人外は常識外れだからボクはまだ人間だと思う (黒樹)
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私の偶像

褐色に目覚めたのはアルテラのせい。
男の娘に目覚めたのはアストルフォのせい。
だけど、妹さえいればいい、のアニメ冒頭で吹いた俺は悪くない。
ただの息抜きですのでノリだけで頑張ります。


 

 

夜の帳、真っ黒なキャンバスが空に広がる。雲一つない冬空。優しい光の月と星。今にも降り出しそうな星の輝きの中、フランスのとある山脈のお花畑の上で一人の妖精が舞い踊り歌を唄う。長く美しいピンクの髪に小さな身体、その足からは光る羽のようなものが光っていた。

妖精というものは背中に羽がついているものだと思っていたけど私は感動的過ぎてその姿に見惚れて疑問にすら思わなかった。もっと近くで見たくてこっそりと近づいた。

 

綺麗で、可愛い、妖精さん。

近づいてよく見れば人間だということに気づいた。こっちがそれくらい近づくとあっちも気づくわけで楽しそうに舞っていた妖精さんとばっちり目が合う。

 

「ッ!?」

 

驚いた妖精さんは身を翻し逃げようとする。刹那的に逃走を察知した私は妖精さんを追おうとして駆け出す。

 

「ま、待って–––きゃっ!」

 

駆け出した私の足は絡れてすっ転んでしまった。涙目で顔を上げると妖精さんは振り返り戸惑ったようにおどおど上から見下げてくる。そして、悩んだ末にゆっくりと降りて来た。

 

「だ、大丈夫……?」

 

妖精さんはホットパンツだった。パーカーだった。猫耳パーカーだ。ついでにニーソックスに膝を隠して光る羽は靴から出ているようで私の幻想を打ち砕く。

 

–––妖精、じゃない……?

 

いや、しかし綺麗で、可愛い。まるで妖精さんという表現は間違っていない。こんな時間に夜出歩いている子供なんて殆どいない、まして山中のお花畑だ、ありえない。

差し出された手はまるで聖女のよう。

うん、でも少し怯えたように妖精さんは口元を気まずそうに歪めていた。

 

「ありがとう」

 

差し出された手を握り返して引っ張り起こされる。華奢な体躯からは予想もできない力強さと優しい力加減に私はひょいと持ち上げられるように軽く立ち上がれた。

 

「……」

「どうしたの?」

 

お礼を言っても言葉を発さない妖精さんに対して私は首を傾げる。私がお礼を言う前の心中をなぞるように妖精さんはこう言った。

 

「……聖女みたいだなって」

 

きょとんとしてしまう。言われたことに気がつく前に妖精さんは慌てて弁明した。悪気はなかっただとか、変なこと言ってごめんね、と申し訳なさそうにおろおろしはじめる。それも相まって私はぷっと吹き出した。

 

「ぷっ、あはは、私もさっきまで同じようなこと考えてた」

「ボ、ボクが聖女……?」

 

嬉しそうな複雑そうな顔。もしかして、迷惑だったのだろうか。

一人称からして、「彼」は男の子なのだろうか。そう意識するとなんとなくむず痒い気持ちになる。元々、山の中で暮らしている私にとって同世代の友達はいない上に男の子は初めてだったから、余計に意識してしまうと少し億劫な感情が目覚め始めた。いったい彼にどう接したらいいのだろうかとか、不安にもなる。

不安が顔に出ていたのだろうか、妖精さんは私の考えを肯定した。

 

「ぼ、ボクは男だよ」

「ごめんね、あまりにも綺麗だったからつい」

「いやってわけじゃないんだけどね」

「……だから、女の子みたいな格好をしているの?」

 

彼の格好はどう見ても女の子に見える。多分、ママが彼を見たらそう思うだろう。誰だって口を揃えて言うはずの事実に彼は少し間を置いてから気まずそうに話した。渋み100%の苦笑いで。

 

「これは姉さんの趣味。ボクは男の子のちゃんとした服を着たいのに、姉さんは昔の服で着せ替え人形にするし……それにボクの家は貧乏だから仕方ないんだけど。せめて弟も同じくらい冷遇を受けてもいいと思うんだ」

 

正当性のあるひん曲がった事実に私はなんとなく気になって聞いてしまう。他の服はないのだろうかと。

 

「お姉さんはワンピースとか着ないの?」

「……一着くらいはあるけど、絶対にあれだけはやだ。スカートなんてもうやだ。もう絶対に着ない」

 

何やら事情があるみたいだった。というか、もう一度着たんだ……。

少し見て見たかったな、なんて思うのと同時にちょっと同情してしまう。いくら貧乏を自称しているとはいえスカートを用意される男の子というのは私も聞いたことがない。私の男の人のイメージはズボンだった。

そこまで話して、私は彼を妖精さんと心の中で呼んでいたことを思い出す。そういえば自己紹介をしていなかった。

 

「私はシャルロット、あなたは?」

「ボクの名前は織斑春香。ハルカが名前だよ」

「はる、か……難しい名前」

「日本名ってシャルロットには難しかったかな」

 

呼び辛くてむくれる私はさらにむくれる。意地でも呼んでやる。……練習してから。ということで、今は頭の方から略称しよう。

 

「ハルはどうしてこんなところにいるの?」

「束さん……姉さんの友達と材料の買い付けに来たんだけど、暇な時間ができたから観光だよ」

「その人が保護者なの?」

「ん〜〜〜、さぁどうなんだろう。まぁ、一応預かられている身だしそうなるのかな」

「ふ〜ん。でも、こんな場所観光に来ても面白くないよね。しかもこんな夜に」

「そうかな? 花畑も素敵でとってもいいところだと思うけど。何より人気もないし静かで凄く好きだな」

 

お気に入りのお花畑。それを共感してくれてなんだか嬉しくなってきた。彼は案外良い人そうに見える、けど何処か引き気味の腰は私と同じように緊張しているのか人に慣れていないようだった。

 

さぁ、本題だ。彼とは友達になりたい。なれるだろうかとかそういう疑問や不安は置いておいて、私はとても気になっていることがある。鳥のように空を飛ぶ彼はどうやって飛んでいたのか。

 

「さっき飛んでたよね、どうやったの?」

 

この瞬間、私のわくわくを凌駕する程顔色を変えた彼は目を光らせると、食い気味に私の手を握ってくる。初めて異性に手を握られた私は顔が熱くなると同時に少し足を退いた。彼はそれでも表情を緩めたまま私の手を握り続ける。

 

「それは僕が作ったこの“アンチグラヴィトンシューズ”のお蔭なんだよ!」

「アンチ、グラ……?」

「あっ、グラシュでいいよ」

 

そう言うと彼は説明をはじめた。重力に反発する粒子がどうだとか、それを利用しているとか、取り敢えずわけがわからないが飛行用の靴を開発したと彼は簡単に説明してくれた。

 

「飛んでみる?」

「えっ、いいの?」

「安全性は保証するけど、一足しかないから今日は抱えて飛ぶ感じになっちゃうけど」

「もう一つあるんだ」

「手元にはないけど、明日なら用意できる」

 

明日まで待とうか。男の子に抱えられて飛ぶ羞恥心と好奇心を天秤に掛けた結果、私は今日飛ぶことを選択した。

 

「それじゃあ、いくよ。しっかり掴まってて」

 

膝裏と背中に手を回されてお姫様抱っこへ。彼は軽々と私を持ち上げると「Fly」と叫んだ。靴から水色の羽が現れて、軽く地面を蹴ると身体がふわりと浮き上がる。ものの数秒で空へと飛び立った。

 

–––これが、空?

 

まるで鳥になったような気分だ。少し怖くて閉じた目を開けると眼下にはフランスの広大な山と街の景色が広がっていた。ここからは自分の家も見える。私はその光景に魅了された。こんなにも空を飛ぶことが素晴らしいなんて思いもよらなかった。

 

「……」

「気に入ってくれた?」

「本当にすごいよ。生まれて初めてこんな景色を見た」

「感激しているところ悪いけど、そろそろ帰ろうか。あまり遅くなると心配するだろうし」

「あっ、そうだね」

 

私は気づかなかったが十分くらい空を飛んでいたらしい。着陸するまでの間に彼はそれとなく経過した時間を教えてくれ、降りると同時に私を地面にゆっくりと下ろす。彼の肩を借りながらそっと降りると地に足がついた感覚が凄く不思議な感じがした。家を聞かれて前まで送ってもらったが彼は何食わぬ顔でいいよと返す。

 

「明日、約束だよ!」

「うん、またね」

 

「Fly」と唱えて空へと浮かぶ。夜空に帰る彼の姿を消えるまで見送った。

 

 

 

 

 

私は家に帰るなり自慢するようにその子のことを話した。ママは笑って聞いてくれて、今度連れていらっしゃいと言ってくれた。友達が私にできたことが嬉しいのだろう、とても満足そうな笑みだった。

次の日になって、彼は約束通りに私の家に訪ねてきた。前日に興奮し過ぎて眠れなかった私は寝起きで家の中に招待された彼とばったり出くわして少し面食らってしまう。慌てて顔を洗いに行く姿にママはあらあらと笑って見送った。なんで起こしてくれなかったんだろう。

 

「おはよー、シャルロット」

「お、おはよ、早いね」

「といっても昼だよ」

「えっ」

 

時計を見れば時刻は既に12時を過ぎていた。

顔が真っ赤になるのがわかった。本当にどうして起こしてくれなかったんだろう。

 

「早く食べちゃいなさい。どこか遊びに行くんでしょう?」

「うん。ごめんね、早く食べちゃうから」

「いいよ、ゆっくり食べて」

「ほら、君もシャルロットと一緒に食べちゃいなさい」

「いや、いい、僕は別に……」

「お昼まだでしょう。子供がお腹を空かせたままではいけないわ」

 

途中介入と同時にママが彼の分も用意していたのか皿を置いた。ただのサンドイッチだけど、彼は全力で遠慮しているのがわかった。なんとなく彼の人間性を察してしまう。

 

「一緒に食べようよ。おいしいよ」

「いや、でも……」

 

次は、悪いしと言うのだろう。

なんとなくわかる。

 

「出されたものは残さず食べるのがマナーだよ。お皿を引くわけにはいかないんだから」

「あら、じゃあ今日からニンジンはたくさん入れても大丈夫なのね?」

「うっ……」

 

ママからの受け売りをそっくりそのまま返すととんでもない援護射撃が飛んでくる。そこはほら、空気を読んでこっちの味方になってほしい。彼は人に遠慮する性格なのだから……たぶん。

まだお皿に手をつけない彼を見かねて、私は自分の皿に乗ったサンドイッチを掴むと無防備な彼の口へと突っ込んだ。もきゅって変な音がしたけど大丈夫なはずだ。彼は突っ込まれたサンドイッチをもきゅもきゅと咀嚼する。飲み込んだ頃には複雑そうな顔でこっちを見てきた。

 

「もう一回食べさせてほしい?」

「わかった。わかったから、食べるよ」

「わかればよろしい」

 

そして彼は、ものの数秒で完食した。食事が終わるなり私は彼の手を引いて外へと駆け出す。友達と過ごすことがそんなにも嬉しかったのかはわからない。ただ、引っ込み思案な性格の彼を放って置けないような気がしたのだ。

 

 

 

 

 

それから……。何日も彼と遊んだ。空を飛ぶのもそうだけど、お花を摘んだりピクニックしたり泥だらけになって夢中で遊ぶだけの日々を繰り返す。それでも彼の引っ込み思案な性格は治らない。私に遠慮ばかりしていて人が近くにいると隠れるまである。

 

その日は、生憎の雨の日。晴れ続きだったためか家の窓から空を見上げた。振り続ける雨に来るだろうかと不安になる。遊びたかったのと会いたかったのと両方の気持ちが強く残っていた。それだけ彼との時間が楽しかったらしい。

風が強く吹いた。子供の私なら普通に飛ばされそうな暴風。ガタガタと揺れる窓に私は少しビクつきながら外をみる。流石にこんな日は来ないかな、なんて思いながらも密かに会いたいと思っていた。

きっとそれは、叶った。

 

外に人影が見えた。小さな人影がこっちを見ていた。雨の中を佇んでいる姿は踏み出すかどうかを迷っているようでポツリと悲しげにそこにいるだけの影となっていた。

 

それを見ていると、不意に扉を叩く音が木霊する。彼が来たのかもしれない、と思うかもしれないが私は外の影から視線を外さずにいた。むしろあれが彼じゃないんだろうか。そんな気がしてママが玄関へと出る音だけを聞いていて、やはり視線だけは外の影へと向けたまま私はのんびりと待つ。

 

「何ですか貴方達は!」

 

そんな時、ママの荒げた声が部屋へと響き渡る。私は咄嗟に出て行ってしまった。否、勝手に私の足は動いてしまった。

 

「逃げなさいシャルロット!」

「娘を探す手間が省けたな。って、あっこら待て」

「逃すな、追え!」

 

三人組の男達がいた。脇をすり抜けて外へと出る。靴を履くのも忘れて雨の中を裸足で走る。けれど、家から数メートル離れたところで男に捕まってしまった。

 

「助けて、ハル!」

「大人しくしろ。手間かけさせるんじゃねぇ」

 

暴れて噛み付いて、必死に抵抗する。

一瞬だけ、その一瞬だけ隙ができた。男が痛みに呻いて私を振り払ったのだ。

 

それだけで十分だった。

 

すぐに追いかけて来た男に捕まる直前、ローズピンクの閃光が私の横を駆け抜け槍のように敵を突く。

直撃した男は苦しげな呻きを上げて、家の方へと吹き飛ばされて行った。ドゴン、という音の跡に残ったのは蹴りを放ったであろうハルが着地する姿だけ。

 

「大丈夫、シャルロット?」

「えっ、あっ、うん……」

「話は後かな。あと2人いたよね」

 

それだけ言うと家の中へと入っていく。

数秒後、大の男2人を引き摺る春香が出てきた。

ママに抱き締められる私は男三人を誰かに引き渡す彼の姿を遠目に眺めていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

日常も、非日常も長くは続かない。彼が日本に帰る時がやってきた。

私は涙ながらに笑顔で見送った。空の向こうでは彼も元気にやっているのだろう。

 

それから月日が流れ、私と彼の関係は変わらず電話やメール、手紙のやり取りをする程には仲が良かった。毎日、彼との話を楽しみにしたり日常が退屈なく過ごせているのだが、彼は唐突にこう言いだした。

 

「ねぇ、聞いてよシャルロット。ボク、アイドルになるらしいんだ」

 

……よし、グッズは全部買おう。

一体全体どうしてそうなったのか、私は密かに心に誓った。




ここから数話時間が遡ります。


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人外魔境

箒ちゃんがツンツンしてても仕方ないよね。


 

 

 

織斑千冬。ボクの姉であり保護者とも言える彼女に連れられ、同じく小学校に上がりたての双子の弟、織斑一夏と一緒に篠ノ之神社へと引っ張られてきた。生憎、幼い頃から姉のお下がりを着せられているせいか他の男の子にからかわれることが多く当時のボクはとても億劫が祟り引っ込み思案な性格だった。

 

篠ノ之神社は剣術道場兼その名の通り神社である。

姉はここに師事しており、ボク達もまた姉と同じく師事するべく、男らしくなる為に門を叩く。普段から、可愛い、だとか男の子らしくない褒め言葉を授かっていたボクは自主鍛錬以外にも男らしさを磨く為に姉に連れられてきたのだ。

 

そんなボク達は門徒になる前に、とある人物と出会うことになる。

篠ノ之神社へと訪れたボク達の元へ、正確には姉のところにメカメカしいうさ耳のお姉さんが声を掛けてきたのだ。

 

「やっほー、ちーちゃん。その子達がちーちゃんの弟達?」

「あぁ、束か。今日から弟達も世話になる。タダで師事できる道場などそうそうないのでな、これを機にこいつらも強くなればと思って連れて来た」

「……」

「どうした? 束」

 

目線を合わせてじっとこちらを見てくる。姉も少し苦手だったボクは逃げ場をなくした。だから、のほほんと陽気な一夏の背中に隠れたボクは彼を盾にしたのだ。

 

「ね、ね、ちーちゃん家って妹もいたんだね」

「いや、そいつはそう見えて男だぞ」

「……嘘でしょ?」

「私のおさがりを着ているが、紛れもなく男の子だ」

「冗談だよね?」

「ふふっ、冗談だと思うほど可愛いだろう」

 

不敵に笑ってみせる千冬姉。

次の瞬間、ボクはいつの間にか姉の友達に抱き締められていた。

 

「ちょー可愛い! ね、ね、この娘ちょうだい!」

「貴様の嫁にするくらいなら私の嫁にする」

「えー、そんなこと言わずにさぁ。–––はっ!? 私がこのコと結婚したらちーちゃんももれなく私の家族にっ」

「だから、やらんと言っている」

 

そうそう。ボクは嫁ではなく婿なんだけどなぁ。とか言ってやりたいがボクにはそんな勇気はない。

 

「それより、おまえ助手が欲しいと言っていただろう?」

「うん、そりゃ欲しいけどさ〜。頭の固い奴とか金の為にしか動かないようなクズばっかだし、私をナメてる奴とか気持ち悪い目で見てくるような奴ばっかで足手纏いだし正直いない方がマシなんだよね。というか、ちーちゃんは私が他人に興味ないことは知ってるでしょ」

「なら問題はない。そいつは役に立つぞ」

 

ビシッ、と未だ腕に抱かれ続けるボクを指差して千冬姉は言った。

 

「家の壊れた家電製品を直しているのは春香だ」

「おおっ、小さいのにやるねー。でも、それだけじゃ役には立たないかな」

「見せてやれ。おまえの特技を」

 

千冬姉に命令されては逆らえない。ボクはパーカーの袖や内側から隠し持っていたドライバーを瞬時に取り出し、拘束から抜け出してメカメカしいうさ耳を文字通り、一瞬で解体した。バラバラと落ちるパーツを全て手で掬い上げるように空中で掴む。パーツ一つをなくせば元に戻すのは至難の技だ。

 

「いやんっ♡」

「……それで、どうだ?」

「もう、衣服を剥がれるって辱めを受けたのにちーちゃんはスルーですかそうですか。だけど、ふむふむまさか一瞬で解体してしまうとはね恐れ入った。束さんにはできない芸当だよ」

「おまえもあれくらいのスピードで解体できるだろ?」

「あっはっは☆ いくら天災の束さんでも無理無理、天災の束さんでもこれは違うベクトルの天才だね」

「どこが違うというのだ?」

 

機械バカにはかわらん。と、罵っているのか千冬姉は呆れた声を漏らした。千冬姉の友達である篠ノ之束はボクの手からパーツを摘み上げながら言う。

 

「技術というのは知識と技があって完成するんだよ。どれだけすごい発想をしようとそれを造れるだけの技術がなければ机上の空論なわけ。逆に技術はあっても具体的な設計図がないとそれは無駄なの。設計図っていうのはプログラムみたいなものかな」

「天災の考えることは私にはわからん」

「まぁ、見せてあげるよ。ね、ね、君の名前は?」

 

聞かれたので素直に答える。

織斑春香。それがボクの名だ。

 

「じゃあ、あーちゃん」

「……」

「イングランド王の息子にしてシャルルマーニュ十二勇士のアストルフォに似てるから」

 

そんなにアストルフォとはボクみたいな感じだったのだろうか。こちらの心中も察せずマイペースに彼女は全てを手の中にすると、うさ耳パーツを広げて命ずる。

 

「解体したの戻してみて」

 

そもそもボクが解体したし、あとで戻すつもりだったからもう一度ドライバーでメカうさ耳を組み立てていく。ものの数秒で完成したそれを見て頭に装着。感度を確かめると彼女は自分で元に戻ったばかりのそれを解体する。

 

「むむ、確かに元通りだ。だけど残念、元通りではないっ!」

 

またネジを締めて篠ノ之束は頭に装着する。

瞬間–––。彼女の纏っていた衣服が消失した。

 

「–––束さん以外の何者かが中を弄ろうとすると自動的に初期化するプログラムを組み込んでいたのだぁ! その反動で、服はこのうさ耳格納庫に強制収容されちゃった」

「意味がわからん!」

「いやぁ〜、服を着るのが面倒だから試作開発した技術で着替えられるようにしたんだけど、そのプログラムも初期化したから」

「いいから早く服を着ろ!」

 

取り敢えず、ボクは一夏の目を塞いでおいた。

 

「私の名前は篠ノ之束。よろしくね、あーちゃん」

 

これが後に歴史に名を残す天災との出会いだった。

ボクは英雄譚のような軌跡を共に歩むことになるのだ。

 

 

 

 

 

ボクの毎日は劇的な変化を遂げた。これまでやっていた千冬姉の苦手な炊事、洗濯、掃除の家事は変わらずボクが続けることになっている。千冬姉ってば米を洗剤で洗おうとしたり、洗濯だけで洗濯機を壊したり、掃除だけでも脱ぎ捨てることが多い千冬姉の洗濯物やら掃除するというだけで部屋を散らかすのだ。

 

千冬姉が女の子としてのなんやかんやに興味がないのも忙しいせいなのではあろうと思うがそれはボクにとっても好都合である。スカートばかり買われては堪ったものじゃない。シワ寄せは全部ボクに来るのだから。別に千冬姉がスカートを履くんだったらボクも履いても構わないけど、それを言えば悪手な気がする。

 

ここまでは日常の一部。

増やしたのは、篠ノ之神社での剣術修行……と。

 

 

 

「もぉーっ、またこんなに散らかして!」

 

 

 

怠惰な篠ノ之束のお世話だ。篠ノ之神社の地下には彼女が独自で作ったラボがある。そこが彼女の根城であり研究施設であり家であり、上に帰ることも少ない。服を脱ぎ散らかすは掃除はしないは食事は栄養補給食品で済ませるは、年頃の少女がするような生活ではない。

せっかく綺麗なんだし女の子だから気を使えばいいのに……。おおよそ生活習慣とは無縁な生活を送っている彼女世話を焼くのは嫌ではないのだけど、ボクはお母さんじゃない。

 

「お腹空いたー、ご飯作ってー」

「お家に帰って食べなさい。どうせ上で準備してあるんだし」

「えー、めんどくさーい」

 

ここで上に帰すととても嫌そうにするのが篠ノ之束だ。両親というものに関心がない彼女は家族というものをあまり重要なものとは考えていないようで、頓着がない。唯一彼女が心を許しているとすれば篠ノ之箒という妹さんくらいだ。他には例外として千冬姉と一夏とボクが挙がるが……思春期の親をうざがるのとはちょっと違う気がする。物心ついた時から親を知らないボクが言えることではないけど。

 

だから、ボクは–––。

もっと家族と仲良くして欲しいって思う。

 

「じゃあ、ボクが抱えて行ったら食べる?」

「……」

「あまり顔を合わせたくないのはわかるけどさー、お母さんの手料理を食べられるなんて今のうちだよ?」

「それより私はあーちゃんの手料理が食べたいなー」

 

そのあーちゃんの手料理も篠ノ之母の手解きを受けていて、再現するが如く作っている。おそらく束さんの舌がバカでなければ気づいているはずだが。

 

ちょっと厳しめの視線を束さんに送ると困ったように顔を顰める。

苦渋の決断を迫られるのは、一瞬だった。

 

「じゃあさ、毎日ちゃんとご飯を上で食べる代わりにあーちゃんがスカートを毎日履いてくれるなら!」

「……ダメだ姉さんが二人いる」

 

人間の常識とか諸々ぶち破った猛者だ。生活破綻者な上にこんな要求ばかり、千冬姉の誕生日に一度のスカートを強要されているボクは頭痛に頭を抱えた。

結局、意識は変わることはないのだろうけど。

それだけでも、今は十分だ。背に腹はかえられないのはどちらも一緒だ。

 

「まぁ、それなら……」

「いぇーい束さん大勝利ー!!」

 

ガッツポーズして子供のように大喜びではしゃぐ束さんは備え付けのクローゼットを開ける。振り返った時には、その手に握られていたものを見てボクは唖然としてしまった。

 

「じゃあ、早速これを着てご飯食べに行こう!」

「謀ったな!」

「天才の束さんには先を読むのは造作もないことなんだよ」

 

いや、どう考えてもマッチポンプだよ! なんて、ボクはひらひらした衣装を受け取りながら心の奥に感情を仕舞い込んだ。

 

 

 

夕餉の時間、フリルいっぱいのメイド服に着替えたボクは束姫をお姫様抱っこして地上へと上がる。年齢差とか諸々による体重の差についてはノーコメント、御法度というのはボクでも知っている。千冬姉に最近太った?なんて愚かな発言をする弟なんてボクは見てないし知らないのだ。

 

玄関を開いて家族の居間へ。ちょうど夕餉に手をつける前だったらしく父親の柳韻さんと母親(名前は知らない)、妹の箒ちゃんがいた。

 

「姉さん!」

「やっほー、ほーきちゃん」

「むっ、そっちの奴は……」

「春香君だな、いらっしゃい」

 

道場で顔を覚えていてくれたのか柳韻さんはすぐにボクをわかってくれた。

 

「織斑一夏の姉か。何故ここにいる」

「あのねぇ、ボクは姉じゃなく兄だってば」

「? 織斑一夏よりも女々しいのにか?」

「剣で負けたからって他で当たらないでくれる」

「スカートは女が着るものだぞ。……まさか道着で目覚めたのか」

 

確かに道着はスカートに見えないこともないけどそうじゃなく。あとボクは好んでこんな格好をしているわけじゃない。今回に限っては束さんのせいだ。

 

「あっ、師匠、今日から束さん夕食はここで食べるからよろしく」

「そ、そうか!」

 

あからさまに嬉しそうな顔の柳韻さん。お母様が炊飯器にご飯を装う。ボクはその間に空席の座布団に束さんを設置して準備完了だ。

 

「君は食べていかないのかい?」

「いや、悪いしボクは家に一夏と千冬姉の分と自分の分とちゃんと作り置きして来てるから」

「全部君が……?」

「姉さんは色々と忙しいからね。道場に行った後は疲れてるだろうから先に作って置いてるんだよ」

 

尤も、千冬姉はボクが帰るまで絶対にご飯に手をつけない。だから、ボクが帰るまで一夏もお預けだ。

 

「子供なのに大変だろう。……特に今は」

 

視線が束さんに向く。

 

「結構楽しいよ。料理したり、掃除したり、洗濯したり、慣れてくると一時間で家事が終わっちゃうんだよね」

「……いや、この娘の世話は大変だろう、という意味でな」

「何人増えようが一緒だよ。姉が……いや、妹が増えた感じかな」

 

弟より手を焼くとは言えない。遊び盛りのあれはあれで危機迫るものがあるが、ボクらを育てようとしてくれるだけ千冬姉の上には上がいると知ったのはつい最近だ。

 

「もう帰るのか?」

「束さんを下に戻してからね」

「今更言うのもなんだが君の筋力で大丈夫か」

「ご心配なく。ボクだって鍛えてるんだ」

 

バッチリとウインクを決めてみせた。

 

 

 

 

 

束さんを地下に戻して篠ノ之神社を出ると門前に二つの影があった。夜目でもはっきりとわかる。その女性のシルエットは少なくとも自分が尊敬する人物の一つだった。鳥居に寄り掛かり腕組みする姿、間違いない。

 

「千冬姉」

「遅かったな」

「ちょっとボクわがまま言っちゃって」

「珍しいな。私には一度きりだったのに」

「家事のこと? あれは見てると危なっかしかったからね。それより千冬姉はなんでここにいるの? 一夏は?」

「一夏は家で留守番だ。私は可愛いおまえが暴漢などに襲われないか心配でな」

 

わぁっ、カッコいい。

 

「一夏を一人で留守番させてていいの?」

「今時の子供は一人で留守番くらいちゃんとできる」

「それはそれとしてさ。女の子なんだから姉さんの方が危ないよ。夜に一人で出歩くなんて。ボクは一夏ほど貧弱じゃないし心配してもらうほど弱いつもりはないよ」

「何を言うか。弟の心配をしない姉が何処にいる? それに私が強いのは知っているだろう」

 

世界で一番おっかないのが千冬姉だ。もちろん勝てたことはないし、喧嘩なんてしたこともない。一夏とは喧嘩するが確実に両成敗で終わる。

 

「じゃあ、一人で留守番して一夏が泣き喚く前に帰ろうか」

「そうだな。あいつは案外寂しがりだからなぁ」

 

さりげなく握られた手を握り返しながら帰路に着く。

織斑家へと帰ると、扉を開けた音だけで一夏は駆け寄って来た。まるで仔犬のようだなって感想は心の中に仕舞っておくとして、開口一番に一夏は言うのだ。

 

「遅いよー、千冬姉、春香姉。お腹減った」

「だからボクはお兄ちゃんでしょうが」

「いや、だってスカートはいてるもん」

 

はっ、しまった、メイド服着たままだ。だから千冬姉は上機嫌だったのか。妙に素直だったのは納得だ。

 

「まぁいいや、ご飯温めるから食器の準備して」

「はーい」

「なぁ、春香」

「なぁに? 千冬姉」

「着替える前に写真を一枚いいか?」

 

……もういいよ。勝手に撮りなよ。

ボクは今日もまた、姉と弟の世話を焼く。




この頃の箒ちゃんはお姉ちゃん大好き。
一夏にデレるのはまだかね? まだだね。
アニメ見てWikiとか検索してきただけだから原作買わなきゃ。
こんだけ浅い知識だとボロが出るだろうけど、温かい目で見てくれると助かる。


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運命の赤い糸

サブタイトル選考。
×心拍数上昇
×温度差



 

 

小学二年生。最近では朝から篠ノ之神社に通うことが多く、基本的にスカートで活動することが多くなった。束さんを朝食の席に連れて行くには彼女の用意した服を着るしかなく、たまにそのまま学校に通学している。色々と破綻した人を相手にしているとボクの神経も鍛えられたようで他生徒との会話が困難ではなくなった。相変わらず男の子にはからかわれるけど、何故か女の子には嬉々として話しかけられる妙なサイクルがあるが。

 

「婦人警官の制服で登校してはいけません!」

「えっ、なんで?」

「それは別の制服です!」

「お言葉だけど先生、小学校にはそんな校則ないよ」

 

私服で自由な校風が小学校の特権だというのに。でも先生、なんでその手に携帯電話を構えているんだい? 通報するのならボクはこれを脱がなければいけない。婦人警官が警察のお世話になるなんて近代は警察組織も信用ならない。パシャりと証拠写真を撮られたボクは自慢の三つ編みを撫で付ける。

 

「もう行っていい先生?」

「えぇ、いいわよ。こんな可愛い生徒の担任になれるなんて幸せ」

 

早速、証拠写真で愉悦している女性教師は役に立たない。別世界に飛び立った気がするが見慣れているので放置だ。

 

「じゃ、バイバーイ」

 

手を振りながらその場を離れる。担任教師はひらひらと手を振り返してくれた。

 

 

 

 

 

最近のボクの悩みといえばとても簡単なことだった。篠ノ之神社に通い出した時にも判明したことだが、織斑一夏と篠ノ之箒は少しだけ馬が合わないようだ。己を研鑽する時も互いに競い合うまではいいのだが度々の衝突も少なくはない。特にボクに対しては何故か余計に棘があるような感じだ。

しかし、千冬姉と篠ノ之束という二人を知っている為かボクは板挟み状態。このまま仲が悪いとなんというかむず痒い感覚に近い妙な気分で二人と稽古を続けなければいけなくなる。一夏が一度多く竹刀を振れば、箒も竹刀を倍多く振る。その繰り返しで倒れるまで握り続けるものだから頃合いを見計らって剣を弾くのもボクの役目だ。

 

午前中の授業を束さんからの宿題を片付ける時間に割り当てていると、昼食の時間になってしまったようだ。まるで机をぶつけ合うように設置する二人の机がガツンと大きな音を鳴らす。

堪らず驚いて、授業が終わっていたことを知った。奇しくも同じ班員となってしまった二人。一夏と箒はこんな時間にも互いに睨みを効かせることを忘れない。

 

「春香、授業終わったぞ」

「そうだね。給食の時間だ。さてと、給食当番頑張るか〜」

「まったくだらしない。授業に集中できないなんてな」

「春香は毎日朝食作ったり、夕食作ったり忙しいんだよ。おまえにわかるか」

 

いや、君が一番わかってないからね?一夏。

人をダシに喧嘩しだすあたりもうなんて言っていいのやら。

 

「貴様は関係ないだろう。自分でやっているわけでもあるまい」

「うっ……知ってるんだぞ。おまえの姉ちゃんだって春香に面倒見てもらってるだろ」

「あーはいはい喧嘩しない。そもそもボクは束さんに勉強を見てもらってるし、等価交換的な関係だから」

 

喧嘩する前に止めに入る。何故か不満そうな二人の視線が突き刺さるがボクは完全スルー。束さんに勉強を見てもらっているのも嘘じゃないが虚偽でもある。ボクが彼女の力になるための今なのだから。

 

「何故貴様が姉さんに気に入られているのだ……」

 

それこそボクが知りたい。

 

 

 

給食の配膳を終えて、席に戻ると班は殺伐とした空気で昼食の席を囲っていた。残りの班員三人が救世主を見るような目で訴えかけてくる。「この二人をどうにかしろ」と。もはや肩身の狭いのはボクだけではなく班員まで被害が及んでしまった。楽しい給食の時間でさえも煽り合いが続くのだ。

 

「おまえニンジン食べれないのかよ」

「うるさい、黙れ」

「一夏はピーマン食べれなかったよね」

 

火種となりそうなのものは同じ火で打ち消す。どっちの味方をしているのかって? 仲良くしようとしない限りボクはどっちの味方でもありません。

 

「貴様も同じではないか」

「ピーマンは苦いからいいんだよっ」

「どういう理屈だ?」

「ニンジン食えない方がおかしい」

「ピーマンは栄養たっぷりなんだぞ」

「ニンジンだって……!」

 

皿上のピーマンとニンジンをお互いに押し付け合う。実は仲良いだろう君達。なんでお互いの嫌いな食べ物を押し付けあって食べてるんだか。

 

「一夏、いい加減にしないと夜ご飯がピーマンの肉詰めになるよ」

「肉になんて仕打ちするんだよ、春香」

「好き嫌いしてたら強くなれないよ」

「……」

 

皿の押し付け合いが終わり二人は苦手な食べ物に手を出し始める。苦手な食べ物を食べない時に役に立つワード。千冬姉の冷たい視線よりは幾分かマシじゃなかろうか。

ほっとした班員達の箸も進み始める。手の掛かる妹が増えた気がする。

 

 

 

昼食が終われば掃除の時間となる。みんな大嫌いな掃除の時間が終わると待ちに待った昼休憩の時、子供達はボールの支配権を握る為に教室へと逸早く帰ろうとする。争奪戦争に負ければ遊ばないグループは溢れて違う遊びを見つける。元々クラスに一個しかないボールだ。倍率は高い。

 

ボクは確かに一部の男子とは仲は良いが、ボール遊びに興味はない。最近作った“グラシュ”で空を飛ぶ以外には束さんのIS計画の進行の為にボクは知識を蓄える。勉強する為に喧騒教室から抜け出して図書室に通う。あそこは本に興味がある静かに過ごしたい等の理由でしか使用されない為に都合が良かった。

あぁ。最近知り合ったシャルロットに手紙の返事でも書こうか。電話よりは安く済む為重宝している。国際電話なんて料金バカにならないからな、うん。

長い手紙をしたためるとそれを折れないように本を借りて、中に挟んでおく。シャルルマーニュ伝説。ボクが好きなのはジャンヌダルクの歴史的なものなのだが、確か束さんが初対面でこの名前を言っていたはずだ。気になるので一応読んでおく。

 

図書室を出て廊下を歩く。まだ昼休憩の時間は終わっちゃいない。しかし、勉強をするのにも中途半端な時間で仕方なく教室へと帰ることにした。特別棟を出てクラス棟へ。自分の教室の前に来た時、それは聞こえてきた。

 

 

 

「–––やーい、男女」

 

 

 

入学から落ち着いた生徒の一部はよくボクや箒を揶揄う言葉としてそんな言葉を使う。所謂イジメというやつだ。ボクは別にそんなことを言われても気にしないけれど、箒には少しキツイらしい。特にボクが何の反応も示さないからかボクへの矛先は殆どない。その代わりと言ってはなんだが箒に向けてのイジメが多くなった。スカート捲ったり髪を引っ張ったり。ボクの場合はそうなる前に腕を掴み上げてしまうので男の子達は手を出してこない。

 

何度注意しても止めない。これがイジメに入るかと聞かれればどう答えていいのか。度合いというものを知らないし、ただ癪だなとは思う。先生が見てないところでやるから尚更性質が悪い。

 

そして、ボクは–––。

またその騒動を止めようとして、教室に入った瞬間に見てしまった。

 

「うわぁあああ!」

 

篠ノ之箒がはじめて泣く姿を。

 

教室には床にへたり込んでしまった箒と守るように立つ一夏、二人に対立するように三人の男子達が遠巻きにニヤニヤと泣きじゃくっている箒を見ていた。その一人の手には鋏が一本。赤い液体と髪の毛が絡まっている。一夏の小指から流れ出た血が床に落ちて、小さな水溜まりを作っていた。

 

「ちょっと君ら何やってんの!?」

 

教室に入ると硬直した空気がボクに流れる。視線が射すのも構わず、二人の側へと駆け寄ると一夏だけは反応を返してくれた。

 

「春香、あいつらが–––」

「そんなの聞かなくてもわかる」

 

できるだけ柔和な表情で男子達を見た。

 

「いい加減にしないと怒るよ?」

 

–––束さんがっ!!

他人に対する態度が絶対零度としたら、篠ノ之箒に向ける束さんの感情はもはや甘いとかレベルじゃない。怪我なんてさせたらモンスターと化して介入してくるだろうし無事では済まない。パンデミック級の恐ろしさを秘めている。他人であればどれだけ酷かろうと冷酷に冷徹にできるのが篠ノ之束だ。

それが、妹を傷つけられたとしたら……想像するだけで恐ろしい。

 

男子達もやり過ぎだとは感じていたのか、動揺した様子だ。

 

「な、なんだよ……いきなり突っ込んできたのが悪いんだろ」

「怪我させるつもりなんてなかったんだよ」

「だいたい篠ノ之の態度がムカつくから……」

 

怖いのは何も篠ノ之束だけじゃない。うちの織斑千冬も負けてはいない。むしろ、ボクと一夏が一番畏れるのは千冬姉の機嫌を損ねることなのだから。

 

言い訳を並べ立てる男子達。

たぶん、ボクは–––ボクの人生で五本の指に入るほど怒っていた。

 

「あのさぁ。別にボクだって君達が全部悪いとは言わないよ。確かに箒はこんな態度だし少しくらい怒るのもわかる、けどそれとこれとは違うじゃないか。箒は暴力で誰かを屈しようとは思わなかったし、むしろ弱い者の味方だった。確かに言葉では人を傷つけることもあったかもしれないけど……正々堂々としていた」

 

ボクに当たりはキツイかもしれないけど、ボクは知っている。強く儚く誰よりも優しい。男子に意地悪をされた女子がいれば怒るようなそんな子だ。

 

「それに比べて君達はどうだい? よってたかって三人で、卑怯な上に男らしくない」

「女の格好してるおまえなんかに言われたくねぇよ!」

「男らしいっていうのが君達のような卑怯者のすることなら、ボクは男らしくなくていい!」

 

いや、それは言い過ぎか。しかし、このままでは収集がつかないのも事実だ。

おそらく、箒が今日付けていたであろうリボンを男子の一人が持っているのを目にしてボクは前に出る。今にも飛び出しそうな一夏を制止して、一言。

 

「怪我してるんだから一夏は下がってて」

「はい、わかりました」

 

妙に物分かりがいい一夏を放置して更に一歩。

 

「それ返してくれない?」

「と、取り返せるもんなら取り返してみろよ」

 

更に一歩で鋏を持っている男子の手から鋏を奪い盗る。同時に転倒させて次の標的へ。

何も持っていない男子の両足に手錠を掛けて、転けた男子の方に押し出す。床に這いつくばっていた男子の身体に引っかかりすぐに転倒することになった。グエッと呻く声が聞こえたが無視。

最後にリボンを持った男子の鳩尾に拳銃の形で指を突きつけ、震脚と同時に突く。

 

「バーン♡ってね」

 

リボンを取り戻しボクは銃口を吹くような仕草を見せた。

 

 

 

「こら! 喧嘩しちゃダ–––」

 

担任の先生が到着すると同時に唖然とその光景を見渡す。

倒れた男子生徒が泡吹いているのを見て、ボクはやり過ぎたことを自覚した。

こういう時はどうすればいいのか。

そういえば束さんに教えてもらった魔法の言葉がある。

 

「逮捕しちゃうぞ」

 

先生、ボクは無実です。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「ねぇ、誰にやられたの? 何処のどいつ? お姉ちゃんに教えて」

 

親が呼び出されるなり出てきたのは千冬姉と束さんだった。一番恐れていた事態にボクは終わったことを悟る。もちろんあちらの親は平謝りするほどで子供の頭を下げさせていた。特に一夏は鋏で斬られる事態にまでなったのだ。いくら親がいなくともナメられるわけにもいかず、千冬姉自身怒り心頭の様子で冷静に話を聞いていた。束さんに至ってはゴミ虫を見るような絶対零度の目で男子達を怯えさせていたものだから、たぶん二度と同じことは起こらないだろう。

 

ボクは日課の夕食作りを終えて篠ノ之神社へ。そこでは仲睦まじく精神統一の為に前座を組む一夏と箒がいた。怪我のせいで一週間竹刀を握ることを禁じられた一夏に付き合っているのは一目瞭然だ。

 

そこは素通りして、束さんのいる地下室へ。

ボクが取り持つまでもなく、成長する二人に微笑ましい思いを抱いていると、地下からは途轍もなく冷たい冷気が流れてきているではないか。

 

「ゴミクズゴミクズゴミクズ」

「ちょっと待って、女の子の出していい声じゃないよ束さん!?」

「だってー、箒ちゃんの髪を切ったんだよ? ナニ切り落とされても文句言えないよね?」

「そこは同意するけど、犯罪だから」

「あれ、着替えちゃったんだ婦人警官の制服。あのまま牢屋にぶち込んで欲しかったのに」

「ほら、束さんのリクエストに応えるから許してあげるって約束したじゃん」

 

なんでボクが彼らの罪の清算を行わなければいけないのか。これも束さんが犯罪に走らない為だ。今頃、千冬姉の相手を柳韻さんがしていると思うと同情を禁じ得ない。

 

「それで何を着ればいいの?」

「これ」

「え、こんなんでいいの……?」

「今、束さんは癒しを求めているのです」

 

クローゼットから何を取り出すかと思えば普通に白のワンピース。

 

「因みに束さんのおさがりだよ。興奮する?」

「しません」

「匂い嗅いじゃう?」

「嗅ぎません」

 

Tシャツとホットパンツを脱ぎ捨ててワンピースに袖を通す。その瞬間、首を通したところで地下室の入り口から珍しい声が聞こえてきた。

 

「うわああああ!?」

「いらっしゃい箒ちゃん」

 

どうやら箒が来たようで、ボクは急いでワンピースを着た。途轍もない軽さと風通しにこれまでにない冷たさを背筋に感じ、もう二度とワンピースだけは着ないと誓う。

 

「おまえ何やってるんだ!」

「着替え」

「それって姉さんの……」

「らしいね」

「おまえもう慣れてないか……」

「順応しないと世の中生き残れないよ。それで、どうしたの?」

 

さっきまでイチャイチャしていたのに。普段は訪ねて来ないこのラボにどうして来たのかと訊ねると彼女はチラチラと束さんを気にしているようで視線は泳ぎっぱなしだ。

 

「おまえに用があるんだ」

「誰にも聞かれたくない話?」

「できればおまえだけに相談したい」

「……」

 

後ろでウサギの崩れ去る音が聞こえた気がしたが気にしない。きっと頼られたのが自分ではなく、ボクだったのがショックだったのだろう。

 

 

 

地上に帰ると一夏と千冬姉はもういなかった。まぁ、今日は色々あって篠ノ之神社に来るのも遅れた為仕方ないと言えば仕方ないが、どうして彼女はボクだけを呼び出したのだろうか。思い当たる節がない為、縁側に腰掛けた箒の横に座ることでボクは黙って座ろうとして、思い出したように口を開いた。

 

「そうだ、髪整えてあげようか」

「おまえそんなことできるのか?」

「失敬な。これでも千冬姉と一夏の髪はボクが切ってるんだよ」

「ふふっ、さっきも一夏に『春香に切ってもらえば?』と言われた。おまえの良いところ散々言われたんだからな」

「で、どうする?」

「うむ、頼む」

 

箒の背後に回るとリボンを外す。ポニーテールがバラバラになり、綺麗な黒髪ストレートが出来上がった。千冬姉は髪がそこまで長くないので新鮮な眺めだ。

髪カット用の鋏と櫛を手に取り敢えず、髪を梳いていく。ある程度、髪を梳いたところで箒は口を開いた。

 

「その……今まで済まなかった」

 

普段ではないしおらしい態度で謝罪の言葉を搾り出す。ボクはこっそりと笑んでから、彼女の下を向いてしまった顔を上に戻す。

 

「ほら前向いて、やり難いから」

「そ、そうだな、すまん……」

「わかればよろしい」

「あぁ……って、これじゃあまたおまえのペースじゃないか」

 

いきなり振り向いてきたせいでボクは少し後ろに下がる。箒をもう一度前に向かせて、鋏を手に取った。

 

「一夏にも言ったんでしょ」

「あぁ、おまえ達は本当にお互いのことがわかるんだな」

「さっきも同じこと言ってたって? 残念ながらボクに一夏の考えはわからないかな」

「そ、そうなのか……?」

「話の続きはどうしたのさ」

 

これ以上はこちらから話し出すのを止めようと誓う。このままだと話が進まない。

そうだったな、と言って箒は告白する。

 

「実は……おまえには何もかもを取られそうで怖かったのだ。自分の方が早く始めていたのに剣では全く敵わない、姉はおまえにゾッコンで姉を盗られたような気がして……キツく当たっていた。本当に済まない。本当は姉とまた一緒に食事ができて嬉しかったのにな」

「でも、今回の件でわかったでしょ。束さんは箒のこと大好きだって」

「……そうだな」

 

フッと吹っ切れたように息を吐く箒の髪がサラサラと流れる。手入れは終わりもう一度ポニーテールに戻す。

 

「ついでに聞くけど、一夏のことどう思う?」

「ぐふっ!? ど、どういう意味だ?」

 

不意打ち気味に揺れ動いている心を突かれたからか、慌ててタジタジになる箒。その反応だけで一目瞭然である。つまり彼女は一夏にほの字だ。

 

「実は一夏にお返しがしたいからボクに相談しにきたんでしょ?」

「……助けてもらってばかりじゃ癪だからな」

 

そっぽを向く彼女の頰は赤い。

確かにこれは、千冬姉と束さんには相談できない内容だ。

方や男前、方や他人に興味のない自由人。

そして本人とくれば、消去法でボクしかいない。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「どういうことだ春香!」

 

織斑家に帰るなり千冬姉が出迎えると同時に迫ってきた。

 

「どうしたのさ血相変えて」

「せ、赤飯だぞ!?」

 

一夏と箒が仲良くなった記念に赤飯を炊いた。篠ノ之家でも同じく夕食は赤飯となっている。しかし、何故そこまで千冬姉は焦っているのかボクの肩を掴んだ。

 

「誰だ? 春香を傷物にしたのは……束か? 束なんだな。よし、我が剣の錆にしてくれる」

「ちょっ、違うから。あと傷物っておかしいでしょ!?」

「春香、ご飯まだー?」

「一夏手伝って。別の件で千冬姉が犯罪者になる!」

 

玄関で荒れ狂う鬼にボクは必死でしがみつく。

ボクは最終兵器を発動した。

 

「–––お姉ちゃん、大好き」

 

普段は絶対に言わない死語。上目遣いにぎゅっと抱き着くの二段攻撃。

 

「……」

 

この後散々、千冬姉を甘やかした。




補足。束さんが教えているのはISに必要な知識だけ。


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やるからには全力で楽しまなくちゃ

いったいなにを目指してるんだろう。


 

 

 

世界を騒がせる『白騎士事件』が起こってから約二年。ボクは無事に中学生になる。篠ノ之箒の転校など色々あったが新しい友達も増えて、ボクの生活は概ね順風満帆といったところだろうか。千冬姉に食卓で神妙な顔で「おまえ達ももう中学生だ」なんて感慨深げに一丁前な親父のような言葉を囁かれてはボクと一夏は静聴する。

連絡の途絶えた世界の束氏については、きっと千冬姉が知っているだろうからあまり心配はしていない。そんなボク達に制服が手渡される。

 

「ほら、おまえ達の制服だ」

 

一夏は新品の男性用の学ランを。

ボクは千冬姉のお古と思わしき女子用のセーラー服。

 

「なんかもう慣れてるな春香」

「家は貧乏だからしょうがない」

「まぁ、確かにな」

「なんなら着てみる? 一夏がセーラーでボクが学ラン。体格的にはボクの方が華奢だし身長も殆ど変わらないからできないこともないけどね」

「すみません、助かってます。遠慮させてください」

「似合うと思うけどなー」

 

一夏の方が体格は良いからたまに服を借りることもできる。今度、一夏が学校を休むようなことがあったら制服を借りてみようか。ここまではいつものパターンだ。

 

「春香」

「なぁに? 千冬姉」

「そのだな……」

 

千冬姉にしては珍しく歯切れが悪い。頰をぽりぽり掻きながら視線を泳がせて明後日の方を向いている。顔は逸らしていないのに妙な違和感を感じた。

そんなボクに突きつけられたのは、一つの封筒だった。ボク宛に届くのは海外からシャルロットがくれる手紙のみ。それが何故か、海外から来たような手紙ではなく普通の封筒。もちろんボク宛。

 

 

 

「実はこの前、ふざけてオーディションに応募したんだが……最終面接の案内がきてしまってな」

 

 

 

「……」

 

オーディション。いったい何のオーディションだろ。ボクは手に取って一度開封された封筒の中身を確認する。簡素に一枚の紙が入っているだけで他はない。その紙を引っ張り出して内容を一夏と確認してみる。と、目を疑うような事実が書かれていた。

 

「えっと……この度はアイドルオーディション女性部門に御応募いただきありがとうございます。厳正なる審査の結果、織斑春香氏の一次審査突破を御報告させていただきます。つきましては下記の日取りで最終面接を行いますので御参加下さるようお願い申し上げます」

 

一夏が読み上げていく内容にボクは自分の目が汚れているわけではないことを確認した。

 

「千冬姉、何したの?」

「わ、私はただおまえの写真とカラオケで撮った歌っている映像を送っただけで他は何もしてないぞ。履歴書だって同封したものには男性だと書いたし……」

「大丈夫かな、この審査員」

「まぁ、その容姿で男って言われてもちょっと納得できないと思うぞ」

「カラオケってスカート履いてた時だね」

「そうじゃなくても間違えるやつ多いだろ。鈴とか」

 

妙にぐいぐい押してくる。凰鈴音。篠ノ之箒と入れ替わりに転校してきた中国籍の女の子で、初対面では間違えられてやや色々とあった子だ。

 

「何かの間違いだと思うから、放っておこう」

「そ、そうだな……それがいい」

「元はといえば千冬姉のせいだよな?」

「何か言ったか一夏?」

「いえ、何も言ってません」

 

明日は入学式。リクルートスーツ姿の千冬姉に一夏は降参した。もう何年も着ている貫禄があることにボクと一夏は驚愕を隠せない。そんな歳でもないはずなんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

「へー、そりゃ災難だったわね」

 

入学式も終わり、凰鈴音宅の中華料理屋でお祝いだ。夕食は奮発してくれると言ったが生憎、ボクはわいわいやるのも静かに過ごすのも好きなタイプなので彼女の家の中華料理を食べに来たわけだが。

「そんなのでいいのか?」もっと高いの選べと言いたげな千冬姉の提案を一蹴するのと同時、遠慮して皆で祝おうよ的な感じで彼女と共に夕食の席を一緒にしているのだが、ボクが言うのもなんだが鈴ちゃんに失礼な気がした。取り敢えず店の中でその発言だけはさせてはならない。

 

そんなボクと一夏、千冬姉、凰鈴音を加えた四人で卓を囲む。

食事中に昨日の話をすると、ちょっと残念そうなトーンで慰めるものだから餃子を摘みながらボクは言い返す。

 

「鈴ちゃん、まったく災難だとか思ってないよね?」

「災難も何も行かなかったんでしょ? ならいいじゃない。でも、私は少し見てみたかったかもな。実際、春香の歌ってものすごくレベル高いし。人気出ると思うわよ」

「面白そうだけど、堅実的にバイトした方が儲かるんだよ。レッスン料なんてバカにならないし、日本じゃ中学生を雇ってくれる店なんてないから無理かなぁ」

「うちで雇ってあげよっか?」

「え、いいの?」

「あんたなら大歓迎だってうちのお父さんもお母さんも大賛成よ」

 

法律云々は置いておくとして、魅力的な話に耳を傾けていると千冬姉が渋い顔になる。

 

「……しかし、それは困るな。春香の手料理が食べられなくなる」

「じゃあ、家事は一夏に任せよう。休みの日くらいは夕食は作るし、朝食は毎日やるつもりだけど」

「俺も甘えたままじゃいけないと思うんだけどさ……。春香が家事でよくね?」

「自炊できる男子はモテるよ」

「誰にだよ?」

「……うん、ごめん、一夏は恋愛に興味なかったね」

 

少なくとも、箒の背中を押してあげてはいたが結局意識することはなく、二人は離れ離れに。だから、ボクはもうこの件からは手を退いている。そして、ボクも恋愛に興味はないのだけど。

 

「そ、そう言うあんたはどうなのよ?」

「ボクは別にって感じで……」

「なんだ、外国の手紙の相手は違うのか?」

 

千冬姉の言葉に鈴の顔色が変わる。レンゲにスープを乗せたまま、その中身は空中で皿へと戻っていく。

 

「え、友達だけど」

「毎日、電話やメールをしてるのにか?」

「うん。なんで?」

「いや、なんでもない……」

 

上機嫌で餃子に手を伸ばす。まだ娘は嫁にやらん的なお父さんだろうか。どっちかというとお母さんだが、主に反対するのはお父さんだと読んだ漫画には書いてあった。

 

「別にどうこう言うつもりもないけど、千冬姉はどうなの?」

「私に合う男がいると思うか?」

 

まず地上最強の男にならなければ千冬姉とは釣り合わないだろう。結論、いない。もしくは、可愛い系の男性とか……。むしろ千冬姉はイケメンの類だ。女の子が寄ってきそうにまである。

千冬姉の相手をしているとそのうち怒りを買いそうなので鈴に視線を向けてみる。元を正せば鈴からこの会話が始まったような気がする。

 

「鈴ちゃんは好きな人いないの?」

「な、わっ、……!」

 

思わぬキラーパスに慌てて箸を取り落す。そんなに取り乱すような議題ではないはずだが。彼女は顔を真っ赤にしてグラスを手に取ると水を一気飲み、空になったグラスをテーブルにドンと置いた。

 

「そりゃあ、まぁ……いないこともないけど」

「まぁ、頑張りなよ。ボクは応援しないけどね」

「あんたに応援されても困るのよね」

 

酷い言われようである。うっかり一夏がお風呂に入る時間帯に箒をお風呂に入れてしまって、偶然ばったり裸で鉢合わせなんてこともあったけど、そのエピソードを鈴ちゃんは知らないはずなんだけどなぁ。

 

「ま、とにかく恋愛って正々堂々平等で勝負するべきだと思うんだ。だから、ボクは応援しないし見守るくらいにするよ。余計な手を出して拗れさせるのもアレだし」

「はぁ……」

「なんでボクは呆れられてるのかな」

「春香って意外と鈍感だからじゃないか?」

「一夏には言われたくないよ」

「待て。俺がいつ鈍感だって言うんだよ」

「箒ちゃんとか」

「あいつと何の関係が……?」

 

ほら、こういうところ。

ついうっかり口が滑ったけど、箒にバレないようにしないと。

この件がバレたらボクはただじゃ済まない。

誤魔化すように青椒肉絲を黙々と口にした。

 

 

 

 

 

入学祝いの夕食を終えて中華料理屋を出た。鈴とはまた明日学校でと言いながらも登校は一緒だ。千冬姉と一夏に挟まれながら帰路を歩く。そんな夜道で千冬姉が思い出したように言う。

 

「すまない、少し急用を思い出した」

「急用ってなんだよ千冬姉?」

 

おそらく、中華料理屋を出てから……。

後を尾行してくる気配に気がついたのだろう。だけど、隠しているようで隠しきれていない。一定の距離を保って追ってくる気配をボクは気付きながら放置していたのだが、千冬姉は野放しにはしておかないようだ。

 

「あれは放っておいてもいいんじゃないかな」

「なんだ、おまえも気づいていたのか」

「うん。あそこまであからさまだとね」

「だが奴は何故コソコソとしているのだ?」

「いったい何の話だよ?」

 

会話に入りきれていない一夏を置いてけぼりに会話を進めていく。

結局は、興味が勝ってボクから提案した。

 

「このままもなんだし一度二手に分かれてみる?」

「目的もわからないしな。だが、危険だと感じたらすぐに逃げるんだぞ。こっちに来ていないとわかったらすぐにそちらに向かう」

「心配性だなー、千冬姉は。ボクだってオトコノコだよ」

「私からしたらまだまだ二人とも子供だ」

 

年齢的に言えばそうなんだろう。

十字路で千冬姉と別れて帰路を歩く。すると、その気配はボクと一夏を追って来た。

狙いは千冬姉ではない。だとしたら、ボクと一夏のどちらか。次の曲がり角で曲がるとその場に立ち止まる。

 

「どうしたんだよはる–––」

「喋らないで」

 

口に人差し指を立てて一夏の口を塞ぐ。

直後、気配の正体が曲がり角から姿を現した。

 

「っ、ひゃぁ!?」

 

勝手に驚いて腰を抜かして転ける。尾行をしていたその人の間抜けさにボクは思考が追いついていなかった。暗闇であまり見えてはいなかった影が街灯に照らされ、姿をようやくみることができたと思えば、ボクらより少し年上のお姉さんだったのだ。

 

「えっと……一応聞くんだけど、中華料理屋から出た辺りからつけて来ていたのは君だよね?」

「ごめんなさいごめんなさい悪気はないんです。ただ声を掛けるタイミングを伺っていたら踏ん切り付かなくて、ただでさえ織斑先輩と一緒に歩いてたから余計に声掛け辛くて」

「む? 山田じゃないか」

「ひゃぁ! って織斑先輩!?」

「なんでここに?と言いたいようだがそれはこちらの台詞だ。それになんだ? おまえの身体についているのは」

 

闇夜から現れた千冬姉が指摘して気づく。見れば山田という女性の身体には街灯に反射して光沢のような煌めく何かが光っていた。ボクはその液体に触れて舐めてみる。……あ、これハチミツだ。

 

 

 

 

 

取り敢えず、何故かハチミツでべとべとの山田真耶氏を招き入れて、お風呂に入らせた後にボクは調理を始めた。軽いスープとベーコンとハムの有り合わせで二食分の食事を完成させた。風呂から上がって千冬姉の服に着替えた真耶氏はリビングに、ボクも自然とリビングに集まってしまった。一夏は多分部屋でゲームしてる。

 

「す、すみません……お風呂をいただいた上に夕食まで……」

「なに、気にするな。話は後だ。春香の料理は美味いぞ」

 

さっき食べたはずなのにさらに食べる千冬姉。それにつられて真耶氏は食事に手を付け始めた。ボクは入学と同時に出された課題を側でやり始め様子を見る。

そして、食事を終えた頃に話が進む。

 

「それでだ、おまえはどうしてここにいる? 私の住所は教えた覚えがないぞ」

「私もまさか織斑先輩の家だとは思ってませんでした……」

「どういうことだ?」

「えっと……織斑春香さん宛に通知が届いてませんか? ……アイドルオーディションの」

 

あぁ、なるほど。つまり履歴書から住所を調べて来たわけだ。ボクは昨日千冬姉から渡された通知を取り出そうとして、何処にしまったのか忘れたことを理解した。

 

「昨日千冬姉が見せたやつだよね」

「あれか……いや、だが何故おまえが知っているんだ?」

 

千冬姉が教えていなければ尤もな質問に眉根を寄せる。困ったようにずっと申し訳なさそうな顔の真耶氏は俯きながら遠慮がちに答えた。

 

「その……実は、父がアイドル育成の現場で働いていて、忙しい父の代理なんです」

「初耳だな。だが、何故わざわざ?」

「うちの父って実績が全く無くて、もうすぐ解雇されそうなんですよ。このままじゃ一家揃って路頭に迷ってしまう……そんな時に届いたのが春香さんの歌っている映像なんです 。本当は今日、軽い面談の後、合格を伝える筈だったんですけど来なくて……。明日にも他の関係者達が来ると思うんですけど、そうなると父の実績にはならないので」

「んー、そこまでするかなぁ?」

 

アイドルってなりたい人がなるものじゃないんだろうか。芸能関係については全く知らないが、ボクだって地下アイドルなるものは聞いたことがある。あの人達も陽の光を目指している筈だ。ボクと同じく首を傾げた千冬姉は萎縮している真耶氏に問い掛ける。

 

「そんなことはあるのか?」

「先輩だってわかってるじゃないですか。日本だってモンド・グロッソの為に優秀な選手の選出をしてるんですから。似たようなものですよ」

「要はビジネスか」

 

ISも限定数の篠ノ之束にしか造れないコアを巡って一時期は大混乱になったことがある。つまりは、そういうことなのだろう。ある程度事情はわかったけどまだわからないことがある。

 

「でも、なんでハチミツ被ってうちに来たの?」

「私だって好きでやっているわけじゃないですよ。いきなり父に呼び出されたと思ったら、春香さんの歌っている映像を見せられて『この子の歌はどうだ?』なんて聞かれて『とても好きです』と答えたら『オーディションには合格したけど辞退されたからおまえ誘惑してこい』ですよ! その上、織斑先輩の弟だなんて来てから判明しましたし、そんなことしたら織斑先輩に殺されるじゃないですか!」

「ほお、誑かすつもりだったのか?」

「はひっ!? い、いえそのようなつもりは……」

 

不敏というかなんというか。もはや可愛そうなレベルで萎縮して涙目になってしまった真耶氏。千冬姉にガン睨みされると怖いのはボクでも知っている。

 

「しかしおまえは馬鹿か? ハニートラップでハチミツとか」

「父に渡されたんですよ。興味の出る年頃ならこれで一発だって」

「帰れ。どれだけ春香が凄かろうとこいつの魅力を生かせない無能なPでは話にならん。それにハニートラップ如きで釣られるようなオトコノコではない」

「そ、そんなぁ……」

 

縋り付く真耶氏を寄せ付けない千冬姉。涙目通り越して涙腺崩壊した真耶氏はそれでもなお縋り付く。

 

「父には連れてくるまで帰るなって言われているのにどうしたらいいんですかぁ!」

「そんなもの私が知るか。帰れ」

 

一蹴されてついに一人泣きを始めた真耶氏。なんだろうこの感情。流石のボクも胸が痛くなってきた。ボクはなにも悪くない筈なんだけど。

 

「まぁまぁ、今日は夜も遅いし泊まっていきなよ」

「おまえはどっちの味方なんだ?」

「敢えて言うなら被害者かな」

 

主に理不尽によって目の前で泣いている推定年上女性の。

少なくともボクは、こう思うのだ。

 

「だいたい千冬姉が軽い気持ちで送った履歴書が原因なんだから、このまま帰すのも可哀想だよ」

「リストラ云々は知らんぞ」

「それでもこのままは嫌だよ。後味悪いし」

「だがなぁ……おまえもやりたくはないだろう」

「ま、しょうがないでしょ」

「まったくおまえは……」

 

呆れ返ったような千冬姉は頭を抱えて、真耶氏に追撃のデコピン。

バチンッ、という人間からおおよそ聞こえてはいけない音が聞こえた気がした。

 

「いいか山田。条件は一つだ。プロデューサーはおまえがやれ。こいつに変な虫をつけるな。篭絡しようなどと変なことは考えるな。これが守れるなら貸してやる」

「えっと、それってつまり……?」

「二度も言わせるな。気が変わらんうちにさっさと寝ろ。連れて行くなら明日、こいつの学校が終わってからだ」

「あ、ありがとうございます!」

 

途端に華やぐ真耶氏の表情に、雨上がりに咲く花のような錯覚を覚えた。

ボクは手を差し出し、握手を求める。

 

「よろしく、プロデューサー!」

 

 

 

 

 




多分重要なファクター。


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チョコレート争奪戦争

ジーク君に抱きついても変に見えないのはどうしてだろう。


 

2月14日。

そこそこ有名になった今、バレンタインデーのチョコレートのCMや音楽番組にも出演させてもらっている。忙しい日々が続く中でたまの休みと思えば学校だ。そんな登校日に来てみれば鈴ちゃんには驚いた顔をされた。

 

「あんたなにやってんのよ……」

「疲れたからおぶってもらおうと思って」

 

一夏の背中にぶら下がっていたボクは鈴ちゃんにそう言って、一夏の顔の横から顔を出す。

 

「慎みくらい持ちなさい。アイドルでしょ」

「大丈夫。兄弟だからスキャンダルにもならないし普通だよ」

「……あんたその発言、危ない事に気づいてる?」

「間違った事言ったかな?」

「間違ってないけど、とりあえず離れなさい」

 

そりゃあ一夏と二人きりの登校を邪魔したことは謝るけど。

ぐいぐいと引き摺り下ろそうとする鈴ちゃんに今度は凭れ掛かる。

 

「な、な、なっ……!」

「鈴ちゃんは相変わらず小さいね」

「何処が小さいですって!」

「身長以外に何があるの?」

 

もたれ掛かった瞬間に慌てふためいた後、顔を真っ赤にして怒ってくる。かと思えば「そ、そうよね」なんて言って誤魔化すように視線を外した。

 

「そうだ、はいこれ」

 

そんな鈴ちゃんに鞄からごそごそと取り出したのは一つの小包だ。軽いラッピングにリボンと簡素ながら綺麗に包んだもの。これと同じものを千冬姉には渡していた。

 

「なにこれ?」

「今日はバレンタインデーでしょ? だから、チョコレート。毎年千冬姉にもあげてるしね」

「あんたねぇ……それって女子のイベントでしょ? 男が四苦八苦するもんじゃないの。毎年貰えるか貰えないか、殺気立った男子達見てると呆れてくるってのに……」

「外国では男性が女性に贈り物をするところもあるんだって」

「じゃ、じゃあ……私からも」

 

渡したチョコレートを鞄にしまう鈴は小包を取り出して突き出して来た。

 

「えっと……?」

「チョコレートよチョコレート! い、言っておくけど義理だからね」

「うん。ありがとう」

 

一夏にも似たような小包を渡す。それを横目に眺めながら鞄へとしまう。

そうして通学をすること何分か。学校に着いたボクは驚愕の事実に直面することになる。

下駄箱で靴を学校専用のスリッパに履き替えようとしたところ、雪崩のように小包が落ちて来た。びっくり箱を開けた子供のように驚きながら、落ちた小包達を確認すると、差出人も宛先も書いていない。

まぁ、当然と言えば当然か。宛先はこの下駄箱とくると使用者はボク。つまり、ボク宛の大量の小包なのだ。

 

「……」

「どうしたんだよそれ?」

「バレンタインのチョコレートってところだろうね、きっと」

「……にしてもわかってたけど、量多いわね」

「うーん、でもこんなに貰うのは初めてだよ」

「あんた今まで男として見られてなかったからね」

 

毎年、束さんと千冬姉、シャルロットから贈られるチョコレートくらいしか貰ったことはない。だというのに、今年に入ってから妙に量が増えたことに驚きを隠せなかった。

 

「どうすんだよそれ?」

「持って帰って食べるよ、全部」

「あんたよしときなさいよ、虫歯になるわよ」

「でも、無駄にはしたくないし……」

 

二人の制止を受けながら予め何故か持たされていた紙袋にチョコレートを詰めていく。

そして、これで終わりではなかった。

 

「おはよー春香ちゃん」

「おはよう、長谷川さん。……」

 

挨拶を交わしたボクは絶句した。教室に入ると明らかに一人だけ席が異質だった。机の上に置かれた小包の山が、今にも崩壊しそうなジェンガタワーを作っていたのだ。

 

「凄い量のチョコレートだよね。これ全部春香ちゃん宛だよ」

「た、食べきれるかな?」

「まぁ、大丈夫だよ。同じ学年の私達は春香ちゃんなら全部食べると思ったから、一部の人は小物とかにしてるし」

「ありがとう! 嬉しいよ!」

 

心の底から感謝した。このチョコレートの山が全てチョコレートなら糖尿病もそう遠くはない。

 

「でも、問題はお返しだよな」

「なんで?」

「誰からかわかんないだろ?」

「その点は大丈夫、調べてホワイトデーに全部返すから」

 

バレンタインデーで貰ったのなら、ホワイトデーのお返しは基本だ。千冬姉には厳しく躾けられている。だから、一夏はそこを心配したのだろう。大丈夫。たとえ誰からかわからなくてもボクには見つけ出す自信があった。臆病な子が勇気を出したのかもしれない、そう考えると俄然やる気が湧いてくる。ボクの意識はもうバレンタインデーからずれてホワイトデーのことでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

放課後。鈴ちゃんと別れて事務所へと到着した。受付嬢は顔パスだけで和やかに送り出してくれて、アイドル専門部門の階へと到着すると扉を開いて部屋の中へ。そこにはもう真耶Pがいた。

 

「こんにちは、プロデューサー」

「こんにちは春香さん。それよりこれ見て下さい」

 

促されるままにデスクの上を見る。そこには小包が大量に積み上げられていた。

××プロ。アイドル部。アストルフォ様。

アストルフォというのは何を思ったかボクのアイドルとしての名前だった。

なんでも、コンセプトは現代に蘇った英雄らしい。

 

「これ全部、春香さん宛に今日届いたんですよ」

「え、全部!?」

「アイドル『アストルフォ』は世界的人気ですからね。海外から届いた小包に皆さんびっくりしていましたよ」

「中身は見たの?」

「一応、悪質な悪戯がないか検品はしていますよ。大事な主戦力アイドルに何かあっては大変ですから」

 

小包の山に戦慄しているボクの背中に柔らかいものが押し付けられる。同時に、するりと腕が首に絡められ顔の横からとある先輩が顔を出した。

 

「相変わらず凄いね、アストルフォ君は」

「あ、いたんだ姫宮先輩」

「はい、これ私からバレンタインのプレゼント」

「ありがとう。姫。じゃあ、これはボクから」

 

姫宮先輩こと『Hime』はアイドルの先輩に当たる。真っ白な髪、腰まで伸びたロングストレート、青い瞳が印象的などこか異国のお姫様を連想させる人物で、肌は雪のように白い。別名『白雪姫』とも呼ばれる彼女には、この業界に入ってからは結構お世話になっていた。しかし事務所では眠ってばかりで怠けているように見えるが、仕事はちゃんとこなす上に人付き合いもいいから誰も文句は言わない。さっきも眠っていたせいか気配に気づかなかった。

 

「ねぇねぇ、それよりあれ開けて見てよ。ものすっごく気になるんだけど」

 

そんなのんびりテキパキの両立を難なくこなす姫が指差す方には、普通のものより大きめの小包が。よく見れば人間の身長と同じサイズまである。

ボクは言われるままに小包?に近寄り、長方形のそれの差出人を見た。

 

「フランス王宮……王族からだ」

「今度はどんな貢物が来たんだろうねー」

「……開ける前から嫌な予感しかしないんだけど」

「王宮からフランス国籍を貰って、騎士号も貰って、果てには王子様とお姫様に求婚されるもんね。今度は何かなー」

 

だから、開ける前から嫌なのだ。毎回、身に余る代物を送り付けてくる。きっと悪気はないのだろうけど、フランスを最初の海外進出にしてからというものロクなことがない。

過去の話は置いておいて、小包を開封する。すると長方形の綺麗な装飾の箱が出てきた。相変わらず小包とかいうレベルではないが小包で通そう。ボクはその箱すらも開封して、中身を姫と覗く。そこには黄金の馬上槍が。

 

「……」

「これはあれだね。アストルフォ君のキャラに合わせて英雄アストルフォが使っていた黄金の馬上槍をプレゼントって。確かこれ国宝扱いの持ち出し厳禁で王宮に飾ってあったはずだけど」

「丁寧な解説ありがとう。もう嫌だ、これどうしろって言うのさ」

「取り敢えず、家に持って帰って飾るとか?」

「国宝を?」

「うん。–––重っ!」

 

小さな豆知識と議論をした後、姫は黄金の馬上槍を持ち上げようとして触ったまま固まる。いくら奮闘しても持ち上がる気配はなく、疲れ切った姫が額に汗を浮かばせながら、

 

「私には無理。持ってみてよ」

 

促してくるので、仕方なく箱から取り出してみた。

 

「さらっと片手で持ち上げたね。流石自称おとこのこ」

「軽い意地悪されてる」

「で、どうするのそれ?」

「どうしよう–––」

 

使い道というか諸々に困った時、その声は突然響いた。

 

 

 

「ロリコンPがまた暴れだしたぞぉぉぉ!!」

 

 

 

このプロダクションには様々な人間がいる。自堕落なアイドルだったり、破天荒なアイドルだったり、妙な企画を持ち込むプロデューサーだったり。そして、今回はロリコンPがまたもや暴動を起こしたようだ。しかもこのロリコンP質が悪いことに並の警備員では抑えることもできない。

 

「プロデューサー、ISは?」

「いくら借り受けているとはいえ私的理由で使用なんてしたら国になんて言われるか……」

 

ISは束さんが宇宙を開拓する為に創り出したスーツだ。本来の使用目的とは些か異なる。しょうがない。

 

「じゃあ、ボク行ってくる–––」

「ここかぁアストルフォぉぉぉぉ!!」

 

黄金の馬上槍を携えて部屋を出ようとした時、バンッと扉が蹴り破られる。

件のロリコンPが顔を紅潮させやってきたわけだが、その後ろではPの担当小学生アイドルの楓ちゃんが申し訳なさそうな顔でロリコンPを止めようとしているも飛び跳ねているだけ。まったくどちらが保護者なのか。あと何故全裸。真耶Pなんて手で覆い隠しながらも指の隙間から見え隠れる目が下半身を捉えている。姫先輩は背中に隠れてしまった。

 

「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ!」

「いらんわその口上!」

「はーい、それで何?」

「く、くく……。何だと? そんなの決まっているだろう! おまえがうちの楓ちゃんを誑かした件ダァ!」

 

身に覚えがない。全く身に覚えがない。そりゃあ楓ちゃんはボクの初めての後輩で、ボクを好きになってアイドル始めた云々は聞いて慕ってくれているのは知ってるけど、このロリコンP他の男性Pが楓ちゃんにお菓子とか与えるだけでキレるから、今日に限っては思い当たる節はないことも……。

 

「おまえが本命で何故俺は義理なんだぁ!」

「……」

 

それってボクのせい? 違うよね。

 

「貰えるだけでもよかったと思うけど」

「俺のは他のスタッフにも配るのと同じ透明なラッピングで、おまえのは綺麗な包み紙とリボンでラッピングされてるんだぞ。この扱いの差はなんだ!」

「はーい、おいでー楓ちゃん」

 

吠える社畜は無視してPの背後で疲れて飛び跳ねるのをやめた女の子に声を掛ける。女の子と言ってももう六年生、今年の四月からは中学生になる女の子に、一歳しか違わない子をものすごく子供のように扱うのも変だが呼び寄せて内緒話を開始する。

 

「どういうこと?」

「その……アストルフォ先輩にはお世話になっていましたから、特別な感謝を込めて他の人とは違うものにしたんですけど」

「ふーん。そっか」

 

まさかまだ貰えると思ってなかったからどんな反応を返していいのやら。

 

「こんな形になってしまいましたけど……貰ってくださいますか?」

「うん。ありがたく受け取るよ。あと、ボクからも」

「えっ!?」

 

驚かれた。そんなにおとこのこがバレンタインのプレゼントをするのが変だろうか。うちの中学含めそんな風習はないのだろうきっと。元々はボクもシャルロットに教えてもらったものだし。成り行きで。

 

「こらそこ何イチャコラしている! 楓が小学生のうちは渡さんぞ!」

「何を勘違いしてるんだか……」

「なんだその呆れた目は。今年が最後のチャンスだったんだぞ。楓から本命チョコを貰う」

「来年もあるじゃないか」

「小学生のうちじゃないと意味がないんだよ!」

 

救いようのない変態だ。有能な人なんだけど、人としてダメというか。ここには何かしら欠陥のある人しかいないのだろうか。先輩は男嫌いな上でアイドルしてるし、残るは楓ちゃんくらいだ。まともなの。

 

「どうでもいいけど早くその男殺してよ」

「姫。また毒出てるよ」

 

これが、姫。先輩の『白雪姫』と呼ばれる所以だ。毒林檎のような毒舌を吐く。おとなしいと誰もが見惚れる美人なのに寝て起きては男に嫌悪の感情を剥き出しにするこの表面が–––一部の男性には好評で、媚びないその姿が女性には人気だ。女尊男卑の世の中に変わったことで、拍車をかける象徴のような存在なのだ。

 

「楓から離れないとぶっ飛ばす。5、4、3–––1」

「なんか来た!?」

 

カウントダウンと共に迫って来るロリコンP。

ボクは思わず、手に持っていた黄金の馬上槍を一振りした。

 

「–––ゲパッ!?」

 

間抜けな悲鳴と共に床に倒れるロリP。

いつの間にやら待機していた警備員の方達が彼を連行していく。「ご苦労様です」「あっ、どうも」の短いやり取りの後に残ったのはなんとも言えないやるせなさ。

 

「楓ちゃんレッスン行こうか」

「ご一緒していいんですか?」

 

ボクは逃げるようにその部屋を後にした。

チョコレートのカロリー消費の為に黄金の馬上槍がまた振るわれ、部署内では軽い伝説となるのは後の話である。




ロリコンはロリコンでしかないようだ。


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笑ってお別れをしよう

 

 

 

「–––付き合ってください!」

 

日常とは毎日同じことの繰り返しだと誰かが言った。

何度、同じ光景を目にしただろうか。体験しただろうか。

何十回目の告白を受けてボクは精神がだいぶ廃れて来たのかもしれない。成長したとも言うけれど、麻痺した、とも言える。

学校に通えば恒例行事の様に毎回、何処かしらに呼び出された。その結果がこれである。ボクは真摯に受け止め、だけど少しだけいつもの雰囲気を混ぜて和かな笑みを浮かべていた。

差し出された手をどうしていいかわからないが。……うん、ボクは頰をぽりぽりと掻きながら聞き返す。

 

「あのさ、それどう言う意味?」

「交際という意味です!」

「そっか……うん、買い物とかじゃないんだね」

「は、はい」

 

確かに恒例行事とかしているがボクは何回目かの問答を繰り返した。ここは何度も通った道だけにスムーズに訊き返したが果たして–––

 

「ごめんね。付き合えないや」

 

ボクは目の前の手を振り払う。精一杯優しい言葉を掛けたが、案の定その人は顔を俯きがちに走り去っていく。

背中を見送りながら、これまた何度目かの溜息、やるせない気分を吐き出す。

 

「–––計72回。毎度毎度、御苦労様よね」

 

告白者が走り去って行った校舎の角。そこから鈴ちゃんが腕を組みながら歩み寄って来る。その気配には気付いていたし、咎める理由はないし、だけど悪趣味だし。言いたい事は山程あるが最初に全部言ってしまったからもう言うことはない。同じく溜息を吐く鈴ちゃんは安堵か呆れか痛む頭を抑える様な仕草をした。

 

「一応言っておくけど、精神的に削られているのはボクなんだけど」

「あたしは心配してあげてんの」

「初回からお世話になってます」

「……あんた気付いてたの?」

「それはそうと、心配ってどんな心配があるの?」

「そ、それはまぁ……あんたって泣き落としに弱そうだし?」

 

しどろもどろになるあたり言い訳混じりだ。しかし、鈴ちゃんの指摘も的外れなわけでもない。

因みに、初回は相談したら一夏の制止すら振り切り監視に来たのだ。野次馬根性過ぎる。

 

「そんなことより、あんたもあんたよ。ちゃんと自分を主張しなきゃ。そうしたら告白される回数も減るだろうし、何より……」

 

誤魔化す様に説教を始めた彼女は、尤もな意見を述べた。

 

 

 

「–––男から告白されることもなくなるわよ」

 

 

 

さっきの告白してきた生徒。実は、男だ。

男子生徒が30回程、告白の半分近くを占めている。

最初は戸惑いはしたものの場数を踏んでボクは成長したのだ。

あれだ。きっと男子達はちょっとした度胸試しをしているだけなのだ。もしくはある種のいじめの様なものを受けているのかもしれない。本気な奴は……いないと思う。

 

「なんでだろうね?」

「性別勘違いしたやつがいるんでしょ」

「まぁね。一応、アイドルとしてのプロフィールは性別不明だし」

「その割にこの前は三年生の男子に告白されてたわよね」

 

新入生以外の男子生徒は性別については知っているはずだけど。度胸試しが濃厚な線として有力候補となる。

 

「まぁ、深く考えてもしょうがないよねー」

「あんたって本当に短絡的というかなんというか……はぁ」

 

肩を落として歩く鈴ちゃんの前をボクは鼻歌交じりに歩いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「んー、終わったぁ!」

 

授業の終了を告げる鐘の音が鳴り響き、教師が出て行くと同時に両手を組んで伸びをする。視線が幾つか突き刺さるのを感じたが気にせず欠伸をした。さて、と。帰るか。

 

「ちょっとあんた」

「ん、鈴ちゃん?」

「なにナチュラルに一人で帰ろうとしてんのよ」

「今日は呼び出されてもないし、お仕事もないし、久し振りにゆっくりできるから夕飯の買い物して帰ろうかと思って」

「そ、それ、私も一緒でいい?」

「いいけど……一夏は?」

「あいつなら男子どもに連れてかれたわよ」

 

見れば一夏は教室から消えていた。いや、気づかないうちに男子全員がだ。女子は疎らに部活なり放課後の予定で話題に花を咲かせているが男子は軍隊並みの行動力で忽然と消えてしまったのだ。

 

「待たなくていいの?」

「なんであたしがあいつを待たなくちゃいけないのよ」

 

なるほど、女王様、ツンデレだね。

一緒に帰りたかったら「あんたが待ってなさいよ」的な。

一夏にそう言っているのだ。

まぁ、それよりも鈴ちゃんはボクと帰るらしい。

一夏がいないんじゃ仕方ないか。男子と帰ったかもしれないし。思えば、ボクは同性の人と一緒に帰ることがない様な気もするが多分ボッチではないはずだ。家族は計算外である。

 

「ま、いっか。帰ろ」

 

 

 

–––そうは問屋がおろさなかった。

 

結局、下駄箱にラブレターが入っており、鈴ちゃんには待ってもらった挙句速攻でふってきた。今日は女子だ。相変わらず鈴ちゃんは何処かしらに隠れて盗み聞き。最近、鈴ちゃんが自分で現れるまで気配を辿れない程上達している。アサシンの域だ。背筋が凍りつきそうだったのはおそらく鈴ちゃんの視線だろう。

そんな一コマを経て、ボクと鈴ちゃんは二人で下校。

珍しく黙りと俯いていたと思ったら、顔を上げてボクに問い掛けてくる。

 

「……ねぇ、あんたって誰かと付き合いたいとか思ったことないの?」

「なぁに急に?」

 

別に驚く程の内容でもなくボクは聞き流し気味に訊き返す。しかし、鈴ちゃんが真剣な瞳で見てくるものだから目を逸らしてしまった。何も疾しいことはないのに。

 

「ん〜……ない、かな」

 

思い出を掘り起こして少し考え込んでみたが思い当たる節はない。だが、それが気に食わなかった様で鈴ちゃんは更にヒートアップした。

 

「さっきの間は何よ」

「いや、よく考えなきゃ失礼かなって思って」

「あんたらしいか。……今日、告白してきた子、可愛くなかった?」

「そうだね。でも、ボクあの子のこと知らないし」

「そういうところはキッチリしてるわよね」

 

これは『恋バナ』というやつだろうか。小学校の頃もたまに女子の中ではこうして情報が飛び交っていた。ボクも混ざることは多かったが結局のところ聞いているだけで話すことは何もなかったが。むしろ巻き込まれた可能性もある。

 

「じゃあさ、気になる人とかいないの?」

 

思い出の海に浸っていると鈴ちゃんは恋バナを続けるつもりのようで隣を歩いたまま問い掛けてくきた。

 

「うーん……?」

「難しく考えなくていいのよ、直感で」

「む、そう言われると……」

 

一瞬、シャルロットの顔が浮かんだ気がする。そういえば最近連絡を取り合ってない。どうしてるんだろう。しかしこれは鈴ちゃんの求める気になるとは違う気がした。

 

「いないよ」

「ふーん」

 

興味ない様な返事だった。

『何故か』不機嫌だとは言わない。

気づかないふりをして、そのまま会話を別のものに変えようか、そう思った時、鈴ちゃんは隣を歩くのをやめて前へ出た。ボクの前に立ち止まられるとボクの足も自然と停止する。

手を後ろで組んで僅かに顔を伏せながら、彼女は顔を赤くしている。なんというかまぁ、告白数秒前の先立と同じ様な態度でいられるもんだから薄々は気づいてしまうのだ。勘違いであればいいが、それはフラグというもの。一夏という先立がいるからもうその辺についてはとやかく言わない。

 

「毎日毎日告白されて、迷惑じゃない?」

「気持ちは嬉しいよ。でも、ボクってそういうのわかんないんだよね」

「な、なにしたらいいか、とか?」

「それもあるけど、色々とね。今のまま笑っていたいというか、日常に変化を求めていないというか、関係性の不変が居心地いいというかなんというか」

 

なんでもない日常が好きなのだ。怖い、とは違うかもしれない。

首をひねるボクに鈴ちゃんは言った。自慢のツインテールの片っぽを弄りながら、

 

「その……さ。もし告白されるのが迷惑なら……あたしが偽物の恋人として、その役…やっても…いいけど」

「鈴ちゃん。一応、アイドルだからそういうのフリでも御法度なんだよね」

「あ、うん、そうよね」

 

火を噴きそうなほど真っ赤な顔の彼女は落ち込み気味に俯く。それから数秒下を向いていたかと思うと、さすがは鈴ちゃんか立ち直りも早かった。

 

「未来の話よ? その、もっと料理上手くなるから毎日あたしが作る酢豚食べてくれる?」

「……」

 

酢豚。酢豚か。さっきまで何の話をしていたのか。もしこれが繋がっているなら、そういう話なのだろうけどボクは選択肢を選ぶ。今のボクにとって最良の答えを。

 

「ねぇ、鈴ちゃん」

「う、うん……」

 

身構える鈴ちゃんの髪の手巻きはさらに酷くなる。緊張しているのだろう。でも、不謹慎ながらにボクは純粋な疑問を解消したかった。

 

「酢豚ってパイナップル入れるのかな?」

「…………はぁ」

 

なっ。と言いたげな表情になったがぷるぷると震えて、後に脱力する。

 

「当たり前過ぎてしょーもないわね」

 

答えは「人によるでしょ」と鈴ちゃんは言ったが、何気にはぐらかした感じだった。

 

 

 

 

 

今になって何故、鈴ちゃんがあんなことを言い出したのか。彼女は焦っていたのだろう。それを知るのは電話越しに涙声で一番に報告してきたのはこの日の夜のことだった。

 

『グスッ……』

「泣かないでよ鈴ちゃん。……ボクに両親が離婚する気持ちはわからないけどさ、大切な人がいなくなることが哀しいのはわかるから」

『あ、あんたってそういうフォローばっかり上手いんだから、ずるいわよ』

 

今日はいつもの二割り増し素直だ。涙声も相まって何故か罪悪感が。何故なのか、あれだ、目の前で女の子がいきなり泣き出したら困るだろ? どうしていいかおろおろするよね? そんな感じだ。

今夜、正式な離婚が決定したらしく、鈴ちゃんは母親について行くらしい。店をたたみ中国に帰るのだとか。要約するとそんなところ。しかも、まだ電話越しに喧騒が聞こえてくる。

 

「ふむ。……そうだ、今からお泊まり会しない?」

 

鈴ちゃんからしたら最後くらい両親と一緒にいたいだろうから、少し遠慮気味に聞いてみると、考える間も無く返事が電話越しに返ってくる。

 

『する』

 

そこまで酷い状況のようだ。

 

「じゃあ、迎えに行くから待っててね」

 

そんなこんなで鈴ちゃんの家に行くと酷い有様だった。家の外まで両親の喧嘩が聞こえてくる。早口な上に中国語で内容までわからないものの惨事だと普通にわかる。この喧騒を果たしてインターホンなどで止めていいものか……ダメだな、と思うと同時に少しだけ意地の悪い悪戯を思いついた。

このままの別れは鈴ちゃんにとって悪影響でしかない。悪魔のようで……ボクは、鈴ちゃんを電話で呼び出し荷物を持った鈴ちゃんは玄関を開けると同時に飛びついてきて抱き留め、そのまま家を出る。もちろん鈴ちゃんには書き置きも何もさせてないしそんな余裕もないだろう。現状は悪化するかもしれないが仕方ない。もう一つの可能性を信じたいが。

家に着くなり、一夏には許可を取っていたために余計な顔を出すことはなかった。そのままボクの部屋へと直行して荷物から着替えを取り出す。

 

「……その、シャワー貸してくれない?」

「うん。取り敢えず、そうしようか。あ、ご飯は食べた?」

「……まだ、だけど」

「じゃあ、一緒に食べようか」

 

いいの?とかそんな暗い顔で言われたところで放っておけるわけもなくて、鈴ちゃんがシャワーを浴びている間に粗方準備を済ませておいた。彼女がシャワーを終えるとご飯に移れるように丁度いいタイミングで。地雷原とか余裕で踏み抜き歩きそうな一夏とは別で食べる為にボクの部屋へ料理を運んだ。

シャワーを終えた鈴ちゃんは濡れた髪をタオルで拭いた程度で出てきて、身に纏っているのは明るい黄色のパジャマなのに何故か色までどんよりして見える。ボクは世話を焼いた。いや、その表現は適切じゃない。この程度の事で世話を焼いたなんて思いもしなければ自分がやりたいからやっているわけで……とか、誰に言い訳をしているんだろうか。

取り敢えず、ドライヤーで髪を乾かしながら髪を拭く。風呂上がりだからか鈴ちゃんの髪はしっとりしていて気持ちいい。溶けて落ちそうなくらいだ。

少し名残惜しいながらも髪を乾かし終えて、食事をした。鈴ちゃんはぼそぼそと無言で食べ進めた。会話も何もないが食事中くらい黙っていた方がいいだろう。と、電話が鳴ってしまう。

 

「シャルロット?」

『こんな時間にごめんね、春香』

 

なんだかシャルロットの声のトーンも若干低い。妙な板挟みになってしまった。鈴ちゃんの前では電話を早めに切った方がいいのだろうけど何故かシャルロットも問題を抱えているのだ。どうすればいいんだろう。出てしまったのは少し立て込んでいるからまた後でという内容を伝える為だったのに切るに切れない。

一応、鈴ちゃんには断りを入れたが、まだ落ち着く時間が欲しいだろうとボクは席を立つ。内容はISがどうとか言っていたけど、男のボクに振る話題ではないような気もする。

それから十分程で部屋へと戻ったボクに鈴ちゃんは若干鋭い目付きで睨んできた。

 

「シャルロットって誰よ」

「あれ? 知らなかったっけ。友達だよ、海外の」

「知ってるわよ」

「……」

 

不貞腐れた鈴ちゃんだ。珍しくもないが今は逆鱗に触れないでおこうと方針をとっておく。鈴ちゃんの前に座りなおすとご飯を無言で流し込み食事を終わらせる。食器を片付けてから、落ち着いたところで電気を消すことにした。

 

「……あのさ」

 

布団に入り背中合わせで寝ていると鈴ちゃんが声を掛けてくる。ボクはごろんと身体を鈴ちゃんの方に向けた。彼女は既にこちらに身体を寄せるような体制だ。

 

「また、会える?」

 

縋っているような声で彼女が不安そうに言うものだから、ボクは不敵に笑って鈴ちゃんの頰を両手で挟んで持ち上げる。視線を交わす暗闇の中でボクは、

 

「大丈夫。今度の世界ライブは中国だよ!」

「……何かと忙しいでしょ。あんた」

「そんなのスケジュール調整すればいいだけさ」

「あんたって行動力の塊よね」

「善は急げってね。あれ? 違うな」

「あんたの座右の銘は『思い立ったが吉日』でしょ」

「まぁ、とにかく国境も海も超えちゃえばいいんだよ。ほとんど隣じゃん、中国なんて」

 

呆れたような声で返すけれど、可笑しそうに笑い始めるのだった。



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女子校入学

今更だけど千冬はオリ主に甘いです。



 

 

 

会長『喜べ同志諸君』

会長『我らがアストルフォ様は–––女子だった』

ペロペロ『なにそれkwsk』

騎士団の諜報員『今日未明、ファーストチルドレンが存在する事が発覚した為に日本政府のみならず、世界各国が同時進行で期待を胸に各学校及び会社にて男性操縦者の捜索を行った。この時に謎のISからの襲撃を受けた等学園を守る為、検査用に持ち出されていたISラファールに搭乗したアストルフォたんが撃退に至る』

会長『御苦労、同志よ』

ペロペロ『……ISを使えるのは女性のみ』

会長『つまり、あのお方は–––女子だった』

ペロペロ『ちょっと待て、織斑一夏が最近ISを起動してファーストチルドレンとか脚光を浴びたばかりだぞ』

会長『……貴様は大事な事を忘れている』

ペロペロ『男か女か以外に重要な事があるのか?』

会長『青二才めが、だから貴様はその程度なのだ』

ペロペロ『なんだとっ!?』

会長『……夢を見ることは悪いことか?』

ペロペロ『っ!?』

会長『まぁ、私はどちらでもいけるがな』

騎士団の諜報員『閣下。織斑一夏がファーストなんてありえません。アストルフォたんがファーストです』

 

〜とある議事録より〜

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

クラスメイト達は羨ましそうに一夏の背中を叩いていた。急遽、志望校である藍越学園ではなく“女子校のIS学園”に進学が決まったことで様々な思惑の中、彼らは祝福した。女子の園に飛び込む事が決まった一夏は特攻隊長を任された挙句、そこに三年間在籍が決定した事を友人達は羨んだそうだ。しかし、当の本人は不安そうにありがとうと返す中で、ぐるぐると思考を働かせて思考回路に何度も文句を訴えかけていたが、まぁ政府からのお願いという名の脅しでは仕方がないのかもしれない。世の中の男子は女子校に憧れるそうだが一夏は断じてそういうタマではなかったのだ。

 

–––頑張れ一夏。

なんて、楽観視していたボクはバカみたいだ。

 

それから一週間も経たないうちにボクは操縦者だとバレてしまったわけだ。そもそも束さんの手伝いをしていた時にわかっていた事だし驚きはしないものの、隠してきたのでいつかはバレると思っていたが、理由が身内のファーストチルドレン露見ってあまりにも無茶苦茶だと思う。一夏は試験会場でやっちゃったらしいけど、ボクと織斑一夏の母校もあってテレビ中継されていたから、より一層騒がしくなってしまった。特番を組もうとしたテレビ局は捩じ伏せられ、政府に報道規制をされる始末。

 

 

 

–––というわけで、現在に至るわけだが女子校に晴れて入学となった一夏は目の前で顔を俯きがちに机にかじりついていた。

 

 

 

場所はIS学園。1ー1の教室。

簡素な入学式を終えて、彼女達の園に飛び出した狼二人。

今まさに檻の中、一夏は精神的に参っていた。

そういうボクは大して気にもしてないけど、視線が多いのは気になる。

気になるといえば、何故か壇上に山田真耶Pが立っている事だ。

 

「えーっと……織斑君? ごめんね、顔を上げてくれるかな? 自己紹介してくれないかな? 今、『あ』から始まって『お』順番的に織斑君の番なんだけど……ご、ごめんね」

 

目が合うと、謝り倒すP。涙目で教師としての風格こそ備わっていないがなんというか頑張っている感は伝わってくる。目配せでボクに頼ってくるあたり頼りないけど。

 

ガタリ、と椅子から腰を上げた一夏。

彼は深呼吸をひとつしてからきっと顔を上げる。

 

「織斑一夏」

 

一拍置いて、二拍の間。

勇気を振り絞って続けるかと思いきや、

 

「–––以上です!」

「何が以上か馬鹿者!」

 

スパンと、いや、ドゴンか。一夏の頭からなってはいけない音が鳴った。

隣を見ると千冬姉が立っていた。黒スーツというできる社員みたいな格好で。その手には煙を上げている出席簿らしきものが握られているがボクにはあれが凶器にしか見えない。

強制的に席に戻され、顔を上げた一夏は隣の人物を見て目を見開く。

まるで、幽霊にあったような驚き様だ。

 

「げっ、関羽」

「呂布」

「曹操」

「劉備」

「貴様ら人をバカにしているのか?」

 

一夏がいきなり妙な事を言いだすものだから、ついつられて思いついた名前を口にしてしまった。千冬姉は完全に逆鱗に触れたとばかりに腕を組み威圧してくる。

 

「……まぁいい。今日の私は機嫌が良いからな。許してやらんこともない」

 

フッと威圧が消えた。ようやく緊張状態の解けた一夏は脱力する。

 

「–––っていうか、千冬姉なんでこんなところにいるんだよ?」

「織斑先生だ馬鹿者」

 

二度目、一夏の頭が音を鳴らす。

動き出しの動作が見えないのは流石といったところか。

あれに当たったら死ぬ。

ボクは直感して目の前の光景を見守ることに決めた。

しかし、そう決めたは良いが今度は千冬姉から照準を合わせられてしまう。

 

「次は春香、おまえだ」

 

えっ、叩かれるのはボクってこと?違うよね?同じ轍は踏まない。二の舞になってたまるかと席から立つ間に頭をフル回転させた。頭は真っ白で何も考えられなかった。

 

「千冬姉、自己紹介だよね?」

「おまえもか馬鹿者!」

 

ビュンッと出席簿が空を切る。身構えていたボクは僅かに身体を逸らすことで回避に成功した。1秒でも遅ければ確実に出席簿が火を吹いていただろう。いや、火を吹いて当たらなかっただけだけど。

過去の英雄が持っていた武器の類を『宝具』と呼ぶが、まさしくあの出席簿は宝具クラスの武具だ。

 

「ボクの頭がこれ以上ポンコツになったらどうするのさ」

「安心しろ。死ぬまで養ってやる」

 

え、なにそれ怖い。

というか、殆ど一生遊んで暮らせる財産は築いている。

お世話になるつもりはないけど。

今の人生が愉快かと訊かれれば……あ、だいぶ愉快だ。

そもそもなんでアイドルやってたんだっけ。性別的に女性に間違えられることはあったけど、女子校に押し込まれるなんて、なんて数奇な運命だろう。

 

「ごめん、千冬姉」

「おまえはいい加減学習しろ!」

 

ブン! –––スカッ。

二度目の出席簿が火を吹いたが難なく回避。

 

「で、自己紹介だっけ」

「はぁ……そうだ」

「えっと……」

 

この場で一番視線を集めることができる場所は何処か。探知した結果、山田真耶Pの隣ということが判明した。ボクは早足にステップで躍り出て自己紹介に移る。しかし、さっきのやりとりのせいで何も考えていなくて同じく頭は真っ白だ。慣れているはずなのに慣れないのは女子校だからか、いやでもよく女性アイドルに混じってたな。

視線を集めたところでボクは深呼吸をひとつ。

目を閉じれば、視線が集中しているのを空気で感じた。

いざゆかん。

 

「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我が名はシャルルマーニュが十二勇士アストルフォ!」

「は、春香さん……お願いですから、営業じゃないですから普通に自己紹介してください!」

 

つい山田真耶Pがいるからかアイドルとしての口上をやってしまった。

千冬監督。プロデューサーはそう主張してるけどどうしよう。え、オーケー? 大丈夫そうだ。出席簿が火を吹かないということは、ありなのだろうこれは。世間一般的にはボクは織斑春香ではなくアストルフォという名前で知られることの方が多い、というか浸透し過ぎて名前で呼んでくれない人が多数だ。

 

「それはアイドルにした私にも責任はありますけど……」

「いい教育をしているな、山田先生」

「いえ、悪気があったわけじゃ……あの、織斑先生?」

「ふふっ、まさか生で観れるとはな」

「どうしたんですか織斑先生!?」

 

反射的に謝る真耶Pだったが、目の前でいつもとは違う反応を見せる千冬姉に困惑していた。凛としたブリュンヒルデは何処にいるのか。

 

「ねぇねぇ、プロデューサー」

「あの、春香さん? ここではプロデューサーではなく先生ですよ」

「わかってるよ、プロデューサー。真耶P先生でいい?」

「わかっているのかわかってないのか微妙ですね」

「座っていい?」

「いや、あの……もしかしてこれで終わりですか?」

「んー、特にないし。基本的にプロフィールは出回ってるじゃん」

「あれはアイドルとしてのプロフィールで……」

「それに、話してみないとわからないことってあると思うんだ。テレビで見るのと違うーとかあるじゃん色々」

「まぁ、そうなんですけど……」

 

自論で捩じ伏せてボクは席に戻った。

 

「なぁ、春香だけズルくね?」

「一夏、名前だけの君に言われてもね」

「取り敢えず、一人でここに来ないでよかっただけでもよしとするか」

 

一夏は自分を納得させて、視線を耐えぬくことに集中した。

 

 

 

 

 

最初のホームルーム兼一限目が終了し女生徒達が野放しになる。廊下にはいつの間にか他クラスの生徒達で包囲網が完成され檻が作られた。一夏はすぐにボクに向き直って助けを求めてくる。こういうところ弟っぽいよね。可愛いなー、とか思いながら構ってあげることにした。

 

「どうしたの一夏?」

「春香ね–––春香は平気そうだな」

 

いま「姉」と言おうとしたな。

たまに素で間違える事は日常茶飯事なので、スルーする。

 

「うーん、別に慣れてるし。間違えて女性アイドルと同じ楽屋とか更衣室に突っ込まれた事に比べればね」

「マジか。道理で」

「それに比べたら女子校に入学させられるくらい平気でしょ」

「いや、それがどうしたら……いつものことか」

 

ボクの全体を見回した一夏が口を噤む。

 

「というか、この状況普通じゃないから。なんで順応してんの。順応性高くね?」

「諦めなよ一夏。ボクは結構楽しいよ。アイドルの活動休止のおかげで普通に学園生活送れるし。中学の時はイベントとかあまり参加できなかったからさ」

「まぁ、そう考えたらそうなんだろうけどさ」

 

他愛もない雑談をしていると、不意に視界の端でポニーテールが揺らめいた。ボクはこの娘を知っている。いや、相手もボクを知っている。変わっているけど変わってないなー、とどうでもいい感想を述べながら顔を向ける。

 

「やっほー、箒ちゃん」

「御無沙汰しております姉上」

「……」

「どうしましたか姉上?」

 

どうしたのはこっちのセリフだ。箒が礼儀正しく元祖清楚系大和撫子になってしまった。「姉上」の部分にはこの際触れないでおくとしても、昔とはやや違った印象を受ける。どうしたんだこの娘。

 

「……ごめん、人違いだったみたい」

「いや、箒……だよな」

「そうだぞ一夏。久し振りだな」

 

一夏に対してはフランクだ。なんだろうこの差。疎外感を覚える。

そんなボクの気持ちを知ってか知らずか箒は一礼する。

 

「姉上、一夏をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「あ、うん、どうぞ……」

「行くぞ一夏」

 

そして、嵐は人混みを掻き分けて去って行った。

一人取り残されたボクは呆然と状況整理をする。箒が大和撫子なのはまだいい、そこから更に礼節極めた完璧美少女へと様変わりしていたのはどういうことか。この前会った時は暗く沈んだ表情をしていたのに……。あれか、原因はあれなのか?一夏の寝顔中学生ver.と制服ver.とか写真を諸々渡したのが原因なんだろうか。

賄賂のつもりはなかった。元気が出ればと思っただけなのに、予想以上の効果を発揮していてボクは憂鬱になる。

 

そんな時、ざわざわとした廊下が静まり返った。さっきとは違う人混みを掻き分ける、まるでモーゼが歩くかのように人の波は割れて一人の美少女を通した。教室の中を悠々自適に進む美少女。雪の姫を連想させるその美少女はどことなく見覚えが……というかここに来て知り合いに会うのは四人目となる。

ボクの方に真っ直ぐ向かってくる影に声を掛けた。

 

「あ、姫」

「ひさしぶりね、アストルフォ君」

 

同業者の姫が現れた。いったいどうしてと野暮ったい事は聞かない。見るからにわかる。まさかIS学園に通っているなんて話は初耳だったが知り合いがいて嬉しい気持ちでいっぱいだった。事務所に行くことも出来ず、急遽活動休止が決まってしまって挨拶なども控えさせられた為に直接会う事はなかったが、そりゃあこんなところにいたらあまり会うはずもない。

姫は机により掛かりながらまじまじとボクを見る。

 

「あなた実は女の子だったりしない?」

「なんでそうなるのさ」

「IS動かせるなんて常識では女性だけのはずよ。疑ってもしょうがないじゃないの」

「今日は不機嫌だねー」

「そりゃあもういきなり男が入学してくるんだもの。不機嫌にもなるわ」

「ごめんなさい」

「あなたはいいのよ。……私が気に食わないのはもう一人の男なんだから」

 

さっきの「ごめんなさい」は一夏の分も合わせていたのだが、相変わらず平常運転は雪というより氷のように冷たい。

 

「それにしても、制服も女の子なのね」

 

ピラッと。ボクの女子用制服のスカートを摘んで捲ってくる姫。ボクはジト目で姫を見つめ返した。

 

「なにしてんのさ」

「気になるじゃない。男物を履いているのか女物を履いているのか。あら、スパッツなのね」

「気をつけなきゃいけないからね」

「……穿いてないっていうのも期待したんだけど」

 

そんな変態にはなりたくない。全裸で家の中を彷徨くのはどうかと訊かれれば頭の中で何やら酷い記憶が蘇ってくる。それは変態なのかどうか微妙なところだ。型破りである。

話題を逸らすようにボクは話を切り返した。

 

「それより、どうしたの?」

「あら、理由がないと来ちゃいけない?」

「そういうわけじゃないよ」

「そうね、ざっくり言えば男性操縦者を観察に来た。まぁ、それはついでであなたへの挨拶だけど、少し長く話し過ぎたわね」

 

二限目の鐘が鳴る。それと同時に千冬ね–––織斑先生が入って来た。

 

「おまえら席につけ。別クラスのやつは教室に帰れ。……なんだ、もう上級生を口説いているのか春香」

「千冬姉、姫は事務所の先輩だよ」

 

説明すると、何故かホッとした顔をする。

ホッとする情報なんてあっただろうか。

 

「あなた……ブリュンヒルデの弟だったの?」

「うん。知らなかったっけ?」

「家族について話した事はなかったから。まぁ、いいわ。困ったことがあったら私を頼りなさい。それじゃあね」

 

モーゼは海を割ることなく。

割れたのは、遅れて教室に入って来た一夏の頭だった。



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宣戦布告

殆どの人から名前で呼んでもらえない主人公です


 

 

二時間目が終了。ぐてっと机に潰れた一夏、ボクはそれを見ながら一応声を掛ける。

 

「大丈夫?」

「大丈夫なもんか。つーか、よく平気だよな」

「ボクは知識がそこまでないわけじゃないからね」

 

残念な事に、IS学園はラッキーとか奇跡とかで入れる程甘くない。世界でISについての勉強が本格的にできるのは此処だけだし、日本国内じゃまず外部ではありえない。中学も共学性などさることながら女子達は自力で勉学に励むのだ。中学から下積みしている知識に無知の一夏がついていけるわけもなく、呪詛を延々と聞かされる羽目になっている。

ダラダラとした会話。

そんな死体同然の一夏を突いているボクの前にその娘は現れた。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

金髪ロールのお嬢様だろうか。英風の少女がボクらに接近した。丁度、一夏の隣で仁王立ちするようにそこに立っている。雰囲気から察するにIS登場時から女尊男卑に染まったような威圧感。同じクラスにもこんな女の子がいた。肩身の狭い男子というのはそれだけで増加した。元から女子が苦手な男子は尚更だ。

 

「どうしたの、オルコットさん?」

 

なんだろう。と、訊いてみると顔に手を当てて身悶える。

そんなオルコットさんに一夏は怪訝な反応を返した。

 

「……どうしたんだ?」

「え、ふ、うん。いえ、なんでもありません」

「その割には顔赤いよ、大丈夫?」

「し、心配なさることは何も! –––あ、いえ、それより」

 

咳払いで仕切り直し、セシリア・オルコットは一夏を睨む。そんな彼女の視線が来る前にボクに向き直った一夏が知り合いか?みたいな視線を送って来る。

 

「なぁ、誰だ?」

「さっきの自己紹介訊いてなかったの? オルコットさんだよ」

「悪い、いっぱいいっぱいで訊いてなかったわ」

「千冬姉にはびっくりしたからね。まぁ、そうじゃなくてもストレス溜まりそうだし」

「ちょっとあなた達!」

 

二人で会話しているとオルコットさんが割り入って来る。

きっとそれは、怒りによるものなのだろう。

 

「知らない? このセシリア・オルコットを?」

「なぁ、おまえの同業者?」

「うーん、海外の有名な人ってわからないからなぁ。日本のものさえ疎くて色んな人に失礼やらかしたけど」

「まぁ、俺もアイドルの名前三人以上答えろなんて言われたら春香の名前しか出ないからな」

 

あはは、と互いに笑い合う。

そうやって二度目、オルコットさんを会話の蚊帳の外にしてしまうとバンッと机を叩かれてしまった。驚いてボクと一夏はオルコットさんを注視する。机を叩いたモーションの後の彼女が机に手を突き固まっていた。

 

「この…この…わたくしを知らないというのですか? イギリスの代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを?」

 

知ってる人の方が少ないだろう。隣の女子生徒に訊いてみると「知らない」と答えてくれた。何故か照れた感じでアストルフォ君に話しかけられちゃったと仲間のところに逃げていく。男性が珍しいのか、ボクに緊張しているのか、なんかもう微妙な反応だ。

 

「あっ、そうだ質問いいか?」

「ええ、よくってよ。下々の疑問に答えるのも貴族の務めですもの」

 

そんな数秒もかからない出来事の合間に一夏は真面目な顔でこう訊いたのだ。

 

「代表候補生ってなんだ?」

「……」

「あれじゃないの? ほら、千冬姉ってISの日本代表じゃん。その候補生」

「なんだそれ、凄いのか?」

「さぁ?」

 

確かに凄いのかどうかについてはボクもわからない。実際、代表候補生と言われても知らないし、別に知らなくてもいいことだったので今まで興味がなかったけど、きっと凄いことなんだろう。ISの凄さは知っているが、その代表候補生の凄さについては束さんに教えてもらっていない。

 

「あなた達……真面目に言ってますの?」

 

三度目。流石に、仏の顔は三度までだ。目の前のオルコットさんが顔を紅潮させてだいぶ不機嫌なのがわかる。どっかで失敗したのはおそらく一夏のせいだろう。天然で怒りに触れるとか、流石としか言えない。

 

「代表候補生というのはエリートなのです。同じ教室になれただけでもラッキーと思いなさい!」

「俺には世界に二人しかいない男性操縦者が同じ教室に押し込められた確率の方がよっぽど奇跡だと思うけど」

 

一夏、やめて。これ以上、爆弾を投下しないで。

紅潮が限界突破する様を見て、怒っているのか恥じらっているのか判断はつかない。

けれど、言えることがある。

地雷原を堂々と突破するのはやめてほしい。

 

「それに世界的なアイドルで男性操縦者って二重の肩書きの方がスゲェと思うし」

 

ボクをトドメに使うのもやめてほしい。

しかし、それは手遅れだった。

プルプルと震えるオルコットさんにボクは苦笑いで現状を見守るしかない。落ち着こうと深呼吸を一度すると、少しだけ怒りは収まったのかキッと一夏を睨みつける。

 

「まぁ、確かにそうかもしれませんね。ですが、見たところ愚鈍な上にISの知識については多少あるかと思っていましたが、知的なところは一切見受けられません。ほんのラッキーでこの学園に通えているんでしょうし」

 

一夏にとってはアンラッキーだろうな。

 

「しかし僭越ながらこのわたくしが、頭を下げられるというなら教えて差し上げないこともなくってよ」

 

チラチラとボクを見るオルコットさん。挑発されているのかな、ボク。

判断しかねるところで、波に乗った彼女はさらに鼻を高くする。

 

「なにせわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですもの!」

「あぁ、それなら俺も倒したぞ」

 

高くなった鼻をへし折る音が訊こえた。正確にはヒビが入った音だ。一夏はそれを知ってか知らずかボクにも話題を振ってくる。俺が倒したならおまえは倒しただろ。と、当然のように。

 

「あー……ボクの相手は千冬姉だったからさ。その……制限時間いっぱいを生き残るので精一杯だったというか」

 

あんな入試は二度と受けたくない。その時に千冬姉が教師だと気づけばよかったのだけど、ボクは色々なパニックで頭がいっぱいだった。

 

「……千冬姉相手に生き延びたのかよ。俺の場合は相手が勝手に壁に突っ込んでさ」

「そんな人もいるんだね。再試は?」

「なかったわ」

 

どうやら結果は問題ではなかったらしい。

一通り会話を終えて、オルコットさんを見ると驚愕していた。なんというか、動揺を隠せないといった様子で、狼狽えている。

見るからにプライド意識の高そうなお嬢様だ。

揺るぎない事実が、許せないのだろう。

お馴染みのチャイムが鳴り、論争は中断する。

 

 

 

束の間の休息は授業をする為に入ってきた千冬姉と真耶Pに破られることになった。

 

「授業を始める前に、再来週に行われるクラス対抗戦の代表者を決める。委員会や会議などに出席するいわばクラス長のような役割だ。自他推薦は問わん」

 

千冬姉の宣言に女子は率先して手を挙げた。

 

「はい! 私はアストルフォ君を推薦します!」

 

お願いだから誰か名前で呼んでくれないだろうか。戸惑うボクに女子達は容赦ない。

 

「私もアストルフォ君を推薦します!」

「私もそれがいいです!」

「むしろそれがいいです!」

「わ、私は織斑君もいいと思います!」

 

やったね、とガッツポーズする。このまま一夏に押し付けた方がいい。なんとなくボクはクラス代表に乗り気ではなかった。

 

「他にはいないか? 自他推薦は問わんぞ」

「ちょっと待ってくれよ、千冬姉。俺より春香の方が–––」

「そうです、納得いきませんわ! 極東の猿が代表だなんて!」

 

ボクじゃなければ誰でもいい。そもそもボクがやるとチートじみているし遠慮したいのだが、千冬姉はただでは逃がしてくれなそうだ。反論して火傷を負うのは二人に任せることにした。

 

「実力的に行けばわたくしが適任なのは必然。大体、文化でも後進的な国で勉学に励むことですら億劫ですのに、物珍しいという理由だけで男を代表にされるなんていい恥晒しですわ!」

 

あっ、一夏の雰囲気が変わった–––と察するには十分だった。

バンッ、とこちらも対抗して机を叩き立ち上がる。

 

「おまえの国こそ不味い飯で何年覇者だよ!」

「わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

「一夏、流石に言い過ぎじゃない……?」

 

今度はぐるりと二人の視線が向いた。

 

「例えば、何が美味しいと思います!?」

「えっと……アフタヌーンティーとか、スコーンとか?」

「まぁ…! お茶の良さがわかっているんですのね」

 

なんとか切り抜けたものの、冷や汗が止まらない。

良かった。イギリスでライブした時に美味しいもの覚えておいて。

 

「おまえどっちの味方だよ」

「そう言われてもなー。そりゃあさ、オルコットさんだって悪いとは思うよ。だってそもそも文化はともかく技術的には束さんがISを開発したんだし。後進的と言っても、ISに関する技術的には日本が上だし。それに千冬姉だって日本人だし。教員として教わるにしては大会覇者の人に教わりに来るのは道理だと思うけど」

「……おまえ、何気に俺より酷いぞ。完全論破はやめてやれ」

「え? ……あっ」

 

振り返れば、背後ではオルコットさんが真っ赤を通り越して真っ青だった。

まぁ、束さんを馬鹿にされたみたいでちょっと暴走したわけだけど、ボクとしては変なこと言ったつもりはないのだが。

何故だ、罪悪感がある。一夏にも注意しておこう。

 

「一夏も。不味い不味いって言うけど、食べたことある? イギリスの料理」

「あ、いや……ない」

「憶測でものを言わないの。味覚の違いだってあるし、食べてみれば美味しいかもしれないじゃん。一夏だって昔は嫌いな食べ物とか結構あったわけだし」

「ちょっと待て、そこ関係なくね」

 

織斑君可愛いー、と女子から歓声が上がる。白熱しギスギスしていた空気は緩み、毒気の抜かれた一夏は敵わないと判断したのかストンと着席した。

 

「ふん。あと十秒遅ければ両成敗していたところだ。救われたな」

 

命拾いをして、安堵の息を吐く一夏。

それを残念そうに、まるで獲物を逃したライオンのような目で見たあと、

 

「なんだオルコット? まだあるのか?」

「はい、納得できません」

 

オルコットさんがまたも挙手したようだ。

 

「決闘ですわ! イギリスの代表候補生、いえ、セシリア・オルコットとしてこのまま引き下がるわけにはまいりません。実力的にも不足している、まして毛の生えた程度のあなた方に務まるわけがありません」

「おう。俺も不完全燃焼だったとこだ。いいぜ、受けてやるよ」

 

再燃した。

 

「ハンデはどれくらいつける?」

「あら、賢明な判断ですこと。猿にしては知能がいいようですね」

「ちげーよ、俺がどれくらいハンデをつければいいか訊いたんだ」

 

と、余裕な表情で申し付けた一夏を嘲笑する声が響いた。

 

「織斑君、本気で言ってるの?」

「男子が女子より強かったのって一昔前の話だよ」

「やめなよ、流石に冗談キツイって」

「一夏、そんなことして身を滅ぼしても知らないよ?」

 

ハンデつけてボロ負けしましたー、とか笑い話になるだけだ。

楽観的に見物していると、一夏はハンデの話を取り下げた。こういうところが一夏のいいところだ。間違っているところをすぐに正す。

そして、何故かその話がボクに回ってくる。

 

「おまえはどうする春香?」

「ち–––織斑先生。まさか、ボクも?」

 

頷かれた。強制参加らしい。

 

「その……は、ハンデを差し上げてもよろしくってよ」

「あぁ、ごめん、そのハンデなんだけどさ……別にいい。ボクは正々堂々勝負するよ」

 

決意を伝えると、オルコットさんは普通に引き下がっていった。

なんというか、まぁ、顔を紅潮させて。

そこに水を差すのが千冬姉だ。

 

「おまえはいいのかオルコット?」

「織斑先生。おっしゃる意味がわかりませんが……」

「あぁ、言葉足らずで申し訳ない。おまえが春香にハンデをつけてもらわなくて大丈夫かと訊いているんだ」

 

千冬姉が発した予想外の言葉に場が凍りついた。

 

「言っておくが、油断しないことだ。世間は一夏をファーストと騒ぎたててはいるが、IS登場から今に至るまで、いや、ISが登場する前から関わっているんだ。春香はIS誕生の瞬間に立ち会った者であり、束の助手を務めていたんだぞ」

 

尤も大したことはしていないけれど。

ISに関わった時間としては、誰にも負けないつもりだった。



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ルームメイト

 

 

 

一日目が終了した。机に倒れ伏す一夏を眺めながら凝り固まった肩を剥す。特に一夏はこの異様な状況とついていけない勉強に肉体精神共に疲労困憊のようだ。

 

「つ、疲れた……」

「いやー、なんか知らない単語多かったよね」

「多かったってレベルじゃないだろ。呪文かよ。なんであんな専門用語理解できるんだ? 俺からしたら呪いを延々と吐かれているよな気しかしないんだが」

 

まぁ、確かに。束さんが教えてくれた事以外に何故か色々単語が増えていた。というか、前知識と元の覚え方の違いのせいで合わせるのにだいぶ苦労している。

ツンツンと死体同然の一夏を突いていると壇上から真耶Pが降りてくる。

 

「織斑君、春香さん」

 

因みに、一夏が「織斑君」でボクは変わらず慣れ親しんだ方だ。

 

「お二人のお部屋が決まりましたよ」

「あれ、一週間は自宅通学じゃ……」

「まぁ、学園側としても、政府としても……そこは大人の事情というか、危険だからと却下されたんですよね」

「危険?」

 

まるで一夏はわかってなかった。首を傾げる一夏と苦笑いの真耶Pにボクは苦笑する。

 

「男性操縦者っていうのは貴重なんだよ」

「そこまでするか?」

「そうでなくても。千冬姉ってブリュンヒルデでしょ。ほら、二回目のモンドグロッソあったでしょ。あの時も千冬姉の優勝妨害が目的で攫われかけたじゃん」

「ああー、あれな。春香いないとやばかったよな。結局、武装集団を春香が単独で全滅させたおかげで未遂に終わったやつ」

「束さんもスタンばってたからね。やらなきゃ血の海になってた」

「あはは、冗談だろ?」

 

あはは、とボクも笑う。冗談じゃないのが束さんの怖いところだ。

 

「特に春香さんは世界的に有名ですから」

「怒らせると千冬姉並みに怖いんだよな」

 

それはどういう意味だろうか。

 

「まぁ、そういう危険性もあってご理解いただけるといいんですが」

「このアイドルに喧嘩売った相手が可哀想だわ」

 

一言多いまま一夏は朗らかに笑う。

話を戻そうか。

 

「それで、どこの部屋なの?」

 

IS学園は基本、全寮制だ。就寝も起床もIS学園。割り当てられた部屋を尋ねると真耶Pが何処からか鍵を二つ取り出す。それぞれ一つずつ手渡された。

 

「場所は大体の位置がそこで……行けばわかるので詳細な説明は省きますが、注意事項を幾つか–––」

 

注意事項として、IS学園の生徒に科せられる規則とは別にボクらには重要な沙汰が下される。大浴場の使用やトイレについてなど、女子校に急遽入学が決まったから仕方がないと思うがまだ対処しきれていない問題が多数ある為に男子生徒には負担を強いることになるとか。ところでトイレだけど、もう少し早くその話はしていても良かったと思う。

 

 

 

 

 

部屋の鍵を渡された一夏とボクは寮(という名の女子寮)へ。放課後の筈が話し声の一つも聞こえない。気配はあるけどこちらの様子を伺っているようで出てくる気配はない。

 

「あっ、ここだ」

「あれ? 一夏はここ?」

 

『117』号室。ボクの持っている鍵とは違う番号だった。

部屋の扉には間違いなく記されている。一夏の鍵を見せてもらうもやはりその数字だ。男性操縦者は二人しかいないというのに奇妙であることに首を傾げて、ボクはまぁいっかと納得した。いや、全然納得はしてないけど、納得しておいて問題提起することなくスルーする。

一夏と別れてボクは進む。

廊下を曲がる時に一夏の悲鳴と箒の恥じらいを含んだような悲鳴後に怒号が聞こえたが、後々話は聞くことにしておいて。

 

漸く、辿り着いたのは『072』号室。

確か『0』は教職員No.の部屋だった筈だ。

まぁ、何はともあれ入るしかない。

 

鍵を差し込んで、鍵を開けると開いていた。

部屋に踏み込むと何の花かわからないけど兎に角、花の匂いがした。

次いで花を見た。

部屋に咲く、スノードロップ。

でも、花言葉的には白百合のような佇まい。純潔。威厳。

彼女は–––姫宮白雪。

ボクの二重の意味の先輩だ。しかし、どういうわけか全裸にタオルを首から掛けている状態でこちらに気づくと普段は変わらない表情が僅かに歪む。口角を少しだけ釣り上げた。

 

「来たわね、アストルフォ君」

「いやいや、来たわねじゃなくて服着ようよ」

「そう言う貴女こそ、少しあっちを向いていてくれないかしら。いくら親しい仲だとはいえ、私だって恥ずかしいのよ」

「ご、ごめん」

 

くるりと身を翻して壁を見る。真っ白だ。

衣擦れの音が部屋に響く。

それから数分で「いいわよ」と赦しが出た。

振り返るとバスローブに身を包んだ姫がベッドに座っていた。

 

「……」

「ねぇ、何か言うことはないの?」

「ごめんなさい」

「女性の裸を見ておいて無反応とか傷つくんだけど」

 

自信あったのに。と、ぼやく姫。冷淡なまま膨れてみせるが可愛いのは流石アイドルといったところだろうか。普通の男の子なら勘違いとかしていただろう。

 

「まぁ、あなただしね。仕方ないわ。別の方法で償ってもらうから」

「赦したわけじゃないんだね」

「当たり前よ。私の生まれたままの姿を見たのはあなたが初めてなのよ」

 

いやしかし、そんな危険性を孕んでいながら男女を同じ部屋に押し込めた教師もどうかしているだろう。ボクと姫なら問題ないと踏んだんだろうけど。

 

「なんで男女同じ部屋にしたんだろうねー」

「元々は政府の要請で一人部屋の予定だったんだけど、部屋の数がどうしても厳しくて、私とあなたなら問題ないって真耶Pが判断して相部屋にしてくれたのよ」

「別に一夏とでも良かったのに」

「それはダメ。それに……私も一人部屋だったのよ。誰かと相部屋になってほしいって言うから、どうせならあなたとがいいって言ったんだけど」

 

邪魔したような、なんとも言えないような、というかなんでそんな細かい事情を知っているのか。色々と気になることは多いけど、そのことについて考えているうちに姫はずいっと迫って来た。

 

「それともあなたは私と同じ部屋は嫌だったの?」

「ううん。姫と同じ部屋で嬉しいよ」

「なら良かったわ」

 

どうやら機嫌が良くなったようだ。

 

「ねぇ、今日から夕飯は交代制にしない?」

「そうだね。そういえば姫って料理できるの?」

「一応はね、アストルフォ君程じゃないけど」

 

それから活動休止して事務所に行ってなかった期間の話をした。姫も同じく活動休止をしたようで、楓ちゃんが心配しているから連絡くらいしてやれと説教を受けてしまった。そして、同じベッドで寝落ちした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

何処まで話して寝落ちしたのかは覚えていないが、今日は姫が校内を案内してくれると言うのでボクは好意に甘えて午後の予定をそういうことにしておいた。

わくわく楽しみにしている午前中の授業中、真耶P本当に教師になったんだ、と不思議な気持ちになる中、心配そうにこちらをチラチラと見てくる。

 

「あの、私の授業暇かな? ごめんね、織斑君」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「えっと、ここまででわからないところありますか?」

「……はい」

 

理論で語れとか言われたら難しいけど、実践しろと言われたら簡単だ。論より証拠って感じなのだろう。ボクは言葉で説明するのは少し難しい。

一夏は申し訳なさそうに目を逸らす。優しく手を差し伸べるのが、真耶P先生だ。

 

「何処がわからなかったのかな?」

「……全部です」

 

えっ。と、空気が固まった。

助け舟を出すために周囲を見回す真耶P先生。

 

「こ、ここまででわからない人いるかな?」

 

シーン……。

 

「えっと……そうだっ、春香さんは?」

「多分、大丈夫だよー」

 

味方は一人もいなくなった。

 

「一夏、春休みに配られた分厚い指南書は読んだか?」

「電話帳と間違えて捨てました」

 

スパーン。と、一夏の頭が破裂したような音が鳴った。

 

「はぁ……春香に見せてもらえ」

「あっ、ごめん、ボクも求人誌と間違えて捨てた」

「おまえもか!?」

「全部読んだけどさー、束さんに教わった情報と違うところがあったりして。重さ的にはちょうど良かったんだけど」

「まぁ、読んだだけマシだ。もういい。後で発行するから一週間以内に読んでおけ」

「あれ、ものすごい量だった気が……」

「必読と書いてあっただろう。わからないところは春香に教われ。いいな」

 

有無を言わさない鬼教師は威圧で一夏を黙らせた。泣きつかれるのはボクか。別にこれなら箒でも良さそうだから、全部押し付けてしまおうと思う。二人が接近するチャンスだし。決して面倒なわけではない。

 

 

 

午前終了。そして、放課後。

そういえば今日から一夏はクラス対抗戦、クラス代表決定戦の来週に向けて練習を箒とするらしいが、ボクは誘われながらも後で覗く程度に留めておくと断りを入れた。

これからデートだ。姫と校内巡りをする。

何にせよ、多分、二人がいるところには顔を出すことになるだろう。

そうとくれば話は早い。示し合わせた通り、ボクの教室に姫がやってきた。

 

「行くわよ、アストルフォ君」

「はいはーい」

 

ボクに話しかけようとしていた人達に謝罪をジェスチャーする。ばいばい、と適当に声を掛けて教室の外へ。

普通の学校と違うところといえば、IS関連の施設が多いわけで。家庭科室などの調理室等は普通の学校と変わらない。とても変わっていると思うのは、やはりラボのような実験室、調整室、研究室、いわゆるガレージのような施設だ。そして、普通の学校ではありえないアリーナと呼ばれるIS専用の運動場。複数あるその一つに顔を覗かせた。

 

「うーん、別のアリーナかな?」

「アリーナの使用、量産機の使用には申請が必要よ。尤も、私みたいに専用機持ちは汎用機は必要ないから、アリーナの申請だけで通るし他の人よりは融通も利くわ」

「へー、姫って専用機持ってるんだ」

「私の専用機は【スノーホワイト】。私らしいでしょ」

「そのまんまだよね」

「これでも気に入ってるのよ。他の専用機なんて考えられないくらいには」

「そっか。良かったね」

「それはそうと、少し運動してみない? もちろん、ISを使って」

 

怠惰を謳う彼女にしては珍しい選択だ。ISでバトルなんてあまり人を傷つけるのは好みではないのだけど、アリーナと汎用機の使用に関しては事前に姫が登録を行っていたらしい。なんという手際の良さ。元から狙いはこれじゃないのかと思えるほどに。というか、人の逃げ道を塞ぐのが上手すぎる。

そんなこんなもあって、ISによる実技訓練に興じたわけだが。

なんというか、悲惨だった。

専用機は量産機と比べて、狡いというほどの性能を誇る。それに加えて、世代的に型落ちしている量産機は特化型の専用機に比べてバランス良く配分がされていると言えるが、兎にも角にも姫の専用機の性能が異常だった。

スラスターを凍りつかせたり、脚部と地面を氷結させ行動不可能にしたり、大気を冷却して搭乗者の体温を奪ったり、鬼畜以外の表現方が見つからない。しかもあれだ、脚部が氷結したことにより銃撃を行おうとすれば弾薬は凍りつき暴発する始末、完封して苛めて何が楽しいのだろうか。そういえば、姫は少しSっ気があることを思い出した。姫の為に造られた専用機と言っても過言ではない

 

「はぁ…はぁ…。あなた存外しぶといわよね」

「褒められても嬉しくないなー。負けちゃったし」

 

いいところまで行ったんだけど、スラスター全損に関節部氷結は流石に勝負にならない。様子見で勝負をすればするほど、時間稼ぎをすればするほど、悪手になり追い込まれていく。まぁ、要は負けたのだ。

姫がシャワーを浴びるのを待って、今度は部室棟を周り、剣道場へ。そこから竹刀を打ち合う竹の響くような音が訊こえ、覗いてみれば一夏と箒が何やら稽古をしている姿が。

 

「腑抜けたな一夏、この数年貴様はいったい何をしていたのだ」

「何って……まぁ、バイトだったり、家事だったり」

「鍛え直してやる」

「いや、あの……ISは?」

「基礎ができていないというのにISとは余程自信があるようだな」

 

邪魔をするつもりはなかったのだが、それ以上に割り行ってはいけない雰囲気のようだ。ボクと姫は少し覗いた後、その場を逃げるように後にした。本当はもうちょっとほんわかとした空気をイメージしていたのに、現実が離れ過ぎていて辛い。箒ってまだ一夏のこと好きなんだよね? という自分の認識を疑うレベルで。

 

次にやってきたのは【生徒会室】と下げられた看板。

その扉をノックして、姫は中から了承の声を受け取ると入室する。

ボクは背中に隠れながら一礼して入室。

なんと、そこにはのほほんとしたクラスメイトの姿が。

確か、布仏本音という女子生徒(男子は二人しかいないから当たり前)。一度だけ、声を掛けられた覚えがある。

 

「あー、フォンフォンだ〜」

「やっほー、本音」

 

妙に親しみ易いのでこちらも親しみ感を出してみる。ボクもこういう人は嫌いではない。ただ、色々と不思議なだけで。

フォンフォンってまるで警察車両が出す音みたいだよね。まぁ、それでも嫌いというわけではないけど。

 

「あなたが男性操縦者の織斑春香さんね。–––通称、アストルフォ」

「いや、あくまで本名は春香だからね?」

「わかっているわ。よろしく。私は更識楯無よ」

 

一番奥の豪華な机を挟んで挨拶してくるその人の手には扇子が握られており、パッと翻すと「生徒会長」の文字がとても達筆に刻まれていた。

 

「あっ、さっきボクと姫の試合を観ていたのって更識さんだったんだ」

「楯無でいいわ。いいえ、それより刀奈、って呼んでほしいわね」

 

眉をひそめておどけて見せるあたり、何やら裏が深そうな人だ。直感が告げる。この人は強い、それも姫と同じくらい。

 

「驚いたわ。隠れて観ていたつもりだったのだけど」

「視線はずっと感じていたからね。刀奈っていうのが本当の名前?」

「まぁね。色々理由があって、楯無と名乗っているけど」

 

口元を隠して、本心を隠す。

そんな楯無改め–––刀奈に淡々と毒を吐く姫。

 

「貴女が本名を教えるなんて、いったいどういうつもりかしら」

「やーね、別に深い意味はないわよ。私もアストルフォのファンってだけ。名前を呼んでくれるチャンスがあるなら実名の方が嬉しいし、それに自分の名前以外に呼ばれる名前があるって親近感湧くじゃない」

 

水面下で女子の睨み合いが発生する。

何故だろう、ボクは少し下がって本音に助けを求めたくなった。

今にもISによる銃撃戦が始まりそうな。

そんな予感は、別の声に阻まれるのだが。

 

「そこまでにしていただけますか、会長、姫宮さん」

 

生徒会室の扉を開け、入室する別の人。

本音が「わぁ、お姉ちゃんだー」と呟くからには姉なのだろう。

二人の視線を下した後、ボクに向けられる視線。

彼女は礼儀正しく一礼し、自己紹介をする。

 

「布仏虚です。はじめまして。すみませんね、今からお茶の準備をするので……ところで、コーヒーと紅茶どちらがお好みですか?」

「え、あぁ、お構いなく」

「アストルフォ君。アフタヌーンティーの時間よ」

「あっ、そうなんだ。じゃあ、紅茶で」

 

どうやら案内はほぼ終了らしい。ボクはこのままティーパーティーに興じることにした。それはいいのだが、生徒会室でお茶会なんてしてもいいのだろうか?

 




Fate/Apocryphaの最終話。
観たら、涙目のアストルフォに萌えたな。
……男の娘だよね?(再確認)
性別を再度疑ったわ。


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英雄としては弱くても現代に蘇れば無敵説

※作者側から見て、織斑春香をどう呼ぶか。アストルフォにしました。


 

 

 

セシリア・オルコットは慢心を捨てた。

先刻の織斑一夏との試合、あと一歩シールドエネルギーが空になるのが遅かったらどうなっていたかわからなかった。

結果的には勝ったが、過程に満足はしていなかった。

そして、待ちに待った憧れの人との試合。少しくらい華を持たせようと考えていた思考は取り払われ、ただ楽しんで勝つことに決めていた。

負けはプライドが許さない。けれど、あまり嫌われるのも本意ではない。ならばどうすればいいかと問うたところ、そもそも相手は手加減されて喜ぶ相手ではないのだから本気でぶつかればいいのだ。そう思い、アストルフォの入場を待ち、

 

–––絶句した。

 

入場したアストルフォはISを纏っていなかった。よく見れば、いやよく見なくても見覚えのあるコスチューム。ライブ時に着用しているシャルルマーニュのそれだった。最初の感想はまんまアストルフォ。直視した瞬間、直視出来なくなってしまったセシリアは口元を押さえて目を逸らす。

 

–––こんな嬉しいことがあってよろしいんですの!?

–––悶え殺す気ですか?そうなんですね?作戦なんですね?ご馳走様です。

 

とまあ、対外的には少しやらかしてしまったものの精神を精神で抑えつける。

元々、セシリア・オルコットはアストルフォの大ファンだ。ライブがあればその度にファンレターを送っている。テレビ出演の度にマメな感想を送ったりもしている。だからこそ、知らないと言われたことが悲しかった。キツく当たってしまった。ファーストコンタクトを間違えてしまった。

時は戻らない、けれど再出発は出来る。

この試合が終わったら謝ろうと決めていた。しかし、その前に相手の装備に度肝を抜かれてしまった。

一頻り堪能した後で、セシリアは心配そうにアストルフォを見詰める。

 

「あの……ISはどうしたんですの?」

「あー、そうだよね。これがISなんだ」

「……は?」

 

絶句した。あれがIS?そんなもの常識的に考えて違うと知識で知っていた。

 

「あ、うん、その反応だよね。ボクも訳がわからないんだけど、束さんが作ったらしいから心配は要らないと思うよ」

「篠ノ之束……?」

 

わかっているじゃないですか。じゃなくて、あれの何処がISなのか。未だに理解出来ないセシリアはライブでは見れない至近距離の生のアストルフォを見て、動揺する。愕然以外の感情は出せず、しかし歓喜をうちに秘めながらも平静を装ったがそれも無理な話だった。

 

「非常識ですわ!」

(目の保養になりましたありがとうございます!)

 

どうあれあの姿を見れただけでも試合をする意義がある。勝敗は二の次で、セシリアの心のシールドエネルギーはゼロを切った。悶え死ぬ一歩手前だ。

やれやれといった感じで肩を竦めるアストルフォ。

 

「束さんに常識とか通じないから意味はないよ?」

「今までのISの定義を覆してるじゃないですか」

「だから、これは異種系統だって。ただの気まぐれと趣味全開で作ったらしいんだ。武装の一部はまだ配達途中らしいから、そのうちハッチから投げ渡されるんじゃない?」

「……だとしても!」

「非常識も何も、ISの教科書は篠ノ之束なわけだから、ルールは束さんだよ」

 

ISについて篠ノ之束に勝てるものはいない。教科書なんて篠ノ之束がそうだと言えば大幅改訂は免れないだろう。絶対的権力を有しているのが篠ノ之束だと、諦めた方が賢明な判断である。

セシリアはこの論争に意味を感じなくなり、冷静になるべく頭を冷やす。丁度、目の前には目の保養になる人物がいるのだから仕方ないのかもしれない。現実逃避気味にブツブツと小言を言いながら心中はどうやってこれから仲良くなろうか模索していた。

 

『始めるぞ。準備はいいな?』

 

アリーナの拡声機を使い、千冬の声によって仕切り直し試合は開始する。

 

 

 

 

 

「正々堂々勝負しよ」

 

握手の代わりに友好的な言葉でお互いの位置に着く。

小細工なしの、真剣勝負。あっけらかんと言ってのけるアストルフォの力量をセシリアは測りかねていた。

何にしても、慢心はしない。先程、苦渋を飲まされたのは織斑一夏という一人の男によるものだった。結果的には追い込まれた先程の光景が蘇る。それが悔しくて同時に彼女の慢心を取り払う理由にもなった。

自分の今までの思考を破棄する。

二度目の反省を得て、目を閉じ呼吸を一つ。

 

–––試合開始の合図が鳴り、セシリアが目を見開いた瞬間だった。

 

「なっ!?」

「せいやぁぁぁぁぁ–––!!」

 

30メートル程の距離を一瞬で詰め、黄金の馬上槍を振りかぶったアストルフォが目前に迫る。驚愕と同時にスラスターを蒸し背後に飛び退ろうとしたが、その前に槍が咄嗟に盾にしたセシリアの主力武装《スターライトMK III》を貫いた。

小爆発により、シールドエネルギーが少量減る。

慢心はしていなかった。その筈なのに、とんでもない思い違いをしていた。それを至近距離に迫ったアストルフォの真っ直ぐな瞳を見たことで理解させられたのだ。

 

「クッ、主力武装が!」

 

相手は愚鈍な男ではない。織斑千冬という世界最強の妹でもない。かよわいアイドルでもない。見目麗しく、しかし己の内に獣を秘めた戦士だと。主力武装を代償に理解した。

 

「逃がさないよ!」

 

一気に勝負を決めようとアストルフォの連打が槍で放たれる。全開で逃げようとスラスターを再度点火すれば、今度はがっしりと肩を左手で掴まれた。

–––それもセシリアの肩に、直に。

 

「ほわあぁぁぁぁ!?」

 

乙女が発してはいけないような奇声を発し、動揺を露わにする。

–––あのお方のお手が肩に、肩に!

夢のような時間。されど、今は勝負事の真っ最中。不審な態度をとるセシリアにアストルフォは気づかずそのまま首に手を回して背後に回ると左腕でセシリアに張り付く。側から見たらハグというか、抱き着いているというか、ISがあっても誤解を招きそうな状況にセシリアは乱心して暴れ回った。

 

「なっ、なっ、なっ……!」

「ちょ、ちょちょちょ、オルコットさん、前、まえ!」

「ふぇ……アストルフォ様がわたくしに抱き、抱き!」

 

このまま張り付いて「無い」スラスターを補う戦いをしようと思ったが、アストルフォの思惑など露知らずセシリアはアリーナの地面に突っ込む。間一髪のところでアストルフォは飛び降りて脱出した。

ドガン、と大きな音と砂煙を上げるブルーティアーズの墜落した方を見て、引き剥がしにかかることを予想していたアストルフォだったが、思わぬ自爆に少し心配気味に声を掛ける。

 

「えと……大丈夫?」

「けほっ、けほ……問題ありませんわ」

 

声を掛けられたセシリアは立ち上がり直ぐに答えた。

名残惜しかったが、それを悟られるわけにはいかない。

冷静な自分を起こす。

主力武装は破壊された。近接戦闘は先程の一回で理解した。自分の勝てる間合いでは無い。それにブルーティアーズは中遠距離特化型の武装しか搭載されていない。御誂え向きに近接武器は一つ搭載されているが、そんなもの使ったことはないし無力なのだから。

ならば、距離をとって狙撃する。それが自分に出来る戦いだと意気込んで、空へと飛び立った。

 

「あっ……」

 

虚を突かれたアストルフォは地上に置き去りに。

空へと飛び立ったセシリアはBT兵器を散開させる。

BT兵器はビット型兵器であり、第三世代たるブルーティアーズの主力兵装の一つだ。

1、2、3、4–––。

ブルーティアーズから放たれた武装から、レーザーが放たれる。

慌てて、アストルフォはアリーナを走り回って回避行動に移る。

 

「これがブルーティアーズの本領! 例え、主力武装が無くなろうとまだ戦えるのです!」

「わっ、ジリ貧じゃんかこんなの」

 

逃げて、逃げて、避けて。

遠距離武装も、飛行機能も、何も持たないアストルフォは地面を駆け回った。

もちろん、セシリアがそんなことを知るはずもなく。

砂煙が舞う。しかし、アストルフォは飛べない。

警戒しながら攻撃するも、そんな事実に気づいたのは数分間地上で逃げ回るアストルフォをなんだか可愛いなぁと思い始めてからだった。

 

「どうしたんですの? 早くかかってきなさいな」

「言われなくてもやるよ、今は無理!」

 

砂煙が舞う。アリーナの地面を隠していく。セシリアの弾幕が、駆けずり回るアストルフォが、二つの効果によって砂煙が地面を隠し始めやがてアストルフォの姿が見えなくなった。

下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、とはこのことか。射撃を止めないセシリアに地面から何かが飛来するのをハイパーセンサーが捉えた。流石にそこは代表候補生か、最初の突進と比べてのろいそれに当たることもなく横にスライドするだけで回避。

 

「やはり、遠距離武器を隠し持っていたんですのね」

 

確信した。次の瞬間だった。

 

「え……?」

 

今度は、先程の遠距離武器とは違い、近距離武器の槍が土煙を切りセシリアを正確に狙ってきた。

咄嗟に回避行動をとった、それは誰しもが取る行動であっただろう。

それが命取りになるとは知らず、セシリアは一瞬、黄金の馬上槍に視線を向けてしまった。

 

「やっと届いた」

「……な、あなた!」

 

その一瞬の隙に、アストルフォはセシリアに再び肉迫し張り付く。

 

「いやぁ、もしかしてと思ったんだけどこの際だから答え合わせしてもいいかな」

「な、なんですの……?」

 

今度は、動揺せずちゃんと会話できた。

内心でガッツポーズするセシリアに変わらぬ笑みでアストルフォは淡々と独白する。

 

「オルコットさん、ビット操作している時は自分は動けないでしょ。その逆も然り」

「なっ、どうやってその弱点を……!」

「いやぁ、参ったよ。遠距離武器がないから確かめる為に嵐の中、石ころを探さなきゃなかったんだから」

「まさか、最初のは……!」

「そ、ただの石ころ」

「ですが、スラスターも無しにどうやってここまで……!」

「あぁ、そりゃ気づくよね。ほら、あれ」

 

アストルフォが指差してみせたのはブルーティアーズのBT兵器だった。ありえない。常識外れの戦法にセシリアは絶句した。ただその一瞬で、自分の弱点に気づいたアストルフォに賞賛の声を上げずにはいられない。

 

「もう逃がさないよ。本当は、降参して欲しいんだけど」

「ナメないでくださいまし。つい先程は取り乱しましたが、今度はそのような無様な姿は晒しません」

 

空中大サーカスばりのアクロバット飛行が始まる。

それでもアストルフォは引っ付いて剥がれない。

その途中、柔らかい何かを掴んだ気がしたが、騎乗スキルマックスで張り付いている彼にはそれを気にする余裕もなく、セシリアだけががくりと操作をミスった。

 

「ちょっ、ちょっと胸は卑怯ですよ!」

「わ、ごめん」

 

普通に男なら喜ぶ妙な幸運が働いたが、直ぐに謝り機械的部分に引っ付いたりセシリア自身に引っ付くあたり振りほどけないのが現状だ。あちら側も降りるわけにはいかない。そんなことをすれば勝敗は決してしまう。

 

「よし、そろそろいくよ」

「……はい?」

 

決意の言葉と共に、機体がぐらついた。

セシリアがブルーティアーズの操作を誤ったわけではない。

現にスラスターは平常運転。

しかし、背中に引っ張られるように重力が掛かった。

アストルフォが背中越しに勢いをつけて引っ張ったのだ。

この予想外の力には抵抗できず、空中で錐揉み大サーカスが始まってしまう。

地上に落とされれば、条件は互角、いや劣勢になる。

流石に今度はセシリアも地面に激突は御免だと打開策を練る。少し強引な手だが、決行することに決めた。

 

「堕ちなさい!」

「え?」

 

いつのまにかセシリアの元に戻っていたBT兵器がゼロ距離でアストルフォに牙を剥く。レーザー光が直撃し、一度は我慢なったものの二度目の射撃が放たれるのを察知したアストルフォはブルーティアーズから飛び降りた。

 

「もう今度は油断しませんわ!」

「だよね、わわっ」

「観念して降参しなさい。あなたにもう勝機はありません!」

「だからって、諦めるわけにはいかないよ!」

 

着地点にビット攻撃が着弾する。間一髪で回避したアストルフォはもう一度、縦横無尽にアリーナの中を駆け回る。機体性能で言えば誰が感じても劣勢だった。

ビットを足場にできないように上空からの攻撃に徹するセシリア、誰がどう見てもこの試合の勝敗は決している。

 

 

 

 

 

諦めていいのだろうか。いいや、ダメだ。

アストルフォにとって諦める事は、逃げる事と一緒だ。

奇策に奇策を重ねて追い込んだが、一歩間違えば劣勢へと早変わり。

普通の人なら、誰でも諦める勝負を投げる事はなかった。

織斑一夏の機体・白式、超近接格闘系の機体に対して、此方は随分とコアな機体だ。もう機体と呼んでいいのか疑うレベルのIS、だけどそれでも篠ノ之束が作ったという事実が、間違いなわけない、と思う。

 

万策尽きて、空を見上げた時、不意に影が射す。

ブルーティアーズではない、別の何か。

鷲のような甲高い鳴き声がアリーナに響く。遥か上空からの意外な来訪者も、セシリアオルコットにとっては気に止める必要もないものだったのか此方を警戒しているだけ。

太陽光でハッキリとは見えないものの、身体の芯を温め、熱くする何かが疾る。

 

試合開始前に手に入れた武装は僅か3つ。

黄金の馬上槍。読めないマニュアルブック。黒の角笛。

スラスターも無ければ遠距離に対応もできない。

マニュアルブックみたいな謎の書物もあれば、閲覧しても中身はわからない。

フランスから貰った黄金の馬上槍が何故か武装追加されていたが、投げたせいで何処かに無くしてしまった。

最後の黒い角笛だが、機体情報がなければ使い方もわからない。

 

「これでフィナーレです!」

 

セシリアの制御により4基のビットが四方八方を塞ぐ。

空を見上げて立ち止まってしまった故に、絶体絶命の万事窮す。

笛の使い方を理解して、アストルフォの頬は吊り上がった。

 

「キュイィィ––––––!!」

 

角笛を鳴らす。ビットが爆ぜる。

何故だか、とんでもない思い違いをしていたアストルフォ。

いきなりの急展開に両者から仰天の声が上がる。

耳を抑えて頭を抱え始めたセシリア。観客も耳を抑えて蹲っている。

その隙に飛来した影が、アストルフォを攫う。

 

迷いなく飛び乗ると同時に幾千もの情報が身体中を駆け巡った。

誰かの経験と、機体の情報と、篠ノ之束からのメッセージ。

 

 

機体名《rider》

以下武装。

触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)

恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)

破×宣×(キャ×サー・×・×××スティ)

 

何故か、魔導書もどきだけ文字化けしている。

それでもいい。心強い味方が、側にいるのだ。

 

「……なんですの、それ……」

「説明すると長くなるんだけど、ボクの相棒かな」

「非常識ですわ!」

 

誰だってビックリするだろう。

騎乗している空駆ける馬のような鷲。

幻想の生き物、ヒポグリフ。

異形の生物が目の前にいて、対峙していれば、恐怖は芽生える。

未知に対して恐怖を抱く。

それはきっと、彼にはわからない事だった。

 

「行くよ、オルコットさん」

「ちょ、待って、お待ちください、まだ心の準備が」

「なに?」

「そんな生物ありえませんわ! ISとして認められません!」

「そう言われてもさ、ボクのISの本体はこの子なんだよね」

「ハァ……?」

 

織斑春香のISのコア。

それは、ヒポグリフの心臓となっている。

つまり、最初から不完全な状態で試合をしていたのだ。

スラスターが無いのも、飛べなかったのもそのせいで、唯一の飛行手段がこのヒポグリフ。

 

–––試合終了は間もなく。

織斑春香–––アストルフォの勝利によって幕を閉じた。

後日、校内に現れる現代の英雄と騒がれたとか騒がれてないとか。

暫く、ヒポグリフが見世物になったのは語るまでもないだろう。




普通にISしても面白くなさそうなので、普通に何もかもをアストルフォにしてみた。
よく考えたら、ISの世界では千冬と束に次ぐ最強ではないだろうか?
最初はねー、武装を他のロボット混ぜた完璧チートにしようとしたんだけど、容姿をアストルフォにしたんだから武装もそのままの方がよくね?(だがこの世界ではチート)という見解に至り。
自力では飛べないから、ハンデ背負ってるしいいよね。
魔笛がビット全損しようと魔笛が操縦者を失神させようと、チートじゃないもの。
そうだ、これはただの武装の再現。
因みに、ヒポグリフはちゃんとした生き物です。


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パーティー後、幼馴染

日常話です。


 

 

 

クラス代表は織斑一夏に決まった。しかし、一夏は納得いかないようでボクとオルコットさんにずいっと迫ってくる。負けたのは悔しいけど、納得いかないという表情になるのも理解できないわけではない。だけど、これは織斑千冬に告げられた決定事項である。神に逆らえばどうなるかわからない、ルールは織斑千冬という一教師なのだ。

 

「どうして代表が春香じゃなくて俺なんだよ!」

「ボクが辞退したからだよ」

「じゃあ、次点のオルコット–––」

「わたくしも辞退させていただきました」

「それなら俺も辞退す–––」

「却下だ」

 

「じゃあ俺が」「じゃあ私が」「どうぞどうぞ」みたいなノリで辞退しようとした一夏の辞退を受け付けない千冬姉が一夏の言葉を遮った。やはり、納得いかない一夏は神に抗う。

 

「俺、負けたじゃん。つーか、最下位じゃねぇか! なんで俺は認められないんだよ?」

「そのことだがな、織斑。春香は代表候補生すら捩じ伏せる奇策と力があるし何よりイレギュラー過ぎる。これでは後続を育てるのにも意味はない、のと、相手が可哀想だし……それにだ。春香は学園生活を楽しみたいと言っているんだ、わかるだろう?」

「いや、わからなくもないけど……殆ど甘やかしてるだけじゃね?」

「オルコットだが」

「わたくしが辞退したのは、彼に感化されてです。確かに、意地だけでは些か大人気ないですもの。それならば他の人にチャンスを与えるのも、貴族の務めかと思いまして」

「なんでそんな正当な理由ばかり……」

「諦めなよ。これも経験だと思って」

 

斯くして、織斑一夏に代表は決まったわけだ。

どう足掻いても、千冬姉には敵わないことを知りながら抵抗するのを諦めることをボクは勧める。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「というわけで、織斑君、クラス代表決定おめでとう〜!」

 

その日の夕食はクラスからのお祝いで食堂を貸し切り細やかながらパーティーが催された。何やらクラスにいない筈の生徒もちらほら見える気がするが、気にすることもないだろう。

一夏と二人で他のクラスメイト達に囲まれながら、様々な話をする。本当に様々な話で普段は何してるとか日常的にするような会話で特別なことは何もなかった。

料理は、女子生徒達の手作りらしい。

そんな中で、側に寄っていた本音に小さな質問をぶつけられる。

 

「フォンフォンの得意なことってなに〜?」

「んーとね、料理に洗濯に……全般的に家事かな」

「料理作れるんだ〜、へぇ〜」

 

何故だろう、とても期待されている気がする。

薄い瞳が此方を見ている。

 

「作ろうか? 材料さえあればだけど」

「いいの〜?」

「料理も意外に減ってきてるし、他の人に作ってもらっておいて、はいおしまいはあまり好きじゃないし」

「じゃあ、レッツゴー♪」

 

主役を表舞台に残して厨房に回る。どうやらボクと一夏の歓迎会も兼ねているらしいが、そこのところは置いておいてもいいだろう。きっとこれは懇親会みたいなもので、ボクはその為に一つ料理を作るだけなのだから。

材料は簡単なもので、スープを作れる分ぐらいには残っていた。じゃがいも、人参、玉葱、鶏肉、ごぼうに大根と此処にいる全員分は難くないだろう。女子達も簡単なもので、サンドウィッチとか、そういうものしか作っていない。

30分程で完成させて戻ると、女子で少食でもまだ少し足りなかったのか、あまり顔色の良くない人達がいる。

ボクを見つけるなり、大なり小なり顔色は変わったけど。何処か無理なダイエットでもしているようだ。

 

「みんなー、スープ作ったよ」

 

顔色が変わった。雑談していた筈の皆、一瞬で静寂を作ると軍隊並み、いやそれ以上の速さで整列する。千冬姉の鶴の一声とはまた別の威力を持ってたらしい。

 

「な、なにこれ……美味しい……」

「今まで食べたスープよりも美味しいよぉ〜」

「本当、三つ星レベルだよね!」

「やばい、死んでもいいかも。毒入ってても飲むね」

「もう、本当何処にお嫁さんに行っても良い味だよね」

 

結果は大好評だった。

件の催促した人物といえば、隣で幸せそうにスープを飲んでいる。「お姉ちゃんに自慢しよ」と聞こえたということはこれはまた生徒会の皆にも作らなければいけないのだろうか。

まぁ、それはそれで作った甲斐があったというものだ。

何より喜んでもらえたし、ボクは満足げにエプロンを折り畳む。

 

「……まだ、七面鳥残ってるな」

「ごきゅごきゅ」

「あれ全部貰ってもいいかな?」

「どうぞどうぞ」

 

本音の了承を貰ったことで、七面鳥の皿を持ってパーティー会場を後にする。とは言っても、寮舎のすぐ側にある木陰(夜だから影もなにもあったもんじゃない)で待っていた、ヒポグリフの元へ。

 

「ほら、ご飯だよ」

「クワァ!」

 

甲高い鷹のような鳴き声を発して、七面鳥にかぶりつく。

ボクはその間に、ヒポグリフが咥えていたブラシでブラッシングをしてあげる。

何気にこの子はなんでも食べる。こら、共食いとか言わない。

というのも、この子はこの子であまり好き嫌いがないだけで、ボクとしては大助かりだ。

けど、比較的肉をあげたほうが喜ぶのだ。

 

ブラッシングをすること数分、芝を踏み近づく音が訊こえた。

振り返るとオルコットさんが立っていた。

 

「オルコットさん」

「せ、セシリアとお呼びください」

「うん、じゃあ、セシリア」

「はい」

「どうしたの?」

 

キョトンと首を傾げられる。まるで、ボクの反応が間違いみたいな指摘をされたみたいだ。

 

「アストルフォさんこそ何をしていらっしゃるのですか?」

「ボクはお世話かな。これからお世話になるんだし」

「はぁ……でも、しかし、良くできているんですのね?」

「え?」

 

今度はボクが首を傾げる番だった。

セシリアはヒポグリフを見上げて、

 

「まるで生きているみたいですもの」

 

なんて言うのだ。

おぉ。まぁ、確かに現実的ではないだろう。

でも、現実に存在しているんだからしょうがない。

 

「生きてるよ。というか、機械じゃないから」

「……夢でも見ているのでしょうか」

「おーい。戻ってきてー、セシリア」

 

現実逃避し始めたセシリアに呼び掛けると「ハッ」としてすぐに正気を取り戻した。しかし、何度も自分の目を疑い続けるセシリアにとあるエピソードを話すことにした。

 

「実はこの子、ボクがドイツの山奥で拾ったんだ」

「篠ノ之束が造ったのではなくて?」

「うん。ドイツのとある山奥で迷子になっていると偶然見つけてね、その時はこの子、小さな女の子を連れていたんだ。怪我もしているみたいで瀕死の重傷を負っていた。だけど、この子はその小さな女の子を守る為にボクに飛びかかってきてね」

「大丈夫だったんですの!?」

「偶然、束さんが通りかかって、助けてくれて……この子の心臓には、今、ISのコアが埋められているんだ」

 

胡散臭い話だと思う。実際、束さんが通りかかってってのは嘘だというかなんというか、本人は愛の力だと言っているが探してくれていたのだろう。どうやって見つけたのかは知らないでおくとして。この子もまた気が動転していただけで治療をしてもらえると判れば直ぐに大人しくなったが。

 

「後に調べてわかったことは、この子がドイツの実験場で産まれたこと。あっ、言っておいてなんだけどこれオフレコね。こんなこと知ってるなんてバレたら消されるから」

「……へ、へぇ」

「うん、ごめんね。言わなければ良かったかな」

 

つい、危険な内容まで口走ってしまった。これでセシリアは共犯、もとい同じく何か良からぬものを背負ってしまったことになる。若干青褪めている顔なので大丈夫だよ、と元気付けておく。

 

「これはボクの失態だ。もし何かあった時は、ボクが守るよ」

「ふぇっ!? いえ、まぁ……お気になさらず。これも何かの縁です」

「じゃあ、続けるけど……この子は遺伝子操作で造られた実験体なんだ。目的は不明だけど、多分遊び半分で造られたようなものだって束さんは言ってた」

「一番重要なところが曖昧なんですのね」

「一番重要なのは、何処の国が造ったか、何の目的で造られたかなんだよね。それのおかげでボクはとても重要なことを知れたわけだけど」

「他にもあるんですの?」

「これはボクもまだ言えないかな。知らない方がいい」

 

まさか遺伝子操作実験で特別な少女を造っていた。なんてことを、その過程の遊び心で造られたのがこのヒポグリフだというのはあまり公に出来ない話である。

これで話は終わりだ。

 

「さてと、もうパーティーは終わったかな」

「その子何処で飼うことになっていますの?」

「一応、明日、敷地内に小屋を建てさせて貰う予定だけど、寮舎の近くになるかな」

「……まぁ、外に見えやすくしても問題ですからね」

「じゃ、戻ろうか」

 

ブラッシングを終わらせて立ち上がる。

話をしていたから時間の経過なんて忘れていた。

ヒポグリフ–––ヒポくんの毛並みはツヤツヤでかっこよく、同時に触っていて心地いい。

 

ヒポくんに別れを告げると名残惜しそうながらも送り出してくれて、セシリアとパーティー会場に戻ると案の定、パーティーは終盤へと近づいていた。男性操縦者のペア写真と一人での写真を撮られ、さらにクラス写真を撮り、御開きというところでボクが歌うことになった。何故か姫も乱入しデュエットしたところで今度こそ御開きとなる。

 

 

 

–––ボクと姫が部屋に戻る道中、事件は起こった。

 

 

 

「キャアァァ!」と女生徒の甲高い悲鳴が寮舎に木霊した。場所はおそらく、寮舎の外の街灯のある道だろう。反射的にボクは走り出すと姫に待機を命じてから外へ。なんか思った通り、ヒポグリフの元へ駆け寄ると腰を抜かしてへたり込んでいる女子生徒のシルエットが浮かび上がりボクは駆け寄る。

 

「大丈夫?」

 

一応、校内放送でヒポグリフが庭で放し飼いにしてある事は伝えてある筈だが、流石に夜闇で遭遇した故にびっくりしてしまったのだろう事は想像に難くない。

声を掛けられた女子生徒は、ツインテールだった。

 

「な、なんで、こんな生き物が放し飼いにしてあるのよ!」

「ごめんねー、ボクの……相棒なんだ」

 

こうなる事はわかっていた。目を逸らし気味に答える。

キッと睨みつけてくるけれど、涙目も相まって怖くない。

うん、ヒポグリフと夜闇でいきなり遭遇する方が怖い。

 

「IS展開すればエネルギー全損させられたし、なんなのよもう……!」

「重ねてごめん。多分、いきなり攻撃されると思って驚いちゃったと思うんだ」

「そりゃいきなりIS展開したあたしも悪いけど!」

「ごめんなさい」

「なんで代表候補生のあたしが瞬殺されるのよ!?」

 

スピード×重さが攻撃力だから流石のボクにも理屈はわからない。

何をして、そんなことになるのか。ヒポグリフだって頭は良いから勝つことくらいは出来るはず、とは思うけれど余程交戦の意思を見せなければこの子も暴れはしないのだ。ISのエネルギー全損も尤も。

しかし、なんだろう。こうして話している間に親しみが浮かぶ。ツインテールと強気な態度が何処か誰かに似ているのだ。

夜闇に目を凝らせば、面影のある顔だ。

 

「鈴ちゃん?」

「……春香?」

 

なるほど、知り合いだったらしい。示談しなくていいかな。身内なので。

と、頭の中で黙々と思考処理をしているとがっしりと抱き着かれる。

 

「怖かった〜」

「校内放送で注意はしておいたんだけどなぁ」

「知らないわよ。今来たんだから」

「本当にごめんね、鈴ちゃん」

 

ポンポンと背中を撫でる。カチャ、といきなり何か外れた音がした。

 

「あんたねぇ……それは一夏の専売特許でしょうが」

「……ごめんなさい」

「まぁ、いいわよ。あんただし、今度埋め合わせて貰うから」

「怒ってないの?」

「今、あたしは気分が良いの」

 

幼馴染に再会直後にブラジャーの金具を外されて?

なんだろう、鈴ちゃんがとても遠いところに行ってしまった気がする。

それは新しい波乱の幕開けで……。

早くヒポグリフの小屋を建てろとの神の啓示だった。

 




簡単に説明しよう。
つまり、ヒポグリフはラウラの親戚。


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