ウルトラマンエレメント (ネフタリウム光線)
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第1章 地下編第1部〜出会いと遠征計画〜
第1話「IRIS」


 そう遠くはない未来、地球は地獄の星と化していた。地上は放射能に汚染され、それにより遺伝子が異常発達した超常生物『怪獣』がひしめいているため、人類は地下に逃れ、そこに都市を築き生活せざるを得ない状況下に追い込まれていた。
 地下世界誕生から150年が経ち、遂に地下にも、刻一刻と放射能の魔の手が人知れず迫ってきていた。地上から迷い込んでくる怪獣も増えるなど、ようやく手にしかけた平和が再び脅かされそうとしている中、どこからともなく現れた謎の男『エレメント』と、地下世界を守る組織『IRIS』が、平和を、そして地上を取り戻すために立ち上がる物語。

 第1話はエレメントと主人公『イクタ』の出会いの物語となっている。ある日、いつもと同じように任務をこなしていたIRISの前に、未知の巨大怪獣レジオンが現れる。放射能を吐き進行するレジオンを討伐するため、戦闘隊員たちが出動するがー

✳︎某別サイトにて公開されている同名作品を、一部編集して投稿しています。作者は同一人物です。


第1話 IRIS〜放射怪獣レジオン登場〜

 

「OSー23エリア南西地区の路上において、市民間の抗争との通報あり。IRIS直ちに出動せよ!」

「了解!」

 

 二機のジェット戦闘機が基地を飛び立っていく。この基地は非営利団体、「IRIS」のTKー18エリア支部のものである。「IRIS」とは、約60年前に設立された民間の組織だ。その活動内容は、世界の治安維持や、犯罪人の逮捕、制裁、災害救助など、旧NPOに似た活動に加え、怪獣出現時にはそれらへの対処をも行なっている。旧国連軍の遺した兵器などを独自に改良した新兵器を多数所持しているため、いざという時には市民の頼れる防衛組織にもなりうる。

 

 基地を発進した二機のジェット機は、30分の飛行を終えた後、目的地周辺に着陸した。それぞれの機体から、計6人のIRIS隊員服を纏った、10代後半から20代前半と思われる青年等が降り立ち、現場へと走っていく。現場では、40代半ばであろう男性と、20代後半くらいだろう男性が取っ組み合いをしながら、激しく揉めていた。

 

「こら!君達やめなさい!路上での暴行行為は地下法第12条で禁止されていることを知らんのか!」

 

 年長者と思わしき隊員がそう叫んだ。どうやら彼がこの小隊の隊長らしい。男たちはIRISが来たのを確認するやいなや、互いの胸ぐらを一瞬掴んだ後、乱暴に突き放して距離をとった。

 

「そもそも、一体何が原因なんですか?」

 今度は一番若そうな隊員が訊ねる。

「こいつがうちの商品を万引きしやがったんだよ!地下では滅多に手に入らない、汚染されていない新鮮な魚だぞ!こんなもんタダで持ってかれたら、うちは潰れちまうだろうが!」

 年を食った方の男がそう語る。

「ふむなるほど。原因は若い方の窃盗…と」

 隊員の一人がメモを取る。

「で、君。なんで盗みなんか…」

 隊長が若い方に訊ねる。

「んなことわざわざ聞くか?あんたらが一番わかってるはずだろうが!」

 若い方は隊長を睨むと、その場にドスッと座り込んだ。

「そりゃわかってはいるが、そう開き直られてもなぁ。いいか、どんな理由があれ罪は罪だよ。それに親父さん。あんたも路上暴行行為の現行犯だ。この地区の裁判所までご同行願おうか」

「ちっ…わかったよ。…こんな奴のせいで前科が出来るなんて、ツイてないぜ全く」

「んだと!?」

「あーはいはい。静かにね。これ以上やると両者職務妨害でも起訴されるから気をつけてよ。んじゃ俺はこいつらを連れていくから、お前ら先帰ってろ」

 隊長は二人に手錠をつなぐと、そう言った。

 

「はっ!しかし、トキエダ隊長はどのようにしてお帰りになられるのでしょうか」

 

「小型機でもレンタルするわ。いくらうちの組織も人員が増えたとはいえ、まだ十分な数じゃない。早急に基地に帰還し、後は次の任務を待て。とりあえず解散!」

「了解!」

 

 隊員たちはジェット機、アイリスバードに乗り込み、基地への帰路をとった。

 

「しかし流石はOSエリア。今やどこに行っても治安のいい地区なんかないとはいえ、あそこはずば抜けてますねぇ。このジェット機が最速マッハ4で動けるとはいえ、OS地区にこそ支部を増設するべきじゃあないですか?」

 帰還中、一号機でボソッと零した若い隊員。

「逆だリュウザキ。あんな危険な地区に基地なんか置いてみろ。数日で暴行で取り壊されるぞ」

「あぁ、なるほどですね」

 そんな時に、機内の通信機から警報が鳴った。

「な、なんだぁ?」

「リュウザキ、早く確認しろ」

「了解」

 リュウザキは通信機から伸びているイヤホンをヘルメットの下に通し、耳に当てる。

「先輩、怪獣警報です!」

「なに!?場所は!?」

「SGー01エリア北西!小型です!攻撃意思はない模様!おそらく迷い込んだだけでしょう」

「わかった。二号機と連携し、奴を地上へ返すぞ!」

「了解!」

 二機のジェットはSGー01エリアへと進路を変更した。3分も経たないうちに、目標が肉眼でも観察できる距離に来た。

「目標確認。周辺市民の避難状況は!?」

「TKー18エリア基地より情報が入りました!住民の少ない地区のため、避難はすでに完了済みです!」

「了解。催眠ミサイル、発射!」

 一号機より小型ミサイルが、目標めがけて発射された。目標付近の地面に着弾すると、多量の催眠ガスを噴射し始めた。

「キルルルルエェェェ!」

 怪獣は悲鳴をあげながらも、徐々に声量を落とし、しまいには眠りについてしまった。

「目標活動停止!一号機、スパイダーオン!」

「二号機同じくスパイダーオン!一号機と連携します!」

 一号機、二号機ともに機体からワイヤーを発射し、怪獣の尻尾に巻きつける。そしてエンジン全開。怪獣を持ち上げ、穴の空いた天上へと輸送する。

「もう迷い込むんじゃねぇぞ!気ぃつけな!」

 怪獣をその穴に放り投げ、直ちに穴を閉じた。

「怪獣、地上へ返しました。再び進路変更。基地へ帰還します」

 二機のジェット機は、その後しばらくして、無事に帰還を果たした。

 

 

 

 

 TKー18エリア支部は、世界に12箇所の支部を持つIRIS唯一の旧日本国エリアに属する基地である。設立も約10年前と、一番若い支部なのだが、抱える人員、軍事力などは他のどこの支部よりも強大である。

「おいイクタ!お前またサボりやがったな!」

 リュウザキ隊員が話しかけた、この白衣を纏った青年は、彼と同い年、18歳のイクタ・トシツキ隊員だ。最強と謳われるこの支部のエースパイロットにして、新兵器開発などを行うサイエンスチームのチーフでもある。

文字通り天才と呼ぶのに相応しい人間だ。

「サボりじゃないよリュウザキ。今日はサイエンスチームの仕事が入っていてね。まぁ、俺はこの支部最後の切り札なんでね。通常任務は君たち下っ端隊員の役目なのだよ」

「なにぃ…。まぁいいや。先輩が呼んでるぞ」

「どの先輩だ?」

「俺の先輩だよ。イケコマ先輩」

「イケコマさんが?俺を?珍しいこともあるもんだなぁ」

 

 イケコマ隊員とは、先ほど、リュウザキと共に一号機を操縦していた隊員だ。イクタは多少オーバー気味に返答した後、面倒臭そうに体をのっしりと揺らし、イケコマの隊員室へと向かおうとする。

 

「あ、ちょっと待て。今先輩がいるのは最上階の会議室だぜ」

「…?」

イクタはいよいよわからなくなった。接点の少ないイケコマに呼ばれる理由も、ましてその場所が会議室である理由も飲み込めなかったからだ。

 

 

 

 TKー18支部の最上階、15階会議室では、支部長、情報局長、パイロット司令官、司令官補佐官など首脳陣が集っていた。確かにこのメンツなら、サイエンスチームのチーフであるイクタが呼ばれる理由もわからなくはないのだが、今日このような会議があるなんて初耳である。

「失礼しまーす」

 イクタが部屋に入る。

 

「待っていたぞイクタ。お前がこないことには始まらない」

 と支部長。

 

「しかし支部長。俺何も聞いてませんよ。これは遅刻にはカウントしないで欲しいな」

「まぁ、それは申し訳ないな。だがお前の知恵、というか、力が必要な案件が出てきた」

「へぇ。俺の力が。」

 イクタはまた大袈裟にリアクションをした。別にわざとやっているわけではない。彼はこういう性格なのだ。

「イケコマ隊員。イクタ隊員に説明したまえ」

 パイロット司令官が命令する。

「はっ!みなさんはご存知でしょうが、本日だけで既に7件もの怪獣迷い込み騒動が発生しています。それも全て旧日本国地区で、です。幸いにも、我々IRISの活躍によってことなきことを得ていますが、放っておける問題ではないでしょう。そこで、サイエンスチーフのイクタの意見を聞きたいと思って、ここにみなさんをお集めした次第です」

「いいよ」

 イクタは即答した。

「おぉ、もう何かわかったのかね?」

 支部長が目を輝かせて訊ねる。支部長はイクタのことを相当買っているようだ。

「でもその前に、少し修正が入るね、イケコマさん。IRISの活躍じゃない。俺の活躍です」

「まぁ…間接的にはそうなるが…。ゴホン。何かあるのなら早く述べたまえ」

「そうだな…まず考えられるのは、地上で何か起こっているのか、またはこの地下都市と地上を繋げる天井に問題が発生しているのか。それとも両方か」

「そんなこと誰が考えたってわかるわい!前置きはいいから早く意見を話せ!」

 情報局長が怒鳴る。

「いいか!?この地下都市の安全性まで疑われたら、市民からの我がIRISに対する信頼関係というのも危うくなるのだよ!」

「あーはいはいごめんなさい。でも、現場を見てみないことには何も言えない、それが状況でしょ?だからまずは現場を検証してから、あらゆる可能性を考え、対策を練らないと」

「それは…」

 情報局長がおし黙る。

「まぁ、エレベーターでここに来ながら考えてたんだ。呼ばれた理由をね。その時に念の為にアクションを起こしてたんだけど…」

 イクタはそう言うと、モニターのリモコンを手に取り、モニターに映像を映した。暗かった会議室は、モニターから発せられる光によって照らされる。

 

「これは…?」

「どうせこんなことで呼ばれるんだろうと、無人機を飛ばしておいたよ。各現場に」

 モニターには、現場各地を調査する無人戦闘機と、人工知能が搭載されたアンドロイド達が写っていた。

「おぉ…!…でもお前、どうやってこの情報を…。いくらお前とは言え、まだ上層部以外には伝えていなかったのに…」

 補佐官が訊ねる。

「この旧日本地区は俺の作ったレーダーで覆われてるんだ。どこでどんな異常が起きたかなんて、すぐにわかるさ。あ、ちなみにあのアンドロイドは新作ね。イクタ4号とでも呼んでくれよ」

「むむぅ…!」

 支部長は唸った。イクタトシツキは、年上に敬語を使うことを知らない無礼な人間ではあるが、やはり有能である。

「んで、解析の中間報告だけど…」

と、手にしたタブレットを操作するイクタ。

 

「…こりゃまずいね支部長。人類が地上を放棄して伊達に150年じゃないよ。地盤にかなり問題が発生している。まず地上を汚染している放射能だが、確実に汚染範囲が下へ下へと降下しつつある。このままじゃ、この地下都市もあと持って50年だろうね。それに地上には怪獣が増えすぎだ。地球生え抜きの怪獣はこれ以上増えないはずなんだが…おそらく地球外から移住してきた怪獣もいるのかもね。今の地球ほど、奴らにとって住みやすい環境はない。怪獣が増えれば、それだけ奴ら間での縄張り争いも激しくなるだろうね。その結果、弱さゆえに住処を失った怪獣達が…」

「地下都市へと逃れて来ているわけか。」

 司令官が付け加えた。

「あ、司令、それ俺のセリフ…」

 イクタは咳払いをして続ける。

 

「とは言え、余程の地底怪獣じゃなきゃ、本来は地下都市へ潜り込むことなんかできないよ。それだけ地上と距離があるし、未だに人類がどうやって地下に都市を建設して、移り住んだのかすらもよくわかっていないんだから。ま、俺の力を持ってすれば、今となっては余裕だけどね。つまり地盤そのものにも何らかの異常が発生しているんだよ。原因はまだわからないけど、だいたい想像はつく」

「例えば?」

 補佐官が訊ねる。

「地球そのものの寿命が尽きようとしているんだよ。最近よく天井が動いてるでしょ?多分地上では地震が多発しているんだと思う。それのせいで地盤が緩みつつあるのかもしれない。今俺にわかるのはそれだけだよ」

「いや、いい見解だ。参考になる。ご苦労」

 司令官はそう言うと、補佐官に命令した。

「今すぐ我が支部総動員で、対怪獣緊急措置を取れ。しばらくは気を抜かせるなよ」

「はっ!」

「ちょっと待ってよ司令。その緊急措置令はいつまで続くわけ?」

「!…それは…」

「このままこの星が滅ぶまで、日数が経つにつれて怪獣事件も増えることが予想される。だからIRISが取るべき最善の行動は、その中でも治安を保つこと、でしょ?元々そういう組織なんだからさ」

イクタはそう言うと、モニターのスイッチをオフにした。会議室は再び暗闇に包まれる。

 

「もっともだが、ならば怪獣をどうするつもりだ」

イクタはもう一台のタブレット端末を取り出し、操作する。

「ちょっと迷い込んだだけの奴らには可哀想なことするけど、このような対策ならできるよ」

会議室で常に稼働しているレーダーに、基地内に新たに何者かの反応が現れる。

 

「俺製作の従来の無人自動戦闘機に加え、この人工知能搭載の学習する自動固定砲台を35門。ここだけじゃなくて、旧日本地区になら満遍なく設置したよ。これで撃退する。それに万一の時には、俺一人でもどうにかなる。それだけの腕はあると自信を持っているね」

 

 そう言った瞬間、レーダーから警報のアラームが鳴る。同時に電子音声で警告音も流れて来た。

「怪獣発生!怪獣発生!付近の市民の皆様は、速やかに避難を開始してください!」

「‼︎こんな時に怪獣かね!?」

 支部長が苦い顔をする。

「なに。俺の固定砲台の威力を試すにはいい実験相手さ」

 イクタは涼しい顔で、再びモニターのスイッチを入れた。怪獣と、その怪獣の最寄りの砲台が映る。

「…おっと大型怪獣か…。珍しいな…」

 イクタは予想外といった表情をした。

「お、おい、大丈夫なのかね…?」

 司令官がそう発言した瞬間、砲台から大きな爆音とともにレーザー光線が放たれた。それが怪獣に着弾した瞬間、大型の怪獣はその巨体に似合わず、あっさりと爆散してしまった。それを見て開いた口が塞がらない首脳陣。

「…てなわけで、防衛は俺に任せてくださいよ。くれぐれも市民に危険を察知されないよう、通常任務を続行してくださいな。じゃ」

と、イクタは会議室を後にした。

 

 

 

「おいイクタ、何の話だったんだ?ていうかさっきの爆音は何だ!?あれもお前の仕業だろ!またなにか危ない物作りやがったな!?」

 基地のロビーに戻るや否や、リュウザキが絡んで来た。

「うるさいなぁもう。君は同い年以下と目上の人とで話し方が違いすぎるから嫌なんだ。猫かぶりやがって。俺くらいもっと堂々としなよ」

「お前が異常なんだよ!…確かにお前の貢献度は高い。だが調子に乗りすぎるなよ。目をつけられるぞ。」

「構やしないよ。いいじゃない、調子に乗りすぎたって。俺の場合明日ポックリ逝ってもおかしくないんだし。死ぬ瞬間まで人生楽しまないと損だぜ」

 そう言いながらも、その瞳はどこか悲しそうだった。確かにイクタはいつ死んでもかしくない体だ。それを思い出したリュウザキは声量を落として、一言だけ返した。

「…一理あるな」

「でしょ?さ、任務任務」

イクタは大きく伸び、あくびをしながら歩いていった。

 

 

 

 それから一週間は平和であった。IRISは通常通りに任務をこなし、時たま現れる怪獣も固定砲が処理、固定砲の射程外は無人機が撃破するなど、イクタの発明の貢献度もかなりのものであった。そんなある日、イクタはいつものようにロビーで昼寝をしていた。そしていつものように夢を見ていたのだが、この日の夢だけは、明晰夢だった。

 

 夢の中の世界には、とても美しい光景が広がっていた。青く澄み渡った大空、緑豊かな大地。そして永遠に続いているのではとも思える広大な湖のようなもの。すべて初めて見る景色だった。何より空気も美味しい。

 

「何だここは…ひょっとして天国ってやつか?いやぁ、思いの外早く死んじまったなぁ。俺。まぁでも悪くないな。ここでのんびり暮らすのも」

イクタは呑気なことを言いながら、草原に寝転がり、空を見上げる。

 

「天国なんて非科学的だとは思っていたけど、本当にあったんだなぁ」

 

『残念だが、ここは天国ではない。君はまだ死んでいないからな。』

 

 突然背後から男性の声がした。

「…!誰だ!?」

 起き上がり、振り返って見たが、人の気配はない。

 

『ここは君の故郷、地球の本来の姿だ』

 

 今度は空の彼方の方から声が聞こえた。

「地球…?ははっ。面白いこと言うじゃんか。地球がどんな惑星なのか知っているのか?確かに俺たちは地下生まれ地下育ちだ。だが地上はもっと劣悪な環境なんだぞ。放射能ですっかり汚染されちまって、生き残った僅かな生物たちも、放射能のせいで怪獣と化してしまっている。ここは天国のような空間だが、地球はまるで正反対。地獄でしかない」

イクタは淡々と述べた。

 

『地球がどのような惑星なのか、知らないのは君の方ではないのかな?』

 

 その声は先ほどよりも近く感じられた。

「何?」

 

『そもそも何故君たち地球人は地上を放棄して地下に逃げ込んだのだ?地球人であるのに、自分らの歴史も知らないのか?だが、私は知っている』

 

「すまんな。俺も知ってるぜ。昔宇宙人からの攻撃を受けたんだろ。それで放射能で汚染されて、生き残った人類が地下に逃げてきたんだ」

 イクタは自信満々に答えた。

 

『……やはり誤った歴史が語り継がれているようだな…』

 

「…どういうことだ?」

『侵略などではない。地球人は、自らこの道を選んだのだ』

 その声がそう言った後、イクタの視界に広がる大空に、映像が映し出される。

 

『これは地上に地球人が住めなくなった絶対的な原因。第4次世界大戦の記録映像だ』

 

 

 

 

 イクタは目を覚ました。昼寝は習慣的で、見た夢も覚醒と共に忘れてしまうのが常だったが、今回だけは初めから終わりまで完璧に覚えていた。

 珍しくあくび一つせずに起き上がったイクタは、サイエンスチームの実験室へと向かった。

「あ、チーフ。お疲れ様です」

 

 部下が挨拶をする。部下といっても年上が多いのだが。イクタはその挨拶を無視すると、己のデスクに着き、黙々とコンピュータを操作していく。その姿を見た部下たちがコソコソと話す。

「チーフが集中してる…。天井が落ちてくるかもしれませんよ…」

「まぁ、たまにあるんだよ。このような時も。だから気をつけろよ」

「え?」

「めちゃくちゃ仕事振られるぞ…。今日は残業だな…」

「ねぇそこ。暇なら今から転送する設計図に目を通して。後そっち、そっちは今からシュミレーション実験するから準備して」

イクタがテキパキと仕事を振っていく。

 

「やっぱり…」

 肩を落とす部下たち。

「…どうした?返事」

「は、はい!」

 部下たちが慌ただしく動き始める。イクタはスイッチが入ると、切れるまで個性のないただの天才博士と化してしまう。それでもいつもの不真面目な態度よりはマシなので、部下の中にはずっとこの状態でいて欲しいと願っている者も少なくはない。

「チーフ。今日はどのような装置の開発を行うのでしょうか?」

「放射能クリーナー」

 イクタがそう短く答える。

「…はい?」

 部下は一瞬聞き間違えたのかと思ったのか、唖然としていた。放射能クリーナーの開発はIRIS発足時点より検討され、これまでなんども設計、開発が行われてきたのだが、悉く失敗していた。イクタが初めて失敗した開発でもある。

 

「ど、どうして今更放射能クリーナーなんか…」

 

「…理由は従来のものと一緒だよ。地上を再び人類が住める世界に戻すためだ。どうせこの地下都市にも、長くてあと50年しかいられないんだ。この先を考えるのなら、必要なものだと思うが?」

「そ、それはごもっともです。ですが…」

「あの男の話が本当なら、自分で汚したものくらい、自分で綺麗にしなくちゃいけないし」

イクタは付け加えるように、ボソッと呟いた。

「え?」

「何でもない。やるぞ」

 イクタは内心己を嘲笑っていた。夢に出てきた正体もわからないような声の主の言葉を馬鹿正直に信じて、行動しているのだから。だが彼の語った歴史も、真に迫るような感じはしていた。もしもあれが史実だとしたら、IRISは一体何のために活動しているのだろうか。イクタはそんなことを考えながら、夢の中での対話を思い起こしていた。

 

 

 

 

『核兵器。猛烈な破壊力を持つ地球人史上最強の兵器だ。しかもこれは、放射線をも解き放つ。地球人はこの最大の殺戮兵器で、大戦争を起こした。地球には人口が増えすぎたのだ。残り僅かになった食料や飲料水を巡って、また新たな環境での統治者を決めるために戦った。その結果、地球は今の姿へとなってしまったのだ』

 

「新たな環境での統治者?この地下のことか?」

 

『違うな。戦争終結後、世界各国の政府要人や莫大な富を持つ富裕層は、皆宇宙へと旅立ったのだ。宇宙ステーション、そして火星。それが彼らの新たな生活環境だ。残された該当外の地球人は、地下での生活を余儀なくされた。だから、君らの先祖は地下へ逃げ込んだ。私の力を借りてな。それがこの星の真実だ』

 

 声はそう言った。

「…あんた、一体何者なんだ…?」

 

『私の名はエレメント。今明かせるはそれだけだ。特別な力を持つ存在よ。今君は真実を知った。今後どうするのか、それは君自身で決めるといい。さらばだ』

 

 そう言って、声は聞こえなくなった。

「おい待て!……」

 そこで夢は終わった。エレメント。そう名乗った声の主は、イクタが特別な存在ーリディア・アクティブ・ヒューマンーであることさえも見抜いていたのか。それともー

 

 

 

 その回想は、猛々しい警告音によって途切れさせられた。

「この音は怪獣警報か…?まぁ気にするな。作業を続けよう」

「は、はい。チーフの防衛システムが凌いでくれますしね」

 

 サイエンスチームが作業を続けているところに、壮絶な爆音が連続して聞こえてきた。その直後、部屋の天井から途切れた電子コードが、火花を散らしながら降ってきた。室内は、部屋中の赤い警告ランプで赤く照らされる。

 

「なんだなんだ!?何事だ!?全員無事か!?」

 イクタが声を上げる。

「無事です!!」

「うわぁぁぁぁ!チーフのせいで本当に天井でも落ちてきたんじゃないんですか!?」

 部下の一人がそう嘆く。その時、通信用のモニターが自動で点灯し、支部長の顔が映った。

「イクタ隊員!直ちにアイリスバード一号機に乗り込みたまえ!IRIS出動だ!」

「出動って、俺の固定砲と無人機は!?あれで凌げるはずだが…」

「残念だが全滅だ。砲台も、この基地のものは全て潰されてしまった。目標へ大したダメージを与えることもできていない!」

「んな馬鹿な…!俺の作品が敵わない怪獣だと…?……イクタ了解。直ちに出動する!」

 

 彼は白衣を脱ぎ捨て、隊員服に着替え、すぐに航空機格納庫へ走る。格納庫では、既に一〜四号機までの出撃準備が整っていた。

 

「イクタ!遅いぞ!早く乗れ!」

 イケコマ隊員が命令する。

「わかってるって!イケコマさん、リュウザキ借りるよ!」

と、リュウザキの首元を掴み、一号機のコクピットへと乗り込んだ。

「お、おい!俺は先輩と二号機との指示だぞ!」

「非常時だ。構わん。エースであるお前の判断と人選を信じる。」

 イケコマがそう答える。

「オッケー、ありがとう。」

 イクタは手早く整備点検を行うと、早速エンジンを蒸す。その後、各機通信機に司令からの命令が伝達される。

 

「今回の任務は、目標怪獣の撃破だ!イクタ隊員の防衛システムを突破した強敵だ!心してかかれ!」

 

「一号機了解。」

「二号機了解!」

「三号機了解!」

「四号機了解!」

 

 全機のエンジンが熱を帯び始める。

 

「アイリスバード全機、発進!」

 

 イクタの掛け声により、アイリスバード全機が同時に飛び立った。怪獣は基地の既にすぐそこまでに迫っていたため、飛び立つや否やすぐに目視できた。

 

「もうこんなところにまで…。しかも、相当でかいな。ザッと60メートルはあるんじゃないか?」

 

 その怪獣は全身が鉄分の含まれた岩石のようなものに覆われているためか、体重を支えきれないのだろう、四足歩行でのっしりと、かつ確実に基地を目指して歩行していた。巨体の割には頭部は小さく、頭の先端には小さなツノが確認できた。不定期的に、その口から破壊光線を放っている。

 

「あいつ完全に基地狙いだな。ここまで明確な目標を持って行動している怪獣は初めて見るぜ」

 リュウザキがそう言う。

「だが相手が悪かったな。俺たちはIRIS最強の、TKー18エリア支部だ。それに今日は、スーパーエースの俺がいる。フォーメーションAで行くぞ。まずは目標の進路から基地を外す」

イクタが指示を出す。

「了解!」

三号機と四号機が怪獣に接近し、レーザー機銃を放った。レーザーは首元に着弾し、大きな火花が散る。

 

『ガアァァァァァ!!』

 

 という雄叫びと共に、顔を三号機と四号機に向ける怪獣。そこに一号機と二号機が再び首元を狙い、背後からレーザー機銃を撃った。同じ要領で、顔をこちらに向ける怪獣。怪獣はそのまま体をゆっくりと反転させ、アイリスバード達を追い始めた。

「こちらイクタ。司令、とりあえず進路は変更させたよ。そっちは市民の避難に全力を尽くしてくれ」

「流石だイクタ隊員。街のことは我々に任せろ」

「了解。」

 怪獣はその巨体に似合わない結構な速度で、アイリスバードとの距離を縮めてくる。

「どうするイクタ?あの体を削るのは相当しんどいぞ」

 リュウザキが訊ねる。

「わかってるさ。でも岩石系の怪獣ってのは、どうしても首元の皮膚は他に比べて薄く柔らかくなってる。じゃなきゃ首が回らないからな。さっきはレーザー機銃だったが、今度はミサイルであの首元を吹っ飛ばす。フォーメーションBだ」

「了解!」

 四号機がその身を翻し、怪獣の首元へと突っ込んで行く。

 

「ミサイル発射!」

 

 シュゴォォォォ…という爆音と共に、二発のミサイルが、首元目掛けて放たれた。だがそのミサイルは着弾することなく、怪獣から放たれた破壊光線に呑まれ、空中で爆散してしまった。

「命中せず!」

四号機が一旦その場を離れる。だが、今度は四号機の真後ろにいた三号機が、間髪入れずにミサイルを放つ。

「あの威力の光線じゃ、連射は効かないはずだ!これでフィニッシュだな!」

勝利を確信した三号機パイロットだが、虚しくもその自信は、瞬く間に消え失せた。怪獣が首を伸ばし、ミサイルを噛み砕いたのだ。怪獣の口内から煙がもくもくと上がって行く。

 

『ガアァァァァァ!!』

 

 怪獣は大きく咆哮すると、再び破壊光線を発射した。そしてその光線は、三号機を正面から飲み込んだ。三号機は一瞬にして爆発し、灰と化した。

 

「!!」

 イクタは驚きのあまり声も出なかった。

「司令!こちらリュウザキ!三号機大破!あれでは生存者は…」

「なんだと!?浮沈と謳われたアイリスバードが…」

 司令官も信じられない、という顔をしていたのだろう。通信機から流れる音声だけでも、それを読み取ることができた。

「どうするイクタ!正面から行くのは危険すぎる!」

二号機からイケコマがそう叫ぶ。

「だが、アイリスバードの装備で、体を削り取って撃破するのには限界がある!首元を狙うしかない!もう一度、フォーメーションBだ!俺が突っ込む!」

 イクタが操縦桿を握り、機体を大きく反転させ、怪獣と向かい合う。

「落ち着けイクタ!いくらお前でも無茶だ!」

 リュウザキが反論する。

「俺の腕を疑うのか!?」

「そうじゃない!だがあの光線を見ただろ!お前がここで死んだら、それこそこの支部は終わりだ!頭を冷やせ!」

「くっ…」

 押し黙ることしかできないイクタ。仕方なく、怪獣の頭上を通り過ごし、再び距離をとった。そこに追い打ちをかけるように、聞きたくもない情報が入ってきた。

 

「イクタチーフ!大変です!」

 サイエンスチームの部下からの通信が入った。

 

「なんだ!?」

「あの怪獣、身体中からリアルタイムで放射線を出しています!基準値をはるかに超える放射能濃度です!」

「マジかよ…!」

 リュウザキが拳を窓ガラスに打ち付ける。

 

「俺の防衛システムを突破するほどの戦闘能力を持つ、確実に基地を狙って行動している放射能を撒き散らす怪獣…こいつは本当に地球生まれの野生の怪獣なのか…?あるいは…」

 イクタがブツブツと唱える。

「気を散らすなイクタ!放射能を撒き散らしていることがわかった以上、1秒でも早く撃破するか追い返すかの二択しかない!地下まで汚染されちまったら、人類は絶滅だぞ!」

「…なら、やはり正面から特攻するしかない。リュウザキ、俺に命を預けてくれ。」

 イクタは再び大きく旋回し、怪獣の正面へと回る。

「ちっ…わかったよ!それしか方法がねえなら仕方ねぇ!絶対に落とすんじゃねーぞ!」

「任せろ。この俺が操縦する飛行機が、墜落するはずはねぇよ!」

一号機はその速度をマッハ3まで上昇させ、怪獣の首元へまっしぐらに突っ込んで行く。

「ミサイル発射!」

 発射したミサイルよりも早く飛ぶ一号機。

「二号機より一号機へ!例の光線が来るぞ!」

 イケコマが叫ぶ。イクタは操縦桿を強く握り、怪獣と衝突する寸前のところで機体を上昇させた。

「かわした…!流石だぜイクタ!俺たちの勝ちだ!」

 

 リュウザキがガッツポーズをする。だがその瞬間、機体はガコン、と縦に大きく揺れた。機体の後部が、怪獣に咥えられたのだ。

「な、なんで…ミサイルは…?」

 挙動不審に声をあげるイクタ。発射したはずのミサイルは、どこかに消えていた。

 

「……はっ、ハハハハハハハ!どうなってるんだよこれ!なぁリュウザキ!人生って、こんなにあっさり終わるもんなのかよ!」

イクタが突然笑い始めた。恐怖から精神がおかしくなってしまったのだろうか。

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇぞ!テメェ、俺の命を預かっただろ!ならその責任は果たせ!」

リュウザキはそう叫びながら、必死にエンジンを蒸して脱出を試みている。機内の放射能メーターは毎秒ごとに上昇しており、機内の濃度は既に基準値を超えていた。

 

 怪獣は一号機を咥えたままの状態で、喉の奥を光らせた。光線発射の準備だ。もはやこれまでなのだろうか。

「イクタ隊員!イクタ隊員!応答せよ!」

支部長の声が聞こえて来る。だがその声も虚しく、次の瞬間、一号機は怪獣の放った破壊光線の中へと消えて行った。

「…一号機…撃墜確認…。た、ただいまイクタ、リュウザキ両隊員の安否を、確認中…」

四号機から、力のない声が通信機を通して基地内司令室に流れた。

「…IRIS、直ちに撤退せよ。放射能もある。TKー18支部並びに、このエリア一角を、本日付で閉鎖する……」

支部長はそう言いながら、気を失った。

 

 次の瞬間、暗黒のムードの中にあったTKー18エリアを、眩い光が包んだ。全員、思わず目を瞑る。

 

 

『シャァァッ!』

 

 

掛け声のような叫びとともに、その光の中から現れたのは、身の丈55メートルはあるであろう、光の巨人であった。

 

 

                                                                                                        続く。



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第2話「責任」

第2話  「責任」〜放射怪獣レジオン、迷子怪獣マヨエール登場〜

 

『シャァァッ!』

 

 大きく声をあげた光の巨人は、基地を守るように、怪獣の前に立ち塞がった。

 

『ガァァァァァァァ!』

 

 怪獣も吠えかえす。

「な、なんだあれは…?」

 二号機から、その光景を眺めていたイケコマは呆気にとられていた。それは基地内の首脳陣たちも同じであった。

「一体どこから現れたんだ…?」

 パイロット司令官が、誰に訊ねるわけでもなく独り言のように呟く。生き残ったアイリスバードはその隙に全機着陸を果たした。隊員たちが銃を構え、飛行機を降りる。

「今のうちに、市民避難の援護をしましょう!」

「そうだな。全員、避難援護に当たれ!」

「了解!」

隊員たちが市街地へと走りだした。

 

 

 

 その少し前であった。イクタはふと目を覚ました。無限に続いているのではないかとすら思える、光の中にその身を漂わせていた。

「…生きて…いるのか?」

イクタは自身の体を眺め回す。怪獣の光線に、アイリスバード諸共飲み込まれたはずなのだが、全身には傷一つ見当たらない。

 

『君は私が助けた』

その時、聞き覚えのある声がそう囁いた。夢の中に出てきた声だ。確かその名は…

 

「…エレ…メント…?」

イクタが記憶を掘り返しながら呟く。

 

『そうだ。私はとある人物に、君を救うように頼まれてやってきた。だが申し訳ない。君の友人を助けることは敵わなかった』

「友人……?…!リュウザキか!?あいつはどうなった!?」

『残念だが…』

 エレメントはそれ以上何も言わなかった。

「…そんな…。命を預けろと言った俺が生き残って、俺に命を預けてくれたリュウザキは死んだってのかよ…」

 イクタは嘆いた。

『悔やんでいる時間はない。私と一体化…ケミストして戦うのだ。あの怪獣、レジオンとな』

 エレメントはそう言った。

「悔やんでいる時間はないだと…?ふざけるな…。何故あの状況から俺を救い出すことはできて、リュウザキは見殺しにした!?答えろ!!」

 イクタは叫ぶように怒鳴った。

 

『…申し訳ない…』

 エレメントは黙り込んでしまった。

 

「…いや、俺も悪かったよ……。あいつの死は俺の責任であって、あんたの責任じゃない…」

 イクタも黙り込んでしまった。空間にはしばらくの間、静寂が訪れる。

『イクタ。私と共に戦うのだ。このままでは、さらなる犠牲者を生みかねない』

 エレメントの言葉が、静寂を切り裂いた。

「…あんた一人でにしてくれ。今はそんな気分じゃない」

 

『それは不可能だ。私の体は、君を怪獣の攻撃から守る時にそのほとんどが吹き飛んでしまっている。君と一体化しなければ、体を生成することすらままならないのだ』

 

 イクタは目を丸くした。

「…なんであんたは、そこまでして俺を守った?」

『言ったはずだ。とある人物に頼まれたのだとな』

「…それは誰だ?」

『今は開かせない』

 イクタは頭をかいた。こいつは肝心な、自分の正体についてほとんど話さない。このままでは、会話に進展など生まれないだろう。

「…わかったよ。リュウザキを殺したのは俺でもあるし、あの怪獣でもある。とりあえずあの野郎をぶっ殺す。で、どうすればいい?」

 

『これを託そう。左腕に装着し、ケミスト、エレメントと叫べばいい』

 

 イクタの目の前に、大きな円盤型のスピナーが目立つ、腕輪のようなものが現れた。

 

『エレメントミキサーだ。私の本体は、今はこの中にある。』

 

 その言葉の通り、声は今までのように遠くからではなく、エレメントミキサーから聞こえてきた。

 

『この空間の中は時間が流れていない。状況はあれからあまり変わってはいない。今からでも遅くはない。イクタ、変身だ』

 

「何かと都合いいな、あんた。…まぁいいや。ケミスト!エレメントーー‼︎」

ミキサーのスピナーが大回転。光の空間は急激に縮小し、イクタの体に纏わり付いた。その後、ミキサーから強烈な光が生じ、その光の中から現れたのは、みるみる巨大化していくエレメントの本当の姿だったー

 

 

 

 

 イクタ=エレメントの目の前には、リュウザキや三号機の隊員の命を奪った怪獣がいる。

『…シュワッ!』

 エレメントは地を蹴り、怪獣に正面から突っ込んだ。首元を掴み、チョップを繰り出す。

「…!巨人が動いた!」

 基地に残っていた職員たちは、撤退命令も忘れ、モニターに映った戦闘の模様を固唾をのんで見守っていた。

 

『ガァァァァァ!』

 怪獣は悲鳴をあげた。エレメントは、間髪入れずに蹴りやパンチを命中させていく。

 

『ハッ!シャアァ!』

 大きく吠えながら、次々に怪獣に攻撃していく巨人。どこか怒りに燃え、乱暴に戦っているようにも見えた。

 

『イクタ!落ち着け!それではすぐにエネルギーを消耗してしまう!』

 イクタの脳内にエレメントがそう語りかける。だがイクタは聞く耳を持たなかった。いや、まず自分が巨大なエレメントとして戦っていることさえ、理解しているかどうか怪しかった。変身するや否や自分の体を確認することなく、怪獣に突っ込んで行ったのだから。

「…あの怪獣に一方的に攻撃を…強い…」

 司令官たちも黙って戦闘を見ていることしかできなかった。

 

『シャアァァァァ!!』

 強烈なパンチが、怪獣レジオンの頭部を直撃した。あの重量系の岩石怪獣が、後ろに数十メートル吹っ飛んだ。ズシンッという鈍い音とともに、地面が大きく揺れる。

 

『グガァァァァ…』

 レジオンはうな垂れたように鳴いた。だが巨人は攻撃の手を緩めなかった。仰向けに倒れてしまった怪獣レジオンに近づくと、その背中に腕を回しー

「も、持ち上げやがった…」

 司令官が呆気にとられた。そう。レジオンを頭上に掲げたのだ。

『ジャアァァァァァ!!』

 そして思い切り地面へと叩きつけた。先ほどよりも重く鈍い音、そして震動が起こる。巨人は既に肩で息をしていた。胸の青色だった丸い光球体も、今では音を鳴らしながら、赤く点滅している。体重が重い分、とてつもないGがかかったレジオンは、悶絶し、起き上がることすらままならない。

 

『イクタ!ミキサーにエネルギーを充填するんだ!トドメを刺すぞ!』

 

 巨人は右腕を天井へと高く伸ばした。スピナーが回転し、周囲のエネルギーを集めていく。その後、右腕を前に、腕を胸の前で十字に重ねた。

『ケミストリウム光線!!シャアァァァ!』

 十字に組まれた腕から、レジオンの吐くものとは別種のようだが、同じく光線が放たれた。仰向けになっていたレジオンの腹部に無抵抗に命中し、レジオンは大きな悲鳴をあげながら、爆発し灰と化した。

 

 

 

 

 それから1時間が経過していた。IRISTKー18支部は臨時に、基地のロビーに全職員を招集した。生き残った人数を把握するためだ。支部長も、どうにか気を取り戻していた。

「固定砲付近にいたスタッフが67名死亡。航空機格納庫付近にいた隊員、及び職員が合わせて37名死亡。アイリスバードに搭乗し出撃していた隊員、計5名が死亡。先ほどの襲撃時に基地にいたスタッフ543名中、109名が死亡しました。重軽傷者を含めれば、大変な数になります」

 人事部がそう報告する。

「109名……」

 補佐官が絶句する。

「市街地への直接な被害はないため、今の所、市民の死傷者はいないとの情報です」

 避難のサポートをしていた隊員がそう報告した。

「しかし、あの巨人が現れなければ、もっと大変なことに…」

 情報局長は青い顔をしている。

「あぁ。どうにか撃破することができた。閉鎖する地区も最小限に止まるだろう」

 と司令官。

「しかし、我々は大きすぎる損傷を被った…。特に彼の死は…」

 支部長はまたもよろめき、気を失いそうになる。それを部下が慌てて支える。

 

「おっと、勝手に殺されちゃ困るぜ、おっさんたち」

 聞き覚えのある声だった。全員が声の方向へと振り向く。そこに立っていたのは、ほかでもない、イクタ・トシツキ隊員だった。

「……イクタ……なのか…?」

 支部長が今にも消えてしまいそうな声で訪ねる。

「あぁ。あの巨人が助けてくれた。俺は無事だ」

「そうか…そうか…!無事か!」

 支部長は相変わらず小さな声だったが、少し気力が戻ってきているようだった。

「しかしこのままでは終わるまい…これからが大変ですな…」

 情報局長がハンカチで額を拭った。

 

 

 

 

 局長の不安は的中した。翌日、早朝から基地はマスコミに取り囲まれていた。当初は塩対応を貫くIRISであったが、増えすぎた報道陣に押され、止むを得ず緊急会見を開くこととなった。

 

「えー、只今よりIRISTKー18支部による緊急記者会見を開きます…」

 支部長の一言により、記者からの質問が殺到する。

 

「IRIS内部に多くの犠牲者を出したようですが、それはIRIS組織の防衛力の不足から生じたと言えるのでしょうか?その辺に関して、どういった認識なのでしょうか?」

「怪獣来襲により、住居を失った市民に対して、どのような保険が下りるのでしょうか?」

 その他にも、矢継ぎに質問が飛んでくる。

「えー、私がお答えします」

 情報局長が立ち上がる。

 

「まずは、この度亡くなられたスタッフのご遺族の皆様に対して、謹んでお悔やみ申し上げます。彼らの知恵や能力には、これまで何度も助けられてきました。そのような魅力ある人材を108名も失ったということは、我々にとっても大きな損失となり、誠に無念に思っております」

 IRIS首脳陣は、揃って記者陣に対して、深く頭を下げた。カメラのフラッシュが連続する。

 

「しかしながら、我が支部の防衛力が不足しているということではない、と認識しております」

 

「…?」

 記者陣がざわつき始める。

 

「怪獣発生地点付近の住宅街は、物理的被害に加え、放射能汚染もあるので封鎖とさせてただきました。それに伴い、多くの市民の方々がお住まいを失われたことに関しては、本日午後中にも、保険制度のご案内などの情報を通知いたします。ですが、市民の皆様からは一人の死者も出ておりません。我々IRISの存在意義は、市街地の治安を守り、市民皆様の平和と財産、生命を守ることにあります。平和と財産に至っては、守り抜くことはかないませんでしたが、その生命を守り抜くことはできました。怪獣も撃退できましたし、防衛力の不足があるとは思っていません」

 

 局長はそう言い切った。再びフラッシュが連続する。

 

「しかし、さらなる防衛力を伴っていれば、スタッフの死傷者はここまで多くは出なかった。それは違いますか?」

「違います。それは結果論に過ぎないのではないでしょうか。いかに強大な軍事力を持っていたとしても、我々IRISが市民の盾となり戦う限り、犠牲は必ず生まれるのです。IRIS入隊の時に、入隊の決まった本人と、そのご家族には同意書にサインを頂いているはずです。IRISは、その命を市民に捧げた組織です!」

 

記者陣のざわつきが大きくなる。そこに一人の記者は手を挙げた。

 

「私からもいいでしょうか?TK毎日新聞のものです」

「どうぞ」

 

「怪獣を撃破した、あの謎の巨人。あの巨人は、IRIS管轄下の新兵器か何かでしょうか?」

 

 やはり巨人の存在を隠し通すことは不可能のようであった。実際、多くの市民にも目撃されている。

「…我々の管轄下にある存在ではありません。結論から言うと、まだ彼が何者なのか、それすらもわかっておりません」

記者の質問が、巨人に関することへとシフトした。

 

「正体不明ということでしょうか!?つまりIRISは怪獣の撃破を、正体不明の存在に先を越されたということですね。やはり、防衛力には欠陥があったんではないのですか!?」

 

「あのおそるべき怪獣をも撃破した存在です!かなり大きな力を持っており、危険な存在だと思われますが、次に怪獣と巨人、両方が出現した際には、IRISはどのような行動をとるのでしょうか!?」

「落ち着いてください!これにも私が順を追ってお答えします!」

 情報局長が記者陣を制する。

 

「待てよ」

 短い一言だったが、その声はかなりの声量だった。会見場の全員が、声のした方向へと顔を向けた。イクタだった。

 

「あんたらピーピーうるさいなぁほんと。俺が説明してやるよ」

 イクタはそう言うと、局長をどかし、マイクの前へと立った。記者たちはポカンとしている。

「おっと自己紹介がまだだったな。どうも、IRISTKー18支部のエースパイロットにしてサイエンスチームのチーフという肩書きを持った正真正銘の天才青年、イクタ・トシツキだ。以後お見知り置きを」

「ば…馬鹿者!なんで出てきた!?」

 局長が小声で怒鳴る。

「俺が馬鹿だって?あんたよりは頭いいよ」

「そういうことを言っているんじゃない!これは私たちの仕事だ!隊員は引っ込んでろ!」

 局長の制止を無視して、動こうとしないイクタ。

「イクタ隊員…とお呼びすればよろしいですか?」

 記者の誰かが訊ねる。

「いいよ」

 短く答える。

「ではイクタ隊員、あなたが説明するとは一体…?」

「俺はアイリスバード一号機に乗って怪獣と戦った隊員だ。だが俺の指揮のせいで4人もの隊員の命を犠牲にしてしまった。この場を借りて、遺族に謝罪する」

イクタは深々と頭を下げた。

 

「そして俺は、あの巨人に命を救われた。おそらく、奴と最初にコミュニケーションをとったのはこの俺だ。だから、俺が知り得る巨人の情報を、できる限り説明する、ということだよ」

記者陣から感嘆の声が湧く。

「巨人とコミュニケーション…それは具体的にはどのようなコミュニケーションでしょうか?」

 

「会話さ。我々地下人類の言語で、直接会話ができた」

 

 ざわつきが大きくなる。IRIS首脳陣も、思いがけぬ発言に目を丸くしている。

「あの巨人と会話ができるということは、あの巨人の…」

「あー。ちょっと待って」

 イクタが記者の質問を遮る。

「エレメント。それがあいつの名前だよ」

「…ではそのエレ…メント…?と会話をして、何か得た情報などはありますか?」

 

「まず言い切れることがある。エレメントは決して敵ではない。そのことに関しちゃ、俺のクビでもなんでも賭ける」

 イクタは堂々と断言した。

 

「なぜ、そう断言できるのでしょうか?その結論に至った理由を教えください」

 

「まず第一に俺の命を救ったこと。第二に怪獣を仕留めたこと。そして第三に、俺の搭乗してた一号機には、もう一人の パイロットが乗っていたのだが、その隊員の命を救えなかったことを深く詫びていたこと。この三つの事例でも、少なくとも敵ではないという結論に達するには十分なはずだ」

 

「……わかりました。現場の隊員の証言です。嘘ではないでしょう」

 記者たちが一斉に、記事にするためのメモを取り始める。チラリと見えたメモの主題には、『あの巨人は味方か。生死をさまよった隊員の証言』というのが見えた。よくもまぁ、この一瞬でこのタイトルが書けるものだ。流石にプロの記者たちである。

 

「それで、確か防衛力のうんたらに関しても、また質問があったよね?俺の意見は局長と同じだよ。我々は現段階でも既に強力な防衛システムを持っていると胸を張って言える。事実、これまで何百回という怪獣発生騒動が起きてきたが、その度に市民からの死傷者や、市街地への被害は一切出してこなかった。それだけ、今回現れた怪獣が規格外だったっていうことだよ」

 

「…ですが、怪獣発生時に我々が頼れる組織はIRISしかないわけです。そのIRISに、規格外だった、とか、想定外であった。そのような弁解をされても困るわけです」

 記者の一人がそう言った。

「無茶言うなぁ。まぁその通りだとは思うけど。事実我々は地上に関して無知すぎる。怪獣に関してだってそうだ。奴らがどれだけの数いて、どれだけの力を持ってるかなんて、正確に知れるはずがないじゃない」

 イクタはやれやれ、といった表情でそう言った。

「そ、そのように開き直られても困るわけで…」

「誰が開き直ってるって?……俺たちは無知だ。この天才である俺だって、地上のことに関して知ってることは少ない。何故なら情報がないからだ。天才っていうのは、与えられた情報、教わった知識を死に物狂いで頭に叩き込み、活用できる力を得た人間のことだ。故に俺は地上に関してはただの無知識野郎だ」

 イクタは続ける。

「だから必死に情報を得ようとする。実際、科学者でもある俺にとって、地下に紛れ込んできた怪獣は脅威でもあり貴重なサンプルでもある。そして沢山のサンプルから得られた情報を基に、今の防衛システムがある。今回はその上をいく怪獣が出たってだけだ。だから奴をもう一度分析し、今度あのレベルの怪獣が現れても対応できるようにする。それじゃいけないのか?」

「…最初から、ある程度の脅威レベルを仮想定し、高い水準の防衛レベルを築くことはできないんでしょうか?」

 記者はそう言った。

「できるよ。もっとIRISに資金があればね。そうじゃないからあくせくやりくりしてるんだよ。地下に紛れてくる怪獣ってのは、9割が地上での居場所を失った弱い奴らだ。あんたらは野良犬一匹追い払うのに、高価な戦術兵器を使うのか?そのためのお金をうちに落としてくれているのは、あんたら市民なんだぞ?」

 もう反論できる記者は一人としていなかった。

「…もう質問はないみたいだね。さぁ解散解散!こっちも忙しいんだ。帰った帰った」

パンパンと両手を叩きながら、イクタは会見場からマスコミたちを追い出した。

 

「イクタ、よくやった。市民からのイメージダウンは避けることができたかもしれん」

 支部長がそう言った。

「いやそれどころか、我が組織が常に市民の安全のために命をかけていること、そして発展を続けていることまでアピールできている。文句なしの会見だったでしょう。…口はすこぶる悪かったがね」

 補佐官も絶賛していた。

「別に。俺の防衛システムにケチつけられたのが気に入らなかったんだよ」

 イクタは面倒臭そうに言った。

「まぁ、結果オーライとしましょう…。ヒヤヒヤしましたよ」

 局長もひたいの汗をぬぐいながらそう言った。

「…でも、さっきも彼らの前で言ったように、4人を殺したのは俺だ…。少し一人になりたい。任務があれば、他の隊員を使ってくれ」

 イクタはそう言って、基地へと戻って行った。

「…大丈夫ですかねぇ、イクタ君。あぁはしていますが、結構引きずるタイプですよ彼は」

 補佐官がそう言った。

「特にリュウザキ隊員の死は大きい。イクタが心を許して話せる、唯一の隊員だったからな…」

 司令官も腕を組んだ。

「彼には早くいつもの様子に戻ってもらわないと…。彼自身も、1日1日を無駄にはできない体だ。まさか、自殺だなんて考えてなければいいんだが…」

「支部長はいつも考えすぎなんですよ。イクタ隊員のことが心配なのはわかりますが…。なに、奴はそんなタマではないですよ」

「…だと、いいんだがな…」

 首脳陣たちは会見場の後片付けに取り掛かった。

 

 

 

 

『ケミストリウム光線!!シャアァァァ!』

 

 

 時間は1日前に飛ぶ。エレメントとレジオンの戦闘を、リアルタイムでモニタリングしている謎の集団がいた。

 

「ふぅむ。レジオンが敗れるとは…。エレメント、思いの外強いな」

 

 そう唸ったのは黒ローブに身を包んだ、初老を迎え始めている、おそらく50代であろう男性だった。

 

「いや、それよりも地下人類の科学力に驚かされたぜ。あたしがあのミサイルを処理しなかったら、人間だけにレジオンを殺されるところだったぞ」

 

 同じく黒ローブに身を包んだ10代半ばの少女が、演技ではなく本当に驚いているように言った。どうやらこの集団は、全員が黒ローブを着用しているらしい。

 

「まぁ、当初の目的は成功しましたな。あわよくばレジオンだけで最終目標まで達せれば…とも思っていましたが、そう甘くはなかったですね」

 かなり歳を食っていそうな白髪の男性がそう言った。

 

「それは甘く考えすぎだ、ダーム。だがお前の言う通り、敵の戦力、対応力、そして地下への怪獣運搬の実験。この作戦は成功した」

 ダームと呼ばれた老人の呟きに対して答えたのは、リーダー格らしい10代半ばの少年だった。

 

「だが一つ計算外のことがあったとすれば、あの巨人の出現だろう。エレメント…なぜあいつがこの時代に…」

 リーダーの少年は腕を組んだ。彼は、考え事をするときには、座って腕と足を組む癖がある。

 

「エレメントはあたしたちの敵!ローレン、まずは復讐が先だ!」

 少女が叫ぶように言った。

 

「落ち着け、キュリ。我々の復讐の対象はエレメントだけではない。それに、物事は順序をしっかりと組み立ててから実行に移す。その時々の感情だけで動いても、失敗するだけだ」

「…わかった。ローレン、お前を信じる」

 キュリと呼ばれた少女はそう言った。

 

「で、ローレン。次はどうする?お前には今、何が見えている?」

 50代くらいに思える男性、ラザホーがそう訊ねる。

 

「まだ未来は動いていない。エレメントも、しばらくは放置で良さそうだ。だがこいつ…ひょっとしたら俺やキュリと同じ人種かもしれん」

 ローレンがそう言って指した人物は、イクタ・トシツキだった。

「こいつの未来は読めない。キュリと同じだ。こいつも何らかの能力者だろう。気をつけた方がいいな」

「こいつか?ローレン、こいつアレだぞ。エレメントに変身した奴だ」

 ラザホーが言った。

「…なに?」

 

 

 

 

 イクタは一人、基地の屋上の隅っこの方のフェンスに腰掛けて、天井を見上げていた。地下には当然ながら空がない。故に、空の色で時刻を知ることは不可能に近いーそもそも現代を生きる地球人は、青い空や夕焼けを見たことがないからなんでもないのだがー腕時計を確認すると、時刻は午後16時前であった。ここでこうしているうちに、かれこれ3時間が経過していた。

 彼はここで、昨日の戦闘を思い出していた。未知なる力を持った怪獣だったのだ。もう少し慎重に戦っていれば、三号機のクルー達は死なずに済んだかもしれない。自分が恐怖に支配され、考えることを放棄しなければ、リュウザキも生きていただろう。いや、あの時自分も死んでおくべきだったのだ。エースにはエースの責任がある。リュウザキの命を預かった責任もあった。遂にその両方共に果たせなかったのだから。

 

「この死に損ないめ…」

 このセリフは自分に対して吐かれたものだった。

 

「やっぱりここにいたな?イクタ。」

 不意に聞き慣れた声がした。その方向を振り向くと同時に、頭にコツンと缶コーヒーが当たった。

 

「…トキエダ隊長…」

 そこにはイクタをIRISにスカウトした張本人、トキエダがいた。

 

「お前が悩み抱えてる時は、大抵ここにいるからな」

 よっこらしょ、とトキエダはイクタの隣に座った。

「やっぱ昨日のこと、思いつめているのか?」

「そりゃそうでしょ…。しかも俺だけ中途半端に生き残ってしまったんだよ…。リュウザキのやつ、今頃なんて思っていやがるかな…」

 イクタは缶コーヒーを開け、一口口にした。しかしその直後、顔を歪める。

「…トキエダさん。俺甘いの苦手なんだけど…」

「ははは。すまんな。だがこういう時に苦いものは飲むものじゃないぞ。冗談抜きで、精神的にも苦い思いをしちまう」

 トキエダも、缶コーヒーを口にする。

「でもなイクタ。今回の問題で頭抱えてるのはお前だけじゃない。それを知っておいてほしいな。」

 トキエダが立ち上がる。

 

「俺はこのIRISTKー18支部パイロット隊長。階級的には、補佐官の下に当たる結構なポストだ。だが隊長である俺は、他の任務があって、現場にいることができなかった。それが何を招いたのか。それはお前が、パイロット達の死の全責任を負わせられたかのような風潮だ。俺が出動できていれば、同じ結果だったとしても責任は俺が取れたが、実際はそうじゃなかった。本当は、お前が今こうして悩む必要もなかったわけだ。この件に関しては、俺の責任だ。お前のではない」

「…それは違う。あいつらは現に俺の指揮のせいで…」

「まぁ最後まで聞けや。そして補佐官や司令は、俺を別任務につかせてたことを後悔しているし、支部長は支部長で、人事配置の欠陥があったことに後悔している。結局みんなそうなんだよ。これだけの人が死んだんだ。それぞれが、それぞれの責任を感じて当然なんだよ。お前だけが思い詰めているんじゃないんだ。それに、お前にはまだ死んでもらうわけにはいかない。生かされた命を、今後どう活かしていくのか。それはお前の自由だ。だが、108名の死を無駄死ににすることだけは許されない。それが、能力者であるお前が本当に感じ、果たすべき責任だ。こんなところでクヨクヨしている暇があったら、今できることをやれ。以上」

 トキエダは大きく背伸びをすると、グイッと缶コーヒーを飲み干した。

 

「……そうだな。あいつらの死のおかげで、取得できたデーターもある。ありがとよトキエダさん。励ましてくれて」

 イクタはそう言って、屋上を後にした。それを見届けたトキエダは、人知れず涙を流した。

「…本当に…本当にすまなかった…。この俺を許してくれ…」

 その言葉は、おそらく天へと旅立った部下達へのものだった。

 

 

 

 

 サイエンスチームの部屋へと戻ったイクタは、早速自分のデスクに腰をかけた。

「あの怪獣の分析はどの程度進んでる?」

 イクタが部下達に訊ねる。

「今一部の職員が、防護服を着用して現場検証に向かっています。彼らが、奴の出した放射能を調べています。怪獣の破壊光線の分析は既に完了しました。…ですが、今の地球に存在する鉱物で、果たしてあの火力に耐えうるバリケードを作れるかどうか…」

 部下の一人がそう答えた。

「私はあの怪獣の行動パターンをプログラミングしましたが、チーフのご指摘通り、やはり不可解な点が多くあります。まず間違いなく、地球生え抜きの野生の怪獣ではないでしょう。意図的に、行動プログラムが仕組まれていたとさえ思えます。それに、放射能を撒き散らす怪獣など聞いたことがありません」

女性スタッフがそう答えた。

「……」

イクタは額に手の甲を当て、しばらく沈黙した。

 

「…そうか。だとすると、敵はおそらく俺たちと同じ人間だろうな」

 イクタはそう断定する。それ以外にはあり得ないだろう。

 

「…ですが、地下世界で最も先を行く科学技術を擁しているのは我々IRISです。ということは、組織内に裏切り者が…?いやでも、確か昔本部で怪獣兵器の開発実験が行われ、失敗したという報道もありましたよね?あのレベルの怪獣を生み出せる支部などどこにも…」

「誰が地下人類が敵だと言った?」

 イクタが部下の言葉をさえぎった。

「え?…それはどういう…?」

 

「…整理しよう。襲ってきた怪獣は、襲来No.345、固有名放射怪獣レジオン。この名前は今俺がつけた。従来の怪獣と違い、明らかに人間への攻撃意思を持っていた。加えて我々の擁する火力兵器の一切を通さない硬い装甲、アイリスバードすらも一撃で粉砕する破壊光線。体中から常に放たれている放射線。どこをどうとっても、まるで人類を滅ぼすために生まれてきたような怪獣だった。この怪獣からは、幾つかの人間的意思を汲み取ることができた。まずは、我々の出方を見る、ということ。人為的な何かを感じた怪獣はこれが初めてだ。おそらく、敵側としても、初の目論見だっただろう。敵の最終目標は、レジオンの性能を見ればわかる通り、我々人類の絶滅だろうな。だから敵はまず我々の出方を知る必要があった。我々の戦力や対応力の確認といったものがそれだ。今回の怪獣事件は、敵側の実験にすぎない、というのが俺の見解だ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。その敵、というのは一体…?」

 たまらず部下が質問する。

「さぁな。さすがにそれはまだわからん。もしかしたら、人間じゃなくて宇宙人かもしれない」

「そりゃそうですよ。人間はみんな、地球の地下で暮らしているんだから」

 イクタはこれを聞いて思い出した。エレメントから、世界大戦の後の人類分布を聞かされていたのは、そういえば自分だけだったのだ。それを忘れて、部下たちもそのことをわかっているという前提をもとにペラペラと喋ってしまった。道理で、反応が悪いわけだ。

「しかし実験というチーフの推測が当たっていたら、恐ろしいですね。あれ以上の怪獣がそうなんども現れたら、本当に人類は滅亡してしまう」

「そこが問題だ。人間と怪獣、時間が経つにつれて、不利になるのは人間の方だからな…」

イクタが腕を組んだところに、現場検証に向かっていたチームからの連絡が入った。

「チーフ大変です!驚きの結果が出たんです!!」

通信を入れるや否や、甲高い声が部屋中に響いた。

「うるさいなぁもう。落ち着いて話せよ」

 

「落ち着いてなんかいられませんよ!あの巨人、エレメントの光線の成分が付着した部分が見つかったので、試しにそこも測定してみたんです!そうしたら、何がわかったと思います?」

 

「…?」

「その部分だけ、放射能濃度が基準値をはるかに下回っていたんです!エレメントの光線には、放射能を除去できる力があるんです!!」

 イクタはしばらく黙った後、ニヤリと笑った。

「そいつはいい報告だ。引き続き検証を頼む」

 そう言って通信を切った。

「諸君。どうやら我々は、受け身になるだけではなさそうだ」

 

 

 

 

 レジオンの襲撃で住まいを失った市民への保険が下りた。IRISが万一に備えて建設していた、避難民を収容できるだけのマンションに、街の復興まで無償で住んでもらうというものだ。

 

「…とはいえ…。放射能の半減期はいろいろあるが、50年以上かかるものが多い…。いつまで住んでもらうかだな」

 支部長が頭を抱える。

 

「50年といえば、イクタくん曰く地下に放射能が到達する年数になりますね…。星が滅ぶのもその頃でしょう」

 補佐官も腕を組んで唸った。

「イクタといえば、あいつ、放射能クリーナーの開発に取り掛かったようですよ」

 司令官がそう言った。

「放射能クリーナーといえば、これまで何度も開発に失敗したものじゃないですか。いくら彼でも、あの装置は無理ですよ」

 局長がそうだれる。

「放射能を除去できる力…それがあれば市民たちの住宅街を取り戻せる。いや、そればかりではない。下手したら、地球の地上に戻ることができるようになるかもしれない」

「それは夢を見過ぎですよ支部長。仮に装置が完成したとして、どうやって地上に行くんですか」

「それはそうだが…」

 その時、怪獣警報が荒々しく鳴った。

「…!昨日の今日でまた怪獣か…!」

 支部長の顔が青くなっていく。

「ま、まずい…また昨日クラスの怪獣が来たらおしまいですよ…」

 局長は冷や汗が止まらないのか、ハンカチを額に当て続けている。

「司令官。直ちに基地内のパイロットを招集。出動させたまえ」

 支部長が司令に命令する。

「了解!」

 司令が通信室へと走っていく。

「あ、待て。イクタは連れて行くな。あいつはまだ立ち直っていない恐れがある。下手に行かせたら、チームに悪影響だ」

「…了解」

 

 

 

 

 その怪獣警報は、当然ながら市街地にも鳴り響いていた。

「また怪獣だ…!もう人類はおしまいだ…!」

 逃げ惑う人々の中から、誰かが、大声で叫んだ。

 

『ギエーッ!』

 

 そう遠くはないところから、怪獣の鳴き声が聞こえる。そしてその直後、ジェット飛行機のエンジンの爆音が、群衆の後ろで響いた。アイリスバードが発進したのだ。

 

「二号機から。こちらトキエダ。目標を確認。あれは見たことのある型だな。確か固有名は…

「迷子怪獣マヨエール。これまで何度も観測されている怪獣だ。よかった。奴らに攻撃意思はない。地上へ送り返す作戦をとる」

 

 司令が作戦を下した。マヨエールは、青白い体を持ち、長い尻尾、そして縦長い耳が特徴の怪獣だ。そのサイズもまちまちで、一番小さいものでは4メートルの個体が確認されている。ネズミの一種が、遺伝子変化で怪獣化したものではないかという仮説が立てられている。おそらく地球で最も多く生息している怪獣だろう。

「了解」

 トキエダは短く返事をすると、操縦桿を握り、徐々に高度を上げていく。

「とはいえマヨエールは中型サイズの怪獣だろ?ありゃ50メートルはあるぞ…?」

 補佐官が呟く。マヨエールと呼ばれた怪獣は、道に迷ったかのように、辺りを二足歩行でふらふらと歩いている。アイリスバード二機は、二手に分かれてマヨエールの周囲に回り込んだ。

「催眠ミサイル、発射!」

 怪獣の付近に催眠ミサイルが着弾。催眠ガスが多量噴射され、マヨエールの周囲にモクモクと立ち込める。

「…司令、ダメです。怪獣の身長が高すぎる。怪獣の口及び鼻までガスが届きません」

「ガスは4〜30メートルクラスの怪獣を対象に作られているからな…。仕方ない。直接催眠ガスを、奴の頭部にぶち込め」

「了解」

 

 二機のアイリスバードは、大きく旋回し、マヨエールの顔面と向き合う高さにまで、高度を落とした。それを見ていた市民たちには、不安が募っていた。

 

「…おい、IRISのやつら、攻撃用の武器を使っていないぞ…。地上に送り返す気か…?」

 

「ふざけるんじゃねーぞ!地上に送り返しても、どうせまた地下に降りてくるんだろ!?じゃあここでぶっ殺せよ!市民の安全を守るのが、IRISの使命なんじゃないのかよ!?」

 

 その意見はたちまち市民間に波紋し、避難民の集団は一瞬にして、IRISに対する不満や暴言を吐く暴徒と化した。ただ事ではない、とアイリスバードは一旦作戦を中止し、高度を取り、天井すれすれの上空を旋回する。基地から司令が出て来た。

「市民のみなさん!落ち着いてください!あの怪獣はこれまでに何度も確認されている、ただの迷子怪獣です!攻撃意思を持ってはいません!」

司令が大声で説得する。

「んなこと聞いてるんじゃねーよ!何度も現れてるってことは、何度送り返しても無駄だっていうことだろ!?」

「そういうことじゃない!怪獣だって、我々と同じ放射能の被害者だ!同じ地球上の命だ!我々に対して脅威を振りかざさない限り、我々はその命を守る!」

「怪獣が現れた地点で、俺たち無力な市民にとっては既に脅威なんだよ!あんなバケモノが同じ地球上の命だ!?放射能で遺伝子がいかれちまった怪物の命を守っている間に、人間が死んだら、誰がどう責任取るってんだ!?あぁ!?とっととぶっ殺させろ!」

 市民のヘイトは一気に司令へと向かった。抑えきれなくなった司令は、止むを得ず、トキエダに通信を入れた。

「…トキエダ!作戦変更だ!止むを得ん。攻撃開始!マヨエールを撃破せよ!」

「おいおい大丈夫なのかそれで……トキエダ了解。作戦開始」

 

 ちょうどその光景を、基地の内部から見下ろしていたイクタは、先ほどの市民の言葉が引っかかっている様子だ。

 

「俺は市民目線だと怪獣みたいなものなのか」

 アイリスバードは、羽根の内部に隠れていたレーザー機銃を装備した。

「…攻撃する気か?全く、司令ったら、肝心なこと忘れていやがるな…。まずいぞ…」

 レーザーがマヨエールに命中した。マヨエールは悲鳴を上げるや否や、体の色が赤色へと変色していった。

『ギエェェェェ!!』

「あいつ怒ると鬼強だからなぁ」

 イクタはフーッとため息をついた。

「!!目標、赤色へと変色!一旦距離をとります!」

 この判断が1秒遅れていたら、トキエダは死んでいただろう。今この瞬間まで二号機がいた場所を、マヨエールの火炎放射が襲った。

「…こいつ、火を吐きやがるのか!?」

市民たちはIRISへの不満も忘れ、悲鳴を上げながら避難所へと走り出した。中には、親とはぐれた小さな子供達や、足の不自由な年寄りが取り残されているのが多々見受けられる。

「…俺はあんたのことをもっと知る必要があるし、今この場面ではあんたの力が必要らしい。行こうぜエレメント。ピンチを救うヒーローってのは、満を辞して登場しなくちゃな」

 左腕にエレメントミキサーを装着したイクタは、現場へと向かった。

 

 

 

 

 アイリスバードは果敢にレーザーでの攻撃を続けていたが、火を吐くマヨエールには近づけず、ミサイルなども発射したあかつきには、空中で誤爆して思わぬ被害を招きかねない。

「これじゃ埒が明かない…。俺にイクタほどの技術があれば、懐に潜り込めるのに…」

 苦戦するトキエダたち。その戦闘の様子を見上げながら、こっそり基地を抜け出し、現場に到着したイクタは、影に隠れて左腕をかざした。

 

「ケミスト!エレメントー!!」

『シャアァァ!』

 

 その時、TKー18エリアは眩い光に包まれた。光の中から現れたのは、光の巨人、エレメントだった。

「エレメント!また現れたのか!?」

 支部長が思わず立ち上がってそう言った。

 

『イクタ。昨日は乱暴に戦いすぎだ。私にも活動限界がある。より長く戦うためには、力に緩急をつけて上手く節約していかなくてはならんぞ』

 エレメントが、イクタの脳内にそう語りかけた。

 

「了解。省エネってやつだな」

 エレメントは地を蹴り、素早くマヨエールの懐へと飛び込み、首に絞め技をかける。

『ギエェェェェ!』

 マヨエールは悲鳴を上げる。

「…エレメントが首を絞めている今がチャンスだ。四号機、叩き込むぞ!」

 二機のアイリスバードはマヨエールに突っ込み、ミサイルを連射した。マヨエールの体に、間髪なくミサイルが着弾する。

『ギエェェェェェェ!』

 爆風に耐えきれず、マヨエールは吹っ飛んだ。エレメントは巻き添えを喰らわぬようにと、吹っ飛ぶ直前に腕を離した。マヨエールはすぐに起き上がると、怒り狂い火球を連射した。アイリスバードはギリギリで避けたが、エレメントは被弾した。

 

『ジャアァッ!ノワァァ!』

 エレメントが悲鳴を上げる。

 

「アッチーなこれ。あの火をどうにかしないといけないな」

 イクタはそう呟いた。

 

『ではエレメントミキサーでタイプチェンジだ。空気中の水素と酸素をかき集めよう』

 

 エレメントがそう言った。

「タイプチェンジ?なんだそりゃ?」

『いいからやりたまえ』

 巨人は左腕を天井へと掲げた。腕のミキサーのスピナーが回り始める。

 

『ケミスト!ハイドロエレメント!』

 

 ミキサーから機械音声がなると、赤と銀の二色だったエレメントの体が変色。青と銀色の戦士となった。

「お、変わった」

イクタは目を丸くした。

「これなら有利に戦える。突っ込むぞ」

『シャアアァ!』

エレメントはマヨエールの元へと走っていく。

『ギエェェェェ!』

マヨエールも火球で応戦する。だが、水をまとい、ウォーターソードと化したエレメントの右腕が、その火球を悉く撃ち落としていく。

『シャア!』

その右腕は、マヨエールの腹部を殴打した。マヨエールは片膝をついてしまう。

『トドメだ。ハイドロケミストリウム光線!』

多量の水分を含んだケミストリウム光線が炸裂。マヨエールは爆死した。

 

 

 

 

 勤務時間終了後も、イクタは一人開発室にこもって、エレメントミキサーの研究をしていた。

『イクタ、何をする気だ?』

ミキサーから、エレメントが話しかける。

「あんたのことをもっと調べるんだよ。俺が思うに、あんたにはこれから人類の可能性が多く詰まってる。あんたの使い方次第では、人類は元の輝きを取り戻せるかもしれないしな」

 

『…そうか。真実を知ったものとして、実に正しい行動だ。流石は、リディオ・アクティブ・ヒューマンと言ったところか』

エレメントが感心したように言った。

「…あんた、俺のことをどこまで知ってる…?」

イクタは作業の手を止めて訊ねた。

『私は君の全てを知っているよ。イクタ・トシツキくん』

「…?」

イクタは顔に怪訝な表情を浮かべ、エレメントミキサーを直視した。

 

                                                続く



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第3話「地下」

 レジオン、マヨエールと、街を襲う怪獣に連勝したIRISは、再び市民からの信頼を取り戻しつつあった。しかしそれは、IRISの影響力の弱体化を狙う反社会勢力からの反感を買うことになりー?


第3話「地下」〜ならず者怪獣シーザ・怪獣兵器ボムレット登場〜

 

 人類は現在、地下深くに都市を建設し、そこで生活をしている。地下での生活というと、不便に聞こえるかもしれないが、実際、地下人類はそこまでの不便を感じていない。むしろ地下での生活に満足している人間は多いだろう。人類はまず、天井部位に大量のLED電球を設置。これにより、地下は全世界で24時間明るく照らされるようになった。人工的に植物を生育する技術も発展しており、電球からの光で、世界中で様々な植物が育てられている。そのため酸素に困ることもなく、稲や麦などの主要商品作物も育てられる。故に野菜も不足してはいない。

 

 植物を生育できるだけで、環境は大きく変わる。人類が150年前の移住の際に地上から連れてきた、僅かな昆虫類や陸上動物も、現代ではかなりの数までに繁栄している。酪農家もいるほどだ。かつて地下水脈が通っていた場所の深層部には地底湖もあり、その水は放射能濃度が基準値をかすかに超えてはいるが、魚も生息できる環境となっている。とはいえその場所は多くはなく、水不足と魚介類不足は今でも懸念されている。

 

 天才科学者イクタ・トシツキの登場から、その生活水準は著しく上昇した。彼は小学三年生の時に、全世界の地底湖から、世界各地の市街地に水道を通す一大事業を成し遂げた。蛇口から出る水は僅かとはいえ、その成果は市民の生活を大きく変えた。さらに彼は、中学生の時に人工的に雲を発生させることに成功。植物が吸い上げ、吐き出した水分をかき集め、雨を降らせたのだ。水に循環が生まれ、水はその過程をたどる度に、純度を増していった。

 

 イクタの頭脳レベルは異次元クラスだった。もちろん地下社会にも学制はあるのだが、彼は16歳で地下トップの大学で学べることを学び尽くして、特例の卒業を果たす。学力レベルは言うまでもなく、驚くべきはその発想力、ひらめきだった。かつての地下人類が考えもしなかったようなことを考え、実行に移し成し遂げる。上記の彼の実績が、そのことを証明しているだろう。

 

 そんな時、大学のトキエダ教授は、イクタに目をつけた。「君の頭脳は、もっと人類に役立つべきだ。」そう話しかけたトキエダは、イクタを自らが勤めていたIRISの本部に連れていった。当時そこには世界中の支部から、トップクラスの技術を持つ科学者やエンジニア、パイロットが集っていた。イクタは渋々、IRISの入隊試験を受験したのだが、そこで見出されたIQは340、パイロット適性は最高のSS判定と、入隊試験の段階でIRIS始まって以来の驚異的な数字を叩き出したのだ。

 

 本部長はすぐにイクタ本人の検査を命令した。地下世界、いや、人間社会が始まってこれほどの天才がかつて存在しただろうか。一時はその能力の異常な数値から、潜伏している敵性宇宙人の疑いもかけられた。しかし調査の結果が示したのは、地球人であること。そして、リディオ・アクティブ・ヒューマンであることだった。

 

 リディオ・アクティブ・ヒューマン。それは第四次世界大戦後に、地球上でちらほらと確認された特異人間のことだ。核兵器による放射能汚染が、一部の人間の遺伝子に特異な効果を与えたのだ。放射能の影響を受けた人間は、癌や白血病などを発症する恐れが高くなり、核兵器攻撃の被爆地ともなれば、最悪の場合即死となることもある。だが放射能研究者であるリディオ博士はある異常を発見した。放射能に冒された一部の人間が、病気を発病するどころか、脳が異常発達する、という事象だった。そのように、放射能汚染から、他の人間にはない特別な能力を持ってしまった人間、それを博士はリディオ・アクティブ・ヒューマンと名付けたのだー

 

 

 

 

 

『と、いうことだろう?』

エレメントはそう長々と、これまでの地下人類史を踏まえつつ、本当に自分のことを知っていて、それを語ってしまったたのだ。

「…あんた本当に何者なんだ…?」

以前にもした質問をもう一度投げかけるイクタ。

『いつかわかるだろう。今話すべきことではない。』

エレメントはそう言った。

「いや、間違いなく今語るべきだろ…。」

イクタは頭をかいた。どうやらこの仕草も、イクタの癖のようである。

「まぁいいよ。あんたもそこまで知っているなら、言わなくてもわかるだろ。今の人類には、できるだけ長い期間俺の知恵が必要だ。だが俺に残された時間は長くない。だからあんたを調べ尽くす。そして放射能クリーナーを、人類の手で作り出す。」

イクタはそう呟くと、作業を再開した。

『一応聞いておきたい。それを作って、君はどうする?』

エレメントが訊ねた。

「ないのとあるのじゃ大違いさ。これ一つで、地下世界はまた大きく変わる。そして実用性や応用力が高まれば、ゆくゆくは地上奪還にも繋がるはずだ。どうせ、このままじゃ放射能汚染に地球も耐えられなくなる。善は急げだろ?」

「なるほどな。夢はでっかくだ。頑張りたまえ。」

そう言って、エレメントは喋らなくなった。顔を上げると、先ほどまで光り、点滅していたミキサーは、輝きを失っていた。

「…レジオンは明らかに人為的な操作で地下外から来た怪獣だ…。宇宙からか地上からかは知らんが。裏を返せば、瞬間的に地下と地上を繋げる手段があるということだ。…その技術とクリーナー。二つが揃えば………いや、甘く考えすぎか……。」

イクタは気合いを入れるために、自らの両手で頰をパチンと叩くと、再び黙々と作業に向かった。

 

 

 

 

 それから数日が過ぎた。サイエンスチームはレジオンの分析を終え、新たな兵器開発に乗り出していた。さらに火力を増したレーザー砲、ミサイル弾頭弾の整備が期待されている。イクタが独自に進めていたエレメントの研究も順調で、イクタはとある決断をしていた。

「エレメントの調査中間報告を、全世界中継で発表するだと…!?」

「そうだよ。可能でしょ?」

IRISTKー18支部情報局局長室で、イクタは局長と話していた。

「そりゃもちろん簡単にできるが…。」

局長は腕を組んだ。地下世界にも全市街地に電線は通っており、一般家庭にもテレビやラジオは広く普及している。パソコンやタブレット端末からアクセスできる動画配信サイトも人気で、現代でもテレビというものは、幅広い層から愛されている。

「…一体何を発表する気かね?」

局長はイクタに問いかける。

「まず、人類の味方であることと、放射能を除去できる力を持っていること。重点はそこに置く。」

「…人類の味方であること、まではいいが…。後者の方を発表しても大丈夫だろうか…。」

局長の懸念することも最もだった。IRISは過去に4度、放射能クリーナーの開発に失敗し、市民もそのことを知っている。放射能クリーナーが完成して、困る人類はいない。だがIRISの面目は丸つぶれになる恐れがあった。数度開発に失敗している装置の力を、突然として現れた正体不明の巨人が持っていると知られれば、IRISの存在価値が問われる事態になってもおかしくはない。

「もちろん、俺だってこの組織の人間だし、IRISへは極力迷惑がかからないようにやるよ。人類は150年もの長い間、この地下に引きこもって暮らしている。実際そこまで不便な暮らしではないとはいえ、俺は生きているうちにこの目で見たいんだよ。青い地球を。そのためには、みんなが地上を夢見て、一歩ずつ前進していく必要がある。全人類に地上奪還の夢を見させるには必要な発表だ。頼むよおっさん。」

イクタは顔の前で合掌した。

「…青い…地球…?イクタお前、どこでそれを知った?」

局長の顔色が変わった。現代の地球は、地上が放射能汚染されており、怪獣無法地帯となっているため赤褐色に変色してしまっている。むしろ、青いのは人類の一部が移住していった火星の方だろう。だがこの情報は機密事項。知っている人間はかなり限られてくる情報だ。このことを、イクタは前にエレメントから聞かされていたのだ。

「…いやえっと何かな…俺天才だし…。」

イクタは茶を濁す。

「…まぁいい。許可する。だが慎重にやれよ?うっかり機密事項を漏らさんようにな。」

局長はやれやれという表情で、会話を切り上げた。

「うっす。感謝するぜおっさん。」

イクタは短く敬礼すると、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 その日の午後、IRISTKー18エリア支部は早速メディアを情報局に召集し、会見場を設けた。お目付役として、局長もイクタの隣に座る。

「えー、この度はお集まり頂き感謝します。今回皆さんをお招きした理由は他でもない。我がIRIS最高峰の科学者、イクタ隊員より、皆様に重大な発表があるということなのです。イクタ隊員。」

局長が会見を切り出し、イクタへとつないだ。

「どうも。先日もお会いしたかな?IRISTKー18エリア支部所属、イクタ・トシツキだ。」

イクタが立ち上がり、背後に設置してあったスクリーンに、プロジェクターから光を投射する。その画面に、テレビカメラ、メディア関係者の視線が集まる。

「今回発表するのは、これまでに2度現れ、我々人類の窮地を救った謎の巨人、固有名【エレメント】についての研究成果の中間発表だ。」

おぉ、と、メディア関係者陣から感嘆の声が上がる。

「まず基本情報からだ。記録映像から検証するに、その身長は56メートル。体重は流石に詳細に測ることはできないが、推定3万4000トン、と言ったところだろうか。加えて高度な知能を持つと考えられる。味方にできれば、これ以上に強力な助っ人はいないだろう。だが逆に、敵に回せばこれ以上の強敵はいないとも言える。」

スクリーンに、エレメントの戦闘記録映像が流れる。

「が、彼は2度にわたり、我々人類に救いの手を差し伸べた。映像を見ればわかるだろうが、この戦闘力。既にIRISのどの既存兵器よりも上だ。」

ざわめきが大きくなる。

「おい、そんなこと言ったらIRISの存在意義が…。」

局長がイクタに小声で囁く。

「まぁ見とけって。」

会場の人々は、エレメントの戦闘映像に見入っている。

「さらに、解析の結果、驚くべき事実が発覚した。エレメントのこの光線。この光線の成分の一部が付着した場所の放射能濃度が著しく下がっていたのだ。エレメントには、放射能を除去する力もあるというわけだ。」

その瞬間、メディア関係者の視線は、一斉にイクタへと向けられた。

「…そ、それは一大発見ですね!もしエレメントが本当に人類の味方だったら…。」

「あぁ!怪獣に汚染された地区を取り戻し…いや、地上奪還だって夢物語ではなくなる!」

記者たちの表情がみるみると明るくなっていく。イクタは中継カメラに目線を送り、続ける。

「全地下市民の皆さん。人類は長い間、この地下で怪獣の恐怖に怯えながら暮らして来た。だがその恐怖の時代は、我々の世代で終わりを迎えるだろう。市民皆で協力し合い、我々IRISと共に地上を目指そう!」

イクタのその一言で、会見は終了した。

 

 

 

 

「な?心配なかったろ?」

情報局への帰還途中、イクタが隣で歩いている局長に話しかける。

「…記者たちの反応はそうだな。だが、物事を甘く考えるなよ。」

局長は険しい顔をしてそう言った。

「どういうこと?」

イクタが聞き返す。

「…大多数の人類は、この地下での生活に満足をしている。放射能に汚染され、怪獣がひしめく地上を取り戻しに行くということには、言うまでもなく大きなリスクが生まれる。実行するとなると、IRIS内部だけでも、数百…いや数千の犠牲は出るだろう。そこまでの危険を冒してまで、彼らは地上を目指そうとは思わない。…それに、未だにIRISのことをよく思っていない勢力も健在だからな。見通しは依然真っ暗だ。そのつもりでいろ。」

局長はイクタの方にポンと手を置き、そのまま一人で情報局の建物へと歩いて行った。

「……IRISをよく思っていない勢力、か。確かに、この混乱期に便乗して何かしでかしてもおかしくはないな。」

イクタはそう呟くと、支部の本館へと向かった。

 

 

 

 

 本館に着くや否や、イクタはトキエダとロビーで出くわした。

「お。トキエダさんちーっす。」

「お、イクタ。丁度良い。お前を探していたところだ。」

「俺を?」

「あぁ。支部長がお呼びだ。ついてこい。」

トキエダに連れられ、イクタは最上階の会議室へと向かった。

 会議室には、司令官と支部長のみがいた。

「失礼しやーす。」

イクタがいつもの調子で入室する。

 

「忙しいところご苦労。イクタ隊員。さっきの会見はテレビで見させてもらったよ。その事についてだが、いくつか聞いておきたいことがあってな。別に、私の許可なく勝手なことをしたことを責めるわけではない。いつもの調子で答えてくれれば良い。」

支部長が切り出した。

 

「了解。なんでも聞いてよ。」

 

「まず始めにだが、本気で地上を目指す気か?」

 

支部長の顔は険しかった。

「うん。少なくとも俺一人は本気だよ。」

「…そうか。お前の考えだ。無論成功すると確信してのことだとは思うが、率直に言おう。私は反対だ。」

「…。まぁ、支部長ならそう言うと思ったよ。だから事前に言わなかったんだ。」

イクタは頭を掻きながら呟いた。

「いくら放射能を除去できる能力を身につけ、エレメントを従えたとしてもだ。地上の放射能汚染度は異常なまでに高い。除去装置でも、完全除去には結構な時間がかかるほどだ。地上の放射能は計算上、あと30年も待てば半減期に入る。遠征はそれからでも…」

「遅い。それくらい、支部長もわかってるでしょ?」

イクタが支部長のセリフを遮った。

「俺があと30年も生きられるわけがないでしょ?長くて10年が良いところ。これは俺という存在と、俺のリディオ・アビリティがあることが大前提の計画なんだ。それに前にも言ったけど、地球はゆっくりとその活動を終えようとしていて、50年後には崩壊が始まる。だが放射能さえ除去できれば、地上で植物が育ち、その分動物も増える。海洋だって、命の母としての役割を再び演じられる。そうなれば、地球は延命できる。それも相当長い期間の延命をな。」

「自分も地上遠征には賛成です。遅くとも今後49年以内には、地上の放射能を除去しなければならない。それならばイクタもエレメントもいるこの時代にやるべきです!」

トキエダも、イクタのフォローに入った。

「……まぁいい。最終的な決断は、全世界のIRIS合同会議で決めよう。そして次の質問だ。私も薄々とは感じているのだが、敵は怪獣だけじゃない。そうだろう?」

司令官とトキエダは、質問の意味がわからなかったのか、ポカンとしている。

「俺もそう思ってるよ。それも、結構な知的生命だろうな。宇宙人か、あるいは火星に移住している地球人か…。」

「火星に移住している地球人…?イクタお前、一体なんの話をしている…?」

司令官はまるで顔面いっぱいにクエスチョンマークでも浮かんでいるかのような顔をしている。地下では偽りの人類史が語り継がれている、という話を以前エレメントから聞いたイクタだったが、先ほどの局長の反応や、今の支部長の顔色を伺うと、どうやら本当のようだ。

「イクタ…。やはりお前のような男には、機密事項など無意味だったか…。まぁいい。トキエダ隊長、そして司令。今の話は忘れたまえ。疑問は解けた。もう出て行って良いぞ。」

支部長はフーッと息をつくと、司令とトキエダ、イクタを退室させた。

 

 

 

 

 イクタの発表会見は全世界に中継されていた。中継を見た市民たちは、大きく分けて二つの意見に別れることとなった。一つは“IRIS賛同派”。彼らの意見は、IRISやエレメントに全幅の信頼を寄せ、地上遠征にも賛成するものだ。IRISも伊達に創立60年ではない。長い年月をかけ、ゆっくりと市民の信頼を得てきたのだ。このような派閥が存在するのも当然のことだろう。

 

 しかし、地下で裕福とは言えない、ギリギリの生活をしている層にとっては、確かにIRISには頼ってはいるものの、地上遠征は賛同し難い計画だった。特に反対しているのは農家である。今でこそ、IRISは志願制だが、地上遠征となると多くの人材が必要となるため、該当する一部の人間層はほぼ強制的に入隊させられるという可能性がないわけではない。そうなれば、働き手を失ってしまう。加えて、危険な地上に出るのだ。隊員の息子娘を持つ保護者たちも、万が一のことがあることを危惧し、計画には反対気味だった。これら派閥を、“地上遠征反対派”とでも呼ぼう。

 

 そして少数ではあるが、もう一つのグループが存在していた。それはいわゆるテロリストや暴力団といった反社会勢力だ。彼らは人類が地下に移住してから数十年、政府や法がないことをいいことに、猛威を振るっていた。IRISは本来、彼らから市民と市街地を守るために結成された組織。IRISが創立してからは、その息を潜めてはいたが、完全に解散した組織は一つとして存在しない。地下遠征への賛成、反対以前に、そもそもIRISに反発しているのである。

 

 そんな反社会勢力で、80年の歴史を持つ《カットフ》というテロ組織は、このタイミングで会合を開いていた。

 

「ボス。今こそ暴れるチャンスですぜ。しかも派手にな。街をドーンとぶっ壊して、何人か市民を殺害するんだ。市街地や人々に僅かでも損傷があれば、IRISは信頼度を失うに違いないぜ。結果的に怪獣から街を守ったのに、あれだけの記者会見を開く様になってたからな!」

金髪のモヒカンに、額に星マークのペイントのある、いかにもな男がそう切り出した。

「一理あるな。今ならIRISも世論も簡単に揺れ動かせる。街を派手に爆破とまでは行かずとも、何かアクションを起こす価値はあると、私も思います。」

少しインテリな雰囲気のある男も、金髪モヒカンに賛同した。

「確かに。この混乱期を逃す手立てはない。では具体的に何をするかだ。まずは、奴の言ったように街への攻撃でも構わんだろう。そのくらい派手なことをやらないと、IRISが出動する以前に、街の警備隊が取り押さえにくるだけだ。IRISをおびき出し、市民たちに見せつけなくてはならない。IRISが失態をするその瞬間をな。」

ボスらしき男がそう言った。

「なら俺にいい案があるな。あのエレメントという巨人を利用する方法がね。」

不意に背後から、聞きなれぬ男の声がした。反射的に全員が立ち上がり、銃を抜いて振り返る。

「誰だ!?」

二人の男が、ボスを庇うように立ち、ピストルを構える。見知らぬ男は黒いローブを着用し、フードを深く被っているため、顔がよくわからない。

「まぁまぁ。少なくとも俺は、あんたらの敵ではない。」

黒ローブの男は、両手を挙げた。

「…どこから入ってきた!?」

組織の一人がそう怒鳴った。このアジトは、まだIRISにすら特定されておらず、かつそこそこの腕を持つ輩を、見張りに起用しているのだ。そう簡単に、会合を開けるような奥地には侵入できないはずだ。

「どこからって、正面からだが?」

組織の一人が、監視カメラを確認した。入り口付近に、倒れている数名の見張りがいた。

「……ボス!あいつらやられてます!」

「貴様!」

ボスを庇うように立っていた男たちが、銃の引き金に指をかける。

「待て!」

それをボスが制し、二人を跳ね除け、黒ローブの前に出る。

「き、危険です!」

仲間の制止を無視し、黒ローブに話しかけるボス。

「…あんた。さっき面白いことを言ったな。あの巨人を利用するだとか。参考がてらに教えてもらおうか。それはどういった作戦だ?」

「ほう。流石はカットフの三代目だ。話がわかるらしい。」

黒ローブはそう言うと、両手を挙げたまま、その場に座り込んだ。

「簡単なことだ。いつか怪獣が現れた時、その時エレメントも現れるだろう。そのタイミングで、この弾丸をエレメントに打ち込むのだ。」

と、ローブの内ポケットから、見知らぬ弾丸を取り出した。

「なんだ、それは?見たことのない武器だな。」

「そうだろう。これはIRISすらまだ所持していない、裏世界の新兵器だ。これが着弾したものは、人間だろうと怪獣だろうと、5分間だけ使用者の好き勝手に操れるという代物だ。おそらくエレメントにも通用する。」

「…言いたいことはわかった。それで、エレメントに街を襲わせるんだな。なるほどそりゃいい。エレメントが敵であるという可能性が浮上してしまえば、味方だと言い切ったIRISへの非難も激しくなる…。我々反社会組織へのメリットしかない…。」

ボスは腕を組み、そう納得したかのように話した。

「ですが、その兵器が本物か…。いやそれ以前にちゃんと被弾者を操れるのか。そこが証明できない以上、その怪しい男と付き合うのは危険です!」

後ろから、インテリ風のメンバーがそう言った。

「こいつは本物だろう。そもそもこの男は、このカットフのアジトを炙り出し、侵入までしたのだ。その力量は信頼に値する。裏世界ってのはそういう世界だ。あんたの潜入も、本当は今すぐにでも殺して処理しなければいけない事例だが、この弾丸を提供してくれた礼だ。殺しはしない。その代わり、作戦終了までうちの組織についてもらおうか?」

ボスはそう判断した。

「話が分かるボスで助かったぜ。やはり、地下で最も歴史ある組織だな。ここを選んで正解だった。共に、再びこの地下で好き勝手できる日を夢見て、頑張っていこうぜ。」

黒ローブはそう言うと、フードの中で不敵な笑みを浮かべた、

 

 

 

 

「…未来が変わった…。ラザホーのやつ、作戦は順調のようだな。」

大きな椅子の上でうたた寝をしていたローレンだったが、眉間にピーンと信号が走り、目を開いた。

「そのようで。次はいかがなさいますかな?」

「ダーム。キュリと、そこらへんから怪獣を一匹連れてこい。どいつでもいい。」

ローレンは立ち上がり指示を出した。

「心得ました。」

ダームは部屋を出て行った。

「一時は奴らが地上に上がってくる未来も見えたが、修正できた。奴らは明日、その地上へ羽ばたくための翼がもげる。」

ローレンはニヤリと笑うと、再び目を閉じた。

 

 

 

 

 その翌日。TKー18エリア支部内で、サイエンスチームは放射能クリーナーの開発を進めていた。スタッフたちが作業をしているところに、イクタが資料を持って入室する。

「あ、チーフ。お疲れ様です。」

部下の一人が挨拶をした。

「お疲れ。おいエンドウ、ちょっとこれを見てくれ。」

「あ、はい。」

エンドウと呼ばれた女性の部下が、イクタの手にしていた資料に目を通す。

「…これは…!これはすごいですよチーフ!」

エンドウの大きな驚愕の声を聞きつけ、スタッフたちがイクタたちの周囲に集まる。

「どうしたんですか?」

「放射能を完全除去するためのメカニズムだ。おそらく、このやり方なら成功する。」

イクタがそう言った。部下たちが次々に目を通していく。

「……すごい…。IRISが60年かけて遂に発見できなかった方法を…。これ、どうしたんです?」

「エレメントの残した痕跡から解析した。あいつは面白い研究材料だよ。」

「流石はチーフ!あの少ない情報量からここまで…!」

部下の目が輝き始める。

「ま、まぁ、俺天才だしな…。」

イクタは軽く咳払いをする。

「さぁ、これで研究はかなり進むはずだ。とっとと作っちまおうぜ。」

イクタがそう促した時だった。室内に、聞きなれない警報音が鳴り響いた。

「この音は…?」

部下たちに動揺が走る。

「…市民保護特別警報か…。訓練では聴いたことあるけど、実物は初めてだな…。」

イクタがそう呟いた。市民保護特別警報、それは怪獣災害ではなく、人的災害ーテロリズムなどーが発生した時に発せられる警報だ。

「ったく良いとこなのに…。」

そこに、イケコマが走ってやってきた。

「イクタ!IRIS出動だ!急げ!」

イクタは大きくあくびをした後に頷き、航空機格納庫へと向かった

 

 

 

 

 基地の15階にある支部長室では、首脳陣たちが頭を抱えていた。

「なぜこのタイミングでテロ活動なんか…。」

情報局長は相変わらず青ざめており、早くも額にハンカチを当てている。

「しかもカットフときた。奴ら、まだ活動していたとはな…。私の父の時代の組織だぞ。」

支部長も驚いていた。

「IRISバードを4機向かわせました。一号機と三号機は修理中なので、五号機と六号機を使い、六号機を臨時に一号機として扱います。まぁ、どれもスペックは変わりませんし。トキエダにイクタもいます。」

司令官は少し余裕があるように見えた。

「到着後すぐに鎮圧できたとしても、それまでに死傷者が出れば……IRISはまた信頼を…。」

局長は今にも気を失いそうである。

「まぁ、怪獣が出るよりマシだ。今のIRIS最大の敵は驚異の巨大生物。等身大の敵など、対怪獣訓練を積んでる我々の相手ではない。」

支部長はそう言うと、IRISバード各機に搭載してあるカメラから映し出される、リアルタイムの状況を、モニターを通して睨み始めた。

「しかし妙だな。」

一号機コクピットで、操縦桿を握っているイクタがそう呟いた。

「と、言うと?」

後部座席で、運転のサポートをしているトキエダ隊長が聞き返す。

 

「だって市街地へのテロ活動だよ。そんなの、俺たちが鎮圧して終わりじゃん。しかも、そうすることで市民はさらにIRISを頼るようになる。向こうの狙いは、俺たちの信頼をぶち壊しにして、解散させることだろ?むしろ逆効果だ。俺がリーダーなら、まずは直接どこかの支部を狙うね。」

 

「なるほど最もだ。そこらへんのならず者なら、手当たり次第の何の計画性もない行動をしても違和感はないが、カットフはかなり統制の取れてる組織だ。長期的な狙いがある、と仮定していた方がいいだろう。」

 

「アイリスバード現場付近上空に到達。着陸します。」

イケコマが二号機からそう言った。アイリスバード全機は、その場で急停止し、垂直着陸をした。機体から、隊員が銃を構えて続々と降りる。計12名の小隊だ。トキエダが先頭に立ち、暴れるテロリストたちに怒鳴りつける。

「お前たち、今すぐにやめろ!全員地下法第1条違反の現行犯だ!!」

だがテロリストたちは、トキエダの怒声を無視し、暴れ続けている。市民たちは散り散りに逃げ惑い、いくつかの建物はすでに半壊状態であった。

「野郎…!司令!アイリスリボルバーの使用許可を!」

トキエダは、ヘルメットに付属している通信機で、支部の司令官に声を送った。

「アイリスリボルバーの使用を許可する。ただし、使っていいのは催涙弾と催眠弾だけだ!テロリストとはいえ一市民。傷つける程度は構わんが、絶対に殺すな!」

「…了解!総員地上戦闘フォーメーションAだ!」

「了解!」

12名の隊員は、陣形を作り、建物の瓦礫に身を隠しながら、催涙弾や催眠弾の発砲を開始した。

「イクタ!そしてイケコマ!お前たちは別行動だ!逃げ遅れた市民がいないかどうかの搜索、そして救助だ!」

「俺がいなくて大丈夫なの?」

イクタが聞き返す。

 

「我々を舐めるなよ。イクタ、お前は今日はリュウザキ隊員の欠員補助の役目だが、この部隊は我が支部の誇る精鋭部隊だ。俺たちの心配はいいから、まずは自分と、市民の心配をしろ。」

「りょーかい。んじゃ行くか、イケコマさん。」

イクタは、イケコマと共に、銃弾の雨を潜りながら、半壊状態のビルの中へと入って行った。

 

 テロリストとIRISの激しい銃撃戦が続く。既に何発か命中し、倒れ込んだ敵こそいるものの、数が違いすぎる上に、敵側の弾丸は実弾である。どうにも分が悪い。

「へへっ!所詮IRISなんてこの程度よ!お前らぶっ放せ!」

テロリストは、催涙弾の被弾が怖くないのか、ほとんど身も隠さずに撃ち込んでくる。それを、遠くの崖から見つめる二人の男がいた。カットフのボスと、黒ローブの男だ。

「奴らはただの囮だ。見事にIRISが釣れた。」

ボスはニヤリと笑った。

「だがエレメントはどうする?やはり怪獣が現れた時に、この作戦を決行するべきではなかったのか?」

ボスの疑問は当然のものだった。

「いくらカットフの戦闘員とはいえ、下っ端クラスじゃ怪獣出現時に統制が取れないだろう。それに、エレメントが現れるような状況が生まれなかった場合は、IRISのメンツにこの弾丸を撃てばいい。どうにでもなるさ。」

黒ローブはそう答えた。

「…そうだな。それでいい。」

その時だった。突如、その崖の後方に大型の怪獣が現れたのだ。

『グオォォォォォ!!』

その咆哮は、戦場となっていた市街地にまで達した。

「ボスよ、天は俺たちの味方のようだな。」

「あ、あぁ。…これが大型怪獣か…。すごい迫力だ…。…?しかしどこから?天井に穴など見つからないが…?」

ボスはそう言いながら、周囲を見渡す。どこにも、怪獣が通れるような穴は空いていない。

「まぁ、世の中不思議なこともあるものだよ。常識が通用しないことだってあるさ。例えば、今突然、俺があんたを殺すような事があるかもしれないしな。」

「…?何を言って…」

ボスのセリフはこれ以上続かなかった。黒ローブの男に、腹をグレネードランチャーで撃ち抜かれて即死したのだ。

「…グッドタイミングだぜ、キュリ。」

黒ローブの男は、被っていたフードを肩まで下ろし、その顔を露わにした。薄い紫色の肌に、紺色の短髪。顔しわから、年齢は50代程度だと予想される。その姿は、限りなく人類に近かった。

「当たり前だラザホー。この私が遅刻したことがあった?さぁ、作戦を続けるぜ。」

キュリと呼ばれた少女も、薄い紫色の肌をしていた。彼女は、怪獣の頭の上に乗っている。

「…なんでよりによってシーザを連れてきたんだ?これじゃオーバーキルだろ。」

「私に聞かれても知らねーよ。ダームのジジイが連れてきたんだから。」

「まぁいい。じゃ、やろうぜ。ちなみにローレンはなんと言っていた?」

「今日、人類は翼を失う。だってさ。」

「翼を失う…?とにかく、壊滅的被害を受けるってことで解釈するぜ。久しぶりに燃えてきた。」

ラザホーはそういうと、市街地へと飛んで行った。

「シーザちゃん。あたしたちも行くよ!」

キュリは地面に降りると、怪獣シーザを市街地へと向かわせた。

 

 

 

 

『グオォォォォォ!!』

その叫びを聞いた瞬間、銃撃戦はおさまった。全員がその声の方向を向いたからだ。

「…怪獣か…!こんな時に…。」

トキエダは舌打ちした。

「隊長!怪獣、こっちに来ますよ!」

隊員が、空を飛ぶ怪獣を指差して叫んだ。

「全員アイリスバードに乗り込め!戦闘を開始する!」

「テロリストたちはどうしましょう!?」

「構うな。もう奴らは敵ではない。守るべき市民だ!行くぞ!」

トキエダに続き、全員がアイリスバードへ搭乗していく。

テロリストたちは怪獣の出現という状況を飲み込めていないのか、その場に立ち尽くしている。

 イクタは、イケコマとは別のビルを探索していたが、怪獣がこちらに向かってくるのを見て、すぐに右腕にエレメントミキサーを装着した。

「しょうがねぇな。いっちょ片付けてやるか。ケミスト、エレメント。」

面倒臭そうに右腕を空に翳したイクタは、光に包まれみるみる巨大化していく。

『シャアァァ!』

右腕を高く突き上げたポージングで登場したエレメント。すぐに地を蹴り、飛行状態となり、飛んでくる怪獣を迎え撃ちにいく。

「!エレメントだ!また現れた!」

五号機の隊員が叫んだ。

「来たなエレメント。ここまでは全てはローレンの予言通り!」

ラザホーはニヤリと笑った。そして、ボーッとしていたメンバーに、弾丸を託す。

「ほれ。お前らのボスからの命令だ。作戦を遂行せよ。手柄を立てたものは幹部にする、とな。頑張れ。」

「は、はぁ…。」

渋々と受け取ったテロリストは、銃にその弾丸を装填した。

 シーザとエレメントが、空中で衝突する。

『シャアァ!』

『グオォォ!』

両者ともにそのまま地面へと落ち、再び体制を整える。

『シャッ!』

エレメントが、シーザめがけて走りだす。シーザは赤褐色の肌で、背には少し心許ない中型の翼、額には長いツノを持っていた。とにかく太く長い尻尾が最大の武器なのか、ブンブンと振り回し、向かってくるエレメントを返り討ちにしようとしている。

 尻尾攻撃をくぐり抜け、エレメントはシーザに全体重を乗せるかのように体当たりをした。ズンッという低く鈍い音が響き、シーザは地面に倒れこむ。エレメントはシーザの上に跨り、シーザの顔面を殴打していく。

『シャアッ!シャアッ!』

だがシーザも負けてはいなかった。

『グオオオオ!』

大きな雄叫びをあげ、エレメントが一瞬ひるんだその隙をつき、尻尾を器用に使いエレメントの足を絡め取ると、エレメントを地面に叩きつけ、寝返りを打った。今度は、エレメントの上にシーザが跨り、顔面を殴りつけていく。

 そこに、特殊弾を装填した銃を装備したテロリストが駆け込んで来た。彼は銃口をエレメントに向けると、その引き金を引いた。放たれた弾丸は、エレメントめがけて飛んでいく。

「とにかく、これで作戦成功だ。ずらかるぞ!」

銃を放ったメンバーがそう言い、仲間たちと現場を離れようとしたその瞬間だった。

『ギュエルルルルルル!』

雄叫びと共に、銀色の、翼のない竜のような、機械的な怪獣が新たに出現したのだった。

 

 

 

 

 前日の話である。ダームは、ローレンの指示通りに、キュリをローレンの前に連れて来た。

「来たなキュリ。ではこれより作戦を通達する。」

ローレンはそう言うと、部屋の中央に設置してある大きなテーブルに、地下の地図が描かれている画用紙を広げた。

「既にラザホーが、キュリの力を借りて地下に潜入している。そして、先ほど、怪獣兵器ボムレットのカプセル弾丸を、最も統制の取れているテロ組織に渡し終えたらしい。だが組織には、あの弾丸は被弾者を一定時間コントロールできるもの、として偽って説明させている。」

「それはなぜだ?」

キュリが訊ねる。

「その方が都合がいいからだ。まずは明日、お前が地下のこのポイントに、怪獣を一匹連れていく。そしてエレメントが登場したタイミングで、テロ組織はエレメントを操ろうと弾丸を放つのさ。怪獣兵器ボムレットのカプセル弾丸をな。」

「…。なるほど。エレメントを挟み撃ちにするわけだな。」

「しかしボムレットはまだ試作段階。大丈夫ですかな?」

ダームがそう言った。

「大丈夫だ。俺のリディオ・アビリティは嘘をつかない。真実の未来だけを映す。」

「あたしはローレンを信じて行動するだけだ。オッケー。作戦はわかった。」

キュリはやる気に満ちた顔で言った。

「じゃあ、頼んだぞ。」

 

 

 

 ボムレットの出現は、誰もが予想にもしなかったまさかの事態であった。

「し、司令!新たに怪獣が出現!こちらも見たこともない怪獣です!」

アイリスバード一号機から、トキエダが報告する。

「う、うわぁぁぁ!」

ついにテロリストたちは、それぞれが散り散りになり逃げ始めた。

「どういうことだ…!?あの弾丸はエレメントを操るためのものだろ…?なんで弾から怪獣が出てくるんだよ…。」

金髪モヒカンのメンバーが、腰を抜かしたのかその場に崩れ落ちた。そこに、イケコマが駆けつける。

「今の話を詳しく聞きたいところだが、とにかく避難が先だ!こっちに来い!」

イケコマは金髪モヒカンに手錠をつなぐと、彼を引っ張るように退避した。

 エレメントは、どうにかシーザを払いのけ立ち上がり、数歩下がって体勢を整えた。右斜め方向にはシーザが、左斜め方向にはボムレットがいる。ボムレットはその口を大きく開き、火炎弾を連射した。エレメントは地に転がり込むように回避する。すかさずシーザが体当たりで追い打ちをかけてきた。その攻撃をまともに喰らいつつも、受身を取り、再び立ち上がり距離を置いた。

『…シャッ!』

そしてエレメントは腕を構え、ファイティングポーズをとった。

 エレメントの内部ー光の空間ーでイクタはエレメントに問いかける。

「おいおい、二体はまずいだろ。どうする?」

『まずは一体ずつ確実に潰そう。あの戦闘機の編隊と協力すれば、さほど難しいことではない。』

エレメントはイクタの脳内にささやきかけた。

「とはいえ邪魔が入るに決まってるぜ。……おい、このミキサーは、元素ならなんでも反応させることができるのか?」

『あぁ。反応させずとも、元素単体でも力を引き出すことができる。』

「よし。なら良い作戦がある。」

 

 

 

 その時だった。ローレンは急な頭痛を感じて起き上がった。

「っつ…。」

思わず眉間を抑え込むローレン。

「ローレン殿。いかがなさいましたか?」

ダームが心配そうな顔をして訊ねる。

「…バカな…ありえない…。」

ローレンは激しく狼狽している。ダームは、ここまで動揺しているローレンを見るのは初めてだった。

「未来が…変わった…。」

 

 

 

 エレメントはシーザへ飛び蹴りを命中させ、ついで襲いかかってきたボムレットの体当たりをかわし、胴体をつかみあげると、背負い投げをして地面へと叩きつけた。すかさず、アイリスバードのレーザー機銃が、2体の怪獣に追い打ちをかける。

『グオォォォ…』

『ギュエルルル…』

その隙をつき、エレメントは右腕を高く掲げた。その周囲の空気が、エレメントミキサーへと吸い込まれていく。

『ケミスト!ヘリウムエレメント!』

ミキサーから、その合成音が発せられると共に、エレメントの赤色の部分が、黄色へと変色した。

『ヘリウム?イクタ、ヘリウムなどどう使うつもりだ?』

エレメントが驚いたようにそう言った。

「まぁ見とけよ。」

2体の怪獣は起き上がり、エレメントを挟むような立ち位置をとった。そして、同時に二方向から襲いかかってくる。2体の怪獣の挟み体当たりが今にもエレメントに激突するその瞬間。エレメントは姿を消した。怪獣たちは衝突し、互いに地面に転がり込み、頭を押さえて悶絶した。そしてその後すぐに、少し離れた場所にエレメントは再び姿を現した。

「どうなってやがる…?」

こう言ったのは一号機のトキエダ、そして隠れていたラザホーだった。

『まさか、私の体を気体化したのか?』

エレメントはようやく理解した。

「そうだ。希ガス元素は他の元素と反応しないし安定しているからな。気体化しても問題ないと判断した。」

イクタは得意げにそう答えた。

『でもなぜヘリウムだ?希ガスなら他にもあるだろう。』

「その理由は、これからわかるよ。」

『シャアアァ!』

エレメントは倒れている怪獣に向かい、エレルギー弾を発射した。エネルギー弾の命中した怪獣たちは、ふわふわと宙に浮かび上がり、漂い始めた。

『グオォォォォ…?』

『ギュエル…?』

怪獣たちは自分の身に何が起こったのか飲み込めていないのか、手足をバタバタとさせている。

「ヘリウムはめちゃくちゃ軽いからな。あいつらの体の中に大量に注入してやったよ。んじゃ、トドメだ。」

『ケミスト!ノーマルエレメント!』

エレメントは、登場時の姿に戻り、両腕を胸の前でクロスさせる。

『シャアアァ!』

ケミストリウム光線だ。シーザに命中し、シーザは爆死した。そのままボムレットにも命中させようと、再び腕を十字に組もうとするエレメントを、アイリスバード一号機が制した。

「待ってくれエレメント!この怪獣は捕獲だ!」

エレメントは腕を下ろし、静かに頷いた後、光となりその姿を消した。

「ちっ…。ローレンのやつ未来を外しやがったな…。あいつの予言が外れるなんて、初めてだぜ。」

ラザホーは捨て台詞を吐くと、フードを深く被り、何処かに消えて行った。

 

 

 

 

 IRISTKー18支部のサイエンスチーム棟にある、生け捕った怪獣の専用の施設へと、ボムレットは連れ込まれた。

「トキエダさん、なんでこいつは捕獲なの?」

あの後、イケコマと共に五号機に回収され、帰還したイクタが訊ねた。

「あぁ。こいつは妙なんだ。テロリストの放った鉄砲の弾から出てきたからな。まるで昔AMー13地区の基地が開発に失敗した怪獣兵器みたいだぜ。」

「怪獣兵器というと、怪獣をミクロサイズまで縮小させて弾丸の弾頭にセットし、着弾点から元のサイズに戻すというあれ?」

「そうだ。」

そこに、情報局長が駆け込んできた。

「聞いたぞトキエダ隊長!テロリストは全員確保。怪獣も一匹生け捕り、市民も死者無しだって!?最高の結果を残してくれたねぇ!」

珍しく顔色がいい局長。久しぶりのいいニュースなのだ。当然だろう。

「ありがとうございます。…、でも多くの謎ばかりが残りましたね…。」

確かに不可解な点は多いが、そのことは、命を救われた市民たちには関係なかった。この事件の結果、IRISの信頼度はさらに強固たるものになったのだった。

 



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第4話「稼働」

 テロリストの撃退により、さらに安定した地位を築いたIRIS。残党への取り調べの中で発覚した、テロリストと黒ローブの接触の可能性が、不安材料として残る形にはなったがー
 一方でIRISも、武器の改良や放射能除去装置の開発を急いでいた。そんな彼らの前に、再び黒ローブの男が立ちはだかりー


第4話 「稼働」〜怪獣兵器グリーム登場〜

 

 前回の事件で、街を襲ったテロリスト集団、そして2体の大怪獣から市民を守り抜いたIRISの評価は、改めて高まっていた。

「支部長!これは凄いですよ!このTKー18支部に、様々な個人や企業から寄付金が届いています!」

情報局長が生き生きとした顔で、支部長に報告した。

「どのくらいかね?」

「今の所総額は…9億3000万円です!」

この時代でも通貨は地区によって異なっているが、無論互換性もある。円の価値は、数百年前の日本とさほど変わってはいない。

「うちの支部だけで9億3000万!?…そいつは驚いたな…。トキエダ隊の功績が大きい。彼らに分配せねば…。」

「そうじゃないですよ!その使い方ではいけない!サイエンスチームに投資するべきです!我々の既存戦力の底上げや新兵器開発に回すべきです!イクタ隊員の地上遠征計画も、現実味を帯びてくるのですよ!」

局長がバンッと支部長の机を叩いて熱弁する。

「…落ち着け。…まぁ確かに、地上遠征がどうたらは一旦置いておくにしても、兵力の増強となれば怪獣やテロリスト対策もさらに進み、より被害を少なくすることができるな…。」

そこに、パイロット司令官も入ってきた。

「支部長!大変です!全支部累計で、夏季の隊員募集に登録した人数が、春季の4倍以上になっています!TKー18支部への志願者数もかなりいます!きっと先日のテロ事件での大活躍が大きく影響していると思われます。この数は、レジオン戦で殉職したスタッフの数を上回りますよ!この好機を逃す術はない!今こそ、IRISはさらなる力を蓄えるべきです!」

「司令官に賛成です!支部長!兵力増強と、入隊試験の早期開催のご命令をください!」

「…いいだろう。兵力の増強、及び入隊試験の早期開催、そして複数開催の命令を下す。」

支部長は大きくため息をつきながらそう言った。

「…複数開催ですか?」

「そうだ。それだけの数の志願者を一度に捌ききることもできないからな。じっくり、それぞれの適性を判断していく。」

「なるほど。では、ご命令承りました。早速仕事に取り掛かりましょう!」

局長はスキップで、支部長室を後にした。

「……司令、彼はいつになく機嫌がいいようだが…?」

「まぁ、最近の情報局には嫌なニュースしかありませんでしたし、メディアへの対応にも追われていましたからねぇ。久方ぶりの朗報に喜んでいるんですよ。」

「…そうか…。」

支部長は、パソコンを起動し、画面を見つめた。画面には、先日イクタが提出してきた、地上遠征の企画書が開かれている。

「…地上に行きたい…か。できることなら叶えてやりたいんだが…。」

支部長は再び大きくため息をついた。

 

 

 ここはKGー4エリア。IRISTKー18エリア支部が管轄している裁判所、拘置所の中でも最も大きな施設が存在する場所だ。旧日本国エリアには、支部直轄のそのような施設が多くあるが、KGー4エリアのものが支部から最も近いこともあり、大きなものとなっている。もちろん運営もIRISによるもので、彼らはIRISリーガライザーと呼ばれている。

「だから、俺たちは何も知らねぇんだよ!誰が、弾丸から怪獣が出てくるだなんて想像がつくってんだ!?あぁ!?」

そこで取り調べを受けていたのが、先日のテロ行為で逮捕、拘束されたテロ組織《カットフ》のメンバーたちだ。

「そう開き直られても困るんだよ!その弾丸は誰に渡されたんだ!?」

取り調べの道に入ってはや30年の、ベテランリーガライザー、オニヤマが怒鳴る。

「…知らねぇよ!変な黒ローブのおっさんだったが、名前も顔も知らないね!」

「とぼけるな!カットフとあろう組織が、そんな正体不明の男から怪しい弾丸を受け取るはずがないだろう!どうせお前らは地下法を同時に12項目も犯しているから、死刑当確なんだよ!下手に誤魔化しても罪は軽くはならねぇんだ!洗いざらい話しやがれ!」

オニヤマの怒声が響く。

「本当に俺たちは知らねぇんだ!ボスがその男を信用したから受け取ったってだけだ!俺たち下っ端に聞くよりは、ボスに聞いたが早いと思うね!」

「…聞いていないのか?」

オニヤマの補佐官、キリュウが怪訝な顔をして訊ねる。

「…何をだよ。」

「お前らのボスは、あの事件の後遺体で発見された。最も、その下半身は何かに吹き飛ばされたのか、無かったがな。」

オニヤマがそう告げた。

「は…?ボスが…ボスが死んだってのかよ!?」

メンバーたちの顔に動揺の色が浮かんだ。

「嘘つくんじゃねぇぞ!俺たちに話をさせるための罠だろう!?その手にはかからねぇ!」

「嘘じゃない!…わかった。弾丸のことはもう聞かない。知ってることだけ話せ。」

オニヤマは疲れたのか、グダーッと椅子にもたれた。

「知ってることは昨日全部話しただろ!?」

その時、取調室のドアが開いた。

「誰だ?取り調べ中は入室禁止だ。」

キリュウが椅子から立ち上がり、ドアへと向かう。

「よっ」

来客はイクタであった。

「イクタか。サイエンスチームの人間が、こんなところに何の用だ?」

オニヤマが訊ねる。 

「面白い調査結果が出たんでね。おっちゃん、そいつら本当に何も知らないみたいだ。これ以上問いただしても、おっちゃんの血圧が上がるだけだぜ?」

「…余計なお世話だ…。」

「だから、取り調べを続けるより効率がいいかなと思って、呼びに来たってわけ。」

オニヤマとキリュウは立ち上がり、アイコンタクトをとった。

「わかった。イクタに付いていこう。キリュウ、野郎どもを檻の中に閉じ込めておけ。」

「わかりました。」

オニヤマは取調室を後にした。施設の外に出て、停めてあったアイリスバードに乗り込む。

「それで?面白い結果とはなんだ?」

「着いてからのお楽しみだぜ。」

アイリスバードは垂直に離陸すると、TKー18エリア支部へと飛んだ。

 

 

 TKー18支部のサイエンスチーム棟では、様々な実験が行われていた。

「電流の電圧、20万ボルトまで上昇させます。」

「電圧、20万ボルト。」

『ギュエルルルルルル!』

イクタとオニヤマが到着した時は、先日の事件で生け捕りにした怪獣、ボムレットへの生体実験中だった。

「…あれは何をやっているんだ?」

「怪獣に電流流し込んでるんだよ。放射能が毛嫌いされてるこのご時世、レントゲンだってまともに使えやしないから、電流で体内の構造をスキャニングしているんだ。それに、これは怪獣がどのレベルの電撃までになら耐えうるかの実験も兼ねてるね。今後の兵器開発にも繋がる。」

「お、おう…。なかなか非道なことしてるな…。俺らでも拷問まではしないぞ…。」

オニヤマは若干引き気味である。

「仕方ないじゃん。情報を得るためだよ。さ、こっちこっち。」

イクタに案内され、オニヤマは建物の隅の方にある部屋へと連れてこられた。

「ここは…?」

「ログ室だよ。何か起きるたびに防犯カメラやアイリスバード搭載カメラ、隊員のヘルメットに付属している小型カメラなどの映像を保存しているんだ。」

「ほぉ…。」

室内には数えきれないほどのモニター画面があり、どの画面も常に何かしらの映像が流れている。それを、交代制で9人のスタッフが管理している。

「あ、チーフ。お疲れ様です。」

部下の一人がイクタとオニヤマに気づき、歩み寄って来た。

「そちらの方は…?」

「IRISTKー18支部管轄、KGー4地区裁判所所属のリーガライザー、オニヤマ・テツジだ。」

オニヤマは簡単な自己紹介をしながら、名刺を渡した。

「あぁ…。あなたがオニヤマさんですか。その数々のご活躍は、この棟に引きこもりの私どもの耳にも届いております。」

「世辞はいい。イクタ、早くその面白い結果とやらを見せてくれ。俺も暇じゃないんだ。」

オニヤマはテクテクと部屋の奥へと歩いていく。

「はいはい。おい、3日前のテープはどこだ?」

「あ、はい。A棚の上から4段目です。」

「サンキュー。」

イクタは指定された棚の前に行き、該当のテープを取り出し、最寄りのモニター画面にセットした。画面には、怪獣とエレメントが出現し、混乱しているテロリストたちと街並みが映っている。イクタはビデオを早送りにし、ある地点で再生した。

「ここだよおっちゃん。ここ、拡大して。」

部下が画面を拡大する。

「…!黒ローブ…!」

そこには、黒いローブを羽織った人間のような存在が映り込んでいた。顔も性別もわからないが、それは明らかに不自然な場所で、不自然に立ち、エレメントたちの戦いを見守っている。

「あいつら、黒ローブの男に弾丸をもらったと言ったな…。それがこいつか?」

「確証はないけど、多分そうだと思うよ。この町の住民リストを確認したけど、こんな人住んでないし。そもそも怪しすぎるでしょ。もしかしたら、怪獣を地下に運んで来ている謎の勢力の者かもしれない。」

「怪獣を地下に運ぶ?どういうことだ?怪獣は野生じゃないのか?」

「どうやら野生じゃない怪獣もいるらしくてね…。最初に不自然だと思った怪獣事件は、例のレジオン襲来だ。」

「レジオン…。あぁ、IRISから大量の犠牲者を出したあの事件か。」

普段KGー4エリアに住んでいるオニヤマにとってはそこまで身近な事件ではなかったようだ。

「あの怪獣は行動がおかしすぎた。具体例を挙げたらキリがないからこの場では省くけど。この時に、もしかしたら怪獣を操作している何者かが、地下ではないどこかー例えば宇宙とかーにいるんじゃないかな?と考えた。そして、その仮説は俺の中で確証に変わったよ。このあいだの怪獣事件でな。」

「弾丸から怪獣が出たからか。確かに、それを聞く限り怪獣を地下に運搬し、操作している何者かがいる、という考え方も否定できないな。レジオンも、その弾丸から出て来たのかもしれん。だが本当にそんなことが可能なのか?」

オニヤマは、まだ半信半疑という表情だった。

「わからない。少なくとも、現在のIRISの科学力じゃ不可能だ。認めたくはないが、俺たちよりも進んだ科学が、この地下に入って来ているというわけだ。…だいたい、言いたいことはわかったかな?」

「…カットフのボスは死に、部下も無知。つまり情報を得たければ、この黒ローブを重要参考人として拘束しろということだな。」

「そういうこと。そこらへんは、おっちゃんたちの仕事だ。おっちゃんも、わからなかったことがわかってスッキリするかもしれないぜ?」

イクタはモニター画面のスイッチを切った。すぐに他の映像が流れ出す。

「…。だが難しいな。記録がこれしかないようでは…。イクタ、このテープは借りてもいいか?僅かだが、重要な証拠映像だ。」

「いいよ。じゃあ、俺も他の仕事があるから。帰りの飛行機は、片道の自動運転機を停めてあるからそれに乗ってくれ。」

「わかった。」

ここで、イクタとオニヤマは別れた。

 

 

 イクタは、自らのデスクのある研究室へと戻って、エレメントの解析を再開していた。

「もう少しだ…もう少しで仕組みがわかりそうだ…。」

イクタがコンピュータをいじくり回しているところに、イクタの右腕とも謳われている、女性部下のエンドウがやって来た。

「チーフ、レジオンの分析より得たデータに基づいた新型ミサイルが完成したので、今からシミュレーション実験を行いますが、ご一緒にどうですか?」

「いや、俺はいいや。お前の指揮の下でやっておいてくれ。」

「わかりました。…そういえば、我がサイエンスチームに、支部から資金が回ってくるそうですよ。なんでも、民間からの寄付金だとか。」

イクタは作業を中断し、エンドウの方へ振り向いた。

「へぇ。いくらくらい?」

「詳しい額はわかりませんが、推定9億と少しだとか。」

「9億…。そりゃまた凄いな。それだけの金があればなんとかなりそうだな。」

イクタは腕を組んだ。

「何がですか?」

「いや、この研究段階の放射能クリーナーだが、おそらく今週中には開発が開始できると思う。だがどうしても大量の特殊合金が必要でな。それも値が張るものばかりだし、金に困ってたところなんだよ。」

「こ、今週中!?さ、流石チーフ…仕事が早いですね…。でも良かったですね。」

「あぁ。その金は市民からIRISへの信頼の証。きっとその信頼に応えて作り上げてみせるさ。」

イクタはそういうと、作業に戻った。エンドウも、そっと部屋を後にした。

 

 

 エンドウ指揮の下、新型ミサイルのシミュレーション実験が行われようとしていた。

「エンドウさん、準備、整いました。」

シミュレーション実験のため、実弾を飛ばすわけではないが、やはり大掛かりな準備が必要なのだ。スタッフたちは、大きなコンピュータを何台も用意し、待機している。

「了解。では、例の新装置を起動してください。」

「はい。」

例の新装置、それは、怪獣から得たデータから正確に作られた、コンピュータ上での怪獣のCGだった。モニター画面に、精巧に再現されたレジオンが現れる。

「言うまでもなく、このコンピュータに登録されている兵器や怪獣は正確なデータに基づいて再現されています。実戦の縮小図だと言っていいでしょう。この実験の重要度は高い。我々人類も、日々進化しているということを証明してやりましょう!」

「おぉ!」

「実験開始!」

エンドウの合図で、シミュレーションは始まった。レジオンが出現した市街地に向かって、4機のアイリスバードが飛行している。怪獣と戦闘機は、前もって組み込まれていたプログラム通りに戦闘を進めていく。

「レジオンはイクタチーフが解析した行動パターン通りに動きます。アイリスバードは、これまでのトキエダ隊長の指揮した戦闘のログから、トキエダ隊長ならこう動かすであろうという限りなく正確に近い仮定で動いています。ですが新型ミサイルの発射タイミングは、データがないので我々の判断に依存しています。」

オペレーターがそう解説する。

 実験開始から5分が経過した。レジオンはその間に市街地の中心部にかなり接近している。

「そろそろ、アイリスバードが落とされ、市街地が壊滅的被害を受ける頃です。」

「やはりそれだけ恐ろしい怪獣だったのね…。」

エンドウは腕を組んだ。これほどの怪獣を粉砕できるとなれば、この新型ミサイルの価値はお墨付きのものになるのだが、果たしてー

「頃合いね。アイリスバード一号機の自動プログラムを解除!手動モードに切り替えて!」

「了解!」

これでCGのアイリスバード一号機は、オペレーターが手動で操作するものになった。

「一号機をレジオンの首元近くまで!破壊光線警戒!チャンスは一度きりよ!」

一号機は、所定のポイントについた。

「よし!ミサイル発射!」

新型のミサイルが放たれた。ミサイルはレジオンの首元までまっすぐに飛んでいく。それを見たレジオンも、その口から光線を吐き出し、ミサイルは光線に飲まれた。

「あぁ…。これじゃ…。」

一人のスタッフがうな垂れた時だった。

「まだよ。」

そのミサイルは、光線をもろともせず、未だに着弾予想点への飛行を続けていた。遂に勢いを落とすことなく、レジオンの首元に着弾。レジオンは大爆発を起こした。

「…ぃよしっ!」

エンドウはガッツポーズをした。

「…すごい…。あのアイリスバードを二機も落とした光線が効かないなんて…。それにあの火力…。」

「ポイントは螺旋回転弾、というところにあるわ。発射台も特殊で、ミサイルを錐揉み回転させながら発射するの。それによって火力も高まるし、弾頭には切り込みを入れた特殊合金を使っているから、大抵の攻撃は受け流しながらの飛行が可能ってわけ。」

「…なるほど…。」

「問題は、これをいかにして量産するかよね…。全世界の支部がこれを持たないと。レジオンクラスの凶悪怪獣に対抗できるのがうちの支部だけじゃ意味がない。まだまだ、実戦で使えるかどうかは怪しいわね。」

喜びのムードは、たちまち重苦しい空気に変わってしまった。

「エレメントなら…。」

一人がボソッとつぶやいた。

「え?」

「エレメントの力を使えば、あの合金を量産することも容易になるかもしれません!」

「確かに…。それは名案ね。エレメントはこれまでの戦いで、様々な化学反応を使っていた…。今までは気体と液体しか使ってなかったようだけど、金属でも同じことができるはずだわ。」

実験室は、再び明るい雰囲気を取り戻しつつあった。

「でも、エレメントは怪獣が現れた時にしか出てこないわ。私たちが呼べば出てくるってものじゃなさそうだし…。」

「うーん…。どうしたものでしょうかねぇ…。」

スタッフたちは黙り込んでしまった。研究室は静寂に包まれた。

 

 

 重苦しい雰囲気の流れる一室。一足踏み入れれば、2度と帰ってこられないのではないかとも思わせるその部屋の奥に、黒いローブを纏った4人の人影があった。

「……その…、なんだ。悪かったよ。」

ラザホーが重い空気の中で口を開いた。まさかの敗走からか、4人とも顔色がよろしくはない。

「いや、作戦的にも戦力的にも問題はなかったはずだ…。妙なことは、急に未来が変わった点だな。」

この男、ローレンのリディオ・アビリティはこれまでの言動から察するに、おそらく未来予知であろう。それも、かなり精度が高そうだ。

「おそらく、ローレン殿の予知が狂った要因は彼でしょうな。エレメント、なかなか侮れませんのぉ。」

「もっと言うなら、エレメントとケミストしてる中身の人間よ。前にも、ローレンはあいつの未来が読めないと言ってたわ。これはもう、奴もリディオ・アクティブ・ヒューマンということで確定なんじゃないの?」

キュリがそう推測した。

「だとすればかなり厄介だ。未来を瞬間的に変えられるという力は、我々にとって相性が悪すぎる。…能力者ならその細胞だけでも頂こうとも考えたが、奴は危険だ。この人間の始末を何よりも優先しろ。」

「…エレメントと一体化できる以上、一筋縄ではいかないだろうな。だが、それでこそやり甲斐がある。当分は俺に任せろ。やられっぱなしじゃあ、俺のプライドが傷つく。」

ラザホーが、胸の前で両拳を合わせた。

「わかった。どんな手を使ってもいい。が、一つ警告しておこうか。」

「なんだ?」

「今のままだと、お前は負ける運命のようだ。」

ローレンはため息をついた。

「…。そうか。未来を覆す、それもまたやり甲斐のあることだ。燃えてきたぜ。」

ラザホーはそう言うと、部屋を出て行った。が、すぐに戻ってきた。

「…いかがされました?」

ダームが訊ねる。

「……キュリ、お前がいないと地下まで行けねぇ。ちょっと力貸してくれ。」

「はぁぁぁ?……だるいな〜もう…。」

キュリはブツブツ文句を言いながらも、ラザホーの後に続いた。

 

 

 サイエンスチームのスタッフ一行が、実験室を後にし、研究室へと向かっていた。研究室の自動扉が開いた時、彼らの目の前にあったのは、奇妙な装置を組み立てるイクタの姿だった。

「…チーフ?何作ってるんですか?」

エンドウが訊ねる。

「……あ、あぁ、な、何って放射能クリーナーだよ。仕組みがわかったから開発に乗り出すんだ。」

どこか動揺しているのか、少々噛み気味で答えたイクタ。

「さ、流石はチーフ…。ですが、合金が足りないだとか、お金が足りないだとかなんだとか仰ってませんでしたっけ?」

エンドウは小2時間ほど前のやり取りを思い出しながら言った。

「…、まぁ、その…なんだ。俺天才だしな…。」

イクタは頭を掻きながらはぐらかした。

「……怪しい…。」

イクタの元に、怪訝そうに眺めるスタッフたちの視線が集まる。

「な、なんだよ!完成さえすればなんでもいいだろ!?お前らも手伝え!」

イクタは視線を振り切るように作業を再開した。

「えぇぇ……。私たち今実験が終わったところなんですよ〜…。」

「あぁ、そうだ。その実験はどうなったんだ?」

「まぁ、ミサイルの性能は問題なしです。実用化できれば強力なメインウエポンになるでしょう。ですが…。」

「ですが?」

「素材と製作費用の不足がどうしても生じてしまって…。まだまだ時間がかかりそうです。」

「そうか…。まぁいい。とりあえずこいつを完成させるぞ。」

スタッフたちは渋々引き受け、開発が始まった。

 それから数分が経過した頃、イクタはトイレと言って、一旦持ち場を離れてエレメントミキサーを取り出した。ミキサーの液晶画面の向こうに、エレメントの全身像が映った。

『危なかったなイクタ。もう少しで私と一体化していることがバレるところだったな。』

「それもこれも、あんたがこんなに簡単に特殊合金を生成しちまうからだろ。あんだけの僅かな素材から、必要量の合金を生み出すってあんた本当に何者だよ…。」

『まぁ良いではないか。成功を祈るぞ。』

そう誤魔化して、エレメントは画面から消えた。

 完成には数日を要した。逆に言えば、僅か数日で完成した、とも取れるが。イクタの行動に不可解な点は残るものの、なんにせよ人類史上初の放射能クリーナーが完成したのだ。予想外に早いこの報告は、TKー18支部の首脳陣を驚かせた。

「イクタ隊員のことだ、すぐに完成させるとは思っていたが、まさかここまで早く…。」

補佐官が唸った。

「エレメントの残した痕跡から分析していたと言っていましたね。エレメントの登場は、人類にとってこれ以上ないプラスですな。」

常時無表情の司令官も、その表情は少しほぐれているようにも見える。

「……それで、その装置は本当に放射能を除去できるのか?」

支部長は未だに半信半疑であった。それもそのはず、これまで何度も開発に失敗してきた装置なのだから。

「それに関して、サイエンスチームはどうやら実験を行いたいようです。うってつけの実験場がある、と報告しています。」

情報局長が言った。

「どこだ?」

「レジオンの放射能に冒され、立ち入り禁止となってしまっている、住宅地です。」

「なるほどな…。確かにうってつけだろう。成功すれば、市民たちも慣れ親しんだ家に帰ることができる。様々な面で、IRISはまた大きく前進できる。」

首脳陣各員の意見は、装置の実験稼働に賛成のようだ。あとは、支部長の意思次第である。

「……わかった。実験を許可しよう。サイエンスチームに何かあってはいけない。司令官、非番の戦闘員の小隊を護衛につけさせろ。」

「了解。今はフジイ隊が使えるので、フジイ隊をよこします。」

司令官は、司令室のある棟へ向かうため、支部長室を去った。

「…もし成功となれば、人類にとってかなり大股の一歩となりますねぇ。楽しみです。」

局長の顔色も良さそうだ。

「まぁ、一喜一憂するのは、結果を見てからだ。何事もそう簡単に行くわけではなかろう。」

支部長は大きく息を吐きながら、椅子の背もたれにもたれた。デスクに置いてあったコーヒーを口にする。その視線の先には、KG区域のオニヤマリーガライザーからの報告書があった。

「…そう、簡単ではないのだ。放射能除去も、地上へ行くことも。」

 

 

 放射能防護服を纏ったサイエンスチームの部隊が、専用車両で現場入りした。住宅街の中心部へと、車を走らせて行く。その少し後方の上空には、護衛としてフジイ隊のアイリスバード3機が付いてきている。

「エンドウ。あそこで止めてくれ。」

イクタが助手席から指示を出す。

「わかりました。」

車を止めると、中から、高さが6m近くはありそうな大きな装置を持ち運ぶ十数名の男性職員が降りてきた。

「気をつけろよ。落とすとパーだ。」

「わかってます!」

よろよろと持ち運ぶため、時間はかかったが、装置のセットは無事完了した。

「よし。電源入れるぞ。コードをつなげ!」

装置から伸びたコードを、車両の電源装置へと繋いでいく。

「すべてのコードを繋ぎました!あとは、スイッチを入れれば電源が入ります!」

「オーケー。んじゃあ、実験開始といこうぜ!」

イクタが両拳をがっちりと合わせたその時だった。一行の目の前に、怪しい男が現れたのは。

「悪いが、実験は中止だ。」

男は黒いローブを羽織っていた。声から、結構な年齢を食っていると思われる。

「…だれ?そもそもここ立入禁止区域なんだけど。防護服も着ないで、死にたいのか?」

それを見ていたアイリスバードのうち1機が、超低空飛行で近づいてきた。

「おい、どうした?」

コクピット内の通信機を使い、パイロットの一人が訊ねた。司令室のモニターから見守っていた司令官の顔が青ざめていく。

「あいつは…オニヤマの報告書にあった謎の黒ローブの男…?ということは…まずい…!アイリスバード全機、男を狙え!レーザー機銃掃射だ!サイエンスチームと装置を守れ!」

「りょ、了解!」

フジイ隊は状況を飲み込めてはいなかったが、司令の命令に従った。3機の戦闘機から、レーザー光線が飛び出す。特に、低空飛行中だった一機の射撃から逃れるのは困難であろう。だが、男は避けた。それも、悠々と後方へ大きくジャンプしただけだった。それだけなのに、レーザーは掠りもしなかった。

「あいつ…戦闘慣れしてやがる。ここは危険だ!俺たちは撤退だ!あとは戦闘員に任せる!」

「了解!」

イクタの判断で、サイエンスチームは装置を片付け、車両に乗り込もうとする。

「おっと、その装置は厄介だな。ここで破壊させてもらおうか。」

男はローブの内ポケットから二丁のグレネードを取り出すと、サイエンスチームめがけて乱射した。

「死ね!エレメント!」

この手なら、放射能除去装置という厄介な代物も、エレメントの中身も始末できる。有効打だった。何発か命中しているのか、数名の職員がその場に倒れていく。

「…っ!」

イクタは唇を噛んだ。また、目の前で部下が死んでいく。その男と、イクタたちの間を、一機のアイリスバードが塞いだ。着陸寸前の超スレスレの飛行状態から、レーザーを連射する。

「!!」

男もさすがに予想外だったのか、建物の陰に隠れた。

「大丈夫か!?」

フジイ隊の一人が、コクピットから降り立った。

「装置は無事だが、4人やられた…。あの野郎…あいつが例の黒ローブで間違いない!…てことはさらにまずいぜ…。あいつは情報通りなら…。」

男はゆっくりと立ち上がると、二丁のうち一丁の銃身に、ポケットから取り出した別の弾丸をセットした。

「怪獣兵器を持っていやがるぞ…。」

そのセリフが言い終わらないうちに、男が逃げ込んだ陰の中から、大きな怪獣が現れた。身の丈おおよそ53m。天井のLEDライトを反射させてギラギラと光るシルバーの鉄板のような皮膚。右手の先端には銃身を、左手の先端には短剣を装備しているその恐竜のような怪獣は、登場と共に大きく吠えた。

『ンンンガゴォォォ!!』

「グリーム。纏めて踏み潰せ。」

男が命令すると、グリームと呼ばれた怪獣は再び大きく咆哮し、こちらへ向かい走ってきた。アイリスバードは、その座標位置のせいもあるが、機動力を奪うために足をめがけてレーザーを連射する。

「くそっ!くそこのっ!止まれぇぇ!」

隊員の叫びも虚しく、怪獣は進撃を止めなかった。そのまま、アイリスバードは蹴り飛ばされてしまう。飛ばされたアイリスバードは空中で縦に4、5回回転したあと、サイエンスチームの車両の遥か後方の地面に突き刺さった。そのあと、大きな爆発が起こった。

「…おいシュウジ!シュウジィィィ!」

先ほど一人降り立っていた隊員が、仲間の乗っていた墜落したアイリスバードの方へと走っていく。

「チ、チーフ!チーフどこですか!?」

エンドウは気づいた。イクタがいないのだ。先ほどの戦闘機に巻き込まれ、どこかへ吹っ飛んでしまったのだろうかー

「エンドウさん!チーフのことです!きっと大丈夫です!それより逃げましょう!放射能クリーナーといえども、命に比べりゃ捨ててもいいものだ!早く!」

生き残ったスタッフたちは、装置を放棄。どうにか車にたどり着くと、すべてのコードを引き抜き、車を走らせた。

 首脳陣たちの表情は、いつもの暗いものへと変貌していた。

「…状況は最悪だ。実験はおろか、数名の命を失ってしまった。」

支部長は気が抜けたようにうなだれた。

「戦闘経験の少ないフジイ隊では全滅の恐れもあります!司令!早くトキエダ隊を…!」

局長が、司令室へと通信を繋ぎ叫んだ。

「彼らは別任務中だ!使えるものならもう使ってる!くそっ!」

司令は通信用マイクを投げ捨てた。その時だった。モニター画面から、眩い光が発せられた。

「!!…エレメント…。」

『シャアァァ!』

肩幅に開いた両足、右腕を腰に当て、左腕を高く突き上げるそのポーズは、まさしく光の巨人、エレメントのものだった。

「エンドウさん!エレメントですよ!助かった!」

スタッフたちの顔に希望が戻ってきた。

「出たなエレメント。死んでもらうぞ!」

男、ラザホーは武者震いした。グリームが、エレメントめがけて突進していく。

「こいつは硬そうだ。ダメージを与えるには、こうだな。」

エレメントは突っ込んできたグリームの足に、自らの足を引っ掛けた。グリームは勢いよく地面へと転がり落ちた。

『ンンンガゴォォォ!!』

悲鳴を上げるグリーム。

『なるほど。硬質で体重が重い怪獣だからこそ、1番のダメージは己の体重分の負荷がかかることにあるってか。』

「まぁでも、そう何度もこの手にはかかってくれないでしょ。」

『ケミスト!ハイドロエレメント!』

エレメントは青色に変色した。

「今のうちに押し切る!」

エレメントミキサーから水の劔が伸びた。その左腕を構えると、起き上がったばかりのグリームめがけて、劔を振り下ろす。

『シャア!』

だが水の劔は、グリームの左腕の短剣に阻まれる。すかさず、グリームは右腕の銃身からエネルギー弾を発射。もろに食らったエレメントは、数十メートル吹き飛ばされた。民家が数軒、エレメントに押しつぶされていく。

『ノワァァ…』

『ンンンガゴォォォ!!』

グリームは叫ぶと、間髪入れずにエレメントめがけてエネルギー弾を連射する。

『アァァッ……グワァァァ…。』

猛攻を防ぎきれず、エレメントは両膝と片腕を地面につき体を支えるという無様な格好になる。

「エ、エレメントが…!」

情報局長は額から汗が止まらない。

 その光景を、車のバックミラーから眺めていたエンドウは、とある決心をした。

「ミサイルを…新型をあの怪獣に打ち込むわ。」

「えぇ!?でもあのミサイルはまだ一機しかありませんよ!?外したら終わりです!」

「私たち人間だって、エレメントが現れるずっと前から怪獣と戦ってきたの!エレメントが何を思って戦ってるのかは知らないけど、私たちは人類の未来を、そして唯一の居住区を守るために戦ってきたのよ!今こそ、その私たちの力を怪獣に、そしてエレメントに見せつける時よ!」

エンドウは、携帯していたミサイルの発射ボタンを取り出した。

「たった一機のミサイルは、当然ながらまだ戦闘機に搭載していない。実験室奥の発射台に設置されてるわ。実験室のコンピュータに繋いで!着弾ポイントと弾道を入力!目標怪獣よ!」

「了解!」

「弾道設定完了!発射準備整いました!」

「ミサイル発射!」

エンドウがボタン押した瞬間、基地から新型ミサイルが飛び出した。車両の頭上を超え、グリームの元へと飛んでいく。

 ミサイルは、胸のランプが赤く点滅し始めたエレメントへ、トドメを刺そうとしていたグリームに命中した。鋼鉄の皮膚にもかかわらず、大きな爆発が起き、グリームはそのまま吹っ飛ばされる。

「命中!手応えもありです!」

「やった!」

車の中で、スタッフたちはガッツポーズをした。

「な、なんだ!?どこから飛んできた!?」

ラザホーが辺りを見渡す。しかしその視線に入ったのは、恐ろしい光景だった。エレメントの左腕のミキサーに、飛散していたグリームの皮膚の一部が吸い込まれていたのだ。

「まさか…っ!?」

「いいもの拾ったぜ。あいつらには感謝てもし足りない。エレメント!反撃開始だ!」

『おう!』

『ケミスト!スチールエレメント!』

全身シルバーへと変色した、鋼鉄の巨人、エレメントスチールタイプだ。

「グリーム!どうせ奴の体力は残っちゃいない!叩き潰せ!」

『ンンンガゴォォォ!!』

『シャアァァ!』

ズシン、ズシンと、両者の重みのある足音が響き渡る。両者ともにスピードは鈍く、ぶつかり合うまで時間を要したが、グリームの短剣とエレメントの拳がぶつかった時、激しい金属音がその場にいた全員の耳にツンと響いた。

キィィィィン

思わず耳を塞ぎたくなる金属音が、エレメントとグリームの攻防のたびに鳴る。

「この体、重すぎるだろ…なかなか、思うように動かねぇ。」

エレメントは重すぎる体をコントロールできないのか、ぎこちない動きではあったが、それはグリームも同じだった。数十秒、殴る蹴るの同じ動作が続けられる。グリームはこのままでは埒が明かないと判断したのか、数m後退し、右腕を構え、エネルギー弾を乱射した。弾がエレメントを襲う。だが、不思議とダメージは先ほどよりも軽く感じられた。

「…この体じゃ、痛くはないな。でも鬱陶しいや。はっ!」

エレメントは左腕を高く上げ、その後垂直に振り下ろし、前に習えの姿勢を作り、そのまま腕を横に曲げた。するとエレメントの少し前方に鋼鉄のカーテンのようなシールドが現れた。

『エレメントシールド!スチール!』

ガキン、ガキンとグリームの弾をはじき返していく。そのシールドの陰で、エレメントは必殺の光線の姿勢を構えようとしていた。

『左腕に私たちの力を!右腕に鋼鉄の力を!デュアルケミスト!スチールケミストリウム…光線っ!!』

連射される弾の負荷に耐えられず、シールドが破れたその瞬間、シールドの破片をくぐり抜けて飛んできたのは、エレメントの必殺光線、ケミストリウム光線だった。鉄分を含み、重みのある光線が、グリームの腹に命中した。

『ンンンガゴォォォ……』

断末魔のような悲鳴を上げ、グリームは爆死した。

「……決まっている未来を変えるということは、やはり容易ではないか。」

そう捨て台詞を吐き、ラザホーは姿を消した。

 

 

「チーフ!ご無事でしたか!?」

騒ぎが収束し、サイエンスチームは実験場に戻ってきていた。

「あぁ、なんとかな…。それに、こいつも無事だ。」

イクタは、放射能クリーナーの前に立っていた。

「よかった…。では、実験を始めましょう!」

「…そうだな。」

イクタは再び、装置のコードを車両に繋ぎ、電源を入れた。ブゥゥゥゥンという音を立て、装置に光が灯っていく。

「そこのレバーを引くんだ。」

スタッフの一人が、言われたようにレベーを引いた。装置は白色に点滅を始めた。稼働したのだ。

「…こ、これで動いてるんですかね…?」

スタッフたちが、車内にある放射能測定メーターに視線を移す。するとどうだろう、その濃度を表す数値は、みるみると基準値に向かって減少しているではないか。

「………やった…やりましたよ!ついに我々は、放射能を取り除く技術を身につけたんだ!」

「レジオン戦以降に死んでいった職員たちも報われます!人類は長い足踏みを終えたんだ!」

職員たちは互いに抱き合い、喜びを分かち合っていた。

 モニターで見守っていた首脳陣たちも、ほっと一息をついた。

「踏み出しましたね。大きな一歩を。」

局長の顔色も、すっかり良くなっている。

「そうだな…。だがこれで痛いほどわかっただろう。レジオン襲来時も、そして今日も犠牲が生まれた。これからもそうだろう。だが、仲間が死ぬたび、我々IRISはその分力をつける。地上に行くということは、彼らの屍でできた階段を駆け上がって行くということだ。本当にその覚悟が君たち職員にあるというのならば、私も地上遠征の案が世界会議で通るように尽力しよう。」

「支部長…!」

 その後、例の住宅地は放射能が完全に取り除かれ、壊れた民家も修復された。事件の二週間後、遂に市民たちは帰還の許可が下りた。放射能に奪われた領土の一部を取り戻したのだ。

「さて、次に取り返すのは、地上だぜ。」

イクタの瞳に燃え盛る炎が宿った。

 

                                               続く。



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第5話「取材」

 定期的に開かれるIRISの世界首脳会談で、地上遠征計画を発表したTKー18支部だったが、全世界市民からの信頼を重視する関係者たちに相手にしてもらえない。そこで情報局長は、TKー18支部のことを世界に広め、まずは市民に親しみを覚えてもらおうと、主力部隊トキエダ隊の任務に、テレビ局の取材班を同行させ、密着番組を作ることを計画した。しかしその任務中、予期せぬ事態が発生してー?


第5話 「取材」〜装甲獣シルドラゴ登場〜

 

「地上…遠征…計画…?」

TKー18支部のフクハラ支部長から受け取った資料に目を通し、フサフサの白髪に覆われた頭を上げたのは、IRIS本部長ジェイミー・ルイーズだ。

「そうです。文字通り近い将来、我々人類が再び地上に領土を取り戻すためのプロジェクトです。手始めに、地上にIRISの補給基地を建設しなければならないので、そのための計画です。」

フクハラ支部長が説明した。

「馬鹿を言え。そんなものは言うまでもなく却下すべきです。色々と突っ込みたい箇所はあるが、第一に市民が賛成するわけがなかろう。」

こう否定したのはEGー04地区の支部長エリオットだった。どうやら、ここでは定期的に開催されるIRISの世界会議が行われているようだ。

「いや、面白い提案だ。さすがに即刻却下ということはない……が、エリオットの意見も一理ある。危険な地上に出るのだ。どう市民を説得するつもりだ?」

本部長はフクハラに尋ねた。

「世界各地に基地を構えておられる皆様には伝わりにくいかもしれませんが、我々の構える旧日本地区には、この一ヶ月でレジオンなど大怪獣が多く攻め込んで来ました。大きな被害こそ出しましたが、我々支部の戦力はその都度の怪獣撃破で証明されています。それに…」

「謎の巨人エレメントか。あの存在が、お宅の地区では大きいと?」

CHー34支部のヤン支部長が訊ねた。

「そうです。加えて、先日我々は放射能クリーナーを開発し、その性能も立証済みです。市民の皆様を説得できるだけの信頼度、そして材料は整ったと判断したので、本件を提案したのです。」

「なるほどな。だが君の言った通り、世界各地の多くの市民は、君らの戦力もエレメントの力も知らない。それはここにいる、君以外の関係者もそうだ。怪獣は驚異。それだけが我々の持つ絶対的な固定概念であり、不変の事実だろう。地上を目指すのならば、君らはまず全世界市民の信頼を得なければならないのだ。それは、わかっているね?」

本部長はそう言った。

「はい…。」

「…だが発想とこの提案そのものはかなり面白い。実現するかどうかはわからないが、とりあえず具体的な説明をしてもらおう。」

「はい。」

フクハラは立ち上がり、プロジェクターから画像が映し出されているスクリーンの脇に立った。

「まずお手元の資料の2ページをご覧いただきたい。このスクリーンには、その資料の拡大画像を映してあります。」

全員が、紙の資料をめくる音が鳴る。

「地上へ送り込むチームの予定人数は20名。このチームは我が支部だけでなく、世界各地のIRISの精鋭を招集したトップチームで、と考えています。そして予算ですが、旧日本円に換算すると98億円。IRIS本部の年間予算の40%という大金ですが、それだけの金を投資するだけの価値ある遠征だと思っています。」

「質問だ。もし我々支部が、精鋭の招致に応じなかったらどうするおつもりか?」

RSー32支部のウルノチョフ支部長が挙手した。

「我が支部にはご存知の通りイクタ・トシツキ隊員がいます。彼はすでに多くの人工知能プログラムに基づき動くことのできる無人戦闘機や学習型固定砲台などを開発しています。不足する戦力は、それらで補う予定です。」

フクハラ支部長が淡々と説明した。

「そうか…。彼がいたか…。」

質問者はそう言いながら手を下げた。

「…では続けます。3ページにいきます。地上到着後になるのですが、放射能クリーナーを使用し、放射能を除去した空間を作り、そこに地上前線基地を設けます。」

「私からも質問、いいですかな?」

ヤン支部長が挙手した。

「もちろん。」

「そもそも、どのような手段で地上に出る気なのですかな?どれほど性能のいい戦闘機があったとしても、地上へ出るための通路はないですぞ。地上の放射能が、この地下世界に影響が出ないように天井はいじっておらんからな。」

「確かに。そこが一番の問題といっても過言ではないの。」

本部長も頷きながら加えた。

「それにつきましては4ページを。エレメントの力を借ります。」

「…どういうことかね?」

「…怪獣事件について、不可解な点があるとの報告書を別に提出していますが、そこに記載しているように、怪獣を操っている謎の勢力の存在はもう確実だと言ってもいい。では彼らはどこからこの地下世界に来たのか。エレメントについても同じことです。あれほどの巨人が、どのような手段でここに来たのか。恐らく、我々の想像を絶する空間移動能力を備えているものだと推測されます。その力を借りるのです。」

「…話にならんな。肝心な移動手段が恐らく、推測、か。それに報告書も目を通したが信用できん。怪獣が弾丸から飛び出す?それを操る謎の存在がある?ハハッ、フクハラ支部長、最近疲れているのではないかな?」

エリオットがフクハラを小馬鹿にするように言った。それにつられ、他の支部長たちも苦笑を始める。

「じ、事実です!現に我々支部はその怪獣兵器により、新たに4名の非戦闘員の犠牲者を出している!」

「いいかねフクハラ支部長。この地球で、最も進んだ科学力を持っているのはどの組織だ?最も多くの知恵を持っているのはどの組織だ?最も強力な軍事力を持つのはどの組織だ?…我々IRISだ。そのIRISすら研究段階で挫折した怪獣兵器を持つ謎の存在などがあるわけなかろう。それに加えて空間移動能力だ?笑わせないでくれたまえ。漫画かSF小説の読みすぎだな。無駄な時間を過ごしてしまった。では次は私から話をさせてもらおう。我が支部の来年度予算案についてだがー」

エリオットは立ち上がると、スクリーンに映し出されている画像を切り替え、フクハラを押しのけてプレゼンを始めた。

 

「どうでした?」

キヨミズ情報局長が、会議室から出て来た支部長に訊ねる。

「ダメだったよ。本部長こそ興味を示してくれたが、エリオットがな…。」

支部長は大きくため息をついた。

「彼は昔からそういうタイプですし…。」

「まぁだが私の資料にも問題はある。確かに肝心の移動手段がアレでは、納得してもらえないのも仕方あるまいな。もっと全世界の市民に我々支部の…そしてエレメントの能力を知らしめることができれば…。」

「それに関しては、我々情報局の腕の見せ所ですな。お任せ下さい!」

情報局長は胸をドンっと叩いた。

 

 

「と、いうわけなんだ…協力してくれないか!?イクタ!?」

「あんたね…。自分で任せろと言っておきながら…。」

イクタは呆れたように頭を掻いた。会議から2時間後、支部に戻って来た局長は、こうしてイクタの元へとすがっていたのだった。

「しかし驚いたな。他の地区のIRISは怪獣兵器の存在すら知らなかったのか。そんなガバガバな情報網で大丈夫なの?」

「よ、余計な心配をするな。我々でさえ、そのような事実を受け入れるまで時間がかかったんだぞ。見たこともない彼らが信じないのも無理はないわい。」

「それもそうか。…ていうか、今日が世界会議ってなんで教えてくれなかったのさ?」

「そりゃ、教えてたら付いて来ただろう?お前みたいな無礼な奴を本部長の前に出せるはずがなかろう。それに、また余計なことを喋られても困るしな。」

「いいじゃん。本部長も俺のキャラ知ってるんだし。……まぁいいけど。悪いけど暇じゃないんだ。あんたもうちの情報局長なんだし、自分でどうにかしたら?」

イクタはそう言うと、カバンを手に取り、部屋を出て行こうとする。

「ま、待て。無論我々も何も考えていないわけではないんだ!協力というのも、お前だけに頼んでいるわけではない!」

「…どういうこと?」

「お前たちトキエダ隊は我が支部…いや、IRIS屈指の戦力を誇る小隊だと言っても過言ではない、自慢のチームだ。そこで、だ。トキエダ隊で我が支部のテレビ番組を作るんだよ。」

「テレビ番組?」

「そうだ。主役はトキエダ隊だ。だからその番組への出演、という協力を求めているんだ。」

「……テレビか…。なるほど、悪くない。」

イクタはカバンを置くと、自らの右のこめかみを優しく弾いた。この時代の人間は、生まれた時から脳内に電子チップを埋め込まれている。そのチップの機能は様々で、電子マネーにもパスポートにもなるし、戸籍などの個人情報も全てここに登録してある。もちろん、通信機としての役割も果たしており、脳内に通信したい人間の顔を思い浮かべるだけで、チップが脳の信号をキャッチし、望む相手と通話することができるのだ。

「もしもし?エンドウか?ちょっと用ができた。この後の実験は任せる。それじゃ。」

「ちょ、ちょっとチーフ!?」

イクタはエンドウとの通信を短く、一方的に終えた。

「いいよ。出演してみよう。そのテレビ番組とやらに。」

 

 

IRISTKー18支部の情報局内にある撮影スタジオに、トキエダ隊は集っていた。

「よう、トキエダさん。」

イクタは、トキエダの顔を確認すると挨拶をした。

「ようイクタ。聞いたぜ、放射能クリーナー、完成したんだってな。」

「まぁね。」

「おいイクタ!」

そこにイケコマも到着した。

「お前先日の訓練をサボったな!?いくら優秀だからって、日々の鍛錬を怠るとは何事か!!」

「はいはいごめんて。イケコマさんもうるさいなぁ。どこかの不良青年みたいだぜ?」

「ふん。奴が死んだ以上、貴様を見張る仕事は俺に回って来たんだからな。俺はリュウザキみたく甘くはないぞ。」

「あ、もうみんな集まってるのか。お疲れ様でーす。」

そのほかの隊員たちも到着した。簡単に紹介すると、二号機のヤヅがイクタと同年齢。三号機のクワハラ、アオヤギが20歳で、四号機のワタナベ、サイトウが21歳だ。遅れて、キヨミズ情報局長もやって来た。

「いやぁ、忙しいところすまないね。」

「局長、具体的にはどのような番組を撮るんですか?」

トキエダが質問をする。

「そうだな。君たちの優秀さっぷりを全世界に示すのが目的だからな。次の任務に密着取材として、この番組スタッフを同行させてもらおう。」

「番組スタッフ?」

よく見ると、局長の後ろには見慣れないカメラマンやリポーターらしき人物たちがいた。

「紹介しよう。TK地区の人気No. 1テレビ局、TKTの専属カメラマンのゴトウさん、シマウチさん、音声のミヤザキさんと、リポーターのノザキさんだ。」

「よろしくお願いします。」

紹介されたスタッフ陣が、頭を深く下げた。

「あ、こちらこそ。」

トキエダ隊の面々も頭を下げる。

「ですが局長。テレビ局の方とはいえ、一般人を任務に同行させるのは非常に危険です。もしまた怪獣が現れたりしたら…。」

クワハラ隊員の言うことは最もだった。

「何を言っておるのかね。むしろ怪獣が出て来たら万々歳ではないか。君たちが怪獣を撃破するシーンを映像で伝えることができれば、世界の信頼を得ることができるかもしれないだろう。」

局長はそう答えた。

「でも局長、もしこの人達に何かあっても、俺たち責任取れないよ?」

イクタもスタッフの同行には反対気味だった。

「そこは、お前たちの心配するところではない。」

「どういうこと?」

「我々取材班も、命の危険があることは重々承知しております。その上で、同行を希望したのです。我々の身に何かあった際にも、契約書にサインしている以上、あなた方が責任を負われることはありません。それに、汚い話ですが、私たちの局としても、この番組は世界に放送されるということなので好都合なのです。」

ノザキが補足した。

「なるほど。シチョーリツってやつか…。」

イケコマ隊員が、わかっているのかいないのか、ふむふむと頷いた。

「要するに、次の任務での行動が、直接映像として世界に放送されるということですね?」

トキエダが整理した。

「そうだ。だから気を引き締めて行動してくれよ。」

「了解!」

隊員たちは一斉に敬礼をした。

 

 

 ラザホーは一人、旧日本国エリアのKS地区一帯を歩いていた。KS地区は人口も少なく、人工森林がその面積の大半を占めているので、身を隠すにはもってこいの場所であった。

「エレメント…侮れぬ…。」

ラザホーの脳裏に、先日の戦闘の風景が蘇り再生された。

「だが、それもまた燃えるぜ。…次はこの手で命を絶つ…。」

ラザホーはニヤリと笑うと、ローブの内ポケットから、二発目の特殊弾丸を取り出した。

 

「KS地区のパトロール、ですか?」

トキエダは思わず聞き返した。

「そうだ。それが今回の君たちの任務だ。」

支部長はそう答えた。

「しかし、あの地区は今まで怪獣が迷い込んだこともありません。確かに以前、犯罪者の集団があの森に身を隠した際は手を焼きましたが、その件も解決済みのはず。申し上げにくいのですが、今更パトロールなど…。」

「仕方ないだろう。取材班が同行しているのだ。危険な現場に行かせるわけにはいかない。相手が犯罪者だろうと、テロリストだろうと、怪獣だろうと、戦闘が発生すれば、彼らの身に危険が及ぶ。それは好ましくない状況だ。本部にとっても、我が支部にとってもな。地上遠征のためには、少しでも信頼が揺らぐようなことがあってはならんのだよ。」

「で、ですが…。この取材の目的は、我々隊の力を世に示すためのものであるはず。成功すれば、遠征はグッと現実味を帯びるはずです。」

「成功すれば確かにな。まして怪獣をエレメントと共に撃退するなどという事にでもなれば、これ以上ない宣伝効果があるだろう。だが危険なのだ。この間の放射能クリーナー実験の際にも、怪獣によって非戦闘員に死者が出た。君らの腕を疑うというわけではないのだ。わかってくれ。」

「……了解。各員に任務を伝え、遂行します。」

トキエダは止むを得ず任務を受諾すると、支部長室を後にした。

 

 

 トキエダはIRISバード格納庫に向かい、そこで見た光景に驚いた。

「こちらが、三号機のクワハラ隊員です!」

ノザキが紹介すると、カメラがクワハラ隊員に向く。

「どうも!クワハラです!」

「クワハラ隊員は、なぜIRISに入隊を?」

「そうですね。皆さんの自由と平和を守るための力になりたかったからです!」

などと、質問に次々に答えている。

「…何をやっているんだ?」

トキエダは、近くに立っていたイクタに訊ねた。

「番組に使うんだって。隊員の紹介映像だと。」

イクタは缶コーヒーをすすりながら答えた。

「あ、あちらにいらっしゃるのは、隊長のトキエダさんですね!?」

取材班一行が、ドッとトキエダの周囲を囲んだ。

「え、いや、あの〜…」

「今回の任務への意気込みなどを教えてください!」

「え〜〜っとそうですね…。」

慣れないテレビカメラの前にしどろもどろするトキエダの横っ腹を、イクタが突っついた。

「顔硬いぜ?隊長。これ、世界に放送されるんだよ?」

「そ、そうだな。コホン。えー今回は、こうして、普段皆さんが目にすることのない我々の任務の実態というものを、こうして放送させて頂くという次第で…その……皆さんをお守りする立場として不足はないのだということを、示すことができるといいなと思って、頑張ります!」

「ありがとうございました〜!」

取材班はトキエダの周囲から離れると、戦闘機の撮影に入った。

「ふぅ……思ってたより緊張するな。」

「堅すぎるよトキエダさんは。クワハラさんみたく、ちゃらんぽらんと受け答えればいいのに。」

「誰がちゃらんぽらんだって?」

と、クワハラ隊員がイクタの頭をど突いた。

「いてっ…。冗談だよ…。」

それを見て、トキエダは笑い始めた。それにつられて、隊員たちが笑顔になっていく。

「…ところで、今回の任務を通達するぞ。任務は旧日本KS地区の上空、地上のパトロール。以上だ。」

「それだけ?」

イクタが聞き返した。

「そうだ。取材班に何かあってはいけないということで、上がそう決めた。」

「なんだそりゃ。そんなこと知ったら、あの人たち幻滅して帰っちゃうぜ?」

「まぁ気持ちはわかるが、決められたことは仕方ない。どんなに簡単そうな任務でも、油断すると必ずミスをする。我々IRISは、ただのパトロールにも常に全力で当たっている。それを示すだけでも、充分効果はあると思うぜ。それくらいの心持ちで行こう。」

「それもそうですね。」

イケコマがそう答えた。

「まぁ、トキエダさんならそう言うと思ったよ。」

イクタもそう答えた。

「では出動する。全員、アイリスバードへ乗り込め!」

「了解!」

隊員たちが、自らの愛機に乗り込んでいく。

「おっと!どうやら出動のようです!我々も、IRISにお借りしている専用機に乗って、彼らの任務を追います!」

取材班も、IRISのパイロットが搭乗している取材専用機に乗り込んでいく。

「IRIS出動!」

4機の戦闘機と、1機の報道機が、TKー18支部を飛び立った。

 

 

 TKー18支部のサイエンスチームは、とある実験が最終段階に入っていた。

「これから最終実験よ。全員位置について。」

エンドウの指示で、全員が所定の位置についていく。

「VRコンピュータ、起動。プログラムを展開してください。」

スタッフが指示通りに行動すると、実験室の巨大モニター上にCGの怪獣が現れた。そして、非番の戦闘員たちが、VRゴーグルを装着していく。

「あのモニターに映っている映像は、これから行われるバーチャル訓練の中継映像よ。隊員達がゴーグルのスイッチを入れると、仮想空間の中に彼らの意思が転送されるわ。これから隊員達には、仮想空間の中で怪獣と模擬戦をしてもらうのよ。」

「仮想空間のモニタリングということですか。これが問題なく進み、実用化されれば我が支部の戦力はさらに増強されること間違いなしですね。」

「そうね。VRの空間だからやられても死なない。いずれは戦闘機もVRの世界に導入されるわ。そうなれば、訓練なども燃料や機体を使わずに実行することができる。これは大きなプラスになる。絶対に成功させるわよ。」

実験が始まった。隊員達は、ゴーグルを被ったまま銃の模型を振り回している。一見謎の光景だが、モニターにはしっかりと、怪獣に果敢に立ち向かい、戦闘を行なっている隊員達の姿があった。

「なかなか良さそうじゃない。」

「これでも、喰らえ!」

数分間に及ぶ戦闘の末、トドメの巨大ロケットランチャーが炸裂し、怪獣は爆死した。

「やったー!成功よ!」

「これも元のプログラムを開発したのはイクタチーフですか…。凄いの一言に尽きますね…。」

「でもこの技術を応用化していくのは私たちよ。IRISの飛躍のために、地上へ出るために、今後も気は抜けないわ。」

「そうですね。」

こうして実験は幕を閉じた。

 

 

 森林の中で、ラザホーはある気配を感じ取っていた。

「…航空機のエンジン音だ…。まさか、ここがバレたのか…?まぁ、なんでもいいや。そっちから来てくれるなら好都合だぜ。この対エレメント用に改造した、装甲獣シルドラゴの出番だぜ!」

ラザホーはそう叫ぶと、グレネードから弾丸を発射した。弾丸は上空へ向かって一直線に飛んでいくと、高度200メートルの辺りで発光。まばゆい光の中から、高さこそ30メートルそこそこだが、その胴体の全長は約40メートルで、顔の周囲に丸く大きなエリマキのようなものを装備した、四足歩行の怪獣が姿を現した。そのまま落下し、大きな土煙を撒き散らしながら着陸した。

『ピィィィィィィ!!』

その鳴き声を、いや、怪獣の姿を、パトロール中だったアイリスバードは既に捉えていた。

「た、隊長!500メートル先に突如怪獣出現!5秒後には頭上を通過します!」

高速飛行中の編隊のうち、四号機からサイトウが叫んだ。

「このタイミングで出てきたのだから、おそらく奴らの怪獣兵器かと思われます!」

三号機からクワハラも、そう付け加えた。

「わかっている!くそっ!なんということだ…。総員、戦闘開始!フォーメーションAだ!」

編隊はサーっと展開し、怪獣の頭上を通過した。先頭の一号機から順に、旋回していく。

「ご、ご覧くださいみなさま!なんの前触れもなく、突如として怪獣が出現しました!これには私たちも、IRISのみなさまもビックリしております!どのように対処するのでしょうか!?」

ノザキが、機体の窓から顔を出し、マイクに向かって叫んだ。

「ちょっとまって隊長。取材班がいるんだ。Aの展開じゃ危険だ。」

イクタが、隊長の指示に待ったをかけた。

「そうか…!イクタ!お前ならこの状況、どのような指示を出す!?」

「…流石の天才の俺でも、現場での指揮力は隊長には及ばないよ?」

「かまわん。参考程度に教えてくれ。」

「そうだな…。じゃあ代わりに指示出すよ。…我々一号機は取材班の護衛につく!二号機以降はフォーメーションBだ!怪獣の気を引きつけてくれ!ああいうタイプの怪獣は、大抵エリマキっぽいアレの後ろが弱点だと思うから、隙をついて狙え!」

「二号機了解!」

「三号機了解!」

「四号機了解!」

各機が展開していく。

「いい指示だ。隊長の素質があるな。」

「冗談を。御免だぜ。」

二号機、三号機、四号機が、レーザー機銃でシルドラゴを牽制していく。シルドラゴも、口から熱線を連射し反撃をするが、機体には当たらない。

「へへっ。そんな攻撃が…!」

「俺たちトキエダ隊に通用するとでも思っているのか!?」

華麗に怪獣の攻撃を回避し、確実にダメージを与えていくアイリスバード達。音速で行われる空中戦に、カメラが追いつかない。

「み、見事です!見事な連携プレー!あれだけの高速飛行をもろともせず、次々に怪獣に攻め込んでいます!これが、IRISなのです!」

その時、三号機が避けた熱線が、取材班の報道機に向かい飛んできた。

「あ、危ない!流れ弾です!」

報道機内の人々に冷や汗が流れたその瞬間、一号機が間合いに入りシールドを展開。攻撃を退けた。

「新装備の磁力シールドだ。やっぱ俺の発明が世界を救うんだな!」

得意げな顔をするイクタ。

「ア、アイリスバードが助けてくれました!」

ほっと胸をなでおろしたノザキ。

「だが、このままでは、奴を殺せるほどの大したダメージが通らない。全機ミサイルの使用を許可する。特に首を狙え!」

トキエダが指示を出した。

「了解!」

ミサイルが一斉に発射される。

『ピィィィィィィ!』

しかしミサイルは、シルドラゴがエリマキから展開したシールドに阻まれてしまった。

「…おいおいおい。ありゃレジオンクラスを吹っ飛ばすために、この間開発した新型ミサイルなんだぞ?なんて硬さだよ。」

イクタが嘆いた。

「防御力だけなら、レジオン以上ってことか。」

「それだけじゃない。この間現れたあの全身鋼鉄のグリームすら凌いでるぞ…。」

「…そいつは厄介だな。どうする?」

「どうするか決めるのは、隊長のお仕事だぜ。」

「それもそうだ。全機に通達!あのシールドは、連続では展開できないはずだ。機銃で牽制しながら、ミサイルを少しずつ放ってわざと展開させろ。シールドが消えた瞬間に畳み掛けるぞ!」

「了解!」

アイリスバード達は再び大きく旋回し、機銃で微量ながら少しずつ攻撃していく。

「ほう。頭の切れるリーダーがいるようだな。賢いやり方だ。」

地上から戦闘を見守っていたラザホーが唸った。

「だがエレメントキラーとして開発した怪獣なんだ。エレメント以下の人間風情で、どうにかなる相手ではないぜ。奴の戦闘スタイルは持久戦だ。シルドラゴが死ぬのが先か、戦闘機の燃料やミサイルが底を尽きるのが先か…。」

ラザホーは人差し指を咥え、ニヤリと笑った。

 戦闘はその後数十分にも渡り行われたが、均衡状態が一向に破れなかった。耐久力に自信があるのか、シルドラゴは少量のミサイル相手ではシールドを張らず、その身で受け止めてしまうのだ。これでは、トキエダの作戦が通用しない。

「隊長!このままでは、レーザーのエネルギーも、ミサイルも尽きます!」

「グゥ……。止むを得ない。全機着陸せよ!地上戦に入る!」

「でも、下から首を狙うのは難しくない?」

「仕方ない。戦闘機が兵器を失ったら、そりゃただの飛行機だ。」

アイリスバードは着陸せざるを得なかった。それに続いて、報道機も着陸。機内に格納してあった報道車両に乗り換えた。

「手強い怪獣です!あのIRISの猛攻をも、遂には防ぎきってしまいました!これから、地からの攻撃に移る模様です!」

隊員達は全員飛行機を降り、アイリスリボルバーを手に森の中へ駆け込んで行った。

「撃て!」

森の至る所から、レーザーが放たれる。

『ピィィィィィィィィ!』

しかし頭を振り回し、その大きなエリマキで、銃弾をまるでコバエのように弾き返すシルドラゴ。

「くそっ!どうすりゃいいんだ!」

イケコマは頭に血が上ったのか、側にあった樹木を思い切り蹴った。

「こうなったら…。」

イクタは隊員達の隙をつき、一人森の奥へと走って行った。誰もいないことを確認してから、左腕にエレメントミキサーを装着する。

「やはり、君が乗っていたのか。エレメント。」

不意に後ろから、聞き覚えのある声がした。銃を片手に、さっと振り返るイクタ。

「…黒ローブ…!」

「ラザホー、と呼んでくれ。それが俺の名だ。」

「じゃあ聞くぞラザホー。お前一体何者だ?どこから来た?何が目的だ?その怪獣兵器はどこで手に入れた?ていうか、なんで俺のことを知ってる?」

「…。ふむ。全て答える必要性を感じないな。まぁいい。ここで君を処分……と言いたいところではあるのだが、こいつは俺の自慢の怪獣なんだ。エレメントとの戦いを見るのも、また燃えるぜ。是非とも早く変身して、熱い戦いを見せてくれよ!」

「ったく、正体不明のやつは、どいつもこいつも肝心なところ答えてくれないな。イライラするぜ。ラザホーのおっちゃん。ここで俺を殺さなかったこと、一生後悔するぜ?」

「そういうセリフは、勝利してから発することをオススメするな。じゃないと、ただの恥さらしだ。」

ラザホーはニヤリと笑うと、イクタから距離をとって姿を消した。

「なんとでも言いやがれ。……ケミスト!エレメントーーー!!」

『シャアァァァ!!』

目映い閃光のような光の中から現れたのは、身長約55メートルの巨人、エレメントだった。

「エレメントだ!あいつがいれば、どうにかなるかもしれませんよ!」

クワハラが言った。

「よし!全員再びアイリスバードに乗り込め!残りの兵器を、全て援護に回すんだ!」

「了解!」

「で、出ました!!その正体は謎に包まれている人類の救世主!エレメントですっっ!!」

ノザキが、喉が裂けるのではないかという大声で叫んだ。

『シャア!』

『ピィィィィィィィィ!』

2体の巨大生物は、互いに睨み合いながら、ファイティングポーズをとっていた。

「こいつは恐ろしいほどの持久型だ。こっちが時間切れになる前に倒さなくちゃ、やばいぞ。」

『ふむ。そのようだな。では最初からフルパワーで行こう。…ところで、さっき言ってた肝心なところを教えてくれない正体不明のやつって?」

「自分の胸にでも聞いてくれ。」

イクタは、脳内でエレメントとの会話を短く終わらせると、大地を蹴った。

『シャアァ!』

大きくジャンプし、シルドラゴの背に跨った。

「よし!そこから首元を仕留めるんだ!」

サイトウが叫ぶ。エレメントは手首にエネルギーを溜め、スナップを効かせて発射した。エレメントスラッシュだ。首元に命中し、シルドラゴは悲鳴をあげた。

『ピィィィィィィィ!』

だがシルドラゴは、伊達にエレメントキラーではなかった。その背にエレメントを跨がせたままエリマキから磁力線を発射し、全身を覆うようにシールドを展開したのだ。

『グワワッ』

「た、隊長!あれはただのシールドじゃありません!アイリスバードに搭載されているものと同じです!磁力線を発して、障害物を焼き払うタイプのシールドなのです!!」

イケコマが嘆いた。

「なに!?」

『ッッッアァァァッ!』

エレメントは苦しみながらもどうにか脱出し、地べたに転がり込んでシルドラゴとの距離を置いた。すぐに起き上がると、両腕を天井へと大きく掲げて、胸の前で十字に組んだ。

『ケミストリウム光線!』

必殺の光線を発射したが、これもシールドに阻まれてしまう。

『シェア!?』

『ピィィィィィィィィ!』

怪獣は喜びの声を上げる。

「そ、そんな!エレメントの光線も通用しないのか!?」

イケコマは肩を落とした。

「いや違う!奴はその身で防ぎきれる自信がある攻撃にはシールドを張らない。わざわざシールドを使うということは、生身で喰らえば即死級ということに変わりはないんだ!…俺たちで、あいつを誘導する!今度こそ、エレメントの攻撃を喰らわすんだ!」

「了解!」

トキエダがチームを鼓舞した。アイリスバードが、怪獣の頭上を旋回していく。それを見たエレメントは、左腕を高く突き上げ、肘を曲げると、その腕を地面に差し込んだ。ズンッという鈍い音が響く。

『ケミスト!スチールエレメント!』

地中の鉄分を吸収し、重量のある鋼鉄戦士となったエレメントは、シルドラゴに正面から突っ込むと、その小さな頭にめがけて強烈な蹴りをお見舞いした。悶絶するシルドラゴを持ち上げ、空中へと放り投げる。

『ケミスト!ハイドロエレメント!』

今度は空気中の僅かな水素を取り込んだ。

『ハイドロボール!』

エレメントミキサーから水の球体が現れる。それをシルドラゴに向かって投げると、球はみるみる巨大化しながらシルドラゴに迫り、命中する頃には、すっかりシルドラゴの体を覆ってしまうほどの大きさになっていた。空中に浮かぶ水の球の中で溺れたようにもがくシルドラゴ。だが活動エネルギーに限界のあるエレメントは、胸のランプが赤色に点滅し始めるのと同時に、その場に崩れ込んでしまう。

『シャアァ……』

「はーはっはっはっは!いやぁ、流石に強いなエレメント!だがどうやらもう限界のようだな。俺たちの勝ちだ!はっはっはっはっはー!」

ラザホーの高笑いが、森中に響きわたる。

「まだだ!きっちりトドメ刺すまで帰さねーからな!エレメント!」

トキエダの乗る一号機を先頭に、アイリスバードが編隊を組み、水球に接近。一斉にありったけのミサイルを放った。水中に突入したミサイルを、シルドラゴは本能でシールドを展開し、防いだ。ミサイルの爆発と磁力シールドの熱で、水は全て一瞬のうちに蒸発してしまった。

「は……?」

ラザホーの笑いが止まった。

「今だ!エレメントーーー!!」

『シャアァァア!』

エレメントは力を維持できなかったのか、姿が元に戻っていたが、それでもアイリスバードに向かって頷くと、全身の力を振り絞って立ち上がった。再び腕を十字に組んで、必殺光線を放つ。

『シャァァァァァァ!!』

『ピィィィィィィィ!!』

次のシールドが間に合わず、直に光線を喰らったシルドラゴは、遂にその体を爆散させた。

「くそっ!だが覚えておけよエレメント!今回はお前の負けだ!俺は人間に負けたんだからな!」

ラザホーは悔しそうに叫ぶと、姿を消した。

 

 

 その一週間後、例の番組の放送日のことだった。IRIS首脳陣は再び本部に集まり、会議室のテレビでその放送を見ていた。

「……と、いうわけで、今回の密着取材でわかったのは、IRISの皆さんが、毎日命をかけて私たちの生活と平和を守っていること。そして、エレメントが私たちの愛すべき友である、ということでした。我がTKTは、これからのIRISとエレメントのご健闘をお祈り申し上げます。」

こうして、番組は締められた。しばらくの間、全員が押し黙っていた。

「……いかがでしたかな?」

フクハラ支部長が、静寂を裂いた。

「……怪獣兵器のことだとか、勢力のことだとか、笑ったことは悪かったと思っている。…まさか本当にそんなものがあるだなんて…。笑われるべきは私たちの方だ…。」

エリオット支部長が、ボソボソと呟いた。

「これで、地上遠征計画について、真剣に議論させていただけるでしょうか?」

フクハラは本部長の方に振り向き、そう言った。

「…そうだな。前向きに検討しよう。どうやら、実現される日はそう遠くなさそうだ。」

「…ありがとうございます!」

 

 

「しかしヒヤヒヤしたよ。まさかあんな場所に黒ローブが潜伏していたなんて。」

集会の後、帰りの航空機の中で、フクハラはキヨミズにそうこぼした。

「私もですよ。でもまぁ、結果的にいい番組が録れたからいいじゃないですか。流石はトキエダ隊、と言ったところですねぇ。」

「だが、彼らに続く主力部隊があと2つは欲しいところだ。どうやって戦力を底上げすればいいのか…。」

「そういえば、隊員の訓練に関して、サイエンスチームから何やら新しい発明の報告会があるようですよ?」

「またイクタか。あいつには、いつも驚かされる。そして、いつも助けられてるな。」

フクハラは苦笑した。

「全くその通りですよ。…できれば彼にも、私たちと同じくらいの年齢まで生きていて欲しい。彼のおかげで、世界は少しずつだが変わりつつあるんです。その先を見ることができないというのは、あまりに残酷です。」

「だが、それがあいつの運命なんだ。あいつも、それくらいわかっているはずだ。それでも、この閉ざされた地下世界を変えようと、救おうとしている。今は、あいつの力が存分に発揮できるように、サポートしてやることしかできんさ。」

「そうですね。」

航空機は、TKー地区の空港へと、着陸態勢に入った。



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第6話「選考」

 地上遠征作戦の企画を通したIRISは、早速その遠征メンバーを決めるために、世界中の精鋭たちを集めた。その選抜試験の過程で、イクタは様々な隊員たちと出会い、新たな人間関係を構築していく。果たして、どのようなメンバーになるのか。そして精鋭たちが各々の思いを胸に、全力で挑む試験は、どのような展開を迎えるのか。そんな中、黒ローブの男ラザホーも、不穏な行動を見せてー?


第6話 「選考」〜CG怪獣、レプリカ怪獣登場〜

 

 IRISTKー18支部所属のイクタ・トシツキ隊員は、支部長室に呼ばれていた。

「調子はどうだね?」

フクハラ支部長が、タバコに火をつけながら言った。

「ボチボチだね。」

短く答えるイクタ。

「そうか。まぁ、こんな世間話をするために呼んだわけではない。お前に一つ吉報を入れなくてはならなかったからな。」

支部長がふぅ、と息を吐くと同時に、白い煙がもくもくと上がっていく。

「吉報?」

「そうだ。お前の提出した地上遠征計画だが、ついに本部長の印鑑がもらえた。つまりー」

「案が通った…ということ?」

イクタは目を丸くした。自分で提出しておきながら、まさかこんなにも早く通るとは思ってもいなかったのだ。

「そうだ。IRIS本部は正式に、地上遠征計画を推し進めることになった。」

「随分と急な話だね。つい先日まで嫌がってたくせに。」

「この間のテレビ放送がかなり効いてるみたいだ。どのみち、50年もすればこの地下も放射能に汚染され、人類は滅びる。アクションを起こすなら、優秀な隊員の多いこの世代で、と思ってくれたのだろう。すぐにこの支部の全職員、隊員にこのことを通知するつもりだ。手始めに、一週間後にお前たちトキエダ隊は本部へ飛んでもらう。」

「本部で何をするの?」

「遠征部隊を決める選抜試験が行われるのだ。各地区13の部署から、トップチームが集う。その中から20人のメンバーを選考するというわけだ。

「へぇ。面白そうじゃん。ま、俺が1位通過することはやる前からわかってるけどね。」

イクタが得意げに、胸の前で拳を合わせた。

「油断するなよ。どこの支部も精鋭揃いだ。うっかりして選考されませんでした、は冗談にならないからな。言い出しっぺの以上、精鋭部隊隊長を狙うつもりでやってもらうぞ。」

「うぃす。」

イクタは支部長室を後にした。

 

 

「しかし本部長。その……本当にやるのですか?地上遠征を…。」

本部長室で、本部長の補佐官が納得できないといった表情で訊ねる。

「あぁ。お前も見たろ。TKー18支部の出してきた報告書は妄想でも夢の話でもなかった。怪獣を出現させる兵器、そしてそれを操る者。この二つの存在が明らかになった以上、もたもたはしてられんよ。それに、今の世代の戦闘員たちなら、ある程度の危険や困難にも立ち向かい、打開できるだけの力はあるはずだ。どのみち、この地下で何も行動を起こさなければ、放射能の汚染を待つか、怪獣兵器に滅ぼされるかの二択しかないのだ。……地上を取り戻す。これ以上に、この状況を打破できる策はない。」

「ですが…予算はIRISの財政を長きにわたり圧迫することになるでしょうし、犠牲も免れません。第一、万が一にでも地上で遠征部隊が全滅でもしたら、地下の滅亡を早めるだけです。」

「お前のような反対派の意見も充分わかっとるよ。私も、フクハラもね。」

本部長は、デスクの上のコーヒーカップを手に取り、口へと運んだ。

「事を急いで運び過ぎなのです。各地区の裁判所からも、市民を守るという活動原則を逸脱した行為だと、非難の声が上がっています。」

「とはいえ裁判所も警察も、全てIRISの派生組織に過ぎない。三権が分立していた時代など、数百年前に終わっているんだよ。本部長権限を発動すれば、その声も無意味になる。」

「本部長…!おっしゃる通りではありますが、そのような横暴を行えば、非難の矛先は本部長へと向くんですよ!最悪辞任に追い込まれるかもしれません!」

補佐官は、机を強く叩きながらそう言った。

「これ以上、君と私でこの話を続けても無駄だ。会見を行い、その場で話そう。」

本部長は、本部情報局に電話をつないだ。

「もしもし。私だ。君に命令する。今すぐ全世界のメディアに、IRIS本部で本日の午後、会見を行うと伝えなさい。以上。」

 

 

 その1時間後。IRIS本部本館、1階ロビーに設けられた臨時会見場には、すでに多くの報道陣が詰めかけていた。様々な地区のメディアが、カメラやマイクの調整を行なっている。そこに、本部長と他2名ー補佐官、秘書が1人ずつーがやってきた。

「お待たせして申し訳ない。IRISの臨時会見を行います。まだメディアやマスコミ一同にはお伝えしていないのだが、我々IRISは先日、TKー18支部の立案した地上遠征計画を受諾。準備を進めようとしているのです。」

ざわめきが起こる。

「最も、旧日本国エリアで活動している諸君は、既に聞いたことのある計画かもしれないが、他の地区のメディアにとっては初耳でしょう。読んで字の如く、地上に遠征する計画です。将来的な目標としては、地上を怪獣たちから奪い返す事ですが、まずはそのための基地を設けなければいけないのでね。第一段階としては、それを目標に計画しています。」

「質問です。なぜ地上を奪い返そうとするのでしょうか?」

「と、おっしゃいますと?」

「我々人類はこの150年間、この地下で生活してきました。既に地下文明も大きく発達しています。今更、地上に出るその主旨が伝わりません。」

その発言も最もである。おそらく、多くの市民が同じ事を考えるだろう。

「なるほど…。」

本部長は返答に困った。50年後には、この地下も放射能に冒される、という事を出せば、その質問に適切な応答ができるわけなのだが、それは未だにIRISでも一部の人間しか知り得ない情報だからだ。

「どうされました?」

「本部長!早くご返答のほどを!」

長い沈黙に苛立ったのか、報道陣から急かすような発言が飛んでくる。

「…皆さんもご存知の通り、最近は地下に現れる怪獣の数が増加しています。我々も対処に全力を尽くしますが、いつまでも受け身ではいけない。科学者たちの見解では、地上で何かが起きていて、それが原因ではないかとも言われています。そこで、調査も兼ねて地上へ出るのです。その過程で地上の怪獣を駆除することは、地下の平和にも繋がるはずです。」

本部長は咄嗟にそう答えた。口からでまかせだが、全くもって論点がずれているわけでもない。果たして誤魔化しきれるだろうか。

「確かに、それならば市民を守るという大原則からも逸脱はしていない…。」

報道陣各位に、納得といった表情が見受けられ始めた。今がチャンスだ。

「我がIRISの軍事力及び科学力は、過去最高水準だとはっきり断言できます!先日メディアを賑わせたTKー18支部では既に放射能クリーナーも開発されている!あなた方は地下での生活に満足されているようですが、本当にそれでいいのですか!?我々人類のいるべき場所はこんなところではないはずです!我々と共に、再び地上を取り戻しましょう!そのためには、皆さんのご協力が必要なのです!IRISは常に新規職員、隊員を募集しております!活気に溢れる若い力を募集しております!」

本部長が熱弁した。あまりの迫力に、報道陣は押し黙ってしまった。

「…えーっ、スタッフの募集につきましては、IRISのHPに詳細を記しております。電話相談口も24時間受け付けております。職員の職種としては、簡単なデスクワークからー」

秘書が、静まり返ったロビーでそう切り出した。こうして、会見は終わった。

 

 

「しかし本部長もすごい人だよ。この間まで乗り気じゃなかったくせに、よくあれだけ口が回るものだね。」

TKー18支部内にある職員食堂で、イクタは会見をテレビの中継で見ながら、ブラックの缶コーヒーを啜っていた。その隣に、トキエダ隊長が腰をかける。

「昔からそういう人さ。何につけてもペラペラと話してしまうんだ。でも本部長は、自分の口から出したことは、全て徹底してやり遂げる。有言実行ってやつだな。だからこそ、この組織の長が務まるんだよ。」

「…まぁ、本部がそれだけ本気で地上遠征計画を進めてくれてるってことは素直に嬉しいよ。失敗させる気なんかさらさら無かったけど、こりゃますます失敗しましたー、なんて言えなくなるね。」

「そうだな。特に今回の作戦では途轍もないほどの金がかかる見込みだ。それこそ、失敗なんかしたらIRISは破産。解散ものだぜ。」

「そのくらいのプレッシャーがあったほうが、やる気も出るね。」

イクタは空になった缶をゴミ箱に放り込むと立ち上がり、トキエダと共に食堂を出た。

 

 

「……。」

暗い部屋の中で、ローレンはいつものうたた寝から目を覚ました。

「未来が動いた……。」

「お目覚めですか。はて、今回はどのようなビジョンがお見えに?」

ローレンの目覚めに気づいたダームが問いかけた。

「地下の兵隊のトップチームが地上に上がってくる。そして、全滅する。エレメントもそこで死ぬ。」

「はっはっは。それは良いことですな。」

ダームは皺だらけの顔をさらにしわくちゃにし、嬉しそうに笑った。

「だがこのままでは好ましくはない。修正が必要だ。」

ローレンは、青い髪を掻きながら舌打ちをした。

「…何故?エレメントが死ねば、我々の復讐もー」

「俺の見た未来では、エレメントも死ぬが、ラザホー、そしてダーム。お前たちも死ぬ。」

「…!…ほう。つまり私とラザホー殿が、やられてしまうということですな。」

「そういうことだろうな。」

「なるほど確かにそれではいけない。私とて、この年齢ではありますが、まだ死にたくはないですな。ローレン殿の予知した未来を覆すことは難しいが不可能ではない。我々の完全勝利にしましょう。」

ダームはニヤリと笑うと、フードを深く被り、部屋を後にした。

 

 

 IRIS本部。AMー13地区にある、地下世界最大規模の施設だ。ここに、全支部からトップチームが招集されていた。地上遠征部隊を編成するための選抜試験のためである。

「本部に来るのは久しぶりだぜ。」

アイリスバード一号機を操縦し、本部上空までやって来ていたトキエダ隊のイクタはそうこぼした。

「そうだな。俺もお前も、3年ぶりってところかな?」

隊長であるトキエダが付け加えた。間も無く着陸のため、戦闘機たちは高度500m前後の位置を飛行中だったのだが、その位置からでも、その広大な敷地の全てを見通すことはできない。目立って大きな建物があるわけではなく、中型の建物が延々と存在しているのが確認できる。

「そういえば隊長も、以前は本部勤務だったんですよね?」

クワハラ隊員が訊ねる。

「あぁ。もともと俺はこの地区の生まれだしな。時間があれば本部内を案内してやるよ。想像以上に広いぞ。それに、軍事施設とは思えないほど、何でも揃ってる。」

「俺は本部に関する記憶は薄いな。検査に来ただけだったし。」

イクタは3年前、その異質な能力から敵性宇宙人と誤解され、本部で秘密裏に調査を受けたことがあったのだ(3話参照)。

「滑走路上空に入ります。本部へ!こちらTKー18支部のトキエダ隊です!着陸許可をお願いします!」

二号機で、イケコマが通信機に向かいそう叫んだ。

「本部からチームトキエダへ。OK.着陸を許可します。」

その通信を全員が聞き取った後、トキエダ隊の戦闘機編隊は本部基地へと着陸した。

 戦闘機から降り立った隊員たちは、本部本館へと向かうために、近くに停めてあった自動車に乗り換えた。この時代の車を用いても、本館までは実に10分を要する。

「こんなに広くちゃ、緊急時の出撃に困るだろうに。」

イクタがそう言った。

「まぁ、この地区に怪獣が出たことなんか一度もないからな。土地的な安全性も考慮して、この地に本部が築かれたんだ。」

トキエダが説明した。

「黒ローブがいる以上、どこからでも怪獣が出せるんだ。この状況下じゃ、ここも、うかうかはしてられないね。……それにしても、IRISが結成されたのは60年前のはず…。怪獣騒ぎの規模も小さかった当時に、何故ここが安全地帯だと結論付けられたんだ…?」

後半は独り言のように、ブツブツと呟いたイクタ。

「ん?何か言ったか?最後聞こえなかったぞ。」

「…何でもないよ。」

地球は青い惑星。そしてその惑星は、人類自らの手によって死の星と化した。その事実を隠蔽し、誤った歴史を子供達に教育させている現状。リディオ・アクティブ・ヒューマンのこと、そして本部建設に関する妙に引っかかること。この組織は、自分やエレメントすら知らない重要な何かを隠しているに違いない。イクタは心の中でそう確信した。

 本館の前に到着した頃には、すでにそこは多くの隊員たちで埋められていた。

「これ全員が受験するのか…。」

「もちろん。本部含めて全13チームがここに集っているんだ。小隊一つ一つが6、7人で構成されているとすれば、そりゃこれだけの人数にはなる。」

「で、こっから20人しか受からないというわけか。」

イクタは周囲を見渡した。どうやら皆が皆、乗り気というわけではなさそうだ。

「やる気なさそうなのもちらほらいるね。」

「仕方ないだろう。全員が全員、お前みたいに何が何でも地上に行きたいわけではないんだ。でも見ろ、お前みたいなやつも少なからずいるぞ。」

トキエダが指差す方向を見ると、熱気にあふれた隊員たちの姿もあった。

「よっしゃー!やるでー!見たことない地上世界に、見たことない巨人との共闘!わくわくな未来があたしを待ってるぜ!」

「バカ。みっともないから落ち着け、キャサリン。」

やる気満々の女性隊員、キャサリンを、白人男性が制する。

「何よ。あんただって楽しみなんでしょ?オリバー?」

「そ、そりゃそうだが…。まずは試験に受かってからだ。わかってるのか?ここには地下世界中の精鋭が揃ってるんだぞ!?」

オリバーと呼ばれた男性がそう答えた。

「ほら、例えばあいつだ!」

オリバーの指した指先と、イクタの視線が偶然的に重なった。

「ん?」

イクタが二人の元へと歩き出す。

「あ、あ、あれってもしかして…?」

キャサリンの瞳がキラキラと輝き出す。

「そうだ。今作戦の企画者であり、天才科学者。兵士としては人類最強と名高い…イクタ・トシツキ隊員だ…。」

「ご紹介どうも。」

イクタがお辞儀をする。二人はポカーンとしている。

「…っとと。あまり他地区の人間とコミュニケーション取らないからミスっちまった。あんたらの地区では、握手が挨拶の主流なんだっけ?まぁとりあえずよろしく。」

イクタは慌てて頭をあげると、右腕を差し出した。

「あ、あぁ。よろしく。」

オリバーがその腕を握った。

「イ、イ、イクタ隊員だぁー!!本物だぁー!テレビで見たことありますよー!」

キャサリンが、二人の合間に割り込んできた。

「おお?」

突然のことに驚いたのか、イクタは握手を解くと、数歩退いた。

「す、すまん。こいつはキャサリンってんだ。見ての通りバカな女なんだ。許してやってくれ。…だがここにいるんだ。腕は確かだぜ。」

オリバーが言った。

「へぇ、キャサリンか。…それで、あんたは?」

「あ、あぁ。言ってなかったっけな。俺はオリバーだ。俺たちはEGー04支部の、エドガー隊の人間さ。」

「ほう、エドガーか。彼は今どこにいるんだ?」

後ろから歩いてきた、トキエダが訊ねた。それに続いて、トキエダ隊の面々がイクタの後ろからやってきた。

「そう言うあなたは名隊長と名高いトキエダ隊員じゃないですか。うちの隊長とは、若い頃タッグを組んでいたと、よく聞かされています。とにかく、優秀だったとか。」

「お世辞はそれくらいにしておけよ。褒めても何も出ない。」

「世辞だなんてそんな。どうも、おたくの地区の人間はすぐに謙遜する人間性があるようで。…隊長なら、他の隊員と受付の手続きに行きました。ただ混んでいるようで…。しばらくかかるでyそう。待たれますか?」

オリバーが答えた。

「いや大丈夫だ。教えてくれてありがとう。イクタ、俺たちも行くぞ!では君たち、エドガーによろしく伝えておいてくれ!」

「はい!」

トキエダ隊も、本館内の受付へ向かって歩き出した。

 トキエダ隊の受付の手続きが済む頃には、他隊のそれも完了していた。本館ロビーの奥にある大会議室ー世界会議が開かれる場所ーへと案内された隊員たちは、席に着くと、本部長の挨拶を待つのみとなった。全員が揃ったのを確認し、本部長が会議室最奥部のステージへと上がった。

「ここまでの長旅ご苦労。早速ですまないが、すぐに試験を開始する。」

「さ、早速!?」

「聞いてねぇよ。」

隊員たちがざわざわと、雑音を立て始める。

「静かに!地上遠征への訓練は、君たちが想像しているよりも遥かに過酷で長時間行わなければならないのだ。訓練に時間を当てるため、1日でも早く、隊を組まなければならない。」

本部長はスタンドにセットされていたマイクを手に持ち替えると、壇上を歩きながら続ける。

「とはいえ、試験を言っても簡易なものだ。今更君たちに課す筆記試験などないし、技能試験だけとする。」

「本部長!技能試験、と仰りましたが、これだけの人数では、いくら本部の敷地を要しても時間がかかります!時間的にも、今は午後4時。すぐに開始というわけにもいかないのでは?」

誰かが、そう言った。

「その心配は無用だ。君たちには、今から科学棟に移り、そこで試験を行ってもらう。」

「た、建物の中で技能試験ですか!?」

「行けばわかるさ。さぁ、案内役の職人について行きたまえ。」

「みなさん、こちらです。」

案内役の誘導に従い、本館を出て科学棟へと足を運ぶ隊員たち。

「この中の、ヴァーチャル訓練室へどうぞ。地下世界の最高峰の技術を凝縮した、設営4日目の新しいルームです。」

建物の中に入り、そのヴァーチャル訓練室という部屋に案内された。内部には、数百はあるだろうか、たくさんのVR機器と、モニターがあった。

「すげぇな。うちの実験室の何倍あるんだ…?」

イクタも感心している。

「おいふざけてるのか!?技能のテストって、まさかコンピュータのテストかよ!?俺たちは地上という怪獣の巣窟に行くんだぞ!まずはパイロットとしての腕を見て欲しいね!」

どこかの隊員がそう叫んだ。

「えぇ。そのつもりですが?」

「…?」

「話はまだ始まってませんよ。そう慌てずに。みなさんにはこれから、椅子に座り、シートベルトで体を固定してもらったあと、このヘッドギアを頭に被っていただく。そうですね、コンピュータの処理能力にも限界はありますから…4チームずつに班わけして、別々に試験を行いましょう。ただし、一つは5チーム班になりますが、まぁ大丈夫でしょう。」

そうして3グループに分けられた精鋭部隊たち。広い訓練室も、天井から降りてきたシャッターによって3分割された。それぞれのルームに、巨大モニターが同じく天井から降下してくる。

「こちら側の準備はもう完了しました。あとは、皆さんが先ほど説明した手順通りのことを行えば、試験開始です。」

隊員たちは、よく分からないままに椅子に座り、ヘッドギアを被った。その瞬間だった。

「おお!?ええ!?」

隊員たちの目の前には、戦闘機の窓から見える、格納庫内のいつもの発進前の光景が広がっていた。視線を落とすと、操縦桿がある。操縦や、戦闘に必要なレバーや機器も揃っている。間違いなく、それはアイリスバードの内部そのものであった。しかもこれは、一人乗りの仕様だ。

「すげぇ…どうなってるんだ…?」

その疑問に、案内役が応えた。各隊員の脳内に直接語りかけてきているかのような感覚だ。

「あなたがたは今、ヴァーチャルの世界に飛び込んだのです。これから、任務内容を転送します。その任務の遂行過程や、各人の行動など、あらゆる総合点から、合格者を選別する。そういう試験になります。なお、グループごとに課される任務は別ですが、1グループは同じ任務を共有します。ですがチームで競わせるつもりではありません。あくまで、個人間で競い合ってください。なお採点は、コンピュータが行います。では、試験開始!」

各戦闘機に任務が通達された。トキエダ隊の班の任務内容はー

「放射怪獣レジオンを撃破せよ…か。…やってやるぜ!」

イクタが勢いよく発進した。

「レジオンって、あのTKー18支部に大きな被害を与えた…。運が悪いな〜もう!」

そう言って発進したのは、エドガー隊のオリバーだった。トキエダ隊と同じ班だったようだ。各員の目前には、地下からいつも見上げている天井、そして、遠くにはレジオンの姿があった。

「おっさき〜!ヒャッホー!!」

叫びながら、イクタたちを追い抜き、先頭に出たのがキャサリンだった。キャサリンの乗る機体は勢いよくレジオンに接近していく。

「速いな。アイリスバードを常にあの速度で操れる…か。確かに、腕前は確かなようだな!」

イクタも飛び出した。

「久しぶりに張り合える相手を見つけたぜ!」

イクタの機体が、すぐにキャサリンに追いついた。

「は、はや!?だれ!?」

キャサリンも、それには驚きといった表情を隠せずにいた。

「おい!俺たちも負けてられんぞ!イクタは今は頼れるエースではない!手強いライバルだ!」

トキエダが叫んだ。

「はい!」

「俺らも同様だ。あのバカ女にだけは負けるなよ。」

エドガーもそう言った。

「了解。」

約20機のアイリスバードが、レジオンを目指して飛行し始めた。

 イクタ、キャサリンの両名は、既にレジオンが射程圏内に入っていた。イクタが早速攻撃を開始する。流石に、要領のいい攻撃だ。

「そうじゃん!イクタずるい!一度戦ってる怪獣なんだから有利に決まってんじゃん!」

キャサリンも、負けじと攻撃を開始する。

「データは全世界の支部に公開済みだ。チェック不足のあんたらが悪いよ。」

「……っ!」

イクタはキャサリンの表情を見てニヤリと笑うと、弱点である首元へと突っ込んで行った。

[newpage]

 3班全てのモニター映像を交互に確認しながら、本部長は腕を組んだ。

「流石に我が組織の最高クラスの隊員たちだ。怪獣相手にここまで圧倒できているとはな。」

「しかし…これがイクタ・トシツキの本気…。マッハ2で飛行中の機体を自在に操るなんて…。」

隣に立っていた秘書は唖然としていた。

「あれが本気…?そんなはずはない。彼はまだ余力を残している。周囲のレベルが高いから、少し普段よりペースを上げているだけに過ぎない。」

本部長はそう言った。

「そんな…!1人だけレベルが違い過ぎます…。トップチームを組んだとしても、それでもパワーバランスが…。」

「それが、リディオ・アクティブ・ヒューマンという人種だ。アビリティを持っているだけではない。身体能力やIQ、あらゆるものが超人並みの数値を叩き出す。」

「超人…ですか。…そういえば、リディオ博士が遺した研究資料に、妙な記述がありましたね。」

秘書が、何かを思い出したように呟いた。

「あぁ。確か、『ウルトラマン』。そう書かれていたはずだ。まぁ、肝心なその詳細に関する資料は無くなってしまっとるがね。」

「もしかしたら、イクタのような人種の別名かもしれませんね。文字通り、ウルトラなマンですから。」

秘書が、冗談のように言った。

「ははっ、そうかもな。」

本部長は苦笑すると、再びモニターを睨みつけた。

 

 

 試験は終盤に突入していた。各班ともに目標の怪獣を、あと少しで倒せるという段階に入っていた。

「これでトドメだ!」

各機から放たれたレーザー光線が、怪獣を襲う。次の瞬間、怪獣たちは、爆死した。

「やったぜ!」

ガッツポーズを決めるキャサリン。

「まぁ、このくらいはやってくれないとな。」

イクタは余裕の表情である。

「隊員の皆さん、お疲れ様でした。ログアウトを行なってください。ログアウトボタンは、お手元の操縦桿の裏側にあります。」

訓練室に、アナウンスが流れた。先ほどの案内人の声だ。

 隊員たちは、ヘッドギアを取り、各隊で集まり雑談を始める。

「今ので試験終了ですかね?」

トキエダ隊のクワハラが訊ねる。

「まさか。ここにいるのは世界屈指の兵士たちだ。一度の試験では測りきれない能力もあるし、そもそも差をつけることができないからな。」

トキエダがそう答えた。彼の言う通り、試験はまだ続くようだ。

「では、第二試験を始めます。全員、この建物の外に出てください。」

ぞろぞろと外に出始める隊員たち。全員の集合が完了したのを確認すると、案内人は第二試験の説明を始める。

「時刻は午後6時。天井に設置してある、太陽の代わりの時間差照明も、間も無く光の強度が落とされ、見通しが悪くなる頃です。このタイミングで、皆さんにはサバゲーをやってもらいます。」

「サ、サバゲー?」

聞き慣れない言葉に戸惑う隊員たち。

「かつて人類が地上にいた頃、若者に流行っていたゲームです。レプリカの、玩具銃などを使い行う、いわば模擬戦です。」

「昔の若者って物騒なことしてたんだなぁ…。」

「んなこと言ったら、ガチの戦闘してる俺らの方が物騒だろ…。」

サイトウのぼやきにツッコミを入れたイクタ。

「…続けます。このゲームは、あなた方の地上戦での行動力や戦闘力を試すにはもってこいの物。今回もチームごとに動いでもらいますが、そのチームは、私が適当に決めます。初めて組む隊員とどれだけ連携できるのか、そこも重要な採点ポイントです。」

「なるほどね。」

「では、まずはAチームを発表します。イクタ隊員、ジェニファー隊員、チェン隊員ー」

こうして、10人一組の9チームが作られた。

「ルールは簡単。各チーム本部基地の敷地内を縦横無尽、自由に駆け回ってください。なお、所々に50メートルほどの模擬怪獣の人形が置かれています。怪獣に攻撃すると、その攻撃のヒットポイント別に点数が与えられます。例えば、頭部や心臓などに命中させれば、50点です。一体の怪獣に攻撃することができるのは、1チーム4度まで。それ以上はカウントされません。途中別のチームに遭遇することもあるでしょう。その場合は、迷わず戦闘を行ってください。被弾した隊員はゲームオーバー。この集合地に帰ってきてもらいます。ゲームオーバーの隊員は、その地点での点数を与えられます。時間制限は1時間。怪獣、隊員への攻撃点という個人点、タイムアップ時の生存点などの団体点の合計点を、個人別に出し、そこから選考します。ご理解いただけましたか?」

「おっけー。」

「では、各チームごとにスタート地点が違うので、そこまで我々スタッフがお送りします。」

本部のジープに乗り、各チームが移動を始める。

「これが、今回の試験で使用できる装備です。」

運転手が、アイリスリボルバーのレプリカを配布する。

「本試験では、使える弾丸は4種類。通常弾であるプラスチック弾、敵を捕捉、足止めできるネット弾、弱電流を放つボルト弾、そして閃光弾です。模擬戦とはいえ、負傷には注意してください。ヘルメットの着用が義務付けられています。」

「了解。えーっと、…ジェニファーだっけ?よろしく。」

イクタが、隣に座っていた20代前半の男性隊員に話しかける。

「どうも。あのイクタと同じチームだなんて光栄だよ。でもチームとはいえ、あくまで個人間での競争さ。負けるつもりはないよ。」

「そうこなくっちゃ。」

「では、ここがAチームのスタート地点です。ご武運を。」

運転手はそれだけ告げると、集合地へと帰って行った。

「では、試験開始30秒前です!」

本部の敷地中に、アナウンスが鳴り響く。

「試験、開始!」

「行くぞ!」

各地で、各チームがスタートダッシュを切った。

 

 

 ラザホーは一人、とある洞窟に篭っていた。

「むむぅ…。これだけ負けが込めば、ローレンのやつが俺の回収指示を出すとばかり思っていたのだが…。つまりローレンはそれだけ俺に期待を…?」

ラザホーはそう言いかけて、腕を組んだ。

「…いや、それはないな。俺を地下に放り出しとくのが、今の奴にとって都合がいい。それだけだろう。あいつ、鼻から俺がエレメントを倒せるとは思ってないな。だが俺は倒す。熱い戦いに、ローレンの未来を覆す方法を考えること…。ははっ、毎日が楽しいぜ。退屈しねぇ。」

ラザホーは立ち上がると、ローブの内ポケットから怪獣兵器を取り出した。

「…これが最後の一体か。まさか俺の相棒まで繰り出すことになるとはな。まぁ、こいつは怪獣天国の地上世界をも牛耳っていた奴だ。今までの怪獣とはワケが違うぜ。…とその前に、まずはエレメントを探さなきゃな…。」

ラザホーはゆっくりと立ち上がると、洞窟を後にした。

 

 

「うおおおおお!?話が違ーぞ!?」

レプリカ怪獣を発見し、早速戦闘を開始したAチームだったのだが、予想外の出来事に困惑していた。レプリカ怪獣の体の至る所から、プラスチックのレプリカ弾が飛んでくるのだ。

「これじゃうかつに近づけないよ!50点ポイントはおろか、低スコアのポイントも狙えない!」

「ていうか、脱落者が出るレベルだぞ!」

その状況を眺めながら、イクタは銃を構えた。

「まぁ、そりゃそうでしょ。突っ立てるだけのデカブツを倒せても、本番の戦闘では通用しない。これでもまだ安全なぐらいだぜ。本物の怪獣と比べればな。」

イクタは怪獣の懐へと走り出した。

「慌てんな!確かに攻撃範囲とスピードは大したもんだが、こいつは動かない!落ち着けばいくらでも狙えるはずだ!あんたらは、それだけのレベルの兵士のはずだぞ!」

イクタが発破をかける。

「俺が前衛だ!あんたらは建物の陰から撃ってくれ!」

「だ、だがそれなら、正面から高得点ポイントを狙えるお前だけが有利じゃないか!不公平だ!」ジェニファーが叫んだ。

「は、はぁ!?」

「確かに団体戦だが、さっきも言ったろ!個人間での競争なんだ!負けるわけにはいかない!うおおおおお!」

ジェニファーが、体を建物の陰から乗り出し、怪獣の正面から走り出した。心臓や頭部狙いなのだろう。

「馬鹿野郎!脱落すっぞ!」

というイクタの怒声も無視して、ジェニファーが突っ込んでくる。イクタの予想通り、彼は一瞬で6弾を被弾し、ゲームオーバーとなった。

「…クソッ!!」

銃を地面に叩きつけるジェニファー。

「ジェニファー隊員、脱落です。回収します。」

どこに待機していたのか、スタッフが現れ、彼を引き摺って行った。

「…いいかあんたら。高い個人点が欲しい気持ちもよくわかるけど、その為だけに行動して、ボーナス点になる生存点を削っちゃダメでしょ。こういう試験は、1点を争う試験なんだ。俺の指示に従えとは言わん。どう行動するのが自分のためなのか、その小さい脳みそで考えろ。」

イクタは華麗に敵弾を躱しながら進んで行く。

「……。」

他の隊員たちは目を合わせ、頷くと、建物の陰に隠れ、援護射撃を始めた。多数の方向から同時に攻撃を受け、一瞬にして4発を食らった怪獣は、活動を停止した。

「よしっ!」

その瞬間、全員の右腕に装着されてる点数が表示される機械に150という数字が刻まれた。

「えっ!?なんで俺たちまで…。」

「このように、連携点というサービス点もあります。敢えて言わずに、皆さんの団体戦を観察していましたが。どのみち、本番での怪獣との戦闘でも利己的に動く人間は真っ先に死にます。Aチームは、最も生存可能性が高いチームと言えましょう。」

先ほどの案内人のアナウンスが、そう言った。

「なるほどね。…よし、次の目標を探そうぜ!」

「おぉ!」

イクタたちは、再び走り出した。

 その光景をモニターで観察していた本部長は唸った。

「イクタは優秀すぎるがあまり、仲間に頼らず全てを自分で行う人間だったのだが、変わったな。まだ頼る、とまではいってなさそうだが、仲間を鼓舞できている。きっと度重なる怪獣との戦闘が彼を変えたのだろう。」

「人は極限状態を経験すると変わるといいますしね。彼の場合は、その極限状態というのを数度も経験してますし。」

「戦力として、あいつが軸になるのは間違いないが、指揮官としても使えるかもしれないな。嬉しい誤算だ。」

本部長は満足そうな表情をしていた。

 

 何度かの戦闘を終え、あっという間に1時間が経過した。隊員同士の戦闘も少なくはなかったのだが、ゲームオーバーは僅かに11人と、ここに集まる隊員の質の高さが改めて感じられた。

「では、試験終了です。迎えを寄越しますので、集合地に戻ってください。」

「しかし流石だなイクタ。生で見ると本当にすごいよ。」

Aチームのチェン隊員が、迎えのジープの中でそう言った。

「ま、俺天才だしな。」

イクタは得意げに答えた。

「お前がいれば、この作戦もきっと上手くいくよ。俺も地上に行きたいんだ。俺の先祖は、地上で生物学の研究をしていたらしいんだ。地上には、地下じゃ見られない生き物とかもたくさんいるんだろうなぁ…。」

「どうかな。放射能で数は減ってるだろうし、一部は怪獣化してる。生態系を壊されてなければいいけど。」

「またまた、夢のない話をするねぇ。」

チェンはやれやれという表情をした。

「俺は、空っていうものを見てみたいな。」

そう言ったのはイルソン隊員だ。

「ここじゃ、いつ上を見上げても天井と、照明しかない。昔小学校で習った、地上の大空ってのをこの目で見たいのさ。だから俺はいつの日か空を飛べるようにパイロットを目指した。地上に出る作戦の企画っていう話を聞いたときは、嬉しすぎて眠れなかったぜ。」

「そうか。俺は一回夢の中で見たことがあるぞ。真っ青で、本当に綺麗だった。」

イクタはあの日を思い出しながら呟いた。あの日、あの夢の後、全ては始まったのだ。

「まぁ、受からないことには取らぬ狸のなんとやら、だからな!後は祈るしかないよ。」

チェンがそう言った。

「祈るって、何に祈るのさ?」

「俺たちの救世主で、希望の灯火。巨人エレメントさ。」

 

 

「皆さん。お疲れ様でした。空中戦、地上戦。それぞれの試験から、あなた方の能力を分析し、20人の選抜メンバーを決めました。早速、発表します。」

集合地に全員が揃って30分後のことだった。結果発表の時を迎えていた。

「イクタ隊員、チェン隊員、キャサリン隊員、クワハラ隊員、エドガー隊員、トキエダ隊員、スペンサー隊員ー」

淡々と読み上げられた名前は、あっという間に20を数えた。そこに、空を夢見たイルソンの名はなかった。

「以上の隊員です。まずは合格おめでとうございます。この後本部長挨拶もありますし、内容は重複するかもしれませんが一言。あなた方には、地下世界の、市民の希望を背負っていただく。失敗は許されないミッションです。その命尽きるまで全うしてください。」

「了解!」

選ばれし20人が、敬礼をした。その脇で、人知れず悔し涙を流す隊員が数名いたという事実を、イクタは己の胸に刻んだ。

 本部長室の席に座っていた本部長は、立ち上がり呟いた。

「選ばれし若者たちよ!テイクミーハイヤー!今の我々には決して行くことのできないさらなる高みへ…地上へ連れて行ってくれ!」

 

 

 隊員たちは支部に帰るため、乗ってきた飛行機に乗り込んでいく。イクタはその道中、イルソンを見かけた。イクタは彼の肩にそっと手を置き、数秒停止すると、何も言わずにそのまま去って行った。

 

                                                   続く。



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第7話「覇獣」

 選抜された精鋭部隊が、遠征のための特殊訓練を受ける最中、IRISのとある一般職員が、見てはならない書類を見つけてしまう。その内容は、この世界の謎の一部に触れていたのであった。一方で、遂にラザホーは最後の「相棒」を投入するべく、訓練を終えたイクタ達の前に現れた。「天の覇獣」と呼ばれるその怪獣に、エレメントが挑むがー?


第7話「覇獣」〜天の覇獣イニシア登場〜

 

 現在は西暦で表すと2500年代。放射能で汚染され、遺伝異常から誕生した怪獣に支配された地上を放棄し、地下で暮らしている人類であったが、その一部が地下の治安維持のために結成した組織「IRIS」が精鋭部隊を選考し、地上へ遠征する計画が動き出した前回。見事選考試験に合格したイクタ等隊員たちは、本部長室に呼び出しをくらっていた。

「本部長直々に呼び出しだってよ…!」

「俺本部長に会うのは初めてだぜ!」

選ばれし者たちの中には、当然ながらこのようにテンションの上がっている者もいる。だが

「…ダルいし…なんで受かっちゃったかな…。まだ死にたくねぇよ…。」

と、指を噛みながら嘆くゴームズ隊員のような者もいる。

「死ぬこと前提に考えるなよ。」

ゴームズのつぶやきを聞いていたイクタが、彼にそう言った。

「いやいや、君みたいにずば抜けた天才は別かもしれんが、地上に行くんだぞ?そりゃ即ち死だろ。運よく生き残っても、地下に帰ってこれる保証もないんだぜ?」

その声が部屋に響き、はしゃいでいた隊員たちも押し黙ってしまった。

「それは……そうだけど…。」

「はぁ、ダルいダルい。」

ゴームズは溜息を吐きながら、イクタの前から立ち去った。

「イクタ、気にするな。あいつはいつもマイナス思考なんだよ。でもこの部隊に選ばれてる程の実力者ではあるんだ。」

ゴームズと同じ、本部所属のマックス隊員がそう言った。

「そもそも本部所属の隊員だし、実力は相当だとは思うけど…。あんな感じじゃ困るなぁ。」

イクタは頭をかいた。そんな時、本部長室の扉が開いた。

「諸君。待たせてすまない。」

入室してきたのは本部長であるジェイミー・ルイーズだ。

「まずは合格おめでとう。君たちが、我々人類の唯一の希望であり翼だ。」

ルイーズ本部長は、席に腰をかけると、葉巻を口にして続ける。

「君らの作戦が成功すれば、我々の地上奪還は現実味を帯びてくるが、失敗すれば絶滅を待つだけ、となることは重々承知だろう。」

隊員たちの顔に緊張が走る。

「では、その作戦の詳細を説明せねばならんな。資料を配ろう。」

ルイーズが、一人一人に紙の資料を配布して行く。

「作戦名は地上遠征作戦。決行日は1ヶ月後だ。」

「本部長!地上への移動手段として考えている、エレメントはどのように利用するのでしょうか?」

「うむ。イクタ隊員やTKー18支部の報告によれば、地下には怪獣を操る何者かが、最低でも一人は潜伏しているとされている。奴をおびき出し、怪獣を出現させることで、自然とエレメントも駆けつけるだろう。その際に、地上へ一気に空間移動する。」

「空間…移動…?」

やはり、皆半信半疑のようだ。

「にわかには信じられないだろうが、エレメントには空間移動の能力があるとされている。」

「されている…?確証はないのですか!?」

「……」

本部長は質問者から目を逸らし、下を向いた。イクタはエレメント自身から聞いた話から、空間移動のような能力があると推測しているのだが、やはり確証はないのだ。

「か、確証のない移動手段を用いるのですか!?下手すれば、地上に行くことすらできずにこの作戦は終わりますよ!?」

「…まぁ落ち着けよ。たとえエレメントが利用できなかったとしても、空間と空間を繋いで、ワープする技術は今うちで開発中だ。遅かれ早かれ、地上には行けるさ。本部長、地上到達後の作戦の説明をしてよ。」

イクタは咄嗟に脱線していた話を戻した。

「あ、あぁ。地上到達後、諸君には怪獣の少ない、安全地帯を探してもらう。その地帯で放射能クリーナーを稼働させ、防護服なしでも動ける環境を作る。その後その場所を拠点に、周囲一帯の怪獣を倒し、放射能浄化空間を広げて行く。その面積が一定に達したら、作戦終了だ。その後、同じ要領で科学者や職人を地上に送り込み、IRIS地上支部を建設する。なお、作戦中は地上にある色々なものをサンプルとして採取してほしい。植物でも、生物でも無生物でも構わん。以上だ。」

「了解。」

「そして君たちはこれから三週間、作戦遂行のための特別訓練を受けてもらう。期間中は本部内の寮に宿泊してもらおう。既に各支部長へは連絡済みだ。訓練は早速、明日から行うことにする。今日は解散だ。」

「了解!」

部屋を出ながら、イクタは考えていた。遅かれ早かれ地上には行ける。これは確かだろう。だが、もしエレメントを利用できなかった場合、その「遅かれ」とはいつになるのだろうか。

 

 

 IRISのTKー18支部では、サイエンスチームが、2班に分かれて新たな研究を行っていた。

「エンドウさん!また失敗です!」

エラー、と表示されたコンピューターの画面を見て、嘆くスタッフ。

「うーん、理論上は可能なはずなんだけど…。」

「エンドウさん!こっちもダメです!」

別の班からも、成功の報告はなかった。

「理論上は可能なのかもしれませんし、現にその技術は軍事的に運用されてはいますが…。やはり我々の科学力では不可能なのでは…。空間移動装置と怪獣兵器なんて…。」

「何バカなこと言ってんのよ!正体不明の敵の科学力が、世界最高峰の技術の塊であるこのIRISに勝ると言いたいの!?」

「し、しかしそういうことになってますよ…。」

スタッフたちは黙り込んでしまう。

「……いい?現在、地下世界は放射能の侵攻を遅延させるために、完全に地上世界との繋がりを絶っているわ。人間よりもはるかに能力の高い怪獣たちが迷い込むのは仕方がないとして、黒ローブのように、地下の者ではない何者かが現れているというのは、彼らが空間移動ができるから、なのよ。裏を返せば、私たちも地上に出るためにはその能力が必要なの。エレメントにそれができなかった場合、精鋭部隊を援護できるのは私達だけなの。弱音吐いてる暇があったら、作業を再開して。」

スタッフたちは、渋々持ち場に戻って行った。

「エンドウさん。少しお話が。」

その中で、部下の一人がエンドウにそう言った。

「…何かしら?」

「その空間移動なのですが、科学技術ではない可能性が浮上しました。」

「……どういうこと?」

「詳しくはあちらで…。」

エンドウとその部下は、研究室を出て誰もいない別の部屋へと移った。大きな長いテーブルに、向かい合って座る二人。

「それで、科学技術ではないのなら、何だって言うのよ。」

「はい。これはこの間、例のレジオン事件の研究室復旧作業中に出てきた資料なんですけど。」

と、エンドウにプリントの束を渡す。

「…ってこれ、支部長管轄の資料じゃないの!どこから持ってきたのよ!」

「恐らく混乱でこの支部内でも資料が散乱して、出てきたのではないでしょうか。まぁ内容が内容なので…。せめてエンドウさんには伝えておかないと、と思いまして。」

「全く…」

と言いつつも、エンドウは資料に目を通し始めた。

「これって…!…ねぇあなた、あなたこれ全部読んだのよね?」

「は、はい。」

「今すぐ内容を忘れなさい。さもなくば、あなたもうIRISにはいられなくなるわ。」

「え?そ、それってどういう…」

「これはIRISの最重要機密事項に直接的にではないにしろ、間接的に触れる恐れがあるわ。すぐに処分しなさい!」

エンドウは少し動揺していた。プリントの束を突き返して立ち上がると、部屋を出て行こうとする。

「待ってください!エンドウさんは知っていたのですか!?イクタチーフがリディオ・アクティブ・ヒューマンだってことを!」

「………」

「そしてその人種の…地球の歴史と真実…ウルトラマンのこともですか!?」

「……っ!忘れなさいって言ってるでしょ!」

エンドウは振り向きながら白衣のポケットにしまっていたレーザー銃を抜き、トリガーを引いた。光線が、部下の顔のすぐ横を通過し、着弾点となった壁を焦がした。

「…次何か言ったら、内容をあなたの存在ごと消すわよ。」

エンドウは部屋を去って行った。

「……忘れるものか…。この資料が示すものが真実だとしたら…。俺たちは何のために…誰のために毎日命をかけてるって言うんだ…!馬鹿馬鹿しい!」

部下は資料を床に叩きつけ、所持していたタブレット端末で重要な内容を写真に収めると、火をつけて焼却処分をした。

「…これはこの組織が隠蔽している事項のほんの一部に過ぎないはずだ…。俺がこの地下の…地球の真実を突き止めてやるぞ…。」

 

 

 エンドウは、研究室に戻る途中で、支部長に電話を繋げた。

「フクハラ支部長ですか?エンドウです。マズいことになりました。」

「フクハラだ。どうしたのかね?」

「部下の一人が、機密資料を手に入れてしまいました。地球の歴史やリディオ・アクティブ・ヒューマン、そしてウルトラマンの秘密も握ってしまったようです。」

「…そうか。」

エンドウは、フクハラが受話器の向こうで大きなため息を吐いたのを感じ取った。

「いかがいたしましょう。やはり殺しますか?」

「結論を急ぐな。一般職員が知っていたとして、別段なんということはなかろう。」

「ですが、メディアにその話を持っていかれると厄介です。」

「その点も心配いらない。メディア関係者だって、義務教育で習ったものは我々と同じ。つまりあの資料に記載されているものは常識的にありえないと判断されるだろう。ただのトンデモ説だ。万が一があったとしても、我々が圧力をかける。君も、この件は忘れたまえ。」

「……わかりました。失礼します。」

エンドウは電話を切った。

 

 

 静寂の中でふと目を覚ましたローレンは、目にかかった長い銀色の髪を手ではらい、上体を起こした。

「ダーム、ダーム!」

「おぉ、お目覚めですかローレン殿。ただいま参ります!」

遠くで、ローレンの呼びかけに反応する老人の声が聞こえた。少しして、ダームが走り寄ってきた。

「少し髪が伸びた。切ってくれ。」

「かしこまりました。」

ダームはローレンの散髪を始めた。

「…楽しい夢を見たよ。まぁ、夢といっても近未来の出来事なのだが。」

「予知夢というやつですな。ローレン殿は毎日見ておられる。本日の内容は?」

「地下の愚かな人間どもが地上に昇り、怪獣達に蹂躙されるという内容だ。」

「…それではいつもとお変わりないようですが?」

パツン、パツンというハサミの音が、静かな間に響く。

「そうだな。だが面白いのはここからだ。エレメントが、地下人類の敵になる。どのようにしてそうなるのかは、まだ見えないが。敵になることは間違いのない。」

「やはりあの少年とエレメントの未来は、詳しく見ることはできませんか。」

「そうみたいだな。まぁ、当然と言えば当然だ…が、奴らの戦い方を見ても、あの男の…イクタのアビリティを特定することができない。」

「そう言えば、キュリ殿の空間移動やエレメントの元素操作のように、派手な技は見かけませんな。」

ダームは腕を組んだ。

「…俺の仮説では、奴の能力は俺らとは別種の…仮にBタイプと置くとすると、そちらに当てはまる可能性が極めて高い。」

ローレンも腕を組みながらそう言った。

「Bタイプ…ですか。それはどういう…?」

「直接的に戦闘に生かされない、どちらかというと後方支援型の能力だ。だがそのタイプのアビリティはコンピュータなどで互換が効くことから、ドクターリディオは開発と研究を中断しているはずだ。……未来は見えても過去は見えない。俺にはわからん。」

ローレンは嘆いた。

「それより、ラザホーはどうした?」

「先ほど連絡が入りました。場合によっては、人類は地上に上がることすらできなくなるでしょう。」

「…イニシアを使うんだな。そいつは見ものだ。まぁ結果を確かめることなど容易だが、それでは面白くない。見届けてやろう。」

「まぁ、流石のエレメントもイニシアには敵いますまい。人類殲滅よりも優先すべきはエレメントの殺害。あっさりと復讐も終わってしまうかもしれませんな。」

「未来なんてささえなことですぐに変化する。今夜見る夢の中には、既にエレメントは登場しないかもしれんな。」

ダームとローレンは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「うおおおおおおお!?」

そう声をあげたのはイクタ・トシツキだ。

「これが地上での急発進時にお前らにかかる負荷だ!地上は地下以上の大気の圧ってもんがあるからな。」

地上戦における仮想訓練を指揮するのは、イクタの上司トキエダだ。

「なるほどね。思ってたより重かったから驚いただけだよ。こんなもん、なんでもない!」

「うむ。頼もしい限りだ。」

そう言いながらやってきたのは、本部長だ。

「この特別訓練も、本日が最終日となった。この三週間、諸君らのその能力に驚かされてばかりいたよ。これなら、この作戦もきっと成功するだろう。」

「ありがとうございます!」

隊員達が一斉に並び、敬礼する。

「そして諸君らには明日、出発会見を開いてもらう。理解しているとは思うが、今回の遠征費用には、一般企業や個人からも多くの寄付を頂いている。それだけ、期待してくれている方々も多いというわけだ。そんな皆様に対し、君たちの決意を表明してもらう。いいかね?」

「…はい!」

そこに、本部のスタッフが駆け寄ってきた。

「本部長!遠征用の航空機隊の準備が完了しました!隊員の皆様も、どうぞこちらへ。」

本部のスタッフが、本部長と隊員達を格納庫へと誘導する。

「こちらが、本作戦用に改造されたアイリスバードマーク2です。新たに四機のターボエンジンを追加。さらに、標準装備としてTKー18支部の開発した新型ミサイルを搭載しています。地上の空中戦での衝撃を和らげるために、限界まで流線型にしてあります。最新コンピュータによる自動操縦モードにも移行可能です。こちらを、20機用意してあります。」

「おぉぉ……」

隊員達が感嘆の声を上げる。

「ちなみに、これマックスでどのくらいの速度が出るの?」

イクタが質問をする。

「そうですね。地下だとマッハ6は出せます。地上でも、大きな差はないでしょう。」

「いいねぇ…。」

「さらに各機には標準装備として、特殊弾頭ミサイルの発射装置もあります。その特殊弾頭というのは、TKー18支部が開発した超コンパクト放射能除去装置…。簡単にいうならば、放射能を除去できるミサイル、ということになります。とはいえ、これでは局地的な除去しかできないので、従来の除去装置も旗機に搭載しています。あとは、簡単な作業用具をバラして搭載していますね。」

「うむ。完璧だ。問題は、地上に行けるかどうか…いや、その前にどうやってエレメントを呼び出すか、だな…。」

本部長が唸ったその時だった。

「本部長!監視カメラに不審人物が!今映像を送ります!」

と、本部長の持っていたトランシーバーに声が入った。瞬く間に、彼らの頭上に電子モニターが現れ、映像が映し出された。

「……黒ローブ…ラザホーか!?いや、もう一人いるぞ!?」

映っていたのはラザホーだった。そしてもう一人の謎の黒ローブと共にフードを深く被り、まっすぐに歩みを進めている。

「管制塔!これはどこのカメラの映像だ!?」

「あなたがそれを知る必要はないね。」

「!?」

本部長と隊員達は、一斉に声のした方向に振り向いた。なんと今の今までモニターに映っていた二人が、そこにいたのだ。

「ほ、本部長!不審人物、突如姿を消しました!」

「あぁそのようだな。こっちにいるよ!くそっ!どこから入った!?」

「さぁ?…ラザホー。この中にエレメントがいるんでしょ?早く遂行しないと厄介だぜ?」

もう一人の黒ローブ、キュリはラザホーにそう言った。

「そうだな。」

ラザホーがローブの内ポケットから銃を取り出そうとした瞬間だった。隊員達が一斉に銃を抜き、二人を取り囲んだ。

「動くな!」

隊員の一人が声を荒上げる。

「イクタ!こいつらどうする!?」

トキエダが問いかける。

「本当は生け捕って研究したいところだけど…。戦闘機潰されたら終わりだ。殺していいんじゃない?ね?本部長。」

「うむ。やむを得ん。」

「なら本部長は早く逃げな。……にしても、こいつらなぜここにピンポイントに移動できたんだ…?本部の敷地はバカみたいに広いってのに…。…まさか!?」

「そのまさか、かもね?」

キュリは既にイクタの背後にいた。

「…っ!」

イクタはとっさに左足で、キュリを蹴り上げる。蹴り飛ばされ宙を舞うキュリだったが、空中で態勢を整え、すっと着地した。

「おいおい、か弱い乙女に蹴り入れるって、どういうことだよ?」

「お前が本当にか弱い乙女だったら、蹴りは入れねぇよ。みんな、撃て!」

イクタの指示で、隊員達は一斉にレーザー銃を撃ち始める。

「想像以上に熱烈な歓迎だな!感謝するぜ!でも、俺らにそれは当たらないな!」

ラザホーとキュリは瞬間移動を繰り返し、光線がかする気配すらない。

「何偉そうにしてんだよ。あたしのおかげだろうが。」

そんな二人の動きを食い入るように見つめるイクタを気にかけ、トキエダが話しかける。

「どうした?」

「……いや、分析できたぜ。あいつらのカラクリが。とにかくあの瞬間移動女と男を引き離すんだ!」

「わかった。総員!男の方を狙え!」

「了解!」

全ての光線が、ラザホーに向けられる。

「おぉっと!?キュリ!早く助けろ!」

「ったくしゃーねーな…あのバカが。」

悪態をつき、ヘルプに行こうとしたキュリを、イクタが止めた。

「おっと。簡単に行けると思ってた?」

銃を片手に、キュリをけん制するイクタ。

「どうした?あのおっさんを助けたいならこっから空間移動すればいいじゃん。もっとも、あいつの付近にワープした瞬間、身体中に穴が空くと思うが。」

「……てめぇ…あたしのアビリティを見破ったのか!?この数分間で!」

「やっぱりな。あんた本人は移動し放題だが、仲間を共にするときは、その仲間とは一定の距離を保たなくちゃいけないわけだ。ざっと、10メートル前後ってところかな。さらに、あんたの移動にも多少の制限がある。距離、そして目的地。怪獣兵器を操るラザホーを地下に送り込んでいたのもあんただろ?それはエレメントを倒すために、あえて俺らの近くに現れ続けてたかもしれない。だが逆に、エレメントのような巨大なエネルギーがある場所しか、正確に目的地を設定することができない。違うか?」

「…まぁ半分はあってるよ…。半分間違ってるけどな。まぁ、如何せんどうやらあんたを甘く見過ぎてたようだ。今のあたしじゃ敵いそうにもないや。ここは退くか。」

キュリは、姿を消した。

「お、おいキュリ!俺を見殺しにする気かぁ〜!?」

銃弾の雨をかいくぐりながら、嘆くラザホー。

「…ま、いいんだけどな。」

その瞬間、全てのレーザー光線が弾かれた。突然のことに驚く隊員達。

「…今いったい何が…。」

「いい準備運動になったぜ。ありがとな!……じゃあ、こっからは本気出すぜ。」

ラザホーは、ポケットから怪獣兵器を取り出した。

「こいつは俺のとっておきの相棒だ。褒めてやるぜ、勇敢なる兵士諸君にエレメント!レジオンで終わらせるつもりが、まさかこいつまで動員するとは、完全に計算違いもいいところだ。…とまぁ前置きはこの辺にしておこう。いでよ地球の空を制する大怪獣、天の覇獣イニシアァァァァ!」まばゆい光から現れた怪獣は、格納庫の天井を破壊し、宙へと飛んだ。翼竜のような姿をした怪獣イニシアは、雄叫びをあげながら、格納庫の上空を旋回し始めた。

「言い忘れたが、こいつは凶暴すぎて俺でも完全にコントロールできない。まぁ、頑張ってくれ。」

 

 

「こ、これが音に聞く怪獣兵器って奴なのか…?」

初めての光景に動転している隊員達。

「くそっ!総員!戦闘用意!マーク2に乗り込め!」

トキエダの指示で、全員が戦闘機に乗り込み、発進した。

「本部上空での戦闘は危険だ!奴を敷地外に誘導するぞ!」

「了解!」

「キャサリン!エドガーさん!怪獣の前方を最高速度で飛んでくれ!」

1号機から、イクタが指示を出す。

「キャサリンオッケー!」

「エドガー了解!」

2人の機体が、イニシアの顔の前方にポジショニングし、最高速度に達した。イニシアは釣られて、2機の後ろにピッタリと付いてきている。

「最新鋭戦闘機の力、見せてやるぜ!今に叩き落としてやる!」

意気込むエドガー。

『シャリガァァァァァァ!!』

大声で鳴きながら、二機を追いかけるイニシア。

「ちょ、ちょっとエドガー隊長!距離縮まってませんか!?」

レーダーを確認し、驚きの声を上げるキャサリン。

「何をバカな。今はマッハ6で飛んでいるんだぞ!?」

「で、ですが現に…」

そのときだった。イニシアの口からエネルギー弾が放たれたのは

「うおっと!?」

ギリギリで交わした2機。

「おいトキエダ!これじゃ敷地外に出る前に俺らが撃ち落とされちまう!」

「……そうだな…。止むを得んだろう。本部長!まだ本部敷地内ですが、攻撃の許可って下りますかね?」

トキエダが本部長に通信を入れる。

「仕方あるまい。攻撃を許可する。」

「ありがとうございます。では全機攻撃用意!フォーメーションはAだ!キャサリン、エドガー機は引き続きそのまま飛行してくれ!」

「了解!」

20もの戦闘機の群が、攻撃態勢を整えていく。5機ずつが怪獣の両サイドに、4機が怪獣のさらに上を、残る4機が怪獣の後方にポジションを取った。

「本部からも攻撃支援をしよう。固定砲台全門、砲撃用意!」

本部長の命令で、本部敷地内の至る所に隠されていた砲台が顔を出した。

「これで怪獣を完全に囲い込んだな。だが奴も生き物だ。常に予期せぬ行動にも警戒しておけ!攻撃開始!」

「了解!攻撃を開始します!」

トキエダの指示で、前方を行く2機以外の機体から、火を吹くようにレーザー光線が発射された。次々に命中し、怪獣は悲鳴をあげる。怪獣イニシアは急降下し攻撃をかわすと態勢を整え、口から再びエネルギー弾での反撃を試みたが、地の方から発射された無数の砲弾に飲まれ、そのまま墜落してしまった。重みのある衝撃が響く。

「やべ!敷地内に落としちまった…。やりすぎたか?」

トキエダの顔が青くなる。

「まだだよ。このままトドメを刺す。」

イクタの機体が、急降下し怪獣に接近して行く。それに続くように、他の機体も降下を始めた。

「ほほう、流石だな勇敢なる兵士達よ。…だが、初撃で殺すことのできなかった地点で、お前らの負けだ。」

ラザホーがニヤリと笑った。

『シャリガァァァァァァ!!』

イニシアは突如吠えると、次の攻撃を開始しようとしていたアイリスバード達を、その大きな翼をはためかせて起こした突風で追い返した。

「うおおっ!?」

「トキエダさん!突如突風が!コントロールが効きません!」

風は徐々に渦を巻き始め、巨大な竜巻と化し、6機のアイリスバードマーク2を飲み込み、そして吐き出した。6機は制御不可のまま、地面へと叩きつけられた。その中にはイクタの機体もあった。「痛ぇな…。しかし流石に頑丈だな。大きな損傷はなさそうだ。」

「んなこと言ってる場合かイクタ!次が来るぞ!!」

イニシアは墜ちた戦闘機の近くにまで歩みを進めると、大きな足の爪でイクタの機体を摘み上げ、口元まで運ぼうとする。

「おいおいおいおい!何する気だこいつ!?」

「イニシアはたった1体で地上の大空の約4割を縄張りに活動する文字通り空の覇者だ。今のような方法で、数多くの怪獣を餌にしてきたんだよ。」

ラザホーが補足した。無論、誰の耳にも入っていないが。

「さぁ、エレメントに変身しろ。でなければ助からんぞ。エレメントと天の覇獣…どちらが強いのか!?熱い戦いを見せてくれよ!!」

「ちっ…流石にやばいか…。おいあんた!準備できてるか!?」

イクタはエレメントミキサーを取り出し、怒鳴った。

『もちろん。私はいつでもスタンバイ完了している。』

エレメントはそう答えた。

「よし!ケミスト!エレメントーーーー!!」

そう叫んだ時、イクタの右腕に装着されたエレメントミキサーが光を放った。光は徐々に大きくなり、遂にその光に包まれた範囲は高さ50メートルを超えた。光は次第に弱くなったが、その跡地から現れたのは、身長55メートルの巨人、エレメントだった。

 

 

『シェア!!』

エレメントは現れるなり早速イニシアの口を掴むと、背負い投げをして地に叩きつけた。

『シャリガァァァァ…』

奇襲に驚きの声を上げるイニシア。エレメントはさらに、倒れたイニシアを持ち上げると、マッハで飛び立った。敷地外に出た後、イニシアを再び地に向かって放り投げる。

『ジャッ!』

エレメントは空中で静止すると、ファイティングポーズをとった。

「エレメントだ!奴が怪獣を敷地外に連れ出してくれたぞ!」

「我々も後を追うのだ!」

アイリスバード達が、エレメントの後ろに付いて来る。

『シャリガァァァァァァ!!』

怒りをあらわにしたイニシアは態勢を整えると、エレメントと向かい合うように飛行した。両巨大生物はしばらく睨み合った後、動いた。

『シェアァァァ!』

『シャリガァァ!!』

イニシアはエレメントの体当たりを華麗にかわすと、大きな両足の爪でエレメントの両肩を掴んだ。

『デュワ!?』

驚き、爪を引き離そうともがくエレメントだったが、爪は取れるどころかみるみると肩に食い込んで行く。

『デュワァァァ…。』

悲鳴をあげるエレメントの反応を見て楽しくなったのか、イニシアはそのままの体勢で音速飛行を開始した。エレメントを散々に振り回した挙句、大きな岩山に叩きつけると、そのまま空中で旋回し、岩山とともに崩れ落ちるエレメント目掛けてエネルギー弾を連射した。

『ノワァァ……!」

被弾し、さらに崩れ落ちた岩の下敷きとなってしまったエレメント。その様子を見て、イニシアは無邪気に空を飛び回っている。

「そんな…。あのエレメントが圧倒されてる…?」

トキエダも驚きを隠せていない様子だ。

『…シェエアァァァァ!!』

しかしエレメントは岩を払いのけ立ち上がった。体に付着した埃を軽く振り落とすと、飛び回るイニシアを睨みつけ、再び飛び上がった。

「こいつは今までの怪獣とはワケが違いそうだ。ヤベェえぞ。」

『珍しく弱音を吐くんだな、イクタ。まぁ確かにさっきのは痛かったが……。』

「…勝算はありそうか…?」

『どうだろう。もっとも、君にそれが見えていないとしたら、ないということになるが。』

「……参ったな。何も思いつかない…。」

イクタはしばらく考え、そう嘆いた。

『…。こりゃ、事態は思ってるよりも深刻かもしれん。』

「とにかく攻撃を仕掛けるぞ。」

『うむ。エレメント光輪!』

エレメントは右腕のミキサーにエネルギーを込め、の鋭利な輪郭を持つ光輪を4つ生み出し、イニシアに投げつけた。だが1発残らず、イニシアは交わして行く。

 エレメントはさらに、光輪に気を取られているイニシアに向かって体当たりを仕向けたが、これも交わされ、逆に背後に回ったイニシアの体当たりを喰らってしまう。

「如何せん速すぎるぜこいつ…。これじゃいつまでも奴のペースだ!」

『わかっている!だが私にこの状況を打破できる秘策はない!』

イクタとエレメントは、互いに押し黙ってしまった。

「なんだ。全然熱くないな。エレメントとイニシアにここまでの実力差があったとは。正直ガッカリだぜ。」

ラザホーはやれやれ、といった表情でその場に座り込み、大きくあくびをした。

 何度かの攻防を繰り返したのち、両巨大生物は地面に着地し、対峙した。

「……1つ思いついた。決定打になるかはわからないけど、この防戦一方の状況は打開できる自信がある。」

イクタが呟いた。

『本当か!?流石だ。やはり頼るべきは君のアビリティだな!』

「お前も少しは頭使えよな。…まぁいいや。行くぞ!」

『ケミスト!ハイドロエレメント!』

ミキサーが水素を取り込み、青色の肉体へと姿を変えたエレメント。

『シェア!』

エレメントミキサーが水を纏い、大きな剣のような形状となる。水の剣のひと振りを交わし、上へと飛んだイニシア。

『ハイドロウィップ!!』

だがエレメントの狙いは剣での一太刀ではなかった。剣はさらに鞭のようなものに形状を変化させ、イニシアの足を捕らえた。

『シェアァァ!』

そして、そのまま思い切り地面へと叩き落とす。

『シャリガァァ!』

悲鳴をあげるイニシア。畳み掛けるように、エレメントは墜落したイニシアの元へと走って行く。イニシアはすぐに起き上がると、攻撃に備えて迎撃態勢に入る。

『ハイドロエレメント光輪!!』

水でできたエレメント光輪が、イニシアの翼にまとわりついた。ドーナツ型の光輪の中央の穴の部分に、翼を通しているような状態となる。その状態で飛んだイニシアだが、光輪のせいで思うように加速できていない様子だ。

「これで追いつけるはずだ。一気にやってやる!」

『ケミスト!ヘリウムエレメント!』

『ジャッ!』

自らの肉体を気体へと変化させたエレメント。イニシアのさらに上で再び姿を現すと、イニシアに抱きついた。

『シャリガァァァァァァ!!』

振り落とそうと高速で飛び回るイニシア。だが最高速度が出せない。

「喰らいやがれ!!」

『ケミスト!スチールエレメント!』

『エレメントフォール!!』

ヘリウム体という軽い体から、急激に最重量の姿へと変身したエレメントの重さに耐えきれなくなったイニシアは、そのまま地面へと墜落した。墜落の衝撃、そして負荷としてかかるエレメントの重さに、思わず呻き声をあげる。

『シャリガァァァァァ………』

エレメントも、立て続けのケミストに体の限界がきたのか、カラータイマーが点滅を始めた。

『時間がない。トドメを刺そう。』

元の姿へと戻ったエレメントは、ゆったりとしたモーションで腕を十字に組んでいく。

「マズい!」

焦りの表情が現れたラザホー。イニシアを兵器の中に戻そうとするが、一歩遅かった。

『デュアルケミスト!ケミストリウム光線!!』

必殺の光線をもろに喰らったイニシア。だが、その体は爆発しなかった。

『……なに?』

イニシアは最後の力を振り絞り、ラザホーのローブのポケットへと帰って行った。

「殺しきれなかったのか!?バカな!?」

初めての現象に驚くイクタ。

「…ふぅ。最後はヒヤッとしたが、流石は覇獣ってところだな。敗北しつつも格の違いは見せつけたか…。しかし、まさかここまでとはな…。エレメント、お前はここまで強くはなかったはずだ。なぜ、そしてどこで、これほどまでの力を身につけたというのだ…?」

ラザホーは解せない、といった表情を残し、その場から立ち去った。

 

 

 役目を終え、姿を消そうとしたエレメントの元に、数機のアイリスバード達が集まった。

「待ってくれエレメント!」

振り返るエレメント。

「君にはできるのか!?大規模な空間移動が!!」

トキエダが訊ねる。

「そういやそれかなり重要だったな。俺も聞き忘れてたよ。」

イクタもそう言った。

『……人間達よ。こうして私と直接会話をするのは初めてかな?』

エレメントが口を開いた。隊員達から感嘆の声が上がる。

「おぉぉ…エレメントと会話ができているぞ!!」

「いつだったか、イクタが直接会話ができたと言っていたが、本当だったんだな…。」

トキエダが思い出したように言った。

『質問に答えよう。だが答えは実にシンプルだ。申し訳ないが、今の私に、空間と空間を繋げ、移動するという能力は備わってはいない。』

「……は?」

目を丸くするイクタ。

「…今、なんと答えたんだ…?」

トキエダも、同じような表情をしながら恐る恐る聞き返した。

『聞こえていなかったのなら繰り返そう。…申し訳ないが、君たちの要望に応えることはできない、ということだ。』

まさかの返答に、その場が凍りついた。

 

                                     続く。



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第8話「約束」

 「空間移動の能力は備わっていない」というエレメントの告白から一夜明け、IRISは地上へのルート模索に励んでいた。そんな中で、エレメントはある夢を見る。その夢の表すものは、歴史なのか、それともただの「夢」なのかー。まさかの急展開の第8話だ。


第8話「約束」〜地底怪獣ウンターヴェル登場〜

 

「そうか…。不可能なのか…。」

イクタ達からの報告を受けた本部長は、深くため息をつくと、椅子の背もたれに倒れかかった。   

 この少し前、IRIS精鋭部隊は初めてエレメントとのコミュニケーションを取れたのだが、その際に自分には空間移動の能力がない、という事実を聞かされていたのだ。

「しかし…謎だけが残りますね。」

トキエダは腕を組んだ。

「と、いうと?」

本部長が訊ねる。

「いえ、ならばエレメントはどうやってこの地下に現れたのでしょうか。あれだけの巨体を持つ生命体が入ってこれるほどのルートはどこにもないはずです。第一に、そんなものがあったとすれば怪獣達や放射能の侵攻を止めることができません。」

「うむ…。」

「それに、エレメントはこう言ってた。今の私にその能力、すなわち空間移動はできないと。」

イクタが付け加えた。

「今の私に…か。つまり以前はあった。だから地下にやってこれた、というわけか。もしかしたら、発動条件のようなものがあるのかもしれん。」

本部長は立ち上がった。

「とにかく、今考えていても仕方がない。ここからは私たちや科学班の仕事だ。君たち戦闘員は、常に準備をしておいてくれたまえ。」

「はっ!」

隊員達が敬礼をする。

「あぁそれとイクタ。お前は別だ。本部の科学班と合流し、地上へのルート模索や敵の分析に当たってくれ。」

「了解。」

「では解散だ。」

 

 科学班達の職場である科学棟へと向かう道中、イクタは周囲に誰もいないことを確認すると、エレメントミキサーを取り出した。

「で、あんたはどうやって地下に来たんだよ。地球の歴史の真実を知ってるようだし、どう考えても地下生まれ地下育ちではないよな。」

イクタが訊ねる。

『確かに私の出身はこの地下ではない。私が生まれたのは今から150年以上前だ。そもそも地下都市などなかったな。』

「150年……。まさかあんた…。」

『流石だなイクタ。今の一言で大体の事情を察したか?まぁ君の想像に任せよう。』

「……今俺の中で色々な事柄が繋がろうとしてるけど、何かが足りない。それはおそらく…」

『恐らくそれは、この世界が隠蔽している歴史の真実だ。私が語ったのはそのほんの一部に過ぎない。だが、君はわからないことはわかるまで調べ尽くすタイプの人間だ。私からは何も語らない。君が己でその真実に辿り着くといいだろう。』

エレメントは意味ありげにそう言った。

「そうだな。俺は知っての通り天才だ。多分この世界で1番頭がいい。知らないことはないはずだった。でも、俺は地上のことを何も知らなかった。いや、地下のことさえ、間違った知識を持ってるかもしれない。それらを知るために俺は地上に行きたいんだ。」

『だろうな。』

「この世界が隠蔽している。そしてこの世界を治めているのはIRIS……。加えてここはそのIRISの本部…。なるほどね。今にその真実ってやつを見つけ出してやるさ。そして、あんたの正体も見破ってやるよ。」

『それは楽しみだな。頑張りたまえ。』

エレメントはそう言ってミキサーから反応を消した。そうこうしているうちに、イクタは科学棟へ到着した。

 

「うぃーす。」

研究室に入室したイクタは、スタッフ達に軽く挨拶をした。

「あ、どうも。あなたが最高の科学力を備えるTKー18支部のサイエンスチームのチーフ、Dr.イクタさんですか!?」

一人のスタッフが興味深そうに話しかけて来た。

「ドクターなんて肩書きがいつの間に付いてたのかは知らんけど、まぁそうだ。ていうか、ドクターにさんってつけるか普通?」

「あ、ついうっかり…。うちのチーフの二つ名がドクターなもので…。しかし、イクタさんの研究成果や論文の多くを重宝させていただいてますよ。流石はリディオ・アクティブ・ヒューマンってところですね。」

スタッフはそう言った。

「なんだ。知ってるんだ。」

「えぇ。本部の人間は皆知ってますよ。そもそも、それが判明したのがうちの研究室なんですから。」

「そういやそうだったな。」

イクタは数年前を思い出しな上がらそう相槌を打った。

「奥の方に本部科学班長、Dr.デオスがいます。案内しますね。」

スタッフに連れられ、イクタはDr.デオスと呼ばれた科学者の部屋へと歩いた。スタッフがノックをすると、中から

「入りたまえ。」

という声がした。若そうな声だ。

「失礼します。Dr.デオス、こちらがイクタ隊員です。」

「どうも。」

デオスと呼ばれた男は、まだ黒いが薄くなり始めている頭髪や顔の小じわなどから、40代前半のように見て取れた。白衣の左胸には、何やら豪華な勲章のようなものが付いている。

「やぁイクタくん。実は会うのは2回目なんだが、私のことを覚えているかい?」

「そうだな…。顔を見て思い出したよ。俺の検査をしてた班のリーダーっぽい人だったよね?」

イクタは三年前を思い出しながら答えた。

「ちょ、ちょっとイクタさん。ドクターに向かってその口の聞き方は流石に…。」

イクタを詳しく知らないスタッフは、その態度を慌てて制しようとした。

「いいんだ。覚えていてくれたとは嬉しいね。その後変わりはないか?寿命が極端に短い人種だし、その寿命を全うできる保証もない。体調が悪い等があれば、私が診てあげるが。」

「大丈夫だよ。それに、地上の景色や地球そのものの歴史の真実を知るまでは死ねないよ。」

イクタは胸を張って答え、質問返しをする

「デオス博士は何か知ってんじゃないの?…いや、IRISの本部で科学班長を務めているあんたが知らないはずはない。」

「さぁ、なんの話をしているのか、さっぱりだね。地球の地上は、150年前に敵性宇宙人の侵攻を受けた。その際全土が敵の核攻撃によって被曝。それで我々の祖先は地下へ逃げ込んだわけだ。その時の放射能の影響で、取り残された生き物達が怪獣化。そして今に至る。それだけの話じゃないか。」

デオスは椅子にもたれかかりながら淡々と話した。

「ふーん。…それで?『核』ってなに?」

イクタは聞き返した。事前にエレメントから、核による戦争で地上を放棄せざるを得なくなった、という話を聞いていたから知っていたものの、そもそもこの世界に核兵器なるものは存在しないし、そのような恐ろしい兵器があったという歴史も語り継がれていないのだ。

「……っ。簡易に説明するならば、核融合や原子核分裂を連続して発生させたエネルギーを使う爆弾のようなものだろう。私も実物を見たことがないから詳しくは知らない。」

「なるほど。確かに使う元素によれば…例えばアクチノイドのウランなどを使えば、恐ろしい威力を発揮するだろうね。放射能による影響だって大きくなる。でも、当時の人類文明を考えれば、そのような兵器を量産することだって容易だったんじゃないの?なんでそんな宇宙人にやられ放題になってるのさ?」

「そんなこと、私に聞くよりかは歴史学者に尋ねるといいさ。それより、君の仕事はなんだね?こんなくだらない話をすることか?違うだろう。」

デオスは話をこれ以上広げないように意図してか、話題を変えた。

「…わかったよ。」

イクタもそれ以上、干渉しないようにした。だが、一つだけ気になることがあった。

「エレメントは元素の性質をいともたやすく活用できる。あれだけ僅かな水素や金属元素から大量のエネルギーだって生み出せる。……つまり奴は、自身がその核兵器ってものになれるというわけだ。加えて奴は放射能を除去できるから、ほとんどリスクのない大量殺戮兵器と化せる…。それに、150年前に誕生した、か。まさかだとは思うが…。」

心の中でブツブツと唱えたイクタは、頭を大きく左右に振ると、地上へのルート模索の研究に入った。

 

 

「これより実験は最終段階に入る。総員、配置につけ!」

中年男性の声が、研究室内に響く。見るからに最新鋭の設備を持つ研究室を、白衣を着た男性達が駆け回り、所定の位置についていく。

「Dr.リディオ!職員、被験者ともにスタンバイ完了です!」

リディオと呼ばれた中年男性は、その報告に頷くと、次の指示を出す。

「被験者ナンバー13にA細胞を注射!」

「了解。A細胞、注射します。」

大きな分厚いガラスの窓の向こうの実験室で、マシンの上に寝かされた1人の男に、ロボットのようなアームが注射針を手に近づいていく。

「やめろ!Dr.リディオ!こんな非人道的な実験をして、貴様に科学者としての誇りはないのか!?」

「非人道的だと?戦争を終わらせるための実験なんだぞ?むしろ人道的ではないか。このまま戦争が続けば多くの罪なき者が死ぬ。お前はそんな絶望的な世界に平和をもたらす救世主となれるのだぞ?そして私は、その救世主を生み出した英雄だ。むしろ、誇りしかないな。」

「…狂っている…!」

「狂っているのはどちらかね、Dr.センゲツ。もともとこの研究は、お前の研究を応用したものに過ぎない。感謝してるよ。おかげで今私は最高の気分だ。自分で生み出した技術にその身を滅ぼされるって、どんな気分かね?」

「…!」

「まぁいい。おい、とっととしろ。」

アームはもがき続ける被験者の男の腕を無慈悲に捕まえると、そのまま針を刺した。

「うあぁぁぁぁぁぁ!!」

男の悲鳴が、室内に響き渡る。

「ナンバー13の容態は!?」

リディオが部下に確認を取る。

「はい、異常なし!A細胞は体に馴染んだようです!ですが体中の細胞に大きな変化が現れるので、しばらくは激痛が続くでしょう。どうされますか?」

「もたもたはしてられん。鎮痛剤でも打ってろ。すぐにB細胞を注射しろ。」

リディオは淡々と指示を続ける。

「了解。A細胞の注射成功はこれで6人目…。しかし、Bまで成功した事例はまだありません。今度こそ…。」

ロボットのアームは、被験者である男に、さらなる注射を施した。

「ああああああああ!!」

男が悲鳴をあげた次の瞬間、彼の姿は稲妻のような眩い光に包まれた。そして、みるみると巨大化していく。高さが50メートルはあるであろう、その天井にも達しようとしていた。

「おお……おおおお!!ついに成功だ!これでこの戦争は我が国の勝利だ!!この最終兵器、ウルトラマンの投入によってな!!はっはっはっはっは!!」

リディオは高笑いをしていた。

 

 

『…!!』

ミキサーの中で、エレメントは目を覚ました。

『なぜ今更、こんな夢を…。』

エレメントは、微妙な頭痛を感じていた。

 

 

「すまんローレン…。大した危害を与えることはできなかった…。俺はもう戦えない……。」

ローレン達の元へと帰還していたラザホーは、意気消沈した顔でボソボソと話した。

「……そうか。やはりイクタが…、エレメントが未来を変えたのか。」

ローレンはそう推測した。やはり、奴らを生かしておくわけにはいかない。

「ラザホー殿。ちょっとイニシアを貸してくださいな。」

ラザホーの脇から、老人、ダームが現れた。

「お?別に構わんが?」

ラザホーは、イニシアのカプセルをダームに手渡した。

「かなり弱ってますなぁ。自然回復だと後3週間はかかるでしょう。」

カプセルを覗き込み、呟いたダーム。

「まぁ、自然回復なら、ですが。」

ダームはニヤリと笑った。

「…どういうことだ?」

「まぁ、見ててくださいよ。」

そう言うとダームは手の平にイニシアのカプセルを乗せると、その手首に力を込めた。するとその手は緑色のオーラに包まれた。

「………これで大丈夫でしょう。もう戦えるまでに回復しました。」

と、カプセルをラザホーに返した。

「お、おう。そういや爺さんの能力のこと、忘れてたぜ。サンキュー!」

「ラザホー。いちいちそんなことに礼を言うな。この怪獣兵器を生み出したのはどこのどいつだ?我々4人はそれぞれの能力が互いを助け合っているんだ。このくらいのことは当たり前だ。そうだろう?ダーム。」

ローレンが口を挟んだ。

「左様にございます。ですから、なおさら未来を変え、我々が完全勝利を収めねばなりませぬ。」

ダームは同調した。

「?どういうことだローレン。何かまた、新しい未来が見えたのか?」

ラザホーは疑問に思い、訊ねた。

「あぁ。奴らが地球の地上に現れ、我々や怪獣達と一戦交える時が来る。その際、ダームとラザホーが死ぬ。」

「…なるほど。それは、熱い戦いになりそうだな。」

ラザホーは武者震いを起こした。

「怖くないの?死ぬんだよ?ローレンの未来を変えることができるのは今の所あの少年とエレメントだけよ。あたし達がどう足掻いても、これを変えることはできないのに?」

キュリが淡々と語った。

「できるさ。根拠はないがな!」

ラザホーは自信満々に答えた。

「…、まぁ、あんたに聞いたあたしが馬鹿だったわ。…でも実際、この中から1人欠けるだけでも相当な戦力ダウンよ。敵の科学力は想像以上だったし、この間戦闘になったあの精鋭部隊の腕はかなりのもの。加えて謎のアビリティを持つイクタという少年に、エレメントもいる。この復讐作戦の遂行が遅れるどころか、失敗しかねないわ。」

「特にラザホー、そしてダーム。お前達が欠ければ、我々の駒である怪獣が、むしろ最大の脅威と化す。できれば、そう簡単にくたばってほしくはないのだが。」

「もちろんですとも。私とて、そう簡単に死にたくはありませんし。」

ダームが答えた。

「あぁ。それに、少年とエレメントを利用すれば未来だって変えれるはずだ。最後にもう一度だけ、俺を信じてくれ。」

ラザホーはイニシアのカプセルを握り締めると、ローブを翻し、その場を去って行った。

「いいのかローレン。あいつ、未だにエレメントに勝った試しないんだけど。」

「構わん。結果どうこうの話じゃない。共にこの過酷な環境を生き抜いてきた仲間だ。だから信じる。」

「ふん。どうせ、もう未来が、あいつの戦いがどうなるのかはわかってるくせに。逆に酷なんじゃないの?まぁ、あたしには関係ないからいいけど。」

キュリはそう言い残して去って行った。場に静寂が訪れる。

「…ダーム。俺らがこんな目に遭っているのは誰のせいだ。俺らの祖先がこのような場所に放り出されたのは誰のせいだ。」

ローレンは静かに、かつしっかりとした口調で、ダームに訊ねた。

「それはもちろん、エレメントのせいです。」

「そうだ。だがエレメントと、あいつが守る地下のやつらはどうだ?恵まれた環境ではないかもしれない。あいつらだって、今の現実に満足していないかもしれない。だから地上を目指しているんだろうが、そもそもあいつらが地下に閉じ込められているのは、誰のせいで、だ!?」

ローレンは怒鳴った。珍しく、機嫌が悪いらしい。

「それも、エレメントのせいですな。」

「その通りだ。エレメントは俺たちや地下人類の共通の敵のはずだ…。なのに何故、あいつらはエレメントと共に戦っているんだ!?理解不能だ!」

「まぁまぁ、落ち着きなされ。我々の目的は、あくまでエレメントの殺害、そして我々を見捨てた地下人類を殲滅することです。共通の敵などという考えは捨てなされ。」

ダームは穏やかな口調でローレンをなだめた。

「……そうだな。少し我を見失っていた。疲れた。寝るぞ。」

ローレンは、椅子にもたれかかって目を閉じた。

「では、ごゆっくりお休みなさいませ。」

 

 

「……これだ…!これしかない!」

研究室に、イクタの叫び声が響いた。

「どうしました?イクタ隊員!?」

多くのスタッフが駆け寄ってくる。

「地上へのルートだ!これを見ろ!」

イクタがスイッチを押すと、正面の巨大モニターに映像が映った。

「これが今の世界地図だ。そしてこのポイントに注目だ。」

あるポイントが拡大される。

「ここらはIRISによって地区として行政区分されていない、いわばフリースポットてもんだ。人っ子1人住んでない。」

「……それがどうかしたのでしょうか?」

「どうかしたのさ。ここの真上には、何があると思う?」

イクタが、1人のスタッフに訊ねた。

「え、えーっと……地上…ですよね?」

「あぁ。だが地上は地上でも、ただの陸地じゃない。砂漠だ。砂漠が広がってるんだ。」

「砂漠というと、あの砂で覆われた降水量の少ないエリアのことでしょうか?」

「そうだ。」

研究室内がざわつき始めた。

「イクタくん。君は何を考えているんだ?まさか、そのポイントの天井に穴でも開けようって言いたいのか?」

現れたのはDr.デオスだった。

「半分合ってて半分違う。穴を開けるのは俺たちじゃない。怪獣だ。怪獣の力を利用する。」

「どういうことかね?」

イクタはモニターのスイッチを切り替えた。画面に、見慣れない装置が映される。

「これは俺が開発した超音波を発する簡単な機械だ。地底怪獣は各々が小さな周波を拾いながら移動し、暮らしている。そのうちの1体をレーダーで見つけ出し、この装置を起動させ、あのポイントに出現させる。その隙に、アイリスバードマーク2で穴に侵入、あとはミサイルや爆弾で道をこじ開けながら、地上を目指す。」

イクタは淡々と説明した。

「バカな。人の住んでいない地域とはいえ、自ら進んで怪獣を呼び出そうというのか?それに我々が通れるほどの穴を開けて進むのは、それなりに大型な怪獣だろう。もし怒り、暴れまわったらどうするというのだ?お前たちはスルーして天井に行くんだろう?」

Dr.デオスは賛成できない、という表情をしていた。

「暴れまわった時に備えて、あらかじめ無人戦闘機と自動砲台を設置しておくよ。それに、精鋭部隊には惜しくもは入れなかった、優秀な隊員を俺は知ってる。あーあと、怪獣を誘い出すタイミングも重要だ。」

イクタは再び、モニターを切り替えた。

「地下と地上に、大きな時差はない。時差があるとすれば、ここと指定ポイントに、だろう。150年前の地上文明時代の資料によれば、午前11時から午後4時にかけて、指定ポイントの真上の砂漠地帯では砂嵐が吹いている。特に、午後2時あたりは人間が外出を禁止されるレベルだ。その時間帯を狙う。そのタイミングで地上に侵入すれば、怪獣達に見つかるリスクも軽減される。そして今の時刻は?」

イクタがデオスに聞いた。

「…午前11時半だ。まさか、あと4時間半のうちに作戦を決行するつもりか!?さすがに無茶じゃ…」

「ここから指定のポイントまでは飛行機で1時間かからない。迅速に行動すれば不可能じゃない。それに、黒ローブがまた何か仕掛けてきたら、今度こそ飛行機が被害を受けるかもしれない。とっとと済ませる。」

「…そうか。だがその150年前のデーターが通用する保証はあるのか?それに砂漠に生息する怪獣は砂嵐の中でも活動できるよう、進化しているかもしれない。その点は、どう対策をする?」

デオスは訊ねた。

「その時はその時だ。兎にも角にも、まずは地上に行くことそのものが大事なんだ。」

イクタは立ち上がると、こめかみを弾いた。これは、未来の通信手段の一つだ(第5話参照)。

「もしもし支部長?俺だけど。今すぐそっちに保管してある俺の無人機と砲台を今から指定するポイントに輸送させてくれ。………オッケーサンキュー。あと、エンドウ達にも現地に飛ぶように伝えておいて。それじゃ。」

フクハラ支部長への連絡を手短に済ませると、イクタは白衣を脱ぎ捨て、隊員服姿になった。

「じゃあ、俺部隊と合流するから。あとはよろしく。装置の起動方法は、そこにメモしてるから。」

イクタはそう言うと、研究室を後にした。

「あ、ちょっと……」

スタッフ達が呼び止める頃には、もうイクタの姿はなかった。

「頭の回転だけじゃなくて、行動も早いんですね…。TK地区からの兵器輸送にも、かかって2時間でしょうし…。本当に今日のうちに地上へ行けちゃうかも…。」

1人がそう言った。

「あまりに急すぎて実感わかないよ。今朝、エレメントが空間移動できない、どうしよう〜って騒いでたところなのに、ものの数時間で状況が一転してしまいましたね。」

1人はそう言った。

「あれがイクタ隊員。もしかしたら、奴は本当にその命が尽きる前に、人類の地上奪還を果たしてしまうかもしれない。そして、真実を知ってしまうかもしれない…。」

デオスは、誰にも聞こえない声量で呟いた。

 

 

「ようイクタ。聞いたぜ?ルートを見つけて、そしてもう出発するんだって?」

精鋭部隊の待機室には、すでにトキエダ含む全隊員が集結していた。

「元々は昨日の段階で地上に行ける予定だったんだ。俺らも荷物も機械も、準備万端だぜ?」

チェン隊員がそう言った。

「まぁ正直、心の準備はまだだけどな…。」

キャサリンが呟いた。

「それは俺もだよ。確かに急すぎたな。でも、急がなくちゃいけないんだ。今から俺たちは、とある辺境に行く。そこはIRISによって行政区分されていないし、人も住んでいない。そこで、怪獣を利用した地上遠征作戦を推し進める。とにかく俺たちは飛行機に乗って、地上へ飛ぶだけだ。とりあえず乗ってくれ。時間がない。」

イクタは早口でそう言った。

「わかった。よし、全員、出撃準備!これより地上遠征作戦を開始する!」

トキエダが叫んだ。

「了解!」

隊員達は敬礼をすると、次々に戦闘機に乗り込んでいく。全ての準備が整うと、部隊は発進。本部基地を飛び去って行った。

 

 

 現場では、既に準備が進んでいた。TKー18支部から出張してきたサイエンスチームと戦闘部隊が、砲台や無人機を配置させ、本部の科学者達が超音波装置のセッティングをしていた。

「こちら、準備整いました!」

エンドウが叫ぶように報告する。

「超音波装置も、いつでも稼働できます!」

本部の科学者も続いた。

「うむ。あとはイクタ達精鋭部隊を待つのみだ。」

フクハラ支部長が腕を組んだ。彼も現場監督として、この場にやってきていたのだ。そしてその背後には、どこから聞きつけたのか、テレビ局、TKTの取材陣も集まっていた。

「……君たち。撮影は許可しとらんぞ。どこから情報を仕入れたのかね?」

支部長は低いトーンの声で、そう注意した。

「そちらの支部から、数機の輸送機や戦闘機が飛び立っていたので、何事かと思いまして。来てみれば、遂に地上へ行くらしいじゃないですか。地下に移って以来のビッグイベントですし、我々人類の今後がかかっているんです。IRISさんこそ、これは市民にしっかりと報道する義務があると思われますが?」

ディレクターらしき人物が、そう反論した。

「むぅ……。本作戦は大型の怪獣を利用する。危険だから、少し離れた場所で撮影しなさい。」

支部長は渋々許可を下した。

「ありがとうございます。おーい!危険だから下がれ下がれ!」

男は報道陣をまとめると、後退して行った。その少し後に、遠くからキーンというエンジン音が聞こえて来た。

「あ、支部長!来ました!精鋭部隊です!」

「やっと来たか。よし、では作戦開始だ!レーダー起動!最も近くにいる大型の地底怪獣を探せ!」

支部長が指示を出す。

「了解!レーダー探知!ここから2時の方向、35キロメートル先に、推定56メートルほどの生命体を発見しました!」

「十分な巨体だな。よし、では奴をここまでおびき寄せろ。超音波装置起動!」

「了解!超音波装置起動します!」

装置が起動した。

「これ本当に稼働しているのか?」

「我々には聞こえない周波ですので。あ、反応しました。怪獣、こちらへ方向転換しました!推定速度は70キロ。30分あればここまでやってこれる計算です。」

「聞いたかねトキエダくん!君達は上空で、30分待機だ!」

支部長が無線機でそう指示を出した。

「30分もかよ〜。まあ仕方ない。了解っす。」

トキエダが応えた。

 そしてその30分はあっという間に訪れた。皆が待機している真上の天井がかすかに揺れ動き始めた。

「来るぞ。総員、厳戒態勢!非戦闘員は下がれ!下がれーっ!」

科学者達が、一斉に走って後退していく。その時、天井が割れ、大きな怪獣が姿を現した。怪獣は自由落下でまっすぐに降下すると、地響きをあげて着地した。

『ピギャァァァァァァァ!!』

鳴き声をあげ、首を振り回す怪獣。

「おいおい、ありゃレア物だぞ。この100年で2体しか観測されていない地底怪獣、ウンターヴェルだ。」

イクタが物珍しそうな視線で見つめる、ウンターヴェルと呼ばれた怪獣は、二本の長い、鋭くそしてしなりのある鞭のような角を頭部の先端に備え、ゴツゴツとした茶色の肌を持つ二足歩行の怪獣だった。目は退化しているのか、かなり小さく、常に角を動かしている。どうやら、触覚のように扱うことがメインの目的らしい。

『ピギャァァァァァァァ!!』

大きく咆哮し歩き回るウンターヴェル。どうやら、まだ視力が戻っていないらしい。手探りで行動しているようにも見える。

「……あの様子なら、攻撃の必要性もなさそうだな。よし、精鋭部隊、直ちに穴へ侵入せよ!地上を目指せ!」

支部長も、無線に吠えるように声を入れた。

「了解!発進します!」

トキエダの乗る戦闘機が急発進し、天井の穴へと飛ぶ。それに続いて、19ものアイリスバードが編隊を組み飛んで行く。

「今、怪獣の掘った地底トンネルを目指し、IRISの選抜隊が飛んでいきます!あの穴の先には、我々人類が嘗て文明を築いていた地上があります!果たして彼らの前に広がる地上の世界は、希望のものになるのでしょうか!?それとも絶望を表すものとなっているのでしょうか!?私たちはただ祈ることしかできません!彼らが無事に帰還することを、祈ることしかできないのです!頑張れ!IRISゥ!」

TKTのノザキリポーターが、カメラの前で熱く語っている。

「イクタ!!死ぬなよ!!」

支部長がエールを送る。

「あぁ、約束するぜ。必ず成功して戻って来てやる!」

イクタのセリフが終わる頃には、最後の飛行機が、穴の中へと消えて行ってしまっていた。通信が途切れる。

「人類の未来は、あいつらに託した。あとは、地下に残った我々の仕事だ。この怪獣が暴れ始める前に、安全を確認したのち、天井へ送り返すぞ!」

「了解!」

10機の無人機が一斉に垂直に離陸し、怪獣の上方へとポジショニングすると、それぞれがロープのようなものを下ろした。ロープが、怪獣に巻き付いていく。

「怪獣確保!天井へと戻します!」

無人機がエンジンの出力を上げ、最高速度で垂直に上昇を始めた。だがその時だった。

『ピギャァァァァァァァ!!』

ウンダーヴェルが突如暴れ出し、ロープを引きちぎり、再び地響きをあげて着地した。角から電撃攻撃を繰り出し、暴れ始めた。

「!!そんな!?何故いきなり!?」

「あらあら、彼らはもう地上へ行ってしまわれましたかな?一足遅かったようですな。」

聞き慣れぬ声のした方向へと振り向いた支部長。そこには、黒ローブをまとった老人が立っていた。

「誰だ!?」

「我が名はダーム。本当はこの怪獣を使って地上へ行く部隊の足止めをする手筈だったんですが、まぁ、いいでしょう。地下に残った兵士の力量を見極めるのも、無駄ではないでしょうしな。さぁ、どうされますか?」

老人は握っていた杖を高く掲げた。

『ピギャァァァァァァァ!!』

それと同時に大きく吠える怪獣。

「くっ……。無駄な殺生は控えたかったがやむを得ん!総員!戦闘体勢に入れ!」

支部長が指揮をとる。

「おや……?あなたは…?ひょっとしてフクハラのお孫さんですかね?」

ダームが支部長に近寄り、話しかける。

「動くな!」

支部長のボディガードが銃を抜く。

「血の気の盛んな若者ですこと。そんなに慌てなさんな。私は今、このお方とお話をしている。」

ボディガードには全く目もくれず、話を続けるダーム。

「あんた……私の祖父を知っているのか…?何者だ…?」

「いずれわかります。」

老人ダーム、そして怪獣とIRIS。地下に残された彼らの戦闘が始ろうとしていた。

 

 

「トキエダ隊長!この3キロ上が地上のようですが、怪獣の掘ったトンネルはここまでです!」

ゴームズ隊員が報告した。

「そうか。なら、作戦通り爆薬で穴をこじ開けるぞ!全機、ミサイル発射!」

20の機体から計40のミサイルが放たれ、天井で連続爆発を起こした。

「よし、上昇せよ!目的地は近い!」

トキエダ率いる戦闘機の群れが、今まさに地上へ出ようとしていた。

 

 

 砂漠に佇む二つの人影があった。

「ったく。ローレンったら急に作戦変更って言うしさ。こんなところに立たせて何になるってんだ。」

キュリが毒を吐いた。

「うむ。それに、まさか爺さんが地下に行くとはなぁ。俺はやっぱり信用されてないってことか…。」

がっくりと肩を落とすラザホー。

「まぁ、あれだけ負けが込めば、ねえ。」

その時だった。キーンという音が、ラザホーの耳を刺激する。

「おいキュリ。何か聞こえないか?」

ラザホーは目を閉じ、耳をすませる。

「あたしは何も聞こえないけど?なになに?ついに幻聴でも聞こえるようになっちまったのか?ストレス抱え込みだっつーの。」

キュリは呆れた顔でそう言った。

「……いや、この音は聞き覚えがある…。そうだ、奴らの飛行機の音にそっくりだ…。だが何故…。」

と顔を上げたラザホーの視界に映ったのは、砂を吹き上げ現れた、アイリスバードだった。

 

 

                                                      続く。



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第2章 地上編第1部〜VS覇獣、そして黒ローブ〜
第9話「覚醒」


 遂に地上へ辿り着いたイクタ達だったが、待ち伏せしていた黒ローブの奇襲を受けてしまう。部隊を守るため、再び覇獣イニシアに立ち向かうエレメントだったが、その体にある異変が生じる。一方で、地下世界でウンターヴェルとの戦闘を繰り広げるIRISは、作戦部隊全滅のピンチを迎えていた。エレメントVSイニシア、IRISVSウンターヴェル、それぞれの運命はー?


第9話「覚醒」〜天の覇獣イニシア 地底怪獣ウンターヴェル登場〜

 

 ローレンの指示によりとある砂漠にやってきていたラザホーとキュリの目の前に現れたのは、地底怪獣の掘った地下トンネルを抜け、地上に到達したIRIS精鋭部隊の乗った、アイリスバードの群れだった。砂漠の砂を巻き上げ、次々と上昇していく飛行機たち。

「抜けた…抜けたぞ!!ここが地上なのか!?」

喜びながらも、半ばまだ疑っている様子で声をあげたトキエダ隊長。

「あぁそのようだ!人類が150年ぶりに地上へ帰ってきた瞬間だぜ!」

イクタが答える。

「そうか!そうだよなぁ!あまりに急すぎて実感が湧かないが、遂にきたんだな!」

イクタの返答を聞き、今度こそ純粋な喜びの声を上げるトキエダ。

「しかし砂嵐の規模が想定よりも小さい。気を抜いてはダメです!ここからは、地図のない未踏の地ですからね!」

オリバーが、浮かれている隊員たちに注意を喚起する。

「わかってるって。総員、常に戦闘用意。イクタ、まずは広大な森を探そう。その森一帯の放射能を除去し、戦闘機を木々に隠すように着陸。その後、各員地上に降り立ち、拠点の設置、現地の調査、各サンプルの回収と、任務を遂行していくぞ。オリバーの言う通り、ここは未踏の地。しかも、強力な怪獣がうじゃうじゃいやがる。長居すればするほど、俺たちの生存確率は低くなるしな。」

トキエダがそう言った。

「そうだね。地上を満喫するのは、任務を終わらせてからでも遅くはないな。レーダー展開。最も近い森林地帯を探すぞ。」

「了解!」

アイリスバードの群れは、隊列を整えると、ラザホーたちの頭上を飛び去って行った。

「おいおい、あいつら、あたしたちに気づかずどっか行っちゃったけど。いいの?ローレンはあいつらがここに来ることがわかってたから、ここにいろっていう指示を出したんじゃ?」

キュリがラザホーに問いかける。

「…そうだな。あまりに急で気が抜けてた。」

ラザホーはイニシアのカプセルを取り出すと、銃にセットした。

「あいつらには悪いが、早速ここで死んでもらおう。」

ラザホーは銃を構え、引き金を引いた。

 

 

『ピギャァァァァァァァ!!』

地底怪獣ウンターヴェルの咆哮が戦場に響き渡る。怪獣は長い角から電撃攻撃を繰り出しながら、IRISの陣営へと歩みを進めていく。

「固定砲、砲撃用意!残りの無人機も全て離陸させろ!各支部に援軍要請!現場にいる戦闘員、直ちに戦闘用意!非戦闘員は早く避難しろ!」

超音波作戦用に臨時設立されている陣営の構えるテントの中で、フクハラ支部長が指示を出していく。

「支部長!攻撃準備は整いました!」

「よし!攻撃開始だ!」

自動固定砲台、無人戦闘機、そして戦闘員の乗る有人戦闘機が一斉に火を吹いた。怪獣の周囲で大爆発が連鎖する。

「ほほう。これはこれは。途轍もない火力ですなぁ。」

ダームは感心しながらも、表情には余裕がある。

『ピギャァァァァァァァ!!』

悲鳴をあげるウンターヴェル。だが、それでも歩みを止めない。

「こいつ……本当に効いてるのか!?」

「力押しがダメなら…。まずはあの角を吹き飛ばせ!その次に足だ!攻撃能力と機動力を奪え!」「了解!」

飛行機たちは旋回し、ミサイルからレーザー攻撃に切り替え、角を狙っていく。

「おっと、そう簡単にはやらせまい。」

ダームは杖を振り回した。すると、怪獣の動きが変わる。怪獣はしゃがみこみ、両手で角を覆うようにして防御態勢に入った。レーザー光線を、両手の甲が弾き返す。そのままやり過ごした後、顔を上げ、旋回する戦闘機を狙い電撃を放った。4機の戦闘機が撃ち落とされる。

「支部長!無人機制御不能!4機が墜落します!」

ドドーンという爆発音と共に、無人機は一瞬にして鉄屑と化した。

「マズいな。このままじゃ、無人機だけじゃない。俺たちも死ぬぞ。」

パイロットたちから冷や汗が流れ落ちる。

「おやおや、その程度では、彼らの不在のうちにこの地下を守り抜くことはできないでしょうなぁ。」

ダームは杖を振り下ろした。次の瞬間、怪獣は大きく口を開けた。口内に、光輝く光球が浮かび上がる。

「これで最後ですな。ご臨終。」

ダームは不敵な笑みを浮かべた。

「おい、なんかヤバそうだぞ…!」

ただならぬ気配を感じ取ったテレビ局のスタッフたちが、撮影を中止し車に乗り込んでいく。

「くそっ!こんな時イクタならどうする!?」

支部長は滝のように流れる汗をぬぐい、頭をフル回転させていく。 

「イクタ殿がいない以上、エレメントは現れない。悪あがきはよしなされ。どうせ、数秒後にあなた方は地上を飛び起こして、天国にいますからね。……いや違いますな。この地下よりさらに下。地獄だ。あなた方なんて、地獄に落ちればいいんですよ。」

怪獣は大きく膨らんだ光球に食らいつき、口の中に頬張った。鋭い光の筋が、口の隙間から伸び始める。そしてその口を大きく開いた。眩い破壊光線が放たれた。

 

 

 そこは近未来的な建築物が多く聳え立つ街だった。まさに大都会、という名称がふさわしい場所だ。その中心にある一際大きな敷地を持つ建物の中に、鼠色のスーツを着た男が入っていく。

「スカンイット大統領!お疲れ様です!」

建物の門で警備をしていた2人の男が敬礼をする。

「うむ。お勤めご苦労。」

スカンイットと呼ばれた男は彼らにそれだけ言うと、そのまま門を通過する。建物の内部に入ると、さらに黒のスーツを着用した男が2人立っていた。

「お待ちしておりました大統領。さぁ、こちらにお荷物を。」

1人がスーツの上着を、1人が鞄を手に取り、スカンイットの後ろにピッタリとくっつき、歩き始めた。

「それで、地球の方はどうなっている。」

しばらくした後、スカンイットが口を開いた。

「はい。どうやら動きがあったようです。」

「ということはやはり、No.13は地下の方に加担していたか。」

「えぇ。上手くいってるようですよ。恐らくはNo.13…ウルトラマンエレメントの能力を使い、地上を再び人類の住める環境にすることが目的かと推測されます。」

黒スーツの男は淡々と答える。

「そうか。ならば計画は順調に進んでいる、ということだな。」

男たちは歩みを止めた。彼らの前には大きな扉があり、そこには大統領室というプレートが埋め込まれていた。扉を開け、入室すると、スカンイットは奥の大きな椅子に座り、机に肘を置き、頬杖をついた。

「であれば、我々もそろそろ動かなければならない。アルチアン大統領、そしてヤマモト首相に連絡を入れろ。軍の準備だ。」

「かしこまりました。と、いうことは、地球帰還作戦を決行するのですね?」

「そうだ。この火星の民の多くが、故郷地球に帰りたがっている。加えて、火星だけでは資源的な問題も浮上する。それに、有能な遺伝子を使い人工的に人間を作りすぎた。人口の増加も激しい。まぁ、150年もあればこうなることなどわかっていた。いや、違うな。150年前から、当時からこういった計画だったというわけだ。」

「地球に残っている人類はどうなさるおつもりですか?」

「火星に行けなかった貧困層の遺伝子など必要ないに決まっているだろう。全部殺せばいい。とにかく、彼らに連絡を入れるんだ。わかったな?」

「はっ!」

黒のスーツの男たちは敬礼をすると、退室していった。

 

 

「トキエダさん!こちらイクタ!一番近い森林を探知したぜ。ここから5時の方向、120キロ先だ。」

「そうか!思ったより近くて助かったよ。ではそこに行こう。」

トキエダは安堵したように言った。

「あ、そうだ。ここらの砂漠を過ぎると、油田地帯があるらしい。もし怪獣との戦闘になったら、過剰に火力を使うのは危険だぜ。」

イクタが突然思い出したように、注意を促した。

「そうだな。それにここは未知の地。どの場面での戦闘でも、無理は禁物だろう。」

その時だった。後方から、

『シャリガァァァァァァ!!』

という奇声が聞こえてきた。

「おい、今何か聞こえなかったか?」

ゴームズ隊員が問いかける。

「レーダーが生命体をキャッチした。早速怪獣のお出ましか?」

オリバーが少し不安げな顔を見せる

「仕方がない。まずはやり過ごそう。それができないのなら、倒すまでよ。」

トキエダがそう言った。

「そうだな。」

編隊は左右に列を展開させた。怪獣の通り道を作るためだ。だがレーダーに映っている怪獣は進路を変え、左へと展開していたイクタの飛行機めがけて、さらにスピードを上げた。すでに目視できる距離にまで接近している。

「おいありゃ、この間本部を襲ったプテラノドンみたいなやつじゃないか!?」

よく見ると、その頭上にはラザホーとキュリの姿もある。

「地下の勇敢なる兵士たちよぉぉぉぉ!!決着をつけようぜぇぇぇ!!」

高速で飛行中の戦闘機の分厚い窓ガラス越しにも聞こえるほどの声量で叫ぶラザホー。

「ちょっと、うっせーよばか!」

キュリがラザホーの腰に蹴りを入れる。

「いてっ!?おい落ちたらどうすんだ!?あと年配者をもっと敬え!」

「へーへー。」

キュリは面倒臭そうに返事を返すと、イニシアの頭上に座り込んだ。

「あたしはここでドロンするよ。爺さんも回収しなきゃいけねぇし。あんた1人でも十分でしょ?」

「もちろんさ。ここはイニシアの領空だぜ?それに、最後の切り札も使い切るつもりだ。」

ラザホーは覚悟を決めたような顔をしていた。

「……それじゃあ意味ないんだってば。予知通り死ぬよ?言ったでしょ、ローレンの予知を覆せるのは、エレメントかイクタくらいよ。あんたは大人しくしてなさい。」

「いや、違うな。能力者であるお前だって変えれるはずだ。それに、未来ってのはどんな細江なことでも常に動いていく。楽勝だ。」

「…はぁ。あんたも頑固オヤジだねぇ。…万一危なくなったら逃げろよ。絶対だからな。」

そう言い残すと、キュリは姿を消した。

「……じゃあ、行くぞぉぉ!!」

イニシアはさらに加速すると、アイリスバードの編隊に切り込んで行く。

「うおっと!?こいつ、こんなに速かったのか!?」

「前回よりもさらにスピードを上げてやがる!しかもここは地上だ。空に制限がない!」

「でもそれは俺たちも同じだろ!!」

トキエダが反撃のため、レーザー光線を発射する。だが、イニシアには当たらない。

「トキエダさん!みんな!先に森に行って、任務を進めてくれ!ここは俺が引き受ける!」

イクタの乗るアイリスバードが、先頭に出る。

「何言ってる!?流石のお前でも、あのクラスの怪獣を1人で受けるのは無理だ!!」

「わかってる!いい感じに時間を稼ぐだけだ!とりあえず、任務が先だ!そうでしょ!?」

イクタは叫ぶ。

「……イクタ隊員!お前に特別任務を課す!怪獣相手に時間を稼げ!以上!」

トキエダは意を決し、そう指示を出した。

「イクタ了解!」

イクタの機体を残し、編隊は森を目指しての飛行を再開した。

「流石だなイクタ!いやエレメント!再びお前との1対1とはな!決着もつけやすい!」

イニシアは口からエネルギー弾を吐き出す。イクタの機体は音速を超えるスピードで飛び回り、攻撃を避けつつのカウンターを狙っていく。

「レーダーからみんなの反応が消えたな。そろそろ大丈夫だろう。エレメント!!」

エレメントミキサーを取り出し、腕に装着する。

『うむ!』

「ケミスト!エレメントーーー!!」

『シェアアアア!!』

眩い光を放ち、身の丈55メートルの光の巨人が姿を現した。

『ジャッ!!』

空中でファイティングポーズをとる。

『シャリガァァァァァァ!!』

空中を各々の最高速度で飛び回り、何度も体を交錯させていく2体の巨大生物。何度目かの体当たりの後、2体は互いにバランスを崩し、地へと落ちた。

『シェア!』

着地後素早く体制を整えなおすと、エレメントはまだふらついていたイニシアに飛びかかった。しかしイニシアはすぐにエレメントを振り払うと、再び飛び立った。

『エレメント光輪!』

すかさずエレメントは光り輝く飛び道具で追撃を狙う。だが、命中しない。

「フハハハハハ!いいぞぉ!!熱い!熱いぜ!」

いつのまにか地上へと着陸していたラザホーが茶々を入れる。

『イクタ!奴は前回の戦いから、私たちの攻撃パターンをある程度予測できているようだ!』

「そのようだな。となれば、この間と同じ手は使えない…。」

『単純な身体能力でみれば、奴の方が私より上だろう。だが私には元素の能力と、君の頭脳がある。また新たな手はないのか?』

「只今考え中だ。」

『早くしてちょうだい。』

その会話の間にも、イニシアは空中で体をひねり、縦に旋回すると、エレメント目掛けて急降下を開始していた。

『シャ!?』

反応が遅れたエレメントは、そのまま体当たりをもろに食らってしまう。数百メートル吹き飛ばされると、その場に倒れ込み、しばらく立ち上がれずにいた。

『ノワァ…』

やっとの事で立ち上がったエレメントだが、その瞬間、イニシアの強大な爪に捕まり、飛び攫われてしまう。

「おいヤベェ!この間と同じパターンだぞこれ!!」

イクタの言う通り、同じように弄ばれ、痛めつけられるエレメント。

『シャリガァァァァァァ!!』

イニシアは楽しそうに声をあげる。

『シャリガァァァ!!』

その後振り落とされたエレメント。途轍もない速度で地に叩きつけられた。

「いってーな…。おいあんた、大丈夫か?」

『どうにか…な…。だが、もう大丈夫だ。反撃の準備はできた。』

エレメントから、思いがけぬ発言が飛び出した。

「…あ、あんたが考えたのか。珍しいな。」

イクタも目を丸くする。

『いや、違うな。考えたのではない。ただ単に、そんな運命だった。それだけだ。』

「?」

イクタは、エレメントが何を言っているのか理解できなかった。だが次の瞬間、少しではあるが、その意味を理解した。イクタの右腕に、新たな装置が装着されていたのだ。

「……なんだこれは…。」

『エレメントブースター。私の新たな…いや、真の力だ。』

「どういうことだよ?」

『詳しいことは後からでいいだろう?まずはイニシアを倒そう。』

「……腑に落ちないけど、まぁそうだな。ただ、後からちゃんと、わかりやすく答えろよ。」

『約束しよう。では、そのブラスターに力を込めるんだ。」

イクタは右腕を空に掲げた。

『デュアルケミストリウム!ネイチャーエレメント!!』

聞き覚えのない、新たな機械音声がそう発すると、エレメントは再び光に包まれた。赤と銀の体に、新たに緑色のストライプが刻まれていく。

『ネイチャーモード。それがこの姿の名前だ。』

「………あれは……あの姿はっ…!」

ネイチャーモードを見たラザホーに、苦い記憶が蘇る。

「そうか…。放射能の影響か!だから…!」

ラザホーは苦虫を噛み潰したような表情をする。

『シェアアア!!』

エレメントはビシッと戦闘態勢をとると、イニシアに向かい走り出した。

 

 

 眩い光線が照らしあげた戦場では、その場にいた全員が頭を伏せていた。

「……?」

数秒経って、頭を上げ始める隊員たち。

「なんで俺たち、生きているんだ………。」

辺りを見渡す者もいる。そしてその視界に入ったのは、光線を遮る大きな光のシールドだった。

「……なんだ、あれは!?」

「遅くなってすみません!!」

その声は上空から聞こえた。3機のアイリスバードが、シールドを放っていたのだ。

「おお!!援軍部隊か!!」

支部長が歓喜の声を上げる。

「……。ウンターヴェルの破壊光線を遮るとは、やはり彼らの科学力は侮れない…。」

悔しそうな顔をするダーム。その背後に、キュリが現れた。

「何してんのよ。1人も殺せてないじゃない。」

「これはこれはキュリ殿。申し訳ない。思いの外、手強い相手ですな。」

「地上に行く兵士たちを止められなかったし、現に奴らは既にあの頑固親父と戦闘を開始している。ローレンの予知もある。あたしたちも地上へ戻るべきよ。」

「そのようですな。あれをご覧なさい。」

ダームが杖で指した方向では、怪獣がIRISによる猛反撃を受けていた。

『ピギャァァァァァァァ!!』

怪獣の悲鳴が轟く。

「ウンターヴェルも、『トランスモード』を使用してももう無駄でしょう。」

「そうね。じゃあ、退くわよ。」

ダームは、キュリと共に姿を消した。

「これでトドメだぁぁぁ!」

戦闘機からはミサイルが、固定砲からは砲弾が一斉に放たれ、怪獣は火の海に飲まれた。

『ピギャァァァァァァァ……』

怪獣は力尽きたのかその場に崩れ落ちると、爆死した。

「やったぁぁぁぁ!!やりましたよ!!」

隊員たちが飛び上がって喜んでいる。

「よしっ!!」

支部長もガッツポーズをする。

「君たちのおかげだ!君たちが駆けつけてくれなければ、我々は皆死んでいただろう。名前を教えてくれ。本部で表彰式を行うよう、本部長に連絡を入れたい。」

支部長は通信機を通じ、援軍部隊にそう言った。

「ありがとうございます!しかし、私たちは任務をこなしただけです。表彰などを受ける権利はありません。」

男性の声が、そう答えた。

「……そうか。だが名前は教えてくれ。個人的に感謝をしたい。この場にいる隊員たち全員が、そう思っているはずだ。これは命令だ。」

「了解!私はEGー04支部所属、ジェニファーと申します!」

「自分はCHー34支部所属、イルソンと申します!」

「同じくCHー34支部所属、グアンユゥです!」

「そうか。ジェニファー隊員、イルソン隊員、グアンユゥ隊員。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう!」

「光栄です!それでは、我々は支部に帰還いたします!」

3機のアイリスバードは、その場を去って行った。

「申し上げます!支部長!例の黒ローブの姿は見当たりません!逃走したと思われます!」

1人の隊員が、支部長の元に報告してきた。

「そうか。逃げ足の速いやつらめ。引き続き地下世界一帯で厳戒態勢をとる。各支部に、常に強大な戦力を動かせる準備をさせるように伝えるんだ。奴らは、イクタたち精鋭が今ここにいないことを知っているようだ。その隙を突いてくるかもしれん。」

「了解!しかし、奴らは何のためにこんなことを…?」

「さぁな。だがどんな理由があろうとも、生命の命を脅かす奴らは許すことのできない輩どもだ。それに変わりはない。見つけ次第ひっ捕らえろ。抵抗するならば殺せ。」

「了解です!」

「では解散だ!各員ご苦労!所属する基地に帰還したまえ!」

支部長の一声で、本作戦は終了した。

 

 

『セヤァァァァ!』

エレメントの拳が、イニシアの頬を凹ませる。一瞬顔面が歪んだ後、数百メートルほど飛ばされるイニシア。地面と激突し、その衝撃波が砂を含み、辺り一帯に広がる

「ぐうぅぅぅぅ!!」

ラザホーはその突風に耐えられず、よろめいてしまった。

「なんてパワーだ……。これなら勝てるぞ!」

『うむ。だがこの姿の力は、こんなものではないのだ。』

『シャリガァァァァァァ!!』

起き上がったイニシアは、怒りで顔面を赤く染め、エレメントに向かって猪突猛進。だがその特攻を素早くかわし、上空へと飛ぶエレメント。イニシアも、すぐに方向転換をし、彼を追うように飛んだ。

『シャリガァァァァァァ!!』

エネルギー弾を連続して吐き出し、反撃を試みるイニシア。その数は尋常じゃなく、まるで大海に浮かぶ無数の機雷の様に、エレメントの進路を防いでいく。

「これが奴の本気か!?」

『そのようだな。だが問題ない。』

まるで瞬間移動でもしているかのような超スピードで攻撃をかわし続けるエレメント。だが流石に全ては避けきれないのか、一発の弾丸がエレメントが反応できないであろう距離にまで接近していた。

「危ない…!」

『ジュアアアァァ!!』

直撃寸前の弾丸を右腕で迎撃したエレメント。その腕からは白い煙が上がっている。その様子を見て、勝てないことを確信したのか、イニシアの表情に変化が訪れる。一瞬目が泳いだ後、イニシアはくるりとエレメントに対して背を向けると、全速力で逃走を開始した。

「やばい逃げられる!本部襲撃時に計測された奴の最高速度はマッハ6だぞ!」

イクタが叫ぶ。

『マッハ6か。ならば平気だ。今の私の最高速度は、マッハ15なのだからな。』

「え?」

ビビュン!という音を立て、イニシアを追い始めたエレメント。静止状態からいきなり最高速度に達したため、イクタは乗り物酔いのような感覚を覚える。瞬く間に追いついたエレメントは、イニシアに抱きつくと、そのまま地面に向かって急降下した。ドンッ!という音を立て、2体の巨大生物は着地。エレメントの巨体の下には、すっかり伸びてしまっているイニシアの姿があった。

『私たちの勝利だ。』

エレメントはそれだけ言うと、イニシアから離れた。しばらくした後、イニシアは爆死した。

「………ハハ……。ハッハッハッハ!まさか覇獣がここまで簡単にやられてしまうとはな!ハー、これでもう俺には後がなくなったってわけだ!」

ラザホーは気がおかしくなったのか、突如笑い始めた。

「……素晴らしいパワーだぜエレメント。熱い戦いをありがとう!……お前はこの汚染された地上の大気に触れ、その姿を得たようだがな、お前ばかりが最強だと思って調子に乗るんじゃねぇぞ!」

『負け惜しみかね。みっともない。君も男なら、そのようなことはやめることを、オススメしよう。』

エレメントがそう言った。

「負け惜しみか。そうかもな。だがエレメント。俺もお前も似た者同士だ。そして少年、君もな」ラザホーは笑いを止めると、急に真顔になりそう言った。

『なに?どういうことだ?』

「そうだな。こういうことだよ!」

ラザホーはローブを脱ぎ捨てた。紫色の肌、赤色の頭髪、そして頭には短い2本のツノが見て取れる。

「あいつ……やっぱり宇宙人か何かか?」

その姿を見たイクタがそう推測する。

「そうだ。俺も宇宙人だろう。だが、この宇宙に生けるものは全て『宇宙』という大きなエリアに住む『宇宙人』だ。そうだろう?」

「なにガキの屁理屈みたいなこと言ってやがるんだあんた。はっきりしろよ。」

イクタがイライラ気味にそう言った。

「まぁ何が言いたいかってことはな、俺も君も、そしてエレメントも、同種族ってことだ。同じ、『地球人』というカテゴリーにおける、同種族なんだよ!!」

そう叫んだラザホーの体に異変が生じた。まず腕だ。皮膚にヒビが入り、割れ目から爬虫類のような肌が現れる。顔も変形し、文字通り『鬼の形相』となる。数十秒で、ラザホーは怪人とかした。

「!?」

目の前で起きている光景を理解できないイクタ。ラザホーの変化はまだ終わらない。怪人体となったラザホーは、なんと巨大化までやってのける。みるみるとその体は拡張を続け、エレメントと同じくらいの身長にまで達したのだ。

『はぁぁぁぁぁぁ…』

深く、そして長く息を吐きながら、両腕を軽く曲げ、腰の両サイドで構えるラザホー。まるで、試合に臨む前の空手家のようなルーティーンだ。

『……まさか、そう来るとはね。』

エレメントも、驚きを隠しきれていない様子だ。

『異人ラザホー。これが俺の…いや、俺たちの真の姿だ。そうだろう?リディオ・アクティブ・ヒューマン、イクタ・トシツキ…。』

砂漠で、新たなる戦いが幕を開けようとしていた。

 

 

 森林地帯に到着し、あたりの安全を確認した精鋭部隊のそれぞれの機体は、まずは放射能除去作戦に入ろうとしていた。

「レーダーには怪獣らしき反応はない。万が一現れても、森林なら身を隠せる場所も多い。隙を見て逃げることも可能だ。焼き払われない限りだが。」

「とりあえず着地しましょう。放射能を除去しないと。」

「そうだな。よし、総員、放射能クリーナーをミサイルの弾頭に装備しろ!」

「了解!」

普段は怪獣への攻撃用兵器であるミサイルの弾頭が、爆薬から放射能クリーナーに切り替わる。

「準備ができた機体から、森に撃ち込んでいけ!」

トキエダの指示で、20の戦闘機から次々にミサイルが発射されていく。1分も経過しないうちに、全てのミサイルが発射し終えた。

「放射能値測定開始!現在人間に害のない基準値から大幅に数値が離れていますが、1秒毎に少しづつ減少しています。」

「しかし、放射能にはのは半減期ってもんがある。150年も経つのに、まだここまで汚染されているとはな。レジオンみたいに放射線を放射し続ける怪獣とかがいたりするのかもしれん。」

トキエダはそう推測した。

「あと数分で基準値に、数十分で基準値を下回る見込みです。」

オリバー隊員が報告する。

「よし。では基準値になったところで着陸を開始しよう。だが、飛行機から降りる際は、全員念のため防護服を着用したままにするように。」

「了解です。」

「放射能値、基準値に達しました!これより着陸を開始します!」

しばらくして、オリバーがそう言った。全機が、地上に向かって垂直に着陸していく。

「しかしイクタのやつ流石だな。あのプテラノドンが追ってこない。」

トキエダは、そう言いながら飛行機から降り立った。重そうな放射能防護服を身につけている。

「ですが遅いですね。時間を稼ぐだけでいいのに、ガチで戦闘とかしてるんじゃないんですか?」

オリバー隊員がそう言った。

「まぁ奴ならやりかねんだろう。だがまぁ、心配はいらんさ。気には食わんが。」

イケコマがぼやく。

「そうですね。彼は彼の仕事をしているわけですし、こちらもこちらで、任務を進めないと。」

チェン隊員がそう言った。

「だな。よし、では各二人組を組め。各々でこの森を探索するんだ。拠点となる建物が築けそうな場所を探そう。」

トキエダがそう指示を出した。

「了解!」

隊員たちが探索を始める。

 探索が開始されてしばらくが経った頃、キャサリン、オリバー班はある珍しいものに夢中になっていた。

「ねえオリバー!これ何!?なんか木から変なのが生えてるんだけど!」

「あぁ、これは確か……キノコって奴じゃないか?大方食用とされてるらしいけど、毒があるやつも多いらしい。」

オリバーが、キャサリンの問いに答える。

「ふーん。じゃあ、これは食べれるのかな!?」

「さぁな。ていうかそもそも、除染しなきゃみんな毒キノコだぜ。」

「あ、そっか。」

「ったく、こんなくだらない話をしてないで、任務を続けるぞ。」

歩を進めようとするオリバーの視界に、何かが入ったのか、オリバーはすぐに足を止めた。

「何?どうかした?」

キャサリンが訊ねる。

「……キャサリンこれを見ろ……。」

オリバーの指差す方向を覗き込むキャサリン。

「なになに?」

「昔小学校の図鑑で見たことがある……カブトムシだ…!絶滅していなかったのか!!」

急に目をキラキラと輝かせるオリバー。

「ほんとだ!私も図鑑で見たことある!あのキノコと一緒に、サンプルとして持ち帰ってもいいかな!?」

「いいと思うぞ!地下の科学ならクローン技術も充実してる。地下でも人気者間違いなしだぜ!カブトムシは!」

いつになくテンションマックスなオリバー隊員。

「あ、オリバー、あそこにもカブトムシがいるよ!おっきいやつ!」

「どこだ!?」

キャサリンの声がした方向に振り返るオリバー。その視界に、確かにとても大きなカブトムシが入る。確かあれは、コーカサスオオカブト、だっけ。実物は初めて見る。その大きさは身の丈45メートルもあり………オリバーはここまで思考を巡らせて、ふと疑問を感じた。45メートル。いくらオオカブトといえど、こんなに大きな種がいるのか?

「……いや、そうじゃない……キャサリンそこから離れろ!こいつは怪獣だ!!」

「うそー!?」

2人の隊員は、全速力で走り出した。

 

 

 

                                                        続く。



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第10話「異人」

 砂漠の戦場ではその正体を明かした『異人』ラザホーと、エレメントが対峙する。『異人』の実力とはいかに。そして森で怪獣と遭遇したIRIS一行は、さらなる事態に巻き込まれてー


第10話「異人」〜異人ラザホー、甲獣ビードル登場〜

 

「俺も君も、そしてエレメントも、同種族ってことだ。同じ、『地球人』というカテゴリーにおける、同種族なんだよ!!」

『異人ラザホー。これが俺の…いや、俺たちの真の姿だ。そうだろう?リディオ・アクティブ・ヒューマン、イクタ・トシツキ…。』

『異人』とは、この姿のことを指しているのだろうか。怪人化し、エレメントと同身長にまで巨大化していたラザホーはそう言った。

「お前……何を言っているんだ?」

イクタは訳が分からずそう訊ねる。

『なんだ、知らないのか?ならそのデカブツに聞くといいさ。何か知ってそうな顔してるぜ?』

ラザホーは不敵な笑みを浮かべた。

『……話はあとだイクタ。まずはこの化け物を…』

「話してくれエレメント!」

エレメントの声を、イクタが遮った。

『………』

「あんたはいつも肝心な話を後回しにしやがる。こんなんで、あんたのことを心から信頼できる訳ないだろ。……知ってることを全て教えてくれ。ついでに、この姿の秘密もな。」

この姿、とは、現在変身しているエレメントネイチャーモードのことを指す。

『俺は待っておいてやるぜ?少年、君の反応が楽しみだからな。』

ラザホーは、地べたにあぐらをかいて座った。

『………わかった。話そう。だが私の持つ知識やデーターでは説明のつかない事態も起こっている。全てを語れるわけではないが、足りない部分は己で補充してくれ。無責任で申し訳ない。』

イクタは頷いた。

『では、まずはリディオ・アクティブ・ヒューマンについてだ。話は200年ほど前の地上文明にまで遡るー」

エレメントは語り始めた。

 

 

「緊急報告!中東紛争において、核兵器と思わしき兵器が使用された疑いがあります!」

軍の司令部のような空間に、1人の兵士がそう報告しにきた。

「なに!?状況を詳しく説明しろ!」

司令官らしき男がそう叫んだ。

「はい!現地時間で昨夜20時ごろ、六芒軍の領域である市街地で、キノコ雲を発生させた巨大爆発がありました。市街地は一瞬として焼け野原となり、市民の多くが犠牲になっていると推測できます。軍の司令部や基地のなく、戦争孤児や難民のキャンプのある街だったので、攻撃を被る可能性は極めて低いと予想されていたため、現地には駐屯兵も少なく、情報の伝達や状況の把握が不十分であるようです!」

「孤児や難民だと………!核の使用そのものが許されない行為だというのに、なんという卑劣なやり口だ!我が国も、この戦いに介入する!六坊軍を援護!生存している市民は直ちに保護せよ!奴らを…テロリストを殲滅する!」

この時代、中東では宗教戦争が頻発に起っていた。だが中には、過激派などのテロリスト集団が紛争に便乗しているケースもあり、国連を持ってしても鎮圧できずにいたのだ。

 

「大統領!被爆した市街地で保護した市民たちを、この数週間検査し続けてきたのですが、数名にある異常が現れています。」

それから数週間後、とある大国の研究機関を訪れていた大統領に、研究員はそう報告した。

「どのような異常だ?」

「はい、通常被爆した場合、放射線に細胞が破壊されるなどして髪が抜ける、吐血するなど、様々な症状が現れるのは有名な話ですが、そのどれにも当てはまらないのです。」

「……詳しく聞こう。」

「まず1名は高校生くらいの方なんですが、定期的に行なっている体力検査の数値が突然として大幅に上昇しました。例えば跳躍力や握力は、数日で3倍ほどに強化されています。1名はまだ小学生くらいの子で、我が施設で毎日義務教育を続けさせているんですが、突如として急に学力が上がり始めました。このように、マイナスの影響ではなく、プラスの影響が見られるケースがあるのです。これは過去の放射能研究にはない、新たなデータです。我々も、どう扱ったらいいのか…。」大統領は腕を組むと、部屋の壁にもたれかかった。

「なるほど。だがそれが放射能による影響だとすると、これは面白いデータが取れるかもしれない。そのまま、しばらく同じように生活させ、随時記録を取れ。人類に新たな可能性が見えてくるかもしれん。」

「………と、おっしゃいますと?」

研究員が、怪訝そうな顔で訊ねる。

「そのままの意味さ。人為的に被爆させ、強化人類を作ることが可能になるかもしれない。ということだよ。」

「そ、そんなバカな!そのような非人道的な研究は許されません!」

研究員は、机を両手で叩きながら怒鳴った。

「誰が許さないというのだ?この国の、いや、世界のリーダーは私だ。これは大統領命令だ。わかったな?」

大統領はそう言うと、部屋から去っていった。

 

 

『この出来事から、リディオ・アクティブ・ヒューマンの歴史は始まった。あとは、君ならどのような展開になるのか、察しがつくだろう。』

「…つまり俺たちは、人工的に生み出された新人類、ってことなのかよ?」

『私は君の出生については知らない。先ほどの出来事のように、核爆発により天然的に現れる例もあるし、先祖の誰かが能力者なら、遺伝で突如遠く離れた子孫が目覚める事例もあるらしい。』

イクタは黙り込んでしまった。そういえば気にしたことは少なかったが、自分は両親を知らない。

『だが君も知っている通り、彼らの寿命は持って30年。ラザホーというあの男はどう若く見ても40代というところだろう。つまりあいつは、リディオ・アクティブ・ヒューマンではない。』

『……その通りだな。俺は能力者じゃない。』

「……?それじゃあ答えになってないじゃねえか。」

イクタは苛立ちながらそう言った。

『申し訳ない。だが、ラザホーが能力者ならばこのような現象もあり得るのかもしれないが、そうじゃない。私にも、この現象は理解できないのだ。』

エレメントはそう言った。

『なんだ、本当に知らないのかよ。なら、ヒントを与えてやる。今この地球を支配している生物は、ズバリなんだ?』

ラザホーが問いかける。

「怪獣だろ。」

イクタが答えた。

『ピンポーン!では、その怪獣はどのような過程で誕生した?』

「そりゃお前、この異常なまでの放射能が生物の遺伝子や生態系に異変を与え………!?」

イクタは何かに気づき、顔を上げた。

『流石だ。頭のキレはエレメント以上かもな。』

ラザホーはニヤリと笑った。

「そうだ…。確かに考えてもみればおかしな話ではない。他の生物がここまで異常進化をしているというのに、人類だってそれは不可能ではないはず。つまり、あんたら『異人』というのは…」

『ご名答。お前ら人類の次のステージに立つ、新人類というわけだ。まぁ、お前らにしてみれば怪獣の人間バージョン、いわゆる怪人にしか見えないだろうがな。』

『ちょ、ちょっと待て!それはDr.リディオが研究していた、あくまでもリディオ・アクティブ・ヒューマンの進化先のはずだ!!まさかこの150年という時は、異常細胞を持たない一般人類をも進化させたというのか!?』

エレメントは焦ったように訊ねた。

『もう話はあとだ。この姿はエレメント、貴様同様に長くは維持できない。とっととケリをつけようぜ?』

ラザホーはゆっくりと立ち上がると、右手を空に掲げた。その手の中に、グレネードランチャーのような銃器が現れる。

「……どうやら、戦うしかないみたいだな。」

『くっ……、仕方がない。いくぞっ!シェア!』

エレメントが、ラザホーを目指して走りだす。

『フハハハハハ!そうこなくては!』

ラザホーが銃を乱射する。大粒の弾丸がエレメントの周囲に着弾し、爆発を起こす。

『グワッ!』

エレメントはよろめいた。そこにすかさず距離を詰めてきたラザホーが、思い切り蹴りを入れる。数百メートルほど吹き飛ばされ、仰向けに転がるエレメント。

『ジャッ!』

しかしすぐに起き上がり、追撃に備えた。ラザホーの拳を、胸の前で交差した両腕でガードすると、その衝撃でフラついき、隙の生まれた奴の腹へと左ジャブを入れた。さらに間を空けずキックを繰り出そうとするエレメントだったが、一瞬早く動いたラザホーがこれを回避。数百メートルの距離をとった。すぐに接近して得意の肉弾戦に持ち込みたいところではあったのだが、再び銃を放たれたため、近づくことは容易ではない。

「連射はそこまでじゃないが、一発一発の威力がバカじゃねぇ。一瞬で距離を詰めなくては!」

『待て!よく見ろ!奴の銃は鈍器としても振り回せるように細工がしてあるようだ。ただ詰めただけでは殴り飛ばされてしまう。』

確かに、銃身はやけにふと長く、鋭利なトゲまでついている。ここまで扱いにくそうな銃は、あの『異人』という姿だからこそ使いこなせるのであろう。

「じゃあどうするんだ!?」

『慌てるなイクタ。これはこの姿の真の力を見せる絶好の機会だ。』

エレメントは、右腕に装着されているエレメントブースターを掲げた。

『プリローダケミスト!』

機会音声を発し、ブースターが青く光る。どうやら、ブースターにエネルギーが集まっているようだがー

『ケミスト!ジルカロイ!』

いくつかの元素を合成したのか、ジルカロイという新たな物質が生まれた。

「なんだこれ?聞いたことがない物質だな。」

イクタが首をかしげる。

『なにやってんだあいつ?舐めてやがんのか?喰らえ!』

ラザホーが銃を構える。しかしエレメントはそれを気に留めず、今度は左腕のエレメントミキサーを構えた。

『ケミスト!ハイドロ!』

そしてエレメントは、その両腕を胸の前で交差させた。

『ケミストリーラッシュ!ハイドロエクスプロージョン!』

するとエレメントの前で小規模な爆発が生じた。だがその爆発は何度も連鎖爆発を起こしながら、確実にラザホーの元へと向かっていく。

『な、なんだ!?なにがどうなって…!?』

次の瞬間、ラザホーは最後の大爆発に飲まれた。ドドーンという音ともに、衝撃波が発生し、辺りに砂嵐を巻き起こす。

「今のは一体…?」

イクタも、なにが起きているのか掴めていなかった。

『ブースターはミキサーと違い、何種類もの元素を同時に合成できる優れものだ。その数に限りはない。まぁ、多く合成するほどエネルギーを消費するから多用はできないのだが…』

そう言いながら、エレメントは片膝をついた。いつのまにか、胸のランプが音を立てて点滅している。イニシア戦を含めると二連戦なのだ。

『今のように、ミキサーとブースター、それぞれで生み出した物質同士をさらに化学反応させることもできるのだ。今回は、水素爆発を起こした。』

「なるほどな。身体能力の大幅な向上に加え新能力…。なんでここまでのパワーアップが前触れもなく可能になったんだ…?」

『それは後からでもいい。まだあいつは生きているぞ!』

砂や土煙が少しずつはれ、視界が良くなってくると、その中にフラフラと立ち上がるラザホーの姿が確認できた。

『はぁ…はぁ…恐ろしい強さだな。近距離も遠距離も隙なしかよ……。嫌になるぜ全く。』

足取りはフラついてはいるが、構えた銃口は確実にエレメントへと向けられていた。

『残存体力から考えて、次の攻撃がお互い最後になるはずだ。確実に仕留めるぞ!』

「あぁ!」

エレメントは再びブースターにエネルギーを込めていく。ラザホーも、グレネードランチャーにパワーをチャージしていく。お互いに準備が完了した瞬間、互いの必殺技を繰り出した。

『ケミストリウムブラスター!!』

『ラザホージウム光線!!』二つの光線が、ぶつかり合った。大爆発を起こし、その爆風に両者はのまれた。爆発が収まった頃、砂漠に二つの巨大な影はもう存在していなかった。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁ」

情けない声が森に響く。その声を聞きつけて、トキエダとイケコマが銃を構え、やってきた。

「おいおい、どうしたってんだ?」

「た、隊長!かかか、怪獣です!!」

そう叫んだオリバーの後方に、大きなカブトムシのような怪獣の姿があった。

「ったく、あれだけのサイズの怪獣に、どうしてここまで接近されるまで気づかなかったんだ。」

イケコマが呆れたように言った。

「す、すいません!サンプル回収に夢中になり…。」

「まぁいい、動きを止めるぞ。威嚇射撃!」

トキエダとイケコマが、怪獣の顔の近くに向かって威嚇射撃を行なった。怪獣の動きが止まる。

「……どうやら、攻撃的な怪獣ではなさそうだな。不幸中の幸いだ。」

しかしその後ろから、同種類と思われる怪獣が多数、飛んできた。だが隊員たちには目もくれず、ぐんぐんと飛行を進めていく。

「……何かおかしいですね。怪獣が群れをなして行動しているんでしょうか?」

「カブトムシが群れで行動するのか?地下に残されていた過去の文献によれば、そんなことはないはずなんだが……。」

考え込むトキエダとイケコマ。その時、遠くから獣の吠えるような大きな声が聞こえた。

「…どうやら、このカブトムシの鳴き声ではなさそうだ。」

再び銃を構えるトキエダ。

「そのようですな。もしかすると、こいつらは今の声に追われているのかもしれません。」

「となると、俺たちもここにいては巻き添えを食らうだろう。怪獣同士の戦闘ともなれば、無事ではすまん。」

トキエダはポケットから、無線を取り出した。

「現在正体不明の怪獣がこの森に向かって進行中と思われる。ここでの任務続行は不可能と判断した!直ちにアイリスバードへ戻れ!場所を変更するぞ!」

トキエダが無線で指示を出す。

「し、しかしイクタ隊員は!?彼は連絡の取れない場所にいます!場所を変更すれば、合流が難しくなります!」

そう反応したのは、クワハラ隊員だった。

「ちっ……そういえばそうだ。あいつ、何やってやがる…。まさか、死んではいないだろうな?」

「ちょっと待ってくださいよ!ビードルちゃんたちを見殺しにしちゃうんですか!?」

キャサリン隊員が会話に割り込んできた。

「ビードル?」

「このカブトムシに名前つけてあげんたんですよ。攻撃的な性格でもなさそうですし、この子のおかげで私たちは危機に気づけたわけです!この子達だけを置いて逃げるなんて…。」

キャサリンはそう訴えた。

「かと言って、ここに残りカブトム…ビードルを狙う怪獣と戦闘する道をとっても、我々の生存確率を著しく低下させるだけです!無駄な戦闘は避けるべきだ!」

イケコマ隊員がそう答えた。

「……くそっ、どう行動するのが正解なんだ…!」

トキエダが苛立ったように言った。

「とにかくアイリスバードに乗りましょう!それなら怪獣との接触のその瞬間まで、戦闘か避難かの選択肢を選ぶことができます。このままここでじーっとしてても無意味です!」

無線から、ゴームズ隊員の声が聞こえた。

「……その通りだな。早く戻るぞ!」

隊員たちは駆け出した。

 

 

「おーい、戻ったぞー!」

キュリとダームは、アジトに帰還した。だが、ローレンの返事はない。

「おーい!あたしだー!キュリだー!」

やはり返事はない。

「どうやら、まだお眠りのようですな。」

ダームがそう言った。

「また寝てんのかよ!この非常時に……。」

「まぁ大丈夫でしょう。ローレン殿が何もせずに寝てるだけ、ということは、イコール勝利の未来が見えているということになります。ラザホー殿が活躍なされたのでしょう。」

「あのクソオヤジで大丈夫かな。最後の切り札まで使い切る、とか言ってたけど。」

「ほほう。まぁ、異人化するとなるとエレメントと同等の力を手に入れるはずですから、なおさら問題はないでしょう。彼の寿命が著しく削られはしますが。」

そんな会話をしながら歩いているうちに、ローレンの部屋の扉の前にたどり着いた。

「失礼しますぞ。」

ダームが扉をノックし、そーっと開けた。だがそこに、ローレンの姿はなかった。

「…!ローレン殿…?」

「どうした!?」

「いえ……ご不在のようです…。」

「はぁ!?あいつがあたしたちに黙って1人で外出したってのか!?ありえねーぞそんなの!」

「ですが現に………。」

まさかの思いがけぬ事態に右往左往する2人。

「……となると話は違ってきますな。彼が1人で行動せざるをえない状況が発生したとしか考えられません。すなわち、ラザホー殿の身に何かあったんでしょうな。」

「やっぱり予知は避けられなかった、ということか……。となると爺さん、あんたも…。」

「えぇ。どうやら、死が近いようです。」

空間にしばらくの静寂が訪れる。

「とにかく探すぞ。」

キュリの言葉が静寂を裂いた。

「…どういうことでしょうか?」

「ローレンとラザホーに決まってるだろ!ラザホーの場合、死体なら尚更地下のやつらに渡すわけにはいかない!あたしはローレンを探す!探知さえできれば一瞬で移動できるからな。」

「わかりました。では私はラザホー殿を。確かに、死体が渡り研究でもされたらたまったもんじゃない。」

2人は急いでアジトを飛び出して行った。

 

 

 その頃、廃墟となった都市部を1人で歩く黒ローブの男の姿があった。その廃墟はツタや草の生い茂ったビルが崩れ落ち、かつては舗装されていたはずのコンクリート製の道路はすっかり草原のようになるなど、ここに人類の文明があったとは思えない見るも無残な光景が広がっていた。男は歩みを進めいていく。その先に、仰向けに倒れている人影があった。

「……派手に飛ばされたな。エレメント。」

男は深くかぶっていたローブを取り、頭部を露わにした。ローレンであった。倒れていたのはイクタだ。気を失っているのか、一向に目を覚ます気配がない。

「……エレメントはどうやら放射能に触れることによって新たな力を得たようだが、お前はどうだ?イクタ。地下で温室暮らしだったお前が、防護服も着ずに放射能に晒されている。さて、お前の体にはどんな現象が現れる…?」

ローレンはニヤリと笑った。

 

 

 イクタはどうやら夢を見ているようであった。身に覚えのない風景が目の前に広がっているのだ。夢じゃなければなんだというのだ。目前には、高くそびえ立つビルの群れ、行き交う無数の自動車、そして人々があった。

「……どこだここ?」

夢とはいえここまで鮮明な映像が流れ込むのも珍しい。そういえば、ラザホーと必殺の光線を撃ち合った後からの記憶がない。見知らぬ街に吹っ飛ばされたのかもしれない。だが、その可能性はすぐに否定された。今地上には、人類は存在しないからである。とにかく現在地を把握すべく、イクタは歩き出した。

「…あれは…」

歩いているうちに、ビルの側面に設置された巨大モニターが目に入った。街のど真ん中にあれほどの大きさのモニターがあるとは、と感心するイクタ。その画面は、すぐにニュース番組のようなものに切り替わった。

「こんにちは。7月30日の昼のニュースです。先ほど午前11時、首相官邸で緊急会見を行ったミズノ総理は……。」

イクタですら瞬時には理解できない情報が並べられるニュース。

「7月……30日…?今日はまだ6月のはずなんだが…。ていうか総理大臣って、何百年前のお偉いさんだよ。」

首をかしげるイクタだったが、その耳に猛々しい警報音が鋭く聞こえた。怪獣警報にそっくりだ。ここでも怪獣が出たのか?だが、現れたのは怪獣ではなく、無数の戦闘機だった。

「逃げろ!!空襲だ!!」

道を行き交っていた人々が一斉に同じ方向へ駆け出した。それにまみれ、身動きが取れなくなるイクタ。

「ちょ、な、なんだってんだよ!」

逃げ惑う人々、崩れ落ちる建物、至る所で火の手が上がる街並み。賑やかだった大都市は、一瞬にして地獄のような空間になってしまった。

「随分と趣味が悪い夢だな…疲れてんのか俺…。」

途方にくれるイクタ。

「助けてー!まだ夫が、子供も見当たらないんです!!」

助けを求めて泣き叫ぶ女性の声が、イクタの耳に入った。

「…くそっ!」

思わず駆け出し、女性の元へと向かうイクタ。

「大丈夫ですか!?こっちです!」

自分自身もわけがわからないまま、彼は女性を抱えて走り出した。

「それで、旦那さんとお子さんはどこに!?」

「職場と学校です!でも、両方とも飛行機が来た方角にあって…。」

泣き出しそうな声で訴える女性。

「くそっ!なんてこった。どうしてこんなことに…!」

悪態をつくイクタ。

「全部エレメントのせいです!」

女性は叫んだ。

「…え?」

「この大戦を圧倒的な武力で終結に導く最後の最凶兵器、ウルトラマンエレメントの登場が、この戦争を…世界を狂わせたのよ!」

「ウルトラマン……?なんですかそれは!?」

聞き返すイクタ。だが、彼らの近くに落ちた爆弾の爆風と衝撃が、彼に答えを与えてくれなかった。吹っ飛ばされたイクタ達だったが、今ので頭を打ったのか、女性の息は止まっていた。

「何がどうなっていやがる……!なんなんだよこれは!!」

そこで夢は終わった。

[newpage]

 気がつき、バッと起き上がったイクタ。その目の前には、見たことのない少年が立っていた。

「気がついたか。イクタ・トシツキ…。いや、エレメント。」

少年はそう言った。その言葉に反応し、反射的に銃を抜くイクタ。

「誰だ!?何で俺のことを知っている!?」

「そうだな。お前らが言う所の、黒ローブってやつのリーダー、とだけ言おう。名はローレン。お前と同じリディオ・アクティブ・ヒューマンの運命を背負いし者だ。」

「!!」

イクタは銃を握る手に力を込めた。

「………お前が本当にそうなら、聞きたいことが山ほどある…!どうもうちのエレメントは、喋るのを渋ってくれるからな。」

「俺が簡単に答えそうな男に見えるか?」

「………答えなければ戦う!」

「ならば聞こう。お前は何の為に戦う。自分の都合のためか?それとも俺が地下の世界を脅かす存在だからか?」

ローレンは感情のこもっていない声で、淡々と訊ねる。

「…それは……主に後者のためだ!」

「そうか。では、こう考えたことはないのか?何故俺たちがお前達の世界に脅威を与えているのか。」

「そんなこと知ったところでどうなるよ。もちろん興味がないわけじゃないけど、どんな理由があれ、平和を乱すことは罪でしかない!」

イクタは力強く答えた。

「全くもってその通りだな。お前は正論者だ。そうだ。どんな理由があれ、平和を乱すことは許されないことだ。だから俺はその悪と戦う。」

ローレンはそう言った。

「………は?何言ってんだお前?」

「まぁわからないだろうな。………いいだろう。お前には俺の知っていることすべてを教えてやる。いや、お前には知っておいてもらいたい、それに近いだろう。お前は地下の人間とはいえ、俺の数少ない『仲間』なのだからな。では、まず何から聞きたい?答えてやる。」

「そうだな……。じゃあエレメントについてだ。エレメントとは何者だ!?それに、あの急激なパワーアップは一体なんだってんだ。かつて人類文明がここで栄えていた頃、奴は何をしたんだ。」後半は夢の内容を思い出しながらそう言ったイクタ。

「わかった。結論から言おう。エレメント、それは俺たちが最も憎むべき悪の化身だ。」

『いかんイクタ!そいつの言葉に耳を貸すな!』

エレメントミキサーから、エレメントがそう口を挟んだ。

「あんたは黙ってろよ。こいつの話が真実なのかそうでないのか、それは聞いた後に照合すればいいだけだ。」

『…しかし…!』

「元々あんたが素直に答えてくれないのが悪いんだろう。それとも、何か話されてマズイことでもあるのかよ?」

イクタが高圧的に言う。

『それは………だがイクタ!考え直せ!これまで共に戦ってきた私と、その初めましての男と、どちらが信用できる存在なのかを!それとも、私と君の信頼関係なんて、その程度のものだったのか!?』

懸命に訴えるエレメント。

「……」

それを聞いて、返答に迷うイクタ。

「もちろん、俺は今まであんたに何度も助けられてきた。俺だけじゃない、地下の人類全てがだ。だからこそ、ローレンがいくらあんたを悪と言おうと簡単には信じない。けど、俺はとにかく真実が知りたいんだ。その為に地上に来た。そしたら、目の前に一番今の地上を知る者がいて、わざわざ喋ってくれるらしいじゃないか。なら俺はその話を聞く。心配すんな。あんたを裏切るわけじゃない。」

『……わかった…。』

エレメントは渋々承諾すると、もう何も話さなくなった。

「それで、もう話してもいいのか?」

ローレンが訊ねる。

「あぁ。待たせちまって悪いな。」

イクタはあくまですぐに戦闘が開始できるよう、警戒態勢のまま、ローレンの言葉に耳を傾ける準備をした。

「エレメントの話をするには、まずは俺や俺の仲間達の先祖の話をしなければいけない。あれは150年前まで遡るー」

ローレンは話し始めた。

 

 

 森の中、急いでアイリスバードへと駆け込んだ隊員達は、いつでも発進できるように態勢を整えていた。

「レーダーに例の進行中の怪獣と思われる物体が映りこみました!距離は70キロメートルほど離れていますが、結構なスピードを出しています。十分もあれば、ここにたどり着くでしょう。」

オリバーが報告した。

「思いの外離れてたな。ビードル達が騒ぐくらいだから、もっと近くにいるかと思っていたよ。」

エドガーがそう言った。

「それで、空を飛ぶタイプか?それとも歩行するタイプか?」

トキエダが訊ねる。

「レーダーではそこまではわかりませんが…スピードから察するに飛行型と考えるのが妥当かと。」「ふむ。では今から二つの作戦を言い渡す。しっかりと聞いておけよ。まずはプランAだ。怪獣との戦闘を避けるパターンの作戦だ。この戦闘機のスピードなら、怪獣をまくのは容易だ。だからあらかじめ、次の目的地を定めておく。キャサリン隊員には気の毒だが、この作戦ではビードルの群れを囮に使う場面も出てくるだろう。だがこれも生き残るため、任務を続行させるためだ。理解してくれ。」

「……了解。」

キャサリンが返事をした。

「では次にプランBだ。これは怪獣との戦闘を選んだパターンだ。なるべく森への被害を出さぬように怪獣を撃退し、この森で任務を続行させる。だが怪獣がイニシアのようにヤバそうな奴ならこの作戦はなしだ。わかったな!?」

「了解!」

「では総員しばらく待機!」

 そしてその十分後、その謎の怪獣が姿を現した。四足歩行の大きな怪獣で、身の丈は目測でも65メートルはありそうだ。その小さな頭部に比べると胴体は太く逞しく、気休め程度の翼が生えてはいるが、これで飛行するなど考えられないほど小さなものだ。その鋭く、赤い眼差しからは、どうもこれが攻撃的な性格ではないとは判断できない。大きく鋭い牙が無数に生えている口からは、常に蒸気の様なものがモクモクと上がっており、体全体から、いかにも『猛獣』というオーラを放つ、そんな怪獣だった。

「こ、このサイズの四足歩行型が、あのスピードでここまで来てたんですか!?」

桑原隊員が驚きの声を上げる。

「なんてこった!こりゃどう見ても簡単に仕留めることができる代物じゃねぇ!総員、プランAだ。あらかじめの目標は決まっているだろうな!?」

トキエダが大きく叫ぶ様に言った。

「はい!すぐ近くに昔都市部だった場所がある様です!腐敗しているとはいえ、建物が多いこの地帯ならすぐに拠点を築くことも可能でしょう!サンプル回収は期待できませんが。」

オリバーが答えた。

「わかった。全機にその地点までのマップを送信しろ!作戦開始!」

「了解!」

19のアイリスバードマーク2が、一斉に同じ方向にめがけて勢いよく発進した。その動きに興味を持ったのか、大怪獣は隊員達に視線を移し返すと、猛ダッシュで追い始めた。

「怪獣、こちらを追って来ます!」

「止むを得ん!ちょっと待ってろ!」

トキエダの乗る飛行機が隊から離れ、怪獣の方へと向かって行った。

「隊長!!何を!?」

「こいつの気を俺が引く!そしてビードルの群れへと誘導する!」

「そんな!!それってつまり、彼らを犠牲にして私たちは逃げ延びるってことですか!?」

キャサリンが叫んだ。

「さっきも理解してくれと言っただろ!俺だって無害な怪獣を踏み台に生き延びようってことには子心が痛むし罪悪感だってある!だがな、それしか方法がないんだよ!」

珍しく声を荒げたトキエダ。その気迫に押され、キャサリンは何も言えなくなってしまう。トキエダの乗る機体が、怪獣の顔の前を横切った。怪獣は振り返り、トキエダを凝視すると、そちらを追い始めた。

「あいつが好奇心旺盛な怪獣で助かったぜ。あとは隊長のことだ。うまくやってくれるさ。さ、先に行くぞ!」

イケコマがハッパをかける。トキエダはビードルの群れを追う様に飛行をしている。ビードルも、怪獣が追って来てるのを再確認し、避難のスピードを上げていく。

「お前達…すまない…!」

飛行機と怪獣が群れに追いつくその瞬間だった。森の影から飛び出したもう一つの巨大な影が、怪獣を捉え、真横に吹き飛ばしたのは。

 

 

        

                                                      続く。



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第11話「目的」

 エレメント対ラザホーの戦闘は、両者の技の衝突により生じた巨大爆発とともに幕が下りた。衝撃で遠くへと飛ばされたイクタたちの前には、組織のリーダーローレンの姿があった。そしてローレンは、組織の目的を明かすため、イクタが知りたがっていた「真実」の歴史を語り始める


第11話「目的」

 

 その村では、至る所から火の手が上がっていた。建物は木造建築のものが多いため、その火の勢いは止まることを知らない。一酸化炭素中毒なのか、そこら中に倒れて動けなくなった人々が転がっていた。そこに、1人途方にくれた様に立ち尽くすひとつの巨大な影があった。その巨人の身体は赤と銀で彩られていた。

「……ははっ!実験は成功だぁぁぁ!!これがぁ!これこそが私の求めていた人類の最終ステージィ!ウルトラマンの力なのだぁぁ!!」

巨大な影の肩の上に立つ、放射能防護服を纏った男がそう叫んだ。

「どうだドクターセンゲツ!!この光景を見てどう思う!?お前がやったんだぞ!?素晴らしい!なんと美しい景色だとは思わないか!?」

『……私は……私はなんということを……』

巨大な影は今にも消えそうな声で呟いた。

「この野郎、面白いやつだな。ここまで来て偽善者ぶるつもりか?」

白衣の男は失笑した。

『違う……こんなやり方は間違っている!目を覚ませリディオ!!お前は私と同じ、平和を愛する科学者だったはずだ!』

ドクターセンゲツはそう言った。それを聞いて、リディオと呼ばれた男はさらに笑い声をあげた。

「はははっ!お前本当に面白いな。目を覚ますのはお前の方だろう?なにを他人事みたいに言ってやがる。これをやったのは、お前だ。いっそもっとそのウルトラマンの力を楽しむべきだと思うな。これは私とお前とで開発した、平和の象徴じゃないか。この村には我が国を狙うテロ組織が潜伏していた。お前はウルトラマンの力を使い、そのテロリスト達を拠点ごと焼き尽くしたわけだ。次に狙うのは敵国である共産主義どもだ。お前がいれば、味方の兵士をほとんど死なせることなく、圧倒的な力で戦争を片付けることができるさ。大統領も国民も、そして私たちも早くこの戦争が終わり、平和が訪れることを願っている。お前が必要なんだよ。下手に偽善者ぶるのをやめろ。罪悪感なんか捨てちまえ。いや、むしろ自らの行動を誇るべきだ。」

リディオはそう語った。

『違う……!私が望んだのは、こんな力で押さえつけるだけの建前としての平和ではない!確かに争いはしばらく鎮まるかもしれない。だが、こんな平和は人々の心に憎しみを植え付けるだけだ!テロリストだって、ただ暴れまわっている集団とは限らない。彼らには彼らの思想があったり、我が国に対する憎しみから行動しているものもいるはずだ。私の存在や行動は、将来の平和を脅かすことに関わるのだ!お前はこの戦争から何も学んでいないのか!?平和のための抑止力であった核兵器が、この状況を生み出したことを忘れたのか!?』

「はぁ……ピーピーピーピーうるさいな本当。その核兵器のおかげで、私は放射能強化人間…そうだな、開発者である私の名をとってリディオ・アクティブ・ヒューマンとしよう。彼らを生み出し、さらにウルトラマンの実験にも成功しているんだよ。まあ、お前のことだからそう言うとは思ったけど。だからしばらく黙っててくれ。」

リディオは、ポケットからコントローラーの様なものを取り出した。

『なんだそれは?』

「黙ってろって言ってるだろ?」

リディオはスイッチを押した。

『う……あぁぁぁぁぁぁ!!』

巨人はもがき、片膝をついた。

「バカなやつだな。こんな恐ろしい生物兵器を自我が存在した状態だけで動かせるはずがないだろう。……おや?まだ生き残っているガキがいやがったか。」

リディオは地面に降り立つと、怯えて震えている4人の子供の前に歩み寄った。

「被爆地で採取するにはもってこいのサンプルだな。ガキだから実験も行いやすい。いや、その成長そのものが実験とも言える。」

リディオはウルトラマンを操り、その背中に子供達を乗せた。

「大人しくしておけガキども。こんなチンケな焼け野原で孤児生活を送るよりは、快適な空間をプレゼントしてやろう。おいズラかるぞ。まぁお前みたいなデカイ秘密兵器をいつまでも秘密にできるとは思ってはないが、敵に見つかるとマズい。そろそろ現地の軍が来てもおかしくない時間だ。」

『シャアァァ!!』

巨人は、リディオと4人の子供を乗せ、その場を飛び去った。

 

 

「その4人の子供。それが俺の…いや、俺たちの祖先にあたる。」

ローレンはそう言った。ミキサーの中のエレメントが何の反論もしないあたり、この話は真実を見て良さそうだ。

「ドクターリディオが生み出した人類の最終進化、ウルトラマンは俺らの祖先が静かに、平和に暮らしていた村を一瞬で地獄へ変えた。テロリストの潜伏というのも、本当は建前にすぎなかった。証拠は一切なく、実際問題として、遂に焼け跡から指名手配犯の遺体やアジトらしき跡は発見されなかった。リディオはウルトラマンの力の実験場が欲しかっただけだ。」

ローレンは淡々と語った。

「ここまで聞いてどう思う、イクタ?」

「………気の毒だとは思うよ。強大な力は大切なのものを一瞬で失わせるんだ。痛いほどわかるぜ。俺は、お前らのせいでそれを思い知っているからな。」

イクタは最後は皮肉の様に言った。

「でもちょっと待てよ。要するにエレメントはそのウルトラマンって奴で、そのウルトラマンは人間だ…ということか?」

「まぁそうなるな。そのミキサーに封じられているエレメントも、元々はただの人間だ。」

ローレンは表情を変えずに答えた。

「では俺の話を続けよう。」

 

 

「ドクター、子供達の細胞の分析、心理テストや体力テストなど指示を仰いでいた項目は全て終了しました。それで、面白い結果が出ています。」

リディオの元に、部下が報告しに来た。これは、あの事件から4ヶ月後のことである。

「ほう。それで?」

「はい、1人の子は右脳が異常発達しており、我々にはない発想力や感性を持っています。空間認知力も、あの歳で我々科学者を超えています。」

「…ふむ。続けてくれ。」

「2人目も右脳に異常があり、動物と意思の疎通がはかれている可能性があります。これも異常感性の作用かと思われます。3人目も右脳です。たまに夢で見た内容を話してくれるのですが、その内容が数日後に現実となったケースが少数ですが確認されています。4人目は唯一左脳に異常が見られます。3人を超えるIQを叩き出しましたが、孤立しているのを見る限り、コミュニケーション能力に欠如があるかと。」

「なるほどな。特に3人目だ。その夢に関するデータをもっと取れ。私が生み出した放射能強化人間にはないデータだ。興味がある。だが他の子供達の研究も忘れるなよ。どれも軍事科学に応用できる何かがあるかもしれん。」

リディオはそう指示をした。

「了解です。そういえば、例のウルトラマンは今どうしているんです?」

「あぁ、あいつか。この間も俺の命令に背きやがったから、今度は完全に自我を捨てさせ今はロシアで大暴れさ。大統領は大喜びだよ。さらに成果を出せば、俺は大統領に認められ政府の科学者になれる。一度はその立場を追われたが、再び奪い返すことができるのさ。さもすれば研究予算も増額され、ウルトラマンの量産、そして商品化も夢ではなくなる。新たな平和の抑止力となるのだ。世界は平和、俺はぼろ儲け。こんなに美味い話はないさ。」

リディオは唇を舌で舐めながら話した。

「しかしドクター、なぜまだウルトラマンに自我の存在を許しているんです?あの強大な力が一瞬でも我々に向けられたら…。」

部下は最悪の事態を想像しながら訊ねた。

「まぁ私がコントロールしているんだ、まずくなったらすぐに自我を消去する。だが、あいつに心が残っている状態で、あいつに人殺しをさせるって行為そのものが、楽しいだろう?理想だけの平和を謳う偽善科学者が、己の意思で、己の手で人を殺める街を壊すそして国を滅ぼす。あいつの心情を思うとたまらないね。」

リディオは、今にも大声で笑い出しそうな歪んだ顔でそう答えた。

「そうだ、あいつに名前をつけよう。ウルトラマンはいずれ大量生産品になるんだ。遅かれ早かれ固有名が必要だろう。そうだな……この最終兵器の元祖であり平和のための1ピース、そしてその能力から、『エレメント』ってのはどうだ?『ウルトラマンエレメント』だ。」

「なるほど。平和を構成するひとつの元素、という意味もかけているんですね。」

「そうだ。なかなかいい名前だろう。あのバカ野郎にはもったいないくらいだ。」

「では、今日よりウルトラマンの正式兵器名称を『ウルトラマンエレメント』とすると、軍部や政府に伝えます。」

「うむ。」

部下は退室した。

 

 

「だが結果的にはリディオの野望は果たされなかった。現にウルトラマンは、そこにいるエレメントしか存在していない。」

ローレンはまたも無表情で語る。

「戦争も研究も順調に進んでいた。当時の世界で奴ほどの勢いがあった者はいなかったであろうな。だが、結果を見ろ。地球は、こうなっている。」

「……なぜだ?何が起こったんだ!?」

イクタが食いつく。

「リディオの失脚。それがダイレクトに、今の地球の有り様に繋がっている。」

ローレンは再び話を始めた。

 

 

 リディオはホワイトハウスに呼び出されていた。あれからさらに2年が経過していた。遂に政府専属の科学者になれるのだと、鼻歌を歌いながら大統領室へ向かっていた彼のテンションと表情は、その数分後に豹変した。

「……今……なんとおっしゃられたのですか…?」

あまりに予想外の命令に耳を疑い、聞き返すリディオ。

「ではもう一度言おう。ドクターリディオ、貴様を死刑とする。」

大統領は冷たく言い放った。

「ば……バカな!なんということだそんなの有り得ない!大統領閣下も、私のウルトラマンを高く評価してくださっていたはずです!なのになぜ…」

「シャラップ!そのウルトラマンが、我が国の国益に甚大な被害を与えたのだ!!」

さらに予想外なことを言われ、顔がぐしゃぐしゃになるリディオ。

「は……?それはどういう…」

「研究室に籠もりきりとはいえ、戦況も理解していないのか。先日、同盟国である日本の首都東京が、共産主義の連合に核攻撃を伴う激しい空爆を被った。ウルトラマンが仕留め損ねた部隊の生き残りだった。さらに共産軍は、追撃として大量の核ミサイルの標準を我が国の主要都市へと向けている。日本国民や政府はウルトラマンを強く非難している。ウルトラマンさえいなければ、東京は報復を受けることはなかったとな。同盟国も敵も、参戦していない国も国連も、世界が全ての元凶は力を持ちすぎたウルトラマンにあると言っているのだ。」

大統領の秘書が、口調を荒げながら言った。

「ウルトラマンによる攻撃の影響を受けて破損した原子力発電所も多くあるとの報告も出ている。もっとも、これは便乗によるデマであろうがな。とにかく、今世界はそうなっているんだ。ウルトラマン、そして開発者である君を抹殺する。そうするしか、この国を核から守る方法はない。」大統領が、静かだが強い口調で、改めて死刑を告げた。

「そんな……」

リディオはその場に崩れ落ちた。

「こんなことって許されるのか…?」

リディオは蚊の羽音ほどの小さな声で呟く。

「…何か言ったかね?」

秘書が聞き返す。

「こんなことが許されるのか!?私はぁ!この国のために放射能という命に関わる危険なしろもを取り扱い研究を続けてきたのだぁ!そしてこの国の利益になる成果を上げ続けた!そして生み出したのだ!人類を超える人類放射能強化人間と、その最終進化体、つまりは人類の最終ステージウルトラマンを!!そう!私は地球史上最高の科学者!!故に殺される理由がない!死すべきは私の研究を理解できない貴様らだ!全人類だ!!……そうだ…地球から人っ子1人いなくなれば、この世界は平和になる……私の夢が叶うのだ……」

狂気に満ちたその怒声とヒステリックな声にその場にいた全員が怯んだが、秘書が一瞬の硬直ののちに素早く銃を抜いた。

「黙れ!今この場で撃ち殺すぞ!!」

「あぁやってみるがいいさ!できるのならなぁ!」

その瞬間、秘書の背後に人影が現れ、秘書のうなじに手刀を入れた。彼は一瞬にして気を失い、その場に倒れてしまう。

「ドクター、この場の全員を殺しますか?」

秘書を倒した少年が訊ねた。

「あぁ、殺せ。」

「な、なんだあいつは!?」

大統領が驚き、椅子から転げ落ちながら叫んだ。

「何って、数年前に報告した人間兵器、『リディオ・アクティブ・ヒューマン』ですよ?お忘れになったのですか?あなたの命令で生み出したのに?まぁ最も、この子はウルトラマンの初回実験で手に入れた副産物ですが。」

リディオが爽やかな笑顔で答えた。

「能力は空間移動ですよ。右脳の異常で発達した人知を超える空間認識力。それがこんな能力に発展するんですよ。面白いでしょう?放射能強化人間は。私も驚きましたよ。あーあと、未来が読める子もいますね。きっとこの子は、彼のおかげで私の危機を知り、私が死刑になるという未来を変えてくれたんでしょう。持つべきものは、実験サンプルですね。」

リディオは笑顔のまま続けた。大統領のSPたちも突然の出来事、そして狂気に満ちたリディオの前に怯えて尻餅をつき、全く頼りがなく情けない姿を見せている。

「……狂っている……このマッドサイエンティストめ!」

大統領は、今にも泣き出しそうな声で叫んだ。

「よく言われますよ。かつての友人であったエレメントからも言われる始末ですわ。まぁいい。どうせみんな死ぬんだ。他人からの評価など、気にするだけ無駄だ。」

そして、リディオの指示で少年はピストルを取り出し、その引き金を引いた。大統領の眉間に、赤紫色の空洞ができる。

「ここに私の求める平和はない。こんな星、核の炎にでも包まれてしまえばいいさ。私は新たな惑星で新たな世界を作り、その星の神となる。そこは争いのない平和な世界だ。夢のようだろう?」

リディオは少年に語りかけた。

「はい、ドクター。」

「争いとは、金のないものが起こすものだ。貧しさゆえに金を求める。金は全ての争いのエレメントと言ってもいいだろう。そして貧しい者は宗教にすがる。だがその宗教も、思想の違いから争いの火種になる。そして貧しい者は、己の貧しさを裕福な者のせいにするのだ。それが己の無能がゆえに招いた事態だということを、奴らの多くは理解していない。いや、理解することを拒んでいる。そして裕福な者を襲い、新たな戦いを生む。もうわかるだろう。争いのない世界を作るには、奴らはどうしても邪魔な分子だ。だが神は平等だ。世界のバランスを保つために、無能を世界を構成する一つの元素として取り入れた。その成れの果てが、今の地球文明だ。しかし私は、新たな惑星で、その地球文明を構成している元素を厳選し、新たな文明を構築することができる。裕福で有能な者しかいない世界を生み出せる。私にはそれができる!」

「はい、ドクターならできます。」

少年は機械が処理を行うように答える。

「では行こう。理想を現実にするために。」

2人は部屋に残っていたSP達を撃ち殺すと、ホワイトハウスを後にした。

 

 

「こうして、大統領を失ったその国は、敵国からの核から身を守ることができなかった。主要都市は焼けた。そして、核への応酬はもちろん核だ。核の撃ち合い、それによって今の地球はできたのだ。全ての元凶は、『ウルトラマンエレメント』だった。リディオはその後、何者かに暗殺されている。世界の敵そのものだったからな。犯人は不明だ。そして、世界はリディオの理想と同じ道を歩もうとする。富や権力のあるごく少数の地球人類だけを連れて、奴らは火星へと旅立った。多くの人類が、放射能のゴミの中に取り残されたのだー」

ローレンの話は、終局を迎えようとしていた。

 

 

「ふざけるなぁぁぁ!!お前らが起こした戦争のせいでこんな目にあってるってのに、全てを投げ出して自分達だけ逃げるだとぉ!?」

火星へと飛ぼうとする宇宙船の周囲には、暴徒と化した市民達が群がっていた。

「こんな、こんな無責任なことってあるのか!?クソッタレ!」

ある者は石を投げ、ある者は銃を乱射した。だが、宇宙船はおかまいなしにエンジンを吹かせる。突風を巻き上げ上昇する船から、市民達が吹き飛ばされていく。その数十分後、ついに機体は空の彼方へと消えた。

 残された市民達は、わずかな食料と水を求めて争いを起こし始めた。法的機関が一切存在せず、政治的な指導者もいない。こうなってしまうのは必然だった。その地球内戦で重宝されたのが、リディオ・アクティブ・ヒューマンだった。彼らは貧しい村の出身だったため、選民思想により取り残されていたのだ。そして地球には、あの巨大生物兵器も置き去りにされていた。『ウルトラマンエレメント』である。

「………私はリディオの友として、リディオを止めることができなかった。あいつの野望に気づけなかった。その結果が、このザマだよ。」

センゲツはがっくりと腰を落として呟いた。隣には、空間移動の能力を持つ青年が立っていた。

「聞いてくれバーク。私の能力を君に託したい。私はリディオがこの世を去ってから、このウルトラマンの力をコントロールする研究を続けていたんだ。それが、この姿だ。」

センゲツは両手を広げた。すると彼の身体が光、機械のような姿になった。

『私の力を制御、保存するエレメントミキサーだ。放射能強化人間だけが、これを使いウルトラマンの力を継承することができる。だが暴走しないように、エネルギーを一定以上消費すると自然消滅する仕組みにしてある。』

「……なぜ俺なんだ?」

バークと呼ばれた青年は訊ねる。

『君には空間移動の力がある。ウルトラマンとなりさらに強化されたその能力で、生き残っている人類を全て地下へと避難させることができる。地下には、今後あらかじめ空洞を作ればいい。』

エレメントはそう答えた。

「……随分と勝手な話じゃないか。要するに、俺に尻拭いと後始末の手伝いをしろだと?生憎だが俺には赤ん坊がいる。俺たちにだって、子孫を繁栄させる権利があるはずだ。だからその話には乗れない。」

バークはそう吐き捨てた。

『だがこのままでは!……このままでは人類は地球と共に死を待つだけだ!紛争が続けば、君たちの子供達だって命の保証はないんだぞ!』

「……じゃあその地下の世界ってところには、争いはないのか!?ドクターは争いは貧しきものが起こすのだとの持論を述べていた。現にそれは当たっているじゃないか!争いの場が地上から地下に変わるだけだ。ならばここで滅ぶを待つのが無駄がなくていい。」

バークはそう言うと、歩き始めた。

「話はそれだけか?なら帰る。」

『待ってくれ!君にしかできないことなんだ!君にしか、今の人類を救うことはできない!』

エレメントは必死に説得を試みる。

「………そこまで言うのなら、ただ一つ条件がある。それを呑んでくれたら、協力するさ。」

『おぉ、そうか!わかった!なんでも言ってみてくれ!』

「……その力で俺の仲間を、家族を守れ。そして俺もヤバくなったらこの力を私情のために使うだろう。それでもいいのなら、俺はウルトラマンになる。」

『構わないさ。人類も、君の仲間も家族も助ける。私の力を正しく使えば、可能なはずだ。』

エレメントは嬉しそうに言った。

「だが、地下への移住計画は一筋縄ではない。俺はドクターの部下で、お前はこの世界を生み出した元凶。二人とも、人類の敵だ。」

『その通りだ。だから、これから信頼を取り戻す。たとえこの身が亡ぼうとも、私は私の罪を償う。それが、今こうして命のある私の為すべきことだ。』

エレメントはそう言うと、ミキサーの姿のまま、バークの左腕へと近づいた。

『私を腕に装着するんだ。そうすることで、君は好きなタイミングで私と一体化し、力を継承することができる。』

バークは言われるがままに腕にミキサーを装着し、その腕を掲げた。その瞬間、その身体は光に包まれた。みるみると、その光は拡張し、50メートルを超える人型のフォルムに変化した。光の中から現れたのは、銀と赤をベースとした体色に、緑色のストライブが走る巨人だった。

「これがウルトラマン……。だが身体の色が前と少し違うな。」

『うむ。それに力も以前以上のモノを感じる。これは新たな発見だ。他人と一体化すると、パワーアップするのかもしれないな。』

「まずは手始めに地下に空洞を作る。」

エレメントは、瞬間的に姿を消した。その姿は、地球のコアへと移動していた。

『あっつ!なんで急にこんな場所へ…』

「俺の移動能力も便利なものではない。ターゲットが明確ではない場合、大きな力に吸い寄せられるだけだ。まぁ、さすがにこれは驚いたが。だがウルトラマンだ、この程度、大したことはあるまい。」

『いやいやいや、流石に長居したら死ぬわ。とっとと終わらせよう。』

エレメントはフルパワーで光線を放った。

 

 

「しかし、本当にこんなに簡単に空洞が作れるとはな。」

地上へ帰ってきたバークは驚いていた。

『あぁ。だがヘトヘトだ。これじゃあ、人類の引越しが終わる前に私が力尽きそうだ。』

エレメントは嘆いた。

「何弱音を吐いている。言い出したのはお前だ。だが、どうやって人類を運ぶかが問題だ。」

バークは腕を組んだ。

『うむ。まずは少しづつでも信頼関係を築くしかない。私には、元素を操る能力がある。それが私のリディオ・アビリティだった。この力で、何か人類の役に立つことはできないか。』

「そうだな。では水をうんと生み出すのはどうだ?今の世界はどこでも汚染されていない水を求めている。それも大量にな。」

バークはそう提案した。

『なるほど。それは名案だ。もっとも、私の生み出した水を快く受け取ってくれるかだが…』

「だから、少しづつ信頼を取り戻すんだろ?時間がないぞ。善は急げという言葉を知らんのか?」

『……君の言う通りだよ。よし、なら早速やってみるんだ。』

 

 

「こうしてエレメントと、青年バークは世界を飛び回り、困っている人々を助けて回った。紛争続きで疲弊していた彼らを無差別に救い続けることで、エレメントたちは本当に人類の信頼を得ることに成功した。そして、いよいよ地下への移住が始まる。だがそこに、こうして俺らが地下人類を殲滅させようとする行為の動機があることになる」

ローレンはそう言った。

「………どういうことだ?」

「聞けばわかるさ」

 

 

 ウルトラマンエレメントとバークは、遂に人類を地下に移動させる計画を始めることにした。人々は、エレメントを恐れなくなっていた。いや、むしろ救済を与えるエレメントを神と崇める宗教団体もいくつか生まれるほどになっていた。極限状態に陥った人々を一方的に助けて回っていたのだから、この結果にも納得はいく。

 計画は、まず多くの人々を平地に集め、何人かがエレメントの体に触れ、そしてその人の手をまた誰かが握ってーと、最大3000人を同時に地下に運ぶ、という行為を繰り返すというものだった。だが、この計画には思わぬ盲点があった。地下との12回目の往復を終え、変身を解いたバークは、突然として吐血した。

『おい、大丈夫か!?』

エレメントが心配そうに声を上げる。

「………あ、あぁ…」

自分の血で赤く染められた両手の平を見つめるバーク。自分でも吐血の原因がわかっていないらしかった。

『ウルトラマンの力が相当な負荷になっているのだろう。少し休もう。もう休まずに12回も往復してるんだ。計24回の長距離空間移動なんだぞ。』

エレメントはそう言った。

『自身がウルトラマンになれば、リディオ・アクティブ・ヒューマンの最大のデメリットは消え去る。このような姿になるのと引き換えに、寿命で死ぬことはなくなるんだ。まぁ、殺されれば話は別だがな。だが君は私の力を、生身で受動的に引き継いでいるだけに過ぎない。だからー』

「なら尚更、休んでる暇はない!」

バークが、エレメントの言葉を遮った。

「俺らリディオ・アクティブ・ヒューマンの寿命は30年だ。だがこれは最長での話。そのアビリティを使えば使うほど、その代償として寿命はぐんぐんと縮まっていく。俺は自分のアビリティを、ウルトラマンの力で何度も使ってきた。俺の寿命はもうかなり削られているはずだ。」

『………』

エレメントは黙り込んでしまった。

「お前、本当は俺の死が早まることをわかっていたんじゃないのか?それらを踏まえた上で、俺1人の命を生贄にし、人類を救おうとした。自分の尻拭いのためにな。」

バークはそう続けた。

「まぁいい。あれほどの力をノーリスクで使えるとは俺も思っていなかったし、こうなるかもしれないとは薄々予想していたさ。」

『そう……だ。この姿の力の強大さ、そしてリスクは世界でたった1人のウルトラマンとして、私が一番わかっていた。それを隠し、君に協力を求めた。だが、なぜ君はリスクを予想しながらも協力してくれたんだ?』

「言っただろう。俺には子供がいる。遺伝的に、あの子も能力者だろうな。ドクターから、アビリティの遺伝については聞いていた。能力者の子供は能力者、だ。でも俺は、せめてその30年という短い寿命でも、その全てをあいつには生きて欲しいと思ってる。そのためには、アビリティを使わなくてもいい世界が必要だ。…だから、まずは目の前の終わりの見えない戦いを終わらせたかった。……俺も、目先のことしか考えられないクズだよ。これからどうなるかもわからないのに、目先のことを解決するために、親として子供の成長を見届けずに、こうやって近くに迫った死を待つだけの無責任なクズさ。」

バークは吐き捨てるように語った。

『いや、君は立派な父親だ。それにもう充分な数の人々を送り届けた。残された者には申し訳ないが、もうやめてもいいんだ』

エレメントはそう言った。

「バカか。まだ多くの人が残っている。さっきはお前の尻拭いと言ったが、これは俺の罪滅ぼしでもあるんだ。たとえ死んででも、全員助ける。」

『……わかった』

 

 

 こうして、エレメントたちは再び世界を飛び回った。そして最後の空間移動を行うため、東南アジアを訪れていた時だった。

『ここにいる全員で、地上にいる者は全て、だ。この移動で、計画は終わる。まだ飛べるか?』

「あぁ……それに…ここは俺たちの故郷だ……俺の子供もいる…。覚えてるかエレメント、お前が焼き尽くしたあの村だよ。思えば、あの時からお前と俺には何かの運命があったのかもな……。」

バークはすっかり疲弊しきっていた声でそう語った。

『そう…かもしれないな。……では、手っ取り早く済ませよう。』

エレメントが準備態勢に入った。

『……エレメントトランサー!!』エレメントと、人々を青白い光が包んだ。次の瞬間、彼らは地下にいた。

「おぉ……」

「やった!俺たち、助かったんだな!!」

人々は驚きながらも、無事に避難が完了したことを喜び合っていた。

『よく頑張ってくれた、バーク。さぁ、私たちもここでしばらく休もう』

エレメントが、ミキサーに還ろうとしたその時だった。

「俺の……子供がいない……いやそれだけじゃない……」

バークが蒼白した顔で呟いた。

『なんだって?』「村の南に住んでいた人々がいない!」

『なに!?』

バークは予想外のことで頭が混乱しているのか、目を泳がせたが、すぐに気を取り戻した。

「地上に戻る!村の南には、俺の家族や仲間が住んでいるんだ!置いておくわけにはいかない!」

『だが今移動を行なったばかりなんだぞ!もし今飛べば、確実に君は死ぬ!そうなってしまったら、地上に戻れても、彼らをここへ連れてくることができない!』

「…くそっ!なんでだ!お前ら、なぜ南の奴らを!」

バークはエレメントの口を通して怒鳴った。

「いや…俺たちも声をかけたんだが、南に誰もいなくてよ…」

若い男性が答えた。

「もちろんあたりを探してはみたんだが、見つからなくて。てっきりもう集合場所に集まっていたものかと…」

他の若い男もそう続いた。

「……よく聞けエレメント。俺、お前と一体化することを決めた時、その条件としてなんと言ったか覚えているか?ヤバくなったら私情のためにこの力を使う、そう言ったんだ!そしてお前はそれを承諾したんだ!文句は言わせない!エレメントトランサー!!」

『お、おい待て!それでは君は…』

エレメントがいい終わらないうちに、再び青白い光がエレメントを包み、消えた。

 次に目を開けた時には、地上に戻っていた。バークの危機を表しているのか、エレメントのエネルギー残量は充分なはずなのに、カラータイマーが点滅していた。

『なんて無茶なことを………』

「これで……いいんだ………。あいつらを探すぞ…」

エレメントは、その巨体をゆっくりと、足を引きずるように動かした。ドスン、ドスンと地響きをあげながら歩いているうちに、バークはある異変に気がついた。

「おい……何か変な音がしないか…?」

『うん?我々の足音ではないのか?』エレメントは何も気づいていない様子だ。

「いや違う。……これは…ゾウが歩く音に似ている……」

『ゾウだって?あのパオーンと鳴く鼻が長いやつか?まさか、戦争でアジアゾウは死滅したはずだ。』

エレメントはそう言った。確かに、大型動物は環境の激変に耐えられず、多くが姿を消している。バークもそれは知っていた。だがー

「だが、確かに似ているんだ。……まぁ、見ればわかるさ…」

エレメントは、怪しげな音のする方を目指して歩き出した。

『……おい、なんだあれは?』

しばらく歩いて、エレメントがそう声をあげた。

「うん?何か見えたのか?」

『うむ。ここから6キロ先だ。確かに、ゾウみたいな生物がいるぞ。』

「何言ってんだ、ゾウは大型動物とはいえ、6キロも離れてて、こっから視界に入るわけ…」

バークはそう言いながら目を凝らし、絶句した。確かに、ゾウが見えるのだ。それも、とても常識的には考えられないサイズのものだ。

「なんだありゃ……もはやゾウじゃない…バケモノだろあんなの…。」

『しかし、あれほど遠くに離れた足音を、よく聞き分けたな。』「まぁ、もとより耳はいいし、ウルトラマンの超人的な五感もあるからな……って、そういう問題じゃない。もしかしたら、あの化け物が村の南の人々が消えたことに関わっていたとしたら…」

バークの背中に冷たい汗が流れ出す。

『…可能性としては存在する。行ってみ…るべきなんだろうが、何度も言うがもう君の体は…』

「いらん世話だ。俺は奴らを地下に届けるまで、死にはしない。いや、死ねない。」

『…君には参ったよ。わかった、最期まで付き合おう。』

エレメントは説得を諦めて、そう言った。

「助かる。」

バークは短く感謝を述べると、怪物のいる方向へと走り出した。

『オォォォォォォン!!』

近づいてみると、そのゾウのような化け物がそう咆哮するのが聞こえた。その背中には、数人の人影が伺えた。

「…!やはりあいつが!許さねぇ!俺の家族と仲間を返せ!」

バークの操るエレメントの巨大が宙を舞い、巨大ゾウの横腹へと突っ込んだ。エレメントのタックルをくらい、横っ飛びする巨大ゾウ。その背中から振り落とされた人々を、エレメントは両手の平で掬った。

「大丈夫か!?」

『ダメだ、気を失っている。だが命までは取られてなさそうだ。とにかく手っ取り早く地下へ帰るんだ!この化け物の力量は計り知れない!』

エレメントはそう催促した。

「わかっている!エレメントトランサー!!」

バークはそう叫んだ。だが、光は現れなかった。

『何をしているんだ、全く。エレメントトランサー!』

今度はエレメントが叫んだ。だが、あの青い光は生じない。

『まさか、もう飛べるだけのエネルギーが残って………』

そのセリフが言い終わらないうちに、エレメントは消滅した。その跡地には、力尽きたバークと、気を失っているその家族と仲間、エレメントミキサーが取り残されていた。そこに、起き上がり体勢を整えたゾウの化け物が、のっそりと近づいてくる。

『お、おい……これはマズいぞ…。この姿の私では、誰1人として抱えて逃げることができない…。いやそもそも、私が身動きを取ることができない!』

そうこうしているうちにも、ゾウは確実にこちらへと歩みを寄せてくる。

『ま、まぁこんな大ピンチが訪れるのも想定済みだ。制限を設けて私の力を使わせているのだ、このようなケースになるのも計算のうち。斯くなる上はこの手段を……』

ブツブツと独り言を垂れるエレメントは、ミキサーの中でエネルギーをチャージしていく。

『喰らえ!』

エネルギーの充填が完了したのか、エレメントはミキサーから眩い光を放った。それに驚いたゾウは、怯えて反対方向へと走り去って行った。

『むぅ、本当はケミストリウム光線程度の技を発動するつもりが、目眩しのフラッシュ程度か……。私も休息を取らねば、私自身のエネルギーもそろそろ限界にきているのかもしれん。』

そう自己分析をするエレメントの隣で、今の光で意識を取り戻したのか、バークの家族や仲間が目を覚ました。

「ここは……」

最初に声をあげたのは、銀色の長髪の青年だった。

「俺たち確か、化け物に襲われて……」

と、辺りを見渡す青年。

『……!君は、バークと同じ、あの村の……レントか!?』

その顔に見覚えがあったのか、エレメントが驚嘆の声をあげる。

『そうか。あの後はバークと共に故郷に戻っていたのか。』

「……何が喋ってるのかと思えば、その機械か。その声はエレメント、随分と様変わりしたみたいだが、よく抜け抜けと俺らの前に平気で姿を表す気になったな。」

と、レントと呼ばれた青年は近くに落ちていた、そこそこの大きさの岩を持ち上げ、それを凶器にミキサーをカチ割ろうとする。

「悪魔め、死ね!」

『ちょ、ちょっと待て!』

エレメントの声に耳も傾けず、最初の一撃を与えた。ミキサーから火花が散る。

「お前が何やら良いことをしているらしいことは知っている。だがな、そもそもこんな最悪な世界を生み出したのはお前なんだよ!罪を償いたいならなぁ、その死をもって償ってもらおうか!?人類のことを思っているお前なら、本望だろうが!」

二度、三度と岩を打ち付けるレント。その度に火花が散り、ミキサーに亀裂が生じていく。エレメントはその間何も言い返さず、ただ殴られ続けていた。そして四度目の攻撃をしようとするレントの両腕に、何者かがしがみつき、その動作を止める。

「は、放せ!」

とその何かを振り落とそうとするレントだったが、その正体に気づき、動きを止めた。

「バーク……何故ここに…。」

「……待つんだ…こいつは確かに俺等の敵だが、今はそれを悔やみ罪を償おうとしている……。俺と一体化することでな…今ここでこいつを殺しても助からない…」

今にも消え入りそうな声で訴えるバークを見て、岩を投げ捨てたレント。

「ちっ…。」

彼は状況こそよくわかっていなさそうだが、仕方なく引き下がった。

『だがバーク。君はもう死ぬ。やはりあの移動で限界が来ていたのだろう……。このままでは皆死を待つだけだ。』

「おい…どういうことだ…俺等にわかるように説明しろ…」

そう口を開いたのは、別の村人だった。エレメントはそれに応え、これまでの経緯を全て話した。

「……そうか。ウルトラマンにはそのような使い方も…。」

『レント、今君には、どんな未来が見える?』

エレメントはレントに話を振った。

「あぁ、最悪だぜ。俺等はこの高濃度の放射能に汚染された世界で、どデカイ怪物に踏み潰されて死ぬだけだよ。」

『…放射能は一部の人間の遺伝子データを書き換え、とんでもない生物へと進化させることができた。私や君等リディオ・アクティブ・ヒューマンのようにな。だがもしかしたら、それは動物も例外ではないのかもしれない。現に、君等は人知を超える大きさのゾウに連れ去られた。』

「つまり、地球はもう人間の住むところではなくて怪物の楽園になる、ということか。」

『もちろん、放射能は動物にとって毒だ。8割方が死滅すると見て良い。だが、残る2割は怪獣となる可能性があるということだ。』

皆静まり返ってしまう。

「んなことどうでも良いんだよ!とにかく、どうすれば地下に避難できるんだ!!」

誰かが叫んだ。

「バークがこの様子じゃ、空間移動もできないんだろ?もうおしまいだよ…」

『……最終手段は残されている。』

エレメントが呟いた。

「なに!?」

『バークの赤ん坊だ。あの子なら、バークと同じ能力を使える可能性がある。ウルトラマンの力を使えば、ここにいる人数程度なら運べるはずだ』

エレメントはそう言った。

「貴様…!ふざけているのか!?言ったはずだ!この子には能力は使わせない。少ない寿命でもその全てを生きて欲しいと!」

バークは、今出せる最大音量の声で怒鳴った。

『わかっているさ。だが、助かりたいのならそれしか方法はない。』

「……そんなことをするくらいなら、俺はこの地上に残る。どうせもう死ぬんだから俺は地下だろうが地上だろうが関係ない。」

バークはそう言った。

「俺だって残るさ。俺等はリディオ・アクティブ・ヒューマンなんだ!放射能汚染なんか怖くはない。怪物だって追い払いながら生きていく!」

レントも続いた。しかし、能力者ではない一般人の村人たちは渋った顔をしていた。

「でも、俺らは……こんな環境で生き残る自信は…」

「責任は俺たちが取る!俺ら能力者がお前たちを全力で守る!」

レントはそう言い切った。

『だがしかし、望みは薄い。その赤ん坊を使い地下へー』

そのエレメントのセリフは最後まで続かなかった。

「お前、本当は自分が助かりたいだけなんじゃないのか?」

レントの言葉がエレメントに刺さる。

『そ、そんなことは決してありえない!私は人類のために罪を償ってきたはずだ!』

「確かにそれはそうだ。でもそれはお前のエゴだ。お前のおかげで人類の大半は助かったのかもしれんが、それと同じ数の人間に大きな痛みを残している。そして此の期に及んで、バークの子供を利用しようとするのか。やはりお前は我々の敵だ。二度とその面を見せるな。」

レントはそう吐き捨てると、バークを背負い、仲間を率いて歩き出した。エレメントの視界から彼らが消えるまで、レントは一度もこちらを振り返らなかった。

 

 

「こうして、我々の先祖はこの地上という名の地獄を生き抜くことを選んだ。全て、エレメントのせいでな。あいつは罪滅ぼしと言いながら、自分で破壊した世界を中途半端に救うことしかできなかった。俺が知る地球の歴史はここまでだ。」

ローレンは長い時間の語りに疲れたのか、その場に座り込んだ。

「ここまで話せば俺の目的はわかるだろ?イクタ。」

「……エレメントへの復讐か?」

「半分正解だ。俺の目的はエレメントだけではない。我が先祖を残して地下へ逃げた臆病で卑怯な人類全てだ。俺はエレメントと地下の人類全てを抹殺する。探していたエレメントが突然姿を現したんだからな。俺の代でその目的が果たされそうでよかったよ。」

ローレンは笑顔で答えた。

「……本当に、それがお前の先祖が望む結果なのか?」

「さぁな。だが、俺が望む最高の未来に間違いはない。エレメント、何か言いたいことはあるか?」

『…確かにあの時のレントの言葉は真実だ。私は私の行動を勝手に正義と思い込んでいた。自分が犯した罪の大きさもマトモに測れないままな。』

エレメントはそう言った。

「わかっているではないか。なら、おとなしく殺されてくれるか?」

ローレンは重ねて質問した。

『…悪いがそれはできない。私には、私が作った地下世界を責任を持って守る義務がある。君たちが本気なら、私も本気で迎え討たねばならん。150年前の決着をつける覚悟はある。』

エレメントははっきりと答えた。

「お前……。」

イクタは驚いていた。いつも口数の少ないエレメントが、はっきりと言い切ったのだ。

「まぁそう言うことはわかっていた。その方が面白い。」

ローレンは立ち上がった。

「今ここで、決着をつけるか…?」

力を込めるローレン。その姿が、みるみると異形のものへと化していく。

「待って!」

その目前に、突如としてキュリが現れた。ローレンは変身を中断する。

「キュリ、何の用だ。」

「何の用だじゃねーよバカ。今のエレメントには少年の頭脳がある。簡単に倒せるような相手じゃない。それにラザホーも殺されてるのならなお状況が良くねーよ。引くぞ。」

「……まぁいい。お楽しみは後に残しておいてやるか。ついでに現時点でのお前らの未来を教えてやる。」

ローレンはイクタたちに背を向けながら続けた。

「誰1人、地下には帰れない。死を覚悟しておくんだな。」

そう言うと、ローレンはキュリとともに姿を消した。

『イクタ、とりあえず変身するんだ。防護服のない状態で長居すると危険だ。それに、君の仲間の様子も気になる、探さなければならない。』

「……そうだな。俺の地上に来た目的は、あいつのおかげで果たせた。あとは、IRISが地上に来た目的を果たさなければならない。ケミスト!エレメントーー!」

イクタはミキサーを掲げて、ウルトラマンエレメントへと変身した。エレメントは両腕をまっすぐに空へと伸ばすと、シュワッという掛け声とともに飛び立った。

 

 

 

                                                      続く。



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第12話「再会」

 イクタの帰りを待つIRIS遠征部隊は、森で怪獣同士の戦闘に巻き込まれる。帰還したイクタとエレメントの力でなんとか窮地を脱するも、そこにダームが操る凶悪な怪獣『地の覇獣グランガオウ』が迫る。迎え撃つイクタたちだったが、それは予想を遥かに超える脅威的な存在だったー


第12話「再会」〜甲獣ビードル、甲獣王コーレス、地龍グラド、地の覇獣グランガオウ登場〜

 

 ズドドドドド…という地響きが森を揺らす。突然現れた謎の巨大な影により、ビードルの群れを追っていた怪獣が吹き飛ばされた衝撃音だ。

『コガァァァァァァ!』

謎の陰から発せられたのであろう唸り声が、空気を振動させる。

「こちらオリバー!新たに怪獣の出現を確認!ビードルそっくりの怪獣です!」

その怪獣は、ビードルよりもふた回り大きく、長く立派な角を持っていた。

「くそっ、地上が危険なことは覚悟していたが、まさかここまでとは…」

トキエダが舌打ちをする。こう次から次へと怪獣が現れるのでは、いよいよ生きて帰れるかどうかが怪しくなる。

「しかし奴はビードルを追っていた怪獣を攻撃した!うまくいけば、互いに戦わせ、その間にこの森を脱出できるかもしれん!いや、それだけじゃない。この森での任務続行だって可能だ!」

エドガー隊員が言った。

「うむ…とにかく、今はこの巨大怪獣同士をぶつける他ない。その後は安全な距離を取り、巻き込まれないようにするんだ。そしてしばらく見守り、勢いのある方に加勢し、片方を撃破。その後に疲弊したもう片方を撃破、この作戦でいこう。プランCだ。」

トキエダが冷静に指示を出した。

「了解!では我々が誘導を…」

と、4機ほどのアイリスバードが進路を変えたその時だった。虫のような姿をした怪獣が、起き上がった四足歩行型へと突っ込んで行ったのだ。大きく伸びた三本の角でその巨体を抱え上げ、自由を奪うと、羽を広げ、空高く飛んだ。さらに、そこから地上へ向かって急降下し、大ダメージを与える。

『ガアァァァァァァァァ』

大型四足歩行が大きく悲鳴をあげた。

「…どうやら、ハナから戦う気満々のようですね。」

「あぁ助かるぜ。無駄な動きをしなくて済む。総員、距離を取れ!巻き込まれるなよ!」

「了解!」

アイリスバードが飛散していく。その間、四足歩行の怪獣は再び起き上がると、大きく口を開けた。背中にある背びれのようなものが、赤色に変色されていく。次の瞬間、眩い光線を吐いた。これが奴の得意技のようだ。一筋の赤い閃光が虫型の怪獣を襲う。だが少し狙いが外れたのか、左に逸れ、ビードルの群れを直撃した。ビードルたちの悲鳴が聞こえる。

「あぁ!ビードルちゃんたちが!」

同じくキャサリン隊員も嘆く。虫型の怪獣は、直撃を免れホッとしたのかと思いきや、なにやら怒声のような咆哮を上げ、四足歩行型に突撃して行った。巨大怪獣が再び交錯する。

「もしかしたらこの怪獣、ビードルたちを守っている可能性があります。」

クワハラ隊員が言った。

「確かに、同じ虫のフォルムだしな。ご立派な角も生えてるし、もしかしたらこの森の王様的な怪獣だったり。」

トキエダも同調した。

「なら、あの怪獣は甲獣王コーレスという名前にしましょう!ビードルたち甲虫の怪獣バージョン、甲獣の王様で、コーカサスとヘラクレスを混ぜ合わせたみたいな外見してますし!」

キャサリン隊員が提案した。

「そのコーカサス……とかヘラクレスってのも、カブトムシの仲間なのか?」

ゴームズ隊員が訊ねる。

「なんだ、知らないんですか?コーカサスオオカブトっていうのはー」

「わかったわかった。とりあえずあいつの名前はコーレスだ。それでいいな?」

トキエダがキャサリンの声を遮った。

「じゃあ、もう一体はどうします?やはり名前がないと作戦の時とかにも呼びづらいですよ。」

イケコマがそう言う。

「そうだな。なんか強そうで獰猛な漢字の名前がいいや。ゴームズ、なんかお前っぽいし名前つけろ。」

「俺っぽいってどういうことっすか…?まぁいいでしょう。そうですね……背びれがあって火のような光線を吐きますし、地を這うドラゴン、地龍グラドってのはどうでしょう?」

「ほう。悪くはないな。よし、あいつの名前はグラドだ。」

IRISの名付けが終わる頃、コーレス優勢だった戦いに起点が訪れようとしていた。グラドがコーレスの体当たりをかわすため、地中へと潜ったのだ。グラドを見失い、辺りを見渡すコーレスの後方から再び浮上したグラドが、赤い光線を放った。今度はコーレスの背中を直撃する。

『コガァァァァァァァ…』

さすがに強烈だったのか、その場に崩れてしまうコーレス。

「おいおい、森の王者の方がやばいぞ。」

「隊長、どうしましょう?」

「慌てるな。…でもそうだな。もしかしたら、コーレスに加勢し、奴に我々が敵ではないことをアピールできれば、奴がこの森で活動するにはこれ以上にない守護神となりうる可能性もある。」

トキエダはそう言った。

「いやいや、あいつらには言葉が通じない。そんなに上手くいくわけがないだろう。」

エドガーが呆れたように言った。

「ですが獣は本性で動きます。今はグラドが明らかに敵であるために交戦しているのでしょう。もし、我々が味方であることを示唆すれば、本性で協力してくれる可能性は存在します。」

クワハラ隊員がエドガーに反論する。

「むむぅ…だが相手は巨大怪獣、やはり危険だ。」

エドガーの考えは変わらないようだ。

「まぁ何であれ、我々にはもうしばらく、見守ることしかできそうにないようだな。」

トキエダのその言葉で、このちょっとした論争は終わった。森での怪獣バトルは続いている。

 

 青い空を横切り飛行する大きな影があった。ウルトラマンエレメントである。

「探すって言ったって、まず俺たちが今どこにいるかもわからないのにどうする気だ?」

イクタがエレメントに訊ねる。

『そうだな。まずエレメントブースターを使いネイチャーモードへ変身するのだ。自然の力を操り、場所を探ることができる。』

エレメントが短く答えた。

「相変わらず便利な体だな、ウルトラマンってのは。」

とぼやきながら、イクタは右腕のエレメントブースターを掲げた。

『デュアルケミストリウム!ネイチャーエレメント!!』

エレメントの体に緑色に光るストライブが走る。強化形態ネイチャーエレメントだ。

「そういえば、お前まだ隠してることあるだろ?ローレンって野郎の話だけでは納得できない部分もあるぞ。」

『あぁ、その通りだ。だが話せば長くなる。まずはIRISと合流し、戦闘態勢を整えてからだ。実際、君と私がいない状態では、いくら精鋭部隊とはいえど、危険な状況が続いているはずだ。』

「まぁ、そうだな。仕方ない、今はお前の話より、みんなの安全の確保が先だ。」

エレメントはさらに加速し、青空を横切って行った。

 

 そよ風が、乾いた砂を巻き上げる砂漠地帯。ここに、1人の男の体が転がっていた。

「派手にやられたようですな、ラザホー殿。」

その隣に立っていたのはダームであった。ラザホーは、ダームの呼びかけにわずかに反応したようだが、既に虫の息である。そこに、ローレンとキュリが現れた。キュリの空間移動能力である。

「容体はどうだ?」

ローレンが訊ねる。

「えぇ、これはもうダメでしょう。惜しい戦力を失いましたなぁ。」

ダームはそう答えた。

「うむ。怪獣兵器を生み出せるのはこいつだけだ。もう新規に怪獣兵器を作ることは叶わないな。」

ローレンも腕を組んだ。

「しかしローレン殿、流石にこの男、タダでは死なないようですぞ。」

ダームは、ラザホーのローブのポケットから、一つの弾丸を拾い上げた。それをローレンに手渡す

「…あいつ…まだこんなものを隠していたのか…。これを使えばエレメントなど敵ではないはずだが、なぜ出し惜しみなんかしたのだ。」

ローレンは弾丸を見つめながら言った。

「おそらく、自身での制御は不可能と察したのでしょう。彼は兵器は作れますが、怪獣を自在に操れるわけではない。私と違いまして。」

「ならばダーム、お前ならこれを操れるというのか?」

「もちろんでございます。怪獣の身体を自在に操るのが、私の力ですゆえ。この『地の覇獣グランガオウ』も例外ではございません。」

ダームは自身たっぷりにそう答えた。

「グランガオウ、俺ですら敵に回したくはない怪獣だ。この地球で最強怪獣といっても過言ではなかろう。よし、これを使って、この地上にいる場違いな地下人類、そしてエレメントを殺せ。」

「御意。では、お任せを。」

ダームはラザホーの持っていたグレネードランチャーのような銃に装填し、近くに向けて発射した。着弾点が大きく光、稲妻が落ちたような轟音が鳴り響く。その場に、体長役65メートルはあるであろう巨大な四足歩行の怪獣が現れた。凶悪な顔つき、そして長く鋭い無数の牙、まるで岩山のような胴体、そしてたくましく太い足。いたるところに棘の生えたふと長い尻尾。どれを取っても、これが強そうに見えないわけがない。

「ラザホーのやつ、いつの間にこのレベルの怪獣を兵器に閉じ込めていたのだ。下手すればその過程で死んでいたぞ。」

ローレンは改めて驚いていた。

「よっこらしょ。」

ダームはグランガオウの頭上に腰掛けると、その杖を振るった。グランガオウの瞳が、黄色から紫色に変色する。

「トランスモードに移行しました。では、行ってきます。」

ダームが杖を振るうと、それを合図に、グランガオウは歩き始めた。

「…それで?あんたの目には今何が見えているの?」

キュリが、ダームの姿が見えなくなってからローレンに訊ねた。

「さぁな。どうせイクタがいるのだ、あいつの前では長期的な未来予知は意味をなさない。」

「まぁ確かに。でも短期的な未来はわかるんでしょ?」

「あぁ。あいつが能力を使って俺の未来を書き換えることにより、その予知が崩れてきたのがこれまでの流れだ。だが、あいつの上書きが間に合わない程度の短時間予知なら可能だ。」

「そんなの、役に立つの?」

キュリは呆れたように言った。

「たつ。この微妙な境界線が、あいつにとっては致命的なものになる。今にわかる。」

そう言うと、ローレンはローブのマントを翻し、ダームとは逆方向に歩き出した。

「どこに行くんだよ?」

「敵の兵隊どもはダームに任せる。俺たちはやるべきことが他にある。」

「なんだよ、それって。」

「地下への強襲作戦を立てるのだ。エレメントも兵の精鋭もいない今の地下は、ガラ空きだ。」

「なるほどね。」

2人はアジトへと戻って行った。

 

 森の戦いは、次第に戦況が変わりつつあった。グラドによる地中も駆使した広いレンジからの攻撃に振り回され、コーレスの部が悪くなり始めていたのだ。

「隊長、このままコーレスがやられれば、奴の次の標的は我々になります!この森を捨て避難するか、コーレスに加勢するか、選択肢は二つです!」

オリバーが叫んだ。

「何を言っている!隊長のプランCは優勢な怪獣に加勢するというものだ!グラドに加勢するのが正しい行動のはずだ!」

イケコマは反論した。

「いや、コーレスに加勢しよう。この森はやはり重要な場所だ。簡単に手放すわけにはいかない。いくら、他に目処の立つ場所があったとしてもだ。」

隊長であるトキエダはそう決断した。

「しかし…!」

「これは隊長命令だ。総員!フォーメーションA!コーレスを援護し、グラドを撃破せよ!」

「了解!」

待機状態だったアイリスバードマーク2の編隊は、上空で陣形を組み、グラドへと急襲する。グラドの背に向け、無数のレーザー機銃を発射。大量の火花が散り、グラドが仰け反り悲鳴をあげた。その隙に、コーレスが突進し、グラドを突き飛ばす。

『コガァァァァァァァァ!』

『ガァァァァァァァァァ!』2体の唸り声が森中に響く。

「奴が背びれを光らせた時が、あの必殺光線の合図です!そのような兆候が見られた場合はすぐに離れてください!」

「なら、その背びれを吹っ飛ばす!行くぞ!」

第1波の攻撃を終了した編隊は、グラドを飛び越し、大きく旋回すると、再びグラドの背中を目指し突撃体制に入る。

「総員!ミサイル発射を発射せよ!!」

全19機からミサイルが発射された。次々にミサイルを食らったグラドの背びれは、ついに耐えきれずに吹っ飛んでいった。

「作戦成功!これで奴はもうあの光線を使えない!」

「しかし流石の性能だぜ、アイリスバードマーク2!この戦闘力なら、最初から何も恐れるものはなかったな!」

イケコマが高笑いをする。

「あまり調子にのるなよイケコマ。油断したら即死の世界だぞ、ここは。」

トキエダがけん制を入れた。

「わかってますよ…」

そしてすかさずコーレスが突進した。一方的な攻撃をくらい、ボロボロであったグラドであったが、最後の抵抗か、口を大きく開き始めた。

「なんだ?もう背びれはない、光線を吐けないはずだが…?」

グラドの体全体が、光のウェーブに包まれて行く。

「す、すごいエネルギー数値です!この森が消し飛ぶレベルですよ!?」

オリバーが、コクピットの計測器を見て驚いた。

「なんだって!?」

「どういうことだ!なぜそのレベルの光線が、まだ吐けるというのだ!」

エドガーが訳も分からずに叫んでいた。

「不明です!ですが…!エネルギーの上昇が止まりました!きます!」

「総員退避!上に逃げろ!」

トキエダがそう命令した時だった。その上空から、巨大な影が目にも留まらぬ速さで降ってき他のだ。その物体はグラドの背中に、とんでもない勢いで着地した。同時に、グラドの体が爆発し、破片が散らばった。

「……?」

あっけにとられたIRIS隊員たちとコーレス。土煙が収まり、その物体の正体が確認できた。エレメントであった。

 

「…おぉ!エレメントか!?」

歓喜の声を上げる隊員たち。

「どういうことだ…?エレメントは地上への移動はできないと言っていた。ならなぜここに…?」

喜ぶ隊員たちの中でトキエダは1人、疑問に思っていた。それに、エレメントの体には見知らぬ緑色の線が走っている。

『危ないところだったようだな、IRISの諸君。』

エレメントはそう口を開いた。その声はまさしく、以前聞いたエレメントの声であった。

『これで無事に再合流を果たせた訳だ。』

エレメントはイクタに語りかける。

「あぁ、それに1人として欠けてない。戦力は地上に出て来た時となんら変わりはない。これなら、黒ローブ共とも戦えるはずだ。」

『いや、戦力的には少しマイナスだ。君の戦闘機が行方不明だからな。』

「あ、忘れてたぜ…。まぁ、なんとかなるだろ。」

イクタは頭をかいた。

「エレメント!うちの隊員を1人、地上で見かけなかったか?イクタという隊員だ!行方が分からなくなっている!」

トキエダが、エレメントに問いかけた。

『うむ、そのイクタという隊員は私が救出した。今は私の体内で休養している。』

「そんなことまでできるのか…。しかしとにかく良かったよ。これで遠征部隊が全員揃い、おまけにエレメントという強力すぎる助っ人まで来た!これならこの遠征作戦、どうにかなりますね!」

「あぁ、我々が拠点の設置やサンプルの回収をしている間、彼に怪獣から身を守ってもらえばいい。」

隊員たちの表情が、みるみる明るくなっていく。

「おいおい、これじゃ、俺はお前なんかに2回も命を救われた設定になってるじゃんか。」

イクタは不遇そうだ。

『この言い訳が1番しっくりくるであろう。現に、誰も違和感を抱いていない。』

「…まぁそうだけど。」

『では私は、次の戦闘に備える。詳しい話は、イクタ本人から聞くといい。』

エレメントは、姿を消した。その跡地に、寝たふりをしたイクタが転がっていた。

「バレないための演技とはわかっていても、ムカつくぜ。あの野郎、覚えとけよ…。」

イクタはエレメントへのささやかな復讐を誓った。

「おいイクタ!どこか怪我とかはないか!?」

「あ、あぁ、大丈夫だ。俺のことは心配すんな。だって俺は俺だしな。」

と、むくりと起き上がりながら答えるイクタ。

「そんなことより、1つ戦果がある。あの黒ローブの1人、ラザホーって男を葬れた…という可能性が高い。」

イクタは曖昧だが、確かな手応えを感じていたのか、トキエダにそう報告した。

「本当か!?」

「あぁ、あいつがもし生きていたとしても、相当な致命傷でしばらくは動けないはずだ。そして間違い無く言えるのは、あいつが操っていたイニシアというあの怪獣は撃破した。ちゃんと俺の手柄だって上に報告しておいてくれよ〜。」

イクタはそう言いながら、トキエダの戦闘機の貨物室に乗り込んでいく。

「おい、それは俺のアイリスバードだぞ?」

「まぁそう言うなって。俺のアイリスバード行方不明でさ。気がつけばエレメントに助けられていたんだよ。なに、トキエダさんの迷惑にはならないからさ。」

「…はぁ、全く、突然単独行動には出るわ、帰ってこないわ、やっと帰って来たかと思えばこの調子やら、お前には振り回されてばかりだ。」

トキエダがため息をついた。

「まぁ何より無事で良かった。最悪の場合を想像しただけでも恐ろしい。情けない話だが、この任務はお前抜きでは遂行不可能だ。あの怪獣との戦闘時には確かに俺もそのような指示を下したが、これからはなるべく単独行動を避けてもらおう。」

「了解。でも敵側の戦力を大きく削ることができたのは不変の事実。完全アウェーなこの地上でも、少しは有利に進められるはずだ。…それでも拭い切れない不安要素は残るが…。」

イクタはトキエダに敵のリーダーのことを報告するかしまいかを迷いながらそう言った。

「当たり前だ。ここは怪獣の巣窟なんだ。今この瞬間だって、安心することはできない。」

トキエダには、イクタの言葉はそのような意味として伝わっていたようだ。イクタはそれ以上何も言わないことにしておいた。要は、敵が次の動きを見せる前に任務を完了させ、地下へと帰還すれば済む話だ。サンプルなどの回収の件については、おそらく既に小隊はある程度遂行しているであろう。だが拠点建設が大きな課題だ。敵は怪獣を駒のように使ってくる可能性が高いため、敵に拠点の位置を知られてしまっては、地下でさらなる計画を練っている間に破壊されることだって有り得る。拠点の設置だけは、さらに慎重に行わなければいけない。

「…なぁトキエダさん、この任務に関して、俺の意見を言わせてもらってもいいか?」

トキエダは、突然真剣な面持ちになったイクタを見て、目を合わせた。

「あぁ。むしろ大歓迎だ。」

「みんながこの森に重点を置いて、これまで色々と試行錯誤して来たことは想像できる。その努力を水の泡にするようなこと言って悪いけど、ここから離れるべきだ。」

「…と、言うと?」

「敵の考えていることを、俺がその立場になって考えてみた。もし俺らが攻め込まれる立場だったら、地下世界に敵の小隊が現れたとして、まずはどう思う?」

イクタはトキエダに問いかける。

「そうだな。まずは偵察か、それに近い目的での侵攻と考えるだろうな。怪獣軍団を引き連れてくるなら話は別だが。」

「俺もそう考えるだろうな。つまりはあいつらも似たようなことを考えている。まさか、いくら地下の精鋭を集めたとしても、この程度の戦力で大規模に地上を取り戻そうとやって来た、とは思わないだろうね。」

「当たり前だろう。こちら側としても、そんな無謀な作戦は組めない。お前は何を言いたい?」

回りくどく話していくイクタに苛立ちを覚えたのか、トキエダの口調が強くなる。

「要するに、だよ。敵側も、まずはこちら側が今後の地上奪還作戦を有利に進める手立てを打ちに来たと考えるはずだ。例えば、地上にIRISの補給基地を建設するとかな。今まさに俺たちがやろうとしていることだ。そこに考えを絞れば、この地上をよく知るあいつらは、その拠点の建設場所候補を片っ端から潰しに来る可能性がある。このように、身を隠しやすい森ならなおさら、敵の標準に真っ先に入るかもしれないってことよ。」

「なるほど。言いたいことはわかった。よって、あいつらが候補から外しそうな場所に移動するってことか。だがそれは自ずと拠点の設置が難しい場所になる。もしくは、身を隠すのが困難な場所だ。それならば、見つからないことを祈り、今すぐここで作業を進める方がいいと思うがな。」

トキエダはイクタの意見を理解した上で、この森での任務続行を提案した。

「確かに地球は広い。片っ端から、とさっき言ったけど、あいつらはどうみても大軍とは思えない。そもそも、この人間が生身で生きることさえ過酷な環境で統率を取ろうと思えば、多くてもその人数は5人だ。いくら怪獣を使用したとしても、それだけじゃ、地球全てをくまなく探すだけで天文学的な時間がかかるかもしれない。けど、この森は危ない。」

「どうして、そう言い切れる?」

「俺とラザホーが戦闘を繰り広げたところからあまり距離が離れていないからだ。隊員が1人でも欠けている未踏の地に踏み込んだ小隊が、その1人を置いて遠くに行くとは考えないだろう。その隊員を待つため、近場の少しでも安全な場所で待機する、とほぼ確証を持っているに違いない。」

「そうか。そう言われると至極簡単なことだな。そんな単純なことにも気づけなかったのか…。」

トキエダは自分を責めるように頭を抱えた。

「無理もないよ。地図さえない場所で、怪獣との戦闘が続けば冷静な判断力を保てと言う方が困難だ。この俺でさえも、多分な。」

それに、あの男のーローレンの話から今推測できること。それは、奴らの仲間の中に1人、未来を予測できるアビリティの継承者がいる恐れがある。だが、それを気にしていたら何も行動が取れない。ここは、少しでも敵の思いつかないような一手を打ち、このまま有利な戦局を保たなければならない。

 ここで敵の戦力を改めて分析する必要があるだろう。まずは、あのリーダーであるローレンという男。自身が認めるように、間違いなく能力者だ。そしてあの少女。確かローレンはキュリ、と呼んでいたはずだ。彼女は能力が割れている。エレメントの過去話でも登場した空間移動のアビリティ、あれは確実に彼女に継承されている。そのタネまでほぼ明かされているため、対策は比較的容易に立てられるはずだ。そして撃破したラザホー。彼はその年齢から能力者ではないと断定できるのではあるが、怪人化、さらには巨大化までしてのけた。おそらく、この過酷な環境下で見せた、人間の進化の一部…つまり、奴は天然の放射能の中で限りなくリディオ・アクティブ・ヒューマンに近づいた男ということになる。ローレンも一瞬だけ、怪人化の兆候を見せた。あまり考えたくはないことだが、敵側の人間は全員が『異人態』への変身が可能であると断定した方がいい。

 もちろん、敵がまだ温存している戦力は確実に存在する。それが能力者でないことを願うほかない。彼ら2人の他に、何人の能力者がいるのか。その数で地下が勝つか、地上が勝つかが決まる。一番こちらに有利なのは、あの2人の他に能力者が存在しないこと、なのだが…。

「…とにかくだ。ここを動こうぜ。」

イクタが隊員たちに出発の連絡をしようとしたその時だった。ズシン、ズシンという重い音が聞こえて来たのは。ビードルたちは再び怯え、森の奥へと逃げて行ってしまう。

「イクタ、お前が恐れていた事態になったようだぞ…。」

コーレスは、森を守るべく、奮い立つために咆哮したが、やはり先ほどのダメージがまだ残っているのか、グラドに飛びかかった時のような威勢はない。

「野生の怪獣であれば、そりゃ不幸中の幸いなんだが、これはタイミングが良すぎる…。トキエダさん、ここからは隊長さんの仕事だぜ。指示を。」

「…。あぁ。お前はそのままここに乗っていろ。総員!我々は再び戦闘に入る!今回は最初から怪獣との真っ向勝負だ!全ての搭載兵器の安全装置をあらかじめ解除しておくように!ミサイル発射に関する許可はたった今この場で下す。以後各員必要に応じて使用しろ!」

「了解!」

19機の戦闘機が上昇し、木々の上空へ顔を出す。その正面にいたのは、グラドよりもさらに一回り大きい、四足歩行の怪獣だった。

「でかいな…。相当な戦闘能力を有するか、ただの見掛け倒しなのか…。」

「隊長!怪獣の頭上にまたがる人間のような影が確認できます!」

オリバーが報告する。

「…あれは黒いローブ…!イクタ!」

コクピットの扉が開き、貨物室から走って来たイクタがトキエダの横に立つ。

「つまりあの怪獣は敵側の駒だ!こんなところに中途半端な戦力は送り込まないだろう。おそらくは、俺らを本気で潰しにきた可能性がある。」

「拠点の設置など、させる前から俺たちをここで殺す。そのつもりで来たということか。」

「だろうね。もう下手な読み合いは意味がないってことだ。」

「総員!敵はかなり強力だと思われるが怯むな!人類の未来のために戦え!」

トキエダが隊員たちを鼓舞する。

「おおおおおおお!!」

それに応えるように叫ぶ隊員たち。

「攻撃開始!」

アイリスバードたちが、怪獣に突っ込んでいく。

「私の読み通り、ここに身を隠していましたか。自分たちから顔を出して突っ込んでくるとは、探す手間が省けるというものですわ。」

ダームはニヤリと笑った。

 

 イクタは貨物室に戻ると、ミキサーを取り出した。

「今はどれくらいのエネルギーが残っている!?」

『そうだな、あのクラスの怪獣と戦闘するには心許ない残量だ。今下手に変身すれば、逆にIRISに迷惑がかかるだろう。』

「どのくらいの時間があればいい?」

『そうだな。…15分だ。あと15分あれば、いつも通り戦えるだけ回復する。』

「わかった。」

イクタは再びコクピットへと向かった。

「トキエダさん!15分稼げるか!?」

「…よくわからないが、何か考えがあるようだな!わかった!やってみよう!総員!一定の距離を保て!まずは敵の攻撃を避けることに専念しろ!」

怪獣、グランガオウから離れて、控えめな攻撃を続けるIRIS

「おや…思ったより消極的ですね…。こちらの出方を伺っているのか、或いはエレメントの回復待ちか…。どちらにせよ、もしエレメントが現れればあの飛行機どもが邪魔になる。相手から来ないのなら、こちらから行きますよ!」

ダームは杖を振り回す。グランガオウはそれに合わせて、口からとてつもない連射速度でエネルギー弾を吐き出していく。

「避けろ!」

しかし流石に精鋭部隊は、かすり傷さえ負うことなく、避け続けていく。

「…地下で戦った兵士もそこそこでしたが、やはりここにくる兵士のレベルは違うようですな。なら、これなら如何いたす?」

口からの攻撃に加え、岩山のような背中からミサイルのような飛行物体を次々に繰り出すグランガオウ。

「!敵の弾数が多すぎる!避けきれない!磁力シールド展開!」

トキエダの指示がギリギリ間に合ったのか、避けきれなかったぶんの弾をシールドで凌ぎ切ったアイリスバードの編隊。だがー

「隊長!威力が高すぎます!シールドのエネルギー残量が既に半分になりました!」

「何!?たった一撃程度で…?」

凌げるのはあと一発だけ。隊員たちに冷や汗が流れ始める。

「イクタ!15分は無理だ!その時間を待つ間に、俺たちは全滅するぞ!」

トキエダがイクタに向かって叫ぶ。そうしている間にも、グランガオウは次の攻撃の準備に入っていた。

「…次元が違う…。」

クワハラ隊員がそう呟く。

「やられ放題では話にならん!何か決定的な一撃を与えるのだ!例えば、あのミサイルを放つ背中を吹き飛ばすとか、な!」

イケコマが叫ぶ。

「簡単に言ってくれるな!敵側にはあれほどの飛び道具がある。いや、使用していないだけでもっとあるかもしれない。こんな遠くから火力兵器を放ったところで、消し飛ばされてしまう!」

エドガーが反論する。

「かと言って迂闊に接近することもできません。…エレメントがいれば、戦況が少しは好転するかもしれませんが…。」

オリバーが嘆く。

「そういえば、エレメントは何をしている!近くにいるはずだろう!助けてはくれないのか!」

「馬鹿者!これは俺たちIRISの任務の一環だ。最初からエレメント頼りでどうする気だ!」

トキエダの一声で、IRISの内輪揉めは少し収まった。

「…面白くない、ですな。戦う前からこちら側の王手だったとは。」

ダームはつまらなさそうにため息をついた。

「まぁ、いいでしょう。今楽にしてあげましょうか。」

グランガオウはダームの合図で、口を開き、破壊光線を繰り出した。慌てて避けた戦闘機たちだったが、その後ろで森が焼き払われていき、ビードルたちの悲鳴も聞こえてきた。

「ビードルちゃんたちが!」

キャサリンも同じく悲鳴をあげる。

「くそっ!」

トキエダは悔しそうに壁に拳を打ち付ける。しかし、聞こえてきたのはビードルの悲鳴だけではなかった。コーレスの鳴き声だ。

『コガァァァァァァァァァ!』

恐れずにまっすぐにグランガオウへと突進していくコーレス。光線を吐き終え、硬直状態だったグランガオウに体当たりをすると、自慢のツノで抱え上げ、投げ飛ばしたのだ。

「おおっと!?」

バランスを崩すダーム。背中から地面に叩きつけられたグランガオウ。衝撃で、どうやら何門かのミサイル砲台が潰れてしまったようだ。

「おおっ!!いいぞコーレス!」

コーレスの決死の攻撃を見て、再び奮い立った隊員たち。

「あいたたたた…。この歳だと腰に響きますなぁ…。」

よろよろと起き上がったダーム。

「でも嬉しいですよ。どうやら、詰将棋程度には楽しめそうですね…。」

それでもなお、余裕の表情が崩れることはなかった。

 コーレスの参戦は、イクタにとっては好都合だった。使える駒は多いほうが良いに決まっている。時間稼ぎには大きく貢献してくれることだろう。

「さて、あれをどう使ったものか…。」

戦闘が始まって10分が経過していた。あと5分待てば、エレメントは動ける。もし撃破が叶わなくとも、戦闘不能に追いやることはできるはずだ。怪獣だって生き物である。戦うための体力、戦意、どちらかさえ失えば、敵はひとまず撤退するしかない。問題は、コーレスがどこまで戦えるのか、だ。傷の具合を見るに、先ほど撃破したグラドという怪獣にかなり体力を削られている様子だ。いくらこの森では最強クラスといえど、あの途轍もないスケールの怪獣相手には、おそらく2分と持たない。今の攻撃だって、硬直状態でなければ返り討ちを喰らっていたに違いない。

 ならば、IRISがあの怪獣を硬直状態に持ち込めば良いのだ。火力兵器を直撃させるより、体重のある巨大生物からの攻撃を喰らう方が体力は削られる。エレメント復活までの5分間、この策でいく他ないが、これには犠牲が必要だ。次に破壊光線を放つとなれば、対象は間違いなく邪魔であるコーレスだろう。機動力のない巨大生物にあれを回避するのは不可能。よって、光線の軌道を変えさせなければいけない。気休め程度の残存磁力シールドを張った、アイリスバードを使うことで、だ。時間稼ぎのために1人の命を捨てるか、それを懸念して全滅するか。どちらが有益かは決まっている。トキエダも、この考えには至っているはずだ。

 だが、トキエダがそんな非人道的な作戦をとるとは考えられない。しかし今打てる最善の一手はこれしかないのだ。 

 イクタはコクピットに入ると、トキエダにそのことを切り出そうと声をかけた。

「なぁトキエダさん。言いにくいが作戦が…。」

「イクタか。一つ作戦を思いついたんだが。」

2人の声が重なった。しばらく沈黙が訪れる。

「先に話してくれ。お前の方が頭の回転が速いからな。」

「…この小隊で、俺やトキエダさんの次に腕が立つのは誰?」

「エドガーだろうな。」

トキエダは即答で答えた。

「なら、エドガーさんにしかできない仕事だ。まずは先ほどのように、ある程度敵の飛び道具をかわしながら攻撃、破壊光線の発射を待つ。そしてその光線からコーレスを守るように、シールドを張ったエドガーさんが突っ込み、光線の軌道を変えてもらう。」

「腕の立つエドガーならば、正確に光線のシールドとなり、寸前で脱出することもできるかもしれない。エドガー!聞いていたか!?」

「あぁ、素直に受諾したい話ではないが、脱出の可能性が少しでもあるのなら、俺は乗るぜ。俺は兵士として任務に貢献する。それだけだ。」

イクタの予想に反し、トキエダはあっさり作戦を受け入れ、実行人であるエドガーも快く受諾した。これも、今目の前にいる敵の恐ろしさからなのだろうか。ベテラン兵である彼らには、現状で最善を尽くすことなど、当たり前の行為だったというわけか。

「でも命の保証はできないよ?それでもやってくれるの?」

イクタは念を押す。

「構わん。もし死んだとしても、俺はこの偉大なる地上奪還計画の一環で、初めて地上で死んだ英霊となれる。名誉なことよ。」

「…全く、あんたには頭が上がらないよ。トキエダさん、指示を。」

「おう。総員!もう一度同じ流れで攻撃をする!いいな!?」

「…了解!」

隊員たちはこの作戦に心から賛成、というわけではないだろうが、決断したエドガーの意思を尊重する意も込めて、返事をした。

「…さぁ、どうする?地下の兵士たちよ?」

ダームの乗るグランガオウは、ゆっくりとその重い体を起き上がらせ、IRISを睨んだ。

『ゴォォォォォォォォォォォォ』

空気を揺るがす低い声で吠えたグランガオウ。戦闘機たちは、それを目指して突撃して行った。

           

                                                 続く



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第13話「異変」

 『地の覇獣グランガオン』その脅威は想像をはるかに超えるものだった。遂に人員に被害を出したIRISを守るべく、ウルトラマンエレメントがようやくその姿を現した。地球最強の怪獣に立ち向かうエレメント。だがその戦闘は、思わぬ二次災害を招いてしまったー


第13話「異変」〜地の覇獣グランガオン登場〜

  

 グラガオンの多彩な飛び道具攻撃をかわしながら、機銃やミサイルで応戦するアイリスバード。戦況は圧倒的にグラガオン側に傾いている。それだけに、IRISの『秘策』がうまくいけば、一気に好転し、勢いに乗れる可能性が高まる。戦闘では、勝利を確信した瞬間こそが、最も隙の生まれるタイミングにもなりうる。トキエダはその時を辛抱強く待っていた。トキエダとダーム、双方の指揮官の我慢比べでもある。

「…あの虫型怪獣の攻撃を利用し、何か仕掛けてくるかとは考えていましたが、今のところ目立った動きは無しですか。しかしこれまでなんども土壇場の奇策を披露してきた彼らですし、やはり気は抜けぬ…。イクタ殿、どこまで計算しているのやら。」

ダームは、余裕そうな表情を見せてはいるが、IRISの動きを常に警戒するような様子であった。

「まぁ流石に相手も人間がいるんだ。俺らが何かしてくるとは思っているだろう。いや、作戦そのものが見透かされてる可能性だってある。でもやるんだ。目的はグラガオンを倒すことじゃない。お前は時間を稼げと言ったな。何を考えているのかは知らんが、そのお前の真の作戦をお披露目するための段取りに過ぎない。そういうことだろう?」

トキエダがイクタに話しかける。

「その通りだね。むしろ、相手が深読みし過ぎてくれれば好都合だよ。」

「ではカマをかけてみるか。精鋭部隊にしかできない動きだ。総員!フォーメーションDだ!」

「了解!」

控えめな動きを展開していたアイリスバードたちが、一斉に拡散飛行を始めた。グラガオンを空中から包囲するような形をとる。

「むぅ…?動きが変わりましたね。何か来ますかな。」

「隊長!一体何を!?」

「よく聞け!ここからは全力で攻撃しろ!だが死ぬなよ!身の危険を感じたら直ちに脱出だ!」

「ようやく本気で攻撃できるというわけだな!」

イケコマが、正面で両拳を合わせる。

「ただしエドガー、お前はコーレスから離れずに動け!」

「わかっているさ。」

「作戦開始!」

全機が勢いよく急発進した。円を組んでいた初期配置から、戦闘機たちが対角線を描くように飛び交いながら、爆弾を投下しグランガオウを爆撃していく。

『ゴォォォォォォォォォ…』

グランガオウが悲鳴のような声をあげた。初めて、攻撃に手応え感じた。

「考えましたね…。早いが話、エレメントの乗る飛行機を撃ち落せばよかったものの、これでは的が絞れぬうえ、どの機がどこにいるのか把握しづらい。加えて絶え間無く攻撃を加えることで、グランガオウの攻撃の標準も常にブレる。それに、チリも積もればなんとやら。攻撃力1の勇者が、HP1000の魔王を倒すのは一見不可能だが、理屈で言えば1000回の攻撃を与えれば勝利できる。まぁ、その前に返り討ちに遭いますが、ね!」

グランガオウが、空に向かって吠えた。グッと腰を引き、全身に力を溜めているように見える。

「何かが来るぞ!さっきの光線か!?」

「いえ、先ほどとは動きが違います!隊長!」

「…攻撃を中断!全機離れろ!」

陣形を崩し、全速力でグランガオウから距離を取ろうとするアイリスバードたち。その後ろで、目映い閃光が走った。

「!?」

次の瞬間、グランガオウを中心とする半径5キロが消し飛んだ。

 

 トキエダとイクタが次に目を覚ました時には、その森はほとんど残っていなかった。機体は煙を吐きながら、地上で停止していた。あたりにはコーレスやビードル等怪獣たちの死体や、墜落したアイリスバードが地面に突き刺さっていた。遠くから、ゴォォォというグランガオウの叫びが聞こえて来る。

「……一体何がどうなっている…?おい!被害を報告せよ!」

トキエダが通信機に向かって叫ぶ。どうやら、機器は動くようだ。完全に故障したわけではないというわけか。

「こ、こちらイケコマ!無事です!」

「同じくオリバー!」

「同じくキャサリンです!」

次々に隊員たちが返事をする。どうやら、壊滅的な被害は免れたようだった。アイリスバードマーク2の最高速度はマッハ6とも言われている。それだけの速度を出していたのだから、どうにか爆発の直撃こそ避けることができたようだ。だがー

「7機から反応がありません!」

「レーダーにも反応なし!機体が生きているのならレーダーには映るはずです!それがないとなると…考えられることは…」

オリバーは、それ以上は言葉にしなかった。

「何しょげてるんだ。地上に出るってことは、それ相応の覚悟を持ってのことだろう。とりあえず状況を把握しろ。敵怪獣はどこにいる?おいイクタ、この機のエンジンは動くか?」

「あ、あぁ…。飛べはするようだな。ただ、マッハ2を越えれば空中分解の恐れがある程度に損傷している。」

イクタは予想以上に淡々としているトキエダに驚きながらも、点検して報告をした。

「生きているものは直ちに機体の点検だ。飛べないのであれば降りて地上戦に入れ。」

「た、隊長!お言葉ではありますが、隊長だって、今の攻撃を見たでしょう!現に隊長の飛行機も被害を受け、7機が隊員とともに行方不明なんです!もう隊員たちに戦意はありません!完全に消滅したとみていい!それでもなお、隊長はまだ戦えとおっしゃるのでしょうか!?次にあの攻撃をされれば、間違いなく全員死にます!」

ゴームズがそう叫んだ。おそらく、これが今のこの小隊全員の意見であろう。コーレスも死に、エドガーからの反応が未だ確認されていない。立てていた戦略は既にやる前から崩された。読み合いや小細工が通用しない、それだけの力が敵にはあったのだ。こうなれば、せめて彼らだけでも撤退させなければならない。この計画は大失敗だ。このまま戦果を上げずに地下に帰れば、IRISは間違いなく非難を浴びるであろう。あれだけの大金と市民の期待をつぎ込んだ作戦の失敗なのだ。当然だ。資金や、その源である企業や市民からの信頼は底に落ち、最悪解散になる。そうなれば、黒ローブから市民を守る武装組織はなくなり、彼らに殺されるのを指をくわえて待つだけになる。いや、それ以前に抑えていた内戦が再発し、自滅するか。何れにせよ、今から我々を待つのは、絶望的な未来だけということだ。

「トキエダさん、撤退だ。悔しいが、もう戦えるだけの力はない。物理的にも、精神的にもな。」

と、トキエダの顔を見て話しかけて気づいた。トキエダの頰に涙が流れていた。

「…あぁ、どうやら俺は冷静な判断ができていなかった。やはり、お前の方が隊長に向いているよ。…総員、撤退の準備だ。飛べない機体に乗っているものは、飛べる機体に移れ。」

そう指示を出した時だった。

「おやおや、まだ生き残っている兵士がいましたか。いや、生存者の方が多いようですな。」

グランガオウに乗ったダームが、こちらに近づいて来る。

「貴様…!よくも俺たちの仲間を…!」

イケコマが吠えた。

「ふむ、よくも、ですか。ならば私からも一言申し上げさせていただきたい。私の仲間も、そちらのイクタとう隊員とエレメントに殺された。一方的に恨みを持たれると困りますな。これは報復に過ぎない。」

ダームは淡々と述べた。

「勝手なことを言うな!お前の仲間が死んだことこそ、お前らが地下に攻め込んできたことへの報復だ!」

イケコマが反論する。

「はぁ、正しい知識を持たぬ地下の猿どもと話し合っても時間の無駄のようですな。そろそろ姿を見せたらどうです?ウルトラマンエレメント。それとも、殺されるのが怖いのですかね?やはりお前は、昔から自分の身が可愛いだけの腰抜け野郎だ。」

ダームが吐き捨てた。

「安い挑発に乗るなよ。まずは、撤退が先だ。」

イクタが、周りに気づかれない程度に、エレメントミキサーに話しかけた。

『いや、今はそれは適切ではない。』

「わかってるならいい……は?適切ではない?」

イクタが思わず聞き返した。

『君ならわかるはずだ。ここは挑発に乗り、姿を現すべきだ。そうすることで、敵を私たちに釘付けにし、彼らを逃がすことができる。』

「そうか…それもそうだ。だが、正体がバレるぞ。」

『君も小さい男だ。我々の協力関係や君の正体がバレることと、彼らの命、どちらが大事かね?』

「はぁ、まさかお前に偉そうに言われるとは、心外だな。わかったよ。」

イクタはミキサーを握り、トキエダの元へと行った。

「トキエダさん。撤退の準備を完了させてくれ。俺が…いや俺たちが、あいつの注意を引きつける。」

「お前な……。単独行動はやめろと言ったばかりだろう。」

トキエダが呆れたように言った。

「単独じゃないさ。共同作業だ。俺たちにかまわずとっとと逃げてくれ。頼む。」

イクタが頭を下げた。

「…誰かに頭をさげるお前は初めて見るが…、俺は隊長だ。これ以上隊員を死なせるわけにはいかない。そして当然、全滅させるわけにもいかない。お前が必ず生きて、俺たちに追いつく。それを約束できるか?」

「当たり前だよ。俺はイクタ・トシツキだぜ?この名前に信頼と期待でブランドが付くくらいだ。」

イクタが白い歯を見せた。

「うむ。隊長としてお前を信じよう。ところで、共同作業ってどういうことだ?」

イクタは飛行機から降りて、ミキサーを構えた。

「こういうこと。エレメント!ケミストだ!」

イクタが眩い光に包まれた。その光はみるみると大きくなり、高さ55メートルにまで到達した。

「この光は…まさか…?」

見覚えのあるその光を、隊員たちが見守る。

「ホッホッホ。ようやく現れましたか…。」

光の中から現れたのは、巨人、ウルトラマンエレメントだった。

 

「…どうなってる…?イクタがエレメントだったってことか…?」

混乱するIRIS隊員たち。

『君たち、何をポカーンとしている!早く!』エレメントの声だ。

「そ、そうだな!俺たちはあいつらを信じて退くぞ!」

飛行可能なアイリスバードに隊員たちが乗り込み、発進した。グランガオウの隣を通り過ぎ、最初に訪れたあの砂漠へと飛んでいく。

「おっと!1人たりとも逃がしませんよ!」

グランガオウが、それを目掛けてエネルギー弾を吐いた。

『シェア!』エレメントシールドで妨げる。

『ゴォォォォォ…』

『君たちの相手は、私たちだ!』

「…まぁ、いいでしょう。エレメント殿、あなたさえ倒してしまえば、あとは簡単というものですよ。全力でお手合わせ願いたい!」

グランガオンはエレメントへと突進した。エレメントはそれを避けると、側方へ回り込み、横っ腹に蹴りを入れた。だが、体重が重く丈夫なグランガオンはピクリともしない。次は全身を使ってのタックルを試みるも、これもダメージは通らないようだ。

『うむ、流石に強敵だ。このままではいかん。ケミスト!スチールエレメント!』

鋼の身体となったエレメントが、再び体当たりをお見舞いした。今度は重量が増したからか、グランガオンもよろめいた。

『むむ、スチールエレメントでの体当たりですらこの程度か…。』

エレメントは手応えが薄く、不満のようだ。

『ゴォォォォォ…!』

グランガオンは反撃として、横っ腹から大量のミサイルを発射した。

『おおっ!?エレメントシールド!』鋼鉄のカーテンが、エレメントの身を守る。

「おいおい、これじゃラチがあかない。早くあの強化形態になろうぜ?」

『それはあまり賛成できない。これはこの怪獣を倒すのではなく、小隊を逃がすための戦いだ。ネイチャーモードではエネルギー消費量が今の比ではない。時間が稼げないということになる。』

「お前なりに色々と考えていたわけか。とはいえ、苦しいぞ。」

『覚悟の上だ。』

その様子を見ていたダームは、とある作戦を思いついた。

「そういうことですか…。グランガオン殿、どうやら我々は相当舐められているようですな。」

『ゴォォォォォ』

「ここはひとつ、そのことを後悔させてあげましょう。」

グランガオンは首をエレメントではなく逃げていくアイリスバードに向け、エネルギー弾を発射した。威力を捨て速度を求めたのか、今にも追いつきそうなスピードで飛んでいく。

『まずい!シャア!』

エレメントは咄嗟に動こうとするが、体が重くてスピードが出ない。

『くっ!ケミスト!ヘリウムエレメント!』

気体となったエレメントは同じく高速で移動すると、エネルギー弾の正面で実体化した。エネルギー弾が炸裂し、爆発が起こる。

『ノワァァァァァァ…』

そのまま地面に転がり込むエレメント。速度重視でもこの破壊力なのか。

『……卑怯だぞ!君たちの相手は、私たちだと言ったはずだ!』

エレメントは起き上がりながら怒鳴った。

「そういえばそうでしたねぇ。なら、あなたは私たちの相手だけをしておけばいい。余計なダメージを被る必要などなかったのでは?」

ニタニタと笑うダーム。

「こりゃあかなり部が悪いぞ。この怪獣は、何かを庇いながら、エネルギーを節約しながら戦えれるような相手ではないということを改めて思い知らされただけだ。」

『うむ…それに、同じような手を何度も使ってくるに違いない。アイリスバードも空中分解を恐れて満足な速度で飛行できていない。…これは大きな博打だが、今できるのはもうそれしかない。やってくれるか?』

「…全力でかかって、こいつをここで潰すということか?」

『そうだ。私もこのレベルの相手と戦うの初めてだ。だが、やるしかない。』

「まぁ、結果的にはそうなるだろうとは思ってたよ。勝負ってのは、やってみなくちゃわかんねぇしな!」

イクタはもう一つの装置、エレメントブースターを取り出し、装着した。

『刺し違えてでも倒す!ケミスト!ネイチャーエレメント!』

エレメントの身体に緑色のストライブが走る。エレメントネイチャーモードだ。

「…それが、あなたの本気ということですかね?そうこなくては。」

『シェア!!』

エレメントがファイティングポーズをとる。互いに睨み合って動かないように見えるが、既にエレメントは新たな手を打っていた。突然、グランガオンの顔が歪んだ。

『コガァァ?』次の瞬間、1人でにグランガオンが吹き飛んだ。ダームは思わず頭から振り落とされてしまう。

「な、何事!?」

「おい、今何をした!?」

ダームとイクタの声が重なる。

『この姿は元素だけでなく自然を操る。今のは、怪獣の顔の周囲に集まっていた気体の圧力を変化させ、巨大なパンチみたいなものを喰らわせただけだ。だがこんなものでは大したダメージにならない。シャア!!』

エレメントは超音速で倒れたグランガオンの正面に現れると、顎を蹴り上げ宙に浮かせた。反撃の隙を与えずに、次々に連打をお見舞いしていく。

『ジャア!!』

最後の攻撃をくらい、さらに数百メートル吹き飛んだグランガオン、ぐったりと地面に倒れてしまう。

『ゴォォォォォォォ…』

先ほどに比べれば、随分と弱々しい鳴き声だ。

「ほう、思いの外やりますね。まさかここまでとは。」

本心で言っているのか、余裕の表情が消え去っている様子のダームが呟いた。

「ですが、それだけの力には代償がある。だから出し惜しみをしたんですよねぇ。」

ダームの言う通り、ネイチャーモードが普通に戦えば、エレメントは僅か3分すら身体を維持できない。エネルギーを使い果たし、消えてしまうのだ。現に、早くもカラータイマーが点滅している。

「さすがに少々驚かされましたが、もはやここまでのようですな。しかし誇るべきです。この怪獣の名は『地の覇獣グランガオン』この地球で最も強いと言っても過言ではない怪獣です。それを相手に、ここまで戦えたんですからねぇ。」

「ははっ、まさかラスボスクラスの敵だっとはね。道理でクソみたいに強いわけだ。」

笑うことしかできないイクタ。

『だが、弱っている今しかない。ここでこの爺さん共々葬り去る!』

「力を僅かでも温存しろ。俺たちが帰れなくなる。」

『しかし、敵さえ倒してしまえば、私が再び動けるようになるまで待てばいい話だ。ここでこいつを倒すか倒さないかで、後々の戦況が大きく異なってくる。』

「……倒せる保証は?」

『ない。が、やってみる価値はあるだろう?』

「そうだな。」

イクタもこのまま勝負に出ることを決めたようだ。

『シェア!!』

エレメントは、両腕を胸の前で交差させた。各腕に装着された、ミキサーとブースターが重なり、大きな光の球を生み出していく。ある程度膨らんだところで、腕の交差を解き、両腕を腰の位置まで下げ、腰を落とし重心を低くする。その瞬間、エレメントの周囲の大地がゴゴゴゴゴ…という音と共に震え、砂塵や大地の欠けらが宙に浮き始めた。それらは竜巻のように吹き上げ、みるみると範囲を広げていく。エレメントの胸の前に浮いていた光球にも、稲妻のようなものが走り始めた。輝きと大きさがさらに増していく。

「…これは相当ヤバそうですな…。」

ダームは、危険を察知したのか素早く後退し、瓦礫の陰に隠れた。

『ケミストリウムバースト!!』

そう叫んだエレメントは、光球を右腕で殴りつけた。殴られた光球は膨れ上がり、殴られた部位と向かい合っている面が破裂し、そこからかなり幅の広い光線が飛び出した。とてつもない速さで、勢いよく、一直線にグランガオンへと飛んでいく。

『ゴォォォォォォォ!』

グランガオンも、負けじと、あの森を焼き払った破壊光線を吐き出した。両者の光線がぶつかり合い、激しい衝撃波を生み出していく。

「おおおお!?」

その衝撃波は避難中で、すでに戦場から100キロは離れているはずのアイリスバードをも襲った。ガタガタッと揺れる機体を、トキエダが精一杯踏ん張り、制御しようと試みる。

 その次の瞬間、ぶつかり合う二つの巨大なエネルギーは逃げ場を無くしたのか、大爆発を起こした。爆風が、みるみると広範囲を包んでいく。

「これは…!マズい!」

ダームも一瞬にして爆風に飲まれた。エレメントやグランガオンも例外ではない。

「マズい!緊急着陸だ!みんな伏せろ!」

トキエダの指示で、制御を失ったまま砂漠の地面へと突っ込むアイリスバードたち。距離的に、爆風の直撃は避けることができたようだが、先ほど以上の衝撃波に加え、巻き上げられた戦場の大地の欠けらや瓦礫などが、まるでミサイルのように降り注ぎあちらこちらに突き刺さった結果、一時的に大きな砂嵐が発生していた。

「地下への帰り道はもうすぐそこなんだ!みんな、こんなところで死ぬんじゃねぇぞ!」

隊員たちを庇いながら、トキエダが叫ぶ。

「り、了解!」

すぐそこに、地上へと上がってきたルートがある。それ目前として、帰れませんという事態にしてはならない。イクタが、エレメントが命を捨てる覚悟で戦っている。それに応えなくてはならないのだ。トキエダはその人生でこんなにも、生にしがみついたのは初めてかもしれないな、と遠くなる意識の中で感じていた。次の瞬間、彼らの乗るアイリスバードに、瓦礫の一つが突き刺さり、爆発を起こし機体は大破した。6人の隊員が搭乗していた。

 

 もちろん瓦礫が100キロ先まで飛んでいくレベルの大爆発を起こしたのだ。爆心地である彼らが無事であるはずがなく、エレメントの変身は当然解除され、イクタの生身が転がっていた。グランガオンも命はあるようだが、既に虫の息である。イクタの近くには、ダームが同じように転がっていた。

「……生きてるのか?俺?」

意識が戻ったイクタ。自分の生死がわからないままでの覚醒は、レジオンに撃ち落とされて以来だろう。思えばこの死闘は、あの瞬間から始まっていた。俺を救ってくれたエレメントという巨人は、共に撃ち落とされた仲間、リュウザキを救えなかった。俺はエレメントと共に戦う決意をした時、あの戦いで死んだ仲間たちの命に報いるため、必ず人類の未来を守ると誓った。同時に、特定の誰かだけ、ではなく、全ての人々を救える存在になりたいと思った。

 だが、俺はこの地上でも、仲間を守り抜くことができなかった。ローレンの話したエレメントの過去を聞いて、実は内心、エレメントを情けない奴だと思っていた。でも俺だって同じだった。理想やプライドだけ高いだけで、身近にいる人すら守れない、情けない野郎だ。

『……クタ!イクタ!しっかりしろ!』

エレメントの声がする。おそらく、ミキサーの中からだろう。鼻からは焦げ臭い匂いが、目には青い空が見える。五感が機能しているということは、生きているということらしい。

「……俺は大丈夫みたいだ。」

『それは良かった!だが、爆発のダメージをもろに受けたのは私の方らしい。せっかく君と一心同体になり、レジオンに吹き飛ばされた身体も徐々に回復気味だったというのに、またその身体の一部を失ったようだ。もちろん君のエネルギーも借りて変身をするから、一時的に身体全てを構築することができるものの、このままじゃ、しばらくはネイチャーモードは使えない。』

「…そうか。その言葉を聞いて、なんとなくネイチャーモードってやつの性質が見えてきた気がするよ。ま、最初に出会った頃に戻っただけだ。」

イクタはゆっくりと上体を起こした。そして、ポケットに手を入れ、アイリスリボルバーを手に取る。

「ここで、グランガオンとこのジジイに止めを刺す。刺し違えてでも倒すと言ったが、どうやらそうなったみたいだ。」

ジャキッという音を立て、銃を構えるイクタ。その目の前に、一瞬にしてキュリとローレンが現れた。流石に驚き、一歩退き身構えるイクタ。

「何しに来やがった!?」

「そう言うなよ。俺だって暇じゃないんだが、ダームの反応が消えたから飛んできたというわけだ。何事かと思えば、やってくれたみたいだな。イクタ、そしてエレメント。少しは抵抗してくれるかとは密かに期待していたが、これは期待以上だ。」

転がるダームに視線を落としたローレン。

「キュリ、このジジイ、生きてるのか?」

「みたいだな。今すぐ治療すれば、どうにかなるはずだ。」

「……と、いうわけだ。ここは取引でもどうだ、イクタ・トシツキ。」

ローレンはそう持ちかけた。

「取引?」

「そうだ。俺の要求は簡単なことだ。お前はここから、何もせずに退け。地下に撤退するなり、仲間を集めてしばらく地上に残るなり好きにしろ。ここから消えてくれればいい。」

その要求は意外なものだった。

「どういうわけだ?」

「見ての通り、この怪獣と爺さんは俺たちの手放せない戦力だ。お前にトドメを刺されると困るというわけだ。」

「随分と身勝手じゃねぇか。俺の小隊もかなりの被害を受けているんだ。しかしこれはある意味戦争だからな。そこをとやかく言うつもりはないが、戦に情けもクソもあるか。俺はここでこいつらの命を断ち切る。理由は簡単だ。俺たちにとっての脅威だから、だ。」

イクタは再び銃を構え、トリガーに指をかけた。

「まぁ落ち着け。俺は取引と言った。お前ら地下人類だけに損はさせない。お前がこの要求を飲んでくれれば、俺たちは今日から半年間、地下やお前ら兵士には一切手を出さない。どうだ、良い条件だろう?」

「…はぁ?」

「考えてもみろ。確かにこの地上での戦いで、我々は両者ともに損害を出した。だが、地下には多くの人類があり、武力組織や高度な文明がある。半年あれば、俺たちにできることはこの1人と1匹の回復くらいかもしれんが、お前らは攻撃部隊の再編から、新兵器の開発までできる。まぁ、一種の休戦協定のようなものだ。」

ローレンは淡々と語った。

「俺の話は信用できるはずだろう?イクタ、俺はお前に正しい歴史を教えてやった。その話は疑いようもなく真実だったはずだ。それでも信用できないというのならば、これを渡そう。」

ローレンは、イクタに向かって何かを投げつけた。慌ててキャッチするイクタ。その手の中には、怪獣兵器のようなカプセルがあった。

「見ての通り怪獣兵器だ。流石に専用の銃身までは渡せないが、俺が見る限り、地下の科学力ならば半年あれば分析、複製、そしてオリジナルの開発まで可能だろう。どうだ?」

確かにこのカプセルの中からは生命反応がある。本物のようだ。どうやら、そこまでして俺にこの場から退いて欲しいらしい。それだけ、ここにいる瀕死の奴らが捨てきれない大きな戦力であるということだろう。ローレンは落ち着いているようにも見えるが、実際、このように切羽詰まった話を切り出している。もしかしたら、このグランガオンという怪獣で、エレメントを含む俺たちを全滅させることが可能だと踏んでいたのだろう。その期待の怪獣が、このように追い詰められてしまった。そうだ、ローレンは明らかに動揺しているのだ。俺に歴史を語った時のローレンからは、こんな交渉で歩み寄ってくる姿など想像できない。

「後悔しても知らんぞ。俺に、このカプセルを渡したことをな。」

イクタは、大事にポケットにしまった。

「取引は成立だ。約束しよう、たった今から半年間、俺たちは地下人類、および地下への攻撃は一切行わない。だが、もしその期間中にお前たちが再びこの地上に攻撃目的で現れれば話は別だ。攻めてきた害虫を駆除するために戦う。」

「…わかった。」

「では、次に一戦交えるのを楽しみにしている。」

ローレンは、カプセルにグランガオンを収容すると、ダームを抱えて、キュリと共に消えた。

 

 アジトに帰り着いたローレンに、キュリがたまらず問いかける

「ちょっと!どういうつもりだ!あたしたちは能力者よ!その半年の間に死ぬ可能性だってある!それをわかっていながら、自分からやすやすと目的の達成を遅らせるようなことしやがって!」

相当怒っている様子だ。

「まぁそう言うな。今のはタイミングが重要だった。」

「……どういうことだ?」

「あいつが仲間と合流する前だったからこそ、成立した話だ。もし、仲間と合流を果たした後だったら、あいつはこの話を飲まず、怒り狂った様子で俺や瀕死の奴らに銃を乱射していたに違いない。いや、それだけじゃない。もっと大きな脅威が生まれていただろう。」

「だから、どういうことだって?」

「もうこの地上に、あいつの仲間はほとんど存在しないからな。」

ローレンは断言した。

「生体反応を感じない。まぁ、3、4人の反応はあるがな。」

「は?でも、お前『仲間と合流した後』とかなんとかとか言ったじゃねぇか。辻褄合わねーよ。」

「誰が、生きている仲間だと言った?仲間の死体の話だ。」

「……あぁ、そういうことか。そりゃ、怒り狂ってお前の話を聞くどころじゃないな。じゃあ、もっと大きな脅威ってなんだ?」

キュリはどうにも頭の回転が遅いらしい。

「イクタも、俺らと同じリディオ・アクティブ・ヒューマンだ。俺と最初に出会った時、奴はラザホーとの戦いで放射能防護服を失っていた。つまり奴は、生まれて初めて直に放射能に触れたことになる。そして、今日もだ。エレメントへの変身が解け、しばらくの間生身で地上に転がっていた。」

「……そうか、そういうことか。だんだん話が見えてきた…!」

「そう。あとはお前が察した通りだ。リディオ・アクティブ・ヒューマンとは、放射能によって遺伝異常が発生した人間のことを指す。そしてその遺伝異常は、細胞レベルで個人の意思や感情でさらに一時的に加速させることができる。要するに、『異人化』することができるということだ。」

 

 イクタは、徒歩で砂漠を目指していた。エレメントへもしばらく変身できず、戦闘機もないのだ。こうするしか、地下への帰り道に辿り着くことはできない。

「みんな、もう地下に帰り着いたかな?」

『時間的に考えれば、基地への帰還を果たしていても良い頃だ。我々も急ぎたいところではあるが…。残念なことに交通手段が徒歩しかないのだ。』

「はぁ…だよなぁ。」

ため息をつくイクタ。

『だが君は能力者だ。身体能力がそこらへんの人間の比ではないだろう。全速で走れば、少しはマシじゃないか?』

「そういえばそうだ。よし、飛ばすぞ。」

駆け出したイクタ。

『しかしそれはそうと、ローレンとの取引だ。本当にあれが正しい選択だったのか?』

「仕方がないだろ。あいつの言う通り、奴らの半年と俺らの半年ではできる準備の量が違う。IRISの現存戦力だけでも、迎撃態勢を整えるには十分だろう。それに、俺とお前ならグランガオンだって倒せない敵じゃないことがわかった。IRISには毎月のように新人隊員が入隊しているんだ。人手だって不足することはない。」

『だが、結果だけ見ればこの作戦は大失敗に終わった。IRISの存在そのものが揺らぐレベルの失態だぞ?準備しようにも、組織がないのなら意味はない。』

エレメントはかなり心配そうだった。

「その点も心配はない。この怪獣兵器が保険だ。小さなカプセルだが、価値はお前の器よりもでかいかもな。」

『……むぅ?』

不服そうなエレメント。

「これに加え少々のサンプルもある。いや、これだけで十二分の戦果だ。これを突きつければ、本部長も市民も組織の存続に納得せざるを得ない。」

『これはそんなに簡単に問題じゃない。君ならわかっているはずだ。』

「うるさいな。俺だって悔しいんだよ。夢見た地上でこんな地獄を見る羽目になったからな。撤退の道中くらい、明るい話をさせろ。」

結構真剣な顔で怒るイクタ。

『あ、あぁ…。申し訳ない。』

イクタはミキサーから再び正面へと視線を戻した。なにやら、周囲の風景がいつになく素早く流れて行っているように感じられる。

「なあ?俺ってこんなに足速かったっけ?」

『さぁ?私は君の身体能力に関しては詳しく知らないからなんとも。』

 まぁそうだろう。逆に知っていたら怖いくらいだが。それにしても、これはまるで乗り物にでも乗っているかのような速度だ。…だがこの現象について突き詰めるのは地下に帰ってからで良い。まずは、この速度にありがたみを覚え、合流するのが先だ。しかし、この時既に、イクタの身には異変が生じていた。

 そんなこんなで、イクタは予定よりも早く砂漠に辿り着いた。あたりに散らばる瓦礫を眺めながら、先ほどの爆発がどれだけの規模であったかを客観的に知ることができた。その光景を見ていると、脳裏に不安がよぎる。これだけのモノが飛んできているのだ。それに、ところどころ深く地面に突き刺さっている飛来物もあることから、相当な速度で飛んできたと推測できる。まさか、避難中のアイリスバードにピンポイントに直撃するなんてことが…あり得るはずはないのだが、やはり心配になってしまうのが人間の性である。

『心配のようだな。』

エレメントには、イクタの心情はお見通しだったようだ。

「そりゃ、ないとは思うけど、こんな光景見せられたら心配にもなるでしょ。」

『もちろん、それは当たり前のことだ。では、私が索敵を仕掛けてみよう。』

エレメントが提案する。

「…いやそれはいいよ。その……なんだ、あいつらが生きていることは信じているんだけど、この…わかるだろ?言いたいこと。」

『まぁ、な。わかった。やめておこう。』

エレメントは、元科学者にしてはやけに考える能が足りていない気はするが、人の気持ちを汲み取ることはできるようである。

「…確か、ここら辺だったな。地下からのルートがあるのは。」

目的地周辺までやってきたイクタは、周りをキョロキョロと見渡す。

「安心したぜ。故障した飛行機っぽいのは見当たらないな。みんなちゃんと帰還できたんだよ。」

『それは何よりだ。さぁ、私たちも戻ろう。ただし気を抜くなよ、地下トンネルには地底怪獣がいるかもしれない。』

「わーってるよ。」

そんなイクタの胸が、突然震えた。胸ポケットにしまっていた通信機が、何かを受信したようである。

「なんだ?これ使うのも久しぶりだな。存在忘れてたぜ。」

通信機を取り出すイクタ。どうやら、通話を受信したようだ。送り主はイケコマとある。

「地下からはいかなる通信も遮断されるはずだ。てことはイケコマさん、まだこんなところにいやがったのか。世話の焼けるセンパイだぜ全く。」

文句を吐きながら、通信機のスイッチを入れた。

「はい、こちらイクタ。」

「イ、イ、イクタか!?よかった!無事だったか!もう繋がる距離にまで来たんだな!」

珍しく慌てているのか、ろれつが上手く回っていない様子のイケコマの声が聞こえて来た。

「落ち着けよイケコマさん。あれか?飛行機でも故障したの?」

「私の乗っている飛行機は無事に動く!だがそれどころじゃない!トキエダ隊長が……亡くなった…」

最後は消えそうな声で呟いたイケコマ。

「……は?今なんて…」

「隊長だけじゃない!隊長たち6人の乗ったアイリスバードに、飛んで来た瓦礫が直撃したんだ!全員…即死のようだ…。」

イクタは通信機を落としかけたが、どうにか再び強く握りしめた。イケコマはその性格的に、このような不謹慎極まりない冗談を最も嫌う男とみてもいい。間違いなく、これは真実だ。真実を伝える人間の声色だ。

「…今、あんたらどこにいる!?エレメント!索敵を!」

『ここから西に100メートルだ!その距離で、なぜ目視することができないのだ!?』

「みんな巻き上がった砂を被ってしまっている。それらを除去している場合じゃなかったんだ!」

「しまった…。その可能性を完全に捨ててた…。今いく!」

イクタは、エレメントの教えた方向へと駆け出した。先ほどから、何故か体に謎の力が湧いているからか、3秒という速さで場所へ駆けつけた。

「イケコマさん!!」

「は、早かったなイクタ…。アイリスバードは爆発したのか、大破してネジ単位で転がっていた。だから、隊員たちの遺体もバラバラだ…。正直、これらが誰の腕で、誰の足かもわからない。」

イケコマの視線の先には、白い布が被された、つい先刻まで人間だった物体が安置されていた。

「……」

イクタは絶句していた。言葉も出せない現実が、目の前にあった。

『爆発のせい…ということは、私のせいでもあるのだ…。私が、あの時君の判断通り、時間稼ぎだけを考えていればこんなことには………。私は……私はまたこの手で……人を殺めたというのか……。何度同じ過ちを犯せば!!私は!!』

「……落ち着け。時間稼ぎに徹しても、俺たちがグランガオンに負けて、結果的にはあいつに殺されていただろうな。」

イクタはそう言った。

『イクタ!目の前に君の恩人の遺体があるんだぞ!なんという言葉を!』らしくなく、激怒するエレメント。人の命には敏感になっているようだ。

「……うるせぇ……。こうなったのも…全部黒ローブのせいだ…!何が取引だ!…俺はあいつらを…あいつらを絶対許さねぇ!殺す!1人残らず殺す!…殺しつくす!!」

その瞬間、イクタの瞳の色が紫色に変色した。背中からは、隊員服を突き破り灰色の突起物のようなものが隆起し出現し、右腕だけが極端に太く変化した。

「…イクタ!?」

思いがけぬ現象に、数歩退く生存隊員たち。

『これは……いかん!!落ち着くんだイクタ!!』

エレメントはその異変の正体に気づき、慌てて制御を試みる。

『殺す……!』

ついに声にまで変化が現れた。これは間違いなく、『異人化』への兆候だ。

『まずい…ここでイクタが異人化すれば…1人残らず死ぬ…!!』

「何!?」

 地下人類として初めて、地上へと上がって来たIRIS精鋭部隊。だが、そんな彼らを待ち受けていたのは、地獄の連続、ただそれだけであった。

 

                                                     続く



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第3章 地下編第2部〜組織と怪獣兵器〜
第14話「帰還」


 地下はもう目の前ーそんな撤退中のIRISを襲った、まさかの事態。この危機を乗り越えたところで、地下世界は快く我々の帰還を喜んでくれるのであろうか?物語は、新たな局面を迎えようとしているー


第14話「帰還」

 

『殺す…!』

身体の一部に既に異人化が進行しているのは、地下世界で確認されている唯一の『リディオ・アクティブ・ヒューマン』であり、地下唯一の武装組織『IRIS』に所属するエリート隊員、イクタ・トシツキであった。

『まずい…ここでイクタが異人化すれば…1人残らず死ぬ…!!』

「何!?」

地上へ遠征していた、IRISの精鋭部隊を襲うのは、絶え間のない地獄、そして絶望。頼れる隊長は戦死し、最強の戦力であるイクタが、今最大の脅威に生まれ変わろうともしている。

「エレメント!どうにかならないのか!?」

『……イクタを信じるほかない!』

 敵の異人化を目撃しているのは、イクタとエレメントだけである。それも、ただの一度だけ。だが、ラザホーは自分の意思で異人態となり、その力も制御できていた。つまりこれは、当事者の意思でコントロールできる力であるはずなのだ。イクタが我に帰ることさえできれば…しかし、やはり最も信頼し、恩人でもあるトキエダの死に直面してしまっているのだ、そう簡単に我に帰れるはずもない。

 思い返せば、ローレンの持ちかけた取引はイクタが戦闘で疲弊し、仲間の死からも離れ、精神も安定している中で行われた。そして、彼らは早々に瀕死の仲間を救出し、住処へと帰還している。それに対して我々は、まだ地上にいるどころか、ここに来て全滅の可能性さえ生まれた。今のこの状況は、ローレンの思惑通りの展開になっていると言っても過言ではないだろう。半年の休戦を約束したが、それまでに、こうして彼ら精鋭部隊が全滅してしまえば、地下への侵攻は容易になるばかりか、カプセルを研究される危険性も消え去り、もういつ取引を破棄されようとも、こちら側からは何も手が出せないという、完全体制を整えることができることになるのだ。

 この事から推測するに、未来を読むというアビリティはローレンに引き継がれていると見て間違いないだろう。IRISが地上に現れたその瞬間から、いや、もっと前から、彼には圧倒的勝利のビジョンが見えていたという事だ。

 この戦いは、まぎれもなくIRISの大敗北に終わった。これほどまでに屈辱的な敗北があるのか。自身にもっと力があれば、結果は変わっていたかもしれない。エレメントは、自分自身を責めることしかできなかった。

「…総員、アイリスリボルバーを抜け。」

残っている6人の隊員たちにそう指示を出したイケコマ。

「イ、イケコマさん!相手はイクタですよ!」

キャサリンは指示に従えない様子だ。他の隊員も同じようなことを思ったのか、なかなか銃を抜けないでいた。

「わかっておる!だが!我々は地下の平和を守るIRISだ!地下の脅威になるのなら、立ち向かう!それが我々の使命だ!」

大きな声で気を張るイケコマの銃を握る手も震えていた。おそらく、自らをも鼓舞しようとしているのだろう。

『いや…その手はありかもしれないな。』

エレメントが呟いた。

「…どういうことだ?」

『弾丸の一発でも浴びれば、目を覚ますかもしれない。強引なやり方だが、悠長なことは言ってられないだろう。』

「なるほど……いや、まぁ、俺もそういう目的でな、お前らに指示を出したんだよ。」

慌てて話すイケコマ。

「嘘でしょ……でもまぁ、ここは俺に任せてください。射撃の腕なら、イクタの次ですよ俺は。」

オリバーが銃を抜いた。

『致命傷は避けろ。使う弾丸は電撃弾だ。』

「わかってます。許せ、イクタ!」

オリバーは銃を構え、照準を合わせると、引き金を引いた。バリバリバリッという音を立て、弾丸がイクタへと迫る。イクタの腕に着弾すると、電気ショックがイクタの身体を駆け巡った。

『……!』イクタは気を失ったのか、その場にドサっと倒れた。異人化が止まったのか、身体が元の姿へと戻っていく。

「……ふぅ。どうにかなりましたね。」

「うむ。幸いなことに、俺たちの乗って来たアイリスバードはまだ動ける。燃料も足りているしな。貨物室へ遺体を運んでくれ。そして砂を撤去するぞ。特に、エンジン付近は念入りな。」

イケコマが指示を出していく。やはりトキエダと同じ小隊で長らく死線を掻い潜って来た歴戦の隊員だ。そのトキエダたちが目の前で戦死している状況から目を逸らさず、的確に指示を出していく。この男にも、部隊を率いる才能があるのかもしれない。

「それと、詳しい被害報告をまとめておいてくれ。地下に帰還したら、まずはそれを本部長に通達しなければならない。まぁ、20あったアイリスバードが、たったの1機で帰ってくるんじゃ、みんな度肝を抜かれるな…。悪い意味で。」

「あれだけの大金を使い、あれだけの市民の期待と信頼を背負って、この大失敗。俺たち、責任問われてクビかもしれませんね。」

ゴームズがため息を吐いた。

「俺たちがクビになるようなことになる前に、まずは本部長が辞職に追い込まれるだろう。最悪の場合、組織そのものが解散だ。改めて自覚しなければならないが、我々は、そのレベルの失態を犯した。敵の規模が想定外、そんなものは言い訳にはならない。それが、任務というものだ。」イケコマは厳しい顔をしていた。これから、我々を待ち受けるのはどのような未来なのだろうか。隊員やその家族は市民からの厳しい弾圧や迫害も覚悟しなければいけない。この事をめぐっての内戦の勃発も覚悟しなければいけない。人類は、地下へと侵食している放射能での絶滅を待つ前に、互いに殺し合っての絶滅を果たすかもしれない。地上だろうが、地下だろうが、人間は同じ過ちを繰り返すだけの、悲しい生物なのだ。

「砂の撤去作業と、簡単な修理作業が完了しました。気休め程度の修理ですが、基地に帰還する程度の飛行ならば、問題なく可能です。」

しばらくして、クワハラ隊員がそう報告に来た。

「うむ。では早いところ帰還しよう。また怪獣に襲われるんじゃ、たまったものじゃない。」

イケコマたちはアイリスバードへと乗り込んでいった。廊下の脇には、睡眠薬を飲まされ、安置されているイクタが、布団の上に寝かされていた。

「操縦は俺に任せてくれ。オリバー、君はイクタの見張りだ。またあのような現象が生じれば、電撃弾を放て。」

「了解。」

アイリスバードはエンジンを吹かし、垂直に離陸した。ゆっくりと方向を変えると、砂漠の穴へと向かい、発進した。

 地上遠征、及び地上サンプルの回収、補給基地の設置作戦は、これにて撤退という形で収束した。回収できたサンプルは、計750グラム、うち125グラムの持ち帰りに成功。補給基地や拠点の設置は遂に叶わなかった。物的被害は、アイリスバード19機が破損、飛行不可のため帰還できず。それに伴い、19機の放射能クリーナー及び搭載されていた爆薬などの兵器を失った。人的被害は、死亡6名、行方不明者7名。死亡者には小隊の長であるトキエダが含まれている。

 戦果としては、驚異的な怪獣である『天の覇獣イニシア』の撃破。黒ローブの1人ラザホーを殺害、そして怪獣兵器である小型カプセルの入手。ただこれだけではあるが、覇獣の撃破と、おそらく少数規模の組織である黒ローブから、1人を除去することができた。大敗北に変わりはないが、これは大きな結果とも言えるだろう。特に、取引によって手に入れた怪獣兵器は、今後のIRISの科学力、戦力に大きく貢献するであろう貴重な財産となった。もちろん、組織が存続すればの話ではあるが。この結果をどう捉えるのかは、本部長と市民に委ねられている。

 

 地下トンネルを潜り抜け、アイリスバードは、地下世界へと帰還した。あれから1週間と経っていないのに、とても懐かしく感じる光景だ。青空や太陽ではなく、天井に張りつめられたLEDライトで生み出す人工的な日光も、こうして見てみると悪くはない。そんなアイリスバードの元に、すぐに通信が入ってきた。

「こちら本部管制塔!そちらの機体を確認した!応答頼む!」

「こちら地上遠征部隊のイケコマだ。本部への誘導を願いたい。」

「了解。他の機も一緒に誘導しよう。遅れて来ているのか?」

管制塔からの問いかけに、しばらく答えきれずにいるイケコマ。しばらくの間静寂が訪れる。

「どうした?イケコマ隊員、聞こえているか?応答頼む。」

「…あ、あぁ聞こえている。すまない。帰還したのは…この機だけだ。」

イケコマは自分を落ち着かせて発言した。わかっていても、この結果を報告するには相当な勇気が必要だ。

「…それはどういう…?」

管制塔もドタついてきたのか、通信機の向こうからは、この男の声だけでなく、後ろで騒ついているスタッフたちの声も聞こえてきた。

「…全ては、本部に帰還後報告する。まずは、誘導を頼む…。」

「…わかった。」

スタッフもただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、それ以上は何も追及しなかった。

 こうして、無事に本部基地の滑走路へとたどり着いたアイリスバード。その元に、本部長を含めた本部の首脳陣が駆け寄ってくる。

「一体どういういことだ!?なぜ1機だけしかいない!?」

慌てた様子のこの初老の男が、本部長であるジェイミー・ルイーズだ。

「……」

隊員たちは、誰1人としてその口を開くことができなかった。

「…今から、緊急のIRIS世界会議を開くことは可能ですか?」

イケコマが切り出す。

「君たちの戦闘機を確認した段階で、もう各支部の支部長たちには連絡済みだ。あと3時間も経てば、会議も始められるはずだ。その場で、きっちりと説明してもらおう。」

本部長は、この事態を深刻に考えている様子であるかと聞かれれば、そうではないようにも見えた。おそらく、都合の良い妄想でもしているのだろう。例えば、地上に基地を建設することに成功し、そのことを、こうして我々に報告に向かわせた、とか。

 確かに、こちらが待つ側の立場であれば、そうあってほしいと願うであろう。隊員たちは、もはや結果を報告することそのものが罪なのではないのかと考え始めていた。

 だが、会議までは3時間もある。その間に、この機体に積んである遺体を隠し通すことはできないだろう。どのみち報告しなければならない事案だ。イケコマは、意を決して本部長に話しかけた。

「本部長!…その、会議の前にお耳に入れておかなければならない話があります!」

「……何かね?」

イケコマの声を聞き、少し不安そうな顔を見せる本部長。

「……我が…我が小隊は!隊長であるトキエダをはじめ、13名の勇気ある隊員を失いました!!補給用の拠点を設置することも叶いませんでした!!」

「……そうか…。」

本部長の表情に、目立った変化はなかった。ただ大きく息を吐き、肩をガックリと落とし、その場に座り込んだだけであった。大方、予想はついていたのだろうか。それに対し、その周囲の人々の顔は、真っ青に染まっていた。

「ト、トキエダ隊長が戦死……?」

「なんということだ…!」

中には文字通り腰を抜かし、その場にガクンと腰を落とす者までいた。規模がそこまで大きくない遠征計画とはいえ、たったの1週間もせずに引き返してきたのだ。少なくとも良い報告は聞けまいと、ある程度の覚悟はあったのかもしれないが、さすがに、その報告は彼らの予想以上に酷いものだったということだろう。

「わかった。詳しいことは会議で改めて話してもらおう。戦死した隊員たちの遺体などはあるのかね?」

本部長が訊ねた。

「…はい。遺体とは言っても、全てバラバラになっていて、誰が誰だかもわかりませんが…。」

クワハラ隊員とオリバー隊員が、遺体の安置してある布団を2人で抱えて運び出してきた。覆いかぶさっていた白い布をめくると、そこには言葉では表しきれない残酷な光景が広がっていた。

「…!」

本部長たちは思わず目を背けた。その隣で、本部長の秘書が嘔吐する。

「13名のうち、7名は行方不明です。」

イケコマが付け加えた。

「……」

本部長は言葉にならない言葉を発した後、現実を受け入れるように再び視線を遺体に向けると、その前で合掌した。それに続き、取り巻きたちや隊員たちも同じく手を合わせた。皆暫くの間、深く頭を下げていた。

 

 機体の収納や、戦利品のまとめ、会議の準備などを行なっているうちに、あっという間に三時間が経過した。その間に叩き起こされ、目を覚ましたイクタは、1人ボーッと天井を見上げていた。

『少しは落ち着いたか?イクタ?』

イケコマの配慮により、イクタの元へと返されていたエレメントミキサーの中から、エレメントが話しかける。

「…あぁ。イケコマさんたちに聞いたよ。この俺が、怪物みたいになったってな…。」

『覚えていないのか?』

「うん。…でも前向きに捉えるよ。俺の身体を調べ尽くせば、あいつらの秘密も同時にわかるということだ。ローレンは俺らを甘く見過ぎだ。あいつは、自分で自分の首を締めてるんだ。」

イクタは断言した。

『確かに、同意できる。取引のためとはいえ、敵に最高機密であろう怪獣兵器を与え、君の異人化さえ仕組んでいた。おそらく君が異人化し暴走すれば、あの時あの場所で我々が全滅し、全てを無かったことにできると思っていたのだろう。ああ見えてローレンという男は、意外と考えが浅はかな奴かもしれないな。』

自分もその浅はかな心配をしていたことは棚に上げ、エレメントがそう推測した。

「その可能性は出てきた。未だに俺のアビリティについて知らないし、あれはただの馬鹿だ。知っていれば、あんな行動には出ない。だが、あいつのアビリティはおそらく俺たちにとって最も障害となりうるものだ。」

『やはり君も、彼のアビリティは未来予知と思うのか?』

「いや、少し違うな。あれはただ未来が見えるってだけのものじゃない。あれには複雑なカラクリがありそうだ。」

『どういういことだ?』

エレメントがそう訊ねた時だった。イクタの元に、本部のスタッフが駆け寄ってきた。

「イクタ隊員、会議の時間です。」

「あぁ、わかった。今行く。」

イクタはスタッフの後を追うように歩き始めた。

「続きはまた今度だ。」

エレメントの問いに対してそう答えると、ミキサーをポケットの中にしまった。

 

 IRISの緊急世界会議の時間が訪れた。会議室には各支部の支部長に加え、本部長の許可を得ている新聞社、テレビ局などメディア関係者も入室していた。

「ではこれより、緊急会議を行う。本来であればこの会議は機密であるため、メディアに晒すなど到底考えられないものではあるが、今回は地上遠征部隊が帰還し、彼らの任務の結果報告がメインの議題となることから、特別に一部メディアの入室を許している。各支部長等にはご了承願いたい。」

本部長の挨拶から、会議が始まった。

「ではまずは、地上遠征部隊からの報告だ。イケコマ隊員、イクタ隊員、前へ。」

イケコマとイクタが、天井から吊るされているスクリーンの横に立った。

「イクタ隊員はわかるが…その隣の隊員は知らないな…。トキエダ隊長はどうしたのだろうか?」

「あれ…トキエダ隊長ではないのか?」

会議室は瞬く間に騒がしくなった。

「静かに!…では、隊員諸君、報告を。」

「はい。まずは、良い結果から。イクタ。」

イケコマはイクタに任せた。

「今回の遠征で得られたものは大きい。まずは、地上で採取したサンプルだ。」

サンプルの画像がスクリーンに映される。

「植物から、昆虫などの小動物がある。これは現在の地上の生態系を知る手がかりになる、非常に貴重なものだ。」

おおお、と傍聴者たちが嬉しそうな声を上げる。イクタとイケコマは、絶え間のないカメラのフラッシュにさらされる。

「次に、これだ。」

スクリーンが切り替わり、小型のカプセルが映される。

「見覚えのないものだろう。事実、これは地下世界には存在しないものだ。このカプセルの正体こそ、地下に脅威を与えてきた怪獣兵器なのだ。」

再びフラッシュが焚かれる。支部長たちから質問が飛んでくる。

「怪獣兵器を手に入れたというのか!?」

「本当に…ここから怪獣が飛び出すのか!?」

多くの質問があったが、だいたいが同じような内容だ。

「これを手に入れることができた経緯には、敵の組織に大きな被害を与えることができたという背景がある。まず、敵の1人を戦闘により殺害、同時に脅威的な力を持つ怪獣をも撃破。さらに、1人の人間と、1体の怪獣に瀕死のダメージを与えた。その結果として、敵のリーダーから、休戦協定の条件の一つとして、これを渡さざるを得ない状況を生み出した。」

「なるほど。やはり怪獣兵器を操る黒ローブの組織は実在していたのか。」

EGー04地区の支部長エリオットは、まだ心のどこかでその存在を否定いていたようである。

「その、敵の規模というのはどの程度なのかね?そして、休戦協定とは?」

CHー34支部のヤン支部長が訊ねた。

「順を追って説明する。これまで黒ローブと称してきた、謎の組織だが、その人数規模は推測だが多くても10人、現状5人くらいであるとも思える。だが、そのうち最低2人は、俺と同じリディオ・アクティブ・ヒューマンだ。能力も大雑把ではあるが割れている。しかし人数は少なくても、あいつらには地上の強力な怪獣たちという戦闘員がいる。やはり簡単に崩せるような奴らではない。少数のメリットの一つとして、統制が取りやすいのもある。仲間割れを狙うのも厳しいだろうな。」

「そうか…。」

「そして休戦協定というものだが、これは敵側から持ち出してきたものだ。敵は1人の犠牲という人員被害、そして銃という戦闘能力を所持する俺から瀕死の仲間を守るために、持ち出してきたと思われる。その内容だが、半年の間、お互いに地下を、地上を攻め込まない事を約束するものだ。それだけ、相手側に痛手を負わせることができたという裏返しでもある。」

「そんな口約束が、信用できるのか?」

フクハラ支部長の疑問は当然のものだった。この場にいる誰もが、同じ事を思っただろう。

「奴はそのために怪獣兵器まで渡している。もちろん、だからと言って信憑性が増すわけではないが、我々側には、この協定を呑むために良い条件を提示されたと見て良い。無論、万が一に備えて、自動固定砲などの無人兵器を大量生産、配備して警戒態勢は整えなければいけない。」

「だが……これから3ヶ月は十分な資金を出すことができん。それだけ、この計画につぎ込んだからな。最新鋭の戦闘機20機に、放射能クリーナーを弾頭設置型から据え置き型まで多く配備、この出費の分だけを補充するにはかなりの時間が必要だ。」

本部長はそう言った。

「それに、これは組織が現状のまま、運営できればの話だ。そうはいかないことになるかもしれないのだろう?イクタ隊員。」

本部長はそう続けた。つまり、被害の件を話せということだろう。

「ん?どういうことですか本部長?」

再び会場が騒々しくなった。

「続けて俺が話す。えー、今述べたように、今回の遠征は失敗には終わったものの、大きな成果を得ることができた。しかし我々には、同時にこの度の休戦協定をありがたく呑まなければならないのほどの、大きなダメージも残った。」

「回りくどく話すな。何を言いたい?」

苛立ったように声を上げるエリオット支部長。

「では具体的な数字で、今回の遠征で被った被害について説明する。まずは、物的被害だ。我々はアイリスバードマーク2を19機、及びそれらに搭載されていた火力兵器、装置などを失った。全て、戦闘の結果だ。」

メディア関係者に衝撃が走ったのか、彼らのいる場所からザワッという音が聞こえる。

「次に、人員被害だ。我々は敵組織の男の1人と、地球最強の怪獣『地の覇獣グランガオン』との戦闘により、実に13名の隊員の命を失った。」

イクタは構わず、そう続けた。だが、会場の反応は彼の予想に反し、静まり返っていた。おそらく、現状が飲み込めていないのか、それともそれを拒んでいるのか、どちらかであろう。

「…我々精鋭部隊は、その長であるトキエダ隊長を始めとする、13名の若い命を失った。彼らは死の直前まで全力で戦った、誇るべき勇気を持った青年たちであった。生存隊員は、イクタ、クワハラ、イケコマ、オリバー、ゴームズ、そしてキャサリンの以上隊員だ。俺からの報告は以上。」

イクタは壇上から去って行った。

 

「ちょ、ちょっと待て!精鋭部隊が!?IRISでトップレベルの技術や腕を持ったあの隊員たちが、13名も死んだというのか!?」

「しかもトキエダ隊長までが……。IRISが受けた被害は尋常じゃないぞ…。」

「これを市民が知ったらどうなる!?戦果どうこうの前に、大変な事態になるぞ…。」

慌てふためくメディア関係者たち。そこへ、TKー18支部のキヨミズ情報局長が駆け寄ってきた。

「み、みなさん!ひとまず私についてきてください!私はTKー18支部の情報局長キヨミズと申します!」

局長は、彼らを別室へと誘導して行った。おそらく、これからの報道に関する何らかのことを話すのであろうが、とりあえずこの会議室から外に追いやったその行動は褒められるべきものだ。あの局長に、そのような気を使うことができたとは。

 しかし、会場内は次第に騒がしくなるばかりだ。精鋭部隊は、IRISが全世界各地の支部からトップレベルの隊員を総集して結成した小隊だ。これは今までのように支部単位での問題ではなく、世界単位での問題となっている。当然、各支部長は自らが統治する支部から死者を出したという事実を突きつけられたわけである。

「何ということだ…!我が支部のエドガーが死んだというのか!?」

エリオット支部長は怒りで顔を真っ赤にしていた。

「エドガーはな!我が地区では誰もがその名を知る、絶対的な隊員だったのだ!民衆からの信頼も、一般隊員とは格が違うものを寄せられていたのだ!私は、私の地区にどんな顔をして戻り、どんな説明をすればいいのだ!教えてくれ!」

エリオットは会議室の机を蹴り上げた。大きな音が響き、会場は静かになり、視線がエリオットに集中する。

「……ちっ」

エリオットは、手荷物を抱え、退室した。

「そうか…。トキエダは死んだか…。」

フクハラ支部長も、がっくりと肩を落としていた。

「…戦いというのは、どこが勝とうが負けようが、双方の兵士に必ず死人が出る。」

フクハラは、隣にいた司令官に話しかけるように語り出した。

「兵士が戦い、死ぬからこそ、戦いには勝敗という結果が現れる。だが、戦というのはそんなに単純なものじゃあない。その兵士1人1人に家族がいて、友人がいて、大切な人間がいる。1人が死ぬだけで、その何倍という数の人間が悲しみを背負うことになる。司令官、君ならわかるだろう。」

「もちろん。ですが、そんなことをいちいち気にしていたら、戦はできません。」

「その通りだ。それが兵を統制する立場として正しいあり方だろう。ではあるが、市民はどう思う。隊員たちは、隊員であって兵士ではない。今回の遠征の企画が通るまでの過程で、一番の障害となったのは金の問題ではない。市民の反対の声だ。」

「…それは…そうでしたね。」

「本来IRISの役目は、地下で暮らす市民を守ることにある。地上に行くことは、その役割を逸脱したものだと、非難されていたのは覚えているかね?計画当時から存在していた反対の声、そしてこの戦果。要するに、この組織は解散の時を待つだけなんだよ。どれだけの市民が悲しみに暮れ、このIRISへ不信感を抱き始めるのか。もう、結果は見えている。」

フクハラは再びため息をついた。

「しかし支部長!IRISが解散すれば、それこそ地下を守るという役目を果たすことができません!敵や怪獣と戦えるのは、我々だけなのです!」

司令官は力強く言い放った。

「君の言う通りだ。だからだ。この解散の危機を乗り越え、IRISは存続しなければならない。」

『その通りだな。』その会話に割って入ってきたのはエレメントだった。エレメントとはいっても、イクタの腰にぶら下がったエレメントミキサーの中からなのだが。

「…その声は、エレメント…ウルトラマンエレメントかな?」

フクハラが訊ねた。

「…支部長のおっさん、エレメントのこと知ってたのか。」

イクタは、驚いた様子ではなく、平然とした様子で呟いた。

「あぁ、そうだ。その顔を見ると、お前はお前の知りたがっていたことを全て知ったようだな。」

「まぁ、ね。だがそれと引き換えに、トキエダさんが死んじまった。俺が、俺の正体をもう少し早く明かしていたら、こんな結果にはならなかった。全員無事に帰ってこれたんだ。」

『自分を責めるなイクタ!あれは私のせいだ!この忌々しいエネルギー制限さえなければ…!或いは君の指示に従っておけば、もっと言うなら、あの爆発さえ起こさなければ!』

エレメントは戦闘の時の行動を思い返しながら叫んだ。

「自分を責めるなって、そりゃブーメランだよ。」

その会話の輪の中で、唯一、内容が理解できていない様子の人間がいた。司令官である。

「ちょっと待ってくれ、イクタ。なんでお前そんなにエレメントと自然に会話している?そしてなんだ、お前の正体ってのは?」

「あぁ、俺がエレメントに変身するってことだよ。要するに、あんたらが今まで見てきたエレメントは俺だ。」

「……?な、なにぃ!?」

思わず大声で叫んでしまった司令官。視線がこちらに集まってくる。

「おいおい、注目集めたらやばいだろ。静かにしてくれよな。」

「イ、イクタ!なぜそのことをあの場で公表しなかった?我が組織へのダメージを軽減させることができたのかもしれんのだぞ!」

司令官はイクタの耳に顔を近づけ、囁くように訊ねた。

「どうだろうね。逆に、なぜ今までそれを隠蔽してきたのか、公表しておけば被害は食い止められたのではないのか、とか、メディアの好き勝手に言われるぜ?」

「そ、それはそうかもしれんが……!」

「でもね…」

今度はイクタが、顔を司令官の耳に近づけた。

「公表するタイミング次第では、組織存続への大きな決定打になりうる。つまりこれは、諸刃の剣ってわけ。」

「そ、そのタイミングとはいつだ?」

「さぁ?でも、その時は必ずやってくる。俺に任せておいてよ。俺に任せて、困ったことが一度でもあるか?」

「………わかった。元より俺は、戦闘の指揮以外はてんでダメだしな。」

「司令官は話が早くて助かるよ。局長とは大違いだ。」

イクタは司令官から顔を話すと、支部長の方へと向き直した。

「支部長、こんな時に悪いけど、一つだけ頼みがあるんだ。」

「…言ってみろ。」

「俺はサイエンスチームに戻る。これから行う実験には一切口を挟まないで欲しい。できれば、支部長にも知られたくはない機密実験になる。」

「無茶を言うなイクタ!支部長が把握できない実験を、支部でできるわけがあるか!?」

早速司令官が口を挟んだ。

「まぁ待て。いいだろう、それは人類の未来に役立つものなのだろう?」

「もちろん。俺は黒ローブを許さない。あいつらを叩き潰し、地上を手に入れるために欠かせない実験だ。」

「わかった。さて、とりあえず支部に帰るぞ。トキエダたちの追悼式の日程も立てねばならんし、部隊の編成から市民への説明。やることが山のようにできてしまった。」

支部長は立ち上がった。

「了解。」

イクタと司令官は、歩き始めた支部長の後ろを追うように付いて行った。

 

 ローレンたちのアジトは、すっかり静かになっていた。いつもはうるさいくらいであったラザホーの声も、なくなると結構寂しいものだ。ローレンの世話係のような位置付けにあったダームも、瀕死のため治療カプセルに放り込まれている。最低でも2週間はあのままだろう。

「しっかし、やっぱ納得いかねーよ!」

キュリはどうも、イライラしているようだ。

「何が不満だ?」

ローレンは彼女を落ち着かせるように言った。

「休戦の取引は百歩譲ってまぁ良いとして、怪獣兵器まで渡したことだよ!もううちにラザホーはいないんだ!あれが最後のカプセルだっただろ!」

「あぁ、そのことか。」

ローレンはドサっと椅子に腰をかけ、背もたれにもたれた。

「あぁ、そのことか。って何余裕かましてやがんだよ!」

「逆に聞くが、お前は何をそんなことで苛立っている?」

「あんただってわかってるだろ!?地下の科学力は想定以上だった。レジオンを投入した時に既にわかったはずだ。そんな奴らに怪獣兵器なんか渡したら、すぐに複製されるぞ!こっちには操れる怪獣がグランガオンしかいないのに、向こうにはたくさんいまーす!なんて事態になったらどうしてくれる気だ!?」

キュリは早口でまくし立てた。

「落ち着け。むしろそうなれば、こっちの思う壺だ。」

ローレンの言葉は、意外なものだった。

「……どういうことだ?」

「奴らと再び戦う時には、その意味もわかるだろう。俺は疲れた。寝るぞ。」

ローレンはそのまま、すぐに眠りについてしまった。

「……未来を予知した上での行動だったのか……?いや、でもそれはイクタに関する未来だから正確に見通すことができないはず…。ローレン、お前一体何を…?」

キュリの頭では、いくら考えても答えは出なかった。

 

 その地には高度な文明が存在していた。そう、火星である。火星にあるとある大国のホワイトハウスに、各国の要人が集っていた。

「大統領、その後、地球の様子は?」

黄色の肌の男性が訊ねた。

「将主席か。うむ、監視衛星の映像から見るに、地下の人間どもが地上へ出て、怪獣たちと一戦交えたらしいな。」

「ほほう。遂に奴らが地上に…。思ったより早かったですな。どうやら、我々の世代で計画が遂行できそうだ。」

将と呼ばれた男性はニヤリと笑った。

「あぁ。各国準備を急いで欲しい。だが、タイミングが早すぎてもいけない。」

「そのセリフから察するに、まだ『マフレーズ』が完成していないということですかな?完成予定は今月だったはずだが。」

黒人の男性がそう訊ねた。

「そういうことだ。思ったより手こずってな。もうしばらくかかりそうだ。実戦配備となれば、半年はかかる。」

「半年…ですか。また、随分と長くなりましたね。」

「しかし楽しみですな。『ウルトラマンマフレーズ』の完成は…。我々がこの火星で過ごした150年は、全てこの計画のためにあったのだ。つまりその計画が、半年後には実行できるということ。いやはや嬉しいものです。」

将は満面の笑みを浮かべた。

「そうだな。では、もうしばらく地球の監視を続けさせよう。今日は解散だ。」

会議室のような部屋から、要人たちが退室して行った。『ウルトラマンマフレーズ』とは、一体何なのであろうか。どうやら地下人類の敵は、ローレンたちだけではなさそうだ。

 

 

                                                      続く



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第15話「休暇」

 戦死した隊員たちの告別式後、イクタ等精鋭部隊の生存隊員には、2週間の休暇を取れとの命令が出た。これから、来たるべき決戦に備えなければいけないイクタは、休暇を快く受け入れることができなかったが、それを逆手に取り動き始めたー


第15話「休暇」

 

 ホームであるTKー18地区へと帰還し、トキエダ等この支部所属隊員の告別式の準備を進めているイクタたち。遺族の方とも既に面会を済ませているが、その時の遺族の方々の反応は、イクタの予想外のものであった。

「……そうですか…。息子はこの仕事が大好きでした。息子もその任務中に、人類の未来のために死ぬことができたのです…。きっと、本望でしたよ。わざわざご連絡くださり、本当にありがとうございます…。」

そう話していたのはトキエダの母であった。厳しい非難を受けると予想していたため、驚きはあったが、面会中はずっと涙を流していた。あの言葉は、本当に本心から述べたものだったのだろうか。我々に気を使って、そのような言葉を選んだかのようにも捉えることができた。だが、やはり親族の想いなのだ。深い詮索などをするなど、無礼にもほどがあるだろう。

 思えば、大きな犠牲を出したレジオン戦でも、多くの遺族の言葉が似たようなものであった。この地区では、それだけの覚悟で隊員になる人間や、またその親族が多いということなのだろう。まるで軍隊のような思い入れだ。しかしそれは嬉しい点でもある。少なくともこの地区は、この組織のあり方や、今回の遠征計画に対して好意的に考えてくれていたということだろう。

 ではあるが、やはり満場一致でそういう意見というわけではない。長らく危険にさらされてきたこの地区だからこそ、脅威を排除し続けてきた我が支部の支持が大きいだけで、世界各地で見れば当たり前ながら、この組織の必要性そのものから疑っている市民は多くいる。

 しかし今は、そのようなことを考えるのは後だ。今考えたところで、死んだ隊員たちが帰ってくるわけではないのだ。まずは、彼らが安らかに眠れるように努めなければならない。

「フクハラ支部長!少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

支部長にそう話しかけたのは、この地区で一番大きな葬儀屋のスタッフだ。

「何かね?」

「恐縮ではございますが、こちらへ…。」

支部長は椅子から腰をあげると、スタッフが案内する方へと歩き出した。まぁ葬儀に関して、一般隊員にはまだ話せない、確認することなどがあるのだろう。

「さて、と。俺はこれからどうすればいいのかねぇ。」

イクタはため息をつくように嘆いた。

『君が今のように落ち込んだり、悩んだりした時には、いつもあのトキエダという男が励ましてくれていたな。』

エレメントが声をかける。

「そうだな。俺には友人と呼べる友人がいないからな。唯一の話し相手だったよ。俺をIRISに入れてくれたのもトキエダさんだったしな。」

『確か、そんな話をしていたな。私も友人は少ない方だった。わずかな人数である心を開いた人間を失う辛さは、よくわかるつもりだ……。』

「そうか。俺たち、似た者同士かもしれんな。まぁ、ここは結構差がついてるがな?」

イクタは自分の頭を指差しながらニヤリと笑った。

『ムムゥ…。君は私に対して好き勝手言ってくれるが、その昔は私も君ほどまでにはいかずとも、それは優秀な科学者として尊敬されていた日々もあったのだぞ?』「過去の自慢話を語る奴は、現在の自分に自信がないという話を聞いたことがあるがな。」

イクタがぼやく。

『…君には勝てないようだ。』

エレメントはミキサーの中で苦笑いを見せた。

 

 それから数日が経ち、隊員たちの告別式が行われた。いつもの白衣ではなく、喪服に身を包んだイクタは、終始会場の隅っこで壁に寄りかかる様に立っていた。

『…やはりこういう儀式は、何度も経験しても嫌なものだ。』

「そりゃ、この場で喜ぶ様な奴は神経疑われるレベルでやばいだろうな。」

イクタは冷たく言った。

『しかし、惜しい人物を失った。彼の指揮力には眼を見張るものがあった。後釜が見つかればのいいのだが、やはり簡単には見つからんだろう。何人たりとも代わりを務めることができないというのは、相当にすごいことだ。改めて、彼という人間の偉大さがわかったよ。』

エレメントは、式に陳列する人々の多さからも、トキエダの人望の高さも再認識している様だ。

「俺にだって、トキエダさんの代わりにはなれない。まぁ、仮に誰か代わりになるような人が出てきたとしても、俺は受け入れないかもな。」

『君のような性格なら、ありえそうなことだ。』

「そんなことより、トキエダさん、前に言っていたよ。こういう事態では、関係者はみんなさも自分だけが悪いかの様に責任を感じて、背負いこむ。だが生き残った者はいつまでもクヨクヨしてないで、死んで行った者たちの分まで、自分に今出来ることをやれってな。」

イクタはレジオン戦後、励ましてくれたトキエダの言葉を思い出しながら語った。

『まぁ、死んで行った者たちへの悲しみが消えることはない。だが、悲しんでいるだけではダメだ。トキエダの言っていたことは、実践するのは難しいが正論だ。でも君なら出来る。そうだろう?』「あったりまえだろ。それを今からやるんだよ。まずは怪獣兵器だ。」

イクタは、音を立てずに会場から去って行った。

 

「休暇!?」

支部長室に呼ばれていた、イクタ、イケコマ、クワハラは支部長からの指示に声を揃えて驚いた。

「そうだ。遠征部隊に参加していた隊員には、本部長の命令により、全世界の支部で2週間の休暇を取ることが義務付けられた。」

支部長はさらに続けた。

「肉体的な疲労に加え…その…なんだ、精神的な疲労もあるだろう。この2週間は当然ながら有給休暇になる。まずは第一線から離れ、身も心もリフレッシュさせてくるのだ。」

「…気遣いは嬉しいけど、言っただろ?やらなきゃいけない事が、サイエンスチームには山ほどあるんだ。休戦期間は半年しかない。いや、敵がいつ約束を破棄するかもわからない。……他の隊員はともかく、俺は休みなんて1日2日でいいよ。」

イクタは訴えた。一刻を争う軍事科学分野の仕事で、2週間の作業ストップはかなりの痛手になる。

「別に、休暇を取るのはうちの支部ではお前たち3人だけだ。エンドウ等に指示して、彼女らの出来る範囲で作業を進めてもらえばいいだろう。」

「そうだぞイクタ。そもそも、お前は働きすぎだ。このIRISは全隊員、スタッフが週休2日制でシフトを組んでいるが、お前はほぼ毎日ここにいるだろ。」

イケコマも、休みを取ることを促してくる。

「そうは言っても、2週間は長すぎだろ。」

「お前にとってはな。俺ら普通の神経の人間には、そのくらいなきゃやってられんわい。」

「俺が普通の神経じゃないとでも言いたいのかよ?イケコマさん。」

睨み合うイクタとイケコマ。

「ま、まぁ。とにかく、家にいればいいんですよ、ね?」

クワハラが仲裁に入る。

「そうだ。IRIS関連の施設に入らなければ、法に触れない限り何をしても良い。」

支部長は、後半を意味深に強調しながらそう言った。

「…なるほど。そういうことか…。ありがとな支部長!」

イクタは礼を言うと、サッと部屋を飛び出して行った。

「…流石に気の変わりようが激しくないですかね?あいつ。」

「まぁ元よりそんな感じのやつだろ。さぁさぁ、君達もとっとと帰宅したまえ。」

「あ、あぁ、ちょっと…」

イケコマとクワハラは、支部長に背中を押され、部屋から追い出された。

「な、なかなか強引な休暇の取らせ方ですね…。」

「そうだな…。」

2人は苦笑いをしながら帰って行った。

 

 イクタはサイエンスチームの研究室を訪れていた。自分のデスクに向かうと、足早に荷物を整理していく。

「あ、チーフ。お疲れ様です。……って何をなさっておられるのでしょうか…?」

イクタの行動を不審がるように訊ねるエンドウ。

「あぁ。俺2週間の休暇……というよりはこの施設への立ち入り禁止令が出たからさ。しばらくこれねぇんだわ。度々留守にして、お前には悪いと思ってるよ。本当にすまん。」

イクタは改まって、エンドウに頭を下げた。

「い、いやいやそんなことないですって!チーフが多忙であることは、みんな重々承知してます。遠征でもお疲れでしょうし、ゆっくり休んで……って、なんでコンピュータとか、デスクのもの全部持って帰ろうとしてるんですか…?」

「決まってるだろ。自宅で作業するんだよ。俺の作業の進行具合とか、過程で生じた問題点や結果はここのメインコンピュータに共有するから、実質俺がこの部屋にいないだけで、他は通常時と変わりないと思ってくれていいぞ。」

イクタはいつも通りの表情で淡々と説明していく。

「ちょちょ、ちょい!それじゃあ休暇の意味ないじゃないですか!?」

「まぁそう言うなよ。自宅にいるんだし、休みたい時には勝手に休むから余計な心配はするな。」

「しかし…!」

「いいかエンドウ。ここには、本部科学班のものよりも充実した研究、実験環境があるんだ。言うなら、俺たちはIRIS軍事の心臓だ。手に入れた怪獣兵器を分析、そしてオリジナルの製作、実戦配備までの段階を迅速に踏むには、俺たちサイエンスチームが必要不可欠なんだ。休暇は必要最小限に抑えなくてはならん。それは部下であるお前達もそうだし、俺だって同じだ。」

イクタはそう言いながら、荷物をまとめると、背中に背負った。

「じゃ、そういうことだ。無論、働きすぎて倒れたら本末転倒だ。俺はそこらへんしっかりわかってるし、さっきも言ったが余計な心配はするな。では、また2週間後だな。バイバイ〜。」

イクタはさっさと退室して行った。

「あ、ちょっと……。はぁ、変わらないわねぇ、チーフも。」

エンドウは諦めたようにため息をついた。

「まぁ良いじゃないですか。実際、イクタさんはオンとオフが結構メリハリついてますし、今まで一度も疲れや病気で倒れたこともありません。心配すべきは、イクタさんに振り回されてる僕らの方ですよ…。」

部下の1人がそう言った。

「それもそうね…。ささ、切り替えて仕事仕事!念願の怪獣兵器を作り上げるのよ!」

エンドウが両手を叩いてパンパンという音を出し、スタッフ達にハッパをかけた。

 

 自宅への帰り道の途中、エレメントはイクタに声をかけた。

『そういえば、君の家に入ったことはないな。』

「まぁ、お前が来てからというもの、忙しくなったからな。ずっと支部で寝泊まりしてたし。」

嫌味たっぷりに呟いたイクタ。

『な、なんかこう…申し訳ない気持ちになるからやめてくれ…。』

「冗談だよ。お前が来る前から、自宅にはあまり帰ってないんだ。なにもないしな。両親の顔だって知らないし、親族がいるわけでもない。友人もいなければ当然彼女なんてものも存在しない。お前、そんな家に帰るのが楽しいと思うか?」

『……君はどこまでも、私と似たような人種のようだ。』

「察するに、あんたも人間だった頃はそんな感じだったということか。」

イクタは苦笑した。

『そうだイクタ。せっかく2週間もの休みをもらったんだ。作業もいいが、少し頼みたいことがある。』

「なんだよ。あんたが俺に願い事なんて珍しいな。」

イクタは目を丸くして驚いた。

『まぁその…なんだ。言い方は変だが、この地下で人々はどのようにして暮らしているのかを知りたいんだ。だからその…、市街地を案内してくれないか?』

「…あんたが作った世界だしな。別にいいけど、俺もそこまで詳しくはないぞ。支部の施設なら、いくらでも案内してやれるが。」

『構わない。私はただ、人々の様子を見ることができればそれでいい。』

「…わかった。作業がキリのいいところまで進んだらな。」

『感謝する。』

そのような会話を交わしているうちに、イクタは自宅であるマンションへと辿り着いた。軽く1年は戻って来ていないだろう。だが、IRISには、ある程度特別な階級になる(イクタの場合、サイエンスチームのチーフという階級がある)と、家に帰れないほど忙しくなる事も増えてくるため、組織のスタッフが一定間隔で掃除などをしてくれるという福利厚生の一環がある。そのため、1年ぶりの帰宅ではあるが、部屋はさほど汚れていない。

 リビングのソファに腰を下ろしたイクタは、その脇に荷物をドサっと置くと、ぐったりと背もたれにもたれた。

「うは〜疲れた。コンピュータとか、色々準備するのは後からだな。」

と、テーブルに置いてあったテレビのリモコンを手にする。

「何か面白い番組でもあってりゃ、暇つぶしにはなるんだが。」

リモコンのスイッチを押した。テレビに電源が入り、液晶画面に映像が流れ出す。ちょうど、昼のニュースの時間帯だったようだ。

「…ですからね、やはり今回IRISが出した損害というものは、かなり大きいんですよ。」

経済評論家、との立て札が置いてあるコメンテーターのような人物がそう語っていた。どうやら、ワイドショーのようである。

「どうやら、ある程度の情報は報道されているようだな。」

『あぁ。どの程度かはわからんが、隠しきれる内容ではないからな。』

「あの局長押しに弱いし、最悪全部喋ってるかもな。」

イクタはキヨミズ情報局長の顔を思い浮かべながら呟いた。

「それでも、IRIS大きな戦果を出しているようですよ。これはこれから再び地上に上がるために、無駄な計画ではなかったという事でしょう?」

今度は軍事評論家がそう言った。なぜこのご時世に、そんな評論家がいるのだろうか。軍といっても、戦闘、戦略兵器を所持している公的組織はIRISしか存在していないのだが。さしずめ、IRISを軍隊とでも呼びたいのだろう。まぁ、大間違いというわけではないし仕方ないか。

「ですが、その代償が大きすぎます。経済的な数字で表すと450億円の損害ですよ?ただの遠征でです。果たして地上とは、そのような損害を出してまで目指すものなのでしょうか?我々人類は、この地下で平和に暮らせておるのです。無理をしてまで、行くところではないでしょう。」

経済評論家はそう述べた。そういえば、この地下へ放射能が到達するまで後50年しかないという事実は公表していなかったな。これは組織存続のためのカードになれるかもしれない。

 しかしワイドショーとは思っていたよりも面白いものだ。テレビを見ているだけで、今の世論というものがよくわかる。やはり大方が、IRISの存在意義を疑い始めているという事だ。そしてこの市民の少数意見を代弁している形の軍事評論家というのも、番組の台本通りに喋っているにすぎないはずだ。要するに、IRIS反対という世論の声を強めるための番組に過ぎないのだろう。

「えぇ、ゲストの皆様、ありがとうございました。では続いてのニュースですが、こちらもIRIS関連のものです。次回のIRIS本部で行われる世界会議では、一般メディア、そして数に制限がございますが一般市民も傍聴可能であるということを、ルイーズ本部長が発表しました。これに関しては、どう思われますか?」

司会がそう進行させた。それは初耳だ。

「そうですねぇ。これはIRISは大きな賭けに出たと思いますよ。」

「と、言いますと?」

「今はほとんどの市民が、IRISの今回の遠征計画、及びその在り方について疑問を持っておるわけです。当然、反対派からの野次などが飛び交うことも予想されます。が、それは同時に、反対派を説得させる大きなチャンスでもあるのです。IRISの今後は、その会議次第と言えますね。」

なるほどその通りだろう。

「そういうことですか。えー、反対の声高まる中、どのような会議を行うのか、注目していきたいところですね。では、続いてのニュースです…」

イクタはIRIS関連の話題が終わったのを確認すると、テレビの電源を切った。

『もういいのか?』

「あぁ。まぁ、大方予想通りってところかな。やっぱり茨の道だぜ。」

『わかりきっていたことだろう。ここは上層部に任せて、やれることをやろう。』

「お前にいちいち言われなくてもわかってるよ。」

イクタはカバンを開けると、デスクから持ち出した道具を、自室の机の上に並べ始めた。ものの10分ほどで、全てのコードをつなぎ、準備を完了させる。

 コンピュータに電源を入れると、それらに繋がれた、見慣れない装置に怪獣兵器である小型カプセルをセットした。

『なんだ?これは?』

すかさずエレメントが訊ねる。

「小型の装置などを解析するもんだ。あんまり使ったことないから、動くか心配だが…。」

しばらくすると、モニター画面にセット完了という文字が現れた。どうやら、ちゃんと稼働してくれるようだ。

「んじゃ、やってみるかねぇ…。」

イクタはカチャカチャと、多くの機械を並列して動かしていく。

「流石に簡単な代物じゃあないな。中央に大きなエネルギー反応があるが、これが怪獣だ。だが、どうやって怪獣をエネルギー体として保存してるんだ?」

『その昔、モンスターをボールに収めて集めるコンピュータゲームが流行ったそうだが、それっぽいのが現実に存在するとはな。』

イクタは頭を掻いた。予想以上に複雑な構造や仕組みをしている。これほどの物となれば、ローレンたちでも製造は容易ではないだろう。特に、イニシアやグランガオンなどといった覇獣クラスを収容するとなるとさらに高度な技術が必要なはずだ。もしかしたら、敵の手駒は想定よりも少ないという可能性まである。

 ならば尚更、この半年でできる限りの怪獣兵器を製造しなければならない。目には目を、怪獣には怪獣をだ。エレメントは強大な力を持つが活動制限がある。対して怪獣は、エネルギー制限がない。もちろん、生物である以上疲れがたまると良いパフォーマンスを発揮することができなくなるが、1体でIRIS隊員数十人以上の戦力になれることは間違いない。

 だが、地上のように採取できる怪獣に制限がないわけではない。地下に迷い込んだ、地上で生き抜くことのできない怪獣しか採取できないというハンデのようなものはあるが、逆にそれだけ制御しやすい戦力が手に入るということだ。

「…そういえば、ラザホーは怪獣兵器を使うとき、何やら銃のようなものに、これを弾丸としてセットし、発射することで使用していたな。」

イクタがふと思い出したように言った。

『あぁ、確かそうだ。もしかしたら、ここから怪獣を出し入れするためのシステムや構造は、銃の方にあるのかもしれん。だが、それは持ち合わせていない。』

確かにローレンも、怪獣兵器を手渡す時に、専用の銃身までは渡せないが、と似たようなニュアンスの発言をしていた。

「いや……まてよ?おい、前にカットフというテロ組織が暴れていたのを覚えているか?」

『カットフ?あぁ、あれか。今も何人かがIRISのリーガライザーの拘置されているはずだな。まぁ、死刑の執行を待つだけだとは思うが。』

カットフとは、IRISを憎む反社会組織だ。以前ラザホーに利用された挙句、ボスを失い、今度こそ壊滅したはずである。

『今更、そんなことを思い出したように話して、どうしたんだ?』

当然の疑問を投げかけるエレメント

「…俺の勘違いかもしれんが…探ってみる価値はある。」

エレメントを無視して、コメカミを弾き、リーガライザーであるオニヤマに通信を飛ばすイクタ。

「はいこちらオニヤマ。……なんだイクタか。お前から通信が入るなんて珍しい。何の用だ?」

「おっちゃん、確かめたいことがあるんだ。15分ほど俺のために時間を割いて欲しいんだが、次はいつ暇が作れる?」

「なんだ?いきなり…。まぁ最近は目立った事件も少ないし、忙しいわけではないが…。急ぎの用か?」

「まぁ、できる限り早い方が嬉しいね。」

「うーむ。」

オニヤマはスケジュールを確認しているのか、しばらく沈黙が続いた。

「いや、良い。これから30分後、会ってやろう。お前は休暇中らしいし、構わないだろう?」

「こっちは良いけど、大丈夫なの?そんないきなり。」

「あぁ。俺くらいの立場になれば、暇な時間を無理やり生み出すこともできるしな。手ぶらで良いのか?」

「持ってきて欲しい資料がある。カットフ事件の時の取り調べの記録や、押収した証拠品類、頼める?」

オニヤマはさらに唸った。IRISの内部関係者とはいえ、支部は支部、関連施設は関連施設である。事件に関する資料を持ち出しても良いのだろうか。

「ちょっと待て、確認を取る。」

オニヤマは近くにいた部下に、司法長官へ連絡を取らせた。司法長官はIRISリーガライザーのトップであり、各支部の関連施設に1人ずつ配置されている。地下世界の法は全てIRISが定め、今でもなお時たまに改正などがされている。司法長官はそれらに関し最高責任者である。

「今確認を取らせた結果だ。地下法第3章の2項目に、IRISに関する、本部長、及び支部長により非公開の命が出されているものは、原則としてIRIS関係者以外に公開してはならないとある。これはIRIS発足時から訂正はされていない。つまり、俺がお前に公開しても大丈夫ということだ。」

「よかった。じゃあ、資料を頼む。俺の家知ってる?関係者以外に漏らさないためには、俺の家がベストだとは思うが。」

「そうだな。だが生憎お前の家の場所は知らない。住所を俺の端末に送ってくれ。すぐに向かう。」

「了解。」

イクタは通信を切った。

『…それで、君は私の質問に答えてくれなかったが、今更そんな話を持ち出して、どうしたのだ?』エレメントが再度訊ねた。

「おっちゃんがきたら話すよ。同じことを二回も三回も話したくはないしね。」

イクタはオニヤマを待つ間、束の間の仮眠をとることにした。

 

 ローレンたちの住処では、ダームがエレメントとやりあって以来に目を覚ました。無論まだ重傷で、治療カプセル内から顔を出したり、起き上がることはできないようだ。

「よぉじじい、生きてたか。」

それに気づいたキュリが声をかける。

「………」

何か口をパクパクとはさせているが、声までは聞き取れない。

「黙って寝ときな。まだ意識が戻ったに過ぎないんだから。ったく、年寄りってのは回復が遅くて困ったもんだぜ。」

 その一方でローレンは、安置されているラザホーの遺体をいじっていた。

「何してるんだ?」

キュリが訊ねる。

「そういえば、こいつの細胞を回収していなかったからな。忘れないうちに。」

「今更そんなことしても、細胞なんてとっくに死んでんだろ?意味あんの?」

「ただの細胞ならな。こいつは右腕に異常発達細胞が埋め込まれてる。困ったことに、こいつは個別に意図的に殺さなければいつまでも生き続けるものだ。」

そう言い終わる頃には、作業が完了したのか、遺体から離れた。

「これで、ラザホーは普通の人間になった。あとは白骨化するだけだな。」

「体の一部分に埋め込まれてるだけで、体全体を腐敗から守れてたってわけか。やっぱ、とんでもない代物だな。」

「あぁ。だが、ただの人間を『異人態』の力を持つ怪人に変貌させることができる、我々の持てる最強の武器とも言える。」

ローレンはスポイドのような装置に収容された、ラザホーの細胞を見つめながら言った。

「リディオ・アビリティ並みの力を持つ能力は得られないが、特に寿命制限もなしに異人として活動できる。ドクターリディオが最終的に生み出したかったのは、ラザホーやダームのような人間だろうな。」

ローレンは呟いた。

「…かもね。幸い、ここにはたくさんの実験用細胞があった。ま、それでも拒絶反応を起こして死んだ奴は多かったけど。」

キュリは幼少期を思い出しながら言った。小さい頃は、ローレンの他にも結構な数の同世代がいた。ローレン以外の子供たちは皆、血の繋がった兄弟であったが。

「当たり前だろう。どんな移植手術にも、拒絶反応くらい発生する。特に放射能に汚染されてる異常細胞なんだ。リスクはでかい。お前は運よく兄弟の中で唯一アビリティを受け継いだ。もしそうでなければ、あいつらのように死んでいたかもしれんな。」

地上に取り残された人間は、当初は僅かに数人しかいなかった。それでもこの劣悪な環境下で、150年も命を繋いできた。その繋ぎ方は、例えるならウミガメのような、多くの命を産み、選ばれたものだけが育っていくといった形式ではあったが。

 だがそれは、地上で生きる人間を少しづつ強くしていった。この地上は放射能汚染により、能力者ではない人間には害でしかないのだが、長い月日により、少しづつ耐性が付いてきたのだ。その証拠に、少しづつ寿命も伸びてきているのか、ラザホーも50半ばまでは生きたし、ダームはもう65に近い。異常細胞移植による恩恵もあるのではあろうが、それだけではないはずだ。

 地上人が、なぜ危険を冒してその身に異常細胞を埋め込み始めたのか。それは単に、いつか地下への復讐を叶えるためである。

「しかし、ここにある実験用細胞も、もう残り少なくなってきている。…だが敵の優秀な兵士はある程度削ぐことができたし、兵団そのものが潰れる可能性もある。どんな手を使ってでも、俺らの代で、この復讐を終わらせるしかない。」

そう誓ったローレンの足元には、割れたガラス瓶が落ちていた。随分と前に割れてそのまま放置されているように見える。その瓶の側面には「Dr.Ladio」と表記されたラベルが貼られてあった。

 

 その頃火星では『ウルトラマンマフレーズ』に関する科学実験が行われていた。従来の人間兵器を凌駕する存在なのだと、大統領は豪語しているが、その分当然だがリスクも高い。幸い『適合者』は1人も死人を出しておらず、計画当初から同じ人間での実験が続いているのだが、例えば地下施設で行われた火力実験では、施設が吹き飛び、辺り一帯の大地が陥没。優秀な科学者の多くが犠牲になった。エネルギー制御実験でも、研究施設が灰と化すなど、大変な損害を出し続けている恐ろしい代物だ。それらのせいで、完成予定日が大幅に延長されている。

 だがそれでも、開発をやめられない理由が彼らにはあった。

「ええい!マフレーズの完成はまだか!?」

流石にこれ以上完成が遅れるようでは、当然他国との合同訓練や、戦略兵器としての実戦配備まで遅れる。半年で作戦遂行可能なレベルにする、と公の場で発言した以上、これでは他国に示しがつかない。大統領は焦っていた。

「如何せんパワーがでかすぎます。彼を上手く扱える施設が存在しません。あと2つほど、段階を踏まなければいけないテストがあるのですが、場所が見つからないのです。」

研究者のリーダーらしき人物が嘆いた。

「嬉しい誤算といったところなのか?それは。ならば少しパワーを落とせ。」

「エネルギーの供給量をいじれば、パワーは落とせますが、大統領は、右に出るものがない超兵器を作れとおっしゃいました。実験可能なレベルまで削ると、瞬間破壊力は核兵器に劣ることになります。」

「瞬間とかそんなことはどうでもいい!結果的に地球をあの卑しく、汚く、犯罪者予備軍であった人間の子孫どもから取り返すのが目的なのだ!地球丸々消し飛ぶようなパワーでは、本末転倒であろう!パワーを落とすのだ!」

大統領は大声で命令を下した。科学者たちは、慌てて作業に取り掛かっていく。

「無能どもめ。そうだ、マフレーズに会わせろ。今なら、少しくらい時間の余裕もあろう。」

「はい。エネルギー調整には15分ほどかかりますので、そのくらいなら。こちらへ。」

スタッフの1人が、大統領を奥へと案内していく。最奥部のフロアには、身体に無数のコードを繋がれた、上半身裸の少年が、機械と一体化している大きな台座に座っていた。

「やぁ、マフレーズ。気分はどうだ?」

大統領が笑顔で話しかける。

「…悪くない。」

マフレーズは機械のように冷たい声で、反射的に答えた。

「ならいい。いいか?お前には我々優秀な民族である地球人類の期待や願いがかかっているのだ。これからも辛いことが多くあるだろうが、乗り越えて欲しいところだ。」

「…わかっている。私は選ばれた者。救世主となる者。そして忌々しい悪の民族の歴史に終止符を打つ者。」

機械的に、処理を行うように淡々と述べるマフレーズ。

「その通りだ。お前は全知全能の神、ウルトラマンマフレーズだ。特別な存在なのだ。これからも今まで以上に、自分にそう言い聞かせていけ。」

大統領はそう言い終えると、マフレーズから数歩離れた。

「承知。」

マフレーズは短く答えると、目を閉じ、身体の活動を停止させた。『スリープモード』だ。大量のエネルギーを消費する過酷な実験の数々に耐えるため、自己学習により身につけた休養法らしい。大統領は、彼がスリープモードに移行したことを確認すると、部屋を退室していった。

 

 オニヤマは時間に厳しい男だ。部下へは1秒の遅刻も許さないが、自身も生まれてこのかた遅刻などという行為をしたことがない。イクタには30分後に会う約束をしていたが、イクタの自宅には、その約束の時間の5分前に姿を見せた。

「俺だ。オニヤマだ。」

ドアをノックしながら、声を発するオニヤマ。ドアがガチャリと開く。

「流石に早かったね。20分程度しか寝れてないよ。」

イクタがぼやいた。

「なんだ、寝ていたのか。これから客が来るというのに相変わらずマイペースなやつだな。」

オニヤマは呆れたように言い放つと、そのままイクタの部屋へと足を進める。

「それで、なんで今更あの事件の資料を欲しがるわけだ?」

彼はそうは訊ねた。エレメントと全く同じような内容の質問だ。まぁ当然の疑問であろう。

「…俺らサイエンスチームは、戦利品である怪獣兵器を研究して、こちらの戦力にしようと考えている。だが、弾丸も特殊な構造であるため、これを発射する装置も、特別なものがあるんだろうと思い込んでいたが。…がー」

「が?」

「あのテロ事件の時も、怪獣兵器による怪獣が現れた。覚えているか?」

「あぁ、ボムレット、とかいう名前の。今でもそっちの施設で研究中なんじゃないか?」

過去を思い出しながらそう答える。

「そうだ。俺たちのオリジナルの怪獣兵器第一号候補に挙がっている。まぁそれは今は置いておいて、その後、おっちゃんは下っ端どもに取り調べをしていたはずだ。」

「あぁそうだ。それが何かー」

そう言いかけてハッと気づいた。

「そういえば、あいつら、自身で所持していた銃で、その怪獣兵器とやらを発射していたはずだ。記録も残っている。」

手持ちの資料を取り出し、取り調べの記録、そして証拠写真などを確認する。

「やはりな。あいつらの証言を信じるのなら、少なくとも、このモデルの銃でなら怪獣兵器を扱えるということだ。」

オニヤマは、写真に写っている大型口径の突撃銃を指差した。

「それならIRISも所持しているな。…あらゆる仮説を立証するには実験しかない。だが運悪く俺は休暇中で、怪獣兵器は俺が持っている。おっちゃんに面倒ふっかけて悪いけど、これを俺の部下まで届けてくれないか?」

イクタはオニヤマに怪獣兵器を渡す。

「……ふん、相変わらず図々しい奴だ。」

呆れたように笑う強面の男。失礼だが、笑顔はあまり似合わない。

「だがまぁいい。明日には、向こうに届いているだろう。」

「サンキュー。助かるぜ。」

「用は済んだようだな?なら、俺は戻るぞ。」

オニヤマはくるりとイクタに背を向けると、カバンを持ち上げ、部屋を出て行こうとした。

「あぁ、わざわざ悪かったな。」

イクタも礼を述べると、彼を見送った。退室し、扉が閉まったところで、エレメントミキサーがイクタのポケットから飛び出し、イクタの顔の前に現れた。

『なるほど、そういうことだったか。だが、あのカプセルを渡しても良かったのか?まだ解析中だろう?』

「まぁ、よくよく考えれば、研究室のやつらに任せた方が早い気がするし、コンピュータで情報も共有できる。昼間は焦りすぎて、そんなことにも気づかなかったというわけだ。」

イクタは自身に呆れたのか、そう嘆いた。

『でも良いじゃないか。結果的に、怪獣兵器に関することが一歩前進したのだ。そんなことより、一つ頼みがあるんだが、聞いてくれるか?』

エレメントはそう言った。

「……今日はお願いしてばっかりだな。頭でもおかしくなったか?」

イクタが冷たく答える。

『まぁまぁ、話だけでも聞いてくれ。』

「……良いけど。」

『こんな時に言うのは今更感があるが、君、私を保管する場所がポケットというのはないだろう。暑苦しくてしょうがない。もう君と私がケミストしていることは、イケコマたち仲間にはバレているのだ。少なくとも出撃時くらいは、ベルトにホルダーでも作って、そこに保管しておいてくれないかな?』

エレメントはそう訴えた。

「…なんだ、その程度のことか。そんなことならお安い御用だ。」

イクタはそう言うと、早速何やら材料を組み立てて、ものの数分でピッタリなサイズのホルダーを作り出した。

「これで良いだろ?」

『相変わらず早いな。うむ、これなら良い。』満足そうに答えた。

「さて、これから忙しくなるな。」

イクタはバルコニーに立つと、そこから、視線の先にある地下の天井を見つめた。

「ローレン、あんたが何を考えているかは知らんが、お前の予想外の出来事を見せてやるぜ。その余裕そうな顔に焦りが走るのを想像するだけで、笑えてきたよ。」

イクタは少しだけ笑うと、再びリビング戻った。

 その一方で、何やら地下市街で怪しい影が暗躍していたことに気付くのは、その翌日を迎えてからになるのであった。

 

                                                        続く



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第16話「亀裂」

 市民が抱くIRISへの不信は日を追うごとに激しくなる一方であった。本部長はほとぼりが冷めるまで無期限のIRIS活動禁止を発表したが、それはさらに情勢を悪化させる。そんな中で、マスコミを交えた世界会議を目前にして、イクタとエレメントの考えがすれ違い、仲違いしてしまった。IRISに、いよいよ「解散」の2文字が迫るー


第16話「亀裂」

 

「イクタチーフからのお届け物……ですか?」

 地下世界の平和と治安を守る非営利組織、『IRIS』のTK-18支部のサイエンスチームの研究室に、珍しい来客があった。彼の名はオニヤマ。彼も同じく『IRIS』の一員ではあるのだが、支部とは別の施設で法に関わる仕事をこなす『リーガライザー』であるため、あまり接点がないのである。研究者と公務員のような職柄なのだ、それもそのはずであろう。

「そうだ。どうやら、かなり重要なものらしいが。」

 オニヤマの持ってきた届け物を手にしたのは、チーフであるイクタの右腕、エンドウである。エンドウは袋に入れられたその中身を確認すると驚いた。

「これって、怪獣兵器じゃないですか!?なぜ?チーフが自宅で研究すると…」

「俺にはよくわからんが、あいつには急に別の研究要件が発生したらしい。怪獣兵器に関しては、やはり全ての環境が揃っているここで、続けて欲しいらしいな。」

オニヤマは簡潔に説明した。

「まぁ、わかりました。わざわざ届けてもらってすみません。チーフには今度きつく言っておきますので。」

エンドウは頭を下げた。オニヤマは犯罪者や受刑者たちから恐れられているリーガライザーなのだが、その恐れらている理由の大半が、この威圧感のある顔にある。エンドウも、この男を不機嫌にさせてはいけないという、何か本能のようなものが働いたのであろう。

「気にするな。あ、それともう一つ、ある。」

オニヤマは思い出したように言うと、銃の写真を取り出した。

「これは…?」

「このモデルの銃で、怪獣兵器を起動できたという前例がある。あのカットフの事件だ。この怪獣兵器も同じように扱えるのかどうか、実験して欲しいとのことだ。」

なるほど、恐らくは、実験のためにカプセルを研究室に届けたのだろう。

「じゃ、用が済んだから、俺は帰るぞ。」

オニヤマはそう言って、研究室を離れていった。

「いやぁ、噂通り怖そうな人ですねぇ、オニヤマさんは。」

エンドウにそう話しかける研究員

「まぁ、そうね。でも実は良い人…だったりして?」

「犯罪者をシバく人ですから、少なくとも悪い人じゃあないと思いますよ。」

「それもそうね。」

エンドウは手短にオニヤマに関する話を終わらせると、部屋中央にあるメインコンピュータの前に立った。このコンピュータには本部の科学班をも超えるデータ量と解析能力がある。直径は大人が7人輪になってようやく囲めるほどのもので、その高さも3メートルはある。さすがに、大きさは半端ではない。

 エンドウはその前に設置されている椅子に腰をかけると、解析装置に怪獣兵器をセットした。

モニターに、数式の羅列が表示される。自動で分析をしているようだ。

「やっぱり、未だによくわからないわねこれ。本当にこれが、地下世界にある極普通の鉄砲で起動できるのかしら?」

エンドウは首をかしげる。

「イクタチーフの報告書によれば、敵の組織には最低2人、リディオ・アクティブ・ヒューマンがいるであろうとのことでしたが、もしかしたら、何かしらのアビリティがなければ作成できない、という可能性も無くはないですね。でも実は、作成が困難なのはこのカプセルだけ、とか?」

隣に座っていたスタッフがそう言った。

「えぇ、そうね。だとしたら、どのみち私たちには作れないものということになるわ。あれだけの犠牲を出してようやく手に入れたのに、それじゃあ市民はますます納得しないわ。」

エンドウは嘆いた。

「まぁ、敵も我々には作れないことをわかっていて、この怪獣兵器を交渉用のアイテムとして使用したのかもしれません。仮にそうだとすれば……いえ、悪いことばかりを考えてはいけませんね。まだ不可能と決まったわけではないですし。」

「そうよ。不可能を可能にするのが、科学の役割よね。」

エンドウは自分に言い聞かせるようにつぶやくと、モニターとの睨めっこを始めた。

「…その意気込みに水を差す用ですまないがー」

突如、研究室に男性の声が響いた。聞き覚えのある声だ。職員が、一斉に声の方向へと顔を向ける。声の正体は、フクハラ支部長であった。

「只今から、IRISは一切の活動が禁止とされた。本部長が特別権利で、そのような命令を出された。今すぐ作業を中止してくれ。」

支部長は、はぁとため息をついた。

「……え?」

突如としての活動禁止という予想外の処置に、スタッフたちはただただ困惑していた。

 

 それは約2時間ほど前の話だ。IRIS本部は、早朝に、本部の首脳陣だけを招集し、緊急会議を開いていたのだ。本部周辺や、一部の地区では、市民による隊員や、隊員の家族への迫害行為が少数であるとはいえ発生しているという事実を重く受け止め、全世界での活動を、無期限の禁止とする緊急的な処置を取らざるを得なかった。現状下せる中で、最も重い対応とも言えよう。

 フクハラ支部長は、この命令が出るに至った経緯を、そのように説明した。

「で、でも、マスコミの立ち入りを許可した世界会議はもうすぐですよ!?なぜこのタイミングで、この命令が出るんですか!?」

エンドウはやはり納得がいかないという風であった。当然、他のスタッフも同じ考えのようだ。

「そうですよ!わけわかんないですよ!市民からの迫害から逃れるための措置なんですか!?我々は市民を守る立場なんですよ!?おかしいですって!」

エンドウの部下がそう言った。

「落ち着け。もちろんだが、この対応に納得している者など、内部にはいないだろう。だが、世論的には、こうせざるを得ないのだ。活動を停止という態度を見せれば、市民の怒りの感情も少しは抑制できるだろうという判断だ。我々への信頼は、もうそのレベルまで低下している。」

「そんな……」

「活動を停止した上での世界会議となれば、我々はマスコミに対して消極的にならざるを得なくなります。それはかなり不利ですよ!」

「そんなこと、本部長が一番理解なさっている。情けない話だが、あとは神に祈るまでだ。」

フクハラは天を仰いだ。

「……事は、僕らが思っているよりもずっと深刻だったということですか…。」

そのスタッフの一言が、多くのIRIS関係者の本音であっただろう。敵は怪獣や黒ローブだけではない。今回の敵は、考えようによっては、それらよりも遥かに強力な難敵であろう。

 

「活動禁止!?」

フクハラからの通信を受け取ったイクタは、驚きの声を発していた。

「おいおい冗談じゃない。こちらじゃできない仕事を、支部に渡したばかりなんだぞ!?」

「まぁ仕方がないことだ。ほとぼりが冷めるまで待つんだ。」

「バカかよ、何のための半年だ。これじゃあ、戦えるだけの戦力が揃わねーよ。」

イクタはいつになく苛立っていた。

「イクタ、隊員だって市民の家族であり、大切な存在なのだ。その隊員があれだけ戦死した。資金だって、市民からの寄付金もある。いいか、市民の本音というものは、要するにもう戦いはよせ、ということなんだ。」

フクハラはそう言った。

「そうかいそうかい。つまり市民の皆様は、IRISに怪獣や黒ローブから身を守ってはもらうけど、戦うなって言いたいのか。戦いをゲームだとでも思っているのか。何の犠牲も生まれない戦いなんて存在しない。」

イクタは早口でまくし立てた。

「その通りではあるが、その犠牲が大きすぎたから問題になっているんだ!世の中は正論だけで動いてるわけじゃないんだ。だが任せておけ、この危機を乗り越えるのが、組織首脳の仕事だ。」

「……俺は支部長や本部長たちを信じている。それでも、マスコミを交える際には、俺の力が必要不可欠だと思うぜ。まだ公表していない事実もある。下手に扱えば、さらなる悪化を招きかねないが、俺ならうまくやれる。俺を会議に呼んでくれることを願っておくよ。」

イクタはそう言うと、一方的に通信を切った。

『しかし、予想外に早く動いたようだな、IRISは。』

エレメントも驚いた様子であった。

「…まぁ、気持ちはわからんじゃないよ。でも、市民を守る立場の人間が、守る対象にビビっててどうするんだ。最悪解散になってもいい、最後まで、俺たちはあんた方のために今まで命を懸けて戦ってきたんだという姿勢を見せなければ。これまでの戦いや活動を否定された上に、舐められ、解散となったら、死んでいった隊員たちにこれほどの不名誉な事はないぜ。」

イクタはかなり苛立っていた。

『その通りだな。……だが、活動停止をポジティブにとらえる事だってできるだろう?』

「…どういう事だ?」

『昨日、君と約束したではないか?手が空いたら、地下街を見せてくれるってな。』

エレメントはニヤニヤと笑っていた。

 

 地下街とはいっても、地から天井までかなりの高さがあるので、50メートル程度の高層ビルなら普通に並んでいる(それ以上の高さは、航空機の飛行の妨げとなるため規制されている)。かつて地上で栄えていた文明と同じように、都市部から田舎まで、幅広い構造となっているようだ。特に、TKエリアは旧日本地区の経済の中心であることから、その街の規模は頭一つ抜けている。

『何だ、かつての東京とあまり変わらないな。空に制限がある以上、ビルの高さも控えめになることを除けば、地上文明の大都市と何ら変わりない。』

エレメントは感心しながら呟いた。なるほど、道理で、地下市民はこれ以上の生活ー地上奪還ーをそこまで望んではいないわけだ。現在手にしている生活で、十分幸せだということなのだろう。

「まぁここら辺は企業ビルばかりで面白くないだろ。もう少し歩けば、繁華街に出る。」

イクタはあまり、高層ビルには興味がなさそうだ。

『繁華街…か。私も昔は君みたいに、大学に通っていた頃から研究室に籠もりっぱなしだったからな。高校生時代以来かもしれん。』

「寂しい人生送ってたんだなぁ、あんたも。ま、他人のこと言えんが。そういえばずっと気になっていたんだが、あんたは何の研究をしていたんだ?」

『その話は今じゃなくてもいいさ。思い出したくもない。』

「そうか。」

イクタはエレメントのその重そうな声色から、この話を掘り下げることをやめた。 

 そうやってしばらく歩いているうちに、中心地である繁華街まで辿り着いた。同じくビルが並んではいるのだが、先ほどの区域とは打って変わり、そのほとんどが商業施設である。

『ほう、素晴らしいじゃないか。今もローレンの組織や怪獣からの恐怖に晒されているとは思えないくらいに、平和な日常じゃないか。』

多くの人々が行き交う光景を見て、そう声をあげたエレメント。

「…誰のおかげでこうやって楽しく過ごせているのか、少しは考えてほしいけどね。」

『ハハハ、まあそう言うな。』

エレメントは苦笑いをした。

『だがイクタ、連れてきてくれて感謝する。私も何だか、少し肩の荷が下りたような感覚だよ。私が私の罪滅ぼしという身勝手な正義で生み出したこんな世界でも、皆楽しく、幸せに生きていてくれているんだ。』

「人間ってのは、与えられた環境がどんな場所であろうと、本能的に生き抜くもんだよ。そこに技術があれば、その生活は次第に発展していく。百数年も経てば、そのうちその生活は幸せと呼べるものに変わるもんだ。」

『そうかもな。……いよいよ私の決意も改めて固まった。ローレンたちは、私が生み出したと言っても正しい、そんな人間たちだ。罪があるのは、私の方にだろう。だが、だからといって、私自身の命も、ここにいる人々の命も、彼らに差し出していいというわけではない。私は私のけじめをつけるために戦う。……半年も経てば、また体も再生する。いつまでも君を巻き込んでばかりではいけない。君が望むのならば、一体化を解くのも可能だ。』

「まーたバカなこと言ってるなお前は。俺も、あいつらには個人的な恨みが山ほどあるんだ。俺は俺のためにお前と共に戦う。それだけのことだろ。」

イクタはそう言った。1人は殺された仲間や親友のために、1人は自らが元凶となっているこの戦いにけじめをつけるために。各々思惑は違うかもしれないが、共通の敵、そして人類の未来のためにという共通の目的がある以上、彼らは一心同体となり戦い続けることであろう。

 時計の針は午後4時を刺していた。天井が照らしているLED照明も、橙色に切り替わる時間だ。

「そろそろ帰るぞ。もう十分だろ?」

『あぁ。本当に感謝しているよ。』

「もういいって。とっとと帰るぞ。」

イクタたちが帰路につこうとしたその時だった。

「ねぇあの人、度々テレビで見るIRISの人じゃないかしら?」

中年のふっくらとした女性が、並んで歩いていた友人と思わしき女性に、ひそひそと話しかけている声が、イクタの耳に入った。イクタは、構わず歩き続ける。

「えぇ、確か、イクタ隊員って人よ。」

「まぁよくも、こんな状況下でノコノコと街を出歩いていられるわね。前にテレビで見たときにも、態度がおかしい人だとは思っていたけど、IRISはそういう教育とかは、していないのかしらねぇ?」

イクタの眉がピクンと動く。

『イクタ、無視しておけばいい。』

その様子を見たエレメントが、そうなだめる。だが、奥様方のひそひそ話は、自然に周囲へと伝染していった。

「あれがIRISの…」

「確か、遠征部隊のメンバーだぜ?仲間がたくさん死んでるのに、よくこんなところにいるよな。」

「隊員があんなんじゃあなぁ、組織が潰れるのも時間の問題だぜ。」

騒ぎが大きくなってきたのか、次第に人だかりが増え始める。

「……ちっ。」

イクタは舌打ちを打つと、ビルの谷間に逃げ込んだ。路地裏を伝いながら、街からの脱出を図る。

「何でこの俺が、市民相手にコソコソしなくちゃなんねーんだよ!」

『落ち着け。今だけの辛抱だ。市民は世界会議で、IRISの必要性に気づきはずだ。またすぐに、手のひらを返してくれるはずだ。今を凌げばー』

「……なんかさ、あいつらの未来なんかどーてもいいわな。リュウザキやトキエダさんの仇は必ず討つ。…でも、その後のことは知らねーよ。もうバカみたいじゃねーか。」

エレメントの声を遮り、毒を吐くイクタ。

『それはだなー』

「俺以外の隊員、それこそ迫害を受けた人たちは、みんな俺と同じこと思ってんじゃないの?言ってしまえば、市民が俺たちを必要としていないのなら、俺らも市民に必要とされる人間になることなんてないっていう理屈だ。いっそこのまま、本当に解散してしまった方がいいのかもな。あんな奴ら、守ってやる価値もない。」

再び声を遮り、早口で屁理屈をこねたイクタ。

『……まさか君が、そのような浅はかな思考回路を持った、軽薄で薄情な人間だとは思わなかったよ。君という人間はよく理解していたつもりだ。もちろん、今君がとても辛いことはわかる。だがそれでも、君という人間にはガッカリだ。』

珍しく、重い口調で、一言一言をゆっくりと確実に発したエレメント。

「…何が言いたいんだ?」

『やはり私は私の力だけで戦う。君も、君の戦いを君自身ですればいいのさ。』

そう言うと、エレメントはイクタのベルトのホルダーから離れ、宙に浮き、どこかへと飛び去ってしまった。

「おい!どこ行くんだよ!」

その声に応じることなく、エレメントミキサーは彼方へと姿を消した。

「ったく、どいつもこいつもなんなんだよ…!」

イクタは近くに置いてあったドラム缶を思い切り蹴り飛ばすと、人目につかない道を選び、自宅へと戻って行った。

 

 その帰宅途中であった。夕飯の買い出しを終えたのだろうか、買い物袋をひっさげた、親子がイクタの前方を歩いていた。子供の方は、まだ幼い女の子であった。

「おかーさん!今日は何作るの!?」

「そうねぇ、ユウコの大好きなカレーよ。」

「わーい!やったー!!」

 ありきたりだ。このような風景は、こうして現実にも、小説でも映画でもよく見かける、ありきたりな光景だった。この光景は、決して現実でも、そして物語の世界でも、大きな影響力はない。親子が夕飯に何を作ろうが、展開は変わらないのである。

 だが、イクタにとってこの風景は、ありきたりなものではなかった。両親に関する記憶など一切ない。親の手料理を食べたことはあるのだろうか?自分自身でもわからない。幼少期から天才とうたわれ、特別扱いされてきたため、ごく普通の子供たちと、ごく普通の生活を送ったことすらない。むしろこの光景は、非日常なのである。

「……」

笑顔で会話を交わす親子と同じ道を歩いているはずなのに、今のイクタの顔に、笑顔はなかった。

 

 世界会議の日は、あっという間に訪れた。結局、最後までイクタに招集の連絡が来ることはなかった。会場には、本部長や各支部長をはじめとする、IRISの幹部、そして各マスコミ社が既に腰をかけていた。もちろん、会議の様子は全世界に放送される。

「…さて、どうしたものかね…。」

本部首脳の1人がため息をついた。もちろん、彼ら幹部はIRISでの活動により、給料を得ている。職を手放すわけにもいかないため、この会議には本気の心構えで挑んではいる。しかし、やはり現状は、世論という兵器を搭載した、マスコミの方が完全に有利だ。 

 会議の時期を早めることには、準備が疎かになるなど大きなリスクはあるが、先延ばしにすればするほど不利になるのは火を見るよりも明らか。少しでも、まだ希望があるうちに実施しておきたかったのだ。

「本部長!本日の出席者は全員揃いました。そろそろ、始めませんか?」

マスコミの1人が、そう声をあげた。

「そうですな。ではこれより、IRIS世界会議を始める。今回は特例として、報道関係者の方々にもお越しいただいている。まずは、そちらの皆様からの、ご質問を伺いたい。」

本部長が切り出した。

「…質問から始める…とは、またユニークですね、本部長。いきなりそう振られても、何から質問すればいいのか、わかりませんね。」

「おや、私どもはてっきり、皆様はこの会議に参加するというよりも、我々を質問攻めにするために、お越しいただいていたとばかり、認識しておりましたが。」

本部長は、あくまで強気な姿勢であることをアピールするかのように、そう言った。

「……ではお言葉に甘えて、私から一つ。」

女性記者が手を挙げた。

「どうぞ。」

「KG新聞の者です。ずばり聞きますが、本部長は、IRISの今後について、どのようなお考えをお持ちなのでしょうか?」

「今後、ですか。そうですね、これからも市民の皆様に必要とされる、そんな組織を運営していければ本望であります。」

用意していた回答だろう。

「…そうおっしゃられるということは、IRISは存続させる、そういった方針であるということでしょうか?」

「もちろん。解散など、考えてもおりません。」

記者席がざわつく。

「私からも質問よろしいでしょうか?CH地区のテレビ局、CHTの者です。」

「どうぞ。」

「つまりIRISは、先の地上遠征計画で被った損害に対しての責任は負わない姿勢である、と理解してもよろしいのでしょうか?」

「何をおっしゃられる。我々が地上遠征計画で被った損害は、皆様ご存知の通りのもので、大変大きかった。そのことに責任を感じないような輩は、我が組織には1人として存在しません!そのような組織を侮辱するかのような質問は、お控えいただきたい。」

本部長は、強く語った。

「答えになっていません!先ほど本部長の発表なさったIRISの方針は、つまり責任を感じていないと言っているに等しいのです!それとも、今回の活動禁止で、誠意を現したおつもりなんですか!?」

「そうです。私たちは今回の被害に対する責任として、無期限の活動禁止を発表致しました。あなたの質問には、まるで我々が一切の責を感じていないという前提があるようですが、それは誤解でございます。」

これは意地の張り合いになりそうだ。

「本部長は、この度の被害をあまりに軽く捉えられてはいませんか!?これでは、亡くなった隊員の方々や、そのご遺族の方々、そして計画に出資してくださった方々に、失礼だとはお思いにならないのでしょうか!?甚だ疑問です。」

「お言葉だが、あなたが今話の中で挙げられた方々に最も失礼なのは、あなた自身では?」

場の流れが僅かだが変化したような気がした。

「…意味がわかりません。」

「…我が組織の隊員やスタッフは、当然ながら一人一人に、市民としての生活があります。家族があります。彼らは、その市民や家族を守るため、日々命をかけて仕事をしている。特にこの度の遠征メンバーとなった隊員たちは、その思いが特別強い者ばかりでした。そして彼らは、その命を賭してでも、人類の未来のための成果を上げようと、貴重な戦利品を持ち帰ってきてくれた。あなたは、彼らの命がけの任務や生き様、そして彼らを誇りにしていた遺族の方々を、侮辱しているのではないでしょうかね?」

記者は押し黙ってしまった。本部長や、その他幹部の顔色を伺うに、どうやらこの展開に持ち込みたかったようだ。にしても、流れが自然すぎる。

「…先ほどのKG新聞の者です。本来IRISの存在意義とは、地下世界や市民を、あらゆる脅威から保護することにあるはずです。そこから脱した、今回の地上遠征で被害を出したわけです。やはり、今後の方針について、見直す箇所は複数存在するのではないでしょうか?」

そうだそうだ、と声が上がる。再び流れはマスコミ側に移ったようだ。

「えー、私は、今回の遠征も、地下世界や市民を守るための、『防衛活動』だと認識しております。」

「…根拠はどこにあるのでしょうか?」

「前回、皆様をお集めした時、あの遠征報告会の時に、発表済みだと思います。地上には、TK-18支部を怪獣が襲ったあの日より、怪獣兵器で我々の生活を脅かし続けてきた組織があります。遠征には、奴らの規模の把握や、調査なども任務に含まれていました。現に、その正体を白昼の元に晒し、敵の1人を殺害、敵の怪獣兵器まで手に入れています。そして半年の休戦協定まで結びました。これは、『防衛』には当たらないのでしょうか?」

本部長は、逆に質問返しをするように語った。

「しかし世論だ!世論はIRISは必要ないと言っている!民間団体だろ?世論の声に合わせ、解散するのが妥当だ!」

返ってきたのは、もう暴論としか言えない、まるでマスコミの断末魔のような声だった。

「えー、かなり話が逸れました。もともと今会議での議題は、これではありません。一度報告済みですからね。まずは、この活動禁止の期間、今は無期限ですが、いつまで持続させるのか。誰か、意見はないか?」

本部長はマスコミを視界から消すと、幹部たちに視線を向けた。

「まぁ、ほとぼりが冷めるまで、でしょう。ですが、本部長、少々やりすぎではないかと。これは市民も画面を通じて視聴しているのです。あまり高圧的ですと…。」

幹部の1人は、冷や汗で背中をぐっしょりと濡らしていた。

「……案ずるな。ここまでは私の作戦通り。これからもな。」

本部長は耳元に、小声で囁いた。

 その次の瞬間だった。会議室を、猛々しい警報音とともに、赤い色の光線が駆け抜けた。非常時に灯る警灯である。

「な、なんだ!?」

報道陣たちが慌てて、辺りを見渡している。

「これは…怪獣警報のようですね。本部に発令されたとなると、敵はここから半径10キロ以内に現れたということになります。」

本部長が説明した。

「しかし、見ものですな。市民の皆様が、どのようにしてその身を守られるのか。」

その言葉を聞いて、記者の1人が信じられない、という顔をして、本部長に食い下がった。

「何を言っているんですか!!怪獣が出たら、市民を守るために出動するのが!!IRISの……義務…」

威勢がよかった記者だが、自己矛盾を起こしていることに気がついたのか、後半はゴモゴモと聞き取りにくい声であった。

「義務?しかしIRISは只今活動禁止状態です。どこにも、待機している隊員やスタッフはいません。ですが、あなた方が言うには、これからIRISは解散するのでしょう?ならば、IRISが存在しなくなったらどうするのか、考えてみるいい機会でしょう。もちろん、助言や協力はさせていただきます。」

「な…!」

記者を含め、その場にいる全員が絶句していた。強気な姿勢を崩さず、質問者の揚げ足を取り攻め、最後には開き直る。これは、本部長のやり方ではない。イクタのやり方だったのだ。

 

 その数日前であった。本部長の元に、エレメントが訪ねてきたのは。

「これはこれはウルトラマンエレメント、私に何か用かな?イクタ隊員は一緒じゃないようだが。」

『本部長、あなたが私についてどれだけのことを知っているのか、いろいろ問いただしたいところではあるのだが、今日は別の要件で来たのだ。』

「…というと?」

本部長は椅子に座ると、足を組み、ゆったりと構えた。

『本部長は、どのような作戦を立てて、会議に臨むつもりなのだ?』

「…ふむ。特に考えてはいないな。だがこれでもこの大きな組織の長だ。間違っても、解散などさせない。マスコミは世論を武器にしているつもりかもしれんが、単に私たちを自分たちの給料の糧にしたいだけだ。故に何か策があれば、芯のない奴らを一網打尽にできるかもしれんが。」

本部長のデスクには、過去の報告書など、多くの資料が積み上げられていた。おそらく、会議に向けて試行錯誤していたのだろう。

『…その策を提案しに来た、と言ったら?』

「何?」

本部長は目を丸くした。思いもよらなかった来客から、さらに想像すらできなかった言葉が飛び出したのだ。

『恥ずかしい話だが、イクタと少し揉めてしまった。あいつは、思っていたよりデリケートだったのかもしれない。市民に対して、相当に苛立っていて、まともな判断ができない様子だ。だから、会議には彼を呼ばないでほしい。』

「そんなことは私がよくわかっている。無論、呼ばないつもりだ。」

『だがあいつは、必ず会議場に現れる。そういう性格だろう?』

エレメントはニヤリと笑った。

「……まぁ、そうだろうな。」

『そこを利用する。TK-18支部のサイエンスチームも、本部の敷地内に待機させておくのだ。たった一つの怪獣兵器は今、彼らが所持している。ちょうど、彼らも怪獣兵器を使用するための実験をやりたがっている。その許可を出すのだ。』

「待て待て、今は活動禁止期間だぞ。それに、会議中に怪獣の実験だと?正気か?」

本部長はさらに目を丸くしていた。

『まぁ最後まで聞いてくれ。会議では、必ずIRISの存在意義が問われるシーンがある。相手の武器は世論だ。必要がない、解散しろだとも、平気で謳ってくるであろう。だがそこに、怪獣兵器という制御可能な怪獣を出現させる。彼らはペンやカメラを持てば強いが、怪獣から身を守る術を所持していない。』

「そうなればIRISが出動するほかない…。つまり、強引にIRISの存在意義を示すということか。」

『そうだ。そしてその場には必ずイクタが来る。私はもう一度、彼に気づいて欲しいのだ。IRISやイクタを必要としている存在があることを。そのことに気づいてくれれば、彼はまたさらに強くなれる。』

「……随分と肩入れしているな。ウルトラマンから見ても、あいつは特別ってわけか。」

本部長は葉巻を口にくわえると、火をつけた。

『……どうだろうな?彼が地下にとってどれほど特別な存在なのか、それを一番理解しているのは、本部長、あなたであると、私は思うがね。』

「…まぁわかった。君の策を使わせてもらおう。君の描いたストーリーになるように、上手く立ち回ってみせるさ。まずはどんな手を使ってでも、組織を存続させる。」

本部長は一瞬意味深な間をとったあと、そう述べた。

『感謝する。では、私は消える。』

エレメントミキサーは、本部長室の窓から飛び去って行った。

 

 そのような背景もあり、サイエンスチームは本部敷地内で、怪獣兵器の実験の準備をしていた。

「本当にやっちゃっていいんですかね…?」

スタッフの1人は半信半疑である。

「…本部長からの命令よ。むしろ、やらなくてはいけないわ。」

エンドウはそういうと、あの証拠写真に写っていたモデルと同じ銃を取り出した。

「でも、本当にこんなので怪獣兵器を起動させることができるのかしら?」

エンドウはまじまじと銃身を見つめている。

「……そろそろ実験開始予定の時間ですよ。とりあえず、やってみるしかありません。」

「そうね。それこそが実験だもの。よし、みんな配置について!」

エンドウが銃にカプセルを装填し、構えた。スタッフが20メートルほど後退し、計測器などの機械を並べる。

「スタンバイオーケーです!」

エンドウの後方で、1人が叫んだ。

「了解!実験……開始!」

エンドウは恐る恐る引き金を引いた。キュンッという銃声と共に、放たれた弾丸が、100メートルほど先に着弾した。すると、大きな閃光と共に、怪獣が姿を現したのだ。

『オォォォォォォム!』

姿を現すなり、すぐに大声で叫んだ怪獣。

「まさか本当に……あっ!」

エンドウは確認を忘れていた。再び弾丸を装填するためのマガジンを開いた。中には、空になった怪獣兵器のカプセルがあった。

「カプセル確認!やはり、中身だけこうして発射して、あとは好きなタイミングで、このカプセルの中に収容できるようね。」

「いえ、それは少し違います。出現したてほやほやの怪獣は、かなりのエネルギーを有しています。カプセルの容量を超えているため、少し体力を削らなければなりません。」

「あぁ、確かにそうだったわ。……え?じゃこれどうするの?」

実験班たちは、ポカーンと怪獣を見つめていた。二足歩行型で、体長は45メートルほど。大きな瞳と鋭い牙が特徴的な、狼のような顔つきをしていた。体は全身、ふかふかとした体毛に覆われている。

「……えーっと、この怪獣を再びカプセルに収容するまでが実験ですよね?」

「…と、とりあえず離れて!離れるのよ!」

慌てて退避するスタッフたち。

「エ、エンドウさん落ち着いてください!怪獣兵器は、使用者がある程度までなら動きを制御できます!怪獣の力が小さければ小さいほど、細かな指示も聞いてくれるみたいです!ちなみにこれは、過去の敵の怪獣兵器使用を分析して発覚したデータですが、確証はありません!」

女性スタッフが、エンドウに向かって叫んだ。

「な、なるほどね。つまり、今そのことも実験しちゃえばいいのよ。…で、どうやって指示を送るの?」

「とりあえず叫んでみたらどうですか?」

「そうね…。オーーイ!怪獣さん!そのまま歩いてみてーー!!」

エンドウの声が聞こえたのか、怪獣はゆっくりと歩き始めた。

「おおー!」

スタッフたちの歓声が湧く。

「次は…止まって!右向け〜右!」

立ち止まった怪獣は、方向転換をした。

「おおお!!いけるじゃないこれ!どこまでできるのかしら!?火を吹いてみて〜!」

しかし怪獣は動かなかった。

「…動きませんね。」

「もしかしたら、あの怪獣は火は吹けないのかも。」

「なるほどね。人間に向かって、空を飛べ!と命令しているようなものってことか…。」

「そんなことより、本部からの命令が今届きました。会議場に向かって、怪獣を進行させよとのことです。」

ファックスで届いたプリントを、読み上げた部下。

「会議場に…?…でも、いちいち疑問に思ってたらラチがあかないわね。よし、命令通りにやるわよ。おい怪獣!あの建物に向かって進めー!」

エンドウの叫びで、怪獣は走り出した。やはりかなりの速度が出ている。これならば、5分もすれば会議場に到達するはずだ。

「私たちも後を追うわ。」

エンドウたちは専用車両に乗り込むと、怪獣の後ろに付いて行った。

 

「ったく、結局俺を呼ばなかったな…あのおっさんどもめ…。」

本部敷地内には、やはりこの男の影があった。イクタである。レンタルジェットを利用し、ここまですっ飛んできたのだ。

「…しかし、なんだか騒がしいような…。」

今も会議中のはずだ。IRISは活動禁止中のため、敷地内にも人間はいない。それにしては、遠くから微かに人の悲鳴のような声が聞こえてくるのだ。

『オォォォォォ』

 その時、イクタの耳にも怪獣の鳴き声のようなものが聞こえてきたのだ。

「……おいおい、一体何がどうなってやがる…。」

思わず苦笑いをしてしまうイクタ。遠くで聞こえていた悲鳴のようなものは、次第に近くで聞こえるようになり、遂にその発声源であった人々の群れが、イクタの元へとなだれてきたのだ。

「た、助けてくれー!」

その身なりや持ち物を見る限り、会議に参加していたマスコミたちとみて間違いはないだろう。

「あぁ!!そこにいるのはイクタ隊員ですか!?」

1人の若い男性記者が、イクタを見かけると、膝にまとわりついてきた。

「お、おうそうだが…。なんの騒ぎだよこれは?」

「か、怪獣が!!怪獣が出たんです!」

イクタは呆れてしまって、声が出なかった。あれだけIRISに対して文句を言ってきた連中が、IRISの隊員に泣きついてきているのだ。

「…IRISは必要ないだのなんだのと、言ってたのはあんたらじゃないか。もちろん、あんたらなりの防衛策とか、考えがあっての発言だったんだよなぁ?自分たちでどうにかしみたら?こっち側の気持ちが、少しはわかるんじゃないの?」

イクタは記者を振り払うと、怪獣がいる方向とは逆方向、自分が来た方へと歩き始めた。

「ま、待ってください!まだ死にたくない!!俺にはまだやりたいことがある!家族だっているんだ!見捨てないでくれ!!」

泣きながら訴える男性記者。それにつられて、周囲の人間たちも、イクタに救いを求める声を発し始めた。

「……随分と勝手な話じゃん。これだから市民ってのは…。」

イクタは頭をかいた。その脳裏に、先日見た親子の光景が蘇る。市民は無力だ。自分たちの力では、襲い来る脅威に立ち向かうことはできない。故に、まだIRISを必要としている人間だって、多くいるはずなのだ。現にこうして、敵対していた彼らも今では掌を返している。

「…わーったよ。あんたらみたいに、情けなくて、自分勝手で、都合の良い奴らだって、俺たちが守らなくちゃいけない市民、らしいからな。ムカつくけど、それが仕事だ。」

イクタは、怪獣の声がする方向へと走り出した。そこに、エレメントミキサーがどこからともなく飛来する。

『よく言ったぞイクタ!やはり君は、立派なIRISの隊員だ!』

「…今までどこで何してたんだよあんたは。」

『良いかイクタ。世の中いろんな人間がいる。もちろん大多数が普通の人間だが、中にはどうしようもない犯罪を犯す奴もいるし、あのマスコミたちのような人種もいれば、君とは真反対な性格の人間だってゴロゴロいる。でも、そんな奴らにも人権はある。だからこそ、それを全部一つにひっくるめて、守るべき市民なんだ。守る価値のない市民など、存在しない。』

「……悔しいがそうみたいだな。あんたに説教されるとは心外だが。」

『…しかし実はあの怪獣は私の仕込みだ。適当にやって、とりあえず解決したことにしよう。』

「は…?」

エレメントのその一言は、先ほどの説教よりも、イクタを驚かせた。

「そりゃ一体…」

『後から説明する。とりあえず、ここで変身するのだ。今やれることはそれだけだぞ。』

「…はぁ…。まぁ良いけど。」

イクタはエレメントミキサーを掴むと、走りながらそれを天井へと掲げた。

「ケミスト!エレメントーー!!」

『シェアアア!!』

任務を終えてからは、これが初めての変身となる。久々に地下世界にその姿を見せたエレメントに、マスコミたちは盛り上がりを見せる。相も変わらず起伏の激しい人たちだ。

「……んで、どうすればいい?」

怪獣の前に立ちはだかったエレメントだが、どう戦えば良いのやら。相手は貴重なIRISの戦力でもあるのだ。

『私に考えがある。怪獣兵器は、起動直後はエネルギーの膨張が激しく、カプセルの容量を超えてしまうため、容易にカプセルに戻すことができないらしい。だから、こう、良い感じに体力を削るのだ。そのうち、サイエンスチームが、こいつを元の居場所に還してくれるはずだ。』

「ならプロレスみたく、そこらへんのギャラリーを喜ばせる格闘技でも演じておけば良いだろう。」

エレメントは腰を低くして構えると、怪獣へと抱きつくように飛び込んだ。怪獣の腰をガッチリと抱え込むと、そのままの勢いで地面に倒れ込み、数百メートル転がると、怪獣の上にまたがり、顔のあたりを殴打していく。

『ジャッ!シェア!』

特にその必要はないのだが、あえて大きめに発声しながら、パンチを入れていく。だが流石に怪獣も生き物である。こうも一方的に殴られ続けるわけにもいかまいと、力を込めてエレメントの体を押しのけ、ポジションを入れ替えた。今度は怪獣の猛攻が始まる。

『オオォォォォ!』

「こいつ、思ったよりやるじゃねぇか。これなら戦力にもなってくれそうだぜ。」

イクタはニヤッと笑うと、両足で同時に怪獣の腹を蹴り上げ、そのまま体操選手のように後転し、立ち上がり体勢を整えた。

『ジャッ!!』

叫んだエレメントは、再び起き上がったばかりの怪獣へと突進していく。そして勢いのままに繰り出した拳で、怪獣の頰を殴り飛ばした。

『オオォォォォォ…』

地面に叩きつけられた怪獣はうめき声をあげた。

「そろそろ良いだろ。こいつの力は大体わかった。もう戻してやろうぜ。」

『うむ。ちょうど良いところに、彼らも駆けつけたようだ。』

イクタはエレメント視点からでは見落としていたが、どうやらもうすぐ近くにサイエンスチームがやってきていたらしい。

「エネルギーはかなり消費しています。今なら、余裕でカプセルにぶち込めそうです!」

エンドウにそう報告をする部下の1人。その後方には、すでに空のカプセルを仕込んである謎の装置が設置してあった。

「この機械のスイッチを押せば、あの怪獣をエネルギー体に変換して、このカプセルの中に吸引させることができます。イクタチーフが2日で作り上げたとか。」

「…あの人いつの間に…。まぁ確かに、怪獣兵器そのものを作るよりは簡単なのだろうけど…。まぁそんなことはどうでも良いわ。早く起動させて。」

「了解。」

スイッチを入れると、機械から謎のビームのようなものが発射され、怪獣に命中した。怪獣はみるみるとその形状を失っていき、遂に気体のような状態になり、そのままキュポンとカプセルの中に吸い込まれていった。

「これで一件落着。全ての作戦が終了しました。」

「…そのようね…。はぁ…なんか色々と疲れたわ…。」

エンドウはホッとして全身の力が抜けたのか、その場に腰を落とした。

 

 変身を解き、イクタはエレメントから簡潔にここに至るまでの経緯を聞かされていた。

「なるほど。お前にしちゃあ良い策だったよ。まんまと嵌められたぜ。」

『嵌めたとは人聞きの悪いな。それに会議をうまく運んだのは本部長だ。記者の中にサクラを仕込むとは、流石だったな。』

道理で、不自然なほど自然に話が流れたわけだ。

『まぁ良いじゃないか。これで私にもIRISにも、地下には敵がいなくなった。決戦に万全の状態で備えることができる。』

「…そうだな。今回ばかりはお前のおかげと言っても過言じゃない。組織を代表して礼を言わせてもらうぜ。その…ありがとうな。」

イクタから礼を言われるという思わぬ事態に、エレメントはしばらく驚きから声が出なかったが、気を取り直したようだ。

「なんだよ。」

『いやまぁ、びっくりしてな。君も人に感謝の気持ちを述べるのか、と。』

「そいつは失礼な話だ。俺だって言うべきところでは礼くらい言う。」

『そうか…そうだよな…。』

「んなことどうでも良いだろ。課題は山積みなんだ。とっとと支部に戻るぞ。」

イクタは振り返り、乗ってきた飛行機の方へと歩き始めた。

『……。あぁ。』

雨降って地固まるとはよく言ったものだ。たった数日間の間に、イクタとエレメントには様々な心情変化があった。一度はその関係に亀裂が走ったが、それを経て繋がりはさらに強まることとなった。本当の戦いは、これからであろう。

 

                                                  続く。



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第17話「凍結」

 エレメントと本部長の策が見事にハマり、世界会議で形成を一発逆転させ、存続が決まったIRISの元に、早速難事件解決の任務の依頼が飛び込む。HK地区の村が潰れ、住民も行方不明、かつ怪獣の目撃情報まであるというその事件の解決のため現地へ飛んだイクタとエレメントの前に立ちはだかったのはー?


第17話「凍結」〜氷獣ゲフール登場〜

 

 あの世界会議から、2週間の時が経っていた。あれからと言うものの、もはやIRISの解散を望む声は極少数の反社会勢力しか唱えなくなっており、市民やマスコミとIRISの関係というものも、地上遠征前の状態にまで回復していた。

 平穏を取り戻し、それぞれの任務をこなしていく隊員たち。決戦まで、あと5ヶ月である。

「そっち、できたか?」

TK-18支部のサイエンスチームの研究室で、声をあげたのはチーフであるイクタ・トシツキだ。彼らに与えられていた休暇も2週間であったため、今日から現場復帰である。

「はい、ちょうど今完了しました。」

答えたのはイクタの右腕、エンドウだ。

「オッケー。やっぱりここのコンピュータだと早く終わるな。それもこれも、例の会議の際の実験のおかげだ。」

「あれで怪獣兵器の起動、怪獣の操作、そしてカプセルへの返還、全て試せましたからね。エレメントとの戦闘で、その戦闘能力もだいたい把握できました。」

「あぁ。まずは起動方がわかっただけで大進歩だ。未だに詳細な仕組みはよくわからんが、とりあえずー」

イクタがカチャカチャとキーボードを叩いていく。何度かその動作を行ったあと、エンターキーを押した。するとコンピュータ後方のマシーンが開き、中から多量の蒸気と共に小さな物体が姿を現した。

「カプセルそのものは完成した。」

イクタはそれを手にとった。敵側から渡された怪獣兵器とは、その色こそ違うものの、全く同じ形状をしていた。

「おぉ!さすがはチーフ!相変わらずお仕事が早い!」

「その色は、俺が考えたんっすよ!」

遂にカプセルが完成し、喜びの表情を見せるスタッフたち。研究室は賑やかになっていた。

「…問題はこれにどうやって怪獣を収めるか、だがな…。」

イクタの一声で、室内のムードは再び、いつも通りの静かな感じになってしまった。

「ま、まぁ、それもすぐに解決しますって!イクタチーフ、この間怪獣兵器から現れた怪獣を、再びエネルギー体に戻す装置を開発していたじゃないですか。あれを、野生の怪獣に使用すれば良いんじゃないんですか?」

「そんなに単純なら、今すぐにでも怪獣探しに出かけているところだよ。あれは、あの怪獣が元々エネルギー体だったからこそできたことだ。装置そのものは、例えば気体から固体だとか、液体だとかに変化する、状態変化を応用したものに過ぎないからな。」

イクタはそう説明した。

「…つまり、まずは野生の怪獣をエネルギー体に変換できる装置を開発しなければいけない…。」

「で、それに関しては2週間、進歩なしってわけだ。」

室内にどんよりとした空気が流れる。

「…やはり、怪獣をエネルギー体にするっていうのは、奴らの誰かが持つリディオ・アビリティでなければ無理だという可能性が、極めて高いのでは?」

エンドウがそう漏らした。この不安が的中しているのならば、我々にはどう足掻いても作成できないということになる。

「…最悪そうかもしれない。そうだった場合、この研究に当てた時間そのものが無駄になる。科学というものには、大掛かりな費用や時間を要して、得られた成果は0という研究も少なくはない。古代の錬金術とかな。失敗から多くを学ぶ学問でもあるし、多少は仕方がないかもしれない。…でもこれは地下の未来がかかっている軍事科学。仕方がないとか言ってられない。だから期限を決めるか。その期限までに光が見えないのならば、残念だが諦め、他の兵器開発に力を注がなくてはならない。」

「…そうですね。幸い、怪獣兵器に100%の力を注いでいるのは、この支部だけです。他の支部では、戦闘機や弾薬の補充、新たな搭載兵器や戦術兵器の開発に時間を当てています。多少余裕を持って期限を定めても大丈夫かと。」

エンドウがそう言った。

「ならばあと1ヶ月だな。1ヶ月、精一杯取り組むのだ。」

「了解!」

 

 スタッフたちが自分のデスクに戻っていく中、イクタは1人部屋を離れ、人気のない倉庫前へとやってきた。

『私は、リディオ・アビリティによる制作物ではないと思うがね。』

そう言ったのはエレメントである。イクタのベルトのホルダーから姿を現したエレメントミキサーの中から、声を発しているのだ。

「やっぱあんたもそう思うか?」

『あぁ。君もローレンから話を聞いていた通り、リディオの実験対象には、そのような能力を持つ子供はいなかった。そもそもあの中で生き残ったのは4人のみ。君はそのうち1人の能力を継承している。そして向こうにはローレンにキュリ。もしまだ見ぬ能力者がいると仮定しても、それは1人だけなのだ。』

イクタは、その4人という重要な数字を忘れかけていた。つまり、敵の数は現在把握できているローレン、キュリ、そしてエレメントと相打ちとなった老人、そこにもう1人いるかいないか程度、ということになる。もしも奇跡的に、彼らの先代が多くの命を繋いでいたとしても、二桁人数まではいかないであろう。あの過酷な環境下で、多くの子供が育つなど考えにくい。これも推測に過ぎないことに変わりはないが。

「…確か、動物とのコミュニケーションがなんだとか言ってたっけな。コミュニケーションで怪獣をエネルギーにできるわけはない。」

『そうだ。そして敵の本拠地が地上であることを考慮しても、現状の放射能汚染レベルからするに、新たに覚醒したリディオ・アクティブ・ヒューマンが存在するとは到底考えにくい。核爆発の爆心地での発生確率でも、僅かに数%なのだからな。一つの狭い村から4人の覚醒者が同時に発生したなんて、奇跡に近い現象だったよ。』

「…その数字としてのデータは初耳だな。やけに詳しいな。」

『…まぁ色々な。私は人類の進化体の進化体なのだ。知っててもなんらおかしくはないだろう?』

エレメントはお茶を濁すように言った。

「ふーん…。ところで、ウルトラマンというのは、リディオ・アクティブ・ヒューマンのさらに次のステージ、リディオが生み出した人類の究極進化体だとか言っていたな?」

イクタは思い出すように訊ねた。

『あぁ。だいたいそんな感じだ。』

「ずっと気になってたんだが、なら俺やローレンが、この先ウルトラマンに進化するというのはあり得る話なのか?」

『なるほど…。当然の疑問だがいい質問だ。』

エレメントはしばらく考えてから、再び話し始めた。

『答えから言うのなら、まず有り得ない話だ。私自身、ウルトラマンへの進化条件を全て知っているわけではないが、まず、二つ以上の複数のリディオ・アビリティを使えなければならないのは自明であろう。私の場合は、元素を操る力、そして自然を操る力だ。一見似通ってはいるが、本質は全然違う。ネイチャーモードでの戦闘を体感している君ならわかるだろう?』

「そうだな。それに二つ以上の能力を保持できる肉体などそうそうないだろう。たった一つでも保持していれば、その寿命は生まれた時から長くて30年という制約付きだ。二つ目を手に入れた瞬間、命を落としてもおかしくはない。」

『そうだ。だから、私には己の命を守るために、本能的に強靭な肉体が副作用として生まれたらしいのだ。やたらにデカくて人間離れした外見の、あの身体がな。』

エレメントは、自身がウルトラマンへとなったその瞬間を思い出していた。自分は13番目の実験体であった。順番的に12人の実験が失敗、要するに命を落としているということになる。

「…あんたみたいに奇跡的にウルトラマンへとなれる器があったとしても、複数の能力を保持するためには人間のままでは無理があるから、その変な身体になっちまうというわけか。」

『うむ。それはローレンたちもわかっているはずだ。もし彼らがウルトラマンの力を欲したとしても、死という最悪のリスクがある以上、迂闊にはその決断には踏み切れない。』

「だろうね。奴らの目的は、奴らの目の黒いうちに俺ら地下人類に復讐することだからな。そのため、1%にも満たないかもしれない可能性にすがるような奴ではないはずだ。そもそも、奴には未来が見えているしな。」

『それに関しては、あいつの目に、自身がウルトラマンへと進化できている未来が見えていないことを願うばかりだがな。』

エレメントは苦笑した。その笑いには、どこか余裕を感じられた。それもそうだろう、これはもはやあり得ないと言い切ってもいいことだからだ。そもそも、イクタたちはまだローレンの本気を見ていない。間違いなく彼は、ウルトラマンの力に縋らずとも、エレメントと同格、いや、凌ぐ力を持っているに違いない。イクタはそう思わざるを得ない雰囲気を、彼と会った時に感じ取っていたのだ。

 

「……!」

ローレンは不意に何かを感じたのか、眠りから目を覚ました。

「……まさか、そうくるとはな…。」

起きるなりすぐに、ボソボソと小声で呟く。

「どうした?今度は何が見えたんだ?」

キュリが訊ねる。

「…ちょっとな。…ダームの容態は?」

「順調に回復しているわ。あの歳なのに、大した生命力だよ。リハビリの期間を考えても、残り5ヶ月というのは十分に余裕があると思うね。」

「なら、良いだろう。…それと、キュリ。悪いが、ここから外出するのは今以上に控えてくれ。必要最小限に留めたい。加えて、ここのような拠点を複数箇所設け、不定期的に隠密に移動することも考えなければいけないだろう。」

ローレンはそう言った。

「どうしたんだよ急に。このあたし達が何を恐れて、コソコソしなくちゃなんねーんだよ?」

「敵に出来る限り、我々の居場所と人数を悟られないためだ。」

「敵?地下の奴らのことか?あいつらはあたし達を監視することすらままなっていない。そんな必要はないだろ。」

「その必要があるから言っている。従え。」

ローレンはいつになく凄みのある、低いトーンの声でそう命じた。

「……もちろん、あたしはあんたに従うさ。ただ、疑問を感じただけだよ。」

流石にこれ以上楯突いたようなことを言えば、どうなることかわからない。ローレンはリーダー格とはいえ、メンバーとはあくまで対等な関係にあるはずなのだが、やはり暗黙の上下関係のようなものが存在するようだ。彼が物心ついた時から、やけに態度の大きな性格であったためであろう。父親の影響なのか、はたまた未来が見えているからなのかはわからないが。

「それで良い。」

ローレンは、再び眠りについた。

 

 IRISの存続決定は、地下の経済界に大きな恵みをもたらしていた。マスコミを通じて、徐々に公開された新情報、例えば「この地下世界も、放射能に侵されるまで数十年しかない」というモノも、市民も1ヶ月という期間で少しづつ受け入れるようになっていた。もちろん、何故それを早く公開しなかったのか、という疑問の声は至る所から上がったが、タイミング的には完璧だった。組織への信頼が薄かった時に公表しても、信じる者は限りなく少なかったであろうためだ。

 それにより、IRISは市民から『地上を取り戻し、放射能を除去してほしい』という願いを受け、再び地上へ行くための大義名分を手に入れることができた。

 ともなれば、再び企業や個人からの投資も活発化するわけである。さらには、IRISの所轄化以外の企業が擁している工場もこの流れに乗っかり、IRISからの発注を受け入れ始めた。これはこれまでの60年にはなかった働きである。

 よって、そのようにIRISに関連した事業を行うようになった企業にも、株価の上昇を見込んでの投資が始まるわけである。地下は今、空前の好景気を迎えようとしていた。

「…ピンチはチャンス、とはよく言ったものだな。数週間前までは、潰れようとしていたこの組織が、結果的にはこの好景気のエンジンとなっている。」

TK-18支部の支部長室で、幹部達に話しかけるフクハラ支部長。

「全くです。まぁ、我々IRISにはライバル企業のような存在がない。他に同じ事業を行なっている組織がない以上、世論を味方にすれば、こうなることも不可能ではなかった。」

司令官がそう言った。

「ですが、それはいわば諸刃の剣。我々が失敗をすればそれだけで不景気どころか、世界が混乱する。それは身をもって知らされましたね…。」

情報局長がため息をついた。

「そりゃそうだ。失敗が許されない作戦を失敗したのだからな。今のように、信頼や景気が回復どころかプラスになるなど、二度と起こらない奇跡と言っても良い。」

支部長は断言した。

「おっしゃる通りです。…現在兵器の補充は順調ですが、それを扱う隊員の補充だけは、科学では不可能です。敵も、あの約束を守るとは思えない。なんなら、今この時に攻めてくるかもしれません。隊員、それも優秀な人材の補充。これが大きな課題でしょう。」

「うむ。もちろん、新人の育成には、組織全体で大きく力を入れている。」

支部長は、机に積み上げられていた資料のうち、一つを手に取った。

「本部含む、各基地のルーキーの数だ。平均して約15人。」

「あれだけの入隊希望者がいて、15人ずつしかいないってことですか?」

局長が目を丸くした。

「試験もある。毎回、入隊試験の倍率は6倍と言われている。まあ妥当な数字でしょうな。」

「だが、それでも大雑把に計算して15×13の人数がいる。相当な数だ。しかし、当然だが半年では前線で戦えるだけの実力はつかない。圧倒的に兵力が足りないのは自明だ。」

「こればっかりは、司令官のおっしゃる通り、科学ではどうにもなりませんね…。」

はぁ、と局長はため息をついた。

「それを科学で補おうとしているであろう。」

支部長はそう言った。

「……あ、そうでした!怪獣兵器ですね!」

「そうだ。これはかなり好都合なことだ。怪獣1匹で、隊員何十人分もの戦力がある。難航しているようだが、あのイクタだ、どうにかしてくれるさ。」

支部長は、手に取っていた資料を、元の位置へと戻した。

「結局、イクタがカギを握るわけですか。全く、大したやつです。」

「今やこの支部だけではない。全世界が、あいつの力を必要としている。それが、リディオ・アクティブ・ヒューマンという存在なのだ。」

「ですが、怪獣を味方にするにしても、奴らが戦闘機に乗り込んだり、銃を撃てるわけではない。私は、1人でも多くの精鋭を育成することに専念しますぞ。」

司令官はそう言うと、退室していった。

「…科学ばかりが発展しているが、やはりどの時代にも、あのような男が1人は必要だな。」

司令官の背中を眺めながら、支部長が呟いた。

「彼が育てた多くの優秀な隊員がいるからこそ、科学も生かされるというわけですからね。」

「そういうことだ。さて、仕事だ仕事。早速、厄介な問題が持ち込まれてきた。」

支部長は、山積みになっている資料の、頂点にあった資料ーつまりは最新のものであるーを手に取った。

「厄介な問題…?」

局長はハンカチを手に取った。冷や汗を拭き取るためである。

「これはとある市民からの通報だ。HK地区で、怪獣と思わしき巨大な影を目撃したらしい。早速小隊に調査させには行ったのだが、二つの村が潰れ、人っ子一人いない状態だという報告が上がっている。」

「…怪獣の目撃という情報は、正しいかもしれませんね。」

「その怪獣は、まだうちの隊員は発見するには至ってはいないが、万一遭遇した場合、彼らでは心許ない。それに現地は事件の数日前から時折濃霧に覆われることもあるようだ。視界も悪いとなると…。実戦経験の少ない部隊なのだ。危険だ。」

「トキエダ隊という強力な部隊が、危険な任務のほとんどを取り扱ってきてましたからね。他の部隊が、直接命に関わる仕事の経験が少ないのも無理はない。しかし、トキエダ隊員はもう亡き者。部隊の再編制には、まだ取り掛かれていないのが現状。どうしましょうか?」

「……とりあえずイクタに向かわせろ。部隊再編までは、それしかなかろう。」

支部長はため息をついた。やはり課題は山のように残っている。

「なるほど。しばらくは、イクタには様々な部隊の助っ人役をさせるということですな。」

「まぁそんな感じだ。イクタにも連絡しておいてくれ。」

局長はその指示に対して短く返事を返すと、部屋を出て行った。

 

「……と、いうわけで、俺に行ってこいと。」

研究室へと足を運んだキヨミズ局長が、イクタを捕まえて、支部長からの指示を簡潔に伝えていた。

「そうなる。」

「とは言ってもね。今忙しくて手が離せないんだ。イケコマさんを行かせればいいじゃん。」

「彼らは今日から早速新任務だ。今この基地にいない。」

復帰後すぐに任務に着任するとは、それだけの信頼があるということに間違いない。一見ただの頑固親父だが、やはり元トキエダ隊のメンバーというのは伊達ではないようだ。

「……もう少しで何か掴めそうだってのに、面倒なこった。」

イクタは部屋中央のメインコンピュータの前へと歩いて行った。今もなお、多くのスタッフが懸命に制作に取り掛かっており、メインコンピュータも冷却システムが追いつかず、今にも火を噴きそうな状態になっている。まさに火の車だ。

「もう少しで掴める…?今、段階的にはどこまで行ってるのかね?」

「大まかな部分はもう問題ない。あとは、怪獣をエネルギー化する仕組みを模索するだけだ。ま、それが一番厄介なんだがな。だが不可能ではない。それは確信している。」

「…まぁとにかくだ。お前の任務は、HK地区に出現した怪獣の駆除にあたるため、現地の部隊を援護することだ。研究が大変なのもわかるが、お前は戦闘隊員の1人でもある。しっかり頼むぞ。」「はぁ…。」

イクタはため息をついた。

「と、いうことらしい。俺は一旦ここ離れるけど、よろしく頼むぜ。」

そう言いながら、白衣を脱いだ。このような事態に備えて、彼は常に白衣の中に隊員服を着用している。

「わかりました。お気をつけて。」

「うーす。」

部下からの言葉に、そう適当に答えたイクタは、駆け足でアイリスバードの格納庫へと向かった。

 

「ったく、俺もこう激務の割には給料安いよな。ろくに働いてもいねぇおっさんどもの分を回して欲しいぜ全く。」

毒づくイクタ。チーフという立場にあるため、もちろん一般職員よりは多めに受給はしているのだが、確かにその仕事量を見ると少し不満があるのかもしれない。アスリートの世界でも、選手兼監督であったり、選手兼コーチという職にいる人物も、その仕事に見合った量をもらっていないという見方もあるらしい。

『まぁそういうな。どうせ、君には金の使い道もないだろう。なら問題はない。』

「それはそうだが、それを言っちゃ元も子もないぜ。」

そうこう話しているうちに、格納庫へとたどり着いた。イクタのために準備してあったのであろう、1機の既にエンジンの温まっている機体に乗り込むと、すぐに発進した。

「ぃよし、イクタ、出動!」

イクタがレバーを引くと、エンジンがゴォォ…という唸るような爆音をあげた。初速から既にトップスピードの40%の速度は出ているだろう。この恐ろしき機動力が、アイリスバードの最大の持ち味である。このエンジンを開発したのもイクタである。

 地下という空間は、もはやIRISの庭とも言える場所である。全ての戦闘隊員が、ルーキー時代から訓練場として用いているだけじゃなく、当然任務も地下内のものになるため、隊員歴が長ければ長いほど、レーダーや地図を見ずとも、トップスピードに近い速度を保ったまま、目的地まで飛行することが容易になっていく。

 稀にイレギュラーな状況として、天井から怪獣が降ってくる場合もあるが、よほどの油断をしていない限り、限りなく安全な空である。

 特にIRIS内でも右に出る者がいないと言われているイクタにとっては、大胆にも常に超音速の状態で飛行することが可能だ。

「久々に気持ちのいいフライトだな。HK地区だから、あと5分もすれば着いちゃうけどね。」

『まぁ、緊迫した飛行が続いていた君にとっては、このようなフライトが5分で終わってしまうことは嘆くべきことかもしれないが、この速度こそが、IRISの信頼にもつながっている。』

「そうだな。地上文明の消防車ってやつや救急車ってものと比較しても、こちらの方が基地数は圧倒的に少ないのに、現場に駆けつけるのは早い。まぁ、地上を走るものと空を駆けるものを比較している地点でナンセンスだが。」

『人命に関わる任務では、何より速度だ。地上の空はこことは比べ物にならない広大な空間があるが、国家単位で見てみると非常に狭苦しいものだ。それに、地上の発展地は飛行機が着陸できる空間がないほどに、人類の生活のための建造物に覆われている。地下は国家が存在しないため、領空という縛りもなければ、人口も多くはないため、垂直離着が可能であるアイリスバードでは、着地困難な場所も少ない。要するに、その場に適した乗り物を使用することが一番なのだ。』

 エレメントはそう言った。今この地下世界の中で、地上文明下で生まれ育っているのは当然だがこのエレメントしかいない。いや、地上にいるローレン達を含めても、彼だけであろう。地上に関しては、文献やわずかに残っている記録映像で得た知識しか持ち合わせていないイクタにとっては、彼と地上に関する会話を交わすだけで、新鮮な知識を得ることができるのだ。

「国家か。あの地上というでっかい空間を、互いに線引きあって、ここからは俺らの縄張りだ〜みたいなことしてたわけか。野生動物かよ。」

『国家というものを知らない君たちにとっては、そう思うかもしれないだろうな。事実、その野生動物のような縄張り争いで、何度も血を流している。だがそれでも必要なものだ。地下は人口が少なく、置かれてる環境などもあって、奇跡的にも国家がなく、IRISが引っ張っていく今の形でも世界は回っている。そのような世界で育っている君らにはわからないだろうがな。』

「まぁ、想像はできないが、さっきもあんたが言ってた言葉だ。その場に適した、だろ?」

『要はそういうことだ。郷に入れば郷に従えとかいうことわざがあったらしい。臨機応変という言葉もあるな。そのような柔軟な思考を持つものは、どこの世界でも通用する。』

「つまり、俺なら大丈夫ってことだ。」

 イクタはそう言いながら笑顔を見せた。一時期に比べれば、よく笑うようになっている。出会った頃のイクタは、どこか一匹狼のようなところがあったということを思い返せば、彼もまた大きく変わっているのだな、とまるで保護者のような心情のエレメント。

『さぁ、そうこうしているうちに、着いたようだ。』

 

 目的地周辺は、静かな森林であった。目視できる範囲には、大きな湖も見える。一見とてものどかで平和な土地のようだがー

「ここら辺の村が二つも潰れてるんだよな。」

『そう聞いている。住民も行方不明らしいな。とにかく、現地にいる隊員と合流しないことには、現状は掴めない。』

イクタ達はアイリスバードを降りると、地上戦用の装備を整え、慎重かつ速やかに歩き始めた。目撃情報によれば、怪獣による事件の可能性もあるため、常に警戒していなければならない。

 5分ほど歩くと、何百メートルか先で、焚き火の煙のようなものが、木々の合間から天井へと伸びているのが確認できた。おそらく、あの下に隊員達がいるのであろう。

 煙の下へと歩みを早めたイクタ。たどり着くと、そこには案の定、隊員達がキャンプをしていたのだが、かなり疲弊している様子であった。ただの現地調査だったはずなのだが

「おい、一体どうしたってんだ?」

「あぁ、イクタか…。」

よろよろと立ち上がったのはおそらく小隊長であろう。

「戦闘でもあったのか?……いや、それにしちゃ隊員服が汚れているわけではない…。」

「戦闘があったわけではないし、怪獣を見つけたわけでもない。ただ、ある時から急に、体が異様に重くなったのだ…。まるで、重力が何倍にもなったかのような感覚に…。」

と話している最中に、わずかではあるが霧がかかってきた。その途端、片膝をついた小隊長。

「しかし俺は何ともないぞ。……何がどうなって…!?」

その時だった。イクタの体を、何者かが全身に纏わりつくような感覚に襲われたのは。不意を突かれ、両膝をついてしまうイクタ。

「おも……な、なるほど。こんな状態ってわけか。…むしろあんたら、よくこんな体で任務を続けていたな…。」

「当たり前である。…それに、撤退しようにもこれでは…。」

『イクタ、気をつけるんだ。妙な気配を感じる…。これほどまでの自然エネルギーを感じ取るのは初めてだ。…。』

エレメントが注意を促す。その次の瞬間、湖のある方角から、甲高い唸り声が聞こえてきたのは。

『キィィィィィィィ…』

湖から顔を出したのは、首長竜のような大きな怪獣であった。

「……怪獣さんのお出ましのようだぞ…。しかもこの感じ…覇獣とやりあった時と似ている。」

『そのようだ。…まさかとは思うが、地上の連中め、もう侵攻を……?』

隊員達に緊張が走る。霧も時を追うごとに濃くなっている。もしこの目前まで怪獣が迫ってきたとしても、今のこの状態では抵抗できずに嬲り殺されてしまうだけであろう。イクタは腕に力を込め、ポケットからどうにか無線機を取り出した。

「支部長か?こちらイクタ。サイエンスチームを現地によこしてくれ。エンドウに、ケース3と伝えればわかるはずだ。」

「こちらフクハラだ。…事情は大体つかめている。こちらの観測機でも、HK地区には何か異様なオーラが流れていることを感知している。すぐに、エンドウに連絡しておこう。」

「サンキュー。さすが支部長は話が早いぜ。…あんたら、ちょっと伏せてろ。俺たちが、時間を稼ぐ。」

イクタは無線を切ると、隊員達にそう指示をした。

「俺…たち?お前の他にも増援がいるのか?」

「あぁ。それも、この世界最強の増援だ。行くぞ!初っ端からハイドロだ!ケミスト!!」

イクタはベルトのホルダーから、エレメントミキサーを取り出し、左手に掴んだ。

『了解した!』

「エレメントーーー!!!」

ミキサーを天へと掲げ、そう叫んだイクタの周囲を、目映い閃光が包んでいく。光の塊はみるみると大きくなり、やがて巨大な影によって振り払われた。その影の正体こそ、ウルトラマンエレメントである。

「……おいおい、噂には聞いていたけど、まさか本当にイクタがエレメントだったなんてな…。」

ぽかんと、大きく口を開けたままの隊員達。

『シェア!!』

水色のストライブが輝くボディを震わせ、怪獣に向かい大きく一歩踏み出したエレメントであったが、その一歩を踏むことは叶わず、まるで徒競走でこけてしまった幼児のような体制で、その場にべしゃんと倒れ込んでしまった。

『へアッ!?』

ズゥゥンという地響きとともに、砂煙が舞う。

「まぁやっぱり、エレメントの体でもこの異常状態はあるってことか。」

『こ、これでは体を動かすのに余計な体力を使用してしまう。サイエンスチームが到着する前に、体が保てなくなるぞ!』

「だから最初っからハイドロエレメントになってるんだろ。形態変化にもエネルギーを使うんだろ?その分は節約したわけだ。」

『だが、動けないのなら同じだろう?』

「動けるんだよ。ここから湖までは、こちらが僅かに高い位置になっている。つまり緩やかな傾斜ってわけだ。あんたも、自分の体の使い方くらい勉強しておけよ。」

イクタがエレメントの体を動かし、ミキサーにエネルギーを込めた。すると、エレメントの体がみるみると液体化し、ついに全身が完全に水と化した。

「ヘリウムエレメントが気体になれるのなら、ハイドロが液体になれるのは自明だろ。いくぞ!」

水となったエレメントは、傾斜に沿って、ゆっくりではあるが確実に、湖へと向かって行く。どうやら、一帯の重力を操作しているわけではないようだ。もしそうならば、そもそもイクタがこの場に降り立った時に異変に気づいていなければおかしい。どうにも不思議な力を使う怪獣のようだ。

「このくらい接近すれば、あとは無理やり飛びつけるだろ。にしてもあの怪獣、動かないな。」

湖に佇む怪獣は、一向に動きを見せない。様子を伺っているのだろうか。

『相手も水性怪獣だが、こちらも今は水の力を使うタイプだ。動かないのなら、地の利を生かして攻めるまでだ!シェア!!』

エレメントは、液体のまま、怪獣に向かって飛び出した。空中で徐々に元の身体へと変化していくエレメント。それを見て、ようやく動き出した怪獣は、水中に潜りエレメントの体当たりを避けた。両者の着水による巨大な水しぶきが、辺りに雨のように降り注ぐ。

「水中ではかなりの速度で泳げるようだな。」

怪獣は、音速に近いスピードで水中を縦横無尽に動き回っている。

『だが、水のある場でのハイドロエレメントには敵わん!シェーアッ!』

エレメントは両腕を大きく交差させ、周囲の水を動かした。水がまるでエレメントの腕のように動き、怪獣を捕らえた。

『ハイドロエレメントアーム!!』

そのまま水の外へと持ち上げると、陸の方へ放り投げた。この一連の攻撃により、湖の3割ほどの水が一瞬で動いたため、水面は大きく揺れ、発生した波が周囲の木々をなぎ倒していく。

『あの手の怪獣は、水場から離れたら無力のはずだ。ここで一気に…』

そう意気込んだエレメントだったが、何かがおかしい。体が動かないのだ。それも、さっきまでの重い、という感覚とはまた違う。

「どうした?なんで追い討ちをかけないんだ…?」

と、言いながら異変の正体に気がついたイクタ。

「エレメント!足元見ろ!凍ってやがるぞ!?」

『ヘアッ!?な、なんだこれは…?」

さらに、ピキッという音が聞こえ、後ろを振り返ったエレメント。なんと、先ほどまで武器として扱っていた大量の水が、一瞬にして凍り始めていたのだ。あっという間に、エレメントの背面部分は氷に覆われてしまった。

『…奴は水を武器にする、というよりもこうして、氷を使う怪獣だったということか…!迂闊だった!…だがこんなもの…!』

力を込めるエレメント。氷に多少のヒビは入ったようだったが、体は抜けない。

「お、おい!何か来るぞ!?」

怪獣は今まさに、格好の的となったエレメントに向かい、追撃を行うために光線のようなものを繰り出す準備をしている最中であった。

『キィィィィィ!!』吐き出された、冷気を帯びた光線が、エレメントを襲う。ついに残された体の部分までも氷漬けにされ、全身が分厚い氷山の中に閉じ込められてしまった。

「お、おい!エレメントのやつ動かなくなったぞ!!」

驚きの事態に慌てふためく隊員たち。

「おいこの野郎!起きやがれ!」

どうやら、エレメントの中にいたイクタは無事だったようだが、肝心のエレメントは意識を失っているようだ。それに、これはただの氷じゃない。イクタにもどう説明すればいいのかわからないようだが、先ほどエレメントが言っていた、自然エネルギーというものが、この違和感の正体であろう。

「…そうか…。さっき俺たちの身体が重くなったのは、こいつが発生させた霧が原因だったんだ。確か局長の話によれば事件の数日前から濃霧、か。犯人はこいつで間違いない。そしてその霧に含まれてた成分みたいなもんが、この氷にもあるんだろう。くそっ!」

『キィィィィィ!』怪獣はまるで燥ぐように鳴いている。

「霧で対象の自由を奪い、動けなくなったところを冷凍させる。一度こいつのテリトリーに入れば、脱出はほぼ不可能ってわけか。なんとも優秀な捕食者だなまったく。…ネイチャーモードの力を使えば…いや、それでは隊員たちも巻き添えにしてしまう…。どうすれば…」

 エレメントに止めを刺すためか、怪獣はこちらへゆっくりと歩み寄ってきている。嘗てないほどの危機が、彼らを襲う。

 

                                                      続く 



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第18話「採取」

 強力な怪獣、ゲフールの前に戦闘不能に陥ってしまったウルトラマンエレメント。絶対的ピンチの中、イクタはとある秘策を披露するがー?


第18話「採取」〜氷獣ゲフール登場〜

 

 HK地区からの通報を受け、潰されていた村付近の調査及び消えたその住民たちの捜索という任務にあたっていた隊員たちの元へ、『怪獣が出現する可能性がある』とのことから増援に駆けつけたイクタとエレメント。その後、彼らの前にやはり怪獣が現れたのだが、その予想を超える力の前に、エレメントは冷凍され、戦闘不能状態へと陥っていたー

「おい起きろよ!エレメント!!……くそっ!」

イクタは先ほどから何度も呼びかけているが、それに対する反応は見られない。こうしている間にも、怪獣はエレメントへと着実に距離を縮めている。

「サイエンスチームは到着にまだ時間がかかる……。奥の手がないわけじゃねぇが、ネイチャーモード同様に隊員たちを巻き添えにしない保証はない…。」

 だがここで力を出し惜しみにして、エレメントの命が奪われるという最悪の事態を迎えることだけは避けなくてはならない。

「…すまない、みんな。どうにか生き延びてくれよ!」

イクタは、そう決断せざるを得なかった。

「丁度この力を試しておきたかったしな。これからの決戦には必ず必要になる力だ。ここで、実験といこうじゃないか。」

 イクタは、エレメントミキサーが装着されている左腕を、右肩の位置まで持って来た後、そのまま斜めに素早く振り下ろした。それが合図となり、変身が解け、エレメントは光となって消えた。そのエネルギーは、ミキサーへと帰っていく。

「エレメントが…消えた…!?」

 隊員たちの方角からは、エレメントは分厚い氷の中に移るため、光の屈折でよくは見えなかったのだが、その存在が消滅したことは確認できたようだ。

 イクタの体は、エレメントの頭部に近いところにあったため、変身を解くと同時に、当然落下を開始する。分厚い氷山になっているとはいえ、先ほどまでエレメントが存在していたこの空間には、彼の体積分の空洞ができていたのだ。

「…あの感覚…自分でもどうやって“変身”したのか、わからないが、するしかない…!」

 イクタは地上から撤退する際のことを思い出そうとしていた。トキエダの亡骸を見た後の記憶がしばらくないが、おそらくその期間は“変身”できていたのだろう。

「……この状況を…打破できるだけの力を…!」

 イクタは全神経を研ぎ澄まし、集中力を高めていく。そうしていく過程の中で、突然として左腕の感覚が消えた。

「…!?腕が…?」

イクタはハッと左腕を見た。その腕は、もはや人間のものではなくなっていた。

「これだ…!…だが感覚がない…。どうやって動かせば…」

焦るイクタ。目の前には怪獣が、そして目下には氷の面が近づいて来ている。あの高さから落下である。無事ではすまないだろう。

「くそっ!どうにでもなりやがれ!」

その時、イクタの左腕が、無意識に氷を砕こうとして動作を開始した。そしてインパクトの瞬間には、イクタの左半身が、イクタの身長を保ったままで人外のものへと変化していた。左腕の拳だけは、エレメントのそれとほぼ同じ大きさまでに巨大化している。

 ドゴォォォォ…という音と共に、氷山は砕けた。その氷の破片が、怪獣に襲いかかる。

『キィィィィィィ…!』

右目に破片が突き刺さったようで、悲鳴を上げる怪獣。その顔の横を、元の姿に戻っていたイクタが通過し、そのまま着水した。

「な、何がどうなったんだ…?」

傍観することしかできない隊員たちは、次々に変わる目の前の光景にただ唖然としていた。巨大な氷山は、今も崩壊を続けている。せっかく脱出したイクタも、このままでは下敷きになってどのみち死んでしまう。

「この氷は、あの怪獣の特別製だ…。重さが違う…やばい。」

 再び『異人化』しようとするイクタだったが、その性質を理解しているわけではないため、思うように体が動かない。氷を砕いた時も、何が引き金となって変身できたのかもわからないのだ。それに先ほどは偶然的に、力が暴走せずに『氷を砕く』という目的だけを果たせたが、次の異人化では、また地上の時のように歯止めが効かなくなる可能性もある。

「…っ!?」

 追い討ちをかけるように、彼の身体にズキンッと激痛が走った。特に、変身した左半身が酷い。3秒にも満たない変身ですら、これだけのリスクがあるようだ。

 当たり前ではあるが、氷はそんなイクタにも御構い無しに降り注いでくるものである。

「やばい…!」

 反射的に、両腕を胸の前で交差させ、ガードの体勢に入った。こんなものでは、気休めにもならないがー

 

 その時、彼の目前に、柔らかな光の膜が現れたのだ。いや、目の前にというよりかは、身体を包むようにと言った方が正しいであろう。

『エレメントシールド!!』

光の壁が、イクタの身を氷から守り抜いた。全ての落下物を遮蔽し終えた頃には、イクタの身体は水面にプカプカと浮いていた。

『どうにか間に合った……。ミキサーには万が一のための予備エネルギーがある。常時ケミストリウム光線の一発くらいは、変身せずとも放てるようにな…。』

「…あぁ、助かったぜ…。それより、あの怪獣は?」

『消えた…。行方不明だ。あの自然エネルギーはもう探知できないし、霧も晴れたようだ。今なら、しっかりと動けるだろう。今のうちに、退避すべきだ。』

「そうだな。…ったく、目覚めんのがおせーんだよ。そもそも、あんたが氷漬けになんかならなかったら、もっと簡単にいってたもんだろ。」

『申し訳ない。だが、君の一度変身を解くという発想があったからこそ、私はあの氷から解放され、意識を取り戻すことができたのだ。感謝しているよ。しかしだな…』

エレメントは、いつにない凄みのある声で、セリフを続ける。

『異人化だけは、もう二度とやってはならん。』

「……。」

イクタははぁ…とため息をついた。

「ま、そういうとは思ったけど。」

『あの身体のリスクは、改めて身を以て感じたはずだ。タダでさえ寿命の短い君が行うのは、自殺行為と言っても過言ではない。それに、能力者といえど、君の身体そのものの強度は並の人間と変わりはしない。もしあの力に頼り続ければ、決戦を迎える前に死ぬぞ。だいたいなー』

そこに、霧による状態異常から解放された、隊員たちが駆けつけてきた。

「おーい、イクタ!無事か!?」

「あ、あぁ。なんとかな。」

イクタにとっては、エレメントの説教から解放されるいいタイミングであった。起き上がって、隊員たちと向き合う。

「それより驚いたぜ!まさかお前が、あのエレメントだったってな!!なんで教えてくれなかったんだよ!?」

隊員たちは大はしゃぎしているようだ。

「まぁ、な。でも怪獣は取り逃がしちまった。片目に傷を与えたし、そう遠くへは逃げられないとは思うが…。体制を整えて、確実に仕留める必要があ……る…。」

真剣な面持ちで話していたイクタだったが、再び左半身に激痛が走り、その場に崩れ込んでしまう。

「お、おい大丈夫か!?お前も手傷を負っているみたいじゃないか。焦らなくていい。まずは身体を休めるんだ。」

「へっ…余計なお世話だよ。奴は相当な強敵だよ。奴が回復しきる前に倒さなくちゃならん。心配するな、俺はイクタ・トシツキなんだぜ。」

 イクタはよろよろと立ち上がると、乗ってきたアイリスバードの方へと歩き始めた。アイリスバードには多くの機械が搭載してある。その中には、水中の索敵に優れたものもある。ひとまずは、機内で身体を休めながら、怪獣を追わなければならないだろう。

「さて、霧も晴れた。今なら、サイエンスチームも無事に合流できる。それに…」

イクタはミキサーを持ち上げた。

「あんたその中に、わずかでも奴の氷のエネルギーなりなんなり、含まれてないか?」

エレメントにそう訊ねる。

『調べてみる……うむ、微かな量ではあるが、紛れ込んでいるようだ。ミキサーに戻る際、身体に付着していた分だろう。余計なものは取り込まないようにしている設計なんだが、粒子レベルになると、難しいからな。…それで、それがどうかしたのか?』「あんたも科学者の端くれだろ…。」

イクタは呆れたようにそう言った。

『あ、あぁそういうことか。もちろん最初からわかってはいたのだぞ。サイエンスチームに分析させて、あの怪獣に対抗する何かを生み出すのだろう?』エレメントは慌てた様子でそう話した。

「まぁ、だいたい正解だが、分析するのは俺だ。あいつらには、別の目的で来てもらっているからな。」

そう話しているうちに、アイリスバードへとたどり着いた。コクピットに乗り込み、座席の背もたれにもたれかかり、とりあえず一息ついた。

『別の目的?』

「試したいことがあるんだよ。次の戦闘も、おそらく実験になる。」

そう言いながら、イクタはエンジンはかけないまま、コクピット内の電源を入れた。全ての機器が一斉に起動し、ランプが灯っていく。イクタの機は、通常よりもさらに多くの科学的装備が施してあるのだ。空を飛ぶ小さな研究室とも言える。だがしかし、飛行中はそんなものを操作している暇はないため、このようなケースでしか使用できない。故に使い勝手はすこぶる悪い。

「その前に、怪獣怪獣と呼んでいるようじゃ、やりにくいだろ。あいつにもコードネームが必要だ。…そうだな、氷を使う怪獣だし氷獣、氷獣ゲフールでいいだろう。とりあえず、ゲフールの索敵だ。……どうやらあの湖、さらに地下深くの地下水道と繋がっているな。その中に、奴の反応がある。…動く様子はない。身体を癒しているんだろう。」

ちなみに地下世界には、海はなくともこのような湖ならいくつか存在している。天然の地下水道を弄り、人為的に大きな水溜めを作っているようなものなので、それはそれはとんでもない費用がかかったとか。絶対的に必要なものではないのだが、当時のIRISの幹部たちは、景観を重視したかったらしい。

『となると、早めに動いた方がいい。幸い私はまだエネルギーを温存できている。今この瞬間に変身した場合、全力で飛ばしても2分は身体を維持できるはずだ。』

「が、かなり深くにいるし、近づけたとしても、氷で俺たちを遮ることなんざ奴にとっては容易なこと。俺たちだけで突っ込むのは大きなリスクが伴う。」

『つまり、陽動が必要だということだな。それも、あの氷を砕けるだけの火力がなければ、さほど意味を持たない。』

「そういうことだ。」

その直後、通信機に電波が飛んで来た。エンドウからのものである。

「チーフ、只今到着いたしました。」

「いやぁ丁度いいタイミングだぜ。助かった。俺のいる場所、わかるだろ?とりあえず近場に来てくれ。」

「了解。」

イクタは通信を切ると、エレメントミキサーから取り出した怪獣の成分を、測定器にセットした。『しかし、彼らにはどのような目的を与えているのだ?』

エレメントが、先ほどの質問の続きを聞くように訊ねる。

「怪獣兵器を、現存の2種類共に持って来てもらっていてね。怪獣の出現時、俺もあんたも、奴が相当な部類に入るだろうと予測していただろ?万一に備えて、最高の戦力を用意させた。それに、俺はゲフールを、オリジナル怪獣兵器1号にしてやろうとも考えている。だから、まだ研究段階の怪獣兵器のカプセルも、ここへ運ばせた。」

イクタはそう答えた。

『た、確かにコマは多い方がいいだろうが、奴を怪獣兵器にだと?あれは覇獣とも渡り合えるかもしれないほど強い。そんなものを、まだ研究段階で、臨床実験すら行えていないサンプルで手懐けられるわけがなかろう!それに、奴は黒ローブの手持ちの可能性も捨てきれない。第一に、あんなのが今まで発見されていないというのはおかしいだろう?野生の可能性は低いぞ?』

エレメントはそうまくしたてた。

「…俺的には、逆に黒ローブの手持ちの可能性の方が低いと思うね。今、このレーダーに映っている奴を見てみろ。エネルギーを限りなく0に近づけている。軽く冬眠状態だぜ?これはおそらく、他の怪獣に見つからないようにしているのか、そんなところだろう。だから、今まで発見されていなかったんだ。」

『だがそれでは答えになっていない。君の考えた仮説に過ぎないじゃないか。』

「まぁ聞けよ。あんた、戦闘中に黒ローブの気配を感じたか?奴らは皆隠したくても隠しきれないほどの固有の気配を持っていただろう。俺はともかく、ウルトラマンのあんたが感知できていないのなら、この場にはいなかったということだ。それに、奴らの仕業にしちゃあ、村2つ潰した程度で、さらに、その住民を殺したような様子が見られないのはおかしい。レジオンの時みたいに、ド派手に奇襲して、放射能という置き土産だってプレゼントして来ても驚きやしねーぜ。それに比べれば、地味すぎる。」

イクタはそう続けた。

『それは…そうかもしれんが…』

「もちろん、あんたの意見を全否定しているわけじゃあない。警戒は怠らないよ。でも、その可能性は低いってだけの話だ。」

そう言い終えたタイミングで、測定が完了したようだ。解析結果が、モニターに表示される。

『これは…尋常じゃない密度のエネルギーだな。奴が湖内の巣のような場所に氷を張ったとするならば、まず、ネイチャーモードか、新型のミサイルでなければ破壊することはできないだろう。』「そのミサイルにも、この氷対策用の特製の弾頭を積まないと大きな効果は期待できないな。」

『となると、やはり私たちだけで特攻しなければならん。こんなところで、隊員たちを危険に晒すわけにもいかんだろう。』

エレメントはそう言った。ただでさえ、優秀な隊員の多くを失ったばかりなのだ。特に、この場にいる隊員というのは実戦経験の少ないものばかりである。

「…まぁそうなるが、別の方法もあるだろ?あいつを、再び水上に誘き出すんだよ。」

『確かにそれならば、陽動役という危険な仕事は必要なくなるが、具体的にどうするつもりだ?』「うーむ。まぁ、考えがないことはないんだが。」

イクタは頭を掻いた。やはり、あのゲフールが一方的に優位なのが現状であろう。

 

「チーフ!エンドウです!」

そこに、コクピットからのガラス越しに、エンドウらサイエンスチームの面々が確認できた。どうやら無事に合流できたようだ。

「よし。」

イクタは機体から降りると、彼女らの前に立った。

「では、とりあえず怪獣兵器の方をこちらに渡してくれ。」

「わかりました。」

エンドウは鞄から小型のカプセルを二つ取り出し、イクタに手渡した。

「ボムレットに、会議で大活躍の怪獣か。そういや、こいつにはまだ名前がなかったな。」

「一応、サンプルNo.238という、他の怪獣と区別するための呼び名はあります。」

「かたっ苦しいな。まぁそれは後から考えてもいいことだ。それより、もっと大事なことがある。例の準備は完了しているんだろうな?」

「もちろんです。終わってなければ、ここには来ていません。ケース3ですね?」

エンドウはノートパソコンを取り出すと、とある画面をイクタに見えるように表示した。

「……うむよくやった。じゃあ、実験開始といこうぜ?」

『もう始めるのか?戦闘員はあそこにいる数名だけだぞ?』

エレメントが、イクタにしか聞こえないよう、小声でそう言った。確かに、まだあれだけの強敵と戦うだけの準備が整ったようには見えない。

「いいからやるんだよ。まずは、ゲフールを再び俺らの視界に入るところまで浮上させる。俺の仮説の上では、あいつはあの湖の奥深くで、他の怪獣から身を守るために巣を作っている。そうしてずっと大人しくしていたはずなんだ。だが、今回は奴が現れ、村まで襲っている。原因として考えられるのは、まずはこの地球上で起こっている異変。あと50年で星が滅ぶ計算だからな。どんな異常が起きているのかわからない。それが何らかの影響を与え、奴が引きこもりをやめたわけだ。」

「…確かに、そう考えるのが一番妥当ですね。」

「都合のいいことに、我らがTK-18支部は、常に地球の動きを観察している。その中で稀に、いつもとは違うおかしな信号をキャッチすることがある。念のため、それら信号のコピーと保存は行なっているからな。ここにそのサンプルのデータもある。」

イクタは、ポケットからUSBのようなものをとりだし、サイエンスチームの部下たちに見せつけた。

「ここから、それを流すんだよ。そのうちのどれかに、奴が反応するかもしれない。」

「なるほどですね。しかし、万が一ですが、チーフの仮説が見当外れだった場合、どうなさるのでしょう?」

エンドウはそう訊ねた。目上の人物に対して、なかなかはっきりと物を申すタイプでもある。

「そん時は、怪獣兵器に特攻させるまでよ。俺らの最終目標は、ケース3の実験成功、つまりはゲフールの獲得なんだからな。」

「了解です。」

「んじゃ、始めるぞ。」

イクタはUSBメモリをコンピュータに差し込み、データを取り出すと、それを起動させた。1分ごとに、様々な信号や電波が交代で放たれていくようにプログラムされている。

「…ここまで、まだ反応はないようですね。」

30分が経過した頃、エンドウがそう言った。

「何しろ地球という惑星そのものが狂い始めてるからな。異常なサンプルは山ほどある。最悪、丸一日はかかるぜ。」

「しらみ潰しってことですね…。」

さらに30分が経過した。未だに、ゲフールが行動を起こすような素ぶりは見られないがー

「…そろそろ、かな。」

その時だった。大地が大きく揺れ、あの他を圧倒するかのような自然エネルギーが、場を支配し始めたのは。

「これは…っ!?」

『ゲフールが目を覚ましたんだ!この電波に反応していたのだな!』

ザァァァァァァァァという大きな音ともに、津波のような水しぶきをあげ、水面にゲフールが現れた。

 

『キィィィィィィィィィ!!』

「こ、ここまで威圧的なオーラを放つ怪獣は見たことが…。こんなのが地下に住み着いていたなんて…。」

エンドウたちは唖然としている。

「よし、総員、とりあえずこれを着用しろ。」

イクタが、見慣れぬスーツのようなものを取り出し、全員に渡した。

「これはなんでしょうか?」

「さっき解析した奴の成分から生み出した抗体で作った対策スーツだ。これなら、奴の放つ霧の中でも動ける。」

「流石はチーフ、お仕事が早い。」

「仕事が早いんじゃない。要領が良いだけだ。何せ、1時間近くも待ってたんだからな。それだけの時間があれば、ある程度の作業はできる。そんな事より、あそこにいる戦闘員たちにも渡してきてくれ。ある程度の距離にまで避難してもらわないと。それに、飛行機はおそらく使えない。まだ、機体を守る装置はないからな。お前らも、徒歩で安全圏まで後退しろ。」

「チーフは!?」

「あいつを怪獣兵器にしてやる。後方支援を頼みたい。早く行け。」

「了解!お気をつけて!」

サイエンスチームの部下たちは、指示通りに動き始めた。アイリスバードの中に残ったのは、イクタとエレメントだけである。

『さて、私の身体も少しの休息を取ることができた。完全回復とまではいかないが、ネイチャーモードでも3分は持つはずだ。その間に蹴りをつけるぞ。』

「あぁ。それに、思い切り戦っても味方を巻き込むことはない。あいつは殺す気で行かないと、生け捕りなんて無理な野郎だからな。」

『…私の休息に、特製スーツの作成。もしかして君は、わざと時間を稼いでいたのではないか?最初から、ゲフールが反応していた信号のことをわかっていた…。違うか?』

「…まぁな、わかっていた…とまではいかないが、大体の目星はついてた。スーツができる前に奴の目を覚ましても、逃げ遅れで死人が出る可能性があったからな。確かに、わざと時間稼ぎはした。奴の傷が癒えきれない程度の時間をね。あんたも察しが良くなってきたじゃないの。」

『当たり前だ。何度君と共に戦ってきたと思っている。それより、早く変身しろ。』

エレメントは、イクタを急かした。

「わーってるよ。」

イクタは、いつものミキサーが装着されている左腕ではなく、右腕を天に掲げた。

「デュアルケミストリウム!!」

右腕の装置、『エレメントブースター』が真白き閃光を放つ。

『ネイチャーエレメント!!』

赤と銀が主体の身体に、緑色のストライブが走る光の巨人。エレメントの強化形態、ネイチャーエレメントだ。

『シェア!!』

エレメントが、再びゲフールと対峙する。

『キィィィィィィィィィ!!』

ゲフールも大きく咆哮した。

「エ、エンドウさん!!あれ!チーフが…!」

「…えぇ、まさかね…。でもまぁ、今までのチーフの行動をよくよく思い出してみれば、チーフがエレメントだった、ということの裏づけもあったような、なかったような…。」

今まで散々、イクタに良い意味でも悪い意味でも振り回されてきたエンドウなのだ。もう今更、そこまで驚いている、という様子ではなさそうだ。

「さて、あんたのリベンジマッチだ。今度は上手くやってくれよ。」

『ふん。言われなくてもだ!ジャッ!』

エレメントは、姿勢を低くしたまま走り出し、ゲフールの懐へと突っ込んでいく。

『氷漬けは御免なのでな。水場から引き離す!』

しかしゲフールが大急ぎで水中に潜ってしまったため、この突進は外れてしまう。

「そうなんども、同じ手は食らってはくれないそうだ。」

『だが、それは私とて同じ』

エレメントはサッと飛び上がり、宙に浮かび上がり、そこで停止した。

『何度も、水を使った陽動の攻撃からの氷漬けという手順を、みすみすと受ける私ではない。』

「なるほど。あいつが水から離れてくれないなら、こっちが距離を置くという手法か。」

『ネイチャーモードの私は遠距離攻撃にも長けている。この私に隙はない。』

エレメントは両腕を大きく広角に広げ、両掌に力を込めていく。

『セヤッ!』

その両腕を、同時に、じわじわと天へと持ち上げ始めた。すると、湖そのものが、ゆっくりと上昇を始めた。

『ハァァァァァ…!』

さらにゆっくりと、しかし確実に腕を上げていくエレメント。直接手こそ触れてないものの、湖を持ち上げようとしているのだ。

「…こりゃすげぇや。」

流石のイクタも、目の前の光景に驚いている。

『ムムゥ……流石に重いな…。だが…シェア!!』

ついに、その両腕がピンっと天へと伸びきった。さっきまで湖だった、とてつもなく大きな水球体が、今目の前に浮かんでいる。ゲフールは、何が起きているのか理解できていない様子で、未だに水の中を泳ぎ回っている。

『水を扱いし怪獣め、その水でもがき苦しむがいい!ハァァァァ!!』

エレメントは、今度はその両腕の間隔を狭め始めた。それに連れて、水の塊も、側面から押しつぶされるかのように動き出した。まん丸だった球体が、徐々に楕円形へと変形していく。

『キィィィィィィィ!!』

突如加わった凄まじい水圧に、悲鳴をあげるゲフール。

「よし、このまま気絶させれば、俺らの勝ちだぜ!」

『……む!?』

エレメントは何かの異変を感じ取った。水の体積が、先ほどより僅かに増量したような気がしたのだ。

「どうした?」

次の瞬間、水の塊が、一瞬にして氷の塊へと変化した。その中から、ゲフールが顔を出す。

『キィィィィィィィィ!!』

「あの野郎、とっさに水を氷に!」

『…だが、何も変わらぬ!液体が固体になっただけだ。このまま押し潰す!』

「気をつけろ!あいつは、水より氷を巧みに扱うんだぞ!」

イクタの忠告が終わる前に、ゲフールが纏っている氷の塊から無数の氷柱のミサイルが飛んできた

「外側の氷から順に…。自らへの圧力を軽減しつつ、さらにそれを武器にするとはな。」

『くっ!だが、そんなつららが私に効くものか。』

エレメントは超音速でミサイルを回避し続ける。それに伴い、エレメントの腕からの拘束から逃れた氷の塊が、ドスンと地へ落ちた。同時に、圧からも解放される。

 全ての攻撃をかわしきったエレメントは、すぐに攻撃態勢に入る。

『圧がダメならば、氷を砕き奴を引き出すまでだ。君の腕でも砕けたものだろう。私なら、一撃で木っ端微塵だ。』

エレメントは利き腕である左腕にエネルギーを込めると、ゲフールへと突撃していく。

『シュワ!』

その拳を、思い切り叩き込んだ。しかし確かに大きなヒビを入れることには成功したのだが、粉砕とはお世辞にも言えたもんじゃないダメージしか通っていないようだ。

『…エネルギーの密度を上げ、硬度を高めていたか…。この私のパンチをも防ぐとは。』

「あんたってやつは、いつも美味しいところでこけるよな…ったく。ここは俺に任せろ。」

イクタは呆れながらそう言うと、カプセルを取り出した。

「ボムレット、頼むぜ。」

カプセルをアイリスリボルバーにセットし、引き金を引く。放たれた怪獣兵器はエレメントの胸の前でピカリと光ると、そこで実体化し、みるみると大きくなっていく。機械的で、銀色の、翼のない竜のような姿を持つ、ボムレットの登場だ。

「エンドウ!ボムレットに指示信号だ!行動パターンプログラム2を頼む!」

「了解!」

『おい、なんだその、指示信号ってのは?』

「怪獣兵器はどうやら、そいつを呼び出した者しか指示が出せないらしくってな。それじゃあ不便なこともあろうかと思い、怪獣の行動を予めプログラムして、それを電気信号として怪獣に飛ばせるように、専用のコンピュータを開発したんだよ。兵器とはいえ、生きている動物だからな。外からそういうのを流すことでもコントロールできる。まぁこりゃ、ある種の洗脳行為だがな。」

『…科学者とは時に残酷なものだな。他人のことは言えんが。』

「心配するなって。残虐な真似はしないよ。奴らは大事な戦力だからな。丁寧に扱うさ。」

そう言い終えた頃に、プログラムが開始されたのか、ボムレットが動き出した。

「ボムレットの爆破攻撃で、ゲフールの氷を破ります。エレメント、後退してください。巻き込まれますよ。」

エンドウが、マイクを通してそう言った。エレメントは無言で頷くと、数百メートルほどの距離を、後ろ向きにジャンプし引き下がった。

「ではいきます。」

『ギュルルルルルル!!』

ボムレットは大きく口を開け、顔の前にエネルギーの球体を生み出した。それを、ゲフールへと吐きつける。球体はゲフールに直撃する少し前方で、ピカッと光り、ドォォォォンという爆音を唸り上げ、爆発した。だが、決定的なダメージは通っていないようだ。

「まだだ。威力を上げろ。」

「了解。」

『ギュルルルルルル!!』

今度は、先ほどよりも大きな球体を連続で吐き出した。大地を揺るがす大爆発が、容赦なく、何度もゲフールを襲う。

『キィィィィィィィィィ!!』しかしゲフールも、一方的に攻撃されっぱなしではない。口から、あのエレメントを氷漬けにした光線を吐き出した。さらに、先ほどの氷柱ミサイル攻撃も同時に行なっている。

「避けて!」

エンドウの指示も虚しく、攻撃態勢に入っていたボムレットは、そう簡単に動作を解除し、敵の攻撃を回避するという行動は取れなかった。全ての反撃が、ボムレットを直撃する。あっという間に、大きな氷の像が完成してしまった。

『お、おい。ダメではないか。それに私の活動限界も近い…。イクタ、どうする!?』

胸のランプが赤く点滅し始めた中、エレメントがそう言った。

「もう大分弱らせた。氷の塊も、随分ともろくなっているはずだ。一気にカタをつける。ケミストリウムバーストだ。」

『か、構わんが、それだと奴を殺してしまうぞ?良いのか?』

「あぁ。ただし、ちょっとした細工をさせてもらうがな。エンドウ!エレメントの腕に、例のアレを!」

「了解!」

 

イクタの指示を受け取ったエンドウによる指示で、スタッフたちが動き始める。なにやら大きな装置を運び出してきたようだ。

『なにをする気だ?』

「今にわかるさ。おい、早くしてくれ!」

真っ白な箱のような構造で、先端には大きなパラボラアンテナのような部品が装着してある。スタッフの1人がスイッチを作動させると、そのアンテナ部の突起部に、エネルギーのような光体が、目視できるほどの大きさにまで膨らみ始める。

「発射!」

その掛け声とともに、エネルギーの球体は瞬く間に光線に変化し、エレメントの右腕へとまっすぐに飛んで行った。

『な、なんだこれは?』

その光線を受け、銀色のオーラに包まれた腕を見て、驚くエレメント。

「怪獣兵器から実体化させた怪獣を、再びカプセル内に戻す光線があっただろ。それを応用して、どうにか野生の怪獣をカプセルに収めることができないのか、研究をしていた。しかし、それは俺らの科学力だけでは無理だった。だが、俺らには、あんたがついていた。あんたの必殺光線の主要成分からその成分を担う元素の役割…全て調べ尽くしたさ。その結果、生まれたのがあの装置から放たれる光線だ。」

『…要はどういうことだ?』

「つまり、あんたの光線の成分と化学反応を起こさせることによって、怪獣をエネルギーに返還させる新たな必殺光線へと変化したんだよ。…とはいえ、もちろんまだ実験すら行っていない代物だ。なにも起きず、ただ普通にゲフールを殺すだけになるかもしれない。なにせ、完成したのが、ついさっき、だもんな?」

イクタが、エンドウに確認する。

「ええ。完成次第、こちらに持って来いとの命令でしたので。」

エンドウが返答する。

「ケース3ってのは、サイエンスチームの臨時作業のことを指すんだ。試験段階でも良いから、とりあえず大まかに完成次第、戦場に駆り出すということだ。」

『…この戦闘が初の実践実験…ということか。賭けに出たな、イクタ。確かに成功すれば大きい。それに仮に失敗したとしても、この強大な怪獣を駆除できる上に、その失敗から、より高度な新光線を開発できる。…わかった。このまま、ケミストリウムバーストを放つ!ハァァァァ…!』 

エレメントは、両腕を胸の前で交差させた。ミキサーとブースターが重なり、大きな光の球を生み出していく。ある程度膨らんだところで、腕の交差を解き、両腕を腰の位置まで下げ、腰を落とし重心を低くする。その瞬間、エレメントの周囲の大地がゴゴゴゴゴ…という音と共に震え、砂塵や大地の欠けらが宙に浮き始めた。それらは竜巻のように吹き上げ、エレメントの胸の前に浮いていた光球にも、稲妻のようなものが走り始めた。輝きと大きさがさらに増していく。

『ケミストリウム!バーストォ!』

エレメントは、光球を右腕で殴りつけた。殴られた面と対称な面が破裂し、その亀裂から必殺の光線が勢いよく飛び出し、ゲフールへと一直線に駆け抜けていく。

『キィィィィィィィ!!』

光線が直撃し、悲鳴を上げるゲフール。

「今よ!回収用のカプセルを、あの装置にセットしなさい!怪獣のエネルギーの吸引用意!」

エンドウが部下たちに、怒鳴るように命令を下す。

「わかってます!」

その直後、大きな爆発が起こり、周囲の木々や、ボムレットの氷像が吹き飛ばされた。

『…!失敗か!?…わ、私も限界だ…!』

爆風に耐えるために、姿勢を低くし、両腕を顔の前でクロスさせていたエレメントだったが、そのまま姿を消してしまった。

 

「お、おい!ぬおお!?」

爆風が収束しないうちに、上空へと放り出されてしまったイクタも、数百メートル飛ばされてしまう。しばらく飛翔したのち、大きな木にぶつかり、そこで停止した。

「いってぇな…テメェ、覚えとけよ。」

木にぶつかる瞬間、ミキサーから放たれたエレメントシールドの効力で、衝撃はだいぶ和らいでいたようだったが、それでも背中が痺れて、立つことすらままならない。

『すまない。ケミストリウムバーストはどうも、尋常じゃない範囲を巻き込む爆発を生み出す技のようだ。今回は私の力の残量も少なく、この程度で収まったが。』

「その上、一瞬でエネルギーを枯らす大技かよ。使い勝手悪いな、全く。」

『なにを、今回使えといったのは君だぞ。…まぁいい、それより、ゲフールはどうなった?』

「あぁ、確認しなきゃな。エンドウ!」

どうやら、まだ無線は繋がる範囲であるようだ。エンドウたちがいた場所は、ギリギリで爆風の圏外だったらしい。

「ボムレットは、寸前に回収できました。無事です。それに、微量ではありますが、ゲフールのものらしきエネルギーが、装置内に確認されています!」

「本当か!?実験は成功だったってわけか!」

「とはいえ…再び怪獣化させるのは難しそうです。本当に、僅かなものでして…。果たして成功と呼べるかは…。」

「…いいんだよ、それで。怪獣『兵器』って言うくらいだしな。怪獣化ができなくとも、何かしら用途はあるはずだ。科学ってのは、そうやって進歩していくものだろ?焦ることはない。」

「…そうですね。」

「これで、怪獣のエネルギー化には成功したんだ。次こそ、完璧な成果を出せば良い。エレメント、あんたにもフル回転してもらうぜ。」

『あぁ。ちなみに今、先ほどの君らの放った光線の解析中だ。いちいち、支援を受けているのではやりにくい。私もいずれは、自身の意思で、自身の力だけでもアレを撃てるようにしなくてはならんだろうな。』

「わかってんじゃねえか。でもまだ気がはやい。それは未完成のデータだからな。さて、帰るか。課題はまだまだ残ってる。」

イクタはアイリスバードに戻るために、痛む背中を気にしながらも立ち上がった。

『そういえば、ここの湖はなかなか見事なものだったがな。なくなってしまったな。』

水がなくなり、ただの大きな窪みとなってしまった、先ほどまで湖だった場所を見て、エレメントがそう言った。

「あんたがやったんだろ。あんた、俺にはエネルギーは節約しろと言うくせに、大分燃費の悪い、無茶な戦い方をするよな?」

『ははっ、すまないすまない。だがそれもあるが、最近対峙する怪獣が強力になっているというのもある。出し渋っていたら、こちらが負けてしまうのでな。』

「…それもそうだな。ネイチャーは確かに強いが、燃費が悪すぎるのが課題だ。今のままじゃ、いつか勝てなくなる時が来るぜ。」

『うむ……。』

「……やっぱり、あの力を自在に使えるようにならなきゃな…。いつまでもエレメントに頼っているばかりでは…。」

イクタは、自身の左腕を見つめながら、エレメントに聞こえない程度の小声で、そう呟いた。

『何か言ったか?』

「いや、なにも。」

異人の力、未知なるその力には、一つだけわかっていることがある。ただせさえ短いイクタの寿命を、さらに縮める、いや、最悪の場合は手を染めようとしただけで死に至る可能性だってある。強力な力というものには、必ずリスクが伴うのだ。だが、迫り来る決戦に備えるためにも、軽視できるものではない。イクタは、悩んでいた。

 

 

                                                    続く



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第19話「就任」

 ゲフールの捕獲に失敗したIRISだが、その失敗を糧に、改良に改良を重ねる日々。そんな中、イクタは所属するTK-18支部の幹部から呼び出され、とある命令を受ける。その内容とはー
 一方、時を同じくして、地上、火星ともに決戦への準備を進めていた。遂に力が戻ったダーム、そしてその力を見せつけるマフレーズ。彼らの脅威が、知らずのうちに地下に迫っているのであった。


第19話「就任」

 

 地下世界の人里離れた地帯の1つ。このエリアには、地下世界では他にはないあるモノが、観光名所として名を走らせていた。天井から吊るされるように構えている、通称『ハンギングマウンテン』という、大きな山である。

 上述の通り、山といっても、地上にあるような物ではない。地下世界の構築における過程で、偶然生まれた、まるで山を逆さにしたような地形をそう呼んでいるだけだ。

 もちろん、小さなものを含めれば各地で確認されているが、ここは少し特別なのである。まずはその大きさだ。天井とは、平均にして1000メートルと、充分な距離はある。しかしこの大きな「突起物」の全長はおおよそ600メートル。訪れた者は皆、異様な圧迫感を覚えるのだ。

 そして何より、先端に噴火口のような窪みがあることが最大の特徴である。真下から見上げるその景色を求めて、多くの人々がやって来る。

 無論この窪みは、学術的には何の価値もなく、所詮噴火口のような形をしているだけに過ぎない。数十年前にIRISが行った調査では、確かに、この山の最奥部ーといっても天井からさらに、地上に向かって数十キロ進んだところではあるがーに膨大なエネルギーを観測することができた。おそらく、マグマ溜まりではないのかと言われ、当時の学者により、きっと地上の線対称の部に、本物の火山があるのだろうと結論付けされていた。噴火のメカニズムから考えても、逆さにぶら下げられたこの窪みから、勢いよく噴火の起こる可能性はありえないのだ。そうでもなければ、とても真下に観光客を誘導することなどできない。

 だがそんな場所で、明らかに異常な「何か」が蠢めいていた。

『ギュエェーーー!!』 

真夜中、誰もいなくなったこの場所に、謎の咆哮が響き渡った。

 

「これがゲフールのエネルギー、ね。確かに少ない。」

研究室で、先日採取した怪獣兵器の元となるエネルギーを見つめ、そう言ったのはイクタである。

「でもまぁ、使おうと思えば何にでも使えるはずだよ、0じゃないんだし。」

自分に言い聞かせるようにそう呟くと、自らのデスクへと戻っていく。

「チーフ!次の改良案、できました!」

そこに駆け込んできたのは、彼の部下の1人である。彼らには、怪獣を生きたまま怪獣兵器に収容できるエネルギーに変換するための技術の開発を任せているのだ。

「お、早いじゃん。具体的にどこを改良するの?」

イクタは部下の持参していた資料を受け取り、軽く目を通した後にそう言った。

「エレメントの光線と反応させることが可能なことは先日判明しましたが、前回はエレメントの成分が占める割合の方が圧倒的に多く、あのような結果となりました。エレメントの発する光線の威力さえ抑えれば、こちら側の占める割合も相対的に増え、今の段階でもより良い結果を残すことはできるかと。しかし、威力を抑えるということは、怪獣を生け捕るため、前もってさらに多くのダメージを蓄積させなければなりませんので、それは厳しいです。よって、反応速度を限界まで早め、爆発的に光線内の成分割合を高める必要があります。」

「まぁ、そりゃそうだろうな。」

「なので、式から変更させるという案なのですが…いかがしょう?」

「その質問は間違ってる。はてなが浮かんだら気が済むまで実験しろ。それが俺らの仕事だろ。」

イクタはそう答えた。

「お、おっしゃる通りです!早速、試します!」

部下は慌てて、実験室へと走って行った。

「さてさてと、実験したいことが山積みだよ、まったくね。」

頭をぽりぽりと掻きながら、資料の山の一部を右手で掴み、流し読みしながらデスクを離れる。

「チーフ、どこに行かれるのでしょうか?」

イクタの右腕、エンドウがそう訊ねる。

「支部長んところだよ。すぐ戻るわ。」

短くそう返事をすると、そのまま研究室を退室した。

 

「ふんっ!!」

力を込められた右拳の中で、リンゴが弾け、果肉と果汁が飛散する。

「…力、かなり戻ってきたようだな、ダーム。」

その様子を見ていた銀色の長髪が特徴の青年、ローレンが声をかける。

「えぇ、お陰様で。もうしばらくお待ちいただければ、戦闘に出ることも可能でしょう。」

ダームと呼ばれた老人は、ウエットティッシュのような紙で、右掌に付着したリンゴの残骸を拭き取りながらそう言った。

「思ってたより早かったじゃねーの。じじいだから、時間がかかるもんだと思ってたぜ。」

ローレンの背後から、紫色の短髪の少女、キュリが現れた。

「私も驚いていますよ。やはりこの特異細胞の恩恵でしょうかね。」

ダームは右腕に視線を移しながら、そう話す。

「どのみち長くはない人生。あなた方と共に目的を達せられるのならば、この細胞の力を使うことによるリスクなど怖くはありませぬ。死ぬその瞬間まで、私の命はローレン殿、あなたのものでもあります。」

「良い心がけだ。…だが、後2週間は休んでいてもらおう。お前には万全の状態でいてもらわなければ困るからな。そこら中に転がっている無数の天然兵器、怪獣という生物も、お前がいなければ俺たちにも牙を剥くただの脅威だ。…ところで、同時に何体まで操ることができる?」

「そうですねぇ…。異人化を開放すれば、100までは大丈夫でしょう。その中に覇獣も含まれるとなると、少し減りますがね。奴らを制御するには、普通の3倍ほどの集中力が必要ですし。」

「でも、それをやったらすぐ死ぬだろ?ラザホーの馬鹿野郎だって、エレメントの戦いでは3分程度でバテていた気がするが。」

キュリがそう口を挟んだ。

「ラザホー殿は私よりも若かった。細胞も元気だったことでしょう。それに比べ私はもうこの齢。3分も持たないかもしれませんの。」

「ラザホーとお前はリディオ・アクティブ・ヒューマンになりきれていない存在だからな。開放状態を長く維持することはできないだろう。それに、せっかく100を操れるのに、秒でコロッと逝ってしまわれたら本末転倒だ。対策を練らなければならん。」

ローレンは腕を組み、そばにあったに豪勢で大きな椅子に座り、背もたれにぐでんと、全身をもたれさせた。

「思ったんだけどさ、無理に怪獣大軍団を用意する必要はないんじゃないか?」

そう言ったのはキュリだ。

「…お前はどう考えている?」

「その前に、ローレンの目には何が見えてるんだ?もうある程度結果もわかってるだろ。」

「いや…そういうわけでもない。未来予知は立派なリディオ・アビリティだ。自分の意思で使う使わないは選択できる。それにアビリティは使えば使うほどを死に近づく。イクタはいくらでも未来を書き換えていくから直前以外の予知はほぼ無意味だし、寿命の無駄使いにもなる。」

「前はあんなに予知しまくってたくせに。」

「人は失敗から学ぶ。それだけのことだ。」

あっさりと、これまでの行為が失敗であったということを認めるローレン。

「…で、お前の考えを聞きたい。」

ローレンは改めて、先ほどと同じ問いをキュリに投げかける。

「うちらは最初から少数の兵力しか持ってない。対して向こうは相当な科学兵力があるし、エレメントまで付いていやがる。でも、初戦、レジオンを送り込んだときは、たった1匹の怪獣だったのにも関わらず、大きな損害を与えることができた。もっとも、一番厄介な邪魔は入ったが。」

「そうだな。」

「でも当然ながらエレメントは世界にたった1人しかいない存在だ。だから考え方を変えれば、地下世界ってのはある意味、主砲が一門しかない超弩級戦艦みたいなもんよ。この表現で伝わるかどうかはわかんねーけど。」

キュリも頭が悪いなりに、懸命に表現を考えているようだった。

「なるほど。それに、撃てる砲弾にも限りがありますし、キュリ殿のように瞬時に別空間へ移動することもできない。しかしこちらは、地下の科学を大いに凌ぐ機動力がある。」

ダームには伝わっているようであった。

「つまり、だ。まずは怪獣を1匹送り込んで、エレメントをおびき出す。その隙に、各地にある敵の基地を1つずつ潰す作戦だ。これなら、じじいが同時に操る怪獣も少なくて済むし、私の移動回数も最小限に抑えると仮定するなら問題ないだろ。燃費良く潰せるはずだ。」

「…なるほどな。良い案だ。だがそれにはひとつだけリスクがある。」

ローレンは肯定しながらも、そう切り出した。

「リスク?」

「あぁ。前回の戦いは、戦場が地上だった。だからこそ、我々は終始有利にことを運べた。が、お前の作戦を採用するならば、戦場は当然地下となる。今度は敵が終始有利になる可能性もある。たった1つにして致命的なリスクだ。」

「…けど、どんな戦争にもノーリスクはありえねえ。その程度のものなら、力でねじ伏せるまで、でしょ?」

「あぁ……と言いたいところだが、今度の戦いばかりはそうもいかん。なぜなら、最後のチャンスかもしれないからだ。敵地に全力を注ぎ込むということは、万が一失敗した場合、ホームで防戦に徹していた奴らに最大の反撃の機会を与えることにつながる。一歩間違えれば、夢半ばに全滅だ。」

ローレンはそう語った。確かにその通りである。

「敵地に攻め込むには、大きな準備が必要だ。敵の基地の数、そして正確な座標を掴むことは言うまでもない。そして各基地の有する戦力、戦術的に有利な地形の先制獲得、駐留兵が最も少なくなる最高のタイミングなどなどだ。多くの情報を得なければならない。それはもちろん、地下の奴らがこちらに攻め込む場合も同じだ。だが、我々が得なければいけない情報の方が圧倒的に多いだろうな。奴らは前回の地上遠征で、多くのことを掴んでいるであろうし、奴らが出てくれば、我々は目的のため、必然的に出向かなければならない。このアジトを探る必要がないというわけだ。」

「そうか…。」

キュリも腕を組み、首を傾げた。考え込んでいるのだろう。

「…しかし、最も現実的な案でもある。情報は得れば良いだけの話だ。そうだろう?」

ローレンは立ち上がると、部屋の中央にある大机に、大きな地上世界の地図を広げた。

「分かっている敵の基地をおさらいしよう。まずはレジオンが襲撃し、エレメントが現れたこの基地だ。ちょうど、このエリアの真下にある。エレメントの到着時間の早さから考えうるに、イクタの在籍している可能性は高い。それに、大した数の戦術兵器を有していた。大きな場所なのだろう。そうしてもう一つが、キュリ、そしてラザホーがエレメントの大きなエネルギーを頼りに空間移動した先にあった、ここの真下にある基地だ。」

ローレンが、各地を指でさしながら説明していく。

「イニシアを連れて行った場所だろ?あそこはかなり広大な土地だった。それに奴らの言動や、最新モデルの戦闘機があったことからするに…本部の可能性が高い。」

キュリがそう言った。

「基地が二つ、場所まで分かっているというのは大きな強みだ。そこでキュリ、お前に今から任務を言い渡す。」

「なんだよ、任務とか言って改まっちゃって?」

「このデカい方の基地に行け。仮に本部ならば、全基地の情報が保管してあるに違いない。潜入し、それを奪い取るのだ。データとしてが叶わぬのなら、お前が頭の中に暗記してくるだけでも良い。正確なものを得られるのなら、お前に任せる。」

「け、結構失敗が許されない感じのマジなやつじゃん…。やり方も、私の勝手ってか?…こういうのはラザホーの役目だったのにな…。」

はぁ、とため息をつくキュリ。

「言い出しっぺなんだ。このくらいやれ。そしてダーム、万が一の場合はキュリをサポートしてもらうが、さっきも言ったが基本は休養だ。寝てろ。」

「了解いたしました。」

片膝をつき、そう返事をするダーム。

「と、いうわけだ。作戦開始!」

「へいへい。」

面倒そうに短く返事をすると、キュリは瞬時に姿を消した。

 

 IRISTK-18支部の最上階、支部長室へとエレベーターで向かうイクタ。報告として上げなければならない、重大な仮説があるのだが、もしそれが真実だとしたら…厄介である。同時に、大きなチャンスでもあるのだが。

 その道中、同じエレベーターに、とある人物が乗り合わせてきた。イケコマ隊員である。

「おう、イクタじゃないか。久しいな。」

実はトキエダの葬式以降、顔すら合わせていなかったのである。

「やぁイケコマさん、久しぶり。」

互いに軽く挨拶を交わした程度で、その後はしばらく沈黙が場を支配する。

「…お前には色々と驚かされたよ。大体の事情は、あの後支部長に聞いたさ。」

最初に切り出したのはイケコマであった。

「…そう。じゃあだいたい知ってるんだ?」

「まぁな…。文字通り、お前が最後の希望にして切り札だったってわけだ。こんな生意気なガキが…と癪には触るがな。」

イケコマは微笑みながらそう言った。

「おっしゃる通り、地下の切り札は生憎生意気でね。それでも、俺を頼らざるを得ないわけだ。悲しいことにね。」

少しニヤけながらそう返すイクタ。

「ふん。」

イケコマは苦笑した。ちょうど、彼の目的地である階まで登ってきたようだった。彼はそのまま、イクタには何も言うことなく、この小さな箱を降りて行った。

 それから少し経ち、エレベーターは最上階へと辿り着いた。

「うーっす。」

支部長室の扉を、そう軽く挨拶のような何かをしながら開け、入室するイクタ。部屋の中には、なぜか情報局長、パイロット司令官も支部長のデスクの両脇に立っていた。

「おぉイクタか。都合がいい。ちょうど私たちも、お前を呼び出そうとしていたところだ。」

デスクに両肘をつき、重ねた両手の甲で鼻から下を隠したままで、支部長がそう口を開いた。

「局長に司令もいるのか…。何の用かな?」

「まぁ待て。まずはお前の用を聞こう。」

支部長等の顔は、決して険しいわけではないように思えた。ならば、大した用件ではないのかもしれないがーにしても、わざわざ支部の幹部を並べていることからーと、思考を巡らせていくイクタ。今それを考えても仕方がないと思ったのか、少し間を開けた後、イクタから話し始める。

「この前の霧の村事件に関しての報告書をまとめたから、それを持ってきたよ。ただ、気になることがあってね。」

「…順を追って、説明してもらおう。」

「そのつもりだよ。まず、消えた村人だが、怪獣の処理後の調査で湖の中にあった怪獣の巣の中から、氷漬けにされていた状態で発見された。餌にでもするつもりだったんだろうな。残念ながら、生存者はいなかった。」

「こ、この件はマスコミには伏せておきましょう。幸い、大きな話題にもなりませんでしたし…。これからという時に、また信頼が揺らぐようなことは…。」

いつものように、冷や汗をかいてはハンカチを当てているのは情報局長キヨミズである。

「局長、君は毎度毎度ビクビクしすぎだ…。イクタ、続けてくれ。」

支部長が半ばあきれた様子で、イクタを促す。全く、ここまでメンタルが弱いのに、よく情報局長という重要なポストが務まるものだ。いや、しっかりと勤めている姿はほとんど見たことがないがー

「例のその怪獣は、並みの怪獣とは力が大きく違った。エレメントだって、1度やられかけたほどだ。」

「ふむ、やはり、地上の奴らの関与の可能性が高いのか?」

支部長はそのことを懸念していたようだ。当然と言えばそうだが。

「いや、その可能性は著しく低いというのが俺の意見だ。」

意外な返答に、少々驚いたような顔を見せる幹部たち。

「と、いうと、あの怪獣は野生のものだっというわけなのか?だが、天井にはどこにも穴などなかったはずだ。」

「あぁ。つまり、この地下世界に棲みついている怪獣だったってわけさ。」

「何!?」

彼らの顔は面食らったような表情に変わった。そんな考えは微塵も持っていなかったのだろう。

「バカなことを言うな!この地下世界ができて150年、そんな話は聞いたこともない!」

司令がそう口を挟んだ。無理もないかもしれない。

「まぁまぁ、お前のことだ。しっかりと理屈をつけて、その仮説に至ったのだろうということはわかる。ただ、我々は科学者ではない。わかるように、簡潔に説明してくれないか?」

司令を宥めながら、話が脱線しないように調整していく。

「…まず、俺もあの怪獣が黒ローブの差し金である線も考えたさ。だが、索敵を仕掛けても、怪しい人影はキャッチできなかった。それに、あの巣を調査した結果だ、あれは1日や2日で作られたものでもないし、かなりの年季が入っていた。生物がそこで何年過ごしていたのか、という簡単な測定をする機械で実証済みだ。」

「…なるほど。何かのタイミングで地下にやって来ていた怪獣が、これまで長い間、そこに潜伏していたということかな?ではなぜ、このタイミングで…。」

支部長の表情が険しいものへと変化していた。もしイクタの仮説が正しければ、IRISは地下に眠る強大な脅威に全く気づいていなかったということになる。管理体制の欠陥が指摘されても返す言葉がないであろう。

「…原因は明確だよ。この地球に起きている異常のせいだ。前にも話したと思うけど、地球は50年もすれば、星としての機能を停止する。滅びるってわけだ。その予兆として、磁場やら何やらが狂い始めているんだろう。事実、巣に引きこもったあいつは、こちらが意図的に発信した異常信号に反応し、姿を現したからな。」

「磁場やら何やらって、そこをもう少し具体的に掴めないのかね?聞いたよ、異常信号を探知したら、全て保存してーという原始的な方法を使っているんだって?君なら、もっと効率と要領の良い案を生み出せるはずだ。」

キヨミズがそう口を挟んだ。腐っても情報局長である。イクタともあろう優秀な科学者が、最も重大な点を不透明なままにしているのが気に食わないのであろうか。

「そりゃ、少しでも解明しようと研究はしてるよ。ただ、俺は地球ってものに詳しくないんでな。何でかわかるか?資料がほとんど残っていないからだよ。教科書も参考書もなしに、専門学が学べるわけあるかってんだ。」

イクタはそう嘆いた。地球に関する情報は地下世界では最重要機密事項の1つに当たっているため、例えそれが幹部クラスの役員と雖も、全く知らされていないのである。地下最高の頭脳を持つ彼ですら、エレメントから話を聞くまでは、偽りの歴史を堂々と語っていたほどだ。

「…現本部長、ルイーズさんでさえ、その資料の中身を…いや、保存されている場所すら知らないともされているものだ。まして幹部ですらないイクタがそれを知ることはあり得ないだろう。具体的なものを掴むには時間がかかる。さて、少し脱線したが、君の話はまだ終わっていないのだろう?」

支部長が、レールからそれた話の軌道を修正する。

「とりあえず、報告の方は終了だ。でも話の続きはあるね。今回の事件は、地下に生息する野生の怪獣という不意をつく存在にしてやられたものだ。今後、同じような事件を起こすわけにはいかない。と、思ってな。地下全体に大きなエネルギーを探知するための大きな索敵を、コンピュータに現在進行形でやらせている。」

「んん?その口ぶりだと、まだ怪獣が地下に眠っているということか?」

司令官が眉を立てて、そう問いかけた。

「俺の予想の中ではな。一応、そう考えていた方がいいだろう。星という規模で狂い始めているんだ。まだ他にいるとしたら、そろそろ目を覚ましても何らおかしくない状況だしな。」

「むむぅ…。全体を通して、仮説であってほしいと願うばかりの件ですな…。しかしなぜ、こうも悪い知らせばかりがコンスタントにやってくるのか…。安息の暇もない。」

ため息を吐き、ハンカチで汗を拭き取っていくキヨミズ局長。

「運の悪い時代に生まれてきたことを恨むのだな。…報告ご苦労。地下に怪獣が眠っているという前提で、我が支部も動いていこう。コンピュータが何かを探知した箇所に、調査隊を送ることも必要になるだろうな。」

「そうしてくれると助かるよ。」

「…さて、次はこちら側からの用件を話すことになるが、いいかね?」

「あー…まぁいいけど。」

そういえばそうだった、と面倒臭そうに頭を搔くイクタ。

「すぐに終わる話だ。イクタ隊員、君の新たな配属先が決まった。」

司令官から、そう切り出した。

「配属先?俺サイエンスチームを離れるのか!?」

今度は彼が面を食らう番であった。思いがけない言葉に目を丸くする。

 

「そうではない。新たな小隊ということだ。故トキエダ隊長、リュウザキ隊員を含め、旧トキエダ隊は人員不足により解体された。君は今日付けで結成された『イクタ隊』の隊長に就任してもらう。これは命令だ。新エースとしての活躍を期待している。」

淡々と述べ終えた司令官。彼の顔はあいも変わらず無表情である。

「…俺が隊長?まじかよ…サイエンスの方のチーフもやってるんだ。給料上げてくれるんだよね?」

「それは、次回の給料日の振込額を見て貰えばわかる話だ。」

支部長はニヤニヤとしていた。これはおそらく、給与は現状維持ということだろう。イクタはため息をついた。

「そして肝心の隊員だが、昨季ルーキーの中から、特に成績が優秀なものを5人集めてきた。」

「全員去年の新人!?イケコマさんたちはどうなるんだ?」

「イケコマ等は既に別の小隊に組み込まれている。我が支部は特に人員被害の大きな支部だからな。大きな戦闘員編成を行なった結果だ。理解してほしい。」

 イクタはうーむと唸った。部下という存在を扱うのは苦手なのだ。サイエンスの方は、彼の無茶振りや破天荒振りに唯一付いてこられるエンドウを重宝しているが、そのほかのスタッフの扱いは基本エンドウに任せている。新人ともなれば、付いてこられる人間などまずいないだろう。そうなると、どう接せればいいのかわからないのである。

「環境が大きく変わる。即答で返事ができないのも仕方があるまい。だが、君に時間を与えているほどの余裕はない。……丁度いい、支部長、その調査隊とやらが必要になった場合には、イクタ隊を行かせましょう。」

司令官がそう提案する。

「いい案だ。お前は不器用だからな。口であれこれと言うよりは、実際に部隊として任務に着任した方が、親睦も深まりやすいだろう。」

支部長は笑顔で、彼による意見に賛成した。

「…まぁ、俺に拒否権はないし、従いはするけど…。何だかなぁ。後になって、あんた等が人選をミスったことを後悔しないことを願っとくよ。」

イクタはそう捨てセリフを吐くと、支部長室を出て行った。トキエダ隊に所属している期間や、地上遠征の際には、時に隊長のように仲間に指示を出したことはある。それに、戦闘時の指揮力については、彼自身もある程度の自信を持っている。だがそれはあくまで、『優秀な一般隊員』としての立場でだからこそ取れた行動に過ぎない。

 部隊の責任者がいかに大変なのか、トキエダの背中を長きにわたって見続けてきた彼にはよくわかっていた。周囲と比べ、頭10個ほど抜けた能力を有する彼が、ペーペーの新米部下を担当する。彼はこれを、どんな研究や実験よりも難易度の高いもののように感じていた。

 

 地球から遠く離れた火星。赤い砂で覆われ、常に乾いた風が吹き抜けている、広大な砂漠地帯。ここでは、とある実験が最終段階を迎えようとしていた。

『マフレシウム光線!!』

身の丈60メートルはあるであろう、赤と青の巨人が、両腕を十字に組んだ。組まれた腕から発射された眩い光の筋が、遥か遠く、大きな岩を撃ち砕く。

「…合格だ。申し分のない威力だな。」

紺色のスーツに赤いネクタイという格好で身を包む、大柄な男が、満足気な表情を見せる。

「しかし大統領。今の光線は、そうなんども使えるものではありません。エネルギー補給の難しい敵地での戦闘が予想されます。機会をよく狙わなければなりません。」

彼の補佐官のような男が、そう話した。

「わかっている。だが、マフレーズはDr.リディオの遺産のデータに基づき、改良に改良を重ねた、全く新しいウルトラマンなのだ。地球でNo.13らしき反応が確認されたらしいが、奴では歯が立たんだろう。」

「…本当に謎だらけですよ、このウルトラマンという生物兵器は。未だに、No.13が存命だと聞いて耳を疑いました。奴らは不死身なのでしょうか?」

「さぁな。まぁ、我々の計画がうまくいけば何でもいい。我々のウルトラマンは、再び地球に秩序をもたらす。いわば神のような存在なのだ。人類は核を生み出した時、『太陽をも生成できる』と揶揄されたようだが、ついに『神』を人工的に生み出せるようになったのだ!ククク…。」

いつもはあまり表情を表に出さない彼であったが、今回ばかりは、笑いを隠しきれないほどに気持ちが高ぶっている様子だ。

「Dr.リディオにセンゲツ。奴らは地球を滅ぼした悪魔だ。悪のマッドサイエンティストさ。だが、感謝はしているよ!奴らの研究がなければ、私のウルトラマン、マフレーズは誕生しなかったのだからな!」

「その研究を指示したのも、当時のわが政府です。結果的には、奴らの成果ではありません。国の成果ですよ。」

補佐官が、高揚している大統領とは正反対に、落ち着いた様子でそう言った。だが、それを聞いた大統領の表情が一転、険しいものに変化する。

「そんな歴史は捨てろ。結果的にだ?地球が死の星になったのだ。もしそれが、我々政府による指示がもたらしたものだと知られたら、他の大国からの視線も異なったものになる。今、そのような状況を作るのはまずい。ウルトラマンは、奴らが勝手に生み出したもの。それでいい。」

顔をしかめたまま、大統領はそう言った。そんな彼の元に、等身サイズへと変身したマフレーズが、駆け寄ってきた。

『大統領、時間です。』

マフレーズの活動限界はおおよそ5分。それを過ぎてしまうと、どんな誤作動が発生するかわからない。

「そうだな。今日のところはこれで終わりだ。」

マフレーズをエネルギー供給装置に取り付けるために、彼を抱え、近接の施設へと向かう一行。マフレーズは、常に装置に体を繋いでいなければ、エネルギーの補給ができないのだ。ミキサーを自身で作成したエレメント=センゲツのようには自由に扱えないのがネックだろう。

 砂漠の向こうに、その砂以上に赤く染めあがった小さな太陽が沈もうとしていた。

 

 広大な敷地を持つIRISの本部基地。その中でも特に、土地の占有率が高い工場地帯の一角に、突如としてキュリが姿を現した。

「ふーい、着いた着いた。」

工場は主にロボットがメインで稼働している。その上、ここは基地の施設の中でも、生活必需品から軍需品など、多くのものを作り続ける最重要な地帯ではあるが、地上からの唯一の出入口である正面入り口から実に23キロメートルも離れており、さらには周囲を大きな壁に囲むという厳重体制であるため、人間による監視は少ないのだ。よって、人気は恐ろしいほどに感じられない。

「…なんだよ、やってきて5秒で即バトルみたいな展開かと思ってたのにな。誰もいないってか。拍子抜けだよ。…まぁ、見た感じ、結構奥地だな。ここくらいになれば、私でもなければ侵入できない場所っぽい。監視員を置かないことは、無能采配とは言えないか。」

周囲を見渡しながら、そうブツブツと独り言を呟く。

「さーて、何からしようかしらね。そこら辺の工場をぶっ壊せば、大きな痛手を負わせられるけど…。私1人だしな。派手なことして見つかったら任務どころじゃなくなるか。情報を奪い取るその瞬間まで、正体を晒すわけにもいかない…。」

しばらく、その場で考え込む彼女。

「…そうだ、その手があるか!私、思ったより頭いいのかもな!」

何やら名案が思いついたのか、1人ではしゃぐキュリ。誰も見ていないからいいものの、側から見ればただの変人である。普段はクールだが、感情の起伏が激しいようだ。

「そうと決まったら、すぐにやるわ。」

キュリは再び、姿を消した。

 

「チーフ!反応です!それも、かなり大きい!」

イクタが隊長に就任してから数日が経過した頃の出来事だった。研究室内に、エンドウの声が響く。それを聞きつけた職員たちが、エンドウのいるメインコンピュータ付近へと、何事かとぞろぞろと集まってくる。

「どうした?」

少し遅れて、イクタもやってきた。

「ハンギングマウンテンのエリアに、巨大生物反応です!おそらく、ゲフールクラスの怪獣かと!」

「…ふむ、やっぱりまだいやがったか…。すぐに支部長に報告しろ。それと、怪獣エネルギー化装置はどのくらいまで精度を上げている?」

「先日報告した改善点ですが、それを試し終えた段階です!しかし、まだ実験は…。」

数日前にイクタに報告をしていた部下が、そう答えた。

「また現場で試すだけさ。どうせ、俺が行くことになっているからな。」

イクタはそう言いながら、白衣を脱いだ。戦闘員でもある彼は、常に白衣の下に隊員服を着用しているのだ。

「あ、遅かれながら、隊長就任、おめでとうございます。」

「そんな大層なことじゃあない。むしろ、面倒ごとが増えるだけだ。めでたいものか。」

はぁ、ため息をつく。そう言えば、まだ隊員たちと顔合わせをしていない。何かと都合が合わなかったからである。それにしても、部隊での訓練もなしに即実践、しかもかなり強力な怪獣が相手となると、やはり不安以外何もない。

「ま、最悪俺とエレメントだけでどうにかするしかないな…。とりあえず行ってくるわ。」

準備が整ったイクタは、足早に部屋を退室しようとする。

「あ、待ってください!」

部下の1人が、彼を呼び止めた。

「ゲフールのエネルギーから作った、新しいアイリスリボルバー用の弾丸です。お役に立つかと。」

そう言いながら、水色に塗装された小さなかカプセルを手渡した。

「お、サンキュー。もらってくぜ。」

それをポケットにしまうと、今度こそ部屋を出て行った。廊下を小走りで駆けて行く。TK-18支部も結構大きめの施設である。研究室からは、ダッシュでも戦闘機格納庫まで3分はかかる。

「まぁ、色々と不安だけど、今度こそ、怪獣を俺のペットにしてやるぜ。」

そう意気込みながら、彼の新たな部下が待つ格納庫へと、真っ直ぐに走って行った。

 

                                                    続く。



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第20話「始動」

 悲願の怪獣兵器獲得へ、動き出したのはIRIS期待の新部隊、イクタ隊だった。隊長以外全員が新人という斬新な部隊なのだが、果たして彼らはどこまでの活躍を見せるのか。
 そしてIRISの情報収集へ、黒ローブのキュリが本格的に行動を開始する。決戦前の最後の準備へ、それぞれの任務が始動する。


第20話「始動」〜炎獣マグナマーガ登場〜

 

「初めまして!イクタ隊長!!」

格納庫へと駆けつけたイクタを待っていたのは、彼の部隊に配属されることとなった、5人の新人戦闘員たちだった。ビシッと、敬礼を決めている。

「うーす。俺がお前らの隊長に就任した、イクタ・トシツキだ。昨年1年間でみっちりと訓練は積んでいるとは思うが、やはり初任務だ。緊張もしてるんじゃねーの?それに、俺はお前らのことを知らん。緊張ほぐす程度に、適当に左から自己紹介してくれ。」

「はっ!自分はキョウヤマと申します!航空技術では、昨季ルーキーでトップの成績を残しました!」

身長の高い、大柄な男が叫ぶように自己紹介をした。髪の色は黒で、装飾品にも派手さがない。パッと見た感じでは、真面目で誠実そうな人間だ。

「おっけー、キョウヤマ隊員ね。じゃ、次。」

イクタが簡単なメモを取りながら、進行させて行く。

「はっ!私はアヤベと申します!地上戦闘においては、左に同じくトップでした!自信を持っています!」

小柄な女性隊員ではあったが、キョウヤマにも劣らない大きな声を出せるようだ。

「はいよろしくー。アヤベ隊員ね。次。」

「はっ!イイヅカと申します!昨季は総合で第1位の成績を残しました!将来は、イクタ隊長のような、支部の看板となれる隊員になることを目標にしております!」

キョウヤマ程ではないが、立派な体格を誇る青年だ。目や眉もキリッとしており、歴戦の死線を乗り越えてきた、経験豊富な隊員のような風格を漂わせている。頼もしそうだ。

「イイヅカ隊員…。聞いたことあるな。こいつが去年のNo. 1か。…おっけー。次。」

「サクライと申します!戦闘技術は、ここにいるメンバーには見劣りしますが、彼らにはない頭の回転と、機械や航空機整備に関する知識を持っています!必ず、お役に立てるはずです!」

確かに、自己紹介の通り若い男性隊員ということを考慮すると、体格的には頼れなさそうだが、このような存在は部隊に1人は必ず必要になってくる。それに、ここにいるということは、戦闘技術も平均以上ではあるはずだ。何の心配もいらないだろう。

「ホソカワと申します!イイヅカには及びませんでしたが、総合第2位の成績を残しました!いずれは、彼を、そして隊長をも超えてみせます!それが目標です!」

高身長ではないが、ガッチリとした体を持っている。常に高い志を持っている隊員は、戦場でもその強い精神力を発揮できるため、重宝するのだ。

 イクタは、期待以上にいい素材が集まっていることに満足したのか、ここに来るまでのあの不安げな表情は、少し消えていた様子であった。

「んじゃ、早速で悪いが出動ということになる。目的地はハンギングマウンテン、目標はそこにいる怪獣の生け捕りだ。ここまで質問は?」

「怪獣の生け捕りとは、具体的にどうするのでしょうか?」

イイヅカが、真っ先にそう声をあげた。

「うむ、それは俺が、俺の機に積んである特別な装置で行う。その装置から放たれる光線を使用するんだ。だが、状況によっては、その操作を俺ではなくお前らに頼む場合もあるだろう。だから簡単に説明する。あれは遠隔操作もできるからな。お前らのコクピットにも、それようのスイッチを追加してある。操縦桿の裏に、安全装置の取り付けられているものがあるはずだ。それを押してくれればいい。」

「了解。」

隊員達は、メモを取りながらそう返事をした。

「であるから、怪獣を殺さない程度にダメージを与えなければならない。口で言うのは簡単だが、これは実際に怪獣を殺すことより難しい。奴は、本気で襲って来るのだ。でもこちらは、自身の命を守りつつ、手加減しなくてはいけないからね。」

「なるほど…。」

小型や中型のおとなしい怪獣を生け捕る程度のことならば、訓練のメニューにもある。が、対象はおそらく好戦的な、大型怪獣なのである。こればっかりは、訓練での経験値だけではどうにもならないだろう。

「まぁ、ここで説明してもわかりにくいだろうし、何事も、現場で実践あるのみよ。今回は、1人1機、戦闘機6機からなる編成で出動する。各自発進準備だ。」

「了解!」

各々が、それぞれの機体に乗り込んで行く。

『何だ、イクタ。ちゃんと隊長っぽくやれてるじゃないか。』

イクタがコクピットに乗り込み、エンジンを始動させたタイミングでエレメントが声を発した。

「よぉ、最近静かだったが、お前生きてたのか。」

『失礼な。出て来る機会を伺っていたのだ。』

「あ、そう。まぁ、隊長らしくってか、もともと命令口調だしな俺。要は、あいつらをどう扱うかなんだよ。初陣で死なせるわけにはいかないが、戦力にもなってもらう必要はある。難しいのはここからだぜ。」

イクタはこれまでも、多くの戦闘で指揮をとった経験があるが、無傷で帰還できた試しは、実は1回もないのだ。死亡や負傷など程度の大小にこそ差はあるが、何らかの人員被害を毎回出してしまっている。それも、優秀な隊員で構成されている部隊で、なのだ。己以外初陣となるルーキー部隊では、一歩間違えれば全滅の可能性だってある。彼はそれを恐れていたというわけなのだ。

「まぁ…思っていたよりはデキそうな奴らが揃ってるし、何とかなるだろ。あんたもいるしな。」自身に言い聞かせるようにそう言い終えた頃、通信機に一斉に通信が入ってきた。

「こちらイイヅカ!スタンバイ完了です!」

「同じくキョウヤマ!」

「同じくホソカワ!」

「同じくアヤベ!」

「同じくサクライ!」

「よし。では出動だ!」

まず、先頭を行くイクタの機体が勢いよく飛び出した。それに、ルーキーたちがついて行く。

「ここで一つアドバイスしてやる。家に帰るまでが任務だ!死ぬなよ!」

「了解!」

6機からなる編隊が、超音速のスピードで現場へと飛行して行く。目的地にあるのは、希望か、はたまた絶望か。イクタ隊長はやはり不安こそ抱えながらも、怪獣の獲得という一大事業を成功させるべく、決意を固めつつあった。

[newpage]

 IRISが本部を構えるAM-13地区は、地下世界屈指の発展ぶりをみせる大都市である。見渡す限り高層ビルの群れとなっており、路上は常に多くの人間が縦横無尽に駆け回っている。彼らの多くは、ビジネスマンであろう。大手商社や銀行など、地下やIRISの経済面を支えている企業の本店や本部の多くも、ここに密集しているため、いつ見ても大変に賑わっている。

 さて、その大都会のメインストリートを歩く、黒のローブに身を包み、フードで顔の大半を隠しながら歩く1人の少女がいた。キュリである。

「流石に、地下でも黒ローブに気をつけろ見たいな注意喚起をされているかもしれないし、服を代えないといけないよな…。面倒なこった。」

道行く人々は、いちいちすれ違う人の服装を気にしている余裕はなさそうなのだが、万が一その中でパトロール中であったり、休暇を取って街に出てきているIRISの隊員に出くわすと大変だ。

「服…ねぇ。あたしゃ生まれてこのかたこれしか着たことないからな…。っていうか、買い物するには金が必要じゃねーか…。そんなもんないし…あ、そうだ。」

ブツブツと呟きながら歩いているうちに、銀行の看板が目に入った。それを見て何を思ったのか、その脇の路地裏にさっと入り込み、そこで姿を消した。次に現れた場所は、その銀行内の金庫であった。

「こうすればいいんじゃん。やっぱ私って天才だな。…こんなことに能力無駄に使って早死にはしたくないけど…。」

これも全て、ローレンに受けた命を遂行するための手段の一つなのである。仕方がない。

 キュリは、金が管理されているのであろう金庫の扉をぶち破ると、中に手を伸ばし、何枚かの紙幣を掴み取った。

「ひーふーみー…10枚くらいあればいいだろ。手ぶらの私があんまり持ってても怪しいし。」

ベンジャミン・フランクリンの肖像画や、独立記念館がプリントされている紙を10枚、ポケットにしまうと、再び路地裏に戻った。

 人混みに紛れ、メインストリートに復帰すると、今度はそのすぐ近くにあった洋服店へ、ちゃんと出入り口から入店した。18歳になるキュリではあるが、同年代の女の子の多くとは違い、服装というものに全くもって関心がない。あの過酷な地上で育ってきたため、まずは食住が最優先、衣など二の次三の次だったのである。お洒落とは無縁、という次元ですらないのだ。そのため、もちろんブランドなど気にしない、というか知らないため、ぱっと目に入ったものの中から、第一印象が気に入ったものだけをさっさと購入していく。

「ありがとうございましたー」

店員の声を背に、店から出たキュリ。既に、購入したものに着替え終えているようだ。

「服買うだけであの紙3枚も無くなったんだけど…。まぁいっか、私の金じゃないし。」

上半身をグレーのロゴ入りのパーカートレーナーで包み、下半身は紺のスカートの下に黒のレギンスパンツを履いているという格好だ。どこにでもいそうでかつ、目立つわけでもない。パーカーを着用しているあたり、やはりフードがなければ落ち着かないようでもある。

 初めて、ローブ以外の服に身を包んだことで、服を買う喜びというものを少し覚えつつあったキュリ。服というものにお金をかけ、お洒落に忙しくなる人間の気持ちも、少しは理解できたような気がするようなしないような。ちょっぴり上機嫌になったようである。

「ま、こういうのも悪くはないわね。」

さて、この街には買い物を楽しむために来たわけではないのだ。これも、自身が描く作戦遂行への道のりの過程に過ぎない。次のステップへと移るべく、今度は基地の方へと歩き出した。その後方で、先ほど金庫を破った銀行の元に、通報を受けたIRISの隊員が駆けつけ、ちょっとした強盗事件騒ぎになっていることなどいざ知らずの様子である。

 

 

「見学?1人でかい?」

本部の唯一の地上の玄関、正面入り口を常に監視している管制塔。その窓口に、キュリが現れ、本部見学をしたいと申し出たのだ。

「そう。私将来、ここで戦闘員になりたいわけ。別にいいでしょ。」

キュリはまだ顔を覚えられていない。一般の少女を装っているので、この警備員には急にアポなしで見学をしたいと言い出したおかしな子としか思われていないのだ。

 闇雲に空間移動で潜入し、危険を冒して活動するより、あえてこうして堂々と侵入する方が、じっくりと色々な施設を回れるために好都合でもあるのだ。

「うーん。そう言われてもなあ。学生さんがね、学校単位で申し込むことはあるんだけど…。個人はなぁ。」

キュリの正体を暴いていたわけではないのだが、全基地の警備員及び職員には、『地上からの侵入者に気をつけろ』ということで、近頃は関係者以外の立ち入りをかなり厳重に禁止しているのだ。学生の見学もその限りではなく、断りを入れるケースも少なくない。

「…何?私を怪しいものだと思ってるわけ?」

キュリはキュリで、ここには何としても入らなければいけない。あらゆる演技をこなしてでも、この警備員に許可をもらう必要がある。

「いや…まぁそう言いたいわけじゃあないんだけど…。」

彼女は美人とまではいかないが、そこらの同年代の子よりは整った顔立ちをしている。そのような若い子に、悪い印象を与えたくはないな、そう思ってしまうのも男の性である。

「…本当にダメ…?」

慣れないからか、側から見れば完全に不自然な演技ではあるが、少し悲しげな表情を作り出し、声量も絞り、上目遣いで戦う彼女。

「いやえっと……」

当事者には、これが自然か不自然かなど関係ないようだ。全くもってだらしのない警備員である。

「ちょ、ちょっと待って、確認するから…。」

自分だけでは判断できないと思ったのか、上の人間を呼ぼうとする。

「だめ!それじゃあ時間かかるじゃない!今すぐ見学したいって言ってるの!」

急いでそれを制するキュリ。この男なら、もう少しで陥落させれそうだが、そこに現れた援軍にもし良識があれば、つまみ出されてしまう。最悪、怪しいからという理由で、別の意味で内部に連行される恐れもある。そうなると終わりだ。

「…わ、わかったよ…。その代わり1人じゃダメだ。誰か案内役をつけるよ。それでいいかな…。」

何度か流れを持っていかれそうになったが、ここは彼女の勝利である。

「…わかればいいのよ、わかれば。」

好都合なことに、知能のある二足歩行の地図まで手に入った。情報というのも、案外簡単に手に入るかもしれない。しかし、この先もし危ない状況に追い込まれても、色仕掛けめいたことはもう使えないだろう。慣れないことはやるものではない。警備員がちょろくて助かったものである。「じゃ、じゃあ、少しそこで待ってて…。」

今度は、何やら勤務表のようなものを取り出し、じーっと眺め始めた。今手が空いている者を探しているのだろう。

「…1人、暇な隊員がいるな…。その人を呼ぶから。」

戦闘員のようだ。ふむ、常に武器を装備している人間だ、怪しい動きはますます取りにくくなるが…とりあえず、この基地の内部構造や情報を管理していそうな施設の場所さえわかれば、どうにでもなるだろう。

「…わかった。なるべく早くしろよな。」

先ほどまでの役者モードが途切れたのか、完全に素の状態になっているキュリ。前後を比べれば大きな違和感があるのだが、彼は気づかないようである。

 

 それからしばらくして、若そうな女性隊員が、彼らのいる窓口までやってきた。見慣れた隊員服に、腰には二丁の銃がぶら下がっている。やはり武装はしているようだ。

「この子が、見学をしたいっていう子?」

「えぇ、そうです。」

警備員がそう答える。

「…見た感じ、高校生か大学生ってところかしら?見学に来る年齢にしては、少し遅いような気もするけど…。あなた、IRISに入りたいの?」

キュリをまじまじと見つめながら、そう訊ねる。

「まぁね。」

「ふーん。入隊試験を受けれる年齢は達してそうだけど、受けたことは?」

「ない。」

適当に、短く返答を続ける。何かと詮索して来るようだが、これが長引くとボロが出て、怪しまれるかもしれない。早く切り上げて欲しいところだがー

「…まぁわかったわ。ただでさえ、人員不足だし、希望者が多いことに越したことはないわ。」

ほっと胸をなでおろすキュリ。

「…じゃあ、早速行きましょう。とても徒歩で回れる場所ではないから、そこのサイドカー付きのバイクを使うわ。あなたにはもちろん、サイドカーに乗ってもらうけど、いいかしら?」

「うん、失礼するぜ。」

そう言って乗り込み、一応ヘルメットをかぶった。

「じゃ、行って来るわ。」

「はい、お願いします。」

こうして、キュリは堂々と、正面からIRIS本部に侵入できたわけである。

「ところであなた、名前は?」

しばらく走ったところで、女性隊員がキュリに訊ねた。

「…キュリ。」

「よろしく、キュリ。私はハーパーよ。将来的に何か関わるかもしれないから、覚えておいて損はないと思うね。」

ハーパー隊員は、こうして互いに簡単な自己紹介をすませ、またしばらく走らせた後、大きな建物の前で停車させた。

「ここが本部でも最も大きくて重要な場所、本館よ。世界会議が開かれる会議室に、本部長室、地下には戦闘員への司令室やオペレーター室、マスコミ各社を招くための会見場…とにかく運営に欠かせないものが詰め込まれているわ。」

「なるほどね…。」

ここに重要な情報が管理されているかもしれない。が、正面玄関からも近い。万が一敵襲を受けた場合にも、総合施設のために、建物内は多くの人や情報で溢れかえるはずだ。もしもローレンがリーダーなら、そんな慌ただしい場所に大事なものは置かないだろう。

「何か考え込んでいるみたいだけど、質問があれば受けるわ。」

「い、いや…大丈夫。」

ハーパーと名乗るこの隊員、どうにも世話好きな性格なのかもしれない。いや、単に私を不審に思っただけであろうかー。とにかく、彼女の前ではあまり考え込むような素振りは見せないほうが身のためであろう。

「そう。なら、次に行くよ。」

しかし、とにかく広大だ。目立って高い建物は本館くらいで、あとは2〜3階建ての建物が連なっている。そのため、遠くまで見渡すことができるのだが、視界の範囲はずーっと同じ光景が続いている。なんとも殺風景だが、これが軍事施設というものだろう。

 ハーパーのガイドとともに、主要な施設を周り終えた頃には、スタートから実に2時間半が経過していた。飽きっぽいキュリにとっては、かなりの苦行であっただろう。

「…以上が、この本部の要となる場所よ。質問はあるかしら?」

「…そうだな…」

一応、周りながらも、怪しいと思う場所の位置は脳内に記憶はしていた。すぐに移動できるようにだ。だが、確証がないために、賭けに出るのは危険だ。ここでいっそ、単刀直入に聞いてみるのもありだろうか。

「例えば、ここに敵襲が来たとして、その場合はどのように動くんだ?」

「そうね、私たち戦闘員は当たり前だけど、戦いに出なくちゃいけない。けど、ただ闇雲に追っ払うために戦うわけじゃないわ。敵から一番遠くなる箇所に、要人を逃がさなくてはならないし、絶対に守らなければならない建物もあるわ。その建物は、入隊してからじゃないと教えられないけどね。」

「…なるほど。ありがとう。」

絶対に守らなければならない建物ときたか。口調ぶりからして、本館を指しているわけではないだろう。そこがどこなのか、確証を得るためにはどうすればいいだろうか…。答えは一つ、実験であろう。

「じゃあ、私があなたを案内するのも、ここまでね。次回の入隊試験を受けなさい。待っているわ。」

そういうと、ハーパーはキュリに背を向け、本館の方へと向かって行った。もう、ここに長居はできない。

「悪いわね、あんたに…いや、今のこの世界の人間に、個人的な恨みはない。けど、それがローレンの望みだから。」

そう呟くと、キュリはどこかに空間移動をしたのか、ふっと姿を消した。

 

 

 ハンギングマウンテン付近は、イクタ隊の出動する少し前より、IRISによる立ち入り禁止令が出されており、現場には人っ子一人いない状態であった。いつもは多くの観光客で賑わっているため、なんとも違和感のある光景ではあるが、それ以上に違和感を醸し出しているのが、あの存在であろう。

『ギュエェーーー!!』

ぶら下がっている噴火口のような窪みから、顔を出し、大きく咆哮したあいつこそ、今回の目的である怪獣だ。

「思ったよりでかいな。」

怪獣の頭部は、窪みの5分の1ほどの大きさがあるように見えた。

「こちらに気づいている様子ではありませんね。」

怪獣を観察しながら、そう言ったのはイイヅカだ。

「だな。もっと接近だ。敵が戦闘態勢に移る前に、ボコボコにするぞ。」

低空飛行で、接近を続ける編隊。ここでは地形の構造上、空中戦にはかなりのテクニックを要する。戦闘が激しくなる前にカタをつけたいところだ。

 近くにつれわかったのだが、怪獣の頭部は、まだ冷え切っていない溶岩のように、ドロッとしており、粘り気がありそうだ。目のような部位こそ確認できるが、左右で大きさがまるで違う。

「…なんか、想像していたのと違いますね、そこまで強そうには見えないんですが…。」

ホソカワが呟く。

「油断するなよ。データが示すには、こいつは地下に現れた怪獣の中でも1、2を争う大物だ。」

頭脳派であるサクライが注意を促す。

 その時だった。先に動いたのは、怪獣だったのだ。突如として窪みから落下し、地へと降りてきたのだ。その巨体から、四足歩行が予想されたのだが、それに反し二足歩行である。身体の全てが、頭部と同じように、溶岩のようだ。

「な、なんかキモい…。」

このアヤベの率直な感想こそが、怪獣の与えた第一印象である。

「気づかれたってことか?まぁいい。攻撃開始だ!」

「了解!」

イクタの指示を受け、6機のアイリスバードが一斉に火を吹いた。レーザー機銃が、ミサイルが、怪獣を襲う。だが、奴の身体に命中し、貫いたかと思われた全ての弾丸は、あの溶岩のような粘り気にスピードと威力を殺され、そこで運動を停止してしまった。ミサイルは、停止こそしたものの、熱に反応して爆発はしてくれた。だがどうやら、ほとんどのダメージが通っていないようだ。

「ゴムみたいな身体だな…。」

「隊長!このままでは弾丸の無駄使いです!」

「わかってるよキョウヤマ。奴の身体は、しばらくしたらただの岩になるはずだ。そうなるまで、時間を稼ぐか、それとも急激に冷やすか。二択だな。」

操縦台に肘をつけるイクタ。思考を巡らせている様子だがー

 その目の前に、突如として火の玉が飛んできた。

「うおっと、あっぶねぇな。」

慌ててハンドルを切り回避したイクタ。初動が早すぎて、玉の発射に気づかなかったのだ。

「これは厄介だ。お前ら!敵の攻撃は早い上に読みにくい。気をつけろよ!」

「了解!」

「これは、敵の身体が冷えきるまで待つのは難しいかもしれません!急激に冷やすほうの選択肢を取られた方が!」

アヤベがそう提案する。

「そのようだな。…とはいえ、アイリスバードは水こそ積んでいるが、これは戦闘後の火災の消火、ではなく勢いを弱める程度のものだ。あれだけの巨体を冷やすことは、6機の水を合わせても難しい。頼れるのはこいつだけか。」

イクタは、ポケットからリボルバーを取り出し、セットされている水色に輝く弾丸を見つめた。

「お前ら、俺が着陸するまで時間稼げ。できるな?」

「え?あ、はい。できるとは思いますが…。なぜ着陸を?」

思いがけない指示に驚いている様子のイイヅカ。

「いいから、できるんだな?」

「は、はい!できます!」

「よろしい。」

イクタの機体が、大きく旋回しながら、安全な場所へと下降していく。

「隊長はなぜこのタイミングで着陸を!?お一人で地上戦をなさるつもりか!?」

事態を飲み込めないキョウヤマが、たまらず叫んだ。隊長が戦闘を新人に任せ、戦線を離脱したのだ。疑問を抱くなという方が無理である。

「わからん!だが隊長に何かお考えがあるのだろう。俺たちは、命令に従うだけだ!」

サクライがキョウヤマをそう諭す。今ここで言い争いをしている余裕はないのである。

 一方、イクタの機内では、エレメントが再びミキサーから声を発していた。

『危険だ。変身するための措置かもしれんが、彼らは新人なんだぞ?』

「わーってるよ。ただ、あいつらの力や連携具合を試験するためには丁度いい。逆に、時間稼ぎもまともにできないような部下は必要ないからな。」

イクタはサバサバと答えた。

『し、しかしだな…』

エレメントはどうにも不安げな様子だった。

「大丈夫だって。あいつらは優秀なんだ。やってくれるさ。信頼して仕事を任せるのも上司の務めだよ。危なくなったら、すぐに飛び込んでやるさ。」

『そうか…そうだな。』

納得はしてくれたようだ。

「それに、俺が意味のない行動をするわけない。そのくらい、あんたもわかってるだろ?」

『あぁ。どうにも私は、無駄に心配性な性格らしい。』

エレメントは細い声でそう言った。

 

 

 指示を出すイクタが戦線を離れたことで、多少の混乱が見えた新人達だったが、先ほどのサクライの一言で落ち着きを取り戻していた。

「だが一口に時間を稼ぐといっても、簡単ではないぞ。奴には攻撃が効かない。だが、奴の攻撃は早い。我々も逃げつつ、隊長も守らなければいけない。」

そう言ったのはホソカワだ。

「なんだ?ビビってんのかホソカワちゃんよぉ。」

イイヅカが、わざと煽るように言った。

「な、何!?」

「いいか、俺たちはこれが初陣だ。初仕事さ。その難易度は高い方が、成功した時の評価も上がりやすい。これはイクタ隊長みたいにあっという間に出世するチャンスなんだぜ?お前、俺や隊長を超えたいって言ってたよな。なら、この機を逃してどうするよ?」

「お、俺は最初からチャンスを逃す気などない!ただ、思ったことを口に出しただけだ。もちろん、やってやるさ!」

「なら、私が陽動役を買うわ。あいつの火の玉は口からしか出せない。私が引きつけるから。」

そう言って、飛び出して行ったのはアヤベの機体だ。

「ま、待て。戦闘機の操縦技術なら俺の方が上だ!お前じゃ、下手したら死ぬぞ!」

イイヅカのその声が届く頃には、既に彼女は怪獣の顔面の横を通過していた。

「ったく!おい、アヤベが引き付けてる間に、やれることをやるぞ!」

「やれることったって、何をするんだ?」

キョウヤマが訊ねる。

「いくら全身のほとんどが溶岩といえど、絶対にどこかしら、攻撃が効く箇所があるはずだ。」

「確かに、本当に全身が溶岩なら、二足歩行など不可能だ。足という概念すら存在しないはずだからな。しっかりとした固形の部があるということか。」

サクライが、イイヅカの意見を補足した。

「サクライ、お前なら、それはどこだと思う?」

「俺なら、足だと思うね。体重を支えるための重要なパーツだ。」

「よし、俺とホソカワで足を狙う。キョウヤマとサクライは隊長の護衛だ!いいか!?」

イイヅカがテキパキと指示を出していく。

「了解!怪獣は任せたぞ!」

キョウヤマ、サクライの機体が大きく旋回し、イクタを追うように戦線を離脱した。

「さて、アヤベもそう長くは耐えられないだろう。それに、時間稼ぎといっても、あとほんの数分でいい。その数分に、俺たちの全力を尽くす。いいな?」

「お前に言われるまでもない。」

ホソカワはそう言いながら腕をまくった。新人のNo.1とNo.2の実力の見せ所である。

 怪獣はというと、大きく体を方向転換させ、イクタとは逆の方向を向き、走っていた。アヤベの陽動がうまくいっているということだろう。イイヅカ、ホソカワの2機は高度を地面スレスレにまで落とし、その背後から足元を目掛けて特攻していく。

「ミサイル発射!」

2機から計4発のミサイルが同時に発射された。発射されたミサイルは、怪獣のかかとの部位へと真っ直ぐにかけていく。そして命中し、爆発を起こした。怪獣がよろめく。

「よし!あそこには攻撃が効くみたいだ!」

「この調子で、あと一回は仕掛けるぞ!」

しかし怪獣は、攻撃されたことに怒ったのか、アヤベの後を追うのをやめ、2人の機体の方へと顔を向けた。2人をめがけて、火の玉を連射していく。

『ギュエェーーー!!』

「く、くそっ!そう上手くはいかんか!」

どうにか回避を続けるイイヅカ達だが、何度も攻撃をかわしていくうちに、怪獣からかなり距離を離してしまった。

「無茶はするなイイヅカ!俺らの仕事を忘れるなよ!とにかく、これじゃ避けるのが精一杯だ!」

だが、彼らが避けたということは、その火の玉は常に彼らの後方を飛行しているイクタ等めがけて飛んでいくということにもなる。

「磁力シールド展開!」

キョウヤマ等の機体がシールドを張り、火の玉を弾いていく。しかしシールドも永遠に張れるものではない。徐々に、耐久力が削られていく。

「おいこっちももう耐えられそうにない!怪獣の進路を変更させてくれ!」

「わかっている!だが、奴の標的は俺とホソカワだ!あの速度でこうも連射されたら、この座標からそう簡単には動けない!」

「この〜っ!」

今度はアヤベが、低空飛行からの足元攻撃を試みた。上手くいけば、再びアヤベの陽動のペースが取れるはずだ。

「ミサイル発射!」

しかしそのミサイルは虚しくも、命中こそしたものの大したダメージにはならなかったようだ。怪獣は、アヤベに視線を移しすらせずに、攻撃を続けている。

「おいお前等!よく粘ってくれたぞ!もう大丈夫だ!」

その時、彼らの通信機に、イクタの声が入った。無事に着陸できたようだ。

「…とおっしゃいましても!怪獣の攻撃を振り切れません!」

完全に火の玉地獄に陥ってしまっているイイヅカとホソカワ。まずは、あの2人を脱出させなければいけない。

「何、ここまでやってくれた褒美だ。助けるついでに、いいもの見せてやるよ。」

飛行機を降りたイクタは、左腕にエレメントミキサーを装着した。

「いくぞ。」

『うむ。私はいつでもスタンバイオーケーだ!』

「ケミスト!エレメント!!」

ハンギングマウンテンの下部、他のエリアに比べて光の差しにくい、薄暗い空間を、眩く真白き光が包んだ。徐々に強さを失っていく光の中に佇んでいたのは、つい先ほどの瞬間までは存在していなかった、赤と銀の光の巨人であった。

『シャアッ!』

そう高らかに声をあげた巨人、エレメントが怪獣の懐まで走り寄り、けたぐりをお見舞いした。足元をすくわれた怪獣は、その場で、後頭部から倒れ込む。ドォォォンという衝撃音が、砂ぼこりとともに発せられた。

「こ、これはエレメント!?な、なんで!?隊長は!?」

「隊長がエレメントだったということなのか!?」

混乱する新人達をよそに、エレメントは怪獣に攻撃を畳み掛けようと、次の動作に入っていた。

『シェア!!』

怪獣にまたがるエレメント。だが、その胴体は予想以上に熱を持っており、その熱さに飛び上がって、数歩退いてしまう。

『アッチッチ…これじゃあ、足以外にまともな攻撃ができんぞ。』

「敵を冷やして、その個性を殺してやるための奥の手は持っているが、どこまで効くのかわからないからな。あらかじめ、他の方法で対処を試みる必要がある。」

『他の方法?…ならば、私に考えがある。」

『ケミスト!スチールエレメント!!』エレメントミキサーが、イクタではなくエレメントの意思で稼働し、タイプチェンジを行なった。何気に、これはレジオン戦でのハイドロエレメント以来の出来事かもしれない。

「なるほど鋼鉄の身体か。耐熱性にも優れてるし、攻撃するたびに徐々に敵を冷やすことができる。いいじゃん。」

『いい加減、私も君の考えそうな戦術を覚えてくる頃だよ。さぁ、手っ取り早くカタをつけよう。』

全身がギラギラと光る鋼鉄の身体とかしたエレメント。今度こそ、怪獣に跨ろうと飛びかかる。が、またがる寸前に、怪獣の身体が二つに分かれ、エレメントは何もない空間に尻餅をつく形となった。体重が増量しているため、大きなクレーターができる。

『シャッ!?』

分裂した怪獣は、それぞれがみるみると元の姿に戻っていく。その全身は、先ほどの半分ほどの大きさしかないが、二体に増えるというのは厄介である。そして、隙のできたエレメントに攻撃を仕掛けてきた。

『ギュエェーーー!!』『グワッ!』

いくら耐熱性に優れているとはいえ、あの火球もこうも至近距離で食らうとなかなか堪える。

「随分と便利な身体を持っていやがるな。」

『ギュエェーーー!!』『むむぅ…。小さくなったぶん、弱点である足の面積も縮小している。ますます、難しくなったぞ。』

「けど、一つ一つは弱体化してるはずだ。落ち着いて潰していこう。」

『そうだな。よし…。』

エレメントは両腕を高く、まっすぐと天井へと掲げると、そのまま左腕が奥に、右腕が手前に来るように十字を組んだ。

『スチールケミストリウム光線!!』

鋼鉄の成分が含まれた必殺の光線で、確実に一体を仕留めようとする。だが、光線が命中する直前で、またしても身体を分裂させたため、これも不発に終わった。

『えぇい…ちょこちょこと…』

分裂し、溶岩と化した怪獣は、グツグツと煮えたぎりながら、エレメントの後方にいたもう一体の方へと移動し、そこで再びくっつき始めた。分裂体はいなくなったものの、それに伴い怪獣は元の大きさへと戻っていく。

『ギュエェーーー!!』

『イクタ!もうその奥の手を使うしかないな。瞬間的に冷やさなければラチがあかない。』

「みたいだな。なら仕方ねぇ。」

イクタは、水色に塗装されている弾丸を取り出した。

「もう一度ケミストリウム光線だ。これを混ぜる。ただし、何が何でも命中させてくれ。かすりでもすれば、効果はあるはずだ。」

『ちなみに、それはなんだ?』

「ゲフールの成分から作り出したものさ。これも立派な怪獣兵器だ。あのあんたをカチンコチンにしたくらいだからな。相当な冷凍力が期待できるぜ。」

『むぅ、あれはあまり掘り返されたくはないのだが……そういうことならば、信頼できるな。では、やってみよう。』

エレメントはグッと足に力を込め、大地を蹴り飛び出した。スチールタイプは通常よりスピードが落ちるため、素早く動くためにいちいち力を余分に使わなければいけないというデメリットがある。だがスチールタイプには、その弱点を補える技があったのだ。エレメントはスタートダッシュの勢いのままに怪獣の近くまで走り寄ると、そこで片膝をつくようにしゃがみんだ。

『分裂で逃げられては埒が明かない。ならば、逃げ場をなくすのみだ!』

エレメントは、利き腕である左腕の拳を固めると、勢いよく下へと振り下ろし、地面を殴りつけた。すると、彼を中心にする、半径500メートルほどの範囲の大地が振動を起こし始めた。そして、彼と怪獣を囲むように、鋼鉄の壁がその範囲を覆うように、じわじわと地面から現れ始めたのだ。

「これは…」

予想外の行動に出たエレメントに対し、またも驚くイクタ。最近は驚かされてばかりな気もする。

 壁はそれぞれがアーチを架けるように伸び続け、ついに鉄のドームが完成した。

「お、おい!エレメントも怪獣も、あの塊の中に閉じ込められちまったぞ!?」

戦況を見守っていた新人達も、めくるめくように変化していく戦いの様子に興奮している様子である。

『さぁ、イクタ。今からケミストリウム光線を放つ。君も準備したまえ。』

「ん?もういいのか?これで当たるんだろうな?」

『あぁ。保証しよう。』

『ギュエェーーー!!』

こうしている間にも、怪獣は突如閉じ込められたことに興奮したのか、さらに体の熱が上がっているかのようにも見えた。先ほどよりも、溶岩部の面積が広がっている気さえする。

「これはヤバいかもな…。おい、俺の方はもういいぞ!」

『わかった。ではいくぞ…避けられるものなら避けるがいいさ…!』

エレメントは再び、ケミストリウム光線の体制に入った。それを妨害するべく、怪獣が火球を乱射する。だが虚しくも、この体を持つエレメントにとっては、動作を中断しなければいけないほどのものではなかったのだ。

『スチールケミストリウム光線!!シェア!!』

銀と水色の光の粒が混ざった光線が、怪獣めがけて飛んでいく。しかし怪獣も再び体を分裂させ、それを回避した。

「おい、当たってないじゃ……そうか、そういうことか。」

『うむ。』

光線を避け、ピンチを脱出したかのように思われた怪獣。分裂体とともに、エレメントに襲いかかるが、その次の瞬間、一体の身体が瞬間的に冷凍され、動かなくなってしまった。避けたはずの光線が、後方の壁に反射し、跳ね返り怪獣の背面に命中したのだ。

『ギュエェ!?』

それに驚き、一瞬の隙を作ってしまった、もう一体の怪獣は、エレメントの膝蹴りをモロに食らってしまい、吹き飛ばされてしまう。冷えた鋼鉄のキックを受けた部分が急速に冷え固まり、さらに飛ばされた先の、激突した鋼鉄の壁と接触した部分まで、みるみると固まっていく。

「これでもう分裂はできないな。」

『さて、次でフィニッシュだ。』

エレメントは鋼鉄のドームを、解除した。壁が再び、地の中へと還っていく。

「おいお前ら!俺の説明は覚えているか!?怪獣を生け捕る要領のことだ!」

イクタが、待機していた部下達に訊ねる。

「は、はい!」

「なら俺の指示したタイミングで、スイッチを押すんだ!イイヅカ、お前がやれ!」

「了解!」

イクタと部下との会話のうちに、エレメントは氷漬けにされた分裂体をつまみ上げ、向こうで伸びているもう一体の方へと放り投げた。

『まとめてやろう。でないと、エネルギーが半分になってしまうからな。』

投げ終わったタイミングで、胸のランプが点滅を始めた。あまり悠長にしてはいられない。エレメントはスチールタイプを解除し、平常時の姿、ノーマルエレメントへとタイプチェンジした。

『時間も少ない。チャンスは一回だ。成功させてくれよ。』

エレメントは右腕のブースターに、最後のエネルギーを込め、ネイチャーエレメントへと変身した。

『ハァァァァァァァァ…!』

今のエネルギーでは、ケミストリウムバーストは使えない。だが、もっとコストパフォーマンスの良い技なら打てる。

「今だ!イイヅカ!!」

「はい!」

イクタの指示で、イイヅカが指先に力を込め、スイッチを押した。その次の瞬間、イクタのアイリスバードから、一本の光線がエレメントの腕めがけて飛んできた。

『ナイスタイミングだ!!』

光線が、ブースターに絡みついていく。

『ケミストリウムブラスター!!セヤァァァァァ!!』

大量のエネルギーで満たされたブースターから光線を放出するため、右腕を真っ直ぐ前に突き出した。七色に光る光の筋が、動かなくなった二体の怪獣を捉えようと走っていき、命中した。

「当たった!今度こそ成功してくれよ!」

イクタはそのタイミングで、空のカプエルを右腕のブースターに添えた。成功したならば、ここにエネルギーが収まるはずだ。その様子を、新人達も固唾をのんで見守っている。そして少しずつではあるが、カプセルにエネルギーが溜まり始めたのだ。

『グゥゥゥゥ…!イクタ!まだなのか!?私の身体が持たないぞ!』

「もう少しだ!どうにか耐えろ!」

じわじわと嵩を増やし続けるエネルギーの量は、すでにカプセルの容量の半分を超えていた。あと数秒で、満杯になるはずだ。

『ムゥゥゥゥ…そ、そろそろ限界が…!』

「ったくあんたってやつはいつもそうだ…!毎度毎度良いところでポンコツだな!」

『ぐうの音も出ないが…仕方がない!ならば今回限りだ!限界突破コード5125135…』

何かをブツブツと唱え始めたエレメント。するとなぜか、胸のランプの赤い点滅が止み、まだ残量が多いことを示す、青色の光に戻ったのだ。

「あんた、今何を…?」

エレメントの謎の行動と現象に疑問を抱きかけたイクタであったが、今は気を散らしている場合ではない。ふとカプセルに視線を戻すと、その容量は間も無く満タンを迎えようとしていた。

「もう良いぞ!!」

『グッ…ノワァァ…!』

イクタの合図で光線をやめたエレメントは、その瞬間に、その場に崩れ落ちてしまった。ランプを見る限り、あの時彼は回復したかのように見えたが…実際は先ほどよりもさらに疲弊している様子だ。

『限界突破とは、私がミキサーに仕掛けた活動制限を一時解除し、予備のものや余剰している分など、ミキサーに保管されている別のエネルギーまでをもこの身体で無理やり使用できるようにすることだ…。エネルギーそのものは一時回復どころか、持て余すまでに増えるのだが、体力そのものは回復しないのでな…。ムゥ…流石にこれ以上はやばい。今回はここまでだ…。』

エレメントはフッと姿を消した。ミキサーの中に戻っていったようだ。

 さて、戦闘が収束し、静けさを取り戻したハンギングマウンテンを後にし、基地へと帰っていくイクタ隊。イクタはその道中でも、カプセルの様子に目を配っていた。

「エネルギーはほぼ全て吸い取れた…。怪獣化さえできれば良いのだが…。」

自動操縦に任せ、コクピット内で腕を組んだ。成功することを願いたい気持ちは山々なのだが、どうにも嫌な予感もする。そろそろ怪獣化の技術を手に入れないと、まずいことになる。それだけ、残されている時間はもう少ないのだ。

「隊長!」

その時、イイヅカがイクタを呼んだ。

「…なんだ?」

「隊長が、まさかあのエレメントだったとは存じ上げておりませんでした…。その、我々のレベルで、隊長の部下が務まるのか、不安になりまして…。」

その声に同調するような相槌も聞こえてきた。どうやら、新人達は皆同じことを思っていたようだ。しかし、最も頼れそうなイイヅカが真っ先に言い出すとは意外だ。

「ふん、馬鹿野郎。たったのさっきまで、ちゃんと務まってたじゃねーか。期待以上によくできたよ、お前らは。逆にお前らがダメなら、俺には一生部下なんかできないよ。」

不器用なイクタなりの、精一杯の賛辞だった。

「……!ありがとうございます!」

それが伝わったのか、彼らに笑顔が戻ったようだ。

 イクタ隊の初陣は、これ以上にない良い形で閉幕を迎えた。来るべき決戦に備え、頼もしい部隊が登場したわけである。

 

 その頃、AM-13エリアの高層ビルの屋上から、本部基地を見下ろしている一つの人影があった。キュリである。

「……ローレン、待ってろよ。私の任務はこれから5分以内に終わるから。」

すっと右腕を真横に、水平に伸ばした。それを合図に、彼女の後方に大きなゲートが開いた。

 

                                                    続く

  



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第21話「接触」

 IRISが本部を構えるAM-13地区。そこに潜入していたキュリが、ついに呼び出した怪獣とともに本部へと襲い掛かる。しかし、彼女は逆に、敵の侵入をあらかじめ想定していた本部の罠にかかることになるがー?


第21話「接触」〜角龍獣ピュラゴン登場〜

 

「……おいで!」

右腕を水平に伸ばした少女の後方には、大きな時空間の扉のようなものが開いていた。その中から、額から、サイのような立派な1本角が生えた、1つ目の怪物の頭部が姿を表す。ゆっくりゆっくりと、その身体がこの地下世界へと侵入していく。

『リィィィィィィ…!!』


甲高いツンとした鳴き声が、AM-13地区に響き渡った。この声を聞き、市民達はようやく異変に気がついたようだ。

「お、おい!なんだあれは!?」

声の正体を突き止めようと、周囲を見渡していた人々の1人がその怪物の頭部を発見し、そう叫んだ。

「か、怪獣だ!!」

誰かがそう悲鳴をあげた。丁度、夕方の帰宅時間と重なっていたため、メインストリートはもちろん、昼間は人気の少なかった道でさえ、人で溢れかえっている時間帯だったのだ。怪獣から少しでも離れようと、大勢の人間が一斉に同じ方向へと動き始めたため、当然だがパニックが発生する。

「どけ〜っ!邪魔だ!!」

このような状況下では、人間の本性が表に出てくるとよく言うが、確かにその通りのようだ。まだ暴れ出してもいない怪獣を前に、既に人間の一部が暴れ始め、街に迷惑をかけているという光景は実に滑稽で、キュリは吹き出してしまった。

「馬鹿ね。」

遂に空間移動を完了させた怪獣が、キュリの隣に降り立った。

『リィィィィィィ!!』


「私の目的は、あくまで基地を混乱させて、その間に情報を盗むこと…ではあるのだけど、この子は違うかもね。怪獣兵器でもないし、私には爺さんのように怪獣を操ることはできない。」

キュリはトンっと怪獣の頭上に乗り、そこに跨った。

「で、言うこと聞いてくれるか?ピュラゴン。」

ピュラゴンと呼ばれた怪獣は、それへの返事なのか、ただ興奮しているだけなのか定かではないが、再び大きく吠えた。

「あんまり期待しない方がいいかも。ま、結果は同じよ。関係ない。」

ピュラゴンは図太い二足の脚の膝っこぞうにグッと力を込め、次の瞬間、思い切りジャンプをし、空中へと躍り出た。続いて大きな翼を広げ、滑空状態に入る。超低空飛行で逃げ惑う人間たちを衝撃波などで巻き上げながらある程度進み、急上昇をした。今度はある程度の高度を取り、先ほどと同じような行動をとる。

『リィィィィィィ!!』


 混乱しながら逃げてゆく民衆の頭上を通過し、基地へと近づいていく。ここまではおとなしかったピュラゴンであったが、彼にとっては初めて見る地下の世界だ。興奮も高まりの限界を迎えたのか、突如として火球を吐き散らかすように暴れ始めた。

「あー、やっぱり始まったか…。基地までたどり着くかな…。」

やれやれと溜息をつくキュリ。その真下では、至る所で爆発や火災が発生し、多くの建物が音を立てて崩れていくという地獄絵図が広がっていたのだが、それもまた、溜息の要因の一つだった。

「この服気に入ったのにな。もう買い物できないのは残念ね。」

昼間世話になった街並みが崩壊していく様子は、彼女の心を僅かではあるが締め付けたようだ。

 その時、ピュラゴンの首元に数発のレーザー光線が命中した。ピュラゴンは悲鳴をあげ、その身体も大きく揺れる。

「…!?」

振り落とされそうなところをどうにか踏ん張ったキュリ。視線を上げると、2機の戦闘機がこちらへと接近していた。アイリスバードだ。

「目標捕捉!攻撃も命中!ここで奴を仕留めます!これ以上好きにはさせない!」

「…流石に早いね…。」

彼女はキッとアイリスバードを睨みつける。

「おい!怪獣の頭の上に誰かいるぞ!?攫われたのか!?」

先ほど威勢良く発言した隊員とは別のもう1人が、キュリに気づきそう言った。キュリはいつもの黒ローブではなく、この地区で売られていた市販の服を着用していたため、駆けつけた隊員たちにとっては、ぱっと見では連れ攫われた一般人に見えたのだ。

「本部!目標の頭上に少女あり!攻撃を続けますか!?」

「待て!!その情報が確かなら攻撃はまだだ!市民の避難の援助を優先せよ!」

これが本部からの指示であった。

「…しかし、この短期間でここまで街をめちゃくちゃにした奴です。早急に、まずは大人しくさせなければなりませんよ!」

最初に発言した隊員が、攻撃中止の指示に抗うように言った。

「そんなことはわかっておる!だが市民の命が優先だ!」

「放っておいたら、その市民の命がさらに失われますよ!!」

「…その通りだが!…怪獣の頭上には…!」

キュリは吹き出しそうになった。敵の小娘への配慮に関して大真面目に口論しているのだからそれも仕方がないだろう。

「これは長くなりそうね。5分で終わらせるって言ったし、ここでゆっくりしている暇もない。能力の無駄遣いは控えろとは言われてるけど、ローレンのための浪費に無駄はない。」

キュリは怪獣だけを残して、フッと姿を消した。

「…!!本部!少女が突如姿を消しました!すぐに索敵に…!」

報告と同時に、驚きつつもしっかりとレーダーを起動させ確認を怠らない隊員たち。おそらく、結構な場数を踏んでいる手練れなのだろう。

「落下したのではないのか!?」

「ずっと怪獣を目視していました!そのようなことを見落とすはずはありません!」

「…だか、これで怪獣には思う存分攻撃できる。すぐに援軍もよこす。無茶はするな、とりあえず、あの翼を叩き落とせ。間違っても基地には近づけるな!!」

改めて、本部の意向が固まったようだ。

「了解!」

 時を同じくして、キュリは本部基地のとある建物内に侵入していた。ここは本部の主要施設の中でも、敷地の奥にある場所だ。彼女の推理では、ここが一番怪しかったのだ。彼女は廊下の天井に張り付くように待機し、様子を伺う。視界に入る隊員や職員たちは、慌ただしく縦横無尽に駆け回っているようだ。

「…確実に見つけ出してやるわ…。データの保管場所を!」

キュリはパッと廊下に降り立ち、駆け回る人々の行く手を阻んだ。

「な、なんだお前は!?」

戦闘員が咄嗟にアイリスリボルバーを抜き、非戦闘員である職員を庇うように立った。一瞬でこの動きができるのだから、やはり本部の人間は違うようだ。

「…安心しなよ。殺すつもりはないからさ。」

「どうやってここに入った!?返答次第では、子供だからと容赦はせぬぞ!!」

隊員はキュリから漂う、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、こめかみに一筋の汗を流しながらそう叫んだ。

「そうだな、怪獣をこの街に運んだのと同じ方法、と答えればいいか?」

「貴様!地上人か!!」

隊員たちは、すぐに銃の安全装置を取り外し、引き金を引いた。遠征計画失敗以降、黒ローブの者は発見次第射殺との命を受けていたのだ。

 ズガガガガガ…

特殊弾丸ではない、実弾の幕が彼女に襲いかかる。だが、彼女の身体に風穴は一つも開いていなかった。銃弾は全て、何らかの方法で回避したようだった。

「どうやって…この狭い空間であれだけの数の弾を避けたというのだ…!?」

驚きを隠せない顔の隊員たち。中には、すでにすっかり青ざめてしまった者もいる。

「…また質問なの?私はさっきあんたらの質問には答えたばっかりだぜ?今度はー」

キュリは大きく両腕を広げた。それと同じタイミングで、戦闘員たちの足元に小さなゲートが開いていく。突然その穴から、無数の弾丸が飛散した。

「うがぁぁぁ!!」

隊員たちは1人残らず両足に多くの弾を被り、その場に倒れこんでしまった。

「私の質問に答えろ。本部にはIRISの管理している重要機密があるはずだ。その保管場所を教えてくれるだけでいい。簡単だろ?」

「こ、この弾は…さっき俺たちが撃ち込んだ…な…んで…?」

何が何だかわからず、思わずそう声に出てしまった隊員の頭を、キュリは苛立った様子で蹴り飛ばした。

「だーかーらー!!…ほんっと、わかんねえ奴らだな。私の質問に答えろって言ってんの!!」

「地上人!!そこまでだ!!」

その背後に、銃声を聞き駆けつけた他の戦闘員たちが、すでに攻撃態勢を整えていた。

「…はぁ…。ほら、お前、お前だ!」

キュリは側に倒れていた男を担ぎ上げ、顔を近づけた。

「ここで死ぬのと、ひとまずは知ってること言って助かるの、どっちがいい?」

「動くな!そいつを離せ!」

駆けつけた隊員たちの中でも一番偉そうな男が、血眼で吠えた。

「うぅ……言えない…」

捕まった男は、今にも消え入りそうな声を振り絞ってそう答えた。

「…あ、そ。悪いけど時間もないし、もう用はないわ。」

キュリは男を渾身の力で殴り飛ばした。駆けつけていた援軍たちの方へと数メートル宙を舞ったあと、壁に激突し、動かなくなった。

「き、貴様ぁ!」

ズガガガガガ…

 再び銃弾が彼女を襲う。

「ったく、怒りたいのはこっちだっつーの…!」

キュリは瞬間的に、利き腕である右腕に力を込め、異人化させた。ゲフールと戦った時のイクタのように、等身サイズで身体の一部だけを完全異人態に変化させたのだ。腕が廊下を塞ぐ大きな盾のような役割を果たし、全ての弾丸を弾ききった。

 

 

 盾としての役目を終えた腕はみるみると、異人態のまま縮小し、等身サイズにまで縮まった。隊員たちは、皆揃って口をポカーンと開いているだけだった。威勢の良かった偉そうな男も、腰を抜かしている。

「この現状を見て、まだ戦う意思があるってんのなら、かかってきなよ。」

キュリはそう捨て台詞を吐くと、腰を抜かしている連中の側を堂々と歩きながら、廊下を進んで行った。この建物で正解だろう。怪獣の襲撃という、ほとんどの戦闘員が駆り出されるはずの非常事態で、この奥地の小さな施設にこれだけの戦闘員が待機していたのだ。守るべき何かがあるからである。先ほどの派手な歓迎のおかげで、それを確信することができた。

「私って天才な上にラッキーだな。山張ったらいきなり正解だもん。まぁ問題は、それがどこかってことね。ウザいのは粗方戦闘不能にしておいたし、虱潰しでも大丈夫だな。」

キュリは小走りに駆けながら、廊下に接している全ての部屋の扉を開いていく。何度か同じ動作を繰り返すうちに、突き当たりに大きな扉を見つけた。何やら、重要な部屋のようだ。入室できる者が限られているのだろう、個人認証システムらしき機械が何重にも仕掛けられている。

「臭うね。あからさまにここじゃん。」

部屋に入るため、異人化させていた右腕で、機械を御構い無しに叩き潰していく。

「てやーっ!」

全てを破り、部屋へと入ることができた。彼女の目の前には、多くの大きなコンピュータが並んでいた。全部で13はありそうだ。試しに、一番近くにあったモノを弄ってみる。ちょうど顔くらいの高さに設置してあるモニターに、様々なデータが浮かび上がってくる。

「…これよ!これがIRISの機密情報…!」

これはCH地区にある支部のデータらしい。その座標、マップ、抱えているスタッフや戦術兵器の数、年間予算から何から何までが出てくる。パスワードのようなものは必要ないらしい。まぁ、これだけ奥地の施設のさらに最奥部、選ばれし者しか入れない場所なのだ。ここにくるまでの過程がパスワードとも言えるし、不思議ではのかもしれない。

「これが全部で13…つまり、IRISの基地の数は13…。って、ボーッとはしてられない!全部回収よ!」

キュリは全てのコンピュータに片っ端からUSBのような電子端末を突っ込み、データを抜き取っていく。だがどうにも引っかかることがあった。妙に、うまく行きすぎている気がするのだ。

「…ま、私のやり方が鮮やかすぎたってだけよ。現に、こうして情報盗れているんだし。」

一瞬脳裏をよぎった違和感をすぐに振り払い、作業に集中していったのだがー

 

 

 時を同じくして、昼寝の最中であったローレンは、何かを感知したのか、目を覚ました。

「キュリめ…余計なことを…。任務は情報の横奪だったはずだが…。」

起きるやいなや、そう口にした。

「…と、いうと?」

近くでリハビリのためか、ダンベルを持ち上げていたダームが訊ねる。

「…いや、こちらが不利になることではないからいい。…それに、今まではうっすらとしか見えていなかった未来がはっきりと見えてきた。…どうやら、ちんたらしている暇はないようだ。」

ローレンはそのまま立ち上がると、歩き始めた。ダームの側を素通りし、外の方へと向かっていく。

「どちらへ?」

「準備運動だ。しばらく身体を動かしてなかったからな、異人化の身体は、この俺とて慣らしておかなければ、いざという時に本領が発揮できなくなる。」

そう答え、彼は部屋から出て行った。

「…ローレン殿が戦わなければならない事態が迫っているということですかね…。まさか、そのようなことが本当に…。あの口ぶり…敵は地下人だけではないと…そう仰りたいのでしょうかな?…ふぅ、面白くなりそうですねぇ。」

ダームは血が騒いだのか、武者震いをした。どうにも地上人というのは、好戦的な輩が多いようだ。とても、ついこの前の戦闘で死にかけた爺さんのセリフとは思えない。

「さて、どうやら後始末や次の策も考えなければ、ならないようですね。」

 ダームはダンベルを投げ捨てた。ゴーン…という重い金属音が、静かな室内に反響し、そして徐々にまた静けさを取り戻していった。

 

 

「AM-13地区に怪獣の襲撃!?」

TK-18支部へと帰還中だったイクタ隊のもとに、その情報が伝達されたのはピュラゴン出現より2分後のことだった。

「そうだ。」

通信機の向こうで、司令官が短く答える。本部のある都市が襲われている状況にしてみれば、やけに落ち着いているようにも思える。予め、ある程度の規模の襲撃の想定はしていたのだろうか。

「ということは、本部の部隊の援護に回るのが、我々の新たな任務でしょうか?」

イイヅカがそう訊ねる。

「いや違うな。そもそも、今から本部に向かい、戦闘し帰還を果たすだけの燃料はもう残っていないだろう。どのみち、どこかで補給を取らねばならない。怪獣は待ってはくれん。」

「そうみたいだな。じゃあ、なんでわざわざ連絡を?急用でないのなら、帰ってからの通達でよかったじゃん。」

イクタがそう言った。

「お前らの帰還を待っている暇はない。別の案件が浮上した。お前らには、今からそちらに送る地図の、指定された箇所に向かってもらう。補給はその道中、CH地区で行え。」

「CH!?結構遠いな…。しかも俺らを向かわせるのか。何事?」

「お前の作ったあの何とかコンピュータというのが、また大きな生物エネルギーを探知したのだ。おそらく、地下に眠っていた怪獣とやらの1体のはずだ。どうやら、これが最後の反応のようでな。そのエネルギーの発生現場のデータを叩き出した後は、すっかり静かになってしまった。」

司令官は、これまでの経緯をそう説明した。

「なるほど。最後の大怪獣か。これも俺たちの戦力にしない手はない。了解した。イクタ隊は支部からの命令に従い、現場へ急行する。」

イクタの機体が大きく旋回し進路を変更するのに従い、部下たちも後を追うように飛行していく。「しかし、本部付近に現れた怪獣は大丈夫でしょうか?エレメントという巨大戦力のバックアップなしに怪獣と戦闘するのはリスクが高いのでは?」

ホソカワが遠い地にいる同士の身を案じてそう呟いた。

「IRIS現有戦力のみでの怪獣との戦闘なんて、エレメントが現れてからのこの約半年以前は普通にやっていたことだ。特に、本部となればあらゆる分野での凄腕のベテランが集まっている。本部が壊滅したら、それこそ地下世界は終わりだ。だからあそこだけは、ほかの基地とは比べ物にならないほどの数の戦闘マニュアルや戦闘員、戦術兵器まで何でもある。心配はいらんよ。この俺も、単身での攻略は不可能だと悟ったほどだ。」

「…なるほど、確かにそれなら余計な心配でしたね。」

納得いったように、安心して胸をなでおろすホソカワ。

「…というか攻略って…。つまり、本部以外の基地なら、イクタ隊長はたった1人で落とせる自信があるんですか…?」

アヤベが恐る恐る訊ねる。

「当たり前だ。この俺を誰だと思っている。地球有史史上最強とも謳われるこのイクタ・トシツキ様だぞ。」

『…その肩書きはたった今初めて聞いたがな…。怪しいものだ。』

エレメントが水を差した。それを合図に隊員たちに笑顔が零れる。

「うるさいな。事実だろ。」

イクタは少しだけ頬を膨らませると、機体を急加速させた。

「ちょ、ちょっと待ってください!隊長!!」

慌てて、部下たちが後を追う。

『全くそんなことで拗ねるとは、君らしくも…いや、むしろ君らしいとも言えるか。』

「…ま、そんなことはどうでもいいんだ。急いでいるのには別の理由もある。」

すぐにいつもの顔に戻ったイクタが、真面目なニュアンスでそう語る。

『…ほう。』

「あんたも薄々感じているはずだ。どうにも嫌な予感がする。」

『…今度こそ、奴らが来たというわけだな。』

エレメントもやはり勘付いていたのか、すぐにそう答えた。

「本部周辺の厳戒態勢っぷりは半端ないぜ。タダでさえ、AM地区は地中にも空中にも、地区境には、管轄下以外の何かが触れたら反応する磁力線を結界のように張り巡らせてるんだ。IRISの隊員や乗り物だって例外じゃない。本部に行くときは、そいつに引っ掛からない為に、解除用の暗号を打ち込まなければ、直ちに迎撃ミサイルが飛んでくる仕組みだ。加えて、対黒ローブ用にさらに警戒を強めているはずだ。今は地中のミミズ一匹の動きすら逃さないだろう。」

『だが、怪獣は突然として街に現れた。それも本部が構える場所だ。間違いなく、キュリだな。』

2人はそう確信しているようだ。

「それしか有りえない。…でも、このタイミングで仕掛ける攻撃にしては物足りないよな。本部のある大都市を壊滅させるくらいで満足するあいつらじゃない。それに、確認されている怪獣は一体だけだ。確実に、ほかの目的がある。」

『私なら、怪獣の攻撃を陽動に使い、本部に侵入するだろう。目的はそうだな、情報収集ってところじゃないか?我々はお互いに、得ている情報が少なすぎるからな。君が地上のことを知りたがって遠征を果たしたように、ローレンたちも何かを仕掛けてきてもおかしくない。』

エレメントはそう分析しているようだ。

「なるほどね…。だとすると、IRISの情報は既に抜き取られていると思って間違いない。どれだけ厳重な警備でも、御構い無しに空間を捻じ曲げるあいつは防ぎようがないからな。」

イクタはお手上げ、という表情でそう嘆いた。

『それはどうかな?私は、むしろ良い方向に事が運んだかもしれない線を予想しているが。』

エレメントはニヤリと笑った。

「何…?」

『どういうわけか、IRISは私の想像以上に、リディオ・アビリティに関する情報を得ているようだ。本部長は、私の存在さえ知っていた。まだ多くの何かを隠しているようだよ、この組織は。』

「何が言いたい?」

イクタは少し苛立ったような口調でそう言った。焦らされるのは嫌いなようだ。

『本部ともあろう重要拠点だ。いつ襲撃を受けてもおかしくはないからな。組織は地上人の存在も、当然知っていたはずだ。空間操作の使い手がいることもな。あの何を考えているかわからない本部長のことだ、最も侵入されたくはない情報の管理庫には、特殊な細工を施していても不思議じゃない。』

「だから、結局何が言いたいんだ?IRISが隠し事してることくらいは俺だってわかってるよ。」

『キュリはおそらく、情報入手のために最奥部の管理室に侵入する。他にわざわざ忍び込む場所もないからな。上層部も、そのケースは想定していたはずだ。さて、君はトップレベルの科学者なわけだが、IRISの強みはなんだ?軍事力か?』

「…それもだが、最高峰の科学力だろ。他のどの企業にもない技術をいくつも抱えてる。」

『そうだろう。本部には、まだ君にさえ公開されていない技術がある。私はそう確信している。…話が逸れたな、そのことはまた別の機会に議論しよう。その最奥部の部屋だ。組織だって、わかっててみすみす情報を奪われるようなアホの集まりではないはずだ。今頃、泣き目を見ているのはキュリの方だ。』

エレメントは、いつもの様子とは何かが違った。憶測だけで物事を話すということは、相変わらずなのだが、一言一言に確信を抱いているのか、自信満々に話していく。こんなこと、初めてかもしれない。

「…空間操作に制御を加える特殊空間の設置。それっぽいものが施されてるってわけか?」

イクタは、エレメントの話からそう推測し、訊ねた。

『流石だな。いくらリディオ・アビリティと雖も、所詮はちょっと特殊になった人間の扱う能力だ。機械的な操作ではない。特に空間操作は、この地下を作った能力でもある。地下と最も縁のある力だ。その研究は、組織発足時からされているだろうな。その技術を手に入れるまでは至らなかったようだが、空間の弄りを妨害する手段は身につけているはずだ。』

「相変わらず、だろう、だとかはずだ、ばっかりだが、その自信の根拠はなんだ?」

『…珍しく、私の考えが的を射ているのではないか、と思ってるだけだ。特に根拠はないさ。』

「ふーん。それだけなら、良いんだけどな。」

イクタはエレメントを横目で見つめながらそう言った。こいつも、IRISと同じだ。絶対に何かを隠している。そもそもだ、こいつは俺の生い立ちから、今に至るまでの経緯まで知っていたのだ。俺の両親のことだって、本当は何かをー

「…もう一回だけ聞いていか?あんたは、どこまで知っている?」

『…言ったはずだ。君の全てをーいや、もっと多くのことを知っているさ。伊達に、君より150年以上も長く生きているわけじゃない。』

「そういうことが聞きたいんじゃないんだよ!」

イクタは大声で怒鳴った。エレメントは予想外の事態に驚いたのか、しばらく口を開かなかった。

「…悪い。有益なことを知っているのなら今すぐ教えろ。教えたところであんたにメリットはないかもしれない。だが、教えなかったことで生じるデメリットはあるはずだ。なぜ隠す?」

『…知りたいことは己で調べ尽くす。それが君のはずだ。私は君の言う通り、全てとは言わないが、この世界の核心をつけるところまでは知っているつもりだ。しかし、もし仮に私が全てを教えたその時、君の成長は止まる。』

「…あんた一体何様のつもりだ?俺の成長が止まるだと?現に本部が襲われている今、悠長なことは言ってられないだろ。じっくりと真実の探求をしている暇はないんだよ!」

『…そうかもしれないな。でもやはり私は、君に真実を直接伝えることはできない。』

エレメントは頑なであった。

「なんで…」

『私は、君と初めて会った時に言ったな。とある人物に君を救うようにと頼まれ、やってきたと。その人物との契約だ。私の口から伝えることはできない。今はイクタ、君を拘束している身分でもあるからな、本当は君の望みには答えなければならないのだろう。だが、その人物との契約は私の命よりも重いのだ。破ることはできない。』

彼はそう言った。確かに、そのようなことを聞いた覚えはある。

「そんなこと言って、言いたくないだけじゃないの?…まぁこれ以上聞いたところで口を割りそうにもないし、別に良いさ。真実とかは、地上と平和を手に入れてからでもいいことだ。」

イクタも少し冷静さを取り戻したのか、自らにも言い聞かせるようにそう話した。

『やはり君は賢い。それが最善だろう。』

「それに、あんたの誤魔化し癖にも慣れてきたし…な。」

頬を少し膨らませ、横目でミキサーの中にいる彼を睨みつけながら、そう言った。

『はは…悪いとは思っているよ…。』

エレメントは苦く笑った。

 

 

 

「さて、と。任務は完了ね。」

全ての情報を抜き取り終えたキュリは、そう呟くと、端末をポケットへとしまった。先にこの端末だけでも、ローレンの元へと届けようと、ポケットの中に小さなゲートを作ろうとするがー

「…あれ?飛ばない…?いや、そもそもゲートを開けてないのか…?」

自身の意思通りに空間を操作できないなんてこと、初めての経験である。だが彼女は焦らず、他の行動に出る。

「ま、慌てることはないね。ピュラゴンを回収して、そこからでも遅くはない。」

今度は、ピュラゴンの方へ飛ぼうとした。しかし、彼女の身体がその場から動くことはなかった。

「…どうなってやがる……そうか…!まさかこの部屋に何か細工が!?」

異変に気付いたキュリは、急いで部屋を出ようとするが、破ったはずの扉が、さらに頑丈そうな鉄板に置き換えられているのを発見した。おそらく、非常用のシャッターか何かであろう。

「…舐めた真似しやがって…!道理で上手くいきすぎていると思ったんだ…。けど、それで捕まえたつもりなら笑っちゃうぜ。こんなもの、すぐにぶち壊して…。」

右腕を異人化させていく彼女は、ふと背後に何かの気配を察知し、背を低くして緊急回避した。同時に、ズキューンという音が響く。今の今まで彼女が立っていた場所に、銃弾が刺さっていた。

「…驚いたな…。まさか伏兵がいたなんて、全く気付いてなかったぜ。大した気配の殺し方じゃないの。」

キュリは、姿の見えない狙撃者に向かってそう言い放った。しかし、返答ない。

「…でも殺気だけは消さなかったみたいじゃん。」

もう一度言葉を投げかける。

「驚いたのはこちらの方よ。地上からの侵入者が、昼間の小娘だったなんて。」

ようやく返答があった。その声は、キュリの記憶にも新しいものだったのだ。

「……確か、ハーパー、だったっけ?あんたがここの警備にいたとはね…。」

「覚えてくれていて嬉しいわ、キュリ。随分と好き勝手やってくれたじゃない。でもここまでよ。

「あぁ、好き勝手にさせてもらったさ。全部、あんたの丁寧なご案内のおかげでね。礼を言わせてもらうわ。」

キュリは挑発するように言った。

「やけに強気みたいだけど、状況わかってるの?お得意のコソコソと動き回る力は封じさせてもらってるんだけど?」

「そうみたいだな。でもそれも、この部屋の中だけだ。ならば、脱出するだけの話!」

キュリは中断していた右腕の異人化を再開。みるみると大きくなっていく怪人のような腕を振り回し、出口を無理やり生み出す策のようだ。

「そう簡単に、できるかしらね?」

ハーパーのその声を合図に、隠れていたさらに多くの隊員が姿を現した。合計で15人はいるだろう。

「…ちっ…!」

 彼女は思わず舌打ちをした。いくら異人化した右腕という絶対的な武器があるとはいえ、敵にはある飛び道具がこちらにはない。いつもなら、迫り来る銃弾を相手に浴びせ返すという防御と攻撃を一体同時に行えて、さらに部が悪くなったら緊急脱出できるという便利この上ないアビリティが使えるのだが、それもない。大きくなった右腕を動かすには、その分大きなモーションが必要になるが、隙が生まれることにもなる。狭い空間で15人を相手に大きな隙を見せるわけにもいかない。戦況は明らかに不利だった。

「こうなったら…まずは全員殺す…!そうするしかない…!」

キュリは腰を低くし、戦闘態勢に入ると、まずは勢いよく飛び出し、最も近くにいた隊員に襲い掛かった。小回りが利くように、腕のサイズを少し縮小化している。

「うおりゃぁぁぁ!!」

怒鳴るように吠えながら、一直線に向かってくる。だがそんな彼女にも臆することなく、冷静に銃を構え続ける隊員。決定的なダメージを与えるために、ギリギリまで惹きつける作戦のようだ。

「狙うは0距離…!」

銃を握る腕に、自然と力が入る。

「無駄だ!」

懐に潜り込んできたキュリが、隊員が引き金を引くよりも僅かに早く、その胴体を引き裂いた。

「うわぁぁぁ!」

即死した彼の返り血を浴びながらも、彼女は止まることはなく、次の標的へと飛びかかっていく。

「やるわね…。」

 身構えるハーパー。ここにいる伏兵たちは、今頃本来ならば怪獣と戦っていなくてはならない、優秀な戦闘員なのだが、ハーパーが無理を言って、ここに予備の待機兵として掻き集めていたのだ。本部周辺での怪獣出現=敵の侵入とも予測していた本部長との意見も合致し、その無理が通ったのだがー

「15人で足りるのかしら…。」

こう考えている間にも、また1人がやられた。僅か数十秒で2人が葬られたのだ。圧倒的不利な状況下でもこの暴れっぷり。流石に、想定の範疇の外である。

「…でもここで仕留めなきゃ、取り返しのつかない犠牲が出る……。奴は空間操作ができないわ!0距離とか惹きつけとか、考えなくていい!とにかく痛手を負わせるのよ!」

「了解!!」

隊員たちは作戦を切り替え、とにかく向かってくるキュリへと銃口を向け、弾丸を発射する。

「小賢しいんだよ!!」

それらを全て、右腕で弾いていく。やはり、ある程度距離を縮めなければせっかくの飛び道具も優位性を取れないのかー

 誰もがそう思ったその時、キュリの右腕の動きが止まった。最後に弾く動作をしたその場所から、腕が動かなくなったのだ。その僅かな隙を、彼らは見逃さなかった。

「今よ!!」

数発の弾丸が、彼女の身体に命中した。遂に攻撃が通った瞬間だった。

「グハッ…」

数メートル後ろに飛ばされ、壁に衝突する。

「何が…」

突如として麻痺してしまった腕を見つめるキュリ。彼女自身も、何が起こったのかわかっていない様子だったが、原因の候補には、いくつか心当たりがあった。

「……消耗か…。ここにきて異人状態での実戦不足が祟ったか…。」

右腕の異人化を解除し、左腕でそれを支えるような格好になったキュリ。

「どうやら、相当なリスクが伴う変身だったようね。無様な様子だわ。」

痛みが走るのか、右腕を抑える彼女の姿には、先ほどまでの勢いや威勢は感じられなかった。

「ここではあなたは何もできない。観念することね。」

生存した隊員たちに囲まれ、身体のあらゆる箇所に直接銃口を当てられるその姿は、取り押さえられた凶悪な連続殺人犯の様だった。

「……」

キュリはうな垂れる様な素ぶりを見せたが、その顔つきは敗者のものではなく、むしろニヤついていたのだ。

「…何がおかしいのかしら?」

それに気づいたハーパーが不審がり、警戒してそう訊ねた。

「いや…これで私の勝ちだと思うと、笑いが止まらなくてよ…」

「あなた、状況がわかっているの?」

「あぁ。わかってないのは、あんたの方だぜ…。」

キュリは咄嗟に、素早く左腕を、スカートのポケットへと突っ込んだ。しかしその動作を易々と見逃す彼らではない。

「動くな!!」

すかさず、今度こそ0距離からの発砲を行う。

「ぐっ!…。」

身体の数カ所に風穴が空いたが、御構い無しに左腕を動かし続ける。そして何かを手に取ったのか、ポケットから腕を出すと、次は側にいた隊員から銃を奪い取り、手に取った何かをセットし、引き金を引いた。

「私にここまでの傷を負わせたのはローレン以外ではあんたらが初めてだぜ。でも、終わりよ。」

発射された弾丸がピカリと光り、目映い閃光が狭い室内を照らし出す。

「な、なんだ!!」

突然の強い光に、一時的に視力を奪われてしまった彼らは、銃をこぼし、彼女を取り逃がしてしまう。

「目眩しの閃光弾…!?」

「いや、違います!この質感…噂に聞く怪獣兵…」

そのセリフがそれ以上続くことはなかった。その場に出現した怪獣によって、踏み潰され、一瞬にして全員が絶命してしまったからである。

『ゴオォォォォォォォ!』

登場と同時に、多くの人命とデータ、資料を建物ごと粉砕したその怪獣は、大きな鐘を鳴らした時の様な重さがありかつ広範囲に響き渡り、余韻を残す大きな咆哮をあげた。

「ふぅ、持ってきて正解だったな…。」

その頭上には、キュリが寝転がっていた。右腕は麻痺し、胴体は風穴だらけ。どうやら、もう立っていられるだけの体力は残っていないらしい。

「地の覇獣グランガオウ、地下デビューだぜ。」

先の遠征計画でIRISに甚大な被害を与えた、最強と名高い怪獣は、今もなお吠え続けていた。

「な、なんだ!?また怪獣か!?」

本館では、崩壊していく建物から現れた巨大な怪獣に目を疑っていた。市街地では、まだピュラゴンとの戦闘が続いている。いかに本部の力を持ってしても、二体の怪獣を相手にするのは厳しいだろう。エレメントを助っ人に呼びたいところだが、彼は今別の地点へ向かっている。まさに、絶体絶命とはこのことを言うのだろう。

「…くそっ!…直ちに各支部の最高の部隊をここに向かわせるんだ!IRIS始まって以来の危機だ!一歩間違えれば地下世界が終わる!!ちんたらするなよ!!」

いつになく怒声を撒き散らす本部長。本部だけは、絶対に落とされてはいけない要なのである。是が非でも、この危機を乗り越えなくてはならない。

「…イクタもだ!奴だけ別行動でここへ連れてこい!」

TK-18支部へと、そう指示を出す本部長。

「し、しかし!イクタの部隊は全員新人です!イクタ抜きに怪獣との戦闘は危険すぎます!」

フクハラ支部長は、そう抗った。

「その新人の安全と、この本部の、地下の未来!どちらが大切だと思っているのだ!」

「それは……!」

「いいから今すぐイクタだ!エレメントが必要なのだ!奴の存在の意味を分かっているのか!?」

「……わかりました。すぐに手配を…。」

フクハラはこれ以上抵抗しても無駄と思い、そう判断した。

「あーいや、あたしたちもう帰るしその必要はねーぜ。これ以上続けたら私が死ぬわ。」

会話に割り込んできたのはキュリであった。

「何?」

「ピュラゴン!」

そう叫ぶと、市街地で戦闘中だったはずのピュラゴンが猛スピードで彼女の元へと飛んできた。怪獣兵器ではなくとも、ある程度の制御はできる様だ。

『リィィィィィィ…!!』


「さて……今の身体でもどうにか、二体とも連れて帰れそうだな…。久々に楽しい思いをさせてもらったよ。じゃ、次に会うときは本気で殺しにかかるから、よろしく。」

そう言い残し、1人と二体は姿を消した。

「…レーダーにも反応はありません。地上に空間移動したものかと思われます。」

「念には念だ。世界中のレーダーというレーダーをしばらく監視しておけ。被害の確認も速やかに行え。」

本部長はそう命令すると、司令室を退室し、自室へと戻って行った。

「地上人共め…!好き勝手してくれたな…!……情報も盗まれたようだし、すぐに本格的な侵攻が始まるだろう。受け身ではいけない!」

1人でそうブツブツと呟きながら、歩いていく。その瞳には憎悪の感情が見て取れた。

「イクタ…イクタだ…!やはりあいつがいなければ…。何の為にこの世に生み出したのか、全ては、この時のためだ!」

 

 

 

 地上のある一角に、キュリと二体の怪獣が突如として現れた。

「…ぐっ!…やっぱ結構いてーな…。」

リディオ・アクティブ・ヒューマンでなければ即死していてもおかしくないほどの重傷を負っているのだ。よく怪獣を二体も同時に飛ばすことができたものである。

「…グランガオウまで持ち出していたとはな。もし何かの間違いで奪われたとしたらどう責任を取るつもりだった?」

その目の前には、既にローレンが立っていた。

「……私に任せると言ったのはローレン、あんただぜ。それに、結果オーライだろ。」

キュリは、抜き出したデータが詰まっている端末を投げ渡した。

「ふん、まぁいい。早くダームのところへ行って、傷を治せ。お前の身体がそんなものでは、計画や作戦に影響が出る。」

「わかってるよ。……ローレン、異人化したのか?」

キュリはローレンの姿に違和感を覚え、そう訊ねた。よ全身から微かに異人特有のオーラを感じたのだ。

「あぁ。備えは怠るな。さっきのお前のように、戦闘中に身体が制御できなくなる可能性がある。相手が人間だったから命拾いしたが、エレメントだったら終わっていた。そうだろ?」

「そうかも…ね。それに、ちょっと派手にやりすぎた。私も、ピュラゴンも。」

「全くだ。情報さえ持って帰ってくればよかったのに、必要以上に憎悪の感情を買ってしまった。復讐心は強さの根源。この俺のようにな。気をつけておけ。これで、戦場の場所が地上になる可能性も浮上することになった。そのルートの未来が見え始めたからな。」

「…悪かったよ。でも、どのみちエレメントはローレンに勝てない。結末は同じ、でしょ?」

「ふん。」

ローレンはキュリに背を向けると、そのまま去って行った。あの寝てばかりのローレンが自ら体を慣らし始めている。エレメントと戦う未来が見え、血が騒ぎ出したのだろう。

「…まぁ、ローレンに勝てる奴なんかいないし、心配はしてねーけど。不安なのは私だぜ。たかが一般兵にここまでしてやられたからな…。油断はできねーみたいだ。」

キュリはグランガオウをカプセルに戻し、ピュラゴンに口笛で合図を出した。アジトまで乗せてもらうことにしたらしい。

『リィィィィィィ…!!』


静かで広大な地上に、ピュラゴンの鳴き声が響き渡って行った。

 

                                            続く。

 



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第22話「嵐戦」

 最後の大きなエネルギー反応が確認された地点へと向かっていたイクタ隊は、その正体である『嵐獣テペストルド』と遭遇する。前回の戦闘からそう時間も空いていないため、エレメントへの変身ができないという状況の中、イクタ隊はどのように戦うのかー


第22話「嵐戦」〜嵐獣テペストルド登場〜

 

「隊長!!どうやら、目的地周辺のようですよ!」

レーダーを見つめいていたサクライが、大きな反応を探知し、そう報告した。

「…みたいだな。思っていたよりも大きな反応だ。心してかかれよ。」

「了解!」

 イクタ隊は1時間ほど前に、CH地区にある支部で補給を済ませていた。燃料や搭載兵器、レーザー銃用のエネルギーなど、十分すぎるほどに万全の準備を整えていたのだが、どうやら正解だったらしい。ゲフール、マグナマーガよりも大きな力を、まだ顔を合わせてすらいないのにひしひしと感じるのだ。

『あぁ、イクタ。』

隊員たちが心の準備をしている最中、エレメントがイクタに話しかけた。

「なんだ?」

『その…言いにくかったが言わなければならないことがあってだな…。』

なんとも頼りなさそうな声でそう口を開くエレメント。

「いいから内容を話せよ。」

『数時間前のマグナマーガとの戦闘の終盤、私は限界突破という操作を行い、活動制限を強行的に延長させたな?』

「あぁ。それがどうした?」

『それは、ミキサー内の予備のエネルギーを使用する操作だと、簡易な説明をしたと思うが、つまり必然的に、一時的に内部のそれが減少することになる。そうなると、どうなると思う?』

「…あんたの身体とその機械の仕組みはよくわからんが…。ミキサーであんたの回復などを行なっているとしたら、それが遅れる、とかか?」

『その通り、何よりもそこだ。言うまでのもなく、私の本来の姿は、あの実験以来55メートルのアレになる。力の暴走を防ぐために、一定量のエネルギーを使用すると規制がかかって、ミキサーの中に強制的に引き戻される仕組みになっていることは説明済みだな。再び巨大な姿で活動するためには、減少したその「一定量のエネルギー」というものを補充しなければならない。その為に、内部の予備が必要なのだ。それをも削ると、全体的な回復が遅れることになる。』

エレメントは饒舌にそう説明した。

「あんたはいつも話が長い。要するに、まだ変身できるだけの力が溜まってないってことだろ?」

『そうだ。』

「……ま、あんたに連戦は無理だってことは予め分かってたし、前にもこういうことがあったし、限界突破も俺が無理を言ったせいだからいいけどよ。」

イクタは、後方に視線を移した。その先には、今日実戦デビューしたばかりの新人たちが付いて来ている。

「どのくらいの時間が必要なんだ?地上の時みたいに、精鋭部隊と共に行動しているわけじゃないんだ。あいつらじゃ限界があるぞ。」

『あぁ、わかっている。次の怪獣がこうも早く現れるとは思ってもいなかったからな…。急ピッチで私とミキサーのエネルギー充填を行なっているが、それでも1時間はかかる。』

「1時間……マジか…。」

イクタは腕を組んで唸った。

『自家発電だからな……。ネイチャーモードの要領で自然エネルギーを集め、充填を加速させることは理論的に可能だが、収集に大きな力を浪費する為、貯まるどころか返って減少してしまう。本来はウルトラマンという凶悪兵器を制御するために作った装置なのだ。力の引き出しに関しては、フィルターを何重にも仕掛けてるってわけになる。まさか、こうして人類の未来を切り開く目的で使用される日が来ようとは思ってもいなかったからな。』

「とはいえね…。まぁ、あんた自身、ウルトラマンという力にトラウマ持ってるし仕方ないんだろうけど…。力として扱いにくいだけならまだしも、人間としても扱いにくいのは困るもんだ。」

『う、うるさいな…。呑気な冗談を言っている場合か。1時間、怪獣とどう戦うつもりだ?』

イクタは頭を掻いた。そこらへんの怪獣ならば、戦闘機のコンディションは万全であるため、作戦次第では上手くやり合えるだろう。しかし、覇獣クラスとなるとそうもいかない。

「…いざとなれば切り札はあるさ。…本当に切り札になるかは微妙だけどな……。とにかく、やるしかないだろう。何、この俺が隊長なんだ。どうにでもなる。」

『イクタ、まさかその切り札というのは…?』

「想像に任せるよ。止めようとしたって聞かないからな。リスクは承知。だが、せっかく得た力を無視できるほど、俺たちに余裕はないはずだ。」

『やはりそうか……。』

 エレメントは黙り込んだ。イクタの言う切り札とは、間違いなく自身の異人化のことを指しているのであろう。確かに、ウルトラマンには及ばずとも、一時的に爆発的な力を得ることができる。だが彼はまだ、実践に投与できるレベルに達していない。最初に変身した地上では、等身サイズとはいえ全身の異人化に成功していた。だが、その力に脳まで支配されていたのか、自制はなく、変身後も満身創痍の様子だった。ゲフールとの戦いの際には、ある程度己の意思のコントロールの範囲内で部分化変身に成功していたが、僅か数秒しか保てなかった上に、その部位の神経感覚を失っていた。なんにせよ、リスクが大きすぎるのだ。

「隊長!怪獣がもうすぐにきます!」

そう発したのはイイヅカだった。レーダーに目を移すと、確かにその大きなエネルギー反応は、こちらへと迫りつつあった。だが、どこからー?

「…下か…!」

ホソカワが気づいたその次の瞬間、イクタ隊の少し前方の大地を突き破って、大きな怪獣が勢いよく飛び出してきた。大きな翼を広げ、そのまま小隊より高い位置まで高度を上げ、宣戦布告をするかのように大きく口を開け、吠えた。

『シェェェェェェェ!!』


太いが短い首の上に、ちょこんと小さい顔が座った、つぶら瞳の怪獣は、その場を何度もグルリ、グルリと旋回しながら、吠え続けている。手も足も申し訳程度の大きさしかなく、身体の7割が翼といっても過言ではないその姿からは、とても今まで地中にいたとは想像がつかない。

「あの身体で地中に…か。怪獣って生物はやっぱよくわからん。」

イクタは腕を組んだ。

「どう見ても空中戦が得意な怪獣のようですね。隊長、敢えて陸上戦に持ち込むのも手かと。」

そう提案したのはイイヅカだ。

「…初陣で、このクラスの怪獣を目の当たりにしつつ、その発想ができるとはね。やるじゃん。」

「あ、ありがとうございます。」

イクタから賛辞の言葉をもらい、少し照れているようだ。

「が、却下だ。空中戦でいく。」

しかし、イクタはそう考えているようだ。

「なぜでしょうか?お言葉ながら、私はイイヅカの案に賛成です。」

キョウヤマがそう訊ねる。

「お前らのいう通り、奴はどう見ても陸上戦に弱い。誘い込めば有利にことを進められるかもしれん。だが、それは誘い込めれることができれば、の話だ。そう簡単に着陸してくれるわけがなかろう。それに、あの翼を見ろ。あれで地面に向かって突風でも起こされたら、身動きが取れなくなることなど容易に想像がつく。実際、あの手の怪獣はそのような攻撃を得意とする傾向が高い。加えて、空中戦が得意なのはこちらも同じだ。最新性能のエンジン、そして兵器が搭載されているというのに、わざわざそれを温存する必要性もない。」

「な、なるほど…。確かに、私の考えが浅はかでした…。」

しゅん、と少し落ち込んだ様子のイイヅカ。

「仕方ねぇさ。怪獣の攻撃パターンを容姿だけで予測できるようになるには、それなりの経験が必要になる。新人だから知らなくて当然だ。これから知っていくんだよ。幸い、お前らの上司はなんでも知ってるこのイクタ・トシツキなんだからな。…さて、どうすっかな。」

 怪獣は相変わらず、旋回しながら吠えるという行為を繰り返している。ここまで喧しく鳴きまくるのを相手にするのは初めてかもしれない。それだけ、興奮状態ということなのだろうか?興奮している怪獣というのは、行動が読みにくい上に、アドレナリンが分泌され、パワーがアップしている為なかなかに厄介なのだ。元から強い上に、さらに補正がかかっているとなると、想定以上に苦戦するかもしれない。

「……とりあえず、積極的に仕掛けるのは俺の役目だ。お前たちは、俺の指示通りに動いてくれればいい。」

イクタはそういうと、ポケットからカプセルを取り出し、イイヅカの機体へとパスした。慌ててコクピットの窓を開け、それを受け取る。

「この怪獣兵器…名前はそうだな、炎獣マグナマーガってところだ。これはお前に預ける。俺は戦闘に集中したいんでな。お前が今、と思ったタイミングで投下しろ。重荷ばかり背負わせて悪いが、今のところ、このメンバーの中では、お前が一番適している。」

「りょ、了解!」

「…さっきから美味しいところ全部持っていかれてる気がするけど、大一番で最も仕事の成功率が高いのは、確かにイイヅカかもね。」

アヤベがそう呟いた。

「何、隊長言ってたろ。今のところって。場数を踏んでいけば、いつか俺たちもそのくらいの信用を得られるようになるさ。」

ホソカワがそうフォローした。No.2として、1位のイイヅカに対し熱いライバル視を送り続けている彼もまた、イクタによるイイヅカに対する頭ひとつ抜けた信頼度に嫉妬こそしているものの、現時点での己の力量と立ち位置はしっかりと理解できているようだ。

「いいか?あまりとやかく命令は出したくないが、これだけは守ってくれ。無茶だけはするな。例え俺からの指示だとしても、危険と自己判断した場合は必ずしも従わなくていい。何よりも、自身の命を優先しろ。」

「了解!」

部下たちの返事を確認すると、イクタは怪獣の方へと突っ込んで行った。

『流石の君でも、5人もの部下を庇いながらの戦闘が通じる相手ではなさそうだが。』

「別に、戦うのは俺だけじゃない。採れたてフレッシュな新戦力怪獣もいるし、あんたが思っているほど戦況は悪くはないよ。」

『…だと、いいんだがな。けど、あの怪獣の能力次第ではマグナマーガは大きな力になれない可能性もあるぞ。クセが強いからな、あれは。』

「冷やされさえしなければかなり強いが、逆にそうでないのなら無力、か。確かにクセが強いが…もしかしたら、俺たちが把握できていないだけで、まだ他の能力があるかもしれない。それに、スペックは高かったからな。何事も前向きに考えておかないと、勝てる戦も勝てなくなるぜ。」

『…うむ、君の言う通りだ。私は回復に専念しておくとしよう。』

「頼むぜ。」

そうこうしているうちに、彼の機体は怪獣の横を通り過ぎようとしていた。ようやく、怪獣もイクタの姿が視野に入ったようで、さらに大きな声をあげた。

『シェェェェェェェ!!』

パターン化されていた例の動きを中断し、イクタの機体の後を追うように急に速度を上げた。

「スピードはイニシアと同等かそれ以上だな。最速がアイリスバードよりも速いことも想定しなくちゃ。」

『敵の様子を伺ったり、能力を図っている暇はなさそうだぞ。』

珍しく彼の言う通りのようだ。怪獣は既に、大きく口を開けていた。

「…何をするつもりかな?」

『シェェェェェェェ!!』

放たれたのは、光線や火球などではなかった。確かに何かを放ったのだろうが、無色透明なのだろうか?目視ができない。

「なんだ…?」

次の瞬間、機体が大きく揺れた。まるで洗濯機の中に放り込まれたような感覚だ。

「ぬおお!?」

ヘルメットを被っているとはいえ、あちらこちらに毎秒ごとにがちゃんがちゃんと頭がぶつかるのは結構な痛みを伴う上、どこか余計なスイッチなどに触れたら大変だ。

『どうやら、小さな竜巻のようなものを連続で吐き出しているようだ!怪獣の射程範囲から抜け出さないと、無限に洗濯機地獄だぞ!』

「…くそっ、操縦桿が効かない…!」

必死に脱出を試みるが、機体のコントロールができないとなれば、永遠にそれは不可能となる。

「隊長!!こうなったら…!」

ホソカワが勢いよく飛び出し、怪獣へと接近を試みた。

「お、おい待て!1人は危険だ!」

キョウヤマ、イイヅカが慌てて後を追いかける。

「喰らえ!!」

しかし2人の声を無視し、彼はミサイルの発射ボタンに指先の力を込めた。

「ったく、1発で怪獣が反応するものか!イイヅカ、俺らも撃つぞ!」

それに続き、2人もミサイルを発射する。3弾は、怪獣の首へと真っ直ぐに飛んで行った。

『シェェェェェェェ!!』

直撃し、怪獣の頭部は大きく上下左右に振動した。それにより一瞬だけ、竜巻の発射が強制中断されたため、イクタはその隙をつき、大きく距離をとった。

「助かったぜ。やるじゃねぇか!」

「ありがとうございます!」

「礼を言ってるのはこっちだっつーの。…しっかし、厄介な攻撃だな。あまり喰らい続けると機体への、特に内部へのダメージも馬鹿にならなくなる。距離を取りつつ、背後から隙をついての攻撃が有効手段ってところか。」

『ならば、最も機動力のある君が敵を引きつけ続けるしかないだろう。君に夢中になっているでかい標的の背後に回ることくらい、新人にも可能だろうだからな。』

「ま、そうなるかな。それに俺なら、囮役をしつつ、隙をつく攻撃も行うと言う二刀流も不可能じゃない。」

『いや、囮に徹したほうがいいと思うね。無理な動きをして、こちらに隙を生み、万が一にも墜とされては元も子もない。』

「一理あるな。じゃ、そうするか。」

イクタはエレメントと共に作戦を整理し終えると、部下へと連絡を渡すため、通信機に口を近づけた。

「俺が怪獣を引きつけるから、お前らは俺の指示したタイミング、又はいけると自己判断した時に攻撃を仕掛けろ。お前らとの連携が不可欠だ。頼むぞ。」

「了解!!」

イクタ隊の方針が改めて定まった頃、怪獣も再び戦闘態勢に入っていた。頭を攻撃されたことでさらに怒りの感情が加わったのか、先ほどよりも興奮しているかのように見て取れる。

『まだ他に攻撃の手段を持っているに違いない。くれぐれも、油断は控えるんだ。』

「ふん、最近頭が冴えてきたからって調子に乗るなよ?そのくらいわかってるさ。」

再び、イクタが怪獣の前に躍り出る。

「さ、俺が遊んでやるぜ。来な。」

『シェェェェェェェ!!』

怪獣も単純なもので、イイヅカ達の機体には目もくれず、思惑通りイクタだけに狙いを絞り、飛行を始めた。

「奴の口を始点とした直線上に入らないこと、そして警戒のため常に一定間の距離を保つこと。これらに気を配りながら、囮として誘導し、攻撃のタイミングを生み出す。まさに、この俺にしかできない芸当ってところだ。」

イクタはニヤッと笑うと、機体をぐんぐんと加速させていく。敵もそれに釣られてて、同じく加速していく。ここまでは、うまく事が運んでいるがー

『ここまで綺麗に囮作戦が通じるとはな。逆に不安になる。』


「言いたいことはわかるが、上手く行っているのならそれに越したことはない。」

イクタは、このタイミングで、とあるスイッチを押した。それにより、機体の後部に設置してあった、後方攻撃用のレーザー銃から、怪獣めがけて光線が飛ぶ。レーザーは見事に命中し、不意を突かれた怪獣はますます顔を真っ赤にし、イクタを撃ち落とさんと、さらに速度を上げていく。

「これで、奴の背後は隙だらけってわけだ。とはいえ、このままじゃ追いつかれるな…。よし、お前ら!今だぞ!」

「了解!」

イクタの合図を待ってましたと言わんばかりに、全員が飛び出した。迅速かつ慎重に怪獣の背よりも高度を取り、ミサイルの射程圏内に入れるため、接近していく。

「よし、俺の準備は完了だぜ。」

ホソカワが、ミサイルの発射ボタンへと指を添えながらそう言った。

「こっちもだ。全員で同時にやれば、一気に墜とせるぞ。」

キョウヤマが、同時発射を促すようにそう言う。

「名案だ。ここで叩き落としてカタをつけよう。あいつが本領を発揮しきる前に終わらせるんだ。」

サクライが同調すると、アヤベもそれに頷いた。

「どうだイイヅカ?それでいいか?」

「…考えている間にも、怪獣は隊長に追いつかんばかりに速度を上げ続けている……か。それで行こう、早くしないとな。」

「決まりだ。いくぞ!ミサイル発射!」

ホソカワの合図で、5機から計10発のミサイルが同時に放たれた。それらが全て、同じタイミングで怪獣の背に直撃する。

『シェェェェェェェ!!』

悲鳴をあげながら、そのままの勢いで大地へと突っ込んでいく。そしてついに、頭から地面に突き刺さった。

「いよっし!やったぞ!」

キョウヤマがガッツポーズを見せる。その様子を見届けたイクタは機体を減速させ、大きく旋回し怪獣の元へと、高度を下げながら向かっていく。

「エレメント、光線が撃てるだけの力は溜まってきたか?」

『撃つことだけを目的とするならば、問題ない。ケミストリウムバーストも撃てる。』

「ただ、変身は長くは持たないということか。」

『そうなるな。通常態で2分、ネイチャーモードで1分持つかどうか、だ。』

「……まぁ、最悪カプセル化のための光線が当たればいいし、なんとかなりそうかな。」

その時だった。イクタがふと何かの異変に気がついたのは。

「…おい、なんか暗くないか?」

『そういえば、いつの間にか、雨雲に覆われているようだな…。それも、分厚い…』

エレメントも、イクタに言われて気がついたようだった。先ほどまで、天気は良好だったはずだ。

「……雨…となると、マグナマーガはますます不利になるが…。」

そう考えていた時だった。イクタは急に、身体に電流が走るような痛みに襲われた。

「…!?」

比喩表現ではない。文字通り、彼の機体に雷が落ちたのだ。その影響で、一部の機器がショートし、炎上を始めた。さらに、機内のあちこちで目に見えるくらいのプラズマが発生し始めている。既にコクピット内は、墜落の危険を表す赤色の警告灯が点滅していた。

「お、おいこれはヤバいやつだ!今すぐ着陸するぞ!」

どうやら、操縦桿の自由は効くようだ。イクタは落ち着きを取り戻しながら、速度を落とし、高度をぐんぐんと下げていく。

『エンジンが停止しそうだ。このまま動かすのは危ない。幸い、このまま胴体着陸しても問題ないくらいに高度は下がっている。今すぐに止めた方がいいだろう。』

「の、ようだな。」

エレメントの助言に従い、エンジンを止める。

「お前らも落雷には注意し……って、通信もイかれてんのかよ…。」

イクタの声は虚しくも、部下の元に届くことはなかった。

「お、おい!隊長の機が炎上してないか!?」

しかし、キョウヤマはイクタの身に起きた異常に気づいていたようだった。

「さっきの雷が落ちたのか!?し、しかし、なぜ急に雨雲が…。地下にもゲリラ豪雨ってのがあるのか!?」

ホソカワはすっかり動揺してしまっている。

「落ち着け!…だがおかしいぞ?飛行機の機体が、ただの落雷であそこまで損傷するものなのか…?雷は機体を通り抜けると聞いたことがある。表面的な損傷は、微量なものになる、とも。変じゃないか?」

イイヅカが、訓練生時代に習ったことを思い出しながらそう呟く。

「分析は後よ!隊長をどうにか助けないと…!」

アヤベが、イクタの方へと向かって行った。

「あ、待てって!」

他の4人も、それに続くように飛行を始めた。

「…冷静に考えるとおかしい。アイリスバードは、落雷の1つくらいでこうバカになるほど欠陥機ではないはずだ。怪獣と戦うための兵器なんだぞ。」

イクタも、イイヅカと同じことを考えていたようだ。

『…まさかとは思うが、あの落雷が怪獣の攻撃の一つだとしたら…』

「…その線しか考えられない。何か、大きな自然エネルギーを感じたりはしなかったのか?ここまでのダメージを与える雷となると、相当な力を練りこんでそうだが。」

『言われてみれば……。すまんな、力の貯蓄にばかり神経を使っていた。』

「おいおい…しっかりしてくれよ…。まぁいいけど。風に雷か…。まるで嵐を操るような怪獣だな。『嵐獣テペストルド』ってところか。」

怪獣の名付けが完了したところで、彼の周囲に部下たちの機体が集まってきた。

「隊長!ご無事ですか!?」

アヤベが声を掛ける。

「あぁ、問題はない。お前らも気をつけろよ。今の一連のやつは、怪獣の攻撃だ。」

「なるほど…道理で…。」

イイヅカが納得したという様子で呟いた。

「ほう、違和感は覚えていたのか。…まぁいい、着陸は1人でできる。それより、お前らは一旦退いて、先ほど補給に立ち寄ったCH地区の基地に向かい、援軍を要請してこい。それまでの時間は俺が稼ぐ。いいかこれは命令だ。でも…だとか、そういうのはいらない。とっとと行け。」

 テペストルドは怒りに任せ、暴走を始めるかもしれない。そうなれば、動けるの飛行機のパイロットが新人だけ、という状況はさらに不利になる。本当なら通信で基地に連絡したいところだが、あの雷を喰らえばその手段も絶たれる。ならば、直接向かうほうが早いし、それに伴い中途半端な人数をここに残すくらいなのなら、全員を引かせたほうがいい。

「…わかりました!すぐに戻ります!お気をつけて!!」

イイヅカの一声により、他の者たちも渋々といった表情ではあるが、イクタの命に従い、基地の方向へと飛んで行った。

「…じゃ、時間稼ぎとやらをしますか。」

『とはいえ、さっきも言ったが変身を保てる時間は…』

 テペストルドはそんな彼らを待つような素振りなど見せず、こちらをキッと睨みつけると、大きく翼を羽ばたかせ始めた。

『…くるぞ…!』


「アレを試す他ないみたいだな…!」

イクタは左腕に全神経を集中させていく。次の瞬間、口から吐き出すものとは比べ物にならない規模の竜巻が、テペストルドの正面に出現した。今度は、しっかりと目で確認できる。ところどころ雷を帯びている様子を見ると、これは竜巻というより、小さな台風と表現したほうが適切だろう。

『シェェェェェェェ!!』

『…これが奴の真の力…。弱っている身体でこれほどの自然エネルギーを…!』


エレメントも、先ほどとは違い大きなエネルギーを感知したのか、声が強張っている。

「一か八か…まさしく死ぬか生きるかの賭けに出るぜ。おいエレメント、マジでやばそうな時はシールド頼む。」

『ったく、私をなんだと思っているのかね。まぁ、君に死なれたら困るのでな。そこの心配はしなくてもいい。それより、異人の力に支配されて死なないように気をつけるんだ。』

「…そればっかりは、未来でも見えないことにはわかんねーよ。」

そんな会話を交わす彼らめがけて、さらに大きく膨らんでいた台風が動き始めた。

 

 

「うおおおおお!?」

実験場は大規模な爆風により、めちゃくちゃに吹き飛んでしまっていた。それは遠く離れた全くの別室でモニター越しに見守っていた彼らでさえ、席から転げ落ちそうになるほどの迫力だった。

「どうかな?将国家主席、それにクライン首相。」

大統領は、その両隣に座っていた男たちに尋ねた。

「え、ええ…。ここまでのものとは…。いやはや、流石ですよ。」

将がそう答える。

「全くです。正直なところ、我々の想定を遥かに凌ぐ威力。あの段階から僅かな期間でこの仕上がり具合とは、これぞ火星が誇る最大最強国家の力ですな。」

クラインも、そう最大の賛辞を送った。

「火星が誇るだと?ふん、地球文明からずっとそうだ。そこを間違えないように。」

大統領は冗談混じりにそういった。上機嫌な様子である。

「この『マフレーズ計画』もいよいよ大詰め。残すステップはあと一つとなった…。」

大統領は立ち上がると、モニターのスイッチを切り替えた。実験場の映像ではなく、何かの計画書のような書類が映し出される。

「地球への総攻撃。それこそが最後にして最も難関なステップ…。マフレーズ以下の性能とはいえ、ウルトラマンも健在だ。加えて、あの小賢しい貧民の末裔供もいる。油断はできん。そこで、だ。先日ナスノ首相と会談して、共に考案した作戦を実行する。」

画面がさらに切り替わり、別の書類が現れた。

「ここからは、私が説明を。」

大統領の秘書のような男が立ち上がり、マイクを握った。

「現在地球人の99.9999…%…とにかくほぼ全数が地下に文明を築き生活しています。というのも、地上は核戦争の爪痕が深く残り、人類が生存できない量の放射能、そしてそれにより誕生した怪獣が蠢いているから…。ここまでは小学生でも履修する程度の話ですがね。」

「前置きはいい。進めてください。」

クラインがそう急かす。

「失礼しました。そしてそんな地球に、つい最近、数ヶ月前から妙な動きが観測されています。各国の要人の方々は、既に大統領からお話を聞いておられるかと思われますが、地下の人間たちが、地上に出てきたのです。」

「うむ、その話はこの間聞かせてもらった。リディオの生み出した、ウルトラマンの成り損ねが今も僅かな数だが地上で暮らしていて、そいつらと地上で戦ったと。」

将が同調する。

「はい。どうやら地下文明は、かつての地球文明と同格か、それ以上の水準にまで科学レベルを回復させているようで、自力での地上到達、延いては放射能を除去する装置まで開発しています。実際、彼らが姿を見せた一角だけ、放射能濃度が平常レベルにまで落ちていたことが、その証拠。」

「それに加えて、ウルトラマンエレメントまでをも手懐けたと。…もし奴らが地上に戻ってきたら、我々の『マフレーズ計画』、つまりは地球奪還の計画もパーになるではないか。我々の兵士だって、生まれは火星でも地球人だ。殺し合いとなると、戦意を失う者は大勢出てくる。今のうちに地上の怪獣、そしてリディオ・アクティブ・ヒューマンを完全に除去し、兵を一度撤退させた後、ウルトラマンマフレーズの手によって、地下の者供を消す。これが一番現実的ではないのかね?」

クラインがそう主張した。

「我々も、当初はその予定でした。しかし、ウルトラマンと地上の怪獣や能力者たちが今は敵同士とはいえ、我々という共通の敵を倒すために一丸となる可能性がある。大昔、余裕をこいていた大日本帝国が中国を落とせなかったのも、似たような事案があったからだ。そうでしょう?将主席。」

「そうだと聞いているな。結果的に大戦後もまた内戦は続いたが…。確かに、そのような可能性はあり得る。特に本能的に動く怪獣という存在が驚異だ。数が集まれば、下手をすればウルトラマンよりも驚異的な存在になりうる。」

「…おい、お前は歴史の教師ではない。作戦を伝えにきたんだろう。手短に説明してやれ。」

長話を好まない大統領が、秘書にそう釘をさす。」

「申し訳ございません。…ゴホン。我々が考案した作戦というのは、簡単に説明すると、漁夫の利作戦です。」

「漁夫の利?」

聞き慣れない言葉に、クラインが聞き返す。

「日本のことわざのようです。当事者同士が争っているうちに、第三者が何の苦労もせずに利益をかっさらうという意味らしいですよ。」

「なるほど…。要するに、ワンテンポ遅れて行動を開始するわけだ。地下と地上が互いに消耗しあった後に、我々が急襲を仕掛ける。当然、地球には抵抗できるほどの元気が残ってる敵がいない…。」

「要はそういうことだ。こちらも、あまり損害は出したくないんでな。異論がある者はいるか?」

大統領が、そう呼びかけながら周囲を見渡していく。

「…いないな。では、そういうことだ。作戦実行の時は近い。各軍に最終調整に入るように伝えておいてくれ。じゃ、解散だ。」

 

 

「なるほど。確かに、レーダーには謎の反応、そしてその地点付近を覆う謎の黒い雲…。その怪獣の仕業だったというわけか。偵察隊をよこしはしたが、それだけでは危険だな。…わかった。すぐにこちらも部隊を繰り出そう。」

 あれから数十分後である。CH地区の34エリアに構える基地の長、ヤン支部長が、イイヅカらの要請に応えていた。

「ありがとうございます!!」

「しかしここからでは10分はかかる。イクタといえど、単独で耐久することができるのか?」

「隊長ならきっと大丈夫です。俺たちも、すぐに戻らないと…。」

「そうか、そうだな。しかし、若いのにしっかりしてるじゃないか。やはり、フクハラの支部はいい粒が揃っている。」

ヤンは羨ましそうな声色でそう言った。

「光栄です。では、失礼させていただきます。」

「うむ。」

ヤンに見送られ、彼らは再び戦場へと向かった。

 

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 迫り来る小さな台風に対し、大きく左腕を構えるイクタ。異人化の発動条件には多くの謎が残るが、鋭い集中力と強靭な精神力が必要なのは間違いない。神経を研ぎ澄まし、集中力を極限にまで高め、あとは望む箇所ー左腕の変化を待つのみである。

『…やはり、思うように扱うことは難しいか…。』

イクタの集中を切らさぬよう、小声でそうつぶやくエレメント。未だに、彼の身体に変化は訪れない。

『無理もない。地上の連中と違って、異人化の能力に目覚めたのはついこの間だ。ロクに訓練もしていない。いや、訓練することそのものが命の危険にもなりうる。…ここは私が出るしかー』

 回復しきってはいないが、出し惜しみができるような状況ではない。エレメントは、現段階のセーブモードから、すぐに力を発揮できるよう、アクティブモードへと移行をした。

 だがその時だった、イクタの左腕が突然、ボンっという音を立て大きく膨らんだのだ。色もみるみるうちに灰色へと変色していく。肌も、ゴツゴツとしたものへと変貌を続ける。部分偉人化の成功のようだ。

「…!今度は感覚もある…いける!」

イクタは左腕を正面へと突き出した。台風とぶつかり、周囲に凄まじい圧の衝撃波が、巨大な力の衝突から逃げるように飛散していく。

『…制御できているのか…!?』

「あぁ…今の所はな…!こんやろう……!!うおおおりゃあああ!!」

さらに肥大化した左腕で、台風を徐々に押しのけようとパワーを加えていく。そしてついに、薙ぎ払うことに成功した。それにより発生した瞬間的な突風で、辺りを覆っていた黒雲も消え去った。

『シェェェェ!?』

テペストルドは、自分の身長の50分の1ほどのサイズしかない人間に、攻撃を無効化されたことに驚きを隠せない様子だ。

「……はぁ、はぁ…。見たかエレメント…。俺だけの力で…怪獣の攻撃を封じてやったぜ…。」

『なんと…。まさか遂に部分的な異人化なら制御できるようになったというのか…。』

エレメントも唖然としている。この男は、いつも予想の先を行く。ウルトラマンである自身が、その一歩前のステージであるリディオ・アクティブ・ヒューマンに驚かされてばかりなのは癪だが、自分ではなくて、こいつが『ウルトラマンエレメント』であれば、もしかしたらあの時世界を救えていたのかもしれない、という事を考え始めているのも事実であった。

『運命とは時に不公平だ。天はなぜ、この男ではなく私にウルトラマンとしての試練を与えたのか…。もっとも、与えたのは天ではなくリディオであったが…。』

ブツブツと呟くエレメント。

「ん?何か言ったか?」

『…いや。…それより、腕を元に戻したらどうだ。邪魔だぞ。』

目的を果たしのにも関わらず、彼の腕は異人化したままであった。

「…俺も戻したいんだが…。そうもいかん。」

『…まだ完璧な制御はできないようだな。だが、一刻も早くどうにかしなければ。身体を、最悪の場合脳まで侵食される可能性がある。』

「いや、俺に考えがあるぜ。エレメント、出番だ。」

イクタは右腕でミキサーを掴むと、そのままセットした。普段は左腕に装着するものなのだが、腕がこれでは仕方があるまい。右腕に常時取り付けていたブースターを取り外し、ポケットにしまう。

『このまま変身しようというのか?』

「当たり前だ。チャンスは今しかないぜ。あれだけの大技を使ったあとだ、しばらくは動けんだろう。」

イクタはそう言いながら、右腕を高々と突き上げた。

「ケミスト!エレメントーー!!」


『シェア!!』


掛け声とともに、イクタとエレメントが一つになり、本来の姿である光の巨人へと変身した。

「やはりな。」

イクタが、エレメントの眼球を通して左腕を見つめた。その腕は、異人ではなくエレメントのものとなっている。

「普通に考えて、ウルトラマンの力の方が遥かに上をいく。俺の左腕は上書きされたってわけだ。これで、変身を解いた時には元に戻っているはずだ。それに、お前と同化している間は痛みも感じない。」

『なぜそうなるとわかった?異人化のままウルトラマンへ変身など、前例がいないものだぞ。』

「なんとなくだ。今は、いつもに増してさらに頭が冴えてる気がするぜ。いくぞ!」

『ジャッ!』


 エレメントが勢いよく飛び出す。テペストルドは動けないものと思い込んでいたのだが、大きな翼を逞しく動かし、上空へと飛び立ち、エレメントの突進を回避した。

「まだ動けるのか。打たれ弱いがタフなやつだ。が、俺からは逃げられねぇよ。」

イクタは、左腕にブースターをセットした。それにより、エレメントの巨大な左腕にも、フッとブラスターが装着される。そしてその能力を発揮させるため、左腕を身体の正面に構えた。

『デュアルケミストリウム!ネイチャーエレメント!!』

その機械音声が発せられたあと、エレメントの身体に変化が訪れる。緑色のストライブが走るネイチャーモードに変化したのだ。

「さぁ、面白いものを見せてやるぜ!」

『セヤァ!』

掛け声とともに、ブースターが青く点滅を始めた。そこを中心に、光のオーラが巻きつくように円を描きながら集まってくる。

『シャアァァ!』


ある程度光を纏ったところで、その腕をテペストルドの方へと突き出した。それと同時に、突然、奴の周囲に乱気流が発生し、身動きが取れなくなる状況が生まれたのだ。

「自然を操る能力。これで怪獣を中心に360度全方向から今作り出したジェット気流をぶつけてる。大きなエネルギーがぶつかり合ってる真ん中にいるわけだ。動けないどころか、そのうち圧死するぜ。」

『…今思いついたのか?…全く、本当に面白いやつだ。」

 しかし、テペストルドも空中戦では負けるわけにはいかない。気流を相殺させようと、力を振り絞って翼を動かし、同じく突風を発生させていく。そのせいで少しエレメント気流の威力が弱まったのか、隙をついて脱出した。

『シェェェェェェェ!!』

「やっぱ簡単にはいかないか。でも、そう来るとは読んでいたぜ。」

テペストルドを襲う地獄はまだ終わっていなかった。次は、翼が凍りつき始めたのだ。

「翼から風を起こすんだ。正面の気流しか相殺できないとなると、揉まれていた間の身体の向いている方向に逃げると考えるのはそう難しくはない。なら、予めその地点付近の空気中に、ミキサーで回収した酸素と水素を、ブースターで反応させ量産した大量の水の粒をばら撒き、テペストルドが足を踏み入れた瞬間に、温度を急降下させる。これでところどころ凍らせることができるってわけだ。」

『…要は相手の動きの先を読み、逃げ場と予想した空間にたくさん小さな水の粒を漂わせ、それをネイチャーモードの力で遠隔的に冷凍させたわけだな。水の粒は怪獣の体にも付着したようだし、それで…。』

「が、これじゃあ気休めにもならん。目的は、あくまで一瞬だけでも動きを鈍らせることだったからな。見ろ、ビビって動きまで固まってる。本当の攻撃は、これからだぜ。」

イクタは、さらに怪獣のいる空間に大量の水素を噴出し、撒き散らした。

『プリローダケミスト!』


そこで、プリローダケミストを発動させる。久々に発せられた機械音声だ。これは、ミキサーとは違い、無制限の数の元素を、無制限に反応させることができるブースターだけの大技だ。

「これで、もう動けなくなるぜ。」

『ふっ、懐かしい。ラザホーに対して行った、このモード初の必殺技だな。』


エレメントは過去を思い出しながら言った。

「いくぜ。」

『ケミストリーラッシュ!!ハイドロエクスプロージョン!』
ブースターを始点に、撒き散らした水素を伝って、まるで導火線を走る火のように、連続の小規模水素爆発が連鎖反応していく。その行き着く先は、さらに高密度の水素が待つ、テペストルドの周囲だった。そして、次の瞬間。大規模な爆発が起こった。

 最後の爆発が終わり、煙の中から動きを失った、自由落下中のテペストルドが現れた。

『おい、殺してはいないだろうな。』
「大丈夫さ。瀕死にはなっただろうが。」

イクタはポケットからある遠隔操作用のスイッチを取り出した。イイヅカに預けていた、怪獣をエネルギー化させるために必要な光線を発射するためのものである。念のため、スペアを用意していたのだ。

「じゃ、終わらせるか。」

エレメントは、両腕を高く突き上げ、そのままゆっくりと胸の前で十字にクロスさせた。プリローダケミストを使用したためか、姿はいつものノーマルエレメントへと戻っていた。

『ケミストリウム光線!』

イクタの機体から放たれた光線を受けたミキサーが、エレメント必殺光線とそれを反応させ、怪獣を生け捕るための新たな光線をへと変化し、そのまま発射された。無事に命中し、テペストルドは徐々に光のオーラとなり、イクタの持つカプセルの中へと吸収されて行く。そして先ほどまで怪獣だったそれは、完璧にカプセルの中へと収容された。

「…ようやく終わったぜ。地下内の強力な怪獣の回収が…。」

イクタは変身を解くと、その場にちょこんと座り込んだ。やるべきことをやり終えたためか、力が抜けたようだ。同時に、左腕に鋭い痛みが走る。

「…っ!やっぱ、この痛みはきついぜ…。」

『苦しいところすまないが、まだホッとできるわけでもなかろう。むしろ、ようやくスタートラインに立てたというわけだ。奴らと戦うためのな。』

「……あぁ。もう俺たちも、できる準備は完了させたわけだ。…敵も本部に急襲を仕掛けてきやがったからな。早ければ数日以内に、大きな衝突があるかもしれん。」

『…いよいよか…。だが、最近になってまた迷いが生じたのだ。元はと言えば、彼らは私のせいで生まれた。私のせいで憎しみを抱いた。そしてそれに駆られて、地下に争いを仕掛けている。そんな私に、地下を守るためとはいえ、彼らと戦い、その命まで奪おうとする資格はあるのだろうか…?』

「…さぁな。確かに、今こうなってることの元凶はあんただ。その裏にリディオがいたのは確かだが、状況を作ったのはウルトラマンの力に間違いはない。けど、今あんたは罪を償うために、俺らに協力して、元の地球を取り戻そうと奮闘している。それが、あんたがやっと見つけた己の正義だっていうのなら、貫くしかないさ。…俺に説教した身分で、今更悩んでんじゃねーよこのクソ野郎。それより、そのミキサーのポンコツ性能をどうにかすることだな。」

イクタはそう言いながら、立ち上がった。その視線の先には、今到着した部下たち、そして援軍に駆けつけた戦闘機の部隊の姿があった。

『あぁ…そうだな。…私は私の正義で、私の過ちにけじめをつける…!』

「それでこそ、俺の相棒にふさわしいセリフだ。…さて、時間稼ぎのつもりが、全部終わらせちまったな。無駄足運ばせてしまったぜ。」

イクタの数十メートル前方に、イイヅカの機体が着陸した。

「隊長!ご無事ですか!?怪獣は!?」

「見ての通り、もう終わったよ。…それより、俺のアイリスバードはもう動かん。修理してる暇もないし、お前のに乗せて帰ってくれ。」

「…了解!」

イクタ隊は、TK-18支部を目指し飛び始めた。地球の運命を左右する決戦は、もう間近に迫ってきている。イクタは心なしか、少しばかり緊張のような感覚を覚えていた。

「…この俺が、少しでも恐怖から緊張するとはな…。」

小声で、そう呟いた。

「何かおっしゃられましたか?」

「いいや、なんでもない。」

 

 物語は、最終局面を迎えようとしている。

 

続く。

 



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第23話「出現」

 地下内に潜伏していた全ての巨大怪獣を兵器として掌握し終え、地上との戦争を間近に控えていたIRISは、このタイミングで最後のピースを埋めるために動く。そうして現れたのは、4人目、つまり最後のリディオ・アクティブ・ヒューマン「フレロビ」という男だった。彼は早速、イクタとのコンタクトを図ろうとするー


第23話「出現」

 

「え?結局情報は盗まれたってわけか?」

TK-18支部、支部長室に一連の任務完了の報告に来ていたイクタの元に入ってきた情報は、本部は敵の襲撃を防げず、すべての機密事項を持ち去られたというものであった。

「そうらしい。本部長も、盗まれはしないと思っていたようだから、慌てている。マスコミも大勢押しかけているみたいであるし、都市部も行方不明者が続出で大パニックだ。テレビをつけてみろ。やっている番組はAM--13地区の被害情報を伝えるものかばかりだ。…すまんが、私もこれでも1人の支部長だからな、ちょっと今立て込んでいる。またな。」

フクハラ支部長は簡潔にそういうと、慌ただしくデスクの上のコンピュータのキーボードを叩き始めた。

「…ったく、エレメントさんよ。予想大外れじゃないか。」

部屋を退室しながら、腰に下げていたミキサーを持ち上げ、そう言った。

『…のようだな。IRISの技術を過大評価しすぎたのか、またはキュリを甘く見過ぎていたのか…。まぁそこはなんでもいい。これでもう、大真面目な話、時間がなくなったわけだ。』

「…やばいよな。IRISの全基地の正確な座標はおろか、それら一つ一つが抱える戦力のデータまで敵は把握してるってことだろ?丸腰じゃねーかよ…。外堀は完全に埋められたな…。」

『地下世界冬の陣ってところだな。笑えないジョークだが。』

「…それを言うなら夏の陣なんじゃねーの?」

『違う。11月になったからだ。』

「そういえばもう11月か。確かに、いつの間にか冬が近くなってるな。…今年は色々と忙しいからな。面倒ごと増やさないために、雪は降らせないつもりなんだよね。」

地下世界の天候は、イクタが数年前、中学生だった頃に開発した人工雲発生装置の技術をIRIS本部がさらに発展させて生み出されたものによってコントロールされている。天気は、地下に四季をもたらすものの一つとしても重宝されており、特に「雪」が降る冬は市民からの人気も高い。

 とはいえ、雪は下手すれば大きな障害になるのも事実だ。これまでも、何度か降らせる量を間違え、交通や経済に支障を与えたこともある。それら諸問題の責任は、当然雪を降らせているIRISに課されるし、解決に隊員を用いる時だってある。今年は、ただでさえ地上との戦いを目前に忙しい年なのだ。ならば、わざわざ仕事を増やす必要はない、と雪は降らせない方針だ。

『早くも、遠征から帰ってきて5ヶ月が経とうとしているな。』

「あぁ。奴らとの休戦期間は半年。まぁ予想通り破ってきたわけだが、なんだかんだ5ヶ月はかかったわけか。」

『奴らは再び攻撃を仕掛けらるほどの戦力を整えるのにその時間を要したが、逆に我々はその期間で怪獣兵器の技術を手に入れ、新しい戦力の芽も生えてきた。充実した準備期間を過ごせたのは我々なのだ。このことを改めてIRISの隊員たちに伝え、士気を高めておくと良いだろう。』

「だな。」

イクタはエレメントの案に賛成する。最近は、割と意見が似通ってきている気がする。

「それもだが、俺たちにも準備が必要だ。そうだろう?」

『準備…というと、何のだ?』

エレメントは心当たりがないのか、そう聞き返す。

「決まってるだろ。あんたはその短すぎる変身維持時間をどうにかすること、俺は異人の能力のコントロールを。俺たちが要なんだぜ?」

『それはそうだが……具体的にどうするつもりだ?君の件に関しては、まだ理論上可能かもしれないが、私の場合はどうしろというのだ。このミキサーは私の研究成果や技術の結晶。自分で言うのもなんだが、そう簡単にシステムを根本から変更することはできない。』

「…まぁそうなんだが…戦争となると、いちいちあんたの回復を待っている時間がない。このままじゃ、瞬間的には敵を圧倒できても、いずれジリ貧になってそのままあっさり負けだ。」

 敵の心境としては、自らの命や地球の運命などは全く考慮していないだろう。とにかく、エレメントや地下の人々を殺戮することで復讐を果たすことしか考えていないはずだ。となれば、力配分などそっちのけで全力で潰しにかかってくる。それを、IRISだけで食い止めることなど不可能に近い。エレメントがいかに長く戦線に立てるのか。そこに地球の未来がかかっているのだ。

『…まぁ、方法は探ってみるさ。だが、あまり期待はしないでくれ。』

エレメントは自信がなさそうにそう言った。

 

 

 AM-13地区に構えるIRIS本部。先日の襲撃騒動の混乱は当然ながら落ち着く様子もなく、今日もマスコミへの対応に追われていた。

「ルイーズ本部長!今回の事件について何か一言!!」

「都市部壊滅により亡くなられた方の遺族への会見はまだですか!?」

「大手商社や銀行の多くが大きな被害を受けましたが、今後発生するであろう失業者に対する保険などはどうされるのでしょうか!?それに、デフレの進行も深刻ですよ!!」

矢継ぎに質問をする彼らを制止させるために、戦闘隊員まで駆り出されていた。

「やめろ!本部長はお忙しいんだ!会見は後ほど開く!あんたらも、ここに押しかける暇があったら街の復興に手を貸していたらどうだ!」

そんな本部本館の入口付近の喧騒を、最上階の本部長室から見下ろしているのが、ルイーズであった。

「…騒がしいな。無理もないが。」

「本部長、これでは戦に備えての最終準備をしようにもできません。どうにかしなければ。」

秘書官がそう言った。

「全く、マスコミというのは邪魔でしかないな。特にエレメントが現れてからのこの期間、振り回されすぎだ。」

「本部長のご命令とあれば、武力を持って彼らを締め出しますが、いかがいたしましょう。」

「いや、逆効果だ。……さて、できることからやっておこうか。奴を解凍しろ。」

「……奴、ですか?…しかし、それがこの問題も解決に繋がるのでしょうか?」

秘書は不思議そうにそう答えた。

「さぁな。だが、面白い化学反応が期待できる。ちょうど、イクタは今力を求めていることだろう。彼に良い方向に作用してくれるはずだ。戦など、その気になればマスコミを無理やり押さえ込んででも開始できる。まずは、戦力を整えることからだ。」

「心得ました。」

彼は短く返答すると、部屋を出て行った。

「…お目覚めの時間だ、最後のリディオ・アクティブ・ヒューマンよ…。」

ルイーズはニヤリと笑った。

 

 

 その後本部研究棟へと足を運んだ本部長秘書官、ソトは、とある研究室を訪ねていた。

「これはこれは、ソトさん。あなたがここに来たということは、何か本部長からご指示が?」

 本部所属の科学者では一番格式の高い男、Dr.デオスが彼を出迎えた。デオスといえば、イクタの異常細胞を発見し、彼が能力者であるということを初めて確認した科学者でもある。イクタとは地上遠征前に再会していたが、彼に問い詰められた時にはお茶を濁すような発言をしていた。本部でも上の方にいる人間であるため、やはり『何か』を知っているのであろう。

「はい。Dr.デオス、仕事です。」

ソト秘書官が、とあるプリントの束をデオスに渡した。それを覗き込んで、彼は少し怪訝そうな表情を見せる。

「…このタイミング…ですか。」

「私とて、やはり少々の疑問は抱きましたが、指示とあれば従うまでです。よろしく頼みますよ。」

「まぁ、良いでしょう。いつでも解凍できるように準備は整っています。こちらへ。」

 デオスはソトを部屋の奥へと案内し始めた。通路を歩く2人の両側には、数え切れないほどのコンピュータを相手に、職員たちがあくせく研究などを進めているようだ。

「…確かに、大きな戰を目の前に、エレメントとイクタ、そして数体の制御下の怪獣だけでは心許ない。『彼』が良い風を吹き込めるようにー本部長のご意向としては、そんなところでしょう。」「私もそう思っています。…とはいえ、リディオ・アクティブ・ヒューマンと雖も、たった1人増えただけでそう大きく変わるのでしょうか?特に、彼の能力は戦闘向きとは思えませんが。」

「…いや、変わりますよ。本部長はもしかしたら、最終的にはあのステージに至るまでを計算のうちに入れておられるかもしれませんし。」

「あのステージ…?」

歩きながらそう会話を進めていくうちに、最奥部にある、分厚い扉の前まで辿り着いていた。銀行の金庫にすら、ここまでの厚さを誇る扉はなかなか見当たらないだろう。それだけ厳重に管理しなければならないものがあるのだろうか。

「この中です。」

デオスは扉横に設置されていた装置に親指を押し当て、内蔵カメラに顔を近づけた。

「この部屋は私にしか開けることができないんでね…。しばしお待ちを。」

しばらくすると、ピーっという電子音が鳴り、扉が重々しい音と共にゆっくりと開き始めた。

「…なるほど。これが…。」

部屋は殺風景で、広い室内には奥に大きな装置があるだけで、他は特に目立ったものは設置されてはいなかった。ただ、その『装置』が、極めて重要な代物なのだ。

「そう、このカプセルの中でコールドスリープをさせている男こそが、4人目ーつまり最後の能力者です。」

縦に設置されてあるカプセルの中は、特殊な液体に満たされており、その中には身体のありとあらゆる箇所に管などが繋がれている、眠ったままの男がいた。

「…何年眠ってるんです?」

ソトが訊ねる。

「さぁ?私にも細かいことはわかりませんね。少なくとも、私がここに勤め始めた頃には既に保管されていました。」

「ドクターがわからない…?IRIS最高峰の科学者であるあなたにも、詳細は知らされていない、と?」

「そうなりますね。まぁ、本人に聞くのが一番ですよ。」

デオスはそう言いながら、装置のとあるスイッチを入れた。すると、カプセルを満たしていた液体が、まるで栓を抜かれた浴槽のように徐々に水位を下げ始めた。1分も待たないうちに、液体は完全に何処かへ流れ出してしまったのか、中に残るは男だけとなった。そこで、デオスはさらに別のスイッチに指先の力を込める。

「これで、すぐに目が醒めるでしょう。今、マシーンから彼の神経や細胞に信号を送っています。強制的に起こす感じにはなりますがね。」

彼の言う通り、その後すぐに男の身体がピクッと動いた。そして、瞼がゆっくりと開いていく。

「…ここは…?」

「IRIS本部の研究室だ。」

デオスが、男の質問にすぐに返答する。

「…そうか…。この僕の起床時間が来たってことか…。」

「…あなたが、フレロビ…。そうですね?」

ソトが、男にそう聞いた。

「そう、僕はフレロビ。これでも能力者ってやつさ。…ところで、今日の日付を教えてくれ。」

フレロビがそう答えた。永き眠りから覚めたばかりだというのに、意識がはっきりとしている。

「今日は2518年の11月3日です。」

ソトが返答する。

「どうも。…つまりもう50年も寝てたわけか…。50年間もの間19歳として過ごしたのは、僕が人類史上初かもしれないな。とはいえ、11月だと?予定では2518年の7月覚醒予定だったはずだ。今の本部長は何をしている。」

「ご、50…?それに、4ヶ月も前に予定されて…」

ソトはまだ理解が追いついていない様子だ。

「まぁ起きたばかりだ。2日間、リハビリの時間を与えよう。君には一刻も早く動けるようになってもらう必要がある。」

デオスがそう言う。

「2日だと?随分と急かすじゃないの。」

「もうすぐに戦争が始まるんでな。」

「…地上との戦争は6月に開戦予定だっただろ。何もかもズレてるじゃないの。」

この男も、起きて早々によくもまぁこう文句ばかり出てくるものだ。

「ちょ、ちょっと待ってください?あなたが眠りについたのは50年前なんですよね?」

ソトが、平然と進んでいく会話に割って入って来た。

「さっきも言ったと思うが。」

「50年前といえば、IRISはまだ創設10周年を迎えていたかどうか…。おかしくないですか?なぜその段階から、現在のこの地上との交戦を予測…」

そこまで考えて、ソトはさらなる異変に気付いた。

「6月…?そ、それって、イクタ隊員たちが地上遠征を果たした…!」

 確かに、イクタは地上遠征中に見た不思議な夢の中で、『今は6月のはず』というセリフを残していた(第10話「異人」参照)。その時彼が見た不思議な夢の内容というのは、エレメントによって蝕まれ始めていた頃の東京の様子だった。あれは夢、というよりは過去に存在した本物の光景を見せられているのに近かったが。

「これは面白いじゃないですかソトさん。まさしく生きた化石だ!」

デオスは好奇心が湧いて来たようだ。

「君はこの地下の、IRISの歴史はどのくらい知っているんだい?さっきの話も興味深い。50年前には既に今日の状況を予測できていた、いや、予測というよりむしろそうなるように計算していたとも取れそうだな。とにかく、知っていることを教えて欲しいなぁ!」

「断る。僕は本部長の許可が下りない以上、情報に関しては喋らないよ。ま、このグダグダ感、今の本部長は無能な匂いがするけどな。」

彼は吐き捨てるように答えた。

「うーむ!!…リディオ・アクティブ・ヒューマンってのはなんでこう、揃いも揃って礼儀ってものを知らないのかなぁ…。例えそれが本部長の命令によるものだとしても、この私に対してタメ口というのはやはり癪に触るものだ。特に!忘れてたけど君と私はこれが初対面なのだよ!全く!君は私の名前すら知らないだろう!なんと失礼な!」

デオスは興奮すると饒舌になる癖があるらしい。

「あんたの名前などに興味は湧かん。…だがなんだその、能力者がこの僕以外にも存在するような言い方は?」

「…あれ、知らなかったのかい?いるとも。君と同い年さ。それに、君よりは賢い。」

それを聞いて、フレロビがピクリと反応する。

「ほう…もっと詳しく知りたいね。」

「嫌だね!何故なら、君は何も教えてくれないからだ!それではこちらが損した気分になる。」

「…そうかよ。じゃあいい。そしてできれば今後、僕に近寄らないで欲しい。この時代の担当科学者がこんな奴だとは、がっかりだよ。」

フレロビはまたも吐き捨てるように言うと、目の前に立っていたデオスを押しのけ、外へ出ようとする。

「おいおいおい、それは失礼だな。今こうして歩くことができているのが誰のおかげかー」

少しムカッとしたのか、彼はフレロビを止めようと肩に手をかけながらそう言ったが、その言葉は、それ以上続かなかった。

「…イクタ・トシツキ。TK-18支部所属か。…そしてエレメント…面白そうじゃん。」

突然、フレロビがそう呟いたのだ。

「……!」

デオスもソトも、不意をつかれた発言をされ、声も出なくなってしまう。

「僕のはあまり戦闘向けの能力ではないんだが、運動は好きでね。そのイクタってやつとリハビリがてらに遊んでくるよ。じゃあな。」

そう言い残し、彼は部屋を出て行った。

「…フレロビ…奴の能力は、リディオが残した奴の先祖の遺伝子データから、動物との意思疎通が測れる…との予測が立っていましたよね…(第11話「目的」参照)。」

しばらくして、ようやくデオスが口を開いた。

「ええ。しかし、他3人ともに先祖の能力をそのまま受け継いでいるので、彼もそのケースかと予測していましたが…。」

「…これは、予測が見当外れだった可能性もありますね。私が肩に触れた瞬間に、イクタやエレメントというワードを見つけ出したのだ。意思疎通なんてものではなかろう。」

「…いや、どうでしょう。」

ソトは、デオスとは違った考えを持っている様子だった。

「記載は確かに動物との意思疎通というものでしたが、必ずしも遠いものではないと思います。瞬時にイクタの名前が出てきたのも、ちょうどドクターが彼の話をしていた直後だったから、の可能性もありますよね?」

「…そうか。それに、言葉を話さない動物とコミュニケーションが取れるということは、心を読んでいるから、かもしれないわけですか。だから、私も…。」

デオスはそれを聞いて、合点がいったようだ。

「戦闘向けではないと思ってましたが、この仮説が正しければ使いようによっては…。」

「敵には未来を読む者がいる。だが、こちらには心を読む者、か。この戦、面白くなりそうですねぇ。」

そんな2人を背に、フレロビは研究室を後にしていた。

 

 

「ほっ、やっ、てやっと!」

いつも薄暗い、不気味なアジトの中でなにやら不可思議な動きを見せているのは、キュリであった。

「騒がしい。なにをしている。」

それで機嫌を少し損ねたのか、ローレンがそう言った。

「なにって、リハビリだよ、リハビリ。やっぱ爺さんがいると回復もすぐに終わるし助かるぜ。ついこの間まで風穴だらけだったとは思わねぇだろ?とっとと完全復活して、あの地下のクソ野郎どもをなぶり殺しにしてやる!」

シュッ、シュッとシャドーボクシングをやっているかのように両腕を交互に動かしていく。

「ローレン殿。彼女は騒がしいくらいがちょうどいいでしょう。元気にフル回転してもらわねばなりませんし。」

ダームは別に、彼女の騒がしいのを否定的に捉えてはいないらしい。

「…。動けるのなら問題はないが、うるさい。やるなら外で騒いでこい。」

「へいへーい。…でも、せっかく外で体を動かすならさ、ただのリハビリじゃつまらないじゃん?なら、ついでに私と戦う気はねぇか?ローレンだって、準備運動が必要なんだろ?」

腕をまくるような姿勢をとりながら、彼女はそう言った。

「…本気で言っているのか?」

ピクッと眉が動くローレン。

「当たり前だ。昔みたいには簡単に負けやしない。」

やけに自信がある様子だ。

「…無駄だ。俺に戦いを挑んだところで、お前は絶対に勝てない。」

 本来ならば、未来が読める彼なら、勝敗まで見通せてもおかしくはないのだが、自身以外のリディオ・アクティブ・ヒューマンの未来は見えないことはないが非常に不安定なのだ。

「私に勝てる未来が見えなくてビビってるだけなんじゃねーの?」

しかし、どうしても戦いたいのだろうか。彼女はローレンを挑発する。

「笑わせるな。…まぁ、どのみちお前はこうなると聞かないだろう。なにを調子に乗っているのかは知らないが、自身の力の過信は大きな隙を生む。戦争の前に、お前には『現実』に向き合ってもらおう。」

ローレンは立ち上がると、そのまま外へと歩き始めた。彼を追うように、キュリも同じ方向へと進み始める。

「やれやれ、どちらもまだまだ子供心が垣間見えますこと。」

ダームはまるで元気な孫を見るかのような視線で、彼らの背中を見つめていた。

 

 

 TK-18地区にドンッと構える大きな軍事施設。本部の次の規模を誇るこの基地こそが、イクタの所属するIRISTK-18支部だ。その敷地内の滑走路に向かって、一機の戦闘機が飛来していた。

「あれは本部の機種です。伝達か何かでしょうか?」

管制塔のスタッフが、周囲の人々に訊ねるようにそう言った。

「伝達なら普通通信で行うだろう。何か、別の目的か?」

それを聞いた他の職員がそう言う。

「いや、本部からは事前連絡をなにも受け取っていない。一応あの機体に通信を飛ばせ。本部が襲われたばかりだ、敵が乗り込んできているという線も捨てきれん。」

 一番立場の高そうな男がそう指示を出した。本部管轄下のあらゆる乗り物は、特別な措置が施されており、全13の基地のレーダーなど索敵に引っかかることなく自由に行き来できるようになっている。そのため、この目視できる距離まで接近するまで気づけなかったのだ。

「了解。…こちらTK-18支部。本部からはこちらに飛行機が飛んでくるという情報は入っていない。何か緊急の用件だろうか?」

スタッフの1人が、マイクに向かってそう言った。

「緊急、といえば緊急だな。イクタという隊員がそこにいるはずだ。そいつに会いたい。」

イクタ、という名前に反応し、少しざわめき始める管制塔。イクタは地上人の狙いでもあるのだ。これは、敵の可能性が濃厚になったのかー?

「…まぁ疑うのも無理もない。このご時世だしな。そっちの支部長に『フレロビが来た』って伝えろよ。そうすりゃわかるさ。」

パイロットはフレロビだった。通信の向こうから聞こえるざわつきから、疑われていることを感じ取ったようだ。

「わかった。しばらくその場を旋回し待機しておいてくれ。」

スタッフはマイクのスイッチを切ると、すぐにその場の長の元へと走った。

「部長、あの飛行機のパイロットがー」

「全部聞いておった。今、部下に支部長へと連絡をさせている。」

見ると、彼のいう通り、慌ただしく電話を取る男の姿があった。

「部長!着陸許可を出すように、とのことです!」

すぐに連絡がつき、指示が降りたようだった。

「許可…?支部長のお知り合いなのだろうか…?まぁ、詮索はよそう。おい、許可してこい。」

こうして、フレロビはTK-18支部に降り立ったのであった。

 

 

「さて、イクタってやつを探すか。」

 フレロビは、IRISのロゴこそ入っているが、他のスタッフや隊員とはデザインがやや異なるジャージを羽織っていた。これが、50年前のユニフォームなのだろうか。廊下ですれ違う人々も、彼に見慣れぬ珍しいものを見るかのような視線を送っている。

「しかし、50年とはすごい歳月だな。IRISもここまで大きくなっているとは。僕にとっては、ただいつも通り寝て起きたら世界が様変わりしていたというわけだが。」

ブツブツと呟きながら、通路を歩いていく。

「まぁ、戦前って感じだな。戦闘員がほとんど通路にいない。訓練か、それともいつなにが起きてもいいようにどこかに待機しているのだろう。となると、イクタもその中にー」

「なんだ?俺になんか用か?」

丁度、向こう側から歩いて来ていたイクタと向かい合う形となった。イクタとしても、見慣れぬ通行人が急に自分の名前を呟き始めるものだから、少し驚いたような顔をしている。

「…お前がイクタ・トシツキなのか?」

あまりに都合よく現れた目的の人物に対して、あらためて確認を取る。

「あぁ、そうだが。誰だ、あんた?」

「おっと悪いな。自己紹介が遅れた。僕の名はフレロビ。お前を探していたんだよ。」

「おいおいストーカーか?悪いが、俺はそっちの気は無いんだ。帰った帰った。」

イクタは手で彼を追い払うような動作をしながら、そのまますれ違うように進んで行った。

「まぁ待てよ。話くらい聞いたらどうだ?」

「…ストーカーから聞く話はねえよ。俺があまりに人気者だからってファンになる気持ちはわかる。だが行き過ぎは良く無い。他の隊員に見つかって面倒になる前に帰るんだな。」

イクタはこれ以上関わるのをよそうと、足を早めようとする。

「そうだな…先ずはその、変な先入観を捨てるべきだ。もう一度、僕の格好をよく見るといい。」

「…はぁ?」

彼は面倒臭そうに、とりあえず言われるがままに振り返り、改めてフレロビという男の姿を見た。そうすることで初めて、彼の着用しているジャージの[IRIS]というロゴに気がついたのだ。

「…なんだ関係者かよ。そいつは悪かったな。…とはいえ、見たことないユニフォームだな。どこの支部の人間だ?それとも、まだうちに知らされてないだけで変更とかがあるのか?」

彼はフレロビよりもユニフォームに興味を抱いた様子だ。

「そこに着眼したくなるのはわかる。だが、その前に僕の話だ。」

「あぁ、そうだったな。すまんすまん。」

イクタは頭をかいた。

「これでも忙しい方なんだ。手短に頼むよ。」

「もちろん。簡単なものだから安心するといい。僕は、君と戦いに来た。」

「……はぁ?」

何を言っているのかわからない、という表情を見せるイクタ。

「エレメント、君もいるんだろう?黙ってないで会話に参加したらどうだ?」

その言葉を聞き、イクタの表情は少し険しいものに変化した。こいつの戦い、という言葉に真剣味が増したような気がしたのだ。

『私を知っているのか。何者だ?見たことのない顔だが…。』

とエレメント。

「何度も自己紹介はしたくない。それに、見たことのない顔ってのも失礼だな。僕と君は、一度だが面識があるぜ。」

『…フレロビといったか?申し訳ないが、私の記憶が正しければ、君との面識は……あっ』

何かを思い出したのか、ふと言葉が途切れたエレメント。

「どうした?」

イクタが不審がる。

『そうだ…フレロビといえば、グリン本部長の…!』

「ほら、知ってるだろう?」

フレロビが得意げな顔になった。

「おい、なんの話をしてやがる?グリン本部長?」

イクタがミキサーを掴み上げ、顔を近づける。

『あ、いや、ちが…』

エレメントはマズい、という表情になっていた。イクタの前で、余計なことまで口を滑らしてしまったのだ。

「なんだ、賢いと聞いていたが、そんなことも知らないのか。歴史の基本から学び直すんだな。」

彼は、イクタを煽るようにそう言った。

「そうじゃない、グリンの名前くらいは知っている。問題はそこじゃない。あんたたち2人とも、何かこの組織の秘密を握ってそうじゃん。教えて欲しいね。」

「そうだね…いいよ?」

フレロビの返答は、思いがけなものだった。いつもはぐらかしてばかりのあいつとは違い、教えると言い始めたのだ。

「それは話が早くて助かる。どこぞのエセ科学者とは大違いだぜ。」

『え、エセだって!?』

流石にその言い草はない、とすかさず反論しようとするがー

「たーだーし!」

それをフレロビが遮った。

「僕に勝てたら、だ。」

そういえば、こいつは戦いに来たと言っていたっけ。

「…古典的だな。昔の漫画にはそういう展開が多く見られたが、まさかそのセリフを自分が言われる時が来るとは。」

「拒否はしないみたいだね。さて、外に行くか。」

「外?訓練生が白兵戦の模擬戦闘に使うための訓練室がある。そこでいいだろ?」

「わかってないな、そんな戦いごっこなんか望んじゃいない。エレメントの力も見せて欲しいしね…。ついてこい。」

フレロビは、外に向かって歩き始めた。

「…いいだろう。約束は守ってもらうからな。」

イクタも、その後ろについていく。

『気をつけろ、彼も君と同じくリディオ・アクティブ・ヒューマンだ。』

エレメントがそう忠告をする。

「雰囲気でわかる。それも、結構強そうだ。…けど、地下に俺以外に能力者がいただなんて聞いてないぞ。この組織は隠し事をいくつ抱えている気なんだ。」

『さぁな。ただ、私が前に彼と会ったのは役50年も前の話になる。その時と、一切容姿が変わっていない。コールドスリープにでもついていたのだろうか…?』

「なるほど、それで合点が行く。あの見たことないジャージは、50年前のユニフォームってわけか。戦争前だし、このタイミングで眠りから覚めるってのも不思議な話ではないがー不思議なのは、そもそもなんで眠ってたかだ。」

『勝てば教えてくれるってよ。私のようなエセとは違ってな。』

少し拗ねている様子だ。

「事実を言ったことで不機嫌になられても困る。あんたが悪い。」

そんな会話をしているうちに、彼らは建物の外、今は使われていない旧滑走路に出た。この無駄に広い土地をどう有効活用しようか、と首脳陣を悩ませている場所でもある。

 

 

「流石に大きな戦闘を控えている時期だ。地下情勢としても、君やエレメントに深手を負わせるわけにはいかない。僕が負けた、と判断したら君の勝ちでいいし、逆もそうだ。それでいいか?」

「まるで、いつでも俺たちを殺せると言わんばかりじゃないの。舐められたもんだな。」

「あれ?何を怒っている?何か癪に触ることを言ったかな。」

この声色からは、挑発ではなく本心で言っているのだろうということが感じられた。

「…目にもの見せてやる…!」

イクタはサッとアイリスリボルバーを抜くと、電撃弾をセットし、彼に銃口を向けた。間を空けず、すぐに引き金を引く。しかしフレロビも早い。恐ろしい反射神経で、近距離からの飛び道具攻撃を回避すると、隙を見せることなく距離を取るために後退して行く。

「そんなの当たらないよ。」

フレロビは瞬時に右腕と右足を異人化させると、イクタの目でも追えないような速度で走りだし、彼の周囲をグルグルと周り始めた。速すぎて、360度全方位に彼の残像だけが見えるレベルだ。

「ここだ!」

イクタに一瞬生まれた隙を狙い、フレロビが急襲を仕掛ける。

『エレメントシールド!』

だが、腰にぶら下がっていたエレメントミキサーが、その手を阻んだ。イクタの全身を覆うように出現した球体のシールドの面と右腕がぶつかり、大きな火花が散る。

「へっ、こんなもん…!」

盾に弾き返されることなく、そのまま押し込まんとするフレロビの腕。

『な、なんてパワーだっ…!』

エレメントも、彼を弾き返そうと奮闘するが力及ばず、遂にシールドにヒビが入り、そのまま破裂した。その勢いで、イクタ、フレロビ両者ともに数メートル飛ばされる。

「…あのパワー、インパクトの瞬間だけ、異人の力を拳だけに集中させたのか。だから、あれほどの力が…。」

『そのレベルで繊細な異人化のコントロールをマスターしている奴を見るのは初めてだ。申しわけないが…今の君では勝てない…!』

「マジでそうかもな…。」

予想以上の強さを見せたフレロビの前に、驚きを隠せない様子だ。

「なんだ、今の攻撃だけで俺の力量が図れるだけの見る目はあるようだな。…怪我をしたくなければ、降参してもいいぞ。」

「まさか。俺は勝つつもりで戦うぞ。」

イクタは立ち上がると、利き腕である左腕に神経を集中させていく。

「…ほう。」

みるみると変形していく左腕を眺め、そう呟く。

「不完全だが、異人化の術は持っているわけか。そうこなくっちゃな。」

ニヤッと笑い、右腕を構え、攻撃に備える。イクタの体が異人化にも慣れてきたののだろうか、回数をこなす度に、スムーズに変身できるようになっている。

『あまり熱くなるなよ。制御不可になったら終わりだ。』

「わかってる。」

イクタはフレロビ目掛けて走り出した。変形した左腕を大きく振りかぶり、殴りかかる。

「おっと。」

振り下ろされたイクタの左腕を、右腕で弾く。

「荒いな。こんなレベルじゃ、宝の持ち腐れってやつだ。」

「なに!?」

次々に繰り出されるパンチを、悉く叩き落としていく。これでは、攻撃をヒットさせることなど夢のまた夢だ。

「異人化というのはな…ハッ!」

右足でイクタの腹を蹴飛ばし、数十メートル吹き飛ばす。

「うわっ!」

変身態のコントロールが不完全の為、受け身を取れずにそのまま転がり込んでしまう。

『こう使うのさ。』

その隙に、フレロビの全身がどんどん『人間離れ』した異形のものへと変化していく。等身大にパワーを押さえ込んだ全身異人態だ。

「くそっ…ここまでの差が…。」

『もうお前の力は見切った。次は、エレメントの力を見せてみろ。』

そう言いながら、今度は巨大化を果たした。これが、リディオ・アクティブ・ヒューマン共通の能力であり、本領を発揮できる姿である。

「なめやがって…。エレメント、どうする?」

『私とて、あまり舐めてかかられるのは好きじゃない。どんなに繊細な制御ができようと、ウルトラマンには勝てやしないということを教えてやろう。』

珍しく、好戦的になっているようだ。

「決まりだな。ケミスト!エレメントーー!!」

『シュワッ!!』

掲げられたミキサーから発せられた真白き光の中から現れたのはウルトラマンエレメント、彼の真の姿である。

『こちらから行かせてもらおう!シェア!!』

大地を蹴り、空中で体を捻らせ回転させながら、フレロビの背後に降り立つと、振り向き様に背中にパンチを叩き込む。

『うおっ!?』

一瞬で背後を取られ、いきなり攻撃を食らってしまう。

『やるな。流石はウルトラマンってところだ。でも、もう見切った。』

『セヤッ!』

エレメントは間髪入れずに、攻撃を仕掛けていく。だが、急にパンチもキックも命中しなくなった。躱され、時にガードされるなど、攻撃が通らない。

『無駄だよ。お前たちの攻撃は、もう通用しない。』

「どうなってる…なんだ、この能力は…?」

『巨大な2人が揉み合ってると、いくら基地の裏の空き地でも目立つ恐れがある。もう終わりにしようか。』

エレメントの全ての攻撃を防ぎきると、右腕に力を込めた。光のオーラが、拳に集まっていくのが目でも確認できる。

『ハッ!』

その光のオーラをまとったパンチを、エレメントの腹にお見舞いした。

『ノワッ!?』

数百メートルも吹き飛ばされ、大きな土煙を撒き散らす。そのまま、ドォォンという音とともに大地に叩きつけられてしまう。

「え、エレメントをここまで…なんて野郎だ…。」

『ま、まだだ…!ここで引き下がるのは私のプライドが許さん!』

「あんた、プライドなんかあったのか。」

『う、うるさい!いくぞ!』

エレメントは両腕を高く突き上げ、徐々に肘を曲げながら、胸の前で十字を組む。

『ケミストリウム光線!!シャアァァ!!』

ものすごい勢いで、そこから必殺の光線が放たれた。

『しまった!』

完全に勝ったものだと油断していたフレロビを、光線が襲う。しばらくと経たないうちに、彼の胸で爆発が起こった。

『どうだ!』

エレメントはさらに追撃を加えようと、彼の元へ走り寄ろうとするがー

「そこまでだ!!」

戦場に、フクハラ支部長の声が響き渡った。

「…支部長…。」

「フレロビ!もう十分だろう!これ以上続けたいというのなら、今すぐ地上へ向かうか?戦い相手ならそこにいる!」

『…僕は本部長の指示しか受けないぜ。それが本部長の意向だというのなら、従ってもいいが。』

そう答えるフレロビ。

「本部長は少なくとも、ここで大きな戦力同士を消耗させたくはないだろうな。」

『…わかったよ。』

フレロビは渋々変身を解いた。徐々に、人間の姿へと戻っていく。

「お前もだイクタ!基地周辺でウルトラマンの力を、防衛以外で使用するとは、謹慎にでもなりたいのか!?」

「げっ、めっちゃ怒ってるやん…おい、変身を解くぞ。」

『うーむ、仕方がない。』

またも眩い光があらわて、その中でエレメントはふっと光の粒子となって姿を消していった。

「ったく、大変な時だというのに、自分たちのことしか考えない奴らだ。能力者のこう自己中な共通点はどうにかならんのか…。」

支部長はブツブツと言いながら、支部長室へと戻って行った。

「じゃあなイクタ。暇つぶしにはなったぜ。」

フレロビもそう言うと、自信が乗ってきた飛行機へと帰って行った。

「……あんたは一矢報えたが、俺は完敗だった。…あいつに勝てないんじゃ、ローレンたちを倒すのは不可能だ…。このままではまずい…。」

『焦りは禁物だ。むしろ空回りしてしまう。…そうだな、斯くなる上は…奴に、フレロビに教えを請いてこい。』

「…は?」

思いがけない言葉に、思わず聞き返す。

『奴はもしかしたら、地上人よりも異人のコントロールに長けているかもしれない。いい技術は盗むものだ。科学者ならよくわかるはずだ。』

「…俺は盗まれる側だったからな…。」

少し考え込む。確かに、自分は奴に遠く及ばなかった。自分がはっきりと「勝てない」と確信する相手が現れるのは初めてである。エレメントの言うことは理解できるし、その通りではあると思うことには思うがー

「俺が人に、何かを教えてもらうだと…?」

彼のプライドというものが、それを拒否しているかのようにも見えた。

 

 

ドォォォォォンという地響きが鳴り、砂埃が舞う。

『これでわかったか?』

『く、クッソ〜!!』

倒れているのはキュリだった。それを見下ろすように仁王立ちしているローレンには、傷一つ見当たらない。

『また無傷かよこんちきしょう!』

『だが少しはやるようになったな。この俺に泥汚れの一つくらいは付けれるようになったか。大したもんだ。』

2人同時に、変身を解いていく。

「ムカつく!なんで!?私の未来は見えているわけでもないんだろ!?なんでそれで私の空間攻撃が通用しない!?」

「答えは簡単だ。未来など読まずとも、お前の考えることは単純すぎるからな。容易に次の手が想像できる。それだけのことだ。もっと戦闘脳を鍛えることだな。」

ローレンは少し疲れたのか、昼寝のために自室へと戻って行った。

「ローレン殿に勝てる者は居りませぬ。落ち込むことはないですぞ。」

ダームが、そうキュリに声をかける。

「それはそうだけど、やっぱ悔しいぜ。」

彼女は唇を噛んだ。

「まぁ、ゆっくり休んでください。あなたが勝つべき相手は、ローレン殿ではない。まずは、エレメントなのですから。」

ダームは彼女をアジトまで運ぶと、毛布をかけた。

「すまねぇな爺さん、迷惑ばっかかけて。」

「何をおっしゃいますか。あなた方2人を守ることが私の使命。それだけですよ。」

「そうか。」

キュリも疲れていたのか、すぐに眠りについてしまった。

「……ローレン殿は気づいておられるかもわかりませんが、この感じ…。最後の1人が出てきたようですね…。」

ダームは地面を見下ろした。この下で、敵は今も確実に準備を進めている。

「次は、足を引っ張らないようにしなければ…。」

ダームは、そう呟くと、そのまま奥の部屋へと消えて行った。

 



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最終章〜決戦、そして未来へ〜
第24話「開戦」


 イクタやエレメントとの許可のない戦闘を行ったことで、フレロビが謹慎の処分を受けている最中、地上ではローレンらが『海の覇獣ポプーシャナ』を手中に収めていた。ポプーシャナを使い、遂に彼らは地下への急襲を図る。地下と地上、各々の正義がぶつかり合う最終章の幕が開いた。


第24話「開戦」〜海の覇獣ポプーシャナ登場〜

 

「フレロビ、勝手な行動は控えてもらいたいんだがな。」

 フレロビは、IRIS本部の会議室に召喚されていた。先日、突如本部を飛び出し、TK-18支部でイクタ及びエレメントと、本部の許可なく戦闘を行ったことを厳重注意されている最中のようだ。

「…申し訳ございません。」

 フレロビは、本部長に対して頭を下げた。基本的にはイクタと同じような性格をしているようだが、彼とは違い、目上の人間に対してしかるべき態度は取れるようだ。

「今の状況は、デオスくんから説明を受けていたはずだろう。君もエレメントも、貴重な戦力なのだ。その2人が戦うなど言語道断。その隙に敵が攻めてきたらどうする気だ。」

横から、他の重役が口を出した。パットン戦闘隊員指揮官である。隊員たちからは将軍という愛称で親しまれている者だ。

「……」

パットンの発言に対しては、彼は無言で、横目で視線を合わせるだけであった。

「聞いているのかね?」

「もちろん。ですが僕は、本部長の発言にしか応答しません。」

「…ちっ、面倒臭い野郎だ。本部長、あとは頼みます。」

パットンは苛立ちながらも、それ以上は何も言わなかった。言っても無駄だということがわかっているのだろう。

「うむ。しかし残念だよフレロビ。君のことは、前任の本部長殿から預かったデータを通して知ってはいたが、私と君は今日この場が初対面。その時代の長に顔を見せるよりも先に、自分の願望を優先するとは、IRISの一員としては恥じるべき行為だ。いきなり信用を損なうようなことはやめ給え。」

ルイーズ本部長も、苛立ちを隠せない様子だ。

「…深く反省しております。…しかしお言葉ですが、あなたが僕を信用していないように、僕もあなたを信用はしておりません。」

「なに…?」

本部長の眉毛がピクリと動く。

「僕は確かに、本部長の意思には従います。ですが、僕が今まで仕えてきたのはあくまでグリン本部長です。ルイーズさん、あなたの政治は、僕を解凍した例の科学者の話から分析するに、要領が悪く無能な匂いがしてならない。この僕が従うにふさわしいとは、まだとても思えません。」

フレロビは、ストレートな批判を淡々と述べた。

「……君のいうことは最もだろう。解凍のタイミングもかなり遅れてしまったし、他にも本来の計画路線からはズレた行動をとっている。信用できない、というのも理解はできる。」

ルイーズは素直に、その批判について答えた。

「だが、計画というのはその時々の状況によって変更するものだ。全てが思い通りにいく計画など、存在はしない。まぁ安心したまえ。君のことは丁寧に扱うし、私自身、グリン殿を言うまでもなく尊敬している。IRISを間違った方向へは走らせんさ。」

「…その言葉を信用します。」

「うむ。さて、君への処分だが、これより2週間、本部謹慎状態とさせてもらおう。我々の指示を受けた場合などの特例を除き、本部外に出ることを禁止とする。」

ルイーズはそう審判を下した。

「ほ、本部長!その程度では甘くはありませんか?本部内であれば、自由に生活できるということになりますが…。」

秘書であるソトが、彼の耳元でそう囁いた。

「構わんさ。こいつを必要以上に束縛したら、デメリットが発生する可能性がある。」

「デメリット…?」

「そのうちわかる。…いいな、フレロビ?」

「寛大な処分に感謝いたします。」

フレロビは片膝をつき、ルイーズに対してもう一度頭を下げた。

「よし、では話は終わりだ。退室しろ。」

「はっ。」

こうして、彼は会議室を出て行った。

「…奴の前ではああは言ったが、これも計算のうちだ。さすが、いい働きをしてくれる。」

彼の後ろ姿が完全に見えなくなったところで、ルイーズがそう口を開いた。

「…と、おっしゃいますと?」

パットンが訊ねる。

「今まで常に1番の座であぐらをかいていたイクタが、初めてストレート負けを味わった。これが何より大きい。奴はこれで、更なる力を求めようとするはずだ。ただでさえ、地上人との戦いでは、現在の力量では限界が来ることを悟り始めていた頃合いだったからな。」

「ですが、それは彼を焦せらせるだけでは?慌てたところで、いい方向に向かうとは…。最悪、さらに状況が悪化する恐れもあります。」

ソトがそう言った。

「奴が並みの人間だったら、或いはそうかもな。だが奴は違う。この世で最も頭のキレる者だ。冷静に、今自分が本当に為すべきことを理解しているはずであろう。それを実行に移せるか、そこが課題だがな。その課題を乗り越えれば、奴は我々組織が理想とする究極の戦力になりうる。」

「…究極の…戦力…?まさか本部長、では奴を……『究極』のステージまで持ち上げる計画なのですか!?」

パットンが驚嘆の声を上げる。

「あぁ、そうだ。これはIRISが立ち上がった時からの目標だ。現有戦力から、地下純正の『ウルトラマン』を生み出す。機は熟しつつあるんだ、これからが楽しみじゃないか。」

ルイーズはニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「うーーん、やっぱり無理だ!そんなことできるか!」

TK-18支部の科学棟にあるサイエンスチームの研究室。その中にある自身のデスクの上で、突如取り乱したような声をあげたのはイクタだった。

「ち、チーフ、どうされました?急に…?」

向かい合う場所にデスクを持つエンドウが、心配そうに声をかける。見ると、たくさんのスタッフが何事かとこちらに視線を向けている。

「…いや、こっちの話だ、悪い。」

それを聞いて、その視線たちは各々の向けるべき場所に移された。

『まだ悩んでいたのか?フレロビのことを。』

エレメントが小声で囁く。

「あったりまえだろ。そんな簡単に決断できるか。」

『…いや、簡単だろう。自分にないものを持っている者に、それを授かるために教えを請う。非常にシンプルなことだと思うが…?』

「それがムカつくんだ。この世に、俺にないものを持っている野郎がいるってことがな。特にあの態度だ。トキエダさんは俺にない統率力を持っていたが、あの人には付いていこう、と思わせてくれる人間力があった。それに比べてなんだあの野郎は?思い出しただけでイライラする!」

 相当苛立っているようだ。無理もない、突然、今までは存在しなかった自身よりも明らかに強い者が、敵勢力ではない場所から現れたのだ。それも、IRISの関係者として。

『気持ちはわからんでもない。しかしこれは君だけの問題じゃないんだ。君がフレロビに頭を下げることで得られる力で、地下世界を守れるんだぞ。』

「あぁ、俺もバカじゃないからな、理屈では全部わかってるよ!あんたが正しいさ。だが俺のプライドが許さない…。ガキの駄々こねみたいで自分でも嫌気がさすが、そのくらい俺はフレロビって男が気に入らないんだ。」

『……わかったよ。無理にとは言わない。なら、強くなる方法を他に探すしかないさ。』

エレメントは諦めたのか、それ以上フレロビの話をすることはなかった。

 

 

 時を同じくして、地上。ここでは、ローレンたちによる最終準備がまさに今、完了しようとしていた。ローレン等3人は、いつものアジトではなく、どこかの浜辺に佇んでいた。浜風が強いのか、各々の髪が大きくなびいている。

「やはり、こちらか仕掛けるということで?」

ダームが最初に口を開く。

「あぁ、情報奪取に失敗した場合は、敵を地上に招き入れる予定だったがな。せっかく敵の全てを掌握したというのに、仕掛けない手はない。」

ローレンがそれに答える。

「ま、当然だな。これも私のおかげってわけだ。感謝するんだな二人とも。」

キュリがドヤ顔で、得意げにそう言った。

「手こずっていた身分で調子に乗るな。我々は奴らとは違う。あのような時代遅れの下等生物を相手にするのなら、当然得るべき成果だ。」

「へいへい、そりゃわるぅござんした。」

拗ねたのか、口を尖らせながら悪態をつく。

「…さて、我々はなぜ、海の前に立っているのでしょうか?」

「この下に、CH支部が設置されている。まずはそこを叩く。」

彼は人差し指で地面を指した。ダームとキュリの視線も、そこへ向けられる。

「ほう。しかし、なぜそこから?本部や、エレメントを所持しているTKという地区にある基地など、先に叩いていた方がいいであろう大きな基地がありますがね。」

「答えは簡単だ。ここからの方が都合がいい。」

ローレンはそう言うと、右腕を身体の正面へと差し出した。ピンっと腕を張った後、握っていた拳を開き、掌を身体と平行させる。

「ここにくる。」

「…くる?」

キュリが、なんのこっちゃという表情で、彼の腕を見つめる。すると、突然として静かだった海が荒れ始めた。大きな波が、あちらこちらで発生し始める。

「な、なんだ!?」

「おおっと」

驚き慌てる2人をよそに、ローレンは先ほどの姿勢のまま、時折降りかかる海水にも微動だにせず、立ち尽くし続けている。

「きたか…。ダーム!出番だ!」

「ど、どういう意味でしょう!?」

彼による指示の意図がわからず、波音にかき消されぬよう大きな声で聞き返す。

「すぐにわかる!」

彼もまた、大きな声で返答した。その直後、荒れ狂う海から、一本の水柱が空高く打ち上がった。それを中心に、次々に小さな渦が発生していく。

「…なるほど、そういうことですか…。」

ダームは、その水の柱の中に見た影から、全てを理解した。

『パダァァァァァ!!』

 その大きな咆哮と共に、水の柱が弾け飛ぶ。中から姿を現したのは、全長60メートルはあるであろう大きな怪獣だった。頭部にはギザギザとしたエリマキの他に、額から二本のツノが伸びており、細く鋭い目からは威圧されるような圧迫感がひしひしと伝わってくる。蛇のような胴体には、二本の小さいが太い前足が生えている。その姿はまるで、神話に登場する海竜、バクナワのようだ。

「海の覇獣ポプーシャナ。イニシア、グランガオウと同等の力を持つ、最後の覇獣だ。」

怪獣を目の前に、ご丁寧に解説をしてくれるローレン。

「お前がここに引き寄せたのか!?」

キュリが訊ねる。

「少し違う。ここに来ることがわかっていた。むしろ、俺たちが出迎えた形だ。怪獣だってこの星の立派な一員だ。他の生物と同様に好き勝手に動き回る。」

「その動きの未来を読んだと、そういうわけですね。」

「あぁ。覇獣は並みの怪獣とは比べ物にならないオーラを放っている。俺のアビリティは全体的な時間の流れの他に、俺の意思次第で未来を読む対象の特定も可能だ。今回はポプーシャナに焦点を当てていただけだ。最も、なんども言っているように、イクタやエレメントといった能力者の未来は不安定で常に変動している。正確に読み取ることはできない。」

 彼らがそう話している間にも、ポプーシャナは吠え続けている。

「だがキュリの言ったことも少し正解だ。そこらへんを遊泳中のあいつに少し細工をした。」

そのせいだろうか、ポプーシャナはどうにも不機嫌そうな顔をしている。

「…ダーム。手懐けてこいつと共に真下へ降りるんだ。海水ごとな。」

「か、海水ごと飛ばせって言いたいのか!?」

目を丸くしたキュリが驚きの声を上げる。

「当たり前だ。海の覇獣が水のないところで本領を発揮できるわけないだろ。それに、海水ってのはいいぞ。奴らご自慢の機械や科学兵器もダメにできるかもしれないな。」

いつもは無表情の彼の顔には、少しばかりの笑顔が浮かんでいた。

「…いや、微笑みながら言うことじゃねぇだろ…」

「本性出てきましたのぉ…。」

それを眺め、引き気味のキュリと、なぜか嬉しそうなダーム。

「さてと、私たちは指示に従うまでですぞ。」

ダームは杖を利き腕握り、地を蹴り、怪獣の顔の位置にまで飛び上がった。

「さぁ、我々と共に戦ってくれますかな?」

握った杖の先を、怪獣へと向ける。どうやら彼のアビリティを使って怪獣をコントロールしようとの目論見のようだ。

『パダァァァァァァァァ!!』しかし、簡単にはいかない。怪獣は抵抗するように、さらに大きな声をあげた。

「むぅ、やはり覇獣は難しい。」

ダームも負けじと、さらに神経を集中させていく。

「おい、爺さんにあまり無理させないほうがいいんじゃねーか?下手すりゃ死ぬぜ?私ら純粋なリディオ・アクティブ・ヒューマンと違って、能力を完全に使いこなせるわけじゃないんだし。」

 空中で静かな格闘を繰り広げる1人と1体を見守るキュリが、彼を心配するようにそう言う。彼女の言う通り、ダームやラザホーの場合『自身のものではない異常細胞を身体に取り込んでいる』ため、彼女らとは能力の効果の大小が異なる。それに、彼は年齢的な問題もあるがー

「奴は己の使命を果たすまでは意地でも死なないだろう。そういう奴だ。心配には及ばん。」

これはローレンなりの、信頼の表現なのだろうか。

「ならいいんだけどよ。」

「…おい、こんなところで時間を食ってる余裕はない!とっととやれ!」

キュリの隣で、彼はそう大きな声で指示を飛ばす。

「ただいま!」

ダームはそう応えると、等身大のまま全身を異人化させた。

『海の覇獣よ、悪いですが、しばらく大人しくしてもらえますかな。』

異人化することで、さらに能力が強まったのか、ポプーシャナの鳴き声が次第に小さくなっていく。瞳も、徐々に黄色い光を帯びてきた。これが、制御完了の合図でもある。

『パダァァァァ…』

ポプーシャナは黄に染まった瞳でダームを見つめると、そのまま頭部を彼に近づけた。

『いい子です。』ダームも、怪獣の制御完了を確認すると、すぐに異人化を解いた。

「生物の細胞や神経を自在に操る。それがダームの能力。生物の傷の治癒から、脳のコントロールまでお手の物だ。心強い爺さんだぜ。」

キュリがニヤッと笑いながらそういった。

「さて、これで準備が終わったわけだ。」

改めて、ローレンがそう口を開いた。

「では、このまま向かってもらおう。ダーム、キュリ、怪獣の頭上に跨れ。このまま海の底まで潜ってもらう。そうして、そこでゲートを開け。大量の海水と共に、地下を襲撃しろ。」

「任せろ!」

「心得ました。」

2人が同時に返事をする。

「俺は次の一手のために動いておく。しばらく連絡は取れないが、間違っても死ぬな。死んでいいのはエレメントを殺した後だ。いいな?」

「わかってるって!じゃ、行ってくるぜ!」

「ポプーシャナ!出発です!」

『パダァァァァァァ!!』2人はポプーシャナの頭の上に乗り、ダームが杖を振った。それを合図に、ポプーシャナは大きく吠えると、海底へと進むために水中へと姿を消した。

「いよいよだ…くくく、地獄を見せてやるよ。俺らの先祖が味わった以上の地獄をな…!」

ローレンは不敵な笑みを浮かべながら、その場を後にした。

 

 

 CH-34地区に構える基地のレーダーが、突如として何かを捉えた。巨大な生命反応と、これはー?

「!?な、なんだ!?こちら管制室!レーダーが上空に未知の反応を捉えました!警戒態勢をー」

 異変に気付いたスタッフがそう言い終わらないうちに、それはやってきた。ドォォォォォ…と、滝のように大量の水が降り注いでーいや、そんな表現では甘い。まるで、空から濁流が押し寄せてくるようなもので、とにかく、とんでもない量の水だ。水圧だけで、一瞬にして幾つかの建物が潰されてしまった。

「何事だ!?」

 ヤン支部長が声を荒げる。支部長室のある本館は頑丈な構造になっているとはいえ、常に建物が振動を続けている。このままではぺしゃんこになりかねない。

「わ、わかりません!突然として水がーとにかく避難を!このままではー!」

他の幹部たちが、私物も放棄して慌てて建物の外へ出ようとする。目を向けると、ここは15階のはずだが、もう目下のところまで水没していた。陸地にあった基地の敷地が、わずか十数秒でダムの底にでもワープしたような光景に変貌してしまっている。

「支部長!こっちです!」

駆けつけた隊員たちが、幹部らの手を引っ張って外へと飛び出した。恐るべき速度で水かさが増していく、その中へと飛び込んだのだ。洗濯機の中に入った様な感覚で、水流に呑まれていく。

「大丈夫です!」

 しかし、常にいろいろな訓練を積んでいる隊員たちは、なんとか堪えていた。訓練のプログラムの中には、地上での海戦を予期し、水中での動作に関するものもあったのだ。握った支部長の腕を決して離さず、掴み続けながら、なんとか体制を整える。

 水はそれ以降は徐々に侵入範囲を広げつつはあったが、水かさが増すことはなかった。この数分のうちに、CH-34地区は大きな湖となってしまう。

「プハッ!」

水面まで上昇し、なんとか顔を出した生き残った者たち。ヤン支部長も、命からがら助かったようだ。

「支部長!ご無事ですか!?」

「ありがとう、君は命の恩人だ。」

これは、心の底から湧き上がった感謝の気持ちだった。

「とんでもないです。隊員として、やるべき行動をとったまでです。」

名もなき隊員は、謙遜しそう答えた。

「…しかし、これは海水…?地上にある海、という広大な水で覆われた範囲のものです。…と、なると…」

「…地上人か…!なんと大胆な…。この惨状では、おそらくもう動ける機械や戦術兵器は…。それに隊員たちも…。」

ヤンは、もう一度辺りを見渡した。本館の屋上は、ここらでは貴重な存在となってしまった陸地になっている。つまり、15階の高さまで水没ー少なくとも、この周囲の水深は50メートル近くまでになっているのだろう。

「なんということだ…。」

時期に、水面にはたくさんの遺体が浮いてくることになるだろう。そう考えると寒気がする。だが幸いにもこの地区は平地だ。水はこの瞬間にも徐々に、地区の外側へと流れ出ているはずだ。水かさも、今がピークであろう。最終的には、十数メートルにまで落ち着いてくれる。

「本館の15階に待機していた我々は、なんとか助かりましたが…。他の者たちは、ひとたまりもなかったのでは…。」

ヤンを救った隊員も、そう嘆いた。

『パダァァァァァァ!!』

その時だった、水上に、突如怪獣の頭部が姿を現したのだった。

「怪獣だと!?」

生存者たちは、その光景に目を丸くする。

「ゲッホゲッホ!死ぬかと思った…」

それに続いて、キュリも水面に顔を出した。地下突入の際に振り落とされ、今の今まで水流に揉まれていたようだ。

「しっかり捕まっておきなさいと申し上げたでしょう。」

そんな彼女の腕を、怪獣の頭の上に乗っていた老人が引っ張り上げた。

「すまねぇ…。」

口から勢いよく海水を噴き出しながら、ようやく怪獣の頭上に復帰する。

「…見た感じ、奇襲は成功のようですね。ちらほらと運の良い方々もいらっしゃるようですが。」

辺りを見渡しながら、ダームがそう言った。

「みたいだな。でも、水が足りないぜ。どんどん他の場所へと流れ出してる。みろ、水位が下がって行ってるぞ。」

確かに、みるみると水位が下がっている。数十分も経てば、ポプーシャナの大きな体格では泳ぎ回れないほどに浅くなるだろう。

「そのようですね…。まぁでも基地ひとつ潰せましたし、ここにはもう戦う機能もなさそうです。別に良いのでは?」

「それもそうだ。さ、次は市街地に行くか。基地は少し郊外に作られることが多いようだからな。近場の街をぶっ壊そうぜ。」

「えぇ、そういたしましょう。このペースなら、あっという間に殲滅できそうで何よりです。」

キュリたちは早くも、次の襲撃を考え始めているようだ。

「ま、待て!!」

彼らが話している隙に、本館の屋上へと上陸していた戦闘隊員たちが、幹部らを庇うような立ち位置を取りながら、怪獣めがけてアイリスリボルバーの銃口を向けていた。

「貴様ら…許さんぞ!!好き勝手できると思ったら大間違いだ!!」

隊員の1人がそう言いながら、電撃弾をセットしたリボルバーの引き金を、水面へと標準を合わせて引いた。水面に着弾した電撃が、水を通して怪獣へと襲い掛かる。

『パダァァァァァァ!!』

感電し、悲鳴を上げるポプーシャナ。

「おっと、やりますね。」

「シビビ…」

2人も、怪獣の体から感電したのか、少しのダメージが通ったようだ。

「そうか!その手があるか!みんな、電撃で攻撃だ!」

他の隊員たちも、彼を真似るように同じ行動をとる。

「良い手だ。しかし、それで良いのでしょうか?」

ダームが問いかける。

「何?」

「水の中には、もしかしたらまだ生きていらっしゃる、あなた方のお仲間さんがいるかもしれないのに、その息の根までを止めるということになりますがね。」

「くっ…!」

その言葉を聞いて、隊員たちは発砲を躊躇した。そしてその隙を、ダームは逃さなかった。

「今です。ポプーシャナ。」

杖を振りかざすと、ポプーシャナの瞳が黄色い閃光を放った。

『パダァァァァァァ!!』

 大きく吠えると、怪獣の身体の周囲の水が、渦を巻き始めた。その数は6個。それらは徐々に、螺旋回転する水柱として立ち上がり始める。

「な、なんだあれは…」

目の前の光景が飲み込めず、口をあんぐりと開けるヤン支部長。

「王手です。」

竜巻のような6本の水柱が、一斉に屋上目掛けて襲い掛かる。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

柱の破壊力は凄まじく、あの水流に耐えた屋上も、一瞬にしてコンクリートの破片になった。もちろん、そこにいた人々は一溜まりもなく、即死してしまったようだ。

「愚かな人々です。この中に、生存者などいるわけがないでしょう。ありもしない可能性を恐れるとは、実に愚かだ。躊躇わなければ、私たちに痛手を負わせることもできたかもしれぬのに。」

ダームは、数秒前までは生きていた隊員たちを哀れむようにそう言った。

「しっかし、こいつ強いな。水があれば何でもできそうじゃん。…でもまぁ、ここじゃ完全にアウェーだし、水の量も限られる。今みたいなオーバーキルは避けるべきだぜ。」

「おっしゃる通り、少しやりすぎましたかな…。さて、この後はどうしましょう?」

「さっきも言ったろ。市街地に行くんだよ。鬱憤もたまってきたしな。」

「なるほど。では、そうしましょう。」

ポプーシャナはもう一度強く吠えると、街の方向へと水上を滑り始めた。

「っておい、これじゃたどり着かないだろ。ポプーシャナは、一旦地上に返すぞ。」

キュリは、ポプーシャナのみを能力で飛ばした。それにより足場を失った2人はそのままチャポンと着水する。

「あまり勝手にされては困りますぞ。」

プハッと顔を出しながら、少し険しい表情をするダーム。珍しく、少し怒っている様子だ。

「効率化を図るんだよ。どうせすぐに移動できなくなる。こっからの乗り物はこれだ。」

キュリは、怪獣兵器であるカプセルから、地の覇獣グランガオウを呼び出した。

『ゴォォォォォォォ…!!』

喉を波打たせながら、大きな声を上げる。

「まぁ、確かに陸地移動ならこちらがいいですね。これは失礼を。」

「いいってことよ。いやぁ、戦争ってのも楽しいもんだ。覇獣のオールスターだぜ。」

彼女はウキウキな様子でグランガオウの頭に飛び乗った。ダームも、それに続く。2人が乗った後、グランガオウはさらに咆哮すると、街の方へと前進し始めた。

 

 

 CH-34基地の壊滅の一報が、本部を始めとする各支部に伝わったのは、その後数十分が経過した後だった。基地の人間が1人残らず死滅し、全ての機械が機能を失っていたため、誰も非常事態を連絡することができなかったのだ。たまたま、今日ヤン支部長と会う予定であったEG-04支部のエリオット支部長が、彼と連絡が取れないことを不審に思い、本部に通報したことで、初めて事件に気づくことができたのである。各基地をレーダーなどで定期的に観測しているとはいえ、まさか数分のうちに壊滅という事態を招くとは、誰も予想だにしていなかったのだ。観測時間外であったため、エリオットの予定がなければ、発覚がさらに遅れていた可能性もあった。

「奴らめ…ついに動きよったな!今度ばかりは支部が1つやられたのだ!本気で潰しにかかってきたのだろう!」

ルイーズは苛立っていた。

「本部長、すぐに敵を迎え撃ちましょう。野放しにしておけば、どこまでの被害が出るのか…。」

ソト補佐官が慌てて、各部隊の司令官に連絡を飛ばして行く。

「早急な対応は必要だが、慌てるあまり、バラバラに部隊を送り込んだところで、敵に痛手を負わせることはできない。フレロビとイクタだ。奴らを向かわせろ。」

「か、彼らを同じ戦場に向かわせるのですか!?敵は怪獣という驚異的な戦力を無数に所持しています!地下に怪獣をばら撒かれる事態だって起こりかねません。フレロビとイクタという二大戦力を同箇所に集中させるのは、あまり得策では…!それに、とても連携が取れるような組み合わせだとも…。」

ソトの恐れる最悪の事態は、もちろんルイーズも考慮はしていた。

「それでも行かせる。敵の怪獣はかなり強力だろう。我がIRISの基地が一瞬で壊滅に追い込まれたのだ。それほどの敵、イクタとフレロビ二人掛かりでなければどうにもならん。つい最近、優秀な隊員で構成された地上遠征部隊が、たった1体の怪獣に滅ぼされたのを忘れたわけではあるまい。」

「それは…!そう…ですが…」

「お前の言うこともわかる。だがここは本部長である私の判断に従ってもらおう。いいな?」

「…はい。」

ソトは、フクハラ支部長へと電話をつなげた。

 

 

「イクタを?本部長命令、ですか。」

TK-18支部も、慌ただしく動いていた。当然、所属している戦闘隊員や職員は全て召集をかけられ、整備士たちは迅速にアイリスバードの点検作業に移っていた。もちろんイクタも、イクタ隊という1つの部隊の隊長であるため、今は手が空いていない状態だ。

「無論、すぐに手配はしますが、時間はかかりますよ。CH地区はそう近くもないですし。」

フクハラはそう告げ電話を切ると、すぐにイクタを支部長室に召喚する。

「何?見てわからないかな?忙しいんだけど。」

数分後、面倒臭そうな表情でイクタが現れた。

「悪いが、この緊急時だ。もう地上人との戦争は始まってしまった。」

「それはわかってるよ。CHの基地が壊滅なんだろう?生存者なしって、やってくれるな。ついこの間世話になったからな…。」

テペストルドの捕獲作戦で、イクタ隊の補給などの目的で立ち寄ったばかりだ。

「敵はまだ地下にいるかもしれぬ。お前とエレメント、そしてフレロビで連携し、基地を潰した敵を叩け。それが、本部からの任務だ。成功報酬は大きい。もちろん、拒否はできない。」

「…フレロビと…だって?」

イクタの顔が少し険しいものになる。

『…私は反対だ。今のイクタは、フレロビをよく思っていない。この2人を同時に戦わせるなど、むしろ大きな隙を生む要因にもなりえよう。連携など不可能だ。』

エレメントも、この件に関してはあまり好ましくは思っていないようだ。

「あぁ、私もそう思う。お前らの相性が最悪だってことは、先日の喧嘩からもわかる。」

フクハラは、はぁっとため息をつくと、腕を組んで椅子に座り込んだ。

「だが、やってもらわなければ困る。地下の…この星の未来がかかっている。それは、わかっているはずだが?」

「……あぁ。だが、俺とエレメントだけで十分だ。あいつはいらない。…緊急の用事だろ?そういうことなら、俺はもう行くぜ。」

フクハラに背を向け、彼は戦闘機の格納庫へと走って行った。

 

 

「イクタにエレメント?ふん、ただの足手まといだ。僕だけでいい。」

ソトから任務を告げられた直後、そのような言い切ったのはフレロビ。すでに、出動の仕度は整っているようだ。

「そうは言っても、本部長からの命令ですよ。従うんじゃないんですか?」

「…ちっ…。わかったよ、形式上は連携ということにしてやる。」

彼はヘルメットを被ると、先日支給されたアイリスバードマーク2へと乗り込んだ。この間、TK-18支部を訪れた時に乗っていたものと同じ機体だ。

「頼みますよ。一応、謹慎の身分なんですから、くれぐれも命令違反のないように!」

ソトが釘をさす。

「はいはい、わかったって。じゃ、フレロビ出動しまーす。」

急速にエンジンを吹かせ、ギュンッというジェット音を鳴らし飛び立った。初速からすぐに最高速度へと迫るスピードで、CH地区を目指して行く。

「地上人に怪獣か…。面白い。僕はこの時のために生きてきた!奴らを完膚なきまでに叩き潰してやる…!」

そう意気込むと、彼はさらにスピードを上げた。

 同じ頃、イクタの機体も最高速度に近い、超音速で現場へと飛行していた。

『基地を数分で機能停止に追い込む怪獣となると、覇獣に間違いないだろうな。』

エレメントがそう分析する。

「あぁ、そうだろう。もしかしたら、トキエダさん達の仇かもしれねぇ。」

イクタの脳内には、グランガオウのイメージがあった。

「もしそうだとしたら、この手で殺す。必ずな。」

『グランガオウは地球最強の生物だ。だが、勝てない相手ではない。前回も相打ちには持って行けたしな。フレロビからの援護があれば、あるいは単独勝利も…。』

「奴の援護は必要ない。俺とあんたで、2人で片付ける。」

イクタは、あくまでそのつもりのようだ。

『…わかった。そうしよう。』

 エレメントも、とりあえずは同調の様子を見せる。だが、彼の心境としては、やはりフレロビの協力なしでは厳しいとの見立てもあった。覇獣がいるということは、間違いなくそれを操るダームが近くにいるはずだ。彼も、異人化の能力を備えているだろう。いきなり大きな戦闘に発展する恐れもある。地上に一時帰還している可能性もあるにはあるが、空間移動能力の無駄撃ちになることを考えれば、まだ待機している可能性の方が高い。もしかしたら、陸路で次の基地を目指しているのかもしれない。

『…この戦、思っている以上に地上が有利のような気がしてならぬ…。ローレンめ、何を企んでいる…?』

エレメントは、根拠のない不安に駆られていた。

 

 

「予想通り。順調に進んでいる。」

ローレンは何かが見えたのか、そう呟いた。

「イクタ、そしてもう一つ大きなエネルギー反応がキュリ達に近づいているな。後者の方はイレギュラーで、データにないが…。なんにせよ、IRISは巨大戦力を早くも一極集中させようとしている事実に変わりはない。ここまでは読み通り。…とはいえ、奴らの完璧な未来予知は不可能。次の一手は奴らがキュリ達のところに到着したことを確認してから、だな。」

ブツブツと呟きながら、次の目的地を目指しているのだろうか、歩き続けている。

「どのみち、面白いことになりそうだ。」

彼はニヤッと笑いながら、さらに歩みを進めて行った

 

 

 

 

                                                        続く

 



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第25話「光槍」

 CH地区を襲ったキュリとダームを迎え撃つべく、出動したイクタを待ち構えていたのは、トキエダをはじめとする遠征部隊の仇、地の覇獣グランガオウだった。地球最強と名高い怪獣へ、リベンジマッチ。エレメントにも新たな力が目覚めー?


第25話「光槍」〜地の覇獣グランガオウ登場〜

 

 CH地区に現れ、一瞬のうちに基地を壊滅させたダーム、キュリを迎え撃つためにIRISはイクタ、フレロビという二大戦力を現地へと送り込もうとしていた。各々お互いを必要とせず、自分1人でーという思いこそ抱きつつ、間も無く到着という場面を迎えていた。

「こちらイクタ!レーダーに敵を感知!やはり、まだ地下に居座っていやがった!」

イクタが、そう報告した。その報告を受けるのは、TK-18支部の司令官である。

「了解。距離は?」

「60キロメートル。すぐに、目視できる範囲に入るはずだ。どうすれば良い?」

「決まっている。そのままの速度を保て。奇襲爆撃を仕掛ける。超音速のまま目標を捉えるという超高難度な大技でも、お前ならできるはずだ。」

「了解任せろ。…敵を確認!…あれは…グランガオウか!」

イクタの操縦桿を握る腕に力が入る。

『力みすぎるなよ。仇討ちも果たせなくなる。』

エレメントが助言する。

「わーってる。行くぞ!」

急激に高度を落とし、超低空飛行でグランガオウに急接近し、レーザー全門、ミサイル2発、そして搭載されていた少量の爆弾を全て同時に投下。持てる攻撃能力全てを、一気にぶつける。

 キィィィィ……という耳を裂くようなジェット音に、後方を振り向くのはグランガオウの頭上に乗っていたキュリとダームである。しかし、その正体を確認する前に、奇襲攻撃を受け、それどころではなくなった。

『ゴォォォ…』

突如として全身に大きな痛みが走ったグランガオウは、思わず悲鳴をあげる。

「な、何だ!?」

超音速で飛行中だったアイリスバードは、もちろん既に彼らの視界から消えていた。一瞬のうちに、目標に全ての攻撃を完了させていたのである。

「IRISの手の者ですね…。しかしこの性能…相当な手練れを送り込んできたようです。」

攻撃を受け、彼らは大地へと振り落とされていた。ダームが泥だらけになりながら、そう呟く。

「全弾命中!次はどう仕掛ける!?」

「奇襲は不意をつくからこそ効果がある。敵に気づかれた以上、正面から挑め。」

「了解。」

速度を落としながら、大きく旋回し、今度は怪獣の正面から攻撃態勢に入る。

「トキエダさんやみんなの仇だ。ここで死んでもらう。」

操縦桿に備え付けられている、レーザー機銃砲のスイッチに、指先の力を込める。それを目にしたグランガオウは、イクタを撃ち墜とさんと、大きく口を開き、エネルギーをそこに集中させていく。あっという間に大きな光球が完成し、そのまま勢いよく吐き出した。

『ゴォォォォォォ…!!』


 ずっしりとした質感を感じる。かなりの密度のエネルギーが込められていそうなのだが、それでいて弾速も早い。イクタも最高速度に近いスピードで向かってきていたため、瞬く間に、光球が目前へと迫ってきた。

「やばい!」

慌てて、大きく機体を傾かせ、回避を試みる。ギリギリで躱すことができたものの、突然として軌道を変更させた事で圧力がかかり、一時的な制御不可状態に陥ったのか、修正が測れなくなっていた。

「チッ!」

しかし、故障したわけではない。イクタは落ち着いて速度を落としながら、ゆっくりと、そして大きく旋回しながら、体勢を再度整えようとする。

『ゴォォォォ!!』


だが、グランガオウがそれを悠長に待ってくれるはずもない。スピードが落ち、狙いを定めやすくなった彼の機体めがけて、光球を連続で発射させていく。

「対応が早いな、くそっ!」

避けれるものは躱し、無理そうなものはシールドで防ぐ、という行為を繰り返すうちに、再度攻撃を仕掛けられるであろう程度までには体勢を取り戻していく。

「…流石に、一発が重い。シールドで弾ける量は限られてくるな。」

 シールドも、無限に貼れるものではない。大きな力を弾くためには、盾にもそれなりに大きなエネルギーが必要だ。それが有限のものである以上、当然である。

『やはり、グランガオウ相手に1人では無茶にも程がある。最小限で考えても陽動に2人、そして君のようなアタッカーも2人、後方支援が3人は必要なはずだ。もう少し待てば、本部や各支部から出動要請を受けた、多数の部隊が到着するだろう。彼らを待ってからでも遅くはないんだぞ。』 

 エレメントがそう訴える。

「いや、遅い。奴らはその間にも移動をし続け、さらに被害が確認するだろうし、待っていたとしても、言い方は悪いが大した腕の立つ隊員はこない。味方に下手にちょこまか動かれて、俺の機動力が落ちるとすれば、1人の方が幾分かマシだ。」

イクタの意思は変わらなかった。

「…先ずは奴を引きつける。進路を変えさせるんだ。市街地の避難は当然、まだ完了していないだろうしな。…奴を叩きながら、あわよくばキュリかダーム、どちらかも始末する。」

『二兎追うものは一兎も得ない。欲張り過ぎるなよ。』

「…だな。」

イクタは、再びエンジンを吹かした。次の攻撃で、機動力を奪えれば流れはこちらにくるだろう。足の一本でも吹き飛ばすか、それが叶わずともダメージを与え、動きを鈍らせるか。念のため、大胆な空間移動術を使われないためにも、キュリとも引き離したほうがいいだろう。かなり高難度な動きになるが、やるしかない。

「俺が2人いれば、かなり楽なんだがな。」

そうボヤきながらも、彼は迷わず、グランガオウの足へと突っ込んでいく。

「沈め!」

 IRISが持てる技術を凝縮して生み出した、最高クラスの火力を誇る、2発しか搭載されていない新型ミサイルを、惜しみなく同時に発射させた。この破壊力はあれば、硬いといっても所詮生物の身体の一部に過ぎない足など、簡単に吹き飛ばせるはずだ。

『ゴォォォォォォ!!』


 全長60メートル前後で、推定体重は数百万トンという超巨体を持つグランガオウには、元より俊敏な動きは可能ではない。無論、高速飛行するミサイルを躱す術は持ち合わせてはいないのだ。だが、奴は驚きの技を使い、直撃を回避した。図太いその足からも、レーザー光線のようなものが発射されたのだ。ミサイルは空中で、大きく爆発を起こす。

「何!?」

大きく空気が振動する。ガタガタっと小刻みに揺れる機体は、流石のイクタでも吐き気をもよおすレベルだ。

「野郎、あんな攻撃手段も持っていたのか。」

『まさしく攻撃は最大の防御を具現化させた存在だな。あれはまるで生きてる固定砲台だ。機動力など、奪ったところで同じかもしれん。』

エレメントがそう分析する。

「かもな…。だが砲台ってのは、動けるか、動けないかでかなり違うさ。どのみち機動力は奪わなければならん。動けない限り、射程圏内だって変化しないからな。」

『だが簡単じゃない。最高の攻撃性能を誇ったミサイルも、失ってしまったのだ。戦闘機1機でどうにかなる事ではない。早々に諦めるのもどうかとは思うが、引き際を測るのも重要だ。諦めない!とむやみやたらに、限界以上のことを起こそうとすれば、それだけ死のリスクも高まる。なぜ人間が本能的に不可能を察知するのか、よく考えることだ。』

 彼的には、つまりここは一旦退け、と主張したいのだろう。それがこの状況下では最もまともな判断なことに間違いはない。緊急的に発進させられた、ちぐはぐ部隊の援軍を待つのか、兵器の補充や相応しい部隊の編成のために撤退を選択するのか。この先グランガオウに勝つためには、後者か。それとも、まだ戦闘を続けるというのなら、少なくとも前者の選択は取らなければならない。

「あんたの言う通り、世の中どうしても無理なものは無理だ。例えば、この戦闘のようにな。」

イクタも、当然それは理解できているようだった。

「俺の私情を挟み、危険を冒して仇討ちを優先するのか。冷静に戦況を受け入れ、IRISのために動くのか。どっちが正しいかなんて決まってる。」

『わかっているのなら…』

「でも俺は退かない。ここで援軍を待つ。」

『待つ…?さっきは1人の方がマシだと言っていたではないか。』

エレメントは、イクタの言葉に驚いていた。

「あぁ。寄せ集め部隊を待つくらいなら、1人の方がいいだろうよ。だが俺が待っているのは、それではない。俺が2人いれば…と呟いたが、それに近い形になる。」

『……そう言うことか。うむ、それならば、最も正解に近い解答だろう。君なら、そこにたどり着けると信じていた。』

エレメントは納得した表情でそう言った。

『ゴォォォォォォォ!!』


こうしている間にも、グランガオウはイクタを倒さんと、次々に飛び道具による攻撃を仕掛けてくる。

「いけっ!あいつを倒せ!」

その頭上ではしゃいでいるのはキュリだ。

「おい、そろそろ、奴もここに到着するはずだ。悪いが、奴にはあくまで援護に回ってもらう。主役は俺とあんた、二人で充分だ。」

『当たり前だ。私も、そう思っていたところだ。』

「敵の攻撃も激しくなってきた。このままじゃ、持ち堪えられる時間も限られてくる。準備はいいか?すぐに変身だ。」

『もちろん、いつでも大丈夫だ。』


その返答に頷くと、彼はミキサーを左腕に装着した。

「ケミスト!エレメントー!!」

『シェア!!』

グランガオウの正面に、眩い光と共に輝く巨人が降り立った。彼の名はウルトラマンエレメント。地下の未来を担い、地球の未来を守る者。

『ゴォォォォォォォ!!』

『シェア!!』


睨み合う両者。まだ、動く気配はない。

『イクタ、見せてやろう。これが私の答えだ。セヤッ!』

エレメントは突然、右腕を大きく上へと突き上げ、そのままの勢いで振り下ろした。

「…何やってんだ?」

不審に思い、そう問いかける。

『私のエネルギー問題に関する課題だ。現状、やはり変身時間を引き延ばすことは難しい。だが、より効率よくエネルギーを活用する工夫ならできる。そうして生み出したのがこれだ。』

 気がつくと、エレメントの右腕には、大きな円状の、ランスのような槍が握られていた。両手で握ればすっぽり隠れそうな長さの柄の先には、三角型の大きな鍔が設置されており、その柄寄りの方の底部には、小さな円筒形のボタンが付属している。円錐形となっている部分には、全体に渡って螺旋状の小さな切り込みが入っており、先端は鋭利に尖っている。全長は、エレメントの身長の約3分の2程で、ランス形状とはいえ、小回りの利きそうな具合だ。

『エレメントグニール。ミキサー内のエネルギーや、外部から様々な元素を集め、合成し生成した。私のエネルギーが基礎だからな。信頼性は抜群だ。』

「いや…だからこそ心配なんだが…。まぁいい、武器は前から欲しかったんだ。これで戦闘のバリエーションも増える。」

『確かにそうだが、要は効率良くかつ最大限に力を使い、強敵を倒すために作ったんだぞ?戦闘バリエーションとか、そう言うのは気にしなくてもいいと思うが?』

「こっちの話だ。行くぞ!」

エレメントグニールを利き腕である左腕に持ち替え、刃先をグランガオウへと向け、走り出した。

『ゴォォォォォォ!!』


正面から突っ込んできたエレメントに対し、エネルギー弾を発射するグランガオウ。

『ジャッ!ジュワッ!』

向かってくる光球を、一振りで撃ち落とした。これはなかなかの性能だ。次々に、グランガオウの攻撃を弾いていく。

「いい感じだ!よーし、喰らえ!」

『シャアアァァ!』

頭部の目と鼻の先まで接近し、一気に槍を突き出した。グランガオウの顔面で、大きく火花が散る。

『ゴォォォォォ!!』

「うわぁぁ!」

頭上で仁王立ちしていたキュリも、バランスを崩すほどの衝撃だった。足元を踏み外しながらも、なんとかグランガオウの鼻にしがみつき、落下は免れたようだ。

「爺さん!出番だぞ!エレメントのやつパワーアップしてやがる!早くしろ!」

「お任せを!」

どこからともなく、ダームが飛び出し、そのままグランガオウの背中に着陸した。杖を持つ右腕だけが、部分異人化している状態だった。

「グランガオウ!エレメントを潰すのです!」

能力を使い、グランガオウの自我を奪い、自身の制御化に置く。これにより、グランガオウはもうダームの身体の一部のような状態になる。

「はっ!」

ダームが杖を一振りすれば、それに従い動き出す。大きく唸り声をあげると、背中に広がる無数の小型のクレーターのような凹部から、エネルギーの弾丸が次々に発射されていく。それらは一度、真上へと一斉に上昇した後、エレメントを目掛けて弾道が変化し、彼に襲いかかる。

『エレメントシールド!』

銃弾の雨を防ぐため、エレメントグニールのグリップの丁度真ん中くらいの高さを握り、そこを中心に、身体の正面で横に円を描くように回転させた。回転速度は毎秒ごとに上昇し、遂には円状の光の盾が出現した。

「なるほど、槍を使って、エネルギーの消費を最小限に抑えたシールドが貼れるわけか。」

『そうだ、それに、機能性も高くなる。』

超高速回転するグニールを、左右の腕に持ち替えながら、次に次に弾を防いでいく。そういった行為を繰り返しながら、左右や前後に小刻みに動き、弾の軌道から身体をズラしていく。

「あまり後退はしたくないな。距離はできるだけ詰めておきたい。」

『うむ、グランガオウとの遠距離戦は部が悪いからな。だが任せろ、すぐにこの雨も止む。』

弾の切れ目の隙を見て、エレメントはサッと空へ高く、天井のスレスレにまで飛び上がった。

「おい、距離は取るなと今言ったばかりだろ。」

『まぁ見ておけ。』

エレメントはグニールの回転を止めると、今度は片手ではなく、両手でグリップを握りなおした。

『シャッ!』

そう大きな声で掛け声をあげると、あのボタンを、握り拳で軽く突き上げるようにして1度だけ押した。すると、円錐部分が真白く輝き、ドリルのように回転し始める。

『エレメントスマッシャー!!』

超高速回転する光槍を構え、マッハの速度でグランガオウ目掛けて急降下していく。

「あれは…流石にやばそうです。グランガオウ!」

ダームは焦るように杖を振り回す。

『ゴォォォォォォォ!!』

グランガオウは口を大きく開くと、今度はその内部ではなく、少し離れた空中で光球を作り始めた。その直径は、みるみるうちに頭部よりも大きなサイズへと変化していく。

『ゴォォ!!』


 そしてその次の瞬間、なんとその顔よりも大きく膨らんだ球を丸呑みにしたのだ。一次的に破裂しそうなほどにまで肥大化した頭部の至る所から、光の筋が溢れ始めている。

『ゴォォォォォォォ!!』

そして、口の中でさらに圧縮され、密度を増したエネルギー球は、破壊光線となり放たれた。

『ノワッ!?』

超音速で、真っ直ぐに突っ込んで来ていたエレメントには、それを避ける術はない。このまま、光線を裂く勢いで挑む他ないのだ。

『シャッ!』

自身が輝く光の槍と化していたエレメントと、それを襲う光線が空中でぶつかり合う。

『うおぉぉぉぉぉぉ…!!』

「いっけぇぇ!!」

イクタとエレメント、二人の声が重なる。だが、鬩ぎ合いは終わらない。前進するどころか、むしろ押されている気さえする。

『グッ…!これほど…とは…!!』

ぶつかり合っていた二つの巨大エネルギーは逃げ場を失い、そのまま空中で大爆発を起こした。

「…グランガオウは最強の怪獣。扱い方さえ間違わなければ、負けるはずなどないのです。」

衝撃に耐えつつ、上空に広がる黒煙を見上げながら、ダームはそう呟いた。

「やったな。これで最大の邪魔者は消せた。」

キュリもホッとしたのか、胸をなでおろすようにそう言った。

『ゴォォォォォォォ!!』

グランガオウは、喉を鳴らし勝利の雄叫びをあげた。どこまでにも響き渡りそうな声だ。

 しばらく、その場に静寂が訪れた。余韻に浸っている暇はない、と口を動かしたのはキュリだ。

「さ、行こうぜ。ローレンを待たせたくはない。」

「そうですね。」

こうして、再び、市街地へと向かい始めた彼らの耳元には、耳を疑う音声が聞こえて来た。

『デュアルケミストリウム!ネイチャーエレメント!!』

『デェェイヤッ!!』

赤と銀の身体で、一際存在感を示す緑色のストライブ。強化形態、ネイチャーモードへと変身したエレメントが、舞い降りて来たのだ。

 ズゥゥゥゥンという地響きを砂ぼこりと共にあげながら、膝を深く曲げ着陸するエレメント。

『まだだ。私たちの目が黒い間は、地下で好き勝手にはさせん。』

「…しぶとい…っ!」

思わず舌打ちをするキュリ。その隣で、ダームの表情も険しくなっていた。

「…通常形態時ですら、あの武器を駆使しグランガオウとほぼ互角にやり合えていた…。これは、いささかマズイのでは。」

「おい、発言撤回が早すぎやしないか?遂1分前にグランガオウは負けないって言ってたろ。」

「それはそれ、これはこれですよ。ここは、退きましょう。手っ取り早く、ローレン殿に次の支持を伺った方がいい。エレメントが強くなったことは、地下での活動で大きな支障になります。ローレン殿はこの事をは見越していたかもしれませんが、我々にとっては不測の事態です。」

「…まぁ、確かにリスクはある。そうだな。一回地上に…。」

キュリが能力を使い、地上へ逃げようとした時だった。彼女の顔の横を、銃弾が通過したのだ。

「誰だ!?」

すぐに戦闘態勢に入り、弾が飛んできた方を睨みつける。

「おいおい、そりゃあねぇだろ?せっかく、今着いたってのによ。」

発砲者は、着陸させたアイリスバードから今まさに降り立とうとしていたフレロビだった。

「あの野郎、今頃着きやがったのか…。」

呆れるように呟くイクタ。存在を忘れかけていたところであった。

「…増援か?良い牽制球を投げるじゃん。までも、たった一人ってのは笑わせてくれるな。また今度相手してやるから、それまで待ってなよ。」

やってきた戦闘員が一人であることを確認し、緊張が解けたのか、すぐにいつものお調子者のような表情に戻るキュリ。余裕そうな雰囲気で、気を取り直して移動の準備に入る。

「だーかーら、待てって。」

気がつくと、フレロビはもうグランガオウの頭上、ダームとキュリの間に割り込んでいた。

「!?」

「これは…!?」

突然のことに驚きを隠せない二人。

「僕も遊びたいんだけど。混ぜてくれないかな?」

「…上等だ…!」

すかさず、素早く蹴りを仕掛けたキュリの脚を、右腕でガードし、好きのできたボディに左腕でジャブを入れる。

「ぐっ!」

腹にマトモに食らったキュリは、そのまま数十メートル吹き飛ばされた。

「なんだ、地上人ってのも大したことないな。」

「てんめぇ………!ぶっ殺す!」

憎悪に満ちた顔で、フレロビをにらめつける。

「そうこなくっちゃな。」

フレロビは嬉しそうな顔で、キュリの方へと向かっていく。

「キュ、キュリ殿!挑発されてはいけない!早く撤退を…って、もう止めても無駄ですかね…。」

ハァっとため息をつくダーム。キュリは非常にわかりやすい性格だ。これが長所でもあり、そして致命的な短所となっている。

『フレロビ、早速良い仕事してくれたな。キュリを遠ざけた。これで、グランガオウは逃げることができんさ。』

「あぁ。今回ばかりは感謝してやる。…いくらエレメントグニールである程度節約できるとはいえ、ネイチャーモードだ。もう持続できる時間も残されてない。ちゃっちゃとやるぞ!」

『セヤッ!』

右腕にエレメントグニールを握り締め、目にも留まらぬスピードで一気に距離を詰めていく。

「仕方があるまい。迎え撃ちましょう!」

『ゴォォォォォォ!!』

グランガオウは、地面を二本の前足で思い切り叩き上げた。すると、大地が動き出す。

『ジャッ!?』

大きく振動し、亀裂が入り出す地面。足元を取られ、急ブレーキをかけるエレメント。

『ゴォォォォォォォ!!』

地面は揺れるだけでなく、ところどころが隆起し始めた。次第に、隆起箇所は増え、高さも増し、最終的には、グランガオウを中心に、険しい岩山が完成する。

「これじゃ接近戦を取れない…。こんなこともできたなんてな。」

『安全圏から、得意の中〜遠距離戦法を図ろうってわけか。厄介だ。陸上戦なら無敵。地の覇獣、その肩書きを頷かせる強さだな。』

「感心してる場合じゃない。…くるぞ。」

岩山の向こうから、再び無数の弾丸が飛来してきた。狙いはもちろん、エレメントだ。

『だが、ネイチャーエレメントなら、似たようなこともできる。ハァァァァァ…!!』

エレメントは腰を落とし、膝と肘を曲げ、気合いを入れる声とともに、力を溜めてゆく。彼を中心に、大地が動き出す。

『覇獣と雖も、所詮は怪獣の延長に過ぎない!最強の生物は、ウルトラマンなのだ!それを思い知らせてやろう!シェアァァァァ!!』

地面が割れ、大量の瓦礫が彼の周囲に漂いだした。それを、襲いかかってきた銃弾の雨にぶつける。こうして弾丸を躱している隙にも、エレメントは次の攻撃を仕掛けるために行動していた。

『とはいえ、あれだけの岩山を動かし、奴を丸裸にするにはそれ相応のエネルギーが必須となる。今はそんな余裕はない。』

「じゃあ、どうすんだ?」

『アレごと吹き飛ばす。これまでにない大技を披露してやろう。』

エレメントはエレメントグニールの鍔に、装着を外した右腕のエレメントブースターをセットし直した。そのあとに両手で握り直すと、今度はボタンを二回突き上げた。

『吹っ飛べ!』

 そう叫ぶと、円錐状の部分が、先端から3つの面を作るようにパカーっとゆっくり開き、内部からレールガンのような砲身が姿を表す。そこから、ネイチャーモードの最強技、ケミストリウムバーストをさらに超高密度に圧縮された、青白く輝く光線が放たれた。

『ケミストリウム…ウェェェェェブ!!』

 正面から見ると、タダでさえ大きく、顔を出していた三角形型の鍔の間隔に、開くことで生み出された新たな3つ面が入り込んだことから、まるで中心が青く輝く六芒星の様だ。最も、ダームやグランガオウ視点からは岩山が視界を遮っているため、何も見えてはいないのだが。

 光線は、行く手を阻む岩石や隆起した地面を、触れた瞬間に粉々にする程の圧倒的破壊力を見せつけながら、確実にグランガオウの元へと一直線に飛んでゆく。

「こ、この気配は…。まずいっ!」

本能的な恐怖感を覚えたのか、ダームはサッとグランガオウの頭を蹴り、数十メートル後方へと退避した。その次の瞬間、光線がグランガオウの身体を飲み込んだ。

『グオォォォォォォォォ!!』

これまでに聞いたことがないような悲鳴をあげるグランガオウ。

「一歩遅かったら…私も確実に死んでましたな…。」

空中で、冷や汗を流しながらそう呟く。

『シェアァァァァァァ!!』

エレメントは、このまま押し切らんと槍を持つ手にさらに力を込める。これだけの光線なのだ、反動も大きく、それに全身の力を近い、両足で地面を抉りながら踏ん張っている。

『オォォォォォ……!!』

グランガオウのシルエットが、光線の中で次第に消えてゆく。しばらくした後、大きな爆発が起こり、周囲を爆風や衝撃波が叩きつける。発生したキノコ雲は勢いが止まる気配もなく、上昇を続け、天井にぶつかることで形状を失い、広範囲にむくむくと侵食していく。

 爆心地には、もうあの地上最強の怪獣の姿はなかった。

「……なんということだ…。エレメント、ここまでとは…。」

「…なっ…!?負けたのか!?」

信じられない、という表情で口をポカーンと開けるキュリ。

「よそ見している余裕があるのかな!?」

その隙を逃さず、フレロビが襲いかかる。

「くそっ!オラァ!」

キュリは咄嗟に、防御の為彼女の正面にゲートを生み出した。フレロビは、その中に飛び込んでしまうことになる。

「おお!?おいちょ、ま…」

セリフを言いかけたまま、ゲートは閉じてしまった。

「…爺さん!撤退だ!こんなのあり得ないって!」

相当焦っているようだ。

「…元はと言えばあなたが勝手に……いえ、口論の場はここではないですね。一刻も早く、ローレン殿の元へ…。」

『タダで帰れると思うな!貴様らもここで!』

逃さん、と残された二人に追い討ちをかけようとしたエレメントだが、その途端、タイミングも悪いことにカラータイマーが点滅を始めた。

『ぐっ…。忌々しいリミットだ…!』

「深追いは避けた方がいい。やることはやったさ。」

『…あぁ、そうだな。』

エレメントは変身を解除し、光の粒子となって姿を消した。

「今のうちです、さ、早く。」

急いでキュリの元へと駆け寄っていたダーム。合流したその直後、彼らも姿を消した。キュリの能力を使い、地上へと空間移動したようだ。

「…こちらTK-18支部所属、イクタ・トシツキ。敵怪獣を撃破、及び敵の撤収を確認。次の指示を。」

 通常このような連絡は、所属する支部のみにすれば良いのだが、このような緊急時には、部隊によるものだけでなく、隊員個人の報告や連絡なども全て本部へダイレクトに送信されるシステムになっているのだ。

「ご苦労様です。流石はイクタ隊員にエレメント。期待以上の活躍でした。そちらに、間も無くアイリスバードの編隊が到着します。彼らに、あなたを回収し一旦本部に戻るように命じますので、恐縮ですがしばらくそこで待機を。次の指示はおそらく、本部長から直に伝えられるかと。」

オペレーターの女性がそう返答した。

「了解。」

イクタは通信を切ると、フゥッと一息つきながら、その場に腰を下ろした。

「しかし、グランガオウを終始圧倒できるとはな。相当強くなったぜあんた。これなら、奴らにも勝てるかもしれねぇ。」

『あぁ、だが、簡単には行かない。ケミストリウムウェーブ、奥の手まで明かしてしまったからな。』

「…それに、相変わらずの制限縛りがきついな。地上は覇獣レベル未満でも、圧倒的多数の怪獣がいる。このタイプの武器じゃ、多勢に無勢情勢をひっくり返すのには不向き。やっぱ、不利なことに変わりはないか。」

『でも、奴らの切り札も封じた。流石のローレンでも、これには動揺するはずだ。冷静なやつほど、思い通りに行かないことがあると焦るものだ。そこに、付け入る隙が生まれるに違いない。』

「…あんたも変わったな。頭が働くようになった。」

イクタは、昔を思い出すようにそう言った。

『これでも学者だったからな。昔の勘が戻ってきただけだよ。』

「…どうだか。……そういえば、何かを忘れているような気がするが…。」

『そうか?特に何もないと思うが…。お、あれはIRISの飛行機。ようやく到着か。』

「あぁ、うちの援軍ってのは、いつも遅いからな。」

イクタは立ち上がると、彼らにわかるよう、大きく手を振った。

 

「…ちっ」

ダーム、キュリの報告を受け、舌打ちをするローレン。

「わ、悪かったって!でも信じられねぇくらいに強くなってたんだ!想定外だ想定外!」

必死に言い訳をするキュリ。

「…想定外、か。まぁ戦争だ、そういうことはある。しかし、エレメントがそこまで力を付けてくるとはな。…まぁいい。」

苛立っている様子も垣間見えたが、それでもまだ余裕がありそうだ。これも、想定内だったと言わんばかりである。

「次だ。次が重要だ。イクタとエレメントが留守中のTK-18支部を潰す。データによれば、IRISでは本部を除けば、最高水準の科学兵器やそう職員数を誇っている。…いや、潰すというよりは、占領する、になるな。」

「占領…ですか。」

「あぁ。本部は広すぎる。3人だけでは管理もままならん。だが、TK-18支部なら、制御下に置けるギリギリの規模かつ、他のどの支部よりも兵器が豊富だ。乗っ取ってしまえば、奴らに大きな絶望感を与えられる。手っ取り早く皆殺しにしたいからな。抵抗する意思は出来るだけ早く取り除きたい。」

ローレンは、作戦の主旨をそう説明した。

「…だが、グランガオウの撃破で敵の戦意は損なわれるどころか高まっている。占領したところで、奪還計画を組まれ、大部隊で攻撃を食らう未来までは見えている。」

「じゃあダメじゃん!」

すかさず突っ込みを入れるキュリ。

「ダメ?いや、むしろそれが好都合だ。」

「…?なんで?」

「あのな…。」

呆れた、という顔で彼は彼女を見つめた。

「何の為の未来予知だ。先を読み、自分の都合が良い選択肢を取る為だろう。攻撃される箇所と規模まで見えているのなら、事前に対策すれば良い。そこで、大きな損害を与え返り討ちにする。もうそれだけで、IRISにとっても、地下の愚民衆にとっても、これ以上の絶望感はない。」

「…なるほど。」

ようやく納得したようだ。

「イクタが帰還する前に仕掛ければならん。エレメントに変身できないブランク中とは言え、奴には既に不完全ではあるが異人化の能力がある。一刻を争う。すぐに行けるな?」

「私はいつでも、大丈夫ではございますが。彼女は能力を使い過ぎている。」

ダームは横目で、キュリを見つめた。

「いや、私も大丈夫だ。爺さんには随分迷惑かけたしな。もう2度と、自ら墓穴掘るような真似はしない。グランガオウがやられたのも私の責任だ。せっかくの汚名返上の機会だし、行かせてくれ!」

「…その心意気だ。やり方は特に指示はしない。占領するとは言え、必要な範囲内での基地への与ダメージは許可する。行け。」

「よっしゃ!任せろ!」

二人は、ササっと彼の元を離れて行った。

「…そして、気になるのがこいつだ。」

二人の姿が完全に見えなくなったところで、ローレンはそう呟いた。

「キュリと張り合えるとはな。だが未来が見えない。…IRISめ、まさか能力者を隠し持っていたとは。探していた4人目…。あまりに見つからないから、どこかの過程で死滅し、血が絶たれたとばかり思っていたが、敵側についていたのか。だが、何故今までわからなかった…?奴らの未来は完全に見えないわけじゃない。不安定というだけだ。普通、存在くらいは認知できるはずだが。何かカラクリがあるってことか。食えないやつらだ、全く。」

ブツブツと唱えながら、その場に立ち尽くす。

「…何にせよ、早めに始末しなければ。」

 

 見渡す限り、地平線の向こうまで広がる荒地。地面は乾燥からかヒビ割れており、申し訳程度の雑草が生えている以外は、本当に何もない場所。見上げれば、上空にはゴツゴツとした岩肌の天井があることから、ここも、地下世界の一角ではあるのだろうがー

「…何処だよ、ここ…。」

途方にくれたように歩き続ける一つの影。そう、キュリによって飛ばされたフレロビだった。

「あんなん反則だろ、空間移動って最強じゃねぇか。」

悪態をつきながら、行く当てもなく歩みを進めて行く。

「すぐ終わるって思って通信機も戦闘機に乗せっぱなしだったことを酷く悔やむぜ。僕の隊員服、レーダーで探知できる装置とか付いてないのか?」

先ほどから、その可能性を信じて、何度も服の隅々まで手探りでそれらしきものを探していたのだが、遂に見つかる事はなかった。

「ハァ、とんだ災難だ。とにかく、何処か村か町を探すほかない。」

ため息をつきながら、フラフラと歩き続ける。

 時刻が夕方から夜に移り変わろうとしている時間帯であるせいか、天井の照明器具の光も徐々に落とされて行こうとしていた。少しずつ暗くなる中で、彼の後ろ姿はどんどん小さくなって行った。

 

         

 

                                                続く。

 



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第26話「防戦」

 グランガオウ撃破に喜ぶ暇もなく、地上人は間髪を入れずに次の攻撃に入る。今回のターゲットは、イクタが所属するTK-18支部だった。イクタにエレメント、二人が不在であるこの状況下で、基地を襲うのは恐るべき数の怪獣軍団であったー


第26話「防戦」

 

 

 地の覇獣グランガオウという地球最強とも謳われた怪獣を破り、敵側に大きな損害を与えることができた地下人類。だが、たった一戦の勝利で戦況が揺らぐほど、ローレン等地上人の戦力層は薄くない。彼らは既に、次の攻撃の準備に入っていた。

「キュリ殿、何体までなら飛ばせそうですかの。」

 白髪の老人、ダームが、隣に並んで立っていた少女に話しかける。

「往復を考えたら、2体が限界だ。でも…それは統率の取れる範囲で連れていくなら、だ。」

 キュリと呼ばれた少女が、そう返答する。

「ほう、というと。」

「怪獣単体を能力で飛ばすことと、そこら辺に適当にポンっと数秒間だけ、大きなゲートを開くのと、使用する力は同じ程度だ。なら、フリー解放したゲートに、持続時間のうちに怪獣を詰めるだけ詰め込めば、結構な数を同時に運べることになる。怪獣は全部連れて帰らなきゃいけないという義務はない。むしろ、地下で野放しにするのも一つの手になるしな。」

「なるほど。」

 ダームは頷いた。ちょうど、ポプーシャナを海水ごと地下に飛ばしたのと同じ要領なのだろう。しかし、今回のキュリはやけに落ち着いていて、どこか今までとは違う雰囲気を感じる。彼女なりに、グランガオウ死亡の責任を感じているのだろう。

「私が考えている作戦的には、怪獣軍団で敵基地を包囲するように進撃。過程の中で敵戦力を削り、物理的、精神的ダメージがある程度のところに達したところで、降伏をさせる。そんな感じでいいだろ。」

「えぇ。では、怪獣は連れて行けるだけ持っていかなければ。生半可な数では、むしろ返り討ちを喰らうかもしれませんのぉ。」

「だから、爺さんにはやってもらうことがある。ここら一帯に、怪獣を集めてくれ。時間がないから、近場の奴らだけでいい。」

「…心得ました。では、少々お待ちを。」

 ダームは中腰になり、その場で踏ん張るような姿勢をとった。

「はぁぁぁぁ!!」

 そう声をあげ、全神経を研ぎ澄ます。みるみると異形のものへと変化していく全身は、徐々に肥大化し、変身の完了と共に、彼の全長は50メートルを優に超えるまでになった。

『はっ!』

 その場で、杖を持っていた右腕を空に掲げる。その杖からは、黄色に光るオーラのようなものが、彼を中心に360度全方位に広がっていく。怪獣の細胞や脳神経をコントロールするためのエネルギーのようだ。

『オォォォォォォォ!!』

 間も無く、あらゆる方角から、怪獣の遠吠えのようなものが聞こえ始めた。彼らが巨体を揺らしながらこちらへと向かっているのか、足音のような地響きが近づいてくる。

「…この辺りは怪獣の巣窟なのか?ここまでいるとはな。」

 気がつけば、キュリとダームを囲うように現れた怪獣の数は30を超えていたのだ。ほとんどが、全長50メートル以上の二足歩行型の大型タイプ。それも、好戦的な様子がうかがえる。

「充分ってか、ちょっと多くないかこれ。下手すりゃ、占領以前に基地を滅ぼすかもしれんぞ。」

『そのくらいのつもりでなければ、勝てませんよ。地下の兵士は思っているよりもずっと強い。やり過ぎるくらいが丁度いいでしょう。オーバーキルになりそうなら、この中の何体かを別の場所へ向かわせればいいだけです。』

「それもそっか。よし、じゃあ行こうぜ。」

 キュリは自身の後方に大きなゲートを開いた。

「持続時間は8秒だ。突撃!!」

『心得ました。』

 ダームが杖を振るうと、オォォォォォ!!という声を上げ、30以上の怪獣が一斉にゲートへと走り出した。このレベルでの怪獣大進撃は、なかなか見ることができないだろう。途轍もない迫力だ。

「今度こそ、あたし達の勝ちだ。」

 彼女は不敵に笑うと、ダームと共に怪獣の後に続いた。

 

 IRIS本部からやってきた援軍部隊に回収され、そのまま本部へと向かっていたイクタと、その腰にぶら下がっているエレメント。つい先程までグランガオウと激戦を繰り広げていた為、二人とももうグッタリと疲れてしまっている。

『しかし、エレメントグニールを使っても結局はここまでへばってしまった。またしばらくは変身できないだろう。』

 エレメントが情けない声でそう言った。

「まあ、相手が相手だったから多少は仕方ないかもしれないけどよ…ほんと使えないな…。こうしている間に、また敵が動くかもしれないんだぞ。」

 イクタも、呆れたように呟く。

『わかっている。特に、私が動けない隙に大きな行動を起こさないほど、敵もばかではない。』

「…そこをどう乗り切るか…。最悪の場合、勝負が決まる程の損害を受ける可能性だってある。俺らが動けない間は、フレロビに頼るしか…」

 そこまで喋り終えた後、ふと何かに気がつくイクタ。

「そういや、あいつ何してるんだよ。気付いたらいなかったが。」

『言われてみれば…。まぁ君と同じで良く読めない奴だからな。いざという時は現れるだろう。しかし、君もすっかり彼のことを認めたようじゃないか。』

「力は最初から認めてるよ。あいつは俺より強いからな。けど、嫌いなことに変わりはない。有事だから、私情を挟まないようにしてるだけだ。」

『まぁ、何であれ喧嘩されるよりマシだ。』

 実際、これに尽きる。地下が何よりも恐れているのは、怪獣や地上人以上に、切り札である二人が潰し合う事、と言っても過言ではなかっただろう。

 しかし、こうしてエレメントが変身できない、フレロビが行方不明という二大要素が、その数分後に大惨事を招く事態に繋がるのだが。

 

『ガァァァァァァァ!!』

『ギャアァァァァァ!!』

 突如として、TK-18地区に、こだまするように怒声が鳴り響き始めた。様々な唸り声が重なり合い、恐ろしくも美しいハーモニーを奏でる。

「なんだ!?」

 その付近で、パトロールに従事していた数名の隊員が、驚きの声を上げるのも無理はない。その目の前には、数十の大型怪獣が犇いていたのだから。

「支部へ、警備にあたっていたフジイ隊から報告!突然として、基地敷地内に怪獣出現!その数…30近くです……!!」

 この中の長であるフジイ隊長が、慌てて報告を上げる。この場所から本館までは1キロメートルもない。まさに、目と鼻の先なのだ。一度に数十の怪獣が出現するなど、当然ながら聞いたこともあるはずなく、恐ろしい光景にただただ、立ち尽くすことしかできなかった。

「…次の標的はうちか…。」

 支部長室の窓から、その様子を見下ろしながら唸るフクハラ支部長。

「な、なんという数だこれは!……なんという…。」

 あの一切表情に変化のない司令ですら、絶句せざるを得ない、それほどまでに緊迫した事態であった。

「…ととと、とにかく!市街地にいる隊員たちに、市民の避難をさせなければなりませんぞ!市民への被害は出してはいけない!」

 情報局長は、顔を青くしながらも行動しようとはしていた。すぐに、隊員たちに緊急任務の指示を与え始める。

「全隊員に緊急命令です!大量の怪獣出現!基地内の隊員は直ちに戦闘用意!航空機格納庫付近の者は、小隊など気にせんでいい、早急に出撃せよ!敷地外の者は、私服でも構わん!とにかく急いで、避難誘導を!怪獣から遠ざけるのです!」

「…支部長!あれだけの数です!いくら我が支部であろうと、限界があります。支援要請を…最低でも、エレメントかフレロビ、どちらか一人はいなければ…。」

 司令の意見は最もだった。とても、この支部だけで手に追えるような数ではない。

「…支援は早くても到着に2時間近くかかる。…それまでにできる抵抗は尽くそう。パイロットたちの指揮は君に託そう。陸上からの攻撃の司令には、私が立つ。」

 フクハラ支部長はそう言うと、デスクに座り、一番大きな引き出しを開けた。中から、何やら大量のスイッチのようなものや、折りたたみ式のマイクが設置された装置が現れる。

「緊急マニュアルだ。諸君、よろしく頼むぞ。」

「了解!」

 幹部たちはそれぞれの仕事を全うするため、支部長室を飛び出して行った。

「自動砲台全門砲撃準備。砲兵隊員は直ちに配置につけ。アイリスランチャーの使用は、各々の判断に任せ許可する。私及び情報局長からのこれまでの指示に該当しないその他隊員は、建物を陰に屋外での戦闘準備。武器の使用は同様に許可する。……常日頃からは、もしもの時は自らの命を優先しろとの命令だが、今回は別だ。私による退避の命が下るまでは、如何なる状況下でも戦闘を続行せよ。」

 支部長はマイクを使い、TK-18エリア全域へそうアナウンスした。同時進行で、全てのスイッチをオンになるように入力していく。それに伴い、本館屋上や、その周囲など、敷地内のあらゆる箇所から、一定の間隔を空けて、計60もの砲台が出現した。レジオン戦以降、当時破壊されたものの修復に加え、次の襲撃に備え、数をさらに増やしていたのだ。

「本部に次ぐ戦力を誇る、我が支部を舐めるなよ。簡単には沈まん……!」

 自動砲台の名の通り、設置さえしてしまえば、あとは搭載された人工知能により、一台一台が自己判断で砲撃を開始する。早速、怪獣の群衆めがけて、大量のレーザー砲が発射されてゆく。

『ギャァァァァァ!!』


 怪獣たちの周辺に着弾し、大きな爆発が起こる。何発かは既に直撃も果たしたのか、怪獣の身体からも大きく火花が散ったのが確認できた。

「終始こちらのペースに持ち込め!攻撃の手を緩めるな!」

 支部長は着弾を確認しつつも、変わらず緊迫した声色でそう命令する。

「了解!」

 待機していた隊員たちの持つアイリスリボルバーや、アイリスランチャーが一斉に火を吹き始める。さらに、その上空にはアイリスバードたちも次々に出現。圧倒的な火力が、怪獣たちを休むことなく襲っていく。

『オォォォォォォォ!!』

 しかし、如何せん数が多すぎる。何体かは足をやられたのか、その場に倒れこむものもいたが、大多数はそのまま、怯むことなくこちらへと進撃してくる。まるで、山が迫ってくるかのような迫力だ。

「く、くそっ!キリがない…!」

 空からの攻撃を行っていた、イクタ隊所属のイイヅカたち。彼らもそう嘆いていた。このままでも驚異的だと言うのに、恐るべきことに、怪獣たちは、スピードを留めたまま、少しずつ一体一体の間隔を広げ始めた。出現直後は纏まっていた軍団が、徐々に分散していく。これでは、攻撃も行いにくい。

「……怪獣をこれ以上分散させては部が悪い!食い止めろ!」

 司令室から、司令官が声を上げる。

「無駄ですよ。」

 中央後方を走る怪獣の上に跨っていたダームがそうつぶやく。杖を振り上げ、怪獣たちに指示を与えていく。

『ガァァァァァァァ!!』

 迫り来るアイリスバードを口から吐き出す火の玉で牽制し、軌道を制限させてゆく。その間にも、進撃を進める怪獣群はぐんぐんと広がり続けていくものだから、これでは手のつけようがない。

「…あのジジイが司令塔か…。奴さえ倒せば、怪獣は統制を失うはずだ…。トキエダか、イクタさえいれば、その任務を任せることができるのだが…くそっ!」

 現状の戦力では、この状況下で、怪獣の上に乗る一人の人間をピンポイントに攻撃できる技術を持った戦闘隊員はいない。無理に動かせば、戦線はぐんぐんと後退し、大変な惨事を招きかねない。だがそれでもダームを倒さなければ、これだけの数の怪獣だ、最悪、本館を包囲される可能性もある。そうなれば、もうなす術はない。

「少しでもいい、敵の数を減らさなければ、我々はここで奴らの餌になるだけですぞ!司令、何か案はないんですか!?」

 キヨミズ情報局長が声を荒げ、そう叫んだ。もう、敵との距離は数百メートルという極めて近距離なものに変化していた。

「…航空部隊は怪獣の膝、もしくは足首を集中攻撃し、機動力を奪うのだ!」

 機動力の破壊、現状では最高の戦略は、これに尽きるだろう。だが、そう簡単ではない。

「了解!」

「陸上の隊員は、動きが鈍くなった個体から確実に仕留めよ!死力を尽くせ!」

「了解!」

 指示を受けた隊員達が、空から、陸から怪獣へと攻め込んでいく。

「まぁ、そう易々と手中にハマるわけにもいきませんからのぉ。」

 ダームは、怪獣達の走行速度をさらに上げ、強行突破を図った。急激に加速した怪獣を前に、隊員達の攻撃は空振りとなってしまう。

「くそっ!このままじゃ…!」

「…しかし、やけに直線的な動きだ…。確かにその方が、侵攻もより早くなるが…。我々の攻撃など、躱す必要もないとでも言いたいのか…?いや、もしかしたら…。」

 隊員達の攻撃を避ける素振りもなく、ただただ、こちらへと一直線に向かってくる怪獣を眺めながら、司令は何か思うものがあったようだ。

「あれだけの数なのだ。あのジジイも、もしかしたら一体一体に細かな指示は出せないのかもしれない。細部まで制御できる個体は、精々近くにいる数体だけだとしたら…。その他の個体は、ただこの基地を包囲するためひたすらに前進し続ける、それだけの行動プログラムしか組まれていない可能性もある。となれば……。総員!怪獣の頭上を狙い、閃光弾を放て!直ちにだ!」

「…?り、了解!」

 隊員達は唐突な指示に戸惑いながらも、素早く閃光弾を打ち込んだ。それらは奴らの頭上付近で炸裂し、眩い光を放ったがー今更子供騙しの目くらましでどうなるというのだろうか。

「…っ!目くらまし…?」

 ダームは不意をつかれたものの、光によって受ける視力への影響を軽減しようと、目を細め、瞬時に視線を下に向けた。その隙を逃さず、再びIRIS側の火力が猛威を振るい始める。

「小賢しいことを。ですが………しまった、そういうことですか。」

 攻撃に備えるため、怪獣達の足を一旦止めようとしたダームであったが、杖を振るっても静止した個体は数体のみで、他は視力を奪われ、今は前が見えていないのにも関わらず進み続けていた。やはり、大多数の制御を一度に行うのは困難なようだ。

「見抜かれましたか。私のコントロールに限界があることを。…もう少し若ければ、30くらいの数、なんとかなってたんですがねぇ。」

 そうため息をついている間にも、まだ視力の戻っていない怪獣達が、自ら砲弾の嵐の中へと突き進んでいる。ダームによる支配により、進行方向は定められているものの、無論ただ突き進むだけではなく、本能的に火やエネルギー弾を吐き散らしてはいるのだが、先程までとは違い、狙いを定めることができない。反撃も虚しく悉く回避され、IRISの作戦通り、次々に脚を撃たれ、その場に倒れこんでいく。

「陸上部隊!トドメだ!」

 支部長の声が響き渡る。

「了解!」

 機動力を失った個体が、次々にトドメの一撃を撃ち込まれ、爆死し始めた。一瞬で、10体程の怪獣を倒したのだ。

『ギャアァァァァァァァァ!!』

『ガァァァァァァァァァァ!!』

 断末魔があちこちで上がっていく。恐ろしい光景だ。

「おいジジイ!やばいんじゃねぇか!?」

 死んでいく怪獣達、そして休むことなく飛来する砲弾を目に、キュイは危機感を抱いていた。これ以上の敗戦はするされないというのに、このままではー

「…いえ、まだ、こちらが有利なことに変わりはありませんぞ。作戦変更。包囲は考えず、このまま押し切る!怪獣による基地へのダイレクトアタックも、もう時間の問題です。」

 彼の言う通り、何体かが除去されたとはいえ、前線を走る怪獣軍は怯まずに走り続けていた。早いものでは、すでに視力が回復している個体もあるようだ。次に悲鳴をあげるのは、IRISの番となっていた。

「うわぁぁぁあ!!」

最後の瞬間まで逃げずに弾を撃ち続けていた、防衛ラインの最前線に立っていた隊員達から叫び声が上がる。ある者は踏み潰され、ある者は火球やエネルギー弾が直撃し、と前線は既に壊滅。崩壊を迎えていた。

「…第一ライン突破されました!自動砲台12門の機能停止も確認!司令、指示を…!」

 司令室に、悪夢のような報告が上がってくる。そして次の瞬間、本館が激震に襲われた。

「な、なんだ!?」

 ドォォォォォンという轟音が重く響き、天井からは火花が降り注ぐ。司令室内は、赤いハザードランプによって明るく照らされ始める。スタッフ達は、冷や汗で背中を湿らせていた。かつてない死の恐怖が、もれなく彼らを襲う。

「本館に怪獣による光線攻撃が直撃した模様!」

「もうそんな距離に…!作戦を続けろ!敵の数を少しでもー」

「第二ラインも突破されました!新たに10門の機能停止砲台を確認!」

 こうしている間にも、多くの隊員が命を落としていた。砲台も潰され続けているため、怪獣への攻撃能力が低下していくのは避けられない事態だ。

「もう私ではどうにも…支部長!次なる指示を!!」

 司令も、自分だけでは迂闊に指示を出せない状況に追い込まれていた。支部長によるそれを仰ごうとするが、彼も彼で、頭を抱えているようだ。

「……司令、戦闘の続行は可能か?」

 その証拠に、返ってきたセリフは質問である。

「…我々全員が死ぬことになりますが、まだ戦闘能力はあります。ただ言うまでもなく、奴らの殲滅は不可能でしょう。」

「司令、それは戦闘続行不可能というものだ。」

 マイク越しでも、支部長のため息が聞こえてきた。

「幸い、包囲されることは回避できました。逃げ道はあります。支部長、あなただけでも脱出を。この惨劇を、本部長に生の声で伝える。あなたにはその義務があると、私は思います。」

「…だがその責務は他の者でも果たせる。私はここの長として、この基地と運命を共にする。それが義務だ。」

 支部長が覚悟を決めた時だった。基地内全てのモニターに、ダームの顔が映ったのは。その顔は人間のものではなく、異形のものへと変化していた。異人化である。そして気付けば、全ての怪獣の動きが停止していた。

「どうも、お互いに結構な消耗をしてしまいましたね。支部長殿。」

「貴様……!」

 司令が静かに睨み返す。

「我々の目的は、そちらの基地の占領です。これ以上攻撃を続け、基地の能力を奪い尽くしてしまうのは、我々にとっても不利益。即戦力、すぐに使える状態として占領できるのが理想ですからね。」

「……。」

 支部長は静かに、ダームの言葉を聞いていた。

「そういうわけです。今すぐに投降していただけるのであれば、運良く生き延びたあなた方の命は保証いたしましょう。捕虜として、我らがリーダーの前に差し出すことにはなりますがね。あぁそうか、あなた方にとって放射能は毒でしたね。地上に送ると言うことになりますから、命の『保証』まではできないかもしれませぬ。まぁまぁ、どのみち今すぐ死ぬことはない。」

「ふざけたことを……。投降に応じなければどうなる?我々は全員死ぬかもしれないが、基地も崩壊する。それではお前らにも不利益、なのだろう?どこの世界に、敵の利益となる行為とわかっていながら、それを果たす者がいるものか。」

 司令はまだ強気であった。地下に敵の拠点ができれば、それもこれだけ大きな基地がーとなれば地下世界は終わりだ。だがここを渡さない限り、まだ希望は残る。地下の未来とここにいる数百名の命。天秤にかけるには難儀だが、それでも未来の方が重い。彼はそう考えているのだ。

「確かに。あなた方がまだ戦うとおっしゃるのであれば、我々も交戦せざるを得ない。それで基地が壊滅してしまったら元も子もない。ただ、この姿になった私は、20程度の怪獣なら一体一体でも細かに動かせる。故に基地へのダメージを最小限に抑えながらも、あなた方の戦闘員の排除は可能。キュリ殿もおられますし、建物内に残っているあなた方を皆殺しにすることも可能です。まぁ鯔のつまり、基地の占領は難しくないと言うわけですよ。」

 ハッタリかもしれないが、先程は制御できていなかった怪獣たちが、今は大人しくただ立ち尽くしているだけ、という光景が彼の発言の何よりの証拠にもなっている。もう、ここまでなのかもしれない。司令に根気が残っていても、殆どの隊員が戦意を失っているのが現状。この状態では、戦うにも戦えない。

「結果は変わらないのに、意地で部下を死なせますか?頭のいい首脳ならば、そんな愚かなことはしませんよね?」

 ダームのこの言葉には、流石の司令も言い返すことができない。

「……ここまでか…。わかった、君に従う。我々の負けだ。」

 支部長がついに折れた。

「あなた方はいい支部長をお持ちだ。彼の英断により、あなた方は生かされた。感謝すべきですな。」

「一時はヤバイかも、とは思ったが、結構あっさりいったな。」

 キュリは胸をなでおろすようにそう言った。

「えぇ。しかしホッとしている時間もないですぞ。ローレン殿の予知を覚えておいでですか?」

「奪還計画を組まれる、か。その対策も必要だしな。」

「えぇ。ですから、まずは手っ取り早くこの戦いの後始末をしなくては。」

 ダームは怪獣の頭の上から陸上へと飛び降り、周囲にいた隊員たちを二列に整理していく。

「両手を上げる必要も、武装解除の必要もありませぬ。ただ並んでくれれば、いいですよ。」

 陸に残っていた隊員がダームの指示に従っている間に、航空部隊も、付近の空いているスペースへの着陸を始めていた。そして支部長により、全ての砲台が敷地内地下へと収納され、TK-18支部は数分で全ての抵抗能力の完全放棄を果たし終えた。

「予想より残ってますね。それに、基地内には首脳陣に非戦闘員もいるはずです。加えて、市街地には避難誘導の係も…。市街地にも何体か怪獣を向かわせるべきでしたかの。」

「まぁ、運び切れなかった分は殺せばいいだろ。こんなに捕虜いても仕方ないし、ローレンも静かに昼寝できなくなる。」

「とはいえ、命は助けると言ってしまいましたしのぉ…。」

 ダームは腕を組んで唸った。

「戦争だろ。いちいち約束を守る必要もない。第一に、休戦期間を破ったばかりじゃねぇか。」

「それもそうですな。ま、それは後から考えましょう。それより、ここはエレメントの属する基地でしたね?運がよければ、面白いものが手に入るでしょう。」

「面白いもの?」

「研究資料などですよ。もしかしたら、怪獣カプセルの開発に成功しているかもしれない。技術を逆輸入するのです。ラザホー殿亡き今、非常に重要なものになりますぞ。仮にそれが叶わなくとも、エレメントに関する有力な情報が残されているかもしれない。なんにせよ、宝の山ってことです。」

 ダームの表情は嬉々としたものに変わっていた。地下人類の科学力は驚異的なものだ。確かに、それらに関する資料があるのならそれは大きな戦利品となる。

「そうだな。そっちも楽しみだぜ。」

 彼らの会話が終わる頃には、既に全戦闘隊員の整列が完了していた。幅を広げて二列にとなった隊員たちの間を、二人が並んで、本館の正面玄関へとゆっくり歩き始める。これで、たった数日間で13のうち2つの基地が落ちたことになる。開戦前に本部からデータも盗み出されていることも含めると、実に三度も地上人の侵攻を防ぐことができなかったことになるのだ。グランガオウ撃破により、一時的に地下に希望が生まれたものの、地上側圧倒的有利の戦況に変化はなかった。むしろ、地下に拠点を置かれた今となっては、地下の勝利は大きく遠のいたことになる。見通しはますます悪くなるばかりだ。

 

「は?TK-18支部がやられた?」

 機内に突然飛び込んできた、本部からの連絡に、思わずそう聞き返すのはイクタだった。

「冗談よせよ。俺たちとあいつらの戦いが終わって、まだ半日しか経過してないんだぞ?」

「残念だが事実だ。援軍要請を受け取った30分後、彼らとの連絡が途絶えた。壊滅的被害を受けたのか、敵に基地機能を占領されたのか、そこは定かではないが、負けたことは確実だろう。」

 本部長の声だった。とても冗談で基地の一つがやられた、と言っていられる状況でもないだろう。信じたくはないが、事実として受け止めるしかないのだろうか。

「まもなく、援軍要請を受け飛び立ったアイリスバードの編隊がTKエリアに入る。その際に、状況を大雑把ではあるが確認できるだろう。とにかく情報が少ないのだ。続報を待ってくれ。」

『ふむ……やはり動いていたか。まずいな。本部の次の戦力を有するTK-18支部ですら、30分で落ちたというのは非常にまずい。そこまでの戦力差があるとは…。』

 エレメントがそう唸った。イクタも同じことを考えていたのだが、流石に想定外の戦力差だ。エレメントの活動制限が、本当に忌々しく感じる。

「…今すぐ俺たちで向かうか?2分は持つだろ?エレメントグニールがあれば、2分でもどうにかなるはずだ。それに、俺だって単体で怪獣と戦える力がある。」

『…。いや、少し待ったほうがいい。どうせなら私が万全な状態の方が好ましいだろうし、それに敵は基地にいたスタッフたちを人質に利用する可能性もある。壊滅したと決まったわけではない。生存者がいると仮定すれば、そのリスクも考慮しなければならない。慎重にいかなければ。』「そうか…。確かにそうだな。焦りすぎた。」

『地下に移動するのに、いちいちキュリの能力を使っていては消耗も激しくなる。拠点が欲しいはずだ。よって本部の次の規模を誇るTK-18支部をそれとして利用するはず。基地の研究室には、君の研究資料もある。君と私が所属している部署だということはバレているのだ。敵にとってこんなに都合のいい拠点はない。非常に高い可能性で、基地は占領されたに近い形になっているだろう。だからこそ、敵はそこに長居する。落ち着いて敵を叩くための戦力を整えるだけの時間がないわけではない。』

「とはいえ、そこに時間をかけすぎるのも問題だ。その間に、また新たに基地がやられては困る。冷静に且つ迅速に作戦を組む必要がある。…とにかく考えるより行動だ。今すぐ本部に戻って、まずはTK-18支部の状況、そして今すぐに動ける戦力数の把握。そこからだ。スピードをあげてくれ。」

 イクタはパイロットをそう急かした。本部到着までは通常の速度で30分圏内までに来ていたが、今は1分足りとも無駄にできない、切羽詰まっているのだ。

 

 地平線の向こうにまで広がる荒野の中で、ポツンと存在しているオアシスのような村。キュリにより突然その付近に飛ばされていたフレロビは、その村に辿り着いていた。

「おーい、誰かいないのか!?」

 村人が住んでいるであろう、家々に向かってそう叫ぶフレロビ。まずはこの場所がどこなのか、正確に把握する必要がある。しかし、返事は返ってこない。とても静かな村だ。

「おーい!誰もいねぇってことはないだろ!?IRISの者だ!怪しい者ではない!」

 再び、そう呼びかける。すると、奥の家から一人の老人が顔を出した。

「IRISの方でしたか。これは失礼を。」

 老人が、こちらへと歩いてくる。それを合図にか、全ての家から人が姿を表した。ざっと、20人はいるだろう。

「やけに警戒されてるな。何かあったのか?」

「いえ、今は物騒なようですし、地上からの侵略者もやってくるといいます。だから、隠れてやり過ごしているだけですよ。ここには戦いができるような健康な若者もいなければ、武器ひとつすらない。」

「なるほど。まぁそんなにビクビクすることはない。あんた方市民を守るために、俺らがいるんだからな。…それはそうと、ここはどこだ?戦いで色々あってな、気づいたらここに飛ばされていたんだ。」

 ザッとではあるが、フレロビは自身のおかれている状況を説明した。

「そうですね。AF-46エリアになってます。」

「AF-46…。本部までアイリスバードでも3時間はかかるじゃねぇか…。近くに空港とか、ないのか?」

「空港ですか…。まぁ、見ていただければわかるように、こんな感じですから…。飛行機さえあれば、滑走路には困りませんがね。」

 老人は笑いながらそう言った。

「…まぁ、でしょうね…。でも、ここがどこか、それがわかっただけで充分だ。ありがとよ。」

 フレロビは彼らに背を向けると、再び荒野へと向かい始めた。

「おまちを。どこに行かれるおつもりですか?」

「本部に帰るんだよ。」

 フレロビは姿勢を低くし、腰にグッと力を込め、まずは等身大異人化を果たす。

「おおお!?」

 つい今まで人間だった存在が、急激に化け物になったのだ。村人は一人残らず腰を抜かしてしまう。

『ハァァァァァ!!』

 さらに、巨大化までもを行なった。完全異人化である。

『じゃあな!トウッ!』

 大地を蹴り、高く飛び上がったフレロビは、そのまま飛行体勢になり、音速を超える速度で、一瞬で村人たちの視界から消えて行った。

「…なんだったんだ…?」

 彼らは皆等しく、口をポカーンと開けているだけであった。

 しかしこうして、ようやくフレロビも戦線に復帰することができるのである。IRISにも、まだTK-18支部を奪還できるだけの力と希望が残されていた。だが、これからも大きな課題として、IRISの前に立ちはだかるであろうエレメントの変身制限。これをどうにかしないことには、いつまでも不利になってしまう。この問題について、一番頭を痛めているのは、当然ながら他でもないエレメント本人であった。

 

             

                                         続く

 



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第27話「占領」

 敵の手に落ちてしまったTK-18支部では、占領作業が進められていた。しかしもちろん、IRIS側も黙っているわけはなく、彼らもすぐに奪還作戦の立案を進めていく。そして再びイクタ、フレロビの両名が揃い、IRISによる奪還作戦は実行の時を迎えることになるが、果たして、この戦いを制するのはー?


第27話「占領」

 

 ダーム等地上人の奇襲により、あっという間に占領されてしまったTK-18支部では、今彼らによる占領作業が進められていた。例えば、捕虜の整理や、基地内に残存して、なにやら怪しい動きをしている伏兵がいないか確認するため、人数の照らし合わせ、そして主要機能の引き継ぎなどだ。特に後者は極めて重要である。せっかく乗っ取れたのに、使い方がわからないのなら元も子もないわけで、当然ではあるのだが。

 そんな中、本館1階奥、真っ暗なサイエンスチームの研究室で一人、密かに動いている人物の影があった。

「…奴らはまだ本館の玄関前にいるはず…。とはいえ、データが盗まれているのなら、この基地の抱えている職員の人数、館内の構造は全て把握されている。時間の猶予は少ないわね…。」

 ぶつぶつと独り言を唱えながら、机の下を四つん這いに歩くこの人物は、サイエンスチーム内ではイクタの右腕であるエンドウだった。

「でも、仇となるのはその人数よ。たった二人なら、私という一人の職員が足りないことに気がつくのにかなりの時間がかかるはず。市街地に残っている隊員もカウントしなかればならないしね。充分に、間に合ってくれるわ。」

 そのようなことを呟いているうちに、彼女はイクタのデスクにたどり着いた。素早くパソコンの電源を入れる。

「…電源が入らない。さっきの攻撃で、どこかの回線がやられた…?でも、予備があるわ。」

 今度は、予備電源のスイッチを入れる。すると、ちゃんと起動してくれたことが確認できた。エンドウは慣れた手つきで、素早く作業を進めていく。

「チーフのパソコンは、非常時には基地内全ての科学に関するデータを1分で一つのファイルに圧縮し、本部に自動転送できるというマスターアクションが可能。そう易々と、奴らにデータを渡すわけにいくもんですか。」

 エンターキーを力強く弾き、無事に本部への転送が完了したことを確かめたが、まだ安心はできない。この戦いで得た敵の情報を文章化し、それも本部へと送らなければ、この支部の負けは無意味なものとなってしまう。今動けるのは彼女だけなのだ。見つかれば殺されるかもしれないという大きなリスクを背負ってはいるが、同時に、今後への大きな望みも、彼女の背中に託されていた。素早いタイピングで、瞬間的に報告書を作り上げていく。

「…チーフならきっと、これを読んですぐに対策を練ってくれる。書けるだけ、細かい情報をー」

 暗く音のない部屋の中、彼女は背から冷や汗を流しながらも、集中した面持ちで速く、そして確実に文章を書き上げていた。

 

 

「おい、あんまりチンタラもしてられねぇだろ。基地の中に、まだ何人か残ってるかもしれねぇし、壊滅させたわけでもないから、ネットの回線も残ってる。他の基地に通信されている可能性もあるし、まずは内部の確認に当たった方がいいんじゃねぇか?」

 玄関前に並べられた隊員や職員の数を数えていたダームの脇で、キュリがそう言った。

「まぁ、それはそうですが、ローレン殿の予知を覚えておいでですか?どのみち、彼らは奪還にきます。おそらくおっしゃる通り、今この瞬間にも、残っている何名かが本部に我々の情報を吹き込んでいる可能性はある。エレメントや怪獣兵器など重要機密も、何らかの形で我々の手から遠ざけようとはしているでしょう。それを行わないほど、彼らはバカではない。」

「わかってるのなら、何でー」

「しかしながら、残っているのはむしろ好都合ですぞ。たとえ科学データが全て消えようとも、オリジナルデータは必ずどこかに保存されていることでしょう。全てを本部に移し替えでもしたら、今度は本部が危機状態に陥った時、逃げ場がなくなる。それに、データや情報の取り扱いという仕事を任される人物は、必ず重要なポストの人間です。故に、機密情報も持ち合わせていることでしょう。人質や尋問相手としてはこの上のない素材。焦る必要はないのです。」

 ダームは冷静に、そのように分析しているようだった。流石に長生きしているだけのことはある。

「…さてと。あと41名足りませんが…。キュリ殿、死体の数は調べてくれましたかな?」

「あぁ。24体転がってた。間違いはないぜ。」

「うーむ、流石に戦闘上手な方々です。あれだけの数の怪獣が暴れたというのに、24名しか死者を出していない。全く、驚かされますのぉ。…つまり残るは17名。さて、その方々は何処へ?」

 ダームは支部長に顔をグイッと近づけ、そう訊ねた。異人化している状態であるため、かなりの迫力がある。

「…市街地で活動している。」

「17名も?…まぁ、大きな街のようですし、それくらいの数で誘導するというのもわからなくはないですが。」

「市街地で活動しているのは、今日休暇を取っていた非番の隊員なのだ。非常時だから、一度に休暇を取らせる人数は減らさなければならない。だから、20名弱しかいなかった、ともとれる。」 

 支部長の隣に立っていた、司令官が代わりに答えた。

「なるほど、納得はできます。それに非番となれば、制服を着ていない者もいるでしょう。市民と共に避難しているとしたら、数えようがありませんね。仕方がない。その方達は一旦放置です。キュリ殿、私はここで怪獣を静かにさせておきますので、基地内をお願いします。異常がなさそうでしたら、そこの支部長さんを連れて、マスター権利の操作方や、パスコードなど必要なものを教えていただきましょう。」

「オッケー。んじゃ、行ってくるぜ。」

 キュリはダームに従い、駆け足で建物内へと足を踏み入れにゆく。エンドウが発見されるのも時間の問題だろう。

「…彼女、大丈夫なのですかね…。」

 ダームが自分たちの元から少し離れ、怪獣たちのところへ向かったのを確認し、情報局長が支部長に対し、小声でそう言った。

「イクタが信頼を置いている人物だ。それに、自らこの仕事を引き受けてくれたのだ、それなりの覚悟と慎重性は持ち合わせているだろう。…とはいえ心配ではあるな。」

 投降する際、イクタや本部への情報伝達の役割を自ら買って出たのがエンドウだった。サイエンスチームの事や、基地内のコンピュータに関する知識などが豊富な彼女が引き受けてくれた事は大いに助かるのではあるが、支部長として、一職員に全てを押し付ける形になってしまったことに責任を感じているらしく、彼女の身を案じているようだった。

「奴が最後の望みとはいえ、仕事に熱中するあまり逃げ遅れては元も子もない。最低限の情報が伝わればいいのだ。欲張らず見切りをつけ、上手く切り抜け無事に逃げ延びて欲しいが…。」

 司令官も、心配で仕方がないようだ。

「…そうだな。彼女を信じよう。」

 何もできない彼らは、一人の科学者に全てを託さざるを得なかった。そして、その情報を受け取ったもう一人の科学者であり、最強の戦士、イクタとエレメントの一刻でも早い到着を祈るばかりだ。

 

 

 

 本部基地に到着し、急いで本館の司令部へと向かうイクタたち。CH地区の基地だけでなく、TK-18支部までやられたというのだから、本部の職員たちは大慌ての様子だ。この短期間でふたつの基地が負けたという事実は、それほどまでに重くのしかかっていた。縦横無尽にせっせこと駆け回るスタッフたちの間をくぐり抜け、いつもは玄関から数十秒も歩けばたどり着く目的地に到達するのに、3分もかけてしまった。

「イクタだ!今戻った!」

 司令室に入るなり、そう叫ぶイクタ。

「ご苦労。先の戦いでは見事な活躍だった。」

 珍しく司令室にその身を構えていた本部長が出迎えた。彼が本部長室ではなく、IRIS軍事の頭脳部である本部司令室にいるということは、それだけ切羽詰まっている戦況であるとも言えよう。「どうも。それより、TK-18支部だ。近況報告は上がってるのか!?」

「焦るな。たった今、救援要請を受けた航空編隊が付近上空に到達。送られてきたのがこの画像だ。」

 天井のモニターに、写真が映し出された。白い煙をもくもくとあげる本館と、その周囲には何十もの怪獣が写り込んでいる。拡大すると、建物の周辺に何名かの人間が整列されているのも確認できる。

「我々はこの画像から、TK-18支部は壊滅したのではなく、占領されたのだと判断した。」

「…だろうな。…だが何人かは戦死しただろう。俺の部下たちも無事ならいいんだが…。」

 イイヅカたちの安否が気になるようだ。

「しかし、随分と早い到着だな。TK-18支部から援軍要請を受けてまだ1時間もかかってないだろう?最寄りの関連施設からでも、早くて2時間はかかるはずだが。」

「たまたま、近くをパトロール中の部隊があったからな。だが、これでは近づけない。怪獣の数が多すぎる。あの数を統制できる能力を持った地上人もいる事だろうし、TK-18支部の軍事能力も敵のものだ。迂闊に攻めては、被害はさらに拡大する。」

「…だが、放置していれば直に次に被害を受ける地区も出てくる。あの規模の支部でもあっという間にやられたんだ。ここだって、まんまと侵入されて情報が盗まれてる。もう地下に安全な支部なんてないぜ。最低でも、奴らを地下から追い出さなければ話は始まらない。」

 イクタと本部長は、向かい合いながら揃って腕を組んだ。奪還計画を組もうにも、情報も戦力も不足している。中途半端な規模で挑んでも、本部長の危惧している事態を招くだけだ。

「厳しいな。せめてフレロビがいれば…。」

 イクタはそう呟いた時だった。彼の背後に、突然、ふと人の気配を感じたのだ。

「呼んだかな?」

 振り向くと、そこにはフレロビが立っていた。

「フレロビ!!お前、どこにいたのだ!一応謹慎の身分なんだぞ!」

 本部長が怒鳴りつける。

「まぁまぁ、敵の能力で辺境に飛ばされたんだ。見逃してくださいよ。むしろ、迅速な状況把握能力と帰還能力を褒めて欲しいくらいです。」

「……まぁいい。帰ってきて早々に悪いが、次の任務だ。イクタとともに、TK-18支部を取り返しに行ってもらう。」

「ちょっと待ってくれ。俺とフレロビだけじゃ心許ない。今動かせる最大限の戦力を使うべきだ。地上人の弱点は人数が少なすぎる事。怪獣も人間もあの場所に固まっているのだから、どうせなら全力で叩くべきだ。欲を言えば、奴ら地上人の命もいただきたいしね。一人でも殺すことができれば、戦況は一気に揺らぐ。ここに全力を注ぐべきだ。」

 イクタはそう主張した。

「…だが、その隙に本部が狙われても困る。敵には瞬間移動の能力もあるんだぞ。」

「もちろん最低限の防衛能力は残しておくべきだが、敵だってせっかく手に入れた地下拠点だ。簡単には逃げださないはず。…そして一つだけ、事前に許可をもらいたいことがある。」

「何かね?」

「必要と判断した時、俺とエレメントで支部ごと、奴らをぶっ飛ばすかもしれないってことだ。」 

 イクタの言葉に、司令室が一瞬静かになる。本部長はしばらく腕を組んだ後、ようやく口を開いた。

「必要と判断した場合に限り許そう。基地は再建できるが、奴らに殺された市民の命は還らんからな。それで奴らを葬り去れるというのなら、惜しむことはない。ただし、その場合は確実に仕留めろ。逃したら承知せんぞ。」

 本部長は、意外にも許可を下した。この戦いに勝てれば、将来的に人類文明は地上に復帰できるかもしれないのだ。そのための足かせとなってくれるのならば、もう地下の施設は惜しくないのだろう。それに、彼の言う通り、これまでに地上によって奪われた命、そして放っておけばこれからも奪われるであろうそれは、蘇らせることなどできないのだから、地下人類の事実上のトップとしては、当然の判断とも取れる。

「了解。部隊の編成は慎重にしつつも、3日以内には終わらせたい。地下世界の未来をかけた戦いになるだろうし、俺も腕がなるぜ。」

 パンっと右腕の拳と左の手のひらを合わせるイクタ。

 その時だった。司令部のコンピュータに、TK-18支部からデータのようなものが転送されてきたのは。

「…!本部長!TK-18支部より何らかのデータを受信!書類のようなものです!」

「何…?もしかしたら情報を伝えようと動いてくれたのかもしれん、直ちに解凍し…」

「待て!敵から送られてきたものだと仮定したら!?開いた瞬間ウィルスに感染して、この司令部のコンピュータまで敵の手に落ちる可能性もある!迂闊に触るな!」

 本部長の声を遮るほどの大声で、イクタが慌てて制止する。これ以上の漏洩は許されない。

「そ、そうだな。私としたことが…。」

「でも、本部長の言う通り味方からものだったら、解凍しないと彼らの努力が水の泡だ。迅速に判断する必要があるが、その材料がない…。」

『イクタ!君のコンピュータにも同タイミングで送信の痕跡があるようだぞ!』

 エレメントがそう言った。イクタはエレメントミキサーを非常時の端末としても活用できるように、自身のコンピュータと一部機能を連動させていた。それにより、エレメントが送信を確認することができたのだ。

「…俺のコンピュータへ接続できるのはエンドウだけだ。信頼価値がある。」

「だが、そのエンドウって奴が敵に脅され、それに従い送信したのだとしたら?それだけでは信頼できないよ。」

 今度はフレロビが口を挟んだ。疑うための根拠ならいくらでも湧いてくるのが悲しい現状である。

「それもそうだが…。それにしては早すぎる。基地占領が開始されてから、まだ間もない。敵が最初に行うのは捕虜の整理だ。データの宝の山である研究室の優先度は確かに高い方ではあるが、まだそこに手をつけれる段階ではないはず。それに、俺のコンピュータは操作が複雑だ。そんな面倒な手間をかけて、わざわざそこから本部に書類を飛ばしてくる可能性は低いはずだ。」

 イクタはそう反論した。

「ふむ、説得力はあるけど、それでも敵の罠である可能性は0ではないんだろう?……でもまぁ、ここは信じるしかないっしょ。送信できたってことは、送信者は敵の手から逃れ、常に背後に気を使いながら必死の思いで届けてくれってことだ。敵も、人数が合わないことに今頃気づいているかもしれない。捜索に入ってるかもしれない。命の危険を顧みない、決死の覚悟を讃えよう。無論、これも僕の妄想での話だがね。」

「…もし罠だった時は、その時だ。お前ら二人で敵を叩けばいいだけのこと。そうだろう?」

 本部長は、少し笑みを浮かべながらそう言った。

「もちろん。最も、僕だけでも十分だとは思いますが。」

「ほざけ。大口叩いておいて足引っ張ったらお前もぶっ飛ばすからな。」

「…確かに、エレメントの力は認めざるを得ないよ。だがそれはあくまで、『エレメントの力』の話だけどね。君も調子に乗りすぎないことだ。」

 睨み合う二人。だがその睨みあいは以前のような緊迫感はなく、どこか冗談めいた雰囲気も感じ取れた。

「では、解凍を頼む。」

 本部長がそう指示を下す。

「了解。」

 コンピュータの前に座っていたスタッフが、慣れた手つきでファイルを開いて行く。圧縮されていたためわからなかったのだが、開いてみると膨大な量のデータが表示された。

「…これは非常用転送システムか。間違いない、味方からのものだ。」

 イクタはそう断言した。エンドウがやってくれたのだ、と心の中でガッツポーズを決める。

「敵にデータを渡さないため、根本から転送するとは、やるね。」

「もちろん、マスターデータは別に、支部内に隠してはある。ま、敵がそれを見つける頃には、俺らの準備も完了しているさ。見ろ、あの書類を開いてくれ。」

 大スクリーンにモニターとして映し出された別のファイルの中の、一つの書類を指差すイクタ。スタッフがそれに従い開封すると、文章化された先ほどの戦いのログが現れた。

「この戦いの記録まである。これで、敵の規模や戦術も把握できる。3日と言わない。これだけわかっていれば、24時間で作戦を整えることができる。」

「やはり、TK-18支部は優秀だ。あの状況下で、ここまで動けるスタッフがいるとはな。全く脱帽ものだ。」

 本部長は鼻を鳴らして感心している様子だ。

「さて、私とパットン司令、そしてここにいる皆で緊急作戦の立案会議を開く!何度も言うが、これは我々の未来をかけた戦いになる。IRIS60年の歴史の中で培った全ての力を注ぎ込む!全ては地下世界の平和のために!そして地上に返り咲くために!必ず勝つ!死ぬ気で取り組め!」

 本部長が大声でハッパをかけた。

「おお!!」

 その場にいた全員が、それに応えて叫んだ。かつてない盛り上がりっぷりだ。落ち込んでいた戦意を回復させるだけでなく、過去最高の水準までに引き上げるのだから、この男は非常に優れた長といえよう。

「熱くなってきたじゃねーか。待ってろよみんな、必ず救い出す!」

「いいねえ、こういうの。眠ってた甲斐があるってもんだ。」

 二大戦力も、それぞれに闘志を燃やしていた。史上最大規模の戦闘の火蓋が切って落とされようとしている。

 

 

 

 TK-18支部本館内を、念入りに探索して行く一つの影。そう、キュリである。内部構造の間取り図は既に彼女の手の中にある。彼女は真っ先に非常電源装置の場所に向かい、基地内のあらゆる機能を復旧させた。フクハラ支部長が投降する際に電源を落としていたため、真っ暗闇だった館内も、いつもの明るさを取り戻した。これで、捜索も捗る。

「さて、コソコソとしているネズミを捕まえなきゃな。」

 迅速かつ丁寧に、あらゆる箇所に目を凝らしながら進んで行く。どこからも、人の気配は感じ取れない。

「…やはり、この研究室ってところが一番怪しいな。爺さんが言ってた、重要なポストの人間ってのも、そこに隠れて作業をしているかもしれない。そいつをひっとらえてローレンの前に突き出せば、私も褒められるだろうなぁ。」

 ニタニタと不気味ににやけながら、歩みを進めて行く。間も無く研究室へとたどり着くと、電源が復旧したため自動ドアも稼働しており、そのままあっさりと室内に侵入することができた。照明のスイッチを入れ、部屋を照らし出す。

「……いねぇな。」

 机の下、天井、大装置の裏側。様々な死角に顔を突っ込むが、それらしき人物の姿は見当たらない。

「爺さんの思い過ごしか?全員、外に出たってことかな。」

 警戒しながらも、奥へ奥へと確実に侵入して行く。死角がある都度、そこを確認していくが、やはり見当たらない。ここにはいないのだろうか。

「でもなぁ。大事な科学データなんだろ?こんな無用心に置き去りにするかねぇ…。私だったら、そうはしないけどな…。」

 その時だった。彼女の背後で、コトッという小さな音がした。咄嗟に振り向き、身構える。

「誰かそこにいるのか!?」

 呼びかけるが、返答はない。何かがデスクから落ちたのだろうか。それとも、人かー?

 恐る恐る、音のした方へと引き返していく。万が一だが、自身を討つために、敢えて待ち伏せをしていたという線もある。それが頭をよぎり、彼女にも緊張が走る。

「……。」

 しばらくの間、音という音がない、無音の時間が訪れ、その場を支配した。心臓の鼓動の音が数百メートル先にですら聞こえるのではないか、そう思うほどの静寂だ。その緊張感に耐えきれなかったのか、彼女は思い切り、その場にあったデスクを蹴り上げた。

「うらぁ!」

 デスクは設置してあったパソコンを宙に放り投げながら、ドクンっと僅かに浮き上がった。

「いってー…。」

 つま先の当たりどころが悪かったのか、一人で悶絶するキュリ。その痛みも虚しく、その後も反応はなかった。何かの聞き間違いか、本当に物が落ちただけだったようだ。

「…ちょっと神経質になりすぎたかな…。」

 そう思いながらも、次は先ほどとは異なる異変を感じた。密室で空調も動いておらず、少し息苦しかったこの部屋に、わずかに風を感じたのだ。

「…まさか…!」

 彼女は慌てて、風のきた方向へとダッシュする。そこには、非常口があり、ついさっきに、開閉されたのであろう痕跡が残っていた。わずかではあるが、隙間が生まれていたのだ。

「…まだ近いはずだ!」

 バンッとドアを開け放ち、周囲を見渡す。だが、人の影はない。完全にやられた。逃げられたようだ。

「くっそー!またしくじった!!」

 キーッとその場で地団駄を踏み続ける。何度かそうした後、諦めたのか部屋の中へと戻っていった。そしてその様子を、影からのぞき見る一人の人間がいた。

「…ひとまずは助かったわ…。単純思考回路タイプの子でよかった…。」

 そうほっと胸をなでおろしたのはエンドウであった。

「まぁ、ここに来るだろうとは思ってたわ。でも簡単には逃げられない。だから、少し頭を使ったのよ。」

 彼女が作業を終えたタイミングで、基地内のあらゆる機能が復旧したのを、メインコンピュータの稼働で気がつくことができたようだ。時間がないと判断した彼女は、近くにあった、職員用の灰皿を、室内奥付近のデスク直下に配置されていた、非常口近くにまで伸びている細いコードの上に設置。キュリがそのエリアに足を踏み入れ、数秒経った後に、非常口周辺に身を隠していたエンドウがそのコード引っ張り、灰皿を動かした。その物音に気を取られている間に…と計画していたのだが、好都合なことに、キュリ自らさらに大きな物音を立ててくれた。突然のことに心臓が飛び出るほど驚きはしたものの、おかげさまで扉を開く音を誤魔化すこともできた。あとは慌てず、出口付近の物陰に隠れ、やり過ごすだけである。

「運が良かっただけ、かもしれないわね。あの爺さんの方が来ていたら、逃げられなかったかもしれない。我ながら、危険な賭けだったわ…。」

 エンドウはとりあえず、オニヤマ等リーガライザーが勤めているKG-4エリアの施設を目指すことにした。まだ奴らの目が行き届いていない今の内に、何か動ける乗り物を見つけ出さなければならない。姿勢を低くしながら、基地の裏側へと小走りに進んで行く。無事に振り切ることができればいいのだがー

 

 

 

「なんですと?逃げられた、と。」

 館内の捜索を終え、戻って来たキュリの言葉に少し目を丸くする表情を見せたダーム。

「すまん……。」

「…まぁ、逃げられたものはしょうがない。相手はこの地区の地理にも詳しいでしょう。上手いこと隠れながら、今でも逃走しているに違いない。となると発見は困難。そちらに労力を向けるのは無駄でしょう。今やれることはしなければ。」

 ダームはすぐに切り替えると、整列された捕虜となった隊員やスタッフたちに、大きな声で呼びかけた。

「みなさん。お待たせいたしました。こちらの作業が終わりましたので、今から指示に従って動いてもらいます。」

 そう言うと、まずは支部長や司令官、局長を中へと入れてゆく。彼らの力なしでは、この基地の能力を最大限に使うことはできないからだ。

「キュリ殿、ここにいる隊員たちを、ローレン殿の元へ連れていってください。」

「あいよ。」

 ダームが首脳陣と共に館内へ消えていったあと、キュリは残っていた人数を見渡しながら腕を組んだ。

「…いやぁ、多いわ。この人数を同時に動かしたら、私も疲れるしな…。どうしよっかなー。」 

 しばらく考え込んだあと、何かを思いついたのか、彼女はパチンと指を鳴らした。それを合図に、止まっていた怪獣のうちの一体が、咆哮をあげた。

『グオォォォォォォォ!!』

「爺さんが異人化を解いてるってことは、こいつらももうアクティブってことだしな。私の合図一つでも、動いてくれるわ。」

『ガァァァァァァ!!』

『ゴォォォォォォ!!』

 一体が目覚めたのを引き金に、次第に怒号の輪が広がって行く。そしてついに、ほぼ全ての怪獣が目を覚ました。

「んじゃ、この中を生き残った奴だけ連れて行くとするかな。」

 キュリは不敵に笑った。

「ちょっとイライラしてるし、ストレス解消のためのいい余興になってくれることを期待するよ。健闘を祈るぜ。」

「う、うわぁぁぁ!!」

 突然ことにパニックに陥る隊員たち。武装解除はしていないため、戦おうと思えば戦えなくはないのだが、彼らの戦意はとっくに失われている。顔を真っ青に染め、その場に崩れ落ちる者もいた。

「卑怯な…。」

 キッとキュリを睨みつけるのは、イクタ隊所属のイイヅカ隊員だ。

「どうする…これは流石に…。」

 ホソカワ隊員が、怪獣の顔を見上げたまま、ジリジリと後ずさりしながらそう訊ねる。

「…俺たちはあのイクタ隊長の部下なんだ。部下である俺たちが、簡単にくたばってしまったら隊長の顔に泥を塗ることになるぞ。逃げ延びるしかない…!」

 キョウヤマの言葉に、一同が頷いた。

「けどどうするの?そんな易々と逃げさせてくれるわけないじゃない。」

 アヤべの疑問は最もだった。この数の怪獣が再び暴れ出すのだ。生存者だけを連れて行くと言ってはいたが、このままでは間違いなく全滅する。

「…俺に考えがある。従って欲しい。」

 このメンツの中では最も頭の切れるサクライがそう呟いた。

「…わかった。お前の判断を信じてやるぜ。」

「ありがとう。作戦はこうだ…。」

 サクライが、小隊のメンバーに小さな円陣を組ませ、小声で耳打ちする。

「……本当にそれがお前の考えた最良の案か?」

 ホソカワが険しい表情でそう訊ねる。他の隊員たちも、驚愕の顔を浮かべていた。

「あぁ。これ以上のものはないはずだ。覚悟を決めて欲しい。ここで全員死ぬのか、一部でも生き延びるのか。それが、戦争ってもんだろ。」

 そう言うサクライこそ、立案者にも関わらず、まだ腹を括れていない様子だった。申し訳なさそうな顔で、周囲の小隊外の隊員たちを見つめている。

「…考えている暇はないぞ。やるしかない。来い!」

 先導を切ったのはイイヅカだった。

「…くそっ!もうどうにでもなれ!」

 覚悟は決まっていないようだが、もう半ばやけくその状態で、彼らは走り出した。怪獣をアイリスリボルバーで牽制しつつ、攻撃をかわしながら進んで行く。

「ほう。まだ元気なやつがいるじゃないか。」

 キュリは楽しそうにそう言った。彼らが戦うために動き出したため、それに刺激され怪獣の動きも活発になる。闇雲に光線やエネルギー弾を吐き出す暴れん坊もおり、それら攻撃が動けない隊員の近くにも着弾してゆく。

「走ってください!」

 戦闘不能の先輩隊員たちを、そう鼓舞して行くイクタ隊。だが、彼らに動き出す気配はない。

「イイヅカ!もうこの人たちは動けないんだ!」

 サクライがそう叫ぶ。先輩とはいえ、立つこともできない隊員に構って巻き添えを食らうわけにもいかないのだ。怪獣たちも、ちょこまかと走り回る隊員を狙うよりは、静止している的を狙う方が楽だと判断したのか、次第にイイヅカたちを無視してそちらへと向かい始めた。

「…サクライ!これでいいのか!?本当に!?」

 ホソカワは以前疑問を抱いている様子だった。

「いいんだ!いいから走れ!」

 彼らを残して全滅するまでには、そう時間はかからなかった。ものの数分で、生存者は彼ら5人だけとなってしまったのだ。

「おい地上人!5人なら少ない方だろう!これでも、まだ減らすか!?」

 サクライがキュリ目掛けてそう叫んだ。

「…こいつは驚いたぜ。」

 キャハハ、と笑いながら、彼女はそう言った。

「賢いな、お前ら。自分たちが捕虜となり生き残るため、怪獣たちを誘導するとは。…いいだろう。威勢のいい方が、ショボーンとしているやつよりは捕虜としての価値もある。お前らを連れてってやる。」

 キュリは瞬間的に、自分と隊員たちを空間移動させ、本館内の一室へと連れ出した。

「…地上に行くんじゃないのか?」

 イイヅカが、警戒心を強め、身構えながらそう言った。

「無茶言うな。私も今日は疲れてるんだ。連れてくなら休んでからだよ。あーそれと、だからと言って変な気を起こすなよ?今度はもう、囮に使える駒はいないんだからよ。」

 外に目を向けると、獲物を見失った怪獣たちは次第におとなしくなり、まるで遊び相手を探し回っているかのように、視線を地へと向けたまま、のっしりと歩き始めていた。

 

 

 

「なんということを…。」

 その様子の一部始終を司令室から眺めていた支部長が嘆きの声をあげた。

「貴様ぁ…!約束が違う!」

 司令官は顔を真っ赤にして、ダームの胸ぐらを掴み上げた。

「まぁまぁ。確かに私は命の保証を致しましたが、彼女は別です。」

「そんな屁理屈が通用するとでも思っているのかぁ!これ以上私たちの部下をー」

「通用、しますよ!」

 怒鳴り上げる司令官を突き放し、珍しく声のボリュームをあげるダーム。

「いいですか、再確認しましょう。あなたたちは負けた。私たちが勝った。地球文明史上、勝者が絶対正義なんですよ。まぁ、抵抗するのは許しましょう。あなた方敗者にもそのくらいの権利はある。ただし、それならば私たちもまた、本気で鎮圧する。どちらがお互いにとって得なのか、冷静に考えてくださいよ。」

「司令……気持ちはわかるが耐えてくれ。もうわずかな数にはなってしまったが、捕虜に取られている隊員を人質として扱うことだって、相手には可能なのだ。」

 支部長も怒りや屈辱といった感情を押し殺した様子で、いつもの冷静を装い、司令をそう宥めた。彼もまた悔しさに震えているのだということを感じ取った司令官は、すぐにおとなしくすることにした。

「…わかり…ました…。」

「さて、と。ご協力願いたい。軍事機能の使用方法が、イマイチわからないのでね。しかし進んだ科学ですなぁ。私のようなジジイには、複雑で良くわかりませぬ。」

 ダームはおどけた顔でそう言った。わざと、こちらの心情を煽るためにやっているのであろうか。このままでは、感情的になりやすい司令官がまたいつ暴走するかわからない。それに、用が済んだら殺されてもおかしくはないのだ。いや、これだけのポストの人間なのだから、人質としての利用価値も高いかな。どちらにせよ、行き着く先は暗い未来だ。支部長はここまでイメージした後、考えるのをやめた。

 

 

 

 それから26時間が経過していた。本部司令部では、作戦の立案こそ迅速な会議対応により大詰めを迎えていたものの、肝心の戦力がまだ整っていなかった。ここにきて、整備不良の機体が2機も出てきたのだ。

「…困ったな。こういうこともたまにはあるのだが…タイミングが悪すぎる。」

 本部長も腕を組んで唸ることしかできない。

「…たった2機です。先に、他の部隊を向かわせれば良いのでは?エレメントにフレロビがいるのならば、さほど大した問題では…。」

 役員の一人がそう発言した。

「いや、大した問題になる。確かに怪獣の掃討は俺たちの仕事だが、館内に強行突入するケースもあるし、その際の歩兵戦力もできる限り輸送したい。一般の戦闘機にも、機体のパフォーマンスが低下しない範囲で載せれるだけの人員を搭載したいからな。」

 イクタが反論する。確かに輸送機代わりに使うというのならば、2機でも結構な差になる。

「彼の言う通りだ。まずは周囲の怪獣を二人で相手してもらう。数を減らし、怪獣戦力がこちらに向かなくなったのを確認し、航空部隊で基地を空襲。自動砲台を備えてるとはいえ、何機かは奴らが自ら破壊しているはずだ。最高火力は発揮できないだろう。」

「エレメントたちが戦っている間はどうするのです?上空待機はきついでしょう。待っている間に撃墜されるのも困るし、搭載している人員も地上に下ろさなければ、最小限にとどめるといえど、本来定員オーバーなんです。僅かな機動力の低下が致命傷にだってなりうる。」

 その意見はもっともだった。

「しかし、ならばどうすればいい。TK-18支部の近くに、何か拠点でもあるのか?あるのなら、確かにもっと手際のいい作戦が組めるがー」

 本部長がそう言いかけた時だった。

「…いや、ある。あるではないか。イクタ、KG-4地区の施設に滑走路はあったかな。」

「…あぁ!あるぜ。IRISの施設間は距離が離れていることが多いからな。メインの移動手段は自ずと航空機になる。だから、関連施設は規模の大小に差こそあれど、滑走路はある!」

「…よし!では決まりだ。航空部隊は私からの出動命令があるまではそこで待機。その間に、陸上部隊はトラックなどに乗り込み、陸からTK-18エリアを目指せ。市民は避難しきっているから、道はガラ空きだ。全速で飛ばせ。……一旦着陸する場所があるのならば、動けない2機に載せるはずだった戦力を他の機体に分散しても大丈夫だろう。空襲作戦に参加する航空機が減ることになるが、それでもなんとかなるかね?」

「それなら、俺らからの援護で補える。ギリギリにはなるだろうが、なんとかなる。」

「うむ。では総員、直ちに出発せよ!」

 本部長の命令により、隊員たちが一斉に立ち上がった。作戦参加隊員数は400人を超え、導入される最新鋭の戦闘機、アイリスバードマーク2は28機と、かつてない規模の大部隊となっている。これだけの数をたった24時間と少しで集められるのだから、本部の軍事力は侮れない。

「正直僕にすら勝てない奴が、あれだけの怪獣に勝てるとは思えんが、まあ僕もいることだし、心配するな。」

 司令室の外へと並んで走るフレロビとイクタ。フレロビは茶化すようにそう言ったが、この状況下だ。イクタにも、いちいち過剰に反応している余裕はなかった。

「あぁそうか。お前も心配しなくていーぜ。余計なお世話だ。」

「だといいけどな。」

 そのような会話をしているうちに、航空機の格納庫へとたどり着いていた。二人はそれぞれに、既にエンジンが温まっている機体に乗り込むと、すぐに発進準備を整える。

「じゃ、イクタ発進!」

「同じくフレロビ、発進。」

 彼らの乗るアイリスバードマーク2がほぼ同時に基地を飛び立つ。それぞれは毎秒ごとにグングンと加速し、あっという間に最高速度に到達した。その後ろから、次々に他の隊員の乗る機体たちが追うように飛び出してきている。イクタ、フレロビの二人は直接基地へ。その他はKGエリアの臨時拠点へと、作戦遂行の為、各々の目的地へと一直線に向かうのだ。

 数時間後、イクタフレロビの両名は目的地周辺の上空へと侵入した。そこで速度を落とし、自動運転に切り替えると、イクタは腰に据えられていたエレメントミキサーを左腕に装着し、エレメントと息を合わせる。

「行くぞ。」

『うむ。』

「ケミスト!エレメントーーー!!」

『シェア!!』

 真白き光がイクタを、アイリスバード諸共まるで繭のように包み込み、次第に上へ上へと膨張し始めた。光の塊の成長はしばらくした後止まったが、その中には先ほどとは違い、巨大な人影が確認できる。そしてその人影は思い切り、光を振り払った。粒子となり、キラキラと輝きながら飛散する繭の欠片の中から姿を現したのは、きらめく赤と銀の二色が織り混ざった、光の巨人、ウルトラマンエレメントだった。ゆっくりと、前かがみで着地する際にエレメントの舞い上げた砂塵や瓦礫は、無人となり自動運行をしている機体付近にまで到達していた。自身にも降り注ぐ埃を気にもせず、エレメントは顔を上げ、怪獣たちを睨み付けながら、戦闘態勢の構えを取る。

『ジャッ!』

『ハァァァァァ!!』

 その左隣で、異人化しつつ巨大化を果たしたフレロビ。二人の巨大生物が肩を並べるこの光景の前には、如何なる存在ですらも無力になってしまいそうな、それほどまでの威圧感を覚える。

2体は怪獣たちが蠢くその戦場に、大きな土埃を舞い上げながら、着地する。衝撃を和らげるために、深く腰を落としながらも、その両腕はすでに戦闘態勢へいつでも入れる、という角度に曲げられていた。

「…きましたね。」

 ニヤッと不敵な笑みを浮かべるのはダーム。まるで、この時を待っていた、とでも言わんばかりの表情だ。

『…ジェア!!』 

エレメント、異人態フレロビの両名は、すぐに怪獣軍団めがけて駆け出した。地下史上最大規模になることが予想される決戦の火蓋は、こうして切り落とされたのだ。

 

                                  

 

                                                             続く

 



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第28話「好転」

 TK-18支部を巡る攻防戦第2ラウンドが開幕!ウルトラマンエレメント、そしてフレロビを投入し、一気に怪獣たちを蹴散らしていくIRIS。だがもちろんその戦闘もトントン拍子で進むはずはなくー
 長きに渡る戦いに、一つの区切りが付いたその時、ローレンはとある決意を固めることになる。


第28話「好転」〜怪獣軍団・異人ダーム登場〜

 

『ジェア!!』

 TK-18支部へと駆け付けるや否や、すぐに怪獣の群れへと突撃していくウルトラマンエレメントとフレロビ。その様子を、余裕の表情で本館司令室から眺めるダームの姿があった。

「…きましたね。」

「おぉ…支部長、エレメントです。」

 ロープで縛られ、部屋の隅へと追いやられていた3人の首脳陣のうち、司令官が、支部長の耳元にそう囁いた。

「…うむ。思いの外早い救援だな。…とはいえ、そう簡単に打破できる状況ではないぞ…。」

 それもそうである。IRISが投入した戦力は、現状ではエレメントとフレロビのみ。それに対して、敵は20を超える大型怪獣を主力とし、今彼らの目の前に佇んている老人、ダームが司令塔となっている。しかも、こいつは怪獣のコントロールも可能という難敵だ。加えて、今は別のフロアにいるらしいが、空間操作のキュリも控えている。多勢に無勢とはこのことで、もちろん、IRISにも今後さらなる増援が来るであろうことは間違いないと見ていいのだが、戦術兵器や陸兵を建物に近付けるためには、如何せん、一体でも多くの怪獣を処理しなければならない。如何にエレメントと雖も、流石に分が悪すぎる。

『シャアアア!!』

 そんな心配をよそに、ズンッと鈍い音が響いた。エレメントの拳が、メリメリっと一体の怪獣の腹に食い込んだ衝撃音だ。攻撃を受けた怪獣は声にならない悲鳴をあげながら、数歩後退し、片膝をついた。どうやら彼らは、劣勢という現状を気にもせず、目の前の敵を倒すことだけに集中してくれているようだ。

『イクタ、これだけの数だ。全力で飛ばしていては変身を保てなくなる可能性もある。』

「だからといって、手を抜けばやられる。何かいい策はないか?って聞きたいんだろ?わかってるって。」

 イクタは聞かれる前からも、優位に進めるための作戦を模索していたようだ。

『それで、何か思いついたか?』

 怪獣の尻尾攻撃をしゃがんで避けながら、エレメントはそう問いかける。

「フレロビが俺の指示通りに動いてくれるんなら、或いはな。」

『ふむ……それは難しいかもな。』

 エレメントは嘆きながらも、走り寄って来る2体の怪獣の突進攻撃を、まるで五輪の体操選手のような前方宙返りで躱すと、着地時に近くにいた別の怪獣の頭部をかかとで蹴り落とした。

『シャッ!』

 怪獣の頭を足場として着地したため、少しよろけはしたが、すぐに体勢を整え、銀色に光る瞳で怪獣たちを睨み牽制する。その姿には、今までにない凄みを感じることができた。

『やるじゃん。ハッ!』

 そこから数十メートル間隔をあけて、フレロビも果敢に戦っていた。不思議なことに、怪獣の群れの猛攻も、フレロビには一切通用せず、攻撃の一つも当たっていない。

「…そういえばあいつ、俺らと戦ったときもすぐに動きを見切って攻撃が当たらなくなってたよな。どんな能力なんだ?あれは。」

『…推測だが、リディオの残したデータからするに、心を読むアビリティだろう。心の声が聞こえているのか、直感的なものに近いのか。詳細なことは不明だがな。』

「となると、怪獣の動きのほぼ全てを掌握できているわけだ。場面によっては、未来予知よりも正確に目標の次の動きがわかるかもしれない。」

 イクタは使える、とそう確信した。その能力を活用し、こちらにも情報を与えてくれるのならば、無駄のない動きで戦闘を行うことができるに違いない。問題は協力してくれるか、だが。

『ガァァァァ!!』

 そんなこんなで考え事をしているときに隙を作ってしまったらしく、エレメントは怪獣の体当たりを左半身に喰らい、そのまま地面に転がり込んだ。ゴォォォ…という音が、砂塵とともに舞い上がる。

『ノワァ!?』

 すぐに立ち上がり反撃を…と言いたいところではあったが、先ほどかかと落としをお見舞いした怪獣に両腕を掴まれ、そのまま持ち上げられてしまう。

『は、離せ!』

 腕は力一杯捕まれ動かすことができないので、両足をジタバタとさせ振りほどこうとするが、それよりも早く、集まってきた怪獣たちに次々と殴られ始めたのだ。

『グオッ!グハッ!こ、これはいかん!』

「ダームめ、どこかで怪獣たちに指示を送ってやがるな…。おい、とっとと振りほどけ。このまま嬲り殺されたいか?」

 イクタがエレメントを急かす。

『わかってる!…し、しかし…』

『ガァァァァァァ!!』

 怪獣たちは、一向に攻撃をやめてくれる気配はない。むしろ、さらにここ目掛けて集まってきている。このままでは笑い事ではなくなってしまう。どうにかしなければーと、その時だった。

『ハァ!!』

 フレロビの飛び蹴りで、エレメントに纏わりつくようにウジャウジャと集まっていた怪獣たちの一部が吹き飛んだ。さらに、エレメントを捕まえている個体にもパンチを浴びせ、力ずくで彼を解放することに成功する。

『お、おぉ助かった…。まさか君に救われるとはな…。』

『僕の相手もそっちに流れたからだ。それじゃあ面白くないんでね。』

 フレロビは無表情で、エレメントの感謝の言葉を軽くあしらい、彼をおいてすぐに次の攻撃動作に取り掛かった。

『…まぁ何にせよ恩に着る。よし、気を取り直していくぞ!エレメントグニール!!』

 エレメントはそう叫び、左腕を上へと掲げた。その掌の中に、どこからともなく現れた光り輝く大きな槍が握られる。

『シェアアアア!!』

 エレメントグニールを強く握りしめ、再び怪獣の群れへと特攻するエレメント。器用に振り回し、怪獣たちに確実にダメージを与えていく。

「ふむ、あれは厄介な武器ですね。暴れてもらうのは困ります。…司令官さん。」

 これまで無言で戦いの様子を眺めていたダームが、そう口を開いた。

「何だ。」

「固定砲を起動させてください。今すぐにです。」

「なに…。操作方法は教えてやったはずだ!勝手にやれ!だがエレメントは切り抜けてくれるさ。その攻撃に意味はないぞ。」

「いえ、意味はありますよ。あなたがその手でエレメントを攻撃する、ということにです。私は操作のやり方を忘れてしまってですね…。いやぁ、歳のせいでしょうか?」

 ダームはとぼけた顔でそう言った。

「貴様…ふざけるのもいい加減に…!」

 怒鳴り付けようとした司令官の顔の横を、音もなく実弾が通り過ぎた。司令の顔には薄い傷口ができ、その後方で壁に小さな穴が空いていた。

「ひいっ!」

 3人まとめてロープで縛られていたため、弾は同時に情報局長の顔もかすめていたのだ。彼がそう小さな悲鳴をあげる。

「あなた方の命は私の掌の上です。そのことを、お忘れなきように。」

「……クソ野郎め…!…イクタ、エレメント、避けてくれよ…。」

 彼らの無事を祈りつつ、司令は指示に従い自動砲台を起動させた。基地のあらゆる箇所の地下に隠されていた砲台が次々に顔を出し、その大きな口をエレメントやフレロビへと向けていく。ダームはその隙に、怪獣たちを数十メートル退かせていた。

『何だ?怪獣たちの動きがおかしいぞ。』

 急に戦うことをやめ、小走りで離れていく怪獣たちを見て、エレメントは違和感を覚える。その次の瞬間だった。ドドドドド…という連続する轟音と共に、彼らの周囲目掛けて砲撃が始まったのだ。

『うわ!!』

 流石のフレロビも予想外の奇襲に対応できず、数発をマトモに喰らい吹っ飛んでしまう。

『ノワァ!!』

 エレメントには直撃弾こそなかったものの、付近に次々に着弾する砲弾の爆風や衝撃波を受け、同じく飛ばされていた。

「ちっ…まさか俺の作ったシステムから攻撃される日が来るとはよ。」

 イクタはそう呟きながら頭を掻いた。

『だが、防ぐのみだ!』

 エレメントは左腕のミキサーを起動させ、タイプチェンジを試みる。

『ケミスト!スチールエレメント!!』

 その機械音声と共に、彼の身体は眩しい金属光沢を放つ銀一色のものと化した。鋼鉄の戦士、スチールエレメントだ。

『エレメントシールド!!』

 エレメントの前方の大地より、相当な面積を誇る鉄のカーテンが出現し、すぐに彼の視界を遮るほどの高さにまで成長。砲撃をガキィンという耳を擘く金属音を鳴らしながら弾き返し始めた。

『よし!』

「いや、まだだ。」

 しかしすぐに、そのシールドにも亀裂が入り始めた。このままでは、決壊してしまう。

『どうなってる!?私のシールドがこうも早く…』

 エレメントは慌てながらも冷静に、咄嗟に鉄の壁から後退し距離をとって決壊に備える。

「俺の作った防衛兵器だ。怪獣を砲撃だけで仕留められるように、とんでもない威力に設定してある。いくらあんたと雖も、あれだけの数の砲台から一斉に叩かれるならこうもなるさ。」

『むむぅ…。』

『道理でめちゃくちゃに痛いわけだ。面倒なもの作ったねぇ…。』

 その隣で、フレロビがフラフラとしながらもゆっくりと立ち上がった。身体からはまだ白煙がモクモクと上がっている。

「あんた、マトモに喰らってたよな。その程度のダメージで済んだのか。悪運の強いやつだ。」

『ふん。…だがどうする。まずは砲撃を止めないと、怪獣に近づけない。』

 土埃をパンパンと払い落しながら、フレロビがそう言った。

「砲台を潰す案なら俺にある。任せろ。問題はその後だ。怪獣が多すぎる。あんたのアビリティがなければこちらが力つきるのが先になってしまうんでね。協力を願いたいが。」

『……それ、僕に何かメリットある?あるのなら、力を貸してやらんこともないけど。』

「メリットか。……これといってないが…。」

『なーんだないのか。…まぁいいよ。癪だが、こりゃエレメントの力がないと、この僕でも苦しいんでね。あくまで欲しているのはエレメントの力であって君のではないんだけど。それに、君から僕に協力を要請してくるとはね。僕が優越感浸れたし、良しとしよう。』

「なら、とりあえず交渉は成立でいいんだな。……来るぞ。」

 イクタがそう言うのと同時に、遂にシールドが大破。彼らを再び、砲弾の雨が襲う。

『おい、どうすればいい!?』
 光の槍を握りしめるだけで、ただ上を見上げているだけのエレメント。

「その身体ならある程度は問題ないよな?飛び込め!」

 イクタの意思で、その大きな身体は大地を蹴り飛び出した。

『お、おい!…あだだだだ…』

 彼は自ら猛攻の中に飛び込んだことにより、躱せたはずの余計な攻撃まで身体に喰らってしまい、時折悲鳴をあげながらも、どうにか吹き飛ばされずに突き進んでいく。スチールエレメントは全身が鋼鉄の戦士であるため、ある程度の衝撃にはシールドを張らずとも耐え、体重も倍以上に増えているため激しく飛ばされることも少ない。だが、一度のジャンプで飛べる距離は格段に短くはなっており、そもそも致命的な弱点として、飛行状態には入れないと言うものもある。

『グッ…ハァ…』

 地面に小さなクレーターを形成させながら一旦着地する。

「よし、この距離ならばなんとかなる。一気に突っ込む!」

 エレメントグニールを改めて握り直し、柄の底部にあるスイッチを、握り拳で軽く突き上げるようにして1度だけ押した。すると、円錐部分が真白く輝き、ドリルのように回転し始める。回転数はグングンと上昇し、次第に螺旋状の銀色のオーラも出現し始めた。

『スチールエレメントスマッシャー!!』

 自身が鋼鉄の光り輝く槍へと変化したエレメントが、地を蹴り出し、宙に浮かびながら超高速で怪獣軍団目掛けて襲いかかる。敵勢を一気に宙へと蹴散らしながら、エレメントは本館への距離をグングンと縮め、ある程度進んだところで右足を突き出し、思い切りブレーキをかけ、続けて左足も差し出し、瞬間的に速度を落とし、地面を数十メートルに渡り抉りながら、静止した。その背後には、ようやく宙から地面へと叩きつけられた数十の怪獣たちが悲鳴を上げている。

「怪獣は任せた!俺らの仕事はここからが本番だぜ!」

 イクタは、フレロビ、そしてエレメントに同時にそう声をかけると、さらにエレメントミキサーの操作を進める。

『ケミスト!ハイドロエレメント!』

『ハイドロエレメントレイン!』

 今度は水色のオーラを漂わせ始めたエレメントグニールの刃先を真上へと掲げ、エネルギーが一定量チャージされたことを確認すると、スイッチを二度入力する。光槍はそれを引き金に水色のエネルギーを打ち上げると、それは上昇を続けたのち、破裂し一気に拡散。細かなエネルギー弾が雨のように、基地一帯に降り注いで行く。この全方位攻撃により、死角にあった砲台にも確実にダメージを与えることができた。加えて、エレメントの生み出した特殊な水分をも含んでいるため、例え外傷程度の被害しか受けなかった個体でもショートし稼働しなくなってしまっている。エレメントは、というと、今ので水素を使い果たしたのか、通常の姿、ノーマルエレメントへと変身していた。

「…怪獣を蹴散らし強引に射程距離まで進行し、全砲台を一瞬にして機能停止に追い込むとは、流石にウルトラマンの戦闘力は別格ですね。」

 ダームは感心しながらも、まだどこか余裕が残っている様子だ。

『…砲撃が止んだ…。どうやったんだ?…まぁ、なんでもいい!』

 その背後数十メートルで怪獣と戦闘していたフレロビは、エレメントの行動全てを見ていたわけではなかったため、状況を理解できていたわけではなさそうだったが、この機を逃すまいと、一気にギアを上げていく。

『ソゥラ!』

 掛け声とともに、大きく口を開け、そこから光線を吐き出した。その攻撃で、同時に5体ほどの怪獣が爆死する。

『…まだまだ、いくぜ!』

「怪獣は、ある程度はあいつがどうにかしてくれそうだな。」

 その様子を流し目でチラッと視界に入れながら、イクタがそう言う。

『ある程度は、だがな。私たちもすぐに、フレロビを援護せねば…。』

「いや、俺たちにはまだもうひとつ、仕事がある。」

 イクタがエレメントの身体をコントロールし、片足を大きく上げ、ピンっと張った後に思い切り大地に打ち付けた。その『四股踏み』のような動作の衝撃波で、あたりの瓦礫が瞬時に飛散していき、一帯を真っ直ぐな平地にしてのけた。

「さ、次はあれ、やんぞ。」

 エレメントの両腕を胸の前で十字に交差させ、必殺の光線を繰り出した。

『ケミストリウム光線!!』

 その目標点は、司令部から死角となる本館の一角だった。その箇所を、威力を落とした必殺光線で攻撃し、戦車一台くらいなら通行できそうな穴を強制的に生み出す。

『何の真似だ?』

「じきに来るIRISの部隊がスムーズに突入できるようにフィールドメイクしてやったんだよ。あとは、怪獣の掃討に集中するのみ!余力を残せればなお良しだ!いくぞ!」

「おっと、調子に乗られては困りますよ!」

『ガァァァァ!!』
 フレロビの方へと向かおうとしていたエレメントの行く手を、突如現れた大きな怪獣が阻んだ。その頭上には、ダームが乗っている。

『…貴様か…ダーム!』

「かのウルトラマン様に名を覚えてもらっているとは光栄。…まぁ、あなた方も結構躊躇なく攻撃してきますね。仮にも自らのホームグランドなのに。」

「今はお前らの拠点だろ。だから叩き潰すまでだ。」

 イクタがそう答える。

「…なるほど。とはいえ、基地を荒らされる痛みはあなたもよく理解されているでしょう。私たちとてそれは同じ。これ以上は、黙って見ているわけにもいきません。ここは私と、尋常に勝負願いたい。」

『尋常にだと?ふん、どうせマトモに勝負する気などないだろう。さしずめ、この私の消耗を主要目的とし、怪獣戦力にこれ以上の損害を出さないため、そしてIRISを簡単に突入させないため、それらを考慮しながらの戦いになるのではないか?』

「ほほう。まぁ、当たりでしょうな。私や怪獣、そしてあなたが派手に暴れれば、アリンコサイズの隊員の突入は絶望的になりますし、あなたの変身が解けたその時に、怪獣が1体でもこちらに残っていればもう私どもの勝ちのようなものですからね。それに、異人態となり、猛威を振るうことができるのは、私だけではない。」

『…キュリか…』

「そういうことです。私たち相手に奪還作戦など、ハナから無謀だったというわけですよ。」

 ダームの余裕は、そういった根拠のある自信に基づいていた、ということか。もしかしたら、未来が読めるローレンにより、背後から、IRISの反撃を見越した作戦を組むようにと伝えられていたのかもしれない。

「…ふん。その表情、今すぐ青ざめたものに変えてやるよ。」

 イクタはニヤッと、笑いならそう言った。

「…その威勢、いつまで持つか楽しみです。」

 双方が顔に浮かべる自信に満ちた面持ち。先に崩れるのは、果たしてどちらの顔かー

 

 

 その数時間前であった。体力が戻ったキュリが、捕虜となったイイヅカ等を連れ、ローレンの元へと戻っていたのだ。隊員たちは、キュリの後ろで片膝をつき、大きな椅子に踏ん反り返るローレンに対して、まるで国王に謁見する配下のような姿勢を取らされている。

「……。」

 キュリやIRISの兵士たちを無言で見つめる銀髪の青年、ローレン。しばらくの間沈黙が続き、隊員たちは冷や汗で背中を湿らせていた。

「こいつらが地下の兵士か。…この程度の場面で緊張するほどのメンタルしか持ち合わせていないとはな。こんな奴らに、今まであらゆる手を妨げられてきたのだと思うとイライラする。」 

 ようやく、ローレンがそう口を開いた。

「お、俺たちはまだ新米なんだ!先輩たちはこうではない! IRISを侮辱するな!」

 ホソカワがそう声を荒げた。

「…ふん、生き残ったのが新米だけとはな。ますます、地下の兵には興ざめだ。」

「なんだと…!」

  立ち上がろうとするホソカワを顔の前に、キュリの腕が伸びた。

「立場わきまえなよ。殺すぞ。」

「……ちっ」

 ホソカワは聞こえない程度の舌打ちをし、おとなしくもう一度片膝をついた。

「さて、お前たちは捕虜なんだからな。俺の質問には答えてもらう。拒否や嘘をつくことは許されない。その場合はお前らを殺すだけではない。今すぐ俺自身が地下に赴き、一瞬で地下世界を滅ぼすことも可能だということを忘れるな。」

 前置きの脅し文句を述べ、威圧のある眼光で隊員たちを睨みつける。

「まずは、ウルトラマンエレメント、そしてイクタ・トシツキのことについて、知っていることは全て話してもらおう。奴らの未来はこの俺とて正確にはつかめない。戦闘では敵を知ることが全てだ。それが勝敗を左右する。戦う前に、正確な情報が欲しいからな。奴らの所属する基地で勤めているお前らだ。新米と雖も、知らないわけはなかろう。」

 知らないも何も、彼らはそのイクタの直属の部下なのだ。だが、その事実はローレン側は把握していないらしい。

「…もちろん、イクタさんの事も、そしてイクタさんがエレメントであることも知っている。」

 イイヅカがそう切り出した。

「エレメントの事なら、今までの戦闘ログが残っている。隊員として目は通しているから、語れないことはない。」

 そうも言った。キョウヤマが驚いたような顔で、イイヅカに耳打ちをする。

「おい、仲間を売る気か!?」

「…そこの者。今はこいつが話している。黙っていろ。」

 キョウヤマの行動に気がつき、そう静止するローレン。

「…見損なったぞ…イイヅカ…!」

 彼には静かにイイヅカを睨みつけることしかできなかった。イイヅカはそんな視線をよそに、話を続けていく。

「エレメントは主に4つの姿を持っている。うち3つは特殊能力に特化した姿だ。元素をエネルギー源にしているだけに、他にもまだ未披露の能力があるかもしれないが。そして、強化形態としてさらにもう一つの姿もある。この形態は特に強力だが、持続時間は他の姿に比べると極めて短い。」 

「ほう。思っていたよりは語れそうだな。」

 ローレンが鼻を鳴らす。

「で、その特殊能力について教えてもらおうか。」

「…前述の通り俺は新米だ。ログしか読んでいないため、実際に見たわけじゃない。だから、断片的なことしか喋れないぞ。」

 イイヅカはそうはぐらかした。

「なら、実際に何度も戦っている私の方が詳しいだろうな。おそらく、既にローレンに報告をあげているモノで全てのはずだ。あれから新規のデータはない。」

 考えてみれば当然だが、キュリやラザホー、ダーム達の戦闘報告も、彼の元には上がっているようだ。となると、エレメントの能力もある程度は把握できているはずだ。なぜ今更、改めて聞き出そうと思ったのだろうか。これは、イイヅカの頭の中にも浮かんだ疑問であった。

「そうか。だが、情けないことに我々には主に敗戦の記録しかない。追い詰めたことは何度かあったが、いつも敗れている。それは何故だ?」

「何故、と俺に聞かれても…。」

 こればっかりは、本当に答えようがない。

「あんた達は強い。もしもエレメントだけ、が相手だったら、何度か彼は負けていた。だが、イクタさんがいる。だからこそ、エレメントは負けないんだ。そうとしか言い切れない。」

「…やはり奴のリディオ・アビリティか。まぁ、その能力は大方予想がついている。」

 ローレンは腕を組んでそう呟いた。

「リディオ…アビリティ…?」

 サクライが、なんのことやら、という顔でそう聞き返す。

「…なんだ、知らないのか。…まぁ、新米なら仕方ない。だが今は関係がない話だ。」

 ローレンは台座のそばに備えられていたグラスを手に取り、軽く水分を補給すると、話を続ける。

「では、質問だ。エレメント、もしくはイクタ。何か致命的な弱点はあるのか?」

「…活動に制限があること…としか言いようがないが……。」

 イイヅカは、今この瞬間も頭をフル回転させながら、策を考えていた。ここで敢えて嘘の弱点を教え、次回戦闘時にエレメントを優位に立たせることも可能かもしれない。だが、話に聞けばこの男ローレンは未来が読めるとのこと。にわかには信じがたいが、つい先ほど、そこのキュリという女の空間移動能力を体感したばかりだ。本当と仮定すれば、その能力で嘘を教えたことがすぐにバレる可能性がある。となれば、自身だけでなく、仲間の命も保証できなくなる。やはり大胆に攻めることは避け、大人しくしておくべきか…。

「……そうか。ふん、新米ならその程度かもな。キュリ、次回からはなるべくベテランを攫ってくるようにしろ。」

 ローレンはため息をつきながら、横目でキュリを睨みつけた。

「お、おう…。すまん…。」

「まぁ、新米にしてはよく喋った方だ。お前は賢い。仲間の者、こいつの英断で命は助かったことを感謝するんだな。」

 ローレンはそう言うと立ち上がり、キュリが没収していたアイリスリボルバーを彼女から受け取り、それを弄りながら奥の部屋へと歩いて行った。キュリも、それに続いていき、次第にその空間には隊員達だけが取り残される形となった。

「…イイヅカ!お前!IRISを売りやがったな!」

 キョウヤマが我慢から解放された為か、耳を劈くような大声で怒鳴りつけてきた。

「落ち着け!冷静に状況を把握しただけだ!それによく考えてみろ!俺は別に、敵に新たな情報は一切与えていない!」

 それはその通りである。

「そうだ。敵に情報を与えず、結果的には俺らの命を助けた。それだけで十分じゃないか。」

 サクライが、イイヅカをフォローする。

「でも…敵としては新しい情報は仕入れることはできなかったわけでしょ?それなのになんで、私たちを殺さなかったのかしら。」

 アヤベのその疑問は、この場にいる全員が抱えているモノでもあった。

「…俺らが嘘をつくかどうか、そこを試したかったんだろう。敵側だって、俺らが新米とわかった瞬間、情報の方への期待度はある程度捨てたようなもんだ。一番欲しかったものは手に入らなかったが、エレメントの動きに制限をかけられるコマにあることは間違いないからな。」

 イイヅカはそう分析していた。

「人質としての利用価値、か。TK-18支部の数少ない生存者だからな。確かに、敵側が劣勢になるようなことがあれば、俺らを盾にすることができる。」

 サクライも同じことを考えていたらしい。

「もし嘘をついていたり、黙秘を続ければ殺されていた。だが、それは敵としても望ましくない。できれば殺したくはなかったはずだ。だからこそ、イイヅカの対応に少しは満足したのだろう。」 

 ホソカワの言葉に、キョウヤマを除く全員が同調するように頷く仕草を見せた。

「…怒鳴ったことは悪かった…。お前は本当によく考えているな。それに比べて俺は、感情的になることしかできない。恥ずかしい限りだ。」

 キョウヤマは頷く代わりに、深く頭を下げた。

「よせって。お前の言うことも一部正しかったんだ。IRIS組織としての戦略上でなら、黙秘を続け殺されていた方が良かっただろう。」

「人質となればトドメを刺せなくなる可能性があるからな。それに、敵には知られてないようだが、俺らはイクタ隊長の直属の部下なんだ。これ以上ない阻止力になる。」

「…でもこれはチャンスだ。俺たちは今、IRISの一員として敵のリーダーに最も近い場所にいる。隙をついて、ダメージを与えることだって!」

 ホソカワの言葉に、全員がハッとする。暗いことばかり考えて、この状況をポジティブに捉えることを忘れていたのだ。

「でも、相手は未来を読めるんでしょう?こっちが何かを計画して、あいつが未来での身の危険を察したら…。今度こそタダじゃ済まないわよ。」

「忘れるな。今ベストなのは、縁起が悪いし、俺自身も覚悟が決まっていないから言いにくいことだが、俺らが死ぬことにある。成功してダメージを与えるか、失敗して死ぬか。どちらに転んでも、組織的には戦況が好転することになる。ホソカワ、いい案を思いついてくれた。」

「…組織のために…いや、地球の未来のために命を使える…。地球の未来を背負うものとして、こんなに光栄なことはないさ。」

 キョウヤマは嬉しそうに、そして強がるように言ったが、その声は震えていた。死を覚悟で入隊した隊員とはいえ、一人の人間なのだ。自分たちの死こそがベスト。それは受け入れたくはない現実であることに間違いはない。

「…そうと決まれば、早速立案だ。時間は限られてる。急ぐぞ。」

 サクライとイイヅカは、それでも冷静さを崩さなかった。彼ら二人を軸に、隊員たちがこれからとるべき、最善の行動を練り始めることになる。

 

 

「いきますよ。ふんっ!」

 ダームが杖を振り上げ、怪獣を動かした。雄叫びをあげ、大地を揺らしながらまっすぐにエレメントへと突っ込んで行く。

『シャッ!!』 

 迎え撃つように、ポーズをとり同じく走り出すエレメント。2体がぶつかり合い、取っ組み合いが始まる。

『ガァァァァ!!』

『シュワッ!!』

 ふたつの大きな力は互角のようだ。両者の両足が地面をえぐり取りながらの鬩ぎ合いが続く。

『むむぅ…すごい力だ…!!だが…シェーアッ!!』

 エレメントは一瞬力を抜き、少しヨロけた怪獣の腕をつかみ直し、手首を捻ってその場で回転させながら、地面へと叩きつけた。ズゥゥゥンという重い音が響く。

『ガハァァ…!』

「うわっと!」

 倒れた怪獣から振り落とされ、踏み潰されそうになったダームは慌てて飛び去り、安全な場所へと退いた。

『ジェアッ!!』

 仰向けに倒れた、無防備な怪獣の腹を、片足で思い切り踏みつけ、さらにダメージを与えていく。

『セェェイ!!』

 そして掬い上げるように足を入れ、怪獣をダームの方へと蹴り飛ばした。

「…よっと…。まぁやはり、強いですね。」

 それもさらに避け、降りかかる土埃を払いながら、そう呟くダーム。

「ですが、私の勝ちは約束されているのです。」

 ダームはニヤッと笑みを浮かべると、自身を異人化、さらに巨大化させ、怪獣を庇うようにエレメントの前に立ち塞がった。

『あなた方では勝てない。』

『そうだといいな。だが、私たちはそう簡単なことでは諦めない。それを忘れるなよ!』

 エレメントは一気にケリをつけるつもりなのか、残されたエネルギーを使い、強化形態ネイチャーエレメントへとパワーアップを果たした。赤と銀に加え3つめの体色として、新たに緑色のストライブが出現し、そこのみが、一瞬だけ眩い輝きを放ち、辺りをグリーンに照らし出す。しかし、この変身でエネルギーの多くを消費してしまったため、遂に胸のランプが赤く点滅し始めた。エレメントに残されている時間も、ごく僅かである。

『後1分だ。』

 エレメントが、短くそう叫んだ。

『……何が、でしょうかね?』

『決まっている。貴様の余命だ!!』

 エレメントグニールを強く握りしめ、先ほどまでとは比べ物にならない速度で、彼は瞬時にダームとの距離を詰め、その腹を目掛けて思い切り槍を突き出した。大きな火花を散らし、後退するダームを相手に、間髪を入れず、槍による斬撃を行っていく。

『シェア!!ジェア!!』

『グッ……!!』

 ダームは思わず、静かな悲鳴を上げ、そのままヨロけ、その場に倒れ込んでしまった。

『エレメントスマッシャー!!』

 ダームが倒れたことにより、エレメントは次の標的として、数十秒前まで戦闘を行っていたあの怪獣をロックオンすると、スイッチを一度だけ押すことで発動するグニールの固有技、エレメントスマッシャーで突撃。たったの一撃で怪獣を仕留めることに成功する。突然の奇襲に、怪獣は悲鳴をあげる間すらなく爆死してしまった。

『馬鹿な…どうなっていると言うのです!?私たちの勝ちは約束されているはずでは…!?』

 もう彼の顔に余裕はなかった。浮かんでいるのはむしろ、狼狽である。

「ローレンの予知か。じゃああいつに伝えておいてくれ。俺ら相手にそんなもの無意味だってな。まぁ、お前はここで死ぬから伝言すら不可能なんだがな。」

 イクタは冷たく吐きつけた。

『…タダでは死にませんよ…。エレメント!!あなた諸共道連れです!!』

 ダームはそう叫ぶと、基地内にいた全ての怪獣を制御下においた。完全異人態だからこそできる恐ろしい芸当だ。フレロビと戦闘中だった怪獣たちも、目を真っ赤に染めて、こちらへと向かってくる。生存していた怪獣は全部で14体。それら全てが、彼らの元へとやってきたのだ。

『……むむぅ…これはやばいかも。』

「おいおい、何が貴様の余命は後1分、だよ。カッコつけたのにそれって、情けなさすぎるぞ。自分の余命と間違えたんじゃねーか?」

『う、うるさい!先ずはダームをやる!そうすれば、怪獣もおとなしくなるはずだ!』

「急げよ。どさくさに紛れて逃げられたらシャレにならん。奴を殺すなら、ここしかない!」

『わかっている!シェア!!』

 槍の矛先をダームに向け、走り出すエレメント。しかし、今怪獣はダームの支配下なのだ。怪獣たちはワラワラとエレメントの元へ群がり、彼を押し倒し、次々にのしかかり始めた。さらに不幸なことに、エレメントグニールを落としてしまう。

『ヌオッ!こ、こら!そこをどけい!!』

 エレメントも必死に抵抗し、怪獣たちを押しのけようとする。だが、一体一体が体重3万トンは優に超える大型怪獣なのだ。そう簡単には脱出できそうにない。

『…死ぬのは、あなただけのようですな…。では、私はこれにて。』

 エレメントグニールを拾い上げ、あとは怪獣たちに任せこの場を離れようとするダーム。武器を奪われ、命ある状態で逃げられてしまったら、この奪還作戦は利益を得るどころか、さらなる損害を生むだけだ。ここはなんとしても、ダームを逃すわけにはいかない。

『フレロビウム光線!!』

 エレメントの窮地を救ったのは、またしてもフレロビであった。放たれた光線はダームを直撃し、火花を多く散らしながら、。その衝撃でエレメントグニールは大きく宙を舞い、それを空中でフレロビが掴んだ。

『何度も言わせないでよ。僕から楽しみを奪うから逆恨みを食らうんだよ、ボケジジイが。』

『ふ、フレロビ!決め台詞を吐いた直後ですまないが、助けてくれ!』

 エレメントが情けない声でそう叫んだ。

『ハァ…困った奴だ。僕がいないと何もできないなんてね。』

『……なんとでも言えばいい。』

 フレロビは再び光線を吐き出し、エレメントに群がっていた怪獣たちの一部を吹き飛ばした。あとは流石にネイチャーエレメント。軽くなった怪獣たちを自力で払いのけ、再び立ち上がった。 

『さて、これで終わらせますか。』

 フレロビが両拳を胸の前で組み、ポキポキと音を鳴らす。

『うむ。トドメだ。』

 エレメントはフレロビから槍を受け取り、スイッチを二度入力し、先端をゆっくりとダームに狙いを定めるために動かすと、刀身部分、つまり円錐状の部分が、先端から3つの面を作るようにパカーっとゆっくり開き、内部からレールガンのような砲身が姿を表す。

『ケミストリウムエクストラウェーブ!!』

『フレロビウム光線!』

 二つの必殺光線が、怪獣たちを、そしてダームを飲み込んだ。

『ガァァァァァァ!!』

『ぬおおおおお!!』

 二人は、断末魔をよそに、そのままクルリと振り返り、それぞれに決めポーズをとった。その後ろで、つい今まで命だったものが大きく火を吹き、爆発した。

 

 

「全軍!!突撃!!」

 部隊長の指示で、空から、そして陸から多くのIRIS隊員がTK-18支部本館へと突入を始めた。残党がいないか、また、生き残りの怪獣がいないかを隅々まで確認しながら、確実に調査を進めて行く。

「結局、ほとんどの仕事を俺らでやってしまったな。」

 その光景を、IRISの専用車両の中で休憩しながら眺めるイクタがそう呟いた。

「当然さ。しかし君とエレメントはもっと僕に感謝すべきだ。誰のおかげで、この戦いで勝利を収めたのか、よく考えてみるんだな。」

 フレロビはいつもの様子だった。だが、以前とは異なり、その言葉は全てが嫌味、というわけでもなく、多少は冗談が混じっているようにも聞き取れた。

「まぁ、今回ばかりはその通りだぜ。助かった。」

「…そう素直に礼を言われても、小恥ずかしいものだがね。」

「じゃあどうしろって言うんだ?」

 イクタが少々不満そうな顔でそう訊ねる。

「いや、それでいいのさ。」

「部隊長!!TK-18支部の支部長、情報局長、司令官の生存を確認しました!他にも多数、生存している職員がいます!」

 車両内に、通信の声が響いた。

「了解。直ちに保護せよ。そして引き続き生存者の捜索を進めろ。」

「了解!」

「よかった、支部長たちは生きていたようだな。」

 イクタがほっと胸をなでおろす。

「…全滅よりは遥かにマシだ。けど、沢山死んだ事実は今後も重くのしかかるぞ。特に、君はこの支部では責任の発生する立場にありそうだからね。」

「そんなの覚悟の上だ。でも、この戦争を早急に、勝利で終わらせること、地上を奪還すること、そして平和を取り戻すこと。それが何よりも先決のはずだ。」

「まぁ、その通りだけど。……怪獣を操作できる爺いは消去した。これで、戦況は大きくこちらに傾いたはずだ。君の思い描く通り、早急に且つ勝利で終戦に持ち込むためには、ここで畳み掛けるしかないぞ。」

「あぁ。今まではあいつや、怪獣兵器を操るラザホーがいたからこそ、敵は怪獣を主戦力として作戦を組み立てることができていた。だが、今この瞬間から、もう怪獣はコマじゃない。むしろ脅威へと変貌した。これからは地上での戦闘も増えるだろう。操る能力がないという等しい条件下で戦場に散らばる怪獣をどう動かすか。これが今後の鍵だ。」

「…だろうな。」

 そうだ。敵は従来通りの戦法を取ることが不可能となったのだ。それに対してIRIS側には少数ではあるものの、支配下における怪獣兵器が存在している。無か有かで言えば、優位に立つのは当然有を持つもの。地下で行動するための拠点を失った、一人の戦士が散った。文字に表せば、一見壊滅的な被害を受けたようには思えない。しかし、戦術的被害は尋常ではない。敵にとってこの敗北は、非常に大きな意味のあるものとなった。

 

 

「……遅かったか…!」

 地下での異変に気付き、TK-18支部へと駆けつけたキュリとローレン。その地は、至る所で上がる火の手、そして散乱する怪獣の残骸から放たれている悪臭が支配しており、見るも無残なものとなっている。

「……ダームも死んだか。まずいな。」

 ローレンがそう呟いた。

「どう探っても、俺らに不利な未来しか見えない。まさか、ここまでやるとはな。エレメント…。」

「で、でも!まだ私がいる!それに、エレメントだってローレンの敵ではないはずだ!」

「…エレメントは倒せる。その未来なら見える。」

「…なら、なんで不利になるんだ…?地下なんて所詮、エレメント頼みの戦術じゃないか。」

「……キュリ、この状況を打開するには、賭けに出るしかない。お前の力もいただくぞ。」

 ローレンはキュリの肩に手を置き、そう言った。

「賭け……?」

「……俺が……ウルトラマンになる。」

 彼はニヤリと笑った。なぜかその顔に、キュリはただならぬ恐怖を覚えたのだった。

 

                                              続く。

 




投稿後に、28話に文章が不自然な箇所が複数存在することに気が付きました。pixivさんに投稿している分の修正は完了済みです。時間が出来次第、こちらも同じく修正に入らせていただきます。5月3日現在では、正しい文章(あくまで、作者が書き表したかったものです。文法的誤りはご愛嬌のほど…)の方はpixivさんの方で確認できるという状態です。


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第29話「対峙」

 TK-18支部防衛戦を制し、このままの勢いで地上を目指したいIRISであったが、そんな彼らの前に、遂に地上のリーダー、ローレンが姿を現す。彼の圧倒的な力は、これまで150年間で積み上げてきた地下文明を、無慈悲にも一瞬にして崩壊させて行く。このままでは、地下世界はー
 その時、ウルトラマンエレメントも現れた。いよいよ幕を上げる、敵リーダーとの決戦。その行方は、果たしてー


第29話「対峙」

 

 TK-18支部での決戦で、見事にダームを討ち取り、基地の奪還成功したIRIS。ここで勢いをつけて、一気にけりをつけたい、と誰もがそう思っていた。あれから数日、組織本部では、地上への侵攻作戦を議案に、首脳部による連夜の大会議が開かれているのだ。

「地上に出て、敵のアジトを叩く!今しかありませんぞ!」

 役員の一人がそう叫んだ。もっとも、当然ながらこれはこの会議に参加している本部高官たちの共通意見である。

「そんなことはわかっておる。だが口でいうほど簡単なことではないのだよ」

 本部軍事の司令塔、パットンがそう水を差す。

「我々には地上に出たという実績が少なすぎる。前回の遠征では、20数機の戦闘機を飛ばすことがやっとではなかったか。その際に敵の拠点の情報や、簡単な地上のマッピングを果たせていればまた話も違ってきたのかもしれんが、それもない。地理はほぼ不明。生息する怪獣の数も全く把握できていない。加えて、肝心の敵の居場所がわからない。これでどうするつもりか。考えてからの発言をお願いしたいな」

 パットンはそう続けた。会議場の皆が押し黙ってしまうのも無理もない。このようなやりとりが数日続いているのだから、話は一向に進まないのだ。本部長も、険しい表情で頭を抱えている。 

「今更調査隊を派遣している余裕はない。次に地上に繰り出すのはバリバリの攻撃部隊でなくてはならない。現状、右も左も分からないまま突き進むのが最良となる」

 そう言ったのは本部長。彼の言葉そのものが、今のIRISの置かれている状況と言える。ダームの撃破で戦況は好転しつつあるとはいえ、それはあくまで従来のような、地下を訪れた敵を迎え撃つ、という防衛戦のような戦闘に限る話なのだ。万が一、敵が地上に篭ってしまえば、終わりの見えない泥沼の長期戦になってしまうことは明白。そうなった場合は、もうただの我慢比べ大会となってしまう。もっとも、敵にはこちら側の情報のほとんどを掌握されている、という立場でのそれであるから、どちらが有利なのかは言うまでもないだろう。

「……しかし、それでは隊員たちに死んでこい、と言っているようなものだ。情報のない戦いほど無謀な自殺行為はないですぞ。何か、策はないのでしょうか」

「……可能かどうかはわからないが、賭けて見る価値のある案なら、一つある」

 本部長のその言葉に、皆が驚きの表情を見せた。

「ある、のですか!?お言葉ですが、それならもっと早くー」

「可能かどうかはわからん。そう言ったはずだ。あまり期待はするな。それに、先ほど思いついたものだからな」

「……本部長、具体的なご説明を」

「うむ。敵には、空間移動の力を持つ女がいたな?それは敵の地下に降りるための唯一の移動手段である。つまり、敵が地上と地下を行き来する際には、絶対的に彼女の能力を使用することになる。…ならもう、そこを利用するしかないだろう。次に敵が現れた時、あの女に発信機のようなものを隙を狙って取り付ける。そうすれば、敵のアジトなど一瞬で発見できる」

 なるほど確かに、原始的だが現実味を帯びている作戦ではある。拠点と目的地を瞬時に移動できる便利な能力も、発信機さえ着けられてしまえば、たちまち居場所を教える為の能力と化してしまう、かもしれない。

「……難しいかもしれないですな。でも、それに賭けてみるしか…」

「確かに、他の案が出そうにもありませんし、これで行くしかないでしょう」

 肯定的なざわめきが、瞬く間に場内に広がって行く。満場一致、と解釈していいだろう。

「決まりでいいか?では、この作戦を進める方向で行く。次は、具体的にどうするか、だが」

「物理的な機械ですと、取り付けるのも困難ですし、気付かれる可能性も高いです。例えば、エレメントが怪獣をカプセルに収容できるエネルギー態に変換できる光線を使ったように、特殊な光線を浴びせるのが得策かと」

「それが最良だな。科学班にそのような光線を開発するように伝えろ。今はイクタも本部にいる。不可能じゃないはずだ」

「……な、なんだか一気に勝てる気がしてきましたね!やっぱり、こちら側に風が吹いてるのでしょうか!?」

「はしゃぐな。当然だが100%の保証はない。それに次の行動を練っているのは、我々だけではなかろう。地上側から数日もアクションがないのだ。何か大きなことをやろうとしているかもしれない。一切の油断は禁物だ。いいか?」

「りょ、了解です…」

 こうして、次の段階へは、とりあえず科学班の報告待ちで保留ということになった。とはいえ、科学兵器が一晩やそこらで完成するはずはないので、しばらくの間は身動きが取れない、と言っても過言ではなくなる。その間が、平和に過ぎればいいのだがー

 

 

「……4日後までの未来は確定した。敵は地上には来ない。よってこれより作戦を開始する」

 銀髪を風になびかせながら、青年はそう口を開いた。隣には紫色のショートの少女もいる。どうやら、ここはいつものアジトのような場所ではなさそうだ。

 彼らは2日前、地下から戻ってきた。駆けつけたときには既に戦闘は終わっていたが、彼らはIRISよりも早くダームの死体の回収に成功していた。ローレンはその肉片から得た細胞を、以前保管していたラザホーの細胞とともに、小さなカプセルに収容し、携帯している。これには、一体どんな意味があるのだろうか。 

「なら、今日で戦争は終わりだな。私たちの勝ちでしょ?」

 少女がそう言った。青年は少女には視線を送らず、一歩前へ踏み出した。

「……事はそう単純ではない。が、地下を沈めるには十分な成果が得られる事は確定事項だ。さて、準備はいいか、キュリ?正確に運んでくれよ」

「わかってるって。いつでもいいぞ」

 キュリは右腕だけを部分異人化させると、青年の前に、人がひとり潜れそうな程度の大きさの、真っ黒に染まった暗黒の異空間のようなものを生み出した。空間移動のためのゲートである。 

「じゃ、行ってらっしゃい、ローレン」

「ふん」 

 ローレンはローブのマントをたなびかせながら、その穴へと飛び込んで行った。出口は、IRIS、EG地区の支部の上空であった。

「これより、卑劣な悪魔どもへの裁きを下す。貴様らの罪に相応しい、神の鉄槌だ」

 基地へと自由落下をしながら、青年、ローレンは身体中に力を巡らせているのか、所々が人間の身体から異形のものへと変化している。そして全身を怪人のような姿に変身させた後、巨大化を果たした。完全異人化だ。変身前では特徴的であったロングの銀髪の面影はなく、代わりに漆黒に染まった鬣のようなものが生えている。長さが足元まであり、全身を包んでもまだ布が余るであろうマントは健在で、変身前の黒色とは違い、アメジストのような高級感のある輝きを放っており、その存在感が、彼が今までの敵とは格式が違うことを表しているようにも見受けられる。顔も全体的に強面で、鋭く、全面が赤色に光る眼から送られる視線は、見るもの全てが凍ってしまいそうな程の、冷たいものを感じる。そのおぞましい姿はまるで、おとぎ話の中の大魔王のような迫力である。

『…貴様らの未来は、死だ』

 その魔王のような巨大生物ーローレンは、右腕から漆黒のエネルギー球を発射し、一瞬にして基地を跡形もなく吹き飛ばした。爆風と瓦礫の舞う大地にドスンッと大きな音を立て、周囲を揺らしながら着地を果たす。

『……ふん!!』

 ローレンは大きく息を吸い込み胸を膨らませた後、口から紫に光り輝く破壊光線を吐き出し、首を大きく振りながら、視界に入る限りを焼き尽くした。基地を囲むように発展していた街並みが、音を立てて崩れていく。

 その工程を何度か続け、EG地区を完全に焼き払うと、ローレンは次の行動に出た。

『…次だ』

 ローレンは地を蹴り、大きく飛び出した。するとその上空に、まるで待ち構えていたかのようにキュリのゲートが開いた。

「流石ローレン、予告通りの時間だ」

 予め未来を予知し、ゲートを開かせるタイミングを打ち合わせていたのだろう。地下にいる以上、地上のキュリとは連絡が取れないため、おそらくそういうことになる。

「緊急報告!!EG地区に未確認の謎の巨大生物出現!怪獣、というよりは人型に近い模様!!」

 本部にはすぐに知らせが入ってきた。全ての基地に厳戒態勢命令が出ていたため、以前とは違い伝達も早くなっているのだ。

「やはり来たか!!状況は!?」

 本部長が聞き返す。

「映像が、その生物が現れたところで途切れています。考えるに、一瞬のうちに壊滅してしまったのでは…。」

「またか…!!くそっ!また同じ手法にやられた…!イクタとフレロビに緊急出撃させろ!開発は後回しだ!その巨大生物とやらを止めろ!!」

「了解!!」

 本部でこのようなやりとりが行われている間にも、ローレンは上述のような基地へのダイレクト奇襲攻撃を繰り返し、僅か15分で5つの都市を廃墟へと変えてしまった。もちろんIRISからも、迎撃部隊が繰り出されたが、こうも頻繁に動かれてしまうため、彼に追いつくことができない。

『……俺が動けば、地下世界など脆いものだ』

「アイリスバード編隊より本部へ!敵は空間移動を繰り返しながら、基地とその周辺都市への破壊活動を行っている模様!これでは、敵の次に訪れる基地を予測しなければ、追いつけません!」 

「……なんてやつだ…!このままでは…数時間と持たずに地下は終わる…!!」

 本部長は絶句していた。敵側に、これほどまでの圧倒的な戦力を誇る者がいたとは。こんなの、想定外にもほどがある。一体誰が、数十分でIRIS自慢の基地を5基も瞬時に葬り去るような生物が出てくると予想できただろうか。 

「……急がなければ……あれに勝てるのは……ウルトラマンだけだ!」

 本部長は、駆け足で科学班の研究室の奥、Dr.デオスの元を目指した。

 

 

『シェアァァァ!!』

 そのローレンを捉えたのは、ウルトラマンエレメントであった。ローレンの背後から突如変身し、奇襲のチョップを仕掛けるも、躱されてしまう。

『エレメントか……お前とここで戦うのも予定通り。お前なら、俺の行き先を予想できると踏んていた』

 彼の予知通り、イクタはローレンが向かっている基地の順番を整理し、その目的を考察した。基地のデータから、周囲の都市の人口が多い順に侵攻していることがわかったため、次の規模であるここ、MS地区にかけつけていたのだ。

『……その声はローレン!?異人態にしては、戦闘力が高すぎる…。まさか、ウルトラマンへの進化を……?』

 確かに、今まで戦ってきた異人とは、破壊力が段違いすぎる。まるで百数十年前、エレメントが初めて実戦投入された時そのもののような光景が、今目の前に広がっている。パワーだけなら、ウルトラマンと比較しても遜色ないだろう。

『馬鹿を言うな。真の究極とはこんなものではない。俺はまだ発展途上だ』

 そう言いながら、ローレンはエレメント目掛けて光球を繰り出した。それを側転で避けると、エレメントも左腕から光球を生み出し、投げつけた。だがそれは、翻したマントによって弾かれる。

『……そんなものか?もう既に究極として完成している、ウルトラマンの力は』

 ローレンは嘲笑うように言い放つと、駆け足でエレメントの元へと詰め寄り、目にも留まらぬ早さで拳を繰り出し、彼を吹き飛ばした。

『グハッ!』

 途轍もない速度で宙へと放り出されたため、受け身すら取れずに地面へと叩きつけられてしまう。

『負けるものか……!!』

 エレメントはすぐに起き上がると、青色の装置、エレメントブースターを出現させ、右腕に装着し、その力を解放しネイチャーモードへとパワーアップを果たした。

『……それがお前のウルトラマンとしての真の姿か。どうやら、我らが先祖の村を滅ぼしたのも、その姿だと聞いているがな。……消費も激しい上に、自然エネルギーを操れるだけの器がなければ変身することもできない。最初にレジオンからイクタをかばった際に身体の大半を失ったお前が、何故再度変身できるようになったのか、そこは謎だがな』

『ならば解説してやろう。イクタとの同化変身を繰り返していく中、私は徐々に自身の身体の修復を進め、それがある程度完了したタイミングで地上に出て、放射能を浴びることになった。君も私も、放射能が力の根源だ。それにより、再び力が目覚めた、そういうわけだ』

 彼はそう語った。なるほど確かに、それならば辻褄が合わないわけではない。

『…そういうことか…。まぁ、なんだって良い。どのみち、ここがお前の墓場だ』

 2体の巨人が、数十メートルの間隔を隔てて睨み合う。

 彼らはジリジリと足を動かしながら、戦闘態勢を取り、お互いの隙を伺いあっている。果たして、先に動くのはー

『ジュアッ!』

 エレメントであった。サッと軽やかに足を踏み出し、一気にローレンとの距離を詰めて行く。

『残念だが、お前の動きは全てお見通しだ』

 ローレンは、思い通りの展開にニヤリと笑い、エレメントを迎え撃つ。彼のタックルを紙一重でさらりと躱し、隙のできた背中に、利き足の右足で力強く蹴りを叩き込む。エレメントは自身の速度に、さらに蹴られた衝撃が加わり、目にも留まらぬ速さで地へと頭から突っ込んだ。

『ノワッ!』

「おい、何やってんだ!」

『す、すまん!』

 すぐに立ち上がると、エレメントブースターとエレメントミキサーを胸の前で交差させ、青白いオーラを生み出す。

『プリローダケミスト!!シェアアア!!』

 ミキサーとブースター、二つの装置の機能をふんだんに使う技、プリローダケミストだ。周囲のあらゆる元素を選択し、お手軽に、そして即時に反応させることができる優れ技である。

 今回は、周囲の気体を瞬間的に冷却し、ローレンを空気ごと冷凍するという荒技に出る。

『……ふん、こんなもの!』

 少し反応が遅れ、片足を凍らされながらもすぐに脱出するローレン。流石に、簡単には捕まってはくれない。

『そこだ!ケミストリウムブラスター!!』

 ブースターにチャージした青のエネルギーを、そのまま目標へと放出する技だ。ケミストリウム光線をも上回る破壊力を持つーはずなのだが

『ハッ!』

 ローレンは胸の前で交差した両腕で光線を受け止めると、なんと力ずくでそれを押し返したのだ。

『ジュワ!?』

 流石のエレメントも、その離れ業に驚きを隠せない。

『そんなものか!』

 その隙を突かれ、ローレンの放ったエネルギー球を喰らい、数百メートル吹っ飛んでしまう。

『……俺はお前を殺すため、それだけのために力を求めてきた。…だが、なんだその様は。俺が倒したいのはウルトラマンだ。お前のような雑魚ではない』

『グッ…!』

 ヨロけながらもなんとか立ち上がり、すぐに身構えるエレメント。そして腕を高く掲げることで呼び出したエレメントグニールを装備して、反撃に出ようと走り出す。

『ジャッ!デイヤァァ!!』

 グニールによる斬撃を、ローレンは腕で捌きながら、隙の生まれた身体にすかさず蹴りやパンチを加えていく。しかし、エレメントもそのくらいで倒れる男ではない。ネイチャーモードとなり強化されている身体で、ある程度の攻撃を防御せずとも踏ん張りながら、今度はローレンに隙が出る機会を伺いながら、次の動作へと入っていく。だが、相手がウルトラマンと雖も、一瞬先の未来なら読めるのであろうか?彼の攻撃は、悉く躱されていく。

『当たらん……!先を読んでいるのか?』

「焦るな。短期的な未来なら読めても、俺ら相手なら長期的なものは無理だ。1秒後に攻撃を加えることではなく、数分後に命中するような格闘を繰り広げればいい」

『か、簡単に言うが、それは具体的にどうすればいいのだ?』

「……今から考える」

『………』

 もちろん、ローレンが考える時間をくれるわけはなく、先を読まれに読まれたエレメントは、そのまま彼にキツいパンチを喰らい、その場に片膝をついてしまった。

『グゥ…』

『……興ざめだな。呆れて、それくらいしか言えない』

『なんだと……!』

『もう時代遅れ。ただの地上文明の遺産のようなもんだ。』

 吐き捨てるようにそう言うと、ローレンは瞬時にグニールを奪い取り、それを思い切り、エレメントの腹へと突き出した。

『グムッ!』

 槍は真っ直ぐに彼の腹へと刺さったまま、静止した。エレメントは痛みのあまりに、それ以上声が出ることはなく、全身の力が抜け落ちた反動で、その場にうつ伏せに倒れ込んでしまった。そのせいで、槍はさらに深く食い込んでしまう。

『……偉大なる先祖よ、復讐は果たされた。……こんなにも呆気なくな!』

 槍を抜き取り、エレメントをまるでゴミを扱うかのように蹴り飛ばすと、その槍を地面へと叩きつけた。

『腹が立つな。この程度の雑魚のために、俺らの先祖は放射能に侵された地獄の中を生きていかなければならない運命を背負わされたのか…!…この程度の雑魚に、同志は殺されたのか!!』

 腹の底から湧き上がる怒りを吐き出し、うつ伏せに倒れているエレメントを睨みつけた。

『……期待しすぎたな。俺の予知の中では、もっと楽しい戦いになるはずだったんだが。買いかぶりすぎていたようだ。所詮、俺の前ではこんなもんか』

 怒りを吐き出し切ったのか、少し落ち着きを取り戻したローレンはそう言うと、くるりと背を向け、そこに転がっている光の巨人を置き去りにし歩き出した。

『後は、本部を潰して抵抗能力を破棄させる。そのあとに天井を崩して、地下を埋めて終わりだ。』 

『ま…て…!』 

 しかし、彼の後ろで、巨人はゆっくりと立ち上がったのだ。先ほどグニールが刺さった部分から、結構な勢いで光の粒子を漏らしているが、これはおそらく彼の身体を構成しているエネルギーの一種だろう。つまり、その消費は通常よりも格段に早くなっていることだろう。

『まだ生きていたか』

 ローレンは歩みを止めると、エレメントの方へと体を向ける。

『そう…簡単に…地下は消させない!』

 力を振り絞り、正義の巨人は再び身構えた。既に胸のランプは赤く点滅している。

『元はと言えば、全ての元凶はお前だ。いいか、お前が死ぬことでこの負の連鎖は終わる。だからおとなしく眠っていろ!!』

 ローレンは漆黒の光球を繰り出した。だが、それをエネルギーを纏った左腕ではじき返す。

『違う!私が死んでも、この負の連鎖は終わらんのだ!……お前は人を殺しすぎた。地下の人々はお前を憎み、復讐するために立ち上がる。終わらないんだよ!……この戦いは!』

『それは、地下に生存者がいれば、の話になるだろうな。つまり終わるんだよ。それに人を殺しすぎたのはお互い様だ。共に、地球のために尽くそうぜ?同じ人殺しとしてな!』

 彼は再び、光の巨人に詰め寄り格闘戦へと持ち込む。だが今回は、その攻撃を防ぎながら、今度は逆に、隙を狙って反撃し始める。もちろん、当たりはしないのだが、その抵抗は、彼を驚かせた。

『どこにそんな力が……』

『私はお前に言い返す権利も、資格もない!私が死ぬことで、本当にこの負の歴史が止まるのなら、死んでやる。だが、そんなに単純じゃないんだ。お前にならわかるだろう、私が死んでから先の未来が。見えているはずだ。』

『そんなもの、強引な生存への正当化にすぎない。自分の犯した罪を知っておきながら、よくそんな口が叩けたもんだな!』

 エレメントにキックを入れ、二人の間には小さな間ができた。

『だからこそだ!私には償う義務がある。それが、私の答えだ!…私さえいなければ、こんな戦争は起きずに、こんなにも多くの人が死ぬことはなかった!だから私は……自分が生み出した者たちの『現在』を守る義務がある!再び人類が地上で繁栄できる時代を作り、地球を元に戻す!それが私のやるべき償いだ!』

 エレメントは再びグニールを握りなおすと、正面から突き出した。ローレンはそれを躱したため、二人の距離感は、さらに遠いものとなった。

『守るだと?矛盾にもほどがある。その対象には、俺ら地上人も含まれているんだよな?でもお前は殺している。とんでもないエゴトラマンだな。……言ってることがめちゃくちゃだ。もうお前の自己主張はいい!』

 ローレンは大きく息を吸い込み、破壊光線を繰り出した。

『ケミストリウムバースト!!』

 しかしまだ諦めない。諦めるわけにはいかないのだ。必殺の光線で迎え撃ち、攻撃を退ける。

『……地下と地上。150年前までは、同じ人類だった。今もそうだ!これはあくまで、地球規模の内戦にすぎない。侵略者から民を守る。私はただ、そうしただけだ。確かに正しい行為とは言い切れない。現に、君や、君の仲間、先祖には辛い思いをさせただろう。だが、私がそうしなければ、地下の民がその思いをしていたのだ。……私には、どちらか一方だけを守るなんてこと、できない。IRISと共に地下を守る!それは、君たちを守ることでもあるはずだ……』

 エレメントは、彼を諭すようにそう言い放った。

『戯言を…。俺たちを守るだと!?惨殺魔が、ホラを吹くのも良い加減にしやがれ!そして、この姿を見よ!どこが、地下の愚民どもと同じ人種と言える!?我々は進化したんだよ!そして俺はまだ進化する!再びこの星に光を灯す正義のウルトラマンへとな!その偉大なる正義の第一歩として、悪の象徴であるお前を殺すと言っているのだ!』 

『お前の頭には復讐しかない!私を殺し、地下を滅ぼした後、お前に何が残る!?そんな状態で、この星に正義の文明をもたらすことはできないんだ!私はお前の復讐を受け入れるが、人類は受け入れない!何も知らない彼らにとって、お前たちはただの侵略者なんだ!』

『知らないことが罪なのだ!この星の正しい歴史を!!知らない、では済まされないんだよ!俺の復讐を受け入れるだと!?そんな軽い口と身体で受け入れられるほど、俺の憎悪は小さなものではない!』

「……おい、こんな終わりの見えない話を続けている場合か?あんたもあいつも、自分の正義ばかりを主張しすぎだ。」

 今まで静かにこの『口での戦い』を見守っていたイクタが、ようやく口を開いた。

「あんたもローレンも、犯してきた罪は消えないんだよ。まぁ、しっかり向き合うか、ただ復讐に駆られて暴れまわるか、そこには明確な違いがあるけどな。」

『イクタ・トシツキ…。やはりエレメント側の人間だな。だが思い出せ。お前は長くは生きられない身体だ。それに加え、こんな戦いにも巻き込まれている。お前にだって、自身の人生があるはずだ。だが、それを短い寿命と、我々と戦わなければならないという運命が制限をかけ邪魔をしている。それは、誰のせいだ?』

「…エレメントだよ」

 イクタは短く答えた。

『そうだ。お前は、俺の数少ない同志の一人だ。目を覚まし、その悪人を捨て、こちら側へ来い。お前にはエレメントを憎み、貶し、攻撃する権利がある』

『……私は止めない。ローレンの言う通りだからな。君がついてくれたおかげで、私は改めて自身の成すべきことを見つけ、そして身体を取り戻すことができた。それに楽しかったよ。……巻き込んでしまって、本当に申し訳なかった。君を救う。その使命を果たせただけで、私は満足だよ』

 エレメントは、静かにそう言った。

「あぁ。そうだな。俺も、いつまでもこうしてはいられない」

 イクタはそう言うと、エレメントの身体から離脱し、地上へと降りた。彼の左腕には、もうエレメントミキサーは装備されてはいなかった。

『……流石に賢いな、イクタ・トシツキ。それでいい』

「エレメント、悪いな。俺も、楽しかったぜ。あんたとの若干1年はよ。……ここからは、俺の夢のために、俺の人生のために生きる」

『だ、そうだ。信頼する相棒にまで愛想をつかれた今の気持ちはどうだ?これで心置きなく死ねるだろう。イクタとの同化を解いたいま、貴様が死んでも、彼は守れるからな』

『………』

『ショックで言葉も出ないか。……おしゃべりが過ぎた。楽しいトークショーをありがとう、そして苦しみながら死ね』

 ローレンは、暗黒のエネルギーを纏った拳を、一気にエレメントへと振り下ろした。バチィンという、拳が命中した音だけが、その空間に響き渡った。

 

 

「地球との距離、1000宇宙キロ。2時間もあれば到着します」

 宇宙船の司令室のような空間で、航海士のような役職の男がそう報告した。艦長が座るような、大きな台座に腰掛けている大柄の男、大統領がそれに答える。

「うむ。ではマフレーズ起動準備だ。とっととケリをつけようじゃないか。地球の様子は?」

「地上には怪獣と思わしき生体反応多数です。地下の方は、もっと接近しなければわかりません」 

「そうか。ったく、ウルトラマンめ何をやっている。地下と地上は戦争でもしてるんじゃなかったのか?なぜ怪獣が減っていない」

「詳細は不明ですが、まぁどのみち作戦に大きな支障はないでしょう。なにせ、これだけの数ですから。」

 彼らの後方には、数えるのすら大変な量の大きな宇宙船が並んでいた。それぞれが武装しているため、まるで戦闘艦隊のようだ。

「それもそうか。よし、では偵察隊を派遣しろ。念には念だ。」

「了解。」

 大統領の名を受け、艦隊の中にあった宇宙空母から、10機ほどの偵察艦載機が発進し、地球へと向かって行った。

「さて、長きにわたり分裂していた地球文明の再融合の日も近い、か。この代の大統領でよかったよ。フッハッハッハ!」

 大きな腹を揺らしながら、高笑いをする大統領の声は、ほかのフロアにも聞こえそうな程のボリュームであった。

 

 

『……なに……?』

 ローレンの拳は、エレメントには届いていなかった。それは、何か大きな、ゴツゴツとした壁のようなものに阻まれていたのだ。

『……おい、何の真似だ。イクタ・トシツキ……!』

 その壁とは、完全異人化したイクタの背中だったのだ。

『何の真似って、さっき言っただろ。これからは、俺の夢、俺の人生のために生きるって』

 ゆっくりとローレンの方へと振り向きながら、彼はそう言った。

『知らなかったのか?俺の夢は、地上に出ることだ。俺は天才だが、地上のことは何も知らない。なぜなら資料や文献がないから、学習のしようがなかったからだ。だから見に行く。その夢は、こいつがくれたんだよ』

 彼はエレメントを指差した。

『こいつがこの世界に来なかったら、俺は今頃も、地下の中の蛙だっただろう。でも、こいつが教えてくれた。この世界にはまだ多くの謎があること。そして地上のこと、本当の歴史のこと。知らないことがたくさんある。科学者として、それを知りにいく。だから俺はこいつと組んで、地上目指してんだよ。』

『………』

『と、言うわけだからな。生ける資料であるエレメントはまだ殺させないし、あんただって生きた化石。俺の研究対象だ。悪かったな』

『ふん。まぁ、いいだろう。だが、俺に勝てるとでも思っているのか?さっきのエレメントの様を見ていたはずだ。お前など俺の敵ではない』

『さぁ?やってみなくちゃわかんないぜ?』

 イクタはローレンめがけて走り出した。ローレンも、彼を迎え撃つために駆け出す。

『動きは見えている。当たりはせんー』

 イクタが姿勢を低くし、パンチしようと腕を伸ばしたところを、ローレンはひょいっと難なく躱したーはずだったのだ。
『…!?』

 だが、彼はダメージを被っていた。脇腹から大きく火花が散り、彼は姿勢を崩す。

『なんだと!?』

『い、イクタ!今、どうやって……!?』

 ローレン、エレメントともに、思わぬ出来事に目を丸くしていた。

『……簡単な話だ。攻撃を躱されたその瞬間、腕を伸ばした。それだけ』

『腕を…伸ばす…だと?どういうわけだ……?』

『そのうちわかるよ』

 イクタは間髪入れず、次の動作に入った。しかし、今度こそは、とローレンは神経を集中させ、イクタの未来に焦点を絞る。対象に集中すればするほど、より正確な未来が見えるのだ。

 だが今度も、避けることはできなかった。いや、言い方を変えれば、避けたはずなのに当たっているのだ。

『あんたは俺の動きを捉えるために、俺が次に繰り出す体の部位を凝視してる。その視線が、俺にあんたの未来を教えてくれるのさ。なら、その部位をこうしてーこうすればいい』

 なんと、イクタの左腕がさらに伸びたのだ。それも、物理的な話だ。完全異人態はその名の通り、これが完成形。これ以上、姿形が大きくなるはずはないのだがー

『……まさか、身体の体積はそのままに、自在に変形させられるというのか!?』

 先に気がついたのはエレメントだった。今はイクタの右腕が、左腕が伸びた分だけ短くなっているように、他の部位のエネルギーを、一箇所に回している、ということなのだろう。

『だが、そんな細かいコントロール、いつの間に身につけたというのだ?それに、そもそも君は完全異人化はまだ会得していなかったはずだが……』

『あんたの助言に従ったまでだ。つまり、そういうことだよ』

『……フレロビか…。彼に異人化の訓練を…。しかし本来ならば、たかが数日そこらで会得できるような技術じゃないはずだ。イクタ・トシツキ……。これほどまでに、いちいち驚かされる人物には会ったことがない。潜在能力なら既に、どのリディオ・アクティブ・ヒューマンをも上回っているかもしれん』

『……付け焼き刃の異人化が……なめるな!』

 ローレンはそう叫び放ち、その場で思い切り力を込め、全身を奮い立たせる。それに伴い、全てを圧倒しそうなほどの、禍々しい紫煙状のオーラのようなものが、彼を中心に螺旋状に、けたたましい音をたてながら地中より噴出し始めた。

『……おいおい、冗談キツイぞ、これは……』

 イクタは彼のあまりの圧に、その場に腰を抜かしたかのように尻餅をついた。オーラはさらに増量を続けており、瓦礫を巻き上げながら、紫電のプラズマをも発生させている。

『エレメントミキサーによる制御がない状態での私でも、ここまでのエネルギーは持ち合わせていなかったというのに……。こいつは異人態のまま、ウルトラマンをも超えたというのか…?』 

『上等……!張り倒してやる!』

 起き上がったイクタは、臆することなく、果敢にローレンへと詰め寄ってゆく。

『ハッ!!』

 それも虚しく、掛け声とともに繰り出されたローレンの掌底を喰らい、吹き飛ばされてしまう。『お前だけは生かしておこうと思ったのだがな。地下側につくというのなら、殺すまでだ。地獄を見せてやる』

 ローレンは目にも留まらぬ速さで宙に躍り出ると、先ほど吹き飛ばしたイクタが地に落ちるよりも早く、その落下地点へと移動。受け身を取ることがやっとな速度で宙に浮いていたイクタには、その次の攻撃を避ける術はなかった。

『デイヤァ!』

 落ちてきたイクタをさらに蹴り上げ、一気に天井付近にまで上昇させ、彼はまたも瞬間的に移動し、イクタの頭上に出現。かかと落としを腹に命中させ、優秀な戦闘機であるアイリスバードの初速をも上回るほどの速度で、彼を地面へと叩き落とした。その際に発生した衝撃波は凄まじく、地面を深く、広範囲にわたり抉り取っていく。仮に何も知らない第三者がこの光景を目にしたら、隕石でも衝突したのか、と驚くに違いないだろう。その規模のクレーターを生み出したのだ。

『ウグッ……』

 身体の半分以上が地面に刺さったままのイクタの目前に降り立ち、ゆっくりと歩み寄ってくるローレン。

『お前など所詮、偶然能力者として生まれただけの、地下の文明で育った旧型の人間だ。お前らはもう地球には必要ない。必要なのは、新たな人類へと進化した我々だけだ。お前らは精々、この星を地獄へと変えた罪を……死をもって償えばいい』

 トドメを刺すために、掌の上に暗黒に染まった球体を作り出した。大きなものではないが、尋常ではない密度を感じ取れる。

『……無駄にエネルギーを消費しすぎたか。この程度の大きさしか生み出せないとは、我ながら情けない。が、もう虫の息のお前にはちょうどいい』

 球体は無情にも、すぐさまローレンも手を離れ、イクタめがけて飛行を始めた。

『うおおおおおおお!!』

 イクタとローレン。その間に、突如大きな影が飛来し、それが球体を食い止めた。大きな爆発が発生し、至近距離から爆風を受けたローレンは数十メートル後退する。

『……?』

 ローレンは状況を把握するため、目を凝らして舞い上がった噴煙の中を見つめる。

『ハァ……ウグッ!』 

 イクタを救ったのは、ほかでもない、虫の息であるはずのエレメントだったのだ。

『……死に損ないが…今どうやって動いた…?この俺の予知にない行動だと…?』

 その姿を目にし、わずかではあるが困惑し、動揺する様子を見せる。

『……よく聞け……イクタ……本部長と…Dr.デオスの元へ向かうのだ……。そこに…君が知りたがっていた真実……そして……』

 話している途中で、彼は光の粒子となり、完全に消滅した。もう、彼が待機するためのエレメントミキサーは、彼の腕にはなかった。帰る場所のない粒子たちは、ただ散り散りに舞うだけである。

『……おい……おい!エレメントォ!』

 イクタは慌てて、光の粒子をかき集めようと腕を動かさんとするが、痛みが走り、それは叶わない。彼の目の前で、今この瞬間までウルトラマンであった存在が、拡散しながら、天井へと向かいふわふわと上昇して行く。

『……生体反応は途絶えた…。ようやく死んだか、エレメント…』

 ホッとしたのか、力が抜けたローレンは、その場に崩れ落ちた。

『…しぶとい奴だった…。最後まで、お前を庇っていたな?エレメントよ、こいつはそんなに大切な存在か?その命を何度も差し出してまで、守らなければならなかったのか?』

 ローレンは天を見上げながら、返答があるはずのない問いかけを繰り返した。

『なら、その大切な存在は…この手で消去する…。この地下世界も、民もだ…。お前の大切なものは全て跡形もなく消し去ってやる…。そうして初めて、真の復習は遂げられるのだ…』

 ローレンは立ち上がり、イクタに改めてトドメをさすべく、もう一度球体を生み出そうと、力を込める。だが、先ほどのようなそれは出現することはなかった。どうやら、ガス欠のようだ。

『……チッ、今日のところは、ここまでだな』

 彼は変身を解くと、マントを翻し去って行く。ガス欠になるほどの高レベルな戦いを繰り広げてもなお、息遣い一つ乱れていない。この男の背中からは、底知れぬ大いなる絶望が見出せる。

 

 

 数時間後、満身創痍のイクタはIRISの救助隊により救い出され、付設の病院へと緊急搬送された。幸いにも一命は取り留めたようだが、ここまで弱った彼を見た者は、当然ながら未だ嘗ておらず、エースである彼の変わり果てた姿に、全隊員たちが不安のどん底に突き落とされたのは無理もないことである。

 さらに、ウルトラマンエレメントが消滅したという報告。ウルトラマンという存在は何を定義に死とするのか、曖昧ではあるが、つまるところの事実上の死という一報が、地下世界全域を震え上がらせた。

 これまで長いこと表に出てこなかった、ローレンという男。謎に包まれていたその存在が、いざ姿を表した途端、ここまでの惨事になるとは誰が予想できたであろうか。これを受けて、IRIS本部は緊急的に地下防衛作戦を練り直すことが決定された。地上に侵攻する案など、いまは後回しでもいい。ウルトラマンを失ったいま、いかにこの苦しい状況に耐え、反撃のチャンスを伺うのか…。そこに重みを置かなければならなくなったのだ。

 とはいえ、誰もその作戦を本気で練上げようとはしなかった。何をしても無駄だ。IRISの首脳陣の大半に、それほどまでの絶望感を与えてしまったのだ。

「……ほ、本部長…。大変申し上げにくいのですが、もう降参してしまうのがいいのでは…」

 役員の一人が、声を震わせながらそう発言する。

「…エレメントは負け、イクタも負けました。おそらく、このままではフレロビだって…。そうなればもう、我々に抵抗する力なんて…。いや、もう既にないのと同じだ。このまま嬲り殺されるくらいなら、敵の要求はなんでも飲み…!」

「落ち着け!!」

 本部長の一声で、場は再び静まった。

「…奴はこの世界を完全に滅ぼし、地下を閉ざすことしか考えていない。降伏しようが最後まで戦おうが、結果は同じだ。」

「そんな……!!」

「……だが、私たちにはまだ翼がある。まだ、戦える!」

 本部長は机を両手で思い切り叩き上げながら立ち上がった。急な仕草に、一同の視線が向けられる。

「……最終計画『ジアースプログラム』」

 本部長は、そう短く言い放った。役員たちの手元のタブレットに一斉に資料が送信される。

「こ、これは…」

「文字通り、最後の希望だ。」

  

              

                                             続く。

 



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第30話「参戦」

 地上人類の親玉、ローレンの出陣により、さらに激化していく地球内戦。地上奪還を目指すIRIS、復讐を志す黒ローブ、この星の統治権を得るのは、どちらになるのかー 
 だがその争いに、新たに第三勢力が乱入してきた。火星に移住していた、旧地球人類だ。エレメントの研究データにさらなる改良を重ね生み出された新たなウルトラマン『マフレーズ』が遂に地球に降り立つ。自らの縄張りに現れた外敵を排除するため、火星のウルトラマンの前に、ローレンが立ちはだかるがー


第30話「参戦」

 

「……調子はどうだね?イクタ隊員」

 イクタが搬送されてから、実に1週間が経過しようとしていた。まだ医者からは安静にしていろ、との注意をされてはいるが、身体そのものは大方回復を果たしている様子で、流石に能力者となれば、普通の人間とは身体の作りが違うのか、凄まじい回復速度である。

 そんな彼の病室に、訪ねてきたのがIRIS本部長、ルイーズだ。こんな状況下なのだ。当然ではあるが、険しい顔を浮かべている。

「普通だよ。……あれから、敵さんの動きは?」

「地下での活動は今の所なさそうだ。地上で何を企んでいるかは、わからんがな」

「…ま、あいつが次にここに現れた時が、本当に地下の最期だろうよ。エレメントが消えたんだ。もうここに、ローレンとまともに張り合える奴なんていない。いや、奴でさえ、互角に戦うこともできてはいなかったな」

「……いつになく弱気ではないか。私の知っている君は、こんな状況でも打開策を練り上げる、そういう人物だったが」

 本部長は腕を組みながらそう言った。

「考えてもみてくれ。俺は奴の強さをこの身で味わったんだ。それでも尚勝算がある、とかなんとかほざいているとすれば、そりゃただのバカだ。あいにく、俺は天才なんでな」

「ふむ……それもそうだ」

「……でも責任は取るつもりだ。エレメントは俺のせいで死んだ。奴は命を差し出してまで俺を救ったんだ。俺がこのまま死んだら、それこそ奴は犬死にしたことになる」

 イクタは拳を強く握りしめながら呟いた。短い期間とはいえ、文字通りの一心同体の相棒としてこれまでやってきたエレメントが、目の前で自分をかばって命を落としたのだから、無理もないだろう。

「責任、か。具体的にどうするつもりだ。仇を取るのは不可能だと、自らの口で語っているが」

「俺の職務を全うする。俺は第一にIRISの人間だ。エレメントが作ったこの地下世界を、命に代えても最後まで戦い守り抜く。勝てる見込みはない。でも、逃げることは許されない。これはエレメントどうこうのまえに、組織の人間として、それが仕事だからだ」

「死ぬつもりか。それでは、奴も命を張って守った甲斐がなかろう。君には生きたまま敵を倒し、地上を取り戻してもらわなければならない。それが君の仕事だ。これは私からの、本部長命令と受け取ってもらおう」

 本部長はそう言いながら、懐より書類を取り出し、イクタの顔の前に差し出した。その書類こそ、正式な任務依頼書のようで、彼の直筆かつ、印鑑まで押してある。

「本部長命令だからな。失敗や拒否は組織除名処分かそれ以上のペナルティが発生するぞ」

「……無茶言わないでくれよ、さっきも言ったろ。あいつにはー」

「勝てる。我々は全ての希望を失ったわけではないんだよ」

 本部長は、そう言いながら、わずかではあるが笑みを取り戻した様子である。

「まぁ、君はまだ怪我人だ。退院許可が出次第、私の元を尋ねたまえ。君も、時間をとって私と話したいことがあるはずだ」

 本部長はそれだけ言うと、背を向け、外へと歩き始める。

「……あぁ。そろそろ、真実ってやつを教えてもらいたいしね」

 イクタは少し皮肉を交えてつぶやくと、再びベッドで横になる。とりあえず、このままでは職を全うも何も、敵が現れた場合、死に場所が病室になってしまう。今は治療に専念しなければ。

 

 

 同じ頃地上では、怪獣たちがやけに騒がしく吠えていた。ただの縄張り争いにしては、何かが変だ。と、いうのも、それが特定の箇所ではなく、至る所から聞こえてくるからだ。それも、数体という規模ではない。何十、何百もの咆哮が鳴り響いているのだから、これはただ事ではないだろう。

「……やかましいな……何なんだ一体」

 あまりの騒音に昼寝から目が覚めてしまった、紫色のショートヘアが特徴的な少女、キュリがアジトより姿を表した。いささか不満げな顔である。しかし、そのブサイクな表情はすぐに、戦闘時のような緊張感のあるものへと変貌した。目の前の光景に目を疑ったからである。

「なんだ……これ…」

 それが、怪獣たちがけたたましく騒いでいる理由でもあった。上空を、無数の小さな宇宙船のようなものが飛び交っているという、生まれてこのかた見たこともない様子が、今目の前にあるのだ。怪獣たちは、空に向かって威嚇するように吠えているということだろう。それは飛行機、のようだが、アイリスバードとは形状がまるで違う。まるでフリスビーのような円盤形だ。

「お、おい!ローレン!なんか変なのがたくさん浮いてっぞ!起きやがれ!」

 彼女は慌てて建物の中に駆け込み、同じく昼寝の最中であったローレンを叩き起こす。

「……落ち着け。……やはり来たか」

 パチっと目を覚ますや否やそうつぶやくローレン。どうやら、こうなることは事前にわかっていたらしく、嫌に落ち着いている。

「来たって、何がだ?あれも地下の戦闘機なのか!?」

「いいや、違う。だがまぁ、本質的には似たようなもんだ」

「ええい回りくどいな!わかりやすく言ってくれよ!」

「……お前の頭では理解に時間がかかる。今はやめだ。とりあえず、こっちへ来い!」

 ローレンは彼女の腕を掴むと、そのまま引っ張るように、奥へと駆け出した。そして、それとほぼ同時に、飛行物体による地上攻撃も開始されたのだ。大量のレーザービームが、雨のように降り注いでくる。 

「うおおおおおお!?なんなんだよ一体!いきなり殺しにかかって来てるじゃねぇか!?」

 建物の壁や天井も御構い無しに突き破ってくるビームを紙一重で避け続けながら、ローレンは無言で走り続けている。

「騒ぐな。俺の能力がある以上、攻撃は当たらん」

「逃げるのは私たちだけでいいのか!?地下の捕虜がいるだろ」

「……奴らを有効に使える未来は見えている。が、切り捨てても大した影響はない」

 落ち着いた様子のまま、最奥部へと到着したローレンは、その部屋にあったいくつかの注射器を回収し、マントの裏のポケットへと収納する。

「こ、これは……ダームとラザホーの細胞が入った……?」

「さて、飛べキュリ。少し遠くにな。そこで状況をある程度説明してやろう。ここはもう持たん、早くしろ」

 そう言っている間にも、レーザーによる空襲でこの建物はあちこちに穴が開き、同時に火災も発生していた。確かに、もう時間はなさそうだ。

「わ、わかったよ!行くぞ!」

 彼女は慌てて、ローレン諸共空間移動に移った。その直後、彼らが立っていた場所にも攻撃の手が及び、その部屋の天井は崩れ落ちたのだから、間一髪であった。

 

 

「うおおおおおお!?」

 突如始まった建物の崩壊に、状況をつかめないまま慌てふためくイイヅカ一行。彼らはTK-18支部争奪戦時に捕虜となり、地上に拘留されているのだ。

「なんなんだ一体!攻撃されているのか!?」

 とりあえず地べたに伏せ、その場をやり過ごそうとするホソカワ隊員。縄で手足を縛られ拘束されている以上、現状は河野程度の気休めしかできないのだ。

「ここを攻撃するとしたら、 IRISなのか!?」

  全員がホソカワと同じ姿勢をとる中、キョウヤマがそう叫んだ。

「だったら嬉しいが、その可能性は極めて低いだろう」

 答えたのはサクライだった。彼はこのメンツの中ではもっとも頭がキレる隊員である。

「どういうことだ?」

「前回の遠征では、戦闘機を20数機飛ばすことがやっとだったが、この攻撃の規模、どう考えてもそんな数ではないはずだ。戦況に、我々がここに連れてこられてからどんな変化があったかはわからないが、地上に大量の航空機を送り込み、地下の防衛力を蔑ろにする選択をとるとは思えない。…それに、まず第一に、我々は敵の拠点、つまりこの建物の正確な座標すらわかっていない。地球は広いんだ。こう数日で特定し、攻撃をしかけるなど不可能に近い」

「なら、一体何に攻撃されてるんだこいつら?地上人ってのは他にも勢力があって、紛争でもしてるのか?」

「知らん。とにかくIRISではなさそうだ。つまり、言いたいことはわかるか?」

「……当然俺らも攻撃対象内だってことだな。……やばい」

 イイヅカの小声の呟きにより、黙り込む小隊。

「一応、私たちは捕虜よ。にもかかわらず、奴らが私たちを連れて退避する……様子はなさそうね。自力で逃げるしか…」

 アヤベの言う通りだった。この時代でも、捕虜はそれなりに扱わなければならない、という規則はある。もっとも、それは地下法、つまりIRISが定めた法規で指示されていることであるため、地上人である彼らは適応外ではあるが。

「でも、縛られてんだぞ……このままじゃ落ちてくる天井に潰されてぽっくりだ」

 ホソカワが吐き捨てるように言った。

「いや、こういう状況だからこそ、どうにかなるものだ」

 そのイイヅカの声に、顔を上げる隊員たち。その視線の先にいるイイヅカは、とっくに縄をほどき、そこに二本足で起立していた。

「……お前、どうやった?」

「瓦礫がたくさん落ちているじゃないか。縄を解くための臨時ナイフって名前の瓦礫が」

 イイヅカの手には、ガラスの破片が握られていた。

「……そういや、そんな訓練もあったな」

 キョウヤマは顔の近くに落ちていた、同じくガラスの破片を口に加えると、それを自身を縛っている縄に近づけ、切断した。他の隊員たちも、イイヅカによって解放される。

「流石はNo.1ルーキー様だ。さ、とっとと逃げるぜ!」

 小隊は右も左も分からない中で、とにかく、外を目指して走り出した。

「捕虜の切り捨て、か。もしかしたら、いま地下は結構ピンチなのかもしれない」

 退避の途中、走りながら呟いたのはサクライ。珍しく、険しい表情をしている。

「かもな。俺たち捕虜の実用性が失われたことも意味するはずだ。奴らは未来を読み、瞬間移動もできるんだぜ。今後俺たちを人質として有効に使えるかどうかもわかっているだろうし、その気になれば能力で俺たちを助けることだって容易だ」

 イイヅカも、彼の意見に同調する。

「だがそうしなかった。……事は深刻かもしれん」

「何、大丈夫だ。エレメントやイクタ隊長がいる限り、地下は負けねぇよ」

 その二人の敗北があったからこそ、いま地下は危機を迎えているのだ。地上にいるがゆえにそのことを知る由もない彼らは、すでに失われている希望を信じて、ただ逃げることしかできなかった。

 

「地上人を発見。拠点と思わしき建物は焼き尽くしました」

 飛行物体の指揮をとる大柄の男。その着用している軍服の胸には大量のバッチが装飾されていることから、高官であるであろうことは想像できる。その男が、通信機を通じて交信している人物も、敬語を使っているだけあって、さらに上の立場の人物なのだろう。

「ご苦労であった、ウッズ大佐。だが、奴らは能力を持っている。とっくに脱出しているだろうな。反撃には常に警戒せよ」

 大統領の声だ。

「了解。しかし大統領、地球は想像していたよりも静かですな。地下との戦争、本当に行われているのでしょうか?漁夫の利を得る作戦だと聞いていましたが……。怪獣もまだかなりの数が残っています。想定以上に、労力を使用しそうですが、問題はないですかね?」

「構わん。なんなら、マフレーズの試運転も兼ねて怪獣の掃討にあたっても良い。どうせ燃料もエネルギーも有り余っているのだ」

「なるほど。では、早速起動させて見ましょう。地球と火星では環境も異なる。この惑星での活動データも欲しいですし、まぁいくらでも口実はつけられるでしょう。他国の首脳としては、あまり嬉しくないことかもしれませんがね」

 と言うのも、マフレーズは大統領の治める国が独自に開発した技術。よって、それが実績を積み上げることによって、戦力格差が広がることを他国は恐れてもいるのだ。今は、地球という惑星を再び手に入れるため、連合軍として協力はしているものの、そのあと、地球での主導権をめぐる争いが発生した時、このままでは圧倒的に不利になるのはわかりきっていることだ。

「だが、それのおかげで各国は被害をほぼ0に抑え、地球に戻れるのだ。むしろ喜んで感謝して欲しいくらいだがね。……まぁ、なんでもいいだろう。使うのなら使ってくれ。わたしも、奴の力を見たい」

 大統領はマフレーズという最新鋭兵器に強く惹かれているようだ。火星での何度かの実験も、彼だけ以上に高いテンションで行なっていたような気もする。

「心得ました。……おい!マフレーズを起動させろ!」

 大佐は部下に指示を下し、通信機のスイッチをきり、その場に置いた。

 マフレーズが待機しているのは、大佐の乗っている、他の機体よりもひとまわり大きい旗艦であるため、その指示はすぐに伝達された。

「ウルトラマンマフレーズ、起動させます。」

 作業員が、大きな電源装置のスイッチに触れた。それを合図に、マフレーズが収容されている強大なカプセルがゴウンゴウンという音を立てながら動き始めた。カプセルは高さ60メートルはあり、その中はピンク色の液体で満たされ、その底部には身長170センチ程度の人間のようなものが、背中や頭に管を繋がれた状態で、眠ったまま保存されている。

 装置が動き始めて数秒後、それは目をぱちっと覚まし、同時に繋がれていたチューブが一つ残らず身体から離れた。大量の気泡を発生させながら、彼は身体を肥大化させながら立ち上がる。ものの数秒も待たないうちに、彼は55メートルはあろう高さにまで成長を果たした。その身体は既に人間のものではなく、赤をベースとし、所々に青色のラインが走る、まるでそれが一つの大きな炎であるかのようなものへと変貌していた。

『起動完了。指示を待つ』

 機械的な声を発したのは、他でもないマフレーズだった。

「うむ。では大統領閣下より出された命令を伝達する。地球に降り立ち、怪獣を殲滅せよ」

 大佐の声だ。この部屋の何処かに設置されている、通信機から発せられている。

『了解。出動する』

 カプセルの蓋が開き、そしてこの部屋、さらにはその上層数階、遂にはその先の機体の天井そのものが同時に開き、吹き抜けの一室のような空間が生み出された。真上には青い空が見える。その空目掛けて、マフレーズは一直線に飛び出し、一気に空中へと躍り出た。そして僅かに飛行し、編隊から少し距離を置くと、そのまま地面へと急降下着陸を果たした。

 ズゥゥゥゥンという思い地響きと砂埃を巻き上げ、ついにその最新兵器は地上へと降り立ったのだ。

『これより作戦を開始する』

 

「な、なんだありゃ……」

 避難先から、物陰に隠れながらマフレーズを見つめるローレンとキュリ。

「……不透明な要素があったが、その正体が奴か…。能力者か、あるいは既に……」

 一人でぼそぼそと呟くローレン。

「さっさと説明してくれ!今何が起こってるんだ!?さっぱりだよ!」

 そんな彼を見ながら、ついに我慢の限界がきたキュリがそう叫んだ。

「静かにしろ……。奴らは火星の民だ……。ここにきた目的は、おそらく地球の奪還。いや、もう地球は奴らのものになる、その未来までわかっている」

「か、火星人ってことか?タコみたいな奴らだって、ガキの頃絵本で読んだことがあるが……」

「厳密に言うのならば、火星に住み着いている地球人だ。今や全てが火星生まれだがな。前にも話したはずだ。我々の先祖を見捨てたのは、地下に逃れた民族たちだけではない。火星へと逃げた上流階級もだ。奴らは、そいつらの子孫。まごうことなき、我々の敵だ」

「……なるほどね、よくわからんが、まぁ敵だって言うのなら倒さなきゃ。で、でも数が多すぎるし、制空権も握られちまう。天の覇獣イニシアさえいれば、また違ったかもしれねぇけど…。それに、あいつ……色調こそ違うが、エレメントにそっくりだ……」

 数百メートル先で、佇んでいる赤い巨人を見つめ、彼女はそう言った。大地に降り立ってから1分ほどが経過しているが、未だ動く気配はない。

「……飛行物体だけなら、お前単独でも相手はできるだろう。だが、あいつからはただならぬ雰囲気を感じる……。イクタやエレメントの未来も同様に読めなかったが、同じ不透明でも何かが違う。……本当に、何をするかわからない。ここは様子を見るぞ」 

 エレメントさえも圧倒した彼ですら、警戒するほどの脅威ということだろうか。

 それからさらに数十秒が経過したのち、ついにその巨影は起動した。その間に飛行物体の編隊は、他の場所へと移動したらしく、その完了を待っていたようにも見える。

『半径2キロ圏内全ての生命反応分析完了。これより消去に移行する』

 巨影=マフレーズは、銀色の目を一瞬ルビー色に光らせると、胸の中心にあるランプを起点に、青色のラインをオレンジ色に変色させる。

『ダイモスモード移行。レッドスクエンド』

 巨人を中心とした、広大な範囲の地面が橙色に輝き始めた。当然、ローレンたちがいる場所もそうだ。

「……まずい!キュリ!飛ぶんだ!」

 彼はそう叫んだ。未来を読んだわけではなく、直感的に、ただならぬものを感じ取ったのだ。

「わかってるって!」

 それは彼女も同じだった。言われるまでもない、というようにすぐに空間移動に入る。

 その次の瞬間、赤く光った大地は、全域から天へと垂直に、真っ赤な光線を放ったのだ。それは一瞬だった。文字通り、瞬きを終えた頃には、その光は消滅し、元の光景が戻っていた。ただ一つ、そこに無数の怪獣たちの死骸が炎上しながら横たわっているという点を除けばだが。 

「……な、なんだよ今の……あれだけの怪獣が即死だと…!?私たちも、移動してなければ今頃……!」

 二人は、攻撃レンジからわずかに離れたところに移動し、その場に伏せていた。彼女はこれまでに感じたことのない程の恐怖を覚えているようだが、無理もないだろう。

「あの力……そしてその姿。ウルトラマンであることに間違いはなさそうだな。火星にウルトラマンの研究データを持ち込んでいやがったか。150年もあれば、技術のさらなる発展など容易。気をつけろ、エレメントとは何もかも桁が違うぞ!」

「見りゃわかるよ!!てか、こんなの勝ち目ないだろ!どーすんだよ!!」

 あまりの恐怖から、かなり動揺しているようだ。いつもに増して、早口になっている。

「……ポプーシャナを使う。あいつに俺の後方支援をさせろ。勝てない相手など、俺の前に存在しないってことを教えてやる」

「カッコつけてる場合か!?いくらなんでも無茶だって!復讐も志半ばに死ぬぞ!それでいいのか!?」

「……このままではこの星は、奴らのものになってしまう…!そうなればこれまでの復讐の為の活動も、死んでいった奴らの命も全て無駄になる!逆に問うが、お前はそれでいいのか!?」  

「……わかったよ!好きにすればいい!でも私は死にたくないからな!……けどローレン、あんたが私も守ってくれるってんなら、協力してやらんこともないけど。あんたが死んで、私だけ生き残るってのも困るしな」

「……それでいい。ポプーシャナは6分後、比較的浅瀬を遊泳する。そのタイミングで連れてこい。もちろん、水ごとな」

「へいへい」

 二人は立ち上がり、それぞれの行動に移ることにした。キュリはポプーシャナをここへと移動させること、そしてローレンは、あの巨人と対峙すること。まずはこの地球を訪れた招かれざる客を排除し、今度こそ地下世界への復讐を果たさねばならない。

 彼は異人態へと変身を果たし、数キロ先のマフレーズの元へと飛び立った。赤い巨人の背後に着地し、それを睨みつける。

『我が名はローレン。火星のウルトラマンよ、ここで始末させてもらおう』

『……データにない巨大生命体出現。私に敵意を抱いている模様。指示を待つ』

 マフレーズは振り向き、ローレンの姿を確認すると、すぐに大統領へと指示を仰ぐ。

「何かと思えば、リディオの遺した廃棄物か。…いい準備運動になるだろう、マフレーズ、相手をしてやれ。手加減は無用だ」

『承知』

『……この俺のデータを持ち合わせていないとはな。舐められたものだ!』

 間を取らず、瞬時にマフレーズへと襲いかかるローレン。エレメントをも圧倒したその力は、果たして火星のウルトラマンにも通用するのだろうか?

 その疑問への答えは、ノー、であった。彼の突進攻撃を、避けもせず、さらに微動だにもせず身体で食い止め、弾き返したのだ。

『……!?』

『本部よりデータを受信。能力パターンは空間操作または未来予知の二択。私に対し正面から突っ込んだこと、ここまで飛行でやって来たことから後者であると断定した。君は私には勝てない。その未来は、君には見えているはずだ。なぜ戦う?』

『……お前らをぶっ殺さなければ気が済まないからだ。地球をこの有様に変えたウルトラマンの技術をごっそり持ち出し、世界の指導層でありながら全ての責任を放棄し火星へと逃げたお前らをな。頃合いを見て、再び地球に帰ってこようという計画だな?虫のいい奴らだ。お前たちは一度この星を捨てているのだ。堂々と凱旋させ、統治権を渡すとでも思っていたのか?』

 ローレンは態勢を整えながら、答えた。

『無論、我らが大統領も、穏便にことが進むとは思ってはいない。武力で君たちを排除し、地球を奪還する。私はそのために生み出された。マフレーズ、ウルトラマンマフレーズ。それが私だ。予定ではウルトラマンエレメントによる、地球の放射能汚染の清浄後での作戦開始の計画ではあったが、こちら側の世界にも事情がある。時期を早めての実行となった。君たちの余命を縮めてしまう形になったことをお詫びする』

『まるで、俺たちを殺すことなどいとも容易い、といった発言だな』

『事実を述べたまでである。では、消去する』

 今度はこちらからーと、マフレーズが動き始める。

『……自信満々なところすまないな。エレメントはもういない!』

 その言葉に、赤い巨人はピタッと動きを止める。

『信じる信じないは勝手だ。だがエレメントは俺がこの手でその命を絶たせた。放射能は除去できない。火星地球人どもが再び住むための環境は作り出せないんだよ!』

 ローレンは得意げにそう叫んだ。

『……本部へ、事実確認を依頼する』

『その必要もない!お前はここで俺が始末する!!』

 生まれた隙をつき、紫色のオーラを纏った右腕を、マフレーズの腹へと思い切り押し込んだ。メリメリっという音を立てて食い込んだ拳の衝撃で、巨人は数十メートル後方へと後ずさりする。 

『……』

 腹を抑え、前かがみになる赤の巨人。どうやら、攻撃が全く通用しないわけではなさそうだ。

『……かなり力を込めたんだがな、この程度のダメージしか通らんか』

 右腕を見つめながら、小声で呟く。思っていたほどの攻撃にはならなかったのだろう。

『……分析完了。今のが彼の76%の出力と判明。マフレーズの勝率、9割9分まで上昇』

 あいも変わらず、冷たい、機械のような声でボソボソと述べると、今度は先に動く。

『フォボスモード移行。ロッシュインパクト』

 オレンジ色に変化していたラインが、次は灰色へと変わった。

『な、なんだ!?』

 モードチェンジが完了したと同時に、ローレンの身体が宙に浮き、マフレーズの元へと引き寄せられ始めた。その運動はすぐに速度を上げ、超音速へと達する。

『ハッ!』

 超音速へと達したその時、構えていたマフレーズの強烈なパンチを浴び、そのままの速度で反対方向へとはじき出された。宙に浮きながら飛ばされているというのに、その衝撃で地面をえぐっている。次第に高さを失い、遂には地面へと激突した。

『グワッ!』

『ではトドメへと入る。マーズモード移行』

 マフレーズの色調は、赤と青である元の姿へと変化を果たした。これが基本形態らしい。

『マフレシウム光線』

 倒れ込んだローレンを狙い、両腕を胸の前で十字に組み、そこから強烈な光線を発射させた。

「やばい!はっ!」

 突如として、ローレンの前方に大きな黒い穴が出現し、光線はそこへと吸い込まれて行った。

『……?』

 その出口はマフレーズの後方で開き、彼は自身の必殺光線を、その身体で受け止める結果となってしまう。

『……!!』

 背中にモロにくらい、そこから白煙をあげながら、その場に片膝をついた。

「今だ!一旦逃げるぞ!」

 変身が解け、等身大となったローレンを抱え、キュリは遠くへ、ひたすら遠くへとゲートを開き、その場を退いた。

『……取り逃がした模様。指示を待つ』

「なーにやってんの……まぁいい。帰還せよ。奴らはまた後からゆっくり探すとしよう。それより、事実確認は取れた。地下からもウルトラマン特有の生命反応は感じられない。あの男の言う通り、奴は死んだようだ」

 大統領は顔をしかめながら言った。

『承知。帰還する』

「しかしまぁ、ウルトラマンのくせに大したことないな。マフレーズに一切歯の立たなかったあいつに負けたんだぜ?こりゃ幻滅だわい」 

 そう言いながらポケットからタバコを取り出し、火をつけ口に咥える。

「ま、作戦続行にはなーんの支障もないがね。放射能の除去?そんなもの容易だ。マフレーズをなんだと思っている。エレメントを資料に、100数年もの間改良に改良を重ね生み出された全知全能の存在なのだぞ。」

 大統領は大きな腹を揺らしながらはっはっはと笑った。相変わらず、大きな声だ。それに釣られたのか、周囲にいた軍人たちも笑い始めた。地球は突如乱入したこの最強の軍隊に、あっさり奪われてしまうのだろうかー

 

「では、お大事に」

「うぃーす」

 驚異的な回復能力だ。イクタは隊員服に着替え、医師陣に挨拶をし、病院を去るところであった。なんと、本部長が見舞いを終えた後数時間で、その日のうちに退院してしまったのである。

「こんなところで寝てる暇はないんだよね」

 予め呼んでおいた航空タクシーに乗り込み、運転手にIRIS本部まで、と短く伝えると、リラックスした姿勢で席に腰をかけた。イクタの乗車を確認すると、小型の飛行機は、すぐにフライトを始める。垂直離着陸の技術を備えた高級タクシーであるため、滑走路は必要ないのである。民間企業にこの技術を安く提供できるよう、改良したのもイクタである。

「お客さん、イクタ隊長でしょう?」

 初老を迎えていそうにも見える運転士は後ろを振り向かず、前を向いたままそう聞いてきた。

「そうだよ。俺も随分と有名になったもんだな」

「あのウルトラマンエレメントと行動を共にし、数多の危機からこの世界を守ってくださったお方だ。有名にもなりますよ」

「持ち上げすぎだ。もうエレメントはいない。……時間の問題なんだよ。あんたらだって、言い方は悪いが後少しの命しかないんだ。仕事なんかほったらかして、自分の時間を過ごすべきだぜ」 

 このタクシーを呼んでおいたのは自分ではあるのだが、彼は運転士を哀れむようにそう言った。 

「ではなぜ、IRISの方々はそうしないのです?もっとも命の危険のある職だと言うのに、あなた方はこの状況の中でもなお戦おうとする」

「そりゃ、どうせなら最後まで抵抗するべきだからだ。向こうが降伏を受け入れるのなら白旗をあげるのが最善手だが、そうもいかないからな。なすがままにやられるくらいならーってわけだ。それが仕事でもあるからね」 

「同じですよ。私共も、これが仕事なのです。地球最後の日を題材にしたSF小説はたくさんありますでしょう?その中の登場人物には、慌てふためく者もいれば、落ち着いた者もいる。散財して楽しむ者もいれば、ただただ絶望する者もいます。ただ、何をしようにも仕事をしている人物が必要なのです。いくらお金を使おうにも、サービス業者が同じように仕事をほっぽり出していれば、そこに取引は成立しなくなります。慌てふためくものを導くためには、役人や治安組織などが必要です。結局、最後の時まで我々は、己の使命を全うするしかない、そう言うことだと、私は思いますよ」

 運転士は静かに答えた。

「……そうかもな」

 イクタは、窓から街並みを見下ろした。避難生活中とは雖も、まだ物的被害を受けていないこの街では、子どもたちも大人たちも、避難先から登校、通勤をしている。これでは避難の意味がないことをはわかってはいるものの、IRISは特に規制しようとはしていなかった。あくまで警戒態勢中であるため、でもあれば、動ける企業には、ギリギリまで動いてもらわなければ、ただでさえ大打撃を被っている地下の経済が完全に死んでしまう、と言う事情もあるからだ。

「……」

 今日も名もなき市民たちが懸命に世界を動かしている。この事実が、改めて彼の意識に働きかけることにも繋がって行くのだ。

 

「来たか。イクタ隊員」

 本部へと辿り着いた彼を待っていたのは、ルイーズ本部長、フクハラTK-18支部長、Dr.デオスを始めとする幹部の面々だった。豪華なメンツに囲まれ、彼は本部の研究室へと導かれる。

「もう我々には事実を黙秘する必要はない。必要があるのはむしろ、我々の口から真実を聞き、君にとある決断をしてもらう方だ」

 デオスがそう口を開いた。

「どういうことだ?」

「じきにわかる」

 全員が静かに黙々と、早足で歩いていたため、サクサクと研究室の最奥部、フレロビが眠っていたあのエリアまでたどり着くことができた。

「……さて、聞きたいことはたくさんあるだろう。何から聞きたいかな?」

「……まず、今から何をするつもりだ?どうせそれも、真実に関連しているんだろ?」

「その通り。では、そこから話そう。本部長、お願いいたします」

「うむ」

 本部長は、設置されてある巨大な装置に手をかけながら、語り始める

「『ジアースプログラム』地上を奪還するために、我が組織の発足段階から計画されていた最終作戦。最高の条件こそ満たせはしなかったが、駒は揃った」

「で、その作戦とは?」

「……Dr.センゲツ、つまりウルトラマンエレメントと同じ遺伝子…『ウルトラマンへの進化』の実績あるゲノムデータを持つリディオ・アクティブ・ヒューマンを生み出し、最終的にその個体を人為的にウルトラマンへと進化させる。そういう作戦だ」

 そう説明したのはデオスだった。

「……は?」

「どうだ?今の言葉の中に、知りたがっていたことの殆どの答えが含まれているはず、だが?」

 デオスは不敵に笑顔を浮かべていた。彼の癖でもあり、特に悪意はないようではあるが。

「では簡潔に言おう。君とエレメントは遺伝上では血縁関係があると言える。あくまで、遺伝上では、だがね。そして君だけは、IRISの構想上絶対に死んではいけない存在。彼に、君を守るように指示したのも、うちの本部長さ。もっとも、前任のグリン氏ではあるがね。そのため、君に両親というものは存在しない。強いて言うのなら、この私が父親ってところかな。君はもとより、IRISが生み出した。そういうわけ」

「ちょ、ちょっと待て!ツッコミどころが多すぎるぞ!第一にー」

「まぁ待て。最後まで聞いてもらおう。質問は後からいくらでも受け付けてやる」

 次は本部長が口を開いた。

「話を作戦に戻そう。ウルトラマンにする、と言ったが、エレメントから、ウルトラマンへの進化条件は聞いていたかな?一つは、二種以上の異常細胞を取り込むことだ。……まずは改めて、リディオ・アクティブ・ヒューマンについて解説しよう。焦ることはない。ゆっくり、ゆっくり聞いてくれ」

 本部長は一気に語ろうとしていたが、イクタが予想外に動揺している表情であったため、一旦クッションを置くことにした。

「能力者には二種類あるのは知っていたかな?ざっくり言えば、先天性と、後天性だ」

 ここから、長きに渡る異常細胞、そしてウルトラマンの歴史と、彼の知りたがっていた真実を紐解く本部長の解説が始まることになる。いよいよ、核心をつく話を聞き出すことができそうだ。 

 

「おい、大丈夫かよ……」

 ここは山奥の森林の中のようだ。木々に身を隠すように、二人の人影が見える。

「あぁ……、おかげで助かった」

 先ほどの戦いで、ウルトラマンマフレーズに全く歯が立たなかったことを悔しく思っているのか、唇を噛みしめるローレン。幸い、大きな怪我はなさそうだ。

「ったく、6分持たなかったな。ポプーシャナを呼ぶ必要もなかったぜ」

「……流石に、エレメントとはレベルが違った。伊達に150年もの間改良を重ねていたわけじゃなさそうだ…。」

「……で、あいつに勝てる未来はあるのかよ?」

「無論。俺に敗北はない。今日は退避したに過ぎない。次会ったが最後だ」 

 ローレンはそう言い、立ち上がった。

「強がるなって。ありゃどう考えても勝ち目ないだろ……」

「あぁ、今のままでは勝てない。だが勝てる未来にはつながる。お前らの力を借りることになるが」

「連携を取るってことか?確かに、私のアビリティでサポートすれば……」

「その必要はない」

「はあ?どっちだよ……頭でも打ったのか?言ってること変だぞ?」

 キュリが怪訝そうな目で彼を見つめる。妙に会話が噛み合わないのだ。

「いや、変ではない。お前らの力を借りる。そう言っただけだ。……口ではわからんか。つまり、こういうわけだ!」

 彼はポケットから二本の注射器を取り出した。それぞれ、ダームとラザホーの細胞が、液に満たされ保存されている。そしてその針を二本同時に、右腕へと差し込んだ。

「ぐっ……!」

 痛みに顔をしかめる。だが、注射を止めることはなかった。

「な、何してるんだよ…!?」

 注射痕を中心に、腕が緑色に変色していく。それは次第に体全体を蝕み始め、ついには全身が醜く深い緑色に侵食されてしまったのだ。その様はまるで、トロールのように、不気味な雰囲気を漂わせている。

「……感じる……!これが…進化!大いなる力が湧き出てくる……!」

 彼は目をカッと見開き、口を大きく開け、舌をダラっと晒している。まるで人格が根っこから変わってしまったのかのようだ、彼のこのような姿は未だ嘗て見たことがない。

「ダームとラザホーの細胞を取り込んだのか…!?」

 全身が不気味な深緑色となった彼の身体は次第に落ち着き始め、色調も徐々に元どおりに戻りつつあった。特に大きな支障はなく、力を手に入れることができたようだ。

「……そうだ。今までとは比較にならん、そこ知れぬ力を感じる……。ウルトラマンマフレーズ、次は倒す。地下を滅ぼすのはその後だ…」

 不敵に笑みを浮かべると、彼は新たな力を試すため、森の方へと利き腕である右腕を向けた。手のひらをバッと開き、身体と平行になるように手首を立てる。

「……はっ」

 ガァァァッという声をあげ、森の中から怪獣が飛び出してきた。その瞳は、真紅に染まっている。アビリティにより制御されている証拠となる色だ。

「ふんっ」

 そしてその手のひらをグッと閉じ、握りこぶしを作り出すと、怪獣は悲鳴をあげ始める。その身体は次第に凝縮され始め、ついには肉体を失い、真白く輝く光球態へと変貌し、彼の手の中へと吸い込まれるように漂った。これはラザホーの、怪獣をカプセル化する能力だ。

「……まだ完全に馴染んだわけではないとはいえ、しっかりと使えるようだな」

「カプセル化ってこんなにすんなりいくものなのか…」

 あっけなく、そしてたやすくそのアビリティを使いこなした彼を見つめながら、ただただ驚くばかりの彼女。今日は驚くことばかりである。

「アビリティは使用者の器により大きく効用が変化する。俺とラザホーたちとの力の差だ」

「自慢かよ……。まぁでも、これで怪獣たちは再び、私たちのコマになるわけだな。これなら火星の軍とも戦える……!」

「そうだな。星を捨てた身分で、都合のいいタイミングで我々を排除し、再び住み着こうなどという虫のいい話を許していいわけはない。この星の正当な所有者は、地上という本来の生活スペースを守り続けた我々だけだ。地下人類にも火星人類にも、渡しはせん。そして生かしてはおかん。必ず、一人残らず同じ苦しみを味あわせてやる……」

 つい先ほど、コテンパンにやられたばかりとは思えない闘争心だ。彼らにとっては、ほかの全てが侵略者であるのだから当然といえばそうかもしれないが。復讐、その強い信念が失われない限り、彼は絶対に折れないであろう。

 

                                                続く



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第31話「真実」

 イクタは、本部長の口から、ついに地下世界の本当の歴史、そして真実が語られる瞬間を迎えていた。全てを知った彼は、どのような決断を下すのだろうか。地上でも、マフレーズとローレンが拳を交えるなど、戦いはさらに拡大している。彼の選択が、今後の地下世界の運命を左右することになるがー


ウルトラマンエレメント

第31話「真実」

  

 その昔、世界情勢は不安定を極め、ある一国が一線を超えたことー核を使用したことーを引き金に、滅亡を招きかねない核戦争が勃発した。抑止力としての効能をすっかり失ってしまった核に取って代わる、新たな『抑止力』を生み出し、戦いに幕を下ろそうとしたその大国は、放射能に汚染された地域の被爆者を標本にとり、様々なデータを集め尽くした。その被験者となった一般市民の数は、生死体に関わらず数千を下らないとの一説もあるが、これに関する資料は現在地球上から消え去ってしまっているため、真相は不明だ。

 その段階で発見されたのが、放射能による細胞、遺伝異常で死に至らず、それどころか超人的な能力を獲得した個体である。それらは発見者である科学者の名前を取り『リディオ・アクティブ・ヒューマン』と名付けられた。彼ら能力者には共通点がいくつかあり、そのうちの一つに「全員が12歳以下の子どもであったこと」が挙げられる。

 発見者であるリディオは、その大国の軍事科学者だった。彼はこの子どもたちに目をつけ、放射能による超能力覚醒の研究に身を投じていく。この力を軍事兵器として実用化できれば、これ以上にない抑止力になると考えたのだ。核を投じた地域から、超人的な存在が生み出され、それらが牙を向くとなると、使用した側にもデメリットが生じる可能性が出てくるからである。

 

 この研究は、初期段階から大統領の目にも留まり、国を挙げてのプロジェクトとなっていたことから破格の予算を組まれ、研究は想定よりもはるかに速く進み、遂に能力者を超える存在で、人類の到達できる限界にして究極のステージ『ウルトラマン』の構想が生まれるレベルまで達するのに、6年とかからなかった。

 時は流れ、遂に人類初のウルトラマン『エレメント』が生み出された。リディオによれば、ウルトラマンの定義として、複数のアビリティを一人で所有する存在、というものが設定されている。だが、たった一種類でも所有しようとすれば9割9分が死に至り、能力者に覚醒できるものは残りの1分という異常細胞、異常遺伝子を複数種類所持するという過酷な条件から、実験過程で多くの死者を出してしまった。奇跡的に進化を果たしたエレメントでさえ、その負荷には従来の人間の身体では耐えることができず、人間を大きく超越した、身長55メートルにものぼる全く新しい肉体を生成せざるを得なかった。リディオの理想としては、等身大で兵器となってくれること(その場合、市民に紛れさせて局地的なテロのような攻撃も可能になるため)があったため、これは誤算ではあったが、ウルトラマンの完成という、自身のこれまでの研究成果がこれ以上にない形で表れたことへの喜びの方が強く、あまり気にはしていなかった。

 『新たなる抑止力』を得たリディオは次第に暴走を始めた。本来であれば

「我が国にはウルトラマンがいる。これ以上戦うというのなら、容赦はしない」といった使い方になるはずなのだ。前述の通り、あくまで従来の核に取って代わる兵器として開発したのだから当然だ。

 それでも、開発者である彼はその力を試したくて仕方がなかった。軍に無断でウルトラマンを何度も使用し、あらゆるエリアを焼き尽くした。結果的にこれがこの物語が始まる要因にもなるのだが。

 

 制止に入った、大統領をはじめとする政府高官をも、自身の開発した能力者に消去させるなど、歯止めの効かなくなったリディオはとうとう、何者かに暗殺された。だがこれで世界が平和になる程、事は単純ではない。核のゴミで覆われたこの星で生きることを諦めた各国の要人や金持ちたちは一時結託し、共に火星へと旅立っていった。多くの市民を地球に残したまま、である。

 指導層を失った市民たちは、僅かとなってしまった汚染されていない食料や水を求めて争い始めた。これを第一次地球内戦と呼ぶことにする。

 その際、エレメントは自身の罪を償うため、困窮している市民たちを、能力を駆使して救い続け、しまいには地下に空洞を生み出し、そこへ皆を移住させるという荒技をもやってのけた。しかしその際に、僅かではあるが数名を地上に取り残してしまった。その人々こそ、皮肉にも『リディオ・アクティブ・ヒューマン』と、その仲間達だったのだ。彼らの子孫が、今地下世界に牙を向いているローレンたちである。

 さらに百数十年の時が流れ、いよいよ地下世界にも汚染の魔の手が刻一刻と迫っていた。事態を重く見た地下世界の治安維持組織IRISは、現代に現れたエレメントと結託し、放射能汚染を除去する技術を得、地上を取り戻そうと奮闘しているーという今に至る。

 

 

 

「ここまでの歴史の流れは、わかっているかな?」

 本部長は長々と語っていた。エレメントやローレンにも聞かされた話だが、改めて整理し直したのだ。そこに、イクタの知りたがっている真実がたくさん隠されているのだから。

「前置きが長すぎるよ……」

「えらく動揺していたからな。君が落ち着くまでの時間稼ぎにもなったはずだ」

「……そうだな。じゃあ、続けてよ」

「うむ。先ほど、能力者には先天性と後天性がある、と言ったな。まず、研究の初期段階で発生したのは、後天性であることに説明入らないだろう。普通の人間として生まれたのに、強制的に能力を得てしまったのだからな。対して、君のような存在は先天性だ。我々が細胞を調合して生み出したからだ。この理屈はわかるか?」

「まぁ、理屈はな」

 そもそも、未だに自身が地下の戦力構想のために人為的に作られた存在という事実を、まだ受け入れ切れていないのだから、理屈を理解できたところで頭に入ってくるかは微妙ではあるが。

「なら問題ない。そこから話していこう。能力者はその異常により、極端に寿命が短くなる事は知っているな?君にも、生まれながらにそのハンデを負わせてしまったことを申し訳なくは思っている」

「……あんた方の都合のために、30年しか生きられない体になったってのは癪に触るけど、今更そこにキレたってどうしようもないな…。府には落ちないけど、構わず進めてくれ」

「……能力者の唯一にして最大の弱点、それがその短すぎる寿命である事はいうまでもなかろう。30年とはあくまで最高での話。アビリティを使えば使うほど、その命は削られていく。特に君は幼少期からその天才的な頭脳を我が組織、そしてこの世界のために使い続けてきてくれた。言いにくいが、君の体は持ってあと数年であろう」

 本部長は呟くようにそう述べた。イクタ自身も、なんとなくこの先長くない事は感じ取っていた。特に最近は戦闘において異人化も多用しているため、実際はもっと短いのかもしれない。

「だが君は、ここまでの戦闘において、この前提を覆す敵と何度か対峙してきたはずだ」

「……ラザホーやダームか。確かに、異人化もできるし固有能力もあったが、それぞれいい歳食ってたし、ダームに至っては爺いだった。これでは矛盾が起きる」

「そうだ。彼らのような存在こそが、ある意味この研究の完成形とも言える。先天性だろうが後天性だろうが、自身の遺伝子に放射能を浴びさせ、異常を発生させる事から寿命を削るというデメリットが生じるのはわかるな?だが奴らはそのケースではない。予め異常を発生させた、全く他人の細胞を、外部から取り込む、リディオ存命期にはなかった新しい技術を使って生まれた存在なのだ」

「……なるほどね」

「もちろん、それら外部的に取り込んだものが身体に馴染まなければ、一般的な移植手術と同様、拒絶反応を起こし最悪死ぬ。デメリットは0ではなく、それどころか従来のケースと大差ない。だが、彼らの先祖は短い寿命のサイクルで子孫を残し続けた。その遺伝データは、世代交代を繰り返しながら『放射能への耐性』を徐々に得てきたと考えることに不自然さはないだろう。人間の身体がそれだけの短期間で適応し変化するとは考えにくいかもしれないが、そもそも彼らは能力者。そうなっていてもおかしくはない。まぁ、仮定に過ぎないがな」

「『放射能への耐性』のある人種だからこそ、外部的に異常細胞を取り込むことができ、かつ普通の寿命で生きることができた、というわけか。確かに科学的根拠に欠ける部分は多いし、研究する必要がある項目だが、確かに奴らは生きていた。この事実は揺るがないし、何よりの根拠とも言えるわけか」

「等身大で、一般的な寿命をもち、各々の能力が使える。軍事的には、最も理想的な姿かもしれないな。地上には、その大国ですら把握していなかったリディオの秘密研究所が多数あるとされている。ここからは全て推測だが、それら研究所に、もしもサンプルとしてたくさんの異常細胞が未だに保存されているとしたら?そして地上人たちがそれらの場所を把握していたら?……第二、第三のラザホー、ダームが再び登場する可能性だって拭えない。いやそれどころか、最も恐ろしい事態だって起こりうる。……ローレンがそれらを自身に取り込み、ウルトラマンへと進化する事だって……」

 ウルトラマンへの進化は即死の可能性が非常に高く、成功はまずあり得ないと見ていい。復讐が目的の彼であれば、そのようなハイリスクな道は選ばずに、地下への攻撃をするはずだ。進化しなくとも、彼は強い。

 エレメントは生前、このようなことを述べていたことがあった。事実、異人態のままでもエレメントを圧倒し、その命を奪えたほどの力をすでに所有しているため、無理にでも進化しようとはしないーと考えたいところではあるが…とここまで思考し、イクタは何かにハッと気がつき、顔を上げた。いや、違う。得られるのは、力だけではない。

「ウルトラマンになることで得られる最大のメリット……寿命制限の超越……!」

「そうだ。エレメントは150年以上も前に生み出されたのにもかかわらず、ピンピンと生きていた。殺されさえしなければ、その寿命は有限のものではないのかもしれない。実際に寿命で死んだウルトラマン、という前例がないため、詳細は不明だが」

「そして火星にへ逃げた旧上流階級、奴らだって、ローレンにとっては復讐の対象になるはずだ。先祖を見捨てて地下へと移ったこの人類を敵視しているのだから、その可能性はある。地下世界と違って、教育の規制もないため、先祖から火星へ逃げた地球人がいることも聞かされているはずだ」

「……話が火星にまで飛躍しそうだな。それはまた後からにしよう。さて、この計画『ジアースプログラム』で何がしたいか、少しはわかっただろう」

「……だいたい掴めてきた。IRISが所有しているアビリティは、この俺、そしてフレロビだけ。他にサンプルを保管している可能性もあるだろうが、それなら既に戦争が始まった段階で実戦に投与しているはず。舐めプはできないからな。……要するに、ウルトラマンへの進化実績のあるエレメントのゲノムデータを所有している俺にフレロビの細胞を移植し、俺をウルトラマンにする、そういうことだろう。なるほど、道理であいつがこのタイミングでコールド・スリープから目を覚ますわけだ。『俺を人為的に生み出せる技術を開発し、なおかつ成熟させ、IRISの戦力を整えさせ、エレメントと行動を共にさせながらウルトラマンとしての戦闘経験を積んだ段階で解凍、俺の体の一部にさせる』てことか。あいつも、結局はIRISの戦力構想のために生まれただけか」

「そうだが、彼にはもっと大きな意味合いがある。『人為的にリディオ・アクティブ・ヒューマンを生み出すことができるのかの実験』つまり、将来的に君を生み出すための技術のテストでもあった。フレロビ誕生までに、多くの犠牲を出してしまったがな。しかし予定よりずっと早く成功した。そのため、しばらく眠ってもらうことになった」

「……あんたたちも、リディオと同類だな」

 イクタは冷ややかな目で、彼ら首脳陣を睨んだ。

「……リディオが元凶となった戦いだ。だが皮肉なことに、この戦いを終わらせるためには、彼と同じ手段、技術を使う必要があると、そういうことだ」

「……それで、ウルトラマンになる覚悟はあるかね?君の決断一つで、この世界の未来が決まるのだが」

 ずっと黙ったままであったデオスがそう口を開いた。

「待て、まだ聞きたいことはある。エレメントだ。奴は地下への移住時、ミキサー状態で地上に取り残された身分だろう。その後どういう経緯でIRISと接触し、この計画に協力することになったんだ?どう考えても、当時の地下と地上に接点はないはずだが」

「……ふむ、そういえばまだ話していなかったな。よかろう」

 本部長は立ち話に疲れたのか、部屋にあったソファに腰をかけた。

「先に言っておくが、協力を持ちかけてきたのは、エレメントの方からだ」

 知られざる歴史が、彼の口から語られようとしていた。

 

 

 

「レーダーが正体不明の電波をキャッチしました!……何かの信号のようです」

 その一報が届いたのは、地下世界創設より60年後、まだIRISという組織はなく、各地で正義感の強い民間人たちが、個人で複数の治安組織を組んで活動していた時代である。

 このレーダーとは、地上と地下を隔てる、地層を観察するために各エリアに設置されていた装置だった。それらは一つの、小さな基地のようになっていた。もし何か、地下世界に脅威が訪れるような現象(例えるなら、地上での大地震の影響でズレが生じ、天井が落下してくる可能性)などがあるようならば、事前にそれを察知し、被害が想定される地区の市民に避難を促すためのものだ。そのレーダーが、大地の活動ではなく、何やら電波を捉えたらしい。

「……これは……。SOSだ。どこかで誰かが、助けを呼んでいる」

 これらを管理していたのは、地上文明時代からの科学者、もしくは彼らの教え子といった、専門的な知識のある人間だった。もちろん、素人が管理したところでなんのこっちゃわからないのだから、当たり前ではあるが。

「しかし遠いな。途切れ途切れでの受信ということは、相当な距離があるぞ。この地点より、はっきりと捉えている箇所はないか?」

 学者たちは、急いで各基地に連絡を取るのだが、どこも同じように、今にも消えそうな電波しか拾えておらず、場所によってはそもそも受信さえしていないところまであった。では、どこから発信されているものなのだろうか?

「怪奇的な現象だな……。幽霊電波か?」

「非科学的な…。実際受信はできたんだ。絶対に何処かに発進者がいる。間違いない」

「理屈はそうだが、じゃあどこからきたんだ。世界には今13カ所にレーダー基地があるというのに、どこからも距離がほとんど同じなのだぞ」

 このような議論が、約5日に渡ってなされていた時だ。レーダーたちは、再び先日の怪奇電波を受信した。

「……どうなっているんだ……。まさかとは思うが……」

 最も大きなレーダー基地、AM13地区の若き所長、グリンは天井を見上げた。

「だが、可能性があるとしたら、そこしかなかろう」

 隣に立っていた、年配の学者は、グリンの言わんとすることを察したのか、同じく顔を上へとあげながらそう呟いた。

「地上、か。ウルトラマンと共に取り残された人間がいるとは聞いてはいたが…もう何年になる?60年だぞ…」

 グリンは首を傾げた。あれだけの濃度の放射能に侵されている場所だ。場所によるが、即死に至る濃さのエリアだって存在していた。

「もし生存していたのなら、それだけの歳月があればこちらへと存在を知らせるだけの機械を作れるだけの技術が身に付いていても不思議じゃないだろう。子孫だって残せている可能性はある。」

「しかし、いくら電波のやり取りをしたって、コンタクトが取れないではないか。助けに行くのは無理だろ。地上と地下は完全に遮断されてるんだ」

 その通りであった。もっとも、もし繋がるような箇所があった場合、そこから汚染された土や空気、水が地下まで到達してくる可能性がある。地下だけは絶対安全都市だと言い切れるよう、苦肉の策ではあったが、隙なくシャットアウトしている、はずだったのだ。

 しかし、それはあくまで人間たちの思い込みであった。交信が続くうちにーといっても、一方的に受信するのみだがーその電波は、次第にSOS信号ではなく、何かの暗号のようなものに変化していった。それが、電波の途切れを応用したモールス信号であると気がつくまでに、2週間を擁したのだが。

「まさか、こちら側にしかわからないはずの『途切れ』を見通し、送ってきていたとはな…」

 年配の科学者は非常に感心している様子だ。

「いやいやいや、都合良く捉えすぎなんじゃねぇの?何か他のメッセージを伝えるつもりが、たまたまモール信号っぽくなったと考えるのが普通だろ。第一、こちらの不具合を見通せるなんて、エスパーでも無理だ。ありえないよ。向こうは一方的に送ることしかできないんだからな」

 中年の学者は強く反発していた。どう考えてもおかしい、とは、この場の誰もが考えていた。しかしー

「君のように考えるのが一般的だ。だが、この2週間の受信記録全てがモールス信号だったと仮定した場合で解読したデータがこれだ」

 グリンが、記録をまとめたスライドを、皆が集まっている部屋のスクリーンに映し出した。注目が集まる。

「ジュウイチ ニジュウイチ ヒャクヨンジュウニ ジュウニ アイリス ロード」

 という文字の羅列が、そこに表示されていた。

「このようにはっきりと、単語に分けることができた。他の解読方法も用いたが、一番しっくりくるのがこれだ」

「……俺は信じねぇからな」

 中年はそれでも、腕を組み頑なな表情を変えはしなかった。

「最後の二つの単語は、恐らく何かの道を表しているのだろう。もしかしたら、我々の知らない、地上へ近づくためのルートがあるのかもしれない」

 これもまた考えにくいことだが、グリンはそう推測していた。

「だが、数字がよくわからない。何を表しているのだろうか」

「……何か、心当たりのある者はいないか?意見が欲しい」

 その呼びかけに応じるものはおらず、その代わり、考察の議論が繰り広げられることになった。皆が思考を巡らせながら、思いつき次第に発言し始める。

「……こういう時って、数字がアルファベット順を指していて、文字が浮き上がるーなんてことが多いですが、3桁の数字もありますし、そうじゃなさそうです…」

「例えばどこかの民族の言語を組み合わせている可能性、とかは?」

「まぁ、全ての仮説を立証しなければ、たどり着くこともできないだろう。言語学者に調査を依頼しておこう。他には?」

「……ちょっと待ってください。仮にグリン所長の『道を表している』という考察が正しいと仮定したら……その道の場所を、示しているのではないでしょうか?」

 グリンよりもさらに若い学者がそう意見した。

「なるほど…!そうだとしたら…」

「緯度と経度、ですかね」

 言語説と比較すれば、こちらの方が真実味を帯びていることは明らかであった。皆が同調している。

「その線で数字を当てはめれば、マリアナ海溝が浮かび上がりました!地球で最も深い海、とされていた場所の座標になります!」

「……ふむ。どうやら、それで間違いなさそうだが…。では、アイリスロードとはなんだ。そんな場所に、どのような道があるというのだ?」

 数字を解読したからといっても、肝心のそれがわからなければ意味がない。もしかしたら、場所を示す説そのものが見当違いであった可能性も残っている。

「……ロード、これが道、という仮説は正しいと思います。発信者だって、SOSを送ってくるくらいですので、すぐに解ける程度のレベルに設定した暗号でしょうし。あまり考えすぎるのは逆効果ではないかと」

「要は、アイリスを理解しなければならないのだな」

 グリンは再び腕を組んで唸った。どこかで聞き覚えのある単語ではあるのだがー

「同じ名称の花がありますね。花言葉は吉報、のようですが…」

「どう考えてもそうではないな」

 その場にいた全員が、苦笑いを浮かべる。

「単語の意味としては、虹、ですね」

「神話にも登場しています。ローマ神話では、アイリスの花の語源になったーという旨の話が載っています」

 実に、様々な意味を持つ言葉のようだ。だがこれまでに出た全てが、イマイチピンとこないものばかりである。

「…あっ、ギリシャ神話にも記述がありますね。イリス、という人物の英語読みがアイリス、らしいです。……あっ!」

 その記述を読み進めていた者が、室内に響き渡るほどの声量で驚嘆の声をあげた。

「どうした?」

「い、いや…これですよ!きっとこれに間違いない!」

 表情をパッと明るくさせ、グリンへとその文字の羅列を見せつけた。

「イリスは七色の首飾りを与えられた。そして、大空を渡る虹の女神になった。虹は、そんな彼女が天空と地上を行き来するための大切な架け橋になったーか。単に、虹という意味になった背景を説明しているだけじゃないのか?」

「所長〜!よく読んでくださいよ。これ!天と地を往復するための架け橋という記述です!ピンっとくるでしょう!つまり暗号にあったアイリスロード、とは、これに当てはめれば地上と地下を行き来するための道を指しているんですよ!そしてそれは、先ほど解読した座標にある!」

 ようやく、グリンはハッと顔を上げた。

「まさか…本当にそのような道があるというのか!?」

「行ってみる価値はあります。それに、これだけの重要な情報を知っている者ですし、救い出してもっと色々聞き出してみるべきです!」

「……そうだな。物は試しだ。では善は急ごう。明日、マリアナ海溝の地下へ向かうぞ」

「了解!」

 

 

 

「ここからは簡単な話だ。アイリスロードと呼ばれたその場所には、本当に、隠されていた地上への階段があった。もう、わかるな?」

「電波の発信者はエレメントだった、そういうことか?奴が、その先で地下に逃がした人間たちと交流できる日が来ることを信じて、設けていた、といったとこか」

 ここまでの話で、イクタは初めて、この組織の名称にも、ウルトラマンエレメントが影響を与えていたことを知った。

「グリン氏等が地上に到達した時には、その部分だけ海が裂け、陸になっていたという。間違いなく、エレメントの力だろうな。エレメントと彼らの接触時の細かいやり取りまでは割愛しよう。想像に任せる。私が伝えたいこと、そして君が知りたがっていることはそこではないからな。」

 本部長は長く話したことで相当疲れているのだろう。秘書が手渡したペットボトルの水をグイッと飲み、一息ついたところで再び口を開く。

「エレメントは、ミキサーの状態で発見されたという。変身媒体を失っているのだから、仕方がないことだな。彼自身で開発したミキサーという装置は、ウルトラマンの力を適度に、暴走なく引き出せる優れたものではあったが、いざという時はとことん不便な代物でもある。まぁ、そんなことはいい。私が先ほど君に伝えたジアース・プログラム、とは、彼から提案したきたものだ。彼が我々に協力したのではない。我々が、手を貸した」

「……エレメントが、か?」

 予想外の言葉に、目を丸くして驚くイクタ。

「彼は、能力者がその遺伝子を後世へと繋ぎ続けていることを知っていた。それらが脅威となり、将来的に地下を脅かす存在になるのでは、とも考えていた。だから、この計画を持ち出した。ウルトラマンの力を引き継ぐ地下の戦士を生み出すこと、をな。だが、ここから先、その戦士を自立させ、我々オリジナルのウルトラマンへと仕立て上げる。それはーグリン氏の提案だ。もっとも、エレメントには知らせていなかったが。そして、その計画のために、各地の治安組織は成長し、数十年後に合併してIRISとしてスタートを切った。地下と地上を結ぶ、架け橋になることを祈り、付けられた名だ。組織としてのあらゆる規模を拡張していく中、君のような人間を生み出す実験を続け、その過程でフレロビが誕生。そして、君の誕生にも至るわけだ」 

 ようやく、ようやくだ。地下の本当の歴史が、繋がり始めた。

「……やっとわかったよ。この世界の、真実ってのがな」

 地球文明はエレメントにより滅ぼされ、地下世界はエレメントの手で創られた。そしてこの世界を守るIRISにも大きな影響を与え、来たる地上軍との戦争に備える計画まで持ち出していた。

「ということは、エレメントはその後、IRISが匿っていたのだな?レジオンが現れた、あの日が訪れるまで」

 イクタはそう訊ねた。

「そうだ。無論、我々本部の人間の中でも数名しか知らなかった。ちなみに私とエレメントはほとんど面識がない。この私でさえ、本部長の職を継ぐ際に知らされず、後々にその存在を認知したほど。それほどまでに極秘に扱われていたのだ。部下にも悟られないよう、ある程度演技もしてきた」

 本部長は、そう返えす。

「イクタ、君はそういうわけで、誕生したその瞬間から、この時が来るまでは絶対に死んではいけない人間だった。だから、グリン氏はエレメントに命じていたのだ。近い将来、イクタのような存在が現れた時は何があっても守れ、と。彼にとっても、自らの遺伝データを所持する、いわば息子のような存在を守ることにもつながる。計画云々の前に、彼はそれを思い、君を守り続けたはずだ」

 そのためなのだ。彼が何度も命を張り、しまいには塵となりながらもイクタを守り続けたのは、そのためだったのだ。イクタは無意識のうちに、胸に手を当てていた。

「エレメントには、なんとしても地上軍を止め、地下を守り、そして地球を元の姿に戻したいと、そのことに強い責任を感じていただろう。それは、君にも伝わっている、そうだろう?」 

「……あぁ。復讐でさえも受け入れようとしていた。エレメントを介して、あいつらの主張も聞いた。正直言って、気持ちはすごくわかったんだ。俺だって同じ立場だったら、何が何でも復讐を果たそうとしただろう。悪いのは、エレメントだったのだから」

 その言葉を、場にいた全員が重く受け止めたのか、押し黙ってしまった。彼らにも、地上人が嘗て理不尽に扱われ、そして今大きな脅威になってしまっていることが、どこかで自分たちのせいでもあるのだと、わかっている様子ではある。戦いではなく、お互いに言葉で歩み寄ることが、この100年の間でできはしなかったのだろうか。本当に、彼らの命を奪ってまで、止めなければならないのだろうか。その資格は、権利はあるのだろうか。

「奴はーローレンは間違いなく、ウルトラマンへの進化を求めている。そうすれば、永遠の命が手に入るからだ。……でも、復讐を完了させ、永遠の人生を歩んだところで、そこには何もないんだ。あいつがそれを一番にわかっているはず、それなのに、攻撃をやめてはくれない。それだけ、恨まれてるってことだな」

 イクタは苦笑しながら続ける。

「……俺も、あいつらの復讐を受け入れるよ。全力で応えてみせる。お互い、本気で拳で語り合うんだ。同じ能力者、分かり合えることだってできるかもしれない。もちろん、脅威となれば躊躇なく殺傷もする。だが、それらを果たすためには、奴をも超える力が必要だよな」

「……その通り。決心はついたかね?」

 Dr.デオスが、このセリフを待っていたと言わんばかりに、食い気味に乗り出してきた。

「俺はエレメントの遺志を、そして奴が守りたいと願ったこの地下世界を、引き継がなければならない。いや、継げるのは俺だけ、そうだろう?……なってやるよ、ウルトラマンにな!」

「エクセレント!では本部長、イクタ隊員を実験室へ、連れて行きます。フレロビも呼んでください」

「わかった。あまり時間もない。早急に、頼むぞ」

「もちろんです。……科学者としての血が騒ぐねぇ。まさか、我が手でウルトラマンを生み出せる日がくるなんて……!この時を待っていたよぉ…!」

 ねっとりとした声質で、君悪くそう叫ぶ。

「…あんた、それだと悪の科学者みたいだ。IRISの人間にはふさわしくない声だな」

 イクタは呆れたようにため息をついた。正直にいえば、不安ではあるし、緊張もする。失敗したら自分が死ぬどころか、フレロビも、そしてこの世界も終わるのだ。本部長やデオスはあまりそのリスクを考えていなさそうで、そのことからも、現代の技術ならばかなりの確率で成功してくれるのだろうが、それでも100%はあり得ない。

 とはいえ、今からうじうじ考えていても仕方がない。やると決めたのだ。あとは幸運を祈り、成功を待つ、そしてローレンと再び向かい合うのみ。心を奮い立たせながら、彼らは実験室へと歩いて行った。

 

 

 

 雲ひとつない青空の下、多くの円盤型の航空機が、母艦であろうたくさんの巨大宇宙船の周囲を縦横無尽に飛び交っていた。何かを探しているようだ。

「リディオの廃棄物はまだ見つからないのか!」

 その指揮をとるウッズ大佐はかなり苛立っていた。捜索開始から実に2日も経過している。時間をかけすぎると、大統領になんと怒鳴られるかもわからない。急ぎたかった。

「申し訳ございません!しかし、地球も広いもので…ちょこまかと空間移動されているとしたら、行方の掴みようがー」

「言い訳など聞きたくないのだ!マフレーズ!!貴様はどうだ!?見つけたか!?」

 赤きウルトラマン、マフレーズも導入されていたらしく、無線で彼へと怒声を送る。

『行方は不明。しかし、エネルギーの使用痕跡を発見。ここから空間移動している』

「何!?」

 大佐の乗っている旗艦の司令部のモニターに、マフレーズから映像が送られてきた。

「ここから空間移動した痕跡、か。そんなものまでわかるのか。あいつらも逃げ疲れているはず。一度の移動では、そう遠くへは行けないだろう。引き続き、近くを当たれ!」

「了解!」

 円盤たちは慌てて、多方向へと拡散して行った。

「ったく、虫けらのくせに、小賢しいことを」

「そうだな。虫けらは、虫けららしくあるべきだ」

「本当だぜ、まったく……って貴様!上官である私に向かいその言動はな……!?」

 タメ口で同調してきた者を怒鳴りつけようと振り向いたが、そこにいたのは部下ではなかった。代わりに、漆黒のローブに身を包んだ、銀髪の青年がいたのだ。

「喜ぶがいい。探し物自ら現れてくれたんだからな」

「な、なぜ我が船の中に…!?だ、大統領へ!きんきゅ……グフッ!!」

 無線へと声を入れようとした瞬間、大佐は腹にエネルギー弾を諸に受け、思い切り吹き飛ばされた。その身体は窓ガラスへと一直線に向かい、蜘蛛の巣状の亀裂を入れる。

「た、大佐!己!!」

 その空間にいた乗組員たちが、一斉に銃口を向け、レーザー光線の嵐をお見舞いするが、全てを回避されてしまう。

「大人しく眠っていろ!」

 大佐に命中させた大きな光の塊を、今度は線状に細かく切り分け、それらを包囲する敵どもへと撃ち放った。全てが彼らの眉間をピンポイントに捉えたため、一瞬にして静寂が訪れる。

「キュリ!!やれ!!」

 そしてそう叫ぶ。

「おっけー!!」

 彼の背後から飛び出したキュリは、ローレンの叫びを合図に、両手を広げた。

「楽しい怪獣バトルショーの始まりだよ!」

 なんと、円盤型の航空機を除く、全ての宇宙船内にゲートが開き、その中からローレンの操る怪獣が侵入し始めたのだ。虎視眈々と機会を伺い狙っていた、艦隊ごと一気に沈めるための強襲作戦だ。

「外には立派な武器が積んであるようだが、中はすっからかんだな。キュリ、脱出だ。7分後にこの船は落ちる」  

「ラジャー!行くぜっ!」

 艦隊が浮遊している場所よりも少し遠い場所へと避難した彼らは、そこから次第に火の手を上げ始めた船船を見つめる。

「呆気ないなぁ!楽勝じゃん!とっととマフレーズもぶっ潰そうぜ!」

 この間までは弱気だったというのに、少しうまく行くだけで調子に乗ってしまう、彼女の性格は相変わらずだ。

「まだだ。まずは敵の戦力を削るのみ。それに、この一帯には怪獣が少ない。奴らはこれで、本気で俺らを殺しにかかってくる。怪獣の多く生息する地域へと、奴らを誘い出し、そこでマフレーズも消去する。俺に従え」

「……つまんねーな。まぁいいや、了解」

 こうして、彼らの奇襲は物の見事に成功する形となった。拍子抜けするほど簡単ではあったが、それだけ優位に立ち回りながらでもなければ、火星軍は倒せない。ローレンはそうも踏んでいたのだ。

 だが先を見通す彼でさえ、敵を誘い込むためにむかっている、その場所が、地球有史史上最大規模の戦闘の舞台になることまでは、予知しきれていなかったのである。

 

 

                                            続く

 



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第32話「変身」

 ローレン等と火星軍の戦いが続く最中、地下では、遂にIRISによる最後の賭けである『ジアース・プログラム』が進行されていた。人工的にウルトラマンを生み出すという、今までにない計画の実現はあり得るのだろうか。


第32話「変身」

 

「うーむ、目が覚めたばかりだというのに、こうなるとはねぇ」

 本部の科学班実験室へと召喚されたフレロビは、些か不満気な表情を浮かべていた。まぁ、無理もないだろう。当然の反応と言える。

「ご理解とご協力を願いたいところだがね」

 デオスは、感情の篭っていない声で静かに言った。

「そもそも、それ目的で僕がいることは、理解しているよ。でもねぇ…この間少し異人化の極意を叩き込んでやったとはいえ、まだ僕がウルトラマンになった方が強くなるんじゃない?彼ではまだ不安だよ。せっかく力を与えても、勝てそうにない」

 フレロビは多少の冗談を交えてはいるのではあるだろうが、そうイクタを酷評していた。しかし言っていることはもっともで、今の単純な実力は彼の方が上であろう。

「余計な心配は無用。あんたの力だって、無駄にはしない。そこは、信じて欲しい」

 そういうイクタ自身も、まだ不安を抱えていた。それでも、力強く言い放つ。

「……まぁ、どのみち僕に拒否権はないんだ。嫌でも、信じるしかないよね」

「お話はその辺で終えてくれ。いつ何時、またローレンが攻め込んでくるのか、わからない状況下なんだ。とっとと始めよう」

 デオスは、彼らが話をしている間にも一人淡々と準備を進めていたらしく、あらゆる装置が既に稼動状態に入っており、あとはイクタとフレロビの同意を得て、実行するのみの段階まで移っていたのだ。

「さて、心の準備は良いかな?本部長、ご指示をくだされば、いつでもやれますよ」

 ガラス張りの実験室を、外から見つめる本部長へと、そう言った。

「うむ。では始めてくれ」

「了解。イクタくんはそっちに、フレロビはあっちに入ってくれ」

 人が一人すっぽりとしまえるサイズの、二つの中型カプセルを指差しながら、彼らに配置につくように指示を出す。

「エレメントミキサーが残っていれば、もっと簡単にやれはしたのだが、どのみちイクタの体内には奴のゲノムデータ、そしてエネルギーも蓄積されてる。問題はない」

 ブツブツと呟きながら、彼らが位置についたことを確認すると、スタートのためのスイッチを押すため、指先に力を込める。

「幸運を祈るよ、イクタ。次に会うときは、もう君は人間ではなくなっていて欲しいね」

 ついに進化への装置が稼働し始めた。室内が、まるで目の前に太陽があるのか、と言わんばかりに眩く照らし出される。

「……」

 本部長、デオス含める首脳陣たちは皆、その様子を固唾をのんで見守っていた。

 

 

 

 物陰に身を隠しながら、ローレンとキュリは足早に目的地を目指し走っている。彼らの後方には、無数の円盤型航空機が見て取れる。どうやら、追跡されているようだ。

「おいおい!これ、辿り着く前に追いつかれるぞ!手っ取り早く、私の能力でー」

「ウルトラマンが絡み、俺でも予測不可能の激しい戦いになる。温存しておきたいが…」

 確かに、空間移動アビリティなしで振り切るのは難しいだろう。しかし、不用意なアビリティの多用が、後々響いても困るわけだ。判断の困難な場面となってしまっている。

「さて、どうすればいいものか」

 円盤型戦闘機のさらに後方には、黒煙をもくもくと上げながらも、撃沈までには至らなかった巨大宇宙船も何隻か付いてきている。先の奇襲攻撃でかなりの数を減らしたといえども、このままでは厳しい戦いになるだろう。だからこそ、怪獣という戦力の多く生息する場所にまで、一刻も早く辿り着き、返り討ちにできるだけの戦力を整えたいところなのだが。

「……キュリ、ここに残り時間を稼げ。俺が先に行き、怪獣を整理する。どうせアビリティを使うのなら、もっと有効に使う」

 不用意な多用は避けたい。だが、必要であれば、惜しむことなどない。そう考えているようだ。 

「わ、私がか!?」

「不服か?」

 鋭い眼光でキュリを睨む。この圧のまえでは、反発など無理だろう。

「……い、いやいいけど、正直自信ないぞ……」

 流石に単身で火星軍勢相手に時間稼ぎとはいえ立ち向かう、というのは難題か。

「大したことをする必要はない。だが、手は抜くな。すぐに突破されては意味がない」

「わ、わかったよ、稼げるだけ稼いでやるよ!」

 キュリはその身を翻し、ローレンとは逆方向へと走り出した。こうなれば、やれるだけやるしかない。

「クソ野郎どもめ!この私が相手だ!」

 着々とこちらへと迫ってきている飛行物体群に目掛けて、彼女はジャンプし空中へと躍り出た。 

「敵の一人が向かってきます。交戦する気配ですね」

 その様子を肉眼で捉えた、宇宙船の船員が報告をあげる。

「たった一人とはな。だが油断するな、先ほど、そのたった、の人数相手に決して小さくはない被害を受けたばかりだ。全力で潰せ。全艦、攻撃用意」

 今回の指揮をとるのは、他でもない大統領のようだ。ウッズ大佐は、ローレンの攻撃を受け治療中のため、旗艦司令部には不在らしい。とはいえ、大統領も直接この戦場の前線にいるわけではないので、多少指揮に支障をきたす恐れはあるかもしれないが。

「艦砲射撃、開始!」

 一斉に、あらゆる艦上砲からレーザー光線が放たれ始める。こんなものを人型サイズの生き物が喰らおうとなれば、ひとたまりもなかろう。

 だが、キュリは違った。

「はっ!」

 自身の目の前の空間を操作し、迫り来るレーザーを他空間へと飛ばし、躱していく。そして飛ばされた飛び道具の出口は、敵艦隊の後方だった。

「自分たちの攻撃で沈みな!」

 すでに彼女の顔には勝利を確信した、という表情が浮かんでいた。

「マフレーズの時と同じ手段か。そう何度も、通用すると思うなよ?」

 だが艦隊は、一つ一つがバリアーのようなものを出現させ、レーザーを弾いた。

「何!?」

「さて、それしか攻撃の能のないゴミだ。とっとと処分しろ」

 彼女の身体の前に出現した空間の歪みだけでは、とても収納できないほどの数の砲撃が、一点集中で襲いかかってくる。

「……くそっ!こうなったら……!」

 彼女は一瞬にして、全身を等身大のまま異人態への変身を果たした。強化された肉体では、少しの攻撃は避けずとも堪えることができるため、そのまま恐れることなく突っ込んでいく。

『おらあああああああ!!』

 両手を振り回し、攻撃を弾きながら、着々と艦隊との距離を縮めてくるその姿を見て、彼らは少し焦ったのだろうか。さらに激しい砲撃を重ね始めた。

「…こいつ、死ぬ気か?とっとと撃ち落とせ!」

『でやああ!!』

 突然、彼女はその姿勢のまま巨大化ー完全異人態へと変貌し、一隻に飛びかかり、体当たりでバリアーを破りながら、甲板へと着地した。

『私をナメるなよ!』

 それでも尚飛びかかる砲弾をその身で受けてはいる。確実に、ダメージを被ってはいるのだが、怯まずに動き続ける。

『喰らえ!』 

 そのまま、飛び乗った船ごと空間移動し、他の船と衝突させるという、大胆な攻撃に出たのだ。大きな火花が散るとともに黒煙が上がり始め、ぶつかり合った二つの船は大きく傾く。

「うわっ!?」

 何人かの搭乗員が、空中に放り出されてしまったのも確認できる。

「ちっ……小賢しい…。やむを得んな。マフレーズ、起動準備だ!」

 大統領はそう怒鳴りつけた。

「奴ごときにマフレーズを、ですか!?それにここで彼を動かせば、我々艦隊も損害を…」

「うるさい!奴がこの攻撃手段を続ければ、旗艦だって無事じゃすまん!奴を潰しながら受ける損害と、何もできないまま受ける損害、お前はどちらをとるというのだ!?あ!?」

「も、申し訳ございません!!只今の失言のほど、お許しください!直ちに、起動させます!」

 大統領の剣幕に押されるがまま、兵士たちは大慌てで準備に移る。

 2分も経たないうちに、赤の巨人は目を覚ました。すでに4隻ほどから黒煙が立ち上がっている中、それは彼女の前に現れる。

『……私はウルトラマンマフレーズ。指示により、君を抹消する……手筈だったが、その必要はなさそうだな』

 飛んで火に入る夏の虫は、必死に抵抗し暴れまわったのはいいものの、既に多くの攻撃をその身に受け、満身創痍の様子であった。身体中から、紫色の血のような液体が流れている。

『はぁ……はぁ……時間稼ぎでいいって命令だったのに…大したことしちまった結果、死にかけてるとはな…』

 マフレーズへの被弾を避けるため、艦砲射撃は収まっていた。だが、もう戦うまでもないということは、誰の目にも明らかであろう。

『……大統領、虫の息の、私と戦うことすらできない雑魚を倒すという大人気ないことはできない。他の指示を待つ。この様子なら、もう暴れる心配はないと推測される』

「……私としたことが、少し焦りすぎたかな。貴様らのいう通り、確かにあやつを出すまでもない程度の敵だったか……。ふん、雑魚の分際で、醜く抗い、ここまでの損害を出させよって…!」 

 かなりイライラしている様子だった。誰もが無言になる。

「殺せ……と言いたいところだが、たった一人でも我らが軍とここまで戦えたことを讃え、生かしてやろう。あのローレンとかいう親玉との交渉材料に使わせてもらう。ここまでの人生を共にしてきた女なのだ。人質としての効果は申し分なかろう。ここは平和に、交渉でこの地球をいただくことにしようじゃないか」

 しかし一転してニヤッと笑うと、そう指示を出した。これには、火星軍サイドも、意外だという反応をしている。

『…承知。では、一緒に来てもらおう。念のために言っておくが、拒否権はない』

『ローレン……。すまねえ、最後まで役に立てなかった……』

 キュリは変身を解き、元の姿に戻ると、マフレーズの手の中に収められ、そのまま旗艦へと連行されて行った。

 

 

 

「……追っ手が止まった。それに、この後船の応急処置のために更に多くの時間、進行を止めるようだな。キュリ、上出来だ」

 後方を振り向きながら、相棒の健闘を称賛するのはローレンだ。

「これまではお前のせいで何度か、危うい展開にもなりかけて来たが、今回ばかりは役に立ってくれた。それでいい」

 褒めつつも、その顔には不敵な微笑みが浮かべられていた。側から見れば、ただの悪人顔である。 

「俺が最後に勝つ。そのための布石は全て配置された。ここからが本番だな」

 足だけを異人化させているため、彼の走る速度は乗用車並みのものへと達していた。このまま何もなければ、無事に目的地にたどり着き、狙い通りの戦略を取れるだろう。彼は既に、勝利を確信していた。

 

 

 

 一瞬のうちに、これだけの光を浴びれば失明してしまうのではないのか。そう思わせるほどの閃光が収まった頃、科学班実験室は、元の姿を取り戻していた。巨大な人形生物が、出現したような、そんな様子は見受けられない。ただポツンと、あの二つのカプセル型の装置が置かれているままだ。

「……まさか、失敗したのか…?」

 額から汗を滲ませ始めたのは、ルイーズ本部長だった。仮に失敗だとしたら、もう他に打つ手はない、という最悪の事態にもなるー無論、そうなることも想定のうちの、諸刃の剣である作戦ではあったがーが

「そ、そんなはずは……。私の操作に誤りはない……!ないんです!」

 デオスも明らかに動揺していた。

「だが現に……!……いや、最悪、二人が無事なら及第点だ。もう仕方のないことだ。切り替えて、他の作戦を練り上げる他ない」

 組織の長たる者、この切り替えの早さが重要なのだろう。心残りは当然あるだろうが、本部長は下に降り、彼らの安否を確認するため、カプセルをこじ開けた。

 そこには、イクタは眠ったまま安置されていたものの、フレロビの姿はなかった。

「……フレロビが消えている……?デオス!イクタの体内細胞を検査しろ!今すぐだ!」

「は、はい!わかってます!」

 そこにいたはずの人間が、身体ごと消えている。そしてイクタだけは残っている。これらが表すことは即ちー

「た、確かに、フレロビの細胞が、イクタの体内から検知できます!イクタも生きている!これは、成功なのでは!?」

 デオスのテンションは急激に最高潮へと上昇し始めた。無理もない。

「しかし、ではなぜ変身できていない。ウルトラマンへの進化を果たしたものは、人間としての肉体を失うはずだが」

「それは今の段階ではなんとも。しかし言ってしまえば、その前例も、たった一つの進化例エレメントのものに過ぎないとも取れますよ。様々なパターンがあるという可能性も」

「……そうあってほしいがな。とにかくだ。科学班はイクタの状態を毎分おきに記録に残しながら観察を続けよ。目が覚め次第、私に連絡しろ。私は、このような結果に至った要因を調べてみる。どのみち、ウルトラマンになっているのなら成功に他ないが、君のいう、新たなパターンという仮説を定説化させることも、後世にとっては大事なことだからな」

「了解しました。こっちは任せてください。すぐに部下も集めて、総力かけてやりますよ」

「頼んだ」

 ルイーズは秘書を連れ、自室へと小走りで戻っていく。もしかしたら、エレメントのデータを体内に取り込んでいる、なども、この現象の要因のうちに含まれるかもしれない。時間は限られて入るが、できる限りの分析は必要だ。急がなければならない。

 

 

 

「……俺は……どうなったんだ……?」

 イクタが浮かんでいたのは、360度、全方位が黄色に輝く光の空間だった。まるで、エレメントと一体化していた時に、自身が存在していた場所にそっくりー要するに、進化を果たすことができた、ということだろうか。

『こうなって欲しくはなかったが、その時がきたか』

 聞き覚えのある声だ。いや、そんなレベルじゃない。聞きなれた、いつもの声だった。

「……あんた、生きてたのか……!?」

 周りを見渡しても、姿形は見えない。声だけが、聞こえてくる。

『生命体としての私は確かに消滅した。だが君の中に、私の遺伝データが存在している。それを通して、喋りかけているのだ。ウルトラマンに完全な死は存在しない。例え原子レベルに分解されようとも、こうして私の意識は存在し続けるわけだ。もっとも、私も最近、この身でその事実にたどり着いたばかりだがな』

「その聞いてもないことをベラベラ喋るおしゃべり気質。間違いなく、俺の知ってるエレメントだ」 

『…相変わらずの言い様だな。薄々勘付いてはいたが、やはりIRISはハナから、私を土台とし、君をウルトラマンへと進化させる計画だったようだ。……彼らから、色々と話は聞いたことだろう。本来ならば、私がその計画は阻止させねばならなかった。もっというなら、私がローレンたちを打ち倒し、計画の必要性を無くさねばならなかった。結果として、こうして君は無事に進化を果たせたものの、ぽっくり死んでいた可能性だって当然存在してたわけだからな』

 エレメントは、いつも通り、情けのない、力のない声で語った。かなりの責任を感じているのだろう。任務とはいえ、守らなければいけなかった存在に、結果として、命を落とすリスクを負わせながら、最前線に立つまでの力を与えることになってしまったのだから。

「……けど、何はともあれ、今日からは俺がウルトラマンだ。あんたなりに色々と考えてくれていたのかもしれない。けどもう、あんたは死んだ。もう、本部長との約束など守る必要はない。そこで黙って見ておくんだな。ここから、俺が大活躍する様をよ」

『……現に、私は文字通り意識として、しか存在していない。手を貸したくても、貸せないさ』 

 声しか聞こえないが、苦笑している表情が目に浮かぶ。そのようなトーンだった。

『だが、この事実はデメリットも生むだろう』

 急に、その声質は引き締まった、重いものへと変化した。

「どういうことだ?」

『私が消滅した際、ローレンも、私の光の粒を微量だが浴びているはずだ。今はローレンの体内にも、私のエネルギーの一部が存在している可能性がある』

「……ややこしい話になりそうだ。簡潔に説明してくれ。その場合どうなる?」

『そうだな。要するに、君と同じように、体内に私の一部を宿している、この場合、浴びているにはなるが、そういうことで進化の難易度が下がる恐れがある。あくまで、可能性だがな。どの程度浴びたのかもわからないし』

「……なるほど。ただでさえ驚異的な強さなんだ。本当に進化なんかされたら、この俺ですらいよいよ勝算が立たなくなるしな。あのままなら勝てそうだけど」

『進化を果たしたことで、やけに自信を持ち始めた様子ではないか。君はそうでなくては。さて、地下の民たちは君の力を欲している。いつまでも、こんなところで寝ていてはいけない。私は、世界を、そして君を守るという使命を果たすことが、遂には叶わなかった。そのような立場の私が言えることは、一つしかない。君は、そうなってはならないんだ。知らない世界を、地上を見に行くんだろう?新たなるウルトラマンよ。今こそ、目覚めの時だ!』 

 エレメントの声が、空間中にエコーしながら響き渡り、それは徐々にフェードアウトしながら最後には消えた。

 

 

 

 彼が次に目を覚ました時、目の前にはあの精神空間ではなく、数多の精密機械が並ぶIRIS本部科学班の部屋が広がっていた。

「……まて、イクタが目を覚ましたようだ。モニタリングは一旦中止せよ」

 それに気がついたデオスが、部下にそう指示を出した後、イクタの元へと駆け寄った。

「気分はどうだイクタ隊員。いや、2代目ウルトラマンエレメント」

「おいおい、俺もその名前になるのかよ?もっとかっこいい名前がよかったがな」

「……相変わらずの喋り方だ。どうやら、脳への影響などは問題なさそうだが…。身体はどうだ?動かない箇所とか、ないかね?」

 質問に答える代わりに、彼は手足を適当に動かして見せた。

「……目立った後遺症は無しか。ここまですんなり行くとは……。だが念を押したい。我々も君も、体験したことのない実験をした後なんだ。万が一、実戦で問題が生じる可能性もある。リハビリの時間を取りたいが」

「なら、そうしていいよ。俺は今すぐにでもローレンのやつをボッコボコにしてやりたいと思っているけどね」

「……より好戦的になったか……?吸収されたフレロビの性格も少しミックスされたのかな?まぁわからないことだらけだ……。ちょっと付いてこい。いい場所がある」

 デオスはその身を翻し、施設の外へと歩き始めた。

「おい、本部長に連絡を入れておけ。第3実験室にお越しになられるよう、頼むぞ」

 その途中、近くにいた部下に声をかけながら、歩みを進めて行く。

「生け捕りした怪獣を調べ尽くすための実験室がここだ。ここなら、ウルトラマンに変身しても大丈夫だ。多少は動き回れるだけの広さもある」

 3分ほど歩きたどり着いたのは、第3実験室との表記のある、かなり広い空間だった。ウルトラマンと怪獣が格闘を繰り広げることもできそうなほど、である。

「とりあえず、ここで君の新しい力を見せてくれたまえ。それに、本当に変身できるかも怪しいしな。あまりに障害なくことが進みすぎだ。実は進化していませんでした、と言われても私は驚かない。むしろ、このまま変身できた方が驚くかな」

「……おっけー。……とはいっても、エレメントミキサーみたいな装置はないぞ。どうやったら、変身できるんだ?」

「……そんなこと私に聞かれても困る。エレメントが生きていれば、奴から聞き出せるが…」

「そっか。ならちょっと聞いてみるわ」

 イクタは目を閉じ、先ほどの精神空間を目指すべく、神経を研ぎ澄ませていく。

「……え?あ、おい、何してるんだ……?」

 突然始まった、奇行とも取れる行動を、引きつった顔で見つめるデオス。きっと初めて異国人を見た江戸時代の人々も、こんな顔をしていたのだろう。

「だいたいわかった。教えてもらったぜ。じゃ、今から変身すっから、ちゃんと見とけよ」

「お、おう……」

 よく呑み込めていないデオスを、さらなる驚きが容赦無く襲いかかろうとしていた。

「はああああああ!!」

 腰を低く構え、身体中に力を込めていく。異人化するときと同じ動作だが、以前と違い、イクタは怪人のような姿へと変貌することなく、代わりに眩い、真白き輝きを放ち始めた。

「…まさか……!本当に……!!」

『うおおおおおお!!』

 光を放ちながら、彼はみるみると縦に大きくなり始め、高さ60メートル近い場所で成長は止まった。ウルトラマンエレメントよりも、さらに一回り大きく、身体には基調である赤と銀の加え、一本一本が丸みを帯びた曲線状の黄色のラインが走っている。これが、室内灯を金色に反射し輝くため、神々しさすら感じさせるのだ。

 胸のランプの周囲には、ランプを中心に、真っ白のスイセンの花びらのような装飾も施されている。極めてシンプルで、スラッとしていた旧エレメントと比較すれば、新エレメントの方が色々な面において主張が強そうだ。

『……これが、俺……』

「驚いた!!素晴らしい!!この目で確かめてもまだピンとこないが、遂に私が!この手で!ウルトラマンを生み出したというのかぁぁぁ!!」

 相変わらず、テンションの起伏の激しさで、この者に敵うものはいないだろう、と確信してしまうほどのキャラっぷりである。

「……おぉ……!!」

 ようやくやってきた本部長も、感嘆のあまり言葉が詰まっているようだった。IRISが長期的に計画していたプロジェクトが、遂に完成を迎えた瞬間なのだから、当然ではある。

「……これが最後の……希望の翼!!イクタ隊員!やはり君は素晴らしい!!」

『どうも。じゃ、早速力を試してみるぜ。はっ!』

 イクタは両掌を胸の前で輪っかを作るように組んだ。掌の間にできた空間に、光のエネルギーが出現し、片手で掴めるほどの大きさに成長させる。

『テヤッ!』

 それを利き腕である左腕で掴み、投げつけた。着弾となった壁に大きな風穴を開け、その申し分ない威力を見せつける。

『まだまだ、いくぜ』

「お、おい……もういい。力はわかった。続ければ基地が壊れてしまう」

 本部長が、慌ててノリノリで動き回るイクタを制止させた。やはりウルトラマンともなれば、一つ一つのスケールが違う。

『よっと』

 イクタはそう呟きながら、身体を元の姿へと戻した。どうやら、人間態と変身態を自由自在に使い分けることも、できるようだ。

「……不可思議だ。ウルトラマンになったものは、人間としての身体を失うはずだが……どうなっている?なぜ、この負荷に耐えられるのだ?そしてさっき、君は瞑想のような仕草を数秒見せた後、知らないはずの変身方法も学習していた。これはどういうわけだ?」

 従来の科学知識では説明のしようがない、おかしな現象が続いていることに耐えかねたデオスは、変身を解いたばかりのイクタに対し、矢継ぎに質問を浴びせる。

「……よくわからないが、一つだけ言える。俺の中で、まだ奴は……エレメントは生きていた。と言っても、姿形はなく、意識しか存在していなかったがな」

「中……だと?」

「あぁ。なんていうか、心の部屋、みたいなものだよ。といっても、どう表現していいかはわからん」

「非科学的な……。だがそもそも君たち能力者は我々にとってはまだ多くが不明のままの道の存在のようなものだ。私どもとは、そもそも身体の構造から違うのか?いやあり得ない。我々は同じ人類だ。そんなわけはない。……うーむ、納得がいかない。本部長、今しばらく、彼を調べる時間をいただきたいのですが」

「ダメだ。動けるとわかった以上、すぐに戦闘に備えさせる。研究は、戦争が終わってからでもできる。もっとも、我々が勝っていること前提にはなるが」

 本部長はきっぱりと、デオスの申し出を断ち、携帯していた通信機を口に近づけた。

「大変長らく待たせた。たった今、反撃のための最終兵器が完成した。今こそ、逆襲の時だ!総員!直ちに戦闘準備!近日中に、地上に出向く!」

「け、決断のお早いこと……」

 ため息交じりにそう呟き、渋々と引き下がるしかなかった。

「イクタ隊員!急で悪いが、行けるな?」

「……どうせ、はい、かイエスしかないんだろ?」

 彼もまた、やれやれ、といった表情を浮かべていた。

「そういうことだ。すぐに準備しろ。地下の防衛は各支部の長の名の下に任せる。よって、ここからは君の直属の上司は私になる。私からのではない命令は無視しても構わん。いいな?」

「了解。……だが一つだけ頼みがある。使用するのは、TK-18支部の、俺の愛機でいいか?怪獣兵器もそこに搭載してあるし」

「いいだろう。むしろ、助かる。怪獣戦力も貴重だ。では、私からも頼み事だ。ウルトラマンとなった今、君にはレーダーとしても機能してもらう」

「レーダー?」

 おおよそ、人としての役割とは思えない、予想外の指示に思わずそう聞き返すイクタ。

「そうだ。情けないことだが、現在の技術では、我々に地上の敵の位置を正確に把握することは不可能に等しい。……だが君はウルトラマンになった!なんというかこう……敵の気配を感じる、といった感覚のようなものはないのかね?」

「……よくわかんねぇよ。というか、そんな不確定要素に頼らなければ、敵の居場所すらわかんないんだろ?そんな状態で上に行っても犬死にするぞ?……それにあんたら急かし過ぎだ。俺はまだ、この力を手に入れて数分なんだぜ?」

「す、すまん……少々焦りすぎていたようだ……」

 本部長は、彼の言葉を聞いてハッと我に返ったようだ。気持ちはわかるが、次の地上戦が運命を左右することになるのだ。そんな大一番を迎えるからこそ、より慎重に動かなければならない、ということを忘れかけていたのだろう。

 急ぐこと、と焦ることは似て非なるもの。今の本部長は、後者の方だった。

「まぁ、そう慌てなくてもなんとかなる。かといってゆっくりしている暇もないから、慎重かつ迅速に準備しようぜ。焦りは危険だ」

「あぁ、そのようだ。……それに、ローレンはいくら今の君でも簡単に倒せる相手ではない。今一度、戦術を見直す必要もあるかもしれない。…3時間だ。3時間で全ての要領を決めるぞ。ついてこい」

 本部長は、イクタを先導するように会議室への方向へと足を運び始めた。その間にも、通信機を使い、幹部たちに招集をかけ始めている。最後の戦いに備えた、最後の会議の準備が、急ピッチで進められ始めた。

 

 

 

「追い詰めたよ、旧地球文明の廃棄物くん。大人しく、投降したまえ」

 大急ぎで応急処置を済ませ、全速でローレンを追ってきた火星軍の武装宇宙船が、彼を包囲するように浮かんでいた。だがここは同時に、ローレンが戦場に選んだ、目指していた目的地でもあったのだ。

「……追い詰められたのは、貴様らの方だ。飛んで火にいる夏の虫って言葉は知っているか?」

「強がりを……。おい、とっとと始末せよ!」

「はっ!」

 大統領の命を受け、一斉に艦砲射撃が開始された。途轍もない火力だ。これでは、流石の彼でもまともに食らえばひとたまりもないだろう。

「所詮、マフレーズ頼りか、このド派手な大砲攻撃かの二択しかない、ただ数と大きさでビビらせてくるだけの無能艦隊。もう、この俺には通用しない」

 神経を研ぎ澄ませ、全ての着弾予想地点を見切りながら、華麗にかわし続けていく。両腕は既に部分異人化されており、避けきれないものはこれで弾いている。

「くそったれ!これが未来予知能力の応用か…!これだけの数の船を揃え、人っ子一人殺すのに何を手こずっている!とっととやらんか!」

 大統領の声が荒ぶり始めた。相当、鬱憤が溜まってきているのだろう。

 だが、彼に攻撃を当てるはおろか、思いもよらぬ事態が発生した。何隻かの船が、エネルギー弾のようなものを被弾し、大きく揺れたのだ。

「な、なんだ!?」

「か、怪獣の生体反応です!し、しかも、かなりの数ですよ!」

「怪獣だと?ったく、んなもん烏合の衆だ。よし、では先にそいつらを蹴散らしー」

「いや、そんなものではない。こいつらは立派な、俺の軍だ」

 ローレンの声だった。よく見れば、彼が攻撃をかわしながら、腕や指を動かす度に、怪獣による攻撃も揃って行われているような気さえするが…

「……ま、まさか……指揮をとっているのか!?奴が!?」

「馬鹿な!奴のアビリティは未来予測!こんなオプションはないはずです!」

 あたふたとしている間にも、攻撃に参加する怪獣は続々と増え始めている。空と陸、互いに放たれる光線や光弾が、かつてない規模で交錯している。どんな暗闇でも、あっという間に真昼間のような明るさに照らし出す、それほどのレベルだ。

「ならばアップデートしていた方がいいだろう」

 そのセリフとともに、3隻の船が同時に空中で爆風を引き起こしながら大破した。

「……言ったはずだ。地球の正当なる支配権は俺にある。今や地球上の生物の大半は怪獣となっている、とされているが、俺はこのように、その怪獣をも支配できる。この地球は誰のものなのか、もう明らかなはずだ。今すぐおうちに帰るか、ここで死ね」

「……クソ野郎が…!だが、いい気になれるのもここまでだ!おい!あの女を連れだせ!マフレーズ!」

『承知』

 指示を受けたウルトラマンマフレーズが、旗艦より飛び立ち、ローレンと怪獣たちの前に降り立った。その腕の中には、見慣れた紫色のショートヘアの少女が抱かれていた。それを見て、彼は一旦、攻撃を取りやめた。

『私たちは君を見くびっていた。謝罪する。だが、これ以上抵抗を続けるのなら、この女の命はない。これは最後の警告。直ちに怪獣を解散させ、投降せよ。今ここで引き下がるのなら、欲しがっている地球の支配権とやらの一部をも譲渡する』

「ロ、ローレンだめだ……あたしなんかいいから、あんたはあんたの目的を…」

 流石にアビリティ保持者。ある程度は回復も進んている様子だ。

「聞こえてなかったか?支配権は既に俺にある。話が噛み合わないようだが」

 だがローレンは、マフレーズの呼びかけも、彼女のそれも、両方に聞く耳を持たなかった。

『……ならば何を望む。この人質の解放か?』

「……そうだな。キュリの力が、必要だ」

「……ロー……レン…」

 彼女の瞳が、一瞬輝いたかのように見えた。彼自身の目的か、それとも私か。天秤にかけた上に、自分を選んでくれたことが嬉しかったのかもしれない。

 彼は一体の怪獣の頭上に飛び乗り、その個体をマフレーズの方へとゆっくり前進させる。

『それ以上動くと、この取引を無視したものとして扱う。女がどうなってもいいのか?』

 その言葉に、怪獣の歩みがピタリと止まった。

「……ふん、一見冷徹風な男でも、女を盾にすればこんなものか。随分と遊ばれたな。報復だ。おい、この隙に殺せ」

 大統領はこの様子を眺めながら、小声で指示を出した。

『……では、返してもらおう。キュリを……いや、空間操作のアビリティをな!!』

 だがローレンは、一瞬生まれた火星側のーマフレーズの隙を逃さず、瞬時に完全異人化を果たし、鋭く変貌したかぎ爪で、キュリごと、マフレーズの腕を突き刺した。ある程度接近していたため、巨大化することで一瞬にして、そのリーチにまで間合いを詰める事に成功していたのである。

「ロー……レン……?」

『な、何!?女ごとだと!?』

 今まで機械的だったマフレーズの表情と声質が、初めて人間味を帯びた瞬間でもあった。

「馬鹿な!?」

 大統領も、思わず飛び上がった。人質の盾を、強行突破してくるなど斜め上にもほどがある。 

『わからないのか?今更、役目を終えた瀕死の、戦闘向きではないタイプを引き取ってどうする?ただの足手まといだ。今俺が欲しいのは、こいつのアビリティだけだ』

 すぐに爪をマフレーズの腕から抜き取り、数百メートルの間合いを取った。その爪には、まだキュリの身体が突き刺さっている。

『これで……全ての条件は揃った……!ここまで長かったぞ……!遂に手に入る!永遠の命と、究極の力!!これも全て、貴様らに復讐を果たし、この手で地球を再興するため!求め続けていた力なのだぁぁぁ!!ふははははははは!!』

 まるで人が変わったかのように高笑いをするローレン。その姿は、まるで悪魔だった。彼の爪の先で、彼女は一体何が起こったのかわからない、という表情で眠りについていた。思えば、最期の瞬間まで、よく理解できていない物事が多いままだっただろう。

『さて、キュリ、ここまでよくやってくれた。そして死しても尚、この俺の力となり、共にこれからの未来を見ることができることを、誇りに思っておけ』

 彼女の身体は光となり、彼の中へと取り込まれて行った。そして次の瞬間、今度は彼が発光体となり、光の繭を生み出し、周囲を眩く照らし出す。

『……ウルトラマンアノイド……!!これが、地球を導く真のウルトラマンだ!!』

 繭の中で進化を遂げ終え、再び公然の前に現れたのは、基調である銀色を相反するような、黒と紫が強調されたラインが輝き、全体的に筋肉質で、身体の端という端が鋭利に尖るその姿は、禍々しくも圧倒的なオーラを放っていた。

『アノイド……。データ測定不能、少なくとも、先ほどの彼とはまるで違う。大統領、戦闘開始の指示を待つ』

「……新たなウルトラマンだと……!しかも、自力で進化しよった…。くそっ!こうも予想外のことばかり…!マフレーズ!!叩き潰せ!何が真のウルトラマンだ!見せつけてやれ!格の違いってやつを!!」

『……承知』

『早速手合わせ願おうじゃないか、火星のウルトラマン。もっとも、俺が勝つという未来は確定事項だ』

 イクタ等IRISの参戦を待つ前に、彼らの知らないところで、地球史上初の、ウルトラマン対ウルトラマンの戦いの幕が開けた。

 

                                           続く

 



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第33話「経緯」

 真実を知らされ、そして究極進化をも果たしたイクタ。決戦に備えるため、愛機が安置してあるTK-18支部に一度帰還し、そこで再開したフクハラ支部長と共に、彼はIRISのこれまでの歩みを振り返っていく。
 
 
 第1話からの経緯をざっくりとだがおさらいする今回。まだこの作品を読んだことがない方でも、この回を機に、ぜひ興味を持っていただければ幸いです。


第33話「経緯」

 

『はっ!!』

『そらぁ!』

 赤と紫、2体の巨人の拳がぶつかり合い、ズンッという重い音が響いた。

『……今更ウルトラマンになろうと、このマフレーズには届きやしない。フォボスモード移行』 

 赤と灰色の配色へと変化した火星のウルトラマン。

『ロッシュインパクト』

 ターゲットを自分の方へと、音速に近い速度で引き寄せ、渾身の拳をお見舞いする技だ。マフレーズは紅蓮のオーラを右腕へと集中させ「インパクト」の瞬間を待つ。

『……テヤッ!』

 しかしローレンーウルトラマンアノイドーは、引き寄せられ、パンチを浴びせられるその寸前に、姿を消した。真っ赤に燃え上がるマフレーズの腕は、大きく空振りしたことになる。

『……俺に同じ技は2度も通用しない』

 次の瞬間、マフレーズは背後に現れたアノイドによって、隙だらけの背中に、勢いのついた蹴りを入れられ、吹き飛ばされた。しかし空中でどうにか態勢を立て直し、足から地面に着地し、踏ん張りきった。

『空間操作のアビリティを……厄介な能力。未来予知と併用することができる今、脅威…』 

『これがキュリの力か。俺が使えば、戦闘にこれほど向いているアビリティは他にない、大きな力となる。要は、使用者の力量次第だ』

『しかし、君がそこまで卑劣で冷徹な者だったとは、予想外だった。知っていれば、人質作戦など取らなかった。己の目的のために、共に歩んできた仲間をも躊躇なく殺す。外道め』

『外道か。まぁそれでいい。ただ、貴様等だけには言われたくはないな!』

 空間移動を使い、瞬時に再び間合いを詰め、先端で鋭い爪が光る右腕を繰り出すアノイド。

『くっ……!』

 紙一重で爪による斬撃をかわし、後退するマフレーズ。今のところ、優勢なのは紫の巨人、アノイドであった。

『貴様等は、己の都合のためにただ地球を、そして俺等の先祖を見捨てただけだ。だが俺は、こうして仲間達と文字通りの一心同体となり、目的を果たそうとしている。明確な違いだ。どちらが真の外道か、火を見るより明らかだな』

 アノイドは更に、周囲にいた怪獣たちにも指示を出し、空中に浮かんでいる艦隊や、マフレーズへの攻撃させ始めた。

『……あの女はまだ死を望んではいなかった。覚悟を決めた、そんな表情ではなかったな。仲間殺しを正当化しようとする、君も大概だろう。復讐に溺れ、己の力を高めることしか頭にない、そのためなら仲間をも殺す。まさに悪魔。誰がそんな輩を支配者として崇める?悪魔はここで、お祓いさせてもらう。ダイモスモード移行』

 マフレーズは更にモードチェンジを行い、赤とオレンジの姿へと変身した。襲いかかる怪獣たちを、赤い炎を撒き散らしながら退けて行く。

『そうだな、だが一度この星を、その民を、生きものたちを、全てを捨てた貴様等よりは、この地球で生まれ育ち、怪獣と共に成長してきた、この俺の方が幾分かマシだ』

 空から降ってくる砲弾の嵐を、目視せずとも避け続けながらも、攻撃の手を緩めない。

『……なんと言おうと、勝つのは我々だ。マフレーズブラスト』

 赤の巨人の掌から、美しく輝く、赤色の光線が放たれた。

『……アクチノイドクラッシャー!!』

 対抗して、紫の巨人からも、その身体と同じ輝きを放つ光線が発射された。二つの光の筋が、ぶつかり合う。

 せめぎ合い、逃げ場を失った互いのエネルギーは、まっすぐに空へと上昇し始めた。全くの互角のようだ。

『……大統領。これは思いもよらぬ強さ。リミッターの解除の許可を待つ』

「命令を忘れたか?叩き潰せと言ったはずだ。何をしても、構わん」

『承知。超ダイモスモード移行』

 赤とオレンジのラインが、先ほどよりも輝きを増し、身体も筋肉量が増加したのか、少し大きく成長したようだ。こいつは、まだ強くなるというのだろうか。

『私は全知全能の存在、ウルトラマンマフレーズ。光栄に思え、私の本気を見せてやる』

 ここでの戦いは、まだ終わりそうにない。

 

 

 イクタは最後の作戦会議を終え、一度TK-18支部へと帰還していた。自らの愛機を持ち出すためだ。支部はというと、先の戦いでボロボロになっているため、大急ぎで復旧作業が進められている途中である。彼は最初に、支部長室へと赴くことにした。

「会議は終わったのか?それで、本部長のご意向は?」

 支部に残り、作業の指揮をとっていたフクハラ支部長は召集されていなかったため、話し合われたことを知らないのだ。

「基本的に俺を前線に立たせて、あとは兵器と怪獣で援護。大したことは決まってないさ。連携の確認とか、その程度。あとはもう、戦うしかないからね」

「それは、そうだな。……ところで、お前に見てもらいたいものがある」

「見てもらいたいもの?」

 そう聞き返すイクタをよそに、支部長は机に積んであった資料の山から、複数枚の紙を取り出し、彼へと手渡した。

「片付けをしているうちに、懐かしい資料が出てきたよ。これはお前が、初めてIRISにやってきたときの履歴書だ」

「……へぇ、こういうのって残しておくものなんだ。……確か、俺が16歳で大学で学び尽くしたところに目をつけられて、当時大学教授も兼ねていたトキエダさんにここに連れてこられたっけな。そのあと色々検査とかされたけど、あれも今思えば、全てIRISの策略のうちだったってわけか」

「まぁ、そうなるな。能力者として生み出したお前が、ちゃんと順当に育っているのか、IRISに入隊できる歳になったタイミングで、検査する必要があったというわけだ。無論、君は幼少期ですでに、この地下都市の生活水準を大きく向上させた功績を持っていた。大した心配はしていなかったがな」

「トキエダさんは、俺のこと知ってたの?」

「いいや、トキエダは当時所属していた本部でも、既に部隊の隊長クラスの隊員ではあったが、首脳陣ではないのでな。流石に、知ってはいなかったさ。それに、当時本部の幹部以外でそのことを知っていたのは私だけだった。君を育てる街として選ばれたこの地区の長だから、というわけでな」

「それで、エレメントのこともある程度は知っていたわけだ」

 支部長は昔から、長の名がつくにしてはどうにもメンタルに弱い部分があった(今となっては、かなり頼もしくなったが)。エレメントが初めて現れたあの日も、怪獣レジオンによって蹂躙されるこの都市の惨状に、倒れてしまったほど。だが、その後現れたエレメントに対しては、さほど驚いていた様子は見せていなかった。怪獣で卒倒するのだから、それほどまでに驚愕しても不思議ではなかったのだが。つまり、エレメントの存在を知っていたからこそ、だったのだろう。

「まぁな。本当に実物を見たときはびっくりこそしたが、味方だということはわかっていたからな。レジオンの時と違って、まだ落ち着いてはいた。……奴が現れてもう半年以上か。その間で、この地下はこれまでの150年間以上に歴史が動いたと言っても過言ではなさそうだな」

「あぁ。飛んだ災難にも見舞われまくったし、多くの仲間が散った。リュウザキだって、トキエダさんだって」

「うむ、犠牲も大きすぎた……」

 二人は、最初の戦いを思い出していた。

 

 

「落ち着けイクタ!いくらお前でも無茶だ!」 

 二人乗りの機体の中で、まだ若い、男性隊員の声が響く。いかにも体育会系という顔と体つきなので、放たれる声にも迫力がある。この隊員の名を覚えている方は少ないだろう、イクタと同い年で、唯一心置き無く話せる同世代、リュウザキ隊員だった。

「俺の腕を疑うのか!?」

「そうじゃない!だがあの光線を見ただろ!お前がここで死んだら、それこそこの支部は終わりだ!頭を冷やせ!」

 イクタとリュウザキは、地下に突如現れた、明らかに人類への敵意を持ち行動する大型怪獣、レジオンと対峙していた。だがその力の前に、最高クラスの科学力を誇るTK-18支部の隊員ですら、苦戦していたのだ。

 街を踏み潰しながら、同時に放射線までを撒き散らす恐ろしい怪獣レジオンの前に、彼らは焦りからか、このような口論をしていたのである。

「気を散らすなイクタ!放射能を撒き散らしていることがわかった以上、1秒でも早く撃破するか追い返すかの二択しかない!地下まで汚染されちまったら、人類は絶滅だぞ!」

「…なら、やはり正面から特攻するしかない。リュウザキ、俺に命を預けてくれ」

 とはいえ、こんな状況で仲間割れしている余裕などないのだ。とにかく今は、目の前の敵を叩くほかない。

 だが、レジオンを吹き飛ばさんと発射したミサイルは、命中の寸前に突如姿を消し、届くことはなかったのだ。これは、後にレジオンのバックに黒幕ー地上人達ーがいたことや、そのメンバーである、空間操作のアビリティを持つキュリの力により、ミサイルが他の空間へと瞬時に飛ばされたのだということがわかっている。

「な、なんで…ミサイルは…?」

 挙動不審に声をあげるイクタ。発射したはずのミサイルは、どこかに消えていた。

「……はっ、ハハハハハハハ!どうなってるんだよこれ!なぁリュウザキ!人生って、こんなにあっさり終わるもんなのかよ!」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇぞ!テメェ、俺の命を預かっただろ!ならその責任は果たせ!」

 リュウザキはそう叫びながら、必死にエンジンを蒸して脱出を試みている。機内の放射能メーターは毎秒ごとに上昇しており、機内の濃度は既に基準値を超えていた。

 イクタ達の乗った機体は、そのまま隙を突かれ、レジオンの光線をもろに受けてしまった。こうしてリュウザキ隊員は殉職してしまったのである。

 その中で、イクタだけが生還を果たした。これもまた、突然として現れた謎の存在、エレメントが彼のみを保護したからである。

「…そんな…。命を預けろと言った俺が生き残って、俺に命を預けてくれたリュウザキは死んだってのかよ…」

イクタは嘆いた。

『悔やんでいる時間はない。私と一体化…ケミストして戦うのだ。あの怪獣、レジオンとな』

エレメントはそう言った。友を失ったばかりの人間にかける言葉としては、あまりにも淡白ではある。

『悔やんでいる時間はないだと…?ふざけるな…。何故あの状況から俺を救い出すことはできて、リュウザキは見殺しにした!?答えろ!!』

彼は叫ぶように怒鳴った。

『…申し訳ない…』

エレメントは黙り込んでしまった。

「…いや、俺も悪かったよ……。あいつの死は俺の責任であって、あんたの責任じゃない…」

彼もまた黙り込んでしまった。静寂が訪れる。

『イクタ、私と共に戦うのだ。このままでは、さらなる犠牲者を生みかねない』

 それはその通りだった。しかし、彼はまだ、戦えるような心境ではない。

「…あんた一人でにしてくれ。今はそんな気分じゃない」

『それは不可能だ。私の体は、君を怪獣の攻撃から守る時にそのほとんどが吹き飛んでしまっている。君と一体化しなければ、体を生成することすらままならないのだ』

イクタは目を丸くした。

「…なんであんたは、そこまでして俺を守った?」

『言ったはずだ。とある人物に頼まれたのだとな』

「…わかったよ。リュウザキを殺したのは俺でもあるし、あの怪獣でもある。とりあえずあの野郎をぶっ殺す。で、どうすればいい?」

『これを託そう』

イクタの目の前に、大きな円盤型のスピナーが目立つ、腕輪のようなものが現れた。

『エレメントミキサーだ。私の本体は、今はこの中にある』

その言葉の通り、声は今までのように遠くからではなく、エレメントミキサーから聞こえてきた。『この空間の中は時間が流れていない。状況はあれからあまり変わってはいない。今からでも遅くはない。イクタ、変身だ』

「何かと都合いいな、あんた。…まぁいいや。ケミスト!エレメントーー‼︎」

ミキサーのスピナーが大回転。光の空間は急激に縮小し、イクタの体に纏わり付いた。その後、強烈な光が生じ、その光の中から現れたのは、みるみる巨大化していくエレメントの本当の姿だったー

 

 

 その瞬間から、今もなお続く長い戦いが始まった。

 初陣の相手は、IRISに大打撃を与えた恐るべき怪獣、レジオンだった。強力な科学兵器が自慢のTK-18支部をも蹂躙した難敵すら、エレメントの力の前には敵うことなく、特に苦戦もせずに葬り去ることだできた。その上、この光の巨人には、放射能を除去できる能力まで備わっていたのだ。もしかしたら、この力を有効活用できれば、人類は再び、地上に返り咲くことができるかもしれない。甚大な被害が出た絶望の淵から、希望の光が僅かではあるが、垣間見えたのだった。 

 だが、当然ではあるが、事はそう単純なわけはない。

「ふぅむ。レジオンが敗れるとは…。エレメント、思いの外強いな」

「いや、それよりも地下人類の科学力に驚かされたぜ。あたしがあのミサイルを処理しなかったら、人間だけにレジオンを殺されるところだったぞ」

「まぁ、当初の目的は成功しましたな。あわよくばレジオンだけで最終目標まで達せれば…とも思っていましたが、そう甘くはなかったですね」

「それは甘く考えすぎだ、ダーム。だがお前の言う通り、敵の戦力、対応力、そして地下への怪獣運搬方法。全ての把握に成功した。それだけで収穫は大きい」

 こう話し合っていたのは、全身を黒いローブに包んだ怪しげな集団だった。集団、と言っても4人しかいないのではあるが。

 そう、レジオンはただ偶然現れた野生の怪獣ではなく、彼らが仕向けた刺客であったのだ。リーダー格の少年ローレンと、彼にべったりとくっついている少女、キュリは、イクタと年齢も大差はないであろう。さらに、この二人は彼と同じ、リディオ・アクティブ・ヒューマンなのだ。

 未来が読めるローレンと、空間を自由に操作できるキュリ。この二人を軸に、黒ローブが怪獣を駆使し、地下世界へと襲いかかり始めたのである。

 

 

「出たなエレメント。死んでもらうぞ!」

「こいつは俺の自慢の怪獣なんだ。エレメントとの戦いを見るのも、また燃えるぜ。是非とも早く変身して、熱い戦いを見せてくれよ!」

 最初にIRISの前に姿を現したメンバーが、この暑苦しい男、ラザホーだった。黒ローブ最大の武器、怪獣兵器を生み出すことのできる、当時唯一のアビリティを所持しており、IRISを苦しませ続けた。

 最も好戦的で負けず嫌いという性格で、何度破れても、そしてローレンにお前は負ける、とはっきり忠告されながらも、その命が尽きる瞬間まで、エレメントの前に立ち塞がり続けたタフな敵でもあり、どこか憎みきれない部分も併せ持っていた。

『異人ラザホー。これが俺の…いや、俺たちの真の姿だ。そうだろう?リディオ・アクティブ・ヒューマン、イクタ・トシツキ…』

 同時に、初めて能力者の変身態である「異人」の力を見せしめた存在でもある。恐るべき身体能力を発揮し、一時的ではあるが、ネイチャーモードへと強化変身を果たしていたエレメントとも互角に渡り合えていたのだから、イクタも驚きを隠せてはいなかった。この「異人」の力が、中盤以降の物語において重要となっていく。

 

 

 ラザホーに少し遅れて登場したのが、空間操作という便利すぎるアビリティを持ち、登場時からいまに至るまで、何度もイクタたちの頭を抱えさせてきた難敵、キュリだ。

 しばしば怪獣や、他のメンバーを連れてやってくるため、彼女の登場は大規模な戦闘の開始も意味しており、初侵攻時にレジオンを運搬したのも彼女のアビリティであった。さらに、イクタ、リュウザキ両隊員が捨て身ながらに放ったミサイルも、能力で別空間へとワープさせ回避させるなど、非常に厄介な支援能力にもなりうる。

 加えて、本部に強行侵入し、多くの人命と情報を奪い去ることによって大打撃を与えたこともある。頭は良くなく、感情のままに行動することから、ローレンの思い描いてた通りに進まなくなることもよくあったが、それでも彼に対して大きく貢献していた。

 だが皮肉なことに、現状が最大の貢献であるのだから、最も切ない人生を歩んだ人物かもしれない。

 

 

 怪獣を操る爺さん、ダームも手強かった。怪獣を、もっというなら生物を細胞レベルで制御できるらしく、自分の支配下に置くことも、傷を瞬時に治療することもできていた。ラザホーが怪獣兵器を生み出し、ダームが操る。二人がいれば、どんな怪獣でも武器になることから、ローレンにも重宝されており、彼の世話役のようなポジションでもあった様子である。

 ベテラン故、どんな状況でも慌てることがなかったため、他の3人にはない異様な不気味さもイクタは感じ取っていた。ラザホーの死後はよくキュリと組んでおり、彼女のお目付役のような役割を果たしている場面も多かったが、やはり怪獣のように容易に制御することは難しかったのか、ローレンと同じように、何度か計画を狂わされている。

 

 

 今や、野望の一つであったウルトラマンへの進化を果たし、もう一つにして最大の目的、復讐へと執念を燃やしているのがリーダー格のローレン。序盤から中盤までは敵味方を問わず、何度も予知した未来を覆され続ける失態を冒していたが、自ら戦場に赴いた際には、初対決のエレメントをほとんど苦労なく倒すなど、満を持して現れたリーダーとしての威厳を見せつけた。

 地上との開戦前に現れた最後の能力者、フレロビに伝授された異人の力の制御や、エレメントの新たなる力、エレメントグニールを持ってしても互角に渡り合うことすらできない、驚異の敵の前に、あのイクタが一時期戦意を喪失していたほどの力の差があったのである。

 

 

 さて、ここまでのIRISの戦いは、決して前述の地上人とのものだけではなかった。

 例えば、地下に住まう市民たちだ。もともと、地下の治安や平和を安定化し、市民の生活を守るために組織されたIRISだったが、地上勢との戦いの激化や、度々地下世界に現れる怪獣たちによる被害により、市民からその防衛力や方針などを批判されたことも少なくはない。その度に、関係者たちは頭を悩ましながら、どうにか説得を続けていた。

 地上の放射能汚染が、刻一刻と、地下世界目指して侵食しており、数十年後にはここまでも汚染されるという事実を公表していなかった、というのが、このような世論との戦いの要因の一つでもあった。それを民衆が見聞きしていれば、組織のやっていることへの理解も得られていたのかもしれない。無論、発表すればそれはそれで混乱を招くのだから難しいところでもある。

 地下に住まう三大怪獣も、侮れない強敵だった。しかし地下世界は150年前にエレメントが構築したものでもあり、そうすることで初めて生まれた空間に、そのような巨大生物がいつから住み着いていたのかは、現時点では謎のままだが、氷獣、炎獣、嵐獣という、各々がその肩書き通りの能力に特化した怪獣で、その力は地上勢が操る怪獣を超えた存在、覇獣に勝るとも劣らないほどであった。しかし三体ともイクタを中心に開発が進んでいた、IRIS製の怪獣兵器へと改良すため、生け捕りにされている。

 

 

「思い返せば、本当に色々な戦いがあったわけだ」

 静寂の中、イクタがそう切り出した。

「……あぁ。でもその戦いもいよいよ最後のステージに来たわけだ。勝つか負けるか、それがそのまま、明るい未来になるか、我々の滅亡かの二択となる」

 支部長は静かに、だが重たい口調でそう言った。確かにこの一言に尽きるのである。

「エレメントが消滅した以上、ウルトラマンの力を持つのはこの俺だ。俺に全てがかかっているってわけだな」

「こちら側の都合で、とてつもない重荷を背負わせてしまったことを悪いとは思っている。いや、重荷を背負わせるために、都合のいい存在を生み出したという方が適切だろう」

「そうみたいだね。大体の経緯は聞いたよ。しかし、聞けば聞くほどゲスな組織だなここは。組織として目指す最後の計画を、人工的に作った人間一人に託して、もし失敗しても責任逃れできるように仕組んであったとは。グリンっていう初代本部長の気が知れねぇよ」

「反論の余地もない……。だが、計画は決して思い通りに進んで来たわけじゃない。最初の予定では、事はもっと残酷なシチュエーションが予想されていたのだ」

「……どういうこと?」

「お前は、ただIRISのために尽くすだけの、いわば生物兵器のような存在になることが予想されていたんだ。だが、お前は年を重ねるたび、与えられたアビリティを駆使し、この世の真実をこの手で探り当てようという好奇心旺盛な青年になった」

 イクタが与えられたアビリティを使い、地下の科学力を発展させ、生活水準をあげること、強力な軍事兵器を開発すること、ここまでは組織の思惑通りであったらしい。しかし、誤算だったのは、次第に自分の好奇心で自ら今までに事例のない研究を始めたり、その過程やエレメントと出会うことで地下世界の隠していること、そして本当の地球の歴史という真実を知りたがるようになり始めたこと。

「そのおかげで、という表現はおかしいのだが、お前は自ら、エレメントと共に戦うようになり、そして力をつけ、異人の力も目覚めさせ、そして自分の意思でローレンとの決着をつけることを選んだ。意思のない人間を操作的に動かすのではなくなったことで、残酷性は少し薄れた」

「……最後のは結局拒否権がなかったってのもあるけどな…。俺はすぐに意見がコロコロ変わる市民ってのが大嫌いだが、無力なあいつらを守らなければならない、それも俺がIRISの人間である以上、大切な仕事だってことにも気づけた。だから守るために戦わなければならない、そうは思ったけど。けど、残酷なことに変わりはねぇよ……」

「……すまん」

「でもいいよ。残酷だとは言ったが変に誤解すんなよ?支部長の言う通り、俺は自分の意思で戦う。あんたらの計画のためじゃない。地上を取り戻して、本当の地球の姿ってもんをこの目で見る!そのために戦うんだ!……だから、そんな余計な謝意は捨てといてよ」

 イクタは支部長に背を向けると、愛機が保管してある格納庫へと歩き始めた。

「……TK-18支部の長として命令させてもらおう!」

 支部長の、大きな声が部屋の中で反響する。グッと拳を握りしめ、視線は下を向いていた。

「幸運を祈るぞ、イクタ隊員!お前に託した!これより、お前はこの地下の運命を、市民の命を預かった者となる!その責任の下に地上人を倒し、平和と地上を取り戻せ!」

「……了解」

 イクタは後ろを振り向くことなく、小走りに部屋を出て行った。

 

 

「ではイクタも戻って来たことで戦力は整った。これより、作戦を開始する」

 作戦遂行のため、イクタは指定された集合場所へと辿りついた。ここは、最初の地上遠征の作戦のスタート地点、すでに地上へのトンネルが存在している場所だ。そこには、集められた大量の戦闘機や戦闘隊員の姿があった。いよいよ、最後の戦いが始まるようだ。

「まずは、イクタ一人で地上に向かってもらう。究極進化を果たした今、彼は大きなエネルギーを感覚的に探知することができるはずだ。確証はないがな!」

「ほ、本部長!いきなり不確定要素ですか!?それでは、最悪この作戦は始まることすらないのでは…!?」

「まぁ慌てるな。仮にダメだとしても、敵の居場所について大方の検討はついた。つい、さっきにな」

 これは、イクタも今初めて知ったことであった。

「本当ですか!?」

「あぁ。地上には、先のTK-18支部の戦いの際、連れ去られた若き隊員たちが取り残されている。依然安否は不明だが、彼らの携帯している通信機の電波を、レーダーが捉えたのだ。捕虜を残し、そう遠くまではいかないだろう。運がよければ、そこにいるかもしれん」

「もしそこにいなくても、その距離にまで接近すれば、あれだけの力を持った敵なんだ。エネルギーを探知することは不可能じゃないだろう。それに、言うまでもないが、隊員たちが生存している場合は保護も必要だ。まぁ、あいつらのことだから生きているだろうから、保護する方針で準備を頼む」

 イクタが補足した。どこにいるかもわからなかった状況が一転して、どうにか敵の尻尾を掴みかけているという事実に、一気に士気が上昇し始めるのが見て取れた。

「先ほども言った通り、先にイクタに様子を見てもらう。エレメントと違い、彼の変身にはミキサーを用いないため、エネルギー制限というものがないため、時間は有効的に使えるからな。必要があれば邪魔な怪獣などを掃討し、我々が後に続きやすい状況をメイクしてもらうこともあるかもしれんが、いいな?」

「オッケー」

「そして次だ。他の隊員は、私の支持するタイミングで出撃。徹底して、イクタの援護に回ってもらおう。怪獣たちとの戦闘も当然予想される。心してかかれ!そして全員生きて帰って来てもらおうか!基地に生還するまでが任務だ!」

「了解!」

「戦場現地でのフォーメーションや連携は、その都度イクタに指示を仰げ。現場で適切な判断を下せるのは、この中では奴だけだ」

「し、しかし、彼はウルトラマンとして戦闘に参加するんですよね?それは無理があるのでは…どちらかに集中しないと……」

「俺の心配はいい。まぁ、一杯一杯の時は、指揮の方をあんたらに託す可能性もあるけどな。それに、本部長だってお飾りじゃないんだ。常に指揮を取れる状態にしておいてくれよ?」

「当然だ。……主な段取りは以上。シンプルだろう?この後に及んで、もう細かいことは気にする必要はない。ただ全力でかかり、敵を倒すのみだ!では作戦開始!イクタ隊員!出撃せよ!」 

「了解!さぁ、ここまでIRISがやって来たことの集大成を見せる時だ!」

 イクタは駆け足で機体に乗り込むと、思い切りエンジンを吹かせ、急発進した。

 

 

『馬鹿な……!』

 二体のウルトラマンによる激戦が繰り広げられている地上の戦場は、先ほどまでとは一転して、落ち着いて来たのか、少し物静かになっていた。

『……わかってくれただろうか?君では私には勝てない』

 どうやら、戦いは終息を迎えようとしているようだ。仁王立するマフレーズの前方で、ボロボロになり横たわっているアノイドーローレンーの姿がある。

『俺は……俺はウルトラマンになったはずだ!何故……!』

『確かに君は手強かった。私の動きを予知し、空間移動を使い熟し常に私の後ろを取り続けようと奮闘もした。怪獣を操る力も驚異的だ。現に、怪獣の攻撃によって旗艦以外の殆どが撃墜されてしまった。大きな痛手だ。新たに母星から援軍を要請しなければならない事態だ。ここまでやるとは思っていなかった。褒めざるを得ない』

 赤い巨人は淡々と述べた。

『だが、私の方が強い。今から死にゆく君にその理由を教えよう。君の私の次の動きを予知したように、私はさらに君の動きを予知していた。それだけだ。すなわち、私には君の二手先の動きまで見えていた』

『な、何……!?』

『言ったはずだ。私は全知全能。さらにこのリミッターを解除した状態では、無敵だ』

 次の瞬間、マフレーズはアノイドに跨っていた。この一瞬で、どうやって動いたというのだろうかーまさかー

『火星の軍事科学をなんだと思っている。君が憎む人間たちがそっくりそのまま移住しているんだ。当然、価値のあるリディオの研究データだって全て持ち去っている。そうして生まれたのが私だ。もうわかるだろう。私の次のセリフを予知してみるがいい』

『……そういうことか……。我々のアビリティの把握くらいはしているだろうとは思ったが……そこまでとはな』

『それでも苦戦したのは事実だ。だが互いにウルトラマン同士。完璧な予知はできない、心だって全ては読めない。それが仇となったが、同時にいい経験になった。次に活かさせてもらう』 

『次……だと……?』

『……丁度いいところに、次が現れたようだ』

 マフレーズはアノイドからゆっくりと顔を後方へと向けた。一機の見覚えある戦闘機が浮いている。どうやら、彼はここまで順調にたどり着くことができたらしい。

「驚いたな。知らないうちに、状況はだいぶ変わっているようだ。二体もウルトラマンがいるぞ。どうする?」 

 イクタが、通信機に向かいそう話しかける。

「何?……ローレンめ、ついにウルトラマンへの進化を……!だが、もう一体?どういうことだ?」

「まぁ、奴が何者かは直接聞けばいいかな。じゃあそろそろ、他の隊員を出撃させておいてくれ。俺は今から、戦闘を開始する」

「いいだろう。では、頼んだぞ」

 そこで通信は終わった。イクタは改めて視線を前に向け、状況を把握しようと目をこらす。

「おいエレメント、あの赤い方、知ってるか?」

 イクタは脳内で、彼の精神の中に住まう、今や声だけの存在となった嘗てのウルトラマンへと問いかけた。

『いや、私も初めて見る。だが、エネルギーは凄まじい……。ミキサー制限のない私ですら歯が立ちそうにもない。……ボロボロで横たわっている、紫のやつはー』

「直接拳を交えたことがあるからわかる。ローレンだろ?あのローレンがフルボッコ食らったってわけか。こりゃ、ただもんじゃねえぞ、あの赤いの」

『いけるかね?いや、行くしかないが……』

「まぁ、ここまで来て恐れをなして逃げることはできんしな。やれるだけやるさ。俺はあんたよりは強そうだしな。まず、ここが違う」

 イクタは右の人差し指で頭をコツコツとつつきながらそう言った。

『……好き放題いいよって……。戦いのアドバイスならここからでも出せる。まずは変身だ。本当に私を超えているのかどうか、お手並み拝見である』

「力の差に愕然として気を失って、あんたが今度こそ完全消滅しないことを願うよ。変身!」

 イクタは異人化した時のように全身に力を込めた。するとどうだろう、彼の全身がまばゆく光り始め、みるみると巨大化し始めた。

 ズゥゥゥンという地響きを立て、砂塵を巻き上げながら着地したのは、身の丈おおよそ60メートルと、前任よりもひとまわり大きく、赤と銀を基調としながらも、ところどころに丸みを帯びた曲線上の黄色いラインが走る、新たな光の巨人だった。

『エレメント……なのか!?いや、この感じ……』

 アノイドは目を丸くしていた。エレメントは、確かにこの手で倒したはずだがー

『おいおい、一緒にするな。俺はウルトラマンエレメントモードアムートだ。アムートでいいぞ』 

 イクターいや、アムートはそう自己紹介をした。長い名前だ。

『な、なんだその長ったらしい名前は!それならアムートだけでいいじゃないか』

 エレメントは呆れたのか、少し笑いを交えながらそう言った。

『あんたの面影を残してやったんだよ。で、お前は誰だ?ローレンの仲間……ではなさそうだけど』

『私か。私はウルトラマンマフレーズ。火星のものだ。地球を取り戻しに来た』

『取り戻しに?火星ってことは、勝手に出てった奴らだろ?なんだそれ、虫がいいなお前』

『全ては大統領の考えの下だ。悪いが君たちはここで死に、地球を明け渡してもらうことになる。ここに来たということは、君も戦う気なのだろう?かかってくるといい。正面から打ち破り、そして堂々と火星の民をこの地球に凱旋させる』

 マフレーズはそう言いながら身構えた。戦う気満々の様子だ。

『ローレンをボコった奴が初陣の相手か。いきなり難敵だな……』

 そう言うイクタの声は、どこか余裕がありそうにも見えた。

『ローレン、エレメントと地下に復讐するとか言ってたよな?後から相手してやるから、そこで指くわえて見てやがればいいさ。まずはこのマフレーズっていうふざけた野郎をぶっ飛ばす』

『私はどうやら、随分と甘く見られているようだ。大統領、指示を待つ』

 赤い巨人は旗艦へと指示を仰いだ。どのような指示が飛んでくるのかわかりきっている状況ですら、上官の言葉を待つ戦闘員の鑑である。

「指示もクソもあるものか。邪魔者が増えただけだ。とっとと排除しろ」

『承知。これより新たなエレメントを排除する』

『……行くぞ!』

 二体は互いに大地を蹴り走り始めた。

「地下の運命を、市民の命を預かったんだろ!ならその責任は果たせ!」

 イクタの心に、懐かしい声が聞こえて来た。この場面で幻聴が聞こえるとはー

 だがその声がイクタの背中を押したのだろうか、彼はさらに加速した。一気に距離が詰まり、二人の振りかぶった拳が交錯する

『ハァァァァァ!!』

『……!!』

 雄叫びをあげるイクタと、無言のまま力を込めるマフレーズ。せめぎ合う力の衝撃波が、周囲の地面をえぐり取っていく。

『想定数値を超える出力を検出。これよりマフレーズの出力も上昇させる』

パワーの上がった拳に押されるように、イクタはそのまま腕の力を抜き、後方へとジャンプし数百メートルの間合いをとった。互いに睨み合い、次の一手を思考しているようだ。

 こうして、地球をかけた三つ巴の死闘が始まったのだー!

 

                          

                                               続く

 



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第34話「死闘」

 ついに戦場に到着したイクタを待っていたのは、リミッターを解除し、さらなるパワーアップを果たしたウルトラマンマフレーズだった。エレメントを倒したローレンをも凌ぐ、その脅威の存在に対し、彼に勝ち目はあるのだろうか…


第34話「死闘」

 

 戦場では、戦闘態勢に突入している状態のままの二体の巨人による、実に1分近くの睨み合いが続いていた。両者ともに相手の手を読もうと、動きすらしないのだ。これにより、緊張感は毎秒ごとに高まり続けている。

『……埒が明かない』 

 未来を読むアビリティを駆使し、イクタの出方を伺うマフレーズではあったが、互いが究極の存在、ウルトラマンへの進化を果たしている者同士であり、この力を持ってしても、読めるのは非常に短期的で、それも不確定なものに限るようだ。このアビリティに頼りきりでは、思わぬ事態を招く恐れだってある。先ほどのローレンとの戦いだって、その例であった。

『……ふぅ、このままじゃ時間の無駄だな。動くとするか』

 そう呟いたのは、ウルトラマンエレメントモードアムートへと変身しているイクタだ。右腕を腰のあたりにまで降ろし、さらに姿勢を深いものとする。

『いくぞ!デヤアァァ!』
 そしてそのまま、勢いよく、一直線に飛び出した。初速からすでに音速を超える、文字通りの目にも留まらぬ速さである。

『速い……だが、見えないわけじゃない』

 一気に距離を詰め、拳を振りかざしてきたイクタの攻撃を難なくかわし、その後の攻撃動作も完璧に見切ったのだろう、ついには掠らせもせず、生まれた隙をつき、空間操作の能力で彼の背後に回り込み、赤い火の玉のようなエネルギー弾で反撃に出た。

『はぁっ!』

『これはキュリの……?くそっ!』
 

 とっさに左腕に力を込め、黄色のオーラを帯びた手刀とし、弾を捌いたが、彼の想定よりも威力の高いものであったため、攻撃は躱せてもダメージは被ってしまったようだ。左腕の指先から、煙が立ち上る。

『……俺の攻撃を全部予知してかわして、瞬間移動で背後を取りやがったな。あいつ、地上人たちのアビリティを持っていやがるのか?』

 彼の今の一連の動きは、初対面であるマフレーズと名乗る赤の巨人にどんな能力があるのだろうかと、小手先調べの目的があったようなのだが、わかったのはローレンとキュリの力がある、という予想外の事実だった。これは一体、どういうわけなのか。

『これは驚いたな。火星のウルトラマンめ、想定外に手強そうだ……』

 今ではイクタにしか聞こえない、脳内に語りかけてくるかのような声しか発せなくなっているエレメントがそうつぶやく。

『これは、奴が持っているアビリティはあの二つだけではないだろうな。ウルトラマンとして目覚める際に発生する第三の能力はまだ見せてないし、この様子だとー』

 そう考えを巡らせながら、イクタは苦い顔をした。何か、嫌な予感がする。


『流石に君といったところか。勘付いたようだな。おそらく私も、同じことを考えている』

 その様子を感じ取ったエレメントの声色も、厳しい表情が目に浮かびそうなものだった。 

『まぁ、当たって欲しくない仮説だがな……』

 慌てず、まずは相手を丸裸にすることから始めなければならない。

『……次は、避けきれないと思うぜ?』

 挑発するように、マフレーズへと話しかける。

『……期待する。来るがいい』

 赤い巨人はというと、相変わらず機械的に処理するかのような、薄い反応だ。

『お言葉に甘えさせていただくとするよ!デヤッ!』

 またも、最初に動いたのはイクタだった。姿勢を低くし、素早くマフレーズの懐へと潜り込んでいく。

『スピードはいいものを持っている。だが……』

 またも、彼の背後へ回ろうと、ゲートを広げ空間移動の準備に入るマフレーズ。これでは、まともな攻撃が当たらないがー 

『かかった!それ!』

 しかし、後ろに回り込まれるところまで、彼は読んでいたようだ。マフレーズが姿を消したその瞬間に後ろへと左掌を向け、そこから何かを発射した。怪獣カプセルだ。

『ウルトラマンの身体での投擲なら、銃身から放つのと同等かそれ以上の勢いが出せる。問題なく起動できるはずだぜ!』

『何?』

 再び姿を現した赤い巨人の目の前で、ピカッと眩い閃光が発生。一瞬眩んだその隙に、その光の中から現れた怪獣、嵐獣テペストルドが襲いかかる。

『シェェェェェェェ!!』

 太いが短い首の上に、ちょこんと小さい顔が座った、手も足も申し訳程度の大きさしかなく、身体の7割が翼というつぶら瞳の怪獣が、両足の鋭い爪で斬撃に出る。

『……!』

 だがそれを側転で躱したマフレーズ。すぐに態勢を整え、腕から発射したエネルギー弾で応戦する。

『シェェェェェェェ!!』

『くっ…!』

 しかし流石に嵐獣の肩書きを持つ怪獣だ、それを翼を大きくはためかせて発生させた突風で押し返した。その風はマフレーズの巨体をも宙に浮かせ、さらに後方へと押しやり始める。

『今だ!ハァァァァ……!』

 イクタは声をあげ、神経を研ぎ澄まし、集中力を高めながら両腕を大きく天へと掲げ、そのままの勢いで胸の前までおろし、そこで十字に交差させた。

『ケミストリウム光線!!デヤァァァァ!!』
 クロスされた腕から放たれた、必殺の光線が勢い良く、宙で身動きの取れていないターゲットへと真っ直ぐに飛んでゆく。

『……!』

 あの状態では、空間操作もできないようだ。宣言通り、これは避けきれない攻撃連鎖だったのだろう。イクタは内心、ほくそ笑んだ。

 ドドン!

 という重い音とともに、爆発が起きた。見事に命中したのだ。爆風や衝撃波も風に流されたため、こちら側には飛んではこなかった。

『いっちょあがり!これが俺の力だ!』

『見事な攻撃だった。悔しいが、私を超えたというのは、本当のようだな』

 エレメントは苦笑いの様子だ。つい数時間前にウルトラマンへと進化を果たした急造の戦士に超されたという、火を見るよりも明らかな力の差を見せつけられたのは歯がゆいものもあるが、半年以上の間、共に戦ってきた、自らの名前を継ぐ者の成長を実感できた喜びの方が強かったのだろう。

『ま、俺は元々能力者の中では一番の潜在能力を秘めてたんだろ?それに、地球有史上最高の天才なんだ。当然だね』

 ガッツポーズを作り、勝ち誇るイクタ。この調子でローレンをも討ち取れば、この長い戦いは終わり、平和と地上が手に入る。

『さぁ、決着つけようぜ、ローレン!』

 彼は横たわるローレンの方へと歩き始めた。

『決着か……。その前に、目の前の戦いを終わらせることだな』

 ローレンはホコリを払い落としながら、静かに立ち上がった。

『……なんだって?』

『奴の言いたいことはつまり、先にこの私、ウルトラマンマフレーズを倒せということだ』

 その声にはっと振り向く。いつの間にか、イクタの隣には、例の赤い巨人が佇んでいた。

『……!』

『随分と舐められているな。あの程度で死ぬほど、全知全能の存在は非力ではない』

 そう言い放ちながら、マフレーズはイクタの横腹に思い切り蹴りを叩き込んだ。勢い良く、数百メートルに渡り吹き飛ばされてしまう。

『グオッ!?……くそっ!お前もいけっ!マグナマーガ!』

 受け身を取りながら、二つ目の怪獣兵器を取り出し、それを投げつけた。かなりの強敵だ、怪獣のサポートなしでは歯が立たないと判断したのだろう。

『おい、あのエレメントグニールって武器はどうやったら出てくる?俺でも扱えるんだろうな?』

 イクタはエレメントに問いかける。

『扱えるかどうかは定かではないが……君が望み、手を伸ばせばその手中に収まるはずだ。君の中には私のエネルギーがある。引き寄せることは理論上可能だからな』

『そういうもんか……やってみるしかないな』

 彼は利き腕の左腕を、水平にまっすぐ伸ばし、光の槍が現れる瞬間を待つ。もちろん、この無防備の間も次の攻撃への一手は打ってはいた。先ほど使用した怪獣カプセルから出現させた炎獣マグナマーガに、密かにマフレーズへの接近をさせていたのだ。

『次はどう来るつもりか……大体わかってはいる。よって、今回は私から動く』

 何度も受け身の姿勢であるマフレーズではなかった。先ほどは必殺の光線をまんまと必中させてしまったが、このまま勢いに乗らせるわけにはいかない。それにどうも、こちらがどのような攻撃手段を持ち、どのような対応を取るのか、小癪にも様子を伺っている、という姿勢が見られるのも気にかかる。何を考えているのか、イクタもウルトラマンであるため、心や未来の隅々を見透かすことはできないが、逆に、何もわからないわけではない。企みが実る前に、潰さなくては。 

 バッと地を蹴り、宙に浮かび上がり、そのままある程度の高度を取り、そこで静止した。

『超フォボスモード移行。ウルティメットロッシュインパクト』

『な、なんだ!?』

 イクタと、その周囲が地面ごとえぐり取られ、マフレーズの方へと凄まじい速度で引き寄せられ始めた。

『消去』

 避けることはおろか、ガードを取る暇もなく、イクタはノーガードの腹部に思い切り拳を喰らい、音速をも超えるスピードで地面へと叩きつけられた。

『ガッ……ハァッ……!』

 メリメリという音を立て、地中へと食い込んでいくイクタの身体。それを空から見下ろすマフレーズの側方には、大地と共に持ち上げられた、溶岩状態の炎獣、マグナマーガの姿があった。岩のような実体を持つ姿や、全身を溶かし、溶岩のような姿になり分裂することも可能であるという能力を持つ怪獣のため、イクタに気を取られている間にマフレーズへと接近し、纏わりつき動きを止める作戦だったのだが、広範囲を宙へと引き寄せられてしまったため、不発の作戦となってしまった。

『……なるほど、こんな小賢しい真似を。……だがもう、ここで終わりにする。超ダイモスモード移行。ウルティメットレッドスクエンド』

 赤とオレンジの、燃え盛る炎のような配色へと変化した巨人は、その場で両拳をカチリと合わせようとする。合わさったら最後、先ほど持ち上げられた範囲よりもさらに広いレンジが、死の地と化してしまう。

『く、くそ……これはまずいって…!』

 冷や汗で背中を湿らすイクタ。しかし、それは不発に終わった。突如動作を中断したマフレーズが、咄嗟に右方向へと炎を纏った光輪を放ったからだ。

『はっ!』

『シェェェェェェェ!!』

 光輪をかわしながら咆哮をあげたのは、最初に呼び出した怪獣兵器、テペストルドだった。先ほどまでとは違い、瞳が真っ赤に染まっている。これはアビリティによって支配下に置かれている時に見られる変化である。そしてその頭上には、体力温存のためか、変身を解いていたローレンの姿があった。

「かなり気配を殺していたつもりだったがな。未来を読む能力か」

 舌打ち混じりに吐き捨てるローレン。

『な…!?』

 そのおかげで助かったことにはそうなのだが、奴は何をしているのだろうか。安堵よりもまず、ローレンの行為への疑問が浮かんでしまうのは仕方ないことだろう。

『心を読む方のアビリティだ。君の不意を突こうという邪心を感じ取れた。それで、何故ここで私の邪魔をする?』

「調子に乗りすぎだ。名前が変わろうと、奴がエレメントである以上、倒すのは、この俺だ。弱らせてくれたことには礼を言うが、ここから先は部外者にはやらせない」

『……理解不能。両者ともに、私の手によって消去されるべき存在。邪魔をされる理屈としては通っていない』

「お前の中で通らない理屈だろうが、関係ない。俺は復讐を果たす。それだけだ」

 期待していたわけではないが、助かってはいなかったようだ。この場には、己の利益や野望しか見えていない戦闘マシーンしかいないのだから、当然ではあるのだが。

『……何はともあれ、俺は命拾いってわけだ。……なんなら、二人まとめてかかってきやがれよ。逃げも隠れもしねぇ』

 この隙に、イクタは再び立ち上がっていた。その左手には、どこからともなく現れた光の槍が握られている。

『君もまた理解不能だ。今の一連の流れで、私には到底及ばないことは判明している。何故まだ戦意を保てる?』

『どうせ、戦意喪失して降伏したところで殺されるんだろ?なら、最後まで戦うね。それに、ここからは地下勢の反撃タイムだ。……あいつらも到着したみたいだしな』

 イクタは、自身の後方へと視線を移しながらそう言った。

『……ほう』

 これには、赤い巨人も思わず驚いたようだ。興味深そうに送る、その視線の先にあるものはー  

「待たせたな!イクタ!IRIS最終作戦参加部隊、全隊戦場に到着!これより戦闘を開始する!」 

 イケコマ隊員の声だった。セリフが言い終わる頃には、イクタの後方で、これまでに見たことがない数の戦闘機が編隊を成していた。ここからが、本当の戦いだ。

 

 

 

「地上か、久しぶりだな……」

「今度こそ…!もう失敗はしませんよ!」

 到着の少し前のことだ。アイリスバードのコックピットから地上の景色を見つめながら、イケコマをはじめとする、先の遠征作戦の生存者たちは気持ちをさらに奮い立たせていた。数ヶ月前、ここで多くの勇敢たる隊員が散った。イケコマ、イクタの所属していた小隊の隊長、トキエダもその一人だ。リュウザキに続き、自分に理解を示してくれていた者の死に直面したことで、イクタは取り乱し、無意識的に異人の力を暴走させた、ということもあった。

 今思えば、そこでの彼の覚醒がなければ、必然的にウルトラマンにも進化できなかったため、この作戦も立案されなかっただろう。皮肉にも、あの大敗北がいまに繋がっている。

「レーダーに大きな反応があります!おそらく、イクタさんが戦っている場所かと」

 通信機から、若い隊員の声が聞こえてきた。

「了解。至急向かうとしよう」

 本作戦に参加しているメンツでは、イケコマが最年長であるため、イクタと合流するまでは自然と、事実上彼が指揮を執ることになっている。

「いや、待ってください!本部長の話では、この辺りで行方不明のイイヅカ隊員たちの携帯通信機の電波をキャッチした、とのことでしたよね?彼らの捜索も行わなければ…!」

「そうだな。だが、これほどの大人数で行わなくてもいいだろう。無論、私も彼らの生存を信じたい。だがその可能性は……。必要最小限のメンバーで捜索に当たってくれ。俺は戦場へ行くぞ」  

 それはそうである。ここに時間と人員をかける余裕があるのかと問われれば、イエスとは言い切れないからだ。

「ですがイケコマさん、彼らはIRISの未来を担う、優秀な新人です!可能性は低いかもしれませんが、0ではありません!……それに万一、生きているのに捜索を怠り、見殺しにしてしまったあかつきには、本部長も、フクハラ支部長もさぞ失望されるかと」

「……むむぅ……。だがな…」

「イクタ隊員は、相手があのエレメントを倒した相手だとしても、少しくらいなら単独でも耐えきれるだけのお方です!それに戦場に向かうのは、彼らの安否に白黒つけてからの方が、隊員たちの精神衛生上も有利になるかと!」

「……一理あるな。うむ、では総力をあげて、迅速に見つけ出すぞ」

 イケコマはその説得に折れた。本当はいち早く戦場へと駆けつけたかったのだが、こうなっては仕方ないだろう。彼らの捜索も任務の一環ではあったわけだし、まずはこちらに全力で取り組まなければ。

「……それで、その電波は?反応はあるのか」

 他のベテラン隊員が問いかける。

「……いくつかの微弱な電波は受信していますが……わかりません」

「わからない?どういうわけだ」

「我々の機体も、一機ごとに微量ですが電波を発信していますし、該当隊員から発せられるものが弱いものですと、これに紛れ込み区別がついていない、ということあります。彼らの通信機のバッテリー残量は、環境的に残りわずかになっていると見ていいでしょう。つまりー」

「キャッチしているかもしれないが、それらが彼らのものだとは限らないわけか。詳細に分析することはできないのか?」

 今度はイケコマがそう訊ねる。

「アイリスバードは戦闘機故、レーダーはあくまで周囲の索敵や味方の位置把握など、戦闘用に作られてます。解析は、このデータを基地に送り、そこでやってもらうしかありません」

「では、やるしかないか。本部に転送してくれ」

「了解。では解析結果を待つ間は、肉眼での捜索をします」

 数機が超低空飛行に移り、数機は周囲の警戒、その他隊員たちは防護服を着用し大地へと降り立ち、上空からは見えない死角などをメインに探し始める。

「行方不明の彼らはイクタの部下だったな。特にイイヅカの評価は、歴代の新人の中でも高い方だと聞いている。このような状況下でも、生き残る術を持っているかもしれないな」

 機体に残り、腕を組みながら捜索の様子を見下ろすイケコマ。

「人の足跡のようなものさえ発見できれば、ぐっと近づけるんですがね」

 しばらく経った後、隊員の一人がそう呟いた。今の所、大きな手がかりが見つかっていないのだろう。

「小言を垂れる暇があったら足を動かせ。探しているのは我らが同士だぞ。真剣にやれ」

 その隊員と一緒に探している男がそう注意する。

「わかってますって…」

 その後も各々入念に目を凝らしながら辺りを飛び回り、あるいは歩き回ったものの、遂に彼らを見つけ出す事はできなかった。

 そして丁度このタイミングで、待っていた解析結果の報告がイケコマの機体の通信機に届いた。 

「報告だ。確かに、出撃前データではそのエリアで反応を捉えていたのだが、今回は検出されなかった。考えられる事は三つだ。彼らが生存しており、移動をしたか、他の生き物がそれを拾い、どこかへ去って行ったか。あるいは、単純にバッテリー切れか」

 本部長の声だった。

「前者だといいんですがね。後者の場合もうどうしようもない。生存している前提で続行しましょう。その場合、彼らはどの方角へ移動するだろうか……」

 その時、遠くから、微かではあるが音が聞こえてきた。音、というよりは振動に近い。衝撃波のようなものを受け、機体がガタガタっと小刻みに震えた。巨大生物同士ーイクタたちが戦闘を行っているのだろう。隊員たちは、個人差はあれど何度かエレメントの戦いを間近で見届けているのだから、そう確信していた。

「……大きな反応がある方向からだ。戦場だな」

 イケコマは窓の外へと視線を向けた。今もイクタは、一人で戦っている。

「隊員たちが、戦場へと向かった可能性はないでしょうか?一見自殺行為ですが、地上という未知の世界で、疲弊し丸腰に近い状態のまま闇雲に動くのは危険。リスクを冒してでも、目印がある方へと移動する、不自然な考え方ではないと思われます」

「……ありえない、訳ではないだろう。だが、彼らはこの作戦があることを知らない。知っていれば、戦場で我々と合流できる可能性に賭け、そちらへと向かうかもしれない。しかし、そうではないのだ。それこそ、ただの自殺行為になる。逃げるように逆方向へと向かうことだって考えられる」

「……そこで話し合っている時間はないぞ。隊員の救出も、イクタの援護も、1秒でも早い方がいい。私から直々に本部長命令だ。戦場へ向かい、その道中で捜索を続行せよ。私は彼らがその方角へ向かったという線に賭けよう。責任は私がとる。従え」

 通信機を通して、本部長はそう告げた。

「し、しかし…!」

「命令だと言ったはずだが、聞こえなかったか?大丈夫だ。彼らは必ず、そこへ向かう。私には、確信に近い勘がある」

「……了解。そこまでおっしゃるのなら、私どもには信じて従うしかありません」

「それでいい」

 様々な可能性を想定し、何隊かに別れて捜索するのが合理的ではあるだろう。だが、何度も言っているようにそのような時間はない。賭けるしかないのだ。

 こうして、方針は固まった。全隊員が、戦場の方角へ慎重に、しかし決してゆっくりではない速度で進行し始める。

「生きていてくれよ……」

 イケコマは祈った。イクタにとっての、初めての直属の部下たちなのだ。その生死の是非が彼の今の戦闘能力に微々なりとも影響を与える可能性は大いにある。

「もちろん、本部も全力で支援する。さっさと保護して、援護に行くぞ!」

「ラジャー!」

 部隊は超低空飛行で編隊を組み、砂塵を巻き上げながら突き進んで行った。

 

 

 

 さらに、その少し前だった。崩壊しゆくローレンたちのアジトを脱出した、捜索対象である隊員たちは、乾いた赤い砂で覆われた荒野の真ん中で、未だに足を動かし続けていた。

「おい、まだ歩けるか?」

 イイヅカは振り返りながらそう言った。彼の後方には、すでに肩で息をしている仲間たちの姿がある。

「もう、ダメ……」

 この小隊では唯一の女性隊員、アヤベがその場に転がった。体力的に、無理もない。

「イイヅカ、こんな隠れる場所もないような平野で、どこに向かおうってんだ?もし怪獣が出てきたら、無抵抗のまま潰されるぞ」

 一番の体格を誇る大男、キョウヤマがそう言う。これをみるに、彼らは何のために足を動かしているのか、わかっていない様子だった。何か思考しながら動いているのは、イイヅカだけなのだろうか。

「少し考えてみろ、キョウヤマ。何もない平野だからこそいいんだ。其れ相応のリスクは伴うが、メリットだってある。そうだろう、イイヅカ」

 どうやらサクライは彼の考えに気づいていたようだ。流石に、最もキレる男だ。

「そうだ。今は地下と地上の戦争中だろう?故に地上人を攻めるために、IRISが地上に上がってくる可能性は高い。それに、俺たちにはもうバッテリーこそ切れてしまったが、通信機がある。その電波形跡を追って、先輩隊員たちが捜索に来てくれるさ。その時、上空から見落とされないように、視界の広げた場所を歩くってわけだよ」

「で、でもよ、俺ら捕虜は切り捨てられたんだろう?それだけ地下の戦況が危ういってことは、救出も期待できねぇんじゃねぇか?地上に出てくるような余裕もないだろ」

ホソカワが呟いた。これも考えられることでもある。

「じゃあどうしろって?……常に最悪の事態を想定し、慎重に動くことは大事だよ。でも、こういう危機に陥った時、思考を優先すべきはそれではないはずだ。希望が僅かでも存在するのならば、そちらを想定し行動しようぜ。助かるものも助からなくなっちまう」

 とはいえ、それでもホソカワが吐露したような不安の方が大きく、実際いま述べたような希望はかなり薄いのが現状だった。それでも前を向き、仲間たちを鼓舞し歩き続ける。能力もさながら、彼がナンバーワン新人である所以はここにあるのかもしれない。

「……例えその希望ってやつが存在する確率が、0コンマの数字であったとしても、か?」

 サクライが問いかける。

「時と場合によるけど、今回はそうだな。……それより、気が付いているか?」

「何にだ?」

「……よく耳を澄ましてみろ。何か聞こえる」

 皆が押し黙り、彼のいう何か、を聞こうと神経を集中させる。確かに、聞こえる。だが音、とは少し違う。振動に近い。

「あっちの方角よ!」

 アヤベが指をさすその向こうには、微かにだが、ぶつかり合う巨大な人影が見えた。

「……戦い……?まさか、エレメントなのか?」

「……あぁ!きっとそうだ!IRISが地上で戦ってるんだよ!」

 キョウヤマの顔がパッと明るいものとなった。

「お前のいう希望ってやつが、あれか?」

 サクライが冷静に問いかける。

「だといいな。みんな、あの戦場まで行くぞ。他の隊員に保護してもらえる可能性が出て来た」 

「せ、戦場って、俺たち丸腰だぞ?」

 ホソカワが目を丸くする。

「でも、これが今できる最善の行動だと思わないか?さっきも言ったろ。俺は同じことを何回もは言わんぜ」

「……わかったよ。確かに、何もせずにここで犬死するよりかは良さそうだ」

 その時だった。今度は、後方から飛行機のエンジン音のようなものも聞こえてきた。それも、半端な数ではない。

「いや、その必要もなさそうだ。神は俺たちの味方だったぜ」

 全員が一斉に振り返ると、そこにはアイリスバードの大編隊が、こちらへと向かって来ている光景が広がっていた。

 

 

 

「と、いうわけだ!お前の部下は無事だ!」

 高速で旋回し、マフレーズを牽制するようにレーザー機銃を放ちながらイケコマが叫んだ。

『なるほどね。隊長である俺から礼を言うよ!』

 そう答えるイクタは、光の槍を振りかざし、マフレーズが操る怪獣軍団と組手のような肉弾戦を行なっている最中だ。

「し、しかし俺たちがいなかった間に、大分戦況が変わってるみたいだな……」

 ホソカワが呟く。

「あ、あぁ……隊長本人がウルトラマンになってたとはな……」

 イイヅカも苦笑いの様子だ。

『聞いてくれ!俺がマフレーズをやる。みんなは援護してくれ!フォーメーションDで行く』

 どこからここまで沸いてくるのか、と言う数の怪獣を押しのけながら、彼は指示を出す。

「いいだろう。総員!配置につけ!」

「了解!」

 航空編隊が大きく広がり、戦場を覆うように配置された。

『皮肉なこったな。地下勢の俺たちが、ここで制空権をとったぜ?』

 横目でローレンを睨みながら、煽るように言い放つ。

「あぁ。これでシューティングゲームを楽しむことができる。淡々と壊滅させるだけでは面白くない。楽しみ要素を提供してくれたこと、感謝しよう」

 だがローレンは、全く動じずに、落ち着いた口調でそう答えた。

『チッ、嫌な野郎だぜ』

『君の相手は私ではなかったのか?』

 その様子を見かねたマフレーズが、高速移動でイクタに接近して来た。

『その通りだよ!』

 エレメントグニールを振り下ろし迎撃するが、寸前で躱された。再び、一定の間合いが保たれる。 

「総員!!作戦開始だ!」

 イケコマの怒号が鳴り響いた。その瞬間、上空をドーム上に覆うように配置されていた大量の戦闘機から、ミサイルやレーザーが放たれた。ほぼ360度全方位からの一斉射撃に、怪獣達はなすすべもなく倒されてゆく。

「やはり地下の科学は侮れんか」

 その光景を腕を組みながら眺めるローレン。

『この火力……我が軍に勝るとも劣らず。卑しい民を先祖とする劣等種族にここまでの力がついていたか』

 マフレーズも、驚いたような顔をしていた。かなり舐められていたのだろう。

『だからこそ豊かさを求める。ゆえに科学は発展する。歴史ってそんなもんだろ。ま、それもこれも、この俺のおかげなんだけどね』

『……今も最前線に立つのは君だ。君が、地下の頭脳であり、最後の切り札であることは認めよう。しかし裏を返せば、君さえ滅べば地下も滅ぶ。諸刃の剣なのだよ。そしてその剣はー』 

 空間移動を使用し、イクタの背後に回り、手刀で彼の手首を弾き、エレメントグニールを吹き飛ばしながら、セリフを続ける。

『ここで折れる』

『……へっ、言ってくれんじゃん…!デヤァ!』

 しかしイクタは動じず、後ろに視線を向けることなく、足を後方へと蹴り上げた。

『むっ!』

 逆に油断をしていたのか、マフレーズはこれを抗えずに腹にくらい、数歩後ずさりした。

『それ!シェア!』

 間髪入れず、身体を捻らせ、もう片方の足でもキックをお見舞いし、さらによろけるマフレーズに対し、自身の体を正面へと向け、宙へと身体を踊り出して飛びかかり、地面へと押し倒した。だが、そう簡単に流れをこちら側へと持ってこられるような相手ではない。馬乗りになり、殴りかかろうとするイクタの腹を蹴り上げ、すぐに態勢を整えたのだ。

『何度でも言おう。君では勝てない。超マフレシウム光線!!』

 出力がさらに上がった、彼の必殺光線が恐るべきスピードで迫ってくる。

『ぐわぁっ!』

 流石のイクタも、この速度の光線を回避することはできなかった。直撃を被り、大きな爆発を起こしながら吹き飛ばされてしまう。

「イクタ!!く、くそったれめ!」

 それを目にしたIRISの一部隊員たちが、衝動的にマフレーズへと特攻し始めた。

「ま、待て!編隊から離れるな!!」

 イケコマの忠告は、間に合わなかった。

『どんな力を持ってしても、統率が取れないのなら意味はない』

 迫り来る数機のアイリスバードを、赤い巨人は炎を纏った腕を劔のように振り回し、いとも容易く撃ち落とした。炎上しながら、戦闘機は地面へと突き刺さり、爆散してゆく。

「……!!」

『所詮はこんなもの。さて、次はどんな攻撃を仕掛けてくれる?』

「ふはははは!!いいぞマフレーズ!!そのまま皆殺しにしてやるのだ!!」

 大統領もその光景にご満悦の様子だ。

『承知。纏めて焼き尽くす。ハァァァァァァァ……!!』

 まだ、秘められたパワーがあるというのか。更なるエネルギーを解き放とうと力を込める奴を中心とし、炎の竜巻が発生した。まるで災害時に稀に見られる、火災旋風のようだ。

「な、なんだアレは……炎の竜巻……!?」

 イケコマ等隊員たちは空いた口が塞がらない、という様子だ。全員の体に、戦慄が走る。

『……こいつを先に倒さなければ、いつまでもグダるだけだな』

 そんな中、ただ一つだけ、冷静な声色のつぶやきが聞こえた。振り向くとそこには、再び紫の巨人、ウルトラマンアノイドへと変身したローレンの姿があった。彼は右腕を真横へとピンと伸ばし、掌をバッと広げた。その掌の少し先で、漆黒の巨大なゲートが出現する。

『……来い!海の覇獣、ポプーシャナ…!』

『パダァァァァァァァァ!!』

 その中から大量の海水と共に姿を現したのは、全長60メートル前後の蛇の様な身体を持つ大きな怪獣だった。頭部にはギザギザとしたエリマキ、そして額からは二本のツノが伸びており、細く鋭い瞳から放たれる眼光には、その容姿も相まった威圧感が込められている。胴体には二本の小さいが太い前足が生えている。まるで、神話に登場する海竜のようだ。

『やれ』 

 突如戦場に現れた怒涛のごとく溢れる水の中を暴れる様に高速で泳ぎながら、燃え盛る赤い巨人へと特攻していく。

『何!?』

 パワーをチャージしている隙に突かれたまさかの奇襲には、マフレーズほどの存在でも対応しきれなかった様だ。成す術もなく、炎と一緒に高速で流れる波に飲まれ、ポプーシャナの体当たりをもろに受けてしまう。

『こ、この怪獣……桁違いのエネルギーを感じる!』

 覇獣の存在を全く知らなかったのだろうか、ただただ戸惑うばかりの様子である。

『だがナメてもらっては困る。セヤッ!』

 マフレーズを押し流し、なおも噛み付こうとしてくるポプーシャナの口を両手を使い抑えつけ、そのまま左へと受け流した。これで軌道が僅かにずれたことで、なんとか脱出することができた様だ。

『……また、先ほどの理解不能な理屈で、邪魔をしたというわけかな』

 全身から水蒸気を昇らせながら、ローレンを睨んだ。流石に火星の赤き巨人、身体に付着した水分は、既にその高すぎる体温のために蒸発を始めている。

『少し違う。三つ巴では埒があかないと判断したのだ。このままでは、この戦いは終わらない。お前にも俺と同じアビリティがあるのなら、その未来は見えているはずだ』

『……やはり理解不能だ。君は、私たちを、そして地下の愚民供を何よりも忌み嫌っていたはずだ。復讐したい、皆殺しにしたいのだろう?その対象に加担するというのか?』

『何度も言わせるな。埒が明かないからだ。貴様と火星の軍を滅ぼした後は、エレメントと地下も滅ぼす。もちろん、先に火星に加担するのも手段の一つだ。だがエレメントは俺単独で倒せても、癪だが、貴様を俺だけで倒すことはできない』

 サラッと下に見ている発言をされたイクタの眉がピクリと動いたが、今はそこに反論している場合じゃなさそうだ。

『今更、散々蹂躙した地下と共闘しようなんてなんのつもりだ?』

 悪態をつきながら、イクタは立ち上がった。

『我々や、我々の祖先を狂わせたエレメントと共に戦ってやると言っているんだ。嫌味の前に感謝が出てくるのが当然だろうが』

『……こ、この野郎…』

 今度は眉がピクピクと小刻みに動いた。

『お、落ち着くのだイクタ!こいつの言っていることも、君が言っていることも事実。互いの恨みつらみをぶつけるのは後からでもできる!まずはこの脅威の赤い巨人を倒すことに集中するんだ!』

 エレメントが、今にもローレンに飛びかかりそうなイクタを何とか説得しようと試みる。

『……わかってるよ……!みんな!作戦変更だ!俺とローレンと、奴の操る怪獣、これらが、今より援護対象だ!地上と地下……地球が今持つ最高の戦力で、侵略者をぶちのめす!』

「し、信用できるのか!?あの黒ローブだぞ!!」

 イケコマは叫んだ。ローレンが、どれだけ地下人類に、エレメントに苦しめられたのかは、話だけなら聞いているため知ってはいる。だが、IRISだって黒ローブ一味のせいで何度も大切な人を、希望や街だって失った。そのため彼らにはとても同情することはできないし、むしろ復讐心を抱いている隊員の方がほとんどだ。そんな彼らを、援護する。この作戦に従ってくれる隊員は、いるのだろうかー

『信用できないと判断したらすぐに退避させる!こいつの言う通り、あの化け物は一人で倒せる相手じゃない。マフレーズを倒す、これだけは、地下地上互いにメリットのある唯一の事象だ。とにかく、マフレーズさえ倒せれば、その後IRISが総力をあげてローレンに復讐することもできる!頼む!協力してくれ!』

「……一番合理的な作戦だと、その理解はできるんだ……だけど……」

 イケコマの呟きが、隊員たちの総意に近いものだろう。

『……地下も一枚岩じゃなさそうだな。いいだろう。むしろ、二人まとめて消去できるのなら、こちらにも都合がいい。誰も損をしない、素晴らしい提案だな!』

 マフレーズは大地を蹴り、二人の巨人目指して超音速で接近し始める。

『戦う気のない奴らの援護など必要ない。……きたぞ!ハァァッ!』

『シェアアァァァ!!』

 二人が同時に両手を伸ばし、マフレーズのタックルを受け止める。だがその勢いは止まる気配がない。何とか踏ん張ろうと足に力を込めるが、ただ地面に引きずられた跡が残るだけだ。

「ウ、ウルトラマンが二人掛かりでも……なんて奴だ……!」

 マフレーズは今、合計で推計8万トン程の体重を、何の苦労もなく吹き飛ばそうとしているわけになる。

『……ポプーシャナ!』

 ローレンが叫び、海の覇獣に指示を出す。

『パダァァァァァァァ!!』

 その時、僅かだがマフレーズが失速した。なにやら、両足が粘り気の強い水の鞭のようなものに縛られている。これが海の覇獣の能力か、水であれば繊細にコントロールできるらしい。 

『こ、これなら押し返せる!シェア!』

 力を込めたイクタの両掌が、黄色いオーラに包まれる。

『ケミストリウムインパクト!』

 そのまま、エネルギーを放出した。

『超アクチノイドプレス!』

 全く同じタイミングで、ローレンも両掌を紫色のオーラで包み、そのエネルギーを解放した。二体同時に行われた反撃動作に、マフレーズはまんまと押し流される。

『くっ……!』

 さらに、足元を非常に粘り気のある水に包まれていたため、そのまま尻餅をついてしまった。 

『エレメント、今の一連の流れ、どう考える?』

『そうだな。さっきから思ってはいたんだが、こいつアビリティが多すぎて、一つ一つの集中力というか、精度が低いな。未来が読める割には、ポプーシャナの水を操る援護に気がつかなかったし、空間移動だって使うべき場面で正しく使えていない様子もある。使い熟せてないんじゃねーの?』

『やはりそう思うか。器用貧乏とはこのことだろう。これが、奴に存在するたったひとつの弱点か』

『エレメントには下手に人間味のある部分や、エネルギー制限。お前には未来が読めるからという傲慢さ。俺には天才すぎる故に足元をすくわれる。誰にでも弱点はあるものだ』

『……俺には傲慢なのはお前の方に見えるんだがな……』

『そこだけは、私も同意だ……』

 エレメントも小声で呟いた。

『……だ、だが、器用貧乏でも、今みたいに超パワーでゴリ押しされるのなら非常に驚異なのは間違いない。どんな優秀なコンピュータでも、爆破されれば終わり。結局は圧倒的パワーを持つ方が勝つ。だから、その力を発揮させないように、上手い具合に盲点をついていこうぜ』

『盲点か。……難しくなさそうだ。奴は不意打ちに弱い。このたった数十分にも満たない戦闘の中でも、何度も易々と不意を突かれてくれていた』

『どうかな。奴はどうせ、俺と同じアビリティも持ってるんだろう?油断させるため、わざとそうしているっていう頭脳作戦かもしれないぜ?』

『だからなんだ?別に正面からでも攻撃はできる。関係ない』

 こう喋っている間にも、マフレーズはゆっくりと立ち上がり、再び態勢を整え終えていた。

『作戦は固まったか?』

 その声には、少し感情がこもっていた。怒り、とか、憎悪に近いものだ。全知全能を自称しておきながら、尻餅をつかされたのだ、無理はない。

『あぁ。派手に転んでくれたおかげで、時間が余ったからね。……3分だ。3分後にあんたの居場所は地球でも火星でもなく、あの世に変わってるだろうよ』 

『いい気になるな……!大統領の前でこれ以上醜態を晒すわけにはいかない!死に損ない共が……!君たちがいなければ、今頃入植段階に入っていた予定だ!それを狂わせたな…!』

 今度は明らかに殺意に満ちた声色だった。

『……少しは人間味出てきたじゃん。ただの戦闘機械だと思ってたぜ』

『で、どうする気だ。3分後の未来は、まだ戦っている風景しか見えないが』

『無理矢理終わらせるんだよ。俺は嘘をつかないんでね』

 

 三体のウルトラマンの死闘は、最終盤を迎えようとしていたー

 

                                    続く

 




 大変申し訳ないです。約2ヶ月ほど間隔を空けてしまいました…。たった1つの話のためにこれだけ長引いたのは自分でも予想外です…。
 それほどの時間を要した割には、大した内容ではありませんが、お許しください……


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第35話「地球」

 ウルトラマンエレメント、アノイドVSウルトラマンマフレーズ…!パワーが青天井に増し、止まらないマフレーズを倒すべく、ついにこの二人が手を組むことに。一対一では猛威を振るっていたマフレーズだったが、果たしてー?


第35話「地球」

 

 地上の戦場では、ローレン等の攻撃により、今は援軍を待たなければ戦えない、といった状況に追い込まれた火星の宇宙船軍と、未だに猛威を振るい続ける火星の最強兵器、ウルトラマンマフレーズ。それに対するイクターウルトラマンエレメントモードアムート、そして彼を援護するIRISの航空部隊、さらには、今や地上人最後の一人となってしまったローレンーウルトラマンアノイド、と、一時の三つ巴態勢を終え、完全なる「火星VS地球」という二極化された構図となっていた。

『エレメント、貴様は正面からいけ。背後を取るのは俺の役目だ』

 ローレンが呟いた。

『わかってるよ。3分と宣言したんだ。出し惜しみはダメだぞ。互いに全てをかけて戦うぞ』

『それを勝手に言いだしたのはそっちだ。俺には関係ない。手の内を明かす気も無い』

『……あっそ……まぁいいや。行くぞ!』

 イクタはそのままマフレーズ目掛けて走りだし、ローレンは空間移動で敵の背後へと移動し、そこから走りだした。

『挟み撃ちにしたつもりか?無駄だ。超フォボスモード移行。ウルティメット・ツインロッシュインパクト!』

 マフレーズは迫り来る二体に対し、身体を垂直方向へと向き直し、それぞれに標準を合わせるように両腕を開いた。超引力で敵を引き寄せ、身動き取らせずに攻撃をお見舞いする技だ。

『もう見飽きたよ、それは!エレメント光輪!』

 イクタは高速で引き寄せられながらも、これを読んでいたのか、走りながら予め作っておいた、周に細かい刃物のような形状が連続する光の輪を投げた。

『アクチノイドブレス!』

 ローレンは、同じ状況下で、口からエネルギー弾を吐き出した。二体による攻撃までもが、マフレーズの元へと吸い寄せられてゆく。

『なんの考えもなしに大技を使うわけがないだろう!』

 マフレーズはそう呟くと、直撃の紙一重のタイミングで姿を消した。真上へと空間移動したのだ。このままでは、互いの必殺技が、互いにぶつかってしまうが

『ま、そうだよね。……ローレン!』

 イクタは苦笑いしつつも、すでに次の手を考えていた。すぐさまローレンに指示を出す。

『わかっている!』

 空間移動で逃げるつもりなら、命中するまで同じ方法で追尾してやると言わんばかりに、彼は同時に、移動のためのゲートを自身とイクタの正面に、そしてその他大量のモノをマフレーズの周囲を囲むように生み出した。光輪とエネルギー弾が、連続空間移動を開始する。

『考えは面白いが甘い。私にも同じアビリティがあることを忘れたか!』

『忘れるはずないさ。この俺の考えた作戦に抜かりはねぇよ』

 イクタは自らの頭を突きながら、大きくジャンプし、マフレーズと同じ高度にまで到達し、そこで静止した。

『……ほう』

『悪いが、後2分半しかない。マジでいかせてもらうぜ!』

 エレメントグニールを振りかざし、斬りかかる。

『ハァァァァ!!』

『……私の集中力を散布させる気か。確かにこれでは、未来を読むのも、移動するのも、この頭脳で考える精度も落ちかねない。だが、所詮は子供騙し程度の作戦。無駄だ』

 マフレーズは両腕を燃え盛る手刀に変え、イクタの光の槍による攻撃を弾きながら、度々襲ってくる飛び道具たちをも躱してゆく。

『アビリティの使用には、ただの一つであっても、何よりも神経と集中力を使う。本当に、無駄と言い切れるだけの小規模な影響かな?』

 間髪入れずに喋りかける。これも、そのための手段だろう。

『……』 

 流石にそれに気がついたのか、赤い巨人は、もう何も返答しなくなってしまった。

『……ポプーシャナ。お前も加われ』

『パダァァァァァァァァ!!』

 今度は飛び道具用とは別に、巨大なゲートを大量配置した。そこに、多量の海水を纏った海の覇獣ポプーシャナが突撃してゆく。

『ここまではエレメントの指示通りにしてやったが、何を考えている?3分間、ただイタチごっこをするつもりか?いやーそういうことか……。それが貴様のウルトラマン覚醒と共に手に入れた、第三の力かー』

 ローレンには何か、予想だにもしない未来が見えたようだ。

『思えば、その予兆はあった。あの時、俺になぜか命中した攻撃……なるほど』

 ニヤリと笑う。これならば忌々しい火星の巨人を倒せる。そればかりか、自ら奥の手を披露してくれたため、この後の戦いも優位に立てる。一人勝ちできる可能性がさらに高まったのだ。

『おっと』

 マフレーズの背後に、巨大な海龍ーポプーシャナが姿を現した。赤い巨人はイクタを押しのけ、ギリギリのタイミングでその体当たりを回避する。避けられた怪獣はそのまま止まることなく直進し、向かい側のゲートへと消えた。 

『……徹底しているようだな。だが、好きにさせておくわけにはいかない』

 そう呟くと、両腕を胸の前で十字に交差し、そこから赤い光線を放った。その光線もゲートへと消え、数秒後にはワープの先で鉢合わせしたローレンの技と相殺し、爆発する。

『これは決して君たちだけに有利な配置ではない。私も活用させてもらおう』

 力をチャージし、生み出した赤いオーラを全身に纏ったマフレーズは、そのまま超音速でゲートへと突っ込んだ。追ってくる怪獣や光輪など怖くないと言わんばかりに、反撃態勢に出たのだ。 

『……かかった!ローレン!頼むぞ!』

 その様子を見て口角が上がったのはイクタだった。地上で空間移動操作に集中している紫色の巨人に向かいそう叫ぶと、彼は利き腕の左腕に力を込め始める。

『イケコマさん!あんたらも出番だ!作戦に参加する意思がある隊員だけでいい!フォーメーションDを組んでくれ!』

「……これは戦争なんだ……地球の未来をかけた……私情を挟む暇も余地もないか……。イケコマ了解!作戦に移行する!」

 今のイクタを援護することは、憎き敵ローレンをも同時に助けることになる。だが、もうそんなことを言っている余裕はなかった。

「やる気がある者は私に続け!」

 イケコマはそう割り切ったが、やはりまだ葛藤の中にいる者もいるだろう。一体、何人がついてくるか。しかし、最悪自分一人でもいい。とにかく、イクタの指示通りに動かなければー

 次の瞬間、イケコマの予想は良い意味で裏切られた。

「……了解!私も続きます!」

「同じく作戦に参加!二体のウルトラマンをサポートします!」

 彼の後方には、一機として残らず、全てのアイリスバードが追従していたのだ。

「お前達……」

『流石に精鋭だな、ちゃんと切り替えられるようだ。よし、俺に従ってくれよ!』

「了解!」

『たかが戦闘機に何ができる?この私を倒せるものならやってみせよ!』
 マフレーズが次に姿を現したのは、イクタの後方だった。

『あぁ、そのつもりだって!』

 超音速の体当たりを、体を捻らせながら、エレメントグニールで受け止める。

『シェアァ!』

 空中で鬩ぎ合う二つの巨大なエネルギーは、多方向に衝撃波を放っていた。

『今だ!』

 その合図で、配置についていたアイリスバード群から一斉にミサイルが放たれた。イクタが受け止めている今、目標は止まっている。こちらも音速を超えた速度を出せるミサイルなので、この状況での命中は難しいことではなかった。一瞬にして、マフレーズの背中が小刻みに爆発を始める。 

『……小賢しい真似を!だがー』

 鬩ぎ合いを諦め、奴はローレンが配置しているゲートを利用し、一旦逃げ出した。

『距離をおけば、こんなものー』

 しかし、ふと気づけば、あれほどの数があった黒い扉は、二つを残して消え去っていた。一つはイクタの左腕の脇、もう一つは、マフレーズの真横ー

『詰みだな。喰らえ!』

 左腕を穴に突っ込みながら、そう叫んだ。

『何をするつもりか知らんが、無駄だ!』

 すぐに自身のアビリティで空間移動し、扉から離れるマフレーズ。だが次の瞬間には、ノコギリのような刃で覆いつくされた光輪を腹に食い込ませながら、地面へと叩きつけられていた。

『!?』

『一斉射撃!始め!!』

 まだ状況を理解しきれていないマフレーズを、更なるレーザー光線とミサイルの波状攻撃が襲う。 

『ノワァァァァァ!!』

 奴が悲鳴をあげるのは、これが初めてだ。

『ようやくマトモな攻撃が通ったな』

 ズゥンと地響きを鳴らしながら、ローレンが着地したイクタの元へと歩み寄った。

『あぁ、だが残り1分だ。トドメを刺すぞ』

『……今の攻撃は……どういうカラクリだ……?』

 射撃が終わり、爆発によって生じた黒煙の中から、土埃にまみれた顔を出した赤いーいや、今は薄汚い色となった巨人がそう尋ねる。

『やはり、空間操作のアビリティを理解していないようだな。貴様には豚に真珠だ』

 ローレンがそう吐き捨てる。

『空間を思うままに捻じ曲げたり、繋げたりできる非常に汎用性の高いアビリティだ。だが、当たり前だが、どれだけ弄ろうと、空間そのものが増えることはない。この意味はわかるか?』 

 紫の巨人はそう続けた。

『ここは戦場という限定した空間だ。私の操作するものと、君のものは繋がっているというわけだろう?当然だ、そのくらいのことはわかる!だがそれでも私は回避できていたはずだ。なぜ命中したのかと聞いている!』

『その頭で考えなよ。俺と同じアビリティもあるんだろ?』

『……そうか……!エレメント!君に発現した未知の、第3の力がー』

 明らかに攻撃レンジから逃れていたはずだ。それでも、無理やり命中させにきた。レンジを無理やり拡大したほかない。それを可能とできるのは、リディオアビリティしかあり得ない。だが、そのような能力のデータはない。イクタがウルトラマンへ進化したことで生まれた、新たな力ーこれを解明しなければ、また回避できない何かを食らってしまうーここまで思考したマフレーズだったが、考えている時間がないことに気付かされた。目の前にいる二体のウルトラマンが、最後の攻撃態勢に入っていくのを目にしたからだ。

『ローレン、俺たちの必殺技を合わせるぞ。単体じゃトドメを刺しきれない』

『わかっている。だが貴様も次の戦いの準備をしておけ。貴様の宣言通り、もうこの戦いにはカタがつく。全力で殺してやる、覚悟を決めておくんだな』

『ご忠告どうも。……いくぞ!』

 イクタはエレメントグニールを、ローレンは自身の腕を構えながら、照準をターゲットへと定めてゆく。

「な、何をしているマフレーズ!!立ち上がれ!とっとと蹴散らさんか!!」

 大統領が激しい剣幕で怒鳴りつけた。船は大きな被害を受け、マフレーズまでもが追い込まれている。このような展開を、火星の誰が予想できただろうか。

『……まだ……負けていない!』

 その声が届いたマフレーズは、サッと立ち上がり、締まった表情で二体を睨みつけた。その直後、全身の筋肉を隆起させ、踏みしめる大地に地割れを発生させながら、残る全てのエネルギーを出しきらんと身体を震わせながら、燃え盛る烈火のオーラで全身を包み込んだ。

『私は全知全能の存在、ウルトラマンマフレーズ!地球に正しい人類文明を再び栄させるために生まれた、ウルトラマンマフレーズ!無敵の存在、ウルトラマンマフレーズだ!』

 そう叫び、バッと大の字に広げた身体のありとあらゆる箇所からエネルギーを噴出させた。それらは瞬間的に集合体となることで全身を発射源とした超巨大光線へと化し、二体へとまっすぐに飛んだ。

『ウルティメットマフレシウムストライク!!』

 地面を深く刳り取りながら、最後の攻撃が襲いかかる。

『……吹き飛べ!』

 イクタはそう叫ぶと、出現させたエレメントブースターを光の槍へと装着した。そのあとに両手で握り直し、柄の下にある小さな円筒形のボタンを2回、突き上げるように押すことで、槍の刃である円錐状の部分が、先端を起動点とし、3つの面を作るようにパカーっとゆっくり開き、内部からレールガンのような砲身が姿を表した。そこから、最強技、ケミストリウムバーストをさらに超高密度に圧縮した、青白く輝く、巨大な光線が放たれる。

『ケミストリムエクストラウェーブ!!』

 ほぼ同じタイミングで、隣に立っていたウルトラマンアノイドもエネルギーをチャージしていた。『貴様の未来は死だ』

 静かに呟き、禍々しい紫電を纏った漆黒のオーラを、自身の足元から発生させた。オーラは周辺の地形を変えながら、持ち上げた大量の地面のかけらとともに、ブレることなく真上へと突き上げられるように上昇する。その中で両腕を胸の前でエル字に組み、必殺の光線を放った。

『超アクチノイド光線』

 放たれた、同じく紫電を纏った漆黒の光線は、間も無くエレメントの青白い光線と合流し、更に巨大な、二色の光線へと発達した。そしてすぐに、マフレーズのそれとぶつかる。

「……な、なんて規模の戦いだ……」

 思わず目を奪われ、その場でアイリスバードを静止させてしまう隊員も少なくはない。見たことのないレベルの戦闘だから仕方なくもあるが。

「お、おい!退避だ!退避!巻き込まれるぞ!!」

 イケコマの怒声で、ようやく呪縛の溶けた隊員たちは、慌てて、一目散にその場を離れた。あとはもう、祈ることしかできない。

「……マフレーズ!!何をしている!早く吹き飛ばせ!!」

 当たり前だが、もう大統領の顔には“余裕”の文字は書かれていなかった。こんなはずではなかったのだ。

 衝突点では、両者の光線は更に大きく膨らみ、押し押されるという綱引き状態にあった。もっとも“引いて”はいないのだからこの表現が適切かどうかは定かではない。

『お、俺等二人掛かりでも互角が精一杯ってことかよ!』

 イクタは歯を食いしばった。火星のウルトラマン、ここまでとはー

『ふ、ふんばれイクタ!ここで押し負けたら、今までの戦いは全て水の泡だぞ!』

 彼の脳内で、エレメントが必死のエールを送る。

『問題ない。もう未来は確定した』

 隣で冷静に呟くローレン。その言葉の通り、次の瞬間、戦況が一変した。マフレーズの胸のランプが点滅し始めたのだ。

『俺とて、全てを計算し戦っていた。無駄にダラダラと戦いを長引かせたのも、この時を迎えるためだ』

 ローレンがそう呟いた。

『ただ苦戦していただけのくせに……でも、これならいけそうだ!』

 更にグッと力を込めるイクタ。二体の光線が、徐々に敵の光線を押し始める。

「ま、まさか、活動限界か!?馬鹿な!奴にはそのような事態がないよう、必要以上にエネルギーを注ぎ込んでいたはずだ!!」

「……だ、大統領……て、撤退の準備を……。増援がきたところで、これではもう……ここは態勢を整え直してー」

「ふざけるな……!貴様!我ら正当な地球の支配者が、ゴミクズのような人間どもの末裔に対し敗北を認めろというのか!?」

 進言してきた部下の胸倉を掴み、そう怒鳴りつけると、そのままその男を遠くへと放った。

「その臆病者は裏切り者も同じだ!あとから始末しておけ!」

「し、しかし大統領!じ、実際に不利な戦況ですよ!」

 他の部下が、勇気を絞ってそう叫んだ。

「……ほう、貴様もかー」

 その部下の元へと歩み寄ろうとした瞬間、分厚い防弾ガラスで覆われた窓の外で、大きな爆発が起こった。船内が衝撃波により、大地震にでも遭遇したかのように激しく揺れる。

『ハァァァァァァァ!!』

『く……くぅっ……!ノワァァァァァ……』

 二体の巨人による光線に、自身のそれを押し返され、それにより二つの光線をその身に浴びることとなったマフレーズは、発生した爆風の中へと、ゆっくりとその姿を消していった。

 

 

 

 衝撃波と爆風が収まった頃には、もう、あの恐ろしい、絶対的な力で猛威を振るった火星の巨人は、跡形もなく吹き飛んでいた。

『名付けて、ケミストリウムアースクリームとでもしとこうか。地球の結束力が生んだ最強必殺技だぜ』

『……さて、邪魔者は消えた。決着をつけるぞ、エレメント……!』

 余韻に浸る暇もなく、ローレンはイクタ目掛けて殴りかかってくる。

『気が早いよ!』

 そうは言いながらも、それをかわし、一旦距離をおいた。

『……俺の……俺たちの……俺等先祖の憎しみを……その身で知れ!!』

『切り替えの早い奴だな……』

『私のせいで、君たちの世代にまで、争いの火種を残してしまった。本当に申し訳ない。……今は私は、自分自身で戦うことができない。二重の意味で、君に全てを押し付けてしまった……』

 エレメントはそう詫びた。

『気にすんなよ。俺はそれ等全てを抱える覚悟でウルトラマンになった。IRISの計画に沿ったんじゃない。俺の意思で、あんたの代わりとなり戦うことを決めた。あいつとも、しっかり向き合うつもりだよ』

『ありがとう……出会い、そしてケミストし、共に歩んだのが君でよかった。心から思う』

『そうかい。まぁでも、真実を知った今、俺の何よりの目的は、この地球をもう一度綺麗にして、人類を地上に返すことだ。あいつも、同じ地球人に変わりはないからな……できることなら、これからの地球再建に携わって欲しいところだが』

『……彼にとって、私や君たちはマフレーズと同じく邪魔者だ。その気はなかろう。戦うしか、ないようだ』

『さて、話はここら辺にしようぜ。もう時間もないようだしな』

 連戦続きだったローレン、そして、大技を駆使したイクタ。二人ともに、胸のランプが点滅し始めていた。時間もエネルギーも、満足できる量は残されていない。

『エレメントよ、畏怖するがいい!この俺の奥の手を見せてやる!』

 そういえば、まだ彼はウルトラマンに進化することで付属された第3のアビリティを見せてはいない。それに、確か海の覇獣ポプーシャナが、今は閉ざされた空間を繋げるゲートの中を彷徨っているはずだ。不意打ちにも警戒しなければならない。

『何、恐れることはないだろう。君にも、第3の力がある。実力は互角なはずだ』

 エレメントは、彼を勇気付けようとそう励ました。

『あぁ……そうだな……』

 とはいえ、先ほどマフレーズに攻撃を命中させるためにそのアビリティを使用してからというもの、何か左腕の感覚がおかしい。それなりのリスクがあるのだろうか。

『奴のアビリティは、自身の体積はそのままに、身体の一部分を伸縮できる、というものだと推測できる……。リーチが長くなり、予測不能なため避けるのが難しいという利点があるが、デメリットとして、その部分を伸長させた分、他の箇所が縮小することにある。マフレーズに光輪を命中させたのも、瞬間的にそれを使用したからだ。ウルトラマンになりスペックが上がったことで、その技も器用にこなせることだろう。ならば、遠距離から攻める!』

 ブツブツと独り言を唱えた後、ローレンは口からエネルギー弾を発射した。同時に、正真正銘、本当に最後のバトルの幕が上がったのだ。

 

 

 

「イクタさん、大丈夫でしょうか……?」

 空中で待機していた隊員の一人がそうつぶやく。

「当たり前だ。あいつは絶対に負けない。地上人は、あいつに任せよう。俺等には、まだやるべきことがある」

 イケコマはそう言いながら、さらに上に広がる青空を見上げた。そこには、未だに火星からはるばるやってきた、敵の巨大な宇宙戦艦隊が残っている。

「イケコマより本部へ。我々はただいまより、火星軍の残党の処理にかかる」

「本部了解。幸運を祈る」

 航空部隊はすぐに編隊を整え、火星艦隊へと攻撃を開始する。

「地下人の戦闘機部隊がこちらにきます!大統領!戦地で窮地に立った場合、プライドは捨てなければなりません!今のままでは戦えない!ここは撤退のご決断を!!」

 旗艦内司令室では、まだ部下と大統領とで揉めていたようだ。これでは部下の言う通り、戦力的にも、内情的にも、とても戦闘を実行できる状況じゃあない。

「黙れ!まだ戦闘能力は保有しておる!撃ち落せばいい話だ!マフレーズを失ったことは大きな誤算であるし痛い!だが、ウルトラマンは幸運にも潰し合いをしてくれている!この飛行機さえ墜とせば、我々の勝ちではないか!それともなんだ?貴様らは、我々がこの150年もかけて計画したこの作戦を、また0からやり直せと言っているのか!?地球は我々のものなのだぞ!?邪魔者らを排除し、再びこの地でー」

 大統領の説教が終わらないうちに、船内は再び大きく揺れた。ミサイルが直撃したらしい。

「……ふん、まぁいい。戦いたくなければここから降りてミサイルにやられるか、ウルトラマンに踏み潰されるか、放射能で死に絶えろ。私が動かす」

 大統領はそう吐き捨てると、自ら操縦桿を握った。そして臨時用の、大統領専用スイッチを手にする。旗艦に搭載された切り札、核のボタンだ。

「……大統領のご命令に従います。失礼しました」

 何人かはそう言い残し、司令室を後にして行った。もうやりきれないという表情だった。

「なんだって、大統領はああまでして地球に残った民族を憎むのだろうか。ガキの頃は、貧しく卑しく、あらゆる戦いの火種になる劣等民族だと習ったけどよ」

「あぁ、あの様子じゃ、どうもその劣等民族とやらだけが、地球が終焉を迎えたという戦争の原因じゃなさそうだぞ。それどころか、大統領ご自慢の艦隊も、マフレーズまでもがその地球人たちに敗れた。それが現実だ。もう何を信じていいかわからねぇよ」

 司令室を去った兵士たちは、そう愚痴を吐いた。彼らも人間だ。そして、火星に移住できた民族の子孫だ、やはり賢いのだろう。優秀な遺伝子だけを残した結果、優秀な兵士たちが、火星体制の〝おかしな何か〟に勘付いてしまったのは皮肉だ。

「この調子じゃ、この旗艦だっていつ沈むかわからん。なんなら、敵側に寝返った方が命は助かるかもしれんぞ」

 こう言っている間にも、船は何度も小刻みに震えている。

「一理ある。まぁもし、学校や軍で教わったように、本当に野蛮な劣等民族なら、投降しても瞬殺されるかもしれねぇけどな」

「その時はその時だ。むしろ、俺らが投降することで、その反応次第で敵さんの本当の姿を証明できるとも取れる。俺にはどうも、彼らはそこまで悪い奴らには見えんのだ」

「同感だな。確かに、あの黒い装束の地球人類のせいで、我々は戦友を失ったさ。恨みがないとは言わん。だが、これは戦争なんだ。仕方のないことと割り切るしかない。……どうせ死ぬのなら、最後に真実を知ってからがいいね」

 彼らは司令室から最も近い事務室に向かい、そこで人数分の大きな白い画用紙を持ち出した。降伏の印だ。そして脱出用ポッドに乗り込み、IRISの航空部隊目掛けて飛んだ。

 

 

 

「イケコマさん!小型の飛行物体が、敵の船から発艦されました!」

「戦闘機か……?注意せよ!」

「いや、よく見てください!攻撃用の装備が一切施されていません!それどころか、エンジンさえも小型のものしか……もしかしたら、脱出用のものかもしれません!」

「……敵にとっては不利な戦況だ。そのような行動に出る動機は十分だが……。油断をさせた、奇襲攻撃の可能性も残されている。では、クワハラ、サイトウ両隊員、慎重に回収に向かえ!」

「了解。厳戒態勢のまま接近します」

 指名された隊員は、ミサイルをいつでも発射できる状態を保ったまま、ポッドに近付く。

「そのほか隊員はフォーメーションをBにシフトし、攻撃続行!目の前の一番でかい船を、一気に叩く!」

「了解!」

 アイリスバードの編隊は各々充分に間隔を広げた後、各々超音速飛行状態に移行し、目にも留まらぬ速さで艦隊を囲むように旋回を続けながら、同時にレーザーやミサイルでの攻撃を行ってゆく。的が絞れないため、艦隊からの射撃は全くと言っていいほど当たる気配がない。

「小賢しい!一気に核で吹き飛ばすか!」

 大統領には相当腹立っている面持ちだ。勢いに任せ、指先に力を込めようとする。

「お待ちください!この至近距離で核が爆発すれば、大統領も危険です!巻き込まれます!」

「……くそっ!……これだけのスピードのでる戦闘機は我が軍にも少ないというのに…!なぜ奴らの科学はここまで進歩している!?」

「頭脳系のアビリティを持った、リディオ・アクティブ・ヒューマンの影響だと見られます」

「……リディオめ……あやつはどこまで、我々を苦しめるつもりだ……!」

 つい先ほどまで、そのDr.リディオの遺した技術やデータの恩恵を最大限に受けていたことすら、もう忘れているかのような言動だ。

「……全てが水の泡だ……全てが……!こんな手筈では……!おのれ劣等民族どもめ……!!」

 ただただ怒鳴り散らしながら、机を拳で打ち付けることくらいしか、いまはできない。

「このまま玉砕なさるおつもりですか?……確かに我々は大きすぎる損害を出してしまいました。ですが、ここで大統領のお命までをも奪われては、火星に住む人類の、地球に帰還するという夢は完全に終わってしまいます。今一度、お考え直しを」

 残っていた部下は、静かにそう呼びかけた。負けを認め、受け入れるしかないのが現状なのは、もう誰の目にも明らかだからだ。ただ、一人を除いては、だが。

「……まだ、勝算はあるはずだ!こんな奴ら相手に退くことなど、この私にできるはずがないだろう!馬鹿なことを言っていないで、貴様らも少しはどうやったらこの状況を打破できるのか、頭を捻らせたらどうだ!」

「……」

 部下たちは、呆れた表情をどうにか、表に出さないようにとしながら、押し黙った。なるほど、これでは勝算も何もあったものじゃない。

「このままじゃ、俺たちも巻き添え食らって死ぬな……」

「まぁ、大規模な入植作戦の、最高司令官である大統領の乗る旗艦で死ねるのだ。名誉なことだな……くそったれめ」 

 もう、皆自らの命が残り短いものであることを受け入れていた。

 

 

 

「小型飛行物体を確保!中には数名の敵兵と思われる男性!こちらも保護しました!」

 クワハラが無線で報告した。敵兵は全員、白い紙を抱え、その場に銃などの武器を投げ捨てている。投降のようだ。

「我々は火星人類軍所属の空軍兵である。我々はあなた方軍の捕虜となることを約束する。どうか、命は許していただきたい」

 投降兵のうち一人がそう話した。

「火星人……本当に、火星にも地球人がいたってのか……未だに信じられん……」

 地下人類は、地球は、宇宙人からの攻撃で滅んだと習っているのだ。地上に人類が生存していた、ということだけでも驚きなのに、まさか別の惑星へと逃れた地球人もいたとは。何度かイクタがそのようなことを言っていたような気もするし、現に、先ほどまで暴れまわっていた赤いウルトラマンも火星出身を名乗っていたとはいえ、改めてこう自己紹介されると、理解が追いつかなくなるものだ。

「イケコマさん、どうします?」

「完全な武装解除を確認でき次第、認めよう。火星を知るものを捕虜とすることは、戦闘面でも、そして本当の歴史やこの戦争の要因など、正しい知識を得る面でも重要だ。こちらも願わくば、保護したい。そう伝えてくれ」

「了解。武装を完全に解除してください。それが確認できたら、安全な場所へ連れてゆきます」

「感謝します。……しかし、非常に高性能な機体をお持ちだ。これだけの戦闘機は、私も数回しか操縦したことがない……。何が劣等だ……これだけの技術があるじゃないか……」

 一人は、心の底から感心している様子だ。

「我々を信用してくれたお礼になるかどうかはわかりませんが、一つ、情報を与えます。あなた方が今攻撃している船には、核弾頭が積まれています。爆破してしまえば、あなた方も命はないでしょう。お気をつけください」

「……は、はぁ、どうも……。イケコマさん、核って知ってますか?」

 イクタは真実に触れたとはいえ、IRISの教育の元で育った地下人類の9割9分は、核を知らないのだ。いきなりこう言われても、ピンとこないのは当然でもある。

「よくわからんが、話を聞くにやばい代物なのだろう。わかった。ではもう少し距離を置こう。そして、ある程度の抵抗力を奪った後は、捕獲する方針に変更だ。いいな?」

「了解」

 アイリスバード群は、さらに大きく旋回し、先ほどよりも広めに距離をとった。以下に巨大な船といえど、この短い時間にも集中的に火力を浴びせたのだ。抵抗能力を完全に奪取するのも時間の問題だろう。

 空も、地上も、決着のつく瞬間は、もう目の前にまで迫ってきていた。

 

 

                                                 続く。

 



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第36話「決着」

 ウルトラマンエレメントVSウルトラマンアノイド!地下VS地上の長きにわたる戦争に決着をつけるべく、最後の戦いが始まった。己の全てを賭ける両者の死闘の果てに待つのは一体……?


第36話「決着」

 

『デヤァ!』

 

 飛んできた紫色のエネルギー弾を左腕で弾くのは、イクタの変身したーというよりは、今では本来の姿とするのが適切であろう、ウルトラマンエレメント・モードアムートだ。赤と銀をメインとした色調やその身長、体格こそ、先代の同名巨人と似通ってはいるが、そこに、黄金に近い黄色のラインが入っていることや、そのパワーの大きさなどが異なっている。火星のウルトラマン、マフレーズを攻撃した際に、まだ自身でもその詳細については知識の少ない、第3のアビリティを使用したのだが、それからというもの、その攻撃を行った利き腕でもある左腕に感覚がないに等しい、つまり異常が起きていた。そのため、このように敵の飛び道具を弾いても、特に痛みも感じていないのである。

 

『ハァァァァ!!』

 

 そして、その紫の光弾を間髪入れずに叩き込んでくるのが、これまでの間地下世界を脅かし続けてきた、黒ローブ組織の親玉ーといっても、今や最後の一人だがーである、ローレンの本来の姿、ウルトラマンアノイド。黒と暗い紫が基本色調で、ところどころに艶があり高級感を醸し出す明るい、アメジストのような紫も含まれている。体格や、単純な攻撃力ならばエレメントと同程度だが、未来予知や空間操作のアビリティがある分、優位に立ち回る戦術を取りやすい。一対一というこのシチュエーションの元では、例に習って、アノイドーローレンーが有利であろう。 

『ちっ、徹底して遠距離戦に持ち込みたいのかよ!エレメントシールド!』

 回避するための動作のその先を読んだ飛び道具を配置してくるため、かわし続けるには限界がある。しかし、シールドもタダで張れるものではない。走る、飛ぶなどといった動作に比較すれば、エネルギーの消費は大きいのだ。

 シールドの背後に隠れつつ、飛び道具で応戦するのも手段の一つだ。上手くいけば、隙を生み、得意の肉弾戦に持ち込むことだって可能だろう。だが、彼はこれまでの戦闘で、多様な光線、第3のアビリティ、持てる最高火力の必殺技と、大技を使いすぎている。胸のランプも赤く点滅している現状を見れば、それは好ましくない戦法となるのだ。

『消耗しているのはローレンも同じだ。この弾幕攻撃も、そう長くは持たないだろう』  

 イクタの脳内に、今やその意識だけが残された存在となり棲まう、ウルトラマンエレメントはそう推測している。

『わかってる。けど、慎重に動かないとな。あいつはまだ、第3のアビリティを隠してる。じっとここで堪えても、逆に飛び出して殴りかかりにいっても、どちらの場合でも不意を突かれたらヤバイ。……この、左腕の異常の原因ははっきりとはしないが、そんなこと言ってられねぇな。出し惜しみをすれば負ける。……俺にも元素操作の力は使えるのか?』

『エレメントグニールと同じだ、理論上は可能だろう。だが、君のアビリティではない分、精度は私が使用するものと比べれば格段に落ちるかもしれない』

『そうか……。でも、ないよりマシだ。攻撃手段にはなる。さて、どの元素をどう扱うか…』  

 と、そこまで考えながら、彼はふと気づいた。もしかしたら、あの第3の能力は、単に体積をそのままにした伸縮ではなくーそうもなれば、この左腕の異常にも頷ける。この仮説が正しければ、その使用リスクは想像を絶するものにもなるだろう。


『どうしたイクタ?険しい表情をしているが……』

『……なぁ、俺たち人間や、ウルトラマンも怪獣だって、元素の、原子の集合体だろう?』

『そりゃそうだが、それがどうしたんだ?』

『いや、あんたのアビリティは、元素を好きなように操作できることだったよな。自由に組み替えたり、自身に取り入れたりできていた。そのあんたのゲノムデータを引き継いでいる俺の第3の力は、それに派生した、というか、性質が少し似ているもの、かもしれないなと思ったんだ』 

『君はいつも回りくどい。つまり、何が言いた……そうか、そうだとしたら……』

 エレメントも、何かに気がついたようだ。

『このアビリティ、多用は禁物かもしれねぇな』

『おそらく語感がいいからとテキトーに名付けたのだろう、モードアムートというネーミングが、的を得ている可能性があるぞ……!気をつけろイクタ!君の推測通り、禁断のアビリティかもしれん!』

『何をブツブツ唱えている!』

 もうこれ以上考えている余裕はなさそうだ。勢いが衰えるどころか、さらに増してくる弾幕に、シールドも耐え切れそうにない。

『……でも、地下の人類は、IRISは、これまで長い間、多くの時間や犠牲を費やし戦い、そして制限された生活に耐えてきたんだ。最終目標の地上奪還はもうすぐそこだ。私情に任せてこの決戦に負けるわけにはいかねぇ。例えこの身がどうなろうとも、俺はー!』

 イクタは思い切り大地を蹴り、飛び出した。迫り来る弾丸を恐れもせず、着実に距離を詰めてゆく。その後方では、決壊したシールドが爆散していた。

『……エレメント!貴様は俺の前に敗れ去る!その未来、この手で確定させてやろう!』

『やってみなよ!』

 ローレンの目前に着地したイクタは、そのまま流れるようにキックを繰り出す。

『シェア!』

 だがそれは空振りに終わった。目標は、遙後方へと移動していたのだ。

『ポプーシャナ!!』

 怒鳴るように、残る最後の覇獣ポプーシャナを呼びつけた。彼の作り出した空間のゲートから、その大きな頭部を表す。

『パダァァァァァァァ!!』

 現れるやすぐに、クイッと上空へと垂直になるように顎を上げ、口の中で水色に光るエネルギーを蓄え始めた。

『パダァァァァァ!!』

 そして充分にそれがチャージされたのち、口から放たれた。特殊なエネルギーの練られた大量の水だ。水は、瞬く間に広範囲へと広がり、イクタの足元を掬う。

『お、重い!』

 水は、くるぶしの辺りまでの深さしかなかったのだが、それでも足を上げることができない。

『確実に仕留めてやる……!』

 動けないイクタに狙いを定め、ローレンは再び、先ほどマフレーズに放ったものと同じ光線を繰り出そうと、動作に移ってゆく。

『水を止めなければ!イクタ!』

『わかってる!ケミスト!』

 そう叫んだ瞬間、イクタの足元の水が、飛沫をあげた。まるで爆発が起こったかのようだ。

『何!?』

 動作をキャンセルし、彼を睨みつけるローレン。どうなっている?

『別に、エレメントの能力を使っただけだ』

『私は主に合成に使用していたが、こいつめ、周囲の水の元素を弄り、原子構造を破壊させよった…』

 水から逃れるため、すぐに宙へと浮くイクタ。そう簡単にはやられるわけにもいかない。

『……だが、そんな芸当が多用できるのであれば、俺を殴る際、俺の身体を分子や原子レベルで構造を破壊することだって可能だったはずだ。それができていないということは、分解できる程度に限度があるのか、相当消耗するのか……。何れにせよ、そこまで警戒する能力じゃない』

 そうは言いつつも、ローレンはふと、思いもかけずその場に片膝をついてしまった。ランプの点滅速度が速まっている。限界なのだろう。

『そこまでだな、今度は俺の反撃のー』

 隙を生んだローレンへと、エレメントグニールを握りしめ急接近していくイクタ。

『番だ!!』

 大きく振りかぶり、槍を振り落とした。勝負あったかー?

 

 

 

 

 

 とも思われたが、その槍の刃先は、再び直立したローレンの掌の中で収まっていた。グッと握力が込められているため、引き抜くことができない。

『な、まだそんな力が……?』

 いや、確実に力を失っていたはずだ。困惑するイクタは、さらに自身の目を疑った。奴の胸のランプは点滅をやめていたどころか、通常時の色に戻っていたのだ。

『……これが俺の奥の手だ。流石に、想像の範疇外だったようだな、エレメント!』

 そう言い、槍ごとイクタを放り投げる。

『どうなってる?回復魔法でもあるのかよ……』

 事態が飲み込めないのも無理はない。実際にそのようなものでもなければ、この現象を説明することができないのだ。

 だがよく見ると、ローレンの肉体は、先ほどまでとは打って変わってひとまわり、まではいかずとも、小柄になっているようにも見て取れる。もちろん、それでも充分ウルトラマンらしい巨体ではあるのだが、確かに小さくなっているのだ。

『……自身の体内で核融合を発生させることのできるアビリティだ。枯渇しかけたエネルギーも、体内で新たに、莫大な量を生み出すことができる。もっとも、代償として想像を絶する量の細胞が破壊され、その分が新たに作られることもなくなる。まさか、一度の融合でこれ程身体に変化があるとはな……しかし、貴様さえ倒せれば、例え身長がアリ以下なれど惜しくはない!復讐を果たせることに代わりはないのだからな!』

『マジかよ……。これ、不利すぎるだろ……』

 がっくりと肩を落とすイクタ。敵は、身体に疲労や傷を残しながらも、エネルギーだけならフル回復。対してこちらには、回復できるような手段はない。

『……まだ可能性は残されている。ネイチャーモードのように、自然エネルギーを利用することができれば……』

 エレメントはそう呟いた。

『ありゃ確かに莫大な力が手に入るが、その自然エネルギーを使用する際に同じく膨大なエネルギーを消費するのが難点だったろ。今それをやれば自殺も同じだ』

『……自身のエネルギー消費を最小限に留めつつも、ネイチャーモードと同じかそれ以上の精度で自然を操る方法があるとしたら、どうする?』

 脳内に棲まう者は、思わせぶりにそう言った。

『そんな都合のいいもんがありゃ、とっくに使ってるよ……第一、あんたでもできなかったその芸当を、どうやって……』

 とはいえ、そんなことを考えている余裕はない。目の前には、再び力を取り戻した難敵が堂々と仁王立しているのだ。今できることで、勝つための作戦を立てなければ。

『いや、待てよ?自然の力を操る……か。……試す価値はある……!これに賭けるしかない!』 

 何かを閃いたようだ。

『腹は決まったか?覚悟しろ、エレメント!』

 ポプーシャナの生み出した、今度はなんの変哲も無いただの水だが、尋常では無い量と速度で流れ出るそれに波乗りするような形で、彼が迫りかかってくる。

『ハァァァァァァ!!』

 劔のように鋭く、長いかぎつめでの斬撃を繰り出そうとする。

『死ねぇぇぇぇぇ!!』

『デヤッ!』

 イクタはそれに対し、何やら小型のカプセル状のものを真下の地面へと投げつけることで抵抗した。着弾点から、ウルトラマンたちの身長をもゆうに超える巨大な氷山が現れ、これが敵の攻撃と水流をブロックする。爪が氷山に食い込み、ローレンは一瞬、動きが止まってしまった。

『これは、IRIS最初の怪獣兵器となった、氷獣ゲフールの……。気が付いてくれたか。これが私からの最後の贈り物だ、イクタよ』

 エレメントがそう呟く。ゲフールとは、ローレンから休戦協定の条件として渡された怪獣カプセルを研究し、これをIRIS用に改良するための、最初の実験対象ともなった怪獣だ。これは完璧には成功せず、確保できたのはその怪獣の持つ能力とエネルギーだけだった。それでも冷凍光線を放つための弾丸には改良できたため、怪獣’兵器’としては、立派に機能している。

『まだだ!』

 今度は、指笛をふき、待機していた嵐獣テペストルド、さらにマフレーズにやられ、ノビていた炎獣マグナマーガをも召喚した。特殊なエネルギーの込められた突風と、表面がマグマで煮えたぎる噴石のような巨大な岩石の同時攻撃が、ローレンを支援するポプーシャナを襲う。

『パダァァァァァ!!』

 それらが命中し、敵怪獣の身体は大きな爆発を起こした。だが、まだ倒し切れていない。

『怪獣には怪獣をってことか。小癪な』

『いや、ちょっと違うね。……その目ん玉おっ広げてよく見ていろ!もしかしたら、俺は今からお前の目の前で自ら命を絶つことになるかもしれない』

『……?何のつもりだ?』

『だから、あんたのアビリティで占ってくれよ。俺の、30秒後の姿をよ』

『俺の能力は占いでは無い……!……が、まぁいいだろう。死にゆく宿敵の最後の要望だ。応えてやる』

 勝ち誇った表情で、そう返答した。遂にヤケになったか、エレメントよ、とでも言いたげな顔だ。だが、一瞬にしてそれは険しいものへと変化する。それどころか、焦りの側面も垣間見えないわけでも無い。

『その顔……エレメント、どうやら、まだ勝算はあるみたいだぜ』

『うむ。さぁ、反撃するぞ……!』

 打って変わり、勝ち誇った表情を見せるのはイクタの方だった。

 

 

 

 空の戦場では、ドドン!という大きな音を立て、火星宇宙艦隊の旗艦が炎と黒煙をさらに激しく昇らせていた。もう限界だ。

「よし、これ以上の攻撃は停止だ。敵は非常に強力な爆弾を持っていて、自爆すれば我々や、下で戦っているウルトラマンまで巻き添えを食らう見込みとの情報もある。ここからは慎重に動くぞ。まずは、降伏勧告だ。それに従わなければ、船内に速やかに突入。爆弾と、その起爆装置の差し押さえを最優先に行う」

 イケコマが指示を飛ばして行く。

「突入の際には、動きに無駄が出ないように我々が案内いたしましょう」

 捕虜となった火星兵がそう言った。武器こそ取り上げられているが、貴重な情報源として起用できるため、特に動きに制限はせず、保護したクワハラ隊員の乗る機体の中では自由に活動できるようにしている。協力してくれているとはいえ、ここまで無警戒でいいのだろうか、とは誰もが思っていたが、今は戦争の早期終結のために、戦うことだけに集中しなければならなかった。 

「……ところで、君たちの指揮官は、勧告を受け入れるような人物かね?」

 イケコマは念のため尋ねた。

「拒否するでしょう。断言できます。我々味方からの撤退の案をも頑なに拒否されていました。だからこそ、我々は自らの命を守るために逃げてきたのです」

 即答だった。なるほど、劣勢な上、撤退すらせず最後まで戦おうとしているのだ、こちらの目線からでも薄々そんな気はしていたが、これでは確かに、何人かの兵士は逃げ出しても何ら不思議では無い。戦略上、絶対に撤退は許されない、最後まで死力を尽くさなければならない場面は、戦争中であれば出てくるだろう。敵にとっては、いまがその時ということだろうか。それとも、指揮官がただの無能なのか。

「しかし、一応呼びかけは行おう。我々とて、このまま一人の犠牲も出さずに終えたいし、より平和的な解決策があるのならば、そちらを選択したい。彼らに、再び我々地球に住む地球人と、この星で共存する気があるのならば、交渉にも臨んでくれるはずだ」

「共存する気……ですか」

 火星兵たちは苦い顔をした。その表情から、降伏勧告などやる前から結果は見えているということは、全隊員が察してはいたが、やはりそれでも、IRISはあくまで和平を望んでいるという姿勢は見せなければ。

「……火星の指揮官に告げる」

 機内に装備されてあるマイクを通し、イケコマの声が遂に空に響いた。

「我々は地球地下人類を守る組織、IRISだ。これ以上の戦闘の続行は、我々にも、そしてあなた方にとっても無益と見られる。加えて、この状況、あなた方が不利なのは火を見るよりも明らかかと思われる。お互いの未来のため、是非ともここで今すぐに抗戦能力を放棄し、あなた方の故郷へと帰還するか、この地球で我々と共に暮らしていくか、選択されたい」

 緊張していたのか、ところどころを噛み、その言葉もぎこちなく、どこか遠回しな表現ともなってしまったが、趣旨は伝わっただろう。

「劣等民族がバカにしよって……!」

 大方の予想通り、大統領はこれを受け入れるどころか、むしろ憎悪の感情を増幅させていた。 

「だ、大統領!これが、敵からの最後通告かと思われます!これを無視すれば、間違いなくこの船が沈むまで攻撃を受けます!堪え難い屈辱ではありますが、ひとまずこれを受け入れ撤退し、また戦力を整えてー」 

 残る部下たちは、必死の説得を続けていた。

「ふざけるな!私はこの国際軍の最高司令官!全ての国の首脳から、この入植作戦を任されておるのだ!独自に秘密裏開発していたウルトラマンマフレーズをも披露し、この作戦成功を経て他国との軍事力の差をも見せしめ、地球再移住後も世界を牛耳る国家として君臨する手筈だったのだ!それがマフレーズを失い、多くの兵士を死なせ、この損害を出しながら敗走でもしてみろ!我々は世界の指導者から一転、信頼と国力を失った笑い者だ!」

「信頼と国力は時間が経てば取り戻せます!私たちの国は、それほどの力がある国です!ですが、大統領のお命はどれだけの時間が経っても戻らないんです!ご自身の命を大切にされてください!」

「いい加減にー!」

 あまりにしつこく説得してくる部下に手を上げようとした瞬間だった。

「いい加減にするのはあんただろ!」

 それより先に、別の男が、大統領の頬を引っ叩いた。ローレンに攻撃されて以降伸びていた、この船の艦長でもあり、もともと指揮をとっていたウッズ大佐だった。

「大佐!もう大丈夫なのですか?」

 ビンタを喰らった大統領よりも先に心配されたのは、先ほどまで意識のなかったウッズだ。

「ウッズ大佐……貴様、自分が何をしたのかわかっているのだろうな……!?」

「もちろん。死刑でもなんでも、いかなる処分をも受け入れる覚悟であります」

 ビシッと堂々とした敬礼を見せつける。

「ですが、その前に……私も、地球に残された劣等民族を忌み嫌っていました。それは、歴史で、彼らのせいで戦争が起こり、地球が滅び、火星に移住せざるを得なかったと学んだからです。……しかし、敵は野蛮だと推測されていた前評判とは大きく異なり、高度な技術に戦闘能力を擁し、我々のことも考えて、平和に解決する策を見出そうともしている。対して我々は、頑なにプライドだけを気にし、無意味な戦闘を続行するだけ。これではどちらが野蛮で教養のない者なのか……。敵側の方がよほど、貴方より知性を感じ取ー」

 それ以上台詞は続かなかった。ウッズの眉間に真紅の空洞が開き、そこから赤い液体が流れ出始めたからだ。

「……おい貴様ら、戦う気がないのなら、せめてこの裏切り者の死体の後始末くらいしたらどうだ?」

 そう吐き捨て、ため息をついた後、まだ発射口から煙をあげている銃をその場に放り投げて、マイクの方へと近づいた。

「通告ありがとう、地下の諸君。返事を大変長らくお待たせしてしまった」

「お、返答がきたぞ……!」

 その声は、冷静さを取り戻したのか、かつて火星で国民や他国の首脳を魅了させた、カリスマ政治家らしい、丁寧でゆっくりとしたトーンだった。

「結論から言えば、君たちからの申し出は受け入れない。だが、条件さえ私の指定したものにしてくれれば、すぐに戦闘を停止しよう」

「条件……?」

「そうだ。君たちは共存と言ったな。それでは、地球の領土の50%は、我々火星移住人類のものとし、君たち民族は許可なく一切立ち入ることができないものとする。加えて、IRISが得た科学技術や兵器、そのデータなどはすべて我々国際軍に引き渡し、組織は解散とする。続いてー」

「聞いてられっか、こんなもの……馬鹿げている!イケコマさん、突入の指示を!」

 隊員たちは、自分たちが劣勢だということをわかっていないのか、まるで戦勝側のような条件を淡々と突きつける大統領に呆れてしまったのだろう。

「だ、だが、この場面で突入を決行すれば、敵側からしてみれば、交渉中に攻撃してくる野蛮な敵というレッテルを張る良い機会になってしまう……!くそ、隙を与えただけになったか……」  

「むむぅ歯痒い!」

 全員、とにかく大統領が喋り終えるまで待機するほかなかった。

 

 

 

『エレメントブースター!』 

 イクタがそう叫ぶと、エレメントグニールにセッティングされていた青い小型の装置が、彼の右腕を目掛けて飛来し、そこに収まった。

『さっき、贈り物と言ったか?ありゃ、どういう意味だ』

 その動作の最中、彼はエレメントにそう問いかける。

『すぐにわかる。いや、もうなんとなくわかっていたのではないか?何故、地下という、私の作った閉ざされた空間にあれだけ強力な、性質の異なる三体の怪獣がいたのか……』

『あの怪獣たちが、そうってわけか……細かいことはいいや、勝つためだ!しっかり受け取ってやる!』

 ブースターから光線を発射し、それを二体の怪獣に命中させた。これは、怪獣をエネルギー体に変換する特殊光線だ。実体を失い、光り輝く光球のようなエネルギー状態になった怪獣たちを、自らの元へと引き寄せる。

『ゲフール。あんたも頼むぜ』

 ゲフールのエネルギーが込められたカプセルも用意した。これで、三体の地下怪獣のエネルギーが揃ったことになる。

『……全部計算していたのか?』

 もう一度、彼は脳内の存在へと訊ねる。

『賭けだった。地下に余計な脅威を生むことになったのではないか、そう心配したこともあった。一応、目を覚ますのは私が地下で活動を始め、その波長を感じ取れた後になるよう設定は施していた。なんとか、予定通りに起動してくれたがな……』

『仕込みだったわけか。その仕込みに凍らされたんだな、あんた。笑えるぜ』

 ゲフールに冷凍され、戦闘不能になったことを思い出しながら、イクタはそう笑った。

『う、うるさい!……全ては、私の力を継ぐ予定だという、未来に現れるIRISが生む新たなウルトラマンエレメントに力を与えるためだったんだ。もちろん、知っての通り、私はそもそも私という過ちを生み出しておきながら、また同じくして人間をウルトラマンへと進化させる計画には反対ではあった。それでも、地下世界の守護神となるであろう、その者に万が一があった場合に備え、IRISには無断で独自に用意したのがこれだ。さぁ使ってくれ。もう、こんな負の連鎖はここで、君の、私の、私たちの手で断ち切ろう』

『そのつもりさ……デュアルケミスト!』

 そう叫び、ブースターのセットされている右腕を高々と掲げた。青き装置は、キラキラと輝き始め、まずは周囲の土や草木などを吸い込んでいく。ここから、必要な元素や自然エネルギーを取り出すのだ。この過程を経て、イクタの身体には緑色のストライプ模様が追加された。ネイチャーモードへの変身が完了した合図でもある。しかし今回は、これだけでは終わらない。

『……これは……これが貴様の奥の手か……』

 その様子を、ただ眺めるだけのローレン。

 さらにエネルギー化した怪獣たちもが、今度は左腕のエレメントミキサーへと吸い込まれた。

『成功してくれよ……!ファイナルケミスト!』

『ファイナルケミスト!フルパワーチャージ!』

 イクタの声とは別に、ミキサーから合成音のような電子音が発生した。ネイチャーモードに加え、怪獣の持つさらに強力な自然エネルギーが、イクタの体内へと流れ出してゆく。

『こ、これは……すごいパワーを感じる……!』

『ガイアースエレメント!!』

 その電子音が、変身の完了を告げた。その身体は顔を除いた全身を青と緑が大半を占め、まるで地球そのものを表しているかのような配色をしている。モードアムートであるイクタの身体にあった黄金に輝く箇所も所々残されており、全体として一回り大きくもなっていた。正真正銘、これが最後の変身、最後の形態だった。

 とはいえ、胸のランプは点滅したままだ。回復したわけではない。すぐに、決着をつけなければ。

『……さぁ、いくぞローレン!』

 バッと駆け出し、超高速移動でローレンの懐へと潜り込んでいく。

『あくまで接近戦を望むか……いいだろう!正々堂々、貴様を正面から倒す!』

 空間移動で距離を取る選択肢もあったが、ローレンは真っ向からのぶつかり合いに応えた。ウルトラマンエレメントガイアースモードのタックルをがっちりと受け止め、ここでまたもや鬩ぎ合いとなる。

『全力で行くぞ!!』

 二人の声が、タイミングよく重なり、調和して周囲に響いた。

『ファイナルケミスト!ハイドロエレメントレイン!』

 そう叫んだエレメント=イクタは自身の体を一瞬にして無数の水滴と変え、空へと舞った。そしてその後すぐに、鋭利に光る水の槍となり、ローレンの周囲へと降り注ぐ。

『自分を水に……?だが……ハァァァァァァァ!!』

 口から破壊光線を繰り出し、降り注ぐイクタを次々に吹き飛ばしていく。
『ポプーシャナ!来い!』

 ついに一滴の水滴も残すことなく、ほとんど全てを吹き飛ばした。すでにイクタの生体反応は感じ取れないが、隙を与えず、間髪入れずにーと怪獣を呼び出そうとしたのだが、そのポプーシャナからは返答がない。

『ポプーシャナ……何を……』

 不審に思い、振り返ったローレン。その目に写ったのは、ポプーシャナの生み出した水から身体を生やした液体状のイクタの攻撃を受け、まさに絶命しようとしている瞬間だった。

『ハイドロエレメントブレード!!』

 自身が水の劔となり、怪獣の首に斬撃。たったの一撃で、海の覇獣を死へと追いやったのだ。

『……それがその姿の力……?』

『いや違うね。これはあくまで、俺の第3のアビリティだ。この姿は、自身の消費エネルギーをほんの僅かに留めながら、尋常じゃない量の自然エネルギーの恩恵を受ける……要するに、超省エネのパワーアップに過ぎない』

『第3のアビリティだと……?だが、それは、身体のー』

『俺もそう思ってたけど、違うみたいだな。あれは、単に身体が伸び縮みしたわけじゃない。無意識のうちに、アビリティを使って俺自身の身体の原子や分子の構造を組み替えてたみたいだ』

『……原子構造の組み替え……自身を液体に変えたのはその応用か……だが、再び元の姿に戻るためには、さらなる自身の再構築が必要なはず。よって一度使用するためには、アビリティの往復使用が必須なはずだ……。一度分解した人体の原子や分子の再構築など聞いたことがない……そんなもの、身体が持つわけが……』

 ローレンは、この短い時間にイクタの能力と、そのリスクまでをも的確に分析できていた。 

『ご指摘通り……だいぶ身体がおかしいよ。負担はやばそうだ……』

 液体から、先ほどまでの実体へと再変身をしながら、イクタはそう答えた。

『本当は今ので、怪獣諸共あんたも倒すつもりだったが、あの破壊光線の火力……あんたの核融合能力も、ただの回復術じゃないようだな。まぁ、普通に考えればそうだが』

『当然だ。回復ではなく、エネルギーを増幅させるものだ。攻撃の威力を高めることだって容易……制限はあるがな』

 ローレンは先ほどよりもさらに小さくなっていた。

『エレメントにも似たような技はあった。気体化や鋼鉄化がそれだな。あれは、俺の身体ではなかったし、あいつは俺とケミストしないことにはただのエネルギー体。負荷はエネルギーの減少の延長でしかなく、時間さえ経てば疲労や傷と同時に回復していた。でもやっぱ……生身でやると、やばいなこれ』

 そう言いながら、元に戻った体を一通り動かしてみたが……右手を動かそうとすると左足が動く、など、明らかな異常がみられた。連発すれば、いずれ自分が自分で無くなる可能性だってある。それにローレンも、能力を二度使っただけで従来より一回りも小さくなっている。お互い、ハイリスクなアビリティを背負わされたもんだ。

『次の攻撃で仕留めなきゃ、俺もヤバイ。……行くぞ!』

 すぐにどうすれば希望する箇所が動くのかを把握し終え、再び目標へと迫るイクタ。 

『望むところだ!』

 ローレンは走り寄ってくるイクタの次の動作を読み切り、一瞬だけ死角となる部分へ潜り込み、核融合によりパワーを増幅させたキックをお見舞いしようとする。

『今度こそ消え去れ!!』

『……ファイナルケミスト!スチールエレメントブロック!』

 ローレンが死角へと移動したその瞬間に、攻撃を警戒してイクタは全身を一瞬にして金属へと変え硬質化させる。敵のキックはゴキんッという鈍い重低音だけを残し、イクタの身体は吹き飛ぶどころかビクともせず、今度はローレンに隙が生まれる形となった。

『何……!?』

『ジェアァァァ!!』

 金属の塊となったイクタは、両掌をガッチリと組み合わせ、無防備な敵の背中に強烈な鉄槌を浴びせた。金属元素を取り入れたエレメントの硬質化とは違い、隅から隅まで、自身の全身の原子を金属化しているのだ。物理的な重みが違う。

『グホワッ!』

 口から唾などを吐き散らしながら静かな悲鳴をあげ、その場にうずくまった。かなり効いたようだ。一方イクタは金属態を保てなかったのか、すぐに強制的に元の姿へと再構築される。

『くそがぁ!デヤァ!』

 流石にローレンだ、倒れた後は少しも隙を見せず、すぐに両足を揃えて突き出し、イクタの腹にめり込ませた。元の通常の姿に戻っていたため、これをまともに喰らい後方へと吹き飛ぶ。

『グワッ!』

 どうにか宙で体を捻らせ、横っ腹から着地し、ゴロゴロと転がりながら受け身を取れたことで、大ダメージは防げたものの、とんでもない威力であった。ただのキックにしては重い。またパワーを増幅させていたのだろう。他人のことは言えないが、リスクをわかっていながらも出し惜しみなく攻めている。両者ともに、あとがない証拠でもあった。

『イクタ!もう構造変換はやめるんだ!どんな副作用が出るのか、未知数なんだぞ!もし死んでしまったら、何もかも終わりだ!』

 エレメントが忠告した。確かにそのようだ、もう満足に体を動かせない。一瞬のうちに分子や原子を破壊しては構築、さらにそれを破壊して元の構造へと再構築、という自然界の法則を根本からひっくり返しかねない荒技を連続しているのだ。どんな異常が発生しても、なんらおかしくはない。

『……心配すんなって……もう終わる……全部終わらせる!ハァァァァァ!!』

 残る力を振り絞り、イクタは大きく両腕を上げた。その頂点に、至る所から大量のエネルギーが、虹色のオーラという目に見える形で集まり始めた。まるで、全地球の自然がイクタの、エレメントの味方をしているかのようにも見えた。

『……暖かい、眠くなるくらい暖かい光だ……』

 虹色のオーラに包まれながら、イクタはそう呟いた。これが、地球の自然エネルギーなのか。  

『地球は……貴様が壊したのだ……貴様に、この星の力を使う権利はない!』

 思いのままに地球の大自然を操るウルトラマンエレメントの様子を見て、さらに憎悪が爆発したローレンは、憎しみに任せ、こちらも残る力を出しきらんと、口の中に禍々しいオーラを蓄え始めた。

『ケミストリウムガイアース光線!!シェアアァァァァァ!!』

 虹色のオーラを最大限にチャージし終えたイクタは、胸の前で両腕を交差、同タイミングで、彼の後方に巨大なウルトラマンエレメントのシルエットが出現し、同じポーズを組んだ。二人のウルトラマンエレメントの腕が重なった瞬間、最強必殺技が放たれたのだ。

『超アノイドローレンシウム光線!ハァァァァァァァ!!』

 負けじと、ローレンは口から凄まじい破壊光線を繰り出した。二体の最後の必殺技は、空中ですぐに衝突した。激しい競り合いが予想されたが、これに反して、エレメントの光線が圧倒的に勝っていた。グイグイと、ローレンの光線を押し流していく。

『くそっ!うおぉぉぉ!!』

 紫のウルトラマンは更に身体が縮まった。同時に、光線が息を吹き返す。そして間も無く、真白く輝く爆発が生じた。一瞬にして範囲が拡大してゆく爆風に、二体は為す術もなく巻き込まれていく。

『ノワァッ!?』

『うおっ!?』

 

 

 

 

 

 気がつくと二人は、ウルトラマンの姿ではなく、人間態に戻っていた。戦いは終わったのだろうか、どちらが勝ったのだろうか?二人は同時に、そのようなことを考えていた。

 だがその場は先程までの戦場ではなかった。彼らの姿は、青く澄み渡った大空、緑豊かな大地。そして永遠に続いているのではとも思える広大な湖……という、とても美しい空間の中にあったのだ。

「どこだ、ここは」

 最初に口を開いたのはローレンだった。

「天国かもな。仲良く死んだりしていて?」

 そう呟いたイクタにとっては、どこか見覚えのある景色だった。確か、ここはー

『残念だが、ここは天国ではない。君と初めてコンタクトを取った場所だな、イクタ』

 エレメントの声がこの空間中に響いた。そうだ、確か、地上人が最初に襲撃して生きたあの日、このような夢を見ていたのだ。

「この声はエレメント!?どこだ、どこにいる!?」

 ローレンはかっと目を見開き、憎しみのこもった声で叫んだ。声は聞こえるが、どこにもその姿は見当たらない。

『ローレン、君にはどうしたって謝りきれないことをしてしまった』

 ふっと、彼の目の前にエレメントが実体化して現れた。身長は彼らと同じ程度のものでしかないが。

「……!出たなエレメント!」

 さっと身構え、戦闘態勢に入る。

『私そのものは、とっくに君に殺されている』

 勢いよく殴りかかってきた彼の拳は、命中することなく、すり抜けた。

「……化けて出てきたのか?」

 ゆっくりと振り返りながら、そう訊ねる。

『まさか。この空間も、この私の姿も、イクタのガイアースの力を借りて、エネルギーによって生み出したに過ぎない』

「昔あんたの声を聞いた時も、作り出した仮想空間を俺に見せていたわけか」

『そうだ。今君達がいるこの空間は、私がこの世に生を受けた場所でもある。美しいだろう?誇りに思えるふるさとだ』

「だが貴様は、その故郷諸共、地球を死の星に変えた……!そして我々の先祖を見捨てー」

 エレメントが口を開くたびに、彼の中では憎悪が肥大化しているようだ。

『本当に申し訳ない。許してはもらえないだろう……だからこそだ……!』

 そう言いながら、突然ローレンを抱きしめた。抱きしめる、といっても実体はないので、彼を構成しているエネルギーが纏わり付いた、というのが的確か。

『私は、君のどんな憎しみも受け止める覚悟だ!……君をここまでの復讐鬼にしてしまったのは他でもない私だ!私のせいで、君はたくさんの無関係の人々を殺めてしまった……たくさんの憎しみを、地下の人類の心に植え付けてしまった……!』

「離せ!」

 纏わりつくエレメントを突き放そうとするが、ガッチリと固められているため動けない。 

『私に償うチャンスをくれ!』

「ふざけるのもいい加減にしろ!何を言い出すかと黙って聞いていれば……!俺の前から消え去れ!それが貴様にできる唯一の償いだ!」

「でも、あんたが罪を重ねてしまったのも事実だ、そうだろうローレン。いつかあんたへの復讐を果たそうとする輩も絶対に現れる」

 イクタが横から割って入ってきた。

「だったらなんだ?そいつを殺せばいい話だ。俺はウルトラマンだ!」

「……あんたが狙われたら、それでもいいかもな。でも、歴史は続くんだ。あんたが、先祖の復讐心を引き継いだように、遥か未来で、次世代同士が争うとしたらどうする?未来にまで、この地下と地上の争いを持ち込むつもりか?俺らの世代でけじめつけなくちゃいけないんだよ。望み通り、もうエレメントは死んでる。今は俺が操る地球のエネルギーでこうして姿を現せているが、俺の体も限界だ、これ限りだろう。あんたの復讐はもう終わったんだよ」

「……ならどうしろと言いたい。俺に死ねといっているのか?俺が死ねば、その連鎖は止まると言いたいのか?」

『そうじゃない!私は、私の罪を償うために、この意識という存在さえ永遠に消し去ってしまってでも、地球を元の姿に戻す!……復讐が終わったら、地球を支配するのだろう?地上人という正当な支配者が、正しい未来を作るのだろう?ならば、それが君の償いだ』

 

 

 どうやら、もう時間切れだ。空間とエレメントは徐々に消滅し始め、気がつけば彼らは、先ほどまでの戦場に大の字に転がっていた。上空では、火星の宇宙船とアイリスバードが睨み合っている。

 

 

「……イテッ!」

 起き上がろうとしたイクタだったが、痛みが走るだけて身体が動かない。隣に転がるローレンも同じ様子だった。

「……戯言を……。俺の復讐はまだ終わっていない。地下のやつらを……」

「ブレないな、あんたは。スッキリするまで暴れまわるがいいさ。何度でも迎え撃ってやるよ」 

 相変わらずのローレンに対し、イクタは笑うことしかできなかった。

「……だが一つだけ認めてやる。この戦争は、俺の負けだ」

 そう呟いたローレン。よく見ると、左足が吹き飛んでいた。

「そうかい。じゃあ、当分の間地下人類は殺されずに済むな」

「……最後にいくつか質問がある。なぜエレメントを憎まない?貴様も、エレメントと、地下の組織に振り回されたはずだ。俺と違い、人工的に生み出された命のはずだ……。そして何より、地下に閉ざされ、この戦いに巻き込まれ、多くの戦友を失ったのも元をたどればエレメントのせいのはずだ。わけがわからない」

 どうやらローレンは、イクタの出生に関して少しは知識があるようだった。未来が見える能力を応用し、どこかで知る機会があったのだろう。

「そうだな……。確かにエレメントのせいでこんなことになったさ。でも俺はそのおかげで、地上に再び返り咲くための力を手にできた。隠されていたたくさんの真実を知れた。そしてこうして、青い空を眺めながら昼寝ができる。得たものの方が大きいから、だろうな」

「……ならば、俺は憎くないのか?」

「憎いに決まっているだろ。実際に直接地下に甚大な被害を出したのはあんただ。エレメントが憎いのはわかるよ。でも、自分のやったことの責任まで転嫁しやがっている」 

 だんだん、喋るのすら辛くなってきた。

「ではなぜ俺を殺そうとしない?復讐を果たそうとは思わないのか?」

「……質問ばっかりだな。復讐ってのは、何も殺すことばかりじゃないと思う。あんなに俺や地下を見下していたあんたに負けを認めさせた。見返したわけだ。これも充分な復讐だよ。いろんな形があるはずだ」

「……今の俺には理解ができない」

「そうか。なら、また今度ゆっくり話し合おうぜ」

 遂にはもう、口を動かす体力すら失い、彼らは静かに眠りに入っていった。

 その上空では、意を決したIRISが、敵の旗艦へと突入していく様子が見受けられた。

 

 

 

                   

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第37話(最終話)「未来」

第37話(終)「未来」

 

 マイクから淡々と聞こえていた大統領の話は、5分ほどでようやく終わった。実に馬鹿げた、正気の沙汰とは思えない内容だった。IRISによる降伏勧告に対して、なんとまるで戦争に勝った側のような条件を提示し、これを飲めば降伏を受けれいると言い出したのだ。

「どうかね?」

 大統領は最後にそういった。

「残念ですが、我々はこれを呑めない。今より、攻撃を再開します」

 イケコマはそう告げ、通信を切った。

「総員、再び戦闘態勢に移れ。只今を持って攻撃再開!目標、敵の旗艦!自爆だけはさせるな!速やかに侵入し、船を占拠!力付くで降伏させるぞ!」

「了解!」

「底部に艦載機の出入り口があります。サポートは我々に任せてください」

 その旗艦から逃げて、IRISの捕虜となった火星兵たちが、そう言ってくれた。

「頼むぞ。では、突撃!」

 ヒュンッという音を立て、アイリスバードたちは音速で艦底部へと潜り込んでいく。

「大統領!敵機が来ます!」

 旗艦に残る兵士たちは、もう説得を諦めていた。

「撃ち落とせ」

 大統領が短く指示を出す。

「しかし、もう対空砲やレーザー砲の弾数や残存エネルギーは僅かです。満足な抵抗は……できません」

「そうか……。だが、敗走よりは、潔く負けるのがマシだ」

 大統領自身も少し落ち着いて来たのか、先ほどまでの熱さはなく、彼もまた諦めかけているようにも見えた。

「艦載機の出入り口が、爆破され、こじ開けられました!」

 報告と同時に船が振動した。この戦いが始まってから、一体何度大きく揺れたか。よく持ちこたえている方である。

「……ふん、この巨大な我が空飛ぶ司令部に乗り込んできよった。迎え撃ってやれ。飛んで火にいる虫ケラだ」

「し、しかし、既に一連の戦いで20%の兵士の死亡が確認されています。13%が通信機の電波を確認できない音信不通状態、そのほかごく僅かではありますが数名が逃走。残る兵士も、戦意を失っているものがほとんどですよ……」

「勝算は0、と言いたいのかね?」

「申し上げにくいことではありますが、限りなく0に近いでしょう。一発逆転の切り札としてはー」 

「核での自爆、か。ここで敵機を一掃することはできても、我々まで死んだら意味がなかろう。わたしは最高司令官、大統領だぞ?そのわたしが戦死とは、負けも同然ではないか」

「ですから、先ほどから何度も撤退をと……いえ、失礼しました」

 頭が冷えてきた大統領は、今更になって、この愚策を嘆き始めている様子だ。自信作のマフレーズが敗れ、見下し続けていた地下人類と自分たちとの間に科学力で大差のないことが発覚し、そしてここまで追い詰められた。自尊心が木っ端微塵に破壊され、精神も崩壊していたのだろう。 

 だが、生んだ損害は、それを踏まえても決して擁護できるレベルのものではなかった。

「……諸君、この戦いは、一体なんだったのだろうか」

 ヒューン、というエンジン音が先ほどよりも近い場所で聞こえた。おそらく、第1格納庫あたりだろう。そこで機体を降りた敵兵たちが、ここを目指して走ってくるのだろう。遅かれ早かれ、火星軍は敗戦を認めるほかないのだ。そんななかで、大統領は改まって、兵士たちに訊ねた。

 

「死にゆく地球を捨て、火星に移住することで、我々は再び栄えることができた。そして地球を覆い尽くす放射能が半減期に入るとみられるこのタイミングで、地球へと再移住する計画を立てた。火星もすみ心地の良い場所だ。だが、我々の故郷はあくまで地球なのだ。当然だな」

 

 窓から地上を、そして青空を見つめながら、大統領は語り始めた。

 

「実際は、地球の機能の崩壊で宇宙からの放射線にさらされ続けているのでは、という報告もあり検証してみた結果、汚染濃度はそこまで低下してはいなかったがね。しかし、リディオの遺したウルトラマンエレメント、あいつには放射能を除去できる力があるということ。何より、我々の開発したウルトラマンマフレーズにも同じアビリティを埋め込んでいることもあり、そこは問題ではなかった。エレメントを我々の手で起動させる、もしくはマフレーズを使い、汚染はすぐに取り除けるという計算だったさ」

 

 この計画が生み出された日のことを思い浮かべているのだろうか。視線はさらに遠くへと向けられていた。

 

「問題だったのは、死滅したかと思われた人類がしぶとく生き残り、地下で文明を継続している、という驚きの報告だ。我らが火星は、事実を隠蔽し、最終戦争の責任を全て、火星に移住する資格すらなかった民族に押し付けるような教育を施しているのだが、これが大きく影響した。我々の劣等民族と生活を共にしたくはないという思惑は市民も同じだった。地球で生まれ育つことができなかった、と劣等民族を憎む声も多かったのだ。そのため、この事実は市民らには未だに公表をしていない。であるからして、このような入植作戦が計画されたのだ。地球を我が物にしつつ、残された人類を殲滅する。完璧な算段だったはずだ。現実は、これだがな」

 兵士たちは押し黙った。

「もう一度問う。諸君、この戦いは一体、何だったのだろうか。答えてみせよ」

 しかし、これを答える時間の猶予はなかった。その時、バンッと扉が蹴り倒されたのだ。

「IRISだ!もうこれ以上の抵抗はよすんだ!こんな戦い、続けたって無意味だ!」

 そう叫ぶのは、アイリスリボルバーを構えながら先頭に立つ男、イケコマだった。その後ろからも、続々に隊員たちがやってくる。その中には、先ほどまでこの艦内で任務にあたっていたはずの兵士の姿もあった。

「……素早い……と思えば、貴様らが手助けしたのか。腐っても誇り高き我々軍の一員とあろうものが、劣等民族の捕虜に成り下がるとは」

 元兵士の姿を見ながら、大統領は吐き捨てる。

「ですが、何よりもその偏見が、今回の結果を招いたのでは、と私は考えます」

 捕虜兵はそう返した。この場に残っている兵士たちも、概ね同じ考えのようだ。結局は、地下人類に対して強い偏見を抱いていた、本人たち曰く所の優秀な民族が、その傲慢さと恥ずかしさを思い知らされた。それがこの一連の戦いだったのだろう。

「……そうかも、しれないな……」

 大統領は、そう呟きながら、ゆっくりと両手をあげた。抵抗の意思を放棄したのを確認し、IRIS隊員たちが彼の拘束にかかる。

 こうして、長い長い、『地球人内戦』は完全に終息した。IRISは多くの犠牲を積み上げ、その屍でできた階段を駆け上がり、ようやく地上へとたどり着き、ここを奪還したのだった。 

 

 

 

 

「……というわけで、被告にはIRIS地下法の第3条4項目、IRIS組織への組織転覆行為の計画、準備、開始及び遂行、もしくはこれらの行為を達成するための共同計画や謀議に参画した行為の禁止を冒したこと、また旧国際法の平和に対する罪を冒したことから、絞首刑を求めます」

 

 

 あれから一ヶ月が経っていた。大統領の降伏後、ようやく到着した火星の援軍部隊に争いの終結を伝え、彼らの宇宙船にIRIS本部長、ルイーズが直々に赴き、正式に終戦とした。

 大統領など火星側の幹部は地下の「KG-4エリア」に構える、組織の持つ最大の裁判所にて責任を問う裁きを受け、僅か3週間程で述べ30名の判決が決定された。これは、出来るだけ早くこれらの処理を遂行し、1日でも早く地上開発に力を入れたい、という双方の思惑が一致したためである。 

 そして現在、オニヤマによって絞首刑を言い渡されたのがほかでもない、大統領だった。

 この裁判の難しいところは一つ。現在の地球には『国家』が存在しないため、IRISの定めている地下法が世界共通の法律となっていることにある。知っての通り、争いの規模は火星、地球間にも及んだため、全く法規があてにならなかったのだ。そのため、IRISに所属するオニヤマ等法律の専門家、通称リーガライザーたちは火星や、旧地球文明の法律を連日ロクに寝ずに調査し、少しでも妥当な判決を出そうと試みていたのだ。

 

 そもそもこんなことに意味があるのだろうか、とも思われるのだが、流石に、市民側にも大きな損害を出してしまった戦いだ。敵側になんのお咎めもなしでは、場合によっては暴動だって起きかねない。もっとも、地下世界に大きな被害をもたらしたのは火星軍ではなくー

 

「非常に申し訳ないが、君たちには、放射能クリーナー技術を応用した手術を施させてもらった」 

 TK-18支部にある病院の一室には、二つのベッドがあった。横たわっているのは、イクタとローレンである。その二人のそばには、ルイーズ本部長、そしてTK-18支部の幹部たちが佇んでいる。 

「と、いうと?」

 イクタが訊ねる。

「後天的に植え付けられた異常細胞を除去したのだ。汚染を綺麗さっぱりにすることによってな。君らは、従来持っていた遺伝的に植え付けられている能力しか使えない身体に戻ったのだ」 

「ウルトラマンになる力を奪ったというわけか」

 ローレンがそう呟いた。

「そうだ。流石に危険すぎる。とはいえ、君からだけ力を奪うのは不公平だ。イクタにも同じ条件を課しているよ」

「ふん、自分らの都合でウルトラマンにしておいて、そしてまた無理やり元の体に戻しちまったのか。ほんと、勝手な奴らだ」

 イクタが本部長たちを睨みつける。

「本当にすまないと思っている。この通りだ」

 彼らは床に頭をつけながら謝罪した。

「……まぁいいけどな。俺の目的は果たされたわけだし」

「……これにより、言わなくともではあるが、君らには力とともに永遠の命もなくなった。リディオ・アクティブ・ヒューマンに逆戻りし、寿命制限のある身体に戻ったわけだ。それも、二人ともあれだけのアビリティを酷使した身体だ、もう『その時』はかなり近づいている、と覚悟してもらわなければならない」

 一見無責任とも捉えられる台詞ではある。この戦いを勝利に導き、地上をも取り戻した功労者に対して、これほどの非常宣告が他にあるものだろうか。

「俺はいいよ。最初から、いつ死んでも後悔しないように、好き勝手に伸び伸びと生きてきたつもりさ」

「俺も、もう目的は志半ばで終わってしまった身だ。命など惜しくはない」

 ローレンは魂の抜けたような様子になっていた。無理はないが。

「本当は、君に対してはたくさんの罪を問い、それに真摯に償いの姿勢を見せてもらいたいところなのだがな」

 本部長は少し憎悪の感情が込めながらそう言った。

「……罪だと?俺は為すべきことをし、死すべき者を殺したまでだ。何が悪い」

「あんた、ほんっとうに相変わらずだな。ちょっと引くぞ」

 呆れた視線で、未だに復讐心にかられている彼を見つめた。

「……君らのやりとりを見ていると、この怒りのやり場がわからず困ってしまうよ」

 本部長はぐっと拳を握りしめながらも、なんとか心を落ち着かせ、部屋から立ち去って行った。 

「本部長や市民はローレンに対して怒り心頭だし、俺はあくまで自分の意思で選んだウルトラマンへの進化をも白紙に戻されもうすぐ死ぬし、そして当のローレンも直に死ぬときた。本当、なんとなく後味悪いな、この戦いも」

「……イクタ、お前には謝りきれないことを……」

 フクハラ支部長が涙ながらにそう口を開いた。膝から崩れ落ち、その場にしゃがみこんでしまう有様だ。

「なんだよ支部長、よしてくれよ。言ってるだろ、俺は後悔なんかしてないし、むしろ目的達成して、今死ねばスッキリ逝けるって段階なんだ。……ただ、一つだけ、心残りはあるかな」

「……言ってくれ……!私たちでなんとかできそうなことなら、なんでもやる!」

「そ、そうですよ、イクタくん!」

 支部長と情報局長がグイッと顔を近づけてくる。

「あぁ、あんたらの協力がなきゃできないことだ。言ったからな?手伝ってもらうぜ」

 

 

 

 

 地上では、すでにIRISによる放射能除染活動が始まっていた。イクタの開発したクリーナーを使い、少しずつではあるが、人が住むには十分の環境を取り戻した地域も増えつつあった。特に、除染された怪獣が、1週間ほどかけて元の姿ーつまりは、ごく普通の動物へと、いわゆる『退化』した現象が見られたのは嬉しい誤算だった。

 怪獣を殺処分する必要がなく、それどころか動物として生かすことができる。これは、地球環境の早期回復も夢ではないことを示していたのだ。

 この結果を受け、イクタたちの異常細胞を取り除く手術も考案されたというわけであった。怪獣、それにウルトラマン。これらが誕生したことから、この星が狂い出した、ということを考えれば、彼らはこの星を生きるには、まだまだ早すぎた超常生物だったということになる。

「これ、ここでいいんですかね?」

 隊員服を着た男性が、上官と見られる女性のへとそう訊ねた。男性の腕の中には、苗のようなものが抱えられている。植樹活動の最中のようだ。

「えぇ、問題ないわ。あ、そこのあなたは、あっちをお願い」

 次に指示されたのは、IRISの隊員服を着ていない、私服の男性だった。

「わかりました!」

 服を泥で汚しながら、懸命に作業を続けている一般人らしきものは彼だけでなく、男女を問わず、その姿は多く見受けられる。

「本部長の提案した、市民への地上でのボランティア活動の呼びかけ。組織内にも反対派は多くいましたが、これだけの方が参加してくれるとは、嬉しいものですね」

 先ほどの隊員が、手作業を続けながら口を開いた。

「この戦いが起こるまで、地下の人々は保守的だったわ。今の暮らしと平和さえ続けばそれでいい、余計なことをするな。一時期は、そんな世論によってIRISも窮地に立たされたことが懐かしいわね」

「でもいざ地上を取り戻したとなると、考えは大きく変わったみたいですね」

「当然よ。私たちは地底人でも、火星人でもないのよ。みんな、地球人なの。先祖たちがかつて暮らしていた、この美しい青い星で生きたい。それはもう、私たちの本能みたいなものよ」

 隊員たちは上を眺めた。そこに広がるのは、ゴツゴツとした岩肌の天井ではなく、果てしなく続く青い空だった。

 

 

 

 

「……別に構わないが、そんな身体で大丈夫か?」

 支部長と情報局長は、イクタの『研究室に戻りたい』という要望に応え、車椅子に乗る彼を、望む目的地へと連れ出していた。TK-18支部のサイエンスチームの研究室。しばらく訪れていなかった、彼のホームグラウンドだ。

「あぁ。寿命が縮まったってだけで、身体はなんともないからよ。車椅子だって、本来必要ない。自力で飛んだり跳ねたりできるよ」

 部屋の自動ドアが開き、三人が同時に入室する。そこには変わらず作業を続けている職員たちの姿があった。

「あ、イクタチーフ!」

「チーフ!……待ってましたよ……!お帰りなさい!」

 ドタドタっという騒々しい音を立てながら、皆が一斉に彼らの元へと駆け寄ってきた。

「おう。ただいま」

 そう短く返答する。

「し、しかし、最後の心残りがここにあるというのかね?君の科学者としての熱意には脱帽しちゃうよ」

 局長は相変わらず止まらない額の汗をハンカチで拭いながらそうぼやいた。

「まあな。……支部長、エンドウはいるかな?」

 エンドウとは、科学者としてのイクタの右腕のような存在の女性職員だ。

「確か今日は……」 

 支部長は唸った。そういえば、今日の勤務場所はここではなかった気がする。

「エンドウさんなら、今日は地上の現場での職務ですよ。都市建設計画だとか言ってました」

 部下の一人が補足してくれた。  

「なんだ外出かよ。まぁそこのお前でいいや。メインコンピュータでこれを調べてくれ」

 その場にいた男性に、ポンっと小さなカプセルを手渡す。

「は、はい!只今」

 小走りで部屋の中央にあるメインコンピュータにカプセルを設置しに行く。セッティング後間も無く、大モニターに様々な数式や化学式などのデーターが映し出された。

「これは……?」 

 局長が首をかしげる。

「俺のゲノムデータだ。病院で主治医に頼んで、細胞をいくつか取り出してもらったから、そのデータもある」

「何をするつもりだ?リディオ・アビリティの研究か?いやしかし、それが心残りか?」

 支部長も考え込んだ。よく意図がわからない。

「飲み込み悪いなおっさんたち。エレメントをもう一度蘇らせる。それしかないじゃん」

 イクタはそう言いながら、早速作業を開始した。カタカタっと目にも留まらぬ早さで打ち込みを行なっている。

「……今は、お前の脳内だけにすまう存在、だったか」

「それも少し違うな。俺とローレンに幻覚を見せて以降、それで力尽きたのか、意識すら消え去ってしまってる」

「そ、そんな、では今は文字通り完全に消滅している、ということではないか……!そんなものどうやって……」

「俺はあんたらIRISが、エレメントのデータを基に生み出した存在だろ。俺の身体を隅々まで調べれば、何か手がかりが、痕跡があるかもしれない。あいつは不死身のウルトラマンだ。絶対、まだどこかで昼寝をしているだけに過ぎないはずだ」

 そう語るイクタの眼差しは、いつになく真剣なものでもあった。なるほど、これが彼のいうところの心残りだったのか。その様子を後ろから眺める人々は、何も口出しなどできなかった。無謀な挑戦とも捉えられるが、それが、残りの命の短い彼の望むことなら、悔いが残らぬよう、やらせなければならない。

 いや、ひょっとするとこの男なら本当に……不思議とそう期待させてしまう何かも、その背中からは感じ取ることができた。一つだけ間違いのないことがあるとすれば、彼らにできることは、祈ることだけ、ということだろうか。

 

 

 

「私を生かす……だと?」

 その数日後、死刑の宣告をされた被告人で、元大統領である例の男が、IRIS本部でその長との面会を行っていた。

「そうだ。ローレン、と言ってわかるかな?あなた方を苦しめた地上人だ。世論を納得させるため、彼も同様、表向きには死刑を執行したことにはするが、やはり貴重なデータを持つものであることにも変わりはない。裏で生き長らえ、我々の地球再建計画に協力してもらう」

 本部長はそう告げた。

「……なんの真似だ?まだ火星には私の忠実な部下も控えているし、その地上人だっていつまた反旗を翻すかもわからない。せっかく手に入れた平和を、自らの手で再び脅かすつもりか?」

「勘違いをしないでいただきたい。協力はしてもらうが、自由の身にするとは一言も言ってないぞ。火星に君を慕う残党がいて、其奴らがまた攻撃を仕掛けてくる可能性があることも、幹部への取り調べて発覚している。その時がきた暁には、人質としても機能してもらいたいしな。なんにせよ、情けないことだが我々地下人類だけでは、地球を再建するのは無理があるのが現実だ。150年もの間、他の惑星で国家を築き、それらを運営してきたあなた方の知恵は貸してもらわないといけない。それに、少しは火星側の人物をリーダー格に据えなければ、火星の民も納得して地球に再移住できないだろう」

 本部長は、その決断を下すに至った経緯や理由を、そう伝えた。

「……想像以上に賢いではないか。君のような人物がトップだったのだな。地下も強いはずだ」 

「相変わらず、我々に対する偏見が拭えていないようだな。まぁ、別にいいさ。現実は見せつけたばかり。余裕綽々であぐらこいてると、またいつコケるかわからんぞ」

「……ご忠告どうも」

 こうして、二大首脳の面会は終わった。あとは、ローレンの今後をどうするか、だ。

 

 

 

「……今すぐ殺してもらったって構わん。もう今の俺には何もない」

 この数日間の彼の主張は一貫しており、とても変化するものとは思えない。

「お言葉に甘えて、今すぐ私がこの手で抹殺したいくらいだが、ことはそう簡単ではないと、連日伝えているはずだが」

 本部長の頭痛の要因の一つにもなっていた。

「ウルトラマンの力もなければ、先も長くはない。この体では、とても地下人類を全て殺しきることはできない。ならば生き続けたところで同じだ。俺が憎ければ復讐を果たせばいいだけの話ではないのか?俺は、貴様らやエレメントが憎いからこそ、ここまで戦い続けてきたぞ」

「……あぁ憎いさ。イクタの頼みがなければ、私情に任せてとっくに殺していたかもしれん。だが、彼によれば、お前にはやるべきことがあるんだとよ。……だから殺せないんだ。この場にいると気が狂いそうになるよ。こればかりは、地下の長として君と話し合いを続けなければいけない、本部長という立場であることを後悔するね」

「……エレメントが、俺を生かしているというのか?なぜだ?」

「それは本人に聞いてくれよ。私はもう帰る。どうせまた明日、同じような内容の話をすることになるんだし、早めに上がらせてもらうよ」

 ため息をつきながら、彼は病室を去って行った。

「……俺のやるべきこととは……なんだ……」

 窓の外へ視線を向け、遠くを見つめる。その時、一つの未来の光景が浮かんできた。

「……これが、それだというのか……?」

 自身の胸に問いかけるように呟く。もうこの身体には、ダームも、ラザホーも、キュリもいない。残っているのは、自分の細胞だけだ。かつてと違い、もう相談できる相手はいない。自問自答し、最適解を見つけるほかなかったのだ。

 

 

 

 イクタの研究は連日続けられていた。部下たちも自分らの仕事を放り出し、全力で彼をサポートしている。そんな中である日、ついに一筋の光が差したのだ。

「おい……この成分……誰か!エレメントが初めて現れた、あの日の戦場から採取したサンプルを持ってこい!」

「は、はい!」

 何か、手がかりらしきものが見つかった様子だ。

「ケミストリウム光線の一部が付着した瓦礫、確かここから、放射能を除去できる成分が発見されたはずだ。モニターに映してくれ」

 イクタの発見した『何か』と、瓦礫に付着していた成分が同時に映し出された。それは、素人目にも、眺めるだけで酷似しているものだということがわかるほど、明らかに同質なものだったのだ。

「やっぱり、俺の遺伝データの中にも眠っていたんだ……!怪獣兵器用の装置の起動を用意してくれ!こいつに莫大なエネルギーを付与するんだ。もしかしたら、もしかする!」

「は、はい!すぐに!」

 研究室内がどっと騒がしくなる。イクタはポケットからエレメントミキサーとブースターを取り出し、セッティングの用意をした。エレメントミキサーはエレメント本体の消滅とともに失われたかと思われていたが、ガイアースエレメントへと変身した時、再び姿を現した。そもそも、イクタの変身した状態でもグニールを召喚できたこと、元素の力を使えたこと、などから、エレメントの意識させ備わっていれば起動できるものだという仮説も成り立つ。

「装置の準備は完了しました!いつでもやれます!」

「サンキュー!じゃ、ブースターの自然エネルギーも注ぎ込んで……合成されたエネルギーを全てミキサーにぶち込む!実験開始だ!」

 エレメントのかけらでもある成分に、一斉に大量のエネルギーが打ち込まれた。すぐさま、それが漏れなくミキサーへと回収されて行く。

 光を失っていた、かつてあの光の巨人の住処でもあったその装置は、再び起動音とともに金色に輝きを放ち始めた。

『……よくぞまた私を見つけ出してくれた……。流石はイクタだ』

 聞き覚えのあるその声が聞こえてきた瞬間、室内は一層騒がしくなった。まるでお祭りだ。

「やっぱり、あんたは不死身だな。今度こそ消え去ったかとも思ったぜ」

『もちろん、やるべきことが残されているんだ。まだ、消えることはできないさ。……君の身体を脱し、再び住処がこことなったな。しばらく時間の経過を待ち、エネルギーが充填されれば、変身も可能だろう』

「そうか。……まぁもう、この世界にウルトラマンは必要ないだろう。俺もローレンも、その力を失ったばかりだ。あんたもそろそろオワコンな存在になるぜ」

『なんだって?……ならば君は、再び短い寿命の制限内に……?なんということだ……』

 エレメントはひどく驚いていた。知らなかったようである。

「俺のことはいいさ。もうこの世に未練はない。それより、頼みたいことがある」

『……言ってみてくれ』

「あいつの件だ。あのままじゃ、自殺しかねん」

 イクタはお祭り騒ぎの部下たちをよそに、蘇ったばかりのミキサーを持ち出し、再び病院へと向かった。

 

 

 

 

『私がこうしているところを見れば、悪影響を与えかねないが』

「それでいいんだよ。無気力よりは憎悪でもやる気がある方がマシだ」

 イクタはそのまま、ローレンが寝る病室へと入った。相変わらず、ボーッとしている。

「……貴様か」

「あぁ、俺だ。今日は土産を持ってきた」

 と、エレメントミキサーを差し出す。

『い、一ヶ月ぶりだな……』

 ミキサー内から、恐る恐る口を開く。

「……!……何の真似だ……!」

 バッと戦闘態勢に入り、ミキサーを殴りつけようとする。

『まままま待ってくれ!我々の戦いはもう終わっている!』

「何をどうやったのかはしらんが、貴様がこうして蘇っている以上、戦いは終わっていないということだ!」

 制止を一切耳に入れず、迷いなく腕を勢いよく振り下ろすが、それをイクタが止めた。

「いや、終わった。あんたは負けを認めたはずだ」

「……失意の中にある俺に、さらなる追い討ちを仕掛ける嫌がらせのつもりか?タチの悪い」

「逆だ。またやる気を見せて欲しくてな。色々考えたが、やっぱあんたのエンジンは復讐心のようだから」

「……何のためにだ。俺は貴様と同じく、もうウルトラマンの力がない!何もできん!」

「いいや、あんたも本当は分かっている。未来はもう、見えているはずだ」

 この病室の異様な空気を察知し、その外の廊下にいは多くの看護師と医者が集まり始めていた。 

「あ、あの……どうかご安静に……」

 看護師の一人が、恐る恐るながら間に割って入ってきた。大した勇気である。

『も、申し訳ない』

「え?今どなたが喋って……」

「あーもう何であんたが謝るかな……余計ややこしくなるじゃないか。外に出ようぜ。あんたも十分回復してるだろ」

「いいだろう」

 足を失っているローレンは、松葉杖と残る片足でバランスを取りながら歩き始めた。こうして、二人と一つの装置は屋上へと上がって行った。

 

 

 

「まぁズバリ言えば、復讐を続ければいい。それだけのことさ」

 場所を変えて間も無くイクタはそう言い、話し合いを再開させた。

「と言っても、あんた本人が承知しているように、俺ら地下人類を抹殺、という形の復讐はできないだろうな。できることはー」

「今後の地球政治に関わるという形での復讐、か」

 続きは当のローレン本人が補足してくれた。

「やっぱわかってるじゃん」

『君は地球の支配者になることを望んでいた。地上を捨てた地下人類、地球を捨てた火星人類ではなく、君こそが正当な地球の支配者だと、そう考えているのだろう?ならばその通りに、君の思うままに正しいことをすればいい』

 エレメントが付け加える。

「……そんなもので、俺の心が満たされるとでも?第一、実権を握るのは俺ではない。その時点でこの話は不成立だ。戯言を……」

「でも、自分がそうしている未来は見えたんだろう?」

「……未来とは無数の選択肢に分かれている。偶然、その世界線が見えただけだ。俺はそれを復讐とは認めない」

「あーもう面倒臭い奴だな。全部理屈はわかってんだろ?もう望んでいる皆殺しはできないわけだし、先も長くはないんだぞ。このまま何もせずにただ死んでいくつもりか?あんたのために尽くして、あんたのために死に、あんたに力まで伝承してくれた仲間にどんな顔してあの世で会うつもりだよ。もっと賢い奴だと見込んでたんだがな、俺の目も甘いもんだ」

「……貴様に何がわかる!知ったような口を……!俺はー」

「なんか忘れてるみたいだけど、俺だってあんたらのせいで仲間失ってんだよ。あんたらがいなければ、リュウザキたちだってまだ生きてたし、こんな戦争はなかった……!元凶は俺たちにあるのかもしれんさ。だが、自分だけが悲劇の主人公ぶってれば許されるとでも思ってるのか?人の命を、生活を、未来を奪ったという、あんたらが忌み嫌うその行為を、自身の手でも行なっている事実からいつまで目を背ける気だ!」 

 イクタはぐっとローレンの元へと歩み寄り、彼の胸ぐらを掴み上げた。 

「あんまり調子のいいこと言ってんじゃねぇぞ。やられたらやり返す、時には大事なことだ。だが、それだけでは世界はすぐに壊れる。もうお互いにやり返し尽くしたはずだ。その証拠に、互いにデカすぎる傷跡を残しながら、戦争は終わったんだ。……生き残った俺たちにできること。それは、もう二度とこんな悲劇が起こらぬよう、努めることじゃないのか?正しい地球を作り上げるんだろ!?」 

 バッと手を離したことで、掴まれていた彼はそのままストンと腰から床に落ちた。

「少なくとも俺はそのつもりだ。でも、そこまでしてただ失意のまま死にたいなら勝手にしてろ。俺にはもう時間がないんだ。……帰るぞ、エレメント」

『お、おい、これでよかったのか……?』

 しゃがみ込んだままのローレンを後にし、彼らは去って行った。

「……くそっ!」

 残された彼は握りこぶしを作り、思い切り床を殴りつけた。中指あたりから血が流れ始める。 

「……俺は……俺は……!」

 銀髪の青年は、悩みに悩んでいた。

 

 

 

 

 それからさらに2年が経った。人類の生活地域は主に地球の地上、地下、そして火星の3つに分布されていた。地上を開発できたとはいえ、住み慣れたそれぞれの故郷に永住する決断をした者も少なくはなかったからだ。

「なんだテメェ!なめてんのか!?」

「あぁ!?最初に難癖つけてきたのはそっちじゃねぇか!」

 地上の都市部のある一角で、中年のオヤジ同士がもめていた。今にも肉弾戦が始まりそうな雰囲気だ。これは危ない。

「はいはいもうやめなって」

 一人の青年が、その間に水を刺した。彼らの矛先は、一気にその者へと移る。

「うるさいぞ!若造が!喧嘩の仲裁なんて10年はや……い……」

 オヤジたちの目が急に虚ろになり始めた。青年が身を包んでいたのが、IRISの隊員服だったからである。

「イイヅカ!危ないから一人で行くなって!」

 その後ろから、5名ほど同じ制服の者たちが駆け寄ってきた。その顔ぶれは、どれも一般市民レベルでも広く認知されている隊員ばかりであった。喧嘩が起きているとの通報を受けて到着した小隊が、運の悪いことに、この地区では最も有名な部隊だったというわけである。

「ホソカワ、そう恐れをなすからダメなんだ。喧嘩は他の関係ない市民まで巻き込まれるかもしれない。我々が止めずにどうする。そうでしょう、イクタ隊長」

「あぁ、その通りだ」

「い、イクタ隊だ……隊長本人までいるぞ……」

「あのオヤジたち、人生終わったな。あれは逃れられんぞ」

 野次馬たちが一層騒がしくなった。イクタ隊に連行された者は例外なく、何があっても釈放されることなく確実に罰を受けることで有名だったのだ。

「しかし、まだ地上文明も再開したばかり。相変わらず治安は悪いですね」

 オヤジたちを輸送機で支部へと連行中、機体を操縦するサクライがそう呟いた。

「まぁな。結構無理矢理押し進めた都市開発と、地上への移民計画も影響してるしな。まだ不完全な都市に多くの人口があるわけだ。無理もない」

「これも全部、ローレンさんの提案ですよね。確かに早急な再建が必要とはいえ、限度ってものがある気がしますが……」

 アヤベがそう言った。

「いや、これは正しい方針だと思うぜ。地下の人類は、ずっと閉鎖空間にいたのもあってどこか保守的だ。だからこそ、積極的に、半ば強引に地上に住ませるのは少なくとも間違いではないさ。せっかく地上に都市建設しても、人が住まないんじゃ意味ない」

 イクタはこのように解説する。

「でも、火星の人たちと交えるようにするなんて…。まずは別々に居住地区を作ってからでもよかった気はしますけど」

 キョウヤマは不安そうにつぶやいた。暴動のタネにしかなっていないような気がしていたのだ。 

「何度もいうが、文明の早期再建が一番だ。いずれ、この異文化の交流は遅かれ早かれやってくる。……まぁ確かにこれは、早すぎるとは俺も思ったが、あいつには未来が見えているんだ。きっと、間違いじゃない」

 

 

 大統領、そしてはじめは渋々だったが、今は積極的に声を出してくれるローレンの意見も汲み取りながら、人類は再び一つになろうとしていた。一度はバラバラになった地球人たちは、この先も互いに衝突し、時には争いだって起きるかもしれない。完璧に一丸となるまでは、まだまだ時間がかかるだろう。

 それでも、イクタは祈っていた。自らが息を引き取った後も、この平和が、未来永劫続くように。そしてもう二度と、ウルトラマンの力が悪用されないことをー

 

『それにしても、あまりにも私の扱いが酷い気がするのだが』

 

 危険だから、という触れ込みの元、エレメントミキサーは地下都市の旧IRIS本部の最奥部の部屋で、誰の目にも触れることなく厳重に管理され続けているのであった。

 

 

                                          完




 ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

 無理矢理すぎる展開や、置いてけぼりの伏線などを撒き散らしながら、強引にどうにか、完結ということになりました。また、これが初めての創作作品であるため、当然ですが完結まで描いた作品もこれが同時に初めてとなります。そのため、終わり方というのがよくわからず

「え?こんなオチ?」 

とがっくりされた方もいるのではないでしょうか……

 兎にも角にも、今は書き終えた〜という自己満足に浸るばかりです。それもこれも、読んでくださるみなさまのおかげでした。読者の方や、お気に入り評価をしてくれる方などがいなかったら、絶対に途中で投げ出していたと確信しています。

 改めて、ありがとうございました。


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