闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの (大豆万歳)
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1話

あら?今日も来るなんて、あなたも物好きな人ね。

……いいわ、物語を聞かせてあげましょう。

太古の時代、その更に昔のお話を。

 

 

 

 

世界は霧に覆われ、あるのは灰色の大樹と岩と朽ちぬ古竜ばかり。

だけど、何時しか始まりの火が熾り、火と共に差異がもたらされた。

温かさと冷たさ、生と死、そして──光と闇。

そして、闇より生まれた幾匹かが。火に惹かれ、王のソウルを見出した。

最初の死者、ニト。

イザリスの魔女と、混沌の娘たち。

太陽の光の王グウィンと、彼の騎士たち。

──そして、誰も知らぬ小人。

それらは王の力を得、古竜に戦いを挑んだ。

グウィンの雷が、岩の鱗を貫き。

魔女の炎は嵐となり。

死の瘴気がニトによって解き放たれた。

そして、鱗のない白竜シース。同胞の裏切りにより、遂に古竜は敗れた。

火の時代の始まりよ。

けれど、火とは陰るもの。『薪』がなければ、何時か消えてしまうわ。

そして火が消えかけた時、人に呪いの証(ダークリング)は現れる。

それは呪われた不死の証。その印が現れた者は全て捕らえられ、北の不死院の牢に入れられる。……世界が終わるまでね。

なぜ牢に入れるのか、ですって?……そうね、人という生き物は死を恐れ、不死を欲してしまうものね。

でも、考えてみなさい。呪われた不死というのは、復活する度に何かを失うのよ?

印が現れた者は過去と未来を失う。そして、死して復活する度に記憶を失い、感情を失い、そして理性を失う。何もかもを失った者は亡者になり、人を襲うのよ。

それでも、あなたは不死を欲するのかしら?

……話を戻すわね。でも、その印には違う意味もあったのよ。その意味は……使命。

 

『その印、現れし者は。不死院から古き王たちの地に至り。目覚ましの鐘を鳴らし、不死の使命を知れ』

 

けど困ったことに、その使命を伝える者によって答えが違ったのよ。

ある者曰く、

 

『不死の使命とは大王グウィンを継ぐこと。かの王を継ぎ、再び火を熾し、闇をはらい、不死の徴をはらうこと』

 

又ある者曰く、

 

『火が消え、闇ばかりが残れば人が支配する闇の時代となる。王グウィンはそれを恐れ、貴公ら人を縛った。不死の真の使命は理に反して火を継ぎ、王グウィンを殺すこと。そして4人目の王になり、闇の時代をもたらすのだ』

 

どっちが正しいか困惑しているようね?『彼』もそうだったわ。

でも、『彼』はグウィンの後を継ぐことを選んだわ。

『終わりがあるからこそ生命(いのち)は美しい。そのために薪になれと言うのなら、喜んでこの身を始まりの火に焚べよう』とね。

そして『彼』は見事グウィンのいる最初の火の炉にたどり着き、火を継いだわ。

 

 

 

 

めでたしめでたし──とはならなかったわ。

『彼』の行いは一時的な延命措置でしかなかった。

そして何時しか火は陰り、再び不死の呪いが人に現れ始めた。

その時、『彼』は見知らぬ洞にいたわ。

『彼』は洞を抜け、ある場所に出た。

そこはドラングレイグ。かつて偉大な王、ヴァンクラッドの名のもとに築かれた古の国。

『彼』は自分のいた最初の火の炉に戻るため、歩き始めたわ。

その道程の途中で、1人の男に出会った。

男の名はアン・ディール。かつて因果に挑み、全てを失い、ただ答えを待つ者。

アン・ディールとの出会いは、『彼』の中で何かを変えたわ。

そして『彼』は最初の火の炉──玉座にたどり着いた。……けど、邪魔者が現れたの。

その名はデュナシャンドラ。ドラングレイグの王妃──というのは表向きの顔。彼女の正体は、『深淵の主』マヌスの落とし仔、『渇望』の使徒。そして、ドラングレイグ滅亡の元凶よ。

彼女の目的は、『彼』を利用して玉座の道を開き、自らが始まりの火を継ぎ、その偉大なるソウルを手に入れることだった。

でも、『彼』を利用したのが運の尽きだったわ。かつて火を継いだ『彼』に彼女は破れ去ったわ。あっけないほどにね。

そして玉座は彼を受け入れようとしたのだけど……彼は背を向けて立ち去ったわ。

自分が火を継げば確かに呪いははらわれる。でも、それは一時的なものにすぎない。何時かまた、不死の呪いは現れる。かといって、火を継がず理に背けば闇の時代がもたらされる。

──ならば、火継ぎというシステムそのものを変える必要がある。

幸い、彼は呪われた不死。そのための時間は幾らでもあったわ。

かくして、『彼』は探究の旅に出たの。

 

 

 

 

ここから物語は終わりに向かっていくのだけれど……ちょっとお水を飲ませてちょうだい。あなたも、お手洗いなり行ってらっしゃい。

────それじゃあ、続きを話すわ。

 

 

 

 

『彼』が探究の旅を終えた頃、突如として鐘の音が響いたの。

それは継ぎ火が絶えたことを告げる鐘。その音が響き渡る時、古き王たちが棺より呼び起こされる。

彼はその音に導かれ、遥か北の地ロスリックにたどり着いた。

そこは薪の王たちの故郷が流れ着く場所。

そして彼は最初の火の炉に至るため、玉座を捨て去った王たちを連れ戻すため、3度目の旅に向かった。

『深みの聖者』エルドリッチ。

『ファランの不死隊』深淵の監視者たち。

『罪の都の孤独な王』巨人ヨーム。

『双王子』ローリアンとロスリック。

古き王たちとの戦いの途中で、『彼』は協力者に出会った。

その名はユリア。亡者の国、ロンドールにある黒教会、三姉妹の指導者の1人。

彼女の目的は火を奪い、闇の王によって神の時代から人の時代へと時代を変えること。

火を奪い、時代を変えるという意味では、『彼』と彼女の目的は一致していた。

けど、『彼』は人の時代に変えることは闇の時代にする必要はないと言ったわ。

王グウィンの作り出した火継ぎというシステムが駄目なら、新しいシステムを作り出せばいい。

そして、そのために『彼』は火を奪うとも言った。

当然ながら2人の意見は対立し、説得するのは文字通り命がけだったそうよ。

火の時代は神々が支配した時代。あなたも神々(やつら)のように人を縛るつもりか!?と彼女は怒髪天だったわ。

けど、『彼』も自分の信念にかけて真摯に説得を続けたわ。『終わりがあるからこそ、生命(いのち)は美しい』とね。

何百回……いえ、何千回かしら。数え切れないほど『彼』と彼女はぶつかり合い、最後に折れたのはユリアのほうだったわ。

そして『彼』は火を奪い、火継ぎというシステムの作り変えにとりかかったわ。

長い探究の果てに『彼』が導き出した新しい火継ぎのシステム。それは誰かを薪に焚べる(・・・・・・・・)のではなく、器となる肉体を失ったソウル、即ち死んだ生物のソウルを焚べる(・・・・・・・・・・・・・)ことよ。ソウルとは万物に宿るもの。野に咲く草花、草原を駆ける獣、水底を泳ぐ魚、そして彼ら人間。命あるもの全てが持つソウルが1箇所に集まれば、十分に薪としての役目を果たせるだろう、とね。

結果がどうなったか、ですって?

火に向かう蛾のように、器を失ったソウルは始まりの火に吸い寄せられたわ。それらは薪になり、始まりの火は世界を照らし続けた。

100年、1000年経っても人の間に呪いの証(ダークリング)は現れなかった。つまり、彼の生み出した新しい火継ぎのシステムは成功したというわけ。

だけど……この物語に救いはないわ。

『彼』の体から、呪いの証(ダークリング)は消えなかった。

新しい火継ぎのシステムを作り出すために始まりの火に触れたせいか、それとも始まりの火を奪うために暗い穴を開けたせいか。……もしかしたら、「新たな時代を生み出したお前には、世界(それ)を見守る権利と義務がある」という始まりの火の意志なのかもしれないわね。

 

 

 

 

『彼』とは誰なのか?

『彼』は主人公よ。

古い時代を終わらせ、新たな時代を切り開いた、闇の王。

世界(時代)から置き去りにされて、それなのに世界(時代)を見守る義務を背負った。元は何処にでもいる……優しい人間よ。



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2話

本編スタートです。



ここは迷宮都市オラリオ──『ダンジョン』と通称される壮大な地下迷宮を保有する都市。未知という名の興奮、輝かしい栄誉、そして可愛い女の子とのロマンス。人の夢、欲望が息を潜めるこの場所を彼ベル・クラネルは走っていた──

 

ダダダダダダ……

 

──全身をどす黒い血色に染めて。

なぜこうなったのか、時は少し遡る……。

 

 

 

 

『フゥー、フゥーッ……!』

「あ、あわわわわわ……」

 

臀部を床に落とした体勢で惨めに後ずさりする僕と、立ちはだかる牛頭人体のモンスター『ミノタウロス』。Lv.1の僕の攻撃ではダメージを与えられそうにない化物に、喰い殺されようとしている。

ドンッと背中が壁にぶつかる。行き止まりだ。

 

(あぁ、死んでしまった……)

 

目の前のモンスターを相手に、僕はただただ震えることしかできない。獲物(ぼく)を殺そうと、ミノタウロスは蹄を振り上げる。

ここで死ぬ──と思った瞬間、その怪物の胴体に一線が走った。

 

「え?」

『ヴぉ?』

 

僕とミノタウロスの間抜けな声。

走り抜けた線は胴体だけにとどまらず、厚い胸板、蹄を振りかぶった上腕、大腿部、下肢、肩口、そして首と連続して刻み込まれる。

銀の光が最後に見えた。

やがて、僕では傷1つ付けられなかったモンスターがただの肉塊に変わる。

 

『グブゥ!?ヴゥ、ヴゥモオオオオオオォォ──!?』

 

断末魔が響き渡る。

刻まれた線に沿ってミノタウロスの体のパーツがずれ落ちていき、血飛沫を噴出して一気に崩れ落ちた。

大量の血のシャワーを全身に浴びて、僕は呆然として時を止める。

 

「……大丈夫ですか?」

 

牛の怪物に代わって現れたのは、金髪金眼の少女だった。

細身の体は蒼色の軽装に包まれ、エンブレム入りの銀の胸当て、同じ色の紋章の手甲、サーベル。地に向けられた剣先からは血が滴っている。

Lv.1で駆け出しの冒険者である僕でも、目の前の人物が誰かわかってしまった。

【ロキ・ファミリア】に所属する第1級冒険者。

ヒューマン、いや異種族間の女性の中でも最強の一角と謳われるLv.5。

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだと。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

大丈夫じゃない、全然大丈夫じゃない。

今にも爆発四散してしまいそうな僕の心臓が大丈夫なわけがない。

──結論。

 

ダッ

 

僕はそこから脱兎の如く逃げ出した。

 

 

 

 

少年、ベル・クラネルが脱兎の如く逃げ出し、地上に出た頃。

ダンジョン3階層。

 

ビキッ ビキバキッ

 

壁にヒビが入り。

 

バゴォオンッ

 

「ふー、やっと出られた」

 

中から1人の男性が現れた──つるはしを持ちながら。

身長およそ2Mほど。鋼の鎧に青のサーコートを身にまとい、背中には大剣と盾、腰には鍔の大きく曲がった短剣を下げている。

 

「いやはや、『寝床がないなら作ればいい』と思って壁に穴を開けて寝ている間に埋まってしまうとは。一生の……」

 

不覚、と言いかけて口を閉ざす。何が『一生』だ。そんなもの、とうの昔に失っただろう。あの印(・・・)が現れたあの時から。

 

「……とりあえず、地上に出よう。っと、その前に『静かに眠る竜印の指輪』と『霧の指輪』を装備して……」

 

男はつるはしを霧散させると、何処からともなく指輪を取り出し、中指と薬指にはめる。次の瞬間、男の姿は半透明になった。

 

「これでよし」

 

他者に姿も見えず、音も聞こえぬ状態になった男はそのまま地上へと歩みを進める。

 

「(しかし、俺はどの位寝ていたんだ?寝すぎたからか、時間の流れがわからん……っと、そろそろ出口だな)」

 

そう思い、足を踏み出した瞬間。男の目の前に見慣れぬ光景が広がる。

 

「(……何だこれ!?いつの間にこんな空間ができたんだ!?)」

 

途轍もなく広い円形の空間は多くの人がひしめいている。神殿めいた造りは高貴な感じに溢れ、神に供物を捧げるための祭壇と言ってもいい。広間そのものは青と白を基調にしており、周囲には漆黒の石碑が点在している。長く太く伸びる柱は等間隔に設置され、ちょっと数え切れない。首を上に向ければ天井1面を埋め尽くす蒼穹が広がる。とても精緻な空の絵画だ。

 

「(あのお嬢さんの絵に比べたら見劣りするが……いや、そもそも比較できるものじゃないな。まずは地上に出るか)」

 

人にぶつからないように壁際を歩き、地上を目指した。

 

「(やっと着いた。さて、何時ぶりの地上だろうな……)」

 

 

 

 

「(寝すぎってレベルじゃねえぞ俺の馬鹿!)」

 

オラリオの中心地、そこで俺は自分を思いっきり殴りたい気持ちでいっぱいだった。

 

「(【ファミリア】……神とその眷属の集まり。俺がオラリオ(ここ)にいた頃にそんなものはなかった。それに……)」

 

俺は目線を上げ、白亜の巨塔を見る。

 

「(あのバカでかい建造物も初めて見る。ってことはだ、アレが建造されて【ファミリア】なるものが組織されてる間、俺はダンジョンで呑気に寝ていたんだな)」

 

はぁ、と溜息を1つ。

 

「(とにかく、今後もダンジョンに潜ることを考えるとその【ファミリア】ってやつには入っておいたほうがいいな。万が一の後ろ盾にできるだろう。でも、どの【ファミリア】に入れば──)」

「あのー……」

「ん?」

 

不意に声をかけられ、俺は声のしたほうを見る。そこには白髪に真紅の眼をした少年がいた。

 

「どうかしたんですか?」

「あ、ああ。実はオラリオに来たのはいいが、どの【ファミリア】に入ればいいのか悩んでいたところでね」

 

まあ、オラリオ(ここ)に来たのは超のつくほど昔で、さっきまでダンジョンの壁の中で寝てたなんて口が裂けても言えないがな。

 

「ということは、冒険者になりたいんですか?」

「うん」

「……それじゃあ、僕の所属している【ファミリア】に入りませんか?できたばかりの【ファミリア】ですけど、主神の方がとっても良い神様なんですよ!よかったら、ホームまで案内しましょうか?」

「では、お言葉に甘えて。っと、自己紹介がまだだったね」

 

俺は兜を取り外し、小脇に抱える。

 

「俺の名前はグレイ。グレイ・モナークだ」

「はじめまして、グレイさん。僕はベル・クラネルといいます」

 

~男×2移動中~

 

「ここが僕の所属する【ヘスティア・ファミリア】のホームです」

「ここが……」

 

目の前にあるのは古い教会。人気のない路地裏深く、神を崇めるために築かれたその2階建ての建物は崩れかけていると言っていい。所々石材が砕かれ剥がれ落ちた外見からは気が遠くなるような年月と、人々の記憶から忘れ去られた哀愁が漂っていた。

 

「よっ、と」

 

少年──ベル・クラネルが玄関口をくぐると、俺も後に続いて教会の中に入る。

屋内は外見に負けず劣らずの半壊模様。割れた床のタイルからは雑草が繁茂し、天井は大部分が崩れ落ちている。屋根に開いた大穴から降り注ぐ日差しが、かろうじて原型を留めている祭壇を照らしていた。

祭壇の先には薄暗い小部屋。そこには書物の収まっていない本棚が連なっており、1番奥の棚の裏には……地下へと伸びる階段。

そこまで深さのない階段を下りきると、小窓から光の漏れる目の前のドアを彼は開け放った。

 

「神様、帰ってきました!ただいまー!」

「おっかえりー、ベルくん!……おや、そちらの人は誰だい?」

 

彼が部屋に足を踏み入れると、ソファーの上に寝転がっていた少女がとびついた。ふと、俺と少女の目が合う。

 

「この人はグレイ・モナークさん。ここに来る途中で会ったんです。どの【ファミリア】に入るか悩んでいるとおっしゃっていたので、勧誘したんです」

「なんだってぇ!?」

 

少女は彼の言葉に驚くと、こちらの頭から爪先までをじっと見る。

 

「えっと……ホームを見て察したかもしれないけど、うちは零細ファミリアだよ?他にも大手の【ファミリア】はあるけど、それでもうちの【ファミリア】に入るかい?」

「ええ。俺でよければ、あなた方のお力になります」

 

俺はそう答え、彼女に手を差し出す。

 

「ありがとう!そして、よくやったぞ、ベルくん!」

 

彼女──ヘスティアは俺の手を握ってブンブン振った後、ベルくんの手を握って同様に振った。

 

「よぉし、それじゃあ早速【ファミリア】入団の儀式を始めよう!グレイくん、上を脱いでそこのベッドにうつ伏せになってくれ」

「はい」

 

俺は彼女の指示に従ってうつ伏せになる。彼女が俺の背に跨ると、背中に何かが滴り落ちる感触が広がる。

 

「これで入団の儀式は完了だよ。今からスキルとステイタスを書き写す──って、何じゃこりゃあ!?」

「どうかしましたか?」

「どうしたも何も、グレイくん、キミのこのステイタスとスキルはどういうことだい?」

「?」

 

言わんとしていることがわからない俺は、頭に疑問符を浮かべるしかない。

 

「……はい。これがキミのステイタスとスキルだよ」

 

俺は彼女から用紙を受け取り、目を通していく。どれどれ──

 

グレイ・モナーク Lv.1

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

《魔法》

【魔術】【奇跡】【呪術】

《スキル》

呪いの証(ダークリング)

・この印を持つ者は呪われた不死となる

【ソウルの秘術】

・物質をソウルに変換し、体内に収納可能になる

【残り火】

・解放することで王の力を使用可能になる

・篝火を何処にでも設置できる。但し、設置できるのは1箇所のみで、他の場所に新しく設置する場合は1度篝火を消さなければならない

・篝火にあたることでダメージ、精神力(マインド)、装備の耐久を回復できる




グレイの基本装備
防具:上級騎士シリーズ
右手武器:バスタードソード
左手武器1:竜紋章の盾
左手武器2:パリングダガー
グレイの外見:黒髪黒目、短髪、筋肉モリモリマッチョマンの変態

次回、スキルに関する簡単な説明とダンジョンでの戦闘(の予定)です。


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3話

スキル説明と、(1000年ぶりの)ダンジョン探索です。

お気に入り100突破、ありがとうございます!


「【呪いの証(ダークリング)】、【ソウルの秘術】、【残り火】……これが俺のスキルか」

「グレイくん。いきなり魔法が3つも発現しているのも異常だけど、なんだい?この奇妙なスキルは」

「そうですね。まず【ソウルの秘術】というのは……」

 

俺は右手に『熔鉄鎚』を出現させる。すると、2人の目が見開かれた。

 

「なっ、なんですか!?その巨大な鉄塊は!?」

「いや、そもそもそれはどこにあったんだい!?いきなり手元に現れ──今度は消えた!?」

「えええっ!?」

 

それを霧散させると、2人は俺の周囲に目線を配る。

 

「い、いったいどこに……」

「ありますよ。ホラ、ここに」

「ふぁっ!?」

 

再び手元に出現させる。それを視認した2人は、鎚に手で触れる。

 

「これが【ソウルの秘術】の効果です。見ての通り、物質をソウルに変換させて収納できるんです」

「ということはアレかい?キミの体内には、その『ソウル』とやらに変換された色々な物が入っているってことかい?」

「ええ」

「凄い……」

「次に【呪いの証(ダークリング)】。このスキルの効果は、印を持つ者が呪われた不死にする。さて、この呪われた(・・・・)というのが重要なんですけど……ベルくん」

「は、はいっ!」

 

俺に名前を呼ばれ、ベルくんは跳ねる。

 

「これが、【呪いの証(ダークリング)】だ」

 

俺はそう言って、胸の辺り──心臓のある部分を撫でる。すると、そこに黒い渦のようなものが現れる。

 

「さて、キミにもこの印が現れたと仮定しよう。まず、キミの肉体の成長はその段階で止まる」

「……え?」

「更に、この印が現れた者は復活の度に代償を支払わなければならない。最初に記憶を失う。その次に感情、最後に理性を失う。そして何もかもを失った者は亡者と呼ばれる化物になり……人を襲う」

「……そんな……そんなことが……」

「残念だが、これは事実だ。俺はそうなった人間を何人も見てきたし、その度にそいつを殺してきた。そして、この呪いを解く方法を求めて俺はオラリオ(ここ)に来た」

「……そう……だったんだ……」

「そして最後の【残り火】なんですが……これは俺にもよくわかりません」

「「えぇ?」」

 

先程の重い空気から一転して、俺の一言に1人と1柱は揃って首を傾げる。

 

「いえ、この篝火というのは呪われた不死にとって唯一の拠り所なんです。それの作成と篝火にあたると回復するという文章通りの効果なんですけどね?この『王の力』というのが具体的にどのような力なのか書かれていないから自分でもわからないんですよ」

「王か……何処かの国の王族の血筋ってことは?」

「いえ、自分は特に特別な血筋というのは一切ないはずです」

「そうか……まあ、明日ダンジョンに潜って使って──いや、それを上手く扱えなくて自爆でもしたら本末転倒だね。それに関しては今は置いておこうか」

「そうですね」

 

よし!とヘスティアさまが手を叩く。

 

「そろそろ夕飯にしようか」

「そうですね。今日は新しい団員──グレイさんが加入したことですし、ささやかなパーティーでもしましょうか」

「それじゃあ、俺も何か手伝おうか?ベルくん」

「じゃあ、お願いします。あと、僕のことは呼び捨てでいいですよ」

 

 

 

 

男2人がキッチンに入った頃。

 

「残り"火"……"王"の力……」

 

先程見た【ステイタス】の用紙を手に取り、小さな声で呟く。そして、青年の後ろ姿を見る。

 

「……まさか、ね。うん、気のせいだよ……きっと……」

 

自分のよく知るとある人物(・・・・・)と青年の後ろ姿が重なるが、そんなことはあり得ない、或いは気のせいだと直ぐに否定して首を横に振る。

 

 

 

 

【ファミリア】加入から一夜明けて。

 

「はっ!」

『ギャウッ!?』

「フンッ!」

『グェッ!?』

 

俺とベルはダンジョン1階層でコボルトの群れと戦っていた。

ギルドで俺の冒険者登録の手続きを済ませてダンジョンに潜り、順調にモンスターを狩っていた俺たちはコボルトの群れに遭遇した。

最初は8匹いた群れを囲まれる前に俺とベルで分担して半分まで減らした。のだが……。

 

「畜生!増援まで来るなんて、今日は厄日か!?僕なにか悪いことしましたか!?神様ぁ!?」

 

ベルの言う通り、半分まで減っていたコボルトの群れは何処からともなく現れた個体が加わって10匹ほどまで増えて今に至る。

背中合わせの状態でコボルトの群れに囲まれ、ベルが愚痴をこぼす。おそらく涙目になっているだろう。

そもそもコボルトというのは大抵1、2匹でダンジョン内を徘徊しているそうだ。それが群れになっているのだからベルの気持ちもわからないこともない。

俺は『バスタードソード』を霧散させて『ブルーフレイム』を取り出し、逆の手に『呪術の火』を灯す。

 

「ベル!伏せろ!」

「え?ちょ、グレイさ──」

「『ソウルの大剣』!」

「わぁぁぁ!?」

 

フォン!

 

『ソウルの大剣』で前方のコボルトの群れを薙ぎ払い──

 

「『舞踏の火』!」

 

ボオゥッ!

 

振り向きざまに『舞踏の火』で背後のコボルトたちを焼き払う。

 

「ふー」

「ふー、じゃないですよ!もー……」

 

やれやれ、といった表情でベルはコボルトの死体に足を運ぶ。灰になったコボルトに手を突っ込み、紫紺の欠片を取り出す。

これは『魔石』。これを基盤にモンスターたちは活動し、これを失うと灰になって消滅する。

俺もコボルトの魔石を取り出していく。

 

「お……?ベル、ドロップアイテムがあったぞ」

 

俺は灰の中に埋もれた小さな爪をかざす。

 

「グレイさんもですか?僕のところもあったんですよ」

 

ほら、とベルもこちらにかざしてきた。

 

「さっきは厄日とか言っていたけど、案外ラッキーデイなんじゃないか?」

「んー……そうですね」

 

そう会話しながら魔石を回収する俺とベルの中指には『貪欲な金の蛇の指輪』がキラリと光っている。こいつの恩恵で先程からドロップアイテムが集まるのだ。

俺は魔石の欠片とドロップアイテムを木箱に入れ、ソウルに変換して体内に収納する。ベルのほうも腰巾着とバックパックに魔石の欠片とアイテムを入れていく。

 

「さて、この調子で慎重にジャンジャン稼ぎましょう!」

「おう!」

 

 

 

 

「……おかしいね」

「ですよね!?やっぱりおかしいですよね!?」

 

夕刻。

本日のダンジョン探索を終え、ホームに帰ってきた俺たちは自分の目を疑った。

神様から受け取った更新【ステイタス】の用紙、その中に記されているベルの熟練度の成長幅が半端ではなかったのだ。

ちなみに俺は

 

グレイ・モナーク

Lv.1

力:I0→I13

耐久:I0→I11

器用:I0→I13

敏捷:I0→I12

魔力:I0→I18

《魔法》

【魔術】【奇跡】【呪術】

《スキル》

呪いの証(ダークリング)

【ソウルの秘術】

【残り火】

 

対するベルはというと──

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:I82→H120

耐久:I13→I42

器用:I96→H139

敏捷:H172→G225

魔力:I0

《魔法》

【】

《スキル》

【】

 

「か、神様、これ、書き写すの間違ったりしてませんか……?」

「……君たちはボクが簡単な読み書きもできないなんて、そう思っているのかい?」

「いえいえ、そういうことではなくてですね……ただ……」

 

ちょっとありえない数字が並んではいないだろうか。

 

「か、神様っ、でもやっぱりおかしいですよ!?特にここ、ほら、『耐久』の項目!僕、今日は敵の攻撃を1回しかくらっていないのに!」

 

ベルがくらったダメージは、ゴブリンの不意打ちによる一撃のみだ。後は危なげなく往なし、時には俺が盾になって防いだ。だというのにこの上昇量は……。

 

「ですからやっぱり何かが……あの……」

「か、神様……?」

「……」

 

おかしい。

ベルの異常な熟練度上昇もさることながら、神様の機嫌がすごく悪い。そしてちょっと怖い。なんというか、真綿で首を絞められているような……。

幼い顔つきがむすっとしていて、半眼でベルのことを睨んでいる。いかにも不機嫌です(・・・・・)という感じの表情だ。

な、何で?ベルが何かやらかしたのか?それとも俺がか?

神様はそっぽを向くと、無言で部屋の奥にあるクローゼットへ向かった。うねうね動くツインテールがこちらを威嚇している。

扉を開け、椅子の上に乗って外套(コート)(神様用に採寸された特注サイズ)を取り出した。それを羽織り、立ち尽くす俺たちの目の前を通り過ぎていく。

 

「……ボクはバイトの打ち上げがあるから、それに行ってくるよ。キミたちは野郎2人(・・・・)で豪華な食事でもして、親睦を深めてくればいいさっ」

 

バタンッ!と音を立ててドアが閉められた。

……何だったんだ、一体。

ベルに落ち度はない……はず。それは俺も同じ。

 

「……とりあえず、行く前に少し落ち着こうか」

「そう……ですね」

 

 

 

 

日が既に西の空へ沈み、蒼い宵闇とうっすら輝く満月が現れた頃。

 

「ええと……今朝シルさんとお会いしたのは……」

 

カフェテラスの店頭に来たところで足を止める俺とベル。

他の商店と同じ石造り。2階建てでやけに奥行きのある建物は、周りにある酒場の中でも1番大きいかもしれない。

『豊穣の女主人』と書かれた看板を仰ぎながら、周囲を見渡す。

 

「ここで合ってるんじゃないか?」

「そうみたいですね。けど……」

「けど?」

「この雰囲気は……ちょっと僕には難易度が高いな……」

「もしかして、こういう場所に免疫がないのかい?」

「……」

 

無言で頷き、顔を赤らめるベル。

 

「こういうのは慣れだ。慣れればどうということはないさ。それに……」

 

俺はベルの肩を叩いて隣を見るように促す。

 

「もう来ているよ?」

 

覚悟を決めたのか、深呼吸をして笑みを無理やり浮かべる。

 

「……やってきました。シルさん」

「はい、いらっしゃいませ」

 

ベルの隣に何時の間にか現れた少女──シル・フローヴァは今朝と同じ服装で俺たちを出迎えた。

開きっぱなしになっている入り口をくぐり、澄んだ声を張り上げる。

 

「お客様2名はいりまーす!」

 

びくびくしながら体を縮こませるベル。どこまで小心者なんだキミは。もっと胸をはって堂々としたまえよ。

 

「では、こちらにどうぞ」

「は、はい……」

「ありがとうございます」

 

案内されたのはカウンター席だった。すぐ後ろには壁があって、酒場の隅にあたる。カウンターの内側にいる女将さんと向き合う感じだ。

入店初めての俺たちに気をつかってくれたのだろうか、ありがたい。奥に俺が座り、その隣にベルが座る。

 

「アンタたちがシルのお客さんかい?ははっ、2人共なかなかいい男じゃないか!」

「いえいえ、女将さんも美人ですよ」

「あらあら、嬉しいことを言ってくれるじゃないの!」

 

カウンターから身を乗り出してくる女将さんに俺が代理で答える。ほら、ベルも縮こまってないで何か──

 

「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか!じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってくれよ!」

「「!?」」

 

その一言に度肝を抜かれる。

ばっと背後を振り返ると、側に控えていたシルさんが横に目を逸らした。

 

「ちょっとシルさん!僕ら何時から大食漢になったんですか!?僕自身初耳ですよ!?」

「えっと、そのー……てへ」

「てへ、じゃないですよ!?」

 

ここは女将さんの一言で復活したベルに任せよう。断じて押し付けているわけではない。断じてだ。

 

「その、ミアお母さんに知り合った方々をお呼びしたいから、たくさん振る舞ってあげて、と伝えたら……尾鰭がついてあんな話になってしまいまして」

「絶対わざとですよね!?」

「私、応援してますからっ」

「応援より先に誤解を解いてくださいよ!?」

 

なんだこの娘は、町娘の皮を被った悪女か?俺もベルも女運が悪いな。……まあ、俺が今まで会った女性に比べれば幾分かまともな部類だな。

 

「僕ら絶対大食いなんてしませんよ!?ただでさえうちの【ファミリア】は貧乏なんですから!?」

「……オナカガスイテチカラガデナイ……アサゴハンヲタベラレナカッタセイダー」

「棒読み止めてください!ていうか、汚いですよ!?」

「ふふっ、冗談ですよ。ちょっと奮発してくれるだけでいいので、ごゆっくりしていってください」

「……ちょっと、ですか」

 

ちゃっかりしてらっしゃる……。

ベルがカウンターに向き直ると、用意されているメニューを手に取り、値段に重きを置いて選ぶ。

今日俺とベルの換金したお金はそれぞれ6000ヴァリス。モンスターを沢山撃破したのと、大量のドロップアイテムのおかげで、普段の倍の収入を得たとベルが喜んでいた。普段は2000ヴァリス前後ぐらいだそうだ。

とりあえず、無難にパスタを頼んだ。

「酒は?」と女将さんに尋ねられ、俺はいただくことにした。流石にベルは年齢的にまだ早いと遠慮していた。

 

「楽しんでいますか?」

「ええ」

「……圧倒されてます」

 

パスタを半分食べたところでシルさんがやってきた。

彼女はエプロンを外すと壁際に置いてあった丸椅子を持って、ベルの隣に陣取った。

 

「お仕事のほうはいいのかい?」

「キッチンは忙しいですけど、給仕の方は十分に間に合ってますので。今は余裕もありますし」

 

いいですよね?とシルさんが目線で女将さんに尋ねると、口を吊り上げながらくいっと顎を上げて許しを出した。

 

「えっと、とりあえず、今朝はありがとうございます。パン、美味しかったです」

「いえいえ。頑張って渡した甲斐がありました」

「……頑張って売り込んだの間違いでは?」

 

シルさんは苦笑して「すいません」と謝った。その言葉が本物であってほしい。

それから彼女と、ここのお店のことについて少し話をした。

すると、突如、どっと十数人規模の団体が酒場に入店してきた。その団体は俺たちの位置とちょうど対角線上の、ぽっかりと席の空いた一角に案内される。どうりで空いていると思ったら、予約が入っていたのか。

一団は種族は統一されていないが、見るからに、全員がそれなりの実力者であることはわかった。

 

「……ベルさーん?もしも~し?」

 

ふと隣のベルに視線をやると、顔が赤くなったり紅潮したり放熱している。

 

「すまない、シルさん。あちらの団体さんは?」

「グレイさん、【ロキ・ファミリア】さんのことをご存知ないんですか?」

「いや、名前を聞いたことはあるんだが、目にするのは初めてでね。そうか、彼らが【ロキ・ファミリア】か」

 

それじゃあ、とシルさんはぽつぽつと説明を始めた。オラリオの最強ファミリアの一角であること。女好きな女神ロキの方針故に、女性冒険者の割合が多いこと。誰が、どの席に座っているのかを教えてくれた。

何やら獣人の青年──ベート・ローガが斜向いに座っている金髪の少女──アイズ・ヴァレンシュタインにミノタウロスがどうのこうのと話をふっていたが……それと同時にベルの様子もおかしくなったな。まさか、ベート・ローガのいうトマト野郎ってもしや──

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

それを聞いた瞬間、ベルが椅子を蹴飛ばして、立ち上がった。

 

「ベル、ちょっと待って」

 

そのまま飛び出そうとするベルの肩を掴んで声をかけるが、聞こえていないようだ。……しかたない。

 

「フンッ!」

「い゛っ!?」

 

肩を掴む手に少し力をこめると、ベルが表情を歪ませる。

 

「……グレイさん。一体何を……」

「それはこっちの台詞だと言いたいところだけど……とりあえず座ってくれ」

「でも……」

「いいから。早く、座って」

 

俺が手を離すと、ベルは渋々ながら椅子に座る。

 

「キミの反応から察するに、あの金髪金眼の少女と釣り合う強い男になろうと思っている。そうだね?」

「……はい」

「なら、焦りは禁物だ」

 

俺はそう言い、ベルに左手を向ける。

 

「ベル。君が強くなりたいのなら、今から言う3つを守らねばならない」

「……それは?」

「まずは『明確な目標』、次に『鍛錬』、そして、『十分な休息と食事』だ」

「……そうすれば、僕は強くなれますか?」

「ああ。と言っても、直ぐに強くなるというわけでもない。何事も積み重ねだよ」

 

これは事実だ。実際、俺はこれで強くなった。始まりの火(大王グウィン)を継ぐために。玉座に到達する(最初の火の炉に戻る)ために。そして、始まりの火を奪う(古い時代を終わらせる)ために、敵を狩って己と装備を鍛え、敵を狩っては鍛えてを繰り返した。時には篝火で休息を挟んだ。まあ、その結果、俺は闇の王(バケモノ)になってしまったわけだが。

 

「……わかりました」

「それじゃあ、明日から頑張ろうか」

「はい、グレイさん」




次回、神の宴にあの方々が来場します。


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4話

神の宴にあの方々が出席します


翌日。バベル地下1階、ダンジョン入り口。

 

「さて、ベル」

「はい」

「キミの目標は?」

「アイズ・ヴァレンシュタインさんに釣り合う冒険者に……いいえ、僕はあの人より強くなる!」

 

昨日の一件から、俺とベルはダンジョンに入る前に、目標確認を行うことにした。

 

「よし!そのためには?」

「ダンジョンでモンスターを片っ端から倒して、経験値を稼ぐ!」

 

俺とベルはダンジョンの入り口に立つ。

 

「じゃあ……行こうか!」

「はい!」

 

 

 

 

その日の夜。

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:H171→G221

耐久:I72→H101

器用:H187→G232

敏捷:G275→F313

魔力:I0

《魔法》

【】

《スキル》

【】

 

グレイ・モナーク

Lv.1

力:I13→I19

耐久:I11→I21

器用:I13→I18

敏捷:I12→I17

魔力:I18→I24

《魔法》

【魔術】【奇跡】【呪術】

《スキル》

呪いの証(ダークリング)】【ソウルの秘術】【残り火】

 

「今日もまた随分伸びたね」

「ですね」

 

【ステイタス】の書かれた用紙を見て会話する俺とベル。

 

「えーと、これは……バイトの通達書だ。これは……ビラ」

 

一方、神様は食器棚の引き出しを漁っている。何か探し物かな?

 

「……お、あったあった。──ふー、見つけたのが前日でよかった」

 

目的のものと思われる封筒を確認すると、胸を撫で下ろした。

 

「ベルくん、グレイくん、ボクは明日の夜……いや、もしかしたら何日か部屋を留守にするけど、構わないかな?」

「えっ?わ、わかりました」

「何かあるんですか?」

「うん。行く気はなかったんだけど、友人の開くパーティーに顔を出そうかと思ってね。久しぶりに皆の顔を見たくなったんだ」

「だったら遠慮なく行ってきてください」

「友達は大事ですから」

 

俺とベルは了承し、笑顔で勧めるとヘスティアがありがとうと頷く。

 

「そうそう、ボクがいない間もキミたちはダンジョンに行くだろうけど。ちゃんと引き際は考えておくんだよ?」

 

「特にグレイくん」と、神様が俺に指差ししてくる。

 

「スキルを試しに使って自爆なんてシャレにならないことはしないでくれよ?」

「肝に銘じておきます」

「ベルくんも、強くなりたいからって無茶しないでくれよ?」

「はい、神様」

 

 

 

 

そして、当日の夜。

ヘスティアが顔を出すと言っていたパーティー……『神の宴inガネーシャ・ファミリア』の会場。

 

「やかましいわぁああああああ!ボケェえええええええ!!」

「ふみゅぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」

『おっ、始まったぞ』

『いいぞー、やれやれー』

『ロリ巨乳vsロキ無乳か』

 

涙目になってヘスティアの柔らかい頬を両手でつまみ、引っ張る女性──神ロキと、同じく涙目で手足を振って抵抗するも、短さゆえにことごとくが空を切っているヘスティア。そして、見物だ見物だと取り巻きだす神々一同。

もともと、神ロキと神ヘスティアは以前から大した親交もなく、初めて出会ってからまだ100年も経っていないにもかかわらず、顔を合わせるたびにおちょくってくるのだ。

今回もいつも通り、『貧乏神』だの『豆粒』だのとおちょくりに来た神ロキ。対する神ヘスティアは『貧乏かどうかは今後の努力でどうにかなるさ』『小柄なおかげでバイト先ではマスコット的な人気があるんだよ』と反論、『まな板』だの『どうあがいても絶壁』だのと言い返すとロキがヘスティアに掴みかかり、今に至る。

 

『ロリ巨乳が勝つに1万ヴァリス』

『無乳が最後の最後でうっかりを発動させるにエリクサー10個』

『打ちひしがれたロキたんを俺が全力で慰めるに星の欠片(スターチップ)全部』

 

賭けにならない賭けを男性陣がし始めた頃……

 

「まったく、ガネーシャが宴を開くって言うから来てみれば……」

「まだまだ子供ね?」

『!?』

 

その瞬間、会場の視線がヘスティア(巨乳)ロキ(無乳)から、声のしたステージに移る。そして、そこにいた2匹の猫(・・・・)を見て驚く。ロキも声の主を見て驚いたのか、ヘスティアの頬から手を離す。

片方は獅子のような巨体に銀の毛並み、そして金色の瞳の猫。名を『アルヴィナ』。

もう片方は白と焦げ茶色の毛並みに水色の瞳の猫。名を『シャラゴア』。

 

「ガネーシャ様!」

 

すると、【ガネーシャ・ファミリア】の団員がステージに駆け込んできた。

 

「申し訳ありません!会場の入り口に2匹の奇妙な猫が──」

「いや、いい。彼女たちは特別だ」

 

下がっていいぞと手で促すと、ガネーシャは2匹の猫に視線を移す。

 

「久しぶりだな、アルヴィナ、シャラゴア。相変わらずのモフモフ具合だな」

「ええ、ガネーシャ。あんたも、相変わらず暑苦しい格好してるのね」

 

アルヴィナの返答にでかい笑い声をすると、「もっと見ろ」とでも言わんばかりに肉体を強調するポージング(サイドチェスト)をとるガネーシャ。

 

「ねえ、ヘファイストス、あの猫って何者なんだい?いきなりステージに現れたと思ったらガネーシャのことを『あんた』って呼んだんだけど……」

「あんた、アルヴィナとシャラゴアのこと知らないの?」

「うん。ほら、ボクってオラリオに来たの最近だろ?それに……キミの【ファミリア】のホームから追い出されるまで殆ど引きニート生活を送ってたし」

 

申し訳なさそうに言うと、右目に大きな眼帯をした麗人──ヘファイストスは友好的ではない目つきでヘスティアを見る。

 

「あっちの銀色の猫が『アルヴィナ』、隣の白と焦げ茶色の猫は『シャラゴア』よ。彼女たち、神々が降りてくる前からここ(オラリオ)にいたんですって」

「はぁ!?じゃ、じゃあ、あの2匹の猫は齢1000年を超える化け猫ってことかい!?」

「そうね。しかも、1000年前から人の言葉を話していたそうよ?」

 

親友からそう聞いて唖然とするヘスティア。そこに──

 

「化け猫だなんて、失礼ね」

「おぉう!?」

 

いつの間にか足元に現れたシャラゴアに驚き、神友の背後に隠れるヘスティア。

 

「私達はちょっと長生きしているだけの、ただの猫よ」

「……1000年は『ちょっと』の範疇に収まらないんだけど?」

 

「そうかもしれないわね」と微笑むとシャラゴアは前足を舐めて顔を洗う。

 

「久しぶりね、シャラゴア」

 

美に魅入られた女神──フレイヤはしゃがむと、シャラゴアの頭や顎を撫でる。

シャラゴアのほうも気持ちよさそうに目を細める。

 

「ええ、フレイヤ。……何度も言うけど、私とアルヴィナにソレ(魅了)は効かないわよ?」

 

「残念」と小声で呟くと姿勢を戻すフレイヤ。

 

チョンチョン

 

「どうしてあなたたちに私とイシュタルの『魅了』は効かないのかしら?下界の子供達や他の神々には効いたのに」

「それは、私達が猫だからよ」

 

チョンチョン

 

猫であることを強調するシャラゴアを見て、ヘスティアの脳裏にある言葉がよぎる。

 

『年経た猫は魔力を得て「別の何か」になる』

 

何時何処で聞いたのか、或いは目にした言葉なのかは覚えていない。だが、目の前にいるシャラゴアは正に『別の何か』に見えて──

 

チョンチョン

 

「あー、もう誰だい?さっきからボク──おわぁあああああ!?いいいいつの間に!?」

「驚いてくれてありがとう。他の神々はもう驚いてくれないから、そういう反応は嬉しくてねぇ」

 

背後を振り返るヘスティア。その目と鼻の先にはアルヴィナがいた。ヘスティアの反応に口の端を吊り上げて嬉しそうに微笑むアルヴィナ。ヘスティアからすれば心臓に悪いからやめてほしいことなのだが。

 

「大丈夫?ヘスティア」

「ごめん、ヘファイストス、ちょっとここに座ってていいかい?腰が抜けちゃって上手く立てないんだ……」

「いいわよ」

 

神友の脚を背もたれがわりにその場に座り、驚きの連続で動悸の激しくなった心臓を落ち着かせようと深呼吸をするヘスティア。

アルヴィナのほうも罪悪感を感じたのか、耳が若干萎れる。

 

「ごめんなさいね、お嬢ちゃん。今度あなたのホームにお邪魔した時に私を枕代わりにしていいから、それで許してちょうだい?」

 

アルヴィナを枕代わりにする。それがどんな感じなのか、ヘスティアは頭の中でイメージする。

 

「(モフモフの毛並み……ライオンほどの大きさ……)」

 

そして、そこに自分とベル、グレイの3人で川の字に寝るイメージを足す。……おっと、涎が。

 

「……うん、わかった。それで──あれ?」

 

視線をアルヴィナに戻すが、何時の間にか消えていた。

シャラゴアのいた場所を振り返るが、シャラゴアはそこにいなかった。ヘファイストスに視線をやると、ロキとフレイヤを交えた3人で各々の【ファミリア】の団員について話をしていた。

 

「ねえ、ヘファイストス。アルヴィナとシャラゴアは?」

「ああ、アルヴィナとシャラゴアが急にいなくなるのはいつものことよ。彼女たち、超のつくほど神出鬼没だから」

「そ、そうなんだ……」

 

慣れたような反応を返すヘファイストス。

 

「(あれ?ホームにお邪魔するって言ってたけど、ボクのホームが何処にあるか教えてなかったんだけどな……)」

「そういえばヘスティア。あなたの【ファミリア】に入った子がいるって噂を聞いたんだけど、本当?」

「うん、そうだよ」

「ほーう?ドチビの【ファミリア】に入るなんて、物好きな子がおるもんやなぁ?」

「それってベルっていう子のこと?白髪で赤い目をした兎みたいなヒューマンの男の子。【ファミリア】ができたってあんたが報告に来た時は驚いたなぁ……」

「ああ、実は少し前にもう1人【ファミリア】に入ってくれた子がいるんだよ。グレイって子なんだけどね?(ベルくんほどじゃないけど)この子がまた良い子でさ──」

 

 

 

 

『神の宴inガネーシャ・ファミリア』会場の外。

 

「……つまり、『彼』はあのお嬢ちゃんのところにいるのね?」

「ええ。あんたも感じたでしょう?彼女の体から漂っていた、あの匂い(・・・・)()()の入り混じった……『アイツ』の匂いを」

「確か、彼女は炉の女神だったわね。それを考えると、納得がいくわ」

「そうね。で?これから会いに行くの?あの嬢ちゃんの匂いを辿れば着くのだけど」

「……いいえ、『彼』に会うのはもう少し後でもいいでしょう」

 

それだけ言うと、アルヴィナとシャラゴアは夜の闇に溶け込んでいった。




ベルのステイタスの上昇幅ですが、原作よりもダンジョンに潜る時間が短いのでそれにあわせて少し抑え気味にしました。


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5話

怪物祭の前編です。


神様が出かけられてから3日目の朝。まだ神様は帰ってこない。

がらんとした教会の隠し部屋で、2人で迎える朝食にちょっと寂しい思いをした後、俺たちは今日もダンジョンに潜る準備をする。

神様が不在でも俺たちのやることは変わらない。むしろ帰ってきてくれた時に「こんなに貯まりました!」と言って喜んでもらえるよう、1ヴァリスでも多く稼がねば。

今日は『大竜牙』と『ハベルの大盾』を背負い、両手に『セスタス』を装着する。

 

「あれ?グレイさん、今日は何時もの剣と盾じゃないんですか?」

「ああ、たまには違う装備でダンジョンに潜るのもいいかと思ってね」

 

お互いに準備が済んだことを確認し、誰もいないホームに「「行ってきます」」と言って扉に手をかけた。

 

「今日は何階層まで潜ろうか?」

「そうですね……とりあえず5階層まで行こうかと。というか、グレイさんは僕に合わせないで下に潜ってもいいんですよ?」

「そうは言うがな、ベル。ダンジョンでは何が起こるかわからないんだぞ?それこそ、5階層にまたミノタウロスが現れるなんてことがないとも──」

「おーいっ、待つニャそこの白髪頭と鎧ゴリラー!」

 

お互い白髪頭と鎧ゴリラという単語にぎょっとしてしまい、思わず足を止める。

声のした方向に振り向くと、『豊穣の女主人』の店先で、猫耳と細い尻尾を生やしたキャットピープルの少女が、ぶんぶんと腕を振っていた。

一度周囲を見渡し、自分に指を向けて「「俺(僕)のことか(ですか)?」」と確認すると、頷かれた。

何事だろうとベルと顔を見合わせ、少女のもとに駆け寄った。

 

「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて、悪かったニャ」

「ゴリラ呼ばわりされて少しイラッとしているが……おはよう」

「あ、いえ、おはようございます。それで……僕らに何か?」

 

眼前で頭を下げられ、こちらも頭を下げ返す。

仕事上叩き込まれたであろうお辞儀をした彼女は、早速とばかりに用件を切り出した。

 

「ちょいと面倒ニャこと頼みたいニャ。はい、コレ」

「え?」

「おミャーらはシルのダチニャ。だから、これをあのドジっ娘に渡して欲しいニャ」

 

そう言ってベルに手渡したのは、財布だった。

布袋状で、口金のついた『がま口財布』。さり気なく見慣れないエンブレムが刻まれてあって、どこかの商業系【ファミリア】が制作したことがわかる。

うん。それで、これをどうしろと?ちょっと話が見えてこないんだが……。

 

「アーニャ。それでは説明不足です。お2人も困っています」

 

と、今度はエルフの店員さんが現れた。準備を行っていたカフェテラスの方から歩み出て、彼女は俺達に近寄ってくる。

 

「リューはアホニャー。店番サボって祭りを見に行ったシルに、忘れていった財布を届けて欲しいニャんて、そんニャこと話さずともわかることニャ。ニャア、白髪頭?鎧ゴリラ?」

「と、いうわけです。言葉足らずで申し訳ありませんでした」

「いえいえ、そういうことだったんですね」

 

やれやれだぜという顔をするキャットピープルを綺麗にスルーして、リューと呼ばれた店員さんは謝罪してきた。

一瞬で蚊帳の外に置かれたアーニャと呼ばれた少女は、得意気に揺らしていた尻尾をぐにゃりと垂らし、赤くなった顔を俯けて震えだす。それを見たベルが汗を流した。

 

「彼女は気にしないでください。それで、どうか頼まれてもらえないでしょうか?私やアーニャ、他のスタッフ達も店の準備で手が離せないのです。これからダンジョンに向かう貴方達には悪いとは思うのですが……」

「別に構いませんが……シルさんがお店をサボったというのは本当なんですか?」

「サボる、という言い方には語弊があります。ここに住まわせてもらっている私達とシルとでは、環境が違うので」

 

真面目そうな彼女が怠けているところを想像できなくて尋ねてみると、どうやら休暇扱いらしい。住み込みで働いている目の前の彼女達と違い、シルさんは毎日この酒場で働いているわけではないのだと言う。女将さんであるドワーフのミアさんの許可も得ているそうだ。

要するに、シルさんは自宅通いだから、例外的な非番を認めているってことだ。

それで、シルさんは今回の暇を利用して『お祭り』に行ったらしく……。

 

「「怪物祭り(モンスターフィリア)?」」

「はい。シルは今日開かれるあの催しを見に行きました。……初耳ですか?この都市に身を置く者なら知らないということはない筈ですが」

「実は僕……オラリオに来たのがつい最近で……」

「同じく。良かったら、教えてくれないか?」

「──ニャら、ミャーが教えてやるのニャ!」

 

俺がそう申し出ると、俯いていたアーニャががばっと勢い良く動き、ずいっと俺達の間に割って入った。名誉挽回とでも言うように鼻息荒く話し出す。

 

怪物祭り(モンスターフィリア)は、年に1度開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催のドでかい催しニャ!闘技場を1日中まるまる占領して、ダンジョンから引っ張ってきたモンスターを調教するのニャ!」

「……調教?」

「別にモンスターを手懐(てニャず)けること自体はおかしいことじゃニャい。おミャーらも1度は経験したことがある筈ニャ。ぶっ倒したモンスターがむくりと起き上がり、仲間(ニャかま)になりたそうな眼差しを送ってくるあの瞬間を……」

「いや、1度もないんだが……」

 

むしろ起き上がらないよう堅実かつ確実に殺すものだろう。そこへ、エルフの店員が口を挟む。

 

調教(テイム)という技術自体は確立されています。素質に依るところも大きいようですが、モンスターに自分のことを格上だと認識させ、従順にさせてしまうのです」

 

モンスターを従順に……無名の王が竜を従わせるのと同じようなことをするのか?いや、あれとは違うだろうな。

 

「ダンジョンにいるモンスターはタチが悪くて調教を受け付けにくいから、普通は地上のモンスターを手懐(てニャず)けるもんニャんだけどニャー……【ガネーシャ・ファミリア】の構成員は実力が半端じゃニャいから、迷宮育ちのモンスター相手でも成功させてのけるのニャ」

 

【ガネーシャ・ファミリア】の名前は俺も聞いたことがある。多くの【ファミリア】が存在するこのオラリオの中でも、その実力は折紙付き。抱える構成員の数も凄いらしい。

 

「つまり、モンスターと格闘して大人しくさせるまでの流れを見世物(ショー)にしているということかな?」

「そういうことニャ。ぶっちゃけサーカスみたいなもんニャ」

 

但し凄いハードな、と彼女は付け加えてきた。やっぱり危険は伴うらしい。

 

「ミャー達だって本当は見に行きたいニャ、でも母ちゃんが許してくれねーニャ。シルはお土産を買ってくるとか言って、笑顔で敬礼なんかしていったけど……財布を店に忘れるというこのざまニャ。シルはうっかり娘ニャ」

「アーニャ、貴方が言えたことではないと思いますが」

「はは……」

 

まぁ、大体の事情はわかった。お土産はともかく、お金がないと何も買えなくて苦労するだろう。こちらもシルさんから恩を受けてばかりだから、これくらい引き受けよう。

 

「闘技場に繋がる東のメインストリートは既に混雑している筈ですから、まずはそこに向かってください。人波に付いていけば現地には労せず辿り着けます」

「シルはさっき出かけたばっかだから、今から行けば追いつける筈ニャ」

「「わかりました」」

 

ベルは背負っているバックパックは邪魔だろうということで預かってもらうことになった。

俺は裏にあるというお手洗いを借りて、装備を霧散させてソウルに変換してきた。

ベルがシルさんの財布を受け取り、摩天楼(バベル)のそびえる都市の中心、更にその奥に伸びているだろう東のメインストリートの方角を見つめる。

怪物祭(モンスターフィリア)か……どんな感じなんだ?

暇があったら見てみようと思いつつ、俺達は酒場の前から出発した。

 

 

 

 

とは言ったものの……

 

「この人混みの中から探すのは骨が折れますね……」

「だな」

 

シルさんを探しに来たのはいいが、祭り一色に染まった東のメインストリートは見渡す限り人で溢れかえっていた。とりあえず闘技場に向かおうということにしよう、と思ったとこで──

 

「おーいっ、ベールくーんっ!グーレーイくーんっ!」

「「え?」」

 

耳を叩いた自分の名前に振り向くと、俺達は目を丸くしてしまった。

所在のわからなかった神様が、人混みを掻き分けてこちらに駆け寄って来ていたからだ。

 

「神様!?どうしてここに!?」

「おいおい、馬鹿言うなよ、キミたちに会いたかったからに決まっているじゃないか!」

 

目の前で立ち止まった神様は何故か誇らしげに胸を張ってそんなことをのたまう。

よく見ると、風呂敷に包まれた小包のようなものを背負っているが……中身はなんだろう?

 

「いえ、僕達も会いたかったですけど、そういうことじゃなくて……あの、今日まで一体どちらに……」

「いやぁー、それにしても素晴らしいね!会おうと思ったら本当に出くわしちゃうなんて!やっぱりボク達はただならない絆で結ばれているんじゃないかなー、ふふふっ」

 

……ベルの声が届いてない。

完全に自分の世界へ入ってしまっている神様に、俺達はすっかり置き去りにされてしまう。

 

「えーと……神様?凄いご機嫌みたいですけど、本当に何があったんですか?」

「へへっ……知りたいかい?ボクが舞い上がっている理由を」

「「はい」」

 

先程から相好を崩している神様は、手を風呂敷の結び目に伸ばし、中身を取り出そうとする。

俺達が神様の次の言葉を待っている時だ……。

 

サッ

 

俺の背後を何かが駆け抜ける気配を感じた。バッと振り返ると、そこに白と焦げ茶色(・・・・・・)の物体が一瞬だが目に映った。まさか……。

 

「折角だから3人で見て──おや、どうしたんだい?グレイくん」

「ああ、すいません。急用が出来たので、俺はちょっと別行動をとってもいいですか?」

「え?でも──」

「……お2人で、デートをごゆっくり楽しんでください」

「いいとも!いってらっしゃい!」

 

俺が小さい声で耳打ちすると、神様は満面の笑みでサムズアップをする。

 

「ちょ、ちょっとグレイさん。人探しは──」

「それならボクとデートしながらしようじゃないか。楽しみながら仕事をこなせて一石二鳥だぞ、ベルくん!」

 

ベルの言い分を受け流して手をぐいぐい引っ張る神様。俺は2人が人混みに消えていくのを確認すると、先程の物体が映った場所に向かう。

裏道を通ると、十字路にでた。右に行ったか、左に行ったか。それとも直進したか──

 

ニャーオ

 

左のほうから聞こえた懐かしい鳴き声に俺は驚愕する。……まだオラリオにいたのか。

そこからはまさに追いかけっこだった。

右に曲がり、左に曲がり、ある時はメインストリートに出てを繰り返し……。

 

「はぁ……はぁ……」

 

俺が辿り着いたのは闘技場の西側外周部にある建物。その裏道で不自然に開けた空間だった。

 

「……ここが今のお前たちの寝床か?」

「ええ、中々いい物件でしょう?」

 

俺がそう言うと、目の前に2匹の猫が現れる。

1匹はライオンのような巨体に銀色の毛並みをした金色の瞳の猫。もう1匹は白と焦げ茶色の毛並みに水色の瞳の猫だった。

 

「久しぶりだな、アルヴィナ、シャラゴア」

「えぇ、本当に……本当に久しぶりねぇ、グレイ?」

「色々と積もる話はあるけれど……まずはそこに正座なさい」

 

若干怒気を含んだ声で返してくるアルヴィナとシャラゴア。たらり、と背中に冷や汗をかいた俺は大人しくその場に座る。

 

「グレイ。あなたが最後にダンジョンに潜ったのは……どの位前かしら?」

「……およそ1000年前です」

「あなたが地上に上がって来たのは……何日前かしら?」

「……およそ5日前です」

「5日前に地上に上がって来るまでの間……一体何をしていたのかしら?」

 

目を細めるのに比例して言葉に含まれる怒気がどんどん増していく。今すぐここから逃げ出したい。でも逃げたらもっと酷い目に遭うだろう。……なら、やるべきことは1つ!

 

「ダンジョンの壁に穴開けて寝ておりました!」

「アルヴィナパンチ!」

「たわば!」

 

正直に答えると同時に、アルヴィナの猫パンチが俺の横っ面にクリーンヒット。その衝撃で俺は倒れる。

 

「まったく、何時まで経っても上がって来ないから何があったと訊いてみれば……ダンジョンの壁に穴を開けて寝るなんて、あんたは馬鹿かい!?」

「返す言葉がございません!」

 

俺は正座の状態に戻り、そのまま土下座に移行する。すると、俺の背中にシャラゴアが座る。

 

「あなたがダンジョンで寝ている間に、オラリオでは色々とあったのよ?1000年前に降りてきた神々がバベルを壊したり、【ファミリア】同士の激突があったり……話したらキリがないくらいにね。中には、あなたがいたらどうにかできた案件もあったのよ」

「そ、そうだったのか……」

「……まあ、過ぎたことをあれこれ言っても仕方ないわ。ダンジョンでぐっすり寝ていた分、しっかりなさいね」

 

そう言うと俺の背中からシャラゴアが降りる。俺も体を起こして体に着いた砂埃を払う。

 

「で、これからどうするの?闘技場でモンスターの調教でも見る?それとも、ダンジョンに潜る?」

「ダンジョンに潜る予定だけど、その前に人探しを済ませるさ。あ、でも彼女を見つけた後ベルたちと何処で合流しようか……。それに、肝心の財布はベルが持っているんだよなぁ」

 

どうしようか顎に手をあてて思案していたところだった……。

 

「モ、モンスターだぁああああああっ!?」

 

大通り方面から、大きな悲鳴が聞こえたのは。




次回で怪物祭は終了!の予定なんですが……グレイが逃げたモンスター(シルバーバック以外)と気色悪い新種のモンスター両方を殲滅するか、気色悪い新種のモンスターだけを殲滅するか……。殲滅するにしても何を使うか……。うーむ、悩ましい。


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6話

俺は建物の裏道から声がした闘技場の正門へ向かって駆け出す。

 

「エイナさん!一体何があった!」

「グレイさん!」

 

俺の声に反応したハーフエルフの女性──エイナ・チュールが振り向いた。

 

「モンスターが逃げたそうなんです!それで、近辺にいる【ファミリア】と冒険者達に声をかけているところで……」

「……逃げたモンスターは何処に?場所さえ教えてくれれば俺が──」

「駄目です!逃げたモンスターは11階層や20階層から連れてきたモンスターなんです!冒険者になったばかりのグレイさんが単独で討伐に向かうのは危険です!」

「まぁまぁ、落ち着いて。人の話は最後まで聞くものだよ。俺は何もそいつらと殴り合いをするつもりは毛頭ない」

「じゃ、じゃあ……一体何を──ッ!?」

 

俺は手元に『竜狩りの大弓』を出現させて闘技場の天頂部の一角を指差す。

 

「あそこからコイツでモンスターを狙撃する。それなら問題はないだろう?」

「そ、それはそうかもしれないですけど……」

 

眉根を寄せて考え込むエイナ嬢。

 

「……すいません。何か、あったんですか?」

 

と、そこへ不意にかかる声があった。声の主に目をやった瞬間、俺以外の誰もが動きを止めた。

しなやかな腿を半ば隠すミニスカートに、丈の短い上衣。防具こそ纏っていないものの鞘に収められた細剣を剣帯へ吊るしている。腰まで届く長い金の髪が日の光を受け輝いていた。

オラリオでもトップクラスの実力を持つ冒険者。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがそこに立っていた。

彼女の近くにいた職員は慌てながら、そして飛びつくようにアイズへ事情を説明し出す。

……彼女が来たのなら、俺の出る幕はない。と思った俺は『竜狩りの大弓』をソウルに変換して体内に収納する。

 

「……グレイさん。やはり──あれ?さっきまで持っていたあの大きな弓は何処に?」

「しまったよ。それと、俺はここで大人しくしておく。万が一誤射でもして死傷者を出したくないからね」

 

「年端もいかない少女に任せるのは些か心苦しいが」と付け加えて肩を竦める。エイナ嬢は俺の行動に困惑していたが、すぐさま頭を切り替えてアイズ・ヴァレンシュタインにモンスターの逃げた場所とモンスターの種類の説明を始めた。

──誰の仕業か大凡の見当はついているが……ちょうど良い。利用させてもらおう。

俺はアイズ・ヴァレンシュタインに、彼女の後ろにいる神ロキに一瞬だけ目線を送る。そして、モンスターが逃げたという東のメインストリートの方を向いて口の端を僅かに吊り上げる。

──さて、お手並み拝見だ。可愛い剣士さん?

 

 

 

 

「(どっかで()うた気がするな……)」

 

先程視線を感じ、何者かと振り向くも視線の主と思しき者はこちらに背中を向けていた。だが、その後ろ姿に妙な既視感を神ロキは感じていた。

 

「(まさか……いや、もし尋ねてみて「人違いや」言われたら恥ずかしいしなー。……うん、今度どっかで()うた時にでも尋ねてみよう。最悪、ドチビから直接聞き出せばええし)」

 

 

 

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがモンスター討伐に向かって少しした頃。

ギルドの職員達が避難活動を行っているのに乗じて、俺は『霧の指輪』と『静かに眠る竜印の指輪』を着け、家屋の屋根伝いに移動しながら彼女の戦い振りを見ていた。

 

「(おーおー、見事なもんだ)」

 

一匹、また一匹と的確にモンスターを屠る姿は見事の一言に尽きる。しかし、あの若さでこの戦闘力……何がここまで彼女を強くさせた?

 

「(──ん?)」

 

ぐらり、と不意に震動を感じた。闘技場のモンスターが暴れて発生したもの……は違うな。なら……?と、考えていたところに何かが爆発したような轟音が届く。音のした方向に視線を飛ばすと、通りの一角から、膨大な土煙が立ちこめていた。

 

『き──きゃあああああああっ!?』

 

次いで響き渡る女性の金切り声。

土煙の奥から姿を現したのは、石畳を押しのけて地中から出現した、蛇に酷似する長大なモンスターだった。

 

「ティオネッ、レフィーヤッ!あいつ、やばい!!」

「行くわよ」

「はっ、はい!」

 

俺の少し前を移動していた少女達は顔色を変えると駆け出し、通りの真ん中に勢いよく着地を決める。

俺は『遠眼鏡』を手に持ち、屋根の上からモンスターを観察する。細長い胴体に滑らかな皮膚組織。体の先端部には眼を始めとした器官は見当たらず、若干膨らみを帯びたその形状は向日葵の種を彷彿させた。全身の色は淡い黄緑色をしている。顔のない蛇、と形容するのが相応しいだろう。目つきを鋭くする少女達にモンスターが反応し、体を鞭の如くしならせながら攻撃を始めた。双子のほうはそれを回避しながら接近し、拳をモンスターの体に叩き込む。だが──

 

「いっ!?」

「こいつ、硬いっ!?」

 

モンスターの皮膚は僅かに陥没したのみで、逆に攻撃した2人の手足にダメージを与えた。

 

『────ッ!』

 

先程の攻撃に悶え苦しむような素振りを見せたモンスターは、怒りを表すように苛烈に攻めたてる。氾濫した激流のような勢いで体を蛇行させ、押し潰し、或いは薙ぎ払おうとする。しかし、双子はそれを危なげなく往なし、敵の至る所に拳打をお見舞いする。

 

「打撃じゃあ、埒が明かない!」

「あ~、武器用意しておけばよかったー!?」

 

舌打ちと叫び声を上げる間も蛇型のモンスターとの戦闘は続いた。

もらえば一溜まりもない敵の攻撃を尽く避ける。モンスターは暴れ狂うように全身を叩き付けるが、軽やかに跳び回る2人には掠りもしない。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

互いに決め手を見出だせないまま、状況が停滞する中。詠唱する声が聞こえた。

(触媒)を使わず、詠唱のみで魔術を使うか……興味深い。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

詠唱を終えたのか、エルフの少女の前に魔力が集束した直後──ぐるんっ、と。

それまでの姿勢を覆し、モンスターがエルフの少女のほうを振り向いた。

まさか……あのモンスターは魔力に反応しているのか?だとしたら……

 

「マズい!」

 

俺は『霧の指輪』と『静かに眠る竜印の指輪』を外し、右手に『レーヴの大盾』、左手に『オーマの大盾』を握り、少女の前に飛び降りる。

 

ガンッ!

 

「やれやれ、間に合ったか」

 

地面から伸びる、黄緑の突起物。女性の腕ほどもある触手が、俺の構えた盾に弾かれる。俺がこうしていなければ、彼女はこれでやられていただろう。

 

「あの……貴方は?」

「通りすがりの冒険者だよ」

 

Lv.1のね、と付け加えている間にも、触手は盾を突破しようと攻撃してくる。

 

『オオオオオオオオオオオオッ!』

 

触手の攻撃が止むと同時に、破鐘の咆哮が響き渡る。音の主──蛇のようなモンスターがいる方向を向くと……

 

「ほう……蛇ではなく、花だったか」

 

正体を現したモンスターに、俺はそう呟く。

開かれた何枚もの花弁。

毒々しく染まるその色は極彩色。

中央には牙の並んだ巨大な口が存在し、粘液を滴らせている。

生々しい口腔の奥、薄紅色の体内で瞬くのは、陽光を反射させる魔石の光。

いやはや、今までキノコだの草だの樹だのを相手にしたことはあるが……花を相手にすることになるとは。

花開きその醜悪な相貌を晒す食人花のモンスターは、こちらへ向ける意思を明確にする。

 

「そこの人!誰だか知らないけど、レフィーヤを連れてここから離れて!」

「あーもうっ、邪魔ぁっ!!」

 

駆けつけようとする双子に触手の群れが襲いかかる。黄緑色の突起は拳で何度打ち払われようが立ち上がり、蠢く林を形成して行く手を阻む。

モンスターはこちらに突撃しようと鎌首をもたげている。

 

「だ、そうだ。離れたほうがいいんじゃないか?お嬢さん」

「駄目です!あなたもここから離れてください!」

 

大声で抗議するエルフの少女、レフィーヤ。俺は彼女の言葉を聞き流しながら『レーヴの大盾』と『オーマの大盾』をソウルに変換して収納し、『ファランの大剣』を構える。

 

「なんだ、俺の心配なら──」

『アアアアアアアアアアアアッ!!』

 

大口を開けてモンスターが俺達に向かって飛びかかってくる。それと同時に、こちらへ飛び込んでくる金と銀の光が俺の目に映る。

 

「──いや、俺がやるまでもないな」

 

そう俺が言って『ファランの大剣』を収納すると同時に、モンスターの首は断たれ、建物の一角に突っ込む。モンスターの体はぐにゃりと勢いよく仰け反り、折れ曲がりながらその場に崩れ落ちた。

 

「「「アイズ(さん)!」」」

「……大丈夫ですか?」

「ええ、まあ」

 

俺の背後からエルフの少女が、先程までモンスターのいた場所から双子が彼女に向かって駆け寄ろうとする。

しかし、微細な揺れが彼女達の足を止める。

すぐにその揺れは大きな鳴動に変わった。アイズ・ヴァレンシュタインが剣を構える中で、辺りの石畳が隆起する。

 

「ちょ、ちょっとっ」

「まだ来るの!?」

 

彼女達の悲鳴を皮切りに、黄緑色の体が地面から突き出した。

我々を囲むように、3匹。

閉じた蕾を一斉に開花させ、見下ろす格好でその巨大な口を向ける。

生暖かい呼気に頬を打たれながら、眦を鋭くするアイズ・ヴァレンシュタインがいざ斬りかかろうとすると──前触れなく。

ビキッ、という亀裂音の後に、レイピアが破砕した。

 

「──」

「嘘っ──」

「なっ──」

「ちょっ──」

 

手の中にある得物が壊れる光景に、アイズ・ヴァレンシュタインだけでなく双子とエルフの少女も言葉を失った。

──仕方ない、俺も動くか。

あのモンスターは魔力に反応する、それは双子を無視してエルフの少女を襲ったからそうだろう。現に、魔力で風を纏っているアイズ・ヴァレンシュタインも襲われている。となると……コイツら(・・・・)の出番かな?

俺はまず『緑花の指輪』・『刃の指輪』・『鉄の加護の指輪』・『賢者の指輪』を嵌める。そして右手に『ブルーフレイム』を、左手に『月光の大剣』を握る。すると、アイズ・ヴァレンシュタインを狙っていたモンスターがこちらに標的を変えてきた。

 

「なにあれ!どういうこと!?」

「アイズとレフィーヤは魔法を使ってたから狙われたのに、なんであの人が狙われるの?詠唱もしていないのに!」

「……とにかく、救助に──」

 

「行かなきゃ」と、アイズ・ヴァレンシュタインは言いかけたところで動きを止める。

四方八方から襲い来る触手を両手の剣で斬り払い、それと同時進行でモンスターの体を蛇行させて繰り出す攻撃を紙一重で躱すさまに驚愕していた。何より、先程まで丸腰であった人物が両手に武器を持っていたことに。

 

「あー、面倒くさい!『望郷』!」

 

カッ!

 

触手を粗方斬り終えたその人物は愚痴をこぼすと、何やら詠唱をして明後日の方向に剣を向ける。すると、剣から青い光球が放たれ、空中に留まる。そして、その光球目掛けてモンスターが一斉に攻撃を始める。

 

「『ソウルの大剣』!」

 

フォン!

 

1匹目。詠唱をすると右手の剣の柄あたりから青白い刀身が出現し、そのまま横一文字にモンスターと触手を根本から薙ぎ払う。

 

「『ソウルの槍』!」

 

カッ!

 

2匹目。今度は剣の鋒から円錐状の青白い光が飛び出し、モンスターの頭部を貫く。

それと同時に光球が消え、モンスターが再び頭部を向ける。

 

「これで……」

『オアアアアアアアアアアアアッ!』

「……終わり、だあぁぁ!」

 

キィンッ!

 

3匹目。左手に持っていた大剣を両手に持って下段に構え。モンスターの突撃に合わせて剣を振り上げる。すると光波が放たれ、モンスターの体を真っ二つにする。

 

「ふー、やれやれ。……ん?」

 

モンスターが灰となった場所にキラリと何か光るものがあるのが見えた。魔石の類だろうか?今日はまだダンジョンに潜ってなかったし、後でギルドで換金して──

 

「……なんだこりゃ」

 

俺が灰の中から取り出したのは予想通り魔石なのだろう。だが、魔石は形や大きさに差異はあれど紫紺色だとベルとエイナさんから聞いている。しかし、俺の掌にある魔石は中心が極彩色で、残る部分は紫紺色と見たことのない輝きを放っている。

 

「あの……」

 

背後から声をかけられた俺は魔石をソウルに変換して収納し、振り返る。この魔石のことは後回しにしておこう。

 

「……ありがとうございます。レフィーヤを庇って、そのうえモンスターを倒してくださって」

「いやいや、困ったときはお互い様だよ」

 

軽い会釈をするアイズ・ヴァレンシュタインに、俺は「気にしなくていい」と手を振る。

 

「どう見てもただの直剣よね、これ。じゃあさっきの青白い光は……」

「ねぇ、これってもしかして『魔剣』?凄い綺麗な刀身……何処の【ファミリア】で買ったの?」

「あ、あのっ、あなたが先程使われてた魔法はもしや──」

 

そして、俺の周りに何時の間にか集まっていたアイズ・ヴァレンシュタインの仲間たち。双子のうち胸の大きいほうは鞘に納まった『ブルーフレイム』をじっと見つめながらぶつぶつと呟き、双子のもう1人は『月光の大剣』に目を輝かせている。そして、エルフの少女は鼻息荒く目を輝かせて俺に何か質問しようとしてくる。

 

「はいストップストップ。まだ事態は収まってへんし、その兄ちゃんも美少女4人に囲まれて困ってるで?」

 

ぱんぱんと手を叩いて神ロキが割り込む。周囲を見ると、ギルドの職員が慌ただしく動き回っている。彼女の言う通り、まだ予断を許さない状況は続いていた。

 

「アイズは逃げたモンスターの討伐に戻ってや。ティオネ達は地下のほうに行ってもらってええ?まだ何かいそうな気がするわ」

 

アイズ・ヴァレンシュタインに武器を渡し、残りの眷属に地下を指差して指示を飛ばす神ロキ。彼女たちもそれを受けて行動を始め、それを見届けた神ロキが今度はこちらを振り向く。

 

「いやー、ありがとな。うちの子たちを助けてくれて」

「いえいえ、こちらも危ないところを助けていただいたので」

「よお言うわ。自分1人でモンスター3体も殲滅しといて『危ないところ』て」

「いえ、助けていただいたのは自分ではなく、自分と同じ【ファミリア】のメンバーのことですよ。ご存知ないですか?5階層でミノタウロスに襲われた少年のことを」

「ああ、酒場でベートが言うとったあの事?ゴメンなぁ、うちの子たちが取り逃がしてもうたばかりに……」

 

 

 

 

神ロキとグレイが会話している場所から少し離れた民家。その物陰から2人を覗き見る2つの影。

 

「どうやら、腕は鈍っていないようね。安心したわ」

「本気の彼なら、あの程度の魔物は瞬殺でしょうけど……何やら理由があって力を抑えたようね」

 

「それはおそらく」と、影の主の目線が神ロキに注がれる。

 

「まあ、彼がそれを明かすまで私達は静かに見守りましょう」

「……それもそうね」

 

影の主──アルヴィナとシャラゴアは何処かへと姿を消して行った。




悩みに悩んだ結果。逃げたモンスター(シルバーバックを除く)と気色悪いモンスターを1体アイズが討伐し、追加で出現する3匹をグレイが倒すという流れにしました。
グレイが力を抑えていたのは周囲への被害などもありますが……まあ、詳しいことは後々判明します。


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7話

第2巻、始まります。
そういえば、ダークソウルのリマスター版が発売されるそうですね。自分はSteam版を既に持っているので買う予定は今のところないですが……どうしようかな


「フンッ!」

 

ザンッ!

 

『ゲブォア!?』

 

棍棒を振りかぶるオーク、その胴体を刃が大きく反り曲がった刀『弓張り刀』で一刀両断にする。

怪物祭(モンスターフィリア)でのモンスター脱走事件から数日経った今日。俺ことグレイ・モナークはダンジョンに単独(ソロ)で潜っていた。

あの事件が収まった翌朝、俺とベルが別々にダンジョンに潜る許可が主神ヘスティアからおりた。なんでも、俺が入団するまではベルが無事に帰って来てくれるかヘスティア様は不安だったらしい。それを聞いた本人は自分の腕が信用されていなかったのか、とショックを受けていた。まぁ、「初めて【ファミリア】に入ってくれた子に万が一の事があったらどうしよう!?」という心配性によるものだというのはベルも分かっているだろう。だが、ベルがシルバーバックを倒すのを見て余程のアクシデントがない限り大丈夫だろうと安心したそうだ。

 

「ふぅ……」

 

俺は『弓張り刀』を振って刀身に付着したオークの体液を落とし、周囲を見渡す。

 

「モンスターは……もういないな。魔石を回収したら地上に戻るか」

 

俺は灰と化したモンスターの死体から魔石を回収すると、『底の無い木箱』に入れてソウルに変換して体内に収納する。そして回れ右をして入り口に向かって歩き始める。途中、後から来るかもしれない冒険者のことを考えて10階層内の樹木を全てバッサリと伐採しておいた。

 

 

 

 

「10階層、ですか……」

「そうだが……それがどうかしたかい?」

 

俺の報告を聞いてなんとも言えない表情をとるエイナさん。

地上に戻ってきた俺はダンジョン内で回収した魔石の換金と到達階層の報告を担当のアドバイザーであるエイナ・チュールにするためギルドに来ていた。

 

「いえ、グレイさんがかなりの実力の持ち主であることは、先日の一件の目撃者ですから知っているんですよ?ですから、10階層に到達できたのは余り驚かないんです。むしろ、もっと下の層まで行くものかと。しかし……先ほどベル君が7階層まで降りたことに対して危機感が足りないと少し指導をした手前、どんな反応を示せば良いやら……」

 

ああ、エイナさんのスパルタ指導を受けたのか。道理ですれ違った時に妙にぐったりしていたわけだ。今日の晩飯は俺が奢ってやろう。腹一杯飯を食って、ぐっすり眠れば少しは気持ちが晴れるだろう。

 

「それじゃあ、そうだな……無茶をしないように釘を刺す程度でお願いしてもいいかな?」

「……わかりました。では──」

 

エイナさんは「こほん」と咳払いをする。と、こちらに鋭い目線を送ってくる。

 

「グレイさんの実力は知っています……ですが、Lv.1の冒険者が潜れるのは12階層までですので、それ以上は行かないでください。いいですね?」

「ああ」

「そして、『冒険者は冒険してはいけない』これを忘れないでください」

「わかった。では、また明日」

「はい。お疲れ様でした」

「さぁ、ベル!今日は飲んで食ってたっぷり寝よう!」

「……はい。グレイさん」

 

俺は入り口で待たせていたベルの肩を叩くと、『豊穣の女主人』に向かって足を進めた。

 

 

 

 

「いやはや、まさかベルとエイナさんがデートに出かけるとは思わなんだ」

「ち、違いますよ!あ、あれは僕の装備を新調するための買い物であって。デ、デートじゃありません!」

「いいかいベル。世間一般では年頃の男女が出かけるのをデートと言うのだよ」

「やめてくださいよぉ。エイナさんと出かけている間、すれ違った男性の冒険者さん達に凄く睨まれて怖かったんですからぁ……」

 

翌日の夕暮れ。ギルドからホームに向かう途中でベルと合流した俺は、今日1日あった出来事を話しながら歩いていた。

 

「大体、そう言うグレイさんはどうなんですか?今まで女性とお付き合いとかあったんですか」

「俺か?ふむ……」

 

ベルにそう尋ねられ、俺は今まで交流のあった女性に関する記憶を手繰り寄せる。

 

「……うぅっ」

「ど、どうしたんですか!?急に泣き出して?」

 

何故だろう、目から汗が止まらない。

 

「すまない。今まで交流の会った女性で記憶に残っているのが自称人見知りの鉄拳聖女さまとか、騎士とは名ばかりの狂戦士とか、たった1人で100人の騎士を屠る剣士といった武闘派ばかりだったものだから、つい。いや、他の女性との出会いはあったんだが、如何せん彼女たちの印象が強すぎてね……」

「だ、大丈夫ですよ。これから!これからそれを払拭する出会いがきっとありますって!」

「……ああ。そう、だな……」

 

などと男2人で他愛のない話をしながら路地裏を歩いていると、奥のほうから俺達以外の何かが駆けてくる音が響いている。この音は……2人か。しかも、大きさの違いから子供と大人であることがわかる。

 

「どこからだ……?」

「こっち……ですかね?」

 

ベルが普段曲がる道を覗き込もうとする。

 

「あうっ!」

「む?」

「えっ?」

 

出し抜けに、1つの影が目の前を勢い良く転がった。どうやら、曲がり角から身を乗り出したベルの足に引っかかってしまったようだ。

か細い悲鳴に慌てながら近寄ってみると……

 

「……パルゥム?」

 

神様よりも更に低い身長、触れれば折れてしまいそうな細い手足。1つ1つのパーツがとても小さいその外見は、食べたり踊ったり、騒いだりするのが大好きな亜人(デミ・ヒューマン)だ。

 

「大丈夫かい?」

「ぅ……っ」

 

もぞりと動いてその小さな体が起き上る。

幼い女の子だ。栗色のまとまりのない髪がうなじを隠し、何もかも小振りな顔立ちの中で、大きくつぶらな瞳が強い印象を与えてきた。

 

「追いついたぞ、この糞パルゥムが!」

 

ベルが手を貸そうとしたその時、道の奥から1人のヒューマンの男が現れる。

冒険者だろうか、ギラギラと輝く瞳はさながら悪鬼のような表情でパルゥムの少女を睨んでいる。

相手の表情や言動から、俺とベルは少女を隠すように立ち塞がる。

 

「……おい。邪魔なんだよ、そこをどきやがれ」

 

男の目には今の今まで少女しか映っていなかったのか、ここで初めて俺達のことに気づいたようだ。

対人戦に慣れていないのか、あるいは男の迫力に押されているのか、ベルの頬がひくついてる。逆に俺はいつも通り冷静だ。対人戦は今回が初めてではないし、この程度の迫力なぞ屁でもない。

 

「すまないが、こちらのお嬢さんに今から何をするつもりなのかな?」

「五月蝿え!そこのガキ共々さっさと消え失せろ!後ろのそいつごと叩っ斬るぞ!」

 

……困ったな。

事情は知らないが、こいつは間違いなく後ろの少女に酷いことをするだろう。しかも頭に血が上っているのか、説得も難しそうだ。

 

「テメェら……マジで殺されてえのか……!?」。

「まあまあ、一旦落ち着いたほうが……」

「黙れっ、何なんだよテメェらは!?そのチビの仲間か!?」

「いや、初対面だが?」

「そ、そうですっ」

「じゃあ何でそいつを庇う?」

「「女の子(紳士)だから」」

「巫山戯たことぬかしてんじゃねぇ!」

 

男は後ろに手をやると抜剣し、構える。

……仕方ない、死なない程度に痛めつけて黙らせよう。そう思った俺は『メイス』と『ガーディアンシールド』を装備して構える。反射的にベルもナイフを構えるが、緊張しているのか汗が吹き出ている。一歩間合いを詰めてきた男が次の瞬間、飛びかかってくる。

 

「止めなさい」

 

が、男の剣が振り下ろされることはなかった。

この場に割って入ってきた鋭い声、芯のこもったそれに振り向いた俺達の目に映ったのは、大きな紙袋を構えたエルフの少女だった。

エイナさんと似た整っている目鼻立ち。ハーフの彼女と違うところは、突き出ているその耳がより鋭角的な線を描いているという点。

確か、『豊穣の女主人』の店員のリューさん……だったかな?

 

「次から次へと……!?今度は何だァ!?」

「貴方が危害を加えようとしているその人達……彼らは、『豊穣の女主人(私達)』のお得意様です。手を出すのは許しません」

「どいつもこいつも、訳の分からねえことをっ……!ブッ殺──」

「黙れ」

 

──しんっ、と空気が凍る。

大声で散らしていた男は言葉を飲み込み、腰を抜かしたのか地面にへたり込む。股間のあたりに染みができ、徐々に大きくなっている。

 

「……っ、……!?」

()れるものなら()ってみろ、小僧。但し……相応の(殺される)覚悟がお前にあるならな」

 

俺は装備を『メイス』から『グレートメイス』に変え、最後通告を告げる。

 

「ひ、ひいいいいいいぃっ!?」

 

男は顔を青く染め、おぼつかない足取りで何度も転びながら退散していった。

 

「……やれやれ。大丈夫かい?ベル」

「だ、大丈夫じゃない……です」

 

ベルのほうを振り向くと、彼も同じように腰を抜かしていた。リューさんが素早く駆け寄り、手を差し出す。

 

「……グレイさん。貴方は本当にLv.1なのですか?」

「本当だ、何ならあとで背中の【ステイタス】を見せようか?それとも、俺がレベルを偽っているとでも?」

「いえ、先程の気はLv.1の冒険者が出せるようなものではなかったので……」

 

俺達の近くに来たリューさんが怪訝そうな表情で俺にそう尋ねる。

 

「まぁ、あれだ。女子供に手を挙げるのは許せない性分でね。つい、あんな気を発してしまっただけだ」

「そうですか……それで、その女子供というのは私とクラネルさんのことですか?」

「いや?もう1人いるんだが……ベル、さっきの女の子は?」

「あっ!そうでした。ねえキミ、大丈……あれ?いない」

「なに?」

 

周囲を見渡すが、先程までいたパルゥムの女の子は姿を消していた。

 

「誰かいたのですか?」

「ああ。その筈なんだが……」

 

もしかして、さっきので逃げてしまったのかな?

 

「では、私はこれで。今夜も、お待ちしてますよ」

「ああ」

「それじゃあ」

 

俺達とリューさんはお互いにお辞儀を交わし合い、その場で別れた。



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8話

竜のウロコとロイエスのソウルのドロップ率が低くて辛い。


翌日。ギルドで魔石の換金を終えて、ホームに帰る途中の路地裏。

 

「2万と……6000ヴァリスか。まずまず、といったところだな」

 

今日の稼ぎの詰まった袋の中身の確認を終え、ソウルに変換して体内に収納する。

 

「さて、今日は『豊穣の女主人』で何を食べようか?いや、たまにはホームで何か作るという手も……」

 

これからの予定を考えながら、ちらりと背後に目線を送る。

 

「………」

 

物陰からこちらを覗く人影。本人は上手いこと隠れているつもりのようだが、隠れる瞬間に髪の毛が一瞬だけ見えた。

 

「(……今日もか(・・・・))」

 

俺は溜息を吐き、肩を落とす。

怪物祭り(モンスターフィリア)での事件が収まって以来、毎日のように尾行されている。

 

「(何が目的か知らないが……毎日尾行されるのも鬱陶しいな)」

 

俺は再度、背後の人物に視線を送ると路地裏を走る。

 

「!」

 

相手も俺を逃すまいと、付かず離れずの距離を保ちながら走り出す。

俺は十字路を右に左に曲がり、或いはそのまま直進してを何度か繰り返すと、『霧の指輪』と『静かに眠る竜印の指輪』を装備して身を隠す。

少しして、俺を尾行していた人物が姿を現す。

 

「……馬鹿な。確かにあの男はここを右折した筈だ。だというのに、何故姿が見えない?身を隠せるようなものは何処にも──」

「動くな」

 

突如として背後から声が響く。女性は振り向こうとするが、首元に突きつけられている刃を前に動きを止める。

 

「そのまま、ゆっくり、こちらを振り向け」

 

女性は大人しく指示に従い、後ろを振り向く。

 

「……さて、お嬢さんの名前は?所属している【ファミリア】は?」

 

俺は首元に当てていた『打刀』を納刀しながら女性の素性を問う。

女性の髪は黒。白い戦闘服に、腰には短剣と杖を下げている。耳の形からして、エルフだろう。

 

「……私は【白巫女(マイナデス)】フィルヴィス・シャリア。【ディオニュソス・ファミリア】所属の冒険者だ」

「そうか……それで、俺に一体何の用だ?」

怪物祭り(モンスターフィリア)の時に現れた極彩色のモンスターを倒したという噂を耳にしたが、それは本当か?」

「ああ」

「なら、そのモンスターが落とした魔石も持っているな?」

「……これのことか」

 

俺は腰のポーチから取り出すふりをして体内から極彩色の魔石を取り出すと、女性の目の前にかざす。

 

「……ならば、着いてきて欲しい。詳しい話は場所を変えて行いたい」

「了解した」

 

 

 

 

俺が案内されたのは、闘技場近くの路地裏。例のモンスターが現れた現場はこの通りを直進してすぐの場所だ。

 

「……ディオニュソス様、お連れしました」

「ああ、ありがとう。フィルヴィス」

 

そして、俺の案内された場所にいたのは1人の男性……いや、1柱の男神だった。

首のあたりまで伸びる柔らかそうな金髪。華奢な体は中背で、手足はすらりと長い。品の良い物腰は、さながら富国の王子といったところだ。

 

「キミが【ヘスティア・ファミリア】のグレイ・モナークか。はじめまして、私はディオニュソス」

「はじめまして。それで、【ディオニュソス・ファミリア】の主神さまが俺に何か御用でしょうか?」

 

差し出された右手を握手して返す。

 

「単刀直入に言おう。例の極彩色のモンスターの件だが、キミにも協力してもらえないだろうか?」

「……理由を、教えてください」

 

俺がそう尋ねると、ディオニュソスさまは懐から魔石を取り出す。それは俺があのモンスターから取ったのと同じ、極彩色の魔石だ。

 

「それを何処で?」

「1ヶ月前、私の【ファミリア】の団員が3人殺された。子供たちは、何かを見てしまったために口封じに殺されたのだろう。この魔石は3人が唯一残した手がかりだ。私の子供たちの死とあのモンスターは関わりがあると見ている。もちろん、私の【ファミリア】だけではない。【ロキ・ファミリア】とも協力して、今回の件にあたるつもりだ。彼女の【ファミリア】も、あのモンスターに遭遇したらしいからね」

 

【ロキ・ファミリア】もか。うちの主神(ヘスティア)さまとあちらの主神(ロキ)さまは仲が悪いことで有名だけど……【ディオニュソス・ファミリア】と協力するなら問題はないだろう。

 

「……わかりました。ただ、俺は朝から晩までダンジョンに潜ってますし、Lv.1ですのであまり期待しないでください」

「Lv.1……ね。ロキが言っていたよ『あんなLv.1がおってたまるか!』ってね」

 

俺の返答に神ディオニュソスは苦笑した。

「では、俺はこれで」と立ち去ろうとしたところで、神ディオニュソスに呼び止められる。

 

「これは私の個神的(こじんてき)な質問なんだが……キミは何の為にダンジョンに潜る?」

「そうですね。強いて言えば……失ったものを取り戻す術を求めて、ですかね。──それじゃあ、貴方がたに火の導きがあらんことを」

 

 

 

 

「(ロキの言う通り、あの男……グレイ・モナークに対して既視感を感じたな。何故だ?私と彼は初対面のはずだ。なら、私は彼と何時・何処で会った?先程から頭を揺すっても叩いても浮かんでこない……。ああ、もどかしい!いっそのこと彼の主神であるヘスティアに直接……いや、彼女も知らないという可能性も無いとは言い切れない。ならば──仕方ない。今は例のモンスターの件に集中しよう!彼に対して既視感を感じる理由は後回しだ!)」

 

 

 

 

更に2日後。【ヘファイストス・ファミリア】バベル支店。

 

「はぁー……」

「……」

 

羽ペンを持っていないほうの手で頭を抱え、嘆息する神ヘファイストスと頭を下げる俺。

 

「時間を過ぎても姿を見ないからどうしたのかと心配してたら。自棄酒呷って宿酔いって……怒るを通り越して呆れるわ」

 

神ヘファイストスの言う通り、ヘスティア様は今朝から宿酔いで寝込んでいる。そんなわけで、ベルは神様の看護を、俺はこうして遅刻(最悪の場合休み)の連絡に来たというわけだ。

ミアハ様は「少し疲れているようだ(・・・・・・・・・・)。僅かでもいい、構ってやれ」とか意味深な発言をしていたけど……何か自棄酒を呷る原因があったのか?

 

「えーと……それで、ヘスティア様の件なんですが……」

「……そうね。今日来れなかった分は、残業って形で働いてもらうわ。ホームに戻ったら、彼女(ヘスティア)にそう伝えておいてちょうだい」

「わかりました」

 

「それでは」と再度頭を下げると、俺は部屋を去っていった。次は、ベルが雇ったというサポーターの娘にも連絡しないとな。確か、犬人(シアンスロープ)で、栗色の髪にクリーム色のローブ。そして、大きなバックパックを背負っているんだったな。ああ、それと頭痛に効くお薬をミアハ様のところで買ってこよう。

 

 

 

 

『……まだここに籠もっていたのか。たまには外の空気を吸ってみないのか?』

『いやよ。だって……私の右眼(これ)を見ると皆が「醜顔」って笑ったり不気味がるんだもの』

『まあ、右眼に関してはどうしようもないが……ほら、眼帯(これ)で隠せば問題はないだろう?』

『これ……私の為にわざわざ作ってくれたの?』

『ああ。それと……隠れているのはわかっているぞ?ヘスティア』

『……バレた?』

『当たり前だ。いや、それはどうでもいいんだが。しばらくヘファイストスの右眼の代わりをやってくれないか?無二の神友なんだろう』

『うん!任せてよ!■■■!さ、ヘファイストスも、早く行こうよ』

『わかったわ。それと……ありがとう■■■。ヘスティア』




なぜ神々はグレイに会うと既視感を感じるのか?それは彼の正体に関する重大な秘密に直結しています。


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9話

やっと竜のウロコが20個集まって竜頭石と竜体石ゲット。さぁ、次はロイエスマラソンだ……(古い混沌に飛び込みながら)。
お気に入り400件突破、ありがとうございます!これからもよろしくおねがいしますm(__)m


「あ、ヘスティア様」

「ん?おお、グレイ君!」

 

ギルドで魔石とドロップアイテムの換金を終え、ホームの入り口に着いたところでヘスティア様と会った。

 

「おやおや、今日も随分稼いだねー。まさか、グレイ君もサポーターを雇ったのかい?」

「いいえ?朝から晩までひたすらモンスターを狩りまくったらこんな額になっただけですよ」

「へー……Lv.1のグレイ君がソロでこんなに稼ぐって、他の冒険者が知ったら羨むだろうね」

 

金貨の詰まった袋(今日の成果)を見ながら感嘆するヘスティア様。まあ、間違ったことは言っていないな。

 

「ヘスティア様も、この時間までバイトお疲れ様です」

「いやー、本当に疲れたよ。ヘファイストスの言いつけなのか、子供たちが遠慮なく顎で使ってくるからさ」

「今までぐーたらしていたツケが回って来たんですよ。ヘファイストス様も、ヘスティア様の性根を叩き直そうと思ってのことでしょうし」

「うー……そう言われると反論できないのが辛い……」

「ベル、ただい……あれ?」

 

教会の隠し部屋に入ると、ベルがテーブルの上に突っ伏していた。

 

「おーい、ベル」

「ベルくーん。もしもーし?」

 

ヘスティア様がベルの肩を揺するが、反応がない。

 

「ヘスティア様、ちょっとどいてください」

「ん?」

「【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが来ているよ」

「──っ!?」

 

俺が小声で耳打ちすると、ベルはがばっと体を起こして正座する。

 

「えっ!?ちょっ、あの、えっと、その、これは──」

「ベル君。残念だけど、ヴァレン某君は来てないよ」

「……ゑ?」

 

慌てふためくベルにヘスティア様は冷静に声をかける。ベルも頭が回転を始めたのか、周りを見て状況を確認する。

 

「しかし……(ボク)の前で嘘をつくなんて、グレイ君も中々肝が据わっているじゃないか?」

「こうすれば一発で起きると思って言っただけですよ」

「……まあ、いいさ。それよりベル君、どうしたんだい?テーブルに突っ伏したりなんかして?寝るんならベッドかソファーの上で寝ればいいじゃないか」

「え?僕、そんなに寝てました?」

「うん、思いっきり熟睡していたよ」

「本を読んでいたのか?……ということは、慣れないことをして、睡魔に襲われたってところか?」

「……多分。そう、だと思います……」

 

混乱しているのか、ベルはこめかみを押さえて頭を軽く揺する。

 

「はは、可愛いね。ベル君のお茶目な一面を見れて、おかげでボクの仕事疲れも吹き飛んだよ」

「お、お茶目って……」

「それじゃあ、俺は夕食の準備──の前に、ヘスティア様の着替えが先でしたね」

 

ヘスティア様がクローゼットに向かうのと同時に、俺とベルは部屋を出る。「着替え終わったよ」とヘスティア様が扉から顔を出すと、改めて夕食の準備にとりかかる。俺達男2人はキッチンで準備を行い。ヘスティア様は食器の類を棚から出す。

 

「ベル君、あの分厚い本はどうしたんだい?まさか、君が買ってきたとか?」

「いえ、知り合いの方に借りたんです。たまには読書をしてみては?って」

「ふーん、後でボクにも見せてくれよ。あんな古めかしい本、あまりお目にかかったことないんだ。食指が動く、ってね」

「本、大好きですもんね、神様」

「じゃあ、ヘスティア様が読み終わった後で俺が借りてもいいかい?」

「はい。いいですよ」

 

夕食の片付けを終えてからシャワーを順番に浴び、そして今日も俺とベルの【ステイタス】を更新することにした。以前と比べて、ここ数日の更新頻度は高くなっている。

入り口で会ったときはああ言っていたけど、ヘスティア様も【ヘファイストス・ファミリア】の支店のお勤めに慣れてきたようで、時間を割けるくらいには余裕が出てきたらしい。

まずはベルから、ということで上着を脱いだベルはベッドでうつ伏せになり、ヘスティア様は針を取り出して神血(イコル)を滲ませる。

 

「ん~……おお?……相変わらず絶好ちょ……う?」

「……神様?」

「どうかしましたか?」

 

途中から口も手も止まったヘスティア様を俺とベルは怪訝に思った。

呼びかけて暫く待っていると……。

 

「……魔法」

「え?」

「魔法が、発現した」

 

とんでもない答えが返ってきた。

 

「ええええええっ!?」

「危ない!」

 

衝撃的な内容に仰天したベルは、上半身を海老反りのように起き上がらせる。

伴って、ベルの腰に乗っかっていたヘスティア様は投げ出され、ベッドから墜落する。後頭部が床にぶつかる寸前で、なんとか俺が受け止める。

 

「かっ、神様ぁー!?ご、ごめんなさいっ、怪我はないですか!?」

「な、なんとかね……。グレイ君、ナイスタイミングだったよ」

 

ヘスティア様は起き上がるとベルの腰に乗っかり、【ステイタス】を書き写す。

 

「さ、次はグレイ君だよ」

「はい」

 

俺は鎧を脱いでうつ伏せになり、【ステイタス】更新が終わるのを待つ。

 

「……はい。こっちがベル君の【ステイタス】で、こっちがグレイ君の【ステイタス】だよ」

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:B701→B737

耐久:G287→F355

器用:B715→B749

敏捷:B799→A817

魔力:I0

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

《スキル》

【】

 

グレイ・モナーク

Lv.1

力:I95→H101

耐久:I97→H104

器用:I89→I94

敏捷:I85→I90

魔力:I96→H101

《魔法》

【魔術】【奇跡】【呪術】

《スキル》

呪いの証(ダークリング)】【ソウルの秘術】【残り火】

 

「っっ……!」

「ほう……これはこれは……」

 

震える両手で用紙を持ちながら、必死に口の中で暴れる歓喜を噛み殺すベル。

瞳は宝石のように輝き、口元はにやけている。

 

「……魔法まで発現……これも……うーん、わからない」

 

ベルと対称的に、眉根を寄せるヘスティア様は顎に手を当てて何かを考え込んでいる。

 

「かっ、神様……グレイさん……魔法っ、魔法ですよ……!?僕、魔法を使えるようになりました……っ!」

「うん、わかっているから、取り敢えず落ち着こうか」

「だってグレイさん。魔法ですよ!?本の中の英雄が切り札と言わんばかりに放っていた、あの魔法が発現したんですよ!?」

「水を差すようで悪いけど、グレイ君の言うとおりだよ。それに、気になることもある。早速この魔法について考察しよう」

「はいっっ!」

 

深呼吸を何度かして、昂った全身を静めるベル。

 

「いいかい?かい摘んで話すけど、魔法っていうのはどれも『詠唱』を経てから発動するものなんだ。これくらいは知っているかな?」

 

ヘスティア様の問いに頷くベル。というか、前まで俺とパーティーを組んでダンジョンに潜っていたから見ているもんな。

 

「本題に入るね。ボクの友人に聞いた話だと、詠唱文は、魔法が発現した際【ステイタス】の魔法スロットに表示されるんだ。それを見て、君達は魔法のトリガーを得ることになる」

「あれ?でもこの用紙には『詠唱』が記載されてないですけど……」

「そう、そこなんだよ。おっと、ボクが書き忘れた(・・・・・・・・)なんて勘繰らないでくれよ?」

 

用紙には【ファイアボルト】と記載されているのみで、それらしき詠唱文は記されていない。唯一の情報は『速攻魔法』という説明のみ。

 

「ここからはボクの完全な推測だ。スロットに補足されている詳細情報、この文面からするとベル君の魔法は……『詠唱』が必要ないかもしれない」

「つまり、グレイさんの魔法と同じようなものであると?」

「今サラッと凄いことを耳にしたのは聞き流すけど。おそらく、そうだと思うよ」

 

「まぁ、明日ダンジョンで試し撃ちをすればわかる筈さ」というヘスティア様の鶴の一声で俺達は歯磨きを済ませ、消灯して寝ることにした。

ヘスティア様はベッドに、ベルはソファーに、俺は寝袋(お金を貯めて購入した)に潜り込んで眠りに……。

 

カサカサ……キィー、パタン

 

物音を聞いた俺は、寝返りをうつふりをしてソファーの方を向く。案の定、ソファーはもぬけの殻になっていた。

 

「やっぱり、ダンジョンに行ったんだろうな。……仕方ない、俺も行くか」

 

俺は寝袋から体を出し、装備を身に着けてバベルへ向かった。

 

 

 

 

「あ……」

「む……?」

「おや……」

「……」

 

ダンジョン5階層。

ベルが魔法(ファイアボルト)標的(モンスター)を見つけてはぶっ放し、見つけてはぶっ放してを繰り返したところで燃料切れ……精神疲労(マインドダウン)をおこして倒れたところで、ホームまで担いで帰ろうとしたところで下から上がってきた2名の冒険者と目が合った。

1名は知っている。怪物祭(モンスターフィリア)のモンスター脱走騒ぎの際に会った、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだ。もう1人は確か……【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴだな。

 

「あなたは、怪物祭り(モンスターフィリア)のときの……」

「お久しぶりです。アイズ・ヴァレンシュタイン」

「アイズ、彼は?」

怪物祭り(モンスターフィリア)の時、極彩色のモンスターを倒した人だよ」

「そうか、彼が……その節は、アイズ達が助かった。【ロキ・ファミリア】を代表して、礼を言いたい」

「いえいえ、こちらこそベルが危ないところを助けていただきましたから」

「ベル……その少年のことか?」

「ええ。……あの、『豊穣の女主人』で話題に上がったミノタウロスの……」

「……なるほど。あの馬鹿者(ベート)がそしった少年か」

 

リヴェリアは合点がいったと理解を示す。

 

「……あの、そろそろベルをホームに連れて帰ってもいいでしょうか?あまり長居するとモンスターが湧くでしょうか──」

「待って」

 

俺がベルを連れて帰ろうと近づいたら、アイズ・ヴァレンシュタインが待ったをかけた。

 

「私、この子に償いをしたい」

「……言いようは他にあるだろう」

 

硬すぎる、と溜息をつくリヴェリアとは対照的に、アイズ・ヴァレンシュタイン氏は2、3度瞬きする。

 

「まあ、この場を助けるのは当然の礼儀として……アイズ、今から言うことをこの少年にしてやれ。償いなら、恐らくそれで十分だ」

「何?」

 

リヴェリアがアイズ・ヴァレンシュタイン氏になにやら耳打ちしている。

 

「……そんなことでいいの?」

「確証はないがな。だが、この場を守ってもやるんだ、これ以上尽くす義理もないだろう。……それに、お前のなら喜ばない男はいないさ」

「そう……なの?男の人ってよくわからない……」

 

「いずれ、お前にもわかる時が来るさ」とリヴェリアはアイズ・ヴァレンシュタインを母親のように見つめながら顔を凛々しく構え、俺の方に目配せした。

 

「私たちは戻る。残っていても邪魔になるだけだろう。けじめをつけたいのなら、2人きりで行え」

「うん。ありがとう、リヴェリア。……ええと……」

「ああ、自己紹介がまだだったか。俺はグレイ・モナーク。機会があれば、また会おう」

「はい」

 

俺とリヴェリアは相槌を打ってその場を後にする。

彼女がいるなら、モンスターの心配はないだろう。少年(ベル)を守るのは、これ以上ない最強の守護者なのだから。

 

 

 

 

「グレイ・モナークといったか。アイズ達から聞いたが、例のモンスターを倒す際に魔法を使ったそうじゃないか」

「ええ。それが、何か?」

「『望郷』、『ソウルの大剣』、『ソウルの槍』。私の記憶が正しければ、その魔法は遥か昔……『古代』より更に古い時代に存在したとされる『ソウルの魔術』に分類される魔法だが。それを何処で、誰から教わった?」

「……申し訳ないが、それには答えられない。訳ありの身の上なのでね」

「そうか……。貴公に『ソウルの魔術』を授けた人物がいるのなら、お会いしてみたかったが……残念だ」



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10話

今回はかなり短いので、早めの投稿になりました。


「うぐぅ~……っ!」

「……何があったんだ、ベル」

 

ソファーにうつ伏せた体勢で、両手で掴んだクッションを頭に押し付けている。文字通り頭隠して尻隠さずというやつだ。昨夜、アイズ・ヴァレンシュタイン氏にベルの護衛を任せてからホームに帰って寝て。夜明け頃にベルが帰ってきたと思ったらコレだ。

 

「アレかい、おねしょでもしちゃったとか?」

「違いますよぉ~」

 

情けない声で否定するベル。いつもなら食ってかかるはずなんだが……。

 

「……本当に、何があったんだ?」

「情けない自分を思いっきり殴り倒してやりたいです……」

「……はぁ。何があったか詮索はしないけど、君はほんとに多感な子だよなぁ……」

 

のろのろと起き上がったベルは耳の辺りをまだ赤らめたまま、何とか朝食を取った。

 

「そうだ。ベル君、昨日のあの本を見せてくれよ。今日は昼まで暇なんだ」

「あ、はい。──どうぞ」

 

ヘスティア様は今日のバイトのシフトが午後からあるらしい。【ヘファイストス・ファミリア】の方も加え露店のバイトも続けているみたいだけど……体、大丈夫なのか?

 

「ふんふん、見れば見るほど変わった本だ、な……ぁ?」

 

表紙をじろじろと見て、何ページか無造作に目を通していたヘスティア様は、不意に動きを止めた。

かと思うと、目尻をひくひくと痙攣させ始める。まるで自分の与り知らない借金の請求書を見せつけられたかのように。

 

「コレは……魔導書(グリモア)だよ」

「「魔導書(グリモア)?」」

 

耳にしたこともない単語を聞き返す。

それと同時に、嫌な予感が汗という形で俺とベルの顔に表れる。

 

「な、何ですか、ソレ……?」

「簡単に言っちゃうと、魔法の強制発現書(・・・・・・・・・)……」

 

体中の汗腺が開いたような気がした。

 

「『発展アビリティ』なんて言ってもわからないと思うけど、とにかく『魔導』と『神秘』っていう希少なスキルみたいなものを極めた者にしか作成できない、著述書なんだ……」

 

察したのか、ベルは薄笑いを浮かべて石になった。

 

「君の魔法発現はこれが理由か……。ときにベル君、君の知り合いはこの魔導書(グリモア)についてなんと?」

「だ、誰かの落とし物と言ってました……」

「……」

「ね、値段は……」

「【ヘファイストス・ファミリア】の一級品装備と同等、あるいはそれ以上だ……」

 

ビキリッ、と。ベルの体に罅割れが走るような幻聴が聞こえた。

 

「ちなみに、1回読んだら効果は消失する。使い終わった後はただ重いだけの奇天烈書(ガラクタ)さ……」

 

重苦しい沈黙がホームに落ちる。

魔法を外部からの干渉で発現させるという貴重な書物。それをネコババした挙句、使い捨てた。ン千万ヴァリスする代物を、ベルがいただいてしまった……。

ちらり、とベルに視線を送ると、ショックのあまりソファーに座り込み呆然としていた。口から魂のようなものが抜け出ている。

ヘスティア様は、感情を殺した能面のような顔を俯きがちに、やがてベルの正面に足を運ぶと両手を肩に置き、語りかけた。

 

「いいかいベル君?君は本の持ち主に偶然(・・)会った。そして本を読む前に(・・・・・・)その持ち主に直接返した。だから本は手元にない。間違っても使用済みの魔導書(グリモア)なんて最初からなかった……そういうことにするんだ」

「「黒いですよヘスティア様(神様)!?」」

 

誤魔化す気満々じゃないですか!

 

「2人共、下界は綺麗事じゃ通らないことが沢山あるんだ。ボクはそれをこの目で見てきた。住む場所を追い出されたり、ジャガ丸くんを買えないほどひもじい思いをしたり、廃墟の地下室に閉じ込められたり……とんでもない額の負債を背負わされたり。世界は理不尽で出来ているんだ」

「それはひとえに神様のせいですっ!?」

「というか、何ですか最後の不吉極まりない言葉は!?」

 

俺達に何を隠しているんですか、ヘスティア様!?

 

「と、とにかくっ、この本を貸してくれちゃった人に、僕、事情を話してきます!」

「おお、行ってこい!」

 

ベルはヘスティア様の手から魔導書(グリモア)をひったくると扉に向かい、俺はヘスティア様を脇に抱えて動けないようにする。

 

「離せグレイ君!止すんだベル君!世界は、神よりも気まぐれなんだぞ!」

「「こんな時に名言を生まないでください!」」

 

ベルは本を片手にホームの扉を蹴破り、俺はヘスティア様を脇に抱えたままそれを見送った。

 

 

 

 

「……行ったな。さて、ヘスティア様。俺から1つ質問があります」

「……質問?」

 

俺はベルがホームを出たのを確認すると、ヘスティア様を下ろす。

 

「昨夜、ベルが魔法を発現させた時、何か言っていましたが心当たりでもあってんですか?例えば……【ステイタス】に消したような跡があるスキルとか」

「……ヒュー、ヒュー」

 

俺の質問にヘスティア様は顔を反らすと、わざとらしく口笛を吹き始める。

 

「……ヘスティア様~?」

 

俺は両手でヘスティア様の顔を固定し、目線を無理やりこちらに向ける。ヘスティア様のほうは目を合わせまいと必死で抵抗する。

 

「言ったほうが身のためですよ~?」

「君は主神であるボクを脅すのかい!?」

 

無表情で顔をじわじわ近づけながら言う俺にヘスティア様は尚も抵抗を続ける。

 

「……わかった、言うよ。言うから手と顔を離してくれ」

 

俺の額とヘスティア様の額がくっつくくらいの距離になったところでヘスティア様は白旗を揚げた。

 

「ベル君のスキルの名前は【憧憬一途《リアリス・フレーゼ》】。効力は『早熟する』、『懸想(おもい)が続く限り効果持続』、『懸想(おもい)の丈により効果向上』の3つだよ」

「……どうりで成長速度が早いと思ったら、そういうことだったか。それで、なぜ隠していたんですか?」

「理由は2つ。まず1つ、これはおそらくレアスキルだ。このスキルの存在が他の神々に知られたら、ベル君は神の玩具にされかねないからね」

 

なるほど、と俺は納得する。下界にいる神というのは往々にして娯楽を求めて天界から降りてきている。つまり、未知なるものを見ると子供みたいにはしゃぐのだ。そんな神々にベルの持つレアスキルの存在が知られたら、目を輝かせて飛びついてくることだろう。最悪ベルを……というか、ベルの保有するレアスキルを手に入れるためにありとあらゆる手段を使うだろう。

さすがヘスティア様、眷属(こども)のことをよく考えて──

 

「2つ目は……このスキルの発現した原因がヴァレン某だからだ」

「……はい?」

 

俺のなかで感動が音を立てて崩れた。

 

「ベル君がこのスキルを発現させたのは、5階層でミノタウロスに襲われたところをヴァレン某に助けられたあの日なんだよ。だから、あの件がこのスキル発現の切欠だと僕は考えている」

「良いじゃないですか。明確な目標をもって強くなっているんですから」

「良くないっ!ボクへの懸想(おもい)で強くなるならまだしも、ヴァレン某(他の女)への懸想(おもい)で強くなるなんて許してたまるかっ!」

 

だんっ!とヘスティア様は地面を強く踏む。

 

「だいたい、何なんだいベル君は!ハーフエルフのアドバイザー君といい、ヴァレン某といい、雇ったサポーター君といい、ボクという女神()がいながら他の娘にうつつを抜かしてさぁ!」

 

ヘスティア様は怒りをぶちまけるかの如く激しい地団駄を踏み始める。あ、これは怒りで我を忘れているな。

 

「ボクの何が不満なのさ!僕に何が足りないのさ!ベルく~ん!」

 

最後に、ホームの天井に向けてヘスティア様は大きな声で叫んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

「えっと……落ち着きましたか?」

「……ハッ!?」

 

溜まっているものを発散してスッキリしたのか、我に返ってくれた。

 

「と、とにかく。このことはベル君は勿論の事、他の者に話しては駄目だ、いいね?」

「わかりました」



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11話

ハッピーバレンタイン(血涙)
お気に入り500件突破、ありがとうございます。



あれから1日経った日の夜、【ヘスティア・ファミリア】のホーム。

ダンジョンから帰還したベルは、思い切ってヘスティア様にサポーターの少女のことを話していた。

 

「ベル君。そのサポーター君は、本当に信用に足る人物かい?」

「え……」

 

話を黙って聞いていたヘスティア様は、ゆっくりとベルに問い返した。

 

「君の話を聞く限り、そのサポーター君はどうもきな臭いように思える。君がボクのナイフをなくした時も……ああ、別に責めているわけじゃないよ。その日にちょうど行動を共にしたっていう彼女に原因……彼女が盗んだんじゃないかって思えてならない。……そういえば、グレイ君は前に彼女に会ったよね。第1印象はどうだった?」

「そうですね……強いて言えば、笑顔の裏でよからぬことを企んでいる、って感じでしたね。1度、あの手の人間を信用して痛い目をみたことがありますので」

 

忘れもしない。昔、鉄板のパッチ(ハゲ野郎)に騙されて崖に突き落とされて死にかけたことを。そして、そのあと喉元に剣を突きつけたら魔が差したから許してくれと命乞いをしたことを。 

俺の返答を聞くと、ヘスティア様は申し訳なさそうに眉を下げてベルと向き合う。

 

「ごめんね、こんなことを言って。でもボクはその娘のことを知らないから、どうしても客観的な口振りになってしまう。直接その娘と会った君とグレイ君のどちらが正しいか言われれば、どちらも正しいんだと思う。……でもボクは、グレイ君の経験のほうを支持する」

 

君の事が心配だから、と続けて、ヘスティア様は静かな神威を纏う。

 

「君の言う冒険者の男に疑われる何かを……いや後ろめたい何かを、彼女は隠し持っているんじゃないかい?」

 

君も勘付いているんじゃないか、とヘスティア様はベルの心の内を射抜くように告げる。

ヘスティア様に真っ直ぐ見つめられるベルは、しばし動きを止める。

 

「……神様、グレイさん。僕は──」

 

 

 

 

「……という事があってね」

「そうですか……ベルらしいですね」

「だな。ああなったら頑固だし、理屈では動かないだろうさ」

 

翌朝。西のメインストリートを外れた少し深い路地裏、【ミアハ・ファミリア】所有のお店。

ダンジョンに潜る前にアイテムを購入することにした俺は、この店に来た。ついでにミアハ様が薬の材料調達で不在、且つ客が来なくて暇だったという【ミアハ・ファミリア】唯一の構成員である少女ナァーザ・エリスイスと少しばかり世間話をしていた。

 

「さて、今日も精神力回復特効薬(マジックポーション)を買うよ。お代は?」

「グレイさん、たまには回復薬(ポーション)とかも買ってみませんか?精神力回復特効薬(マジックポーション)だけじゃなくて、他のアイテムも常備しておいたほうが安全ですよ……?例えば……高等回復薬(ハイ・ポーション)とか」

 

そう言うと、彼女は下の棚から試験管を取り出した。

 

「いやいや、Lv.1の俺にはまだまだ早いさ」

 

数万ヴァリスで販売されているそれの購入をやんわりと、遠回しに断る。お互い貧乏【ファミリア】所属であるが故に、かたや隙あらば売り込み、かたや費用を抑えようとする俺達の取引は日常茶飯事であった。

 

「……じゃあ、回復薬(ポーション)2本と精神力回復特効薬(マジックポーション)。セットで9000ヴァリス……」

 

彼女の提案を聞き、俺はすぐさま頭の中で計算を始める。

俺が普段買っている精神力回復特効薬(マジックポーション)は1本8700ヴァリス。そして、【ミアハ・ファミリア】の回復薬(ポーション)は最低価格が500ヴァリス。普通ならこれ2本を加え買うと9700ヴァリスになるが、今回は700ヴァリス値引きになる。

正直、回復手段は山ほどあるし、以前ミアハ様から無料で頂いたのが残っているが……万が一の備えは必要だな。

 

「わかった。それで買おう」

「ありがとうございます、グレイさん。今後も、うちをご贔屓に……」

「それじゃあ、また──っと、間違っても粗悪品を紛れさせているなんてことはしていないよね?」

「……失礼ですね、そんなことしませんよ……」

 

店を立ち去る前、俺が振り返ってそう問いかけると、ムッとした顔で彼女は返答した。

 

「そうか、それはすまなかった。じゃあ、また今度」

 

バイバイ、と手を振って別れを告げ、店を出る。

 

「……危なかった……」

 

おいおい。俺が完全に店から去るまで、その言葉は口にしないものだぞ?

 

 

 

 

「さて、今日も【ファミリア】の為に稼ぎ──あれ?」

 

西の大通りから中央広場(セントラルパーク)に足を踏み入れたところだ。少し進んだところに、見知った2人の人物がいた。1人は俺とベルのアドバイザーをしているエイナ・チュールさん。もう1人は【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだ。

エイナさんは彼女に頭を下げたと思うと、何やら話し込んでいた。……何かあったんだろうか?

そう思って近づくと──

 

「あの、ヴァレンシュタイン氏!」

「……?」

「ベル君は……ベル・クラネルは、貴方に助けてもらったことを本当に感謝していました!」

「ベルがどうかしたのか?」

「わあっ!?グ、グレイさん!?」

 

【剣姫】がバベルへ向かうのと入れ替わりに、俺が彼女に質問すると、かなり驚かれた。

 

「ま、まだダンジョンに潜っていなかったんですか?」

「ああ。精神力回復特効薬(マジックポーション)を切らしたから、知り合いの【ファミリア】で補充をね。で……何があった?」

「実は……」

 

俺が質問すると、彼女は詳しい経緯を話し始めた。

ベルが雇っているサポーターの少女が所属する【ソーマ・ファミリア】のこと。先程、その【ソーマ・ファミリア】の冒険者のパーティーがベルの雇っているサポーターの名を口にしてダンジョンに潜ったこと。そして、彼女の推測ではベルが厄介事に巻き込まれつつあることを。

 

「……なるほど、俺も行こう。……それでは」

「……お気をつけて!」

 

 

 

 

俺はダンジョンに入ると、ベル──ではなく、件の【ソーマ・ファミリア】の冒険者のパーティーを探すことにした。

 

「グウィンドリン様……ヨルシカ総長……暗月の名の下に、俺は再び剣を執ります」

 

俺はそう呟いて装備を変えて『霧の指輪』と『静かに眠る竜印の指輪』で姿を消し、ダンジョンを駆ける。

神罰を執行するために。

罪人に裁きを下すために。




次回以降の展開ですが。
A.フィルヴィス・レフィーヤ・ベートの3人パーティーにグレイが加入して、24階層へGO
B.パーティーに加入せず、そのまま原作3巻へGO
どっちにしようかな……


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12話

展開をどうするか決まりました。
それから、グレイが結んだ誓約ですが、ダークレイスを除く全ての誓約を結んでいます。
ダンまちの映画とアニメ二期楽しみですね!


「どれどれ……魔石に金時計に……おっ、こいつぁ魔剣じゃねえか!ひゃっはははははははは!お前、これも他の冒険者から盗んでたのかよ!」

「っ……!」

 

男の笑い声が響くダンジョン7階層。

そこでは1人の少女が痛みにもがき苦しんでいた。

彼女の名はリリルカ・アーデ。自分の所属する【ソーマ・ファミリア】から抜け出して自由の身になるため、自分を今まで苛み苦しめてきた冒険者から金品を奪ってきた。今回もある冒険者から金目の物を盗むために近づき、今日までその冒険者をサポートしてきた。そして、以前からしているようにその冒険者の隙を突いて金目の物を奪い。この階層まで来た。しかし、元雇い主である冒険者が協力者とやらを募ってここ(7階層)に網を張っていたのだ。

その結果、彼女は網に引っかかり。男から殴る蹴るの暴行(詫び)受けた(入れられた)。そして装備品を剥ぎ取られ、今に至る。

 

「くくくっ……!いいぜぇ、許してやるよ糞パルゥム。てめえからこんなプレゼントもらったんだ、俺も器のでけえところを見せてやらねぇと……なぁっ!」

「あぐっ!?」

 

2度に渡り腹を蹴られ、リリは悶絶した。

不味い不味い不味い。小さな胸の中で焦燥が一気に膨れ上がる。

何とか逃げ出さなくては悲惨な末路を迎えると、未だ衰えない凶暴な気配を前に悟った。

そしてちっとも息を吸い込めず、男の声が遠くに聞こえていると。

 

「おーおー、派手にやってんなぁ、ゲドの旦那ァ」

 

そこに第3者の声が投じられた。

 

「……っ!?」

「おっ、早かったな」

 

声の方向を見やると、ルームの通路口に見覚えのある男がいた。

先日、リリを脅迫して金を巻き上げようとした者の1人だ。これまで何度も彼女から金品を巻き上げ散々虐げてきた、【ソーマ・ファミリア】の冒険者だ。

リリは全て悟った。男の言う協力者とは【ソーマ(・・・)ファミリア(・・・・・)】。恐らく、昨日ベルと接触した後、彼女とひと悶着を起こしていた彼らを利用できると踏んで協力者を要請したのだ。

 

「聞けよ、カヌゥ。こいつ魔剣なんか持ってやがった。てめえらの読み通り、たらふく金を溜め込んでいるみたいだぜ、くははっ」

「……そりゃ良かった」

 

機嫌良く語る男──ゲドに、カヌゥと呼ばれた中年の獣人はどこか暗く湿っているその瞳を細める。機嫌を良くしているゲドはその様子に気付かない。

 

「ゲドの旦那。1つ提案があるんですがね……」

「なんだ、魔剣(これ)を寄こせってか?おいおい、俺がコイツを捕まえたんだ。これぐらいの役得は……」

「いえ、ね。魔剣(それ)だけじゃなくて、奪ったもん全部(・・・・・・・)置いていってほしいんでさぁ」

 

は?と中途半端に笑みを浮かべ固まったゲドが問い返す前に、カヌゥは背に隠していたそれを放り投げる。ぼとっ、と眼前の地面に転がった塊にリリは、ひっ、と悲鳴を漏らす。

 

「キ、キラーアントじゃねえかっ!?」

 

持ち運びやすいように下半身を断たれた、生殺し状態のキラーアント。全身に裂傷を負い紫血を撒き散らすモンスターは、口腔の開閉を繰り返しながら悶え苦しむように残った片腕を振り回している。

 

「最初は俺等全員でかかれば、とは思ったんですがね。ゲドの旦那のほうが到達階層は上なもんだから、もしかしたらお強いかもしれねえ。ってわけで、こういう方法(・・・・・・)を取らせてもらいました」

 

ぼとっ、ぼとっ、と再び投げ込まれる上半身のみのキラーアント。

いつの間にか別々の通路口にカヌゥと行動をともにする冒険者2人が現れ、彼の行動に倣っていた。投じられた都合3つの蟻塊が、ルームの中央で呪詛のような呻き声を木霊させる。

リリも、ゲドも一瞬で顔色を蒼白にさせた。

キラーアントは瀕死の状態に陥ると特別なフェロモンを発散する。それは仲間を呼び寄せる、特別な救援信号だ。

死に損なったあの蟻塊は、蟲の大群を召喚する時限爆弾に他ならない。

 

「しょ、正気かてめえらぁああああああっ!?」

 

3匹分ものフェロモンが延々と垂れ流されれば、一体どれだけの(仲間)が引き寄せられるのか。

ゲドの絶叫が響き渡る中、しかしカヌゥ達はぴくりとも表情を動かさない。

肥大化した金への執着を、『神酒(ソーマ)』に囚われた者の狂気を、青ざめるリリだけが正しく理解する。

 

「俺達とやりあっている間にそいつらの餌食になんてなりたくはねぇでしょう、旦那ァ?」

「ひっ!?」

 

ゲドが背にしていた通路から、5匹ものキラーアントが一斉に顔を出す。

この通路の出入り口は計4つ。その内3つの通路口はカヌゥ達に押さえられ、残り1つもたった今モンスター達によって塞がれた。怒りと恐怖と動揺で顔を目まぐるしく変色させるゲドは、千切れんばかりに歯を食い縛った後、リリから奪った荷物を全て放り投げる。

 

「く、くそった──」

 

ボギッ!

 

突如、ゲドの首が半回転した。それも、ゲドとカヌゥの間に現れた真鍮色の鎧を身に纏った人物の手で。

 

 

 

 

「なっ、何者だてめぇ!?」

 

目の前でゲドの首をへし折ったその人物に対し、カヌゥは剣を構えると問う。

 

「何時からこのルームにいた!?」

「……」

「どうやって姿を隠していやがった!?」

「……」

「答えろぉっ!」

「……」

 

カヌゥの質問にその人物は答えず。ゲドが背中に差していた剣を鞘から引き抜くと2、3度素振りした後にカヌゥ達の方を向き、ゲドの死体を投げ捨てた。……次の瞬間

 

ザンッ!

 

目にも留まらぬ速さで移動した鎧の人物は、カヌゥから見て右手の通路口に立っていた仲間の頭を輪切りにした。

 

「てめぇ!」

「おい馬鹿!やめろ!」

 

カヌゥの声を無視し、仲間の仇を取らんとばかりにもう1人が武器を手に走り出した。

 

「死──」

 

ズブッ!

 

鎧を纏った人物は振り向きざまに貫手を突き出し、心臓を貫いた。

 

「……」

「ひぃっ!」

 

胸部から手を引き抜いた人物は付着した血を払い、カヌゥ(自分)のほうを向く。次はお前だ、と告げるように。

 

「ま、待ってくれ!」

 

剣を握ったまま、相手を説得しようとカヌゥは口を開いた。

 

「あ、あんたもゲドの旦那と同じく、そこの小娘に金目の物を盗まれたんだろう!?それで物を取り返しにきた、そうなんだろう!?でもこの状況を見ろ!通路口は全部キラーアントでいっぱいだ、このままじゃ俺もあんたも共倒れになっちまう。そこでだ!今はお互い手を組んでこの状況を切り抜けようじゃないか!そしたら、そいつの荷物は全部あんたにやる!それで、俺はあんたが仲間を()ったことを墓まで持っていく!な、なんならそこの小娘もあんたにやる!まだ青臭いガキだが、サポーター以外にも役には立つぞ!?」

「……」

 

カヌゥは自身の行いを棚に上げ、何とか助かろうと命乞いを始めた。

カヌゥの提案に鎧の人物は答えず、ただ無言で近づく。カヌゥのほうも、更に口を捲し立てる。

 

「……じゃ、じゃあ『神酒(ソーマ)』も付けよう!それも市場に出回ってる失敗作じゃねえ、完成品だ!これでどうだ!?」

「……」

「た、頼む!どうか、どうか命だけは──」

 

ザンッ!

 

命乞いも虚しく、カヌゥの首は刎ねられた。

断面からは血が止めどなく流れ、恐怖に怯える目がダンジョンの壁を見つめている。

そしてそれを皮切りに通路からキラーアントの大群が現れ、カヌゥ達の亡骸に殺到した。

 

 

 

 

死んだ。自分を今まで苛み苦しめてきた冒険者達(連中)が、死んだ。首をへし折られ、刎ねられ、頭を輪切りにされ、心臓を貫かれ、最期にモンスターの餌となって……死んだ。

 

「……は、ははっ」

 

眼前の光景を見ながら、リリは壊れたように笑った。ざまあみろと、お前たちには相応しい末路だと言わんばかりに笑った。

 

(……ああ、そうだ)

 

地面に転がっている自分のもとに鎧の人物が来たのを視認すると仰向けになってダンジョンの天井を見つめる。

自分もそうだ、と。如何なる事情があろうと、自分のこれまでの行いは犯罪だ。己の救済という大義を掲げ、冒険者を騙しては盗み、騙しては盗んできた。仮に己の救済を成し遂げたとしても、その罪は消えない。

これが因果応報だというのなら、あの少年を騙した罰というのなら、少しは気が楽になる。

 

(……どうぞ、(リリ)に裁きを)

 

目を閉じ、祈る。次があるなら、今よりマシなリリになれるように。他人の手で人生を左右される、大嫌いな自分(リリ)から生まれ変わることを。

 

カラン

 

「……え?」

 

音のした方に目をやると、さっきまで鎧の人物が握っていた剣が地面に転がっていた。それどころか、鎧の人物の姿も消えていた。代わりに、自分はキラーアントの群れに囲まれていた。

 

(……まさか!)

 

あの人は、自分を見逃したのか?ゲドやカヌゥ達の用に殺さず、生かした?

それとも、生きることが自分への罰だというのか?

やっと神のもとに還れると思ったのに、やっとリセットできると思ったのに……。

 

(……あれ?)

 

だったら何故、今まで盗みを働いて生き延びてきた?死にたいのなら、首を括るなり毒を飲むなりすればよかったはずだ。迫りくる死を前に自分は、そんな考えが頭に浮かんだ。

 

(リリは……リリは……)

 

自分が本当に望んだこととは?

死か?

自由か?

それとも……?

 

「ファイアボルトオオオオオオォッ!!」

 

爆炎。

 

緋色の炎がルームに立ち昇り、あの冒険者の声が響いた。

 

「嗚呼……そうだったんですね。リリは……リリはッ……!」

 

 

 

 

「さて、ヴァレンシュタイン氏はどこかな?」

 

背後から鳴り響く爆音を聞きながら、俺は装備をいつものものに変えて下の階層へ向かう。

ベルの実力を考えると10階層かそこらでリリに物を掠め取られただろう。つまり、ヴァレンシュタイン氏はそこにいるということだ。

 

「お、見つけ……た……?」

 

10階層のところで、俺はヴァレンシュタイン氏を見つけた……が、何やら紙に書いている。

 

「……グレイさん。ちょうどよかった、1つ頼みがあるんです……」

「頼み?」

 

ヴァレンシュタイン氏は書き終えたのか、紙を丸めてこちらに差し出してきた。

 

「これを、【ロキ・ファミリア】に届けてほしいんです」

「いいですけど……どこか行くんですか?」

「……冒険者依頼(クエスト)を受けたから、ちょっと24階層に……」

 

「それじゃあ」と言うと彼女は下の階層……おそらく24階層に向かってしまった。

 

「なんだろう、こう……上手く言い表せないが……嫌な予感がするな」

 

俺は嫌な予感が外れることを祈りつつ【ロキ・ファミリア】のホームにこの手紙を届けるため、来た道を引き返した。




次回投稿はかなり遅れると思います。


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13話

お待たせしました。24階層での話は3つに分けて投稿する予定です。


「……まだか……」

 

【ロキ・ファミリア】のホーム、黄昏の館前で俺は人が来るのを待っていた。

遡ること数分前。アイズ・ヴァレンシュタイン氏の手紙を届けに来た俺は、門番の1人に渡したところ「そこで待っていろ」と言われた。渡したんだから帰らせてくれてもいいと思うんだが……。

 

「しかし、大きいホームだ……」

 

長邸という表現が似合う長大な館。狭い敷地面積に無理矢理築き上げ、高層の塔が幾つも重なり合い、お互いを補完し合っている。

オラリオ屈指の探索(ダンジョン)系【ファミリア】と聞いてはいたが、【ヘスティア・ファミリア(俺達)】のような零細【ファミリア】と比べても天と地ほどの差がある。

 

「……お、やっと来た」

 

こちらに近づいてくる足音のするほうに目をやると、先程の門番の人が戻ってきた。

 

「主神ロキがお呼びだ、ついて来い」

「?……わかった」

 

俺は門番の人に案内され、ホームの敷地に入った。

 

「ロキ様、お連れしました」

「ん、ありがと。戻ってええで」

 

そこには白いテーブル越しに向かい合う神ロキと神ディオニュソスがいた。そして神ディオニュソスの後ろにはフィルヴィス・シャリアが、神ロキの隣にはベート・ローガとレフィーヤ・ウィリディスがいた。

 

「念の為に聞くで。自分、これを10階層でアイズたんから渡すよう言われたってホンマか?」

「ええ」

「何処の誰から冒険者依頼(クエスト)を受けたか、聞いてへん?」

「いいえ」

「……わかった。ほんならな、自分、レフィーヤ達のパーティーに加わって24階層まで行ってくれへん?」

 

レフィーヤ・ウィリディス、ベート・ローガ、フィルヴィス・シャリアの順に指差した神ロキはそう言ってきた。

 

「ディオニュソスがな、『うち(ロキ)の信用が欲しい。信用は行動で勝ち取らなければならない』って自分とこの子も連れて行ってくれ言うたんよ。ほんで、自分はディオニュソスと協力しとるんやろ?だったら丁度ええと思ったんやけど……どうや?」

「……わかりました、俺も行きましょう」

 

「よし」と神ロキは頷くと隣にいるレフィーヤ・ウィリディスとベート・ローガのほうを向く。

 

「ちゅーわけでや。あの子も同行するから、準備しとき」

「はい」

「……あぁ」

 

 

 

 

ダンジョンに向かう途中。

 

「すまない、1ついいだろうか?」

「はい。何でしょうか?」

「さっき聞きそびれたんだが、俺たちがこれから向かう24階層に何かあるのか?」

「ロキから聞いたんですけど、24階層でモンスターが大量発生しているそうなんです」

「ほう、そんなことがあったのか」

「ええ。ただ……今のところギルドが目立った動きをしていないんです」

 

……なら、アイズ・ヴァレンシュタインに冒険者依頼(クエスト)を発注したのは何者なんだ?どこか他の探索(ダンジョン)系ファミリアがしたのか、それとも……

 

「でも、少し安心しました」

「安心した、とは?」

「だって、私1人じゃその……この空気に耐えるのは厳しいですから」

 

泣きそうな声で言うレフィーヤ・ウィルディスの目線の先には同行することになったフィルヴィス・シャリアとベート・ローガがいる。

フィルヴィス・シャリアのほうは、こちらが挨拶をしてもまったく返さない。ベート・ローガは彼女のその態度が気に入らないのか、刺々しいオーラを放っている。

パーティーの雰囲気がこれで大丈夫なんだろうか?そんな不安を抱きながら、俺はダンジョンに足を踏み入れた。




次回、18階層にGO


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14話

お待たせしました、24階層での話・中編です。それと、タグを追加しました。
お気に入り600件ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。


ダンジョン16階層。

 

「さっきの、並行詠唱ですよね?私もあれくらいできれば皆さんのお役に立てるのですが……」

「……」

「今訓練中なんですけど、何かコツでもあるんですか?」

「……」

 

無言で先へと進むフィルヴィスと、そんな彼女と何とか会話をしようと話しかけるレフィーヤ。

【ロキ・ファミリア】のホームからここまで、ずっとこれだ。終始無言。こちらが何を言っても返さず、表情も無愛想なまま。

 

「あの!私、フィルヴィスさんのことをもっと知りたいです!」

「……」

 

レフィーヤのその一言を聞いて、彼女が立ち止まって振り向いた。

 

「折角パーティーを組んでいるんですし──」

「……1つ言っておく。我々はパーティーではない。ただ同じ場所に向かっているだけだ。いいな」

 

それだけ言うと、彼女は再び進み始めた。

やっと口を開いたと思ったら、これまた冷たい態度で。

 

『…何か用か。誰かは知らんが、あまり私に関わらぬ方がいい。…そのほうが身のためだ』

 

だが、俺は知っている。ああいう態度をとる人間というのは、少なからず訳ありだということを。

お前もそうだったろ?……ルカティエル。

 

「やっと来たのかよ。おせーぞ」

 

到着した18階層入り口。先に進んでいたベートと合流した。ああ言っているが、入り口付近で我々が来るのを待つ辺り、悪いやつではないんだろうな。

 

「リヴィラに行くぞ。アイズが24階層の何処に行ったか、手がかりを掴めるかもしれねぇ……」

「ちょっと待った。フィルヴィスさん、今彼が指示を──」

 

彼の指示を無視して進むフィルヴィスの肩に俺が触れようとした瞬間──

 

「私に触れるな!」

「なっ!?」

 

彼女は振り向きざまに抜剣し、殺気に満ちた眼差しで俺を睨んできた。

俺は反射的に腰に下げている『黒鉄刀』に手を伸ばし、居合の構えをとる。

 

「ま、待ってくださいグレイさん!フィルヴィスさんも落ち着いてください!」

 

そこにレフィーヤが両腕を広げて割って入った。

 

「あの…その…エルフには他の種族との肌の接触を許さない風習があるんです……だからこれは反射的なことであって、別にグレイさんに殺意があるわけでは……」

「……そうか。そうと知らず、すまなかった」

 

俺は構えを解き、軽く頭を下げる。

 

「……少し頭を冷やしてくる。後で合流しよう」

 

彼女は短剣を鞘に収めると、そう言って何処かへ行ってしまった。

 

 

 

 

リヴィラの街。それはダンジョン内でもモンスターが産まれない、安全階層(セーフティポイント)に造られた水晶と岩に囲まれた宿場町。名前の由来は、初めて街を築き上げた女冒険者『リヴィラ・サンティーニ』を称えてつけられた。元々ギルドがここに拠点を設けようとして頓挫した計画を冒険者たちが勝手に引き継いで造り上げたらしい。だが、安全階層(セーフティポイント)といえどもここはダンジョンの中。異常事態(イレギュラー)が発生する度にこの街は壊され、そして冒険者の手で復活してを繰り返し、現リヴィラの街は334代目。つい1ヶ月前にもモンスターが暴れて壊滅しかけたらしい。俺たちがくぐった南門と、真逆の位置にある北門、そして東の湖側の断崖を除いて街は壁に取り囲まれている。いやはや、俺がダンジョンの壁で寝ていた1000年の間にこんな立派な街が出来ていたとはね。

 

「確かに、【剣姫】ならここに来たぞ。コレを預かってくれってな」

 

そう言うと眼帯を付けた大男──ボールス・エルダーは緑玉石(エメラルド)色のプロテクターを棚から取り出した。

あのプロテクター、ベルがエイナさんからもらったと言っていたな。

……今頃、ベルとリリルカは何をしているんだろうか?

俺たちがいるのはリヴィラの街にある換金場だ。その中で最も買取価格の高い店の主である彼は、この街に住む冒険者達のボスでもあるとのこと。

 

「あいつが24階層の何処に向かったか、手がかりを知らねえか?」

「う~ん、手がかりねぇ。ま、知らねぇこともねえが……」

 

そう言うと、いやらしい笑みを浮かべて親指と人差し指で輪を作るボールス。教える代わりに金を出せ、ということだろう。

 

ドン!

 

「さっさと言え、クソ野郎」

「パ、パントリーに行ったらしいです」

 

ベートがカウンターを叩いて詰め寄ると、一転して敬語で話し始めた。たかる相手を間違えたばっかりに……哀れな。

 

「つるんでいた連中と街中のトラップアイテムを買い込んでいたらしいです」

「誰かと一緒だったのか?」

「へぇ。ただ、目深にフードを被ってやがったんで、何処の誰かまでは……」

 

揉み手をしながらボールスが話し終えると、ベートは何処かへ行った。……フィルヴィスを探しに行ったのか?

 

「【剣姫】といい、あいつといい、ロキ・ファミリアの奴はよ~」

 

ベートがいなくなるなり拳を握りしめて歯ぎしりするボールス。しょうがないさ、相手が悪い。

 

「おいエルフ!金やるから一発ぶん殴ってこい!」

「嫌です。というか、私もそのロキ・ファミリアの一員なんですけど……」

「……じゃあ鎧着たそこのお前!金やるから、その刀でアイツの髪を剃ってこい!」

「断る」

 

というか、俺まで巻き込まないでくれ。

 

「……お、フィルヴィスさんだ」

「え?」

「なに?」

 

俺の視線の先、フィルヴィスさんの姿が見えた。それに釣られて2人も同じ方向を向いた。

 

「まさかお前ら、あの死妖精(バンシー)とつるんでんのか?」

死妖精(バンシー)?彼女の2つ名は【白巫女(マイナデス)】じゃないのか?」

「そうか、知らねえのか。……じゃあ、6年前の【27階層の悪夢】は知ってるか?」

「6年前……ああ、それなら知り合いから聞いたことがある。大勢の冒険者が闇勢力(イヴィルス)の罠にかかって亡くなったと」

 

俺が【ディオニュソス・ファミリア】と協力すると約束した次の日だろうか。ギルドからの帰り道でシャラゴアから聞いたんだった。

 

「そうだ。闇勢力(イヴィルス)の連中は『混沌を求める』だの『革命を起こす』だのぬかしていたが、実際は我儘放題やりたいだけのイカれた連中だった。好き勝手やった挙げ句、ギルドに追い詰められた幹部の白髪鬼(ヴェンデッタ)は27階層に冒険者をおびき寄せて大規模な怪物進呈(パス・パレード)をしやがった。誰も彼も道連れにするためにな。おかげで闇勢力(イヴィルス)は壊滅したが、冒険者(こっち)の犠牲も尋常じゃなかった。あたりは地獄絵図だったそうだ。見渡す限り血塗れでな。フィルヴィス・シャリア(アイツ)はその時の生き残りだ。ここに戻ってきた時には酷え面しててな、まるで死人みてえだった」

 

ちらり、と彼女の方を見る。まさか、そんな過去があったとはね。

 

「その後復帰した奴のパーティーはどういうわけかことごとく全滅した。都合4度。毎回生き残ったのはアイツだけだ。それ故に呪われた冒険者、死を呼ぶ妖精バンシーなんて呼ばれてな。ここしばらくは1人でしか潜っていなかったようだが、まさかお前らと一緒とはな」

 

そうか、それであんな冷たい態度でこちらを突き放していたのか。自分とパーティーを組んだ者は死ぬから、俺達を死なせたくないから、パーティーを組んでいないと言ったのか。

 

「でも……みんな偶然じゃないですか!」

「かもしれねえな。だが、冒険者(俺達)は生きるか死ぬか、ギリギリのところで戦っているんだ。好き好んで不幸を背負った奴と行こうとは思わねえだろ。……忠告はしたぜ。アイツと組むのはやめておけ」

 

呪い、不幸か……俺のように死ねない存在(人の皮を被ったバケモノ)になるよりはまだマシな部類だと思うがね。

彼女がいた場所に視線を再度送ると、いなくなっていた。

 

「さて、フィルヴィスさんとベートを探しに行こうか」

「え?……あっ、いない!?ボールスさん、ありがとうございました」

「おう。……死ぬんじゃねえぞ」

 

 

 

 

「お、いたいた……が、少し話しかけづらいな」

「……」

 

19階層に繋がる大樹に向かう橋の途中、フィルヴィスとベートを見つけたのだが、見つけるタイミングが悪かった。

仲間を見捨てて生き延びておきながらなぜ冒険者を続けられるんだと言うベートに対し、フィルヴィスは別行動をとろうと提案、そして、お前のその達観した態度が気に入らないと吐き捨てた彼は大樹のほうに向かってしまった。

 

「……グレイさん。ここは私に任せてください」

 

レフィーヤは意を決したのか、フィルヴィスに歩み寄った。

 

「アイズさん達、24階層のパントリーに向かったみたいです!直ぐに私達も──」

「よせ!私に構うな。私のことは聞いたのだろう」

「……はい。でも、私はこの先もフィルヴィスさんと一緒に行きたいです!」

「奴の言ったことを理解していないのか?」

「してます!でも私達はパーティーです!」

「パーティーなどではない!」

「パーティーです!」

「お前と組んだつもりはない!」

「組んでいます!」

 

フィルヴィスの過去を聞き、それでもパーティーを組んでいると言い張るレフィーヤと、それを否定するフィルヴィス。

 

『貴様も神々(やつら)のように人を縛るつもりか!』『否!闇の時代の到来こそが我ら人間を救う!貴様の語る理想など、妄言に過ぎん!』

 

この光景……ユリアの説得をしていた時を思い出すな。いやー、あれは文字通り命懸けだったな。

 

「一緒にいればわかることもあります!あなたは仲間を見捨てるような人じゃない。フィルヴィスさんの仲間もきっとそうです。あなたにだけは生き残って──」

「違う!私は仲間を殺した!同胞を救えず、私だけが生き残ってしまった!私は穢れている!」

「穢れてなんかいない!」

 

レフィーヤはそう言うとフィルヴィスの手を取り、顔を近づける。

 

「誰が何と言おうと、あなたは優しくて美しい人です!私なんかより、ずっと!」

 

レフィーヤのその一言が引き金になったのか、2人の間の空気が一気に弛緩した。

 

「…何故そんなことが言える。私とお前は今日会ったばかりではないか」

「そ…それはそうですが…だったら、これから良いとこ沢山見つけますから!」

 

頬を染めて顔を反らすフィルヴィスと、釣られて頬を染めるレフィーヤ。

 

「……ふふっ。お前は変わった奴だな。ウィリディス」

「フィルヴィスさん……」

「しかし共に行かないほうが良い。あの狼人(ウェアウルフ)にも、そう告げた」

「あー……そこは心配無用だと思うぞ」

 

俺がフィルヴィスの背後のほうを指差すと、彼女も釣られて振り向く。

 

「おいお前ら!さっさと行くぞ!」

 

そこには、先に19階層に向かったはずのベートが立っていた。

 

「お前。どうして……」

「バーカ。呪いだかなんだか知らねえが、そんなもんで俺がくたばるかってんだ。そこいらの雑魚と一緒にすんな。俺は死なねえ。てめぇがいてもいなくてもな。せいぜい足手まといになるんじゃねぇぞ、死妖精(バンシー)さんよ」

 

言動の悪さは変わらないが、節々から彼なりの優しさのようなものがにじみ出ている。

 

「……ああいう人なんです」

「……そうか」

「彼の言うとおりだ。なあに、安心したまえ。呪いも不幸も、降りかかる火の粉は俺が払うさ」

 

俺はレフィーヤとフィルヴィスの2人に親指を立てながらそう告げ、ベートのもとへ向かった。

 

「それはそうと、ベート・ローガ」

「……あんだよ?」

「君、中々面倒くさい性格をしているね」

「うっせえ!」

 

 

 

 

件の24階層に到着。

 

「さて、地図だと1番近いパントリーは──」

「待て」

 

地図を見ながら確認しようとする俺をベートは手で制すると、周囲の匂いを嗅ぎ始めた。

 

「……こっちだ、ついて来い」

「流石狼人(ウェアウルフ)。彼女の匂いを嗅ぎつけたのか?」

「ああ……だが、急がねえといけねえ」

「それは何故?」

「嫌な予感がする。団長(フィン)風に言うなら、親指が疼くってことだ」

 

「行くぞ」と言うなり駆け出すベートの後ろを、俺たちは着いて行った。いよいよきな臭くなってきたな……。




次回で24階層の話を終えて、次次回から原作3巻に突入……できるか不安です


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15話

お待たせしました。24階層での話・後編です。


24階層。

パントリーの中心部には赤色の巨大な石英(クォーツ)の柱。そして壁、地面、天井を緑色の物体で覆われていた。石英(クォーツ)の柱には蛇のようなものが巻き付いており、それを囲むようにモンスターの群れがいた。それは、怪物祭(モンスターフィリア)の時に現れた、蛇型のモンスターだ。更に、モンスターの群れの中には冒険者のパーティーがいた。その中の1人らしき人物は、フードのついた白いローブに白い仮面と白ずくめの人物に首を絞められていた。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

パントリーに到着するなり、そんな光景を目にしたレフィーヤは魔法でモンスターを蹴散らし、俺は白ずくめの人物の腕を『スナイパークロス』で撃ち抜いた。

 

「レフィーヤ!?」

「ルルネさん!どうしてここに!?というか、これは一体!?」

「私達にもよくわからない」

「おい!アイズはどうした?」

「すまない。【剣姫】とは途中ではぐれてしまった」

 

ルルネと呼ばれたレフィーヤと知り合いらしい黒髪の犬人(シアンスロープ)の少女。状況から察するに、彼女たちがアイズと一緒にいたようだ。

 

「治療は必要かな?」

「いえ……大丈夫です」

 

俺は水色の髪で眼鏡をかけた女性に『聖女のタリスマン』を手に駆け寄り、声をかける。小人族(パルゥム)の女の子に支えられながら、傷口を押さえて立ち上がる彼女は拒絶した。

 

「……わかった」

『アアアアアアッ!』

 

咆哮のしたほうを向くと、蛇型のモンスターよりも更に巨大なモンスターがいた。そいつの尾らしき部分には白ずくめの人物が立っていた。

 

「全く忌々しい……もうお前らは生きて帰さん!覚悟することだな」

 

声音からして男性なのだろう。そいつは腕に刺さっていたボルトを引き抜く。すると、あっという間に傷が塞がっていった。

 

「何者だ?ここで何をしている」

「ここはプラントだ。パントリーにヴィスクムを寄生させ、ヴィオラスを生産させるためのな」

「モンスターがモンスターを生むなんて、聞いたことがないぞ!」

 

男の言葉に対して、犬人(シアンスロープ)の少女、ルルネが吠える。

彼女の言う通り、モンスターはモンスターを生まない。モンスターは基本的にダンジョンが生み出す。但し、バベルが完成し、蓋としての機能を成す以前に地上に進出したモンスターという例外を除けばの話ではあるが。

 

「そんなこと、何の為に……」

「決まっている!深層から地上へヴィオラスを運び、迷宮都市オラリオを滅ぼすため!全ては彼女の願いだ!ヴィオラスも私も、彼女の望むままに行動する。彼女は、私に永遠を与えてくれた!」

 

男はそう言うと仮面を取り払い、こちらに素顔を晒した。

そして、その顔を見たフィルヴィスは、驚きに目を見開いた。

 

「……オリヴァス・アクト……!」

「何故ここにいる……闇勢力(イヴィルス)のオリヴァス・アクトは、【27階層の悪夢】で死んだはずです!」

 

白髪鬼(ヴェンデッタ)】、オリヴァス・アクト。6年前、【27階層の悪夢】で他の冒険者を巻き添えに死んだはずの闇勢力(イヴィルス)の幹部。噂をすれば影がさすと極東の諺にもあるが……これは洒落にならないぞ。

ちらり、とフィルヴィスのほうを見ると、憎悪に顔を歪め、唇を噛んでいた。

 

「ああ、確かに私は死んだ。だが、彼女によって蘇ったのだ!」

 

オリヴァスはローブを脱ぎ捨てる。すると胸部が蠢き、何かの結晶のようなものが出てきた。……まさか、あれは!?

 

「魔石!?」

「あなたは、人とモンスターの混成体とでもいうのですか!?」

「そうだ!私は彼女の手で暗い死の淵から救われ、生まれ変わった!私には彼女の声が聞こえる!空が見たいと!空が欲しいと!地中に深く眠る彼女が空を見るには、この都市は邪魔だ!取り除かねばならない!」

 

レフィーヤたちの問いに対する返答、そして己の目的を嬉々としてオリヴァスは語る。しかし、生前もそうだったのか、それとも復活の代償なのか、その目は狂気に満ちていた。

……まあ、そんなことはどうでもいい。目の前にいるアレは死にぞこないの亡者だ。そして敵だ。ならば、何時も通り殺すだけだ。

 

「(姿と気配を消して近づくのは時間がかかる。かと言って魔法の類を使うのは駄目だな。魔力に反応した蛇型モンスターに狙われる。弓やボウガンでは射程距離が足りないから大弓……というか、さっきからペラペラペラペラと五月蝿いな)『罪の炎』」

 

ボォン!

 

「ぐあっ!」

 

左手に『呪術の火』を灯して詠唱すると、オリヴァスの眼前で炎が収束し弾け飛ぶ。爆風でオリヴァスは地面に落下するが、腐っても元冒険者、上手いこと着地して立ち上がる。……ちょっとずれたかな。

 

「おのれ!ヴィスクム!ヴィオラス!」

『オアアアアアアアッ!』

 

奴の声と共に地面が隆起し、蛇型のモンスター、ヴィスクムとヴィオラスの群れが現れ、襲いかかってきた。

 

「各自、迎撃を!」

 

眼鏡の少女の指示を受け、俺たちはモンスターを迎え撃つ。

俺は右手に『黒鉄刀』、左手に『狂戦士の刀剣』。そこに『刃の指輪』で斬れ味を、『封壊の指甲』で耐久力を上げてモンスターを片っ端から斬り刻む。

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ】」

 

ヴィオラスの群れと戦う俺たちの後方で、レフィーヤが詠唱を始める。

魔力に反応した数匹のヴィオラスが彼女に狙いをつけた。

 

「フンッ!」

 

俺は両手の刀で何匹か斬り刻むが、1匹だけ斬り損ねてしまった。

 

「【同胞の声に応え、矢を番えよ。帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】──」

 

レフィーヤとヴィオラスの間にフィルヴィスが立ち──

 

「【ディオ・グレイル】!」

 

光の壁でレフィーヤを守った。

 

「【雨のごとく降り注ぎ、蛮族を焼き払え】」

 

彼女が詠唱を終えると、俺たちは一斉に下がる。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

放たれた火矢はヴィスクムとヴィオラスの群れを1匹残さず焼き払い、灰燼にした。だというのに、オリヴァスは不敵な笑みを浮かべている。

 

「これで終わりだと思ったか!?」

『オオオオオオッ!』

 

追加のヴィスクムが現れる。まったく、次から次へとキリがない。

 

「言ったはずだ!お前たちは生きて帰さんと!」

 

ボゴォン!

 

パントリーの壁が爆ぜ、中から2人の人影が出てきた。

 

「アイズさん!」

 

1人は金髪金目の剣士。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだった。よく観ると、怪物祭(モンスターフィリア)の時に纏っていた風がない。魔法なしで戦っているのか。

 

「情けないな、レヴィス」

 

レヴィスと呼ばれた赤い髪の女性。アイズと戦っていた女性に対し、オリヴァスはそんな言葉をかける。

 

「あの小娘がアリアか?……連れて行け、ヴィスクム!持ち帰るのは死体でも構わん!」

「やめろ!手を出すな!」

 

アリア?彼女の名はアイズ・ヴァレンシュタインのはずだが……っと、これはチャンスかな。

 

「手こずるお前に手を貸してやるのだ、感謝し──」

「『太陽の光の槍』」

 

ドォン!

 

『聖女のタリスマン』を右手に握り、極太の雷でヴィスクムの頭部を吹き飛ばす。

 

「馬鹿な!ヴィスクムが!」

「『浄火』」

 

ズブッ!

 

俺はオリヴァスに一気に近づき、詠唱と同時に『呪術の火』を灯した右手の貫手を奴の腹に突き出す。

 

「がっ……あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!?」

 

肉と臓物の焼け焦げる音と臭い、そしてオリヴァスの絶叫が響いた次の瞬間──

 

ボォン!

 

オリヴァスの腹が爆発し、上半身と下半身に分かれる。そして奴の体は灰になり、魔石だけが残っていた。

 

ブンッ!

 

「おっと」

 

レヴィスの振るった剣を回避し、2、3歩下がる。

 

「……やはり、足りないか……」

 

レヴィスは自身の左手を眺めながら呟くと、そのまま左手を握りしめて石英(クォーツ)の柱に叩きつける。

 

ビキビキビキ……

 

罅が蜘蛛の巣状に広がり、パントリーが揺れ始める。

 

「ここはもう持ちません!早く脱出を!」

 

眼鏡の少女がそう言うと、パーティーのメンバーが出口に向かって走り始めた。ベート、レフィーヤ、アイズの3名を除いて。

 

「っ!おい!早く脱出するぞ!」

 

天井から降り注ぐ岩盤を『タワーシールド』で防ぎながら俺は3人に、特に柱の前から一歩も動いていないアイズに呼びかける。

 

「アリア。59階層へ行け。そこでお前の知りたいことがわかるはずだ。……お前も勘付いているのだろう?」

「あなたは何を──」

「私は暫く力を溜めておく。次に会う時はお前を超える。楽しみにしていろ、アリア」

 

レヴィスはそう言うと、何処かへと行ってしまった。……って、今はそれどころじゃない!

 

「出口が塞がる前に脱出するぞ!早くしろ!死にたいのか!」

 

レヴィスが姿を消し、ここに留まる理由がなくなったからか、3人とも出口に向かって走り始める。

何にせよ、これで神ロキからの依頼も済んだ。さっさと地上に出て本拠地(ホーム)に……。

 

「あ」

 

なんてことだ。今の今まで忘れていた。俺は普段、ダンジョンから本拠地(ホーム)に帰るのは大抵夕飯時だ。だというのに、こんな夜遅くまで潜ってしまった。ヘスティア様とベル、凄く心配しているだろうな……。最悪、ありがたい説教があるかもしれないな。

 

「……今日は厄日だ」




次回から原作3巻です。さて、レフィーヤ魔改造計画を始めますか。……まだ未定ですけどね!


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16話

原作3巻&レフィーヤ魔改造、始まります。それに合わせてタグの変更をします。


【ヘスティア・ファミリア】本拠地(ホーム)

 

「……ただいま帰りました」

「グレイさん、お帰りなさい」

「ああ、グレイ君!今日はずいぶん長いことダンジョンに潜ってたね?」

 

おお?てっきり説教がくると思っていたんだが……そうでもなかったか?

 

「ええ。他の冒険者の方のパーティーに混ぜてもらって、下の階層まで行きました」

「何処まで行ったんですか?」

「24階層まで行ったよ」

「ふーん。……で?君がパーティーを組んだ冒険者は何処の【ファミリア】所属なのかな?」

 

にっこり、と。満面の笑みでそう問いかけるヘスティアさまだが、何やら黒いオーラのようなものがにじみ出ている。返答次第では雷が落ちるな、これは。

 

「……【ディオニュソス・ファミリア】です」

 

まあ、あながち間違いではないな。ベートとレフィーヤ──【ロキ・ファミリア】のメンバーもいたけど、あくまで【ディオニュソス・ファミリア】と協力しているわけだし。

俺の返答を聞くと、ヘスティア様はうんうんと頷く。

 

「…………なら良いんだよ。ディオニュソスとは天界にいた頃はご近所さんだったからね。けど、間違ってもロキとかフレイヤとかの眷属(子たち)とパーティーを組むなんてことはしないでくれよ?」

「肝に銘じておきます」

 

ふー、危ない危ない。これはディオニュソス様に感謝しないとな。

 

 

 

 

一方、【ロキ・ファミリア】本拠地(ホーム)では。

 

「(なんやこの【スキル】は……)」

 

主神ロキが羊皮紙を片手に、頭を抱えていた。

彼女の手には先程更新したレフィーヤ・ウィリディスの【ステイタス】が書かれているのだが……

 

大書庫(ビッグハット)

・魔法スロットの上限撤廃

・魔法の効果と詠唱文を完全に把握した場合、自動で魔法スロットに追加される

 

新たに追加された【スキル】。それも、都市でも屈指の大手【ファミリア】の主神である彼女さえも見たことのない名称と効果が書かれていた。

 

「(間違いなく【レアスキル】やな、これは。しかも魔法スロット撤廃というとんでもスキル。他の魔法使いが聞いたら卒倒もんや。それに2つ目の効果、完全にレフィーヤの覚えとる魔法の上位互換やな)」

 

レフィーヤ・ウィリディスが使用する魔法【エルフ・リング】。これはエルフの魔法限定で、詠唱と効果を完全把握していれば使用できるという効果を持ち、彼女の2つ名【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の由来となっている。

 

「(このスキル発現の切欠はおそらく……アイツ(グレイ)やろうな。ベートやフィルヴィスと行動してっちゅうのはないな)」

 

彼女は以前、リヴェリア・リヨス・アールヴから彼の使った魔術について聞いていた。曰く、エルフが古代の魔法──『ソウルの魔術』『奇跡』『呪術』の研究を行っていたが、ある国の手で研究資料を焼き払われてしまったと。

 

「ホンマに、あいつは何者(なにもん)なんや……」

 

 

 

 

3日後の朝。【ヘスティア・ファミリア】本拠地(ホーム)がある教会。

 

「初めまして、リリルカ・アーデです」

「きみが噂のサポーター君か。ベル君から話は聞いてるよ」

 

簡単な自己紹介をして一礼する犬人(シアンスロープ)──に変身したリリルカ・アーデと、相対する神ヘスティア。

昨日、ベルが人を本拠地(ホーム)に連れて来るとは言っていたが……彼女のことだったか。

 

「それじゃあ、俺とベルはお茶を淹れてきますね」

「うん、お願い」

 

~暫くお待ち下さい~

 

「お待たせしましたー」

 

俺が地下室からテーブルを持ってきて1人と1柱の間に設置し、その上にベルが人数分のカップを置く。

 

「さて、それじゃあ改めて……」

 

ヘスティア様がベルの腕を取って自分のもとに引き寄せる。

 

「初めまして、サポーター君。ボ・ク・の、ベル君が世話になったね」

 

『ボクの』を強調して宣うヘスティア。その雰囲気はさながら縄張りを守る虎のよう。手を出したら食うぞ、と視線が物語っていた。リリはぎょっとして頬を引きつらせ、俺とベルは何事かと困惑する。

 

「……」

 

数秒間の沈黙、そして──

 

「いえいえこちらこそ。ベル様にはいつもリ・リ・に、お優しくしてもらっていますから」

 

リリもベルの腕を取って自分のもとに引き寄せる。

 

「「……」」

 

ベルを挟んで睨み合い、火花を散らす1人と1柱。

 

「(助けて下さい……!)」

 

とうのベルはというと、俺のほうを見て救助を訴えている。

 

「ひとまずベルから離れて落ち着いて下さい。じゃないと、話が進みませんよ」

 

俺が手を叩いてそう言うと、それぞれベルの腕を離して座り直す。

 

「……それで、リリ。これからのことなんだけど、リリは今ホーム……寝泊まりする家がないんだよね?」

「はい。以前からそうでしたが、料金の安い宿を転々としています」

 

恥ずかしそうに笑う彼女を尻目に、ベルは俺とヘスティア様に目配せをする。俺は無言で頷き、ヘスティア様もしっかりと頷く。ぶすぅっとした表情をしながらだが。

 

「じゃあさ、もしよかったら……僕達(ヘスティア・ファミリア)本拠地(ホーム)に来ない?」

「……え?」

「というか、【ヘスティア・ファミリア】に入らないかい?まだヘスティア様とベルと俺しかいないが」

 

リリが【ソーマ・ファミリア】でやっていけないだろうことは、ベルからの話でわかっている。ならいっそ、と思ったのだろう。彼女を独りにさせるくらいなら、自分達の本拠地(ホーム)に迎えたいと。ベル自身の希望だ。

ヘスティア様から目立った反対はなく、後はリリが頷くだけだ。

 

「……ヘスティア様、よろしいんですか?ヘスティア様はリリのことを……」

「ふんっ……勘違いしないでおくれよ?いくら嫌な奴でも、身寄りのない子どもを放っておくのは、孤児達の保護者たるボクの存在意義に関わるんだ。再就職先が見つかるまで、少し面倒を見てやろうと思っただけさっ」

 

頬を染めて顔を背ける主神の素直ではない返答に俺とベルは苦笑する。

リリはその光景にクスリと穏やかな笑みを漏らした後、顔を横に振った。

 

「皆様、ありがとうございます。そのお気持ちだけで、リリは十分です」

「え……ど、どうして!?」

「これ以上皆様の優しさに溺れることが心苦しいのと……リリはまだ、【ソーマ・ファミリア】の一員ですから」

 

啞然とするベルにリリは淡く笑いかけながら、肩の上からそっと背中に手を伸ばす。彼女の背中に刻まれている【ステイタス】の存在に、ヘスティア様も眉をひそめた。

 

「リリはまだ【ソーマ・ファミリア】の構成員ですから、ベル様達の本拠地(ホーム)へは行けません。もしリリがベル様達の本拠地(ホーム)に通っていることがバレてしまえば、いらぬ火の粉が確実に皆様に及びます。そんなことになってしまったら、リリは耐えられません」

「ぼ、僕は別にそんなことっ……ぁ」

 

食い下がろうとするベルだったが、何かを思い出したように止まる。ことは(ベル)1人の問題ではない。そこには巻き込んでしまう家族が確かにいる。

ベルは沈痛そうに瞼を重くしながら、何かを考え込んでいるヘスティア様の方を見た。

 

「サポーター君、【ソーマ・ファミリア】脱退の条件は、いや脱退自体禁止されているのかい?君の主神から何か聞いてないかい?」

「ソーマ様はこれと明言しているわけではないのですが……恐らく、大量のお金が必要になってくると思います」

「金……か」

 

人員に次いで、資金は【ヘスティア・ファミリア】に圧倒的に不足しているものの1つだ。俺とベルのダンジョン進捗状況もあってそれなりに潤沢ではあるが、やはり生半可に過ぎる。せいぜい数十万ヴァリスが支払いの能力の限界だ。それに、もし俺達が脱退金を立て替えることができても、彼女は決して受け取らないだろう。

そもそも、【ファミリア】の脱退自体神達は嫌っている。その最たる例は情報漏えいだ。どんなに放縦な神でも派閥の最低限の管理だけはデリケートに行っているものだ。

 

「……自分の意思で【ファミリア】に入った人じゃなくても、許してもらえないんですか?」

「貴族の子は貴族、農民の子は農民ってことだよ、ベル」

 

構成員の間に子供ができれば、その子供が【ファミリア】に入団するのは義務だ。

主神にしてみれば、己の分身を作った時点でそれは当事者間の問題、自分は望んでなかったと子供が騒いだところで関与するところではない。

要するに、神の知ったことではないのだ。

脱退の許可は、結局、主神の度量次第。善良な神に恵まれるか否か。運がなければ、大金を請求されるか、無理難題を課せられてニヤニヤと見守られるかだ。

ベルは複雑そうな顔で、笑っているリリを見つめた。

 

「ソーマの協力が得られないとなると、『恩恵(ファルナ)』の引き継ぎ……改宗(コンバーション)も無理か」

「そうなりますね……」

「けど、君もこのままでいるつもりはないんだろう?いつか打診にでも行くつもりかい?」

「はい。今はまだ無理だと思いますけど、折を見てソーマ様のもとへと足を運ぼうと思います。良い返事が聞けるかどうかはわかりませんが……」

「じゃあリリ、これからどうするの?また他の宿に、1人で……?」

「実は顔馴染みのお店……まあ、リリ(・・)にとっては正確には違うんですけど、ともかく、気を許せるノームのお爺さんがいるので、そこで暫くお世話になろうかと思っています。あ、勿論働きますよ?なるべく変身も使わずに、ちゃんと認めてもらえるように努力します」

 

影もなく明るく答えるリリの言葉に、あてがあるとわかったベルは安心そうな表情になる。

 

「おいおい、そんな押しかけるような真似して良いのかい?何だったら、ボクのバイト先を紹介してあげようか?」

「いえいえ。リリは魔石点火装置(火の元)の扱いを間違えて、バイト先の露店ごと大爆発させる真似だけは御免被りたいので、丁重にお断りさせてもらいます」

「何故それを知っているッ!?」

「以前、北方面の安い宿を拠点にしていた時に耳にしたのですが。有名ですよ?ロリ神の祟りこと、北通りの天災の噂は」

「うわああああああっ!?ベル君とグレイ君の前でバラすなああああああぁっ!」

「むぐぐぐうっ!?」

 

ヘスティア様、あなた何やらかしちゃってんですか……。

 

 

 

 

北西のメインストリート、『冒険者通り』を通り、ギルド本部に来ていた。先程まで話していた【ソーマ・ファミリア】のことについて、報告だけでもエイナさんにするためだ。正午を過ぎた時間帯──多くの冒険者が迷宮探索に繰り出している頃なのもあり、ロビーは空いていた。混み合うほど人もいないため、直ぐにエイナさんを見つけることができた。

 

「お、いたい……た?」

 

受付窓口にいるエイナさんには、先客がいた。白い布に包まれた荷物を持って、カウンターを挟んで何事か相談している、1人の冒険者。あの後ろ姿は……。

 

「あ、ベル君にグレイさん」

 

2、3歩近づくと、エイナさんが俺たちの存在に気づく。緑玉色(エメラルド)の瞳がはっと見開かれた。

そして、その反応を追うように。

こちらに背を向けていた人物──アイズ・ヴァレンシュタインがゆっくりと振り返る。

ベルの方に視線をやると、ゆっくりと回れ右をして……ってコラコラ。

 

「まあ待ちたまえよ、ベル」

「は、離してください!グレイさん!」

 

逃げようと藻掻くベルを脇に抱え、俺は彼女たちのほうに進んでいく。

 

「何やってるの、キミは!いきなり走り去ろうとするなんて失礼でしょ!?あとグレイさん、グッジョブです」

「す、すいません、エイナさん……」

「なに、この程度のことは造作もないさ」

 

目の前で叱りつけてくるエイナさんにベルは反射的に謝り、俺はベルのことを離す。一応、逃げられないように後ろに立っておく。

 

「そ、それで、こ、これは一体どーいう状況で……!?」

「はぁ……ヴァレンシュタイン氏が、ベル君に用があるそうなの」

「ゑっ!?」

 

何が何だか理解が追いつかないベルに溜息をつきながら、エイナさんはそれだけを教える。アイズのほうに振り向くと、彼女は手にしていた荷物の布を解く。出てきたのは、緑玉色(エメラルド)のプロテクター。ベルは大きく目を見開いた。

 

「ダンジョンでこれを拾って、キミに直接返したいって。ヴァレンシュタイン氏は私に相談しに来てくれたんだよ?」

 

あのプロテクターは3日前ベルが落としてしまったものだ。それを拾った彼女は、そのまま冒険者依頼(クエスト)で24階層へ向かった時に18階層のボールスの店に預けていた。

 

「……ベル君、後は2人で話をつけるんだよ」

「ふ、2人でっ!?ま、待ってくださいエイナさん!?お願いですからっ、お願いですからまだここにいてくださいっ……!僕、死んじゃいます……っ!?」

「何言ってるの、男の子でしょっ。言わなきゃいけないことが沢山あるんだから、しっかり1人で伝えるの。いい?」

 

顔をぐっと寄せて何かをベルに言うと、エイナさんは俺に目配せをし、面談用ボックスのほうを指差す。

 

「……」

「まあ、頑張れ」

 

今にも泣きそうな顔で俺をじっと見つめるベルをその場に残し、エイナさんの後をついていく。

 

「そういえば、【ソーマ・ファミリア】のほうは?」

「今、運営自粛を求める告発文書を作成しています。あとは上に提出するだけです」

 

そう言うエイナさんだが、表情に陰りが見える。

 

「グレイさん。本当は私……悩んでいるんです。中立を謳うギルドの職員である私が特定の冒険者に肩入れしていいのかなって」

「良いんじゃないかな?自分の良心に従っての行動なら、むしろ胸を張るべきだ。それに、【ファミリア】の環境が変わって、リリのような眷属()が減ればギルドとしても万々歳なんじゃないか?」

 

まあ、後者に関しては「そうなったらいいな」という願望だがな。

 

「では、俺はこれからダンジョンに向かう。だから、あなたも暗い顔をしないでくれ。じゃないと、ベルが悲しむぞ?」

「そう……ですよね。よし!じゃあ、グレイさんもお気をつけて」




レフィーヤ魔改造その1。チートスキル発現。


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17話

お気に入り700件突破誠に、誠にありがとうございますm(__)m


ガサゴソ…………キィー、パタン

 

「む?……」

 

物音が聞こえたので目を覚ました俺は、体を起こして周囲を見渡す。

 

「……(ベル君)が1人……(ベル君)が2人……じゅるり」

 

涎を垂らしながら寝言を言うヘスティア様。

 

「……」

 

毛布が取り払われ、蛻の殻になっているソファー──ベルの寝床。

 

「(またダンジョンにでも行ったのか?)」

 

やれやれ、とため息をつきながら寝袋から抜け出し、装備を身に着けて部屋を出る。急いでいけば追いつくだろう。そう思って教会を出る。

 

「あの少年なら、ダンジョンに行ってないわよ」

 

バベルの近くに来たところで、俺は声をかけられた。声のした方向を見ると、シャラゴアが座っていた。

 

「何?じゃあ何処に行ったんだ?」

「あっちよ」

 

尻尾を北西の方に向けると、さっさと行けと言わんばかりに顎でしゃくる。

 

「わかった。それじゃあ」

 

俺がシャラゴアの指した北西の方に向かうと……

 

「あ、グレイさん」

「久しぶり……って言うほどでもないか、レフィーヤ・ウィリディス」

「レフィーヤでいいですよ」

「わかった。それでレフィーヤ、こんな時間にここで何を?」

 

俺はレフィーヤに遭遇した。こんな日も昇っていない時間だというのに、何をしているんだ?

 

「人を探しているんですけど……グレイさん、白い髪に赤い眼のヒューマンに会ってませんか?」

 

白い髪に赤い眼……ベルのことかな?

 

「奇遇だね。実はそのヒューマンは俺の所属している【ファミリア】のメンバーでね。目が覚めたら姿がなかったので、俺も探しているんだが」

「そうだったんですか。……あのヒューマン、一体何処に……」

 

キョロキョロと辺りを見渡すレフィーヤ。泥棒か何かを追跡するようなオーラが出ているんだが……。

 

「ふーむ…………ん?」

 

俺は『遠眼鏡』を取り出し、市壁の上を見る。そこには2人分の人影。1人は雪のように白い髪、もう1人は金色の髪。つまり、ベルとアイズだった。ベルのほうは大分ボコボコにされており、それをアイズが支えていた。

 

「見つけたぞ」

「何処ですか!?あのヒューマンは何処にいましたか!?」

 

俺は『遠眼鏡』をレフィーヤに渡し、ベルとアイズのいた辺りを指差す。

 

「なっ……!?」

 

震える手で一旦『遠眼鏡』から目を離すと顔を横に振り、再び『遠眼鏡』でその光景を見る。

 

「あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚──」

「ところがどっこい。現実だ」

「ーっ!?」

 

俺がそう告げると、レフィーヤの耳がだらりと下がり、光の消えた目から涙が溢れ出てきた。

 

「……とりあえず、涙を拭こうか?はい、ハンカチ」

「ありがとうございます……」

 

『遠眼鏡』と交換するようにハンカチを渡すと、彼女は涙を拭う。

 

「そういえば。何故ベルを追っていたんだ?」

「実は……」

 

少しして落ち着いたのか、ぽつりぽつりと話し始めた。

昨夜、次の遠征に向けた並行詠唱の訓練のために、今度こそアイズに剣術を教わろうと思ったが言えなかった。なら、偶然を装って頼んでみようと思っていたところ、彼女が何処かへ向かうのを目撃。彼女を探しているうちにベルと遭遇し、彼の挙動を怪しんで追跡。その途中で俺に会って今に至るそうだ。

 

「じゃあ、俺が教えようか?」

「えっ?」

 

俺の提案を耳にすると、顔をがばっと上げる。

 

「いいんですか!?」

「まあ、俺でよければ。いくら主神同士の仲が悪いといっても、個人的な交流をしていけない理由にはならないだろ?それに、俺もずっとダンジョンに籠もってモンスターを狩るだけっていうのに少し飽きてきたからね。気まぐれというか……ちょっとした暇つぶしだ。で、どうかな?」

「ぜひ!」

 

目をキラキラと輝かせ、俺の手を取って顔を近づける。本当に俺なんかでいいのか?……まあ、一度言った以上は責任を持たないとな。

 

「それじゃあ。今日の午後、早速ダンジョンで始めようか?そうそう、俺は9階層と10階層の間で大抵昼飯を取ってるから、そこに来てくれ」

「はい!」

 

それだけ言うと、俺とレフィーヤはそれぞれの本拠地(ホーム)へと帰った。

 

 

 

 

そして、約束の時刻……の少し前。

 

「(やった!グレイさんと訓練できる!)」

 

彼女がここまで喜ぶのには、理由があった。

4日前、24階層から帰還したあとで本拠地(ホーム)で【ステイタス】を更新したところ、新たな【スキル】が発現したと、主神(ロキ)から聞いた。しかも、その効果は自分が覚えている魔法【エルフ・リング】の上位互換だ。

 

「(この【スキル】があれば、グレイさんの使う魔法が私にも使えるようになる!更にグレイさん直伝の剣術と並行詠唱!つまり、今度の遠征でアイズさんのお役に立てる!)」

 

「よし!」と気合を入れ、ダンジョンへと足を踏み入れる。

全ては、憧れの人(アイズ・ヴァレンシュタイン)のお役に立つ為に。

 

 

 

 

ダンジョン9階層。

 

「お待たせしました」

「おう。じゃあ早速訓練……の前に、普段のパーティーでの役割を教えてくれないか?訓練の内容を決める参考にしたい」

「えっと……魔法による後方支援が主な役割です」

「そうか……なら、反撃は捨てたほうがいいな」

「え?でも、それじゃあ並行詠唱の意味が……」

「付け焼き刃の攻撃はかえって危険だ。なら、最初から回避に専念して詠唱に集中するべきだ。魔法の発動まで自分の身は自分で守る。それも立派な並行詠唱だろう?」

「……はい!」

「じゃあ始めようか。俺はとにかく攻撃するから、避けながら詠唱してくれ」

 

俺は右手に『不遜なる者のメイス』を、左手に『ブルーフレイム』を持って構える。

 

「それと、最後に1つ。死なない程度に全力で攻撃するから、覚悟しておくように」

「お……お手柔らかにお願いします」

 

こうして、俺とレフィーヤの訓練は始まった。



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18話

ダンまちの劇場版タイトル聞いて熊のぬいぐるみと女神様のセットが出てくるのは俺だけじゃないはず。


訓練2日目。

 

「『大回復』。大丈夫か?レフィーヤ」

「……はい」

 

満身創痍で倒れている彼女の傷を治すと、上半身を起こした。

 

「はい、回復薬(ポーション)。それを飲んだら、少し休憩しようか?」

「いえ…………続きをお願いします!」

 

回復薬(ポーション)の入った試験管を受け取ると栓を外し、一気飲みして立ち上がる。

 

「よしわかった。それじゃあ、詠唱を始めて」

「はい!【解き放つ一条の】ッ!」

 

『ブルーフレイム』の刺突を回避する。

 

「──【光、聖木の弓幹。汝、弓の】ッ!」

 

『不遜なる者のメイス』による振り下ろしを避ける。

 

「【名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の──あぐっ!?」

 

詠唱を終えると同時に『ブルーフレイム』の柄頭でレフィーヤの頭を殴り、蹴りで壁に叩きつける。

 

「『大回復』。大丈夫か?」

「………はい」

回復薬(ポーション)は……しまった、さっきのが最後の1本だったか」

「大丈夫です、こんなこともあろうかと2、3本ほど持ってきましたから」

 

そう言ってポーチから試験管を取り出すと、さっきと同じように一気飲みする。

 

「続き、お願いします!」

「いいね、そのやる気に満ち溢れた眼。その眼に敬意を表して、次からは魔法も使って攻撃しよう」

「はい!」

「『雷の杭』」

「【解き放つ一条の光、聖木の】」

「『闇の刃』」

「【弓幹。汝、弓の名手なり】」

「『ソウルの矢』」

「【狙撃せよ、妖精の】ぐっ!」

「『フォース』」

「がっ!?」

 

『不遜なる者のメイス』で脇腹を殴りつけ、『フォース』で体勢を崩したところに踵落としを打ち込む。

 

「『ぬくもりの火』。さて、少し休憩にしようか。俺の精神力(マインド)がそろそろ切れそうだ」

「………はい………」

 

『呪術の火』を灯し、『ぬくもりの火』を設置する。レフィーヤは体を起こして壁にもたれ掛かり、俺は近くの石に腰掛ける。

 

「グレイさん」

「なんだい?」

「グレイさん……何処で戦い方を教わったんですか?」

「急だな。どうして?」

「何と言うか……最近冒険者になったとは思えないほど戦い慣れているような動きなんです」

「……冒険者になる前は訳あって世界中を旅していてね。その前は故郷で職業軍人をやっていたよ」

 

もっとも、その故郷も既に滅んでしまったがね。

 

「それじゃあ、魔法は旅の途中で身につけたんですか?」

「ああ。というか、身につけないと死ぬような地獄の日々だったものでね」

「そうだったんですか……(私達(冒険者)は『恩恵(ファルナ)』があるけれど、それなしでモンスターと1人で戦うのは地獄かもしれませんね)」

「本当に地獄だったよ……(特に待ち伏せ&数の暴力がきつかった。犬や鼠、骸骨その他諸々の群れに囲まれて袋叩きにされ、何度死んだことか)」

 

かたや15歳程度の少女。かたや永い年月を彷徨ってきた不死人。ここで2人の考えが違うのは、2人の生きた年月と潜った修羅場の数と質の違いであろう。

 

「さて、そろそろ再開しようか。構えて」

「はい!お願いします!」

 

 

 

 

訓練3日目の夜。【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)

 

「『呪術』……『呪術の火』を触媒とする魔法。それを灯すには火に対する畏敬の念が必要だってグレイさんは言っていたけど……」

 

訓練の間にとった休憩中、彼から聞いたそれを思い出していた。

 

「火……火か……」

 

試しに目を閉じて右手に意識を集中させてみる。

火と聞いて最初に浮かんだのは、とある鍛冶貴族の『魔剣』のような何もかもを焼き尽くす火。次に暖炉のように、ぬくもりを与える火。或いは、松明のように暗闇を照らす火。最後に、自分の主神である火の神ロキ。

 

「ん~…………ん?」

 

右手に違和感を感じ、目を開けてみる。すると、右手には火が灯っていた。

 

「っ!?」

 

袖口を確認してみるが、燃え広がっている様子はない。左手で触ってみるが、熱さを感じない。

 

「(嘘っ!?『呪術の火』が灯ってる!?まさか、これって『スキル』の影響!?)」

 

その日、彼女は『呪術の火』を灯すことに成功した喜びから中々寝付けなかったそうな。

 

 

 

 

訓練5日目。

 

「確か、【ロキ・ファミリア】の遠征は明後日だったかな?」

「はい」

「つまり、今日と明日で終わりか」

「はい!ですので、今まで以上にビシバシお願いします!」

「うん。それはそうと……」

 

何時もの場所で合流して日程を確認したところで、レフィーヤの隣の人物に視線を移す。

 

「どうして君がいるんだい?フィルヴィス・シャリア」

 

レフィーヤの隣にいたのは【白巫女(マイナデス)】フィルヴィス・シャリア。以前、24階層に向かう時にパーティーを組んだ。

 

「ウィリディスから、貴公と並行詠唱の訓練をしていると聞いてな。手合わせでも願おうと思い、同行させてもらった」

「そうか……」

 

そう言う彼女の雰囲気は、以前のような刺々しさは鳴りを潜め丸くなっていた。

まぁ、その方が俺としては接しやすくなってありがたいが……変わるの早すぎじゃないか?あのハゲ野郎(パッチ)よりはマシだが。

 

「じゃあ、まずは俺との手合わせから始めようか。レフィーヤとの訓練は、その後にしよう」

「わかった。ウィリディス、できるだけ離れてくれ」

「はい」

 

レフィーヤが離れると、フィルヴィスは短剣と杖を構える。

俺は左手に『魔女の黒枝』を、右手に『デーモンの爪痕』を持って構える。

 

「相手に一発でも撃ち込んだほうの勝ち。ということでいいかな?」

「ああ。……見せてくれ、古の魔法を」

「『降り注ぐソウル』」

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】【ディオ・テュルソス】!」

「『黒火球』」

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】【ディオ・グレイル】!」

「『罪の炎』」

「くっ!」 

 

ガードの内側からの攻撃を避け、短剣を構えて接近してくる。

 

「『天の雷鳴』」

「ちっ!」

 

フィルヴィスは無作為に降り注ぐ雷を回避し、俺との距離を徐々に詰めていく。中々良い目をしているな。

 

「ふっ!」

「おっと」

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】」

「『沈黙の禁則』」

「【ディ──んぐっ!?(馬鹿な!詠唱ができない!?)」

「ふんっ!」

「がはっ!?」

 

『沈黙の禁則』で魔法を封じられて動揺した一瞬を突いて、『魔女の黒枝』で殴り飛ばす。

 

「俺の勝ち、だな」

「……そうだな」

「じゃあ、次はレフィーヤ」

「はい」

「ついでだ、君のアドバイスを少しいただけないかな?」

「アドバイス?私のか?」

「うん」

「しかし……」

 

ちら、とレフィーヤのほうを見るフィルヴィス。それに気づいたレフィーヤは「お願いします」と目で答える。

 

「……私でよければ」

「すまない。やっぱり、その道のプロの意見はありがたいからね」

「プロ……か。それなら、貴公の期待に答えよう」

 

「まずは……」と意見を話す彼女の顔は、とても楽しそうだった。

 

 

 

 

訓練最終日。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹】」

「『ファランの速剣』」

「【汝、弓の名手なり】」

「『深みのソウル』」

「【狙撃せよ、妖精の射手】」

「『炎の扇』」

「【穿て、必中の矢】」

「『白教の輪』」

 

『デーモンの爪痕』と『魔女の黒枝』、更に魔法を織り交ぜた攻撃を回避しながら詠唱を行うレフィーヤ。

 

「【アルクス・レイ】!」

「おっと」

 

回避した魔法は俺の横を通り過ぎ、ダンジョンの壁に激突した。

 

「凄いな、レフィーヤ。たった6日間でここまで成長するとは」

「いえいえ……皆さんのおかげです」

 

武器を仕舞って手を叩くと、彼女は照れくさそうに後頭部を掻く。

 

「さて、今日まで訓練を乗り切ったんだ。何か贈り物があってもいいだろう」

「そ、そんな、贈り物だなんて……」

 

俺は木箱を取り出し、手を突っ込んで探す。とうの彼女はというと、遠慮するように手を振る。

 

「まあまあ、そう言わずに……ん、これがいいかな」

 

俺は『叡智の杖』を取り出し、レフィーヤに手渡す。

 

「君が持っている杖より長くて扱いづらいかもしれないが、中々強力な杖だ。俺が保障する」

「い、いいんですか?これを私がいただいても」

「うん。他にも杖は持っているからね。それに、昨日フィルヴィスさんが魔法を託したのに、俺だけ何もしないのはアレだろう?」

「……わかりました。あの、早速これで魔法の試し射ちをしてもいいですか?」

「ああ。精神疲労(マインドダウン)にならない程度に、いくらでも射ちたまえ」

 

「それじゃあ」と言って俺たちは別れ、俺は地上へ、彼女は試し射ちのためダンジョンに残った。

 

 

 

 

「【アルクス・レイ】!」

 

グレイが去った後で、ダンジョンの壁に向かって魔法を射ち、杖の性能を比較するレフィーヤ。

 

「……凄い。これ、私がいままで使ってた杖の中で一番強力な杖……」

 

グレイから受け取った『叡智の杖』を見て感嘆の声をあげるレフィーヤ。

 

「(これがあれば、今回の遠征で皆さんの力に……)……あ。グレイさんから魔法を教わるの、忘れてた……」

 

肝心なことを忘れていたという事実が、喜びを一気に霧散させた。

 

「……それもこれも、あのヒューマンのせいです!」

 

「私は悪くない!」と、本人からすれば理不尽極まりない言葉が、ダンジョンに虚しく木霊した。

 

 

 

 

????

 

「オッタル、そっちのミノタウロスはどうだ?」

「……上々だ。これなら、フレイヤ様もお喜びになるだろう。アレン、そっちの牛はどうだ?」

「お前に言われるまでもねえよ。何時でも出せる」

「……そうか……」




次回、ミノタウロスvsベル。その後でミノタウロスvsグレイをやります。
作中で使用した『沈黙の禁則』ですが、イメージとしては「舌が上顎に貼り付く」感じです。


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19話

ベルvsミノタウロスからグレイvsミノタウロスの流れにしようと思っていたのですが、それだと尺が伸びそうなので、ベルがミノタウロスと戦っている頃にグレイもミノタウロスと戦っていたという流れに変更しました。
お気に入り800突破ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします。


「グレイさん。これをお願いします」

「おう」

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインとの訓練を終え、やる気に燃えているベルは、早くからダンジョンに潜る予定らしい。既に冒険者用のインナーとパンツを身に着けている。

 

「じゃあ神様、後片付けはやっておきましたから!」

魔石装置(火の元)だけお願いします!」

「あ……2人とも、ちょっと待って!」

 

軽鎧(ライトアーマー)の詰まったバックパックを持っていこうとするベルと、『物干し竿』と『タワーシールド』を背負った俺を、ヘスティア様が呼び止めた。俺たちは足を止め、ヘスティア様のほうに顔を向ける。

言葉に詰まっているようだが、何が…………なるほど、そういうことか。

ヘスティア様がちらりと見たものは、取っ手が卓上に転がる、壊れたマグカップだった。

 

「あー……そうだ、【ステイタス】を更新しておかないかい?2人共、ここ最近やってあげられなかっただろう?」

「ええっと……」

「やっておこうじゃないか。そこまで時間がかかるわけでもないんだ。なに、ダンジョンは逃げないさ」

 

俺のフォローにヘスティア様はサムズアップで答え、ベルも提案を呑んだのか眉を下げて笑う。

ヘスティア様がベルの背中に跨がり、針で神血(イコル)を指に滲ませ、【神聖文字(ヒエログリフ)】を刻んでいく。

 

「それにしても、1週間だったかな?よくもまぁあの【剣姫】のしごきに耐えたじゃないか。『耐久』の熟練度の伸びが、他のアビリティを差し置いて凄まじいことになってるよ?」

「……は、はははっ」

 

ベルの空笑いを呆れながら聞いて、【ステイタス】を更新していく。

案の定と言うべきか、作業が進むにつれヘスティア様の表情が不機嫌そうになっていく。実際、不機嫌なんだろう。

 

「ベル君。ちょっと掘り返すようで悪いんだけど、例の【剣姫】と何か……いかがわしいこと(・・・・・・・・)、してないよね?例えば……膝枕とか」

 

ぶっっ、とベルはうつ伏せの状態で吹き出した。げほげほとむせながら、耳を真っ赤にしていく。

ベルの反応から察したのか、ヘスティア様の心情を表すようにツインテールがウネウネと蠢く。

 

「あ、あの、神様!?【ステイタス】って、モンスター以外の戦闘でも強化されるものなんですか!その、訓練とか!」

 

ヘスティア様のツインテールが動きを止めたと思うと、ベルの肩に針がぶすりと刺さる。

(おとな)げない……。ベルもしくしくと泣き出している。

 

「ああ、強化されるよ。実戦や訓練がどうこうというより、真っ当な【経験値(エクセリア)】として体に蓄積されるかが肝なんだ。お遊びや、ただ作業しているだけじゃ評価されない。逆に訓練でも必死に打ち込めたなら、確かな糧として【経験値(エクセリア)】として認められるよ」

「それじゃあ……」

「しっかり身になったか否か、ってところだよ。ちゃんとした足跡(化石)を残せていたなら、後はボク達が発掘するからさ。……はい、終わりだよ」

 

全ての作業を終え【ステイタス】をじっくり俯瞰していたヘスティア様の口端が痙攣していた。おいおい、いったいどれだけ伸びたんだ?

 

「あっ……。神様、ごめんなさいっ、僕もう行きます!」

 

時計を見たベルは血相を変えて体を起こすと、器用にヘスティア様を脇に退かせて、そのまま荷物を持って扉へ直行した。

 

「ベ、ベル君っ、ちょっと【ステイタス】が……」

「ごめんなさい、帰ってから聞きます!行ってきます!」

 

慌てた表情でベルは部屋を後にした。

取り残された俺とヘスティア様。ヘスティア様は溜息をつくと、俺に【ステイタス】の書き写された用紙を見せてくる。どれどれ……

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:S982

耐久:S900

器用:S988

敏捷:SS1049

魔力:B751

 

「おいおいおい、何だこの上昇量は……」

 

 

 

 

ダンジョン9階層

 

『グレイ君、これ(・・)は何か良くないことが起きる前触れかもしれない。それがベル君に起こるのかグレイ君に起こるのか、それとも両方か……。とにかく、急いでベル君達と合流してくれ』

 

あの後、俺の【ステイタス】更新を終えたヘスティア様は、割れたマグカップを指差しさながらそう言った。

 

「さて、ベルとリリは何処にいるのかな」

 

『ささやきの指輪』を装備し、目を閉じて意識を集中させる。

 

「……この辺りにはいないか、下の階層に行ったか、それとも範囲外に──む」

『……逃げ……』

『……ぎゃあああぁ……』

『……ヴォォォォ……』

 

俺が今立っているルーム、その右方向から複数の冒険者の逃げ惑う声、または断末魔が聞こえ、その後にモンスターの雄叫びが響いた。

 

──さぁ、私に見せてちょうだい?あなたの暗い魂(ダークソウル)

 

いきなり頭に響いてきた、聞き覚えのある蠱惑的なその声に、俺は兜の中で不敵に笑むことで応える。

 

「はぁっ……はぁっ……!?」

『ヴフゥ……』

 

少しして、通路の奥から血塗れの冒険者と雄叫びの主──牛頭の怪物(ミノタウロス)が姿を現す。

右手には身の丈ほどの大きさの大斧。こびりついている血は先程の断末魔の主のものだろう。

すると、俺の中で何かがドクンドクンと脈動する。これは……『錬成炉』に強大なソウルを近づけた時にでる反応と同じだ。まさか、あのミノタウロスはそれだけ強大なソウルを持っているということか?……素晴らしい。

 

『ヴウオオオオオオォォォォォォッ!』

 

こうしていると、城下不死街とデーモン遺跡で牛頭のデーモンと戦ったあの日を思い出す。相手の武器が大斧なのは女神様の指示か?それとも眷属の独断か?中々粋な計らいをするじゃないか。

俺は右手の武器を『黒騎士の大剣』に、左手の盾を『黒騎士の盾』に持ち変え、ミノタウロスと相対する。

 

「……女神様の戯れに付き合うのも、悪くないな……」

「おい、何やってんだ、あんた!さっさと逃げるぞ!」

 

ルームを突っ切り、他の通路の入り口に着いた冒険者が、俺に声を張り上げる。

 

「……」

 

俺はその声を無視し、ミノタウロスへ1歩近づく。

 

「……どうなっても知らねえからな!俺を恨むなんてことするなよ!」

 

冒険者はそれだけ言うと、このルームを去って行った。

 

「さあ、殺し合おうじゃないか!デーモンもどき!お前のソウルは、一体どんな武器になるのかな?」




次回、ミノタウロスとバトル&ソウル錬成します


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20話

ミノタウロスvsグレイ戦&ソウル錬成回です


「……ごめん、もう1回お願い」

「だから!すぐ下の9階層に、ミノタウロスがいたんだよ!」

「お、俺も見たぞ!」

 

ダンジョン8階層。遠征に向かっていたアイズ達【ロキ・ファミリア】のメンバーが通過しようとしている十字路、その右手方向から表れた冒険者2名の様子が気になった【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒュリテ。彼らに一体何が起きたか訊ねたところ、冒頭に至る。

 

「もしかして、私達が逃がしたミノタウロスなんてことは……」

「んなわけねえだろ?1匹残らず仕留めた筈だ」

「それに、私達の討ち漏らしだったとしたらおかしいわ。あの遠征から1ヶ月経つのよ?そんなことがあったら、第三級以下の冒険者達の被害は馬鹿にならないわ。そんな噂、1つも耳にしたことがない」

「……申し訳ない。貴方がたが見たものを、僕達に詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

「あ、ああ……」

 

毅然とした態度の小人族(パルゥム)──【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナに見上げられながら、相手の冒険者は順に語った。

いつも通りダンジョンに潜っていたら、ルームへと繋がる一本道の奥で、ミノタウロスと白髪の少年(・・・・・)の姿を一瞬捉えたこと。すぐに響いてきたその少年のものと思われる叫喚とミノタウロスの遠吠えに当てられて、急いでこの階層まで逃げてきたこと。そのミノタウロスは、冒険者の大剣を装備していたこと。

そしてもう1方の冒険者は、ルームを移動している最中にミノタウロスの襲撃を受けたこと。それから逃げる途中、全身鎧に青いサーコートを纏った(・・・・・・・・・・・・・・・)人物とすれ違ったこと。逃げるよう呼びかけても無視するその人物を置いて、この階層まで逃げてきたこと。そのミノタウロスは、冒険者の大斧を装備していたこと。

 

「大剣と大斧だぁ~?」

迷宮の武器庫(ランドフォーム)じゃなくて?」

「は、はい。間違いないです……」

「……今日までに、ミノタウロスの目撃情報は?」

「ないないっ、あってたまるか!」

「団長……」

「ああ、いよいよきな臭くなってきたね」

 

事情を聞き出した【ロキ・ファミリア】は自分達の討ち漏らしではないと確信するが、その一方で事に対する不審さを深める。

フィンを始めとした勘の良い者は、これが意地の悪い神の戯れ(・・・・)ではないかと察しかけていた。

少なくとも、神の何者かが関与しているものだと当たりをつけるが、そうする以外に状況を説明できない。

フィン達先遣隊は完全に進行を止めてしまっていた。

 

「その白髪の少年を見たのは9階層の何処?」

 

そんな中で、金髪の少女が1人動きを見せる。

 

「はっ?」

「あなたが見た冒険者が襲われていたのは、何処ですか?」

「う、動いてなければ……9階層の奥のほうのルームに……」

 

言い終わるより早く、アイズは走り出していた。冒険者がやって来た通路を、風のように疾走する。

 

「アイズ!?」

「何やってんだ、お前!」

「ちょっとあんた達、今は遠征中よ!?」

「……フィン」

「ああ、わかってる……隊はこのまま前進!当初の予定通り、最短距離で18階層まで進め!指揮はラウル、君が執るんだ!」

「はい!」

「僕はアイズ達の後を追う!リヴェリアは、ティオネと一緒にもう一方のミノタウロスの方に向かってくれ!」

「わかった」

 

指示を飛ばした団長(フィン)はアイズ達の後を追い、ラウルの指揮の下に先遣隊は進行を再開する。

 

「……さて、大斧を持ってるほうのミノタウロスは9階層の何処で見た?」

「こ、この先の階段から9階層に入って、東にずっと進んだところにあるルームだ……」

 

自分が今しがた通ってきた通路の奥を指差す冒険者にリヴェリアは礼を述べ、ティオネと共に走り出した。

 

 

 

 

『ヴォッ!』

「おっと」

 

大上段に振り下ろされる大斧。それを難なくグレイが回避すると、地面に亀裂が入る。ミノタウロスは地面にめり込んだ大斧を引き抜きながら、グレイを殺気に満ちた赤い目で睨みつける。

 

「うわー、おっかない、おっかない」

 

同じLv.1の冒険者であれば、恐怖で震える筈の光景を前にして、グレイは何時も通り冷静であった。

彼からすれば、目の前のミノタウロスは所詮デーモンもどき(・・・)。彼が今まで戦ったデーモンと比べれば、圧倒的に弱い。

それは個体による力もさることながら、戦う状況によるハンデもあった。例えば、狭い通路と見張り塔からの狙撃。狭い庭に2匹の犬。一歩足を踏み外せば溶岩で足を焼かれる等々……。

ところが、今回は溶岩も犬もない、広いルームで1対1の戦闘。となれば、心置きなく戦えるというものだ。

 

「フン!」

『ウッ!』

 

グレイの長大な黒い刀身を持つ剣──『黒騎士の大剣』による右からの斬り払い。それをミノタウロスは大斧の柄で防ぎ、受け止める。

 

「なるほど、良い筋力(パワー)だ。……だが」

『ヴゥ!?』

 

剣を両手で持ち、そのまま押し出すとミノタウロスは2、3歩後ずさる。

 

「……それだけでは勝てんよ」

『ウオアァァァァァァッ!!』

 

たった一言。そのたった一言が、ミノタウロスの逆鱗に触れた。

怒り狂ったミノタウロスは、大斧を振り回す。力任せに、ただただ振り回す。目の前にいるあの獲物を、物言わぬ肉塊に変えるために。

ミノタウロス(モンスター)に人の言葉は通じない。モンスター(ミノタウロス)は人の言葉がわからない。だが、雰囲気でわかる。あれは挑発であると。自分をコケにしていると。

 

「あらら、もしかして怒っちゃった?」

 

嵐のように襲い来る刃を軽やかに避けながら、グレイはそんなことを口にする。

 

『アアアアアアァッ!!』

「ぬん!」

 

大斧による左からの薙ぎ払い、グレイは『黒騎士の盾』を構えて全身に力を込めることで防いだ。──次の瞬間。

 

『ッ!?』

 

大斧の刃が粉々に砕け、柄だけがミノタウロスの手に残った。

無理もない。碌に手入れもされず、ミノタウロスの筋力で振り回され、冒険者を屠り、ダンジョンの壁・床に何度も叩きつけられてしまえば、こうなるのは必然である。

 

『ヴヴォォォォォォォッ!!』

 

ミノタウロスは大斧からただの棒きれになった得物を投げ捨てると右の拳を握りしめ、虫でも潰すように叩きつける。

 

「フンッ!」

 

グレイはそれを『黒騎士の盾』で一瞬受け止め、そのまま左に受け流す。力の方向を変えられ、ミノタウロスがバランスを崩す。

追い打ちをかけるようにグレイはミノタウロスとの距離を詰め、剣を両手に持って上半身を捻り、力を溜める。

 

『ヴゥッ!!』

「おらぁ!」

 

体勢を立て直したミノタウロスが拳を振るうよりも、グレイの方が速かった。

黒い刀身はミノタウロスの厚い体皮、高密度の筋繊維、そして高硬度の骨を切断し、ミノタウロスを両断する。

 

『ヴゥモオォォォォォォ──!?』

 

ミノタウロスの断末魔が、ルームに響き渡る。

真っ二つになった体は地面に横たわり、傷口から灰と化していく。降り積もる灰の中には、魔石とドロップアイテムである角ともう1つ、小さな赤い炎が揺らめいていた。

 

「ほぅ、これがあのミノタウロスのソウルか」

 

俺は目の前にあるその炎を手に取り、体内から人の頭ほどの大きさをした灰色の球体──『錬成炉』を取り出す。

 

「さて、早速ソウル錬成を始めるか」

 

モンスターの気配が無いことを確認し、その場に座り込んで錬成炉を置き、中にソウルを入れる。すると、小さかった炎が大きくなっていく。

 

『ソウル錬成をしたいとは、君も物好きだね……』

 

俺が「ソウル錬成をやってみたい」と言った時、(ルドレス)は嬉しそうに微笑んでいた。

 

『……じゃあ、早速始めようか。まずは、錬成したいソウルをこれに入れてくれ』

 

俺は錬成炉に両手を入れる。

 

『次に、両手を入れるんだ。その時、雑念を捨てるんだ。そうしないと、錬成に失敗してしまうからね』

 

静かに目を閉じ、意識をソウルに向ける。

 

『では、目を閉じてソウルに意識を集中させるんだ。……イメージが流れ込んできたかい?そう、それがそのソウルで錬成できるものだよ』

 

頭の中に流れてきたイメージを掴むように両手を握り、手を引いていく。

 

『イメージを掴んだかい?なら、両手をゆっくり引いていくんだ。焦らないで、焦らないで……』

 

出てきた手を見ると、柄のようなものを握っていた。そのまま引いていくと、柄はどんどん伸びていく。柄を引き出していくこと数十秒後……

 

「……できた……」

 

俺が両手に握っているのは、大きく口を開けた牛の頭を思わせる刀身に、俺の背丈ほどの柄。黒ずんだ赤を基調とした色合いの片刃の大斧だった。

 

「さて、この大斧にはどんな名前をつけようか。立派な名前が良いな、うーむ……」

 

斧だから『アクス』か『アックス』は外せないな。あとはその前に何をつけるか……牛……牛……

 

「……オックス。猛牛の大斧(オックス・アックス)と名付けよう」

 

「我ながら良い名前が浮かんだな」と一人満足して『錬成炉』を収納し、早速猛牛の大斧(オックス・アックス)を背負って立ち上がる。

 

「さて、ベルとリリを探しに行くか」

 

そう思って振り返ったところ、【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴと【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒュリテが立っていた。

 

「すまないが、通してもらえないかな?同じ【ファミリア】のメンバーを探している途中でね」

「……件の少年は、この階層の奥のルームにいるそうだ。動いていなければ、の話だがな」

「それはご丁寧にどうも」

 

彼女の情報を基に向かおうとしたところ、ティオネとリヴェリアに挟まれる。

 

「あー……これはどういうことで?」

「貴公には訊きたいことが山程ある。我々も同行させもらう」

「……」

 

リヴェリアがそう言うと、ティオネが静かに身構える。力づくでも訊きだすつもりか。

 

「……ご自由に」

 

俺の返答を聞くと、俺の隣をリヴェリアが歩き、後ろからティオネがついてきた。




オックス・アックスの外見ですが、DQMJ2プロフェッショナルのタウラスの持ってる斧がモチーフです


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21話

「レフィーヤから聞いたぞ。貴公、『ソウルの魔術』のみならず『奇跡』と『呪術』も使えるそうだな」

「ああ」

「何処の誰から教わったか……」

「すまないが、教えられないな」

「……そうだろうな。わかっていたさ」

 

ベルがいるとされる9階層奥のルームまでの道中。俺はリヴェリアからの質問に答えている。

 

「貴公の倒したあのミノタウロスだが、間違いなく『強化種』だろう」

「ほー」

「それを相手にあそこまで冷静でいて、なおかつ討伐してのける……本当にLv.1か?」

「ああ。なんなら、ここで【ステイタス】を見せようか?」

「……いや、いい。次の質問だ。貴公、あのミノタウロスを倒したあとで座り込んでいたが、何をしていた?」

これ(・・)錬成して(つくって)いた」

 

背負っている猛牛の大斧(オックス・アックス)を指差し、答える。

 

「材料は何だ?ミノタウロスの角……は違うな、大きさが釣り合わない。魔石か?」

「いや、ミノタウロスの『ソウル』を使ったよ」

「……もしや、『ソウル錬成』か!?」

「そのとおり」

「馬鹿な!『ソウル錬成』は我々人類の四大禁忌(タブー)に数えられる所業だ!それを一切の躊躇いもなしに……」

「使えるものはなんでも使う。それだけだ」

「……いや、『ソウル錬成』という、遥か古代の(わざ)を現代で行った事自体ありえない!あれは存在を記す資料・伝承があるのみで、今までにそれを誰かが成し遂げたなど聞いたことが……」

「聞いたことはなくとも、ついさっきその目で目撃したじゃないか」

「むぅ……」

 

俺の返答を聞いて、リヴェリアは顎に手を当ててぶつくさ言い始めた。

 

「……」

 

ちらりと背後のティオネに視線を送ると、睨まれてしまった。なんでさ。

 

「では、次の──」

 

質問を口にしかけたところで、リヴェリアの目線が前方に向けられる。俺もつられてそちらを見ると──

 

「ベル!リリ!」

 

ベルを背負っているアイズと、リリを抱きかかえている【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒュリテがこちらに向かって走っているのが見えた。

 

「グレイさん……」

「ベルとリリの容態は!?」

「2人とも疲労で眠っているだけなので、大丈夫ですよ」

 

アイズの報告を聞き、俺は胸を撫で下ろす。

 

「リヴェリア、この子達をバベルに届けてくるね」

「ああ」

「じゃあ、俺は一旦帰らせてもらう。団員の命が最優先なんでな。そちらの質問には、またの機会に」

「わかった。その言葉、忘れるなよ」

 

俺たち3人はそのまま地上へ向かって走り始めた。

 

「俺は主神(ヘスティア)さまを呼んでくる!ベルとリリはバベルの治療院に運んでくれ!」

「はい!」

「任せて!」

 

俺は【ヘスティア・ファミリア】本拠地(ホーム)の廃教会で俺達の帰りを待っているヘスティア様のもとへ向かい、アイズ達はバベルの治療院へ向かった。

 

 

 

 

「フレイヤ様。ただいま帰還いたしました」

「開いているわよ」

 

部屋の主の許可を得て、猪人(ボアズ)猫人(キャットピープル)が扉を開けて入室する。

 

「まずは……お疲れ様。そして、よくやったわ。オッタル、アレン」

 

女神(フレイヤ)からの労いの言葉を受け、2人の従者は頭を垂れる。

今回の件は、ベルの可能性とグレイの闘う姿を見たいという彼女のお願いから始まった。

ベルは彼の魂の輝きを曇らせる要因となっているミノタウロスへの恐怖(トラウマ)を克服させるために。上層の弱小モンスター相手では物足りなく感じているであろうグレイに、異常事態(イレギュラー)との遭遇(せんとう)という刺激を与えるために。

そして、彼女が2人に提示した条件は2つ。1つ、彼らにぶつけるモンスターはミノタウロスであること。1つ、彼らと直接接触してはならない。この2つを守るのなら、強化方針は任せるという命を受け、オッタルとアレンは今日まで中層に潜っていた。

ベルは恐怖(トラウマ)を克服させるという理由があったが、グレイの場合はミノタウロスでも足りないというのが本音であった。しかし、中層までのモンスターかつ、デーモンを彷彿とさせる人型のモンスターはそれしかいなかった。もちろん、人型であることのみを基準に選ぶのなら、あるモンスター(・・・・・・・)を除けばシルバーバックやオークなど他にも候補はある。だが、人型のデーモンとは角が生えていなければならない。これだけは譲れない、彼女のこだわりであった。

結果は、フレイヤが《神の鏡》越しに見ていたとおり。ベルはミノタウロスと激闘を繰り広げ、見事これを撃破。グレイはミノタウロスとの戦闘を楽しみ、見事撃破してのけた。

 

「(あの子(ベル)の魂の輝き、素敵だったわ……思わず気をやってしまうくらいに。それに……あの人(グレイ)の魂の輝きも相変わらず素晴らしかった)」

 

まぶたを閉じれば鮮明に浮かんでくる。2人の魂が輝いたあの瞬間を思い出しては熱っぽいため息をつき、疼く下腹部に手を当てる。

 

「フレイヤ様。貴女に1つ、質問がございます」

「おいオッタル、お前何を──」

「何かしら?オッタル」

 

止めようとする仲間(アレン)の言葉を遮り、フレイヤはオッタルの言葉に耳を傾ける。

 

「鎧を纏ったあの男……グレイ・モナークとは、何者なのですか?」

「そうね──」

 

オッタルの問いに対し、彼女は微笑みながら答える。

 

「──あの人こそは最強の英雄(かいぶつ)。立ちはだかり、牙をむく全てを打倒し、世界の理を作り変えた(いけにえ)。人ならざる身で人の身に余る偉業を成し遂げた代償に、世界から置き去りにされた怪物(えいゆう)よ」




次回から原作4巻開始です。


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22話

原作4巻スタートです。
(゚Д゚)←お気に入り件数を見た時の顔
これからも宜しくお願いしますm(__)m


がやがやと喧騒に包まれるギルド本部。

 

「……」

 

そんな中、ギルドの職員エイナ・チュールは綺麗な笑顔で固まっていた。

彼女の隣では同僚のミイシャ・フロットが石のように固まり、書類の山を落下させていた。

2人がこうなっているのは、窓口を挟んで嬉しそうな笑顔を向ける少年──ベル・クラネルにある。

 

「……ベル君、もう1度お願い」

「だから、Lv.2になったんです!」

「誰が?」

「僕が!」

「何時?」

「3日前です!」

「……最後にいいかな。ベル君、冒険者になってどのくらい経った?」

「1ヶ月半です!」

 

その言葉を最後に、ヒューマンとハーフエルフの間で、無言の笑みが交わされ続ける。

再び窓口で列をなそうとしている冒険者達が、彼女達の様子を見て怪訝そうな顔を浮かべる。

石像となった同僚(ミイシャ)を傍らに置くその光景が、膠着すること少し。

エイナは、ぎしっと音を鳴らして椅子から立ち上がり──爆発した。

 

「1ヶ月半で、Lv.2~~~~~~っ!?」

 

周囲のざわめきを呑み込む大音声。

本部にいた者全てを振り向かせる叫び声が、雷鳴のように響き渡る。

そしてエイナの前にいたベルは、身を大きく仰け反らせるのだった。

 

 

 

 

「──なんてことになってるんじゃないですかね」

「……だろうね」

 

【ヘスティア・ファミリア】本拠地(ホーム)。エイナさんに報告してくると言ったベルを送り出してから、俺はそんなことを口にした。ヘスティア様もその光景が頭に浮かんだのか、苦笑した。

あの騒動から3日が過ぎた。

ミノタウロスとの戦いで心身ともに疲弊していたベルは2日間バベルの治療院で眠り続け、その間は俺が単独(ソロ)でダンジョンに潜って金を稼いでいた。

そして今日、ベルのランクアップを祝うパーティーを【豊穣の女主人】で開くことになっているので、俺はダンジョンに潜らずこうしてのんびりしていた。

 

「確か、今日って『神会(デナトゥス)』の日でしたよね?」

「うん。ベル君が【ランクアップ】したから、ボクはあの集会への出席権を得たね」

「そして、『神会(デナトゥス)』は【ランクアップ】した冒険者に称号(ふたつな)を与える場でもある」

「そうだね。つまり、ベル君も称号(ふたつな)が与えられる……けど、問題はそこじゃない」

「『1ヶ月半で【ランクアップ】』……神々が知ったら大騒ぎするでしょうね。それが【レアスキル】によるものだったら尚更です」

「そう。だから、ベル君の【スキル】はなんとしても隠し通さなきゃならない」

「……大丈夫ですか?」

「……絶対に隠し通してみせるさ。あの子(ベル君)の未来のためにも」

 

いつになく真面目な表情で拳を握りしめるヘスティア様を見て、俺はひとまず安心する。

 

「(異常(イレギュラー)ぶりなら君も負けず劣らずなんだけどな……)」

 

内心でそう呟きながら、ヘスティアはグレイのほうをじっと見る。

ベル君がミノタウロスと激闘を繰り広げていた頃、グレイ君もミノタウロスと戦っていたと聞いた時は目眩がした。その後で【ステイタス】を更新しても、【ステイタス】は伸びてこそいたが、【ランクアップ】までは至らなかった。

 

「(普通なら【ランクアップ】してもおかしくないはずなのに……君はいったい何者なんだい?)……なぁ、グレイく──」

「神様!グレイさん!ただいま帰りました!」

 

グレイ君に質問を置こうなおうとしたところで、ベル君が帰ってきた。

……仕方ない、また次の機会を待つことにしよう。

 

「おかえり、ベル」

「おかえり、ベル君。それで、決まったかい?君の選ぶアビリティは」

「はい。僕、『幸運』のアビリティにします」

「……そっか。じゃあ、早速始めようか。君の【ランクアップ】を」

 

緊張した面持ちでベルが同意すると、【ステイタス】の更新を始める。

 

「とうとうベル君もLv.2になったか……と言いたいところだけど、君の場合、感慨を感じる暇もなかったね」

「そ、そうですか?」

「うん。ボクの【ファミリア】に入ってすぐ、君がゴブリンに勝てたって大はしゃぎで帰ってきたことを、昨日のように思い出せるよ。何だか不思議な気分だなぁ……」

「は、はい」

 

それから少しして──

 

「……終わったよ」

 

ヘスティア様の手が動きを止めた。

 

「……え?今ので、ですか?特に何も変わらないですね」

「……『ち、力が溢れてくる……!』な~んてことが起きると思ってたのかい?」

「え、ええ。多少は」

 

わなわなと震える演技をした後に笑いかけてくるヘスティア様に、ベルは頷いた。

 

「まぁ、体の構造が作り変わるわけでもないしね、劇的な変化なんて起こらないさ。でも、【ステイタス】の昇華は本物だよ。君という『器』は高次の段階に移った。(ボク)達に近づいたって言えばわかりやすいかい?ベル君が意識していないだけで、いざスイッチを入れれば今までとは比べ物にならない動きができるはずだよ?」

 

ヘスティア様はおかしそうに笑いながら、いつものように共通語(コイネー)に書き換えた【ステイタス】を用紙へ記していく。

 

「(神……か、【ランクアップ】によって人は神に近づく。じゃあ、【ランクアップ】を重ねて神になった時。その先には何が待っているんだろうか?)」

 

『ダークリング』という、神をも超える力をもたらすと同時に人を不死に変える呪いを宿す身である俺は、そんなことを考えていた。

 

「(数え切れないほどの『ソウル』を用いて肉体を鍛え、四人の公王・最初の死者(ニト)混沌の魔女(イザリス)裏切り者の白竜(シース)太陽の光の王(グウィン)を倒して俺は薪の王になった。それだけでは足りずに鍛え上げ、(マヌス)の残滓──憤怒の使徒(穢れのエレナ)孤独の使徒(煤のナドラ)渇望の使徒(王妃デュナシャンドラ)を屠った。更に鍛え上げて俺の後輩たち──深淵の監視者たち・ヨーム・エルドリッチ・ローリアンとロスリックの首を刎ねて、俺は……)」

「うわあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

思考に没頭していた俺の意識を、ベルの絶叫が現実に帰還させた。

視線を戻すと、微笑ましそうに見守るヘスティア様と、両手で耳を塞ぎ背を向けて丸まっているベルがいた。

 

「……何があったんですか?」

「これを見ればわかるよ」

 

ヘスティア様からベルの【ステイタス】が書き写された用紙を受け取り、目を通す。どれどれ……

 

ベル・クラネル

Lv.2

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

幸運:I

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

《スキル》

英雄願望(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権

 

【英雄願望】……確か、『スキル』や『魔法』は【経験値(エクセリア)】は勿論のこと、『恩恵(ファルナ)』を授かった者の本質や願望にも影響されることがあると聞く。

 

「(つまり、こういうことか。この年で自分が御伽噺にでてくる英雄に憧れていることを知られて、めちゃくちゃ恥ずかしがっている、と)」

 

合点がいった俺がベルに視線を移すと、ヘスティア様がベルの肩に手を置いた。振り返ったベルは、涙目になっていた。

 

「──可愛いね、ベル君」

「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!神様の馬鹿ぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

「うぅぅ……」

「おいおい、そこまでへこむことないだろう」

 

部屋の角で膝を抱え込みながら呻くベルに俺は声をかける。

 

「グレイ君の言う通りだよ。いいじゃないか、英雄に憧れるくらい。今どきこんな純粋(ピュア)でいられる『子供』なんて、そうはいないよ?」

「ヘスティア様、顔が思いっきりにやついてますよ」

 

「そうかい?」と、ヘスティア様は自分の頬を揉んだり引っ張ったりして元に戻した。

 

「大丈夫か?ベル」

「……はい、何とか」

 

【ステイタス】の書き写された用紙を差し出すと、ベルはそれを受け取って目を通す。

ベルは段々眉間に皺を寄せ、首を傾げた。というか、ベルの発現した魔法といい今回のスキルといい、解説が不親切すぎないだろうか。

 

「神様、このスキルの効果わかりますか……?」

「んー……これと断言することは難しいね。文面から察するに常時発動するタイプではなく、ベル君が意識的に行動したときに何か効果が表れるんじゃないかな?」

「意識的に……それって、攻撃とか自発的な行動ですかね?」

「多分ね。まぁ、無責任な言い方をすると、実戦の中で探ってみるしかないね」

 

「じゃ、ボクはそろそろ……」と言いかけたところで、ヘスティア様が俺のほうに視線を移した。

 

「スキルと言えばグレイ君。君のスキル【残り火】……というかそれに書かれていた『王の力』に関して、何かわかったことはないかい?」

「ああ。『こんな効果じゃないか?』っていうのは朧げながら目星はついてきましたけど、それだけですね」

「ふ~ん……で、どんな効果だとグレイ君は思っているんだい?」

「おそらく、【ステイタス】に働きかける類かと」

「……わかったよ。その調子で、少しづつでいいから【スキル】の効果を探っておいてね」

「そうします」

「うん。それじゃあ、ボクは『神会(デナトゥス)』に行ってくるよ」

 

神会(デナトゥス)。その単語を聞き、ベルの目が宝石のように輝きだした。

 

「かっ、神様!?それってもしかして、僕もアイズさんみたいな通り名を頂けるんですね!?」

「そうだけど。……偉く乗り気だね?」

「そりゃあそうですよ!神様達が決める称号はどれも洗練されていて、格好良いじゃないですか!【漆黒の堕天使(ダークエンジェル)】とか、聞いただけで強そうって思っちゃいますよ!」

「(うわぁ……)」

 

意気揚々と語るベルと、力のない笑みを浮かべるヘスティア様。そして俺はその通り名を聞き、額に手をあてて天井を仰ぐ。

 

「そうだね。下界の者(こどもたち)にはまだ早過ぎる(・・・・)……」

「……ヘスティア様……」

「……わかってるよ……ベル君」

「はい?」

「ボクは泥水を啜ることになっても、必ず無難(・・)な二つ名を勝ち取ってくるよ……!」

 

死戦に臨むようなヘスティア様のその背中を、俺は敬礼で見送った。




次回、神会(デナトゥス)で二つ名決めです。


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23話

神会(デナトゥス)、始まります。
お気に入りの数がえらいことになってる……毎度のことながら、ありがとうございます(五体投地)


神会(デナトゥス)。それは、3ヶ月に一度開かれる神々の集会である。ここでは【ランクアップ】した冒険者の二つ名を与えるだけでなく、ギルドと連携して都市(オラリオ)全体での催事に関する話し合いも行われる。そして冒険者達に二つ名を与える命名式では、厳粛な雰囲気のもと、神々がお互いの神意を──

 

「資料は行き渡ってるなー?なら行くでー?栄えあるトップバッターは……セトんとこのセティ・セルティっちゅう冒険者やな」

「た、頼む!どうか、どうかお手柔らかにっ……!?」

『断る』

「ノォォォォォォゥッ!」

 

──ぶつけなかった。

そもそも、神会(デナトゥス)とは暇を持て余した神々が企画した集会であった。やがてその集会は参加する神が増えるにつれて規模が広がり、時代と共に目的を変えていき、今に至る。

今回の司会進行役は、『遠征』で【ファミリア】のほとんどの団員が不在で手持ち無沙汰であった【ロキ・ファミリア】の主神ロキ。そして、今回でた情報は

 

・ソーマがギルドの警告を受けて酒造りを禁止されて無気力状態になった

・軍神アレスが率いるラキア王国がオラリオに攻め込む準備を進めている

・極彩色の奇妙なモンスターの出現

 

以上の3つ。

特に3つ目に関しては【ガネーシャ・ファミリア】の団員も巻き込まれて亡くなったらしく、主神(ガネーシャ)自らがこの件での協力を求めてきた。

そして始まった命名式、なぜセトと呼ばれた神があのような反応を見せるのか。それは……

 

『──決定。冒険者セティ・セルティ、称号は【暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)】』

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!?」

 

神と下界の者達の感性は、神々が下界の文化を享受していることからわかる通り、ほぼ似たり寄ったりだ。……但し、命名の感覚(センス)は除く。

神々が前衛的すぎるのか、子供達の時代が追いついていないのか。子供達が目を輝かせる二つ名というのは、神々にとって抱腹絶倒するような『痛い名前』なのだ。

そして、上位【ファミリア】を率いる古参の神々は、ここぞとばかりに新人をいじめにかかる。絶叫しては崩れ落ちていく者達と、ゲラゲラと笑い声をあげる者達、両極端なこの光景に、ヘスティアは惨いと顔を背ける。

 

「ほい、次いくでー。タケミカヅチんとこの……おお、めっちゃ可愛いやん、この子。えーと、極東の方の生まれは名前が後やから……ヤマト・(ミコト)ちゃんやな」

「おお……!こいつはレベル高いな」

「やっぱ黒髪はいいなー」

「うーん、流石にこの子にはちょっと……」

「そうだな。こんないたいけな娘に残酷な真似なんて胸が熱く……じゃなかった、良心が痛むな」

「ほ、本当かっ!?」

 

しかし、新参の神々に希望がないわけではない。痛い名前を回避する方法はいくつか存在するのだ。

手っ取り早い方法は、会の始まる前から有力者達に金品を貢ぎまわることだ。だが、これは大抵法外な金額を要求されるため、発展途上かつ財産力の整っていない【ファミリア】には難しい。総じて多いのは、今のように構成員の人物像(キャラクター)が神達に気に入られた場合だ。こちらは比較的、女性の方が見込みは高い。

暗闇に差し込んだ一筋の光明に、頭髪を角髪にした男神、タケミカヅチは慌てて席から立ち上がる。

 

「だがタケミカヅチ、てめーが駄目だ」

「こんの天然ジゴロがぁ……」

「女神だろうが子供達だろうがぞっこんにさせやがって……!」

変態(ロリコン)男神(やろう)め」

「お、お前等は何を言っているんだ!?」

 

他の男神からの嫉妬に満ちた言葉に、タケミカヅチは困惑する。

 

「命ちゃんに引導を渡すのは俺だ!【未来銀河(フォーチュンギャラクシー)】!」

「命ちゃん、君は悪くない。全てタケミカヅチが悪いんだ……【零落少女(ラストヒロイン)】!」

「やめろお前ら!命は、命は俺が手塩にかけて育ててきたんだ!」

「なるほど、【天使(テ・シーオ)】か……ありだな!」

「おいおいおい。それじゃ命ちゃんが可愛そうじゃないか」

 

次々挙げられる二つ名に対し、挙手と同時に物申す男神がいた。

 

「なんだよ、デュオニュソス~」

「じゃあ、何か良い案でもあんの?」

「ああ。とびっきりのがね」

「本当か、デュオニュソス!?」

 

再び見えてきた光明にタケミカヅチは目を輝かせ、祈る。そんなタケミカヅチにデュオニュソスは微笑み──

 

「【絶†影】なんて、どうかな」

『採用』

「おのれデュオニュソスゥゥゥゥゥゥ!」

 

絶望の淵へと突き落とした。

血涙を流し、のたうち回るタケミカヅチ。冷静になって考えればわかることだ。この場で神が言う「とびっきり」とは「とびっきり痛い(・・)」ということを。だが、命を思いやる言葉と笑顔に騙され、希望を抱いてしまった。

 

「ほい、次は……大本命、うちのアイズたんや!」

「【剣姫】キター!!」

「嗚呼、相変わらず姫はお美しい……」

「ていうかもうLv.6かよ……」

「アイズちゃんは無理して変えなくてもいいんじゃない?」

「だな」

「変えるとしたらどうするよ?【剣聖】とか?」

「いやー、アイズたんのイメージとは違うだろ、それ」

「まぁ、最終候補は間違いなく【神々(オレたち)の──」

「なんや?」

『何でもないです、ハイ』

 

恥晒しの称号を回避する手段の1つとして、【ファミリア】の勢力拡大も挙げられる。早い話、「あの【ファミリア】に因縁をつけられたら不味い」と周囲に思わせればいいのだ。報復が待っていると知って自爆する神はいないのだ。

ロキの射殺すような眼光に、調子に乗っていた神達は全員、正座からの敬礼を流れるような動きで行った。

 

「ったく、喧嘩売る相手は選べっちゅうに。まあええ、進むで。……ん、次の子で最後やな」

 

ボクは深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。

手元の資料は残すところあと1枚。神会(デナトゥス)が始まる直前、最後の最後に滑り込んだこともあって、その冒険者の関連情報は申し訳程度しか記載されていない。

ついこの間まで完璧に無名であった【ヘスティア・ファミリア】所属。

ベル君だ。

 

「本当にLv.2になったのね、あんたんとこの子は……」

 

確かに【ランクアップ】を認めたというギルドの印影が羊皮紙に施されているのを見て、ヘファイストスが目を細める。

親友(ヘファイストス)の言葉を耳にしながら、ボクは周囲に視線を配る。沢山の笑みがある。フルコースを〆るデザート。スプーン片手にそれを待ちわびるような、意地の悪い下品な笑みだ。

これからも訪れるであろう正念場、その最初がとうとう来たと自分に言い聞かせる。

ベル君にああは言ったけど、碌な策を用意できていない。だが、そこはベル君への愛と勇気で補うと気概を募らせた──その直後。

ロキが静かに席から立ち上がった。

 

「……なんだよ、ロキ」

「二つ名決める前になぁ、ちょいと聞かせろや、ドチビ」

 

周囲の反応を一切無視し、普段にはない棘を滲ませながら、彼女はその細い目をすっと開く。

 

「一ヶ月半でうちらの『恩恵』を昇華させたっちゅうのは、一体どういうことや?」

 

ベル君の資料の上から掌を卓に叩きつけ、ロキはボクを鋭く見据える。

 

「うちのアイズでも最初の【ランクアップ】を迎えるのに1年、1年かかったんやぞ?それをこの少年は一ヶ月半やと?なにアホなこと抜かしてんねん」

 

8年前のことだ。当時8歳の少女(・・・・・・・)が、身の程を弁えない異常な速度でLv.2に登りつめたことは記憶に新しい。しかもそれも、他種族と比べて身体能力や叡智が遥かに劣るヒューマンがだ。

過去のLv.2到達最高速度と同記録であったその偉烈は、オラリオを、世界を大いに騒がせた。

 

「うちらの『恩恵』はこういうもん(・・・・・・)やない。一ヶ月そこそこで子供らが器を昇華させたら、世話ないっちゅう話や。それができんから、どいつもこいつも苦労しとるんやろが」

 

神の恩恵(ファルナ)』とは即席の力にあらず。【ステイタス】はあくまで切っ掛け。その中からその者の可能性──アビリティ、スキル、魔法を掘り起こし、形にすることで明確な能力として発現させる。

故に、促進剤。

 

「おいこら、ドチビ、説明せえ」

「……」

「……だんまりか。ほな、質問変えるで。ドチビ、自分とこの鎧着たあの(あん)ちゃん……グレイやったか、なんであいつの名前がこの資料の中にないんや?」

 

なぜここでグレイ君の名前が出るのか。ボクの頭には疑問符が浮かんだ。

 

「なあロキ、そのグレイっての……誰なんだ?」

「ドチビの眷属の子で、Lv.1や」

「なーんだ、それだっ──」

「但し、只のLv.1やないで」

 

他の神の質問を遮るようにロキはそう言うと。懐から用紙を取り出した。

 

「前もって言うとくで。これから言うのは、うちが見たのとアイズたん達やギルドの職員の娘から聞いた情報を基にしたやつや」

 

そう前置きをしてロキが読み上げたのは、グレイ君のこれまでの活動履歴だった。

 

・ベル・クラネルとパーティーを組み、4階層付近を中心に潜る

怪物祭(モンスターフィリア)の日に現れた極彩色の奇妙なモンスターを3匹撃破

・上記の件以降、単独(ソロ)で12階層に潜り始める

・24階層の食料庫(パントリー)で極彩色の奇妙なモンスター複数匹及び白髪鬼(ヴェンデッタ)オリヴァス・アクトを撃破

・9階層に出現した強化種のミノタウロスを単独(ソロ)で撃破

 

「4階層は同じ【ファミリア】のメンバー同士組んで、怪物祭(モンスターフィリア)の時はアイズたん達が、24階層の食料庫(パントリー)の時はアイズたん達に加えてディオニュソスとヘルメスのとこの眷属()もおったから【経験値(エクセリア)】が分散したかもしれん。けどな……」

 

ロキはそこまで言うと用紙を卓の上に置き──

 

「こんだけのことやってまだ(・・)Lv.1とかふざけとんのか!」

 

怒気に満ちた声をあげ、拳を卓に叩きつけた。

ボクを含む周りの神々はロキの読み上げたグレイ君の活動履歴に困惑し、会場内がざわめき始める。

 

「マジか……!」

「あの白髪鬼(ヴェンデッタ)を……!」

「ドチビ、まさかとは思うけどLv詐称してへんよな?」

「するわけないだろう!?」

「せやったら、何でグレイの名前が資料にないんや。これまでの活動じゃ【ランクアップ】するには足らんとでも言うんか?なんやそれ、他の冒険者に喧嘩売っとんのか?」

 

ロキに言われて始めて、今更ながら彼の異常性を再認識する。ベル君の【スキル】による異常な成長速度のせいで忘れていたが、グレイ君の成長速度は遅かった。能力値の伸びは最大でも10程度、12階層までを単独(ソロ)で潜ればもっと伸びるはずなのに、あの子の能力値はそこまで伸びなかった。

 

「(あの子の成長速度の遅さ……何が原因なんだ?)」

 

ヘスティアは己の記憶を辿り、原因がないかを探る。

 

「おいコラ、何とか──」

「あら、別にいいじゃない」

「……あ"ぁ"?」

 

ロキがヘスティアに噛みつくなか、水を差す一言が響いた。

 

「ヘスティアが不正をしていないというのなら、無理に問いただす必要はないでしょう?それに【ファミリア】の内部事情には不干渉、とりわけ団員の能力(ステイタス)禁制(タブー)なのだから」

 

事実をただ告げるように声の主──フレイヤはロキの言及に歯止めをかけた。

 

「かたや一ヶ月半で【ランクアップ】、かたやこんだけのことやってまだLv.1……これがどういうことか、わかっとんのか?色ボケ女神」

「あらあら、どうしてそこまで強情になってるの?もしかして、嫉妬しているのかしら?自分のお気に入りの子供の記録が、ヘスティアの子に抜かれたから」

「んなわけあるかい」

 

胡散臭げに睨み返すロキだが、フレイヤはどこ吹く風と微笑みを崩さない。

 

「確かに、数字だけで受け取ってしまうと耳を疑ってしまう。でも、この子はLv差を覆し、奇跡的にも(・・・・・)ミノタウロスを倒した。強引にも推理してもいいなら、このミノタウロスが因縁の相手だったなら、獲得した【経験値(エクセリア)】はこの子にとって特別なもの……【ランクアップ】する可能性もある、と私は思うのだけれど?」

 

そこからはフレイヤの独壇場であった。

フレイヤの言う通り、【ベル・クラネル】はミノタウロスと2度に渡り遭遇。うち1度は撃破とある。理にはかなっているフレイヤの見解に周囲の神は同調の意を示す。

ではグレイの件はどうなのか。バベルが完成するまでの間にダンジョンから地上へ進出し、繁殖によって数を増やしたモンスター。野生の獣。野盗などを相手に戦い身につけた『技量』を基にモンスターを討伐したと考えられないか?その過程で既に【ランクアップ】するだけの経験を積んでいるのではないか?と、フレイヤは告げる。

彼女の告げたそれは、ありえない話ではない。例えば、アレスが主神のラキア王国(アレス・ファミリア)。カーリーが主神のテルスキュラ(カーリー・ファミリア)。これらの【ファミリア】の眷属の中には、【ランクアップ】を果たした者が少なからず在籍している。そういった前例がある以上、彼女の考えを否定することは難しい。

それから暫時の空白を置き。

興味は尽きないが、少なくともベル・クラネル及びグレイの実態を無理に暴く必要はないだろう、と派閥間(ファミリア)規則(ルール)にも則った声が上がるようになり、やがて一部を除いたこの場の総意となった。

フレイヤは静かに一笑するとヘスティアに流し目を作り、用意された席から立ち上がる。

 

「あれ?フレイヤ様、もう帰っちゃうの?」

「ええ。今から急用があるから、失礼させてもらうわ」

「せっかくだし、ロリ神の眷属()の二つ名を決めてからにしない?最後の最後なんだし」

「ふふ、悪いけれど、そういうわけにもいかないの。でも、そうね……」

 

ベルの似顔絵が描かれた資料を手に取ってしばし思案し、出席している神の顔を見渡して言う。

 

「どうせなら、可愛い名前を付けてあげてね?」

『は~い♡』

 

美神の今日1番の微笑みに、男神達は清々しい笑みとともに満場一致してみせ、女神達はそんな彼等にゴミでも見るような白けた視線を送る。

フレイヤは最後にもう一度笑みを漏らし、円卓に背を向けた。

 

「よし!ちょっと本気出して二つ名決めようか!」

「応っ!」

「しっかしこのヒューマン、完全にノーマークだったぜ」

「むしろ見越してるほうが凄いぞ。噂も評判も何も入ってきてないから」

 

俄然真面目に、且つ積極的にベルの二つ名について議論を始める神達。

先程までの雰囲気から一変した神会(デナトゥス)を前にしばらく目を白黒させていたが、首を回して周囲を見渡し、隣のヘファイストスを見上げた。どういうことなの、と。彼女は少々うんざりした顔で、わからないわよ、と肩を竦める。

 

「(助かった……のか?)」

 

男神を中心に議論が続いていることから察するに、取り敢えず危機は回避されたのかと、胸を撫で下ろす。

そこに、ふっと影が差した。

 

「……どうしたんだい?ロキ」

 

側で立っていたのは、ロキだった。己の席から離れ、ヘスティアを真っ直ぐ見下ろしている。むすっとしていて、機嫌の悪さを滲ませながら、彼女は呟いた。

 

「……気をつけえよ、ドチビ」

「えっ?」

「自分とこの眷属(こども)達に目を光らせとけ言うとんのや。ドチビにこんな忠告するような真似したないけど……あのアホに好き勝手やられるのは、もっと嫌や」

 

「虚仮にしおって」とロキは顔を上げて忌々しそうに口にする。彼女の視線を追うと、フレイヤがちょうど部屋を後にするところだった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。注意しろって、一体何を──」

「わからんのか?あの女神(オンナ)が、子供(オトコ)を庇ったんやぞ?」

 

思わず聞き返そうとすると、ロキはヘスティアにぐっと顔を近づけた。

しばし思考が追いつかず、ヘスティアはたじろぐことしかできなかった。

ロキは顔を上げ、呆れたかのように鼻を鳴らす。

 

「かっ、本当にわからんのか。幸せなやっちゃな。羨ましいかぎりや」

 

それだけ言うと、ロキは自分の席に戻って行く。

ヘスティアはロキの背中を見つめ、フレイヤの座っていた席に目を向ける。

ロキの言葉を反芻する。

そして美の女神が向けた、あの意味ありげな笑みを思い出す。

 

「(……フレイヤが庇った?……あの子達を?)」

『これだぁー!!』

 

円卓がドッと爆発すると同時に、ヘスティアの頭に1つの可能性が芽生えた。

 

「(彼女(フレイヤ)は、グレイ君が何者なのかを知っているのか?)」




現時点でグレイの正体を知っているのはアルヴィナとシャラゴア、フレイヤの2匹と1柱です。


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24話

「【未完の少年(リトル・ルーキー)】……それがベル様の二つ名ですか?」

「ああ。リリはどう思う?」

「そうですね……普通」

「だよねえ!リリもそう思うよね!神様は無難だって言っていたけどさぁ……」

「いいんじゃないか?下手に目立つような二つ名をいただくよりはマシだろう」

 

ベルの【ランクアップ】を祝う祝賀会のために俺、ベル、リリの3人で『豊穣の女主人』に来ていた。俺達がいつも座っているカウンター隅の近くのテーブルに座っている。

 

 

『ベル……?』

『【ヘスティア・ファミリア】か?』

 

賑わっていた店内の一部が、少し趣の違うざわめきに変わった。

 

『白髪のヒューマン……間違いねえ、アイツだ』

『確か……【未完の新人(リトル・ルーキー)】だったか?』

『あんなガキがか』

世界最速兎(レコードホルダー)らしいな』

『神連中が騒いでいるだけだろう?1ヶ月はいくらなんでもありえねえ』

『だな』

『でも、ミノタウロスを仕留めたのは本当(マジ)らしいぞ。ほれ、例の9階層のヤツ』

『たかがミノタウロス1匹だろ。騒ぐほどのものじゃねえ』

『ならお前はやれんのか?Lv.1で。しかも単独(ソロ)でだぞ』

『馬鹿言うな。んな血迷った真似、誰がするかよ』

 

あちこちからベルに視線が突き刺さり、声をひそめた囁き声が生まれる。

とうの本人はと言うと、体を縮こませている。

 

「一躍人気者になってしまいましたね、ベル様」

「そ、そうなの?何だか凄く落ち着かないんだけど……ここに来る途中も知らない神様に追いかけ回されたし……」

「名を上げた冒険者の宿命みたいなものです。ベル様に限った話ではありませんし、どうか我慢してください」

 

笑いかけるリリにベルは情けない顔を浮かべ、首の後ろを軽く掻いた。

 

「私は好きですよ。【未完の新人(リトル・ルーキー)】」

 

声のした方に顔を向けると、人数分の料理と飲み物を運んできたシルさんとリューさんがいた。

 

「ありがとう。えっと……お2人はどこに座るのかな?」

「私はリリルカさんの隣に」

「では、私はクラネルさんの隣に」

 

そう言うと、2人が席についていく。

 

「あれ?シルさん達、お店の方は……?」

「そのことなんだが、ミアさんから伝言だ。『シルとリューを貸してやるから、存分に笑って飲め』だとさ」

 

それをベルがカウンターの方を見ると、ミアさんが不敵に笑いながら手を振っている。ベルもそれで察したのか、苦笑いを浮かべた。

それからすぐ、俺達は乾杯とそれぞれのグラスをぶつけ合った。

シルさんは柑橘系の果実酒、リリはお酒が苦手になったということで果汁(ジュース)、ベルはミアさんのお勧めもあってジョッキのエールに挑戦、俺は蒸留酒(アクアビット)、そしてリューさんはお水。

それからは少しばかり会話が弾み、ベルの顔も酒が回ったのかほんのり赤くなっていく。

 

「ところでクラネルさん、今後どうするのですか?」

「はい?」

「貴方達の動向が、私は些か気になっています」

 

リリ達との会話の後、エール特有の苦味と格闘しているベルにリューさんから声がかかった。

 

「えーと。とりあえず明日はリリとグレイさんと僕の3人で装備を揃えに行こうと思ってます。防具とか一杯壊れちゃったので」

「……それが、ベル様」

「なに、リリ?」

「実は下宿先の仕事が急遽立て込んでしまって……明日、リリはご同伴できそうにないのです」

「そうなんだ……」

 

リリは申し訳なさそうに身を縮める。「お世話になっているならしょうがないし、気にしなくていいよ」とベルは声をかける。

 

「ではクラネルさん。装備を整えた後は、どうするのですか?」

「ひとまず、11階層で今の体の調子を確かめようと思ってます。もしそこで攻略が簡単に進みそうだったら、12階層まで足を伸ばすつもりです」

 

パーティーを組んでいるリリと目を合わせると、ベルはそう伝える。

そして、リューさんは2人のことを本気で心配してくれている。

 

「差し出がましいことを言うようですが……中層へ潜ることはまだ止めておいた方がいい。貴方達の状況を見るに、少なからず私はそう思っています」

「つまり、リュー様は、リリとベル様では中層に太刀打ちできないと、そうお考えなのですか?」

「そこまで言うつもりはありません。ですが、上層と中層はモンスターの強さも数も何もかもが違う(・・)

 

「今更口にすることではないと思いますが」とリューさんは後に続ける。

 

「各個人の能力の問題ではなく、ソロでは対処しきれなくなる(・・・・・・・・・・・・・)。中層とはそういう場所です」

 

リューさんの言葉を聞き、俺は24階層に向かっていたときのことを思い出す。

彼女の言う通り、中層に出現するモンスターは個体の強さも上層と比べて強かったが、何より1度に出現する数が多かった。あの状況にリリとベルだけで挑むのは……無理だな。

 

「パーティーか……グレイさん」

「言われなくとも、わかってるさ」

 

サムズアップで答えると、ベルは「ありがとうございます」と頭を下げる。

 

「これで3人……いや、リリにかかる負担を考えて、もう1人パーティーに誘わないとな」

「そうですね。明日、ギルドの掲示板で募集している冒険者がいないか、探してみましょう」

 

とは言ってみたものの、パーティーを組んでくれそうな人はそう簡単に見つからないだろうな。当てがあるなら最初からパーティーを組んでいるだろうし。

リューさんは訳ありのようだから除外、知人……もとい知神のミアハ様のところのナァーザさんはモンスターに心傷(トラウマ)があるから駄目だな。いっそ、【ファミリア】の勧誘でもしてみるか?

 

「はっはぁ!パーティーのことでお困りかぁ?【未完の新人(リトル・ルーキー)】!!」

 

突然の大声に、ベルは恐る恐る声のした方に顔を向ける。ベルにつられて俺も見ると、別のテーブルについている客の1人が酒を呷りながら声を張り上げていた。

その客──冒険者の男はベルと目が合うと、仲間の2人を引き連れてこちらにやってくる。

 

「話は聞ぃーた。仲間が欲しいんだってな?なら、俺達をお前のパーティーに入れてくれねえか?」

「えっ!?」

 

その冒険者はベルの質問に対して、「善意」とか「助け合い」とか言っているが……裏がありそうだな。

 

「そこで、だ!俺達が中層を案内してやる代わりによぉ……この嬢ちゃん達を貸してくれよ!?こんのえれぇー別嬪のエルフ様達をよっ!」

 

やっぱり、そう来たか。

真ん中で喋っている冒険者の仲間の2人に目を向けると、リリとシルさんにいやらしい視線を送っていた。その証拠に、リリは嫌悪感丸出しだ。

 

「(これは断るべきだろうが……さて、どう断ろうか)」

 

そう考えている俺と、リューさんの目が一瞬合った。

 

「なるほど……ところで、あなた方のLvは幾つですか?」

 

先程まで黙っていたリューさんが口を開いた。

 

「あぁ?」

「あなた方の現在のLvを聞いているのです。答えてください」

「俺達全員Lv.2だぜ!それに、ずっと前から中層に潜ってんだ!」

「そうですか。ですが、Lvはあくまで指標。実際の実力は見てみないとわからない」

 

あ、嫌な予感がする。

その予感を裏付けるようにリューさんの手が俺に向かって差し出され……

 

「ですので、お店の外で彼と手合わせを行ってもらえないでしょうか。審判は私が務めます」

「ゑ!?」

 

何故か俺が彼らと戦うことになった。

 

「いいぜぇ。俺達の実力、その綺麗な眼に焼き付けてくれや」

 

冒険者は口の端を釣り上げ、自分達の座っていたテーブルに金貨の詰まった袋を置いて店の外へと行った。

 

「ちょっとリュー!流石にあれはないんじゃないの?」

 

シルさんが立ち上がり、一連の流れを非難する。対するリューさんはというと、何時もの表情を崩さない。

 

「心配には及びませんよ、シル。グレイさんは、あの程度の冒険者に負けるような人ではない」

 

確信に満ちた声でそう言うと、彼女の視線が俺に移る。

 

「……しょうがない。そこまで言われたら、やるしかないな」

「グレイさん……」

「すまないが、少しばかり席を外させてもらうよ。なあに、すぐに戻ってくるから安心して待っていたまえ」

 

俺は立ち上がり、リューさんと共に店の外へと行った。

 

~暫くお待ち下さい~

 

「ただいま」

「おかえりなさい、グレイさん」

 

冒険者との手合わせを終え、ベル達のいるテーブルに俺とリューさんは戻ってきた。

 

「それで、リューさん。さっきの冒険者さん達は……」

「お断りしてきました。あの言動だけでも度し難いというのに、Lvに胡座をかいているようでは駄目ですね」

「すいません。僕にもう少し度胸があれば……」

「気にしなくていいさ。度胸なんてのは自然と身につくものだ」

「グレイさん。外で何をしてきたんですか?」

 

とりあえず、俺が外で冒険者3人に発勁を叩き込んだことを話したらリリとシルさんに軽く引かれた。2人とは対照的に、ベルは感嘆の声をもらした。

もしかしてやりすぎちゃったか?相手は死ななかったから問題ないと思うんだが。

 

「グレイさん、私が言えたことではありませんが。あれはやりすぎです」

 

あ、やっぱりそうですか。




グレイが飲んでいた「アクアビット」はジャガイモを主原料にした蒸留酒で、祝い事などで飲まれます。
ベルの【ランクアップ】を祝うことと、名前から「これだ!」と思って選びました。


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25話

前回の話を投稿後、感想を青い企業戦士(変態)が飛び交っていて安心しました。


祝賀会から一夜明けて。

 

「パーティーを募集している冒険者。いなかったですね」

「ここでの買い物が終わったら、もう1度ギルドの本部に行ってみるか?」

「ですね。それでも駄目だったら、エイナさんにもそれらしい冒険者がいないか聞いてみましょう」

 

俺とベルは【ヘファイストス・ファミリア】バベル支店に来ていた。

 

「それで、ベル。手持ちの予算はどのくらいある?」

「10万ヴァリス以上あります。これまで貯めてきたのと、先日換金したミノタウロスの魔石が5万ヴァリスしたので」

「それはよかった」

 

そうこうしているうちに、8階に到着した。通りかかるテナントの前で一々足を止めながら、視界に入る値札を確認していく。

 

「……21000、35000、64000……うん、これならなんとかなるだろうな」

「とりあえず、一通り見て回ってから決めます。あと……できたらでいいんですけど、グレイさんからも助言をお願いします」

 

それから俺達は店内をくまなく歩いた。堅実そうなものから絢爛なもの、店の隅のボックスに積まれているものに目を通していく。

 

「……駄目ですね。やっぱり、あの鍛冶師(スミス)さんの得意客(ファン)になっちゃったみたいです」

「『ヴェルフ・クロッゾ』か」

「はい」

 

収穫はゼロ。消化不良を起こしているような顔のベルは、頭を掻く。

『ヴェルフ・クロッゾ』。ベルがエイナさんとバベルに来た時に購入した軽装(ライトアーマー)を作成した鍛冶師(スミス)。防具につけられた名前はアレだが、ミノタウロスに壊されるまで使っても大丈夫だったあたり、腕は確かなんだろう。

 

「一応、聞いてみようか?」

「そうですね」

 

俺とベルは店のカウンターに進路を変える。

 

『何でっ……あんなっ……!』

「「?」」

 

少し進むと、既に見えているカウンターから怒鳴り声が聞こえた。

2つあるカウンターの1つ。そこで【ヘファイストス・ファミリア】の店員と、客と思しき男性が言い争っていた。

 

「何で毎度毎度っ……あんな端っこに……!俺に恨みでも……!」

 

目前まで来て、声がはっきり聞こえた。弱り果てた店員の前にいるのは男性のヒューマンだ。身につけているのは黒の着流し。炎を思わせる真っ赤な髪の、中肉中背の青年。

 

「こちとら命懸けでやってんだぞ!もうちょいマシな扱いをだな!」

「ですが上の決定ですし……せめて売れるようになっていただかないと……」

「おまっ、それを引き合いに出すか!?だったら尚更──」

 

カウンターの上には軽装のパーツが積まれたボックスがあった。購入した防具に欠陥でもあったのだろうか。

隣のカウンターの店員も傍迷惑そうな目をしていたけれど、そこで俺達の存在に気づいたようだ。「いらっしゃいませ」と笑顔で応対してきた。

 

「何かご用ですか?」

「はい。ヴェルフ・クロッゾさんの作品を探しているんですけど……今は売ってないんですか……?」

 

──ぴたり、と声が止んだ。

正面の店員が唖然としたかと思うと、隣でやりあっていた2人も呆然となり、ベルの方を向く。

え?何事?

ベルも三方向から凝視され、たじろいてしまっている。

 

「……あ、あのぅ、ヴェルフ・クロッゾ氏の作品を、お求めですか……?」

「は、はい。ヴェルフ・クロッゾさんの防具を、使いたいんです……」

 

そして次に反応したのは、目の前の店員ではなく、先程まで抗議していた青年だった。

 

「ふ……ふはははははははっ!?ざまぁーみろ!俺にだってなぁ、顧客の1人くらい付いてんだよ!」

 

高らかに笑い始めたと思うと、その人はさっきまで食ってかかった店員のほうに向き直り、カウンターの上を叩く。

店員は何も言い返せないようで、居心地悪そうに視線を左右させるだけだ。

 

「それで?ヴェルフ・クロッゾの防具が欲しいってのはどっちだ?」

「ぼ、僕です」

「そうか。これが、ヴェルフ・クロッゾの防具だ」

 

おずおずとベルが手を挙げると、その青年はボックスをこちらに差し出す。

中身は白い光沢に溢れた鉄色のライトアーマー。

細部はちょっと違うが、間違いない。ベルがこの前まで使っていた防具ととても良く似ている。

 

「どうだ?使ってくれるか?」

「え?こ、これ、貴方のものじゃないんですか……?」

 

ベルの質問をどう捉えたのか、彼は瞳を瞬かせた後、くっと子供のような笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうだ。……俺の打った作品だ」

「……え?」

「どうせだから、名乗ってくぜ、得意客(ファン)1号。俺はヴェルフ・クロッゾ。【ヘファイストス・ファミリア】の、今はまだ下っ端の鍛冶師(スミス)だ」

 

 

 

 

「じゃあ、お前が噂の【未完の新人(リトル・ルーキー)】か!?記録を塗り替えた世界最速兎(レコードホルダー)!」

「こ、声が大きいですよっ……それに、世界最速兎(レコードホルダー)って……?」

 

ベルは戸惑いつつ、対面のヴェルフ・クロッゾに声を抑えるように言う。

8階に設けられた小さな休息所。魔石昇降機(エレベーター)の近くにある空間で、俺達は会話を交わしている。

あの後、「少し話をしないか」と俺達はこの場所に誘われた。

何でも、彼の作品は過去2度しか売れたことがないらしく、そのうちの1つを買い尚且また自分の防具を探していたベルに、興味を持ったらしい。

これまでの苦労話……経営陣にはしっかり評価されていたが店頭では粗末な扱いを受けたり、1度は購入してもらった作品を返品されてしまったり、【ファミリア】の同僚は陰険な人間ばかりだったり……まぁ、色々聞かされた。

 

「本当に俺より年下だったんだな。いや、冒険者に年齢なんてあってないようなもんか?」

 

彼はそう言って、俺とベルを交互に見た。

 

「えっと……クロッゾさんの年は……?」

「今年で17だ。あと、そのクロッゾさんっていうのは止めてくれ。家名、嫌いなんだ」

「えーと、ヴェルフさん?それで、僕に用事って……?」

「おいおい、さん付けか?……まぁ、今はいいか。じゃあちょっと話を聞いてくれ」

 

備え付けてあった椅子から立ち上がり、ベルとの距離を1歩詰める。

彼の足元には新作の鎧が入った例のボックス。「俺が打ったんだ、どうしようが俺の勝手だろ?」と店から勝手に持ち出してきたのだ。

 

「単刀直入に言うとな、俺はお前さんを離したくなかったんだ」

「?」

「俺の作品は(ぶき)だろうが(ぼうぐ)だろうが全く売れない。自分で言うのもなんだが、良い作品(もの)を作り出している自信がある。けど、からっきしだ。購入されるあと1歩で返却されるらしい。なんでだろうな」

「……」

 

……因みに、ベルが今まで使っていた軽装(ライトアーマー)の名前は兎鎧(ピョンキチ)。まぁ、そういうこと(武具の名前のせい)だろう。

 

「だが、そこにお前が現れた。俺の防具の価値を認めてくれた、冒険者がな」

「えっと、それで……」

「お前は2度も俺の作品を買いに来てくれた。俺の顧客、本物だ。そうだろ?」

 

実際、そうなんだろう。ベルは彼の打った防具を気に入り、店に置いてないか気になっていたわけだし。

 

「結局な、俺達下っ端の鍛冶師(スミス)ってのは客を奪い合ってるんだ。有名になれば誰も彼も寄ってくるが、無名だとそうはいかない。俺達の作品は、同じ未熟な冒険者が懐と相談してたまたま買い取っていく。そんなもんなんだ」

 

客の奪い合い……つまり客になってもらえるか否かってことか。

昔は「そんなもん知ったことか」だったな。事実、俺が持っている武具の大半は殺して奪うか、そこらを転がっている死体から剥ぎ取るかして手にしたものだ。あとはソウル錬成か、友好の証や誓約の報酬でいただくか、宝箱を開けて手に入れるかしたもので。きちんと店で買ったものなんて数える程だ。

かと言って鍛冶師(スミス)との付き合いがなかったわけじゃない。アンドレイのおっさん、アノール・ロンドの巨人鍛冶師、ヴィンハイムのリッケルト、バモスの爺さん、レニガッツさん、マックダフさん、オルニフェクス……まあ、レニガッツさんはあまり世話になってなかったけど。

 

「──わかりました。ヴェルフさんと、契約を結ばせてもらいます」

「よし、決まりだ!断られたらどうしようかと思ったぞ!」

 

おっと、昔のことを思い出すのは一旦中断しよう。

目の前ではヴェルフの差し出す手をベルが取って立ち上がっていた。

 

「よろしくな、ベル」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「おう。さて、正式な契約書とかはまた今度に回すとして……」

 

ヴェルフは口を動かしながら、繋がっているベルの手を掲げてブラブラと揺らす。

自分が勝ち取ったことを周囲に見せつける。そして、その光景を目にした鍛冶師(スミス)達は悔しそうにその場を去っていった。

顔を巡らし同業者が去っていったのを粗方確認すると、ヴェルフはベルの手を離し、申し訳なさそうに首をかく。

 

「で、早速なんだが……俺の我儘ってやつを聞いてくれないか?勿論、見返りはするぞ。お前さんの装備、無料(タダ)で俺が新調してやる」

「ええっ!?」

「だから驚くなって。鍛冶師(スミス)が冒険者にものをねだるんだ、これくらいは当然だろう」

 

まさか、作品の無料譲渡を約束されるとは思わなんだ。ベルもそうなのか、ぼけっと馬鹿みたいな顔を晒している。

 

「本題だ、言うぞ?」

「「……」」

 

固唾を呑んで、俺とベルは次の言葉を待った。

 

「俺を、お前らのパーティーに入れてくれ」




次回、4人でダンジョンです


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26話

ヴェルフをパーティーに加えてダンジョンにGO


「やって来たぜ!11階層!」

 

得物を掲げ、快活に言い放つヴェルフ。

威勢のいい声の通り、俺達はダンジョンの11階層にいる。

1歩足を踏み入れれば、見渡す限りの草原と辺り一面に広がる『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』である太い枯れ木。そして、10階層からの仕様を引き継ぎ、階層全体に霧が発生している。

 

「ヴェルフさんの到達階層も11階層なんでしたっけ?」

「ああ、そうだ。それにしても悪いな、ベル。グレイの旦那。昨日の今日でこんな無茶を聞いてもらって」

 

昨日、ヴェルフからパーティーに加えてほしいと言われた俺達は、最初こそ驚いたが、彼の事情を聞いた後は快諾した。

ちなみに、俺のことを『旦那』と呼んだのは彼なりに敬意を払ってのことだそうだ。さん付けは性に合わないんだと。

ベルと直接契約を交わしているから断る理由もないし、パーティーの増員を考えていたこちらとしては大歓迎なんだが……

 

「新しいお仲間が増えたと聞いてみれば……な~んですか、なんなんですかこれは」

 

先程から、リリの一言一言が重い。振り向いて見ると、腕を組んだ状態のリリが俺とベル、ヴェルフの順に半眼をして見ている。

 

「はぁ……リリは悲しいです。とてもとても悲しいです。お買い物に行かれただけなのに厄介事までお持ち帰りになるなんて……一周回ってお見事です。涙が止まりません」

 

痛烈な皮肉が鳩尾に響く。

いやしかし、厄介事というのは流石に……

 

「言い過ぎだよリリ!?ヴェルフさんは悪いことをしようとしているわけじゃないし……厄介事なんて誤解だよ!?」

「──でしたら、このピカピカに光っている新品の鎧はどう説明されるんですか!どこからどう見てもモノに釣られて買収されたようにしか見えません!それに『アビリティを獲得するまでの間だけ』なんてっ、リリ達は都合よく利用されているだけです!」

 

ベルの反論に、リリは目付きを鋭くして反論し返す。

 

「グレイ様もグレイ様です!こういう時こそ年長者であるグレイ様がしっかりなさらないといけないのですよ!」

「仰る通りでございます……」

 

びしり、と指で刺された俺は思わず頭を下げる。

 

「いや、彼が【ランクアップ】するまでの間に中層での動きになれておいて、それと並行してパーティーに加入してくれそうな冒険者を募集すればいいじゃないか。【ランクアップ】には個人差こそあれど、それなりの期間を要するわけだし」

 

と言えず、反射的に頭を下げて謝ってしまう自分が憎い。

それもこれも、今まで交流のあった女性が揃いも揃って武闘派だったせいだ。女運のなさに涙が止まらん。

 

「何だ、そんなに俺が邪魔か?チビスケ」

「チビではありません!リリにはリリルカ・アーデという名前があります!」

「そっか。じゃあよろしくな、リリスケ」

「……もういいですっ、構うだけ時間の無駄ですね!」

 

小馬鹿にするようなヴェルフの言動が頭にきたのか、リリはそっぽを向いてしまう。

 

「あー……リリ、今更だけど紹介しておくよ?彼はヴェルフ・クロッゾ。【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)で、ベルと契約を結んだんだ」

 

今朝集合した時は彼女の機嫌が急に悪くなったせいで紹介どころではなかったので、今更ながらヴェルフの本名を教えておく。

リリの名前は、本人が言ったから問題ないだろう。

返事は期待できそうにないが、とりあえず俺がリリの後ろ姿に語りかけると──

 

「クロッゾっ?」

 

ヴェルフの名前を聞いた途端、弾かれるように振り返った。

 

「呪われた魔剣鍛冶師の家名……あの凋落した鍛冶貴族の生まれなのですか?」

 

魔剣?鍛冶貴族?

リリの言葉に半ば面喰らいながらヴェルフの方を見る。

彼は一転してばつが悪そうな顔を浮かべ、口をへの字に曲げている。

そういえば家名が嫌いだと言っていたが……どういうことだ?

 

「ねえリリ」

 

「それってどういうこと」とベルが言いかけたところで、何かが罅割れるような音が届く。

 

「……来たか」

「ですね」

「とりあえず、話は後にしましょう」

「だな。ダンジョンに来たんだ、やることと言ったらこれ(・・)だけだ」

 

俺達は意識を切り替えてそれぞれの得物を構え、音のした方向──ダンジョンの壁に視線を向ける。

壁面を破って出てきたのは脂ぎった茶色の太腕。砕かれたダンジョンの一部は卵の殻のようにぼろぼろと地面に落ちていく。壁を破壊しながら左腕、右腕、巨大な頭が現れる。

 

「……これがまだ続く、と。これがあるから10階層からの怖えこと怖えこと」

 

壁の罅割れる音はそれだけではなかった。周囲から同じ音がいくつも鳴り響き、壁を突き破ってモンスターが一斉に現れた。

 

「ベル様とグレイ様はご自由に動いてください。この鍛冶師(スミス)の方は微力ながらリリが援護をします。正直言えば、時折こちらも気にかけていただけると助かります」

「お?何だ、俺のことが気に食わないんじゃなかったのか?リリスケ」

「嫌っているに決まっています。ただ、ベル様とグレイ様のお邪魔になりたくないだけです」

 

にっこりとヴェルフに微笑むリリに、俺とベルは苦笑いするしかない。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

「危なくなったら、いつでも呼んでくれ」

「はい。お2人も、油断なさらないでくださいね」

 

 

 

 

「さて、と」

『ヒィエ!』

『ヒギャ!』

 

俺は右手に『デーモンの爪痕』を、左手に『聖壁の盾』を構え、群れを成すインプを迎え討つ。

 

『ヒィア!』

「フンッ!」

 

飛びかかってきたインプを頭から両断し──

 

「『ソウルの大剣』!」

『ギェア!!』

 

『ソウルの大剣』で周囲のインプの首を刎ねる。

 

『『ロオオオオオオッ!』』

 

十を超えていたインプの群れを殲滅したと同時に、新しいモンスターの声が耳に届いた。

大きさはベルと同じくらい。短い二本足で立ち上がり、前足には丈夫な爪。そして、鎧を背負っているかのように背中から頭にかけて甲羅で覆われている。その亀のようなフォルムから、ドラングレイグで戦ったことのある重鉄兵を思い出す。

11階層初出のモンスター、『ハード・アーマード』だ。

こいつはキラーアントと似た性質を持っているが、頑丈な甲羅に守られていない腹や胸は柔らかく、脆い。全身を硬殻で固めているキラーアントに比べれば断然狙いやすいが……甲羅の強度はあの巨大蟻を凌駕する。

ドワーフの攻撃を難なく打ち返す甲羅は文字通りの鉄壁。11~12階層の攻略難度は、あいつが跳ね上げていると言っても過言ではない。

 

『オオオオッ!』

 

片方は全身を丸め、回転運動から行う猛烈な突進を繰り出してきた。

 

「『ソウルの槍』!」

 

こちらへ迫ってくる鉄球に『ソウルの槍』を放つ。

円錐形の青い光は回転球を貫き、そのまま地面に突き刺さり消失する。

 

『ロオオオオオオッ!』

「『苗床の残滓』!」

 

後続のハード・アーマードが丸くなるよりも早く、『苗床の残滓』をハード・アーマード目掛けて投げる。

直撃した炎はハード・アーマードの肉を焼き尽くし、炭に変えた。

 

「さて、ベルとリリとヴェルフは……」

 

警戒心はそのままに、ベルのほうに視線を向けると丁度モンスターの群れを殲滅したようだ。そして、リリとヴェルフは──

 

「不味い!」

 

視界に入ったのは3匹のシルバーバックに囲まれたリリとヴェルフだった。

 

「『雷の大槍』!」

『グェアッ!?』

 

金色の槍がシルバーバックの後頭部を貫き、そのまま絶命した。

 

「もう一丁!『雷の大槍』!」

『ガァッ!?』

 

続く第2射をシルバーバックのこめかみに叩き込む。シルバーバックは悲鳴とともに倒れ込み、傷口から灰になっていった。最後の1匹にも打ち込もうと目を向けると、ちょうど3匹目のシルバーバックを倒したベルの姿が目に入った。

 

 

 

 

「とんでもなく速かったな、ベル。いつ飛んできたのかわからなかったぞ」

「ぼ、僕もちょっと戸惑っているというか……」

「それに、旦那もすげえよ。文字通り横槍を入れてシルバーバックを倒すんだからよ」

 

「あれ、旦那の魔法か?」と言うと、ヴェルフは左手で槍を投げるジェスチャーをする。俺が首肯すると、ヴェルフは感嘆の声をあげた。

モンスターと大群との戦闘を終え、俺達は小休止を取っている。

リリはせっせと魔石とドロップアイテムの回収に勤しんでいる。「これは私達の取り分です。横取りは許しません」とでも言わんばかりに。

 

「(しかし、11階層というだけあって、どのパーティーもそこそこ強そうだな)」

 

ふと視線を巡らせ、そんな感想を抱く。

11、12階層に潜ってるパーティーというのは、俺達のように『中層』での攻略に備えてパーティーでの動きや役割を決めている組が多い。

 

「(……【ランクアップ】か……)」

 

俺はふと、「ミノタウロスを単独(ソロ)で倒したのに【ランクアップ】しなかった」という事実にヘスティア様が頭を抱えていたのを思い出した。

 

「(まぁ、【ランクアップ】できない理由は俺がよく知っている。そして、スキル【残り火】の効果も掴んできている)」

 

俺の【ステイタス】の中で唯一効果が明確に記されていないスキル【残り火】──正確には、解放することで使えるようになる「王の力」

俺はあれの効果を「【ステイタス】に働きかける類」と言ったし、それは間違いない。問題は、それに伴って俺に生じる変化だ。

 

「(現状維持を考えると、【残り火】を解放するのはやめておいたほうがいいかもしれん。しかし、今後使わざるを得ない状況に置かれないとも限らないし……う~む、悩ましい……)」

 

顎に手を当て、あれこれ悩んでいると──

 

『────オオオオオオッッ!!』

 

凄まじい哮り声がルーム全体に響いた。

 

「「「っ!?」」」

 

俺達は揃って顔を振り上げる。いや、俺達だけでなく、ルームにいる冒険者達全員が驚愕の眼差しを声の発生源に向ける。

琥珀色の鱗に長い尾、鋭利な爪に無数の牙。体高およそ150C、体長は4Mを越す──小竜が現れた。

 

「やべえぞ!『インファント・ドラゴン』だ!」

 

名前も知らない冒険者の声が響く。

四足で地を這うそのモンスターは、数あるモンスターの種族の中でも最強と謳われる竜だった。翼こそ生えていないが、硬い鱗に包まれた強靭な肉体には、オークをも圧倒する潜在能力(ポテンシャル)が秘められている。血のように赤い目玉がぎょろぎょろと蠢く。

『インファント・ドラゴン』

11、12階層に出現する絶対数の少ない稀少種(レアモンスター)

広い階層内に5匹もいないあの小竜と遭遇(エンカウント)するのは、稀有を通り越して幸運とも言える。『迷宮の孤王(モンスターレックス)』が存在しない上層における事実上の階層主であることを除けばの話ではあるが。

 

「おい!リリスケ、逃げろっ!」

 

このルームにいる冒険者達が暗黙の了解を捨て、一丸となって強力なモンスターを討伐しようとする中、運悪くリリのいるルームの奥に小竜が突き進んでいる。

立ち尽くすリリと迫りくるモンスターの光景を前に、俺は『聖壁の盾』を取り出し、狙いを定める。

 

「『雷の大槍』!」

「【ファイアボルト】!!」

 

俺とベルが同時に放った魔法はインファント・ドラゴンに驀進した。

……だが、ベルのほうは規模がおかしかった。

白い光粒に縁取られた緋色の炎雷は、人1人を丸呑みしてしまいそうな厚みと大きさを盛っていた。少なくとも、今のベルの【ステイタス】でこれほどの規模にはならないだろう。

俺とベルの放った魔法はそのまま小竜を撃ち抜き、そのままダンジョンの壁面へと着弾した。

金色の槍と炎雷の餌食になったインファント・ドラゴンは、首から上が綺麗さっぱり消滅していた。

 

 

 

 

「……ということがあったんです」

「そうか……ベル君、ちょっと背中をこっちに向けてくれないかい?」

「あ、はい」

 

今日のダンジョン探索を終え。ホームでの夕食の席で、ダンジョンで起こったことを話していた。ベル曰く、あの時の威力は例のスキル【英雄願望(アルゴノゥト)】によるものらしい。

 

「……ベル君。ボクの見解では、そのスキルは逆転の力だ。自分よりも強大な敵を打破するための力……君の中にある可能性(しかく)を具現化させ、解き放つ。おめでとう、ベル君。誰よりも英雄に憧れる君は、英雄になるための切符を掴み取ったんだよ」

 

故にアルゴノゥト。

英雄になることを夢見た青年が、英雄になった物語。

英雄……か。

英雄と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、大剣を振るうさまは無双と謳われた狼の騎士アルトリウス。片腕は折れ、盾と理性を失った状態とはいえ、かの英雄を俺はウーラシールで倒した。こちらも満身創痍で死にかけたが。

 

「そうだ。ヘスティア様、ヴェルフと『クロッゾ』について何かご存知ないですか?ちょうどバイト先も【ヘファイストス・ファミリア】ですし」

 

俺がヘスティア様にそう尋ねると、ベルも「教えてください」と言った。

 

「ああ、ヴェルフ君の評判はお店でも耳にしているよ。それに『クロッゾ』の一族のことも知ってる。バイトが決まった時に『最低でもこれぐらいは覚えておけ』って、ヘファイストスに叩き込まれたからね」

 

ヘスティア様はそう言うと遠い目で虚空を見つめた。……頑張って覚えたんですね。

 

「まず、ヴェルフ君の鍛冶師(スミス)としての腕前は良いみたいだね。光るものがあるってヘファイストスは言っていたけど……残念すぎる感性をなんとかしてほしいって言ってたよ」

「「……」」

 

ピョンキチという名が俺とベルの頭に過った。

ちなみに、ベルが今も使っている軽装にもその名は受け継がれている。今のでMk-Ⅲ(さんだいめ)だ。

 

「次に『クロッゾ』。一昔前、アレス率いる【アレス・ファミリア】──ラキア王国に『魔剣』を献上することで貴族の地位を得た名門鍛冶師の名だ。『クロッゾ』の打つ作品は全て魔剣で、彼等が世代を通して王族に贈った剣の数は数千、数万にも及んだとも言われているよ」

「数万!?」

「魔剣の第一人者、大御所と言っても過言じゃない。その威力は『海を焼き払った』とも謳われていた。けど、ある日を境に『魔剣』を打てなくなった彼等は王家の信を失い、没落してしまった……っていうのは良く知られているけど、実はこの話には続きがあるんだ」

 

そう言って話を区切ると、ヘスティア様はコップの牛乳を一口飲む。

 

「結論から言うと、彼は『魔剣』が打てるんだ」

「「なっ……!」」

「贋作なんかじゃない、正真正銘の『魔剣』さ。その出来は【ファミリア】にある既存の魔剣作品……上級鍛冶師(ハイ・スミス)の作品をも凌ぐと言われている。それこそ『クロッゾの魔剣』に相応しいほどにね」

「……ちょっと待ってください。魔剣って確か『鍛冶』の発展アビリティを発現させなきゃ作れない筈じゃあ……」

「その辺りのことはボクにもよくわからないけど、とにかく彼は魔剣が打てるそうなんだ。ヘファイストスも認めてた」

「……それじゃあ」

「ああ、その家名は本物だ。彼には正統の『クロッゾ』の血が流れている」

 

ヴェルフは鍛冶貴族の生まれ。そして、彼は『鍛冶』というスキルを発展アビリティを持っていないのに、魔剣が打てる。

まさか……『スキル』によるものか?

いや、それならヴェルフの家は今頃鍛冶貴族の地位を取り戻しているはずだし、そもそも『魔剣』が打てなくなることもないはず。どういうことだろうか?

 

「でもね、彼は魔剣を作らないんだ」

「……え?」

「作成しようとしないんだよ、何故か。一度作ってしまえば富と名声が手に入るのに、彼は魔剣を打とうとしない。上級鍛冶師(ハイ・スミス)の末席を蹴飛ばしてまで、頑なまでにね」

 

魔剣は作れるが、作らない。

振るうだけで魔法と同じ効果を発揮する魔剣は強力だ。それがどれほどのものかは、似たような武器を持っているからよく知っている。

作成したそれを店頭に置けば顧客も金も集まる魔法の剣を、ヴェルフは作ろうとしない……?

 

「ボクの働いているお店の中じゃ、『宝の持ち腐れ』なんて嘆かれてる。【ファミリア】の団員の間でも【出来損ないのクロッゾ】なんて誹謗中傷されているらしいんだ」

 

主神(ヘファイストス)がそういうの嫌いだから表立って言う子はいないらしいけど、と神様は続けた。

持ち腐れという店側の声はともかく、構成員──ヴェルフを同じ鍛冶師(スミス)が彼をそしるのは、彼の才能と血筋に対する嫉妬だろう。

ヴェルフが【ファミリア】で疎外されている理由が、わかるような気がしてきた。

 

「腕は確か、だけど何か訳あり……ってところかな、君が契約を結んだ鍛冶師(スミス)君は」




最近、どこかの回でヴェルフに月光見せたい欲に駆られています。でも、どういう流れで見せるかという大きな壁が……


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27話

「……遅えな」

「すまない。いつも弁当を作ってくれている娘がいるんだが、調理の過程で失敗したらしくてね」

 

翌日の早朝、バベルで俺とヴェルフはベルとリリが来るのを待っていた。

ベルのほうはさっき言った通り、シルさんの弁当が出来上がるまで『豊穣の女主人』で待っている。しかし、リリが遅れるとは意外だ。いつもなら俺達とほぼ同時に来るのだが。

 

「……グレイ様……!!」

 

お、やっと来た──ん?凄い勢いでこちらに来ているな。

 

「……申し訳、ないですが……本日は、ダンジョン探索をお休み、させてください……」

 

こちらに来たと思ったら、息も絶え絶えにそう言ってきた。

 

「なにかあったのか?」

「実は……」

 

リリは息を整えると、事情を話し始めた。最近忙しかったこともあり、下宿先のノームの店主さんが倒れてしまったらしい。看病できる人が他にいないので、今日1日休みをいただきたいらしい。

 

「わかった。ベルには俺のほうから伝えておく」

「ありがとうございます。それでは」

 

俺が了承すると、リリは全速力でこの場を去っていった。

 

「じゃあ、ベルに伝えに行こうか」

「だな」

 

リリが去ったのを見届け、俺とヴェルフは西のメインストリートに向かった。

 

「お、来た来た。おーい、ベル」

「あ、グレイさん。ヴェルフさん。どうしたんですか?」

「リリスケから伝言だ。下宿先の爺さんが倒れたから、今日はダンジョン探索に付き合えないってさ」

「それでだ、これからどうする?」

「うーん、そうですね……」

 

サポーターのリリが不在となると、魔石やドロップアイテムの収拾効率が落ちる。かといって探索を中止すると今日一日暇を持て余すことになる……それだけは避けたい。

こうなったら3人でローテーションでサポーターを兼ねてしまおうか?

 

「……ベル。何だったら、今日一日俺に時間を貸してくれないか?」

「はい?」

「約束しただろ?お前の装備、全部新調してやるってな。旦那も来るか?」

「俺か?俺は……」

 

ヴェルフの提案に俺が顎に手を当てて考えていると、強烈な視線を感じた。この感じは……バベルの最上階あたりからだな。

 

「俺はいい」

「……そっか。んじゃ、行こうぜ、ベル」

「は、はい。じゃあグレイさん、またあとで」

「おう……さてと」

 

2人が北東のほうに向かっていったのを見送ると、俺はバベルのほうへと戻っていった。

 

 

 

 

バベルまで戻り、視線の主がいるであろう最上階に目を向けた瞬間──

 

「だ~れだ?」

 

突然目の前が真っ暗になり、背後から蠱惑的な声が耳に届いた。

 

「……美と愛の神フレイヤ」

「正解」

 

俺がそう答えると、視界を遮っていた手が離れる。

背後を振り返ると、紺色のローブを身にまとった女性が立っていた。フードを深く被っていて顔が見えないが、フードの奥から見える銀の髪と銀の瞳、ローブの上からでもわかるプロモーションに聞き覚えのある声。そして、周囲の人間の反応が目の前の神物(じんぶつ)が神フレイヤであることを証明している。

 

「何か用でしょうか?」

「そう警戒しないでちょうだい。貴方と少しお茶がしたいだけだから」

 

神フレイヤはそう言うと手を腰の辺りで組み、上目遣いでこちらに微笑みかける。

 

「わかりました。それじゃあ、場所を変えましょうか?」

「そうね。ちょうど良いお店を知っているの、ついて来て」

 

そう言うと、何故か神フレイヤが俺の隣に立ち、俺の肘をくいくいと引っ張る。

 

「それと、できれば腕を組んでもらえると嬉しいのだけど……」

「……はいはい。わかりましたよ、女神さま」

 

俺が肘を突き出すと、神フレイヤは嬉しそうに腕を絡めてくる。

 

『おい、見ろよ……』

『すげえな……』

『あのヒューマン、何処の【ファミリア】所属だ?』

 

何やら周囲からの視線が痛いが……気にしたら負けだな。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「ええ」

 

 

 

 

俺が案内されたのは大通りにある小洒落た喫茶店。その2階の窓側の席だ。

 

「ご注文は?」

「俺は紅茶のストレートとマカロンを」

「私はミルクティーとスコーンを」

「かしこまりました」

 

こちらの注文をメモにとると、店員が1階にある厨房へと向かっていった。

 

「それで、ダンジョン探索の進捗はどうなの?」

 

店員が去ると同時に、神フレイヤが口を開いた。

 

「そうだな。中層進出に向けてパーティーでの連携をどうするか話し合って決めているよ」

「貴方の実力を考えたら中層どころか、下層を飛ばして深層まで行けると思うのだけど?」

単独(ソロ)で準備万端な状態だったらいけるかもしれないが、パーティーを組んでの攻略だとそうもいかない。それに、俺がどういう存在か知らないわけじゃないだろう?」

「……そうね……」

 

俺がそう言うと、神フレイヤは外を──雲の上に目を向ける。

 

「そっちはどうなんだ?聞いたぞ、都市内トップクラスの【ファミリア】らしいじゃないか」

「ありがとう。貴方にそう言ってもらえると、嬉しいわ。他の神々には言ったの?」

「いいや、まだ言ってない。俺の正体を知っているお前にしか、こんなこと言えないさ」

彼女(ヘスティア)には何も話してないの?仮にも貴方の主神なんでしょう?」

「そんなことをしたら、オラリオ中が大騒ぎになる」

「私はそれを見てみたいけど……」

「それだけはやめてくれ。今の平穏な生活を失いたくない」

「冗談よ。私が貴方の正体を吹聴するような口の軽い女神だと思っているの?」

「思っている」

「ひどいわ、迷わず即答するなんて」

 

フレイヤは拗ねるような声音になるとそっぽを向いた。

 

「お待たせしました」

 

少ししてフレイヤの機嫌が治ると同時に、店員が注文していたものを運んできた。

 

「こちら、紅茶のストレートとマカロン。こちらが、ミルクティーとスコーンでございます」

 

「ごゆっくり」と一礼すると、店員は再び1階へと戻っていった。

 

「そうだ。【ファミリア】で思い出したんだが、他の女神とはどうなんだ?」

「そうね……ロキとはお互い隙あらば蹴落とそうとしているけど、付き合いはそこまで悪くないわ。ヘスティアは私のことが苦手って言ってたけど、私としては仲良くしたいわ。ヘファイストスやデメテル、その他女神とは可もなく不可もなくって感じなのだけど……イシュタルが……」

「イシュタルがどうかしたのか?」

「最近、彼女の眷属の戦闘娼婦(バーベラ)が妙な動きをしているの。今に始まったことじゃないけれど、彼女も事あるごとに私に突っかかってくるし。私も辟易してきているの」

「なるほど……頼むから、女神同士(お前たち)の喧嘩に俺を巻き込むのだけはやめてくれよ?」

「わかってるわよ。あちらが一線を越えない限り、私も彼女と抗争をするつもりはないわ」

 

……一線ね。

それは俺のことか、それともベルのことか、あるいはそれ以外の何かか……。

その後はお互い軽い会話をして解散になった。お代のほうは俺の正体に関する口止め料も含めて、俺が払うことにした。

 

 

 

 

「では、最後の打ち合わせをします」

 

12階層と13階層の階層間のルーム。ルーム内のモンスターを殲滅した俺達は、床に膝をついて小さな円を作っていた。

 

「中層からは定石通り、隊列を組みます。まず、前衛はヴェルフ様」

「俺でいいのか?」

「むしろここ以外、ヴェルフ様に務まる場所がありません。いえ、リリが偉そうに言えたことでは……すいません、続けます」

 

4つ並ぶ円の中で、2つ目のものをナイフで指す。

 

「ベル様は中衛を。ヴェルフ様の支援です。攻守を両方こなしてもらうことになります。負担は1番大きくなってしまいますが……よろしいですか?」

「うん、大丈夫」

 

頷くベルを見て、リリは3つ目と4つ目の円を指す。

 

「後衛はリリとグレイ様が。グレイ様は、ボウガンなり弓なり魔法なりで2人の支援をお願いします。それから、状況によってはベル様とグレイ様の位置を変えます」

「わかった」

 

俺はリリの指示に頷き、『シールドクロス』にボルトを装填する。

 

「つーか、旦那の多芸ぶりはおかしいって。前線での殴り合いから魔法や弓での後方支援まで何でもござれとか、本当に俺と同じLv.1か?」

「ヴェルフ様、そのことについては気にしない方向でいきましょう。そうしないと、リリ達の常識が崩壊してしまいます」

「へいへい」

 

両手をひらひらと振ってヴェルフは答える。

リリの視線がベルに移ると、ベルは「うん」と頷く。

 

「皆、準備は?」

「いいぜ」

 

大刀を担ぎ、不敵な笑みで答えるヴェルフ。

 

「問題ありません」

 

ボウガンにボルトを装填し、リリが答える。

 

「いつでもいけるぞ」

 

最後に、親指を立てて俺が答える。

 

「……行こう!!中層に!!」

 

俺達4人は、中層へ続く通路に足を踏み入れた。




次回、中層攻略開始です


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28話

中層攻略、始めます。


「ここが中層……」

「話には聞いていたが、今までの階層より薄暗いな」

「魔法で灯りを点けようか?」

「いいえ、最初のルームに到達するのを優先しましょう。ヴェルフ様、この通路は一本道なので、道なりにがんがん進んじゃってください」

「わかった」

 

ヴェルフを戦闘に、俺達は適度な間隔を空けて進んでいく。

 

「……それにしても、やっぱ派手だな、コレ」

「『サラマンダー・ウール』のことですか?」

「ああ。着心地は文句ないんだがな」

 

ベルとヴェルフなら防具の下のインナー、リリは服の上から全身を覆い隠すローブ、俺は鎧の上から羽織っているマント。きらきらとした光の粒を表面に散らしている護布は、鮮やかな赤もあって派手と言えるかもしれない。

俺達が身につけているそれは、精霊が己の加護を編み込んで作成した一品──『精霊の護布』だ。火精霊(サラマンダー)が関わったこの『サラマンダー・ウール』は、火炎や熱への耐性と防寒の属性も備えているらしい。

 

「ですが、正直ありがたいです。これで全滅の可能性がぐっと低くなりました」

「……『ヘルハウンド』だね?」

 

俺が口にしたのは、とあるモンスターの名前。『放火魔(バスカヴィル)』の異名を持つヘルハウンドは、犬型のモンスター。中層のモンスターだけに身体能力も高いが、真に恐るべきは口から放射される火炎攻撃だ。

犬か……まずい、最下層で野犬の群れに生きたまま食われた過去がフラッシュバックして腹に痛みが……。

 

「……来たか」

 

ヴェルフの呟きを聞き、俺は意識を切り替える。

薄い燐光に照らされる影は2つ。通路の奥から完全に現れ、モンスターの姿があらわになる。

ごつごつとした体皮は黒一色。両目は爛々と真っ赤に輝き、モンスターの不気味さを引き立てる。

 

「なぁ、この距離はどうなんだ?詰めたほうがいいのか?」

「ヘルハウンドの射程距離は甘く見ない方がいい、って担当官(アドバイザー)の人には言われたけど……」

「なら──叩くぞ!」

 

戦闘開始の合図を自ら上げ、ヴェルフは大刀を担ぎ駆け出した。ベルもすぐその右後方に付く。

ヴェルフに向かって1体のヘルハウンドが飛びかかると、ベルが両者の間に滑り込んで盾を掲げる。ヴェルフが準備した中衛用の小型盾(バックラー)をヘルハウンドに噛ませると、ベルはその場に踏みとどまる。そして、ベルの横から現れたヴェルフがヘルハウンドを体の中心から一刀両断した。

 

『ァガッ!?』

 

盾に食らいついている口から赤黒い血液を流出させながら、上半身と下半身に分かれたモンスターは地面に落下した。

 

『ゥゥゥゥッ!』

 

残っているヘルハウンドは俺達から距離を残した場所で、下半身を高く、上半身を伏せるような体勢を取る。その姿勢が炎を溜めていることはすぐに気づいた。

 

「遅いな」

『ギャンッ!?』

 

ヘルハウンドが炎を放つ直前、俺はヘルハウンドの右目を『シールドクロス』の金属矢で射抜く。

動きを阻止されたヘルハウンドの懐にヴェルフが難なく飛び込み、叩き斬る。

額を真っ赤に染めながら、ヘルハウンドは呻き声とともに崩れ落ちた。

 

「……よし、幸先は良さそうだな?」

「俄仕込みの連携だが、形になってもらわないと困るからな」

「でも、いい感じだったよ」

「ともかく、開けた場所に急ぎましょう。こんな閉所でモンスターに囲まれたら──」

『キュゥッ!』

 

道の奥から現れた声の主は二足歩行を身に着けた3匹の(ベル)──もとい、アルミラージだった。

 

「あれは……ベル様!?」

「違うよっ!?」

「ベルが相手か……冗談きついぜ」

「いやいや、完璧に冗談だから!?」

「おや、ベル。お友達ができたのかい?おめでとう」

「グレイさんまで!?」

 

俺達3人と、いじり倒されるベルを前にするアルミラージの群れは手近にあった大岩を砕き、その中から新しい天然武器(ネイチャーウェポン)を取り出した。

片手でも扱える小型の石斧(トマホーク)。この通路にある岩の多くは『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』なのか。

 

「4対3だな」

「言っておきますが、あくまで4対1を3つ繰り返すんですよ?各自で相手取るなんて、愚の骨頂です。リリはもとより、ヴェルフ様も一歩間違えれば足元をすくわれます」

 

アルミラージの戦闘能力は中層の中でも低い。シルバーバックを上回る敏捷性に注意すれば、Lv.1上位の能力(ステイタス)を持つ冒険者でもかろうじて戦える。

それでもあの兎の脅威評価がLv.2にカテゴライズされる理由は……集団での戦闘が滅法強いからだ。

やがてアルミラージたちは甲高い鳴き声とともに一斉に突進してきた。

 

「まずは右からやりましょう!」

「ああ!」

「うん!」

「おう!」

『キャウッ!』

『キィ、キィイ!』

 

 

 

 

アルミラージの鳴き声が広いルーム内に響く。

次々と襲い来るモンスターの群れに、予断を許さない状況が続く。

 

「息つく暇もない、ってな!」

「無駄口を叩く暇もないぞ!」

 

汗を滴らせるヴェルフは大刀を振り回し、俺とリリは後方より頻りに矢を放つ。

ルームに入って数分経ち、俺達は周囲を囲まれかけている。

 

「っ、ヴェルフ!伏せろ!」

「おうっ!」

 

2匹のアルミラージに集られようとしていたヴェルフに大声を張り、俺は右手の装備を『シールドクロス』から『アヴェリン』に変え、ボルトを装填する。

屈んだ彼に今まさに飛びかかろうとした2匹のアルミラージの心臓を射抜くと、灰と魔石がヴェルフの頭に降りかかる。

 

「ありがとよ、旦那!」

「すいません、グレイさん!」

「気にするな!」

 

少し危なかったと、俺の胸中がざわめき始める。

ヴェルフへの支援が万が一遅れた瞬間が頭を過り、休憩(レスト)の必要性を感じ取っていた。

 

「……む?」

 

ヴェルフとベルがアルミラージの群れを斬り伏せているのを尻目に、俺はある光景を捉えた。

6人で編成されたパーティー。他【ファミリア】の冒険者が見る見る内に近づいてくる。

通常、ダンジョンにおいて各パーティーは面倒事を避けるために必要以上の接近はしない。こちらの後方にあるルームの通路口を目指すのであれば話は別だが、どうも直線的すぎる。

まるで、俺達を目標にしているような……。

 

「(……そういうことか!)」

 

あの動きには覚えがある。昔のことだ。闇霊に侵入された時に『巨人の木の実の種』を齧ってモンスターの群れに飛び込む。そして闇霊とモンスターが戦っているところからできる限り離れ、残っている方を始末することで俺は生き延びてきた。

そして彼等がすぐ横を通り抜けていく瞬間、髪を結わえた黒髪の少女と目があった。俺の頭に過った考えを肯定するように、少女の青紫の瞳は今にも涙を零しそうだった。

 

「ベル!ヴェルフ!リリ!退却するぞ!」

「え……?」

「どういうことだ!?」

「ッ!怪物進呈(パス・パレード)です!リリ達は囮にされました!」

 

次の瞬間、今交戦している倍の数ほどのアルミラージにヘルハウンドがルームに姿を現す。

背後に目をやると、冒険者達は既に通路の奥へ消えていた。

 

「ヴェルフ様!右手の通路へ、早くっ!」

「おいおいおいっ、冗談だろ!?」

 

混乱に陥りかけながら俺達は動く。

ヴェルフは肩に担いだ大刀で手前のアルミラージを弾き飛ばし、人1人が通れる通路に体をねじこむ。急いでベルとリリ、俺の順に後を追う。

 

「『漂う火球』!」

 

俺は左手に『呪術の火』を灯し、通路を駆けながら『漂う火球』を4つ通路に設置する。

追いかけてくるモンスターが近づくと、火球が大爆発を起こす。爆発の勢いでモンスターは吹き飛び、壁の1部が崩れ落ちて通路を狭める。

 

「っ!?グレイ様!?」

「旦那!?」

「グレイさん!?」

「3人共、先に行ってくれ!」

 

判断は一瞬だった。俺はすぐさま反転し、押し寄せるモンスターの波と向かい合う。

右手の装備を『アヴェリン』から『宮廷魔術師の杖』に、左手の『呪術の火』を消して『賢者の燭台』を握り、『賢者の指輪』を嵌めて詠唱する。

 

「『ソウルの奔流』!」

 

通路に向かって、『魔法』を放つ。

青白い光は1本道を埋め尽くし、瓦礫もろともモンスター達を呑み込む。

 

「助かった……?」

 

ベルがそう口にした瞬間、前後からモンスターの群れの声が響いた。

いやはや、おかわりまで用意しているとは。ダンジョンは随分親切だな、クソッタレめ。

 

「皆さん、回復薬(ポーション)です。グレイ様は精神力回復薬(マジックポーション)も必要ですか?」

「ありがとよ」

「ありがとう」

「念の為にいただこう」

 

リリがバックパックから取り出した回復薬(ポーション)精神力回復薬(マジックポーション)を受け取り、飲み干す。

体力と精神力は回復したが、集中力の低下だけはどうにもならない。

 

「皆さん、この状況ですが、リリは逃走を提案します。一度息をついて、態勢を立て直さなければ。このまま、まともに戦ってはきりがありません」

「反対はしないが、この状況はどうする?」

「片方を強引に突破……?」

「ええ、それが最良かと」

「なら、行こうか」

 

声を潜めての相談を終えて構えたところで──ビキリ、と。天井から音が響いた。

 

「……まさか!」

 

俺が天井を仰ぐと、それに倣うようにベル達も顔を振り上げ、そして息を呑む。

蜘蛛の巣状に刻まれた罅。俺達が足を止める通路一帯の天井にその裂け目は及んでいた。

亀裂の走る音が断続的に響き、次第に隙間なく積み重なっていくと……

 

『キィァァァァァァ────!!』

 

夥しい数の『バッドバット』が天井から産まれた。

そして、モンスターが産まれたことで穴だらけになった天井は安定を失い──崩落した。

俺達は眼球が飛び出さん勢いで目を見開き、なりふり構わず地を蹴った。

降り注ぐ大岩と土砂の雨、俺は武器を全てしまい『ハベルの大盾』を両手で頭上に掲げて耐える。

 

「ぐっ、ぬん……!」

 

落石の雨が収まった頃。

通路全体を土煙が漂う中で俺は耳を澄ます。

右後方からベルが肩で息をする声が、近くからヴェルフの呻き声が、遠くからリリの荒い呼吸音が聞こえてくる。

 

『ゥゥ……』

 

土煙が薄れていく中、俺達をさらなる絶望が襲ってきた。

岩が積もった通路の奥で、いくつもの黒い影が形を作っている。

ヘルハウンドの群れだ。

 

『ガァ……』

 

地に伏せている全てのヘルハウンドの鋭い牙の間からは白い煙が漏れ、火気が迸っている。

俺は背後を向き、ベルにリリのもとに行くよう兜越しに目で指示を出す。ベルも察したのか、リリのもとへ向かう。

俺はヴェルフの片足を潰している大岩をどかし、ヴェルフに肩を貸して支える。

 

「ッ!グレイさん!あっちにもヘルハウンドの群れが!」

 

ベルの声に振り向くと俺達が進もうとしていた方向にも、ヘルハウンドの群れがいた。

 

「(……仕方ない……!)ベル!そっちのヘルハウンドの群れを強行突破して、縦穴を探すぞ!」

「はっ、はい!」

「どけぇ!」

 

ベルはヘルハウンドを回し蹴りで壁に叩きつけ、俺は『ハベルの大盾』でヘルハウンドの頭部を叩き潰し、突破する。

 

『……ァァァァッ!』

 

それと同時に背後から爆発が起き、俺達は大爆炎に包まれた。




次回。月の光が、絶望の淵に立つ彼等を18階層へ導く。


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29話

「ヴェルフ、思いっきり歯を食いしばってくれ」

「おう」

「『大回復』」

「ぐっ……!」

 

ヘルハウンドの群れから逃げながら探し、見つけた縦穴から落ちた階層。その通路を彷徨っていたなかで現れた行き止まりで俺達は立ち止まっていた。右手に『太陽のタリスマン』を握り、全員の傷を治す。

 

「ありがとよ。旦那がいなかったら、俺達はボロ雑巾になってたぜ」

「……すごいです。ぐしゃぐしゃに潰れていた足が、一瞬で治るなんて」

「ヴェルフだけじゃない。僕とリリの擦り傷も治ってる」

「すまないが、治せるのは傷だけだ。体力まではどうにもならない」

 

「それだけでも十分だ」とヴェルフは治った足に触れながら笑う。

 

「では、現状のパーティーの持ち物の確認をしましょう。まず治療用の道具(アイテム)ですが、リリは回復薬(ポーション)が4、解毒剤が2。ベル様達は?」

「俺は何も残っちゃいない」

「僕はまだ、レッグホルスターに回復薬(ポーション)がいくつか」

「俺は精神力回復薬(マジックポーション)が人数分残っている」

「次に武器です。リリはボウガンを先の崩落で失いました。ヴェルフ様の大刀は無事で……」

「ベルは短剣と小型盾(バックラー)をなくしたか」

「う、うん。でも、《ヘスティア・ナイフ》と《牛若丸》は無事」

「グレイ様は?」

「俺のは全部しまってあるから無事だ」

 

会話を交わしているが、この状況が気が気ではない。

俺達が輪になっている場所は、迷宮の袋小路だ。通路の奥からモンスターが押し寄せようものなら、逃げ場を失う。なにより、周囲の壁から何時産まれ落ちるかわからない。

 

「わかりました……今後の方針ですが、武器も道具(アイテム)も限られている中、生きて帰還するためにはできる限りモンスターとの戦闘を避けねばなりません」

「それと、俺達のいる階層だが……落下の速度を考えて、15階層かもしれない」

「ここからが本題です。上層への帰還は絶望的です。ですが、ここであえて上部階層(うえ)へ上るという選択肢を捨て、下の階層……18階層に避難する方法があります」

 

リリの言っていることがわからないかもしれないベルとヴェルフに補足を入れる。

 

「18階層はダンジョンに数層存在する、モンスターが産まれてこない安全階層(セーフティポイント)だ。『下層』の進出を目指す冒険者達が間違いなく拠点として利用しているし、なにより街がある。そこまで行けば、ひとまず安全は確保できる」

「で、でも。ここが15階層のどの辺りなのか、そもそも生きて帰れるのかわからないのに、これ以上下の階層に向かうなんて──」

「縦穴を使います。中層には、先程リリ達が落ちてきたような穴が無数に存在します。それを見つけて飛び込めば、下部の階層に一足とびに移動できます。現在位置がわからない以上、階段を闇雲に探すより効率的です」

 

リリの言葉に反論を遮られたベルは、喉を鳴らした。

 

「階層主はどうする?17階層だろう、例の化物(デカブツ)がいるのは」

 

ヴェルフの言う化物(デカブツ)とは、通常のモンスターとは次元が異なる存在『迷宮の孤王(モンスターレックス)』のことだ。迷宮攻略する上での最難関でもある。

 

「ベルが『ミノタウロス』を倒した日……約2週間前に、【ロキ・ファミリア】が『遠征』に出発している。大人数の部隊で向かった彼等は無用な被害を防ぐために、階層主の『ゴライアス』を確実に仕留めているだろう」

 

ゴライアスの出現場所が18階層直前の大広間であること。それを放置するのは大部隊を率いる【ロキ・ファミリア】にとって危険性(リスク)が高いと説明を加える。

 

「『ゴライアス』の次産期間(インターバル)は2週間前後。時間を逆算しても、まだギリギリで産まれ落ちていない可能性があります」

 

主のいない17階層を無事にやり過ごすことも、今ならまだ間に合う。リリは最後にそう告げた。

 

正気(ほんき)か、お前ら……?」

「あくまでも選択肢の1つだ。ベル達が言う通り、素直に上の階層を目指した方が、差し当たって安全であることは間違いない。歩き回っていれば、他所のパーティーと会って助けを請うこともできるかもしれない」

 

しかし、それらは全て運任せ。

下級冒険者が多い上層とは異なり、上級冒険者の領域である中層は同業者の数が激減する。更に、円錐構造であるダンジョンの法則に従い、中層は上層と比べて迷宮の規模が格段に広い。当てもなく上層への階段を探すのも、他のパーティーと出くわすのも、運によるものが強すぎる。だからこそ、俺とリリは18階層を目指すという意見を出した。

 

「このパーティーのリーダーは、ベル様です。ご判断は、ベル様に任せます」

 

ベルがヴェルフに振り返ると、ヴェルフは笑いかけた。

 

「いい、決めろ。どっちを選んでも、俺はお前を恨みはしない」

 

信頼と絆の言葉を受け、ベルは目を閉じて深呼吸をする。

 

「……進もう。18階層に」

 

ベルの決断を聞き、俺達は立ち上がる。

 

「そうだ。俺から提案……というか、お願いがある。特に、ヴェルフに」

「俺に?」

「ああ。状況が状況なんでな、『コイツ(・・・)』を使おうと思っている」

 

俺は『月光の大剣』を取り出し、3人に見せる。それを視界に収めた途端、ヴェルフが目を見開いた。

 

「ッ!?そいつは伝説のドラゴンウェポンの1つ、『月光』じゃねえか!?」

「伝説って?」

「ああ!魔剣ってのは、もともとドラゴンウェポン──竜の尾から生まれる武器を人の技術(わざ)と知恵で再現したもんなんだ。だから、旦那の持っているコイツはあらゆる魔剣の原点と言っても過言じゃねえ。それと、魔剣とドラゴンウェポンの違いだがな。魔剣は武器としての機能を犠牲に、誰が使っても同じ威力の魔法を放つ。だが、ドラゴンウェポンは武器としての機能を維持しつつ、使用者の魔力に応じて魔法の威力が増減するんだ。しかも、魔法は使用者が任意で放つことができる」

「えぇっ!?」

「そ、そうなのですか!?」

 

『月光の大剣』を前に鍛冶師(スミス)としての血が騒いだのか、熱く語るヴェルフ。それを聞き、ベルとリリは目が飛び出そうなほどに驚いていた。

 

「まぁ、今それは置いておくとして本題に入ろう。俺からの提案なんだが『月光(こいつ)』の使用許可が欲しい、このことは俺達4人だけの秘密にして欲しい、この2つだ」

 

「どうかな?」と3人に視線を送る。ベルとリリは無言で頷くが、ヴェルフは腕を組んで眉間に皺を寄せ、目を閉じて悩みに悩んでいた。

 

「………………ベル達の命が最優先だ。だから『月光』の使用には目を瞑るし、誰にも話さねえ」

「ありがとう」

 

かくして俺達4人は、18階層へ向かうことになった。

 

 

 

 

「……なぁ、リリスケ。この臭いはどうにかならないのか?」

「我慢してください……お言葉ですが、発生源にいるリリが一番この悪臭に悩まされています」

 

18階層へ向かうと決めた場から随分移動したころ、ヴェルフが口にした言葉にリリが反論した。

ヴェルフの言う臭いとは、リリが首から吊り下げた袋から発せられる異臭だ。

死体の臭いに吐瀉物、糞尿その他諸々の臭いに比べれば幾分かマシだが……それでも臭いものは臭い。

 

「リリ達にも有害ですが、この臭いはモンスターにとって毒そのものです。この悪臭が続く限り、モンスターは近寄ってきません」

 

リリの言う通り、『強臭袋(モルブル)』という名の臭い袋の道具(アイテム)のおかげで、モンスターとの遭遇を回避できている要因でもある。

余談だが、リリと共同で開発したナァーザさんが試しに臭いを直に嗅いだところ、ひっくり返ってのたうち回り、鼻を床にこすりつけて臭いを拭い落とそうとしたそうだ。

 

「……皆さん、来ました」

 

前方、視界の奥。一本道の通路の先で、複数の真っ赤な眼光が浮かび上がる。

俺達のことを補足した3匹のヘルハウンドが、臭い袋の効果が薄れる距離で停止し、火炎攻撃の準備をする。

 

「グレイ様、ベル様。お願いしま──」

「いや、旦那とベルにばかり負担をかけたくねえ。俺に任せろ」

 

リリの言葉を遮り、ヴェルフが前に出る。

右腕を突き出し、3匹のヘルハウンドに照準を合わせる。

 

「【燃えつきろ、外法の業】」

 

紡がれたのは、超短文詠唱。

たちまちヴェルフの右腕からは陽炎が凄まじい勢いでほとばしり、ヘルハウンド達を呑み込んだ。

 

「【ウィル・オ・ウィスプ】」

 

次の瞬間、3つの大爆発──ヘルハウンド達の自爆が起こった。

 

魔力暴発(イグニス・ファトゥス)!?」

 

リリの驚愕の声が散る。

魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』とは、魔法の行使などに際して、『魔力』を制御し切れず暴走させてしまう事故現象のこと。

今日では魔法の体系化と『神の恩恵(ファルナ)』によって魔力の調整が円滑になったことで魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が発生することはほとんどなくなったが、『古代』では魔法の使用に暴発事故は付きものだったそうだ。

ましてや、モンスターが件の現象を起こすなんて皆無に等しい。

 

「成功したか……」

「ヴェルフ、今のは?」

「俺の魔法は特殊らしくてな。一定の魔力の反応を火種(きっかけ)にして、爆発させるらしい」

 

「モンスター相手に使うのは初めてだったんだがな……」と右手を開いては閉じながらヴェルフは続けた。

13階層では通じる確証がないという逡巡と、崩落直後ということで時機(タイミング)を逃してしまい、間に合わなかったらしい。

超短文詠唱といえど、準備は必要なようだ。

 

「あれ?モンスターで、ってことは……人で試したことがあったの?」

「ああ。同じ【ファミリア】の連中に頼んでな。見事に爆発した」

「……ヴェルフ、それは」

「いや、確かに俺も悪かったけどなっ、効果を試させてくれとは言ったんだ。何が起きるかわからないとも言ったし、あいつ等もそれを承知して……いや、全面的に俺が悪いんだけどなっ?」

 

そういうところがあるから【ファミリア】の仲間に白い目で見られるんじゃないだろうか。俺の頭をそんな考えが過った。

とはいえ、これで先が明るくなった。ヘルハウンドを無力化できるのはそれだけ大きい。

一筋の光明を見出しながら、俺達は先へ進んでいった。

リリの臭い袋でモンスターの奇襲を退け、それでも近づくモンスターは俺の『月光』かベルの【ファイアボルト】で追い払い、ヘルハウンドはヴェルフが無力化していった。

 

「……ありました」

 

横穴の曲がり角から顔を出したその先。洞窟状の道の、ど真ん中。あちらの通路と俺達がいる通路を隔てるように、歪な縦穴が大きく口を開けていた。

俺達は穴の縁まで近づき、覗き込む。

この深さは……16階層。

俺達はそれぞれ視線を交わして頷きあう。

臭い袋を持ったリリと、その護衛としてベルが。次にヴェルフが。そして、最後に俺の順でモンスターが追いかけていないことを確認し、縦穴へと飛び込んでいった。

 




次回、色々あってゴライアスは死ぬ。


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30話

16階層の通路の一角。洞窟状の道の真ん中で俺達は止まっていた、止めざるをえなかった。

 

「臭い袋が、なくなりました……」

 

リリの逼迫した声音。

モンスターの襲撃から俺達を守っていた異臭は消え、それと入れ替わるように濃厚な殺気が向けられる。

やがて、通路の奥から地響きとともに何かが近づいてくる。

 

「ベル……」

「はい」

 

俺とベルはリリとヴェルフの前に立ち。近づいてくる何かを迎撃せんと構える。

 

『ゥゥゥゥ……』

 

闇の奥から現れたそれは、2Mを超す巨躯を持っていた。

雄々しい角に、膨大な筋肉と岩の如き蹄の牛頭人体。

大戦斧(バトルアックス)と見紛うような特大の天然武器(ネイチャーウェポン)を両手で持ち、こちらを見下ろしている。

 

『ヴォオオオオオオッッ!!』

 

ミノタウロスが咆哮を上げると同時に、ベルは走り出した。

雄叫びを上げるミノタウロスに正面から突貫する。

 

『ヴォッッ!?』

 

すれ違いざまに、ミノタウロスの腱を斬った。

血飛沫を散らすミノタウロスに対し、右手に漆黒のナイフ、左手に紅の短刀を掲げる少年(ベル)は──止まらなかった。

神速をもって、斬り刻む。

 

『────ッ!?』

 

ミノタウロスに一切の反撃を、抵抗を許さず、強靭な体躯へダメージを叩き込んでいった。

最後に横一閃の大振りを胴に打ち込まれたミノタウロスは、ズタズタに斬り裂かれた全身を後退させ、よろめき、断末魔とともに背中から倒れ込み、灰と化していった。

 

「グレイさん!」

「数は!?」

「3匹です!」

「わかった!」

 

俺はベルから追加のミノタウロスの数を聞き、そのまま立ち位置を入れ替える。

『月光』を両手に持って上段の構えを取り、そのまま静止する。すると、『月光』の刀身が蒼い輝きを纏い始める。

 

「──フンッ!」

 

時間にして10秒ほど。俺はそこで『月光』を振り下ろす。

光の斬撃が解放される。

眩い蒼光は敵の突進を呑み込み、通路が月の光で照らされていく。

光はそのまま通路の奥へと突き進んでいき、岩壁を砕く音が遠くから響いてきた。

 

「……さて、行こうか!」

 

モンスターがこれ以上現れないことを確認し、俺達はそのまま通路を進んでいった。

 

 

 

 

激しい爆炎が連鎖する。

強制的に自爆させられたヘルハウンドの群れは、火の粉に巻かれながら地面へと崩れ落ちる。何度目とも知れない光景を前に、対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)を発動したヴェルフは、突き出した右腕をそのままに、ふらりとよろめく。

 

「……おっと」

「大丈夫か?」

「ああ、なんとかな。ただ、これ以上魔法を使うのは無理かもしれねえ」

 

体から力が抜けたヴェルフに肩を貸し、倒れ込むのを防いだ。

度重なる魔法の使用によって精神疲弊(マインドダウン)の一歩手前になったヴェルフの額から玉のような汗が出る。

 

精神回復薬(マジック・ポーション)はいるか?」

「……いや、こっからは大刀(こいつ)でいくからいらねえ」

 

ヴェルフは俺の肩から手を離し、着流しの袖で汗を拭う。

 

「リリ、大丈夫?バックパック持とうか?」

「…………すいません。ベル様、お願いします」

 

リリとベルの方を向くと、ベルがリリのバックパックを受け取っているところだった。

無理もない。『上層』と勝手の違う『中層』の重圧感(プレッシャー)は、パーティーの中で最も【ステイタス】の乏しいリリの心身を蝕んでいた。寧ろ、立って歩いているだけでも大したものだと褒めるべきだろう。

ベルがリリのバックパックを背負ったのを確認し、俺達は再び歩き始める。

 

「あったぞ!」

 

見つけた。

4つ角の右手、10Mも歩けば行き止まりとなる浅い一本道。その1番奥で、岩壁に半ばめり込むように縦穴が開いている。

周囲に目を配ってモンスターがいないことを確認し、吸い寄せられるように穴のもとへ急いだ。

一瞬眼下を覗き込み、穴の縁に足をかけ、一思いに飛び降りる。

 

(やっと17階層に着いた。が、これは……)

 

俺達が降り立った17階層。そこは不自然なほどに静かだった。

まるで、何かの誕生を恐れるかのように。モンスターの気配がまったくしない。

ベル達も違和感を抱いたのか、階層内を見渡す。

 

(……間に合わなかったか)

 

通路を突っ切り、大広間に踏み入れたところで、俺は確信した。

そしてそれを後押しするように、真正面の壁──『嘆きの大壁』の上から下にかけて亀裂が走り始める。

 

「ベル!リリ!ヴェルフ!18階層に着いたら西に行くんだ!『街』は西の湖沼地帯にある!」

「グレイさん!?」

「それはいいです!グレイ様はどうするのですか!?」

「俺はゴライアスを引きつける!」

 

俺は立ち止まり、ひび割れ続ける壁を睨み付ける。

 

「ふざけんな!旦那置いて安全地帯に行くなんてまねできるか!」

「俺達に今できる最善の策はそれぐらいだ!」

「だからって──」

 

ベルが抗議の声をあげようとすると同時に、大壁からそれは姿を現した。

太すぎる輪郭。太い首、肩、腕、そして脚。総身7Mにも届こうかという、巨人。薄闇の中で捉えた体皮は、灰褐色だった。

後頭部からはごわごわした黒い髪が、首元を過ぎる位置まで大量に伸びている。

これが──階層主。

これが──『迷宮の孤王(モンスターレックス)』ゴライアス。

 

『オオオオオオッッ!!』

「早く!」

「……『街』に着いたら応援を呼んできます!グレイさんも、隙を見て逃げてきてください!」

「ああ!」

 

ベル達が洞窟へ再び駆け出したのを確認し、俺は『頭蓋の指輪』を嵌めてゴライアスを見上げる。

 

(この感覚……そうか、こいつも(・・・・)か)

 

ベル達に背を向け、俺のほうを向くゴライアスは、地響きを鳴らしながら近づいてくる。

俺は『ストームルーラー』を取り出し、構えを取る。すると、刀身が風を纏い始める。

ゴライアスが巨大な拳を振り下ろせば、脚による踏み付けを地面に叩きつければそれを回避。その度に再び構えを取る。

刀身が纏う風は時間と共に強風になり、やがて嵐に変わっていった。嵐に変わったところで、俺は大剣を大上段に構える。

 

『ッ!?』

 

すると、ゴライアスの動きが止まる。

 

『グッ……ガアアアアアアッッ!!』

 

巨人はそれをさせまいと拳を振り下ろそうとする。

──だが、俺のほうが早かった。

振り下ろされた大剣は、纏っていた嵐を放ち、巨人の右腕と右脚を一刀両断にした。

 

『ギャアアアアアアッッ!!』

 

ゴライアスは悲鳴を上げると共に、地に倒れ伏す。しかし、痛みにのたうち回っているだけで灰にならないあたり、まだ死んではいないようだ。

 

「意外と頑丈なんだな」

 

軽口を叩きながら、再び風を刀身に纏わせる。それは再び強風となり、そして嵐へと変わる。

 

「……だが、これで終わりだ」

 

2度目の嵐、今度は巨人を上半身と下半身に分断する。

 

『アァァァァァァ……』

 

巨人は断末魔をあげ、灰へと還っていった。降り積もる灰には魔石と武器素材(ドロップアイテム)『ゴライアスの歯牙』。そして、大きな灰褐色の炎が揺らめいていた。

 

「ソウル錬成は……後にしよう。今はベル達と合流するのが優先だ」




本作での巨人の強さですが、上から順に
ヨーム>鷹の目ゴー>巨人の王≧最後の巨人>巨人鍛冶屋>黒いゴライアス>ゴライアス
となっています。巨人近衛兵なども含めると長くなるので省きました。
次回、ソウル錬成とリヴェリアさんからの質問攻め(予定)です。


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31話

18階層南部の森の中に設けられた【ロキ・ファミリア】の野営地の奥。周囲の天幕よりも1回り大きい幕屋で、俺はとある有名人達と面会を行っていた。

 

「アイズから報告されたときは驚いたよ。まさか、階層主を単独(ソロ)で撃破するとはね」

「俄には信じ難いが……魔石と武器素材(ドロップアイテム)が目の前にある以上、事実なんじゃろう」

「いやはや、貴公には驚かされてばかりだ」

 

【ロキ・ファミリア】団長、小人族(パルゥム)の【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。ドワーフの【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック。そして【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ。3人とも、都市を代表する第一級冒険者だ。

何故彼等がこの階層に滞在しているのか聞いたところ、帰路の途中でモンスターから厄介な『毒』をもらったらしい。そこで【ファミリア】の中でも足の速い者に1度地上へ解毒剤を集めに行ってもらい、戻ってくるまでここに滞在するそうだ。

俺が『治癒の涙』を使えば治せるんだが……地上に向かった団員の苦労を無駄にしないためにも、ここは黙っておこう。あと、余計に目立つような行動をするのは控えておきたい。

 

「ベル・クラネルにも言ったけれど、食料を始めとした物資はもうあまり残っていないんだ。配分できるものには限りがあるから、それだけは理解してほしい」

「いえいえ。恵んで頂けるだけでも十分です」

 

俺達に貸してくださっているテントも、『毒』で寝込む人が続出し、天幕に余裕がない中から捻出してくれたものだろう。彼等の温情には恐縮するしかない。

 

「さて、僕からの話は以上だ。リヴェリア、彼に話があるんだろう?」

「正確には質問なのだが……まあいい。グレイ・モナーク。9階層で言った言葉、忘れてはいないだろうな?」

「覚えてますよ。こちらも次の機会があったらどう答えるか考えておきましたし」

「そうか……では、1つ目の問いだ」

 

ああ言ってはいたものの、想定した問いが必ずくるとは限らない。できる限りこちらの秘密が漏れないように答えよう。

 

「貴公に古の魔法を授けた師は、健在か?」

「残念ながら、既にお亡くなりになっています」

「……2つ目。師の種族と性別、身なりはどのようなものだった?」

「ヒューマンの男性。黒ずくめで仮面を着けていました」

「……3つ目。古の魔法が記されたスクロールを持っているか?」

「ええ。と言っても、弟子と認めた者以外には決して見せてはならん、と言われましたので。お見せすることはできません」

「…………わかった。私からの問いは以上だ」

 

彼女の言葉に、俺は少し驚いた。もっと根掘り葉掘り聞きに来ると思っていたんだが。

 

「いいんですか?」

「ああ。最低限知りたかった情報は得られたのでな」

「そうですか。では、俺はベル達のいるテントに──っと、この魔石と武器素材(ドロップアイテム)なんですが……」

 

立ち上がり、幕屋を退出する寸前。魔石と『ゴライアスの歯牙』を指差す。

個人的には、換金した額の何割かを宿代として彼等に支払うつもりなんだが……

3人はそれぞれ目で会話し、頷く。

 

「それは君がゴライアスを倒して手にしたものだ。だから、君の好きなようにして構わないよ」

「わかりました。それでは、この借りはいつか何らかの形でお返しします」

 

魔石と『ゴライアスの歯牙』を担ぎ、アイズ・ヴァレンシュタインの案内のもと、ベル達のいるテントに俺は向かっていった。

 

 

 

 

「いいのかい、リヴェリア?」

 

グレイが去った後、フィンはリヴェリアに尋ねる。

 

「嘗て君たちエルフが研究していた古の魔法の使い手がいるんだ。聞きたいことは山程あったんじゃないかい?」

都市(オラリオ)の何処かでばったり会ったのならそうしたさ。だが、今は状況が状況だ。質問は最小限にとどめ、休息を取ってもらうべきだろう」

「確かに」

「それに、最低限知りたかった情報は得られた。それだけで十分だ」

「あの者に魔法を授けた師匠のことか?」

「ああ。黒ずくめで仮面を着けたヒューマンの男性……伝承の通りだ」

「伝承……それは、遥か昔からお主等エルフに伝わるという『黒い鳥』のことか?」

「そうだ。だが伝承の広まり始めた時代を考慮しても、『黒い鳥』から魔法と装束を継承した者がいるはずだ。それが歴史の表舞台に出ることなく、彼の代まで連綿と続いた……実に興味深い」

 

嬉しそうに口の端を吊り上げるリヴェリア。彼女の両眼は、好奇心と知識欲で満ち溢れていた。

 

 

 

 

「……ここが、ベル達のいるテントです」

「わかった。道案内、ありがとう」

 

ベル達がいるというテントに案内され、俺はアイズ・ヴァレンシュタインに軽く頭を下げる。

「それじゃあ」と言い、彼女は野営地に戻っていった。

 

「ベル、リリ、ヴェルフ。大丈夫かい?」

「グレイさん!」

 

テントに入ると、ベルだけがいた。

 

「リリとヴェルフは?」

「2人なら、さっき【ロキ・ファミリア】の野営地のほうに行きましたよ。何か手伝えることがないか聞いてくるって。あと、グレイさんが来た時のために僕がここで待つことになったんです」

「そうか……」

「とりあえず、2人が戻ってくるまで待ちましょう」

「ああ」

 

俺は取り敢えずテントの奥の方に座ることにし、待つこと数分。リリがテントの入り口から顔を出した。

 

「ただいま戻りました」

「おかえり」

「グレイ様!お体のほうは大丈夫ですか?」

「ああ。なんとかね」

「あれ?ヴェルフは?」

「ヴェルフ様なら、『遠征』に同行していた【ヘファイストス・ファミリア】の方々に捕まり、絡まれましたので置いてきました」

「ひどいな……」

「それと、手伝ってもらうような事は特にないから、休んでて良いと言われました」

 

リリはそう言うと、ベルの隣に座った。

 

「リリスケ!なんで俺を置いて行きやがった!」

「休んでて良いと言われましたので、さっさとテントに戻っただけです」

「せめて俺を助けるなりしてから行け!この薄情者!」

 

暫くすると、ヴェルフが肩で息をしながらテントに入ってきた。

 

「お、旦那も来てたのか」

「ああ。2人が野営地に行っている間に入れ違いでね」

 

ヴェルフは呼吸を整えると、その場に座りこんだ。

 

「でも、良かったよ。こうして全員生き残ったんだから」

「そうだな。リリの臭い袋にベルとヴェルフの魔法。そして俺の『月光』」

「これらがあったから、俺達は今こうしていられるわけだな」

「ですね」

 

それぞれで現状を整理し、生き残れたという事実を噛み締め、仲間に感謝する。

 

「そういえばベル。あの【剣姫】と顔見知りみたいだが、何かあったのか?」

「う、うん。まあ……色々あってね」

 

ヴェルフはベルに肩を寄せて尋ねると、ベルは苦笑しながら頬を掻く。リリは満面の笑みでじわじわ近づき、無言の圧力をかけている。

 

「俺はちょっと用を足してくる」

「あ、グレイさん。僕も──」

 

俺がテントを出るのに乗じて追及を逃れようと、ベルは立ち上がろうとするが……

 

「ベル様?【剣姫】とあった色々について、詳しい話を聞かせていただけないでしょうか?」

 

ベルの腕をがっしりと抑えるリリがそれを許さなかった。

 

「それじゃあ」

「待ってください、グレイさん!グレイさーん!」

 

ベルの悲鳴を聞き流し、俺は森の内部を歩いていく。

 

「人の気配、モンスターの気配共になし……よし、ここでするか」

 

俺はその場に座り込み、地面に『ソウル錬成炉』を置くと『ゴライアスのソウル』を入れる。すると、灰褐色の炎が更に大きくなった。

その中に両手を入れて目を閉じ、意識をソウルに向ける。

 

「……よし、掴んだ」

 

俺はそのまま手を出す。すると、俺の手には持ち手のついた大きな石の大盾が握られていた。ひっくり返って表面を見ると、これまた大きな髑髏のレリーフが彫られていた。

 

「なるほど、こいつが『ゴライアスのソウル』で錬成できる武具か。さて、名前はどうしようか……」

 

近くの木に大盾を立てかけ、名前を考える。

 

「……ウォール。巨人の大壁(ギガース・ウォール)と名付けよう」

 

俺は錬成炉と巨人の大壁(ギガース・ウォール)を収納し、ベル達のいるテントへ戻った。




『黒い鳥』については、ある程度設定が出来上がっているので次回あたり詳しい話をする予定です。


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32話

うっすらと、森の内部が暗くなり、ダンジョンに『夜』が始まった。

食事の用意ができたという連絡を聞いた俺達4人はアイズ・ヴァレンシュタインの後ろに従い、野営地の中心に到着した。

開けた中心地には、沢山の人が輪になって座り込んでいた。真ん中に数個設置された携行用の魔石灯は眩く、焚き火のようにも見える、営火(キャンプファイア)というやつだ。

アイズがベルの右隣に座り、左隣にはリリが、その更に隣にヴェルフが座り、最後に俺が座った。

全員が座ったことを確認したところで、フィンさんが立ち上がって俺達の紹介をしてくれた。更に、揉め事を防ぐ為に冒険者の自尊心に訴えるような口上を述べていた。

 

「……また、鎧を纏っている彼とアイズがゴライアスを倒してくれたおかげで、地上への帰還にかかる時間が短縮された。皆、感謝と敬意をもって接してくれ」

「えぇっ!?」

「本当ですか!?」

「マジでか!?」

「いや、ほとんど【剣姫】の独壇場で俺は何もできていないぞ?」

「……いえ、グレイさんが魔法で的確な支援攻撃をしながらゴライアスの注意をひきつけてくれたから、私も攻撃に専念できました」

 

フィンさんが投下した超弩級の爆弾発言に何とかアドリブで対処する。ちらりと当の本人に視線を送ると、笑顔が帰ってきた。

そして、フィンが話を終えて座ると何人かの冒険者が俺のところに来て礼を述べてきた。

やっと落ち着いてきたところで、食事に手をつける。18階層で採れるという果物、雲菓子(ハニークラウド)──名前からして凄く甘そうなそれを1口食べてみる。

 

「(これは……ッ!)」

 

甘い。甘過ぎる。昔、大陸東部で格闘技の修行をしていた時に大量の砂糖が入った水を飲んだことがあるが……ここまで甘くはなかったな。

 

「(そういえば、ベルは甘いものが苦手だと言っていたな……)」

 

大丈夫だろうか、とベルのほうを見ると……案の定胸焼けに苦しんでいた。

 

「ベル様、ベル様?もしお口に合わないのでしたら、リリがいただきましょうか?」

「う、うん、あげる……」

「でっ、ではっ──あーんっ」

「ああ、ベル。任せろ、俺が食ってやる……ん、こりゃ確かに甘過ぎるな」

 

ベルの正面にわざわざリリが移動し、口を開けたリリにベルが食わせる前に、ヴェルフがそれを横から取って、綺麗に処理した。

真っ赤になり涙目でキーッキーッと言いながらヴェルフをポカポカ殴るリリ。ヴェルフはヴェルフで胸焼けに苦しそうに喉を押さえ、リリのパンチなど、どこ吹く風だった。

 

「(しかし……)」

 

さっきからエルフ達が俺のことをちらちら見ている気がするんだが……何故だ。レフィーヤに至ってはガッツリこっちを見ている。

 

「(……エルフ、エルフか……昔エルフの里がモンスターの群れに襲われていたところを助けたことがあるんだが……それぐらいしかエルフに関する昔の記憶はないな……)」

『──ぬおあぁっ!?』

 

エルフ達からの視線の理由をあれこれ考えていたところだ。

聞き覚えのある、けれどここでは聞こえる筈のない声が届いてきたのは。

ばっとベル、リリと顔を見合わせる。目を見張っている2人も俺の思考を肯定するように頷いた。

駆けていく俺とベルをリリが追いかけ、遅れてヴェルフも走り出した。

声の方角に進むと野営地を抜け、森を抜け、口を開けた洞窟が見えた。

洞窟前には既に【ロキ・ファミリア】の見張り番達が集まっていた。

 

「痛たたた……」

「おいおい、大丈夫かい?ヘスティア」

 

頭と尻を打ったのか、涙目でさするヘスティア様の姿があった。

隣には屈んでヘスティア様の顔を見る男神様がおり、それ以外に冒険者達もいた。あの眼鏡をかけた女性の冒険者、どっかで会った気が……。

 

「……ベル君!!グレイ君!!」

 

人垣が割れて、道が開き。一直線に飛び込んできたヘスティア様がベルの顔に抱きついた。

棒立ちだったベルが倒れそうになったので、俺はベルの後ろに立って支えた。

 

「ベル君!グレイ君!本物かい!?」

「か、かみひゃま……ッ!?」

「本物ですよ」

 

ヘスティア様はベルに抱きついた体勢のまま、器用に俺とベルの顔を見比べる。

 

「……良かったぁ」

 

ベルに抱きつくヘスティア様の体は幼い子供のように震えていた。

俺達のことを心配して、体裁なんて投げ捨てて、ここまで探しに来てくれたんだ。特に、俺の場合は【スキル】の効果を知っているから気が気ではなかったのだろう。……俺が万が一亡者(かいぶつ)になり他の冒険者を襲い、冒険者の手で殺されてしまうんじゃないかと。

 

「皆さん、ご無事でしたか」

「リューさん?なぜ貴女まで?」

 

俺達が無事であると認識したヘスティア様がベルの顔から離れるのと入れ替わりに、近づいてきた覆面の冒険者が耳元で囁く。

フードの奥からこちらを見る空色の瞳と聞き覚えのある声は間違いなく、『豊穣の女主人』の店員であるリューさんのものであった。

 

「とある神に、冒険者依頼(クエスト)を申し込まれました。貴方方の捜索隊に加わってほしい、と」

 

フードの奥の瞳が、視点をずらす。

彼女の目の動きを追えば、先程の男神様が【ロキ・ファミリア】の見張り番と話をしていた。

 

「ありがとう、状況が把握できた」

 

男神様は得心の笑みを浮かべ、礼を述べた。

そうして、こちらの視線に気づいた男神様は笑みを纏ったまま、こちらに近づいてきた。

 

「君がベル・クラネルで、君がグレイ・モナークかい?」

「はっ、はい」

「ええ」

「そうか君がか。いやー、会いたかったよ。おっと、自己紹介がまだだったね。オレの名はヘルメス。どうかお見知りおきを」

「ヘルメス、様……?」

「よろしくお願いします」

 

手を差し出され、ベルと俺は握手で応える。

 

「ヘ、ヘルメス様?それで、あの……」

「ああ、見ず知らずのオレが、君達を助けに来た理由かい?」

「は、はい」

「なぁに、オレはヘスティアの心友(マブダチ)だから協力したまでさ。君達を助けたいと言っていた、彼女の望みにね」

 

「それに」とヘルメス様の視線が俺に移る。

 

「グレイ君。君には24階層でオレの眷属()達が世話になったからね、そのお礼が言いたかったんだ。なぁ、アスフィ?」

 

アスフィと呼ばれた水色(アクアブルー)の髪と眼鏡をかけた女性冒険者は、俺に近づいてきた。

 

「その節は、ありがとうございました」

「……あぁ、あの時の!いや、わざわざありがとうございます」

 

なるほど、あの時の冒険者パーティーは全員ヘルメス様の眷属だったのか。

 

「それに、感謝ならオレ以外の子達にしてやってくれ。そこの覆面の冒険者にアスフィ、そして彼等のおかげで、ここまで来れたからね」

 

ヘルメス様の視線を辿ると、洞窟から出てきた冒険者達と目が合った。

配色や様式を揃えた防具と戦闘衣(バトル・クロス)を纏う、恐らく同じ【ファミリア】の3人の冒険者だ。

 

「……ベル、旦那」

 

後ろからヴェルフに言われる前に、俺達も気づいた。

見覚えのある青紫の瞳。当時、涙ぐんでいたあの少女とすれ違ったのは、13階層。

この18階層へ来るに至った最初の誘因……モンスターの大群を運んできた冒険者達だ。

 

 

 

 

「まずは、ベル君達を助けてくれてありがとう」

 

【ロキ・ファミリア】の野営地の奥にある幕屋。そこにはフィン・ディムナを始めとした【ロキ・ファミリア】の幹部と、【ヘスティア・ファミリア】の主神ヘスティアがいた。

神ロキと神ヘスティアが犬猿の仲であることは、オラリオの住人の間では有名な話だ。特に【ロキ・ファミリア】の構成員は喧嘩に負けて自棄酒を呷り、べろんべろんに酔った主神から延々と愚痴を聞かされることも多々あるという。だが、今は主神同士の仲の悪さは置いておこうと判断したヘスティアは、先ほどの礼を述べた。

 

「いえ、こちらも貴女の眷属に助けていただきました。ありがとうございます」

「……グレイ君が何かしたのかい?」

「自分は彼の名を口にはしていないのですが……何故、彼だと?」

「う~ん……勘、かな。で、グレイ君は何をしたんだい?」

「それがですね……彼がゴライアスを倒してくれたんですよ」

『!?』

「マジで!?」

「はい。そうだよね、アイズ?」

「……私が17階層に着くのと、あの人がゴライアスを倒したのは、ほぼ同時だった」

 

下界の人類(こどもたち)の嘘は神に通じない。つまり、アイズの言っていることは本当のことである。

彼の異常(イレギュラー)ぶりはとどまるところを知らないのか。ヘスティアは不意に頭痛を感じ、頭を抱える。

 

「無用な混乱を避けるために、他の団員達には『アイズと彼が共闘してゴライアスを倒した』と伝えてあります。と言っても、普段から彼の名は【ファミリア】内でも話題に挙がっているので大して効果はないかもしれないですが」

「そうなの?」

「はい。実は、彼の使う魔法というのは嘗てエルフ達が研究していた古の魔法なんです」

「ゑ!?」

 

ヘスティアは目が飛び出るほどに驚いた。まさか自分の眷属の使う魔法がそんなとんでもないものであったことを、今の今まで知らなかったのだから。

 

「ご存知ないのですか?」

「うん。ボクって下界に降りてきた神でも新参だからね。それに、天界にいた頃も基本的に屋内でぐーたら過ごしていたから下界の情報に疎いし。……良かったら教えてくれないかい?主神として知らないのは恥ずかしいから」

 

何より、「嘗て」という過去形を用いたことが頭に引っかかった。

 

「わかりました。リヴェリア、君に頼んでも良いかな?」

「任せろ……と、言いたいところだが私以上の適任者がいる。連れてくるから、少し待ってほしい」

 

そう言ってリヴェリアが幕屋を出て少し待つと、彼女が連れてきたのはレフィーヤであった。

 

「あの、リヴェリア様?少し頼みたいことがあると言われて付いてきたのはいいのですが、私は具体的に何をすれば……」

「神ヘスティアが、嘗て我らエルフが研究していた古の魔法について知りたいとおっしゃったのでな。お前に任せようと思う」

 

瞬間、レフィーヤは目を輝かせ、リヴェリアにぐっと近づく。

 

「良いんですかっ!?」

「ああ、存分に語れ」

 

レフィーヤの両肩に手を置き、頷くリヴェリア。だが、レフィーヤのあまりの眩しさに彼女は眉をしかめていた。

 

「では……神ヘスティア、貴女は『火の物語(テイルズオブフレイム)』『呪いの物語(テイルズオブカース)』『灰の物語(テイルズオブアッシュ)』をご存知ですか?」

「うん。最古の物語(オールドテイル)のことだね?知っているよ」

 

火の物語(テイルズオブフレイム)』、『呪いの物語(テイルズオブカース)』、『灰の物語(テイルズオブアッシュ)』。この3つをひっくるめて、下界では最古の物語(オールドテイル)と呼称している。

その物語は暗く、陰鬱で血生臭い、救いのない物語ばかりである。だが、絶望(やみ)に抗い、希望(ひかり)を掴もうとする彼等の姿は、今なお人々の心を惹きつけてやまない。中には救済をもたらそうと、彼等がハッピーエンドを迎えた2次創作本を出版した作家が少なからず存在するほどだ。

 

「そうです。古代よりも更に古い時代──物語での呼称にならい、『火の時代』と称される時代より伝わる物語。一説には、太陽の女神グウィネヴィア、月の神グウィンドリン、火の神イザリス、死の神ニトなど1000年前に神々が降臨するまで信仰されていた神は、その物語が原典になっているともされています」

「ふーん。でも、それがどうかしたのかい?」

「物語というものは、原典となる事実が存在します。ここオラリオで紡がれた『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』が、様々な童話・英雄譚の原典になったように。ですが、最古の物語(オールドテイル)は原典となった時代があまりにも古すぎる、或いは時代そのものが不明であるため、証明するのが困難なのです」

「そうだね」

「そこで私達エルフは、物語に登場する魔法に目をつけたのです。古の魔法を現代に蘇らせることで、物語の原典となった時代、つまり『火の時代』が存在したことを証明しようと試みました」

 

ふむふむ、とヘスティアは頷く。

 

「まずは『ソウル』『信仰』『混沌の炎』『深淵の闇』これらを始めとした魔法体系における概念の定義づけから始めたのですが、0からのスタートでしたので研究は困難を極めました」

 

「ですが」と言い、レフィーヤは続ける。

 

「そんなある日、1人のヒューマンの旅人がエルフの里をモンスターの群れによる襲撃から救いました。当時の状況、旅人の風貌や強さのほどはこのように伝わっています」

 

『空を満月の蒼い光が照らす夜。黒き衣を身に纏い、背には灰色の杖。腰に竜を象った鈴。そして、手に炎を握りしめた仮面の旅人現る。彼の者、灰色の杖より生命(いのち)の輝きを放つ剣を振るいて小鬼を薙ぎ払い。深淵の闇で蟲を押し潰し。竜を象った鈴より信仰の雷を投じて竜を打ち倒し。畏敬の念を込めた炎を纏いし手で獣を焼き尽くす』

 

「その旅人の用いた魔法こそ、私達エルフが日夜研究を重ねている古の魔法だったのです!」

「何だって!?それは本当かい!?」

「ええ!目撃者の1人である私の何代も前の祖母、ロザリィ・ウィリディスの日記にそう書かれていたのですから!」

 

そう言うとレフィーヤは誇らしげに胸を張る。

 

「当時のエルフ達は里を救ったことへの感謝を述べて丁重にもてなし、彼はその礼に古の魔法に関する助言を授けました。その旅人は数日里に滞在し、去り際にこのような言葉を残しました」

 

生命(いのち)の根源を探求せよ。深淵の闇に潜り、呑み込め。神への信仰を深めよ。火を畏れ、敬いたまえ。さすれば、魔法への道は開かれるだろう』

 

「襲い来るモンスターの群れを容易く打ち倒した古の魔法。そして、それを扱う彼に対する恐怖と尊敬、嫉妬と羨望をこめて、私達エルフは彼を『黒い鳥』と呼んでいます。その身に纏う黒い装束と、世界を自由に旅して回る姿から渡り鳥を連想して。それからエルフ達の研究は飛躍し、ようやく芽が出始めてきたのですが……軍神アレス率いるラキア軍の魔剣によって私達エルフの里が焼き払われたことはご存知ですよね?」

「うん。神友(ヘファイストス)から聞いたよ」

「焼き払われたのが里だけなら何とか私達の手で再生できたのですが……その際に魔法の研究資料も所蔵している施設もろとも灰になってしまったんです。紙片の1欠片も残さず、全て。そして、研究に携わっていたものは資料を守ろうと火の海に飛び込んで焼死。或いはその光景を見て心の均衡を失って廃人となるか、自害し果ててしまい、研究は終わりを告げてしまいました」

「ごめんね。ボクの天界馴染みのせいで、君達の研究を消滅させてしまって」

「いえ、神ヘスティアが謝る必要はありません。それに、私達エルフも弱っていたラキアを囲んで袋叩きにして、領土の凡そ4割を焦土に変えましたから」

「……」

 

エルフの怒りの凄まじさに、ヘスティアは身震いした。

 

「さて、以上が私達エルフと古の魔法の関係です。ここからは、その魔法がいかなるものであったかについてお話します」

「うん」

 

手を合わせ、レフィーヤが話題を変えると、ヘスティアも意識を切り替える。

 

「私達冒険者が現在使っている魔法と古の魔法の違い。それは、連射性と汎用性です。現在使われている魔法というのは、大抵どんなに短くても詠唱を必要とし、詠唱文が長いほど強力になります。加えて、冒険者によって発現する魔法が千差万別です。発現させる手段も『ランクアップ』を重ねるか、使い捨ての貴重な魔導書(グリモア)を読むかの2択です」

「(あれ?ベル君の【ファイアボルト】は詠唱文がなかったけど……このことは黙っておこう。あの子の【ステイタス】に関する情報だからね)」

 

ベルの【ファイアボルト】の説明文に書かれていた、『速攻魔法』という1文が頭を過ったが、口にするのをこらえる。

 

「ですが古の魔法は詠唱を必要とせず、ただ魔法の名を口するだけで良いのです。更に、古の魔法は種族や性別などを問わず必要な力──『理力』と『信仰』を満たしていれば、誰でも扱えるのです。しかも、魔法の記されたスクロールは何度でも使用可能なのです」

 

「もちろん、スロットが空いていることが前提なのはどちらも同じですが」とレフィーヤは付け加える。

 

「以上が、現在使われている魔法と古の魔法の違いですが……他に質問などはございますか?」

「ううん、それだけわかれば十分だよ。でも驚いたよ、まさかグレイ君の魔法がそんな凄い代物だったなんてね」

 

腕を組み、幕屋の天井を見上げるヘスティア。

 

「……ありがとう。それじゃあ、ボクはベル君達のいるテントに行くね」

 

ヘスティアは立ち上がって幕屋を出ると、ベル達のいるテントへ向かっていった。




レフィーヤの何代も前の祖母の名前はフランにしようと思ったのですが、V主人公のもう1人の相棒であるロザリィ姐さんのほうを採用しました。


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33話

お気に入り1500件突破しました。皆さん、ありがとうございます。
リヴィラ観光と水浴び、それとヘスティア様がグレイの正体を察する回です


翌朝。

解毒剤が届くまで暇があるということで、アイズ達にリヴィラの街を案内してもらうことになった。

 

「はぁっ、はぁっ……」

「大丈夫ですか、ヘスティア様?肩車しましょうか?」

「いや……自分の足で歩く!」

 

すっかり息の上がっているヘスティア様に肩車を提案するが、前方をすいすい歩くアイズとリリを見て気合を入れて崖道を登る。

 

「ここが……」

 

道を登り切ると、『ようこそ同業者、リヴィラの街へ!』と共通語(コイネー)で書かれたアーチ門が俺達を出迎えた。

 

「見てくれに騙されない方がいいわよ。気持ち良くして、懐を緩めようって腹だから」

 

ティオネ・ヒリュテの言う通り、この街の商店の店頭に並ぶ品物は地上での金額に比べて桁が1つ2つほど異なる。なにせ彼等の合言葉(モットー)は『安く仕入れて高く売る』なのだから。

 

「バックパックが2万ヴァリスだなんて……法外もいいところです!」

「この大きさの砥石がこの値段はありえねえ……」

 

購入したばかりのバックパックを背負って怒るリリ。ヴェルフも店の前にある武器整備用の砥石を手に取り、呻き声を上げる。『出費を惜しんで死ぬか、大金をはたいて道具(アイテム)を確保するか、好きな方を選べ』と、この街の住人は突きつけてくる。

 

「そういえばヘルメス様、肝心の支払いはどうしているんですか?大量の金貨を持ってダンジョンに潜る冒険者はいないと思うんですが」

 

俺が尋ねると、ヘルメス様はとある店を示す。

 

「あそこで羊皮紙を取り出して冒険者の直筆を求めているだろう?ああやって冒険者(ほんにん)の名前と所属【ファミリア】のエンブレム、買った物の品名と金額を書くのさ。そして、地上で証文を持って請求するんだよ」

「そうですか。そう言えばヘスティア様、俺達の【ファミリア】のエンブレムってまだ作ってませんよね?」

「エンブレムか~、どんなデザインにしようかな~……」

 

ヘスティア様は腕を組み、地下の青空を見上げる。

団員を増やすのが先決かもしれないが、自分達だけのエンブレムがあると、より【ファミリア】らしくなる。ヘスティア様が炉の女神であることを考えると火の書かれたエンブレムが浮かぶが、それだけだと物足りない。もう少し何か欲しいところだ。

 

「あ……す、すいません!?」

 

俺のいる場所から少し離れたところでベルが誰かに謝罪する声が聞こえた。肩でもぶつかったか?

 

「お前、あの酒場の時の……!?何でてめえがここに……っ!?」

 

ベルの目の前にいた冒険者はベルを指差すと、周囲に視線を動かす。そして俺と目が合うなり、そそくさと立ち去っていった。

 

「グレイ君、君は彼等に一体何をしたんだい?」

「あー、実はですね……」

 

酒場での1件を説明すると、ヘスティア様はなんとも言えない表情で腕を組んで唸り。ヘルメス様は立ち去った彼等の背中を見つめた。

 

 

 

 

「……暇だ」

 

野営地に戻り、18階層に昼が訪れた頃。

ヘスティア様達女性陣は、この階層に来るまでにかいた汗や被った土埃などを洗い流すため水浴びへ向かった。

残された俺達男性陣は何かするわけでもなく、野営地で過ごしていた。

 

「グレイ君、ちょっと付き合ってくれないか?」

「はい?」

「君とベル君に個神的(こじんてき)な用があるんだけど……良いかな?」

 

ヘルメス様は俺に近づくと、声を潜めてそう言った。

雰囲気は真剣そのものなんだが、誰かに聞かれると不味いような口ぶりで話してくるあたり、よほど重要なのか或いは碌な事ではないかの2択だろう。

 

「…………遠慮しておきます」

「……わかった。それじゃあ、ベル君にも声をかけてみるよ」

 

ヘルメス様はそう言うと、ベルのいるほうに向かっていった。ベルはというと緊張した面持ちで頷き、ヘルメス様の後に付いて森の奥に入っていった。

それから数分後……

 

「グレイ君ー、ベル君はこっちに戻ってきてない?」

「戻ってきてないですけど……何があったんですか?」

 

ヘスティア様に呼ばれて振り向くと、アスフィさんに襟首を掴まれてずるずると引きずられているヘルメス様が目に止まった。

 

「実はね……」

 

女性陣が水浴びをしていたところ、ヘルメス様に唆されて覗きをしていたベルが木の上から落下。お詫びの言葉を大声で叫びながら脱兎の如くその場を去ったらしい。そして元凶であるヘルメス様はアスフィさんに捕まり、今に至るそうだ。

 

「申し訳ありません!私の主神様が皆様にとんだご迷惑をっ!」

「ぐっ!げふっ!ごふっ!」

 

正座しながら頭を下げるアスフィと、それに合わせて額を地面に叩きつけられるヘルメス様。

 

「アスフィさん。ヘルメス様は紳士にあるまじき行いを働き、それに他人(ベル)を巻き込んだんだ、それだけでは足りません」

「ではグレイさん、あなたはこの方に更に何らかの処罰を下すべきだと?」

「ええ。具体的には……とか如何でしょう?」

「良いですね。では、どうぞ」

 

耳打ちすると、アスフィさんは眼鏡を光らせ、ヘルメス様の上着を剥ぎ取り俺に差し出した。

受け取った俺は荷物の中から裁縫道具を取り出し、背中の部分に共通語(コイネー)の文章を縫い付けていく。

 

「できました。どうぞ、アスフィさん」

「『私は女子の水浴びを覗いた変神です』……さぁヘルメス様、これを着てください」

「ちょっとグレイ君!?これは流石にやりすぎじゃないかい!?」

「むしろ妥当だと思いますが?」

 

ヘルメス様の反対意見にそう答えると、覗かれた女性陣がうんうんと頷いてヘルメス様を睨んだ。

 

「わかった……っ!着るとも……っ!」

 

ヘルメス様は無言の圧力に屈し、上着に袖を通した。

その後、夕餉の直前にベルが野営地に帰還。神に唆されたということで、被害者を代表してヘスティア様に手厳しい注意を受けることになった。

 

 

 

 

深夜。ベル達の寝泊まりするテント。

 

「うー……催した」

 

もぞもぞと布団から出たヘスティアはポーチの中を探り、ちり紙とハンカチを取り出した。

 

「ねえ、ちょっとお花摘みに行きたいんだけど……護衛を頼んでもいいかな?」

「ええ」

「ありがとう」

 

見張りをしていた【ロキ・ファミリア】の女性団員に声をかけ、昼間に水浴びを行った場所に向かう。

 

~暫くお待ち下さい~

 

「ふい~、スッキリした」

 

用を足し終えたヘスティアは泉の水で手を洗っていた。

ハンカチで手を拭き、テントに戻ろうとした時だった。パチリと、火の爆ぜる音を耳にした。

 

「ん?誰だろう?こんな森の中で……」

 

記憶を頼りに、音のした場所に足を進める。

 

「たしかこのあたりから…………っ!」

 

視線の先では、グレイが火を前に座っていた。寝てしまっているのだろう、頭は船を漕いでいた。

だが、彼女にとって彼がここにいることはさほど重要ではない。問題は、火の中心に突き刺さっている一振りの剣にあった。

全長凡そ80C。十字の鍔に、螺旋を描く刀身と柄。彼女の記憶が正しければ、あの剣を持つ人物は1人しかいない。

 

「(……待てよ?)」

 

もしやと思ったヘスティアは、できる限り足音を立てないよう抜き足差し足でグレイの背後に回る。

 

「(…………そうか!そういうことだったのか!)」

 

彼女が既視感を抱いていた、グレイの後ろ姿。【残り火】というスキルに書かれた、《王の力》なるもの。異常なまでの【ステイタス】の伸びの遅さ。そして、火の中心に突き刺さる剣。これらが点と線で繋がり、彼女の脳に答えが導き出された。

だが、このことについて問うのは地上にある本拠地(ホーム)に戻ってからだ。場合によっては、神友(ヘファイストス)達にもこの事を話そう。

ヘスティアは抜き足差し足でその場を去り、待たせている護衛のもとに戻っていった。




グレイの正体については、原作6巻の序盤あたりで触れる予定です。


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34話

グレイ・モナーク

Lv.1

力:H130→H148

耐久:H132→H150

器用:H128→H140

敏捷:H129→H145

魔力:H135→H155

《魔法》

【魔術】【奇跡】【呪術】

《スキル》

呪いの証(ダークリング)】【ソウルの秘術】【残り火】

 

テント内にて、今しがた更新を終えた【ステイタス】を、ヘスティア様から口頭で伝えられた。

上がったと言えば上がったが、そこまで伸びたわけでもないな。

 

「まぁ、グレイ君にしては上がったほうだと思うよ?」

「何ですか『にしては』って」

「いやぁ、今までのグレイ君の【ステイタス】の伸びとかを考えたら思っただけさ」

 

「それはそうとグレイ君」と言うと、ヘスティア様のツインテールが俺の腕に絡みついてきた。

 

「と~~~~っても重要な話があるから、地上に帰還したら覚悟しておいて……ね?」

 

「ね?」の部分でニッコリと笑顔になるヘスティア様だったが。威圧感が凄かった。

 

「……わかりました。じゃあ、俺は先に」

「うん」

 

【ステイタス】更新用の器具一式を片付けるヘスティア様に手を上げ、俺は先に外へ出た。

 

『兎野郎がいるってどういうことだ!?聞いてねえぞ!?』

『聞かれなかったから言わなかったし、言ったら言ったでベートが騒ぐから言わなかったのー。はい、並んだ並んだー』

『おいこらっ、離せ馬鹿アマゾネス!?』

 

多くの者が天幕をたたみ始めている中、野営地の外れでは【ロキ・ファミリア】の主力構成員が集結し、隊列を組んでいた。

 

「あ、グレイさん!」

 

最後尾にいたレフィーヤに声をかけられ、振り返る。

 

「もう、行くのかい?」

「はい。先に出るパーティーに組み込まれたので」

 

迷路の道幅の都合上、『遠征』規模の大人数が17階層以上の層域をいっぺんに進むのは窮屈かつ困難だ。よって、帰還の際には2つの部隊に分ける。

その内、レフィーヤは前行するパーティーに編入され、俺達は後続の部隊に同行して地上に帰還する手筈になっている。

 

「そういえば。リヴェリア様からグレイさんに伝言を預かっているんです」

「伝言?」

「はい。『また機会があれば、貴公と古の魔法について語り合いたい』と」

「……わかった。じゃあ、また地上で」

「はい」

 

「それじゃあ」と言って軽く頭を下げると、彼女は仲間達とともに17階層へ続く洞窟に向かっていった。

後は、武器の整備を終えたヴェルフが道具一式を【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師(ハイ・スミス)に返却し、テントをたたんで後続の部隊に同行する……筈だった。

 

「いたか!?」

「いいや」

「ベル様もヘスティア様も、どこにも見当たりません!」

「不味いぞ、このまま見つからないようじゃ【ロキ・ファミリア】の部隊に置いていかれる」

「もう、時間がありません……」

 

あくまで【ロキ・ファミリア】の後に付いていくだけであって、部隊に組み込まれているわけではない。待ってくれと呼びかけても聞いてもらえず、頃合いとなれば彼等は18階層を出発するだろう。刻一刻と、確実に刻限は迫っていた。

 

「ベルもヘスティア様も、今になっていなくなるなんて普通じゃない」

「ってことは……ベル達は何か厄介事に巻き込まれたのか?」

「ヘルメス様とアスフィ様に、協力を仰ぐのは……」

「駄目だな。どこをほっつき歩いているかわからない2人を探すなんて、余計に手間が増えるだけだ」

「覆面の冒険者様の居場所を知っている方は?」

「それこそ、ベルぐらいしか知らないだろう」

 

どうしたものかと手でこめかみを押さえると、俺達を呼ぶ声が聞こえた。

 

「み、みんなー!」

 

野営地の外れの北東側、大木の下で手を振っている千草のもとに俺達は駆け寄る。

何があったか訊ねると、彼女は回復薬(ポーション)の散乱した場所へと案内することで答えた。

 

「あ、あと、さっき、クラネルさんが凄い慌てながら森の外に駆けていったのを見たよ」

「……もう事件に巻き込まれたと考えたほうがよさそうですね」

「モンスターがヘスティア様に何かやらかしたとは考えにくいな。となると人間の仕業か?」

「千草様、ベル様は森の外に駆けていったとおっしゃいましたが、具体的な方向は?」

「確か……中央樹のほうだと思う」

 

階層の中心部にそそり立つ巨大な樹を彼女は指差す。

 

「【ロキ・ファミリア】には置いていかれるが……ベルとヘスティア様が最優先だ、行くぞ」

「ヘスティア様はどうする?相手が神質(ひとじち)を盾に何をしでかすかわからん」

「そんな気を起こせなくなるくらいに徹底的に叩いて潰すだけだ」

 

俺達は現場から中央樹に向かって駆け出し、真東のところに人集りを見つけた。中心にはベルがいた。

 

「──いたぞ!」

 

「ヘスティア様はリリにお任せください」と言ったリリと途中で別れ、ヴェルフと桜花、命と千草の4人と並走する。

桜花と命は千草から短弓(ショートボウ)を受け取り、冒険者達を狙撃した。

 

「うおっ!?」

「何だ!?」

「【未完の新人(リトル・ルーキー)】の連れだ!どうしてここがわかった!?」

 

背後からの狙撃を、腐っても第三級冒険者というべきか振り向きざまに得物で打ち払う。

 

「構わねえ、予定通りだ!潰しちまえ!」

「鎧の野郎に気をつけろ!かなりやるぞ!」

「タケミカヅチ如きが粋がってんじゃねえぞおおおおお!!」

 

粗暴な鬨の声を上げ、襲い来る上級冒険者を『ドランの双槌』で迎撃する。

 

「森が騒がしいと思っていたら……こういうことでしたか」

「リューさん……!」

 

木の枝から冒険者を強襲したのは、覆面の冒険者──もとい、リューさんだった。

 

「酒場ではやりすぎだと言いましたが……訂正しましょう、グレイさん。あの時は徹底的に叩いておくべきでした」

 

リューさんを加えて冒険者達を片っ端から薙ぎ倒し、ベルのもとへ向かう。

 

「あああああああああッッ!!」

「がああッ!?」

 

ベルの回し蹴りが空を切った瞬間、何者か──モルドが絶叫とともに吹き飛ばされ、破砕音が鳴る。

 

「何だこりゃ?」

 

砕け散った破片の1つを拾い上げ、まじまじと見つめる。

 

「(ベルの蹴りでこいつが砕けるまで、モルドの姿は見えなかった。ということは、こいつには姿を見えなくする──『霧の指輪』或いは『見えない体』と同じ効果があるのか)」

 

一連の仕掛けを察し、ヘスティア様の居場所を吐かせようとモルドのもとに向かう。

 

「やーーーーーめーーーーーろーーーーーーっ!!」

 

その大声を聞いて誰もが動きを止め、声のもとへ顔を向ける。

そこにいたのは、俺達の探したヘスティア様だった。彼女は側にリリを従え、乱闘している俺達を見据えている。

 

「ベル君達、ボクはもうこの通り無事だ!無駄な喧嘩は止せ!君達も、これ以上いがみ合うんじゃない!」

 

大喝一声するヘスティア様に俺達は安堵し、武器を下ろす。

しかし怒りの形相を浮かべるモルドを始めとした上級冒険者達は、今更引けないとばかりに武器を構え直す。

しかし。

 

「──止めるんだ」

 

女神の静かな一言が、時を止めた。

モルド達は金縛りに遭ったように停止し、ベル達はその威圧感に言葉を失う。

超越存在(デウスデア)としての力の一端──神威をヘスティア様は解放した。

 

「剣を引きなさい」

 

俺達の聞いたことのない口調、見たことのない顔で、ヘスティア様は諭すように告げる。

モルド達は呻き、後退る。

 

「……うあああああああ!?」

 

1人の冒険者が背を向けて逃亡した。彼の後を追うように1人また1人と走り出し、最後にモルドも退散した。

 

「──ベル君、無事かい!?」

「おわぁっ!?」

 

1歩も動けなかったベルは、ヘスティア様の体当たりをもらう。涙ぐむヘスティア様はポーチから高等回復薬(ハイ・ポーション)を取り出し、栓を抜いて顔に浴びせかける。

 

「ベル君~~、ごめんよぉ。ボクのせいでこんな事にぃ~~」

「い、いえ、元々は神様を守れなかった僕のせいですし、だから、その……な、泣かないでください」

 

胸に抱き着きながら泣きべそをかくヘスティア様に、ベルは幼子を慰めるように優しく抱き返した。

 

「大丈夫か、ベル?」

「グレイさん……」

「まぁ、わからないこともないけどよ──」

「お1人で行ってしまわないでください!リリ達に相談するなり、やりようはいくらでもあった筈です!」

「うん……ごめんね、リリ」

 

取り敢えず、1件落着か。さて、これから地上に帰還するまでどうしようか……と、考えていると。

 

「何だ、これ……」

 

足場が、階層全体が揺れ始めた。

 

「じ、地震?」

「いや、これは……」

「ダンジョンが、震えている?」

 

揺れは段々大きくなり、周囲の木々を揺らす。

 

「まずいですね……これは嫌な揺れだ」

 

リューさんの一言に、俺達は悟った。

異常事態(イレギュラー)が起きる、その前触れだと。

そこから階層の揺れは続いたまま、次の瞬間──ふっ、と。

頭上から降り注ぐ光に影が混ざり、周囲が薄暗くなった。

 

「……おい。なんだ、あれ」

 

空を見上げたヴェルフが、呆然と呟いた。

天井一面に生え渡り、18階層を照らす数多の水晶。その内の太陽の役割を果たす、中央部の白水晶の中で、巨大な黒い何かが蠢いていた。

バキリと水晶に亀裂が走る。それは水晶の内部をかきわけるように、その身を徐々に大きくしていく。

そして、ソレ(・・)は水晶を突き破り、この階層に生まれ落ちた。

 

「おいおい……ここは安全階層(セーフティポイント)だぞ……」

「いえ、それもそうですが……ありえません!あのモンスターはグレイ様と【剣姫】が倒した筈です!」

次産期間(インターバル)はまだ10日以上あるってのに……何でゴライアスが出てくるんだよ!」

『オオオオオオオオッッ!!』

 

階層全体をわななかせる産声が響く。

 

「……は、早く助けないと!」

 

ゴライアスの降り立った大草原。そこに広がる阿鼻叫喚を前に、ベルが飛び出そうとする。

 

「待ちなさい」

「っ!?」

 

そんなベルの手を、リューさんが掴んだ。

フードの奥で、睨み付けるようにベルを見据える。

 

「本当に、彼等を助けるつもりですか?このパーティーで?」

 

上級冒険者5名にも満たない臨時のパーティーと、黒いゴライアス、実力差は言うまでもない。何より、彼等が自分たちにしたことを忘れたわけではないだろうな。と、言外に告げられる。

だが、それでも。

 

「助けましょう」

 

ベルは間髪入れず決断した。

 

「貴方はパーティーのリーダー失格だ──だが、間違っていない」

 

彼女はそう言うとケープを翻し、1人いち早くゴライアスのもとへと向かっていった。

 

団長(ベル)が助けると言ったんだ、従うしかないだろう」

 

リューさんの後を追うように、俺はゴライアスのもとへ向かった。




次回、vs黒いゴライアスですが……ストームルーラーは使いません。あれ使うとほぼワンパンで倒せてしまいますので。


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35話

お待たせしました。
対黒ゴライアス戦を書き上げたのは良かったのですが、ものすごく長くなってしまったので、前後で分けることにしました。それと、33話でグレイが篝火に刺していた剣ですが「よくよく考えたら長すぎじゃね?」となったので、後で変更します。


「ふん!」

 

戦場である大草原、そこで冒険者達を蹂躙する黒いゴライアスの膝を、リューさんの後に続いて攻撃する。

 

「おおおおおおっ!」

「はあああああっ!」

 

俺が『ドランの双槌』で叩いたあとに桜花の斧が、命の刀が打ち込まれる。

だが、強固な金属鎧を上回る階層主の体皮に俺の手は強烈な手応えを感じた。桜花の戦斧の刃は欠け、命の刀の刀身が折れた。

 

「早く離脱しなさい!」

 

振り向くと、俺達をゴライアスの視線は追尾し、怒りの形相で睨みつけていた。巨人は腰をひねり、その極腕を大薙ぎに振るう。

巻くように放たれた右腕の攻撃(スイング)。ゴライアスの周囲を半回転した拳の風圧をかいくぐり、ゴライアスの足元に戻る。

 

「【燃えつきろ、外法の業】【ウィル・オ・ウィスプ】」

 

瞬間、ゴライアスを大爆発が襲った。

ヴェルフが魔法で妨害した『咆哮(ハウル)』は、通常のゴライアスが放つ威嚇ではなく、魔力を込めて純粋な衝撃として放出される飛び道具だ。

更に厄介なことに、コイツはこの階層にいるモンスター達を雄叫びで召喚する。俺がいまいる地帯から南東に100Mほどの場所では、ベルがモンスターの群れを相手に戦っている。

こういうデカブツを相手にする時、下手に距離を取るよりも足元に貼り付いたほうがいいのは身を以て知っている。故に、俺はゴライアスの踏みつけ(ストンプ)やハンマーナックルといった足元への攻撃を警戒しつつ、ゴライアスの足を攻撃する。

 

「しかし、硬いな。『ドランの双槌(こいつ)』で叩いても埒が明かない。……コイツ(・・・)にするか。ついでに『太陽の光の剣』」

 

俺は『ドランの双槌』を収納し、柄の付いた石像──『王の特大剣』を取り出す。ダメ押しとばかりに、左手に『太陽のタリスマン』を持って付与魔法(エンチャント)をかけ、『刃の指輪』と『騎士の指輪』を装備する。

 

「ぬん!」

 

俺は『王の特大剣』を両手で持ち、ひたすら足首あたりを狙う。硬い敵は斬らず、叩いて粉砕!この手に限る。

 

疾風(リオン)!説明は不要だと思いますが、今から来る援軍が一斉射撃の準備を行います。貴方はゴライアスの注意を引き付けておいてください!」

「わかりました。それでは私と貴方、グレイさんで敵の意識を分散させましょう」

「応ッ!」

「え、いや、待っ──」

『よおおしっ、てめー等!アンドロメダが囮になるそうだ!心置きなく詠唱を始めろぉ!』

「──ボールスゥ!?後で覚えてらっしゃい!?」

 

囮役を買って出た俺とリューさん、泣く泣く囮役を課せられたアスフィの3人でゴライアスの注意を引きつける。

足元に貼り付く俺が狙われれば素早くリューさんが木刀で叩き、リューさんが狙われればアスフィの魔道具(アイテム)で爆撃、アスフィが狙われれば俺が足首あたりを叩いてを繰り返すことで、ゴライアスの注意を引きつける。

 

『────オオオオオッ!!』

「なに!?」

 

ふと、ゴライアスの狙いが俺達から外れた。次いで、誰かがこちらへ駆けてくる音が。

 

「ベル!?」

 

音の主はベルだった。

自慢の脚で拳を掻い潜り、懐に潜り込んだベルは左足めがけて大剣を振り上げ──叩きつけた。

 

「ふっ!」

 

鈍い打壊音の後に、ベルは堅実に一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)。ゴライアスの股下を抜けて後方に退避する。

 

「ベル、今のは危なかったぞ」

「グレイさん……」

「勇気と無謀は紙一重だ、覚えておくように」

「わかりました……」

 

移動を続けるベルと並走しながら戒めると、ベルが肩を縮める。

 

「俺は引き続きゴライアスの足を叩く、ベルはリューさんに付いてきてくれ」

「はい!」

 

リューさんのいる方向を指差すと、ベルは駆けていった。

 

「前衛、下がれぇ!でかいのをぶち込むぞ!」

 

魔道士達の詠唱が完了したのだろう、前線に号令が飛ぶと同時に俺達はゴライアスから離れた。

ちょうど包囲網の中心に誘導されていたモンスターが赤眼を見開いた次の瞬間、怒涛のような一斉射撃が火蓋を切る。

火炎弾、雷の槍、氷柱の雨、風の渦、一部『魔剣』の攻撃も加わった砲火が階層主を飲み込み、爆音を轟かせる。

やがて砲撃が止み、中心地の煙が薄れていく中……ゴライアスの片膝が地についた。

 

「ケリをつけろてめえ等ぁ!!たたみかけろおおおおっ!!」

 

冒険者達は歓声を上げ、巨人の息の根を止めようと一斉に前に出た。

頭を垂れるゴライアスに、多くの者が殺到した。

 

「……グレイさん?」

 

他の冒険者達と同様に、前へ出ようとしたベルを手で制する。

今までの経験が警鐘を鳴らしている、まだ終わりじゃない(・・・・・・・・)と。

リューさんも何かを感じ取ったのか、怪訝そうに瞳を細めている。

 

『────フゥゥゥ』

 

そして、俺の勘は的中してしまった。

傷つき、沈黙していたゴライアスが顔を上げた。顔面に負った傷はどこにもない。損傷した体皮からは赤い粒子が発散されていた。しかも、光の粒が立ち上る側から傷は見る見る内に癒えていき、完全になかったものになる。

ゴライアスは勢いよく立ち上がった。

 

「自己再生!?」

「全員逃げろぉ!!死ぬぞ!!」

 

アスフィの叫びと同時に、俺は前線に出た冒険者達に大声を飛ばす。

そうしている間にも再生したゴライアスは、近づいてきた前衛攻役(アタッカー)に、呆然と立ち尽くす魔道士(こうえい)達に狙いを定める。

巨大な両腕を振り上げ、拳を握りしめ、そして……足元へ振り下ろした。

大草原が、割れた。

凄まじい爆発を起こし、地割れと衝撃波を発生させる。放射状に広がる破壊の津波は前衛攻役(アタッカー)を飲み込み、魔法行使直後の魔道士達にまで及んだ。前衛壁役(ウォール)が、紙切れの如く吹き飛ぶ。

 

『オオオオオオオオッ!!』

 

2度目の召喚。ゴライアスの声に階層中のモンスターが応え、統率を失った冒険者達に襲いかかる。

俺はベルの正面に立ち、心臓のあたりを指差す。

 

「……ベル、スキルを使え。狙うのは(ませき)のある胸部(ここ)だ」

「グ、グレイさんは!?」

「リューさんとアスフィとともに、ゴライアスを押さえて時間を稼ぐ」

 

あのモンスターをここで止めなければ被害が拡大する。もう1度一斉射撃を行うためにも時間を稼ぐ必要がある。

既に駆け出しているリューさんを追うように、俺は駆け出した。

 

「っ!」

 

俺の体のすぐ横を、ゴライアスの指が通り過ぎる。

敵の攻撃を俺は冷静に回避し、『王の特大剣』で足首をひたすら叩く。リューさんもおなじように、木刀で巨人の足首を打つ。

 

「2人共、死にますよ!?」

「全員命がけで戦っている。俺達も相応の働きをしないとな」

 

敵の懐にあえて居座り攻撃し続けることで、自分を的にする行為。ゴライアスは鬱陶しい小蝿でも叩くように腕を振り回す。

 

「グレイさん、アンドロメダ、敵の(ませき)は狙えますか」

「無理だな。硬すぎて武器が貫通しない」

 

放たれた『咆哮(ハウル)』を回避し、合流するように並走する。各々の懐から回復薬(ポーション)を取り出し、素早く飲み干す。

 

「では、『魔法』は?」

「……私の詠唱はかなり時間がかかります。そのくせショボい。高い治癒能力を持つあのゴライアスとも相性最悪です、期待しないでください」

「俺のは通じなくはないかもしれないが、流れ弾が仲間に当たった時のリスクが大き過ぎる」

「……わかりました。やはり、魔道士達の援護が必要ですね」

「直撃したところでまた回復されるのがオチでしょうっ」

「なら相手の魔力が切れるまで殺し続けるだけだ」

 

加速し、再び巨人の懐に飛び込む。少しでもダメージを与え、魔力を消費させ、魔道士達の援護までの時間を稼ぐために。

 

「グレイさん!」

 

発光する右手を握りしめたベルが、ゴライアスに接近してくる。

 

「わかった!2人共、離れるぞ!デカイのがくるぞ!」

 

小竜(インファント・ドラゴン)を1撃で屠った情報を何処かで得たらしい、アスフィはすぐさま離脱。リューさんは一瞬躊躇う素振りを見せた後、直ぐに射線上から離脱した。

 

『────ッ!!』

「【ファイアボルト】!!」

 

強烈な魔力塊と、炎雷が同時に放たれた。

白い稲光とともに大炎雷は魔力塊を突き破り、ゴライアスの頭部を貫いた。右眼を含む僅かな部分を残し、巨人の顔面が8割方消失する。悲鳴を上げることを許さなかった魔法は階層の果てに炸裂し、絶壁を爆砕した。

狙いが逸れた。

胸部を狙った炎雷は、その威力もさることながら反動も凄まじかった。ベルの体はそれを制御できず後退してしまい、弾道が定まらなかった。

だが俺は知っている。頭部を失おうと、動いた者がいることを。頭部だけになりながらも、存命した者がいることを。

だから、巨人の首元から夥しい赤い粒子が発生するのも、想定の範囲内だ。

 

「ベル!逃げろ!」

 

巨人の明確な殺意にあたられて愕然と立ち尽くすベルに向かって叫ぶが、それも虚しくゴライアスの『咆哮(ハウル)』が放たれる。

未だ完治していない口腔が弾け飛び、牙の破片と血肉が魔力塊ごとベルの体に着弾する。

傷つき、吹き飛ばされ、足が地から離れるベルに向かってゴライアスは突き進み、拳を背中に溜める。

俺、リューさん、アスフィが救援に向かうが、間に合わない。そして、拳がベルに迫る中、()は現れた。

盾を持ち、ベルの後方から駆け出した冒険者、桜花は、ベルとゴライアスの間に割り込んだ。

ゴライアスの拳は桜花の構えた大盾にめりこみ、彼の体に食いこむ。後ろに立っていたベルもその攻撃に呑まれ、2人の体は宙を舞った。




死んだ敵が何らかの方法で復活して第2ラウンドが始まり、こちらの心をへし折りにくるのはよくあること


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36話

対黒いゴライアス後半戦、始まります。


「くそっ──!」

 

巨人に吹き飛ばされ、転がるベルを俺は抱え、戦域外に離脱。階層の南部にある中央樹と補給拠点である丘の中間の草原にベルを下ろす。

 

「クラネルさん、クラネルさんっ!返事をなさい!」

 

仰向けに寝かされたベルにリューさんは呼びかけ、俺は傷の具合を確かめる。

両手足、肋の骨数本が折れている。牙の破片で全身は裂傷まみれ。胸甲(ブレストプレート)を始めとした軽装も半壊状態。

 

「『太陽の光の癒やし』」

 

俺は『太陽のタリスマン』を握り、ベルの傷を癒やす。体への負担が軽い『ぬくもりの火』で治したいところだが、時間がない。それに、治る反動で目を覚ますかもしれない。

 

「ベル君!」

「ヘスティア様」

「グレイ君、エルフ君、ベル君の状態は!?」

「傷は俺の『奇跡』で治療しました。息もあります。けど、意識が戻ってません」

 

『奇跡』と聞いた瞬間、リューさんの耳がピクリと動き、何か俺に尋ねようとするが──

 

「リオン、早く戻ってきなさい!」

 

遠方からのアスフィの叫び声に遮られた。

 

「……エルフ君、グレイ君、行ってくれ。少しでも長く、時間を稼いでくれ。ベル君は絶対に起きる。起きて、あのモンスターを倒す」

 

「ベル君ならそれができる」そう瞳で訴えるヘスティア様を見つめ返し、俺達は戦場へ赴いた。

 

 

 

 

ゴライアスが猛り狂う中央地帯の主戦場から南東、大草原と森の境界線。

暴虐の限りをつくし、誰にも止められない巨人。倒せども倒せども押し寄せてくるモンスター。

光の見えない暗澹極まる戦況に、1人、また1人と声を上げ、持ち場を離れようとする。

 

「……この程度か」

 

不意に、声がした。

声の主である鎧を纏った男はモンスターを叩き潰し、冒険者達を見渡す。そしてその男は、肩を落とし首を横に振った。

 

18階層(ここ)に来るだけの実力があるからと期待していたが……揃いも揃って玉無しの腰抜けとはね」

 

その一言が、彼等のプライドを刺激した。

 

「尻尾を巻いて逃げるがよいよ、荒くれ共。戦場に臆病者は不似合いだ」

 

煽るようなその口調に、彼等の怒りが爆発した。

 

「上等だあああああ!」

「新米がナマ言ってんじゃねえぞゴラアアア!」

 

怒号とともに冒険者達は立ち上がり、襲い来るモンスターを迎撃する。

モンスターの群れを殲滅し、次に備えて身構えると──鐘の音が、鳴り響いてきた。

高く、遥か頭上にまで昇る、壮大な大鐘楼(グランドベル)の音色。

全ての者の耳と胸に響く力強い響きに、冒険者達は誰もが時を止め、目を見開く。

振り向いた南の方角、1人の冒険者と、構えた漆黒の大剣に収束される眩い光。彼等の瞳にもその白髪の少年が映り込む。

言葉は要らなかった。

培われた冒険者の直感が、そこに秘められた一筋の希望(ひかり)を見出す。

 

「行くぞてめえらああああああ!突っ込め、突っ込めええええええ!」

 

モルドの咆哮とともに、全冒険者が突貫する。

脅威に気づいたゴライアスの叫びに呼応するモンスターを、彼に近づけさせまいと、雄叫びを上げた怪物達に斬りかかった。

 

 

 

 

『オオオオオオオオッ!!』

 

鳴り響く大鐘楼(グランドベル)の音に、ゴライアスもまた前進を開始した。

唸り声でモンスターの群れを呼び寄せ、たった1人の少年目掛けて行軍を始めた。

 

「ゴライアスが、クラネルさんを『敵』と認めたようですね」

「死守します。彼のもとには近づけさせない」

 

強い声音と意志をあらわにし、リューは疾走した。

こちらを見向きもせず、跳ねるように走るゴライアス。凄まじい音と風を伴う巨人の猛走に臆することなく突っ込み、足が地面に設置する瞬間、躊躇なく膝を叩いた。

姿勢が不安定な走行中への奇襲──巨体ゆえに重心がぶれやすい体を支えていた短足(あし)はあっさりと均衡を失い、ゴライアスは驚愕しながら草原に倒れた。

千載一遇の好機を逃さないとばかりに、アスフィの短剣とリューの木刀が高速で打ち込まれる。

ゴライアスが当初の目的を忘れ、煩わしい虫を撃ち落とそうと『咆哮(ハウル)』をしたその時。

 

「『暗月の矢雨』」

「「っ!?」」

 

アスフィとリューは、直感から後退した。

次の瞬間、無数の青紫色の矢が巨人の体に突き刺さった。

振り向いてみれば、いつの間にかすぐ近くに来ていたグレイが左手に六角形の盾を握り、立っていた。

 

「すまない、遅れた」

「いいえ。グレイさんはそのまま援護をお願いします」

「わかった」

 

首肯し、グレイが右手に巨大なメイスを握ると、リューは詠唱を始めた。

 

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々】」

 

高速戦闘下における『平行詠唱』

 

「【愚かな我が声に応じ、今一度の星火の加護を。汝を見捨てし我に光の慈悲を】」

 

『魔法』の発動に求められる高い集中力と正確な詠唱。出力に比例して詠唱文は長くなり、高度な制御が求められる。故に魔道士と呼ばれる者は例外なく足を止め、詠唱のみに専念し、強力な魔法を準備する。

しかし、リューは詠唱と戦闘を両立させていた。集中を乱せば魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が起こり得る中、階層主を相手に攻撃・移動・回避・詠唱を高速で同時に展開させていた。

 

「【掛けまくも畏き──】」

己を律する強靭な精神と胆気。そしてそれに伴う白兵戦と詠唱の技量に命は遥かな高みを見、己も負けじと詠唱を始める。

 

「【いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ、尊き天の導きよ。卑小のこの身に巍然たる御身の神力を】」

 

命、そしてリューの詠唱が進められていく最中。

地に膝をついたゴライアスが、その重い腰を上げる。

 

「『雷の杭』!」

「あと少しくらい大人しくしなさい!」

 

頭が冷えたのか、ベルのことを思い出したのか、再び進軍を開始しようとする巨人の足の甲に、グレイは雷撃とメイスを叩きつける。

 

「衆目の前では使いたくなかったのですが……」

 

覚悟をきめたのか、アスフィは履いている(サンダル)をそっと撫でる。

 

「──『タラリア』」

 

(サンダル)に巻き付くように備わっていた金の翼の装飾が命を吹き込まれたように解け、二翼一対、計4枚の翼を左右の足に広げ、アスフィは飛翔した。

純白のマントを翻し、鳥のように大きく弧を描いた彼女は、ゴライアスの顔面と肉薄した。

左逆手の短剣を振り鳴らし一閃。

 

『アアアアアアッ!?』

 

赤眼に吸い込まれた斬撃に、巨人が絶叫をあげる。

 

「【──(きた)れ、さすらう風、流浪の旅人(ともがら)。空を渡り荒野を駆け、何者よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】!」

「グレイ!離れなさい!」

 

アスフィの指示を受け、グレイは巨人の足元から全速力で離脱する。

 

「【ルミノス・ウィンド】!」

 

緑風を纏った無数の大光玉。リューの周囲から生まれ、一斉砲火された星屑の魔法がゴライアスに次々と叩き込まれる。その黒い体皮を破り、夥しい閃光を連鎖させた。

 

「【天より(いた)り、地を統べよ──神武闘征】【フツノミタマ】!!」

 

畳み掛けるように、命が魔法を完成させた。

ゴライアスの直上、一振りの光剣が出現し、直下する。

同時に、地上に発生する複数の同心円。

そして深紫の光剣が巨人の体を通り抜け、円中心に突き刺さった瞬間、重力の檻が発生した。

しかし、ゴライアスはその怪力を以て、重力の檻を突破しようと身を持ち上げていく。

 

「お前らぁ!死にたくなかったらそこをどけええええええ!!」

 

巨人(ゴライアス)が檻を破ろうと両手を結界の壁に突き入れた瞬間、真紅の長剣を背負ったヴェルフが先頭に進み出た。

相対するゴライアスに、両手で握った長剣を大上段に構える。

そして、その1撃の為につけた真名()を、ヴェルフは叫んだ。

 

「火月ぃいいいいいい!!」

 

その瞬間、巨大な炎流が迸り、ゴライアスを飲み込んだ。

 

『────ッ!?』

 

喉を焼かれ、肺を焼かれ、声にならない悲鳴を上げながら、ゴライアスの体が焼かれる。

自己再生など追いつかない。治癒された端から炎が焼き尽くし、魔力を奪う。

かつて海を焼き払ったと言われた伝説の魔剣(いちげき)は、役目を終えたと告げるように砕け散った。

 

「──みんな、道を開けろぉおおおおお!!」

 

ヘスティアの号令が戦いの終幕(フィナーレ)を告げ、それとともにベルが地を蹴り、大草原を駆け抜ける。

白い光を帯びる黒大剣を構え、大鐘楼(グランドベル)の音色を高らかに響かせながら、視線の先の光景へ、赤く燃える巨人の怪物に向かって疾駆する。

 

「あああああああああああああッッ!!」

『オオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

巨人の豪腕と、少年の光剣が交差し、純白の極光を放つ。

ゴライアスの雄叫びをかき消すベルの咆哮、そして凄まじい轟音。

光が視覚を、音が聴覚を数瞬奪った後、辺りに残っていたのは、……決着の静けさだった。

視覚を回復した誰かから目を開けると、そこには、右腕と上半身を失った敗者(ゴライアス)の体が立っていた。

地面に落ちた左腕と下半身が、彫像のようにその場で静止している。

消失した剣身の断面から白煙を巻き上げる黒大剣。それを振り抜いた姿勢で固まっているのは、勝者(ベル)だった。

その光景に、誰もが何も言わず、しばし立ち尽くしていた。

 

「……消し飛ばし、やがった」

 

呆然と零れ落ちたヴェルフの呟きを契機に、全ての時の流れが動き出す。

固まっていたベルは片膝をつき、剣身のない大剣を杖のように草原に突き刺す。そして、ゴライアスの下半身と左腕が灰へと変わっていく。

上半身ごと魔石を失った体は時間をかけて大量の灰となり、その上にドロップアイテム『ゴライアスの硬皮』が残された。

 

 

 

 

「ああ……ああ、嗚呼!素晴らしいっ!」

 

ヘスティア達が飛び出していった南の草原。

1人取り残されていたヘルメスは、大歓声の中心にいるベルを真っ直ぐ見つめ、その橙黄色の瞳を爛々と輝かせた。

 

「見たぞ!このヘルメスが(しか)と見たぞ!貴方の孫を!貴方の置き土産を!」

 

ここにいない誰かに声を飛ばすように、興奮に身を委ねる。

曰く、意気地と根気はある。しかし、素質がない。およそ大成する器ではないと。

 

「馬鹿なことを言うな、貴方の目もとうとう腐ったか!?それともあの人の言葉を忘れたか!?」

 

曰く、戦いこそが人類(にんげん)の可能性であると。

大仰に手を振り、それを体現した眼の前の光景を示す。

 

「喜べ大神(ゼウス)!貴方の義孫(まご)は本物だ!貴方の【ファミリア】が遺した、最後の英雄(ラスト・ヒーロー)だ!」

 

少年の示した可能性──英雄になる素質にヘルメスは歓喜し、興奮のままに告げる。

 

「動く!動くぞ!10年後か、5年後か、それとも1年後か……否!明日かもしれない!この場所で、このオラリオの地で、時代を揺るがす何かが起きる!」

 

それは、神である彼の直感。

 

「見守る、見守るぞ!必ずやこの眼で見届けてみせる!歴史に名を刻むであろう大事を、英雄達の行く末を、彼等の生と死を!──神愛(しんあい)なる彼等が紡ぐ、【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】を!」




次回、原作6巻突入します。


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37話

原作6巻始まります


その背中(こうけい)を覚えている。

生まれて間もない私達は、最初にその背中と、燃え盛る火を目にする。

吸い寄せられるように。惹きつけられるように。1歩、また1歩と私達は足を進めた。

 

──お前達の目には、何が見える?──

 

そしてその背中の主は、私達が近くに来ると口を開いてそう訊ねた。

ある者は答えた。闇を照らし、空を斬り裂く雷が見えると。

ある者は答えた。命ある生物(もの)全てに等しく与えられる、死が見えると。

ある者は答えた。厄災と恩恵を併せ持つ、混沌とした火が見えると。

そして、私は……

 

 

 

 

安全階層(セーフティポイント)──18階層に階層主(ゴライアス)が出現するという異常事態(イレギュラー)

ギルドはこれについて箝口令を敷き、当事者である俺達にも口外するなと命じた。それこそ罰則(ペナルティ)も厭わないとばかりに。

更に、これの原因は『神災(じんさい)』──ヘスティア様とヘルメス様にあると断定され、【ファミリア】の資産の半分が罰金として徴収された。俺達の【ファミリア】は発展途上の零細ということもあって数十万ほどで済んだ(それでも大金には変わらない)。階層主のドロップアイテムを売れば何とか取り戻す目処はある。涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、金貨の詰まった大袋をギルドに提出するヘスティア様の尊顔がまだ頭から離れない。

一方で、ヘルメス様達は悲惨だった。

派閥の規模が大きい【ヘルメス・ファミリア】は結構な蓄えがあったらしく、俺達とは比べ物にならない額の金が請求された。その額にアスフィさんはため息をつき、ヘルメス様は真っ白に固まった。

あれから3日が経った今日、俺は──

 

「はーい。追加の皿入るよー」

「頑張るニャ~、鎧ゴリラ~」

「……」

 

──『豊穣の女主人』の厨房で、黙々と皿洗いに勤しんでいた。

どうもリューさんはミアさんに無断で、俺達の捜索に来たらしい。

そうとは知らず、店に顔を出しに来た俺は大変ご立腹な様子のミアさんに襟首を掴まれ、1日皿洗いを命じられた。一応賄いは出すし、報酬もちゃんと渡すということで、俺は従わざるをえなかった。……というか、断ったら殺される勢いだった。やはり女は恐ろしい。

 

「大丈夫ですか、グレイさん」

「……何とか頑張ってます」

「無理はよくありません。手伝いましょう」

 

不意に、リューさんが俺の隣に並んだ。

 

「すまない、手を貸してもらって」

「いえ、私も貴方に謝らなければなりません。どうしてもお聞きしたいことがあって、ミア母さんに頼んだのですから」

 

どういうことだ?

リューさんの手は山のように積まれる皿を洗っているが、時折視線がこっちに向けられている。

 

「アンドロメダが、リヴェリア様から聞いたそうです。貴方が、当代の『黒い鳥』だと」

 

『黒い鳥』?カラスの類か?

 

「ご存知ないのですか?」

「ああ」

「『黒い鳥』とは、私達(エルフ)に伝わる伝説です。遥か昔、エルフが研究していた古の魔法を手足のように操り、モンスターの群れを撃退した1人のヒューマン。身に纏う黒装束と、鳥のように世界を自由に旅していることから、私達は彼をそう呼んでいます」

 

なるほど、あの時の【ロキ・ファミリア】のエルフ達の反応はそういうことだったのか。

しかし、何でそういう風に後世に語り継がれてしまったのかね?ただ助けたついでに少し助言をしただけなのに。

 

「貴方の師は、既に故人だと聞いています。そして、貴方は魔法の記されたスクロールと黒装束を師から受け継いだそうですね」

「そうだが、リューさんは何がしたいんだ?」

「私は……かつてオラリオを苦しめた闇派閥(イヴィルス)の残党を、1人残らず殺したい」

 

瞬間、リューさんの目に黒い炎が灯った気がした。

 

「復讐か」

「はい」

 

俺の問いに首肯すると、リューさんは断片的に語り始めた。

自分の所属していた【ファミリア】が、敵対していた【ファミリア】にダンジョンで罠に嵌められ、自分以外の団員は全滅したこと。生き残ってしまった自分は仲間の遺品を掻き集めてお墓を作ったこと。主神に全てを伝え、都市から逃したこと。激情に駆られ、件の【ファミリア】とそれへの関係を疑われるものを鏖殺したこと。その結果ギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に載ったこと。

 

「ですが、奴等は生き残っていた。手段は不明ですが、このオラリオの何処かに身を潜めていた」

 

ぎり、と歯ぎしりをする。

彼女のその表情は、24階層でフィルヴィスが見せた表情と同じだった。

 

「私は力が欲しい。そして、今度こそ奴等を鏖殺したい。そのために、貴方が受け継いだ『魔法』を──」

「駄目だ」

「……そうですか」

 

俺が断ると、リューさんの耳が悲しそうに下がる。

 

「わかっていました。貴方なら、断るだろうと。復讐の片棒を担ぐようなことを嫌うだろうと。でも私は、誰かに打ち明けたかった。そして……誰かにこの感情を否定してほしかった」

「……違う。俺が否定したのは、復讐の片棒を担ぎたくないからじゃない。俺も似たようなことをしたからだ」

「え……?」

 

昔のことだ。1人の騎士が、1人の女を殺した。

ろくに言葉を交わすことはできなかったが、ヤツが彼女を殺したという事実が、俺は許せなかった。

だから殺した。

生きたまま、つま先から切り刻んでやった。メイスでぐちゃぐちゃに叩き潰し、砕いてやった。炎で骨の一欠片まで炙ってやった。

それを繰り返すうちに、ヤツは死んだ。

 

「復讐をやり遂げた先にあるのは『空虚』だけ。……そんなこと、もっと早く気づいておけば良かったよ」

「……」

「貴女もわかっているはずだ。なら、復讐なんてことを考えたり、実行しないことだ」

「そう、ですね……」

「……ん゛ん゛っ」

「「はっ!?」」

 

いつの間にか俺達の後ろに立っていたミアさんの咳払いに、思わずビクッとした。

 

「ったく、厨房の端っこでなに暗い話をしてんだいあんた達は。まあ、ちゃんと仕事はしているからまだマシだけどね」

 

ミアさんは9割ほど洗い終えて小さくなった皿の山を見て、首の後ろを掻く。

 

「そろそろ時間だから上がんな。残りはあたしらで片付けとくよ」

「わかりました。じゃあ、リューさん。また今度」

「ええ」

 

俺は手を振って厨房を後にし、裏口に出た。

 

「ほれ。これが報酬だよ」

 

そう言ってミアさんが俺に突き出したのは、酒の入った瓶だった。しかも未開封の。

 

「……これは?」

「半年前、試しに仕入れてみた『クワス』って酒なんだけど、誰も注文しなくてね。捨てるのももったいないから、あんたにやるよ」

「いいんですか?」

「あたしがいいって言ったからいいんだよ」

 

ここでは自分が(ルール)だと言うように、ミアさんはニヤリと笑う。

 

「ありがとうございます。それでは」

「ああ。気をつけて帰んな」

 

俺はミアさんに一礼し、【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)に向かった。

 

 

 

 

「ふんふん、なるほど、喧嘩か~」

 

【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)である教会の隠し部屋。ソファの上に座り、間延びした声を出すヘスティア様と、その隣で顔を真っ赤にして大層お冠な様子のリリ。彼女たちの前でベルとヴェルフは並んで正座し、4人の間では俺が設置した『ぬくもりの火』が光り輝いている。

 

「ベル君が年相応にやんちゃで、ボクは嬉しいような、悲しいような……」

「きっとヴェルフ様の影響です!ヴェルフ様に会ってから、ベル様はどんどん性格が冒険者気質(らんぼう)になっています!」

「おいおい、それは言いがかりだろう」

「お2人はグレイ様の爪の垢を煎じて飲むべきです!」

 

反論するヴェルフに対してリリが吠え、言われたベルとヴェルフが仰け反る。

そのまま小言を言い終えて肩で息をするリリをどうどうと窘め、ヘスティア様も苦笑して話しかけた。

俺が『豊穣の女主人』で皿洗いに勤しんでいる間、ベル達は『焰蜂亭(ひばちてい)』でヴェルフの【ランクアップ】の祝賀会を開いていた。

……開いていたんだが、客の小人族(パルゥム)がヘスティア様を侮辱する言葉を口にしてベルが激怒。そして、ヴェルフの足が滑って小人族(パルゥム)の顔面に直撃。それを皮切りに大乱闘が起きたそうだ。

結果、ベルとヴェルフは【アポロン・ファミリア】の【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】ヒュアキントスからの反撃を受けてこの通りボコボコに。更に、偶然居合わせたベート・ローガとヒュアキントスが睨み合い、興が削がれたとヒュアキントスが酒場を去ったらしい。

 

「でも、やっぱり喧嘩は良くないぜ?サポーター君の言う通り、しっかり怪我までしてるじゃないか」

「だって、あの人達っ、神様を馬鹿にしたんですよ!?」

 

おそらく、ベルがヘスティア様に反抗したのは初めてだろう。ヴェルフとリリもベルに目を向ける。

ベルが言わんとしていることはわかる。

自分を馬鹿にするならいくらでも我慢できる。だが、大切な人を馬鹿にされ、あまつさえ侮辱されるのは黙っていられない。連中は俺達に様々なものを与えてくれたヘスティア様に泥を投げつけてきたのだと。

瞳に力をこめるベルと黙って見つめ合っていたヘスティア様はソファから降り、ベルと目線の高さを合わせ、微笑む。

 

「君がボクのために怒ってくれるのはとても嬉しいよ。でも、それで君が危険な目に遭ってしまうのは、それ以上に悲しいな」

「……」

 

体を揺らすベルに、ヘスティア様は優しく語りかける。

 

「ベル君の気持ちはわかるよ。逆の立場だったら、ボクも火を吐くほど怒る。でもそれでボクが相手と喧嘩をして、ボコボコになって帰ってきたら、ベル君はどう思う?」

「……泣きたくなります」

「だろ?ボクも同じさ。少し不公平かもしれないけど、主神(ボク)を馬鹿にされたって腹を立てないでくれよ。神ってやつは、子の息災を何よりも願っているんだ」

 

そしてヘスティア様は、相好を崩した。

 

「今度は笑い飛ばしてやってくれよ。僕の神様はそんなことで一々怒るセコイやつじゃない、懐が広いんだ、ってね」

 

ヘスティア様の慈愛ある微笑みに、押し黙っていたベルは頷き、謝った。

俯いて約束するベルに、ヘスティア様は優しく微笑み、そっと頭を撫でた。

 

「そういえば、グレイ様のところには来なかったのですか?」

 

ベルの頭を撫でていたヘスティア様が何故か抱きつこうとしたのを後ろからリリが羽交い締めにして引き離すと、別行動だった俺のほうを心配してか、そう口にした。

 

「俺は店の厨房でずっと皿洗いをしていたからわからん。でも、そういうことが起きればミアさんが何か言うはずだから、それがなかったということは来なかったんじゃないかな。ただ……」

「ただ?」

本拠地(ホーム)に帰ってくる途中、誰かに見られてるような感じはしたな」

「そうか……何もせず尾行しただけなのが余計に不気味だな」

「とりあえず、後で面倒なことにならないように主神同士で話をつけておくか。幸い、相手の【ファミリア】もわかっていることだし」

 

相手は太陽神アポロンが主神の【ファミリア】。

……凄く嫌な予感しかしない。

 

 

 

 

翌日。

 

「……さて、グレイ君。18階層でも言ったけど、とても重要な話がある」

 

ソファに座り、何時になく真剣な面持ちでそう言うヘスティア様。

ベルはギルドでエイナさんに現状の報告と今後の打ち合わせに向かい、俺とヘスティア様は本拠地(ホーム)に残っていた。

 

「グレイ君……いや、薪の王(・・・)

「ッ!?」

「それとも、闇の王(・・・)のほうがいいかな?」

「……」

「言っておくけど、惚けるなんて無駄だよ。下界の人類(こどもたち)神々(ボクら)に嘘をつけないからね」

 

隠しても無駄だと悟り、俺は大きく息を吐く。

 

「薪の王でも闇の王でも好きな方で構わん。……何時、どうやって俺の正体に気づいた?」

「18階層で篝火にあたっていただろう?それを見てピンときたのさ。篝火に刺さっていた剣と、その時の君の後ろ姿からね」

「そうか」

 

やってしまった。まさか篝火にあたって寝ていたところを見られてしまったか。

 

「一瞬驚いたけど、よく考えればヒントはあったんだね。異常なまでの【ステイタス】の伸びの遅さ、【残り火】にあった『王の力』……気づけなかった自分が憎いよ」

 

やれやれと肩を竦め、首を横に振る。

 

「さて、問題はこれを他に知っている神がいるかどうかだけど……他には誰がいる?」

「今日もバベルの最上階から都市(オラリオ)を見渡しているよ」

「……フレイヤか」

 

「よりにもよってあの女神(おんな)にバレたか」と、ヘスティアはがっくりと項垂れる。

 

「それで、これからどうする?ヘファイストスやタケミカヅチ、ミアハにこのことを話すか?」

「いや、話すのはもっと【ファミリア】の規模を大きくしてからにするよ。今このことを話したら、間違いなく抗争が起きて袋叩きにあって潰される。特に、昨日一悶着あったアポロンにはいい口実になる」

「……わかった。今の俺はお前の【ファミリア】の構成員だ。お前の判断に任せよう」

「任せたまえ!」

 

ヘスティアは自信に満ちた表情で胸を張り、どんと胸を叩く。……力を入れすぎたのか、打ちどころが悪かったのか、そのまま蹲ってしまった。期待から一転して不安になってきたぞ。

更に不安を後押しするように、バベルから帰ってきたベルの手には、【アポロン・ファミリア】主催の『宴』の招待状が握られていた。




次回、『神の宴』です。オリキャラ(女性)が1人出ます。


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38話

自分の中でアストラ騎士団は警察と自衛隊を足して2で割った感じの組織です


【アポロン・ファミリア】主催の『神の宴』当日。

礼服──燕尾服を身に纏う俺とベルが馬車から降り、俺達と同じように正装のドレスに身を包んだヘスティア様の順に降りていく。

がっちがちに緊張するベルにヘスティア様が笑いかける間にも、続々と高級そうな箱馬車が会場に集まる。

本日【アポロン・ファミリア】が開催する『神の宴』は、眷属を数名引き連れての神と子を織り交ぜた異例のパーティーらしい。そのため、いつも以上に賑やかになるかもしれないとヘスティア様はおっしゃっていた。

 

「すまぬな、ヘスティア、ベル、グレイ。服から何まで、色々なものを世話になって」

 

俺達に続いてミアハ様とナァーザさんが馬車の中から出てくる。勿論、2人も正装している。

普段から数万ヴァリスもする高等回復薬(ハイ・ポーション)二属性回復薬(デュアル・ポーション)を格安で譲ってもらっていることを顧みれば、馬車代と衣装代を肩代わりするなんて、これでも安いくらいだ。

俺達が入ったのは、ギルドが管理している公的な物件の一つ。この手のパーティーに使われるためか、外観も内装も絢爛豪華だ。

アストラ騎士団にいたころは警備として建物の周囲から見ることしかできなかった。世界を旅する中で給仕として働いていたころに建物内部に入ることはあったが、客として足を踏み入れるのは初めてだから、少し楽しみだ。……【アポロン・ファミリア】主催でなければの話だが。

 

「あら、来たわね」

「ミアハもいるとは意外だな」

「ヘファイストス、タケ!」

 

隅のほうに足を運ぶと、俺達に声をかけてくる女神様と男神様──ヘファイストス様とタケミカヅチ様がいらっしゃった。タケミカヅチ様の背には、慣れない正装にガチガチに緊張している命が控えていた。ヘファイストス様の眷属は辺りを一人で散策しているらしい。

 

「──やぁやぁ、集まっているようだね!オレも混ぜてくれよ!」

 

神様達が会話をしていると、大きな声が届いた。

振り返ると、弾んだ様子で歩み寄ってくるヘルメス様だった。側に付き添うのは眼鏡をかけたアスフィさん。

 

「なんでお前がこっちに来るんだ。今まで大した付き合いもなかったろうに」

「タケミカヅチー、仲間はずれは良くないなー。ともに団結してことに当たったんだ、オレも仲間に入れてくれないと」

 

明るい調子で喋った後、ヘルメス様はするりとタケミカヅチ様の脇を抜いた。

俺達の前に出て人当たりがいい笑みを浮かべると、神様達から俺達まで片っ端から誉めそやした。最後には面白いものを見つけたように命に近づき、手を取って、その指に唇を落とす。案の定命が真っ赤になって爆発。

タケミカヅチ様の拳骨が頭部に、アスフィさんの回し蹴りが尻に決まり、ヘルメス様は崩れ落ち、悶絶した。

 

『──諸君、今日はよく足を運んでくれた!』

 

と、高らかな声が会場内に響き渡った。

室内にいる全ての人達の視線が向かう先、大広間の奥には、一柱の男神様が姿を現している。

日の光を放つブロンドの髪。太陽の光を凝縮したような金髪は煌々とした艶がある。頭の上には、緑葉を備える月桂樹の冠。左右に男女の団員を控えているお方が、神アポロンだろう。

 

『今回は私の一存で趣向を変えてみたが、気に入ってもらえただろうか?日々可愛がっている者達を着飾り、こうして我々の宴に連れ出すのもまた一興だろう!』

 

宴の主催者らしく盛装する神アポロンの声はよく通っていた。乗りのいい他の神様達がやんややんやと声を上げ、喝采を送っている。

 

『多くの同族、そして愛する子供達の顔を見れて、私自身喜ばしい限りだ。──今宵は新しき出会いに恵まれる、そんな予感すらある』

 

それから口上に耳を貸していると、不意に。

賓客を見渡していた神アポロンの視線がこちらを、より正確には、ベルを射抜いたような気がした。まず仕掛けてくるとすれば、大勢の神々がいるこの会場でだろう。その手段が何かはわからないが、とりあえず警戒はしておかねば。

 

『今日の夜は長い。上質な酒も、食も振る舞おう。ぜひ楽しんでいってくれ!』

 

その言葉を最後に神アポロンが両手を広げ、同調するように男性の神様を中心に歓声があがる。

 

「どうしますか?ヘスティア様」

「んー、アポロンとは話しておきたいけど、後にしよう。どうやら忙しいようだし」

 

結果、パーティーを楽しむことになった。いちおう警戒を緩めないために酒ではなく、ジュースをいただいた。ベルは酒場での件を思い出してしまうからか、同じくジュースをもらっていた。

一口飲んで喉を潤し、目の前の食事を堪能していると、不意に会場内がどよめいた。この感じは……やっぱりか。

視線の先、衆目を根こそぎ集めるのは、巨身の獣人と銀髪の少女を従えた、女神フレイヤだった。彼女の登場を境に、場は一気に盛り上がった。

 

「フレイヤを見るんじゃない、ベル君!」

「へあっ!?」

 

ヘスティア様のツインテールが震え、料理から顔を上げ、ベルに体当たりをかました。大方、ベルが神フレイヤに見惚れていたのが気に入らなかったのだろう。押し倒すんじゃないかと思うほど強烈な体当たりから察した。

俺としては、彼女が従える少女が気になってしょうがない。あの髪、あの輪郭……凄く見覚えがある。

そして、男神様達に取り巻かれていた神フレイヤの視線がこちらを捉えた。

ぴたりと動きを止めると、じっとベルと俺を見つめると……微笑んだ。

コツ、コツ、と靴を鳴らして歩みだす。見えない壁があるかのように彼女の前からは人混みが散り、道がどんどん開けていく。ヘスティア様がまだベルに抱きつき、目を見張る中、間もなく俺達の前で足を止めた。

 

「来ていたのね、ヘスティア。それにヘファイストスも。神会(デナトゥス)以来かしら?」

「っ……やぁフレイヤ、何しに来たんだい?」

 

にこやかに挨拶する神フレイヤに対し、ヘスティア様はベルから離れて威嚇する。

 

「別に、挨拶をしに来ただけよ?珍しい顔ぶれが揃っているものだから、足を向けてしまったの」

 

「それに」と続け、神フレイヤは側にいる少女に目を向ける。

 

「最近【ランクアップ】した眷属()がいるから、その子のお披露目も兼ねて、ね」

「……ネロ・エキリシアと申します。以後、お見知りおきを」

 

一歩前に出た少女は名乗り、静かに頭を垂れた。そして顔を上げ、俺達──というか、俺をじっと見つめてきた。

銀髪に銀の瞳、雪のように白い肌と対称的な漆黒のドレスに身を包む少女。とにかく冷たい印象を与えるこの外見……十中八九、アイツ(・・・)の血を引いているな。

フレイヤは俺に意味深な流し目を送ると背を向ける。2人の従者に声を掛けると歩みだし、ゆっくりと遠ざかっていった。

 

「──早速、あの色ボケにちょっかい出されたなぁ」

「ロキ!?」

「よぉードチビー。ドレス着れるようになったんやなー。めっちゃ背伸びしとるようで笑えるわー」

 

嵐が過ぎ去ったような間を置き、今度は別の方向から声がかかる。振り向くと、男性用の正装に身を包んだ神ロキと、薄い緑色を基調にしたドレスを身にまとった、アイズ・ヴァレンシュタインがいた。

 

「いつの間に来たんだ、君は!?音もなく現れるんじゃない!」

「うっさいわボケー!!意気揚々と会場入りしたらあの腐れおっぱいに全部持ってかれたんじゃー!?」

 

どうやら、彼女たちはちょうど今来たところらしい。が、神フレイヤに注目が集まってしまったばかりに誰も気づかなかったと。なんと運の悪い。

 

「……えい」

「痛いっ!?」

 

ベルがアイズに見惚れていて、それが癇に障ったのだろう。ヘスティア様がベルの太腿を抓った。

 

「ふーん、その少年がドチビの眷属()か……」

 

腿を押さえて苦しむベルを、神ロキが見つめてくる。品定めでもするように、頭の天辺から爪の先までじろじろと見る。

ややあって、

 

「何だかぱっと冴えんなぁ。うちのアイズたんとは天地との差や!」

 

その言葉が効いたのだろう、ベルがふらついた。そしてヘスティア様はピクリと頬を痙攣させたと思うと、わざとらしく肩を竦め、やれやれと首を横に振る。

 

「前のように直接言い争って勝てないと知って、今度は眷属(こども)自慢かい?男装してきたから期待していたけど、まるで成長していないね……その貧相な(もの)のように!」

「──あァん?」

 

ビシッとヘスティア様にある部分を指さされ、神ロキの顔に青筋が走る。

 

「そもそもそっちのヴァレン何某よりボクのベル君の方がよっぽど可愛いね!兎みたいで愛嬌がある!!」

「笑わすなボケェ!!うちのアイズたんの方が実力もかっこよさも百万倍上や!?」

 

酷い眷属自慢が始まった。しかも微妙に争う部分がズレている。

ギャーギャーッ、と騒ぎ立てるヘスティア様を俺が、神ロキをアスフィさんが引き剥がし、アイズとベルが何とか宥めようとする。

ふーふー、と荒い息をつき威嚇し合う女神様達。ヘルメス様達の仲介も経て、何とか場を収めることができた。

息を整えた神ロキとヘスティア様は逆方向に歩き始め、俺達はそれぞれの主神について行った。

 

 

 

 

パーティーが始まり、2時間ほど経った。

あれからヘスティア様のお知り合いだという女神様、男神様に挨拶をして回った。

邪魔にならないよう壁際に移動し、小休止する。

あれから神アポロンに特に妙な動きはない。相変わらず忙しそうだ。

 

「どうするかな……」

 

どこからともなく流れる流麗な音楽に耳を傾けながら、呟く。広間の中央で踊る気分じゃない。そもそも相手がいな……いや、いたな。さっきから俺のことをチラチラ見ている女神様が。

 

「……しょうがない。少し付き合ってやるか」

 

俺は燕尾服に乱れがないことを確認し、目的の神物(じんぶつ)に近づく。その神物(じんぶつ)の周りでは男神様達が「俺がダンスに誘う」「いいや俺が誘う」と話し合いをしていた。「失礼」と声をかけて男神様達の中に割って入り、片手を差し出し、頭を垂れる。

 

「女神様。私と一曲踊って頂けますか?」

「ええ。喜んで」

『なぁにぃーーーーーっ!?』

 

瞬間、驚きの声が周囲からあがる。

神フレイヤは微笑んでと俺の手を握る。俺も手を握り返し、広場の中央に向かう。

 

「おいっ!何者なんだあのヒューマンは!?」

「知らねえよ!お前は!?」

「俺も知らねえよ!」

『ちょっとヘスティア!凄いことになってるわよ!』

『へ?何を言ってあああああああ!グレイ君!君は何をやっ──離せ!離すんだロキ!』

 

周囲の騒がしい声を無視し、音楽に合わせて踊る。

 

「嬉しいわ。貴方から踊りに誘ってもらえるなんて」

「それはどうも。……さっきの娘、ネロと言ったか。まさかとは思うが……」

「ええ、そのまさかよ。貴方を貴方にした(・・・・・・・・)ある女性の末裔(・・・・・・・)。かの血と記憶を受け継ぐ者よ」

「やっぱりか~……」

 

踊りながら、小声で俺と神フレイヤは会話をした。

 

「あの時聞き忘れていたが、俺とミノタウロスの戦いを観た感想はどうだった?」

「素敵だったわ。全てを飲み込む深い闇と、全てを焼き尽くす炎──相反するはずのそれを内包する貴方の暗い魂(ダークソウル)が鮮明に、嬉しそうに輝いていたわ」

「お褒めに預かり恐悦至極」

 

その後、踊り終えた俺と神フレイヤはダンスホールから離れた。そして手を離した瞬間、背後からベルトをむんずと掴まれた。

 

「グ~レ~イ~く~ん~?」

 

振り向かなくてもわかる。満面の笑みで怒っているヘスティア様に広間の隅に連れて行かれた。

 

「いいかい、グレイ君!あの女神(おんな)はね!好みの男を見つけたら魅了してとっ捕まえて骨まで食い尽くす。それはそれは恐ろしいやつなんだ!わかったね!?わかったら言葉の前か後に『ごめんなさい』をつけろ!」

「以後気をつけます。ごめんなさい」

 

まくし立てるヘスティア様に頭を深々と下げ、荒ぶるツインテールによる乱打を後頭部に受ける。

 

「自分やるな~。あのフレイヤを踊りに誘って一発でOKが出るなんて。……ドチビ、この子将来大物になるで。なんならウチの【ファミリア】が貰おか?」

 

乱打が終わったところで顔を上げると、今度は神ロキがニヤニヤしながら俺を肘で小突いてきた。

「誰が渡すか!」と吠えるヘスティア様にカラカラと笑う神ロキだが、次の瞬間、目をカッと見開いた。

見れば、ベルとアイズが踊っているのが見えた。

 

「うおおおおおおっ!?アイズたん!何やっとるんやー!?」

「どうしたんだ?ロキは。あれ、そう言えばベル君は、あああああああ!何をやってるんだベルくーん!?」

 

神ロキと同様にヘスティア様も目を見開き、2人を引き剥がそうと広場の中央に迫る。

 

「押さえろ!アスフィ!」

「後でどうなっても知りませんよ……」

「「離せぇー!!」」

 

次の瞬間、ヘルメス様が指を鳴らし、アスフィが神様達を捕獲してこちらに向かってきた。やはりと言うべきか、ヘルメス様が原因だったか。ベルに女性を、それもアイズを踊りに誘う度胸があるとは思えんからな。

案の定、ダンスを終えて戻ってきたベルが礼を述べようとしたら、ヘスティア様と神ロキに広場の隅で処刑(ボコボコに)された。

ややあって、ヘスティア様と神ロキは矢のようにすっ飛んできた。

 

「ベル君っ!次はボクと踊ろうぜ!」

「アイズたんもうちと踊ろー!!拒否権はなしやぁ!!」

 

ヘスティア様はベルの両手を掴んで迫り、神ロキはアイズの両肩を掴んで詰め寄っていた。

そこに──

 

「──諸君、宴は楽しんでいるかな?」

 

主催者である神アポロンが登場した。

従者達とともに俺達のもとへ足を運び、正対する形になる。

いつの間にか舞踏の演奏は止まっており、その声は思いの外響いた。

 

「盛り上がっているならば何より。こちらとしても、開いた甲斐があるというものだ」

 

周りを見れば、神アポロンを中心に円が出来上がっていた。まるで俺達を取り囲むように。

 

「遅くなったが……ヘスティア。先日は私の眷属()が世話になった」

「……ああ、ボクの方こそ」

私の子は君の子に重傷を負わされた(・・・・・・・・・・・・・・・・)。代償を払ってもらおうか」

 

ひとまず事を荒立てないように話をつけようとすると、それを断るように発言を被せられた。

 

「言いがかりだ!?ボクのベル君だって怪我をしたんだ、一方的に見返りを要求される謂われはない!」

「だが私のルアンは、あの日、目を背けたくなるような姿で帰ってきた……私の心は悲しみで砕け散ってしまいそうだった!」

 

演劇のように、わざとらしく身振り手振りを交える神アポロン。左右に控える従者達は泣く素振りを見せ、俺達の側に歩み寄ってくる影──全身を包帯でぐるぐる巻きにした状態の小人族(パルゥム)の団員が呻いていた。おそらく彼がルアンだろう。

ヘスティア様は本当にここまでやったのかとベルに問い、ここまでやってないとベルは答える。

更に、証人を名乗る複数の神とその団員は、口を揃えて神アポロンの証言を肯定した。

 

「待ちなさい、アポロン。貴方の団員に最初に手を出したのはうちの子よ?ヘスティアだけを責めるのは筋じゃないでしょう?」

「ああ、ヘファイストス、美しい友情だ。だが無理はしなくていい、ヘスティアの子が君の子をけしかけていただろうことは、火を見るより明らかだ。何だったら証人(かれら)に問いただしてもいい」

 

ヘファイストス様は異議を唱えるが、神アポロンはそれを軽く一蹴した。

残念だが、事前に味方を用意しておいた神アポロンのほうがこの場での発言力は強い。

 

「団員を傷つけられた以上、大人しく引き下がるわけにはいかない。【ファミリア】の面子にも関わる……ヘスティア、どうあっても罪を認めないつもりか?」

「くどい!そんなものは認めるか!」

 

ヘスティア様が言い分をはねのけると、神アポロンは嫌らしい笑みを浮かべ、口角を釣り上げた。

 

「ならば仕方がない。ヘスティア──君に【戦争遊戯(ウォーゲーム)】を申し込む!」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)】。

対戦対象(ファミリア)の間で規則(ルール)を定めて行われる、派閥同士の決闘。眷属を駒に見立てた、神の『代理戦争』。

勝者は敗者から全てを奪う、命令を課す生殺与奪の権利を得る。そして通例では、団員を含む派閥の資財を全て奪う。

 

「我々が勝ったら……君の眷属、ベル・クラネルをもらう」

 

やはりそれが狙いだったか。ベルの怒りを買うような酒場での発言と、眷属同伴で出席する『宴』。全てはこの瞬間(とき)のためか。

 

「──良くないなぁ、ヘスティア~?こんな可愛い子を独り占めするのは~」

 

「ひっ」と小さな悲鳴を上げたベルが、俺の後ろに隠れた。それだけ今の神アポロンの笑顔は悍ましいということだ。

……実に酷い。もしソラールさんがこれを見たら、卒倒しただろう。

 

「この変態めぇ……!!」

「変態とは心外だ、ヘスティア。天界では求婚し、愛を囁き合った仲だろう?」

「嘘を言うな嘘をおおおおおおっ!?2人共、勘違いするなよ!?あの頭の中が万年お花畑な神がしつこく言い寄ってきただけで、速攻でお断りしたからな!処女神たるボクが守備範囲の広すぎる変神(へんじん)の求婚なんぞ受け入れるものかぁ!!」

「わかってます。わかってますから」

 

顔を真っ赤にするヘスティア様をどうどうと宥める。

 

「それでヘスティア、答えは?」

「受ける義理はないな。誰が君のような変態の遊戯に付き合うか!」

 

ヘスティア様が落ち着いたところで、神アポロンは返答を求めてきた。当然つっぱねたが。

 

「後悔しないかい?」

「するものか!ベル君、グレイ君、ここを出るぞ!」




ネロ=イタリア語で黒
エキリシア=ギリシャ語で教会
つまりはそういうことです


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39話

あけましておめでとうございます。今年も本作を宜しくお願いします。






FGO福袋ガチャの結果
ブヒイイイイイ!
私以外のセイバー全員殺す!


翌朝。

 

グレイ・モナーク

Lv.1

力:H178

耐久:H170

器用:H155

敏捷:H171

魔力:H196

《魔法》

【魔術】【奇跡】【呪術】

《スキル》

呪いの証(ダークリング)】【ソウルの秘術】【残り火】

 

「(まぁ、そうなるよな)『発火』」

 

更新された内容を確認し、右手に『呪術の火』を灯して灰にする。

18階層から地上に帰還しての更新はベルの体調が回復した5日前、そして2度目は『神の宴』から帰ってきた今日。

 

「全く、アポロンめ。よくも抜け抜けと戦争遊戯(ウォーゲーム)なんかっ……」

 

一方でバイトの準備を進めるヘスティア様は、ぶつぶつと悪態をついている。昨夜から機嫌が悪い。

 

「ベル君、グレイ君、気をつけてくれよ。流石に昨日の今日で何かしてくるってことはないと思うけど、アポロン達がこじつけてちょっかいをかけてくるかもしれない」

 

迷宮探索をしていないにもかかわらず【ステイタス】を更新したのも、ベルを奪うために様々な画策をしていた【アポロン・ファミリア】を警戒してのことだ。

 

「何かあったら相手にしようと考えず、直ぐに逃げるんだ。移動するときも1人にならないように、人が大勢いるところを行くんだ」

「わかりました」

「ダンジョンへ潜る時も、暫く命君達と行動をともにした方が良いかもしれない。タケも事情をわかってくれている筈だから、パーティーの申請も受け入れてくれるだろう」

 

他派閥の闇討ちやダンジョン内での犯罪に巻き込まれないよう、ヘスティア様は更に助言を続ける。

 

「ベル君、グレイ君、出るのが一緒なんだ、どうせだから摩天楼施設(バベル)まで3人で行こうぜ?」

「はい、いいですよ」

 

隠し部屋である地下室を出て、階段を上っていく。

 

「……?」

 

礼拝堂であったかもしれない広い室内を歩いている途中、朧気だが、魔力のようなものを感じた。ベルも同じく感じ取ったのか、周囲をキョロキョロ見渡す。

地下室からヘスティア様が出てきたところで、

 

「……(ここで)。……(静かに)。……(待て)」

 

床のタイルを指差し、人差し指を唇にあてる。そして、最後に手のひらを上げる。

ベルとヘスティア様は察したのか、うんうんと頷いた。

『霧の指輪』と『静かに佇む竜印の指輪』を嵌め、姿を消す。

 

「「ッ!?」」

 

そして、ベルとヘスティア様がお互いの口を手で塞ぐ。

扉のない教会玄関口。そこまで来たところで、俺は『遠眼鏡』で周囲を見渡す。

 

「(……なるほど)」

 

俺は『遠眼鏡』をしまい。ベル達の近くで『霧の指輪』と『静かに佇む竜印の指輪』を外す。

 

「【アポロン・ファミリア】に囲まれています。おそらく、裏手にも何名か待ち伏せしているでしょう」

「っ!?」

「以前グレイ君が感じた視線は、やっぱり【アポロン・ファミリア】か。【ヘスティア・ファミリア(ボクら)】の本拠地(ホーム)を見つけるために……っ!」

 

ぎり、と歯軋りをするヘスティア様は拳を握りしめる。

 

「か、神様!どうしましょう!?」

「……グレイ君」

 

しばしの思案の後、ヘスティア様が顔を上げる。

 

「なんでしょう」

「2手に別れて行動して、やつらの戦力を分散させる。ボクはベル君と、ギルドに向かう。その間、グレイ君は囮役をしてほしい」

「っ!?」

 

ヘスティア様の告げた言葉に、ベルが息を呑む。

 

「……言いたくはないけど、ボクとベル君が一緒にいると、グレイ君の足を引っ張るかもしれない」

 

反論しようとしたベルに手をかざして制し、更に続ける。

 

「お願いだ」

「……わかりました」

 

【ファミリア】の規模、人員といった彼我の差を考慮してのヘスティア様の決断に、俺は同意する。ベルも自分の無力さに歯軋りしながら、頷いた。

 

「……行きます」

 

俺が教会玄関口から一歩出て朝日を浴びると、待ち伏せていた冒険者達が武器を構える。

小隊長と思しき襟巻きで口元を覆い隠すエルフ、彼が片手を上げた瞬間──俺は反転し、礼拝堂の奥に駆け込む。

俺が礼拝堂の奥に着くと同時に、大爆発は起こった。

 

 

 

 

魔法と爆薬の結わえられた矢が着弾し、破壊された教会。

それによって立ち込める砂煙を利用して敵を巻き、土地勘を頼りにギルドへ向かうベル。

 

「……神様っ!グレイさんは?」

「大丈夫だ!グレイ君があの程度の敵にやられるような男じゃないことは、君も知っているだろう?」

「そうですけど……」

 

ちら、と。崩れ落ちた教会と、グレイの逃げた方向に目を向ける。

自分の心配は、彼の無事ではなく、敵の生死(・・・・)だとは言えない。

念の為、神様は殺してはいけないと釘を刺していた。

しかし、死んだほうが良いほどに痛めつけられた【アポロン・ファミリア】の団員と、その中心に立つグレイの姿が脳裏を過って止まない。それは、リリと自分が初めて会ったあの日彼が放った凄まじい殺気を知っているからだ。

 

 

 

 

「ディオニュソス様。【ヘスティア・ファミリア】が【アポロン・ファミリア】に襲われているそうです」

 

【ディオニュソス・ファミリア】本拠地(ホーム)

街に出て情報を集めてきたフィルヴィスが、主神の部屋に駆け込む。

 

「ありがとう、フィルヴィス。そうか……やはり、アポロンは動き出したか」

 

報告を受けたディオニュソスは、窓の外から響く派手な音と、煙が立ち込める第七区画に目を向ける。

ディオニュソスとアポロンは天界では所謂ご近所さんであったため、彼のことは熟知していた。そのため、今回の抗争も別段驚きはしない。

 

「わかっているかもしれないが、介入は駄目だ。団長である君が出れば、こちらも巻き込まれるからね」

「……はい」

 

主神の命令に俯いて答えるフィルヴィスだが、彼女の手は小さく震えていた。

極彩色の魔石のモンスター、24階層での冒険者依頼(クエスト)、レフィーヤの並行詠唱の特訓と、グレイとはそれなりに交流がある。故に、彼の危機とあれば助太刀しようと思うわずにはいられなかった。

しかし、それを理由に介入することは立場上許されない。フィルヴィス自身、それを重々承知して今の立場にあるのだから。

 

「……フィルヴィス。私は賑やかなのは好きだが、騒がしいのは嫌いだ。特に、こういった関係のない者(第三者)が巻き添えを食う抗争の類はね」

「ッ!?」

 

ふとディオニュソスの口から漏れた言葉に驚愕し、フィルヴィスは思わず顔を上げる。

 

「すまない、今のは私の独り言だ。気にしないでくれ。ただ……」

 

ちらり、とディオニュソスの目がフィルヴィスを捉える。

 

「どう受け取るかは、君の自由だよ」

 

 

 

 

一方。ベル達とは逆方向に逃げていたグレイ。

 

「ふん!」

「がっ!?」

 

数えるのも嫌になる数の敵。そのうちの1人の攻撃を『パリングダガー』で受け流し、『ショーテル』で斬り伏せる。

屋根の上から弓やら魔法やらを放つ冒険者は真っ先に潰したから幾分か戦うのが楽とは言え、この数は流石に面倒くさい。

 

「(いっそのこと、【残り火】を使うか?……いや、それは余計に事態がややこしくなるから駄目だ。それに、血と脂で武器の斬れ味も落ちてきている。他の武器に変えねば)」

「もら、があっ!?」

 

背後から飛びかかってきた冒険者の攻撃を往なし、右手の武器を『トゲの直剣』に変えて腹部に突き刺す。

 

「ん?」

 

剣を引き抜き、冒険者を横にすると、エンブレムが見えた。だが、それは【アポロン・ファミリア】の太陽と弓矢ではなく、三日月と杯だった。他の【ファミリア】と手を組んでいるのか?

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】【ディオ・テュルソス】!」

 

不意に聞いたことのある詠唱が響いた。俺が咄嗟に屈むと頭上を雷が通り過ぎ、【アポロン・ファミリア】の冒険者を黒焦げにした。

 

「無事か?手を貸そう」

「ありがたい。流石にこの数は鬱陶しかったのでね」

 

魔法を放ったのは、【ディオニュソス・ファミリア】のフィルヴィス・シャリアだった。

 

「【白巫女(マイナデス)】!」

「我々に楯突くつもりか!フィルヴィス・シャリア!」

「当然だ。朝から抗争(馬鹿騒ぎ)を起こす馬鹿共を潰しに来たのだからな」

 

【アポロン・ファミリア】の冒険者達の声を罵倒で返し、睨み返した。

 

「そうだ。こいつのエンブレムは何処の【ファミリア】のものか教えてくれないか」

 

俺は足元に転がる冒険者の襟首を掴み、エンブレムが見えやすいように突き出す。

 

「それは【ソーマ・ファミリア】のエンブレムだ。大方、アポロン側が大金で雇ったのだろう。あそこの冒険者は金に汚いことで有名だからな」

「なるほど」

 

【ソーマ・ファミリア】の冒険者を投げ捨て、フィルヴィスと背中合わせになる形で冒険者達と相対する。

【ソーマ・ファミリア】ということは、リリのことが向こうにバレてしまったか。ベルが有名になってしまった影響か?

【アポロン・ファミリア】はベルが欲しい。【ソーマ・ファミリア】は死んだはずの団員(リリ)を【ヘスティア・ファミリア(おれたち)】から取り返したい。そういう意味では、お互いの利害(思惑)が一致したのだろう。

 

「一時だが、貴公に背中を任せよう。グレイ・モナーク」

「グレイで良いさ。フィルヴィス・シャリア」

「私もフィルヴィスで構わんよ、グレイ」

 

左手の武器を『トゲの盾』に変更しながら返すと、フィルヴィスの声音は若干嬉しそうだった気がした。

 

「怯むな!数はこちらが上だ!」

「囲んで叩き潰せぇ!」

 

冒険者達が襲いくると同時に、俺とフィルヴィスは静かに構え、迎撃した。

 

「旦那!旦那ぁ!」

 

そして敵の9割を無力化し、次が来ないか否か構えていた頃。ヴェルフが現れた。

 

「どうした?」

「ヘスティア様が、アポロンの戦争遊戯(ウォーゲーム)申し込みに合意した。ベルは鍛錬に向かった。……リリスケが【ソーマ・ファミリア】の連中に連れて行かれた」

 

息を整えたヴェルフは、俺がここで戦っている間に起きた事を報告した。

 

「ヘスティア様から伝言だ。リリスケは自分たちが救出する。旦那は戦争遊戯(ウォーゲーム)への備えを進めておいてくれ。だそうだ」

「……わかった。リリのことは頼んだ」

「おう、任せろ。それはそれとして……」

 

そう言ったヴェルフは、何故か俺の肩を叩き、耳打ちしてきた。

 

「なんで【白巫女(マイナデス)】が旦那に加勢してたんだ?」

「……俺も色々あるんだよ」

「……わかった」

 

 

 

 

崩壊した【ヘスティア・ファミリア】本拠地(ホーム)跡地。

 

「さて、と」

 

瓦礫の山をどかしてできる限り平坦にし、座り込んで目を閉じて瞑想する。

そして、時間とともに俺の意識が薄れていき……ふっと意識を失った瞬間。

 

「ギャオオオオオオオオン!!」

 

竜の咆哮が、木霊した。




リリの救出や戦争遊戯の規則・形式決めの会議はほぼ原作通りですのでカットします


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40話

今回は戦争遊戯開催までの間の話を少しするだけですので、短くなっています


【アポロン・ファミリア】による【ヘスティア・ファミリア】襲撃から3日後。この世界の何処か。

高い山の頂上のように、見渡す限り広がる雲海。長い年月を重ね、ところどころが風化していながら神聖さを損なわない、寧ろ神聖さが増している神殿のような建造物。……そして、その建造物の周囲を竜が飛び回り、内部は首から上が蛇の人間──蛇人が巡回していた。

そんな彼らは2人の客人……否、2匹の客猫の姿を捉えると、静かに一礼した。

尻尾をピンと立てながら歩く猫──アルヴィナとシャラゴアは、開けた場所に到着した。

そこには、名前の刻まれた石──墓石が置かれていた。ある者は、仲間とともに強大な敵に立ち向かい、打ち倒した。ある者は、己のため、誰かのために他者の命を奪った。そういう人間の名が、この墓石には刻まれていた。

 

「「…………」」

 

アルヴィナとシャラゴアは綺麗に並べられた墓石の名を1つ1つ見渡し、次にその場に座り、黙祷を捧げた。

そして、黙祷を捧げ終えると立ち上がり、()(臭い)を頼りに目的の人物を探し始めた。

 

「……ここね」

「邪魔するわよ」

 

異なる色の炎から放たれる殺人的な熱気と、火の爆ぜる音と鉄を打つ音の二重奏。壁には武器屋と見紛うほど立てかけられた武器の数々。その中心に目的の人物──グレイはいた。

 

「……よし、こんなもんかな。さて、次は、と……」

「グレイ。報告があるから、一旦作業を止めなさい」

 

焼き入れを終えた武器の出来映えを確認し、次の武器強化をしようとしたところで、アルヴィナの声が聞こえた。

 

「ああ、アルヴィナ、シャラゴア。都市(オラリオ)ではどんな動きがあった?」

「まず戦争遊戯(ウォーゲーム)の件だけど、4日後に行われることになったわ。会場までの移動時間を考えると、ここにいられるのもあと2日でしょうね。形式は攻城戦。【ヘスティア・ファミリア】は攻撃側よ」

「あー……それは実に面倒臭いな」

「安心なさい。ソーマ、タケミカヅチ、ヘファイストスから1人ずつ【ヘスティア・ファミリア】に移籍したし、酒場のエルフのお嬢さんも助っ人として参戦するわ」

 

アルヴィナから告げられた情報。おそらくリリ、命、ヴェルフ、そしてリューさんのことだろう。

 

「最後に、女神フレイヤとその眷属が何やらコソコソ動き回ってるわ。まあ、妨害行為の類ではないだろうから、気にする必要はないわね」

「わかった。ありがとう」

「はいはい。……念のために聞いておくけど、戦争遊戯(ウォーゲーム)で何をする予定だったの?」

 

部屋を出ようとしたアルヴィナとシャラゴアだが、不意にシャラゴアが振り向いて俺に訊ねた。

 

「そうだな、古竜の頂(ここ)の竜を呼んで雑兵共を消し飛ばして、変質強化した武器をベルに持たせてヒュアキントスをボコにしてやろうと思ってたが……」

「やめなさい。これはあくまで遊戯であって本物の戦争ではないの」

「話は最後まで聞いてくれ。そう言われるだろうから、違う役割を負うさ」

「違う役割?」

「ああ。久しぶりに、魔法オンリーでいってみようと思ってね。変質強化した武器は、今後のダンジョン攻略で使うことにするよ」

「魔法オンリー……戦争遊戯(ウォーゲーム)の模様は『神の鏡』で都市の住人も観ることになるから、エルフ達が騒ぐわよ?」

「構わんよ。それでファミリアの団員が増えてくれるならな」

 

踵を返し、激励代わりに尻尾を振るったアルヴィナとシャラゴアは、部屋から1歩出ると同時に、霧の如く霧散していた。

 

 

 

 

夕闇に満ち、空が蒼く移ろっていくオラリオ。

中心部にそびえ立つ白亜の巨塔は、魔石灯の光を灯し始める広大な街並みを今も見下ろしていた。

 

「失礼します。フレイヤ様、命じられていた物品(もの)が準備できました……フレイヤ様?」

 

摩天楼施設『バベル』最上階。

ノックの後にかけられたオッタルの声にフレイヤは反応を示さず、市壁の上で今なお続けられている熾烈な修行風景(たたかい)に魅入られていた。

金髪金眼の剣士と大双刃を振り回す女戦士、彼女達2人を同時に相手取る白髪の少年。3つの影、3つの『輝き』が入り乱れるその光景に、フレイヤは恍惚の息をつく。

 

「……本当に、アポロン派の行動に目を瞑ってよろしかったのですか?」

 

オッタルからもう1度投げかけられた声に対し、ふざけた真似をするようなら潰すつもりだったとフレイヤは答えた。

しかし、銀の瞳を細めた彼女は続けた。

 

「けど、彼等ならこの程度の障害を乗り越えると確信している。だから私は、代理戦争(これ)の行方を見守るわ。……貴女もそうでしょう?ネロ」

「……」

 

女神の微笑みを浮かべながら、フレイヤは部屋の隅に立つ少女に声をかける。

『黒』という意味の名を体現するように漆黒のドレスの上に、漆黒の篭手、具足、胸甲といった黒ずくめの出で立ち。腰に一振りの黒刀を帯びる少女は、沈黙をもって主神の問いに答えた。

 

「……」

「ふふっ」

 

相変わらず何を考えているか理解できない、無愛想な団員(こうはい)だと眉を軽く上げるオッタル。フレイヤは、そんなところが可愛いと言うように小さく笑った。




補足:下から灰の湖と飛竜の谷、護り竜の巣と祭祀場、古竜の頂の3段構造になったものが吹き溜まりの何処かに形成されています


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41話

さぁ、戦争の時間だ


『あー、あー!コホン。皆さん、おはようございます、こんにちは。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)実況を務めさせて頂きます、【ガネーシャ・ファミリア】所属、喋る火炎魔法こと【火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)】イブリ・アチャーでございます。以後お見知りおきを。解説は我らが主神、ガネーシャ様です!ガネーシャ様、それでは一言!』

『──俺が、ガネーシャだ!』

『はいっ、ありがとうございましたー!』

 

迎えた戦争遊戯(ウォーゲーム)当日。ギルド本部の前庭では仰々しい舞台(ステージ)が設置され、実況を名乗る冒険者の青年と、彼の主神の声が響く。

 

「もう終わりかー!?賭けを締め切るぞ!」

 

街の数多くの酒場では、商人と結託した冒険者主導の賭博が行われていた。

 

「ベル・クラネルとは別れを済ませてきたかい?」

「……」

 

バベル30階。開催を待ちわびていた神々の多くが、この部屋に赴いていた。代理戦争を行う両主神アポロンとヘスティアも、この場に待機していた。

正午を目前に控えたところで、オラリオ中に無数の円形の鏡──『神の力(アルカナム)』の一つ『神の鏡』が戦場である『シュリーム古城跡地』を映し出す。一気に盛り上がっていく都市全体に対して、実況による戦争遊戯(ウォーゲーム)の概要の説明が入る。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)──開幕です!』

 

そして、号令のもと、開始を告げる大楼の音と歓声が響いた。

 

 

 

 

同時刻、古城跡地。

開始を告げる銅鑼の音が、遠方の丘の上から響き渡った頃。

 

「まったくっ、何でオイラが見張りをしなきゃならないんだ……」

「それぐらいしか取り柄がないからだろ」

 

北方の城壁。ぶつぶつ文句を言う小人族(パルゥム)のルアンと、哨戒をしていた2名の弓使い(アーチャー)は平野を見渡す。

城壁は奥行きがあり、分厚い。生半可な魔法を何発叩き込まれようと、崩れることはない。それだけの破壊力を持つ魔法というものは、大抵詠唱が長い。遠距離からそれを放とうものなら、特注の弓と矢で狙撃すればいい。そう豪語する仲間にルアンが「けっ」とグレた、その時だ。

北側、城砦正面、荒野の中心を静かに歩いてくる……片や全身をマントで覆い、片や全身鎧(フルプレートアーマー)に青いサーコートを纏った人物。

 

「おい、誰か来てるぞ」

「詠唱とかもせず黙々と歩いてるな……陽動か?」

 

ルアン達が狼狽えるなか、城壁から約100Mまで接近を許した瞬間。

鎧の人物が、その装備を変えた。

鋼の鎧から一転して黒装束になり、フードを深々と被り、顔を隠す。右手に灰色の杖、左手に赤く揺らめく炎を握りしめ、腰に鈴を下げていた。

黒ずくめになった人物が体を捻り、拳を溜めると炎が収束した。

そして、覆面の人物も両手を振り上げ、隠れていた全身を晒す。

細い両手に握られていたのは、無骨で紅と紫の刀身を持つ2振りの長剣──否、『魔剣』。

 

「「「は?」」」

 

ルアン達が目を丸くした瞬間、長剣が同時に振り下ろされ、左手がこちらに向けられた。

城壁の上にいた者達の目の前で、凄まじい砲撃が炸裂した。

 

 

 

 

「何だ!?何が起きている!?」

「状況を報告しろぉ!?」

 

凄まじい震動に揺られ、爆音が鳴り響く場内は、怒号と悲鳴が飛び交っていた。無茶苦茶な連続砲火を行う相手に、誰もが当惑し判断に窮する。

 

「ヒュアキントスから命令だ!50人出撃して、相手を倒しに行け!」

「50ぅ!?」

 

城の奥から大急ぎで戻ってきたルアンの指示に、団員がオウム返しをする。城を守る味方の約半数をつぎ込むなど、正気の沙汰ではない。

 

「半端な数じゃあ近寄る前に吹き飛ばされちまう!?敵は10人もいないんだ、倒してさっさと戻ってくればいいだろ!」

 

的確な指摘に誰もが口を噤む。そうこうしている間も爆撃は続き、砦は揺れていた。

 

「止むをえん、出るぞ!」

 

50名の団員が掻き集められる。エルフの小隊長(リッソス)に率いられた彼等は城砦の東側に回っている敵に対し、東門を開門させて出撃した。

「固まるな!」というリッソスの声に従い、10組の隊に分かれ襲撃者に直進する。

 

「なっ!?」

 

門を出た先鋒の部隊が、青い光に飲み込まれ、吹き飛んだ。

まさか、と(エルフ)の血が騒いだ。

光の根本にいたのは、全身黒装束の人物。右手に灰色の杖、左手に炎を握りしめ、腰に竜を象った鈴。その出で立ちは、幼い頃から耳にした伝承の通りであった。

 

「『黒い』……『鳥』……!?」

 

伝説の存在を目の当たりにした喜び、伝説の存在と戦うという歓喜に打ち震え、足を止めてしまったのが命取りとなった。

次の瞬間、炎と紫電に飲まれた彼は意識を手放した。

 

 

 

 

『これはすごーい!?【ヘスティア・ファミリア】、まさかの短期決戦でしょうかー!?』

 

オラリオでは早くも驚愕と興奮が人々に伝播していた。

宙に浮かぶ『鏡』の中では北と東の城壁を粉砕され、砦の所々にも損害を受ける古城と、大勢の冒険者を砲撃で蹂躙する2人の人物が映っている。

 

『それにしてもガネーシャ様、あの凄まじい『魔剣』と『魔法』は一体何なんでしょう!?』

『うむ!──あれはガネーシャだ!』

『解説する気がないなら帰ってくれませんかねぇガネーシャ様ァ!』

 

ギルド前の実況と解説の熱気が絶好調に達し、拡声された声が都市中に響き渡る中。

 

「ちょっとエイナ!あの人って、エイナが担当している冒険者さんだよね!?ねえ!?」

 

『鏡』から目を離し、隣にいる同僚(エイナ)に声をかけるミィシャだが……

 

「……しゅごい……」

「エイナァー!?戻ってきてぇー!」

 

当の本人は、壊れたように同じ言葉を口にするだけだった。いつもの知性と理性に溢れる彼女に戻すため、ミィシャは手を振り上げた。

 

 

 

 

同時刻、【ロキ・ファミリア】本拠地(ホーム)

 

「アイズさんっ!見てください!あれです!あれが私達(エルフ)が嘗て研究していた古の魔法と、その使い手『黒い鳥』です!」

 

『鏡』をビシッと指差し、肩をむんずと掴み、興奮した様子でアイズに顔を近づけるレフィーヤ。そんな彼女に対し、アイズは……

 

「……う、うん……凄いね」

「でしょう!」

 

普段の様子とのギャップにたじろぎながら、何とか頷く。

その反応に満足したのか、顔を再び『鏡』に向け、今度は大きな黄色い声をあげる。

 

「ここまで嬉しそうなレフィーヤを見るのは初めてかな」

「実際嬉しいんじゃろう。自分たちの伝説の存在が、目の前でこうして戦っておるのだからな?リヴェリア」

「ああ」

 

レフィーヤの興奮ぶりを見ながら、フィン、ガレス、リヴェリアの3人は落ち着いた様子で『鏡』に目を向ける。そこでは、蒼い光が、黄金の雷が、燃え盛る炎が敵を蹂躙していた。

 

「しかし凄まじいのう。蒼い光に雷、火炎をほぼ詠唱なしで放ってあの威力か」

「リヴェリア。もしもの話だけど……エルフの里がラキアの戦火に巻き込まれず研究が続けば、今頃どうなっていた?」

「そうだな……神の恩恵(ファルナ)による後押しも加味すれば、研究が完成する一歩手前までいっていたかもしれないな。あるいは、初歩的な魔法の幾つかが現代に蘇り、世界中に広まっていただろう」

「そう、だからこそ君達の研究が失われたことはとても惜しい一方で、とても嬉しいんだ」

 

かの魔法の長所は、必要な【ステイタス】さえ満たしていれば誰でも扱える。そう、誰でも(・・・・)だ。これをもし、『闇派閥(イヴィルス)』のような邪悪な者が身につけたらどうなるか。

フィンの言葉の意味は、オラリオ暗黒期を知る者だけが理解できた。

 

 

 

 

「グレイさん。先程『魔剣』にヒビの入る音がしました」

「了解。『修理』」

 

シュリーム古城跡地を臨む平野。

俺とリューさんは、ひたすら砲撃を繰り返していた。

城壁は尽く粉砕され、砦も所々が消し飛び、城砦はボロボロになっていた。

そんな城砦の中庭に、深紫のドームが展開された。

 

「命さんの『魔法』が発動しましたか。これで残るは、敵大将(ヒュアキントス)と護衛だけでしょう」

「そうだな」

 

俺は装備をいつもの鎧に変え、『重厚な聖堂騎士の大剣』と『聖堂騎士の大盾』を装備する。

リューさんと背中合わせで相手が復活しないか警戒しつつ、城砦に近づいていく。

そして城壁内部に足を踏み入れた瞬間、炎雷が空へと昇った。

 

「行きましょう、グレイさん」

「ああ。ベルの戦いを見届けないとな」

 

崩れた塔の瓦礫の上で、ベルとヒュアキントスの得物がぶつかり、火花があがる。

 

「──誰だっ、お前はっ!?」

 

別人のような動きで攻めてくるベルに、ヒュアキントスが吠える。

 

「私は、Lv.3だぞ!?」

 

次の瞬間、ベルの短剣──ヴェルフ入魂の一振り、《牛若丸弐式》が駆け抜け、ヒュアキントスの波状剣(フランベルジェ)を両断した。

ほぅ、Lv.3か。残念だが、ベルの憧憬(あこがれ)は、お前なぞ足元にも及ばないところにいる。そのために、ベルは自分を苛め抜いているんだよ。

 

「うおおおおおおッ!?」

「っ!?」

 

ヒュアキントスは咆哮とともに足元へ短剣を振り下ろし、土煙を巻き起こす。ベルが素早く飛び退く中、ヒュアキントスも全力で後方へ下がった。

 

「──【我が名は愛、光の寵児。我が太陽に、この身を捧ぐ】!」

 

ベルとの距離を大きく離しながら、詠唱を開始した。

 

「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ】!」

 

させないとばかりにベルは《牛若丸》を鞘に戻し、左手を突き出した。

 

「【放つ火輪の一投──】!」

「【ファイアボルト】!」

 

速射性に秀でた速攻魔法がヒュアキントスに炸裂する。

しかし、ヒュアキントスはこれを耐え抜き、『魔法』制御の手綱を離さなかった。

 

「【──(きた)れ、西方の風】!」

 

瞠目し、直ぐに眦を吊り上げるベル。

速攻魔法の真骨頂で押し切ろうとする、が。

 

「やぁー!?」

 

瓦礫から飛び出してきた長髪の少女の体当たりを受け、射撃が阻害された。

 

「ベル様!」

 

今度は小柄な人影──リリが少女の体をはね飛ばし、そのままごろごろと地面にもつれあう。

 

「【アロ・ゼフュロス】!!」

「【ファイアボルト】!!」

 

そして、太陽の如く輝く大円盤がヒュアキントスの右手より放たれ、1歩遅れてベルの速攻魔法も放たれる。

2人の魔法が互いにぶつかりあい、円盤が炎雷を蹴散らした。速攻魔法の欠点である単発の威力の低さは、覆すことができなかった。

ベルはぎりぎりのところで円盤を回避するが、意思を持っているように円盤は大きな弧を描き、ベルのもとに進路を転ずる。

 

「【赤華(ルベレ)】!!」

 

ベルが再び躱そうとした瞬間、ヒュアキントスの呪文に呼応し、円盤が大爆発を起こした。

 

「ベル様!?」

 

爆煙を身に纏いながら瓦礫の上を何度も跳ね、血の粒を散らしながら転がっていく。

ベルは何とか勢いを止めて立ち上がるが、鎧を失った右肩がぴくりとも動かなかった。さっきの爆発で脱臼したようだ。

 

「もらったぞ!!」

 

鞘に収めていた短剣を再装備し、ヒュアキントスが突撃する。

そして剣尖が繰り出された瞬間、ベルは背中から地面に倒れ込んだ。

更に、その反動で両足を振り上げて短剣を弾き飛ばす。

ヒュアキントスが呆然とする中、ベルは後転の勢いに逆らわず立ち上がり、踵を地面に埋め──疾駆した。

 

「──ふッッ!!」

 

左手を握りしめ、突貫。

 

「うあああああああッッ!!」

「があっ!?」

 

突きの体勢により前のめりになったヒュアキントスの頬に、ベルの拳が振り抜かれた。

弾けるような拳打音とともに青年の体は地面を大きく跳ね、マントを巻き込みながら転がって行く。

30Mもの距離を行ったところで、ヒュアキントスは大の字になり、大空と太陽を仰いだ。

頬に殴打の跡を残し、白目を剝く体が、立ち上がることはなかった。

 

 

 

 

『戦闘終了~~~~~っ!?まさに、まさに大番狂わせ(ジャイアント・キリング)!!戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝者は、【ヘスティア・ファミリア】―――――!!』

 

 

 

 

「じゃーん!どーだ、これが今日からボク達の本拠地(ホーム)だ!」

『おお~~~っ』

 

ヘスティア様が示す屋敷を見て、俺達は感嘆する。

見上げるほどの、3階建ての大きな邸宅。ヘスティア様曰く、中庭と回廊までも備えているらしい。敷地は背の高い鉄柵に囲まれており、花や庭木が植えられた広い前庭も備わっている。

戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝者の権利として、俺達は【アポロン・ファミリア】の本拠地(ホーム)と多額の賠償金を手に入れた。賠償金(これ)を使って屋敷全体の改装をするらしい。

早速命とヴェルフが興奮気味に懇願するが、ヘスティア様は手のひらを向けて「まあ待て待て」と鷹揚に頷いた。

 

「ようやく胸を張って【ファミリア】を名乗れるようになったんだ、先にエンブレムを決めようじゃないか」

 

ヘスティア様は画材と画板を取り出して絵を描き始める。

 

「じゃん!これが【ファミリア】のエンブレムだ!」

 

羊皮紙に描かれていたのは、重なり合う炎と鐘。それを囲むように、円が描かれていた。

炎は炉の女神であるヘスティア様、鐘はベルのことをそれぞれ表しているのだろう。じゃあ、この円は……?

 

「ヘスティア様、この円は一体……?」

「これかい?これは円盾(ラウンドシールド)。つまりグレイ君のことだよ」

 

え?俺?

 

「確かに、グレイさんってダンジョンに潜る時は必ず盾を持ってきますね」

「グレイ様と言ったら『鎧と盾』というイメージが強いですね」

「だな」

「言われてみれば」

 

ベルとリリの言葉に、ヴェルフと命が賛同する。

 

「ヘスティア様、これは……」

 

俺が羊皮紙から目を移すと、ヘスティア様は嬉しそうに微笑む。

 

「さぁ、皆。今日が本当の意味で、ボク達の【ファミリア】の門出だ」




グレイが序盤で使用した呪術について補足
・混沌の濁流:呪術版ソウルの奔流。イメージはデーモンの王子(うろ底)の熱線


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42話

原作7巻、始まります。


「……クソッタレめ」

 

都市の第四区画、その中で最も高い場所にある薄暗い部屋から彼女は巨塔の最上階を、そしてそこにいるだろう女神(おんな)を睨め付ける。

 

「なぜお前がそこにいる?どうして私ではなく、お前がそこで王を気取っている?」

 

ふざけるな。

私を差し置いて美しいなどと、下界の者(こどもたち)の目も、神々の目も節穴か。

呪詛めいた思いを抱く彼女──女神イシュタルの美貌が、怒りで歪む。

 

「つけ上がるなよ、フレイヤ……」

 

腹立たしいことに、相手は女神としての名声も、派閥(ファミリア)の力もイシュタルより上だった。後者に関しては、追随を許さぬほどのものだ。

摩天楼施設(バベル)を睨み続けていたイシュタルはそこで、表情を一転して黒い笑みに変え、大窓から夜空に浮かぶ月を見る。

 

「あと7日だ。あと7日で、お前をそこから引きずり下ろし、私が頂点に立つ。……そして、あの人の愛を私のものにする」

 

イシュタルは禍々しく唇を吊り上げると、腰掛けていた長椅子(ソファー)から立ち上がった。

 

 

 

 

「……やっぱり、6人で住むには広すぎるな。こりゃ」

 

【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)となった屋敷の裏庭に向かう途中で、内部の見回りもしながら率直な感想を述べる。

 

「まあ、今はこの屋敷での生活に慣れるのが優先だな」

 

そして裏庭に到着すると、そこには2軒の石造りの小屋──『工房』があった。

武器の強化などをするたびに『古竜の頂』に行って戻ってくるのは、正直面倒だ。それに、行ってる間になにかあったら困るからな。

工房の中には積み上げられた薪に樽、鉄製の棚に、地下室。細く長く伸びる煙突と特製の大型炉。小屋全体の強度は問題なし。

 

「しっかし、旦那も工房が欲しいって言うとはな」

「本職のヴェルフほどじゃないが、鍛冶の腕前にはそれなりの自信があるぞ」

 

工房に私物の配置を終えたらしいヴェルフが、入り口から声をかけてきた。

 

「それなり、ねぇ……」

「なんだその目は」

「いやな?この間冒険者依頼(クエスト)で13階層に行った時に旦那が使ってた武器、控えめに言って凄かったぞ。あれ、旦那の自作か?」

「自作とまではいかないが、俺なりに手を加えたな」

「ふーん。具体的に何をしたかは……」

「教えない」

「わかってるって。けど、いつかものにしてやるから覚悟しとけよ」

「いいだろう。やれるものなら、な」

 

不敵に笑うヴェルフの宣戦布告を、俺は正面から受け止める。

 

「へっ。……じゃ、そろそろ前庭に行こうぜ。募集した入団希望者が集まってる頃だろ」

「そうだな」

 

小屋から出て屋敷の前庭に向かうと、大勢の亜人(デミヒューマン)が所狭しと集まっていた。50を超えるだろう人数が、本拠地(ホーム)に来ていた。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝利したことで一躍有名になりましたからね。特に、オラリオに来たばかりの新人冒険者の目には魅力的に映ったのでしょう。今、一番勢いがある派閥(ファミリア)だと。それに──」

 

ヘスティア様とは反対側にいたリリの視線が、俺に移る。

 

「エルフの方々は、グレイ様目当てのようですし」

「そのようだな」

 

入団希望者のエルフが俺のことを見ては「『黒い鳥』だ」と口にしながら熱い視線を送ってきてる。

 

「つ、ついに、零細【ファミリア】脱出……!!神様っ、グレイさんっ、やりましたね!?」

「ああ!【ファミリア】発足してから苦節3ヶ月ッ……短いようで長かった!!」

 

「3ヶ月は短いを通り越しておかしいだろ」という野暮なツッコミはやめておこう。喜ぶ2人に水を差すような発言はかけられない。リリも同じ考えなのか、苦笑していた。

 

「しっかし、随分集まったな。まあ、『人が多い=良いこと』ばかりじゃないぞ。逆にしがらみなんかも増える。組織としてもな」

 

多くの団員を抱える上位派閥(ヘファイストス・ファミリア)に所属し、様々なことを経験してきたヴェルフの言葉には、説得力がこもっていた。

 

「安心してくれ、ヴェルフ君。これからボクが1人1人面接して、その子の適性とかを見るさ」

 

ヘスティア様の言う通り、この人数を一気に入団させるとは限らない。それぞれの【ファミリア】は神の好みや司る事象によって、独自の規律や特色がある。人に乱暴するならず者や脛に傷を持つ犯罪者を入団させるのは【ファミリア】の沽券に関わる。

 

「……それに、サポーター君のような子は厳重に取り締まらないといけない。これ以上ベル君に色目を使う泥棒猫(やから)を増やすわけには……」

 

そういうとこですよ、ヘスティア様。あなたのそれが団員の増えない原因の1つだったんですからね。

 

「それじゃあ、そろそろ面接を開始するかな!皆、似顔絵付きの履歴書を持って並んでね!」

 

ヘスティア様が面接開始の刻限を告げ、希望者達が荷物から羊皮紙を取り出した。

 

「ヘ、ヘスティア様ぁー!?」

 

と、そこに命の叫び声が響いた。

玄関扉を開け放つと、大慌てで走ってきた。

 

「どうしたんだい、命君?」

「に、に、荷物の中からっ……!!」

 

血相を変えながら飛び出してきた命は、冷静さを失った表情で、俺達と入団希望者の前に、右手で持っていた用紙を突き出した。

 

「借金2()億ヴァリス(・・・・・)の契約書がぁーーーーーー!?」

 

瞬間、時が止まった。

 

「ぶぅっ!?」

 

眼前に突きつけられた高級紙にヘスティア様が噴き出す。

「は?」とリリは固まり、「に、おく?」とヴェルフは立ち尽くし、大勢の入団希望者は例外なく目を点にし、ベルは凍結した。

一、十、百、千……2億ヴァリス。

0の数を数え終えると、俺は発狂した。

 

「……」

 

無言で駆け出し、バベルに向かった。

俺は発狂した。

ダンジョン第1階層。そこに足を踏み入れると同時に、兜以外全て脱ぎ捨てた。

俺は発狂した。

 

「■■■■■■―ッ!!」

 

雄叫びをあげながら、モンスターの群れに素手で殴りかかった。

 

 

 

 

「どういうことですか」

 

本拠地(ホーム)1階の奥にある広い居室(リビング)。まだ荷物を出し切れていない木箱が乱雑に置かれている広間には、俺とヘスティア様を中心にリリ達が座り込んでいる。

ヘスティア曰く、あの契約書はヘスティア様個神(こじん)のもので、ベルのナイフを作ってもらう代償に途方もない借金(ローン)を組まされたらしい。そして、借金は【ヘファイストス・ファミリア】でのアルバイトの対価で支払っているそうだ。

 

「では……グレイ様、昼間の奇行の説明をしてください」

 

ギロリとリリに睨まれ、体が震えた。

ヘスティア様の借金もだが、あの後の俺の奇行はダンジョンに潜っていた他の冒険者の目に止まったそうだ。それを聞いた神々の手で噂は広まり、『【ヘスティア・ファミリア】には全裸でダンジョンに潜る変態がいる』と認知されてしまった。そのせいで入団するかもしれなかったエルフの冒険者は他の【ファミリア】の本拠地(ホーム)に行ってしまったらしい。

 

「借金のあまりの金額に発狂してしまい、その……いっその事全裸でダンジョンに飛び込んでしまおうかと。今こうして冷静に考えると、お前は何をやっているんだと自分をぶん殴ってやりたい」

「……普段のグレイ様の様子を知っているだけにリリ達も驚きを禁じえません。それでよく今まで正気を保っていられましたね」

「本当に申し訳ない。あそこで俺が冷静にしていれば、こうはならなかった。約束しよう、今後は何が起きようと、冷静に正気を保つと」

 

謝罪の言葉を述べ、深々と頭を下げる。

 

「お金も、ボクが何年かかっても必ず返す。だからベル君達は……こんなボクが倒れないよう支えてほしい」

 

ヘスティア様も、俺に続いて頭を下げる。

 

「わかりました」

「……2人ともこう言ってるんだ。赦さないわけにはいかねえな」

「そうですね」

「もうっ。絶対ですよ?絶対に、今後こういったことはないようにしてくださいねっ」

 

ベルの言葉を皮切りに、皆が立ち上がりながらそう言った。どうやら許してもらえたようだ。

その後はリリ主導で情報を共有し合い、今後の方針を決めた。

 

 

 

 

「……以上が、都市で流れている噂でございます」

「そう……」

 

バベル最上階。

オッタルの報告を受け、フレイヤは【ヘスティア・ファミリア】本拠地(ホーム)のある方角に目を向ける。

2億の借金と、全裸でダンジョンに潜る変態を抱える爆弾【ファミリア】。その汚名を返上するために奮闘する主神(ヘスティア)と眷属達の姿を想像した。

そして、顔を上げると窓枠のあたりをじっと見て鼻にそっと手を当てる。

 

「……オッタル」

「はっ」

「雑巾と水の入ったバケツを持ってきてちょうだい。その後でちり紙と屑籠もお願い」

「かしこまりました」

 

一礼し、オッタルは部屋を出る。

足元のシミは葡萄酒(ワイン)を溢したから。鼻を押さえているのはくしゃみをこらえているから。だから、あれは断じて鼻血などではない。己にそう言い聞かせながら、オッタルはバケツと雑巾を取りに向かった。




今まで書いてて思ったのです、グレイには不死人特有の紳士(変態)みというものが足りないと。
なので、脱がせました☆
グレイの【ステイタス】ですが、グレイの奇行を目撃した冒険者は、あまりの非現実性から【ステイタス】が忘却の彼方に吹き飛んで誰も覚えていないので、安心ですね。


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43話

「きょ、今日は早めに就寝させてもらいまーす」

『お休みなさい』

 

夕食を終えた後で、今朝から挙動不審気味だった命が居室(リビング)を後にする。

 

「……後はお願いします」

「ああ。気をつけて」

 

次に、ベルとリリ、ヴェルフが居室(リビング)を出る。俺は館に残り、後片付けを済ませる。

食器を片付け終え、テーブルを拭くと、暇つぶしに本を数冊持ってくる。

 

「……これだよな。ヘスティア様が読んでおけと言っていた最古の物語(オールドテイル)の1つ、火の物語(テイルズオブフレイム)は」

 

今朝、バイトに向かおうとしていたヘスティア様に捕まり、読んでおけと命じられた本を手に取る。黒い表紙には、白で炎の輪のようなものが描かれており、輪の中にタイトルが書かれていた。

 

「さて、と……」

 

ページを捲り、本を読み進めていく。

竜に挑み、打ち倒した2人の王と魔女の話。

己の命を犠牲にしながら、怪物から姫を救った騎士の話。

神々に挑むという使命を成し遂げ、世界を救った英雄の話。

他にも短い話はあったが、メインはこの3つであった。

 

「そう言えば、この本の著者は誰なんだ?……ああ、お前達だったのか」

 

本を読み終え、後付けに目を向けると、懐かしい人達の名が書かれていた。

 

「ただいまー」

 

裏表紙を閉じたところで、ヘスティア様がバイトから帰ってきた。

 

「おかえりなさい」

「あれ?グレイ君しかいない……ベル君達はお風呂かい?それとももう寝ちゃった?」

「ちょっと待っててください。夜食を作りがてら話しますから」

 

台所に向かい、夜食を作りながらベル達のことを話す。

 

「……というわけなんです。どうぞ」

「ふ~ん、わかった。詳しいことは命君達が帰ってきてから聞くよ。いただきます」

 

ヘスティア様は手を合わせ、夜食を口に運んでいく。俺はヘスティア様と向かい合うように座り、火の物語(テイルズオブフレイム)を読む。

 

「……ごちそうさま~」

「はい。食器は洗っておきますね」

「うん」

 

食器を洗って拭き、棚に戻す。

 

「グレイ君、これを読んだね?」

「ええ」

「じゃあ、君の感想が聞きたいな。大なり小なりこの物語に関わっていた、当事者の感想を」

「概ね満足ですが、そうですね……強いて言えば、この『騎士』の強さはもっと誇張表現すべきだと思いました」

「へぇ、そんなに強かったんだ。この『騎士』君は」

「そりゃあもう。満身創痍で理性と片腕、大盾を失ってなお凄まじい強さでしたし、死ぬ時は仁王立ちでしたから」

「うわぁ……むしろよく倒せたね、グレイ君」

 

正直、あの時の俺は運が味方しなければ負けていただろう。

運よく相手が大盾と片腕、理性を失って満身創痍でなければ、瀕死の状態に追い込まれたことで『赤い涙石の指輪』の効果が発動して俺の攻撃力が上がっていなければ、俺は手も足も出ないまま瞬殺されただろう。

 

「それにしても、ベル君達遅いね。何処で何をしてるんだろ」

「言われてみればそうですね」

 

時計を確認し、ベル達の心配をしていると、扉が勢いよく開く音とともにヴェルフ達が転がり込んできた。

 

「サポーター君!ヴェルフ君!命君!何があったんだい!?ベル君は!?」

「実は……」

 

息を整えたリリは、命が挙動不審だった理由や、ベルがいない理由を話した。

都市の南東区画こと夜の街──いわゆる歓楽街に、同郷の人物と似た人を目撃したという情報を得た千草が命にそれを話し、真偽を確かめに向かったらしい。しかし、ベルがはぐれたことに気づいて探していたが、アマゾネス達が『兎』を追い回すという騒動が発生。アマゾネス達が撤収した頃を見計らい、相手に目をつけられる前に急いで引き上げて今に至ったそうだ。

 

「命、非常に言いづらいんだが……そういうことはまずギルドで聞くべきじゃなかったのか?」

「……」

 

焦りからそこまで考えが至っていなかったのだろう、命は床に手をつき、がっくりと項垂れる。

 

「皆様、申し訳ありません。自分のせいで、ベル殿がっ……!」

「いや、大丈夫だろう。持ち前の足の速さで逃げ延びるなり物陰に身を潜めるなりしていれば、ベルは無事だろうさ」

 

あとは、『幸運(アビリティ)』が何処まで後押ししてくれるかだな。

アマゾネスの恐ろしさを俺は身を以て知っている。

昔、モンスターの群れを殲滅したところを偶然通りがかったアマゾネスの集団に見つかり、命がけの逃走も虚しく数の暴力で取り囲まれ、そのままお持ち帰りされたことがある。そして食われそうになったところで『貴女方の中で1番強いのは誰ですか?どうせ食われるのなら、1番強い女性をご所望したい』と言ったら自分が1番だと争い始めたので、こっそり逃げることができた。

 

「グレイ君!?顔が真っ青で全身が震えているよ!?」

「なんでもありません。アマゾネスの集団に追いかけられたことを思い出して震えているだけですから、ご安心ください」

「安心できる要素が見当たりません!!」

「そういえば命、その知り合いの名前と種族は?」

「春姫という、狐人(ルナール)でございます」

「わかった。明日聞いてこよう」

 

 

 

 

翌朝、ギルドの面談用ボックス。

 

「【イシュタル・ファミリア】。歓楽街を勢力圏に置く探索(ダンジョン)系の派閥としても一級品の実力派【ファミリア】か……」

 

エイナさんから受け取った大型の資料の頁をめくっていく。

構成員の多くはアマゾネスで、男女比は1対9。都市南東部に位置する第3区画で娼館街を営み、日毎夜毎叩き出される利益は歓楽街全体収入の4割以上を占める。中でも戦闘員のアマゾネスは戦闘娼婦(バーベラ)と呼ばれるほどの冒険者集団で、多くがLv.3以上。とりわけ団長の【男殺し(アンドロクトノス)】フリュネ・ジャミールはLv.5の第1級冒険者。他には【麗傑(アンティアネイラ)】アイシャ・ベルカはLv.3の冒険者の中では最上位の1人で、Lv.4間近と噂されている。

そして、件の春姫という狐人(ルナール)は……

 

「……団員の名簿(リスト)に載ってないですね。多分、非戦闘員かもしれません」

 

【ファミリア】の名簿(リスト)を確認しながら、エイナさんが逐一確認しながら告げる。

 

「それはそうとエイナさん……なんでそんなに俺と距離を取るんですか?」

 

部屋の隅に椅子を寄せて座るエイナさんに声をかけると、ジロリと睨まれた。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)の後始末を終えたところで上層部(うえ)に呼ばれて長時間尋問され、解放されて普段の仕事に戻ろうとしたら神々やエルフの冒険者さんに『黒い鳥の本拠地(ホーム)は何処だ』と迫られ、落ち着いたと思ったら今度は全裸でダンジョンに潜る変態という騒ぎを起こしたご本人が、一体どの面下げて私に会いに来たんですか?」

「心の底からごめんなさい」

 

椅子から降り、深々と土下座をすることで誠意を見せる。これで駄目だったら今度食事を奢るなりしよう。

 

「……顔を上げてください。グレイさんが全裸でダンジョンに潜ってしまったのは神ヘスティアの借金のせいらしいのは知ってますから。但し!次はありませんからね!わかりましたか?」

「イエス、マム」

 

エイナさんの言葉に俺は素早く立ち上がり、敬礼ポーズをとる。

彼女も溜まっていたストレスを発散できたのか、大きく息を吐いた。

 

「グレイさん、実は、【イシュタル・ファミリア】に関する妙な話があるんです」

 

部屋の隅から椅子を持ってきたエイナさんの許可を得て座ると、彼女はある話を切り出してきた。

5年前、【イシュタル・ファミリア】と敵対していた複数の派閥がギルドに報告されている公式のLv.より、遥かに団員達の力が上回っていると糾弾したらしい。ギルドはこれに応じて調査を入れ、神イシュタルも主だった戦闘娼婦(バーベラ)の【ステイタス】を全て見せて、ギルドだけに戦力の実態を開示。

結果は白。不正どころか、ギルドに報告されていたものと一切違いはなかった。神イシュタルは訴えた派閥とギルドに訴え返し、罰則(ペナルティ)と罰金を要求。

そして、罰則(ペナルティ)で弱っていた派閥を【イシュタル・ファミリア】は全て壊滅させ、女神達も天界に送還されたそうだ。

 

「実に妙だな」

「はい。あまりに鮮やかな展開と予定調和ぶりから、神イシュタルの手の平で踊らされたような気がするんです」

 

派閥の強さ、薄気味悪さを訴えるエイナさんは、【イシュタル・ファミリア】と関わらないほうが良いと釘を刺してきた。




エイナさんとグレイのシーンは飛び蹴り→マウントとってオラオラにしようと思ったのですが、仮にも公務員的な役職にあるエイナさんがそれをするのは駄目だと思い、変更しました。


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44話

「ごちそうさまでした……」

 

翌朝。命は元気のない声で、食事を終えた。

碌に食べ物が喉を通らない、そんな表情で自分の皿を片付け始める足取りも不安定だ。

 

「なぁ、命君、何かあったのかい?」

「昨夜、遅くまで出かけていたようですけど……」

 

顔を寄せてくるヘスティア様に、リリは見聞きしたものを言うに留める。あの様子だと、歓楽街に行き、何かあったのだろう。

命が皿を洗い終えて食堂を出ていくと、ベルとヴェルフが視線を交わして頷き合い、朝食をかき込んで立ち上がった。ヴェルフはベルの分の皿を持ち、ベルは命の後を追った。

 

「ヘスティア様。実は昨日、【イシュタル・ファミリア】についてギルドで聞いてきたんですが、妙な話を耳にしたんです」

「妙な話?」

「ええ。実は……」

 

昨日エイナさんから聞いた、5年前に起きた事をヘスティア様に話す。

 

「……確かに、そのアドバイザー君の言う通り、【イシュタル・ファミリア】に関わるのは止めたほうがいいね」

「リリも賛成です。【イシュタル・ファミリア(あちら)】と【ヘスティア・ファミリア(こちら)】では派閥(ファミリア)の規模や団員の量と質が違いすぎます」

「ですが、俺達が関わるのを止めてもあちらから仕掛けてこないとは言えませんからね。実際、ベルは向こうの『戦闘娼婦(バーベラ)』に目をつけられたわけですし」

「そうなんだよなー……」

 

ヘスティア様は腕を組み、天井を見上げて大きく息を吐く。

俺とリリも【イシュタル・ファミリア】対策について考えていると、不意に、馬車の音が聞こえた。

 

「誰ですかね?」

 

俺が席を立ち、ホームの正門に向かうと、そこには箱馬車と1人の男性があった。

 

「どちら様でしょうか?」

「はじめまして。私、【アルベラ商会】のアディ・グッドラックと申します。神ヘスティアか、団長のベル・クラネル様はいらっしゃいますか?」

「ちょっと待ってください。今呼んできます」

 

俺は居室(リビング)に戻り、ヘスティア様に商会から人が来たことを伝え、正門に戻る。

 

「はじめまして。それで?商会が【ヘスティア・ファミリア(ボクら)】に何の用だい?」

「ええ。つきましては、あなた方に冒険者依頼(クエスト)を発注しようと。こちら、内容と報酬でございます」

 

アディ・グッドラックはヘスティア様に一礼すると、羊皮紙の巻物を差し出してきた。俺はヘスティア様の後ろから羊皮紙に書かれている内容を確認する。

14階層の食料庫(パントリー)石英(クォーツ)の採掘。報酬は……100万ヴァリス!?

遅れてきたヴェルフとリリも覗き込み、同じく驚愕する。

 

「噂によれば、あなた方は多額の負債を背負っておられるとか。それに、今後のダンジョン探索の際には、我々から道具(アイテム)などの探索費用の出資も約束いたします。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが……いかがでしょうか?」

「……少し相談してから決めるよ」

「かしこまりました。良いお返事を、期待しております」

 

男は再び一礼し、箱馬車に乗って去っていった。そして、それと入れ替わるように命とベルが戻ってきた。

 

「グレイさん、神様、リリ、ヴェルフ、今の馬車は?」

「商会からの冒険者依頼(クエスト)だよ」

「商会から、ですか?」

 

居室(リビング)に戻る道中、ベルと命に依頼書に書かれた冒険者依頼(クエスト)の内容と、報酬の話について話した。

 

「どうしますか、ヘスティア様?」

「んー、あまり商人や商会とは繋がりを持ちたくないなぁ」

 

利益絡みの煩雑な手続きと対応、或いは利害関係を良しとしないのか、ヘスティア様は乗り気ではないようだ。

 

「先方には悪いけど、やっぱりこの依頼は断っ──」

「「やりましょう!?」」

「どわぁ!?」

 

ヘスティア様の言葉をベルと命が同時に懇願して遮る。ヘスティア様も思わず大きく仰け反った。

 

「借りを作るというわけではありませんが、貰えるものは病以外何でも貰っておくというか、いえ浅ましいことは重々承知なのですがとにかく自分達には一刻も早くお金が必要ですッ!!」

「僕もそう思います!!」

 

ベルと命が並んで畳み掛け、身振り手振りを交えてヘスティア様に言い募る。

 

「朝の様子が嘘みたいに活き活きとしているけど、何かあったのかい?」

「はい。実は……」

 

全員が席についたところで、ベルが『身請け』という制度について話し始めた。

 

「……というわけなんです」

「わかった。やっぱり断ろう」

「お待ち下さいヘスティア様!その娼婦というのは、自分の同郷の知り合いのお方なのです!!」

 

ベルの話を聞いてヘスティア様が断ると言ったところで、命が『身請け』する相手について話した。それを聞いたヘスティア様は渋々冒険者依頼(クエスト)を受けることにした。

まあ、穏便に済ませる手段があるなら、そうしたほうが良いだろうな。

 

「自分はタケミカヅチ様のところに行ってまいります!」

 

命は席を立つと、【タケミカヅチ・ファミリア】の本拠地(ホーム)に向かってすっ飛んでいった。

 

「そうだ。神様、『殺生石』って知ってますか?」

「『殺生石』?うーん、聞いたことがないなぁ」

「ヴェルフは?」

「まったく」

「リリも知りません」

「グレイさんは?」

「知っているよ」

「本当ですか!?それで、『殺生石』ってどんな物なんですか?」

 

ずいっ、と顔を寄せてきたベルを始め、ヘスティア様、リリ、ヴェルフの視線が俺に集まる。

 

「確か、魔道具(マジックアイテム)の類だと聞いたことがある。だが、具体的な効果とかは知らない」

「そうですか……」

 

 

 

 

そして2日後、俺達は冒険者依頼(クエスト)のために、ダンジョン14階層の食料庫(パントリー)に向かっていた。

 

「モンスターの叫び声に、足音……」

「ああ、はいはい。いつものやつな」

 

聞こえた異変の音響に命が呟き、ヴェルフはうんざりしたような声を出す。

現在地は一本道だ。おそらく、奥にある食料庫(パントリー)から来たのだろう。

 

「別れ道まで引き返そう!」

 

ベルの指示に俺達はパーティーの向きを回頭させ、もと来た道を逆走する。

後ろの距離を肩越しに確認しつつ、広い十字路に逃げ込んだ──次の瞬間。

俺達を挟む形で、左右の道から別の冒険者と怪物の集団が雪崩込んできた。

 

「2方向!?」

 

まさかの『怪物進呈(パス・パレード)』の鉢合わせに、リリの悲鳴が響き渡る。

間もなく、冒険者達とモンスターの波が俺達を呑み込み、衝突し合った。

 

「くそっ!」

 

俺は『ロスリック騎士の大盾』で一角兎(アルミラージ)の攻撃を防ぎ、『熟練のロスリック騎士の剣』で黒犬(ヘルハウンド)の首を斬り落とす。

殺到するモンスターの群れを捌き、パーティーが離れ離れになるのを防ごうとその場に踏みとどまっていると。

とどめとばかりに、最初の『怪物進呈(パス・パレード)』が十字路に合流した。

 

「3つ目!?」

 

残っていた行列(パレード)が混戦地帯の横っ腹にぶち当たり、四方八方をモンスターの檻に閉じ込められた。

そんな中、『怪物進呈(パス・パレード)』を行った3つのパーティーは、すれ違った側から反転し、俺達に襲いかかってきた。

 

「なんだ、こいつ等!?」

 

大刀を振り回していたヴェルフに曲刀(シミター)が、刀を振るっていた命に棍棒が。色違いの外套(フーデッドローブ)の集団は、争うモンスター達を飛び越え、舞うように攻撃を仕掛けてきた。

まさか、こいつらは俺達を狙って怪物進呈(パス・パレード)を……。

 

「がっ!?」

「ベル様!?」

 

叫び声をあげたリリのほうを向くと、何者かに蹴り飛ばされて放物線を描いて吹き飛ぶベルの姿が見えた。分断されたベルの代わりに俺はリリを守る。

 

「命様!ベル様を追ってください!」

「しかし!?」

「俺とヴェルフで道を開ける!急いでくれ!」

 

俺は盾で攻撃を防ぎながらモンスターを斬り伏せ、襲撃してきた冒険者を迎撃し、命のために道を切り開く。

 

「今だ!」

「早くしろ!」

「……行きます!」

 

モンスターの死骸を飛び越え、命がモンスターの檻を飛び出す。

 

「気合入れろヴェルフ!」

「おう!」

 

ベルと命がいない分を、俺とヴェルフがそれぞれ2倍働くことで埋める。

そしてモンスターの群れをほぼ殲滅したところで、外套(フーデッドローブ)の冒険者集団は何処かへと消え去っていった。

 

「待て!」

 

最後まで残っていた黒犬(ヘルハウンド)を斬り捨てて追跡を試みるが、疲弊した様子のヴェルフとリリを置いていくわけにはいかず、足を止める。

 

「リリ、ヴェルフ。回復薬(ポーション)だ。これを飲んで、ベルと命を探そう」

「ああ」

「はい」

「……ついでだ。食料庫(パントリー)石英(クォーツ)を採掘してこよう。依頼主(アルベラ商会)に聞きたいことが山程できたからな」

「そうだな」

「わかりました」

 

連中はローブで身を隠していたが、全員アマゾネスだろう。そしてあの強さは戦闘娼婦(バーベラ)……つまり【イシュタル・ファミリア】。そして、この襲撃にアルベラ商会は関与しているだろう。そうであれば、あいつ等が14階層(ここ)に来た説明がつく。

問題は、女神イシュタルが何の目的でベルを攫おうとしたのか、だ。

 

「(最悪の事態になる前に、なんとかしないとな)」

 

脳裏に浮かんだ銀髪の女神の顔を浮かべながら、俺達はベルと命の捜索を行ったが……2人の姿は、何処にも見当たらなかった。



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45話

──貴女の望みは?

──あの御方(・・・・)に会い、終生仕えること。それだけです

──貴女が生きているうちに会えるという保証はないけれど。それでもいいの?

──この身に流れる血が告げています。私が生きているうちに会えると。あの御方(・・・・)ここ(オラリオ)にいると。

──いいわ。それまでは、私の眷属として貴女を迎え入れましょう

 

 

 

 

「命が攫われたって本当か!?」

 

大きな音を立ててタケミカヅチ様が扉を開けて居室(リビング)に飛び込んでくる。主神の後に続いて桜花や千草達、【ファミリア】の面々も来る。

 

「ああ、本当だよ。ダンジョンでベル君も一緒に……すまない、タケ」

 

リリのバックパック、ヴェルフの大刀を俺が魔法で直す横で、ヘスティア様が事情を話し始めた。

 

「命達を攫ったその冒険者の所属はわからないのか?」

「ローブで姿を隠していたので顔はわかりませんが……リリ達を襲った者達の種族は、全員アマゾネス。加えて、あの実力は間違いなく戦闘娼婦(バーベラ)でした」

「【イシュタル・ファミリア】か……」

「アルベラ商会は?」

「【イシュタル・ファミリア】に頼まれたことはあっさり認めたが、それがこう(・・)なるとは知らなかったの一点張りだ。くそったれ、まんまと大金に釣られて騙された」

「そうか……」

 

ダンジョンから帰還した俺達は、ヘスティア様を連れてアルベラ商会に今回の件について問い詰めた。神に嘘が通じないからと諦めたのか、あっさりと自白した。

商会のほうはギルドに任せるとして、問題は【イシュタル・ファミリア】だ。ギルドがあちらに強く出られないなら、俺達で何とかしなければならない。

 

「だが、どうしてイシュタルが命達を狙う?心当たりはないのか、ヘスティア?」

「う~ん、最近歓楽街に関して色々あったけど……どれもこれもこんな大事になるようなことじゃなかったし」

 

タケミカヅチ様の問いに、ヘスティア様は腕を組んで唸った。

千草は【アポロン・ファミリア】を例に出し、ベルのことを狙ったのではないかと言うが、それはないだろうと両主神は唸った。

そうだ、タケミカヅチ様ならあの道具(アイテム)のことを知っているだろう。そう思ったところで、ヘスティア様がその名を口にした。

 

「タケ、『殺生石』っていう道具(アイテム)をイシュタルが持っているそうなんだけど──」

「何だと!?」

 

タケミカヅチ様は目を見開き、ヘスティア様の両肩を掴んだ。

 

「それは本当か!?イシュタルが、『殺生石』を持っているのか!?」

「タケミカヅチ様!」

「落ち着いてください!」

 

叫び散らす男神に俺とヴェルフ、桜花はヘスティア様を庇うように割って入る。

 

「す、すまない、ヘスティア」

「いや、いいよ……それよりタケ、『殺生石』って何なんだ?」

 

肩から手を離されたヘスティア様は、直ぐに真剣な表情で説明を求める。

タケミカヅチ様も深呼吸で落ち着くと、一歩後ろに下がり、ぐっと歯を噛んだ。

 

「『殺生石』は、狐人(ルナール)専用の道具(アイテム)だ」

 

『殺生石』。それは、『玉藻の石』と『鳥羽の石』を素材に生成される、狐人(ルナール)専用の道具(アイテム)

『玉藻の石』は狐人(ルナール)の遺骨から作り出される道具(アイテム)で、『妖術』と謳われる狐人(ルナール)の魔法の力をはね上げる効果を持つ。

『鳥羽の石』は『月嘆石(ルナティック・ライト)』の別名で、月の光を浴びることで色を変え、光を放ち、魔力も帯びる特殊な鉱石。武器や道具(アイテム)の素材として使うと、月の光に応じて硬度や威力、効果を変える。そして、『鳥羽の石』の効果が最大限に発揮されるのは満月の夜。その時、2つの石が融合した『殺生石』は悪魔の石に変貌する。

満月の夜に使用された『殺生石』は、石の使用者、狐人(ルナール)の『魂』を石に封じ込める。魔力が完璧に封じ込められた『殺生石』は狐人(ルナール)の妖術の力を第三者に与える、『魔剣』にも劣らない魔道具(マジックアイテム)となる。代償として、生贄となった狐人(ルナール)を魂の抜け殻に変える。

 

「魂を奪われた人はどうなるんですか!?」

 

悲鳴のような声音で千草が叫ぶ。

 

「『殺生石』を肉体に注入すれば、魂を奪われた狐人(ルナール)は目を覚ます。肉体さえ無事なら何事もなく生きていけるだろう」

 

だが、とタケミカヅチ様は険しい表情のまま続ける。

 

「『殺生石』は砕ける。砕けた欠片の1つ1つが『妖術』を行使できる魔法の発動装置だ。効果は正式魔法(オリジナル)と変わらず、詠唱を必要としない」

 

万人に狐人(ルナール)の魔法を分け与えることができる、という発言に皆が絶句する。

石の恩恵を受け『妖術』と呼ばれる稀有な魔法を繰り出す軍団。

封じ込められた『妖術』にもよるが、その力は限りなく絶大無比となる。

 

「……砕けた破片が紛失したり、壊れたりした場合、石に魂を移された(こども)はどうなる?」

 

重い表情でヘスティア様が問う。

答えるのを一瞬躊躇ったタケミカヅチ様は、視線を彷徨わせながら語った。

 

「少なくとも、元通りとはいかん。残った破片を掻き集めて魂を戻したとしても、赤子も同然の人形になるか……或いは廃人か」

 

『殺生石』の発動が、『鳥羽の石』の性質に左右されるとすれば、魂を移す儀式が行えるのは満月の夜──つまり今夜。

石に封じ込められた『妖術』を用いて行うことなど、戦争ぐらいなものだろう。そしてその標的は……。

 

「歓楽街に行こう。ベル君と命君、その狐人(ルナール)の子も助けて、『殺生石』を破壊するぞ!」

『はい!』

 

俺達は本拠地(ホーム)を出ると第3区画、【イシュタル・ファミリア】の領域(テリトリー)である歓楽街へと向かった。

 

 

 

 

同じ頃、都市第5区画。

【フレイヤ・ファミリア】本拠地(ホーム)、『戦いの野(ウォールクヴァング)』。建物内にある、女神フレイヤの自室。

 

「フレイヤ様。【イシュタル・ファミリア】に動きがありました」

「詳細は?」

「歓楽街の本拠地(ホーム)周辺にて、娼婦達がいつになく動き回っている模様です」

「監視役は……アレン達だったかしら?」

「はい。オッタル様がダイダロス通り側から監視の指揮を、アレン様やグレール様が歓楽街に潜入しています」

「そう……出来たわ。どうかしら、ネロ?」

 

持っていた筆とパレットを脇に置くと椅子から立ち上がり、報告に来たヒューマンの少女に画架に固定されたキャンバスを見せる。

そこには、煤けた鎧に赤のサーコート、髑髏を思わせる兜の後頭部に異形の王冠を載せた1人の男性と、燃え盛る炎が描かれていた。

 

芸術の神(ブラギ)ほどではないけれど、上手く描けてるでしょう?」

「ええ」

「♪」

 

ネロが首肯すると、フレイヤは嬉しそうに束ねていた銀の長髪を解き、前掛けの紐に手をかける。

 

「貴女も準備をしておきなさい。もしかしたら、()に会えるかもしれないわよ?」

「かしこまりました」




ブラギは北欧神話において詩の神様とされています。しかし、他の芸術関係の神はオーディン(戦争・死・詩文の神)がいますが、詩の部分でお互いに被ってしまうのでブラギを芸術の神に、オーディンを戦争の神という感じで分けました。
次回か次々回あたりでグレイが正体を晒す予定です。


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46話

「ここにベル君達がいる筈だ、通してくれ!」

 

日が沈み、都市の空が闇に包まれていく中、ヘスティア様は歓楽街の一角で叫んでいた。

場所は娼館街である第3区画前、【イシュタル・ファミリア】領域(テリトリー)の境界線上。

ベルと命の救出に赴いているヘスティア様は、俺達と共に入り口を封鎖する2名の女戦士(アマゾネス)と睨み合っていた。

 

「女神様ぁ、証拠はあるんですかぁ?」

「変な言いがかりをつけるんなら、こっちも相応の処置ってものを取っても構いませんね?」

 

しかし、相手は得物をちらつかせて、ふてぶてしい程にしらばっくれる。

更に、【イシュタル・ファミリア】の領域(テリトリー)全域に包囲網が敷かれている。さながらベル達を閉じ込める檻であり、儀式の邪魔をさせないための柵のように。

 

「まぁ、ここまでは予想通りですね」

「やっぱり、あの時顔を見ておくか捕まえるかしておけばよかったな」

「過ぎたことを言っても仕方ない。今は娼館街に入る方法を探そう」

 

正直、俺が『霧の指輪』と『静かに佇む竜印の指輪』を使えば一発だ。だが、俺は【イシュタル・ファミリア】の本拠地(ホーム)が何処にあるのか知らない。

ギルドが【アルベラ商会】の証言を掲げてこっちに来るまで待っている暇はない。

 

「何だ、今のは!」

 

足止めを食らっていると、不意に第3区画中心地で爆発が起こった。

 

「もう言い逃れは出来ません!!あれはベル様の魔法(ファイアボルト)です!!」

「通してもらおうか!!」

 

遠方から魔法の種類を判別したと口からでまかせを言うリリと、それに同調するヴェルフ。唖然と背後を振り返っていた2名のアマゾネスは、舌打ちとともに武器を構えた。

 

「だったらどうした、抗争をおっ始める気か!?」

「上等だ」

「がっ!?」

 

俺は宣戦布告とばかりに2人のうち片方を前蹴りで蹴り飛ばす。

 

「貴様ぁ!?」

「はっはー!そーら、行くぞぉ!」

 

斬り掛かるアマゾネス達にヴェルフが大笑し、桜花も大斧を携えて俺の後に続く。

道中のアマゾネスの阻害を俺とヴェルフ、桜花が矢面に立って戦うことで切り開いていく。幸運なことに、儀式とベル達の捕獲に戦力の大半を本拠地(ホーム)につぎ込んでいるのか、歓楽街周辺の警備を行っている戦闘娼婦(バーベラ)はそこまで強くない。

そして巨大な宮殿が目に止まったところで、宮殿の上階で魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が発生した。

だが、おかしい。なぜこんなことが起きている?

アポロンとの戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わったばかりのこのタイミングでベルが狙われる?

道を遮り、襲い来るアマゾネスを迎撃しながら考えていると、爆発の炎と黒煙が夜空に上がっていた。

俺達が起こしたものでも、【イシュタル・ファミリア】の誰かが起こしたわけでもない爆発は、悲鳴とともに第3区画各地点から鳴り響き始めた。

……ああ、間に合わなかったか。

 

 

 

 

場所は変わり、オラリオを囲む巨大な市壁の南東部。

 

「アスフィ。ちょっとおつかいを頼まれてくれないか?」

「……はい?」

 

芝居がかった仕草で悲嘆にくれたと思えば、ベル・クラネルを最後の英雄に押し上げると高らかに告げていた男神──ヘルメスは、いつものヘラヘラした雰囲気から一転して真剣な眼差しと声音で眷属(アスフィ)に話しかける。アスフィが怪訝そうに眉をあげると、ヘルメスは羊皮紙と筆を取り出し、何かを書き記していく。

 

「ここに書かれている特徴の人を探してほしい」

「なぜ私なのですか?」

「俺が行きたいところなんだが、彼女(フレイヤ)の怒りを買うのが怖い」

 

ちらり、とヘルメスが宮殿に目を向けると、銀髪の女神が振り返った。彼は帽子を深く被って視線を切り、アスフィに視線を戻す。

 

「そもそも、この特徴の人物が歓楽街(あそこ)にいるという根拠はあるんですか?」

「ある。これだけの騒ぎになったんだ、あの人は絶対に来る」

 

どの口がそれを言うかと、アスフィはため息をつく。

 

「勿論、危ないと思ったら全力で逃げてくれ。仮に見つけられなかったら、その時は運が悪かったと諦めるさ」

「…………わかりました」

 

アスフィは帽子に似た漆黒の兜を被ると、履いている(サンダル)を撫で、飛翔した。

 

 

 

 

【イシュタル・ファミリア】本拠地(ホーム)、『女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)』内部。

 

「──おい、大男!?この道で合ってるんだよな!?」

「知らん!階段が尽く壊されていただろうが!?」

 

大刀と大斧を担ぐヴェルフと桜花は通路を疾走していた。

襲撃される歓楽街と宮殿の惨状を目の当たりにし、ベル達の身を危ぶんだ彼等はヘスティア達から先行したのだ。幸いなことに、襲撃者達はヴェルフ達に見向きもしなかったため、彼等は混乱に乗じて宮殿内まで走破していた。

 

「お、階段があったあああああ!?」

「くそがぁ!」

 

やっと階段を見つけたと思えば、これまた見事に破壊されており、桜花が悪態をつく。

 

「仕方ねえ、一旦戻って他の道を探し──いない?」

「どうした?」

「旦那がいねぇ……」

「何!?」

 

ヴェルフと同じく桜花が背後を振り返るが、いつもの鎧を身に纏ったグレイの姿がなかった。

はぐれた仲間1人と、攫われた仲間2人。それらを天秤にかけ、瞬時に判断を下す。

 

「命達が優先だ、行くぞ!」

「ああ!旦那のことだ、何とか生き延びてベル達のもとに向かっているだろう」

 

 

 

 

宮殿31階。動揺する周囲の団員達に向かってイシュタルは叫び声を飛ばした。

 

「フリュネ達は!?『殺生石』はどうなったぁ!?」

「そ、それが連絡がつきません!?伝達の人間が1人も戻っておらず……!?」

 

側の団員達の声に舌打ちする。苛立ちと動揺にありながら彼女は必死に思考を働かせる。

そもそもフレイヤは何故、どうして今攻めてきた?

仮に運び屋(ヘルメス)が『殺生石』の存在をフレイヤに漏らしたとしても、春姫の『妖術』の効果と正体は露見していない筈。身の危険を察知して攻め入る理由にはならない。

 

「……ベル・クラネル、なのか」

 

あの銀髪の女神は、あの少年にそこまで執着しているのか。

 

「本当に、ガキ1人のためにあの女は……!?」

 

イシュタルに奪われるのは許さんとばかりに、戦争を仕掛けてきたのか!?常軌を逸している!!冗談じゃない!?

激しい動悸を抱えながら、イシュタルは己に自問する。春姫と『殺生石』を確保し、フリュネ達と合流するか、或いは攻め込まれている本拠地(ホーム)から、いや都市(オラリオ)から脱出するか──と、その場で立ち尽くし判断に迷っていたイシュタルは。

自分の周囲から、喧騒が途絶えていることに気がついた。

 

「お、おいっ、どうした!?」

 

この状況に浮き足立っていた団員達の声が、戦闘娼婦(バーベラ)の声が聞こえない。

31階、大階段前。奇しくもベルと2度目の邂逅を果たした30階広間を眼下に置くイシュタルは、手摺から身を乗り出し階下に呼びかけた。

薄気味悪いほどの沈黙で満たされた鉢形装飾の大柱が並ぶ広間。やがて、そこに2人分の足音が鳴り響き、1柱の女神と1人の少女が通路から姿を現した。

 

「なっ……!?」

 

紫水晶(アメジスト)の瞳を限界まで見張るイシュタルの視線の先で、護衛を連れた女神、フレイヤは微笑む。

イシュタルのことを真っ直ぐ見上げながら、銀の長髪を耳にかけた。

 

「久しぶりね、イシュタル。神会(デナトゥス)以来かしら?」

「フ、フレイヤッ……!?」

「早速だけれど、ちょっと話があるの」

 

喉をつかえるイシュタルに、フレイヤは笑みを崩さず歩み寄ってくる。

 

「そっ、その女神(おんな)を取り押さえろおッ、お前達!?」

 

側にいた男女の団員達に命令を下す。

それまで狼狽えていた2人は主神の号令に従い、大階段を飛び降りた。

同時に、フレイヤの護衛の少女が動いた。

フレイヤに突撃する団員2人と護衛の少女がすれ違い、打撃音が木霊する。そして、暫しの沈黙の後──イシュタルの眷属が膝をつき、倒れた。

少女は得物の刀を鞘に納めると、倒れた団員を縄で縛り始めた。

 

「可愛い子達ね、イシュタル?」

「ひっ……!?」

 

気を失っている2名の団員を見下ろすと、こちらに目線を戻す銀髪の女神。

もはやその姿に恐怖を隠せないイシュタルは、細い悲鳴を上げ、1人宮殿の上階へと逃げ出した。

 

「……ねぇ、ネロ。どうしてイシュタルは逃げたのかしら?」

 

イシュタルが去り、31階への大階段を上っていたフレイヤは、護衛の少女に問いかける。

 

我々(フレイヤ・ファミリア)が攻め込み、貴女まで乗り込んできて怖がらない方がおかしいです」

「そうなの?私はあの人(・・・)に会うついでに、イシュタルと話をしたくて来ただけなのだけど。団員(こども)達にも【ファミリア】が壊滅するだけの打撃は与えず、ほどほどに叩く程度に留めるように言い聞かせているのに」

「ですが、ベル・クラネルに手を出したことは許さないのでしょう?」

「当然よ。あの子はいつか絶対に私のモノにするんだから」

 

 

 

 

女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)最上階。歓楽街で最も空に近い宮殿の屋上でベルとフリュネは交戦していた。

迫りくる大戦斧をベルは大剣で敢然と斬り払い、身を襲う多大な衝撃に負けまいと四肢に力を込め、反撃となる回転斬りを見舞った。

フリュネはそれを一瞬で打ち落とし、更なる攻撃を重ね、ベルもそれを防ぎ切る。

 

「ゲゲゲゲゲゲェッ!?やるじゃないかァ!?」

 

頬に走った傷ごと顔を歪めながら、フリュネは血走った目玉をぎょろぎょろと蠢かす。

未だに治まることのない憤激に染まる両眼は、全身を光る光粒で包まれたベルを殺意と愉悦をもって射抜いていた。

ベルの全身を包む光こそ、春姫の妖術【ウチデノコヅチ】。制限時間付きだが、対象人物を【ランクアップ】させる、反則級の魔法。イシュタルがその存在を隠匿させてきた最大派閥(フレイヤ・ファミリア)打倒の切り札。

その恩恵を受けてなお、第一級冒険者の高みは超えられない。何より、急激な能力(ステイタス)上昇に感覚が追いつかない。

 

「その力さえあれば、Lv.6だろうと関係なァいッ!!【剣姫】とかいうあの小娘もねェッ!?」

「!」

 

足を最大限に活かし防戦するベルに向かって、巨女は激しく攻めかかる。

昂ぶる怒りに従い、強撃とともにとある少女に向かって怨嗟を放つ。

 

「あんな人形女が最強で、美しいだってェ!?冗談じゃないよォ!?」

「……ッ!?」

「つくづく腹が立つよォ、お前の戦い方ァ!?あの女の姿が一々ちらついて見えやがるぅ!!」

 

イシュタルがフレイヤを敵視しているように、彼女もまた都市最強の一角と謳われる女剣士に敵愾心を抱いていた。

 

「その力さえあれば、あんな不細工どうってことないんだよおおおおおおォ!!」

 

ベルの中に見えるアイズを叩き潰すように、フリュネは大縦断の一撃を放つ。

屋上の一部を丸ごと破砕してのけた大戦斧を横っ飛びで躱したベルは、眦を吊り上げる。

憧憬の存在を貶めた一言に心をかき回し、激昂するまま相手に斬りかかった。

 

「うああああああっ!!」

「ぬっ!?」

 

怒涛の猛攻(ラッシュ)を敢行したベルにフリュネが初めてまともな防御を行った。

付与された夥しい光粒を引き連れ放たれる連続斬りに、軋みをあげる大戦斧。多角度から打ち込まれる無数の斬撃にその巨体が揺らいだ。

お返しとばかりに繰り出された渾身の縦斬りが、回避したフリュネの足場を破砕する。

 

「──つけ上がるんじゃないよォ!?」

「っ!?」

 

攻勢に出たベルの大剣を弾き返し、フリュネの巨体が翻る。

武器ごと上体が後ろに反り返った少年の胴体に、強烈な前蹴りを打ち込んだ。

 

「がっ!?」

 

咄嗟に膝で防御するも、ベルは蹴り飛ばされ、屋上の鉄柵を破壊する。

緩く速い放物線を描いて飛んだ彼の体は宮殿最上部から下へと落下した。

蛙の哄笑を上げながらフリュネが追撃を試みるが、そこで彼女を呼ぶ声が飛んでくる。

 

「フリュネ!フリュネ!イシュタル様がやばい、助けろ!?」

「……あぁん?」

 

彼女を呼び止めたのは、階段を駆け上がり屋上に現れた2人の戦闘娼婦(バーベラ)だった。

息を絶え絶えに彼女達は焦りながら近づく。鼻を鳴らし、彼女達を無視しようとしたフリュネだったが、屋上から見える光景に動きを止めた。

 

「何だい、こりゃあ……」

 

何とか鎮まりつつある怒りが、幾筋もの煙を上げる歓楽街に目を向けさせる。

本拠地(ホーム)周辺が異常な事態に晒されていることに、彼女はようやく気がついた。

 

「やっと見つけた、何をやっているんだお前は!?それでも団長か!?」

「アタイに指図するんじゃないよォ、不細工ども。それで、何が起きているんだい?」

「ホ、ホームが、歓楽街が攻め込まれてっ……!?」

 

駆け寄ってきた2人のアマゾネスに事情を問いただすフリュネは。

そこで、何者かが屋上にやってきたことを察知した。

 

「……よっこいしょ、っと」

 

戦闘娼婦(バーベラ)が上がってきた西の階段口。その直ぐ側にある鉄柵を何者かが掴み、屋上に足をつける。

 

「ふむ、いない……イシュタルとフレイヤも来ていない……」

 

身の丈およそ2M。ガチャガチャと金属の擦れる音を立てながら、体に付いた土埃やらを払いながら、その人影はこちらに近づいてくる。所々が赤熱している(・・・・・・・・・)という奇妙なその人物は、背丈からして小人族(パルゥム)はありえないだろう。

訝しげな目を向けるフリュネの隣で、2名の戦闘娼婦(バーベラ)は侵入者を迎撃するために動いた。

武器を抜いて迫りくる彼女達を前に、影を纏う人物は歩みを止めなかった。

 

「っ!?」

「……!?」

 

侵入者とすれ違った瞬間、2人はもつれ合って地面に転がっていた。

自分に何が起こったか理解できず呆然とする2人と違い、フリュネの目は見ていた。

侵入者は最初に接敵した戦闘娼婦(バーベラ)を反転させ、もう1人の戦闘娼婦(バーベラ)と衝突するような体勢に変えた。そして2人はぶつかって倒れたのだ。

呆然とする2人を尻目に歩いてくる人物。その鮮やかな手並みから相手が強者であると理解したフリュネが武器を手に突撃する中、雲が千切れ、月明かりが差し込む。

彼女の眼球に飛び込んだのは、鎧に身を固めた人物だった。

髑髏を思わせる形の兜の後頭部には異形の王冠。煤けた鎧と、ボロボロの赤いマント。鎧は所々が赤熱し、腰には鞘に収まった1振りの剣を下げている。

振り上げた大戦斧を振り下ろし、真っ二つに叩き斬ろうとした時だった。

鎧の人物は、腰に下げている剣に手を伸ばし、柄を握った。

 

「……っ!?」

 

瞬間、フリュネは斧もろとも全身をバラバラにされた気がした。

慌てて飛び退き、自分の体を大戦斧を触って確かめる。視線を鎧の人物に戻すが、微動だにせず柄を握ったまま静止していた。

フリュネの体は恐怖に震えていた。目の前の侵入者の実力に、まるで人型の(ナニカ)と相対しているかのような感覚に。

 

「……」

 

相手は剣の柄から手を離し、再びこちらに近寄ってくる。一歩、また一歩と距離が近づくにつれて、体の震えも激しくなり汗も流れてくる。

 

「ヒッ、ヒイイイイイイッ!?」

 

そして、あと一歩というところまで距離が縮まると、フリュネは斧を捨てて背を向けた。恥も外聞も何もかも投げ捨て、生存本能に従って逃走することを選び、階段を駆け下りた。

 

「フリュネ!?」

「待ってよ!?」

 

呆然としていた戦闘娼婦(バーベラ)達も我に返り、フリュネの後を追って階段を駆け下りて行った。

 

 

 

 

息を切らしながら最上階への階段を駆け上がっていく。

歓楽街(なわばり)を蹂躙され、眷属(手駒)を排除され、追い詰められたイシュタルはフレイヤから逃げていた。

 

「イシュタル?ちょっと待ってちょうだい」

「フ、フレイヤァ……?」

 

背後から響く女神の声にイシュタルは顔を怖気に歪める。

 

「はぁ……はぁ……」

 

やがて最後の1段を上った彼女の目には、破壊され尽くした屋上と赤く染まる歓楽街が映った。櫓のように立つ自室へ駆け込もうと(おのれ)の庭を横切ろうとした時、その後姿を目にした。

 

「……父上(・・)……!?」

 

神々(じぶんたち)人類(こどもたち)への愛の原点。神々(じぶんたち)名付け親(ゴッドファーザー)。そして、イシュタルがフレイヤを打ち倒そうとした動機(理由)になった人が、こちらに背を向けて立っていた。

 

「父上っ!父上ぇ!」

「……」

 

走りながら叫ぶと彼はこちらを振り向き、歩き始めた。

 

「なぜ貴方がここに”っ!?」

 

手を伸ばせば届く距離まで来たイシュタルの頭頂部に拳が振り下ろされ、星が瞬く。

 

「おあ”あ”ぁ……」

 

膝から崩れ落ちたイシュタルは女神に似つかわしくないうめき声を上げ、頭頂部を押さえたまま、のたうち回る。

少し遅れて、靴音を鳴らしてフレイヤが屋上に姿を現す。

彼女は目的の人物の姿を捉えると顔を喜びで輝かせて駆け出す。

 

「ああ、会いたかったわ!父さん”っ!?」

 

そのまま両腕を広げ、抱擁を交わそうとしたフレイヤの頭頂部にも拳が振り下ろされ、星が瞬いた。

 

「……っ!……っ!」

 

フレイヤはイシュタルのようにうめき声をあげず、頭頂部に手をあてて右に左に転がりまわる。

 

「とりあえず、そこに座れ」

 

数分後、痛みが引いたところで鎧の人物──イシュタルが父上と呼び、フレイヤが父さんと呼んだ男は自分の正面の石畳を指差す。

イシュタルとフレイヤは立ち上がるとそこに移動し、静かに正座する。彼女達が正座すると、男は石畳に腰を下ろす。

 

「さて……俺が何を言おうとしているかわかるか?フレイヤ」

「結果的に貴方を巻き込んでしまったのは悪かったわ。でも一言言わせてちょうだい」

「ほう?」

「イシュタルは私のお気に入りの冒険者()に手を出したのよ!?大人しくできるはずがないでしょう!?」

「だとしても限度があるだろうが、大馬鹿者」

 

隣で父上に反論するフレイヤをイシュタルは睨み、目で訴える。お前は父上がいることを知っていただけでなく、会っていたのかと。

 

「イシュタル」

「はいっ!?」

「何がお前を変えた?言いたくはないが、嫉妬のせいか昔よりも醜くなっているぞ」

「それは、その……フレイヤを倒して都市の頂点に立って、父上の愛を独占したかったから」

 

醜くなったという一言にショックを受けたイシュタルだが、本心をさらけ出した。その時の彼女の様子は、恋する乙女のようであった。

 

「つまり、俺のせいということか?それはすまなかった」

「そ、それは違う!全ては私の責任だ!だから父上が頭を下げることはない!」

 

男が頭を下げると、イシュタルは慌てふためく。隣に座るフレイヤは、そんな彼女を冷ややかな目で見る。

 

「お前達の処分はギルドに委ねるから、俺は人探しに戻る」

「ま、待ってくれ!父上!」

 

立ち上がり、その場を立ち去ろうとした男にイシュタルは声をかける。

 

「どうした?イシュタル」

「私とフレイヤ。同じ美の女神でありながら、女神としての名声はフレイヤの方が上なのは……なぜだ?」

 

イシュタルの問いに男は2人を見比べ、暫しの沈黙の後に答えた。

 

「強いて言えば……品性」

「……っ!?」

 

突きつけられた事実にイシュタルは言葉を失い、がっくりと項垂れ、フレイヤは勝ち誇ったような笑みを浮かべて胸を張っている。

 

「話は終わりか?」

「……はい」

 

弱々しい声でイシュタルが答えると、男はその場を立ち去った。

 

「なぁ、フレイヤ」

「何かしら」

「お前、父上がオラリオにいることを知っていたのか?」

「ええ。お茶もしたし、アポロン主催の『宴』で一緒に踊ったわ」

「ほほぅ、そうかそうか……タンムズぅ!」

 

がばっと顔をあげたイシュタルは、ちょうど屋上にたどり着いた従者に声をかける。

 

銅鑼(ゴング)を鳴らせええええええぇ!」

「イシュタル様!?」

「あらあら」

 

困惑するタンムズをよそに、イシュタルはフレイヤに飛びかかる。フレイヤは微笑みを崩さず、イシュタルを迎撃する。

余談だが、夜明けとともにギルドの職員と【ガネーシャ・ファミリア】が駆けつけるまで、女神同士の取っ組み合い(キャットファイト)は続いたらしい。

 

 

 

 

場所は再び、オラリオを囲む巨大な市壁南東部。

 

「おかえり、アスフィ。どうだった?」

「見つけました。念の為、似顔絵も描いておきました」

 

羊皮紙を受け取ったヘルメスは、アスフィの描いた似顔絵を見る。

 

「ありがとう。やっぱりあの人は来たか」

「それから、その人物についてもう1つ報告があります」

「なんだい?」

「実は──」

 

アスフィが話した情報にヘルメスは目を見開き、羊皮紙と歓楽街、そして第6区画の順に目を向ける。

そして額に手を当て、腹を抱えて震えはじめた。

 

「ヘルメス様?」

「……ははっ」

 

アスフィが主神の顔を覗こうと屈むと、ヘルメスはがばっと顔を上げて大声で笑った。

 

「あーっはっはっはっは!そうか!そういうことだったのか!はっはっはっは!」

 

まるでなくしたパズルのピースを見つけたような、歓喜の声をヘルメスはあげた。

そして一頻り笑うと、深呼吸で自分自身を落ち着かせる。

 

「ふぅ……アスフィ、俺は1週間後に臨時の『神会(デナトゥス)』を開く。そこに君も出席してくれ。いや、君だけじゃなく出席権を持つ全ての【ファミリア】の団長にも来てもらう」

「よろしいのですか?私達が参加しても」

「ああ。『神会(デナトゥス)』に眷属()を連れてきていけないという規則(ルール)はなかった筈だからね」

「仮にその規則(ルール)があった場合は?」

「特例ってことで強引にでも参加を認めさせるさ」

 

にやり、と口角をつり上げたヘルメスは【イシュタル・ファミリア】本拠地(ホーム)に顔を向ける。

 

「ヘスティア。1週間後に君の【ファミリア】がどうなるか楽しみだよ」




補足:当小説においての神々は、「はじまりの火に当たっていた闇の王の影から生えてきた」存在です
次回、ヘルメスが司会進行の神会


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47話

ヘルメス主催の臨時の『神会』、始まります。


【イシュタル・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の抗争。当然ながら、両【ファミリア】の主神にはギルドから罰金と膨大な罰則が課せられた。

それから1週間が経って都市から衝撃が抜け始め、歓楽街の復旧に乗り出した頃。

 

「よぅし、皆集まってるかな?それじゃあ、臨時の『神会(デナトゥス)』を始めるぜ!司会は俺、皆大好きヘルメスだ!よろしくな☆」

『……』

 

都市中央にあるバベル30階。『神会(デナトゥス)』に使用される大広間にて、妙にテンションの高いヘルメスの声が響く。しかし、それとは対象的に参列している神々は無言であった。

 

「ヘルメス。なぜ急に『神会(デナトゥス)』を開いたんだ?それに団長も連れてこいだの、名札を置いてある席に座れだのと細かい指定までした?」

「まあまあ、落ち着いてくれよディオニュソス。ちゃんと説明するから一度にたくさん聞かないでくれ」

「……くだらない用で開いたのなら、帰らせてもらうからな」

 

いつも以上にニヤけた顔で左隣に座る男神ディオニュソスを手で制する。言われた本神(ほんにん)は訝しげに眉をひそめる。

ディオニュソスの言う通り、今回の『神会(デナトゥス)』は異例であった。通常は出席権を持つ【ファミリア】の主神のみが参加する『神会(デナトゥス)』であるが、通知には団長を連れて来いと書かれていた。そして、主神の座る席の後ろでは団長が座っている。

次に、席の配置。わざわざ席の上に名札が置かれ、その席に神々は座っていた。

 

「(アイエエエ……)」

 

【ヘスティア・ファミリア】団長であるベル・クラネルは緊張から震えていた。ヘスティアを挟む形で、イシュタルとフレイヤは席についていた。その結果、彼の隣には【フレイヤ・ファミリア】団長にして、オラリオ最強の冒険者。猛者(おうじゃ)ことオッタルが座っている。そして、反対側には1週間前の春姫奪還の時に自分を取り押さえた冒険者タンムズが座っている。ヘスティアの席がイシュタルとフレイヤに割って入るように配置された結果、彼は小動物のように震えていた。

 

「さて、俺としては『神会(デナトゥス)』を始めたいんだけど……イシュタル、君のところの団長【男殺し(アンドロクトノス)】フリュネ・ジャミールは?」

「ああ、あいつなら抗争(あれ)以来部屋から出てこないのでな。代わりに副団長のタンムズを連れてきた」

「了解。それじゃあ、本題に入ろう」

 

先程までのニヤけた顔から一転。ヘルメスは真剣な眼差しと声音で話を切り出した。

 

「親父殿が、オラリオ(ここ)にいた」

『っ!?』

 

瞬間、神々がざわめき始める。

 

「前もって言っておくけど、嘘じゃないぜ。アスフィがその姿を目撃しているし、直筆の似顔絵もある。皆、順番に目を通してくれ」

 

ヘルメスは懐から羊皮紙を取り出し、ディオニュソスに手渡す。ディオニュソスから時計回りに神々は目を通し、その度に目を見張る。

 

「さて、親父殿と言っても団長(こども)達はわからないだろうから、今のうちに簡単に説明しておこう」

 

その間、ヘルメスは参加している各【ファミリア】の団長に簡単な説明を行った。

曰く、自分達は彼という闇から生じたと。

曰く、彼は古代よりも遥か昔の時代。最古の物語(オールドテイル)に記される、『火の時代』が実在したことを証明する存在であると。

曰く、最初の神々が降りてくるよりも前に、隠居も兼ねて自分探しの旅に出ると置き手紙を残して下界に降りてきていたと。

 

「おっと、ちょうど皆目を通したみたいだね。ありがとう」

 

説明を行っていたヘルメスだが、右隣に座る女神ロキが羊皮紙を突き出したところで切り上げる。

 

「さて、その親父殿だが……実は呼んであるんだ」

『はあ!?』

「しかも!ここにいる誰かの【ファミリア】に所属している!」

『何いいいいいい!?』

 

全ての神々が自分以外の神に疑いの目をむける。そして、各【ファミリア】の団長は自分の【ファミリア】の団員の顔を思い浮かべ、その中にそれらしい人物がいないか探る。

そんな中、扉を三三七拍子で叩く音が響く。

 

「おおっと、噂をすれば何とやら!親父殿が来たぜ?」

『っ!?』

 

お互いに疑いの目を向けていた神々が、団員の顔を思い浮かべていた各【ファミリア】の団長が、一斉に扉に視線を移す。

 

「どうぞー」

「失礼する」

 

扉越しに声が聞こえ、次に扉が開く。

 

『……?』

 

扉を開けたのは、鎧を身に着けた2Mほどの背丈の男。その姿を、参加している者達は知っていた。

【アポロン・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)の時、エルフ達が嘗て研究していたという古の魔法で城砦を粉砕したグレイ・モナークというLv.1の冒険者。

彼をよく知る者達は、何故彼が?と頭に疑問符を浮かべていた。

だが、大広間に1歩足を踏み入れた瞬間、彼の体が炎に包まれた。

 

『っ!?』

 

炎に包まれながら主神のもとに歩み寄る彼の姿は、10歩ほど歩いたところで一変した。

兜は髑髏を思わせる形に変貌し、後頭部に異形の王冠が。

鋼の鎧は煤けて歪み。

海のように青かったマントは、炎のように赤く変色しボロボロに。

全身を包んでいた炎は右手に集まり、螺旋を描く刀身の剣となり、それを腰の鞘に納める。

参加者が驚愕に言葉を失い目を見張る中、ヘルメスは終始笑顔で彼の姿を見つめる。

 

「正体がバレたんだ。天界(うえ)にいた頃みたいに、兜で顔を隠す必要はないんじゃないか?」

「……それもそうだな」

 

扉越しに聞こえた声よりも更に低くなった声音で応じると、彼は兜を外した。

黒かった髪は燃え尽きた灰のように変色し、左目は火のように赤く、肌は褐色に焼けていた。

 

「彼の名はグレイ・モナーク。【ヘスティア・ファミリア】所属のLv.1の冒険者。しかしてその正体は!」

 

ヘルメスは両腕を広げ、芝居がかった声をあげる。

 

俺達(神々)の父にして、最古の物語(オールドテイル)に記されし、『薪の王』或いは『闇の王』その人だ!」

『ええええええええ!?』

 

神々と団長達の驚愕の声に、大広間全体の空気が文字通り震えた。

そして震えが治まると、今度は神ヘスティアとベル・クラネルに視線が集中する。

慌てふためき、混乱するベル・クラネルとは対象的に、ヘスティアは落ち着き払っていた。

 

「ステイ、ステーイ。各々言いたいことがあるだろうけど。まずは親父殿が【ヘスティア・ファミリア】加入に至った経緯から聞こうじゃないか。というわけで、ベル君」

「は、はひっ!?」

「そんな緊張しなくていいから、親父殿の【ファミリア】加入の経緯を話してくれ」

「え、えっと……僕から誘ったんです。【ファミリア】に入りませんかって」

 

自分に向けられる視線に緊張しながらも、何とか説明した。

ベルの説明にうんうんと頷いたヘルメスは、グレイに視線を移動する。

 

「ありがとう。じゃあ、次に親父殿。【ヘスティア・ファミリア】に入る前は、何処で何をしていたのか、話してくれ」

天界(うえ)から見ていたんじゃないのか?」

「見ていたら千年よりもっと前に降りてきたさ。それに、親父殿の人としての姿を知らないから、何処にいるかわからなかったんだ」

「わかった。まあ、地上(ここ)に降りてきてからはこの姿と力を封印して世界中を旅して回っていた。それからは日雇いの労働に従事する傍らで人助けをしていたんだが、そうだな……俺の足跡で明確に残っているものといえばエルフの伝承の『黒い鳥』。あれ、多分俺のことだ」

「それって、【九魔姫(ナイン・ヘル)】が親父殿のことを当代の『黒い鳥』と呼んでたことかな?」

「いや、当代というか何と言うか……『黒い鳥』自体が昔の俺のことだと思う」

 

その時、フィルヴィスに衝撃が走る。

『黒い鳥』=グレイ。グレイ=(神々)()。つまりは『黒い鳥』=(神々)()。その図式が【ディオニュソス・ファミリア】団長フィルヴィス・シャリアの脳内で構築され、一気に『黒い鳥』の神聖さが増大。しかし、グレイがダンジョンで全裸になって暴れたという事実が、肌の露出・接触を好まぬエルフの風習の後押しもあって、それに待ったをかけた。それらがフィルヴィスの脳内でせめぎ合いながら渦巻いて嵐となり、そして──

 

「うーん……」

「フィルヴィス!?」

 

──脳が処理落ちを起こした彼女は、白目を剥いて倒れた。

 

「気にせず続けて」

「いいのか?」

「いいからいいから♪」

「……後はモンスターが湧いてくる場所を探っていたらここ(オラリオ)にたどり着いた。道中はモンスターの侵攻を食い止めるための城砦を築くのに加わったり、蓋になるような建物、先代のバベルを建てるのに加わったな。ああ、最初に降りてきた神々(おまえたち)が塔を崩壊させたことだが、気にする必要はないぞ?形あるものはいつか壊れるものだからな」

 

拳骨(かみなり)が落ちることを覚悟した一部の神々が顔を青くして震えていたが、その一言に胸を撫で下ろす。

 

「その後は三大冒険者依頼(クエスト)の討伐対象──陸の王者(ベヒーモス)海の覇王(リヴァイアサン)、黒竜以上の怪物がいないかの調査と、ダンジョンに何があるのかを探るために潜っていたな。それで帰りに試しに壁に穴開けて寝ていたら千年経っていた、というわけだ」

『ゑ!?』

 

自分達の父がダンジョンの壁に穴開けて千年間寝ていたなどと、誰が予想できるだろうか。「その発想はなかった」とある神(ロキ)達は頭を抱え、「父さんらしい」とある神(ヘスティア)達は苦笑いを浮かべ、「さすが親父殿!」とある神(ヘルメス)達は笑い転げた。

 

「しかし、父さんがわざわざダンジョンに潜ることはなかったのでは?逆に、陸の王者(ベヒーモス)とかの討伐に向かうと思っていたのだが」

 

笑い転げているヘルメスに代わり、ディオニュソスが質問をする。

 

「できることならそうしたかったが……声がしたんだよ」

「声?」

「ああ。俺を呼ぶ声が、ダンジョンから聞こえた気がしてな。無視するわけにはいかなかった。それだけだ」

「なるほど……というか、以前会った時『はじめまして』と言ったことは嘘じゃないのか?」

「いやいや、嘘は言っていないぞ。あの姿で会う(・・・・・・)のは、はじめてだっただろう?」

 

これは一本取られた、とディオニュソスが額に手を当てたところで、ヘルメスが復活した。

 

「……それじゃあ、親父殿は今後どうするんだい?」

「今まで通り、ダンジョンに潜って稼ぐ。何も変わらないさ」

「……わかった。親父殿に関して細かいことはおいおい決めるとして、他に何か質問のある(ひと)はいるかな?」

 

ヘルメスが見渡しながら言うと、ロキが挙手した。

 

「どうぞ」

「そもそも、なんでドチビがおとんに恩恵(ファルナ)を刻めたんや?」

 

言われてみれば、と周囲の神々が賛同の声をあげる。

 

「仮説だが、俺ははじまりの火にこの身を焚べた『薪の王』だ。そして、ヘスティアは火に連なる事象──炉の女神だ。だから、俺に恩恵(ファルナ)を刻めたんだろう」

「つまり、うち(ロキ)やファイたん、ゴヴニュも同じことができるかもしれんっちゅーことか?」

「だろうな」

「ふうん……ちょっと試してみてもええ?」

「駄目だ。どさくさに紛れて改宗(コンバーション)しようとか考えているんだろう?」

「ソンナコトナイデー。オトンノ仮説ヲ立証シヨウト思ッテルダケヤデー」

 

なるほど、父親の仮説を証明するために自ら名乗りを上げるとは、良い娘だ。明後日の方向を見て棒読み気味に言っていなければ、の話だが。

ヘスティアは勝ち誇った顔で胸を張り、それを見たロキが嫉妬から歯軋りをする。

 

「はいはい。気持ちはわかるけど、ロキもヘスティアも落ち着いて。他に質問のある(ひと)はいるかな?……いないようだね。それじゃあ臨時の『神会(デナトゥス)』、これにて終了。お疲れさまー」

 

 

 

 

神会(デナトゥス)』を終え、それぞれの本拠地(ホーム)に向かう神々と団長達。

 

「随分悔しそうだね。ロキ」

「当然や!今までおとんに()うておきながら気づけなかった事実が腹立たしい上に、ドチビが勝ち誇ったような顔してわざとらしく胸を張ったんやで!?ドチビのくせに!ドチビのくせにいいいい!!」

 

拳を振り上げて怒りをぶちまけるロキに、やれやれと首をすくめるフィン・ディムナ。

 

「(あれが神々の父である『闇の王』あるいは『薪の王』。フレイヤ様は彼の裸体を想像して……違う!あれはショックのあまり溢してしまった葡萄酒(ワイン)だ!)」

「オッタル?私の顔に何かついてるかしら?」

「いえ。何も」

 

以前見た光景を思い出すが、速攻で忘却の彼方に放り投げるオッタルと、そんな彼に怪訝な目を送るフレイヤ。

 

「大丈夫かい?フィルヴィス」

「……申し訳ありません、ディオニュソス様。もう暫く肩をお貸しください」

「わかった」

 

足元の覚束ないフィルヴィス・シャリアと、彼女を支えながら歩くディオニュソス。

 

「はー……」

「どうした、主神様。主神様といえど、父親は恋しいものか?」

「いいえ。ヘスティアの駄女神ぶりがより酷いことになって落ち込んでいるだけよ」

 

ヘファイストスを試しにからかってみる椿・コルブランドと、肩を落としてため息をつき神友(しんゆう)をやめようか検討するヘファイストス。

 

「どうだい?アスフィ。俺達の親父殿を見た感想は?凄かっただろう?」

「ちょっと黙っていてください。まだ頭が追いついていませんので」

 

自分達の父親を見た感想を訊ねるヘルメスと、眉間に指を当てて険しい表情のアスフィ・アル・アンドロメダ。

 

「いやはや。グレイが親父殿で、ヘスティアの【ファミリア】にいたとは思わなんだ」

「そうですね(最悪の場合を想定して夜逃げの準備しておこうかな)」

「ナァーザよ、夜逃げの準備をする必要はないと思うぞ?」

 

眷属にそれとなく釘を刺すミアハと、咄嗟に顔を反らすナァーザ・エリスイス。

 

「……桜花。本拠地(ホーム)に戻ったら、全力で千草達を止めるぞ」

「わかっています」

 

以前の怪物進呈(パスパレード)の件で仲間が早まった行いをすることを危惧するタケミカヅチとカシマ・桜花。

 

「父さんのことが公になってしまったのは残念だけれど……ま、遅かれ早かれこうなっただろうから仕方ないか」

「そうだな」

「あ、あの、神様?僕達これからどうなるんですか?」

「どうもこうも、何も変わらないだろうさ」

 

普段通り会話を交わすヘスティアとグレイ・モナーク、今後の自分達の置かれる立場を心配するベル・クラネル。




グレイ「I'm your father」
神々「Noooo!」

ぶっちゃけ、これがやりたかっただけ

グレイの外見の変化ですが、衛宮士郎からエミヤになるような感じです。


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48話

お待たせしました。そして、お気に入りが2000件突破しました、ありがとうございます。
仕事を覚えたり魔神柱を伐採したり、パソコンを修理に出したり誰に何を喋らせるか悩んでいたらいつのまにか元号が変わり、遅れてしまいました。


『火の時代』

古代よりも更に古い時代。『最古の物語(オールドテイル)』でそう呼称されている時代。

今から1000年ほど前、最初の神々が降臨するよりも以前に信仰されていた神々の原型が存在したとされている時代。

しかし、作中では一貫して『()』と呼ばれた名もなき男──人ならざる身を以て、人の身に余る偉業を成し遂げた英雄がいた。

 

「それが、グレイ様。ということですか?ヘスティア様」

「うん」

 

【ヘスティア・ファミリア】本拠地(ホーム)『竈火の館』の居室(リビング)

リリルカ・アーデの問いにヘスティアは頷いた。すると、視線がある1点に集まる。

 

「落ち着いてくれ、命」

「し、しかしグレイ殿!自分は以前、あなた方のパーティーに怪物進呈(パスパレード)をしたのですよ!?ここは自分が代表して腹掻っ捌いて自害を……」

「そこまでしなくていい。というか、されると俺が困る」

「で、ですが……」

「命君。話が進まないから、座っておくれ」

 

視点の先では自室に駆け込もうとする命と、彼女の襟首を掴んで押さえるグレイがいた。

ヘスティアの説得も受け、何とか落ち着いた命は大人しく席につく。

『闇の王』としてのグレイの姿を見た時、リリルカ達は相手がグレイであると理解することに少々時間がかかった。外見も変化し、神々の父にして伝説の『()の王』であるという事実に面食らったが、元々グレイが常識外れな戦闘力を発揮していたことから全員が受け入れた。ただし、移籍して間もないために理解できず、今もおろおろしている春姫を除いて。

 

「つまり、最古の物語(オールドテイル)に載っている話は全部事実だったってことか?」

「そうだ」

「じゃあ、旦那はどの辺りまで関わってたんだ?」

「そのことなんだが、またの機会でいいか?話すと長くなるからな」

「ああ」

 

自分の問いに答え、適当なところで切り上げたグレイにヴェルフがありがとうと手を振る。

 

「そういえば、さっきからベルはどうしたんだ?俺のことをチラチラ見てきて」

 

グレイに声をかけられ、ベルが思わずビクリと跳ねる。

 

「いえ、その……伝説の英雄がこんなに身近にいたなんて思ってもいなかったから……」

 

英雄願望(アルゴノゥト)】というスキルが発現するほどに、誰よりも英雄に憧れているベルの視線には、熱が籠もっていた。

 

「英雄か……死に場所を失った亡霊(怪物)の俺に、その称号は似合わないな」

 

遠い目で語る彼の言葉から漂う悲哀と重さから、一同は思わず口を閉ざした。

 

 

 

 

「なるほどのう。あの男の凄まじい強さは、そういう理由があったのか」

 

【ロキ・ファミリア】本拠地(ホーム)『黄昏の館』の応接間。

主神(ロキ)の語った事実と、それを目の当たりにしたフィンの言葉に納得したようにガレスは顎に手を当てる。

 

「せや。リヴェリア、レフィーヤ、自分らエルフの伝承の『黒い鳥』。あれ、おとん(グレイ)のことやったわ」

「彼が当代の『黒い鳥』であることは知っているが……」

「それがどうかしたんですか?」

「ちゃうちゃう。そうや()うて、おとんが『黒い鳥』本人や。レフィーヤの何代も前のおバアが会った、ヒューマンの魔法使いその人や」

「「……」」

 

違う違う、とロキが首を横に振って答えると、沈黙するリヴェリアとレフィーヤの耳から煙があがる。特に、『黒い鳥』の目撃者の末裔にして、遠征の前にこっそり彼と並行詠唱の訓練を行っていたレフィーヤは吹き出る煙の量が段違いであった。

そして、爆発して真っ白に燃え尽きた2人はガクンと首を折り、口から白煙を吐き出す。

暫し放置して、リヴェリアとレフィーヤが復活したところで、ラウルが口を開いた。

 

「でも、凄いっすね、ロキのお父さん。巨人だの飛竜だの倒して『薪の王』になってみせたんすから。自分だったら、どっかで心が折れて朽ち果てるのを待つしかないっす」

 

超凡夫(ハイ・ノービス)】という二つ名を体現するかのように、自己評価の低い凡人である彼の言葉。そこには、偉業を成し遂げたグレイの実力と精神力に対する羨望と恐怖の念。無力な己に対する自嘲が籠もっていた。

 

「ラウルの言うように、どっかで心が折れるやろな。それでも偉業を成し遂げたっちゅーことは、グレイ(おとん)が決して折れない強靭な心を持っていたか或いは──」

 

 

 

 

「その心を、何処かで喪ったか。どちらにせよ、親父殿(グレイ)が常軌を逸していることに変わりはない」

 

【タケミカヅチ・ファミリア】本拠地(ホーム)。予想通り自害に及ぼうとした眷属達から短刀等を取り上げて桜花に預け、全身全霊の土下座で押し留めたタケミカヅチは悲しげな表情(かお)で、グレイについて語っていた。

 

「ですがタケミカヅチ様。普段の彼の振る舞いは俺達と同じ、1人の人間のようでした。そんな彼が心を喪っているとは思えません」

「おそらく、下界に降りてからの旅で幾らか取り戻したんだろう。全知全能と謳われる神々(おれたち)が、たった1人の人間の心を救えないとは滑稽だ」

 

そもそも人外の存在である自分たちには不可能なことだと、桜花の問いにタケミカヅチは答えた。

 

「では、天界にいた頃の彼は、どのような感じだったのですか?」

「そうだな。良く言っておおらかで寛容、悪く言って大雑把でいい加減な性格だった。しかし、言動の節々から空虚さを感じる人物でもあった。その最たるものとして、普段は感情の起伏がほぼ皆無だったな」

 

そして、とタケミカヅチは続ける。

 

「そんな親父殿が下界(ここ)に降りてきたのは、神々(おれたち)に任せて大丈夫だと判断したのか、或いは──」

 

 

 

 

「自らの内にある破滅願望を叶えるため、かもしれないね」

 

【ヘルメス・ファミリア】本拠地(ホーム)『旅人の宿』。机の上に積まれた『最古の物語(オールドテイル)』の背表紙を撫でながら、ヘルメスは語る。

 

「しかしヘルメス様。彼を殺すことのできる存在など、現代にはおりません。残念ですが、彼の願望が叶わないでしょう」

「アスフィの言う通り、親父殿(グレイ)に勝てる存在なんていないね。猛者(おうじゃ)を始めとした高レベル冒険者がパーティーを組んで挑んでも、勝てないだろう。けど、それ以外でも殺す手段はあるんだぜ?」

 

帽子の鍔を人差し指で押し上げ、不敵にヘルメスは笑う。

 

「『同じ人間として接する』それだけでいいのさ」

「……どういうことですか?」

「言葉の通りだよ。一人の人間として見て、接している間だけ、親父殿(グレイ)は人間でいられる。怪物ではなくなるのさ」

 

体は人外のものであっても、心だけは人間でありたい。喪ってしまった『人生(時間)』を楽しみ(取り戻し)たい。ともすれば、これからもダンジョンに潜るのは死地を求めての行動であると。ヘルメスは、彼の望み(願い)を眷属達に語った。

 

「それに、化け物を倒すのは何時だって人間(こどもたち)だ。人間(こどもたち)でなければいけないんだ」

「では、神々(あなたがた)は彼とどのように接するおつもりなのですか?」

「これまで通り、1人の人間として接するつもりさ。あぁ、でも、たまには家族サービスをしてもらわないとね。最低でも、ダンジョンの壁に埋まって1000年も寝ていた分は」

 

どんな我儘(ようきゅう)をしてやろうか。そう考えるヘルメスの顔は何時もの胡散臭いヘラヘラした笑顔ではない、心底楽しそうな表情(かお)をしていた。

 

 

 

 

【ヘスティア・ファミリア】本拠地(ホーム)

 

「来客かな?」

 

ヘスティアが話を終えたところを見計らったように、正門の鉄輪を鳴らす音が響いた。

ヘスティアとベルが席を立ち、扉を開けて外に出ると、そこには──

 

「げぇっ、フレイヤ!?」

 

【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤ、団長のオッタル、団員のネロ。そして、先の抗争の罰則(ペナルティ)として監視役をしているギルドの職員が正門前に立っていた。

 

「何をしに来た!言っておくけど、グレイ君は渡さないぞ!それでも渡せと言うなら──」

「違うわよ。貴女の【ファミリア】に移籍したいっていう眷属()がいるから、連れてきたの」

 

震えるベルを庇うように立って拳を構え、ツインテールを荒ぶらせ威嚇するヘスティアに対し、フレイヤは違う違うと手を振る。

あの女神(おんな)は何を言っているんだ?とヘスティアは訝しむが、少なくとも嘘を行っているようには見えなかった。なにより、ギルドの監視役がついている彼女に下手な動きができるはずがない。

 

「……ボクの部屋で改宗(コンバーション)をする。フレイヤと、移籍したいっていう眷属()だけついてきてくれ。君たちはそこで待つんだ」

「ええ。行きましょう、ネロ」

 

ヘスティアに案内され、女神フレイヤとネロは彼女の自室に向かう。

秘匿情報の漏洩を防ぐための措置がなされた薄暗い部屋の中、『改宗(コンバーション)』の儀式は行われた。

まず、フレイヤが【ステイタス】の刻まれたネロの背中に自らの神血(イコル)を滴り落とす。

更に、彼女の指が特定の動きを描いた瞬間、刻印全体から淡い光が立ち上り、【ステイタス】が明滅を始めた。

すかさず自分の神血(イコル)を垂らすヘスティア。血の落下点を中心に大きな波紋が広がっていき、見る見るうちに文字群の色と形が薄らいでいく。仕上げとばかりにヘスティアが主神(おのれ)の名を表す象徴(シンボル)契約相手(ネロ)の真名を描き、刻んだ。

改宗(コンバーション)』。

前【ファミリア】から退団し別派閥へと移籍する、再契約の儀式。

碑文を彷彿とさせる文字の羅列は、発光とともに【ヘスティア・ファミリア】を表す刻印へと成り変わる。

今この瞬間から、ネロはヘスティアの眷属となった。

 

「ついでに【ステイタス】の更新もしていいかな?」

「どうぞ」

 

ヘスティアは羊皮紙をネロの背中に置き、共通語(コイネー)で書き写していく。

 

「はい、終わったよ。これからよろしくね、ネロ君」

「よろしくお願いします。神ヘスティア」

 

儀式の終了とともに服を身に着けたネロと、ヘスティアは握手を交わす。

 

「ボクはフレイヤと少し話があるから、ネロ君は他の団員達に挨拶しておいて」

「はい」

 

ネロが退室すると、ヘスティアがフレイヤの方を向く。

 

「これはどういうことだい?」

 

フレイヤに突きつけられている【ステイタス】の書かれた羊皮紙。そこの《スキル》の欄に、ヘスティアが指をさす。

 

闇の血統(ロンドールブラッド)

・祖ユリアの記憶を受け継ぐ

 

「ロンドール……『火の時代』に存在した亡者の国。その国には黒教会と呼ばれる組織と、それを率いる3人の指導者がいた」

 

3人の名はフリーデ、ユリア、リリアーネ。

彼女達は姉妹であり、火を奪い、闇の王によって神の時代を人の時代に変えることを目的に動いていた。

 

「フリーデは灰となってロンドールを棄て、ユリアとリリアーネの2人が残った」

「2人は闇の王となる人間──グレイ君を見つけ、暗躍した」

「そしてグレイは闇の王になり。人の時代──今の世界を創り出した」

「今の世界が創り出された後の世、2人のうちの片割れ、ユリアは──」

 

最古の物語(オールドテイル)』の著者は4人。

アストラのアンリ。

カリムのイリーナ。

最後の火防女ノワール。

そして、ロンドールのユリア。

彼女達は、(グレイ)を始めとした王達の生きた証を物語という形で、この世界に遺した。

 

「教えてくれ、フレイヤ。彼女の目的は何なんだ?」

父さん(グレイ)に臣下として生涯仕える。それだけだと、あの子は言っていたわ」

「……わかった。あの子の主神だった、君の言葉を信じよう」




当初はレフィーヤとリヴェリアにエネル顔をしてもらおうと思ったのですが、何か違うものを感じたので、泣く泣くボツにしました。
次回の更新ですが、ハイDのほうもそろそろ進めないといけないのと、今後のグレイの行動や立ち位置をどうするか現在進行系で悩んでいるのでかなり遅れると思います


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49話

原作8巻にあたる内容の話では、グレイと神々の関係をメインに扱っていく予定です


摩天楼(バベル)30階。普段は神会(デナトゥス)のために使用される大広間は、神アレスが率いる国家系【ファミリア】、【アレス・ファミリア】ことラキア王国軍の侵攻に備えた会議が行われていた。

 

「ほな、アレスのアホが率いるラキア王国との戦争(ドンパチ)に備えての会議はこれにて終了──の前に、グレイ(おとん)のことについて少し話し合うで。まずは『自分の知り合い且つ下界に降臨している神が、オラリオにグレイ(父上)がいることを知ったらどんな行動を起こすか』や」

 

ロキの言葉を皮切りに、出席している神々がそれぞれの知り合いの神についての情報を提示していく。そして集まった情報は以下の通り。

 

女神カーリー:オラリオ側の応対次第では抗争に発展する可能性あり。要注意

女神アマテラス、ツクヨミ:社の運営でそれどころではない。放置しても問題なし

男神ゼウス:たまにオラリオに来ては父上と平和に酒を酌み交わす程度と予想。こちらも特に問題なし

女神ヘラ:父上と定期的な文通を求める程度と予想。こちらも問題なし

男神アレス:「俺の【ファミリア】は最強なんだ!」と言って侵攻を仕掛けてくる。いつものことなので放置して良し

男神アポロン:【ヘスティア・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)に負け、オラリオの土を2度と踏めなくなったので問題なし。ただし、万が一都市外でばったり再会した場合は父上を地の果てまで追いかけ回す可能性あり。要注意

男神テスカトリポカ、女神ケツアルコアトル:オラリオに来て興行を行い、そのついでに親父殿と神の力(アルカナム)が発動しない程度に(はげし)抱擁(なぐりあい)を交わす可能性あり。特に危険視するほどではない

 

中でも危険視されている女神カーリーについてはヘスティアと、彼女の補佐にガネーシャとソーマがついて対処することに。男神アポロンについては都市を自由に出入りできる【ヘルメス・ファミリア】が随時監視することになった。

 

「次は闇派閥(イヴィルス)の連中や。ディオニュソス、確か闇派閥(イヴィルス)の主神で唯一オラリオに残っとるタナトスは、自分のご近所さんやったな。アイツはどう動くと思うてる?」

「案外、今まで通り何処かに身を隠し続けていると思う。ただ、タナトスを始めとした死を司る神は親父殿を愛するあまり心を病んでいる。それがどれだけ凄まじいことか、皆もわかるだろう?」

『……うん……』

「だから、彼の親父殿への愛が爆発し、暴走した時の備えを怠らないよう眷属(こども)達にも伝えておいてほしい」

「……わかった。それじゃあ、ラキアとの戦争(ドンパチ)やけど、グレイ(おとん)も参加せざるをえん状況になってもうた」

 

そう言ったロキは足元に置いていた鞄から分厚い羊皮紙の束を取り出し、円卓に置く。

 

「これはな、ラキアとの戦争にグレイを出陣させることを要求する署名の書かれた紙の束や。うちのリヴェリアを筆頭に、純血混血関係なく、オラリオ在住の全てのエルフの名前と似顔絵、住所がこれには載っとる」

『マジで!?』

 

オラリオに在住するエルフの数を把握しているわけではないが、たった1人の人間を出陣させる要求を出すために、これだけの人数が動いたという事実に神々は度肝を抜いた。

 

「それでや。グレイがオラリオにいることをどのタイミングで知らせるか決めてなかったやろ?」

「言われてみれば」

「下手に隠し続けるのも危ないからな。かなり慎重に決めないと」

「そこで。うちはアレスを利用しようと思ってる」

『詳しく』

 

ニヤリとロキが黒い笑みを浮かべると、他の神々は期待に目を輝かせる。

 

「まず、この要求に応じてグレイを出陣させる。そしてラキア軍を程々に叩き、アレスのアホを誘き出す」

 

今回のラキアとの戦争は、自軍(ラキア)の士気が下がる程度にダメージを与え、眷属達を奮い立たせようと前線にアレスが出てきたところを捕縛するための編成を組む予定であった。

 

「誘き出されたアレスのアホをとっ捕まえて、グレイの前に突き出す。それで心身ともにボロボロのアレスから賠償金と稼いだ経験値(エクセリア)を巻き上げて本国に還す。そしてそのタイミングで世に知らしめるんや」

 

神々(われら)の父はオラリオにあり

 

「ってな」

『大賛成だ』

 

ロキの提案に神々は目を輝かせ、口を揃えて賛成した。

いつもどおりオラリオ側の勝利という代わり映えのない結果しか見えない先の侵攻に、父上(グレイ)の参戦とそれを見たアレスの反応が加わる。娯楽に飢えた神々にとって、これに反対する(もの)はいなかった。

 

 

 

 

そして当日。

 

「『酸の霧』」

「おい!装備がボロボロになったぞ!?」

「嘘だろ!?」

「整備したばっかなのに!!」

 

ラキア軍の兵士の武具をボロボロにしたり。

 

「『放つフォース』」

『グワーッ!!』

 

吹き飛ばしたり。

 

「狼狽えるんじゃない!ラキア軍人は、狼狽えるんじゃ──」

「『暗月の矢雨』」

「撤退!!」

『イエッサー!!』

 

追い払ったりと、グレイはそれなりに忙しかった。

 

「相手を極力傷つけないというのも、中々面倒だな」

「すいません。商業系【ファミリア】の方々に『金づるを殺すな』って言われてるので」

 

杖で肩を叩きながら愚痴を零すグレイの服装は、【黒い鳥】の伝承に因んで黒一色。杖と聖鈴もそれに合ったものを選んで装備していた。

 

「あちらを追う時は、できるかぎり風上のほうに行くよう伝えておいてくれ。時間が経てば霧は消えるが、今風下を通るとこっちにも被害がでる」

「了解です」

「エルフ達の様子はどうだ?」

「皆さん張り切って応戦してるっす。ただ、何名か興奮のあまり鼻血が止まらなくて使い物にならないっす」

「……」

 

1週間という期間限定で、この戦争に参戦するという冒険者依頼(クエスト)を請けたのはいいが、これで大丈夫なのか不安になってきたグレイは、額に手を当てて首を振る。

 

「じゃ、じゃあ、俺は伝令に行ってきます」

「ああ」

 

敬礼をとったラウルは回れ右をし、本営の方へと駆け出していった。

 

 

 

 

「……やはり、リリ達後衛の力不足が弱点ですね。専門の治療師(ヒーラー)魔道士(ウィザード)が欲しいです」

 

ダンジョン14階層の人気のない安全地帯。春姫の魔法《ウチデノコヅチ》をパーティーの一人一人に試し終えると、リリが口にした。

パーティーの構成は、前衛にヴェルフとベル、ネロの3人。中衛に命。後衛にリリと春姫。リリもそうであるが、Lv.1下位の能力(ステイタス)の春姫がモンスターに襲撃されれば一溜まりもない。

 

「というか、後衛に関してはグレイさんに頼りっぱなしだったね……」

「言われてみれば、そうだな」

「ベル様のおっしゃる通りです。だからこそ、グレイ様には此度のラキアとの戦争で大いに活躍していただかなければなりません!いえ、グレイ様だけではありません。リリ達も【ファミリア】の団員を増やすために動かなければならないのです!」

 

拳を力強く握りしめ、リリが力説する。たとえ『2億の借金と、全裸でダンジョンを走り回ったガチムチの変態を抱えるファミリア』と言われていようとも、入団希望者は現れてくれると。全員の胸中にある不安を消し飛ばすつもりで言い放った。

 

「リリ殿。非常に申し上げにくいのですが、今の声に気づいたモンスターがこちらに向かってきています!」

「ええ!?」

「良い話で終わると思ったらこれかよ畜生!」

「げ、迎撃用意!」

「は、はい!」

「了解」




補足1:テスカトリポカとケツアルコアトルの率いるファミリアは、観客を楽しませる格闘技を世界各地で行って収入を得るファミリア。本拠地はオラリオから南東に海を越えた大陸にある
補足2:死を司る神はヤンデレしかいない


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50話

お待たせしました(作者だった肉塊)
生贄の道で古老と間違い探しをしたり、聖堂で主教たちとキャッキャウフフしていたら遅れてしまいました。


ラキア王国との戦争が始まり、1週間が経過した。

冒険者依頼(クエスト)の期限を迎えた俺は、オラリオに戻ってきていた。

 

「さて、まずは何処に向かおうか……」

 

時刻は昼時。本拠地(ホーム)には誰もいないだろう。何時も通りヘスティアはバイトで、ベル達はダンジョンに潜っているだろう。

ギルドには……用がないわけではないな。今のうちにアイツ(・・・)の顔を見ておいたほうがいいか。

そう思って到着したギルド本部窓口。この時間はダンジョンに潜っているからか、普段来る時間に比べたら冒険者の数は少なかった。だが、正直これはありがたかった。あれ以来ギルドに来ると人の視線が全身に突き刺さるからな。

 

「あ、グレイさん!」

 

声のしたほうに顔を向ければ、エイナさんがこちらに駆け寄ってくるところだった。

 

「お待ちしてました。実は今日、グレイさんがギルドに顔を出したら、自分を呼ぶように上層部(うえ)に言われていたんです。これから何か予定はありますか?」

「特にないが……いいのか?中立を謳うギルドの上層部と、一介の冒険者が面談してしまって」

 

俺の意見に同意するように、エイナさんは肩を落とす。

 

「私もそう思って言ったんです。けど、『いいから呼べ』の一点張りでして……」

 

このタイミングは……狙ったな?

 

「……しょうがない。呼んできてくれ」

「わかりました。少々お待ちください」

 

そう言ってエイナさんが本部のほうに引っ込み、待つこと数分。

 

「これはこれは!お待ちしておりました!」

 

ドタドタという足音を響かせながら、その人物は姿を現した。

尖った耳をしていることからエルフなのだろう。しかし、これをエルフと言っていいのだろうか。

上等なスーツに包まれた体は肉付きが良いを通り越して肥え太り。腕と足は短く。顎は弛んでいる。ハーフとはいえ、後ろからついてきたエイナさんと同じエルフと理解するのに時間がかかった。

 

「まずは自己紹介を。私、ギルド長のロイマン・マルディールと申します。以後お見知りおきを」

「……【ヘスティア・ファミリア】のグレイ・モナークだ」

 

礼儀正しく頭を下げ、手を差し出されたので、取り敢えず応じることにした。

 

「ありがとうございます。では、こちらへ……ウラノス様がお呼びです」

「わかった」

 

周囲に聞こえないように小声で用件を聞き、彼──ロイマンの後ろをついて行った。

 

「ウラノス様。【ヘスティア・ファミリア】のグレイ・モナーク様が、いらっしゃいました」

 

案内されたそこは、地下に存在する石造りの大広間だった。天井は高く、壁の石材からは積み重ねられた年月を感じた。そして、広間の中心の玉座に『彼』──ウラノスは座っていた。

 

「では、私はこれにて」

 

ウラノスに頭を下げ、次にこちらに頭を下げ、ロイマンは広間を去っていった。

彼が去るのと入れ替わりに、俺はウラノスの方に顔を向ける。

 

「久しぶりだな。ウラノス」

「ええ」

 

2Mを超える逞しい体にローブを纏い、迫力も存在感も、発散される神威も地上にいる他の神々とは大きく異なっていた。

フードから長い白髭と白髪を覗かせる男神は立ち上がり──

 

「申し訳ございません!」

 

それはそれは見事な土下座を披露した。

 

「急にどうした!?」

「ここで日々『祈祷』を行っておきながら、父上の存在に気づかぬとは!このウラノス、一生の不覚!更には父上が建造に携わった先代バベルを粉砕するなど……っ!誠に申し訳ございません!」

「それはいいから落ち着け。今まさに『祈祷』の真っ最中じゃないのか?」

「……」

 

俺の指摘を受け、ウラノスはゆっくりと立ち上がる。ローブの乱れがないかを確認すると、再び玉座に座り、一呼吸置いて口を開いた。

 

「失礼、少々取り乱してしまいました。では、改めて。お久しぶりです、父上」

「ああ。こうして面と向かって話すのも2000年ぶりだな」

 

先ほどのように毅然に振舞っているが、超のつく真面目ぶりは相変わらずのようで安心した。

 

「はい。父上が下界に降りられてからは一時期大変でした。やさぐれたロキは殺し合いを繰り広げるように他の神々を唆し、ディオニュソスは朝から晩まで自棄酒を呷るなど……本当に大変でした」

「あー……それはすまなかった」

「いえいえ。我々ももう子供ではございませんので、親離れをする良い機会でもありました。その点には、感謝しています」

 

俺の謝罪を、ウラノスは笑顔で許してくれた。

 

「しかし、『薪の王』たる父上が『炉』の女神ヘスティアの眷属になる。これも、運命なのでしょう。そしてこれは、都市(オラリオ)にとっても良い選択でもありました」

「そうか?」

「そうです。【ゴブニュ・ファミリア】、【ヘファイストス・ファミリア】ならば、まだ平和的に争いを収める方法があったでしょう。ですが、万が一にも【ロキ・ファミリア】に所属しようものなら……」

 

ぶるり、とウラノスが震えた。

確かに、ロキのところにいったら都市(オラリオ)どころか都市外と戦争になっただろう。カーリーとか。

 

「……気を紛らわせるついでに、俺が下界に降りてからの話でもしようか?」

「是非」

 

 

 

 

「──ということがあった」

「そっか、ウラノスも苦労したんだねー」

 

あの後、俺が下界に降りてからダンジョンの壁に穴をあけて寝るまでの話をした。普段はあの地下室にいて外出できないこともあったのか、とても楽しそうに耳を傾けていた。そして、俺が下界に降りてからの天界の様子と、最初の神々が降臨してから今日に至るまでの話をウラノスから聞いた。……ほぼウラノスの苦労話だったが。

そして現在、本拠地(ホーム)で【ステイタス】の更新をヘスティアの部屋で行っていた。

 

「取り敢えず、明日はゆっくり休んでね。あと、明後日からダンジョンに潜るだろうけど、その時は『残り火』を解除すること。万が一異常事態が起きて、お金を取られるのは嫌だからね」

「わかった」

「……はい。【ステイタス】の更新終わったよ」

 

俺はヘスティアから羊皮紙を受け取り、目を通す。

 

グレイ・モナーク

Lv.ヤベーイ

力:ムキムキ

耐久:カッチカチ

器用:すごーい

敏捷:ハエーイ

魔力:たくさん

《魔法》

【魔術】【奇跡】【呪術】

《スキル》

呪いの証(ダークリング)】【ソウルの秘術】【残り火】

 

「なんだ、このふざけた表記は」

「いや、更新していたら文字化けが酷くてね?数値化しようにもできないから、やむを得ずこうしたんだ。多分、『残り火』の発動中はそれだけ数値も跳ね上がっているってことかもね」

「……今度から【ステイタス】の更新をする時は『残り火』を解除した状態でやろう」

「今度からって、解除してもう1回しないの?」

「どうせ上がっていても微々たるものだろう。それよりも降りてくれないか?早く寝たいんだが」

「やだ」

 

ベッドでうつ伏せになっている俺の背に跨るヘスティアは、俺の背中をぺたぺた触る。

 

「頼むから降りてくれ。そろそろ部屋に戻らないと、シャラゴアとアルヴィナに寝床を盗られているかもしれない」

「……父さん、あの猫なるもの達と面識があったの?」

「火の時代の頃からの知り合いだ」

「うわぁ……最早長寿の域を通り越しているね。エルフもびっくりだよ」

「まったくだ。そういうわけで早く──」

「もう少し堪能させて。それとも、ボクの胸の感触でムラムラしちゃった?」

「それはない」

 

俺の背中に体を密着させてこすりつけるヘスティアに答えると、頬を抓られた。

 

「グレイ君の女性遍歴が酷いのは知っているけどさ、即否定するのは失礼だと思うよ。……もしかして、尻派?それとも太股派?まさかの手首派?」

「どれでもない」

 

俺はヘスティアの質問を無視して起き上がり、ヘスティアを背中から引き剥がして上着に袖を通す。最初からこうすれば良かった。

 

「女性遍歴といえばグレイ君。【フレイヤ・ファミリア】から移籍してきたネロ君のことなんだけど……」

「あいつが何かしたのか?」

 

真面目な話になることを期待して、俺はヘスティアと向かいあう。

 

「いや、今のところ何も問題ないよ。地上でも、ダンジョンでもね。ただ……」

「ただ?」

 

自分の身を守るように体を縮こませながら、ヘスティアは言った。

 

「時々、ボクとサポーター君にねっとりと絡みつくような視線を向けてくるんだよ」

 

ネロの視線から身の危険を感じたのか、ヘスティアがぶるりと震えた。

 

「大丈夫だ、ヘスティア」

 

俺は安心させるために肩に手を置き、フレイヤからの伝言を伝える。

 

「あいつはヘスティアやリリのように小さくて可愛いものに目がないらしい。今頃、2人に似合う服でも仕立てているんじゃないかな」

「ごめん。安心できる要素が微塵もないんだけど?」

「手を出してこないだけマシだということだ。じゃあ、おやすみ」

「ちょっと待」

 

ヘスティアの言葉を最後まで聞かず、俺は自室に戻った。

 

「あら。お帰りなさい」

「邪魔してるわよ」

「お前ら……」

 

案の定。我が物顔で俺の部屋で寛いでいたアルヴィナとシャラゴアを見て、俺は膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

「父さんの背中……意外と小さかったな」

 

自分の掌を見つめ、先ほどまで触っていたグレイ君の背中の感触を反芻する。

初めて見たときは、とても大きくて広い背中だと思っていた。

けれど、傷だらけの背中を見て、ボクの中で印象が逆転した。

薪の王になるという宿命を成し遂げた背中から、薪の王となってしまった背中に。

世界の全てを背負うに相応しい背中は、世界を背負うには相応しくない背中に。

 

「どうしたら父さんにかかっている呪いは解けるのかな……」

 

天界では、我こそはという神々が父さんの呪いの解除に挑んだ。

特に、医療系の神が薬を調合しては父さんに飲ませるも、効果がなく匙を投げた。

かくいうボクも、父さんの呪いを解除しようと挑んだ神々の1柱だ。炉の神であるボクの点けた火は全て聖火になる。これならできると思い、薪を焚いて父さんを鎧越しに焙ってみたけど、効果がなくて泣いたのを今でも覚えている。

 

「やっぱり、下界の子供達にしかできないのかな……」

 

ボクとしては、世界を救った父さんは救われるべきだと思っている。何かを成した人には、相応の報酬があるべきだから。

けれど、父さんの呪いが解けることで、離別(わかれ)の時が訪れたとき、神々(ボクら)はどうなってしまうのだろう。

ボクは……それがとても怖い。




作中でヘスティアの聖火を使った解呪は効果がなかったとありますが、グレイの外見が亡者状態から普通の人と同じ状態に治るという効果はでています。完全に呪いが解けたわけではありませんが。


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51話

素材争奪戦を終えて、トゥリファスから帰ってきました。暫く林檎は食いたくないです。






このすばで書きたいけど、1つも完結させていないのに書いていいのか悩んでいます


ダンジョン17階層、大広間。

 

前衛壁役(ウォール)のクソッタレどもおおおお!?汚ねえ尻に力込めて守れぇ!」

『こいやああああ!』

 

そこで、俺達【ヘスティア・ファミリア】と【タケミカヅチ・ファミリア】は、大規模戦闘に巻き込まれていた。

そもそも、俺達は今後のダンジョン探索で深い階層に潜ることを考えると、日帰りではどうしても時間が足りなくなってしまう。そこで、毛布や食糧などを準備し、試しにダンジョンで寝泊まりすることになった。

しかし、それが18階層『リヴィラの街』の冒険者達による階層主討伐決行日と重なってしまい、今に至る。

 

『──オオオオオオオオッ!』

「……仕方ない。ここは手っ取り早くアレ(・・)を使うか」

「グレイ様、何か秘策があるのですか!?」

 

俺は『ストームルーラー』を取り出し、戦線から下がると近くで待機していた春姫に声をかけられる。

 

「嵐だけが大樹を倒す。つまりはそういうことだ」

「はい?」

 

疑問符を浮かべる春姫をよそに、俺が剣を構えると、剣に風が集まってゆく。

 

「……おい、なんだあれ?」

「ッ!全員道を開けろ!嵐が来るぞ!」

 

風が段々大きくなっていくと、それを感じ取った名も知らぬ(リヴィラ)の冒険者がこちらに顔を向けるが首を傾げる。しかし、先祖(ユリア)の記憶からこの後に繰り出される威力を理解していたネロは刀を鞘に納め、冒険者達に大声で呼びかける。

 

『オオオオオオオオオオッ!』

「な、なんだ!?」

 

ゴライアスは足元の前衛壁役(ウォール)を跨ぎ、俺に一直線に向かってくる。

 

「ふん!」

『おわああああっ!?』

 

俺が剣を振り下ろすと、刀身から放たれた嵐が射線上のモンスターを吹き飛ばし、ゴライアスを真っ二つに両断した。

 

『…………』

「さて、残りを片付けるか」

 

冒険者達が呆然とする中、役目を終えた『ストームルーラー』を収納し、『鋭利なカーサスの鉤刀』と『熟練のブロードソード』を握り、残りの雑魚モンスターの殲滅に向かった。

 

 

 

 

階層主との戦いの後には、冒険者達が金で殴り合う競売が行われた。

ゴライアスの『魔石』と『ゴライアスの歯牙』はゴライアスを一撃で仕留めた俺にスムーズに渡され、残る雑兵の『魔石』の山とドロップアイテムが競売にかけられた。競売には金にがめついリリが参加し、俺達は街を散策することになっていた──のだが。

 

「頼む!ゴライアスを一撃で仕留めたブツを譲ってくれ!金なら幾らでも払う!このとおりだ!」

『お願いします!』

 

俺の目の前で、見事な土下座を披露する(リヴィラ)の大頭、ボールス。彼の後ろでも数名の冒険者が同じように土下座を披露し、俺の足元に筆とインクと羊皮紙を差し出した。これに希望の金額を書けと?

 

「どうどう。ネロ、それは女性がしてはいけない表情だ。すまないが、あれは亡き友から受け継いだ形見の品だ。金を幾ら積まれても譲渡はできない。だが、そうだな……」

 

冒険者達にゴミを見るような目を向けるネロを宥め、俺は『ストームルーラー』を取り出して地面に突き刺し、2歩下がる。

 

「これがゴライアスを一撃で仕留めた剣、『ストームルーラー』だ。どうしてもこれが欲しいというなら、冒険者らしく力づくで奪ってみせろ」

『……』

 

暫しの沈黙の後、顔を上げた冒険者達はそれぞれ筆、インク、羊皮紙を持ち、静かに下がる。

 

「おい、どうすんだよボールス」

「まあ待て、そのためのプランBがある。ついてこい!」

『おう!』

 

彼らはそう言って、街の中心部へと駆け出して行った。

 

「……ふむ、これが伝説の『ストームルーラー』か。『嵐だけが大樹を倒す』の言葉通り、凄まじい一撃であったな」

 

彼らと入れ替わるように、紅の袴に太刀を装備した黒髪の女性が地面に刺さっている剣をじっくりと観察する。

 

「貴女は確か、【ヘファイストス・ファミリア】の……」

「ああ、自己紹介がまだであったな。手前は椿・コルブランド。お主の娘の1柱の【ファミリア】で団長を務めておる」

 

『ストームルーラー』からこちらに視線を移し、手を差し出されたので握手で返す。

 

「それで、貴女がなぜ中層(ここ)に?」

「うむ。久しぶりに迷宮(ダンジョン)で暴れたくなってな、序にヴェル吉を揶揄いにきた。まあ他にも1つ理由があるのだが……」

 

途中で言葉を止め、周囲に俺とネロ以外の人影がないことを確かめるように周囲に目配せする。

 

「手前は今日、ここで1泊して地上に戻る。もしお主らも中層(ここ)で1泊するなら、酒場に来てもらえんか?少々話がある」

「……わかりました」

 

 

 

 

そして、夜。

階層主(ゴライアス)との戦闘で消耗したことと、精根尽きかけていたこともあり宿屋に泊まることになった。そして選ばれた宿屋、ここが驚くほどに宿代が安かった。大虎(ライガーファング)の毛皮を用いた絨毯や、燭台型の魔石灯、寝台(ベッド)まで個室に完備されているのに。これで宿代が安い理由、それは……。

 

「……以前凄惨な事件が起きてしまった、曰くつきの宿屋だそうです」

「だ、大丈夫なのでございますか!?」

「別の宿に変えた方が……」

「いえ、駄目です。他の宿屋は高過ぎます。曰くつきだろうと何だろうと安さに勝るものはありません。ええそうですとも、殺された冒険者の亡霊や呪いなんて存在しません。万が一いたとしても、グレイ様がいればどうということはありません!」

 

というわけだ。怯える春姫、命、千草が異を唱えるが、リリはそれを全て却下。いざという時は俺に押し──任せると言うと、男女別で部屋をとると店主に告げた。久方ぶりの客に店主は泣いて喜び、軽い食料と酒も振る舞われ、手厚くもてなされた後、俺達は部屋で寝ることになった。

そして夜も更けた頃。

 

「(……そろそろ頃合いだろうか)」

 

薄目を開け、寝返りをうつふりをして周囲を確認する。桜花は熟睡中。ベルとヴェルフの寝台はもぬけの殻。念の為に『静かに眠る竜印の指輪』と『霧の指輪』という、最早お決まりの組み合わせを装備して宿を出て──

 

「お供します」

「あ、ああ」

 

いつの間にか背後に現れたネロを連れ、酒場に向かう。やだこの娘、ご先祖様(ユリア)に負けず劣らず凄く怖い!

酒場ではグラスを叩きあう音、すっかり出来上がった冒険者の笑い声や、吟遊詩人の詩の大合唱があちこちから響いてきた。

 

「さて、彼女は……お、いたいた」

「おお!来たか!」

 

目的の人物──椿・コルブランドは酒場の隅のテーブル席に座り、干し肉(ジャーキー)を肴に酒をチビチビと()っていた。

俺は彼女と対面する席に座り、ネロは護衛でもするように俺の背後に立つ。

 

「待たせてしまったかな?」

「いや、手前も少し前に来たところだ。……さて、いきなりだが本題に入ろうか」

 

グラスの中身を一気に飲み干し、表情を引き締めた彼女は周囲に聞こえないよう、小声で話し始める。

 

「お主、昼間に見た『ストームルーラー』を始めとした伝説の武具を持っておるのだろう?地上で機会があれば、手前どもに見せてもらえないか?ああ、主神様から了承は得ておる」

「……見せるだけ(・・)なら、構わない。ただ、【ヘファイストス・ファミリア】にだけ見せるとゴブニュが臍を曲げてしまうかもしれないから、ここは公平に【ゴブニュ・ファミリア】にも見せるということでいいでしょうか?」

「うむ。寧ろ、両【ファミリア】に良い刺激になるだろうな」

「では、また地上で会いましょう。おやすみなさい」

「ああ。お主も、良い夢を」




戦技の出し方がわからず、ジークさんを見殺しにしてしまいました。2週目では必ず完遂するので、どうか許してくださいヨームさん(鉈でぶつ切りにされながら)


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52話

ヴェルフのイベントにグレイは参加しません。ほぼ参加する意味ないですし。
無名の王が強すぎたせいで、竜狩りの鎧は楽勝でしたね(煎餅にされながら)



中層で椿・コルブランドと会った翌日の夜。『豊穣の女主人』前。

 

「お!おとーん!こっちこっち!」

 

テーブル席で俺に向かって声をあげ、こっちに来いと手を振るロキ。隣ではラウル・ノールドががっくりと項垂れていた。

 

「待たせてすまない。【ファミリア】の説得に少し時間がかかってな」

「えーよえーよ。うちも同行する眷属()が中々見つからんかったから」

 

ひらひらと手を振るロキの隣で、今日は厄日だという呟きが聞こえた。

遡ること数時間前、偶々遭遇したロキに捕まった俺は、『豊穣の女主人』で飲み比べ勝負を挑むと言われた。【ファミリア】の了承を得たら行くとだけ答え、【本拠地(ホーム)】に着いたところで話したところ、ベル達は快諾し、ヘスティアからも渋々ながら許可された。

しかし、ネロだけはそうもいかなかった。俺が何を言っても「自分も同行します」の一点張りを貫いていたが、ヘスティアとリリが自ら生に──服を仕立てて欲しいと名乗りでるや否や、掌を返して「いってらっしゃいませ」と俺を送り出した。ヘスティアとリリには何かお礼をしないとな。

 

「ほんじゃ、始めるで。規則(ルール)は簡単。相手より先に酔いつぶれたら負け。ほんで、負けた方が代金を払う。ええか?」

「良いだろう」

 

俺が首肯するとロキがエールを注文した。

そして、俺とロキはジョッキを掲げて重ね合った。

 

「「勝負!」」

 

──5杯目──

 

ロキの顔色が赤味を帯びてきた。

 

「……意外と酒強いんやな」

「非番の日に若手で集まって飲み比べ勝負をしたことがあるが、最後まで勝ち残る程度には強いぞ」

「やるやん!けど、うちも負けへんで!」

 

──10杯目──

 

ロキの顔が左右に揺れ始めた。

 

「ど、どうや。おとんもそろそろ限界とちゃう?」

「……まだ大丈夫だ」

 

──14杯目──

 

ロキの顔が前後左右、ランダムに揺れ始めた。

 

「……ま、まだいける……?」

「ああ」

「それでこそ漢や!ミア母ちゃーん!おかわ……がふっ」

 

限界を迎えたロキがテーブルに突っ伏し、空になったジョッキを叩きつける。

隣で静かに飲んでいたラウルが、ようやく終わったと胸を撫でおろした。

 

「あんたはおかわりしないのかい?」

「……水を2杯ほどください」

「あいよ」

「さて、ラウル・ノールド。結果はこの通りだが……」

「ええ。ですけど……」

「Zzz……」

「「ロキをどうしようか」」

 

俺とラウルはテーブルに突っ伏し、鼾をかくロキに目線を移し、この後のお互いの行動を思案する。

 

「ロキを君に任せて、お互い自分の本拠地(ホーム)に帰る。というのはどうだろうか?」

「まあ、それがベストっすよね。でも、折角だからグレイさんがおんぶして運びませんか?そのほうがロキも喜ぶと思いますし」

 

苦笑交じりにロキを見るラウル。なんだかんだ慕われているんだな……酔いつぶれている今の姿からは微塵も想像できないが。

 

「わかった。ただ、お手洗いで着替えてきてもいいかな?鎧姿のままでおんぶしたら『硬かった』だの『ガチャガチャ五月蠅かった』だのと文句を言われそうだ」

「いいですよ。自分は先に会計を済ませて外で待ってますので」

 

俺はお手洗いで墓守アガドゥランから頂いた装束に着替え、ロキに肩を貸して店の外に移動する。外で待っていたラウルと合流したところで腰を落として脚に腕を回し、立ち上がり、移動した。

 

「着いたな」

「じゃあ、ここから先は自分が」

 

そういいながらロキを下ろそうとするが……しがみついていて下ろせそうにない。

ラウルがロキの肩を揺さぶり、引っ張るなど試すが、微動だにしない。例えるなら、食事中のカブト虫のようだ。

 

「どどど、どうしましょう!?いくらグレイさんでも本拠地(ホーム)の、それも主神の部屋にご案内するのは……。ああでも、今のロキを無理矢理引っぺがして、万が一にも神の力(アルカナム)が発動したら……」

 

良かれと思っての行いが裏目にでて焦っているのか、あたふたと慌て、頭を抱えるラウル。門番の方もどうすべきか小声で話し合っていた。

 

「お前達、一体どうした?」

 

しかし、そこに救世主──リヴェリア・リヨス・アールヴが現れた。

 

「リヴェリア様!実はかくかくしかじかというわけなんです」

「わかった。フィンと話してくるから、もう暫くここで待っていろ」

 

そうして待つこと数分が経ち。リヴェリアが何かを持って戻ってきた。

 

「話し合いの結果、貴公にはここで1泊してもらうことになった。但し、機密保持のために部屋までの移動中は耳栓と目隠しの着用。明日の夜明けまではロキの部屋から出てはいけない。この2つを守っていただきたい」

「いいんですか?」

「ああ。今のロキを部屋まで運んでも、そのまましがみついて離さないだろう」

「貴女方が良いなら構わないですが、ヘスティアの方はどうしましょうか?『飲みに行くだけ』という条件で許可を得たので」

「それなら問題ない。貴公を部屋に案内した後、私が【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)で事情の説明と説得をしてくる」

「わざわざすいません」

 

こうして目隠しと耳栓を着用し、ロキの部屋まで案内された。俺はロキを背負ったままベッドに腰かける。すると、ロキのしがみつく力が緩んだので、ラウルの助力を得て横に寝かせる。これはこのまま帰れる流れではないか。そう思った矢先で。

 

「んぅ……」

 

寝返りをうったロキに裾を握りしめられた。

 

「ロキー?聞こえるかー?起きてるかー?」

「Zzz……」

 

起きているのではないかと疑い、声をかけるが、返答代わりに鼾が帰ってきた。

しょうがない、今日はここで夜を明かすか。

ロキに裾を掴まれたままベッドに腰かけていると、部屋を出たラウルと入れ替わるように『叡智の杖』と羊皮紙、筆記用具一式を持ったリヴェリアが部屋に入ってきた。というか、あの杖は俺がレフィーヤに渡したはずだ。なぜ彼女が持っている?

 

「遅くなって申し訳ない。結果から言えば、説得は成功した。だが貴公、あのネロという少女は何者だ?凄まじい殺気じみたものを私に発したのだが」

「俺の熱烈なファンです」

「そうか……貴公も苦労しているのだな」

 

遠い目で答える俺に、同情の目線が返された。本当に辛い。隠居も兼ねての自分探しの旅も、そうとは知らなかった自分の子供達の手で水泡に帰してしまい、昔の知り合いの末裔が現れて臣下として仕えているんだから。

 

「まあ、それはそれとして。まずはこの杖を貴公に返却しよう」

「……バレてしまいましたか」

「ああ。レフィーヤをごうも、尋問したら自白した。貴公がレフィーヤとダンジョンで逢瀬を重ねていたと。更にそこに白巫女(マイナデス)フィルヴィス・シャリアも加わり、貴公は両手に花だったとも」

「すいません。そういう誤解を招く言い回しはやめてください。フレイヤとかイシュタルの耳に届いた後が怖いので」

「冗談だ。だが、2人にはしかるべき処罰を私のほうから下した。でなければ、嫉妬のあまり私刑を執行する者が現れかねないのでな」

 

というか、拷問とか言いかけていた気がするのだが、彼女達は本当に大丈夫なのだろうか?2人の安否を心配しながら、俺は返却された『叡智の杖』を受け取り、ソウルに変換して収納する。

 

「さて、貴公とこうして古の魔法について語り合う機会が来たわけだが……眠気のほうはどうだ?無理なら、また後日でも構わないが」

「大丈夫です。ただ、ロキが傍で寝ているので、声は少し控えめで」

 

うむ、と彼女は頷くと、サイドボードに羊皮紙を広げ、ペンをインクに浸した。

 

「聞きたいことはいくつかあるが、そうだな……貴公、ウィーシェの森を覚えているだろうか?我らエルフの間では『黒い鳥』の伝承発祥の地として有名なのだが」

「あー……ああ、覚えてますよ。確か、俺が初めて足を踏み入れたエルフの集落ですね。それだけに、他の集落の潔癖ぶりに驚きましたね。森に1歩近づいただけで矢を雨あられの如く放つわ、森の至る所に罠が仕掛けてあるわ」

「ウィーシェの森の住人は、同族(エルフ)の中でも他種族に対して少々開放的な傾向が強い。貴公が衝撃を受けるのも無理はないだろう」

 

成程、同じエルフでも地域によって違いがあるのか。

 

「貴公、古の魔法の記されたスクロールを持っているか?」

「はい」

「では、当時の価格は幾らほどだろうか?ああ、単位は1ソウル=1ヴァリスで頼む」

「そうですね。魔法によって千差万別ですので一概には言えませんが、一番(よわ)くて500ヴァリスほどです」

「ん゛ん゛っ」

 

瞬間、彼女の走らせていたペンが枯れ枝の如く折れた。

 

「すまない。ショックのあまり、つい力んでしまった。だが考えてほしい。現代で魔法を修得しようとすれば発現するまで鍛錬を重ねるか、大金を払って魔導書(グリモア)を買って読むかの2択となる。前者は才無き者はいつまで経っても発現せず、後者に至ってはどの様な魔法が発現するかわからない賭け(ギャンブル)だ。それをたった500ヴァリスで解決だと?どうなっていたのだ、『火の時代』は」

「どうなっていたと言われましても。ただ、今言ったように一番(よわ)い魔法での価格ですので。強力な魔法ほど桁が違いますよ?価格も威力も」

「そ、そうか。いつの時代も額と威力は比例するものなのだな」

 

それを覆すのが使い手の技量だなんて、口が裂けても言えない。

その後は20分ほど話し込み、時間も時間ということでお開きになった。

 

 

 

 

ベッドで横になり、10分ほど経っただろうか。

 

「ロキ。そろそろ寝たふりを止めたらどうだ」

「バレとったか」

 

カーテン越しの月明かりに照らされ、ロキのニヤケ顔と目が合う。

目を覚ましたロキは俺の左腕を枕にし、顔をぐりぐりと押し付けてきた。

 

「これがおとんの上腕二頭筋と三頭筋そして三角筋の感触。ぐふふ、たまりませんな~」

「感触を楽しむのは構わないが、黙って寝ろ。明日の夜明けには出る」

「え~。折角やから朝食も食べてってーや」

「断る。ヘスティアとリリの雷が落とされるのだけは避けたい」

 

口を尖らせて文句を垂れるロキに頬を抓られ、引っ張られる。俺の頬は餅じゃないんだぞ。

 

「それはそうとおとん、レフィーヤとデートしたってホンマ?」

「違う」

「そこは嘘でも『そうだ』言うて、うちを驚かすとこやで」

 

わかってないなと呆れるロキが俺の頬を突かれる。嘘が通じないからそもそも言う必要はないと思うのだが。

 

「あーあ、おとんに浮いた話の1つもないのはつまらんなー。退屈凌ぎに、うちがおとんにお持ち帰りされたって広めたろかなー」

「それは本気でやめてくれ。発狂したイシュタルとフレイヤがここにカチコミをかけてきたらどうするつもりだ」

「冗談やって、冗談。でも、ホンマに無いのん?男女の関係になった人がおるとか。それに近い関係を築いたけど、やむを得ない事情で諦めた人がおるとか」

「男女の関係にはなっていないが、それに近い関係になりたいと申し出た人は何名かいたな」

「おお!それで?それでどうなったん?」

 

ロキが目をカッと開き、輝かせて食いついてきた。

 

「俺の過去を見せて、その上で考えて欲しいと答えて実行したら、皆背を向けて逃げてしまったよ」

「勿体ない、実に勿体ないで。おとんは外見も内面もそこそこ良いんやから、そんなことせんでも2つ返事で了承したげてーや。そしたら、うちらも安心できるのに」

「それを今の俺に言われてもな。ただ、その度に頭の中で声が響くんだよ。『お前の過去を見せてやれ』と」

「……えい」

 

俺の答えが不服だったのか、体を起こしたロキに鼻先を抓られた。

 

「離してくれ。これ地味に痛いんだぞ」

「そのうちでええ、『ダイダロス通り』におる貧乏神(ぺニア)から、ありがたーい説教を頂くと約束してくれるか?そしたら離すで」

「約束しよう」

「……わかった。ほな、おやすみ~♪」

 

再びベッドに横になり、俺の腕を枕にしてロキが再び眠りについた。

ロキに続いて俺も目を瞑り、明日に備えて寝ることにした。

 

 

 

 

翌朝。

本拠地(ホーム)の一角で、洗濯を命じられたレフィーヤが、シーツの水洗いを行っていた。

 

「よし、次は──」

 

次の洗い物に手を伸ばした時、ふと手が止まる。

 

「確かこれ、ロキのベッドの……もしかしたら、グレイさんの匂いが」

 

ついているかもしれない。そう思った彼女は、周囲に人影がないことを確認する。

 

「グレイさんの、残り香……」

 

謎の期待と興奮に胸が早鐘を打つ音だけが鼓膜を刺激する中、彼女はシーツを掴み、それを鼻に近づけていく。そして、それが鼻先に触れようとした瞬間、レフィーヤは我に返った。

 

「いけないいけない!いくらリヴェリア様にグレイさんとの直接の接触を禁じられているからって、こんなことをするのは人として駄目!」

 

頭を振り、浮かんだ雑念ごとシーツの汚れを洗い流すために彼女は洗濯に没頭した。普段ロキが使っているシーツだから、昨日1泊しただけのグレイの匂いがそう簡単に残ることもない。そう己に言い聞かせながら。




レフィーヤとフィルヴィスの処罰
1.リヴェリアの往復ビンタ&拳骨
2.ラキアとの戦争が終わるまでグレイと接触禁止
3.杖を没収(レフィーヤのみ)


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53話

1周目クリアしました。現在、2周目に備えてレベリングと誓約アイテム収集中です。


「それでね?ヴェルフが言ったの。『貴方に鍛えられた(おれ)の熱は、こんなものじゃ冷めやしない』って」

「そうか、それは良かったな」

 

【ヘファイストス・ファミリア】バベル支店執務室。ヘスティアに頼まれてついて来てみれば、ヘファイストスに捕まって執務室に連行され、ヴェルフとの惚気話を聞かされていた。

何時もの凛とした雰囲気はどこへやら、紅く染めた頬を緩ませて嬉しそうに話す姿は正に恋する乙女であった。

 

「そういえば、父さんのところにヴェルフから何か挨拶はなかったの?」

「……今朝、事の顛末をヴェルフからある程度聞いた」

「それで、それで?父さんは何て返したの?」

「取り敢えず『頑張れ』と言っておいた。それよりも、するべき仕事が残っているだろう」

 

机の上の書類の山を指さし、ヘファイストスに意識を切り替えるよう促す。

 

「そうね。……続きはこれを片付けてからにしましょう」

 

どうやら惚気話をまだ続けるつもりらしい。出来れば、もう帰りたいのだが。

そこに扉をノックする音が響く。

 

「主神様、少しよろしいだろうか?」

「ええ。どうぞ」

 

部屋に入ってきたのは、団長の椿・コルブランドだった。

 

「すまない。主神様の親父殿を少し借りてもいいだろうか?以前、機会があれば武具を見せていただくと約束しておってな」

「いいわよ。けど、他の眷属()達にも声はかけたの?」

「うむ。工房に籠っておった者は一通り来ておる」

「そう……父さん、この後予定はある?」

「ない」

 

瞬間、椿・コルブランドがガッツポーズをとった。

 

 

 

 

「ステイ、ステイ。まだよ、まだよ」

 

【ヘファイストス・ファミリア】バベル支店会議室。普段は武具に文字列(ロゴタイプ)を刻むか否かの査定を行う部屋中に、俺は手持ちの武具からいくつか選んで並べていた。両手を広げて制するヘファイストスの後ろには団員達が並び、まだかまだかと待ちわびてた。

 

「えー……見る前の注意点として、ここにある武具は全部、俺がダンジョン探索に使うものだ。なので、扱いは慎重にしてほしい。では、どうぞ」

 

俺が言うと同時にヘファイストスが手を下げる。そして団員達が部屋に入り、自由に武具を見て回る。

 

「嗚呼、これが伝説の……」

 

あるものは『月光』をはじめとしたドラゴンウェポンを五体投地で拝み。

 

「なんだこの刀。何をどう()ったら刀身にびっしり棘が生えるんだ」

 

あるものは『血狂い』に戦慄し。

 

「……どっからどう見てもドロドロに溶けた鉄を冷やして固めただけだよな。これが武器とかどういうことなの」

 

あるものは『熔鉄槌』を見て困惑するなど、各々自由に見て回って感想を口にしていた。

そんな中、椿は俺の腰に下げている剣をまじまじと見つめている。

 

「どうした?」

「いや。並べられている武具も素晴らしいのだが、お主の下げている剣も相当な業物だと感じてな。よければ見せてもらえないだろうか?残念ながら置く場所がないゆえ、手前が手に持って見ることになるが」

「止めといたほうがいいわ」

 

眷属達の様子を見ていたヘファイストスが、手でバツ印を作って首を横に振る。

 

「なぜじゃ?」

「だって、その剣を持ったら重さに耐えられなくて、貴女の腰が壊れるわよ」

「……なぬ?どう見てもロングソード程度の大きさしかないのだが、これはそんなに重いのか?」

「ええ。アトラス(力自慢)が持ち上げられない程度には」

「おおう……」

 

 

 

 

場所は変わり、【ゴブニュ・ファミリア】本拠地(ホーム)の一角にて。

 

「お願いだ!あの槍の製法を教えてくれ!」

「何なら2,3日でいい!貸してくれ!」

 

職人達が涙ながらに俺に縋り付いてきた。

彼らが教えてほしいというのは、『サンティの槍』の製造方法。既に壊れている(・・・・・・・)だからこそもう壊れない(・・・・・・・・・・・)という他の武器にない特徴を口にした瞬間、こうなった。

 

「馬鹿野郎!」

 

しかし、団長と思しき男性の一喝が響く。

 

「相手の技術を試行錯誤して自分の技術にする、それが職人ってもんだろうが!それにだ、持ち主でさえ理解していない特徴を持った武器を俺達の手で作る。つまり太古の技術を今に蘇らせるという偉業を成し遂げる、またとない好機(チャンス)だろうが!」

『確かに!』

 

団長の一喝を受け、職人達が涙を拭い、面構えを一変させる。

 

「わかったら早速試作開始だ!気合い入れていくぞお前ら!」

『応ッ!』

 

団長を筆頭に、職人達が本拠地(ホーム)を飛び出し、工房へと向かっていった。

 

「悪いな、俺の眷属が騒がしくて」

「いや、元気でいいと思うぞ」

 

部屋の隅で事の成り行きを見守っていたゴブニュが、恥ずかしそうに頬を掻きながら苦笑する。

 

「まあ、親父殿がそう言ってくれるならいいんだが。俺の眷属もちょっと……いや、かなり苦労していてな」

「そんなにか?」

「何処の誰とは言わねえが、遠征やら経験値稼ぎやらでダンジョンに潜るたびに武器をぶっ壊すのがいてな。そのたびにあいつらがまあ泣いてな。修理のたびにもう少し丁重に扱えと口酸っぱく言っているんだが、本人の戦闘スタイル的に無理なようでな。誰が名付けたか、人呼んで【壊し屋(クラッシャー)】」

 

苦労のほどを物語るように、ゴブニュが大きなため息をついた。

 

「……この槍の製造方法が確立されれば、あいつらの今までの苦労も報われるだろうな」

「そうだといいな」

 

 

 

 

日も沈み、月光と星明かりが夜から注がれる頃。

 

「俺は帰る」

「まあまあ、そう言わずに」

 

俺がある場所から去ろうとすると、にやけ顔のヘルメスに肩を掴んで止められる。

 

「いいから帰らせてくれ」

「いやいや、親父殿のそれを治すためにここ(・・)に来たんだから。ほら、勇気を出してこっちに踏み出して」

 

俺はヘルメスとは逆方向に足を踏み出す。

 

「馬鹿野郎!お前、俺は帰るぞお前!」

「ちょっとごめん!そこのお嬢さん達、手を貸して!」

 

俺が必死で逃げようとしているこの場所は、都市南東部に位置する第3区画──つまり、歓楽街だ。

以前ここに俺が来たときは、ベルと命、そして春姫の救出という目的があって平気だった。だがしかし、そういった目的がない状態でここに踏み込むのは怖くてできない。

結局、数の暴力に敗北し、俺は歓楽街に引きずり込まれてしまった。

 

「大丈夫だって親父殿。主だった戦闘娼婦(バーベラ)のアマゾネス達はラキアとの闘いに行っていていないから、ここに残っているのは非戦闘員且つアマゾネス以外の娘しかいないからさ」

「そう……みたいだな。だがヘルメス、こうまでして俺の女性に対する恐怖感を治そうとするのは何故だ?」

「いやほら、神々(俺達)って親父殿はいるけど、母親はいないだろ?親父殿にそういう人がいてくれると何となく安心するんだよ。要するにあれだ……俺なりの気遣い、かな」

 

その気持ちはありがたいが、もう少し違う形で見せて欲しかった。

 

「今回はお前の厚意に甘えるとしよう。但し、お前が妙なことを企んでのことなら、アスフィとヘスティアのところに駆け込むから覚悟しておけ」

「イエッサー」

 

そしてヘルメスに連れられ、俺が来たのは【イシュタル・ファミリア】本拠地(ホーム)女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)

ヘルメスは好みの娼婦を見つけたのか、俺を置いて何処かに向かってしまった。話はつけておいたとか言っていたが、本当に大丈夫か?

何時でもヘスティアとアスフィの所に駆け込めるように、逃走経路を頭の中で思い描いていると、1人の青年が俺の下に来た。

 

「グレイ・モナーク様で、よろしいでしょうか?」

「そうだが。君は?」

「初めまして。自分、【イシュタル・ファミリア】副団長、タンムズと申します。ヘルメス様からお話は伺っております、どうぞこちらへ」

 

青年改め、タンムズは一礼すると、俺を部屋の前へと案内した。

 

「この部屋は、ヘルメスから?」

「ええ。ヘルメス様が選んだ娼婦がこの部屋でお待ちです。では、ごゆるりと」

 

再度一礼したタンムズは、踵を返して去っていった。

ヘルエスが選んだということに一抹の不安を抱えつつ、俺は部屋の扉に手をかける。そしてそのまま開け──

 

「そろそろ父上がいらっしゃる頃だろうか。あいつに連れて来るよう命じたはいいが、後はどうすればいいだろうか?主神としての威厳ある振舞いを見せるべきか?いや、先の抗争でそれはあってないようなものになっているだろう。ああ、だったら私はどうすれば……」

 

──ようとして一瞬躊躇ったが、そのまま扉を開けて中に入る。

 

「はっ!?」

 

今まで考え事に耽っていたのか、俺と目が合い、固まるイシュタル。

暫く部屋が沈黙で支配する中、ようやく状況を理解したイシュタルはソファーに座って足を組んでふんぞり返る。

 

「ようこそ、私の本拠地(しろ)へ」

「無理するなイシュタル」

「うぅ……」

 

主神として威厳ある姿を見せようと背伸びするイシュタルを諭すと、耳まで赤くなって俯いた。

テーブルの上には2人分のグラスと酒瓶が置かれていた。

 

「イシュタル。まさか、俺と酒を呑むためだけにヘルメスを使ったのか?」

「は、はい。ギルドの監視がついている中で【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)には行けないし、そもそも歓楽街が復興して間もないので本拠地(ホーム)を出ることもできない。ならいっそ、誰かを使って父上に来ていただくしかないかと……」

 

もじもじと指を絡めながら、恥ずかしそうにイシュタルが答える。

 

「そんなことをしなくても、手紙なり寄こしてくれれば済むことじゃないか。まあ、ヘスティアが許可したらの話だが」

「……ッ!?」

 

イシュタルは衝撃を受けたようで、カッと目を見開き、そしてがっくりと項垂れた。

自分の行動を嘆いているイシュタルはさておき、酒は何処で造られたものか気になり、酒瓶を手に取る。

 

「……イシュタル。これは何処の酒だ?ラベルが貼られていないが」

「そ、それはソーマから頂いたものです。どこから嗅ぎつけたのか、『父上のために気合いを入れて作った力作だ。父上がいらしたら、お出ししろ』と言って、それはもう凄まじい気迫を放っていました」

 

俺の脳裏に、ヘラヘラと胡散臭い笑顔を浮かべるヘルメスが浮かんだ。

 

「じゃあ、1杯いただくとしようか」

「は、はい」

 

気を取り直したイシュタルが栓を抜く。すると、熟した果物のような甘い香りが漂う。

 

「……甘い、良い香りだ」

「どうぞ」

「ああ。ありがとう」

 

暫く香りを堪能し、イシュタルが差し出したグラスに口をつける。

口当たりは軽く、舌全体を甘味が刺激する。芳醇な香りが鼻腔を駆け抜け、後味も爽やか。

 

「ふぅ……旨い。ソーマも腕を上げたな」

「ええ。私も久しぶりに口にしましたが……実に美味しい」

「ほう?久しぶりということは、前も飲んだことがあるのか」

「はい。といっても、本人が失敗作と称するほうの酒ですが。昔、娼館で扱う酒に加えようと思い、試飲いたしました。ですが……あまりの美味しさに客が夢中になり、娼婦が置いてけぼりをくらいかねない、ということで断念しまして」

「なるほど」

 

イシュタルの昔話に耳を傾けながら、ソーマの力作を味わっていく。

しかし、これは危険だ。口当たりが軽いものだから、グラスの減りが普段に比べて早い。イシュタルのほうも同じようにグラスを傾けている。そこまで酒に強くなかったはずだが、大丈夫なんだろうか?

その後はイシュタルが下界に降臨してからの話を、【ファミリア】の機密事項に触れない程度に聞いていき、酒瓶の中身が9割ほどなくなった頃。

 

「……時に父上、コレ(・・)はできましたか?」

 

顔も赤くなり、しかし目の据わったイシュタルが小指を立て、肩に寄りかかってくる。

 

「いない。というか、お前も俺の女性関係は気になるのか。ロキとヘルメスにも同じようなことを言われたぞ?」

「もちろん!」

 

グラスを呷り、テーブルに置くと拳を握りしめて力説する。

 

「父上が見初めた女性の外見或いは内面が一番近い()の女神こそ、女神の中で最も美しい!……ゆえに、父上の伴侶はどのような女性なのか、私達の間で密かに賭けになっているのです」

 

イシュタルの発言が、酔った勢いによるものであってほしい。

 

「しかし、いらっしゃらないのですか……私の眷属から何人かご紹介いたしましょうか?」

「断る。それは俺に死ねと言うのと同意語だ」

「なぜですか父上!外見・内面共に良しなのに、なぜ父上の周りには女の影がないのですか!?」

 

イシュタルが涙目で俺に縋り付く。どうしてこう、愛や美を司る女神は面倒くさいのばかりなのだろうか。

 

「ハッ!?もしや、父上にはそちら(・・・)の気が……?いけません父上!『英雄色を好む』と言えど、そちらの色はいけません!非生産的です!」

「落ち着けイシュタル」

 

何をどうしてその結論に至ったのか、一転して泣きながら説得にきたイシュタルを引き剥がす。

 

「まず、俺にそっちの気はないから安心しろ」

「ぐすっ……本当ですか?」

「俺は『元』人間だ。そして、神々(お前たち)は人間の発言の真偽を見抜くことができる。それがなによりの証拠じゃないか」

「は、はい。申し訳ありません、少々取り乱してしまいました」

 

頭を撫でながら話すと、イシュタルが段々大人しくなってきた。昔からこうすればイシュタルは大人しくなるんだよな。そこだけは変わってないようだ。

 

「……だがイシュタル。俺を英雄と呼ぶのはやめてくれ」

「何故ですか?父上は忌まわしき因果を断ち切り、人々を呪いから解放されたのです。これほどの偉業を成した父上が英雄でなければ、何であるとおっしゃるのですか?」

 

『薪の王』、『原罪の探究者』、『闇の王』、その他にも俺に後世の人々が与えた称号は数ある。その中で一番合致するものと言えば──。

 

「あらゆる生命体の天敵、だな」

 

俺がそう答えると、イシュタルが悲しげな目で俺の手を優しく包む。

 

「……いいえ、父上は英雄です。誰が何と言おうと。確かに父上は、この手で多くの命を奪ってきました。ですが、それ以上に多くの命が救われました。ですから、自らを貶めて背を曲げず、誇らしげに胸を張ってください。それが、彼らへの手向けです」




イシュタルが口にしていた賭けですが、「加齢に伴って外見が変わるから、賭けはそもそも成立しないのでは?」というアフロディーテの一言でなくなっています。
グレイが口にした称号ですが、元ネタは4faの「人類種の天敵」です。


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54話

ダンまちアニメ第3期放送おめでとうございます!
いやー、楽しみですね。具体的に言うとネタバレになりますが、アレとかコレとかソレとか。アニメでどう描写されるか楽しみです。


「今日はどちらまで?」

「ダイダロス通りを根城にしている、女神ぺニアに会う予定だ……というか、お前までついて来ることはないぞ」

 

ある日の昼下がり。【ファミリア】の本拠地(ホーム)を出ると、いつの間にか傍にいたネロに話かけられた。こいつの神出鬼没具合に慣れてしまった自分が怖い。

 

「貴方が出向かれるのであれば、お供いたします」

「……わかった。いくぞ」

「はっ」

 

そしてネロを連れて到着した、ダイダロス通り。奇人とまで言われた設計者の手で何度も区画整理が行われ、秩序を放棄した広域住宅街。石造りの建物と階段、路地が縦横関係なく錯綜する重層的な威容は、地上に存在する迷宮(ダンジョン)だと、ロキは言っていた。

 

「ここにいらっしゃるのですか?」

「ロキが言うには、そうらしい。具体的にこの場所とは言われていないから、隅々まで探すぞ」

 

俺とネロは1歩足を踏み入れ、目的の神物(じんぶつ)の捜索を始めた。

 

 

 

 

「あれは……グレイさん?」

 

少し時は遡り。グレイがダイダロス通りに向かう途中の姿を、レフィーヤ・ウィリディスが遠くから目撃していた。

 

「女の人と一緒……」

 

彼が他の女性と歩いている。同じファミリアの女性ならば、買い物帰りで荷物持ちをやっているのだと納得し、女神ヘスティアが隣にいれば親子仲が良いなと頬を緩めていた。だが、現在彼のそばにいる女性は知らない顔であった。であるからか、苛立ちのようなものを感じた。そして、何故自分が苛立ちを感じているのか理解できず、余計に苛立ちが加速していた。

 

「レフィーヤ、こんなところでなにしてるん?」

「ひゃあ!?」

 

そのせいで、主神であるロキが顔を覗き込むような姿勢になっていたのも気づかなかった。

 

「ロ、ロキ!?いいい、何時の間に!?」

「そないに驚かんでも……って、あれおとんやん!お~い、おと」

 

グレイを視認したロキがグレイを大声で呼ぼうとした瞬間、レフィーヤはロキの口を塞ぎ、路地裏に身を潜める。そして極限まで耳を研ぎ澄まし、2人が何事もなく移動するのを確認すると路地裏から顔だけを出し、2人の後ろ姿を目で追う。

 

「よかった、気づかれなかった」

「良いわけあるかい!いきなり口を塞がれたうちの身にもなってや!死ぬかと思ったわ!」

 

解放されたロキが怒るが、今の彼女はそれどころではない。

 

「ちゅーか、レフィーヤ。自分、リヴェリアに言われたこと忘れてないやろな?」

「ちょ、直接の接触は禁じられていますけど、こうして遠くから見てはいけないと言われていません!なので無罪です!訴えられても私が勝つ自信があります!」

 

顔を赤らめ、必死の弁明を行うレフィーヤ。そんな彼女を、ロキは変質者(ストーカー)のようだと感じ、半歩ほど下がる。

 

「ほんなら、うちに構っててええの?そろそろ姿も人混みに紛れて見えにくくなるで」

「っ!?」

 

ロキの指摘を受け、レフィーヤはつかず離れず、しかし相手に勘づかれない距離を維持しつつ、移動を始めた。

 

「(せやけど、誰や?おとんの隣におるあの子は。……確か、フレイヤのとこで前に【ランクアップ】した眷属()やったな。名前は、ネロいうたっけ。何でおとんと行動しとんのやろ。フレイヤんとこは今頃ラキアとドンパチやっとるはずなのに。気になるわぁ)」

 

 

 

 

「見つからないな……」

 

ダイダロス通りに入り、ペニアの捜索を始めること数十分。通りが迷路のように入り組んでいることもあり、ペニアを発見できずにいた。

 

「……む?」

 

十字路の真ん中で周囲を見渡していると、カチャカチャと金属の擦れる音が微かに聞こえた。

俺は『ささやきの指輪』を装備し、再び耳をすます。

 

『アイツのところは子供が生まれたらしいから、このくらいが妥当かね。となると……』

「いたぞ。こっちだ」

「はっ」

 

懐かしい声の聞こえた方向に歩みを進めると、そこは少し開けた広場だった。

広場の真ん中には、何かを詰めたのか膨らんでいる袋の積まれた荷車。その前で1人の老婆を挟むように金貨と空の布袋が置かれていた。

 

「ペニア」

 

俺が名前を呼ぶと、老婆は小さく舌打ちをし、金貨を袋に詰めると荷車に載せ、俺のほうを振り返る。

 

「おやおや。誰かと思えば、親愛なるクソ親父殿じゃないかい。女侍らせて何の用だい。見ての通り、私は今忙しいんだ。用件は手短に、分かり易くしておくれ」

 

不機嫌そうな顔で悪態をつく姿は天界にいた頃と変わらず。

 

「『侍らせて』とかいう誤解を招く言い回しをしないでくれ。少し前に、ロキからお前に会ってこいと言われてな。それで来た」

「……そこに座りな」

 

ペニアは近くにあった空の木箱を指さし、そのうちの1つに座る。俺はペニアと対面するように座り、ネロが俺の後ろに控える。

 

「ってことは、まだ自分が幸福になることを躊躇ってるってのかい?」

「……ああ。それだけでなく、誰かを助ける度に、『なぜあの時できなかったのだ』という声が響いてな。正直、何か善行を成すたびに水を差すような言葉が響いて止まないんだ」

 

俺の言葉を聞き、ペニアが大きなため息をつき、続いて怒号が飛んだ。

 

「馬鹿言ってんじゃないよ!自分が幸福になることを躊躇う?凡百の英雄どもさえ成しえなかった偉業を成し遂げて、人々を救った親父殿には相応の報酬があって然るべきなんだよ!それがなんだい、報酬の受け取りを遠慮するならまだしも、それから背を向けて逃げだして!だから私は親父殿のことが嫌いなんだよ!」

 

フンと大きく鼻を鳴らし、ペニアがそっぽを向く。

 

天界(うえ)にいた頃は定期的に同じようなこと長々と話して、それで下界で隠居も兼ねて自分探しをするとかぬかすから何か変わったと思ったら、とんだ期待外れさね!……で、その女は結局何者なんだい?」

 

そっぽを向いたまま、ペニアがネロのことについて訊ねてくる。質問があるならこっちを向いてほしいのだが。しかしどうしようか、ペニアにロンドールの血と記憶を受け継ぐネロをどう紹介したものか。

 

「オラリオより遥か北。嘗てロンドールと呼ばれし地より参りました。黒教会の指導者の血統、ネロ・エキリシアと申します」

 

俺が思案していると、ネロが自分から口を開いた。瞬間、ペニアがこちらを向き、ネロを睨みつける。

 

「ほう……ロンドールの黒教会。今の世界を創り出す代償に、こんな化け物を生み出した狂信者共の指導者。その末裔が、今更親父殿に何の用だい。まさか、闇の時代とやらの到来でも望んでいるのかい?」

「いえ。我が祖ユリアは、王の意に従い、闇の時代の到来を拒絶致しました。それは私も同じです」

「……そのようだね」

 

ネロの言葉を聞き、ペニアは荷車のほうを向き、作業を再開した。

 

「だったら、親父殿共々さっさと帰りな。私の気が変わらない内にね」

 

しっしと手を払うペニアに従うように、俺はネロを連れてこの場を後にした。本当ならもう少し話したいこともあったが、ペニアの機嫌をこれ以上悪化させたくない。

 

 

 

 

「やっぱり治ってなかったんか……」

 

これは困ったと、ロキが天を仰ぎ大きなため息をつく。

グレイが天界にいた頃、数多の医神達が父上の精神(こころ)を救うと名乗りを挙げ、挑んだ。そして、それを成し遂げた者は現れず。挑んだ神々は自分の至らなさを悔やみ、暫くふさぎ込んでいた。今のミアハとディアンケヒトを知る子供達からすれば想像もつかないかもしれないが、それはもう酷い落ち込みようだった。

ディアンケヒトは天界にいた頃はまだ髪も黒の混じったロマンスグレーだったが、ショックのあまり髪が全て真っ白になって燃え尽きてしまった。ミアハはショックでふさぎ込んで引きこもり、髪はボサボサになり、げっそりとやせ細った。

やはり下界の人間(こども)達にしかできないのか、とロキが後頭部を掻く横で、レフィーヤは顎に手を当てて考え込んでいた。

 

「どうしたんや?レフィーヤ。そないに考えこんで」

「え?えっと、普段って言うほど交流があるわけでもないんですけど、グレイさんがあんなに抱え込んでいたとわからなくて……」

「せやな~……レフィーヤ、心的外傷後ストレス障害って病気知っとるか?」

 

知らない、とレフィーヤは首を横に振る。

 

「分かりやすく言うとな。危うく死ぬか、重症を負うような出来事に遭遇してもうて心に強い衝撃を受けて、それが原因でストレス障害を引き起こしてまう病気のことや」

 

いつものおちゃらけた雰囲気は消え、真面目な表情のロキを前に、レフィーヤは姿勢を正す。

 

「うちみたいな探索系【ファミリア】の主神はな、常に危険と隣り合わせのダンジョンから帰還した眷属()がこれを発症しないか心配で心配で仕方ないんや。体のどっかを怪我したなら、薬なり魔法なりで治療できるで。極端な話、飯食って安静にしていれば治る。けど、心の傷に効く薬や魔法っちゅうのは存在せえへん。せやから、これを発症してしまったら大変や。『無力な自分のままでいたくない』言うて、こっちの制止振り切ってダンジョンに潜り込んで死にかけたり。夜中に突然跳ね起きて取り乱して騒ぎになったり。死体を連想させるから肉が食えなくなったり。そもそも物を口にすること自体できなくなってしまったり。その度にうちらは頭を抱えて、他の神々に相談して対処してるんやで」

 

だから労えと両腕を広げてにじり寄る主神(ロキ)の顔面を、レフィーヤは鷲掴みにして力をこめる。調子に乗りましたごめんなさい、とロキが謝罪して手をタップすると、レフィーヤは手を離す。

 

「それとな、発症してもうた眷属()の共通点として、本人の中の時間の流れがその日を境に止まってしもうて、元の自分を取り戻せなくなってしまうんや。せやから、おとんの時間は火の時代で止まってもうてるんや。……そうやろ。おとんのことを『壊れた時計』と言うた。貧困の神ペニア?」

「ええっ!?」

 

ロキの視線の先に顔を向けると、自分の直ぐ隣まで女神ペニアが接近していた。驚愕したレフィーヤは、不意に立ち上がり姿勢を正す。何故そうしたかは本人もわからないが、自然と体が動いてその姿勢を作り上げた。

 

「盗み聞きとは、感心しないね。ロキ」

「ちゃうて。あの場に入って空気ぶち壊すわけにもいかんから、ここにおっただけなんや。あと、うちはただついて来ただけやで。主犯はレフィーヤや」

「ななな、何を言っているんですか!?私が主犯だなんてそんな……」

 

そんなことはない、と言い切る寸前で、自分の行動を思い返す。そして断言できる要素がなかったため、『ないと思います』としか言えなかった。

姿勢を正すレフィーヤの前を通り過ぎた女神ペニアはロキの隣に回り、胡坐をかく。

 

「ペニア。自分が診たところ、おとんの様子はどうやった?」

「私は医療の神じゃないから断言はできないけど。悪化しちまってるね、アレは。下界の人間(こども)達と交流させたのがまずかったみたいだね」

神々(うちら)にできない。しかし下界の人間(こども)達に任せれば悪化する。……どないせえっちゅうんや」

 

まな板(ロキ)老婆(ペニア)は揃って頭を掻きむしり、唸り声をあげる。そして天を仰ぎ、大きなため息とともにがくりと首を折る。

 

「……そういえば、なんでお前さんは親父殿の尾行なんて真似をしたんだい?」

「な、何故って、その……グレイさんが女の人と歩いているのが気になったから……です、ごめんなさい」

 

レフィーヤの返答に、ペニアの表情が険しいものになる。それを見たロキは、どうしたとペニアに問いかける。しかし彼女はそれを無視し、レフィーヤに顔を近づける。

 

「まさかと思うがお前さん。親父殿に懸想しちゃいないだろうね?」

「け、懸想!?そそそ、そんな事は……」

 

ペニアの言葉にレフィーヤは耳まで赤くなり、指を弄りながらペニアの質問に対する返答を考える。何故かロキが向けてくる期待の眼差しは鬱陶しいので無視した。不満げに口を尖らせるが、そんなことはどうでもいい。

自分の中にあるグレイに対する想いは、ペニアの言う懸想なのだろうか?確かにグレイに好意のようなものを抱いていることは否定しない。しかし、それはどちらかと言えば憧れのようなもの。外見と内面については比較的好みではあるが、異性として意識しているか聞かれれば、恐らくは否の筈だ。

 

「ない、です」

「……そうかい。でも、気を付けな。あれは、人の皮を被った怪物(モンスター)。或いは、墓場を探して彷徨う幽霊(ゴースト)だよ。あれに懸想して添い遂げようなんて考えようものなら、一生を犠牲にすることになるよ」

 

そう言って立ち去る女神ペニア。しかし、その背中は父親を蔑んだ一連の言動に反し、哀愁に満ちていた。彼女もまた、父親を愛しているのだろう。ただ、彼女はそれを素直に表に出せない、不器用な性格の持ち主であった。

 

 

 

 

ある魂の話をしよう。

その魂には、奇妙なシミが付いていた。

何度始まりの火に焚べられ、転生を繰り返しても、そのシミは決して落ちなかった。

奇妙なことに、その魂の持ち主は種族問わず全員が人間で、女性であった。更に、生涯独身でもあった。

ある時、ある神は問いかけた。なぜ、貴女は独身で生涯を終えたのか。あと何回女性に生まれ変わり、生涯独身のままでいるつもりだと。

魂は答えた。かつて自分は、暗闇の底にいた。そんな自分に手を差し伸べ、光を与えてくれた男性がいた。その男性とは様々な事情から離れ離れになった。そして年月が過ぎる中で出会いはあったが、それに心の何処かで空虚さを感じ、独身であり続けた。そして天寿を全うする間際、自分はその男性に恋をしていたと気づいた。

だから、その男性と再会するまで。再会して、この想いを伝えるまで。私は何度でも生まれ変わり続ける。誰よりも強く、優しい、自分の英雄に出会うまで。

魂はそう答え、再び始まりの火に焚べられた。次の自分が、自分の英雄と巡り合えることを願って。




最後に出た魂の今の宿主、作中で既に登場しています。そして魂の最初の宿主は、ダクソシリーズに登場しています。


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55話

やっと四人の公王に勝てました。


「いいかい、皆?恋愛をするなとは言わないが、風紀を乱すのは駄目だ」

 

ある朝。1階の居室(リビング)でヘスティアがそんなことを言う。

ヘスティアが急にこんなことを言った理由は、わからない。というか、聞かなくとも察せる。ベルと春姫だろう。少し前に誰か、というか春姫に怒鳴っていたような声が聞こえた。そして自分のせいでこうなったと責任を感じているらしい本人は、端のほうに座って縮こまっている。

 

「というわけで、ボクの【ファミリア】で男女の接触は禁止だ。手を繋ぐのも駄目」

「そんなの横暴です!それを言うなら、ヘスティア様もベル様にヴェルフ様、グレイ様に一切触れてはいけませんよ!?」

「それじゃあ【ステイタス】の更新が出来なくなるじゃないか!」

「でしたら!最初から変な規律(ルール)を作らないでください!」

 

リリが椅子から立ち上がり、身を乗り出してヘスティアと言い争う。

そんな1人と1柱を見てベルと命は汗を流し、ヴェルフとネロは軽く嘆息をした。

 

「わかったわかった。じゃあ、過度な触れ合いは駄目だ!他派閥の子との恋愛なんて絶対に許さない!」

「えっ!?」

 

ヘスティアの言葉に、特に後半の言葉にベルが反応する。

 

「なんだいベル君、当然だろう?まさか、他派閥にお近づきになりたい、お付き合いしたい子がいるとか言わないよね?」

「い、いや。その、そういうわけでは……」

 

やけに刺々しいヘスティアの言葉に、ベルは言い返せないでいた。ふと見れば、あれだけヘスティアと言い争っていたリリは目を瞑って澄まし顔で黙っていた。まあ、こればかりはしょうがないな。懇意でもない他派閥の人間との交流を続け、更には恋に発展しようものなら両【ファミリア】に弊害をもたらす。

 

「あの、今回の決まり事は神様相手にも……その、思慕を抱いてはいけないのでしょうか?」

 

そこで、目を右往左往させながら命が手を挙げる。

 

「ああ、そうか。命君は、タケのことが……」

「い、いえっ、タケミカヅチ様に限った話ではなく、じ、自分はっ……!?」

「そーいうことなら、僕は邪魔しないぜ!むしろ好ましく思っているよ!相手がタケみたいな神格者(いいやつ)だったら、ボクは全力で応援するよ!」

 

ヘスティアは満面の笑みで、命にサムズアップを向ける。

そして身を乗り出し、ベルに顔を近づける。

 

「まるで(ボク)達が降臨する前に流行った、『精霊』と子供の恋歌(ラブロマンス)みたいじゃないか!夢があって良いと思わないかい、ベル君!?」

「えっ、ええっと……」

 

狼狽えるベルを見てリリがはっとしたように立ち上がってベルの肩を揺さぶる。

 

「いけませんよベル様!年齢不詳の神様を相手に恋愛なんて!きっと重く、そして粘着質な愛で一生取り付かれるに決まってます!」

「こらー!ボクを何だと思ってるんだー!?」

 

神々との恋愛など言語道断だと否定するリリに怒鳴った後、ヘスティアがヴェルフの方を向く。

 

「ヴェルフ君はどう思う!?」

「俺はヘスティア様の意見に賛成だ。禁断の愛だの何だのと断じる必要はない。寵愛を受けて可愛がられる奴なんていくらでもいるんだ、神々が望むなら対等な関係になってもおかしい話じゃない。少なくとも、俺はそうなりたい」

 

ヴェルフの返答にリリが叫喚の声を上げ、ベルも驚いた顔を浮かべた。

 

「えっ、ヴェルフって、女神様のことが……」

「俺はヘファイストス様一筋だ」

「良いよヴェルフ君!君みたいに真っ直ぐな子は今頃いないよ!」

 

ヘスティアが立ち上がり、ヴェルフに称賛の拍手を送る。

 

「グレイ君は女絡みで良い話を聞かないから飛ばして、ネロ君。君の意見を聞こう!」

 

否定できないのが辛い。そしてリリからの同情の目線が痛い。

 

「相手次第とだけ言っておきましょう。神タケミカヅチのような神格者(じんかくしゃ)であれば応援し、神ヘルメスのような胡散臭く、信用できない神でしたら全力で止めます。それこそ殺してでも」

 

ネロがさも当然のように口にした手段が物騒で、殺害対象がどちらになるのか誰も聞くことはできなかった。もちろん、俺も。

ただ、ネロが自分の味方だと判断したのだろう。ヘスティアが、ネロの手を取って固い握手を交わす。そしてヘスティアは鼻息荒くベルに詰め寄り、意見を問う。

 

「もしボクが別の派閥の主神だったら……いやいやいや!もし、もし他の女神から求愛されたとしたら……君はどうする?」

「え、ええっと……」

 

ベルは指をもじもじと動かし、思考する。そして口にした回答は。

 

「……や、やっぱり、断ります。女神様からの求愛は嬉しいですけど……。滅相もないですよ。恐れ多いですよ」

 

ベルの回答に全員が口を閉ざす。勿論、俺もその中の1人だ。自分の回答のどこがまずかったのか分からなかったのか、ベルが不安そうに顔をキョロキョロさせる。

 

「……ベル君の……」

 

沈黙を破ったのが、俯いて肩を震わせるヘスティアだった。そして顔をがばっと上げると、目に涙を浮かべて立ち上がり。

 

「ベル君の馬鹿ぁああああああああ!」

 

叫び声を上げながら館の正面玄関の扉を開け放ち、何処かへと駆け出していった。

ベルの頑なな態度についてヴェルフとリリが訊ねる中、命が俺に小声で訊ねてきた。

 

「グレイ殿。ベル殿とヘスティア様、どちらに非があると思われますか?」

「……非情かもしれないが、両方悪いな」

 

俺は少し思案した後、そう判断した。

ベルは何かを怖がるように拒み、ヘスティアは素直に伝えようとしない。どちらも相手を思いやっているからこそ、このような結果になってしまったのだろう。実に面倒くさい。

 

「……神様、探してくる」

 

ベルはそう言って立ち上がり、居室(リビング)を後にする。

 

「……リリスケ、良いのか?」

「ヘスティア様はリリ達の主神ですから、何時までもヘソを曲げていられては困ります。それに、あの方には何時も余計なお節介をされているので」

 

リリのその様子を見て、命達女性陣は苦笑する。

ヴェルフの提案で今日の迷宮探索は中止にし、ベルとヘスティアが仲直りして帰ってくるのを待つ事になった。

 

「ヘスティアが攫われた!」

 

本拠地(ホーム)に駆け込んだミアハの報せで、騒然とするまでは。

ミアハ曰く、やむを得ない事情でヘスティアがギルドの検閲を抜けて都市を出たところ、都市への入門待ちをする列の中に紛れ込んでいたアレスに捕まってしまったらしい。それを聞いたヴェルフは自責の念から拳を握りしめ、静かに激怒した。動揺する命と春姫をネロが宥め、リリがベルの所在をミアハに訊ねる。

 

「ベルはヘスティアを救い出すべく、【剣姫】と共に都市を発った。【万能者(ペルセウス)】もそれに同行した」

 

ミアハがそう言うと、皆はひとまず安堵する。ベルと【剣姫】の足なら、救出は迅速に行われるだろう。【万能者(ペルセウス)】がいるなら尚良い。

──しかし、外の荒れ始めた空模様のせいで、一抹の不安を抱いてしまった。

 

「親父殿。ロキが手を貸してくれだってさ」

 

そして、それはヘルメスの来訪という形で現実のものになった。

 

「何があった」

「簡潔に言うと、ラキアと交戦になってヘスティア達を見失った。今、アスフィが持ち帰った情報を元に会議中だよ」

「俺の手を借りるほどの状況なのか?」

「いやー、どっちかと言うと、ヘスティアとアレスの動向にロキがかなり頭にきてるみたいだったよ」

 

怒りを鎮めるためにも手を貸してください、とヘルメスが頭を下げる。

 

「……すまない。少し出てくる」

「お気をつけて」

 

俺がヘルメスについて行くと、そこでは地図を見ながら意見交換を行っている冒険者達の姿が。

アスフィに現状を訊ねたところ、ラキア本隊とアレスの捕縛を行い、その後でヘスティア達の探索に向かうということになっているらしい。ヘスティア達を先に見つけたところで横槍を入れられるのを防ぐためとか。

 

「グレイさん。神アレスを【万能者(ペルセウス)】と一緒に探していただけますか。本隊のほうはこちらで捜索し、捕縛します」

「わかった」

「ちょい待ち」

 

早速出発しようと席を立とうとした瞬間、ロキに待ったをかけられた。

 

「おとん。どうやってアレスのアホを探すつもりや」

「飛竜を呼んで空から」

「それは駄目や。あれを呼んだらここいらが大騒ぎになって捜索どころやなくなってまう」

 

それ以外の方法がないなら本拠地(ホーム)で大人しくしていろと言われてしまった。飛竜を呼んで探せば楽なのに。

 

「じゃあ、大鴉は良いか?」

「……まあ、それくらいならええで」

 

ロキの許可を得たため、オラリオの門を出る。そして巨大な鐘を地面に置き、一定のリズムで10回ほど叩く。叩き終えて待っていると──。

 

「ガアッ!!ガアッ!!」

 

それは、空から飛来してきた。

 

『ゑ?』

 

後ろで見ていた冒険者達が、呆然とする。

地面から頭頂部までの高さは俺の2倍近く。夜の闇に溶け込むような漆黒の羽毛に、円らな瞳。人を1人掴める大きさの足の持ち主は……とても大きな鴉。俺が北の不死院からロードランへ移動するのにお世話になった、巨大な鴉だ。

 

「こいつの背中に乗ってくれ」

「わ、わかりました」

 

おっかなびっくり鴉の背中に乗ったアスフィに、落下しないようにしっかり掴まっておくように伝える。

 

「それじゃあ、先導は任せた」

「は、はい。あの、グレイさんは乗らないんですか?」

「ああ。だが、ちゃんと同行するから安心してくれ」

 

俺は鴉に飛ぶよう指示を出すと、鴉は鳴き声で返事をして離陸する。そして俺を足でがっちりと掴み。

 

「じゃあ、行ってくる」

「気い付けてな~」

「ガアッ!」

 

大空へと飛び去って行った。

 

「……グレイさん。伝承では北の不死院を出た不死人はロードランに向かうとありましたが、その方法というのはまさかこれですか?」

「そうだ」

「……火の時代って、色々と凄いんですね」

 

 

 

 

「はぁっ!はぁっ!」

 

森の中を走る。何かから逃げるように全力で、無我夢中で、ただ只管に走る。

 

「アレス様!アレス様!」

「止まってくださいアレス様!」

「そちらは本陣のある方角ではございません!」

 

後ろから部下達の声がするが、それどころじゃない。

 

『今に見ていろ!!神々(ボクら)の父さんがすぐに追いかけてくるぞ!!』

 

あの時ヘスティアが口にした言葉が、今も耳に響いている。

普通なら冗談の類と笑い飛ばすところだった。それだけあの作戦には自信があった。しかし直後に問いただした時、ヘスティアが見せた狼狽ぶりがそれを確信に変えた。その後にやってきたのは【剣姫】と、白髪の少年冒険者だった。だが賢明な私はこう考えた。

 

『後ろに親父殿が控えていたらどうしよう』

 

そこからは早かった。馬に乗った私は無理矢理馬を走らせ、逃亡を選択した。その時の勢いでヘスティアが投げ出され、あとを追うように追手の冒険者達が崖から飛び降りて行ったのを覚えている。

そして今、全力疾走による疲労から馬が動きを止めた。

 

「やっと止まった!」

「アレス様!我々は本陣とは真逆の方向に逃げております!引き返しましょう!」

「何でそれを早く言わんのだ!」

 

吠える私に、部下達は息も絶え絶えに『何度も言ったが聞く耳を持ってもらえなかった』と言われた。何という正論。返す言葉が見つからん。

 

「ならば引き返すぞ!急がねば──」

「アレス」

 

私達が声のした方向を振り向くと、灰色の空に大きな黒い影が映っていた。先程見た影とは真逆の配色のソレに、部下達は首を傾げていた。

反対に、私の動悸は激しくなっていった。歯はカチカチと鳴り、滝のような冷や汗で全身が冷えてきた。

そして、声の主は空から降ってきた。

髑髏を思わせる兜の後頭部には、異形の王冠。

擦り切れてボロボロになった赤いサーコートに、煤けて歪んだ鋼の全身鎧。

腰に1振りの剣を帯びた、身の丈2Mほどの人物は私を捉えると、懐かしい声でこう言った。

 

「久しぶりだな、アレス」

 

私は、そこで意識を失った。

 

 

 

 

『ベオル山地』に遭難してから5日目の早朝に、僕達はオラリオを目指していた。

村の年長者が時折街へ買い出しに行くという抜け道を教えてもらい、森を抜け、絶壁の隙間を下り、穏やかになった川の流れを見下ろしながら、朝日に濡れる山間を下山していった。

 

「いい村だったなぁ……」

「また、遊びに行きたいですね」

 

僕達が今朝まで滞在していた『エダスの村』。

かつてオラリオから北へと飛び去って行った、暴虐の怪物『黒竜』。

あの集落には『黒竜』が落としていった鱗があり、そしてそれを石碑のように村の周辺に設置されていた。

モンスターの住処に囲まれていながら、あの村がモンスターの襲撃に遭うことはなかった。鱗だけとはいえ、モンスター達は『黒竜』の存在に恐れをなし、あの村に決して寄り付かない。

そして村の住人は『黒竜』の存在(ちから)を畏れ、祀り、祈りを捧げているのだ。火の時代に存在したという、その身に猛毒を宿す竜を畏れ、祀り、祈った人々のように。竜の血を欲する騎士団(きょうしんしゃ)によって滅ぼされた聖壁の都、サルヴァがそうであったように。

 

「うん」

「あ、こらっ、何を勝手に約束しているんだヴァレン何某君!?行くなら自分の【ファミリア】と一緒に行けばいいだろう!」

 

横を並んで声を交わすアイズさんと神様。

 

『あれは神なんかじゃない』

 

あの黒竜の鱗を見て、その所以を村の人から聞いたアイズさんの言葉が、僕の耳にまだ響いている。

僕に背中を向けたまま放たれたあの言葉には、強い否定と憎悪が籠っていた。恐らく、表情も憤怒に歪んでいたのかもしれない。

今まで何度も見てきたけど、彼女があそこまで感情を剝き出しにしたのは初めて見た。それだけに、僕は非常に気になっていた。彼女の過去に、彼女と『黒竜』の間に何があったのか。あの時は村の祭りがあったため聞けなかった。そして、今も聞けずにいる。

多分、僕は恐れているのかもしれない。彼女の過去を知ることで、僕の中のアイズさんのイメージが変わってしまうことを。

だけど、何時の日か。僕は訊ねようと思っている。彼女の過去を。彼女が『黒竜』を憎悪する理由を。

 

「──ここにいたのか」

「「はっ!?」」

「ああ。グレイ君!」

 

何かが羽ばたく音と、ダンッ、と上空より正面に着地した全身鎧(プレートメイル)の人影に、僕とアイズさんは驚きの声を上げた。より正確には、グレイさんの背後に立つ巨大な鴉に。

神様はと言うと、グレイさんが上空から来たことに然程驚いていなかった。

 

「今日までずっと探していたのかい?」

「いや、昨夜からだ。【剣姫】とベルがいるなら生き残っているだろうから、王国(ラキア)との後始末を優先した」

「いえいえ神様。それよりも聞くことがあるじゃないですか。あの大きな鴉の事とか」

 

僕が巨大な鴉を指さすと、アイズさんもうんうんと頷く。

そしてグレイさん曰く、あの鴉は北の不死院からロードランに不死人を送る役割を持っていたらしい。流石火の時代、僕達(げんだいじん)の常識を硝子のように粉砕していく。そこにシビれるけど、あこがれない。

鴉の方に視線を送ってみれば、鴉の背中に乗るアスフィさんの顔が見えた。

 

「背中に2人乗せて、足で1人掴めば都市まで飛べるが、乗るか?」

「んー……この際だ、せっかくだから歩いて行くよ。自分の足で帰りたい気分なんだ」

 

グレイさんの提案に神様が答える。僕とアイズさんも同じ思いだった。

 

「わかった。それじゃあ、俺達は一足先に都市(オラリオ)に戻って朗報を伝えておく。沢山の人が心配しているからな」

 

それじゃあ、と手を振ったグレイさんを鴉が足で鷲掴みにして飛翔した。

……やっぱりグレイさんの提案にのっとけばよかった。

小さくなっていく影を見ながら、僕の頭の中でそんな小さな後悔がよぎった。

 

 

 

 

同時刻。オラリオの地下深く。

 

「……ここ……どこ……?」

 

後に騒乱の火種となるとも知らずに、新たな命が産み落とされていた。

 

 

 

 

そして、その更に地下深く。

 

「……て……」

 

その声の主は呼んでいた。

 

「……して……」

 

その声の主は懇願していた。

 

「……私を…………殺して……」




次回ですが、シリアスばっかり書くのは精神的にキツいので、このすば優先で進める予定です。なので、暫くダンまちの方はお休みです。


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56話

エルデンリングたーのしー!(意:皆さま、大変長らくお待たせいたしました)


 ラキア侵攻と、それの事後処理が終わって暫く経ったある晩。

 日課の【ステイタス】更新を終えたボクが目を通しているのは、ベル君が洗濯バサミで纏めた数枚の羊皮紙。一枚目に書かれているのはタイトルで、『【ヘスティア・ファミリア】人材確保及び育成案』。

 ボクの借金と、グレイの全裸でダンジョン突入のせいで、今だ【ヘスティア・ファミリア】への入団希望者はゼロ。ならばそれを覆すような実績に加え、他には無い『個性』を持った【ファミリア】にしようという事になり、ベル君達は合間を見て話し合いを進めていたらしい。

 

「(探索しない探索系【ファミリア】……?)」

 

 捲って早々目に飛び込んだ、矛盾の塊なワード。そして脳裏に浮かぶ、ハーフエルフのアドバイザー君の姿。大なり小なり彼女の影響はあるとして、どういうことなのか。首を傾げた僕はページを捲って読み進めていく。

 

「(ふんふん……ああ、そういうことか)」

 

 内容は、ベル君自信の体験談を交えて始まった。

 今後、入団希望者の中に碌な装備と戦う術を持たない素人が現れないとも限らない。それこそ、【ファミリア】結成当初のベル君のように。そのため、入団して最初の一年はダンジョンに潜らず、地上で体づくりと座学を行って、ダンジョンデビューさせるというもの。体づくりの内容はシンプルな筋トレと、希望する武器種に合わせた模擬戦。そして座学では、回復する手段が無くなった時の応急手当を始めとした、生き残るための知識を蓄積させる。期間中は不定期で、教官を務める上級冒険者が相手を殺してしまわない程度に本気で叩きのめし、上には上がいることを体に教える。これはグレイ君が世界中を旅していた頃、とある武術家に師事していた時に受けたもので、『弟子が慢心してしまわないように』と不定期で本気の師匠と戦った経験が由来になっている。そして、訓練を乗り越えた団員は装備を受け取り、漸くダンジョンに潜ることが出来る。公平性を考慮して、改宗(コンバーション)してきた団員にも同じ鍛錬と座学を受けて貰うらしい。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

 目線を移せば、正座したベル君がボクの事をじっと見つめている。

 

「悪くはないと思うよ。ただ……問題がある」

「……ごくり」

 

 羊皮紙から目を外し、ベル君をじっと見つめ返す。若干前のめりになったベル君が生唾を飲み、ボクの指摘を待つ。

 

「後衛職。それも魔法使いの育成は、どうするつもりなんだい?」

「……実は、そこで僕達も困っているんです。弓やクロスボウなら本拠地(ホーム)を改装すればどうにでもなりますけど、魔法が特に悩みどころなんです」

 

 頭を抱えるベル君だけど、その苦悩は良く分かる。

 まずボクの【ファミリア】は、団員の殆どが前衛若しくは中衛職。後衛職はサポーター君と春姫君のみと人員が凄まじく偏っている。加えて、使える魔法が特殊な上に修行らしい修行をした者は皆無で、ほぼ実戦で鍛え上げたと言っても過言ではない。事実、試しに買った魔術師向けの書籍を呼んでみた所、皆口を揃えて『ちょっと何言ってるか分からない』と言っていた。それに、魔法使いの装備はどんなものを用意すれば良いのか、そういう根本的な知識や伝手がボクの【ファミリア】には無い。ベル君といいグレイ君といい、どうしてこう、ボクの【ファミリア】は特殊(イレギュラー)な人員ばかりが集まるのか。

 

「「う~ん……」」

 

 腕を組んで頭を捻り、状況を改善するための知恵を搾り出そうと呻くボクとベル君。しかし悲しいかな、絞っても絞っても知恵が出てこない。……なので。

 

「とりあえず、この話は一旦おしまい。続きはまた今度にしようか」

「はい……」

 

 満場一致で一旦保留することになった。ヘファイストスからすれば、ただの後回しかもしれないけど、仕方ない。無いものは無いんだから。そう、ロキの胸のように!開き直ったボクに対して、ベル君は知恵を出せない自分が情けないのかがっくりと項垂れている。

 

「では神様、おやすみなさい」

「うん。おやすみ、ベル君」

 

 上着を着たベル君は、一礼すると部屋を出る。ベル君の背中を暫し見送った後、扉を閉めて寝間着に着替える。

 

「ふわぁ~……」

 

 あくびをして体を伸ばし、部屋の灯りを消してベッドと夢の世界へと潜り込んだ。

 

 

 

 

 ……まさか、あんな事が起きるとは知らずに(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

「ぶえっくしょい!」

 

 同時刻。【ロキ・ファミリア】本拠地(ホーム)

 

「誰かウチの噂しとるな……」

 

 誰がどんな噂をしとるか、そないな事はどうでもええ。重要な事やない。それよりも……。

 

《スキル》

【終わりなき巡礼】

・■に■■を■■■■スキル

・成就する日が来るまで、■■は残り続ける

 

 【ステイタス】を更新した、とある団員に新たに発現したらしいスキル……なのはええけど、文字化けが酷い。どうにか読めるようにしてもこの始末や。

 

「本人も心当たりは無い言うとったしな~……」

 

 首を捻って知恵と記憶を搾り出そうとしたけど、何も分からんかった眷属()の姿を見たのは数分程前の話。

 

「しゃあない。文字数から推理してみるか」

 

 一行目の内容から、このスキルは何らかの変化を持ち主に与えることは分かる。せやけど、それがどんな効果をもたらすのかは不明。頭の天辺から爪の先まで見て、軽く体を動かしてもらっても変化が起きた様子は無かったということは、もしかしたら条件があるのかもしれん。

 

「やっぱり、二行目が鍵やな。『成就する』ってことは、何か目的があるんやろうけど……」

 

 成就の二文字を見て、思い浮かべるのは神々(ウチら)が下界に降りてくる前の話。仕事をしとる間に遭遇した、とある『ソウル』とのやり取り。

 

「いやいやまさか、そないな事──」

 

 有り得ん。口にしかけたその一言を、生唾と共に飲み込む。あれは存在そのものが異常(イレギュラー)。そしてそれ故に、密かに神々(ウチら)の賭けの対象になっとった。

 

「もしそうやとしたら……」

 

 ウチとあの子の関係に大きな変化が生じる。そして、今下界に来とる神々もその変化に巻き込まれることになる。

 

「……『その時』が来るまで、フィン達には内緒やな」

 

 脳内に浮かんだ可愛い眷属(こども)達に頭を下げ、箪笥の奥に羊皮紙を隠す。『その時』にはウチの心の準備が出来ているように。と、密かに願いを込めて。

 

 

 

 

 ……まさか、『その時』が近いうちに来るとも知らずに。

 

 

 

 

 18階層東部。(リヴィラ)から遠く離れた、水晶と木々の大森林の奥。

 

「「……」」

「グレイ様、ネロ様。暫しお待ちください」

「どういうことだ、ベル」

 

 強烈な殺気を放つグレイさんとネロさんを制止するように両腕を広げるリリと、背の大刀の柄に手を伸ばすヴェルフ。

 

「春姫殿、こちらへ」

「っ!は、はい」

 

 命さんの背後に、硬直していた春姫さんはぎこちない動作で隠れる。

 

「っ!?」

 

 僕の背後、火精霊の護衣(サラマンダー・ウール)に包まれた少女が恐怖に体を震わせる。

 

「ま、待って、皆、この娘は……」

「離れてくださいベル様!自分が一体何をしたか、分かっているのですか!?」

 

 僕の弁明を、リリの声が遮る。

 

「綺麗な顔をしているからって、連れてきたっていうんですか!?それでは『怪物趣味』と疑われても仕方ありません!」

 

 『怪物趣味』

 文字通り、女面鳥体(ハーピィ)半人半蛇(ラミア)などの人型モンスターに欲情してしまう性癖、若しくは人間を指す、下界における最大級の蔑称。

 そして、僕の後ろにいる少女は一見華奢な女体をしているが、青白い肌と額の紅石が彼女がどのような存在であるか物語っている。

 ……彼女は、モンスター『ヴィーヴル』。一角獣(ユニコーン)と並んで、ダンジョンの中でも群を抜いて絶対数が少ない最上位の稀少種(レアモンスター)だ。

 

調教(テイム)ならまだしも、変な情を移すなど言語道断です!それは私達の──人類の敵なんです!」

「……ベル。そこをどけ」

「ベル殿。お願いします」

 

 リリの訴えかけを後押しするように、ヴェルフと命さんが一歩近づく。

 ここで僕が首を横に振れば、ヴェルフと命さんが僕を押さえ込んでいる間に、リリの許可を得たグレイさんかネロさんが竜女(ヴィーヴル)の少女を殺すだろう。だけど、僕の首は固定したように動かず、少女を庇うように立っていることしかできずにいる。かと言って、僕がこの娘を保護しようと思った切欠……人の言葉を介したと口にしたところで、正気を疑われるのが関の山だ。だからといって逃走するのは更に良くない。僕が動いたその瞬間、グレイさんかネロさんが少女の首を刎ねる光景(ビジョン)が脳内に浮かび上がる。

 万策尽きた。……そう思った次の瞬間。

 

「……ベル?」

「「「「っ!?」」」」

 

 唇を開き、彼女が言葉を発した瞬間、リリ達は絶句した。

 

「ほう……」

「なるほど……」

「ちょ、ちょっとお二人とも!?」

 

 何事も無かったかのように殺気を霧散させたグレイさんとネロさんが、僕のほうに近づく。二人の手首を掴もうとしたリリの手が、虚しく空を切る。

 

「ベル。そちらのお嬢さんの名前は?」

 

 それどころか、この娘の名前まで確認してきた。まるで、僕が迷子でも保護してきたような口調で。

 

「ゑ!?えっと……というか、二人は驚かないんですか?だって、モンスターが……」

 

 『喋ったんですよ?』と、口にしようとすると、被せるようにとんでもない言葉が飛び出した。

 

「そうだな、久しぶりに(・・・・・)喋るモンスターに会った」

「私も目にしたことはありませんが、知識として知っていますので、さほど驚いていません」

「「「「「……ゑ?」」」」」

 

 リリを含め、僕達は呆然と呟いた。久しぶりに会った?知識として知っている?どういうことなのか。と、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。

 

「ベル、ベル」

「っ!?う、うん。僕はベル」

 

 吹っ飛びかけた意識を、少女の言葉が引き戻した。

 

「……」

 

 信じがたい情報を脳内で無理矢理整理しているのか、リリが眉間に皺を寄せて黙考している。

 

「……地上に帰還するのは、人目が少ない夜にしましょう。そして、ヘスティア様に判断を仰ぎましょう」

 

 異論はありませんね?と、リリが僕達に目で訴える。グレイさんとネロさんは首を縦に振り、ヴェルフ達は首がさび付いた様にぎこちなく頷く。

 

「ベル様?よろしいですか?」

「う、うん。ごめんね、リリ」

 

 ジト目で僕を見上げる、若干圧のある口調で話しかけるリリに、首を縦に振って了承の意を示した。

 

 

 

 

 場所は変わって。【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)、【竃火の館】の居室(リビング)

 

「……いかがですか、ヘスティア様」

 

 僕達が竜女(ヴィーヴル)の少女を保護して地上に連れてきた経緯を話し終えたリリが、ヘスティア様の返答を待つ。

 

「……グレイ君とネロ君が言う通りだ。喋るモンスターは実在する(・・・・・・・・・・・・)

「「「「「っ!?」」」」」

 

 神様が口にした事実に、僕達は絶句する。

 

「グレイ様。その、ヘスティア様のお言葉を疑うわけではないのですが……本当に、喋るモンスターにお会いになられたことが……?」

「ある」

 

 きっぱりと、春姫さんの言葉をグレイさんが肯定する。今の春姫さんの質問を、誰も咎める人はいない。僕達は神様に対して嘘をつくことは出来ない。それは、グレイさんとて例外ではない。……だからこそ信じられないのか、春姫さんはああ言ったんだと思う。

 

「まず、俺と同じ薪の王であるヨームは巨人だ」

「「「「「「はぁ!?」」」」」」

 

 それを皮切りに出てくる、喋るモンスターの数々。アノールロンドには鍛冶師の巨人がいて、【奇跡】を扱う巨人の騎士が玉座に通じる大広間で立ちはだかった。グウィン王に仕える騎士の一人にして巨人、鷹の目ゴーからグレイさんは大弓を授かり、カラミット討伐に際しては力をお借りしたという。地下墓地を拠点にしていた骸骨(スケルトン)の鍛冶師、バモス。同じ鍛冶師のオルニフェクスは、鴉の頭部と翼を持った鴉人。蠍に人間の上半身を組み合わせた、蠍のタークとナジカ。霊廟の守り人エリザベスに至っては、喋るキノコ人。

 

「マジか……」

 

 両目を手で覆い、天井を仰ぐヴェルフ。

 

「かの王、ヨームが……巨人……?称号などではなく、文字通りの……?」

「春姫殿!どうか、どうかお気を確かに!」

 

 意識を失いかけている春姫さんと、肩を揺さぶって声をかける命さん。

 

「「……」」

 

 火の時代の異常ぶりに、頭を抱えてテーブルに突っ伏す神様とリリ。

 

「ベル?」

 

 僕にしがみついておろおろしているヴィーヴルの少女を、じっと見る。もしかしたら、僕達が知らないだけで、この娘のように喋るモンスターは今もどこかにいるんじゃないだろうか。そんな考えが、僕の脳内に浮かんでいた。

 

「……グレイ様の方は理解しました。ではネロ様は、何処でその知識を得られたのですか?」

 

 顔を上げたリリは、そのまま視線と質問をネロさんに向ける。僕も訊こうと思っていたのだけど、先手を取られた。

 

「私の祖ユリアは、最古の物語(オールドテイル)の著者の一人です。ですので、時代を経ると共に内容の受け取り方が変化することなく、最古の物語(オールドテイル)を受け継いできました」

 

 本来なら飛び上がるくらい驚く情報のはずなのに、誰もそこまでのリアクションを起こさず、納得したように頷くばかり。というか、喋るモンスターという情報に比べると余りにもインパクトに欠けている。

 

「……取り敢えず、もう夜遅くだから今日は寝よう。何か行動を起こすのは、明日からだ」

 

 異論は無いね?と、ヘスティア様が僕達に訊ねてくる。僕達は、首を縦に振って了承の意を示す。グレイさんとネロさん以外は、色々なことがあり過ぎて心身ともに疲れているのか、動きが少々緩慢だった。



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