恋する麻帆良学園生の日常 (プラム2)
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プロローグ
「ーーそーゆーことだから、ごめんっ!」
両手を合わせて俺に謝る彼女。
俺が何か言う前にその場から颯爽と去っていく。
思わず手を伸ばすが、その手遠ざかる彼女に届くことはない。
何も掴めていないその手が、今の俺の心を如実に表している気がした。
…………終わった、終わったのだ。
俺の一世一代の告白が。
シチュエーションは完璧だったんだ。
夕焼けに染まる空を背景に、場所は世間から成功率100%といわれた話題の告白スポット。
関係は決して悪いものではなかった。
むしろ良好だったと言っても過言じゃない。
幼馴染みで小さい頃から何度も遊ぶような関係。
お互いの学校が男子校と女子校ということもあり、互いに浮いた話はなし。
周りこ奴らからは「二人は付き合ってるんでしょ?」などと勘違いされることもあった。
だというのに、結果は見ての通り。
フラれた。
完膚無きまでにフラれた。
これが『少し……返事は待っていてくれる?』とかだったら微かながらも希望はあったというのに……。
「そーゆーことだから、ごめんっ!」って何?どういうこと?
なんか「今さら異性として見れない」とか色々聞きたくもない理由を話されたが、俺の脳がショックのあまり記憶に残すことを拒否して内容なんてほとんど覚えていない。
まあ、覚えていたら覚えていたで更に悲惨な気持ちになっていたと思うが。
何が成功率100%の告白スポットだ。
まるで効果ないじゃないか。
それともあれか?
成功率100%(※ただしイケメンに限る)ってことか?
俺は見上げるのも億劫になる程圧倒的な大きさの巨樹を怨むように睨む。
そして告げる。
俺の想いの全てを。
「こんっっちっくしょーーーーーっ!!何が世界樹だあああああっ!俺一人にぐらい素敵な恋をさせてくれよおおおおおっ!」
堪えるどころか、むしろ洪水させる勢いで涙を流してその場から走り去る俺。
もう恋なんてしない。
俺は一生独り身で生きていくんだ!
そう自分自身に誓った瞬間ーーーー世界樹が淡く光った気がした。
「えっ……」
目の前の光景が信じられず、慌てて涙を拭う。
けれど、再び世界樹を見ても、そこにはいつもと変わらない巨樹の姿が。
「…………はぁ」
おおかた涙が夕日に反射して、そう見えたんだろう。
これが告白が成功した後に見たら『見て、世界樹が……!』『きっと俺達を祝福してくれているんだよ』的なロマンチックな展開になっただろうに。
なのにフラれた後にここんな仕打ちとは、世界樹に人格があるなら間違いなく性根が腐ってるに違いない。
「……死ねっ!」
もう胸の中にドロドロと溜まる悪感情を全て吐き出すつもりで世界樹に毒を吐き、俺は今度こそその場から走り去った。
この出来事が、俺の運命を大きく変えることになるキッカケとは知らずに。
ドーモ、ミナサン。プラム2と申します。
UQホルダーのアニメに伴い久々にネギまを読み直したらやっぱおもしれーなと思い、勢いで書いてみました。
ネギま!は数年前に別サイトで書いていた以来、そもそも小説投稿事態久々ですが、のんびりと投稿していけたらなと思います。
よろしくお願いします。
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01「茂みに美少女がいると思うか?」
「…………はぁ」
俺の一世一代の大失敗イベント、将来黒歴史間違いなしの出来事から早数日が経過した。
中学生という身分に属している俺は、その義務として今日も普段通り学校に登校しているわけだが……いかんせん、何もする気になれない。
これが失恋の副作用か。
現在、教室の自分の席で一切顔を上げることなく俺落ち込んでますよオーラを醸し出している。
それを察したのか、周りのクラスメイトは俺の近くに寄ろうとしない…………ただ二人を除いては。
「おい……風間の奴、そーとー気に病んでるぞ」
「触れてやるな。今アイツに必要なのは俺達じゃない。必要なのは己を見つめ直す時間だ」
俺の席の前で、向き合うようにして座る二人。
やたら格好いい台詞を吐いたのが鈴木という眼鏡男子。
そして、もう一人が金髪で見た目ヤンキーなのに、性格のせいでヤンキーになりきれない残念な男である田中。
二人とも小学校からの友人で、中学に上がってからも馬鹿なことばかりする仲だ。
「そうか……」
「ああ……」
二人には昨日、俺が告白する事を伝えてある。
今の俺の様子から結果が分かったのだろう。
二人とも黙り、俺を心配してくれてーー
「ところで、道端にパンツ落ちてたらどうする?」
(なんでだよ!?)
全く心配してくれてなかった。
それどころか男子校だからこそ出来る類の話をし出した。
違うじゃん。
そこは触れてやらないのが一番だと分かりつつも、優しさから俺の肩を優しく叩いて『また次があるさ』とか『お前ならもっといい女を見つけられるさ』とか慰めるところじゃん!
それが何で急にパンツの話をし始めた!?
「ないな」
「えー、なんでだよ?」
ここで鈴木が静かな声で言った。
いいぞ、そのままこのくだらない話を終わらせてくれ。
「道端にパンツが落ちていたとしても、お前が見つけるよりも早くに俺が回収するからな。お前が道端でパンツを拝める可能性は0だ」
「な、なんだと!」
「お前もか!?」
思わず勢いよく椅子から飛び上がってしまった。
「なんで失恋した友人の目の前でパンツ拾う話してんの!?しかも拾うのかよ!?とんだ変態じゃねーか!」
「なるほど。つまりはこう言いたいんだな。相手の素性が分からないパンツを拾うのはリスクが高い、と」
「ちげぇよ!?今の俺の言葉のどこを読み取ったらそんな答えが導き出されんだよ!?」
「落ち着け!もし俺が鈴木より先に見つけたらお前にも貸してやるから!」
「おう、サンキュ……って、違う!借りるか!」
数分にも満たない時間で息を乱した俺を、椅子に座ったまま何故か冷めた目で見上げる二人。
えっ、なんで俺がそんな目で見られんの?
「フられて我らが麻帆良学園男子中等部の誇りを忘れたか」
「おい、さりげなくお前らの変態性を中等部全体に拡散すんな」
「あい、わかった。ならば、風間の失われた誇りを取り戻すために一肌脱いでやろうじゃないか」
「会話のキャッチボールぐらい成立させろや」
「カキーン!……おおっと、風間投手が投げた球はミットに届くことなく非情にもバックスクリーンに叩きつけられたー!」
「やかましい」
俺のツッコミを無視して鈴木は田中に耳打ちをする。
フムフム、と話を聞く田中が次の瞬間、目を見開いた。
「お、おまっ……本気か?」
「ああ。あやつの失われた誇りを取り戻すには、もうこれしかあるまい」
本人の意志を無視して話がどんどん進んでいるんだけど、これいかに。
「では行くぞ、オペレーションJ・K・Aだ!」
◆◆◆
「……で、なんだコレは」
「馬鹿っ!頭を伏せてろ、死にたいのか!」
授業が終わり放課後。
俺達三人は寮に帰ることなく、むしろ寮とは別方向のある場所に来ていた。
夕暮れ時、ということだけあり人が多く、それなりに賑わっている。
そんな中、オレたちは人通りを避け茂みの中に伏せて潜んでいる…………なんでや。
「ちぃ……相変わらず厳重な警備だ」
「ふっ、しかし壁というのは高ければ高いほど燃えるものだ」
当人置いて楽しそうだなオイ。
いい加減オペレーションについての説明が欲しいところなんだが。
「察しが悪いな。オペレーションJ・K・Aとはつまり!J(女子)K(校に)A(アタック)だ!」
「帰る」
「マイフレンド!?」
何故に英語。
俺達が今いる場所は女子中等部の敷地内。
付け加えるなら、その校舎の前の茂みの中。
確かに男子である俺達が女子中等部の敷地内にいるのは良い目では見られないが、それでも用事などのために訪れる男子はいる。
だから、ここまで必要以上に隠れる必要はないと思うのだが。
「……幾たびの潜入のためか、俺達は学園側からマークされているからな。前回捕まった時に二度と敷地内に入ることを禁止された」
「馬鹿かお前ら」
だから、わざわざ制服から着替えて迷彩服、しかも顔にはペイントに草を身体に付けて匍匐前進なんて自衛隊顔負けの行動をしていたのか。
その行動力をもっと他のところで活かせばいいと切実に思う。
「前回のオペレーションは校内に侵入する前にデスメガネによって確保されたが、今回は風間がいる!」
「偉い人は言いました。一本の矢は容易く折れても、三本集まれば折れることはないと!」
「お前らもう一回折られてんじゃねーか!」
ちなみにデスメガネというのは女子中等部の担任と同時に、ここ麻帆良学園の広域指導員という役職に就いている教員。
捕まったら最後、突然意識を奪われ、気が付いたら指導室に連行される。
実際にそれを体験した生徒は『何をされたか分からなかったが、意識を失う瞬間に俺は見たんだ……アイツのメガネが怪しく光るのを!』と証言。
その話から付けられた二つ名がデスメガネ。
本人からしたら風紀を乱す生徒を取り締まっただけなのに、いい迷惑だろう。
「とにかく俺は帰るからな。普段ならともかく、今はそんな気分じゃないんだ」
「待って、見捨てないで!」
「頼む、俺達にはお前の力が必要なんだ!一度でいい……一度でいいから俺と田中に理想郷に入るチャンスを!」
「俺のためとか言ってもう完全に私利私欲のためなのな!?分かってたけど、もう少しでいいから体裁を保ってほしかったよ!」
涙を流しながら俺の身体にしがみつく二人。
必死に引き剥がそうとするが一向に離れない。
しかも、これ以上騒いだら確実に周囲にばれ、冤罪にも関わらず俺までしょっぴかれそうだ。
……仕方ない。
「分かった、分かったから!協力してやるから離せお前ら!」
「おお、さすが同士風間!」
「もう!風間ちゃんも男の子なんだから!」
「帰る」
「嘘ウソうそぉっ!ごめんなさい!謝るからカムバック!」
何でこんな奴らと友達なんだろうと疑問に思わずにはいられないが、ここで悩んでも仕方ない。
鈴木と田中が話を切り出す前が勝負だ。
「それでは作戦の説明だが……」
「いや、その必要はない。今、完璧な作戦を思いついた」
「ダニィ!?」
俺の言葉に驚愕する二人。
まあ、先程まで全く乗り気じゃなかった奴が突然に完璧な作戦を思いついたとか言い出したら俺だって驚くわ。
「ただ、その作戦には高いリスクがある。それでもやるというなら構わないが……止めるなら今だぞ?」
「……見くびるなよ。リスクがあってこその挑戦。そのリスクの先に桃源郷があるというなら止めるわけにはいかない」
「今ほどお前とい友人を持った自分を恐ろしく思ったことはないぜ」
「どうでもいいけど理想郷なのか桃源郷なのかはっきりしろよ」
とにかく俺の指示に従ってくれそうなので、俺はまず校舎を指差す。
「いいか?まず田中と鈴木には正面から突撃してもらう。それも出来る限り周囲の注意を引くようにだ」
「なっ!?だが、それでは!」
「誰かに情報が漏れる危険性があるから詳細は言えないが、俺の作戦を成功させるにはそれを行うことが大前提なんだ。だから頼む。俺のことを信じてくれ……!」
頭を下げる。
俺の真剣な雰囲気に呑まれたのか、二人から息をのむ音が聞こえた。
そしてーー
「ーー友を信じずに、何を信じろと言うんだ」
「言われなくても俺は、俺達はお前を信じてるさ」
「お前ら……」
次の瞬間、今まで潜んでいた茂みから二人が勢いよく立ち上がった。
突然現れた二人に周囲は驚いているが、二人はその集まる視線に臆することなく前に進む。
「行くぜ、田中?」
「背中は預けたぜ鈴木?」
二人はもう互いに視線を向けることすらしない。
ただ前に進むのみ。
俺はその背中をただ見つめることしか出来ない。
「「うおおおおおおおおおおっっ!!」」
作戦通りに周囲の注意を引くような、荒々しい雄叫びをあげて校舎に向かって進む二人。
そしてタイミングを見計らって俺はーー
「帰るか」
後ろに向かって前進した。
◆◆◆
「迷った」
鈴木と田中の儚い犠牲を出してから数分、俺は見たこともない土地で一人迷子になっていた。
この事実だけしか言わないと、俺に方向音痴のレッテルが貼られるから弁明させてもらうが、これはしょうがないんだ。
ただでさえ見知らぬ場所なのに、今頃男子が侵入したという噂が流れてるだろうから怪しまれないように人通りが多い道を避けたから迷ってしまったんだ。
こんなことなら鈴木か田中のどちらか残しておくべきだったかもしれない。
「んっ?」
どうしていいか分からず途方に暮れていると、前方から誰かがぎこちない走り方で近づいてくるのが見えた…………あれは、着物?
まあ、着物で走ればぎこちなくもなるわな。
そんなどうでもいい感想を抱いているうちに、顔がハッキリとわかる距離まで相手が近づいてきた。
どんな奴かと気になり相手の顔を確かめた瞬間、俺の時は止まった。
腰まで届きそうな黒髪。
前髪は精巧な造りの何かの花を模した髪留めで分けられている。
そこから見える素顔はーーーー絶句してしまうほど可愛かった。
「えっ……あっ……えっ?」
年齢は俺と同じぐらいか。
中等部の敷地内にいるってことは、おそらく中学生なのだろうが、着物のせいかとても大人びて見える。
ぼーっと思わず見惚れていると、その着物の女性は減速することなく更に俺に向かって走ってきて……………そのまま俺の後ろの茂みに飛び込んだ。
「………………なぬ?」
えっ、何で茂みに?
あれか、最近は茂みの中に入るのが流行ってるのか?
かくいう俺もさっきまで茂みにいたし。
なら、ここはいっそのこと『はぁい、奇遇だね!僕もその茂みは中々の茂みだと思ってんだよ!茂り方が違うよね!』とトレンディな会話を試みるか?
ねぇな。
「ごめん、ごまかしといて」
「はい?」
一瞬だけ茂みから頭を覗かせた彼女は、それだけを俺に伝えると、再び茂みの中に隠れた。
聞き慣れないイントネーションだったこともあり、全く状況が把握出来ないのだが、どうやら何かを誤魔化してほしいらしい。
どうするべきかと悩むうちに、彼女が来た方向から今度は黒づくめの男たちが走ってきた。
黒づくめと言ったが、決してコードネームに酒の名前が使われていそうな組織の方々ではなく、どちらかというとSPとかボディガードのような雰囲気。
その黒づくめの方々は焦った様子で俺に近づいてきた。
「おい、君!この辺りでこのk……いや、着物を着た少女を見なかったか?」
「え、えー……っと」
果たしてここはどうするべきか。
正直にそこの茂みに隠れている少女の存在を告発するか、それとも適当にはぐらかすか。
前方に屈強そうな男性たち。
後方には着物姿の美少女。
どっちの味方をするかなんて迷うまでもない。
「ええ、見ました。その子なら見ました」
「本当かい!?」
「はい。ただその子なら西の空に浮かぶ雲を見て『あの雲の中にラ〇ュタが……!』って言って駆け出していきましたよ」
「「「何ぃっ!?」」」
ががんっ!と、何やら謎の衝撃を受けたかのようなリアクションを取る男性達。
「お、おい、どうするんだ!?」
「とりあえずは学園長に連絡だ!お嬢様が単身で西に向かわれたと!それと何人かは今からでもお嬢様を追うんだ!」
「そ、そうなると我々もラピュ〇に……!?」
「ひ、飛行石だっ!飛行石を探すんだああああああああああああああっ!!」
「う、うわああああああああああっ!」
あまりの慌てように少し悪い事をしてしまった気がする。
二組に分かれて走り去る男性達。
おそらく今言っていたように連絡組とラ〇ュタ組とに分かれたのだろう。
連絡組はともかく、叫んで走り去っていったラ〇ュタ組には俺の責任ながら同情する。
俺には彼らが無事に飛行石を見つけられるように祈ることしか出来ないが。
「……このあとウチ、どんな顔して帰ればいいん?」
「あれだよ、若気の至りって言えば全部解けーー」
「どうしたん?」
がさがさと茂みの中から這い上がってくる着物の少女。
これは先程茂みの中に隠れる時にも思ったが、こうして正面からマジマジと見るとーーーー是非もない。
大和撫子という言葉をそのまま具現化したかのような美少女だ。
この麻帆良学園は共学ではない。
男子校、女子校と分かれており、学校生活において異性と関わるような事は極稀である。
しかしながら、我々は思春期真っ盛りの華の十代。
特に男子校という汗臭い空間に閉じ込められた男子生徒達は制服女子が歩いているだけで目で追ってしまうような悲しい生き物だ。
それが目の前に美少女がいるとどうなる?
見惚れるに決まっている。
「えっ、あ、いや」
何を言っていいか分からなくなる。
たとえ分かったとしても今の俺がまともに何かを言えるとは思えないが。
「うん、それじゃあウチは行くわ」
「えっ、でもそっちは黒服の人達が……」
「……早く帰らんとラ○ュタ組が可哀想やし」
「……思いつきで発言してごめんなさい」
良かれと思って言ったのだが、どうやら逆に気を遣わせてしまう結果になってしまった。
「ええよ。ウチのために誤魔化してくれたんやし」
そういって彼女は笑う。
その笑みを目の前で見た俺は理解した。
「それじゃあ」
ーーそう、俺は彼女に恋したんだ。
この作品は純愛もの(予定)です
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02「出席番号8番 神楽坂明日菜の場合」
「近衛さんとお近づきになるにはどうしたらいいんだろうか」
「…………はあ」
神楽坂明日菜は机一つ隔てて真剣な顔でそう相談してくる相手を見て、これで何度目か分からない溜息を吐いた。
授業も終わり放課後。本来なら帰るなり部活動に精を出すなりと学生らしい有意義な時間を過ごすはずだった明日菜は、何故かこの日は学園内にある喫茶店にいた。
男女が放課後に二人きりでお茶をする。
これだけ聞けばこれも実に学生らしい有意義な時間の使い方なのかもしれない。
ただ、残念なのは既に明日菜には想い人がおり、その相手は目の前の相手ではないということ。
そして、それは相手も同じ。
「……だから何度も言うけど、このかと仲良くなりたいなら私から紹介してあげるわよ?」
この目の前の男、風間英一という男は今年の春から始めた新聞配達のバイトで知り合った同い年の男性で、何かと気が合い日頃から仲良くしている。
言ってしまえば、こうして二人きりでお茶をするのも珍しくはない。
そして、そうなると決まってこの話題を口にするのだ。
「いや、だってそうしちゃうと下心丸出しなのがバレちゃうかもしれないじゃん?俺はこう……もっと自然な感じで出会いを演出したいんだよ」
「そう考えてる時点でもう自然じゃないわよ」
どうにも彼は以前見かけた明日菜のクラスメイトでありルームメイトでもある親友に一目惚れしたらしい。
最初は相手の名前すらわからない状態で明日菜は延々と「仲良くなるにはどうしたら~」といった話を聞かされていたが、彼から相手の特徴を聞いていくたびにまさかと思った。
そして、その予感は当たっていた。
まあ、彼女の親友で彼の惚れた相手は同性から見てもかなり可愛い部類に属するし、彼女の発するのほほんとしたオーラは見るものを癒してくれる効果まである。
こうして考えると彼が一目惚れしても仕方はないと思う。
これが碌でもない相手ならば明日菜は話を切り上げるなり、もう親友に近づくなと釘を刺しておくのだが、こうして交友を重ねて彼が誠実な人間であるということは理解している。
だからこそ、親友に迷惑がかからない範囲で彼に協力してあげようと思っているのだが……
「アンタねぇ……そんなこと言ってたらいつまでたってもこのかと恋人になるどころか仲良くなれないわよ」
明日菜は改めて彼を見る。
黒目黒髪に、身長は170には届かない程度。それでも中学一年生ということを考えれば長身に部類される範囲だろう。
顔のパーツ一つ一つ整っており、クラスメートの柿崎美砂が彼を見かければ声ぐらいかけるかもしれない。
もっとも彼の性格をよく知る明日菜からしたら、もはや彼が格好いい等という気持ちは一切抱かない。
敢えて欠点を上げるのならば、少し目つきが悪いというところだろうか。
初対面の相手からはしばしば怖がられることもあると本人がうんざりした顔で言っていた記憶がある。
明日菜からしたら彼が気にするほど目つきは悪くはないと思うのだが、本人が一番気にしている以上何を言っても無駄だろう。
「もう恋人なんて高望みはしない。中学三年間の間に義理チョコさえ貰えれば……」
「低っ!?アンタの目標低すぎるわよ!?」
いくら何でも奥手というかヘタレ過ぎる。
男女差別をするわけではないが、男がここまでヘタレ過ぎると呆れを通り越して苛立ってくる。
この男はもう少し積極性というものを身につけるべきではないのだろうか。
実際、明日菜も自分の恋愛に関しては英一と似たようなものなのだが、生憎なことにそのことを指摘するものはこの場にはいない。
「ただでさえ、このかは学園長のせいでこの年からお見合いもさせられてるのよ?学園長が選ぶ相手だから家柄は確かだろうし……このかが気に入る相手が現れでもしたらアンタお終いよ?」
「うっ……」
明日菜の一言に精神的に致命傷を受けたのか、英一倒れるように机に顔を伏せた。
自分で言っておいてなんだが、明日菜はお見合いでこのかが気に入るような相手は現れないだろうと半ば確信を持っていた。
何故ならこのか自身、恋愛に興味津々というわけでもなく、お見合いにも乗り気ではなく逃げ出すことも多々、というのが現状なのだ。
それに明日菜の見立てでは、世話好きのこのかには年上より年下が似合うように思う。
そうなると同年代の英一がこのかの好みに入っているか際どいのだが……まあ、そこら辺は本人の努力次第で道都にでもなるだろう。
「はあ……せっかく近衛さんと同じ図書館探検部に入ったのになあ」
「えっ、ちょっと待って。それ初耳なんだけど。アンタってさんぽ部だったでしょ」
「兼部することにした」
「…………」
ーーしれっととんでもないこと言ったぞコイツ。
数え切れないほどの部や会が存在する麻帆良学園では決して兼部は珍しいことではない。
けれど、英一ほど不純な動機で兼部する学生は他にはいないのではないのだろうか。
事情を知らない人間からしたら英一がさんぽ部に所属しているのは意外に思うだろう。
この男、さんぽが好きというわけでなく、放課後に学園を歩き回っていればこのかと会う可能性もあるという理由だけで入部したそうだ。
それなら部活に入る必要はなかったのではと指摘したことがあるが、堂々と歩き回れる理由が欲しかったと真顔で答えられた。
……ああ、そうだ。
確かその時も今と同じように呆れかえって何も言えない状態になったのだった。
図書館探検部にはこのかも所属している。
つまり英一が図書館探検部に入った理由はそういうことだろう。
ドン引きである。
それでいて、人数が少なく、二人きりになる時間が多いであろうこのかが図書館探検部の他に所属している占い研究会にはヘタレて入れないからときた。
ストーカー一歩手前というか、もう立派なストーカーではないだろうか……と明日菜は思ったが、自分も美術部には似たような理由で入部を決めたため何も言えなかった。
恋愛のスタンスが駄目な部分で似ている二人だった。
「……さて。空のようだけど、お代わりはどうする?」
「あー……今日はこれぐらいで帰りましょ。そろそろ日も沈みそうだし」
窓の外を見れば、いつの間にか空は茜色に染まりきっていた。
明日菜としては放課後のちょっとした息抜きのつもりだったのだが、随分と話し込んでしまったようだ。
「マスター」
二人は席を立ち、カウンター内で新聞を読んでいたマスターに声をかける。
通い慣れたおかげか、それだけで察してくれたマスターはゆったりとした動きでレジに向かう。
それに続く形で二人は出入口前のレジに向かうのだが、明日菜はその際ふと店内を見渡す。
繁盛していないのか、それとも時間帯が悪いのか喫茶店内には明日菜と英一以外の客の姿は見られない。
ただカウンター内の椅子でのんびりしていたマスターの姿を思い返すとなんとなく前者の気がしなくもない。
店の経営を心配していると、英一が一人で会計を済まそうとしていたので明日菜も慌てて財布を取り出そうとする。
が、鞄に伸ばそうとした腕を押さえられた。
「今日は私も払うわよ」
「いいって。わざわざ相談事に付き合ってもらったんだし、こういうのは男の甲斐性だしな」
「でも……」
「聞きませーん。マスター、コレで」
反論しかけた明日菜を軽く流して英一は強引に会計を済ました。
毎回お約束の用にこのやりとりが行われるのだが未だに明日菜の意見が通ったことはない。
バイトをしているとはいえ、ほとんどを学費のために回している明日菜としては正直ありがたいことではある。
英一もそれを知っているからこそ金を出しているのだろうが、こう何度も奢られては申し訳なくなる。
とはいえ、英一は決して明日菜から金を受け取ることはないので、明日菜としてはこう言うしかないのだ。
「……ありがと」
「いーえ」
この気遣いや強引さを少しは恋愛面に活かせたのなら今とは違った状況になったのだろうが、そういった所がある意味で英一の長所かもしれないと明日菜は思う。
「うしっ、明日こそは近衛さんと仲良くなろう」
店を出て、お互いの寮までの別れ道を歩く中、英一はそう言った。
おそらく明日菜に向けての言葉というわけでなく、自分自身に言い聞かせた言葉だろう。
それでも、明日菜は自然とこう答えていた。
「まっ、頑張んなさいよ」
「おう」
ヘタレだしストーカー気質な男ではあるけれど、応援するぐらいは構わないだろう。
英一の横顔を見ながら、明日香はそう思った。
「あれー、明日菜ー?」
「っ!」
「あっ」
聞き慣れた声が背後から聞こえてきたのと同時に、これでもかというほどに隣にいる英一の身体が強張った。
そんな英一の状態なぞ知るよしもない相手は主を見つけた飼い犬の如く嬉しそうに小走りでこちらに近づいてくる。
ーーうん、これは確かに可愛いわ。
親友の可愛いらしさを改めて実感する。
とてもじゃないが自分ではこれ程までの可愛いらしさを出すことは出来ないだろう。
近衛木乃香。
明日菜の親友でありルームメート。
そして、英一の惚れた相手である。
「このか、あんた部活は?」
「今日はもう終わりやよー。明日菜こそ何してたん?」
「ちょっと寄り道しててね」
これはまたとない絶好のチャンスではないか?
そう思い、明日菜は英一に目配せをした……したが、意味がなかった。
英一の顔は夕焼けでも誤魔化せないほど真っ赤になており、腰はこれでもかと引けている。
正直、先程上げた英一の評価をなかったことにしたいぐらい情けない姿だった。
「じゃ、じゃあ明日菜!お、おおお俺はここで用事があるから帰りゅな!」
「あっ、ちょっ!」
おい。
思わず心の中でJCあるまじき突っ込みをしてしまう。
ここは私という共通の友人を通して、お互いの自己紹介をするべきだろうが。それが無理でもせめて一言挨拶ぐらいしてから帰るべきだろうに。
自分が現れた瞬間に挨拶もなく走り去られては避けられてると思われてもおかしくはない。
しかも本人はパニクって気づいていないだろうが、かなりひどい噛み方だ。
出会いを演出するどころか初っぱなから印象マイナスになりかねないことしてどうするんだ。
「……うち、なんやお邪魔してもうた?」
「あー…そんなことないから全然気にしないで。いや、アイツ的には少しは気にしてもらったほうがいいのかしら…?」
「?」
凄まじい速度で遠ざかる英一の背を見送りながら、状況がいまいち把握できずコテンと首を傾げてる可愛らしい親友。
「今の、確か風間くんやよね?」
「あれ、知ってたの?」
「うん。最近図書館探検部に入ってきたんやけど、うちとはあんまし話してくれへんくて…」
…どこまであの男はポンコツなんだ。
「……むこうは覚えてへんのかなあ」
「ん?なにか言った?」
「ううん。なんでもあらへんよ」
ボソッと何を呟いたのかは気になるが、何でもないと言っている以上無理に聞き出すこともないだろう。
英一の恋路を応援する身としては、このかが英一の名前を知っているだけでも現状から進展ありとして良しとするべきか。
…このかの印象がどうなのかはさておいて。
そんな前途多難であるもう一人の友人の恋路の少しでも助けになるよう、明日菜は気になっていたことを尋ねる。
「ちなみにこのか。突然だけどアンタってどんな男性がタイプ?」
「ほんまに急やね?…んー、あんまし考えたことなかったなあ」
「…まあ、そうよね」
ついこないだまでランドセルを背負っていたばかりで、ただでさえ異性との出会いのない男女別の学校。
その状況下で色恋に悩む英一や明日菜が特殊であって、一般的な同年代の人間ではまだまだこんな反応が当然なのかもしれない。
まあ、明日菜ならこの問いには即「ダンディなオジサマ」と答えるのだが。
「ただーー」
「ん?」
「一緒にいて、楽しい人がええなあ」
「……ふふ、それもそうね」
その点に関してなら明日菜は太鼓判を押せる。
なんだ。見込みが全くないというわけではないかもしれない。
明日菜は英一が走り去った方向を見て、思う。
ーー頑張んなさいよ、青少年。
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03「出席番号26番 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの場合」
ーー英雄。
その定義に関しては色々とあると思うが、一般的には常人では出来なかった事柄を成し遂げ、偉業を残した者を指す言葉である。
近年の魔法界において、英雄と訊かれれば大半の人間が『紅き翼』のメンバーの名を挙げるのではないだろうか。
では逆に、魔法界においての英雄とは逆の存在。
反英雄。
所謂悪人と訊かれればどうだろうか。
歴史を語る上で英雄以上に悪人の存在は絶えない。
その中で一人を挙げろと言われても答えに困るだろう。
それでも悪人を挙げる上で、かの名前が外れることはない。
真祖の吸血鬼(ハイ・デイライトウォーカー)、闇の福音(ダークエヴァンジェル)、人形遣い(ドールマスター)……。
呼び方は様々だが、これらは全てある一人の人間ーー否。化け物を表す。
その化け物こそ、史上最恐最悪の魔法使い、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルーー!!
「毎日毎日騒がしい連中だ…!」
が、西洋人形のように愛くるしい姿の金髪美少女で、それが女子中学生に混じって学校に通っている等誰が信じようか。
エヴァンジェリンといえば、表の世界でいうナマハゲ的存在。
我が儘をいう子供に「エヴァンジェリンがくるぞ」と親が躾をする光景は魔法界ではよく見る光景だ。
それがこんな容姿だとすれば「はんっ」と子供に鼻で笑われ躾にならないだろう。せいぜい大きな子供が歓喜するぐらいである。マンセー!
悪評高いエヴァンジェリンが、何故女子中学生に混じって学校に通っているかというと勿論やもを得ない理由がある。
それは『登校地獄』という呪い。
呪いのくせに肩透かしな名前をしているが、内容はかなりエグいものになっている。
なにせ『麻帆良学園中等部に永遠に登校しなければならない』というものなのだから。
吸血鬼であり、悠久の時を過ごすエヴァンジェリンにとっては終わりのない呪い。
それこそ呪いを解呪しなければどうにもならないものだ。
しかも、その呪いは表裏含めて世界最高峰に立つ魔法使いがバカみたいな力技でかけた強固なもの。
並大抵な魔法使いでは解くことは叶わないうえ、そもそもで極悪人であるエヴァンジェリンが呪いにより見た目相応の力しか出せない無力な状態から解き放つ者がどこにいるというのだろうか。あえて余計な一言を言うとなれば「なんだこの詰みゲー(人生」と言うしかないだろう。
どうにもならない現実。
だからこそエヴァンジェリンは恥辱に堪え、呪いをかけられてから今まで学園に通い続けているが、それも我慢の限界であった。
「なぜっ!私がっ!闇の福音と怖れられたこの私が!毎日毎日毎日ぃあんな馬鹿共に付き合って生活しなければならないのだ!この呪いさえなければ今すぐに邪魔者共を蹴散らしてこんなところから出ていくというのにっ!!」
人気がなかったということもあり、エヴァンジェリンは地団駄を踏み周囲に当たるようにわめき散らす。
今は彼女を宥める従者もおらず、怒りが収まるのを待つしかない。
ただ、このような姿を普段の彼女なら人気がないからといって決して見せることはないのだ。
今日はたまたま、そう、たまたまどうしても気持ちが押さえきれなかっただけなのだ。
むしろ魔法界に名を残す彼女が不満や鬱憤を爆発させるだけで済むのだから安いものだろう。
だが、いつだってそういう時に限って不足の事態(イレギュラー)というものは起きるものだ。
「お前は……」
「ーーっ!」
誰もいない。そう思っていた場所で聞こえてきた男の声。
その声の発生源へと慌てたように振り替えると、そこにはエヴァンジェリンと同じ麻帆良学園の制服に身を包んだ一人の男子生徒がいた。
「(……ちっ、面倒な)」
顔をこれでもかと嫌そうに歪め、内心舌打ちを打つ。
どうやら先程までの自分はどうやら情けないまでに取り乱していたようだ。
弱体化しているとはいえ、ここまで相手の接近に気づかないとは。
「(どうやら聞いてたみたいだな。茶々丸がいれば問答無用で捕らえてそのままジジイに押し付けたのだが)」
従者である茶々丸だが、今日はよりによって定期メンテナンスのためここにはいない。
呼んだとしてもここに来るまでいくらかの時間がかかるだろう。
つまりエヴァンジェリンは一人でこの状況を打破しなければならないということだ。
ーーどうするか。
そう思った矢先、以外にも先に口を開いたのは男の方からだった。
「ーーなるほど。お前があの『闇の福音』だったか」
「……なに?」
「そう警戒するな」
そう言い近づいてくる少年に対して、エヴァンジェリンは、突如目の前に現れた少年に対する警戒を一層高めた。
自身がかつて魔法界において伝説級の怪物として君臨していたことを知る者はこの学園に少なからずいる。
学園長を始め、教師に生徒までこの学園には魔法関係者が集まっている。
その中にエヴァンジェリンが顔を知らぬ者も当然いる。
だが、エヴァンジェリンには目の前の男がただの魔法生徒には見えなかった。
エヴァンジェリンの正体を知る者は彼女を見れば大抵怯えた表情を見せる。
あるいは馬鹿な正義感を抱いている奴ならば封印されていることをいいことに侮蔑の視線を向ける者もいる。
少なくとも自分から関わるような真似はしないだろう。
中には友好的な反応を示す者もいるが、それは学園長やタカミチ・T・高畑といった者といった極僅かな者だけだ。
しかし、目の前の少年はどうだ。
少年からは怯えた様子どころか、侮蔑してくる様子も見られない。
むしろ、どことなく友好的な雰囲気を感じる。
「……貴様、一体何者だ?」
少年から感じるものは特にない。
見れば見るほど一般の生徒にしか見えないのだ。
だが、一般生徒がエヴァンジェリンの正体を知るわけがない。
つまり、それは必然的に少年が何らかの関係者であることを示している。
「(見たところ触媒を装備している様子はない。つまりは魔法ではなく気を扱うタイプか?ーーちっ。奴が何か行動を起こさん限りわかりようがないか)」
何も感じさせないからこそエヴァンジェリンは少年に対する警戒を高める。
中途半端に力を持つ者なら力を無駄に見せびらかすなりして実力を把握できるが、真の強者になるほど己の力を完全に隠せるものだ。
もし、少年がその強者であるならエヴァンジェリンの学園での生活はより窮屈なものになるかもしれない。
「…………」
少年はエヴァンジェリンの問いに少し迷いを見せた後、どこか遠くーーエヴァンジェリンより遥か後方にそびえ立つ世界樹を見据え、こういった。
「ーーユグドラシル」
「……なに?」
その名を聞いてエヴァンジェリンが思い浮かべるのは、北欧神話に語られる世界を体現する巨木。それこそがユグドラシルと呼ばれていたはずだ。
日本名では世界樹と呼ばれ、奇しくもこの麻帆良学園にも世界樹と呼ばれているものがある。
他にかつてそういった名の組織がなかったか記憶を辿るが、エヴァンジェリンの記憶に該当するものはない。
詳しく話せ。そういった念を込めてエヴァンジェリンは少年を睨むが、少年の口から出た言葉はエヴァンジェリンの望むものではなかった。
「この名を聞いて悟る者なら、語る必要はない。この名を聞き悟らぬ者なら、語るに値しない」
「ちっ。話すつもりはないということか」
少年の態度もあって、これ以上追求するのは無駄だろう。
今は得たいの知れない相手の名前を知れただけで良しとする。
名が分かれば調べようなど幾らでもあるのだから。
「『闇の福音』よ」
「なんだ。ろくに自分の素性を明かそうとしない奴と話すことなどないぞ」
「まあ、聞け」
突き放した言い方をすると、先程までの重苦しい雰囲気から一転変わって、穏やかさを感じる声で語りかけてきた。
「ーーいつか、お前に刻まれし呪いが解ける時がくる。その時こそ、お前は光に生きられるだろう」
「なにをっ……!お前は一体何の話をしている!?」
「ただの独り言だ。忘れてくれて構わない」
一方的に話を切り上げ、少年は背を向け歩き出す。
これ以上語ることはないといわんばかりの態度だ。
待てーー少年を引き留めようとした瞬間、別方向からの気配に気付いた。
「マスター」
「っ!?……茶々丸か」
「はい。普段よりも帰りが遅かったため不要かとは思いましたが、お迎えにあがりました」
気配の先にいたのは自身の従者たる茶々丸であった。
茶々丸は最先端の科学と魔法の技術を持ってして作られたカラクリ。所謂ロボットだ。
生憎、エヴァンジェリンはロボットというか科学に関しては便利なものだなーという認識ぐらいしかしておらず、どういった原理で茶々丸が作られているか等全く興味がない。
重要なのは自身にとって茶々丸が有用であるということだ。
今回も大方内蔵されたセンサーとかなにかで私を探しだしたのだろうとエヴァンジェリンは考える。
「そうだ!アイツはーー」
エヴァンジェリンが少年のいた方向に視線を向けるが、既に少年の姿は見当たらなかった。
「まさか、奴め。茶々丸の接近に気づいて……?」
だとしたら相手は機械である茶々丸の気配すらも事前に察知できるということか。
ーー面白い。
近頃ずっとつまらなさそうな顔をしていたエヴァンジェリンが、新しい獲物を見つけた狩人のような獰猛な笑みを浮かべた。
「帰るぞ茶々丸。調べたいことがある」
「はい、マスター」
ーーユグドラシル。必ず貴様の正体を暴いてやるぞ。
◆◆◆
歩いていたら可哀想な女の子に遭遇した。
可愛いではなく、可哀想。ここ重要である。
さんぽ部の活動と銘打って近衛さんととばったり出会えないか今日も学園内を探索していのだが、見つけたのは西洋人形のような金髪の幼女だった。
真帆良学園の中等部の制服を着ている以上、近い年代であることは間違いないのだろうが、どう見てその少女は自分より遥か年下の子にしか見えない。
そして同時に悟っていた。
コイツはやばい、と。
人気のいない場所に一人で闇やら呪いやらと普通に過ごしていれば決して言葉にしないであろう単語を狂乱気味に喚き散らしているのだ。
これは関わるべきではない。
気づかれぬうちに立ち去るべきだ。
そう思った瞬間、ふと疑問が浮かんだ。
「(なんでこの子はこんは場所に一人で…)」
お前がいうなという話ではあるが、俺には近衛さんと偶然に出会うためという目的があってこそだ。
何の目的もなく放課後にわざわざこんなところに。
理由があるのか。そう考えた瞬間、ある仮説が思い浮かんだ。
「(そうか…この女の子……)」
友達がいないんだ。
男子校であるが故に実際のJCがどうなのかは分からないが、学生の放課後というのは男女関係なく遊びに行ったり、部活動に精を出すといったものではないだろうか。
だからと言って放課後一人なのがおかしいわけではない。
当然、放課後に予定が合わず一人なんてことはありえるだろうし、部活に所属していなければ学校外の何かに精を出す者だっている。
中にはロンリ―ウルフ気質な子もいるだろうが、目の前の少女は違う。
考えるに、この少女は思春期特有の病気が故に友達が出来ないのではないかと推測する。
その病気は俺にも心当たりはあるが、俺の場合その病気の深みにはまる前に恋愛という別ベクトルに意識が向けられたおかげで軽度なもので、少女ほど拗らせたものではない。
しかし、少女の病気は先程の言動から察するに相当重いモノに分類されるだろう。
といっても、この病気は思春期限定の一時的なものだ。
多くの若者が発症するが、ほとんどが大人に近づくにつれ完治していく。
そして、いづれ過去を振り替えって皆例外なく身を悶える思いをし、思い出話の中で「あの頃は痛かったな」と笑い話にでもなるのではないだろうか。
だが
だが、もし、目の前の少女に友達がいないと仮定した場合どうなるのだろうか。
思春期という時期は、自身の今後の人格を形成する上において重要な時期だ。
多くの人と関わることで感情を豊かにしていき、様々な事を無意識の内に学んでいく。
しかし、少女が周囲との関わりから拒絶、あるいは自身から拒絶しているのならそれは叶わない。
ただ孤独を感じるだけの日々になってしまう。
ここで俺が何もせず立ち去っても、少女はいづれ多くの若者と変わらず病気を完治させるはすだ。
ただ、それが長引くほど少女の心の傷は深いものになってしまうのではないだろうか。
葛藤する。
今、自分が考えていることは全くの的はずれで、少女にとっては余計なお世話になるかもしれない。
だが、俺の行動で少しでも彼女が救われるのならば。
何より、目の前で将来傷つくかもしれない女の子を見捨てるような奴が近衛さんに相応しい男かーー否!
「お前は…」
「ーーっ!」
と、少女を見つけ、現実においては僅か数秒でありながら脳内で長々と完全には的はずれとは言い切れない考えに至った俺は、舞台に立つ決意を固めた。
「ーーなるほど。お前があの『闇の福音』だったか」
「……なに?」
「そう警戒するな」
俺の言葉とは裏腹に、身構えておもくそ警戒する少女。
初っぱなから話しかけたことを後悔しかけたが、既に話かけた以上もう引けない。
さて、どう会話を続けるべきか。
そう考えていると、先に少女が口を開いた。
「……貴様、一体何者だ?」
麻帆良学園男子中等部所属の風間英一です。
本来ならそう答えただろう。
だが、恐らく彼女が求めている答えはそんな普通の答えじゃない。
自分もそっち側の者だと彼女に認識してもらわなければならない。
先程彼女は自身を『闇の福音(笑)』と名乗っていた。
つまり俺にも彼女に認識してもらうほどの『名』が必要だ。
どうするか。
早速コミュニケーション失敗かと諦めかけ、遠くを見た瞬間、彼女の遥か後方にそびえ立つ因縁深き世界樹の姿が目に入った。
これだ。
「ーーユグドラシル」
気付いた時にはそう名乗っていた。
「……なに?」
聞いたことがないといった顔を浮かべる少女。
そりゃそうだと英一も内心頷く。
世界樹を見て、たった今思い付いた名なのだから。
まあ、俺として「そうか、貴様があのユグドラシルか」「そう、俺がユグドラシルだ」という展開を期待していたのだが、彼女は俺が言葉を続けるのを待っている。
恐らく結局ユグドラシルか何者か聞きたいのだろう。
さて、どうしたものか。
本格的に設定を作り込んでいる彼女と違って、俺はその場凌ぎで名乗っただけで、設定なんて何もない。
むしろ俺が何者か知りたいぐらいだ。
とりあえず勢いに任せて誤魔化すしかない。
「この名を聞いて悟る者なら、語る必要はない。この名を聞き悟らぬ者なら、語るに値しない」
中々いいんじゃないか?
台詞的にも格好よく、彼女的にはポイント高いのでは?
「ちっ。話すつもりはないということか」
舌打ちされた。
なんだ、こういう会話がしたかったんじゃないのか……?
思ったより彼女の闇が深かった。
これ以上、下手に会話を続けようとすると泥沼にはまっていきそうな気がする。
何も解決していないが、ここはとりあえず適当に話を切り上げて、一旦出直そう。
そんでちゃんと設定を作り上げてから再び彼女と話そう。
そうと決まればさっさとこの場から立ち去ろう。
「『闇の福音』よ」
「なんだ。ろくに自分の素性を明かそうとしない奴と話すことなどないぞ」
「まあ、聞け」
とりあえずこれだけは言っておこう。
「ーーいつか、お前に刻まれし呪いが解ける時がくる。その時こそ、お前は光に生きられるだろう」
「なにをっ……!お前は一体何の話をしている!?」
「ただの助言だ。忘れてくれて構わない」
抽象的に言ってみたが、ようは「厨二病はいつか卒業するもんだから。そしたらきっと友達もできるさ」と伝えたかったのだが、彼女の様子から見るに俺の言葉の意味は何一つ伝わらなかったようだ。
もういい。
とにかくここから去ろう。
これ以上は堪えられない。主に俺の心が。
彼女に背を向ける。
もう何を言われても絶対に振り返るつもりはないが、このままだと引き留められるなり通報されるなりされそうだ。
どうするか。
そう思い、絶対と思いつつもチラリと後ろを振り返ってみると、何故か彼女はあらぬ方向に視線を向けていた。
「(チャンス!!)」
その瞬間、俺は近くの茂みに猛スピードで隠れる。
ここ最近、茂みとやたら縁があるような気がするが、とにかく彼女がここを去るまで息を潜めて隠れていよう。
そうしていると、今度は緑色の髪をした長身のーーこれまた、女子中等部の制服を来た子が現れた。
幸いなことに金髪の方の彼女は俺を見失ってくれたようなので、このまま話を盗み聞きすると、なんだか「マスター」やら「茶々丸」等と聞こえてくる。
茶々丸ってのは恐らく緑色の髪の子の名前だろう。
二人からは親しげとまではいかないが、それなりの仲なんだろうと思わせる雰囲気がある。
……あれ?それじゃ、二人はもしかしてご友人?
そうなると俺のしたことって本当に余計なお世話どころか、ただの赤っ恥行為だったのでは…………うん。
彼女と関わるのはもうやめよう。
俺はそう心に決めた。
申し訳ない程度の勘違い要素。
このかと英一を絡ませることのできる日がいつしか来るのだろうか…
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04「出席番号15番 桜咲刹那の場合」
桜咲刹那にとって、近衛木乃香とは何よりも大切な存在である。
木乃香は忌み子として里の皆に蔑まれてきた刹那を、ただ一人の友として接してくれた。
その優しさに、木乃香と過ごす暖かな日々に、刹那はどれだけ心救われただろうか。
ずっとこんな幸せな日々が続けばいい。
そう考えたこともあった。
けれど、それは許されなかった。
木乃香は関西呪術協会の長の娘にして、関東魔法協会の長の孫である。
それに加えて、生まれながらにしてあのサウザンドマスターすら上回るとさる膨大な力を秘めている。
よからぬ考えを抱く者にとって、これほど利用価値のある者はいない。
そんな木乃香が裏の世界に関わることなく平穏に生きていくことは決して簡単なことではない。
一歩でも道を誤れば、一瞬にて危険に晒されるだろう。
だからこそ、刹那はこれからは自分が、たとえ命を懸けてでも木乃香を。木乃香の日常を守ると誓ったのだ。
他でもない己自身に。
そのために木乃香を追いかけ麻帆良学園に入学した刹那。
木乃香を守りたい一心で、その若さながらも学園に入学する時点で既に裏の世界でも実力者と呼ばれる存在となった。
が、力は力を引き寄せる。
今の自分が木乃香の側にいれば、木乃香を狙う者だけでなく、余計なモノまで引き寄せかねない。
ならば、陰から守ろう。
木乃香に降り注ぐありとあらゆる災厄を切り払おう。
刹那がその考えに至るのに時間はかからなかった。
そう決めたからにはかつてのように接することはないが、それでいいと刹那は思う。
心の奥底には、昔のように話したいと望む自分もいるが、刹那が側にいなくとも木乃香は友人にも恵まれ、笑顔でいられる毎日を過ごしている。
木乃香の幸せを願う刹那にとって、これ以上望むものなど何もない。
その代償が、この程度のものであるなら安いものであった。
放課後、刹那は一人で帰る木乃香を追い、離れた場所で見守っていた。
刹那一人では何時いかなるどんな場所でもというわけにはいかないが、木乃香が一人になる時は必ず護衛にあたるようにしている。
といっても、結界の張り巡らされている学園内において危険に晒されるという事はほとんどないだろうが。
木乃香の動きに合わせて、刹那も動く。
ここからならあの茂みがいいだろう。
そう考え、刹那は慣れた動きで、いつものように茂みに入った。
いつものように。
そう思ったからだろうか。
いつもとは違う予想外の事態に、不覚にも刹那は固まってしまった。
「なっ」「えっ」
何故ならそこには既に人がいたのだから。
刹那だけでなく、相手も目を見開いて驚きを隠せずにいる。
そのまま数秒見つめあう二人。
それでも流石というべきか。
先に動いたのは刹那だった。
「貴様……一体何者だ?」
相手がどんな動きを見せようが、その前に必ず仕留める。
そう考え、背負っていた刀、夕凪に手を伸ばす。
同時に、刹那は相手を観察する。
相手はまだ少年であり、男子中等部の制服に身を包んでいる。
一見、ただの一般生徒にしか見えない。
だが、一般生徒が用もなくこんな所にいる理由がない。
それに、一瞬ではあるが、目の前の少年の視線は刹那が現れるまで確かに木乃香に向けられていた。
侵入者、あるいは刺客か。
その場合、相手の実力が未知数であることに加え、仲間がいる可能性も考慮し、応援を呼ぶべきか。
だが、もし相手の目的が木乃香であるなら。
視線を一瞬、木乃香に向ける。
先程から特に変わった様子はない。
刹那の一瞬の視線の動きに気付いたのか、相手も視線を木乃香に向ける。
そして答えた。
「お前と同じだ」
「同じ、だと?」
同じとはどういうことか。
この状況下で考えられるものとして、相手も刹那と同じ木乃香の護衛だということだろうか。
しかし、学園に来て以来長く木乃香を見守っていたが、目の前の人物の存在など刹那は知らない。
学園長が周囲に秘密裏にしている可能性はあるが、それを同じ護衛である刹那にまで隠す必要はない。
虚言か。
そう判断し、刀を抜こうとしてーーーー気付いた。
相手の木乃香を見る目が自身と同等、あるいはそれ以上に慈しみに溢れているということに。
そう気付いた瞬間、刹那の本能ともいえるなにかが、目の前の相手は敵でなく味方であると告げていた。
そして、それは間違いないと刹那自身が判断した。
「……そういうことでしたか」
刀から手を引く。
ならば普段通り私は護衛に徹するとしよう。
相手も必要以上に話すつもりはないのだろう。
視線を完全に刹那から木乃香に移し、無言になる。
「「…………」」
長い沈黙が二人を襲う。
気まずい。
一人での護衛が当たり前であった刹那にとって、誰かと二人。しかも同年代の男子と至近距離でいる状況はどうにも心をざわつかせた。
「(な、何か話すべきなんだろうか)」
一度会話が完全に途切れてしまった以上、また話をするというのはどうにも厳しい。
それが人よりコミュニケーションを苦手とする刹那なら尚更だ。
そもそも互いの素性すら知らないのは問題ではないだろうか。
服装で相手が学生であることは窺えるが、裏の世界の住民にとって年齢なぞなんの意味を持たない。
なんせ世の中には女子中学生でありながら忍者やら吸血鬼やら凄腕の殺し屋スナイパー巫女までいるのだから。
それでもせめて名前ぐらいは名乗るべきじゃないだろうか。
だが、護衛中に余計な会話は控えるべきではと、あれこれ悩んでいる刹那だが、先に沈黙を破ったのは相手だった。
「選んだのはお前だ。その関係を変えたいと望むのなら、それはお前自身がどうにかするしかあるまい」
「っ!?」
急に何の話をと思ったが、すぐに意図がわかった。
必要なこと以外語らなかった相手が、この状況で会話を切り出すものがあるとすれば、それは一つしかない。
木乃香のことだ。
自分とは違い、相手はこの短い間の僅かな情報だけで刹那の立場を見抜いたのだろう。
木乃香の護衛であることから学園関係者。背負う長太刀から刹那が神鳴流という流派に属していることすらも。
そして、刹那の僅かな感情の揺らめきだけで。
「ならば……何故貴方はこの関係を選んでいるのですか。そんな貴方こそ、お嬢様との関係を変えたいと望んでいるのではないですか」
それはある意味自分への問い掛けなのかもしれない。
相手の言う通り、この距離を、関係を選んだのは他でもない刹那自身だ。
それでも思ってしまう。
昔のように接しても構わないのではないか、と。
心の奥底に潜んでいるその願望が、時折刹那の剣を鈍らせる。
だからこそ刹那は訊きたかった。
己と同じ境遇であろう相手がどう考えているのかを。
「望んでいない、と言えば嘘になる」
「ならば何故!」
「俺には彼女の近くにいる資格がないからだ」
その言葉は、刹那の胸にストンと落ちた。
そうだ。
何を甘えた考えを抱いていた。
木乃香のために何もかも捨てると決めたのは自分ではないか。
何より、既に汚れてしまっている自分が木乃香の近くにいる資格なぞあっていいわけがない。
改めて相手を見る。
それは刹那だった。
弱さを、甘えを捨て、木乃香を守ると誓った本来あるべき姿の自分だった
姿こそまるで違うが、刹那にとってはまるで理想の鏡を見ているようだった。
ならば私もそうあるべきだ。
鏡を見ながら、刹那は己を整える。
そして、誓いを再び胸に刻む。
もう決して迷いはしない、と。
「……私もです」
会話が途切れたことに悩む必要はなかった。
木乃香のことを第一に考える二人にとって端から言葉なんて必要なかったのだから。
答えは得た。
そして得たのはもう一つ。
ちらりと隣にいる相手を見る。
もし、この場に刹那を知る者がいたら驚くだろう。
ーーあんな穏やかな表情、初めて見た、と。
◆◆◆
俺、風間英一にとって、放課後の時間とは一分一秒すら無駄に出来ない貴重な時間である。
俺の放課後における行動は大きく分けて三パターン存在する。
一つ目のパターンは、近衛さんが占い研究会に参加する場合。
この場合、俺は寮に戻り勉強するか、身体作りのためのトレーニングを行う。
近衛さんと将来的にお付き合いするためには、両親を始め、祖父であるここの学園長に認めてもらう必要があるだろう。
近衛さんのパートナーとして認められる条件が果たしてどんなものか想像つかないが、文武共に優秀であれば、俺という人間を評価する時、少なくとも悪い評価にはならないはずだ。
それに何らかの条件を出された場合でも、知識や体力はないよりあった方が遥かにいいだろう。
二つ目のパターンは、近衛さんが図書館探検部に参加する場合。
この場合は簡単だ。
俺も参加する。
なんせこのために図書館探検部に入ったのだから。
学園が男子校と女子校に別れている以上、図書館探検部での活動は近衛さんとお近づきになる一番の機会なのだから。
……生憎、活動中まだ近衛さんと話せてないが、これは時間の問題だろう。いずれ話せるようになる……はずだ。
そして三つ目。
これは、近衛さんが真っ直ぐ寮に帰るか、何処かに出掛ける場合。
この場合、俺はさんぽ部の活動を装って、遠すぎない距離で近衛さんを見守る事にしている。
あの出会いの時のように、いつ近衛さんがトラブルに巻き込まれてもいいようにしているのだ。
ちなみに、近衛さんが放課後どのように動くのかは協力者である明日菜から事前に教えてもらっている。
頼み混んだ時は何故かドン引きされたが、何度もしつこく頼み込むと渋々ながらもなんとか協力を約束してくれた。
今度明日菜にはお礼に男子中等部の英語教師、タカミティンの生写真を贈呈しよう。
もちろん高畑先生とは別人だ。
そして今日の明日菜からの定時報告では、近衛さんは部活動には参加せず、買い物をしてから寮に戻るとのことだ。
つまりはパターン3。
俺は帰りのHRが終わると共に教室を飛び出し、既に近衛さんの買い物ルートに向かっている。
教室を飛び出す際、鈴木や田中から「アイツ、最近付き合い悪いよなー!」「ほっとけほっとけぇ!。どうせならアイツがいる時には出来ない会話しよーぜ!」と敢えて教室全体に響き渡る大声で言われ、物凄く後ろ髪を引かれる思いをしたが、それでも俺は友情より恋に生きる道を選んだ。
……まあ、近い内に軽く事情を説明する必要があるかもしれん。
明日菜からパターン3の報告がされた時、俺は心踊った。
パターン3になることを少し期待していた自分がいたからだ。
何故か。
それは、俺が最近得られるはずのなかった同好の友を得たからだ。
ーー先日、今日と同様にパターン3の報告を受け、俺は茂みから近衛さんを見守っていた。
そこの茂みは俺からは見やすく、周囲からは見えにくいという絶好のスポットで、俺のとっておきの場所。
まさに知る人ぞ知る茂みというわけだ。
だからこそ、そこに誰か入ってくるなんて予想だにつかなかった。
『なっ』『えっ』
突然の来客に言葉を失う俺。
それは相手も同じだったようで、きりりとした目を見開いていた。
互いに固まり、見つめ合うこと数秒、膠着した状態を打ち破ったのは彼女だった。
『貴様……一体何者だ?』
ぶるり、と背筋が凍るような鋭い声で俺を睨む少女。
剣道関係の部活動にでも所属しているのか、その手は背負っていた刀に伸ばされている。
最近、初対面の女の子に警戒される事が多くて心が痛い。
どれも自分の行動が原因なのだが、それでも同年代の女の子にこうも露骨に警戒されるというのは辛いものだ。
しかし……ここはなんと答えるべきか。
明日菜のように事情を知っている相手ならばいくらでも正直に話すが、何も知らない相手に「近衛さんを見守っている」と伝えれば、あらぬ誤解を生むだけだ。
……待て。目の前の女の子は何故この茂みに入ってきた。
先程言ったように、この茂みは知る人ぞ知る茂み。
用がなければ入るはずのない茂みだ。
疑問に思い、ジッと彼女を観察るように眺めていると、一瞬視線が動いた。
その動きを俺は見逃さず、俺も彼女の視線を追う。
その視線の先にはーーーー近衛さんがいた。
そうか……そういうことか。
合点がいった。
つまり彼女は俺と同じということか。
なら、なんと答えるかは決まっている。
『お前と同じだ』
『同じ、だと?』
もし、ここに現れたのが男だったら俺は冷静ではいられなかっただろう。
その理由として、近衛さん相手にストーカー紛いの行為をしている事が許せないというのもあるが、何より重要なのは相手が男ならば恋敵である可能性が非常に高いからだ。
近衛さんが絶世の美少女であることが確かな以上、俺以外に心奪われた奴がいたっておかしくない。
むしろ、いるのが当然だ。
だけれども、実際に恋敵なる者が現れれば俺は不安や焦りを覚えるだろう。
その覚悟はしている。
してはいるが、そうなった場合、じっくり少しずつ仲良くなっていくという計画を変更する必要があっただろう。
心身共にまだ未熟である俺にとってはそれはなるべく避けたい事態だ。
しかし、目の前に現れたのは同年代の女子。
恋愛に発展する可能性は極めて低いだろう。
女の子同士というのもなくにはないだろうが、明日菜に近衛さんにそっちの気がないことは確認済みだ。
大方、目の前の女子は近衛さんと純粋に仲良くなりたいが、中々ふんぎりのつかないだけなのではないだろうか。
だからこそ、こうして俺のように近衛さんを見守り、あわよくば機会を窺っているのではないだろうか。
その考えに至った時、俺は嬉しかった。
何故なら、近衛さんは異性だけでなく同性からも魅力がある人で、俺の目に間違いはなかったということが証明されたからだ。
そう思うと不思議と目の前の意識に仲間意識が芽生えてくる。
勝手に悪いが、これから彼女のことを友、と呼ばわせてもらおう。心の中だけだが。
『……そういうことでしたか』
俺の親愛の気持ちが通じたのか、刀に伸ばしていた手を下ろす友。
どうやら警戒は解いてくれてようだが、そこで会話は途絶えてしまった。
いくら俺が相手の事を一方的に友と思っていても、気軽に世間話が出来るような仲ではない。
むしろ下手に会話をしていて本来の目的を疎かにしてしまっては意味がない。
友もそう思っているだろう。
そう思い、俺は近衛さんを見守る使命に戻ることにした。
『『…………』』
しかし、今までこういった状況に遭遇したことがないため、隣に誰かいるこの状況がどうも気になる。
気になって、ちらりと隣に視線を向けると、友はどこか憂いを感じさせる表情を浮かべていた。
その理由が、ソウルメイトたる俺にはなんとなく察しがついていた。
『選んだのはお前だ。その関係を変えたいと望むのなら、それはお前自身がどうにかするしかあるまい』
『っ!?』
わかる。わかるぞ。
見守ると決めたけれども、こうして姿を見るとやっぱり直接話したくなるよな。
けど、一度どのタイミングで話しかけるか考えると中々踏み出せなくなるものだ。
こういう場合は思いきって軽い気持ちで行くぐらいがいいのだろうが、俺も友もそれが出来ないからこうしてるわけだ。
けれど、俺も友も近衛さんと今以上の関係を望むなら覚悟を決めなければならない。
『ならば……何故貴方はこの関係を選んでいるのですか。貴方こそ、お嬢様との関係を変えたいと望んでいるのではないですか』
えっ……この子、近衛さんの事をお嬢様って呼んでるの?
いくら近衛さんが学園長の孫娘でもお嬢様と呼ぶのはどうかと思うが、まあ、呼び方など個人の自由だろう。
そして、友の質問の答えだが、その答えは決まっている。
『望んでいない、と言えば嘘になる』
『ならば何故!』
『俺には彼女の近くにいる資格がないからだ』
もっともこれは「今」はの話。
いずれ近衛さんの近く、強いては隣に立つに相応しい男になると俺は自身に誓っている。
『……私もです』
消え入るような声で、そう呟くと友は視線を再び離れている近衛さんに向けた。
えっ、まさかの同じ理由なの?
自分で言っておいてなんだげど、誰かの側にいるのに普通は資格なんていらないと思うけど。
ここまで真剣だと、この子近衛さんとただ仲良くなりたいのではなく、より親密な関係になりたいのでは?
……まあ、どっちであろうと俺に彼女を止める権利などない。
本当にそうならば、その時は友として、またライバルとして正々堂々戦おうではないかーー
そうして今日も俺は例の茂みに辿り着く。
すると、そこには既に友が待ち構えたいた。
友は俺に気付くと、ペコリと軽く頭を下げ、すぐに近衛さんに視線を戻す。
そう、これでいい。
俺達の仲に余計な言葉なんて必要ない。
今はこの空気が、ただ心地よかった。
……まあ、自己紹介ぐらいはしておいてもよかったかとは思う。
同年代の女子と二人きりという状況が英一を無意識にモードユグドラシル(笑)にしています。
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06「出席番号29番 雪広あやかの場合」
「きーー!!ほんとにもうこのお猿さんはーー!!」
「なんですってー!?」
午前中の授業を終え、昼休み。
麻帆良学園女子中等部の2-Aの教室では各々好きなように過ごしていた。
他愛のない世間話に花を咲かせる者達いれば、周囲の騒がしさをものともせず眠る者いる。
実に学生の昼休みらしい混沌とした様子である。
そんな中、ある二人の女子が周囲の喧騒を黙らせるほどの声を出して勢いよく立ち上がった。
穏やかな空気が変わる。
互いのこめかみに青筋を立てていることからかなり頭にきている様子が窺える。
もし、他所のクラスの者がこの光景を見たら慌てて止めるなり教師に助けを求めにでも行っただろう。
「またアスナといいんちょ?」
「やれやれー!」
「アスナに食券5枚!」
「いいんちょに10枚!」
だが、このクラスの者にとってそれは普段と変わらぬ日常であった。
いいんちょ、と呼ばれた女子の名は雪広あやかといい、明日菜とは小学生からの付き合いで所謂幼馴染みだ。
幼い頃から今日のような喧嘩を頻繁に繰り返しているため、周りからすれば見慣れたものだ。
そのため、喧嘩を止めるどころか二人の周りには野次馬が形成されていく。
挙げ句の果てに二人の争いを増長させようとする声やトトカルチョを始める声までもする。
それでいいのか女子中学生。
まあ、周りも二人が普段よりもヤバい雰囲気になれば止めるだろうが、結局いつもじゃれあいのような喧嘩で終わる。
ならば見世物として楽しませてもらおうというのが皆の考えだ。
きっと今回も毎回のようにどちらかに軍配が上がるか、長期戦になって教師が来るまで続けられるかのどっちかだろう。
誰しもそう考えた時、それを打ち破るかの如く携帯の音が鳴り響いた。
「ちょ、ちょっと待ったいいんちょ。電話電話っ!」
「なんですのもうっ!!」
「はいはいごめんごめん。っと、英一?この時間に電話かけてくるなんてどうしたのよ?」
音の発信源は明日菜の携帯からだったようで、あやかとの喧嘩を中断して電話に出る明日菜。
そのまま携帯片手に教室から出ていってしまう。
沈黙が教室を支配する。
「……えー、この場合は……引き分け?」
「えーー!?引き分けなんて誰も賭けてーー」
「えへへへ」
「はっ、桜子。あんたまさか!」
予想外の結末にどよめく教室。
が、それよりも聞き逃してはいけないことがあった。
「というよりも誰ですの今の電話のお相手!?英一、と言ってましたが男性の名前でしょう!?」
女子校である以上、どうしても男子との接点は少ない。
部活等で男子と関わることがあってもそれは放課後の僅かな時間のみ。
また、2-A全員容姿が整っているのにも関わらず、浮わついた話は一切上がらない。
例外として柿崎という異端者(彼氏持ち)がいるが、それはノーカン。
故に、2-Aの生徒達は年頃の女の子らしく、人一倍にそういった臭いのする話には敏感であった。
特に常日頃からタカミチ・T・高畑の良さを説き、オジコン趣味と認識している明日菜から男の名前が出たとすれば尚更だ。
「もしかして明日菜の彼氏!?」
「そういえば前に男子と二人で放課後に歩いてるとこ見た……」
「えー!じゃあほんとに!」
「あーもう誰なの英一って!」
英一という名にクラスの何人かが反応する。
数名は「おっ?」と知っている名前が出た故の興味での反応に、「あー…」と何故か納得したかのような反応を示す者が数名。
他の数名は何故か難しい表情を浮かべている。
「待ってください。その人はむぐっ?!「まーまー待ちなって夕映」むぐぐぐぐっ」
その中の一人、図書館探検部で交友のある綾瀬夕映が皆の前に出ようとしたが、同じく図書館探検部にて交友のある早乙女ハルナに口を押さえられ止められる。
「……急になにするですかハルナ」
「なんか面白そーな展開になってきたししばらくこのままにしとこって。それにこのかのいる前でアイツの事説明するのはアレじゃない?」
「むぅ……確かにそうかもですが…」
そんなやり取りがされてるとは知らずにどんどん話はヒートアップしていく。
「このか!あんた明日菜のルームメイトなら何か知ってるんじゃない!?」
「んー…確かに明日菜と風間くんが一緒にいるのは最近よぉ見るけど、付き合ってるとかは聞いてへんなぁ」
「んもう!なら朝倉!あんたは何か知ってない!?」
「っていってもなー…おおまかなプロフィールは知ってるけど恋人の有無まではまだ調べてないなー」
「「「おおまかなプロフィールは知ってるんだ!?」」」
「最近色々と話題になってるしねー彼」
そう言って朝倉と呼ばれた少女は胸元からメモ帳を取り出す。
「風間英一。男子中等部2-A所属。特定の部活には所属していなかったが、今年に入ってさんぽ部に入部。その後図書館探検部にも入部。入学時の学力・運動能力共に平均の域であったが前回の試験においては男子中等部内においてトップクラスの成績を残す。尚、放課後の動きについては神出鬼没とされている…っと。まあ、こんなもんか」
「こわっ!?訊いといてなんだけどあんたの情報網どうなってんの!?」
「このぐらいはその気になれば簡単に調べられるって。まあ?彼のプロフィールに関してはもっと詳しい人がいるんだけどねー?」
「…………」
にまにまとした笑みを浮かべ、何故かこの話題に関わろうとしなかったクラスメイトを見る朝倉。
視線を向けられたクラスメイトは普段の明るい表情からは想像もつかないつまらなそうな表情を浮かべている。
「そんなことはどうでもいいですわ!!」
バンッ!!と勢いよく教卓に手を叩きつけるあやか。
「問題なのは何処の馬の骨かも分からない男性とあのお猿さんが交際しているかもしれないということです!」
「いや小学生でもないんだし、恋愛ぐらい好きにさせてあげなって」
「それにおかしいと思いませんか!あれほどオジコン趣味である明日菜さんが同年代と交際しているなんて!」
「それ普通」
あやかは考える。
もしかすると、その風間英一という男に何か弱味を握られているのではないだろうかと。
何より、もし清い交際であってもクラスメイトに。
腐れ縁とはいえ、幼馴染みである自分に一言も告げないのはどういうことだと。
「この問題は放っておくとクラスの士気に関わります!」
「せやろか」
「なので、この私が!2-Aの委員長として責任を持って二人の関係を確かめます!」
「「「おおーーー!!」」」
もう嫌だこのクラス。
誰かがぼそりと出した声は、誰に届くことなく消えていった。
◆◆◆
風間英一14歳、誘拐されました。
誠に遺憾ながらメディア等に取り上げられそうにないが。
放課後。
いつものように動こうと校舎を出た俺を待ち構えていたのは髭の素敵な執事の爺さんだった。
『お待ちしておりました風間様。お嬢様がお待ちです。さあ、どうぞお乗りに』
あんた誰。
俺がそう言う前に、突然現れたメイド2体に両腕を抱えられ、そのまま黒のリムジンに強制的に乗車させられた。
お嬢様という言葉に「もしかして近衛さんが!」と少しでも期待して抵抗しなかった俺がいけなかった。
謎の執事とメイド軍団に囲まれたまま車に揺られること数十分。
待っていたのは当然ながら近衛さんではなかった。
「さあ、どうぞお座りになってください」
そう俺に言うと、目の前のパツキンのチャンネーが優雅にティーカップを口につけた。
パツキンのチャンネーというとヤンキーを想像してしまうが、目の前のパツキンはチャンネーは優雅という言葉をそのまま擬人化したような見るからにお嬢様だった。
しかも美人。
顔面偏差値まで上流階級とは恐れ入る。
だが、以前の俺ならともかく今の俺には何も響いてこなかった。
「悪い。お嬢様とお茶するなら黒髪のお嬢様と決めてるんだ俺」
「はい?」
「いえなんでもないです」
背後で控えていた爺さんから物凄いプレッシャーを感じた俺は言う通りに座る。
多分アレ覇気。
「え、えーと、何処かでお会いしたことありましたっけ?」
背後の爺さんを刺激しないよう言葉を慎重に選ぶ。
「いえ、お会いするのは初めてです。申し遅れましたが、私中等部2-Aの雪広あやかと申します」
「あっ、ドーモ。ユキヒロ=サン。カザマです」
「ええ、存じあげております」
スルーされた。
まあ、根っからのお嬢様相手にネタが伝わったらそれはそれでびっくりするが。
と、何故か爺さんが顔を寄せて耳打ち。
「予め言っておきますが、お嬢様はニンジャではありません」
あんたがわかるんかい!!
「ん、2-A?ってことは近ーーんんっ。明日菜のクラスメイトってことか」
「ええ、そういうことになります」
危ねえ危ねえ。
危うく近衛さんの名前を出すところだった。
これでもし「あら?近衛さんとお知り合いですの?」「いえ、一方的に知っているだけです」みたいな会話になったらあらぬ誤解を受けかねないからな。
「で?その雪広さんが俺に何の用?」
「率直に訊かせていただきます。風間さん、最近随分彼女と懇意にしているようですが、彼女のことどう思っているのですか」
どきりとした。
が、それを表に出さず何とか冷静を装う。
コイツ、まさか俺の気持ちを知っている……?
ありえない話ではない。
明日菜のことは信頼しているし、むやみやたら誰かに話を広めたりしないだろう。
けれど、最近知り合った他の2-Aの奴らの中に面白半分で話を広める奴に何人か心当たりがある。
相談できる相手は多い方がいいと思ったのが仇となったか。
ぶっちゃけ近衛さん本人にバレなければ誰にバレても構わないのだが、人の本気の恋を面白半分に扱われるのは少々気にくわない。
「それを話す必要が?」
「ありませんとも。けれど、それを承知の上で私は知りたいのです。クラスメイトとして。そして何より、彼女の幼馴染みとして」
きっと雪広と近衛さんはお嬢様同士昔から交友があったのだろう。
雪広が一方的に好意を抱いているだけの男にわざわざ会いにくることから、今でも仲がいいことがわかる。
幼馴染み、か。
その言葉を聞くと、告白の一件以来顔を合わせていない幼馴染みの顔が思い浮かんだ。
フラれて疎遠になってしまってはいるが、俺にとって幼馴染みはかけがえのない大事な存在だ。
もしそんな幼馴染みに好意を抱いている男がいると知ったら俺はどうするだろうか。
幼馴染みという関係だけで、俺があれこれする資格なんてない。
きっと何もしないのが正しいのだろう。
それでも、俺はきっと雪広と同じ選択をすると思う。
俺自身が気になるというのも勿論ある。
だが何より、彼女が悲しむ顔は見たくない。
幼馴染みとして願えるなら、彼女には笑っていてほしいから。
きっと雪広も同じ考えなんじゃないだろうか。
そう考えた瞬間、自然と俺は口を開いていた。
「……好きだ。真剣にお付き合い出来ればと考えてる」
「その言葉に嘘偽りはありませんか?」
「ない」
ジッと俺の目を見つめる雪広。
流石の俺もこんな至近距離でジッと見つめられると思わず目を逸らしたくなるが、それは駄目だと思った。
見つめ合うこと数秒、先に目を逸らしたのは雪広だった。
「……貴方の気持ち、確かにわかりました」
「もういいのか?」
「ええ。これでも人を見る目はあるつもりですの。これほどまでに真剣な目をした貴方なら任せられると判断しました」
どうやら幼馴染みから合格判定を頂けたらしい。
俺の近衛さんへの気持ちが本気だということを誰かに、それも幼馴染みに認めてもらえたというのは素直に嬉しい。
「無礼を働いたお詫びとして、私二人の仲を応援させて頂きますわ。何か手伝えることがありましたら何でも仰ってください」
「い、いいのか?」
「勿論ですわ。正直おバカでガサツなあの子には勿体無いくらいの方だと思います」
「えっ、あっ、どうも」
「ふぅ……でも、あのお猿さんをここまで慕う方が現れるなんて……」
何故かセンチメンタルになる雪広。
近衛さんがバカでガサツ。
しかも猿と呼ばれるのはどうも納得できないが、幼馴染みにしか見えない部分もあるのだろう。
最初は戸惑ったけれど、今日俺は恋のキューピッドに出会えたのかもしれない。
それに近衛さんが明日菜だけでなく雪広と、友達に恵まれていると知れてなによりだ。
「…………」
だからだろうか。
無性に幼馴染みの顔が見たくなった。
…………ちなみに帰りはちゃんと送ってもらえるんでしょうか。
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07「出席番号19番 超鈴音の場合」
続きを期待していてくれた方がいたら、大変お待たせいたしましたと一言粗品とともに送りたいです。
師弟関係。
そんな関係は愛に生きる俺にとって縁の無いものだと思っていた。
「くっ!」
けれどある日、俺は自身の無力さに気付いた。
何が近衛さんに相応しい男になるだ。
必要最低限の力すら持たない俺が何をほざいていたのか。
なんて惨めで。
なんて情けないことだろう。
救いがあるとすれば、その事実に気付けたことだろう。
体力や知力などは一人でもどうとでも身に付けられる。
けれど、ことこの分野に関しては一人では無理だと考えた。
そこで必要になったのは優秀な師の存在。
そう判断してからの俺の行動は実に迅速であった。
日頃の活動のおかげで、麻帆良については人一倍詳しい自信がある。
師の存在に心当たりのあった俺はその人物の元を訪ねた。
そしてあの諸葛亮すらも八度目には頷いてくれたらいいなという我ながら見事な頼み方で、相手も俺の頼みを受け入れてくれた。
そう、俺は仰ぐべき師を得たのだ。
その日から俺の特訓の日々が始まった。
その世界に足を踏み入れたからこそわかる。
自分がどれほど矮小な存在であったことを。
目指すべき師の背中がどれほど遠くにあるかを。
「う、うおおおおおおおっ!!」
けれど、立ち止まるわけにはいかない。
思い出せ。
自分は何のためにここにいる。
脳裏に彼女の顔が思い浮かべる。
それだけで挫けかけた俺の心が光を取り戻す。
さあ、腕を振るえーー!
「燃えろおおおおおおおっ!!」
ーーもう少し静かにお願いしますね?
「あっ、はい」
師匠に注意されたぁ…まじぃつらぃょぉ……。
と、まあ、ふざけるのは程々にしておいて真面目に取り掛かる。
俺のモチベーションは上がるが確かに馬鹿みたいに騒がしい奴が隣にいたらいい迷惑だろう。
師匠に迷惑をかけるわけにはいかないので、ここは大人しく従っておく。
弟子として師匠の言うことは絶体なのだ。
そう、俺の師匠ーー四葉五月の言うことは。
「三番テーブル注文ネー!」
「はいはーい!」
ーー作ってみますか?
「ウッス!」
麻帆良学園の名物の一つとして誰もが知る中華屋台 超包子。
学園に住む人々から絶大の人気を誇り、特に学園祭期間においては遊園地顔負けの賑わいを見せる。
その人気店の厨房を任されている人物こそ我が師匠、四葉五月なのだ。
ちなみに俺と同じ中学生。すごい。
周囲からは「さっちゃん」という愛称で親しまれている。
その知名度から、当然俺も以前から師匠のことは知っており、超包子に訪れたことも少なくない。
師と仰ぐべき人はこの人しかいない。
誰に師事するか考えたときに迷わずそう考えた。
ーーはい。これなら問題ないですね。
「あざまーす!」
「オオ、エーイチは飲み込みが早いアルネ」
料理上手な男はモテる。
逆に捉えれば料理の出来ない男はモテない。
明日菜から近衛さんはかなり料理が得意と聞いている。
それならきっと料理が得意な男性というのはポイントが高いはずだ。
それに仲良くなれれば料理の話題で盛り上がることもあるだろうし、なんだったら一緒に料理をするという夢のような展開が待っているやもしれん。
「バイト君。そろそろ休憩ネ」
「はいよオーナー」
注文の品を仕上げ一息つくと店の奥から三つ編みのお団子ヘアーとほっぺの丸印が特徴の中華娘その一が現れた。
俺と同じ中学生でありながら、天才的な頭脳と手腕でこの店を経営している。
呼び方だが互いにきちんと自己紹介はしたが、なんとなくこの呼び方に落ち着いた。
ちなみに中華娘その二は外でウエイトレスをしている褐色イエローの古菲。
属性が被っている二人のように思えるが、片や麻帆良の最強頭脳と呼ばれ、片や麻帆良武道大会ウルティマホラにおける絶対王者。
被っている属性なんてものともしない凄まじい肩書きを持つ二人だ。
この超包子。すごいのはこの二人だけでなく、師匠に加えて謎のマッドサイエンティストにロボット娘まで働いている。
これだけでちょっとしたギャルゲーでも作れそうな面子だ。
最初に紹介された時はどこの人外魔境だとも思ったが全員あの2-Aの所属と聞いて納得した。
明日菜?
あいつもなんかあれじゃん。
近衛さんも天使や女神という意味で人外だし。
俺は料理を教わりたい。超包子は来る学園祭に向けて人員を補強したいという利害の一致での雇用。
学園祭までに果たして戦力になるのかとも思ったが、俺にとったら渡りに船である以上このチャンスに飛び込むしかなかった。
一旦エプロン等を外し、屋台の外に出て、そのまま空いている席に座り注文をする。
師匠の腕に追い付くためには、ただ教わるだけでなく、こうして実際に食べて味を盗むしかない。
勿論腹が減っているのもあるが。
今日の料理もさぞ絶品なんだろうなと考えていると、突然何の断りもなく何者かが正面の席に座った。
「…………」
「え、えっと?」
噂をすればなんとやら。
座ってきたのは明日菜だった。
しかも俺の勘違いでなければ何故か相当お怒りな様子。
「あー…明日菜、さん?急にどした。何か用でも?」
「……アンタ、私に謝ることない?」
……なんだろうか。
まるで心当たりがない。
あるとしてもせいぜいクラスの奴に『なあ…神楽坂さんっていいよな。よかったら紹介してくれよ』
『アイツはオジコン趣味で下の毛も生え揃ってないガキには興味ないから諦めろ。まあ生えてないのはアイツなんだけどなHAHA!』
なんて話をしたぐらいだ。
……殺されてもおかしくないかもしれない。
「心当たりないって顔してるわね?」
「あ、う、うん?ソウダネ、心当タリナンテナイネ?」
「なに?ここで働くと喋り方までそれっぽくなるの?」
明日菜が馬鹿でよかった。
で?と俺が視線で会話の続きをと促すと、明日菜は「はぁー…」と一息ついて一旦気持ちを落ち着かせる。
そしてゆっくりと口を開いた。
「……アンタと私が付き合ってる噂が流れてんのよ」
「えっ、そんなこと?」
身構えたわりには少し拍子抜けだ。
俺と明日菜は何かと二人きりで会う機会が多い。
自分で言うのもなんだが、俺にとって明日菜は男女という仲を考慮してもかなり気心知れた仲である。
それこそ端から見たら付き合ってるように見えるかもしれない。
それをただでさえ男子校・女子校と異性との接点が少ないクラスの奴らに見られたら付き合ってる噂が流れても不思議じゃない。
誰かに言及されたとしても否定すればいいだけの話だし、何をそんな怒る必要があるのだろうか。
「そんなこと?」
「お、おう」
「ならアンタに好きな人から『そうか、明日菜君もそういう相手が出来る年頃か。……うん、どこか寂しく思うところもあるけど、それでも嬉しいよ。おめでとう明日菜君』って言われた気持ちがわかる!?!?」
「うわぁ……」
言われたんだな高畑先生に。
それはキツい。
なんせ遠回しにフラれたようなもんだ。
まあ、寂しいと思ってくれたあたり全くの脈なしではないのではないだろうか。
「他人事じゃないわよ」
「え゛っ?」
「噂が流れた日、『風間君と付きあっとるってほんま?それならそうと言うてくれればええのに』ってしっかりこのかも噂を信じていたわよ」
「うわあああああああっ!?!?」
「……わかってたけど、その反応はそれはそれでムカつくわね」
なんてことだ……!
なんてことなんだ……!!
少し考えれば分かることだった。
明日菜と付き合ってる噂が流れたらクラスメイトであることに加えてルームメイトである近衛さんの耳にも入るに決まっている。
例え明日菜が俺との交際を否定しても、近衛さんの中で俺が明日菜に好意を抱いているという誤解が生まれるかもしれん。
そうなると俺自身が近衛さんの誤解を解くのが一番なのだが、それはつまり近衛さんとの会話を試みないといけないわけでああああああああっ!!
「落ち着け!」
「もぐっ!?」
テーブルにあった肉まんを口に突っ込まれた。美味い。
「いい?とりあえず英一も周りにちゃんと私達の関係を否定しなさい。特に!特に高畑先生には早急に!」
「お、おう」
高畑先生とは接点がないのだが、同じ学園の生徒と教師だ。
会いに行っても扱われることはないだろう。
突然会いに来た生徒が教え子である生徒との交際を否定するとか高畑先生にとっては戸惑いしかないだろが。
「私もこのかには誤解を解くよう言っておくけど、やっぱり英一本人がはっきりと否定した方がいいと思うの」
「でもそれじゃ」
「でもじゃない。アンタったらいつまでたってもこのかと仲良くなるどころか話しかけることすらしないんだもん。なのに何で周囲の外堀は順調に埋めてんのよ」
「俺だって出来るなら一気に本陣に攻め込みた」
「黙らっしゃい。応援してる私もいい加減痺れを切らしたわ」
先程から俺の言葉をバッサリと切り捨てる明日菜。
全くもってその通りのため反論出来ないのだが、お前だって似たようなもんだろ。
せめてもの抵抗にそう言い返そうとするが、それより先に明日菜が思いもよらぬ一言を放った。
「だからもうアンタを紹介することにしたわ」
「………………えっ?」
紹介?
俺を?
誰に?
「このかに決まってるでしょ。そろそろ来るはずだからこの機会に連絡先ぐらい交換しなさいよ」
「明日菜ー?」
「ほら、噂をすれば」
「えっ、えっ、ちょっまっ」
すると、前方からこちらに近付いてくる人物が。
その人物を俺が見間違えるわけがない。
近衛さんだ。
一気に頭の中が真っ白になる。
ちくしょう、明日菜め。
余計な事を……いや。明日菜は悪くない。
明日菜だって俺のためによかれと思ってやってくれたのだ。
明日菜の言う通り、このままではいつまでたっても俺の中で決心がつかなかっただろう。
ならば、今日今ここでこそ一歩を踏み出すべきだ。
話したい事。
伝えたい事。
訊きたい事。
やりたい事までたくさんある。
それでも最初はしっかりと俺を知ってもらいたい。
さあ、いけ。
いって男を見せろ俺ーー!
「あっ、風間…くんやよね?ウチの事わかる?今まで何度か会ったことあるんやけど……」
「………」
「(英一!口をパクパクさせてないで何か言いなさい!)」
「し、ししししししし」
「「し?」」
「仕事に戻りまあああああすっ!!」
「あっ」
「ちょっぉ!?」
おわった。
◆◆◆
「フム」
超鈴音は超包子の屋台の裏で一人落ち込む少年の姿を黙って見ていた。
「……貝になりたい」
「貝?貝は美味しいから好きアルヨ?」
「生きててごめんなさい……」
風間英一。
この時代の歴史に加え、未来の知識を有する超にとっても風間英一という男は得体の知れないイレギュラーな存在であった。
超の記憶・知識の中に風間英一という名は存在しない。
だからこそ今まで無関係な一般人と判断し、特に関わりを持つことはなかった。
それがどうだ。
超の知る歴史において重要な役割を担う神楽坂明日菜を始めとし、桜咲刹那や長瀬楓、古菲といった実力者と差はあれど関係を築いている。
果てにはあのエヴァンジェリンとも接触があったとのこと。
何人か例外はいるが、風間英一はこの一年で急激に2-Aの者との関係を築いている。
偶然?
こんな狙ったかのような偶然があるものだろうか。
まだ例の少年が学園に訪れていない以上、確定は出来ないが、この様子では彼とも接触を図るに違いない。
そうなると余計に風間英一という名が自身の知る歴史に登場していないのがおかしい。
考えられる理由としては、自身が過去に跳んだ事による歴史のズレ。
あるいは彼自身も同様に異なる軸から……そこまでで一旦超は考えを止めた。
これ以上は確証がない以上推測の域を出ないからだ。
それに、超が英一を警戒している一番の理由はそこではないからだ。
世界樹の異常発光。
超の計画の要である世界樹。
その観測を一日たりとて怠ったことはない。
だからこそ気付けた。
学園祭期間中でもないのに、何の予兆もなく突然発光した世界樹。
一瞬の反応ではあったが、学園祭期間中を上回る魔力の高まりをも見せた。
恐らく学園の人間も世界樹の異常に何人かは気付いただろう。
だが、何もわかっておるまい。
風間英一こそ、その原因であり、高まった魔力の中心にいた人物であることに。
「ちょっといいかネ、バイト君?」
「……なんすかオーナー。クビっすか。どうせなら物理的に切ってください」
「……何があったらそんなネガティブになれるヨ」
超は何も風間英一を排除すべきとまでは現段階では考えていない。
極端な話、彼が何者であろうと何をしようと自身の計画の邪魔にならなければいいのだ。
そのため風間英一について徹底的に調べたが、意味はなかった。
だからこそ、彼が自身の店で働きたいと申し出た事は願ってもいないことだった。
なにせ自身の情報網を持ってしても彼の正体については何も分からなかった。
正確には、素性などある程度は分かったのだが、それは超から見てあまりに不自然なほどに普通すぎるものだった。
「バイト君」
「はい?」
「世界に大きな危機が訪れた時、君は何を思い、何をする?」
「…………はい?」
唐突な超の問い掛けに英一は呆気に取られた表情を浮かべる。
当然だろう。
超だって何の脈絡もなく唐突にこんな訳の分からない質問をされたら同じ反応をする。
だが、それでも英一が敵か味方か分からず、自身の計画を話すわけにはいかない以上、そういった曖昧な聞き方しか出来なかった。
「えー……っと。心理テストかなんかっすか?」
「まあ、そんなとこネ」
そう言うと律儀なことに「うーん」と首を捻りながら真剣に悩みだした。
その姿からはとても彼が何か企てているようには見えず、見かけ通りの普通の少年に見えた。
だが、この質問の答え次第である程度英一の本性を探ることが出来る。
敵か味方か。
善か悪か。
「何もしないっすかね」
だからこそ、この返答は超にとってあまりに想定外であった。
「…………いやいやいや。もっとこう男らしく危機に立ち向かう~とか何としてでも自分は生き残る~とか何らかしらあるはず」
「ただの中坊に何を求めてるんすか」
ただの中坊じゃないと思ったから訊いたんだという言葉をなんとか飲み込む。
しかし、そうなると本人の言う通り風間英一は本当にただの一般人なのか?
自分の考え過ぎで今迄の出来事は全て偶然?
いや、しかしそうなると説明がつかないものがある。
「まあ、もし許されるなら」
「ん?」
「危機だろうと何だろうと好きな人の側にいたいっすかね」
「…………」
「ただ俺はその好きな人から無視した上に逃げてきてしまったわけで……うん、これは絶対嫌われた。これで嫌われなかったらどんな女神だよ。いや女神だったか。その女神から逃げた俺は背信者だなこれは許されない死のう」
思考の渦に呑まれかけた超だが、その一言で我に返った。
そして、再び目から光を消した英一を見て感情が抑えきれなくなった。
「は、はは。はははははっ!なにかねそれは!うん、面白い。面白いヨバイト君!」
あれこれ色々考えた自分が馬鹿らしくなった。
結局、風間英一が何者かは分からないままだ。
それでも分かったことがある。
この男は、ただただ真っ直ぐで馬鹿なのだ。
いずれ目の前の男は計画の障害になるかもしれない。
だが、構わない。
何故なら、超は気に入ってしまったのだ。
風間英一を。
世界の危機であろうと迷わず自分の意思を優先させると言った男を。
「うん、その答えは実に私好みヨ。褒美に時給アップヨ」
「でもどうせ死ぬなら告白してから死ぬ………って、え?時給アップ?」
超はそう一言残して屋台の中に戻っていく。
残された英一はただ呆けることしかできなかった。
「……結局なんの話だったんだ?」
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08「出席番号05 和泉亜子の場合」
「はあー…」
日も落ちかけ、部活動に精を出していた学生らも帰り始めた頃、和泉亜子は人知れず溜め息を漏らしていた。
「こんな調子じゃいつまで経っても駄目なんやろうなー…」
亜子には悩みがある。
それは実に思春期らしい悩みで、自身がマネージャーを務めているサッカー部の先輩に想いを寄せているというものだ。
他人から見たらそれは実に微笑ましい悩みであるが、当人にとっては一大事である。
どちらかというとやや弱気な性格な自分にとって、恋愛とは何事よりも臆病になってしまうもの。
ウチより可愛い子なんてたくさんおる。
こんなウチじゃあ先輩には相応しくない。
そんな気持ちが亜子を余計に臆病にさせていた。
そして何より自身の最大のコンプレックスである背中の傷が亜子の気持ちにストップをかけていた。
「「はあー……」」
ゆっくりとした足取りで歩く亜子。
いくら悩んでも悩みは解決しない。
それどころかどんどん深みに溺れていく気がしてならない。
野郎ばかりのサッカー部ということもあり、女子のマネージャーということでちやほやされることはあるが、恋愛対象として見られているかは別だ。
恐らく相手は亜子の好意に全く気付いていないだろう。
まあ、気付くも何もまだ何もアクションを起こしていない亜子の好意に気付けたらお前何処のニュー○イプとなるが。
これが仲の良い佐々木まき絵や明石裕奈なら自分の気持ちに素直に正直に伝えるんだろうなと思う。
というか自分のクラスメイトはその辺ハッキリと伝えるタイプの方が多い気がする。
やはり年頃の女の子としては告白するよりはされたいのだが、それは高望みだろうか。
やはり自分が積極的になるしかないのか。
「「はあー…」」
三度目の溜め息。
結局それが一番か。
ほぼ無理矢理自分を納得させようとした時、気付いた。
先程から同じタイミングで溜め息を吐いている人物がいることに。
足を止める。
どうやら向こうも気づいたようだ。
しかも互いに余程考えに夢中だったのか、ほぼ隣合う形となっていた。
「「……んん?」」
身長が高く年上かと思ったが、男子中等部の制服を着ており、ワッペンの色から同年代だとわかる。
というより、目の前の少年、何処かで見覚えがある。
相手もそうなのか亜子の顔を見て首を傾げている。
見つめ合うこと数秒、先に気付いたのは亜子だった。
「……カザマくん?」
「あー…うん。えっと、そっちは……」
「和泉や。和泉亜子。ほら、前に喫茶店に4人でー」
「あー!そうだそうだ。ごめん、見覚えはあったんだけど名前が出てこなくて」
「しゃあないよ。あん時は一言二言話しただけやったし」
風間英一。
以前に会ったときは簡単な自己紹介のみであった上に、その一度の出会いから既に半年以上経っている。
しかも目の前の男、以前に会ったときよりだいぶ身長が伸びている。
それに顔付きやヘアスタイル、雰囲気まで以前とは異なっている。
正直何があったと訊きたいレベルの変化である。
何処かのツインテオッドアイの美術部員は認めたがらないだろうが、英一に関して深く知らない亜子にとっては素直に格好いいと思えた。
「和泉は部活帰り?」
「あっ、うん。そっちも?」
「……まあ、うん」
なんだか煮えたぎらない反応だった。
もしかすると先程の溜め息と何か関連があるのかと思ったが、大して親しくもない自分が踏み込むのは失礼だろう。
が、相手はそこまで考えなかったようで、ごく当たり前のように亜子に尋ねてきた。
「さっき何度も溜め息吐いてたけど、なんか悩み?」
「悩みというか……」
「もしかして恋の悩み?」
「っ!」
「えっ、あっ、マジか」
まさかの的中に思わず固まってしまう。
英一も冗談半分に言ったのがまさか当たるとは思えず、またしても二人の間になんとも言えない気まずい空気が流れる。
その空気を生み出した責任からか、この空気を打ち破ったのは英一だった。
「いやー奇遇だわ!俺も今恋の悩みを抱えていてね!まいっちゃうわHAHA!」
「風間くんも?」
「これがもう絶望的で笑っちゃうしかないというか自分の駄目さに死にたくなるというかさあ!……ああ、うん。我ながらアレはないわ。死ぬか」
「いやいやいや!?テンションの落差激しすぎるわ!?というか何があればそこまでなるん!?」
高らかに笑い声を挙げたかと思えば次の瞬間にはその場に崩れ落ち、目のハイライトをオフにする英一。
この様子だと話を合わせたというわけでなく、本当に相手も同じ恋の悩みを抱えているのだとわかった。
だからだろうか。
彼ともっと話をしたいと思ったのは。
「なあ、よかったら少し話さん?」
気付けばそんな事を口に出していた。
◆◆◆
「ーーったく。本当に罪な女だよなあ近衛さんは」
「同意求めんといて」
およそ一時間後。
亜子と英一は閑散とした喫茶店にいた。
男子を自分から誘うなんて、こうして話している状態でも未だ信じられない。
その積極性を先輩相手にも発揮出来れば話は簡単だろうに。
まあ、それが出来ないからこうして悩んでいるのだが。
幸いなことに相手も二つ返事で承諾してくれて、ならばとこの喫茶店まで案内された。
そこである程度互いの悩みについて話したが、まさか英一の好きな相手がクラスメイトであるこのかとは。
世界は広いようで狭いことを実感せざるを得ない。
「しっかし無責任なこと言うかもしれないけど、和泉は問題なくね?」
「え?」
「だって普通に可愛いじゃん。そんな子から好意を寄せられてる上に告白なんてされたら大抵の男子はOKすると思うけど」
まあ、その先輩の好みがどうかはしらんけど。
そう言ってカップのコーヒーを飲む英一
……真顔でさらりとなんてことを言うのだろうかこの男は。
口説いてる?
口説いてるのか?
唐突な思いもよらない言葉に顔が熱くなる。
「せ、せやろか?」
「ああ。もし和泉が黒髪ロングでもうちょいイントネーションが京都寄りだったら俺もやばかった」
「それもうこのか」
どんだけこのかが好きなんだこの男。
これまでの会話からもこのかへの好意を隠すことなく、むしろ全面的にさらけ出している。
そんな英一が亜子にとってはたまらなく眩しく見えた。
「……ウチも風間くんみたいになれたらなあ」
不意にそんな言葉が出てしまった。
呟くように発せられた言葉だが、その言葉はしっかり英一まで届いていた。
「やめとけって。俺なんて好きな人を目の前にして逃げ出した男だぞ」
「風間くんが?」
「情けないことになあー…。結局どんだけ自分を磨いても、気持ちと向かい合わないと駄目なんだよなあー…」
「気持ちと向かい合う……」
そう言って再び負のオーラに呑まれた英一。
そんな英一に亜子は訊かずにはいられなかった。
「やっぱり部活で直接謝るしかないのか。なら日本男児らしく土下座か?いやでも自己紹介から逃げ出した男に突然謝られても迷惑じゃーー」
「諦めようとは、思わんの?」
「…………はい?」
亜子の問い掛けに目をパチクリとさせる英一。
その考えはまるでなかったという顔だ。
「諦めたらそこで試合終り「茶化さんといて」……せめて最後まで言わせてくれよ」
茶化してるわけじゃないんだけど、と困ったように頭を掻く英一。
ふぅ、と一息。
そして真剣な顔で言った。
「諦められるもんなら諦めてる。でも何度考えても、何時になっても諦められそうにないから」
「な、なんで?」
「好きだから」
英一はそうはっきりと言い切った。
「近衛さんに嫌われない限り俺は諦めない。例え近衛さんに彼氏や結婚相手が出来ても俺は諦めーーいや、流石に結婚相手が出来たら諦めるか?いやいやそれまでに近衛さんのハートを射抜けば」
「…………ふふっ」
悩みが解決した訳ではない。
先輩に気持ちを伝える事を考えると、やはりまだ躊躇ってしまうだろう。
それでも
それでも
決して諦めない彼の姿を見て、頑張ろうと思った。
「……うん。ウチも無責任なこと言わせてもらうけど、風間くんなら大丈夫やと思うわ」
「そう、恋はいつでもハリケーんん?なにが?」
「なーんも」
きょとんとしている英一が可笑しくて仕方がなかった。
「青いわー…真っ青だわー……。客観的に見ると私もこうなのかしら」
「明日菜!?」
「おーす」
いつの間にか亜子達の座るテーブルの横にこれまた部活帰りであろう神楽坂明日菜が、なんだか少し呆れた様子で立っていた。
「よっ。悪いな盟主。急に呼んで」
「別に構わないけど……てか盟主って何よ?」
「そりゃあ片想い同盟に決まってんじゃん。そんで、ほら。新たな加盟希望者」
「不名誉過ぎる」
「ちょちょちょっ、ちょっと待って。えっ、なんで明日菜がここに?てかエーイチって明日菜の彼氏の?でも風間くんはこのかが好きで、えっ!?」
「「違うっ!!」」
二人して同時に否定する。
先程の英一の熱意からこのかへの想いは本物だとわかっているが、一時期あれほどクラス内で騒がれたエーイチという名に混乱してしまう亜子であった。
「ーーなわけで私と英一の間に恋愛感情は一切ないから」
「はあー…なるほどなあ」
その勢いのまま二人の関係について説明された。
常日頃からあれほど高畑先生に恋い焦がれている明日菜が同年代の男子に恋をするなどおかしいと思ったのだ。
その亜子に勘違いされた英一だが、何やら腕を組んで黙りこんでいる。
「…………」
「……なに?どうしたのよ急に黙り混んで」
「いや。明日菜の言う通り恋愛の対象としては見れないけど性欲の対象としてはどうかなって考えてた」
「……サイテー」
「……ウチもそれはどうかと思うわ」
「脳内会議の結果、満場一致で無理だった」
「コロス」
「明日菜、顔ヤバい」
「……仲ええなあ」
腕を振り上げる明日菜を必死に止める英一。
この場にもし亜子がいなかったらカップルがイチャついてるようにしか見えないのではないだろうか。
これで互いにそれぞれ想い人がいるというのだから世の中見た目だけではわからないものだと思う。
「ま、まあ三人集まればなんとやら。せっかくだし目標でも決めるか」
「アンタヲコロス」
「片想いの!片想いの目標だから!」
「……目標?」
RPGのキャラの如く同じ言葉しか繰り返さなくなった明日菜をスルーして、亜子は英一に聞き返す。
「そーそー。俺らみたいなタイプは目標でも決めとかないと何時まで経っても進展しないだろ?」
「それは確かにそうやけど……」
「そうだな……うん、学園祭だ。今年の学園祭で明日菜と和泉は相手に告白しよう」
「こ、告白っ!?」
「告白するならイベント時期に。これ恋愛の鉄則なり」
妙案と言わんばかりに満足気に一人でどんどん話を進めていく英一。
「……待ちなさい。私と亜子ちゃんは、って英一はどうすんのよ」
「……俺はあれだよ。学園祭で自己紹介する」
「目標低っ!?」
「そこはアンタも告白でしょーが!!」
「ふざけんな!こちらとまだ相手に自己紹介すらしてない言うなら恋愛の舞台にすら立っていない状態なんだぞ!?しかもこないだのファーストコンタクトでは顔を見て逃げ出しちまったし!ふざけんなよ俺!」
「あー…なんかごめん」
「そこは自分にキレるんやな……」
もはや情緒不安定じゃないかと疑わしい英一は明らかに勢いに任せてそのまま言葉を続ける。
「いいぜ、こうなったら学園祭で告白してやろーじゃねーか!二人がしないと言っても俺はやるね!」
「あー…英一。私も悪かったから落ち着きなさい」
「そうと決まれば早速行動に移さねーと。まずは計画を一から練り直して……くそっ、時間が惜しい!」
「あっ、ちょっ、英一!」
明日菜の言葉を振り切るよう勢いよく立ち上がり、そのまま店から出ていく英一。
暴走しているようにしか見えなかったが、机の上に三人分の料金を置いている辺り、ある程度の理性は残っているらしい。
というかいつ置いた。
「……えーと、いつもあーなん?」
「……そうなのよ。人を呼んでおいてこれなのよ」
怒濤の展開に置いていかれていると、いつの間にか二人きりになっていた。
クラスメイトであり元々顔見知りの間柄だからよかったものを、これが初対面の相手同士ならたまったものではないだろう。
「まあ、ウジウジしているよりはよっぽど英一らしいんだけどね」
はあ、と面倒くさそうに溜め息を吐く明日菜であったが、亜子にはそれがどことなく嬉しそうに見える。
窓の外に目を向ける。
日は落ち、既に辺りは夜の静けさが訪れている。
確証はない。
それでも、何かが変わる。
そんな予感がした。
後日
「てか和泉。俺の事は英一でいいよ」
「えっ、あっ、でも」
「……友達は全員そう呼ぶからなんてありきたりな事言わないでよね?」
「いや、和泉から風間君と呼ばれるとイントネーションが近衛さんと似てるせいで心臓に悪い」
「ほんとブレないわねアンタ」
「じゃ、じゃあエーちゃんで」
「おう、改めてよろしくなアッコちゃん!」
「その呼び方は色々とアカンっ!」
寂れた喫茶店にまた一人常連が増えたとか。
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09「出席番号4番 綾瀬夕映の場合」
綾瀬夕映にとって、世界とは限られた人物達によって構成された狭きものであった。
入学当時、尊敬していた祖父を亡くした夕映には、世界の全てが下らないもので出来ているように感じた。
そんな夕映を変えてくれたのが、クラスメイトであり、中でも親友である宮崎のどかや早乙女ハルナ。近衛木乃香といった存在であった。
それからは、ただただ幸せな日々だった。
こんな日々がずっと続けばいい。
口には出さないが何度そう思ったことか。
が、そんな日々を壊さんとする者が突如現れた。
風間英一。
突然現れ、自分達の世界に土足でずけずけと踏み込んできた男。
はっきり言ってしまえば、夕映は彼の事が嫌いであった。
◆◆◆
「協力してくれ」
放課後。
図書館探検部の活動開始と共に俺はそう言い放った。
俺の話を聞くのは三人。
ブスッとした表情で得体の知れないジュースを飲んでいるでこっぱち少女、綾瀬夕映こと夕映っち。
いつも目元を前髪で隠している引っ込み思案な少女、宮崎のどかこと本屋ちゃん。
触覚少女の早乙女ハルナ。
「なんだか今とっても失礼なこと思わなかった?」
「気のせいだよジョージ」
「誰!?」
普段はここに近衛さんを加えた四人で活動を行っているそうだ。
近衛さんが占い研等で活動に参加しない時に友好を深めた結果、図書館探検部内における俺の頼もしい協力者となってくれた。
「私は協力するのはやぶさかじやまないけど……」
二人は?と、ジョージが先程から黙っている二人に目を向ける。
黙っているといっても本屋ちゃんは単純に恥ずかしくて。
夕映っちは……わからん。
どうも初対面の時から会話が弾まないんだよな。
「わ、わた、私は「そうか協力してくれるか本屋ちゃん!いやー助かるよ!本当ありがとうな!!」は、ハイ……」
「酷い押し売りを見たわ」
無事に本屋ちゃんの協力も得れた。
外野が何か言ってるが気にしない。
「のどか、嫌なら嫌と言っていいのですよ」
「い、嫌ってわけじゃー…。か、風間くんには色々と助けられてるし……」
本屋ちゃんは極度の恥ずかしがり屋で人見知りである。
特に異性への耐性が限りなく0に近い。
そこでジョージ曰く害のない俺で耐性をつけ、少しでも異性に慣れとこうとなったわけだ。
と言っても、俺がしていることは探検部の活動中になるべく本屋ちゃんと話すというものだけ。
最初はジョージや夕映っちがいないと会話にならなかったが、今では二人きりになってもなんとか会話できるぐらいにはなった。
ただ未だに目はまともに合わせたことがない。
最近では本屋ちゃんは魔眼でも持ってるから目を合わせないのではと妄想を膨らませてる。
「夕映っちは?」
「気安く呼ばないでください」
夕映っちとの一向に友好度が一向に上がらない。
近衛さん以外との恋愛フラグを建てるつもりはないが、知り合った以上は仲良くなりたい。
「……二人が協力するというのなら私も構わないですよ」
「ツンデレキマシタワー」
「殴りますよ」
謝るからその振り上げた哲学書を下ろそうか。
「でも協力っても結局エーちゃん自身が毎回ヘタれるからなあ」
「うぐっ!?も、もうヘタれたりはしねーから。それに今回はしっかりとした作戦を元に行動するから」
「作戦?」
「絶賛募集中」
「他力本願かい!」
何度か近衛さんとの接点を持たせてくれようと色々と便宜を図ってくれたジョージが痛い所を着いてくる。
「作戦も何もエーちゃんが思い切って一言声をかければ済む話なんだけど」
「ロマンが足りないから却下」
「この男は……!」
正直ここまできてしまった以上、普通に声をかけるというのが一番ハードル高い気がする。
一度逃げてるわけだし。
なので俺としては何とか偶然を装いたい。
その後、皆で色々な作戦が(主にジョージから)挙げられるが、どれもピンと来ない。
すると、おずおずとした様子で本屋ちゃんが口を開いた。
「ほ、本を手に取る時に誤って手が触れてしまったーとかはどうでしょう?」
「のどか、アンタねぇ……ベタというかなんというか」
「というかそれを意図的にやると最早セクハラじゃないですか」
その様子を脳内でシュミレートしてみる。
…………うん。
「非常にいい。考えただけでキュンキュンする。それでいこう」
「えぇー……」
「……そもそもその作戦をこの図書館で行うのは無理があるですよ」
夕映っちに指摘されて気付く。
周囲を見渡せば、そこには本、本、本、本。
何処に視線を向けても本がある。
それもそのはず。
この学園の図書館はかつての大戦中、戦火を避けるため世界中から様々な貴重書が集められた。
どんどん増えていく本に伴い地下に向かって増改築が繰り返された結果、現在では全貌を知る者がいないまでとなったとのこと。
馬鹿だと思う。
んで、その全貌を調査する中・高・大合同サークルこそ我らが図書館探検部である。
近衛さん目的で入った活動であるが、これが入ってみると意外と面白いもので、この図書館の地下には魔法の本やそれを守るドラゴンがいるなんて噂がある。
うん、それもロマンだね。
まあ、地下に行ってみてもいるのは胡散臭い司書さんだけだが。
わざわざそれを皆に言い触らすのは野暮というものだろう。
話が逸れた。
とにもかくにも、この図書館には膨大過ぎる量の本があり、その中から偶然的に同じ本を手に取るなんてことは漫画の世界でも起きない奇跡だろう。
だが、奇跡とは起きるものではなく起こすものなのだ。
「……ここ最近の近衛さんの読書の流れとしてファンタジー、恋愛、占い、恋愛、ファンタジー、文学ときている。となると次は占い系の本が来るのではないかと俺は思う。その占いのジャンルから更に絞り込めれば或いは」
「……うん。冗談で言うことはあるけど今回はマジだわ。お巡りさん、この人です」
「私達もしかしなくとも犯罪の片棒を担いでないですか」
「違う!俺のは犯罪という名の純愛だから!」
「犯罪じゃん!?」
無実の罪を着せられそうになったので、無視して話を続ける。
「占いとなるとなんだ?星占術?タロット?水晶?いやいや風水という線も……まさかの奇門遁甲か?」
「詳しすぎるんですけど」
「どうせアレよ。このかと共通の話をするために必死になって調べたのよ」
「…………」
「図星かよ」
二人がやけに俺に厳しい気がする。
先程から何て言っていいか分からずあたふたしている本屋ちゃんだけがこの場における俺の唯一の癒しかもしれない。
「……まあ、このかもエーちゃんの顔知ってるわけだし、上手くいけば手が触れなくても声ぐらいかけてくれるかもね」
「それはそれで心の準備が」
「ほんと面倒くさいわね!?」
もう付き合ってらんないわー、と本屋ちゃんの手を引いて何処かに行こうとするジョージ。
「何処行くんだよジョージ」
「私の呼び方それで固定させるつもりなの。……仕方ないからこのかをエーちゃん近くまで誘導してきてあげるわよ」
「それなら私もー」
「夕映はエーちゃんが土壇場でヘタれないよう見張っといてー」
「ちょっ、ハルナ!」
「「…………」」
本当に行ってしまった。
よりによって俺と夕映っちを置いて。
沈黙が痛い。
下手な事は言えない空気だ。
「……二人きり、だね」
「……最悪です」
下手こいた。
◆◆◆
鬱陶しい。
先程から目障りなほどソワソワしだして英一を見て、夕映は思わず溜め息を吐いた。
夕映の様子に気付いているのか気付いていないのか、英一はそんな夕映にお構い無く話しかしかけてくる。
「なあ夕映っち。これによると乙女座の俺は運勢MAX。気になる相手との距離が縮まるってさ。これはもう間違いないよな?センチメンタリズムな運命を感じられずにはいられないよなあ!?」
「知らないです」
「あー、もう抱き締めたいな!」
もうこいつが会話する気ないだろ。
というかここ図書館。
そう思わずにはいられないほど英一は一方的に話しかけてくる。
「貴方は」
「ん?」
「貴方は何で馬鹿げた事にそんな真剣になれるのですか」
それは出来心だった。
不本意だが、出会って日の浅い夕映でさえ英一がこのかに喋りかけようとして挫ける場面を何度も見ている。
だが、一向に諦めない。
懲りずに何度も何度もこのかに話しかけようとしている。
何がそこまでこの男を駆り立てるのか。
何故だか知りたくなった。
「んふふふふふふっ」
「……ただでさえ気持ち悪い行動ばかりなのに笑い方まで気持ち悪くなってますよ」
「辛辣っ!?」
人によっては怒りかねない夕映の言葉に、英一は怒るどころか嬉しそうな顔をする。
……何だか腹が立つ。
今の言葉の何処にそんな顔になる要素があるというのだ。
「いやーだってさー、よーやく夕映っちが自分から話題振ってくれたんだもん。それにまさか俺の事について訊いてくるなんて」
「なっ、ち、ちがっ。別に深い意味なんてなく、ただ貴方の馬鹿げた行動理由が少しばかり気になっただけで」
「なんであれ俺の事を知りたいって思うことは無関心だった当初からの大きな前進なわけですよ」
そう言って引き続きニヤニヤとだらしない表情をする英一。
英一にその気はないのだろうが、その顔がまた夕映の神経を逆撫でる。
「んー、んなこと訊いてくるあたり夕映っちて初恋まだだったりする?」
「セクハラですよ」
「今ので!?」
いいから早く答えてくれないだろうか。
このままでは日がくれる。
「おほんっ」
英一もそれを察したのか姿勢を正して夕映と向き合う。
そして目を見開き言った。
「恋はいつもハリケーン!」
「は?」
「オーケー俺が悪かった。だからその振りかざさした分厚い本を下ろそう。当たりどこ関係なく死ぬから」
ここで仕留めた方がいいのではと割りと本気で思い始めてきた夕映である。
「でもふざけてるわけじゃないぜ?」
「はあ」
「止めようにも止まらないのが恋なんだって。それに自分の気持ちに真剣(マジ)にならないでどーするって話よ」
「…………」
「まあ、夕映っちも恋をすればわかるようになるって」
ポンっと頭に手を置かれたので直ぐ様手を叩き落とす。
「……ここは黙って撫でられて頬を染めるところじゃないのか」
「通報しました」
「既に!?」
周りからしたら仲の良い会話というかここ一応図書館だから静かにしろよと内心突っ込んでいるところ、英一の携帯にハルナから連絡が入る。
確認するともう間もなく館内に入るから上手いことしろと。
英一からしたら何をどう上手くするか教えてほしいところである。
「よよよよ、よーし!そんじゃあ恋愛初心者の夕映っちに馬鹿げたことの素晴らしさを教えてやるとするか!」
「どもってますよ」
「他の奴にも啖呵切っちまったしもう怖じ気ついてるわけにはい、いかんのですよ」
「口調変わってますよ」
口調だけでなく動きまでロボットの様になってしまった英一だが、その足は確かにこのかの元へ向かわんと動いている。
この様子では今回も毎度お馴染みの結果になるのが目に見えている。
ただ、何故だろうか。
「……まあ、骨ぐらいは拾ってあげるです」
今回だけは、そう思った。
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