酔響【艦ショート!】 (春宮 祭典)
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サンプル1

見た目はまさしく幼い少女。だけど、どこか儚く大人びた感じ。

 

それが、駆逐艦響を見た提督の第一印象だった。

 

「どうも司令官。今日付けでこの鎮守府に配属された、駆逐艦響だよ。経験だけは豊富だから、ある程度は役に立つと思う。存分にこき使ってくれ」

「あ、え、ええ。よろしくお願いしますね」

 

予想外の第一声に面食らった提督。この子は果たしてここに馴染めるだろうかと少し不安を抱えながらも、握手を交わした。

 

結果から言うと、その心配は杞憂だった。暁型の他の3隻が既にここに配属されていた、というのも大きかったとは思うが、彼女自身も提督が驚くほどのスピードで周りに溶け込んでいった。

今では胸を張って「うちの響」と言える程度には打ち解けられた。

 

———のだが。

 

「すみません電、ちょっとよろしいですか?」

「司令官さん? どうしたのです?」

 

資料室の整理が終わり、執務室に戻る途中で偶然電に出くわし、丁度相談したいこともあったので、声をかけた。二人で執務室に入ると、ドアを閉め、椅子に座って電に向く。

 

「最近、響の様子がおかしい気がするのですが、電は心当たりとかありませんか?」

「やっぱり司令官さんもそう思ってたのですか。電も最近響ちゃんの元気がないなって感じてたのです」

「そうですよね……最近は演習でも成績は今一つですしね……以前はMVP常連だったのに」

「なのです。それに響ちゃん、たまに上の空でお話を全然聞いてない時があるのです。心配してもはぐらかされるばかりで……」

「……本当にここ最近ですよね。最近で何か響に変わった事は……」

 

提督は何か心当たりを探るも、何か響の調子を狂わせるような出来事は思い当たらない。

 

「あ、この間響ちゃんのカレーだけ人参がたっぷり入ってていやそうな顔してたのです!」

「いや、カレーに苦手な食べ物が入ってた位でこんなに調子狂う事はないでしょう……ましてや響ですよ」

「うーん……あっ! 前に暁ちゃんと遊んでた時、響ちゃんが階段踏み外して足を怪我したことがあったのです」

「骨折してたわけでも無かったですし、流石に完治しているのでは?」

 

電は首を捻り、頑張って何かないか思い出そうとしているが、あんまり長く拘束しているのも申し訳ないので、提督は席を立った。

 

「い、電? 用事があったのでしょう? 思い出すのはまた今度でいいですから今日は———」

「……そう言えば響ちゃん、つい最近練度が70になったのです」

「……ああ、改二改装練度まで達したんですよね。しかし、それが不調の原因……? 改装後なら分かりますけど、響はまだ改装前ですよ?」

 

改二改装した艦娘は慣れていない新しい艤装に換装される為、一時的に弱体化する傾向にある。とは言え、練度を上げたり改修を繰り返せば改装前より強力な艦娘になる。しかし、一時的とはいえ戦線を離れることを嫌う艦娘が居ない訳ではなく、一線級の艦娘ほどそういう傾向になりやすい。

 

「ですよね……しかも、響ちゃんはそういう作戦に関わることならちゃんと報告するのです」

「そうなんですよね……っと電、時間は大丈夫でしたか?」

「へ? ……はわわわっ、もうこんな時間なのです! 司令官さん、失礼しました、なのです」

「いえ、こちらこそ引き留めてしまって申し訳ないです」

 

どうやらもう時間が来ていたらしく、電は慌ただしく執務室を出て行った。

 

「うーん……私も一度、響に直接聞いてみたほうが良いかもしれませんね……原因は恐らく、私が知らない響のことでしょうし……」

 

思い返して見れば、提督は響に関して知らないことが意外と多かったりする。響は新任艦としてこの鎮守府に来た訳ではなく、前任の鎮守府が前線の後退などの理由で取り潰しされ、彼女自身しばらく大本営の管理下にあったのだが、つい数か月前に戦力の拡張としてこの鎮守府に来たのだ。必然的に他の艦娘より接している時間が短いために、知らないことも多いのだ。

 

「響の過去について……教えてもらったことありませんね」

 

低練度時代の彼女や、前の鎮守府の事など、響に気を遣って聞かなかったことは色々ある。出会ったばかりの彼女を見ると、聞くに聞けない状態だと判断したからだ。

 

「———そろそろ、演習が終わりますね」

 

執務室を出た提督はそのまま視線を左にスライド。

 

「どうもですぅ! 執務室の扉を閉めてまで電ちゃんと何をしていたんですぅ?」

 

ペンとメモを持って出待ちしていたらしい。無駄に目をキラキラさせた重巡洋艦、青葉が提督を見上げていた。その青葉に対して提督はにっこりと微笑むと、

 

「なるべく他の人に聞かれたくない重要な話をしたかったので、盗み聞きする悪い子への予防策ですよ? そう、例えばあなたのように、ね?」

「きょ、恐縮です……」

 

笑顔を貼り付けたまま迫ってくる提督に青葉は完全に怯む。その瞬間、流れるような動作で青葉の手元のメモと、大事そうに下げている一眼レフカメラのストラップを外して本体を回収する。

 

「あー!」

「一眼レフは内部データを消して返却、メモは後ほど新品を支給します。これに懲りたら以後、こういうことはしないように」

「……あいぃ」

 

しょぼんとうな垂れる青葉を横目に提督は外へと足を向ける。やがて、玄関を出て完全に青葉の視界から外れると、

 

「へへーん、青葉は一枚岩じゃないんですよー! さてさて盗聴器のデータは……って破壊されてるっ!?」

 

執務室の中では壁に刺さったナイフが盗聴器を破壊していた。ちなみに、電気配線から電力をとって稼働するタイプだったので、これを放置した提督に届いた電気料金はとんでもない額に跳ね上がっていた。流石は青葉、二度転ばされてもタダでは起きない。



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サンプル2

青葉にカメラと新しいメモを返して、やってきた電気料金の明細書で提督と雷が顔をそろえて青ざめた、そんな日。いつも通りに演習が終わり、艦隊が帰って来る。

 

「響、少しいいですか?」

「いいよ。どうしたのかな、司令官?」

 

演習から戻ってきた響に声を掛け、昼食に誘う事にした提督。先行する提督をやや後ろから響がついて行く。

 

「すみません、歩くのが速すぎましたか?」

「いや、大丈夫だよ。気遣いありがとう」

 

二人は鎮守府近くの食堂に入る。ここは鎮守府の関係者がよく利用する食堂で、経営しているのは昔この鎮守府で提督をやっていたという経歴の持ち主だ。

 

「お、いらっしゃい提督さん。何にしますかね?」

 

浅黒く焼けた肌に対照的な白い歯を見せて陽気に提督へ挨拶をする店主。提督と響も会釈で返す。

 

「ささみ揚げ定食を。響はどうします?」

「私も同じのが良いな。司令官が普段どんなものを食べてるのか気になるし」

 

提督がささみ揚げ定食を2つ頼むと、厨房に居る店主から「あいよー」と軽い返事が返ってくる。店主が元提督という事もあり、艦娘を連れてきても歓迎されるこの食堂は提督の密かなお気に入りだった。

 

「どうぞ、ささみ揚げ定食2つね」

「……とりあえず食べましょうか」

 

二人で「いただきます」を揃え、ささみを口に運ぶ。揚げたてのささみの中には梅肉と大葉が挟まれており、爽やかな酸味と香りが広がる。

 

「これ、美味しいね」

「そうですか。お口に合って良かったです」

 

笑顔を浮かべる二人に、店主が「おいおい提督さん、そいつは俺の台詞だろーが」と軽口が飛んできて、それでまた、二人そろってくすくすと笑った。

 

「本当に奢って貰ってよかったのかい?」

「ささみ揚げ定食くらいご馳走出来ないと上司の面目が立たないでしょう?」

「違いないね。じゃあ、甘えるよ」

 

鎮守府までの帰り道は並木道になっており、春や新緑に覆われ木漏れ日を感じながら散歩するにうってつけのコースだが、今は秋から冬に差し掛かろうという所で、葉は一部を残し、全て散ってしまっている。それでも昼時という事でまだ暖かいが。

 

「で? 司令官。私に話したいことがあるんだよね」

「へっ?あ、はい。そう、ですね」

 

今度は前を歩いていた響が鎮守府の中に入るなり振り返って尋ねた。まさか向こうから切り出されるとは思わなかった提督は面食らってしまう。

 

「ええ、話というのは、ですね。その、最近響は演習で調子が悪いと感じませんか?」

「そうかな? 3回に1回はMVP取れてるし、そんなことはないと思うだけど……」

 

響はそう言いつつも、なんとなく気まずそうに提督から視線を外す。

 

「響がMVP常連なのはいつもの事ですが、私が木にしているのは被弾率です。なんと言うか、勝負を焦り過ぎているように見えるんですよ」

「……」

 

今度は押し黙った響。難しい顔で提督を見上げる。言うべきか隠すべきか迷っているかのような表情だ。

 

「今は演習だから良いですが、実戦では被弾が生死に直結します。戦果を競うのが演習ではありません。実戦の為の訓練なのですよ」

「……分かってるさ、そのくらいは」

 

厳しい物言いになってしまったのか、響は少し俯いた様子でぼそぼそと呟いた。しかし、拗ねているようには見えず、なにか別のことで悩んでいるように見えた。提督からしても、駆逐艦として鎮守府の第一線で活躍してきた彼女がその程度の事を理解していないなどとは思っていなかった。

 

「私は、提督として、皆の事を知りたいと思っています。不安な時や、悩んでいる時に、私が力になれるかもしれないからです」

 

響は提督が何を言いたいのか測りかねている様子。提督も本当に聞きたい事をなかなか切り出せず、婉曲な言い方になっている事に気づいてはいた。

 

「……司令官? 詰まるところ、司令官は一体何が言いたいのかな?」

「あ……そう、ですね。すみません、混乱させてしまいました」

 

響の疑問の一言に、提督は何も伝わっていないことを察して、ストレートに切り出す事にする。

 

「私は響の過去を知りません。私が知っているのはこの鎮守府に来てからの3ヶ月間の響だけです。もし、不調の原因がその過去にあるなら、私はそれを知りたい。そしてそれを解決したいのです」

「私の過去……か」

 

響はまた難しい顔になり、黙った。言うべきかどうか迷っているのだろうか、と提督が考えていると、響の頬をなにか光るものが伝った。

 

「っ、すみません響、泣かせるつもりでは……」

「えっ? あれ、おかしいな……あれっ」

 

響は提督の言葉に一瞬疑問の色を浮かべて頬を擦る。手についたそれが自分の流した涙である事と、何故かそれが止まらない事を理解するのにそう時間はかからなかった。

 

「……ごめん、司令官。今日はもうそっとして置いてくれないかな……」

「……分かり、ました。すみません……」

 

焦燥と不安を抱えた響の表情に、胸が締め付けられる。寮舎へと足早に戻って行く響を見送りながら、提督は拳を握り締めた。

 

「……失敗、ですね」

 

まだ自分に対する信頼と、響の過去が釣り合っていなかった事にショックを受けながら、それほどの過去を一人で抱え込む響の心情を想い、いよいよ胸が痛む。

 

しかし、1度拒絶された以上、しばらくはこの話題を蒸し返す事が出来なくなった。それは今日、提督の小さいようで大きかった作戦が完全敗北に終わった事を示していた。



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サンプル3

執務室の電源は明石によって修理され、壁に空いたナイフの穴はきれいにふさがっていた。そんな部屋の真ん中で、提督はうな垂れていた。

 

「はぁ……響に嫌われてしまったかもしませんね……」

「今日はやけに元気ないですね。ついに浮気がばれましたかぁ?」

「浮気なんてしようがないですよ……彼女とかいないですし」

「これは失礼しましたぁ」

 

提督の前で資料の整理をしている本日秘書艦担当の青葉が愉悦的な笑みを浮かべていた。どうやら先日の事をまだ根に持っているらしく、彼女の煽りから解放される目処はいまだに立っていない。

 

「――にしてもどうしたんですか? 冷静沈着、それでいて低姿勢な鎮守府一の性格イケメンさんが響ちゃんと仲違いするなんて流石の青葉も予想外ですぅ」

「褒めてるのか貶してるのかよくわからない評価はやめてください……」

「やだなぁ、貶してるに決まってるじゃないですかぁ」

「青葉、明日の夕食抜き……っと」

「わーごめんなさい! 魔が差したんですぅ、許してぇー!」

 

泣きつく部下で嗜虐心を燃やすほど、この提督は下衆でもSでもない。よって青葉は(今回は)許された。それに、青葉も提督の事を気遣って、元気づけようとしているのはよくわかったので、咎める気になれなかったのもある。

 

「……ともあれ、しばらくは響と気まずい関係になってしまったのはダメですよね。きちんと謝らないと」

「そうですねぇ。あ、土下座するんなら青葉撮りますよ? って、冗談ですからそんな怖い顔しないで!?」

 

この提督は満面の笑みの時が一番怖い、というのが艦娘たちの間で密かに共有されている常識である。この数か月後、その事実を知った提督が「心外だなぁ」と腕を組んで頬を膨らませる姿が「可愛い」と鎮守府に広まったのは当然の帰着だったとのこと(青葉談)。この提督、怒った顔をするのが下手なのだ。

 

「それでは、青葉はこのまま鎮守府に泊まりますぅ!」

「ええ、お互い良い休日を」

 

特別な作戦が無い日、この提督は8時に仕事を終える。提督と同じように翌日に休暇を割り当てた青葉は恐らく、冬の特別作戦に向けて秋雲辺りとの打ち合わせをするのだろう。機材の揃う(秋雲などの私物だが場所が無くて空き部屋に持ち込まれた)鎮守府の方が作業が捗るために今日は鎮守府に泊まるとの事だ。

 

「それでは、私は帰りますので、戸締りなどをしっかりしてください。体調を崩さないよう、暖かくして寝てくださいね」

「お心遣い恐縮ですぅ! お疲れさまでした!」

 

敬礼で見送る青葉に敬礼を返し、鎮守府を出る。

 

冷たく乾いた風がコートの隙間から提督の身体を撫でて、思わず身震いしてしまう。

 

「流石に日が落ちると冷えますね……飲んで帰りましょうか」

 

提督は門をくぐると、自宅のマンションとは逆方向、たまに仕事終わりに寄る隠れ家的バーへと足を向けた。寒かったというのもあるが、べっとりと張り付くような不安から一時でも逃れたいという考えも、背中を押した。繁華街に提督の姿が消えて行く。

 

「――あれ、提督さんじゃないですか。明日はお休みで?」

「ええまあ、そんなところです。いつもの席、空いてますか?」

 

父親から譲り受けたと言うトレンチコートを脱いで上着掛けに掛け、カウンターに座る。適度に目立たない壁際の席はマスターが提督の為にキープしている特等席である。実はこのマスターにも鎮守府や艦娘との少なからぬ関わりがあるのだが、それはまた別の機会に。

 

「それではマスター、いつものをお願いします」

「了解しました」

 

お酒にあまり強くない提督は飲む量も多くは無い。成人してからは洋酒を嗜む程度に飲むのが好きだ。ジンのグラスを傾けて、ほんの少しだけ、意識を現実から遊離させる。

 

「提督さん、今日はいつもより飲むんですね」

 

マスターが雑談の種としてそんな話題を振ってきた。確かに、提督はいつも、1~2杯飲めばそれで帰るのだが、今日は既に5杯目。提督からの返答がないことで何かを察したマスターはそれ以上深くは聞いてこなかった。

 

「……さて、明日二日酔いにでもなったら大変ですし、今日はこのくらいで。マスター、お水をいただけますか」

 

出された水を含みつつ、現実へと意識を少し引き戻す。このくらいの酔い加減で帰れば、ぐっすりと眠れることだろう。響の事は明日じっくり考えればいい――

 

「ん? 司令官じゃないか。奇遇だね」

「ぶふっ!?」

 

意識が完全に現実へと引き戻された。L字型のカウンターの向こう側、提督とは対角になる位置に響が座っていた。どうして気が付かなかったのかと提督は頭を抱えるが、彼はお酒を飲むと無口になるタイプで、あまり積極的に交流を図ったりはしない。その為店内に誰が居るのかという確認すら無意識上にもしていなかったのだ。

 

「隣、いいかな」

「え、ええ」

 

提督の隣へ腰を下ろす響。隣から聞こえる「マスター、さっきのをもう一杯」という言葉から、響はまだしばらくここに居るらしい。隣に座られた以上、提督も席を立つわけにはいかず、マスターの心配を押し切って、またお酒を注文した。

 

(思えば、誰かと並んでお酒を飲むという経験は初めてですね……)

「司令官」

「はっはい!?」

 

現実逃避気味に感傷に浸っていると、隣の響から呼ばれて声が裏返る。一体何を言われるのだろうか。先日の事に対して何か言うのだろうということは分かるが、見た目中学生の響に説教されでもしたら立ち直れる自信がない。

 

身構える提督に対し、響は小さく頭を下げた。

 

「この間はごめんなさい。予想外の事を聞かれたから、突っぱねてしまった」

「あっ、いえ、私も軽率に踏み込んでしまいましたし、響が謝る必要はないですよ」

「……」

「あ、あの……響?」

 

驚いた顔の響が提督の顔をじぃっと覗き込み、提督は目を逸らしたい衝動に駆られる。

 

「……もっと怒られるかと思ってた」

「いや、そんなことはしないですよ。私、怒るのがどうやら苦手みたいでして」

「そうなのか……」

 

意外そうな顔で思案する響を見て、提督は思わず笑みを零した。

 

「司令官?」

「……いえ、響が私に関して知らないことがあったのか、という驚きですかね」

「そりゃそうさ。私にだって司令官の事で知らないことは山ほどあるさ」

「まあ、そうですよね。私も、響と出会った時と今とで、随分印象が変わりましたし」

「……ふふ、なんだ」

「……私たち、互いの事を全然知りませんね」

 

くすくすと笑い合う二人を見て、マスターは黙って距離を取る。身内話は聞かないようにするのが彼のポリシーらしい。

 

「……さて、響?」

「うん?」

「ここに来たってことは、私に話したいことがあるんですよね?」

「……そうなるかな」

 

お互いにお酒が入り、気兼ねが薄れる。響にとっては、それを見越しての事のようだが。

 

「……そうだね、司令官に話すことがあるんだ」

「……」

「ただの昔話だけどね――」

 

 



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サンプル4

私がここに来る前は、北方の、最前線の鎮守府に居たんだ。2年位前までだったかな。

毎日のように怪我人が出て、時に、送り出した部隊が壊滅したこともあるくらいには、激しい戦地だったと思うよ。まあ、私はそこにはほとんど参加してなかったんだけどね。

 

そこでの私は、はっきり言って、落ちこぼれのような存在だった。周辺海域が既に危険海域だったために遠征の難易度も高くて、私は、実戦も経験せずにただ、後方支援の補佐をしていたんだ。

 

私の前の姉妹――つまりは先代の暁、雷、電だね。あの三人は駆逐戦力の主力だったんだ。自慢の姉であり、妹だったよ。私は落ちこぼれだったから、多少悪口を叩かれたりしたけど、事実だったし、暁型四人で居られればそれでよかったんだ。

 

「響ー、私は遠征に行ってくるから、電が帰ってきたらお世話お願いね」

「ああ、任せてくれ」

 

それが、雷と交わした最期の言葉。報告によると、遠征から帰投する際に、待ち伏せていた潜水艦隊に攻撃されたらしい。雷は運悪く機関部に被弾してそのまま燃料庫に引火。大爆発して吹っ飛んだんだってさ。

 

丁度その時に私の改二改装をロシアの技術提供で行うという話を聞いたんだっけ。私は怖かったんだ。雷一人を喪っただけでも、心にたとえようのない穴が開いてしまったのに、独りになってしまったら私という存在は消えてなくなってしまうんじゃないか、ってね。

 

「悪いな響、これは命令なんだ」

 

あの時の司令官は何の感情もなく、そう言って退けたんだ。当時深海棲艦に対抗するための戦力を密かに整えていたロシアは、自分たちの技術が深海棲艦にどれだけ通用するのかを知りたがっていたんだ。

 

そこで選ばれたのが私というわけさ。主力駆逐艦を戦列から離すのには気が引けるし、なによりロシアに囲い込まれて帰ってこない可能性もある。私達だってベースは人間だからね。演習ばかりで練度だけ無駄に高かった私は、戦力にはならないけど、最前線の鎮守府に居たという箔がつくんだ。大本営的には、戦力を削らずに、ロシアへの面目も保てる。ほら、これが最善だろう?

 

「私が弱いから、向こうに送られる……なら、強くなれば、主力になれば問題はないはずだよね」

 

こう言って、私は鎮守府を出たんだ。無断出撃というヤツさ。おかしな話だよね、姉妹で一緒に居たいという願いを叶えるためにとった方法が、姉妹から離れて一人で戦うなんて。私は戦いながら練度を上げて、無人島で仮眠をとるという生活をしていたんだ。

 

「あか、つき? なんで……」

「響のばかっ! 一人で出撃したらダメでしょッ!」

 

そんな生活は私の大破撤退という結果を迎えた。悲しいことに、暁率いる救出部隊によって、ね。多分、私にまだ利用価値があったから生かされたんだと思う。何もなかったら、暁に妹殺しをさせるところだった。

 

鎮守府に連れ戻された私は地下牢に幽閉されることになったんだ。ロシアへ派遣されるまでの処分として。

 

それから一週間。ロシアへの派遣を翌週に控えたその日、事件が起こったんだ。地下牢にまで響く爆発音と地響き。深海棲艦が大挙して鎮守府に奇襲をかけたんだ。戦う術を持たない私はただ地面に伏せてこの時が過ぎ去るのを待っていた。

 

どのくらい時間がたったかわからないけど、しばらくして音が完全に止んだ。あたりを見渡すと、地下牢の天井がへしゃげて一部が破壊されていたんだ。私はそこを通って脱出したんだけど。

 

「……電?」

 

地下牢の扉の前で、電に出くわしてしまったんだ。背中に鉄の棒が突き刺さったまま死んでた。地面には血の痕が点々と続いていたよ。悲しむより先に、何かが麻痺して、まるで夢を見ているような、そんな気分になった。

 

外の様子はそれはもう悲惨だった。木々は折れてたり焼けてたりして煙を燻ぶらせていたし、鎮守府は半壊してた。鎮守府の近くには敵か味方かもわからない死体が散らばってた。

 

電の血痕を追っていくと、やがて暁型の部屋に辿り着いた。家財道具とかが吹き飛んでて、部屋の形を成してなかったけど、暁の帽子だけが斜めになった棚の下に落ちてたんだ。2組ある鉄パイプで組まれた二段ベッドは一つが黒焦げになってた。

多分、敵の艦砲射撃がベッドに直撃したんだろうね。上で寝ていた暁は即死、電も致命傷を負った。電はね、末っ子というのもあって、こんな私のことも頼ってくれる子だった。そこで気がづいたよ。

 

最期まで電は私のことをちゃんと姉としてみてくれてたんだって。

 

「すまない、みんな……出来の悪い私じゃ、みんなを助けられないんだ……」

 

ほんと、無力。麻痺してた現実感は、冷たい事実によって呼び起こされてしまった。私はまた、独りになってしまったんだ。

 

その後、私は食糧庫から拝借したもので食いつなぎつつ、地下牢に籠り続けた。そして、頃合いを見計らって鎮守府を脱出したんだ。

本土では、既に戦力が全滅したと考えていたらしくてね。生きて帰ってきた私をまるで英雄のように祭り上げながら、報告書には「戦略的撤退」と記していたんだ。司令官も資料で知ってるとは思うけど。

ロシア派遣の件が混乱の中で有耶無耶になっていたけど、もう私にはどうでもいいことだった。

 

まあ、そんな感じで、半年前にこの鎮守府に配属されるまで、私は大本営に保護されて死んだように生き続けたってことさ。

 



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サンプル5

「そんなことが、あったんですね」

 

提督は渋い顔で、正面を見つめる。確かに、響のとった一連の行動は、決して褒められたものではない。しかし、自分の大事な物を守ろうとして、自分なりの行動に出た結果が、守ろうとした全てを失うなど、重すぎる罰ではないか。

 

提督はやるせない面持ちで、グラスを傾ける。今となっては、最早何の味もしない。

 

「でもまあ、過ぎたことだから、仕方ないよ。私は自分の行動に後悔はしてないし、なによりまた暁達と出会えたんだ。これ以上は望んでないさ」

「……しかし、それで過去が無くなったことにはなりません。それは今でも、響の心の中に燻っている筈です」

 

提督の言葉に響は意外そうな表情をする。しかし提督は響をまっすぐ見つめたまま視線を動かさない。やがて、響は照れ臭そうに頭をかきつつ口を開く。

 

「うーん、やっぱりお酒が入ると私って分かり易いかな?……実は、ちょっとだけ、自分の運命を呪ってたりしてる。また何もかもを失うんじゃないかって、不安なんだよね」

 

はは、と力なく笑う響。嫌なことを思い出させたかと申し訳無くなる提督だが、自分で話題を振って置いてそれを言うのは余りにも失礼なので、間違っても口には出さない。

 

「……私には、響の過去を救済する事も、それについてなにか発言する事も出来ません」

「うん。司令官だからね。能力的にも、立場的にも、それは無理だ」

「ええ、そうです。ですが、共に並んでこれからを歩く事は出来ます。上官としてではなく、その、ええと……1人の当事者として」

 

言葉選びにつまづいたのか、最後はなんとも頼りない形になってしまったが、響はそれが気に入ったらしく。

 

「当事者か、いいね、それ。仲間とか、友達とか、そういうチープなモノとは違う響きだ。権利とか、義務じゃない、自分で自分に課した意思。必要無いのに、それでは立ち行かない、そんな言葉だね」

 

提督は響の言っていることの半分も理解出来なかったが、ごく自然に湧いた疑問をその回答にぶつけることにした。

 

「……響は、友情や同胞は要らないと?」

「必要ないからね。私はみんなと同一の目的がないからね。目的の為に為に死んだように戦って生きる、多分それ以外の選択肢が無いんだよ」

 

提督は思った、それは違うと。世代交代で別人同然の暁達に再開できた事を喜んでいるなら、彼女には「今の居場所を守る」という目的がある筈だ。そうでなければ、あの時の響は涙を流したりはしない。

 

そこに生じる感情は、恐らく「愛情」。

 

でも、それすら致命的。響は与えられる愛を奪われたことによって、愛を与えるという選択肢しか持てなくなっている。有り体に言えば周りが見えていないのだ。

 

「……なるほど、そうですか。そうですね」

「あれ?司令官なら反論してくれると思ったんだけど」

 

今日の提督は余程響の予想から外れた行動をとるのか、響の表情がころころ変わる。それを提督は可笑しそうに、それでいて穏やかな表情で。

 

「いえ、響の事を考えていたら、自分の中にも、色々と気づきがありまして」

「よくわかんないけど、それは良かったね」

 

響のふにゃっとした笑顔を見て、提督は緊張に身体が強ばる。しかし、随分と酔いが回ってきたのか、すぐに力を緩めて、「ええ、本当に」とだけ答えた。

 

これはお互いを知る時間。傍から見れば成立していないように見える会話も、実は互いに情報の欠落を埋めて、それで納得する作業。

 

それは自分の気持ちも整理することと同義で。

 

提督はその時初めて、響に対して、友愛や親愛ではない、純粋な好意を抱いた。

 

今すぐにでもこの感情を伝えたい、という気持ちを、提督は水を飲む事で押し殺す。

 

「まあ、ゆっくりで良いでしょう。何せ、毎日のように顔を合わせるのですから」

「司令官?独り言が多過ぎて私には、何が何だかさっぱりだよ」

「すみません、随分と酔ってしまった様です。そろそろ、出ましょうか」

 

適当に誤魔化した提督に、響はさして疑う様子も見せず、「そうだね」と頷いた。

 

そうして二人はそれぞれに会計を済ませた後、連れ立って店を出る。両者とも飲み過ぎで若干ふらついているという、なんとも情けない姿ではあったが。



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サンプル6

「…別に、ここも私が支払って良かったんですがね」

「流石にこの金額を司令官に払わせる訳には行かないよ。ちょっと懐は痛くなるけど、支払い相応以上の対価は得られたんだし」

 

上機嫌な様子で先行する響。若干ふらついて居るが、ずっこけそうな程でもない為、提督はそれを後ろから眺めつつ歩いた。

 

ちなみに先程の店で響は提督の倍近く飲んでいたらしい。

 

「……そう言えば、今何時かな?私は腕時計を持って無いんだ」

「あの店には時計が置いてありませんからね。ええと……11時56分です。あの……駆逐艦寮の門限って何時でしたっけ」

「夜の12時までだね」

「思いっきり間に合わないじゃないですか……」

 

ここから駆逐艦寮までは徒歩30分程度。今このタイミングでタクシーを拾えたとしても間に合うか訳ないというレベルだ。

 

「でもまあ、いいさ。今日はホテルで泊まる事にするよ。だが……うぐ、財布が軽くなる……」

 

響は女の子という関係上、どうしてもセキリュティの揃ったホテルを望むが、それでは、結構な額を払った直後の響にはかなりの痛手だろう。

 

うーむ、と悩む響に、提督は

 

「なら、響。今日は私の部屋に泊まりませんか」

「……ふへ?」

 

半分酔った勢い、半分は先程響が払った金額を知るが故の善意。やましい気持ちが無い訳では無いが、今の所実行に移せる程の度胸も無し。

 

ぽかんとした響の表情を可笑しそうに、提督は優しげな表情で響の目を見る。

 

「私の部屋なら門限も気にする必要が無いですし、明日はお互いに休暇でしょう?」

「で、でも悪いよ。私の不始末を司令官が拭う必要は無いんだ」

「私なら大丈夫です。どうせ帰っても1人、やる事は特に無いですから」

「……やっぱり司令官酔ってるよね」

「お互い様ですよ?」

「お酒、ある?」

「ええもちろん、ってまだ飲むんですか」

「当然さ。今日は飲みすぎで怒る妹も居ないんだから」

 

雷の事ですか、と二人で笑いあって、提督が「こちらです」と先行する。

 

「ねぇ司令官」

「?」

「愛されるって、何なんだろうね」

「……何なのでしょうね」

 

繁華街から二人の姿が消える頃には、既に日付けが変わっている頃だった。

 

 

「おじゃましまーす」

「一人暮らしには広すぎる部屋ですから、適当にくつろいでいてください」

 

提督の部屋は1DKの間取りだが、その一部屋が異常に広い。10畳は軽く超えるその部屋は、ベッドが置いておる空間とソファの置いてある空間が背を向け合った棚で区切られている。

 

「……これは凄いな司令官。流石は士官だね」

「私は狭い方が落ち着くのですが、この部屋は先輩に押し付けられたものでして」

 

提督が8畳ワンルームのアパートに住んでいた頃、昇進をきっかけに先輩が「お前も高級士官になったんだから、住む場所位改めろ」と言われて購入した物件である。

 

「さあ司令官。早速飲もう。もちろん付き合ってくれるよね?」

「本当に早速ですね……ワインでいいですか?」

 

提督がワインとグラスを2つ取り出している内に、キッチン周りを物色していた響は冷蔵庫からチーズを持ち出してきた。本当にマイペースな部下である。

 

提督がグラスにワインを注いでいる間、二又のフォークでチーズを弄んでいた響は、ワインのボトルを見て目を見張った。

 

「それ、25年もののワインじゃないか。いいのかい、そんなの飲んでしまって」

「いいんですよ。折角誰かと飲む機会なんですから」

 

乾杯。声もなくグラスを掲げた後、二人同時にグラスを煽る。ワイン特有の発酵した葡萄の風味が鼻腔をくすぐり、じんわりとした酔いを運んでくる。

 

「こうやってプライベートで誰かとお酒を飲むの、実は二回目でして」

「そうなのかい?」

「ええ。20の時に父親と飲んだのが最初です。それからは付き合いで飲む事もありましたが、こうやって他人とゆったり飲むのは響が初めてですね」

「……そっか」

 

提督の言葉で解けた表情になった響は、うつむき加減にチーズを齧る。

 

他愛もない話をしながら、テーブルのワインが底をついた頃、また冷蔵庫の中を物色していた響が、戻りざまに口を開いた。

 

「……ねぇ、司令官。私って……一体何者なんだろう」

「……それは艦娘という存在について、ですか」

「うん」

 

提督は難しい顔になって、思案する。高級士官として、そして艦隊を預かる身分として、艦娘の成り立ちについては知っている。だが、それを響に教えるべきなのか。無論、軍規で艦娘にそれを教える事は禁止されている。それに、響はそんな事を聞きたい理由ではないようだ。

 

「気がついたらそこにいて、武器を持たされて戦う事を義務付けられて。人権なんて元から無いし、恐怖は認められず、忠誠すら必要ない。ただ国の為に死んでいく。よしんば生き残って、この戦いに勝利して、私達には一体、何が残るんだろう。『意志持つ兵器』の末路って、一体なんなんだろう」

 

それは誰にも分からない。戦後処理についての会議をする暇など無いからだ。未だに敗色濃厚なこの戦況では尚更。

 

だから提督は、こう答える事にした。

 

「私には戦った後の事などわかりません。不当な扱いを受けるかも知れません、称えられるべき救国の英雄、されどその実情はただの兵器。だから、もし戦いが終わったら、私はそう言った扱いを、響達が受けないように、尽力します。自分の愛すべき部下をそんな事には、させません」

「……」

 

カシュッ、っという炭酸ガスの音がして、缶ハイボールを開ける響は、ぽかん、と口を開けていた。

 

「ふふ、格好いいこと言ってくれるじゃないか。顔は赤いけどね」

「う、元々お酒には強い方じゃないんです、勘弁してください……」

 

恥ずかしそうに項垂れる提督を見て、微笑む響は、缶ハイボールを半分ほど一気に飲むと、提督に近づく。

 

「っ!?響、何を……」

「何って、せっかく愛すべきって言ってくれたからさ、愛されてみようかなって」

 

提督の膝の上に滑り込んだ響は、猫のように体を摺り寄せる。

 

「……やっぱり酔ってますよね」

「酔ってる時にしか出来ないこともあるからね」

「……これ以上自制する自信はありませんよ」

 

響は「ふぅん」と言って提督をじっと見据える。

お互いの息遣いが聞こえるほどの距離で響は、

 

「酔い任せに言うけどさ、有り体に言えば私は司令官に恋心を抱いているらしい……ほぼ確実に」

 

提督が憶えているのは、ここまでだった。




この続きは艦ショートこれくしょんvol.1にて読むことができます


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