いらない娘のいきつくところ (林屋まつり)
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一話

 

 私たちの艦隊は解体された。

 当然だ、提督は、逃げ出してしまったのだから。

 

 私たちの、いや、元、私たちの、というべきか。

 私たちがいた泊地。それも、これで見納めだ。

「長門さん」

「ん、五月雨か」

 声をかけられて、振り返る。私と同じく生き残った艦娘たちがいた。

 五月雨と文月、そして、名取。この三人だけだ。建造に執心していた提督の方針で、一時はそれなりに仲間はいたのだが、皆、轟沈した。

 そう、轟沈した。最後に軽空母、隼鷹が轟沈し、それまで多くの艦娘を轟沈させて意気消沈していた提督は、大本営を辞めた。

 だから、生き残った自分たちもここを去ることになる。三人はまだどこに行くか決まっていない。おそらく、近くの鎮守府に一時的な預かりになるだろう。だから、

「これで、お別れですね」

「そうだな」

 すでに、引き取り先が決まっている私とは、お別れになる。五月雨の言葉に思わず沈黙してしまった私に、

「けど、長門さん凄いですっ、中将のいる基地に引き取られるなんてっ」

 文月は無理に明るく笑って言う。そう、私はとある中将が引き取ることになった。

「出来れば、皆でいければよかったのだがな」

「それは、……仕方ない、ですね」

 困ったように名取が呟く。提督は艦娘の建造に関する報告を怠っていたらしい。ここにいる三人は大本営の情報では存在しない事になっていた。

 この泊地の生き残りは私のみ、そう聞いていて準備をしていた提督に、さらに新しく三人受け入れろ、というのも難しいそうだ。

 中将という立場なら余裕もあるのではと思ったが。大本営から派遣されてきた職員によれば、むしろ最大効率を求められる中将こそ、必要最低限の余力しか持てないらしい。

 一応調整は続けるそうだが、すぐに回答は出来ないそうだ。

「け、……けど、また、また会えますよっ、ね」

 五月雨が、空元気を交えた声を上げる。だが、それはどうだろうか。

 そのためには私的な連絡を取ることが必要だ。少なくとも、この泊地の提督はそんな事を認めなかった。

 中将ほどの立場となれば、新入りである私にそんな融通を認めるかは、解らない。

 けど、

「ああ、そうだな。

 いつになるかはわからないが、必ず、また、会おう」

 無茶な運用を必死で耐えて、何とか生き延びた仲間たちだ。これでお別れなんて、いやだ。

「あ、来ました」

 名取の声、そして、音。迎えの車が来たようだ。

 だから、彼女たちは敬礼する。文月と五月雨はその瞳に涙を浮かべ、名取も、歯を食いしばる。

 叶うなら、……そう、三人を一緒に抱きしめたい。たくさんの仲間が沈む中、今まで、共に辛い戦いを生き延びてきたのだから。けど、

 まだ、戦いは続く。これで終わりではない。また、いつか必ず会う。その時のために今言うべきことは、一つ。

 私は、大切な仲間に敬礼を返し、

「武運長久を祈るっ! そして、また、皆で会おうっ!」

「「「はいっ!」」」

 

 迎えに来たのは、意外にも艦娘だった。

「鹿島、か?」

「ええ、伊島基地。秘書次艦の鹿島よ。

 よろしくね」

「ああ、……秘書次艦?」

「伊島基地は紀伊水道、それに、そこから続く大阪湾の防波堤。突破されたら内海にまで食い込まれてしまう重要な拠点なのよ。

 だから、私たちの提督さん。安倍中将が任されて、それなりの規模の艦隊も配備されているの。

 それでやる事が多いのよ。秘書艦一人だと大変なくらい、ね」

「そうか、……とすると、鹿島は、第一艦隊の?」

 秘書艦は第一艦隊の旗艦を兼ねるのが基本だが、次艦である彼女はどうなのだろうか?

 問いに、鹿島は苦笑。

「ううん。秘書艦が第一艦隊旗艦を務める事が多いって聞くけど、私たちの基地では、秘書艦は秘書艦の仕事に集中して第一艦隊の旗艦は別にいるわ」

「そうか」

 確かに、そうかもしれないな。

 ふと、鹿島は瞳を伏せて、

「その、こちらも調査が足らなくて、貴女だけを引き抜くことになってしまってごめんなさい。

 いろいろごたごたしているから、すぐに派遣先が決まるとか、そういう事は出来ないけど、決まったらすぐに連絡を入れるわ」

「あ、……ああ、いや、そもそも報告の不備はこちらにある。

 気を遣ってもらって、感謝する」

 中将ともなればいろいろ忙しいだろう。一介の新入りに時間を割いてもらえるだけでも有難い。

 同時に思う。ちゃんと、艦娘にも気を遣ってくれているのだな、と。……正直言えば、安堵した。

 中将の所にいる艦娘はこれから僚艦となる。僚艦が艦娘の事を考えもしない提督に使い潰されるのは、もう、見たくない。

「いいのよ」

「その、中将殿のことについて聞いていいか?」

 だからもう少し新しい提督の事を知りたくなった。

「提督さん? …………そうね、人なりは直接会ってもらうのが一番だけど。

 中将を任せるに足る能力と実績を確かに持つ人よ。特に資材や艦娘の管理については一級ね。着任してから何年か経つけど、資材について心配した事はほとんどなかったわ。

 作戦の立案もとても上手よ。出撃した艦娘さえ予想していなかった奇襲を受けたときも、報告したら戻ってきた返事が即援軍派遣だったってことも度々あったわ。

 奇襲さえ織り込んで援軍の準備をしていたみたいね。防衛最優先の遅滞戦術で誰一人轟沈することなくやり過ごせるのよね」

「それは、……凄いな。では艦娘の信頼も相当厚いだろうな」

 随分と優秀なようだ。私の言葉に鹿島は誇らしそうに頷いて、

「ええ、第一、第二、第三艦隊の一、以外は提督さんに任せれば何の心配もない、って思ってるわ」

「の、一?」

 意味のよくわからない言葉。思わず繰り返す。そして、

「信頼していない者もいる、という事か?」

「ああ、ごめんなさい。

 私たちの基地なのだけど、戦闘部隊である第一艦隊、資材確保、管理をする第二艦隊、遠征の護衛とか哨戒任務、退路の確保とかを担当する第三艦隊があるのよ。

 で、の、一、っていうのはそれぞれの役割を果たす主力艦隊。それから、の、二、以降が主力艦隊の補佐や主力艦隊が動けないときにその穴を埋めるための艦隊ね。

 もっとも、補佐なんて言っても規模が規模だから忙しいわよ?」

「そうか、……規模が違うのだな」

「……その、連合艦隊旗艦を務めていた長門さんには不愉快な事かもしれないけど。

 すぐに第一の一艦隊になる事は、ないと思うわ。まずは訓練とかを積んでもらってよ?」

「ああ、解っている」

 それだけの艦娘を束ねる基地だ。そうほいほい新入りを主力艦隊に配置するとは思えない。

「その、それぞれの、一の、艦隊は不信があるのか?」

 それも、少し考えにくいのだが。

「不信というか、みんな自己判断で行動するようになるわ。提督さんはそれを認めているのよ。

 もちろん、報告をしてアドバイスをもらって、指摘されれば真摯に改善するわ。けど、任せきりにはしないのよ」

「……凄いな」

 優秀で、実際の動きを艦娘に任せる度量もある。おそらく、それで発生するであろう問題も十分対処できる手腕があるのだろう。

 中将、……改めて、その意味を思った。

 

 徳島県の港から船に乗る。艤装を纏えば自力で行けるが、鹿島は笑って「こういのもいいでしょ?」と船に乗った。

 船、といっても小型の連絡船だが。ともかく船で伊島に向かう。

「島か。島民もいるのか?」

「いえ、そういう意味なら無人島ね。

 ほら、深海棲艦もいるし、離島からはほとんど人がいなくなったのよ。……さすがに、食べ物の輸送とかの問題もあるし、仕方ない事なのだけどね」

「そうだな」

 生活に必要な物資を海上輸送など、今の時代には難しいか。

「基地に暮らしている人は提督さんお一人ね。

 あとは、外来の提督や、食べ物とか、物資を運搬してくれる業者の人が来るくらいよ。艦娘は、みんなで、……百人、くらい、はいるわ」

「それは、かなりの規模だな。

 いや、中将ならばそれだけ任される、か」

「そうね、……それに、その、…………少し特殊な事情の艦娘も、引き取っているから」

「……ああ、私のように、か」

 おそらく、提督に見捨てられ、行き場を失った艦娘もいるのかもしれない。そうなれば規模は膨らんでいくだろう。

「そうね。……それに、…………まあ、いろいろいるのよ」

「わかった。気を付けておこう」

 触れてはいけない事もあるだろう。私の言葉に鹿島は頷いた。

「さて、到着したわ」

「ほう、……これは、凄いな」

 流石に規模が違う。見渡してもその全容が計り知れない大規模な基地。無人島にあるのなら当然か。私と鹿島は港に直結した正門を潜り抜ける。

「活気があるな」

 入ってすぐ、手前は運動場だろうか。何人かの艦娘が隊列を組んでランニングをしている。そして、

「あっ、鹿島さんっ」

「あら? 村雨ちゃん。

 お仕事?」

 ぱたぱたと、港の方に駆け寄ってきたのは村雨。肩に鞄をかけている。

「はい! 三島少将の資材がだぶつきそうだって提督が言っていたのでその確認と、必要なら武藤少将の所に資材の再配分の手続きに行きますっ!

 それから呉鎮守府の大将代行さんと建造した艦娘の情報提供について確認に行きますっ! それが終わったら高知県の少将さんの所に深海棲艦の発生状況についての資料を受け取りに行くので、戻ってくるのは明々後日の0900になる予定ですっ」

「そう、解ったわ」

 ……結構、いろいろ役割を負っているのだな。

「長門さん?」

「あ、……ああ、本日付で伊島基地に配属になった長門だ。

 よろしく頼む」

「はいはーいっ、村雨、秘書次艦をしています。鹿島さんの後輩ですっ!

 少し離れちゃいますけど、戻ってきたらよろしくお願いしますっ!」

「ああ、よろしく」

 彼女も、その、秘書次艦、か。

 頷くと笑顔で駆け出す。そのまま船に飛び乗る。

「それじゃあ、行きましょう」

 基地に向かって歩き出した鹿島に続き、歩き始める。運動場を抜けて基地の中へ。

「……その、秘書次艦というのも複数いるのだな」

「ええ、私と村雨ちゃんと、あと三人ね」

「そうか、……それにしても、他の少将の物資まで気を回しているのか」

「そうよ。中将は艦娘のほかに、部下として十人、少将を統率しているわ。

 だぶついた資材は資材が少なさそうな提督に分けて、どの提督もある程度資材に不自由がないようにね。あとは、深海棲艦の発生状況に合わせて少将同士の連合艦隊を提案したりもしているわ。こっちはあまりないけど」

「こちらの提督はそういう事はなかったな。完全に自分の裁量で運用していた」

「少将より下はそんなものよ」

「そう、か」

 素っ気なく応じる鹿島。ただ、そういうものなのかもしれない。提督の階級というのもよくわからないが。

「秘書次艦はああいう、他の提督との簡単な折衝もやるのよ。もっと本格的な事になると提督さんがご自分で向かわれるのだけど、その時も同行しないといけないしね」

「なるほど、それは、……なんというか、凄まじいな」

 これだけ大規模な基地だ。出撃とかも多いだろう。それでも資材の管理は問題がないと聞いている。

 作戦立案も十分にこなし、おそらく不測の事態も読み切り対応できる能力がある。さらには配下の提督さえ気を配り管理できる。上官や同じ階級の付き合いもあるだろう。

 傑物、と。そんな印象を持つ。中将を務めるに足る、か。

 と、微笑。

「その何もかも、全部提督さんがやっているわけじゃないわよ。

 いえ、出来るだけの能力はあるのだけど、さすがに時間的な制限があるわ。報告を聞くだけでも時間がかかるもの」

「ああ、それで秘書次艦が五人か」

 確かに、秘書、「秘書艦、もいるのか?」

 秘書次艦、聞き覚えのない言葉だが、単純に字面で判断すれば秘書艦の部下。なのだろう。

 なら、彼女たちを取りまとめる秘書官がいるかもしれない。故の問いに、

「……ええ、いるわ」

 執務室、と書かれた扉のドアノブに手を伸ばした鹿島の、歯切れの悪い返事。

「鹿島?」

「ねえ、長門さん。提督さんに、どんな印象を持ってる?」

 ここに来る途中何人か艦娘とすれ違い、挨拶を交わした。だからわかる。基地内の雰囲気は明るい。少なくとも悲壮な様子はない。

 そして、鹿島の告げた規模に誇張もなさそうだ。これだけの艦娘をしっかり管理し、場の雰囲気も整えられているのなら、それ相応の人望があるという事だろう。

 故に、

「傑物、……そんな印象を持っている」

「ええ、私も同じよ。提督さんは凄い人だって思ってるわ。

 そして、秘書艦はそんな提督さんの秘書を務められる能力を持ってる艦娘なのよ。……歯に衣を着せぬ言い方をするとね」

 鹿島の表情。それを見て二つの感情を感じた。

 つまり、憧憬と、畏怖。

「怪物よ」

 艦娘を、彼女は怪物と言い切った。

 

 そして、執務室の戸が開かれる。……敬礼を忘れて、動きを止めた。

 

 広い机に広がる血溜まり。頭から血を流し、血にまみれた机に突っ伏して動かない人。

 そして、じゃらっ、と金属がこすれる音。と、

「あっ、鹿島さんっ、と、長門さんは新入りさんねっ!

 初めましてっ! 伊島基地の秘書艦、雷よっ!」

 血で赤く染まったファイルを片手に、返り血が付いた顔で明るい笑顔を浮かべる雷がいた。

 



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二話

 

「なーがーとーさーんっ?」

「はっ?」

 あんまりな光景に呆然としていた。……いや、今もちょっと信じられない光景が広がっている。

 ともかく、返り血が付いたままぱたぱたと雷が駆け寄って来た。腰からなぜかぶら下がっている錨がゆらゆら揺れ、錨に繋がった鎖が音を立てる。こちらに近寄り、ぴっ、と。私を指さして、

「長門さんっ、ちゃんと敬礼しなくちゃだめよっ!

 かつての連合艦隊旗艦さんでも、ここだとまだ新人さんなのっ! 軍人さんとしてちゃんと礼儀は守らないとだめよっ!」

「あ、……あ、ああ、す、すまない」

 言われるままに敬礼。……いや、それどころではないような気もするのだが。

 視線を横に向ける。鹿島は謹直に敬礼していた。

「秘書艦さん。鹿島秘書次艦、艦娘長門の送迎任務終了しました」

「ええ、御疲れ様っ! 鹿島さんはこの後長門さんの案内をしてあげてねっ!」

 そして、雷は血が付いたファイルから数枚の紙を取り出して、

「これ、基地内の地図よ。広いけど今日中にある程度必要な場所は確認しておいてね。

 あと、自室で足りないものとかあったら早めに申請してっ、明日からばっちり訓練に参加できるようにねっ! 明日は午前中、艤装の最終確認を直接してもらうから、0800には工廠にいてね。それまでに簡易メンテナンスは終わるように手配してあるわ」

「わ、解った」

 おずおずと紙を受け取る。雷は首を傾げて「どうしたの? 疲れてるなら、今日はお休みする? 明日、忙しくなっちゃうと思うけど、それでもいいわよ?」

「い、いや、疲労はないの、だが」

 と、のっそりと血まみれの男が顔を上げた。

「ひっ」

「ふむう、君が長門君かあ。

 初めまして、この基地の提督をしている安倍貞義だよお」

 血まみれの顔でのんびりと笑う、中年の、なんとなく丸い男性。……怖い。

「は、初めまして、その、……長門、だ」

 思わず、間抜けな言葉が出てしまった。安倍中将、いや、提督、か? 提督は首を傾げて、ぽんっ、と手を叩いた。

「うむう、驚かせてしまったようだなあ。ごめんなあ。

 雷君。顔についてる血を洗い落とした方がいいんじゃないかなあ?」

「もーっ、しれーかんっ! 長門さんは新人さんなのよっ!

 なら、しっかり挨拶しなくちゃだめじゃないっ! 雷はここの秘書艦なのよっ!」

「そうかあ、そうだなあ。雷君は真面目さんだねえ」

「とーぜんよっ!」

 むんっ、と胸を張る雷。……いや、その血に染まった顔を洗ってくれた方が落ち着くのだが。

「あ、いや、……で、ではなくてっ! て、提督、その、な、なにがあったのだ?」

 流血している。……しかも、その実行犯がどう考えても傍らで、むんっ、と胸を張る秘書艦の雷なのがさらに気になる。

「ふむう、……実はなあ。村雨君にお仕事をお願いしたときになあ。

 ほら、村雨君。ツインテールだからなあ。サイドテールにしても可愛いんじゃないかなあって言ってみたんだよお」

「はあ?」

 話がつながっていないのだが? 対して雷は血に染まったファイルを振り回して、

「もうっ、いいっ! しれーかんっ!

 女の子にとって髪型っていうのはすっごく大事なのよっ! しれーかんみたいなおでぶさんなおっさんがお口を挟むなんて、そんなの絶対にダメよっ!」

「と、いうわけなんだなあ」

「……は、あ?」

 相変わらず、話が繋がらない。

 首を傾げる私に、なぜか安倍中将と雷は首を傾げる。……ぽん、と肩を叩かれた。

「長門さん。要するにね、提督さんが村雨ちゃんの女心に触れるようなことを言ったから、秘書艦さんに怒られたのよ」

「…………は?」

「とーぜんよっ! 可愛い男の子が少し照れながら勇気を出してアドバイスするならいいけど、しれーかんはおでぶさんのおっさんなのよっ! 女の子の髪型についてアドバイスする権利なんてないのよっ!」

「ふむう、……長門君。君の新しい提督は可愛くなくてごめんなあ。

 可愛い男の子じゃなくて、おでぶさんのおっさんだが、よろしくなあ」

「……あ、ああ、…………ま、まあ、よろしく」

「鹿島君も、提督さん、見苦しくてごめんなあ」

「いえ、優秀な提督さんの所で働けて、むしろ幸いな事と思っていますよ」

 にっこりと笑顔で応じる鹿島。……優秀、か。

「そういってくれると嬉しいよお」

「それに、確かに提督さんはおでぶさんですが、達磨さんみたいで、見苦しいというよりは、なんとなく縁起物としておめでたい感じしますし」

「だ、だる、まっ」

 いかんっ、これはかなり、…………血に濡れた顔を見て笑いの衝動が引っ込んだ。

「そうかあ、じゃあ、鹿島君もサイドテールに、がっ?」

 跳躍した雷がファイルを縦にして顔面に叩き付けた。そのまま仰向けに倒れて動かなくなる。

「もうっ、見た目は達磨さんみたいでもおっさんには代わりないんだからっ、そんな事言ったらだめよっ!

 あ、長門さん。部屋の場所はその書類に書いてあるから、先にそっちに案内してもらった方がいいわねっ、鹿島さん、お願いねっ」

「ええ、解りました。秘書艦さん」

 応じる、と。内線が鳴った。雷はそれを取ってこちらを一瞥。鹿島は微笑して頷き、

「それじゃあ、行きましょう」

「あ、……ああ」

 

「ふふ、驚いた?」

「いや、驚く以前に、あれはいいのか?」

「まあ、大体いつものことよ。提督さんはちゃんと指揮をするし、問題なく機能しているわ。秘書艦さんだってそこはちゃんとわかっているわよ」

「……そ、そう、か?」

 それ以前に、艦娘が提督を攻撃するのはいいのだろうか?

「それじゃあ、まずは長門さんの部屋に行きましょう。

 それから、地図を見ながら必要なところを案内するわ」

「ああ、よろしく頼む。ついでに所属する艦娘たちに挨拶もしたい」

「そうねえ。第一の一艦隊は、出てるっけ。

 確か、第二の一艦隊は残っているから、旗艦には挨拶に行きましょうか。第三の一艦隊は、1900頃には哨戒から戻ってくると思うわ。その時に旗艦も紹介するわね。第一の一艦隊も夕食の時くらいには帰投する予定よ」

「そうだな。第一の一艦隊は挨拶をしておきたいな」

 やはり、戦艦としては主力の一翼を担いたいものだ。

 それに、単純に考えればこれだけの規模の艦娘たちの頂点に位置する実力者だ。興味がある。

「それと、部屋は二人で使う事になるわ。榛名さんと同室だけど、いい?」

「ああ、構わない。彼女はいるのか?」

「ええ、榛名さんは第一の二艦隊だから、今日は部屋にいると思うわ。長門さんが来ることも聞いているはずだし」

「そうか」

 同室の艦娘ともちゃんと話しておかなければいけない。それに、改めて出撃する艦娘から話を聞くのもいいだろう。

 

 本部と呼ばれた執務室のある建物から出て艦娘たちの暮らす寮へ。生活をするためだけの場所だが、それでも自分たちのいた泊地よりずっと規模が大きい。

「きれいに掃除もされているな」

「ええ、みんなで基地内の掃除とかもしているのよ。

 口汚い提督とかは雑用なんて言うけど、こういう好適な環境を維持するのも大切な事なのよね」

「ああ、……そうだな」

 確かに、汚れたところでは士気も下がる。細かい事だが、これだけの艦娘を擁する基地では大切な事かもしれない。

 それに、

「しっかりと指導が行き届いているのだな」

 私もそうだが、艦娘は戦闘に考えが振れやすいはずだ。こうした雑事はあまり好まないと思っている。

「そうね。提督さんが率先してその意義を説けば、……まあ、最初は不満もあったらしいけど、実際汚い場所で暮らすのも嫌だしね。

 それに、お掃除をして奇麗になると気持ちもいいから、手の空いた娘は積極的にお掃除をしているわ」

「そうか」

 いいところだな、と改めて思う。そして寮内を歩く。ざっと、第一艦隊、第二艦隊、第三艦隊で別れていて、その中で各艦隊ごとに部屋割りがなされているらしい。

「第一艦隊、か」

 私の同室は第一の二、つまり、第一艦隊を期待されているという事か。これは胸が熱いな。

「まあ、その適正は追々ね。

 ただ、長門さんは戦艦の艦娘だから、同じ艦種で、一人で部屋を使っていたから選ばれたのだと思うわ」

「む、……まあ、それもそうか」

 そうだな、自分の能力は改めて訓練で示していかなければならない。先走った考えは禁物か。

 ともかく、部屋へ。戸にかけられたネームプレートに、長門、の文字がある事を嬉しく思う。

 もう一つは榛名、か。鹿島は私を一瞥し、戸を叩く。

「榛名さん。鹿島です。

 長門さんをお連れしました」

「あ、はいっ、大丈夫ですっ! 入ってくださいっ」

「はい、失礼します」

 戸が開く。リラックスした様子で椅子に腰かけて微笑む榛名。彼女は立ち上がり敬礼。私も敬礼を返す。

「初めましてっ、伊島基地、第一の二艦隊所属、榛名ですっ!」

「ああ、新入りの長門だ。

 まだ知らぬことばかりだがよろしく頼む。いろいろ話を聞かせてくれると嬉しい」

「はいっ、榛名、いろいろ頑張りますっ」

 むんっ、と拳を握る榛名。けど、鹿島は微笑。

「榛名さん。先日は出撃でお疲れですよね? 基地の案内は私がやりますので、お話だけ、頑張ってくださいね」

「あう、……はい、榛名、お話頑張ります」

 困ったように応じる榛名。

「長門さん、少し腰を落ち着けましょう。

 私も、ちょっと居座りますね」

「ああ、そうだな」

「はいっ、ゆっくりしていってください。

 あ、長門さん。こっち側の机は榛名が使っているので、そっち側を。布団も、手前側のを使ってください」

「ああ、解った」

 ここが、私の新しい部屋か。

 広い、我慢すれば三人は入れるだろう。丁寧にたたまれた布団のある畳敷きの一角と、個人用に使っているらしい、机と書棚が三組。うち一つはいくつかの本や小物がある。

 それと、押入れか。部屋を使っていた榛名の手入れもあるだろうが、明るくて居心地は良さそうだ。

 元の僚艦たちはどうしているだろうか。叶うのならばみんなも、ここに来て欲しいな。

 布団を軽く叩いて具合を確かめていると、ひょい、と鹿島が覗き込み。

「長門さん、寝心地が悪いようでしたら早目に言ってね」

「ああ、……いや、大丈夫だ。

 それに寝心地程度で提督を煩わせる事もないだろう」

 確かに寝心地がいいに越したことはないが、そんな些事で多忙な提督の手を煩わせるわけにもいかない。

 けど、

「だめですっ!

 睡眠の質は翌日のコンディションに影響します。寝不足な状態で出撃されるくらいなら、私が本土に出向いて、枕一つでも買いなおした方がずっとましですっ!」

「む、……そ、そうか?」

「そうですっ! いいですか、長門さんっ!

 出撃とかしない私がいうのも難ですけど、艦娘の本分は民の平穏を守るために戦う事ですっ! だから、万全の状態で戦えることを最優先にしてくださいっ!」

「あ、ああ、解った」

 見た事もない剣幕で迫る鹿島。困ったように視線を逸らせば榛名は微笑み頷く。

「まあ、ええと、節度を持ってですけど。

 ただ、長門さん。精神面の充実と安定も大切なので、娯楽とか、気分転換の方法とかはちゃんと見つけておいた方がいいです。ある程度ならそのための道具も提督は融通してくれます」

「そうか」

 娯楽とか、考えた事もなかったな。

「ふふ、料理が趣味の艦娘とか、結構集まっていろいろ料理を作ったりしているわ。

 私や榛名さんも、ね」

「はいっ、榛名っ、提督に美味しいものを食べてもらえるように頑張りますっ」

「……そうねえ。前にみんなでそういってお料理を作りすぎて、提督さん。真面目に全部食べて次の日お腹壊して秘書艦さんに吊るされてたわねえ。屋上から」

「屋上から逆さ吊りにされたままゆらゆら揺れる提督。……見ていて榛名はとても不思議な気分になりました」

「こ、ここの提督は、……ええと、」

 慕われているのか? ……いや、榛名の言葉には確かに提督への好意が感じられたが。その割には扱いがぞんざいな気が。

「長門さん?」

 言葉に詰まる私に、不思議そうに視線を向ける榛名。

「ええと、……榛名にとって提督はどんな人だ?」

「はいっ、榛名は提督の事を信頼していますっ! とても優秀なお方ですっ!

 まだ、浅学な榛名は提督の指示に従ってばかりですが、もっと経験を積んで、作戦立案の面からでも提督のお手伝いが出来るよう精進しますっ!」

 むんっ、と拳を握る榛名。

「そ、そうか。……吊るされている提督は、助けなかったのか?」

「はいっ、提督はぷにょぷにょしていそうなので、榛名、触りたくありませんっ!」

「…………あ、ああ、そうかもしれない、な?」

 否定はしないが、それでいいのだろうか? 自分の言葉に疑問を感じさせない榛名の表情を見ていると、なんとなくそういうものかと思えてしまう。

「まあ、ともかく生活環境は大切なのよ。

 だから、長門さんもあまり遠慮をしないで、欲しいものがあったらとりあえず言ってみて、提督さんに言いにくかったら、私に言ってね」

「ああ、解った」

 気分転換か、そんな余裕はなかったが。……もしかしたら、そういった事を蔑ろにしていたせいで、前の泊地ではあんなことになったのかもしれないな。

「大鳳さんとか、島風ちゃんとか、よく外を走ったりしているし、時間があったら散歩をしてみるといいです。

 結構皆さん集まってわいわいやっていますから」

「トレーニングか、……提督もやった方がいいような気もするな」

 あまり見た目にこだわりはないが、健康的な面から見ても太っているのはいい事ではないだろう。

「ええと、それ、大鳳さんも同じことを思ったらしくて、提督さんとトレーニングをしたらしいんだけど、次の日に筋肉痛で動けなくなって。

 怒った秘書艦さんが提督さんの寝室の室温をむやみに上げて、脱水症状になりかけたとか。大鳳さんが半泣きで謝っていました」

「…………そ、そうか」

「脱水症状になるくらい大汗をかいても贅に、……バルジは減らないんですねっ!

 榛名、大発見ですっ!」

「…………あ、ああ、そうだな」

 それは改めていう事でもないと思う。……と。

「あら、…………長門さん、まずは食堂に行ってお昼にしましょうか。

 榛名さんも一緒に来ますか?」

「はいっ、……あ、提督は?」

「提督さんでしたら秘書艦さんがお昼を用意しているはずだし、大丈夫だと思うわ」

「……だ、大丈夫なのか?」

 とても不安なのだが。

「秘書艦さんなら大丈夫ですねっ」

「本気かっ?」

 信頼の声を上げる榛名。思わず問うたら榛名は首を傾げ、唇を尖らせて「秘書艦さん、とてもとても優秀ですっ」

「……あ、いや、そうかもしれない、な」

 



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三話

 

 榛名と鹿島と食堂に向かう。《一日一善》と、妙に達筆な掛け軸がやたらと目立つ寮の一階。

「一階が、丸々食堂か」

「多い時は本当に多いですからねえ」

 しんみりと笑う榛名。確かに食堂は盛況だ。間宮や伊良湖、それに、おそらくはお手伝いなのだろう、何人か艦娘が忙しそうに働いている。

 それに、「お弁当?」

 お弁当箱を持参して食べている艦娘もいる。榛名は頷いて、

「各部屋に給湯室兼簡単なキッチンがあるんです。

 そこで作って食べてる娘もいます。ただ、交流の場としてみんなここで食べるようにしています」

「そうか」

 間宮たちの負担軽減にはいいかもしれないな。もちろん、今日は用意していない。大人しく並ぶことにする。

 と、

「えーと、……あっ」

「鹿島?」

「第二の一艦隊旗艦がいたわ。

 ええと、ごめんなさい、ちょっと場所空けてもらうように頼んでくるわね」

「ああ、頼む」

 挨拶にはいい機会か。ただ、第二の一艦隊旗艦、か。

「確か、資材確保や管理を担当、だったか」

「はい、この基地の生命線です。提督も、彼女の意見はとても参考になるとおっしゃっておりました。

 榛名も、もっとたくさんお勉強して、提督に意見具申が出来るようになりたいです」

「資材の管理に秀でている、か」

「そうですね。結構出撃の機会とか多いですが、資材などで困った事はほとんどありません」

 ここは、提督としての仕事も多いだろう。提督自身の資材管理能力は高かったとしても、そこにかかりきりになる事は出来ないのかもしれない。

 なら、それを行う艦娘の裁量を認め、その艦娘は十分に仕事をこなしていることになる。

「それだけ、優れた艦娘か」

 鹿島を視線で追いかける。彼女の向かう先にいるのは、

「……山風?」

 机に、乱雑に投げ出された大量の書類。片手にスプーンを握り食べ、もう片手で書類を手に視線を滑らせている山風がいる。

 彼女の対面には、僚艦なのだろうか、青葉と龍鳳、そして、山風の隣には熊野。か。

 不意に手に持っている書類を放り投げ、空いた手でボールペンを取り出し何か書き込む。熊野が興味深そうにそれを覗き込み、何度か頷く。

「作戦、か?」

「あまり、お行儀はよくないですけど」

 ともかく、鹿島はそちらに向かい話をする。そこにいる青葉と龍鳳は頷き場所を少し移動。熊野が投げ出された書類をざっとまとめ始めた。

 

「長門、さん。……初めまして、

 あたし、山風。ここの、第二の一艦隊、旗艦」

「第二の一、熊野です。どうぞよろしくお願いしますわ」

「第二の三、青葉ですっ!」

「同じく、龍鳳です。よろしくお願いします」

 本当に山風が旗艦だったのか。少し、驚いた。

「本日付で伊島基地に所属する事になった長門だ。

 まだ新人だが、よろしく頼む」

「長門さん、……新人さん」

「山風さんは聞いていますか?」

 龍鳳の問いに山風は頷いて、乱雑にまとめられた書類から一枚、引っ張り出す。

「うん、……明日、訓練開始。

 必要が想定される資材は全部確保してある。……けど、実績の情報がないから、ちょっと多めに、訓練終わったら再配分が面倒。鹿島さん、確保分を上回る資材の消費、だめ。訓練は、中断、ね」

「ええ、解っています。優先順位は違えたりしませんよ」

 安心させるように微笑む鹿島。まあ、最優先は現場で動く者たちか。

 鹿島の言葉に山風は安心したようにスプーンに盛られたオムライスを食べる、が。

「山風さん」

 熊野は苦笑してナプキンで彼女の口元を拭った。食べながらも書類から視線を落とさないから、頬にケチャップがついている。「むー」と、むず痒そうな声。

「食事中ではないのか?」

 さすがに気になった。けど、

「ん、……食事中も、戦ってる艦娘はいる。戻ってきたとき、怪我しても治す資材がないなんて、絶対にだめ」

「まあ、お行儀は良くないのですが。

 そのあたりは大目に見てくださらない? 提督も、自分が見てるから大丈夫とはおっしゃっているのですが、こればっかりは譲ろうとしないのですのよ。……と、失礼」

 不意に、傍らのスマホが着信音を奏でる。熊野はいくつか操作し、

「山風さん。資材の増減はなし。

 第二の二艦隊。必要資材の確保完了。帰投準備に移るそうですわ。幸いにも何もなく、燃料の補給だけでよさそうですわ」

「ん、……うん、よかった」

「燃料の手配、しておきましょうか?」

 おっとりと問う龍鳳。対して山風はふるふると首を横に振って、

「もう、必要分は用意して、ある。

 終わったら、片づけを、お願い、第二艦隊、のお仕事、帰投したら終わり、だから。片付けしたら自由にしてて」

「きょーしゅくですっ、ではっ、自由時間を満喫しますっ」

 ぴしっ、と敬礼する青葉。「ええ、また明日からがりがり働けるように、存分に満喫してくださいませ」

「へひー」

 にっこりと笑顔の熊野に突っ伏した。

「責任感があるのだな」

 資材の確保は生命線、か。

 対し、山風はふるふると首を横に振る。

「違う、そんな、格好いいんじゃ、ない。あたし、……臆病な、だけ」

 臆病、彼女は自分をそう評した。

「海の中、怖い。……いや、誰かが、そんなところに行くの、だめ。

 だから、誰にも、そんな風に、……させない。失敗、絶対に、だめだから」

 怯えるように、ぎゅっと、山風は小さく震える自分を抱き締める。

「大丈夫ですわよ。

 そのために、みんな頑張っているのですわ。山風さんの友達を、誰も、沈めたりはしませんわ」

 震える山風を、熊野は優しく抱きしめる。「…………うん」

 落ち着いた。おずおずと顔を上げる山風に熊野は軽く笑いかけて、

「ま、大体こんな旗艦と艦隊ですわ。お行儀が悪かったり、ちょっと働きすぎなところがあるかもしれませんけど。

 けど、わたくしは大好きですのよ?」

「そうですね。ふふ、責任はありますけど、とてもやりがいのある艦隊です」

 龍鳳も応じ、青葉も笑顔で頷く。生命線を維持するための艦隊。確かにやりがいはあるか。

 ええ、と頷くと熊野は、不意に笑った。

「わたくし、ここの基地も、艦隊のみんなも好きですのよ。

 けど、一番大好きなのは山風さんですわーっ!」

「青葉も山風旗艦の事大好きですーっ!」

「はいっ、龍鳳は山風旗艦を尊敬し、敬愛していますっ!」

 熊野をはじめとして、なぜか立ち上がって声高に主張する三人。一拍遅れて榛名も「はいっ、榛名も山風さんの事、尊敬していますっ!」と声をあげて立ち上がり、そして、周りから拍手喝采。「私も大好きですーっ!」と、追従して立ち上がる艦娘まで現れた。

「へゆっ?」

 唐突に、そして、一気に注目を集めた渦中の山風は変な声をあげて小さくなった。

「や、……やあ、……あ、あんまり見ないでよおー」

 

「熊野さん、意地悪」

「ふふ、ごめんなさいね」

 ぷう、と頬を膨らませてオムライスを食べる山風。熊野は笑って彼女を撫でる。

「青葉と龍鳳は、第二の、三、だったか?」

「はいっ、……補給部隊の一番下っ端ですう」

 ひらひらと手を振る青葉。「三、か」

「そうね。といっても、十分実戦で働ける能力は持っているのだけど」

「そこに来るまでの訓練が大変なんですー、辛いんですよー、難しいんですよー」

「あ、あはははははは」

 突っ伏す青葉と乾いた笑みを浮かべる龍鳳。……そうか、私はその辛い訓練をこれから受けるのか。

「ここの重要性を鑑みれば必要な事ですっ」

「重要性、か。……ああ、そうか。ここを突破されたら紀伊水道を抜けて、大阪府か」

 確か、それが故に中将という大役を担う提督が取り仕切っているはずだ。

「そうですっ! 大阪府は人口も多くとても栄えているところです。そんなところに深海棲艦を近づけさせるわけにはいきませんっ!

 絶対に、ここは突破されてはいけないところなんですっ」

 むんっ、と拳を握って応じる榛名。

「そうですよ。お二人もちゃんとそれを自覚して頑張ってください」

 鹿島の言葉に青葉と龍鳳は頷く。

「……とすると、私も、三の艦隊から、か?」

 下っ端、という響きは歓迎できないが、とはいえ新人だ。まずはそこからだろう。

 故の問いに鹿島は首を横に振り、

「いえ、下っ端って言ってもあくまでも、実戦に参加できる艦隊では、という前提よ。

 さっきも話した通り、ここの基地は突破されたら内海にまで食いつかれる重要拠点。相応の能力を持つ艦娘でないと実戦には出せないわ。まずは、訓練ね。

 いろいろ経験もしてきたと思うけど、ここでは一から入ってもらうわ」

「ああ、……そうだな」

「そういえば、長門さんはここに来る前は別の泊地にいたんですよね?

 青葉、どんな活躍をしていたのか興味がありますっ」

「い、いや、活躍といっても」

 ぞわり、と。…………過去が浸食する、感触。

 速力の遅い私は先行する娘たちについていけず、守ることもままならないまま、沈めてしまった、過去。

 感じる寒気に思わず口を噤んだところで、呆れたような声。

「青葉、さん。その泊地、艦娘の建造記録もろくに、残してないの。

 そんなところで活躍なんて、どれだけ強くても、無理。情報の管理、杜撰だと、すぐに、破綻する、から」

「そーですわねー

 おかげで長門さんの資材使用記録もほとんど残ってなくて、おおよそ、でしか準備できませんでしたわ。

 長門さん、鹿島さん、訓練のための資材、足りなかったら謝りますわ」

「いや、それはこちらの落ち度だ。面倒な手間をかけた」

「ううん、大丈夫。

 その、訓練でちゃんと、頑張れば、提督はちゃんと、艦隊に入れてくれるから、頑張って」

「ああ、解った。この基地の一翼となれるよう、尽力しよう」

「やっぱり長門さんといえば第一艦隊ですねっ」

「む、ああ、そうだな」

 確かにそうだ、叶うならば第一艦隊として戦艦の意義を果たしたいものだ。

「ふふ、では、あとで提督さんに希望として伝えておきますね」

「そうだな、頼む。そうだ。山風」

「ん?」

「その、資材の管理についてだが、それは提督に教えてもらったのか?」

 誰も沈ませたくないという意思や、それを実現するためにいつでも気にかけている誠実さもあるだろうが。他にも何か勉強をしていたのかもしれない。

「うん」

 山風は胸に手を当てる。大切な事を思い描くように目を閉じて、

「最初、は、沈むの、怖いって、怖がってばっかりだったけど、提督。そんな事にならないように、方法をたくさん、教えてくれた。お勉強、たくさん付き合って、くれた、の」

 それが大切な思い出だと、山風は語る。

「あたし、前にいた泊地で、臆病者はいらないって言われて、捨てられて。……それで、提督に引き取ってもらった、の。

 提督は、こんなあたしにもちゃんと付き合ってくれた。どうすれば、仲間が沈まないで、みんなで、頑張っていけるか、たくさん、たくさん教えてくれたの。

 提督、言ってくれた。臆病なままでいいって、あたし、このままでいいって、……そんな、あたしでも、大丈夫だって思えるように最善を尽くす方法、たくさん教えてくれた、の。……臆病なあたしでも、大丈夫だって思えるなら、きっと、あたしより勇敢なみんなは、もっと安心して、動けるから、それが、みんなを生かす最善の事だって、教えてくれた、の」

「それで、今では第二艦隊の旗艦。

 ふふ、けど山風さん。確かに提督からの教授はあっても、それを形にしたのは山風さんの努力ですわよ。それは誇りなさいな」

「う、……うんっ」

 熊野の言葉に、嬉しそうに応じる山風。

「そうか、提督はそうやって艦娘にも向き合ってくれるのだな」

 それはありがたい事だ。

「はいっ、提督はちゃんと私たちのことも気にかけてくれていますっ!

 ここは規模も大きいので、ずっと一人についてっていう事は難しくても、けど、絶対に蔑ろにはしませんっ」

 龍鳳は拳を握って応じる。

「これで、……せめて、……せめて、おでぶさんなおっさんじゃなければ」

「あ、……あはははは」

 ぽつり、青葉の呟きに龍鳳が遠い目で笑った。

 



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四話

 

 午後も、工廠や訓練場などを見て回ったが、総じて好感が持てる基地だった。

 艦娘の雰囲気も明るく、訓練は厳しい眼差しで真剣に取り組んでいる。工廠などの設備も奇麗に整理されていた。

 戦うためだけではない。時間があったからと自主的に掃除をする艦娘もいれば食堂で談笑している艦娘もいる。

「いいところに来れたようだな」

「うふふっ、そう言ってくれると嬉しいわ」

 案内についてくれた鹿島は嬉しそうに笑って応じる。

 と、

「あら? 提督さん」

「提督?」

 最低限の案内は終えたという事で本部に到着、執務室の近くにもそもそと動く提督がいた。

 …………やはり、人は見かけにはよらないものだろうか? のんびりと顔を上げる達磨体型の提督を見て思う。

「ふむう。鹿島君かあ。

 長門君も、いろいろ見て回ってるみたいだねえ。来たばかりでお疲れだとは思うけど、……ごめんなあ」

「いや、これから暮らしていく場所だし、早めに見て回れて良かったと思っている」

「そうかあ」

 私の返事に好ましそうに目を細める。

「それで、提督さん。

 何をしていたんですか?」

「ふむう、実はなあ。

 私のお昼ご飯、低カロリーだからって、雷君がシイタケを用意してくれたんだよお。有り難くいただいたのだけど、お腹空いてなあ」

「…………それは、単品か?」

 問いに提督は頷く。……頷いた。いや、それでいいのか?

「食堂で普通に食べればいいと思うのだが?」

「うーむ。そうなんだがなあ。それもした方がいいんだがなあ。

 みんなの様子を見るためにはそういうところに顔を出すのが一番なんだけど、」

 提督は、ぺちんっ、と腹を叩いた。

「美少年でもない私が食堂にいたら、食欲失せないかなあ。そうでなくとも、上官がいると緊張するかもしれないからねえ。

 ああ、おゆはんはそっちで食べるようにしてるよお。おゆはんの後は基本的には寝るだけだからねえ。少し食欲失せても大丈夫、……だったら、いいなあ」

「いや、そんな事はないと思う」

「そうかあ、雷君は私と一緒にご飯を食べると、食べた物が脂っぽくなるような気がしてげんなりするって言ってたんだよなあ。

 私は、そんなに脂っぽいかなあ」

「あ、ああ、…………まあ、そうだな」

 非常に残念ながら、脂っぽい。

「まあ、提督さん。おでぶさんですからね。

 けど、うふふ、大丈夫ですよ。みんな大体慣れていますから、気にしません」

「そうなんだよなあ。最近は足柄君に、二日酔いした後私に会うと胸焼けするとか言われるくらいになったからなあ。

 まあ、そういうわけでおゆはんは私も食堂に行くよお。その時は、まあ、すまんがよろしくなあ」

「ああ、解った」

 頷く、と提督は満足そうに頷き返して、

「おゆはんはゆっくり食べるから、今はお腹を空かせておこうかなあ。

 それで、どうしたんだい、二人とも、案内の真っ最中かなあ?」

「はい、ここで最後です」

「そうかあ、それはよかった。……ふむう、どうかなあ。

 長門君の感想も聞いてみたいし、時間いいかなあ?」

「む、解った」

 そういえば、挨拶の時はろくに言葉を交わしていなかった。提督となる人だ。会話の機会はあった方がいい。

 頷く、と提督は笑って「鹿島君は?」

「うふふっ、私も同席させてもらいます。

 よろしいですか? 提督さん」

「もちろんだよお」

 そういってのたのたと歩き始める。執務室へ。

「あっ、鹿島さんっ、長門さんっ、案内は終わったのっ?」

「あ、……ああ、それは?」

 執務室にある巨大な机。そこには五つ、将棋盤が並んでいる。

「ん、しれーかんの部下さんの少将さんたちの動きよ」雷は桂馬を手に取って「三島少将がちょっと突出気味なのよ。だから、代わりに誰が行けばいいのかなーって」

 ぱちんっ、と駒が置かれる。盤上を見れば他にもいくつかの駒。相対しているの深海棲艦のイメージか。

 手すきの提督を援軍に向かわせる。それを決めているのかもしれない。

「三島君はまだ功を焦っている感じがするからねえ。

 ふむう、若いっていうのはいい事なんだけど、面倒だなあ。やっぱりいいのは威厳のある中年だよなあ。そうだなあ」

 雷は淡々と将棋盤から駒をどかして、のんびりとしたどや顔の提督の頭頂を打撃した。

「しれーかんにあるのは贅に、……バルジだけじゃないっ! 威厳なんてどこにもないわよっ!

 第一っ! たとえどんなに格好いいおじさまでもだめよっ! 可愛い男の子じゃなくちゃだめなのよっ! ねっ?」

「あ、……い、いや、あまり年齢にこだわる事は、ないと思う」

 話を振られても困る。ともかく、提督はのんびりと起き上がった。

「もう案内は終わったのね? それじゃあ、ちょっと待ってて、お茶入れてくるからねっ」

 言うなりじゃらじゃらと錨に繋がった鎖の音を鳴らしながら部屋を出る。提督はのんびりと座って、

「さあ、座っていいよお」

「はい、失礼しますね、提督さん」

「では、失礼する」

 執務室内のソファに腰を下ろす。「それで、どうだったかなあ? 長門君。やっていけそうかい?」

「ああ、大丈夫だと思う。とても好感の持てる基地だった」

「そうかあ、そうだよなあ。艦娘の皆には感謝しないとなあ」

「好適な雰囲気を維持しているのは提督の手腕によるものではないか?」

 何人かの艦娘に、提督についても聞いてみた。そして、総じて好意的な返事だった。

 信頼されている。この雰囲気はそれが理由でもあるだろう。

「命の危険にさらされている真っ最中に、明るい雰囲気は出せるかなあ?」

 問われて、私は首を横に振る。

「そうだよねえ。ある程度平穏が確保されていればこそ、安心感があって穏やかに過ごせる。

 確かに私は作戦を立案したり、指揮はしている。けど、平穏を確保しているのは、戦っている艦娘、じゃないかなあ?」

「む、……確かに、それはそうか」

 目の前にいる提督に限らず、人は深海棲艦とは戦えない。なら、実働という意味では、ここの安全を確保し明るい雰囲気をもたらしているのは戦っている艦娘、なのだろう。

 けど、

「いや、それでも、その状況を作り上げ、こうして維持しているのは提督の手腕によるものだ」

 隣で鹿島もこくこくと頷く。

「そうだったらいいなあ。けど、私は戦ってくれる艦娘たちに感謝をしているんだよお。感謝しているみんなが、不安を感じることなく頑張れるように、頭を捻ったりしてなあ。

 艦娘はちゃんと指揮をしてくれて、万全の状態で戦わせてくれる私に感謝をしている。…………してくれていれば、嬉しいなあ」

「ええ、もちろん、皆、提督さんにはとても感謝をしていますよ」

 鹿島はにっこりと笑顔で応じる。「ふむう」と、提督は頷いて、

「お互いにそんな風に思っているから雰囲気も明るくなる。

 私はそうじゃないかなああ、って思っているが、どうだろうなあ? こればかりは私一人じゃあ解らない事だからなあ」

「ああ、そうかもしれないな」

 お互い、感謝をして信頼していればこそ、か。

「さて、今後だけどなあ。まずは、長門君。いろいろ希望はあると思うけど。どの艦隊に所属するか、どんな役割を担うかは、こちらが決めさせてもらうよお。

 他の娘との連携もあるからねえ。こればかりはこっちの意見を通させてもらうよお」

「解った。異存はない」

 拠点の重要性は聞いているし、これだけの規模だ。新人がしゃしゃり出ていいところでもないだろう。

 任せられた役割を全うする。それがどんな役割であっても、だ。もちろん第一艦隊として主力を担いたいが、それはそう認められてからでいい。

 と、じゃらっ、と音。振り返る。

「はいっ、紅茶を持って来たわっ!」

「あら、ありがとうございます。秘書艦さん」

「ありがとう」

 かちゃかちゃと、カップに注がれた紅茶が置かれる。

「雷君、私にもあるかなあ?」

「しれーかんにはお湯を持って来たわっ! はいっ」

 どんっ、と大きな湯呑が置かれた。お湯か。

「お湯かあ。ありがとうなあ。味がないなあ」

「ただのお湯だから仕方ないわねっ!

 あっ、そうだっ、長門さん、もともとの僚艦だけど、一応こっちで引き取れるように話は進めてみるわ、ただ、他の少将で人手が足りなさそうならそっちに行ってもらう事になりそう。

 一緒にいたい気持ちはわかるけど、人手不足なところの補てんを優先しないと、だからこればっかりは我慢してね」

「もちろんだ。いや、調整してもらえるだけでも有難い」

「別の基地に所属する場合でも、会う機会は作れると思うし、定期的に少将はこっちに来ることになっているからなあ。

 その時に一緒に来てもらうようには頼めるし、ふむう。まあ、いつか会う機会は作れるよお」

「感謝する」

 それなら、よかったな。

「ただ、山風が三人分の資材とかいつ余力をもって確保できるか計算しているみたいだから。とりあえずはその結果待ちね。

 こっちもあんまり余裕は持てないから、山風でもいつ確保できるかはまだちゃんとしたことは言えないのよ。使用実績もないしね」

「ああ、解った。いや、会える機会があるならそれで十分だ。気長に待つとしよう」

「そういってくれると助かるよお。

 同じ部屋は、榛名君だったかなあ?」

「はい、もう挨拶は済んでいますよ。提督さん。仲良くやっていけそうでしたよ」

「そうかあ、それならよかったよお。

 部屋割りは、所属で変わったりもするけど、今夜のうちにいろいろと聞いておくといいよお。けど、榛名君はお話好きだから、巧くブレーキをしないとなあ。夜更かしされるのも困るからなあ」

「そうか」

「そうなのよっ! 前もしれーかん、榛名さんと長い時間お話してたのよっ! それで夜眠るの遅くなっちゃったのっ!

 もうっ、しれーかんは忙しいんだから、ちゃんと寝ないとだめよっ!」

「そうだなあ、スタンガンで強制的に眠らされたなあ」

「……それは、眠るとは違うのではないか?」

「ふむう、雷君に簀巻きにされて動けないまま、ばちばち放電するスタンガンを持ってこられたときは、……驚いたなあ。部屋が真っ暗だったからなおさらなあ。

 雷君、笑顔でじっくりとスタンガンを押し付けてくるからなあ」

「…………あ、ああ、そうだろうな」

 ……いかん、真っ暗な部屋で放電するスタンガンを片手に笑顔で佇む雷を想像してしまった。怖い。

 ふと、山風といえば、

「艦娘ともよく言葉を交わすのか」

 山風もいろいろ教えてもらったといっていたし、話をする機会を作るようにしているのかもしれない。

 艦隊運用に関して意見具申できるように、その知識を教えて欲しいものだ。

「ふむう、……そうなんだよねえ。みんなの雰囲気も見て取れるし、直接話した方が言いやすい事もあるからなあ。そういう機会は作った方がいい、と思うんだけどなあ」

 提督は腹を叩いた。ぺちんっ、と音。

「おでぶさんなおっさんと話をしてもなあ。

 私がいけめんじゃないって哀しそうにしていた娘もいてなあ。ごめんなあ。おでぶさんなおっさんで」

「い、いや、……まあ、大丈夫だ」

「そういうわけで一部の艦娘には見苦しい思いをさせているけど、それでも意義はあるからなあ。出来るだけ話はするようにしているよお。

 ただ、私も多忙でねえ」

「ええ、相談したい事とか、意見があったら私たち秘書次艦にしてくれれば、提督さんには通すようにするわ。

 あと、直接お話したければこっちに声をかけて、提督さんのスケジュールは把握しているから、時間を取るように伝えておくわ」

「わかった。いや、資材の管理など学びたい事も多い。

 時間が取れたらで構わないが、是非教授をして欲しい」

「それなら、勉強会を開いているから参加をしてみるといいなあ。

 資材の管理は、第二艦隊でよく勉強しているし、主催する山風君のお話はとても勉強になるよお」

「第一、第二、第三の各艦隊で最低月に一回、皆で勉強会を開いているわ。

 時間はずらしているから自分の所属する艦隊以外の勉強会も参加できるし、とっーても勉強になるわよっ」

「そうかっ」

 それはいい事を聞いた。今度確認してぜひ参加をさせてもらおう。

「あっ、もちろん雷たち秘書艦も勉強会やってるからねっ、どーんと参加していいわよっ」

 鹿島も笑顔で頷く。秘書艦、か。

「どんな勉強会だ?」

「今は、経営学についての勉強会よっ!」

「…………それは、ちょっと、考えさせてくれ」

「そういうわけで、話したいことがあったら遠慮せず、けど、すぐにスムーズに時間を取れる事は期待せず、でいて欲しいなあ。

 そのあたり秘書次艦や榛名君、か、まあ、同じ部屋の娘と相談をして欲しいなあ。手紙を書いたり、聞きたい事をノートにまとめておいたり、伝え方はその娘次第だからなあ」

「ああ、解った」

 提督は、ぺちんっ、と腹を叩いた。

「どうなんだろうなあ。やっぱり、おでぶなおっさんだと直接話をするのは嫌なのかなあ」

「いえ、てい「いやに決まってるでしょっ! 可愛い男の子じゃないとだめよっ! おでぶさんなおっさんなんて論外よっ!」」

「そうかあ、……長門君。見苦しいから会って話もしたくないっていうのなら、…………うむう。

 秘書次艦のみんなを通してくれると嬉しいなあ。鹿島君たちには申し訳ないが、こればかりはお仕事と思って割り切ってくれると、嬉しいなあ」

「そうねっ、脂たっぷりだけど仕方ないわねっ! お仕事はちゃーんとしないといけないわねっ!

 というわけで、長門さん。しれーかん、見苦しくて視界に入るのもいや、っていう気持ちは痛いほどよくわかるから、何かあったら雷たちをたーくさん頼っていいからねっ」

「あ、ああ」

「ふむう、……とすると、こっちに誘ったのはだめだったかなあ。

 ごめんなあ、長門君。君のお話を聞いておきたくて無理をさせたなあ。新人さんの長門君にとっては新しい上官だし、断りにくかったかもなあ。これも、ぱわはら? かなあ」

「いや、大丈夫だ。見苦しいとは思っていない」

 まあ、確かに肥満だが。……達磨か。そうだな、達磨体型と思えばそれでいいのかもしれない。

「そういってくれると嬉しいよお。ただ、伝えたい事があればちゃんと言って欲しいなあ。

 私が気づかず、皆に我慢を強いていることもあるかもしれないからねえ。それがストレスに繋がって、コンディションを落とされるのはそれこそ大問題だからねえ。その面では新人さんの意見は貴重なんだよお。

 ただ、」

 提督は困ったように鹿島に視線を向けた。

「職責がら、どうしても我慢してもらわないといけない事も、あるなあ。ごめんなあ。鹿島君」

「いえ? 特に何も、私は職務に不満はありませんよ?」

「そうかあ、秘書次艦は基本的に毎日私と顔を合わせているからなあ。

 毎日おでぶさんなおっさんと顔を合わせて、不愉快な気持ちにさせているかもしれないけど、こればかりは仕事だからなあ。雷君、秘書次艦のみんながストレス溜めているようなら、いつか気晴らしにお出かけとかしてきてねえ」

「わかったわっ! 可愛い男の子がたっくさんちやほやしてくれるところを調べておくわねっ」

「いえ、それはいいです」

「わかった。いや、気遣いは感謝する。

 気づいたことは書き留めておこう」

 と、どばんっ、と扉が開いた。

「Heyっ! テイトクっ、第三の一艦隊、帰投したヨっ!」

「金剛、か?」

 豪快に扉をあけ放ち、金剛が顔を出した。

「ごめんなあ、金剛君」

「どうしたんデス?」

「うむう、今、みんなでお話をしていたんだよお。

 それでなあ、あまりストレスはためないように、って言ってたんだけど、金剛君、おでぶさんなおっさんと顔を合わせて、ストレスに感じてないか不安でなあ」

 のんびりと伝える提督を見て、金剛は「HAHAHAHAっ」と乾ききった笑顔を見せた。

「テイトクのDARUMA体型見てると、金剛型一番艦金剛がテイトクに抱くBurningLoveも一瞬でFreezeネ。

 けど、ストレスには感じてないヨっ! テイトクは上官としてすっごく有能ネっ! それで十分、縁起物のDARUMAと思えば、それでOKっ!」

「そうかあ、私じゃあ金剛君のらぶにはふさわしくないかあ」

「おでぶさんなおっさんなんだからとーぜんデショっ、ふさわしくなりたかったら三十歳くらい若返ってイケメンになって腹へっこましなヨっ!」

「上官命令でらぶにふさわしいと思って欲しいなあ」

「セクハラ許すまじっ!」

 謎のポーズをとりながら変な事を言う提督を雷がファイルを縦にして殴った。ぐわんぐわん揺れる提督。

「ん、長門、デス?」

「ああ、本日付でここに所属する事になった。

 よろしく頼む」

「新人さんネっ!

 ワタシは第三艦隊旗艦、金剛デスっ! ヨロシクデスっ」

「ああ、よろしく頼む」

「さて、楽しいお話を続けたいところデスガまずはお仕事デス。

 哨戒任務、無事終了デスっ、緊急の報告はNothing、ワタシも含めて補給は終了っ、一晩寝れば体力も回復して明日のお仕事はno Problemっ!

 今は三の三艦隊が警戒線で監視をしているところネ。こちらは明日の0800には交代デスっ、第三の二艦隊が遠征の護衛任務終了次第引き継ぎネっ」

「ふむう、了解したよお。…………んー、ふむう。

 雷君。遠征の経路はどうかなあ?」

「……哨戒任務を引き継ぐなら短めの経路の方がいいわね。山風が事前に提案したののうち、最短経路のにしましょ」

「んー、その方がいいデス? 第三の二艦隊は夜偵載せたちとちよがいるから、夜間護衛の全体的な負担が軽くなる、って思ってましたケド?」

「そっち、練度はどの程度? 慣れているならスムーズに行けると思うけど」

「もちろん、バッチリ、バッチコーイ、デースっ!」

「そうかあ、……そうだなあ。それもそうだなあ。

 金剛君、資材の確保は通常通りの経路。敵艦隊を発見したら遅滞防衛での後退。雷君、第一の二艦隊は警戒待機のレベル引き上げ。敵艦隊発見の報が入ったらすぐに出撃できるように準備かなあ。

 哨戒はそれ前提だから、……ん、索敵を最優先で頼むよお。交戦そのものは遅滞戦術。積極的な交戦は第一の二艦隊に丸投げするつもりでいいからねえ。

 遠征の護衛任務終了直後に一度状況の報告。燃料に不安があるならすぐに戻れるように警戒線は下げた方が無難だなあ。……と、いう感じでどうかなあ?」

「……むー、了解デス」

「不満そうだねえ」

 頬を膨らませる金剛に困ったように声をかける提督。彼の指示は問題ないと思うのだが。

「不満、じゃないケドサー

 テイトクのいう事は正しいヨ。ワタシの判断なら安全圏。けど、すぐ戻れるように警戒線下げるのも、気遣い嬉しいデス。ケドー

 けど、やっぱり深海棲艦を近づけるのは面白くないデス。……むう、判断が甘かったかもしれないデス。判断の根拠をまとめて報告書作ってみるので、テイトク、あとで添削をよろしくネ」

「うん、そうだねえ。わかったよお。雷君はいいかい?」

「ん、解ったわ」

「ふむう、……山風君にはこの事を話しておかないとなあ。山風君は頑張り屋さんだから夜更かししちゃうかもなあ。

 熊野君にちゃんと見ているようにお願いした方がいいなあ」

「テイトクが自分でやりなヨー」

「そうなんだよなあ。前に自分でやって山風君にあとで報告したら、山風君が不機嫌になってなあ。

 頬っぺた膨らませて鉄パイプでお腹をつついてくるんだよなあ。熊野君は見かけるたびに、とぉぉおう、とか叫びながらお嬢様キックするしなあ。山風君の機嫌が直るまで」

「提督も大変だな」

 確かに有能なようだが、なぜ、扱いがぞんざいなのだろうか? 太っているからか。

 思わず漏れた呟きに、提督は重々しく頷く。

「長門君、確かに提督のお仕事は大変だよお。

 けど、艦娘のみんなが頑張っているのだから、弱音は吐いてられないなあ」

 おそらく、格好いいと思われる雰囲気なのだろう。

「Hey、テイトクーっ、言ってることは格好いいけどサー、おでぶさんなおっさんがキメても滑稽なだけネーっ」

 フランクに「HAHAHAHAHAっ」と笑いながら金剛。

「……………………鹿島君、私はどうすればいいんだろうなあ」

「ええと、提督さ「諦めが肝心よっ! だっておでぶさんだもんっ! その時点でなにもかもだめだめのだめったらだめなのよっ! どれだけ格好いい事言っても滑稽なだけなんだからっ!」」

「私は、だめかあ。……みんなすまないなあ。私は、だめだめさんなんだよお」

 俯いて動かなくなる提督。雷と金剛が神妙な表情で合掌。

「え、えと、……そ、それじゃあお夕食に行きましょうっ! ちょっと早いけどそうしましょうっ!

 提督さんも、ねっ」

 お葬式のような雰囲気になったので、鹿島の提案には全力で頷いた。

 



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五話

 

 夕食時、なのだろう。食堂には多くの艦娘がいた。

「あっ、提督っ」「こんばんわっ、司令官っ!」「提督っ、お疲れ様ですっ」

 食堂に入ると一斉に声をかけられる。やはり、こうしてみると慕われているのだな。

「ふむう、こんばんわあ。みんなも元気そうだなあ。安心したよお」

 そんな反応を満足そうに見て、《一日一善》と大書された掛け軸を見て感慨深そうに頷き、提督はカウンターへ。

「こんばんわ、提督さん」

 食堂の間宮が笑顔で挨拶をする。提督は頷き、

「間宮さんっ、しれーかんのおゆはんだから、カロリー控えめにしてねっ、これ以上おでぶさんになったら達磨さんから風船さんに進化しちゃうわっ!」

「あら、では、最終形体は気球さんですね」

 ころころと笑って応じる間宮。……いや、そういうものなのか?

「はい、提督さん。本日の定食です」

「ふむう、お刺身かあ、有り難いなあ。

 お料理も上手だし、間宮君はいいお嫁さんになれるよお」

「あら、お上手っ」

 ころころと嬉しそうに笑う間宮。そして提督は雷に割り箸で刺された。

「ごふっ」

「しれーかんっ、女性にお嫁さんとかそういう話をしちゃだめよっ! 可愛い男の子が照れながらお嫁さんになってください、っていうの以外は全部だめなんだからっ!」

「そうですねえ、ふふ、提督さんにお嫁さんになってくださいって言われても、全力でお断りしちゃいますねっ」

 にこやかに応じる間宮。まあ、私も断ると思うが。それは口に出さなくてもいいと思う。

「そうかあ、私は生涯独身かなあ。まあ仕方ないなあ」

「それでいいのか?」

 艦娘である私がいうのも難だが、結婚というのは人の幸福として大切な事だと思う。

 問いに、提督はのんびりとした、よく言えば縁起の良い視線を向ける。口を開く。

「私は軍人だからなあ。護国のためには私事にかまけている暇はないなあ。

 この徽章を身に着けたその瞬間、軍人になると決めたその瞬間に、私は護国へ運命を捧げた。だから、結婚なんて人並みの幸福、……いや、護国、以外に求める現象は存在しないなあ」

「そう、か」

 のんびりと口を開く提督。……けど、その意志は、…………なん、なのだろうか?

 よくわからない。ただ、いつも通りのんびりと語る提督に、ぞくり、とした。

 

 食事を受け取り、空いた席に提督は腰を下ろす。彼の隣に雷が座る。私は雷の隣へ。そして、自然、席を探していた艦娘たちが集まってきた。

「提督っ、金剛お姉さまも、お疲れ様ですっ」

「Oh、榛名っ! お疲れ様デースっ」

「おかえりなさい金剛お姉さまっ、あっ、司令っ」

「やあ、比叡君、榛名君。こんばんわ」

「二人とも、一緒におゆはん食べまショウっ」

「はいっ、比叡、同席させていただきますっ」「榛名も、失礼しますっ」

「あ、山風君はどこかにいたかなあ? お話しておきたい事があるなあ。

 まあ、ご飯のあと「必要ならすぐに呼んで」」

 不意に、割り込む声。熊野を傍らに山風がいる。少し不機嫌そうな表情。

「おやあ、タイミングいいなあ」

「もうっ、しれーかんはおばかさんなんだからっ! 執務室で山風とお話するって言ったでしょっ! 連絡しておいたわよっ」

 雷が割り箸で提督を突く。山風は頬を膨らませて「お仕事なら、提督、が、言わなくちゃ、だめ」

「また蹴っ飛ばされたいんですの?」

 熊野も、じと、とした視線を向ける。

「うむむう、……すまんなあ。

 それじゃあお話しようかなあ。山風君、熊野君、おでぶさんなおっさんと一緒にご飯でいいかなあ?」

「別に気に「ちぃーっす、鈴谷も同席するよーっ」あら?」

 どんっ、と提督の左斜め前にお盆が置かれた。

「鈴谷?」

「あっ、長門さん。今日だっけ?

 第二の二艦隊旗艦、鈴谷だよ。よろしくっ」

「ああ、よろしく」

「仕事の話っしょ。鈴谷も聞いておくよ」

「そうかあ、鈴谷君も私と一緒にご飯食べてくれるかあ。よかったよお」

「仕事ならねー、提督マジで優秀だから話聞くだけでも意義あるし。

 それ以外は、…………たまにぷにょぷにょしてて、きもっ、って思ったことあるけど、まあ、目を瞑ればいいじゃんっ」

「そうだなあ、ぷにょぷにょしててきもいかもしれないが、よろしくなあ」

「そーなったら山風ぎゅってすれば癒されるしっ! 問題なしっしょっ」

「そうだなあ。……そうだなあ。

 鈴谷君、実はなあ、お仕事の話なんだよなあ。だから、山風君が夜更かししないように見ててあげてくれないかなあ」

「ぃよっしっ、山風っ、今夜鈴谷と一緒に寝よっか。ぎゅぎゅってしてあげるっ」

「ふぇ? ……え、え?」

「お断りしますわ。山風さんを抱きしめて眠るのはわたくしですわ。

 鈴谷に用はなくてよ?」

 どんっ、とお盆を置いて鈴谷を睨む熊野。間に挟まれた山風はおろおろしている。

 鈴谷は熊野を睨んで、

「はあ、なに言ってるし?」「そちらこそ何を言っているんですの?」

「あ、はう、だ、だめだよお。

 あたし、一人でも寝れるから、大丈夫だよお。一人でも、ちゃんと、お仕事出来る、から」

 おろおろし始める山風。鈴谷と熊野はそんな彼女を見て幸せそうだ。

 けど、

「山風君。

 私はねえ、山風君のことを信頼しているよお。――――その言葉以外はね」

「ひうっ」

 山風が小さく声を上げる。食堂が、静かになる。いがみ合う鈴谷と熊野も、沈黙する。

 その理由はわかる。ぎちり、と。凍てついた歯車が圧し潰す。そんな、寒気。動いているのはただ一人、秘書艦の雷だけが変わらず食事を続けている。

「山風君。君は第二艦隊の旗艦だよ? その君が体調を崩したらこの基地全体に迷惑がかかる。

 それでも一人で無理をするというのなら、熊野君に旗艦を譲りなさい。艦娘としての行動は、提督として、許さない」

「…………う、うん、……ご、ご、ごめん、……な、さい」

 それを聞いて、提督は「ふむう」と呟く。その一言で寒気は吹き飛び、……深く息を吐き出す。

「それなら、間を取って雷君が一緒に寝るとか、どうかなあ?」

「雷が? まあいいわよ。

 寝不足も困るしねっ! 山風っ、添い寝だって雷にどーんと頼りなさいっ」

 むんっ、と胸を張る雷。

「ぐっ、……そ、それはちょっと見てみたい、かもっ」

「秘書艦さんと山風さんが抱き合って眠る。…………こ、これはこれでいいかもしれませんわっ」

「そうだなあ、ちっちゃい女の子が抱き合って眠る姿は可愛らしいかもなあ」

 ふむん、と頷く提督。雷はにっこり笑顔。

「その時はちゃーんとしれーかんは動けないように鎖で拘束しておくからねっ!

 鹿島さん、手錠と鎖と目隠しは用意しておいてね」

「優しくしてくれると嬉しいなあ。……ふむう、まあ、そういうわけだよお。

 山風君。頑張り屋さんなのはいいけど、頑張るところを間違えてはいけないんだよお。一人でやるなんて言わないようにねえ」

「うん、……じゃ、じゃあ、…………あ、あの、鈴谷さんと、熊野さんと、三人、で」

「ええ、まあ、それがいいですわね」「よっしっ、ま、落としどころっしょ」

「そうだなあ。幼女二人が抱き合って眠っているところを私が見に行ったら、……ふむう。

 鈴谷君、どうかなあ?」

「え? ちょっち魚雷ぶち込んでみるかも」

「殺されるのかあ」

「大丈夫ですわっ、提督には贅に、……バルジがたくさんありますわよっ!

 魚雷の爆発が直撃しても、きっと大丈夫ですわっ」

「これは魚雷の爆発にも耐えられるのかなあ」

 ぺちんっ、と腹を叩く提督。「それはすでに人体ではない」

 鹿島がこくこくと頷いた。

「さて、それじゃあお話しておこうかなあ。……ん、んんー?」

 提督が首を傾げる。軽く頭を下げ、手を合わせて席を代わってもらっている艦娘がいる。

「第二艦隊の艦娘ね。一応、聞こえるところに移動しておこうって事だと思うわ」

「そうか」

 雷の言葉に納得した。直接話をするのは山風だとしても、第二艦隊なら他人事ではないのだろう。

 そして、他の艦娘たちも声のトーンを落とす。

「この後の資材確保だけどなあ。第三の二艦隊を護衛として出して、そのまま警戒任務に移るんだよお」

「うん、聞いてる。

 通常と、あと別に、安全そうな、短いルート、提案したから、そっちなら、大丈夫、と思う」

「けど、テイトクは通常経路で、第一の二艦隊を警戒待機。防衛線を一つ下げて遅滞戦術での対応を提案したデス。

 その場合、交戦が必要になったら第一の二艦隊。OK?」

「はい、大丈夫です。いつでも出撃できます」「大丈夫ですっ、気合っ、入れてっ、行けますっ!」

 榛名と比叡は頷く。

「そっちの経路? ……いいけど。

 なら、燃料は少し余分に準備、必要。ご飯食べたら、用意しておく。あと、護衛任務が終わったら、絶対に連絡を入れるようにして、ええ、と。……あの、鈴谷、さん。

 連絡はいるの、たぶん、遅くなると思う、の」

「りょーかいっ、鈴谷明日内勤だし、ちょっち夜更かししても問題なし。

 山風ぎゅーってしながら連絡待ってるわ」

「うん、ありが、と」

「うむ、それじゃあお仕事のお話は終わりだなあ。

 みんなも、ご飯に戻りなさい。上官も一緒だけど、……ふむう、食欲失せたらごめんなあ」

 ぽんっ、と提督は手を叩く。それを契機に再び食堂にざわめきが戻る。

「食事時でも臨戦態勢か」

 いつでも仕事に移れるように、という事なのだろう。提督は困ったように頬を掻いて、

「よくないよなあ。よくないと思うんだよなあ。こういう事。

 ご飯はリラックスして食べないといけないんだけどなあ。……やっぱり、事が事だし、仕方なかったんだよお。長門君、食事時に仕事の話なんてしてごめんなあ」

「いや、むしろ感心した。話が聞けて良かったと思っている」

 当事者である山風たちはともかく、他の艦娘が聞いていたのはそれだけ仕事に対する意識が高いという事だろう。それは、いい事だと思う。

「そうかあ、それならよかったよお。

 今回は緊急だけど、いつもは仕事は忘れてのんびりご飯食べて大丈夫だよお。上官がいると緊張する、かもしれないけど、……それは慣れてくれると嬉しいなあ。鈴谷君は慣れてくれたかなあ?」

「ってか、え? 提督ってその外見で緊張感与えるって思ってたの? マジで?」

「達磨さんですわね」

「提督、縁起よさそう。たまに、拝んだりしてみる、の」

「そうかあ、それかなあ。

 長門君、たまにだけどなあ。艦娘とすれ違うと手を合わせられるんだよお。あれはそういう意味だったのかなあ」

「まあ、そうだろうな」

「私の扱いは、縁起物なのかなあ」

「なんか、そこらへんでぽけーっとしてるとなんか縁起いい感じするんだよね、提督ってさ。

 ちょっち手を合わせてみよっかなって思うくらい」

「散歩中になんとなく見かけたお地蔵様くらいの縁起の良さですわ」

「基本的には緩みますね。提督さんがいると」

 鹿島にも言われて「そうかあ」と、提督は腹を叩く。ぺちんっ、と音。

「貫禄ついてると思うのだがなあ」

「そうよ、しれーかんは貫禄あるわよっ!

 貫禄って重みって意味もあるらしいわっ!」

「物理的貫禄、ってやつデースっ」

「精神的貫禄は、全然っ! まったくっ! これっぽっちもっ! ないですっ!」

 びしっ、と指を突き付ける比叡。けど、榛名は拳を握って「提督っ、貫禄たくさんありますっ」

「そうかあ、貫禄がたくさんあるかあ。

 物理的だけでも嬉しいなあ」

「……嬉しいのか?」

 



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六話

 

 夕食を終え、入浴を済ませる。そこで、鹿島から興味深い話を聞いた。

「第一の一艦隊が」

「ええ、今、旗艦が提督さんの所にいるわ。

 会いに行ってみる?」

「ああ」

 第一の一艦隊旗艦。この基地でも、上位の実力者か。

 今の私にとっては雲の上だろうが、それでも興味はある。鹿島と一緒に執務室へ。

「提督さん。古鷹さんはいらっしゃいますか?

 長門さんが挨拶をしたいそうです」

 古鷹?

「ふむう、いるよお。

 そうだなあ。会っておくのもいいなあ。入っていいよお」

「失礼します」「失礼する」

 戸を開ける。「古鷹か」

 秘書艦である雷と、古鷹がいる。

「初めまして、長門さん。

 第一の一艦隊旗艦、古鷹です」

「本日着任した、新人の長門だ。

 まだ未熟な身だが、折を見て話を聞かせてくれればありがたい」

「ふふ、それなら、もう報告は終わりましたから、少しお話しましょうか?」

「それはありがたい。では聞きたいのだが、第一の一艦隊、旗艦というとやはりこの基地では一番強いのか?」

 単純な性能で言えば違うと思う。正直、最初は戦艦かと思っていた。

 だが、第二の一艦隊旗艦、山風は決して数字では表れない優秀さを持つ。重巡洋艦だから戦艦に劣るとは限らないだろう。

 対し、

「そうですよ」

 気負う事なく、古鷹は頷いた。……苦笑。

「意外ですよね。重巡洋艦の私が一番強い、というのも」

「…………そうだな。すまない。単純な性能比較ではやはり戦艦の方が高いと思っている。

 もちろんそれだけとは思わないが」

「いえ、それで正しいです。単純な性能比較で、私はここでは一番強いのです」

「そう、…………なの、か」

 驚きだ。そんな雰囲気が通じたのか、古鷹は左手を見せる。

「指輪?」

「はい、一定の性能を持つ艦娘のみが付けることが出来る特殊な指輪です。

 これに認められると本来の性能上限を突破して、理論上は無制限の強化が可能になるのです」

「そんなものがあるのかっ!」

 驚いた。理論上は、という言葉は気になるが、無制限の強化というのは凄いな。

 なるほど、それがあれば確かに重巡洋艦でも戦艦の性能を超えられるかもしれない。…………これは、胸が熱いな。

「ふむう、……だがなあ、長門君」

 ふと、提督が声をあげた。

「そのなあ、やっぱり艦娘なら、それは興味があるよなあ。つけてみたいよなあ」

「ああ、もちろんだ」

 一定の性能を持つ艦娘のみ、という事はまだ私ではつけられないのかもしれない。長く、訓練が必要なのだろう。

 だが、それでも、艦娘としてその高みを目指さないなど、出来ない。

「未熟な私が言っても不相応な高望みだろう。

 だが、やはり手を伸ばさないなど、出来ないな」

「いやあ、それはそれでいいよお。

 私は、艦娘の能力は多岐に渡ると思ってるからねえ。高い性能を持つ艦娘を目指すなら、相応の評価はするつもりだよお。

 もちろん、戦力を持たなくても優秀な艦娘もいるし、山風君や金剛君のように性能に基づく戦力としてではない、知識や経験に基づく対応能力も、高く評価しているよお。

 だから、」

 不意に、提督は苦笑。

「鹿島君、俯かなくてもいいよお。君は優秀だよお。

 もし鹿島君が私の事を提督と認めてくれるなら、誰が何と言っても、私の意見を信じてくれないかなあ」

「……あ、えと、そのつもりは」

「視線が下向いてたわよ。鹿島さん。

 それに、ちょっと口元が歪んだわ。こういう時って大抵自嘲するみたいに笑うのよね。治そうとしているみたいだからうるさくは言わないけど。

 自信がないのは、まあ、ともかく、……とりあえずしれーかんのいう事は信じてみたら?」

「…………はい、ありがとうございます。秘書艦さん」

 気づいていたの、か。

 見ていたが雷は顔をあげていなかった。ずっと、書類にかかりきりになっているように見えた。

 それでも「大抵はね。視界の範囲内なら見えるわけだし、視線と口元を見ればある程度は何考えているか見当がつくわ」

「……え?」

「不思議そうにしていたからね。長門さん」

 提督にも視線を向けると、彼も微笑んで頷いた。

「…………お、お見通しか」

「一応、これでも提督だからなあ。…………そうだなあ。

 女の子の顔をじろじろ見る、……見るのも、いい、かっ?」

「いいわけないでしょっ! しれーかんに見つめられても気持ち悪いだけよっ!」

 雷が手元のペンを投擲。提督の額に突き刺さった。

「ふふ、そうですよ。鹿島さん。大切なのは自分の目指す位置に届く能力を持てばいい。鹿島さんが求めている位置に必要なのは、性能ではないのでしょう。

 そして、長門さん。性能を求めるなら高望みなんて言わなくていいですよ。最初はみんなそうですから、目標に届くまで、目指すのを止めなければいいだけのことです」

「はい」「そうだな」

 鹿島と頷く。「ふむう」と提督は頷いて、

「だがなあ、その指輪。

 一部ではケッコンユビワ、という風に扱われているんだよなあ。基本、大本営が管理して提督に預けられて、提督から艦娘に渡される。という流れなんだがなあ。

 私からそういう指輪を貰うのは、いやだよなあ。おでぶさんのおっさんだもんなあ。…………いやだよなあ。間宮君に笑顔でケッコンオコトワリと言われたからなあ。

 古鷹君にも嫌な思いさせたなあ。ごめんなあ」

「そういえば、さんざん悩んでたわよね。それ渡すの。

 もうっ、おっさんがうじうじ悩んでも気持ち悪いだけよっ! すぱっ、と渡さないからだめなのよっ! ねっ、鹿島さんっ」

「うふふ、そうですね。そういう時はちゃんと男性も度胸をつけていただかないと」

 当事者の古鷹も苦笑して頷く。

「そ、……そうかああ。気持ち悪かったかあ。

 うむむ、古鷹君は、いやじゃなかったかあ」

「見た目は下の下ですけど、提督の優秀さはよく知っていますから。

 能力を認めてもらえて、この先、さらに伸びる事を期待してもらえたと思えば嬉しいですよ」

「そうかあ、それはよかったよお。たくさん悩む必要はなかったんだなあ」

「はい、無駄です」

 きっぱりと古鷹に言われて提督は俯いた。

「……………………ま、まあ、その、相応の能力があれば、長門君にも渡すから。

 ケッコンっていう名称にこだわらず、受け取って欲しいなあ。その、私から受け取るのが気持ち悪いのなら、い、雷君、に渡してもらおうか、なあ」

「なんで雷が渡すのよっ! おでぶさんでおっさんでへたれさんって、どんだけだめだめさんなのよっ!」

「そうですよっ、提督さんっ! そういうものはちゃんとご自身で渡さないとっ! 男の人だって、度胸、ですっ!」

「提督、それはちゃんと提督が能力を評価し期待しているという証ですっ! それを、自分で渡さないのは提督として絶対にだめですっ!」

 三人に言われて提督はゆらゆら揺れ始めた。……見た事もない反応だ。達磨のようだ。

「…………いや、提督の優秀さはわかっているつもりだ。

 能力を評価してもらえるのは嬉しい。有り難く受け取ろう」

「そうっ、それならよかったわっ!

 また指輪片手にうじうじ悩んでるしれーかんなんて、気持ち悪いの見なくて済むものっ! 心底安心したわっ! ほんっと、気持ち悪いのよっ!

 可愛い男の子が告白したいけど恥ずかしいから悩んでるところは可愛いけどっ、おでぶさんなおっさんがやっても気持ち悪いだけよっ!」

「気持ち悪いの見せて、ごめんなあ。雷君」

 提督は俯いた。

「長門さんの希望は、第一艦隊ですか?」

 不意に古鷹が問いかける。私は頷く。

「ああ、そのつもりだ。

 いきなり新人が割り込むことが出来るとは思わないが、それでも第一艦隊を希望したい。厳しい道のりになりそうだが」

 零れた言葉に古鷹は苦笑。

「いえ、第二艦隊に入るよりずっと楽ですよ?

 第二艦隊に所属する艦娘は皆、並みの提督より高い管理能力を持っています」

「みな?」

「はい、第二艦隊は六人で一艦隊で、三個艦隊。あとは予備艦です。それで、二の一から三の艦隊は一週間先まで資材の推移を各自判断して、朝に意見交換しています。

 漠然と、ではなく、過去の深海棲艦の発生状況やそれに対して出撃する艦娘の資材使用実績、遠征で得られる想定の資材や遠征にかかる資材、様々な要素を織り込み、必要十分な資材の獲得をするための判断をできるのが、第二艦隊です。

 山風さんや秘書艦さんは一月先まで見えているのではないですか?」

「ええ、そのくらいできないと秘書艦なんて務まらないわよ。

 しれーかんなんて、それに加えて部下の少将の資材状況まで見越して指示飛ばすからね。ほんと、真似できないわ」

「ふむん、私はこれでも中将だからなあ。偉い人だからなあ。私は凄いなあ」

 のんびりとしたどや顔の提督。

「た、……確かに、それは真似できないな。

 第二艦隊、……か、凄いな」

「まあ、どこの艦隊に行くかは訓練とテストを重ねて追々の判断ね。

 長門さんの希望は聞いたわ。絶対に希望通りになる事は期待しないで欲しいけど、参考にはするわね」

「ああ、わかった。例えどの艦隊に所属する事になっても、全力で対応しよう」

 もっとも、第二艦隊は難しいだろうが。

「ふむう、さて、それじゃあそろそろ寝ようかなあ。

 雷君、鹿島君、古鷹君、お疲れ様。ゆっくりお休みしなさい。長門君、明日から訓練に入ってもらうよお。いろいろ思う事はあるだろうけど、頑張って欲しいなあ」

「ああ、わかった。全力で当たろう。提督も、お疲れ様」

「みんな、お疲れ様っ! また、明日から頑張りましょうねっ」

「はい、お疲れ様、おやすみなさい」

「お疲れさまでした」

 挨拶を交わして、私たちはそれぞれの部屋に戻った。

 

 朝、思ったより早く起床し、どうしたものかと思ったが。ふと、窓の外を見た。

「自主訓練、か」

 運動場を走っている艦娘がいる。榛名からいろいろ見て回るといいと言われたし、行ってみることにした。

 ランニングをしている艦娘。……と、

「おはよう。なにをしているのだ?」

 運動場の一角、芝生に何人かの艦娘がぼんやりとしていた。

 そして、その中央、ぽかんとした表情で突っ立っている提督。……確かに、なんとなく縁起がよさそうだ。今度手を合わせてみようか。

「おはようございます。長門さん」

「おは、よう」

「オハヨーゴザイマース」

 古鷹と山風、金剛の三人もいた。何をするわけでもなく、金剛は大の字で、古鷹は足を崩し、山風は膝を抱えて、それぞれぼんやりとしている。

「やあ、おはよう、長門君。

 早いんだねえ」

「いや、皆の方が早いようだが。……というか、なにをしているのだ?」

「日向ぼっこ、好き」

 膝を抱えて座る山風が小さく呟く。提督は重々しく頷いて、

「運動している女の子を見ているのは、いいかなあ? 陸奥君、胸が揺れるなあ」

「そんな事言ってると秘書艦さんに殴られますよ」

 しんみりと呟く提督。古鷹は苦笑して応じる。

「ふむう。……金剛君、だめかなあ?」

「ダメにきまってるでショー、その外面でえろおやじなんて最悪デース。変な事言ってるとBurningKickぶちかましちゃいますヨー」

 寝転がったまま金剛がのんびりと応じた。

「司令官は胸が大きい女性が好みですか?」

 金剛同様大の字で寝転がっていた青葉が起き上がる。提督は「ふむうう」と頷いて、ぺちんっ、と腹を叩く。

「脂肪が詰まってるんだろうなあ。どうかなあ? 私の腹も似たようなものかなあ」

「青葉、今まったりモードなのでスルーしますけど、その発言は大抵の女性を敵に回しますよ」

「ふむうう」

 唸る提督。……それにしても、

「陸奥か」

 長門型二番艦、私の妹にあたるのだな。

 と、向こうも気づいたらしい。ランニングから外れてこちらに来た。

「長門。ああ、そういえば、昨日着任したんだっけ?」

「ああ、そうだ。ここでは後輩になるな」

「ふふ、そうね。そうなっちゃうわね。一番艦の先輩っていうのも不思議だけど」

「陸奥は、ここでは長いのか?」

 問いに、陸奥は「そうねえ」と、少し思い出す程度の間をおいて、

「古参っていうほどでもないけど、それなりに長いわね。

 所属は第一の一艦隊。古鷹の、直属の部下よ」

「そうか、なら、私の方が教えられることは多そうだな」

「ええ、……ええ、そうね。一番艦とかあまりこだわらず行きましょう」

 私に、というよりは自戒するように陸奥は言う。頷く。

「ああ、その方がこの基地にとっても、お互いにとっても有益だろう。……ふふ、そうだな。

 何なら陸奥先輩、とでも呼ぼうか?」

「あ、それは遠慮するわ」

 …………いや、軽い冗談のつもりだが、そんな風にまじめに引かれると、ちょっと気になるな。

 ともかく、見ていると、ランニングも終わったらしい、走っていた艦娘たちも解散していく。

「これから朝食か? なら、一緒にいいか?」

「ええ、もちろんよ」

 芝生でぼんやりしていた提督や艦娘たちも起き上がる。古鷹や山風もいるし、有意義な話が聞ければいいな。……提督はどこで食べるのだろうか?

 それを聞いてみようと、彼に視線を向けると、

「ふむう、……それじゃあ、そろそろ戻ろうかなあ。

 山風君、金剛君、古鷹君、今日はどんな印象があるかなあ?」

「風は、なし。波も穏やか、だと思うの。

 資材確保、少し余分に持っても、大丈夫だと思う」

「ちょっと雲が気になりましたケド、崩れるほどじゃないデス。

 警戒線引き下げちゃってますから、逆に引き上げてもいいかもしれないデスネ。天気のいい時にがっつり索敵デースっ」

「同感です。警戒待機予定の第一の三艦隊で、射程重視の装備を整えておきます。金剛さん。装備は索敵重視、引っかかったら遅滞防衛の撤退戦をお願いします。警戒線で布陣、前進しながら狙撃で仕留めるように言っておきます」

「Yes、お任せデース」

 三人のやり取りを聞いて、青葉も含め何人かの艦娘は納得したような表情、あるいは眉根を寄せ、雲の形などを話し合う艦娘もいる。

 提督は満足そうに頷いて「ふむう、……そうだなあ。それでいいよお」

「天気、か」

「そうだよお。天気予報は随時チェックしてるけど、こうやって実際に見てみるのが一番だからなあ。

 波が高かったり風があったりすると資材の運搬が大変になったり、射程にも影響が出たりするからなあ」

「なるほど、……ただぼんやりしているだけではなかったのか」

 感心した。が、提督は、なんとなく渋い表情。

「お仕事の時間以外はぼんやりしていてもいいと思うんだがなあ。

 みんなあ、おやすみは大事だよお」

「ほぼ常時臨戦態勢の提督が言っても無駄ですよ」

 穏やかに微笑み古鷹。山風もこくこく頷く。

「ふむう、…………ふむう? といってもなあ。……………………陸奥君、どういえばいいんだろうなあ?」

「みんな好き勝手やってるんだから口出すな。……って言われたんだと思うけど?

 提督、コンディションの維持は徹底して教えたでしょ? ちゃんとみんなわかってるわ。だから気にしなくていいわよ」

「ふむう、……そうかあ。それならそれでいいなあ」

「朝は頭が回るから考え事に最適デス。秘書艦たちなんてみんな早起きじゃないデスカー」

「そうなのか?」

「そうデス、秘書艦が朝は早く起きて夜早く寝た方がいいから早寝早起きネっ、っていう事で、秘書艦たちは0500にはお仕事デス。

 テイトクもそのくらいでショー?」

「私は0400にはお仕事してるよお。

 やる事がたくさんあってなあ。この時ばかりは雷君も泥みたいな珈琲と氷砂糖を用意してくれるからねえ、嬉しいんだよお」

「……そ、そうか」

 泥のような珈琲、というのが非常に気になったが。ただ、山風は「氷砂糖、好き」と、小さく言っているのでいいのかもしれない。

 0600、大体いつも通りの起床と思ったが、提督から見れば一仕事終えて一息つく時間なのだろうな。

「さすがにその時間には起きられないネー

 早起きがBestなのは知ってても0500が限界デース。山風は辛かったでショー?」

「山風君は低血圧だからなあ」

「うん、……しばらく、秘書艦さんに起こしてもらったの。

 頑張って、早起き、出来た」

 むんっ、とどうも自慢らしい。誇らしそうにしている山風。

「けどまあ、長門君。無理に早起きしなくていいよお。

 まだ昨日来たばかりだしねえ。それで急に生活のサイクルを捻じ曲げて潰れられたら、それこそ困るんだよお。起床はこの時間でいいから、まずは慣れる事だなあ。

 ふむう、これは、…………そうだなあ。気遣いじゃなくて命令と受け取ってくれていいよお。周りに引きずられて余計な事をするな、……なんて命令は、どうかなあ?」

「む、了解した」

 早起きもいいな、と思ったが。命令と言われては仕方ない。環境の変化か、思ったよりも影響はあるのかもしれないな。

 提督は歩き出す。艦娘たちも、それぞれ言葉を交わしながら寮に戻る。

「提督は、朝食は別か?」

「ふむん、別だよお。

 執務室で雷君たちと今日の運用について話をしないといけないからなあ。長門君、上官は気にせず、ゆっくりと食べておきなさい。

 今日から訓練だから、差し障りのないようになあ」

「ああ、わかった」

 



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七話

 

 食事を終え、0750、工廠に到着。戸を開ける。

「長門だ。艤装の確認に来た」

「あ、はーい。準備出来てるわよ」

 ひょい、と明石が顔を出す。

「簡易整備は終わってるから、あとは直接確認をしてみて」

「わかった」

「それにしても、珍しいわね。……いえ、不思議なんだけど、それ、貴女の、元の提督の選択?」

「…………そう、だな」

 頷く。確かに戦艦として、私の装備はおかしいだろう。何せ、主砲も副砲も単装砲なのだから。

「主砲って連装砲じゃあなかったっけ? 長門っていうと」

「別の、知り合いの提督が欲しがっていたようでな。いくつかの資材と交換された」

「あ、……そ、そう」

 された、と。それを聞いて明石は口籠る。確かに、私としても望んだ交換ではなかったが。

「なに、これはこれでいいものだ。改修もそれなりに重ねたから、そう悲観するほど悪いものじゃないぞ」

「ええ、そう、ね。整備もちゃんとされてるし、愛着を感じるわ」

「もちろんだっ、これで戦ってきたのだからな」

 確かにこの装備は、戦艦が装備するには貧弱だろう。ただ、それでも、今では悪くないと思っている。

「そう? …………まあ、いいか」

「何か気になる事が?」

「ううん、提督や鹿島さんから何も言われなかったから、これでいいと思うのだけど。

 ただ、秘書艦から、第一艦隊希望ってあるのよね。それなら、訓練用に予備の連装砲とかの申請もありそうだけど」

「そうか?」

「もしかしたら、……その、希望通りにはならない、かもしれないわね」

 遠慮がちに明石が応じる。とはいえ、

「ああ、それは前日に聞いている。

 これだけの規模の基地だ。いきなり自分の希望が通るとは思っていない。全力を見てもらい、そのうえでこの基地にふさわしい役割が割り振られたらそこに尽力する。

 その結果として、第一艦隊、いや、この基地の主力を担えるようになれば、それに越したことはないがな」

「そう、ならよかった」

 ほっと、安堵の吐息。

「明石の見立てでは、どう考えている?」

「そうね。……おそらく、第三艦隊ね」

 

 訓練場所として指定された港。そこには鹿島と、

「おはようございますっ! 第三の三艦隊旗艦、阿武隈ですっ」

「ああ、おはよう」

 明石の見立て通り、か。あいさつを交わすと阿武隈は少し、驚いた表情。

「どうした?」

「あ、……え、ええと、…………その、第三艦隊のあたしがいるのが意外じゃないのかなあ。って」

「ああ、工廠で明石から第三艦隊という話は聞いていた。

 第一艦隊を希望したいが、それは提督たちに適所と判断をしてもらってからでいい。いくらかつての連合艦隊旗艦とはいえ今はここの新人だ。任務にえり好みはしない」

 ほう、と阿武隈は安心したような表情。ただ、

「一応、理由は聞かせてもらっていいか?」

「はい。長門さんがいた泊地の出撃記録とか、提出されている分は秘書次艦の皆さんが一通り目を通していました。

 それで、何人かの駆逐艦の娘たちと一緒に出撃する機会が多かったみたいですね」

「ああ、そうだな」

 頷く。

「それで、秘書次艦の村雨ちゃんが長門さんの僚艦だった娘たちから話を聞いて、長門さん。凄く命中精度がよかったって。

 たぶん、動き回る駆逐艦の娘たちに当てないように、って、訓練を重ねた結果だと思うんです」

「そう、……だな」

 そう、だ。

 元の提督は建造に一時熱を入れていた。資材を溶かして駆逐艦の艦娘を乱造していた。

 そのため、多くの駆逐艦と一緒に出撃する事も度々あった。とはいえ戦艦と駆逐艦では速度が違う。だから、私はいつも後ろから支援砲撃をしていた。

 大切な仲間たちに当てないように、慎重に狙いを定めていた。……そうだ。

 じくり、古傷が痛む感触。そう、感じるのは後悔。戦艦なら、矢面に立ち盾になり守らなければいけないのに、それは、許されなかった。

 戦艦が大破し入渠したときにかかる資材と、駆逐艦を再建造する資材。それに時間や、泊地の守りの事を考え、…………彼女たちは、足の遅い私を残して、自ら率先して最前線に立った。

 私は、

「あ、……ああ。もちろん、だ。

 仲間を傷つけるわけにはいかないから、な」

 震えそうになる声を抑えて応じる。阿武隈は困ったように眉尻を下げて、一度首を横に振る。

「それで、遠征などで荷物を引いて戻ってくる第二艦隊を、追撃する深海棲艦から守る。

 そんな役割を担って欲しいんです。……ええと、なので、出撃というよりは哨戒任務、みたいな感じになっちゃいますけど」

「ああ、構わない。

 仲間を守るために戦えるなら、それで十分だ」

 

 もう、誰かが目の前で沈むのは、いやだから。

 だから、この手が届くところにいる皆を、絶対に、守って見せる。

 

 頷く私を見て阿武隈は安心したように微笑んだ。

 

 第三艦隊。主に哨戒や護衛などを受け持つ艦隊。

 戦力としては第一艦隊には及ばない。……の、だが。

「つっ」

 砲撃する。が、それは回避された。

 眼前、水面を駆け回る二人の艦娘、秋月と照月。命中精度を見るため、と。模擬戦の相手をしてもらっているが。

 砲撃。けど、回避される。

「さすがに、たやすくは当たらないか」

 舞うように水面を駆け回るのは秋月と照月、第三の三艦隊の艦娘。

 よく、狙う。彼女たちがどこに向かうか。どう動こうとしているか。それを見逃さず、その先を見据える。

 いつもよりは、…………いや、難しいか。

 僚艦がいたときは、その僚艦の動きで深海棲艦の動きもある程度絞れる。が、今、二人にそれはない。

 自由に海面を駆け回っている。……なら。

 砲撃。砲弾は照月の進行方向上に突き刺さる。彼女の表情は冷静。速度を落とす程度で対応する。

 最低限の回避行動。流石だな、と思う。けど、「そうなるだろうな」

 さらに副砲を重ねて砲撃。速度を落とす、わずかな姿勢のぶれ。それを治すための微かな動きの停止。

 ……そう、よく狙うタイミングだった。動きを狂わせ、わずかな挙動のぶれを撃ち抜くなんて、よくやっていた。

 砲撃を牽制や進路妨害に使う。直接狙うのではなく、少しずつ、誘導していく。その方向に舵を取ることで秋月と照月に模擬弾を撃ち込めるようになり、……………………ストップがかかった。

 

「お疲れ様でした。長門さん」

「お疲れ様でしたっ」

「ああ、お疲れ様。

 ありがとう、いい訓練が出来た」

 秋月と照月と言葉を交わす、二人は嬉しそうに頷く。

「第三の三、か。とはいえさすがの能力だな」

 阿武隈の言う通り、命中精度にはそれなりに自信はあったが。それでも、なかなか当てられなかったな。

 青葉は、三の艦隊を一番下っ端と言っていたが、それでもこれだけの練度があるのか。

「ありがとうございますっ! けど、防空駆逐艦としてこの基地も、なにより、」

 ふと、秋月は視線を逸らす。その先には、大阪湾。内海に至る方向。

「ここから先、通すわけにはいきません。そのためにも、まだまだ、秋月たちは上を目指さないといけませんっ」

 照月もこくこくと頷く。……なるほど、それもそうか。

 重要拠点だから、そこを守るという責任をもって訓練をする。練度を高める。ここでは当然のことなのだろうな。

「それにっ、遠征で荷物を引っ張って戻る遠征艦隊を艦載機から守るのは、照月たちの大切なお仕事ですっ!」

 そして、照月はふるふると震えた。

「山風ちゃんに迫る艦載機を撃ち落として、そのあとに、涙目でぎゅってしてもらったとき、……照月、幸せだったなあ」

「あっ、い、いいなっ」

 ふるふるしている照月に秋月は羨ましそうに応じる。……山風は人気者だな。気持ちは、わかるが。

 ともかく、阿武隈と鹿島の話も終わったらしい。「あまり芳しくないようだな」

 どこか、申し訳なさそうに瞳を伏せる阿武隈。零れた呟きに秋月と照月は困ったように視線を逸らす。

「ええと、……長門さん。

 すいません。すぐに第三の三艦隊、……というか、実戦配備は難しいと思います」

「いや、わかっていたことだ。

 問題点があるなら指摘をして欲しい。なに、すぐに克服して皆と戦えるようになって見せるさ」

 安心させるように微笑んでみたが、……あまり効果はなかったか?

 阿武隈はいくつかの書類に視線を落として、

「いえ、性能としては大丈夫、だと思います。

 確かに装備上火力は少し劣っていますけど、それは装備の付け替えと訓練で何とでもなりますし、むしろ、二人の進路に対する読みはとても的確でした。その能力は買いたい。……の、ですけど」

「砲弾がかかりすぎね。第二艦隊からストップが来るわ」

「…………ああ、それもそうだな」

 何せ、牽制や誘導で随分と砲撃をしたからな。今回、ストップがかかったのはそれが原因かもしれない。

「といっても、長く身に着けた戦術でもあると思います。

 その癖を治すとせっかくの長所まで潰してしまいますし」

 秋月と照月も困ったような表情で首を捻っている。……ただ、なるほど、どうしたものだろうな。

 癖、というのはなかなか抜けない。それを無理に捻じ曲げたら性能を落とすかもしれない。

 と、

「Heyっ! お悩みネーっ」

「あ、金剛さんっ」

 阿武隈が声をあげて秋月と照月は敬礼。

「見ていたか?」

「んー、ちらちらとデスネー、面白い事を考えたからつい口出ししたくなっちゃったデスっ」

「面白い事?」

 問いに、金剛は胸を張って、

「Testデスケド、第三艦隊、長門中心に一つ艦隊作ってみるのも面白いと思いマース」

「私を?」

「そうデス。足の速い駆逐艦や軽巡洋艦と組んでの奇襲と強襲デス。

 資材引きずって速度を落とした遠征部隊めがけて突撃する敵艦隊を不意打ちで強襲したり、役割はいろいろありマス。速力の違いは歴然デスガ、狙撃能力と高い射程で後方からの支援砲撃の専任という運用も面白いかも、デースっ」

「そう、……か、…………いや、それは、」

 それはつまり、……いや、

「私は、支援砲撃などではなく、最前線で皆を守りたい」

 私の言葉。対して、阿武隈は困ったように視線を彷徨わせ、

「これはテイトクに意見具申しマス」

 金剛は淡々と応じる。その瞳には、何の感情もない冷え切った意志。

「長門、ワタシたち艦娘に求められることは兵器としての最大戦果デス。

 個人の感情など不要。テイトクがその在り方に従いそれが最善と判断したなら、その命令に殉じて敵を粉砕。それこそが、ワタシたち、」

 金剛は、無機質に笑う。

「兵器に求められること、デス」

「艦娘を、兵器、というか?」

「そうデス。それこそ正しいあり方デショ?

 それとも、かつて、数多の軍人を殺したワタシたちが、数多の民を疲弊させたワタシたちが、……それでもなお、敗北という結果しか残せなかったワタシたちが、今更女の子だから我侭を聞いてくれとか、そんな事言う資格があると思っているんデスカ?」

「それ、……は、」

「それは今も同じデス。多くの民が疲弊していマス。守るべき国はぼろぼろになっていマス。

 それでもなお、ワタシたちは民から富を搾取してここにいマス。ワタシたちがここにいる代わりに、それを支えてくれる民に出来る事は何か、考えた事はありマスカ?」

 ……………………そう、なのだろうな。

 実感はわかない。考えた事さえなかったからだ。……だが、金剛のいう事は、正しい、のだろう。

 民が私たち艦娘に何を求めているか。それはつまり、

 

 私は護国へ運命を捧げた。

 

 提督の言葉を思い出す。そしてそれは、私たちも同じ。か。

 と、金剛は苦笑して肩をすくめる。

「ま、兵器呼ばわりが面白くないのはわかってマス。頭ではともかく心情面ではワタシも面白くないデスヨ。

 けど、その程度の覚悟は持って欲しいデス。ワタシたちはお遊びでここにいるのではないデス。負担を負わせ期待を背負い、代わりに、平穏を護るため命を懸けて戦っていマス。テイトクなら運命をかけて、とでもいうかもしれないデスケド。

 僚艦に沈んでほしくない、その気持ちはわかりマス。けど、それを理由にして艦娘の意義、いえ、軍人としての運命を果たせないのはそれこそ本末転倒デス。戦うなら、まずは覚悟を決めてくだサイ。

 鹿島、ここに所属する艦娘として、長門はしばらく任務は許可出来ないデス。しばーらく訓練と、ワタシと、テイトク、古鷹、山風からも許可が必要デス」

「ええ、わかったわ」

「……………………そうか」

 甘い、のだろうな。私の考え方は、

 



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八話

 

「ふむう、……そうかあ。そうなったかあ」

「すまない。引き取ってもらっておきながら、成果は出せなかった」

 執務室。私は、阿武隈と鹿島に付き添われて提督の所へ。

 金剛の言ったことを含めての成果報告。訓練の中断と、それ以前の、精神的、心構えとして、旗艦からの不許可。

 情けない終わり方だ。対して提督は鷹揚に微笑んで、

「いいんだよお。……ふむう、それより、金剛君には嫌な事を押し付けてしまったかなあ」

「はい、本当ならあたしが言うべき事です」

 しゅんと肩を落とす阿武隈。提督は「ふむう」と頷いて、

「金剛君はお節介さんだからなあ。きっと、阿武隈君が言いずらそうにしているとでも思ったんだろうなあ。違うかなあ?」

「…………はい」

「そうだなあ。阿武隈君はいい娘だからなあ。ちゃんと怒れるようにならないといけないなあ。…………ふむう? 阿武隈君の改善点だなあ」

「はい、考えてみます」

 真面目に頷く阿武隈。けど、提督は首を横に振って、

「考えるだけじゃあだめだよお。阿武隈君はいい娘だけど、ちょっと気弱さんなところがあるからなあ。一人で考えると、悪い方向に考えちゃうかもしれないなあ。

 そうだなあ。…………ふむう」

 提督は沈黙。悪い方向に考えるという事に自覚があるらしい、阿武隈は俯いて提督の言葉を待ち、

「どうして言い難いと思ったのか。その時どう思ったか、ノートに書いてまとめて欲しいなあ。

 これは訓練だからちゃんと書かないとだめだよお。悪い事を言ったら長門君に暴力を振るわれると思ったとかでも、どんな些細な事でもしっかり書いておきなさい。自分の考えを客観視するのは大切な事だからなあ」

「わ、解りました。……どう、思ったか。…………うん」

 こくこくと、阿武隈は納得したように何度か頷く。その様子を見て提督は満足そうに頷き、

「鹿島君、明日の朝に阿武隈君のノートを回収してきなさい。阿武隈君は時間いっぱい使って、片手間にでもいいから考えておくようになあ。それと、金剛君にも怒らないとなあ。気が回るのは美点だけど、ちょっと困るなあ」

「金剛さんはっ「阿武隈君の仕事を奪い取ったなあ」…………はい」

 顔を上げた阿武隈はまた俯く。提督は悔しそうに拳を握る彼女を見て、

「阿武隈君、旗艦は怒る事、叱責する事も仕事だよお。

 そして、どんな仕事にだって訓練は必要だよお。その訓練の機会を奪った事、提督としては看過できないなあ。一言言ってやらないとならないなあ」

「はい、……あたしも、言い難い事でも、ちゃんと自分で言わないといけないことは言うように、頑張りますっ」

「ふむう、それがいいなあ。

 さて、それと長門君」

「あ、ああ」

「まずは金剛君の決定通りだなあ。

 不服とは思うが、こればかりは譲れないなあ」

「…………わかった。私も、考えが甘いのだろう」

 民の負担の上に成り立っている。それは理解していなければいけないのだろう。だが、考えていなかった。無思慮と言われても仕方ない。

「僚艦を沈めたくない。その気持ちはわかるよお。

 けど、それに怯えて成すべきことを成さないのは困るなあ。……ふむう、その意味でも金剛君の具申は了解しようかなあ。

 長門君、その編成でしばらく訓練をしてもらうよお。その過程で、やっていけそうならそれでよし、無理なら、…………また考えないとならないなあ」

「わかった」

 頷く、と。提督は阿武隈に視線を向け、

「阿武隈君、昼食終了までに一度金剛君と話し合って、午後から訓練中の艦娘から何人かピックアップしてくれるかなあ?

 結果は阿武隈君が報告に来るんだよお。突っ込むからちゃんと答えられるようになあ。

 鹿島君、部屋の再編成は頼むよお。榛名君には、……私が話しておこうかなあ」

「「はい」」

「では、二人はお仕事を頼むよお。

 それと、長門君」

「ああ」

「長門君を支援砲撃要員として、一撃離脱の水雷戦隊。

 どういう運用をしていきたいか、希望だけ、報告書にまとめておいて欲しいなあ」

「わかっ、…………希望、だけ?」

 どのように運用すべきか、それならそれでいい。水雷戦隊としての戦い方を書き連ねていけばいい。その知識はある。もちろん、支援砲撃についてもだ。

 が、希望だけ、と。提督は言った。

「そうだよお。なんでもいいよお。

 どんな希望でもいいから、書き出しておきなさい。なあに、艦隊運用なら任せて欲しいなあ。私はこれでも提督だからなあ。格好いいんだよなあ。阿武隈君」

「え? 提督、おでぶさんだし、格好いい要素なにもないと思います」

「ふむう、さっそくさっき言ったことを実践したなあ。成長したなあ」

 しんみりと応じる提督。阿武隈は首を傾げて、

「そ、そうですか? あの、当たり前のことを言っただけ、です」

「…………私は、当たり前のように何の要素もないんだなあ」

「その、叱責はないのか?」

 俯く提督に気になったこと。問いに提督は頷いて、

「いいんだよお。新人さんだからなあ。

 まずは出来る事、どんな娘かを把握する事だよお。その後どういう風に訓練をして、どんな結果を残すか。叱責するとしたらそのあとだなあ。

 まあ、長門君が意図的に他の娘に迷惑をかけるなら話は別だがなあ」

「そうか、……その、そういってくれると、有り難い」

 いきなり期待外れだ、と罵られなかった。正直言えば、安心した。……そうだ。

「提督、教えて欲しい事がある」

「なにかなあ?」

「提督にとって、艦娘は兵器か?」

 問いに、阿武隈がかすかに息を呑む。提督はのんびりと笑って、

「それは古鷹君の考え方だなあ。言ったのは金剛君かなあ? 古鷹君の影響を受けたかなあ。

 ああ、私の考えはねえ。艦娘は軍人だよお。守るべきもののために命を懸けて戦場に立つ。そんな娘であって欲しいなあ。その戦場が、文字通りの戦いの場か、あるいは、戦いにいく誰かを助けるための役割なのか。あるいは、別の事か。

 それは、その娘が決める事だがなあ」

 

「希望、…………か」

 食堂にて、渡されたノートを前に溜息。

 駆逐艦や軽巡洋艦の持つ高い速力と一撃必殺の雷撃。それを使用した一撃離脱の戦術。

 そんな事を書き連ねる事の意味はないだろう。提督がわかっていないとは思えない。

 だからこそ、希望、といった。

 可能なら、自分が矢面に立ちたいのだが。

 それこそが戦艦の役割だから、などというつもりはない。だだ、……目の前で誰かが沈むところは、もう、見たくない。

 それなら、いっそのこと「ちぃーっす」

「ん、ああ、鈴谷か」

 第二の二艦隊旗艦、だったか。彼女は。

「あ、ごめん。お勉強中?」

「いや、…………そうだな。

 鈴谷、少し意見を聞きたい」

「OK、付き合うよ」鈴谷は私の前に腰を下ろして「それで、どうしたの? 訓練の反省?」

「ああ、それもあるが、」

 そこで鈴谷に訓練のいきさつを話す。「ふーん」と鈴谷は頷く。

「ま、鈴谷も金剛さんや提督の意見には大体賛成かな。

 やっぱやる事やらないのはまずいっしょ」

「そうだな。期待を背負っているのならなおさらだ」

「すぐに考え改めろ、なんてさくさく割り切れるとは思えないけどね。

 ってか、割り切れないから、しばらく訓練って事になったんだと思うよ」

「ああ、わかっている。

 それにしても、提督の意図だが、……希望か。運用としての最適解とは違うのだろうな」

 強調したという事はそういう事だろう。だから、よくわからない。

 なんの意図をもってそんな事を命じたのか。……もちろん希望を書き連ねるならいくらでも出来る。駆逐艦たちに前線を任せるくらいなら、私がそこに立った方がいい、と。そう書けばいい。

 けど、問いの意図も解らぬまま答えを書くのも、違う気がする。

「長門さんの希望って、えーと、沈めたくない、んだよね?」

「ああ、僚艦が沈むならこの身で砲撃を受けた方がまだましだ」

「…………………………………………ふーん」

 私の言葉を聞いて、鈴谷は、一瞬冷めたような視線を向ける。が、すぐに、

「ま、それなら簡単っしょ。…………あー、けど、こりゃ鈴谷お手伝いできないわ。ごめん、長門さんが自分で考えなきゃいけない事だと思う」

「う、……む、そうか」

 提督は言っていた。旗艦は叱責も仕事だと。それと同じ、こうして考える事も仕事なのだろう。

「そだねー、……じゃあ、ヒントになるかもしれない、って事でいい?」

「ああ」

「鈴谷さ、ここマジで気に入ってるの。鈴谷が旗艦してる第二の二艦隊も、山風が旗艦の第二艦隊全体、も、この基地も、ね。

 もち、いろーんな理由はあるよ。提督は優秀だしさ、みんなも頑張ってる。鈴谷たち艦娘がやらないといけない事、それに向かって基地全体が動いてるし、そのために、艦娘はそれぞれの役割を全力で取り組んでる。

 気を抜いていいところは徹底的に気を抜いて遊ぶし、逆に手加減できないところは提督に渋い目で見られても頑張ってる。ほら、山風だって食事中、ずっと書類見てたっしょ?」

「ああ、それは、いいところだな」

 頷く、と。鈴谷は我が意を得たり、と笑った。

「じゃあさ、長門さん。

 割り振られた役割を果たして、長門さんが好きになれるのって、どういう艦隊?」

 

 夕刻、私は鈴谷とともに執務室へ。

「すまないな、付き合わせてしまって」

「んー、まあいいよ。鈴谷もお話するの楽しかったし。

 どっちかっていうと、邪魔しちゃった?」

「いや、そんな事はない」

 確かに、提督の意図はわからないままだ。……だが、それでも鈴谷と話が出来てよかった。

 そして、鈴谷だけではない。

「鈴谷は部下から好かれているな」

 第二の二艦隊、鈴谷の僚艦たち。

 彼女たちも一緒に話をしてくれた。皆、とても仲よさそうだった。

「そりゃあ、鈴谷旗艦だしねっ」

 どや顔の鈴谷。彼女に笑みを返して、一息。執務室の戸を叩いた。

「入っていいよお」

「失礼する」

 提督だ。彼は書類に視線を落としていたが、顔を上げる。

「おやあ、鈴谷君もいたかあ」

「ちぃーっす、あれ? 秘書艦さんは?」

「雷君なら、」提督は、不意に私に視線を向けて「長門君の、僚艦とお話をしているよお」

「そうか」

「ふむう。阿武隈君はちゃんと考えてくれたみたいだねえ。ちょっと空回り気味なところはあるけど、頑張っていろいろ考えてくれるところはいいところだなあ。

 そうだなあ」

「提督っ、鈴谷もいいところちょっち聞きたいなっ!

 ほらっ、鈴谷褒められると伸びるタイプじゃんっ」

「鈴谷君はおっぱいがおっきいなあ。褒めるともっと大きくなるのか「うりゃぁ!」」

 鈴谷跳躍。そのまま飛び蹴りをしんみりとした表情で頷く提督に叩き込んだ。

「セクハラ許すまじっ!」

「……………………鈴谷君は格好いいなあ」

 机に仁王立ちしてどや顔の鈴谷に提督はおおらかに笑う。

「まあまあ、長門君。

 というわけだから、僚艦とは今夜会っておいてねえ。お部屋の準備もしてあるから、地図は渡しておくよお」

「ああ、ありがとう。……僚艦の資料は?」

 渡されたのは部屋の場所だけだ。もっとも、

「それは直接会っての方がいいなあ」

「そうだな」

「とりあえずはなあ。駆逐艦の娘三人と軽空母の娘の一人。で考えてるよお。

 それ以降は、金剛君たち第三艦隊から聞いてほしいなあ」

「……なんだー、提督が教えてくれるんじゃないの?

 提督の話マジ勉強になるから聞いておきたいんだけど」

 どこからかメモ帳を取り出して鈴谷。私も、出来れば提督から話を聞きたいが。

「これは第三艦隊の事だからなあ。まずはそこで話を聞いた方がいいなあ。

 鈴谷君、興味があるなら阿武隈君に話を聞いてきなさい。彼女は一通り把握しているからなあ。金剛君でもいいけど、ここは阿武隈君だなあ。

 ちょっとテンション上がるといっぱいいっぱいになって変な事言いだしたりするから、鈴谷君、お話には慣れさせてあげて欲しいなあ」

「そいとこ可愛いよね。旗艦としてどうよ、って思う時あるけど。

 ま、りょーかい」

「わかった」

「ただ、そのあとで私の意見も聞きたいなら、……ふむう。言ってくれれば話す時間を作るよお。

 夜に寮に入ると雷君に殺されかけるがなあ。鈴谷君の部屋に匿ってもらおうかなあ」

「え? 絶対やなんだけど。てか提督を部屋に入るとかあり得ないんだけど」

 本気で嫌そうな鈴谷に提督は遠くを見た。

「ふむう、……それで長門君、宿題は終わったかなあ?」

 のんびりと呟く提督。けど、

「すまない。……ほとんど案は出なかった。

 これが、その、レポートだ」

 もっとも、レポートというのもおこがましい、ほぼ白紙に近い。

 ただ、目の前の誰も沈んでほしくない、そんな、当たり前で具体性のない願望を書いただけ、これでは何にもならないな。

 それを受け取った提督はレポートを見て、頷く。

「うむう、わかったよお。これでいいよお。

 お疲れさまだねえ」

「は?」

 これで、いい?

「意外そうだねえ。どうしたのかなあ?」

「い、……いや、具体性も何もない、ただ、思った事を漠然と書いただけではないか?

 そんな出来損ないのレポートに意味はあるのか?」

「長門さん」

 不意に、傍らから声。「ん?」と振り返る、と。

「ちょーっぷ」

「いたっ?」

 鈴谷にチョップされた。

「ほんっ、とっ! あったま硬いしっ!

 意味あるに決まってんじゃんっ! 旗艦がこうしたい、こういう風にやっていきたい、そんな願いを表に出さないでどうするのっ!」

「あ、……え?」

「どう戦うかとか、砲撃されたらどう僚艦を守ろうとか、そういう事ばっか考えてたんでしょ?

 自分が矢面に立つとか、そんなの旗艦一人で決める事じゃないっしょっ! それは僚艦のみんなと決める事っしょっ! 旗艦一人が先走ってどうするのっ」

「……そう、か」

 頷く、と。提督も満足そうに、

「そういう事だよお。長門君。

 旗艦は最強でなくても、最良でなくてもいい。それが条件なら鈴谷君は旗艦にはなれないよお。他、うちの艦隊の多くの旗艦は挿げ替えないといけないなあ。

 旗艦はねえ。こうしたいああしたい、そんな理想論を胸を張って口に出して、僚艦のみんなと共有できる、それが条件だよお。強さとかは艦隊のみんなに対して評価すればいいなあ」

「そーそー」

「鈴谷君はたまにぼけたりするからハラハラするって高雄君も言ってたなあ」

「…………ば、ばかじゃないんです。鈴谷、ばかじゃないんです」

 ぶつぶつとそっぽを向いて呟く鈴谷。……ああ、僚艦の高雄か。

「高雄君もだけどなあ。鈴谷君が旗艦をしている第二の二艦隊は、鈴谷君より性能のいい娘も、能力も高い娘もいるよお。その意味なら旗艦は高雄君だなあ。鈴谷君は、……ふむう、悪い言い方をすると下っ端だなあ」

 下っ端、と。……けど、鈴谷も自覚はあるらしい。苦笑して頷く。

「けどなあ。いつでもみんなで楽しくやっていこうって、大変な時でも、辛い時でも、大好きな僚艦のみんなと笑顔で乗り切ろうって言って笑ってくれる鈴谷君が、誰よりも旗艦にふさわしい、って、みんなが言っているよお。

 旗艦の能力が低くても僚艦のみんなで補えばいい。旗艦が失敗しても僚艦のみんなで支えればいい。けど、僚艦のみんなを認めて、背中を押して、励まして引っ張るのは旗艦にしかできない。だから、第二の二艦隊、鈴谷君よりも能力の高い娘も含めて、みんなが鈴谷君を旗艦として認めているんだよお。それを、提督である私は拒否できないなあ」

「あ、……あはは、そ、そこまで言われると、…………その、照れる、んだけど」

 困ったように笑う鈴谷。けど、提督は「ふむう?」と首を傾げて、

「照れるのはいいけど、それよりも誇りなさい。

 鈴谷君が大好きな仲間だって言ったみんなは鈴谷君の事が大好きで、みんなを引っ張る旗艦として認めているんだよお。私のことは信頼しなくてもいいし、嫌いでもいいけど、そんな僚艦の思いは信じてあげて欲しいなあ」

「ん、もっちろんっ! 鈴谷みんなの事信じてるしっ! そう思ってくれてマジ嬉しいしっ!

 あ、けど、提督の事は信頼しているし、嫌いでもないよっ、尊敬しているのはホント、信じてねっ」

「ふむん、それはもちろん、部下の気持ちを信じられないほど落ちぶれちゃいないなあ。

 ふむう、鈴谷君にそう言ってくれると嬉しいなあ、よかったなあ。提督冥利に尽きるなあ」

 提督は嬉しそうに応じる。そして、私は羨ましいと思った。

 性能ではなく、能力だけでなく、その思いで僚艦に好かれ認められる旗艦。それは、何よりも大切な事だと思うから。

「そういう事だよお。

 長門君の艦隊が成す、……いや、艦隊に期待する戦果はこちらが提示するよお。けど、それさえ守ってくれれば、あと、どう戦うかは君たち次第なんだよお。

 そして、どう戦うかは僚艦のみんなと相談をして決めないといけない事。けど、その方針を決めるのは旗艦である君であり、」

 提督は、私が出来損ないと言ったレポートを、大切そうに触れて、

「ここに書かれた願いだよお」

「わかった」

 出来損ないと思っていたレポート。……ああ、本当は、大切な事だったのだな。

「そりゃさ、長門さんの願い通りに何でも行くってわけはないよ。戦場に行くんだもん。轟沈する可能性は絶対にゼロじゃない。

 けど、それを可能な限りゼロにするために訓練したり僚艦と相談したり、いろいろやっていくんだよ。

 だから、」

 にっ、と鈴谷は笑った。

「旗艦はね、みんながいるから大丈夫っ、これだけでいいのっ! あとの事は僚艦のみんなでやっていけばいいんだからさっ」

「……ああ、そうだな」

 皆と一緒に戦う。そのために訓練をし、言葉を交わして作戦を練る。これでいいか。

 そして、その方針を旗艦が掲げる。確かに、これは旗艦しかできない事だ。

「と、言うわけで、これをもって胸を張って僚艦に会いに行くといいよお。宿題はちゃんとやったなあ。

 けどなあ、長門君。私は一つ怒らないといけない事があるなあ」

「……ああ」

 それがどんな事かはわからないが。だが、それでもいい。この人は提督として信頼できる。なら、それが叱責であっても糧に出来る。

 そう確信し視線で促す。提督は頷いて、

「持ってくるのが遅すぎだなあ。

 さぼったとは思っていないし、鈴谷君たちからもいろいろお話を聞いた。たくさん悩んだ結果、だとは思ってるよお。

 けど、深海棲艦は待ってはくれない。時間は有限という事はちゃんと認識しないといけないなあ。さっきまでの長門君には難しというのはわかるけど、それでも、旗艦として時間がかかるのは改善してほしい事だなあ。

 拙速がいいとは言わないけどなあ。意識はしておくといいなあ」

「肝に銘じておこう」

 頷く、だから提督は立ち上がる。厳かな表情で指を一本あげて、

「めっ」「きもっ」

 提督は崩れ落ちた。

 



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九話

 

「ここ、か」

 部屋の場所は変えられ、ネームプレートも、一緒に下げられる名前は、榛名、ではなくなっている。

「春風、か」

 呟いて、戸を開ける。中に入る。

 敬礼するのは、提督の言う通り四人の艦娘。傍らには雷がいる。

 雷、か。……この基地の、秘書艦。

「お疲れ様。秘書艦殿。環境整備、感謝する」

 敬礼に、秘書艦殿は満足そうに頷き、そこにいた艦娘たちは少し目を見張る。

「ええ、金剛さんから聞いているわ。

 第三艦隊、予備艦隊ね。長門さんの僚艦たちよ」

「ああ」

 視線を向ける。瑞鳳、それと春風、時津風と、初月か。

「本日付で第三予備艦隊、旗艦を拝命した長門だ。

 みんな、よろしく頼む」

 たがいに敬礼を返す。

「長門さん、彼女たちについての書類は机にあるから、あとで目を通しておいて。

 部屋はここと隣の部屋を好きに使っていいわ。けど、大騒ぎしちゃだめよ。他の娘達もいるんだからっ!」

「わかった」

「ここの娘達は長門さんと同じでほとんど新人さんなの。運用方法にも手探りなところが多いから、阿武隈さんたちは長期的な視点で本当に一から運用をしていこうって考えているんだと思うわ。

 だからわからない事があったらみんなでお隣さんに聞きに行くのもいいかもしれないわね。もちろん、雷たちをどーんと頼ってもいいからねっ」

「……秘書艦殿は忙しいのではないか?」

 頼りたい気持ちもあるが。対して秘書艦殿はぶんぶんとファイルを振り回して、

「確かに忙しいけど、それが秘書艦のやる事なのっ!

 出撃とかしないけど、代わりに出撃するみんなをばっちりサポートするんだからっ! 四の五の言わずに頼りなさいっ!」

「あ、ああ、わかった」

「明日は一日おやすみにしてていいわ。

 けど、明後日からはばっちり訓練だから明日のうちにみんなでどんな風にやっていこうとかいろいろお話しておいてね。最初から艦隊行動の訓練だから、ある程度は息を合わせられるようにしておかないとだめよっ!

 それと、長門さんは旗艦さんだけどまだ新人さんでもあるから、相談役は第三の三艦隊旗艦の阿武隈さんに頼んだわ。金剛さんが一番偉い娘ね。指揮系統はそんな感じっ!

 運用に関してしれーかんとの相談は阿武隈さんや金剛さんがすることになってるからそっちに任せていいわ。長門さんたちの事で阿武隈さんたちが見苦しいおでぶさんなおっさんと会う事になるけど、それがお仕事だから仕方ないわねっ! 心苦しいとは思うけど、割り切ってねっ!」

「……そ、そうだな」

「明後日の朝一番に、阿武隈さんが来てくれるから、あとはそっちからお願い。

 秘書艦からは以上っ! 何かわからない事があったらどーんと聞いてねっ」

 むんっ、と胸を張る秘書艦殿。特にない、大丈夫だろう。

 

「さて、改めて部屋をどうしようか」

 二部屋、二人と三人か、表のネームプレートには春風とあったが、暫定的なものだろう。

 私はそれで構わないが、他のみんながどう思うか。

「その前に、長門さん。聞きたいことがあるのだけど、いいか?」

「ん?」

 初月がおずおずと手を上げる。

「かつての連合艦隊旗艦が、これではほぼ水雷戦隊の旗艦、軽巡洋艦としての役割になる。

 その、……不満は、ないのか?」

 …………皆、気になる事は一緒か。

 だから、

「ない」

 一切の疑問を抱かせないように、素直に即答する。

 断言に皆が目を見張る。……ああ、そうだろうな。

「私はテストを受け、その評価と、信頼できる提督から拝命という形でこの場にいる。

 だからこそ、水雷戦隊旗艦という役割を全力で果たす。不満などない。皆とともにこの基地の力となれればそれは十分誇りに思える」

「そっか、……それを聞いて安心した」

 ほっと、初月が安心したように頷く。

「それで部屋だな。なにか、希望はあるか?」

「私はどこでも、長門さんはいいの?」

「背も高いですし、広く使える部屋の方がよいと思います」

「む」

 新造の艦隊だ。可能なら旗艦として出来るだけ皆と接したい。それを考えるなら三人の部屋がいいだろう。

 が、春風のいう事ももっともだ。この中では戦艦である私が一番大柄だ。三人部屋に入りほかの皆に狭い思いをさせるのも申し訳ない。

「そうだな。では、二人の部屋は私が使わせてもらおう。

 あと一人だが、」

「あっ、あたしがいいっ」

「で、では僕が、いろいろと話を聞かせてくれると嬉しい」

「かつてビッグ7と謳われた長門さんと同室できるなんて、幸いですっ」

「う、……む?」

 ずい、と迫る三人。……ええと?

「あはは、ま、やっぱり憧れはあるしね」

 瑞鳳も困ったように笑う。……さて、どうしたものか。

 

 じゃんけんの結果同じ部屋には初月となった。鹿島に言われたことを思い出し、早いうちに布団を確認。昨夜使ったのと同じ、いい感じだ。

「初月、そちらは大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。……いや、正直驚いている。

 その、想像以上に好待遇で」

「初月は、他の所から来たのか?」

 問いに、初月は頷く。

「もともとは、別の泊地の代将の所にいた。ただ、泊地が深海棲艦に直接攻撃を受けてしまって、……建物が破壊されただけで艦娘も人も死傷者はなくて、緊急出撃して深海棲艦自体はすぐに沈められたのだが、提督は、それをきっかけに辞めてしまった。

 そのあとはしばらく呉鎮守府で待機していたのだけど、数日前に提督、安倍中将に引き取られたんだ」

「そうか、……大体私と同じなのだな」

「長門さん、も?」

「ああ、……いや、泊地が攻撃されることはなかったが。

 ただ、前の提督は、…………その、私の力不足もあるが、駆逐艦の艦娘を何人も沈めてしまって、な。それで、続けられなくなったんだ」

「そう、か」

 困ったように初月は応じる。一息。

「だから、もう私は目の前で誰も沈ませたくない。

 これをこの艦隊の基本方針としていきたい。それで、いいか?」

「もちろんだ。もう沈むのはごめんだし、誰が傷つくところも見たくない。

 そうならないよう、戦っていこう」

 初月も力強く頷く。さて、春風たちにも話さないとな。

 と、扉が開く。

「なーがーとっ」

「っと、お、っと」

「時津風さん、いきなり抱き着いてはいけませんよっ」

 飛びついてきた時津風と、ぱたぱたと入ってきた春風。

「ああ、いや、気にしなくていい。これくらいは大丈夫だ。

 そっちはどうだ?」

「ばっちりっ」「ええ、とても素敵なところです」

 二人に遅れて瑞鳳も顔を出す。……さて、

「みんな、聞いている通り、明後日から訓練だ。明日、それぞれどんなことが出来るか、改めて話し合おう」

「そうだね。…………遠距離からの砲撃支援を前提とした水雷戦隊かあ。

 いろいろ考えてみないとね」

 瑞鳳の言葉に頷く。速力の差や、前方で走り回る僚艦を避けての砲撃など、考えないといけない事、訓練をしなければいけない事は多い。

 だが、それを期待されているのなら、全力で応えなければならない。考える事も必要だろう。

 …………一つ、息を吐き出す。

「そう、そして、その砲撃は私が行う事になる。

 必然的に私は皆の後ろにいることになるだろう。……だから、皆に頼みたい」

「頼み?」

「ああ、……どうか、私の目の前で沈むなんて事はしないでくれ。

 戦艦でありながら皆の盾になれないのはもどかしいが、だからこそ、私は全力で皆の危難を撃ち砕く。皆も、生き残ることに全力を尽くしてほしい。

 危ないと思ったらすぐに下がっていい。後ろには私がいる。絶対に守る。……だから、無理だけはしないで欲しい。もう、目の前で誰かが沈むところは、見たく、ないんだ」

 ぞわり、と。寒気を、拳を握って耐える。……ふと、

「大丈夫だよ。長門さん」

 瑞鳳が私の手に触れる。初月と、春風、時津風も続いて、

「私たちは沈まないから、……沈まないように、明後日から頑張ってこ」

「だいじょーぶ、やばくなったらすぐに頼るからっ!

 代わりに前線はばっちり任せてよっ」

「ええ、もちろんです。皆さんで、一戦一戦、確実に生き延び、戦果を挙げていきましょう。

 長門さんのその言葉、絶対にお守りします」

 初月も、改めて頷く。…………ああ、よかった。

「そうだな、そういってくれると、嬉しい」

 



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十話

 

「ここは、料理も素晴らしいな」

 感嘆の言葉を漏らす初月。「食堂さいこー」と、時津風も嬉しそうに頷く。

「そうだよねー

 けど、あっちも結構大変そうだし、お弁当作るようにした方がいいかな」

 瑞鳳は《一日一善》と書かれた掛け軸の下、カウンターの向こうにある調理場に視線を向ける。……あれは、大和か。

 間宮を中心に艦娘たちが忙しそうに料理を作っている。

「そうですね。室内に簡単な台所もありましたし、お弁当、作るようにいたしましょうか?」

 おっとりと問う春風。

「そうだな。せめて一食くらいは作ってここで食べるようにしよう」

「あっ、春風ご飯作れるの? わーいっ」

「時津風さんも手伝ってくださいね?」

「えっ? あたしっ? 無理無理っ、よゆーで無理っ!」

 と、そんな話をしながら適当な席を確保。皆で腰を下ろす。と、

「あっ、しれーっ」

 不意に時津風が声を上げる。そっちを見ると提督がうろうろしていた。秘書艦殿は、いないか。

 ともかく、彼女の声が聞こえたからか提督はのんびりとこちらへ。立ち上がる、が。

「いいよお、座ったままで、今はお仕事中じゃないからなあ」

「そうか」

 座りなおす、提督も食事をテーブルに置いて、

「にしても、しれーお腹凄いねーっ!

 うわーっ、ぷにょぷにょしてるーっ! おもしろーいっ!」

 ぺちぺちと腹を叩く時津風。傍らで瑞鳳が噴き出した。初月はおろおろしている。

「時津風さんっ! あ、あの、司令官様、申し訳ございませんっ」

 春風は慌てて時津風を止める、が。提督はのんびりと頷いて、

「大丈夫だよお。…………ふむうう?

 うむう? 時津風君みたいな幼女にお腹を触られて悦びを感じてる。……って言ったら驚くかなあ?」

「……………………と、時津風さん。その、ちょっとこちらに」

「あ、うん」

「て、提督、……その、それは、僕は、あまりいい事とは、思えない」

「それはさすがに、……あ、」

 じゃららっ、と音を聞いて言葉が止まる。そして、提督の後ろ、跳躍してファイルを振りかぶる秘書艦殿がいる。

 打撃寸前。提督はのんびりと「冗談だ「セクハラ許すまじっ!」」

 華麗にファイルを叩き込む秘書艦殿。側頭部を打撃されてそのまま横に倒れた。テーブルの端にこめかみをぶつける。がんっ、と鈍い音。…………そして、倒れたまま動かなくなった。

「もうっ、しれーかんっ! ここにいるのは新人さんなのよっ!

 新人さんは上官さんに遠慮しちゃうんだからっ! そういうところに付け込んじゃだめじゃないっ!」

 動かない提督に指を突き付ける秘書艦殿。ちなみに、春風と時津風は微かな涙目で手を取り合って震えている。

「あ、……あ。あの、秘書艦、さん。

 し、司令官様、動かないの、ですが」

 恐る恐る声をかける春風。

「大丈夫よっ、しれーかんは贅に、……バルジましましなのよっ! このくらいへっちゃらなんだからっ」

「……その、僕には贅に、……バルジはお腹にあるような気がするのだけど、今、ダメージが入ったのは頭だったような」

「だ、大丈夫。大丈夫よ。初月、きっと、大丈夫」

 こちらも手を取って慄く初月と瑞鳳。近くにいる艦娘たちは揃って合掌している。なんか不吉な感じがするからやめて欲しい。

「さて、それじゃあおゆはんを食べましょうっ! 雷もここで食べるわねっ」

 そういってお盆を置く。時津風と春風も彼女の隣へ。

「そんな事より、春風っ! さっきしれーかんに何言われてたか知らないけど、いやな事はいやってちゃんと言わないとだめなのよっ! 相手がしれーかんだからって遠慮なんてしたらぜーったいだめっ! 命令を聞かないとだめなんて思い込んだら絶対にだめよっ!」

「え、……その、秘書艦さん。

 ですが、司令官様の命は可能な限り従うべきではありませんか?」

 不思議そうに春風は首を傾げる。対して秘書艦殿はきっぱりと、

「可能な限り、じゃなくて、従うべき時に、よ。

 雷たちがやることは護国、国を、そして国にいる民を護る事、それだけよ。しれーかんはそのために有用だから雷は利用しているの。

 勘違いしちゃだめよ? 提督は民を護れない、だから艦娘が力を貸してるの。けど、艦娘だけじゃあ民を護り切れない、だから提督が知恵を貸してるの。だから、艦娘と提督は対等なのよ。どっちが欠けてもだめなの。

 それなのにもともとが軍船だからなのか、唯々諾々と従うおばかさんがいるから困るのよね。春風はそんなおばかさんになっちゃだめよ」

「そう、……なのですか? けど、」

 春風は目を見張る。心底、不思議そうに、そして、秘書艦殿は微笑む。

 どこか、透明な微笑で、

「前にいたところで、なにを教え込まれたかは、聞かないわ。けど、忘れてはだめな事なの。

 大切なのは国を護る事よ。そのために艦娘はばっちり自分のコンディションを整えて戦うの。一番いい状態で戦えるようにすることが、何よりも大切なのよ。だって、艦娘が戦えないと民に害が出るでしょ? 深海棲艦のせいでぼろぼろに疲弊しながら、それでも雷たちに期待して、支えてくれる民を護れず害されるなんて、ぜーったいにやっちゃだめなのよっ!

 だから、ばっちりなコンディションを維持して、しれーかんのしっかりした作戦に沿って戦って、民を護る。この事から少しでも外れるようなことは全然無視しちゃって大丈夫なのよっ! いくらしれーかんの命令でも、だめだめな作戦なら蹴っ飛ばしちゃっていいわよっ!」

 胸を張って告げる秘書艦殿。

「それが大事かあ、……うん、納得」

「そうだな。……ああ、昔もそうだった。

 貧しくても、それでも必死に支えてくれた人たちがいた。あの時は、負けてしまったが、だから今度こそ、彼らの平穏を守りたいな。支えてくれた人に恩を仇で返すなんて絶対に出来ない」

 時津風と初月の言葉を聞いて秘書艦殿は頷く。

「だから、春風。

 優しくてお淑やかなのはいいと思うわ。けど、艦娘であることを忘れてはだめ。いい、貴女が死んだら、貴女が守らなければいけない民まで死ぬの。その事を忘れないで。命令をされたから従うんじゃなくて、その命令が守らないといけない誰かのためになるから従うのよ。そうじゃない命令に聞く価値なんて何一つ存在しないわ」

 きっぱりと断言する秘書艦殿。春風は彼女の手を取った。

「ありがとうございますっ! 秘書艦さんっ!

 それが艦娘としての心構えなのですね。わたくし、感激しましたっ」

「ええ、わかってくれて嬉しいわっ!」

 にっこりと笑顔を交わす秘書艦殿と春風。

「ほんと、凄いなー。

 しれーの命令蹴っ飛ばしてとか、あたし聞いた事なかったよ」

「同感だ」

 頷く。秘書艦殿はひらひらと手を振って「ま、けーけんの差よ。っていうか、しれーかんじゃなくて、他の中将の所にいる秘書艦とかも似たようなこと考えていると思うわ」

「中将の艦娘、か」

 自分のような新人とは違う。文字通り、秘書艦殿や古鷹のような中心にいる艦娘だろう。

 それがどのような者たちなのか。興味はあるな。

「あ、提督。復帰しました?」

 不意に、安心したように瑞鳳が呟く。のんびりと提督が復活した。彼は秘書艦殿の隣に腰を下ろし、その向こうにいる春風に小さく頭を下げて、

「ふむう、……すまんなあ。

 小粋なジョークで場を和ませようと思ったのだが、失敗したようだなあ」

「え、さ、最初にそれなんだ」

 瑞鳳が慄く。

「というか、あれは小粋なジョーク、なのか?」

 思わず口から疑問が零れた。瑞鳳は非常にあいまいな表情で首を横に振った。

「私は見ての通りおっさんでなあ。女の子と会話が弾むようなうぇっとな話がなかなか出来なくてなあ」

「うぇ、っと?」

「湿ってどうするのよっ! しれーかんはおでぶさんで汗っかきさんなんだから、これ以上湿るなら乾燥剤でも貼っててよっ!」

「…………ふむう?」

 怒鳴る秘書艦殿に首を傾げる提督。そして、

「ぷ、……ふふ、あははははっ、しれーおもしろーいっ!」

 けらけらと時津風が笑い出す。瑞鳳や初月も、そして、春風も小さく笑っている。

「そうそう、春風君。

 雷君の言う通りだよお。大切なのは私じゃない、国であり民だよお。基地全体の連携もあるし、現場に出ている艦娘が全体を俯瞰する事は難しいから私が提督として指揮をするけど、それでも、不満や疑問は我慢しなくていいからねえ。

 階級としては上官と部下、けど、艦娘がいないと困るのは私たち提督も同じなのだし、お互いに頑張っていかなければ護国は果たせないからなあ。私も、それが一番困るんだよなあ。

 だから、相手が提督だから従わなければいけないとか言わなくていいからねえ。国のためにならないような事は、きっぱりと疑問として提示することが大切だよお。疑問を抱えられたままというのも困るからねえ。疑問を提示してくれれば、遅くなるかもしれないけど、ちゃんと答えるよお」

「はい、ありがとうございます。司令官様」

 どこか安心したように春風は微笑む。「ふむう」と提督は頷く。

「長門君たちもだよお。

 これから君たちは訓練に入る。最初は大変だと思うけど、常に、どうすれば民のためになるか、を考えて欲しいなあ」

 民のためになる、……か。

 思わず、沈黙。そして提督は同じく沈黙する初月に軽く笑いかけて、

「初月君、そんなに難しく考えなくていいよお。

 そうだなあ。この基地は護国のために戦う。各艦隊は基地のためにそれぞれの役割を担う。その役割をこなすために艦娘は動く。まずはそれを覚えておきなさい。

 初月君が君の艦隊でどういう役割を担うのか、それを理解したら、次は君の艦隊が基地のためにどう動くか、そんな流れで考えていくようにしてみるといいよお」

「あ、うん。そうだな、それはわかる」

 謹直な表情で初月は頷く。提督はそんな彼女の返事を好ましそうに見ている。

「たとえ話ね。

 んー、そうね。初月、夜間の哨戒任務を命令された。とするわね。なんでそんな事をするの?」

「それは、深海棲艦が近くにいないか警戒し、もしいたら基地に警告を出し出撃を要請。必要なら僕たちで打倒するためだ」

「ええ、そうね。……間違っていないわ。

 けど、こういうのはどう?」

 秘書艦殿は頷いて指を一本たてる。

「夜間の哨戒をすれば寝ている間にいきなり砲撃されて何もできないまま地上でみんな死んじゃいました。なんて可能性はぐっと減るわ。実際そういう事があるかどうかはともかく、警戒してる娘がいるっていうだけでも他の娘たちは安心してお休みできるわよね」

「ああ、そうだな」

 そして、二本。

「じっくり休めれば、戦闘用の艦隊の、第一艦隊は寝不足なときよりずっといいコンディションで出撃できるわ。

 それで、夜に頑張って警戒してくれた初月がお疲れておやすみしているときに、もし深海棲艦の大規模な侵攻があったとしても、初月が安心して休める時間を確保してくれたおかげでいい状態で迎撃ができるのよ。これって、初月の頑張りで基地が守れた。っていう事よね」

「それは、そ「それでね」」

 何か言いかけた初月を遮るように、三本。

「もし、寝不足なまま出撃して、その大規模な侵攻を止められなかったら、この基地を突破されて深海棲艦は内海、大阪湾にまでくらいついてくるわ。

 その時のことを考えてみて、ちなみに、大阪府だけでも八百万人、同じ内海、紀伊水道や播磨灘に接する和歌山県、兵庫県、徳島県、香川県を含めれば千五百万人。これだけの人が被害に遭うのよ。正規空母型の深海棲艦が都市部に空爆を仕掛けたら、数十万人規模の死傷者だって十分あり得るの。

 つまりね、初月の夜間哨戒任務でこれだけの人が守れたことになるのよ。大袈裟なんて言わないでね? 護国を叶えるっていうのは、こういう事の積み重ねなんだから」

 初月が息を飲む。その気持ちはわかる。改めて、この基地の重要性を聞かされたのだから。

 思わず、沈黙する私たちに秘書艦殿は苦笑。

「考えてもみなかった。……って顔しているわね。

 まだそれでもいいわ。けど、」

 びしっ、と秘書艦殿は指を突き付けて、

「訓練中にちゃんと、任務の意味は考えられるようになっておかないとだめよっ!

 それだけは手抜きも遠慮もぜーったいだめっ! 自分の任務がどんな形で国や民を守って、この基地にいる艦娘の役に立つか、それをばっちり考えられて初めて実戦に出れるのよっ!」

「う、……うん、わかった」

「もちろん、初月君、……というか誰か一人に全部を背負わせるつもりはないよお。みんなでやっていけばいいんだからねえ。

 ただ、自分のやるべき事、この基地がなさなければならない事、それはちゃんと考えてね。そのための意見具申なら、いつでも受け付けるよお。それがまあ、」

 ふむう、と提督は頷いて辺りを見渡す。

「みんなで一丸となって目標に取り組む、という事。……じゃないかなあ」

「ああ、そうだな。……うん、納得した。

 ちゃんと自分で考えられるように、頑張ってみるよ」

 応じる初月に、提督は嬉しそうな笑みで頷いて、

「つまり、女の子と運命共同体かあ。おっさん冥利にっ?」

「なぜ提督は懲りないのだ?」

 ノールックで叩き込まれたファイルで顔面を打撃され、提督は再度転がった。

 



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十一話

 

 入渠施設が一緒にある浴場にて、体を洗い終えて湯船に向かいながら「ほんと、広いね」と瑞鳳は呟く。私も最初は驚いた。

 ここには百人近い艦娘がいる。中将直属の基地であり、突破されたら大阪湾をはじめとした内海に食いつかれる重要拠点。その意味を考えれば妥当な規模なのだろう。

 そして、ここはそれだけの艦娘が使っても狭さを感じさせないだけの広さがあった。流石に一度に使えば手狭だろうが、今でも数十人の艦娘がのんびりと湯に浸かっている。それでも狭さは感じない。

「こー広いと泳ぎたくなるよねー」

「それはさすがに迷惑だ」

 タオルを振り回す時津風に、初月が苦笑して窘める。ただ、

「けど、時津風の気持ちも、わからなくはないな」

 同感らしい、初月は頷く。

「そういえばさ、この基地、プールもあるらしいよ」

 不意に瑞鳳が振り返る。「プール?」

「うん、私も見た事はないんだけど」

「訓練場、とは別ですよね? 何か意図があっての施設なのでしょうか?」

「遊ぶための所とかっ?」

「案外あり得るかもな。

 娯楽は大切だと言っていたし、提督はそこも気を遣ってくれているようだ」

 榛名の言っていたことを思い出す。……趣味か、何か見つけておこうかな。

「ふふ、そういうところは本当に、有り難いですね」

 春風がおっとりと微笑む。瑞鳳も頷いて、

「凄いよねー、やっぱり中将を任せられる人って感じね」

「そうだな。何よりも民の平穏を第一に考える姿勢は、僕たちも見習わないといけないな」

「あっ、じゃあさっ、長門っ!

 明日、もうちょっと伊島探検してみないっ? プールとか、なんか面白いものあるかもーっ」

「ふむ」

 主要な施設は昨日案内されたが、それはあくまでも日常を送るのに必要なところだけだ。

 それで必要十分だが、他に何かあれば見てみたい。

 それに、僚艦のみんなといろいろ見て回るのは楽しいかもしれないな。

「そうだな。……午前中にでも歩き回ってみようか。

 ただ、午後からは明後日の訓練に備えて話し合いをしよう」

「やったっ」

「あ、では、わたくし、お弁当を作りますねっ!

 お台所もありましたし、お隣さんにいろいろ聞いてみますっ」

 春風も楽しそうに応じる。

「ただ、一応、秘書次艦に一声かけてからだな。

 よし、では、許可が出たら明日、朝食後0900に集合していろいろ見て回ろう」

「おーっ」

 私の宣言に時津風は嬉しそうに手をあげて応じる。

 と、

「うふふっ、仲良くやれているみたいね。もちろんいいわよ」

「鹿島か」

 ちょうどよく、近くにちゃぷん、と湯に浸かる鹿島がいてくれた。

「そうね。昨日の案内だと本当に必要最低限だから、他にもいろいろあるわ。

 それに、ここは緑も多いし、散歩しているだけでも気持ちいいわよ」

「やったーっ、ピクニックっ」

「え? どっち?」

 嬉しそうな時津風に首を傾げる瑞鳳。まあ、どちらでもよい気がする。

「自転車なら貸し出ししているから、お出かけする前に一度本部の、秘書室に来て、鍵を貸すわね。

 その時一緒に島の地図も渡しておくわ」

「ああ、ありがとう。

 そうか、…………自転車、か」

「大鳳さんとか、体力作りでよく乗り回しているわね。

 私たちも、事務仕事が多いから気晴らしによく使うわ。うふふっ、何なら、お勧めのツーリングスポットとか、教えてあげましょうか?」

「ぜひっ!」

 時津風は嬉しそうだ。

 けど、

「鹿島さん。その、プールはともかく、いろいろなところがあるのか?

 暮らしていく場所だし、僕はこの基地をもっと見て回りたい」

「そうね。案内しきれていないところもあるわ。……地下とか、ね」

「地下っ」

「ちょ、ちょっと魅惑的な言葉っ」

 なぜか瑞鳳が食いついた。

「地下、ですか? ええと、基地の?」

「正確には、この、寮、のね。

 なんていうのかしら? ……鳳翔さんが切り盛りしている居酒屋さんや那珂さんがよく使っているカラオケルームとか、娯楽施設があるところよ」

「…………この基地、凄いね」

 瑞鳳が慄く。同感だ。

「随時継ぎ足していったから、結構ごちゃごちゃしているけど、まあ楽しいわね。

 ふふ、けど、夜更かしは禁物よ? みんなで決めて2100には全部閉めちゃうけどね」

「夜更かしした後に出撃とか危ないもんねー

 ちょっと良かった。あたし、時間気にせず遊んじゃったりするかもだし、止めてくれるなら安心して遊べるねっ」

 けらけら笑いながら時津風。同感だ。

「そう言ってくれて助かるわ。

 みんなで決めた、けど、お酒飲みさんたちは我慢しているみたいなのよね」

「そういう連中は夜が本番だろうからな」

「ええ、けど、彼女はよくて彼女はダメ、なんて角が立つでしょ? お仕事の大切さは知っていても、遊びたいのはみんな一緒だもの。

 だから、提督さんと相談して閉めちゃうことにしたのよ。

 もちろん、自室なら自由だけどね?」

「その時は、期待しているぞ?」

 瑞鳳に視線を向ける。瑞鳳は視線を逸らしながら「あ、うん、大丈夫。私、一緒に遊んだりしないから」

「…………期待しているぞ?」

「はいっ」

 ならばよし、春風は困ったように微笑んで頷いた。

 ほう、と一息。

「そうだな。これから暮らしていく場所だし、時津風。ツーリングは後にしよう」

「はーい」

「あ、……では、お弁当は」

 少し残念そうに春風。けど、彼女の提案を拒む理由もない。

「いや、食堂で食べてもいいし、よければ作って欲しい」

「はいっ、頑張りますっ」

 ぱああっ、と春風の表情が明るくなる。「楽しみにしている」と、初月の言葉に「はいっ」と笑顔。

「あら? 春風ちゃんはお料理が好きなの?」

「あ、……はい」

「うふふ、いいこと聞いちゃったわ。

 今度のおやすみにでも、何人か集まってお料理を作ろうってお話しているのだけど、春風ちゃんも参加する?」

「いいのですかっ」

「ええ、もちろん」

 ふと、春風はこちらに伺うような視線を向ける。私は頷く。

「趣味を持つことは気分転換にもなるし、いいと思う」

「では、お願いしますっ」

「そう、じゃあ、あとでまた声をかけるわね。

 お菓子とかもいけるかしら? 提督さんへの差し入れも考えているのだけど」

「あ、……ええと、作ったことはないですけど。

 けど、頑張りますっ」

 提督へ、か。…………前に榛名と作りすぎたようなことを言っていたが、大丈夫なのだろうか?

「趣味か、僕も何か見つけた方がいいかな」

 ぽつり、初月が呟く。

「そうだな。というか、私もだな。

 明日、午前中は基地内を見て回るつもりだし、その時に一緒に探してみるか?」

「そ、そうだなっ、うんっ。楽しみだっ」

「古鷹さんなら、艦娘の整備の一環として精神面のメンテナンスも十分に行う必要がある。というわね。

 大切なのは艤装の手入れや入渠だけじゃないわ。十分に性能を発揮するためにも、リラックスする方法とか、いろいろ考えてみてね」

「ああ、わかった」

 艦娘の整備、……そういえば、金剛は艦娘を兵器だといった。それに対し、提督は古鷹の影響を受けた、と言っていたな。

 彼女は、そう思っているのだろうか?

「うふふっ、それに、趣味の合う娘同士で集まって遊んでいることもよくあるわ。

 そうね。初月ちゃん。暇があったら散策してみて、遊んでいる娘がいたら混ぜてもらったら? きっと楽しいわよ」

「うん、そうしてみる」

 鹿島の提案に、初月はこくん、と頷いた。

 

 入浴を終えて部屋に戻る。明日もあるから早めに寝た方がいいか。

「初月、今日はもう寝ようか?」

「うん。明日もあるし、今日は早く寝た方がいいと思う」

 初月の同意を聞いて布団に入る。手を伸ばして、消灯。

 目を閉じる。夜は静かだ。……今日も、いろいろあったな。

 考えなければいけない事、やらねばいけない事、……本当に、ここに来てから学ぶ事が多いな。

 充実、と。そんな言葉を思っていると、不意に、

「長門さん。僕は、やっていけるかな」

 ぽつり、とした声。静かな夜だから聞こえた、小さな、声。

「不安か?」

「…………実は、少し、……その、秘書艦さんから改めてこの基地の重要性を聞いて、……僕は、ちゃんとやっていけるか、不安になったんだ」

「そうだな」

 それは、私もだ。

 秘書艦殿のいう事は事実なのだろう。日本でも指折りに栄えている町。大阪府、そして、そこだけではない、瀬戸内海にまで深海棲艦が進出、溢れだせばさらに多くの被害が出る。

 それがどれほどのものなのか、……私では想像も出来ないな。

 思わず沈黙する私に、初月から困ったような声が投げかけられる。

「ごめん、こんな弱気な事を言うべきではなかった」

「いや、そんな事はない。それは、私もだ。

 世界のビッグ7などと謳われていながら、敗戦という結果しか残せなかったかつてを思えば、また同じことを繰り返してしまわないか、不安だ。

 けど、」

 苦笑。

「これからの訓練でそれを払っていけばいい。民のことを第一に考えている提督の課す訓練だ。間違いはないだろう。

 そうやって訓練を重ねていけば、お互いの弱点や改善しなければいけないところも見えてくる。私たちの成すべきことは決まっている。あとは、それに十分な実力を得られるように訓練をすればいい。

 ここの重要さはみんなわかっている。だから、出撃が許可されたなら、十分な実力が付いたと認められた、という事だ。自信をもっていけばいいさ」

「これから、…………うん、そうだな。

 頑張っていくよ。……今度こそ、民の平穏を守り抜いて、戦勝という結果で終わらせよう。もう、支えてくれた人の期待を裏切るなんて、いやだ」

 初月の声に力が戻った。だから、苦笑。

「といっても、気を張り詰めすぎるなよ?

 いや、明日、まずは気を抜く方法を見つけなければな」

 あまり、人の事は言えないか。

「そうだな。……それならツーリングもよかったな。

 その、……時間があったら、付き合ってくれるか?」

「もちろんだ」

 初月の提案は渡り船。時間が取れたら瑞鳳達も誘って行ってみるか。

 だから、

「明日もやる事はいろいろありそうだな」

「そうだな。……ふふ、明日がまた楽しみだ」

「楽しむのもいいが、午後からはしっかり話し合いをするぞ?

 どうも、私たちはテストケースのように考えられているようだし、生半可な結果ではすぐに艦隊そのものを解体となりかねない」

 もちろん、だからと言ってそれで私たちまで解体などという乱暴なことはしないだろうが、それでも、

「ああ、……うん、それは、僕も悔しい。暫定だろうとテストだろうと、せっかくこうして長門さんやみんなと艦隊が組めたんだ。

 出来れば、このまま、このままみんなで、この基地を守り、提督の言葉通り、護国に今度こそ貢献したい」

 力強い言葉を聞いて安心した。私自身も不安はある。けど、みんなの背中を押すのも旗艦の役割だ。弱音は、見せ「その、……長門さん」

「ん?」

 どこか言いづらそうに、言葉を選びながら、

「弱音を吐いた僕がいう事じゃないかもしれないけど。

 ……長門さんも、新人と聞いている。不安な事があったら弱音をぶつける相手も、いたほうがいい、と思う。旗艦として弱音を吐いてはいけないなんて気張ってると、それはそれで辛い、と思う。から」

「……………………ああ、そうだな」

 不安をぶつけられる相手。弱音を押し隠さず、吐き出せる誰か。

 そういう誰かもいた方がいいだろう。……また、誰かに相談してみようか。

 



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十二話

 

 朝、一緒に目覚めた初月を誘って外へ。

「ん、……早朝に歩くのも気持ちいいな」

「そうだな。……やはり、もう少し早起きしてみるか」

 ぽつり呟いた言葉に初月はこくこくと頷く。けど、

「だが、慣れてからだな。無理をして生活習慣を乱した挙句潰れたらそれこそ困る。……と、早起きしようかといった私に対する提督からの命令だ」

「ああ、それもそうだな。意識だけ、しておこう」

 初月と笑みを交わし、運動場へ。そこにはランニングをしている艦娘と、思い思い腰を下してのんびりしている艦娘。

 古鷹は足を崩して穏やかな表情で朝の空気を楽しんでいる。金剛は大の字、ぼんやりと空を見上げている。

 そして、山風は、なぜか膝を抱えて転がっている。龍鳳か、彼女は水筒から暖かい飲み物を注いで、ほう、と一息。

 そして、

 初月となんとなく手を合わせる。ぽかん、と、突っ立っている提督が縁起よさそうに見えたから。……ふと、

 提督は、なにを見ているのだろうな。

 ぽかん、と。遠くを見ている。その先にあるのは民の平穏か、国を護る事か、……あるいは、天気を見据えて艦娘の指揮を考えているのかもしれない。

「おはようございます」

「オハヨー、デス」

「おは、よう」

「ああ、おはよう」「おはよう」

「二人とも早いデスネー

 まあまあ、ここでぼんやりとしててくだサイ。朝はぼーっとするのが気持ちいいネ」

「日向ぼっこ、好き」

 ころころと転がり落ちる山風。ぽてん、と止まった。

「また、いろいろと考えているのか?」

「考えてないヨ。天気の事を言っているなら今はぼんやりと眺めているだけネ。そこで見たところを思い出しながら艦隊業務に入るんデス。

 雲の形なんていちいち深々考えても無駄デース」

「そんなものか」

「気が付いたら、雲の形、意識してみると、いい、と思う。

 そのあと、どういう風に天気か、変わるか。波、風はどうなるか、とか。……意識して見て、記憶を蓄積していけば、見当もつけられるようになるから」

「要は経験ですよ」

 転がったままの山風に古鷹は微笑んで告げる。

「そっか、うん、意識していなかったのは反省しないと」

「初月は防空駆逐艦ですからネ。

 秋月が言ってましたヨ。足元の波と風を意識したら対空射撃の精度が上がったって、今度コツとか教えてもらってくだサイ」

「うん、そうする。……そうだな、秋月姉さんたちは僕の先輩でもあるのだし、教えてもらう事は多くあるな」

 初月は頷いて、

「提督も、そういう事を考えていたのか?」

 問い、提督はぽかんとした表情のまま、

「大鳳君の短パンから見える生足は不思議な色気があるなあ。ハイソックスの上から見えるのとはまた違うなあ」

 大鳳は直角カーブをして跳躍。ドロップキックを提督に叩き込んだ。提督はそのまま倒れる。

「セクハラ許すまじっ!」

「それはキメゼリフか何かなのか?」

 ともかくドロップキックが直撃して転がる提督。特に誰も助けようとはしない。大鳳は丁寧に一礼。

「おはよう、初月ちゃん。初めまして、長門さん。私は第一艦隊所属、大鳳です」

「ああ、初めまして、第三艦隊の予備艦の長門だ」

「はい。これからよろしくお願いします」

「おうっ、てーとくがまた転がってるっ」

 一緒に走っていたらしい、島風だ。

「そうだなあ。転がるなあ。

 前に、島風君に走るよりは転がった方がはっやーいっ、って言われたからなあ」

「前に転がって陸奥さんのスカート下から覗いたとかって言われて、袋叩きにされてましたよね。提督」

 古鷹の嫌な思い出話に提督はゆっくりと立ち上がりながら目を細めて「懐かしいなあ」

「どう考えても懐かしむような思い出ではないと思う」

 提督はのんびりとした視線を初月に向けて、

「そうかもしれないなあ。と言ってもなあ。どんな些細な事であっても、他人から見たら笑われるような事でも、部下である艦娘との思い出は大切にしたいなあ。

 おでぶさんなおっさんにいつまでも覚えてもらっても面白くないかもしれないが、こればかりは仕方ないなあ」

「あ、……いや、……ええと、ごめん。提督」

 結構真面目に応じる提督に初月は困ったように応じる。「ふむうう?」と、提督は首を傾げて、

「謝る事はないなあ。初月君は真面目さんだねえ。どんな娘か知る事、これは大切な事だけど、特徴が顕著に表れるのは日常の積み重ねの中だからなあ。些細な事でも判断材料になるんだよなあ。

 例えば、真面目さんな初月君がすぐ後ろで見ててくれれば、前のめり気味な時津風君や、近くにいる誰かを護る事を意識しすぎて動きがぶれやすい春風君を止めてくれる、とかなあ。日常生活だとあまり遊びがない初月君の手を時津風君に引いて欲しいなあ。時津風君だけだと面倒を見るほうに行ってしまいそうだけど、春風君もいてくれれば初月君も一緒に遊んでくれるかなあ、とかなあ」

「え? ……あ、そう、なのだな。うん、そうかもしれない」

 こくこくと頷く初月。彼女は、ほう、と感心したように息を漏らして、

「本当に、いろいろ考えているのだな。

 艦隊運用だけでなく生活の事も気を遣ってくれて、僕は嬉しい」

 初月の言葉に提督は嬉しそうに目を細める。

「そうかあ、嬉しいかあ。それはいいなあ。なら、初月君、ありがとうを言わないといけないなあ」

「あ、……と、そうだな。

 うん、ちゃんと礼は言わないといけないな。ていと「違うよお」え?」

 頷く初月の言葉は止められる。提督は視線を巡らせて、

「阿武隈君、ちょっとこっち来て欲しいなあ」

「はいっ? 何ですか提督?」

 ランニングを終えて寮に向かっていた阿武隈が足を止める。ぱたぱたとこちらへ。

「実はなあ。初月君。

 今回の編成は阿武隈君にお願いしたんだよお。阿武隈君、君が頑張って考えてくれた編成を初月君は気に入ってくれたみたいでなあ。ぜひ、お礼を言いたいそうなんだよお」

「え? え?」

 きょとんとする阿武隈。初月は謹直に頷いて、

「ありがとう。阿武隈さんの考えてくれた僚艦のみんなと仲良くやっていけそうだ。

 僕たちのためにいろいろ考えてくれた事は、とても嬉しい」

「え? ……あ、あはは。

 けど、その、あたしもまだよくわかってないところ多くて、結構提督や金剛さんに頼っちゃったところもありますし。その、「こらこら、阿武隈君」」

 照れくさそうに言葉を並べる阿武隈に、提督はわざとらしいしかめっ面で割り込む。

「ありがとう、と言われたら、どういたしまして、だよお」

「あ、……「そうデースっ」わひゃっ?」

 照れたように微笑む阿武隈は後ろから金剛に抱きしめられた。彼女は笑みを見せて、

「阿武隈はこういうお仕事はまだ慣れてないデス。だから、ワタシに相談したり執務室でしばらく考えたり、とーっても頑張ってまシタっ!

 ワタシは真面目さんで頑張り屋さんな部下がいて幸せデスっ!」

「そうだな。……ああ、私たちの上官でもあるわけだな。

 部下の事をちゃんと考えてくれる上官を持てて幸いだ。これからよろしく頼む」

「ええっ? な、長門さんが部下っ? そん「それじゃあ、頑張り屋さんな阿武隈君をみんなで讃えようかなあ」はひっ?」

 わたわたと手を振る阿武隈は提督の提案に素っ頓狂な声。なぜか足を止めてわらわらと集まってきた艦娘たちの中心、金剛は両手をあげて、

「なら、みんなで万歳デスっ! ばんざーいっ!」

「ちょ、金剛さんっ? 何ですかそ「ばっ、ばんざーいっ」山風ちゃんっ? 「ばんざーいっ」ちょ、龍鳳さんまでっ? 「「「ばんざーいっ!」」」ちょっとおっ?」

 山風と龍鳳が万歳、周囲の艦娘も万歳に加わる。初月と顔を見合わせて笑みを交わす、万歳に加わった。

「あ、あ、あわ、あわわっ」

 その中心、阿武隈はおろおろして、…………で、程なく、

「どういたしましてーっ!」

 叫ぶように応じて走って行ってしまった。

「…………加わった身で言うのもなんだが、よかったのか?」

「いいのではないか?」

「いーんデス。部屋に戻って嬉しくてによによしているところが目に浮かびますヨっ、あれは単に恥ずかしかっただけネっ!」

「阿武隈君は照れ屋さんなんだよお。けど、初月君の言葉はちゃんと伝わったし、ありがとうと言ってもらって嬉しかったみたいだからなあ。頑張った結果を認められるのはいい事だからなあ。素直にありがとうと言える初月君もいい娘だねえ。

 うむう、ただ、やっぱり長門君に少し遠慮があったのが気になったなあ。やっぱり連合艦隊旗艦の戦艦、というのは艦娘にとって軽くはないなあ。

 …………そうだなあ。長門君、相談したいことがあったら出来るだけ阿武隈君と言葉を交わすようにして欲しいなあ。長門君は真面目に基地の事を考えてくれているようだし、軽巡洋艦だからって下に見る事はしないだろうからなあ。早目に言葉を交わして阿武隈君が慣れていけば問題にはならないと思うよお」

「ん、了解した」

 提督の言う通り、ことさら軽巡洋艦だからと言って下に見るつもりはない。基地の事を考えれば教えを請うのはこちらだ。

「艦娘の事をよく見ているのだな。提督は」

 感心したように応じる初月。提督はのんびりとしたどや顔で頷いて、

「ふむん、必要な事だからなあ。いろいろ見ておかないとなあ。

 というわけで、陸奥君の下着がく「セクハラ許すまじっ!」ごふっ」

 また妙な事を言い出した提督を、どこからともなく走ってきた陸奥が蹴り飛ばした。

「…………僕は、提督の事を尊敬していいのだろうか?」

「どーだろうな」

 そんなやり取りを見ていた初月が呆然と呟く。私も、どう思っていのかよくわからなくなってきた。

「尊敬しても、いいと、思うんですけどねー」

 最初に蹴っ飛ばした大鳳は曖昧に笑う。陸奥はぷりぷりと怒りながら「能力は高いし、いろいろ気遣ってくれることは本当にありがたいんだけど、変な事言ったりするのは何とかならないかしら」

「…………あとは、おでぶさんなおっさんじゃなければいいんですけどね。せめて。

 あと、あの間延びした喋り方とか、なんとなく、縁起物みたいな雰囲気とか」

「格好いい、なんて我侭言わないから、せめて同年代くらいがよかったわ。……あ、おでぶさんじゃないのね」

 深刻な表情で頷き合う大鳳と陸奥。不意に、山風は視線を向ける。

「目を開けろ 達磨が君の 提督だ」

「……その、俳句のようなものは何だ? 季語がないが」

 不思議そうな初月。ちなみに、山風の俳句のようなものを聞いて、達磨のように転がる提督を直視して、陸奥と大鳳が項垂れた。

「理想の、…………ええと、格好いい提督を、妄想している娘に、言うと効果のある俳句。

 秘書艦さんが、考えたの」

「そ、そうか」

 現実を見ろという事だな。そうだな、それは大切だ。うちの提督は達磨体型だ。……ではなくて、

「いや、やはり女性の下着を見るのはよくないだろう」

 口で言うだけなら、まあ、流せるが、実際の行動に出られたらそうも言ってられない。

 初月も真面目な表情で頷く。が、

「えーと、……その、それ、ちょっと誤解があります」

「誤解?」「大鳳っ」

 苦笑する大鳳に陸奥は慌てて声をかける。けど、

「ちゃんと言わないと困るでしょう? 提督に不要な不信を抱かれても」

「そう、……だけど、」

 なぜか、ばつが悪そうに口籠る陸奥。「何かあったのか?」

「まあ、……ええと、前に私、提督に一緒に走らないか提案をしたんです。

 見た目は、ともかくですけど、肥満って体にもよくないじゃないですか? 私も並走するのは構いませんから。それで一緒に走ってたんですけど、その時走ってた島風ちゃんが転がった方が速いんじゃない、って言いだして。

 提督は転がりました」

 転がるな。

「それで、転がっていった先に出撃から戻ってきて、気分転換に軽く散歩に来た陸奥さんがいたんです。

 出撃直後で艤装の服装だったんですけど、それスカートが短めで、それで提督が転がってきたら、……まあ、ええと、警戒します、よね?」

「あ、当たり前よっ、ねっ!」

 なんとなく必死な陸奥。というか、転がる提督というあたりを自然と二人は流しているが、これは普通な事なのだろうか?

「それで、陸奥さんが悲鳴をあげちゃって、……あとは、古鷹さんの言った通りです。

 下着ですけど、足元に転がってる提督を蹴れば、陸奥さん、スカート短いですし、見えますよね。どっちが意識していなくても、あの時はスカート抑えたりする余裕もなさそうでしたし」

「「……………………」」

「し、仕方ないじゃないっ! 提督が転がってきたのよっ! スカート覗かれるって思ってもおかしくないわよっ!」

 提督が転がってくるという事がすでにおかしいと思うのだが、それは私だけなのだろうか?

「ここで蒸し返した提督もあれですし、あの後陸奥さんも事情を聞いて謝ったのでいいと思うんですけどね。

 まあ、そういう事です。提督、変な事はよく言いますけど実際に行動に移したことはありませんよ。……ええと、ほら、私たち、軍属で女の子じゃないですか、いろいろ特殊なところはありますけど。

 それで、提督は見た通りの外見の男性で、軍人としての地位は中将で、そんな条件で私たちと気楽に話を出来る関係を手っ取り早く作ろうとしてああなったみたいなんです。一応、成功していると思います。それなりに慣れてくれば提督に遠慮する娘も少ないですから」

「そうか、まあ、……それならよかった」

 言うだけなら適当に流せばいいか。誰かが蹴っ飛ばすし。…………慣れてくれば私も蹴っ飛ばすようになるのだろうか? ……それは、ここに馴染んだと喜ぶべきか、少し悩むな。

「と、そうだ。長門君」

 むっくりと提督が起き上がる。回復早いな。

「ん?」

「鹿島君から聞いたよお。今日は僚艦のみんなと基地内を散策するんだってねえ」

「ああ、午前中はそうしようと思う。

 午後は皆で明日の訓練について意見合わせをしたいが、何か指示があるか?」

 問いに提督は首を横に振る。

「大丈夫だよお。それに僚艦といろいろやるのはいい事だからねえ。

 ただ、入っては困るところもあるから、出かける前に一度執務室に来て欲しいなあ。地図を渡しておくよお」

「む、わかった。艦娘が入っては困る場所、か?」

 どういう場所だろうか? 大本営の機密に関わる場所だろうか?

 問いに提督は首を横に振る。

「違うよお。戦えなくなった艦娘を預かっているところだよお」

「提督」

 不意に、古鷹が言葉を挟む。他の艦娘たちも、微かに咎めるような視線。

 対し、提督は苦笑。

「難しい場所だっていうのはわかってるんだがなあ。

 といっても、いずれは知ることになるからなあ。早目の方がいいなあ」

「戦えなく、なった?」

 ふと、思い出した艦娘がいる。「鹿島?」

 そういえば、会ったとき難しい事情を抱えている、と言っていた。それに彼女は出撃とかしない、とも。

 単純に適材適所、と考えていた。鹿島は練習巡洋艦、訓練内容の選定などは得意だろうし、この規模の基地ならそれはそれで大仕事だろう。専任の艦娘がいても不思議ではない。

 けど、もしかしたら、…………

「その、提督にら「君たちの事を、悪く言えば信用してないからなあ。こればっかりは仕方ないんだよなあ。ごめんなあ」」

 恐る恐る、口を開く初月の言葉は潰される。申し訳なさそうに頭を下げる提督。

 ただ、……おそらく、彼女の予想は間違えていなくて、そんな艦娘を預かる場所に安易に踏み込むには、まだ、付き合いは深くないか。

 悪く言えば信用していない、つまりそういう事だろう。

「ふむん、というわけで長門君、…………ふむうう? 無理強いはしないが、出来れば僚艦のみんなと一度執務室に来て欲しいなあ。

 長門君が来ればいい事だけど、せっかくだからなあ」

「ああ、わかった」

 初月に視線を向ける。彼女も頷いた。

 

 寮に戻る途中。不意に、声。

「提督がセクハラしないか、気になりますか?」

 隣を歩く古鷹が不意に問いかける。頷く。

「ああ、僕たちも艦娘、女性だ。

 いい気持ちは、しない」

「それもそうですよね。けど、提督に限って言えば大丈夫ですよ」

 古鷹は微笑み、

「提督は、女性に興味がある。とか、そんな正常な感性はそもそも持ち合わせていません。

 だって、本質的に人ではない艦娘さえ可愛く思えるほどの、極上の人でなしですから」

 



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十三話

 

 というわけで、出かける前に私たちは執務室へ。

「どうぞっ、長門さんたちねっ」

「失礼する。秘書艦殿」

 執務室に入る。提督はいなくて、秘書艦殿と鹿島がいる。とんとん、と秘書艦殿は数枚の書類を叩いて揃える。

「しれーかんから聞いてるわ。

 はい、島の地図よ。それと前に渡したと思うけど改めて、こっちが基地内の地図ね。地下の、まあいろいろあるところも地図もあるわ。いい機会だし、気分転換の方法や娯楽も考えてみるといいわね。

 春風はお料理が好きなのよねっ、鹿島さんとかが集まってお菓子作りとかもしているし、今度参加してみるといいわ」

「はいっ、楽しみにしていますっ」

 春風は嬉しそうに応じる。瑞鳳も手をあげて「私もいい?」

「もちろん、歓迎するわ」

「ねえねえっ、それつまみ食いとかしていいっ?」

「そっちなのっ」

 勢い良く手を上げる時津風。瑞鳳は、ぺし、と彼女を叩く。

「だめよ」

「……うそ、んなばかな」

「そんなに残念か」

 がっくりと項垂れる時津風。

「それと、こっちが本命だけど、」

 ちょいちょい、と秘書艦殿は手招き。私たちは彼女の座る机の周囲に集まる。

 伊島の地図。そして、正確には、

「しれーかんが統括する伊島基地。規模、範囲としてはお隣の前島や棚子島も含まれるわ。

 けど、そっちに行ってはだめよ」

「そなの? 何かあるの?」

 時津風は首を傾げる。それは瑞鳳と春風も同じ。

 私と初月は朝に提督から少し話を聞いたから、そこに何があるのか、予想は出来る。

 雷は鹿島に視線を向ける。鹿島は、困ったように頷いて、

「ええ、私みたいな。……その、精神面に、ちょっと問題を抱えた娘たちがいるの、よ。

 戦うのを恐れる娘とか、海を怖がる娘、提督、という人種そのものに忌避感を抱く娘。……特定の艦娘に怯える、娘、とか。ね」

「あ、……そう、なん、だ」

 時津風の声が沈む。「業腹な事だけどね」と、秘書艦殿は軽く手を振って、

「そういう娘って、結構多いのよ。ほら、春風。提督の命令は極力聞くべき、なんて言ってたでしょ?

 春風には悪いけど、雷からしてみればとってもおばかさんな事だと思うわ」

「…………いえ、大切なのは教えていただいた通り、民と国を護る事です。

 何も考えず唯々諾々と命令に従うのは、確かに愚かな事だと思います」

「そうね。けど、真面目にそう考えている艦娘って結構いるのよ。

 そういう娘はね。真面目に理不尽な命令を聞いて、真面目に心が擦り減っていくの。で、そんな艦娘がまともに戦えるわけないでしょ?

 心が擦り減った艦娘は当然のように戦果を落とす。失敗ばっかり続ける艦娘を提督は切り捨てる。滅茶苦茶な命令ばっかりする提督が悪いっていえばそうだし、何も考えないで唯々諾々と従い続ける艦娘の自業自得っていえばそうかもしれないけど、事実としてそういう事はよくあるのよ。

 そこにいるのは、そういう、ちょっと辛い思いをしすぎた娘達ね。鹿島さんが言った通り艦娘に対して恐怖心を抱いている娘もいるから、誰でも簡単に会ってもらうわけにはいかないの。トラウマのフラッシュバックなんて事になったら大変だもの」

「そう、……だよね」

「捨てられる辛さくらいはわかってるつもり」

 沈鬱な表情で頷く時津風を、瑞鳳は後ろから抱きしめる。

「そういう事情なら、無理に行ったりはしないわ。捨てられるだけでもあんなに辛いのに、それ以上の事なんて、想像も、出来ないわ」

 抱きしめる腕に力がこもる。時津風は困ったように瑞鳳を見上げる。

 捨てられた、か。そういえば、山風もそんな事を言っていたな。

「ここの基地は、そのような方たちも、集まるのですね」

「というか、この基地にいるほとんどの艦娘はそれよ。

 捨てられた娘、居場所がなくなった娘ばっかりね。しれーかんが建造した艦娘は二人だけだもの」

「ふ、……た、り?」

「ええ、雷と古鷹さん。雷が最初で、そのあとに一人、拾って、その次に古鷹さんを建造して、それ以降、建造はしてないわ。

 あとは元の提督に捨てられた娘たちよ。しれーかん、……っていうか、中将ね。一部の中将さんは元帥さんに頼まれてよくそういう事をしているのよ。

 で、ある程度やっていけそうになったら、ここで頑張ったり、ほんとのほんとに復帰の見込みがなければ元帥さんが手を回して完全に艦隊とは離れた生活をしているわ。

 もっとも、だからって民と一緒に暮らす事なんて出来ないから、結構不便な生活で大変らしいけど、それはそれでいいのかもしれないわね」

「そんな事、……してたん、だ」

 信じられない、と瑞鳳。

「そういう事よ。……みんなも、それがどういう気持ちかわかると思うから、ね?」

「ああ、わかった」

 艦隊が解体され、僚艦と離れ離れになった失意。……そして、それ以前、守りたかった娘を守れず、目の前で沈めてしまった無力感。

 きっと、この基地にいる皆はそんな、辛いものを抱えているのだろう。

 秘書艦殿は、透明に微笑む。

「それでも、…………いえ、だからこそ、ね。だからこそ、見てもらった通りここにいるみんなは必死に生きてる。

 辛い過去よりも楽しい今を生きようと頑張ってる。民を護るなんてそんな理想に縋って、失意を振り払いながら必死で戦ってる。だから、同情はいらないわ。けど、そういうところ、だっていうのは知っておいてね」

 頷く。と、扉が開いた。

「おやあ、長門君たちかあ。……ふむう? お話しているみたいだなあ。

 ありがとうなあ。雷君、鹿島君」

 集まっている私たちを見て提督はのんびりと手を上げる。秘書艦殿は胸を張って「ええっ、ばっちりやっておいたわっ! しれーかんがお口を挟むことなんて何もないんだからっ!」

「そうかあ、…………私は、なぜここにいるんだろうなあ」

「しれーかんがここに存在する価値なんて何一つないわよっ!」

「私は、…………無価値なのかあ」

「そ、それはちょっと直接的すぎるような」

 いやな結論に達して天井を見る提督。

「しれーかんは、無価値じゃないわ」

 対して、秘書艦殿は重々しく口を開いた。びしっ! と、指を突き付けて、

「見苦しいおでぶさんなおっさんだもの、むしろマイナスよっ!」

「そこで追撃するのかっ?」

 炸裂する舌鋒に春風と初月が慄いている。提督は「ふむん?」と首を傾げて、

「それじゃあ、私はもうちょっと部屋を出てるよお。

 長門君たちも、ごめんなあ、呼んでおいてほとんどお話しなくてなあ」

 そそくさと部屋を出た。「しれー、お仕事忙しいの?」

 どこか急いた仕草に時津風は首を傾げる。鹿島は困ったような表情で、

「ええ、その、予備艦の秋津洲さんが、ちょっと不調を重ねちゃってね。

 実戦配備の自信を無くしちゃったから、どうすればいいかわからなくて相談に来たのよ。ちょっと前に」

「あ、そうなんだ」

「お忙しいところに来てしまいましたか?」

 春風が問いに鹿島は困ったように頷く。

「秋津洲さんも、結構思いつめちゃって、事前連絡に気が回らなかったみたいなの。

 本来ならよくない事だけど、だからって追い返すと、……その、秋津洲さんにも辛いから、代わりに私と秘書艦さんが引き受けるように頼まれたの」

「それなら仕方ありません。むしろ、秋津洲さんを優先していただける司令官様は、ありがたいお人ですね」

 同感だな。

 

 どこに行こうか、私たちの部屋で地図を広げてみる。

「こうして改めてみると広いよねー」

「そうだな。それに、伊島に加えて前島や棚子島もか。……まあ、こっちはちょっと特殊なところ、のようだけど」

「司令官様の配慮は適切と思います。

 わたくしも、……その、どうお声をかけていいかわかりませんし」

 春風は困ったように呟く。「そうだね」と、瑞鳳も頷いて、

「けど、避けてばっかりってわけにもいかないし、いずれ、行けるようになりたいね」

「朝、少し提督からその話を聞いた。

 まだ僕たちの事を信用していないから、らしい。ちゃんと信用されるようになれば、向こうに行く許可も出るかもしれない」

「そうだな」

 提督の事だ。不必要な言葉の選択ではなく、ちゃんと意味があっての言葉だろう。

 信用されていけば、いずれ多くの事が出来るようになる。それは、嬉しいな。

「朝?」

「ああ、たまたま早起きしたから長門さんと散策をしていたんだ。

 運動場で提督や、何人かの艦娘がいた」

「えーっ、なにそれーっ! あたしも誘ってよーっ!」

 時津風は不満そうだ。と言われてもな。

「そうですね。皆様とお話しできる機会があれば、わたくしも行ってみたかったです」

「…………わかった。わかった。明日、朝に声をかける」

 春風からも非難の視線を向けられて両手を上げた。

 もっとも、私もその気持ちはわかる。非難は、仕方ないか。

 ああ、そうだ。

「以前にも朝に散策をして、その時に話を聞いたのだがな。

 秘書次艦たちは0500からすでに仕事に取り掛かっているらしい。提督や秘書艦殿に至っては0400だ。無理に早起きをして生活のサイクルを乱し、結果として不調になったでは本末転倒だが。そうならないように少しずつ早起きを意識するのはいい事だと思う。

 周りにつられて余計な事をするな、とは提督から命令をされているが、意識するくらいなら問題はないだろう」

「あ、あたし早起き得意っ」

 ……なんとなく、そういうイメージあるな。

「それいいかも。みんなの朝ご飯作ったりとかっ」

「あら? それは散策と迷いますね」

 瑞鳳の提案に春風もくすくすと笑って頷く。もちろん、私はどちらもいいと思う。

「そうだな、間宮の負担もあるし、作ってくれるなら有り難い。

 二人で考えてみてくれるか? 出来る限り私も手伝おう」

「…………いや、長門さんは外で提督や他の艦娘から話を聞いた方がいいと思う。僕たちとの時間を大切にしてくれるのはありがたいけど、旗艦として、他の艦隊の艦娘と情報交換も必要だ。

 瑞鳳さん、春風、大変なら僕と、時津風が手伝おう」

 初月の提案。……まあ、それもそうだな。……………………いや、大切な事か。

 的を射ている初月の提案を少し残念と思ってしまったが、仕方ない。……いや、みんなと料理をするのも、楽しみだったのだが。

「あたしもっ?」

 で、料理が無理らしい時津風が変な声。初月は彼女の頭を軽く叩いて「これを機会に料理を覚えたらどうだ?」

「そんな、あたしが料理やるなんて、…………んなばかな」

「そんなに苦手なのか?」

 

 さて、あのまま話し込んでいては午前中などあっという間に過ぎてしまいそうだ。なので少し強引にだが話を区切り、まずは地下へ向かってみる。

「どんなのがあるかなー」

「か、カラオケとか、ちょっと興味あるわねっ」

 時津風と瑞鳳は楽しそうに先行する。

「長門さんは、どのようなところに興味ありますか?」

 不意に、春風が問いかけてくる。興味、か。

「そうだな。……訓練とは言わないが、体を動かすところがあれば有り難いな。スポーツとか」

「どちらかといえば運動場ですね。

 皆さん、チームを作ってスポーツをしていたら、参加をしてみるのもよろしいのでは?」

「ああ、そうだな」

 チームでスポーツか。…………これは胸が熱いな。

 地図にある通り階段を下りて地下へ。「そういえば、みんなは来たことはなかったのか?」

 確か、私よりも早くこの基地に着任していたはずだが。

「うん。……その、実は訓練が大変で、あまりそんな余裕はなかったんだ」

「わたくしもです。といっても、わたくしも、ここに来てまだ一週間と経っていませんが」

 二人は苦笑。そうか、訓練か。

 途中でストップがかかってしまったからよくわからないが。やはり大変なのだろうな。

「あたしも、っていうか知らなかった。

 なんでこんなすみーっこの方に階段あるんだろ、気付かないよ」

 時津風の言葉に皆が頷く。一階の、本当に隅っこ、意識して探さないと見つからないような場所にあった。

 不満そうな時津風に瑞鳳は軽く肩をすくめて、

「鹿島さん、継ぎ足したとか言ってたし、その弊害じゃない? 要望があったから付け足したけど場所がなかったから隅っこになっちゃったとか」

「そうかもしれないな」

 ともかく到着。「食堂?」

 下りると広い部屋には丸テーブルが並び、艦娘たちが思い思いの椅子に座り談笑している。

 食堂、……いや、ちょっと違うか?

「あら? 長門さん、と、僚艦の皆さまですわね」

 優雅に紅茶を飲んでいた熊野が視線を向ける。

「ああ、基地内の散策をしている。ついでに、秘書艦殿から何か趣味を見つけておけ、だそうだ」

「ここって、食堂?」

 瑞鳳の問いに熊野は辺りを見て、

「半分はそんな感じですわ。

 ほら、一階の食堂も広いけど、場合によっては百人近い艦娘が集まるわけですわよね。それで、入り切れないときもありますわ。

 一応、少し狭いのを我慢すれば入れるようなのですが、それよりはこっちで食事をとる人もいますのよ」

「ああ、それはそれでいいかもな」

「あとは、」熊野はとある一点に視線を投げかけて「お酒目当てですわね。今は閉まっていますけど、夕食後に鳳翔さんとか、お酒を出していますわよ」

「酒か」

 遅くなるつもりはないが。……いや、少し飲んでみようかな。

「千歳さんとか、凝り性な娘が集まって提督に飲んでもらう理想のカクテルを作るんだとか。いろいろ試してましたわねえ」

「提督もお酒飲むの?」

「土曜日の夜に、夕食後少し飲みに来ますわ。寝酒らしいですわね。

 ただ、酔うほどは飲みませんわよ。千歳さんや那智さんが勧めても巧く避けて帰ってしまうそうで、残念がっていましたわ」

「提督とお酒かあ。…………うーん、……うん?」

 なぜか首を捻る瑞鳳。熊野は楽しそうに笑って「一緒に飲みたいっていうよりは提督に気分転換してほしい、という事ですわね。あれでお仕事も大変なわけですし」

「ああ、そうだな」

 酒癖とか、想像もしたくないが、とはいえ激務をこなしているのは事実だろう。

「あと、」つい、と熊野は部屋の周囲を示して「扉、いくつかありますでしょう? カラオケルームとか、卓球台とか、家庭用のゲーム機を集めた部屋とか、なんとなく趣味で持ち込んだものを詰め込んだ部屋とかがありますわ。ここにあるものは自由に使っていい事になっていますし、趣味を見つけるにはいいかもしれませんわね」

「ここからいけるのですね」

「ええ、前に卓球で熱戦を繰り広げてここでぐったりしている娘たちがいましたわ。

 あとは、歌いすぎて酸欠気味でぐったりしている娘とか、……食堂というよりは休憩所みたいなところですわね」

 カラオケか。

「そういえば、大型テレビを持ち込んでアニメや映画の観賞会とかしていますわ。

 チャンネルの奪い合いに発展する事もありますわね。……まあ、それを楽しんでる娘もいますが」

「大型テレビ、そんなものまであるのかっ?」

 驚いた。が、熊野は苦笑。

「いえ、もともとは元帥さんのものらしいですわね。それに、元帥さんも貰い物と言っていましたわ。

 立場としては偉い人ですもの、そういう物ももらったりするみたいですわね。誰から、なんて不躾な事は聞きませんでしたが」

「え? 熊野って、元帥と知り合いなの?」

 時津風が目を見張る。それは確かに、驚くべき事だな。

「ええ、…………そうですわね。たまに、遊びに来ますわ。

 元帥さんと提督は友人でもありますのよ。前にいい歳したおっさんが部屋の隅っこで顔を突き合わせて女の子との接し方を真面目に議論していたとか、鳳翔さんがものすごい微妙な笑顔をしていましたわ」

「…………それは、出口あるの?」

 瑞鳳の問いに熊野はけらけら笑って「場の空気が微妙になるだけでしたわねっ。ほんと、仕方のない二人ですわっ、……と、まあ、そういう場所ですわ」

 ふと、熊野は壁に掛けられた時計に視線を向ける。

「待ち合わせか?」

「ええ、鹿島さんが、情報の整理方法について相談をしたいと。というわけで、これからわたくしたちはお勉強ですわ」

 用事があるのか、なら、長話も出来ないか。

「あの、熊野さん。元帥様の事。個人的にもご存じなのですか?」

 そういえば、……ふと、先の会話を思い出す。

 仕方のない二人、困ったような笑顔で熊野は元帥と提督を評した。熊野も艦娘、軍属だ。見覚えがある、という程度なら軍部の最上位に位置する元帥をそんな風に評する事はないだろう。

 春風の問いに熊野は頷き、

「ええ、そうですわよ。

 解体を命じられたわたくしは元帥さんに命を拾われた。いわば恩人ですのよ。ここを紹介してくれたことも含めて、とても、とても、感謝していますわ。もっともっ、提督とは違ってお仕事はからっきしなので、尊敬は、ぜんっ、ぜん、出来ませんけどねっ!」

 楽しそうに、笑った。

 

 熊野の言う通り、いろいろな部屋があった。カラオケルームでは球磨と多摩がくまくまにゃーにゃー歌だかわからない歌を歌って北上がタンバリンを適当に叩いて大井がゆらゆら死んだような目で揺れていた。木曽は動かなかった。

 卓球台では秋月と照月が真剣な表情で高速のラリーを続けていた。あまりにも真剣な様子に初月は引きながら話しかけたが、どうも、対空射撃には反射神経が重要らしい。卓球で訓練になるのかは不思議だが初月は「さすが姉さんだ」と、感心していたので、防空駆逐艦としては正しいのかもしれない。後日参加をする約束をして部屋を出る。

 大型テレビのある部屋ではアイドルの娘がヒロインらしいアニメをやっていた。那珂が真剣な表情で衣装の評論をしている。

「みんな楽しそうだねー」

 時津風が不意に口を開く。「そうだねー」と、瑞鳳も頷く。

 楽しそう、そうだな。みんな、楽しそうに遊んでいた。……だからこそ、秘書艦殿の言葉を強く意識する。

 捨てられた、居場所を失った娘達。熊野もそれは同じだった。解体を命じられた、と。言っていたのだから。

 ああ、だから。

「遊ぶことにも、戦う事にも真剣に向き合っているのだろうな。

 趣味は見つけられそうか?」

「あたしゲームやりたいっ!」

 ばっ、と手を上げる時津風。ああ、そうだな。ゲームに見入り、一緒にやろうと誘った娘に、あとで、と返していたな。

「卓球か、……反射神経。…………いや、確かにあの時の姉さんたちの動きは凄かった。

 うん、これはやるべきだな」

「卓球ってそういうスポーツじゃないと思うんだけど」

 で、真面目な表情で頷く初月。瑞鳳には同感だ。

「姉と遊ぶのはいい事だな」

 姉妹艦として交流を持つのはいい事だろう。……私も、陸奥と何か共有できそうな趣味を探してみるか。

 



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十四話

 

 地下を出る。次に行ってみるのは、

「プール、か。……まだ、時期は早い気もするけど」

「……あたし、水着持ってないっ!」

「買えるのか?」

 思い出したように愕然とする時津風に初月は首を傾げる。

「うーん? ……けど、プールがあって使用禁止って事はないと思うんだけど、…………まさか、提督が一人で使ってる、とか」

 ……………………なんとなく、あの達磨体型でぽかんと水面に浮かぶ提督を想像してしまった。横で時津風が噴き出したので似たようなことを考えたのかもしれない。

「……あ、あの、それはさすがに、…………ええと、寂しすぎるのでは?」

「そ、それが本当なら、どうしよう。い、一緒に行った方がいいのか? ……いや、…………それは、いやだな」

 あまりにも寂しい光景を想像したらしい春風と初月は沈鬱な表情をする。瑞鳳は「ごめん」と曖昧な表情で謝った。

「あ、あとは屋内運動場もあるみたいね」

「ここは、元は学校か何かだったのかもしれないな」

 深海棲艦が発生する前、この島にも人がいたときなら学校も必要だろう。プールや屋内運動場はその時の名残りなのかもしれない。

「そうかもね」

 ともかく、今は初夏、時期がらか、無暗に広大なプールには誰もいないし水もない。それでもまったく使われていないという感じもしない。

 それなりに落ち葉などがあるが、大きなひび割れや目立った老朽化はない。シーズン前に一度大掃除して使うのだろう。

 少し、楽しみだ。水泳などした事はないが泳いだりするのは気持ちいいと思う。……もっとも、水着をどうするかはわからないが。

 機会があったら阿武隈か、鹿島に聞いてみようか。

 と、

「あっ、長門さんっ」

「ん、……あ、榛名か」

「はいっ、こんにちわっ」

「ああ、こんにちわ」

「長門、知り合い?」

「ああ、ここに来た初日だけだったが、同じ部屋だった」

「はいっ、第一の二艦隊、榛名ですっ!

 ええと、長門さんの僚艦、ですねっ」

「うん、よろしく」

 瑞鳳達とも握手を交わし、……苦笑。

「すまないな。私の都合で部屋を離れておきながら、なかなか挨拶が出来なくて」

 一緒の部屋だった時も夜間警戒で部屋にはいなかった。初日で疲れもあるだろうからと早めに寝るようにと彼女に言われ、結局、あまり話も出来なかったな。

「いえ、それは仕方ありません」

 榛名も困ったように微笑み頷く。けど、程なく彼女は拳を握って、

「皆さんは基地内を散策しているのですよねっ、よければ榛名、お付き合いしますっ」

「いいのか? それなら助かるが」

 先輩に話を聞きながらの方がいいだろう。が、榛名は主力艦隊の一員でもある。無理はさせられない。

「はい、大丈夫ですっ」

「じゃあ、榛名にしつもーんっ」

 さっそく時津風は手を挙げた。榛名は胸を張って「どんとこい、ですっ」

「このプールって使ってるの?」

 というわけで示すプール。榛名は頷く。

「はいっ、時間の空いた娘達で大掃除をしてお休みの日にみんなでプール開きをします。

 それ以降は、全身運動として水泳の訓練をしたり、プールが空いている時間は自由に遊んでいい事になっていますっ」

「水着はあるの?」

 続く瑞鳳の問いに、榛名は、不意に不思議そうに首を傾げて、ぽんっ、と。

「そっか、皆さん、新人さんなのですね。

 この基地では提督からお給料を頂けるのです。新人さんは、その、まだ多くはもらえないと思いますけど、買えない事はないと思います」

「お、お給料、……そんなものがあるのか」

 愕然と呟く初月。ただ、確かにそれは驚くべき事だ。

 提督によっては艦娘を道具としてしか扱っていない。そうした者もいる中でこれだけの待遇で迎えてくれるだけでなく、給料まで払ってくれるとは。

 驚く私たちに榛名は胸を張って「はいっ、これも提督のご厚意ですっ、とてもありがたい事ですっ」

「そうだね」

 瑞鳳も感心したように呟き、榛名は嬉しそうに、

「その時は皆で提督を太っ腹と讃えますっ」

「……………………あ、うん、そうだね」

 確かに太っ腹だ。物理的にも、

「司令官様も泳がれるのですか?」

「いえっ、提督は脂っぽいので入ってほしくありませんっ」

「……あ、はい?」

 胸を張って断言する。……なんというか、榛名の言葉には迷いがないから説得力があるな。それでいいのかはわからないが。

「あ、新人さんは水着とか持ってないのですよね。でしたら、機会があれば水着を買いに行きましょうっ!」

「うんっ、可愛いの探さないとねっ、あたし楽しみーっ」

「私もっ、泳ぐの楽しいかなっ」

「はいっ、とても楽しいですっ」

 笑顔で断言する榛名。と、

「そうだ。榛名、みんなでスポーツをしているとか話は聞いた事はないか?

 もしあれば私も参加をしたい」

「スポーツですか? 島風ちゃんとかがそこらへんを走り回ったり、みんなでツーリングに行ったり、秘書艦さんがサンドバッグでアークドライブの練習をするのとは違いますか?」

「……ええと、何でしょうか? あーくどらいぶ、……って」

 恐る恐る問う春風に榛名は変わらぬ笑顔。朗らかな笑顔というよりは、笑顔のまま硬直したという感じで、答えはない。何か不吉な返答を警戒し春風は「いえ、なんでもありません」と、視線を背けた。

「あとは、ええと、体育館で、ばすけっと? でしたっけ? 何回ゴールできるかを競ったりしていた娘もいます。

 それでは、次は体育館に行ってみますか?」

「よろしくーっ」

 両手を上げる時津風。私たちも異論はない。頷いた。

 

「はい、ここは元々学校でした。

 提督は中将としてここを任されたおり、榛名たち艦娘への便宜として基地としての施設、いわゆる本部の設置と同時に艦娘の居住場所として学校を改築したらしいのです。

 生活は好適な環境を維持した方がいいという提督の方針で、足りないところは自分のお金を使ってまで住みよい環境を作っていただけたらしいのですっ」

「おー、しれーやるじゃんっ」

「うん、そういうの有り難いね」

 拍手する時津風と感心する瑞鳳。自分のお金、か。

「わたくしも、有り難いと思いますが。

 その、……司令官様にはお気遣いをしていただいてばかりで、申し訳ないですね」

「うん、僕もそう思う。艦娘として戦果で恩に報いたい。けど、実戦に出れないのは、もどかしいな」

「そうだな、だが、焦ってもいい事はない。何か恩返しする方法も考えてみよう。

 プール掃除があるといっていたがまずは皆で参加してみるか? 遠回りかもしれないが、それも基地のためにはなるだろう」

 主力艦隊が気分転換出来る環境を整える、というのも一つの貢献だろう。……かつての連合艦隊旗艦の栄光から見れば細やかすぎるが。それでも、出来る事はやっていきたい。

「そうですね。わたくしも、司令官様にお菓子を差し入れさせていただきますっ!」

 むんっ、と拳を握る春風。榛名は、ぱあっ、と表情を明るくして、

「春風ちゃん、お菓子を作ったりするの?」

 榛名の問いに春風は困ったように苦笑。

「あ、いえ、お菓子作りは、やったことありませんが、お料理は出来ます。

 鹿島さんに、一緒にお菓子を作って司令官様に差し入れを、と誘われております」

「はいっ、榛名も一緒に作りますっ! 一緒に美味しいものをたくさん作りましょうっ」

「よろしくお願いしますっ」

 手に手を取り合ってにっこりと笑顔の二人。……作りすぎにはならないだろうな? 前に、それで提督が吊るされたらしいのだが。

「それと、初月ちゃんと同じように思っている娘は多くて、お掃除や食堂で間宮さんたちのお手伝いをしたりしています。

 最初は当番制だったのですけど、」

 不意に、榛名は頬を膨らませる。

「提督はお優しい方ですが、意地悪なところもあります。

 食堂のお手伝いとかお掃除とか最初は当番を決めて、あとは自主的なお手伝いだったのですが、当番制は必要ないなあ、とか言って当番表を捨てちゃったんです。

 それで、最初の方はお手伝いする娘が多すぎて調理場が混雑しちゃったりで大変でした」

「ああ、そうかもな」

「手伝いも、タイミングを見計らってか、……出来る事はやりたいけど、一筋縄ではいかないな」

 初月が難しい表情で呟く。

「どんなこと、お手伝いできるかも考えないとね。ドッグ掃除してたら入渠が必要な娘が来たとか困るし」

「む、それもそうだな」

 ありがた迷惑になってしまう事もあるだろう。とはいえ、これだけ世話になっていながら何もしないというのも気が引ける。

「提督も意地が悪いな。当番表があればどんな手伝いが出来るか参考にしたのに」

 初月が口をとがらせる。同感だ。

「そうですね。それに、資材置き場とか勝手に整理すると山風ちゃんが不機嫌になって提督がパイプでお腹を突かれたり熊野さんに蹴飛ばされたりするので、各艦隊が管理している場所は事前に相談した方がいいところもあります。

 ええと、長門さんたちは第三艦隊なので、金剛姉さまにお話を聞くのがいいと思います」

「そうだな、先輩から話を聞いてみよう」

 確か、提督から阿武隈とは出来るだけ言葉を交わすように命じられている。かつての連合艦隊旗艦という事で無用の遠慮をされるのもよくはないだろう。

 民を護る、そんなかつて果たせなかった悲願を果たせるなら、どのような雑用でも喜んで引き受けるつもりだから。

 

 屋内運動場、……まあ、体育館か、

 そこで、

「おどりゃぁあっ!」

 ハーフパンツにシャツという格好の浦風がバスケットボールを投擲。見事に決めていた。シュートではなく投擲だった。それで決められるのだから凄いな。

「いよっしゃぁあっ!」

「つっ、……外しましたか。

 何か落ち度が? ……いえ、不知火のシュートは完璧だったはず。のわっち、どこか問題はありましたか?」

「なんで不知火にまでのわっち呼ばわり? もうちょっと強く投げたらどうですか? 手前側のリングに弾かれてましたし」

「おどりゃぁあっ!」

「やったでー、入ったわー、と、不知火は気にしすぎや、もーちょい気ー抜いて投げればえーんや」

「むう、……力加減の調整というのも難しいですね。というか、黒潮とのわっちのアドバイスが矛盾しています。

 不知火はどう投げればいいのですか?」

「おどりゃぁあっ!」

「…………だから、気にしすぎや、あっちが調整しとるように見えんの? うちには全力投擲に見えるで」

「なぜでしょうか、不知火は悔しいです。のわっち。教授してください」

「だから、……おや?」

「おーう、時津風じゃなっ」

「みんなーっ」

 陽炎型か、手を振る時津風に不知火と黒潮、浦風と野分が駆け寄ってきた。

「どうしたん? 遊びに来たんっ? ええよっ、一緒にあそぼっ」

「時津風、のわっちのアドバイスでは限界があります。

 協力してください」

「不知火は負けず嫌いやねー

 えーやん、遊びなんやからそんな気ーはらんでも」

「いえ、陽炎なきあと、不知火は姉として妹どもに負けるわけにはいきません」

「不知火、陽炎死んでないです。ちゃんと武内少将のところで頑張ってます。

 あっちで夕雲さんと親友になって、今は冷戦状態で間に挟まれた秋雲が全力泣きしたって手紙届いたじゃないですか。あと、妹どもは止めてください。のわっちも止めてください」

「うっしっ! 次はのわっちと勝負じゃっ!」

「いやいや、そーじゃなくてっ」

 際限なく盛り上がっていく姉妹を時津風は適当に制して、

「ちょっと前に新しい艦隊結成したから、みんなで見て回ってるの。

 ほら、あたしも含めてみんな新人さんだからっ」

「お、新規艦隊に編入されたんねえ、ぶちめでたいけえね、今度お祝いじゃ。

 のわっち、いろいろ頼むよっ」

「頑張ってなー、時津風、応援してるでー

 のわっち、準備よろしゅーなー」

「ちっ」

「って、全部野分ですかっ? それと不知火、舌打ちやめてください」

「不知火より先に新規の艦隊に編入されるとは妬ましい限りです。

 それはそれとして他の妹どもにも声をかけてお祝いしましょう。のわっち、出番です」

「なんで全部野分が押し付けられるんですか。それとのわっちやめろ姉ども」

「わ、わっ、ありがとうっ! のわっち、あたしお菓子一杯食べたいっ」

 両手をあげて喜ぶ時津風。こうして祝ってくれる者がいるというのは、いい事だな。

「準備が整ったら連絡をします。妹がお世話になりますので、その時は、是非改めて挨拶をさせてください」

 ぺこり、不知火が頭を下げる。

「わかった。楽しみにしている」

 そういわれたら断る事も出来ないな。

「だ、そうですのわっち」

「長門さんは戦艦さんじゃけえ、のわっち、お菓子たくさん買わなあかんよ」

「のわっちがんばりやー」

「割り勘ですよ姉ども」

「そうと決まれば今度のおやすみにお買い物に行きましょう。

 徹底的に追い詰めてやるわ」

「なにをっ? 何を追い詰めるんですかっ?」

「妹どもの財布」

「ウチもか~?」「うちもっ?」

「わっ、わっ、ありがとうみんなっ」

「時津風もです」

「あたしもっ?」

 愕然と応じる時津風。不知火は不敵に笑う。

「大丈夫です時津風。不知火は時津風がまだお給料をもらってなくてお金がない事も把握しています。

 不知火に落ち度はありません。ちゃんと請求書を書いておきます」

「あるよっ、かなりあるよ業突く張りっ! けち姉っ! あたし払わないからねっ」

「ふっ、そんな事で、不知火は沈まないわ。沈むのはのわっちの財布よ」

「その時は、姉妹みんなで、一緒に沈んでいきましょう」

「そうやなー、その時は皆道連れや。

 時津風、後は頼んだでー」

「時津風、沈むうちらには構わんでええよ。……お菓子、美味しく食べてなあ。姉の幸せが妹の幸せじゃけん。それは、沈むときも変わらんよ」

「なんでお祝いなのにそんなお葬式みたいになってるの?」

「というわけで姉である不知火がただでお菓子を食べる幸せのために、沈め。浦風の財布」

「そうやあー、姉の幸せが妹の幸せやねー

 なあ浦風、お姉ちゃん、ただでお菓子を食べられると幸せやー」

「やったーっ、あたし、ただでお菓子を食べて幸せになって浦風の幸せに貢献するねっ」

「なん、じゃと?」

「あ、野分の幸せは野分がお菓子を食べられることですので、浦風は姉の幸せに一人で貢献して一人で沈んでください」

「……この姉妹ども、……ぶち腹立つのう」

「…………あ、あの、そこまで大事にしていただかなくとも」

 おろおろと春風。同感だ、頼むから祝の席で勝手に姉妹の仲を引き裂ないで欲しい。居心地悪い。

「か、陽炎型凄いな」

 初月がどん引きしていた。

 ふと、

「陽炎もいたのか?」

「はい、先々月前までいました。

 司令の部下である武内少将の所が人手不足という事で、陽炎と秋雲はそちらに向かいました。

 その時はこの基地に着任していた陽炎型のみんなで勝手に二階級特進のお祝いをしたら、喧嘩になりましたが」

「懐かしいね、浜風とのわっちが半泣きで喧嘩を止めようとしてたけん、あの場で不貞寝できる天津風は意外と図太いけえ」

「そうでしたね。浦風は谷風の飛び蹴りに対して磯風を盾にしたら盾と喧嘩を始めましたね。クロスカウンターに見応えがあったことは認めます。

 秋雲は来ないし」

「秋雲だったら喧嘩の真っ最中に遅れて来て黙って回れ右しとったよ」

「…………あたし、陽炎型としてやっていけるかな?」

「いや、……というか、それはそれで大丈夫だったのか?」

「いえ、だめです。

 秘書艦さんのアークドライブで沈められました。止めようとしていたのわっちたちも含め、全員まとめてアークドライブフィニッシュです。事情を聴いた司令は仲がいいと笑っていたそうです」

「私、どこに突っ込めばいいんだろ」

 瑞鳳が遠い目をする。不知火は頷いて初月の肩を叩く。

「初月、大丈夫です。姉妹艦が三人なら膠着です。春風も、ここにはまだ神風しか着任していません。タイマンです」

「神風お姉様はいらっしゃるのですかっ? というか喧嘩なんてしませんっ」

「だ、大丈夫、大丈夫だ。

 秋月姉さんも、照月姉さんも、……だ、大丈夫なはずだ。うん」

「初月、春風、あのね。……あたしも、…………今までそう思ってたんだ」

 遠い目をする時津風に初月と春風が慄く。

「……榛名、金剛型は大丈夫か?」

「はいっ、大丈夫ですっ! 榛名たちは仲良し姉妹ですっ! …………霧島が着任したとき、この平お、……膠着状態も終わるのですね」

「大丈夫なのかそれはっ?」

 



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十五話

 

 あれから、浦風に誘われて体育館で一緒に遊んで昼食となった。基本的には姉妹艦らしく仲がいいが、なぜか突発的に険悪になるので非常にハラハラした。どうしてああなったのだろうか?

 曰く、長姉である陽炎がいたときはもうちょっと和やかだが険悪になれば即打撃の応酬らしい。本当にどうしてああなったのだろうか?

 とはいえ、皆で体を動かして遊ぶ事は楽しかった。時間が取れたら島の探検がてらツーリングに行こうと話をして、榛名や不知火たちと別れ、食堂へ。まだ、昼時には早い時間だからか席は空いている。厨房には何人かの艦娘がぱたぱたと調理をしている。

「席は、と」

「んー」

 私と時津風は食堂内を見渡す。五席、適当な席を見つけて腰を下ろす。昼食は春風と瑞鳳が作ってくれていたようだ。今は初月も含めて三人で取りに行っている。先に席の確保を頼まれたが、必要なかったな。

「それで、午後からは訓練についてだね」

「ああ、どんな訓練を行うかはまだわからないが、意識合わせはしておいた方がいいだろう。

 秘書艦殿からもある程度連携をとれるようにと言われているからな」

「ま、それもそうだねっ」

 時津風は笑顔で頷く。……と。

「熊野」

「んあ? あ、ほんとだ」

 熊野と鹿島か、そういえば勉強するとか言っていたな。「……神風?」

 熊野に次いで現れたのは神風か。

 どんな話をしていたのだろうな。

 第二艦隊、……一人一人が提督に相応する管理能力を持つ、か。

 と、こちらに気づいたらしい熊野は神風に何か目配せし、神風が慌てた様子でこちらに視線を向ける。……そういえば、神風、春風の姉にあたるのか。

「あ、そういえば神風って春風のお姉さんなんだよね? ……タイマンはるのかな?」

「…………いや、それはないと思う」

 というか、あの春風が打撃を繰り広げるところは見たくない。私の僚艦は平穏であって欲しい。提督や僚艦を打撃するようにはなって欲しくない。ともかく三人はいくつか話をし、鹿島は苦笑して頷き、

「ここ、よろしくて?」

「こんにちわ」

「ああ。あと、春風たちも来るが、大丈夫だろう」

 まだ人は少ない。三人追加しても集まって座れる。

「そう、春風は長門さんの艦隊の」

「そうだ。といっても私も新人だ。いろいろ助けてもらう事も多いだろう」

「今回もお弁当作ってもら、……あ、春風ーっ」

 時津風は出入り口の方に向かって手を振る。神風は振り返り、春風は目を見開いて動きを止めた。

 とん、と瑞鳳がそんな彼女の背を押してこちらへ。初月も続く。

「神風お姉様っ」

「春風っ」

 神風も立ち上がり、二人は手を取り合って嬉しそうに笑顔を交わした。

 

「第二の一、……でしたか」

「ええ、そうよ」

 神風の所属は第二の一艦隊、熊野や山風の僚艦。そして、この基地の生命線、か。

「凄いですっ、神風お姉様っ」

 きらきらする春風。けど、神風はどこか苦い笑み。

「旧型はね。スペックだけじゃあ勝負にならないわ。

 けど、それでも出来る事はある。結局、私たちはそれを考えて突き詰めるしかないのよ」

「で、至ったところがここですわね。……と、鹿島さんも来ましたわ」

「はい、神風さん、熊野さん」

 昼食のサンドウィッチとおにぎりを持って来た鹿島。サンドウィッチを熊野に、おにぎりを神風に渡す。鹿島はサンドウィッチを前において一息。

「…………はあ」

 椅子に座って、そのままずるずるとへたりこんだ。そんならしくない姿を見て瑞鳳は苦笑。

「お疲れ?」

「覚悟はしていたし、解っていたつもりなのだけどね。やっぱり、難しいわ」

「勉強だっけ?」

「ええ、情報整理と傾向の把握についてね。

 提督さんに相談をしたら、熊野さんが詳しいと聞いたのでご教授願ったのよ」

「秋津洲か?」

 確か、朝に執務室に行ったとき、提督は彼女と話をしていたと聞いている。訓練の成果が落ちた、とか。

 練習巡洋艦としては気になるのかもしれない。

「ええ、そうよ。

 秘書次艦として、訓練の事、いろいろ任されることが多いのだけど、秋津洲さんの成果について見落としていたわ。……いえ、落ち気味なのはわかってたのだけど。一時的なものと見過ごしていたのね。

 熊野さんに教えてもらって、期間広げて見てみたら確かに思ったよりも伸び悩んでて、それで秋津洲さんも結構気にしていたみたいね。

 ええ、確かにそれで見たら悩む気持ちも分かるわ」

 はあ、と溜息。

「私が、……気付かないといけない事、なのに」

 ずーんとへこむ鹿島。

「ま、これからは数字だけじゃなくてグラフも使う事ですわ。それなら一目瞭然ですもの」

 ひらひらと軽く手を振って熊野。

「熊野詳しいんだ」

「ええ、数字と睨めっこなんてお洒落な重巡のやる事ではありませんわ。

 一目見て、直感的に判断、即把握、基本ですのよ?」

「…………提督さん、お洒落じゃない練習巡洋艦でごめんなさい」

 どや顔の熊野とずるずるとへたりこむ鹿島。

「提督に怒られたの?」

 瑞鳳の問いにずーんとした表情のまま鹿島が顔を上げた。

「いえ、秋津洲君には悪い事をしたなあ、って言っていただけよ。

 一応、結果を見て方向性を判断するのは提督さんの仕事、……なのだけど、」

 溜息。

「その結果の整理を怠ったのは私だし、…………提督さんに任された事もちゃんと出来ないなんて、……はあ」

「思いつめすぎるのは鹿島さんの悪い癖だと思うわ」

 で、そんな鹿島を神風は困ったように見て呟く。

「解っているのだけど、ね」

「ま、気持ちはわかるけどねー」

 時津風も、そんな鹿島を見て眉尻を下げて応じ、神風も苦笑。

「ええ、そうよね。

 私も、役立たずの旧型艦、なんて言われて捨てられたところを拾ってくれたわけだし、その恩には報いたい。っていう気持ちはわかるわ」

「ま、気長にやる事ですわね。いろいろ教えたつもりですけど、それはあくまでもわたくしのやり方ですわ。

 一先ずはそれで整理は出来るでしょうけど、自分なりのやり方はちゃんと見つけなければなりませんわ。一朝一夕で身につくものでもありませんのよ」

 ひらひらと軽く手を振って熊野。鹿島は眉尻を下げた微笑で、「ええ、ありがとう。いろいろ考えてみるわ」

「考えるのはいいけど無理はしないでね」

 神風の言葉に鹿島は頷く。

「あの、神風お姉様」

「ん?」

「神風お姉様、第二の一艦隊とは、その、……難しい、のですか?」

「漠然とした問いね」

 言葉を探しながらの問いに、神風は苦笑。

「けど、そうね。難しいわよ。自分だけじゃなくて基地全体の状況を把握し続けて、それをどうすれば維持できるように考えないとならないのだから。

 それも、今日明日だけで済む話じゃないわ。一週間は見通せないといけない。可能なら一月先まで判断したいわね。……まだ、私じゃそこまでは見通せないわ。漠然とした傾向を予想できるだけ、残念だけど」

「わたくしも、……教えていただくことはできますか?」

「春風?」

 初月は不思議そうに春風に視線を向ける。彼女は困ったように微笑んで、

「わたくしも、旧型で、防空駆逐艦である初月さんや、戦争で主力を担った陽炎型の時津風さんには性能では及びません。

 なので、同じ神風型駆逐艦でありながら、これほどの基地で主力の一翼を担う神風お姉様から旧型でもお役に立てる方法を学べればと」

「そう、……といっても、春風のいる艦隊がどういう性格なのか」

「第三艦隊の予備艦隊だ。前線でのかく乱や雷撃と、長距離支援砲撃による即応艦隊だな」

「面白そうな艦隊ですわね。ただ、運用はいろいろ出来そうでも、各艦の性格を把握していないと大変そうですが」

「それはきちんと訓練してもらいます」

 鹿島は、ぐっ、と拳を握って、

「大丈夫ですっ、私がばっちりと訓練メニューを組みますからっ!

 もうっ、提督さんにご面倒をおかけしたりしませんっ」

「ほ、ほどほどにねー」

 むんっ、と気合を入れる鹿島に瑞鳳は恐る恐る呟く。「ふーん?」と神風は首を傾げて、

「まだ試験段階だし、春風。貴女の艦隊で貴女がどういう役割を果たして、どう貢献していくかは私じゃなくて、訓練を通じて僚艦のみんなと決めていく事よ。

 まずはそこから考えていく事ね。それをしないで考えても結局は空論にしかならないわ。ましてや、第三艦隊でもない私に聞かれてもね」

「…………はい」

 しゅん、と春風は肩を落とした。神風は困ったように微笑んで彼女を撫でて、

「気持ちは、わかるわ。

 せっかくの僚艦なのだし、……その、ここにいるっていう事は司令官に拾われた、のよね?」

 恐る恐る、という問いに春風は困ったように頷く。拾われた、か。やはり、彼女も居場所を失ったのだろう。

「はい、……未熟なこの身で急いても、かえって司令官様にご迷惑をかけてしまうとはわかっています。

 けど、それでも、出来る限りご恩を返したく思います」

 ぽつぽつ、と語られる言葉。前にも初月と話したことだが。やはりもどかしさはあるか。

 仕方ない、と思う。捨てられたところを拾われ、これだけ気を遣ってもらいながら艦娘としての本分を果たせずにいるのだから。

 急いてもかえって迷惑をかける。無理をすれば咎められる。……けど、何かしたい、その気持ちは、よくわかる。

 溜息。神風は、不意に視線を背ける。その先には《一日一善》の掛け軸。

「……司令官、こういうこと考えてたのかな」

 ぽつり、意味のとれない言葉。対して、

「おそらくそうですわ。古鷹さんの印象はともかく、提督が本当に無意味な事なんてしないとは思いますわよ」

 熊野も溜息。「神風お姉様?」と首を傾げる春風に、

「春風、この基地の掃除とか、艦娘が、自主的にやってるって話、聞いたことある?」

「あ、はい。榛名さんからお伺いしました」

 頷く。神風は、どこか睨むように《一日一善》の掛け軸を見据えて、

「そうよ。けど、誰がとか、どこをお手伝いするとか、お掃除するとか、そういう当番表は、司令官が捨てちゃったの。

 最初は、あったんだけどね」

「はい、お伺いしております。

 それで、結構混乱があったとか」

「ええ、ありましたわ。お掃除しようとしたらお掃除道具が使われててなにも出来なかったり、食堂のお手伝いに来たらお手伝いしている娘が多すぎてかえって混雑してしまったり、

 あとは、神風さんでしたわね? 第二艦隊が管理している資材庫を自主的に整理したら、あとで山風さんにどこに置いたかわからなくなったとか怒られたり」

「うぐっ、…………ま、まあ、ね」

 意地悪く笑う熊野に神風は気まずそうに視線を逸らす。

「提督、どうしてそんなことしたんだろ」

 瑞鳳が不思議そうに呟く。「たぶんだけどね」と、神風は首を傾げながら、

「そうやって、基地全体の事を把握できるように、だと思うわ。

 誰がどこでどんなことをしているか、今、……例えば、普段料理を手伝っている娘が出撃とかでいないから人手が足りてなさそう、とか。

 あとは、資材保管庫は第二艦隊が頻繁に出入りしてるから、整理のお手伝いが必要と思ったときもまずは第二艦隊の誰かに確認を取ってから、とか。

 こういうのって艦隊運動でも必要でしょ? 手が足りなくて手助けした方がいいところとか、逆に割り込んだら迷惑をかけそうな所とか、そういうのを全体的に見れるようにするための訓練、だと思うわ。当番表とかがあったら、漠然とそれに従うだけだもの」

 溜息。

「もっとも、司令官の真意はわからないけどね」

「私も同意見よ。けど、提督さんは教えてくれないのよねえ。

 提督さんがわざと迷惑をかけるよなことをするとは思えないから、意図があったのだと思うのだけど」

 鹿島も困ったように頷く。

「ま、そういうわけね。春風。

 その、最初の方の混乱で迷惑かけた娘もたくさんいるし、多少の失敗ならそこまで怒られたりしないわ。私もだけど、みんな似たような事やってるもの。

 だから、……そうね、視野を広げる訓練。全体を見通す訓練と思って、意識して基地を見て回ったり、話を聞いたりするといいわ。下手な事をされて迷惑をするのはこっちでもあるし、手伝って欲しい事もある。お手伝いできることあるか聞けば、いろいろ教えてくれるわ。

 そうやって視野を広げていって、艦隊戦では僚艦の手の足りなさそうなところ、逆に敵艦隊の甘そうなところを見つけられるようになったり、出来る、と思うわ」

「わ、……わかりましたっ、神風お姉様っ!

 春風、頑張りますっ!」

 ぎゅっと、神風の手を握る春風。

「うん、あたしもお手伝いとかしたいけど、……大変そうだよねー

 基地広いじゃん? お掃除する場所とかたくさんありそうだし」

 うむむ、と時津風。頷く。

「そうだな、まずは備品がどこにあるかか。

 ぐ、……案内の時にロッカーを開けておけばよかった」

「そんなところまで案内してたら次の日になっちゃうわよ」

 苦笑する鹿島。もっともだ。

「秘書室、に来てね。掃除用具とかがある場所は一覧で作ってあるわ。

 執務室、に行っても無駄よ? 提督さん、持ってないもの。こっちで管理する事じゃないなあ、とか」

「ああ、わかった。あとで顔を出そう」

「あ、もちろん、わたくしたちの監督の下でしたら資材庫の掃除要員は随時募集していますわよ?

 ほら、大型倉庫に詰め込まれていましてね? 運搬や管理も忙しくて、なかなか掃除には手が回らないんですのよ。

 汚れたままなんて言語道断ですけど、どうしても物が多くて、……なので、定期的に第二艦隊で倉庫の掃除をしますのよ。…………物が多くて、移動がとても大変ですわ」

 よほど大変なのだろう。非常にあいまいな表情になる熊野。そして、神風は春風の手を取った。

「春風、お手伝いするところを探しているのねっ! 倉庫のお掃除ねっ、お願いねっ!

 手伝ってくれたら、ご飯、ご飯奢るわっ!」

「か、神風お姉様、あ、……あの、どうしてそんな一生懸命なのですか?」

「いけに、……人身御供が必要なのよっ!」

「せめてもう少しましな言い直しにしてくださいっ!」

 



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十六話

 

 春風と瑞鳳が用意してくれたお弁当はとても美味しそうだ。卵焼きがやたら多いのが気になるが。

「わっ、美味しそうっ!」

「……こ、…………これは、なんて贅沢な」

 両手を上げる時津風の横で初月が慄いている。

「へえ、美味しそうじゃない。

 これ、春風が?」

「はいっ、瑞鳳さんにお手伝いをしていただきながら作りました」

 にっこりと笑顔の春風。けど、

「大体春風が作ってたんだけどね。……料理が上手って羨ましいなー」

「あら、素敵ですわ。

 わたくしも少しご相伴にあずかっても?」

「うふふ、これは期待できるわね」

 嬉しそうな鹿島。「期待?」と、神風が首を傾げて、

「ええ、今度一緒にお料理を作ろうってお話していたのよ。

 提督さんにお菓子も、ね?」

「はいっ」

「へえ、それはいいわね」

 笑顔で応じる神風。と。

「おーうい、そこ空いてるかなあ? 二人分、座っていいかなあ?」

 間延びした声。視線を向ける。案の定、一人は提督と、

「秋津洲さん」

 鹿島は、ぽつり、呟く。提督の後ろには俯く秋津洲。

「珍しいわね。司令官がお昼に食堂に来るなんて」

 そういえば、基本的に昼食は本部、執務室で取っているといっていたな。上官がいると緊張するとか、おでぶさんなおじさんがいると食欲が失せるとか、どの程度本気で言っているのかはわからないが。

「ふむう、今回はちょっと用事があってなあ。

 食事中だが、どうしようかなあ?」

「第二艦隊の最優先は情報ですわ。いいからさっさと吐き出しなさいな? でないと蹴飛ばしますわよ」

 にっこりと笑顔の熊野。提督は「ふむうう?」と、首を傾げて、

「熊野君のヤクザキックは痛いんだよなあ」

「お嬢様キックですわ」

「わかったよお。そうだなあ。鹿島君と神風君、熊野君は聞いておいて欲しいなあ。

 長門君たちは無理にとは言わないよお」

「いや、聞いておこう」

 僚艦に視線を向ける。皆は頷いた。

「そうかあ、…………まあ、面白い話じゃないと思うけど、ごめんなあ。

 ――――さて、鹿島君」

「はいっ」

 不意の呼びかけに、鹿島が反射的に姿勢を正す。じくり、と。凍てついた歯車に圧し潰されるような、悪寒。

「秋津洲君の訓練結果は、改めて、着任当時までさかのぼって目を通した。

 最初の伸び率から比較して中期的にも下落傾向だった。その状態で直近の大きな下落で意気消沈したのだろうが、傾向を早めに掴めていれば回避できた。少なくとも秋津洲君を追い詰める事にはならなかった。訓練の成果をまとめて、留意点を報告をするのは君の仕事だ。そして、見逃したのは君の失敗だ。数字を羅列するだけなら任せる意味はない」

「ひっ、……あ、」

 鹿島の顔が、真っ青になる。ふるふると、怯えるように小刻みに震え、けど、動く事も出来ず、ただ、

「ご、ごめ、……ご、めん、……な、…………さ、い。も、……うしわ、け、…………ご、ざい、ま、せん。

 ご、めん、なさい、ごめん、なさい、ごめ、ん、なさい」

 瞳に涙を浮かべて、色を失った表情で、機械のように言葉を紡ぐ鹿島。なにか、言おうと思う、が。言葉が出ない。体が、歯車に挟まれたように、動かない。

「…………が、」

 しん、とした沈黙の中。音。

「ち、……が、う。……違い、ます。違う、のっ」

 秋津洲は、凍り付いた口を、血を流しながら無理矢理引き剥がすように、口を開く。

「あ、……あたし、あたしが、悪い、のっ! もっと、早く、相談すればよかったっ、あたし、みたいな役立たずが相談に行っても、迷惑をかけるだけだって、邪魔なだけだってっ、そう思って、何も言えなかったっ!

 けど、このままだと、また、捨てられるって、それが、怖くて、……だから、鹿島さんが悪いんじゃ、ないっ!

 だから、あ、あたしは、解体、でも、い、いい、……から、だから、鹿島さん、は、悪くない、からっ!」

 ぽろぽろと、涙をこぼしながら、秋津洲は必死に懇願する。…………微笑。

「ふむう、そうかあ、そうだなあ。それもそうだなあ。秋津洲君が悪いなあ。

 といっても、鹿島君も悪いなあ。熊野君。次の第二艦隊の勉強会は情報整理と、その見方について講習をして欲しいなあ。山風君には私が伝えておくから、熊野君は内容の選定と資料の作成をしなさい。

 鹿島君は熊野君の手伝い、と。第二艦隊の勉強会に参加だなあ。気付いた点、自分に対する改善点をレポートにして作成。雷君と私、秘書次艦のみんなと、第二艦隊のみんなの分だなあ。作成が終わったら熊野君に意見を聞きなさい。

 熊野君のお仕事手伝いと勉強会の参加、レポートの作成は通常業務の時間外、通常業務が重なるようなら業務に支障がないようにやる事、しばらくは残業を覚悟してもらうよお」

「……ええ、了解しましたわ」

「…………あ、はい。……あの、が、んばります。提督、さん」

 恐る恐る話しかける鹿島に提督はのんびりと笑いかけて、

「それに、秋津洲君も悪いなあ。一人で悩むのは良くないなあ。

 長門君たち、新人さんも覚えて欲しいんだけど、一人で悩むとだんだんと自信を無くしてしまうんだよなあ。悪い方向に考えちゃうんだよなあ。

 そうすると、せっかくの自己判断に迷いが出て行動が遅くなるんだよなあ。艦隊行動でそれは致命的だなあ」

「うん、……そうだね」

 時津風は頷く。それは、確かに致命的だ。

 そんな事にならないように訓練を重ねているし、そんな風に悩んでいる艦娘を任務に出したりはしないだろう。けど、もし、仮に出したら、

 それは、場合によっては僚艦さえ巻き込み被害を出しかねない。そして、それがもとでここを突破されたらどうなるか。…………以前、秘書艦殿の言っていた言葉を思い出す。

 数十万人の死傷者。その責務を考えれば、悩みを抱えたままで居続ける事は咎めなければいけないか。

「神風君」

「ええ、なに?」

「秋津洲君だがなあ。第二艦隊での空輸を試験的に考えているんだよお。

 ほら、二式大艇、あれを使った少量でも高速の輸送だなあ。秋津洲君は二式大艇の使い方は上手なんだよお」

「……下手なのは?」

「攻撃全般かなあ」

「了解、護衛艦隊込み、輸送専属の艦として考えてみるわ。

 ただ、もちろんしばらく勉強。必要な資材を即座に届けるための艦隊だから、逐次、……いえ、即時の情報伝達手段も必要になるわね。

 艦隊決戦真っ最中の輸送を前提に組んでみるわ」

「え? ……あの、あたし、…………あの、あたしみたいな、役立たず、が、いて、いい、の?」

 恐る恐る問う秋津洲。対して提督は「ふむん」と首を傾げた。

「秋津洲君が役立たずさんなら、非常に残念ながらこの基地のほとんどは役立たずさんだなあ。……ふむん?」

 ふと、提督は首を傾げる。ゆらゆらと揺れて、

「そもそも、どうして秋津洲君は役立たずさんかなあ?」

 問われて、「へ?」と秋津洲はきょとんとして、

「どう、……って、ええと、…………その、性能が低い、とかかも。

 問題を、ほったらかしにしちゃった。……かも?」

「どうかなあ? 性能が低いのが役立たずさんなら、海に出る事さえできない鹿島君は、秋津洲君以上の役立たずさんだなあ」

 反論の言葉はなく、鹿島は困ったように頷く。

「なかなか相談に来なかった事の事かなあ? それなら全力全霊で空回りし続けた神風君は、……………………困った娘だなあ」

「…………役立たず呼ばわりは、まあ、いいわ。そうだったし、けど、なによ。困った娘って」

 神風はそっぽを向く。けど、彼女も否定はできないらしい。その横で提督はのんびりと一同見渡して、

「そうだなあ。旧型艦の自分にだって出来る事はあるとか奮起して第二艦隊の資材庫を勝手に整理してどや顔してたら、山風君にどこに何があるかわからなくなったとか物凄く怒られてたなあ」

「うぐっ?」

「食堂のお手伝いをするんだとか来てみたら満員で、それでも何かやろうと意地になって残ったはいいけど、どうすればいいかわからずおろおろしてたなあ」

「…………ぐ」

「第二艦隊に配属されたてのころは、頑張りすぎてオーバーワークで次の日の勉強会で寝過ごして、事情を知った鈴谷君に呆れられてたなあ」

「きゃーっ!」

 神風は提督の額に肘を叩き込み突っ伏した。

「懐かしいですわねー、はたから見てると微笑ましかったですわねー」

 そんな神風をにやー、と笑いながらフォローする熊野。そして、程なくのろのろと神風は復活。

「はあ、……台無し。

 けど、そうね。さっきは偉そうに言ったけど、私も春風と同じよ。何か出来ないかって、全力全霊で空回りしてたわ」

「そうだなあ。けどなあ、春風君。

 それでも神風君は、……………………………………………………「フォローするならしなさいよっ! 何なのよ沈黙ってっ!」」

 立ち上がる神風。提督はなぜか大きく頷いて、

「そういう事だよお。ここにいるのは、いろいろ問題のある娘ばっかりなんだよお。だから、今の秋津洲君が役立たずさんだからって捨てることはしないよお。

 もし捨てるようなら、この基地のほとんどの艦娘は捨てないといけないなあ。……もっとも、それを自覚して、なお、何もしないのなら、その時は考えないといけない。けどなあ、」

 提督はのんびりとした視線を秋津洲に向けた。

「鹿島君は悪くない、なんて泣きながら言った秋津洲君が、同じ失敗をするとは思えないからなあ。

 だから、これからは、さっき泣いたことをずっと忘れないようにして、役立たずさんとして役に立てることを考えていきなさい。そのためなら手助けは惜しまないよお。結果として雷君みたいに有能な娘になってくれれば、問題はあっても十分だからなあ」

「は、……はいっ、頑張りますっ」

「ええ、で、いずれ、全力全霊で空回りした神風さんみたいにここでネタにされるんですわね。

 役立たずだー、って大泣きした、って」

「うぐっ、……ず、ずっと引っ張られ続けるのは、恥ずかしい、かも」

 にやー、と笑う熊野に秋津洲はぽつぽつと続ける。提督は頷いて、

「といっても、悩んでいたこともそうだし、もっと早く相談に来れば手を打てたよなあ。秋津洲君の相談が遅くなったから、結果として時間を無駄にしちゃったかもしれないなあ」

「……ご、ごめんなさい、です」

 ぺこり、秋津洲は頭を下げた。

「というわけで秋津洲君も鹿島君同様に残業だなあ。居残り訓練だなあ。

 二式大艇の最高速度と安定速度、第二艦隊の誰かにお願いして資材を借りて、資材毎の最大搭載量と、限界まで搭載した際の最高速度、安定速度の計測。終わったら秋津洲君が想定する輸送中に発生するリスクをリストアップしてもらわないといけないなあ。全部今日中だなあ。明日には報告だなあ」

「へえっ? きょ、今日中ってっ、今日はもうお昼、かも?」

「時間がないか」

 確かに、速度のテストだって一度や二度じゃないだろうし、搭載量だっていろいろなパターンがある。リスクのリストアップは言うに及ばず。

 残業確実。と、その現実に秋津洲は困ったように視線を彷徨わせて、提督は「ふむう」と笑った。

「お風呂も間に合わないかなあ? といっても、おっさんには訓練の後にお風呂に入れない女の子の気持ちは、……わからないなあ」

「あう、…………て、テスト、行ってきますっ、かもっ!」

 慌てて立ち上がる。確かに、間に合わないか。提督は苦笑。

「長門君」懐から千円札一枚取り出して「悪いけど、秋津洲君にお昼ご飯を持って行ってあげて欲しいなあ」

「ああ、わかった」

 私たちも訓練の話をしたいが、そのくらいは構わない。頷く。

「私、スルーされた。……うう、妹の前なのに、春風が着任したって聞いてから、困った娘を卒業してしっかりしたお姉さんになろうって心に決めてたのに」

 で、スルーされて突っ伏しめそめそする神風。熊野は優しく彼女の肩を叩く。

「大丈夫、大丈夫ですわよ。神風さん。

 いいですの、春風さん。貴女のお姉さんはこう見えて、…………………………………………「なんで熊野さんまで乗っかるのよっ!」」

 にこやかな表情のまま沈黙する熊野。神風は声を上げるが、熊野は力強く頷く、たぶん意味はない。

「誰かの役に立ちたい。その思いは素敵な事。けど、むやみに突っ走ると全力全霊で空回りする困った娘になってしまいますわよ?

 一日に十歩進んで九歩下がるのも、一日一歩進むのも、結果としては同じですわ」

「はい、わかりました」

 めそめそする神風を困ったように見ながら春風。熊野は神風を撫でながら「ま、その困った娘が今では第二の一艦隊、どりょ、空回りの成果と妹に胸を張りなさいな」

「そっちっ? …………うぅー、熊野さんが苛める。司令官、何か言ってやってよお」

 めそめそする神風に提督は力強く頷いて、

「部下の失敗に付け込んで残業を強要かあ。悪い上司だなあ。ぱわはらだなあ。……………………雷君には内緒にして欲しいなあ」

 あまり関係のない事を言い出した。「なんで、私、こんな扱いなの?」と、突っ伏す神風を熊野は撫でる。

「まあ、あまり口に出さないようにしよう」

 秘書艦殿に言ったらまた提督が打撃される。あまり、いい事ではないだろう。たぶん。

「体育館でも思ったが、なぜ唐突に攻撃が始まるのだろう」

「そーいえば、なんか、のわっちも集中砲撃受けてたよね。あれ、この基地の伝統か何かなのかな?」

 初月と時津風がこそこそと呟く。熊野は笑顔。

「大丈夫っ、大丈夫ですわっ! 新人さんも、いずれこういう風になっていきますわよっ!

 いいですの? 一艦隊、六艦くらい集まると、大抵一艦は被害担当艦となっていじ、……被害を担当されるのですわ」

「……私たちは、仲良くやっていこうね」

 いい笑顔で親指を立てる熊野に瑞鳳はしんみりと呟く。神風は顔をあげて、

「春風、……私、頑張ってるの。

 ほんとだからね。た、確かに司令官とかから見れば困った娘かもしれないけど、頑張ってるんだから」

 なんとなく必死な神風。春風は「は、……はい」と曖昧に頷き、

「ふむう、……では、熊野君。

 せっかくだから春風君が尊敬できるよう、神風君を讃えようかなあ。何があ「可愛いですわっ!」」

「なによその急展開っ?」

「全力全霊で空回りしているところとか、夜が怖くて部屋に出るとき一緒に来てっておねだりしたところとか、妹にデキるお姉さんアピールしようとして盛大に自爆しているところとか、可愛いですわっ」

「……うわーんっ、熊野さんが苛めるーっ」

「ちなみになあ、春風君。

 これで鈴谷君が加わると、神風君は、…………大変だなあ」

「そういえば春風さんは第二艦隊の勉強会に参加してみたいといっていましたわね。

 ええ、いらっしゃいな。お姉さんの可愛いところがたくさん見れますわよ」

 それでいいのか、と思ったけど、

「はいっ、是非参加をさせていただきますっ」

「どうしてそこでやる気出してるのよっ」

 きらきらと応じる春風。

「だって、……今以上に神風お姉様の愛らしいところが見れると思うと、とても、楽しみです」

 うっとりと春風が呟く。熊野は春風の手を握って、

「ええ、一緒に神風さんを愛でましょうっ」

「はいっ」

「…………私、さぼっちゃだめ?」

「だめだなあ。仕事だからなあ」

「…………うわーんっ、妹がぐれたーっ、初月でも時津風でもいいから、助けてよーっ」

「不知火も、このくらい可愛ければいいのに」

 時津風は遠い目をする。その隣で初月は頷いて、

「僕たち姉妹は、仲良しだ。うん」

「あら? わたくしと神風お姉様も、きっと、とてもとても仲良くなれると思います。

 ねっ、熊野さんっ」

「ええ、もちろんですわ。一緒に神風さんを愛でましょう」

「はいっ」

「なんでよっ? なんで妹に愛でられるの私っ?」

 被害担当艦は大変だな。……と、

「あの、……提督、さん」

 際限なく続くやり取りをほくほくとした表情で見ていた提督に、おずおずと鹿島が声をかけた。

「私、……は、…………あの、」

「なにかなあ?」

「あ、…………うう、そのお」

「ちゃんと言わないと返してくれませんわよ。

 わたくしたちの提督、意地悪さんですからね」

 くすくすと意地悪く笑いながら熊野。

「…………わ、……私は、提督さんのお役に、立てて、いる、でしょうか?」

「ふむう? 鹿島君は意外とおとぼけさんなのかなあ? どう思うかなあ? 長門君」

「は? いや、…………ああ、」

 ふと、思い出したことがある。

 ここに着任した日。夜、古鷹と初めて会ったとき。執務室で確か、

「ああ、そうなのかもしれないな」

 だから悪乗りしてみた。不思議そうな視線。……まあ、当然か。

「そう、そうよね。……今回も失敗しちゃったし「いや、それじゃなくてだな」」

 そう、違う。それじゃない。

「私が着任した日の夜。一昨日だったか。

 提督は鹿島の事を優秀と評した。もう忘れたのか?」

「あ、…………けど、今回の、は」

「鹿島君は一つの失敗も許さない完璧主義者さんなのかなあ?

 私とは違うなあ。失敗には改善で克服し、欠点は利点で補う。……うーむ、鹿島君はそういうのはだめかあ。失敗しても苦しみながら受け止めて必死に改善に努めるからこそ、優秀と思っていた私とは違うかあ」

 提督の言葉に鹿島は目を見開く。……そして、

「……………………ありがとうございます。提督さん」

 柔らかく、安心したように微笑んだ。

「提督への感謝ともかく、そのおとぼけさんに巻き込まれて残業する事になりかねないわたくしへの補填は、何か考えがありまして? 残業代は出ますわよね? 鹿島さんのレポート添削だって時間かかるのですわよ?」

 意地悪く笑う熊野。……なんというか、容赦ないな熊野。対して、提督も容赦しない。

「それはもちろん、鹿島君が払うしかないなあ。私は悪くないなあ。私は無罪だなあ。全部鹿島君が悪いからなあ」

「うっ、…………え、えーと、なに「勉強会終わったら、一杯、奢ってもらいますわよ?」……はい」

「お酒? 私も付き合うっ!」

 瑞鳳は挙手。私は頷いて、

「そうだな。私も是非。…………奢って?」

「ふむん、長門君、瑞鳳君。ただで酒飲めるなんて認識が甘いなあ。お給料が出るまでは我慢だなあ」

「「はい」」

 思わず瑞鳳と項垂れてしまった。……そうだな、酒は嗜好飲料だな。ただで飲もうなんて虫が良すぎるな。

「あら、それなら問題ありませんわ」熊野は笑顔で鹿島の肩を叩いて「お財布ならありますわよ?」

「あ、ありがとうっ、鹿島さんっ」「すまないな、鹿島、恩に着る」

「そこまで面倒見ませんっ」

 ……それは残念だ。

「便乗失敗だな」

 初月が小さく笑って呟く。「ざんねーん」と瑞鳳。

「もうっ、油断も隙もないわねっ」

 つんっ、とそっぽを向く鹿島。もっとも、口元に小さな笑み。なら、よかったか。

「さて、それじゃあお昼ご飯にしようかなあ。お昼ご飯は緑色の粘液なんだよなあ」

「……え?」

 どんっ、と。巨大な水筒を置いた。その中身をコップに注ぐ。粘液、と。文字通り粘質で濃緑の液体がとろとろとコップに注がれる。

 どん引きする私たち、じりじりと遠ざかる神風と熊野。

「し、……しれー、それ、なに?」

 時津風が恐る恐る問いかける。

「ふむう、秋津洲君とお話するし、熊野君や鹿島君ともお話したいと思ってたからなあ。雷君に食堂で食べるって言ったんだよお。

 そしたら、お弁当を作ってくれてなあ。ゴーヤとかアロエとか、納豆とかいろいろな植物性の物を擂り潰した雷君特性の緑色の粘液だよお。健康に気を遣ってくれて有り難いなあ」

「……お、弁当?」

 ともかく、粘性が高いからか数秒かけてコップがいっぱいになった。……なんというか、口に含む物に対する表現として適切とは思えないが、コールタールのようだ。

 思わず、沈黙する私たち。提督はそれを飲んだ。ぐい、と豪快にコップを傾けたが、粘性が高いのでなかなか落ちてこない。……が、少しずつ口に含まれ、飲んでいく。

 固唾を飲んで見守る私たち。ほどなくコップが空になった。

「し、司令官、……ええと、大丈夫?」

 神風の問いに提督は頷いて、

「…………こふっ」

 倒れた。

 



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十七話

 

 時津風と春風、初月に頼んで、空き部屋に椅子と机、それと人数分のノートを用意してもらう。

 私と瑞鳳は秋津洲に昼食を届ける。その途中で屋上から提督が吊るされているのが見えた。残業を強要した事が秘書艦殿にばれたらしい。島風や天津風、夕立に鉄パイプで突かれてゆらゆら揺れている。

 ゆらゆら揺れる提督を見て瑞鳳がぽつりと、

「残業かあ、……なんか、不思議」

「そうか?」

「私のところ、…………ええと、時間って何も決められてなかったから。

 提督、指示とか何もしないでいなくなることもちょくちょくあって、何日も何もやらない。って事もざらにあったし、逆に忙しい時は寝る間なんてなかった時もあったし」

「それも極端だな」

「うん、寝てたらいきなり叩き起こされて出撃なんてのもあった。ここに来るまではぐっすり眠れることなんてほとんどなかったわ。

 深海棲艦はいつ襲い掛かってくるかわからない、っていえば仕方ないんだろうけど」

「そうか。どこも大変だな」

「ここも楽じゃないけどね。残業とか」

「そうだな。訓練も厳しいか?」

 問いに、瑞鳳は首を傾げて「え? 長門さん、訓練とかまだ?」

「ああ、……まあ、その、…………最初の、テストで弾薬を使いすぎてな。ストップがかかった。

 それで終わりだ。完遂さえできなかったのだから、随分と情けない終わり方だな」

「資材の管理、ものすごく厳しいよね。ここ」

「そうだな、……ん、瑞鳳も?」

 問いに瑞鳳は気まずそうに笑って、

「ええと、……ぎりぎりだったのが何度か」

「それで残業か?」

 軽い問いに瑞鳳は深刻に頷く。

「うん、まあ、最初の方はほんと、へとへとになっちゃってそれどころじゃなかったけど。

 少し慣れてきたら、ふらーって提督が来て残業って改善点をいろいろ教えられた事あったわ」

「それはよかったではないか?」

「うん、それはありがたいんだけど。

 ただ、各工程ごとに消費した資材まで全部並べられて、その時の艦載機の動きも映像で残ってたから、そこも全部チェックされて深夜残業。次の日は休みだったからよかったけど、起きれなかったわ。

 艦娘の訓練は結構気を遣ってるみたいよ。軍人として兵器の手入れは大切だからなあ、とか言ってたわ」

「兵器、か」

 思わずこぼれた言葉に瑞鳳は視線を背けて、

「たまに、そういうのよ。

 私たちの事を軍人、っていう事もあるけど、兵器っていう事もあるわ。区別する意味は、あんまりないと思うけど」

 苦笑。

「ま、別にばかにしている感じもないからいいけどね」

「提督の艦娘感か、私には軍人と言っていたが、」

 兵器、と言ってたのは古鷹か。……ふと、そういえば、

「提督は、……その、ひどい事とかはしていないか? 訓練が厳しいとかそういう事ではなくて」

「ないけど?」

 不思議そうな瑞鳳。思い出すのは、朝の会話で、

「いや、古鷹が提督を、人でなし、と言っていた。

 何か、そう評されるような事をしたのかと気になってな」

「人でなし、……って、…………ううん、そういうところは見た事ないけど。

 私も、まだ来て一週間くらいだし、……あ、けど」

「瑞鳳?」

 ふと、難しい表情を浮かべる瑞鳳。

「関係あるかわからないけど、……ほら、秘書艦さん。結構打撃入れたりするでしょ?

 他のみんなもそれにつられて、まあ、いろいろやってるけど」

「ああ、あれは秘書艦殿が元か」

 まあ、普通に考えれば艦娘が提督を蹴っ飛ばしたりはしないだろう。たぶん。

「うん、……あの、秘書艦さん。

 提督の事、見た目が悪いとか、おじさんだからとかそういう理由だけじゃなくて、本気で嫌いなんだって、嫌いだけど、平和利用のために仕方なく使ってるって言ってたわ。

 呉越同舟、っていうのが一番適当って」

「ああ」

 確かに、秘書艦殿は春風に対して有用だから利用している、といった。

 唯々諾々と命令に従う必要はない。その言葉を強調するための言い方だと思っていたが。

「秘書艦さんと古鷹さんは最古参で、提督が直接建造した二人だから、私たちの知らないところも知っているのかもしれないわ。

 その、そんなに嫌う理由とか人でなしっていうのとか」

「そうかもしれないな。……とはいえ、他の艦娘からは人望も厚そうだし、大丈夫だとは思うが」

「うん、それは信頼してもいいと思う」

 ともかく、瑞鳳の先導で訓練場へ。そこに積まれた資材を見かけ、

「あ、いたいた」

 資材をえっちらおっちら運ぶ秋津洲も見つけた。傍らにはクリップボードに視線を落としている山風がいる。

「あれ? 長門さん、瑞鳳さん」

「昼食だ」

 いくつか買ったおにぎりを掲げる。秋津洲は表情を輝かせるが、

「だめ、全部準備、終わってから」

 クリップボードから顔をあげず素っ気なく告げる山風。秋津洲は「かもー」と変な声をあげて肩を落とした。

「急ぎなら、お昼、あたしが預かる」

 つい、と手を差し出す。けど、

「いや、大丈夫だ」

 もともと今日は一日休みだ。明日に向けて訓練の意識合わせはしたいが、急いで戻るほどの事でもない。

「そう」

 山風はクリップボードから顔を上げる。が、すぐに視線を落とした。

「それは、第二艦隊の?」

「うん、秋津洲さんの、運用について、……秋津洲さんを中心にした、空輸メインの高速輸送艦隊、についての、上申。

 ただ、秋津洲さんだけだと効率悪いから、正規空母か、もう少し必要と思ってる。けど、空母ばかりだと危険だから、護衛艦隊も必要になるの。

 それだとコストパフォーマンスが、悪すぎるから、常設じゃなくて、緊急時の一時的な運用で考えてる。訓練の効率は良くない、けど、大規模な、艦隊決戦の真っ最中の資材確保には有益。その方向で上申する」

「艦隊の編成か。ここでは艦娘が考えるのだな」

 ここに来る前は提督の仕事だと思っていたが。私の言葉に山風は顔をあげて、

「最終決定権は、提督。

 けど、あたしたちの意見、有益だって、提督、言ってた。大切なのは、現場にいるあたしたちが、使い勝手のいい艦隊、だから。

 だから、こういう役割を果たす艦隊があると、いい、って思ったら編成案を出すように、してる」

 そういえば、私たちももともとは金剛の上申で決まったのだったな。

「そうだね。……うーん、そのあたりも勉強しないといけないかな」

「そうだな」

 まだ、試験運用の予備艦隊では遠い話だろう。けど、学んでおいて損はない。

「山風、それはどのように学んでいけばいい?」

 故にその方法を先達から聞いてみる。

「あたしは、少しでも、不安なところを、あげるようにしてる。

 大規模な攻勢があったとき、量、少なくても少しでも早く、資材が必要な時、どうしようか、とか。……けど、こういうの、臆病な考え方、だから。

 長門さんとかは、実際に任務を割り振られたら、どんなところが不便か、とか、それをあげてみるといい、と思う。金剛さんに言って、第三艦隊で、対応できる問題なら、金剛さんがなとかしてくれると思うし、第三艦隊で対応できないなら、提督が、基地の艦娘全体に声を飛ばして、対応を協議してくれる。

 もちろん、不要と判断されたら、それまでだけど。けど、」

 不意に、山風は小さく笑う。

「ちゃんと、資料作らないと、必要と思った理由とか、そのために、その艦隊を、どう運用していくか、とか。

 あたしも、漠然としたことを書いたら、必要性は認めてくれた。けど、その時一緒に考えてくれた、熊野さんと、鈴谷さんと、三人で資料の書き方、下手って、深夜まで残業、したの。資料の書き方講習。提督、厳しいから、すごく大変、だった」

「…………先にそっちか」

 資料の書き方など勉強した事もなかった。希望を書いたレポートは、……まあ、本当に希望だけだな。必要な事を最低限書いた、という事で見逃してもらえたのだろう。

「どれどれ」

 ひょい、と瑞鳳が山風のクリップボードを覗き込む。頬が引き攣った。

「…………艦隊に使う許容資材量とか、勉強、大変そうだね」

「大変でも、やらないと、だめ。

 危ない事を危ないままにしてたら、全体が危なくなる、から」

「そうだな。……瑞鳳、一緒に講習を受けよう。残業で」

「…………はあい」

 肩を叩くと瑞鳳は項垂れた。と、

「山風っ、準備終わったかもーっ」

「秋津洲さん。報告は正確じゃないと、だめ。

 終わった、かも、なら、確認やり直し」

「はっ、……口癖かもーっ?」

 淡々と告げた山風に秋津洲は大慌てで資材の方に戻っていった。

「あれ、口癖だよね?」

 瑞鳳の問い、山風はクリップボードから視線をあげず、

「今は、解ってる。……けど、現場、通信越しでそれやられたら、解らない。

 口癖だから仕方ありません、は、通じない。から、訓練中に直さないと」

「それもそうだな」

 さすがに、現場第一線で働く艦娘は厳しいな。

 

 秋津洲に昼食を届け、部屋に戻る。大きめのテーブルと椅子。テーブルにはノートと各艦の性能に関する書類が並んでいた。

「ホワイトボードがあればよかったんだけど。

 ここの扱いは個人用の部屋だからだめだって。テーブルも借りものだからあとで返さないと」

「まあ、仕方ないな。……給料も出るようだし、少しずつ充実させていけばいいか」

 少しずつ内装を充実させていく。それもいいな。

「さて、……では、明日の事について話をしよう。

 訓練の内容は不明だが、艦隊運用と言っていた。おそらく、艦隊戦の模擬戦だろう」

「そうだね。私たちは、」

 瑞鳳はノートに書いていく。艦娘の名前と、

「前が、駆逐艦。初月、春風、時津風、私はその後ろかな? で、……「ああ、後衛が私だ」」

 一番後ろ、長門、と文字を書き込む。

「私の役割は支援砲撃だな。

 具体的な動きは訓練をしながら調整になるが、後方からの狙撃をすることになる。それと、撤退時は殿を務めよう」

 もともとが足が遅く、硬い装甲を持つ戦艦だ。撤退の時は装甲の薄い駆逐艦たちの盾として動くべきだろう。「ですが、」

 じ、と春風が私を見据える。珍しい、強い視線で、

「わたくしたちを逃がすために囮になるとか。戦地に残るとか、そのような事だけは、絶対に、止めてください。

 逃げるときは、みんな、一緒にです」

「う、…………む、解った」

「ま、その時はロープ使って曳航かな。皆で無理矢理」

 時津風は口元に笑みを浮かべて告げる。けど、

「いや、それ、それは流石に無「それとも、あたしたちに僚艦を見捨てろっての?」」

 口元の笑みは変わらず、瞳は、睨むように鋭くなる。

「あんな思いするなら、沈んだ方がまし」

「わたくしも、同じです。

 一人で残すなんて、絶対に許しません。…………もう、いや、なのです」

 今にも泣きそうな表情で春風は告げる、と。

「わっ」「きゃっ」

「長門さん、忘れた?」

 瑞鳳が春風と時津風、二人を後ろから抱きしめる。

「ここにいるみんなは、捨てられたんだって。それがどんな辛い事か、身をもって知ってるのよ。

 今度は、そんな思いをさせる側に回れっていうの? それで生き延びて、その後、どんな思いで生き続けないといけないか、解るよね?」

「…………ああ、そうだな」

 救えなかった。か。

「誰も沈ませないって言ったの、長門さんだ。

 それは僕たちの、この艦隊の方針で、僕はそれが気に入ったから編成してくれた阿武隈さんにも感謝してるし、ここで頑張っていこうって思ったんだ。

 長門さんだけ旗艦だから特別扱いって思ってるなら、僕は提督にこの艦隊から外してくれるように上申する。艦隊の方針に逆らうような旗艦なんて信用できない」

 こくん、と時津風たちも頷く。

「解ってる。そんな事はしない。

 撤退は、悪いが一番足の遅い私に合わせてもらう。駆逐艦三人の砲撃はその時に使おう」

 もともと、そのつもりはなかったのだが。……いや、仕方ないか。

 みんなの境遇はわかっている。この手の話には敏感になって当然だ。旗艦として、その事も意識しないといけないな。

 どんな風に僚艦をまとめているのか、阿武隈に聞いてみようか。あるいは、鈴谷か。…………相談できる先輩がいるというのはありがたいな。

「とすると、砲撃より雷撃重視で考えてた方がいいか」

 ぽつり、初月が呟く。

「いや、僕は防空駆逐艦だから。

 雷撃よりは対空射撃や砲撃の方が得意なんだ」

 初月は自分の性能のうち、対空を示す。確かにそこが一番高い。それを活かせないのは、防空駆逐艦としては歯がゆいか。

「でしたら、わたくしと時津風さんが前線で雷撃を、初月さんは砲撃と銃撃による援護をしていただくというのはいかがでしょうか?」

「二重支援?」

「…………ええと、前線支援?」

「何とも中途半端な位置だな」

 困ったように笑っていた春風は初月の言葉に沈む。

「私はそれでもいいと思うよ。雷撃を決めるために近づくなら、近くで砲撃支援してくれる誰かがいた方がやりやすいと思うし。

 その場合、長門さんは雷撃対象じゃなくて周囲の護衛艦を砲撃すれば雷撃の成功率も上がるんじゃない?」

 瑞鳳の問いに時津風と春風は頷く。

「じゃ、初月は中途半端な場所決定ね」

「ええと、援護支援、お願いします」

「……………………せめて、前線支援にしてくれ。というか援護支援って意味通じないと思う」

 初月は項垂れた。あとは、

「とすると、私は艦上戦闘機を積んで制空権確保に注力した方がいい?

 この艦隊の主力は長門さんの支援砲撃と、時津風ちゃん、春風ちゃんの雷撃になるだろうし、私が制空権確保すれば初月ちゃんも砲雷撃戦に加われるでしょ?」

「そうだな」

 初月はさらさらとノートにペンを滑らせて、

「春風と時津風は雷撃中心、僕は対空射撃と、あと、砲撃での牽制をするのがいいと思う。

 瑞鳳さんに制空権の確保を任せて、隙があったら」

「ああ、私が砲撃を叩き込む。攻めは、そんな流れでいいか」

「それで、そこに至るまでどうするか、ですね。

 わたくしたちの艦隊は、速度差がありますから」

「ある程度は射程で補えるんじゃない?」

「ある程度はな。

 どちらにせよ射程に注意をしなければならないのなら、速度差は意識しなければならない。私を置いて先行したら砲撃支援が届きませんでした、では困るだろう?」

「そうですね。では、……長門さんの航行速度に合わせて接敵。

 射程圏内に入ったらわたくしと時津風さん、初月さんが先行して、対空射撃、雷撃。という流れでしょうか?」

「そうだな。もし艦載機がなかったら僕は砲撃で二人の雷撃を支援する。あるいは、」

 初月は視線を横へ、その先にいる瑞鳳は頷いて、

「駆逐艦の三人が出た時点で私は艦上戦闘機を飛ばすよ。

 それで制空権が確保できるなら、初月ちゃんは砲撃の支援をお願い。長門さんはそっちの結果を見て、艦隊の旗艦か、雷撃の邪魔をしようとしてる護衛艦か、そっちへの砲撃だね」

「ああ、そうだな。……いかに正確に砲撃をするか、か」

「そこは訓練あるのみじゃない?

 あたしたちだって艦隊戦でどのくらい動くか見えてないんだし」

 時津風の言葉に頷く。連動は訓練を通じて磨いていかなければならないな。

「それで、砲雷撃で撃破できればよし。

 出来なかったら時津風ちゃんと春風ちゃんは接敵と離脱を繰り返して雷撃。初月ちゃんは二人の離脱を支援、長門さんも支援砲撃だね。初月ちゃんは離脱支援に集中するとして、長門さんは旗艦撃破か離脱支援か、それはその時その時の判断で」

「艦隊戦はそれを繰り返すか」

 瑞鳳と初月の言葉に皆が頷く。それで勝利できればそれでいい、が。

「あとは、撤退だな」

 一番、気を付けなければいけないところだ。慢心して機を誤れば轟沈されかねない。その判断は、私が取らなければならないが。

「春風、時津風、二人が最前線だ。一番危険なところでもある。

 危ないと思ったらすぐに戻って欲しい。撤退するときは低速の私に合わせる事になる。その時は砲撃をしながらの撤退だから、動く事も出来ないほどぼろぼろになってからでは遅い」

「撤退しながら追撃する敵艦を順次撃破していくという戦い方もある。

 あるいは、遅滞戦術に勤めて僚艦が駆けつけるまで時間を稼ぐでもいいし、なんにしても、撤退すると決めてからもある程度戦える。それ前提で判断をした方がいい」

 初月の言葉に頷く。それが安全だろう。

「大まかに、このような流れでしょうか?」

 春風はさらさらとノートにまとめてくれた。

「そうだな。……さて、」

 みんなの意見はまとめた。あとは、

「この艦隊のコンセプトがこれであっているか確認しておこう」

「提督の所か?」

 初月の問い、それもいい、とは思うが。

「いや、この艦隊を編成した阿武隈の所だ」

 まずは彼女の所に行くべきだろう。

 

 事前に話を聞いていた。だから、迷うことなく彼女の部屋へ。戸を叩く。

「阿武隈、長門だ。相談したいことがある」

「はいっ? あ、ど、どうぞっ」

 皆と顔を見合わせる。……やはり、連合艦隊旗艦の戦艦、というのは、私が思っている以上に重いのかもしれないな。

 困ったものだ。

 扉が開く。

「あ、秋月姉さん」

「初月っ、と、皆さんも、どうしましたか?」

 ふむ。

「上官である阿武隈に教えを請いに来た。

 忙しいとは思うが、後輩を助けると思って時間を融通してはもらえないだろうか?」

 と、丁寧に頭を下げてみた。

「わ、わ、……い、いえ、そんな」

 で、わたわたする阿武隈。秋月はそんな旗艦を見て幸せそうにしている。

「……ああ、すまない。少し悪ふざけをした。

 が。ここでは私は後輩で、明確に階級として別れていなくても阿武隈は上官と思っている。だから、かつての連合艦隊旗艦だからと言って遠慮は不要だ」

「う、……うん。そうだよね。提督からも、言われてるし。しっかりしないと」

 確認するように呟く。そう、ちゃんとそう思ってくれるなら、あとは慣れてもらえばいいか。

「私たちが使っている部屋でいいか? よければそこで話を聞きたい」

「はい、OKです。あ、秋月ちゃんはどうする?」

「秋月も聞いておきます」

 というわけで、私たちは阿武隈、秋月と部屋に向かう。途中。

「そうだ。秋月姉さん。対空射撃について聞いておきたい。いいだろうか?」

「ええ、いいわよ。どんな事?」

「金剛さんから、波や風の動きを意識したら精度が上がったと聞いた。コツがあるなら聞いておきたい」

「コツかあ。…………ううん」

「難しいか?」

 難しい表情をする秋月に初月が問い。

「経験を積み重ねるのが大切だから、……ただ、やっぱり周りをよく見る事が大切よ。

 僚艦や敵艦、敵機だけじゃなくて、風、天気、波の状態も意識してね。秋月は出来るだけ周りが落ち着いた時を狙って、確実に落せるように意識してるけど、照月は風が強い日とかは艦載機の動きも乱れるから。そういう時に弾幕を張ると結構落とせるって言ったわね。

 そのあたりは初月の気質と、やり方次第だから、秋月も、アドバイスは難しいかな」

「うん、わかった。ありがとう。

 天気か、いろいろ、意識してみる」

「ええ、それがいいわね。

 もちろん、出撃するときはいつもいい天気とは限らないから、悪いなら悪いなりのやり方を考えてみる。……やっぱり、経験あるのみね。……ごめんなさい、初月。あんまり、いいアドバイスできなくて」

 秋月は肩を落とす。けど、

「いや、参考になったよ。ありがとう、秋月姉さん」

「私も勉強になるわ。防空駆逐艦の戦術とか」

「瑞鳳も?」

 不思議そうに問う時津風。

「そうだな。軽空母である瑞鳳にとって防空駆逐艦は天敵か。天敵の戦術を知ることは勉強になるな」

「うん、秋月ちゃんにはいつも助けられてるわ」

「あ、ありがとうございますっ」

 ぽんっ、と阿武隈は秋月の肩を叩き、秋月ははにかんで応じる。

「秋月姉さんは、第三の三艦隊なのか?」

「うん、照月と第三の三艦隊、と、第三の二艦隊を行ったり来たりしているの。

 秋月たち第三艦隊はそのあたり流動的なんです」

「他は違うのか?」

「はい、第一艦隊は、第一の一艦隊はほぼ固定で、あとは艦隊決戦の規模に応じて応援や入れ替わりがあります。

 第二艦隊は、主力の三艦隊は完全に固定です。遠征のために必要な資材は徹底的に削減、変動幅を低くするために入れ替わりは物凄く厳密に管理されているみたいです。

 第二艦隊の主力として認められる艦娘が、一艦隊組めるだけいれば、新しい艦隊を作るって話はあるのですけど、……あそこは厳しいですから」

「あたしたち第三艦隊は哨戒とか護衛とか、やる事がたくさんあるから流動的になりやすいんです。

 ある程度適材適所はあるけど、いろいろこなせるようになっておかないといけないです」

「主力艦隊は楽じゃないねー」

 時津風が肩を落とす。「やり甲斐がありますっ」と春風。

「あの、阿武隈さん。もしよろしければ第三艦隊の任務とか教えていただけませんか?」

「んー、いいけど、それよりは記録、見た方がいいと思うわ。主観抜きの記録を見て考える事も大切だし。

 本部に図書室があるから、…………どうする? そっちで話する?」

 図書室、か。

 時津風はあまり興味なさそうだが、初月はこくこくと頷いている。

 この基地の記録を見るのも勉強になるだろう。知っておいて損はない。だから、

「ああ、頼む」

 頷いた。

 



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十八話

 

 学校か、……寮に視線を向ける。確かにそういわれればそう見える。

「長門さん?」

「ん、……ああ、榛名から寮は元々学校だったと聞いてな。

 そう意識してみると確かにそう見えるな」

「プールもあるしねっ」

 時津風は嬉しそうに続ける。プールか。泳いでみたいが。……提督は泳げるのだろうか?

「どうしたんですか?」

 秋月が首を傾げる。

「ああ、……提督は泳げるのだろうか? と思ってな」

 ぽつり、呟く。……一同沈黙。ほどなく、

「…………ぷっ、……だ、だめ、くくっ、う、浮かんでるところしか、想像できないっ」

 瑞鳳が笑い出した。阿武隈がつられるように笑う。

「あはははっ、しれーがプールの真ん中でぽかーんって浮かんでるところしか想像できないよー」

「あ、あれで泳ぐのが上手だと、かえって、変っ」

「確かに変だな。……バタフライとか」

「だ、ダイナミック、だな。たぶん」

 初月は首を傾げて呟く。確かにダイナミックだ。重、……物理的貫禄もある事だし。

「去年は、プールに入ってるところは見た事ない、ですね。

 ま、まあ、……提督も、さすがに入りずらいでしょうし。秋月たち艦娘の心情はともかく」

「…………水着を着た女性の中、一人佇む司令官様」

「……なんというか、…………なぜだろう。提督が不憫な気がしてきた。

 変だな、男性なら喜びそうな状況のはずなのに」

 虚空を見て呟く春風、そして、気の毒そうな初月の言葉に瑞鳳と時津風がさらに笑い出す。

「そ、そうですね。……あれ? 水着姿の女性に囲まれるって、男性的には嬉しいシチュエーションのはずなのに、……なんで、あたし、煤けた感じでぽかーんって佇む提督しか想像できないのかな?」

 首を傾げる阿武隈。それは私も同感だ。なぜか非常にいたたまれない。

 けらけら笑っていた時津風は不意に顔をあげて、

「じゃあさ、しれーの水着見た事ないんだよね。

 どんなのかなっ?」

「ふんどしだな」

 なんとなく即答してみたら阿武隈が崩れ落ちた。笑いの発作に立ってられなくなったらしい。

「あ、あれは水着なのか?」

 初月の問いに、自分の出した答えを思い返してみて「…………あれ?」

 違うはずだが。……おかしいな。

「なぜ、私はふんどしと答えたんだ?」

「だ、大丈夫か? 長門さん」

 初月に心配されてしまった。

「…………ど、どうしましょう? わたくし、長門さんの出したお答えに、疑問なく納得してしまいました」

 頬に手を当てておっとりと首を傾げる春風。

「ま、まあ、提督の水着はふんどしでいいとして、私たちの水着はどうするか」

「一応、……ええと、潜水艦の艦娘が着るような水着はありますけど、…………その、」

「…………後で買いに行こう」

 さすがに、私は着れないな。

「僕もちょっと厳しいかな」

 難しい表情の初月。そして、

「わ、私も厳しいわっ、ねっ」

 なぜか慌てた様子の瑞鳳。阿武隈も頷いて「そうですっ、あたしもNGですっ」

「えー、二人とも似合うと思うよー」

「そうだな。違和感ないな。…………ないな」

 頷く、と。瑞鳳と阿武隈は手に手を取り合って俯いた。

「だ、大丈夫ですっ、……秋月は絶対ににあ、…………あ、じゃなくて、……ええと、ねっ、初月っ」

「えっ? ……あ、…………そ、そうだな? ……そうだなっ、僕もそう思うっ」

 唐突に秋月から話を振られて精一杯応じる初月。阿武隈と瑞鳳はどんよりとした視線を向けた。

「初月ちゃん、私、スク水似合うんだ。そう思われてるんだ」

「どうしてあたしがOKなの?」

 じと、とした視線を二人から向けられておろおろする初月。時津風は満面の笑顔で手を広げる。春風は優しく手招き。

「ようこそ、阿武隈っ、瑞鳳っ、そして、さようなら秋月、初月。二人は長門の方に行って」

「確かに、秋月さんと初月さん、あまり、……ええと、ちょっと、印象が噛みあいませんね」

 おっとりと呟く春風。そして、僚艦に向けるとは思えない陰惨な視線の瑞鳳と阿武隈。秋月と初月は手に手を取り合って震えている。

「ま、まあ、そうだな。ここでは給料も出るそうだし、今度買いに行こうっ」

 その時は、……どうしようか。水着なんかで仲間割れして欲しくない。何か作戦を練っておかなければならないな。

 

 ともかく本部に到着。図書室は二階にあるらしい。

「うあー、本とか眠くなりそう」

 どうだろうな。読書経験はなかったが。

 入ってみる。と、

「結構いるのだな」

「勉強に使う娘も多、……あっ、提督」

「む」

 机の一角に座る提督。と、秘書艦殿もいる。それと、

「おーいっ、天津風ーっ」

 二人と向かい合って座るのは天津風。背を向けている形になっていた彼女は振り返り、ぱっ、と笑みを浮かべて、……眉根を寄せた。立ち上がる。

「天津風?」

 難しい表情で近寄る姉に首を傾げる時津風。そして、

「いたっ?」

「図書室で大声出さないのっ」

「あう、……ごめん」

 俯く時津風を乱暴に撫でて「長門さんたちはどうしたの?」

「ああ、艦隊の動きについて阿武隈に相談をしようと思ってな。

 ついでに図書室を案内してもらったんだ。過去の資料もどこにあるか見ておきたい」

「そ、まあ、……大声出さない程度にね」

「そうだな」

 頷く、静かな印象のある場所だが、入ってみれば結構声も聞こえる。話し合いに使われることも多いのだろう。

 図書室であることを除いても、勉強や会議のために話をしているところで大声を出すと妨げになる。それはよくないだろう。

「天津風は何してたの?」

 わずかに声を抑えて問う時津風。天津風は視線を提督に向けて、

「司令と秘書艦さんと仕事の話よ。あたし、秘書次艦で会計とかそっち担当してるのよ。それで、そろそろお給料の日だから報告ね」

「あれ? 武器開発とかそっちじゃないの?」

 時津風は不思議そうに首を傾げる。確かに、天津風はテスト艦の側面もあったが。

「それは、…………まあ、そうなんだけど、その、」

 言いにくそうに視線を逸らす。なんとなく、時津風も事情を察したらしい。「ごめん」と。

「ま、そういう事よ。楽しみにしててね。

 それと、普通に話すならいいけど大声出しちゃだめよ。特に時津風はテンション高いんだから」

「解ってるよー

 じゃ、天津風のお仕事頑張ってねー」

「ええ、ありがと。

 長門さん、阿武隈さん、妹を頼みます」

 丁寧に頭を下げる。「ああ、わかった」

「うん、天津風ちゃんも頑張ってね」

 と、

「せっかくだし、天津風君は休憩がてらお話しててもいいよお」

 不意に間延びした声。のんびりと提督が顔を出して、天津風は眉根を寄せる。

「なに言ってるのよ。こっちがあたしの仕事なの。ちゃんと最後までやらせなさいよ」

「ふむう、…………む、そ、あだっ?」

「仕事気にしながら休憩なんてしてもちゃんと休めるわけじゃないでしょっ、しれーかんじゃないんだからっ!

 ほらっ、変な気遣いするくらいならささっと仕事終わらせて気兼ねなく休ませてあげるのっ、まったくっ、そういうところに気が回らないからしれーかんはだめだめさんなのよっ、ねっ、天津風っ」

「そうよっ、仕事に関して気遣いはいらないわよっ、ほんっと、解ってないだめだめさんな司令ねっ!

 いいからさっさと戻るわよっ、時津風、あとで遊びに行くわね」

「うんっ、待ってるよー」

 手を振る時津風。

「ふむう、……そういうものなのかなあ。女の子は難しいなあ」

「おっさんな司令がそう簡単にわかるわけないでしょっ!

 期待してないから変な気遣いはいらないわよっ、ねっ、秘書艦さんっ」

「そうよっ、しれーかんは女の子に関してほんっとにだめだめさんなんだからっ、余計な事言わなくていいのっ」

「ふむう? …………そうかあ、また、誠一君と相談するしかないかなあ」

「おっさん二人が部屋の隅っこで顔つき合わせて女の子の事を話し合ったって周りがいたたまれなくなるだけよっ!

 鳳翔さんがすっごい微妙な笑顔を浮かべてたのもう忘れたのっ?」

「っていうか、そんな事してどんな答えが出るって思ってるのよっ! ほんっと、司令はだめだめさんねっ」

「ふむむ、……私はだめかあ」

 引っ張られながら虚空を見る提督。

「司令、中年のおじさんですからね。……そういう意味でも、大変ですね」

 秋月は困ったような表情。……そういえば、熊野が元帥と年頃の少女の扱いに関して相談していたといっていたな。

「いろいろ、気の使い方も大変だな。提督も」

「ここまでの待遇で迎えてくれただけでも十分なのに、……いや、あまり言い募っても仕方ないか。

 結局は提督がどう思うかなのだし、出来ることで報いるしかないな」

「そうだな」

「あう、……提督忙しいんだ。

 ううん、一緒に相談に乗ってくれれば心強かったのに」

 ぽつり、阿武隈が呟く。と、「いたっ?」

 ぱしんっ、と阿武隈の額に丸めた紙が投げられた。見てみると、「『自分でやれ』、……提督、お見通しかあ」

 追い払うように手を振る提督、阿武隈は困ったように肩を落とした。

 

「…………うん、大丈夫です。

 あたしが想定してた動きと同じです」

「そうか、それならよかった」

 一通りこちらの想定した運用について話をし、阿武隈は頷く。

「ええと、それで訓練ですけど。

 まずはその動きで艦隊戦をしてもらいます。書き出すよりは実際に動いた方がイメージもつかめるでしょうから。その結果を見て足りなさそうなところの訓練です。

 基本的には長門さんの精密砲撃、春風ちゃんと時津風ちゃんは雷撃の一撃離脱。初月ちゃんと瑞鳳さんは結果確認してからです。たぶん対空射撃と、制空権を取るための、艦載機制御訓練になると思います」

「うん、僕もそれは必要だと思う」

「了解、初月ちゃんといかに制空権を確保するかね」

「艦隊の連動訓練としては、戦艦の長門さんと、足の速いみんなの速度差をどう解消していくかです」

「そうだな。射程に慢心して僚艦の皆を先に行かせたら、砲撃の届かないところで交戦となったでは意味がない」

「ただ、これも机上の想定なので、いろいろ変わるとは思いますけど、それも含めての明日模擬戦します」

「誰が相手なの?」

「あたしたち、第三の三艦隊で考えています」

「そうか、……では、胸を借りよう。お互い全力で取り組もう」

「はい、そうでないと訓練になりませんから」

 阿武隈も真剣な表情で頷く。それならよかった。

「第三の三艦隊といっても、あたしは出ますけど、話した通り第三艦隊の娘は流動的で、誰が出るかはその日にならないとわからないです。

 たぶん、秋月ちゃんは出れると思うけど」

「はい、その時は初月が相手でも容赦しませんっ」

「そうだな。僕も、秋月姉さんには負けないように全力を尽くそう」

「胸を貸すなら、私たちが貸しましょうか」

 不意に、声。阿武隈が慌てて視線を上げる。

「古鷹、……さん」

「演習ですね。私たちも予定は入っていませんから、相手をするのは構いませんよ」

「私たち、……第一の一艦隊か」

 つまり、この基地の主力たち。か。

「ん、旗艦さん。次の予定っぽい? 夕立、明日辺り帰ってくる村雨姉と遊びたいっぽい?」

 ひょい、と彼女の後ろから顔を出したのは、夕立。

 なぜか口の端を引きつらせる阿武隈と、全力で首を横に振る秋月。

「夕立も第一の一艦隊?」

「そうっぽいっ!」夕立は胸を張って「夕立は第一の一艦隊で、村雨姉は秘書次艦っ、山風は第二艦隊の旗艦、つまりここは、白露型の天下、っぽいっ!」

 むむむ、と時津風が難しい表情。陽炎型として対抗意識でも燃やしているのか。

 どや顔の夕立、は、頭を叩かれた。

「艦型も艦種も関係ないですよ夕立。

 高性能な娘がその性能を発揮できる位置にいる。ただそれだけです。提督はそんな理由で選別をしません」

「解ってるっぽい。言ってみただけっぽい。姉妹が頑張ってるのを自慢したかったっぽい」

「うー、陽炎型だって負けないよっ」

 むくれる時津風。……ふと、主力艦、か。

「夕立も、その、……指輪、だったか。

 それを持っているのか?」

 古鷹はそれを持っていたが。

「指輪? ……ですか?」

「ええと、物凄く強い艦娘の証、だっけ?」

 知らないらしい春風は首を傾げ、瑞鳳は曖昧に呟く。

「いろいろ細かい事はありますが、その認識でいいですよ。

 指輪持ちは現存で、……ええと、十五、だったかな。現存する艦娘の上位十五、という認識であってます」

「古鷹さんはその一員なんですよね。凄いなあ」

 阿武隈の言葉に「鍛錬あるのみです」と、古鷹。

「けど、夕立は、」

「違うっぽいー、夕立も指輪欲しいっぽいー」

「強さの証明か?」

 初月の問いに古鷹は首を横に振り「それもありますけど、つけられると性能の上限を取り払えるのですよ。理論上は無制限の強化が可能になります」

「理論上?」

「物理法則の壁は突破できない、という事です」

「それは仕方ない。……とはいえ、凄いな」

「凄いけど、」くすくすと古鷹は笑って「それだけではないのですよ。ね、夕立」

「ぽいー、その指輪持ちの一人は時雨姉っぽい。同じ白露型として負けてられないっぽい」

「…………それはつまり、駆逐艦で、艦娘の上位十五に入っている、という事ですよね」

 春風が目を見開き呟く。古鷹は頷いて、

「春風さん。上位十五のうち、半数以上は駆逐艦ですよ。そして、その中でも一線を画する上位四は皆駆逐艦です。

 ちなみにその時雨は三位、……まあ、四位と実力伯仲らしいですが」

「ぐぐ、白露型めー」

 唸る時津風とどや顔の夕立。けど、

「安心してください。二位は陽炎型です。雪風ですね。

 その時雨も、勝てないと苦笑していましたよ」

「陽炎型の面目躍如っ、流石雪風っ」

 両手を上げる時津風と、唸る夕立。

「く、空母はっ? 赤城さんとか、その、……ええと、指輪持ち? だったりするっ?」

「いえ、空母は、……龍驤さんでしたね。正規空母は、……いなかった、と思います。…………いや、佐渡島にいる翔鶴さん、指輪に届いたのかな」

「そうなの?」

 意外そうに応じる瑞鳳。けど、

「龍驤さん、……って事は軽空母って事よね。

 うん、じゃあ、同じ軽空母の私も、頑張ればそこに至れるってわけね」

「もちろんですよ」

「なら、戦艦はっ?」

 やはり、同じ艦種で極まった能力を持つ艦娘がいるのはいい。自分もその高みに到達できると思うと、胸が熱いな。

「いえ、いません」

「…………そ、……そう、か」

 なんというか、残念だ。

「まあ、戦艦は使用する資材が多いので、どうしても温存されがちですから。

 使用する資材も少ない駆逐艦とかはそれだけ練度を上げる機会に恵まれるのです。もちろん、優秀な提督の下にいる、という前提もありますけどね」

「提督の資質も大切、ですね」

 春風が小さく呟く。「春風?」

「あ、……いえ、わたくしも、旧型艦だからという理由で何もやらせていただけなかったので。……神風お姉様も、それで苦労をしていた節がありますし。

 そう言った色眼鏡で見ない方は、有り難いです」

「私は安倍中将、提督以外の下についたことはないので知りませんが。

 とはいえ、特定の艦娘を偏愛したり、旧型艦とか不幸艦とか妙なレッテルを意識して敬遠したりとか、様々な理由でせっかくの兵器を死蔵する提督の話はよく聞きます」

 古鷹はひらひらと、指輪を示して、

「性能の上限がないのだから、すべての艦娘が強者へと至れます。

 その可能性を踏み潰す提督は非常に多いので、春風さんのいう事は間違えていませんよ。……夕立?」

 示した指輪を羨ましそうに見ている夕立。古鷹は微笑み「欲しいですか?」

「もちろんっ! 夕立も早くその一員になりたいっ! というわけで演習ならどんと来るっぽ「夕立」いっ?」

 ぽつり、声。振り返る。

「あ、……天津風?」

「図書室では静かにしなさい。

 説教と、不知火に怒られるのと、給料なくすの、どれがいい?」

「…………土下座を選択するっぽい」

「静かにしなさいってのっ」

「ぽいー」

「まったく、時津風も、あんまり騒いでるとお給料なくすわよ?」

「あうっ、……はい。自重します」

 と、

「夕立、勝手に演習のスケジュール組まないで」

「ひっ、や、……山風っ?」

 じと、とした視線の山風。

「古鷹さん。わたくしたちはすでに第三の三艦隊で調整を組んでいますわ。

 どうしても、というのなら融通はしますが、直前に好奇心だけで変更は遠慮願いますわよ?」

「失礼、そうでしたね」

 睨みつける熊野に、くすくすと古鷹は笑って応じる。山風は頷いて、

「あんまり、我侭言うなら、制限かける」

「あう、……ゆ、夕立は、山風の、お、お姉さん、っぽい?」

「第二艦隊旗艦のあたしの方が、偉い」

「…………い、妹に下剋上されたっぽ「夕立」……い~」

 天津風と山風に睨まれて崩れ落ちる夕立。古鷹はくつくつと笑う。

「第二艦隊からストップがかかったなら仕方ありませんね。

 もっとも、偉そうに指輪持ちなんて言っても私も一人の艦娘、余計な気兼ねは不要です。敗北から学ぶこともある、という覚悟で挑むのもいいですよ。

 もちろん、下剋上を狙うというのでも歓迎しますけどね」

「是非そうしたいものだな。……ああ、そうか。夕立は妹の方が偉いのか」

 第二艦隊旗艦、艦娘間で偉い偉くないはないと思うが、それでも、仮に比較するなら山風の方が偉いだろう。……ん?

「そういえば、私もか」

「そうですね。第一の一艦隊に属する陸奥さんの方が偉いですね。

 まあ、別にそれで命令されたら服従しろとは言いませんが」

 古鷹はくすくすと笑う。

「そうだな、……ああ、服従するつもりはない。

 が、同じ長門型だし、ここの先輩としていろいろ教えてもらうつもりだ。……陸奥先輩と呼ぼうか提案したら拒否されたが」

「…………ああ、そうでしょうね」

 なぜか、微妙な表情になる古鷹。なぜだ?

「しれーにも服従する必要ない、ってところだもんねー」

「ま、大抵言ってることは間違えていないから、指示には従うけどね。

 ただ、いらない気遣いは余計よ。……さて、あたしは仕事戻るわ。古鷹さんと阿武隈さんはもちろんだけど、長門さんも、新人だからって先輩に変な気兼ねしないでね? うるさくしてたらガツンと言ってやってっ」

「ああ、そうさせてもらう」

 それがこの基地にいる艦娘のやり方なのだろう。好ましいと思っているのだから、逆らうつもりはない。

「それじゃあ、あたしたちも、戻る。熊野さん」

「ええ、これを機に勝手なことはしないでくださいな」

 山風と熊野も軽く手を振って席に戻る。古鷹はくすくすと笑って、

「だ、そうですよ。夕立」

「ぽいー、……って、なんで夕立が悪いっぽい? 演習吹っ掛けたの旗艦さんっぽいっ?」

「あ、そうでした。それでは、夕立、私たちも行きましょう」

「ぽいっ」

 ふと、その背を見送って、難しい表情で黙っていた秋月は、ぽつり、呟く。

「最強の艦娘って、駆逐艦なんですよね。

 誰、……なんだろ」

 



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十九話

 

 調理の音、上機嫌な鼻歌。春風と初月は楽しそうに食事を作る。

 おにぎりや簡単なおかず。それぞれの部屋にある台所は決して広くないが、それでも二人は楽しそうに調理を続ける。

「外でご飯かー、こういうのも楽しいねっ」

 時津風はベッドに腰を下ろしながら笑い。

「そうよねー

 今度、サイクリング行くって話もあったしね。お休みが待ち遠しいわね」

「そうだな」

 と、言うわけで夕食は外で食べる事になった。

 と、言うのも、図書室に山風と熊野がいた理由。曰く、外でテストをしている秋津洲が思いのほか好調で、もっといろいろ試したいというわけで夕食が間に合わなくなりそうだ、との事らしい。

 過剰な訓練は避けるべきだが、秋津洲自身はやる気であり、第二艦隊としても思ったより輸送効率がよさそうという事で詳細な情報収集のため訓練の許可が下りた。ただ、夕食の時間が困ったという事で山風から提督に相談が行き、たまたま居合わせた私たちに秋津洲の夕食を頼まれた。

 それ以外にも提督に頼まれごとがある。それも構わないし、料理を作る春風は快く承諾、瑞鳳がお外でご飯もいいかも、という事でみんなで食べる事になった。

「訓練か、私たちも明日から、だね」

 瑞鳳がぽつりと呟く。頷く。

「阿武隈達が相手をしてくれるらしいが。……初訓練とはいえ私たちの訓練方針を決めるための大切な演習でもある。

 気は抜けないな」

「もっちろんっ、……それに、初月はお姉さんがいるしね?」

 時津風が横目に問う。第三艦隊はその中で艦の入れ替わりが激しい。第二艦隊から演習用の資材を確認したり、第三艦隊の旗艦である金剛とも相談してから演習相手を決めるらしい。

 ただ、それでも確実なところもある。阿武隈と、もう一人。初月の姉、秋月は決定しているらしい。

「といっても、僕は別に秋月姉さんにいいところを見せようとは思わない。

 艦隊行動が第一だ。意地を張るつもりはない」

「ん、出来たか?」

 台所から顔を出した初月。傍らの春風が頷く。

「はい、準備出来ました。それでは、参りましょう」

 

「なんかさー、暗くなった時に外を歩くのってわくわくしない?」

 レジャーシートを持つ時津風が周りを見てそんな事を言った。瑞鳳は頷いて、

「出撃とは違うしねー」

「外で食事か、そういえばあとでツーリングに出かけようと話していたな。

 楽しみだな」

 そうだな、そんな話もしていた。

 いけないところはある。けど、いけるなら、いろいろなところに行ってみたい。

 と、

「あそこか、秋津洲と」

「ちぃーっす」

「鈴谷か」

 訓練場、基地近海の防波堤に座る鈴谷が手を振る。

「あっ、お弁当?」

「そうだ、……が、」

「鈴谷さん、……その、申し訳ございません。

 秋津洲さんの分しか」

「あ、それなら問題なしっ、鈴谷の分は頼んであるから。

 ま、そいう事なら一緒しよっ」

 にこっ、と笑顔の鈴谷に春風も笑みを返して、

「おーいっ、秋津洲ーっ!

 おゆはんだよーっ、長門さんたちが持ってきてくれたら食べよーっ」

「え? あ、了解かもーっ」

 手を振って戻ってくる秋津洲、と。

「あっ、来た来たっ、おーいっ! のーわっちーっ」

「のわっちやめて、……あ、時津風?」

「やっほー、のわっちーっ」

「だから、のわっちやめてください」

「野分?」

 初月の問いに「そだよ」と、鈴谷はお弁当を置いた野分を抱き寄せて「鈴谷の僚艦っ、すっごく頼りになるんだっ」

「あ、……ありがとうございます。鈴谷さん」

「兼、被害担当艦、ねっ、のわっちっ」

「それはやめてください。というか、何ですか被害担当艦って、野分、そんなに被弾していません」

 不服そうに応じる野分に鈴谷はけらけら笑う。笑う意味は分かる。被害担当艦の意味が違う。

「それと、皆さんは?」

「ああ、」私はお弁当を掲げて「秋津洲に差し入れだ」

「そうですか? ……ああ、司令が秋津洲さんの分は用意したといっていましたが、こっちでしたか」

「連絡の行き違いを避けられたのですね。

 よかったです。食材を無駄にしてしまうのも、食べ過ぎてしまうのもよくないですから」

 おっとりと微笑む春風に「そうですね」と、野分。

「それじゃあ、みんなで食べよーっ、料理って誰が作ったの?」

「ま、……まさか、時津風、が?」

 唖然と呟く野分。「まさか、そんなん余裕で無理に決まってんじゃんっ」と、彼女の言葉にほっと一息。…………苦手というか、下手なのだろうか?

「わたくしと、初月さんで作りました」

「ああ、料理というのは初めてだが、思ったより楽しかったな。

 春風がよければまた一緒に作りたい」

「ふふ、よろしくお願いしますね」

「あ、私もーっ」

 瑞鳳も挙手。「……わ、私も、手伝おう、か?」

「……長門さん」

「うむ、…………そ、そうだな。私は旗艦だからな」

「ふふ、朝食はともかく、昼食や夕食を作る機会があれば、お手伝いをお願いします」

「うむっ、任せてくれっ」

 ともかく、秋津洲も合流して夕食を広げる。おにぎりやいくつかのおかず、水筒には緑茶、野分が用意したのはサンドウィッチがいくつかと水筒から紅茶。

「おっ、なんか和洋折衷っぽいじゃん? 春風、鈴谷たちにも分けてー」

「はい。……あ、もしよろしければ、わたくしも、野分さんのサンドウィッチ、興味があります」

「どうぞ、遠慮せず食べてください」

 笑みを交わす春風と野分、と。

「わっ、な、なんかピクニックっぽくなってるかもっ? 何があったのっ?」

「頑張ってる秋津洲のためにみんなが用意したの。

 さ、ぱーっと食べよっ」

「え? ……あ、あたしのために、……あ、ありがとう」

 嬉しそうに微笑む秋津洲。さて、では食べようか。

 いただきます、と声が重なった。

 

「そういえば秋津洲。提督から伝言がある。

 明日は休みにしていいそうだ」

「え? そう」

 少し、困ったように呟く秋津洲。……驚きだな、提督の予想通りだ。

「ただ、夕食が終わったら入浴後、二式大艇を使った空輸についての問題点など、指示されているリストは厳密に作る事。だそうだ」

「げ、……厳密?」

「それは聞いています。

 そのリストをもとに、明日野分達、第二の二艦隊で改めて運用についての具体案の作成。第二艦隊がそろった段階で運用や編成についてまとめていきます。

 雑な資料は許しません」

「そーそー、……鈴谷たち、そのあたりの手抜きは認めないからねー?

 提督から休みだされてるなら明日はそれでいいけど、追及で半泣きは覚悟してよー?」

「ぐぐ、……こ、怖いかも?」

 慄く秋津洲。対して野分は彼女の肩を叩く。

「山風の添削は、異端審問と呼ばれています」

「怖っ?」

「ふふ、提督に比べればましだよ。…………ふ、ふふふふ」

 何を思い出したのか虚ろな表情になる鈴谷。怖い。夜だから怖い。

「す、鈴谷さん。こ、怖い、かも」

 恐る恐る口を開く秋津洲。野分はそっと秋津洲の肩に手を置いて「そっとしてあげてください」

「しれー、厳しいの?」

 ふふふふふ、と虚ろな笑いを続ける鈴谷の側、野分は頷いて、

「野分は、鈴谷さんが先に見てくれるので大丈夫だったのですが。

 山風や金剛さんといった旗艦や秘書次艦は司令に直接書類の添削を受けて、……その多くがトラウマを背負っています。司令、仕事には容赦しませんから。書類仕事であっても」

 艦娘の本分ではないかもしれないが、反省や、後の事を考えて記録を残す事も大切だ。確かに仕事の一環といえば提督として厳しく添削をするのはわかるが。「はっ」

「長門さん?」

「……………………そ、……それは、わ、私も、か?」

 この艦隊で任務に就くとすれば報告書を作るのは旗艦である私、か。

「提督の添削は、山風の比じゃないから、長門さんも、覚悟した方が、いいよ」

 鈴谷は虚ろな笑顔を見せた。私は頷く。

「大丈夫だ、私には頼りになる僚艦が、……………………おい」

 頼りになる僚艦は揃って手を合わせていた。どういう事だ。

「あ、ちなみに、長門さん。

 この件だけど第二艦隊としては輸送特化で、護衛艦隊は第三艦隊に任せるって話出てるんだけど、空輸だからね。防空駆逐艦に白羽の矢が立ちそう。

 今のところ照月ちゃん考えてるけど、空輸特化じゃなくて、空輸込みの高速輸送艦隊の場合、防空駆逐艦がいて機動力の高い駆逐艦と軽空母、長射程の長門さんがいる艦隊に白羽の矢が立つかもしれない。

 どっちもあまり前例のない形で新造艦隊だからどうなるかわからないけど、その時はよろしくね」

「了解した」

「な、……長門さんが護衛艦っ? それは驚愕の現象かもっ?」

「現象というほどか? ……そういえば、護衛任務はなかった気がする」

「ん? とすると、秋津洲が全体の指揮? 護衛艦隊との連合艦隊旗艦?」

 にやー、と瑞鳳が口を挟む。秋津洲は、私を見て「旗艦」と小さく呟く。

「すっごーいっ、秋津洲っ、連合艦隊旗艦の戦艦、長門が護衛艦を務める艦隊の旗艦だってっ」

 ぱちぱちと拍手する時津風。煽ってるな。

「え? えええっ? そ、それは? え? えっ?」

「落ち着いてください。というか時津風、遊ばないでください」

「えー?」

 口をとがらせる時津風。私は彼女の頭に手を置いて、

「秋津洲もだが、過去の栄光はあっても、今、この私はこの基地の新人だ。

 高速輸送は確かに意味があるし、護衛が必要なら私は全力で取り組む。余計な気兼ねは不要だ」

「はい」「はーい」

「その場合、僕たちは駆逐隊として撤退支援、長門さんは進路上に陣取って追撃する敵艦を遠距離から砲撃で迎撃か?

 敵艦隊にとっても僕たち駆逐隊の相手と輸送艦隊の追撃を意識していれば、遠距離からの砲撃支援は不意打ちにもなると思うし、撃破率も高くなると思う」

「そうなるな。……む、とすると僚艦と敵艦入り乱れた状況での砲撃か。

 やはり命中率を上げる訓練は必須だな」

 僚艦を撃つわけにはいかない。……重責だが、やるしかないな。

「あたしたちが巧く敵艦誘導できればいう事なしだよね。

 せめて輸送艦隊から引き離せるように撤退支援出来れば、長門の砲撃支援もやりやすいでしょ?」

「敵艦の引き離しは私の空爆でも出来るから、それ込みでの訓練ね。

 艦載機の空爆につかまらないようにしてよ?」

「ああ、そうならないように訓練は必要だ。……考えれば考えるほど課題が増えてくるな」

 むむ、と難しい表情をする初月。春風は微笑み「やり甲斐がありますね」

「楽しみにしてるよー

 んー、美味しい、春風って料理上手なんだね」

 にこにこと鈴谷は嬉しそうに食事をとる。春風は笑みを返して、

「ありがとうございます。料理は好きなんです」

「お、じゃあ、食堂がもっと期待出来ちゃったり?」

「よろしければお手伝いも、……ただ、不用意に行くと調理場も混雑してしまうそうなので、注意が必要ですね。

 神風お姉様もとても困ったとか」

「おろおろしてる神風、はたから見てて可愛かった。

 ね、春風。お姉さん凄いんだよ? この基地のやり方にも慣れてきたはずなのに、今度は妹の春風にデキるお姉さんアピールしようとして空回り始めたりとか、慣れても可愛いの」

「はいっ、春風も神風お姉様を愛でたく思いますっ」

 微笑みを交わす鈴谷と春風。野分は遠い目をして、

「大変ですね。神風」

「あっ、のわっちー、あたし、お姉さんだけど愛でていいよー

 お菓子とか買ってくれると嬉しいなー」

 にやー、とすり寄る時津風。野分はぺしんと彼女の頭を叩いて、

「むしろ姉が買ってください」

「お祝いの話はどこに行ったの?」

「え? 時津風も出すんですよ。時津風のお祝いの会費」

「うそ、……んなばかな。全然嬉しくない」

 と、くすくすと、

「秋津洲さん?」

「あ、……ええと、初月ちゃんたち、楽しそうだなって。

 あたしはまだ艦隊に所属してないけど、きっと僚艦がいたら楽しい、……かも」

「そうだな」

 頷く、これから生死を共にする仲間たちだ。楽しい事、いろいろな事をともに乗り越えていきたい。そういう仲間がいるのは、いいな。

「こーら、楽しいかもじゃなくて、楽しくやっていこー、くらいに言わないと」

 羨ましそうに微笑む秋津洲を鈴谷が小突いて、

「ねっ、のわっちっ」

「…………そうですね。……そうですね。

 鈴谷さんと一緒にいると楽しいです」

 にっこりと笑顔の野分。「あう」と、鈴谷は意表を突かれたような反応。

「え、……えーと、いや、鈴谷ピックアップ、ってわけじゃなくて、艦隊のみんな、って事なんだけど」

 困ったように視線を泳がせる。野分は、ずい、と迫って鈴谷の手を取る。

「大好きな鈴谷さんと一緒に居られて、野分、幸せです」

「はひっ?」

「鈴谷さん、……野分では、だめ、ですか?」

「い、いや、いやいや、だ、だめって事はなくてねっ、鈴谷ものわっちが僚艦で嬉しいけど、ほ、ほら、フレンド、的なっ?」

 目が物凄く泳ぐ。そうか、

「こうして、被害担当艦は変わっていくのだな」

「秋津洲、艦隊を組んだらいかに被害担当艦を回避するか、重要だと思うわ」

「不意打ちを避けるためにも、あらかじめ被害担当艦は決めておいた方がいいかもしれない」

 初月も、うん、と頷く。秋津洲はなぜか非常にあいまいな笑顔。

「ええと、……それじゃあ、長門さんの艦隊の被害担当艦は、誰? ……かも?」

 視線が交錯する。皆で一度視線を交わし、最後に、旗艦である私に視線が集まる。

「では、被害担当艦を決めておこう」

 

 ……………………白熱した議論はあったが、まあ、決まるわけがないな。

 



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二十話

 夕食を終えて寮に戻る。夕食は済ませた。だから一階の食堂を抜ける。明日の訓練もある、早めに入浴を済ませ、明日に備えて眠ろうと皆で話していた。

 だからそれぞれの部屋に戻り、入浴準備。の、途中。

「……明日、この艦隊として、僕たちの初訓練」

 ぽつり、初月が口を開く。

「ああ、そうだな」

「本音を言ってしまうと、少し、楽しみなんだ。

 この基地はいいところだし、僚艦も、僕はいいと思ってる。ここで艦娘として護国に貢献したいし、その一歩を踏み出せると思うと、嬉しい」

「ああ、それは私もだ。みんなで戦っていけると思うと、胸が熱いな」

 初月と笑みを交わし部屋を出る。隣をノック。時津風、春風、瑞鳳も準備を終えたらしく合流。脱衣所で服を脱いで入浴。体を洗って湯に浸かる。

「ん、……あーっ、今日も楽しかったー」

 ぐっ、と伸びをする時津風。

「そうだな、楽しかった」

「それに、明日から訓練よね。ちょっと楽しみ」

「わたくしもです。皆様と一緒に艦娘として艦隊を組めるのは、とても楽しみです。

 もっとも、訓練は厳しそうですが」

「難しそうだね」

 春風の言葉に苦笑して頷いた。

 そう、難しい。ただ、艦隊戦の訓練をするだけではない。

 それがどのように基地に貢献し、どのような形で守らなければいけない者を守れるのか。それも考えないといけない。

 いずれその判断もつけられるようにならなければいけないな。意地悪な提督の事だ。不意にその事を問うかもしれない。

 もし答えられなければ前線には出されないだろう。秘書艦殿は言っていた。それもばっちり考えられるようになって、初めて任務を任されるのだと。

「難しい、……っていうか、厳しそうだよね。ほんと、残業とか」

「自分たちの不出来だったら仕方ないけど、……その、やっぱりお風呂は入りたいな」

 ちゃぷ、とお湯をかき分けて初月。時津風は「あー」と、変な声をあげて、

「しれーがそーんな女の子の機微をわかってくれるとは思えないけどねー」

「っていうか、解っても無視しそう。艦娘として、って事なら仕方ないけどね」

「ああ、仕方ないな。

 が、やはり女性としては避けたい。残業は、頑張って避けよう」

 私の言葉に皆が力強く頷く。

「Hey、楽しそうなお話してますネ?」

「金剛」

 ちゃぷ、と湯をかき分けて金剛が来た。

「最初は渋ってたのに、随分と楽しそうになってきましたネー? 長門」

「ああ、そうだな」

 苦笑して頷く。「渋ってた?」と、問いに、

「そうデース。この若造は僚艦も決まってないのにワタシが守るんだー、なーんて悲痛な顔して言い張ってましたネ。

 カッコイーデスネー」

「ぐっ、……い、いや、…………わかってる。艦隊の方針は守る」

 じと、とした視線を僚艦に向けられて項垂れる。金剛は楽しそうに笑う。

「阿武隈から聞いてマース。ちゃーんとやりなヨ。

 長門の艦隊なんてワタシがNoっていったら即解体だからネー?」

「ああ、肝に銘じておこう。……いや、」

 不意に、古鷹の言ったことを思い出した。

「いっそのこと、下剋上を目指すのもいいかもしれないな。第三の一艦隊旗艦殿」

「……いいデスヨ若造。納得するまでかかってきなヨ」

 にぃ、と笑う金剛。同様に笑みを返す。超えられない、なんて諦める必要はない。

「ええと、金剛さん」

「ん?」

「艦娘としてもだけど、施設の維持とか、みんなの手伝いもしていきたいの。

 それで、どう、やっていけばいいか教えて欲しい、です。……その、要領を得ないお願いで申し訳ないのだけど」

 言葉を選びながら口を開く瑞鳳。ぎゅっと、

「ひゃっ」

「もちろん、遠慮は無用デース。いいデスヨー。

 可愛い後輩のお願いならどんとこい、デースっ」

 瑞鳳を抱きしめて撫でながら金剛。うむ。

「では、よろしく頼む。年長者」

「……可愛げのない若造デスネ」

 瑞鳳を抱きしめながら口の端を引きつらせる金剛。

「ま、けど今度の休みまでお預けだヨ。

 燻る気持ちはわかるケド、最初からあれもこれも詰め込んでもダメになるだけデース。我慢も大切ネっ」

「ん、……はい、わかりました」

 ぽん、と瑞鳳を撫でて、

「僕も、一緒にいいか?」

 初月が手を上げ、春風と時津風も頷く。金剛は「もちろんデスっ」と笑って応じる。

「みんないろいろとやってるケド、手が足りないところがあるのも事実ネ。

 だからそうやって働いてくれる娘がいるのはありがたいデスっ! …………力仕事要員がいるのはありがたいデス」

 横目でこっちを見る金剛に笑みを返して、

「そうだな、金剛。一緒に重たいものを持とう。若年者に重たいものを持たせるのも気が引けるな」

「年上を労いなヨー?」

「…………そうだな、腰は大切に、あだっ?」

「この若造、結構腹立つネ」

 叩かれてしまった。

「え、……と、長門さん、どうしたのですか?」

 おずおずと問う春風。どうしたか。「……どうしたのだろうな?」

「なーんで無自覚に攻撃開始するんですカー? この若造ー?」

「若年者は年長者に一矢報いたい。……なるほど、これが反抗期か」

「よし、決めまシタ。機会があったら演習しまショウ。反抗期の子供を殴るのも年上の役割、私的制裁は上官の特権ネ」

「基地や提督、直属の上官にさえ迷惑をかけないようにストライキか。……難しいがやらなければならないな」

「あうう、ず、ずいほー、なんかあそこ空気が悪くなってるよー」

「いい、時津風。

 きっと、ああやってライバル的友情を育んでいくのよ。ここは、生暖かく見守ろう」

 ライバル的友情とはなんだろうか?

 

 瑞鳳の言う金剛とのライバル的友情とやらを適度に育んで浴室を出る。

「ライバルか」

「一方的に敵視されたよ言うな気がしマス」

 ライバル的友情という言葉を思い出し、不意にこぼれた言葉に金剛がジト目。

「いや、若造呼ばわりも正直面白くないのだが」

「ワタシから見れば若造じゃないデスカー」

「そうだな年増、あだっ?」

 叩かれてしまった。

「みんなも可愛くない旗艦で大変デスネー」

 半眼でそんな事を言う金剛。

「いや、金剛。日本語の誤解がある」

「誤解、デス?」

「そうだ。金剛、年増とは四十歳くらいの事を想像しているのだろう?」

「違うのデス?」

 胡散臭そうな視線を向けられ、頷く。

「違う。いいか金剛、二十歳で年増、二十五歳から中年増、三十歳を大年増というのだ。イギリス帰りの金剛は少し日本語が不自由かもしれないな。現に発音が少しずれているだろう?」

「むむむっ? そうかもしれないデスネ。

 言葉の意味を理解出来ていなかったとは、日本語は奥が深いデス」

 難しい表情をする金剛。「理解が得られてよかった」

「…………あ、あのー」

 おずおずと、春風が手を挙げた。

「その、……長門さん、それ、いつの時代の話、なのでしょうか?」

「……………………江戸」

 

 金剛とライバル的友情を育みながら脱衣所を出る、と。

 じゃら、と、鎖の音、そして、声。

「あっ、長門さんっ」

「ん?」

 秘書艦殿だ。

 

 秘書艦殿は私だけを伴って地下の休憩所へ。……何かあるのだろうか?

「ええと、長門さんの元の僚艦だけどね」

「あ、……ああ」

 名取、五月雨に文月、あの泊地で生き残った仲間たち。

 出来れば、…………けど、

 申し訳なさそうに瞳を伏せる秘書艦殿。その意味は、なんとなく察しが付く。

「ごめんなさい。武藤少将が興味を持ったみたいで、そっちの引き取りになったわ。

 もともと水雷戦隊。軽巡洋艦を旗艦として駆逐艦の艦隊を作りたいって言ってたし、今は前線で深海棲艦の撃破を担っているところだから、どうしてもそっち優先になっちゃうのよ」

「ああ、そうか、」

 確かに、それは残念だ。……けど、

「会う事は、出来るか?」

 それが出来れば、それでいい。

 私の問いに秘書艦殿は頷いて、

「ええ、それは出来るわ。というか、来週の金曜日、武藤少将が定期報告に来る予定だから、その時に一緒に来てもらうよう村雨を通じて伝えておいたわ。

 雷の、中将の秘書艦としての権限を使った命令だから通るはずよ。その時は長門さんも武藤少将と会うのもいいと思うわ」

「ああ、そうだな」

「直接会ってもらうのが一番だけど、ざっと話しておくわ。武藤少将だけど、性格的には少し前のめりな感じね。逆に艦娘にはちょっと過保護。前のめり気味な提督の性格と、過保護気味な艦娘への接し方で折り合いがつかないのが困ったところね。

 出撃とかは積極的よ。それに艦隊戦で生き残る事、勝利のための作戦立案は上手。少将を任せるに足るのはこの手腕によるところが大きいわね。けど、軽度の損傷でも入渠したり、休憩の頻度を上げすぎたりで全体的な効率は決して良くない。

 資材の管理はちゃんとしてるけど、襲撃の頻度が多くなるとちょっと危なくなることがあるわ。入渠が重なって管理しきれなくなるのね。それで何度かしれーかんを仲介に他の提督の資材を融通した事もあるの。当人も自覚して気を付けているみたいだけど、そこは武藤少将の艦娘も含めてお勉強が必要ね。

 戦果だけど、轟沈はなし、撃破率は高い、けど、撃破数は撃破率に比べて低い。入渠の頻度が多すぎて殲滅までに時間がかかりすぎ、それで援軍として派遣された他の少将に戦果を取られているのね。時間をかけすぎてる武藤少将が悪いから、やり方を試行錯誤しているみたい。……まあ、そんなところね」

 言葉を選んで話してくれる秘書艦殿。ただ、そうか。

「ああ、また会うことが出来て、三人も、ちゃんとした提督の所に所属できるのならいう事はない」

 もちろん、叶うならまた同じ、この基地で一緒に戦いたい。……けど、そうだ。

 大切なのは、民を護る事。その目的をともに果たせるのなら、たとえそれが離れていようと一緒に戦っていることになる。

 また会う事、話をすることが出来るのなら、寂しいと思う事はない。

「そう、ならよかったわ。連絡や遣り取りに制限をかけるつもりはないから、電話番号とか聞いておくのもいいと思うわ。それは武藤少将とも話しておいて、中将であるしれーかんの艦娘からの依頼なら無視はしないはずよ。

 もちろん、あんまり長話してたら怒るけどね?」

「さすがにそんなことはしない」

 私事で基地に迷惑をかけるつもりはない。私の返事に秘書艦殿は満足そうに頷く。

「それじゃあ、長門さん。

 明日から本格的に第三艦隊として訓練ねっ、今更言うまでもないと思うけど、ちゃーんとゆっくりお休みして、万全の状態で訓練に臨まないとだめなんだからねっ、特に、明日は初日なんだからっ」

「ああ、わかった。気遣い感謝する」

 それにしても、他の、提督か。……どんな人たちなのだろうな。

 鹿島は、少将以上と以下は別物みたいに話していた。…………いや、それより、

 辺りを見渡す。声を潜める。

「その、秘書艦殿。

 言い辛い事かもしれないが、……その、話せる範囲でいいから、意見を聞きたい」

「しれーかんの事でしょ? 嫌いよ」

「…………そ、そうか」

 あっさりと、聞きたい事さえ読み取って秘書艦殿は応じた。苦笑。

「別に艦娘に暴力を振るうからとか、変な事をするからとかそういうんじゃないわ。艦娘に対する態度としてはいいと思う。セクハラっぽい事は言っても言うだけで実行に移すなんて事はしないし、そもそもピエロさんを演じてるだけなのよね。あれ。

 能力は言うまでもないわね。見た目は気にしないけど、……ただ、その人格、人としての在り方は気に入らない。ああいうの、大っ嫌い」

 秘書艦殿は肩をすくめて、

「ま、といっても中将なんてどこか頭のねじが外れた人でなしばっかりよ。もっとも漣に言わせれば、その秘書艦や中核の艦娘も相当おかしいらしいけどね。…………あ、」

 不意に、秘書艦殿は慌てて口を塞いで、

「けど、武藤少将は、っていうか、少将は優秀な軍人よっ、人格も人の範疇だから全然問題ないわっ! だから、長門さんの元僚艦のみんなは全然大丈夫よっ」

「そ、……そうか。……その、秘書艦殿」

「なぁに? 雷に頼りたいことがあるの? いいわよっ?」

「あ、いや、……頼りたいというか」

 聞きたい事。

「中将の秘書艦、も、か?」

 人ではなく、艦娘も頭がおかしいと、秘書艦殿は言った。

 それは、自分も当てはまるという事、けど、秘書艦殿自身には特に否定の意思は見えなかった。……そう、同意しているように感じた。

 その不自然さが思わず疑問として口から零れる。失礼な事を聞いた、と。解かってはいるのだが。それでも、その答えが聞きたい。

 自らをおかしいと、そう認識してしまうような理由を、

 

 問いに、秘書艦殿は透明に、――――

 

「『・・・・』、この、尊い祈りを形にするって決めたの。

 そのためなら、おかしくなろうが、兵器に成り果てようが、構わないわ。人でなしと悪い娘が構成する大本営中枢に関わるのなら、その程度、当然として受け入れないとだめなのよ」

 

 ――――美しく、微笑んだ。

 



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二十一話

 

「……さすが、…………だな」

 第三の三艦隊との演習終了。結果は敗北だった。こちらは全員轟沈終了。対して阿武隈達、第三の三艦隊は、こちらに合わせて五人。阿武隈と天城が中破で、他の三人は小破。

 演習用の近海近く、砂浜でぐったりする私たち、対し、

「お疲れ様ですっ、はいっ、飲み物ですっ」

「ああ、ありがとう」

 クーラーボックスに入れた飲み物を配る大鳳。受け取り一口。ほう、と一息。

「それで、大鳳。

 第一艦隊としてはどう?」

 大鳳と一緒にこちらの演習を見ていた高雄が問う。問いに、大鳳は困ったように眉尻を下げ、一息。

「あの艦隊戦通りの運用なら、第一艦隊の方針とは違います。

 これから大幅な変更があるとは思えないので、無理でしょう」

「そうね」

 …………そうか、第一艦隊は無理か。

 いや、それでいいと思う。確かに演習、戦っていてそれは感じていた。……だから、それでいいんだ。うむ。

 と、言葉を交わす二人は、最後に、ぽかんとした表情で演習を見ていた提督に視線を向ける。提督は頷いて、

「荒潮君の艤装、肩ひもが赤じゃなくなったんだなあ。

 あの外見でランドセルを背負っているみたいで、不思議な感じがしたのだがなあ」

「うふふ、司令官。あんまり変な事言ってると暴れちゃうわよ~」

 のんびりと応じる提督と、ひょい、と提督の後ろから顔を出す荒潮。高雄と大鳳はジト目。

「そうかあ、暴れられたら困るなあ。葛城中将の所の朝潮君みたいになるのかなあ」

「あれは、暴れるじゃなくて発狂してるのよお~」

「そうかあ。……そうだなあ。

 高雄君、大鳳君。その見解で間違いないよお。長門君たちはこのまま第三艦隊だなあ。大鳳君はこの事を古鷹君に報告しておいてほしいなあ。高雄君。鈴谷君と相談して秋津洲君の艦隊の必要資材を見積もっておいて欲しいなあ。

 荒潮君、阿武隈君に長門君の艦隊、まずは哨戒を中心で考えておくように伝えておいてねえ、阿武隈君から金剛君と相談してもらって欲しいなあ。秋津洲君の艦隊の必要資材の見積もりを見て、輸送の護衛をどの程度組むか判断するよお。第二艦隊とすり合わせが出来るまではそれで頼むよお。鹿島君への訓練内容もそれで伝えておいて欲しいなあ」

「「了解」」

 大鳳と高雄が頷く。

「長門君たちは今回の訓練に対して、見つけた課題点を提示だよお。

 荒潮君たちもだよお。阿武隈君は金剛君と長門君たちの艦隊の方向性を検討してもらうから、…………ふむん。そうだなあ、荒潮君中心でまとめて欲しいなあ。お昼を挟んで1500までにまとめて、それから反省会だなあ」

「ええ~、私、そういうの苦手なのよ~」

「苦手でもやらないとだめだよお」

「はーい、もう、仕方のない司令官ね」

 やれやれ、と肩をすくめる荒潮。提督は頷いて、

「そういうわけだから、長門君たちも、演習の反省点を提示して反省会だなあ。

 そうそう、荒潮君。ついでに議事録も頼むよお」

「もーっ、何でもかんでも私にやらせないでよっ」

「ふむん、……じゃあ、仕方ないなあ。私がやるから何もやらなくていいよお」

「…………解かったわよ。やるわ。……もう、司令官、死んじゃえ」

「それはまだ無理だなあ。ごめんなあ」

 ぽつりとこぼした物騒な言葉に提督は笑って応じて歩き出した。高雄と大鳳も苦笑して後に続き、荒潮は溜息。

「もうぅ、やる事がたくさんじゃないっ!

 金剛さんと阿武隈さんにお話してえ、鹿島さんにも、……で、それからみんなと書類作ってえ、会議してえ。議事録つけてえ、……はあ」

 大仰に肩を落とす荒潮。確かに、随分といろいろ押し付けられたな。

「報告くらいは私やろうか? 阿武隈さんと、鹿島さんに」

 私同様転がっていた瑞鳳が声をかける。対して、荒潮はひらひらと手を振って、

「ありがとうございます。けど、大丈夫よ。

 少しくらい忙しい方が気も紛れるわ」

「そう?」

 瑞鳳が頷く。荒潮は視線を向けて「阿武隈さん、……は、いないか。秋月ちゃーんっ」

「なんですか?」

 荒潮に呼びかけられて、演習に付き合ってくれた秋月がこちらへ。

「今回の訓練で司令官にいろいろ連絡とか押し付けられちゃったのよお。

 で、反省点の書類作成、お昼食べ終わったら先行で進めておいてくれないかしらあ? 阿武隈さんは金剛さんと別件があるからあ、天城さんと最上君でねえ」

「それ、最上さんに言ったら怒られますよ」

「あらあ、ごめんなさい。秘密にしておいてねえ」

 くすくすと荒潮は意地悪く笑う。

 さて、いつまでも寝転がっているわけにはいかない。立ち上がる。

「まずは昼食か?」

「そうよ。お仕事前に英気を養っておかないと。

 意地悪な司令官のせいで演習後の午後まで大忙しよ」

「相変わらずですね」

 くつくつと笑う秋月。初月は首を傾げて、

「提督は、……その、何か差別でもしているのか?」

「ちょっと違うわ。私は悪い娘なの。だから、司令官は意地悪なのよ。

 初月ちゃんは大丈夫よ。みんな、いい娘だもの」

 けらけらと、荒潮は楽しそうに笑った。

 

 昼食を終え、一通り問題点と思われるところのたたき台を作る。荒潮に指定された会議室に入る。

 と、

「眼鏡?」

 荒潮は眼鏡をかけていた。くい、と軽く手であげて、

「似合う? 秘書艦さんとお揃いなのよ」

「秘書艦さんは、眼鏡をかけていらっしゃるのですか?」

 春風が首を傾げる。確か、なかったと思うが。

「伊達よ。とっても可愛いの。

 思わず私も欲しくなっちゃった」

「そうですか、……ええ、そうですね。お似合いだと思います」

「荒潮は無駄にえろいねっ」

 時津風はけらけらと笑い。的確すぎる指摘に思わず頷いてしまった。

「ありがと。褒められたと思っておくわ」

「といっても、男性なんて達磨さんしかいませんけどね」

 柔らかく微笑む天城に荒潮はけらけらと笑って「ほんと、ざーんねーん」

「荒潮、始めますよ。天城さんもあまり悪乗りしないでください」

「最上さんは、いらっしゃらないのですか?」

 春風の問いに荒潮は頷いて、

「運良くか悪くかわからないんだけど、ちょうど第二艦隊の熊野さんと神風ちゃん、それに鹿島さんも引っかけられちゃってねえ。

 熊野さん、阿武隈さん、金剛さん、鹿島さん、神風ちゃんでちょーっと集中的な会議をすることになったのよお。で、議事録つけるっていう名目で引っ張り込まれたの」

「そうか」

「会議の結果は後で阿武隈さんから話があると思います。

 初月、気になると思うけど今はこっちに集中して」

「ん、もちろんだ」

「それじゃあお勉強かあ。あたしあんまり好きじゃないんだよなー」

「あははっ、私もよ。気が合うわね」

 握手などを交わす時津風と荒潮。で、

「荒潮っ」

「はいはい、ごめんなさい。秋月ちゃん」

「荒潮ちゃん。これが終わったら今日のお仕事は終わりだから、頑張りましょう」

「はーい」

 さて、天城は一息。

「では、今回の訓練についてですね。

 事前に提督から、いくつかの留意点を指摘されていましたが、まず、春風さん」

「はいっ」

「航行の軌道が不安定です。最前線を走る時津風さんに注意を向けすぎています。

 僚艦を気にかけるのはいいでしょう。ですが、訓練中、それも、まだ練度が低い今の段階では、まずは自分の成すべき事を成さねばなりません」

「…………はい、精進します」

 春風は肩を落として頷く。これは、私たちの中でも出た事だ。

「僕も、後ろから見て危なさそうなら声をかけるようにしないと」

 自戒するように初月は呟く。けど、秋月は初月に視線を向けて、

「初月、今回の演習でもそれに気を取られていたわね? 天城さんの艦載機、もっと落せたはずよ?」

「…………ぐ、」

 ぐうの音も出ず黙る初月。春風も小さくなる。

「それとお、時津風ちゃん。

 ちょーっと航行に曲芸が入ってたわよ? 忘れちゃだめよ。貴女が連携をしないといけないのは、」

 荒潮は、ちらり、春風に視線を向けて、

「貴女より一つ足の遅い、旧型艦なのよ。貴女が主導で連携をしていかないとだめじゃない」

 荒潮の指摘に時津風は肩を落として「……うん」

「ごめんな「謝っちゃだめよ。春風ちゃん」」

 肩を落とす春風に、荒潮は切り込むように口を開く。強いての無表情、眼鏡の向こうから刺すような視線で、

「それは今の貴女の練度では仕方のない事。そもそも地力が違うのだから無理に矯正しても壊れるだけよ。

 連携するときは性能の高い方が低い方に合わせて、旗艦が全体のバランスをとるの。弱い事に甘えてはだめ。けど、弱い自分を責めるのもだめよ。自分の出来るところを考えていきなさい」

「…………はい」

「うん、そうだね。ごめん、春風。あたしあんまり見えてなかった。

 荒潮もありがと、気を付けるよ」

「ええ、気をつけなさい」

 荒潮は謹直に応じる二人に穏やかな笑みを見せる。天城はそちらを見て一息。

「瑞鳳さんは駆逐艦の三人が雷撃距離に踏み込みやすいように、制空権確保を確実にするために艦戦でそろえた、というのもわかりますが、流石に偏りすぎです。

 軽空母では正規空母の艦載数には敵いませんし、敵艦隊の戦力は未知数です。

 僚艦の戦力を十分に把握したうえでの選択ならともかく、新造の艦隊で偏った選択は避けましょう」

「……はい」

 天城の指摘に瑞鳳は項垂れる。

「それと、長門さん」

「う、うむ」

「立ち位置、位置取りでかなり戸惑っていたわね。

 水雷戦隊旗艦の戦艦なんてほとんどないだろうから、不慣れもあるし仕方ないのだけど。ただ、旗艦である以上そんな事をいつまでも言ってられないわ。

 訓練はその勉強にしばらく集中した方がよさそうね」

「……了解した」

 駆逐艦の艦娘に説教されるとは、……とも思うが、非常に的確だ。素直に受け入れよう。

 かたかたとキーボードを叩く荒潮は苦笑。

「そうねえ、こちらの評価だと。

 長門さんたちの艦隊、個々の能力は、100点満点中、70点。思ったよりは高かったわ。けど、連携は40点。不仲によるぶれはないけど、それぞれの性格のかみ合わせに注意が必要ね。

 性格や経験の問題があるから、これは数を重ねるしかないわね」

「長門さん、鹿島さんには砲撃の訓練ではなく旗艦としての勉強を意見具申しましょうか?」

 秋月の問いに頷く。確かに経験や勉強は必要だ。まずはその方向で訓練をしていきたい。

「そうだな、頼む。

 阿武隈からもいろいろ教えてもらおう」

 まずはそこからだな。艦隊としての役割は支援砲撃だが、旗艦として巧く動けなければそれ以前だ。

 それから、こちらの感じた事を報告し、意見を聞いてみた。もっとも、おおよそ先に荒潮たちがあげた指摘と重なる事が多いが。

 

 会議も終わり、議事録提出のために私と荒潮は提督の執務室へ。

「んーっ、これ提出したら今日のお仕事は終わりね~」

「ああ、そうだな。夕食まで少し時間はあるか」

「長門さんはどんな事して過ごしてる? まだ、新人さんだったのよね?」

「僚艦と話してようと思っている。……そうだな、荒潮は?」

「姉さんにちょっかい出そうと思ってるわ。

 この基地の朝潮姉さんは、まだいい娘だから、……ふふ、一緒に遊ぶの楽しいのよ」

「この基地? ……ああ、同一艦か」

 同じ艦船を基礎として複数の艦娘がいるとは聞いている。どこかに、私ではない長門もいるだろう。

 ん? ……まだ?

「この基地の外にはいい娘ではない朝潮がいるのか?」

 この基地の、といった以上はそういう事だろう。問いに荒潮は困ったように、

「ええ、葛城中将の秘書艦も朝潮姉さんなの。

 私とお、春雨ちゃんと、潮ちゃんで一月くらい研修に行ってたのよねえ」

「む」

 他の中将の所に、か。

「それは興味深いな。勉強になったか?」

「それはもちろんよ。……頭おかしくなるかと思ったわ」

「…………それは、高評価なのか?」

 しんみりとした表情でそんな事を言う荒潮。

「そんなものよ。逆に葛城中将の所の娘がここに研修に来た時、地獄に堕ちたと思ったとか言ってたわ。

 長門さんも、頑張ってね」

「鋭意努力しよう」

 まだここの訓練もほとんど受けていない。…………地獄か。

「責任あるところだし、訓練が厳しくなるのも解るのだけどね~」

「休憩がしっかりとれているのは救いだな」

「杜撰だと極端になりがちだし、それよりはましよね」

「そうだな」

 暇を持て余すのも、困るな。

「そうそう、それで、葛城中将の所の朝潮姉さんだけど。

 そうねえ。……ここの秘書艦さんにも劣らないわよ。大本営の中枢に所属する娘は流石に違うわあ」

「そうだろうな」

 確かに、秘書艦殿は艦娘としては非凡な能力を…………ん?

「大本営の、中枢」

 ふと、その言葉に違和感。……確か、昨夜秘書艦殿は大本営中枢に関わるなら、といっていた。中将の秘書艦なら大本営の中枢にいる者と関わる事もあるだろう。そう思っていたが。

「荒潮。どういうことだ? 艦娘が、大本営を動かしているのか?」

 所属する、というのなら、つまりそういう事になる。

「あ、……あー」

「あーらーしーおー」

 しまった、と。そんな表情で口を閉ざす荒潮と、いつの間にか後ろに立ち、にたり、笑う秘書艦殿。怖い。

「なーにー、言ってるのよー?」

「あ、あはは、ごめんねー、秘書艦さん」

「もうっ、いきなりそういう事を言ったらだめじゃないっ!

 これだから悪い娘は油断できないのよっ! あとは長門さんの訓練の結果報告でしょっ! その前にちょっとお説教っ!」

「あっ、あんっ、痛いっ、痛い痛いっ、耳っ、秘書艦さん、乱暴は、や、め、て、ね? ……いたたっ? 抓っちゃだめえっ!

 意地悪されるより優しくしてくれた方が、好、き。……いたたたたっ? ちょ、ほんと痛いわっ! な、長門さーん、報告はお願いねー」

「あ、ああ」

 気になる事はあるが、秘書艦殿の剣幕を見ると聞くに聞けない。なんとなく部屋に引きずり込まれる荒潮を見送って、私は執務室に向かって歩き出した。

 

「そうかあ、……そうだなあ。

 まあ、荒潮君は悪い娘だからなあ。困ったなあ」

 のんびりと相槌を打つ提督。

「悪い娘、か」

「基本的には皆いい娘だけどなあ。中にはいるんだよお。荒潮君みたいな悪い娘も。

 ふむう、……けど、まあ仕方ないなあ。みんながみんないい娘であることを要求するのはただの傲慢だからなあ。悪い娘には悪い娘なりに付き合うしかないなあ」

「そうだろうな」

「それと、議事録だけど了解したよお。それで、長門君。

 結果はおいて、まず、この艦隊でやっていけそうかなあ? 性格的な相性で答えて欲しいなあ」

「ああ、生活面では問題ない。が、議事録にもあるが艦隊の連動に入ると少し崩れるな。

 荒潮たちにも指摘されたが訓練を重ねれば問題ないと判断している」

「そうかあ、水雷戦隊の旗艦は阿武隈君が得意だから、今度演習は見学をしておくといいなあ。鹿島君には伝えておくよお。

 他の娘たちは、……ふむん。初月君と春風君は周りに気をかけすぎている。なあ、時津風君が少し突出気味なのは意識すれば抑えられるけど、二人はしばらく一緒に訓練をすれば戦術面での信頼感も出てくるだろうなあ。訓練を重ねるようにしていけばいいと思うよお」

「解った。ああ、そうだな。

 瑞鳳については?」

「少し資材を気にしすぎている印象があるなあ。前に使いすぎたからいろいろ指摘したのがこじらせたみたいだなあ。

 長門君、瑞鳳君は一度第二艦隊の、……ふむん、龍鳳君がいいかなあ。演習の程度とそれに応じた想定必要資材についてお話を聞いておくように伝えて欲しいなあ。限度を認識すれば、あとはそれで抑える事を目標に技術を磨けばいいだけだからなあ。上限が不明だから節約を意識しすぎるのであって、明確に規定されればそれを超えなければいいっていう安心感も出るだろうからなあ」

「む、そうだな。伝えておく」

「連携について多少問題が出るのは想定通り。個々の能力は十分だよお。

 ただ、長門君は先に旗艦としてのお勉強だから、砲撃訓練は控え目にしてもらうよお。僚艦のみんなから離れてお勉強の時もあるから、お勉強内容の共有についてはちゃんとやるようになあ。

 テストケースでもあるから実戦レベルに持ち上げようと焦らなくてもいいけど、しっかりと基本は抑えておきなさい。運用が高度になればなるほど周りもアドバイスが難しくなるから、自分で十分に考えられるように基礎はしっかりマスターが大切だなあ」

「了解した。異存はない」

 提督の話はいろいろと勉強になるな。

 と、

「提督さんっ、……と、長門さんもおったか?」

「浦風か」

 扉がどばんっ、と開いた。浦風が威勢よく入ってきた。

「今回の訓練の報告書じゃっ、目え通してな」

「うむむ? 鹿島君は忙しいのかなあ?」

「鹿島さんだったら谷風と磯風と、浜風とお話じゃけえ。うちが代表で報告に来たんよ」

「そうかあ、ありがとうなあ」

「まあ、長門さんがお先ならうちはあとでもいいけえね。

 提督さん、ゆっくりやって大丈夫じゃ」

「いや、こちらの要件は終わった」

「……………………ふむん。浦風君。次の訓練相手は長門君たちにしてみようかなあ」

「お?」「ん?」

「浦風君たち、浦風君と磯風君、谷風君、浜風君の駆逐隊だよお。

 実際に演習してみると長門君も駆逐隊の動きが見えてくるだろうからなあ。どうかなあ?」

 ふむ。

「長門さんたちと演習? ……あ、けど、大丈夫なん? 資材の管理、ここ、厳しいんじゃないの?」

「ふむん。入れられるよお。山風君には私からお話するから大丈夫だよお。

 それに、浦風君たちもまだ訓練中だからなあ。新人の長門君たちと切磋琢磨してほしいなあ」

「な、長門さんと切磋琢磨は、「かつての連合艦隊相手には荷が重い、そんな弱音を出し尽くすための訓練だよお。浦風君」…………そう、じゃな」

 困ったように視線を泳がせていた浦風は、こくん、と頷く。

「そうじゃっ! 実際に外出たら何が出るかわからんけえねっ! 戦艦の深海棲艦と遭遇戦になっても諦めることないよう、メンタル叩き直さんとなっ!

 おっしゃっ! 胸を借りるよっ」

「いや、私たちも新人を集めた新造の艦隊だ。

 どちらが上という事もない。どんな結果になろうとも、正々堂々全力で訓練に臨もう」

 頷き、浦風と握手を交わす。「ふむん」と提督は頷いて、

「長門君は僚艦のみんなと、さっきのお話をしてきて欲しいなあ。

 それが終わったら改善点として記録して、今日はお休みでいいよお。浦風君、時間があるなら、訓練の報告は鹿島君とのお話が終わってみんながいるときに聞こうかなあ。その時に長門君たちとの演習についてもお話するからねえ」

「了解じゃっ」

 と、扉がどばんっ、と開いた。

「ちぃーっす提督っ」「提督、いるかも~?」

「いるよお。秋津洲君の編成に関する事かなあ?」

「うん、相談とか確認点をあげてみたから、……って、あれ? お話中? いいよ、鈴谷たち今日はこれで上がりだし、待ってるよ」

「あ、あたしも一緒に聞きたいかも? 聞くだけでいいから、だめ、かも?」

「いいよお。

 浦風君、みんなを呼んできてねえ。鈴谷君、書類を見せてもらおうかなあ」

「はーい。じゃ、よろしくー」

 鈴谷が書類を差し出したところで、扉がどばんっ、と開いた。

「はいはーいっ、提督っ、連絡だよー。って、大所帯っ?」

「村雨君は荒潮君と雷君にお説教されてみるといいんじゃないかなあ?」

「なんでっ? うぁあん、村雨が悪い娘だからって差別だー」

 いきなり説教をされて来いと言われてめそめそし始める村雨。にしても、

「賑やかだな」

「一日のお仕事が終わる時間だからなあ。報告とかで賑やかになるんだよお。

 ふむう、女の子にたくさん構ってもらえて嬉しいなあ。おっさんにとっては幸せな時間だなあ」

「……これ、セクハラ? ねえ、セクハラ? 殴っていい?」

「はいはーいっ、村雨は有罪に一票っ」

「よっしっ」

「村雨君の一票は重たいなあ」

 じりじりと距離を詰める鈴谷に提督は苦笑。と、扉がどばんっ、と開いた。

「お説教終わったわっ」

 荒潮が部屋に入って来た。来て、首を傾げた。

「私、ひょっとして来た意味ないかしらあ?」

「まあ、一応報告は終わった。荒潮、今日の仕事はこれで終わりなのだろう?」

「ええ、ありがと」

「それじゃあ、荒潮君も悪い事考えてないでさっさと休みなさい」

「はーい、あ、村雨ちゃん。お仕事終わった? 終わったなら一緒に遊びましょ」

「はいはーいっ、ちょっと待っててねっ、提督に連絡して後片付けしたら終わりだから」

「じゃあ、後片付け手伝うわ。先に行って待ってるわね」

 軽く手を振って執務室を出る荒潮。そして、入れ替わりにさらに別の娘も入ってきた。確かに報告などで忙しい時間かもしれないな。

「では、私も失礼する」

 なら、長居しても邪魔だろう。一礼して執務室を出た。

 



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二十二話

 

 この基地には驚くべき事がある。

 一つは、土日が休みだ。週休二日制だ。

 もちろん、深海棲艦は土日祝日年末年始に関わらず三百六十五日襲来する。襲来しない日もあるが、それは決して定期的なものではない。

 なら、どうして定期的な休みが実現できているのか? 早朝、島風と時津風が走り回っているのを横目に聞いてみた。

「ふむん、……私は中将だからなあ。偉いんだよお。だから部下を連動させればどうにでも出来るなあ。

 私は凄いなあ。人に命令できるなんて、偉い人だなあ」

「提督、物理的貫禄、あるから」

 我らが提督は中将でもある。そして、中将は艦娘のほかに十人、少将を直属の部下として指揮している。

 なので、提督は部下の少将と打ち合わせて調整を行い監視、警戒の穴を開けないようにスケジュールを組んでいるらしい。

 部下の少将たちも週休二日と聞いている。この基地が土日休みなのはたまたまで、月曜日と火曜日が休みな少将もいれば火曜日と水曜日が休みの少将もいる。との事だ。

 もちろん、緊急事態を考慮し、連絡から二時間以上基地に戻れない場所に行く時には事前申請が必要で、例えば戦闘可能な艦隊が丸々いなくなる、という事になれば申請は却下、待機命令が出るが、今のところそういった事はないらしい。

 そして、もう一つ。

 朝食、春風の作ってくれたお弁当を食堂で食べる。僚艦もお弁当をもってそれぞれ思い思いの場所で食事をとる。そして、私の正面には、

「そうねえ。……やっぱり、いかに反動を抑えるかね。

 加えて、やっぱり波には気を付けた方がいいわ。交戦の場に近いと荒れやすいからできるだけ離れた、安定した場所がいい。……まあ、素の命中精度は考えないとしても、威力とか犠牲になるから匙加減は難しいけどね」

「そうだな。波や天候の状況を考慮して立ち位置を決めねばならないか」

 先輩である陸奥、戦艦である彼女から遠距離の砲撃について話を聞いていると、じゃらっ、と音。

「あら? 秘書艦さん?」

 ぱたぱたと秘書艦殿が食堂に入ってきた。彼女も朝食は食堂のある寮ではなく、本部で取っていたと思うのだが。

 が、ただ食事をとりに来たというわけではないようだ。秘書艦殿はカウンターに並ばず、懐からマイクを取り出して、

『みんなーっ、ちょっと聞いてーっ!

 明日と明後日はお休みだから、繰り上げで今日の夜にお給料を渡すわっ! 時間は2000っ、場所はここよっ! いない娘にもちゃんと連絡しないとだめよっ!』

 秘書艦殿の宣言に、食堂は沈黙。……そして、

 一斉に歓声が上がった。

「……聞いてはいたが、給料が出るとは凄いな」

 太っ腹コールを聞きながらぽつり呟く。楽しそうに太っ腹コールに加わっていた陸奥は振り上げていた手を下して、

「ま、そう多くはないけどね。長門なら、……ん、旗艦だけど新人だし、大した額じゃないと思うわ」

「もらえるだけでも驚きだ」

「それもそうよね。……けど、もっと驚きな事があるわよ?」

「もっと?」

 悪戯っぽく笑う陸奥。問いに、彼女はよく聞いてくれた、とでも言いたそうな顔で、

「基本的に、だけどね。

 大本営から支給されるお金って二種類なのよ。一つは基地の運営費。もう一つは提督の給料ね」

「ああ、そうだろうな」

 大雑把に分ければそうだろう。提督とて人だし給料はあってしかるべきだ。生活費はここで暮らしていれば浮くとしても、家族もいるだろうから。……結婚はしていないそうだが。

「けど、基地の運営費ってその基地に応じた規模から大本営で算出された金額の、必要最小限らしいのよ。

 維持費の水増し請求とか問題になってたらしいから、提督からの金額の交渉とか一切受け付けていないそうよ。基地が破壊されたとか、そういう事があれば修繕のための割り増しもあるらしいけど、それも申請と監査を経てからね」

「…………そうだな。……ん? とすると、私たちに渡される給料というのは?」

 艦娘は法的には基地に配置されている兵器という扱いになっている。面白い話ではないが、一斉に発生した深海棲艦の対応で法整備に手が回らなかったらしい。まともに法整備をするとなれば人、それも少女が戦地に向かうという事で慎重な調整が必要だろうが、そんな事をしている暇はない。

 ならばいっそのこと兵器と割り切って早期に動かした方がよいという判断だ。心情面はともかく納得は出来る。……となると、

「ええ、基地の運営費の中に、兵器に払う給料なんてないわよね。

 だから、提督の給料から出ているらしいわ。もちろん、やりくりして浮いた運営費も入っているでしょうけどね。けど、そのお金は本来提督が懐に入れていいお金だし、お給料に関しては自腹を切っている、と思っていいわ」

「確かに、驚きだな」

 ここまで気を遣われるというのも、

 陸奥は溜息。

「秘書艦さん、そういうところが気に入らないのかしらね。

 提督、自分の事蔑ろにしているような気もするのよ。たまに」

「……そうかもしれないな」

 秘書艦殿は提督を嫌っている。その人格が気に入らない、と言っていた。あまりにも自分を後回しにしている事、それが気に入らないのだろうか?

「それで、駆逐艦の娘を中心に、提督に何かプレゼントをしようって話し合った事があったのだけど、何を贈ればいいかわからないのよね」

「趣味とかあるのか? 提督は」

 プレゼントなら趣味に合ったものがいいだろう。そう思っての問いに陸奥は曖昧に微笑んだ。

「女の子を凝視する事。……って答えてみんなをどん引きさせた後に、秘書艦さんにしばかれてたわ」

「……………………そうか」

 

「うう、疲れたかもー」

「まあ、仕方ないな」

 がっくりと、猫背で肩を落とす秋津洲。隣を歩く私も意識して背筋を伸ばすようにしているが、油断すれば秋津洲と同じく猫背になるだろう。訓練は、言葉を選んで言えば苛烈で過酷だ。この基地の重要性を考えれば妥当なのだろうが。それでも、かなり、きつい。

 ともかく、彼女とともに秘書室へ。

 訓練の結果報告だ。本来は提督にするのが筋なのだろうが、規模の大きいこの基地は一度秘書次艦の鹿島に届け、彼女がまとめたうえで提督に報告が行く。……という流れになっている。

 というわけで、本部にある鹿島の秘書室を目指して歩く。途中、

「ちょっとっ、なんで鹿島さんを巻き込むのよっ!」

「ひゃいっ?」「ん?」

 通り道にある執務室から怒鳴り声。声の主は、

「天津風?」

「ど、どうしたの?」

「執務室だが、提督か?」

 基本、執務室を仕事に使っているのは提督か秘書艦殿だ。天津風が怒るとしたら提督だろう。…………ん?

「どうしたの? 長門さん」

「いや、……天津風に怒鳴られているのは提督、と思うのだが」

「違うかも? あたしもそう思う、かも」

「秘書艦殿という可能性が全く考えられないのだが、なぜだろうな?」

「……………………というか、秘書艦さんが失敗するところさえ想像できない、かも」

「くっ、世界のビッグ7であるこの私が、駆逐艦に勝てるところを想像さえできない、だと」

 思わず頭を抱える私たち、ともかく、鹿島の名前が出たという事は彼女はここにいるのだろう、一声かけて執務室に入る。大体案の定な光景が広がっていた。

 顔を真っ赤にして怒鳴る天津風と、ゆらゆら揺れている提督。どうしたものかと半笑いの鹿島。眉根を寄せて分厚いファイルを見ている秘書艦殿。

「おやあ、長門君かあ」

「ああ、訓練の結果報告に来たのだが、取り込み中なら出直すが?」

 鹿島に視線を送る、鹿島は困ったように頷く。出直すか、と思ったが。

「いやあ、ちょうどよかったよお。

 長門君、明日は予定ないかなあ?」

「ん、今のところは特に、何かあるのか?」

「そうかあ。じゃあ、鹿島君にお使いを頼んだからお手伝いをしてあげて欲しいなあ」

「鹿島の? 構わないが、何をだ?」

「えろい本。一万円分」

「……………………提督、その、……それは、女性に頼んでいいものじゃない、かも、……じゃなくて、だめなものよ」

 慄く秋津洲。

「ふむん、といっても鹿島君は私が自由に使っていい備品で、私のお金で買ってくるのだから問題はないなあ。

 鹿島君は私の命令に背く権利はないなあ」

「び、備品、って」

 法的には確かにそういう扱いなのだが、やはりそういわれるのは面白くない。

 ただ、

 視線を向ける。秘書艦殿は眉根を寄せて天津風を見て、溜息。

「天津風。前に買うとか言ってた会計ソフト、一万円、予算計上してたわね?

 その領収書は? 基地の運営費から計上しているはずだけど?」

「うっ」

 秘書艦殿の言葉に、天津風は固まる。秘書艦殿にはそれで十分だったらしい。

「あー、やっぱり、もーっ、会計担当してるからって誤魔化しはだめよっ、すぐばれちゃんだからっ」

「天津風君、考えていることは、……まあ、わからないけどなあ、この浮いたお金、私の懐に入れていいなら、鹿島君にお使いだなあ?

 どんなのがいいかなあ。…………どんなのにしようかなあ」

 鹿島は困ったように天津風を見る。天津風は顔を真っ赤にしてふるふる震えている。程なく、

「わ、解ったっ! 解ったよっ! ちゃんと買ってくればいいんでしょっ! もうっ! 司令のばかーっ!」

 怒鳴って部屋を飛び出した。

「ふむう、……あ、長門君。

 ちょっと変更だなあ。鹿島君じゃなくて天津風君のお買い物のお手伝いをお願いしたいなあ。秋津洲君もよければ一緒に行ってきなさい。お給料日のあとだから、好きなものを買ってくるといいよお」

「ああ、わかった」「了解っ、かもっ」

「あーあ、天津風行っちゃった。

 しれーかん、ちょっと引っ張ってくるわ」

「頼むよお。ごめんなあ、雷君、フォローしてもらっちゃってなあ」

「仕方ないわっ、おでぶさんなおっさんに女の子のフォローなんて任せられないわよっ!」

 じゃらっ、と。鎖の音を立てて秘書艦殿は立ち上がる。ぱたぱたと部屋を出る。

 それを見送って、提督はのんびりと鹿島に頭を下げた。

「鹿島君も、ごめんなあ。いきなり巻き込んで、驚かせたなあ」

「いえ、……まあ、驚いたけど、大丈夫よ。提督さん」

 鹿島は楚々と微笑み。こちらに視線を向ける。

「二人は訓練の報告だったわね。私の秘書室で聞くわ。

 提督さん、失礼します」

「失礼する」「失礼しましたっ」

 鹿島に続いて私と秋津洲も一礼して執務室を出る。提督はのんびりと微笑んで手を振る。扉を閉める。そこで秋津洲は首を傾げた。

「結局、どういうこと?」

 問いに、鹿島は溜息。

「天津風ちゃん、会計処理をやってるのだけど、基地の拡大に合わせて業務も多くなっちゃってね。たまに残業してたのよ。

 それで、もっと使いやすい会計ソフトがあったからそれを買おう、って提督さんと話していたのだけど、天津風ちゃん、買ってなかったのね」

「横領?」

 艦娘がするにはなかなか考えにくい事だが、つまりそういう事だろう。対して、鹿島は困ったように天井を見て、

「お給料。提督さんが自由に使っていいお金から出てるって、知ってた?」

「うそ?」

 頷く私の横、きょとん、と目を見開く秋津洲。……同感だ。正直言えば信じられない。

「それで、前から天津風ちゃん、提督さんと衝突していたのよ。だって、提督さんは私たちとは違う、普通の人なのよ。……それなのに、自分が使っていいお金まで振り捨てて艦娘に渡しているの。私たちのせいで提督さんが苦労するなんて、そんなの、いやだもの」

 こくん、と秋津洲が頷く。……ああ、つまり、

「強情な提督に業を煮やして、天津風が強硬手段に出たという事か」

 何とか経費を浮かせて提督に渡そうとした、という事なのだろう。鹿島は苦笑。

「突発的な思い付き、っていう感じもするけどね。

 買った、なんて言った後、天津風ちゃん。休憩時間も仕事に当ててたし、少し、残る事もあったし。それで提督さんも気づいたのだと思うわ。

 それで、あんなことを言ったのだと思うの。…………その、内容はともかく、天津風ちゃんのやった事で、私が、……まあ、いやな思いをするなんて、それはそれで天津風ちゃんも嫌だろうし、天津風ちゃんが折れるのも予想していたのだと思うわ」

「鹿島さんを使って退路を塞ぐのは、さすがというか、えげつない、かも」

「同感だな」

「そうでもしないと天津風ちゃんも折れないと思うわ。あの娘、強情なところあるし。

 提督さんも私を巻き込んで悪いって思ってたみたいだから構わないわよ」

 ともかく、鹿島の秘書室へ。訓練の報告。

「どうも、私の見方は俯瞰的になりがちだな。

 元は連合艦隊旗艦だったからか」

「護衛の位置取りとか、対象のあたしたちの動きもちゃんと把握できていたかも、……あ、出来てました。

 けど、後ろから見ていた印象だと水雷戦隊との交戦になると判断に戸惑う事が多いかも」

 頷く。浦風達水雷戦隊から秋津洲と照月の護衛をするという訓練だった。護衛そのものは順調に出来たと思っているが、交戦となるとどうも判断が遅れる。

「そうね。金剛さんからも指摘があったわ。

 金剛さんは不安視してたけど、秘書艦さんは俯瞰的な視点を持つ水雷戦隊の旗艦がいれば、艦隊行動で緊急時の即対応が出来るかもしれない。って期待してたわ」

「そうか、……む、なら、期待に応えなければならないな」

「秋津洲さんは?」

「ええと、……大艇ちゃんだけだと対空射撃に狙われやすいかも、駆逐艦だけなら長門さんたちみたいな水雷戦隊の護衛で早期に叩ければいけるけど、これで敵艦隊に空母がいたら不安かも。

 欲を言うなら空母の娘が僚艦に欲しいかも、照月ちゃんの対空射撃と合わせられればだいぶ安心できるかも」

「そう、これは第二艦隊と要相談ね。

 正規空母の娘と組んで大規模な空輸にするか、軽空母の娘と組ませて、足を軽くして小規模、高速の輸送にするか。秋津洲さんも考えてみて」

「了解か、…了解です」

 応じる私たちに鹿島は微笑み返して、

「二人の今日の訓練は終わりよ。僚艦のみんなとちゃんと反省をしておいてね。

 ああ、もちろん、週末の事も話しておいてね。何にせよお休みは有意義に過ごした方がいいわよね」

 

「と、言うわけで、明日は天津風の手伝いという事で買い物に出かける。

 秋津洲、照月も一緒に行くそうだが、皆はどうする?」

「えーと」

 問いに、時津風が視線を泳がせて、おずおずと手を上げる。

「不知火がお祝いにお菓子を買いに行くって言ってるけど、どうしよ?」

「一緒に行きましょうか。なんでしたら現地で別行動でも構いませんし」

 おっとりと応じる春風。時津風は頷いて「じゃあ、不知火に言っておくねっ」と。

「出来れば、皆行った方がいいと思う。

 そろそろプールも始まるみたいだし、ランニングとかと同様に水泳も訓練の一つに位置付けられているようだ。水着がないのは、……その、困るな」

「そうねっ、困るよねっ」

 難しい表情の初月。その横で瑞鳳は必死に彼女の肩を叩く。やや迷惑そうにそちらを見る初月。

 が、

「ずいほーは大丈夫だよっ」「瑞鳳さん。水着、ありますよ」

「なんでスク水がいいっていう事になってるのよっ! っていうか、どうしてスク水なのっ?」

「ああ、この学校の備品だったらしい。……その、提督の趣味じゃなくてよかった」

「そうだったのか?」

 この寮は元々は学校だったと聞いている。随分改装されているがよく探せばその名残はいくつか見つかる。

「整理したときにまとめて見つかったらしいんだ。提督はいらないから処分しようとしたみたいなんだけど、その時に提督と一緒にいた娘がプールに入りたいって言いだして。

 その娘は駆逐艦だったから、見つかった水着を着ればいいっていう方向で話をまとめてみたいだ。それで、それきり置きっぱなしらしい」

「やったねっ、ずいほーっ! 一緒にスク水着よっ」「お金、節約できますね。それに、お揃いです」

 ぱんっ、と肩を叩く時津風と楚々と微笑む春風。瑞鳳は非常に難しい表情で、

「初月ちゃん?」

「…………秋月姉さんがトライしたら厳しかったって言ってた」

「どこが?」

 にっこりと笑顔で迫る瑞鳳に初月は、そっと視線を背けた。

 



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二十三話

 

 今日の訓練も終わり夕食を終える。入浴も済ませて食堂へ。指定の時間には一斉に艦娘が集まっていて流石に狭いが、構わない。

「お給料かー、楽しみー、何に使おうかなー」

 時津風の声が聞こえたのか、不意に不知火がこちらに近づいてきた。

「時津風、お給料の使い道は決まっています」

「だから、なんで自分のお祝いのお菓子を自分で買わないといけないのさーっ!」

「冗談よ。大丈夫、時津風。

 貴女はお金を出さないわ。出すのは姉に貢献する浦風よ」

「……………………この姉は、ぶち腹立つのお」

「浦風は買いたい物とかあるの?」

 問いに浦風は難しい表情で、

「提督さんにはいろいろ世話になってるやねえ、何かお返ししようかと思ってるんじゃ。

 といっても、何がええんか? 趣味とかわかればええんじゃけど」

「趣味は女の子を凝視する事だそうだ」

「…………お菓子、かお」

 浦風は項垂れた。と、

「来ましたね」

 不知火が食堂の入り口を見て呟く。秘書艦殿を先頭に、天津風が封筒が入った籠の乗ったキャスターを押して入って来た。最後に提督が続く。一斉に響く太っ腹コール。浦風や時津風も楽しそうに「ふとっぱらーっ」と歓声を上げている。

 注目を集めながら提督はキャスターから封筒を一枚とる。見せつけるようにひらひらと揺らして、のんびりとしたどや顔で、

「それじゃあ、みんなあ。

 お小遣いが欲しかったら、パン」

 

「じゃあっ、みんなっ、お給料を配るわねっ」

 簀巻きにされて袋叩きにされて蹴りだされた提督を横目に、秘書艦殿は籠を手に取る。

「古鷹さんっ、山風っ、金剛さんっ」

「ああ各艦隊の旗艦か」

 さすがに、この人数で一人一人配ったりしないだろう。……実を言えば、そっちの方が嬉しかったが。

 ともかく、古鷹は「ありがとうございます」と、秘書艦殿にお礼を言って、みんなから拍手。山風も籠を受け取り第二艦隊の面々から盛大な山風コールを受けている。注目を受けて恥ずかしいらしい、山風は籐籠を大事そうに抱えてぱたぱたと急ぎ足で席に戻る。

「ありがとうございマースっ、大切に使いマースっ」

「そうねっ、みんなも無駄遣いしちゃだめよっ! けど、これは好きに使っていいお金だから、お仕事は関係なく、自分のために使ってねっ!

 あ、でも、効果のないものは買うだけ無駄よっ! 特におっぱいちっちゃい娘が買うバストアップのあれそれとかねっ! 艦娘はどれだけ頑張ったって、何をやったっておっぱい大きくならないんだから、何事もあきらめが肝心よっ!」

 葛城とか何人か突っ伏して泣き出した。天津風が合掌している。

「さて、それじゃあ天津風、雷たちはおゆはん食べちゃいましょう」

「ええ、そうね。……ん、んー、お腹空いたわ」

「お疲れ様っ、明日はお買い物ねっ!」

「……ええ、そうね」

 少し困ったように頷く天津風。雷は笑顔で彼女の背を叩く。二人は笑みを交わしてカウンターへ。

 で、私たちは夕食を食べ終えている。だから、

「あ、長門さんっ」

「ん、ああ」

 ぱたぱたと阿武隈が小さな籐籠をもって来た。

「はい、長門さんの艦隊の分です」

「あ、……ああ、ありがとう」

 そうか、給料、か。

「ごめんなさい、他にも配る娘がいて、それじゃあ、よろしくお願いしますっ」

 そういって、ぺこり、頭を下げてぱたぱたと走り回る阿武隈。……そして、受け取った封筒に視線を落とす。

 給料、……か。

「いつか、」

 ぽつり、初月の声。

「今は、まだ働いてもないのに報酬までもらって、正直、申し訳ないと思う。

 けど、いつか、頑張った成果だって、胸を張ってもらえる日が来ればいいな」

「来させないといけませんね」

 くすくすと春風。初月は少しきまり悪そうに頬を掻いて、

「あ、……うん、そうだな」

「ま、このまま頑張って行こうねっ、何事も地道な訓練からよっ」

 そんな初月と春風の肩に笑顔で瑞鳳が手を回す。「時津風?」

 きょとん、と封筒を見ていた時津風。

「え、…………ええと、……あはは、うん、嬉しいな。

 なんかさ、……まだ、気のせいだって解かってるけど、それでも、ここにいていい、って言ってもらえた気がして。……そういってもらえるのも嬉しいけど、形にしてくれるのも、いいよねっ」

「ああ、そうだな」

 確かに、と。給料に視線を落とす、と。ぽん、と。

「不知火?」

「では着任のお祝いに五百円貯金箱を贈りましょう。

 それがいっぱいになったとき、その重みを感じたとき、時津風がどれだけここにいたのか、そして、その価値を認められていたのか、実感できます」

「…………うんっ、ありがとっ、不知火っ!」

 少し、不知火の言葉を噛み締める時間を置き、ぱっ、と笑顔の時津風。不知火は彼女を撫でて、

「百円均一で売っていますから。不知火のお祝い品はそれでよし。

 浦風、まさかお菓子だけとは言いませんよね?」

「はははははは、……うちも百均で何か買ってやるけえ」

「プレゼントが百均っ? 浦風のけちっ」

「なんじゃこの扱いの差はっ?」

 とまあ、相変わらず仲がいいのかよくわからない陽炎型の皆はともかく、周りは軽いお祭り騒ぎのようになっている。

 何に使おうか話し合っている娘。目標貯蓄額まであといくらと競っている娘。いろいろだ。……そうか。

「嬉しい、のだな」

 確かにお金をもらえるのは嬉しいだろう。欲しい物があるのは艦娘だって同じだし、それが手に入れられるのならそれは嬉しい。

 けど、……それだけでなく、

 ここにいる事、ここで働いていたことを認められる。働いて、それが報われる。とても嬉しい事。…………と、思う。

 まだ、任務につけない私にはどちらかといえば申し訳なさが先立つが。……いつか胸を張って、そんな初月の言葉を噛み締めた。

 

 任務というわけではない。なので私たちは支給されているフリーサイズの簡素な私服に着替え、正門で連絡船を待つ。

 内海に深海棲艦は存在しない。内海の発生事例はなく、外界からの侵入に対してはすでに提督配下の少将が警戒のため展開している。

 つまり、内海は安全で、

「船で移動というのも、正直不思議だな」

「そうね。といっても艦娘用の燃料を使うわけにもいかないし、この方がいいんじゃない?」

「そうだな」

「おーいっ、天津風ーっ」

 時津風の声。そちらに視線を向けると不知火たち陽炎型のみんながいる。天津風はこちらに視線を向ける。頷くと彼女は不知火たちの方へ。

「買い物か、……ううん、どんなものを買おうか」

「いい、初月。

 いくらお給料をもらってるからといっても、無駄遣いはだめよ? 缶詰は特売しているところを狙ってね」

「ああ、そうだな。……牛缶は、いくつ買えるだろうか」

 ……なんとなくだが、照月と初月が少し悲しい会話をしている。春風が目じりに手を当てて「美味しいお菓子、作りましょう」と、呟いている。

 ちなみに、同行者は私の僚艦と陽炎型のみんな、秋津洲と照月、以前に一緒に買い物に行こうと言ってくれた榛名も誘い、結局、鹿島もついてきた。

「長門さん。どんなお店があるかとかわかる?」

「ん、ああ、榛名が案内してくれるらしい。

 のだが、天津風の会計ソフトはどこで売っているのか、それは探さないといけないな」

 榛名は何度か買い物のために上陸したと聞いているが、パソコンソフトは流石に知らないそうだ。まあ、せっかくの休みだ。散策のつもりでもいいだろう。

 と、

「おーうい、長門君、瑞鳳君」

「ん?」「提督?」

 小さな、ぎりぎり耳に届くような声。視線を向けると提督が正門の陰から手招きしていた。

 一度周りを確認し、瑞鳳と頷き合ってこそこそと提督の所へ。

「どうした?」

「ううむ、実はなあ。お買い物の参考になあ」

 渡されたのは一枚のチラシ。「これが、例の会計ソフト、か?」

 チラシには赤で丸が付けられている。会計ソフト、なのだろう。けど違和感。予算は一万円だが。七千円?

「それなりに前からあったソフトでなあ。値引きされたみたいなんだよお。

 それでなあ、余ったお金でこれ買ってきて欲しいんだよなあ」

 そういって渡されたのは、…………思わず、瑞鳳と半眼になる。

「提督、女性に成人向けのソフトを買うように頼むな」

「ふむう? おやあ? これは裏め「セクハラ許すまじっ!」」

 裏? ともかく、十八禁のソフトのチラシを押し付けてきた提督は秘書艦殿のドロップキックで海に落ちた。落ちて、無抵抗に沈んだ。そして、無抵抗に浮かんできた。

「まったくっ、ちょっと目を離すとすぐ変な事しだすんだからっ!」

 ぷかー、と無抵抗に漂う提督。……どざえもんにしか見えない。かなり不気味だ。瑞鳳が涙目になっている。

 涙目の瑞鳳をとりあえず撫でて、

「それで、秘書艦殿。どうした?」

「あ、……ええと、長門さんたち、本土でお買い物するのよね?

 悪いけど、これ買ってきてくれる?」

「ん? ああ、」

 お金と渡されたのは、こちらもチラシ。……お菓子、か?

「これは、秘書艦殿が?」

「違うわ。前島の娘たちにね。

 明日、遊びに行くつもりだったんだけど、その時のお土産よ」

「前島、……か」

 辛い、辛い思いをして、ここに流れ着いた艦娘。戦う事はおろか、海を行く事も、普通に生活する事さえ不備のある娘達。

 秘書艦殿は頷く。ぱたぱたと手を振りながら、

「そうよ。そして、そこには雷の宿敵がいるの。

 負けられないわ。そのためにも手加減できないのよっ」

「…………話がよくわからないが。まあ、了解した」

 宿敵と手加減できないとお菓子がどう繋がるのかはわからないが。必要なのだろう。

 ちなみに、瑞鳳が慄いている。

「ひ、秘書艦さんの宿敵、……そ、それって、……え? 艦娘の範疇に入ってるの?」

「雷はどういう存在だって認識されてるの?」

 遠くを見る秘書艦殿。個人的には鹿島と同じで怪物だが。まあ、それを当人に言うのも悪いだろう。

「じゃ、頼んだわよーっ」

 そういってぱたぱたと戻っていった。ちなみに波間に漂っていた提督はのっそりと這い上がって来た。その提督を見て瑞鳳が涙目で震えている。可愛い。

「ふむう、ごめんなあ。長門君。それは裏面だったよお」

「あ、ああ」

 たまに思うのだが、耐久性高いな提督。ともかく裏面を見る。

「天津風君の好物でなあ。

 ついでに、雷君と秘書次艦みんなの分も頼むよお」

 裏面には和菓子のお店のリーフレット。と、お勧めの商品。……どら焼き、か。

「買わないなら、えろいソフトでもいいなあ。メイドさんが出るのを頼むよお」

「冗談じゃない。提督の金は皆の慰労に使わせてもらおう」

 のったりと言う提督に笑みで応じる。提督は満足そうに頷いてのそのそと歩いて行った。

 

 同型艦は仲がいい。それはあながち間違えていない。

 かくいう私も同型艦である陸奥とはよく話をしている。長門型一番艦として私の方が姉にあたるが、この基地に着任したのは陸奥の方が早く、主力艦の一人として多くの経験を積む陸奥の話は参考になる。同型艦とは性能も似通る。後輩としてアドバイスを受けるには最適だ。……陸奥先輩と呼ぶと異様な顔をされるが。

 ともかく、そういう理由で同型艦とは話をする機会が多くなる。私だけでなく、初月や春風も同型艦から戦い方などを聞く姿をよく見かける。

 が、だからと言って必ず仲がいいとは限らない。

「と、言うわけで」

 連絡船の甲板で、陽炎型の皆が集まっている。姉艦として不知火が中心になっているようだが。

「では、不知火たち陽炎型の任務は二つあります。

 まず、前提として時津風が艦隊に配属しました」

 不知火の報告に野分が頷く。

「主力艦隊ではありませんが、速度と高射程を活かした即応艦隊で、第二艦隊でも連携を期待されている艦隊です」

 野分の言葉に拍手。時津風は照れくさそうな笑顔。

「かぁっ! そいつはめでたいねえっ! ぱーっとお祝いだなっ!」

 谷風がばしばしと時津風の背中を叩く。そんな妹たちの姿を感慨深そうに見て、不知火は頷き、

「というわけで、時津風がお世話になる艦隊の僚艦も誘いお祝いをしようと思います。

 任務の一つはこの買い出しです。

 そして、もう一つ。そろそろプール開きです。が、時津風は新人で水着を持っていません。いい機会なので一緒に買っておきましょう」

「可愛いのがいいなー」

「そうね、可愛いの選ぼうね」

 萩風が時津風の肩を叩く。……スクール水着がどうこう言っていたが、いいのか。

「というわけで、浦風、磯風、浜風はお菓子などを買ってくるのです」

「え? な、なんでですかっ?」

「私も、水着を、……去年、共通の水着を着たら陽炎に半泣きで怒られたので、新調したいです」

「そうじゃーっ、うちらも新調したいやねっ」

「黙りなさい。貴女たちの意見は参考になりません。

 悔しかったら乳を抉りなさい」

「そんなことできるかっ!」

「で、出来るならやりたいですっ! これがもう少し小さくなれば、あの何とも言えない距離感が縮まるのならっ」

「私も、正直邪魔なのだが、肩も凝るし」

「よっしゃー、それじゃあ磯風のそのでっかいおっぱい抉ったろかーっ」

「いだっ? ちょ、止めろ黒潮っ? 痛いっ? つかむなーっ!」

「第十七駆逐隊唯一の貧乳と言われた谷風の哀しみがわかるかいちくしょーめーっ!」

 めそめそしだした谷風を時津風と天津風が撫でて慰める。浦風と磯風、浜風は合掌した。不知火はそんな妹たちを見て頷く。

「というわけで、谷風、黒潮、不知火と時津風の水着を選びましょう」

「…………なんか、貧乳扱いされてるみたいで複雑や。ええけど」

「おぉっ! 思いっきり可愛いの選んでやるよっ! 姉の晴れ舞台だし、……よしっ、少しくらいなら谷風も出してやりますかっ!」

「ウチも協力したるっ! あっちのでっかい連中なんか目じゃないくらい可愛いの買ったるっ!」

「ありがとうっ、谷風、黒潮、ありがとうっ」

「……あの、それで、野分と萩風は?」「私は、どちらに?」

「…………え? 別にどっちでも」

「ま、まあ、好きな方に行ったらいいんよ?」

「凄い、いやな感じです」

 というわけで、胸の大小で真っ二つに分裂して険悪な睨み合いを繰り広げる陽炎型姉妹。

「天津風、司令から話は聞いています。貴女は自分の役割を果たしなさい。それと、気持ちはわかりますが嘘をつこうとしたことには変わりありません。司令を欺くなど言語道断。あとでお説教です」

「……………………解かったわよ」

 不知火の言葉に天津風はそっぽを向いて応じる。そして、喧嘩を始める姉妹たちを放置して不知火はこちらに、

「長門さん。妹をよろしくお願いします。

 ちょっと面倒な娘なので、駄々こねたら引っ叩いても構いません」

「こねないわよっ!」

「ああ、それだが、」私は提督から渡されたチラシの裏面を見せて「お金が余ったらメイドさんのソフトを買えとのお達しだ。女性が買うものではないが、まあ、提督からの命令なのだがな?」

「……あのばか司令。……もうっ」

 がしがしと頭を掻く天津風。不知火は微かな笑みを口の端に浮かべて、

「見透かされているわね。単純な妹の思考なんて司令にはお見通しのようよ」

「うるさいわねっ!」

 怒鳴る天津風の頭を、再度、ぱしんっ、と叩いて、

「それでは、不知火は妹どもを止めてきます」

「ああ」

 磯風のラッシュを華麗に回避して歓声を浴びている谷風。そちらに向けて不知火は歩き出した。

 



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二十四話

 

 深海棲艦の発生に伴い人の生活圏は大きく変わった。

 離島から人がいなくなり、海岸沿いからも人はいなくなった。当然だ、深海棲艦の脅威があるのだから。

 けど、ここは例外か。

「結構栄えているのだな」

「はいっ、提督がたくさん頑張って海の平穏を保っていますので、比較的安全ですっ!

 それに、基地のみんなの便宜に企業の人とかが積極的にお店を出してくれたみたいですっ! 榛名たち艦娘に便宜を図ってくれる人がいるのは、とてもとてもありがたい事ですっ」

「そうか、それはありがたいな」

「単純に需要と供給の意味もあるんでしょうけどね」

 というわけで、私と天津風、榛名はまずはソフトを探しに地図に書かれた家電量販店を探す。

 あとは、秘書艦殿に頼まれたお菓子も探さなければならないな。場所は榛名が知っているからすぐに終わると思うが。

 ふと、秘書艦殿、と。彼女の事を思い、ついでに思い出したこと。

「そういえば、榛名、天津風。

 提督以外の中将に会ったことはあるか?」

 人でなし、と。秘書艦殿は評していた。それがどんな人か、少し、興味がある。

 榛名は首を横に振るが、

「…………葛城中将には、会ったことがあるわ。……葛城中将はたまに来るのよ。ちょうど、四国を挟んで向こう側、沖の島基地の提督よ。

 性質は、似たような感じね。深海棲艦の瀬戸内海侵入を防ぐ重要拠点を任された提督よ」

「どのようなお人なのですか?」

 榛名の問いに天津風は溜息。

「そうね。ええと、まず、秘書艦だけど、葛城中将から病犬なんて言われてる朝潮よ。彼女、中将に引き取られる前の提督と一緒に、元帥さんに会いに行ったらしいんだけど、その時、元帥さんをばかにしたって理由で、自分の提督を重体になるまで暴行したらしいの。他に、中将に危害を加えようとしたっていう理由で何人か殺害してるらしいのよ」

「……どんな暴走だそれは」

 あんまりな事実に思わず呟く。病犬か、的を射ているのかもしれない。

「その葛城中将だけど、来客が朝潮に殺害されてるその横で書類仕事をしていたらしいのよ。止めないどころか、気にもしていなかったみたいね」

「それは、……問題あるのではないか? さすがに」

 さすがに殺人は許容できないだろう。対して天津風は肩をすくめて、

「書類上は深海棲艦の襲撃で海の藻屑になった。って事にしたらしいわ。

 葛城中将も司令と同じで島を丸ごと預かってるもの。連絡船そのものを艦娘に沈めさせて、死体を海に捨てればそれだけで問題にはならないの。中将の権力なら簡単よ」

「そんな者に中将を任せているのか?」

 そもそも、そんな者に権力を握らせるのがどうかしている。が、

「提督としての手腕は中将を任せるに足るわ。

 葛城中将、司令と同じで捨てられた娘、特に駆逐艦を片っ端から引き取ってるの。同一艦さえ含めてね。百人くらいいるんじゃないかしら? それで物凄い緻密な資材の輸送網を構築して、配下の少将や准将、代将にまで資材を供給をしてるの。葛城中将配下の代将や准将はそもそも自力で資材確保さえしていないそうよ。

 完全に資材確保を葛城中将に任せて、逆に葛城中将は戦闘をすべて部下に任せているのね。

 といっても、戦闘が出来ないわけじゃないわ。前に映像を見た事あるけど、戦艦種、三を含めた深海棲艦、十五を、四人一組の駆逐艦の艦隊で全方位から死角を突いての強襲と雷撃の一撃離脱、それを四十の駆逐艦で回転して叩き込んで無傷で殲滅してたわ。大型獣がピラニアに食い散らかされるのを見てる気分だったわよ。他に二十待機していたらしいし、まだ余力があったのでしょうね。

 で、さぼって警戒の穴をあけて侵攻を許した提督を追放。そこに所属する艦娘はほかの提督に資材と交換で売り払ったらしいわ。能力不足からの不備を見抜けなくて失敗した提督には減俸と反省文の提出で済ませたらしいけど」

 天津風の言葉を聞いて、冷や汗が出た。……正直、その感性の持ち主が人とは思えない。

 人でなし、なるほど、その表現は的確だ。……なら、

「その提督の、艦娘は?」

 榛名が、恐る恐る呟く。

 人でなし、そんな中将が艦娘をどう扱うか。……知ることが、不安になる。

「規律は厳しいらしいわ。特に時間。輸送網構築に必要だからそこは徹底しているみたいね。訓練も勉強も、かなりのレベルみたい。けど、業務外は自由にさせてるらしいわ、ハイレベルな訓練と、十分な休養で運営しているから所属している娘も不満はないみたい。畏れられて尊敬されるタイプね。

 疲労や補給、メンタルバランスは物凄く気を遣っているようね。常に最高スペックを発揮できるよう細心の注意を払ってるらしいわ。業務外ならどんな娯楽も認めてるし、それに関する負担も惜しみなく肩代わりしているそうよ。艦娘からの提言もちゃんと耳を傾けるし、失敗もちゃんと反省すれば追加訓練だけですませているみたい」

 天津風は溜息。

「秘書艦さん曰く中将位の提督にまとまな人はいないって話よ。

 まあ、興味があるなら村雨がよく出かけて、他の中将位の提督とも会っているらしいから、彼女に聞いてみるといいわ。……といっても、大本営の中枢。中将とか、あまり関わらない方がいいけどね」

「そうだな」

 

 首尾よく買い物をすませ、連絡を取って水着購入組に合流。

 合流、したところで、

「長門さーんっ」

「っと」

 いきなり瑞鳳に抱き着かれた。涙目だ。可愛い。

 彼女が来た向こう、初月と照月が申し訳なさそうな表情をしているので大体察した。秋津洲、お前もか。

「わ、……私、私い」

「どうどう」

 ぽんぽん、と頭を撫でると少しずつ落ち着いてきた。隣で天津風が目じりに手を当てている。お前もか。

 落ち着いて、瑞鳳は一歩離れる。そして、その手を取られた。

「瑞鳳さん。あたしも、気持ち、わかるわ。

 けど、負けちゃだめよ。妹の方が胸が大きくても、負けてはだめなのよっ」

「そう、……そうよねっ。駆逐艦より小さくても、それでも、……それでも、負けちゃだめっ!

 きっと、そういうのがいいっていう人もいるわっ」

 断言するがそれはだめな人だ。

「身近な男性は達磨さんだけですっ! 榛名っ、達磨さんに好みだって言われても全然嬉しくありませんっ!」

 ……榛名、せめて提督といった方がいいと思う。

 ともかく、榛名の言葉に瑞鳳と天津風が手に手を取り合って崩れ落ちた。半泣きだ。

「ええと、初月と照月はもういいか?」

「あ、うん、僕は大丈夫だ」

 と、す、と。試着室が開いて春風が顔を出した。

「あ、長門さん。お買い物は終わりましたか?」

「ああ、大丈夫だ。春風は決まったか?」

「はい、……その、す、少し、大胆かもしれません、が」

 頬を染めておっとりと呟く春風。……少し、意外だが。

「まあ、好きなものを選べばいい。…………というか、」

 初めての買い物という事で舞い上がっていたが。ふと気になった。

「水泳も訓練の一環、だったな。こういうのは好きに選んでいいのか?」

 スク水は、……まあ、どうせあるなら使った方がいいという理由で納得も行く。そもそも授業で使う水着だし。

 が、自分で買うのも特に制限はないのだろうか? 問いに照月は頷いて、

「あ、うん。それは好きなのを選んでいい事になってるの。

 目的は体を動かす事だから、…………まあ、島風ちゃんは速さにこだわって競泳用の水着以外は嫌だって言ってるけど」

「それもそうか」

 目的を果たせるならそれでいいのか。

「さて、それじゃあ私も選ぶかな」

 めそめそしている瑞鳳と天津風を榛名が慰めたり追い打ちをかけたりしているのを横目に呟く。

 すでに決まっているみんなには少し待ってもらう事になるが。まあ、いろいろ見て回ればいいし、暇にならないだろう。

 とはいえ、手早く選んでくるか、と。歩き出す。

 と、

「時津風か」

 試着室の一角。黒潮と谷風、萩風が覗き込んで歓声を上げている。不知火はそんな様子を見ていて、ふと、こちらに一礼。

「長門さん。お買い物は終わりましたか?」

「ああ、といっても水着はこれからだ。

 すまないな、少し待たせる」

「いえ、妹の事ですし、それに、見ているだけでも楽しいです。ゆっくり選んでください。

 お金も限られていますし、無駄遣いにならないように」

「ああ、……と、それもそうだな」

 せっかく提督が身銭を切ってまでくれた給料だ。無駄遣いは出来ない。……む、となると、いろいろ検討して選択しなければいけないか。

 と、

「あっ、長門っ」

 試着室のカーテンが開く。青い、フリルをふんだんに使った水着を着た時津風がおずおずと顔を出した。

「ど、……どう、かな?」

「すっごく可愛いわっ、時津風っ」

 満面の笑顔で後ろから抱きしめる萩風。ちなみに黒潮と谷風が「やっぱり水着は胸だけじゃあないんよっ」「これで重装甲(胸)駆逐艦どもにも勝つるっ」と熱い涙を流している。

「あ、ああ、とても似合ってる」

 応じる、と。時津風は満面の笑顔。

「や、やったっ、萩風っ、似合ってるってっ」

「ええ、もちろん、可愛いわ」

 一息。呼吸を落ち着かせ、

「ああ、とても可愛らしい。

 それは時津風が選んだのか?」

「うーん、……そうだけど、やっぱり、みんなで、かな。

 みんなであたしに似合いそうなのを選んでくれて、その中から決めたの」

「けど、この水着を選んだのは時津風よ。見る目がある姉がいて嬉しいわ」

「えへへー」

 後ろから抱き着いて応じる萩風に嬉しそうに応じる時津風。さて、

「それでは、私も適当に選んで来よう。

 すまないが少し待っていてくれ」

「あっ、長門っ、ちょっと待って、あたしも一緒に選んだげるっ」

「む、……と」

 言うなり試着室に引っ込んでしまった。萩風は微笑んで「お付き合い、お願いします」

「ああ、まあ、ちょうどいいか」

 正直、ちゃんと選べる自信はない。初めてだし考えた事もなかったし。競泳に向いている水着を適当に選べばいいか、と。その程度に考えていた。

 けど、

「あの、長門さん」

「ん?」

 すすす、と春風だ。

「わたくしも、お付き合いしてもよろしいでしょうか?

 時間も持て余してしまいますし」

「ああ、構わない。……ところで、瑞鳳は?」

 彼女は選んだのだろうか? と、視線を向ける。…………溜息。

 榛名はフォローをするのに向かないらしい。涙にくれる瑞鳳を見て確信した。

 まあ、スク水があるから別に構わないか。

 

「さて、重装甲(胸)駆逐隊と旗艦の鹿島さんは無事に任務を果たしたようです。

 合流しましょう」

「その、重装甲駆逐艦とは新しい艦種か?」

 重装甲で駆逐艦。……持ち前の速度を犠牲にしていないだろうか?

「えっ? あ、私まだ水着買ってないっ?」

「スク水でいいだろ」

 榛名と交戦していたら時間がかかったらしい。瑞鳳がぎょっとしてこっちを見るがすでに遅い。

「ずいほーっ、あたし可愛いの買ったーっ、長門も褒めてくれたっ」

「わたくしも、……ふふ、ちょっと冒険してしまいました」

「なんで私だけスク水っ?」

 愕然と呟く瑞鳳。ともかく、重装甲駆逐隊と旗艦の鹿島は近くのスーパーで買い物をしているらしい。店内へ。と、

「時津風、約束です。

 貯金箱を見に行きましょう」

「はーいっ」

「貯金箱?」

 初月は首を傾げる。確か、そんな提案をしたとき近くにいたが、……ああ、騒いでいたな。

「はい。毎月五百円玉を貯めていくのです。

 それがいっぱいになったとき、改めて手に取ってみるとわかるのです。自分が、ここでどれだけ過ごしたのか、その実感を得るのはいい事です」

「なるほど、それはいいな。僕も買おう。

 不知火、同行してもいいか?」

「構いません」

「私も買おうかな」

 そうやって日々積み重ねていくのもいいだろう。……と。

「あの、でしたら」

 す、と春風が手を上げる。

「大きいのを、わたくしたちみんなで一つ買いますか?」

「そうだな。それもいいな」

「不知火もいいと思います」

 不知火も頷いて「というわけで、さっさと行くぞ」

「はい」

 水着買えなかった瑞鳳を引っ張って百円均一へ向かう。貯金箱、……「やはり、招き猫か」

 達磨は提督を思い出すし、ポスト型のはなんとなく味気ない。うむ、やはり招き猫だな。

「狸もいいかと」

 信楽焼の狸の形をした貯金箱を、じ、と見つめて春風。

「えーっ、豚のが可愛いよっ」

「僕はこれがいいと思う」

「弁財天っ?」

「なに言ってるのっ? お金よっ! お賽銭箱が一番いいに決まってるわよっ」

 ずい、と瑞鳳が両手で抱えるような大きさの賽銭箱を持って来た。かなり大きい。

 が、

「いや、招き猫だ。金運向上だ」

「弁財天は財の天部らしい。金運ならこっちの方がいい」

「それならやっぱりお賽銭箱よっ」

「豚が一番可愛いっ」

「あの、狸を」

 思わず、睨み合う私たち、視界の隅で照月と不知火が、

「どうして、内部分裂を始めたのでしょうか?」

「さあ? ……まあ、いいんじゃないの? たぶん」

 しばし、僚艦と睨み合ったが、結局金運に繋がり見た目も可愛い招き猫に決定した。うむ。

「胸が熱いな」

「その熱量はもう少し別の方向で使うべきだと不知火は思います」

 不知火に呆れられてしまった。

 

「おお、随分と買ったな」

 ちょうど、レジを通り過ぎたところらしい。重装甲駆逐隊と鹿島と。

「え? ……のわっち?」

「不知火、何ですかその疑問形は」

「…………いえ、重装甲(胸)駆逐隊のインパクトが強すぎて、……そういえば、いたのですね」

「いい加減、野分は泣いていいですか?」

 真剣な表情の不知火に口の端を引きつらせて野分。

「というか、重装甲駆逐隊って何ですか?」

 不思議そうに浜風。

「確かに、私たち駆逐艦は装甲が薄い。それを補うために重装甲にしたいという気持ちはわかるが。

 それで持ち前の速力を犠牲にしては意味がないのではないか?」

 むむ、と正論を言う磯風。ちなみに察したらしい、浦風はそこそこ嫌そうな表情。

「お買い物は終わりましたか。

 鹿島さん。旗艦業務お疲れ様です」

「……旗艦?」

「わっ、お菓子の材料も買ったのですかっ?」

 榛名が買った物を覗き込んで歓声を上げる。鹿島は「ええ」と頷いて、

「帰ってから、まだ時間はあるのだし、……そうね。不知火ちゃん、お祝いの席は夜でいいかしら?

 榛名さん、春風ちゃん、戻ったらみんなでお菓子を作って提督さんに差し入れしましょう」

「はいっ、榛名、頑張りますっ」「ぜ、是非ご教授をお願いしますっ」

「よし、では私も協り「うちも手伝ったるけっ! まかしときっ!」「よし来たっ、谷風にお任せっ!」」

 力強く首を横に振る浜風と、磯風を押しのける浦風、谷風。磯風は迷惑そうに眉根を寄せている。

「…………浜風、何がどうしたんだ?」

 問いに、浜風は力強く頷く。

「提督の身は、絶対にお守りします。

 それこそが民の平穏のため、そして、日ごろの恩を返すために、私たちは戦わなければならないのです」

 悲壮な決意を込めて言う浜風。だが、「……すまん、何を言っているかわからない」

「いえ、ここは、私がお手伝いしますっ」

 萩風は力強く提案した。注目が集まり、頷く。

「もともと、司令のあの不健康な体は何とかするべきだと思っていましたっ!

 萩風特性健康レシピで、あのおでぶさんな体型を矯正しますっ!」

「ねえ、天津風、おでぶさんじゃないしれーってどんなのかな?」

「……………………さ、……さあ。え? ……何それ?」

 おでぶさんじゃない提督、……か。……………………む?

「な、長門さん。どうしたの?」

 おずおずと問いかける瑞鳳。私は知らずしわの寄っていた眉間に触れて、

「いや、……おでぶさんじゃない提督とは、なんだろう?」

「痩せた提督。……………………え?」

 難しい表情で押し黙った瑞鳳も理解できなさそうな声を上げた。やはりわからないか。

 思わず押し黙る私たち、と、ぱんっ、と野分が軽く手を叩いて、

「それより、買い物が終わったら撤収しましょう。

 どちらにせよ、この人数で騒いでいたら迷惑です。…………それで、初月、照月、何見ているのですか?」

「こ、……これほどの食材をお菓子作りに、……凄い。想像も出来ない」

「て、照月も、……さ、参加しても、いい? あ、あんまり食べすぎないようにするから、す、隅っこにいるから。ちょっとつまむだけでいいからっ」

「…………照月ちゃん。別にそこまで卑屈にならなくてもいいかも? ええと、会費払うからあたしたちも参加していい? っていうか、照月ちゃんを参加させてあげたい、です」

 どことなく必死になる僚艦に、秋津洲は深々と頭を下げた。

 



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二十五話

 

 基地に戻る。まだ、1130か。

 お昼時だが、先に天津風、時津風と本部。執務室へ。戸を叩く。

「長門だ。秘書艦殿はいるか?」

「あっ、おかえりなさいっ! 入っていいわよっ」

「失礼する」「失礼しまーすっ」「失礼します」

 執務室に入る。休日、だというのにいつも通り書類に目を通している提督と秘書艦殿。

「おかえりなさいっ」「おかえり、ちゃんとお買い物は出来たかなあ?」

「ちゃんと買ってきたわよっ、うるさいわねっ」

 びしっ、と。ソフトの入った袋を突き付ける天津風。

「そうかあ、それならよかったよお」

「しれー、今日も仕事してるの? お休みじゃないの?」

 その横で時津風は首を傾げた。提督は「うむう」と頷いて、

「お仕事がたくさんあってなあ。私は偉い人だからなあ」

「それだけ好き勝手やってるからね。しれーかん。権利を行使するなら義務を果たす必要があるのよ」

「ふーん?」

「秘書艦殿、頼まれたお菓子だ。

 それと、提督。余った金で買ってきた。みんなで分けて食べるといい」

「ふむう、ありがとうなあ」「ありがとっ、長門さんっ」

「ところで、秘書艦殿、宿敵とは?」

 ずっと気になっていたこと。少なくとも、私の知る限りこの基地で秘書艦殿と対等な艦娘は、第一艦隊旗艦、指輪持ちの艦娘、古鷹くらいだ。

 まさか、指輪持ちの彼女に比肩する艦娘がいるのだろうか?

「敵って、どういう事?」

 時津風は不思議そうに問う。提督も首を傾げ、

「ふむう? ……雷君、まだ睦月君の事を苦手に思っているのかなあ?」

「睦月?」

「あ、お姉ちゃん」

 不意に、ぽつり、声。

「なんで天津風が睦月型になってるの?」

「あっ?」

 時津風の問いに、慌てて口元を抑える天津風。けど、

「ねー、ねーっ、ねーってばーっ! 天津風ーっ」

「しつこいわよっ」

 天津風はぐいぐい迫る時津風を押し返す、と。

「そう、……そういう事よ」

「いや、全然わからないのだが」

 重々しく頷く秘書艦殿。何が何なのかわからない。

「ふむうう? 長門君、睦月君はねえ。前島の、娘達の面倒を見ている娘なんだよお」

「そう、……なのか」

「懐かしいなあ。あの時はまだ雷君しかいなくてねえ。哨戒をお願いしたら拾って来たんだよお。あれには驚いたなあ。

 というわけで、私の、二人目の艦娘なんだよお」

「あー、懐かしいわね。自沈しないように説得するのが大変だったわ。ほんと」

「自沈? って、」

 さっ、と青ざめる時津風。の、頭を天津風が叩く。

「それ以上聞かないの」

「…………うん、解ってる」

「それでね、……まあ、いろいろあって、今は前島の、ちょっと困った娘たちの面倒を見ているのよ。

 睦月自身、もともとは、その、ちょっと困った娘だったからね。昔の自分を見てるみたいで、どうしても力になりたい。って、そっちに居座ってるの」

「ええ、あたしとかね」

「天津風」

 困ったように呟く天津風。彼女の手を取る時津風を撫でて、秘書艦殿は頷く。

「そうよっ! それでねっ、長門さんも聞いたでしょっ?

 あっちでいろいろな娘の面倒を見ているうちに、物凄いお姉ちゃんぱわーを身に着けてたのよっ! お姉さんがいるのに、その座を奪い取って妹にしちゃうのよっ!」

「……ああ、それでお姉ちゃんか?」

「へー、天津風、へーっ」

「う、うるさいわよっ!」

 お姉ちゃんぱわー。というのはよくわからないが、まあ、包容力とかなんかそんな感じのものだろう。たぶん。

「それは、いい事だと思うのだが?」

「よくないわよっ! い、雷だって、もっといろんな娘にたーくさん頼って欲しいのよっ!

 なのに、みんな睦月の方に行っちゃうのよっ!」

 それが悔しいらしい、地団太を踏む秘書艦殿。そして、びしっ、と私を指さした。

「長門さんだってお姉さんでしょっ? 他人事じゃないわよっ!

 陸奥さんのお姉さんをとられちゃうのよっ!」

「ふむ」

 少し、想像してみる。物凄いお姉ちゃんぱわーを身に着けた睦月には会ったことがないが。睦月の外見は知っている。基本、同一の艦から形作られた艦娘の容姿は同じと聞いている。大きな差はないだろう。

 つまり、幼い少女をお姉ちゃんと呼び慕い甘える陸奥か。

「…………それは胸が熱いな」

「なんでよっ?」

 で、

「ふむう、なら、私がたくさん頼ろうかなあ」

「おでぶさんなおっさんに頼られても嬉しくないわよーっ!」

 秘書艦殿は、割と悲痛な声をあげた。

 

 ともかく、提督に報告と秘書艦殿にお土産を渡し、昼食前にインストールの準備だけしておく、と。天津風の秘書室へ。

「うわーっ、天津風すごーいっ、こんな部屋使ってるんだー」

 室内に入って真っ先に時津風が驚いたような声をあげた。凄い、確かに凄いな。

 部屋の手前には四人掛けの長机、奥には提督が使っているような大きな机と、その中央に配置された大型のディスプレイ、おそらく、筐体は机の下にあるのだろう。

 それだけではない、壁際の棚には分厚いファイルがいくつも並び、会計や経理などの教本も多く並んでいる。その本もどれも新品という感じはしない。使い込まれている印象がある。

 棚の逆方向には巨大なコルクボードと、グラフや数字の羅列が印刷された紙が張り付けてある。収支の推移だろうか?

「ええ、秘書次艦は仕事部屋。それぞれ割り当てられてるわ。……って、時津風知らなかったの?」

「知らな-い」

「ああ。鹿島への訓練報告は私がやっているからな」

「そう、……ま、いいわ。

 せっかく付き合ってくれたんだし、ちょっと待ってて、珈琲、淹れてくるわ」

 天津風は部屋を出る、が。

「珈琲なら雷が淹れてくるわよ。

 天津風はセットアップ、ちゃちゃっと進めちゃいなさい」

「あ、……うん」

 扉の所でそんな声が聞こえた。天津風はしずしずと戻ってきた。

「秘書艦殿か?」

「うん、秘書艦さん。今日の仕事は終わりだからこっち様子見に着たみたい。土曜日は午前中でお仕事終わりなの。基本的に」

「そうなの? しれーも?」

 時津風の問いに天津風は首を横に振って、

「司令は今日も一日お仕事よ」

「あ、そうなんだ。しれーも大変だね」

 ぽつり、呟く時津風に天津風はそっぽを向いて、

「いいのよっ、あんなおばかさんなんて好きに仕事させておけばっ、もう知らないわよっ」

「私たちが口を挟むことではないが、無理はしてほしくないな」

 提督が倒れたらそれこそ大変だ。問いに、天津風は胸を張って、

「大丈夫よっ、秘書艦さんがそのあたりはちゃんと見てるわっ! 夜更かししてたらスタンガンで強制的に眠らせたりとかっ!」

「それ、眠るってちょっと違うくないっ?」

 ともかく椅子に座り、パソコンの稼働音が響く。そして、キーボードを叩く音。

 そして、扉が開く。

「お待たせっ」

「あっ、ありがとっ、秘書艦さんっ」「ありがとう。すまないな」

「いいのよっ、どんどん雷に頼っていいんだからねっ!」

「あ、ああ」

 おそらく、凄まじいお姉ちゃんぱわーを身に着けた睦月の事を思い出したからだろうか。きらきらと応じる秘書艦殿。

「はい、天津風も」

「あ、……うん、ありがと。秘書艦さん」

 天津風の礼に秘書艦殿は嬉しそうに笑顔を見せる。天津風は、顔が赤い。

「前島、だっけ? この基地って艦娘の保護もしてるの?」

 時津風の正面に腰を下ろし、自分も珈琲を飲み始めた秘書艦殿。時津風が首を傾げて問いかける。

「んー。この基地、っていうか、何人かの中将ね。島一つ丸ごと基地として管理してる提督に元帥さんが声をかけて、同意をしたら、ってところね。

 しれーかんは元帥さんの友達だし、元帥さんと仲のいい中将って結構多いのよ。といっても、元帥さん。お飾り? ええと? 傀儡、っていうのかしら? まあ、そんな感じで実権なんて何もないし、お金とかもほとんどないから、ほんとにお願いするだけだけどね」

「元帥といえば軍部の最上位に位置するはずだが?」

 問いに、秘書艦殿はひらひらと手を振って、

「表向きはね。深海棲艦の発生と、その撃破を可能にする艦娘の運用ができる海軍がすっごい勢いで力をつけたの。

 それで高くなった権限を盤石にするために、海軍の大将が、陸軍とも繋がれる元帥という地位を半ば無理矢理、あんまりお仕事出来ない今の元帥さんに押し付けたのよ。それで、元帥ごと陸軍から力を削ぎ落したの。今の、陸軍の規模なんて海軍に比べれば一割以下よ」

「そう、なのか」

「そ、……その元帥さんからのお願い、っていうのが一つ。

 それと、もう一つ。それに便乗する形なんだけど、中将が集まって会議があったのよ。雷も参加したわ」

「中将、……か」

「何人くらいいるの? 中将さん」

 時津風の問いに「十人よ」と、秘書艦殿。

「で、その会議の議題だけどね。深海棲艦殲滅後の艦娘について、なの」

「…………そうか、いつか、そういう日も来るのだな」

 戦い続ければいつか、……そんな日が来れば、いいな。

「問題なのは、深海棲艦発生の原因が原因だから、いつその日が来るかわからないのよ。

 極端な事を言えば今日、今この瞬間に終戦するかもしれないわ」

「え? そうなの」

 意外そうに時津風。ただ、そうなると、

 

 とくん、と。古い、音。

 

「その場合、の、私たち、か」

 いつか、知らない海を、終わりに向かって進んだ記憶。ちらつくソレを意識しないように、呟く。

「そ、それで、ここ、伊島とか隠岐諸島、とか、離島はたくさんあるでしょ?

 その離島に艦娘は住んでもらって、出来る限り自活自立した生活をしてもらう。っていう方向で話がまとまったの。

 もともと艦船の英霊である雷たち艦娘が、普通の人と一緒に暮らすには生態からしてほぼ不可能だもの。だからつかず離れずでの共存が最適っていう判断ね。

 もちろん、有事の際にはまた艦娘は民を護るために出撃する。代わりに本土の民から食材とかを供給してもらう。あと、畑仕事とか、お金を稼ぐための方法、……ええと、アクセサリーの作り方を教えてもらって作って売ってもらうとか、生活に必要な技術を教えてもらったり、ね。

 戦う事の出来ない艦娘は、そういった方向の先鞭をつける事を期待されているのよ。天津風が会計を担当しているのはそれね。お金の管理はどこであっても必要だもの。他、島を預かる中将とか、元帥さんも内陸で信用できる農家さんとか、職人さんとかに艦娘を紹介していろいろ教えてもらっているみたいよ。前島の娘達はそのテストケースでもあるの。中将たちの満場一致で決定している事だから、結構融通は効くのよね」

「そんなことまで、考えてるんだ。……凄いなあ。

 あっ、けど、中将っていいやつじゃんっ! ちゃんとあたしたちの、先の事も考えてるって事でしょっ?」

「む、そうだな」

 確かに、深海棲艦との戦争が終わり、戦力として不要になっているであろう私たちのために、今から手を打ってくれている。それはありがたい事、だが。

 …………だが、天津風の言う中将、葛城中将の事が、ちらちらと頭によぎる。単純な善人か、それはわからない。

「中将はみんな民の平穏を第一に考えているわ。その意味でもこれが最適解なのよ」

「そっかー、……んーっ、じゃあ、期待に応えるためにいっちょがんばないとねっ」

 時津風は嬉しそうに言い。「よしっ」と、声。

「終わったわっ! お待たせっ、お昼食べに行きましょうっ」

 時津風は立ち上がり伸びを一つ。秘書艦殿は、にやー、と笑って、

「よかったわね。これでお昼休みを削る事もなくなったわね?」

「うぐっ? ……ば、ばれて、た?」

「もうっ、天津風もおばかさんねっ、ばれてないなんて本気で思ってたのっ? みんなわかってるわよっ」

「…………はあ」

 天津風は肩を落とした。そんな彼女の手を引いて秘書艦殿は部屋を出る。時津風は楽しそうに天津風の背中を押す。

 私も続く。…………ふと、

「深海棲艦発生の、原因? ……不明、ではなかったのか?」

 



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二十六話

 

 昼食を終え、セットアップ完了確認のため天津風は本部へ。秘書艦殿と時津風も天津風と遊ぶのだと一緒についてきた。

 かくいう私も三人と本部に向かう。前々から気になっていたこの基地の出撃実績などを見るためだ。……ついでに、改めて読書というのもしてみたい。

 趣味、……戦果こそが期待される艦娘にとって、無駄な事かもしれない。少なくとも前の泊地にいたときは考えた事もなかった。

 が、精神面のメンテナンスも大切、と。そういわれれば納得できるところはある。

 いろいろ考えさせられるな、と。そんな事を思いながら図書室を目指す、と。

「あっ、長門さんっ?」

 数枚の書類をもって歩いている那珂。……書類?

「どうした?」

「提督見なかった?」

「提督か? 昼食前に執務室で仕事をしているのは見かけたが。午後からは見ていないな」

「そうなの? もーっ! プール開きの企画書類せっかく作ったのにーっ!」

「企画書類?」

 確か、プール開きなるイベントをやるとも聞いている。……企画、か。

 まあ、イベントなら必要かもしれないな。

「そうだよ? ……あっ、長門さんは新人さんだっけ?」

「ああ、そうだ。着任してからまだ一週間程度だ」

「そうなんだっ! じゃあ、改めてっ」

 にぱっ、と那珂は笑顔で、

「伊島基地っ、秘書次艦の那珂だよっ、よろしくっ」

「ああ、よろしく」

 裏表のない明るい笑顔。……ただ、秘書次艦、か。

「急ぎか? よければどんな事をしているか教えて欲しい」

「大丈夫だよっ、本当なら今日はオフだもんね」

 企画書類を作った。という事は仕事の一環なのだろう。けど、快く那珂は頷いてくれた。……ふと、ぽつり、と。

「新人さん」

「ああ、そうだ」

 頷く、と。那珂は俯いて、

「だ、……大丈夫。じゃないかも、…………けど、こういうの、も、ちゃんとやらないと。

 提督、言ってたし」

「那珂? ……都合が悪いなら無理にとは言わないが?」

 ぽつぽつと、何か呟く那珂。せっかくの休みだ。自由に過ごしたいだろう。無理に付き合わせるつもりはない。

 が、違うらしい。那珂はふるふると首を横に振って、

「長門さん。……こ、これ、見てくださいっ!」

「う、ん?」

 何か、決意と覚悟を決めた真剣な表情で企画書を差し出す那珂。……まあ、話を聞くといったのはこちらだし、頷く、が。

「なら、図書室でいいか?」

 あまり、廊下の真ん中で企画書を読みたくない。周りの邪魔になるだろうから。

 

 プール開き、か。

 図書室の机に座る。目の前には不安と緊張、そんな、硬い表情で座る那珂。

 ともかく、書類に視線を落とす。…………「ほう」

「な、なにかなっ?」

「あ、いや、」

 思わず漏れた声だ。食いつかれても困る。が、

「いや、見やすいな、と。……その、すまない。まだ中身までは読んでいない」

「あ、あははっ、そうだよねっ、早すぎるよねっ、那珂ちゃん失敗っ」

 硬い表情。それを紛らわすように茶目っ気のある仕草をする那珂。

 それはともかく手元の書類に視線を落とす。企画書にはタイトルとイベントの趣旨が書かれており、そのすぐ下にきっちりとしたフォーマットで日時や場所、予算など実務的な事が書かれている。

 特に、予算の確保は艦娘からのカンパを想定しているようだが、想定額に届かなかった場合の規模の縮小や明確な中止条件まで記載されている。

 ライブやイベント、かき氷といった屋台など様々な出し物が書かれている。どれも楽しそうだが。それよりも、内容のイメージに反した徹頭徹尾実務的で現実的な企画書そのものに好感が持てる。

「ど、……どう、かなっ?」

「ああ、読み易いな」

「そっちっ? ポイントそっちなのっ?」

「む? ああ、いや、すまない。イベント自体も楽しそうだ。

 プール内鬼ごっこなど、胸が熱いな」

「…………那珂ちゃん的に、一番注目してほしいのは水上ライブなんだけどお。……え? 長門さん、なんでそれで胸が熱くなるの?」

「出来れば空母艦娘の航空ショーがあればよかったのだが」

「那珂ちゃんとしても興味あるんだけどねっ、けど、それは第二艦隊から許可が下りないんだよ。艤装を使うのとかはぜーんぶストップなの」

「まあ、仕方ないか」

 基本的に遊びで使っていいものではないだろう。それを考えればむしろ使わないようにイベントを組んでくれた方がありがたい。

「ああ、楽しそうだ。……そうだな、那珂、準備で手伝えることはあるか? ぜひ協力させて欲しい。

 私もこのイベントは楽しみだ」

「そ、…………かー、……よかったー」

 ほっと、安心し脱力、崩れ落ちる。

「緊張しすぎではないか?」

 そんな様子に思わず苦笑が零れた。たかがイベント、などというつもりはない。だが、それにしても、…………ふと、

 秘書次艦、か。

「解ってるんだけどー、どうしてもねー

 はああ、新人さんに見てもらうの初めてだったからかなぁ」

 那珂は胸を撫で下ろす。もしかしたら、ここに来る前、何か、あったのかもしれない。……首を横に振る。

「那珂は、よくこういうイベントを考えているのか?」

「あ、うんっ、……その、那珂ちゃん。だめな娘だから、艦隊行動できないし、艦娘としてなにも出来ないから、せめてこういう事をねっ!

 代わりに、みんなが楽しんでくれれば、いいなっ」

 不意に落ちる翳りを、払うように笑う。

「ええと、那珂ちゃんのお仕事だよねっ、長門さんが聞きたい事ってっ」

「あ、ああ」

 確かに興味ある。それに、先の翳りが気になる。

「那珂ちゃん、こういうイベント考えたりしてるのっ、皆に少しでも楽しんで欲しいって思ってねっ!

 ええと、……その、…………ほんとは迷惑に思ってる娘もいるかもしれない、けど、提督が、先々、艦娘が独立した後の事を考えれば、こういう企画を立案できる能力も必要になる。って。

 それで、みんなにその事を話して、付き合ってもらってるの」

「独立、か」

 おそらく、秘書艦殿の言っていた深海棲艦殲滅後、の話だろう。

 戦う必要のなくなった後に必要とされる艦娘、か。

「だ、……だから、その、長門さん。

 え、ええと、……那珂ちゃん、出来るだけ、楽しくなるように頑張る、から、……その、面倒かもしれないけど、提督の期待に応えたいし、……だから、お、お付き合いくださいっ」

 立ち上がり、深々と頭を下げる那珂。

「い、いや、……そこまで言わなくても」

 深く、頭を下げる那珂。言われるまでもない、楽しそうだ、と思ったのだから。ただ、妙に腰が低いというか、なんというか。

 と、

「おおう、那珂君。ここにいたかあ」

「提督」「あっ、提督っ」

「うむ? 長門君かあ」

「ああ、那珂の作った企画書というのを見せてもらっていた。

 凄いな。内容はもちろんだが、とても見やすく書かれている。あまり見慣れていない私にも十分に伝わる形で書かれていた」

「はうう、那珂ちゃん的には書類よりも中身を見て欲しいのにぃ」

「ああ、すまない。

 いや、とても楽しみだ。プール内の鬼ごっこなど、想像するだけで胸が熱くなるな」

「…………那珂ちゃん、長門さんの胸の発熱ポイントが理解できないです」

「ふむう、そうかあ。

 那珂君もだいぶ成長したなあ。何度も何度も読みにくいって書類をつき返した意味があったなあ」

「あ、あはは、あははははははは、あははははははははははははははははははははははははははは」

 何を思い出したのか虚ろな笑い声をあげる那珂。怖い、物凄く怖い。

「な、なにがあった?」

「ふふ、二十回くらい作り直しをさせられたんだ。同じ書類を、延々と」

「そ、……そう、か」

「最後の方の那珂君は目が虚ろだったなあ。お手伝いをしていた天津風君がトラウマを抱えてしばらく雷君と一緒に寝てたらしいよお」

「そ、それは相当だな」

 ただ、……視線を落とす。

 責任者に対する企画書類、だけではなく、ここまでしっかり作りこまれているのなら、これをこのまま艦娘たちに配布すれば企画者としての準備は十分な気さえする。

「いや、それでこれだけの物が作れるなら意味はあっただろう。

 私はまだ予備艦隊で基地にいる事が多い。那珂、手伝えることがあったら声をかけてくれ。是非手伝わせてほしい」

 僚艦のみんなにも声もかけよう。何かできる事はないか、みんな、そう言っていたのだから。

「そうかあ。じゃあ、プール掃除をお願いしようかなあ。

 大変な仕事だから無理にとは言わないけどなあ」

「もちろんやらせて欲しい」

 そして、一息。私は那珂に視線を向け、

「私はまだ新人だ。出来る事などほとんどない。正直、ここまで面倒見てもらって申し訳なささえ感じている始末だ。

 だから、こうして積極的に皆のために動ける那珂が羨ましいくらいだ。もしかしたら足を引っ張ることになりかねないが手伝わせて欲しい。よろしく頼む」

 と言って頭を下げてみた。他意はない。大仰な事を言っているつもりもない。一緒に戦う皆を支える。直接戦うのではなく、みんなの力になる。具体的にどうしたらいいか考えもつかない私には、それを実現するだけの行動がとれる那珂が羨ましく、ぜひ協力したい。

 きょとん、と。そんな私を見る那珂。そして提督は「ふむう」と頷いて、

「那珂君も成長したなあ。長門君みたいな連合艦隊旗艦が力になってくれるかあ」

「あ、……いや、」

 別に、連合艦隊旗艦だから、などというつもりはない。その事を持ち出すつもりはない。けど、

 口を開く。けど、提督はこちらに視線を向けて微かに首を横に振る。口を挟むな、そう解釈して頷くにとどめる。

「ほ、……んと、に?」

「ふむう? 那珂君にとって連合艦隊旗艦は心にもない嘘をつくほど不誠実なのかなあ?」

「そ、そんな事は、……ない、と思うけど」

「む、あまり信頼されていないか。まあ、新人だし仕方ないか。残念だ」

「ええっ? い、いや、そんなこと思ってないよっ! 提督もっ、変な事言ったらだめなんだからっ!

 じゃ、……じゃあ、ええと、お、お手伝い、お願いしますっ!」

「ああ、任せてくれ。提督、いいだろうか?」

「軽巡洋艦にこき使われる戦艦かあ」

 しんみりとあまり関係ない事を言い出す提督。固まる那珂。彼女を横目に、しんみりと呟いてみた。

「時代は変わるものだな」

 

 提督も企画書に視線を落とし、頷く。彼から許可が出て那珂は嬉しそうに秘書艦殿の所へ。彼女からも許可をもらいに行くのだろう。

「長門君も、付き合ってくれてありがとうなあ」

 そんな後姿を見送って、のんびりと提督は呟いた。

「いや、この基地に所属する艦娘として、那珂の企画は有意義と判断した。だからだ」

「企画書を見る事自体。珍しいと思うのだがなあ?」

「……ああ、それもそうだな。

 その意味で言うなら感謝されることではない。ただの好奇心だ」

 もとより、那珂が何をやっているか気になったから乗っただけだ。結果として思っていた以上の収穫はあったが。

 ただ、それより気になる事。

「那珂は、何かあったのか?」

 あの、妙に遠慮深いというか、気弱なところは、

「それは言えないなあ。言うつもりはないなあ」

「あ、……ああ、そうだな」

 そうだ。当人もいないのに過去を穿り出すのも、よくないな。首を横に振る。自戒するように頭に拳を当てる。

 この基地の事を考えれば、そして、彼女が出撃などをしないという事は、おそらく、

「まあ、そうだよお。

 那珂君は海を怖がるわけでもないし、交戦に対する過度の恐怖感もないんだよお。……ただ、艦隊行動が出来なくてなあ。軽巡洋艦一人を任務に出す意味はないからなあ。

 話してみたならわかると思うけど、どうにも不安定なところがあってなあ」

「そうか」

 艦隊運動が出来ない。理由は何にせよ、軽巡洋艦にそれは致命的か。

 そういえば、

「提督、中将に間で終戦後の艦娘について話し合ったと聞いているが?」

「ふむん? ああ、雷君に聞いたのかなあ?

 そうだよお。前島はそのテストケースでもあるんだよお。みんなを実験体扱いして悪い事していると思うんだがなあ。申し訳ない事をしているなあ」

「いや、部外者の私が言う事ではないだろうが。私は、必要な事だと思っている」

「それが私たちにとっても最適解だからなあ。…………ふむん? ああ、長門君。

 もしかして、それは艦娘のための議論と結論、とでも思っているのかなあ?」

「ん、……違う、のか?」

「違うよお。私たちはそんな事では動かないよお。私個人なら誠一君、……元帥に頼まれたことでもあるからいいけどなあ。

 中将位は長門君が思っている以上に、…………ふむうう。まあ、いろいろ裏事情があるんだよお。政治的、経済的な見通しがあってなあ。好意一辺倒で誰も彼もが動くという認識は捨てた方がいいなあ」

「政治的、か」

 それは、我々艦娘には縁遠い話だな。そんな思いが顔に出たのか、提督は苦笑。

「興味があるなら、そうだなあ。秘書次艦のみんなにも聞いてみるといいなあ。

 天津風君か、村雨君なら、ある程度把握していると思うよお」

「政治的に詳しい艦娘というのも、……なんというか、不思議だ」

 後々必要な知識なのだろうが。

「兵器として欠陥を抱えている。……なんて言ったら怒られるなあ。

 とはいえ、欠陥兵器でも使えるところがあれば使った方がいいんだよお。限りある資源も大切にしないとなあ。……っていうと、提督らしいかなあ?」

「どうだろうな」

「さて、私は仕事に戻るよお。

 ただ、長門君。気を付けた方がいいよお」

「う、む?」

「中将位の提督はねえ。人でなしが勢揃いだからなあ。

 好意で接してくれるからって、何も考えず信頼したら痛い目を見るよお。今から、ゆっくりでも、学んでおいた方がいいなあ。利用されるだけ利用されて捨てられるのは、もう嫌だろうからなあ」

「ああ、心得ておく」

 確かに、もう、捨てられるなんて御免だ。訓練は大変だが学んでいけることから学んでいこう。

 ざっと視線を投げる。図書室には『政治・経済』というコーナーもある。教材は、あるか。それに村雨か、彼女から話を聞くのもいいだろう。「提督」

 不意に呼びかける。けど、あの達磨体型は視界のどこにもない。すでに行ってしまった。……けど、

「人でなし、……それは、提督も、なのか?」

 届かない、そう解かっていても、思わず言葉が零れた。

 



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二十七話

 

 図書室をしばらく見て回る。この基地の出撃、遠征の記録や『政治・経済』のコーナーにどんな本があるかざっと背表紙を眺めてみる、と。

「あれは、春風たちか?」

 図書室から見える窓の下。春雨と楽しそうに話している春風がいる。どこか誇らしそうにカートを押す萩風、鹿島や榛名もいる。

「…………なんというか、どうして突っ走るんだろうな」

 おそらく、提督に差し入れを持って来たのだろう。それはいいのだが、四台のカートは作りすぎだろう。提督に胃薬でも持っていこうか。……金がないな。

 仕方ない、提督の胃の冥福を祈り図書室内を見て回る。……ん。

「青葉、勉強か?」

 本棚に手を伸ばす青葉がいた。

「あ、長門さん。きょーしゅくです」

「その使い方はおかしい。……ええと、」

「物流についてのお勉強ですっ! 管理だけじゃなくて運搬にも気を遣わないといけませんから」

「ああ、それもそうだな。……遠征の記録か?」

「はい。葛城中将の遠征記録です」

「葛城中将の? ……そんな記録まであるのか?」

 問いに、青葉は一瞬不思議そうな顔をして、ぽんっ、と。

「ああ、そっか。

 はい、少将や中将の記録は公表されています。勉強になる事も多いですから、青葉たち第二艦隊でもよく教材として使わせてもらっています」

「そうだな」

 頷く、けど、青葉は苦笑。

「といっても、参考になるのは少将のまでですけどね」

「そうなのか?」

 どちらかといえば、……いや、

「ハイレベル、なのか?」

 問いに、青葉は頷いて手の中にある本を示す。タイトルは、『葛城せつ』。

「葛城、せつ?」

「葛城中将。中国地方を挟んで向こう側、沖の島を預かる中将です」

「あ、……ああ、そうか」

 病犬と呼ばれた朝潮。人殺しさえ気にしない人でなし。そして、中将を任せるに足る実力者。

「私も見せてもらっていいか?」

「いいですよ」

 青葉の隣に腰を下ろし、ファイルを覗き込む。

 任務のほとんどが輸送任務だ。それはいい、が。「…………これは?」

「航路図です」

 眉根を寄せる。数百メートルの範囲に、合計で十六の駆逐艦の艦娘が駆け回っているらしい。

 全体図ではまるで網の目のように構築された航路。……正直、目が痛くなる。

「で、これがタイムテーブルですね」

 出発時間、到着時間が分単位で刻まれている。それも、その基地だけで一日のうちに五十近いの輸送任務をこなしているらしい。

 ここまで緻密な輸送を行える艦娘も相当だが。

「これを、管理しているのか?」

「そうですよお。ほんと、中将の頭ってどういう出来なんでしょうかね」

「確かに、これは凄いな」

「真似しろなんて言われても出来ないです。これに並列して、こんな凄まじいタイムスケジュールをこなせるように艦娘の訓練、教育、基地の維持管理、部下の管理までしていますからね。

 もちろん、秘書艦も手伝っているのでしょうけど。……………………中将って、人間なんでしょうか? 青葉、人の皮を被ったコンピューターだって言われたほうが納得できます」

「……反論できないな」

 青葉の疑問にため息交じりに応じる。ただ、

「所属する艦娘も大変だな」

 思わず、ぽつり、言葉が零れる。青葉はひらひらと手を振って、

「そうですね。けど、葛城中将、配下の艦娘からは慕われているみたいですよ。前に海風さんとお話しましたけど、彼女も凄く慕っていました。

 それに、…………ええと、」

「ん?」

 どこか言い難そうに口籠り、一息。

「そんなわけで、葛城中将の艦娘って凄く優秀なんです。

 それで、彼女の所の准将の一人が、……その、その准将の所にいた長門さんと交換で駆逐艦を欲しがったんです。海風さんと交換してほしい、って」

「戦艦と引き換えにでも欲しがられる駆逐艦か」

「驚きですよね。けど、それさえ拒絶したらしいんです。

 海風さん、葛城中将の事とても慕ってますから、戦艦の長門さんよりも必要とされていた。って凄く嬉しくて、泣いちゃったって」

「それは、そうだろうな」

 普通に考えれば、駆逐艦と戦艦では破格の条件だ。けど、それさえ蹴るとは。それだけ大切にされているのだろう。

 青葉は難しい表情で、

「一度、青葉もその訓練に参加してみたいです。

 山風旗艦とかは参加した事があるみたいなんですけどね」

「ああ、輸送の名手が行う訓練か。

 確かに第二艦隊では興味があるだろうな」

「はい、後で青葉もそのお話を聞きましたけど、凄く勉強になりました」

「他の基地の訓練も受けているのか?」

 それは、少し興味があるな。対して青葉は頷く。

「いえ、青葉が知っている限り第二艦隊の艦娘が葛城中将の所に行くだけです。それも滅多にないですけど。逆に、葛城中将のところの艦娘が第三艦隊に、艦隊護衛についての訓練に来たりするくらいです。

 ほかは、司令官配下の少将が合同訓練を依頼する事もあります。そういう意味では結構人の出入りもあります」

「定期的な報告にも来るらしいな。……なるほど、他の提督配下の艦娘か。

 情報交換もいいかもしれないな」

「演習とか勉強になります。

 長門さんは第三艦隊ですから、予定を立てて審査を通れば演習も出来ます。……ええと、スケジュールは、司令官か、村雨ちゃんが把握しています」

「…………審査、というのは?」

 問いに、青葉は親指を立てる。

「山風旗艦の説得、頑張ってくださいっ」

「……それはまた、難題だな」

 

 青葉とともに図書室を出る。……と。

「あっ、長門さんっ、青葉ちゃんっ」

「那珂か」

「どうしたんですか?」

 何か、切羽詰まった表情でぱたぱたと駆け寄ってくる那珂。彼女は一息ついて、頭を下げた。

「お、お菓子食べてくださいっ」

「…………あ、はい、青葉、歓迎します」

 正直出会い頭に言われると意味不明だが、とりあえず青葉は了解した。お菓子は食べたいらしい。

「那珂、いきなり言われても困る。

 それに、そのお菓子というのは?」

「……ええと、榛名さんとか、お菓子の差し入れに来たんだけど。

 作りすぎちゃったみたいで」

「ああ、この基地のあるあるです。

 榛名さん、司令官の事を信頼していますから、むやみに作っても全部食べてくれるって」

「…………ぽんこつではないのか?」

 というか、止めてやれ鹿島。

「それもあったんだけどね。

 なんか、萩風ちゃんがすっごくやる気だったみたいなの。それで、健康ケーキワンホール一人で作っちゃって」

「……健康に悪そうだな」

「萩風ちゃんの健康レシピならもっと作っても大丈夫っ! 提督ならいけますっ! って榛名さんが気合を入れたみたいなの」

「……………………榛名の真似、巧いな」

 拳を握る榛名の姿をありありと想像できた。

 

「とりあえず、止めてやれ鹿島」

 一人で食べたら体調不良確定の菓子を前に、曖昧な表情の鹿島に横目で呟く。

 鹿島はそっと視線を逸らして、

「お菓子作るの、楽しくて」

「まあ、趣味を持つのはいい事だな。それで、これはどうするんだ?」

「大丈夫っ、提督なら全部食べてくれますっ!

 榛名っ、提督を信じていますっ!」

 こいつはだめかもしれない。……ええと、

「春風?」

 というわけで、僚艦という事で信頼できる彼女に視線を向ける。春風は困ったような表情。

「お菓子作り教えていただけて、とても楽しくて、……つい。

 あ、で、ですがっ、萩風さんから健康レシピを教えていただきましたっ」

 ぐっ、と拳を握る春風。なかなか可愛らしいが、言わなければならない。

「春風、食べ過ぎは健康に良くない」

「…………はい、自重します」

「健康レシピなのに健康に良くない。…………不思議、です」

 なぜか、大いなる矛盾を目の当たりにしたような表情の萩風。いったいどうすればいいのだろうか? ともかく、

「とりあえず、普通に考えればこれ一人では食べられないだろう。

 いっそのこと基地に残っている他の艦娘も集めて皆で食べるか?」

 それだと一人あたりは随分と少なくなるが、間食だし構わないだろう。……というか、それだけの量を提督に食わせようとするな。

「……そ、その発想はなかったわ。流石、連合艦隊旗艦ね」

「お前もぽんこつか」

 驚愕の表情を浮かべる鹿島。叩いたら治るだろうか?

 

「今日は皆で食べる事にしたんデスネー」

「ああ、……と、それは?」

 ティーセットの乗ったカートを押しながら金剛。彼女は肩をすくめて、

「どーせ何も考えず作りすぎるのは目に見えてマス。というか恒例行事ですからネ。

 とりあえずテイトクにお茶と、後で適当に集めてTeaPartyと思ってマシタ」

「というか、解ってるなら止めてやれ」

 主に妹を。

「面倒デース。それに取り分減るじゃないデスカー」

 金剛はさばさばと応じた。割と外道かもしれない。

「長門さん」

 不意に、声。「ああ、不知火か」

「はい、せっかくなので時津風着任おめでとうパーティーも一緒にやる事にしました。

 時間が空いたら来てください」

 示す先、陽炎型の艦娘が集まっている。金剛は不知火の肩を叩いて、

「なら今すぐで大丈夫デス。

 ワタシはテイトクに紅茶淹れてきマス」

 ひらひらと手を振って金剛は歩き出す。その先、なぜかぽかんと一人椅子に座っている提督。

「提督は何をしているんだ?」

 問いに金剛はけらけらと笑って、

「さあ? 女の子がたくさん集まって始めたお菓子パーティーに巻き込まれて、居場所をなくしたおっさんの哀愁でも噛み締めてるんじゃないんデスカー?」

 

 姉妹に囲まれ、プレゼントを受け取って嬉しそうな時津風。

 初月も秋月、照月にプレゼントをもらっている。そして、

「長門」

「あ、…………陸奥先輩」

「……いや、それは止めてほんと」

「なぜだ?」

 胡散臭そうな視線を向けると、陸奥は曖昧な表情で「違和感が凄い。っていうか、長門は気にならないの?」

「ならない。第一、」陽炎型の姉妹を見て「駆逐艦ならともかく、ことさら姉妹で上下を意識する事もないだろう。今更」

 同じ基地に所属し、志を共にする仲間、と思っている。それくらい、か。……うむ。

「陸奥先輩の実績も、その実力も先輩として参考に出来る事は多い。是非長門型戦艦として経験してきた戦い方を教授してほしい」

「…………さむっ」

「殴るぞ貴様」

 なぜか身を震わせる陸奥。非常に心外だ。

「ま、まあいいわ。

 それでも一応姉妹だし、そのよしみで受け取りなさい」

「ん、……ああ」

 渡されたのは大きな紙袋。「これは?」

「私服。買ってないでしょ?

 支給のはあるけど、長門も女性なんだから少しは気を遣いなさい。それに他の中将や元帥も来るんだから」

「そう、か。ああ、ありがとう。気が回らなかったな」

 支給の服はある。が、フリーサイズでデザインも簡素なものだ。それはそれで悪くはないが、元帥と会うとしたらもう少し小奇麗な格好の方がいいかもしれない。

「それと、着任おめでと。話は金剛から聞いてるわ。

 手探りなところも多いらしいけど結構期待もされているみたいだから、頑張ってね」

「ああ、期待に応えられるよう努力しよう」

 陸奥に軽く手を振って応じる。

「そ、あ、戦闘訓練なら付き合うから」

「ああ、その時は胸を借り「長門さんと演習っぽい?」」

「ひゃっ?」

 不意に、声。陸奥は軽く前につんのめる。後ろから、夕立が抱き着いたらしい。

「演習するなら楽しみっぽい。夕立、頑張っちゃうっぽいっ」

「熱心だな。……ああ、超えたい姉がいるのか」

 確か、現存する艦娘の中でも最上位の四人。そのうちの一人が白露型駆逐艦、二番艦の時雨。だったはずだ。

「っぽいっ! だからたくさんたくさん訓練したいっぽいっ! もっともっと強くなりたいわっ!」

「……いいけど、むやみに資材を使うのはだめ。

 資材は、艦娘、みんなのだから」

「ぽいっ?」

 半眼を向ける山風。第二艦隊旗艦にして基地の財布を握っている艦娘。……む。

「もしや、この基地にいる艦娘では最大の発言力を持っているのではないか?」

 第一の一艦隊旗艦の古鷹も、山風の意見なら仕方ないと従っていたし。

「いや、さすがに秘書艦さんの方が発言力は上でしょ?」

 胡散臭そうに問う陸奥。ただ、私は首を傾げた。

「秘書艦殿は艦娘なのか?」

 問いに、陸奥は難しい表情で頷く。

「……………………否定できないわね。第二艦隊旗艦だし」

「……ひ、秘書艦さん、すでに艦娘扱いされてないっぽい」

 夕立は慄いている。と、

「そうそうっ、鈴谷たちの旗艦はすっごく偉いんだよっ! ねーっ、山風っ」

「…………別に、そういうんじゃない。

 ただ、夕立、ブレーキをいつも意識させないと、すぐに、暴走するから」

「ぶーっ」

 むくれる夕立。けど、逆らえないらしい。陸奥は苦笑して彼女を撫でた。

「……第一の一艦隊と、長門さんの艦隊との演習なら、……………………十日後、から、十三日後、までの間。までなら、入れられる。

 予定入れるなら、三日以内に、鹿島さんに申請して、通ればこっちで資材、確保するから」

「はーい」

「ま、それは古鷹とも相談しましょう。

 長門も考えてみてね」

「ああ、わかった。僚艦とも相談してみよう」

「んー、じゃあ、やっぱ資材は今から考えておこっか」鈴谷は懐からメモ帳を取り出して「とりあえずやる、って方向で予定入れとくね。それ前提で遠征とか判断していくから、予定変更はお早めにー」

「よしっ、じゃあ、頑張るっぽいっ」

 わーっ、と両手をあげる夕立。陸奥は苦笑して彼女を撫でて「鹿島にもいってからね」

「面倒をかけるな」

 私の言葉にふるふると山風は首を横に振る。

「演習は、必要。長門さんの艦隊は、戦力も必要だから、訓練はいい、の。

 あたしたちも、それが仕事だから、いいけど、勝手は、絶対に、だめ」

「ああ、わかってる」

 資材の使用、……ふと、おそらく前例はないだろうが。

「提督の建造指示とかも、か?」

 問いに山風は頷く。

「絶対に必要なら、いい。けど、開発と同じ、あたしたちに許可を得てから。

 資材は、提督のじゃない、あたしたち、艦娘の、だから」

 資材の管理に関しては提督以上の発言力を持っているらしい。……ただ、…………資材は艦娘の物か。

 感慨深くその言葉を噛み締める傍ら、夕立は拳を握る。

「んー、楽しみっぽいっ! もっともっと強くなって、打倒時雨姉っ! っぽいっ!」

「ん、頑張って。あたしは、夕立を応援するから」

 笑みを浮かべる山風に夕立は嬉しそうに頷いた。

「うむう? 訓練の相談かなあ?」

「あっ、提督さんっ」「提督」

「ちぃーっす」

「ええ、第一の一艦隊と、長門たちの艦隊とね」

「ふむ? …………ふむう? ……そうかあ」

「ん、だめっぽい?」

「十二日後、なら大丈夫だよお。たぶん、そのあたりで三島少将の資材の調整が入ると思うからなあ。それが終わったらがいいなあ。その状況次第ではストップになるかもしれないけど、……ごめんなあ。

 そうだなあ。コンセプトとしては、長門君たちは防衛を意識した生き残りを最優先かなあ。練度がだいぶ違うからなあ」

「む」

 山風が少し難しい表情をし、鈴谷はさらにメモに書き込む。

 練度がだいぶ違う。当然のことで、

「そうだな。格上の敵艦隊相手にいかに生き残るか。重要な事だな」

 その意味では第一の一艦隊を相手に演習をするのは有意義だな。

「えーっ、夕立は楽しいパーティーしたいっぽいっ! がんがん行きたいっぽいーっ」

「それがなあ。夕立君。だめだなあ。訓練はコンセプトをもってそれを守らないといけないからなあ。

 まあ、」

 ふと、提督は意地の悪い笑みを見せる。

「がんがん攻める格上の相手からいかに生き残るか。

 辛い訓練だけど、もしかしたら必要かなあ。そのあとにへこんだり落ち込んだりするかもしれないなあ。そうなっても私は知らないなあ」

「ああ、そうかもしれないな。

 が、それで投げ出すならそもそも実戦に出れないだろう。いい薬になる」

 とはいえ、……もし、そうなったら「ケアは旗艦の役割ってとこ? けど、それ、長門さんも忘れちゃだめっしょ?」

「む」

 不意に、鈴谷が山風を後ろから抱きしめて呟く。するり、と。

「そうやって旗艦が全部背負って最初に潰れて艦隊が瓦解する。って、シャレにならないっしょ?

 僚艦を大切にするのはいいけど、自分も大切にしないとだめだよ。旗艦なんだから」

「ああ、解った。……ふむ、」

「な、……なに?」

「いや、その時は陸奥先輩に甘やかしてもらおう」

「…………ええ、…………ええええ?」

「なぜそこまで引く?」

 思い切り後退する陸奥。非常に心外だ。

「ふむう? 陸奥君に甘える長門君かあ。…………かあ?」

「…………ちょ、ちょっち鈴谷撤退するわ」

「あ、あたし、お菓子食べてくるっ」

「ぽいぽいぽーいっ」

 盛大に首を捻る提督と、なぜかどこかに行ってしまう皆。

「どういうことだ? 私はそんなに変な事を言ったか?」

「そ、そうよっ! っていうか、鈴谷っ、言い出したのは貴女でしょっ! 何真っ先に撤退しているのよっ!」

「ふむう。まあ、そういう時は陸奥君に酒を奢ってもらって弱音とか吐き出すといいんじゃないかなあ。

 あるいは、金剛君とかどうか「なに言ってるのよっ! 長門さんっ、そういう時は雷にたーっぷり甘えていいのよっ! 陸奥さんだって古鷹さんに負けちゃったときはたくさんぎゅっぎゅってしてあげたんだからっ、遠慮しなくていいわっ!」」

「ちょ、秘書艦さんっ!」

 顔を真っ赤にする陸奥。……そうか。

「秘書艦殿に甘やかしてもらう陸奥か、……なかなか、胸が熱くなるな」

「なんでそこで胸が熱くなるの?」

「まあ、それは実際にやってみてだな。秘書艦殿、……その、愚痴を聞いてもらったりするかもしれない。

 すまないがその時は時間を都合してほしい」

「ええ、もちろんよっ、そのための秘書艦だものっ! 長門さんも、どーんと雷を頼りなさいっ」

 むんっ、と胸を張る秘書艦殿。その頼もしい仕草に笑みが浮かぶ。

「そうだな。頼りになる皆がいるのだから、一人で全部背負う必要はないな。頼りになる秘書艦殿もいる事だし。

 陸奥先輩はあまり頼りにならないが」

「悪かったわね」

 むくれる陸奥を横目で見る。

「不服そうにするならなぜ引いた。

 まったく、私の言ったことのどこに不満があるのだ」

 と、

「司令」

 呼びかける声。そちらには不知火と、どこか気まずそうに視線を逸らす天津風がいる。

「ん、……おやあ、不知火君、天津風君、どうしたのかなあ?」

「司令、妹が迷惑をおかけしました。

 不知火がよく言って聞かせますので、面倒な娘ではありますが、これからもよろしくお願いします」

 深々と頭を下げる不知火。天津風も困ったように視線を彷徨わせ、ちょこんと頭を下げた。

「いいよお。大丈夫だよお。

 天津風君なりの気遣いだってのはわかるからなあ。そうだなあ。どうかなあ。雷君」

「なーんでここで雷に振るのよ?」

 じと、とした視線を向ける雷。けど、

「大丈夫よ不知火っ! 天津風はちゃーんとやってるから安心しなさいっ!」

「そうですか、それならよかった。……で、天津風」

「うぐっ、…………うー」

 天津風はしばらくきょときょとと視線を彷徨わせ、……溜息。

「うそついて、ごめんなさいっ」

 ばっ、と頭を下げた。

「嘘つくならもっとちゃんと嘘をつかないとだめよっ! 全然ばればれだったんだからっ!」

「うぐう」

 小さくなる天津風。不知火は意地悪く笑って、

「単純な妹の考えなんて、司令や秘書艦さんにはお見通しみたいよ。これに懲りたら余計な事はしないようにしなさい」

「うるさいわねっ! もう謝ったからいいでしょっ」

「司令?」

「ちゃんと反省してくれるならいいよお。ふむう、不知火君もありがとうなあ。

 妹の事をちゃんと気にかけているなんて、不知火君はいいお姉さんだねえ」

「そうよっ! 天津風っ、雷は気にしないし、おでぶさんなおっさんはどうでもいいけど、気にかけてくれた不知火にもちゃーんと感謝をしないとだめなんだからっ!

 はいっ、ありがとうはっ?」

「ふぁっ? ……え、え?」

「あーりーがーとーうー、は?」

 ずい、と迫る秘書艦殿。提督は親指を立てている。天津風は顔を赤くしておろおろしている。で、

「いえ、秘書艦さん、不知火は姉と「不知火は黙ってなさいっ!」はいっ!」

 おずおずと口を開いた不知火は秘書艦殿の一喝で沈黙。……彼女も、視線を彷徨わせておろおろしている。

 ちなみに、彼女たちの姉妹が口元に笑みを浮かべながらこそこそと移動しているが、いっぱいいっぱいな不知火と天津風は気付かない。もちろん、何も言わない。

「…………あ、」

 向かい合い。天津風は俯いて、上目遣いで、

「あ、ありがと、…………不知火」

「え、……ええ、どういたしまして」

 ぎこちなく言葉を交わして、そして、なぜか鳴り響くクラッカーの音。

「デレたっ! 陽炎型で滅多にデレない二人がデレたっ!」

「ごちそうさまでしたっ! 萩風っ、この光景でより一層健康になれた気がしますっ!」

「幸いな事を見ると嬉しくなりますね。萩風には野分も同感です」

「本音で感謝し合える仲良しな姉妹は素敵です。そんなところが見れて私も幸いです」

「いいねえいいねえっ、仲良し姉妹っ! 谷風さんはマジで嬉しいよっ!」

「そうだな、仲良き事はいい事だ。これを機に二人ももっと素直になった方がいい」

「拍手ーっ! はい、拍手ーっ!」「みんなー、仲良し姉妹を讃えて盛大に拍手じゃーっ!」

 クラッカーを鳴らしながらわらわらと声を投げかける陽炎型の姉妹たち、なぜか拍手をあおる黒潮と浦風。

 ならばやる事は一つ。拍手に加わる。その中央、不知火は俯いて顔を耳まで真っ赤にしてふるふる震えているが、

「ふふ、……不知火を怒らせたわねっ!

 行くわよ、天津風っ!」

 で、その天津風はすでに時津風に突撃していた。

 



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二十八話

 

 恒例らしい、陽炎型姉妹の喧嘩をもっておやつの時間は終わった。

「実に、充実した時間だった」

「…………まあ、楽しかったのは認めるけどさ」

 天津風と取っ組み合いの喧嘩をした時津風はあくびを一つ。

「陽炎型姉妹は仲がいいね」

「いや、かなり喧嘩してるけど」

 どこか羨ましそうに言う瑞鳳に時津風はころころ転がりながら応じた。瑞鳳は口をとがらせて「喧嘩するほど仲がいい。ってことじゃないの?」

「そうかなー?」

「ふふ、けど、楽しかったですね。

 それに、明日もお休み、何をしましょうか」

 おっとりと呟く春風。ふと、瑞鳳が手をあげて、

「明日じゃないんだけどさ、第二艦隊で倉庫整理のアルバイトを募集。ってあったけど、やってみる?」

「あ、アルバイト。……そういえば、神風お姉様が比較的切羽詰まっていました。

 お手伝いも、いいかもしれませんね」

「体力作りにはなりそうだな。……アルバイト、…………報酬とか出るのかな。わざわざそんな言い方をしているとすると」

「報酬、っていうと、お給料から?」

「第二艦隊から、っていうならそういう事だと思う。

 提督からの命令、じゃないんだよね? それならそういうだろうし」

 提督からの命令、ではない、か。瑞鳳の言ったことが気になる。確かにそれならそうというだろう。

 倉庫の片づけは重労働だろうし、大変だろう。だが、あそこまで管理を徹底する第二艦隊が乱雑な状況を許容できるとは思えない。片付けは基地全体にとっても大切なはずだ。

「変なの、それならしれーが片付けろー、っていえばいいのに。

 それとも、こういうのも自主性が、とかって事なのかな?」

 ころころと畳の上を転がりながら時津風。……ふと、思い出したのはいつかの会話。その時は、

「そうだ。瑞鳳、春風、初月、聞いて欲しい。

 秘書艦殿や提督と話したのだが、中将位の提督たちはすでに深海棲艦殲滅後の事も見据えているようだ」

「殲滅、後?」

 きょとん、と、そんなこと考えもしなかった。とそんな口調で瑞鳳。

「ああ、そうだ。

 兵器としての艦娘が不要になったとき、という事だ」

「あれでしょ? 艦娘は離島で暮らして、少しずつ自立した生活を、とかってやつでしょ?」

 時津風の言葉に頷き、三人は息をのむ。私は自分の胸に触れて、

「私たち艦娘は人とは違う。生態からして人との完全な共存はほぼ不可能だ。法整備をしていけば長い時間がかかるだろう。

 それならいっそのこと私たちは、ここ、伊島のような離島に移り、ある程度の距離感を持ちながら共存していく。という方向で中将たちは話をまとめているらしい」

「そうなんだ」

「ああ、自主性って、そうなったとき、私たち艦娘だけでやっていかないといけないから、そのための訓練って事?」

 瑞鳳の問いに時津風は頷く。

「そのテストケースが、前島の、戦えなくなった艦娘たち、らしい。

 そして、秘書次艦だ。戦う必要がなくなった後に、艦娘だけで生活をするための能力を身に着ける事が目的のようだ。当人たちに自覚があるかはわからないが」

「それ、でしょうか」

 不意に、春風が手をあげる。視線を向けると彼女は少し、思い出すような仕草をして、

「神風お姉様から、訓練についてお話を伺いましたが、葛城、中将、という方の所に研修に行ったそうです。

 その時、物流や倉庫内の管理について学んだとおっしゃっていましたが、消費期限も厳密に管理をしていたそうです。わたくしたち艦娘が使う資材では、消費期限なんてほとんど意識しなくてもいいはずなのですが。

 神風お姉様と山風さんはいずれ海上輸送の復帰と、艦娘を主体とする物流を視野に入れている、と予想をしていたそうです」

「それも一面ではあるだろうな。

 収入は必要だし、その方法の一つとして海上輸送を担当するのだろう」

「なるほど、まだ遠い話かもしれないけど、いつか、必要になるか」

 初月は納得するように頷く。……ふと、違和感。遠い話、と言っているが。

「…………そうだ。深海棲艦の発生原因って知っているか?」

「それは不明じゃないの?」

 瑞鳳の言葉に春風、初月、時津風も頷く。そう、私もそう聞いている。

 けど、

「秘書艦殿は、何か知っているような口ぶりだったんだ。深海棲艦の殲滅は、いつになるかわからない。もしかしたら、今この瞬間に成し遂げられているかもしれない、と」

「そうなんだ? ……じゃあ、その独立の話もわりと現実的な話なんだ」

 時津風の言葉に「そうだな」と頷く。

「ただ、そこには経済的、政治的な見通しもあるらしい。いいように使われて捨てられるのも避けたい。

 自衛のためにもやはり勉強は必要だな」

「うぇー? 勉強とかやだー」

 時津風はころころと転がる、が。初月は真剣な表情で頷く。けど、ぽつり、と。

「どういう勉強が必要だろうか」

「秘書次艦の村雨か、あるいは秘書艦殿に聞いてみようか」

「司令官様も、時間がありましたら疑問には答えていただけると仰っておりました。

 参考となる教材を教えていただければ、とっかかりにはなるかと思います」

 と、言うわけで私は時津風を撫でて、

「また提督の都合に振り回されるのも面白くないだろう。

 せめて、理由は質せるようにしなければな」

「はーい」

 撫でられて、心地よさそうに目を細めて時津風は頷いた。

「それで、アルバイトだけどやってみる?」

 瑞鳳の問いに、春風は手をあげる。

「もともと神風お姉様に誘われておりましたし、わたくしは参加をしたいです」

「……人身御供?」

「…………お、お手伝いですっ」

 不吉な事を言う瑞鳳に春風は語気を強める。

「あ、あたしもやるーっ! なんか楽しそうだしーっ」

 立ち上がり手をあげる時津風。初月も頷いて「報酬はともかく、せっかくだからいろいろやってみたい」

「うーん、人身御供っていうのが気になるけど、私も参加しようかな。

 やってみないとわからないし」

 難しい表情で応じる瑞鳳。

「なら、会ったら参加希望を伝えてみようか」私は室内の時計に視線を向けて「夕食時だ。食堂にいればいいが」

 

 食堂にいればその時に話をしよう、と思ったが。食堂は広い。何せ、元学校という建物の一階がすべて食堂だ。

「今日は皆で食べる?」

 時津風の問い。特に予定はなかったらしい、みんなは頷く。春風はぐるりとあたりを見渡して、

「これでは神風お姉様を見つけるのも大変ですね」

 春風は困ったように呟く。確かにそうだ。

「けど、……さすがというか、提督はすぐ見つかるね」

 で、苦笑気味にそんな事を言う瑞鳳。視線を追ってみれば確かに、すぐに見つかった。

 提督を示す白い制服もそうだが、なにより、……うむ。

「でかいな」

「ま、まあ、おでぶさんだから」

 私が漏らした言葉に初月は曖昧な表情で応じる。

 もっとも、それだけではないが。

 閑散、というほどではないがぽつぽつと席は空いている。が、提督の周りには艦娘が集まっている。

 出来る事なら艦隊運用など話は聞きたいが、それはおそらくあそこに座るみんなも同じ、あとから来たものとして割り込むわけにはいかないか。

 だから、適当に空いている席に座ろう。間宮から食事を受け取り、席を探す。

「ふふ、けど、司令官様。こうしてみるとやはり慕われていますね。

 夜だけとは言わず、お昼も食堂で食べてもよいと思うのですが」

 春風は微笑みそんな事を言う。瑞鳳は頷いて「あれ、どこまで本気で言ってるんだろうね?」

「あたし、しれーがいてもあんまり緊張しないなー」

「同感だ」

 というかあれで緊張感を与えると思っているのだろうか?

「おうっ、てーとくの周りはもういっぱいっ」

「っぽい、島風が遅かったからっぽい」

「えーっ、私、遅くなーいっ」

「といってもこれじゃあ仕方ないっぽい。どこかで食べるっぽい。古鷹さんがいたら捕まえたいっぽい」

「いるかな、……おうっ?」

 不意に、島風がこちらに視線を向ける。

「夕立っ、あっち?」

「っぽい? あっ、長門さんたちっぽいっ」

「長門さん当人がいてぽいも何もないわよ」

 と、そんな事を言いながらこちらに来る夕立と島風。

「ちょっと演習の話をしたいっぽい? いいっぽい?」

「演習?」

 春風は不思議そうに首を傾げた。

 

 島風、夕立と一緒に食事の席へ。そこで、

「演習、って?」

「まだ暫定だが、夕立たち第一の一艦隊を相手とした撤退戦だ。……ん? ひょっとして、島風も、か?」

「そうですよ。私も第一の一艦隊です」

 かかかっ、と。軽快に箸を操りながら応じる島風。

「夕立ちゃんと、島風ちゃんと、古鷹さんと、あと、陸奥さんと?」

「あと、山城さんと瑞鶴さんっぽい」

「僚艦の名前くらいちゃんと覚えておきなさいよ。ぼけいぬ」

「黙るっぽいえろ風」

「そ、……それは、強敵だな」

 軽く冷や汗を流して初月。当然、練度差も相当あるだろう。

「まあ、そんな格上の相手からの撤退戦の訓練だ」

「航空戦艦と正規空母、それに、島風ちゃん相手に撤退戦か。

 陸奥さんの射程も侮れないし、旗艦は指輪持ちの古鷹。……確かに格上ね」

「にしし、夕立はなし」

「っぽいっ? 夕立だって凄いっぽいっ!」

 難しい表情で呟く瑞鳳。たまたま抜けた名前に突っ込み突っ伏す夕立。

「とはいえ、交戦する相手が確実に格下とも限らないし、経験を積むにはいいだろう。

 敗北から学べることも多くある。そのくらいの覚悟で挑もう」

「ぶー、楽しいパーティーがいいっぽいー」

「私はそれでいいですよ。追撃は得意です」

「島風さんの追撃をどうするかですか。……わたくしと時津風さんでいかに抑えられるかですね。

 初月さんは」

「無理だと思う。航空戦艦と正規空母を相手に瑞鳳さん一人で航空戦は苦しいと思うから。僕も対空射撃に入る」

 瑞鳳は頷く。

「なるほど、穴が見当たらないな」

「そして、相変わらず活躍の見込みがないぽいぬ」

「っぽいっ?」

 ぽつり、呟いた島風に変な反応をする夕立。

「大丈夫だよ夕立っ! だって、」

 時津風の声に夕立は顔をあげる。時津風は力強く頷く。

「それで、いつやるの?」

「なにが大丈夫っぽいっ?」

「フォローを期待させておいて放置、……神風お姉様もやられていましたね。

 時津風さんもレベルアップしていますし、負けていられませんっ」

「……何が?」

「被害担当艦回避」

「あっ、島風回避得意ですっ!」

「では、島風。回避のコツを教えて欲しい」「わたくしもお願いします」

「なんでそんなに熱心なの?」

 身を乗り出す初月と春風に半眼を向ける瑞鳳。

「じゃあ、あんまり気にしてないずいほーが被害担当艦にけってー」

 嬉しそうに手をあげる時津風。瑞鳳の頬が引き攣る。うむ。

「瑞鳳をいじ、…………胸が熱いな」

「話繋がってないよ長門さん。っていうか、今の会話のどこに胸が熱くなる要素があるのっ?」

「島風の回避はただ走って逃げるだけっぽい。意味ないっぽい」

「みんなが遅いからいけないのよっ!」

「まあ、つまり攻撃あるのみだ。何の話をしているかわからなくなったが、訓練は提督の判断で十二日後の予定だ。

 鹿島にも連絡をしなければいけないな」

「それなら陸奥さんがしておいたそうですよ。

 一応予定の確認はするけど、たぶん大丈夫だそうです」

「という事だが。皆はいいか? 間違いなく厳しい戦いになると思うが」

 何せ、実戦配備さえまだの新造艦隊が最高戦力の主力艦隊と相対するわけだ。敗北はほぼ確実だろう。

 けど、瑞鳳は肩をすくめて、

「厳しい戦いなんて海に出たら当たり前なんだし、今のうちにきつい思いしておいた方がいいわ。

 私は、やりたい。惨敗の経験を積んでおかないと、撤退のタイミングを見逃すかもしれないし」

「撤退のタイミングか、そうだな、必要だな」

 頷く、瑞鳳には皆も同意なのか、反対の声はない。

「やったっぽいっ、頑張ってレベルアップっぽいっ」

「追撃ですね。かけっこたくさん、楽しみですっ」

 で、島風と夕立も乗り気だ。結果はともかく、いい訓練になるだろう。

「鹿島さんから第二艦隊にも連絡は行くっぽい。

 けど、万が一連絡の不備があったら山風が怒って提督さんがお腹を突かれたり熊野さんからヤ、……お嬢様キックを食らうっぽい。見かけたらちゃんと伝えた方がいいっぽい」

「了解した」

 確かに、万が一でも連絡の不備があったら第二艦隊は怒るだろう。それに、こうした連絡はしっかりしないとな。アルバイトの事もあるし、明日、改めて神風か山風の部屋に行くのもいいだろう。

「その、聞きたいのだが」

 おずおずと、初月が手をあげた。

「なぜ、提督が攻撃されるんだ?」

 初月の問いに、一同沈黙。……そうだな、なぜ、提督が攻撃されるのだろうか。

「てーとく、この基地の被害担当艦だからじゃないんですか?」

「ああ、なるほど、それもそうだ」

 島風の答えに初月は納得した。「……いや、それはおかしい」

 彼は艦ではない、人だ。艦と呼ぶのは違うだろう。…………被害担当なのは、まあ、仕方ないか。

 ……………………仕方ない、か?

 



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二十九話

 

 夕食を終えて片付ける。……そこで、

「千歳か?」

 千歳に曳航される提督がいた。そういえば寝酒を、とか言っていたな。

 酒、……か。

「長門さん、どうした?」

 動きを止めた私に初月が問いかける。

「いや、そういえば酒もあるのだなと」

 まだ初任給で、そのうちの何割かは今日の水着で消えたが。……まあ、顔を出すくらいはいいだろう。

 ちょっと行ってみるか。

「お酒っ」

 ぱあっ、と表情を明るくする瑞鳳。その横で時津風はあくび。

「あたしはパスー、眠いー」

「わたくしも、今日はお休みさせていただきます」

 春風と初月も頷く。パスらしい。

「瑞鳳は行くか?」

「うん、提督にちょっと聞いてみたい事もあるし」

 というわけで、瑞鳳と一緒に地下へ。休憩所の隅っこに、ぽかんと座る提督。ちょうどいいか。

「提督、話いい?」

「ふむん? ああ、瑞鳳君かあ、長門君もかあ。

 いいよお。ただ、千歳君と千代田君がお酒を持ってきてくれていてなあ。二人の所は空けておいて欲しいなあ」

「ああ、わかった」

「随分隅っこに座ってるのね」

 ぽつり、呟く瑞鳳に提督は頷いて、

「そうだなあ。前に誠一君が遊びに来た時、女の子に囲まれて居たたまれなさそうにしてたからなあ。

 それで隅っこに来て以来なんとなくここを使っているんだよお」

「誠一君?」

「ああ、元帥だよお。私の友達なんだよお。

 誠一君には悪い事をしたからなあ。出来るだけ相談に乗ったり、協力したりしているんだよお」

「悪い事? 元帥に?」

「あら? 長門さんに、瑞鳳」

「千歳か」

 三つ、徳利をもってきょとんとした千歳。

「相席、構わないか?」

「ええ、いいですよ。お酒は」

「いや、あいにく金がない。まだここでは新人でな。

 だから、どんなところか見に来たんだ」

 瑞鳳も頷く。千歳は楚々と微笑んで「そうでしたか」

「はい、提督。お酒です」

「ふむう、ありがとうなあ」

 こと、と置かれた徳利を見てのんびりと微笑む提督、千歳も笑みを返して座る。

「提督もお酒飲むんだ」

「そうだよお。土曜日はなあ。お酒を飲むとよく眠れるんだよお。

 あ、そうだ。長門君、瑞鳳君、明日は日曜日だけど、私はたぶん起きないからなあ。何かあったら雷君に相談してほしいなあ。ごめんなあ」

「ううん、提督こそせっかくの休みなんだからゆっくり休まないとね」

「土曜日も仕事をしていたのだろう。日曜日くらい仕事は気にせず休むべきだ。

 提督に倒れられたらこちらも困る」

 私と瑞鳳の言葉を受け、千歳は笑って、

「だ、そうですよ。提督。

 なので、明日はゆっくりとお休みください」

「ふむう、解ったよお。ありがとうなあ」

「お姉、提督、おつまみ、……あれ? 長門さん、瑞鳳?」

 ひょい、と現れたのは千代田。

「ああ、新人として話を聞きにな。相席をさせてもらってる」

「そう? ……けど、おつまみ、足りるかなあ」

「いや、後から乗り込んだのはこちらだし、遠慮しなくていい。

 夕食も十分食べたから大丈夫だ」

 瑞鳳も頷く。「そう」と千代田は腰を下ろす。

「ありがとうなあ。千代田君」

「いいわよ別に。私とお姉の分もあるし」

 提督は千歳に注いでもらったお酒を飲み、ほう、と一息。

「ふむう、美味しいなあ。流石は鳳翔君だなあ」

「ああ、鳳翔か」

「あっちね。この時間、鳳翔さんお酒ふるまってくれるから、長門さんも余裕があったら飲んでみれば、美味しいわよ」

「おつまみも美味しいですよ。

 私も、あのくらい料理を上手に作れればいいのですけど」

 おっとりと呟く千歳。提督は頷いて、

「鳳翔君には前からこういう事をお願いしていたからなあ。

 雑用ばっかり押し付けて、申し訳ないなあ」

「付き合いは長いのか?」

 問いに、提督は頷く。

「長いよお。まだ所属している娘もあまりいなくて、雷君も哨戒とかしていたころだったからなあ。

 哨戒をお願いした古鷹君と雷君が大破漂流していた鳳翔君を曳航して戻ったときは、海って凄いなあって思ったなあ。そのあとは睦、……うむう。いろいろと、雑用をお願いしちゃってるんだよお」

「そう、だったんだ」

 確か、二人目の艦。睦月も秘書艦殿が拾ってきたといっていた。ここは、そういう事を繰り返していたのかもしれない。

「提督ってそんな事ばっかり繰り返してるのよね。

 引き取ってもらった私が言えたことじゃないけど、際限なく引き取って自分の首絞めるのとかやめてよね」

 素っ気なく、けど、心配そうに告げる千代田。提督は笑って、

「大丈夫だよお。山風君たちはしっかりしてるから、資材が無く「私たちじゃなくて提督がっ! こっちの心配なんてしてないわよっ」ふむう?」

「そうそう、それ、私も聞きたかった。

 提督、お給料って、提督が自腹切ってるってほんと?」

「ふむう、……うむ」

 提督は頷き、瑞鳳は困ったように眉尻を下げて、

「…………その、そこまで気を遣ってもらわなくても、大丈夫よ。

 提督も、趣味とか、自分のために使った方がいいと思うわ。家族、とか」

「ふむう、私に家族はいないんだがなあ。

 趣味かあ、……趣味かああ」

 いない、……のか? ともかく、提督は不意に左右に目配せ、千歳と千代田が、なんか、笑った。

「そうだなあ。やっぱり趣味は大切だなあ」

「そうよっ」

 頷いた提督に、我が意を得たりと瑞鳳。……ただ、提督の趣味となると、…………嫌な予感がするので静観決定。

「そうかあ。私の趣味は可愛い女の子を凝視する事だからなあ」

「え?」

 瑞鳳硬直。千歳は楚々と微笑む。

「提督、可愛い娘がいますよ」

「そうね。私にとってはお姉の方が奇麗だけど、瑞鳳も可愛いと思うわ」

「……ちょ、ちょ、ちょっとっ? ちょっと千代田さんっ? 千歳さんっ?」

 大慌てで声をあげる瑞鳳。提督は頷いて、

「じゃあ、凝視しようかなあ。趣味は大切だからなあ」

「ぎょうしー」「ぎょっしっ」

 意地悪く笑う千代田と、楽しそうに微笑む千歳、ぽかんとした表情の提督から真っ直ぐに凝視される瑞鳳。

「いやいやっ、なんで千代田さんと千歳さんまでっ」

「ぎょーうーしー」「ぎよし」「ぎょし」

 三人から凝視され瑞鳳がおろおろしている。

「ちょ、ほんと、やめっ、やめてーっ」

「ぎょー、だっ」

 すかんっ、と音。提督は頭を何かに打撃されてゆらゆら揺れる。

「提督っ、新人さんをあまりからかってはいけませんよ」

 ぱたぱたと、弓を片手に鳳翔。……射たのか。

「ふむう、いけないかあ。

 鳳翔君、こういう趣味はだめなのかなあ。私もおっさんだからなあ。可愛い娘は見ていたくなる。というのはだめかなあ」

「いけませんっ! いいですか、提督。確かに瑞鳳さんは可愛らしいです。が、だからと言って殿方が女性に不躾な視線を送ってはいけませんっ!」

「そうかあ。ごめんなあ。瑞鳳君」

「ぎょうしー」「ぎょっし」

 千歳と千代田はまだ瑞鳳を凝視している。鳳翔はすぱんと、二人の頭を叩いた。

「はうう、ありがとうございます鳳翔さーん」

 しょぼしょぼしている瑞鳳が可愛い。

「まあ、そういうわけだからお給料の事は気にしなくていいよお」

「ど、どういうわけ?」

 曖昧な表情で問い返す瑞鳳。提督は頷いて、

「私には趣味はないし、養う家族もいないからなあ。

 だから、お金を持っていても余らせてしまうんだよお」

「え? いないって、ご両親とか、は?」

「私の両親はなあ。軍人さんだったんだけど、深海棲艦の発生の時に殺されたんだよお。

 だから私は天涯孤独でなあ。ここにいれば生活にも困らないから、お金は持っていても使い道がないんだよお」

「そ、……あ、ご、ごめん」

 瑞鳳は申し訳なさそうに俯く。

「気にしないでいいよお。

 私が持っていても使わない。使い道は何もない。それなら、使い道のある瑞鳳君が使ってくれた方がいいんだよなあ。

 それで瑞鳳君が奮起してくれればいう事なし、いらないものでやる気が買えるなら、安いものだなあ」

「そんなもの、……なの?」

「じゃあ、また趣味に移ろうかなあ。千代田君、千歳君」

「そうね」「ええ、じゃあ」

 なぜか乗り気な千代田と千歳。瑞鳳は慌てて手を振って止める。

「いや、いやそれは止めてっ」

 ぽん、と瑞鳳は両肩を叩かれた。鳳翔は微笑んで、

「提督からのご厚意なので、感謝をしていただいていいのですよ。

 代わりに、瑞鳳さんなりに、提督のた「鳳翔君」っと、守らないといけない人のために、出来る事を考えなさい。それが大切ですよ。ね、提督」

「そうだよお。

 すぐになんて言わないし、一人で考える必要もない、ゆっくりと、瑞鳳君に出来る事を考えてみて、いいこと考えたら友達とやってみなさい。お給料も、そのためのお金だと思えば安いものだよお」

「何も考えつかなかったら、私たちに相談してくれてもいいですよ。

 そのための先輩ですから、ね」

 千歳の笑顔に千代田も頷き、瑞鳳も肩を落として、

「…………うん」

「第一、やる事はたくさんあるぞ。

 那珂がプール開きのイベントを企画したらしい。それまでに掃除をしておかなければならない。準備も手伝おう。

 第二艦隊から、倉庫の掃除手伝いのアルバイトもあったな。第一の一艦隊との演習もある。瑞鳳、やる事はいくらでもある。私たちの練度を上げ、基地のみんながストレスなく出撃し戦えるよう、しばらくは頑張っていこう」

 瑞鳳は幽かに目を見開いて、……微笑んだ。

「うん、そうだね。……提督、も、ありがと」

 笑顔を浮かべる瑞鳳に、提督は真面目な表情で頷く。

「使い道がなかったら、望遠鏡を買ってきて欲しいなあ。

 これで遠くから女の子を凝視できるなあ。……頑張ればプールも覗けるかなあ。女の子の水着姿を凝視するために、頼んだよお」

「ぜーったいにいやっ」

 真面目な表情のまま変な事を言い出す提督。ぺしっ、と。矢を拾って瑞鳳は彼の頭を叩いた。

「そういえば提督、元帥に悪い事をしたといっていたが、何をやったのだ?」

 友達、と聞いているが。調理場に戻る鳳翔を見送っていた提督は振り返る。お酒を一口。ほう、と一息。

「そうだなあ。誠一君は、成績があんまりよくなくてなあ。おまけにお人好しで真面目でなあ。悪く言ってしまうと利用されやすい性格なんだよお。

 そんな誠一君を、その時の海軍大将が傀儡にするために元帥に押し上げたんだよお。けど、私もそれに同意してなあ。面倒な事を押し付けてしまったんだよお」

「そう、なのか?」

 確か、熊野も言っていたな。仕事は出来ない、と。

「どうして? その、……傀儡、のため?」

 瑞鳳の問いに提督は首を横に振って、視線を向ける。

「違うよお。誠一君はいい人だからなあ。

 海軍大将にその権限のほとんどははく奪されたけど、それでも陸軍にしがみ付いてる人たちとか、協力してくれる人はいるからなあ。だから、千歳君や千代田君みたいな娘をほったらかしにするなんて選択はしない。そう思ってなあ」

「え?」

「ばか。何余計な事言ってるのよ」

 千代田はそっぽを向いて、千歳は困ったように微笑む。

「ええ、私と千代田は、前の提督からお払い箱だといわれて、解体を請け負う業者に引き渡されたのよ。

 その業者が、さっき提督の言っていた陸軍の人で、そのまま元帥さんに拾っていただけたの。ここに来たのは、元帥さんの紹介ね」

「そんな事を見越して、私は友達に面倒な仕事を押し付けてしまってなあ。……ふむう、友達を利用したのだから、私も、悪い大人だなあ」

 困ったように、そんな事を言って提督はお酒を一口。……ほう、と。一息。困ったような視線を瑞鳳に向けて、

「瑞鳳君、私は、そういう人なんだよお。

 お給料だって単純な厚意じゃあない。戦意の高揚、感謝によるある程度の忠誠、メンタルケアという厄介なメンテナンスを自分でやらせるための方策。

 君たちを、……艦娘という兵器を使いやすいようにするための、打算の結果なんだよお。だから、気遣ってもらって悪いなんて思わず、自分の使いたいように使いなさい。

 私は、私の利になるよう、私の思惑に従って動くだけだからなあ。それが気に入らないなら、気に入ってくれそうな少将を紹介するよお」

「そういうわけじゃ、……ない、けど」

 瑞鳳は視線を背けて、ぽつぽつと応じる。

「私はそのくらいさばさばした方が気楽でいいけどね。

 好いたのどうだのってのはもう沢山よ。提督に求めるのは指揮管理能力とストレスを感じない程度の配慮、と。お姉と一緒にいさせてくれることだけよ」

 千代田はひらひらと手を振って応じる。

「千歳もか?」

「そうですね。私も千代田におおよそ同感です。私たちは兵器として力を振るい、提督は私たちを適切に運用する。目的が同じならそれだけで十分ですよ。

 まあ、千代田と一緒に引き取ってくれて、その後も面倒を見てくれている恩義はありますので、」

 千歳は微笑み徳利を手に、提督に注ぎながら笑みを見せる。

「お酌くらいはしてあげますよ。提督」

 



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三十話

 

 日曜日、今日は何をしようか、と。起床して思う。……特に思い浮かばず、なんとなく外に出てみた。

 少し、足を延ばして伊島の散策をしようか、基地から二時間以上離れる場合は事前に申請が必要だが、そこまで長時間散歩をするつもりもない。

 そうだな。それがいいな。

 早朝の涼しさ、心地よさに目を細め、伸びを一つ。基地まで足を延ばしてみると走っている娘が何人かいた。

 ちなみに、ランニングも訓練の一環としてしている。訓練時間ではない朝走っているのは、趣味らしい。…………ん?

「秘書艦殿」

 見れば秘書艦殿も一緒に走っていた。いつもは、……ああ、既に仕事をしている時間か。

 と、

「なーがーとーさーんっ」

「ん?」

 その秘書艦殿がランニングの列から外れてこっちに駆け寄ってきた。

「おはよう、秘書艦殿。ランニングか?」

「そうよ。雷は秘書艦だから体動かす事少ないのよね。だから、お休みの日は出来るだけ動くようにしてるのよっ」

「お疲れ様」

 聞いた話によると秘書艦殿と提督は0400には仕事を始めているらしい。どれほどの仕事なのか、想像も出来ない。

「みんながばっちりお仕事が出来るようにするのが秘書艦の役割だから、気にしなくていいわよっ!

 むしろどんどん頼っていいからねっ」

 にこっ、と笑顔の秘書艦殿。自然、笑みが浮かぶ。

「ああ、ありがとう」

「それで、長門さん。明日だけど、長門さんの元の僚艦のみんなが来るわよ」

「ほ、ほんとかっ?」

 いつか、会いたいと思っていた。……けど、まさかこんなに早く再会が叶うとは、嬉しいな。

「ええ、明後日、新人さんたちでお勉強するのよ。

 武藤少将の報告もあるから、一緒にお勉強っていう事になったわ。それで、先行して明日来れるらしいの。武藤少将も、引き取った娘たちが長門さんの事を気にしてたみたいだから、早めに会わせてあげたいって言ってたわ」

「そうか、……少将殿にも感謝をしなければな」

 よかった。かつての僚艦たちが引き取られた先、そこの提督はちゃんと艦娘の事を考えていてくれるようだ。安心した。

 私の言葉に秘書艦殿は、ぱしっ、と私を叩いた。

「そうよ。感謝は必要ね。

 けど、長門さんっ、これも提督のお仕事の一つなのっ、提督は民を護ることが出来ない、それが出来るのは艦娘なのっ! だから、提督は艦娘がばっちり民を護れるように、しっかり作戦を立てて、ちゃんと管理して、艦娘が最高の状態で出撃できるようにする、これが提督のお仕事なのっ!

 だから、感謝をするのはいい事だけど、遠慮したり迷惑をかけたー、とか思ったら絶対にだめよっ! そうやってちっちゃなストレスを少しずつためて性能を落とされたほうがずーっと困っちゃうことなんだからねっ! しれーかんに直接言い辛い事があったら、雷たちをたくさん頼っていいからねっ!」

「ああ、ありがとう」

 言い辛い事か、……まあ、雰囲気的にはあまりないが、そうだな、頼りにさせてもらおう。

 代わりに期待にはしっかり応えないといけないな、と。思ったところで、……ふと、秘書艦殿の言ったこと。

「お勉強か」

 どんな事だろうか。

「お勉強の内容については明後日お話するわね。

 それと、武内少将も一緒に報告に来て、この基地にいた陽炎も明日来るらしいの、時津風には言っておいて」

「む、了解した。……ん、秘書艦殿」

「なぁに?」

「艦娘の異動もあるのか?」

 出来れば、この基地で頑張っていきたいが。

「今のところ、希望を聞いてだけどね。けど、あるわ。

 しれーかん、……あ、じゃなくて中将ね、中将には艦娘の委託管理権移譲権限があるの」

「委託管理権移譲権限?」

「要するに所属する艦娘を配下の少将とか、あと、准将とかの所に派遣する権限ね。戦力の補強に必要なのよ。法律上、艦娘は兵器で、提督は兵器の管理者っていう事になってるから、管理権を移譲する、っていう事になるの。

 新人さんとか、艦娘が少ない泊地に大規模な侵攻があった場合とかね」

「ああ、そういう事もあるな」

 なるほど、戦力の補てんか。

 納得する、が。秘書艦殿は困ったような、どこか呆れたような苦笑。

「といってもね、結構代将とかは断る事があるのよね。

 戦果を上に取られたくないのか、実は監査を兼ねて粗探しをしに来たとか、そんな風に疑ってね。で、それを断った挙句大規模な襲撃を受けて艦隊全滅、なんてことが度々あったの。

 それで中将には派遣の権限、派遣された艦娘を受け入れなかったら処罰される、っていう強制力を持った権限が与えられてるのよ。提督の判断ミス、……というか、自業自得に巻き込まれて艦娘が轟沈しちゃうなんてよくないものね」

「……妥当だ」

 溜息。そういう提督がいるのは本当に困った事だ。というか、艦娘が報われない。

「今のところ、しれーかんが派遣するのは部下の少将だけ、少将は中将が直接厳選しているから信頼していいわ。

 危なさそうだな、と思ったところがあったらみんなに声をかけて、派遣希望を受け入れてくれる娘がいたら派遣、いなかったら他の少将とか、あと、この基地の艦隊と連合艦隊で相対するようにして対応できてるわ。

 ただ、異動の方が異動先の基地の底上げ出来るし、結果としてその基地が精強になればそれはそれで民の平穏につながるわ。あるいは、少将といってもしれーかんほどの能力はないから、逆に自分を鍛えるには都合がいい、って考える娘もいるわね。陽炎は後者の理由で異動を承認したのよ」

「そういう事か」

 そう言う考えもあるか。……まあ、艦娘に強制しているわけでもないし、それならそれでいいか。

「了解した。時津風には話しておこう。

 私も楽しみだ」

 

 朝食後。私は初月と隣の部屋、僚艦のみなと集まる。……と言っても瑞鳳はいない。龍鳳の所に行ったらしい。

「へー、陽炎が、楽しみーっ」

 時津風は笑って応じる。春風は楚々と微笑んで、

「それに、長門さんの元の僚艦の方ですか。

 ふふ、よいお話を聞きたいです」

「ああ、みんな、私の自慢の僚艦だ」

「……長門さんの僚艦は僕たちだ」

「…………す、すまない」

 初月に、じと、とした目で見られてしまった。申し訳ない。

「それにしても勉強か。どんな事だろうな」

「うぇー、あたし勉強とかやだー」

 ごろごろと駄々をこねる時津風。春風は苦笑して時津風を撫でて、

「この基地の皆さまとともに戦うため、必要な事だと思います」

「はーい。うう、難しいのはやだなあ」

「艦隊行動について? ……か?」

「そうかもしれないな。改めて基礎を学ぶのかもしれない」

 水雷戦隊の運用とか、学びたい事は多々ある。いい機会だ。しっかりと勉強に取り組もう。

 

 というわけで翌日、月曜日。

 初月と春風が朝食を作り、私と瑞鳳、時津風は外へ。

「天気か、……私もちゃんと判断できるようにしないと」

「ずいほーは空母だから特にだよね。

 あたしは波の方が気になるかな。魚雷の精度に影響するし。……風かあ」

 むむ、と難しい表情の時津風。

「日ごろから観察する事だな。…………ん?」

「雲龍?」

 いつも通り、芝生にぽかんと突っ立っている提督と、ぼんやりしている艦娘たち。その中、提督の隣にぼんやりとした表情で立っている雲龍。

 とりあえず三人で提督に手を合わせ、おはよう、とあいさつを交わす。

「雲龍もここに着任していたのか?」

「ん、……ああ、長門。

 名取たちから話は聞いてるわ。初めまして」

 え?

「ああ、長門さんは初めましてになりますね。

 元、第一の一艦隊、正規空母、雲龍です」

「元?」

「今はこの基地から異動して、武藤少将の所にいるから」

「そうなの? ここから離れたの?」

 不思議そうに問う瑞鳳。雲龍は頷いて、

「私の後進の、瑞鶴さんは十分強くなったから。

 それに、武藤少将の艦隊は、当時空母は二人しかいなかった。私がそちらに行けば空母戦力が補強できる。基地の実力が底上げ出来ればそれだけ深海棲艦の撃滅に近づき、ひいては平穏に近づく。

 なら、あとはやるだけ、提督には感謝してるから、自分に出来て、考えられる最善の方法で平穏に貢献する。そうやって恩を返していくわ。……ああ、そうそう、古鷹さん。あれから瑞鶴さんは?」

「十分に活躍していますよ。もう、雲龍さんにも負けないでしょうね」

 くすくすと笑って古鷹は応じる。

「そう、……それは楽しみ。

 なら、演習したいけど、……山風さんは許さないでしょうね」

「そちらで資材を融通してくれるのなら」

「それは、無理。

 前線も、遊びで使っていい資材はないわ。それに、秘書艦の鳥海が許さないわ」

 仕方なさそうに肩をすくめる雲龍と古鷹。

「ねえねえ、しれー

 第一の一艦隊って言ったら主力でしょ? それでも異動大丈夫なの?」

 時津風が首を傾げる。提督は頷いて、

「雲龍君はちゃんと後任の事を考えていてくれたからなあ。

 たとえ離れていても同じ目的で戦ってくれるなら、それで十分だよお」

「そんなもん?」

「そんなものよ」

「武藤君は少し慌てんぼさんだからなあ。

 雲龍君みたいな気質の娘とは相性がよかったんじゃないかなあ?」

「そうね。最初はよく慌ててたわ。

 けど、摩耶が鳥海の代わりに前線を支えられるようになったから、鳥海もそばにいる時間が増えて、だいぶ安定しているわね」

「そうかあ。それはよかったなあ。雲龍君の派遣を認めた甲斐があった。なあ」

 うむむ、と提督は難しい表情で唸る。

「何か不備でもあった?」

 雲龍が首を傾げ、提督は難しい表情のまま、

「雲龍君は胸に目が行きがちだけど、おへそのあたりもいいと「セクハラ許すまじ」」

 雲龍は手に持っている謎の杖で、淡々と提督を殴り倒す。

「お変わりなさそうで何よりよ。提督」

 倒れた提督を見下しながら杖の先端でつつく雲龍。

「う、雲龍さんも」

 慄く瑞鳳。雲龍は首を傾げて「どうしたの?」

「あ、いや、……雲龍さん、大人しそうだし、ちょっと驚いたっていうか」

「ああ、……………………すきんしっぷ? よ」

「い、痛そうだね」

「不愉快な事があったら殴る。……私は、それでいいと思うの。

 これはそのための棒なのよ。これは、提督を殴るための棒なのよ」

 倒れる提督をついている棒を見て雲龍。違うと思う。

「違うと思う、っていうかよくないでしょそれっ?」

 応じる瑞鳳に雲龍はぼんやりと頷き、

「それと、長門。

 貴女の元僚艦だけど、午後に提督と来るわ。その時には会ってあげてね」

「え? あ、あの、雲龍さん」

 おいていかれた瑞鳳はおずおずと手を伸ばす。……まあ、いいか。

「ああ、わかった。彼女たちはどうだ?」

「練度で言えば、まあ、それなりね。期待していないから問題ないわ。

 ただ、元ブラック泊地の艦娘らしいわね。素質はあるわ」

「元ブラック?」

「統計的に、元ブラックの艦娘は優秀な娘が多いのよ。苛烈な運用に耐えきれるだけの意思を持っているからね」

「……そうか、」

 それは、どう捉えたものか。ともかく、瑞鳳は気分を切り替えるように首を横に振って、

「あの、雲龍さん」

「ん、……瑞鳳さん。どうしたの?」

「えと、今日、時間ある?

 よければ、訓練を見てもらいたいのだけど」

「ああ、それはいいですね。

 瑞鳳、雲龍は瑞鶴の面倒も見ていましたし、教授は得意ですよ」

「それはいいな。瑞鳳は私の僚艦でもある。

 是非頼みたい」

「いいけど、」

 ふと、雲龍は瑞鳳の胸を見て、

「おっぱいは大きくならないから、聞かれても困るわ。

 艦娘のおっぱいは決して大きくならないもの」

「それはいいわよっ! っていうか、どこからそのネタが飛び出してきたのっ?」

 真面目に語る雲龍に思わず怒鳴る瑞鳳。雲龍は頷いて、

「瑞鶴さんに教えを請われたから」

「……あ、はい。そうでしたか」

 沈鬱な表情で俯く瑞鳳。雲龍は重々しく頷く。

「形になったその瞬間から貧乳で、轟沈するその瞬間まで貧乳なのよ。

 って、瑞鶴さんに話したら彼女は泣きだしたわ」

「そうかあ。一時的に瑞鶴君の目が死んでたのはそれが原因かなあ。

 運営の不備が原因かなと思って理由を聞いたんだけど、聞いた瞬間に泣きながら殴られて、そのあと瑞鶴君が泣きついた雷君にも殴られたんだよなあ。女の子の繊細な心を抉ったとか言われて」

「…………しれー、大変だね」

 気の毒そうに提督を見る時津風。同感だ。

「事前におっぱいのネタだって解かっていればそっとしておいたのだがなあ。

 瑞鶴君のトラウマを知らずに抉ってしまったなあ」

「そのあたりの女心をわかってくれれば、殴られることも減ると思います。

 ま、青葉は期待せず見てます」

 芝生でごろごろしていた青葉。「難しいなあ」と、眉根を寄せる提督。すまないがあまり力になれそうにない。

 青葉の言う通り、期待せず見てるしかないな。

「訓練場所は、練習用の近海ね。0800には向かうようにするわ」

 

 今日の訓練、瑞鳳が雲龍にしごかれて半泣きし、ついでに訓練に掴まった葛城がいろいろな意味で轟沈して倒れている。流石はこの基地の、元、第一の一艦隊所属艦娘。訓練が苛烈だ。

 で、私は駆逐艦の動きを見ておくように、と。いう事で駆逐艦同士の演習を観察していた。

 片方は、私の僚艦である時津風。そして、その相手、

「ふう、……訓練に付き合ってもらいありがとうございました。時津風」

「あ、うん」

 妹を相手にも丁寧に頭を下げる不知火に、時津風は戸惑ったように応じる。苦笑。

「失望しましたか? 偉そうに姉だといっていてもこの様で」

「あ、いや、そういうわけじゃない。けど、…………うん。……正直、ちょっと驚いた」

 時津風は小さく頷く。時津風はまだ新人だ。練度も、この基地では下から数えた方が早いくらいだろう。……けど、

 より早くこの基地に着任していた不知火は、その時津風より、弱かった。

 

 私と不知火、そして、時津風で鹿島に訓練の結果報告。まだ、新人である時津風相手に敗戦。不知火は、表向きは淡々とその結果を報告した。

「…………そう、お疲れ様」

「すいません。鹿島さん。なかなか成果をあげられないで」

 申し訳なさそうに肩を落とす不知火。鹿島は首を横に振る。

「いいのよ。不知火ちゃんは頑張ってるわ。

 私も、もう少し考え直した方がいいかしら?」

「…………いえ、鹿島さんに落ち度はありません。あるとすれば不知火にです。

 訓練そのものには充実を感じています。これで成果をあげられないのはひとえに不知火の落ち度です」

「ええ、ありがとう」

 と、戸が叩かれる音。

「鹿島、古鷹です。入ります」

「ええ、どうぞ」

 古鷹? と、「失礼します」と丁寧に一礼して古鷹。

「訓練の報告書です。……と、不知火、長門さんと時津風もいましたか」

「ええ、ありがとう。古鷹さん。これは確認しておくわ」

 さっ、と一瞥だけして頷く鹿島。古鷹ならそれで十分なのだろう。……信頼の差か。

「不知火は、今日は時津風と訓練ですか?」

「…………はい、成果は、芳しくありませんが」

「そうですか」ぽん、と古鷹は不知火を丁寧に撫でて「また、いつでも訓練には付き合います。山風と折り合いがついたら、声をかけてください」

「ありがとう、ございます。古鷹さん」

「不知火は古鷹とよく訓練してるの?」

 ひょい、と時津風が問いかける。不知火は頷いて、

「ええ、不知火のような「そうですよ。私は不知火の事が好きですから」へ?」

 珍しい、不知火のきょとんとした表情。古鷹はくすくすと笑って、

「欠陥品、そう自認し、死にたいというほどの失意を抱えて、それでも必死に足掻く不知火の事は好きですよ。

 正しく皆の規範になりますから」

「ふふ、そうね。ええ、私も好きよ。不知火ちゃん」

「か、……鹿島さん、まで、…………い、いえ、不知火は、……その、」

 顔を真っ赤にしてぽつぽつと呟く不知火。けど、

「死にたいって、……不知火」

 つん、と不知火の手に触れる時津風。……微笑。不知火は時津風を撫でて、

「死にたいです。

 生きるのは苦しいです。ここにいるのは、……辛い、です。あとからここに来た妹たちが、皆、姉である不知火よりもずっとずっと強くなっていく。一人、弱いまま取り残される。

 司令や秘書艦さん、睦月や古鷹さん、山風や鹿島さんにも、みんなに気をかけてもらって、世話をしてもらいながら、何一つ返せず弱いまま、無様な命にしがみついている。……なかなか、堪えます」

「不知火」

 不知火の手を握る力が強くなる。

 けど、

「それは出来ません。受けた恩を投げ捨てる事だけはしません。

 落ち度ばかりであっても、欠陥品であっても、……それでも、それだけは、出来ません」

 だから大丈夫です、と。不知火は微笑み不安そうに見上げる時津風を撫でる。

「死にたいです。けど、死にません。辛くて苦しいですが、投げません。

 不知火が、ここにいていいよと、言っていただける限りは」

「…………うん」

「強いのだな」

 ぽつり、そんな言葉が零れた。

 失意は、私にもある。たくさん世話になりながら任務に就くことが出来ないもどかしさ。この基地の重要性を考えれば仕方のない事、実力不足だとはわかっていても、苦しさは、ある。

 不知火は、それをずっと抱えていた。自分の妹が、後輩が、自分を追い抜いて進んでいくのを、無力感を抱えてみていた。

 それでもなお、ここにいるというのだから。

「ええ、そうですよ。

 そして、これから私たちが持っていかなければいけない強さです」

 時津風と不知火を鹿島がまとめて抱きしめるのを見ながら、不意に、古鷹が視線を向ける。

「不知火がここにいて訓練が許されている事も、提督の打算ですよ。だから、山風も不知火には資材の管理が甘くなります」

「打算?」

 不自然、ではある。不知火の意思は素晴らしいと思うが、数字だけを見れば確かに不知火は欠陥品と言われても仕方ないだろう。

 対し、この基地の重要性はわかっている。資材が尽きて戦えませんでした。が、許される場所ではない。内海に続く最終防衛線として常に万全の状態で迎撃することが求められる。

 故に、資材の管理は凄まじく厳しい。けど、なぜ、不知火の訓練には甘いのか。

「それは、どのような?」

「任務につく事も出来ない長門さんは、失意を抱えていないとでも?」

「…………ああ、なるほど」

 だから、皆の規範になる。か。

「それに、不知火のような娘はこれから必要になるのですよ。

 戦う必要がなくなった後、艦娘も存在意義そのものが問われた時。その後どうしていくか。おそらく、この基地にもいるでしょう。もう、自分は不要だからと失意に任せて自沈しようと考える娘は、……まあ、その時になってみないとわかりませんが。

 なので、存在意義そのものが問われても、不要だと自分自身でさえ思っていても、それでも意地になって自分が成すべきと決めた事にしがみ付くような娘は、その在り方が皆のお手本になります。だから、山風も不知火の意思は極力尊重しているんです」

「ああ、そうかもな」

 この基地に来る前は、考えた事もなかったな。戦う必要がなくなったときの事、は。

 

 本当に?

 

「…………長門さん?」

 不思議そうに私を見る古鷹。一瞬、ぼう、としてしまったか。いかんな。

「ん、ああ、……いや、すまない」

 古鷹には軽くて振って応じる。……けど、

 よく、考えないといけないな、戦後の事は。

 

 自分でもよくわからない焦燥感を抱え、そんな事を思っていた。

 



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三十一話

 

「この娘、が、提督なのか?」

「あ、はい。ごめんなさい」

 武藤少将。武藤みこ、少将。彼女は、十代半ばの少女だった。

 

「久しぶりねっ、みこちゃんっ」

「お久しぶりです。中将代行殿」

 中将代行? ともかく、秘書艦殿の事らしい、顔を上げて、にこっ、と笑う。対して武藤少将はふんわりと笑みを返す。

 と、

「長門さんっ」

「ああ、文月、名取、五月雨も、元気そうだな」

 武藤少将に引き取られた以前の僚艦たち、表情も明るい、元気そうだ。

「はいっ」

「長門さんも、元気そうですねっ」

「ああ、問題はない」

 頷く、と。扉が開く。提督だ。

「ふむう、久しぶりだねえ。武藤少将」

「はい、ご無沙汰しております。中将殿」

 敬礼する武藤少将に頷く提督。

「さて、長門君、君と君の僚艦は、午後はお休みしなさい。彼女たちとお話をするのもいいと思うよお。

 彼女たちの事を気にしながら訓練をしてもあまりよくはないからなあ。明日は、……お勉強か、明後日から心置きなく訓練に励めるよう、今のうちに十分にお話しておきなさい」

「そうか、……了解した。気遣い感謝する。提督」

「名取君、文月君、五月雨君。

 今日は客室で休みなさい。長門君はお休みにしたから、お互いに近況を聞くのもいいと思うよお」

 提督に声をかけられる。不思議そうに提督を見ていた名取たちは、慌てて敬礼。

「はいっ、お気遣い感謝します。中将殿っ」

 名取が慌てたように声をあげる。提督は頷く。

「長門君、……は、客室の場所はまだ知らないかあ。…………いや、武藤少将は、……ふむう?」

 提督は一度首を傾げて、

「名取君たちは、長門君がいるこの基地の事、興味あるかなあ?」

 問いに、三人は顔を見合わせて、頷いた。

「そうかあ、……じゃあ、私が直接あんな、がっ?」

 頷いて、何か言いかけた提督の頭を打撃するファイル。ぎょっとする名取たち。

「しれーかんが寮に入っちゃだめでしょっ! あそこは女の子以外入っちゃだめなのっ! 女の子がおやすみするところに入ったら殺されても仕方ないんだからねっ!」

「そうかあ、私が寮に入ったら殺されるのかあ。じゃあ、案内は出来ないなあ。

 ふむう、じゃあ、仕方ないなあ。雷君。案内を頼むよお。そのまま今日はお休みでいいからね。代わりに、しっかり基地を見て回りなさい」

「はーい、解ったわっ!

 それじゃあ、皆っ、ついてきてっ」

「武藤少将、明日は武内少将も来るから、一緒に報告を聞くよお。今日中に内容はまとめておきなさい」

「はい、中将殿。では、失礼します」

 

 ぎちり、と。

 

「……………………ああ、そうだ。

 気が変わったよ。武藤少将、長門君、残りなさい。武藤少将、客室の場所は知っているね。あとで長門君と向かいなさい」

「あ、……ああ、わかった」

 不意に感じた寒気。それが何なのか。……ただ、提督の言葉に私は頷いた。

 

「さて、長門君。

 彼女が少将であること、驚いたみたいだね」

「ああ、……その、外見だけで判断するのは好ましくないとはわかっているのだが。

 気に障ったのなら謝る。だが、思っていた以上に幼くて、……その、驚いている」

「提督育成計画」

「うん?」

 ぽつり、告げられた言葉。武藤少将は俯く。

「伊予中将が実行している、ある計画だよ。

 捨てられた赤子を拾い、物心つく前から、一般常識、基本的な勉学もさせず、催眠で感情を封殺して、趣味嗜好を考える余裕も与えず、ただひたすら提督に必要な知識を植え付ける。

 そうやって、最適な、提督を育成する。それが伊予中将の実行する提督の育成計画。武藤少将は、そのNo.35。艦娘を轟沈させたというシュミレートの時、哀しんだことを理由に失敗作とされた娘だよ」

 武藤少将は、困ったように瞳を伏せる。……ただ、それは、

「そんな、非道が「許されるのが現実であり現状、そして、実行できる権限と意志を持つのが中将だよ」」

 苦笑。

「艦娘は、テンションで性能に影響が出る事は知っているね?

 戦意高揚状態、というのかな?」

「ああ、それは、知っている」

「これはね。逆もしかりなんだよ。ブラックな提督の艦娘が大した戦果を挙げられないのはこの影響なんだよ。

 艦娘の性能はその精神性に強く影響する。劣悪な環境では艦娘は性能、ひいては戦果を落としていく。……仮に、薬物で精神を崩壊させて人形のようにしてもね。

 艦娘は艦船の英霊であることが関わっているらしいけど、これ以上は不明。けど、それなら、」

 提督は武藤少将に視線を向け、

「提督を、徹底的に作り込む。

 趣味嗜好にかまける無駄な時間を排除し、悲しみや喜びといった感情で指揮を乱す事をなくし、不要な知識による艦隊指揮のぶれを排除する。要するに艦娘を壊すより、提督を作った方が効率的なんだよ。

 それを、伊予中将は実行して証明した。彼の配下少将、十人はそれでね。誰もが図抜けた戦果を叩きだしているよ。もっとも、会うとわかるけど、人というよりは提督という名称で人の形をしたコンピューターみたいだけどね。

 武藤少将は、当時面倒を見ていた艦娘が、轟沈した、という報告を聞いて哀しんだ。哀しみにより指揮を乱す可能性あり、そう判断されたんだよ。それで、失敗作。捨てられそうになっていたところで誠一君が引き取った。といっても、」

「私の境遇が、世間一般的にどう思われるか、それは、……まだ、よくわかりません。

 けど、平穏への祈りは尊いもの。それは、否定できないです。だから、元帥殿を通じて、安倍中将を紹介していただき、今は改めて少将を拝命し、提督の任についています」

「そう、……か」

 秘書艦殿や、提督が言っていた。

 中将は人でなしの集まりだと、……つまり、そういう事だろう。

 ただ、今、私の横には、

「……なんというか、…………その、」

「いいんですよ。それが平穏に近づくためですから。……と言ったら、元帥殿を困らせてしまいましたが。

 といっても、やはり平穏は尊いものだと思います。世間一般的に伊予中将のやっていることが、非道な事だとしても、私は、特に恨んではいません」

 武藤少将は胸に手を当てて、

「私の知識が平穏に貢献できるのなら、それはそれで誇らしい事、と思います。

 摩耶ちゃんは怒ってましたけど、雲龍ちゃんは、それでいいって言ってくれました」

「そうか、……ああ、私が口を挟むことでは、ない、のだろうな」

 ただ、覚えておかなければいけない。中将は、そういう存在なのだと。

「伊予中将の秘書艦は悪い娘の五月雨君。

 雷君みたいに基地の運営はあまりしていないけど、配下少将を連動させて数百規模の敵艦隊を度々壊滅させている腕利きだ。彼女は戦争が終わったら真っ先に提督を殺すって言ってる。

 提督にはそういう者もいるから、長門君。現状を幸運と思っているのなら、それが壊れたとき、自分達だけで生き延びる方法を幸運なうちに考えておきなさい。何もかも大本営に任せていたら、何もかも失い沈むことになる。武藤少将のこともあるから大袈裟な事を言っているわけではないと、わかってくれるかな?」

「…………肝に銘じておこう」

「そうかい。では、客室に向かいなさい」

「ああ、では、失礼する。提督」

「失礼します。中将殿」

 一礼して執務室を出る。……出ようと、したところで、

 どばんっ、と扉が開いた。

「提督~、帰りました~」

 なんか、情けない声が聞こえた。

「うむう? 秋雲君かあ。おかえりなさい」

「はいぃいい」

「あ、秋雲、どうした?」

 扉を見ると、何か、へたれて座り込んだ秋雲。彼女はのろのろと執務室へ。

「はれ? 長門さん」

「あ、ああ」

「秋雲君。武藤少将もいるのだから、しゃんとしなさい」

「はっ? あ、し、失礼しましたっ」

 苦笑気味の言葉に慌てて立ち上がり、敬礼。

「お久しぶりです。武藤少将」

「うん、久しぶり、秋雲さん」

 こちらも苦笑気味に敬礼を返す武藤少将。

「初めまして秋雲。

 数日前に着任した長門だ」

「あ、はい、初めまして、今は武内少将の所にいますけど、もともとはここの所属の秋雲です」

「それで、秋雲君。どうしたのかなあ?

 うむむ? 武内少将にせくはらされたのかなあ。…………きっと、殴られていないんだろうなああ」

 遠くを見る提督。よく殴られているからな。

「いやいや、セクハラなんてされてないですよ。提督じゃないんですから。

 そうじゃなくてええ、あっちの基地で陽炎と夕雲が喧嘩してええ、間に挟まれる秋雲さんの胃がマッハでやばい」

「…………ああ、そうかもな」

「秋雲さん、間に挟まれやすそうですからね」

「はうう、それに、陽炎は上官から派遣された腕利きの艦娘、夕雲は派遣先の古参で駆逐艦のまとめ役。

 …………はううう」

 提督、武藤少将と顔を見合わせて、とりあえず合掌した。確かにきつそうな職場だ。うむ。

「秋雲君は一人かい?」

「あ、ううん、陽炎も来てるよ。たぶん、すぐに「来たわよ司令っ!」」

 どばんっ、と扉が開いた。

「ちょっと秋雲っ、何一人でさっさと行っちゃうのよっ! って、あっ、武藤少将っ、久しぶりねっ! って、長門さんっ?」

「はい、お久しぶりです。陽炎さん」

「ああ、初めまして、数日前に着任したばかりだ。

 陽炎や秋雲とは入れ替わりになったな」

「そう、じゃあ改めて、武内少将所属艦娘、陽炎型一番艦、陽炎よ。

 元は第三の二艦隊ね」

「そうか、私も第三艦隊なんだ。いろいろと経験談を聞かせてくれると嬉しい」

「え? 長門さん第三艦隊なの? 秋雲さん第一かと思ってた」

「ああ、適正と訓練の評価だ。

 そうだな、戦艦としては第一艦隊がふさわしいのだろうが、訓練の結果そう判断されたんだ。不満はない」

「へー」

「そうそう、陽炎君、秋雲君。

 君たちが離れた後、萩風君と時津風君も着任してなあ。館内放送で連絡するよお」

 提督はそういって内線を手に取る。……ふと、陽炎が、笑った。

「へえ、……って事は、不知火も来るわよね」

 …………にたり、と、笑った。

 

 館内放送後、どばんっ、と扉が開いた。

「やっほーっ、陽炎っ! 秋雲っ!」

「あ、時津風っ」「やっほー」

 颯爽と入ってきた時津風。

「わーっ、ほんといたんだっ」

 陽炎、秋雲と握手をする時津風。と、

「陽炎っ!」「不知火っ!」

 珍しい、不知火が声を張り上げる。そして、二人は駆け寄る。駆け寄って、

「行くわよっ! 役立たずっ!」「沈めっ! 軟弱者っ!」

 駆け寄って、殴り合いを始めた。

「え、……えーと、不知火、陽炎」

 当然、きょとんとする時津風。秋雲は曖昧な表情で時津風の肩に手を置いて、

「いーんだよ。二人の日常だから、気にしなくていーんだよ」

 不自然に優しく応じる秋雲。

「ふふ、仲よさそうでいいですね。中将殿」

「そうだなあ」

 で、なぜか微笑ましそうにしている提督と武藤少将。

「陽炎っ、……って、また喧嘩してるっ」

 天津風が慌てた様子で飛び込んできて、溜息。そのまま「ちょっと天津風っ、なに回れ右してるのよっ?」

「するわよっ、放っておいてよっ、私まで巻き込まないでよっ!」

 部屋を出ていこうとする天津風を必死に押し留める秋雲。

「ふむう、長門君。

 一応、時津風君のそばにいてやって欲しいなあ。喧嘩を始めた二人は怪我をしても自業自得だけど、巻き込まれるのはよくないからなあ」

「ああ、了解した」

 こそこそと頷き、おろおろしている時津風の両肩に手を載せる。不安そうに見上げる彼女を撫でて、

「まあ、大丈夫だろう。たぶん」

 不知火の回し蹴りが決まる。崩れ落ちる陽炎を見下ろして、一声。「弱いのね」

「ふん、これくらいっ!」

 崩れ落ちて、見下ろす不知火を全身のばねを使った一撃。

「油断大敵、悪いわねっ」

「ふふ」

 不知火は笑い、殴り合い続行。止めるべきか、と思たっところで、じゃら、と小さな音が聞こえて、

「もーっ、しれーかんっ、陽炎たちも帰ってくるならちゃんと言わないと、だめ、いたっ」

 陽炎のストレートを不知火が弾き、勢いあまって執務室に入ってきた秘書艦殿にあたった。

 あ、……と、誰かの声。あれだけ激しい動きをしていた不知火と陽炎が一瞬で固まる。青ざめる。

「長門君っ、時津風君っ、ごめんなあ」

 ぐい、と肩を引っ張られて後ろに転がされる。武藤少将は大きな机を身軽に飛び越える。秋雲と天津風は仲良く執務室から逃げ出した。

 退避完了。……というわけにはいかない二人。

「あ、あの、ひ、……秘書艦、さん」「も、申し訳ございません。秘書艦さん」

 喧嘩していた時とは一転、軽く抱き合って涙目で震える陽炎と不知火。……そして、

 

 秘書艦殿は、錨を構えて、笑った。

「秘書艦業務は、やっぱ、…………制裁も必要よ、ね」

 



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三十二話

 

 大破した陽炎と不知火を入渠場に放り込む。

「…………いいよ。……ううん、よくない。

 よくない、けど、予想してたから」

 入渠場でぷかりと浮かぶ不知火と陽炎。青葉はさらさらとメモ帳に何か書き込みながら「この基地のあるあるですからね」

「陽炎と不知火って仲悪いの?」

 時津風は心配そうに問いかける。青葉は首を傾げるが、

「二人は、……もともと、同じ泊地から来たの。

 来た、っていうか、捨てられたの。荒潮が、拾ったみたい」

 山風は仕方なさそうに肩をすくめる。

「二人とも、お互いの事、嫌ってない、よ。

 お互いが、羨ましくて、ない物ねだりして、けど、それを認めるのが悔しいから。……それで、こじらせただけ。神風と同じ、困った娘」

 

 客室は、おおよそ私たちが使っている部屋と同じだが。

「さすがに大所帯だな」

 苦笑する。私の今の僚艦とかつての僚艦が揃っている。もっとも、時津風は秋雲や天津風と一緒に陽炎、不知火の回復を待っているが。

「なんか、不思議だね。

 長門さんが水雷戦隊の旗艦だって」

 文月の言葉に名取と五月雨も頷く。

「そうだな。正直言えば私も驚いた。

 いや、まだ艦隊指揮に不慣れはある。慣れていかないとな」

「僕たちは皆新人だし、みんなゼロからのスタートだ。

 あまり前例のない編成だし、阿武隈さんたちは一からの構築を目指しているらしい」

「たぶん、見方の違いもあると思います」

 興味深そうに私たちを見ていた武藤少将が声を上げる。

「長門さんは連合艦隊の旗艦。

 水雷戦隊の旗艦より見方が大局的、俯瞰的になっていると思います。視点のずれによる苦労はあるかもしれませんけど、どちらも慣れてくれば連合艦隊の動きで不安そうな場所を早期に見つけ、高速で支援に入れる、連合艦隊全体としての即応支援艦隊として動けるでしょうから。

 あるいは、その連合艦隊の旗艦に対して水雷戦隊の旗艦から見た戦局を助言する事も期待されていると思います」

「む、なるほど、そういう事もあるか」

「艦娘の目はかつての軍船としての役割に強く影響します。

 駆逐艦の娘なら眼前の敵に対して、水雷戦隊の旗艦なら局地戦闘、そして、連合艦隊旗艦なら複数の艦隊に対しての、戦場全体を視界に収めていきます。その影響で不慣れはあるでしょうが、逆に戦場全体を視界に収めながら、眼前の水雷戦隊を戦場における最適の位置に動かす。非常に即応性の高い艦隊になると思います」

 艦娘の視野、か。

「なるほど、そういう事もあるかもしれない。

 いや、私自身考えつかなかった。流石は少将だな」

「そうそうっ、文月たちの新しい司令官凄いんだよ、ね~」

 胸を張る文月に五月雨と名取もどこか誇らしそうに応じる。いい司令官に恵まれたようだ。よかった。

「ふふ、ありがと、文月ちゃん」

 武藤少将は文月を撫でる。……凄い、か。

 提督育成計画。幼いころから徹底的に、提督、となり得る人材を育成する計画。

 それが、ちりちりと頭に引っかかる。

「長門さんは、……ええと、安倍中将、でしたよね。

 どのような方ですか?」

 興味津々と名取。五月雨は何か、不思議な笑みを浮かべて、

「ええと、……た、体格の良いお方でしたね」

「おでぶさんです」

 言葉を選択した五月雨に、春風はおっとりと告げる。五月雨は半笑い。

「そ、そうですね」

「いや、待って欲しい。

 五月雨、誤解があるなら質しておく。確かに提督はおでぶさんなおっさんだが、…………ちょくちょくセクハラめいた発言をするのは、どういう事なのだろうか」

 途中から首を傾げ始めた初月。で、

「言うだけっ、言うだけだからっ」

 じりじりと後退する名取たち、瑞鳳は慌ててフォローする。

「ああ、そうだ。みんな、提督は、おでぶさんでおっさんでちょくちょくセクハラ発言をして、間延びした口調でまるで縁起物の達磨のような雰囲気を醸し出して女性の心の機微を的外れな方向で解釈するおでぶさんなおっさんだが、……………………なにか、あるのだろうか?」

「え、ええと、……き、気遣いは出来る方だと思いますっ!」

 思わず首を傾げる私たち、五月雨は慌ててフォローした。

「なんか変な提督だねー

 あ、けど、基地の雰囲気はいい感じだったし、ちゃんと提督はやってるみたいだよね~」

 文月の言葉には頷く。基地の雰囲気は好適だ。その印象は最初から変わっていない。

「ふふ、そうですね。

 雲龍ちゃんも言ってたけど、戦術、出撃とかは私の方が中将殿より上手みたい。

 けど、資材の管理とか、基地全体の運用は中将殿に比べると、全然まだまだみたいなの」

「そんな事ないですっ、提督っ、ちゃんと出来てますっ」

 五月雨は拳を握って応じる。けど、武藤少将は微笑み、

「ありがと、五月雨ちゃん。

 けどね、中将殿が管理しているこの基地は私たちの基地の倍以上の規模で、それに私を含めた少将十人にまで管理の目を飛ばしているの」

「……ええ?」

「それは、提督、比較する相手が悪いです」

 名取も曖昧に呟く。

「わたくしたちの司令官様は、凄いのですね」

「ああ、驚いた」

「なんで初月と春風まで驚くの?」

 文月は首を傾げ、瑞鳳は重々しく頷く。

「文月ちゃん、私たちの提督は、おでぶさんなおっさんなの」

「ああ、……うん、そんな感じだったね~

 あっ、見かけによらない、ってやつ?」

 うーむ、と首を捻る私たち。……ふと、

「三人は、もう実戦に出ているのか?」

「ううん、しばらくは訓練、です」

 そして、名取は肩を落として、

「以前の泊地に比べて、訓練はとても厳しいです。

 ちゃんとやっていけるか、ちょっと不安です」

 これには文月と五月雨も同感らしい、頷く。

「ごめんね。みんな。

 けど、私も少将としてちゃんとやらないといけないから、未熟な娘を実戦に出すわけにはいかないの。他の娘との連動もあるから」

「というか、私たちもまだ訓練ばっかりだもんね」

 瑞鳳の言葉に頷く。それに、

「そうだな。訓練が厳しくなるのは当然だ。

 ちなみに、この基地の訓練を受けた別の基地の艦娘は、地獄に堕ちたみたいだと言ったそうだ。……ここも、厳しい」

 俯く私たち。武藤少将は困ったように笑って、

「どうしても、民の平穏を護る、っていう責務があるから。

 こればかりは、仕方ないの。出来るだけ休憩とかも取るようにしているから、頑張ってね」

「い、いえ、全然大丈夫ですっ! お仕事の大切さはちゃんと教えていただいていますからっ!」

 慌てて名取は声を上げる。文月は胸を張って、

「しっかり訓練して、強くなったらどんどん活躍するからね~」

「ふふ、うん、楽しみにしているね。文月ちゃん」

「わ、私は、……うう、ドジなのを治さないとお」

 胸を張る文月の側、不安そうな五月雨。武藤少将は優しく五月雨を撫でて、

「大丈夫、訓練をすれば強くなれるよ」

「……はい、頑張ります」

 撫でられて心地よさそうにしながら、けど、少し不安そうな五月雨。……そうだな、以前からドジなの、気にしてたな。

 しっかりやっていてくれたが、その事を口に出そうとして、武藤少将が先に口を開く。

「それにね、五月雨ちゃん。

 五月雨ちゃんと同じ、白露型六番艦、五月雨の艦娘で物凄く優秀な娘がいるの。五月雨ちゃんだってしっかり訓練をすればどんどん優秀になれるよ」

「え? そうなのですか?」

 意外そうに五月雨、……物凄く優秀な娘、思い出すのは秘書艦殿だが。

「うん、伊予中将の秘書艦さん。

 十人の少将、合計四十の艦隊を管理、連動させて百近い深海棲艦の艦隊を一人も轟沈させないで殲滅させた実績を持つ娘なの。

 艦隊戦は、そんなに得意じゃないけど、五月雨ちゃんも、しっかり頑張ればそのくらい優秀になれるよ」

「ふぁああ、凄い。……そんな娘もいるんですかあ」

「もちろん、お勉強や訓練をたくさんしないとだけどね。

 けど、自分はだめだ、なんて思ってはだめよ。艦娘は、どの娘でも高みに至れるのだから、ね」

「は、はいっ、頑張りますっ」

 むんっ、と拳を握る五月雨。武藤少将は優しく微笑む。……お勉強。

「そうだ、武藤少将」

「なぁに? 長門さん」

「明日、名取たちと一緒に勉強と聞いているが、どのような事だろうか?」

「艦隊行動について、かなあ?」

「僕もそう思う。水雷戦隊の動き、改めて復習したいな」

 文月の言葉に初月も頷く。やはり勉強となるとそんな予想をするが。

 そんな予想に対し、武藤少将はくすくすと、

「もっと、もっと、ずっとずっと難しい事よ。

 みんな、みんな、……私の秘書艦の鳥海ちゃんも、もしかしたらここから来た雲龍ちゃんも、まだ、答えが出ていないくらい難しい事ね」

 楽しそうに、どこか、期待するように笑った。

 

 館内放送で武藤少将と名取たちは呼び出され、夕食時という事で私と瑞鳳は食堂に向かった。……そこで、ちょっとした騒ぎが起きていた。

「雲龍?」

 山風を膝に乗せ、後ろから抱きしめて、無表情ながら嬉しそうな雰囲気の雲龍と、諦めのような投げ遣りのような、ともかく雲龍に抱きしめられて動かない山風。

 そして、

「雲龍っ、そろそろ代わってっ、鈴谷も山風ぎゅってしたいしっ」

「鈴谷こそ後ですわっ、次はわたくしですわよっ」

 と、鈴谷と熊野が二人に詰め寄り、雲龍は徹底抗戦の構え。

「あれ、何をしているんだ?」

 おおよそ見ればわかるが。

「あらあら、やっほ、長門さん、瑞鳳さん。

 おゆはん?」

「ん、荒潮か」

 声をかけられたところ、ひらひらと手を振る荒潮。一緒にいるのは秘書艦殿と、榛名か。

「ああ、……それより、あれは?」

 山風を抱きしめる雲龍。荒潮はけらけらと笑って、

「おおよそ見ての通りよ。雲龍さん、山風ちゃんの事が大好きなのよねー」

「そうなの?」

 特に、接点はないと思うのだが。……いや、元第一の一艦隊所属艦娘と第二艦隊の旗艦ともなればこの基地にいて長いのだろう。それなりの交流があったのかもしれない。

「そ、雲龍さん。元帥さんからの紹介で来たんだけど。前の提督と性格の折り合いが悪くてね。何考えてるかわからない気味悪いやつ、って言われてたらしいのよ。

 それで、すっかり自己嫌悪に浸ってたんだけど、山風としばらくお話してて、立ち直ってくれたのよね。で、結果があんな感じ」

「素敵よねー、青春、って感じ」

 けらけらと笑う荒潮。榛名は頷いて、

「はいっ、榛名も素敵だと思いますっ」

「榛名さんは、……ちょっと」

「なんでですかっ?」

 曖昧な事を言う荒潮に怒鳴る榛名。

「山風ちゃんとお話してたの?」

「しれーかん、よく相談に乗ったりしてるんだけどね。

 ただ、山風は雲龍さんと同じで臆病な性格が原因で前の提督に捨てられたから、自己嫌悪が強い娘だったの。そこから立ち直った経験があるから、先輩としてまずはお話をしてあげて、って任せてたのよ。

 もっとも、山風もお話得意な方じゃないから、結構時間かかっちゃったんだけどね。その分長く一緒にお話しできて、それはそれでよかったのかもしれないわ。

 ただねー」

「そうねー」

 なぜか、秘書艦殿と荒潮は榛名に視線を向ける。

「榛名さん?」

「それだけだったら、まあ、雲龍さんも山風を慕って、ってだけだったんでしょうけど。

 榛名さんがねー」

「榛名インパクトねっ」

 なぜか、やたら楽しそうに荒潮。「なんだそれは?」

「うふふ、ええとね、この基地でやってる秋祭りでね。イベントの一つに艦娘の本音、っていう、まあ、言いたい事とかを思いっきり叫ぶ、なんてのやってたのよ。那珂ちゃんが企画してくれたのだけど、結構ばか騒ぎ楽しくてみんなで盛り上がってたの。

 そしたら、榛名さん、やっちゃったのよね」

 荒潮の言葉に、榛名は堂々とした表情で頷く。立ち上がる。

「はいっ! 榛名、思いを告白しましたっ!

 榛名はっ! 比叡お姉様をっ! 愛っ! してっ! まーすっ!」

 がんっ! と、盛大な音が聞こえた。そちらを見ると比叡がテーブルに頭突きしていた。……というか、ここでやるな。

 堂々とした告白に周囲の娘がぱちぱちと拍手。そして、「「「は、る、なっ! は、る、なっ!」」」と、一斉に響く榛名コール。渦中の榛名はなぜかどや顔。ちなみに、比叡の正面に座っていた金剛が爆笑している。

「そうそう、それをきっかけに吹っ切れた娘がいてね。

 しばらく大変だったわねー、ね、秘書艦さん?」

「荒潮だって悪ノリしてたじゃない」

「あらあ? だってえ、私、秘書艦さんの事好きなんだもーん。

 秘書艦Love勢といってもいいくらいよっ!」

「悪い娘なんてお断りよっ!」

「えー、悪い娘同士いちゃいちゃしましょうよー」

 ぐいぐい迫る荒潮の額を肘で打撃する秘書艦殿。

「え、うぇえ? え、お、女の子、同士?」

「はいっ、榛名は大丈夫ですっ!」

 力強く応じる榛名、瑞鳳は気圧されるように納得した。

「ああ、榛名は大丈夫だろうな」

 比叡がどうかは知らないが。

「とまあ、そんな事が、あった、から、ねっ。

 割と、くっつこうとする、娘、が、多いの、よっ」

 にじり寄る荒潮を押さえつける秘書艦殿。

「はいはーいっ、村雨も秘書艦さん大好きでーすっ!」

 そして、食堂内はそこそこ大騒ぎだ。

「ふむう、いつも通り賑やかだなあ」

「あっ、提督っ」「武藤少将も、ご無沙汰していますっ」「お疲れ様ですっ」

 食堂に来た提督と武藤少将、名取たちも珍しそうにきょろきょろと辺りを見ている。

「あ、あの、中将殿。

 結構賑やか、ですね。ええと、恋愛談義? で、しょうかあ?」

 名取はきょときょとと辺りを見て、自信なさそうに呟き、提督はのんびりと頷いた。

「艦娘といっても女の子だからなあ。恋愛には興味があるのかもしれないなあ。

 提督がいけめんなら提督に向ける感情だろうけどなあ。…………私が、おでぶさんなおっさんだからなあ。比叡君、榛名君が恋愛感情をこじらせたのは私がいけめんじゃないのも理由かもなあ。

 ごめんなあ」

「司令に謝られてもお、……いえ、今更司令の外見なんて気にしてないですよ」

 肩を落としながら応じる比叡。対して、提督は、ぺちんっ、と額を叩いて、

「そうかあ、気にしないかあ。

 じゃあ、もう生え際の後退と薄毛を気にして育毛剤を使わなくていいんだなあ」

「司令っ! 気合っ、入れてっ! 使ってくださいっ!」

「はげなテイトクとか存在するだけでやる気なくしマース」

「……外見は気にしないんじゃないだなあ。……うむう。女の子って、難しいなあ。

 と、そうそう、比叡君。雲龍君はいなかったかなあ? ちょっとお話があるんだよお」

「雲龍さんでしたら山風ちゃんを抱きしめてまったりしていましたよ。

 おゆはんの最中だと思います」

「そうかあ、……それじゃあ、私たちもおゆはんにしようかなあ。

 武藤少将は雲龍君と話があるから来なさい。名取君たちは、……ふむう、どうせだから雲龍君も交えてお話かなあ。上官が一緒だと食事も入りにくいと思うけど、付き合って欲しいなあ」

 と、手を引かれた。

「秘書艦殿?」

「長門さんも行ってあげて。

 名取さんたちにとってしれーかんは提督の上官だし、まだ緊張もあると思うわ」

「ん、解った。瑞鳳はどうする?」

「私は、……ええと、ちょっと荒潮ちゃんとお話したい」

「解った」

 それならそれでいい。まずは提督たちに声をかけに行こうかと歩き始めた。……ふと、声が聞こえた。

 

「あのさ、荒潮ちゃん。

 悪い娘、ってどういう意味?」

 



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三十三話

 

「提督、私もいいだろうか?」

「ふむう? ……ああ、そうだなあ。それがいいなあ。

 みんなもいいかなあ?」

 問いに、名取たちは頷く。皆で空いている席へ。

「さて、ここが名取君たちにとっては提督の上官の基地だよお。

 また来る機会もあるかもしれないから、まあ、その時はよろしくなあ」

「はいっ、こちらこそよろしくお願いしますっ、中将殿っ」

 名取たちは敬礼。提督は「ふむう」と頷いて、

「今は食事の時間、私的な時間だからあまり上官とか気にしなくていいよお。

 武藤少将。気を抜くときは抜くように、ちゃんと教えているかなあ?」

「それはもちろん」

「一応、中将は偉いのだから初対面で緊張するなっていうのが無理」

「そうだよなあ。……と言っても、私はそういう方針なんだよお。

 気を抜いていいところは気を抜いていいし、緊張感を持つときは緊張感を持つ、で、今は気を抜いていい時だから、五月雨君。そんなに硬くならなくていいよお。

 ドジしても、特に武藤少将とか責めようとは思ってないからねえ」

「へっ? え? あ、は、はいっ」

「うむむう? やっぱり食事時じゃない方がよかったかなあ。……うむう?」

「慣れておく必要もあるからいいのではないですか?」

 食事をとりながら武藤少将。……そうだな。

「みんな、大丈夫だ。

 提督は、…………」

 ふと、言葉に詰まる。蹴り倒しても怒らないから、と。続けようとしたが違和感。

 なぜ、だろうか? と。

 人だからとか艦娘だから、や、相手が少女だからとかそんな事は関係ない。誰だって怒ると思うのだが。

 なぜ? ……………………ぽん、と。

「こんにちわ、武藤少将。お久しぶりです」

「こんにちわ、古鷹さん」

 肩を叩かれる。振り返る、微笑む古鷹。

「それと、そちらの娘が武藤少将の新しい娘ですか。

 初めまして、私は古鷹、第一艦隊の旗艦です」

「あ、ここは秘書艦さんと第一艦隊の旗艦は別なんだ」

 意外そうに文月。「武藤少将の所は違うのか?」

「少し前までは鳥海ちゃんが秘書艦兼第一艦隊旗艦でした。

 ただ、摩耶ちゃんが十分強くなったから、摩耶ちゃんを第一艦隊旗艦に、雲龍ちゃんを第三艦隊の旗艦で後詰にしてもらって運用しています。

 摩耶ちゃん、ちょっと突撃系だから、雲龍ちゃんが後ろで見守っていてくれると安心できます」

 そして、ほう、と一息。

「資材補給をする第二艦隊が少し苦しいんです。

 名取ちゃんたちはそこをお願いしたいんです。中将殿、私からもお勉強を見ますが、期を見てこちらの第二艦隊の娘からも意見を聞く機会を作ってくれると嬉しいです」

「ふむう、そうだなあ。…………武藤少将。今月中に運用の概要と課題をあげておきなさい。

 来月の第二艦隊会合でそれについて話し合うようにしよう。名取君たちも参加をしなさい」

「「「はいっ」」」

 名取と文月、五月雨は頷く。古鷹はくすくすと笑って、

「事前に勉強はしておいてくださいね。

 ここの第二艦隊は厳しいですから」

「厳しいというか容赦がない。……とすると、先に私が見ておいた方がいいかもしれない。

 第二艦隊に面倒をかけるのも、新しい娘がいきなりトラウマを持つのもよくない」

「と、トラウマ、ですか」

 慄く五月雨。雲龍は淡々と頷く。

「大丈夫、中将に比べれば優しいから。……………………提督に、比べ、れ、ば、」

 何を思い出したのか呼び方が元に戻り、色白の肌がさらに白くなる。というか、青ざめる。かたかたと震え始めた。五月雨と文月が手に手を取り合って不安そうに雲龍を見ている。

「な、なあ、古鷹。……その、提督は厳しいのか?」

「長門さんはまだ訓練は数回ですからね。

 そろそろ資材の使用実績や癖もまとまってきているから、……確か、瑞鳳さんが訓練で使用される資材の詳細を並べて、その時の映像と突き合わせて艦載機の運用を絞られました。

 発艦、着艦のタイミングや飛行経路、爆撃のタイミングなどもかなり洗われたみたいですね。その理由まで質されて非合理的な運用は徹底的に追及されます。提督は女性の機微が判断できないのか無視しているのか、翌日が休みなら深夜だろうが入浴できなかろうが何だろうが続きますが。……………………大丈夫」

 そして、古鷹は私の肩を叩いた。力強く頷く。

「というわけで、名取さんたちも、大丈夫ですよ。

 相手をするのは提督ではありません。山風さんの方が提督より優しいですから、大丈夫ですよ。……あ、私はここで建造されたので他は知りません」

「おい、ちょっと待て古鷹。大丈夫な要素が何もないのだが?」

 不安にしかならない。古鷹は頷いて、

「提督、せめて入浴は許してあげてください。女性として」

「ふむう、……そうかあ。まあ、気分転換にはなるかあ。

 大丈夫だよお、長門君。ちゃんと飲み物も出すからなあ」

「飲み物? あの、カフェインによる眠気覚ましと味覚による刺激で脳を強制的に覚醒させる泥みたいな珈琲の事よね。

 長門さん。先に言っておくけど中将が珈琲を出したら一気に飲んではだめ。まずは、舌先をつけて味を確認して。でないと凄惨な事になるわ。砂糖とミルクで味を誤魔化すなんて生半可な事をしてはだめ、コップを代えて三倍くらい水で薄めれば、まあ、いけるわ」

「心しておこう」

「ふむう? 毎朝雷君が淹れてくれる私の愛飲料なのだがなあ」

「というわけで長門さん。中将の愛飲料だから大丈夫よ。ぐいっと行けるわ」

「嘘をつくなっ」

 淡々と手のひらを返した雲龍。

「長門さん、大変そうだね」

 文月が撫でてくれた。うむ。

「これも、民の平穏を護るためだ。そのために、私はどんな困難にも立ち向かおう」

「書類仕事ですね。わかります」

「決して逃げださないのね。強大な敵からも、書類の山からも」

 …………後者は逃げ出したい。

「というわけだからなあ。

 三人とも、時間が空いたら遊びに来なさい。自分の基地で友達を作るのも大切だけど、他の基地の娘のお話を聞くのも勉強になるからなあ」

「そうね。おやすみは決まってるから、その時は遊びに行くのもいいと思うわ。

 けど、……第二艦隊の会合に参加をした後でね。まずは、私たちの基地でちゃんとやっていけるようにね」

「はいっ」

「そうだ。そちらの基地はどうだ? こちらは、」なぜかぽかんとしている提督を見て「……まあ、賑やかだが」

「こっちも賑やかだよー、それに楽しいよ。ねー」

 文月の言葉に名取と五月雨も頷く。その笑みは自然で、よかった、と思う。

 いいところに引き取られたようだ。

 

「そういえば、長門さん。

 時津風は?」

 夕食も終わり片付けたとき、不意に古鷹に問いかけられた。

「陽炎と不知火に付き合って、風呂場にいるはずだ」

 正確には入渠場か、だが、場所は同じだから通じるだろう。

 私の言葉に古鷹は困ったような笑み。

「また喧嘩をしたのですか。……ん、時津風の前でですか?」

「ああ、それは少し話しておいた方がいいな。

 姉同士の仲が悪いというのは、不安になるだろう。……とはいえ、どうしたものか」

 不安を取り除くのに一番いい理由は喧嘩する理由を話して、納得してもらう事、だろう。最善は喧嘩を止めてもらう事だが、難しそうだし。

 とはいえ、意味もなく喧嘩をするとは思えない、何か複雑な事情があるのかもしれない。そこに、どう踏み込んだらいいものか。

「解りました。私も行きます。

 風呂場ですね」

「大丈夫か?」

 問いに、古鷹は苦笑。

「二人にしては大丈夫ではないでしょう。古傷に触れるわけですから。

 けど、艦娘が不安を抱えたまま、という事態は避けたいです。落ち度は事情をろくに知らない時津風の前で喧嘩をした二人にあります」

「そうか、解った。……では、私は、席を外そう」

 古傷に触れるのなら、せめて近くにいる娘は少ない方がいいだろう。故の言葉に古鷹は首を横に振る。

「どんな娘がいるか、知っておくのはいい事ですよ。長門さん」

「解った」

 

 浴場で、じと、と睨み合う不知火と陽炎。時津風たち新人は少し居心地悪そうに、他の娘は、またか、と。そんな感じで気にせず入浴している。そんなところで、

「陽炎、不知火」

「「はいっ」」

 静かな、……平坦な、まるで、機械のような、感情を全く感じさせない声。

 古鷹の声に陽炎と不知火は肩を震わせる。

「時津風や萩風に事情は話しましたか?」

 居心地悪そうにしている二人、萩風と時津風。古鷹の問いに陽炎と不知火は答えず、古鷹にはそれで十分らしい。

「ちゃんと話さないとだめですよ。

 二人が喧嘩をするのは勝手です。それも必要なのでしょう。……が、悪戯に所属する娘の不安を残すのは、この基地の旗艦として許容できません。

 それとも、二人にとって萩風や時津風は姉妹が険悪であっても、気にしないような娘ですか?」

 淡々と、口調も表情も一切変えず、声、というよりは音を出す古鷹。……そして、

「…………う、うう、……はい」

「……謝ります。時津風、萩風。

 確かに、二人にはいたずらに不安を抱えさせました」

 陽炎と不知火は肩を落して頷いた。

「あの、陽炎。不知火、……その「萩風」は、はいっ」

 気遣うように声をかける萩風は、古鷹の出す音に肩を跳ね上げ、肩を落とす。……微笑。ぽん、と萩風を撫でて、

「気になる事はすぐに解決をしないと、後に響きますよ。

 萩風はまだ実戦には出ていません。なので、今のうちにこの習慣を身につけましょう。解決策を考え、実行するのはとても大切な事です」

「はい」

 萩風は頷き、陽炎は観念したようにぽつぽつと話し始めた。

「…………えーと、私と不知火は、同じ泊地にいたのよ。

 で、私は前の司令に、……なんていうの、恋人扱い? みたいにされてたの」

「逆に不知火は建造後に挨拶をしただけで、出撃はおろか訓練さえなく、完全に放置されていました。……二年くらいでしょうか。

 どうも、不知火は好みではなかったようです。食事の時なども、見かけたことがあるというだけで、会話も全くなく、ちゃんと会ったことはありませんでした」

 不知火は溜息。胸に手を当てて、

「不知火の性能が極端に悪いのは、この長いブランクが原因では、と司令は判断されているようです。

 動かなければ体は鈍りますし、艦としても、放置されれば劣化していきます」

「そうなのか」

 姉妹でも、これほど扱いに差があるのか。……性能には大した差はないはずだが。

 好み、……か。

 ただ、陽炎は自嘲。

「ま、恋人扱いといってもそう思ってたのは私だけなのかもね。

 誰だったかな。……川内さん、だったかしら。川内さんが来てから、私ともほとんど話をしなくなったわ。急にね。最初はそれでほんとわけわからなくて、私はここにいるんだって、司令に話しかけたりして、……けど、だんだん鬱陶しがられてね。

 最後は扱いに困って放置されていた不知火と一緒に捨て艦、でここに拾われたの」

「捨てられた、か。…………ん?」

「あのさ、陽炎。

 それで、なんで不知火とそんなに仲悪いの?」

 確かに、二人の境遇は寂しいものだが、だからといってそれで喧嘩をする理由がわからない。

 対し、陽炎は気まずそうに視線を逸らし、

「捨てられたとき、今まで無視してごめんね、なんて謝るだめ姉なんて殴って当然でしょう」

「はあっ? 何がだめ姉よばか妹っ!

 なんで謝ったら殴られなくちゃならないのよっ!」

「今更何を言っているんですか。

 第一、何が寂しかったでしょうですかっ! 愛されたとか自慢ですか鬱陶しいっ!」

「鬱陶しいって何よっ! 不愛想っ! あーそーね、無表情で不愛想だもんねー、放置されて当然よねー」

「黙りなさいあほの娘。軍務を放棄した恥知らず」

「うるさいわねずっと倉庫の肥しだったくせにっ! あんたに持ち上げられて落される気持ちなんてわかるわけないでしょっ!」

「わかるわけありませんっ! 異類婚姻譚なんてロマンチストが語るただのフィクションですっ! その先のことも考えられない、頭の可哀そうなばかの気持ちなんてわかるわけないでしょうっ!」

「ばかっていうんじゃないわよっ! 低性能っ! 欠陥艦娘っ!」

「何が欠陥ですかっ! 提督に捨てられたからとか、その程度で自沈しようとした陽炎こそ、かつての英霊たちに申し訳ないと思わないのですかっ!」

「うるさいわよ役立たずっ!」「黙りなさい惰弱っ!」

 一瞬で喧嘩が始まった。古鷹は肩をすくめて、

「ま、というわけですよ」

「どーいうわけ?」

 半眼の時津風、対して古鷹はけらけらと笑う。

「要するに、お互いがお互い、構ってちゃんなんですよ。無視されるのは寂しいから構って欲しい。

 で、似た者同士の同族嫌悪、けど、無視されるくらいなら嫌って喧嘩して構い合っていた方がいい。そんな二人です。ある程度は落ち着いたのか、陽炎は自分を鍛えるために異動したのですけど、会うたびにこれでは相変わらず構ってちゃんなんですね」

「「へー」」

 萩風と時津風は口元に笑みを浮かべて半眼。他の、陽炎型の姉妹たちは、にやー、と笑っている。

「な、なによ?」「何ですか?」

 妹たちから向けられる、優しくも生暖かい笑み。陽炎と不知火は仲良く半眼で問う。対し、

「「別にー」」

 彼女たちは、笑って応じた。

 

 時津風とともに部屋に戻る。僚艦たちは皆集まっていた。

「時津風、陽炎たちは?」

「んー、また喧嘩してた」

「仲直りは出来ませんか?」

 困ったように問う春風に時津風はひらひらと手を振って、

「無理。っていうか、今のままがいーんだってさ、不知火にとっても、陽炎にとっても。

 ま、誰かが自分の事を気にしてくれるって、それならそれでいいんじゃない?」

「喧嘩するほど仲がいい?」

 初月の言葉に「かもね」と時津風。

「ま、それよりこじれてる感じするけどさ」

「なんというか、不思議な姉妹ですね」

「いーよ。嫌いじゃないし。それより明日はお勉強か。

 難しいのやだなー」

「艦隊指揮、とは違うようです」

 春風はおっとりと首を傾げて、

「阿武隈さんからお話を伺いました。

 明言はしていませんでしたが、わたくしたちにとってとても大切な事、と仰っていました。……艦隊行動よりも大切、と」

「艦隊行動よりか。どんな事だろうな」

 初月も首を傾げる。「わたくしも、想像できません」と、春風。…………うむ。

「書類作成の方法を教えてもらわないといけないな。なあ、みんな」

「「「「……………………」」」」

「……おい」

 僚艦はなぜか皆黙ってそっぽを向いた。どういう事だ?

「基地の運営とか? 私たちはまだ新人だけど、今から意識しておけ、みたいなこと言われたし」

「前島の方、とのお付き合いについてでしょうか?

 暮らしている場所は別でも、同じ基地の娘です。いずれお会いする機会もあるでしょうから、一度改めてお勉強があるのかもしれません」

「他の基地についてだろうか? 提督の部下である少将のプロフィールや、他の中将の紹介かもしれない。

 他の提督との連携もあるし、大本営の組織について改めて勉強するかもしれないな」

 瑞鳳と春風、初月は予想を話し、時津風は難しそうな表情。

「訓練とか、どういう風に考えていけばいいか、コツ聞いてみたいな。

 民のためにー、とか、基地のためにー、とか言うのはわかるけど、ほんと、そこから先考えるのが進まなくてさー」

 時津風はころん、と寝転がりながら、呟く。

「そうだな。大切な事、とはわかっているが。あまり考えていなかった。…………むむ」

「長門さん?」

 思わず、唸る。難しい表情をしていた私に春風は首を傾げて、

「いや、……皆のいう事はどれも大切だと思う。

 基地の運営や、同じ基地にいる艦娘が抱える問題に向き合う事も、他の基地にいる提督や艦娘との付き合いについてもだ。平穏を護るためにどのような訓練が必要かもな。

 大切、だとわかっているが、今まで考えた事なかった。今、改めて思うと、かなり問題ある事だな」

 私の言葉に、皆は沈黙。……おそらく、

「そうだね。全部、提督に任せ、…………ううん、提督が考える事だって決めつけて、考えようともしなかった。

 そんなんだから、捨てられちゃうんだよね。私」

 瑞鳳が、ぽつり、……寂しそうに呟いた。

 



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三十四話

 

 朝食後、まずは執務室に向かう。

 途中で名取たちと合流し、秋津洲と萩風も勉強のようだ。

 そして、執務室で、

「おはよう、提督、秘書艦殿。

 武藤少将、と」

 ちょこんと立っている武藤少将、そして、傍らには雲龍。彼女も先に来ていたらしい。そして、

「よお、お前さんがここの新人の長門か」

 三十半ばくらいの精悍な男性。

「俺は武内信康、少将で安倍中将殿の部下だ。基地は違うが、よろしくな」

「ああ、よろしく」

 挨拶を交わしていると、ばたばたと音が響いた。

「おはよっ、来てたのねっ、司令っ」

「おはようちゃーんっ」

「あ、おはよ。陽炎っ、秋雲っ」

「おはようございます」

 どばんっ、と扉が開き、陽炎と秋雲が飛び込んできた。そうか、二人の提督か。

「お、聞いたぞ陽炎っ、お前、また不知火と喧嘩したんだってなっ」

「うるさいわねっ、いきなり殴りかかる不知火が悪いのよっ」

 からから笑う武内少将と、怒鳴り返す陽炎。水掛け論にしかならない気がする。

「いいけどよ。どっちでも、それよか、中将代行殿にあんま迷惑かけるなよ」

「……解ってるわよ」

 気まずそうに視線を逸らし、秋雲は、なぜか、にやにや笑いながら懐から本を取り出した。

「ねーねー、提督ー、中将から聞いたけどー、面白ーい本作ったみたいじゃーん?」

「本? 何かの教本ですか?」

 武藤少将はおっとりと首を傾げ、武内少将は噴き出した。

「んなっ? ちょ、中将殿っ、あれってっ?」

「ふむう。……ついなあ」

「しれーかん、何の本?」

 秘書艦殿も知らないのか? 不思議そうな私たちの表情を見てか、提督は頷いて、

「前になあ、この基地に私の部下の男性少将が集まってなあ。どうすれば艦娘と仲良くできるか、話し合いをしていたんだよお。

 それはその時に出たアイディアを適当にまとめたやつだなあ」

「…………男を集めて何やってんのよ。し、……あ、じゃなくて、中将」

 頭を抱える陽炎。秋雲のにやにやは止まらない。私たちは合掌した。

「提督」雲龍はそっと武藤少将を後ろから抱き寄せて「提督はああいうのに関わらなくていいわ。ああいうのは悲しいおじさんたちの集まりなの」

「え? い、いいの」

「名取たちも、……いい。ああいうのは女心を解らない男連中がそれでも必死に考えようと知恵を絞って出来た哀れな産物なの。

 だから、そっと見守りましょう」

 秋雲がけらけらと笑っている。

「う、うるせえなっ! こっちだっていろいろ気を遣ってんだよっ!

 男所帯からいきなり艦娘だからって年下の女性に囲まれて生活とか、どうすればいいんだよっ!」

「切羽詰まっているな」

 必死なのだろう。……いや、まあ、同情すべき、かもしれない。

「哀れね」

 秘書艦殿は顔さえ上げずに切り捨てた。

「だから言ったんだよお。武内君。

 誠一君がしている慈善活動ならともかく、私たちは軍人であり、艦娘も軍人、そしてここは戦場だってなあ。それなのにいちいち女の子として接しようとするから、哀れなんだよお。

 家族ごっこは下にやらせておきなさい」

「……そーだな」

「いやいや、秋雲さんは中将の意見に全面賛成だけど、それとはまったく別にこれマジ面白っ!

 っていうか、あいたたたーっ! この展開マジでイタイわーっ! レポートっていうか、どう見ても妄想小説だわー」

「青葉、見ちゃいましたっ!」

「うわっ」

 なんか、青葉がいた。

「これ、今度の安倍中将配下少将の会報誌に載せますねっ!」

「秋雲さんこれネタに薄い本書きまくるっ! 笑いながらっ! 爆笑しながらっ! まともに書ける自信ねーっ!」

「やめろーっ! って、マジやめろっ! おいこら止まれっ!」

 げらげら爆笑しながら武内少将から逃げ回る秋雲と青葉、処置なしと溜息をつく陽炎、警戒の表情で武藤少将を抱き寄せる雲龍、関心を失ったらしい秘書艦殿。

 そんな一同を横目に、

「参考に聞いておくが、どのような事が書いてあったのだ? 艦娘との付き合い方らしいが」

 艦娘は、私のような年長であっても二十代の女性だ。それも、少将となればその基地には数十人は所属しているだろう。

 男所帯から艦娘の多くいる基地に放り込まれたらいろいろ気にする事も多いだろう。男性目線でどのような悩みを抱えているか知れば、……まあ、相談くらいには乗れる、と思う。

「そうだなあ。学生時代に窮地を艦娘に助けられた、それを縁に提督として着任。助けてくれた艦娘に再会して、…………とあるのだがなあ。

 ふむう、…………これを参考にするためには、まずは時間を遡らないといけないなあ」

「…………秘書艦殿、勉強に移ろう」

 ただ、ただ不毛だった。秋雲と青葉がのたうち回るだけだった。

 

「「うっひょひょ~」」

 と、そんな奇声を発しながら逃走する秋雲と青葉。武内少将はそんな二人を遠い目で眺めていた。

「さて、それじゃあ武内君、武藤君は残りなさい。報告を聞いておこう。

 雲龍君、陽炎君もだよ。二人の補足や艦娘目線での報告を聞いておきたいからなあ」

「「了解」」

「解ったわ。中将」「ええ、任せなさい」

「雷君、そっちは任せたよお。

 潮君が先行で準備しているから、そのまま二人で頼むよお」

「ええ、解ったわっ! ばっちり任せなさいっ!

 じゃあっ、みんなこっちよっ」

 意気揚々と歩きだす秘書艦殿。私たちもそれに続く。少し歩き、本部にある会議室に到着。

「さて、雷はちょっと準備があるから、適当な席に座っててね」

 秘書艦殿はぱたぱたと小走りで隣の部屋へ、私たちは思い思いの場所に座る。

 萩風と時津風、春風が並んで座り、初月は文月、五月雨と楽しそうに話している。真剣な表情で言葉を交わしているのは瑞鳳と秋津洲か。

 そして、

「お勉強か、……前の泊地ではそういう事、全然なかったです」

「そうだな」

 そんな余裕はなかった。ただ、ひたすら、出撃の連続だった。

 提督の、資材確保のための出撃。建造に一喜一憂して、いい結果が出れば大喜びし、期待外れならつまらなさそうに押し付け、そして、また資材確保。……延々と、その繰り返しだった。

 ……そうだな。

「提督の命令を聞く必要はない、か」

「あ、それ、私も提督さんに教えていただいて、最初は驚きました。

 けど、」

 名取は、そっと目を閉じて、

「忘れてはいけない事なのに、忘れちゃっていたこと、改めて思い出せました」

「そうだな。前の泊地にいたときも、そうだった。

 もっと、ちゃんと提督にこんな無意味な事は止めようと、乱造するのではなく、今いるみんなで強くなっていった方がいいんだと言わなければいけなかったのだな」

「…………はい。わ、私も、ご迷惑をかけない範囲で、出来るだけ意見具申できるよう、頑張りますっ」

「それは私もだ。提督はそれを歓迎してくれている。…………もっとも、周りの艦娘が優秀だから、言うだけ言ってみる、からだな」

「あ、私たちも提督さんに言われました。

 新人さんはすぐに運用に直結するような意見は出てこないから、思いついたらとりあえず言ってみて、って。自分の意見を伝える事が大切で、それは積み重ねて慣れていかないと出来ないから、まずは言ってみる事も大切な訓練だって」

「ああ、そうだな」

 訓練か、それも大切だな。

 と、扉が開く。入ってきたのは潮と、

「わっ、秘書艦さん可愛いかもーっ」

 ぱちぱちと拍手をする秋津洲。先生の格好というらしい。

 白衣に伊達眼鏡だ。……ふむ。

「秘書艦殿の先生スタイルか、これは胸が熱いな」

「そうですね。可愛いです」

 自信に満ちた表情の秘書艦殿、白衣に眼鏡だ。とても素晴らしい。

「さてっ、それじゃあ皆っ、席に座ったわねっ!

 じゃあ、これからお勉強を始めるわよっ」

 お勉強、と。秘書艦殿は潮の背を軽く叩く。潮は頷いてパソコンを操作する、が。

「あ、あれ? ひょ、表示されないっ?」

 ホワイトボードに写された画像は真っ黒なまま。

「あ、あわ、わっ」

 パソコンに齧りつく潮。と、

「プロジェクター、カバー取れてないわよ」

 レンズを保護していたカバーを秘書艦殿は取る。表示された。

「あ、……あ、ご、ごめんな、はわっ?」

 慌てて立ち上がろうとする潮を秘書艦殿は後ろから抱きしめて、

「よくある間違いだからいいのよっ! 大丈夫、落ち着いて、ね」

「は、……はい。ありがとうございます」

 ほう、と表情から力が抜ける。雷は彼女に笑いかけ、潮も、微かに頬を紅潮させて微笑み返す。

 ともかくホワイトボードに表示されたのは、

「お勉強する事は、ずばりっ! 深海棲艦とは何かよっ! 敵を知ることは大切な事だから、ばっちりお勉強してねっ!」

 …………結構、とんでもない事だった。

「あ、あの、……中将代行殿。よろしいでしょうか?」

 おずおずと名取が挙手。

「はいっ、名取さんっ!

 他の基地の娘でも、今は雷の生徒さんだから先生にはどーんと頼っていいわよっ!」

「あ、はい、ありがとうございます。

 ええと、深海棲艦って正体不明っと聞いていましたが」

 頷く。そう、そう聞いていた。大本営からの情報ではそうなっていたはずだ。

「ええ、そうよ。だってそれ告知して提督がいなくなったら困るもの。せっかく構築した平穏が壊れちゃうわ。

 だから不明って事にしておいたの」

「え? しておいた、……って?」

 名取の問いに秘書艦殿は思い出すように視線を彷徨わせて、

「ええとね。雷と漣が提案して、……あと、白雪、皐月も同意してたわね。

 初霜とか朝潮、響はどっちでもよさそうだったし、五月雨と潮、霞は役立たずが消えてくれた方が楽だって言って反対。中将たちはほとんどの提督を、…………まあ、中将たちもあんまり興味なさそうだったけどね。

 けど、ちゃーんと提督たちの精神も考えてあげないとだめよねっ」

「ど、どういう事? そういうのって艦娘が決めてるの?」

「ちょっと違うわよ。みんな中将の秘書艦なの。海軍の運用は基本的に、中将とその秘書艦で決めてるの。…………って事で納得してね。

 もっと知りたいなら後で雷のお仕事部屋に来てね。――――大本営の中枢に触れるのなら、ちゃんと覚悟をしておかないと、だめ、なのよ」

「あ、……は、はい、了解しました。中将代行、殿」

 頷き、腰を下ろす名取。けど、秘書艦殿は何か不満があるらしい、びしっ、と名取を指さし、

「もーっ! 今の雷は先生なのっ! 中将代行じゃなくて先生って呼ばないとだめよっ!」

「こだわるねー」

 文月が首を傾げて、秘書艦殿は頷く。

「もちろんよっ! だって中将代行っていうと遠慮しちゃうかもしれないでしょっ! けど、先生ならたくさん頼ってくれるじゃないっ!

 ねっ?」

「うんっ、頼りがいのある先生はいいよね~」

 頷く文月に満足げな秘書艦殿、……いや、

「そうだな。秘書艦殿が先生か、……それは、胸が熱いな」

「…………長門さんって、発熱ポイントが不思議よね」

 なぜだ?

「話を戻すけどね。

 深海棲艦を発生させているのは神様なのよっ!」

「あ、はい」

 神様?

「あの、秘書、……先生、神様って、いる、かも?」

 手を上げながら問いかける秋津洲。同感だ。いるのだろうか?

「いるわよ。《がらくた》っていう、付喪たちが変化大明神の名前で信仰している神様ね。京都府の、……ええと、船岡山の、長坂っていうところにいるわ。

 その神威は、物、器物とかね、それに宿った思いを形に出来るのよ。付喪たちもおおよそそんな感じで形を得ているのよね。それで、潮」

「はい、次行きます」

 画面が切り替わる。そこには、

「深海棲艦、っていうのは、沈没した船とか、あるいは海に墜落した飛行機とか、そういうのね。

 そういった海に沈んだ乗り物に乗っていた人たちの、辛い、とか、怖いとか苦しいとか、……まあ、呪詛なんて言われてるそんな思いが、《がらくた》の神威で器物の残骸に宿って形を成したのが深海棲艦。

 元の感情がそういう恨みつらみなのだから、破壊衝動の塊みたいになっちゃってるの」

「あの、先生」

 おずおずと春風が手を上げる。「はいっ、春風っ」

「では、……その、《がらくた》様を説得する事は出来ないのでしょうか?

 国の窮状を知らせ、深海棲艦の構築を止めてもらう、とか」

「そうすれば一気に終戦になるか」

 確かにそうだ。けど、先生は肩をすくめて、

「無理よ。神である《がらくた》は人にも国にも興味を持ってないのよ。国が滅びても人類全滅しても気にしないわ。

 そもそもなんでこんなことを始めたのかも不明。神の意図なんて考えるだけ無駄よね」

「乱暴な話かもしれないが、打倒するという事は?」

「それも無理よ。前提として《がらくた》がいるのは彼女の神域。艦娘なら可能だけど、人では接触する事も出来ないわ」

 ん? ……艦娘、なら?

「せんせー、しつもーん」

 首を傾げたところで、時津風が手を上げる。

「はいっ、時津風っ」

 先生の指名を受けて時津風は立ち上がる。質問、その内容は、

「なんで、艦娘なら可能なの? その、深海棲艦を作った《がらくた》って神様とあたしたち艦娘って何か関係あるの?」

 そうだな、それは気になる。……そもそも、艦娘とは、

「あるわよ。さっき話した通り、《がらくた》の威は物に宿った思いを形にするの、深海棲艦は呪詛という思いが形になった存在なの。

 で、艦娘も同じ、艦船に宿った民を護ってくれる、という信仰が形を成した存在が艦娘。思いが形になった、という意味なら深海棲艦と艦娘は同類ね」

「そ、……え? そうなの?」

 さらり、と。艦娘は深海棲艦と同類といった先生。時津風が絶句している。…………苦笑。

「言いたい事はわかるわ。

 けど、……どうでもいい事よ。同類だろうが何であろうが、民の平穏を脅かすのなら打ち砕く。それに何の変りもないわ。同類だろうが、敵国だろうが、何だろうがね」

「……まあ、それもそう、だよね」

 難しい表情の時津風。先生のいう事はもっともだが、……………………深海棲艦と同類、か。

「そんな風に言われると面白くない、のでしょうけど。

 ま、それで艦娘は英霊で深海棲艦は怨霊だ、とか。いろいろ分別しようとしているわ。納得いく定義を自分で考えてみるといいわね」

 大して興味もなさそうに告げる先生。確かに突き詰めても言葉遊びにしかならない。成すべき事を成す、か。

「それで、《がらくた》の打倒についてだけど、いわゆる妖精さんっていうのは《がらくた》の紳使なのよ。そんな妖精さんが艦娘と《がらくた》のどっちを優先するかは、言うまでもないわね」

「艦載機飛ばしても、最悪私たちを爆撃する、って事ね」

「砲がどこを向くかもわからない。……なるほど、話にならないな」

「そういうわけで原因を砕くことは不可能なの。

 そうでなくても《がらくた》は神様相応の能力を持つわ。艦娘にとっての上位存在として、やっぱり戦って何とかするのは現実的じゃないし、話し合いに乗るような相手でもないわね」

「そうでしたか」

 春風は肩を落として椅子に座る。

「それで、その深海棲艦の元となる思い、……まあ、呪詛、なんて呼んでるけど。

 呪詛は海に溶け込んで海域広範囲に広がってるわ。ちなみに、内海や浜辺とかで深海棲艦が構築されないのは呪詛が溶け込んでる海水の量が少ないから、って言われているわ。それなりに海域が広くて、水深のある場所じゃないと深海棲艦も構築されないのよ。

 近海にいわゆる駆逐艦級の深海棲艦がいるのもこれが理由ね。呪詛の濃度が低いから、弱い深海棲艦が構築されるの、逆に遠海、水深があって海域の広いところに戦艦級とか、強い深海棲艦が多いのよ。もっとも、呪詛の発生源、沈んだ船が多くあるところとかは水量はともかく呪詛が多く集まっているから、近海でも戦艦級の深海棲艦とかが発生しちゃうのよね。これに潮の流れとかも関わってくるからなかなか統計が取れないのよ」

「ああ、だから瀬戸内海は安全なのか」

 深海棲艦を構築する材料がない、という事なのだろう。先生は頷く。

「それで、最大の問題はね。

 この呪詛が、どの程度残留して深海棲艦を構築するか、なの。法令上は深海棲艦が発生してからの水死者はいないわ。航海の危険性が指摘されてから、艦娘の護衛もなしに、勝手に海に出る事は禁じられてるもの。だから、呪詛はこれ以上増える事はない。……まあ、密漁とか言われたらきりがないけどね。

 だから、例えば数年で呪詛は自然消滅して深海棲艦を構築しなくなる、ってのなら撲滅はそう遠くないわね。

 逆に、半永久的なものだったら、……そうね。紀元前、二千年以上時間、蓄積された呪詛が形になるわけよね。撲滅には数十年のスパンじゃ足りないかもしれないわ」

「それは、確かに問題だな」

 深海棲艦の艦隊規模は不明。撃破してもすぐに現れる事もある。

 つまり、その材料は海水に溶け込み、神の威によりいくらでも構築されるか。

 先生は肩をすくめて、

「つまり、敵艦隊規模は不明、いつまで続くか、それは誰にも解らないの。

 場合によっては数十年単位で終わらない戦争、……これを客観的に告げられて意気消沈して辞められても困るのよね。提督に、……けど?」

「ああ、問われるまでもない。

 たとえ終わらぬ戦争であろうと、それが民の脅威となるのならば、必ずや払おう。たとえ、何百年かかっても、だ」

 それこそが、艦娘の在り方なのだから。

 私の言葉に、先生は満足そうに頷いた。

 



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三十五話

 

 深海棲艦とは何か、それを聞いて、改めて先生は手を叩く。

「さて、そんなわけで深海棲艦との戦争は終わりが見えないのよ。

 この前提、この敵対者とこれからどうやって相対していくか、雷たち艦娘がどうしていくか。それをみんなで考えてみて」

 そう言って先生は扉に向かって歩き出す。まずは自分たちで考えろ、という事か。

「あ、あの、秘書艦、さん」

「潮は残りなさい。解らない事とかあったら相談に乗ってあげてね」

 心配そうに先生を見る潮。先生は彼女の肩を叩いて、耳元で何か、小さく囁く。潮は顔を赤くして、けど嬉しそうに微笑み。

「は、はいっ、頑張りますっ」

「ええ、期待してるわよっ! 潮はちゃんと出来る娘なんだからっ、もっと胸を張りなさいっ!」

「はいっ!」

 先生に背中を叩かれ、潮は嬉しそうに笑って応じた。

 

 みんなで机を移動させ、話し合いやすいよう、まとまって向き合う形で座る。

「どうやって相対していくかか」

「長期戦を視野に入れる、という事ですよ、ね」

 名取。けど、

「長期戦、といっても終わりが見えないのでは、計画の立てようもない。

 規模も、発生数も、いつまで戦争を続けるかも、不明か」

 初月が難しい表情で言う。萩風は溜息。

「終わらない戦争というのも、苦しいですね」

「提督が投げ出していなくなっちゃうかも、って、先生のいう事も解るなー」

 時津風はぐったりと溜息。……そうだな。

 平穏のためには戦い抜く。その覚悟はある。

 けど、確かに私たちにとっても苦しい。「はい、萩風ちゃんの言う通りです」

 おっとりと微笑む潮。

「言う通り、ですか?」

「いくら覚悟はあっても、苦しい事は苦しいんです。

 先が見えないのに戦い続けるというのは、私たち艦娘にとっても辛い事です」

 潮の言葉に、…………沈黙。

 確かに、それは辛い、な。

「だから、兵員の確保や兵站の管理、戦術などより、もっとずっと大切な事があるんです。

 戦い続けるために必要な事です」

 潮は、微笑み、問う。

「この戦争が終わったら、何をしたいですか?」

 

「戦争が、……終わった、ら」

 考えた事、なかったな。

 文月も、未知の言葉を聞かされたように、呟く。

「け、けど、あのっ、戦争は、終わらない、って。

 あ、終わらない。じゃなくてっ、あ、あのっ、」

 五月雨も言葉を紡ぎ、けど、潮は困ったように微笑む。

「はい、けど、大切な事です。

 夢みたいな話でもいいです。けど、……終わらない戦争にいるからこそ、未来を夢見るのは、必要な事、です」

 照れくさそうな言葉。それを聞いて、

「ああ、そうだな。それは大切な事だな」

 夢のような事かもしれないが、大切な事なのだろう。

「う、……うん、大切な事、かもっ!

 潮ちゃんもいい事言うわねっ、凄いかもっ」

 秋津洲の言葉に潮は照れくさそうに俯いた。

「い、いえ、……わ、私も、……あの、提督に、そんな風に教えていただいて。……す、すごいっていう事は、ない、です」

「それ、前島の娘も?」

「前島?」

 不意に問いかけた瑞鳳の言葉に名取は首を傾げる。……違う基地から来たのだから知らない、か。

「ああ、この基地だが、……その、いろいろ抱えすぎて戦えなくなった娘も、引き取っているらしいんだ。

 ここは離島だが、隣の、前島ではそういった戦えなくなった娘が、艦娘だけで生活の糧を得るための訓練をしている」

「あの、……聞いているかは分からない、ですけど。

 提督を含めて、中将の会合で、深海棲艦撃滅後の艦娘について話し合いをしていました。潮ちゃんから教えてもらったんです」

「……自分から?」

 妙な事を言い出した潮。瑞鳳は不思議そうに問いかけ、

「あ、……ご、ごめんなさいっ、違いますっ!

 前に、秘書艦さんに横須賀鎮守府に連れて行ってもらったときに会った、穂積中将の秘書艦さんです」

「横須賀鎮守府、行ったことがあるのか?」

 大本営の中心地だ。それは、興味があるな。

 問いに、潮は困ったように、

「その、……私、気が弱くて、だめな娘、だから。……あの、提督が、いろいろ経験を積めば自信もついてくるって、気を利かせていただいて。

 秘書艦さんの、お手伝いさんとして同道させていただきました」

「どうだったっ? どうだったっ?」

 きらきらと問いかける時津風。潮は曖昧に笑みを浮かべて、

「中将さんや、中将さんの秘書艦さんが集まっていました。あそこに比べれば深海棲艦に囲まれたほうが、心穏やかに過ごせます」

「……………………あ、はい」

「……あの、潮ちゃん。

 確か、……その、漣ちゃんも、いるんだよね」

「そういえば、秘書艦殿の姉の響も名を連ねていたような。……それでも、か?」

「はい、その響ちゃんは全体主義と恐怖統治を是としているので、秘書艦さんとは、その、……かなり険悪です。

 絶滅主義者の潮ちゃんと、交渉と駆け引きを使って敵対者も利用した方が効率がいいって考える漣ちゃんも、……仲は良くない、です」

「こわ」

「ううん、……敵艦でも、出来れば助けた方がいいと思うのに。

 潮ちゃん、どうせそのうち輪廻転生するから、生かしても殺しても同じです。とか、不思議な事を言っていました」

「……あの、だ、大丈夫なのですか? その潮ちゃん」

 萩風が恐る恐る問いかけるが、大丈夫とは到底思えない。

「よくそれで話し合いが進むな」

 話を聞くに、同じく中将の秘書艦である朝潮は病犬とか言われる人殺し。提督育成計画などをぶち上げた伊予中将や部下が撲殺される横で淡々と書類仕事をする葛城中将といい。よくまともに話が出来るな。

「皆さん、民の平穏を第一に考える立派な軍人です。一つの目標に向かっているので、雰囲気はともかく、話し合い自体はスムーズに進みます」

「……あ、うん」

 そうかもしれない、そうかもしれないのだが。……なんというか、それでいいのか?

「ええと、それで、……艦娘は終戦後、日本中にある離島でそれぞれ暮らすという方向で話を進めているそうです。

 さっきお話に出た前島の娘は、その先鞭をつける事を期待されている娘でもあります。……ただ、やっぱり、戦う事が第一義なので、なかなか進んでいないです。けど」

「まあ、それは仕方ないな」

「そうなった時、きっと楽しい未来を夢見ていられれば、終わりの見えない戦争でもそれを糧に乗り越えていける。

 って、秘書艦さんも言っていました」

「楽しい未来、……か」

 先は遠く長い。生きて終戦を迎えられるか、その可能性は決して高くはない。

 けど、

「そうですね。……それに、先生のお話では、今この瞬間、《がらくた》様の気まぐれで終戦となる可能性もあります。

 そうなったときどうするか、それはわたくしたちが自分で考えないといけない事、です」

 春風の言葉に頷く。けど、

「難しい、ですね」

「そうだな」

「こればっかりは、……僕の予想だけど、少将はともかく、提督は、こちらの意思を示さなければ何も教えてくれないと思う」

 初月は眉根を寄せ、時津風は「どうかーん、しれー、意地悪なところあるしね」と肯定。

「……提督も、でしょうか」

「司令官は優しそうだけどね。……けど、深海棲艦との戦争が終わったら、司令官も役割は全うした事になるんだよね。

 そのあとのことまで面倒を見てください、っていうのは甘えすぎ、かな~」

 難しい表情の五月雨に、文月も頷く。

「はい、……あ、武藤少将はわかりません、けど、提督は、絶対にはぐらかします」

 きっぱりと断言する潮。「経験者?」と、瑞鳳の問いに、

「はい、職場の部下の私生活まで面倒を見るつもりはないなあ。面倒を見て欲しかったら娘にでもなるかなあ、潮君にパパって呼ばれるのもいいのかもなあ、って。

 反応に困ってたら秘書艦さんが提督を滅多打ちにしていました」

「……提督の真似、上手ですね」

 萩風が困ったように言う。同感だ。……まあ、つまり、

「こればかりは私たちが自分で考えなければいけない事だな」

「はい、……提督も、希望は聞いてくれますし、必要と判断すれば応えてくれます。相談にも乗ってくれます。

 けど、何の希望も出さなかったら何もしてくれない、です。……最悪、」

 潮は、溜息。

「最悪、この基地と島を残して、さようなら、後は勝手にやって、となります」

「うぇー」

「それは、さすがに困るかも。……困るけど、……困るけどー」

 確かにそれは困る。困る、が。だから何とかしてください、とだけいうのは甘えすぎだろう。

 思わず考え込む私たち。…………けど、不意に、

「春風?」

 くすくすと春風が笑う。初月の問いに彼女は微笑みを浮かべたまま、

「確かに、皆さまのおっしゃる通り、難しい事ですし、とても、困る事になります。

 けど、基地にも、前島には、先輩はいます。司令官様も相談に乗っていただけます。お休みもしっかりとれているので考える時間もあります。僚艦の皆さんや、萩風さんや秋津洲さんといった一緒に考えてくれる同じ基地の娘もいますし、他の基地にいる名取さんたちもおります。そんな皆さまと一緒に考えれば、きっと解決できます。

 …………ただ、そう思うと、戦争が終わったら、どんなことをしていきたいか、どんな風に生きていきたいか。……そんな、夢みたいな希望を、大切な皆さまと語り合うのって、とても贅沢な事だな。ってそう思うと嬉しくて」

 春風の言葉に、潮は嬉しそうに微笑み、私たちは思わず顔を見合わせ、

「ああ、そうだな。……うん、凄く贅沢だ。

 そんな事を叶えてくれる場所にいるのだから、あとは自分でやらないといけないな」

「戦争が終わったらかあ。……大挺ちゃんと空輸のお仕事していきたいかも」

「お料理を作るお仕事とか、あるでしょうか。

 健康レシピ、いろいろ考えるの楽しいのですけど、……そういう職業あるかな。図書室で本探してみようかな」

「卵焼きを作るだけの生活を送りたいわ」

「……ずいほー、それ、楽しいの?」

 不思議な事を言い出す瑞鳳に時津風が引いた。「わたくしも、お料理を作っていきたいですっ」と春風は萩風と手を取り合う。

 先の事、……か。…………ふむ。

「幼子の世話をする仕事は、可能だろうか」

「艦娘に世話をする必要がある幼子はいないから、不可能です」

「…………そう、……か、」

 

 鐘が鳴る。と、同時にじゃらじゃらと音がして、

「というわけでお昼休みよっ! みんなっ、ちゃんと考えてくれたっ?」

 扉が開く、白衣に眼鏡を装備した秘書艦殿、……もとい、先生だ。

 問いに、胸を張って応じようとするが、

「秘書艦さん。前例通り、……ええと、だめな感じです」

 楽しそうに、少しだけ困ったように、潮は駄目だしした。

「だめ? ……前例通り?」

 瑞鳳も不思議そうに問うが、確かに前例、というのが気になる。対して先生は腰に手を当てて、

「もーっ! みんな、だめじゃないっ! どーせ戦争が終わったら何やろうとか、そんな楽しい未来の事しかお話しないで、深海棲艦とどうやって戦っていくかほとんど考えなかったんでしょっ?」

「め、面目ないです」

 瑞鳳は頭を下げた。まさしくその通りだ。流石先生、お見通しだった。

「特に、長門さんっ! 旗艦さんなんだからねっ! お話が楽しいのはよくわかるけど、ちゃーんと止めないとだめよっ!」

「すいません。先生」

 言い訳できないな。随分と話し込んでしまった。素直に謝る。

 先生は厳しい表情から一転、困ったように笑って、

「気持ちはわかるし、みんなたいていそうなのよ。

 戦う事がなくなった、未明の将来、そんな風に言われても最初は皆困るのよ。けど、希望を出し合うと話が進まなくなっちゃうのよね。楽しくて」

「お見通しか」

 まさにその通りだ。

「それはこれから、ずーっとずーっと話し合っていかないといけないことよ。

 ここにいるみんなでだけじゃなくて、同じ基地の娘とも、これから新しく来る娘とも、他の基地にいる娘ともね。だから、だめって言われたくなかったらこれからたくさんお話しようね。って、約束するの。名取さんたちみたいな他の娘とは、どうやって意見交換をするか確認して、現実的なお話をしないとだめよっ!」

「はい、すいません」

 謝るしかないな。

「みんなで協力してもいいし、雷もお話には付き合うわ。

 けど、これはそれぞれ、個人で決めていかないといけない事よ。使い潰されて捨てられる、っていうのを容認できないのなら、ちゃんと考える事ね。なんの希望も提示しないでただ面倒を見てください、なんておばかさんのいう事だもの」

 どこか突き放すように言う先生。ただ、そんな言い方しかできないのだろう。

 それに、…………どうしたものだろうな。

 仮に、……そう、例えば、戦争後、大本営が生活のすべてを面倒を見てくれる。というのなら、

 それなら、みんなで話し合う必要もない。希望を、夢を語り合う事もない。そんな必要はない。それはそれで楽でいいだろう。

 けど、そんな時間が贅沢と思い、楽しいと感じてしまった。だから、突き放されくらいでちょうどいい。

「そう、それじゃあお昼休みを挟んだら午後もお勉強よっ! 今度はちゃんと基地の運用の事も考えないとだめよっ!

 じゃあっ、午前中の授業は終わりっ! 起立っ! 礼っ!」

「「「「ありがとうございましたっ」」」」

 



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三十六話

 

「でー、話し込んで怒られたんデスカー?

 まだまだ子供デスネー、おこちゃまデスネー」

「うるさいな」

 昼食、向かい合って座る金剛がけらけら笑う。笑われた。

 向こうでは潮と楽しそうに話し合う僚艦のみんながいる。そちらを一瞥して、にやー、と意地悪く笑う金剛を睨む。

「そういう金剛はどんな事を考えてるんだ?」

「喫茶店なんていいデスネー、紅茶大好きデース。淹れるのも飲むのもネ。

 んー? やりたい事がないならワタシの喫茶店の下働きなんてどうデース? 荷物運びとー、掃除とー、やってもらいたいことがたくさんデース」

「遠慮する」

 にやー、と笑う金剛。手を振って追い返す。

「ま、気長に考える事デスネー、急いて考えても仕方のない事デス」

「そうだな。……………………そうだ。金剛」

「何デース?」

「金剛は、その、前島には行ったことがあるのか?」

 第三艦隊の旗艦である彼女なら信頼はされているだろう。出来れば話を聞いてみたいが、

「ある、というか、ワタシはそっちから来たんデス」

「そ、……うなのか?」

 意外だ。金剛は苦笑。

「まー、テイトクに引き取られた時はかなりダメダメだったんデース。

 おね、……前島の責任者に面倒を見てもらって、あとは、……まあ、いろいろあって戦線復帰できたんデス」

「そうだったのか、……すまん。無神経な事を聞いた」

 なぜかいろいろと言い合う事はあるが、明るく面倒見のいい性格と思っている。だから、失念していた。

 提督が建造した艦娘は二人、秘書艦殿と第一艦隊旗艦、古鷹だけだ。他の娘は、提督に捨てられた。その過去を無神経に触れていいわけがない。

「いいデスヨ。昔の事ですからネ。ワタシは気にしないデス。

 それに、……あー」

「金剛?」

「ワタシの場合、完全に自業自得デス。以前のテイトクに恨みも何もないデス。いえ、優しくていいテイトクでしたヨ。……と、話が逸れたネ」

 寂しそうに、自嘲するように、微笑む金剛。それ以上聞けず、金剛もひらひらと手を振って、

「考え込んでいるならそっちでお話もいいと思いマス。

 テイトクもいろいろ気にして様子見期間を取ってマスケド、まあ、半月もすれば許可は出ると思いマス」

「それならよかった。

 そこではどのような事を学んでいるのだ?」

「基本的には野菜作りのですネ。栽培スケジュールの作成からそれにあった農作業、その過程でちゃんと採算が合うか計算。どうすれば販売できるか、で、それ使って料理したりお菓子作ったりした方が売れるか。どんなふうに梱包しようか。それをどうやって広告しようか。どこで売ろうか。

 そういった生産から販売までを一括で考えるための訓練デス。まあ、面積とか、土地柄の問題があって採算そのものは机上訓練みたいになっちゃってますケド、で、その途中で自分が向いてそうなところとか、興味を持ったところがあれば改めて相談してそっち突き詰めていきマス。

 梱包凝るのが楽しくてアクセサリーの作り方を教えてもらったりとか、広告作る過程で絵が上手だからデザイナーの勉強とか、デスネ」

「む、……それも興味があるな」

「Hey、長門ー? 職務放棄デスカー? これだからおこさまはお困り様デスネー?」

「うるさいな、興味があるだけだ。やるべき事はやる」

 にやにや笑う金剛に手を振って応じると、不意に春風が身を乗り出してきた。

「お野菜作りはわたくしも興味あります。

 見学だけでもさせていただけないでしょうか?」

「OK、だと思いマス。……んー、萩風も興味あるでしょうから、誘って一緒に行くといいデス。

 もちろん、お休みの日だけ、……というか土曜日だけデス。訓練とかの後にも時間はあるけど、新人さんはゆっくり休まないとNoデス。日曜日も週明けの事を考えて、予習復習休養、デース。これは上官命令デス」

「はいっ」

 ふと、

「そうだ。金剛。

 その責任者というのは睦月か?」

「睦月、さん?」

 おっとりと首を傾げる春風。……確か、

「ああ、提督の、二人目の艦娘と聞いている。前島にいる娘の面倒を見ているとか。…………ん?

 金剛もか?」

 そういえば、面倒を見てもらって、とか言ってたな。

「し、……知ってた、デス?」

 なぜか固まる金剛。頷く。

「知ってた。秘書艦殿曰く物凄いお姉ちゃんぱわーを身に着けた、とか」

「お姉ちゃんぱわー? ですか」

「いや、私も解らないが、包容力とかそういう意味ではないだろうか?

 難しい事情を抱えた娘の面倒を見ていると面倒見もよくなるだろうし」

 それ以上の理由もあるだろうから何とも言えないが。

「何でも、お姉さんがいるのに、その座を奪い取って妹にしちゃうとか何とか」

「そうですか? ……ふふ、でしたら長門さんも気を付けないと。

 陸奥さんがいらっしゃいますしね」

「ん、いや、その睦月に会ったことはないが、睦月型一番艦の睦月の容姿は知っている。

 あの幼い少女に陸奥が甘え慕う光景は胸が熱くなるな」

「……………………え? あ、はい、確かに、…………ええ、と、和む? かもしれませんね」

 なぜか曖昧な笑みを浮かべて応じる春風。

「そーそーっ、天津風もその睦月の事をお姉ちゃん、って呼んでたんだよ。

 陽炎型なのにねー」

 ひょい、と顔を出す時津風。そうだな、確かに前例が「金剛もか?」

「No Comment」

「あ、うん、わかった。はは、そうだな。金剛には姉はいないし、姉の座を取られたと嘆く者はいないな。うむ」

「…………何デス、何デスカ? その、生暖かい笑顔は?」

「普段は旗艦としてしっかりしている金剛が睦月に甘える光景か、それもまた、胸が熱くなるな」

「どんな発熱ポイントデスカっ?」

 顔を真っ赤にして怒鳴る金剛。落ち着くように一呼吸ついて、

「ま、戦後、やる事なければワタシの喫茶店で雑用としてこき使ってあげマース。

 それが嫌ならちゃんと決めなヨー?」

「言われるまでもない」

「という事なら午後は改めて、基地の運営で大切な事デスネ。

 深海棲艦が何なのかは聞いていると思うので、ちゃんと考えなヨー」

「ああ、もちろんだ」

「ねえねえ、金剛。こういう授業って他にもあるの?」

 時津風の問いに金剛は頷いて、

「第一、第二、第三艦隊で月ごとに勉強会やってマース。あと、秘書次艦たちもデスネ。

 あとは不定期デス。部下の少将やほかの中将の運用については資料も随時届いているので、テイトクか秘書艦さんが有用と判断したときは全艦娘を集めて勉強会をしたりしマス。

 次の第三艦隊の勉強会は任務時の位置取りや効率的な経路についての意見交換デス。その時は時津風も参加してもらいますヨ」

「お勉強かー、難しいのやだなー」

「やでもちゃんと受けないとダメデース。

 確認テストで赤点取ったらテイトクが補習始めますヨー」

「補習?」

「那珂は同じ書類を二十回、延々と書き直され続けたらしいな。

 大量のダメ出しで那珂は目が死んで、付き合った天津風がトラウマを背負ったらしい。提督は仕事に関して容赦はしないな」

 確か、と。思い出しながら言ってみる。金剛は、何を思い出したのか死んだような目をしていた。

「HAHAHAHAHA、カクゴ、しなヨ?」

 

「午後から基地の運用についてだよね。またみんなでお話合いかなー」

 それを望む、と。楽しそうに時津風。けど、

「どうでしょう? 午前中は話し込んでちゃんとお話しできなかったし、講義中心になるかもしれないわね」

「えー、あたしみんなとお話がいいなー」

 ぽつり、呟いた萩風の言葉に不満そうに応じる時津風。けど、初月はぽつりと、

「話し合いだとしても今度はちゃんと基地の運営に関してじゃないとだめだ。

 何度も横道にそれていると秘書艦さんからも怒られる」

「秘書艦さんに、……怒られ、る」

「…………だ、だめだ。それはだめだ」

 くっ、……体が震える。これが武者震いというのならまだしも、まさか、このビッグ7が恐怖で震えるとは。

「な、長門さんっ? ど、どうしたんですかっ?」

 名取が慌てたように声をかける。……ああ、

「い、……いや、なんでもない、ああ。……なんでも、ない」

「と、時津風、大丈夫? 顔、青いよ」

 振り返るとゆらゆら揺れている時津風を瑞鳳と萩風が介抱している。

「な、……何があった、かも?」

「あの、長門さん。ど、どうしたの?」

「ああ、……文月、五月雨、名取も、秘書艦殿を怒らせてはいけない」

「ええと、……秘書艦殿、って、雷ちゃん、ですよね。暁型三番艦の、駆逐艦、の」

「情けないと思うならそう言っても構わない。駆逐艦に怯える戦艦など無様と笑ってくれていい。

 皆の身の安全が確保できるなら、私はいくら笑われても構わない。だからちゃんと聞いて欲しい」

 皆の目を見て真摯に伝える。

「…………と、ともかく、真面目に授業を受けよう。

 僕たちにとっても有益な事だし、必要な事だから」

 

 午後もまた白衣を羽織り眼鏡をかけて意気揚々と現れた秘書艦殿。……もとい、先生と。

「む、むむ」

 恥ずかしそうに俯いて潮も続く。彼女も先生に合わせて、黒縁眼鏡をかけて白衣を羽織っている。

「潮も先生スタイルね。可愛いじゃないっ」

 楽しそうな瑞鳳に潮は顔を赤くして俯く。

「そっ」先生は潮の肩を叩いて「雷とお揃いなのっ、ねっ?」

「は、……はい」

「頼りになるベテランの先輩先生と、新人先生、みたいな?」

「そうよっ! 艦娘としても先生としても雷は潮の先輩さんよっ! どーんと頼っていいのよっ」

「え? ……あ、あの、頼るというか、わ、私、お手伝いを」

「あ、そうだったわねっ。……むむむ」

「先生?」

 なぜか難しい表情を浮かべる先生。どうしたのだろうか?

「難しいわね。潮がたくさんお勉強して先生になるのは雷もいいと思うの。

 けど、けどっ! それで睦月みたいにお姉ちゃんぱわーを高めたら他の娘から雷に頼ってもらえなくなっちゃうわっ!」

「睦月?」

 萩風が首を傾げる。

「ああ、前島の娘たちの面倒を見ている娘らしい。

 提督の、二人目の艦娘だとか」

「前に前島に遊びに行った時も大和さんをぎゅってしてなでなでしてたのよっ! 雷だってなでなでしてあげたいのにっ!」

「なん、…………だと」

「…………あの、長門さん。どうしてそんな衝撃を受けてるの?」

 胡散臭そうな瑞鳳の視線。

「い、いや、なんでも、ない」

 胸を抑えて応じる。

「長門さん?」

「ああ、先生や睦月が大和をなでなでする光景は素晴らしいと思う。

 だが、潮の先生スタイルも胸が熱くなるな」

「……………………落ち着いて、長門さん。落ち着いて、なに言ってるかよく解らないから」

「そうねっ、潮は第三の一艦隊だから、長門さんの上官でもあるわねっ!

 むむむっ、とすると、長門さんに頼ってもらうのは潮ねっ! 雷の宿敵候補ねっ!」

「そうか、……潮が先生か。…………ああ、次の勉強会が楽しみだ。

 その時はぜひ、白衣と眼鏡を頼む」

「えええっ? あ、あのっ、そ、そういうんじゃない、ですっ!

 そ、……それに、その、わ、私は、……ひ、秘書艦、さんを、お慕いして……いや、あの、尊敬していますから、しゅ、宿敵なんて、そんな」

「ええと、先生。まだ潮ちゃんは新人先生で、ちょっと頼りない、かも」

 おずおずと手をあげる秋津洲。潮もこくこくと頷く。

「そう、それじゃあ仕方ないわねっ! じゃあ、潮は後輩さんとして先輩さんの雷にたーくさん頼りなさいっ!」

「は、はいっ! 秘書、あ、じゃなくて先輩さんにたくさん頼らせてもらって、一人前の先生になれるように精進しますっ」

「ええ、それがいいわねっ! それじゃあ、午後のお勉強を始めるわっ! みんなっ、午後も真面目に受けないとだめよっ!」

 それはもちろんだ。当然、考えるべき事。

「どうやって戦っていくか、か」

 規模不明の敵艦隊。それに対してどうやって戦っていくか。

 それはもちろん、方針として提督や秘書艦殿、そして、基地の艦娘全体でも共有されているだろう。それを改めて話し合う必要があるか。

 否、と以前なら答えたかもしれないな。

「さあっ、どんどん意見を言ってねっ! けど、まだ雷たちを頼っ、……た、…………た、」

「先輩っ! まだ頼ってもらっちゃだめですーっ」

 なんとなくふるふるし始めた先生を潮が抱きしめる。禁断症状か何かだろうか?

 



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三十七話

 

 運用面で、どうやって戦っていくか。

 何があるだろうか。……そう考えていると、不意に名取が手を挙げた。

「はいっ、名取さんっ」

 指名されて名取が立ち上がる。

「ええと、士気を維持することが大切だと思います。終わりの見えない戦争で精神的にきつくなるのは私たち艦娘も同じですから」

 ぱたぱたと先生は名取の所へ。そして、

「そうねっ、さすが名取さんっ、大正解よっ! 偉いわねっ!」

「ふぁっ、……あ、あの、……あのっ」

 手を伸ばして名取を撫で始めた。潮が羨ましそうにしている。

「そうよっ! 物資の管理も出撃も、訓練でいくらでも練度はあげられるわっ!

 けど、それを継続するためには士気の維持が大切よ。元帥さんは気枯れ払いなんて言ってるわね」

 そういってぱたぱたと元の場所に戻る。名取は、ぽう、とした表情で椅子に座る。

「訓練については一先ず雷たちを信頼してくれていいわ。ただ、こんなことをしてみたいとか、訓練の希望があればそれはちゃん伝えないとだめよ。

 まだ、漠然とした形でもいいわ。けど、場合によっては基地全体の運用にも響いてくるからそれは応相談ね」

「まだ?」

 私の問いに先生は頷いて「潮、山風が作った具申書、写せる? 秋津洲さんの艦隊のだけど」

「あ、はいっ」

 潮はパソコンを操作。プロジェクターが企画書を映し出す。

「…………すご」

 思わず、という感じで瑞鳳が呟いた。それは同感。

 艦隊の運用方針、一度の作戦に必要な見積もりの資材量。それに対して取得を期待できる資材量。任務に就くための最低限の成果。などなど。

 それも、方針も一つだけではない、少数の高速輸送から空輸を中心とした大規模輸送など、いくつかのパターンが提示され、それに伴う艦隊の編成など、必要な性能レベルまで記載されている。当事者の秋津洲さえ唖然とそれを見ている。

 そして、最後には古鷹と金剛、秘書艦殿のサインが並んでいる。

「艦隊旗艦がしれーかんに艦隊の新造を具申するのなら、このくらいは必要よ。

 訓練の提案書はこんなに細かくは必要ないけど、それでもこれに準じた形式のものは作ってもらうわ」

「ふえー、中将さんの基地って、やっぱりすごいんだねー」

 文月が目を丸くし、「これを作れるようにか、それだけでかなりの勉強が必要そうだ」と、初月が難しい表情で呟く。

「そうよ。旗艦さんはこのくらいの事はやってのけないとだめなのよっ!

 特に長門さんは旗艦さん、秋津洲さんもその候補なんだから、ちゃんと作れるようにならないとだめよっ」

「か、かもっ」「なっ?」

 秋津洲があげた変な声が気にならないくらいの衝撃だ。

「ぱ、パソコン、使える自信、ない、かも」

「秋津洲、ともに、学んでいこう。パソコンの使い方から」

「あのー」

 おずおずと、潮が手をあげる。

「今はまだ、鹿島さんが訓練の結果を口頭で確認してまとめているので大丈夫ですけど、実際に任務になったら、報告書とかも書きます。

 ええと、ペンでは辛いと思います。これがフォーマットです」

「「……………………」」

「な、長門さんっ? 大丈夫っ、やればできるわっ」

「秋津洲さんっ、あ、あの、な、慣れれば大丈夫ですっ」

 思わず沈鬱な雰囲気で沈黙する私と秋津洲、瑞鳳と萩風が慌ててフォロー。

「あの、本部に共有のパソコンもありますから、そこで使い方は勉強できます。

 それに、第二艦隊の皆さんは皆詳しいです」

「情報の整理とか分析をしているからね。あとは秘書次艦のみんなとか、もちろんっ、雷にもどーんと頼っていいわよっ!」

「先生はちゃんと使えるかも?」

 秋津洲の問いに先生は頷いて、

「ええ、秘書次艦のみんながやってるお仕事は全部できるわ。

 あと、あの書類のフォーマットを作ったのも雷よ。深海棲艦の発生状況の統計データも作ったわね。資材管理は山風に任せてるけど、その基礎データも作ったわ」

「…………け、桁が違うかも」

「長門さん、……す、すごいところに着任したのですね」

「武藤少将の所は?」

「ええと、報告とかで書類の作成は後でやるみたいですけど。ここまで細かくはなかった、です。

 必要な装備とか、艦娘の建造とか、必要なら具申書を提出するようにって言われてますけど」

「少将さんは前線を任されて、極端な事を言っちゃうと自分の基地の管理だけでいいのよ。

 けど、この基地は少将を統括する中将の基地なの。必要なら連合艦隊を組んだりもするから、どうしても管理や情報の取り扱いは厳密になるわ。戦力の補てんを要請されても、それに届かない艦隊を派遣したら結局みんな共倒れになっちゃうもの。

 そういう事がないように、ばっちり管理する必要があるのよ。艦隊のカラーを誰よりも一番正確に理解できるのは各艦隊の旗艦でしょ? だから、旗艦が作る書類が一番正確なのよね」

「はー、……そうでしたか、凄いなあ」

 五月雨が感心したように応じる。そう、ここは少将を統括する中将の基地。現場の最高責任を担う場所の一つだ。情報の管理は徹底されるだろう。

 …………書類作成は提督の仕事だと、そう思い込んでいた自分は何て浅はかなのだろうか。

「さて、お話がそれちゃったわねっ!

 そう、名取さんの言う通り、一番大切なのは士気の維持よっ! 能力は訓練とかでどーんと高めていけばいいからねっ!

 それで、……秋津洲さんっ」

「はいっ?」

 いきなり指名されて、慌てて立ち上がる秋津洲。

「士気の維持。具体的にはどんな事をすればいいと思う?」

「え? ……ええと、えっ」

 おろおろする秋津洲。対して名取が何かうずうずしているが。

「あ、あの、先生」

 我慢できなかったらしい、おずおずと手をあげる名取。けど、

「だめよっ! 今は秋津洲さんの番なのっ!」

「…………はい」

「そ、そうかもっ! この基地に所属する艦娘として、しっかり答えないとだめかもっ!」

 胸を張って応じる秋津洲。まあ、答えるというのなら答えてくれるのだろう。しばらく待つか。

 みんな似たようなことを考えているのだろう。沈黙、なぜか名取が少し不貞腐れたような表情をしているが、ともかく、沈黙。……………………やがて、秋津洲はおずおずと口を開いた。

「お、」

「おにぎりを食べるのか?」

「銀シャリは、いいな」「わたくしは梅干しが」「あたし鮭好きー」「卵焼きがあってもいいと思うの」

「なんでそうなるかもっ! じゃなくてっ! お、……お祭り、とか?」

「そうねっ、大まかにあってるわ。

 基地のみんなそれぞれ趣味を持つようにしているのもあるけど、定期的なレクリエーションは必要ね。そうじゃないと任務や訓練もそれをこなす事を目的にして思考停止しちゃうわ。それじゃあ何の意味もないもの。

 節目を設けて気持ちをリセットする。日常を一時打破して気枯れを払い、また、ばっちりな状態に自分を整えて日常に戻る。非日常だからこそ、日常では見失いがちな大切な事に改めて目を向ける。とーっても大切な事よねっ」

「うんっ」

 にこ、と笑みを交わす秋津洲と先生。

「それに、いつもと違う事をやってみるきっかけにもなるわっ!

 普段あんまりお話をしない娘とお話してみたりねっ! 潮もそうだったわねっ」

「は、……はい」

「潮ちゃん、何かあったの?」

「えっ? あ、……ええと、その、私、新人だった時、お祭りもなかなか馴染めなくて、椅子に座って眺めるしかなかったのですけど。

 その時、秘書艦さんに声をかけてもらって、手を引いてくれて、……凄く、嬉しかった、です」

 幸せそうに語る潮。先生は頷いて、

「そうよっ! そうやってどんどん交流を広める事も大切なのっ! そういうのは日常よりも非日常、お祭りの時の方がやりやすいわよねっ!」

「わっ、じゃあ、ここはお祭りとかもあるかもっ?」

 楽しそうに問う秋津洲に先生は頷いて、

「潮っ! ここってどんなお祭りをしているか教えてあげてっ」

「はいっ! ええと、近くだと夏祭りがあります。七月十六日、いわゆる盂蘭盆会、です。

 去年は、……榛名さんが比叡さんに大々的に告白してそこそこパニックになりました」

 榛名インパクトか。

「パニック、ですか?」

 萩風が首を傾げる。先生は苦笑して頷き、

「あれは、凄かったわね。ステージに登って皆の前で堂々と思いを告白したのよ。

 榛名はっ! 比叡お姉様をっ! 愛っ! してっ! まーすっ! ……って。比叡さんが貞操の危機を感じてたみたいだけど、榛名は大丈夫ですっ、って榛名さんが言ってたから大丈夫だと思うわ」

「…………ええと、……じょ、情熱的、ですね」

 曖昧な表情で萩風。頷く。

「それ以降妙にくっつきたがる娘が増えたとか」

「そうなのよっ! 荒潮とか隙を見せたらくっつこうとするのよっ! 潮みたいな娘ならともかくっ、悪い娘なんてお断りよっ!」

「ええっ? い、いいんですかっ?」

「え?」

 先生の言葉に、声を跳ね上げる潮。墓穴を掘ったような表情の先生。

「……………………ええと、名取さんたちの基地もそういうイベントはあると思うわ。

 艦娘の士気を高める事はとても大切な事だって、しれーかんは部下の少将さんにもばっちり教えているものっ、だから、今度確認してみてねっ!

 あ、もちろんこっちのお祭りの時は遊びに来てもいいからねっ! どーんと歓迎するわっ」

「あ、あたし遊びに来てみたーい。

 名取さん、今度司令官にお願いしてみようよー」

「早目にお伺いすれば、司令官も調整してくれますよ、ねっ」

 五月雨の言葉に名取は頷く。先生も頷いて、

「そうね。みこちゃんはいい娘だから考えてくれるわ。

 けどっ、五月雨っ! ほんとに早めに言わないとだめよっ! 直前で申請して不許可は当然だけど、そんな我侭を言って提督を困らせるなんて、艦娘としてだめなのよっ!」

「そうですよね。司令官、優しいですけど、だからって困らせちゃだめですよね。……ううん、もっとしっかりしないと。

 中将の秘書艦さんの五月雨みたいに、私もなりたいなあ」

 ……やはり、極まった能力を持つ同一の艦娘には憧れるか。…………確か、指輪持ちにも中将の秘書艦にも長門は、……どころか、戦艦の艦娘さえいない。どういう事だ?

「その五月雨ちゃん。戦争終了したら最初に提督である中将を殺すって言っているわよ。

 提督が全能力を民の平穏のために使うなら生かしておくけど、それ以外の方向に一欠けらでも使ったら人にとって有害な魔物だから討伐した方が世のためです。とか」

「……あのお、中将の秘書艦って、…………あ、ご、ごめんなさい」

 陰鬱な笑みで語る先生に五月雨は近くにいる文月の手を取って震える。文月は五月雨の背中を撫でる。

「触れてはいけない事だな」

 潮もあまり仲が良くないといっていたし。……というか、恐怖統治とか、中将の秘書艦は本当に艦娘なのだろうか?

「さて、士気の維持の事はこのくらいにして、あとは何かある? はいっ、萩風っ」

「あ、はい先生っ!

 ええと、他の、提督との連携が大事だと思います。長い戦いでは突発的な事もあり得ますから、フォローしてくれる提督がいてくれると心強いです」

「そうね。けど、満点じゃないわ」

「あ、……そう、でしたか?」

 先生の応答に肩を落とす萩風。

「なにが違ったの?」

 そんな妹の様子が気になったのか、時津風が手をあげて問いかける。何が、か。

 提督同士の連携は大切だと思うが。……と、

「はいっ、初月っ」

 首を傾げながらも挙手する初月。指名されて立ち上がる。

「答えというわけではないが、提督は中将だったはずだ。

 現場に出ている提督の中では最も上の階級だったと思う。萩風のいう通り、連携は大切だが、僕たちの考えている提督同士の連携とは、少し意味合いがずれるかもしれない」

 初月の言葉に、先生は満足そうに頷く。

「そう、そのとおりよっ!

 しれーかんはフォローしてくれる提督、じゃないの。前線を少将に任せて、その少将がばっちりな状況で戦えるようにフォローするのが、この基地の役割なのよっ!

 潮、階級についてお話しできる? 関連するところだけでいいわ」

「あ、はいっ!

 ええと、ちょ、ちょっと待ってください、資料を「だめよ。自分で思い出しながら」はいっ」

 慌ててパソコンに齧りつく潮を先生は素っ気なく制止、そのまま立たせる。

「あうう、……え、ええと、……提督は、中将です。中将は、少将を十人、部下として配備されています。

 提督は主に出撃、戦闘を少将に任せて、提督、……じゃなくて、……ええと、こ、この基地は、瀬戸内海の防衛と、少将が問題なく出撃できるよう、資材の再配置や連合艦隊の提案、それと、必要なら艦娘の派遣をしています」

「そうよっ、それで萩風、少将なら連携も大事、でいいんだけど、しれーかんは中将なのよっ!

 横のつながりで連携するんじゃあだめよっ! ばっちりフォローしないとねっ! 萩風たちこの基地に所属する艦娘はそういう方向で任務を作られやすいわ。まだ任務に就けないから難しいと思うけど、訓練ではそういう風に意識してみて、鹿島さんにお話を聞くのもいいわね」

「あ、そうですね。……わかりましたっ」

 すとん、と腰を下ろす萩風。

「しれーってさ、偉いんだよね?

 …………ええと、中将って十人くらい、だっけ?」

「あ、はい。そうです。

 海軍は、……ええと、中将が十人で、中心になって運営してます。提督は大本営中枢、大本営を統括する意思決定者の一人です」

「偉いんだー、見えないなー」

 確かに、あの体型では。……ん?

「潮、海軍大将は?」

「あ、……そ、それは、」

 潮は口籠り先生に視線を向ける。先生は笑う。

「それは、本当に興味があるなら、あとで、執務室に、聞きに来てね?」

「…………了解した」

 どうも、大本営中枢には謎が多いな。

 たぶん、聞けば答えてくれるだろう。教えないとは言わないのだから。……ただ、それを知るには覚悟が必要、か。

 どういうことか、金剛にでも少し聞いてみようか。

「せんせー、しつもーん」

「はいっ、文月っ!」

 挙手する文月。

「じゃあさ、中将ってあたしたちの基地の指揮もしてるの?」

「してないわ、報告を受けてるだけよ。

 けど、例えば資材が少なくなってきたとか、入渠とかが重なって危なさそう、って判断したら資材を再分配したり艦娘を派遣したりするわ」

 そして、先生は微笑。

「上官、って言っても他の基地を管理している提督があまり干渉をしてくるのは面白くない、っていう気持ちも、あると思うわ。

 けど、見栄張って大切なものを失うのは絶対にやってはいけない事なのよ。だから、そこは抑えてね」

「わかってるよ。……もう、友達が沈むなんて、やだよ。

 見栄とかいらないから、危なくなったら助けて欲しい、よ」

 ぽつり、呟く文月。……ああ、そうだな。

 もう、そんなのはやだな。

「中将と少将はこんな感じで繋がっているわね。

 基本的には少将が前線で戦って深海棲艦を撃破、この基地は瀬戸内海に深海棲艦が入らないようにするための最終防衛線、と。前線で戦う少将がほんとのほんとにちゃんと戦えるようにフォローするのが役目ね」

 ほんとのほんとに、か。

 それは犠牲を出すことなく、資材不足で困窮する事もなく、戦えるようにする、という事なのだろう。

 改めて思う、責任重大だな、と。

「先生、質問をいいだろうか」

「いいわよっ、どーんと頼りなさいっ」

 むんっ、と胸を張る。初月は立ち上がり、

「他の、中将、との繋がりはあるのか?」

 言われてみればそうだな。中将である提督は部下の少将に対する縦のつながりが重要だろう。だが、中将はほかにもいる。横のつながりがまったくないとは思えない。

 もっとも、それが萩風の言う通り、フォローし合う関係かは、解らないが。

「潮、この基地ではどんな風にしているかしら?」

「あ、はいっ! ……ええと、……確か、葛城中将、とはたまに交流をしています。四国を挟んで向こう側、沖の島を任された中将です。

 葛城中将は物流と資材管理の名手ですから、第二艦隊の娘はとても勉強になるといっていました。代わりに、葛城中将の艦娘から、第三艦隊の所に輸送中の護衛とかについて学びたいと来ることがあります。

 …………他は、ごめんなさい。私は、聞いた事ないです」

 しゅん、と。肩を落として潮。先生は潮を撫でて「大丈夫、それでいいわ」

 一息。

「そういうわけで、基地として、他の中将との交流はほとんどないわ。まあ、中将なんてほとんど人でなしだし、関わるだけ損するわ」

 …………確かに、話を聞くに中将やその秘書艦は、相当、……相当、難がありそうな気もするが。

「あの、先生。質問、いいかも?」

「いいわよっ! なぁに?」

 びしっ、とおずおずと手をあげた秋津洲を指名する先生。秋津洲は、少し言いずらそうに口籠り、

「その、中将さんは、……ええと、ブラック、な提督さん、かも? ……その、人でなし、って」

 ブラックな、と。その言葉に周りが静まる。瑞鳳は俯き、彼女の手を春風が強く握っているのが見える。

 他人事、では済ませられない、な。対して先生は苦笑。

「違うわよ。……そうね。先に言っておくわ。いわゆる、テンプレート的なブラックとかホワイトとか、そういう提督は中将にも、しれーかんの部下の少将にもいないわ。…………ごめんね、誤解させちゃったわね。艦娘視点での人でなしっていうと、確かにそう思われちゃっても仕方ないわね。

 そうね。…………自他含めて、へい、……大本営という巨大な時計を構成する歯車。そうみなしているのよ。

 雷は嫌いだけど、しれーかんにもそういう側面はあるわ。艦娘の士気向上、これは大本営全体にとっても有益よね。だから、自分のお給料を振り払ってまで艦娘に給料を出してる」

 何人か、息をのむ音が聞こえた。……大本営に有益だから、自分を犠牲に出来る。

 なるほど、それは民への平穏につながる。軍人としての自己犠牲的精神といえば、尊いといえるのかもしれない。

 けど、

「それって、人の視点から見れば、人として正しいとは思わないわ。

 個人としての在り方を放棄して、大本営という巨大なシステムを構成する、提督という歯車として生きる。……しれーかんとかはね。その在り方が、幸福を求めて自己を尊重する、そんな人の在り方から外れちゃってるのよ」

「…………それは、その「しれーかんの在り方についてはとやかくいう事じゃないわ」」

 秋津洲の言葉は潰される。話は終わりだ、と。

 思わず、沈黙。……の、前に先生はぱんっ、と手を叩いて、

「ま、要するに、先を見据えて希望を忘れず、節目を設けて本当に大切な事をばっちりと思い出して日々を過ごす。

 これが大切っていう事よっ!」

 最後、先生はそう言って締めくくり、授業は終了した。

 



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終話

 

 連絡先を交換し、少将たちとも話して、それぞれの基地に戻る名取たちや陽炎たちを見送る。寮に戻ろうかと話をしていたところで、

「皆はこれから時間あるかなあ。

 お勉強の事を聞きたいんだけど、いいかなあ?」

 不意に提督がのんびりと問いかけた。今日の勉強の事か。

「ああ、わかった。大丈夫だ」

 萩風や秋津洲も頷き、執務室へ。

「ふむう? ……むむ、ちょっと狭いかなあ?」

 提督は首を傾げる。執務室は広い。提督の使う机と、秘書艦殿の使う机。中央には六人、向かい合って座る長机がある。

 ただ、私たちは萩風、秋津洲を交えて七人。提督は自分の机でいいとしても、一人余るか。

「ん、大丈夫じゃない? あたし長門の膝の上でもいいし」

「「え?」」

「ん、……ああ、それでも構わない」

 時津風は小柄だし、膝に乗っても負担には思わないだろう。

 頷いて座る、時津風は嬉しそうに私の膝に座り、「…………どうした?」

 初月と春風が、じと、とした目でこちらを見ている。

「あ、長門の膝に座りたい? だめだめーっ、早い者勝ちーっ」

 背を預けて上機嫌に時津風が応じる。……いいものか?

「ふむう? …………ふむ」

「あれ? じゃあ私の膝にー、とか言わないんだ」

 そんな私たちを見て変な声を上げながらゆらゆら揺れる提督。意外そうに瑞鳳。……確かに言いそうなものだが。

 瑞鳳の言葉に提督は重々しく頷いて、

「ここでそれ言ってもなあ。みんながどん引きするだけで誰も突っ込んでくれないだろうからなあ。空気悪くなるだけだからなあ。

 新人さんを相手にするのは、気を遣うんだよお」

「芸人さんかも?」

「…………提督、気を遣うところがよくわからない」

 首を傾げる秋津洲に、溜息をつく初月。

「あのお、……司令官様」

「うむう?」

 おずおずと春風が挙手。首を傾げる提督に、

「その、……今更かもしれませんが、よいのですか?

 司令官様はわたくしたち艦娘を軍人と仰っていただけましたが、だからといって、……その、張り倒されたりするのは」

「そうですね。司令。……ええと、……一言少なくすればよいと思うのですが」

 萩風も頷く。提督は困ったような表情で、

「二人とも優しい娘だねえ。……ただ、必要なんだよお。

 春風君、私と初めて会った時の事、覚えているかなあ?」

「……あ、…………それ、は、「怯えていたね?」」

 提督の言葉に、困ったように口籠っていた春風は、目を見開く。……そして、沈黙。

「気づいていないとでも思っていたかな。私に一度も視線を向けなかった。口調が早口だった。時計に視線を何度も向けていた。顔は俯いて手は不自然に強く握られていた。

 君がいた泊地は知らないけど、おおよそ命令には絶対に服従しろ、とでも教え込まれていたんだろうね」

 春風の肩が震える。……苦笑。

「おかしい事じゃないよお。こんな事を言われたらいやかもしれないけど、よくある事だからなあ。

 それでもちゃんと挨拶が出来たのだから、立派だよお」

「そう、……なの、ですか?」

「泣き出す娘もよくいるしなあ。ここじゃあないけど、男性に話しかけられただけで、嘔吐した娘もいるらしいからなあ。

 困ったものだよ」

 それは、どんな事をされて来たのか。……不安そうに揺れる春風の手を握る。

「誰が不幸かなんて比べるつもりもない。けど、私は提督だからなあ。

 怯えられて、意見を伝えられないというのはとても困るんだよお。もちろん、遠慮をされるのもなあ。

 必要な武装があるのに、我侭を言って怒られる、実力不足と判断されて捨てられる。その結果として言い出せず出撃し、結果として敗北して防衛線を突破される。そんな事になるわけには、いかないなあ」

「それは、……いえ、けど、わたくしは、」

「今の、春風君なら大丈夫。と思ってるよお。

 けど、ここに来た当時のままならどうかなあ。年の離れた、男性の中将を相手に、現場判断から武装をください。と、言えたかなあ?」

「…………………………………………いえ」

 俯いたまま、小さな、小さな声での、否定。

「春風」

「ふむう、春風君、槍玉にあげてしまってごめんなあ。

 ただ、そういう娘も多くいるんだよお。それだと困るからどうしたらいいかいろいろ試してなあ。その結果は、……まあ、見ての通りだなあ」

「そのために、道化を演じているという事か?」

 初月の問いに「どうかなあ?」と、提督。

「それなりに楽しくなってきたんだけどなあ。

 まあ、だから、萩風君、春風君、優しいのはいい事だけど、私の事は気にしなくていいよお。代わりに遠慮せず、硬くならずお仕事をして、生活をしていきなさい。それが、私の目的にも沿うからなあ」

「「はい」」

 二人は頷く。提督は満足そうに頷き返して、

「こんな話をしたら、鈴谷君は熊野君の肩を叩いてじゃあ遠慮しなくてもいーんじゃんっ、とか笑って、榛名君は感激ですっ、って泣き出して、高雄君はばかだと言ったと思ったら感謝したり、山風君は提督、嫌い、とか言われたりなあ。

 みんないろいろだなあ」

 …………なら、……私は?

 私は、……提督の話を聞いて、どう思った?

「あっ、そうだっ! ねー、ねーっ、しれーっ!

 やりたい事やってくー、ってのはいいけどさ。そういうのどうすれば見つけられるの?」

「そうだなあ。図書室にはいろいろな本があるからなあ。……………………ふむう」

「しれー?」

「今度誠一君が遊びに来たら、その時はお話を聞いてみるのもいいかもしれないなあ。

 誠一君は、艦隊行動とは別の、……戦うことが出来なくなった娘達の面倒をいろいろ見てるから、参考になると思うよお」

「誠一君? しれーの友達?」

「そうだよお。元帥さんだなあ」

 え、……と。時津風は固まる。

「提督の友達なんだよね。元帥さん」

「そういえば、地下で言っていたな。……その、」

 あまり、能力が高くないとか、利用されやすいとか。

「そうだよお。長門君と瑞鳳君には話したなあ。

 お仕事は出来ないし、権限も削ぎ落されたけど、地位だけはあるからなあ。そのコネを使って解体を命じられた娘を引き取って、私や、他の中将のいる基地。あるいは、前島の娘達みたいに艦隊行動とは別の、生活できるような技術を取得できるようにいろいろ紹介したりしているんだよお。

 その都合で誠一君も勉強していたからなあ」

 それから、提督は懐かしそうに目を細めて、

「誠一君、脇目も振らず頑張って、気が付いたら周り中に年頃の女の子だらけになっておろおろしてたなあ。熊野君なんか見てるだけで背中を蹴飛ばしたくなるとか言ってたなあ。

 女の子との接し方をおっさんに相談されたんだけど、私もおっさんでなあ。…………相談してたら周りにいた娘たちがじわじわと距離を取ってなあ」

「……どこにも出口なさそうだね」

「まあ、確かに気持ちはわかるが。…………いや、すまない」

 その、年頃の女の子である私にはどんなアドバイスをすればいいのか。

「そう言うわけだから、遊びに来たら、……ふむう。秋津洲君や萩風君も興味あるかなあ?」

「それは、もちろん、かも、……あ、じゃなくて、あるわ。

 あたしのことだもん、ちゃんと決めないと」

「そうかあ。……じゃあ、今度はおっさん二人と秋津洲君とお話かなあ」

「それは嫌かもっ! は、萩風ちゃんっ、助けてっ」

「ええっ?」

 全力で拒否した秋津洲と、慄き遠ざかる萩風。

「…………誠一君、……やっぱり無理そうだなあ。

 ああ、そうそう、時津風君。呉鎮守府には雪風君もいるからなあ。もし行く機会があったら一緒にどうかなあ?」

「あっ、雪風いるの? 行く行くーっ」

「あ、あの、司令。私も、」

 同じ陽炎型である萩風もおずおずと手を上げる。提督は頷いて「もちろんいいよお。ただ、雪風君も多忙だから、いつになるかは分からないけどなあ」

「はい、ありがとうございます。司令」

 ほっとしたように頷く萩風、初月は難しい表情で、

「鎮守府直属の艦娘か、僕も興味あるな」

「すっごく優秀なのかな? 鎮守府直属だと」

 瑞鳳の言葉に、提督は苦笑。

「初月君、瑞鳳君、少しだけ、違うよお。

 雪風君は鎮守府直属じゃあない、呉鎮守府の統括者。実質的な意味では、大本営の、No2、だよ」

 は?

「大本営、……の?」

「雷君はこの情報を開示するのは消極的なんだけどなあ。といっても、みんなは格下の艦種だからと見下ろしたりはしないし、いいと思うからなあ。

 そうだよお。横須賀、呉、佐世保、舞鶴、各鎮守府の統括者は皆、駆逐艦の艦娘だよお。雪風君は呉、のだね」

「そういうのって、軍人の、大将とか、ではないのか?」

 提督のいう事は、想像も出来ない。大本営の統括、それは、艦娘の出撃とは、全く異なる次元の話だから。

「海軍大将はもういないよお。

 実は駆逐艦の艦娘に命令されていたなんて知れ渡ったら、士気低下の可能性もあるから隠しているんだよお。大将代行権限を使ってねえ」

「秘書艦さんも、中将代行、といらしていた少将の方々に言われていましたね。

 大将代行とは、大将の、秘書艦という事ですか?」

「表向きはなあ。

 ただ、大将は昔の政治家が文民統制の名目で無理矢理収まったお飾りでなあ。深海棲艦と対抗できるというアドバンテージを最大限活用して、海軍、ひいては大将の権力を高くした。

 高い権力は当人たちの疑心暗鬼を生む。というわけで、権力を振るう際のスケープゴートとして艦娘を使うために、その権限を代行する権限が作られたんだよお。……もっとも、その権限が中将位である私たちの満場一致で決まった、その場で大将たちは秘書艦たちに殺されたけどなあ」

「ころ、……され、た。大将が?」

「その場で、というと、司令も、ですか?」

「いたよお。大将たちはその権力で民を圧迫しようとしたからなあ。

 彼女たちの在り方は民の平穏を護る事、それを害するなら提督だろうが容赦しないようだね。そのためにわざわざ代行権限を作るように大将に話を持っていったんだけどなあ。

 というわけで、今の大本営を統括しているのは、代行権限を使って大将を裏に置いた艦娘なんだよお。まあ、大体は私たち中将とその秘書艦で決めてるけどなあ」

「…………提督を信頼しないわけではないが、……その、正直なところ、信じがたい話だ」

 私の言葉に、皆も頷く。……確かに、極まった能力を持つのなら、たとえ駆逐艦が上官であっても構わない。大本営の長が駆逐艦の艦娘であっても、それはそれでいいのだが。

 やはり、……事実とは、思えない。

 沈黙する私たちに、提督は笑った。笑って、

「君たち艦娘はね。君たち自身が思っている以上に多くの選択肢があるよ。

 大本営の中枢に至り、絶大な権限を持つ娘もいる。指輪に認められ、一騎当千を実現する娘もいる。提督にいい様に使われて心を壊す娘もいる。兵器を自認しただの兵器として使い捨てられて沈んでいく娘もいる。戦えない自分と向き合って、それでも歯を食いしばって戦う娘たちを支える娘もいる。戦うことを止めて、まったく別の生き方を必死で探す娘もいる。

 それじゃあ、……新人君。まだ、どうしたらいいかわからない、と思っているみんな、」

 

 問う。

「君たちは、この世界に何を望んでいく?」

 



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