Fate/grace overlord (ぶくぶく茶釜)
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#001

 act 1 

 

 聖杯戦争。聖杯大戦。聖杯探索。

 呼び方は様々だが、望みを叶える聖杯と呼ばれるものを巡って過去、現在、未来から『英霊(えいれい)』と呼ばれる者達が現世に召喚され、最後の一人になるまで殺し合う。

 その最後の一人となった英霊の魂を聖杯にくべる事により、勝者に一つだけ望みを叶える権利が与えられる。

 英霊達は『魔術師(マスター)』達によって召喚され、絶対命令権である『令呪(れいじゅ)』の縛りを受けて契約する。そのマスター達の手足となって使役される英霊を『使い魔(サーヴァント)』と呼ぶ。

 基本的にマスターはサーヴァントを現世に繋ぎ止めておく為のエネルギータンクと同義であり、魔力供給を受けなければサーヴァント達は実体化が出来なくなる。

 何故なら英霊の身体はその名称が示す通りに霊体で出来ている。マスターの魔力供給によって実体化するのが基本だが、もちろん例外もあるらしいが。

 魔力を得る方法は様々で、非効率的ながら他者から魔力代わりに血液や心臓などを奪うことでも実体化や大魔術を行使したりする事が出来る。

 召喚された英霊にも大なり小なり望みがあり、単なる使い魔で満足するものなど基本的には居ない。だからこそ、命令を聞かせる為に『令呪(れいじゅ)』がある。

 これが尽きれば最悪、自分のサーヴァントに殺される事態も起きる。

 願いは英雄の為だけにあらず。

 全てはたった一人の勝者の為に。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 全ての子供に幸せになってほしい、という願いの為に多くの者を傷つけた。

 もちろん後悔しても仕方が無い事は分かっている。

 マスターに命令されたわけではなく、自分の意思で行動した結果だ。

 だからこそ、この結果に不満などあろうはずが無い。

 全身に鈍痛が残る中、俊足では敵無しと謳われた狩人たる女性は脳裏に様々なことを思い浮かべた。

 だが、ふと()()()()と気付く。

 自分は役目を終えて消滅したのではないのか、と。

 使い魔たるサーヴァントは死ぬと『英霊の座』とかいう場所に記録を残し、消滅する。そういう命令のようなものが身体に刻まれていた筈だった。

 だからこそ疑問に思う。

 

 自分は何故、思考しているのか。

 

 頬に伝わる優しい風。

 戦場の土煙など何処にもない。

 それに周りが()()()静かだ。

 

「………」

 

 目蓋を開けば敵の攻撃が、と身構えるも見えるのは青空だ。それと嗅いだことのない新鮮な新緑の香り。それは周りに広がる草原のものだと数分後に気づく。

 そして、もう一つ。

 

「……ここは……、何処だ?」

 

 つい数時間前まで自分が居たのは『ルーマニア』とかいう国だった筈だ。

 戦場の傷跡がまだ癒えない穴だらけの大地が広がっている、はずの土地は今は何処にも見当たらない。

 周りを見渡せど見えるのは自分の記憶に無い風景。

 本当にここは何処だと女性は戸惑う。

 それと先ほどから自身の体内を満たす膨大な魔力。

 これは決してマスターから供給されているものではない。それにマスターはとうの昔に廃人にされている。

 

「……なんだ、これは……」

 

 何処から供給されているのか、と周りを見渡す。

 原因はすぐに判明する。

 見渡す限りの世界そのものが魔力に溢れていることを。

 それはもう神の世界と言っても過言では無い。

 これならば単独で実体化も可能だ。いや、霊体化する必要が無いほどだ。

 痛みが残る身体もいずれは回復する、と思い現状把握に努める。

 立ち上がって改めて自分の身体を確認する。

 背中にかかるほどの長さがある髪の毛は前面部が翡翠の如き色合いで後半は対照的に荒々しさを現す金色となっていた。更に頭頂部からは先の尖った獣の耳が覗く。

 白人系のきめの細かい顔立ちに凛々しさを秘めた瞳もまた碧玉に彩られていた。

 身に付けている服装に返り血があったので戦場での記憶は幻ではない事を物語っている。

 服は前面部分の髪と同じ色合いの緑色が肩とスカート部分に使われ、胸部辺りと足元は黒で構成されていた。

 そのスカートから尻尾が出ていた。

 黒いガントレットを付けており、近くに愛用の武器『天穹の弓(タウロポロス)』が転がっていた。

 

「……マスターとの繋がりは完全に断たれている。それなのに私はここに居る。……やはり、周りの魔力によるものか……」

 

 だが、それにしても膨大すぎる、と不信感を(あらわ)にする女性。

 武器を拾い上げ、周りを一望する。もちろん見覚えある風景は一つもない。

「聖杯無き今……。私がここですべきことなどあるのか……」

 いや、ある。と、女性は思う。

 生きているからこそ出来る事がきっと。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 まず最初にすべき事は自分の能力の確認だ。

 軽く走ってみたが全身が酷く重く、ケガをしているようだがどの程度酷いものなのかは分からない。

 それに内臓系だと手が出せない。

 足は多少の痛みがある程度で歩行に支障は無い。

 おそらく利き腕は骨折していないと思う。だけど、武器を持つと手首が痛い。ヒビでも入っているのか。

 自然治癒で何処まで回復するかは分からないが、万全の体勢になるまで数日は掛かりそうだ。

 本来霊体に過ぎないサーヴァントはどんなケガを負っても魔力で回復する事が出来る。もちろん、サーヴァントとて人間と同じく死ぬ事がある。

 元々が霊体なので現界出来ずに消滅、というのが正しいかもしれない。

 

「……生きながら死人のようなものに……。くっふふふ……」

 

 どういう理由があるにせよ、自分は今ここに居る。それを喜ぶべきことか。

 自然とこみ上げる笑いは絶望や諦めによるものか。

 

「……これが絶望だというのならば。……我は……、私は何を望み、生きる?」

 

 もちろん全ての子供たちの幸せのためだ。

 そう。その筈だ。

 願いは成就しなかった。ならばその望みは無駄では無いのか。

 

「……聖杯に頼らずに出来る事はきっとある。だから、我は前を向こう」

 

 この身体が再度、消滅するまでは。

 マスターなきサーヴァントの末路は哀れかもしれないが、今はそれすら気にならない。

 

 そんな事はきっと嘘だ。

 

 そう思う自分もまた自覚している。

 自分はまだ歩みを止めていないのだから。

 

「……与えられたクラスというものがどうなっているのかは分からないが……。私はまだ……アーチャーなのか。……まあ、それは今はどうでもいい事なのかもしれないが……」

 

 女神アルテミスより賜った『天穹の弓(タウロポロス)』が我が手にある。それはきっと何かを成せ、という意味ではないのか。

 その何かはきっと自分が望む願望。または何か、としか言いようがないもの。

 

「……今、成すべき事は……」

 

 お腹が空いた。何か食べたい。

 生物として至極当たり前の『食欲』を満たすこと、から始めようと思った。

 サーヴァントとて腹は減る。どうしてと言われると、何故なのかは分からない。

 思えば何も口にしていない。

 狩猟を(つかさど)る自分が獲物を狩り、食さないなど不健康極まる事態だ。

 何か獲物が居ないか、まずはそれを探すことにしよう、と。

 

「……後は水……。我慢は出来る。だが、飢えを恒久的に耐えられるかは……」

 

 戦いの連続だった日々が恨めしい。

 非常食の確保でもしておくべきだった。

 



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#002

 act 2 

 

 当てもなく歩き続け、ここが何処なのか結局のところは分からない。

 少なくとも自分の知識には無い世界なのは確かだ。

 再召喚とも思ったが肝心の魔術師の姿が無い。

 英霊を召喚できるのは『魔術回路』と呼ばれる資質を持つ者だけだと言われている。もちろん、例外もあるようだが。

 どのような時代背景があろうとも召喚された英霊はその時代に合わせた知識が組み込まれる。ゆえに言葉の壁という障害は起き難い。

 

「……空気というか……世界が綺麗なのか? 溢れる魔力も謎なのだが……」

 

 誰も居ない世界で自然とこぼれる独り言。それを聞く者は居ないが、今は何か喋っていないと落ち着かない。

 

 まるで、自分自身に話しかけているようで滑稽極まりない。

 

 それでも言わずにはいられない。

 この世界の素晴らしさを。

 自然と躍るように回り始める女性。しかし、空腹の為に膝が折れ、へたり込む。

 

「……飢餓に苛まれバーサーカーのようになるとは思えんが……。何か食べ物が欲しい……。……草は苦い……。……ぐぅ……」

 

 無理して食べれば胃を少しの間は黙らせる事は、出来るかもしれない。けれども、言いようの無い不快感は消せない。

 なにせ、自分の知識に無い草だ。腹を壊しては余計に危険だ。

 

「……照りつける太陽……。気温に問題なし……。……砂漠地帯でなくて良かった」

 

 雨が降った場合はどうすればいいのか。

 周りに身を隠せるような森が見当たらない。雪の場合はどうするか、色々と対処方法を考えつつ歩み続ける。

 走りたくても無駄に体力は使いたくないので我慢。

 いざという時に動けなくては困るので最低限度の動きしか出来ないのは辛い。

 

「人の往来は無いのか……。そろそろ、独り言も辛くなってきた」

 

 一歩踏み込むごとに空腹によるダメージが入るようだ。

 少し無理をして走りこみ、景色を変えるべきか。

 他のサーヴァントの姿は無いようだが、自分ひとりだけ現界しているのか。

 思考が段々と鈍るどころか鮮明になる。

 無駄な雑念がなくなっているからだと思われる。

 

「……サーヴァントか……」

 

 今もそうなのか、正直に言えば自信が無い。

 では、実体化している今の自分は()()なのか。

 英霊は実在の存在以外にも認証力の強さによっては()()()()()であっても召喚される事がある。

 どういう基準で誰がサーヴァントを決めるのか、という仕組みはさすがに女性も窺い知れない。

 それでも確かにここに現界しているのだから不思議な事だ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 数時間は歩いただろうか。日が暮れ始めてきた。

 薄暗くなる風景を見て気持ち的に安堵する。時は動いている、と。

 今のところ動物類の姿は無く、道も獣道しか見当たらない。そう見えるだけで自然に出来た溝という線もある。

 空に鳥無し。地に獣の気配無し。遮るものの無い平坦な草原。

 相当広大な平原に飛ばされてしまった、と考えるのが自然か。

 戦場としては相応しいかもしれないが、そうでなければ人が生活するには生きにくい場所と言える。

 水源の無い地域は特に。

 

「野宿する……には問題は……無さそうだけど……」

 

 喉が渇いて喋り難くなってきた。目眩(めまい)はまだ起こさないが、いつまで歩けるのか心配になる。

 見える範囲に敵性体の姿は無かった。

 いや、今更まだ戦う理由などあるのか、と。

 

「……疲れた。……はあ……」

 

 不眠不休で時間の感覚は無かったけれど、自分は何時間歩いたのか。気がつかないだけで数日はさまよっていたりしないのか、と自分に尋ねる。しかしながら自分の問いに答えられる自信は無い。

 体力は人一倍あるとしても疲労しきった状態からのスタートでは思考力も鈍る、かもしれない。

 手荷物が弓だけの軽装は運がいいのか、それともこれから悪くなるのか。

 一度座り込めば次に立ち上がるまで物凄い時間が掛かりそうだ。

 いや、いっそ獣のように四つんばいで移動しようか。

 

「道案内が居ればまだ……、何とかなるのに……」

 

 せめて立て看板でもあれば気が楽になる。

 さすがに生物の居ない世界では無い筈だ、と思いたい。

 それから更に歩いた後、ついに諦めた。

 時間はまだ深夜では無いと思うけれど、歩き通しでは体力が持たない。

 疲労を感じるサーヴァントなどが存在するのか分からないが、気持ち的には疲れた。それは事実だ。

 大地に寝転がり、遮るものの無い満天の星空に顔を向ける。

 

 全天が(きらめ)く星。

 

 疲れ切った今の状態ならば朝まで眺めていられる気がする。

 空腹は星の観賞では満たされないけれど、しばらく思考を休める。

 次に気付けば少し冷えた気温を感じる。

 空の星も既に無い。

 黒から藍色へと色身がかってきた。

 

「………」

 

 多少は寝ていたようだ。いつ眠ったのか分からない。

 何の危機感も無く眠ったのはいつ以来かと。

 それより一つ問題が生じた。いや、気付いた。

 迂闊に寝転がった事により方角を見失ってはいないかと。

 ここは周りに目立つものが無い平原だ。

 動物的感覚などがしっかりしていればだいたいは分かるのだが、それが鈍っていれば来た道を引き返す羽目になる。と思ってても、その来た道すら分からなくなり、グルグルとさまよい続ける結果は想像したくない。

 

「……無駄に広いのも考えものだ……」

 

 人の手が入っていない未開の土地に不満をぶつけてはいけない。

 女性は立ち上がり、辺りを一望する。

 特徴的なものは無いが今まで付けた自分の足跡を確認し、向かうべき場所に顔を向ける。

 ここが砂地や荒野でなくて良かった。

 言葉無く移動を再開し、空腹に耐えつつ数時間ほど進んだと思う。

 肉体的にはとうに飢餓を感じても不思議は無いがサーヴァントだったお陰か、それとも別の理由でもあるのか、何とか歩けている。

 迂闊に寝転がると一日があっさりと過ぎる気がする。既にこの地に来て何日経ったのか、覚えていない。

 実際は二日目の筈のようで四日は過ぎたような曖昧な感覚に戸惑う。

 風景がほぼ変わらない。

 空腹と疲れで二日ぶっ通しで眠ってしまっていても信じられるほどだ。だから時間や日数の感覚が掴めない。

 

「このまま飢えるのか、我は……。それとも今の状態を維持したまま延々と歩き続けるのか……」

 

 飢餓を抱えたまま未来永劫さまよい続ける刑罰。

 時間の感覚が既におかしい気がするので、既に自分は脱出不可能な牢獄に捕らえられている、という事もあるかもしれない。

 走ればいいだけなのは頭では分かっている。歩いているから風景に変化が付けられない。それも分かっている。

 

「分かっているなら走れ、私……」

 

 分かっていても早くならないのは聖杯をめぐる戦いに敗北し、希望を失っているからだ。と、身体や精神が諦めを選び、思うように事を進められない。

 確かに願いは叶えられなかった。

 勝利者になれなかった、が正確か。

 自分達が思い描いた願望器が幻想であった失望、絶望感などに打ちのめされ、その満たされない気持ちが形となったのがこの世界だと言われれば信じそうになる。

 伸ばす手の先には何も無い。

 新緑があるのは希望なのか、それとも結果としての事象なのか。

 

「……空腹で良くない考えが浮かんでいるだけだ……。そうでなければ……」

 

 あの美しい夜空は何の為に自分に見せてくれたのか。

 絶望ならば毒の沼や青空を覆う厚い雨雲がお似合いだ。

 ここはまだ幸せを感じられる。

 それこそが絶望なのかもしれないけれど。

 歩みを止めるのは簡単だ。

 

「進んでいるならいずれは……。何かが見えてくる」

 

 世界は丸いのだ。

 林檎のように、とは言わないけれど。

 



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#003

 act 3 

 

 無駄話しをやめて歩いた距離は分からない。だが、とてもゆっくりとした歩みなので十キロメートルも進んだのか怪しいところだ。

 既に何度か夜空を見たような気がする。

 身体の不調は一向によくならない。おかしいとは思っている。

 おそらく知りたくない、という意識が働いて回復不能のケガを負っている、ということもあるかもしれない。

 例えば自分の両足が膝しか無い、とか。背中に大穴が開いていて、魔力による縫合と出血量が拮抗しているとか。

 空腹を満たす為に無意識で腕を食べては吐いてを繰り返している、とか。

 身体のあちこちが腐り、一日で一メートルしか進んでいない、とか。

 

「……幻覚だと思い込んでいる事を認めたくない……」

 

 鏡があれば自分が今、どういう状況なのか知ってしまう恐怖。

 いや、そんな事は無い。

 現に地面についている手は無事だ。

 無事の筈だ。

 

「……いかんいかん。またおかしな思考に……」

 

 何度も幻覚に負けそうになる。

 どうせなら山に行きたい。こんなだだっ広い平原はもう飽きた。

 湖に飛び込みたい。

 雨よ、降れ。

 そんな事を思いながら歩き続け、時には這うように進んだ。

 とにかく真っ直ぐに。

 いずれ風景に変化が生まれることを祈って。

 そして、何度目かの夜が明けた頃、遠くに小さな物体が見えた。幻かと思ったが、幻でもいい。(すが)る思いで進む。

 身体が硬直したように自由が利かず、なかなか進まなかったが懸命に身体を動かした。

 それはもう手足をもがれて芋虫のように成り果てたように。

 夜が三度ほど明けた頃には目標の物体はかなり大きく見えていた。

 それは木造建築の家。平原にポツンと場違い感はあったけれど、そんな事は些事に過ぎない。

 それが夢幻(ゆめまぼろし)でなければただひたすらに進むのみだ。

 尽きない魔力で満たされているとはいえ、身体的には限界を迎えている。

 英霊としての機能を失えば消滅する運命だ。それがどういう理屈で維持されているのかは分からないが、奇跡は何度も起きるものではない。それは女性とて理解している。

 手を伸ばせば届く距離に幸せがあるならば、それを掴む事は悪だろうか。それともなりふり構わず意地汚い自分を受け入れるべきなのか。

 

「……英霊とて己が望みを叶えたい願望がある。……それを思って何が悪い……」

 

 少ない回復量が希望を削る。

 楽して死ねると思うなよ、と世界があざ笑っているようだ。

 これが抑止力ならば自分にはどうすることも出来ない。けれども抗わずにはいられない。

 自分の本能は前に進めと言っている。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 少しずつ前に進んでいる筈だ。それなのに後退しているようにも思える。

 その繰り返しを続けているうちに何度目かの眠りに落ちる。

 サーヴァントとて眠る。人というか人間のように。

 普段であれば契約しているマスターの記憶などが見えるが、今は特別変わったものは見ない。

 気がつけば朝になっている事が多いから。

 衰弱死しないサーヴァントという自分の身は呪いの様に思える。だが、今更な話しだ。

 様々な魔術師が英霊(ゆかり)の触媒を用いてサーヴァントを現世へと召喚する。この時、選ばれる英霊は聖杯によって振り分けられ、時にはマスターの意に沿わない英霊が現れることがある。

 その奇跡をなす聖杯が選択して決めた事に自分(サーヴァント)が抗える事などあるものなのか。

 生きよ、というなら生き続けるしかない。そこに意味など無くとも、奇跡がそう願うならばサーヴァントはただひたすらに従うだけだ。

 そうして次に意識が回復する頃には耳元で自分以外の声が聞こえた。

 最初は幻聴だと思った。

 多くの出会いで聞き取った声の反響は珍しくない。

 

「……この方は……獣人(ビーストマン)なのでしょうか?」

「そうであれば顔も獣でなければ……」

「ボロボロだった服が自然に治るのはマジックアイテムだからでしょうか?」

 

 耳障りのよい他人の声。声質は女性的だ。

 どうやら自分の衣服や外見について会話しているようだ。

 確かに自分の外見は普通の人間からすれば奇異に映るかもしれない。

 半神半獣のようなものだから。

 

「最初はモンスターかと思ったが……。見たことが無い姿だよな」

 

 次は少し渋めの男性的な声が聞こえた。これも聞き覚えが無い。

 

弓兵(アーチャー)獣人(ビーストマン)はギリシア神話系だと思うけれど……。緑色は……誰か知ってる?」

「近い逸話ならいくつか出ると思うけれど……。当人に聞くのが早いよね」

「……寝ている女性の側で騒がれますと……」

 

 その言葉の後で小声になり、聞き取り難くなる。けれども内容は大体分かった。

 既に意識がある自分の事について議論しているのだと。

 だが、目蓋はまだ開けられそうに無い。ひどく身体が重く感じるので。しばらく起きたくなかった。

 

「ペストーニャ様。お食事はどういったものが良いのでしょうか? ……人間の肉の在庫を使うのか、と料理長が……」

「肉類よりはスープ類です。……わん。いきなり食べさせたら胃が驚いて嘔吐しますよ、わん」

(かしこ)まりました。では、そのように伝えておきます」

 

 食べ物、と思ってふいに身体を動かそうとしたが頭が急にグルグルと回りだし、身動きが取れなくなった。

 空腹による目眩(めまい)のようなものだ。

 目を瞑っていても感じる不快感。

 

「あらあら、意識がおありだったのですね。ですが……、もう少しお休み下さい……、わん」

 

 その後、意識が急激に穴の中に落ちるように吸い込まれていき、会話が聞こえなくなった。

 



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#004

 act 4 

 

 次に意識を回復すると顔や身体が温かく感じた。

 しばらく理由を探っていると誰かが手拭いか何かで拭いてくれているようだった。

 本当ならすぐにでも飛び起きなければならないのだが、力が全く入らずなすがまま過ごす事になった。

 

「……ありがとう、と言うべきなのだろうな……」

 

 喉に少し痛みがあったが、女性は言った。

 

「……いいえ、これが私達の仕事ですから」

 

 優しい返答。

 声の主に心当たりは無い。

 

「……水をいただけないか? もう何日も口にしていない……」

「空きっ腹に冷たい水は刺激が強いと思いますよ。少々お待ちくださいね。白湯(さゆ)をご用意いたしますから……」

「……ご厚意に甘えさせてもらう……」

「はい」

 

 ふう、とため息のようなものをつき、ゆっくりと流れる時間を過ごす。

 自分が今何処に居るのか、それを確かめると地獄の風景が広がっているかもしれない。それでも目蓋を開くべき、と誰かが問いかけてくるようだ。

 本来なら即答するところだが、今は何もかもが億劫で(たま)らない。

 アーチャーとしての責務を忘れた駄目サーヴァントと言われても今は素直に受け入れられる気がする。

 

 いや、駄目だろう!

 

 決意を込めて目蓋を開けた。すぐに光りが飛び込み涙ぐむ女性。

 何日も暗闇に居た眼球には刺激が強すぎたようだ。

 もう一度、ゆっくりと開きつつ外の光りに慣れされていく。

 

「……ふぅ……」

 

 ぼやけた視界が少しずつ鮮明になり、自分の見ているものが何なのか分かり始める。

 ベッドに寝かされているのは感覚的に理解出来ていたが、どこかの建物の中のようで、嗅いだ事の無い臭いが鼻腔を(くすぐ)る。

 何度か(まばた)きし、室内の様子を把握していく。

 手足は拘束されていないようだが、少なくとも血生臭い拷問部屋ではないのは分かった。

 先ほどまで居た声の主たちの姿は見えない。

 

「……どれだけ寝ていたのか……」

 

 無防備になりすぎた。しかし、今更警戒しても遅すぎる。

 ここは流れに身を任せるのが正しいと自分の勘が言っている。

 視線を泳がせていると愛用の弓が部屋の片隅に立てかけられているのが見えた。

 女神アルテミスより賜った大事な弓だが、今の自分にそれを持つ資格があるのか疑問だ。

 もっと相応しい者が現れれば譲渡も視野に入れねばなるまい、と。

 

「……衰弱しすぎて起きられん……」

 

 麻痺はしていないようだが、身体が異常に重く感じる。

 つい先日まで人の気配が無かった。それが今度は気配だらけだ。

 この落差にどう対応すればいいのか。

 ふ~ん、と鼻息を長く出して唸っていると部屋に何者かが入ってきた。

 自分の部屋ではないので断る理由は無いのだが。

 姿を見せたのは頭に白いヘッドドレス乗せ、見慣れない黒い服装。大きく張り出した胸を白い中着のようなもので支えていた。

 自分が住んでいた世界はもっと薄着だったから、他国の服装に口出しする気は無いが、少しだけ気になった程度だ。

 

「起きられましたか?」

「……あ、ああ。すまない。随分と世話になったようで……」

 

 丁寧に挨拶してくる女性。

 礼儀正しい居住まいは好感が持てる。

 だが、この気配は何処かで感じた覚えがある。

 不思議な衣装を着た彼女は寝ている女性の側に色々と飲み物やら着替えなどの用意を整えていた。

 丁寧な仕草は口出しできないほど見事な動きだった。

 

「……着替えは身体が動かれてからがいいでしょうか? それとも私共がお手伝いいたしましょうか?」

「……すまない。本来ならば自分でやるべきことだが……。今は(しも)の世話まで出来ないようだ」

 

 戦士としては口に出すのも恥ずかしい事だが、今は恥も外聞もどうでもいい。

 自分は何も出来ないのだから。

 おそらく寝ている間に身体を丁寧に洗ってくれたりしてくれたはずだ。嫌な臭いが一切しないし、身体に不快感もない。

 それどころか痛みも無い。

 ただ、体力が衰えて動けない事を除けば完璧に近いといえる。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 部屋に訪れた女性は一人ではなく、その後に交代で別の女性がやって来た。

 見事な所作に驚きつつ言葉を失った事もあるが、他人に飲み物を頂くのは恥ずかしくもあり、情けなさも感じる。

 とはいえ、それが現実であり、結果だ。

 他の英霊が居れば絶好の(まと)

 それに抗うことなど今の自分には出来そうもない。

 ただ単に討ち死にして消滅する運命ならば、それはそれで受け入れるしかない。

 

「……美味(うま)いな、この水は……」

 

 適度に温められた白湯(さゆ)は喉にとても優しく、とても美味(おい)しかった。

 

「地元の天然水を第五階層で冷やしたものを使っておりますから」

 

 と、微笑む彼女(メイド)の顔を見ている内に眠気が襲ってきた。

 元々体力が無いのだから長く起きている力も無い、ということかもしれない。

 それを何度繰り返せばちゃんとした挨拶が出来るというのか。

 全く、情けない事だ。

 

「お休みなさいませ」

「……また……後でな……」

 

 そんな生活をどれだけ続けたのか。

 それでも少しずつではあるが長く起きられるようになってきた。代わりに軽い頭痛が襲ってきて眠れなくなってきたが、それが原因とも言え、なくはない。

 今回は温かいスープを頂く。

 何も無い腹に入れるのだからどこにどう流れ落ちるのか、とてもはっきりと知覚できるほどに自分は飢えていた。

 

「……あまり無理をされますと逆流するそうですよ」

「空きっ腹には堪えるな……」

 

 熱がそのまま胃を焼くような痛みがあった。それでも無いよりはマシだし、味は申し分ない。それとも自分は猫舌だったか、と疑問に思った。

 水だけでは腹を壊すと言われたので他の飲み物にも挑戦する。

 

「……ところで、ここは誰の家なんだ? 主に一言謝罪せねばなるまい」

「お客様の体力が戻り次第、お会いになるそうですから。それまではご無理はしないように、と……」

「それはいかん」

 

 と、言いつつも足は震えて前に進まない。

 今の自分は部屋から自力で一歩たりとも出られないくらい弱っている。

 魔力は溢れるほどあるのに。

 

「絶対安静です。そうでなければ私共が叱られてしまいます」

 

 眉をキリっとVの字にして彼女、一般メイドと呼ばれている者は言った。

 服の胸の部分に名札が縫い付けてあったが知らない文字だったので読めなかった。

 本来ならその土地の文字は召喚時に読めるようになるらしいのだが、別の地域や概念などが影響したのか、解読できなかった。

 尋ねればいいだけだが、言いたくない事もあるかもしれない、という事が脳裏に浮かんだので聞きそびれてしまった。

 



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#005

 act 5 

 

 何日過ぎたのか、何時間過ぎたのか。

 経過した時間が室内だと全く分からない。時計は一応あるのだが、一日丸々眠り込むと一分しか経っていないと錯覚する事がある。

 

「ここに運ばれてから五日ほどですね」

 

 尋ねたら素直に教えてくれた。

 変に意地を張ると自滅する、という意味になるかもしれない。

 それにしても寝込んだ来客に対して丁寧な対応。いったいどういうつもりが(あるじ)とやらにはあるのか。

 身体が目当てなら寝込みを襲えばいい。今なら無抵抗でモノにされ放題だ。

 個人的には不快だが、抵抗できないのは事実だ。

 武器も奪おうと思えば持っていける状態だ。

 他には何があるのか。

 

「単なる行き倒れにここまで親切にする理由は何だ?」

「……それは我らの主にお尋ねになられては、としかお答えする事が出来ません」

 

 その主というのはずっと所用で忙しく働いており、客人対応が出来ないという。

 他に話しが出来る者を寄越すように頼むとメイド達は自分達には呼びつける権限がない、と申し訳無さそうに言ってきた。

 そこは違うだろう、と何度か言ったのだが。

 

「どうしてもお呼びしなければなりませんか?」

「……顔を見せられない理由でもあるのか? 我の姿が化け物だから嫌だ、とか?」

「いいえ。むしろ、そのお姿の方が……。こほん。……失礼しました。お客様の容姿に物申す失礼な事は致しませんよ」

 

 と、薄く笑うメイド。

 嘲笑かと思ったが、女性の言葉が単に面白く聞こえただけだという。

 面白い事を言ったつもりはないが、気を悪くしたわけではないので我慢する。ただし、顔は不満の色をにじませたが。

 確かに人間と獣の中間的な姿なのは否定できない事実だ。

 それはキュベレイ様の怒りに触れた、とかなんか色々と事情があるのだ、と言っても通じそうにない気がした。

 

「……そういえば何故キュベレイ様の怒りに触れたんだっけ?」

 

 召喚された時に自動的にその時代の情報が勝手に植えつけられたことによる弊害などが原因とかあるのか、と疑問を覚える。

 他の英霊も何らかの事情で本質が歪められているのならば自分もまた大勢の()()によって作り上げられた存在と言える。

 それでも自分はここに居るのだから、それを否定することも肯定することもきっと出来ない。

 サーヴァントとは()()()()()()だと理解する以外にない。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 世話を受けて更に一日が経過する。

 一度意識がはっきりしてしまえば後は回復に努めるだけだ。

 諦め一色だった気持ちも胃を満たす毎に解消していく。

 自分は何と浅ましく、現金なものなのかと愕然としたものだ。

 

「……世話を受けている身で悪いが……、支払えるものは……、何も無い」

 

 弓は最後の手段まで残したいので除外した。

 

「いえいえ。我々は仕事という対価を頂いておりますので……」

「……しかし」

「とにかく、お客様は身体を癒すことだけに集中してくださいませ」

 

 入れ替わり立ち代わり訪れるメイド達。

 姿というか衣服が同じなので全員が同一人物だと錯覚する事があったが、頭部と声はそれぞれ違っていた。

 数十人規模のメイド達が控えているらしい。

 

「……我の……私のように行き倒れていた者が他にも居るのか?」

「別の部屋に居るかもしれませんが……。他のお客様の事はお伝えできませんよ」

 

 と、(くちびる)に人差し指を当ててメイドは言った。

 居るかどうかは自分で確かめるしかないけれど、接点についてメイド達が知る良しもないと女性は思い、追求はしなかった。

 聖杯戦争の事とか聞いて答えるわけはないと思うが、少しは興味があった。

 彼女達は我々の事をどこまで把握しているのかを。

 把握していたとしても世話をするよりは倒した方が都合がいいはずだ。特にマスターが主ならば。

 そうでないなら、ここは何なのか、という疑問が浮かぶ。

 

 そう。ここは一体全体何なのか。

 

 自分の知覚能力は少しずつではあるが戻ってきている。それでも何かが索敵を妨害しているようで、脳裏に僅かばかりのノイズが走る。

 それはつまり(さぐ)られたくない処置が施されている、という事にならないか。

 礼を尽くす前に気を悪くされては戦士としての矜持(きょうじ)(すた)る。

 ここは大人しくするべきか。それとも成すがまま無防備でいるか、だ。

 今更足掻(あが)いたところで何になる、と攻め立てる自分が居る。

 それに反論できればとうの昔にやっている。

 

「……とうの昔に……」

 

 願いがあるから召喚された。その願いが成就できなかった後はただ消滅するのみ。

 では、今の自分の状態は何なのか。

 仮に生き恥を晒せ、というものなら多くの敗北したサーヴァントが居てもおかしくない。脱落した彼らもそれぞれ行動したり、この先の身の振り方などを自問自答しているのかもしれない。

 聖杯が無ければ戦う理由は生まれない。

 一部は会話が成り立たないと思うけれど。

 

「……この顕現に意味があるなら……。私はこの先、何をすべきなんだ?」

 

 目的が提示されなければサーヴァントは何をするものなのか。

 己の能力で富を得たり、殺人に享楽するのか。

 それとも不死性を利用して研究に没頭するとか。

 それはそれぞれのサーヴァントが決める事だが。

 

「……であれば我は何をすればいい……」

 

 一人で全ての子供を幸せに出来る自信など無い。

 出来ない不可能を可能に変える力を持つのが聖杯だと認識していた。けれどもそれは結局のところ幻想でしかなかった。

 ならば、どうする。

 

「……愚問だ。……自分に出来る事をするだけだ」

 

 上体を起こし、部屋を見渡す。

 ここから改めてスタートすればいい。と、思える事が出来れば楽なのだが、そう簡単にはいかない。

 自分は出来ない事を知っている。でなければ聖杯など求めはしない。

 

「……それでも召喚してくれたマスターの為に働きたい気持ちは……、あったのだがな……」

 

 魔術師達の思惑は結局のところサーヴァントには窺い知れない。

 彼らが何を求めて聖杯を欲したのか。

 サーヴァントを利用して有利に戦いを進めたい事は理解しているけれど、それでもやはり彼らは聖杯に何を求めたのか、聞いておくべきだったのかもしれない。いや、今だからこそ聞くべきなのか。

 それが例え下らない理由だったとしても。

 



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#006

 act 6 

 

 少しずつ食欲が戻り、部屋の中を歩き回れるようになったのは三日ほど後だった。

 それでも前みたく素早い動きは出来なかった。

 今なら誰にも負けそうなほど遅い。

 

「お早い回復ですね。この調子なら部屋の外も出られるかもしれません」

「そなた達の手厚い看護のおかげだ。……いんすとーる、だったか?」

「インクリメントにございます、お客様」

 

 そう名乗ったメガネをかけた気難しそうなメイドは丁寧にお辞儀した。ついつられて女性も頭を下げる。

 どのメイドもそうだが丁寧な対応をする。一人くらい個性的な暴れん坊とか、お調子者とか居るものと思っていたが、見当たらない。

 インクリメントを含めたメイド達はしっかりとした教育を受けているようで感心する。

 それにしても毎回、違うメイドが来るので担当者一人に絞らないのか、と尋ねると仕事を均等に振り分ける為の処置と答えてきた。

 

「……ま、まあ我が色々言っても詮無いことだが……。うむ、ここまでお世話になっておいて名乗らないのは失礼だな」

「あ、いや、無理にプライベートの事はおっしゃらなくて結構ですよ」

 

 手を左右に振りつつメイドは慌てる。

 だからといって、はいそうですか、とはいかない。

 

「……真名を告げることに……、(いささ)かの抵抗は……あるのだが……。我はクラスで言えばアーチャー……」

 

 聖杯戦争を終えたとしても何者かの襲撃があるかもしれない。いや、それはもはや愚問かもしれない。

 そう思うのだが、やはり礼節に(もと)る事は出来ない。

 

「……今はただの行き倒れ……。今更(わだかま)りを抱えても仕方がない」

 

 もし希望があったならば自分はまた前に進めるのか。

 進めるならば次に何をすべきなのか。聖杯が無い中で。

 地元に溶け込み消滅まで人生を歩むのも悪くはないかも。

 ここまででも充分な奇跡だ。これ以上は贅沢な悩みだ。

 

「……我は……アタランテ。世界に取り残された流浪の旅人だ」

「ご丁寧にどうも。では、以後、アタランテ様とお呼び致します」

「……もうしばらく厄介になる」

 

 名乗りを終えた途端に気分がすっきりした。

 アーチャークラスとして召喚された純潔の狩人アタランテ。

 外に出たら何をしようか。それともこのまま監禁される運命か。

 どちらにせよ、新しい指針が無ければ前にも後ろにも進めない。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 食事療法と適度なマッサージを受けて体調が戻り始めたのは五日程経った頃だ。

 魔力供給が滞りなく(おこな)われたことと自身がサーヴァントである事が幸いしたのか、常人なら数ヶ月のリハビリが必要だと言われてもおかしくない衰弱状態を思えば驚異的に早い回復だ。その上で身体の機能低下も(いちじる)しかったのだが。

 手厚い看病が無ければ短期間での復帰など絶望的だった。

 

「食事量は随分と増えましたね」

「お陰さまでな。こちらの果物も実に美味だ」

 

 好物の林檎もあると聞いた時は小躍りしそうになった。もちろん、比喩ではなく、本気で。

 

「では、そろそろ運動に入られますか?」

「いいのか? ここまで手厚く……、いや……断るのも悪いな」

 

 捕らえた獲物を肥え太らせた後で搾取するモンスターかもしれない。そして、自分はそれを享受した。

 ならば彼らの要求は出来る限り応えるのが礼儀だ。

 我が身で返せる礼ならば。

 汚れてもいい服装に着替えてメイドに案内された場所は第六階層と呼ばれるところなのだが、そこはどう見ても地上世界だ。

 広大な森林があり、空には青空が広がっていた。

 見たこともない動物たちが所狭しと闊歩している。

 

「ここは第六階層……。ジャングル地帯です。この先に闘技場がありまして、身体を動かすには最適なところですよ」

「ここは……地上ではないのか……?」

「いいえ。ここは地下施設の階層です。空の風景は『至高の御方々』によって作られた人工のもの……。初めて見る方は大抵驚かれます」

 

 口元に手を当てて薄く笑うメイド。

 自分達の主が作り上げた施設に驚いてくれる事はとても喜ばしい、と言いたげに。

 アタランテは目の前の風景が地下施設だとはとても信じられなかった。

 誰が見ても信じない。それ程現実離れしているというか、地上世界そのままにしか見えなかった。

 

「……う~む。ま、まあ、とにかく自由に使わせてもらっていい、という話しだったな?」

「いえいえ。使っていい場所は赤いロープで囲っているところのみです。そこから先はお客様には危険な場所となっておりますので……。それと魔獣達はお客様を襲わないように命令されております。万が一の時はすぐにこちらまでお逃げくださいませ」

「……ますますこの洞窟というのか、施設が分からなくなった」

「驚いてもらえた事に至高の御方々もきっと喜んで下さることでしょう」

 

 何度か唸りつつもアタランテは軽く走りこみをする。

 確かに横目に魔獣らしき凶悪そうな生物が顔を向けてくるが襲い掛かってくる事は無かった。

 あの可愛いメイドの命令に従順というのはとても信じられない。

 自分は一体何処に来たのか、と。

 

「見張られた状態だとくすぐったいな……」

 

 特に魔獣は命令が解除されれば即座に襲い掛かってきそうな雰囲気を感じる。

 それでも久しぶりの走りこみは気分がいい。ただし、緊張の為に数十分の一くらいの速度だが。

 

「……赤いロープ……。おお、確かにあるな。……なら、これが切れたらどうなるんだ?」

 

 木々の間を一本の太目の赤いロープが確かに結び付けられていた。

 潜ろうと思えば小さな動物には容易く、魔獣達にとっては簡単に乗り越えたり、噛み千切られそうに見えた。実際に数匹ほどロープに噛み付いていた。

 

「どうもしないよ」

 

 と、頭上から声が聞こえてアタランテはすぐに立ち止まる。

 魔獣の気配に隠れていたのか、と条件反射的に身体が動いてしまった。

 

「な、何者だ!?」

「何者だと聞かれては応えない訳にはいかないよねっと……」

 

 高い木の枝から飛び降りてきたのは金色の短髪に褐色の肌。長く尖った耳を持ち、左右色違いの瞳を持つ小柄な人物。

 整った白い上着の両肩から手首までを覆う鱗状の中着が見えた。

 下半身も白い足首まで隠れるスボンだった。

 その子供らしき人物はアタランテに微笑みかけつつロープに噛み付いている魔獣に向けて手を軽く振る。それだけで魔獣達はロープから離れていった。

 

「この階層を管理するアウラだよ。えっと、お客さんと呼んだ方がいいのかな?」

「我は……、アタランテという。子供が一人でこの階層とやらを管理しているのか?」

「質問を質問で返さないの。……全く……。そうだよ。でも、一人じゃないけどね」

 

 口元を緩ませて微笑むアウラという少年とも少女ともつかない子供。

 魔獣が居る中を自由に行き来しているところから只者ではない。溢れる気配は確かに異質だ。

 それを言葉で表現するならば小さな悪魔だろうか。それに匹敵する不穏なオーラを感じた。

 

「あたしが張ったロープをこの子達が間違って切ったとしても設定した区域に不用意に入り込む不届きな子は……、たぶん数匹くらいよ」

「……数匹も居るのか」

「血気盛んな魔獣だから仕方がない。……でも、お客さんを傷つけることはないよ。あたしより怖い人を怒らせる事になるから。だから、安心して使っていいから。本当は闘技場も使わせたいところだけど……。いきなり向こうまで行くのは大変だと思ってね」

 

 親切な子供の説明を何処まで信じればいいのか。

 だが、答えてくれた事には感謝しなければならない。

 元よりここは他人の施設だ。

 



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#007

 act 7 

 

 数時間ほどの走りこみの後でメイドの下に戻り、第九階層に戻る。ここがアタランテが現在滞在している階層という事になる。

 ここは全十階層の構成を持つ地下施設、ということになっている。

 

「お客様が移動できるのはここと下の第十階層の一部。それと先ほどの第六階層でございます」

 

 と、説明するのはデクリメントというメイドだった。

 一般メイドは全部で四十一人居る。それぞれ自分の仕事の為に駆け回っているので全員が揃わないことには顔の違いを見つけたり、名前を覚えるのは難しいと判断した。

 第十階層にはまだ降りられないが、ここは元々は外敵から身を守る為の施設で、気軽に案内できないところだと教わった。

 アタランテの為に解放されたのが先ほどの三つの階層のみ。

 第六階層に行くには第八、第七と昇らなければならない。けれども今は立ち入りが禁止されてる。

 ではどうやって移動するのか。

 答えは『転移』だ。

 だが、どうやって転移するのか、と次の疑問が生まれる。

 転移方法は秘匿されていて教えられない、とメイドは答えた。

 

「……勝手に逃げられては困る、こともあるか……」

「ご不便を()いて申し訳ありません」

「構わない。主との対話で解決を図るとしよう」

 

 今は身体の調子を元に戻す事に専念する以外にする事がない。

 衣食住に不満は無い。むしろ、その気になれば延々と地下施設で暮らせるのではないかと思うほど快適だ。

 だが、水と食料は無限ではあるまい、と思う。それらはどうやって手に入れるのか。

 

「第六階層で育てたり、外部で育てる事もありますよ」

「水は?」

「それは……、上の階層や近くの森などの水源から引いている、と聞いております」

 

 充分な兵站(へいたん)が整っている施設ほど攻め滅ぼすのは困難だ。

 つまりここは天然の要塞でもある、ということになる。

 要塞にしては自然豊かな雰囲気が気になるが。

 とにかく、不思議なところだ、という感想がよく湧いて出る。

 

「……これが夢ならば納得するところだが……。本当に不思議なところだ」

 

 出される食事も実に美味い。

 大抵の料理が出てくるそうだが、それでもやはり食材調達は少し気になる。(ぜい)の限りを尽くした施設とはいえ礼を尽くさねば気がすまない。

 そう思い、食堂とやらに案内してもらいアタランテは驚く。

 料理を作っているのがどう見ても化け物だからだ。

 それは人間が呪いで醜い(きのこ)にされたような存在。

 

「……な、汝が料理を作る職人……なのか?」

 

 人間的な形を持ち、白い身体というか茸に似た形の頭部は赤い玉のような大きな雫がたくさん張り付いていた。

 それが服を着て自我を持って器用に動いている。

 表情というものは無く、どこを向いているのかは分からない。

 それ以外は人間的な姿だった。しかし、おそらく服の中身も茸だと思われる。

 

「こちらは……副料理長の……ピッキーでしたか?」

 

 と、曖昧な紹介をするメイドのフォス。

 普段から名前で呼ばないために本当の名前が分からないようだ。

 役職で呼ぶのが基本ならば意外と知らない事もあるのかもしれない。

 

「それは茸の種族名ですよ。私の事は副料理長とお呼びくださいませ」

 

 本当に種族名で呼ぶなら『ハイドネリウム・ピッキー』が正式名のようだが、確かに個人名かと言われると疑問だ。

 モンスターとしての種族名だと『茸人(マイコニド)』である。

 一応、()となっている副調理長は多くのメイド達の料理のほか、第九階層の大抵の施設の管理を任されており、酒を(たしな)むバーカウンターのマスターも務める。

 

「改めて、料理番をさせていただいている副料理長です」

 

 胸に手を当てて丁寧にお辞儀をする茸人間。

 アタランテも挨拶を返す。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 多くのメイドに対して一人だけでは大変な労力では、と疑問に思ったのだが助手に男性使用人を動員していると答えてきた。

 メイド達はベッドメイキングや掃除は出来るが料理は苦手だとか。

 なんでも料理に関する職業(クラス)レベルを持っていないので、どうしても作る事が出来ない。

 ならば練習すればいいのでは、と聞き返すと、やりましたが消し炭しか出来ません、と。

 

「我々は()()()だから専門の特殊技術(スキル)を持っていないと特定の作業が出来ない、という理屈がある()()()のです」

「……はあ。では、掃除は何故、出来る?」

「恐らく……、女中(メイド)職業(クラス)を持っているからでは、と思われます」

「ふく……料理長も料理に関係するスキル……とやらを持っているから、なのか?」

「おそらくは……。料理人(コック)職業(クラス)レベルを与えられているので皆様に料理が提供できるのだと思いますよ」

 

 では、メイド達に料理のスキルを与えればいいのでは、と思う。

 普通ならそう思う。しかし、それが出来ない理由があるから、今も彼女達は料理を作る事が出来ない、のではないか。

 いくら女中(メイド)とて多少の料理は出来る筈だと思うのだが。

 

「……そういえば『ひぞうぶつ』と言ったか?」

「はい」

 

 アタランテの脳裏にはすぐに『ホムンクルス』という言葉が浮かぶ。

 仮にそうだとしても感情豊かな部分が気になる。

 本来は魔術師のエネルギータンクや尖兵として使い潰される存在で、様々な知識を与えても(えき)になるとは思えない。それとも案内役という使い方なのか、と。

 

「我々は『至高の御方』達によって作られた……、あいや、我々は『人造人間(ホムンクルス)』です。別の言い方だと……『NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)』だそうですよ、お客様」

「の、のんぷれい……? 前者のホムンクルスは知っている。汝らがそうだというのか? それにしては人間と遜色ない対応をするのだな」

 

 そう言うとメイドは気を悪くするどころか口に手を当てて微笑む。

 

「ふふふ、っと失礼……。至高の御方達によって生み出されなかった哀れな生き物(人間)よりは高等な存在だと自負しております。……正直に言いますと……、我々は人間のような下等生物は基本的に嫌いです」

 

 後半は無感情、棒読みで言った。

 それは敵視していると言ってもいい、というか口にしたくない、とでも言いだけのものだ。

 先ほどまで友好的だったメイド達が急に知らない生き物に変化したようで背筋に冷たいものが落ちる。

 

「ですが、至高の御方の命令とあれば……、たとえ下等な人間だろうと全力を持って歓待いたします」

 

 スカートを摘んで横に少しだけ広げ、片方の足を後ろに下げて軽く膝を曲げる。そして、上体を低くして頭を下げた。

 ごく自然に振舞われる会釈の仕草は何百、何千回と繰り返してきた動作のように見えた。

 



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#008

 act 8 

 

 小難しい話しは色々あるが、それらを一度に理解するのはおそらく無理だと判断した。それに詳細な情報を聞く必要があるのか、疑問がある。

 大事なことなのは()()()()理解しているのだが。

 思考が混乱してきた時は風呂に入るに限る。

 様々な店や娯楽施設がある第九階層と呼ばれる場所には『スパリゾートナザリック』と呼ばれる風呂施設があり、男用女用合わせて九種十七浴槽がある。

 既に何度か利用させてもらったが、快適の一言に尽きる。

 中には危険な風呂もあり、覗く事も危険だと教わった。というより危険な風呂が何故、存在するのか疑問だ。

 定期的に掃除するメイド以外の利用者と出会った記憶は無い。

 

「お客様はリハビリの最中なので遠慮してもらっていただけですよ」

 

 と、裸足になって掃除をしていたエイスというメイドが教えてくれた。

 数人で一つの風呂を掃除しているので他にインラインとプラグマが居た。

 アタランテのお気に入りはサウナ風呂と岩盤浴。

 熱を冷ます為の水風呂も使う。

 

「獣耳のお客様が苦手とするお風呂はありますか?」

「……う~ん。妙な薬を入れた風呂かな。特に臭いのきついものは……」

 

 おそらく『ゆず風呂』だとメイドは思い至り、他のメイドに耳打ちしていく。

 猫は柑橘系が苦手。そういう認識で相談しているようだ。

 

「……猫系の『るし★ふぁー』様は男性だから……」

「……残念ですね……。……でも、混浴を良しとされるならば……」

 

 という小声が聞こえる。

 

「アタランテ様は人間のようで獣人(ビーストマン)系の種族とも違うようですが……。もし……、よろしければお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「う~む。わ、我の事はあまり面白いとは思えないのだが……」

 

 生れ落ちてすぐ親に捨てられた人生などメイドに聞かせても詮無いことだ、と。

 暗い話しが多く、明るくなるものがすぐには浮かばなかった。

 何度も唸るのでメイドは無理に詮索しない事を伝えた。

 

「……そうだな。種族で言えば……英雄か女神……に近い存在といったところか……」

「……そうすると神性属性の種族……。()つ、ヒューマノイド系というものですね」

 

 専門用語についてアタランテは分からなかったので首を傾げるのみだ。

 本来なら召喚された世界や時代背景に合った知識が自動的に備わるものなのだが、メイド達が時折口にする専門用語は何故か記憶に備わっていないようで理解出来なかった。

 説明されると理解出来るようになるので、ここは素直に一つずつ尋ねることにする。

 ただ、メイド服に縫い付けられている名札の文字は()()解読できていなかった。

 泡風呂や水浴びが中心だった時代とは違い、多種多様な浴室があるのはとても興味深い。

 大量の水を温めるのは贅沢の極みだ。

 獣の部分はあるが人並みの感覚はあるので身体を沈める事自体に嫌悪感は無い。

 

「……いや、しかし……。文明の利器というものはとても侮りがたし……」

 

 アタランテの顔は自然と綻んでいった。

 口元はきっと波型に歪んでいる。

 耳の裏を洗ってもらう時は特に至福の瞬間だ。

 

「……のぼせる事も構わぬ温かさ……」

 

 湯から腕を引き上げればきめ細かい肌が露出する。

 サーヴァント(使い魔)に新陳代謝が起きるのか疑問だが、気分的には綺麗な肌になったと思える。

 誰に見せても恥ずかしくない程に。

 

「髪を洗わせて頂いてもよろしいですか?」

「うむ。ぜひとも頼む」

 

 腕まくりして用意万端整えたメイドに頷きで答える。

 ここしばらく任せているが、とても丁寧な仕事に感心する。

 もちろん尻尾も洗ってくれる。

 

「前面だけ緑色の髪の毛なんですね」

「……これか? ……まあ、色々とあったのだが……。不恰好で恥ずかしい……」

「いいえ。緑色もお綺麗ですが……。獅子の部分も素敵ですよ」

「動物的な部分は頭と尻尾くらいだが……。当時は化け物と恐れられたり、(さげす)まされたりしたものよ」

 

 神の罰により動物に変えられる話しはよくあった。

 アタランテの時代の人間にとってみれば最大級の屈辱であり、尊厳を踏みにじられる行為だ。

 それでも神々の罰なので文句は言えないけれど。

 出来る事なら呪いに似た部分を消し去りたい、と思わないでもない。

 それから言葉無く髪や身体を洗ってもらった。

 メイド達はとにかく仕事をしている事が幸せだと言うので任せてみた。

 奴隷文化は珍しくはないのだが、彼女達は仕事を苦痛だと思わないものなのか。

 

「我々は被造物ですから、至高の御方々の役に立つ事が至上の喜びです。それを苦痛だと思うメイドは一人もおりません」

「……だが、時には手厳しい罰を受けたりするのでは?」

「多少のお叱りはありますが……。それもまた愛だと確信しております」

 

 ホムンクルスの存在意義についてアタランテには窺い知れないが、使役されることを喜ぶ者に否定の言葉は無粋だと思った。

 しかしながら感情表現が豊かなのは戦いに使用する目的は無く、愛玩目的なのか疑問に思った。いや、それは違う気がすると思考が混雑してきた。

 家事全般をメイドに任せているだけかもしれない。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 考えればきりは無いのだが、そろそろメイド達の主に会いたくなってきた。

 ずっと会わずに生活する事は無理だ。メイド達に一応面会の許可をもらうように頼んでおいた。

 風呂上りの数時間後、滞在している部屋にメイド長が顔を見せに来た。

 声は既に聞き及んでいたが姿を見るのは()()()()()()となる。

 

 ペストーニャ・(ショートケーキ)・ワンコ。

 

 という名前のメイド長は彼女だと思うが姿は異質だった。

 首から下は一般メイドと同じ人間だが頭部は犬。

 人間の頭部と取り替えたとしか言いようが無い。そして、その頭も左右半分ずつだったものを縫い合わせたような目立つ縫い跡があった。

 垂れ耳の可愛い犬で人語を解する。それと尻尾があった。

 

「だいぶ回復されたようですね……、わん」

「お陰様で」

 

 魔獣の凶悪な顔に比べればメイド長の姿は幾分可愛らしく驚きに値しない。

 メイド達自体、人間ではないのだから当然と言える。

 

「そろそろ主に挨拶がしたいのだが……。お目通りを願いたい……。誰か話しを通せる方は居ないのか?」

「はい、……わん。その点につきましては運が悪い事に都合がつかなくて……。主も日程を合わせようとしておられます。あと……三日ほどはお待ちくださいますか?」

「待つのは構わないのだが……。それよりもずっとここに滞在していて我には礼が出来そうにないのだが……。見知らぬ土地に放り出された身ゆえ」

「メイド達のお世話が立派に対価となっております。主は金銭よりもお客様の健康を第一に願っておいでです。……たぶん、大丈夫では無いかと……」

 

 たぶんでは困るのだが、と言いたいところだったがアタランテは言葉を飲み込む。

 この施設の主にとって客の事よりも忙しい仕事がたくさんあるという事だ。

 確かに得体の知れない行き倒れに会わなければならない緊急性は無い。アタランテにとってはそうかもしれないけれど。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 忙しい主に会えるのが三日ならば待てない事は無いし、急がなければならない理由は今のところアタランテにも無い。

 あるとすれば世界のこととか、これからの身の振り方だと思う。

 ペストーニャと別れ、一人部屋にこもり瞑想するアタランテ。

 忙しく駆け回った戦場の日々は遠い昔のことの様に思えてきた。

 次の日、朝から運動と食事に風呂を堪能していると一メートル足らずの生物と出くわした。

 

「ご機嫌よう、お客様。お元気になられて私はとても嬉しく思います」

 

 正確には男性使用人と呼ばれる者の小脇に抱えられた小さな生物なのだが、()()が気さくに挨拶してきた。

 人語を解する生物はここでは珍しくない。とはいえ新たな生き物は新鮮な気持ちを呼び起こす。

 

「鳥? 貴公は……どんな種族なのだ?」

 

 黒い蝶ネクタイをした鳥のような生物を抱えている男性使用人達は『イー』しか言わず、メイドと違って会話が成り立たない。ただし、命令には従う。

 頭まで黒い服で包み込んだとしか思えない彼らは人間的な姿なのだが、どう見ても使用人には見えない。では何だ、と疑問に思うがメイド達もよく分からない生物ですよ、きっと。と、曖昧な答え方で苦笑していた。

 

「私の種族は鳥人(バードマン)。至高の御方に創造されし、気高い種族……」

「その鳥の事はあんまりお気になさらずに……。エクレア様は仕事にお戻り下さい」

 

 立場的にはメイドより上のような気がしたが扱いが意外とぞんざいで驚く。

 エクレアと呼ばれる小さな鳥は抱えられたままどこかに行ってしまった。

 行った、というよりは連れて行かれた、が正確のようにも思えるけれど。

 

「みんな……人の言葉を喋るのだな……」

「全員ではありませんが……。それよりお客様の服は不思議な素材で出来ていますよね」

「不思議と言えば……、そうもしれないな」

 

 サーヴァントが現界する時は裸が基本という訳ではない。

 服装一式と武器がセットになっている。

 魔力供給がある限りケガ同様に服装も自動的に修復される。あと、武器に使う弓矢もほぼ無尽蔵だ。もちろん、一本一本魔力で生成するから魔力がある限りは、だが。

 

「服は脱ぐ事が出来て、着る時は一瞬……。では、他の服は着られなくなるんでしょうか?」

「そういうことはない。戦闘時以外は一般人と変わらない」

 

 半獣人のような姿だが手足に肉球は無い。

 

「洗濯しなくていい、という部分は便利だが……。精神衛生的には少し気になるところだな」

 

 女の子としては、と胸の内で言うアタランテ。

 戦いの日々において服の洗濯などしている暇は無い。であれば、ずっと同じ服を着ているので汚れたり、臭くなっていると思われても不思議は無い。

 だが、全身が魔力で構成されているようなサーヴァントは普通の生物とは違い、新陳代謝とは無縁、だと思う。

 その辺りまでアタランテは考えたことは無かったが、言われてなるほどと感心する。

 常に清潔かもしれないが風呂はやはり気持ちがいい。

 



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#009

 act 9 

 

 時計では午後だと思われる時間になり、早目の夕食をとっていると見慣れない種族や異形の姿を多く見かけるようになる。

 特に目を引くのは骸骨兵。

 身長は二メートルを超えており、武器を持ったまま歩いていた。

 メイドから『死の騎士(デス・ナイト)』だと教えてもらった。

 波打つ武器フランベルジュという大剣と一メートルを超える大型のタワーシールドを持つ。

 全体的に黒ずんでおり、骸骨の身体を守るのは刺々しい装飾がたくさん付いた重厚な全身鎧(フルプレート)。兜にも鋭く尖った角のようなものが付いていた。

 

「ああいう化け物というのか、種族と言えばいいのか……」

「モンスターとかクリーチャーとお呼びするのが一般的です。死の騎士(デス・ナイト)などはアンデッド。またはアンデッド兵と呼ばれます」

「様々な種族が共存していれば呼び方も苦労するのではないか?」

 

 アタランテの指摘にメイドのトゥルーは苦笑する。

 しばらく死の騎士(デス・ナイト)の姿を眺めていると別のメイドにかち合い、何事か話しかけた。もちろん、話すのはメイドでアンデッドは呻き声というか苦悶の呪詛のような声しか出さない。

 会話が成り立たないようで相手の言葉を理解している節があり、アンデッドが何度か頭を下げる場面が見えた。

 

「……ああいう手合いに攻撃を受けたりはしないのか?」

「そんなものが居れば我々メイドはひとたまりもありませんよ」

 

 確かに愚問だった。

 それでも平然と接する風景には驚いた。

 

「……それにしても……」

 

 と、もう何度も驚いたのだが、改めて見ると尋ねずにはいられなくなる。

 アタランテの側に座るメイド達の食事風景について。

 それほど小食というわけではないのだが、メイド達の一度の食事量は大雑把だが自分の三倍近く。それ以上かもしれないけれど。

 それだけの分量の食事を三度続けてほっそりとした身体を維持している。

 運動量は家事全般程度しかしていない筈なのに。

 

「……しかし、良く食べるのだな……」

 

 食事が好きなメイドなら不思議は無いのだが、見て来たメイドの全てが大盛りだった。

 ほぼ全員と言ってもいいのではないかと。

 

「我々人造人間(ホムンクルス)は種族ペナルティとして食事量増大というものがありまして。そのせいで大量の食事を必要とするだけですよ」

 

 と、笑いながら答えるメイドのデストラクタ。

 だいたい三人チームで行動しているのでもう一人のメイドが近くに居た。

 彼女達は食べ始めると当たり前かもしれないが無言になる。一心不乱に食べる事は無く、無理のない速度で淡々と口の中に放り込んでいく。

 好みはあるようだが、ほぼ完食していく。

 

「その調子では食材の在庫が枯渇するのではないのか?」

 

 至極当然の疑問だ。

 今の調子ではいくら広大な施設を持つとはいえ一年くらいで倉庫を空にする勢いを感じた。

 もっとも、食材を収める倉庫が想像を超える規模ならば平気、という事もあるかもしれない。

 あくまで想像なので現実的とは言えないが。

 

「その辺りもご心配なく」

 

 やはり、というか平然と答えてきた。

 そういう予感はあった。

 

「我々の食事は施設のコストから言えば微々たるもの。一切、問題がありません」

「……?」

 

 また専門用語か、とアタランテは首を傾げた。

 メイドの言葉が時々理解出来ない。

 どこをどう見れば微々たるものだと言えるのか。

 メイド達の一日の食事量は少なく見積もっても城クラスの施設の三日分の消費量に匹敵する。

 

「……えっとですね……。……これ言っていい情報でしたか?」

「……う~ん。分からない時は言わない方が無難よ、きっと」

 

 と、相談を始めるメイド。

 秘密情報なら無理に聞こうとは思わないとアタランテが言うとメイド達はほっと一安心したように胸を撫で下ろす。

 それでも気になる問題ではある。

 メイドの食事は昨日今日の問題ではない筈だ。今までの期間に消費した分量を思うと背筋に冷たいものが落ちる。それを聞いてはいけない気持ちにさせるほどに。

 だが、それでも一時(いっとき)思ってしまった問題はすぐには抜けてくれない。

 キュッと急に胃が締め付けられ食事の手が止まる。

 今、これを食べれば明日の食事は無い、という警告のように。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 アタランテが急に止まったのでメイド達が心配して顔を近づけてくる。

 何か言わなければならないのだがお腹が苦しくて何も答えられない。

 自然と手が震えてナイフとフォークをテーブルの上に取り落とす。

 

「アタランテ様!? どうされました?」

「………」

 

 身動きが取れないアタランテの側に他のメイド達が集まってくる。

 苦悶の表情を浮かべる彼女を部屋まで案内し、ベッドに寝かせる。

 急激なストレスにより目に見える形でお腹が凹んでいく。その場所をメイドの一人が撫で付ける。

 

「どど、どうしましょう!」

「応援を呼んでくるわ」

 

 と言って部屋を出たメイドが数秒で引き返してきた。

 

「やや、やまいこ様がいらしたわ!」

「もうお帰りになられたの!?」

 

 一段と騒がしくなるメイド達。

 意識ははっきりしているがアタランテの頭の耳には騒音のように響いてきて、お腹に結構なダメージが伝わったような気がした。

 空きっ腹ではない筈なのに痛みを感じるのは腹に槍でも刺されない限り、ありえないと思った。

 入れ替わり立ち代わり、タオルや水の用意が整えられているが、まず最初に思ったのは静かにしてくれ、というものだ。

 ただ、声が出せない。

 呼吸は何とか出来るのだが、喉を締め付けられているように苦しかった。

 サーヴァントがこんな事で苦痛を感じるものなのか疑問だが、実際に感じているのだから疑いようがない。

 それから数分後に部屋に何者かが姿を見せる。

 メイド達以外はほぼ化け物。異形のクリーチャーとしか言えないのだが。

 背が高く、横幅も広い。

 両腕はかなり太く、それでも部屋の扉はモンスターの入室を受け入れるほどに大きい事を今更ながら気付く。

 いや、そもそも部屋の扉はこれほど横幅が広いものだったのか、と疑問に思った。

 

「は~い、みんな~。ちょっと()けてね~」

 

 図体の大きいモンスターは見た目とは裏腹に耳障りのよい声で迫り来る。

 見た目では分からないが女性だと思われる。いや、単にそう聞こえただけかもしれない。

 

「腹痛かな? ……まさか食中毒ってことはないでしょうね……」

「鑑定魔法にて再確認いたしました」

「後は……嫌いなものがあったとか? それなら不味いの一言で済むか……」

 

 今も腹の中は締め付けられるような痛みが満たされていて喋れないのだが、自分でも食中(しょくあた)りとは考えられない。

 

「メイド達。まずは状況説明を……」

 

 そう言われてアタランテと共に食事していたメイド達が顔を青くしながら詳細に説明を始める。

 普段は笑顔の絶えない彼女たちが震えながら喋るさまは圧政者を前にした奴隷か小市民のようだ。

 それでも暴力に出ず、何度か頷く大型モンスター。

 

「メイドの食事量の話しか……」

「申し訳ありません。話題として話してしまいましたが……」

人造人間(ホムンクルス)と聞いて問題が無いなら別に大丈夫でしょう。いやまあ、なんというか……。話題づくりは難しいわよね」

 

 う~ん、と唸りつつ巨大モンスターはふと自分の手を見る。

 大人ほどの人間の胴体よりも太い腕。それはそういうガントレットだと言えば信じそうになるが、重量的に装備できるとは到底思えない代物だった。

 その巨大な腕として形成している装備を外す。すると驚くほどほっそりとした腕が見えた。

 もちろん巨体に見合った太さなのでアタランテよりは幾分太いのだが。

 

「それ、片付けておいて」

(かしこ)まりました」

 

 一つのガントレットをメイド二人掛かりで運び出す。

 見ている分には軽々と持ち上げているように見えた。

 

「……ボクの予想では……、ストレス性胃腸炎ってところかしらね」

「………」

 

 聞いた覚えがありそうで良く分からない単語だった。

 それにしても状況を冷静に分析している大型モンスターはいったいどういう存在なのか。

 痛みを紛らわせる為に分析するのだが、自分の記憶には無い。

 あるとしても大型ゴーレムだ。それよりはまだ生物的であると言える。しかも喋っているのでゴーレムではない、はずだ。

 思考が混乱する事で色々と痛みも軽減されてきた。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 しばらくお腹をさすってもらい少しだけ落ち着いてきた。けれども呼吸はまだ苦しい。

 熱を帯びた頭を冷やす為に額に濡らしたタオルを置くメイド。

 

「食べ物を大事にする人ほどメイドの話しは結構キツイらしいわよ」

 

 と、ゆっくりと話し始める大型モンスター。

 帽子を被っているせいか、顔は見えない。服装は十字架をあしらった装飾品があったので聖職者かなと思った。

 

「……お客様に詳細をお伝えするべきか……、迷ってしまいましたので……」

「その辺りは確かに……、判断に迷うところよね。ましてシステムを理解していない……、または違う概念を持つ人にはさっぱり意味不明だし」

「も、申し訳……ありません」

 

 謝罪するメイドの頭を骨に似た刺々しさを持つ手で撫でる。

 それはおそらく彼女と思われるモンスターの本来の手なのだと。

 ガリガリと皮膚を削るような事はなかった。

 その後で頭部が犬のペストーニャが訪れた。

 

「やまいこ様。お帰りなさいませ、……わん」

 

 スカートを摘んで丁寧に挨拶するメイド長。

 

「ただいま。早速だけど……、治癒魔法をかけてみて。ボクがやってもいいんだけど……」

「是非っ! お任せ下さいっ!」

 

 と、両手を組んで鼻息荒く獰猛な獣のような勢いでペストーニャはやまいこというモンスターに迫った。それと尻尾が激しく動いていた。

 

「顔が近いぞ。……見立てでは低位規模ってところだ」

「畏まりました……、わん」

 

 ふん、とはっきりアタランテにも聞こえるような鼻息。

 

中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)

 

 アタランテのお腹に置いたペストーニャの手が怪しく光る。

 そこから温かい魔力の本流が体内を駆け巡る。

 先ほどまで苦しかった喉が糸が解けるように楽になった。

 

「……あぁ……ふー」

「お加減は如何ですか? ……わん」

「……いきなり楽になった……。治癒魔術か?」

「魔法です」

「……はっ?」

 

 魔術と魔法は違う。それは何となく分かるアタランテ。

 奇跡を現世に起こすのが魔法だ。そして、それは長い年月の内に失われ、多くの魔術師達が再現に苦慮している。

 聖杯というものも奇跡を起こす魔法の一つである事はサーヴァントの誰もが知っている。

 

「ここでは魔法という概念が通じる。ただそれだけ。ご大層な理屈は無いよ」

「……確かに痛みを消すのは……。いやしかし……。なんだ、それは……」

 

 苦しみから解放された途端に溢れる疑問を口にするアタランテ。

 その様子を見たやまいこ達は元気になって良かった、と思いながら苦笑する。

 

「魔術と魔法が違う話しはだいたい分かるけど……。この世界の(ことわり)は魔法で満ちている」

 

 確かに大地から湧いて出る魔力には驚いたが。

 神代の世界だから、なのかと。

 



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#010

 act 10 

 

 腹痛が治まり会話にも支障が無くなった後、改めて礼を述べるアタランテ。

 メイド達が言うところの(あるじ)、の一人『やまいこ』との対話を試みる。

 見た目には階層を巡回していた骸骨の騎士の方が強そうに見えたのだが。

 流暢に喋る内容から知性はかなり高い。

 

「改めて、ボク……いや、私の方がいいか。私はやまいこ。この拠点の代表者の一人だ」

「代表者……」

「うん。とにかく、無事で良かった。君さえ良ければ男共を呼ぶけど……。純潔とか男子禁制とかあるかと思って……」

「そういう縛りは無い。……確かに異性にジロジロ見られるのは好かないが……」

 

 アタランテの言葉を受けて軽くパンと音が鳴るように手を合わせるやまいこ。

 表情は分からないが喜んでいる雰囲気は感じた。

 確かに男子禁制という縛りがある女神などであれば問題が起きる可能性がある。しかしながら、既に男性というか(おす)には会った気がする。

 

「……変に気を使わせてしまったようだ。改めて謝罪する」

 

 頭を下げるアタランテ。

 お腹の調子はとても良くなっている。まさに奇跡。

 その後は何から話せばいいか、と思案していると部屋に別のメイドが姿を見せる。

 何人も入れ替わると数百人は居るのでは、と。

 

「そういえば……、我のような行き倒れは他に居ないのか?」

「居るには居るけど……。知り合いか、敵かで対応は変わるよ」

 

 自分の知る限り、どちらとも取れるので返答は難しい。尚且つ、施設内で戦闘行為に発展しては迷惑だ。

 それと知り合いと言っても真名のやり取りは数人だ。

 基本的にサーヴァントは全員が敵、ともいえる。

 戦いが終わった今、改めて雌雄を決する理由はアタランテには無いけれど。

 

「もし、歩けるなら着いて来て」

「了解した」

 

 大柄な体格にもかかわらず繊細な気配りの出来るやまいこの雰囲気はアタランテの印象では好感が持てる。けれども、それが本心かは分からない。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 食べ残した食事の事を思い出し、尋ねてみると一応は保管しているとのこと。

 少し熱を加えれば改めて食べる事が出来ると教えてもらった。

 それを歩きながら聞きつつ案内されたのはメイド達が寝泊りする個室の場所。

 多くのメイドには個室と相部屋が与えられている。中には空室もあり、物置のように使っている。

 その数は百部屋ほどあり、一階層とはいえ想像以上に広い空間である事に驚く。

 

「各階層は本当に広いよ。もちろんデッドスペースもあって、拡張の余地が残されている。そこを来客用に改造したりするのもまた楽しみなんだけどね」

「地下施設だと思うが……。こんなに広い空間を確保するとは……。天井も高い……」

 

 推定二十メートルほど。

 明かりはおそらく魔法の光り。夜になると場所ごとに消灯される。

 小さな邸宅を丸ごと納められる広さがある。

 

「ここのところ客人が多くてね。今まで使わなかった空間の再利用に一役買ってて助かっているよ。たまに重要会議も(おこな)われる」

 

 楽しそうに話すやまいこと驚いたり、呻くメイド達。

 おそらく秘匿事項が含まれているからだと思われる。

 そうして案内されたのはとある部屋。というか家にしか見えないし、アタランテに与えられた部屋とほぼ一緒だった。

 中身に変化が無いのであれば階層構造にはなっておらず、ただ単に吹き抜けになっている筈だ。

 

「天井が無駄に高く感じるけれど……。他の部屋も大体似たようなものだよ」

 

 と、言いながら扉を開けるようにメイドに命令する。

 重厚そうな大きな扉。三メートルほどはあるだろうか。それを非力そうなメイドが開けていく。

 ギギィと重そうな音を響かせるが、遠くでも似たような音が聞こえる。

 一斉に開ければさぞかしうるさくなると思う。

 開け放たれた扉の中にやまいこは挨拶もせずに入っていく。その後をアタランテも追随する。

 どの部屋も同じ構造という話しなので目新しさは確かに無かった。

 

「これはやまいこ様……。ようこそおいでくださいました」

 

 挨拶してきたのはインクリメントというメイド。

 客対応にメイド達が交代で担当しているので同じメイドに当たる事は珍しくない。

 

「お客さんは起きてる?」

「もうまもなくいらっしゃいます」

 

 その言葉の後で姿を見せたのはアタランテも面識がある人物、だったのだが様子が少し、いや物凄くおかしい。

 見たままで言えば白、黒、子供の三人に分裂していた、となる。

 ついでに顔や髪型が似ている、を追加する。

 

「……はっ?」

 

 アタランテは口を開けて惚けるように言った。

 その様子に対し、姿を見せた白の人物は手を前に突き出し、苦笑する。

 

「何もおっしゃらないで下さい。ええ、ええ。あなたの戸惑いは私にもよ~く理解出来ますとも」

「……というよりこいつ誰? 私は知らないんだけど……」

 

 と、黒が喋る。

 声は大体同じようだ。

 という事は子供もきっと同じだと思う。いや、絶対に。

 

「まず、こちらは私の姉妹でも生き別れた双子の姉でもありませんよ」

 

 言っている事は違うようで同じ意味に取れるけれど、アタランテとやまいこは突っ込まなかった。

 

「……いや。ようは三人(とも)に『ジャンヌ』という事だな?」

 

 アタランテの言葉に顔からたくさんの脂汗を流す白。

 白というか白ジャンヌ。

 碧眼で金色の長い髪を持つ白人系のきめ細かい肌の女性。年齢は十代後半。背は平均的。黒い方もほぼ同じ背格好だが髪は白く瞳は金色だった。

 小さい方は年齢が十歳程度で小柄。

 身につけているのは白ジャンヌは白銀の鎧。黒ジャンヌは黒い鎧。

 子供の方は何故か黒いブラジャーのような水着を着ていて白いコートを羽織り、下半身は丈の短い白いスカート。額当てのような兜には金色の小さなベルが着いていた。

 あの二人(大きいジャンヌ)に容貌は似ているが髪と瞳は黒ジャンヌと同じ。

 ジャンヌはアタランテの記憶では『ルーラー』と呼んでいた人物だった。

 彼女(ルーラー)はサーヴァントの真名を看破するスキルがあるので、アタランテの名前はすでに知っている筈だ。ただ、残り二人(黒と子供)に関しては記憶に無い。

 

「もちろん私が姉のジャンヌです。こちらの黒いのは妹ジャンヌ。小ジャンヌです」

「……名前が同じなのだから仕方が無いが……。そのネーミングセンスの無さはなんとかならなかったわけ?」

「クラス名だと同じクラスの人が居ると混乱しますから仕方がありません」

 

 三人共にやはり同じ声だ。

 本当に姉妹と言っても差支えが無いほど。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 フランスを救った聖女『ジャンヌ・ダルク』が何故か三人。

 ジャンヌ三姉妹という単語がアタランテの脳裏に浮かんだ。

 

「こちらの小さな子も同じ名前なのですか? 娘ではなくて?」

「はい。……一応、私のクラス名は……オルタとサンタとリリィで……、えっとランサー……でしたか? そんな感じです」

「……そんなに長いクラス名に覚えがない」

「私がルーラー……」

「ルーラー・ジャンヌ。セイバー・ジャンヌ。ランサー・ジャンヌにしよう」

 

 アタランテが強引に言い切った。

 名前談議だけで一日が潰れそうな気配を感じた。

 

「私のクラスはアヴェンジャーだ」

「……そうか。では、アヴェンジャー・ジャンヌで……」

 

 やまいこはメイド達に色々と命令を下し、アタランテは三人の()()()()()()()()()女性達に椅子に座るように促す。

 自分の事だけでも大変だったのに同じ存在、いや、どう考えても子供は同じ存在とは思えない三人は一体全体何なのか。

 更なる頭痛の種が増えて混乱する。

 ジャンヌ・ダルクが三人居るなら他にもクラスは違うが同一存在が居る可能性が高まる。

 青セイバー、白セイバー、黒セイバーとか。

 

「汝らもこの地に召喚された口なのか?」

「……召喚というよりは転移ではないかと……。戦いの記憶を保持していますし……」

「我々もどうしてここに居るのかは知らない。少なくともここは『フランス』ではないことは理解した」

「……もちろん、外の世界のことですよ……」

 

 と、それぞれ喋っているのだが同一人物が声色を変えているようにしか聞こえない。

 という事は別のクラスのアタランテが何所かに居る可能性もありうるのかも、と。

 ジャンヌ達から何も無い平原を歩き回って小さな木造の建物にたどり着いて今に至る、という簡単な説明を受ける。

 アタランテも言える範囲で説明した。

 それとサーヴァントなのに腹痛を感じるところから少しおかしい事も。

 

「サーヴァントという役目を終えて、別の何かに変異した、のではないでしょうか。魔力によって装備品の修復は確認致しました。しかし、空腹を感じるところは生物的です」

「……この世界の生物になった、って事じゃないの?」

 

 アヴェンジャー・ジャンヌは足を組んで睨むように呟く。

 聖女のイメージを持つルーラー・ジャンヌとは真逆の存在ともいえる。

 それに引き換え、子供のランサー・ジャンヌはとても礼儀正しい。言葉使いも丁寧であった。

 

「分かっている事は我々にマスターは居ない。契約自体されていないことです」

「……やはり」

「ですが、能力を失ったわけではないようです。単独行動できるサーヴァントという事もありえる。ですが……、まだまだ分からない事だらけです」

 

 それと、と呟きつつルーラーはやまいこに顔を向ける。

 その頃には扉から食べ物と飲み物が運ばれてくるところだった。

 

「この施設についての詳細は教えてはもらえないのでしょうか?」

「それについてはまだ答えが出ていない。もう少し待っててね。これはボク一人で決める事じゃないから」

「分かりました」

 

 と、あっさり納得するルーラー。

 無駄な議論をしても意味が無いと悟ったからだと思われる。

 メイド達がテーブルに温かい紅茶を置いて行く。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 アタランテと三人のジャンヌはほぼ同時に紅茶を一口飲んだ。そして、ほっと一息つく、ところまでほぼ同時。

 

まあ! これは素晴らしい味だわ」

「……ふん。まあまあじゃないの?」

「……アヴェンジャー・ジャンヌにはまだ早かったのかしら? 紅茶の味を理解するのは」

「……見栄を張らずに素直に美味しいと言えないのは残念ヒロインへの危険なフラグですよ」

 

 などなど。

 賑やかさでは羨ましいとアタランテは思った。

 単独行動の多いアーチャーは何かと相談事が苦手だ。

 苦手というか、気を許せる仲間が居なかった。

 

「そうそう。本来は令呪などで縛られるサーヴァントシステムですが、私が持っていた令呪は全て消えています。おそらく他のサーヴァントの方も同じような境遇だと予想しておりますが……。それらは実際に確かめるしかないようです」

「自由……という事か?」

「そうだとしても、この世界で我々が何をするか……。何が出来るのか。聖杯探索をする事になるのか。色々と分からない事だらけです」

 

 聖杯を求める為に自分達サーヴァントは召喚され、戦いに身を投じる。

 では、その()()が無くなったサーヴァントは何をすればいいのか。

 

「システムから切り離された中には暴走する者も出るだろう。特にバーサーカーなどはとても危険な存在になる」

「いえ、案外システムのくびきから解放されて理性を保っているかもしれません」

「……そうだと良いのだが……」

 

 バーサーカーの問題の次はアサシンとなる。

 彼らは殺人に興じる傾向にあるので現地の人間には脅威とならないかと。

 

「アヴェンジャー・ジャンヌとしてはどういった感情がありますか? クラス名のように何かに復讐したい気持ちとか残っていますか?」

「ああ? う~ん。自分の気に入らないことには腹が立つ……。という程度で、……別に何かしたいとか……。そういうのは()()無い。どうしても殺したい相手っていうのは……、浮かばないな……」

 

 例えば生前のジャンヌを火刑に処した人間達とか、とルーラーが言ってもアヴェンジャーは首を傾げるのみだ。

 時代が違う。世界が違う。という理由があるのかもしれない。

 それはそれで納得する理由ではあるけれど、クラスに応じたそれぞれの役目は絶対に破れないルールではないのか、と改めて尋ねるアタランテ。

 

「ルールに従う理由が今はあるとは思えません。そもそも聖杯戦争の為に転移した、という感じがしないのです」

 

 役目を終えた英霊は(すべから)く消滅する運命だ。残っていても現地の人間にとっては脅威であり、邪魔でしかない。

 中には受肉して現世を謳歌する者も居るらしいが。

 

「……それはそれとして……。私が気になるのは……、自分が装備している防具です」

「うむ」

 

 ルーラーは自分の白銀の鎧を突き出すように主張した。

 

「不思議なことに自分の意思で消したり、出したり出来るのです」

「うむ」

 

 と、素直に返事をするアタランテ。

 それがどうしたと言わんばかりだ。

 確かに聖杯戦争中は武具は自在に出せていた。というよりは装備丸ごとサーヴァントの持ち物であり、霊体化できる。

 その理屈までは窺い知れないけれど。

 

「アタ……、真名で告げる事に抵抗はありますか?」

「今更な話しだ。ルーラーとは知らぬ仲ではない。それに彼ら(やまいこ)は恩人だ。見知らぬ者の場合は躊躇(ちゅうちょ)するかもしれないが……」

「分かりました。当分は真名で呼ばせていただきます」

 

 逆にアタランテ側はクラス名でなければ混乱する事を伝え、お互いに納得していく。

 

「では、改めて……。アタランテは身につけている防具に違和感はありませんか?」

「特に思う事はない」

「この防具は絶対に売りさばく事が出来ません。おそらく各々の武器も……」

 

 アタランテとしては武器の弓は売りたくないもの、と思ったところで気付いた。

 礼の為に譲渡する事が出来ない、という意味だと。

 相手に渡したところで自分の意思で手元に戻せる。現にアタランテの手には弓が握られている。

 ずっと部屋に置きっぱなしにしていたものだ。ちなみに増殖できるのは打ち出す弓矢くらいだ。

 いくら魔力が豊富だからといって、と試しに弓が増えないか色々と念じたりしてみた。

 霊体化出来るなら、それを応用すればいい。という発想は出来たが実践できるのかはまた違った概念があるのか、()()生み出せなかった。

 

「おそらく武具はサーヴァントと一心同体。霊体で出来ている、または出来ていた、が正しいかは分かりませんが……。捨てる事が出来ない」

 

 一心同体だからといって武具を攻撃されるとダメージを受ける、という事にはならない。

 完全に破壊されたとしても魔力で復活する事が出来る可能性がある。

 

「この現象がある限り、我々サーヴァントは何らかのシステムや戦いに身を投じる事になる可能性があるかもしれません」

「新たな聖杯戦争が起きると?」

「ルーラーである私にもなんとも言えませんが……」

 

 ランサー・ジャンヌ以外が小さく唸る。

 どういう意図があるにせよ、自分達にはマスターが居ない。それは感覚的に理解している。

 サーヴァントは使い魔ゆえに命令があれば戦う運命だ。

 では、その命令を下す者が居ない場合は自由時間として遊んでいていいのか。

 



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#011

 act 11 

 

 結論の出ない問答は不毛。そう判断したアヴェンジャーは髪の毛を掻き毟る。

 自分でも何か言わなければ、と思うのに何も言葉が出て来ない。

 荒い鼻息を出す彼女をルーラーが背中を撫でつつ宥める。

 

「あえて言いにくい事を尋ねるが……。我らがここで死ぬとどうなるのか……。個人的な見解でいいから聞かせてほしい」

「元々が英霊ですので、消滅するのが基本かと」

 

 生物と同じく出血やケガをし、時には命を落とす。

 消滅と言っても『英霊の座』に記録されてから消滅する、というのが通説だ。

 アタランテの知識の中ではそうなのだが、実際に死んで確かめたわけではない。

 好き好んで一回死んで確かめようと思う勇者はおそらく居ない。それについてルーラーも苦笑を浮かべていた。

 

「役目を終えました~。はい、皆さん。一緒に死にましょう~。……って死ぬバカが居たら見てみたいわ!

 

 と、アヴェンジャーが吐き捨てるように言った。

 死にたがりの英霊でもない限り、率先して死ぬ人は居ない。

 罪深い英霊ならば多少はありえなくはない気もするけれど。

 

「殺し合いをする必要が無い、としても相手が恨みつらみ……。または戦いたいという理由を持っている場合はどうすればいい?」

「……あ~、居るよね~。戦闘バカって」

「違う時代の英雄と戦いたいと思う方は少なからず居るかもしれませんね。……それはそれで厄介ですが……。お互いの同意が必要だというルールでも課せば……。あぁ……、あらゆる手を使って戦いに導く場合もありますか……。う~ん」

 

 それでは結局聖杯戦争と変わらない。

 怨恨でもない限り戦闘するのは任意が望ましい。けれども血が見たいという狂気にかられた英霊が居ないとも限らない。

 殺人鬼が英霊になった場合は戦闘は避けられない、と思う。

 

「アタランテはどうしたいですか?」

 

 改めて聞かれても答えに困る。けれどもいずれは聞かれると予想していたので現時点で言える事を言うだけだ。

 

「……分からない」

 

 目的を急に失った英霊にこれからの事など分かるはずがない。

 少なくとも他の英霊と戦いたいという願いは無い。

 戦い以外となると、平穏な生活を営めれば充分だ、が適切か。

 

「ルーラーはその点ではどうするんだ? 改めて祖国救済に邁進するのか?」

「時代がかなり過ぎていますからね。でも、せっかく生を受けたのですから楽しみたいですよ」

 

 と、言いつつアヴェンジャーに顔を向ける。

 あなたはどうするのですか、という無言のメッセージを送る。

 

「私は好きなように生きるだけだ」

「サンタたる私は冬以外に活躍出来そうにないです」

 

 サンタ以前に薄着の格好を何とかしないと、と思ったところでアタランテとルーラーは気付いた。

 ランサーは寒い季節限定かもしれないが、ふとしたきっかけで装備が薄着に変わってしまう恐れがある事を。

 

「元々が英霊……。寒さには強いと思いますよ」

「そうとは思えませんが……」

「風邪をうつしたら殺すわよ」

あなた(アヴェンジャー)はバカだから風邪は引きませんよ」

「はあ!?」

「二人共ケンカしないの」

 

 元が同じ存在であってもクラスの違いなどで性格まで差が生まれるのは不思議だとアタランテは思う。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 自分たちばかり話していたが壁際に居る施設の関係者をつい(ないがし)ろにしていた。

 話しに聞き耳を立てているようだが、合間に食事を持ってきてもらっていた事は忘れていない。

 それにランサーが先ほどから黙々とお菓子を食べ続けていたことも。

 

「興味本位で聞いていたけど……。うん。まず、最初に外に出るのはもう少し後にしてもらうよ。我々には敵が多い。君たちを信用するしかないけれど、情報漏洩はとても困るので」

「そ、そうでしたか」

「と、いうのは建前さ。君たちにも事情があるのは他の人達からも聞いている。戦闘行為が避けられないなら、しばらくここで生活する方が安全だと思うよ。永遠に、っていう事はしないつもりだけどね」

 

 やまいこの言葉はどこまで信じられるかは分からないけれど、アタランテ達の身の安全は考慮する気があるらしい。

 相手の立場に立てば施設の情報を漏らされるのは面白くない、という理由も納得出来る。

 

「……客人の安全を保証できないようでは君たちを助けた事が徒労に終わってしまう。少なくともボクは弱きものの味方でいたい」

 

 囁くようにやまいこは言った。

 他のメンバーと同意見というわけではなく、あくまでもやまいこ個人としての見解。

 

「もう少しメンバーが揃わない内はどっちみち滞在していてもらうけれどね。いきなり外に放り出して、また行き倒れられるのは寝覚めが悪い」

「……すまない。色々と世話になっていて……」

「こちらこそです。やまいこ様」

 

 顔だけはやまいこに向けて、お菓子をひょいパクひょいパクとランサーは食べ続けていた。

 それに気付いたアヴェンジャーが自分の分も食べられると思ってランサーの頭を平手打ちする。

 

「我々の他にまだ居るんですよね?」

 

 居たとしても会いたくない人種、というか英霊が居るような気がした。特にうさるいのとか人間的に嫌悪感を抱きそうなのが。

 

「連れてくる? 敵同士っぽいから隔離してみたんだけど……」

「ルーラーとしては全員を把握しておきたいですけど……」

 

 アヴェンジャーのジャンヌに顔を向けると彼女は顔をすぐ逸らした。

 話しかけるな、という意思表示だと思われる。

 

「私は構いません。……出来れば理性的な方なら、と……」

「全員かは分からないけれど……。割りと飢えに勝てない人が多い」

 

 そうやまいこが言うとアタランテ達は唸った。

 三度の食事が何より大好き、という事かも知れない。または食に恵まれない時代背景がある、とも言える。

 



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#012

 act 12 

 

 食について異常に執着する人物をランサーは一人()()思い浮かべられた。

 通称『初代サンタ・オルタ』という人物は性根が腐り切っている、という説明で終わった。

 

「……はっ?」

 

 やまいこの疑問にアタランテも同じ感想を抱く。

 何なんだ、そいつは、と。

 

「詳しくは分かりませんが……。世界中の子供たちに残念な玩具を押し付けドヤ顔で自慢する変質者だと……」

「……残念な玩具……」

「ああいうサーヴァントのマスターはきっと苦労するに違いがありません」

 

 力説するランサー。

 知り合いで敵という認識でいいのか、とアタランテとやまいこは疑問に思った。

 聞いている分にはろくでもない人間のようだ。

 

「ボクの知る限り……、性格的に変だな~っていうのは居なかった筈……」

 

 賑やかという言葉では通じないこともあるかもしれない。

 やまいこは改めて収容した人物の様子を確認する事をアタランテ達に約束する。

 

「それから……。君たちが敵同士じゃないなら、このまま交流する事を許可するよ。ああ、あと君。アタランテと言ったね?」

「ああ」

「今日一杯は無理な食事はしないように。いくら魔法でも身体はまだ少し現実に慣れていないと思うから」

 

 そう言った後で部屋から退出するやまいこ。

 残ったメイド達は後片付けを始める。

 

「……正直、他のサーヴァントに会いたくないですけどね」

「基本、殺し合いますから」

 

 聖杯戦争というシステムでは仕方が無い事だが、そういう(しがらみ)が無い今の状況では交流することも(やぶさ)かではない。むしろ色々と情報を得たいと思っている。

 それぞれの時代の英雄の話しは特に。

 だが、今はまだ互いに疑心暗鬼だ。何かの拍子に戦いが強制されるかもしれない。

 

「ルーラーとしての意見ではあまり役に立たないかもしれませんが……。仲良くできることを祈りましょう」

「そうですね。……しかし、この武具で出歩く事になるんでしょうか?」

 

 武装は身を守る上では有益だが、この格好のまま過ごさなくてはならないルールは無い。

 風呂に入った後は『浴衣(ゆかた)』というものを借りた。着付けはメイド達が(おこな)ってくれたが、それがとても着心地が良かった。

 

「私も着ましたよ、浴衣。あれはいいですよね」

「私は水着のままでした」

「……だろうな。ランサーも浴衣で過ごしてはいかがか? その薄着では(いささ)か……、不純な気配がする」

「サンタの戦闘服にケチを付けないでください。世の男共を悩殺する上では立派に役に立つんです。はい、論破」

 

 と、言った瞬間にアヴェンジャーの平手打ちがランサーの後頭部にヒットする。

 その様子にルーラーがよくやりました、と小さくつぶやくのをアタランテは聞き逃さなかった。

 彼女(アタランテ)も『教育的指導です』と呟いて感心した。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 児童虐待で訴えますよ、と涙目で言うランサーを無視して今後の活動について色々と余裕が生まれた。

 聖杯戦争の事は考えなくていい。それはつまりサーヴァントとしてのお役御免ともいえる。

 戦わないサーヴァントに存在価値があるのか、と言われそうだがマスターの都合で召喚される身にもなってほしい、と言いたい事はある。

 サーヴァントは基本的にマスターを選べない。

 時にはおかしな(やから)だとしても勝利の為に戦うしかない。

 人間的に性格破綻者や狂人だとしても。

 ルーラー達の部屋から出たアタランテは近くまだ居たやまいこに他の部屋の案内を頼んだ。

 

「いいよ。それじゃあ、次に行こうか。君たちの話しは実に興味深い。他のメンバーも立ち会わせたいところだよ」

「……殺し合いの話しばかりだと思うがな」

()()()的にはボクらも大して変わらないかもしれない。けれども、君らよりは深刻ではないと思う。……うん。立場の違いによる意見の隔たりは色々と勉強になるよ」

 

 やまいこの中で色々と納得したり考えさせられる場面があったようだと思い、彼女だと思うがこちらの立場を理解しようとしてくれるところは好感が持てる。

 もちろん厄介になっている身なので文句は出来る限り言わないつもりだ、と胸の内で言うアタランテ。

 次に向かった部屋の外観はやはり他の部屋と大差なく、メイド達によって扉が開かれる。

 自分で開けられる、と一度は言った。けれどもメイド達の仕事を取る事になる、という言葉に納得するしかない。

 これが奴隷であればアタランテと言えども素直に納得するところだが、ひ弱なメイドだと罪悪感が湧く。

 そんな思考を振り払い、部屋の中に入る。

 内装に大差はなく、外壁は無機質にして質素。

 一言で言えば華が無い。

 自分の家ではないのだから文句を言っても仕方がない。

 

「……今度は更に見分けが難しい……」

 

 衣服は違うが顔などは双子としか言いようが無い。

 同じクラスが複数存在しているパターンもあるのか、と疑いたくなる。

 一方は全身に張り付くような紫と黒を基調とする動き易い肌着に見える。

 もう片方は完全に水着だ。肌の露出が激しい。そして、双方共に胸が大きい、というか強調されている、としか言いようがない。

 二人共黒味がかった腰の辺りまで真っ直ぐに伸びた紫の髪。

 歳は外見的には二十代後半以降、大人びた印象を受ける女性。

 怪しく光る赤い瞳。肌は東洋系のような健康的な色合いに見えた。

 

「……来客か」

「同じ顔……。もしかして、そういう基準で同室にさせているのか?」

 

 アタランテは一緒に部屋に入ったやまいこに尋ねる。

 直接彼女に言葉をかける度にメイド達が前に出て何か言おうとするのをやまいこが手で制する。

 

「バラバラだと混乱するからね」

「……そうなると……、嫌な予感がするのだが……」

「十人くらい同じ人が居る可能性もあるよね。とはいえ、そんな事はボクらにはどうしようもないさ」

「……うむ」

 

 口元をゆがめつつ不満を滲ませるが何も言い返せない。というよりは同一存在を顕現させる聖杯システムに抗議する以外にどうしようもないことは頭では分かっている。

 これは相当に趣味が悪いと言わざるを得ない。

 

「あえてクラス名で言えばアーチャーとなる。よろしく」

 

 と、アタランテが先に挨拶した。

 室内に居た同じ顔の人物達はそれぞれ離れた位置で寛いでいたが来客の為に移動を始める。

 

「私は……ランサーだな」

「私はアサシンだ。だが、槍使いである事は変わらない」

 

 予想通りに同じ声にしか聞こえない。

 

「……せーの」

『私は影の国の女王……、スカサハだ』

 

 と、何度か練習したのか、同時に名乗りを上げた。

 見事に重なる声は不思議な音色に聞こえる。

 

「……よし、合った」

「今回は良い出来だった」

 

 顔を見合わせて喜ぶスカサハという二人の女性。

 どうやら二人は仲が良い様だ。

 

「どうも。……しかし、同一存在が二人並ぶのは……、違和感というか不思議な印象を受ける」

「我々も互いに不思議がっていた。しかし、現実に存在しているのだから受け入れるしかない」

「互いに存在をかけて殺し合うのも(やぶさ)かではないが……。一人残って旅をするのは……寂しいと思ってな」

「虎の子の『宝具』を使ってみたが帰れない。擬似的な帰還は果たせるようだが……。困った事態になった」

 

 ほぼ同じ声なので互いに交代で喋っても区別が付かない。

 だからといって喋り方を変えろとは言えない。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 スカサハ以外にも収容した人間というか存在というか。とにかく色々と居るらしい事を教えてもらった。

 その中で疑問なのが全員がサーヴァントなのか、という点だ。

 知らない世界に転移した、というのならば別にサーヴァントでなくてもいい。それにやまいこ達はどう見てもサーヴァントというよりは言い方は悪いがモンスターに類する。

 その辺りを訪ねようとすると我慢の限界を迎えたメイド達が猛抗議する。

 

「先ほどから至高の御方に向かって軽々しい口の聞き方には我慢ができません!」

「こらこら。彼らはお客さんなんだから、主人というか責任者が対応するのは当然だよ」

「……しかし」

 

 抗議してもやまいこは気にしないと言うのは理解している。けれどもメイド達にとっては各上の存在たるやまいこに対してアタランテが無神経すぎると言いたげだった。

 確かに相手が何処かの貴族や皇帝であれば気軽に話しかける事はほぼ無理だ。

 それはなんとなく理解した。

 

「いいの。男連中が多いんだから色々と聞きにくい事もあるし、なにせ美人さんだ。話しかけることも難しいんじゃないかな」

「……出過ぎた発言をお許しくださいませ。ですが、まず我々に一言……」

 

 やまいこは自分の頭を撫でつつ軽くため息をつく。

 メイドに伝言を頼み、そこからやまいこに言葉を伝える。そういう事だとしても目の前に居るんだから直接話した方が早いに決まっている。

 そういう庶民感覚をやまいこは持っているので気にしないのだが、メイド達は完全に自らの役柄に固定されているので宥めるのが大変だ。

 かといって部屋から追い出すわけにもいかない。

 

「あまりグダグダ言うと追い出すよ。会話はスムーズに(おこな)いたいの。いい?」

 

 やまいこが少し迫力を込めた言い方をするとメイド達が顔を青くして跪いていく。

 これ以上の進言は怒りに触れると察知したようだ。

 彼女達は一つ頭を下げて壁際に待機する。

 

「部下を持つと色々と苦労する。それで何か言いたそうだったようだけど、なんだい?」

「あ、ああ、うん。汝らが収容しているのはサーヴァントなのか、それとも単なる行き倒れなのか、というものだ」

「さーばんととかは分からないけれど、数ヶ月前からこの辺りに大量の行き倒れが現れてね。放置するのも可哀相だから空いている部屋を使わせているのさ」

「……数ヶ月前から?」

 

 アタランテの言葉にやまいこは頷く。

 

「今もこの辺りに現れているんじゃないかと毎日調査している最中さ。それら全てが君らが言うさーばんとかと言われても困るけれどね」

「我らはもう二週間前から滞在している」

「英霊にも一時(ひととき)の休暇は必要だ。あと、ここは鍛錬も出来るので重宝している」

「すっかり馴染んだようで良かったよ。我々としてもこの地域を戦場にしたくない理由があるから様子見を続けている」

 

 サーヴァント以外にも転移してきた相手が居るならば、それらもやまいこ達が見つけて保護する、ということか、と。

 部屋数は確かに多く、全サーヴァントを収容してもお釣りが来るかもしれない。

 それにしてはサーヴァントばかり転移するのは(いささ)か疑問だ。

 たまたまサーヴァントとしか出会っていないだけでマスターとかも転移しているのか。そう思いはしたが契約の繋がりが切れているので、それがありえるのかも疑問だ。

 

「転移の時期が近いからとて関連付けるのは早計だけれど……。だいたい似たような人達だからきっとさーばんとかもね」

 

 アタランテが知る英霊の数はそんなに多くない。だが、違うクラスでありながら同一の存在が居る事から相当な人数が転移してきているような気がする。

 おそらくまだまだ増える予感がする。

 

「施設に全てを収容しておくのも色々と不都合となってきたから、みんなで手分けして君たちの受け入れ先とか相談中なのさ。これが結構大変でね。候補地はある。後は君たちがどう過ごすか、だ」

「……ということは既に外に出たサーヴァントも居るのだな?」

「結構居ると思うよ。ただ、この辺りは不法侵入者を追い払う為の様々な罠が仕掛けられている。それに引っかかると……、体験した君なら分かると思うけれど行き倒れが量産される」

 

 つまり飢えに苦しむ原因はやまいこ達の罠にかかった、ということか。

 アタランテは怒りは一瞬だけ湧いた。だが、すぐに理解する。

 他人に荒らされたくない土地であれば仕方が無いと。

 それに命を取る事が目的ではなく、無力化した方がサーヴァントを安全に引き取る事が可能になる。

 戦略的には理に(かな)っている。

 狩人たる自分が狩られてしまうとは実に情けない事だ、とアタランテは不甲斐無い自分を恥じた。

 罠といってもサーヴァントを捕らえる罠はそうそう人間には作れない。

 化け物というかモンスターだとしても難しいのではないかと思う。

 

 腐ってもサーヴァントだ。

 

 やまいこという存在がどれほどの力を持っているのか分からないが、侮れない事は確かだ。

 それにしてもルーラーすら捕らえたのは脅威だと思う。

 ましてアヴェンジャーまでも。

 

「全員がサーヴァントというのは(いささ)か悪意を感じるが……」

「たまたまサーヴァントが大量発生したのだろう」

 

 そういう問題ではない気がする。

 そもそも大量にサーヴァントを召喚できるものなのか疑問だ。

 聖杯が壊れた影響です、というのならば少しくらいは分からないでもないけれど。

 現に複数のサーヴァントが居る。それは疑いようのない事実だ。

 

「その前にさーばんとと普通の来客と何が違うんだい? 一緒くたに呼称しているけれど……」

 

 至極当然の疑問をやまいは口にする。

 

「見た目では分からないな……」

「英雄などの伝承を知る者が居れば……。いや、マスターと呼ばれる魔術師によって召喚されるのが基本的なサーヴァントだ」

 

 例外もあるので一概には言えん、と黒い服のスカサハは言った。

 アタランテも彼女の言葉に同調し、頷く。

 それ以外でサーヴァントかどうかを見分ける事は難しい。

 彼らの時代の服飾で判断することも出来なくはないけれど、趣味で着ているだけの人が居ないとも限らない。

 時代と共に服装は変わるものだ。

 

「宝具と呼ばれる必殺技を使ったり、こう……霊体化した武器などを出せたりする者かな」

 

 と、二メートルほどの細身の赤い槍を何も無い空間から出現させるスカサハ。

 同じ事はアタランテも出来る。

 これは召喚の際に刻み込まれた能力で、本来はこんな妙な技は出来ない。

 サーヴァント()()()()というものによって当たり前のように行使できるだけだ。

 その原理は口より感覚に頼る事が多く、改めてどうしてと言われると困る事態に陥る。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 結局のところサーヴァントは相手がサーヴァントかどうかを把握できるが、やまいこ達には区別が付かない。そういう認識の違いがある事はそれぞれ理解した。

 折角他のサーヴァントに会えたわけだが、別に話したい事は殆ど無い。

 この世界にどうやってきたのか知りたかっただけ、とも言えるけれど。

 同じ状況ならば質問しても無駄な気がした。

 

「……敵対するかの問題が残っていたな……」

 

 聖杯をかけた戦いにはサーヴァント同士で殺し合わなければならない。

 各サーヴァントの魂をくべる為に。

 

「その聖杯が無いなら戦う必要は無い。魔力もマスター要らずで済んでいる」

「という認識で我々は共に生活しているわけだ」

「改めて聖杯が生まれたとしても肝心のマスターが居なければ命令に従う道理は無い」

 

 それは確かにその通りなのだが、今まで殺し合いをしてきた自分達に急に仲良くなど出来るものなのか。

 怨恨は無いのか、と。

 

「弱肉強食の原理を叩きつけておけ」

「うむ。その意見に私も同意する」

 

 と、仲の良い双子の姉妹のように喋るスカサハ達。

 しかし、片方が水着というのが少し気になる。

 

「これが基本武装だから仕方が無い」

 

 これで脱げなければトイレが困ると言いながらスカサハは豪快に笑う。

 

「特に大の方がな」

「この身体とて飢えもすれば出るものも出る。まことに不思議なものだ」

「……現状に満足しているのか? 元の世界に戻りたいとかは?」

「なるようになる」

「再召喚されるまではここで暮らすことになるやもしれぬが……。サーヴァント一人……、いや、数人程度でどうにかなるとも思えない。ここは地道な情報収集だな」

 

 それを今まさにアタランテは(おこな)っている。

 話しが通じる分、気は楽だが。

 この先の道筋は皆目見当が付かない。

 誰かと戦って死ねばいい、という案も実は浮かんだ。しかも一番確実で手っ取り早い気がするので性質(たち)が悪い。

 それと令呪による束縛が無い。ゆえに基本的には自由だ。

 



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#013

 act 13 

 

 その後、他のサーヴァントらしき者達と面会してみたが施設の中を満喫しているように見える。

 別の見方をすれば懐柔されたり、代表者とよばれるやまいこ達のようなものに使役されているのでは、と勘ぐってしまいそうになる。

 悶々とした状態で自分に与えられた部屋に戻る頃には消灯の時間となっていた。

 メイド達が怒っていたので愚痴を言われるかと覚悟していたが戻った途端に先ほどまでの出来事など無かったかのように普通に接してきた。

 仕事は仕事として割り切っているとも言える。

 消灯といっても眠る種族にとっての時間であり、睡眠不要の種族は引き続き起きていても問題が無い。

 とはいえ、アタランテは眠れるので早めに眠って朝に備える。

 防音対策が取られている為に部屋の外の音はほぼ聞こえない。

 よほどの大きな音でも無い限りは、と付くかもしれない。

 それから数時間ほど眠った。精神的に疲れたために熟睡は早かった。

 起床の時間を告げる鐘の音は無いが扉をノックする音で目が一気に覚める。この辺りの感覚はまだ衰えていない。

 個室とはいえ寝室があり、衣装部屋がある。

 身支度を簡単に済ませて居間に向かう。

 

「はい。どうぞ」

 

 と、声をかけると扉が開いた。

 

「失礼します。お着替えと朝食をお持ちいたしました」

「それは……、頼んでいないのだが……」

「そうだとしても冷蔵庫に入れる事になっていたもので……」

 

 この部屋自体アタランテのものではない。

 メイド達にとってみれば客が寝ていても合鍵などで開けて色々と着物や食べ物の用意を済ませる権利が与えられている、事になっているのかもしれない。

 そういう文化に(うと)いアタランテにしてみれば不法侵入のようで驚く事態だ。

 

「お風呂は既に沸いておりますが……。今の時間帯は男性客も利用なさるのでご注意下さい」

 

 混浴があるので避けるならば時間調整するとメイドは説明する。

 至れり尽くせりはありがたいが、慣れない文化に一々戸惑ってしまう。

 しばらく施設の(あるじ)とは面会が出来ないようだから待っているしかない。

 折角の朝食を放置しては勿体ないので食べるのだが、あまり進まなかった。

 不味いわけではない。

 手が動かないだけだ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 鍛錬について第六階層に行かなければらない規則は無く、自室でも腕立て伏せなどは出来る。

 壁に矢を放ってはいけない。という事が脳裏に浮かんだ。

 放ちたくなったらメイドに相談して上の階に連れて行ってもらおうと思った。

 他のサーヴァントと合同で走り込みも出来ないものかと思案しつつ、一時間後に風呂場に向かう。

 最初は一人だけしか居なかった階層が急に賑やかさを持ったのは幻術ではないかと疑った。

 もしくはそれだけの事が出来る相手がどこかに居るのかも知れない。

 収容されている殆どがサーヴァント。

 それもまた何者かの意思を感じる。

 

「聖杯戦争が終わった後の世界とはこんなにも混沌としているのか?」

 

 ここが正に『英霊の座』ならば、きっとこういう世界の事なんだろうな、と。

 一通り楽しんだ後に消えていく運命ならば、それはそれで甘んじて受け入れよう。

 

「達観した顔をしているな、アーチャー」

 

 シャワーを浴びていたら声をかけられた。

 少人数ならクラス名で自分だと分かるのだが、今ならセイバーと声をかけるだけで二十人くらい振り向く気がする。

 アーチャーだけでも五人くらい。

 これが実際の聖杯戦争であれば混沌の様相と成り果てる。

 まさしく、なんだこれは、だ。

 

「そこの緑色のアーチャー」

 

 緑色のアーチャー。色で言われると案外、腹が立つものだ。逆に自分も色で区別する事はあるけれど。

 正直、知らない方が良い事もあるものだとつい先日知ったばかりだ。

 

「……我、……の事だよな……」

 

 いっそ真名の方が分かりやすい。

 今はそんな状況となっている。

 

「……急に声をかけられるとは思わなかった。それで……セイバー。我に何の用だ?」

 

 大抵のサーヴァントは貴族であったり王族である事が多く、態度も尊大だ。

 逆に平民がサーヴァントになるのは日系くらいではないかと思われる。

 今、声をかけてきたセイバーも服を着れば赤セイバーとなるが見た目は小さい。

 ローマ皇帝らしいが詳しい事はアタランテには窺い知れない。

 

「特に用という事も無いが……。明日にも死にそうな顔をしておったのでな」

 

 金髪碧眼の少女。それなのに胸が大きい。そこは少し嫉妬する。

 それと似たような風貌の人物がやたらと多いので個性を見つけるのが意外と難しい。

 喋り方や声質で何とか区別が付けられる、という程度だ。

 スカサハの例もあるので細かい分類は割りと難しい。

 あと、大人数のせいかは分からないが、真名を平然と名乗る(やから)も多い。

 聖杯戦争において自分の弱点を晒す行為だとアタランテはマスターから教わった。それなのに彼らは自由になった事で隠すのも面倒臭いと思ったのか。

 呆れはするが、気を許すのはまだ早い。

 とはいえ、自分も既に何人かに真名を明かしてしまった。それは、寂しさのせいだと思う事にしている。

 

「死ぬのか、殺されるのか……。この先の自分の身の振り方が全く思い浮かばなくて……」

「んんっ? 外の世界にはたくさんの街や村があると聞くぞ。いずれ出る事になれば()と共に旅でもするか?」

 

 最初の頃は監禁されて二度と出る事はない、と思っていたが今はサーヴァントらしき存在が大量発生しているせいで逆に外に出ない方がいいのでは、と思うようになった。

 彼らが外に出る事は世界にとってちょっと洒落にならない危機に陥るような不安がよぎる。

 その中には自分も入っている。

 普通の人間よりも戦闘力が格段に上の存在だ。

 国を取ることも()()()()()()()簡単に出来る、かもしれない。

 施設内で戦闘行為に発展しないのは不思議だが。

 

 そう。戦闘行為が発生していない。

 

 もちろん自分の知る限り、ではあるけれど。

 血気盛んなサーヴァントが今まで何も問題を起こさないのも疑問点の一つだ。

 

「ところでセイバーはここに来てどれくらいになる?」

「どれくらい? ……んーと、30は超えた筈だ」

 

 さすがに30年はあり得ない。では、三十ヶ月かというと、それも違う筈だ。

 日にちであればアタランテよりも少し先輩に当たる。

 と、軽く分析して思い出した。

 数ヶ月前に大量に行き倒れが発生した、というやまいこの言葉を。

 何十年も前からの出来事ではなく、ここ最近に起きたと考えるのが自然か。だが、それを素直に信じるには確証がもう少し欲しい。

 

「ここは過ごすだけなら快適だ。第六層……、階層だったか。そこに行けば陽の光りが浴びられる。食べるものにも困らない。娯楽は……多少はあるが……。贅沢を言わなければ……」

「住み易いのは我も理解した。……しかし、いつまでも過ごす事は出来ないと思う」

 

 この施設の関係者がどういう意図を持っているのか、それが未だに分からない。

 監禁のような事は無いが立ち入り禁止区域が気になる。

 

「滞在が少し強制的とはいえ、それ以外は比較的自由ではないか」

「サーヴァントの役目としては何かが間違っている気がする。いつまでもここに居てはいけないと……」

「そうかもしれないが……。自力で脱出するか? ここは難攻不落の要塞だと聞く。それに世話になっている分際で楯突くのは礼に反する」

「……それはそうなのだが……」

「急に自由になって戸惑っているだけだ。余など快適に過ごしておるぞ」

 

 はっはっは~と裸で笑う皇帝陛下。

 正直、いつまでも話し込んでいると湯冷めするような気がしたので、話題を早々に切り上げる事にする。それに赤セイバーは異論を挟まなかった。

 



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#014

 act 14 

 

 湯上りの後は一杯の果実水を飲む。

 食べ物も豊富だが飲み物も豊富だった。ただ、酒類はあらゆる種類を取り寄せているわけではない、というのが残念なところだと酒好きのサーヴァント達は不満を漏らした。

 全てのものが貯蔵されているわけではないので当たり前、というか仕方が無い。

 食堂に向かうと数十人のサーヴァントが居た。

 いや、一般人も居るかもしれない。

 このところ判断力が鈍ってきたような気がして思考が定まらない。

 

「相席いいかな?」

 

 アタランテが座った対面に見慣れない人物というかモンスターが現れた。

 それは言うなれば有翼人(ハルピュイア)のような存在だった。

 顔は仮面で隠されていたが身体には羽毛がびっしりと生えていて鎧の武具のようには見えない。

 背面に大きな鳥類特有の翼が四枚あり、腕は人間のような形だった。

 鳥というより鳥人間だ。

 

「……あなたもサーヴァントか?」

「俺はこの施設の関係者の一人。早い話しが君を拾った張本人というところだ」

「……はっ? あ……、で、では、恩人……なのだな。これは失礼した。今まで礼が言えなくて……」

 

 声質は男性のように聞こえた。

 アタランテは席を立って深く頭を下げた。

 

「ほぼ監禁状態だから礼を言われる資格は無いさ。まあ、座って」

「あ、ああ……」

 

 その鳥人間の近くにメイドが一人座った。

 

「我々としては君たちを監禁するつもりは無かった。ただ、人数が多くて……。まさかこんなに増えるとは、と皆が困惑しててね」

「その辺りは聞いてる」

 

 アタランテが席に戻り、鳥人間は何度か頷いた。

 その彼の隣りに得体の知れない物体。言うなれば赤い粘体(スライム)が湧き出てきた。

 更にメイドが一人、現れた。

 何も無い空間から出て来たわけではなく、椅子を持参してやってきた。そして、粘体(スライム)の近くに平然と座った。

 それ(スライム)は害の無いものと認識しているようだ。

 

「……色んなモンスターが……」

 

 と、言いかけたところでメイド二人の表情が怒りに染まる。

 どうやら彼らをモンスターと言ってはいけないようだ。いや、侮辱するような呼び方をしてはいけない、だった。

 ここではモンスターが最上位の存在のように君臨している、というのは何となく理解したのだが徘徊している骸骨の騎士は彼らとは扱いが違うようで混乱する。

 何が違うのか。それを今まで尋ねなかった自分が悪い、ともいえる。

 

「君たちは自分たちで名乗りを控えているようだから俺達もどう声をかけたらいいのか分からなかった。君は俺を見た通りで呼んでもいいし、それとも自己紹介しようか?」

「我らサーヴァントは真名は気軽に明かすな、というルールに縛られていた。罰則は無いが敵に弱点をさらすことになる。そういう事で言い難かった」

「……うん。なんとなくは分かったけれど……。アーチャーさんとしよう」

「助かる。……既に真名は何人かに明かしてしまったが……。こちらはどう呼べばいい?」

「俺たちはサーヴァントという(くく)りは関係ないから、普通に名前で呼んでいいよ。改めて、ペロロンチーノだ。こっちの粘体(スライム)はぶくぶく茶釜。姿は変だが俺の姉貴だ」

「……はっ? そ、そのスライムがか?」

 

 大人しくしていた粘体(スライム)が身体を歪ませて人の頭部に似たものを形作る。しかし、肌色は出てこず赤いまま。

 

「いや、マジだから」

 

 と、粘体(スライム)は作った唇を器用に動かしながら言った。

 

「不定形だから知性が無いと思ったら大間違いよ。とはいっても喋る粘体(スライム)はそんなに居ないから」

 

 流暢な女声で喋る粘体(スライム)にアタランテは呆気に取られた。

 初めて感じる意外性。

 

「わぁ!」

 

 驚いたアタランテは何も考えずに粘体(スライム)を見据えたまま後方に飛ぼうとして、テーブルに膝を打ち付けて体勢を崩し、床に後頭部を打ち付ける。

 それでもまだ少し距離を取ることを選んだのは危険な獲物に対する危機意識のなせる(わざ)か。

 弓を出現させ、粘体(スライム)に矢を向ける。だが、アタランテはすぐに気付く。

 粘体(スライム)に矢は無駄だと。それに室内では周りに被害が広がってしまう。

 

「撃ってみなよ。特別に許可してあげる」

 

 と、鳥人間が言った。この声色は会話していた時のまま。聞きようによっては楽しげであるかもしれない。

 弓を引き絞り、数秒は粘体(スライム)を睨みつけた。そして、構えをゆっくりと解く。

 自分は何をしているんだ、という事に気付いたからだ。

 

「撃たないのか? ちょっと残念だな。……少し期待してたのに」

「……何に期待してたのか気になるな、弟」

 

 と、(すご)むような声を出す粘体(スライム)。その言葉に関して肩をすくめる鳥人間。

 

「……驚かす気はなかったのよ」

 

 優しげにアタランテに声をかける粘体(スライム)

 それに対し彼女は苦笑する。

 ここは自分達が知る世界ではない。喋る粘体(スライム)が居てもおかしくはない、というのはまだ受け入れがたかったが。

 戦いの日々が常であった為に身体はサーヴァントらしく反応してしまう。

 己はきっと平和が嫌いなのだ、と。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 倒れた椅子などはメイド達が整えていく。

 それらを呆然と眺めていくと鳥人間の姿が近くにあった。

 気配を感知出来なかった、という事に気付き、数歩後ずさる。

 

「中々俊敏な人のようだ」

「エロ魔神だと気づいたか?」

 

 という粘体(スライム)の言葉に鳥人間はひどいな~と言う。

 話しぶりから姉弟だとすぐには理解出来なかった。確実に知り合いである事は少しずつ理解してきた。

 こんな生物が存在しているのか、という驚きがまだ少し大きい。

 

「言うの忘れていた。この世界は俺たちのようなモンスターみたいな生物が結構住んでいる。もちろん人間も住んでいる。亜人という種族が国を治めていたりする。ということをまず覚えておいた方がいい」

「……ああ。……あ、驚いてばかりで申し訳ない。どうも我は戦いから離れられないようだ……」

「他の人も似たようなものだったよ。別に慣れろとは言わない。危機意識を持つ事は大事だ。さ、席について食事の続きをどうぞ。……後、喋る粘体(スライム)は本当に数匹程度だから」

 

 ペロロンチーノに諭されてアタランテは赤い粘体(スライム)を警戒しつつ席に戻る。

 粘体(スライム)が極端に苦手というわけではない。本気で驚いただけだ。

 知性ある粘体(スライム)は自分の中でも記憶に無い未知の生物だったので。

 知識に無い生物ほど恐ろしいものは無い。それは狩人としての感覚だ。

 獲物を知らなければ死ぬのは自分だ。

 

「サーヴァントの力は一般人より強力だという話しだったが……。それらが徒党を組んで俺たちに牙を剥くかもしれない。そういう懸念から外に出す是非を議論してきた」

 

 淡々と喋り始めるペロロンチーノ。

 表情は窺えないが落ち着いた雰囲気は感じた。

 

「永遠に監禁することもできない。とまあ……うちの慎重なボスが色々と悩んでいるわけで、こちらとしても困っている。いい案は無いものか、とね」

 

 危険分子だからとてサーヴァントを皆殺しにする案はペロロンチーノとて選びたくない。なにせ、貴重な人種だ。

 アタランテなど猫耳に尻尾つき。

 中には狐も居たけれど。

 見目麗しい女性は全て守りたい、と思っている。

 男共は関知しないがな、と。

 

「牙を剥くのは……、狂化されたバーサーカーくらいでは?」

「傭兵として雇われれば結果は同じだ」

「なるほど、確かにぺ……ペロロンチーノの言う通りだ」

「個なら問題は無いが……、群は厄介だ。剣からビーム出す人が結構居るそうだし……」

「びーむ? う~ん……」

 

 衝撃波とか光りの事かと色々と思い浮かべる。

 それぞれ色々と名前がある中で『びーむ』という名称には聞き覚えが無かった。

 そういう知識は残念ながら備わっていなかったようだ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 だいぶ粘体(スライム)に慣てきた頃、ぶくぶく茶釜が身体の形を変えてきた。

 不定形なので動く事自体は問題ではない。

 人間の手のようになったりアタランテの顔を再現し始める。ただし、色は付かなかった。

 

粘体(スライム)は珍しい?」

 

 ペロロンチーノの言葉にアタランテは素直に頷いた。

 

「さて、自分達の拠点防衛の為に君達を拘束するのは本意ではない。では、どうすればいいのか、何か意見があればどうぞ」

 

 相手の立場なら危険なサーヴァントは拘束、または殺害が基本だ。

 自分の陣営に引き入れるのは一時的なもので、実際は存在している事自体が厄介だ。

 サーヴァントも望みを持って戦う存在だ。時にはマスターにすら牙を剥く。

 従順な使い魔でいるのは令呪がある時だけ。

 命令権の無いマスターの言葉に素直に従う者は居ない、とは言わないが、殆どいない筈だ。

 

「自由の身となったサーヴァントだとしても新たな望みが無ければ動きようがない。マスターが居ない。聖杯が無い。なればそれ以外の目的探し以外に考えられない」

 

 自分は狩人だから国を治めるような目的は恐らく湧かない。

 ローマ皇帝のサーヴァントは彼らの敵になる可能性がある。

 サーヴァントを倒せるのはサーヴァントだけ。というのが通説だが、この世界でも同一のルールがあるのかは未知数だ。

 現に見知らぬ土地で見知らぬ罠にかかった。

 魔力があろうとも歯が立たない事態があるという証明ではないのか。

 

「……我では有益な解答は出せそうにない……」

「全員が同じ意見かと思っていたが……。やはり個人差があるか……」

 

 それは単に同一存在のサーヴァントだからでは、と首を傾げつつアタランテは思った。

 自分の別クラスの姿は確認していないが、仮に居た場合は同じ悩みを持っているよりは自分の別の一面が強化され、それにちなんだ願望が現れるかもしれない。

 アヴェンジャーのアタランテならば反転した英霊として子供たちを憎み、殺戮するとか。

 極端な例だがありえないとは言い切れない。

 

「いつまでも待機させる気は無いが……。もう少し待っていてほしい。我らの組織は多数決を重んじるので重要な案件は気軽には決めたりしない」

「承知した」

「長くて一ヶ月……。それ以上は近くの村に案内するよ、誰かが」

「既に外に出ている者が居るという話しだったが……。本当なのか?」

「本当だよ。同じ顔が居るからこちらも混乱するんだけど……。平和的に暮らす気がある人を優先的に出しているよ。君たちの中で互いに恨みを持っている人とかはどうしようかと……」

 

 英霊によってはライバルや(かたき)の場合もありえる。

 その場合は周りに迷惑が及ぶことになる可能性が高い。

 サーヴァントの宝具は規模に差があるが結構な破壊力を有するものがある。アタランテも広範囲に被害をもたらす宝具を持っているので、なんとなくだが理解した。

 単なるケンカで済まないところがサーヴァントの厄介な点と言える。

 だからこそ、彼らが慎重になる理由も理解出来るし、外に出すことを躊躇(ためら)っても不思議ではない。

 

「……それはそれとして……、サーヴァントというものを詳しく知りたい俺に教えられる事柄は無いかな?」

 

 情報の対価という意味でなら話さないわけにはいかない。けれども、召喚された知識が何処まで正しいのか、はたまた詳しいのかはアタランテ自身には分からない。

 何世代にも渡って(つちか)われた魔術師達が構築したシステムなので。

 

「例えば、君の身体をバラバラにして保存し、それからゆっくりと調査する事に同意するか、とか」

「……う」

「もちろん一つ一つ治癒魔法をかけて癒すから、君自身は死なない。……そういう悪趣味な方法があったらどうする?」

 

 腕を切断し、それを保存。切り離された部分は魔法で再生する、という意味だと脳裏に浮かんだ。

 別に魔法でなくとも魔力で自己再生が出来るサーヴァントならば可能かもしれない。けれどもおぞましい方法に同意をするのは強制的でもない限り、拒否したい。

 そもそも霊体で出来ている筈だから切り離されたら光りの粒子などになって空中に飛散するのではないのか、と疑問に思う。

 試していないから実験する、事もあるわけだ。

 

「我でなくとも誰かが同意するかもしれない。その条件はとても難しい」

 

 平和的な交渉から強引な強制に変わっても驚きは無い。

 過去の英霊を調べたいと思うのは研究者であれば当然だとも言える。

 かといって獣耳と尻尾ならいいです、とはならない。

 解放条件にされるのは困るが返答も難しい。

 昏倒した時にバラバラにすべきだった、という場合はどうなるのか。

 ペロロンチーノという者と平和的に交渉できるとは思えない。少なくとも信用は今よりももっと低くなる。

 

「拷問は趣味ではないけれど、他の仲間はどう出るか分からないよ」

「胸においておこう」

 

 自分でなくとも対象はまだ他にもたくさん居る。

 きっとペロロンチーノや他の者は次の者に同じような交渉を仕掛ける。では、自分はそれを止めるのか。それとも他人は他人として切り捨てるのか。

 仲間ではないし、サーヴァントという共通項だけしか無い。それに普通なら敵同士だ。

 

「殺しが趣味ではない事を祈る」

「もちろん。保管して観賞するのが好きなのさ。出来れば全身保管がいいけれど……。命の扱いは繊細だからね」

 

 全身保管。それはどういうものなのか。

 監禁した者を(はりつけ)にすることとは違うのか、と疑問に思った。

 話しの種として聞いてみようか、と思った。ここから出られなかった時の冥土の土産として。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 ペロロンチーノ達が使う魔法の中には人体を再生させるほど強力な治癒魔法が存在するという。

 それを応用したものが物騒な話しの正体となる。

 重要なのは命の扱いだ。

 首を落とせば死ぬ。心臓を潰しても死ぬ。

 それらを回避しつつ生きたまま搾取する方法が鳥人間ペロロンチーノが求めるものだ。

 

「簡易的な人造人間(ホムンクルス)の製造みたいなものだよ」

「そんな奇跡のような方法があると……。……いや、あると仮定しよう」

「うん。生きている人間などは成長する。剥製にするのとは違う。出来るだけ中身そのまま永続的に飾る。それをするには相手を殺してはいけない事になる。たった一つの命は大事しないとね」

 

 相手を殺さず、身体全てを手に入れる。

 アタランテの想像では心臓と脳を取り出して、残りを保存容器などに入れる。そこに治癒魔法を加えれば必要な部位を切り離して再生していく。

 

「意識はどうなる?」

「片方には宿らない、事になっている。脳がもう一つ出来ても本体しか目覚めない。片方は自我の無い肉の塊だ」

 

 自我のコピーは無理だ、という理解で納得するアタランテ。しかし、聞けば聞くほどおぞましい。

 殺人快楽主義者とは違うおぞましさだ。

 だが、命を大事にしている部分はなんとなく分かった。

 相手を殺す意図は無く、おそらくは美しい女性の身体が欲しい、とかいう趣向なのかもしれない。

 

 この変態野郎が!

 

 という気持ちが湧く。しかし、ペロロンチーノはそれを分かって説明していると思う。

 むしろ潔く我欲を話してくれる方が好感が持てる。けれども内容は受け入れがたい。

 いや、安易に命を散らす者よりかは優しいのかもしれない。

 命を粗末にする者が偉そうな事を言えた義理ではないけれど。

 

「君たちの武具は君たちと一心同体なところがあるようだから貰う事は無理だと思う」

 

 場合によれば譲渡が可能かもしれない。少なくともアタランテの知識には無い事だ。

 

「……汝らは……何者だ? おそらく誰もが思うかもしれないが……」

 

 異形の存在たるペロロンチーノ。やまいこ。ぶくぶく茶釜。

 聞いた事の無い名前だが英霊という感じがしない。

 特に粘体(スライム)は身に覚えが無い。

 

「単なる()()()()()さ。時にはモンスターを倒し、旅をして皆で騒ぐだけ……」

「……弟の言う通り、それほど大したものじゃないよ、うちらは」

 

 本人達はそう言っているが得体が知れない相手は侮れないものだ。

 見知った英霊の数からいって、それだけの者達をつなぎ止めておくのは不可能に近い。

 

「物騒な話しは先にした方が楽かと思ったんだけど……。俺は女性には優しくする男だ。地上に出られるまででもいいから仲良くしてほしい」

「普通に考えて、話しの流れから仲良くするのは無理だろう」

 

 と、ペロロンチーノの言葉にぶくぶく茶釜は呆れながら言った。

 それはアタランテも同じ気持ちだ。

 

「奇特な女性も居るかもしれないよ」

「不思議な人だ。……だが、身体の報酬に関して……、本当にそれが事実で、それが目的である、というのならば我に拒否権は無い」

 

 話しぶりからも少し本気である事は感じ取れた。

 明らかに変態の言葉にしか聞こえない。

 表情が見えないところがまた曲者だ。だが、仮面を外したとしても異形の顔の表情の変化は読み取れない気がする。

 

「……いや、これ以上は不毛だな。我とて命は大切だと思っている。それをあなた方が尊重するというのならば……、それを信じたい」

 

 相手を信じること。今のアタランテには出来そうにない事だ。

 それを分かっていながらもペロロンチーノ達を信じるしかないのは残念でならない。

 自分は既に囚われてしまったのだから。

 



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#015

 act 15 

 

 一旦席を離れ、ある人物を探すアタランテ。

 特定の人物というか特定のクラスなのだが。

 話しを総合するとペロロンチーノ達の目的というか彼個人の目的のような気がするけれど、サーヴァントに興味を持っているようだ。

 それは力なのか、それとも本当に肉体なのか。

 後者はどうにも受け入れがたい嫌悪感しか湧かないけれど、変態的趣向には覚えがある。

 特にキャスターとアサシンクラスにはろくでもない英霊が多い。

 

「すまないが……、頼みを聞いてくれるか?」

 

 広い食堂を利用する知り合ったサーヴァントの一人に声をかける。

 ペロロンチーノ達のような極端な異形以外はほぼサーヴァントといってもいいくらいの大所帯となっている。

 自分の要望を聞いてくれそうなのは騎士道精神溢れるセイバーでは無理なので、頭のおかしそうな奴を選んだ。

 黒い姿でいかにも物騒な面構え。それでいて王様然とした尊大な言動の人物を。

 クラスはセイバーだと思う。だが、もう一人区別し難いライダークラスが居る。

 見分けるポイントは側に()()()があるかどうか、だ。

 

「……この騎士王の中の騎士王。最強のセイバーさんに頼みごととは……。貴様……、命知らずだな?」

 

 そんな事を言いながら施設のメイドに負けず劣らず食事をしているのは死人の如き色白の肌を持ち、金色の瞳に金の髪。身につける防具は毒々しい黒くてスカートがある全身鎧(フルプレート)

 そんな人物が好物とするのはハンバーガーや脂ぎったものばかり。いずれ体重が増えるのでは懸念している。

 それと口いっぱいに頬張りながら喋る時があるので注意が必要だ。

 

「……体重に関しては心配するな。一発撃てばすっきりダイエットだ」

「そうかもしれないが……。何かが壊れると思う。それより……宝具を貸してもらいたい」

「……話しを聞こうか。おかわりを持って来い」

「……少し食べすぎでは? いくらサーヴァントでも無限に食べられるとは思えないのだが……」

 

 大食漢のサーヴァントが意外と居るのが気になるところだ。

 施設の者はそれでも大丈夫だと言っていた。それが本当かどうかは分からない。

 いや、アタランテとしては知りたくなかった。知ってはいけない事実がありそうで。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 通常、サーヴァントの持つ宝具は戦闘においてギリギリまで秘匿するもの。または通常武器として使用する側面から貸し借りは基本的にしない。

 サーヴァントは互いに殺し合う運命にあるので、協力関係は一時的以外では基本的にしないものだ。

 宝具は武器に留まらず、英霊の象徴であれば肉体や魔術も含まれる。

 多くの宝具には真名があり、それを口にする『真名解放』によって真の力を引き出す。

 アタランテの持つ『天穹の弓(タウロポロス)』もその内の一つだ。

 

「……いいだろう」

「まだ何も言ってないぞ、黒セイバー」

()()()()()的にある程度は()()()事にならないのか?」

 

 見た目や話し方には圧迫感があるが、落ち着いて聞いていると微笑ましく思える。

 食べ物に執着するところはさぞ食生活が貧しかったのだな、と哀れみさえ覚えるほどだ。

 どこかの国の王様のようだが可哀相に、と言ってやろうかなと意地悪な気持ちが湧く。

 狩人たる自分もあまり人の事は言えないけれど。

 

「……ふん。我が宝具を貴様が持っても意味が無いぞ」

「剣であれば何でもいいだけだ。いちいちケンカを吹っかけるより素直に頼もうと思って……」

「……ケンカか……。腹を満たしている今は機嫌がいい。誰を殺すんだ?」

「殺しではない。……だが、物騒な頼み事なのは変わらないな。ここから出る為の確認作業といったところだ」

 

 会話が終わるたびに無表情でひょいパクと食べ続ける姿が何とも奇妙で、面白い。つい吹き出しそうになる。

 もう少し美味しそうに食べたらいいのに、と。

 反転英霊はみんなこう(表情の乏しいもの)なのか、と首を傾げたくなる。

 

「……いや、別の者に頼むとしよう」

 

 山盛りの食事が終わる頃には次の日になっているのではないかと思ったので。

 本当なら見知った相手の方が話しやすいがセイバー系は真面目な者が多い。だからこそ、セイバークラスとして召喚されるのかもしれない。

 ここはアサシン系を探すのが順当かとため息をつきつつ移動を開始する。しかしすぐに見知った存在と出くわす。やはりセイバークラスなのだが性格は凶暴であり、破天荒という言葉が似合う。

 赤い模様が描かれた白い全身鎧(フルプレート)姿。普段は兜で顔を隠しているが今は露出した状態になっていた。というより食事する為には外さざるを得ない。

 出来た料理を受け取りに行っていた者は金髪碧眼の騎士。声質では女性。または歳若い男子にも聞こえる。

 風呂場で見かけたので女性なのは丸分かりだったが。

 

「よう、アーチャー。なんか暗い顔してんな」

 

 天真爛漫な笑顔で挨拶するが戦闘時は本当に野生児のような戦い方をする。

 

「あなたが明るすぎるだけだ」

 

 他の騎士風よりは話しが通じるかもしれない、という事に気付き同席を試みる。

 本来は敵同士だが今は戦う理由が無い。その為かセイバーは特に邪険にせずアタランテの同席を許した。

 

「……で、オレになんか用か?」

「汝の宝具を借りたい」

「……これはまたどストレートだな。()()()()の父上から借りられなかったって口だな」

 

 たくさんではないが騎士道精神を持つセイバーは誰でも頼みにくい。なので、要望を受け入れてくれる者は限られてくる。その中で目の前のセイバーはまだ少し希望がある。

 後、お前(セイバー)の父は()()()()ではないか、と思ったが飲み込んだ。正真正銘、()()()父をつい先日見つけたので。

 

「本当はアサシンを探していたのだが……。我の頼みを聞いてくれそうなのが見つからなくてな」

 

 居たとしても首を狙いそうなのが数人。毒で死にそうになるのが数人。

 やはり普通に剣を扱う人物が好ましい。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 これから食事を始めるようなので食べ終わるまで待つことにする。

 食欲を減退させるような話しになるので。

 

「……なんだ、食いたいなら自分で頼んでこいよ」

「いや、我はもう食事が済んだ。だから、待つ事にした。急かさないのでゆっくりと食べててくれ。その間に自分の気持ちを整理するので」

「じゃ、じゃあ……。あっち向いててくれよ」

「分かった」

 

 アタランテは素直に従った。

 視線を替えて改めて周りの風景を見据える。

 食堂と言っても数十メートル規模の広さがあり、百人以上が滞在しても余裕があった。

 極端な大食漢はそれほど居ないようだが、彼らの食事の在庫は本当に足りているのか疑問だ。

 数人のメイドが入れ替わり立ち代わり後片付けをしたり、現場の清掃をしている。

 

「……しかし、殆どサーヴァントにしか見えないな……」

 

 しかも霊体化していない。

 自分も霊体化はできる。いや、出来ていた。

 こちらの世界に来てから姿を隠す事が出来なくなっていた。武器と防具は消せるのに。

 溢れる魔力に何か秘密でもあるのか。

 

「……アサシンとバーサーカーが同じ席に居ても大人しくしているとは……」

 

 クラスによる狂化は解除されているようだ。

 このまま平穏に過ごしていると勘が鈍るのではないかと思うのだが、かといって殺し合いをするわけにもいかない。

 

「ズッズズッ、ゴホッ。ズズッ」

 

 ふと、視界に箸を握って不器用に麺類を食べる白銀の鎧を着た人物に気付いた。

 大きな音などで他の者も驚いているようだ。

 白い青みがかった長い髪の女性。クラスはランサーだが武器は持っていない。

 苦しみながら食べる姿が何とも郷愁というか愛らしいというか、意外性に富んでいた。

 周りに汁を飛ばしながら食べ続け、傍らに居たメイドが苦笑しながらテーブルを拭いていた。

 様々な食べ物があるのでそれぞれ怖いもの見たさで挑戦している。

 特に割り箸というもので食べる料理は殆どのサーヴァントが苦戦した。もちろんアタランテも。

 麺類を『すする』という食べ方を知らない者が多く、(むせ)る音があちこちから聞こえる。

 縦に割って使うとは露知らず、二本持ったり突き刺したりと試行錯誤をする風景が広がっていた。さすがに横にへし折る者は数人しか居なかった。

 顔に大量の汗を浮かべる白い髪で褐色肌のセイバーを見つけた。こちらはどうやら激辛料理を頼んでしまったようだ。

 辛いものは平気と豪語する者も悶える料理が確かに存在する。

 

「……この料理は……、悪い文明です……」

「食べ慣れないものは無理せず残してもいいのですよ」

「……もったいない」

「……うるさくして……、ごめんなさい」

「どうして麺が長いのだ?」

「パスタは平気で食べられるのに……」

 

 頼んだ人間が悪いのは明らかだが、文句が多い。それはそれで微笑ましい風景ではある。

 基本的にサーヴァントは食べずとも餓死しないと言われる。だが、そのルールのようなものがこの世界では適用されていない気がする。

 もし、そうであればしっかり食べないと()()()餓死するかもしれない。

 



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#016

 act 16 

 

 後方に居るセイバーが食べ終わったのは数十分後だ。

 その間、アタランテは時間を忘れて様々な反応を眺めて微笑んでいた。

 

「食い終わったぜ。……それで……、オレの宝具を借りたいそうだが……」

「あっ、うむ。……つい周りに気を取られて……」

「色んな反応を見るのは面白れーよな。つい先日まで殺し合いしてた筈なのによ。今じゃあ仲良しごっこの真っ最中と来てる」

 

 それが悪いと言い切れはしないが、今の状況はどこか不安を感じさせる。

 何かが()()()()で一気に瓦解するような危うさがあるような。

 それを破るのは自分か、他人かの違いかもしれないけれど、いつまでも保っているとは思えないとセイバーは思う。

 

「ここの(あるじ)とやらが外に出さないから仕方が無いんだろうけど……」

 

 強大な力を持つサーヴァントを迂闊に出せば近隣の村や街が危うくなる、という理由があるから仕方が無い。

 それはそれで納得出来るものがある。それに彼らとていつまでも地下施設に閉じ込めておくのは不味いと分かっているようだし、今は待つしか解決策が無い。

 それにアタランテが知る限り、騒動が起きた事は無い。これから自分が起こしそうだが。

 

「セイバーの宝具の使い道は……限られてくるが……。誰かぶっ殺すのか?」

「似たようなものだが……。まず、場所を変えよう」

 

 場所を変更したところで第九階層で戦闘行為が出来るような場所はあまり無い。

 誰か彼か居るからだ。

 お構い無しの戦闘なら何処でも変わらないけれど。

 アタランテは比較的、人気(ひとけ)の少ない場所として相応しい所が無いかと思案し、自分が与えられた部屋が相応しいと気づいて、そこに向かう事にした。この提案にセイバーは異論は無いと返答した。

 元々自信家なところがあり、アーチャーである自分には部屋の中での戦闘は(いささ)か分が悪い。

 そんな事を思いつつ自分の部屋にセイバーを案内する。

 

「へー、やっぱり部屋の造りはどこも一緒か~」

「そのようだ」

「一人で使うには広すぎるし、十人でもまだ余裕があるよな」

 

 十人でも、と聞いて改めて部屋を見回す。

 ベッドは人数分は置けないと思うが、雑魚寝なら十人でも平気そうだ。

 アタランテはテーブルに果実水を入れたコップを置いた。

 冷蔵庫なる物があり、その中には様々な飲み物がすでに用意されていた。

 調理台は無く、料理は基本的に食堂で作る事になっている。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 話しは至極単純なものだ。それをセイバーがどう受け取り、どう答えるのかが問題だ。

 難しい顔のまま唸ってはいたが文句ひとつ(こぼ)さないのは武人としての振る舞いか。

 

「……本人がいいっていうなら何も問題はねーな……」

 

 あるとすれば後の問題だ。

 その辺りは弁護すればいい。

 まして邪魔するサーヴァントはおそらく居ない。せいぜいルーラーくらいかな、と。

 

「いいぜ。オレもあいつらの驚く顔には少し興味がある」

「……表情を変化させられるかは分からないが……」

「態度とかで分かんだろ、そんなもん。で? いつやるんだ?」

「早い方がいい。覚悟が鈍りそうだ」

 

 よし、とセイバーは疑問を挟まずに席を立つ。

 アタランテとしてはセイバーを罠にかける気は無いけれど、利用する事に少しは抵抗を感じた。

 現状打開や自分たちの身に起きている事に何か変化があれば御の字だ。だが、何も無ければ無駄な行為にしかならない。

 

 無駄かどうかはやってみなければ分からない。

 

 それに自分でも確認したい。

 外の世界の状態、状況などを。

 アタランテはセイバーを連れて食堂に戻る。すると別のサーヴァントと思われる人物と話しているペロロンチーノを見つけた。

 羽毛に覆われて背に大きな翼がある人物は結構目立つ。

 

「ペペ……、ペロロンチーノ……だったか? 今、いいか?」

「ああ、はい。どうぞ。アーチャーさん」

 

 仮面を被ったままのペロロンチーノは愛想笑いしているのか、急に舞い戻ってどうした、と驚きの顔なのか全く分からない。

 そういえば赤い粘体(スライム)が居なくなっていた。

 話しをしていた相手はアタランテと同じく地上に戻る条件などを尋ねていたようだ。

 他にもそういう話しが聞こえていたが結果は同じ。

 人数が多いから仕方が無い。

 いずれは全員を集めて改めて説明されることになると思う。

 

「先ほどの報酬だが……。……汝は女性全員が目的か? サーヴァント全員とは思えないが……」

「端的に言えばイエス……。えっと……、肯定の方が分かりやすいか……。女の子は大好きな性分でね。……絶対に全員じゃなきゃ駄目だ、とは言わないよ。……言いたいけれど……」

 

 変に隠さないところは感心する。

 サーヴァントが目的ではなく、女性が目的という事なら結局変態に変わりがない。

 セイバーは椅子に(もた)れかかるように座り、頭の後ろで手を組み、足も組む。その態度に近くに居たメイド達が表情をきつくする。中には『ペロロンチーノ様を前にして、なんて失礼な』という呟きも聞こえる。

 もちろん、聞こえている筈のセイバーは口笛を吹く様な態度で無視する。雑兵に用は無い、という態度で。

 

「ここで俺が君の獣耳を触りたいと言ったら触っていいの?」

「……いきなりは困るな」

 

 身体を貰えば煩わしい問答が必要なくなる。つまりそういう事か、とアタランテは軽く頭痛を覚える。

 単なる観賞でもおぞましい事に変わりがないけれど、女の身体を好き勝手触れる意味でなら納得出来る。もちろん、本当は納得したくないけれど。

 

「例えば眼球を抉り取って、そのまま放置する事はしない」

「……つまり治癒する手段を確立しているからこそ出来る……。いや、自信を持って言っているのか……」

 

 口先だけでは単なる障害者の増産だ。

 サーヴァントとしての特性が生きていればケガなどは回復できると思うけれど、それが十全に機能しなければ生活に困る。

 

「さっきから訳わかんねー話ししてっけど……」

 

 と、アタランテの横に大人しく控えていたセイバーがテーブルに片肘をつけてペロロンチーノを見据える。

 

「お前はアレか? おっぱい大好き人間か? 見た目には人間には見えねーけど……」

「見た目は人間じゃないよ。俺の仲間は全て異形だ。メイド達もだが……」

「ホムンクルスってのは聞いた。……それにしても感情豊かで良く食うよな。……あれって使役する側では邪魔だとか思わないのか? ……ほら、感情とか」

「元々、感情は無かった。今は色んな表情を見せてくれるから俺は嬉しいと思っている」

「へ~」

 

 ペロロンチーノに対して尊大な態度を取るセイバーを睨むメイド。それに対し逆に睨み返すセイバー。

 

「メイドはひ弱だからあまり苛めないように。うちのボスに知れたら大騒ぎになるから」

「戦闘用じゃねーんだ……」

「それ用のメイドは居るよ。居るけど、戦わせる機会は無かった」

 

 淡々とセイバーの疑問に答えるペロロンチーノ。

 

「一応……、呼んでおくか……」

 

 こめかみに指を当てて何事かを呟くペロロンチーノ。その彼の行動にアタランテ達は驚く。

 僅かばかりの魔力が辺りに飛散していったのが見えたので。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 一般の人間には魔力はほぼ視認できない。

 サーヴァントになった時から僅かではあるが光りの粒子が見える。それは他のサーヴァントも同じく見えているようだ。

 

「……それが魔法か……」

「連絡用のね。仕草でわかった?」

「溢れる魔力でそうじゃないかって見当を付けただけさ」

 

 セイバーの言葉にペロロンチーノは首を傾げた。

 魔法を使う時、一瞬光ったりするから、それかなとペロロンチーノは思った。

 あるいは魔法を行使する時に何かが出ていて、それが彼女達には見えている、ともいえる。

 地に溢れる魔力がどうたらと言っていたし、と。

 そんな事を思案しているとメイドが二名訪れた。

 

「お待たせいたしました。……わん」

 

 一人は犬の頭部を持つメイド長のペストーニャ・(ショートケーキ)・ワンコ。

 もう一人は武装したメイドでふっくらしたスカートが特徴的だった。

 メイド服をそのまま鎧と化したような意匠となっている。

 

「おっ、出たな犬メイド」

「ほほほ。出来ればペストーニャとお呼び下さいませ、……わん」

 

 ペロロンチーノは呼び寄せたメイド達を近くに座るよう命じる。

 

「汝の趣味がどうであろうと否定しても仕方が無い。だが、本当に約束は守られるのか? 我々が地上に戻れるという……」

「それは多数決で決まる。もし、監禁が多数だとすると……、無用な争いが生まれるだろうね。そこは手探りだから残る人は残ってもいいように。出て行きたい人はちゃんと自由に出せるように、改めて議論されると思う」

「……決議は一度だけではないと……」

「そうなるだろう。我々は民主的に物事を決める。もちろんボスが最後の決定権を持っているけれど……。仲間達が決定した事はたとえボスでも尊重するさ。ここはそういう事で成り立ってきた組織だから」

「鶴の一声は無いのか?」

「場合による。みんな大人だから。わがままは言うけれど」

 

 誰かが反論すれば多数決。それは理に適っているが知らない者にとっては不安要素でしかない。

 それでもアタランテ達には彼らの決定に従う以外に道は無い。

 



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#017

 act 17 

 

 外で勝手気ままに戦闘行為をするようなサーヴァントが居れば彼らのような者が危機感を抱き、捕縛しようとする筈だ。

 それはペロロンチーノ達でなくても結果は同じになると思う。

 その上でサーヴァントを解放するのは現地の人間にとっては野に放たれた獣と大差がない。

 

「我らの方が周りにとって脅威となるか」

「……まあ、辺りを焦土と化すような連中がウジャウジャ居るからな」

 

 村や街にとってみればいい迷惑だ。そして、なるほどとアタランテは納得する。

 そんな危険物を野に放つ対価は大きくて当然だ、と。

 監禁と言っても衣食住に制限は殆ど無い。あるとすれば階層移動だ。

 自由に移動できれば拘束云々の話しなどしない。

 

「……一つ聞きたい」

「どうぞ」

「ペロロンチーノの部屋にはどれほどの死体があるんだ?」

「表現が物騒だが……。そうだね、想像に任せる……と言いたいところだけど……。いくつかある、という程度だよ。たぶんアーチャーさんが思い浮かべるほどは無いと思う。あと、ここにはアンデッドモンスターも居る。一概に死体と言われると答えにくいよ」

 

 警備の為に徘徊しているアンデッドモンスターは確かに知っている。

 それらもまとめて死体と(くく)ってしまうのは悪いかもしれない、と。

 

「あと、腐らせるような事はしない。綺麗なものは綺麗なままに……。そこはちゃんとするよ。そこら辺に居る骸骨(スケルトン)死の騎士(デス・ナイト)は……、特殊な事例だ」

 

 苦笑しながら解説するペロロンチーノ。

 言いにくいことである筈なのに答えてくれるところは意外だとアタランテは思った。

 

「モンスターが多いから人間を入れるのは意外と大変でね。むしろ君たちが平気でいる事はとても驚きであり、ありがたいことでもある」

「それなりに化け物退治はしてきたからな」

 

 自信満々にセイバーが言った。

 

「……あんまり凶悪なモンスターが居ると触れ回られるのは困る。近隣の村から少しずつ情報は出しているけど、近隣の国々はアンデッドモンスターは敵だという認識を持って……。この辺りは外に出た時、色々と知る事になると思うけど……」

「……ペロロンチーノ様。……あまり情報を出すのは……」

 

 武装したメイドが小声で進言する。それに対し、ペロロンチーノは一度だけ頷いた。

 

「今回はボスも了承している。何が起きるかは……、彼らの態度しだいさ。多少の敵が居た方が賑やかでいいと思うけどね」

「……いかにペロロンチーノ様とてお戯れが過ぎます……。アインズ様に報告だけは(おこな)いますが……。構いませんね?」

「どの道、ボスが来ても同じ議論をするんだ。こちらは早めに彼らの事を知っておく必要がある、……というだけだよ」

 

 武装したメイドは渋い表情を作りつつ引き下がった。

 そんな彼女の手を犬頭のメイドが撫でた。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 彼らにも立場や理由がある事は理解した。それに危機意識もしっかり持っている事は窺えた。だが、それ(外への帰還)これ(身体)とは話しが違う。

 鳥人間に聞いたのが間違いなのか、と思っても他の者も化け物ならば結局は一緒だ。

 監禁肯定派だった場合は事態が悪化していてもおかしくない。

 

「……これは興味本位なのだが……、今までの話しの中で……、どれだけの()()があったのか確かめたい」

「口先だけでは納得できない部分がある、と……」

 

 ペロロンチーノの言葉にアタランテは頷く。

 ()()()()聞いても納得することなど出来はしない。けれども、時には相手を信用しなければならない事がある。

 頭では分かっている。情報収集がとても大切なのは。

 『真実』というものを真実として受け止めるのは簡単ではない。

 自分にとって都合のいい部分だけを信じる事は正しいとはいえない。けれども指針は欲しい。

 その点で言えば聖杯なるものを追い求める事が果たして正しかったのか、という疑問が湧く。

 単なる願望を(かな)えるもの、というだけで多く者達が殺しあう。その効果がどういうものかも本当は分からないのに。

 

「ただ単に我が見て納得すればいいだけだ。嘘であったとしても騙された我が悪いだけだ」

 

 とはいえ、監禁する可能性を否定しない所は正直者と見るべきか。

 彼らの真意というものに少し興味が湧いてきた。

 アタランテは寛いでいたセイバーに顔を向けて一つ頷く。

 

「へいへい」

 

 やれやれという気力なさげにセイバーは言いながら席を立つ。

 

「……そう。……我がただ……悪いだけだ」

 

 誰が悪いかの問答は不毛。

 けれども、ただ従うばかりでは面白くない。

 言葉の重みをペロロンチーノがどう受け止めるのか、見定める上でもやはり興味がある。そして、その魔法とやらが何処まで万能か。

 覚悟を決めるという事はサーヴァントであっても難しい。まして自害などは相当に追い詰められでもしない限り安易に出来るものではない。

 それを強引に出来るようにするのが令呪だ。

 絶対命令権を行使されればどんなサーヴァントもなすすべが無い。

 現状を打破するのに仲間を(つの)ればいいと思われるが、サーヴァントの仲間意識は希薄だ。

 それはそれぞれ自分の願望を持っているからだ。

 手を組む事はあっても気を完全に許す事はありえないほどに無い。だからこそ、現時点で何も出来ずにいる。

 獣耳を持つアタランテはこれから自分がやろうとしていることは実に馬鹿げていると自覚していた。

 その上で身体も緊張でこわばり、脂汗が出て来た。だが、それを鳥人間のペロロンチーノに悟らせるわけにはかない。

 あくまで涼しい顔で(おこな)わなければ。というのも少し無茶だとは思っていた。

 金髪碧眼のセイバーが背後に移動した所でアタランテは何気なく顔を左に向ける。と、同時に右腕を水平になるように横へと伸ばす。

 

「ほいっと……」

 

 と、セイバーの軽い調子の言葉が耳に届く。

 

 ザシュ。

 

 一瞬だけ聞こえた風切り音。

 全身が緊張し、ついで汗が遠慮なく噴き出す準備を整えるような感覚。

 その後に訪れる喪失感。

 

「……ふぅっ!」

 

 唇を思いっきり噛みしめて嫌悪感とじわじわ強くなる痛みに耐えるアタランテ。

 ゴトンという音が目の前で聞こえたが、その方向に顔を向けたくない気持ちが増大する。

 それでも見えるのは肌色の肉体。

 

「いっちょ上がり。……じゃあ。オレの仕事は終わったから退散するわ」

 

 気軽な言葉を発してセイバーは去った。

 この凶行に似た状況に対してメイド達は不思議そうな顔をしていた。だが、周りに居るであろうサーヴァントの中から気付いた者が小さな声で呻くのが聞こえた。

 

「……ペスとナーベ。後は頼むよ」

「畏まりました、わん」

「はっ」

 

 犬の頭部のメイド長と武装メイドが慌てずに席を立ち、アタランテの側に移動する。

 ペロロンチーノは手に大きな白い容器を持っていて、テーブルの上に転がっている肉の塊。

 正確にはたった今、切断したアタランテの右腕に液体を降りかけた。

 血が飛び散っていた部分にも水だと思われる液体を振りかけていく。

 

「サーヴァントの肉体は霊体だと聞いたが……。血は出るんだね」

 

 ペロロンチーノの言葉には驚きが含まれた様子が無かった。

 冷静なところは意外だと思う。それに想像していたより周りが()()だ。

 一部のサーヴァントを除いてメイド達は少なくとも騒ぎ立てない。いや、なんて失礼な事を、と憤慨する声はあった。

 

「掃除用具を」

「はい」

 

 淡々と指令を下すメイド。

 人造人間(ホムンクルス)だから人間的な反応をしないのかもしれない。

 

「……ん~、ん~……ふぅ……」

 

 腕に水をかけ終わった後、武装メイドが何かの紙を燃やす。その後でペロロンチーノから容器を受け取り、それを今度はアタランテの右肩に掛ける。

 

「……場を汚すとは……。メイド長。ここは低位でいいのでは?」

「そういうわけにはいきません、わん。……二度手間になりますので……、わん」

「そうですか」

 

 短いやり取りにもかかわらず冷静な対応。

 

「ペス。ここは……静かに頼むよ」

 

 と、口元というか嘴部分に人差し指を当てるペロロンチーノにペストーニャ・(ショートケーキ)・ワンコは頷きで返答する。

 

「見事な一刀でした、わん。これなら何の支障もないでしょう、……わん。では……、……大治癒(ヒール)

 

 アタランテの肩に手を置き、小声で魔法を唱えるメイド長。

 血が垂れていた肩口附近は魔法の効果により、出血が止まり、その次に切り裂かれた部分の肉体に変化が起きる。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 ペロロンチーノはアタランテの切断された腕を持って色々と眺めていた。

 既に切断面は塞がり、新たに出血することがない事を確認する。

 

「綺麗な腕だ。これを壁に打ち付けて観賞する……、みたいな事はしないよ。この手袋は返すけど……。服装は後でデザイン画だけ取らせてもらえるかな。便利な魔法でも武具までは効果が及ばない。……というかそういう魔法が無い」

 

 簡単な例えとして、皿を割って片方に治癒魔法を掛けても復活しない事を伝える。

 無機物を修復する魔法はあるにはあるけれど、治癒魔法のような現象は起こせない。

 それなのに動像(ゴーレム)とか自動人形(オートマトン)に効果が現れたりする、と苦笑しながらペロロンチーノは言った。

 

「……おお……。腕が……」

 

 メイド達が辺りに飛び散った血などを拭いている最中(さなか)、アタランテは綺麗に失った筈の腕に変化が起きている事に気付く。

 多少の痛みと気持ち悪い違和感を覚えつつ肉体が増える様子に驚く。

 それはゆっくりとしたものだが元の腕を再構成しようと細胞が驚くべき速度で増えるような感じだ。

 まさしく、奇跡をなす魔法のように思えた。

 

「魔力による再構成に似ているような気がするのだが……。落とした腕は未だに存在している」

 

 離れた肉体は既に自分の意思は通じていない。けれども消えずに残っている。

 

「……これがペロロンチーノが言っていた報酬の正体か……」

 

 アタランテの様子に気付いた他のサーヴァント達も興味津々に見学していた。

 その間に掃除を終えたメイド達が何食わぬ顔で立ち去っていく。

 

「治癒魔法が通じる事は既に実証済みだったけど……。ここまでの規模はそうそう試せない。ならば多少の脅しは必要だよね?」

 

 ()()()()()()を作り出す、という意味では良い手ではある。と、アタランテは納得する。

 例え誘導尋問が無駄でも強引に(おこな)えばいいだけ。しかしながら、ペロロンチーノは平和的に事を済ませたい気持ちがあった。だからこそ、秘密事項に匹敵するような事を教えてくれた。

 それが()()ならば悪い存在ではない、と思っても不思議は無い。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 そうこうしている腕は形だけ元の姿を取り戻した。

 ペストーニャから数十分は外気に晒したまま、あまり動かさないように、と注意を受けた。

 出来立ての肉体は柔らかいので変に曲がったまま固まってしまう可能性があるという。

 

「……一度の魔法で完全に、とはいかないけれど。腕程度なら一回か二回だ。これが意外と手間がかかる。特にペス達の魔法は。やまいこさんなら一回で済むよ。こっちは低位で済むから楽」

 

 自分の腕に触れるアタランテ。

 皮膚は確かに自分のものだ、と感覚を確かめていく。

 

「今のような魔法で肉体を収集するのだな。……それなら障害を負ったままさまよう事態は避けられそうだ」

「本当ならもっと痛くない方法でやるよ。さっきのような乱暴なものだと治りが悪くなる」

「……それは……済まなかった」

「……それで……。何か納得出来るものはありましたか?」

 

 納得できたこと。そんなものがあったのか、と自問する。

 不可思議な現象に驚いているのは分かった。それをどう言葉で表せばいいのか分からない。

 

「目の前で見ていたはずなのに……。未だに信じられない。……だが、言葉が偽りではない事を理解しなければならない」

 

 それでもやはり納得出来ない気持ちはある。それになんとおぞましい事だ、と嫌悪感は更に強くなった。

 今は腕だけだが、ペロロンチーノの話しでは全身を貰う気でいる。

 普通に妻にされることも嫌だが、これは女性として嫌なのか。生物やサーヴァントの尊厳として嫌なのか。

 どちらでもありそうだが。とにかく、はいそうですか、と納得してはいけない方法のように感じた。

 

「……これは興味からだが……。その腕から全身が再生することはあるのか?」

「肉体の量が少ないから無理だ。仮にやったとしても途中で止まる。それ以降は魔法でも何も起きない。……例外があるとすれば肉体全てがとんでもない生命力に溢れている存在だ。この世界だと……、妖巨人(トロール)辺りかな。あと、粘体(スライム)

 

 ペロロンチーノはアタランテの腕で自分の頭を撫でる。

 その様子を見て、少し不快感を覚えた。

 何だか、使用方法が不純に思えたので。

 腕ではなく、足か尻尾にすればよかったかな、と今は少しだけ後悔した。

 仮に尻尾だと下着を脱ぐ事態になりそうで恥ずかしさを覚える。

 



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#018

 act 18 

 

 少し呆然としながらも切り離された自分の腕を見つめるアタランテ。

 数分見つめてみたが動き出す事は無かった。

 本来ならば霊体化したり、魔力によってケガが治癒したりするものだ。

 それが離れた腕には全く起きていない。

 

「心臓が無いから()()しなければ……、死ぬ。……死ぬというか腐ってくる」

 

 器用に手袋をはずし、アタランテに手袋を返すペロロンチーノ。

 心臓があれば肉体は維持される、という意味に聞こえるが、その方法もまたえげつないものだと感じた。

 もちろん、対象となるサーヴァントはたくさん居る。

 その全てはさすがにありえないとしても、ペロロンチーノは単なる趣味で終わらせるのか。それとも何か如何わしい事や目的でもあるのか、と疑問に思った。

 ペロロンチーノだけとは言い切れない。

 化け物が居る世界だ。

 食用とかもあるかもしれない。

 

「装備一式あった方が見栄えはいいかも」

 

 腕だけ見れば何の変哲も無い。

 アタランテらしい特徴は恐らく獣耳か尻尾くらいだ。

 正しく『人体標本』の如く。

 

「……ペロロンチーノは死体を欲するのではなく、生きた生物のままがいいのか?」

「そうだね。これは自我が無い肉体を作る。だからこそ都合がいい」

 

 サーヴァントの自我を奪って標本にするよりも人道的に思える。おそらく宝具は共有しない。

 そう話している内に指を動かしたり、腕を曲げたりする。

 痛みについては切り口だった部分に違和感がある程度。他は皮膚がヒリヒリしていた。

 

「何とも不思議な感覚だ」

「事前にたくさん食事を取れば、しっかりと再生された腕にも栄養は届くらしいよ。闇雲に無尽蔵に増えるのは怖い事だとか」

 

 早速、復活した腕で武器を呼び出す。するとちゃんと現れた。

 感覚的にも自分の腕。それは間違いない。

 

「能力は失っていないようだ。……魔力回路や令呪も気になるな」

 

 魔術師の腕に宿る能力は再生魔法でも復活するのか、というものだが肝心のマスターが居ないようなので、結果を見る事は()()出来そうにない。

 もし、マスター達が居れば令呪の奪取が出来るのか気になるところだ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 それにしても不思議だと切り離された腕に釘付けになったアタランテ。

 戦場の死体よりも綺麗だ。自分の腕だから、ではない。

 単なる切断ではない現象は自分の記憶にない。そのせいで好奇心がとても刺激されている。

 

「……そうそう。仮に万全の体制で肉体を残しても寿命は本体と一緒。不思議なことに本体が死んだ後で腕を切り取り、再生魔法を掛けても効果は現れない」

「……はっ? えっ? な、なな、何故だ?」

「魔法の不思議なところでね。条件が合わないと効果を現さない。おそらく死んだら死体と認識されてしまうようだ。そうなると効果が無い、どころかダメージを負う結果になるかもしれない。特にアンデッドモンスターに治癒魔法を使うと攻撃魔法と見なされるから」

 

 ペロロンチーノは苦笑しながら説明が難しい部分を出来るだけ分かり易く伝えてみた。

 肉体は自我が無いとはいえ成長する。

 能力については秘匿事項だが本体の武具は奪えない。

 

「本体が生きているか、無事である時に(おこな)うのが一番安全だ。さっきも言ったと思うけれど、治す意思を持つこと。これは治癒は受け付けないぞ、と頑なに思うと治癒が思うように働かない。どんなに強い魔法であってもね。全く意思を必要としない場合……。例えば睡眠中にこっそりとスパっと斬ったりした後とか、そういう時は相手の意思は関係なくしっかり効果を出したりする。だから、了承を取って(おこな)うのが安全で正しい方法となっている」

 

 つまり相手に覚悟だけ持ってもらえば眠らせてじっくり取っていくという事だ。

 意識が回復すれば、何事も無く事が終わっている。けれども、何故か、腕や脚がたくさん辺りに散らばっている。

 完全に無痛とはいかないけれど、軽傷程度の感覚なら数日休息するだけで済む。

 

「……何でもない事のようだが……、やっている事は残酷極まりない」

「うん。それは自覚している。この方法を確立した者はきっと()()()()()()()なんだろう」

 

 それはまるでペロロンチーノが見つけた方法ではない、と言いたげだった。

 確かにこんな方法はおいそれと出来る事ではない。

 まして、元々居た場所では霊体化するサーヴァントが相手だ。

 常識的に考えれば不可能に近い。というか出来るなら誰かが試した筈だ。

 

 ならば何故、誰もやらなかった。

 

 至極当然の疑問が浮かぶ。

 無駄な殺し合いより効率的ではないのか。

 それにホムンクルスの製造技術がある事はアタランテの記憶にもある。

 

「……出来るならば誰かがすでにやっているか……」

 

 そもそも人体を再生させる事は魔術でも不可能ではないのか。

 これは本当に奇跡を起こす『魔法』かもしれない。

 しかも、ペロロンチーノのみならず、メイド長も出来るところから更に驚く。

 この世界には()()()魔法が溢れているかもしれない。

 

「……信じられない……。この世界に奇跡が溢れているなど……」

 

 だが、現実に目撃している。

 それが幻術であるならば自分の腕もまた幻でなければならない。

 そもそもサーヴァントという存在自体、人々の願望から作り出されている、ともいえなくはないか、と。

 



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#019

 act 19 

 

 見るものは見たので話しも終わり、とはいかない。

 腕だけで話しが終わる訳がない。だが、アタランテ自身は確認が済んでしまった。これ以上の踏み込みはサーヴァントとて危険だと身体が訴えている。

 自分の背後や周りにはたくさんのサーヴァントが居る。その全てが対象だ。

 今後、何が起きるのか、全く想像できない。

 

「……この場所でこれ以上の物騒な話しは……、避けた方がいいのかもな」

「そうだね」

 

 と、ここでアタランテは疑問に思った。

 すぐ目の前に居るペロロンチーノに返り血が一切付いていない事に気づいた。

 結構派手に飛び散った筈だ。テーブルと床はメイド達が拭き取ってしまったが。

 水に何か秘密があるのかと思ったが、しっかりとテーブルは濡れていた。それは自然に乾燥して消えるかもしれないが、跡は残っていた。

 

「……全身が欲しいというのは嫌悪感しか湧かないが……。拒否権はあるのか?」

「無い。……と言った方が楽かもしれない……。平和的に済むならそれに越したことはない。なにせ俺の趣味だ。全てを揃えたくなる。そのためなら手段は選ばない、……みたいな事を言い出すかもしれないよ」

 

 平然と言っているけれど女性という立場では脅迫のように聞こえる。

 研究者ではもっと献体を寄越せ、か。

 とにかく、厄介な事態になった事は確かだ。

 サーヴァントを殺さずに標本にするとか、見たことも聞いた事もない。

 

「……だが、自由を得る為に必要とあれば……。それも止むなしか」

「……あんまり痛い思いはさせたくない。それは分かってほしい」

 

 どちらにせよ、肉体と精神の両方が痛い思いをする事に変わりがない。

 女性としても変態に色々といじられるのは生理的に(つら)い。

 奇跡を扱う者にサーヴァントが勝てるのか、という疑問が生まれる。

 食堂に居る者を動員すれば出来ないことは無いかもしれない。その時、彼らの実力がもっと分かる筈だ。

 

 それが本当に正しい事ならば何も問題ない。

 

 仮にサーヴァントを凌駕するようであれば今度こそなすすべもなく自分達は彼らの玩具(オモチャ)と成り果てる、気がする。

 交渉できる内に会話をやめるべきだ、と身体が訴えている。

 

「気がかりは早めに聞くといい。俺のような気前のいい奴が他にも居るとは限らないよ」

「……ペロロンチーノだけがこの趣味を持つのか?」

「数人は居るかもしれない。そのために序盤で規定の数を用意すれば、いちいち他のメンバーに聞かれる事も無くなる」

 

 規定の数。それはどれくらいなのか、知るのがとても怖い。

 サーヴァントに恐れるものは無いはずなのに。

 今はとても怖い。

 

「メンバーは俺を含めて四十人ちょいってところだ。メイドや一部のシモベ連中はこういう趣味は無いぞ。居たとしても、それは俺のシモベの筈だ」

 

 仮にメンバー全員という暴論で言えば腕が四十本以上必要になるかもしれない。

 痛みの無い方法があるとしても生理的に怖気(おぞけ)が走る。

 

「……あまり良い趣味とは言えない。……けれども……、なんというか……。身代わりを置くと思えばいいのか……」

 

 既に見るべきものは見た。これ以上の確認は必要無い筈だ。

 それなのにまだ自分は席を立てない。

 まだ何か聞かなければならない気がする。

 数分間の黙祷のように押し黙ってしまったが結局のところ言葉は出てこなかった。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 ペロロンチーノに頭を下げて、それからアタランテは様々な事を考えつつ自分の部屋に戻った。

 ベッドに腰掛けた途端に全身が激しく震えだす。

 自分は何と対峙したのか、と。

 信じられないことの連続で頭がおかしくなりそうだった。

 

「こ、この腕は本当に我の腕か?」

 

 切断は既に(おこな)った。

 ならば新たに生えてきた腕は何なんだ。

 つねれば痛い。痛覚と触覚はある。

 服についている血は本物。

 これは結局、何なんだ。アタランテは自分に問いかける。

 洗面所に行き、自分の顔を確かめる。そこには見慣れた顔と身体が映っていた。もちろん、腕も。

 

「……バカげている……。奇跡がこんなに簡単に起きるわけが……」

 

 セイバーに頼んだのは自分だ。それ以降は全て嘘だというのか。

 アタランテは混乱してきた。

 自分の常識が音を立てて崩れる。そして、それを防ぐ事が出来ない。

 

「……な、なんだ。これはなんだ。なんだ……」

 

 自分の記憶にある人生に無い不可思議な出来事に戸惑う。

 何度も『なんだ』と呟くが解答は出ない。

 初めて見る奇跡に自分は恐れている。戸惑っている。混乱している。

 

「………」

 

 いとも簡単に奇跡が扱われていい筈がない。

 であれば全て幻か。自分は何処に来たのか。

 ここが奇跡が溢れた世界だと言うのならば聖杯戦争とはなんとも虚しいものではないか。

 多くのサーヴァントが戦う必要が本当にあったのか。

 マスター達がこの世界に来たら発狂するのではないか。

 

「………」

 

 それともペロロンチーノ達が特別なのか。

 そんな気はしないのだが、分からない事だらけだ。

 



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#020

 act 20 

 

 一騒動あったにもかかわらず第九階層は翌日も特に変化は無かった。

 混乱した時に右腕をあちこちに叩きつけたが、出来た(あざ)は二時間ほどで消えた。

 魔力が充分であれば肉体的な損失は短期間で修復される。それはある程度、こちらの世界でも問題なく機能するようだ。どうしてと質問された場合、答えられる自信は無い。というか自分(アタランテ)も知りたい。

 一人部屋に居ても気がめいるだけなので食堂に移動してテーブルに突っ伏していると白銀の全身鎧(フルプレート)姿のセイバーがやってきた。

 

「よう。元気……無さそうだな」

 

 と、元気良く声をかけてきた。

 アタランテは返事をする気力が無かったので無愛想な顔だけ見せた。

 

「おいおい、どうした? 腕は治ったんだろ? 良かったじゃねーか」

「……それはそうだが……。全てが信じられない……。我は……、何を目撃したんだ、と……」

 

 テーブルに数回、額を打ち付ける。

 ゴンゴンゴンと。それ程強くではないが、多少は痛い程度だ。

 痛みがあるという事は生きている事の証明だ、と今は何故か言い切れない。

 この痛みすらも信じられない。

 サーヴァントとて痛みは感じる。

 

「今度は首でも落としてみるか?」

「……さすがに死ぬだろう。だが、それすらも治すようでは……、もはやお手上げだ」

 

 奇跡をなすものが死者の蘇生までできる、と出来れば言ってほしくない。実際に(おこな)ってもほしくない。

 聖杯にかける願いにどれだけの人間がかかわり、命を落としてきたのか。

 

「その魔法とて傷を治す程度かもしれねーじゃん。世界を救う魔法があるのか聞いてみろよ」

「……あったら怖い……」

 

 国を救える魔法はあるのか。ありますよ、とペロロンチーノなら簡単に言いそうで今は何でも怖い。

 例えがペロロンチーノだけだが、他の者は更におかしな能力を持っていた場合は想像したくない結果を見る事になりそうな予感がする。それは勘でしかないが。

 

「あのペロロンだか、ペペロンだか知らねーが。実際に魔法を使ったのはメイドだろ? 確かそういう話しだったと思うんだが……」

「……ああ、その通りだ。しかし、メイドですら出来た事を彼が出来ない訳がない」

 

 そういうメイドを使役する者だ。

 確実に上位の能力があると見て間違いない、筈だ。

 

「試しに片っ端からぶった斬って確かめてみようか。何が起きるか……」

「意味の無い殺し合いにしかならないんじゃないか。何かの条件で出来ませんとなったら……。それはそれで怖い」

「無差別は駄目か」

 

 それにしても物騒な事を言うサーヴァントだな、とアタランテは呆れ果てる。

 元は何処かの騎士だったはずなのに。

 騎士道精神は持っていないのか、と憤慨する。

 持っていないからこのセイバーに頼んだ事を思い出し、自己嫌悪に陥る。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 唸るアタランテに気づいた他のサーヴァント達が集まってきた。

 それぞれ復活した腕を眺めたり、(さす)ろうとする。

 

「ホムンクルスの腕を接合したわけではないんだな」

「人体再生は禁忌の技……」

「聖杯でしか叶わないような御技を……」

 

 と、驚きつつ色々と分析し始める。次第にもう一度、切り落としてじっくり研究しようか、という話しになってきた。

 さすがに改めて斬られるのは困る。痛いし、覚悟が要る問題なので、丁重に断った。

 

「……女性サーヴァントは気をつけた方がいい。確実に狙われるぞ」

「……むぅ」

「望むところだ」

 

 と、反応は様々だった。

 奇跡を目の当たりにして失意にくれる自分は何の為に戦っていたのか、アタランテは疑問に思う。だが、その答えはきっと出ない。

 聖杯に望む事が現実になった場合、それを自分は素直に受け入れられるのか。それとも幻と切り捨てるのか。

 唸りつつ何度かテーブルに頭を打ちつける。

 

「……新しい目的を探す方がいいのか……」

 

 奇跡に幻想を抱きすぎた感はある。

 現界している事に今のところ支障は無い。新たなマスター契約をするのか、サーヴァント単体で旅をするのか、それらは外に出られたら考えよう、と思った。

 

「……女性限定か……。殺し合いをして最後に残った一人が外に出られるルールではないんだな?」

「それはそれでサーヴァントらしいが……。話しぶりでは……、違うような……」

 

 趣向としては実行される可能性がありそうだが、メイド達からは特に何も指令は下されていない。

 争わないこと以外の交流の制限は無く、与えられた部屋には門限が無い。尚且つ、他人の部屋には許可を貰えば同室も許されている。

 一ヵ月後に施設の主が帰還すれば色々と分かる事だが、それまで自分達は色々と疑心暗鬼に囚われそうだ。

 

「サーヴァントの武器や力を欲しないのは強者の驕り……、とは考えにくいのだが……」

 

 本当に単なる収集だと気持ち悪い事この上ない。特に女性としては。

 掛け値なしの変態で強者というのは考えたくない事だ。

 

「……本当にど級の変態なら服を着ることを禁じたりするか……」

「……おおぅ……。恐ろしい事を言うな貴様」

 

 例えとしては悪かったかもしれない。けれどもありえないところが怖い。

 変態の考える事は理解したくないが事前に色々と知っておかないと困ることもある、かもしれないと思ったまでだ。

 自分の考えだが、身体全体に悪寒が走り、髪の毛や尻尾が逆立つ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 空きっ腹では考えも沈む。と、誰かが言ったので適当に注文してみた。

 ここはある程度の食事はだいたい対応してくれる。

 材料さえあれば作り方を教えて再現してもらうことも可能だとか。

 当たり前だが、無いものは作れない。つまりそこまでの万能性は無いということだ。

 何でもありだと逆に凄まじい。なので常識的で安心したのは言うまでもない。

 

「大勢の食事に対応しているようだが……。大変ではないか?」

 

 声かけに対し、茸人間は特に文句は言わなかった。

 

「いえいえ。大勢のお客様に対応できる忙しさは逆に嬉しいのです。……今の倍以上となると……どうなるか分かりませんが……」

 

 もし、表情があれば苦笑する言葉を言ったようだ。

 種族により人間的な表現が不可能な者が居る。けれども実に人間味があるので不思議だなと思った。

 慣れて来たのか、副料理長の異様な姿は今ではあまり気にならない。

 室内を飛んでいる水母(クラゲ)のようなモンスターや明らかに身体が燃えている者も見かけた。

 一様に人間型をサーヴァントと呼称しているが、全員ではないと思う。けれどもついつい誰もがサーヴァントに見えてしまうのは自分でも情けない気がした。

 というよりサーヴァントはサーヴァントの気配がある程度分かる。

 そこかしこにその気配があるので惰性でサーヴァントと呼称してしまう。

 

「本当にサーヴァントしか居ないのか……。その見極めはおそらく難しい……」

 

 ナイフとフォークを握り、作ってもらった食事を一口ずつ食べ始める。

 味に関して問題は無く、美味である。

 在庫の事がつい脳裏に過ぎるが気にしては駄目、と少し気にしておくべき、という言葉が浮かぶ。

 大半のサーヴァントは貧しさを知る時代から召喚されている。だからこそ食に関して大雑把な扱いするものは王クラスでもない限り、綺麗に平らげる。

 それこそ舐めたように。

 

「アサシンクラスですら丁寧に食べている。この食堂は一種異様な空間と言える」

 

 多少の話し声は聞こえるけれど、誰もが文句一つ言わないのは不思議だ。

 聖杯をかけて戦っていた者達ですら大人しくさせるのだから侮れない。

 

「各宗教に対応しているとは思うのだが……。それぞれの好みにちゃんと対応できる手腕は侮りがたし」

 

 だいたい自分で頼むのだから自己責任の部分もある。

 ただ、和風の麺類はだいたいのサーヴァントが苦戦している。

 食事を終えた後は自室に引っ込むか、第六階層に移動するかの選択を取る。

 戦闘以外では単調な暮らしと言える。

 体調次第では闘技場の利用も可能となる。

 



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#021

 act 21 

 

 そんな暮らしを延々と出来るのか。

 平和な世の中であれば、それが当然とも言える。

 自分がサーヴァントだという思い込みがある限り、矛盾した思考と戦い続けなければならないのかもしれない。

 (くだん)のペロロンチーノとやらとは出会わないが他の『至高の御方』というものは見掛ける。

 化け物ばかりなので誰が至高の存在なのかはアタランテには窺い知れないけれど。

 メイド達の反応で大体は理解してきた。

 一メートル足らずの粘体(スライム)にしか見えない者に(ひざまず)く事など常識的に考えればありえない。

 他のモンスターと何が違うのか。

 それを聞こうとすればメイド達が表情を険しくする。

 ここでは彼ら(至高の存在)は神に匹敵するらしい。だが、神聖属性のサーヴァントであれば対等ではないのか、と疑問に思うのだが。

 

「至高の御方は神すら(ほふ)る偉大な方達です。よそ者如きが……」

 

 と、取り付く島も無い。

 おそらくサーヴァントよりも上位だという事だ。

 

「ここに居るNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)達は皆一様に()()()()()()()()されていますから」

 

 足元を這いずる黒い粘体(スライム)が気さくな調子で言った。

 人語を解するとは思わなかったので驚いたが、この第九階層に居る者達はだいたい喋る、とのこと。

 もちろん、例外も居るけれど。

 至高の存在は姿はどうであれ、全員が喋るという。

 

「サーヴァントは召喚された時代に合わせた知識を植えつけられるそうですが……。おそらく、貴女達はこの世界に召喚されたサーヴァントではないのかもしれません」

「……しかし、我らは魔術師達によって召喚された姿を持っている」

 

 聖杯戦争時に召喚されるサーヴァントは基本的に全盛期の姿で呼ばれる事になっている。

 中にはおかしなものも居るのかもしれない。

 だが、確かにこの時代の知識が無いのはおかしなものだ。というより今の自分の知識は聖杯戦争時のまま。

 いや、正確性が不確かなので断言は出来ないけれど、()()()()()()()事は理解している。

 

「分かり易い言葉だと『転移』です。前に居た世界の知識をそのまま持って、別の世界に来た感じですね」

「……む」

 

 その言葉が正しいならば新たに知識を得る事無く来たので、色々と分からない単語があっても不思議ではない、ということになる。

 確かに納得出来る理屈ではある。

 

「……しかし、粘体(スライム)なのに流暢に喋るのだな」

「ははは。そういうものだとご理解下さい。自然界に居るかは分かりませんが……。一般的な粘体(スライム)は喋りませんよ。仮に居るとすれば色々と種族の恩恵を失いますし」

 

 実に気さくな黒い粘体(スライム)

 正式な種族としては古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)という。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 じっとしていても身体が鈍るだけなので第六階層に移動し、木々を飛び回る事にした。

 この階層はとにかく地上世界と遜色なく、時間経過と共に明るくなったり暗くなったりする。

 たくさんの植物が生い茂り、場所によっては荒野のような平地もある。

 残念ながら獣狩りは許可されていないので武器はあくまで鍛錬のみの使用に限られていた。

 迂闊に宝具を撃てば辺りの被害は甚大だ。

 

「……樹木が多いせいか、空気が美味いな」

 

 既に赤いロープを越えてもいい事になっているので少し遠出をする。

 階層としての広さは数キロメートル四方。

 意外と広大に見えるが果てが確かに存在する。

 天井までの高さが結構あるのでジャンプした程度では届かない。

 この階層にあるという大樹ですら天井に届いていないのだから百メートル以上はあるのかもしれない。

 

「……見えない壁か……」

 

 第六階層の果てにある壁。それは延々と続く景色があるにも関わらず進めない限界領域。

 無限の広さが無い、という意味でもある。

 風景だけは何処までも続いている。だが、やはりここは地下空間。

 触れて初めて理解する。

 

「形としては四角形の単純なものだ」

 

 背後から重厚な声がしたのでアタランテは振り返る。

 そこに居たのは第六階層を点検しているという至高の存在の一人で熊が二足歩行しているようにしか見えないモンスターだった。

 種族で言えば人熊(ワーベア)

 

「壁の向こうは岩などか?」

「普通に考えればそうなるね。実際に掘ってしまうのは勿体ないけれど……。地中である事は間違いないよ」

 

 この幻想風景が実際の距離感を狂わせて広大な土地を演出している。

 さすがに壁に激突しては困るので、事前に立て看板などがあちこちに設置されていた。

 

「勝手に招いた分際だが……。そろそろ地上が恋しくなったとか?」

「うむ。確かに……、その気持ちはある。この世界がどういうものか自分の目で確かめる上でも……」

「意思決定をする者が不在の現時点では我々が勝手な判断は出来ない。その点ではお詫び申し上げるが……。もうしばらくの滞在を切に願いたい」

 

 全ての至高の存在が高圧的な者ではない。それは何人かと出会って知った事実のようなものだ。

 それぞれ個性があり、親しみやすい者や人付き合いが苦手そうな者。様々だった。

 鳥人間のペロロンチーノも最初は驚いたがその後は見掛けなくなった。

 メイド達に呼ばれる事が無いので諦めたのか、他の女性に声をかけて驚かせているのかは分からない。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 別の日に闘技場に向かうと多くのサーヴァントらしき人物達が各々(おのおの)武器を持って鍛錬していた。

 さすがに宝具の真名解放はしていないようだが、どれも一般の人間を凌駕する動きを見せていた。

 

「かー、全力が出せねーのは意外と面倒くさいな」

「もし出してたら一気に魔力が無くなる」

「飛び道具系は無理でも支援系は気にせず宝具が使えますよね」

「自爆攻撃は流石に無理ですが……」

 

 今のところ殺し合いに発展はしていないが敵対する英霊同士による鍛錬は結構危うい気がする。

 それにもまして気になるのは似た顔。いや、ほぼ同じ顔のサーヴァントが一緒に居る事だ。

 特にセイバー系が。

 

「青い私よ。腕が鈍ったのでは?」

「ふふ、黒い私……。普段から酷い食生活をしている貴様に言われる筋合いは無いな」

「サンタの贈り物を食らえ」

「飛び道具は禁止ですよ、私達~」

「あっはっは~。似た存在同士がいがみ合ってる~」

 

 同族嫌悪。その言葉を実践している者達は少なからず居るのだが、サーヴァントに関しては毛色(けしょく)が違う気もする。

 

「全てのセイバー死ね」

「しっかし、父上も大量に居ると異様だな」

「そうだな。というかお前、水着がデフォかよ」

 

 食堂であった白銀の全身鎧(フルプレート)をまとっていた荒くれセイバーの側には顔がほぼ瓜二つのサーヴァントが居た。

 格好は水着仕様で肌は程よく日に焼けた小麦色。

 自身の身長ほどある大きな板を持っていた。

 波に乗る道具だというのだが、一応宝具という話しだった。

 

「クラスが違う自分との対話は意外と気持ち(わり)ーな」

「それよりもこんなにサーヴァントって居たんだな。そっちの方が驚きだ。数とか限定されてなかったか?」

 

 アタランテの知る聖杯戦争は七騎対七騎。更に両陣営に一人ずつの裁定者(ルーラー)を加えた全十六騎によるものだった。

 少なくともこの施設に居るのはおよそ百騎以上。

 聖杯大戦と呼ばれてもおかしくないほどの規模だ。

 

「本当に全員がサーヴァントか? 部外者も混じってないか?」

 

 アタランテは闘技場の観客席に座り、彼らを睥睨する。

 石造りの円形闘技場(コロッセウム)であるこの施設には使用者と観覧客で賑わっていた。

 空席は大体動像(ゴーレム)が座っているのだが、声をかけると退()いてくれる。

 

「水が無いところに大波を召喚する宝具を使ったらカオスだよな」

「他人の施設で暴れれば怒られるのは必定だ。そこは節度を持った方がいい」

「我が才を見よ! 万雷の喝采を聞け!」

「春の陽射し。花の乱舞」

「宝具展開。誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)

「うるせー! 勝手に宝具使うんじゃねーよ!」

優雅に歌え、かの聖誕を(ラ・グラスフィーユ・ノエル)

 

 あちこちで技を繰り出すところは本来ならば戦場でしか見る事は出来ない。

 それぞれが持つ宝具は必殺技でもあり、自らの真名を特定される原因になりうるもの。

 ここぞという時以外の使用は堅く禁じられるものだ。それがマスター不在の影響からか、好き勝手に行動している。

 見る分には構わないのだが、互いに戦闘する事になる時は不味くなるのではないかと。

 気にしないサーヴァントならば指摘するのは野暮ではある。

 



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#022

 act 22 

 

 鍛錬と食事と睡眠と風呂。

 それを幾日も繰り返し、施設の主との謁見が叶ったのは約束の日時の少し前。

 寝て起きてを繰り返すだけでは不健康。外の世界の探究心が日に日に強くなっていた。

 本来ならば全員を集めてまとめて説明するのが手っ取り早いところだが、ペロロンチーノの口添えがあり、先に対面出来る事になった。

 報酬のお陰だと思いたい。

 謁見場所は最下層の玉座の間ではなく、第九階層にある主の自室だった。

 二人のメイドに挟まれて訪れた部屋は他の部屋と幾分趣が違って見えた。

 まず扉を守る兵士が屈強な昆虫のモンスター。

 強行突破する気は無いが防りは鉄壁だと思われる。

 室内に通された後、待っていたのは白いドレス姿の女性。

 側頭部から前方へ向かって生えている角を持ち、腰から身体を守るように覆う大きな黒い翼があった。

 それ以外は見目麗しい人間の女性に酷似した顔つき。腰に掛かるほど長い黒髪は飾り気が無くまっすぐ伸ばされている。

 白人系の肌に縦割れの虹彩の金色の瞳が怪しく光る。

 胸元は金で出来た蜘蛛の巣のようなアクセサリーがあった。

 

「ようこそおいでくださいました」

「どうも」

 

 謎の美人に促されるまま広間にあったソファに座るアタランテ。

 異形の存在は色々と見て来たが今回の人物は更に異様な雰囲気を醸し出していた。

 モンスター特有の威圧感や存在感のようなものだ。

 物腰自体は柔らかい。

 

「まもなくアインズ様がいらっしゃいますが……。武器は持たないように願いますよ」

「承知した」

 

 おそらく他の至高の存在と同じくモンスターの一種だと思われる。けれども今まで見て来た以上に恐ろしい存在など居るのか疑問だ。

 事前に得た情報ではアンデッドモンスターということだった。

 室内に入りきらない巨体という事は無いと思うが、どんな人物なのかは興味がある。

 そうして数分後に別の扉が開いた。

 アタランテは誰に言われたわけではないが席を立って出迎えの準備を整える。

 

「………」

 

 主という事で言い知れない圧迫感はあったが居住まいを正して待ち構える。

 姿を見せたのは豪華なローブを身にまとう白骨死体。それが普通に歩いて来た。

 骸骨系のアンデッドモンスターは既に見慣れているのだが、今度の相手は不思議なほど神聖さを感じた。

 

「お待たせした。私はこの『ナザリック地下大墳墓』の主にして『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』の国王。アインズ・ウール・ゴウンである」

 

 重厚な声質で名乗りを上げるアンデッドモンスター。

 聞き慣れない名称。説明はあったものの国王という部分で首を傾げる。

 それはつまり死者の国ということか、と。だが、それはおそらく違う、とも思う。

 彼らの仲間と思われる者達の中にアンデッドモンスターはそれほど数が居なかったので。

 

「……初めまして。私はアーチャー、アタランテというものです」

「そう堅くならずに。まずはお掛け下さい」

「どうも」

 

 お互いが着席する頃には緊張も幾分と和らぐ。

 改めてアインズというアンデッドモンスターを見据えてみるがモンスター特有の恐ろしさはまるで感じない。むしろ気さくな雰囲気を感じる。

 服装で少し気圧(けお)された気がするが、それ以外は至って普通。

 

「客人には随分とお待たせしたようで申し訳ない」

 

 と、言いつつアインズは側に控える女性(角が生えた人物)(てのひら)を向けて話し出す。それはつまり彼女に余計な発言はするな、という合図かもしれない。

 

「既に聞いているかは分からないが……。このナザリック周辺には外敵を補足する罠が仕掛けてある。恥ずかしい話しだが……、私は襲撃を受けるのが怖い。だから対策している、というわけだ。それに客人たちが次々と引っかかっている事は大変申し訳なく思っている」

 

 慎重な姿勢を持つ主という事は聞いていた。

 殆どのサーヴァントは罠にはかかったが拷問や体罰などは受けていない、という話しだが信憑性については今は考えないことにする。

 聞いた限りでは施設で丁重に扱われて悠々自適の生活が送れて幸せだとか。

 

「急な転移で訳も分からず、得体の知れない施設に囚われた貴女達を束縛する権利は本来ならば無い。それは認めるところである」

「こちらとしても抗議の声を上げようとは思わない」

「それはありがたい。半ば監禁、軟禁生活を強いた事は素直に謝罪したいところだ。地上への帰還だが……。認めるわけにはいかない。……と言うつもりはない」

「………」

 

 アタランテは黙ってアインズに次の言葉を促す。

 完全に骨であるにも関わらず、人語を解する事に今ではあまり疑問を抱かないほど慣れてしまっている自分に苦笑する。

 

「近隣の村に君達を受け入れる施設を作らせた。人数が多いので分散してもらう事になる……のだが……。次の問題として……、君たちの仕事だ。我々としても仕事を見繕ってあげたい……。だが、そこら辺の余裕が無い。無い、というか自国民のことで手一杯なのだ」

「急な来訪者に割り振れる仕事を用意する事は難しい……。確かにその点は理解出来る」

 

 得体の知れない力を有するサーヴァントが多いし、互いに殺し合う状況になれば近隣の村や街に多大な被害を与えてしまう。

 それと『聖杯』の存在だ。

 いくら魔術師が居ないとはいえ、どんな理由で戦いが起きてしまうか分からない。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 アインズという骸骨モンスターはとにかく話しやすい雰囲気を感じさせる。

 好感が持てる相手といったところか。

 至高の存在の代表者ということだが得体の知れないアタランテ達を受け入れてくれた事に対し、見た目でとやかく言う事は控えようと思った。

 それにそれ程嫌悪感も湧かない。

 

「ここ一ヶ月強の施設の使用料などは我には払えそうにない。そこら辺については主としてどうなのだ?」

「食事に関しては問題は無い。……修繕費は想定内だし……。メイド達に仕事を与えられた分を差し引けばチャラに出来るほど……」

 

 ここでアインズは軽く咳き込む。

 肉体が無い筈なのでどうやって咳き込んだのか、疑問に思った。

 どう見ても喉に肉片は無い。

 

「失礼……。君達が施設内で暴れだすような事態が起きていないので、こちらから何かを請求する事は無い。食事に関して……、色々と気にされていたようだが……」

「あ、ああ。メイド達の食事量から在庫の枯渇がとても気になってしまった」

「メイド達の食事はちゃんと計算に含まれている。器物損壊以外では大した損失は発生しないんだ。もちろん、君達の分の食料もね。だが……気にされるところから我々も安易に胡坐は掛けないことを思い出させてくれた。それには感謝したい」

 

 問題が無い、という根拠が知りたかったが主としても気にする程の問題ではない、という認識ならばアタランテとしては何も言えない。

 どういう内容なのか詳しく知る事は大事なことなのか、と言われれば答えに窮する事になる。

 人様の施設なので余計なお節介ではある。

 

「長く滞在させている事で外への切望も強くなっている事でしょう。私がたまたま忙しかったばかりにお待たせさせてしまって……。……ところで、皆さんはお仲間なのですか? 皆さん一様にサーヴァントとおっしゃっておいででしたが……」

「仲間ではない。一人の願望を掛けて殺し合う敵……。ということになっている」

「……敵」

「現時点において目的の品が無いので争う理由が見当たらないのだが……。今後の状況次第では争うかもしれない」

 

 手を組む間柄になる事は出来るが、基本的には敵だ。

 命令されればアタランテとてルーラーを殺そうとする。

 

「敵ばかりでは困りますね。こっちとしてもそちらとしても……」

「面倒ごとで言えば確かにそうだ。サーヴァントとは魔術師に良いように利用されてしまう存在だ」

「……お一人という事で……地上に出てみますか? これから仲間と会議をして色々と決めようと思っていますが……。気晴らしに、でも……」

「……気晴らしか……。しかし良いのか? 我々はあなた方の敵かもしれないし、監禁したままの方が都合が良い事もあるだろう」

 

 本音では外に出たい。けれども知りたくない真実が待っているかもしれない、と思うと素直に喜べない。

 この世界がどういう所なのか。自分は知るべきなのか、このまま地下世界で意味の無い殺し合いで消える方が楽なのか。

 色々と思考が混乱している。

 



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#023

 act 23 

 

 アインズとしては全員を監禁する案を取りたいと思った。もちろん、それは安易な方法なので面談することも大事だとも思っている。

 部下達から色々と報告は受けていたがサーヴァント達が大人しく過ごしているので、少し妥協してもいいかなと思っていた。

 既に地上に出しているサーヴァントは居る。だが、それは数ヶ月も前の話しだ。

 新たに招いた存在が前と同じく友好的とは限らない。事実、第七階層に拘束している者も居る。

 だからといって全員を一緒くたにする事は不味いとも思っている。

 

「私の鶴の一言ということで従ってくれるとありがたい」

「……主の言葉に逆らえるものか……。そちらの決定には従う所存だ。……だが、……怖いのだ。ここしばらく安穏としていて急に自由になる事が……」

「……自由が怖いのですか?」

 

 アインズとしては珍しい人種だと思った。もちろん見た目も変わっていて驚いたけれど。

 もし自分達の()()に合えば仲間達の意見次第では迎え入れる事になるかもしれない。

 特にペロロンチーノが気に入っている相手だ。アインズとて無下には扱えない。

 というか、女性はほぼ全員だと思うが。

 

「当の昔に滅びた存在が魔術師の都合で現代に召喚される。今更自由を貰っても我にはその使い方が分からない」

 

 聖杯にかける願いを聞かれる事がある。けれども自分の自由は望んでいない。

 あくまで英霊とはマスターの願いを叶えるためだけに殺し合いをする道具だ。

 もちろん、サーヴァント自身にも願望があるから最後の最後で裏切ったりする。

 

「そういうモヤモヤする気持ちがあるなら一度は思い切って外に出る方がいい」

「……そうか」

「こういう時はさっさと行動するに限る。アルベド、ユリを呼べ」

 

 控えていた角が生えた女性は恭しく一礼し、部屋を出た。

 アインズとしては敵かも知れない者だとしても無闇矢鱈に監禁したいとは思っていない。それはこのナザリック地下大墳墓は自分達の拠点だから。

 

 他人に荒らされたくない。

 

 その気持ちがあるからアタランテの地上への帰還はむしろ歓迎したい。

 だが、実際は深読みされて話しが思っていたより進まなくなってしまった。というより自分達も結構深読みしている自覚はある。

 今まで監禁しておいて外に出た方がいいですよ、と言っている自分の言動がおかしい事も。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 数分後に部屋に呼ばれたのは一般メイドとは違う服装の人物だった。

 夜会巻きにした黒髪に色白の肌は白人系というよりは死人のような白さがあり、整った顔立ちはどこか東洋人を思わせる。

 メガネの位置を気にしているところから神経質そうな印象を与え、両腕にはメイドには似つかわしくない緑色を基調とした棘付きのガントレットが装備されていた。

 

「お待たせいたしました。ユリ・アルファ、御身の前に」

 

 アインズに恭しく跪くユリという女性。

 

「早速だが、彼女を地上に向かわせたい。転移の準備を」

「はっ、(かしこ)まりました」

「では、移動しましょうか」

「い、今からか?」

 

 今まで随分と待たせた事態が急に進展するのは逆に不審に思う。だからこそアタランテは尋ねた。

 

「人助けを目的としていてほぼ軟禁状態にしたお詫びを兼ねているつもりだ。客人はどう思っているのかは知らないが……。本来、この施設に他人を多く抱え込む気は無い」

 

 安全を考慮して色々と調査したい気持ちはある。

 仲間達が悪乗りする傾向にあるので説明すればするほど悪い方に偏りそうになるのが頭の痛い問題となっている。

 うまく説明できる自信があればいいのだが、とアインズは口には出さないが色々と頭痛の種を抱えていた。

 移動を開始するアインズというアンデッドモンスターの後をついていくアタランテ。

 施設の代表者の言葉だから、ということもあるかもしれない。疑いを少し持ちつつアインズの無防備な背中を見ていると矢を撃ちたくなる。

 実際に撃った場合は豪奢なローブ、またはガウンのような着物に刺さるか、弾き飛ばされるか。

 出来れば矢避けの効果が付与されていてほしいと思う。

 いや、今は敵対行動を取るべきではない、という思いもある。

 移動といっても室内にある別の部屋だったが。

 ユリと呼ばれる武装メイドがアタランテを気にしつつ扉に木枠のような簡素なものを設置し始める。

 

「このアイテムの事は既に知っていると思うから……」

「承知しました。……設置を終了致しました」

「うむ。では、客人。地上に通路が繋がった筈だ。私が先に移動する。あなたは後からついて来てほしい」

 

 アインズの言葉にアタランテは無言で頷く。

 それをアインズは確認しなかったようだが、黙って扉に向かって進んだ。

 階層移動の時にアタランテは似たような現象を目撃しているし、体験もしているので驚きは無かった。

 扉を開くわけではなく、別の空間へと転移する為に姿そのものが木枠の中に吸い込まれるように消える。それはまるで扉が幻で偽装されているように見えるものだった。

 通る時は問題ないのだが、転移先に誰かが居た場合はどうなるのか気になったが()()()からやって来る場合は普通にぶつかるだけだという。

 それと木枠のアイテムは常時設置する事が出来ないものなので人の往来は常に管理されているという話しだった。

 確かに出会い頭にぶつかる経験は無かった。けれどもやはりぶつかりそうなおそれがあった為に目を薄く(つむ)る。

 



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#024

 act 24 

 

 地下空間から一転して飛び込んでくるのは日の光り。

 それは第六階層よりかは穏やかな日差し。

 新しい景色に鼻腔をくすぐるのは真新しい新鮮な空気。

 一面は緑色一色の草原。

 遠くには山も見えた。

 

「……ここが地上世界……」

「幻などではなく本物の地上だ」

 

 潜り抜けた先は何処かの建物だったが最初に飛び込んできたのは外の景色。それから室内に意識を向ける。

 木造建築という事は分かったが、中から見たのはこれが初めての事なので少しだけ思考が混乱した。

 第六階層に似た世界かと。

 アインズが手で外を指し示すのでアタランテはゆっくりと歩を進めた。

 

「外に出てもいいですよ」

「……う、うむ……」

 

 今まで地下施設に囚われていた事を(かんが)みて、一目散に飛び出すところだ。だが、不思議と足取りは重かった。

 このまま出ると命が無い。そんな強迫観念が襲ってくる。

 それはつまり地下施設に心身ともに依存し、外の世界を恐れてしまっているからともいえる。けれども、自分が望んだ世界だ。

 強引にでも進めなければ今までの労力が無駄になってしまう。

 

「……外、外……。外なんだ。ここが……」

 

 一歩ずつ進み、視界一杯に広がる新緑を確認していく。

 既に開け放たれた扉に手をかけて周りに意識を向ければ、なんと広い草原なのかと言葉無く驚愕する。

 見渡す限り草原なのだが遠くには山や森がある。

 地平線が見えるほどの草原ではない。

 

 果てのある草原だ。

 

 舗装された道路は無いが土が露出した獣道が見えた。だが、人の気配はまるで無い。

 人気(ひとけ)の無い地域だから、とも言える。

 

「この建物は初期に作らせたログハウスだ。待ち合わせ場所として良く使っている。ここは村や街からはかなり離れている。近場まで片道で二日ほどといったところだ」

 

 後ろからアインズが説明した。

 

「村はあるのだな?」

「人の居ない世界ではない。それは保障する。移動に不便なのは我が拠点を守る為のもの。懇意にしている村の案内をしてやりたいところだが……。その前に客人……。この景色を見てまだ不安を覚えるか?」

 

 そう言われてアタランテは即座に頷いた。

 真新しい景色には驚いた。だが忘れてはいけないのはこの地域は自分にとって覚えの無いものであるということだ。

 知らない世界だという事を改めて自覚し、そして少しずつ恐れが膨らむ。

 本当にここは何処なのか、と。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 身に覚えの無い風景。

 英霊としての記憶にも無い。

 全くの未知。

 それが視界一杯に広がっていた。

 

「……溢れる魔力は大地から止め処も無く……。ここは本当に神代の世界か……」

 

 一歩踏み出せば後戻りは出来ない。

 そう思わせるだけの迫力があった。

 地上の大地に一歩踏み出した途端に純潔の狩人たるアタランテは膝を折り、その場に座り込む。

 大地に手を当てれば生命の息吹が手袋越しに伝わって来るような感覚がある。

 

「……美しい世界だが……、人の気配がまるで無い……」

「この辺りは特にそうだが……。もっと向こうまで行かないと駄目だがね」

 

 呆然と佇むアタランテに欲していそうな答えを丁寧に伝えるアインズ。

 世界について。村や町について言える範囲を教える。

 自然豊かな風景に感動を覚える者を無下に扱わない。それがアインズの本心かどうかは他人には窺い知れない。

 

「魔力については良く分からないが……。貴女がそれを感じ取れるのなら、そうなのでしょう、としか言えない」

 

 そもそも大地に魔力が溢れている、などと聞いた覚えが今まで無かったので逆に驚いた。

 確かに魔法が扱えることには不思議に思っていたが、本格的に解明しようとは思わなかった。それはそういうものだと思っていたので。

 

「文明は中世ヨーロッパと言われているのだが……。貴女の知る世界について私は分からない……。だから、どう言えば正確に伝わるのかは……」

「現代社会は知っている。私が召喚された時代は紀元前ではないことは理解した。その中間地点だというのならばそうなのだろう、と……」

 

 紀元前と聞いて色々な神話体系がアインズの頭蓋の中に閃いていく。

 仲間からギリシア神話やメソポタミア文明だとか色々と言葉が出ていたがアタランテという人物は何かの神話世界から現代に召喚された()()

 アインズの理解力では詳しいところまでは解明できないが、自分の知らない概念がある事は嘘ではないようだ。

 信じるか信じないか、という話しでは片付けられない事が確かに存在する。今はそういう理解でいいと判断する事にした。

 



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#025

 act 25 

 

 知らない世界に放り出されたアタランテが急に逃げ出したところで行くあてなど無い。そう思ってしばらく彼女の行動を見守る事にした。

 ログハウス内に引き上げ、地面に座り込むアタランテを眺めつつ着いて来たユリに飲み物や食事の用意を命令する。

 

「あの様子ではこの世界の住人という訳ではないようだ。しばらく放っておいても大丈夫だろう」

「……はっ」

「……ところであの耳と尻尾は自前なのか?」

「メイドの話しで獣人(ビーストマン)によく似ているとの事でした」

 

 サーヴァントと呼ばれるものは身体的な特徴による共通点というものは確立されていない。

 無理に指摘するならば人間型が多い、というくらいだ。

 過去の偉人や神話の英雄。それらをサーヴァントと呼ぶ事は報告にあった。

 

「正確には魔術師が召喚する使い魔か……。興味深いのだが……、まさか大勢存在するとは思わなかった」

 

 数百人強の行き倒れ。

 さすがにアインズも驚いた。それだけ偉人が居た、という証明だ。

 アタランテはごく最近に出現した存在だが他の者と同様に罠にかかってしまい、仕方なく収容した。というか仲間が助けるべきと言ったからだが。

 人助けを否定するつもりはないが、得体の知れない能力を持つ物騒な存在は早めに追い出したいのがアインズとしての本音だ。

 興味はある。けれども『ナザリック地下大墳墓』を吹き飛ばされたくない気持ちの方が強い。

 

「……最初の時はもっと大変だったのが……、今は懐かしい思い出となるとはな」

 

 数年前のことではない。

 数ヶ月前の事だ。

 サーヴァントと呼ばれるものの実力を見せてもらったのだが、その時は闘技場(コロッセウム)を半壊させ、壁に亀裂を入れられた。

 特定の魔法には強いはずのナザリックも全く違う概念の前では形無しということか。

 すぐに修復できたので大事には至っていないが、相当に焦った事は今でも覚えている。

 

「……しかし、早速ペロロンチーノさんが手を出すとは……。同じ弓兵(アーチャー)として何か感じるものでもあったのか……。って訳は無いな……」

 

 エロゲー大好き人間だから。

 美しい娘だとは思う。だが、サーヴァントというからには尋常ではない能力を持っている筈だ。

 こちらが弱みを見せれば何をしでかすか分からない。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 ユリが食事の用意を整えるころにアタランテはアインズの下に戻ってきた。

 そのまま逃げる事も出来たのに。

 

「逃げなかったのは恩返しをする為ですか?」

「それもある。私はこの世界について何も知らない。それにまた行き倒れてしまう可能性があるからな」

「……今度は大丈夫だと思いますよ」

 

 一度食らった罠に二度もかかるとは思えない、という感覚でアインズは言った。しかし、対抗手段を持っていない場合は何度でも罠にかかる。

 穏便に収容するなら相手を傷つけずに弱らせた方が確実だ。

 逃走と従属。アインズにとってどちらが有益かは分からないが面倒ごとが片付くのならばどちらでもよかった。

 個人的にはペロロンチーノに恨まれなくて済んだ、と安心すべきところだが。

 

「この建物は隠蔽しているわけではない。ユリを控えさせておくから自由に散策してくるといい。いっそ村まで行けるのならば……、あちらの方角がオススメだ」

 

 アインズが指し示す先の村。それは自分が一番お世話になった、または懇意にしている村の場所だ。

 何人かのサーヴァントと呼ばれる者たちも向かっている。

 

「どれだけ急いでも二日はかかると思うが……。というか、それくらい近隣の村から離れている」

「了解した」

「この先どうするかは客人の選択次第だ。監禁について誤解があってはいけないのだが……。私は別に君達を一生閉じ込める気は無い。敵対者ならまだしも……。困っている者を助けたい気持ちはある。冷血な王様では何かと体裁が悪いものだ。慈善活動の一環と取ってもらっても構わない……」

 

 気さくに喋り始めるアインズ。

 アタランテの印象では高貴な存在や偉そうな王様という印象は感じなかった。

 嫌々王様をやっている、というわけでもなく素の自分を見せているように感じた。

 それは弱みを見せている事と同義のように思うのだがアインズという人物にも色々と悩み事があるのかもしれない。それを発散する場が無く、見知らぬ人間になら打ち明けても問題は無いと心が緩んだ結果とも言える。

 とにかく、アタランテは黙って聞き入った。

 

「貴女は私の見た目がアンデッドだからと物騒なイメージを抱いてはいませんか?」

「そう言われれば言葉も無い。その姿で善人だと初見で気付くものは……、居ないと思う」

「……自分の中では善人のつもりなのだが……。いや、確かに完全に善人というわけではないのは自覚している。彼らの代表者であり、ナザリックの支配者であり、今は自国の王だ。……他人に愚痴を言っても仕方が無いが……。物事の最終判断をしなければならない気苦労は君達や一般の人間と大差は無い……筈だ」

 

 声の感じでは少し疲れているような印象を受けた。

 代表者や王という存在は個人的感情に左右されてはいけない。

 常に国と国民を第一に考えなければならない責務がある。

 

「君たちが知りたいのはこの世界についてだと思うが……。それは私も知りたい事だ。だから、というわけではないが……、君達を帰還させる方法を我々は持ち合わせてはいない」

「……そうか」

 

 魔術師による召喚ならばある程度の推論が立てられる。だが今回は魔術師の存在は無く、新たな聖杯戦争というわけでもない気がしていた。

 ナザリック地下大墳墓と呼ばれる施設の中に居た大勢のサーヴァント。

 どう考えてもおかしい。その一言に尽きる。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 サーヴァントは他のサーヴァントの反応などを感じ取る事が出来る。もちろん、距離的な問題があるのでどこにどれだけのサーヴァントが居るのか、正確なところまでの判断は出来ない。

 アタランテの感覚では同じ階層に百メートル程の距離であれば何とか感じ取れる。

 気配遮断などをされれば感知は難しくなる。

 最初の頃に他のサーヴァント達を感じ取れなかったのは施設に施された対策の影響だと思われる。今から思えば相当強力な術式ではないかと。

 

「一つ聞きたい」

 

 アタランテの言葉にアインズは無言で頷く。そばに居るユリも特に表情を変化させなかった。それはつまり彼女は冷静な判断が出来る存在だという事だ。

 

「仲間と相談した結果、監禁となった場合はどうなる?」

「私自身は監禁する気は無い。だが、危険と判断した者は更なる調査をすることになるのは確実だ。時間をかけて解放する、というのが正しい」

 

 当初こそ監禁するべきと思った。

 充分な調査をし、何者かを知る為に。

 それからバカ正直に監禁するぞ、と言うわけにはいかない。そこら辺は言葉の駆け引きだが。

 数百人を超えるサーヴァントという物凄い能力を持った者達を近隣に放って何が起きるか分からないし、善人ばかりではない事も調査で知りえている。だからこそ慎重に議論を重ねたい。

 

「国王としての判断か」

「そう思ってくれて構わない」

「……だが、彼らとて英霊として召喚された者達だ。そこは尊重してもらいたい」

「承知した。……いや、承知していると言った方が適切か……。架空の物語の英雄も居るようだし……。その者達は……」

 

 と、口に出したところでアインズは気付いた。

 アタランテもその架空の物語。()()()()神話の中の登場人物である事を。

 元はギリシア神話の女狩人。

 色々な逸話を持つ存在だという話しだった。だいたい獣耳に尻尾が生えた人間が本当に存在しているわけがない。その辺りも()()()()()仕方がない、と植物姿の仲間から教えてもらった。

 

「行動原理に問題がある者も居よう。私とて無茶な事を言うつもりはない」

「冷静な判断で助かる。……飲み物を用意させた。遠慮なくどうぞ」

 

 もちろん毒などは入れていないが客人たるアタランテがどういう反応を示すのか、少しだけ気になった程度だ。

 もし自分ならアンデッドの身体でなくても怪しいと思う自信がある。

 逆に何の躊躇(ためら)いも無く飲む人間だと早死にするタイプだと思う。

 危険な飲み物を用意したわけではないが、色々と考えてしまう自分と他人の差をついつい考察してしまう。

 



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#026

 act 26 

 

 外を眺めたり、軽く散歩したり、質問できるだけアインズに問いかけたりしていると空が赤みを帯びてきた。

 陽が傾いて一日を終えようとする風景。

 それは第六階層の風景よりも自然なものに見える。

 

「地球の地図で言えば……、ここはヨーロッパ辺りと言える。国だと……、ドイツとかフランス辺りになるのかな……。もちろん、地形はだいぶ違っていて、向こうは雪国のアーグランド評議国がある」

「アインズ……国王は地球の知識に詳しいのだな」

「……詳しい人がたくさん居るからだ。転移者の話しを総合すれば……。……ふむ」

 

 自分で言った言葉に対し、今更誤魔化しても手遅れだとアインズは観念する。

 無理して誤魔化す気は無く、久しぶりの客人対応に調子が狂っただけだ、と自分に言い聞かせる。

 地盤は既に固まっている。それに自分はアタランテ達に疎まれるような事はしていない。罠はもちろん自衛なので文句は言わせない。

 

「本音を言えば……、私……、俺達も転移者だ。だが、別に元の世界に戻りたい気持ちは湧かない。ただ、それだけだ」

 

 これは嘘偽りの無い自分の本音。しかし、客人に伝わるかは不明だ。

 別に伝わらなくてもいい。信じてもらえなくてもいい。

 

 所詮は他人だ。

 

 それでも同郷と思われる者との対話は嫌いではない。だからこそ本音がついつい漏れてしまうのは仕方が無いのかもしれない。

 もちろん特段の口封じは考えていない。

 聞かれた質問に答えただけだ。

 

「………。ならば……、聖杯や聖杯戦争の事はご存知か?」

「いいや。そういう知識は持っていないし、仲間も持っていない筈だ」

 

 聞き覚えの無いサーヴァントという存在。

 自分の知らないところで色々な事件などが起きていたのだな、とアインズは感心しながら興味を持った。

 集めた情報によれば彼らは過去の偉人や物語に出てくる英雄たちばかり。

 それを魔術師達が必要な触媒を用いて召喚し、聖杯を掛けて殺し合う。

 聞いている分には物騒極まりないのだが、願望を叶える為ならばそれくらいはするかもしれない、という思いもある。

 

「君たちが欲する聖杯とは……。こういうものか?」

 

 と、物は試しとアインズは懐から黄金の(さかずき)を取り出した。

 それは一般的なコップと大差のない大きさで、細かい装飾が刻まれていた。

 

「……いや、私の記憶にある聖杯は……、もっと大きくて球体のような形だった」

 

 聖杯と呼ばれるものがどんな形を持っているのか、英霊であるサーヴァントは基本的に最終決戦まで見る事が出来ない事が多い。

 特別な場合を除けば形の無い物の為に無駄に殺し合う事になる。

 アタランテが見た聖杯と呼ばれるものは直径十メートルを越える球形。

 ひび割れた球の中には女性の像が刻まれているものだった。

 

「これも立派な聖杯で、名前もそのまま『聖杯(ホーリーグレイル)』という。効果は人々の願望を叶えるような大層なものではない。……せいぜいキャラクターの……」

 

 と、()()()()()()()の効果を説明しても意味が無いと気付き、説明を止める。

 大層なものではないと言ったがアインズにとっては二つと手に入らないレア中の()()()()()()だ。

 こんなアイテムの為に殺し合いをする、という部分はあながち理解出来ない事はないのだが、アタランテの説明とは何かが違う。それは何となく理解した。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 アインズが取り出したのは『世界級(ワールド)アイテム』と呼ばれるものだ。

 全部で二百個あり、入手が難しく、また情報も乏しい為にアインズが知りえているのは五十個程度。

 アタランテの説明などを聞くとサーヴァントが求める聖杯は人々の願望を叶えるもの。

 いわゆる、あらゆる不可能な概念なども無理矢理に叶えるようなとんでもない代物。そうアインズは理解した。そして、アタランテの願望は『全ての子供たちを幸せにする』というもの。いや、より正確には『この世全ての子供たちが愛される世界』だ。

 

「それを聖杯で叶えてもらおうと……」

 

 聞いている分には聖杯でなければ叶えられないものか、と疑問に思う。

 大雑把な願いは叶えるのは確かに難しい。

 一人ひとりの幸せや愛の形は違う。それを無理やりに叶えようとすれば無理が生じる。

 他人の死を願う者、他人の財が欲しいと思う場合など。何処かで誰かが不幸せになる事もある。

 

「……矛盾を孕む願いは危険だと思うぞ」

「……私はただ子供たちの幸せを願っているだけだ」

 

 それはアタランテが思う幸せの形であって当人の幸せとイコールではない。

 だからこそ願いを叶えるのは難しいとアインズでも思う。そして、それをもし仮に叶えるような代物の聖杯とやらが存在するならば、とんでもないものだ。

 

「……だが、それこそが私が戦う理由だ。……今は我が願いは否定され、敗北し、英霊の座に追放された」

 

 追放される筈だった、というのが正確だとアタランテは胸の内で呟く。

 戦闘は終了し、おそらく聖杯も消えたはずだ。それなのに自分は見知らぬ土地に居る。

 マスターも無く、聖杯の影も形もない場所。

 

「サーヴァントは戦う理由あって召喚されるものだ。少なくとも私はそう思う」

 

 だからこそ理由が無いのに存在していられるはずがない。

 赤の他人に聖杯について議論を重ねても意味が無い。けれども世話になった分は帰したいと思った。

 それと折角用意してもらった飲み物を頂き、一息ついたところで外に出る。

 豊富な魔力に満ちた世界。

 マスター不在でも何の支障も無く単独行動が出来る。

 本来ならば魔力切れで実体を維持する事が難しい。

 

「……バーサーカー達すら狂気に陥っていない……。それはつまり……どういう事だ……」

 

 ならば一つ試してみようか、とアタランテは別の宝具を出現させる。

 それは黒い毛皮。

 (いのしし)の皮。

 魔獣である『カリュドンの猪』を仕留めた景品であり、第二の宝具。

 ただし、仕留めたのはメレアグロスという人物で、アタランテは一矢を当てただけだ。

 アタランテに求婚する為に贈られた物だが、彼女を巡る男達の争いが起きて殺し合いになり、メレアグロス共々死んでしまった。

 

「主様よ」

 

 アタランテはアインズに向かって言った。

 

「もし、我が正気を失った場合は……好きにしてくれて構わない。恩もろくに返せない分際で申し訳ないのだが……」

「……何をするのか分からないが……。客人のしたいようにすればいい」

(かたじけな)い」

 

 右手に握る黒い毛皮から黒いオーラが漂い始めた。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 ログハウスに迷惑がかからない位置というものは無さそうだが、百メートルほど離れた場所まで移動するアタランテ。

 見知らぬ土地なので逃げ出しても路頭に迷うだけ。

 最初の徘徊が脳裏を過ぎる。それゆえに好き勝手に行動することに少し躊躇いを感じた。

 

「……折角の現界を私は無にしようとしている。それはやはり勿体ないことなんだろうな」

 

 聖杯戦争に敗北した。その記憶は鮮明に覚えている。

 激しい怒りに満ちて戦い、敗北し、サーヴァントの心臓ともいうべき『霊核』が砕かれた。

 普通ならばそれで戦いは終わり、消滅する運命だ。

 この再現界には何か意味があるのか。それを考えようとしたが未だに答えが出ない。

 出ないような世界に現界した、と言えば身のふたも無い。

 いや、正しく理解出来ない事かもしれない。

 

「……世界よ。我に真実の姿を見せ(たま)え。……それゆえに我が身を捧げる……」

 

 黒いオーラをまとう毛皮を自身の胸に叩きつける。

 鋭い爪が備わっている黒いグローブにより叩き付けた部分が傷付き血が出始める。

 自身の血液に触れ、毛皮が体内を侵食し始めた。それにより痛みが広がっていく。

 

「……神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)。我が身を食い荒らすが良い」

 

 黒い毛皮は都市国家カリュドンを滅ぼす為に使わされた魔獣のもの。

 この宝具は自身を狂化し、爆発的な力を与える。しかしながら全身を激痛が襲う。

 一度使えば命は無い。玉砕覚悟の対人宝具である。

 

 本来ならば。

 

 前髪付近の緑色だったものは紫色。後方は薄紫へと変わっていき、服装にも変化が生まれる。

 肌の露出が増え、(へそ)が丸見えになる。

 靴は猪風の蹄が現れ、尻尾は荒々しい毛羽立った黒い体毛に変わり、二本になった。

 グローブも黒い毛皮で覆われる。

 最大の特徴は右肩に巨大な猪の頭が現れた事だ。

 口から血の様なものを滴らせている。

 

「……あががっ……。り、理性は……保たれている……だと? 狂化されるのでは……なかったのか……」

 

 痛みで混乱しそうになるが変化を冷静に分析できるところは意外だと思った。

 傷みは本物。

 宝具の展開に不備があるとは思えないが、どういう状況になっているのかアタランテには理解出来ない。

 

「間違いなく宝具は機能している。ううっ、全身が……張り裂けそうだ……」

 

 声に出さないと涙が出そうになるほど痛い。

 右肩の猪が首だけなのに唸り声を上げている。

 油断すれば身体を乗っ取られそうな気がする。

 

「……理性を保ったまま宝具を扱うのは……無謀だな……」

 

 しかも決戦時に神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)を使った事は覚えている。

 怒りに身を任せていた事もあり、縦横無尽に駆け巡っていた。それが今は痛みで走る事が難しい。

 狂化されていた事によって痛みを忘れていたせいもあるかもしれないが、実に情けない事だ。

 数歩歩いただけで膝が折れる。

 黙っているだけで汗が止め()も無く噴き出してくるようだ。

 



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#027

 act 27 

 

 客人の変化というか変身にアインズは驚いた。

 大体の予想は出来ていたが実際に目にすると新鮮なものを感じる。

 今のところ暴れまわるような危険性は無いようだが、念のために仲間に連絡を入れておく。

 アタランテは墳墓内での素行は実に良く、好感の持てる人物として高く評価されていた。

 ただ可愛いからといってペロロンチーノの意見に流されはしないのだが、自分の目で確かめて分かる事がある。

 

 高潔の狩人アタランテ。

 

 もし、彼女が望めば待遇改善も視野に入れてもいいとさえ思った。

 意外な化け方をする人物として気に止める価値はある。

 けれども他人である事が最後に引っかかると思うと素直に喜べない。

 

「……そうだとすると俺って……、悪い奴だな……」

 

 一応、王様になったのだから民から慕われる人物になりたい。

 見た目は化け物だと自覚しているけれど。

 この姿だって随分と浸透しているから何か良いアピールポイントとか新しく用意したいと思う。

 他人を認めさせる事は異形種であっても難しい問題だ。

 と、アインズが悩んでいる間もアタランテは地面をのた打ち回っていた。

 痛いならやめればいいのに、という野暮はアインズは思っても言葉には出さない。それくらいの空気くらい読める、と。

 

「……あれは変身するだけの能力というかアイテムというか……」

「……ほうぐ、でございましょうか?」

 

 側に控えていたユリの言葉にアインズは頷いた。

 彼らサーヴァントの持ち物については実際に手にとって鑑定したことは無いので色々と分からない事がある。

 自分達の神器級(ゴッズ)アイテムのように他人に触れさせたくない気持ちは理解出来る。それと同じならば無理によこせとは言えない。

 強引な手は最終手段だからだ。

 少なくともアインズは強引な手は取りたくない派だ。

 頭髪の色が変わり、不穏なオーラを発しているのは分かった。

 本来ならば爆発的な戦闘力を見せ付けるようなものだろうけれど、地面を転がり続けているだけで苦しそうだ。

 その上、元に戻れない呪の類である場合はどうすればいいのか、と色々と思索する。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 アタランテは何度も立ち上がっては地面に転がる作業のような行動を繰り返していた。

 思うように動けない自分に負けては狩人の沽券に関わる。

 

「ぐぅ……」

 

 獣のように叫んで痛みを忘れるような行動でもしない限り、気が変になりそうな気持ちと戦わなければならない。

 理性を保ったまま制御することなど本来は想定されていない筈だ。

 何度か転がりつつ、痛みに耐えかねて地面に額を何度も打ち付けて自分を黙らせる。

 それをどれだけ繰り返したのか。顔面が血塗(ちまみ)れとなり、地面に無数の血痕を残す有様となった。

 この宝具は一度使えば後戻りの出来ない諸刃(もろは)の剣。

 場合によれば右肩ごと切り落とせば解除されるかもしれない。

 前回は力尽きて肩の猪の頭部がずり落ちて解除されたはずだ。

 そうなるには誰かと戦い、敗れるか。このまま痛みに屈して命を無駄に散らすかしなければならない、かもしれない。

 それでもまだアタランテは自分を保っている。

 

「……怒りによる狂化……。それを平常心で制御するのだから馬鹿げている」

 

 だが、時間が経つごとに理解してくる。いや、慣れてきたと言うべきか。

 身体能力は確かに格段に上昇した、気がする。

 死闘を繰り広げるのに相応しい宝具ではあるが、それ以外では全くの役立たずだ。

 相手を殺すためだけの宝具など百害しか無い。

 ゆっくりと立ち上がるアタランテ。

 

「……ああ、これでもまだ世界は……、我に試練を与えるのか」

 

 それとも他に何か理由があるのか。

 宝具は効果を発揮した。しかし、それは通常のものとは()()が違う気がする。

 その何かが分からないから困っている。

 あと一週間ほどのた打ち回れば今の状態でも生活できそうだが、先ほどから肩口の猪が体液らしきものを垂れ流しているので、これをどうにかしないと迷惑がかかる。

 

「……全く。この魔獣は飾りではないのか?」

 

 呆れつつも困ったな、とアタランテは小さく呟く。

 身を滅ぼす宝具を使っても事態は悪化こそすれ改善の兆しが全く見えない。

 宝具が使えることしか判明しなかった。

 

「……ここで朽ちるのも悪くはないか……」

 

 元より聖杯の為に殺しあうサーヴァントだ。

 その命の価値はきっと低い。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 変身が解けないままログハウスに戻ると鳥人間のペロロンチーの姿があり、その側には白銀の全身鎧(フルプート)姿の何者かが居た。

 姿は見かけた事がある程度で名前はまだ聞いていない。

 

「緑から紫に変わっている……。変身系か……」

「色で言われると……、やはり気恥ずかしいな」

 

 変身したアタランテをどう表現すべきか。それは自分でもやはり色でしか言えないと思った。

 筋力が多少、増量された程度で顔形は同じ。

 肩口に大きな猪が現れている。

 これを変身と言えるのか疑問だ。

 

「元に戻る方法が……分からない。こういう場合は……、やはり……」

 

 両手を広げて肩をすくめる仕草を見せるアタランテ。

 

「諦めるのはまだ早いですよ。まずは……、その血塗れの顔を何とかしないと……」

 

 普通の人間ではないと思ってもやはり血は赤い。それに対して猪はただただ唸り続けている。

 この宝具は自身の強化のみで猪が特殊な攻撃を仕掛けるような事は無い。

 早速ペロロンチーノがアタランテの周りを回りつつ状態確認を(おこな)っていく。

 無闇に触ったりせず観察しているようだが、腕とか脚くらいは触られても問題は無い。

 さすがに服を脱げと言われれば拒否したいところだ。

 

「この(いのしし)を除去するしかないか」

 

 解除方法は使用しているアタランテにも実は分からない。

 一度使えばもう後戻りできない。そういう覚悟を望んで使用するものだと自分の記憶にはあったので。

 相手を道連れにして自分も滅ぶ諸刃の(つるぎ)のような宝具。

 

「都合のいい能力を持つサーヴァントに来てもらうとか?」

 

 自分達では解決できなくともサーヴァントに詳しい者達ならば可能になる事があるかもしれない。

 ナザリック側に出来る事は自分達の知識にある事のみ。

 

「他のサーヴァントに頼るとしても……」

 

 顔を綺麗に(ぬぐ)われたアタランテは疑問点を浮かべる。

 互いに殺し合うサーヴァントの能力を把握しているものなど居ない。

 聖杯抜きの今ならば可能性は高くなるかもしれないが、自分には返すあてが無い。

 

「『直死の魔眼』とかいう能力はどうです?」

「あれは『殺す』事に特化しているから……、宝具が使用不能になるか彼女の腕が不能になるかするかもしれません」

 

 鳥人間と白銀の鎧が顔をつきあわて議論を始めた。

 自分だけでは悶々としたまま解決しないが彼らは聖杯戦争とは関係の無い存在だ。だからこそ(わだかま)り無く自由な発想で話せる。

 

「……いや、その前に……。汝らは……サーヴァントの能力をいくつか知りえているのか?」

「答えてくれたものだけだけど」

 

 秘密主義が多いというのは自分の思い込みか、と呆れるアタランテ。

 確かに隠しても仕方が無い。意味が無いと思えば教えてくれる場合もあるかと納得していく。

 

 ここではもはやサーヴァントという拘りは不必要かもしれない。

 

 であれば今の自分は何者なのか。

 ただの弓の英雄というのでは(いささ)か納得し兼ねる。

 それは自分の身体がサーヴァントであった時のままである事と記憶を保持している事だ。

 



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#028

 act 28 

 

 癒しを受け入れつつ今も身体を(むしば)む呪いの宝具に耐え、出来るだけ冷静に状況を分析する。

 この世界は結局のところ自分達の知りえない場所である。

 魔力が豊富で、自然豊かである。

 どうやら『異世界』という概念があるらしい。

 そして、自分達はサーヴァントでありながらサーヴァントではない。

 では何だと問われれば分からないと答える。

 

「身体のケガは今以上に酷くはならないと思うっす」

 

 治癒魔法を担当したのは褐色肌のメイド。

 修道女(シスター)のようなイメージを持たせた服装。腰まである三つ編みに結ばれた赤い髪が二本。実に健康そうな笑顔を見せてきた。

 犬頭のペストーニャとは違い、こちらは人間だった。

 

「痛みまでは消せないようだな」

「得体の知れないアイテムの解呪って大変なんすよ」

 

 気さくな話し方は自分の記憶には覚えが無い。乱暴なものは知っている。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 癒されても右腕から来る激痛は既に全身に及んでいる。

 全体的な痛みになったからこそ多少の無理が出来る程度だ。

 最終的には魔獣の姿に変わる事はないと思うが自分でも無茶な事をしていると自覚する。

 治癒担当のメイドの他に何人か地上に出て来た。その中には先の話題に出た『直死の魔眼』という能力を持つサーヴァント『両儀(りょうぎ)(しき)』が居た。

 着物姿に赤い革のジャケットを羽織った純日本人()の女性。いや、日本人なのだが、整った美しさを醸し出す風貌は何処となく異国人を思わせる雰囲気があった。

 年の頃は二十歳近く。ただし、一人称は『オレ』という。

 名前が判明しているのはアサシンと呼ばれるのが好きじゃないから、という理由からだ。

 

「猪退治はいいけど……。二度と宝具が使えなくなる可能性があるぞ」

「サーヴァントの役目が果たせないなら使用不能も覚悟しなければならない。もとより……我らには目的が無い……気がする」

 

 上着のポケットから小さなナイフを取り出して弄ぶ両儀。しかし、表情は平静だ。

 

「いいのかい、アンタの大事な宝具だろうに」

「情けない話しだが……。世界に抗い……、失敗したようだ」

 

 戦う理由があればいいのだが、それ(戦闘)が無く、また自分のこれからの行く末すら見えない今において宝具とは単なるお荷物かもしれないと思ってしまった。

 少なくとも命令を与える魔術師(マスター)が居ない。

 本来なら既に意識を乗っ取られてもおかしくないのに冷静に思考できる。

 狂化が無効化されているのか、それとも()()()()()()()効果を発揮しないのか。

 

 全く、良く分からない状態だ。

 

 アタランテは(ひと)()ちる。

 立ち上がって周りを見渡せば平穏な風景が広がっている。それを戦闘で台無しにする自分は正に異物。

 ならば()()()()抑止力が働いてもおかしくないのではないかと。

 

「……良く分かりませんが……、治療するのであれば早く処置すればいいのでは?」

 

 折角だからと何人か地上に上げたサーヴァントの一人が言った。

 人選の都合か、ほぼ女性。

 男性も居る事は居る。

 数百人規模の人材の内、四分一ほどが男性という偏った比率は()()かの陰謀か。

 彼ら(サーヴァント)達と入れ替わるようにアインズは地下に引き上げていた。

 

「呪いを強制的に排除するとアーチャーさんの命が危ないかもしれない。ここは慎重に調べていくよ」

「……いっそまた腕でも落とせば良かろう」

 

 そう言った時、鳥人間に手刀で頭を叩かれた。

 鈍い音と共に痛みが襲う。

 

「腕だけじゃあ、つまらないんだよ」

「……ペロロン君。それはどうかと思うよ」

 

 すかさず白銀の騎士が突っ込みを入れる。

 

「女性をいたぶる趣味は無い。ハーレム最高っ!

 

 そう言った後、またも白銀の騎士が手で突っ込みを入れる。

 今度は無言だ。

 

「……つい煩悩が……。とにかく、安全に解呪する方法を探して、それから強引な手で行こうかと思います」

「……普通に考えて、宝具を無効化する能力者を探せばいいのでは?」

 

 おそるおそる手を挙げたのは額から角を二本生やす、甲冑を着込んだ女武者だった。

 クラスはアーチャー。

 サーヴァント達の服装は自動的に着る事が出る、という()()()()()()()()()があるらしく、それぞれ個性的なものとなっていた。

 別の服が着られない、という条件は無い。下着類はそれぞれちゃんと替えている。そうでなければ女性の沽券に関わる。

 男性でも同じ事だが。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 地上に出た他のサーヴァント達は自由に行動していい権限が与えられているようで、それぞれ好き勝手に散策を始めた。

 とはいえ、周りは平坦な草原ばかり。

 近くの村まで徒歩で二日ほどの距離。

 今のところ走って逃げる者は現れていない。

 

「明日辺り人が到着する予定になっているけど……。多人数の君たちを一辺に運ぶ事は想定されていない」

 

 アタランテの事も大事だが他の者にも説明を始めるナザリックの面々。

 白銀の騎士の他にも何人か姿を見せている。

 骸骨風の鎧武者。黒い粘体(スライム)。植物人間。炎をまとった鳥人間。

 

「低位の解呪魔法じゃあビクともしないようっすね。……というか、この猪って生きてるんすか? 動いてるけど……」

 

 死者ではないのか、不死者(アンデッド)退散が通用しなかった。

 引っ張れば当然の如くアタランテが痛がる。

 

「一体化?」

「接触している部分だけだと思う」

「なら、綺麗に切り離すのが早道っすかね」

 

 身体を侵食する痛みから、そんな簡単な方法では無いとアタランテは予想している。

 使用者の生命力に関わるものなら、瀕死にでもならない限りは物理的な方法などは通用しない、気がする。

 

 なら瀕死になるしかないではないか。

 

 ため息をつきつつ残酷な結論にほとほと呆れ果てる。

 そんなことくらいしかないのであれば、もはやどうしようもない。

 

「ぶほっ……。はぁ……」

 

 肺にダメージを受けたせいか、派手に吐血するアタランテ。

 どういう事態になっているのか、さっぱり理解出来ない。

 それにもまして結構な惨状にもかかわらず褐色肌のメイドがとても憎たらしい笑顔で腹が立つ。

 他人の不幸を笑うタイプか、と思った。

 

「手っ取り早くぶっ殺すほうが……」

「物騒な結論を選ぶな、ルプー」

 

 ペロロンチーノの言葉に恐縮する戦闘メイドのルプスレギナ。

 狡猾で残忍なメイドとして働いているが至高の者達からすれば可愛い娘に過ぎない。

 そんな彼女にアタランテを診るように言ったのは他ならぬペロロンチーノ自身だ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 身動き自体はまだ出来るが痛みによってあまり動きたくない気持ちになってきた。

 豊富な魔力のお陰で猪が随分と活性化し、また自然治癒力の増大で延々と痛みが強くなっている気がする。

 下手に死なないせいで、何か深刻な事態に陥っているのではないかと思うようになってきた。

 安全な除去は無理かもしれないと思いつつも他に方法は無いのかと思案する。しかし、そんな方法などきっと無いのだろうと思う。

 命を懸けて使う宝具だ。逃げ道など用意されていると考えるのは甘い証拠だ。

 

「……ふん」

 

 と言いながら倒れていたアタランテの頭を鷲掴みにする者が居た。

 光り輝く木の枝の様な角を側頭部から生やす大柄の人物。しかし、それを人間と形容する事が果たして出来るのかという異様な風体だった。

 両腕は太く、筋骨隆々。表情は判別できないが胸に巨大な眼球が埋め込まれたような姿。

 摩訶不思議な模様が全身に刻まれている。

 

「なにやら取り込んでいるようだが、ようは半殺しにすればいいのだな」

 

 人間一人を片手で掴みあげる膂力により、アタランテはなすすべもなく掲げられる。

 人間型の多いサーヴァント。というか人型しか居ない中で異質な存在感を示すのは『ゲーティア』と呼ばれる人物だ。いや、それを()と呼べるのかは怪しいところだ。

 人語は解している。意思疎通も今のところ問題はない。

 

「もたもたしていれば苦しみは終わらない。ならば早く楽にすべきだ」

 

 重厚な声で正論を言う。知性はとても高いようだ。

 だが、方法はとても乱暴である。

 いきなりアタランテの腹部に拳を見舞う。それだけで様々な吐瀉(としゃ)物が吹き出た。

 

「ぐぅっ! ううぅ!」

「今の一撃でも変化は無しか」

 

 それにもまして恐ろしいのは誰一人として止めようとしないこと。

 ペロロンチーノも白銀の騎士も同様に。

 周りの者達は驚いてはいた。けれども彼らは別の事で気に止めないのか、それとも黙って見ているつもりなのか。

 現場がとても静かになったこと以外で変化は無い。

 

「ふん。死なないように手加減するのも面倒だが……。受けた恩は返さねばな」

 

 そう言いつつもアタランテを地面に思い切り叩きつけるゲーティア。

 後頭部から地面に叩きつけられ、苦悶の声以外に叫びは無い。いや、出来なかった。

 押し付けられた手により鼻が潰れ、鼻血が零れる。

 

「……抵抗する気力を失ったか。それはそれで結構な事だ。そのまま黙って死んでいろ」

 

 だらりと力の抜けた手足をゲーティアは一瞥したが、行動は止めない。

 適度に半殺しという注文なので死なない程度には痛めつける必要がある。

 二度ほど地面に叩きつけた後で猪がくっついている右腕を乱暴に引き千切る。既にアタランテに痛みで叫ぶ気力が無く、そのお陰でとても静かだった。

 千切れた腕が地面に投げ捨てられると猪は力尽きたように零れ落ち、元の黒い毛皮に戻った。それと同時にアタランテの服装と髪の色なども。

 サーヴァントを殺すために痛めつけたわけではないので、姿が戻った事を確認した後、ゲーティアはアタランテを開放した。

 

「まだ息があるはずだ。治療するなら早い方がいい」

「了解っす」

 

 ルプスレギナは全く怯む事無く、アタランテの治癒を始める。

 その時になって周りから安堵の吐息が漏れ始める。

 これが普通の人間達なら一つ一つの行動にいちいち悲鳴が上がるところだ。それが無いのはそれぞれ歴戦の英雄たちだからか。それとも見慣れた光景なのか。

 もちろん、ペロロンチーノ側にも言える事だが。

 



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#029

 act 29 

 

 少し騒動があったが現場はあっさりと元の活気を取り戻す。しかし、地面には惨状の痕跡が残ったままだ。

 復活したアタランテはゲーティアに礼を言う気にはなれない。胸の内では助けてくれた恩人だ。しかし、方法が乱暴すぎて嫌悪感しか湧かない。というか敵だ。

 鼻は潰されるはガンガンと頭を打ちつけてくるわ、で災難だった。

 

 全部自分の自業自得が招いた失態なのだが。

 

 無気力になって地面に座り込む純潔の狩人アタランテ。

 実は腹部の一撃が強すぎて血尿が出たらしい。

 下着が真っ赤に染まってしまった。だからこそ恥ずかしくて現場から逃げ出したくても動きたくない気持ちと(せめ)ぎあっていた。

 

「……手加減しても長引くだけだが。はぁ~、もう穴があったら入りたい……」

 

 治癒魔法により短時間で身体の調子は戻った。けれども精神的なダメージまでは癒されない。

 

「それにもまして周りのサーヴァントの皆さんが普通に見物してたのは凄いっすよね。こういう現場はありふれているんすかね」

「……ありふれてたまるか」

 

 精一杯の抵抗を見せるアタランテ。

 

「先ほどの化け物みたいな奴は……、あれもサーヴァントなのか?」

「本人はそんなこと言ってなかったっすよ。魔術王の残りカスとか聞いた覚えがあるっす」

「……なんだそれは」

「なんなんすかね。本人に聞けばいい事っす。さすがに脱糞まではしてないようっすね。一旦、戻って風呂に入った方がいいっすよ」

 

 そう言われて拒否する気力はアタランテには無い。ただただ言う通りに従うだけだ。

 それと黒い毛皮は既に霊体化して消えていた。あれはアタランテの意思でまた姿を見せるものだ。

 実験と称して使う事は二度とごめんだと自分に言い聞かせる。

 

「そういえば千切れた腕は……」

 

 と、探してみるとペロロンチーノが持っていた。

 

「二本目ゲット」

「………」

 

 もはや言葉も無い。

 というよりはまた腕が生えていた。

 本当に治癒魔法というものは凄いとしか言えない。このままだと延々と腕が搾取されるのではないかとさえ思う。

 流石に同じ部位ばかりでは飽きると思うけれど。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 一旦気を静めるために地下に戻る事にし、二日後にペロロンチーノに会いに行った。

 ゲーティアは別にどうでもいいと思って無視する事にした。

 わざわざ殴ってくれてありがとう、だなんて聞きたくないと思って。もちろん、自分だって言われたくない。

 ペロロンチーノの部屋の前にたどり着き、扉をノックする。

 簡単な挨拶程度はしなければ、と思ったまでだ。

 扉が開き、担当メイドのリュミエールが応対する。

 

「ペロロンチーノ様は会議に出席されております。今日は残念ながらお戻りになられないかと」

「そうか。明日ならば会えるのか?」

「内容次第でございますので……。私からは断言できかねます」

 

 無理に会いたいとは思っていない。

 メイドに礼を述べて食堂に移動する事にした。

 自分のやりたい事や確認したい事で更なる混乱を招いて、この先どうすればいいのかますます分からなくなった。

 宝具の確認が済んだので一つは確実に消えたのは確かだ。

 空いている席に座り、深くため息をつく。

 

「ふぉっふぉっふぉ。何やらお困りのようですな」

 

 そう声をかけてきたのは薄着で褐色肌で何処かで見たことのあるような女性だった。

 確か激辛料理に苦戦していたセイバークラスだったような、と。

 今回はどう見てもサンタっぽい衣装になっている。

 違うクラスの別人か。

 

「……汝は……前まで居たか? 初対面の……気がするのだが」

「気にしてはいけない。良い子にプレゼントをあげる使者である」

 

 白い髪の毛。白い手袋に赤い水着のような格好。そして、その人物の側に奇妙な生き物が居るが羊の格好をした何者か、としか分からなかった。

 

「新手のサンタというわけか。これで三人目か……」

「だから気にしてはいけない。悪い文明は消去するぞ」

 

 随分と物騒なサンタだな、と思いつつ飲み物と軽い食事を注文する。

 タダ、という事でサンタに奢る必要は無く、自分の分は自分で頼めと言い含めておいた。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 内臓の損傷も既に完治しており、美味しく頂ける幸せを噛みしめる。

 千切れた腕も問題なく動く。

 生えてくるのはいいが霊体化が出来ないのは何故なのか。

 宝具と服装は自由自在なのに。

 

「サーヴァントではないと仮定して、我々は何者なのか」

「自分達がサーヴァントだと思っているならばそれでいいのでは? 宝具も使えるのでしょう?」

「……そう言われると言葉も無い」

「そうですね……。この世界のサーヴァント……、では如何でしょう? 前の世界のことばかり考えていては何も進まないと思います」

 

 サンタのサーヴァントがまともな事を言った。

 あまりの事に反論出来なかったが、確かに言う通りだなと思った。

 ここは自分の知る世界ではない。けれどもこの世界独自のサーヴァントとして現界したのであれば不思議な事は無いかもしれない。

 もちろん魔術師(マスター)が不在と言うところはまだ解決していないけれど。

 少し唸りつつ料理を平らげていると赤い粘体(スライム)がメイドを伴なって近づいてきた。明らかにアタランテの居る席を目指している。

 彼女、と言った方がいいのか粘体(スライム)の『ぶくぶく茶釜』に付き従っているのは一般メイド。

 名札には『インヘリタンス』と書かれている。というか読めた。

 

「食事が出来るということは体調は割りと良い方ね」

「……お陰様で」

 

 流暢に喋る粘体(スライム)

 本来ならば数ヶ月くらいの入院が必要だ。サーヴァントであってもまだ少し安静にしなければならない。

 そして、部位の欠損はそうそう経験が無いのでもっと休息が必要かもしれない。

 当然の事ながら肉体を構成しているのは全て魔力だ。だから魔術師(マスター)の魔力が充分でなければ既にリタイヤしているところだ。

 今も身体が魔力で出来ているのかは怪しいところだが。

 

「一騒動あったわけだけど……。また無茶はしないでね」

「……う、……善処する」

「死にたいなら無防備になって身体を差し出してからよ。君達は貴重な素材の塊なんだから」

 

 遠慮なしに紡がれる粘体(スライム)の言葉。

 命を大事にしない者の末路に憐憫は感じないぞ、という意味かもしれない。

 本来ならば全サーヴァントを拘束し、好き放題に実験するところだ。それをあえてしないのは面倒だからとは到底思えない。

 それが出来ない理由があるのか。それとも本当に純粋に自分達サーヴァントの事を心配してくれている、とか。

 あり得ないと言うのは簡単だ。だが、彼らはサーヴァント達に特別、何も要求してこない。

 部位の収集は個人的な趣味の範囲かもしれない。

 



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#030

 act 30 

 

 アインズ達の会議が続いている間、二日三日と無為に時間は過ぎていった。その間、アタランテは地下世界で謹慎状態で佇んでいた。別に誰かに咎められたわけではない。

 精神的な安定を欲した。それを言い訳にして今後の展望を思索している。

 自分に出来る事は戦う事だけ。普通の生活など想定されていない。

 

 それがサーヴァントというものだ。

 

 その筈だった。

 (ことわり)から外れたサーヴァントの行く末など誰も知りはしない。

 気にしない者は日常生活を送る。ただそれだけだ。

 あの荒くれセイバーですら戦いが無くても気にしない、と言い切っていた。

 

「………」

 

 宝具は今も自分の意思で出し入れできる。

 能力は今も不変であった。

 

「……自分ひとりでは結局のところ……、答えは出ないか……」

 

 分かってはいた。

 誰かに相談したほうがいいことは。

 ただ、女サーヴァントが多いので男成分を少しは追加してほしいと思わないでもない。

 性格的にろくでもない連中が多い気がするし。話しかけにくい。

 至高の御方とかいうのも意外と会おうとしても見つからない。または取次ぎを拒否される。

 相手方から話しかけられるまで待つのが一番の早道かもしれない、と思い始めた。

 食堂に行けば多くのサーヴァント、というか人間っぽい存在と出会える。

 そろそろ一方的にサーヴァントと呼称するのはやめようかなと思い始めた。

 元々は呼びやすいから使っているだけだ。

 

「……青いセイバー……でいいのかな?」

 

 もりもりと食事している一人の英霊。

 クラスはセイバーで間違いない、筈だ。

 

「装備が青いから仕方が無い。……何の用だ、アーチャー。食事中なのだが……」

「汝らは……、地上に出たらどういう暮らしをするつもりだ? 我らはサーヴァント……、の筈だが……。今の自分の身の振り方を考えていてな」

「誰かに召喚されれば応じるまで。それまで私はここに居るつもりだ」

「いつまで?」

「……先の事は考えたくない。もっと数が減れば考えるかもな。……確かにずっと居座れるとは思えない。だが、どうしようもないこともまた事実だ」

 

 思考を放棄すれば悩みは無くなる。それはそれで真理ではある。

 それは流石に選びたくない。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 唸りつつ青セイバーの食事風景を眺める。

 器用に箸を使い、食べ続けている。

 金髪碧眼から西洋の人間。それが日本文化の和食を中心とした焼き魚定食などを食べている。

 食べ()()()いるように見えた。

 自分はまだナイフとフォークなのに。

 

「同じ存在が一番多いのは汝のようだな。それは何か理由でもあるのか?」

「さあ? 私には(あずか)り知らない事だ」

「……セイバー、ランサー、ライダー、アサシンにバーサーカー。私にもアーチャー以外の別クラスとか居るのかな」

「居ると良いな」

 

 良いかどうか分からない。けれども、話し相手にはなってくれそうだと思った。

 

「……しかし、女が多いな、本当に」

「剪定事象とやらの影響かもな」

 

 本来は起こりえないもう一つの可能性。それが切り取られた概念を『剪定事象』と呼んでいる。

 史実では男性だが『女性の場合の歴史が存在したかもしれない』という、その『かもしれない』世界から召喚されるサーヴァントが居る。

 平行世界にありながら本筋たる世界に認められる事がない歴史の住人達。

 

「漏れ出た英雄がたくさん居ようとも彼らは確かにここに居る。それを否定する者が居ても気にしない」

 

 気にしたところで歴史が変わるわけではない。

 身もふたも無い言葉ではあるが、真理だと思う。

 

「……狩りで生計を立てられるのであれば……、私はここで暮らしてもよいと思えるのだろうか」

「守るべき民の居ない別世界の住人になるのは簡単ではなかろうな」

 

 しみじみと青セイバーは言った。

 剣のみで今の自分には何が出来るのか。そんな事は考えたくはないが、避けられない問題であるのは自覚している。

 それとここの食事はとても美味い。いつまでも居たいのが本音であった。

 アタランテ達が少しの間言葉無く食事を楽しんでいると男性達が次々と席に着き始める。絶対数が少ないせいか、とても珍しい生き物に見えた。

 一通りのクラスは揃っているのだが無口というか寡黙な者が多い。もちろん例外も居て、お近づきになりたくない、または性格に難がある者も。

 現界する時代を間違えたとしか思えない者は懸命に視界から外しておく。

 

「入れ代わりが激しいなここは」

 

 一斉に来る時もあればまばらな時もある。

 移動可能な階層にそれぞれ出向き、何をしているのか。

 様々な探知や感知妨害が施されていると聞いている。サーヴァントの能力を持ってすら突破できない施設の強固な防りは驚嘆に値する。

 男性の多くは元バーサーカー。食事量はメイドに負けず劣らず。

 身体も大きい。それと言葉が通じるのが意外な点だ。

 女性陣はほぼ体型に差は無いが、胸の大きさが目立つ者がちらほらと居る。

 同じ人物でもクラスによって姿形に差があったり、無かったり。

 

「顔は同じでも性格とか考え方はやはり違うのかな」

「完全一致は居ないだろう」

 

 感心しているとアタランテの隣りの席にメイドが座り、更に隣りに緑色の外套を着た男性が座る。

 席は自由で、誰が座っても指摘されることは無い。

 至高の御方が座った席だから駄目だ、という事は無いようだ。

 

「戦闘民族たるサーヴァントの将来……。具体的にはどう考えたらいいんだ?」

 

 実際の聖杯戦争において、サーヴァントは戦いが終われば役目を終えて英霊の座に帰っていく宿命だ。

 それが今は一向に起きない。

 完全に死ぬ以外に方法が無いくらいに。

 様々な時代背景を持つ英雄たちが得体の知れない世界に幽閉され、先の見えない恐怖と戦う。

 

「……我々は別に死から蘇った者達ではない。世界にとってとても良くない存在の筈なんだ」

 

 新たな住人を許容する未知の世界。

 もし地球であれば何らかの抑止力とやらが働いて自分達は排除される事になる。

 

「今のまま人生を謳歌したいとは思わないか?」

「そんな事は考えた事もない」

 

 そもそも自分達はサーヴァントとして魔術師(マスター)に召喚され、戦いの場に向かう。それ以外の目的でそもそも召喚出来るものなのか。

 その前に誰の意思で自分達はこの世界に現界したのか。

 分からない事だらけだ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 青セイバーと別れ、自室に引き返したアタランテは浴場に行く準備を始める。

 長風呂で精神を癒す為だ。

 というよりは居心地がいい。

 戦いの事を忘れて無心で楽しもうと少し無理をしているところは否めない。

 今でも頼めば地上に出られる事になっているとメイド達から聞いている。

 近場での散歩程度だが。

 

「……こんな事をしていていいものか」

 

 戦わないサーヴァント。

 実際、自分はもはやサーヴァントではない気がする。だが、宝具は使える。

 では何の為に自分は存在するのか。

 目的を失ったアタランテという一人の女性。生きているならば何らかの目的は欲しい。

 

「知識はある。だが……」

 

 サーヴァントとして現界したものは結局、他のサーヴァントと戦う運命にある。

 そのために宝具がある。

 土木工事する為に存在するわけがない。

 

「……そもそも聖杯の力が無いのに英霊が存在しえるのか」

 

 英霊とはそもそも単なる召喚儀式で呼び出せる存在ではない。

 湯船に身を沈めつつ物思いに耽るもアタランテの知識には限界がある。

 結局のところ結論は出せそうにない、ということは理解した。

 

「聖杯という概念を抜きにした場合は……。何が考えられるのか」

 

 自分の知識に無い問題は結局のところ自分より賢い者に聞くのが早道だ。

 まことに遺憾ながらアタランテは自分自身の知識を放棄する選択を選んだ。

 そうしないと頭痛が鈍痛のように襲い掛かってくる。

 



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#031

 act 31 

 

 この世界に来て早二ヶ月以上。地下世界とはいえとても住みやすくて困っていた。

 陰鬱な閉鎖空間ではなく、快適な娯楽施設が満載ときてる。

 戦闘行為を諦めたアタランテは第十階層にある『巨大図書室(アッシュールバニパル)』を利用させてもらっていた。

 膨大な書籍が収蔵された施設で時間を見ては一冊二冊と読ませてもらっていた。

 小難しい学術書ばかりかと思っていたが『マンガ』だの『ライトノベル』が多く、どれも自分にも読める文字で書かれていた。

 いや、正確には何らかの翻訳魔法による効果らしい。

 

「テキストは容量が軽いので数が多いだけですよ」

 

 親切な至高の存在の一人が教えてくれた。けれども『容量』は理解出来なかった。

 

「古今東西の英雄などの種本もここにはあります。……そういうシリーズがありましてね」

 

 試しに自分の項目を開くとズラズラと詳細が出て来た。

 ギリシア神話の逸話や出生から『アルゴナウタイ』の一員となるところなど。

 後世の創作家達によって作られた『神話』の登場人物が自分である。そう書かれている。

 つまり実在の人間ではない。

 

「……空想の産物については議論はしまい。……宝具という概念知識は結局のところ我の想像を超えたところにあるのは理解した」

 

 アタランテの逸話は何らかの英雄に関わる程度で大きな偉業と呼べるものは見つからない。

 世界を救ったわけでも国を統治したわけでもない。

 単なる勇気ある女狩人というだけ。

 

「私に関わって死んだ男共の話しばかり……」

「でも、アタランテという名前は様々な分野に使われています。その点では立派な偉業を成したと思いますけどね」

 

 変な尾ひれがついて後世の人間達によって好き放題に英雄として讃える様は気恥ずかしい思いだ。

 他の英雄達も似たようなありさまだろうと思うと気の毒というか、かける言葉が見つからない。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 多くの蔵書はあるのだが魔術的な分野は殆ど無いとか。

 魔法を嗜むのだから数冊はありそうなものだ。

 

「……本物の魔術書なんてありませんよ」

 

 灰色の肉体を蠢かせる軟体動物。

 頭から幾本もの触手を生やす存在が言った。

 名前は『タブラ・スマラグディナ』という。

 

「貴女達から見れば意外かと思われますがね。ここは個人の趣味が凝縮しただけの施設です。ご大層なものなどありはしない」

 

 親切な至高の存在その2である彼はアタランテに丁寧に解説を始めた。

 この者はペロロンチーノのように身体を寄越せとは言ってこない。

 ただ、代わりのものを要求された。

 

 貴女(アタランテ)のステータスを見せてください。

 

 ステータスという言葉はアタランテも知っている。

 繋がりを持つ魔術師(マスター)が望めばサーヴァントの身体能力は数値などで表される。ただ、それは部外者には見せられないものだ。

 見せ方を知らないとも言うが。

 個々のサーヴァントには宝具はもちろん各能力ごとにパラメータが備わっている。

 状況やスキルによって変動もする。

 それを赤の他人に提示する方法をアタランテは知りえない。

 

「……ステータスとやらは……、その……」

 

 どう言えばいいのか。

 両手を組んでモジモジするアタランテ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 思えば敵と戦うばかりで一般人というか戦闘以外の会話を交わす機会が殆どなかった。だからかもしれないが、相手との対話がとても苦手のような気がする。

 命令口調でいいのであれば出来なくはない。

 汝は何者か、と言うだけだ。

 胸を張って堂々とすればいいのか、跪いて教えを請うのか。それとも椅子に座るところから始めるのか。

 とにかく、何もかもが分からない。

 戦う以外にサーヴァントに出来る事は食事と風呂と就寝だけか、と。

 

「言う通りにしてくれるだけで簡単にステータスを見る事が出来ます。貴方はただ、了承してくれるだけでいい」

 

 人間的な表情を持たないせいで感情が全く読み取れない。

 声の感じでは普通の会話のように聞こえる。

 

「どのような方法か……。内容による。……腕とか切り落とすような事でないことを希望する」

「そんな物騒な方法ではありません。……ちょっと()()()()()で了承しますと言うだけです」

 

 聞く分には確かに簡単そうに聞こえる。

 

「礼のひとつになるのであれば……」

 

 まず玉座の近くに行かなければならない。その場所は凄く近くにあるというので、タブラと共に移動する。

 彼女の背後に二名のメイドが静かに付き従ってきた。

 目的地は謁見の間。三メートルを悠に超える大扉が待ち構えていた。

 天使と悪魔の彫刻が施された扉をタブラは押し開く。

 

「……そういえばアタランテさんは初めて来る場所ですよね?」

「ああ」

「中はガランとしてますが、どうぞ。この場所は各国の要人を招待する時に使われる場所です。特別、秘密めいたところではありませんので」

 

 と、説明しながら奥に進む灰色の生物。

 天井はとても高く、巨大なシャンデリアが中央から奥へと一定の間隔で設置され、両側には紋章のようなものが描かれた大きな旗が掲げられていた。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 部屋の最奥には巨大な壁があり、そこに玉座が鎮座していた。

 今は誰も座っていないようだが、本来ならば施設の主たるアインズ・ウール・ゴウンが座る事になっている。

 

「……声が反響……しないな……」

 

 室内空間は想像していたよりも広い。声がすぐに吸い込まれるように拡散してしまう。

 謁見の間として相応しい荘厳さが感じられる。

 大勢の配下が集まれば見応えのある光景が広がる。そういう風景をアタランテは幻視する。

 そのまま百メートルほど歩いた先が玉座の間。

 タブラは体勢については自由で構わないと告げてアタランテに了承の言葉を言わせる。

 

「……我は汝らの……仲間となる事を認める。……これでいいのか?」

「はい。意外と簡単な文言で済むので……。そのままお待ちください」

 

 と、言いつつ玉座に向かったタブラは何事かを呟く。すると玉座のすぐに近くに半透明の小さな窓が出現する。それは遠目では確認しにくいものでアタランテの視力を持ってしても窓以外の情報は得られない。

 なにやら色々と操作し、書き留めるタブラ。それを黙って観察するアタランテは背後に控えるメイド達に動いていいものか尋ねる。

 

「部屋から出ない限りは動いても結構ですよ」

「飛び跳ねたりして物を壊さないで下さいませ」

「了解した」

 

 一歩後ろに下がってみたがタブラは一瞥だけして何も言わなかった。

 この空間には小物の類は見当たらず。あるのは大きな彫刻ばかりだ。

 柱や壁を触ったり、天井を見上げたりする。

 高さは目算で二十メートルほど。中二階のようなものは無い。

 人が居ないと寂しい空間だが、この施設にはサーヴァント以外にどれほどの人材が居るのか気になった。もちろん、異形も含めてだが。

 少人数で管理しているとは思えない。そんな事を考えている内にタブラの用件が終わったようだ。

 

「では、今度は脱退の文言を言って下さい」

「うむ。……あー、我は汝らの仲間……の契りを解消する」

 

 言った後でタブラが確認作業に入り、ものの一分後に問題なしと告げた。

 

「以上です。ありがとうございました。……ちなみに外で適当に今の文言を言っても無意味ですが……、気になった場合は何度か脱退の文言を言ってみてください。特に変な音は鳴らないと思いますけど」

「了解した」

 

 よく分からないが丁寧な説明に感心する。

 この部屋は見所が無いので退出する事にするが、その後寄りたい場所があれば善処すると言ってきた。

 アタランテとしてはもう数日滞在してから外に出ようかと考えていた。

 



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#032

 act 32 

 

 次の日の昼ごろ、昼食を摂っていたら鳥人間であるペロロンチーノがやってきた。

 もちろん、側にはお供のメイドが控えている。

 

「……随分と長い会議だったようだな」

「そうでもないよ。というか俺は別に君の担当じゃないし」

 

 それでも拾った張本人だ。自分の事なのに今の今まで本当に忘れていた。

 すぐさま居住まいを正す。

 

「……失礼。今のは言葉の綾だった。村の人達と相談して少しずつ街の方に行ってもらう事になった。君も近日中には村にでも行ってもらうけれど……。決めるのは君だ。……俺個人としては……側に置きたいな……。愛嬌とかじゃなくて……」

 

 コレクション的な、とはさすがに口が裂けても言えない。本当に裂けていても言えない。

 裸に剥くと個性が薄まる。出来れば服一式付きで欲しい。そんな欲望が渦巻く。

 服装や武器もセットでアタランテという女性丸ごとが欲しい。

 

「他のサーヴァントにもそんなことを言っているのだろう?」

「そりゃあ、男だからね」

「地下世界で一生を過ごす気は無い。しばらくこの世界を満喫するのも悪くはないかなと思っている。その上で何も出来ないと分かれば……、汝に下る選択もあるかもしれない」

 

 戦闘行為や聖杯にまつわる戦いでもない限り。

 それ以外の自分の存在価値とは一体何なのか。それを考える時間は今まであったけれど、一つ(ところ)に居すぎたせいか、満足な解答が得られない。

 

「そういえば、弓を持っていたよね?」

「ああ」

「あれって、複数出すこと出来るの? 一つを机に置いた後、もう一つ霊体化を解くとかで……」

「複数の宝具であれば可能だが……。我の宝具は……おそらく一つしか出せない」

 

 青セイバーの剣も二本に増えれば脅威だ。とはいえ、他人の宝具についてはよく分からないけれど。

 アタランテは試しに『天穹の弓(タウロポロス)』をテーブルに置いた。その上でもう一つ出そうとしたが何も出ない。

 出した弓はペロロンチーノが持っても燃え上がったりはしなかった。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 ペロロンチーノは新たなメイドを呼びつける。

 周りに声を発したわけではなく、魔法による伝達だ。それによって現れたのは戦闘メイドのナーベラル・ガンマ。

 ふっくらと膨らんだ金属製のスカートを身に付けているメイドである。

 

「……毎回思うのだが……、メイドばかり呼ぶのだな」

「うちには有能なメイドが多いからね」

「……そうではなくて……。魔法を使うのならば魔導師とか専門の者を呼ぶと思っていた」

 

 メイドも魔法を使えるようだが本来は小間使いの筈だ。それがどうして魔法を扱えるのか疑問だった。

 

「もちろん俺の好みだ。……確かに簡単な仕事に対して戦闘メイドでは役不足だ。……呼んでしまったものは仕方が無い、と思って諦めて」

「……そういうものか。随分と軽い扱いのようで驚きなのだが」

 

 アタランテが疑問に思っている間、ペロロンチーノはナーベラルに命令を与え、弓を持たせた。

 その後でナーベラルは魔法のスクロールを使用する。

 

「もう一度、弓を出す感じで……」

「うむ」

 

 手馴れた感じで宝具を出す感覚に意識を向ける。するともう一つの天穹の弓(タウロポロス)が出て来た。

 

「………」

 

 既にテーブルに乗っているものと自分が握っている宝具とを何度か往復するように見比べた。

 ありえない事が起きた。それだけははっきりと分かる。

 

「きゃあ!」

 

 嬌声に似た奇声を上げて宝具を投げ出すアタランテ。尻尾が総毛立っている。

 ガシャと硬い金属音を響かせて二つの天穹の弓(タウロポロス)が重なり合う。

 唯一無二の宝具のはずがどうして分裂したのか。いや、増殖かと混乱してくる。

 とんでもない事が起きたことだけは確かなのだが、何なんだこれはと何度も思う。そして、頭が熱くなってくる。

 



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#033

 act 33 

 

 原理としては単純でペロロンチーノも予想はしていたが実際に目にすると滑稽で面白く、そして、とても興味深い現象だった。

 魔力を用いて出し入れする宝具。そして、その宝具自身も魔力でできている。だからこそ霊体化させてサーヴァント達の意思により呼び出せる特別なマジックアイテムだ。

 ならば同じく魔法的な加護を与えて、それに見合った魔力を新たに与えればどうなるか。

 普通ならば不可能だ。ペロロンチーノの持つアイテム全てに通用することはない。それは()()()()だ。

 新たに現われた天穹の弓(タウロポロス)を手に取るペロロンチーノ。それにナーベラルは新たなスクロールを使用する。

 

「……詳細は……申し訳ありません。解読できない文字が多数あるようで……」

「この世界に適応した武器ではないのか? 言語は互いに理解出来るが文字は違っていたところから……。……でもまあ、結果は想像の範囲だ」

 

 少し残念だ、とペロロンチーノは思う。

 単純に自動翻訳されていなかった事だが。

 

「二つともアーチャーさんの意思で消せると思うよ。そして、次に出そうとすると一つしか出せなくなる」

「……そ、そういうものか」

 

 おっかなびっくり自分の宝具をつつくアタランテ。

 その光景がとても可愛く見えてペロロンチーノ的には大満足だった。

 猫科の動物らしく毛羽立った尻尾は撫でない限り、すぐには戻らない。だから、とても触りたいと思った。

 

「弓が二つに増えた状態で必殺技を使えたら面白いですよね」

 

 二つ使う場面はアタランテには想像も付かない。だが、とてもバカバカしい光景になりそうな気はした。

 さすがに足で使うのは格好が悪い。というよりアポロンとアルテミスにとてもとっても失礼だと思った。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 宝具が増えて驚いたが奇跡を目の当たりにするのは心臓に悪い。サーヴァントならば『霊核』に悪いが正しいか。

 とにかく、色々と驚かせてくれる。

 

「……こほん。……汝は宝具をなんと心得るっ!

 

 シャーと威嚇するように怒鳴るアタランテ。

 自分でもどうして大声で怒鳴ったのか分からないけれど、ここは怒る場面だと思った。

 奇跡を成す魔法かもしれないが、あまりにも方法が安直過ぎて混乱する。

 メイドの魔法程度でどうやったら宝具が増えるのだ、と。

 

「出来ちゃったものは仕方ないだろう。これは俺のせいじゃない」

「……そうだとしても……。二大神に申し訳が立たぬ」

 

 宝具が増えても効果は変わらない。そして、破壊したわけではない。

 新たにもう一つ宝具が出て来てしまっただけだ。

 

「……父上。父上の宝具を増やしてもらって、そっちの方をオレにくれよ」

「……モードレッド卿。そなたはバカか?」

「バカでもなんでもいいから。一度は持ってみたかったんだよな。選定の剣ってやつを」

 

 少し離れた位置に居たセイバー達が賑やかに談笑していた。

 他にもアタランテの叫びに興味を持った者達が顔を覗かせてくる。

 

「絶対使わないから。記念品として」

「その前に貴殿は我が宝物庫から色々と簒奪していったではないか」

「あれは……、永遠に借りただけだ。盗んでないし」

 

 苦笑しつつ荒くれセイバーがアタランテのテーブルの側まで歩み寄ってきた。

 白銀の鎧の兜は無かったけれど、武装はいつも通りだった。

 

「真名解放すれば大抵の宝具は使えるらしいけど、アーチャーの宝具もオレが使えたりするのかな?」

「……それは分からん」

「増やしては不味い宝具があれば言ってくれ。何でもかんでも実験する気はない」

 

 例えば無限増殖系。

 地下施設が崩壊するようなものはペロロンチーノとて勘弁願いたいと思っている。

 白銀の鎧をまとうセイバーがアタランテの弓を持ち、弦を引っ張る。弓矢は勝手に出て来ないが矢があればセイバーでも扱う事が出来る。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 そもそも宝具はそれぞれのサーヴァント特有の武器だ。他人に譲渡する想定にはなっていない。

 聖杯戦争時は全てのサーヴァントが敵になるので武器の貸し借りは基本的にしないものだ。だから相手の宝具を持って確認するような事は今まで起こり得なかった。

 

「えっと、確か……二大神に奉る……だったか?」

「こ、こら。勝手に使うな」

「本当に宝具を解放できたらスゲーよな」

 

 子供っぽく笑いつつ、魔力を少し込める。すると弓の宝具が少しだけ輝いた。

 更なる加減によれば()()()宝具を解放し、周りが混沌と化すかもしれない。

 

「宝具を増やすだと……。面白い」

 

 そう言いながら姿を見せるのは逆立った金髪に白人系の肌、黄金の全身鎧(フルプレート)をまとう英雄。

 クラスはセイバーではなくアーチャー。

 希少な男性サーヴァントの一人だ。

 

「増やした宝具を(オレ)に寄越せ。原典でなくとも構わん」

「……いきなりやってきて何だ、貴様は」

 

 というよりここまで派手なサーヴァントが居たとは驚きだ、とアタランテは思った。

 全てのサーヴァントと面通ししたわけではないので、知らない者がまだまだ居る。それはアタランテだけの問題ではなく、後から参入した者も驚いていた。

 

「クラスは貴様と同じアーチャーだ」

「……雰囲気的にはセイバーにしか思えないんだが……」

 

 弓兵が目立つ格好をしているのだから、と荒くれセイバーは思う。

 見た目には騎士。派手な鎧は高貴の存在が身につけるので王クラスの英雄。

 ローマ皇帝のセイバーも見た目に派手な服装だ。

 

「英雄王。そのアーチャーは体調が優れない。あまり苛めてくれるな」

 

 と、助け舟を出してくれたのは荒くれセイバーが父上と呼び慕う青セイバーだった。

 自分の食事を済ませ、きちんと後片付けと手洗いを済ませてからやってきた。

 普段は全身鎧を身につけているのだが、今は簡素な青い服装になっている。

 

「なんだセイバー。(オレ)の邪魔でもしにきたか?」

「この場所での戦闘を避けるためだ」

 

 食事が出来る場所を壊されるのは青セイバーには我慢ならない。そういう雰囲気を怒りで表現する。

 食べ物の恨みは怖いぞ、と。

 もちろん宝具の増殖は多少なりとも気になっていた。

 



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#034

 act 34 

 

 不敵な笑みを浮かべる英雄王と複数のサーヴァントが睨み合う中、ペロロンチーノはメイド達を下がらせる。

 一触即発の雰囲気に巻き込ませない為だ。代わりに防御に厚いシモベを呼びつける。

 元はと言えば自分が宝具が増えるのか気になって試したら出来てしまったのが原因だ。

 ある程度の予測と実績があったからこそだが、魔法は本当に不思議だと今でも思う。

 

「……ペロロンく~ん」

 

 と、少し上空から恨みがましい声を出すのは水母モンスターの『スーラータン』だった。

 見た目は弱そうだが『至高の四十一人』と呼ばれる彼らはそれぞれ人智を超越した能力を保有する。

 現行のアタランテと比べると彼の方が二倍以上強い事になる。

 

「スーさん」

「争いの元はいつも君だね~。なにしてくれてんの?」

 

 表情アイコンがあれば青筋が浮かんでいるところだ。

 フヨフヨと浮かびつつ、いつでもペロロンチーノを狙い打てる状態になっている。

 

「そんなに大事(おおごと)にするつもりは無かったんだって」

「……つもりは無くともギャラリーが大勢集まってますが?」

 

 少人数で場を治めるにはサーヴァントが多すぎる。既に三十人強が集まっていた。

 今のところ武器を抜き放つ者は居ないがどうすればいいのか、メイド共々混乱状態に陥っていた。

 後から来た大柄な身体の『やまいこ』達が注意喚起していく。

 戦闘行為に発展しないように。

 その最中、もみくちゃにされる前にアタランテと宝具を掴む者が居た。

 見た目は忍者風のいでたち。無言のまま現場から遠ざかる。その速度はアタランテの目から見ても驚異的であった。

 礼を言う間もなく連れて行かれた先は何処かの部屋。おそらく忍者の部屋だと思われる。

 

「ここならば少しの間、静かに過ごせるでござるよ」

 

 顔は布で覆われていて表情は窺えないが穏やかな口調だった。

 一礼したアタランテは用意された椅子に座る。それと自分の宝具は手近な場所に置かれた。

 

「……うちのペロロンが迷惑をかけたでござるな。あいや、ござる口調は……構わないか?」

「我は……気にしない」

「そう? でも、自分の口調を無理に捻じ曲げるものだから意外と大変。拙者は……とクセになってしまうくらいだ。俺は『弐式炎雷』……。挨拶が遅れて申し訳ない」

「……アタランテ。アーチャーはたくさん居ると思うので……」

 

 一つ頷いた後、弐式炎雷という忍者は『伝言(メッセージ)』を使ってメイドを呼ぶ。

 専属のメイドは数分も経たずに部屋にやってきた。

 

「もう一人呼んでおくから。用はメイドに言いつけて、休んでいくといい」

「……了解した」

 

 アタランテの言葉を受けた後、弐式炎雷は素早い動きで部屋から退出する。

 慌しい一幕から逃れた後、一気に静寂が訪れて手持ち無沙汰になるアタランテ。

 二つに増えた宝具を撫で付けながら消そうかどうしようか悩む。

 まさか増えるとは思わなかった。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 それから十分ほど経った後で部屋にやってきたのは赤い粘体(スライム)の『ぶくぶく茶釜』だ。

 メイドはすぐに一礼し、室内に通す。同時に彼女のお抱えメイドも一緒に入ってきた。

 

「まあまあ、うちの弟がえらい迷惑をかけて……。ごめんね~。後でしっかり叱っとくから」

「い、いや。お構いなく。こちらも少し驚きすぎたきらいがある」

「……物騒な武器がいっぱいあっても困るんだけど……。色々と不思議なものを見せられて混乱してるでしょう?」

 

 確かに混乱していることは事実だ。

 見知らぬ土地に居るだけでも驚きなのに、これ以上の混乱は勘弁願いたいところだった。

 それに輪をかけて地上の世界がもっととんでもないところだったら地下に引きこもってしまう自信がある。

 何者にも負けない自負を持っていた狩人たる自分がこんな程度で根を上げるのは実に不本意だ。

 他のサーヴァントがたくさん居るのだから彼らと殺し合いをすればいい。それが本来の正しいあり方ではないのか。

 そう自問しても聖杯が無い状態では不毛だ。だから、返って来る答えは無意味である、と言える。

 

「……それにもまして魔法とはかくも凄いものだ」

 

 宝具を増やしたのだから。

 正しくはその原因を作った、だ。

 奇跡を成す魔法は乱用すべきではない。だが、とても魅力的だ。

 

「知らない土地に来て、知らない概念に触れるのは怖いわよね」

「……うむ」

 

 ぶくぶく茶釜は手近な椅子に身体を乗せる。

 控えているメイドは黙って立ち尽くす。その後で一人のメイドがはっと目蓋を上げてアタランテの為の飲み物の用意を整える。

 出された飲み物を一口飲むと気分が少しだけ落ち着いてきた。

 転移から既に数ヶ月は経過しているが未だに驚きがいっぱいだ。

 この上まだ驚きがあると思うと日常生活に支障が出るのではないかとさえ思う。

 ただでさえ戦闘に特化したサーヴァントだ。まともな日常を送れる自信が無い。

 

「地下生活も飽きた頃だと思うけど……。そろそろ地上世界を満喫する気は無いかしら?」

「それは考えていたが……」

「いきなり街に行くより村の生活から人々の営みを勉強するといい。……それとも元の世界に戻る方法の模索がいいのかしら、貴女達にとっては」

 

 確かに元の世界に戻る目的も大事かもしれない。とは思ってもアタランテにとっては過ぎ去った歴史の一部だ。元の世界も無い。

 次の聖杯戦争まで英霊は『英霊の座』に記録を残し、消滅する。ただそれだけの存在だ。

 今は少し毛色が変わって驚きの連続を味わっているが。

 



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#035

 act 35 

 

 室内にあるテーブルに乗せていた二つの『天穹の弓(タウロポロス)』に顔を向ける。

 使い手が一人に対して武器が二つ。

 単なる美術品であればそれなりの価値がある代物だ。ぶくぶく茶釜たちに譲渡するのであれば何の問題も無い。

 けれども他のサーヴァントに渡すのはどうにも違う気がする。

 新たな火種にしかならない。

 

「……汝らに渡すことも大して変わらないか……」

 

 それ以前に腕を二本も取られてしまった。さすがにあれは新たな火種にはならないと思うが、気色悪い趣味に走らないことを様々な神に祈る。

 場が静まり返ったところで男部屋では何かと不都合があると判断したぶくぶく茶釜は自分の部屋に移動させる事にした。

 まずアタランテの身体をローブのようなもので覆い、すばやく移動させる。

 敏捷で言えば粘体(スライム)といえどアタランテに引けはとらない。

 メイド達は置いてけぼりになってしまったが。

 そうして次の部屋に到着し、一息つく。

 第九階層にある至高の四十一人の為の部屋は広めに作られており、豪華さに欠けるが各人の特色を設けている。ただ、ぶくぶく茶釜は基本的に第六階層に別の拠点を持っており、主にそちらを使っている。

 

「普段は第六階層に居るから、こっちの部屋にはあまり物は置いてないのよ」

 

 そう言いながら連れて来たアタランテを椅子に座らせて、部屋の中を移動する粘体(スライム)

 人間ではないのに人間的な様子に今更ながら驚く。

 

「ここなら余計な客人は入ってこないから。……弟とかは来るかもしれないけれど……」

 

 あちこち移動するぶくぶく茶釜。それだけ見ていると何をしようとしているのかさっぱり分からない。だが、気晴らしにはなった。

 話しが通じるところも不思議だ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 数分後にお抱えメイドがやって来たので早速命令を伝えて、部屋に様々な物を持ち込ませていく。

 大きなベッドではないが床で眠れるようなものが次々と運び込まれた。

 それと縛られたペロロンチーノ。

 

「暇だろうから、丁度いいストレス発散として(まと)として使っていいわよ」

「弟君なのだろう?」

 

 彼の(くちばし)は何らかの紐のようなもので結ばれていた。

 

「信賞必罰。変態に慈悲は無い」

 

 そう言われても素直に弓を(つが)えて矢をペロロンチーノに放てるわけがない。

 狙うなら股間がいいわよ、という呟きが聞こえた。

 とにかく罰を与えるならお好きなどうぞ、という事らしい。

 しばらく彼を見つめつつアタランテは黙って佇んだ。

 別に殺したいほど憎んでいるわけではないし、驚かされただけだ。

 そのペロロンチーノに触れようとすると彼のお抱えメイドが阻止してくる。

 

「至高の御方に勝手に触れるのは……」

 

 ただでさえ(まと)にする事ももってのほかだが、姉の特権を使う至高の御方の命令なので文句が言い難い。

 口を堅く結んだ状態でアタランテを見据える。

 

「……吊り橋効果で好きになるとか勘弁してよね。他の女性サーヴァントにも声をかけていることを忘れちゃダメよ」

「……厳しいのだな」

 

 正に変態に人権は無い。いや、異形種だろうと権利は無い、か。

 唸る鳥人間を部屋の片隅に置いても気になるし、煩いのだがぶくぶく茶釜は出来るだけ無視した。

 

「ところで……、ぶくぶくちゃがま。でいいのだな?」

「おおとも」

「汝も何か所有しているのか? 身体のようなものとか」

 

 姉弟(きょうだい)ならば似た趣味を持っているかも、と思っただけだ。

 周りには目立つ物騒なアイテム類は見当たらない。というよりペロロンチーノの部屋の中も知らないけれど。

 

「……一応あるわよ。そりゃあ……、出来てしまう方法は試したくなるものよ。それなりの収集癖は他のメンバーも持っていると思うわ。だから私だけ特別ってことはない」

 

 それを人に見せて自慢するとかは別の話し、とぶくぶく茶釜は呟いた。

 アタランテも無理に見たいわけではないが、気になる事は事実だ。それとペロロンチーノを解放するように頼んだ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 当たり前だが、人間的な姿ではない粘体(スライム)の感情などは読みにくい。というか読めない。

 アタランテの要望にため息のような仕草で応えて、ペロロンチーノを解放する。

 その後すぐに彼は部屋から追い出された。

 慌しい一団を退けた後、二つに増えた己の宝具を眺める。もはやどちらが本物か全く見分けが付かない。

 二つとも持ち主の意思で消せて、次に出す時はまたいつものように一つだけ出る、という話しだった。

 

「……しかし、何故?」

 

 触れた感触も扱いもどちらも本物にしか思えない。

 矢は別途自分で出せるが、これと似た原理なのか。それとも現地の魔法による奇跡なのか。

 

「この世界のルールに合致した、とか。統合された、とかじゃないかしら」

「………」

「好き放題魔法が使えるけれど……。魔力という概念はちゃんと調べたわけじゃないわ。どうしてこんな概念が存在するのか、私達も実はよく分かっていない」

 

 ぶくぶく茶釜はメイド達に席を外すように言いつける。

 一礼したメイド達はペロロンチーノの下と別の部屋とに分かれていく。

 

「……それ消していいわよ。それとも私らにくれるの?」

「……このまま片方を消した場合は……もう出せないのではないかと……」

「疑問は実証してこそよ。悩んだって何も変わらないわ。やってみる事が大事。……そのせいでとんでもない事実が判明することは……、よくある事……」

「……うむ」

 

 粘体(スライム)に諭されるアタランテ。

 全く表情は分からないけれど優しい言葉使いに感動する。

 



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#036

 act 36 

 

 しばし気分を落ち着ける意味で会話を止めてお菓子などを取り寄せた。

 宝具は思い切って消してみた。

 つい先刻まで出来たことなのでいきなり宝具が出せなくなる事は考えにくい。むしろ二個出せるようになっていたら驚きだ。

 

「空腹知らずのサーヴァントという話しだけど……。トイレは使うのよね?」

「……それなりに……」

 

 ペロロンチーノは既に追い出しているので部屋には女性しか居ない。

 聞きにくい話題の筈だが遠慮しない所に驚くアタランテ。

 確かに人並みの新陳代謝が起きるようで食べたら出る身体だという事は初期から気付いて驚いたものだ。

 

「召喚モンスターの(たぐい)とは違って……。えっと……う~ん」

 

 ぶくぶく茶釜がどもる。

 身体が粘体(スライム)なのに人間的な反応が出来るのは自分でも不思議に思う。けれども今は別の事が気がかりだ。

 自分達は元々はゲーム内のアバターである。それが転移によって自分の身体のように扱えているのは前々から疑問だった。それと同じ事がアタランテ達、サーヴァントにも起きているのではないかと思われる。

 

 自分の記憶を保持したまま別の存在へと成り代わる。

 

 その点では納得出来るのだが原理までは分からない。というか分かっていれば自分達も苦労はしていない。

 能力だけは引き継がれ、身体の機能だけは生物的、というか受肉したとでもいえばいいのか。

 とにかく、本来の原理や規則を逸脱している。

 ありえてはいけないことが起きた。

 

「……飲食不要のサーヴァントなら排泄はしないわよね。それが出来るようになった」

 

 それはつまり自分達(アバター)と同じ原理が働いた、という事だ。

 異世界は何でもありな傾向があるが、解決不能は本当に勘弁願いたいものだと強く思う。

 

「自分達の知らないサーヴァント召喚……。貴女達ってマスターとかに召喚されるのよね?」

「うむ。我らの(ゆかり)のある触媒を用いてな」

 

 それと同じ事が『ユグドラシル』のプレイヤーに起きたと考えると妙に納得出来る。

 そんなに簡単に答えが出るとは思えないけれど、ある程度の時間差が生じているのでこの世界に古くから歴史が積み重なっている。

 大元の召喚者が居る、または居た。

 それが誰かは誰にも分からない。

 それはそれとして今回は大量の召喚が(おこな)われた。というか起きた。

 規模も最大級と言える。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 原因はどうあれぶくぶく茶釜たちには手に負えない案件なのは理解した。

 起きてしまったものはどうしようもない。次に考えるべきは帰還方法と衣食住の確保だ。その後に仕事となる。

 自分たちでさえ長く困難な状況だったものを他人に希望を指し示す余裕など最初からありはしない。

 

「……帰還に関してはどうでもいいけど……。後から来た人には一大事よね、普通……」

 

 腐るほど英雄が居る状況。

 この世界に永住する場合は各々が覚悟を持たなければならない。それと知名度のある英雄が見知らぬ土地で困っている事に対して誰か良い妙案でも考えてほしい。

 

「英霊は聖杯の為に戦い、消えていく」

 

 第二の人生を歩むためではない。

 令呪無き今、誰にも縛られる事無く自由意志で行動できるのであれば自分の足を進める選択が堅実ではないのか。

 そう思ったところで元々サーヴァントとして召喚された経験が色々と邪魔をしている。

 自分が何の為にこの地に呼ばれたのか、それが一番知りたい事だった。

 

「……命令する者が居ないのであれば聖杯に固執する必要は無い。そうだとしても……、まだ自分はサーヴァントだと思っている。……いや、そう思い込んだまま離れられない」

 

 現に宝具が使えた。

 だからといって他のサーヴァントを倒す動機にはなりえない。

 仮に七騎のサーヴァントを倒したとして聖杯が現われなければただの殺し合いで終わってしまうし、とても虚しい気持ちしか残らない。

 

「………。人間ではない身体の我々が君達にかけられる言葉なんて……、殆ど無いけれど……。弟と同じ事を言うかもしれないけれど、人体再生の実験に付き合ってくれる、と言ったら応じる?」

「……腕だけでは物足りないか」

 

 身体を欲するのであれば腕だけで満足する筈が無い。

 それよりも薬品による従属などを想像していたが、それよりも尚おぞましく、また実に効率的な要望には脱帽だ。

 下手な人体実験よりも安全で確実なのは理解した。

 

「……痛いのは好かんな。普通に考えても断りたいところだ」

 

 腕を頂戴と言われて素直に応じられない。また、人並みに痛みは感じる。

 いくら治癒の魔法があるからとて平気でいられるわけがない。

 せめて尻尾とか触る程度なら妥協出来る。あと、ぶくぶく茶釜が酸性の能力を持っていないことも祈る。

 



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#037

 act 37 

 

 人体再生について教えられる範囲で頼むと応じてくれた。

 結果としてペロロンチーノに見せられた範囲以上の発見は無かった。

 オリジナルからの取得が大事で再生体から得るのは色々と難しいのだとか。

 

「効果範囲には条件があってね。例外が通用する場合としない場合があるの。そうでなければ万能なんだけれど……。逆に万能でないからこそ安全に事が進める」

「……うむ」

「人体を欲するメンバーはおよそ十五人ほど。全員が絶対に必要というわけではなく、それぞれ交渉していると思うわ」

 

 貰われるほうはたまったものではない。

 強引な手に出ないのは何故なのか尋ねてみた。

 

「簡単に言えば私達の使う魔法は相手の同意が必要なの。出来る限り交渉事を突破する方が綺麗に得られやすいというわけ。無理に嫌がる相手だと再生が働かなくなるから」

「……なるほど」

「あとは……、恨まれたくないから強引な手は最終手段よ。序盤で済ませてしまえば……私とて次の人に頼んだりしないかもしれない」

 

 つまり最初の犠牲者に選ばれたらアウトだということ。そして、その最初がアタランテであり、不幸の始まりである。

 より正確にはぶくぶく茶釜の興味が()()()()()に掴まってしまった、というだけだ。

 

「最初の内にしないのは身体そのものが宝具っていう人が居たようだから」

「……そうか。確かに我の知る中でも居たな」

 

 身体が無限に再生するようなバーサーカーが、と。

 その者の場合は取得が難しいと思われるので、どうやって保管するのか疑問だ。いや、保管出来るものなのか。

 

「……しかし、武器などを提供するのと違って……、どう言えばいいんだ?」

 

 戦力としてサーヴァントを欲する、というのならばまだ理解出来る。

 再生実験の為に身体が欲しい、というのは初めての経験だった。

 身体調査事態はおそらく誰にでも興味がある事柄だと思う。それでもアタランテ自身は疑問符がいくつも浮かんだ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 話しなどせずに強引な手に出ればいいのに。

 普通はそう考える。けれども何かが邪魔をしているからその手は取らない。または取れない。

 仮にアタランテが相手の物を奪う場合は黙って事を成す。それ以外では確かに交渉ごとだ。

 下手に強奪するより増やして保管する手が取れるのならば頼んだ方が都合が良いかもしれない。少なくとも敵対しなくていい。

 とはいえ、貰われるのは宝具どころか身体だ。安易に許可など出せない。

 

「……痛いのは勘弁願いたいな、やはり」

「眠らせて事に当たるから」

 

 拷問の類でなければいいのか、という疑問も確かにある。

 

「生物は年老いて劣化していく……。もし、それを止める方法があるのならば試したくなる。もちろん、自我を封じる方法になるから一般的には敬遠される禁忌の技……。でも、もし、自分の自我とは関係なく保存出来れば……」

 

 自分が封印されるわけではない方法ならば、どうなるのか。どういう事を意味するのか。

 唯一の宝具が増やせた場合は他人に譲渡出来るのか。

 

「言いたい事は分かる。しかし、……保存してどうする? 収集癖についてはとんと覚えが無くて申し訳ないのだが……」

「もちろん飾ったり、時には撫で回したりする。あと、着せ替えかしら?」

「……それはあのペロロンチーノという者も?」

「一人の女性体だけで満足しないと思うから、実際にはあまり想像を超えた変な使われ方はしないと思うわよ。新しい物好きだし」

 

 使われ方という言葉だけで怖気が走る。

 解剖云々とはまた違うのは頭では理解した。けれども、納得は出来ない。

 もし仮に自分に収集癖があれば彼らの気持ちが理解出来るかもしれないが、正直に言って理解したくない。

 更にはぶくぶく茶釜たち異形種の表情が全く読めないことも不安の一つとなっている。

 仮に表情が読めたとしても仲良くなれる自信は無いけれど。

 



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#038

 act 38 

 

 サーヴァントという特殊な存在を欲する彼らの目的。それは本当にただの収集でしかないかもしれない。そして、それを成すだけの実力を持つ者達にアタランテは抗える自信が無い。

 それでも彼らは強引な手を使わずに交渉してきている。

 聞き様によっては上から目線による恐喝とも取れる。

 今のところ拒否権はあるようだが欲望を抑えられていないせいで何度も同じ質問を受ける事になっている。

 欲しいものが目の前にあるのだから仕方が無い。

 自分であれば獲物は絶対に逃がさない。

 

「……増やせる宝具に群がる様を見れば……、我らも同じか……」

 

 深くため息を突く麗しのアタランテ。

 (はな)から逃げ道など無いのだと己に言い聞かせる。

 彼ら(ぶくぶく茶釜)は狙った獲物は逃がさない。ただ、覚悟を決めさせているだけだ。だから、色々と教えてくれる。

 拒否すれば敵として襲いかかれる。

 そうだとすると疑問が生まれる。

 

 (たから)の扱いだ。

 

 収集癖の無い自分にはうかがい知れないがサーヴァントといえば宝具。それを持って何を成したいのか。

 単なる趣味だけか。

 

「……収集は()()()()()(さが)よ」

 

 尋ねてねれば簡潔明瞭な答えが返ってきた。

 後の世界において武具とは観賞用に成り下がる。

 宝具で世界を救うのではなく、一般に開放する。

 平和な世界に兵器は要らない、という意味ならば理解出来るのだが。

 自分達の生きていた年代は闘争に明け暮れていた。だから平和な世界の理が理解出来ない。

 

「宝具はサーヴァントと一心同体のようだから君たちが消えれば武具も消える。けれども消えない処置を施せばまだチャンスがあると思う」

 

 他人に使われて世界が滅びるのであれば不本意極まりない。

 他人に使えない専用宝具ならば問題は無い。

 

「……生きたまま解剖されるような事は遠慮したい。……だが、それを選べば強引な手を取られる口実が出来上がる」

「そうね。でも、痛い思いをさせない方法は確立されているわ。近所……、というには少し距離があるのだけれど……。こういうの(解剖など)の専門施設があって、そこではここより安心……というかなんというか。とにかく、人体再生の極意が拝めるわよ」

 

 聞いているだけで物騒極まりない。

 床一面が血まみれになる映像を幻視してしまった。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 嫌な話しばかり続いた後はぶくぶく茶釜の部屋で休ませてもらえる事になった。アタランテとしてはとても不安ですぐに眠れる筈が無い。

 身の回りの世話をするメイドがとても物騒な存在にしか思えない。

 

「……はぁ」

 

 服を脱ぎつつ薄着に着替える。

 そういえば身につけていた服のデザインが欲しいと言われていたのでメイドに渡しておく。

 

「そのまま戻ってこない事は……、無いよな?」

「型紙に起こしたり、図を描く程度だと思いますよ」

 

 仮に持ち帰られてもこちらから消せる。

 

「ぶくぶく茶釜様はご自分のベッドをお使いになられません。毎回、清掃する我々を気遣ってのこととは思いますが……。一部の備品について至高の御方のものであってもお客人に使わせよ、と命じられております」

 

 定型分を読み上げるようにメイドが言った。その表情は微笑んでいたが見た感じでは怒っている雰囲気は無かった。

 寝巻きに着替えたアタランテはベッドの上に乗る形となった。

 大の字で寝転がり、黒い岩壁の天井を見つめる。

 中空に浮かぶ照明は命令によって自在に点灯する。点けるかどうかはメイドに任されていた。

 眠るまでは部屋担当のメイドが付き従う形だ。

 それから静かな時間が流れ、アタランテが寝息を立てたところで彼女の身体に掛布団をかけ、消灯してからメイドは部屋から静かに退出した。

 



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#039

 act 39 

 

 精神的な疲労がかなり溜まっていたアタランテが次に目覚めた時は昼ごろだった。しかし、外の景色が見えるわけではないので時間感覚を掴むのは未だに難しい。

 目覚めてまず自分の身体を触って服装と部屋の様子を確認。それから広い室内に備え付けられている洗面台にある鏡で自分の顔を確認する。

 

「生きてるな」

 

 殺す事が目的ではないようだから当たり前かもしれない。

 服装は眠っていた時のまま。

 尻尾も獣耳もあった。

 ただ、顔色はかなり悪く見えた。疲労が溜まっているのか。精神的な疲れがまだ抜けていないのか。顔面蒼白、ではなく、ただ色白なだけ。

 

「……もはや生きている事自体が苦痛となるとは……」

 

 趣味の悪い生物に捕獲された時点で自分の運命はほぼ決まっていた。

 文句があるならば抗えばいい。

 サーヴァントの真の力を発揮すれば打破できない筈がない。だが、そんな自信が湧いてこない。

 生物的というのか本能が彼らに太刀打ち出来ない事を告げている。

 無駄に抵抗すればもっと状況が悪化すると。

 

「……食堂に居た膨大な数のサーヴァントを見た時点で自分達に抗うすべなど無かった……」

 

 血気盛んなサーヴァント達をまとめる場所だ。それぞれ無駄な足掻きをしないことにした。だからこそ、驚くほど平静な場所が出来上がってしまった。

 そう考えれば考えるほど納得してしまう。

 もちろんそれらはアタランテの一方的な思い込みだ。しかし、それが自分だけの苦悩なのか、他にも同じような悩みを持っている者が居ないのかと思ってしまう。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 顔を洗いつつ冷静になろうと必死に務めた。

 それから数分ほど瞑想し、朝食の時間になる頃にメイドが現れる。

 時間帯の指定はしていないのでメイド達の都合によるもののようだ。

 

「おはようございます。……こちらで食事をお取りになりますか? それともご自分の部屋がよろしいでしょうか?」

「……こちらで構わない」

「あ……、アーチャー様。監禁しているわけではないのであまり思い詰めないように……。転移のご要望があれば地上までも今は許可されております」

「……地上? そういえばそうだったな。……勝手に抜け出すとペロロンチーノが追いかけてくるのではないか?」

 

 項垂(うなだ)れるようにアタランテが呟くとメイドは両手を握り締めて彼女に近付く。

 部屋の主であるぶくぶく茶釜から元気付けるように言われているので、元気を無くしたままのアタランテの事がとても気になった。

 与えられた命令に沿ってメイドは行動を開始する。

 

「……それは……あるかもしれませんが……。ペロロンチーノ様のご趣味なので……」

 

 至高の存在の嗜好にメイドが口出しできるわけがなく、アタランテに対して言いつくろう言葉が思いつかなかった。

 複数の至高の存在の意見をそれぞれ尊重していくと矛盾が発生する。それをメイドが自分で解決策を見つける事は基本的に出来ない。そしてそれはアタランテには窺い知れない事だ。

 

「ぶくぶく茶釜様は外の空気を吸っても良いとおっしゃられたので……。たぶん大丈夫ですよ。それより何か食べませんか?」

「……昨日から食欲が湧かないのだ……。我が身がサーヴァントだからということもあるかもしれないが……。……いや、そうではなくとも……」

 

 ただの古代の英雄だとしても食欲はやはり湧かない。

 戦う事を取り上げられたサーヴァントの存在意義が疑われる事態なのだが、指針を示してくれる魔術師(マスター)の命令が今はとても欲しかった。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 気まずい時間が少しだけ流れた後、別のメイドがアタランテの服を持参してきた。

 洗濯をされて綺麗に折り畳まれた自分の服。

 そんな事をしなくても新たな服は魔力で生成できる。だが、それでも気遣いには感謝した。

 着替え終わってから食事を運んでもらう事にした。今は大勢の目から逃れて孤独を味わいたい気分だったので。

 そもそもでいえば、この世界に転移したのが謎だ。

 サーヴァントは戦う為に召喚される存在であるべきだ。それを無視した状況は理解に苦しむ。

 

「……そうだ。目的無く我らは何故……」

 

 ここに居るんだ、と。

 召喚された時代の記憶は自動的に備わる。その解釈が()()()()()()()()()()()この世界の知識を持っていなければならない。

 手に持つナイフとフォークの使い方も元々の時代にはなかった新しい文化。それを苦もなく使える事に疑問を抱きべきか、それとも最初から当たり前の事として納得していいのか。

 それらの疑問を独力で解決できる自身が今は無い。

 

 当たり前だ。

 

 自分は戦う為に召喚されたアーチャークラスのサーヴァントだ。それ以上も以下も無い。

 アタランテは手に力を込めて食事に拳をたたきつけたい衝動を懸命に抑えた。

 側に居るメイド達に気付いたからこそ自分を止められた。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 何を食べているのか分からないまま食事を終えた。既に味など記憶に残っていない。

 ただ、何らかの飲食物が喉を通って胃に落ち、その後はどうなるのか。

 ため息をつきつつせっかくの厚意に甘えて地上に向かう事にした。

 それからはただメイドに手を引かれて移動するだけの人形と化した。

 

「………」

 

 様々な場所を経由して地上のログハウスとやらにたどり着けば朝日が地上世界を照らし、新緑の匂いが立ち込めてくる。

 室内から外へと身体を踊り出せばより強く感じられる自然の全て。

 

「……こんなに自然豊かな場所で……自分は何をしているのか……」

 

 思い悩む自分の存在がいかに小さいか。

 世界はこんなに広大であるのに、と。

 子供達の姿は無いけれど、自由に遊ぶ彼らと共に遊びまわりたい衝動に駆られる。

 

「……聖杯にかける願望はそれら全てを叶えるものか……」

 

 叶えるのか。

 聖杯が。

 自分の何を。

 無数の疑問と怒りと良く分からない攻撃衝動が沸き立つ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 アタランテは地上に両手を着き、尻を高く尽き上げる。

 視線は前へ。

 美しき狩人は獣へと変ずる。

 一歩前に身体を傾ければ、後はただ無心に駆け出す動物の本能のままに。

 元々は人型であったが神の怒りに触れて獅子へと変えられたアタランテ。その逸話より最も力強かった姿として魔術師(マスター)に召喚された。

 幾多の戦いを繰り広げ、結局は聖杯を手にすることなく消滅した。それで終わりの筈だった。

 今のアタランテは何者なのか。

 ただの獅子を模した人間モドキか。それとも。

 

「……はっ、はっ……。ぐぅ……」

 

 我武者羅に駆け回っているうちに呼吸が苦しくなってきた。

 自然と口が半開きになり、舌を出して涎が垂れる。

 途中、何回か転ぶ。

 肉体は人間。それゆえに獣的な振る舞いが出来にくい。

 骨格も四肢を地面に預ける形になっていないので難儀していた。

 花を見つけては愛でるより先に手を使わず口で引き千切り、味を確かめる始末。

 不味ければ吐き出し、次の獲物を物色する。

 そんな彼女を追いかけるものは誰も居らず。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 気が付けばログハウスからかなりの距離まで移動していた。

 獣のように振舞っていたアタランテはずっと意識を保っていた。いや、冷静な自分を客観的に分析できるほどに正気だった。

 なまじまともな思考であるがゆえに。

 自分が何をしているのか莫迦らしくて涙が出てくる。

 

「ぶくぶく~、ドリルっ!」

「ゲブッ!」

 

 突然の攻撃。

 アタランテの脇腹を何らかの物体がぶつかってきた。

 ただぶつけられた程度。

 人間を遥かに凌駕する身体能力を持つサーヴァント、の筈が全身の骨が砕けたかのごとくの大ダメージを受けた。否、そういう現象として知覚された。

 無様に吹き飛びつつ態勢を立て直そうとするのだが痛みが激しく身動きがなかなか取れない。

 すぐに自分の身体を確認しようとするものの不可解な現象に頭が混乱状態となった。

 

「見事なくの字ね。……今の攻撃でも即死しないとは……」

 

 暢気な声を出すのは赤い粘体(スライム)

 ただの粘体(スライム)が今の攻撃をしたというのか、と痛みに耐えつつ疑問を覚えるアタランテ。

 そんなバカな、というのが第一印象だ。

 

「……まあ、そんなもんでしょう。へいへい、サーヴァントっていう奴はその程度かい?」

 

 挑発してくる粘体(スライム)『ぶくぶく茶釜』は特別な武器を持っていない。という事は単なる体当たりだけでサーヴァントを圧倒したというのか、と。

 実際そうなのだろう、とアタランテは否定しなかった。

 それだけの実力を持っている。

 薄々とは感じていたが、不思議と納得できた。

 何故なのか。

 考えるまでもない。

 彼らは元より超上の存在だ。奇跡をなす魔法を自在に操る者達だ。

 

「見た目が弱そうに見えるけれど……。ギルドの中ではわりと上位ランカーなのよね、私」

 

 そう言いつつ何処からか巨大な盾を二つ出現させ、それを装備する粘体(スライム)

 それに合わせて不定形だったものが少しずつ人型へと変化していく。

 

「防御に厚く、また攻撃も出来る。お得意の弓矢でかかってらっしゃい」

 

 ガチンガチンと盾を打ち合わせて挑発してくるぶくぶく茶釜。しかし、最初の一撃でほぼ戦意を喪失し、尚且つ身動きが取れなかった。

 腹に顔を向けると上半身と下半身が言葉通りにへし折れ、骨や内臓が零れていた。

 だから、動けば動くほど二つに分離してしまう。既に下半身は全く動かなくなっている。

 尋常ならざる攻撃力には驚いたが、ここから起死回生はほぼ不可能に近い。

 大気に充満している魔力を取り込み、懸命に肉体を修復しようとしているようだが、かなり時間が掛かりそうだ。

 大怪我にも関わらず生きていられるのは、やはりサーヴァントだからか、と疑問に思う。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 数分経っても動かないアタランテに業を煮やしたのか、それともやり過ぎたと思ったのか。即座に攻めて来る事は無かった。

 ぶくぶく茶釜はログハウスに向かって手招きをする。もちろん盾の一つを地面に置いて。

 それから犬頭のメイド『ペストーニャ』と褐色肌で赤い髪の『ルプスレギナ』が駆け寄ってきた。

 

「軽く癒して。それと貴女達は別命あるまで控えるように」

「畏まりました」

 

 それからアタランテは癒しの魔法により復帰する事が出来た。だが、戦闘意欲は撃沈したままだ。

 こんな状態で戦いなど出来るわけがない。なのにぶくぶく茶釜はかかって来い、と言う。

 全く訳が分からない。

 

「敵だぞ、サーヴァント。アーチャーらしくかかって来いよ」

「……無茶を言う……。それより何故なんだ?」

 

 戦う意味が無い。

 単なる試練とでもいうのか。

 アタランテはまだ少し、いや、物凄く混乱していた。

 

「正直に言うとね」

 

 と、可愛らしい声で話し始めるぶくぶく茶釜。

 急に態度が変わって、またも驚くアタランテ。

 

「この先に厄介な敵の情報が入ってね。即席で君を増強しようと思ったわけ。このまま行くと普通に死ぬよ、確実に」

「……はっ?」

「既に戦闘は始まっているんだけど、これがまた厄介な相手らしくてね。新手の敵なんだけれど……。説明するのも面倒臭い奴で……」

 

 その前に軽く殺されかけたアタランテとしては何が何だか分からない。

 新たな敵が現われたなら屈強なぶくぶく茶釜たちが迎撃すればいい。自分達は襲われれば対応するかもしれないが、勝手な理屈で戦いは始めない。

 まだ少し身体に違和感が残るが、唐突な事件についていけない。というより動くと血を吐きそうなほど気持ち悪い。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 ぶくぶく茶釜は粘体(スライム)とは思えないほどの硬さと突進力があり、確実に身体をへし折ってきた。

 正直に言えば数刻も経たずに死ぬだろうな、と思った程だ。

 癒されたとしても戦う意欲は湧かない。

 

「……う~ん」

 

 お腹を押さえつつ唸るアタランテ。

 敵なんかどうでもいい。今はお腹がとても痛い。それが一番重要だ、と言いたかった。

 

「理不尽な暴力に屈する気?」

「……我はとうの昔に屈している。己の責務以外はとんと覚えがない。殺したければ好きにするがいい」

「そんな事言ってると弟に身体を貰われるわよ」

 

 今はそれも選択の一つかもしれない。

 目的が見えない自分にとって誰かの役に立つのであれば、と。

 聖杯にかける望みが無いわけではないけれど、それは無謀であり都合のよすぎる願望である。

 それに敗北者たる自分が今更何が出来るというのか。

 

「……あっそ」

 

 という言葉の後で巨大な盾が水平に振るわれ、アタランテの胴体を今度は()()()両断していった。次いで下げられていた両腕も切断されたようだ。

 あまりにも迅速。

 あまりにも呆気なく(おこな)われた攻撃にアタランテは意識する暇さえなかった。

 

 ドサッ。

 

 普通に上半身とその他の肉塊が地面に落下する。ただし、下半身は立ったまま。

 人間よりも強靭な肉体を持つサーヴァントが呆気なく二つ。いや、それ以上に分裂した。

 

「………」

 

 自分に起きた事が信じられずに呆然とするアタランテ。

 彼女が黙っているうちに控えていたペストーニャ達が何やら近寄ってバラバラになったアタランテと肉塊に魔法をかけ始める。

 下半身だけになったものは持ち去られ、地面に残った上半身は傷口がすぐさま塞がる。ただし、再生はしていない。

 

「何だ? な……何っ? んっ!?」

 

 何故、再生しない。

 いや、そうではない。

 アタランテは不可解な現象にまたも混乱する。

 

「……また。またか。……何なんだ、汝らは……」

 

 癒しては肉体を持ち去る不可解な存在たち。

 役目を終えたサーヴァントに関わらないでくれ、と無言の叫びをあげる。

 無様な姿と成り果て、みっともなく泣く純潔の狩人アタランテ。

 戦いに参加するほどの意欲も決意も既に無い。それなのに理不尽な環境が全てを許さない。

 これは神からの罰なのか、と。

 



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