アンジュ -ロスト- (トライブ)
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《アヴェンジェリア》

 ……どこが事の始まりだったのかなんて、私は知らないさ。だって、原因があるとしたら、まだ私が乳飲み子だった頃なんだから。

 そもそも、私の半生なんて、知らない方がいいと思うよ。聞いて気持ちいいものじゃない。どうしてもってんなら……。

 

 想像はできる。私は両親に捨てられた。そして、引き取ってくれた人たちも凋落して……びっくりするかな? 私は12歳の時にホームレスになったよ。だからまあ、私がこんな人生を歩んできた理由は、きっと保護者にあったのさ。私は何もしてない。多分な。

 

 ホームレスになったと言っても、路頭に迷ってたのは2日か3日かそこらだった。すぐに軍の兵士に捕まったよ。で、私は軍に入ることになった。

 でもな、当時の私は、まだ異能兵装に目覚めてなかった。ってことは、ただの12歳のガキだったんだな。それを踏まえた上での話なんだけどな。

 私は兵隊にさせられるわけじゃなかったんだ。

 

 私は、軍人の性欲処理をさせられることになった。

 

 ……ほら見ろ、何だその目は。だから言っただろ、聞いて気持ちいいものじゃないって。

 …………わかったよ。続ける。

 

 自分で言うのもなんだけどさ、私の髪って綺麗だろ? ああ、当時はもっと綺麗だったさ。で、さっきも言った通り、12歳だったわけ。そりゃあ引く手数多(あまた)って奴で……ああ。初体験とか、甘ったるいだけマシだと思うぞ? 私なんか、相手が確かジジイだったし。死ぬほど痛かったよ。

 システムは単純。16歳以上になると、私たちを買う権利を得られる。で、元締めに金を払って、女を一晩買うわけ。言っちまえばまあ、売春宿って奴だったんだろうな。

 でな、私と似たような生活してる奴が大体……50人か60人くらいいた。でも、軍人はもっと多いわけ。そんでもって、私はお披露目の時、結構な人数の連中に気に入って貰えたらしい。てことはまあ……休みなんてほとんど無かったな。1年のうち、10日もなかったと思う。12歳にやることじゃねえよなホント。

 望んでそうしたわけじゃなかった。12歳のバカな頭は、そうするしか生きていけないぞって唆されて、あっという間に支配されちまったんだ。他にもこうしてる子はいたし、本当にそうなのかなって。

 最初の1年間は、男どもに付いていくのに必死だった。最初の1ヶ月間なんか毎日泣いてた。突っ込まれるたびに痛くて、泣いてたら叩かれたり髪引っ張られたり……我慢するようにしても、結局男どもは何人かで囲んでくる時があったから、それもまたキツかったな。4本相手にするなんて、漫画の読みすぎだよ。下にも上にも突っ込まれて、さらに両手で……なんて、無理に決まってる。

 それでも、大人はマシな部類が多かったと思う。大抵は1対1だし、意外なことに可愛がってくれる奴も多かった。美味しいご飯が食べられる時もあったな。手酷い時との差が激しかった。

 ダメなのは10代の学生どもだったよ。決まりの上では、男は人数分金を払わなきゃいけなかったんだが、こっちから連中の部屋に出向く関係上、バレるかどうかは私たちが上に言いつけるか次第だった。で、学生どもはお金が無いから、複数人でお金を捻出して、みんなでやるって魂胆だ。始めて連中の相手をしたときは、一晩で10人くらいとやった。同意はしてなかったんだけど……まあ、手足抑えられたらどうしようもなかった。途中から避妊具も忘れやがって、あの時はマジで妊娠したらどうしようってことで頭がいっぱいだった。当然そのことは上に言いつけて、連中は処分されたが……それでもそういう規則違反をする奴は後を立たなかった。特に、私については。そんだけ、12歳の売春婦ってのは魅力的に映るんだろうな……。

 間違っても、楽しかったとは言えないよ。美味しいもん食わせてもらって可愛がってもらっても、最終的には犯されるんだから。それに、1年も経てば、もう《それ》は何かしら特別な行為じゃないって思い始めてた。仕事だよ。軍人が銃撃って剣振り回すのが仕事なら、私は男の上で腰振るのが仕事。爽快感があるのは、どっちも同じだな。私はあんまり感じなかったけど。

 2年目になると、不思議な相手が現れたんだ。マジで私に恋したっていう男がな。軍に来て始めて、男と一緒に一晩過ごしたのに、犯されなかった日だった。彼は結構な指揮官で、あと少し偉くなったら、君を宿から買い上げるって言ってくれた。そうすれば、もう不特定多数の男と寝る必要もないって。そりゃまあ嬉しかったよ。仕事と割り切ってるとは言え、デカい奴はホントにデカくて……13歳じゃキツすぎる時もあった。まだ痛くて泣けるのかって思ったよ。そういうのと寝なくて済むってのは、嬉しかった。まあ、その晩はなんとなくツンツンしちゃってたけど。どうすればいいのか、分かんなかったのさ。

 その次の日にまた手酷いのと当たってさ。超が付くほどの巨根よ。こんなんブチ込まれたら裂けるだろってレベルのモノを腹に感じながら、気付けば彼が恋しくてたまらなかった。終わった後、彼を想いながら、ホントに裂けてないかってビクビクして確かめてたよ。

 次に彼と会えたのは、1ヶ月後だった。言ったとおり、私は結構人気だったから、予約制になってたのさ。自分でも意外だったのは、彼の部屋に入るなり抱きついて、泣いちまったことだな。会いたかったよって。

 彼は優しく慰めてくれて、頭を撫でてくれて、美味しいものを食べさせてくれて……それでも、その晩は彼にしてもらった。私から頼んだんだ。そこで私はようやく、本当の意味で性行為をした……と思う。ほぼ毎日してるのに……今までで1番、気持ちよかった。

 彼に会えるのは月に1回か、多くて2回。少ない時は3ヶ月も会えない時があった。会うたびに嬉しくて、夢中で腰を振った。彼を気持ちよくさせてあげてるのが嬉しくて、普段は結構マグロの癖に、彼の上では…………あー、なんて言えばいいんだろう。マグロの逆って何? 活きのいいサバか? まあ、そんな感じだった。

 そのころからちょうど私はトレーニングを始めたんだ。私の売れ行きがいいからって上が喜んで、私はいろんな施設を使わせてもらえた。まあ、堂々と使おうもんなら「売春婦だ」って指さされっから、こっそりな。

 気付けば2年半もの間、ほぼ毎日男に跨る生活を続けてた。そんで、その頃ようやく彼が私を買い上げる目処が立ったって聞いて、あと少しだって頑張ってた。

 ……でも、まあ幸せってのは、そんなに長くは続かないもんなんだよな。

 彼は死んだんだ。流れ弾に当たって、あっさり。

 そらよ、悔やんでも悔やみきれなかったけど、それでも仕事はある。呆然とした頭で腰振ってたら、何呆けてるんだって殴られたわ。それは覚えてる。

 そっからは、堕ちていくしかなかった。生きる意味を一気に失って、何をするのもバカらしくなった。トレーニングもやめたし、性行為に対して何も感じなくなっていったんだ。ただ、腹の中にモノを収めてやるだけ。男が満足するまで腰を振ってやるだけ。何人かいたら、使う場所の順番決めてやって、順番通りの場所でしてやればいいだけ。あとはひたすら、男が喜ぶことを囁いてやればいいだけ。そんだけじゃないかってな。

 そうこうしてるうちに、もう軍に来てから4年が経ってた。身体はかなり成長して、背が高くなったし、特に胸が大きくなった。今ほど巨乳じゃなかったけど、16歳にしちゃ破格のサイズだったと思う。来た頃はぺったんこだったのにな。最初からそこまで定期的に指名してた奴は、私のカラダの成長を、文字通り肌で感じてたんだろうよ。胸大きくなったねーとか言われるようになったし、竿を胸で挟んでやると喜んでくれるってことも知った。最初は慣れなかったけど、すぐにものにできた。

 少し話は変わるけど、宿には寝室があって、4人1部屋だった。狭い部屋だったよ。でも、そこにいた3人とは友達になれた。まあ、結局誰も残らなかったんだけど。ああ、出ていったんじゃないよ。2人は自殺して、1人は性病に罹って死んだ。

 いろいろ、もう限界だったよ。4年間もそんな生活を続けてたから、溜まるものがあった。それはずーっと溜まり続けて、ある晩に限界を迎えたんだ。

 輪姦された日の晩だった。宿に戻ったら、最後の1人が自殺したから明日から別の部屋で寝ろって言われた。頭が真っ白になったけど、普段通りシャワーを浴びて、ベッドに潜り込んだ。そんで、今までみんなで話したこととか思い出してたら……笑いが止まらなくなって。そのまま眠りに落ちた、と思う。

 

 翌朝私は、めっちゃ上質のベッドの上で目が覚めて、その横には、私がずっと憧れてた存在がいたんだ。そうとも。今でも語られるほどの天才剣士であり、統率力に溢れた軍神、シルト・リーヴェリンゲンがな。

 

 

…………

 

「よかった。目が覚めたのね」

「……ここは?」

「あなたの部屋よ」

「……そうなの?」

「ええ。あなたはこれから軍人になるの。あなたのその左腕に秘められしは、私の断片の力……」

「ま、待って。何の話?」

「いいから、左腕に力を込めてご覧なさい」

「え? う、うん……な、なにこれ? まさか……異能兵装?」

「そう。その兵装が目覚めるにあたって、あなたの元いた場所は壊滅してしまったけれど……大丈夫。何を言われようとも、私たちがあなたを護るわ。安心してね」

 

…………

 

 私のこの《アヴェンジェリア》は、過度にストレスを溜め込んで爆発したっていう顕現の理由を、そのまま体現した能力を持ってた。

 4年間、女性としての尊厳をこれでもかってくらい穢され続けたストレスなんつったら、それこそとんでもないものだった《らしい》。まあ、私は何も覚えていなかったんだが……この籠手が目覚めると同時に、私が住んでた区画は丸ごと吹き飛んじまったんだとか。後で見に行ったけど、生存者は1割以下で、結局そこは、当時軍の中でもかなりの発言力を持っていたシルトに、過酷な労働環境が糾弾されて立ちいかなくなっちまった。

 そして私は晴れて軍人となり、軍で5人目の異能兵装の使い手になったのさ。当時はまだ、異能兵装使いは全然いなくて、10年くらい前から急激に増え始めたんだよ。

 トレーニングはキツかったし、シルトは全然手加減してくれなかったけど、今までよりかは遥かに楽しかった。それに、仲間ができたんだ。傷を舐めあうようなもんじゃなくて、信頼し合える仲間がさ。

 赤い槍使いで、やたらとキザで男前なヴィルマ・ミニアム・シュナイト。

 青い盾使いで、おしとやかな令嬢にも見えるナターリエ・クーニッツ。

 白い弓使いで、柔らかくてふわふわしてるマティルダ・ベルネット。

 そして言うまでもない、緑の剣使いで、どこか謎めいているシルト・リーヴェリンゲン。

 みんなかけがえのない友だった。私よりもずっと年上のみんなは、私のことをよく可愛がってくれた。その一方で嬉しかったのは、誰も私の4年間を哀れまなかったことだったな。辛い人生は誰もが送ってきていて、それがたまたまそうだっただけなのだという。逆に気兼ねがなくなった。

 愛されてたけど、私は自分が5人の中で1番下っ端だっていう自覚はあった。みんなは……私なんかより、よっぽど強かった。

 

 ……言っとくけど、今日はアイツの話は省く。だから詳しくは言わないけど……20歳の時、どうしても誰かを殺さなきゃいけない時がやってきた。そいつらは、私が彼らを始末しなければ、左腕を切り落とすと脅してきた。当時の私にとって、この左腕は即ち私の存在そのものだったから、やらなきゃいけなかった。泣きながら全員殺した。誰も悪いことをしていなかったのに、この手が、命を奪ったんだ。

 結局私は、血に塗れている上に女としての尊厳も穢された。全く綺麗なんかじゃないのさ。こんなに綺麗ぶってはいるけど……もう、汚れてない箇所なんてどこにも無い、と思ってる。

 結局、そのショックからは立ち直れたんだ。で、6年前、私は増えてきた異能兵装使いの部隊を1つ、任されることになった。驚くべきことに、補佐にはたった9歳の子が就いたんだ。リルナ・エメラルドっていう、可愛らしい子だったよ。9歳だっていうのに、そこらの大人顔負けの行動力と身体能力。異能兵装はナイフ型のを1本だけだったんだが、それでも彼女が扱えばかなり強力な武器になった。

 3年間かな。一緒にいたのは。ドーナツを一緒に作ったり買ってきたりして、部隊の子たちと一緒に食べたよ。ホントにドーナツ好きでさ。嗜好品の類は軍があんまり良く思わないから、時々にこっそりとだったけど。

 ただ、その3年目に私は……やらかして。彼女は戦場から帰ってこれなかった。死ぬ気で探したけど、ダメで。部隊のメンバーには超迷惑かけたし、勝手な行動したから部隊長も下ろされたけど……そんなの気にならなかった。そんくらい、リルナを愛してたんだな。なんで、みんなそうやって死んでいっちまうんだろうって、悩んだ。下手に強い自分が、逆に疎ましかった。弱ければ、簡単に後を追えるのにって。

 まあ、どっちにしろ部隊長を下ろされたのは良かったよ。肩の荷は下りたし、なにより、いつまでも私たちが仕切ってたら、育つ下がいないからな。フィーリアとスレイとアゲハは、よく頑張ってると思うよ。

 でも、もっと最悪だったのは、リルナが帰ってきたことだったんだ。

 リルナが死んでから3ヶ月後くらいに、とある製薬会社が軍と契約を結びに来たんだ。なんでも、貴軍に輝かしい人材を提供できるプロジェクトがあります、とか言って。まあ、それが例の超人兵士――エクスペンド計画のことだったんだが。

 その超人兵士の見本が、救出されたリルナだったんだ。

 でも、そいつはリルナじゃなかった。身体は改造されてたし、洗脳薬物かなんかで記憶も完全に破壊されてて、私のことを覚えてなかった。異能兵装のナイフだって、大量に呼び出せるようになってた。性格も全然変わって、まったく感情を表に出さなくなった。いや、そもそも感情があったのか……。でも、この島でもう1度彼女に出会って、信頼できるパートナーを見つけてて、正直、嬉しかったよ。こいつもまたいつか、人間に戻れる日が来るのかなって。

 

 そいつは自分のことを、Ⅰ號(アインス)・エクスアウラって言ってた。

 

 でも、私にとっちゃ、いつまでたってもリルナ・エメラルドのままなんだよ。

 

 

…………

 

 悪運が、強かっただけなのだ。それも、ここで尽きた。

「リルナ! リルナぁーっ!」

 戦火に焼かれた市街地の中を、空しく木霊する叫び声。ナイアは部下の名前をひたすら呼び続けた。瓦礫だらけの地面を、何度も蹴躓きながら走る。

 部隊はバラバラになった。それを何とかまとめて退避させているが、そのまとめ役が今、そこを離れている。

『隊長! このままでは部隊が壊滅します! 反撃の許可を!』

「反撃はするな!」

 ただでさえ最悪な戦況を、これ以上悪くするわけにはいかない。反撃しようとして敵に自らの位置を晒すなどもっての外だ。

 熱い。戦火に焼かれた市街地は死ぬほど熱い。けど、だからなんだ。今も彼女の部下は、この戦火のどこかで助けを待っているはずなのだ。

「リルナ! 返事をしろ、リルナ!」

 これでも結構、本気で生きてきたつもりだったのだ。少なくともここ数年は。弟に加えて娘ができたようで、嬉しかったから。

「リルナ! どこだ!?」

 自分が部隊に戻って応戦すれば、この状況は防げる。対抗できる。だが。

 彼女の心は、それを善しとはしなかった。

 右手に1人の命が、

 左手に99人の命が、

 それぞれ乗っかっている。彼女は、選択を迫られた。

 辺りに見たこともない砲弾が降り注ぎ、すでに破壊され尽くした街を、さらに破壊していく。

 ぐっ、とナイアは歯噛みする。

「……撤退しろ」

『え?』

 ナイアはたまらずに叫んだ。

「今すぐ撤退しろ! 後続もまとめて引き下がれ! 態勢を立て直せ!」

『はっ、りょ、了解しました! しかし、隊長は……?』

「私は強い。知ってるだろ。私はリルナを探す!」

『しかし……!』

「二の句を継ぐな! とっとと逃げろ!」

 余計な指図は聞きたくなかった。だからナイアはインカムを耳からむしり取ると、それを投げ捨て、また走り出した。

 そのままでは、100人は救えない。1人が生きるか、99人が生きるか。

 それでもナイアは薄々ながら気づいた。100人を生かす方法を。それは、自分が犠牲になること。

 リルナを見つけ、自分が敵軍に特攻し、彼女が撤退する時間を稼ぐ。そう。そうすれば善い。

 また砲弾が振ってくる。ナイアはそれを、左腕に召喚した籠手型の異能兵装ではじき飛ばした。

「リルナ! リルナ!」

 ナイアは叫ぶ。もう二度と、誤りたくないから。

「リルナ! 返事しろ! リルナ!」

 ナイアは走る。もう二度と、失いたくないから。

「リルナ! 頼む、返事をしてくれ……!」

 ナイアは駆ける。もう二度と、

 

「リルナぁー!」

 

 見捨てたくないから。

 

 

…………

 

 一緒に歩くうちに、隣の子が倒れて動かなくなってしまった。なんとなく気持ち悪かったので、その辺で拾った木の棒で、そーっと突っついてみる。動かない。つんつんと突っつく。動かない。それなりに力を込めて突っつく。動かない。腕に突き刺さる。動かない。ぐりぐりと動かす。動かない。動かない。動かない。

 寝ているわけではなかった。もう死んでいた。

 

 それが、彼女にとって初めての死だった。

 

 

…………

 

 ウザったいほどに晴れた次の朝。ナイアは、最悪の寝心地で目が覚めた。砲弾を躱すためにボロボロになった壁の陰に隠れて機会を伺っていたつもりが、疲労のあまり、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 ぼーっとしていた頭が覚醒していくにつれ、ナイアは最悪な現状を思い出す。

 一晩中探した。幾多の生傷を作り、指の皮がむけて血が出ても、探した。瓦礫の下を。建物の陰を。地面の上を。

 

 ――たいちょー! 私、頑張ります! 次、お願いします!

 

 まったく。あんまり無理するなよ。

 

 ――私、ドーナツ買ってきたんです! たいちょーも一緒に食べましょう!

 

 ドーナツか。好きなんだよな。まあ、たまの贅沢くらい。

 

 ――たいちょーと一緒なら、私はどんなにつらい戦いでも頑張れる気がするんです!

 

 私も、お前と一緒ならどこでも元気でいられそうだ。

 

 ――ナイアたいちょーのこと、大好きです! たいちょーの側近に選んでいただいて、私、とっても幸せです!

 

 ああ。じゃあ、これからも頑張ろうな。

 

 いなかった。最愛の側近、リルナ・エメラルドは、どこにもいなかった。

 どんなにつらくても決して笑顔を忘れなかった彼女は、どこにもいなかった。

 

 認めるもんか。

 絶対に探し出してやる。

 

 ナイアは幽鬼のようにふらりと立ち上がると、体の内側の悲鳴を完全に無視して歩き出した。

「リルナ……おーい、リルナー……どこだー。出てこーい……出てきたら、お前の大好きなドーナツ作ってやるぞー……返事しろー……倒れてても、そんくらいはできるだろー……?」

 ふらり、ふらりと破壊された市街地を歩き回る。夢遊病者のように。亡霊のように。

「あぁ……なんでわざわざ、部下1人のために、こんなことしてんだろうなぁ……あぁ……」

 

 いつの間にか、涙が頬を伝っていた。

 それを認識した後は、涙が溢れて溢れて、拭っても拭っても、全然止まってくれなかった。

 拭っても止まらないので、流れるままにした。乾いた地面に、足跡のように、染みができた。

 

 

「あーあ……面倒臭いなぁ」

 

 

 亡漠の戦士は天を仰ぐ。いつ見ても不気味な薄緑色の空は、今日もどんよりと淀んでいる。

 

 

 悲しみと痛みの中でもがくだけの人生なんて、なんて面倒臭いのだろう。

 

 



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《サンクティアクイス》

『我が世界に理有り。

 

 和合を保つ理有り。

 

 ヒトたる者、同族を殺すべからず。

 

 この理を犯せし者、

 

 我が世界に殺されると深く心得よ。』

 

 ――初代魔女王墓の碑文

 

 

 

…………

 

 

 ……次は私の番ですか? こんなこと話して意味あるんですかね? まあいいですけど。

 

 貴女よりは長く生きてますよ。この間、ちょうど150を超えたところです。家族が祝ってくれましたよ。

 

 本題に入る前に……吸血鬼というものについて、少し個人的な見解でも喋りましょうか。

 

 私が思うに、吸血鬼という種族は……そう、バグだと思うのです。黒の世界という、巨大な1つのシステムの内部に生まれてしまった、不具合なのではないかと。

 種の根幹たる人間を食い物にし、限定的な弱点を多く保持し、かつ長寿である。それは不具合ゆえの不安定なのではないかと、そう考えます。

 

 本題に入りましょう。私はアルカルドの吸血鬼として、151年前に生を受けました。吸血鬼としての性質もありましたが、私には天与の才がありました。言うまでもなく、そう。エクシードです。

 我がエクシードは、他者の血液を体内に取り込み、保持どころか生成を可能にするという、非常に特異的なものです。しかし、当時はただ渇望のままに放埒を繰り返し、血を食らい、与えられた生命を謳歌していました。

 

 ところで、黒の世界における吸血鬼の現状はご存知でしょうか? ……ええ、そうです。私以外、誰も生きていません。私は文字通り、最後の生き残りなのです。そして、その原因は間違いなく私に存在しています。

 

 私は血を吸い、その血に流れるその種特有の魔力を得て、それを研究しているうちに……ある事実を発見しました。

 私の魔力が、《ある場所》に繋がっていたのです。それを捜索してみると、『世界の綴じ目』と呼ばれる遺跡にたどり着きました。読んで字の如く、球形の世界を綴じている、という言い伝えのある遺跡でした。

 噂話レベルの時は、そんな馬鹿なことがあるわけがないと一笑に付していましたが、私との繋がりを調べる内に、確かにこの遺跡は世界の《内側》と直接的な繋がりを持っていると判断できました。

 そこで、傲慢なる吸血鬼はその繋がりを弄り、こちら側へと力が流れるようにしました。大変でしたけど、その術は確かに成功しました。私は湧き上がる魔力に興奮を抑えきれず、そばにあった悪竜の巣へと攻め入り、その血を存分に喰らいました。

 時に、私には弟がいました。私に負けず劣らず優秀な吸血鬼でした。私たちは姉弟で世界を荒らしまわっていたのです。逆流の術も、弟がいたからこそ成功したのです。

 そんな風に自由奔放に2人で生きていました。家のことも何も考えず、ただ弟と一緒に居られればそれでいい。弟が望めば東へ西へ、私が望めば北へ南へ。そうやって世界を飛び回り、無限とも思える魔力で、本当に様々な血を得ました。

 誤解しないでくださいね。私は弟を本当に愛していました。今思えば、恋していたのでしょう。少なくとも、性欲を満たし合うほど親密でした。良くは、ないのですが。

 

 その終焉は、本当にあっさりとやってきました。弟の体調が芳しくないので、暫く拠点を構えて弟の治療に当たっていましたが、私が外敵を排除したり狩りに出るたびに、弟の体調は加速度的に崩れていきました。私の治療も虚しく、見る見るうちに衰弱していき……ある朝、彼は息絶えていました。

 

 その時、私は自分が成したことを考え直し……放埒の原点であった『世界の綴じ目』へと戻りました。そして、自分が弄った繋がりを再確認し、放埒の間に得た知識を総動員して――愕然としました。

 『綴じ目』の繋がりは、世界の内部……それも、吸血鬼という種の根幹を成すバグの塊へと伸びていました。私はそこから魔力を吸い上げていたのです。それも、途方もない量を。そのバグが、もはや機能しないほどに。

 事実を悟った私は、式の改変を修繕し、元通りにすると、飛んで実家に帰りました。そこには、無残な死体だけが転がっていました。

 

 どうして私だけがそのバグの塊と繋がっていたのかは想像に難くありません。エクシードです。この、世界より授かる力の線こそがその繋がりであり、私はそこから力を汲み上げて、振り撒いていたのです。

 エクシードを授かったが故の「偶々」を悪用した結果、私は自分の種を滅ぼしたのです。それが、結果的に黒の世界の平和への貢献となった……皮肉ですよね。

 確かに私は考えました。この繋がりに、今度は魔力を流し込んで、バグの機能を復活させてやればいいのでは、と。しかし、自分が好き勝手に吸い上げた魔力の量を考えれば、今更そんな途方もない量の魔力を集めることなんてできませんし、結局もう1度遺跡に戻って確認してみたら、バグはついに消滅していました。私だけが取り残されたのです。エクシードを所持しており、世界と直接繋がった存在であるがゆえに。既に吸血鬼というシステムそのものが存在しておらず、仮に私が子供を産んだとしても、その子は吸血鬼にならないでしょう。

 

 さて……全てを失った私は、それはもう戸惑いました。ヒトって、後ろ盾が無くなると途端に弱気になって、今までの行いを後悔するんですよね。私もそうでした。同胞を全員失って、己の傲慢と放埒を恥じました。こんなことなら、同族殺しの罪で死んでおけばよかったと思うほどに。

 ですが、それを誰かに言ったところでどうなります? 私を恨む者は数多くいました。それこそ世界中に。それだけのことを、私は成したのです。良いか悪いかは別として、世界中に敵を作る、という偉大なことを。

 そこで私は、いきなり最後の手段を取ることにしたのです。

 

 私は自分の身と心を、当代魔女王の差配に委ねることにしました。

 

 私は彼女の前に身体を差し出し、心を開いて見せました。彼女は暫く悩んだ後、こう告げたのです。

 

 ――お前の心は理解した。もう吸血鬼がお前以外存在しないことは、こちらも確認しているよ。そして、お前が今までの行いを心の底から悔いている事も、確認した。

 ――ところで、お前は血魔術に精通しているな? どうだ、私の眷属になる気はないか? その腕が、欲しいんだ。

 

 即座に私が首を縦に振ると、彼女は私にその証を刻みました。そして、彼女は世界中にその声を轟かせました。

 

 ――我が世の民よ、聞くがよい。吸血鬼は滅んだ。唯一の生き残りであるアルマリア・アルカルドは我が眷属となり、我に、そして我が世に忠誠を捧げた。民よ、我が世に安寧が戻った。以降、復讐の念よりアルマリア・アルカルドを脅かす者は、我が怒りを買うと知れ。

 

 笑っちゃうくらい自分勝手な宣布でした。最後に、私にこう仰ったのです。

 

 ――その心のまま生き、生き続けよ、我が眷属。

 

 その宣布が、今から約115年前、でしたか。私も結構、歳をとりました。魔女王の目論見としては、残り1匹の吸血鬼を確保したかっただけだったのでしょうが、それでも彼女の慈悲が嬉しかったし、ありがたかったのです。

 その場で私は彼女に誓いを捧げたのです。今なお続けている、断血の誓いを。どちらにせよ、主食たる血液はエクシードで生成できるので、飢えることはありませんでした。飽きは来ましたけど。

 

 それから、私は自分にしかできないことを探し始めました。それは思いの他、近くにありました。彼女の言われた通り、血魔術です。

 

 私は、自分が奪ってきた多くの命以上に、誰かの命を救わなければならないと思っていました。

 

 その答えが、医療を行うことでした。

 

 私は多種多様な生物の血を得て、その血を調べてきました。生命の根幹たる血液には、誰よりも詳しいという自負があります。放埒の間にいくらでも怪我をして、また病気にも罹り、その度に治してきました。故に私はその知識を使って、病気の治療を行うことにしました。

 最初はもちろん、拒否されました。殺人鬼に患者を任せるわけにはいかないと。当然ですよね。でも、各地を歩き回り、ついに辺境の村で治療をさせていただくことになりました。治療は無事に成功し、村の人からは感謝されました。その時から、何があってもこの道を歩むと私は固く決めました。

 

 そうして流離い行くにつれ、徐々に私の評判は上がっていき、治療してきた人数も増えました。ですが今尚、私は奪ってきた以上に救えたとは思えていません。だからこの身の動く限りは救い続けます。

 

 そして50年ほど前、私はとある魔族の依頼を受けて、その一族の娘さんを育てることになりました。

 その子は先天性の歩行障害者で、生まれた時から歩くことができませんでした。最初はその子を治してあげられれば良かったんですけれど、生憎『先天性』とは『そういうものとして生まれる』ということです。つまり、治すも何も、その子にとっては、歩けないのが普通だったのです。

 魔族というのは、何かとメンツを重んじる種族でして。歩行障害者を跡取りに据えるわけにはいかなかったのです。そういうわけで、私は彼女を育てることにしました。魔女王には許可を取って。もちろん、私の施術を望む方がいらっしゃればそちらに行きます。

 後で知ったのですけれど、彼女の母親はその家系に嫁いだ方では無くて……まあ、そのへんの話は割愛しましょうか。あまり、聞いても気持ちの良い話ではありませんし。

 彼女は非常に賢い子でした。魔術に長け、聡明で、何より優しくて。魔族らしさに目覚めてからは高圧的なフリをするようになりましたけど、結局、根幹は変わらず親切心にあふれた少女です。

 そして、彼女がきちんと成長したのが30年前程度でして。その頃には、その屋敷は私の自宅と言えるまでに馴染んでしまいました。彼女が余りにも才能を発揮するものだから、本家が「屋敷を放棄して戻ってこい」と彼女に言いつけた時は、私はここを去らねばならないのかと怯えましたけど……彼女は私を守ってくれました。今尚その屋敷は私の家です。彼女がお人好しなせいで、様々な子を住まわせるものですから、家族も増えましたけど。今はそれが心地よいのです。100年すこし前まで散々暴れていた記憶が、まるで嘘のように穏やかな気分ですよ。

 

 10年くらい前に、私ね、資格を取ったんですよ。世界間医師の資格です。別の世界でも医療してもいいよっていうアレですよ。初めて青蘭を訪れたのも、そのためでした。見える全てが真新しくて、世界って広いなぁって思いました。しかも、これはまだ島5個分だけで、黒の世界レベルに巨大なそれが、あと4個もあるって言うじゃないですか。広すぎて、まともな人間なら自分の世界さえ全部見れないんじゃないですか。ホント、広すぎます。

 そんな広い世界のどこに私の施術を求めている人がいるかなんて、流石の私でも分かりません。だから、せめてこの島に呼ばれれば、なんて思いました。

 

 そうしたら先日、まさにこの島に呼ばれましたね。原因は青蘭学園での呪物中毒、でした。

 ああ、そちらは全然、すぐに終わったんですよ? 少々特殊な式でしたけど、この手の手口は黒の世界でもたまに見られるものです。

 

 友達がね、できたんです。クールで綺麗な人間の子と、その妹の柔らかそうな子と、とても元気な天使の子と、無口で一途なアンドロイドの子。全然違うタイプの4人で、年齢も違うのに、とても仲良しで。大学の中で迷っていた私の質問に快く答えて下さりました。案内されている間、いろんな話を聞けました。事件の直後だったので、警戒している雰囲気はありましたけど、目的地にたどり着いた時にはすっかり仲良しになっていました。特に、あの天使の子には不思議な力を感じました。まるで、なんというか……心同士を自然に繋げてしまうような、そんな力です。

 

 そんな彼女らが、100年とすこし前まで、私が黒の世界を荒らし回っていたと聞いたら、驚くでしょうね。

 

 人間、ではないですけど……生きていれば、どうにかなるものですよね。ねえ、ナイア? 貴女も、生き続けて、ここまで来れたのです。私もそう。施術を断られる度、殺人鬼と罵られる度、何度自殺したくなったことか。悔いても過去は変わらない。ですが、今と未来を変える努力はできる。そのことを、私は主から教わったのです。

 

――その心のまま生き、生き続けよ、我が眷属。

 

 その言葉1つで、私はここまで生き続けました。



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《深煌砂》

 ……妾の番か。よかろう。話して聞かせよう、我が歩みを。

 

 妾は1000年程前に、この世に生を受けた人間じゃった。幼いうちから魔術の勉強に勤しみ、その才能を伸ばしていった。正直言って才能はあった方だし、努力もした方じゃった。つまりは完全無欠で、当時は神童と持て囃されておった。魔術の粋たる魔族すらも優に超える魔術の腕に、一族の者は歓喜しておったのじゃ。

 

 当然の如く当時の魔女王に見初められ、20歳を過ぎたあたりでクレイドルに入ることになった。それから数年で、妾は1人の男と恋に落ちた。同僚の男じゃったが、少々生真面目すぎる男での、自分が恋していることにも気付かなんだ。じゃから、妾はそやつに猛烈にアピールして……お互いに30を過ぎてようやく、恋が実った。

 

 2人は結婚し、幸せに暮らすはずじゃった。じゃが、妾の研究の一部が暴走したとき、彼はその命を奪われてしまったのじゃ。

 

 嗚呼、後悔に次ぐ後悔。こんなことなら凡百に生まれつき、何も知らぬまま生きていれば良かったのに! 才能を持ったが故に、妾は生涯添い遂げるはずの伴侶の命を奪ったのじゃ。

 

 妾は嘆いた後、こともあろうに、狂った。そして、クレイドルを抜け、彼を蘇らせるためにとある研究を始めたのじゃ。錬金術の極み――この世全ての魔術の極みである《賢者の石》を生み出すための、悪夢のような探求に足を踏み入れたのじゃ。これさえあれば、死者を蘇らせることも可能だと、古の書物を読んで知ったからじゃ。

 

 実験は上手くいった。作り方を探ることは決して容易ではなかったが、着実に進歩を感じられるほどに、それは近くにあった。手を伸ばせば、もう少しで手に入る。

 

 じゃが、妾には人間故の、決して逃れられぬ宿命が、どうしても足りないものがあったのじゃ。それが、寿命。その頃、妾は80を超え、老いていた。

 

 どうしても、どうしても寿命だけは誤魔化せない。延命の霊薬に頼る手もあったが、半永久的に霊薬に依存しなくてはならない上、霊薬は非常に高価じゃった。クレイドルを抜けた身では到底、半永久的な量など確保できまい。資金繰りは、錬金術研究の過程で得た貴金属の精製を利用すれば詮無きことじゃったが、それでも足りなかった。そもそも、研究があと何年、何十年、何百年掛かるかも分からなかった。もしかしたら、千年でも足りないかもしれない。

 

 切羽詰まった妾に降りた天啓は、錬金術の一貫に示された人工生命――ホムンクルスじゃった。

 

 妾にはホムンクルスを作るための材料と技量のどちらもがあった。じゃから、妾はなるべく生命として安定したホムンクルスを作ると、1つの賭けに出た。そのホムンクルスに、己が魂を移したのじゃ。

 

 かくして賭けに勝利した妾は、賢者の石創造の研究と共に、なるべく寿命が長く、安定したホムンクルス製造の研究も始めた。そして、身体が古くなるたびに、新しいホムンクルスに魂を乗り換えた。そうして、永遠にも等しく思える時間を通して、賢者の石の創造に挑んだのじゃ。

 

 

 つまりな、現在ここにある妾の身体は、生まれついた際の身体ではない。ここにあるのは、妾が研究の末に生み出した、ホムンクルスの(からだ)なのじゃ。

 

 

 全てはたった1人の男のために――そして、200年前に妾は遂に、賢者の石の創造に成功した。そして、遂に、遂にその男を蘇らせる、その寸前で、はたと思いとどまった。

 

 この妾が与えし生は、果たしてこの者にとって幸福なのであろうか? この者はどういう形で蘇るのか? そもそも、本当に蘇るのか?

 

 悩んだが、そもそも妾は狂っていた。逡巡は一瞬で過ぎ、これも研究の一環だと言い聞かせて、彼に賢者の石を使用した。

 

 すると、彼は蘇った。何もかも完璧だ! そう思ったのも束の間じゃった。

 

 魂も身体も、何もかも生前の状態に戻ったはずだったのに、その死体には意志が無かった。妾は終ぞ、生命体のあまりにも複雑すぎるロジックに気付かないまま、彼を蘇らせてしまったのじゃ。意志無き、『生きている』としか形容できない、無残極まる姿として。

 

 意志たるものの真相を知らぬが故に、妾は誤った。誤り、それは取り返しがつかない誤りだった。否、そもそも800年もの時を魂に超えさせることなど、如何に強力な封印を施していたとしても、初めから不可能だったのじゃ。

 

 

 ……あまりにも彼を哀れんだ妾は、もう1度、彼を殺した。そして、次こそはちゃんと葬った。

 

 

 妾は何もかも失ったように思えた。そんな時、ちょうどその頃代替わりした魔女王が、妾のところにやってきたのじゃ。

 

 ――おお、それが、かの名高き《賢者の石》か!

 

 ――お前は、これほどの偉業を成し遂げながら、何をそこまで打ち拉がれているのだ。

 

 生きる気力を失った妾は、彼女に言って聞かせた。これは過ちの産物なんだ、と。

 しかし、あの者は首を横に振った。

 

 ――過ちなどであるものか! 例えそうなら、これから正していけば良いではないか。

 

 それから、彼女はこう言った。

 

 ――私はな、魔術の正しき広い浸透を望んでいる。そこで、あのケイオンに学校を建てようと思うのだ。

 

 ――お前のような者なら、きっと相応しい。頼む、どうか、教師を引き受けてくれないか。

 

 ――過ちを多く犯し、その全てを正した者が、誰かを導くに相応しいのだ。

 

 それは目から鱗の提案じゃった。こんな妾が、誰かに教える、じゃと? と当時は思った。じゃが、今この時も、妾のように、少しの過ちから道を踏み外す者がいるかも知れぬ。それは決して望まぬことじゃった。

 

 ――よかろう。ただし、10年後だ。

 

 妾はそう返事をした。そして、新たにホムンクルスを作った。精緻にして強靭極まる、今まででも最高の傑作を。

 

 そして、それの動力として《賢者の石》を埋め込み、それに妾は乗った。

 

 それが、この身体なのじゃ。不思議なことに、この身体に乗り換えた瞬間、この身体と共に添い遂げると決めた瞬間に、この身体にエクシードが宿ったのじゃ。

 

 身体を作成してから、魂を乗り換え、馴染ませるために10年。久々にケイオンに戻った妾に、魔女王はこの杖を授けたのじゃ。始祖魔女王の支配と栄光の証、十二杖が一柱、《練砂聖杖セフィロト》をな。

 

 ――良い面構えになったな。

 

 ――努々、その想いを忘れるで無いぞ、我が眷属。

 

 

 何も知らぬ小さき者らに何かを教えるということは、妾の想像以上に難しく、想像以上に面白いものであった。これだけ生きて尚、妾には知らぬことがたくさんある。

 

 錬金術については全てを知ったつもりじゃ。じゃが、こうも可能性を見出されると……この先があるのではないか、と疑ってしまうのも無理はあるまい?

 

 あの小娘(ミルドレッド)には、本当に感謝しているよ。

 

 

…………

 

 

 今まで妾が乗り捨ててきた身体は、全て保存してある。無論、1番最初のものもな。それらは、妾の図書館の内奥深くにて管理してある。

 

 今でも時々見に行く事がある。どれもこれも老いていて――でも、どれにも想いが刻んである。狂気じみたものであっても、妾はそれが――愛故にであったと信じている。

 

 今尚、妾は彼を愛している。じゃが、もうそれは狂気に侵されたものではない。妾自身の手で彼を殺し、葬った、それからは――なぜか、不思議な透き通った色に感じるのじゃ。

 



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《カルキノス》

 次は私か? 分かった。不幸話を酒で流すのもどうかと思うけどな……。

 

 私のは、私がというより、大体は私の友人だな。友人関連で、辛い思いをした。

 

 どこからが始まりなのかは知らないが、私は20の時、ちょうど今から14年前だな。ファーロン・イオタという研究者の下で研修を行うことになった。まあ、私とアリーナ――ああ、プロフェッサー、と言ったほうが分かるか。2人で行った。

 ファーロンは私たちを研究所ではなく自宅に呼んだ。彼の自宅は、青の世界への門が開いているコロニーとは別のコロニーにあって……まあこの辺はいいか。

 彼の家は自然保護区の深い森の中にあって、陽がほとんど差し込まない、陰気な場所に建っていた。で、そこには彼の娘2人が住んでいたんだ。彼自身も時々帰ってきていたが、あまり私たちと関わろうとはしなかったな。

 まあつまるところ、私たちは研修に行くはずが、娘2人の子守りをさせられたんだよ。それも、2年間もな。

 でも、その2年間は人生で間違いなく最良に近い時間だった。2人の少女であり科学者は、私たちの親友と呼ぶに相応しい存在になった。

 

 ……あまり、2人の名前を言いたくはない。私たちがどんな妄執に取り憑かれたか、白日の元に晒すことにな……なに? ここは白日の元ではないだと? 確かにそうだが……まあいい。この2人の名前は墓場まで持っていけ。

 

 2人の娘は、姉の方がカレン・イオタで、妹の方がセニア・イオタといった。当時はそれぞれ、18歳と12歳、だったかな。

 

 …………。

 

 容姿に関しては、カレンの方は今のカレンを想像してくれればいいんだが、セニアの方は少し特殊で。今のセニアの髪を伸ばして、瞳が赤い、という感じか。今のセニアは機械の眼球だが、当然昔は生体の眼だった。何かといえば、アルビノ個体だったんだよ。そのせいで、あんな陰気な場所に住んでたんだ。太陽光に当たるとすぐに日焼けしてしまうからな。

 性格も違うな。カレンは実直なのは変わらないが、とてもお茶目だった。セニアは好奇心旺盛で、よく懐く甘えん坊だった。それに、2人ともよく笑った。

 

 2人はとても頭が良かった。カレンは武闘家でありながら、アルゴリズム構築に長けたシステム開発者でもあった。セニアは天才肌で、9歳にして完全な人型ロボットを組み上げているほどだった。2足歩行式の、人間と同サイズのロボット。人工知能も搭載してあって、自分で考えて行動できるような、完璧なものをな。正直、技術的な話をするのに困ることはなかったよ。

 そのロボットを、セニアは『アリア』と名付けていた。小間使いとして動いていたが、セニアの良き友であり、話し相手だった。月長石色のショートヘアに、水晶のような機械眼。額には、セニアが制作したもの全てに付けられていたプロダクトサイン。感情はあまり無いように見えたが、ちゃんと『心』を持っていたよ。何度も、私の話を聞いてくれた。

 

 ああ、とても楽しかったよ。それに、やりがいのある仕事でもあった。セニアと私がロボットを組み上げ、カレンとアリーナがシステムを組み込む。セニアが未成年だったので、アンドロイドに関する事は出来なかったが……それでも退屈しなかったのは、2人は時折、我らよりもよっぽど深い自然への造詣を示してくれたからだ。より自然な身体の動き、より自然な興味の示し方、より自然な反応。我らが学校にて詰め込んだ知識など、所詮はただの知識にすぎないと教えてくれた。頭でっかち、という奴だ。知っているに越したことはないが、知っているだけでは何もできないのだ。アリアは多くの点において我らの作成したロボットに劣っていた。だが、あの子が非常に人間らしく見えたのは、動作の何もかもがあくまで『自然』だったからだったのだ。姿勢制御も重心移動も反応速度も自然。そういう些細な部分が、アンドロイドをやロボットを『人間めいたもの』にさせるのだ。あの日々の中で、アリアは確かに人間として我らのそばにいた。

 

 無論、もっと先進的な技術を学びたいという不満は、私もアリーナも持っていた。だがな、あのセニアの笑顔を前にすると、そんなことなど吹き飛んでしまった。それに、原始に戻ってみるのも、意外と悪くなかった。それこそ、『人間めいたもの』を作るには、人間を、ひいては自然を知ることが大事なのだから。今はあんな形とは言え、あの世界も昔は、この世界と同じような姿だったらしい。エンシェントコロニーの自然保護区域は特にそれを如実に思い知られてくれた。今の私のアンドロイド制作の根底には、あそこで暮らした2年間が確かに存在しているんだ。

 

 陽が完全に沈むと、1週間に1回、皆で近くの丘に行って、そこで天体の観測をした。太陽が出ていなければ、セニアは外に出られるからな。だから昼間に弁当を作って、夜になったらそれを持って丘に登った。みんなで喋りながら、星を眺めて。セニアは外の空気を吸える貴重な機会だから、いつも以上にはしゃいでいて……星灯りの下でのピクニックは、絶対に忘れられない記憶の1つだ。

 

 1年後、滅多に自宅に戻ってこないファーロンが戻ってきて、セニアに1つの発明品を渡したんだ。それは、身に着けるだけで紫外線を完全に遮るというヴェールだった。そのおかげで、セニアは昼間でも外出できるようになって、より一層元気になった。最も、そのヴェールがどういう仕組みで紫外線を遮れたのかは分からなかったんだが。今思えば、あれは魔術の類を使用したのだろう。

 

 その頃、我々が気になっていたのは、ファーロンの様子だった。滅多に戻らないとは言え、1ヶ月に1度くらいは顔を合わせていたんだが、どうも少しずつ調子がおかしくなっていっていたんだ。最初は気づかないほど小さな変化だったんだが、長年一緒に暮らしていたカレンが異変に気付き始めて、それから全員で注視するようになった。アリアも記録に参加してくれたから、彼の変化はデータとして、明確にそれを教えてくれた。そして、セニアが外に出られるようになったことで、我々は思い切って彼の研究所――ああ、市街地にあった方――に行ってみたんだ。

 ファーロンは、至って普通に研究に勤しんでいるように見えた。だが、幾つかおかしい点があった。例えば、我々は無断で彼の研究所に行ったにも関わらず、彼はまるでそれを気にしていなかった、とか。まあ、そうなるであろうことは、データからある程度読み取れていた。平たく言えば、彼はひどく……何かに気を取られているようだった。心ここにあらず、という奴か。

 

 そんな中、彼に頻繁に接触する研究者がいることに気付いたんだ。見ただけで不気味だとはっきりわかる男……なんというか、まともなオーラではない。そばにいるだけで悪寒がするような……。

 雰囲気がまともでないなら、名前もまともではなかったな。彼は自分のことを『T.(ティー)G.(・ジー)』としか名乗らなかった。見かけは、ただのおじさんって感じだったのにな。

 T.G.は、よくファーロンと話をしていた。同じ研究チームで動いていたためだったんだが、それにしても親密というか……最も正しい言い方をするなら、ファーロンは彼に心酔しているようだった。

 そして、セニアもまた、T.G.に興味を持っていたみたいだった。実は、セニアのヴェールの原案は彼のもので、さらに大部分を作ってくれた本人だって知ってからな。逆に、カレンは警戒心を解いていなかった。

 私たちは……分からなかった。確かにセニアに自由を与えたのも彼だけど、同時に父親を狂わせているかもしれない存在でもある。だから、最低限の警戒はした、といった感じか。

 

 ともあれ、もう1年でさらにいろいろなことがあった。例えば、青の世界から来た外交官にカレンが恋をして、でもその男は妻子持ちだったから失恋して、とか……アリアの歩行機能の調整のために何キロも歩いて、モーターが故障したアリアをみんなで背負って、とか……

 

 終わってしまえばただの2年間だった。だが、かけがえのない、そして忘れられない2年間だった。

 

 

 その終わりに、私たちは全てを失ったんだ。

 

 

 ……詳しいことは分からなかった。なぜなら、一時的にフィオナコロニーに戻っていた期間に、全て終わっていたのだから。

 

 記録によれば……あの森の中の研究所に戻ったファーロンは、そこで《スパーク破壊装置》なるものを組み上げたらしい。起動すれば、周囲の生命体のスパーク……即ち命を、破壊する。外傷も何も残さず、「生きている」状態を「死んでいる」状態に変化させるだけの、とんでもない装置をな。

 

 そして、それが、起動したらしい。装置はカレンとセニアが破壊していたが、衝撃で崩れた家の中からは……3人の遺体が発見された。アリアも、機能が完全に停止した状態で見つかった。

 

 私たちは嘆いた。それ以上に、自分の妹分のような存在が、ああもあっさり死んだという事実を、受け入れられなかったんだ。

 

 私たちはどうにかしてカレンとセニアの遺体と、アリアの残骸を回収した。どうするかは全く考えていなかったが、どうにかしたかった。どうにもならないのにな。

 

 そんな我々に、誰が手を貸してくれたと思う? あのE.G.M.A.(エグマ)の配下である4人のアンドロイド達だよ。まさか、と思ったがね。

 

 彼女ら曰く、E.G,M.A.は我々の行おうとしていることに非常な興味を抱いたらしい。そして、その手伝いをしたい、と言ってきたんだ。断るわけもない。蜘蛛の糸でさえ、惜しかった。溺れる人は藁をも掴むとは言ったものだな。まあ、連中は藁ではなく救命ボート並みだったが。

 

 我々は計画を立てた。2人を、蘇らせる計画を。即ち、2人を機械化し――アンドロイドとして復活させる。綿密に練られた計画は、成功の予感を感じさせた。

 

 だが、我々はそこで欲に溺れた。さらに、発展を求めたのだ。二度と無残に死なないように、より強く、より逞しく復活させる。特にセニアは――。

 

 それが、彼女らのプロダクトコードの由来だ。OHPは、Over-Hundred-Projectの略――セニアとアリアを分解し、相互にパーツを入れ替えて再び組み上げることで、()()()()()()()()()。その力量の総和は元々の100を超える(Over-Hundred)。そうすれば、もう死なずに済む。その時は、そう、本気で考えていた。元からある程度強かったカレンは、その実験台に使った。

 

 だが、カレンの実験が終わった時、我々はこの試みの雲行きが決して良いものではないことを知った。

 

 なぜなら、そのカレンは、感情という感情がほとんど欠落した状態で蘇ってしまったからだ。

 

 もう1度動いているカレンを見ることが出来るのは嬉しかった。だが、記憶は無く、感情も無い。私たちと過ごした2年間も、自分に妹がいたことさえ覚えていなかったんだ。そんなカレンだった。だが、それはもう、カレンでは無いように思えた。

 

 しかしな、ダメ元でカレンの様子を観察していると、3年目から感情の萌芽が見られるようになったんだ。記憶は無いままだったが、少しずつ元のカレンに戻っているようで、嬉しかった。

 

 そして、カレンを復活させてから5年後、我々は遂にセニアとアリアに取り掛かった。組み換えは非常に上手くいっていたし、我々も5年間で様々なことを学んだ。だから、カレンの時よりも完成度は高かった。

 

 名前は、大脳の量で決めた。セニアの脳が多い方がセニアで、少ない方をアリアにした。だが、理論の上ではどちらもセニアであるはずだった。

 

 ところが、ここでまた壁が立ち塞がった。結局記憶は無いし、感情も――カレンの時よりマシだったとは言え、ほとんど無いも同然。しかも、2人を起動させ、互いを認識させると、2人とも物凄い苦痛に苛まれた。それどころか、1度認識してしまったあとは、近くにいるだけでその症状が出た。おそらく、部品が共鳴しているためであろうという結論が出た。が、我々にそれをどうにかすることはできなかった。仕方なく、症状がより重かったセニアを凍結し、同時にアリアを、再び表に出てきたデルタに任せた。多くは語れなかったが、彼は快く引き受けてくれた。

 

 しかも、未だに結論が出ない事象として……そもそも()()()()()()()()()()()()()、不明なままなんだ。振る舞いを見ればセニアの方に見えるが、要所要所でアリアもセニアの面影を見せている。特に、その頭脳は。

 

 今――セニアは、本来の自分を取り戻しつつある。あの無邪気で、好奇心旺盛で、誰にでも心優しい、あの可愛い少女に。同様にカレンも、清廉潔白で、厳しくも暖かい、あの少女になりつつある。だが、それと同時に、2人は元々の2人ではない存在になりつつあるのも事実だ。セニアはやけに頑固になったし、カレンは妙に愛らしくなったというか。

 

 残されたアリアは、誰も知らない少女になろうとしている。セニアのような明晰さを備えつつも、まだ見ぬ誰かでもある、そんな少女に。

 

 

 だが、私には今尚分からないのだ。それが彼女らにとって幸せなことなのかどうかが。

 

 心があるからこそ、心が摩耗した者の気持ちが理解できないのだ。彼女らはどう思っているのだろう。自分という存在が、自分であるはずの誰かに侵食されていくという状態が。それは、幸せなのか?

 それとも、彼女らは純粋に、失われていたものの湧出を喜んでいるのか? 過去の自分を認識した上で、それが帰ってくることに歓喜しているのか?

 どれほど考えても結論は出ない……。

 

 いや、おそらく、考えても結論が出る命題ではないのだろう。

 

 

 なぜなら、人の心は、どうやってもデータにできないのだから。

 



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《光輝の纏》

 ……こうもダイナミックな話ばかりされると、私の生きてきた人生なんて軽かったんだなって思わされちゃうわ。

 

 話さなきゃダメ?面白くないよ? ……まあ、いいけれど。

 

 私の生まれは日本の東北地方。私の実家は、黒の世界で言うところの魔術師の家系、なのね。とは言っても、大して栄えてない家系なのだけれど。だから、幼い頃から魔術漬け、なんてことはなかったわ。ただ、神社の娘だったってだけ。

 

 両親や祖父母が言うには、私には才能があったみたいなんだけど、当時は特に興味なくて。どこにでもいる、ただの女の子だったわ。

 逆に妹は才能が無いって言われて、とっても悲しんでいたわ。だからかも知れないわね、私が絵麻のことを、妙に溺愛するようになったのは……。別に魔術以外にも楽しいことはいっぱいあるわって、毎日一緒に遊んでいたわ。

 

 中学生になった私は、それなりに勉強熱心で、とりあえずの目標は試験でいい点をとること。なんかつまらない人生よね。だけど、本当にそのくらいしか目標がなかったの。私の実家はあまり裕福ではなかったから、将来の夢は漠然と、お金が稼げる仕事に就くこと。本当に、つまらない。

 

 でも不思議と、特別な人間になりたいとは思わなかったわ。特別さの前に、まず現実があったっていうか。人並みに夢は見ていたと思うけれど、中学2年とか3年とかになった頃には、それを夢だって割り切ってた気がするな。憧れては、いたんだけどね。

 

 そんな私の元に青蘭学園からの入学招待状が届いたのだから、当時の私はびっくりしてたわね。

 

 学費も渡航費も生活費もいらないって言うから、実家に負担を掛けないためにと思って、両親に承諾を取って青蘭に渡ったわ。もちろん不安もあったけれど、私が本当にプログレスなら――私の可能性は今までよりもずっと広い展望に思えて、興奮した。だから、ここでなら特別を目指すことも出来るんじゃないかって思えたの。

 

 私、昔は結構人見知りだったのよ。――え、今も? うるさいわね。そんなことないわ。一応、生徒会長もやったわけだし。

 そんな人見知りは、初めての寮で、ある女の子と相部屋になったの。やたらと元気で、バカ笑いして、初めはなんなんだよこいつて思ってたわ。正直、相性がいいとは思えなかった。その子も私のこと、地味なやつだって思ってただろうし。

 

 でも、なんでだろうな。しばらく一緒に過ごすうちに、ウザイくらいの元気もバカ笑いも気にならなくなってきて、むしろ心地よいほどになったわ。逆にその子も、私のことを妙に気に掛けるようになった。

 そこに、同じクラスだったちっちゃい女の子も加わって、いつの間にか仲良し3人組になってた。何度も喧嘩したし、二度と仲直りできないかもって思うこともあったけど、最後にはいつも仲直りできた。それがとても幸せなことだって気付いたのはだいぶ後のことだけど。

 

 話は変わるけど、入学当時の生徒会長は、とってもかっこいい人だったわ。同じ日本出身の人だったけど、いつも引き締まってるの。規則に厳しくて、ちょっと怖いイメージを抱かされるけど、頑張ってる人のことをちゃんと見ていて、時々こっそりごほうびをくれるの。私も一回だけ貰ったわ。一番最初の定期試験の順位が1位だったからって、駄菓子屋に行ってラムネをね。ほんとにちょっとしたごほうびだったけど、あの時の彼女の笑顔が忘れられなくて。後期の生徒会選挙になんとか立候補して、副会長として入会できたの。親友の2人も役員として入って、新しい会長の元で頑張ったわ。まあ、次は赤の世界出身の人になって、ちょっとふわふわな人だったけど、締める時はしっかり締める、尊敬できる人だった。

 

 2年生に上がると、当然だけど新しい1年生が入ってくるわけだけど、その中にいた1人の女の子が、私の運命を変えた――のかも。

 なんだかやたらとやさぐれてたの。赤の世界出身の、天使の子だったんだけど。夜遅くまで商業地区をほっつき歩いたり、授業サボったり、態度が悪かったり、行動の数々が目に余るものだったわ。

 私はその子の指導に当たることになった。はっきり言って怖かったわ。でも、頑張った。授業をサボれば探しに行ってふん捕まえたし、態度が悪い時にはきっちり直させた。その子は当然だけど、私のことをウザがったし、私だってこんな面倒なことは御免だった。でも、その子に対して真剣に接してた。どうしてこの子は周りと馴染もうとしないのだろう、何か理由があるのかな、って。

 そんなある日、その子と本気で喧嘩して、本気で殴り合って、本気で――そう、その時はそう思ってたんだけど――殺し合った。生徒会に入るにあたって、必要だと思ったから実家に頼み込んで魔術を教えてもらってたから、負けなかった。いい加減鬱憤が溜まりまくっていたものだから、言いたいこと全部ぶちまけて、竹刀まで持ち出して、エクシードまで使って、本気で殺しにかかったわ。それはその子も同じで、2人とも入院する羽目になったし、当然停学処分になった。

 でも、私たちが揃って復帰した時から、その子の素行は全部治ったの。どうしてか聞いてみたらね。

 

 ――――っ。言わなきゃダメなのかよ。

 

 ――あんたがどれだけ本気なのか分かったから、さ……。わ、悪かったな、今まで。

 

 不器用な子よね。でも、実際に素行は治ったから、もう咎める必要は無かったわ。クラスに馴染むのに苦労してたみたいだから、それとなくサポートしたらバレて怒られたりもしたっけ。

 

 そんなこんなで、あっという間に1年が過ぎて、もう2年生の生徒会選挙が来ちゃったの。私は当時の会長に、生徒会長になることを勧められたけど、一回停学になったし、無理だと思ってた。でも、彼女は推薦してくれるって言うし、私は良くも悪くも有名になってたわ。だって、なんだかんだでいい子ばっかりの青蘭学園において珍しい《不良少女》といつも一緒にいて、騒ぎまくってたんだからね。

 

 もしなれるなら、私は生徒会長になりたかった。私がその子を導けたように、本気の想いが学校を動かせたら、それはきっと誇らしいと思ったの。

 

 選挙に勝って、生徒会長になったとき、私はようやく、特別になるってことがなんなのか、分かったんだと思う。

 

 

 特別っていうのはきっと、他の誰にも真似できないことをする、ってことじゃないんだって。

 

 だって、そもそも人はオンリーワンだもん。《自分である》っていうだけで、それは他の誰にも真似できない。

 

 だから大事なのは、《自分であり続ける》ってこと。それがどんな道にせよ、自分で決めた道を、頑張って歩き続けること。それが、本当の意味での《特別》なんじゃないかって、思ったの。

 

 

 驚くことにね、その元不良少女の天使の子も、生徒会に入ってきたの。一度馴染んじゃえば、妙に愛嬌のある子で、私も仲直りして以降は何かと可愛がっていたし、馴染んだ後はクラスでも人気者だった。意外としっかりものでもあったし、そもそもこの学校の校風にたった1人で逆らってたわけだから、すごく芯が通っているのよね。それで結構支持を集めたみたい。相変わらず口は悪かったけど、それでも学校のために頑張ってくれたわ。

 

 だから、私が遂に生徒会を引退するって時、私は新生徒会長として彼女を推薦したわ。彼女は珍しく恥ずかしがったけど、私は自信をもって彼女を推薦できた。それで、元不良少女の生徒会長の出来上がり。彼女が生徒会長をやっている間は、校風が幾分か自由な雰囲気になっていたわね。それはそれで心地よかったわ。だって、こう言っちゃあなんだけど、私が育てた子が作った校風だもの。

 

 そりゃ、当時は「あの真面目な紗夜会長が、あの子を推薦!?」みたいな反応だったけど、あの子は会長としてとっても頑張ってたわ。自分なりに、みんながより良く過ごせる学校を作るためにね。違和感なんて数週間も経てばすぐに薄れて、みんな彼女のことを会長、会長って呼んでいたわ。

 

 その子もその子で、またミスマッチな子を生徒会長に推薦してたわね。私よりもずっと真面目な子を気に入ったみたいで。まあ、それがあの学校の面白いところなんだけど。

 

 そうやって見ていれば分かるように、みんなが特別に見えてるだけで、私も十分に特別なのよね。

 

 でも、それは自分が一番分からない。自分の顔を肉眼で直視することができないみたいにね。そういうところ、人間ってヘンだと思うわ。



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《薄赤の鏡界蹟》

『この世界の神々は、人々のものにあらず。

 

 この世界の神々は、大いなる世界の法則を守護する者なり。

 

 この世界の人々は、輝きの翼持つ天使によって守られる。』

 

 ――光輝大天使聖堂、ミカエル

 

 

 

…………

 

 

 この話の前提として、我ら大天使は共通のエクシードを持つ、ということを教えておく。

 名は《(きょう)(かい)(せき)》。このように、我らが元から持つ翼の上と下に一対ずつ、固有の色の光でできた翼が顕れるのだ。私のものは、暁天の女神の色である赤色を薄めたもの。この翼は1枚1枚の羽根自体が強大な力を持つ。分離して保管しておき、遠隔で起動することも可能だ。これこそが、大天使の威そのものなのだ。

 そして大天使は、この鏡界蹟を用いて、神々の与える奇跡を代行する。

 

 

 さて、話はだいぶ前まで遡ることになる。

 40年ほど前、我々の世界を守護していた神聖騎士団という騎士団が、内部の腐敗によって解体されて以降、我々《導きの大天使》は、虹の神殿に住まう女神同様、従騎士を付けても良いということになった。

 我が友、《戦導の大天使》ミカエルは、1人の騎士を引き抜いて従騎士にした。それが、クロス・サウスゲートだった。好青年だったが、少々自惚れ屋の気質がある男だった。しかし、ミカエルは正義感の強い彼を大いに気に入ったようで、2人は良好な関係を築いていった。

 

 私はといえば、いまいち自分に合うような男を見つけられず、そのままでいた。私は女神から授かった聖剣があったから、それでいいとも考えていた。もっとも、それでも四大天使最弱である事実は変わらないのだが。そもそも、大天使の中で実際に従騎士を採ったのはミカエルだけだった。ウリエルもラファエルも、神殿にいればそれでよかった。

 

 ところで、第1座の女神が、互いの要素を組み合わせて第2座の女神を創ったように、我々にも部下がいた。それが、私とミカエルが創った《友導の大天使》ラグエル、ミカエルとウリエルが創った《祈導の大天使》サラフィエル、ウリエルとラファエルが創った《智導の大天使》サマエルの3人だった。

 とはいえ、この3人ははっきり言って失敗だった。少なくともサラフィエル以外はな。問題点は、あまりにも使命に忠実すぎたことだった。サマエルは、その名の通り知識の守り手だった。だが、あまりにも知識を求めすぎたせいで、人間が何年も掛けて作り出した超高濃度の《知恵の木の実のカクテル》に目がくらみ、かわりに虹の神殿の所在地を明かしてしまったのだ。サマエルは凍結され、神殿の位置を知った人間は全員処分する羽目になった。

 そしてもう1人、ラグエルもまた使命に忠実すぎた。「絆を結ぶ」という一点にのみ長けたあの大天使は、請われれば誰にでも協力を惜しまなかった。善悪の判断が致命的なまでにできず、絆を結んだ相手が大惨事を望めば、その通りのことを行ってしまう。ある意味でサマエルよりも大失敗だったと言わざるを得ない。事態の重さに気付いたアマノリリス様はラグエルを凍結した。

 これらは全て、はるかに昔の話だがな。

 

 そして、40年前から、急速に事態が悪化し始めた。

 

 当時は少し気がかりな問題があった。当時からさらに10年ほど前、虹の神殿に出入りしていた賢者の1人が、思想の相違から神殿を去ったのだ。神殿には特殊な魔法が掛けられていて、神殿から去った者は、永遠に立ち入ることができなくなる。つまり、その賢者が神殿を去った今、その者に神殿をどうこうすることはできなくなるのだが、それでも懸念があった。神殿ではなく、世界の方をどうにかされてしまうという懸念がな。

 懸念が現実のものとなりつつあった。腐敗していたとは言え、一定の圧力を持っていた騎士団の解体がそれを加速させていた。我々は混乱しつつも戦った。そして今から30年前、ということは当時から10年後、そこで1つの結末を得た。ミカエルの従騎士であったクロスが、死んだのだ。

 さらに、当時《豪雪の女神》サイア様の従騎士を勤めていたレクス・ハイトマンという男の消息も不明になった。サイア様は、レクスの子を身篭ってらっしゃった。彼女の悲しみは非常に深く、神殿を離れて《豪雪の里》の辺境に引きこもってしまった。

 一方のミカエルは、クロスが亡くなった後も毅然としていた。その理由は、彼の死の直前、ミカエルは彼の魂を転生の術によって、新たな命に宿らせていたからだった。

 ……この2つの話は繋がっている。つまり、クロスの魂は、サイア様のお腹の子に宿ったのだ。それが、今この青蘭で権限者(オーソライザー)を努める、サイオン・ハイトマンだった。

 

 それ以降、連中は目に見えて大人しくなった。理由は不明だったが、恐らく潜伏して戦力を増強していたのだろう。

 そして、今から17年前、また事態が動き始めた。

 まず、当時の最高神であった《暁天の女神》アーシー様が、その従騎士であったカイ・ガーネットと共に失踪した。あまりにも急なことで、その魂の所在さえ掴めなくなった。しかも、カイはどうやら、自分が賜っていた《暁光の聖剣》と《開闢の剣》を、それぞれが元あった場所へ返還していたらしい。即ち、失踪はおそらく計画的だったということだ。なので我々の混乱は非常なものだった。真っ先に《宵闇の女神》アマノリリス様が指揮を取られたためにどうにかなっただけで、我々は基盤の揺らぎを感じていた。

 

 その2年後、今度はミカエルがその消息を絶った。私は自分に1枚残された彼女の薄黄色の羽《鏡界蹟》へと語りかけ、所在地を問おうとしたが、無駄だった。彼女はこの世界――いや、どこの世界からも消えてしまったのだ。我らは自分たちが磐石だと思っていたはずの大地が、確かに不安定になりつつあることを知ったのだ。最高神と大天使の消失は、我らを、そして民らを焦らせるのには十分だった。しかも、本来なら確実に行われるはずの魂の転生が起きていないことも、焦燥に繋がった。もしかしたら、この世界の法則が、我々さえ与り知らぬ場所で変容しつつあるのかもしれない、とな。

 

 とはいえ、今から9年前、私たちはある希望を得た。私は普段「ガブリエラ」と名乗って各地の教会を巡り、民や天使らに加護を与えているのだが。この世界への(ハイロゥ)が開いている《陽光の都》の中心部に所在する教会で、私が民らに加護を与えていた時の事だ。とある天使の少女が、1人の男と女神に連れられて、私の元へ来た。

 その少女には、翼が1つしかなかった。私は数ある部下の1人が、6年前に偏翼の天使を保護したが、4年後にどこかへ行ってしまったという報告を得ていた。実際にその姿を見たことはなかったが、その日が6歳の誕生日だという彼女は、おそらくその天使だったのだろう。

 隣にいた女神は第4座の女神《月光の女神》ディアンナ様で、家出してきたというその男を保護したらしい。男の方は件のサイオン・ハイトマンだった。彼の中にあるはずのクロスの魂は未だ目覚めていないが、もし覚醒の時が来て、主が失踪していると知ったのなら、彼はどれほど嘆くのだろう……。

 そんな彼らがその天使を保護していてくれて、私は安堵を覚えた。伏し目がちだったが、彼女は目に見えて幸せそうで、私は喜んでその少女に加護を与えようとした。

 

 そのために彼女が顔を上げ、目を見開いた瞬間、私は電撃を受けたようだった。その少女の左の眼球は、私がよく知るミカエルのものだったのだ。金色の十字が刻まれた瞳。

 

 そして、私は無意識に所持していたミカエルの《鏡界蹟》を取り出した。すると、それを認識したその天使の少女は、失われている片翼を補うように、翼を出したのだ。見間違いようもない、ミカエルの《鏡界蹟》を。

 

 ああ、なんと例えよう、この想いを。歓喜とも絶望ともつかない、この感情を。確かにミカエルはそこにいた――だが、あまりにも不完全な姿だった。

 

 そもそも顕れた《鏡界蹟》は翼1つ分だけだった。それだけなら力量不足かと思えたのだが、加護を与えるために彼女の頭に触れたとき、その内奥を探った。すると、確かにあと翼1つ分の鏡界蹟があるのがわかった。だが、それしかなかったのだ。先程も言ったとおり、鏡界蹟は通常の翼の上と下に一対ずつ――つまり、翼4つ分あるはずなのだ。

 なのに、彼女の中には2つ分しかなかった。それは、ミカエルは不完全な転生を行い、何らかの理由でその半分を失ってしまったことを示していた。魂が分割されたために「ミカエル」という存在を失い、転生したことを認識できなかったのだ。

 

 その天使――レミエルは、自分がどんなものに生まれついてしまったのか、知らなかった。その隣に、魂で結ばれた従騎士であるサイオンもいた。なんという因果。2人は共に不完全な状態で、兄妹とも言うべき親しさで立っていた。20数年前まで、主従であった2人がな。

 

 

 ところで、ミカエルが失踪する1年ほど前、凍結状態だったラグエルが我らにとある提案をしてきたのだ。

 曰く、このまま大天使が欠けた状態が続くのはまずい。なので、私とミカエルがもう1度大天使の創造を行い、今後は善悪を完全に判断することのできる、新しいラグエルを作るのだ、ということだった。

 もちろん、そのことは何度も考えた。しかし、その理屈で新しいラグエルを作るとなると、仮に異なる結果になったとしても、元のラグエルと同一の存在として扱われ、世界の法則からどちらかが排斥されなくてはならなくなる。現に、その結果はウリエルとラファエルが、新しいサマエルを創造した際に判明したのだ。新しいサマエルは、元のサマエルを認識した途端に消滅してしまった。

 そのことを伝えると、ラグエルは持ち前の元気さで、じゃあ私を消滅させてから行えばよい、と言った。つまり、彼女は我らに味方するということだった。そうなれば、彼女はどんな命令にでも従う。

 だが、容易ではなかった。なぜなら、ラグエルは言ってしまえば我らの子なのだから。簡単に消せるはずがない。なので我らは合力して、ラグエルの鏡界蹟の器たる天使の創造に挑んだ。そして、機が熟した時、ラグエルの鏡界蹟をその天使へと移植する。それならば、どちらも消滅せずに済む。

 絶対なる勧善懲悪にして、どこまでも絆を重んじる天使を生み出し、そこに大天使の証たる鏡界蹟を植え込む。計画の最初は上手くいった。我らは望む通りの天使を得た。

 しかし、その直後にミカエルが失踪した。おそらくはレミエルとして転生したのだろう。それとほぼ同時に生まればかりのその天使を、私は優しく、厳しく育てた。天使として、また人の子として。

 

 4年前、青蘭に移り住んでいたサイオンの元に、この天使を預けた。奇遇――というか当然なのだが、同い年のレミエルと触れ合うということは、双方にとって刺激になると思ったのだ。

 

 その天使の名は、ミカエルと2人で決めたものだった。我ら2人を永遠に繋ぐ子――故に、エルエル。

 

 

 レミエルを取り巻く魂の因果、それは未だ終着点を見出していない。おそらく、ミカエルの魂が転生した先の天使はもう1体いるはずなのだから。レミエルが持っていない方の鏡界蹟と瞳を持つ天使が、どこかに。

 エルエルはまだ完成していない。鏡界蹟を得るに相応しい存在になったとき、あの子は遂に完成する。誰もの心を繋ぎ、悪へと抗う大天使になる。

 サイオンも、女神の子として、大天使の従騎士として。2つ待ち受ける運命を知らない。だが、彼なら立ち向かえるだろう。閉じきったレミエルの心を開いた、彼なら。

 

 

 その時が来た時には、この身を投げ打ってでも皆を助けよう。

 無論、この島々の危機にも我が力を振るおう。

 我が名、《愛導の大天使》ガブリエルの名に掛けて。

 

 

…………

 

 

 考えてもみてよ。あの女神たちは、自分のことを何と名乗る?

 

 第1座に、開闢・栄華・終焉。

 

 第2座に、暁天・陽光・黄昏・宵闇。

 

 第3座に、春眠・轟雨・秋嵐・豪雪。

 

 第4座に、豊穣・天空・海洋・雷鳴・月光。

 

 第5座でさえ、過去、現在、未来。

 

 だれも、人間なんかに興味はないのさ。他の女神も、皆同じ。

 

 その点、あの輝かしき大天使様はどうだい?

 

 戦も、勇気も、命も、愛も、絆も、祈りも、知識も、そして裁きも。すべて人間のものさ。

 

 つまり、あんたらは女神なんかに乞い願うべきじゃなかったんだよ。

 

 初めから、我ら天使のみを信じればよかったのさ。

 

 

 ほら、ぼくを信じてよ。

 

 この輝かしい翼を。《戦導の大天使》ミカエル様の正式な後継者であるぼくを。

 

 

 そうすれば、僕は力を付けられる。そうしたら、表の世界でのうのうと生きているぼくの半身から、ミカエル様の欠片を取り上げるよ。

 

 

 それまでは申し訳ないんだけど――このサリエルを信じて欲しいんだ。

 

 ぼくがレミエルを倒して、ミカエルになるまでね。



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