脊髄反射で書く朝潮型短編集 (哀餓え男)
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満潮の逃避行

 私の名前は満潮。

 朝潮型駆逐艦の三番艦よ。

 過去の大戦で沈んだはずのに、気がついたら艦娘として第二の生を与えられていたわ。

 

 最初は戸惑ったなぁ。

 だって、船だった私に手足がついてるのよ?しかも、幼女と言ってもいいような年頃だし。

 他の駆逐艦も似たような年頃だから、船だった頃の大きさが関係してるのかしら。

 あ、そうだ。関係してると言えば、船だった頃の出来事が影響してるのか、私は他の子達と比べて素直じゃない。

 着任した時なんか司令官に、『私、なんでこんな部隊に配属されたのかしら』って言っちゃった。後で朝潮姉さんに注意されたけどね。

 

 聞くところによると、私はツンデレってやつみたい。

 同型艦の霞と、綾波型の曙と合わせて『駆逐艦のツンデレ四天王』とか呼ばれてるらしい。

 四人目は誰よってツッコミたいところね。たぶん叢雲辺りでしょうけど。

 

 そんな私も、艦娘になって早四年。

 色々危ない目にあったけど、今私は、その中でも最大の危機に見舞われている。

 危機とは言っても、べつに死にかけてるわけじゃないわ。今いるのは戦場じゃなくて鎮守府だけど。10を軽く超える艦娘達に追い回されてるの。

 なぜ追い回されてるのかと言うと……。

 

 「追い詰めたわよ満潮!大人しくお祝いされなさい!」

 

 「怯えさせてはダメよ山城。これでは私達がイジメてるみたいに見えるわ」

 

 私を壁際に追いつめて、扶桑型姉妹の二人がそんな事を言いながらジリジリと距離を詰めてくる。

 

 これで私が震えながら泣いてたら、扶桑が言ってる通り本当にイジメられてるみたいに見えるかもね。

 もしくは誘拐されそうになってるか。

 

 「お祝いなんてしなくていいって言ってるでしょ!改二改装ができるようになったくらいで、みんな大袈裟なのよ!」

 

 そう、私はお祝いされそうになっている。

 大本営から発表された私の改二改装を祝して、朝潮姉さんを筆頭に、姉妹達と西村艦隊のメンバーがお祝いパーティーを計画している事に気づいた私は、祝われる前に逃亡したの。

 そしたらみんなして私を追いかけ始めてさ。

 おかげで、せっかく出来るようになった改二改装もまだ受けれてないわ。

 

 「大袈裟なんかじゃないわ!改二なのよ?待ちに待った満潮の改二なのよ!?これが祝わずにいられますか!姉様もそう思いますよね!」

 

 「その通りよ山城。この日のために、常日頃から主砲で花火を撃ち出す練習をしてたのだから」

 

 いや、何の練習してんのよ。アンタら戦艦でしょ?

 数が多い駆逐艦より、数が限られてる航空戦艦のアンタ達の方が出番多いでしょ。

 花火を撃ち出す暇があったら敵を蹴散らしなさいよ。

 

 「満潮、もしかして改装を受けるのが怖いの?大丈夫よ。天井のシミを数えてる間に終わるから」

 

 「姉様、セリフの使いどころがおかしい気がします」

 

 「あ、あらそう?やだ、私ったら」

 

 相手してらんない……。

 なんとか逃げる方法はないかしら。一度振り切ってしまえば扶桑達に追いつかれることはないはずだけど、壁際に追いつめられてる今の状況じゃ、そもそも振り切れない。まずはこの包囲を突破しないと。

 

 「あ、そうだ山城。この間買ってた宝くじ結果見た?」

 

 「え?宝くじ?そう言えば買ってたわね。どうせハズレるのに……」

 

 よし、この様子だと結果はまだ見てない。

 ならば!

 

 「山城が買った宝くじ、当たってたわよ」

 

 「嘘!ホント!?い、いやいや、騙されないわよ!私が買った宝くじが当たるわけないじゃない!」

 

 さすがに騙されないか。

 でもね山城、その当たりが現実的な等級ならどう?そう、例えば。

 

 「4等が当たってたわ」

 

 「い、今何と……?」

 

 「4等って言ったの。良かったわね、4等とは言え当選したわよ」

 

 4等で数万円くらいだっけ?

 本当に当たってたら、ちょっと嬉しいレベルかしら。

 

 「山城?ねえ山城?どうしよう、立ったまま気絶してる……」

 

 「嘘でしょ!?」

 

 4等が当たった程度で気絶するとは思わなかった。普段どんだけついてないのよ。普通の人なら精々飛び上がって喜ぶ程度よ?

 

 「ね、ねえ満潮。本当に当たってたの?」

 

 「いいや?全部ハズレ。10枚買って300円すら当たらないって、どんだけ運が無いのよ」

 

 連番で買えば300円は絶対当たるのに、わざわざバラで買ったりするから……。

 

 「ほら、やっぱりハズレだって。だから気をしっかり持って山城。いつも通りハズレよ?良かったわね」

 

 よし、扶桑が山城を慰めてる間に逃げよう。

 って言うか、宝くじ結果一つで気絶するってどんだけ?扶桑の慰め方もどうかと思うけど。

 正直、動揺してくれたらラッキー程度にしか思ってなかったんだけどなぁ。

 

 「おっと!ここから先は通行止めだよ満潮。諦めてボクたちについて来てよ!」

 

 「改二になったらお祝いしなきゃ。こればっかりは譲れないよ」

 

 扶桑姉妹の包囲を突破して鎮守府の玄関から出ると、今度は最上と時雨が立ち塞がった。

 この二人にはさっきみたいな手は通じない。って言うか通じる方がおかしい。

 だけど、アンタ達の攻略法は考えてたわ。

 

 「ちょうど良かったわ!二人を探してたの!」

 

 「「ボクたちを?」」

 

 私は二人の前で足を止め、必死の形相でいかにも『やっと見つけた!』風を装った。

 

 「山城が気絶したの!今は扶桑が見てるけど二人も早く行ってあげて!私も後から行くから!」

 

 「なんだって!?早く行かなきゃ!」

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ最上!じゃあ先に行くけど、満潮も早く来てね?」

 

 いってらっしゃーい。

 私は去り行く二人を、冷めた目で見送った。

 二人が仲間思いの良い奴でよかったわ。

 騙しやすかったからじゃないわよ?私は嘘言ってないし。ああでも、後から行くってのは嘘か、このまま何処かに隠れるつもりだし。

 

 そんな感じで西村艦隊の追跡から逃れた私は、鎮守府にいくつかある倉庫の中に入った。

 多少埃っぽいけど、追い回されるよりは遥かにマシね。しばらく、物陰にでも隠れて様子を見よう。

 

 「改二かぁ……。嬉しいことは嬉しいけど……」

 

 第八駆逐隊で改二じゃなかったのは私だけだったから、改二改装が受けれるようになったと知った時は内心、嬉しかったわ。

 なんて言うの?疎外感?的なものを感じてたし……。

 

 「けど、パーティーはやり過ぎよ。そこまで大事にしなくたっていいのに」

 

 朝潮姉さんは、姉妹に何か良い事があると、なぜかお祝いをしたがる。

 朝潮型で始めて改二が実装された霞なんか、礼号組の人達と朝潮姉さんに揉みくちゃにされてたもんなぁ……。終いには讃えられてたし。

 

 「姉妹想いの良い姉ではあるんだけどね……」

 

 だけど、祝われる訳にはいかない。

 今回、私が改二改装を受けれるようになった事で、第八駆逐隊はメンバー全員が改二という異例の事態となった。

 それを聞いた朝潮姉さんの喜びっぷりは、当事者の私が冷めちゃうくらい凄かったわ。

 『これが、朝潮型駆逐艦の力なんです!』とか『よし!突撃する!』とか言って、まだ実装前なのに工廠に私を連れて行こうとしてさ。

 いい迷惑よ……まったく……。

 

 「見つけましたよ!満潮!」

 

 私が物思いに浸っていると、倉庫の入り口から朝潮姉さんの声が響いてきた。その後ろには人影が六つ、まさか朝潮型が全員来てる!?

 まずい、尾行には注意したし、索敵機が飛んでないことも確認して隠れたのにもう見つかった!

 入り口を固められたんじゃ逃げ場がない!

 

 「ど、どうしてここがわかったの?」

 

 「匂いです!この朝潮、満潮の匂いなら、例え地の果てまでも追っていけます!」

 

 犬か!って言うか私ってそんなに匂いキツい!?軽くショックなんだけど!

 

 「さあ、もう逃げ場はありませんよ?大人しく投降しなさい」

 

 「い、嫌よ!投降したら祝うつもりでしょ!西村艦隊のみんなと一緒に揉みくちゃにする気でしょ!」

 

 「ふふふ、甘いですよ満潮。その頭についてるフレンチクルーラーより甘いです」

 

 いや、これ髪の毛だから。

 たまに一航戦の赤い方が齧り付いてくるけど、別に甘くないからね?

 

 「御神輿に乗せて、鎮守府中を練り歩きます!どうです?素敵なプランでしょ?」

 

 「やめて!羞恥プレイにも程があるわよ!拷問と言っても過言じゃないわ!」

 

 霞の時にもやってたやつじゃない!

 絶対に投降なんて出来ない。それで喜べるのは大潮か荒潮くらいのものよ!

 

 「朝潮姉ぇ、それじゃ出てこないよ。私に任せといて」

 

 物陰から少し顔を出して見てみると、朝雲が何やら手に持って朝潮姉さんの前に出てきた。

 アレはまさか……猫じゃらし?

 

 「ほぉ~らぁ♪満潮姉ぇの大好きな猫じゃらしだよ~出ておいで~♪」

 

 猫か!アンタって、私を猫だと想ってたの!?

 ああでも……猫じゃらしの揺らし方が上手いわね。思わず目で追っちゃうじゃない!

 

 「ほらほら~♪ボールもあるよ~♪」

 

 朝雲がそう言って、野球ボール位の大きさのゴムボールを私の方に転がした。

 猫じゃらしで狩猟本能を呼び覚ました後にボールか……。私が本当に猫だったら、アンタの勝ちだったわ。

 けど、私ボールってあんまり好きじゃないのよね。

 

 「ふぅんぬ!」

 

 私は転がってきたボールを掴み、朝雲の顔面目掛けて力一杯投げつけた。

 うん、我ながら見事な投球。朝雲と言う名のミット目掛けて一直線だわ。

 

 「ぶべら!?」

 

 私が投げたボールは、『へ?』って感じの顔をしていた朝雲の鼻っ柱に見事命中。朝雲は鼻血を吹いて背中から倒れた。

 まずは、一人。

 

 「朝雲ちゃんがやられたみたいねぇ」

 

 「朝雲姉さんは…朝潮型の中でも最弱(練度的な意味で)……」

 

 「フン!あんなボールも避けれないなんて、だらしないったら!」

 

 荒潮、霰、霞が順に朝雲を扱き下ろした。

 確かに朝雲は、うちの鎮守府に居る朝潮型で一番練度が低いけど、世の中には朝雲が一番練度が高い鎮守府だってあるのよ?敵に回しても知らないからね。

 

 「次は私が行くわぁ。山雲ちゃん、手伝ってくれるぅ?」

 

 「わかりました~。朝雲姉ぇの仇、取らせてもらいますね~」

 

 次は二人同時か。しかも何を考えてるかわかり辛い荒潮と山雲、相手としては最悪ね。

 

 「山雲ちゃん、アレを」

 

 「はい~。どうぞ~」

 

 荒潮に言われて山雲が取り出したのは、紙ナプキンの上に乗せられた……フレンチクルーラー?いったい何のつもり?

 あ、念のため言っとくけど、山雲が持ってるフレンチクルーラーは髪型的な意味のフレンチクルーラーじゃなくて、ミスターなドーナッツで買えるフレンチクルーラーね。

 凄く……美味しそう……。

 

 「さあ満潮ちゃん、この子(・・・)の命が惜しかったらぁ。大人しく投降してぇ?」

 

 「は、はぁ!?」

 

 え?何言ってるの?荒潮が何を言ってるのかわからない。って言うか何をしてるのかわからない。

 どこからか取り出したナイフを、おもむろにフレンチクルーラーに押し当てて妖艶な笑みを浮かべて私を見てる。

 この子(・・・)ってまさか、フレンチクルーラーの事!?

 

 「い、一応聞くけど……何のつもり?」

 

 「わかりませんか~?人質です~。満潮姉ぇのお友達でしょぉ?」

 

 うん、とりあえず山雲が私にケンカを売ってる事はわかった。

 人質じゃないじゃん。物質じゃん。って言うか友達じゃないし。ミスターなドーナッツに行ったら文字通り売るほどあるわよ。

 

 「どうするのぉ?ほらぁ、切り分けちゃうわよぉ?いいのぉ?」

 

 好きにすればいいじゃない。

 あ、でも、山雲の手を切らないように気を付けてね?それ、ガチのナイフでしょ?なんでそんな物を持ち歩いてるのかはあえて聞かないけど。

 

 「強情ねぇ。じゃあぁ、可哀そうだけどぉ……」

 

 ため息混じりに、荒潮がフレンチクルーラーを真っ二つに切り分けた。

 変な感じね、ただのお菓子が切り分けられてるだけなのに、髪を結ってる部分に幻痛を感じるわ。

 

 「ほらぁ、こんなにクリームが出ちゃったじゃない」

 

 「くっ!」

 

 荒潮がナイフについたクリームを舐め取る光景から、私は思わず目を逸らしてしまった。

 アレはお菓子、私とは無関係。なのにどうして、こんなに胸が痛むの?フレンチクルーラーが切り分けられてるだけなのに、まるで私の体が切られているような錯覚を覚えてしまう。

 

 「もう一回いっとくぅ?」

 

 「ダメ!それ以上その子を傷つけないで!」

 

 荒潮が再度、ナイフでフレンチクルーラーを切り分けようとしたのを思わず止めてしまった。

 酷いわ荒潮、フレンチクルーラーを四つに切り分けるなんて。

 一思いに食べてあげてよ!それは切り分けて食べる物じゃないわ!両手で持って齧り付くのが美味しいのよ!

 

 「早く投降しないとぉ、もぉ~っと細かく切り分けちゃうわよぉ?」

 

 荒潮がニヤニヤしながら、クリームがついたナイフをチラつかせた。

 投降するしかないか……。

 私が投降すれば、あの子がこれ以上切り刻まれる事は……って、山雲の隣にいつの間にか一航戦の赤い方が……。

 

 「あ~~!赤城さんダメですぅ~!」

 

 山雲が気づいた時には遅かった。

 食う母赤城は、フレンチクルーラーが乗った山雲の手ごと口に含んだ。

 恐怖すら感じる動きだったわ。

 こう、なんて言うの?『し』の字を描くように下から山雲の手に噛り付いたその動きは、なびく長髪のせいもあって、赤城さんの顔をした蛇に見えたもん。しかも真顔。

 怖いというより不気味だったわね。

 

 「上々ね」

 

 「上々ね。じゃないですよぉ!人質が無くなっちゃったじゃなぁい!」

 

 「もぅ~!手がベトベトになっちゃった~!」

 

 満足したように踵を返した赤城さんを、荒潮と山雲が文句を言いながら追って行った。

 これで三人、赤城さんには感謝しないと。

 

 「荒潮姉さんと山雲姉さんもやられたか……」

 

 「じゃあ…次は……霰と霞ちゃんが行く……」

 

 次の相手は霰と霞か。

 霰は荒潮や山雲以上に何考えてるかわかんない子だけど、霞は逆にわかりやすい。霰にさえ気を付けてれば勝てる!

 

 「満潮姉さん、話をしましょう」

 

 「話ですって?この期に及んで、何を話そうってのよ」

 

 朝潮型で一、二を争うほど血の気が多い霞が話?

 意外だわ。問答無用で取り押さえに来ると思ってたのに。

 

 「私は姉さんの味方よ」

 

 「はぁ!?今さら何を……!」

 

 「聞いて!私なら姉さんの気持ちがわかるわ!姉さんだって見たでしょ?私が礼号組の連中に祭り上げられてた光景を!」

 

 ええ見たわ。あの地獄の様な光景は今でも忘れられない。

 霞が改二になった時、今回みたいに朝潮姉さんがお祝いパーティを企画し、礼号組もソレに参加した。

 その結果、霞の改二姿を見た礼号組は、輪形陣で霞が怯えるまでお祝いし、お神輿に乗せて鎮守府内を『霞ちゃんを讃えよ!』の掛け声ととも練り歩いた。 

 あの時は霞に同情したわ。完全に拷問だったもの。

 だけどね、霞……。

 

 「だから投降して!私が味方になるから!」

 

 「でもアンタ、私の改二が決まった時、散々煽ったわよね?」

 

 「へ……?」

 

 『嬉しい?ねえ嬉しいでしょ?』とか『ねえ今どんな気持ち?ねえねえねえ』とか言ってさ。

 それだけならまだしも、嬉々として準備を手伝ってたよね?

 しかも、西村艦隊のメンバーに『満潮を讃えよ!』の掛け声を練習させてたし。

 

 「そ、それはそのぉ……。姉さんをからかうのが面白かったからで……って違う!」

 

 「味方のフリして、私も同じ目に遭わせようとしてたんでしょ?」

 

 「ち、違……」

 

 「普段は見れない程ウキウキしてたものね。そんなに私を晒し者にしたかったの?」

 

 考えを見抜かれて悔しそうね霞、準備中の光景を私に見られたのが運の尽きよ。

 むざむざと晒しものにされてたまるか!

 

 「霞ちゃん下がって……後は霰がやる……」

 

 「で、でも……」

 

 「下がって……」

 

 次は霰か。

 何をしてくる気なのかしら……。

 

 「満潮姉さん……」

 

 「な、なによ!」

 

 真顔で霰が見つめてくる。

 正直、この子苦手なのよね。

 話しかけても訳わかんないことばっかり言うし、気づいたら後ろに立ってる事もあるし。

 

 「んちゃ」

 

 ほらこれだ。

 挨拶のつもり?会話のタイミングが人とズレてるのよね、この子。

 

 「満潮姉さんは…嬉しくない……の?」

 

 「何がよ、お祝いパーティー?嬉しいわけないじゃ……」

 

 「霰だけ…改二じゃないよ?」

 

 は?アンタだけじゃないでしょ?朝雲と山雲だって改二じゃないじゃない。

 まあ、あの二人はなぜか冬服が支給されたけど……。

 

 「霰だけ……改二じゃないんだよ?」

 

 「いや、だからアンタだけじゃ……」

 

 「霰だけ…。なんだよ?」

 

 う……霰から妙な迫力を感じる……。

 なんでこの子が、自分だけ改二じゃないと言うのかわからない。

 ええ、わからない。全くわからないわ。絵師的な問題とか全っ然わかんない。

 けど、その内きっと、アンタも改二になれるわよ。

 いつになるかはわかんないけど……。

 

 「だから……お神輿に乗ろ?」

 

 「乗るわけないでしょ!?」

 

 泣き落としで来るのかと思ったけど、全然そうじゃなかった!説得する気あるの?ないよね?単に自分だけ改二が実装されてないのを訴えただけよね!?

 

 「ダメだった…霞ちゃん帰ろ?」

 

 「え?ええ……」

 

 これで五人……で、良いのかしら。

 私何もしてないんだけど……。勝った気が全くしないわ……。

 

 「みんな情けないなぁ。じゃあ次は、大潮がいっきまっすよー!」

 

 次は大潮か。朝潮姉さんと二人がかりじゃなくて安心したわ。大潮一人ならどうにでもなるし。

 

 「大潮は搦め手なんて使わないからね!ドーン!っていきますよ、ドーン!って!」

 

 「フン!魚雷でも撃ち込もうっての?」

 

 本当にやられたら不味いけど、いくら大潮がアホだと言ってもさすがにやらないはず……。

 やらないわよね?

 

 「甘いよミッチー。大潮は大和さんを連れて来たよ!」

 

 「え、あの、艤装を背負って来てくれと言われたんですけど……。どういう状況なんですか?」

 

 まさかの46センチ砲!?魚雷の方がマシだった!

 倉庫ごと吹き飛ばす気か!今までで一番たちが悪いわ!

 

 「じょ、冗談よね大潮。いくらなんでも……」

 

 「いやぁ、大潮もここまでしたくなかったんだけど。よく言うじゃない?『ツンデレは死ななきゃ治らない』って」

 

 殺す気か!

 それに、死ななきゃ治らないのはツンデレじゃなくてバカでしょ!つまりアンタの事よ!

 

 「や、大和さん!まさか撃ったりしないわよね!?」

 

 「撃つ?満潮ちゃんをですか?撃つわけないじゃないですか!」

 

 よかった、どうやら大和さんはまともみたいね。

 これで『撃ちます』とか言われたら本気で絶望してたわ。

 

 「大和さん、ここは心を鬼にして撃って!ツンデレをこじらせすぎた満潮を素直にするには、もうショック療法しかないんだよ!」

 

 ツンデレはこじらせるようなモノじゃない!

 本当に撃たれたら素直になるどころか、倉庫ごと更地になるわよ!

 大和さんも悩んでないでハッキリと断って!お願いです!

 

 「わかりました。満潮ちゃんのため、戦艦大和、推して参ります!」

 

 参らなくていい!

 普通に考えて?46センチ砲で撃ってツンデレが治ると思う?治るわけないでしょ!万が一生き残れたとしても一生入院コースよ!

 

 「落ち着いて大和さん!そんな物撃ったら倉庫が吹き飛んじゃう!」

 

 「で、でも満潮ちゃんのために……」

 

 「私の事を思ってくれるなら撃たないで!それにほら……そ、そうだ!パーティーで大和さんの料理を振る舞ってくれないかしら!」

 

 「私の料理ですか?」

 

 「うん!一度食べてみたかったのよ!大和ホテルのフルコース!」

 

 さあ、自慢の料理の準備をしに帰ってちょうだい!

 ん?なんで泣くの?私、大和さんを泣かすようなこと言った?

 なんか、姉さんたちが一目散に逃げてるけど……。

 

 「大和は……。大和はホテルなんかじゃ……」

 

 「や、大和さん?」

 

 どうしたのかしら、肩をプルプルさせて、まるで怒ってるみたいじゃない。

 それに主砲が動いて……。

 

 「大和はホテルなんかじゃありません!」

 

 大和さんがそう叫んだ瞬間、鼓膜が吹き飛びそうな音が物理的な力となって、私を倉庫ごと吹き飛ばした。

 戦艦大和の全力射撃が、音だけでここまでの威力があるなんて思わなかったわ。

 

 「し、死ぬかと思った……」

 

 空が青いなぁ……。

 艦娘であることをこれほど感謝した事は今までないわ。だって艦娘じゃなかったら確実に死んでたし。

 空砲で倉庫を吹き飛ばすとかどんだけよ。

 って言うかバカなの?ホテル呼ばわりされたくらいで主砲を撃たないで!迷惑よ、物理的に!

 

 「まだ、祝われる気になりませんか?」

 

 朝潮姉さんが、仰向けに倒れた私の頭の上まで来てそう言った。

 この角度だと、パンツが丸見えね。

 相変わらず飾り気のない、実用性重視のパンツ。もうちょっと拘っても良いんじゃない?

 

 「やだ、ほっといてって、いつも言ってるでしょ……」

 

 「そうですか。わかりました」

 

 あれ?やけにあっさり引き下がったわね。

 いつもなら『心配なんです』とか『もう少し素直になれないの?』とか小言を言ってくるのに。

 そんなにあっさり引かれたんじゃ、寂しくなっちゃうじゃない……。

 

 「でも、今動けませんよね?」

 

 いや、確かに動けないけど……。

 まさか嫌だって言ってる私を、無理矢理連れて行こうなんて事しないわよね?

 今引き下がったよね?

 私を置いて静かに立ち去る場面じゃないの!?

 え、ちょっと、なんか他の姉妹達もゾロゾロと私の周りに……。

 

 「確保!逃げられないようにしっかり縛ってください!このまま工廠で改装、後にパーティー会場に連行します!」

 

 「ちょお!嫌だって言ってるじゃない!コラ!アンタ達縛るな!」

 

 動けない私は、姉妹7人がかりで拘束され持ち上げられた。

 なんで嫌だって言ってるのに、無理矢理お祝いしようとするのよ。しかも何?この縛り方、亀甲縛りってやつじゃないの!?

 

 それから、縛られたまま改装を受けた私はパーティー会場に連行され、現在は私を祝おうと集まってくれた人達に代わる代わる料理を食べさせられている。

 フォアグラになるために飼育されるアヒルの気持ちが、なんとなくわかっちゃった。わかりたくなかったけど……。

 

 「どうです?みんなにこれだけお祝いされたら、少しは嬉しいでしょ?」

 

 「姉さん、今の私の状況わかってる?」

 

 「椅子に縛り付けてお料理を食べさせてますが……。なにか?」

 

 いや、なにか?じゃないでしょ。

 これ、完全に拷問の域に達してるわよ?

 身動きは取れないし、お腹いっぱいなのに無理矢理口に料理を放り込まれるし。

 その上、青葉さんを筆頭に曙や霞がニヤニヤしながらこの光景を写真に収めてるのよ?肉体的にも精神的にも殺しに来てるじゃない!

 

 「みんな満潮の改二改装を心から喜んでるんですよ?だから、ほんの少しでいいから笑顔を見せてください。満潮の笑顔はとっても素敵なんですから」

 

 そりゃね?私もお祝いされる事自体は嬉しいのよ?

 私を祝おうと一生懸命準備してくれてたのも知ってる。

 だけどね?その準備が、私を晒し者にする準備と知ったら逃げるでしょ?

 お神輿担いで、『満潮を讃えよ!』とか叫びながら練り歩く練習してるの見ちゃったら逃げるわよね?

 しかも今は、逃亡に失敗して椅子に縛り付けられてるのよ?

 これで笑顔になれとか無理でしょ!ツンデレとか関係ないわ!

 怒りを通り越して真顔なっちゃってるわよ!

 

 「ホント、この鎮守府は温いわね。仲良しごっこしてんじゃないんだから」

 

 主役であるはずの私を差し置いてパーティで浮かれる面々を見て、私は呆れ気味にそう言ってしまった。

 ホント、なんで私って、こんな言い方しかできないんだろ。

 

 私は自分の性格が嫌いだ。

 変えれるものなら変えたいと思ってる。

 朝潮姉さんみたいに真面目で、大潮みたいに明るく、荒潮のようにオマセで、朝雲のように快活で、山雲みたくのんびりで、霰みたいにちょっと不思議系、そして、霞のように厳しくなりたいって。

 そう思ってた時期が私にもあったわ……。

 

 「仲良しごっこじゃありません。みんな満潮と仲良くしたいんですよ。だって、仲間じゃないですか」

 

 仲間……か。

 姉さんの顔を見れば、本気でそう言ってるのがよくわかるわ。

 きっとみんなも、本当に私の事を仲間と思ってくれてるんだと思う。

 私だって、本当にみんなの事を仲間だと思ってるし、本当は仲良くしたいと思ってる。

 

 パン!パンパーン!

 

 『満潮!改二おめでとう!』

 

 盛大にクラッカーを鳴らした後、パーティに集まってくれたみんなが、声を揃えてお祝いの言葉を贈ってくれた。

 心からのお祝いの言葉が、私の心にゆっくりと沁み込んでくるのがわかる……。 

 もしかしたら『ありがとう』って、素直に言えたかもしれない。

 椅子に縛り付けられてなければ。

 

 「で、なに?」

 

 「え?だからおめでとうって……」

 

 うん、だからね姉さん。それはわかってるの。

 もしかして姉さんは、私みたいな状態でも笑顔になれるの?椅子に縛られて、吐きそうになるぐらい料理を食べされても笑顔でありがとうって言えるの?いや、姉さんなら出来そうね。

 さすが姉さん、素直に感心するわ。

 でも私には無理!

 

 「こんな状態でありがとうなんて言えるかぁぁぁ!縄をほどけぇぇ!」

 

 抜けてみせる!この状況から脱してみせる!スリガオ海峡で夜戦した時に比べたら、高が縄で縛られてるくらいなんでもないわ!

 

 「絶対に抜け出して、倍返ししてやるんだからぁぁぁ!」

 

 それから、私は必死の抵抗を試みたけど、結局逃げる事はできなかった。

 それどころか、椅子ごとお神輿に乗せられて、鎮守府中をワッショイされちゃったわ。『満潮を讃えよ!』と言うコールと共に……。

 

 「私……なんでこんな鎮守府に配属されたんだろ……」

 

 他の子達が私に注ぐ、奇異にまみれた視線に耐えながら、私はボソッと呟いた。




 

 お祝いって何だっけ。


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朝潮のハロウィン

 

 

 

 

 

 

 

 うちの司令官はたまにおかしな事を言い出します。

 いえ、おかしな事を言ったからと言って私の司令官に対する尊敬の念が薄れることはないのですが、それでも言われる度に困惑してしまいます。

 私は他の艦娘と違って世情に疎いので……。

 

 「とりっくおあとりーと?」

 「そう、Trick or Treatだ」

 

 10月も終わりを迎えようとしている頃、例によって司令官が訳のわからないことを言い出しました。

 外来語というのはわかるのですが意味が全くわかりません。何かの暗号なのでしょうか。

 

 「司令官、それはいったい……」

 「わからないか?ならば説明しよう!Trick or Treatとは!」

 

 以下、司令官が説明してくださったTrick or Treatの概要です。

 Trick or Treatとは、毎年10月31日に行われる古代ケルト人が起源と考えられているお祭り(ハロウィン、あるいはハロウィーン)での挨拶のようなもので、意訳すると『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』となるそうです。

 ハロウィン自体は、もともと秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であったのですが、現代では特にアメリカ合衆国で民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっているそうです。(司令官はコスプレパーティーの隠語などと仰っていましたが本当なのでしょうか?)

 

 「で、近々大本営から届けられる予定になっている衣装がコレだ」

 「帽子と……マント?」

 

 ふむ、なるほどわかりません。

 司令官が見せてくださった書類には、朝潮型特有の吊りスカートと改二制服の上からとんがり帽子?とマントを羽織って鈍器を持っている子の絵が3パターン描かれています。スカートにフリルが追加されていますし、髪の毛の長さ的にも荒潮でしょうか。

 でも、コレがとりっくおあとりーととどういった関係が?

 いや、待ってください。

 真偽は置いといて、司令官はハロウィンをコスプレパーティーの隠語と仰っていました。

 と言う事は、この衣装はハロウィン用のコスプレ衣装と言う事になります。

 荒潮なら喜んで着そうですが……。

 

 「この衣装が、今回のハロウィンに合わせて君に支給される事になった」

 「ちょっと何言ってるかわかりません」

 

 私に支給?何を?この衣装をですか?いやいやご冗談を。

 私にこのような格好は似合いません。

 だいたい、魚雷は一応装備されているようですが、このような格好をしていては任務に支障が出てしまいます。

 何かイベントがある度に「戦闘?何それ」と言わんばかりの格好をして出撃する人たちに比べればマシな気がしますが、それでもこんな遊んでいるような格好をする気にはなれません。

 

 「私もこういうことがある度に大本営の正気を疑うが、決定なら仕方ない。軍人である以上、上からの命令には逆らえんのだ。わかってくれるな?朝潮」

 「理解はできますが……」

 

 納得は出来ません。

 私たち艦娘は容姿こそ少女ですが歴とした軍人です。

 その軍人、しかも朝潮型駆逐艦の長女であり、我が鎮守府の秘書艦でもある私がはろうぃんとやらで浮かれて良いとは思えないのです。

 

 「まだハロウィン当日まで何日かある。本当に嫌なら私が何とかするから、少し考えてみてくれないか?」

 「了解……しました」

 

 その会話の後、私は「今日は部屋に戻ってゆっくり考えてくれ」と司令官に言われたので、仕事を残す罪悪感に苛まれながらもはろうぃん衣装が描かれた書類を手に執務室を後にしました。

 考えてくれとは言われましたが、こういう事に疎い私が一人で考えても解決しそうにはないですね。

 

 「と、言う訳で、みんなの知恵を借りたいの」

 

 だから私は、計ったように休暇の日が同じになった姉妹たちを集めて相談することにしました。

 こういう時、姉妹が多い駆逐艦は便利です。

 

 「アゲアゲって言っとけばだいたい何とかなります!」

 

 それはあなただけよ大潮。

 そう言えば、サンマ漁支援任務の時に実装された漁師モードに着換えた時もそんな感じで乗り切ってましたね。

 

 「私もこういうのが良かった……。ってあ、何でも無い!今の何でも無いから!」

 

 満潮、ジャージに三角巾&エプロン装備は不満でしたか?

 あの格好で出撃するのは正直どうかと思いましたが、お姉ちゃんは庶民的で可愛いと思いましたよ?

 

 「アサシオチャンアッアッ……」

 

 私に支給される予定のはろうぃん衣装が描かれた書類を見た途端荒潮が壊れました。

 憲兵さんを呼びたくなるような譫言を繰り返すのはやめてくれないかしら……。

 

 「朝雲姉さんと山雲姉さんは?」

 

 そこ突っ込んじゃいますか霰。

 あの二人は残念ながら出撃中です。けっして他意はありません。

 

 「あの二人は色々と違うから……」

 「何が?」

 

 こら霞!

 違うとか言ってはいけません!たしかに色々と違いますがあの二人も私達と同じ朝潮型です!霰も「何が?」とか聞かない!

 

 「で?姉さんは何を悩んでるわけ?せっかく可愛……普段と違う格好が出来るんだから素直に着とけば良いじゃない」

 「普段素直じゃない満潮が何か言ってる」

 「言っちゃダメよ大潮ちゃん。満潮ちゃんだって、改二になって若干素直になったんだから」

 

 荒潮の言う通りです。

 満潮も改二改装を受けてから、霞同様少しは素直になりました。

 サンマ祭りで店員をやってくれという命令にも「し、しかたないわね!」とか言いながら割とノリノリでやってましたし。

 改二改装を受けると性格が丸くなるのでしょうか。

 

 「改二になるとデレる。これ常識」

 「ちょっと霰、それだと私まで改二になってデレたみたいに聞こえるからやめてくれない?」

 「霞ちゃん、自覚ないの?」

 

 自覚はないようです。

 霞は顔を真っ赤にして「デレてないったら!」と言って必死に否定しています。

 

 「司令官のために水着着てたしね~」

 「あ、あれは命令で仕方なく!」

 「うっそだ~。満潮を水着選びに付き合わせてたじゃん」

 

 やめてあげて大潮。

 霞の顔が羞恥で真っ赤を通り越して赤黒くなってます。それをさらに通り越すと泣き出すので本当にやめてあげて。

 

 「そういえばぁ、霰ちゃんもサンタになった事があるわよねぇ?」

 「荒潮姉さん、羨ましいの?」

 「ぜぇ~んぜん」

 

 とか言ってますが、頬をぷくーっと膨らませてそっぽ向いちゃいました。本当は羨ましいようです。

 

 「姉さんも霞みたいに仕事って割り切ったら?」

 「朝姉の性格じゃ無理だよ満潮。襟がちょっと曲がってただけで制服全部アイロン掛けしようとするくらいクソ真面目なんだよ?その朝姉が、仕事とは言えこんな格好できると思う?」

 

 当たり前じゃないですか大潮!

 身嗜みを整えるのは軍人として、いや人として常識です!特に、私は秘書艦でもあるのですからことさら気を使わねばなりません!

 

 「この衣装を着てトリックオアトリートって言う姉さんを見てみたい気はする」

 「霰ちゃんに同意するわぁ。戸惑いながらも凛々しい感じの声で「トリックオアトリート!」って言う朝潮ちゃんでご飯三杯はいけるものぉ」

 

 ウットリしながら言ってますが、私はオカズですか?荒潮にとって私は姉ではなくオカズなのですか?

 でも、残念ながら私は食べ物ではありません。

 あ、食べ物と言えば。

 

 「とりっくおあとりーととは『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』という意味ですよね?」

 「そだよー。って言うか朝姉知らなかったの?」

 「はい、今日司令官に教えていただいて初めて知りました。大潮は以前から知っていたのですか?」

 「そりゃあ知ってるよ。子供のためのお祭りみたいなもんだし」

 

 ふむ、子供のためのお祭りですか。

 ですが、どの辺りが子供のためなのでしょう。

 大潮は子供のためのお祭りと言いましたが、満潮と荒潮は「日本じゃ大人のためのお祭りじゃない?」とか「大人って言うよりは盛ったお猿さんよねぇ」と言ってますよ?

 

 「最近はニュースでもその手の話をしてたじゃない。姉さんもニュース見てたよね?」

 「見た覚えがあるようなないような……」

 「ほら、今年は軽トラひっくり返したりしてて、『あれは犯罪では?』って言ってたじゃない」

 「え!?アレがはろうぃんなのですか!?」

 

 満潮のおかげで思い出しました。

 たしかにあのニュースでも、オバケの格好に扮した人達が大勢で騒いでいましたね。

 ん?と言う事はですよ?

 

 「はろうぃんとはテロリストのお祭り?」

 「「「「「どうしてそうなる!」」」」」

 

 え?姉妹全員から総ツッコミされてしまいましたが、仮装してお菓子を寄越せと脅迫しながら暴れるのがはろうぃんなんですよね?

 何かを要求しながら暴れるなんてテロリストそのものじゃないですか。それに……。

 

 「お菓子くらい自分で買えばいいのに……」

 「ヤバいわ大潮。姉さんたら何か勘違いしてる」

 「満潮が訂正してあげてよ。大潮には無理」

 

 はて?何か間違っていたのでしょうか。

 霰と霞も「だいたい渋谷のせい」「それな」などと訳のわからないことを言っています。

 

 「いい?朝潮ちゃん。ハロウィンはね、簡単に言うと子供が近所の家々を回りながらお菓子を貰うイベントなのよ」

 「ですが荒潮、なぜ他人にお菓子をねだるのですか?」

 「子供がオバケの仮装をしてお菓子をねだったら可愛いと思わない?」

 「その子のご家庭の経済事情が心配になります」

 

 いや、「どうしよこれ……」とか言って頭を抱えましたがそうでしょ?

 自分の親にねだってもお菓子が貰えないから人様を脅迫してお菓子を奪うのですよね?

 

 「OKわかった。単にお菓子を貰うイベントだと思えば良いよ」

 「でも大潮、貰えないとイタズラするのでしょう?それは悪事です。犯罪です」

 「本当にするわけじゃないよ。トリックオアトリートってのは要は合い言葉。それを言わないとお菓子が貰えないんです」

 「なるほど、合い言葉ですか。では、言われる方は何と答えるんです?」

 「え?言われる方?」

 「そうです。合い言葉なのなら、言われる方も何か言わなければ成立しません」

 「そ、それは……」

 

 大潮が冷や汗を流して、他の四人に視線で助けを求めているように見えるのは気のせいでしょうか。

 もしかして今の説明は口から出任せ?

 お姉ちゃん、嘘は感心しません。

 

 「そりゃアンタ、トリックオアトリートって聞かれてるんだからトリートって答えるのが正解よ」

 「そう!それだよ満潮!大潮はそれが言いたかったんです!」

 

 なるほど、仮装した子供がトリックオアトリートという合い言葉を尋ね、相手はトリートと答えてお菓子を渡す。と、言う事ですね?

 それなら納得できなくはないです。

 

 「たまにトリックって答える人が……」

 「やめて霰ちゃん。またややこしくなるから」

 「でも荒潮姉さん。うちのクズ司令官とか言いそうじゃない?」

 「霞ちゃん!めっ!」

 

 司令官をクズ呼ばわりした霞はあとでお尻ペンペンするとして、いったいどちらの言ってることが正しいのでしょうか。

 トリートと相手が答えればお菓子を貰える。これはわかります。

 では霰が言ったように、トリックと答えられたら何を貰えるの?いや、逆かしら。

 お菓子が貰えないんですからイタズラしないといけないのでは?

 でも、そうなると別の問題が出て来ます。

 私はイタズラの仕方を知りません。

 

 「イタズラってどうすれば良いんですか?」

 「それは心配しなくて良いわよ姉さん。トリックって答える奴はだいたいイタズラ()()()()から」

 「やめてよ満潮……。これ以上話をややこしくしないで」

 「でもさ大潮、そう言っとかなきゃ今度はイタズラの仕方をレクチャーしなきゃいけなくなるわよ?」

 「それはもう卯月ちゃんに丸投げで良いんじゃないかな」

 

 大潮が死んだ目で名前を語った睦月型四番艦の卯月さんは、常日頃から暇さえあればイタズラして回る我が鎮守府一の問題児です。

 見つける度に注意している立場上、彼女にイタズラを習うのはちょっと……。

 

 「イタズラの仕方を習う必要なんてないわ」

 「その心は?霞」

 「あのクズに食ってかかるのが生き甲斐になってる満潮姉さんにはわかんない?あのクズは単に、朝潮姉さんにトリックオアトリートって言わせたいだけなのよ」

 「取り敢えずケンカ売られてるのはわかった。表に出なさい霞」

 

 なるほど、私に『とりっくおあとりーと』と言わせたいだけですか。

 しかし、私が『とりっくおあとりーと』と言う事に何の意味が?

 う~ん……。

 司令官が私に何を求めているのかがサッパリわかりません。

 

 「ケンカしに行った満潮ちゃんと霞ちゃんはほっといて、私もそうだと思うわよぉ?」

 「荒潮も、司令官は私に『とりっくおあとりーと』と言わせたいだけ。と、思うのですか?」

 「ええ、だって姉さん、子供らしい事ってした事ないでしょう?」

 「はい……」

 

 たしかに子供らしい事をした覚えはありません。

 ですがそれは、私が責任ある立場にあるからです。

 責任がなければ、例えば卯月さんのように人の迷惑も考えずにイタズラして回るとは言いませんが、秘書艦であり朝潮型駆逐艦の長女である以上、私は自分を律して皆の模範で在り続けねばならないのです。

 

 「だから司令官は、イベント事がある時くらいは朝潮ちゃんに子供らしくして欲しいのよぉ」

 「それが『とりっくおあとりーと』なんですか?」

 「そう、仮装してそう言うだけで、いつも通りの業務をしててもイベントに参加してる風に見えるでしょう?」

 「言われてみれば……」

 

 そう見えなくもないかもしれない。

 それでも抵抗感は拭いきれません。秘書艦がオバケの仮装をして業務している場面など目撃したら、私なら呆れて言葉も出なくなってしまいますから。

 

 「きっとコレが、朝潮ちゃんにとって子供らしさを得る切っ掛けになると思うわぁ。たぶん、司令官もそう考えてるはずよ」

 「子供らしさを……」

 

 得る必要があるのか。

 と、考えてしまう時点で私はダメなのでしょうね。

 他の駆逐艦のように子供らしくする事が普通であり、かつ司令官も望んでいるのかもしれません。

 では、私は変わらないとならないのでしょうか……。

 今のままではいけないのでしょうか……。

 

 「朝姉は、司令官に可愛い格好を見て欲しいと思いませんか?」

 「それは……」

 

 思います。

 私と司令官はケッコンカッコカリをしているので夫婦(仮)の関係ですもの。

 旦那様である司令官に可愛い格好を見せたいと思うのは当然です。

 もしこの衣装を任務ではなく、プライベートで着てくれとお願いされたら、私は迷うことなく着ていたでしょう。

 いや?任務ではなく、司令官にお願いされたんだと思い込めば着れるのでは?

 うん、着れる気がします。

 着れる気はしますが……。

 

 「上手く、やれるでしょうか」

 「大丈夫ですよ朝姉!大潮たちがフォローしますし、アゲアゲで行きましょう!」

 

 ありがとう大潮。

 あなたのそういう無駄に元気なところにはいつも助けられています。

 おかげで、この衣装を着てみようかなと思えてきました。

 

 「着替えは任せてぇ♪お洒落に着飾ってあげるからぁ♪」

 

 荒潮、気遣いはありがたいですが遠慮します。だって手つきがいやらしいんですもの。

 やっぱりやめようかしら……。

 

 「満潮姉さんと霞ちゃんが帰ってこない」

 

 相変わらずのマイペースっぷりですね霰。

 あの二人なら心配しなくても、殴り合いに飽きたら戻って来ますよ。あの二人は何だかんだで仲が良いですから。

 でも、なぜかしら。

 二人が外でケンカしてる事に呆れるのと同じように、仮装をするしないで悩んでいる自分にも呆れてしまいました。

 

 「くだらない事で悩みすぎ……だったんですね」

 

 私の悩みは二人のケンカくらいくだらない事。

 それに気付かせてくれた二人にも感謝です。戻って来たら、ケンカのお仕置きも兼ねてハゲるまで頭なでなでしてあげましょう。

 

 「まったく……持つべき者は姉妹。ですね」

 

 それからハロウィンまでの数日間。

 私は業務が終わると妹たちからハロウィンの過ごし方を習いました。

 習った。で良いんですよね?

 大潮からは「大潮の分も貰ってきてください!」と頼まれ、満潮からは「襲われたらこのステッキで殴るのよ」と、鈍器にしか見えないステッキの振り方を習いました。

 荒潮は「私はお正月かしらぁ。クリスマスもワンチャンあるわねぇ」などと訳のわからない事をブツブツ言ってましたね。

 霰には「軽トラをひっくり返しちゃダメ。絶対」と謎の注意をされ、霞からは「こんな格好で出撃できるの?」と聞かれたので「はいっ! この朝潮、この艤装でいつでも出撃可能です!」と宣言しておきました。

 

 

 そしてハロウィン当日。

 大本営から届けられた衣装に身を包んだ私は、妹たちに見送られて執務室へと向かいました。

 道中、すれ違った人達が「朝潮が仮装!?」とか「頭でも打ったのかしら」とか「きっと磯風が焼いたサンマを食べたんだ」などと囁いていましたが、自分でもビックリするほど気になりませんでした。

 いえ、気にする余裕がなかった。が、正しいですね。

 だって私の頭の中は、魔女っ子スタイルに猫耳と猫尻尾を装備した自分を見て司令官がどういう反応をしてくれるかばかり考えていたのですから。

 

 「し、司令官!トリックオアトリート!」

 

 私は執務室に入るなり、意を決して言いました。

 ですが、司令官は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まったままです。やっぱり、私にはこのような格好は似合いませんか?

 

 と、私が不安に思ってるのを察してくださったのか、司令官はゆっくりと私の傍まで歩み寄ってくださいました。

 

 「あ、あの、司令……官?」

 

 そして司令官は私の両肩をガッシと掴んで、私が期待していた答えとは別の答えを口にしました。

 ええ、見事にしてやられましたよ。

 霞の言った通り、私に『トリックオアトリート』と言わせたいだけなのは恐らく合っています。ですが、司令官は私に子供らしくあって欲しかったんじゃない。

 司令官は私に『トリックオアトリート』と言わせてこう言いたかっただけなんです。

 司令官が言ったのはトリートとは逆。

 してやったりと言いそうな顔で、司令官は私にこう言いました。

 

 「trick」と。



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峯雲の侵略

 

 

 

 

 

 「さて、みんなに集まって貰ったのは他でもありません」

 

 まるで学校の教室のような内装の、鎮守府の数ある会議室の一つ。

 その会議室のホワイトボードを背にして立つ我が鎮守府の秘書艦、朝潮型駆逐艦一番艦の朝潮が、七つの机をU字に並べた面々に重々しく言った。

 

 「また朝姉の病気が始まった……」

 

 と、頭の後ろにズ~ンという擬音が文字になって現れそうなくらいゲンナリした顔の大潮が言う。

 普段は無駄に元気な大潮に元気がないのはいつ見ても新鮮だ。

 

 「姉さんの病気が出るようなイベントなんかあったっけ?」

 

 こら満潮、そんな事を言いたくなるほどウンザリしているのは表情から察するが、イベントなどというメタ的な発言をするのは控えなさい。

 

 「私の期間限定グラはよ」

 

 それは大本営に言ってくれ荒潮。

 たしかに私も、小悪魔サンタな荒潮を期待してたがまだ正月にワンチャンあるじゃないか。

 だから、ニコニコしながら青筋浮かべるのはやめてそっちに期待しよ?

 

 「それより、早く峯雲を迎えに行こうよ。それとも、峯雲の歓迎パーティーについての会議なの?」

 

 恐らくそれはないぞ朝雲。

 ほら、朝潮の顔をよく見てみなさい。

 妹を迎えるパーティーについて話し合うとは思えないほど眉毛が釣り上がってるだろう?

 

 「パーティーと言えば~。村雨ちゃんがパーティーを開くなら喜んで手伝うって言ってたわ~」

 

 村雨は史実関係で峯雲と絡みがあるからな。

 それよりも山雲は妹、と言うよりは九駆のメンバーが増えて嬉しいのか?なんだかいつも以上に笑顔が眩しい。

 

 「峯雲姉さんをお神輿の上に縛りつけてワッショイするとか言い出したらどうしよ……」

 

 峯雲の身を案じているような事を言ってるが顔がニヤけてるぞ霞。

 満潮に改二が実装されたときも嬉々として手伝っていたが、もしかして被害者仲間を増やしたいのか?

 

 「んちゃ」

 

 って言っとけば問題ないとか思ってないか?霰。

 この子は普段から無口で無表情だから、荒潮と山雲以上に何を考えているかわからない。

 

 「何を呑気に自己紹介などしているのですか!朝潮型が侵略の危機にさらされているのですよ!?」

 「朝姉が侵略とか訳わかんない事言いだしたんだけど……」

 「それよりも、した覚えもない自己紹介をするなと怒られた事に理不尽を感じる」

 「それはいつもの事だよミッチー」

 

 ふむ、お土産で貰ったウィスキーボンボンを一緒に摘まみながら執務をしていた朝潮が、急に姉妹会議を開きたいので会議室を貸してくれと言ってきたから何事かと思っていたが、想像よりずっと深刻な事態が進展していたようだ。

 念のために、朝潮達が使用する前に明石に命じてカメラと盗聴器を仕掛けさせておいて正解だったな。

 

 「で?姉さんは誰が私たちを侵略しようとしてるって言うの?あのクズ?」

 「司令官が霰たちを侵略……。霞ちゃんのエッチ」

 「な!?そういう意味で言ったんじゃないったら!」

 「じゃあどういう意味?」

 「そ、その……私たちの心を侵略……的な?」

 「霞ちゃん頭大丈夫?そういう事なら、もう侵略は終わってるから司令官じゃないよ?」

 

 はて?霰の言っている意味が良くわからない。

 今の二人の会話の内容を鑑みると、私はすでに霞の心を侵略済みということになる。

 だが霞は心当たりでもあるのか「んな!?」と変な鳴き声を上げた後、真っ赤になって口をパクパクさせている。

 

 「司令官をクズ呼ばわりした霞には後でお仕置きするとして、私たちを侵略しようとしているのは私達と同じ朝潮型の一人。八番艦の峯雲です!」

 

 な、なんだってー!

 と、某MMRみたいなリアクションをしてしまったのは私だけの様子。朝潮型姉妹は揃って「何言ってんだコイツ」と言わんばかりに冷めた表情を浮かべている。

 もうちょっとリアクション取ってあげて?

 

 「まずはこちらを見て頂きましょう。ハイ!ドン!ブフッ!?」

 

 朝潮がドン!と言うと同時にホワイトボードの下の方をバン!っと叩くとクルリと回転し、それまで上を向いていた部分が朝潮の頭頂部に見事命中。

 余程痛かったのか、頭を抱えてうずくまってしまった。

 

 「アレで少しは朝姉の馬鹿が治らないかな~」

 「無理じゃない?馬鹿は死ななきゃ治らないって言うし」

 「あらぁ?でも満潮ちゃん、私達ってある意味一度死んでないかしらぁ?」

 「え?じゃあ朝姉って治ってアレなの?」

 

 姉が涙を堪えて痛みに堪えているのに散々な八駆の面々。もうちょっと心配してあげて?

 

 「痛たた……。と、とにかくコレを見てください。コレが何かわかりますか?」

 

 ようやく痛みが治まってきたのか、朝潮はヨロヨロと立ち上がってさっきまで裏を向いていた面を姉妹達に見せた。そこに貼ってあったのは一枚の写真。

 その写真に写っているのは……。

 

 「何って……峯雲じゃん!」

 「正解です朝雲。さすがは朝潮型の絵師が違う仲間、一発でわかったようですね」

 

 絵師が違うとか言うんじゃありません。そういうメタ発言は禁止!ダメ!絶対!

 普段は率先してツッコむ満潮と霞は何してるの!

 

 「ではここで問題です。ジャジャン!峯雲と私達の違いは何でしょう。はい、大潮から」

 「絵師が違う」

 「それはさっき私が言いました。はい次、満潮」

 「声帯の妖精さんが違う」

 「合ってますが私が求めている答えとは違います。あと、メタ発言禁止です」

 

 なんて理不尽な……。

 自分はハッキリとメタ発言しておいて、ダメだと言われた大潮と満潮はあまりの理不尽さに呆気にとられてしまっているじゃないか。

 でもそこが可愛い抱きしめたい!

 

 「はい荒潮。あなたには期待していますよ」

 「制服が違うかしらぁ」

 「そうですね。スカートがお腹の辺りまでありますし、さらにブラウスの肩の部分にボリュームがありますね。ですが、やっぱり私が求めている答えとは違います」

 「あらあらぁ残念」

 

 とか言ってる割にまったく残念そうじゃないな。

 無駄にニコニコしているが、もしかして朝潮が暴走しているのを楽しんでる?

 

 「みんなの目は節穴ですか!?あるでしょ!?私達八人と決定的に違う部分があるじゃないですか!」

 「ちょっと朝姉、他の四人には聞かないの?」

 「思い付かなかったんですよ!」

 「何が!?」

 「知りませんよ!私が聞きたいくらいです!」

 

 ホント、何を思い付かなかったんだろうね。

 私も唖然としていている7人同様サッパリわからないよ。

 

 「で?朝潮姉さんはどこが違うって言いたいの?サッサと教えてったら」

 「わかりませんか霞。そんなの見ればわかるでしょう!?みんなだって、本当は気付いてるのに気付いてないフリをしてるだけなんじゃないんですか!?」

 

 朝潮の指摘に、7人はまるで打ち合わせでもしていたかのように同じタイミングで朝潮から、いや、峯雲の()()から目を逸らした。

 なるほど、今いる朝潮型8人と峯雲の決定的とまで言える違い。それは絵師でも声帯の妖精さんでもなく……。

 

 「目を逸らさずに見なさい!この朝潮型とは思えないほどたわわに実った胸部装甲を!ほら大潮!コレを見た感想は!?」

 「お、大きく見えるだけなんじゃないかな~。ね?満潮」

 「そ、そうね。その……そう!光の加減とか解像度の悪さとかで大きく見えるだけよ!荒潮はどう思う!?」

 「きっと背伸びしたい年頃なのよぉ。例え本当に大きかったとしても中は詰め物だわぁ」

 

 あくまでも現実を受け容れる事を拒否する八駆の三人。他の4人も似たような反応をするのだろうか。

 

 「朝雲、あなたはどう思いますか?」

 「い、良いんじゃないかな。ほら、他にも1人だけ胸が大きい姉妹が居る艦型もあるし。ね?山雲」

 「私も良いと思うわ~。むしろ、朝潮型に待望の巨乳枠が来たことを喜ぶべきだと思うわよ~」

 

 意外なことに九駆の2人は肯定意見。

 だが妙だ。肯定してはいるのに、2人がどこか悔しそうに見える。

 

 「ふん!そりゃあ朝雲姉さんと山雲姉さんはそう言うでしょうよ。そう言っとかなきゃ、改二が実装されて大きくなったときに困るもんね」

 「霞ちゃんの言う通り。霰たち実装済み組はチャンスないもんね」

 

 なるほど、そういう事か。

 つまり朝雲と山雲は、改二が実装されたときに間違って胸が大きくなってしまった場合、最初から巨乳である峯雲が居れば隠れ蓑にできる。もしくは責められないと考えたのだろう。

 そんな心配をしなくても、朝雲と山雲に改二が実装されてもきっと無乳のままだよ。

 

 「でもさぁ朝姉。胸がデカいことがどうして侵略されるって事になるの?」

 「わかりませんか?大潮。ならば説明しましょう。今まで、私たち朝潮型には胸がある子が1人もいませんでした。言う前に言っておきますが、改二になって多少は膨らんだという意見は却下です。そんな自分を慰めるだけの負け惜しみは、潮さんや浜風さんの前で言えるようになってから言いなさい」

 

 あの2人を引き合いに出すのは卑怯だぞ朝潮!

 駆逐艦とは思えない胸部装甲を持つあの2人を前にして「私、改二になって胸が大きくなったんです」と言える駆逐艦は皆無と言っても過言ではない!言えるとするなら長波と浦風くらいのものだ。

 磯風や夕雲ですら、あの2人の胸部装甲の前では無いに等しいんだぞ!

 

 「さらにコレを見てください。ハイ!ドン!」

 

 朝潮が頭を打たないよう横に避けて再びホワイトボードを叩くと、今度はいつ貼り替えたのか中破姿の峯雲の写真がデカデカと貼られていた。

 うむ、デカい。

 かつて、これ程までに胸の存在をハッキリ確認できた朝潮型がいただろうか。いや、いない!

 見ろ!あの見事な谷間を!あの柔らかそうな膨らみを!

 あれだけ立派なモノを、胸や胸部装甲などのオブラートに包んだ言葉で言い表すのは失礼に値する。

 アレはまごう事無きオッパイだ!

 

 「む、紫?いや、紺色かしら」

 「良いところに気がつきましたね満潮。そう!この子は何をとち狂ったのか、こんないかがわしい色のブラジャーを身に着けているのです!きっと下も同じ色で同じくらいいかがわしいに違いありません!」

 

 朝潮たちは改二になっても色気がないジュニア下着だものな。ん?だが大潮はたしか……。

 

 「待ってよ朝潮姉!ブラジャーの事を言うなら大潮姉だって紫のカップ付きブラジャーだよ!?」

 「ちょっ!やめて朝雲!大潮に飛び火するから言わないで!」

 「だって峯雲ばっかり責められて可哀想じゃない!大潮姉も一緒に責められてよ!」

 

 そうそう、忘れられがちだが大潮もカップ付きのブラジャーを身に着けているのです。

 つまり!大潮は無いように見えてカップ付きブラジャーが必要な程度には胸が有るのだ!

 

 「あ、大潮の場合は問題ありません」

 「なんでよ!」

 「だって、大潮に色気なんてないでしょう?」

 

 なんて事言うの朝潮ちゃん!

 あまりにもあんまりなお言葉に姉妹一同騒然としてますよ!?

 大潮に飛び火させようとした朝雲ですら「ご、ごめんなさい」と大潮に謝り、飛び火どころかフレンドリーファイヤされた大潮は、悔しさと悲しさと情けなさが同居したような顔して「いっそ殺せよ」と言って涙を浮かべているじゃないか!

 

 「常々、世間様から朝潮型は『小学生みたい』だの『ガチロリ御用達』だの『朝潮型はガチ』などと言われているのはみんなも知っているでしょう?そこで峯雲の中破姿を見ながら今の挙げたモノを言ってみてください。言えますか?こんな胸がデカい子を前にして小学生みたいだと言えますか?ガチロリ御用達だと言えますか?言えるわけがないでしょう!私達がそう呼ばれてきたのはこの凹凸の無い体型だったからです!もっとハッキリ言いましょう。胸が無かったからです!そんな私たちの存在意義を揺るがしかねない程の胸。いえ、これはもうオッパイですね。オッパイを持つ子が加入したら、私達はもうロリコン御用達とは呼ばれなくなってしまうかもしれません!」

 「「「「「「「呼ばれたくねぇよ!」」」」」」」

 

 と、姉妹全員から総ツッコミされたが朝潮に怯む様子はない。

 だがこれでわかった。

 朝潮が言ったように、朝潮型は侵略の危機に晒されている。

 世間一般にロリ巨乳だと呼ばれているキャラがどうしてもロリに見えない私には君の気持ちが良くわかるぞ。 

 貧乳、いや無乳と言っても過言ではない朝潮型が、峯雲と言う名の巨乳に侵略されそうになっている事に危機感を覚えている朝潮の気持ちが!

 

 「じゃあどうするのよ。姉さんは峯雲を朝潮型だって認めないつもり?」

 「心配しないでください満潮。彼女も私の大切な妹ですから歓迎はします。しますが……」

 「しますが?」

 「迎えるついでに削ぎましょう」

 「どこを!?いや、考えるまでもないか。峯雲の胸を削ぐ気!?」

 「その通りです!朝潮型に相応しいくらいになるまで削いで削いで削ぎまくります!」

 

 こりゃいかん!峯雲の身がガチで危険な流れになってきた!

 ん?それまで黙っていた大潮が、ユラリと立ち上がって朝潮の方に移動し始めたな。何をする気だ?まさか一緒になって峯雲のオッパイを削ぐつもりなのか?

 

 「もうあったまきた。みんな、朝姉をふん縛って病気治まるまでどっかに監禁するよ」

 「賛成よ大潮。胸を削ぐとか想像しただけで身の毛がよだつわ」

 「さすがにこれ以上は見ていられないから私も賛成よぉ」

 「やっと来た妹の危機。私達もやるよ!山雲!」

 「りょ~か~い。徹底的にやっちゃうね~」

 「みんな、やるのは良いけど気をつけなさいよ。朝潮姉さんは強いわよ」

 「霞ちゃん、大丈夫。みんなでボコれば怖くない」

 

 姉妹全員が朝潮に反旗を翻しただと!?

 さすがの朝潮も、姉妹たち全員を一度に相手にして勝つのは無理だと察したのか顔が青ざめている。

 いや?

 朝潮の眉間に眉を寄せ、今にも嘔吐しそうな程青ざめている様子は見覚えがある。そう、リバースする寸前の酔っ払いの表情に似ているんだ。

 あ、そう言えば朝潮は……。

 

 「ぎぼぢわるい……」

 「え?何か言った?って朝姉大丈夫!?顔が真っ青だよ!?」

 「様子がおかしいわ。誰でも良いから明石さんを呼んできてくれない?」

 「私が行ってくるわぁ。満潮ちゃん達は姉さんを看ててあげてぇ」

 

 気持ち悪いと言ってうずくまってしまった朝潮の背中を、大潮と満潮が心配そうな瞳で見つめながら背中を撫でいる。

 霞は朝雲と山雲に、部屋に布団を敷いておいてと指示を出し、霰は……ん?霰は何をしている?朝潮のスカートの中を弄っているようだが……。

 

 「あった。たぶん朝潮姉さんがおかしかったのはコレが原因」

 「何コレ。飴の包み紙?いや、残ってる匂い的にチョコレートかしら」

 「霞ちゃん正解。ピンポーン」

 「あ!それって、クズ司令官がお土産で貰ったとか言ってたウィスキーボンボンの包み紙なんじゃない!?」

 

 大正解です霞ちゃん。ピンポンピンポンピンポーン!

 まさかウィスキーボンボン数個で朝潮が酔ってしまうとは私も思いませんでした!

 

 「ねえ満潮、つまり朝姉がいつも以上におかしかったのも、大潮が色気がないと馬鹿にされたのも……」

 「ええ、そうよ大潮。私たちが惨めな想いをさせられたのも全部司令官のせいって事よ」

 

 やっべ。

 このままだと、酔い潰れている朝潮を除く姉妹全員からフルボッコにされかねない雰囲気になってきた。

 だがまあ、愛する朝潮型の面々に罵倒され、殴られ、蹴られ、唾を吐きかけられるのは私の業界ではご褒美なので座して待つとしよう。

 今はご褒美を待つ間に、()()の気持ちを聞いておこう。

 

 「姉妹達を見た感想はどうだ?峯雲」

 

 私は一緒に一部始終を観察していた峯雲に、艦娘となった姉妹達を目の当たりにした感想を聞いてみた。

 最初の内こそ「コレが今の姉さんたち……」と感極まっていた峯雲も、話が進むうちに「え?なんだかおかしな流れに……」と狼狽し始め。終いには「コレさえなければ……」と、死んだ魚のような目をして自分のオッパイを握り締めていた。

 そんな峯雲は、ハイライトがオフになった瞳から一筋の涙を流しながら私にこう返した。

 

 「解体してください」と。

 



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荒潮の晴着

 

 

 

 

 いきなりメタ発言してしまって申し訳ないが、朝潮型姉妹は2016年のクリスマスに朝雲と山雲のクリスマスモードが実装されるまで季節限定グラに恵まれていなかった。

 私の友人の某七駆提督は「改二艦が多いんだから七駆より恵まれてるだろ」と言っていたが、私から言わせれば季節限定グラが多く、改でグラが変わる七駆の方がはるかに恵まれている。

 朝潮型は八駆のみならず初期実装組すべてに改二が実装されるという快挙を成し遂げたがハッキリ言おう、改二なんてどうでも良い。

 七駆のように改でグラが変わっただけでも私は感謝の五体投地をしただろうし、性能が改のままでも海域攻略に使用し続けただろう。

 

 実際に私は、霞の改二が実装された日にPCの前で泣き、大潮に改二が実装された時には無駄に町内を駆け回り、荒潮の改二実装時には壊れたように「あらあらあらあらあら」と呟き続け、満潮の時は決戦モードの実装と言うダブルパンチのせいで鼻血を噴いた。霰の時は現実味が無さ過ぎて夢だと思ったほどだ。

 そして待望の、私が最も愛する朝潮に改二が実装された日にはPCの前にキュウリを山盛りにし、土下座しながらコニシ氏に感謝の言葉を一晩中言い続けた。

 

 だがそのおかげで、季節限定グラが他の艦型に比べて少ないことにもさして不満はなかった。不満はなかったが見たかった。

 その願いが大本営に通じたのか、2018年に霞の水着モードが実装されて私は気絶した。

 同じ年の秋刀魚祭りで大潮と満潮のジャージ姿を見て初めてジャージに欲情した。

 朝潮のハロウィンモードが実装された日には「我が人生に一片の悔いなし」とラオウの如く昇天しかけた。

 

 そんな彼女たち朝潮型に新艦が加わり、荒潮に季節限定グラが来るのは早くて正月かなと淡い期待を抱いていたら本当に実装された。

 そう!荒潮に晴着モードが実装されたのだ!

 

 その事に気づいたのは、不覚にも期間限定海域の攻略中だった。

 大破進軍にだけ気を付けてながら作業で攻略を続けていた折に、目の端に映った画面に見慣れぬ着物姿の艦娘が映った。

 あれは誰だ?編成しているメンバーは軽巡を除いて朝潮型だけだった。

 その朝潮型に、今の時期に期間限定グラが実装されている者はいなかったはずだ。

 そして画面を凝視して見逃さないようにして初めて、荒潮に晴着モードが実装されている事に気づいたのだ。

 

 「笑えるだろう?朝潮型提督を自称しておきながら大本営のツイートを見逃し、彼女の晴れ着姿を目の当たりにするまで気づきもしなかったんだからな」

 「何を言っているかわかりませんが仕事してください」

 

 と、若干不貞腐れ気味にツッコミを入れて来たのは我が麗しの秘書艦、朝潮である。

 

 「朝潮から見て荒潮の晴着姿はどうだ?」

 「どうだ?と言われましても……。よく似合ってるとは思いますが、あの格好で出撃するのはいかがなものかと」

 

 あ、今日の朝潮はまともだ。

 いや、普段から朝潮は真面目な良い子なんだが、彼女は稀に真面目さが行き過ぎて暴走する事があるのだ。

 

 「司令官こそどうなんですか?」

 「語っても良い?」

 「……仕事をしながらだったら構いません」

 「わかった。では語ろう!」

 

 正直言って、あそこまで色香を醸し出す駆逐艦が存在するとは思っていなかった。

 着物姿の駆逐艦は何名かいるが、荒潮ほど押し倒したくなるような色気を纏った駆逐艦は他に居ないと私は断言する!

 

 ご存知の通り、彼女にはオッパイと呼べるほどの大きさの胸部装甲はない。

 だが考えてみて欲しい。

 和服の特徴はその直線的なラインで、裁断の時点で直線的に切られているせいで体のデコボコに合わないようになっている。

 つまり洋服のように、身体のラインを強調するような造りではなくその逆、身体のラインが出さないようにしているのが和服なのだ。

 故にオッパイが大きく、身体のラインがハッキリとしている女性は本当の意味で着物を着熟せない。

 本来なら、潮や浜風や浦風、大和やアイオワのように帯にオッパイが乗るような大きさのオッパイを持つ艦娘が、動けばたゆんたゆんと揺れるような着付け方をするのは正しくないのである!

 そう、着物とは胸が無い方が似合う服なのだ!

 

 そこでもう一度荒潮の晴着姿を見てみよう。

 うん、見事としか言えない。

 胸から尻にかけて凹凸の無いスッキリしたシルエットに、握れば折れてしまいそうなほど細く繊細な指と腕。アップにした茶髪も桜模様の晴着の色合いを邪魔せず、かと言って埋もれもせずに見事に共存している。

 さらに素晴らしいのは中破姿だ。

 いやもう何なのあれ。

 胸があれば谷間でも拝めそうな位置からはだけているのに、谷間の存在などハッキリと確認できない程真っ平らな胸部装甲。そしてあらわになった肩、鎖骨、首筋!

 もうこれだけで丼ぶり三杯はいけますね。

 私がロリコンなだけかもしれないが、オッパイがポロリしてる子よりよっぽど興奮するよ!本有にお世話になりました!

 

 「朝潮が天使なら、差し詰め荒潮は悪魔だな」

 「あらぁ?それは褒めてるのかしらぁ?」

 「もちろん褒めている。って荒潮?いつの間に来たんだ?」

 「司令官が判子を押しながらブツブツと独り言を言ってる途中よぉ。ちなみに朝潮ちゃんはぁ、「長くなりそうなのでお手洗いに行って来ます」って言って出て行ったわぁ」

 

 ふむ、荒潮の悪魔的な可愛さに惑わされて朝潮のトイレについて行く事ができなかったか。

 だがまあ、代わりとばかりに目の前に晴着姿の荒潮がいるから良いとしよう。

 しかし何をしに来たんだ?まさか、お年玉をねだりに来たか?

 

 「うふふ♪そんなにじ~っと見つめちゃってぇ、荒潮の晴着姿に欲情したぁ?」

 「うん。欲情した」

 「あらあら大胆ねぇ。そんなにハッキリ言うとは思わなかったわぁ。でもぉ……司令官がどうしてもって言うならサービスするわよぉ?」

 

 などと言いながら、上目遣いで裾をチラチラと捲ってふくらはぎを見せつけて来る荒潮のエロさに理性が吹き飛ばされそうになってしまった。

 これが例えば鈴谷なら、私は無言で諭吉を五枚ほど手渡して押し倒しただろう。

 如月だったら、少し挑発に乗るふりをすれば途端に慌てて執務室から出て行くだろう。

 金剛だったら……いや、金剛の場合は挑発云々などせずに私を逆に押し倒すか。

 だが、荒潮の場合はいずれもする気になれない。

 彼女は本当に誘っているのだ。と、勝手に思っている。

 彼女の挑発に乗って手を出せば彼女は受け入れてくれる(意味深)のだろうが、そうすると朝潮の機嫌を損ねるばかりか満潮と霞に殺されかねない。もちろん、他の子に手を出しても同じ事になる。

 故に、いくら挑発されても手は出せない。

 朝潮に嫌われたくないしまだ死にたくもないからね。

 

 「そういうはしたない真似はやめなさい荒潮。せっかくの晴着姿が台無しだぞ?」

 「あらぁ、司令官はこういうの嫌いぃ?」

 「嫌いじゃない」

 「じゃあいいじゃなぁい♪荒潮と姫初め、しちゃうぅ?」

 

 ははははは、まいったなこれは。

 一応説明しておこう。

 姫初めとは『初め』とつくことで勘違いされがちだが、本来は一月二日の行事である。大切な事なのでもう一度言おう。()()である!

 しかし民間で製造された仮名暦が初出のため、由来やその内容などは諸説あってはっきりしていないらしい。

 例えば、姫飯(ひめいい)(柔らかいご飯)を食べ始める=「姫始め」という解釈や、その年の初めて火や水を使うことを指している『火水初め』、馬の乗り初めの日と言う事で『飛馬始め』「女伎始め」等々、元の表記が『ひめはじめ』と平仮名であったせいで様々な解釈が存在する。

 だが、現在の日本人が『ひめはじめ』と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、年が明けてから男女が初めて秘め事をする『秘め始め』。これが鬼の『姫初め』と呼ばれる物と混ざって伝わっているのだろう。(鬼の姫初めは内容がかなりエグイのでここでは割愛する)

 要は、その年一発目の情事のことを『姫初め』というわけだ。

 

 「これぇ、引っ張ってみたくなぁい?」

 

 私が理性を維持するために脳内で長ったらしい説明をしている苦労など知らず、荒潮は腰の後ろにある帯の端をヒラヒラさせている。

 いや、正直に言えば引っ張りたいよ?

 帯を引っ張って女の子に「あ~れ~」と言わせて「よいではないか!よいではないか!」と言うのは男の夢だからね(異論は認める)でもそれをやっちゃうと歯止めが効かなくなるからやらない。

 YESロリータNOタッチ!

 

 「もう、強情ねぇ。私がこぉんなに誘ってあげてるのにぃ」

 「荒潮は私を檻の中に入れたいのかな?」 

 「逆に聞くけどぉ、司令官は私に入れたくないのぉ?」

 「何を!?」

 「ナニを♪」

 

 鹿島でもしないような淫靡な表情を浮かべているが、この子は自分がどれだけ危険な事を口走っているかわかってないのか?

 もし私が紳士じゃなかったら、君が私の目の前に現れた時点でルパンダイブしているんだぞ?

 それに加えて直接的過ぎるお誘い、私が紳士じゃなけりゃ押し倒してるね。

 

 「あらぁ?口では嫌がってるのにぃ、こっちは正直ねぇ♪」

 「こっちってどっち……ってうお!?私はいつの間に!」

 

 さっきまで、荒潮の誘惑に堪えながら執務机に座って書類に判子を押していたはずなのに、私は気づいたら荒潮の目の前に立っていた。

 何を言っているかわからないと思うが私も何を言っているかわからない。

 だが私は今、間違いなく荒潮の目の前に立っている。起たせて立っている!

 この絵面は非常にマズいぞ。

 私と荒潮の身長差のせいで、荒潮の誘惑と言うカンフル剤を投与された元気過ぎる息子のチャーリーが荒潮のお腹に突き立たんばかりに背伸びしている。

 

 「うふふ♪今年のお年玉はこれかしらぁ♪」

 「や、やめろ!そこは……あふん!」

 

 荒潮が私に体を預け、反応を楽しんでいるような笑顔で私を見上げながらジョニーとマイケルを優しく弄んでいる。 

 なんてテクニックだ。この子は本当に駆逐艦か?

 こんな、ジョニーとマイケルを弄られただけで果ててしまいそうになる程のテクニックは堀之内の風呂屋で経験して以来だ。

 

 「我慢しなくていいのよぉ?」

 「ほ、本当にいいのか?」

 「ええ、いいわぁ。早く荒潮にお年玉ちょぉだい♪」

 

 荒潮のその一言で、私の中の何かがプツンと音を立てて切れた。

 そうだ。難しく考える必要も我慢する必要もない。

 私は荒潮にお年玉をあげるんだ。

 ジョニーとマイケルと言う名のポチ袋の中に詰まったお年玉を荒潮にあげるのだ。

 だからこれは健全な行為。

 提督である私が駆逐艦にお年玉をあげる行為が間違っているはずも、ましてや不健全である訳がないのだ!

 

 「うおぉぉぉぉぉぉ!荒潮ぉぉぉぉぉ!」

 

 と、叫びながら荒潮が着た晴着の前をはだけさせたところで私は正気に戻った。

 その理由は、執務室のドアが少し開いている事に気がついたからだ。

 その少し開いた隙間からこちらを覗く青い瞳に見覚えがあったからだ。

 そう、ギギギ……と軋むような音を上げながら開いた執務室のドアの向こうに、私が最も愛する駆逐艦である朝潮が立っていたからだ。

 

 「べ、弁解の余地は……」

 

 背中に冷たい汗が流れる。

 浮気の現場を見られた男はこんな風に硬直して動けなくなってしまう物なのだろうか。

 そんな私を尻目に、荒潮は「司令官に乱暴されそうになったのぉ!」と朝潮に泣きつき、朝潮はそれを信じたのか「大丈夫ですよ」と言って荒潮の頭を撫でながら、ハイライトが消えた瞳で私を見続けている。

 そして彼女は……。

 

 「あると思いますか?」

 

 と言って、左肩に装備された防犯ブザー(探照灯)の紐を引いた。

 



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霞のバレンタイン

 バレンタインデーはとっくに過ぎましたが、今日の昼間に唐突に思い付いたので一気に書き上げました。

 なので推敲とかまともにできていないので、その辺は生暖かくスルーして頂けると幸いです(・∀・)


 

 

 

 

 うちのクズ司令官はロリコンでシスコン、更にマザコンよ。

 まるでどっかの赤いなんとかさんみたいな人だけど、提督の性質なのか艦娘にやたらとモテる。

 具体的に言うと、バレンタインデーに執務机がチョコレートで埋め尽くされるほどね。

 

 「毎年の事だけど、みんな諦めが悪すぎじゃない?司令官って姉さん以外には興味がないって公言してるのに

、どうしてみんな飽きもせずチョコを渡すのかしら」

 「そう言う満潮姉さんもでしょ?今だって、嫌がる私に無理矢理チョコ作りを手伝わせてるし。しかも()()に」

 

 そう、あのクズは朝潮姉さん以外に興味がない。

 いや、こう言うと語弊があるわね。

 正確には、朝潮姉さん以外を恋愛対象として見ていないって言うべきね。

 しかも、満潮姉さんが言ったとおりそれを公言している。にもかかわらず、チョコレートを渡す艦娘が減らないのは、ひとえにクズなりの頑張りを艦娘達が認めて感謝してるってことの現れなんでしょう。

 じゃないと、脈も無い相手にチョコレートなんて贈ったりしない。

 要は、日頃の感謝を形にして贈ってるのよ。

 

 「って、言い訳してるんでしょ?アンタも、他の艦娘達も」

 「それは満潮姉さんも、でしょ?」

 

 私がそう言い返すと、満潮姉さんは何も言わずに湯煎で溶かしてる最中のチョコレートに視線を落とした。

 その無言は肯定と取るわよ。

 満潮姉さんもやっぱり、他の艦娘と同様に諦めきれてないんじゃない。

 

 「ねえ霞。どうして司令官は、私たちにも指輪をくれたのかな」

 「さあ?大方経験値が勿体ないとか、多少でも性能を上げようとか考えたんじゃない?」

 「それじゃあ戦艦や空母に指輪を贈ってない事に説明がつかないわ。駆逐艦とケッコンカッコカリするより、戦艦や空母とケッコンカッコカリした方が艦隊運用的には正しいはずよ」

 

 確かにその通りね。

 駆逐艦とケッコンカッコカリしたって性能の上昇は誤差の範囲だし、ただでさえ燃費が良い駆逐艦の燃費を向上させるよりは上位艦種とケッコンカッコカリした方が運用上は正しい。

 それなのに、あのクズは駆逐艦、しかも他の有用な駆逐艦を差し置いて朝潮型のみに指輪を贈った。

 最初に指輪を貰ったのはもちろん朝潮姉さん。

 朝潮姉さんは変なスイッチが入らない限り真面目で堅い人だから、自分に指輪を贈ろうとする司令官の考えが理解できずに十円ハゲができるくらい悩んだわ。

 指輪を受け取るように姉妹総出で説得したのも今では良い思い出……かな。

 

 「次に貰ったのが霞だったよね」

 「ええ、正直貰えるだなんて思ってなかったから、思わず馬鹿とか言っちゃったし」

 

 あの人はとにかく朝潮姉さんを優先していた。

 私や大潮姉さん、他にも沢山の艦娘が朝潮姉さんより先に改二が実装されていたのに、あの人は「朝潮が改二になったときに指輪を渡すんだ」と言って、本当にそうした。

 そのせいで海域の攻略にも苦労したわ。

 改二が実装されて、しかも練度を満たしているいる艦娘から文句があがった事もあった。

 それでもあの人は、朝潮姉さんですら冗談だと思っていた「改二になった君に指輪を贈る」という約束を守り通した。

 まあ、他の艦娘の改二改装を後回しにするのはやり過ぎだとも思ったけど、それがあの人なりの想いの示し方だったんじゃないかな。

 でも……。

 

 「今は受け取った事を後悔してるわ。それは満潮姉さんも同じじゃないの?」

 「うん……。指輪を貰ってなかったら、こんなに辛くはなかったと思う」

 

 満潮姉さんは司令官の事が好きだ。

 姉妹の中でも、朝潮姉さんと同じくらい司令官の事を想ってる。口には決して出さないけど、その事は朝潮姉さんを含めた姉妹全員がわかってるわ。

 

 「いっそ、気持ちを伝えて玉砕しちゃったら?」

 「自分が出来もしない事を人にやれって言わないで」

 「そうね……。ごめんなさい」

 

 私も例に漏れず司令官の事が好き。

 最初の頃は頼りないオッサンくらいにしか思ってなかったのに、何年も一緒に苦楽を共にしている内に気付いたら好きになっていた。

 その事を自覚したのは、手作りしたチョコレートを初めて贈った日。

 最初は、くだらない事で悩む朝潮姉さんにイラついてるだけだと思ってたのに、途中から、あの人がずっと贈りたがってた指輪をやっと贈れるって喜んでたあの人の気持ちをないがしろにしようとしている朝潮姉さんが許せないんだって気付いたのが運の尽きだったわ。

 

 「不様よね。自分が恋してる気づいた途端に失恋しちゃうなんてホント、情けないったら」

 「みんな似たようなモノよ。私だって……」

 

 チョコレートを混ぜる満潮姉さんの手が止まった。しかも、今にも泣きそうなほど顔を歪めてるってオマケ付き。

 満潮姉さんはみんな似たようなモノなんて言ったけど、朝潮姉さんの次にあの人との付き合いが長い満潮姉さんの苦しみが私なんかと同じなわけがない。

 以前、朝潮姉さんに指輪を渡した次の日に、たまたまその日秘書艦だった満潮姉さんは、いつも通り素っ気ないフリを装ってあの人と朝潮姉さんを祝福した。

 その満潮姉さんに、あのクズは「もし、朝潮より先に満潮が着任していたら、俺が惚れてたのは満潮だったかもしれない」なんて言ったらしいわ。

 あのクズは、満潮姉さんの気持ちも知らずに満潮姉さんが最も傷付く言葉を嬉しそうに吐きやがったのよ。

 

 「あの日みたいに、今晩付き合おうか?」

 「いい……。アンタに迷惑かけちゃうじゃない」

 「気にする事ないわよ。私もたぶん、一緒に泣いちゃうし」

 

 あの日もそうだった。

 朝潮型の部屋になかなか帰ってこない満潮姉さんをみんなで捜してたら、倉庫の片隅で泣いている満潮姉さんを見つけた。

 満潮姉さんが泣くなんて滅多に無い事だから混乱したわ。でも、満潮姉さんの気持ちは知ってたから、きっと指輪の件で自分の気持ちが抑えきれなくなったんだろうって察しがついた。

 だから私は、他の姉妹達に「満潮姉さんは見つけたから部屋に戻ってて」と言って遠ざけ、この人が溜め込んでいた司令官への気持ちを代わりに受け止めた。

 制服が、満潮姉さんの涙でびしょ濡れになるまでね。

 

 「あとは固まるのを待つだけね。ラッピングはしといてあげるから、アンタはとっとと執務室に行きなさい。今日、秘書艦でしょ?」

 「じゃあ、お願いしようかな」

 「ええ、お願いされてあげる。お礼は間宮券一枚で良いわよ?」

 「わかった。バレないようにクスねとくわ」

 

 イタズラっぽい笑顔で間宮券をねだってきた満潮姉さんに、同じくらいイタズラっぽい笑顔でそう返した私は、暗に一人になりたいと言った満潮姉さんを残して執務室に向かった。

 きっと今日は一日、チョコレートを渡そうと執務室に殺到する艦娘たちを捌くのに追われるんだろうなぁ……。

 

 「や、やっと来てくれたか霞。助けてくれ」

 「手遅れだったか……」

 

 執務室に入るなり、目に飛び込んできた光景に思わず頭を抱えてしまった。

 どんな光景かと言うと、執務机に留まらず司令官までチョコレートが入っていると思われる箱の群れに埋まってるの。

 誰のとまでは言わないけど、中には自分を模った1/1サイズのチョコレート人形も()()()あるわね。

 油断してたなぁ。

 私が居ると並ばされるから、今年は私が来る前に殺到しちゃったんでしょう。

 

 「相変わらずのモテっぷりね。虫歯にならないように歯磨きだけはいつも以上にしっかりしないね」

 「はいママ」

 「ママって言うな。それより、さっさとそこから這い出して仕事を終わらせなさいな。今日から九日間、夜の方が忙しいんだから」

 

 私たち朝潮型姉妹には他の艦娘たちには言えない取り決めがある。

 それはバレンタインデーの次の日以降、朝潮姉さんを除いた八人でジャンケンをして決めた順番に従って司令官にチョコレートを渡し、司令官と一晩限りの恋人になって、一夜を司令官と過ごす秘密の決まり事。

 もちろん、バレンタインデー当日は朝潮姉さんよ。

 そして今年は、二日目の権利を私が勝ち取った。

 

 「今年も例のアレをするのか?」

 「当然よ。年に一度とは言え報われるから、私たちは姉妹でいられるの。もし、無しにしようとか言い出したら八人でアンタを監禁しちゃうんだから」

 「それはご褒美か?」

 「ええそうね。贔屓目に見ても中学生くらいの私たちに監禁されて飼われるのが嬉しいならご褒美でしょうよ」

 

 どちらかと言うと、私たちにとって……。いや、私にとってのご褒美かな。

 この人が愛してる朝潮姉さんからこの人を引き離し、監禁して食事から排泄、その他諸々まで管理して私専用の奴隷にする。

 そんな危うい妄想を、この時期はどうしてもしてしまう。病んでるって自覚はあるから、辛うじて実行せずに済んでるけどね。

 

 「今年の二日目は誰だ?」

 「私よ。今年は寝かせる気が無いから覚悟しといてよね」

 「ああ、覚悟しておくよ」

 

 そう言ったのを最後に、私と司令官は今日の仕事に取りかかった。

 今日以降を少しでも楽にするために、次の日の仕事まで前倒しにしてね。

 それを終わらせて部屋に戻ったら、満潮姉さんがチョコレートの入った箱と手提げ袋を持って何故か部屋の外で待っていた。

 部屋の中が騒がしいけど、何かあったのかしら。

 

 「仕事は終わったの?」

 「ええ、次の日のも前倒しして終わらせたからこんな時間になっちゃったけど……何かあったの?」

 「朝潮姉さんが熱出して寝込んだ」

 「はぁ?寝込んだ!?なんで!?」

 

 今朝はいつも以上に元気で、暴走一歩手前なくらいテンションが高かった朝潮姉さん熱出して寝込んだ?

 テンションが上がりすぎて熱が出ちゃったのかしら。それとも風邪引いた?

 

 「なんかね、私たちに負い目を感じてたんだって」

 「負い目?」

 「うん、今も熱に魘されながら、ずっと「ごめんなさい」って繰り返してるみたいよ」

 「あ~……何となくわかった」

 

 朝潮姉さんは真面目が行き過ぎて暴走し、私たちに迷惑をかける事がよくある。

 具体的に言えば三日に一度くらいね。

 大半は司令官が変な事を言い出すのが切っ掛けだけど、私たちの事を心配しすぎて暴走することもあるわ。

 今回のもたぶんそう。

 朝潮姉さんは、私たちも司令官の事を好きだって知っていながら、自分一人が司令官の愛情を一身に受けている事に罪悪感を感じてたんだと思う。

 それが今日、限界を超えて発熱と言う形で顕在化してしまった。ってとこでしょう。

 

 「だから、今年は予定変更よ。姉さんをトリにして順番を繰り上げる。もちろん姉さんも了承してるわ」

 「じゃ、じゃあ……」

 「そう、今晩司令官の相手をするのはアンタよ」

 

 そう言って、満潮姉さんは持っていたチョコレートの箱を差し出してきた。

 本来なら、朝潮姉さんにしか許されていないバレンタインデー当日にチョコレート渡す権利を私が得る。

 正直に言えば嬉しいし、ラッキーだとも思ってるわ。

 でも、素直に喜べない。

 チョコレートを差し出す満潮姉さんの震える手を見たら、とてもじゃないけど素直に喜べない。

 

 「変な気を使ったらぶつわよ」

 

 だから、私の次の日に司令官にチョコレートを渡す予定になっていた満潮姉さんに権利を譲ろうと考えた。

 でも満潮姉さんには、私の考えてる事なんてお見通しだったみたい。

 差し出されたチョコレートから、満潮姉さんの顔に視線を移した途端に釘を刺されちゃったもの。

 

 「で、でも満潮姉さんの方が……!」

 

 私よりもずっと司令官を愛してる。私以上に、私が得てしまった権利が欲しいはず。

 そんな事は、今にも泣き出しそうな顔を見れば嫌でもわかるわ。

 

 「私の事なんて気にしなくて良いの。アンタにとって、唯一素直に司令官に甘えられる日なんだから楽しんできなさい」

 「それは……!」

 

 満潮姉さんも同じでしょう?

 って言おうとした私を黙らせようとしたのか、それとも泣き出しそうな顔を見られたくなかったのか、満潮姉さんは私を抱き寄せて落ち着かせるように頭を撫で始めた。

 私の頭を撫でる手どころか、体全体が小刻みに震えてる。

 

 「あんまり気に病むと、アンタまで熱出して寝込んじゃうわよ?」

 「でもそうすれば……」

 

 順番が繰り上がって、満潮姉さんに今日の権利が回る。そう言おうと思ったけど、私を抱き締める腕の力を強めた満潮姉さんに止められた。

 

 「馬鹿ねぇ。順番がズレたのは私的にも願ったり叶ったりなのよ?」

 「どう……して?」

 「だって明日は私が秘書艦だもの。朝からず~っと一緒に居られるのよ?そっちの方が良いに決まってるじゃない」

 

 嘘だ。

 確かに朝から次の日の朝まで一緒に居られるのは魅力的だわ。でも、バレンタインデー当日にチョコレートを渡して、そのまま一晩一緒に居られる権利に比べたらそれすらも霞んでしまう。

 それだけ女の子にとっては大切な日なのに、満潮姉さんは自分に嘘をついてまで私に今日を楽しんでこいって言ってくれてる。

 そこまで言われても尚、今日の権利を譲るなんて言うのは満潮姉さんの気持ちに泥を塗ることになってしまう。

 

 「わかった……。ありがとう、お姉ちゃん」

 「うん、どういたしまして。あとこれ、着替えが入ってるから」

 

 だから私は、そう言ってチョコレートと着替えが入った手提げ袋を受け取り、小さく手を振る満潮姉さんから離れた。

 向かうは司令官の私室。

 本当なら朝潮姉さんが行くはずだった、司令官と朝潮姉さんの愛の巣よ。

 

 「それで、今日は朝潮ではなく霞と言う訳か」

 「そうよ。ガッカリした?」

 

 私は司令官の私室に着くなり事情を説明した。

 だって私が部屋に入るなり「なんで霞が?」って顔しやがったんだもの。

 まあ、朝潮姉さんが来るとばかり思ってたこの人からしたら当然の反応なんだけど……やっぱりちょっと傷付くわね。

 

 「正直に言っても?」

 「いい訳ないでしょ。殴るわよ」

 

 このクズは……。

 肩を竦めて「お~怖い怖い」と戯けてもガッカリしてるのが丸わかりよ。本当に殴ってやろうかしら。

 

 「ちょ!ちょっと!せめてお風呂にくらい入らせてよ!」

 「ダメだ。風呂に入られたら匂いが落ちてしまう」

 「この変態……」

 

 私の抗議など聞く耳持たず、司令官は私を抱き上げて膝の上に座らせた。

 所謂、座った状態でのあすなろ抱きね。

 司令官はこの体勢で匂いを嗅ぐのが好きらしく、他の姉妹達にも漏れなくしてるらしいわ。

 いや、峯雲姉さんだけは逆向きだったっけ。

 

 「……ところで、チョコはくれないのか?」

 「今日は散々食べたでしょ?それなのにまだ食べ足りないの?」

 「ああ、朝潮型がくれるチョコは別腹だからな」

 「あっそ、そんなに太りたいならあげるわよ」

 

 ねだられるのを待っていた私は、司令官の顔にチョコレートが入った箱を押し付けた。

 この人もそれを予想してたのか、鼻っ柱に直撃しないように、しっかりとほっぺたで受け止めたわ。

 

 「相変わらず、霞と満潮が作るチョコは塩っぱくて苦いな」

 「当然よ。気持ちがこもってるからね」

 

 どれだけ砂糖を入れて甘くしても、私と満潮姉さんが作るチョコレートは塩っぱくなる。

 市販の板チョコを溶かして固めただけでも、何故か苦くなる。味見した時は普通なんだけど、どうしてもそうなってしまう。

 それはきっと、この人が私たちの気持ちを受け止めてくれているから、塩っぱくて苦いチョコレートに感じちゃうんでしょうね。

 

 「もう、甘いチョコレートは作れないのかな……」

 「作れるさ。いつか、きっとな」

 

 他人事みたいに言いやがって。

 私と満潮姉さんがそんなチョコレートしか作れなくなったのは間違いなく貴方のせい……。

 

 「いや、(私が馬鹿だから……かな)

 「ん?何か言ったか?」

 「ううん、何でもない」

 

 司令官の手の温もりを頭頂部に感じながら、私はあの日の事を思い出していた。

 私と似たような性格をしている満潮姉さんに背中を押して貰って、初めて作ったチョコレートをこの人に贈った日のことを。

 

 「まあ、少し手間取ったけど、できたからあげるわ」

 「なんだ?これ」

 

 市販の板チョコを溶かして型に流し込んで固めただけにすれば良かったのに、私は初めて作る手作りチョコに妙に拘った結果、私が作ったソレはこの人にチョコレートだと気付いてもらえなかった。

 

 「何って、チョコよ。そんなこともわかんないの?」

 「チョコだと!?このダークマターみたいな外見で所々人の顔のように見える物質がか!?」

 

 今思いだしても、司令官が言ったとおり食べ物には見えなかった。

 控え目に言って汚物ね。

 もし私が贈られる側だったら、迷わずゴミ箱にダンクシュートしてたと思うわ。

 それなのにこの人は……。

 

 「は、早く受け取ってったらぁ!」

 

 それまで経験したことがないほどの熱を顔に帯びてそう言った私を気遣って、この人は美味しいはずがないチョコレートを頬張ってこう言ってくれた。

 

 「歯が溶けてしまいそうなほど甘いな」って、顔を真っ青にしながらね。

 

 その日に、私はこの人への恋心を自覚した。

 日頃の感謝を伝えるって事で渡しときなさい。って満潮姉さんに諭されてチョコレートを贈った事で、私はこの人への恋心を自覚させられた。

 

 邪推するわけじゃないけど、もしかしたら満潮姉さんは、自分と同じように苦しんでくれる仲間が欲しかったのかもしれないわね。

 



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不思議の国の満潮

 ミチシオチャンアッア


 

 

 

 

 

 戦闘の折りに片腕を失ってしまった朝潮型三番艦 満潮。

 だが不思議なことに、目が覚めると失ったはずの腕は元通りになっていた。

 しかし。

 その腕は満潮本来のものではなく、実はナノマシンの集合体だったのである。

 そして満潮は内なる声に導かれるように、大国による世界規模の陰謀に巻き込まれていくのであった。

 

 「と、いう感じでどうだ?満潮」

 「どうだも何もないでしょ司令官。なんでわざわざナノマシンの塊なんか移植するの?高速修復材(バケツ)ぶっかけりゃ腕の一本や二本生えてくるでしょうが」

 「力が欲しいか?」

 「いるかバーカ!それより縄をほどけ!なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」

 

 ふむ、満潮の不思議の国のアリスのような服装、個人的に『満潮 アリスフォーム』と呼んでいる衣装が実装された時に満潮を主役とした劇でもしようという話になり、その内容を決める会議を第八駆逐隊の面々としているのだが……。

 どうやら、私の案は椅子に無理矢理縛り付けて参加させた満潮のお気に召さなかったようだ。

 

 「今のってA○MSだっけ?」

 「そうねぇ。AR○Sで間違いないわぁ」

 

 ふむ、大潮と荒潮は知っていたか。

 個人的にはARM○よりス○リガンの方が好きなんだが、不思議の国のアリス繋がりで○RMSしか選択肢がなかったんだよなぁ。

 だがまあ、一応……。

 

 「力が欲しいのなら」

 「くれてやる!」

 「くれてやるぅ!」

 「だからいらないって言ってんでしょ!って言うかそのネタ大丈夫!?どっかから怒られたりしない!?」

 

 よし!大潮と荒潮は乗ってくれた!

 朝潮も乗ってくれたら最高だったんだが、どうやら彼女は知らないらしく「何かの暗号でしょうか?」と言って首を傾げてしまった。

 

 「だいたい、実装されるかどうかもわかんない物に期待して馬鹿なんじゃないの!?そんな暇があるなら海域の攻略を進めなさいよ!」

 「うちはライトプレイだから良いの」

 「良くないでしょ!?そんなだから未だに甲勲章貰えないのよ!」

 

 いやぁ、そりゃあ私も甲勲章欲しいよ?欲しいけども。

 ほら、リアル事情がね?

 私みたいな社畜が艦これに割ける時間は一日1~2時間が限界なわけ。いや、そのくらいのプレイ時間で甲勲章貰ってる提督もいるでしょうよ?

 でも私は無理したくないの。ゲームでまでストレスを感じたくないわけよ。

 

 「あの、司令官。なんだか脱線している気がするのですが……」

 「おっとすまん。ついつい脳内で愚痴ってしまった」

 「はぁ、そうですか」

 

 では、朝潮にも呆れられたところで話を戻そう。

 だが困ったな。

 A○MS案が没なのなら、無難に不思議の国のアリスのストーリーに添ったものにせざるをえない。

 そうなると次に考えるべきは……。

 

 「配役だな」

 「あらすじも決まってないのにですか?」

 「その辺はもう原作の丸パクリで」

 

 では原作に添い、さらに満潮と縁の深い第八駆逐隊と西村艦隊の面々を基本に配役を決めてみよう。

 まずは冒頭に出てくる一緒に本を読むお姉さん。

 これは朝潮で問題ないだろう。実際に満潮のお姉ちゃんだし、大潮と違って挿し絵がない本も読むからな。

 そしてアリスが追いかける白ウサギ、これはまあ時雨で良いか。懐中時計とか似合いそうだし。

 

 「そしてホワイトラビット時雨はアリス満潮に問う。「力が欲しいか」と」

 「問わないわよ!アンタそれが言いたいだけなんじゃないの!?」

 「力が欲しいのなら」

 「くれてやる!」

 「くれてやるぅ!」

 「く、くれてや……る?」

 「それももういい!朝潮姉さんも無理に乗らなくていいから!」

 

 よし!変に空気を読んだ朝潮も加わってくれた!

 おっと、それは置いといて。

 次はアリスに助言を与えるイモムシだが……これは最上で良いな。原作では終始ぞんざいな態度だが、最上にぞんざいに扱われるのも悪くない。私が!

 そしてやっぱり、イモムシ最上はアリス満潮に問う。

 

 「キノコが欲しいか?と」

 「キノコ!?力じゃなくて……てぇ!腰を突き出すな!キノコが欲しいかとか言いながら腰を突き出さないで!」

 

 何故キノコか。

 それは、イモムシがアリスに「キノコの一方を噛れば大きく、反対側を噛れば小さくなれる」と教える役だからだ!けっして他意はない!

 そう、最上なら生えていても不思議はないとか断じて考えてなどいない!

 余談だが、このキノコのくだりは某配管工オジサンのスーパーなキノコの元ネタともなっている。

 

 「さらに余談だが、私のキノコはキノコ自身が大きくなったり小さくなったりするぞ」

 「知るか!って言うかこれってセクハラじゃない!?完全にセクハラよね!?」

 

 おっと、私としたことがついハッスルしてしまった。

 このままだと食い千切られそうだし、朝潮と大潮が無言で胸元の探照灯兼防犯ベルに手を伸ばそうとしているから引っ込めよう。荒潮なんかハサミをチャキチャキと鳴らしてるしね。

 あまりの恐怖に、私のチャーリーが小さくなってしまったよ。

 

 「うおっほん!次はアリスに帽子屋と三月ウサギの家に行くよう促すチェシャ猫だが……。私は松風とか山風とか鈴谷とか、とにかくその辺のいずれかを推したい」

 「一応お聞きしますが、どうしてその方々なんですか?」

 「だって緑っぽいじゃん?」

 「緑?チェシャ猫は緑色をした猫なのですか?」

 

 やはり朝潮にはわかってもらえないか。

 だが他の三人はわかってくれたようで、大潮は「そう言えばグリーンでしたね」と言っているし、荒潮は「ヒロインに横恋慕した人かぁ」と言っている。満潮など「いつまでA○MSネタ引っ張るのよ!」と憤慨している。

 

 「じゃあ次はぁ、お茶会のシーンで出てくる帽子屋と三月ウサギとネムリネズミねぇ」

 「そうだな荒潮。帽子屋と三月ウサギは朝雲と山雲を適当に宛がうとして、ネムリネズミは初雪と望月、それに加古の内誰かで良いだろう」

 「雑すぎなぁい?」

 「いやぁ、そろそろ休憩したくってさ。お茶にしないか?」

 

 お茶会のシーンだけに。

 満潮もツッコミで大声を出しすぎたからか「喉が痛い……」とか言ってるしね。

 

 「司令官、お茶請けは何がよろしいですか?」

 「お土産で貰ったミスターなドーナツがあるからそれを出してくれ」

 「よろしいのですか?たしかご友人からのお土産ですよね?」

 「一人で食べきれる量じゃないから構わないよ。それに、アイツは私が甘い物が苦手だと知ってて甘い物ばかり土産で持ってくるんだ。要は嫌がらせさ」

 

 まあ、艦娘たちに配ればすぐに無くなるから処理には困っていないがね。

 実際、今も大潮と荒潮が奪い合ってるくらいだし。

 

 「満潮はどれが良いですか?」

 「どれが良いかだなんて無粋だよ朝姉。満潮が選ぶのはソレしかないでしょ?」

 「そうねぇ。大潮ちゃんが言う通り、満潮ちゃんはソレしか食べないわよぉ」

 

 ふむ、朝潮は頭の上にハテナマークを浮かべながら首を傾げてしまったが、大潮と荒潮が妙にニヤニヤしながら言ったソレとは恐らくアレだろう。

 満潮と言ったらアレだし、本人も「どうせアレでしょ?」って言ってるから察しがついているようだ。

 

 「「ポン・デ・リング~♪」」

 「いやそっちかよ!普通、私と言えばフレンチクルーラーでしょうが!」

 「え?ミッチーはフレンチクルーラーが良いの?」

 「いつもは「髪型が似てるからって好きって決めつけるな!」って怒るのにねぇ」

 

 今日は朝潮がまともな分、大潮と荒潮が悪ノリしてるな。被害が自分達に及ぶ可能性が低いのも手伝ってるんだろうが、イジられている満潮はたまったもんじゃないだろう。額に浮かんでいる血管とか弾けそうだ。

 

 「ねえミッチー」

 「な、何よ」

 

 はて?大潮がフレンチクルーラー片手に不適な笑顔を浮かべて満潮ににじり寄っているが……まさか。

 

 「フレンチクルーラーが欲しいか?」

 

 やっぱりか。

 そうかそうか、大潮もその台詞が言ってみたかったんだな。だが残念ながら……。

 

 「語呂が悪い!」

 「え~?そうかなぁ。でもミッチー、フレンチクルーラー食べたいでしょ?」

 

 うん、司令官も語呂が悪いと思う。

 フレンチクルーラーの部分を『コレ』とかに変えればまだ語呂は良いと思うが、フレンチクルーラーだとちょっと……ねぇ?

 

 「じゃあ、満潮ちゃんはフレンチクルーラーいらないのぉ?」

 「いやいや、別にいらないとは……」

 「だったら素直に食べたいって言ってぇ?だったらねじ込んであげるからぁ」

 「ねじ込むの!?普通に食べさせてくれないの!?」

 「フレンチクルーラーが欲しいぃ?欲しいのならぁ……」

 

 荒潮が艶かしい声音でそう言いながら、満潮の口元にフレンチクルーラーを近づけて誘惑し始めた。

 満潮は「べ、べつに欲しくなんて……」と強がりを言っているが、首を伸ばしても届かない微妙な位置に差し出されたフレンチクルーラーから目を離せないでいる。

 

 「こら!荒潮!意地悪しちゃダメです!」

 「えぇ~でもぉ~」

 「でもじゃありません!あんまり意地悪するとお姉ちゃん怒りますよ!」

 

 腰に両手を当て、頭の上にプン!プン!という擬音が文字になって現れてそうなほど眉を吊り上げている様子を見るにすでに怒ってないだろうか。

 だが、怒っている朝潮は新鮮なので、むしろ怒られたくなるから不思議だ。

 

 「今日は朝潮姉さんがまともで良かった……」

 「はて?私はいつでもまともですが?」

 「いやいや、いつもは……やっぱ何でもない。それより、ドーナツよりも先に飲み物の方が欲しいんだけど」

 「わかりました。紅茶で良いですか?」

 「うん、それで言い訳……って、ヤカンがヤバイレベルで湯気蒸かしてるけど……」

 「あ、私としたことがウッカリしてました」

 

 うん、完全に沸騰してるね。100度だね。

 アレで淹れた紅茶はさぞかし熱いことだろう。猫舌じゃなくても確実に口の中を火傷しちゃうよ。

 

 「水で良いからね。贅沢なんて言わないから水にして!間違っても沸騰しきったお湯で淹れた紅茶を飲ませようとしないでね!?」

 「安心にしてください満潮!この朝潮、紅茶も全力で淹れる覚悟です!」

 「そんな覚悟いらない!むしろ、そんな物を飲まされる私の方に覚悟がいるから!」

 

 などと、満潮が必死に抗議しておりますが、変なスイッチが入ってしまった朝潮の耳には届いていないご様子。

 ハッキリ言って、大潮と荒潮のイジリが可愛く思えるレベルの非道を、無自覚かつクソ真面目に行おうとしている朝潮のなんと恐ろしいことか。

 

 「氷でも口にふくんどくか?」

 「そんな暇があるんなら朝潮姉さんを止めてよ」

 「無理だ。見ろ、あの如何にも「ツッコミし過ぎて喉がカラカラの妹に美味しい紅茶を飲ませるんです!」とか、考えてそうなあの顔を」

 

 あの顔を見てしまったら止められない。

 なぜなら、朝潮の行動は完全に善意。妹を想っての行動だ。

 満潮もそこは理解しているらしく、約100度の紅茶を飲む覚悟を決めたらしい。もっとも、瞳からは光がなくなっているが。

 まあこれ以上は満潮に酷すぎるし、最後にこう問うて締めるとしよう。

 

 

 「氷が欲しいか?」

 「製氷機ごとちょうだい……」

 

 

 

 

 



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朝潮のお花見

三月三日はとうに過ぎてしまいましたが、書き上がったので投稿しまーす\(^o^)/


 

 

 

 突然ですが『花見』とは。

 主に桜の花を鑑賞し、春の訪れを寿ぐ日本古来の風習です。

 ちなみに、桜だけではなく梅や桃の花でも行われます。

 観桜(かんおう)とも呼ばれますね。

 で、どうして花見の解説から入ったかといいますと……。

 

 「大潮は花より団子の方が良い~」

 「上に同じ」

 

 今現在、私たち朝潮型姉妹が司令官とご一緒に、鎮守府内の桜の下で少し早いお花見をしているからです。

 

 「あらあら、大潮ちゃんと満潮ちゃんは風情がないわねぇ」

 

 とか言ってますが、荒潮も花など見ずに重箱をつついています。

 もっともそれは荒潮だけでなく、残りの五人も同様ですが。

 そして司令官は……。

 

 「花よりお酒。ですね。相変わらず」

 「ダメか?」

 「ダメではありませんが、せめて何か食べてください。空きっ腹にお酒はお体にさわります」

 

 と、私が苦言を呈すると、渋々ながら重箱にお箸を持つ右手を伸ばしてくださいましたが……。

 司令官が摘まんでお口に運んだのは予想通りお漬け物。胃を満たすつもりはないようです。

 

 「そう心配しないでくれ、朝潮。ちゃんと泥酔しない程度に量は制限している」

 「それは承知しています」

 

 司令官は人前で泥酔などけっしてしません。

 お偉いさんとの接待でも、どれだけ勧められようとお得意の話術で煙に巻き、絶対に自分のペースを崩したりはしません。

 ですが私は、それでも心配せずにはいられません。

 例えあなたがどれほど飲み方がお上手でも、酔って呂律が回らなくなっても頭は素面なのだと知っていても、あなたのお体を心配せずにはいられないのです。

 

 「なあ、朝潮。私と君が出会って何年になる?」

 「そろそろ、七年になります」

 「そうか。そんなに経ったか」

 

 私は、彼が提督として着任して初めて建造した艦娘です。

 私が建造されるなり、司令官は私に一目惚れしたなどとおっしゃって、初期艦である叢雲さんを差し置いてずっとお側にいさせてくれています。

 ですが……。

 

 「今でも、あの時司令官がおっしゃった言葉の意味が、私には理解できません」

 「もう一度言おうか?今でも一言一句、違わずに言えるぞ?」

 「いえ、けっこうです」

 

 少し言い方がキツかったでしょうか。

 私にそう言われて、司令官が少ししょげてしまいました。

 ですが、妹たちの前であの時の台詞を言われるのが恥ずかしかったのです。

 当時は「何言ってんだこの人」と、私のキャラと合っていない台詞を脳内で言いながら首を傾げてしまった程度でしたが、この人のことを深く知ってからは、あの時の台詞全てが私を褒めるための言葉だったとなんとなくわかるようにはなりました。

 あの時、司令官は生真面目かつ凛々しいお顔をして、私の目を真っ直ぐ見つめながら……。

 

 「まさに天使!世の提督どもは大天使時雨とかフルタカエルとかフミィとかをもてはやしているが私にはそれらが霞むほど朝潮が眩しく見えた。いや眩しい!後頭部をハンマーで殴られたような衝撃とはまさにこのこと!それまでどこか斜に構えたような生活をしていた私に天が与えたもうた心の癒し、いや天啓と言っても過言ではない!もちろん見た目だけではない。その真面目という言葉を具現化したような性格と容姿。どこまでも私に尽くそうする、まさに忠犬と呼ぶべき忠誠心!そうかと思えば夜戦になるとテンションが上がるのか「一発必中肉薄するわ!」と駆逐艦らしい勇猛な一面も覗かせる。そう!私にとって朝潮は……」

 「いや、けっこうです。と、言いましたよね?」

 

 なのにどうして言っちゃったんです?

 しかも両手を天に掲げるように広げて大声で!

 これではきっと、妹たちが何事かとビックリして……。

 

 「あ、あれ?」

 

 いませんね。

 何事もなかったように食事を続けていますし、いつの間にか、司令官が持ってきたお酒を一瓶奪って酒盛りを始めています。

 

 「はぁ……あの子たちったら。未成年の飲酒は法律違反です」

 「まあ、花見の時くらい良いじゃないか。それに、鎮守府の中は治外法権だ。なんてな」

 「司令官がそうやって甘やかすから……!」

 

 あの子たちが付け上がるんです!

 と、続けようとしたのですが、顔を真っ赤にして泣き出した大潮や逆に壊れたように笑っている満潮。

 寝てしまった朝雲に管を巻いている山雲と、それを止めようとしている峯雲。

 キーン!と言いながら両手を広げて走り回っている霰に、峯雲のオッパイを後ろから鷲掴みにして揉み拉きながらトロンとした顔をして、耳元で「ここか~?ここがええのんか~?」などと言っている霞。

 そんな、醜態を晒し続けている妹たちを愛おしそうに眺めている司令官を見たら言えなくなってしまいました。

 

 「君も飲むか?」

 「以前、散々な目にあったので遠慮しておきます」

 

 私がジト目で断ったのに、司令官は気分を害した様子もなく、むしろ予想通りと言わんばかりに「そうか」とだけおっしゃりながらほくそ笑んでから、左手に握られたグラスの中身を飲み干しました。

 名残惜しそうにグラスの底を眺めていますからたぶん……。

 

 「ん」

 

 やっぱり、グラスを少しだけ私に突き出しておかわりを求めてきました。

 もっとお食事とお水を摂っているなら「はいはい」と言いながらお注ぎするのですが……。

 

 「お酒しか飲んでないからダメです」

 「まあそう言わずに」

 「ダメと言ったらダメです!司令官にもしもの事があったら……!」

 

 鎮守府の運営にも支障が出ますし、お見舞いと偽って司令官の貞操を奪おうとする上位艦種の方々がお部屋に殺到します。

 いやいや、それ以前に私が……。

 

 「君のそういう顔は、いつ見ても新鮮だ」

 「睨まれるのがお好きだとは知りませんでした」

 「知らなかったか?ちなみに、汚物を見るかの如く見下されるのも好きだ」

 「正に、今のような感じですね?」

 「ああ、その目だ。その、体ごと引きながら見下げる感じ。私の業界ではご褒美だよ」

 

 海軍自体が誤解されかねないのでやめてください。

 と、それはともかく。

 いつの頃からでしょうか。

 司令官は私と出会った当初は、先に口走った台詞からもわかる通り、何かと私を持ち上げました。祭り上げたと言っても過言ではないレベルです。

 改二改装を受けた時など……。

 

 「改二になって少し身長が伸び、どう見ても小学生くらいだった改装前に比べて少し大人っぽくなっている。長い黒髪と、真面目を体現するような佇まいの朝潮はまさに正統派美少女と言っていい。制服も大潮達と同じ、白の長袖ブラウスに黒のサロペットスカート、襟元の赤いリボンタイが黒の割合が多い制服の中でいいアクセントとなっている。うん、控えめに言って天使だ」

 「などと……ってぇ!どうして言ったんです!?」

 「いや~、なんとなく言わなきゃ行けない気がして」

 

 と、悪びれるどころかウィンクしながら舌を出して「テヘペロ」とおっしゃっていますが……。

 おっと、司令官のせいで話が脱線してしまいそうになりました。

 とにかく司令官は、つい先ほどの台詞からもわかる通り私を誉めちぎっていました。

 なのにいつの頃からか、私が呆れたり軽蔑したりせざるを得ない台詞を言う頻度が増えていきました。

 例えば……。

 

 「愛する朝潮型駆逐艦たちがくんずほぐれつと……。朝潮、米はないか?」

 「おにぎりならあります。が、一応お聞きします。どうして急にお食事をする気になられたのですか?」

 「どうしてって、最高のオカズが目の前にあるからだが?」

 

 だが?

 ではありません。

 それって意味深がつきますよね?オカズのあとに(意味深)がつきますよね?確実に!

 私だって艦娘になって長いんですから、司令官がせ、性的な目的で今の台詞を口にしたんだってわかるようになったんです。

 ええ、わかりますとも。

 荒潮がレクチャーしてくれたおかげで、一般的な性知識は獲得済みなのですから。

 

 「片寄ってる気がするなぁ……」

 「何がですか?」

 「何でもない。それより、あの中に全裸でルパンダイブしたいんだが……すみません。無言で防犯ブザーに手を伸ばすのをやめてください」

 

 とか言ってる割に嬉しそうなのは無視します。

 まあ、今のやり取りでおわかりいただけたと思いますが、ここ数年の司令官は私を誉めるより不機嫌にすることに注力しているようなのです。

 それなのに……。

 

 「おバカなことを口走るくらいならお花見を楽しんだらどうです?花なんて見向きもしてないじゃないですか」

 「花なら見ているよ」

 「ですが……」

 

 司令官は桜を見上げていません。

 ずっと私を見ています。

 

 「君以上に美しい花なんてないさ」

 「褒めすぎです。そういう台詞は金剛さんとか大和さんとか……。とにかく、もっと大人な女性に言うべきです」

 

 私の機嫌がドン底まで悪くなり、もう相手をするのをやめようかと考え出した途端に、今度は逆に褒めてきます。いえ、口説いてきます。

 これで機嫌が治ってしまう私もどうかしているのですが……。

 

 「おいおい、私はロリコンだぞ?その私が、どうして育ちきってしまった娘らを褒めなければならないんだ?」

 「それ、絶対に本人たちの前でおっしゃらないでくださいね」

 

 じゃないと消し炭にされかねません。

 もちろん、文字通り消し炭です。もしかしたら微塵も残さず吹っ飛ばされるかもしれません。

 なのに、聞く人によっては即通報しかねない言葉だったのに、何故か私は嬉しく感じています。

 今も、優しい眼差しで私を見つめているこの人は私以外に興味がありません。

 私以外の艦娘を、恋愛対象として見ていません。

 この人は、同性からですら羨望の対象とされる人たちを差し置いて、心身ともに未熟な私だけをみてくれる。

 そのことが嬉しくて、誇らしくて、時には優越感にまで浸ってしまいます。

 

 「なあ、朝潮。どうして私が、毎年この日に君たちと……。いや、君と花見をするのかわかるか?」

 「いえ、わかりません。今日が桃の節句だからでは?」

 「それだけなら、わざわざ『河津桜』を植樹してまで今日しないさ」

 

 はて、そういえばどうして今日なのでしょうか。

 一般的な桜の開花時期は3月中旬から4月上旬です。

 ですが、司令官がわざわざ植樹したこの『河津桜』の開花時期は2月中旬から3月上旬。他の種の比べて開花が早く、しかも開花期間が短い桜です。

 司令官は、私たちと今日この日にお花見するためだけに、この木を植えた。と、言うことなのでしょうか。

 

 「私はね。毎年、この日を君と一緒にいられることが嬉しいんだ」

 「何か、特別な日なのですか?」

 「ああ、特別さ。今日を君と一緒に祝い、そして明日を迎えられることがね」

 

 そうおっしゃった司令官は、思い出したように桜を見上げて私から目をそらしてしまいました。

 照れているのか、それともお酒に酔ったのかどうかはわかりませんが耳まで真っ赤です。

 そんな司令官の言葉と態度の意味がわからない私は、ついついいつもの調子で返してしまいました。

 

 「それは何かの暗号ですか?」

 

 と、再び私に視線を戻した、私の最愛の人へ。

 

 



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霰のエイプリルフール

去年書き始めてお蔵入りしていたお話です(゜ロ゜)


 

 

 

 霰は朝潮型駆逐艦九番艦。

 本当は十番艦になるはずだったんだけど、色々あって霞ちゃんより先に生まれました。

 色々の部分が知りたければウィキペディア先生にでも聞いてください。きっと詳しく教えてくれますから。

 

 「ちょっと霰、聞いてるの!?今は大事な会議中なのよ!?」

 「あ~……うん。聞いてるよ霞ちゃん」

 

 本当は聞いてません。

 でもこう言わないと霞ちゃんがしつこいのでそう返したんです。

 ちなみに今、八駆の姉さんたちと霞ちゃん、そして霰は学校の教室みたいな会議室で、恒例の朝潮姉さん主催のどうでもいい会議の真っ最中。

 あ、それと九駆の姉さんたちは出撃中です。けっして人数が多くなりすぎるとさばききれなくなるからじゃありません。

 で、議題はたしか……あれ?何でしたっけ?

 

 「大丈夫ですよ霞。霰は聞いてないようでちゃんと『エイプリルフールに卯月さんが嘘をつくのを阻止しよう作戦』会議の内容を聞いています」

 

 買い被ってくれるのは大変ありがたく思うのですが、朝潮姉さんが思っているほど霰は聞いてません。

 と言うかどうでも良いです。

 エイプリルフールは年に一度の嘘をついて良い日なんだから、思いっきり嘘をつかせてあげれば良いじゃないですか。

 それに会議の名称が安直過ぎます。ハッキリ言って()()()です。もう少し捻ってください。

 

 「どうせやめろって言ったところでやめないんだから、いっそ監禁したらどうですか?」

 「ナイスアイディアよ大潮。そうすれば今年は騙されないですむわ」

 

 睦月型は遠征の主役と言っても良い艦型だからそれは無理だよ大潮姉さん。

 って言うか満潮姉さん。

 卯月ちゃんのわかりやすい嘘に毎年騙されたんですか?

 あんな「今日はお日様が西から昇ったぴょん!」とか「今日のお昼ご飯にはフレンチクルーラーがデザートでつくぴょん!」なんて、子供でも騙されそうにない嘘に。

 

 「いっそ解体しちゃいましょうよぉ。そうすれば今後悩まされる事もないでしょう?」

 

 相変わらず恐ろしい事をニコニコしながら平然と言いますね荒潮姉さん。

 でもそれは、先に言った理由から司令官が絶対に認めないと思います。

 

 「いやいや、解体はマズいから、やっぱり大潮姉さんが言う通り監禁が良いと思うわ」

 

 だからね霞ちゃん。

 それは鎮守府の事情を考えると無理なんだよ。それにね?みんな欠片も疑問に思ってないようだけど、仲間を嘘をつくって理由だけで監禁していても良いの?

 霰はどうしても思えないなぁ……。

 

 「霰はどうしたら良いと思います?」

 「霰は……」

 

 霰に話を振らないで、が素直な感想です。

 話を振られても、口下手な霰じゃ姉さん達が満足するような回答ができません。

 でもそれなりに、姉さん達に合わせようと悩むくらいはするんです。

 もっとも悩んでいる内に「霰はたぶんこう考えているはず」と、姉妹の誰かが明後日の方向に勘違いをするのが落ちなんですが。

 

 「霰ちゃん。無理に発言しなくて良いんだよ?」

 

 姉妹の中で一番姉妹の事を想ってる(霰基準)の大潮姉さんはそう言ってくれていますがそうはいきません。

 だって、朝潮姉さんに名指しで意見を求められているんですから。

 

 「霰は……」

 「なるほど、良くわかりました」

 

 いや、何も言ってない。

 と言うか考えてさえいないのに、朝潮姉さんは何がわかったの?

 

 「流石は霰です。まさか、私と同じことを考えていたとは」

 「いや、あの……」

 

 だから何も考えてない。

 だいたい、朝潮姉さんがどんな案を考えていたかなんて想像もつかない。

 

 「霰、アンタの頭って朝潮姉さん寄りだったの?」

 

 え?やめてよ霞ちゃん。

 朝潮姉さんのことは姉として尊敬してるけど私はあそこまで馬鹿じゃない。

 

 「ちょっと霞、それは霰に対して失礼じゃない?」

 「あらあら、満潮ちゃんの言い方は朝潮ちゃんに対して失礼じゃないかしらぁ」

 「そんなことないよ荒潮。満潮が言うとおり、朝姉と同列に扱われるなんて霰が可哀想だよ」

 「言いたいことはわかるけどぉ。さすがに本人の目の前では……ねぇ?」

 

 朝潮姉さんと最も近しい八駆の姉さんたちは相変わらず辛辣だな~。

 まあそれだけ仲が良いって事なんだろうけど、朝潮姉さんがショック受けて泣きそうになってるからそれくらいにしてあげて。

 

 「朝潮姉さん」

 「え?はい!なんですか霰!」

 

 しまった。

 朝潮姉さんが不憫だからついつい声をかけちゃった。

 こうなったら朝潮姉さんが考えそうなことを予想して助け船を出そう。もし合ってれば、朝潮姉さんのテンションも復活するかもしれないから。

 

 「え~と、霰?」

 

 朝潮姉さん、ちょっと考え事してるから黙ってて。

 まず大前提として、先に出た監禁や解体は鎮守府の懐事情を考えると現実的じゃない。それは秘書艦である朝潮姉さんが一番わかっているはず。

 

 「なんかボケーっとしてるね」

 

 別にボケーっとしてるわけじゃないよ大潮姉さん。

 で、そんな事情を知っている朝潮姉さんが監禁とか解体なんて案を考えてるとは思えない。

 そこで私はもっと現実的で、かつ平和的な方法を考えてみる。

 

 「霰ちゃんのほっぺたって、相変わらずプニプニして気持ち良いわよねぇ♪」

 「ちょっとやめなさいよ荒潮。何か考え事してるかもしれないでしょ」

 「あらぁ~。そんなこと言って、本当は満潮ちゃんもプニプニしたいんじゃないのぉ?」

 「っな!んなわけないでしょ!」

 

 荒潮姉さん大正解。ピンポーン。

 満潮姉さんは霰と二人っきりの時は飽きもせず霰のほっぺを突っついてるよ。

 おっと、また気が散っちゃった。

 卯月ちゃんにエイプリルフール当日に嘘をつかないようにさせるのは恐らく、いや100%不可能。

 なら、被害を減らす方法を考えれば良い。

 つまり、当日から翌日まで鎮守府から遠ざける。要は遠征に出せば良い。

 そうすれば被害は遠征メンバーだけに抑えられるし、鎮守府的にも問題ない。

 姉さんたちも、四六時中卯月ちゃんの行動に目を光らせなくてもよくなる。

 

 「霰、そろそろ何か言ってくれない?」

 「え?霞ちゃん、なぁに?」

 「いや、なぁに?じゃなくて、アンタ何か意見を出そうとしてたんじゃないの?」

 

 そうだよ?

 でも霞ちゃんに急かされたせいで口に出すタイミングを逃しちゃった。

 注目されながら何か言うのは苦手なんです。

 

 「霰が言いたいことは私が代わりに言いましょう。何せ、霰は私と同じことを考えていたはずですから」

 

 どうぞどうぞ。

 本当に同じことを考えているのなら霰が言う必要はない。朝潮姉さんと思考が同じなことに複雑な気分にはなるけど……。

 

 「まず大前提として、監禁や解体は鎮守府の事情を考えると現実的じゃありません。しかし、エイプリルフールという公然と嘘をつける日に卯月さんに嘘をつかさせないようにするなど不可能。そこで私は、嘘をつかさせないのではなく被害を最小限に抑えることに尽力すべきだと考えました」

 

 あ、やっばいこれ。

 本当に同じこと考えてたっぽい。

 しかも、ここまでなら朝潮姉さんの説明には筋が通ってるから、他の姉さんたちも真面目に聴く姿勢になった。朝潮姉さん、今日はまともな日だったんだね。

 

 「じゃあ、当日は遠征にでも出すの?」

 「良いところを突いてきましたね大潮。エイプリルフール当日から翌日までかかる遠征に出すのが一番被害が少なく、かつ鎮守府の財政的にも助かる方法……」

 

 そうなるよね。

 まともな日の朝潮姉さんは本当に頼りなるし、姉としても人としても尊敬できる自慢の姉。

 そんな日の朝潮姉さんと同じことを考えてたことに少しだけ嬉しく……。

 

 「でした」

 「でした?なによ、それって遠征に出せないってこと?」

 「はい、その通りです満潮」

 

 あれ?なんだかおかしな空気になってきた。

 朝潮姉さんは心底悔しそうに下唇を噛んで肩をワナワナと震わせてるし、拳も血が滴りそうなほど握りこんでる。

 

 「あの嘘つきウサ……失礼。卯月さんは、去年から休暇届を出していやが……いたんです」

 「休暇届って、まさかエイプリルフールに休むための?」

 「そうです!しかも司令官が大した確認もせずに判を押しちゃったせいでその休暇届は受理されています!しかも!代わりに遠征に出てくれる人を探し、さらに遠征要員全員に自腹で特別手当てを出すという徹底っぷり!おかげで、その日遠征に出る予定の人から「その日は卯月ちゃんを絶対に休ませてあげて」と言われる始末です!正直、嘘をつくためにそこまでするとは想定していませんでした!」

 

 ああ、それで遠征に出すことができないんですね。

 まあ、嘘をつくために一年も前から休暇届を出して、味方を得るために自腹で特別手当てまで出すなんて普通はしないよね。

 

 「してやられたわね。で?それを踏まえて、朝潮姉さんはどうするつもりなの?」

 

 霞ちゃんの言葉で、それまで地団駄を踏むほど激昂状態だった朝潮姉さんが真顔になりました。目からも光が消えていますね。

 所謂、ハイライトオフってやつです。

 

 「故に、大潮が言ったように監禁しようとも考えましたし、荒潮が言ったように誤解体を装って解体してやろうとも考えました。ええ考えましたよ。同じ鎮守府の仲間である卯月さんを監禁とか解体とか、仲間を仲間と思わぬような非情なことを考えました」

 

 これはさっきの仕返し?

 非情呼ばわりされて大潮姉さんと荒潮姉さんがバツが悪そうに目をそらしちゃったよ?ついでに満潮姉さんも。

 

 「私は艦娘として最低です。人としても屑の部類です。人非人です。いっそ卯月さんではなく自分を解体しようと何度思ったことか」

 

 そのくらいでやめてあげて。

 それって姉さんたちにも刺さってるから。淡々と事務報告するような口調だけど凶器のようにグサグサッ!って音が聴こえてきそうなほど刺さってるから。

 実際、三人は揃って「うっ!」とか言って平らな胸を押さえてるよ。

 

 「そんな時にふと思ったんです。卯月さんの行動を阻止するのが不可能なのならば……」

 

 ならば……何。

 なんだか、今にも泣き出しそうなほど瞳を潤ませてるけど……。

 

 「いっそ、その日はお休みして部屋に引き籠ろうかなって」

 「は?朝姉ってその日に休暇取ってるの?」

 「取ってません」

 「じゃあ無理なんじゃない?それとも、仮病でも使って休むの?」

 

 これは大事(おおごと)です。

 黙り込んだ様子をみるに、朝潮姉さんは大潮姉さんが言った通り仮病を使って休む気です。嘘をつくのもつかれるのも大嫌いで、40度の熱が出ても仕事を休もうとしない朝潮姉さんがです。

 

 「そこまで嫌!?朝潮姉さんが卯月に騙されるのなんていつものことじゃない!」

 

 きっとそれほど嫌なんだよ満潮姉さん。

 だって、朝潮姉さんの騙されっぷりは異常だよ?ハッキリ言って正気を疑うレベルで騙されるからね?

 去年のエイプリルフールで、「今日は全日本逆立ち連盟が決めた逆立ちの日だから逆立ちで移動しなきゃダメだぴょん」なんて、赤ん坊でも騙せそうにない嘘を信じて本当に逆立ちで移動してましたから。

 満潮姉さんだって、逆立ちした朝潮姉さんの後ろを拝みながらつきまとってた司令官を蹴り飛ばしてたんだから憶えてるでしょ?

 

 「今まで私は卯月さんを必死に止めようとしました。ええ、やりました。やったんですよ! 必死に! その結果がこれなんです!!毎年毎年、エイプリルフールだからと言って嘘をつきまくって、今年はあれだけ用意周到な準備をしたんですから、明日は例年以上の被害をもたらすはずです! もう我慢の限界なんです。それなのに、まだ私に我慢しろって言うんですか!? 今年も人間不信になるまで騙されろって言うんですか!?」

 

 朝潮姉さんがバナ○ジみたいになってる。

 は、どうでもいいか。

 本当に嫌なんですね。

 さすがにここまで思い悩んでいたとは考えていなかったのか、大潮姉さんと荒潮姉さんは朝潮姉さんを慰め始めたし、いつもなら「どこのバ○ージだ」くらいのツッコミを入れるはずの満潮姉さんと霞ちゃんが、朝潮姉さんの演説紛いの熱弁に圧倒されてしまいました。

 

 「わかった。そんなに嫌なら明日は休も?司令官には大潮から言っとくから」

 「で、ですが私は秘書艦で……」

 

 とか言っても、まだ葛藤はしてたのか。

 きっとまだ、仕事をしなきゃって使命感と司令官と一緒にいたいって感情が、休んで卯月ちゃんの嘘から逃げたい気持ちと拮抗してるんだろうね。

 顔も真っ青になって今にも吐きそうな感じだから、すでに体調にも影響が出てるんなら仮病を使わなくても休めそうです。

 

 「いやいや、さすがに無理でしょ。それとも、卯月の嘘に怯えながら仕事する?」

 「怯える朝潮ちゃん……。閃いたぁ!」

 「荒潮はちょっと黙ってなさい」

 

 満潮姉さんの言葉で何を思い付いたのかなぁ。

 きっとろくでもない事だし、話が脱線しそうだからツッコマずにいよっと。

 

 「嘘ごときで体調を崩すなんて情けないったら!」

 

 あのさぁ、霞ちゃん。

 せめて台詞と態度は合わせよ?泣きそうな顔でオロオロしながらじゃあ決まりが悪いよ。

 さてと、じゃあ霰は……。

 

 「霰ちゃん、どこ行くのぉ?」

 「ちょっとお手洗い」

 「本当にぃ?」

 

 本当。

 と、言っても荒潮姉さんには通じないだろうな。

 朝潮姉さんにかかりっきりの三人ならともかく、荒潮姉さんは霰がやろうとしてることくらいお見通しだろうから。

 って言うか、霰がやらなかったらたぶん荒潮姉さんがやるんじゃないかな。

 

 「やりすぎちゃダメよぉ?」

 「うん。わかってるよ」

 

 そう言い残して、霰は荒潮姉さんの視線から逃げるように会議室をでました。

 朝潮姉さんの様子が激変して事情が変わりました。

 監禁も解体もダメだとは思いますが、朝潮姉さんが体調にまで異変をきたしているのなら話は別です。

 大切な姉妹を傷つける人は誰であろうと、悪気がなかろうと絶対に許さない。

 そして翌日……。

 

 「霰、朝潮の容体はどうだ?」

 「布団にくるまってガタガタ震えてます」

 「卯月のことは伝えなかったのか?」

 「伝えましたよ」

 

 それでも布団から出てこようとしません。

 卯月ちゃんは入渠してるから被害に遭うことはないと言っても、「それも嘘なんでしょう!?だって今日はエイプリルフールです!」とか言って、私たちが言うことすら信じてくれないんです。

 

 「重症だな……。卯月の方は?」

 「似たような状態らしいです」

 「あの卯月がか?」

 「はい。よほど、恐い思いをしたんでしょうね」

 

 昨日の晩。

 正確には午前0時を過ぎた直後くらいに、鎮守府で事件が起きました。

 まあ事件とは言っても、真夜中に部屋を抜け出したと思われる卯月ちゃんが階段から派手に落ちて大破し、入渠したってだけなんですが。

 

 「霰、お前まさか……」

 「なぁに?」

 「いや、なんでもない」

 

 何を聞いても無駄だと悟ってくれたのか、司令官はそれ以上追及してきませんでした。

 まあ、追及されても、霰は卯月ちゃんが階段から()()()()()()()しか知らないんですけどね。

 でも、すっとぼけても許されるでしょ?

 だって今日は、エイプリルフールなんですから。

 

 

 

 



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大潮の自粛

 私は出張族なので、緊急事態宣言も自粛も関係なく県を跨がされてたんですが……。
 家族に帰ってくるなと言われたのが一番つらかった( ω-、)


 

 

 

 

 

 

 自粛とは、自ら進んで行いや態度を改めつつしむこと。

 つまり、本来なら他人から強要されることではありません。

 ですが、世界中を巻き込んでのコロナ騒ぎのせいで、自粛したくても大人の事情でできない人たちまで要請と言う名の強要と同調圧力によって肩身の狭い想いをしているのが今の日本の実情です。

 もちろん、先に言ったことは個人的な感想なので異論は受け入れます。

 

 それは世間一般に留まらず、鎮守府も例外では……いえ、軍の一施設である鎮守府は自粛などと言う他人任せな要求ではなく、待機命令という明確な強制力を持って、部屋単位でロックダウンされています。

 食事は食堂でではなく各部屋への配給。

 部屋からの外出は出撃する者以外認められず。各部屋との交流は、今回の騒動で支給されたパソコンやスマホにインストールされた通話アプリでのみ。

 出撃した人も、報告はパソコンによるメールで行っています。

 待機が始まって早二週間ですが、すでに極一部の艦娘を除いて不満は顕在化しつつあります。

 気持ちはわかりますけどね。

 先に言いましたが、鎮守府の場合は世間様と違って自粛ではなく待機。

 完全に強制です。

 故に、ちょっと買い物でも~と出かける事も食料から生活必需品まで配給されるので出来ず、部屋から一歩でも出れば、憲兵さんによって部屋よりも狭く薄暗い懲罰房へと連れて行かれます。

 最初の内こそ、強制とは言え実質的な休暇を喜んでいた艦娘たちですが、三日目には各自が部屋でもできるトレーニングやストレッチ等で汗を流して気を紛らわせ始めました。ですが、この騒動が始まるまでは訓練と出撃に明け暮れていた艦娘たちが狭い部屋の中に閉じ込められて平静を保てるはずもなく。

 一週間経った頃には、大本営に直接文句は言いにくいので司令官への不平不満がネット上で噴出し始めました。

 やれ、待機してたら防衛に支障が出るだの、鎮守府では感染者が確認されていないんだから部屋から出ても良いだろとかが目立ってましたね。

 あ、あと、酷いのになると、各部屋に人数分の洗って使える布マスクが配給されたんですが、マスクを配る余裕があるなら深海棲艦を配れなどと宣う戦闘狂もいました。

 まあ、鎮守府は世間から隔絶された環境なので、コロナの感染者がいないと判明したら徐々に緩和されていくはずですから、国民のヘイトを一身に集めている某総理みたいに、司令官にも艦娘からのヘイトをしっかりと受け止めてもらいましょう。

 で、どうして冒頭からこんな話を長々としたかと言いますと……。

 

 「もう限界です!ここからだしてください!司令かぁぁぁぁぁん!」

 

 うちの馬鹿姉。

 もとい朝姉が、二週間目を迎えた今日で限界を突破し、発狂したのを目の当たりにして現実逃避したくなったからです。

 あ、自己紹介が遅れました。

 私は朝潮型二番艦の大潮。

 他の鎮守府の大潮はどうか知りませんが、この鎮守府では朝潮型一の常識人で通っています。

 いえ、常識人に成らざるを得なかったんです。

 よく、他の鎮守府の大潮は無駄にアゲアゲ言って明るいムードメーカー的なキャラと聞きますが、うちの鎮守府は朝姉が馬鹿なので私がしっかりするしかなかったんです。

 朝姉だけではありません。

 満潮と霞は、改二になって多少ツンが和らいだとは言え朝雲も含めて未だにツンデレを拗らせていますし、荒潮は未成熟な少女特有の魅力を使って司令官で遊ぶオープンスケベ。

 山雲と霰は何を考えているかわかりませんし、峯雲なんてただのオッパイです。

 まあ、あとの三人は実害が少ないですが、先に言った四人は手綱を取るのが一苦労でして、自粛警察じゃないですが、騒ぎが起きる度に自粛してって言いたくなります。

 おっと、脳内で愚痴ってる場合じゃないんでした。

 

 「うるっさいわねぇ。司令官とはパソコンを通して話してるんだから良いじゃない」

 「嫌です!画面越しではにおいが嗅げません!」

 「においならぁ、朝潮ちゃんの『司令官の下着これくしょん』のを嗅いどいたらぁ?」

 「もうにおいが薄くなってるから駄目です!今日の、今はいていらっしゃる下着ででもないかぎり満足できません!」

 

 ドアにすがり付いてドンドンと叩いている朝姉を、満潮と荒潮が宥めようとしたようですが完全に暴走している朝姉には意味がありませんでしたか。

 あ、ちなみに。

 うちの鎮守府の駆逐艦寮の部屋割りは駆逐隊単位なので、私たち第八駆逐隊以外の姉妹は別部屋です。

 けっして他意はありません。

 

 「ちょっと大潮!達観してないで姉さんを止めてよ!」

 「え~、やだよ面倒臭い。満潮が何とかして」

 「面倒臭いってなによ面倒臭いって!あ!こら姉さん!ドアを爪で引っ掻かないで!」

 

 良いじゃん、好きなだけ引っ掻かせれば。

 は、置いといて。

 面倒臭くもなりますよ。

 満潮は本来、霞と並んで朝潮型姉妹のツッコミ担当なのに、朝姉がにおい云々と言い出してからの一連のボケ、いえ、性癖暴露に一切ツッコまなかったじゃないですか。

 もしかして私にツッコまさせるつもりですか?

 嫌ですよ。

 私たち姉妹の長女である朝姉がにおい、しかもオッサンのにおいフェチで、事もあろうにオッサンの使用済み下着をくすねてコレクションしていた事実にツッコみたくありません。

 

 「コロナが終息すれば会えるわよぉ。だから、今は我慢しましょぉ?司令官はほらぁ「今、流行りだからな」なぁんて不謹慎なことをキメ顔で言いながらぁ、コロナビール飲んで元気にやってるわよぉ」

 「なんですって!?それなら余計に行かないと!」

 「どうしてぇ?」

 「司令官はお酒を飲んだあと、絶対にアサシニウムを摂取しなければ壊れてしまうんです!」

 

 な、なんだってー!

 とは、言いませんよ。言うもんですか。

 だいたいアサシニウムってなんですか?後ろに光線(意味深)ってつきません?しかも摂取?経口摂取ですかそれとも静脈注射ですか?

 まあどちらにしても、真っ当じゃない物を真っ当じゃない方法で体内に入れるんでしょう。

 

 「もう!待機命令されてんだから出て良いわけないでしょ!?それともなに?姉さんは命令違反して司令官に会いに行く気!?」

 

 お?それは良い手ですよ満潮。

 朝姉はなんだかんだ言って命令に忠実。故に、命令違反という言葉は、朝姉にとっては強烈なパワーワードのはず……。

 

 「命令なんて知ったことじゃありません!司令官に会うぅぅぅぅ!司令かぁぁぁぁぁん!」

 

 なんと言うことでしょう。

 朝姉が声高に「命令なんて知ったことか!」と言う場面に遭遇するだなんて、今の今まで夢にも思いませんでしたよ。

 あまりに意外すぎて、満潮と荒潮は顎を外れんばかりに開いて驚いてますし、今の声を聞いたと思われる隣の七駆の部屋在住の漣ちゃんが発信源となって、ラインの駆逐艦専用チャットが驚愕の嵐に包まれています。

 パッと目についたところだと……。

 朝潮ちゃんが壊れた?

 いや、平常運転です。

 日本は終わりだ?

 いやいや、朝姉が壊れたくらいで日本は終わりません。

 明日は地震ね?

 いやいやいや、本当に地震が起こるなら、敵棲地に朝姉を二週間放置すれば勝てますね……って、うちの姉を地震兵器にしないでください。

 元からあんなじゃない?

 いやいやいやいや、失礼な。アレでもまともな日はあるんです。むしろ普段の奇行は真面目が行き過ぎて暴走してるだけで、根は真面目な良い子なんです。

 おっと、暇な待機中に起きた珍事で好き勝手に盛り上がっている面々に内心ツッコンでしまいましたが、あとでコレを見た朝姉が落ち込みそうだから自粛してくれないかなぁ……。

 

 「待機任務に入る前、司令官と約束したんです」

 「なんてぇ?」

 「今度のコロナは危ないかもしれません。司令官の身が危なくなれば私が助けるって……」

 

 どっかで聞いたようなセリフですね。

 それってアレですか?

 艦だった頃の朝姉に乗艦してた佐藤大佐が、野島の艦長に言ったセリフのパクリですよね?

 

 「だから司令官のところに行くのぉぉぉぉぉお!?放して!放しなさい満潮!」

 「だから出ちゃダメって言ってるでしょ馬鹿姉!荒潮も手伝って!この馬鹿姉を縛り付けるわよ!」

 「荒潮のぉ、好きな縛り方で良ぃいぃ?」

 「何でも良いから早く!」

 

 え?荒潮が好きな縛り方ってあれでしょ?

 最近、等身大の司令官人形で練習してた亀甲縛りでしょ?あ、間違いありません。

 練習の成果なのか、一切の無駄がない滑らかな動きで朝姉を縛り上げました。しかも、いつの間にやら取り付けてあった天井のフックで吊るしちゃいましたよ。

 

 「ねぇ、荒潮。縛り方が緩いんじゃない?余裕そうな顔してるわよ?」

 「満潮ちゃんはわかってないわねぇ。圧迫感を感じさせず、されども身動き一つとれず、徐々に徐々に快感を与えるよう縛るのが緊縛の極意なのよぉ?」

 「あ~確かに。姉さんが身じろぎするたびに、顔がエロくなってる気がする。あ、今喘いだ」

 「食い込むからねぇ♪」

 「どこに?」

 「あそこにぃ♪」

 

 自粛、いや自重しろ馬鹿妹ども。

 あんまり行き過ぎるとR15かR18タグつける必要が出てくるでしょ。

 

 「あ、荒潮……」

 「なぁにぃ?朝潮ちゃぁん♪」

 「ひぐぅ……!や、やめ、ロープをひっぱらな……くぅっ!」

 「あぁ、良いわぁ♪初めての快感に頬と下着を濡らす朝潮ちゃん凄く良いわぁ♪」

 

 だからやめろ。

 しかもスマホで撮影まで始めてるじゃないですか。シャッター音が一回しか聞こえませんでしたから動画ですか?悶えてる朝姉を撮影して何を……。

 

 「荒潮、アンタって子は……」

 「悶え、喘ぐ朝潮ちゃんをネット配信したらぁ、私のチャンネルの登録者数増えるかしらぁ」

 「増える前に垢バンでしょ」

 

 そりゃそうだ。

 見た目が完全にJS、またはJCな朝姉の緊縛プレイなんてモノをネットで流したら大問題ですよ。

 大きいお友達は歓喜するかもしれませんが、最低でも全国に500万人いると思われる朝潮が社会的に轟沈します。なので、そろそろ止めるとしましょう。

 

 「司令官、見てるんですよね?」

 

 と、お茶の間では絶対に流せない乱痴気騒ぎをしている三人に聞こえない程度の声で虚空に向かって呟くと、私のスマホが鳴り始めました。やっぱり見てましたね、あのオッサン。

 どこに仕掛けているかはわかりませんが、朝姉LOVEの司令官なら、この部屋に隠しカメラと盗聴器を仕掛けてると思ってたんです。

 

 「もしもし」

 『どうしてそうなった?』

 

 開口一番にそれですか。

 でも、それはこっちのセリフです。

 どうすんですかこの惨状。

 もう完全にプレイ中ですよ。

 縛った方も縛られた方も火がついちゃってますし、ムッツリスケベの満潮なんて、ガン見しながらモジモジしてハアハア言ってます。

 

 『何とかならないか?』

 「何とかして良いのなら」

 

 今の状況なら、どうにかするのは簡単です。

 朝姉は荒潮が縛ってくれましたし、満潮は騒ぎが終息すれば、ナニをするためにベッドへGOするでしょう。

 つまり、現在進行形でロープを引っ張り、朝姉をあんあんはぁはぁ言わせている荒潮を制圧すれば良いだけです。

 

 『頼む』

 「了解しました。じゃあ……」

 

 正直に言うと、私もストレスが溜まってたから発散したかったんです。

 だって三馬鹿が私の迷惑も考えずに好き勝手言って暴れまくるんですよ?

 だからお仕置きも兼ねて徹底的にやります。

 朝姉はその状態のまま猿ぐつわを噛ませてお尻ペンペンの刑。満潮と荒潮は、自分の体をまさぐれないように簀巻きにして、その様子を見物させてやります。

 では、段取りも決まりましたので……。

 

 「ドーン!と、行きますよ!」



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朝潮型のI字バランス

なんだか流行ってるっぽいので。


 

 

 突然だがI字バランスとは。

 明確な定義があるわけではなく、Y字バランスに近いがY字よりも足が上がっているポーズが、便宜上I字バランスと呼ばれているモノである。

 つまり、おおよそY字バランスの足を上げすぎた形が、主に「I字バランス」とされるポーズなのだ。

 

 そんなポーズが、何故最近になって流行り始めたのかは世情に疎い私にはわからないが、私が司令長官を務める鎮守府も流行に呑まれたらしく、戦艦から潜水艦までありとあらゆる艦種の子達が競うようにI字バランスにチャレンジしている。

 もちろん私が愛し、常に監視カメラや盗聴器で観察している朝潮型も例外ではない。

 

 「もっと!もっと高く上げて!今の姉さんのポーズはIにはほど遠いわ!」

 

 と、テトリスの (これ)みたいなポーズになっている朝潮に発破をかけているのは、見事なI字バランスを手本とばかりに見せている満潮だ。

 水色の下着が素晴らしい。

 

 「む、無理です……。これ以上は裂け……裂ける……」

 「何を甘ったれたこと言ってるの!女は男より股関節の可動域が広いんだから、根性さえあればI字バランスなんて余裕でしょ!」

 

 いやまあ、女性は出産のために骨盤が男性より大きいから、男と比べると可動域が広いと言えなくもない。

 だが、それは筋肉の柔軟性が同じレベルの男女が比べ合って初めて差異が出る程度だ。

 我が愛しき朝潮のように、柔軟性が皆無と言っても過言じゃないレベルの子では、いくら根性があってもI字バランスは無理だろう。

 だって朝潮は、体力テストの項目の一つである、長座の姿勢から腰関節を前屈させて前屈の度合いを長さで測定する長座体前屈で5mmを記録するほど体が硬いんだ。

 そんなアサシオが、テトリスの (これ)に見えるくらいまで足を上げられたんだから、むしろ褒めてあげてくれ。

 

 「大潮と荒潮!それじゃあI字じゃなくてY字だって、何回言わせるの!」

 「だってこれ以上上がんないもん。ね?荒潮」

 「大潮ちゃんの言う通りよぉ。これ以上はこれっぽっちも上がらないわぁ」

 

 いいや、嘘だ。

 大潮と荒潮は、まだ足を上げられる。

 それこそ、I字バランスを維持したまま器用にクルッと回った満潮並みにだ。

 にもかかわらず、二人が足をそれ以上上げないのは私に見られていると気づいているからだろう。

 実際、たまに殺意のこもった視線をカメラに向けてるしね。

 

 「ねえ山雲、満潮姉ぇはどうして急にI字バランスとか言い出したの?」

 「どうせ流行りにのっただけよ~。ほら~、満潮姉ぇって~、流行りに敏感なところがあるから~」

 

 とか言いつつ、早々に素敵に可愛いらしい下着……もとい、見事なI字バランスを披露して満潮から解放された朝雲と山雲の二人は、一人だけヒートアップしている満潮を冷めた瞳で見つめている。

 

 「峯雲もいつまで寝てんの!寝てる暇があるなら、さっさと練習を再開しなさい!」

 「で、でも満潮姉さん。私の場合は……そのぉ……」

 「私の場合は何よ。まさか、胸が邪魔でできません。なんて、言わないわよね?」

 

 間違いなくその通り。

 おそらく峯雲は、柔軟性自体は問題ない。だが毎回毎回、足を上げる角度が悪すぎる。

 峯雲の場合は、ほぼ真正面から足を上げるせいで、見るたびに「そのオッパイで朝潮型は無理だろ」と、言いたくなる胸部装甲にぶつかって押し返されてしまうのだ。

 ずっと見てたが、それはそれは見事な押し返されっぷりだった。

 擬音を用いて説明するなら、ポヨンポヨンどころかバインバインと言った感じだ。

 しかもそれを無自覚に、かつ真剣にやっているのだからたちが悪い。

 峯雲が足を振り上げるたびに、胸部装甲の弾力を視覚で楽しめ、さらに足を振り上げたことで歪んだ下着を凝視できた。

 アレを見た今では、「朝潮型に巨乳枠はいらんだろ」と言っていた過去の自分を、「わかってねぇなコイツ」と笑ってやりたくなる。

 

 「霰は……何やってるの?」

 「見て……わからない?」

 「両手の平をつけて真っ直ぐ伸ばして直立してるのはわかる」

 

 うん、司令官にもそうとしか見えない。

 しかも、I字バランス以上にI字に見えるのも理解できる。だが、果たしてそれをI字バランスと呼んで良いのだろうか。

 四十を間近に控え、肩を上げづらくなっている私では、手の平を合わせたまま真っ直ぐ上げることすらしんどいが、これをI字バランスと言い張っちゃ駄目でしょ。

 だいたい、バランスなんて取ってないしね。

 

 「霞は……何してんの?」

 「あ、I字バランス……」

 「いや、確かにI字にはなってるけど、バランスが取れてないよね?」

 

 満潮にツッコまれた霞がどんな格好をしているかと言うと、I字のポーズを取ったまま床に倒れている。

 ポーズを維持したままなのは凄いと思うが、アレではI字ではなく一字だな。

 

 「でもほら、ポーズはちゃんとできてるでしょ?」

 「立ててないから駄目。それじゃあ、朝潮姉さんと大差ないわ」

 「いやいや!アレよりはマシでしょ!?だって朝潮姉さん、足が上げれてないじゃない!」

 「でも、バランスは取れてるわ」

 

 ふむ、確かに朝潮は、(こんな)ポーズのまま立っている。柔軟性はないが、バランス感覚は良いようだ。

 対して霞は、柔軟性は問題ないがバランス感覚がない。皆無と言って良いほどない。

 どれくらいないかと言うと、特殊なポーズを取らない普通の片足立ちで、10秒も立って居られないレベルだ。

 

 「二人を足したら良い感じかしらね。ちょっと二人とも、フュージョンしてみてくれない?」

 「ふゅーじょん?それは、何かの暗号ですか?」

 「朝潮姉さんとフュージョンとか絶対に嫌よ!ポンコツがうつるじゃない!」

 

 フュージョン……か。

 それが某漫画で出た当時は、若かったのも手伝って無駄に練習したりしてたな……は、置いといてだ。

 朝潮と霞がフュージョンしたら、名前はどうなるんだろうか。

 朝霞か?それとも霞潮か?

 強いて言えば前者だが……そもそも、艦娘にフュージョンなんてできるのか……も、置いといて、諦めずにI字バランスにチャレンジし続けている峯雲の体の向きが、段々と満潮に向いてきてるんだが……。

 あ、オチが見えた。

 

 「ほら、起こしてあげるから、そのままバランスを取ってみなさい」

 「い、いや、それは良いんだけどさ」

 「何よ」

 

 ま、待て霞!

 満潮に何を言うつもりだ?

 まさか、峯雲のかかと落としが徐々に迫ってきていると注意するつもりか?

 だとしたら遅い!遅すぎる!

 あと1~2回のトライで満潮に届く距離まで来ているこのタイミングで注意すれば、間違いなく満潮は振り向く。振り向けば十中八九……。

 

 「後ろ、注意した方が良いわよ」

 「後ろ?後ろが何……よぼぉ!?」

 

 案の定だった。

 霞に注意されるなり振り向いた満潮の顔面……いや、鼻っ柱に、峯雲のかかとが見事にめり込んだ。

 いやホント、某格闘漫画もビックリなほど見事にめり込んだせいで、朝潮型でも屈指の美少女である満潮が醜女に見えたほどだ。

 

 「ご、ごめんなさい満潮姉さん!大丈夫です……か?」

 「いや、だいじょばないでしょコレ。完全に気絶してるわ」

 「笑えるくらいめり込んだもんね。大潮、バ○のワンシーンを見た気分だったよ」

 「まぁ、これで静かになるしぃ、良いんじゃなぁい?」

 「荒潮姉ぇの言う通りだよ。満潮姉ぇはこのまま寝かしときましょ。ね?山雲もそう思うよね?」

 「山雲は~、どっちでも良いかな~。霰ちゃんは~?」

 「霰もどっちでも良い」

 「いやいや!流行りに流された満潮に迷惑してた気持ちは理解しますが、せめて工廠に連れて行きましょう!?」

 

 と、愚直に┫字バランス?を続ける朝潮に説得された朝潮型姉妹たちは、I字バランスのまま気絶した満潮を7人で担いで、工廠へと向かった。

 








オチがいまいちだけど……まあいっか( ̄▽ ̄;)


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