カンピオーネ 明星の王 (ノムリ)
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プロローグ

 俺が高校に入学して、春休みに人生初の海外旅行をした時にあるものに出会った。

 

 片方は、蛇のように長い胴体に太陽が反射して光る鱗。胴体の左右に生えた鳥と同じように色鮮やかな羽毛のある翼。頭は蛇のようでありながら、首元に羽と同じ羽毛がトサカのように生えていた。

 

 もう片方は、頭は黒い狼に体は人。日に焼けた黒い肌に腰巻。手には杖を持ち、素早い足。骸骨の形をした黒いオーラと白い包帯。

 

 これが、俺の人生を大きく動かし世界を傾けるものだと知った時には遅かった。

 

 ―――賢人議会によって三ヶ月前に加わった七人目の王 月宮流樹(るき)こと『明星の王』の報告書を会議しに集まっていた。

 伯爵や騎士たちは、配られている報告書に目を通しながらも眉間に皺を寄せたり苦虫を噛み潰したような顔をしながら読み進めた。

 

 月宮流樹、十五歳、両親ともに死亡。薬物による父親の過度な暴力に反抗して十歳の時に父親を惨殺。母親はそれを機に薬に手を出し一年後に入院。数ヶ月前に愛知県の公立高校に入学。現在は国からの支援金で生活している模様。

 性格については、他人に対して一定以上の距離までしか踏み込まず、人間関係もそこまで広くない。他人が怪我、事故をした際も心配する素振りはするもののあくまで上辺だけの様子。飽きっぽい性格に加えて、目的の為ならあらゆる手段と労力を惜しまないタイプ。

 カンピオーネになったのは約三ヶ月前にメキシコで”まつろわぬケツアルカトル”と”まつろわぬアヌビス”との決闘に巻き込まれ、二柱を殺し権能を簒奪。

 

 誰もが目が瞑りたくなる内容だった。

 確かにカンピオーネはそれなりの問題を起こす存在だった。だが、流樹についても本人どころか育った環境が問題過ぎた。そこに権能などという人並み外れた力を手にしたら大暴れしかねない。

 

「また、厄介な者が王になったものだ」

「その言い方はどうかと思います。彼に関しては親が屑だったのだから」

「とはいえ、これは魔術師ではなく国に文句を言うべき案件でもあるな。全く日本はどうなっておる」

 

 発言をして溜息を吐く者たちは全員が孫が居る歳だ。自分の孫と変わらに子供が苛烈な環境で育ったことをしれば嘆かずにはいられなかった。

 

「まずは、正史編簒委員会に新しき王に接近してもらいませんと話にならないわ」

「だな。俺たちが動くにも最初にカンピオーネとまつろわぬ神について知ってもらっておかねえとな」

 

 

 一方、会議の主役である流樹と言えば、家から車で一時間掛かるそば屋に来ていた。

 

 流樹の向かいに座る黒スーツに手に持った手帳。

 見るからに役人です、と言わんばかりのオーラに最初は役所から来たのかと思いきや、魔結結社からのお客さんだった。

 で、なぜ、そば屋に居るかと言えば時刻は丁度昼時、食事をして警戒心を取り除きながら話を進めようとしていたらしく、何か食事しながらお話ししませんか、と言われテレビに丁度よくそば屋のCMが流れた為に、そば食べたいと答えた。

 

 その結果個室に黒スーツとカーキ色のジャケットにミリタリーズボンの少年が向かい合う妙な光景が生まれた。

 

「先ほども話した通り、私は皿木(さらぎ)(けい)と申します」

「ああ、え~と、月宮流樹です。カンピオーネの話しだっけ」

 

 手元の手帳を捲りながら話しを続ける。

「カンピオーネは現在、月宮様を加えて七人居ます。サルバトーレ・ドニ卿。ヴォバン侯爵。羅濠教主。ジュン・プルートスミス様。黒王子(ブラックプリンス)アレク。アイーシャ婦人になります」

 

「カンピオーネ同士が戦う事とか、厄介なカンピオーネは誰が候補」

「はい。特にドニ卿は戦闘狂として、ヴォバン侯爵は面白がって人々を権能で塩に変える事が多々あります」

 

 うわー、と言いながら店員によって運ばれきたざるそばを受け取る。 

 ツユにそばを付けて啜りながら、皿木さんに手渡された資料に目を落とすと、俺の事が書かれていた。

 

 家族構成、性格、趣味、特徴、友人関係、ありとあらゆることがだ。

「個人情報が駄々洩れってコエー」

 ズズズ、と皿木さんもざるそばを啜りながら返答する。

「それについては申し開きもございません、それと月宮様の権能に名前が付きましたのでご覧になってください」

 

明星の光源(ルミナス・スター)

 

監督官の冥狼(ストゥム・ソウル)

 

 痛い、痛すぎる、中二病の技名かよ。

「これって新しい権能手に入れたら、また名前がつくんすか」

「はい、つきますよ。すいません、海老天追加で」

 

 食べるの早いな。

 大盛りだったざるそばは既に半分が無くなっていた。

「月宮様もたくさん食べたほうがいいですよ。食事は経費で落ちますので、個人的には次回は寿司屋を希望します」

「あんたもチャッカリしてますね。俺ってこれまで通りに学校に通っていればいいんすよね」

「はい、まつろわぬ神が現れれば此方から連絡と迎えを寄こします。それ以外は自由にして頂いて結構ですよ」

 

 カンピオーネね。まあ、生活が保障されるようになるのはありがたいな。

 ズズズとそばを啜りながらこれからの始まる高校生活兼王生活について考える

 



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クラスメイトで監視役

「じゃあな、流樹」

「頑張れよ、主夫」

「流石はクラスナンバーワンの女子力の持ち主」

 

「うっせえ、黙って帰れよ」

 同じクラスの友人たちと別れ家への道を進む。

 

 高校生になってから一ヶ月が経過した。

 難しくなった授業に、新しく加わた教科や部活。

 学校でバカ話しをしたり、スマホのアプリのガチャに一喜一憂したり、今日だって学校の帰りにスーパーで買い物に付き合ってもらった。

 

 特にカンピオーネだからと言って変わった事は起きていない。

 

 片手に持ったスーパーの買った食材をたらくふ詰め込んだエコバッグを片手に、もう片方の手に持ったスーパーの前に出ていたたい焼きの屋台で買った小倉のたい焼きを齧りながら家に向かう。

 

 齧ったたい焼きから白い湯気が上がり、体の中から温まっていく。 五月の夕暮れでも風は冷たく手袋とマフラーは手放すことは出来ない。

 

 家が見える程近くまで来るといつぞや見た黒い車が止まっていた。

 

「あれって皿木さんの車じゃないよな」

 

「合ってますよ」

 車から降りて来たのは前に会った時と同じ黒スーツにツリ目の皿木さんだ。

「すいません、ご連絡もなく。突然ですが、会っていただきたい人がおりましてお時間よろしいでしょうか」

 

 多分、断れないようにワザと家の前で待機してたんだろうな。

「食材冷蔵庫に入れてからでもいいすか」

 玄関の鍵を開けて冷蔵庫に直行後、食材を種類ごとに分けて冷蔵庫に仕舞っていく。

 

「晩飯までに帰れると良いけど」

 鍵を閉めて皿木さんに案内されるままに向かったのは、歩いて十五分の所にあるこじんまりとした神社だった。

 

 赤い鳥居に小さな社。地元のお年寄りと神頼みに来る受験生が来そうな所だ。というより、なんの神様奉ってるか聞いたことない。噂では勉学らしいが。

 

「神殺しが神社に行くのってすんごいバチあたりな気がすんですけど」

「大丈夫でしょ、神殺しが神社に入った位で現れるまつろわぬ神なら、月宮様がこの街に戻って来た時に現れてますよ」

 

 それもそっか。

 てか、なんで神社に来たんだ。

 

 待っててください、と言って皿木さんも建物の中に消えてしまい、暇になったので石の階段に腰を下ろしスマホのアプリを起動して遊んでいると後ろから皿木さんの声ではなく女性の声が聞こえてきた。

 

「お待たせしました」

 

 座ったまま後ろを見ると同じクラスの新実(にいみ)命子(めいね)が巫女装束を着て立っていた。その隣には皿木さんがボディーガードのように少し後ろに立っている。

 

「間違ってなかったら同じクラスの新実さんだよな。家が神社なのは中学の時に聞いたけど、なんで皿木さんと知り合いなんだ」

 

「はい、それは私から説明します。正史編簒委員会と新実さんたちのような巫女の方々とは協力関係にありまして、学校での月宮様の監視をお願いしました」

 

 皿木さんよ。本人目の前にして監視とか言うかよ普通。ほら、横に立っている新実さんもえ!話しちゃっていいの!見たいな顔をしてるし。

 

「はい。新実命子です。月宮流樹様の監視をさせて頂くことになりました。要人との会合などの場合は私からお声をおかけになる場合もございますのでよろしくお願いします」

 

「ん~、まあ適当によろしく。学校では今まで通りの顔見知り程度の関係でいいよ。それか少し喋る程度のお友達のフリの方がいいか、そっちの方が声を掛けても周りが不自然に思わないだろ」

 

 普段離さない者同士がいきなり話し出したら周りは不審に思うものだ。それが男女となればより。

 俺と新実さんは高校一年生。これから三年も同じ学校で勉学に励むことになる、先に形だけでも作っておいた方が後に為になる。

 

「では、ご友人という関係でお願いします」

 

 ブー、ブー、とバイブ音が俺と新実さんの会話を止めた。

 

 すいません、と言って皿木さんは電話に出ると、二言三言話すとスマホをしまって、いつもよりツリ目な顔をしてこっちを向いた。

 

「月宮様。真に申し訳ないのですが、京都の方でまつろわぬ神が出現したもようです」

 皿木さんの口にした言葉は新実さんの動きを停止させ、俺の心を動かした。

 

「皿木さん。車をすぐに出してくれ。神殺ししにいくからさ」

 



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人の皮を被った妖狐

 高速道路を走る車を次々に追い越して行く。

 後部座席からスピードメーターを覗くと80を超え、横に座る新実さんはシートベルトを握って言葉に出来ない恐怖を味わっているようだが、俺はまだ見ぬまつろわぬ神に興奮が収まらない。

 

「現場で監視をしている担当からの連絡ではまつろわぬ神は着物の女性の姿をしているそうです。出現場所は街から離れていますが、近くに寺があるのであまり騒ぎを大きくすると民間人に気づかれる危険性がありますのでご注意ください」

 

 ハンドルを片手で握りもう一方の手でスマホを耳に当てて電話をしながら聞いたことを口頭で教えてくれた。

 

「女性に着物か、着物なら日本の神で間違いないけど、女性だとイナザミとか月読(ツクヨミ)とかかな。日本の神は日本人でも知らない神が多いからな一回調べておく必要があるか」

 

 スマホで日本の女神の情報を片っ端から調べて行くがどれが正しいかわからない。

 そうこうしているうちに車は高速を降りて一般道路を先ほどより少しスピードを落として走行する。度々クラクションの音が聞こえるが、そこは国の危機なので目を瞑ってもらいたい。

 

「もうすぐ現場に到着しますので準備してください月宮様」

 

「わかった」

 

 返事をしながら静かに目を閉じて自分の存在に集中する。

 感じる二つの力。

 片方は星、片方は魂。

 

 今だ完全には掌握出来て居ないがある程度は微調節も利くようになった。

 きっと今回は凄まじい事になるという予感がある。別に予言じゃない、あくまで勘だ。本能と言った方が正しいかもしれない。

 

 キキ、と車は森の前で停車した。

 

「到着しましたよ。月宮様」

 

 数秒立てど皿木の声に返事が返ってくることは無く、不審に思った皿木と新実が流樹を見ると二人は固まった。今まで見ていた流樹とは今、この瞬間ここにいる流樹が別人に感じられたからだ。

 

 身に纏う雰囲気が違う。

「ああ、案内は此処まででいいよ。もう分かるから」

 そう、分かる。

この先に明確な敵が居ることが、本能が叫ぶ殺せと叫んでいる。

 

 車から降りて一歩踏み出した瞬間、流樹の姿は黒い煙となって高速で森の奥へと進んでいった。

 

「あれは、アヌビスの神速ですか」

「黒王子の神速と若干、違いますが、速さは尋常じゃないですね」

 

 二人に出来るのは此処までだ。王を戦場まで連れてくること、ただの人はまつろわぬ神の前では無力。

 

 

@@@

 

 木の間を黒い煙となって進んでいく。

 傍から見れば幽霊やゴーストと言われそうだが神の権能なのだオカルトの一種と考えられなくもない。

 

 女神が視認できる距離まで近づくと神速を解除し息を潜めて様子を伺う。

 

 肩に触れる長さの黒髪、白い花柄の着物、年齢は十五、六といったところだろうか、とはいえ神の見た目はあまり宛にならない

 

「覗き見とは趣味が悪いぞ、神殺しよ」

 空を眺めたままの状態で女神は此方に視線を向けずに声をかけてきた。

 

「バレてたか、え~と、まつろわぬ神でいんだよな。やっぱ姿を見てもどの女神か分かんないな」

 

 女神はキョトンとした顔をした後に声を上げて笑いだした。

「ハハハハ!妾は女神でわないよ。女神の様に美しいとは、よく言われたが」

 

 女神じゃない?なら、女の姿をした神なんて女神位しか浮かばないぞ。

 イザナミは冥府に降ったからある意味では女神では無くなったが、それなら一時期は女神だったと言うはずだ。

 

 ニヤリと妖艶な雰囲気を纏いながら口元を袖で隠す。

「妾は玉藻前よ、九尾の妖狐とも呼ばれているがな」

 女神いや、玉藻前の辺りからぬらりと伸びる白い九本の尻尾。頭には狐の耳が生える。

 

「そういや、九尾の妖狐が人間に化けたのが玉藻前って話があったな。だから姿は人で現れたのか」

 

「妾は名を名乗った、お主の名も聞こうか」

 

「月宮流樹だ。まつろわぬ玉藻前」

 

 二人の間にもう言葉は必要なかった。名も名乗った。お互いが敵だと認めた。さすれば後することは一つだけだった。

「では、殺し合おうか」

 

 先に動いたのは玉藻前だった。

 宙に一つ青い炎が灯った。炎は狐の操る炎、名は狐火。

 

 ゴォ!と音を発てて狐火は小さな灯火から大火力の火炎放射機の様に俺に向かって放たれた。

 

「小さい火の玉なのにどんな火力だよ!」

 

 ギリギリで動き炎を避けると、元いた場所は黒く焦げて湯気が上がっていた。

 植物だけならまだしも土も一瞬で燃やすとは、尋常じゃない熱量だ。

 

「ほう、避けたか」

 

 こっちも攻撃させてもらおうか、何より時間がないしな。

「空に浮かびし星にして空を舞いし鳥。灰からいでて星となり輝く光と炎を放つ、流れる星は絶えず空を鳥の如く飛び渡る」

 

 ケツアルコアトルから簒奪した『明星の光源』(ルミナス・スター)の聖句を唱え権能を発動する。

 流樹の周りに白色の光が集まり、宙に出現した光は形を形成した。

 形成した形は猛禽類、嘴と爪に折り畳んだ羽。羽を畳んだ光の鳥は流樹の命令に忠実に従う光鳥のようでもある。

 

「いけ」

 一言、流樹が命令を下す。

 命令を皮切りに忠実だった光鳥は羽を広げ、獲物『玉藻前』を狩り取る捕食者となった。

 

「光で出来た鳥とは風情があるが、ちと眩し過ぎる」

 

 光鳥を叩き落とそうとゆらり、と九本の尻尾を動かした。光鳥は攻撃を羽を動かし、高度を変え、角度を変え、方向を変えて避けながらも確実に獲物に近づき、九本の尻尾を回避しきった光鳥たちは獲物に傷をつけようと、爪を前に突き出した。

 爪で玉藻前の肩や頬、腕に傷を負わせた光鳥たちは旋回をして再度傷を負わせようと戻っていく。

 

「ふむ見た目だけだと思ったが、なかなか威力があるな」

 頬から首筋にかけて垂れる赤い血を指ですくい、ニヤリと笑いながら舐め取る。

 

「攻撃受けて、笑ってるとか頭おかしいだろ」

 尻尾によって落とされている光鳥を繰り返し作り出し、玉藻前を攻撃するように命令をあたえる。

 

 やばい、そろそろ時間切れになる。

 西の方角を見ると、木の間から地平線に沈んでいく太陽が見えた。

 

 『明星の光源』は星の光を使う権能だ。

 星の光のほとんどは太陽の光が星に反射しているものだ。夕暮れ時は太陽が沈み月が出るまでに時間があり、確かに星は出ているが光自体が弱く行使するには光度が足りていない。

 つまり、日の出と夕暮れの僅かな時間が『明星の光源』の弱点となる。

 太陽が沈みきり月が出てきさえすれば、『明星の光源』はもう一度効果を発揮できる。

 

「この鳥は太陽の光がなくては使えないようだな」

 

 太陽が沈みきってしまったため、効力を失った光鳥は淡く溶けてしまった。

 

 辺りに街灯もない森の中は既に暗く普通の人なら歩くことすらままならないだろう、だがここにいるのは片やまつろわぬ神、片や神殺し。暗い程度で殺し合いが止まることはない。

 

「お主もおもしろいモノを見せてくれたのだ、妾も見せようか」

 

 そういうと玉藻前の姿がだんだんと曖昧にぼやけていく。体を白いモヤが覆う。モヤは次第に大きさを増し、大きさは二階建ての家と大差ない大きさまで肥大化した。

 

 そして、モヤが晴れるとそこにいたのは、人の姿をした玉藻前ではなく。九尾の妖狐の姿をした玉藻前だった。

 

 九本の尻尾の靡かせ、四肢がしっかりと大地を掴みその巨体を支えている。

 

「では、続きと行こうか」



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光鳥の一撃

「どうした?攻撃してこないのか」

 

「攻撃してこないっていいながら攻撃してるのはお前だろ!」

 

 手の中に白い包帯を生み出し、木の幹に巻き付け引っ張ることで宙を移動し切り裂く為に振るわれる腕を紙一重で躱している。

 

 包帯はまつろわぬアヌビスから簒奪した権能『監督官の冥狼(ストゥム・ソウル)』によって生み出したものだ。

効果は包帯を巻きつけた生物から精気を奪い取りミイラに変える、また巻き付けた対象の状態を維持し続けるという効果もある。どちらも任意で発動する為今使っている包帯はただ異常に丈夫なだけの包帯でしかない。

 

「がっ!」

 

 腕の攻撃を躱していた流樹の胴体に鞭のようにしなった尻尾がクリーンヒットし、吹っ飛んだのちに木にぶつかり地面へと落ちた。

 

 震える脚に無理やり力を籠めて立ち上がる。

 口の中は血の味しかせず、脇には激痛がはしる。

 ペッと唾を吐き捨て、目の前で俺を嬲り殺すことを楽しんでいるまつろわぬ神(玉藻前)を本気で殺す為に力を使う準備を始めた。

 

「精気なき肉体よ。冥界へ渡る魂よ。我は汝らを導きし先導者にして管理人。肉体は静かに眠り、魂は冥界で裁きを受けるだろう」

 

 聖句を唱えることで一層効果を強く発揮した権能。

 手から包帯を出し、動きを阻害しないように関節を除いて全身に巻き付け骨折を悪化させないようにしておく。

 

 ふぅ、と息を吐き出し集中する

 

「死にそうだな、神殺しよ」

 

 フフフ、と笑う玉藻前に腕を横に一振るすることで包帯を十本の槍のように伸ばす。

 防ごうと顔の前出した腕を容易く刺さり、肉を抉ったままシュルシュルと腕に巻き付き出す。

「ぬっ、猪口才な」

 

 もう一方の腕で包帯を剥がそうとしている間に流樹は腕を振ることで次々に包帯を生み出しては玉藻前の体に片っ端から巻き付け、玉藻前が体に巻き付いた包帯を剥がすことで気を取られている間に下準備を始めた。

 走りながら木や地面に触れていく。

 

「調子に乗るな神殺し!」

 腕に巻き付き精気を奪い続けている包帯を剥がそうと悪戦苦闘している状態で何かしようと走り回っている流樹を潰す為に尻尾を振るう。

 

 木の幹に包帯を巻きつけ宙を移動し尻尾を避けながら木に触れていく。木の幹に包帯を巻きつけたまま別の木に飛び移ることで木と木を線で結んだように包帯が掛かる。

 流樹の移動した後に包帯が掛かる為、流樹を潰そうと振るわれる尻尾は動きを阻害され自由に動くことが出来ない。

 

「こんなもんか」

 木同士を結び宙に足場と移動阻害として設置された包帯の上に乗り、三メートルほど下にいる玉藻前を見下す。

 

「ちょこまかと逃げよるな神殺しよ」

 腕には包帯が巻き付いたままだが、流樹を倒すことを優先したようで既に意識は流樹の方を向いていた。

 

 流樹は腕を高く上げる

「もう、準備は終わったよ」

 

「調子に乗るな!」

 

 九本の尻尾が一斉に、流樹を殺す為に風をきる。

 それとほぼ同時に、流樹は腕を振り下ろした。すると、流樹の触れた木や地面から一斉に包帯が生み出され、玉藻前の腕、胴体、首、尻尾、例外なく絡めとっていく。

 

 凄まじい勢いで動いていた尻尾は流樹に直撃する直前に停止。

 

「クッ、小賢しい!布切れ如き引き千切ってくれるわ!」

 無理やり体を動かし包帯を引き千切ろうとする。

 

「一発大きいのいくぞ」

 包帯を千切ろうと動いている玉藻前を無視して流樹は空を見上げた。

 空に満月が綺麗に輝き地上に光をもたらす。

 

「空に浮かびし星にして空を舞いし鳥。灰からいでで星となり輝く光と炎を放つ、流れる星は絶えず空を鳥の如く飛び渡る」

 

 月の光を空に集める。

 当初、作った小さな大きさではない。今度のは特大サイズだ。一撃で玉藻前を倒すに足る火力、大きさは次第に増していく。

 

 『明星の光源(ルミナス・スター)』は光を集め鳥の形を取り攻撃するという単純なものだが、なにも鳥が狩りをするように動かすだけではない。流れ星が空を飛び、隕石のように地上に落下する。つまり任意の場所にぶつけるということもできるのだ。そして集めた光はぶつかった瞬間に衝撃と爆発を生み出す。

 

「原子の一欠片も残さずにくたばりやがれ」

 地上で包帯で身動きが取れずにいる玉藻前を見下ろし、ただ殺すためだけに力を出しきる。

 

 極大の光は鳥の形を形成し光鳥へと変貌した。羽を広げ真っすぐ玉藻前に向かって落下。

 羽を羽ばたかせ速度を増す。

 

 流樹は自分自身に包帯を何重にも巻き付け球体状を形成、防御を取る。

 

「クソ!クソ!神殺しめ!」

 

 人の姿だった頃の優雅な口調ではなく本能からくる口汚い言葉を口にしていた。

 

 

 光鳥が玉藻前に直撃した。

 

 

 周辺に衝撃と集まった光に比例した爆発が当たりを吹き飛ばした。

 自分に巻きつけた包帯を解除し外の景色を見るとそこは先ほどまであった木々は無く。地面は抉れ、所々に包帯の切れ端が落ちていた。

 

「うわー、環境破壊もいいとこだな」

 

 帰るついでに辺りを見ていく。倒れた木が散乱し真っすぐ進むのも苦労しながら歩く。

 抉れた場所はよく見ると、地面から焦げた匂いが鼻につく。

 

「爆発させると炎の効果が出るのか、知らなかったから知れて良かったな。さて皿木さんに電話しよ」

 

 ポケットからスマホを取り出し電話帳の「皿木さん」をタッチする。

 

 出ないかとも思ったが一コールで通話状態になった。

 

『ご無事でしたか』

 

「ああ、終わったよ迎えを頼む」

 

 ドサ、踏み出した足から力が抜けて地面に膝を付き、うつ伏せに倒れ込んだ。

 

『なんの音ですか!?月宮様!』

 

「よいしょっと、ゴメン倒れて立てない。迎えにきて」

 

 片手で仰向けになり空を見上げる。

 空には月が輝き、星の光が視界一杯に広がっている。

 

『すぐに行きます!待っていてください。電話はそのままで』

 

 冷静な皿木さんが焦っているのに少し驚きながら、電話の向こうで叫ぶ皿木さんの声とそれに返事をする顔もしらない人たちの声が聞こえてくる。

 

「権能手に入ってるといいな。帰ったらガッツリしたもの食べたいな」

 

「月宮様ー、どこですかー」

 

 薄れる意識の中で僅かに聞こえてくる自分の名前を呼ぶ声に返事をしようとするが声は出ず、スマホを振って合図を送るのが精一杯だった。

 

「見つけましたよ。すぐに病院に運んでください!大丈夫ですか月宮様」

 

「寝る。あと頼む」

 

 目を閉じると一瞬にして意識を手放した。

 



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決闘の申し込み

「久しぶりね、流樹」

 紫色の髪を両サイドで結んだ。背丈は琉樹の胸くらいしかない、女神の顔が目の前にある。いわゆる膝枕というやつだ。

 

「二度目っすねパンドラさん」

 パッと見では中学生がいいところだが、こう見えてカンピオーネの母親にあたるらしい自称だが。

 

「もう、お母さんかママって呼んでって言ったでしょ」

 流石にこの年でママは恥ずかしい。何より両親にいい記憶がないため言いたくもない。

 

「嫌だわ恥ずい」

 

「頑なね。まあいいわ、そういえば新しい権能手に入れたようね」

 

 玉藻前を倒したから新しいのが手に入ったのか。面倒な条件のついてない権能だといいけど。

 

 権能の効果を考えていると、突然、頭に痛みと視界にラグが発生する。

 

「そろそろ目覚めるようね。また、いらっしゃい」

 手を振りながら見送りをしているパンドラにまた、と言って現実に戻った。

 

ジュー、と香ばしい肉が焼ける匂いを嗅ぎながら、フォークに突き刺した肉を口の中に次々放り込んでいく。

 

「すいません、おかわりお願いします」

 

食べ終わった鉄板を横に積み上げられた鉄板の上に乗せていく。

 

皿木と流樹が来ているのは100分食べ放題の鉄板肉焼きのお店だ。食べた量を指定し、焼いてもらうというものだ。

 

流樹は既に400グラムの肉を五枚平らげ、次の注文をしていた。

因みに、向かいに座る皿木ですら600グラムでギブアップした。

 

「よく食べられますね。一時間前まで病院のベッドで寝ていたはずなのに」

 

玉藻前を倒した流樹は皿木たちなよって正史編簒委員会の系列病院で眠っていた。

そして、目指した流樹が皿木に言ったことは「腹減った。肉食いに行くぞ!肉!」といって皿木に車を出させここにいる。

 

最初は高級店に行く予定だったが、今回は質より量を取った。勿論経費で落とす予定。

 

「そういや、新しい権能手に入ったから」

 

店員によって運ばれてきた肉をナイフで切り分けフォークで口に運んでいく。

店員も周りの客も含め、背丈165センチの細い体のどこに肉が入っていくのか疑問だった。

 

「それは、上司にいい報告が出来ます」

 

ナイフとフォークを置き水を口にする。

「はー、食べた食べた!結局、学校は休むはめになったし、ついでに京都観光でもしてくか」

 

「それでしたら、車でお連れしますので」

よろしく~、と気のない返事をしながら店を出ていった。

 

「食べ放題に来てて良かった」

レジで会計を済ませた皿木は先に店を出た流樹の後を追っていく。

 

 

@@@

 

 

 四月数回目の体育と言えば、ごく少数を除いてやることを嫌う持久走がやってくる。

 そして、絶賛男女分かれて学校のグランドを走っていた。

 

 体操服と膝までのジャージで。

 

「疲れてるのに終わんね~」

 

「口より足を動かせ!」

「休んだ次の日に持久走とか地獄だろ」

 

 周りを走るクラスメイトも既に疲れて走る速度も落ちてきている。一方、流樹はカンピオーネになったことで身体能力が上がり息一つ切れることなく走っていた。

 

「流樹は息切れないな」

「タルいから手抜いてるに決まってんじゃん、どうせ十二月頃にまた走ることになるし」

 

 正しくはカンピオーネになる前まで運動は無理なタイプだったが、カンピオーネになったことでそれもなくなった。けれど、走るのは面倒くさいし、いきなり運動出来なかった奴が出きるようになったら不自然に思われるから手を抜いている。

 

「あ~、やっと終わった」

「持久走とかただの拷問だろ」

 地面に仰向けで倒れている生徒たちから愚痴が聞こえる。

 

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、授業はことなく終了。着替えて教室で昼食となった。

 

流樹は購買で買ったパンを口に咥えながら、今朝、ポストに届いていた自分宛の手紙をカバンから取り出し開く。

 

 最初から最後まで英語で書かれており、本来なら読めるはずもなかったのだが、現在は『千の言語』というカンピオーネになった時、自動的に習得される言霊の奥義のお陰で英語やイタリア語も読み書き、話すことも問題なくできるようになっている。

 苦手だった英語の授業が楽になったことは正直助かった。

 

手紙の内容を読み始めた。

『やあ、突然だけど僕はサルバトーレ・ドニっていうんだ。君と同じカンピオーネでね。君がカンピオーネになったって聞いたから決闘してみたくなっちゃってさ、手紙に航空券入れておいたから来てね!』

 

正直、手紙を読まなかった事にしたい。

 

静かに手紙をカバンに戻し、スマホのチャットアプリを起動して、新実の名前を選択する。

 

『なんか、サルバトーレから決闘の誘いが届いていたけどどうしたらいいんだ?』

『・・・やっぱり、届いたんだ』

 

 新実にはお互い敬語と”さん”をつけて名前を呼ぶのやめてタメ口で喋ることになった。

『明日から休みだし俺行ってくるわ、ついでにイタリア観光したいから』

 

 窓際の一番後ろの右斜め前を見ると視界に入る位置に新実の席はあり、お弁当を食べながらスマホをいじっている姿が確認できる。

『イタリア観光が本命な気がするんだけど、気のせいかな』

『合ってる、自分の金で行くわけじゃないから得した気分だ』

『サルバトーレ卿は剣の達人で剣だけでまつろわぬ神を殺した天才だから気をつけてね。皿木さんには私から伝えておくから』

『よろしく』

 

 数時間後にはイタリアで王同士の盛大な決闘が起こる事を今はだれも知らずに時間は流れてゆく。



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明星と剣

人生で二度目となる飛行機と人生で二度目となる海外。今回は決闘が四分の一、観光が四分の三だ。

 

「前回の旅行は地獄だったから、今回は決闘があっても観光できるだけでもマシに思えそうだ」

 紙コップに入ったブラックコーヒーを啜る。

 

『間も無く着陸に入ります。座席に座りシートベルトを絞めてください』

コーヒーを飲みほし、シートベルトを絞めて窓から外を覗くと、イタリアの町の全体を見ることができた。

 

 飛行機からのんびりと降りながら、荷物レーンから着替えを入れたドラム型のカバンを掴みとり、空港の中を歩いていると前方から、金髪に薔薇のように赤いドレスを着た美少女が歩いてくる。

美少女は目の前まで来ると、止まったのちに、

 

「お待ちしておりました、『明星の王』こと月宮流樹様。私は赤鋼黒十字《しゃくどうくろじゅうじ》に所属するエリカ・ブランデッリと申します。エリカと呼んでいただければ幸いです」

 ドレスの端をつまみ上げ、優雅に挨拶をする。

 

「え~と、エリカが案内人ってことでいいのか」

「はい。ドニ卿との決闘の場所はこちらで確保済みですので、そちらまで私のメイドの運転する車で向かいます」

 

 出迎えから送迎まであるとは楽でいいな、と思いながら前を歩くエリカの後ろをついて歩く。

 空港の外に出ると一台の黒い車が止まっており、側に立っていたのはメイド服の恐らくエリカの言っていたメイドだろう。

 

「エリカ様、運転の準備は出来ております。初めまして私はエリカ様のメイドでアリアンナと申します。では、決闘の地までは私が運転させてもらいますので」

 

 後部座席に座り揺られる車で街を走っていく。流れていく建物、遠くに見えるコロッセオを眺める。

 

「やっぱり街中で決闘なんてことにはならなかったか」

「王同士が街中で決闘なんてしたら街が更地になってしまいます」

 

 横に座るエリカの言うとおり、まつろわぬ神とカンピオーネが戦っても被害があるのだ。それが王同士だとしても変わらない被害が発生することだろう。

 車は街中を抜けて畑を越えてその向こうの人が踏み入らない大自然の中にまで来ていた。

 

 ゆっくりと車は止まり、車から降りるとそこには黒いYシャツに金髪の頭にはサングラス、肩には釣竿ケースを肩にかけている男が立っていた。

 

「やあ、来てくれて嬉しいよ流樹。僕のことはドニでいいよ」

「よろしくさん、ドニ」

 ドニの差し出してきた手を握り返す。

 手の平に感じる剣タコの硬い感触が今までどれだけ剣を振ってきたかを思わせた。

「審判は赤銅黒十字のエリカ「いらないよ、そんなの」

 エリカの言葉を遮ってドニは既に肩にかけた袋から魔剣や聖剣でもない普通の剣を取り出していた。

 

「王同士の勝ち負けに審判なんて必要ないよ!」

 地面を蹴り一瞬にして流樹の目の前まで移動したドニ。

 ドニの持つ剣が流樹の首を斬ろうと振るわれるが、流樹はカンピオーネの本能と反射でかわした。

 

「あっぶね!いきなりすぎるだろ!」

「本番はここからだよ。ここに誓おう、僕は、僕に斬れぬものの存在を許さない。この剣は、地上の全てを切り裂き、断ち切る無敵の刃だと!」

 

 ドニの右腕が肩から指先まで綺麗な銀腕に変わった。

 ドニの持つ権能『斬り裂く銀の腕《シルバーアーム・ザ・リッパー》』は聖句の通り地上の全てを斬り裂ける。読んだ資料によれば、手に握った木の棒やペーパーナイフでも効果は発動する。

 

「最強の剣とかどこのチートキャラだよ。空に浮かびし星にして空を舞いし鳥。灰からいでて星となり輝く光と炎を放つ、流れる星は絶えず空を鳥の如く飛び渡る!」

 

 聖句を口にしたことで流樹も権能を発動する。

 流樹の周りに光の玉が生まれ、それらは鳥の形へと変わっていく。

 

「アハハ!光の鳥を見るのなんて初めてだよ。じゃ始めようか」

「やろうか」

 

 始まる決闘に巻き込まれないように近くにいたエリカは遠くに退避していった。

 

「いけ」

 命令を出すと二十羽を超える光鳥たちがドニに向かって真っ直ぐ飛んでいく。

 

「よっと」

 ドニが剣を真っ直ぐに振り下ろすとその直線上に光鳥は真っ二つにされ消滅したり片羽(かたはね)を斬られ真っ直ぐ飛ぶことが出来ずに地面に墜落していった。

 

 光なんて触れられないものも斬れるのかよ、本当にチートだな。悪態をつくものの流樹の口元は僅かに上がっていた。

 

 斬られずに残った光鳥はドニを傷つけようと足の爪を構えて襲いかかる。

 肩や二の腕に切り傷を刻み、光鳥は旋回しながらもう一度攻撃を仕掛けようと戻っていく。

 

「威力はそこまでないのか、でもちょっと邪魔かな」

 旋回しても戻ってきた光鳥に向かって剣を数回振るだけで、数十匹いた光鳥はバラバラに斬られ消えてしまった。

「ここからは僕から行こうか」

 

 地面を勢いよく蹴りながら流樹に迫ろうとするが、流樹は後ろに下がりながら同時に光鳥を生み出しドニを攻撃するように命令し続けている。

 

「光の鳥じゃ僕にダメージを当てられないよ」

自身に迫り来る光鳥を斬り続けている、ドニに対して流樹はニヤリと笑う。

 

「それはどうだろうな」

ドニによって斬られた光鳥半分にされた体をそれぞれ収束させ、そして爆発を引き起こした。

 

うぉ!?間抜けな声を漏らしながらもろに爆発を受け、煙の中から出てきたドニは服のあちこちが焦げて黒くなっているが顔は一層楽しいと言いたそうな顔になっていた。

 

「まさか鳥が爆発するなんてね」

「さて、攻撃すると爆発する鳥をお前はどうやって対処する?」

 

僅かな会話の間に流樹は数十羽の光鳥を生み出し攻撃の準備に入っていた。ドニも剣を構え直し二人は同時に動いた。

 

 

@@@

 

エリカは人生で初めて王同士の戦いというものを目にしていた。

 

神から簒奪した権能を駆使した戦い、魔術では再現することの不可能な現実。

「これがカンピオーネの力なのね」

 

地上の何人からも支配されない存在、それは何も魔術が効かない体を持っているからでも言霊の奥義を習得しているからでもない。全てを退ける権能という"力"を持っているからこそなのだ。

 

天才と呼ばれ絶えず努力を続けていようと届かない高みにいるカンピオーネという上位存在。

 

王同士の戦いを見ていて初めて自分は心の何処かで慢心をしていたことを実感した。自分だってもしかしたらカンピオーネになれるんじゃないかと、まつろわぬ神を倒すことが出来るのではないかと。だが、目の前に光景を見ていれば分かる次元が違うと。

 

「まさに王、ね」

王の隣に、対等な立場に立てるのはまつろわぬ神か同等の力を持つ王しかいない、故に王は王同士で引かれ合う無意識に。

 



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決着

 裂けた地面にできている小型のクレーター。

 流樹は体に斜めに出来た切り傷をアヌビスの権能『監督官の冥狼(ストゥム・ソウル)』で生み出した包帯を巻くことで傷の悪化を防ぎ、一方、ドニの方は体のあちこちに出来た軽い火傷と切り傷がいくつもできていた。

 開始から三十分経過し両者はどちらも息を切らしながら楽しそうに笑っていた。

 

「本物にして偽物、この体に宿すは革命を示すものにして、九の尾を持つ妖の王」

 流樹が聖句を唱え発動したのは、一ヶ月ほど前に手に入れた新しい玉藻前から簒奪した権能『妖狐の覚醒《ウェイク・キュウビ》』。

黒髪の頭に二つの狐耳が生え、腰から黒い毛の九本の尾が扇状に広がる。

 

「ずいぶんと可愛い見た目になったね」

「俺に言われても困る」

 

 『妖狐の覚醒』は『明星の光源《ルミナス・スター》』や『監督官の冥狼』とは違い、攻撃ではなく体に妖狐の霊魂を宿し身体能力を強化する権能だ。

 

 指の爪がゆっくりと伸び、狐が獲物を狩るために使う爪へと変わっていく。拳を握っては開いてを繰り返したり肩を回して体の調子を確かめていく。

 

「問題ないな」

 バキ、と地面を砕きながら立っていた位置から数メートル先にいるドニの目の前まで一瞬で移動し、ドニに向かって爪を突き立てるように腕を伸ばした。

 

「おっと!」

 咄嗟に剣を使い攻撃を防ぐが体勢が悪かったのか後ろに吹っ飛ばされ、すぐに剣を振りかぶりながら戻ってきた。

 

 衝突する爪と剣。

 全てを切り裂く剣に削られ徐々に爪の形が歪になっていくが、すぐに新しい爪が生えてきてそれもなかったことになる。

 

「まさか、近接戦をすることになるなんてね。最初から使えばよかったのに」

「初めて使うから調節が必要なんだっつうの!」

 

 そこからは乱舞だった。

 お互いの攻撃を防ぎ、避けて隙を見つけては攻撃を繰り出す。

 火花と血が散り、両者とも体のあちこちに攻撃を受けながら。

 そして近接戦に分配が上がるのは必然的にドニの方だった。流樹の動きはカンピオーネと獣の本能という勘によって支えられているものだ。

 

少しづつ流樹の回数は減り、ドニの剣撃の回数が増えていく。

 

「どうしたの、攻撃する回数が減ってきたよ?」

「分かってて言われると腹立つな!」

 

 下からの斬り上げを両手の爪で防ぐことは不可能だと感じ取った流樹は傷を負うことを承知で腕を交差することで防いだ。

 

「っつ!」

 

 体が宙に上がる隙をドニが見逃すことはなかった。

「隙あり、はっ!」

 

 今度の攻撃は突き、体を捻り繰り出される突きは流樹の肩を狙った。

 

 とっさに掌を剣先に向かって伸ばし突き出された剣を掌で受けた、剣は掌を貫通し狙っていた肩から頬を掠めた。流樹は片膝を地面に着く形で着地した。

 

 

「生気なき肉体よ。冥界へ渡る魂よ。我は汝らを導きし先導者にして管理人。肉体は静かに眠り、魂は冥界で裁きを受けるだろう!」

 地面に着き、次の攻撃が来る前に聖句を唱える。

 

 聖句を唱え終えると同時に戦場のあちこちから白い包帯がドニに向かって伸び全身を絡めとる。

 

「おおっと!?包帯か、でもこんなものじゃ僕の動きは止められないよ」

 自分を縛る包帯を引き千切ろうと腕を無理やり動かす、包帯は一本、二本と千切れていく。

 

「よっと」

 ドニの気が剣から包帯に逸れた隙を狙って剣から伸びる包帯を流樹は掴み取り力一杯引っ張る。剣はドニの手の中から離れた。

 

「いけ」

 掛け声と共に上空から三十センチ程の大きさの光鳥が降りてくると、宙を舞う剣を爪で掴みとり、再び上空に昇っていく。

 

 上空に昇っていく光鳥と入れ替わるように降りてきたのは光鳥、それも羽を広げたサイズは全長六十メートルはある。

 

「デカすぎないかい?」

「くたばれ」

 

 全身から包帯を生み出し球体状に自分を包み込む。

 羽を羽ばたかせ一層加速した光鳥がドニに直撃した。

 

ゴオオォォォッ!!

 

 騒音と衝撃波、眩い光に包まれた。

 

「玉藻前と同じ方法を使ったけど、これで死んでなかったら勝ち目ないよな」

 

 自分を包む包帯を解除して、出来たばかりのクレーターの中心を見に行くとそこに居たのは上半身裸で膝まで燃えた長ズボンの変態が仰向けに大の字で倒れている光景だった。

 

「手足の一、二本は最低でもいけると思ったんだけどな」

 威力もタイミングも十分だったはず、と何がダメだったのか思考しているとドニの手には砕け散ったナイフがあった。

 

「持っていたナイフで光鳥を斬って威力の軽減をしたのか」

「そうだよ」

 

 よっと、と言いながら体を起こし、歩み寄ってくるドニ。

「昼食の時にくすねといてよかったよ」

「それでも生きてるってのは驚きだ。決闘は続けるのか?」

 

「いや、今回は僕の負けだ。久々に楽しかったよ!」

 

 ドニはゲームをクリアしきった子供のような笑顔で笑っていた。対して正面に立っている流樹ははぁ~、と溜息を零した。

 

「僕に勝った賞品ってわけじゃないけど、いい事教えてあげるよ」

「いいこと?」

「カンピオーネの一人、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンがまつろわぬ神招来の儀をやろうと世界中から巫女や魔女を集めてるらしいよ。君の国にも関係するかもしれないから気をつけてね」

 

 巻き込まれなきゃいいけど、と思ったことがフラグだと後悔するのはもう少し先の話しである。



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ささやかな日常

 問題文を読みながら黙々と回答を回答用紙に記入していく。学生にとっての鬼門であり不安の種であるテスト、流樹は絶賛、中間テストの真っ最中なのだ。

 言葉にしにくい緊張感と焦りが立ち込める空間がこの時間の学校にはいくつも出来ている。

 

 今の時間は古典のテスト。

 古文を現代語訳に直すという簡単な問題だ。

 

「もう少しで終わるから名前確認しろよ」

 監督の先生の声でテストに集中していた生徒も問題を解き終わり居眠りしていた生徒も解答用紙の名前を確認してチャイムが鳴りテストは終了となった。

 

 列の最後尾の人が解答用紙を集めている間に教室のあちこちでいろんな話し声が聞こえてくる。

「あー終わった」

「結構むずかったな」

「あの漢字ってこうであってるっけ?」

 

 高校生は赤点を取れば補習が待っているため是が非でも赤点は回避したい。

 

「テストはこれで終わりだお前等、気を付けて帰れよ」

 解答用紙の束を持って教室を出て行く監督の先生。

 それを合図に廊下に出していた荷物を持って、教室で回答を確認しあう生徒や速く帰って家でダラダラしようと走って行く生徒も居る。

 

「俺も帰ろ」

 カバンを肩に掛け、教室を出て下駄箱に向かっている時に新実から声を掛けられた。

「話しがあるから一緒に帰っていい?」

「いいけど、カンピオーネ絡みの話しか」

 靴を履き替える。

「そうサルバトーレ卿から聞いたんでしょ、ヴォバン侯爵の話。日本にも無関係ではいられない話しだからね、というよりもう被害が出てるし」

 ドニから教えてもらったヴォバンがやろうとしている『まつろわぬ神招来の儀』。

 

 家に向かって歩きながら新実から正史編簒委員会が掴んでいる情報を聞いた。

 ヴォバン侯爵が世界中から魔女や巫女を集めて、その者たちを生贄として”まつろわぬ神”を召喚しようとしている。勿論、魔術結社にとって魔女や巫女は替えの効かない原石に当たり、拒否をしたい所なのだが相手はカンピオーネ。

拒否すれば組織ごと潰されておしまい。

 結局、受け入れるほかない。

 

「暇なカンピオーネは自分でまつろわぬ神を召喚して戦うのか、本末転倒な気もするけどそこまで退屈してるならドニの相手でもすればいいのにな……もしかしたらドニの奴この儀式に乱入したりするかもな」

 

 おもしろそうだ!とか言って高笑いしながら儀式に乱入して召喚したまつろわぬ神を横から掻っ攫っていきそうだ。そうなったら面白いな、と一人ニヤニヤしている流樹を横を歩く新実は不安そうな顔をして見ている。

 

 歩いていた新実は突然立ち止まり、横を歩いていた流樹は止まった新実の方を振り返った。

「月宮流樹様。正史編簒委員会からの正式な依頼です。日本から連れて行かれた媛巫女の一人万理谷祐理(まりやゆり)を儀式終了後で構わないので神速を使って日本に連れ帰ってほしい、とのことです」

 敬語と名前に様を付け、真剣な眼差しで流樹を見つめながら新実は伝言を伝えた。

 

「それカンピオーネは関係ないよな。ただの使い走りだし、俺は委員会を手伝う義理も無ければ借りも無い。まず、メリットが無いだろ」

 

「そういうだろうと言われて委員会が保管している呪具を一つ譲るとのことです」

 

「……微妙なところではあるけど、連れてくるだけで呪具一つなら儲け物か。わかった受けようで日にちは?」

「時差の関係で今日には儀式が行われるそうです」

 

「おせーよ!言うの数時間くらいおせーよ!」

 

 スマホで時刻を確認すると十二時三十分を表示している。神速を使っても外国にまで行くには数十分の時間を要する。

 

 さっさと家にカバンを置いて出発するか。

 

「カバンを置いて儀式やってる場所いくから新見は皿木さんに連絡しといて」

 言い残して家までの道のりを走っていく流樹の後ろ姿を眺める新見はカバンからスマホを取り出し皿木に電話をかけた。

 

「あ、皿木さんですか、月宮が依頼を受けて今から向かうそうです」

『そうですか。呪具の用意しておかないといけないですね』

 耳にスマホを当てたまま歩いていると数十メートル先の上空に向かって黒い煙が消えていったのが見えた。

 

「さすがは神速。一般人が見ても見間違いだと思うわね」

『もう、向かわれたんですね。これならひとまず安心です』

 電話越し安堵の声がきこえてきた。

 通話を終了してスマホをカバンに戻す。

 

「委員会の上層部が月宮を使い勝手のいいパシリと勘違いしなければいいけど、まあ何かあればドカンと一発起こしてもらえば解決するか」

 



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儀式の行方

 雲の中を突き進み地上から見ることのできない上空を神速で移動し続ける。

 

「生贄をそろえて神の召喚とかゲームとかの悪魔の召喚とあんま変わらないよなっと、ここだな」

  皿木さんに頼んで送ってもらったまつろわぬ神招来の儀を執り行う場所。

 嘗ては神聖な場所として祀られ時代が進み廃れた今は遺跡と呼ぶべき場所をヴォバンは儀式場として選んだ。

 

 流樹は視界に捉えた儀式場に気配を消してゆっくりと近づき足を地につけた。

 神を祀り、昔はこれと同じよう儀式を行っていたのだろう。台座などがいくつも石を削り作られている。

 簡易な服装の魔女と巫女たち。ざっと見ただけでも五十人以上はいる。

 離れた場所で鉄と鉄がぶつかり合う音が僅かに聞こえてくることから儀式が成功し、生贄は放置されたままでヴォバン侯爵はまつろわぬ神と戦っているのだろう。

 魔女や巫女たちは床に伏せっている者もいれば、朦朧とした意識の中で他の者を助けようと動く者もいた。

 

「この中から一人を見つけ出すのは苦労するよな」

 歩きながら万理谷祐理を探す。

 ある程度見て回るがまず、日本人が見つからない。 

「万理谷祐理どこだ〜」

 

「は、はい!私です!」

 

 前方で若干変な声で返事をした少女。

 茶髪に少女ながら整った顔立つ、肌に感じる魔力。

 

 確かにカンピオーネに依頼をしてでも連れ戻したい才能の持ち主だな。 

「正史編簒委員会のお使いだ、明星の王って言えば通じるだろ」

 

 明星の王の名前を聞いた瞬間、ポカンとしたのちに恐怖が顔に現れた。目の前の万理谷以外にも会話を聞いていた少女たちも恐怖を抱いた。

「まあ、いいや。お前を連れて行けば依頼は完了だな」

 俗に言うお姫様抱っこ万理谷を持ち上げ神速を発動しようとした時、

 

「待ってください。他の方々はどうするのですか?」

「俺の依頼はお前を連れて帰ることだ、他の奴等のことは知らないよ」

「そんな!生きている者もいるのですよ!」

 

 周りの見渡せば確かに儀式後ではあるが生きている者もいる、生贄とされながら生きていたのは運が良かったというべきだろう。

「言ったろ、今回は依頼だ。委員会から呪具を一つ譲られる対価にお前を連れて帰るだけ、お前は俺を動かすだけの対価が払えるのか?払えないなら黙ってろ」

 助けが来た少女と助けが来ない少女たち。

 カンピオーネに頼んででも命を救う価値のある生まれながらの天才と組織から仕方ないと切り捨てられた生贄。

 

 万理谷は流樹の腕に抱えられながら首だけを動かして後ろを見た。

 視界の端に捉えて自分に向かって手を懸命に伸ばし、声にならない声を上げた。

 

 –––助けて。

「おい!暴れんなよ」

 痛む身体を無理やり動かし流樹の腕の中から抜け出し、手を伸ばしている少女の元まで走る。伸ばされた手を掴み取り固く握り締めた。

 

「私が依頼します。彼女たちを助けてください!」

 頭を掻きながら意見を曲げない彼女に問いかけた。

「お前は俺に何を払える、巫女と言ったって発展途上、金を持っているわけでもなく、勝手に出来る呪具があるわけでもない」

「……し、出世払いで」

 

 どこから手に入れた知識なのか今時、真面目に出世払いという奴はいないだろう。

 言った本人も若干顔を赤くしている。

 

「ハハハ!出世払いとかそれはある意味、払わないって言ってるのと同じ意味だぞ!」

 腹を抱えながら笑う流樹に対してどうしたらいいか分からない万理谷。

 

「面白いから貸一つでお前の頼み引き受けてやるよ」

「え!いいんですか!?」

「まずは、倒れている奴意識の確認と動ける奴は倒れている奴を安全な場所に退避させろ。さっさと動け!」

 

「「「は、はい!」」」

 二人のやりとり眺めているだけだった数人は流樹の指示に従って倒れている子に声をかけていく。

 

「精気なき肉体よ。冥界へ渡る魂よ。我は汝らを導きし先導者にして管理人。肉体は静かに眠り、魂は冥界で裁きを受けるだろう」

 

 体のあちこちから包帯を生み出し運ばれてきた怪我人を片っ端から包帯を巻きつけていく。

 包帯を巻いた対象の状態を維持する効果を使い悪化させないように移動することができる。

 

「全員終わったな」

 ポケットからスマホを取り出し”皿木さん”をタッチして電話をかけた。

 

『はい、どうなさいました』

「万理谷祐理の依頼で儀式場にいる生贄にされた魔女と巫女、全員助けることになったから」

『なぜそんなことに!?』

 電話越しにバタバタと音が聞こえて来る恐らく上司に伝えに行ったのだろう。

「儀式場から一番近い魔術結社に連絡して迎えに来るように言ってくれる。俺の名前を出せば嫌とは言わないでしょ」

『言わないでしょうがよろしいのですか?下手したら委員会からの報酬は受け取ることができなくなりますが』

「いいよ、代わりに面白いことになったから。じゃあ、よろしく」

 

 通話を切って作業をしている万理谷に声をかけた。

「万理谷!委員会に連絡して近くの魔術結社に迎えを寄越すように頼んでもらったからな」

 

「はい!分かりました。もう少し辛抱だからね」

名前も知らない少女の手を握りながら声をかけ続けている。

 

「明星の王」

「ん?」

声をかけてきたのは銀髪をポニーテールにした少女だった。

 

「私は『青鋼黒字十字』の魔女の一人リリアナ・クラニチャールと申します。今回は助けていただきありがとうございました」

ペコリ、とお辞儀をしながらそれでいて礼儀を忘れないしゃべり方。

 

「ああ『青鋼黒字十字』って確か『赤鋼黒字十字』とこのライバルのとこか」

「その認知で間違いはありません」

「座ればいいよ立ってると辛いだろ」

儀式に生き残ったとはいえ体から魔力は殆ど抜け、意識がある者の方が少ない。

 

「では、御言葉に甘えて」

地面に正座で座るリリアナだが、丈の短い事に加えてリリアナが年端も行かない美少女であるため若干、犯罪臭と扇情的な気もするが気にしないでおこう。

 

ゴロゴロゴロッ!!

 

雷の音が最初の頃より近くなった。

「ヴォバン侯爵は嵐を操るから近くに来ているかどうかは雷の音で判断出来るけど、戦いたくはないな」

 

数日前にドニと決闘をしたばかなのだ、すぐに他のカンピオーネと戦いたくなんてないがそんなもん関係は無かったようだ。

 

「生贄共がゴソゴソしているから何かと思えば新しき王が来ていたのか」

 

白髪にツリ目、獰猛そう笑い方。

黒いコートに連れてあるく数十匹の狼の群れ。

 

そこに立っていたのはまつろわぬ神と戦っていると思っていた、ヴォバン侯爵その人だった。



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隠す守り

「名を尋ねようか新しき王よ。私の名は知っていようが、私は貴様の名を知らぬ」

 

 不敵な笑みに上からの物言い、まさに年寄り臭さこの上ない。

 黙れじじい!と言いたい気持ちを抑えながら自分の名前を答えた。

「月宮流樹でも明星の王でも好きな方で呼んでくれ、で、なんの用だヴォバン侯爵。もしかして儀式に使った魔女や巫女を連れてかれちゃ困るっていうのか。てかさ、まつろわぬ神の招来に成功したんだろ。なんでこっち来てんだよ」

 

 質問をした時ヴォバン侯爵の眉間には皺が寄り、憎たらしそうな顔をして今だ戦闘音が聞こえる方角を睨みつけた。

 

「剣の王、サルバトーレの小僧が私の獲物を横取りしていったのだ!」

 問題しかお前は起こさないのかドニ!と此処には居ない知り合いに文句を心の中で叫びながら密かに権能の準備を始めた。

 

「それで、ヴォバン侯爵は俺に何のようですか」

「何、新しき王が居ると分かったのでな私の遊び相手になってもらおうかと思ってな」

  

 最悪の展開だ。

 権能について調べてないカンピオーネ相手に後ろには、迎えがくるまで移動もまともにできない怪我人が数十人。加えて狼を使役できる権能でも持っているのか知らないけど、自立して動くタイプだろうから周りに気を配り守りながら戦わなくちゃいけない。全く持って最悪だ。

 

「小僧よ。私が集めた贄を守りながら戦えるかな」

 両手を広げ始めようと言いたげなポーズを取ると、ヴォバン侯爵の周りに居た狼たちが一斉に流樹の後ろにいる少女たち目掛けて走り出した。

 

「精気なき肉体よ。冥界へ渡る魂よ。我は汝らを導きし先導者にして管理人。肉体は静かに眠り、魂は冥界で裁きを受けるだろう」

 

 聖句を高速で唱え地面から包帯を大量に生み出し少女たちドーム状にした包帯で覆い隠す。

 狼の群れはその牙と爪で包帯を噛み千切り、斬り裂いて行くがそれよりも早く包帯が生まれ空いた箇所を隠していく。

 

「せっかくだ、掌握が進んだ権能の効果をお披露目と行こうか。その身を隠す。狙われる我が身を茂みに隠す。草木に隠された我が身はたとえ神だろうと見つけることは叶わない」

 

 ドーム状の包帯は薄い緑色に輝き包帯が空気に溶けるように消えていくと中から現れたのは少女たちではなく。茂み、緑に輝き草木の揺れる茂みだった。

 

 アヌビスの権能『監督官の冥狼(ストゥム・ソウル)』の新しい効果である『身を隠す茂み』。

 発動条件は包帯で一定の範囲を覆い聖句を唱える事、ただし中に生物が居なくてはならない。一度発動すれば解除するか茂みの中にいる者が自分の意思で出てこない限りは外からの攻撃を受け付けない。破れるとしたらアヌビスの神話に関係する権能くらいだ。ただ面倒なことに『身を隠す茂み』を使っている最中は包帯が使えなくなる。理由は恐らくアヌビスは生まれてすぐにセトに殺されないように母親のネフティスの手によって茂みに隠された。その後成長したアヌビスはミイラを作る神になったつまりミイラ作りの神になる前の状態を表現した効果だからだろう。

 

「お前等そっから出てくるなよ、出てこない限りは安全だ。リリアナお前が指揮を取れ迎えが来たら他の奴らを連れていけ」

「分かりました。ご武運を!」

「さて、待ってくれてありがとよヴォバン侯爵」

「なに、観客が居ないのつまらないが、負けた後で守っていたことを言い訳にされては堪らないからな」

 

 ガゥ!

 

 少女たち狙っていた狼の群れは標的を流樹に替えて襲い掛かってきた。

 『妖狐の覚醒(ウェイク・キュウビ)』の聖句を唱える。

「本物にして偽物、この体に宿すは革命を示すものにして、九の尾を持つ妖の王」

 頭に耳と腰の辺りから生えた九本の尻尾。

 尻尾を鞭のようにしならせ狼をなぎ払う。吹っ飛ばされた狼は元からいなかったかのように消えてなくなった。

 

「狼は権能なのは間違いないけど、どこの神の権能だ」

 狼ならフェンリルが有名だけど、フェンリルが普通の狼を従えたなんて話は読んだことないしな。

 

「私の狼を簡単に倒すか、なら次は私を楽しませてくれた強者たちを紹介しよう」 

 パチン、と指パッチンをして合図を送ると、ヴォバン侯爵の影が伸びて影から出てきたのは人いや死者たちは、甲冑を着た騎士やローブを着た魔術師たちだった。

 

「死者を縛る権能か」

 死者達たちには呼吸も無ければ鼓動も無い。おそらく、感情すら無いだろう。

 

 ウオォォォォ!!

 

 パンデミック映画のゾンビのような声を上げながら手に持つ剣や斧を振りかぶり斬りかかってくる。

 死者に対しては『監督官の冥狼』の包帯は強力な対抗手段となるが、今は『身を隠す茂み』を使っているため使えない。残る権能は今発動している『妖狐の覚醒』と『明星の光源(ルミナス・スター)』の二種だが、『明星の光源』は使っても大した威力は出ないだろう。

 

 流樹は爪と尻尾を動かし攻撃を防ぎ、死者たちをなぎ倒し、放たれる魔術を避けながら空を睨んだ。

 そこには輝かし太陽の姿はなく、分厚い雨雲で隠され次第に強くなる雨があるくらいだった。

 

「ヴォバン侯爵と俺の相性は最悪だな。立っているだけで権能の効果が半減する」

 『明星の光源』星の、引いては太陽の光を源とした権能。太陽が隠されれば効果が落ちるは必然だった。玉藻前やドニの時に見せた上空から光鳥を落下させる技は今回は期待できない。

 

「さあ、新しい王よ。どうやって私を退けるか見せてもらおうか!」

 ヴォバン侯爵の感情に比例した嵐は激しさを増した。

 



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人狼と人狐

 リリアナ・クラニチャールたち『まつろわぬ神招来の儀』の生贄として集められた自分たちを外からの侵入しようとする敵を拒み、隠すように囲む草木―――茂み。

 それは神の神話を体現した権能の一つ。

 

「……すごい、一瞬でこのような」

 初めて見る権能は、今まで自分が学んできた魔術とは全く違うものだった。

「…隠すは赤子の身……草木の茂み……不倫の子…」

 傍に座っていた巫女の万理谷が無表情で口にしたのは天啓、この権能に関する情報を無意識に受け取ったのだ。

 

「お前等そっからでてくるなよ。出てこない限りは、安全だ。リリアナ、お前が指揮を取れ。迎えが来たら他の奴らを連れて行け」

 茂みの外にいる流樹の声は、戸惑っていたリリアナの意識を現実に引き戻すのに十分な効果があった。 

「分かりました。ご武運を!」

 

 月宮との会話が終わると外では戦いが始まったのか、様々な音が聞こえてくる。狼の鳴き声、正確に聞き取れない聖句、王同士の会話。

 

「全員迎えが来たらすぐに動ける準備をしろ!私たちが此処にいるだけで明星の王の邪魔になってしまう!」

 

 もしも、自分たちを守っていたせいで負けたとなれば、問題になるどころか一族全員殺されかねない。それほどまでに、王の命は重い。

 

「誰か遠くを見ることが出来る術を使える者は居ないか」

 呼びかけた中で手を上げた数人には、各自違う方角を見るように頼んだ。

 これで迎えを見逃すことも無くなるだろう。

 

 リリアナは、自分たちを守る為に権能を使いながら、今だ戦っている流樹の事を思った。  

 片や”まつろわぬ神”を招来させる為に自分たちを生贄にし、片や、自分たちを庇ってくれた。

「ヴォバン侯爵とは随分と違う方だ」

 少なからず流樹に良い印象を浮かべ、同時に好感も持てた。

 

「見つけました!術者の乗った車が数台こちらに向かってきてます。東の方角に約160メートルです!」

 

 寝込んでいた者も、治療にあたっていた者もワッと歓声が上がった。

 自分も歓声を上げたいのを抑え、全員に指示を出す。

 

「此処で待っていては王の戦いに巻き込まれる。こちらからも車の居る方角に向かって歩こう。全員速やかに準備をしてくれ」

 全員が急いで移動の準備を始めた。

 まともに動くことが出来ない者には肩を貸したり、おぶることで対象する。

 

「明星の王よ!迎えが来たので私たちは移動を始めます!」 

 大声で茂みの向こう側に居る流樹に声を掛けた。

 

「分かった。こっちもそいつ『身を隠れの茂み』を使ってるせいで、権能が一つ使えないからな。早めに移動してくれ!」

 

 やはり、自分たちは足を引っ張っていたか、と申し訳なさに歯噛みしながら、流樹の声を聞いた全員がより一層急いで移動を始めた。

 

 

 

 

 流れる血。

 腕、足、肩、背中、尻尾、体のあちこちから流れる血が服をドス黒く染め、息切れを整えようとすれば再び死者たちが動き始める。

 

「明星の王よ!迎えが来たので私たちは移動を始めます!」

 茂みの中から聞こえてくる声にやっとか、と思いながら空気を吸って、大声で返事を返した。

 

「分かった。こっちもそいつ『身を隠れの茂み』を使ってるせいで、権能が一つ使えないからな。早めに移動してくれ!」 

 死者の肩を踏み台にジャンプすることで攻撃をかわし権能『身を隠す茂み』をキャンセルする。

 遠くには早足で移動する万理谷やリリアナの後ろ姿が微かに見えた。

 茂みはドーム状の包帯に変わり、ゆらゆらと動く。

 

「精気なき肉体よ。冥界へ渡る魂よ。我は汝らを導きし先導者にして管理人。肉体は静かに眠り、魂は冥界で裁きを受けるだろう」

 地面に足が触れると、揺れていた包帯は一斉に槍のように死者たちに向かっていく。

 

 死者たちは剣や杖を使って包帯を防ぐが、数百本という数の前には全てを防ぐことは出来ずに攻撃を受けた。

 攻撃を受けて軽く蹌踉めくが、所詮は包帯。威力があるものではない。

「包帯を操る権能か。どうやら、攻撃に適した権能ではないようだな。……何!?」

 ヴォバン侯爵が目にしたのは、膝を付き剣や杖を落とし、ヒビが包帯の当たった箇所から次第に全身へと広がっていき。最後にはバラバラに砕け、塵となって夜風に消えていった。

 

 『死せる従僕の檻』はヴォバン侯爵が殺した者の魂を縛りつける権能だ。対して流樹の『監督官の冥狼』は包帯で触れた相手から精気を奪い取りミイラに変える権能であり、肉体が無くとも魂に干渉し精気を奪い取れる。加えてアヌビスには魂を冥界に運ぶという役目もあるため、魂に干渉することができる。

 

「俺の権能は死者に関係するからなアンタの死体とは相性が悪いようだな」

 立っていた死者たちは皆、塵となって消えていった。

 

 ヴォバン侯爵は手下を減らされたことに苦虫を噛み潰したかのような顔をしながら新しい権能を発動した。

「従僕共を消した位で調子に乗るなよ小僧!私には他の権能もあるのだよ!」

 

 ウオォォォ!!雄叫びを上げながら新しい権能を発動した。

 全身の筋肉が膨張し着ていたコートを内側から破き、肌は灰色の毛に覆われる。ヴォバン侯爵は人から人狼へと変貌を遂げたのだ。

 

「貴様と同じ自身に関する権能だよ」

 睨み合う人狼と人狐

 ()同士の殺し合いは始まった



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剣と狼と明星

「で、何があったの?」

 流樹の自宅で、机を間に挟み向かい合うように椅子に座る二人。

 机には、マフィン、マドレーヌ、ショコレート、ケーキ、高級ステーキ、ワイン、シャンパン等の飲食物から、タオルケット、マグカップ、ワイングラス等の日用品が入った箱が山になっている。全てが高級品であり、全てが流樹宛に海外から直達便で届けられたものだ。

 

「儀式の時に助けた、生贄だった子たちの所属する結社とか家からの送り物、か」

 

 新実ははぁ、とため息をつきながら山の中から箱を一つ手に取り、名前を見るとニュースで取り上げられる程の有名店の名前であり、それが他にも同じようなものがいくつも見つかった。

 

「命をかけたわりに、高級お菓子とブランド日用品ね、まあ、元は取れたんじゃない?そういえば、ヴォバン侯爵には勝ったの?負けたの?」

 

「いや、決着はつかなかった」

「どういうこと?」

「実はさ」

 

 流樹は送られてきたお礼を整理しながら、ヴォバン侯爵との戦いのことを新実に話した。

 

 

 

 

 

 

 振るわれる腕を避けながら尻尾を鞭ようにしならせて脇腹に打ち込み。

 繰り出されたもう、一方の腕の攻撃は避けきることができずに、胸に五本の縦線が抉られた。

 

 ヴォバン侯爵は爪と怪力を。

 流樹は爪と尻尾を。

 お互いが獣の特性を活かした攻撃を繰り出す。

「その尻尾邪魔で仕方がないな」

「アンタだって体は大きくなってるし、爪だって切れ味あるだろ」

 

 流樹は体に包帯を巻き、流れる血を止めようとする。

 

「なかなかの実力だな。まつろわぬ神と戦えなかったが、代わりに良い敵と巡り会えたぞ!」

互角に戦える相手に出会えた事に喜び、叫ぶ。ヴォバン侯爵の高揚に比例して強くなる嵐。

 

「こっちは少し前に、ドニと戦ったからな。正直、戦う気は無かったけど、始めると滾るもんだな」

 

自分の周りに青い炎の狐火を生み出し、群がる狼を焼き払う。

戦場を狼が埋め尽くせば、青い炎が飲み込み。青い炎を、ヴォバン侯爵が腕を振るいかき消す。

 

「熱くなる戦いも良いが、そろそろ決着といくか」

 

 呪力を大量に消費する代わりに、伴って大きくなる狐火。

 煌々と燃える狐火は、さっきのとは比較にならないほどの大きさであり、熱量を放っていた。

 

「なら、私も見せるとしよう」

 

 ヴォバン侯爵は使わずに隠していた権能を使うために人の姿に戻り、権能を発動しようもした瞬間、流樹とヴォバン侯爵の間に、人の形をした影が飛び込んできた。二人は警戒し動きを止め、砂煙が収まると、そこに居たのは、今回は、流樹とヴォバン侯爵が戦う原因にもなっ"サルバトーレ・ドニ"が肩に剣を担ぎ、体の周りには輝くルーン文字が浮かんでいる。

 

 後にグリニッジ賢人議会から『鋼の加護(マン・オブ・スチール)』と名付けられる権能をドニは簒奪して数分の間に使用している。

 この無茶苦茶な辺りがカンピオーネというべきか、それとも、ドニだからできるのかは不明なところだ。

 

「ズルいじゃないか。戦いなら、僕も混ぜてくれないと」

 

 いい感じに決着を着けて終わるという状態だった二人の間に割って入り、ヴォバン侯爵の獲物だったまつろわぬ神を横取りしていった、サルバトーレ・ドニにヴォバン侯爵が怒りを向けないわけもなく。

 

「貴様!一度私の獲物を横取りしただけでは飽きたらず、二度も私の戦いの邪魔をしてくれたな!許さんぞ!」

 

 ヴォバン侯爵の怒りに伴い発動した権能『劫火の断罪者』の神すら灼き殺す焔が全方向に広がる。

 

「おっと!」

 ドニは肩に担いでいた剣を振り下ろし、流樹は地面を強く蹴り、近くにあった石柱の上に着地する。

 剣で焔を斬り払うドニもこれには堪らないと、剣を強く振り逃げ道を作り出しそそくさ、と逃げ始めた。

 

「これは、ちょっとマズイかな。今日はまつろわぬ神を戦えたから満足しておくよ!じゃあね」

 

 辺りを一瞬で焔の海にした関接的な元凶は、何食わぬ顔をして颯爽と走り去る。

「逃がすか!サルバトーレの小僧!」

 一層激しさを増し、焔の海が広がっていく。

 

「決着がどうとかって言う前に、燃えて灰になりそうだな。俺も燃えないうちに逃げるとするか」

 

 石柱の上からジャンプして後に空中で神速を発動して、体は黒い煙となって空を走るように移動していく。

 

「委員会に、なんの呪具もらうか考えておかないとな」

 空を移動する中でヴォバン侯爵とドニのことは既に頭になく、もらう呪具のことで流樹の頭の中はいっぱいだった。

 

 

 

 

 

「こんな感じのことがあった」

「サルバトーレ卿とヴォバン侯爵も素晴らしい位に大暴れしたけど、流樹も同じ位こっちも迷惑かけたわよね」

 

 頭に手を当てて頭痛がすると言いたそうな表情をしている新実。

 現にその通りだ。正史編纂委員では、流樹からの「近くの魔術結社に迎えを頼んどいて」の対応に大忙しだった。現地周辺の魔術結社も儀式の事を隠したり、誤魔化したりで手一杯だったところに、いきなりのカンピオーネ名義で依頼。断る事も出来ずに、足りていない人員を余計に別のところに回す必要が出てきた。

 

 皿木さんから聞いた話では、儀式に生贄として集められていた少女たちの治療は終わり、無事に各地に送られたそうだ。

 

 現場を焔の海にしたヴォバン侯爵の方は、ドニと流樹が居なくなったことでやることもなくなり、権能を解除後、主に活動しているバルカン半島辺りにある住処に帰ったそうだ。

 

「ヴォバン侯爵、相手だと権能の相性が悪いし、次、会ったらマジで殺されそうだ。結局、ドニの邪魔が入って決着も着かなかったし」

 

「そういえば、委員会から報酬に渡す呪具を決めといてくれって、伝言ね。あと、これ」

 

鞄から取り出し、机の上に置いたのは一つの封筒。

封蝋には、マークがあるものの初めてみるもの。封を開けて、中に入っている手紙を読む。内容は、海上で行われるパーティーへの招待だ。

 

「助けた生贄の子の所属する、魔術結社からよ」



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海の予兆

 波に揺られる豪華客船のデッキで、流樹は片手にシャンパンを飲みながら溜息を漏らす。

 

 カンピオーネということで刺さる恐怖と畏怖の視線から始まり。次は、王の権力と影響力を欲した欲丸出しの魔術師の挨拶。

 やってくる人の大半は、やれ、家の娘を御付きにとか、やれ、娘は出来のいい魔女でして、ぜひとも従者に、とか、自分の娘を傍に置かせようとしてくる人ばかりだ。

 

 ヴォバン侯爵ともドニとも違うタイプだと分かったことで、少しでもお零れをもらおうと思ったんだろう。 

「流石に、カンピオーネになる前だったら気づかなかっただろうけど、今は分かっちゃうしな」

 

 カンピオーネには本能とも野生の勘というべきものが例外なく備わっている。それは、戦闘以外にも、賭け事や人と話す時にも作用する。つまり、いくら作り笑いをしても、いくら雰囲気を誤魔化しても、にじみ出る欲深さは悟られる、というわけであり、その相手を数時間もしていた流樹からすれば、少し位一人になる時間が欲しかった。

 

「長いものには巻かれろってことかね」

 

 グラスを傾けてシャンパンを全て口に流し込む。空っぽになったグラス越しに空に輝く月を覗き見る。

 グラスに反射して月明かりは歪み、月が二つにも見えた。

 

「そういや、ゆっくり空の見上げるなんて久しぶりだな」

 まつろわぬアヌビスとまつろわぬケツアルコトルを殺したことでカンピオーネとなり、次はまつろわぬ玉藻前、そして同じカンピオーネである、サルバトーレ・ドニとの決闘から、数日後にはヴォバン侯爵との戦い。決着は着かず、不完全燃焼で終わった。

 別に終わったことをグチグチと言うつもりはない。そのうち、戦う機会なんてやってくるだろう。ただ、忙しかった。学校、勉強、テスト、命を賭けた殺し合い、決闘、依頼。一年と経たずに何度死にかけたことか。

 

「マジで、サポートを頼める従者を一人でも、探したほうがいいのか?」

 波の音だけが聞こえる中で、カツカツとヒールが床と当たる硬い音が僅かに聞こえてきた。 

「ん?」

 上を向いていた顔を正面へと戻すと、そこには、雪のように白い肌に銀髪で水色のワンピース型のドレスを着た少女がこっちに向かって歩いていた。

「やっと見つけましたよ。命の恩人様」

 目の前で止まり。

 背筋をピンと伸ばして、ドレスの端を指で摘まみ上げて、軽く頭を下げる。

「一度会った際には挨拶をする事が出来なかったので、改めてさせて頂きます。ロシアの魔術結社《白雪(しらゆき)(つどい)》に所属しています。ファルナ・レテイラと言います。月宮流樹様。改めて、ヴォバン侯爵の『まつろわぬ神招来の儀』の際に助けて頂きありがとうございました」

 

 正直言おう。知らん奴だ。

 いや、もしかしたら見たかもしれない、もしかしたら包帯を巻いたかもしれないが、何十人といるなかで、一人一人の顔を覚える余裕なんて無かった。

「正直言って覚えてない。だから、初めましてでいいよ」

 首筋を掻き、目を逸らしながら、正直に覚えてないことをファルナに伝えると、ファルナは嫌な顔をせずに、頷いた。

「はい!月宮流樹様。早速なのですが、私を従者にする気はありませんか?」

 いい笑顔と元気な返事と一緒に返ってきたのは、さっき、自分が口にしたことを聞いてんじゃないかと思えるような言葉だった。

 

「従者って、メイド的な意味?それともカンピオーネの戦闘の補助って意味?」

「個人的には後者が望ましいですが、前者でも可です。それが、私がヴォバン侯爵に連れて行かれてる間に、結社の私の立ち位置が、もう後輩に奪われてまして。見事に放逐された状態なんです。それに、助けて頂いた時に、月宮流樹様に一目ぼれしまして」

 

 頬を赤く染めながらクネクネしているファルナ。

 聞く限りでは、不運な奴だ。

 生贄になって帰ってきてみれば、後輩に立場を奪われて、結社に居続ける事はできず厄介払いされたわけか。

 

「ヴォバン侯爵が生贄に欲しがる奴を結社の奴らが、そんな簡単に捨てるのかよ」

「いえ、私。正確には私の血筋はある呪いがありまして」

「呪い?」

 

「三代前の当主が悪魔と取引して魔術の才能と引き換えに、自分より魔術で優れた者としか交わっても子が出来ない、というアホな呪いを与えられまして。結社としては、私で終わるかもしれない家よりも、続く家の子に経験を積ませたかったのでしょう。代わりに私は一目惚れした月宮流樹様の所で従者になって、出来れば子供も授かって暮らしたいところです」

 腰に手を当ててピースをしながら、結構暗い話を軽くしてくれたものだ。

 呪いと後継ぎか。

 

「確かに、アホな呪いだな」

 そしてこの子は結構、アホな子だ。ことの重要性を理解していない。

「お試し期間ということで1ヶ月位お願いしようかな。魔術に関しては俺は疎いから」

 

「それでは、お願いね。未来の旦なぁ~!?」

 

ファルナが話してい最中にグラリ、と大きくなる豪華客船が横に揺れる。

 

「おっと!」

 

揺れによって傾く体を脚に力を入れて立て直しながら、柵から上半身を乗り出し海面を見る。

 

この豪華客船が浮かんでいる海域はこの時期、荒れることなく静かだ。だからこそ、豪華客船はこの海域を選んだ。つまり、海面が荒れる何かがあったか、何かが居るかのどちらかだろう。

 

一般的には、前者が正解で解決するものだが、乗っているのは、魔術の関係者とカンピオーネ。この場は後者と見るべきだ。

 

そして、それは的中していた。

 

海面に居たのは、いや、あったのは足。

先端は槍の穂先のように細く徐々に太さを増し、直線の吸盤が足にある。それは、タコかイカのどちらかの足であり、海で大型の船を襲えるほどの巨大な生物といえば、ゲームやアニメ、映画の題材にすら用いられる有名な海の怪物━━クラーケンだ。

 

 

 



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フェルナの初恋

 夜の海に豪華客船を沈めようと、蠢く五本の足が豪華客船に絡みついていく。

 船の中から叫び声が流樹の耳には入ってくるが、気にしている余裕など無かった。

 

 何せ、ここは海の上なのだ。

 豪華客船が沈めば真冬の海に投げ出される。それはカンピオーネである流樹にとっても死に直結している。

 

「クラーケンと豪華客船とか、B級映画が一本出来そうだな。空に浮かびし星にして空を舞いし鳥。灰からいでて星となり輝く光と炎を放つ、流れる星は絶えず空を鳥の如く飛び渡る」

 

 左右の揺れに耐えながら聖句を即座に唱え、空に輝く月を還しての太陽の光を集める。体の周りに生み出された光鳥は羽を羽ばたかせて、豪華客船に絡みついた足に直撃して爆ぜた。

 

 足を黒く焦がし一部が吹き飛び、引き剥がされたクラーケンの足はウネウネと奇妙な動きをしながら海中へと戻っていった。

 

「これで、終わりなわけないか。ファルナ、初仕事だ!豪華客船の中の魔術師を統率して、魔術でも避難用のボートでも使って船から退避させろ。足手纏いが居たんじゃ戦えないからな!」

 

 床で蹲っていたファルナに仕事を言い渡す。

「はい!見事にやり遂げて見せますよ!」

 二つ返事でヒールとは思えない軽やかな速さで、階段を駆け下りて行った。

「さて、こっから本番か」

 

 海中が盛り上がり、ザヴァ!と滝が流れ落ちるような音と共に姿を現したのはクラーケンの足ではなく、クラーケンの本体だ。

 

 全体的に濃い藍色の体に、電球のような丸っこい頭に、黄色に光る二つの眼、ウネウネと動く合計八本の足。

 

「デカすぎだろ。タコ焼き何個作れるんだ?」

 クラーケンの全体像を見てタコ焼きを思い浮かべるのは、恐らく世界広しと言えど流樹だけだろう。

 

 ゆっくりと、三本の足を上に伸ばし、攻撃の準備をするクラーケン。流樹もそれに合わせて、光を集めて光鳥を数匹生み出すが、今の月は三日月だ。太陽の光を元に作っている光鳥は量産することができず、最大数で十二体しか作り出せない。

「■■■■■■■■■!」

 人間には聞き取ることの出来ない奇声を上げながら、振り下ろされる足に向かって光鳥をぶつけた。

 衝突し合う光鳥とクラーケンの足。

 白い光と赤い炎が発生して一瞬で消え、白い煙と焼け焦げた匂いと共にクラーケン本体も苦悶の声を上げた。

 

「■■■■■■■ッ!?」

「足を破壊するには数が足りないか。変えるか、精気なき肉体よ。冥界へ渡る魂よ。我は汝らを導きし先導者にして管理人。肉体は静かに眠り、魂は冥界で裁きを受けるだろう」

 

 権能を『明星の光源《ルミナス・スター》』から『監督官の冥狼《ストゥム・ソウル》』に切り替え、攻撃の準備をする。

 

 右腕から包帯を数十本産みだし螺旋状に薄く巻きつけていく、さながらロボットアニメの剣と腕が一体化した武器のように。

 腕を振りながら可動範囲を確かめていく、初めてにしては上手く出来たか。

「やってみるとできるもんだな」

 

 剣を構え、槍や鞭のように襲い掛かってくるクラーケンの足に左腕から伸ばした包帯を巻きつけ、ロープアクションをしながら回避行動を取りつつ足を切っては移動を繰り返していく。

 自分の足の間を飛び回る流樹を叩き落とそうとクラーケンもクネクネと足を動かすが、対象が小さく素早く動く為捉えることが出来ずにいる。 

 その間に増えていく足の傷。

 傷こそは小さく足を断ち切るには至ってないが、傷が増えれば増える程、流樹の有利は増していく。

 

「旦那様!避難が済みました!」

 デッキに立ち、手をメガホン代わりにして大声で叫んでいるファルナの姿がそこには有った。

 ほぼ同時に、流樹とクラーケンの意識はファルナに向き、クラーケンが戦いの最中に現れた獲物を捕らえようと動き出すまでそう時間は掛からなかった。

 三本の足が槍のように先端を尖らせてフェルナに向かって真っすぐに突き進んでいく

 

@@@フェルナ視点

 

 あ、死んだ。

 それが私の思った最初のことだった。

 先祖が悪魔と契約して、呪いを受けて手に入れた魔術の才能は容易に死を感じ取ることができた。

 自分の身体能力では回避不可能な速度の攻撃、いくら魔術に優れていも発動できなければ意味はない。

 

 ゆっくりと近づいてくるクラーケンの足。その足を止めようと焦りながら腕から包帯を伸ばしている姿がフェルナには見えた。

 自分を助けよと動いている流樹の姿を見ながら、フェルナは折角好きな人が出来たのにな、と言葉にして口に出すが、クラーケンと流樹の戦いの音にかき消されていった。 

 

 私は明星の王―――月宮流樹様に嘘を言った。

 確かに先祖は悪魔と契約して、魔術の才能と引き換えに呪いを受けた所まではあっているけれど、呪い内容は嘘の内容を伝えた。本当の呪いの内容は、”心の底からの恋を20歳までにしなければ死亡する”という呪いだった。でも、この呪いには抜け道があって、呪いに掛かるのは一番最初に生まれた子供だけ。二人目、三人目は悪魔の呪いにはかからない、結社で私の立場を奪ったのは後輩じゃなくて私の妹

 

 結局、私は家と親の決めた道を途中まで歩いてそして、あの日の事件を切っ掛けに自由を手に入れた。

 正直に言っちゃえば『まつろわぬ神招来の義』に生贄として呼ばれた時は、死に場所が神か悪魔によって用意されていたんだ、と思ってた。

 それも違っていたけど、会ったのは、初めてこの人の為に自分の全てを捨てても良いと思える程に、心を燃え上がらせる程に熱い恋。

 

 だから、もし、自分のせいであの人(旦那様)が怪我をするくらいなら、私は死を選ぶ。



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