Fate/Broken ideal (Lychee)
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prologue

1人の白いワンピースを着た金髪の少女が、辺り一面に色とりどりの花が咲き誇る場所に立っている。彼女は辺りを一度見渡した後、静かに歩き出した。何か目印があるわけでもないが、彼女は歩き続ける。まるでその先に何があるのか、いるのかを知っているように。

 

彼女がしばらく歩いていると次第に花々の中に変化が訪れた。

 

彼女の右前方に大きな湖が見え、その湖の上に見目麗しい妖精たちがいる。妖精たちは、彼女を一瞥すると1人の女性の姿をした妖精が美しい羽を羽ばたかせて彼女の前に飛んできた。他の妖精たちは彼女の前に飛んで行った妖精をじっと見つめていた。

彼女の前に飛んできた妖精は、言葉を発することはなく手招きをして彼女についてくるように指示し、前に向かって飛んで行く。彼女は妖精が案内してくれるであろう場所に誰がいるのかをある程度予感していながらも何も話さずに妖精の後について行く。

 

それから自分の体内時計で約30分ほど歩いていると、次第に高くそびえ立つ塔が視界に入ってきた。その塔はこの場所にはとても不釣り合いなもののように思える。塔は天高くまで伸び、一見脆そうに見えるがその作りはとても頑丈で、例え世界の終わりがきたとしてもこの塔だけは残るのではないかと思えるほどの塔だった。その塔の中に少し大きな鳥籠のような部屋が見えた。鳥籠の中には1人の人影が見える。はっきりと見えたわけでわないが、彼女にはそれが誰なのか既にわかっていた。

 

妖精はこれで自分はお役御免だと言うように、塔を指差すと彼女に頭を下げてその姿を消してしまった。彼女は妖精が指差した塔を目指して歩き続けていると、咲き誇っていた花々が急に成長し、人の姿を形作った。

 

「やあ、久しぶりだね」

花には発声器官などついていないはずなのに男の声がした。

その声の主は、かつての自分の師であり、多くの戦いで共に戦略を考えた戦友の声だった。

「ええ、お久しぶりですね、マーリン」

「まずは、君とのようやくの再会を祝福したいものなのだが、そうはいかなくなった。君に一つ頼みごとがあるのさ。」

マーリンと呼ばれたその人の形をした花々は、一呼吸置いて先ほどよりも少しだけ力強い声で彼女に告げる。

「君に世界を終わらせてきてほしい」

少女の思考はその瞬間に真っ白になった。確かに、自分はかつて多くの民族や龍や巨人とも戦い多くの戦争を勝利に導いて来た。

言い訳になってしまうようだが、それでもその戦いは必要なものだった。戦わなければ自分たちが殺され多くの人々が傷ついた。少女は人々に少しでも幸福であってほしいという願いから剣を取り、多くの騎士たちと背中を預け合い戦ってきたのだ。

もし、それを認めたとしたら、それはこれまで彼女が殺してきた者たちと同じ事。いや、それ以上の邪悪だ。

彼女はこれまでの自分の人生に誓って、そして、その後のあの美しくもはかない奇跡のような日々に誓って、決してそのような事はできない。少女は激情を抑えきれずに言葉を吐き出す。

 

「それはどういう事ですか⁈私に一つの世界を壊す魔王になれと言っているのですか⁈」

「まあ落ち着きなさい。話は最後まで聞くものさ」

彼女は荒ぶった息を整えるために大きく息を吐いた。

彼女のその姿を花越しに見たマーリンは話を続ける。

「君は王としてブリテンの終結を見た後、模倣聖杯を求めて多くの英雄たちと戦った。しかし、君は聖杯をちゃんと諦めて今ここに至った。そうだね?」

彼女はこくりと頷く。

「君は王としての人生では得られなかった経験をした。それはある少年たちとの戦いの記録の中で確かに育まれたものだ。そのことに関して、僕は彼らに感謝しなければならないね。でも、今はそれどころではなくなってしまった。いや、正確に言えば、君が出張るまでもなく、事は解決するかもしれないが、僕や妖精たちは世界の抑止力だけでは収集がつかないと判断した。君はもう一度戦わねばならない。今から君が行う戦いは世界を壊す戦いであり、世界を穏やかな終わりへと導く戦いだ」

 

『穏やかな終わり』それはかつて彼女が目指した国の終わり方だった。マーリンはきっとその言葉が少女には引っかかる言葉であることを認識しながら言葉を紡いだ。

人の形をした花々は彼女の見えない聖剣を指差す。

 

「君はその剣の鞘を持って限界してはいけない。というか出来ない。理由は説明できないが、君を送るときにおそらく自動的にこちら側に残ることになるだろう。」

もう話は終わったとばかりに人の形をした花々は踵を返し、立ち去ろうとする。

「ちょっと待ってください!あなたはいつも説明が足りないのです!」

「ははは!今のは少しだけ傷ついたぞ!まあ、事情はそのうちわかるさ。さあ!行ってくるといい!偉大なる最後のペンドラゴンよ!」

 

少女は慌てて花に手を伸ばすが、彼女の手が触れた瞬間に花々は言葉を残しながら散ってしまった。

そして散った花々はしょうじょのまわりをまわりはじめおおきな

その瞬間、彼女の視界は白くかすみ、大きな光に包まれた。

 

「行ってらっしゃい。アルトリア」

そう言うと、マーリンは塔の中でふふふと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルトリアを送り出して数分が経った頃だった。

「うん?どうしたんだい?」

マーリンがふと塔の外を覗くと1人の要請が慌てて飛んできた。

「ふむふむ、送る時間を約3カ月ほど間違えたと、

……………………3カ月なんて誤差みたいなもの、あの娘ならなんとかしてくれるさ!」

高らかに笑いながらマーリンは明後日の方向を向いたのだった。

この場にいた全ての妖精たちは思った。

やっぱり、こいつはダメだ、と。

 

 

 




はじめまして。
後書きからで失礼します。
今回登場したアルトリアさんですが、しばらくの間でてきません!
アルトリアさんがでてくるんなら読んでみようかな、って考えていた方には申し訳ないのですが、後々にちゃんとでてくるので長い目で見てくれたら幸いです。
では、次回の話も頑張りますので応援よろしくお願いします。


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衛宮士郎は未だ己の正義を見つけていない………

それでは、よろしくお願いします


12歳ほどの1人の少年と30代のように見える青年はただ呆然と目の前の光景を見つめていた。

目の前に広がるのはドーム状の闇だ。

闇は家々を飲み込み木々を飲み込み、そして人を飲み込んでいく。これまでに見た中でも最大級の地獄が目の前に広がっていた。

多くの人々が闇に吸い込まれながら悲鳴をあげる。

少年はその光景を震えながら見ていた。

こんなことがあっていいのか、多くの人々が顔を絶望に染めながら引きずり込まれる。きっと、彼らは何も悪いことなどしていない、明日もこれまで通りの日常が続くと信じていた人々だ。

どうしてそんな人たちがあんなことにならなくちゃいけないんだ。

きっと正義の味方なら彼らのことを簡単に助け出すのだろう。

少年は傍にいる青年を見上げた。

青年の名は衛宮切嗣。切嗣は自分の恩人であり尊敬する養父であり魔術の師でありーーーー『正義の味方』だった。

切嗣はこの世から苦しみや悲しみをなくし恒久的に平和をもたらす、なんて妄言を本気で抱いた男だった

災害で家族を失い、瓦礫に埋もれ、死を待つだけだった少年を衛宮切嗣は救い出してくれたのだ。

きっとこの時に少年ーー衛宮士郎は生まれ直したのだ

 

事実、切嗣はこれまでも多くの人を助けてきた。あらゆる場所へと赴き、困っている人々に手を差し伸べてきた。

時々、何処かにふらっといなくなってしまうことがあるけど大抵3日もすれば帰ってきていた。切嗣が帰ってくると多くの人々は喜び、感謝の気持ちを伝えた。

切嗣が人々に向ける笑みはどこか寂しげなものばかりだったが、それでも士郎はこんな風になりたいと思った。

『正義の味方』になりたいと。

士郎は切嗣に視線を向ける。きっと、彼ならこの地獄をなんとかしてくれると信じて、だが、切嗣から告げられた言葉は

「引き返すぞ」

切嗣はこれまでに乗ってきた車のドアを開け、早々と乗り込もうとする。

「何言ってんだ切嗣⁉︎あの町には沢山の人が………」

「町だけで済めばいい方だ…!あの闇がどこまで広がるか予測できない!最悪の場合はこの国ごと……‼︎」

切嗣の表情にはこれまでに見たこともないほどの焦燥があった。

破壊されていく町に絶望に染まる人々に正義の味方は背を向けた…

 

 

その時だ

 

 

士郎の目の前で何かが……白く輝く神々しい何かが闇を払った。

 

 

 

町から逃げ出す人や車で通りは溢れかえっていた。

これ以上はきっと車では進めないだろう。

切嗣がそう呟くのを聞いた俺は車から降りて光の柱が立っていた場所へ切嗣の制止の声も聞かずに走り出した。

 

 

 

朔月家ーーーーそこが今回の切嗣の目的地だった。

なんでも、冬木という土地に古くから続く由緒正しい旧家らしい。

表向きは魔術とは関わりのない一般の家系だが、その家には一つだけ異常が存在していた。

それが『神稚児信仰』だ。

『7つまでは神のうち』

数えで7歳を迎えるまでの稚児は人ではなく神や霊に近い存在である。

そんな伝承がかつてこの国にあった。乳幼児の死亡率が極めて高かった時代に子供は人と神の境界に立つ両義存在と見なされていた。

医療が発達した現代では失われて久しい民族伝承だが朔月家はその伝承の生き残りだった。

 

切嗣は今回のその神稚児を世界を救う可能性のある存在として確かめたかったんだろう。

だけど、さっき俺は車の中で気づいた。

闇を払った何かとその朔月家の場所がほとんど一致していることに………

 

切嗣の車から飛び出した俺はただひたすらに走った。俺は配備されている警察の目をかいくぐり、街中で場違いに生い茂る竹林を抜け、そして、その竹林を背にした古い屋敷に………………いや、正確にはその残骸に『神の稚児()』を見た。

 

その子は崩壊した屋敷の中にただ1人座っていた。いかにも高価そうな着物を着て鞠を持ってただ座っていた。周りにはかつての屋敷の面影もないほどに悲惨なものだったのに。その瞳には恐怖の色は映っていない。その子はただ無感動に前だけを見据えていた。

 

「君は………」

俺のその言葉に反応したのかその子はゆっくりと俺のいる場所へと視線を動かした。

 

その瞬間、屋敷はバキバキと音を鳴らし崩壊を再開させる。

「危ない‼︎」

そう叫ぶやいなや、俺の体はその子に向かって走り出していた。

普通に考えれば助けようとするなんて愚行の極みだ俺の足であの子を救い出せるはずがない。だけど、俺の足は動いていた。

 

間に合うか…⁉︎…………まだだっ…まだ……………崩れるな!

 

俺が走りながら思った瞬間に屋敷は崩壊を一瞬だけ止め、

「ぐっ…!」

俺はその子を抱きしめて屋敷の崩壊から間一髪抜け出した。

 

俺は荒い息を吐き出しながら、今の状況を思い返す。

今確かに屋敷は崩れ落ちていた………でも、俺が願った瞬間に崩壊が一瞬だけ確実に止まった

ま、まさかこの娘がやったのか…⁉︎まさか本当に神の…

「…くる…しい………」

そして、俺の胸元で呻き声が聞こえた。

「かあさまいがいに…だっこされたのはじめて…」

苦しげにそういった神の稚児は黒い髪に赤い瞳をした童女だった。

 

 

 

 

 

「ーーーーー朔月美遊、朔月家が秘匿し、継承し続けた神の稚児。その末裔がこの子なのか」

あの後美遊は気絶するように眠ってしまった。

数10分後に切嗣が車に乗って俺たちの目の前に現れた。

俺が美遊を切嗣の車に乗せている間に切嗣は屋敷の残骸から数冊の本を運び出してきて、今は一心不乱にその本を読んでいる。

「どうやら、朔月家は屋敷の中に結界を張り、出産も育児も全てその中で完結させていたようだ」

「結局その神稚児っていうのは何なんだ?こんな小さな子を閉じ込めておく必要なんて……」

そこまで言った時だった。

「士郎、とうとう………見つけたかもしれない」

そう言った切嗣の体は震えていた。まるで、念願の夢が叶った子供のように口を笑みの形に変えながら。

「朔月家の神稚児の特性はーー『人の願いを無差別に叶える力』だ。結界は人の想念を遮断するためのもので、朔月家は女児を隔離し、母親のもとで厳しい情報制限のもとで育てる。そうして6年かけて神の子を人の子へと落とすんだ。だが今日、想定外の災害が起きた。あの謎の闇に飲み込まれて結界が消失。人々の唸るような怒涛の願いが美遊に届いた」

助けて、死にたくない、誰か、誰かあの闇を消してくれ!

それは人々の絶望の叫びだ。あの闇に飲み込まれる瞬間に被害者たちが願ったであろう剥き出しの感情

「そんな願いを美遊が叶えたっていうのか?」

「ああ。決めたよ士郎。この子は僕が使う。旅は終わりだ。この地で人類を救おう」

そう言って、切嗣は持ってきた本を車に詰め込み車に乗り込んだ。

俺もその後に続くように美遊が眠っている後部座席に腰を下ろした。

この時、俺たちは気づいていなかった。数十もの視線が俺たちに注がれていたことに。

 

 

 

 

 

 

切嗣は早々に活動拠点を立てるために冬木の土地に大きな屋敷を買った。不動産屋には災害がいつ起こるかわからないからやめたほうがいいと言われたが、切嗣はその言葉を切り捨てた。俺は不動産屋にしきりに謝り切嗣の後を追った。

そして、3人の生活が始まった。

 

切嗣は家事全般を俺に任せて部屋にこもり研究にふけった。

俺はその間家事こなしたり、美遊の遊び相手になってあげたりしていた。美遊と遊んでいる時はまるで妹ができたようで少しこそばゆくて楽しかった。

そんな生活が1週間ほどが過ぎた頃だった

 

「切嗣、ごはんできたよ」

俺がそう告げると、切嗣はこちらに目を向けることもなく、「ああ」

と言って研究を続ける。

「………少し根を詰めすぎなんじゃないか?」

「すべてを救える願望かを手に入れたんだぞ。なのにその使い方がわからないなんて…!」

切嗣は念仏を唱えるようにブツブツと言葉を口にする。

そんな切嗣の様子を見かねた俺はある提案をすることにした。

「あのさ、切嗣。今日は美遊の誕生日なんだよな?6歳の」

「…………それがどうした?」

「ちょっとしたものでもいいからさ、誕生会を開いてお祝いでも………………」

俺がそう言うと、切嗣はまるで幽霊のように立ち上がり、俺の肩を痛いほどに掴む。

「…きり…つぐ?」

「祝う?神稚児が成長した人に近づくことを?けっかいの外に出た神稚児が願望機の能力をいつまで有すのかはわかっていない。冬木の土地に由来するのか、年齢に由来するのか…もしかしたら、数えで7歳を超えたと認識させた時点で駄目になるものかもしれな………」

そこまで言うと切嗣は俺に向かって倒れこんだ。

 

 

屋敷を買ってから家具をほとんど買ってなかったために電話などもなく俺は救急車も呼べなかったので、俺は切嗣を休ませるために布団を引いて切嗣を寝かせた。

3時間ほど経った頃、切嗣は目を覚まし俺に、自分はもう長くは生きられないと告げた。大分前から医者にはそう言われていたらしい。

「…………僕ももう長くはない、そうなったら………………」

無言が部屋を支配する。切嗣は俺の方を向いてはいないが求めている言葉は分かっていた。

「…………ああ、分かってるって。俺はーーーー」

 

 

 

 

 

切嗣が眠りについたのを見て俺は部屋から出る。

 

そうさ、分かってるさ。正しいのは切嗣で、間違っているのは俺だ

思い出せ!

この世界は悲劇であふれている

切嗣に救われてから5年間何を見てきたんだ

滅びに向かうスピードは加速していく一方だ

天秤の皿に乗っているのは人類全てで美遊は人類を救うためのただの手段だ………!

ならばもう片方の皿に載せるものの価値なんて考慮すべきじゃない…!

人と思ってはいけない!情を抱いてはいけない!一の犠牲で全を救う

それこそが……………‼︎

 

そこまで考えた俺は何かに手を掴まれた。

「シロウ、あそぼ」

美遊が小さな手で俺の手を握っていた。その手はとてもとても小さくて………だけど、とても暖かい。人の体温………人の命だ

一の犠牲で全を救う、それこそが正義………………の……はずだ…




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少女との初邂逅

ここからオリジナル展開です
それではどうぞ


切嗣が倒れてから半年ほどが過ぎた日だった。

切嗣は久しぶりに俺に話をしようと持ちかけてきた。

切嗣は倒れてからすっかり老け込んだように思う。

頰は痩けて髭は伸びっぱなしになり、ピシリと伸ばしていた背筋も曲がってしまっていた。

かつてあった世界を救おうという意思に満ち溢れていた瞳は、今となってはどうしようもなく濁ってしまっている。

俺は少しでも切嗣に元気が戻ってくれるならと思い、切嗣に縁側で待っているように言い、俺は台所でお茶を淹れて縁側に向かった。

 

 

「ーーー僕は正しくなろうとして間違い続けた。間違いを正そうとして際限なく間違いを重ね続けた」

切嗣は俺が縁側に腰を下ろすのを見ると静かに呟きはじめた。

その言葉は俺に語り聞かせるようであり、自分のこれまでを振り返っているような口調だ。

「そうして僕は、都合の良い奇跡を求めたんだ。見えない月を追いかけるような暗闇の夜の旅路だった……」

僕は一体何をしてきたんだろうな………

切嗣はそう言うと、ただ下を見つめていた。

俺は切嗣のそんな姿を見たくなくて、切嗣の手をそっと握っていた。

「士郎?」

「……ほんとにじいさんみたいな台詞吐くなよ切嗣」

自然と俺の口は動いていた。

切嗣は少しだけ俺に驚いたように俺の方へ顔を向ける。

「暗闇だなんて嘘だ。月が見えなくたって、ほら………」

切嗣は顔を上げそして目を見開いた。

「星は輝いてる」

そこには数多くの星が輝いていた。まるで、俺の流した涙さえも吸い上げていくかのような満天の星空だ。

「正しくなろうとすることが間違いのはずがない………」

俺は確かにあの時助けられたのだから……これまでの人生を………切嗣に助けられてからの人生を俺は絶対に後悔なんてしない!

 

「俺が間違いになんてさせないからな…!」

 

俺の言葉をを聞き届け切嗣は確かに薄く笑い、星を見上げる

「………そうか…そうだな。それなら安心だ」

ーーーー2人で星を見ていた。

それが俺と切嗣との最後の会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからさらに数年が経ち、俺は高校生になった。

切嗣が亡くなってから、俺は美遊の世話をしながら中学へと通い、無事に穂群原学園という、今となっては冬木のたった一つの高校に進学した。

数年前の災害で多くの人が冬木の町を出て行った。その影響で、多くの小学校は廃校になり、俺の通っていた中学も俺の次の代で廃校になるらしい。

高校もその影響の例外ではなく、穂群原学園を残してそれ以外の高校は全て廃校、もしくわ移転してしまった。生徒数も3学年合わせて100人にも満たないらしい。

 

そんな高校生活に徐々に慣れはじめてきた7月ごろのことだった。

俺は俺以外に誰も在籍していない弓道部を休み、バイトに励んでいた。

切嗣が残してくれたお金があるとはいえ、それもいつまでもあるわけではない。少しだけでも、生活の足しになればと思い冬木から少しだけ離れた街でバイトを始めた。

そのバイト終わりに俺は店長から今日はすごい雨だから気をつけてね、と言われた。俺が更衣室の窓から外を覗くと、今日は晴れが続くと天気予報で言っていたのに、今は雷が鳴り響く大雨の天気になっていた。

俺は少し大きめの折りたたみ傘を鞄から取り出して帰路に着いた。

「まさか、こんなに雨が降ってるは思わなかったな」

俺は大雨の中で1人呟く。

大通りから冬木への道に出ると、そこからは一気に車通りが少なくなる。

俺の家はバイト先からすごく離れているわけではないが、やはり人の姿は見えない。

この帰り道にもすでに見慣れたものだった。

街灯も切れかけているものがほとんどの道路を歩いている途中で、俺は視界にふと人影をおさめた。

 

その人影は大雨の中で傘もささずにひたすら歩いていた。

その人影がかろうじてついている街灯の下に立ち、空を見上げてそのまま倒れこんだ。

俺はその姿にかつての切嗣の姿を重ねて、思わず傘と鞄を放り捨てて走り出した。

人影の正体は俺が通っていた中学の制服を着た少女だった。

「大丈夫かっ⁉︎」

俺の大声に気がついたのか、少女は少しだけ息苦しそうに呻き、そのまま動かなくなった。

俺は慌てて脈をとり顔を近づけて呼吸の有無を探った。

「よかった…ちゃんと呼吸はある」

どうやら気絶しただけらしい。

本来ならこの子のために救急車を呼ぶべきなんだろうけど、あいにく俺は携帯電話を持っていなかった。

「ここからなら俺の家まですぐだからちょっと待っててくれ」

少女にその声が聞こえていたからわからなかったけど、少しだけ頷いたような気がした。

 

その瞬間どこかで爆発音が聞こえたような気がした。何事かと思って周りを見回したが少なくともこの辺りではないようだ。いや、もしかしたら俺の聞き間違いかもしれないし、あまり気にしないようにしよう。

俺は少女を担ぐと、さっき放り捨ててしまった傘と鞄を拾い、急いで家に向かって走り出した。

 

 

 

「………た…ただいま」

俺がいつものように鍵のかかっていないドアを開けると、美遊が懐中電灯を持って出迎えてくれた

「お帰りなさい士郎さん。今日は遅っ⁉︎」

どうやら美遊はずぶ濡れの俺と少女に驚いているみたいだった。

「美遊、悪いんだけど救急車呼んでくれるか?説明は後でするから」

「え、えと、それが…この大雨の雷で停電になって電話が使えないの」

「そうか…それで家の灯りがついてなかったんだな。それじゃあとりあえず風呂を沸かしてきてくれるか?そのついでにタオルも持ってきてくれ」

うん、と頷くと美遊は走って屋敷の奥に消えてしまった。

俺は靴箱の中から携帯ランタンを取り出して灯りをつけた。

「君、大丈夫か?」

俺がその子を揺さぶると、その子はかすかに身じろぎをして薄く目を開けた。

「…………ここは?」

「俺の家だ。さっき君が急に倒れたから運んできたんだ。」

「す…すいません……今…すぐに…出て行きます……から」

そう言うと少女は立ち上がろうとする。しかし、その足は震えていて今にも倒れてしまいそうだ。俺はその肩を掴んで倒れないように支える。

「大丈夫だから!少しここで休んでいってくれ!」

「…………でも…」

「そっちの方が俺も安心できるんだ!だから頼むよ」

「…………はい。わかりました」

少女は俺の言葉に折れてくれたのか、玄関先に腰を下ろした。立っているのもやっとの状態だったのだろう。少女は荒い息を吐き出している。

さっき少女の肩を支えるために手に触れたが恐ろしいほどに冷たくなっていた。

「とりあえず風呂に入って温まってくるといい」

少女は俺の方をちらりと見てから頷いた

「そうだ、君の名前を教えてくれるかな?」

俺の質問に少女は荒い息をしながらもしっかりと答えてくれた。

「……間桐…桜です」

 

 

 

しばらくすると、美遊が奥から出てきてこちらに来るように手招きをしてきた

俺は少女ーーー桜に肩を貸して薄暗い廊下を通り風呂場へと連れて行く。俺が風呂場に着いた途端に美遊は小さな体で桜を俺から奪うと、俺は風呂場から締め出された。

「後は私がお世話をしておきますから、士郎さんはそこに置いてあるタオルで体を拭いてて!」

美遊にしては大きい声を出してドア越しに俺に呼びかけた。どうやら美遊も桜のことが心配だったみたいだな。

俺は美遊の言葉に甘えて廊下に積み重ねられているタオルで頭を拭き始めた。

美遊が脱衣所で、この人以外に大きい!といっていたのは一体何のことだったんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

とあるアパートの一室にて男は1人座りトランシーバーを握っていた。

既に夜にもかかわらず男は部屋の電気をつけていない。

男の周りにはおよそ20を超えるほどのトランシーバーが設置されていた。一つ一つからノイズが入っており、男は無言にもかかわらず多くの雑音が部屋を支配していた。

そこにCと書かれたトランシーバーに赤色のランプが点灯した。

『Cー1からマスターへ入電、観察対象間桐桜が衛宮士郎と接触しました。判断をお願いします』

「こちらマスター、そうなった経緯を知りたい」

『……………』

「どうしたCー1?」

『では、Cー1が報告できないようなのでCー4から報告します。間桐桜がエインズワース関係者と接触しました』

男は一瞬だけ言葉に詰まる。その表情の示す感情はどこか後悔を指しているように見える。

『間桐桜はその後、おぼつかない足取りで雨の中傘をささずに帰宅している状態でした。衰弱していたのでしょう、道路で気絶してしまいそこを衛宮士郎に保護され現在は衛宮邸にいます』

「エインズワースに器のことを知られた様子はあるか?」

『今のとこをはまだ何とも言えませんが、おそらく気づかれてはいないものと思われます』

「‥…了解した。このまま経過観察を続行しろ」

『了解しました。C隊このまま経過観察を続行します』

 

通信が切れるとすぐに今度はFと書かれたトランシーバーが赤く点灯した。

『Eー3より緊急通信です。現在クレーター周辺を監視していたD隊がエインズワースのランサー保持者に発見され、現在戦闘中』

Eー3の声とは別に爆発音や金属音が聞こえる。こちらの戦力でそんな派手な戦闘になるわけがない。ということは、おそらくランサー保持者が少しは戦力を見せているということだ。

今の俺たちに必要なのは情報だ。少しでも情報を集めて相手の弱点を探る。

「現在の戦況を聞きたい」

『たった今戦闘になったばかりですが、ランサー保持者からの先制攻撃によりD隊は半分が消滅。残りも奮戦していますがおそらく5分ももたないでしょう』

「だったらD隊の1人がカメラでランサー保持者の姿を撮影し、俺の元まで来てくれ。もし、ランサー保持者に発見された場合は残りのD隊が撮影者を死守しろ」

『了解しました』

 

 

男はトランシーバーを苛立ちを紛らわせるように投げ捨てた。

男は深く深呼吸をすると手元にあったリモコンで電灯に明かりをつけ、そっと立ち上がり携帯電話を手に取ると通話画面を立ち上げ相手が出た瞬間に用件を告げる。

「今からこっちに来てくれ。頼みたいことができた」

男はそれだけ言うと通話を終え、トランシーバーだらけの部屋から抜け出した。

「やはりいつまでたっても俺の思い描く筋書き通りにはいかないな」

そう言った男の目が鈍く光った。




ありがとうございました
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彼女の事情

遅くなってしまったすいません

言い訳をさせてもらうと、自分は今受験生なのですが受験勉強が忙しく書き溜めをしてる分を加筆修正しているだけなのですが遅くなってしまいました。
これからも遅くなることがあるとは思いますが、温かい目で見守ってくれると幸いです。

それではどうぞ


桜と美遊が風呂から出て来て俺も風呂に入ることにした。

体と髪を手早く洗いゆっくりと湯船に入る。体を洗って十分にあったまっていたと思ったが、風呂に入ると体の芯から温まって心も温まっていくように感じた。

さっきこの風呂に桜も入ってたんだよな、なんてことを考えると急に顔が熱くなった。

 

 

風呂に浸かっていると次第に頭がぼうっとしてくる。

風呂は停電中のため、窓から入ってくる月明かりと風呂の端にある懐中電灯だけが光源になっていた。

「そういえば雨上がってたんだな」

俺は窓からさっきまで雲に覆われていた空を見上げるとそこにはいつも以上に明るい満月が見えた。

俺は懐中電灯の灯りを消した。

一つ光源が減っただけなのに風呂場を闇が支配する。でもそれも一瞬で、目が慣れてくると次第に月明かりに風呂場が照らされた。

「あれからもう4年か」

俺と切嗣が美遊を連れ出してから既に4年の月日が流れていた。魔術のことなんてど素人の俺が何か分かるわけではないのだが、俺は切嗣の残したノートと朔月家の人々がこれまでに残して来たノートをひたすらに読み込んでいた。

結局、俺の中にあるのは未だにどうしたらいいのかわからない美遊への気持ち。そして朔月家のノートを見直すたびに思うこれまでの朔月家の親族からの神稚児たちへの想い。

その想いは、徐々に俺を正義の味方から引き離している気がした。

何度もそれを読むのはやめようとは思うのだがそれでも何かに縛り付けられるようにおれは朔月家のノートを見返すことを止めることができずにいた。

このままで世界を救うことができるのか、そもそも美遊に願いを叶えるための願望機としての価値はまだあるのか、

もしも、願望機としての機能がなくなったとしたら、俺は美遊を………

そんな思考の迷路をずっと繰り返している。

切嗣は言った。

『人類救済という願いを叶え続けるために、美遊という器は魂ごと永久に世界に縛られることになる』

それがどんなに残酷なことなのかは分かっている。仏教の観点からすると人間の魂は簡単に言うと何度も生まれ変わってくるそうだが、もしも願いを叶える願望機て使えばいつまでも美遊は救われることはなく、この星が終わるまでずっと縛られ続ける。

スケールの大きい話すぎて想像の及ばない世界だが、その世界には確実に『美遊の幸せ』だけは含まれていない。

………俺はあの時切嗣と約束したんだ。世界を救うって

だから……俺は………………

そこで俺は暗い思考の海に沈んでいった。

 

 

 

 

 

………………さん……ろうさん!…士郎さん!

俺は薄く目を開けると美遊が俺の肩を揺らしていた。

「よかった。士郎さんお風呂でのぼせちゃったみたいだったから」

「そうか、我ながら情け無い。ごめんな美遊」

「ううん、士郎さんも疲れてたみたいだったから仕方ないよ」

俺の謝罪に美遊はなんでもないことのように否定の言葉を述べた。

最近は美遊に苦労ばかりかけている気がする。食事も以前は俺が作っていたのに今となっては美遊に作ってもらってるし、バイトに行ったり弓道部にいる時なんかは殆どの家事を美遊に任せてしまっていた。

「そういえばさっき電気会社の人たちが来てあと30分くらいで停電が治るって」

「そうか、わかったよ」

本当に美遊には苦労ばかりかけてるな

「よし!最近は美遊にばかり作ってもらってるし今日は久しぶりに俺が夜ご飯を作るよ。何か食べたいものってあるか」

「私士郎さんの料理だったらなんでも好きだよ」

「そ、そうか」

「うん」

ほんとは美遊の好物が聞きたかったんだけど…まあ、今度でいいか

俺の提案に美遊は大人びた雰囲気を崩して少しだけ子供っぽく笑ってくれた。

「それじゃあ俺はもう出ないとな」

俺がそう言って立ち上がろうとすると、美遊は顔を赤くして風呂場から出て行ってしまった。

しまった、美遊ももう10歳だもんな。俺ももうちょっとデリカシーに気をつけることにしよう。

衛宮士郎は気づかないその思考をすでに何度も繰り返しているということに………

 

 

 

 

 

 

脱衣所を出て居間へと続く廊下に出ると間隔をあけて蝋燭が置かれていた。俺はそれに従うように居間に向かう。その途中で客間を見ると月明かりと数本の蝋燭が部屋を照らしていた。部屋の中央には桜が俺のジャージを着て布団の中で眠っている。

薄暗い室内と女の子が自分の服を着ている状況に少しだけ顔が赤くなるが、俺は煩悩を振り払うように頭を振り桜を起こさないように足音を殺しながら早足でリビングに向かった。

居間には客間と同じように数本の蝋燭の灯りを立てている。

日本家屋の雰囲気も相まって少しだけ怪しげに部屋を照らしていた。

台所では美遊が懐中電灯を美遊のすぐそばに置き、流し台には風呂桶が置かれていた。

「美遊、桜の様子はどうだ?」

「あの人桜さんっていうの?」

「ああ、さっきちょっとだけ話した時に聞いたんだ。それで美遊は今何をやってるんだ?」

「桜さん、少しだけ熱があるみたいだから濡れタオルで少しでも楽になってくれたらなって」

美遊の返答に俺は顔を綻ばせた。俺の教育が良かったなんて言うつもりはないが美遊が優しい子に育ってくれて本当に良かったと思う………本当に………

「士郎さん?」

美遊が声をかけると同時に部屋に明かりが戻った。

「停電治ったみたいだな、じゃあ電話も復活してるだろうし桜に保護者の方の連絡先を聞いてみるよ」

 

居間にかけてある時計を見ると時刻はすでに午後8時を回っていた。

もう遅い時間だし少しだけ桜を起こして保護者の方に連絡を取ってみるか。保護者の方も心配してるだろうしな。

「うん、私もあとで濡れタオルとりんごを剥いたのを持っていくね」

「じゃあ宜しく頼む」

俺はそう言うと桜が眠っている客間に移動した。

客間を少しのぞいてみると桜が上半身だけを起こして周りを見回している。どうやら突然ついた明かりで目が覚めたみたいだ。桜の顔から熱で頰を赤らめているのとぼうっとした瞳の中に動揺が見てとれる。

桜の不安を和らげるように俺はできる限り優しく声をかけることにした。

「起きてたんだな、良かった」

俺が声をかけると桜はぼうっとした様子で俺を見つめた

「俺は衛宮士郎、君が道端で倒れてたからここまで運んできたんだけど…覚えてるか?」

「……はい…微かにですけど誰かに背負われてたのはわかりました」

桜はそう言うと自分の格好を見回す。するとどうしたことか熱で赤くなった頰をさらに赤くした。さながら熟れたトマトのような赤さだ。

「この服ってあなたの衛宮さんのですよ…ね?」

「ああ…そうだけど」

「もしかしてさっき私をお風呂に入れてくれたのって………その…」

「っ⁈ちがうちがう!桜のことを風呂に入れてくれたのは俺の…その…妹みたいな存在の美遊って子なんだ」

「ああ…そうだったんですね……ごめんなさい。私勘違いしちゃってたみたいで…」

「いやこちらこそごめん。先に言っておくべきだったな」

そうだよな、女の子が俺みたいな見ず知らずの男に裸を見られたなんてわかったら羞恥心で寝込んじまうかもしれない。勝手な想像だけど……

こんなんだから俺は時々美遊に怒られるんだな。自分では割と意識してるつもりなんだけど…うまくいかないもんだなあ。

「そう言えば衛宮さんはなんで私の名前を知ってたんですか?」

「あれ、さっき玄関先で聞いたんだけど覚えてないか?」

「ぼうっとしすぎててちょっと思い出せません、ごめんなさい」

「いや、そんなに気にすることじゃないさ。そういえば桜は俺のいた中学の後輩なんだ」

「どうしてわかるんですか?」

「え?いや桜の服装が俺の通ってた中学の女子用制服だったからさ」

「ああ、そうですよね。単純なことに気づきませんでした。じゃあ今からは先輩って呼ぶことにしますね」

「いや、別に衛宮さんとか士郎さんとかでもいいんだぞ?」

いや、さすがに士郎さんは気安すぎるか?

「いえ先輩って呼ばせていただきます。その…私は部活には入ってなかったから実は先輩って呼ぶのにちょっと憧れもあったんですよ」

「まあそう言うことなら」

「はい、先輩」

自分の頰が赤くなるのを感じる。俺も何度か下級生の手伝いをして先輩と呼ばれたことはあるがこうも正面から言われたのは実は初めてだった。俺は桜の赤く染められた頰の下にいたずらっぽい笑みを見た。どうやら少しからかわれてしまったみたいだな。

さっきみたいなかなり遠慮がち(もっと誇張してもいいくらいだが)な態度とは打って変わってしまっていて少しだけ面食らった。

いったいどっちの桜が本当の桜なのかとふと疑問に思ったが今は桜の保護者の連絡先を聞きださないと

「桜の保護者の電話番号って聞いてもいいか?」

俺がそう聞くと、桜は一瞬口ごもった。

「その…慌てないでくださいね」

「あ、ああ」

「私の家族は5年前の事故でみんないなくなっちゃったんです」

俺はその瞬間自分を殴り飛ばしたくなった。今この冬木にいる人の中で5年前の災害で家族を無くした人が多いことなんてもうわかりきっているはずなのに!俺はなんて軽率なんだろうか!本当にこんな時に気が利かない俺自身に腹が立った。

俺は客間の畳に地面を擦り付けるようにして頭を下げた。

「…ごめん桜。言いにくいことを聞いてしまって」

「いえ、本当に気にしないでください。もうずっと昔にもう割り切っていることですから」

「それでも…ごめん」

俺は顔を下げたまま桜の顔が見られなかった。

桜の今の表情が見えない。怒っているのか、悲しんでいるのか。

俺がいつまでたっても顔を上げられなかった。

そしてふと俺の頰に桜の熱で暖かくなった手が触れた。その手から桜の体温が伝わってきて徐々に俺を安心させてくれた。

「顔を上げてください。言いましたよね。私はもうずっと昔に割り切っていますから。今更そんなことを蒸し返された方が腹が立つってものです」

俺は桜の言葉に顔を上げる。そこには可愛らしく頰を膨らませた桜がいた。

桜の手は今も頰に当てられている。

表情から本当に桜が考えていることを見破るなんて芸当は俺にはできないけれど、この話題には触れないようにしようと決めた。

 

 

「士郎さん、桜さんの具合はどう………」

俺が廊下の方に顔を向けると、美遊が廊下で風呂桶を両手に持ちながら微かに震えている

「どうしてさっきまで熱で倒れてた桜さんが涙目になった士郎さんを撫でてるの?」

「いやこれには色々な事情があってだな…」

美遊は風呂桶をおれと桜の間に無理やりねじ込んだ。

必然的に桜の熱から俺は引き剥がされる。もう少しだけその熱に浸っていたいと思ったが、俺はそれ以上に目の前にある小さな女の子に凄まじい目つきで睨まれていた。

「あの、美遊さん?何か怒っていらっしゃる?」

「ううん、そんなことないですよ士郎さん」

これはまずい。美遊が俺に対して敬語を使う時は大抵俺に怒っている時だと、俺はこれまでの美遊との生活の中で学んでいた。

美遊は普段はおとなしいのだが切嗣が亡くなって2人きりの生活になってから少しだけ表情豊かになり、そして怒るときはかなり怖くなったように思う。早く何とかせねば。

それからは俺と桜でさっきあったことの事情を説明してなんとか落ち着いてもらえたのだった。

 

 




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