナブロンドの男の子。彼は私とハリーを見比べると、軽く鼻を鳴らした。おおう感じのよろしくない子だの、初対面でその態度は全方位に喧嘩売ってるぞう。君の採寸をしてる新人っぽいお姉さんがオロオロしてるじゃん……あ、うちの子も一端担ってるわ、めっちゃ真顔。

 

 

 

「ふん、とんだシスコンだね、君。お姉さんがいないと何も出来ないのかい?」

「残念、メリーは同い年だよ」

「えっ」

「今年入学よ、私」

「……嘘だろう、2つは年上かと……いや失礼、女性の歳を推測するなどマナー違反だったな」

「でも、君が言うのもわかるよ。メリーは学校でも1番背が高かったからね」

 

 

 

戦争が起こるかと思ったら突然和やかになったでござる。争いのきっかけも和睦のきっかけも私って、いったいどういうことなの……?なんで私の身長の話でキャッキャウフフできるのか……マードレには全然わからないわ。確かに私は160cmが近いし周りと比べたら頭半分は背が高いけどね、話題として上げるには弱いと思うのよ。

 

盛り上がる男子2人と衝立をへだて、身長やスリーサイズ、肩幅を測ってもらう。武道を修めているせいで私は平均より幾分肩や下半身が発達している。採寸をしてくれたマダムによれば、ブラウスはもしかしたら特注になるかもしれないと。あー、うちにあるジャージも身長に合わせると肩がパツパツだからワンサイズ上のを買ったわー、今回もそのパターンですか。

 

 

 

「あら、あなた随分胸囲があるわね……入学時点でこのサイズなら、きっと3年以内にブラウスを買い替えなきゃいけないわ」

「ご冗談でしょう?え、魔法界ジョークですよね?」

「本当よ。今でBよりのCなのだもの、成長期に入ったらEは堅いわね」

「ヒエッ」

 

 

 

恐ろしい予言を受けたんだけど?最低Eカップとか割と真剣に地獄なのよ私知ってる。だって前の“私”がGカップだったもの……可愛いブラは少ないしそもそもサイズ自体が揃わないしボタン系の服は胸の辺りで不自然なシワができるし肩は凝るし姿勢は悪くなるし足元見えないし……乳に夢なんて詰まってないのよ、詰まってるのは血管と神経と乳腺脂肪体くらい。あっていいことなんてほぼないわ。

 

 

 

「はっ……胸筋つけたらバスト増えないんじゃ」

「よし帰ろうメリー、マダムありがとうございましたー!」

「えっあっありがとうございました!ブロンドくんもまたね、バイバイ!」

「う、うん。バイバイ……」

 

 

 

ぐいぐい腕を引っ張られて店を出る。ハリー、あなたさ、私が筋肉つけようとすると必ず妨害してくるわよね。体脂肪率が10%切るようにトレーニングするって宣言したときも差し入れと称して高カロリーなものを持ってきたよね。そんなに私が筋肉ウーマンになるのが嫌か。

 

お代と引き換えに頂いた制服(私のブラウスは除く)とお金の詰まったバックを右腕に、ぶーたれたハリーを左腕に抱えてハグリッドの元へ。すっかり元気になった彼は、両手にアイスクリームを持ってニッコリしていた。え、食べていいの?やった!私アイス大好きなの!

 

 

 

「ん〜、おいしい!チョコレートブラウニーのキューブが入ってる!」

「本当に美味しいわ、このチョコミント味。一番好きなフレーバーなのよねぇ」

「いいなぁ……ねえメリー、1口ちょうだい?」

「いいわよ、そのバニラと交換ね?」

「はっはっは!仲がいいってのは良い事だな、ハリー、メリー!」

 

 

 

ハグリッドが嬉しそうに頬を緩めて私たちの頭を撫でた。力が強すぎてまるで押さえつけられたようだったけど、ハリーが喜んでいるなら、まあ、いいかな?

 

制服を買ったあとは、ノート用の羊皮紙と羽根突きのペン、インクを買いに行った。このペンも紙も絶対書きにくいだろ、家に帰ったらしばらく練習するかね……自習用に大学ノートとシャーペン持っていこうかな、ストレスなく勉強したいわ。あ、書いてるうちに色が変わるインクだってさ、ハリー。面白いよね、いる?誕プレであげるよ?別にいい?ああそう……(˘•ω•˘)

 

 

 

 

「あ、そうだハグリッド、ホグワーツって寮があるの?」

「そうだぞ、入学式のときに4つの寮に分けられんだ。その新入生の気質によってな」

 

 

 

聡明なレイブンクロー、劣等生のハッフルパフ、勇敢なグリフィンドール、狡猾なスリザリン。なんか2つほど悪口っぽいんじゃが……見方を変えればきっといいニュアンスが出てくるだろうになんで……?ハッフルパフの人間はきっとおおらかな人ばかりなんだろうなぁ。私自由にのんびり過ごしたいからハッフルパフに行こうかしら。

 

 

 

「ハッフルパフ、いいわね」

「えー!一緒にグリフィンドールへ行こう?パパやママと同じ寮!」

「行きたい寮に行けるわけでもないでしょう。私のことだからスリザリンかグリフィンドールだと思うけど……」

「レイブンクローもあるんじゃねーか?出来たらグリフィンドールがいいがなぁ」

 

 

 

え、カメリアさんお勉強好きじゃない。興味のあることしか手を出さない主義だもの、一点特化型なのよね。今の私の知識なんて子供の世話とハーブのことくらいよ?

 

教科書、鍋、秤、薬瓶、望遠鏡、ものさし。リストに乗っているものを次々に揃えていく。残るは杖だけというときになって、ハグリッドがハリーの誕生日祝いを買いたいと言い出した。10年間1度もプレゼントを渡せなかったのを悔やんでいるらしい。ほらハリー買ってもらっておいでよ、そのほうがハグリッドも喜ぶわ。

 

照れ照れするハリーとルンルンハグリッドがフクロウ屋さんに入って数分後、帰ってきたハリーの手には鳥かごと真っ白なフクロウがいた。大きなお目目がかわいらしいですね。

 

 

 

「メリーはよかったのか?ハリー1人にやるのはちょっとなあ」

「いいのよ、特に欲しい子はいないの。ああ、でも、そうね。ハグリッドのセンスでひとつ、何か買って欲しいわ。出来たら魔法界っぽいもの!」

「おお、いいぞ。お前さんが杖に選ばれてる間に見つけてくるとするか……ほら、杖ならここに限る。オリバンダーの店だ!」

 

 

 

待って、選ばれるのはこっちなの?問いが落ちることはなく、古い店の中に吸い取られる。しんと沈黙をたたえる箱の山の奥から、ひょいと顔を見せた老人が1人。なんだか、校長先生に似た瞳のきらめきを持っているような。はっ……そうか、これが仕事人の目なのか。

 

ハリーの目を見て懐かしげにハリーのお母さんの話をしながら、オリバンダーさんは私とハリーの利き腕の長さや太さを測っていく。……あの、私の腕の太さを見て2度見しないでください。そのメジャー合ってます、壊れてません。

 

 

 

「あなたがカメリア・ダーズリーさんですね。お噂はよく耳にしますよ、ポッターさんの母のように生きている、少女の体に聖母の魂を持っている方だと」

「そのうわさは どこから ながれて きたのでしょうか」

「はは、内緒ですよお嬢さん。さて、まずはポッターさんからいきますか」

 

 

 

そこからは本当に酷かった。ハリーが杖を振る度に箱の山が崩れ、ランプが割れ、棚が飛び出し、店は惨憺たる状況になった。だんだんハリーが涙目になってきてるわ、よしよしお前が悪いんじゃあないのよちょーっとこの杖と相性がよろしくないだけで。

 

 

 

「ぼくは かなしい」

「うんうんかなしいかなしい。いい子ねハリー、泣かないなんて強いのね」

「……もしや」

 

 

 

心当たりがあったのかオリバンダーさんが山の向こうに消え、戻ったときには古びた箱を持っていた。柊に不死鳥の羽根、28cm。ハリーと縁ある人が、同じ芯材を使っているらしい。慎重に、その杖をハリーが握った瞬間。

 

ぱあっと輝いた杖と綻んだハリーの顔。よかった、杖に選ばれたみたい。これで少しはあの子も気が楽になるかしら。やっぱり魔法が使えないんじゃあってまぁるいほっぺに書いてあったものね。

 

 

 

「ふうむ、難しいお客でしたな……さ、ダーズリーさん、次はあなたの番だ。イチイにドラゴンの心臓の琴線。24cm、気難しい。振ってみなされ」

「はーい。……あら、ドアが飛んだわ」

「……こりゃいかん、次じゃ。柊、ユニコーンのたてがみ。28cm、不安定だが力強い」

「てい。……山が……」

「ははは、こちらも難しいお方ですな!サンザシにドラゴンの心臓の琴線。34cm、捻くれ者」

「それ。……あああ……」

 

 

 

……私の方がダメなのでは?1度オリバンダーさんが綺麗に戻した店内が再び大惨事になってしまったわよ?これ本当に私の杖って見つかるのかしら……何だか心配になってきたわ……。10本以上振って全部合わないの……?

 

ぺっちゃりと背中に張り付いたハリーの頭をぽんぽんして、静かに息を吐く。オリバンダーさんは次の杖を探しに奥へ行ってしまったから、実質私とハリーの2人きりだ。そのせいかいつにも増してハリーの密着度が高い。お店の中なんだからもうちょっと離れなさいな、せめて腕組むくらいにしなさい。……いやいやしてもだめ!

 

 

 

「むー……マードレの意地悪!」

「意地悪じゃありませーん、これでも妥協してますぅ」

「ははは、仲がよろしいですね御二方」

 

 

 

微笑んで帰ってきたオリバンダーさん。その手には、赤いビロードの生地に包まれた細い箱が1つ。随分丁重に扱われている杖だなぁ、これ最上級の生地じゃない?パパが結婚記念日にプレゼントした、ママのドレスと同じ手触りなんだけど。

 

 

 

「これは、わしが極東の島国に旅したときに得た素材で作った杖です。樹齢5000年を数える屋久杉に、満月に晒した清水と太古の土で育つ金椿の花弁を芯材にしておる。21cm、護りに最適。……ダーズリーさん、お持ちなさい」

 

 

 

飴色に艷めく30cmほどの杖を手に取る。まるで私専用に設えたかのように、手に馴染む。きっとこれが、私の杖だ。ひょいと振ってみると赤や白の光が宙を舞い、杖の先から金色の椿の花首が落ちる。花弁も萼も金色の椿は、真実、黄金で出来ていた。これ花にあるまじき硬さなんじゃが……薄くて鋭いから指切りそう。

 

 

 

「ちなみに金椿の花は24金……つまり純金ですな」

「ハリー、絶対落とさないでね」

「任せて、無事に持ち帰ってみせるよ」

 

 

 

つまりお金に困ったらこの花を売ればいいのね、把握した。家計に貢献する杖とか最高かよ……生活の心配しなくていいのね、本当最高。がめつい?当たり前だろお金があれば大体はなんとでもなるのよ?家族と友人の次にお金は大事でしょう。

 

外に出ていたハグリッドに金椿を見せると、飛び上がらんばかりに驚かれてしまった。何でも金椿は「東洋の神秘100選」に選出されるレアものなんだと。それで私の杖はお高いのか……ハリーの1.5倍くらいの値段吹っかけられたわ……

 

 

 

「杖について困ったことがあったら、いつでもいらしてください。ふくろう便でも構いませんから」

「ええ、その時はぜひ。杖のお手入れセットまでつけて下さって……ありがとうございました」

 

 

 

オリバンダーさんの見送りを背に、人込みの中へ歩き出す。例の椿は校長先生に品質とか呪いとかのチェックをしてもらったあと、ハグリッドがアクセサリーにしてくれるそうだ。そんなに大きな手で加工なんて繊細な作業ができるの?いやうれしいけど、とてもうれしいのだけど!

 

私へのプレゼントに、と渡された魔法動物図鑑を胸に、ハグリッドの背中について歩いていた。そう、確かにハグリッドについていってたはず。……なのに!

 

 

 

「……どこよ、ここ」

 

 

 

気がついたら、見知らぬ通りに迷い込んでいた。割れた窓、汚れたランプ、張り巡らされる蜘蛛の巣、目付きがイッちゃったおじさんおばあさん。総評:ヤバい。

 

え、え、どうしよう。よりにもよって初めて来た場所てで迷子になったぞう、あれ私いつの間にここへ来た?自分でも分からないわ……えーと、とりあえず迷子になったときはその場で待機、よね。丁度いいわ、図鑑読んどこうかなーっと。

 

 

 

「……え。ねえ、君。赤毛のお嬢さん」

「はい?私のことかしら」

「そう、君だ。1人かい?ご両親は?」

 

 

 

本の世界に入る前に、優しい声がかけられる。ひょいと見上げると、三十がらみの男が不思議そうな、心配そうな表情をして立っていた。顔に走った古傷が痛々しいその男は、繕いの跡が多いローブからチョコレートを出して私に分けてくれた。あ、それマグル製品だね。学校帰りに弟たちとよく食べるよ。

 

 

 

「連れがいたのだけど、はぐれてしまって。あ、チョコレートありがとうございます」

「どういたしまして。ここで待ち合わせてるのかい?」

「いいえ。たぶん、漏れ鍋っていうパブに行けばいいの。どこにあるかご存知?」

「……ダイアゴン横丁の?」

「え?ええ、そうですわ」

「……ここはね、ノクターン横丁。ダイアゴン横丁は隣の通りだよ」

 

 

 

……えっ。方向音痴だとは思っていたけど気づかないうちに通りひとつ間違えるレベルなの、私。我ながら酷いわね、人に流されたなんて言い訳使えないじゃない。よくよく考えたらハリーが左腕にくっついてたのに……迷うなら普通2人で迷うでしょ……なんで私単体で迷子になってんだ……???ハリー今頃泣いてないかな、私が突然いなくなったように感じただろうなぁ。……うん、ヤバいぞう。

 

 

 

「ど、どうしよう。あの子に泣かれる……」

「あー……弟くんか妹さんと一緒に来たんだね?……ねえお嬢さん、1つ提案なんだけど。嫌じゃなければ、私が漏れ鍋の近くまで送ろうか」

「そ、そんなに親切にしていただいていいのですか?」

「構わないとも。さあ行こう……はぐれないようにね?」

 

 

 

このミスター、とっても優しいぞ……お人好しとも言えるぞ……ありがとうございます大変助かりました。私一人だとまず目的地に着けないからね、ありがたくて前が見えないほどだわ。

 

すいすいと人波を上手に歩く男は、しかしこちらの歩調に合わせている。おかげで相当歩幅の差がある私でもさほど苦労せず男について行くことが出来る。ついでに背中へ手が添えられているので、はぐれる心配もない。正直に言うとときめきで変な声が出た。イングリッシュ・ジェントルマンってこういう人のことを言うんだろうなぁ。しみじみ。

 

 

 

「あ、見えてきた。着いたよ、お嬢さん」

「本当?ありがとうミスター、おかげで助かりましたわ!」

「どういたしまして。もう迷わないように気をつけて。……さようなら、お嬢さん」

 

 

 

く、と背中を押されて前のめりになる。少し振り向けば、男は変わらずに微笑んでいた。あ、そうだ。お礼にあれを差し上げようか。くるりと体を反転すると男はぽかんと目を丸くしている。

 

忘れ物したんですよ、はいこれどうぞ今日のお礼です。これでも料理は得意なんです、味は保証しますよ。大きな両手にパウンドケーキをのせると、男はとろけるように破顔した。あーよかった、甘いもの好きそうだね。

 

今度こそ親切な人に別れを告げてパブに向かう。良い出会いをしたなーなんてほくほくして入口をくぐると、半泣きのハリーにタックルされ怖い顔をしたハグリッドにおでこをつつかれた。

 

あ、いや、その、大変申し訳ない。反省してます。だから泣き止んで、マードレ心が痛い。




「え、すごく美味しい……名前くらい聞けばよかったな」


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3.旅立ち、1年目

ハロー、カメリアです。ダイアゴン横丁迷子事件以来ハリーとダドリーの心配性が重篤化しまして、トイレとお風呂以外の時間はどちらか、あるいは両方に監視されるようになりましたカメリアです。なんでさ。さすがに家の中で迷子にはならないって……

 

知らない人について行ったのはね、うん、今考えると私も馬鹿だなって思うよ。でも結果的にはちゃんと目的地に着いたでしょ?だからさ、終わりよければすべてよしということでひとつ手を打っていただき……あ、だめ?ソッカー、マードレ悲しい。

 

 

 

「いいか、メリー。ハリーや友達と離れて1人でフラフラするなよ、死ぬぞ」

「いや流石に死なな」

「カメリア」

「気をつけます」

 

 

 

9月1日、入学式の日。ダドリーはどうやらこのあとちょっと病院に行かなきゃいけないらしいから、見送りは残念ながら家の前で。荷物をすっかり車に積んで、いざ出発というときになってダドリーの「カメリア3ヶ条」が発表された。

 

いわく、1人にならない。不審者は程よく叩きのめす。知らない人について行かない。こんな基本的なこと言い出して……私、幼稚園児じゃないのに……最近2つ破ったばかりですね、はい反省してます。

 

 

 

「メリー、ハリー!そろそろ出るぞ!」

「はーい!じゃあママ、ダドリー、行ってきます」

「行ってらっしゃい。たくさん手紙をちょうだいね、2人とも」

「行ってらっしゃい。ハリー、メリーを頼むぞ」

「任せてダドリー!行ってきます!」

 

 

 

泣きそうな母と心配そうな弟に見送られ、私たちを乗せた車はキングス・クロス駅に到着。カートに荷物を移してプラットフォームに運ぶと、今までうんともすんとも言わなかった父が、ようやく口を開いた。

 

 

 

「カメリア、ハリー。ひとつ、私と約束をしてくれ」

「ええ、なあにパパ」

「……無事に、帰ってきてくれ。もの言わぬ体で、私たちを出迎えないでくれ」

 

 

 

弱々しく呟いて父は私たちを抱き寄せた。鍛えられた胸筋の向こうで、心臓が不安げに揺れている。ふむ、パパ上は割と心配しないで送り出すものと思っていたが……認識が甘かったようね。ママ上が盛大に狼狽えていたもの、そっちに目がいってしまってパパの気持ちが隠れてしまったのかしら。

 

大きな背中に手を回す。胸に頬をすり寄せれば、いっそう強く抱きしめてくれた。

 

 

 

「きっと大丈夫よ、パパ。私たちはパパとママの子供だもの。何があっても、乗り越えるわ」

「約束します。絶対、2人で帰ってくるって!」

「ああ、ああ……ずっと、待っているよ」

 

 

 

父は潤んだ瞳をぱちぱちして、頬にひとつ唇を落とした。ハリーの頬にも同じようにキスをして、今度こそ、いっておいでと微笑む。ダドリーの病院もあるから見送りはここまでだ。父は名残惜しそうにホームを後にした。仕方の無いことだけど、ハリーは少し寂しそうかな。しょぼりと肩を落とすハリーの頭を撫でると、にぱっと嬉しそうに破顔した。ちょろかわいいなぁこいつぅ。

 

 

 

「さて、汽車を探さないとね。9と4分の3番線、だったかしら」

「うん。でも、どこにも見当たらないよね。9番線と10番線はあるけど……」

「弱ったわね……とりあえず9番線近くに行ってみましょう。他にも人がいるかも……あ、あの人たちがそうじゃない?ほら、赤毛の集団」

「ふくろうを連れてるね!よーし、話しかけてみよう!」

 

 

 

目の前を横切っていった大荷物の集団を追いかけてカートを転がす。あの人たち、人でごった返してる場所を歩くの慣れてるんだなぁ。きっちり纏まって行動することであいだに人が入るのを阻止してはぐれないようにしてるんだ、これは(私の迷子防止に)使えるぞう。

 

赤毛一家は不意に立ち止まると、お母さんが長男らしき少年に先を促す。パーシーと呼ばれた彼は軽く頷きを返して……なんと、9番線と10番線のあいだの柵に突っ込んでいった!ちょっ、まっ、怪我するわよ危な……ん?

 

 

 

「メ、メリー、今……!」

「人が消えたわ……!」

 

 

 

人波に遮られてその瞬間は見えなかったけれど、確かに、彼は姿を消した。あそこには何か魔法がかかっているのね。すごい、ファンタジーみた……私もファンタジーの住人だったわ、慣れなきゃ。ああでも本当、不思議だわ……何度見ても魔法って感動しちゃう。

 

双子の息子さんにからかわれてご立腹のご婦人にそっと声をかける。ご婦人はいくつか瞬いて、やわく微笑みを浮かべた。聞けば一家の下から2番目の息子さんが今季ホグワーツに入学するそう。ひょろっと背の高い痩せた少年がお母さんに背中を押されて恥ずかしそうに笑う。

 

 

 

「あら、貴女も今年入学なの?大人っぽいわねぇ、フレッドやジョージと同い年かと思ったわ」

「うふふ、よく言われます。おかげでピンクでふりふりのオンナノコな服が全然似合わないんです」

「大変なのねぇ……彼は弟さん?」

「いいえ、従弟です。あ、あの子成功したのね、良かったわ……私は大丈夫かしら?」

「心配性ねぇ、怖がって立ち止まったりしなければ大丈夫よ。初めは少し走っていった方がいいかもしれないわね」

 

 

 

先に消えたハリーを追い、柵に向かって走り出す。目は閉じない、絶対に目は閉じない!閉じたら余計に怖くなる気がする!迫る柵にけれど意地でも目を見開いて突撃すれば、瞬きひとつの間に世界は暗くなり、ついでじんわりと光が増えていく。

 

そして、世界がひらけたならば。蒸気を吐く深紅の機関車が悠々とその姿を晒していた。

 

 

 

「……すっごいわ……!」

 

 

 

荷物でいっぱいのカートを押す少年少女、見送りの大人たち。頭上ではたくさんのフクロウと、足元には数多の飼い猫……飼いカエルもいるようね。ほらほらこっちにおいで、お猫様に食べられてしまうわよ。

 

 

 

「メリー!やっと見つけ……どうしたのそのカエル」

「落ちてたのよ、きっと飼い主とはぐれたのね。しばらく連れていてもいいかしら?」

「別にいいよ、僕は気にしないもん。ほらメリー、空いてる席が無くなっちゃうよ!早く!」

「ああもう、そんなに押さないの!」

 

 

 

車内をうろつくこと数分、やっと見つけたコンパートメントは最後尾の車両。予約札代わりに軽食が入ったポシェットを置いて、トランクを取りに行く。え、重くて持ち上がらないの?そっか、ハリーは長距離特化の持久型筋肉が発達してるものね、こういう瞬間的パワープレイは得意じゃないか。貸してごらん、よいしょっと!

 

 

 

「おおすげー!パワフルだな、君!」

「ホントだ、これは僕たち必要なかったか?」

 

 

 

背後からそっくりなふたつの声が降ってくる。同じ人が喋ったのかと思うくらいよく似た声だ、ついでに言うとさっきも聞いたような……あ、赤毛一家の双子さんだわ。ハリーと顔を見合わせてくるりと振り抜くと、同じ顔をした兄弟が悪戯っぽくニマリとした。

 

 

 

「手伝おうかって言おうとしたけど……いらない?」

「まあ、いいの?ふふ、せっかくだからお願いしてもいい?」

「よしきた!おいジョージ、麗しきレディのお願いだ!荷物をお運び申し上げようぜ!」

「OKフレッド!さ、2人とも。君らのコンパートメントまで案内してくれるか?」

 

 

 

気のいい双子はハリーが苦戦していたトランクをあっさりと持ち上げ、コンパートメントに収めてくれた。2人ともとっても元気だけど、なんとなーく見分けがつくような。ゴーインマイウェイ、他人を引っ張るムードメーカータイプなのがフレッドで、フレッドや引っ張られてる人のフォローをするのがジョージっぽい。初対面だから間違ってるかもしれないね、気にせんどこ。

 

お手伝いのお礼に渡したパウンドケーキを絶賛されたり、2人がハリーの傷に見とれたりしていると、外からご婦人の呼び掛けがあった。つられて双子の意識が窓の外に流れる。た、助かった……褒め殺されるところだったわ……ご婦人グッジョブ!

 

 

 

「フレッド、ジョージ!あまり悪さをしないように……あら!さっきのお嬢さんじゃない!」

「はい、ミセス。またお会い出来ましたね!私はカメリア・ダーズリーと申します。こっちは従弟のハリー」

「さっきはありがとうございます!僕、ハリー・ポッターです!」

「ハ……ハリー・ポッター!?」

 

 

 

おっとー?これはこないだもあった反応だぞー?とりあえずトーンを落としていただきたく……あら妹ちゃん握手したいの?ハリー、手を伸ばしてあげて。あーもうわちゃわちゃしないでツインズ、うちの子が潰れちゃうわ!さっさと外に出てマダムにお別れを言ってきなさい!もうすぐ汽車が出てしまうわよ。

 

ご婦人のもとへいく双子にまたねと手を振って、ぐっしゃぐしゃに髪が乱れたハリーを呼び寄せる。手ぐしで軽く整えてやると、嬉しそうに目を細めた。あああかわいいのう、かわいいのう、マードレいっぱいお菓子あげるね。たんとお食べ、ああかわいいのう、いとしいのう。

 

甲高い汽笛を連れて、特急は走り始める。赤毛の妹さんが泣きながら汽車を追いかけようとするのをご婦人が止めて、双子が窓越しにからかいながら慰めていた。

 

 

 

「ふふ、いい出会いだったわね。素敵なご家族だわ」

「うん、兄妹の仲もいいしね。……うちには敵わないけど!」

「なんで張り合おうとしてるのよ」

 

 

 

ビュンビュン通り過ぎていく景色から視線を外し、膝の上の本を開く。今日の読書は変身術の教科書だ。何度か通して読んでみたが、初年度とは思えないくらい内容が濃い。そして面白い。ハリーは魔法薬学の辞書を引っ張り出して眺めている。……なんでヤギの胃に入ってるのよべアゾール石……結石かよ……胃液で溶けないのかよ……。

 

変身術の教科書を閉じてハリーとふたり辞書を読んでいると、赤毛の男の子……ロンがやってきたり、カエルの飼い主が泣いてペットとの再会を喜んだり、プラチナブロンドくん……もといドラコがロンと喧嘩したり、それを仲裁したら何故かトランプでポーカーが始まったり……よく分からないけどロンとドラコが結託して私を潰そうとしたので優しく蹴散らしました。

 

 

 

 

「……カメリア……君、結構策士だな……」

「当然よ、まさか泣きそうな顔でジョーカーを持ってるなんて誰も思わないでしょう?これも作戦のうちってね」

「こわ……カメリアこわ……」

「メリーは昔からこうだよ、いつも笑顔で相手をねじ伏せるんだ……ロンもドラコも早速洗礼を受けちゃったね……」

「喧しい。さあ次は何にしようかな……そうだ、勝った人には私のパウンドケーキをあげるわ」

「頑張ります」

「えっどうしたのさハリー、いきなりやる気になって」

「メリーのお菓子はめちゃくちゃおいしいんだ、特にパウンドケーキは得意中の得意料理だよ」

「よーし僕も頑張るぞ」

「今度こそ負けないからな……!」

「一昨日来やがれ♡」




共通の敵がいると結託するロンとドラコ。
ゲームを通して仲良くなってしまえばいいと思います。



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4.組み分けは迅速に

みんなでトランプをして遊んでいると、クシャクシャの茶髪の女の子がもうすぐ駅に着くと教えてくれた。彼女もマグル生まれだそうで、私と一緒ねと笑えば、ぱあっと顔を明るくさせてマシンガンのごとく話し始める。彼女はハーマイオニーというらしい。

 

ハーマイオニーの言う通り、数分後に減速が始まった。汽車が止まると、外にハグリッドが待っていた。私とハリーに再会できたのがよほどうれしいみたいで、ニコニコしながら両手で頭をガシガシしてくれる。私はともかくハリーは首が細いからやめて欲しい。ぺきりと折れてしまいそうだわ。

 

ハグリッドについて山道を登り、角を曲がると大きなお城が見える。あれがホグワーツ魔法魔術学校……ダイアゴン横丁でも思ったけれど、まるで中世にタイムスリップしたみたい。たくさんの窓に星が映って、きらきらと煌めいている。

 

小舟に乗って湖を渡る間もドラコは満天の星空に見とれているし、ハリーとロンはどんどん近づいていくホグワーツ城にはしゃいでいる。蔦が生い茂ったトンネルをくぐるときなんて「まるでインディ・ジョーンズみたいだ!」とハリーは目を輝かせた。(なおロン&ドラコはインディ・ジョーンズを知らなかった。今度見せてあげよう)

 

城影の船着き場に到着すると、ハグリッドがひとつひとつの船を検査して忘れ物をチェックする。子どもって何かしら忘れるよね、わかるわかる。前にプール遊びをしたときまさかの水着を忘れちゃった子がいて、てんてこ舞いしたもの……あら、またカエルが旅に出ちゃってたのねネビル。もうハーネスがなにかをつけた方が安心なんじゃないかしら。

 

ハグリッドは全員が船を降りたことを確認して、立派な扉を3回叩く。すぐに中から出てきたのはマクゴナガル先生。ハリーの瞳みたいなローブをお召しになった彼女は、今日も変わらず凛々しく明媚である。

 

 

 

「マクゴナガル教授、イッチ年生のみなさんです」

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

 

 

 

先生に案内され、玄関ホールに通される。実家が庭ごと入りそうなくらい広い。ママが見たら昏倒しそうだわ……あ、まだ進むの?待って待って置いていかないで迷うから。

 

大広間に通す前に準備があるらしく、しばらく小部屋で待つように言い渡される。先生はきりりと顔を引きしめて私たちを見回した。

 

 

 

「ホグワーツ入学おめでとうございます。新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席に着く前に皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。寮は全部で四つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、そしてスリザリン。どの寮も輝かしい歴史があり、偉大な魔法使いを輩出してきました。寮ごとに生徒に対しての加点と減点があり期末に最も得点を得た寮が寮杯を手に入れます。くれぐれも軽率な行動はしないことです。それでは準備がありますのでしばしお待ちを」

 

 

 

ローブの裾を優雅に翻し、マクゴナガル先生が退室する。ざわざわざわめく室内ではそこかしこで組み分けの儀式がどんなものかという予想大会が開かれている。ロンはすごーく痛いってフレッドから聞いたそう。

 

やだなぁ、殴打系ならまだしも斬撃系は好きじゃないなぁ。ぽそりと呟くと、ロンとドラコが信じられない!って顔で見てくる。やめろやめろそんな目で見るな、武道の経験があると相手の蹴りや拳で痣ができるのは日常茶飯事なんだよう。

 

隣でハーマイオニーがぶつぶつ呪文の練習をしているのを聞きながらロンの鼻についた泥を落としたり、ネビルのローブを整えたりして過ごしていると、ふたたびマクゴナガル先生がやってくる。どうやら準備が整ったようだ。

 

先生に先導されて大広間に足を踏み入れる。4つのテーブルに別れて各寮の生徒が座っているみたいだ、それぞれフードやネクタイの色が違う。

 

空中に浮いた無数のロウソクと天井に広がる空

これも魔法の一種らしいけど、どれだけ修行を積めばこんな大魔法が使えるようになるのかしら。

 

しっかり星空を堪能して先生たちが座る長机に視線を戻す。マクゴナガル先生が静かに椅子と帽子を置きしばらく待てば、なんと帽子が歌い出した!どうやら新入生の組み分け時に毎年違う歌で歓迎してくれるみたい。中に人でも入っているのかな、喋り考える帽子なんて初めて見たわ。

 

じーっと組み分け帽子を見つめていると、女の子が呼ばれて駆け出した。とうとう組み分けの儀式が始まったようだわ、私はダーズリーだから……Dね。早めに出番が来てしまうわ……

 

 

 

「ダーズリー・カメリア!」

「やだもう呼ばれちゃった、一足先に失礼するわね!」

「行ってらっしゃいメリー!」

「行ってくるわー!」

 

 

 

たかたかたーと帽子に向かって歩き始める。英雄もといハリーと仲良く話していたせいか、降り注ぐ他人の目が少し鬱陶しい。まあ実害がなければどうでもいいんですけどね!幽霊でも見たかのような真っ黒い先生の視線を受け流して、椅子に座り帽子を被る。とたんに穏やかな声が脳みそに流れ込んだ。

 

 

 

「おやおや、リリー・エヴァンズの血縁がもう1人来るとは予想外じゃ」

「あら、叔母様をご存じですか?」

「もちろんじゃ。正義感が強く優しい、まさにグリフィンドールの鑑とも言える子じゃった……君によく似ておる」

「そうですか……ふふ、くすぐったいわね」

「君は……なるほど、愛を与えるものか。いっそ狂気的なまでの母性を制御するか、解き放つか……ハッフルパフ、いや違う。母性の底に苛烈さがある……ならば……グリフィンドール!」

 

 

 

帽子が高らかに叫ぶ。微笑むマクゴナガル先生に促されグリフィンドールの机に向かうと、厚い歓迎を受けた。乗車時に手伝ってくれたフレッド&ジョージにぎゅっぎゅっとされながら次の組み分けを見守る。

 

ハーマイオニーもグリフィンドールだ、嬉しいな。抱きしめられたままぱっと腕を広げると、ハーマイオニーは恥ずかしそうに胸へもたれ掛かる。よしよしかわいいねぇ君はよしよし。

 

世にも奇妙な4人団子体勢のまま新しいグリフィンドール生を歓迎する。ちょっと長めに悩まれたハリーも無事こちらに来た。ドラコは残念ながらスリザリンだけど、ロンもグリフィンドール。仲良くなった人間がほぼ同じ寮でうれしいです。いっぱい愛でてしまおうね。

 

 

 

「よしよしハリーよく来たねぇ」

「メリー!!!フレッドジョージどいて僕が抱きつけない!!!」

「「なにおー!僕達が先なんだぞ!」」

「喧嘩しないの!半分こ!」

「カメリア、人間は半分こできないわ……」

 

 

 

わちゃりわちゃりとしている私たちを校長先生が穏やかに鎮める。軽い挨拶が終わったと同時に、金の皿がご馳走で埋め尽くされた。

 

ローストビーフにローストチキン、ポークチョップ、ラムチョップ、ソーセージ、ベーコン、ステーキ、ゆでポテト、グリルポテト、フレンチフライ、ヨークシャープティング、ベイクドビーンズ、にんじんのグラッセ、グレービーソース、ケチャップ、謎のキャンディ。最後以外はどれもこれも美味しそうだ。

 

ハリーは全部を皿に乗せることにしたみたいだ。私は……まずサラダが食べたい。血糖値の上昇を穏やかにしなければすぐに太ってしまうからね、先に食物繊維を取っておこう。

 

ところで、我がダーズリー家の子どもたちはみな運動を習慣づけているせいか食事量が多い。だいたい成人くらいか、その1.2倍くらいは食べる。つまりどういうことかと言うと。

 

 

 

「………………ハリー、カメリア、どこにその量入ってるの?」

「?胃じゃない?」

「胃よね」

「違うわカメリア、ハリー。ロンはその体型でその量の食事を取れることが信じ難いの。私だって同感だわ!」

 

 

 

そんなこと言われたって……良質な筋肉とパフォーマンスには動物性タンパク質が必要不可欠なんだ……植物性タンパク質よりアミノ酸配合バランスが整っているからね。特に牛乳と鶏卵はいいぞ、およそパーフェクトな必須アミノ酸含有バランスだもの。

 

ゴブレットになみなみと注がれたミルクを嚥下してナプキンで口元を拭う。はあ、おなかいっぱいだわ。明日の朝練は気合い入れてやらないとね……うそ、デザートもあるの?食べます。手始めにアップルパイとバニラアイスクリームをください。

 




ハリー と カメリア に 大食い 要素 が 加わった !


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それは狂気と答えるわ

四日ぶりですねごきげんようお待たせしました






入学式の翌日から楽しい楽しい授業が始まった。星を観察する授業や植物(?)を育てる授業、魔法界の歴史を学ぶ授業、妖精の魔法を学ぶ授業などひとくちに魔法と言っても様々なジャンルがある。

 

私が特に好きなのはマクゴナガル先生の変身術かしら、まさか先生が猫に変身しているなんてなんて思いもよらなかったわ!教卓を豚に変えたりもしていたし……その領域へ達するにはどれだけの鍛錬が必要なの?いつか私も動物に変身してみたいわ、そのためにもまずは初歩を修めないと……!

 

先生が懇切丁寧に変身術の理論を教えてくれる。その後にはお待ちかねの実演だ。

 

 

 

「皆さん板書は理解出来ましたね?それでは今から1人1本ずつマッチ棒を配ります。これを針に変身させることが今日の課題です」

 

 

 

前の人に渡されたマッチ棒をマジマジと観察し、脳内で針を思い浮かべる。まずは普通の縫い針でいいかしら。ちちんぷいぷい、と。

 

ぽふんと軽い音を立ててマッチ棒が姿を変える。これは……家で使っている金色の針だ。穴の上にごく小さな切れ込みが入っていて、そこに糸を添わせると簡単に糸通しができるスグレモノ。うっかり胸筋でボタンを弾き飛ばしたパパのシャツや、お気に入りをローテしすぎて裾が破けたハリーのズボンをよくチクチクしていた相棒のような針が、出来てしまった。

 

 

 

「わあ、すごいメリー!もう出来たの?」

「うん、そうみたいね。でもこれではありきたりだわ……こう、もっと変わったものがいいんだけど。例えば……」

 

 

 

すい、と杖を振る。金色の針はその頭に椿の花を咲かせた。

 

 

 

「こういう実用性と見目の良さを兼ね備えたまち針なんて素敵だわ」

「ええ、とても美しい出来です。ミス・ダーズリー、拝見しても構いませんか?」

「マクゴナガル先生!もちろんです、どうぞ」

「では失礼して……まあ、花弁だけでなく萼、花糸も再現されているのですね。見事な観察力・想像力です。ミス・グレンジャーといい今年の1年生は期待が持てそうで嬉しい限り、グリフィンドールに10点を差し上げましょう。みなさん、2人の針をよく観察するように」

 

 

 

先生は入学説明以来何度か見せた微笑みを浮かべて加点したあと、ハーマイオニーの針とともに私のマッチ棒をクラス中に見せて回った。なんだか孫の成長を喜ぶおばあちゃんみたいだ……愛に溢れている……

 

 

 

*******************

 

 

 

マクゴナガル先生に出されたレポートを仕上げるため、ひとり図書館で参考書を漁る。初歩の初歩でさっそく撃沈したハリー&ロンにはわかりやすいものがいいかしら、この「猿でもわかる変身術・入門編」なんて良さそう。ハーマイオニーはもうちょっと進んだ……初級編か中級編がいいかもしれない。

 

人の少ない本棚の奥で本を引っ張り出し、パラパラ眺めては仕舞い、また違う本を引っ張り出すの繰り返す。ふいに人の気配を感じて脇に避け、そっと振り向くと、困ったような驚いたような顔をしたクィレル先生が立っていた。

 

 

 

「こんにちは、先生」

「こ、こんにちはミス・ダーズリー。な、にをお探しですか?」

「変身術の本を。初級者向けと中級者向けのものがほしいんです」

「な、ならこちらの列にありますよ。私が、あ、案内しましょう」

「ご親切にありがとうございます!」

 

 

 

おすすめの参考書を2冊借りて貸出カードに名前を書く。どうやらホグワーツではひと月丸々借りていていいらしい。なんて太っ腹なんだ……私が学生の頃は2週間だったような気がする……。まあ、なんにせよ、これでハリーとロンもレポートが書けるぞう!

 

 

 

「あ、あの!ミス・ダーズリー!」

「?はい、どうされましたか?」

「こ、この後予定がないなら、私の部屋でお茶など、い、いかがでしょう?よ、良い茶葉を手に入れたので」

「わあ、いいんですか?ぜひお邪魔したいです!」

 

 

 

クィレル先生はおろきょどしながらドアを開けてくれた。通された部屋は「闇の魔術に対する防衛術」の教室のようにニンニクの匂いで充満しておらず、古い書籍や羊皮紙が沢山積み上がっている。床に落ちていた1冊を手に取った。ふむふむ、「永遠の命〜八百比丘尼の伝説〜」……これ絶対日本のでしょ、我が愛しき魂の故郷……

 

デスクの端をお借りして借りてきたばかりの本を置く。差し出されたカップから爽やかな柑橘の香りがした。

 

 

 

「いい香りですね。水色も綺麗だわ……」

「き、気に入ってくれたなら何よりです。ミルクと砂糖はど、どうしますか」

「どちらも頂きます。……はぁ、脳にしみ渡るわぁ……」

 

 

 

糖分は大事、はっきりわかんだね。熱いミルクティーをちびちび舐めながらお茶請けを楽しみ、ほっと一息ついた。魔法界のお菓子にしては珍しく真っ当なものばかりが並べられ、特にアプリコットジャムを挟んだリンツァークッキーなんて絶品だった。どこの商品なんだろう、個人的に買いたい……

 

お茶のおかわりを挟み、先生と他愛のない話をする。ハリーが地元の長距離走大会で優勝した話だとか、ダドリーがイングランドのジュニア大会で優勝した話とか、うっかり不審者の肋骨をへし折った話とか、まあいろいろと。

 

1番戦闘能力が低いハリーでさえ鍛えられた黄金の左足で変態を撃退してるんですよー。どうしたんです先生、そんなに顔を真っ青にして……大丈夫です、変態ぺド野郎しかハリーは狙いませんから……。そうそう、うっかり家族トークで盛り上がってしまったけれど、

 

 

 

「先生、私を呼んだ目的はなんです?わざわざ1人のときに接触してきたんです、何か聞きたいことがあるのでしょう?」

「……分かっていたのか、ミス・ダーズリー。ああそうだとも、ぜひ君の意見が聞きたくてね」

 

 

 

夢から覚めたような顔をして先生が微笑んだ。まるで人が変わったみたいな口調と表情だ、不安げな態度で隠し通しているのだとしたらとんでもない狸ね。丈夫な仮面を剥いでまで一体何を聞きたいのかしら。

 

空っぽのカップを取り上げられた代わりに、膝をついた先生が私の手を取った。

 

 

 

「愛とは、なんだ?」

「私なら、愛は狂気と答えるわ」

狂気(craziness)?なぜ?」

「|Things base and vile, holding no quantity, /Love can transpose to form and dignity.《すこしも均衡のとれていない卑しく醜いものを、愛は美しく厳かなものに変えることができる》愛ゆえに他人を虐げるものがいたわ、愛ゆえに相手を殺す人間だっている。愛の盲目さで滅んだ東方の国さえあるのよ、これが狂気でないのなら何が狂ってるって言うの?」

 

 

 

愛は恐ろしいものよ、だから触れたくなるのでしょう?

 

にっこりと微笑んでみせると、クィレル先生はクマと遭遇した人間みたいな顔をしてそっと後ずさった。まったくもって失礼だわ……

 

 

 

「お前は……現実主義のダンブルドアよりもよほど恐ろしいな」

「まあ、繊細な乙女になんて言い草なの?」

「本当に繊細なら今頃恐怖で気を失っていると思うがな。……お前が若き俺様のそばにいてくれたなら、マグル抹殺など考えもしなかっただろうに」

 

 

 

小さく呟いた言葉は残念ながら聞こえなかったけれど、きっと聞いて欲しくないから声量を搾ったのだろう。ならば、私が問いただす必要はないか。

 

真顔なのに泣きそうなクィレル先生をしばらくよしよしして、荷物とともに部屋を出る。寮の入口まで送ると言ってくれたけれど、なんとなく1人で歩きたかった。

 

愛とは狂気だ。そしてダドリーやハリーに対する私の愛もまた、狂気だ。

 



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